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書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 76_卯_世界の神話/朝香比女の神の物語 | 06 報告祭 | 第六章報告祭〔一九二三〕 春の陽気は漂ひて、桜花爛漫と咲き乱れ、庭の面に一弁二弁と静に桜の花弁の散りこぼれたる真昼頃、高地秀の宮居の清庭に駒の轡を並べて、高野比女の神一行は御面輝かせ、目出度く此所に帰り給ひければ、胎別男の神は比女神の姿を見るより打喜び、恭しく出で迎へて長途の旅の労を犒ふべく、別殿に歓迎の馳走の準備に忙しく諸神を督して、忠実々々しく立ち働き給ひける。 茲に高野比女の神一行は、大宮居の大前に禊祓ひを終り、感謝の祭典を行ひ太祝詞を宣らせ給ふ。 海河山野の種々の美味物を八足の机代に置き足はし、十柱の神は式場に列座し其他の神々は末座に拝跪して、今日の目出度き祭典に列し給ひつつ、天を拝し地を拝し歓ばせ給ふ。 高野比女の神は御前に拍手して、 『掛巻も畏き紫微天界の真秀良場なる高地秀山の下津岩根に、宮柱太敷立て高天原に千木高知りて、堅磐常磐に鎮まりいます主の大神の大前に、御樋代の神高野比女等、慎み敬ひ畏み畏みも白さく。抑此の天界は主の大神の広き厚き大御恵と、赤き直き正しき生言霊の御稜威に依りて、鳴り出で給ひし国土にしあれば、海と陸との別ちなく山と河との差別なく、広き厚き恩頼を蒙りて、弥遠永に立栄ゆるものにしあれば、一日片時も主の大神の御恵に離れては、世に立つべからざる事の由を、深く悟り広く究めて、弥益々に其畏さに戦慄き恐れ敬ひ奉らむとして、過ぎつる吉月の吉日を選み、万里の道を遥々と駒の背に跨り、岩根木根踏み佐久美て天津高宮に、草枕旅の宿りを重ねつつ詣で奉り、大御神の御口自から清き赤き貴き大神宣を承り、唯一言も洩らさじ忘れじと心の駒の手綱引締め、頸に受けて束の間も忘るる事なく、村肝の心に抱き胸に秘め、大御恵を忝けなみつつありしが、畏れ多くも主の大御神より高地秀の宮居の宮司として、此度新に鋭敏鳴出の神、其添柱として天津女雄の神を授け給ひぬ。天晴れ天晴れ今日よりは高地秀の宮居は弥生の花の咲き満つるが如く、秋の楓の紅に染むるが如く、弥美はしく弥清しく栄えまさむ事を、思ひ量りて嬉しみに堪へず、各自の御樋代神等は玉の泉に禊を修め、感謝言の神嘉言を宣り終へて、再び駒に跨りつ十柱の神等は果しも知らぬ大野原の駒の嘶き勇ましく、夜を日に次ぎて帰らむ道に、さやりたる八十曲津見の曲業も、主の大御神の深き厚き御守りに、喪なく事なく今日の吉日の吉時に、主の大御神を祭りたる此の宮居に帰りける、其嬉しさの千重の一重だも報い奉らむとして、海河山野の種々の美味物を百取の机代に横山の如く置き足はして奉る状を、𪫧怜に委曲に聞食相諾ひ給ひて、此の宮居に仕へ奉る司神等は大御心に違ひ奉らず逆ひ奉らず、大御神の授け給ひし真言の光を照らし仕へ、罪穢過なく𪫧怜に委曲に仕へしめ給へと畏み畏みも願ぎ奉る。 言別けて白さく、高地秀の宮居を真中として、四方を廻れる稚国土原の、国津神等は各自に日々の業務を励しみ勤めて緩ぶ事なく、怠る事なく、此の天界を弥益に拓かせ栄えしめ給ひて、紫微天界の真秀良場たる貴き御名を落さじと、励み励み活動かしめ給へと、鹿児自物膝折伏せ、宇自物頸根突貫きて畏み畏みも願ぎ奉らくと白す。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 高野比女の神は大前の祝詞を終り、しづしづと御前を下り諸神と共に、直会の席に着かせ給ひ、合掌久しうしつつ御歌詠ませ給ふ。 『足引の山鳥の尾の長旅も 神の恵にやすくをはれり 遥々と筑紫の宮居に駒並べて 詣で来つるも惟神われ等は 主の神の厚き恵しなかりせば 此の旅立ちは難かりしものを 広々と果しも知らぬ地稚き 国原を行く危き旅なりし 曲津神は到る処にさやらむと 手組脛引きて待構へたりき 斯の如危き旅も恙なく 今日を御前に帰り来しはや 十柱の賑はしき旅も斯の如 苦しきものをと背の岐美を思ふ 背の岐美の旅の艱みを今更に 悟りけるかな愚かしき吾も 何事も神の心の儘にして 生るべきものと悟らひにけり 主の神は宮居の司と鋭敏鳴出の 神を聖所に降したまひぬ 鋭敏鳴出の神の司の添柱と 降り来ませる天津女雄の神 高地秀の峰に春の気漂ひて 今をさかりと桜咲くなり 桜木の梢にうたふ鶯の 声長閑なる東の宮居はも 草枕長の旅より帰り見れば この清庭に春はふかめり 御木も草も瑞気立ちつつ若やぎて 天界の春を言祝ぎ顔なる』 鋭敏鳴出の神は御歌詠ませ給ふ。 『御樋代神御供に仕へ漸くに 此の聖所にわれ来つるかも 東の宮居に仕へて思ふかな これの聖所はまた世になしと 高地秀の山は隈なく桜木の 花咲き満ちて長閑なりけり 此処に来て始めて知りぬ天界の 春の景色のさわやかなるを 西の宮居の松の神苑に比ぶれば 華美なるも東の宮居は 西の宮居は心静かに落付けど 東の宮居は心ときめく ときめける心抱きて高地秀の 宮居に仕へつ国土固めばや 御樋代の比女神等の心にも 似て晴れ晴れし桜の盛りは 非時に花は散らざれ萎れざれ 生きたる神の庭に咲く花は』 折もあれ桜の花弁は、ひらひらと直会の席に列なり給ふ朝香比女の神の持たせる御盃の上に、一弁落ち来り浮びたれば、朝香比女の神はほほ笑みつつ御歌詠ませ給ふ。 『背の岐美の清き心の一弁か わが盃に浮ける桜は 背の岐美の心と思へば捨てられじ 花もろともにいただかむかな』 斯く歌ひながら花弁の浮ける神酒をぐつと飲み下し給ひ、 『背の岐美の深き心の花弁と 神酒諸共に飲み干しにけり 御樋代の神と選まれ背の岐美の 水火と思ひて飲みし花酒よ 斯くならば吾は御樋代神として 岐美の在所をたづね行くべし』 梅咲比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『梅の花ははや散り果てて桜花 また散り初めぬ神の御前に 移り行く世の有様をまつぶさに 梅と桜の花に見しはや 白梅のつぼめる朝を立ち出でて 桜花散る春を帰れり 今日よりは心改めて大宮居に 朝な夕なを真言捧げむ 言霊に森羅万象は生るてふ 由を悟りし吾は畏し 終日を神の御前に太祝詞 言霊捧げて仕へまつらな 朝夕の祝詞は愚か夜も昼も かたみに宣るべき祝詞なりけり 言霊の稜威に栄ゆる森羅万象は 又言霊ぞ力なりける』 香具比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『非時の香具の木の実も言霊の 尊き水火に生り出でしはや 吾も亦香具の木の実ゆ生れたる 神にしあらば言霊たふとし 言霊の声を聞かずば片時も 苦しさ覚ゆる吾体なりけり 言霊の水火に空気を造り出し 百の生命を生み出だすなり 正しかる神魂の水火は天界を拓き 曇れる水火は天界を傷ふ 村肝の心曇りて濁りたる 言霊の水火は鳴り出づるなり 主の神を常磐に祀りし高地秀の 宮居は清しも言霊澄めば 吹き渡る梢の風も爽かに 言霊清く鳴り響くなり 庭の面を流るる瀬見の川水も 澄みきり澄みきり透き徹りつつ 常磐木の松の木の間に咲き満つる 桜の眺めは殊更目出度き』 寿々子比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『はろばろと遠の旅路を重ね来て 目出度く今日は感謝言宣る 言霊の水火に生り出でし天界に 澄める言霊の吾生命かも 言霊の活用なくば束の間も 生きて栄えぬ天界なりけり わがもてる意志想念も悉く 生言霊の光なるらむ 正しかる生言霊の光る天界は 言葉のはしも慎むべきなり 顕津男の神の拓きし高地秀の 山の姿は生き通しなり 高地秀の山を朝夕眺めつつ 吾背の岐美と仕へ奉るも 長旅に見え得ざりし高地秀の 山の一しほ恋しき吾なり 此の宮居は吾背の岐美の築きたる 貴の宮居ぞ殊更うるはし 朝夕にこれの神山を力とし 吾背の岐美となして生くるも 草枕旅を重ねて背の岐美の 艱みを深く悟りつつ泣くも』 宇都子比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『今日よりは鋭敏鳴出の神現れまして 宮居の司と仕へますかも 天津女雄の神も出でまして大宮居の 日々の仕へも革まるべし 御樋代神旅なるあとは胎別男の 神の司の依さしなりけり 胎別男の神よ今日より鋭敏鳴出の 神の司の神業補けよ 御樋代の八柱神は聖殿に 終日集ひて言霊宣るべし 言霊の水火止まれば天界の 森羅万象は枯れ萎むなり 御樋代の神は御子生みのみならず 生言霊の樋代なりしよ 顕津男の神の御樋代と任けられしも 生言霊を補くるためなりき 樋代とは生代の意ぞ国魂の 神生むのみの司にあらずも 今日までは吾勤めさへ知らずして 岐美をのみ恋ひしことの恥かしき』 狭別比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『宇都子比女神の言霊聞くにつけ 吾も悟りぬ御樋代の司を 雲霧を別けて昇らす天津日も 主の言霊ゆ生り出でましける 月も日も星も悉言霊の 水火と思へば尊きろかも 草も木も鳥も獣も言霊の 水火に育つる天界なりけり 桜花咲くも散らすも吹く風も 皆言霊の水火なりにけり 吾身又生言霊の幸はひに 生れて言霊に仕へ奉る身よ 言霊の水火の幸はひ無かりせば この天界は直に亡びむ 遥々と旅を重ねて曲もなく 帰りしわれも言霊の幸なり 斯の如尊き稜威の言霊を 忘れて祝詞を怠るべしやは 気魂の濁らば心濁るべし 心濁らば言霊汚れむ 身を清め心清めて仕へなば 生言霊は自と光るべし 神々の要の勤は朝夕の 禊の神事にまさるものなし 主なき宮居は頓に淋しけれ 生言霊の祝詞なければ 胎別男の神の宣らする言霊の 祝詞は弱くうすら濁りぬ 御樋代神いまさぬ宮居の淋しさは 主の神坐さぬ如くなりけり』 花子比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『高地秀山今を盛りと咲き匂ふ 桜もしばしの命なるかも 惜しめども花は梢に止まらず そよ吹く風にも散り初めにつつ 夜嵐の花散らすかと吾はただ 生言霊に支へて居るも 束の間も花散らざれと支へつる 吾言霊も怪しくなりぬ 夜嵐は吹かねど梢の桜花 時の来つればこぼれ落ちつつ 落ち散りし庭の花弁眺めつつ 踏むさへ惜しく思はるるかも 移り行く世の有様を高地秀の 宮居の桜に悟らひしはや 花は散れど梢に若葉もえ立ちて 眼あたらしく夏をさかえむ 桜花散りたる庭に紅く白く 匂へる牡丹のあでやかなるも さりながら又夏更けて丹牡丹の 花は一弁々々くづれむ 丹牡丹の蕾ほぐれて咲き初めし 日より三日経て又散る世なるも 清庭の白梅の花散り果てて 跡に青々つぶら実生れり 白梅は開きて散りて実を結び 移り行く世の態を教ゆも』 小夜子比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『はろばろと遠の旅路を重ねつつ 今大前に復命せり 今日よりは神魂を清むと朝夕の 禊の神事怠らざるべし 禊して吉き言霊に天界を 照らすは御樋代神の勤めよ 朝夕は言ふも更なり暇あらば 禊て貴の言霊宣らばや 言霊の天照り助け生くる国土に 怠るべしやは生言霊を 言霊の水火澄みきらひて天地は 弥遠永に栄えますべし 月も日も生言霊に照り渡る 曇るは曲津の水火にこそあれ』 斯の如く十柱の神々は、下向の報告祭を大宮に奏上し終りて、直会の式に列し給ひ、此度の旅行にて学び得たる言霊の真理を告白しながら、各自の居間に就かせ安々と今日の一日を休らはせ給ひける。折しもあれ、ぼやぼやと吹き来る春風に満庭の桜は雪の如く夕立の如く、算を乱して清庭の面に散り敷きければ、庭は一面の花筵となりて、名残惜しげに数多の胡蝶来りて、低く舞ひ遊び戯れ居たりける。 (昭和八・一二・六旧一〇・一九於水明閣森良仁謹録) |
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霊界物語 | 77_辰_田族比女の神の物語(万里の島) | 03 狭野の食国 | 第三章狭野の食国〔一九三五〕 天津神国津神七柱は、磐楠舟に身を寄せ四方八方の珍しき話に時をうつし給ひつつ、東雲近くなりければ、この霧の海原に数多棲める百千鳥の囀る声漸くひびき渡り、時々大いなる鷲の声は、神々の耳を欹たしめたりける。 ここに朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『霧の海の波にうかびて吾立てる 東雲の空はほの明りせり 百千鳥啼く声さえて霧の海の 波は漸くしののめにけり 天晴比女神の現れます今日よりは 天津日の光清く照りまさむ ほのぼのと明け方近くなり行きて 俄に吾魂かがやき初めたり』 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『東雲の空ほの明りつつ霧の海の 霧はつぎつぎうすらぎにけり 朝香比女神の光に霧の海の 霧は御空にうすらぎ消ゆるも 東の空ほのぼのと明らみぬ やがて昇らむ天津日の神は 明け方の舟に浮びて吾魂は よみがへりつつ澄みきらひたり 曲津神の永久にひそめる霧の海の 島ことごとく言向けやはさむ いさぎよき朝香の比女の御尾前に 仕へてわれは功を立てなむ アの声の生言霊に現はれし 初頭比古吾は力なりけり 限りなき水火の力を現はして 曲津の砦を砕き破らむ』 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『東の空明らみぬいざさらば 起立の神神言宣らむ 天界は生言霊に生りし国土よ 朝な夕なを神言宣らむ 一日だも神言の水火忘れたる 日は曲津見の襲ひ来るも 非時に生言霊を宣りつづけ 醜の砦に向ひて進まむ もうもうと霧立ちのぼる海原を 明し進まむ起立の神吾は 東の雲霧わけて天津日は 大地の限り照らして昇れり』 天中比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『主の神のサ声の言霊幸ひて 天中比古と吾は生れし 朝香比女神の神言の言霊に 服従はぬものはあらじと思ふ 朝香比女神の神言の言霊を 補ひ奉ると吾は天降りつ 天津日は生言霊に照らされて 天地のあらむ限りを照らせり 非時に雲霧迷ふ稚国土も 今日より成らむ天津日の光に』 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『やうやくに諸神等の言霊の 水火幸ひて天晴れにけり この海を十重に二十重に包みたる 霧うせにつつ天晴れにけり わが水火は幸ひ助けて大空に 天照り渡らす日の大御神よ 斯くならば如何なる曲津の潜むとも 伊吹きに払はむ生言霊に 四方八方を包みし雲霧晴れにつつ 見渡す限り光の野辺なり 果てしなき霧の海原に浮びたる 島ことごとく目にうつりけり いや先きに蟻の棲むとふ魔の島に 舟漕ぎよせて上らむとぞ思ふ』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『朝香比女神を守りて立世比女吾は 生言霊に水火を放たむ 吾舟は次第々々に魔の島を 指して進めり岸とほみかも 艪も楫もなけれど生ける言霊に 進み行くこそ不思議なるかも 西北の風吹き起りわが舟は 魔の島さして進み行くなり 駒よりも形大いなる蟻の群 魔の浮き島に集へりと聞く』 狭野彦は歌ふ。 『大いなる蟻の棲むてふ魔の島は 容易に近づき得ざる島と聞く さり乍ら力の神々ましませば 今日は安らに島に上らむか』 斯く神々は御歌詠ませ給ふ間もあらず、数十里の波を渡りて御舟は魔の島近く着きにける。 ここに朝香比女の神は魔の島を間近に眺めながら、舟を止めて暫しを休らひ、島の様子を窺ひ給ひつつ御歌詠ませ給ふ。 『黒々と島一面に群がりて 動ける影は蟻にやあるらむ 吾乗れる駒より大なる蟻の群 正しく曲津見の化身なるらむ この島に上れば忽ち数十万の 蟻は襲はむ驚きにつつ』 朝香比女の神は舟の上より、御水火さわやかに、 『曲津神の蟻と変りて寄り集ふ この魔の島よ海に沈まへ 蟻よ蟻よ姿をひそめて消え失せよ 吾この島を今に沈めむ』 斯く歌ひ給へば、曲津見は驚き騒ぎ、前後左右に先を争ひ島山を駈け廻る様、百万の大軍一度に襲ひ来りし如く響きを立て、狼狽のさまありありと目に映りける。 さてこの魔の島は八十曲津見の地中に潜み、ただ頭のみを水上に浮かせゐたるものにして、数多の蟻はいづれも曲津見の頭にわける虱なりける。 朝香比女の神は『島よ沈め』と宣らせし言霊も、一時何の功もなく、曲津神はますます狂ひ立ち、島は次第に高く浮き上りて曲津見の巨体は水上に浮び、目鼻口の不規律に附着せる顔は雲を圧して高く、足の膝頭より中は海中にあり、其の大いさ形容すべからず。カラカラと不規律なる歯並の口より笑ふ声は百雷の一時に轟くかと思はれにける。その声、 『ガアーーハハハハギアーーハハハハギユーーフフフフゲエーーヘヘヘヘギヨーーホホホホものものしや朝香比女の神とは真の神にあらず、天界を偽る贋神ならむ。待て、今に此八十曲津見の神が神力を現はし、一柱も残らず吾泥足に踏み躙りくれむ。てもさても心地よやな。ギアーーハハハハ、ギユーーフフフフ、ギヨーーホホホホ、さてもさてもいぢらしいものだわい』 と言ひつつ巨大なる口より四方八方に吹き散らす唾は滝の如、四方八方に散り乱るるさま、何ものを以ても言ひ現はし得ざる光景なりき。万一この口より出づる唾の一滴だも身に触るる時は、全身固着して、手も足も動く能はざるに至る、曲津神の魔術の奥の手をつくしたるものなりける。朝香比女の神は少しも恐れず、 『曲津見の神の雄猛びものものし わが生霊に滅ぼしくれむ 汝が吹く醜のみ水火は雲となり 霧となりつつこの世を濁せり 一二三四、五六七八九十 曲津見の神よ 巌となれなれこのまま巌と 手足も動くな口も利くな 曲津神の体は立巌となれ その口鼻は洞穴となれ 二つの目玉は池となれ 蟻も虱もことごとく 土となれなれその土ゆ 草木は萌えよ花は咲け 香具の木の実は非時結べ』 と言霊宣らせ給へば、八十曲津見の巨体は其儘海中に固まり、巨大なる巌島と固められける。 初頭比古の神は驚きの余り、御歌詠ませ給ふ。 『比女神の生言霊の功績に 曲津神は遂に巌となりける 島の上に蟻と見えしは曲津見の 頭に生ふる虱なりける 比女神の生言霊に閉ぢられて 曲津神は遂に巌となりける 今日よりはこれの巌島に国津神 永久に住ませて拓かせむと思ふ 天界は生言霊の御水火より 成りし国土とは今悟りけり 比女神は御樋代神にましませば 如何なる神業も果し給へり 比女神の神業助くと吾宣りし 生言霊の恥づかしきかな 今日よりは畏れ慎み比女神の 神業謹み仕へむと思ふ 主の神のア声の言霊に生れし吾も 比女の功に驚きしはや』 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『掛巻も畏し朝香比女神の 今日の功におどろきにけり 雲霧を四方に払ひて魔の島の 曲津神を永久に巌となせり 沼をかため島をかためて比女神は 新しき国土を生ませたまひぬ 魔の島は次第々々にふくれつつ 見る見る草木は生ひ立ちにけり 国津神の永久の住処と比女神は 曲津神の島を固め給ひぬ 今日よりは国津神等の食物を 育つる国土と栄えますらむ いやらしき曲津神の声に恥づかしも われは一時ふるひ居たりし 起立の吾神ながら震ひ立ちて 生言霊も出でざりしはや 主の神ゆ御樋代神と選まれし 神にしませばかくもありなむ』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『かくの如尊き神の側近く 仕ふる吾の幸を思へり 比女神よ立世比女神の真心を 嘉して永久に仕はせ給へ 吾はいま朝香の比女に仕へむと 楽しみ待ちし女神なるはや』 天中比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『比女神の生言霊に固まりし この島ケ根に舟寄せむかな 大いなる蟻と見えしは曲津神の 頭にわける虱なりしか 斯くならば一度島に上り行きて 生言霊の種を蒔かばや 朝香比女の神よ許させ給へかし 草木の種を吾蒔かむと思ふ』 朝香比女の神は御歌もて答へ給ふ。 『天中比古神の神言にこの島の 総てをまかせて国土拓かせむ』 この島は周囲百里に余る相当に広き島なりける。ここに天中比古の神は国津神狭野彦を譲り受け、諸々の草木五穀を生言霊に生み出でましつつ、遂に狭野の食国を生み出で給ひ、永久に鎮まり給ひける。 (昭和八・一二・一二旧一〇・二五於大阪分院蒼雲閣谷前清子謹録) |
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霊界物語 | 77_辰_田族比女の神の物語(万里の島) | 05 言霊生島 | 第五章言霊生島〔一九三七〕 御樋代神と生れませる朝香比女神の神司 曲神の島を言向けて狭野の神国を拓きつつ 天中比古神狭野彦を後に残して四柱の 神を伴ひ海原の浪おしわけて進みます 御空に天津日照り渡り昼月のかげしろじろと 浪に浮べる真中を生言霊を宣らせつつ 進ませ給ふぞ畏けれ抑霧の海原は 高地秀山より流れ落つ東の河の大流と 高照山ゆ落ちたぎつ月の大河の清流の 西と東ゆおちこめる大海原にありければ 万里の海とぞ称へられ数多の島々碁列して 霧立ちのぼり雲わきつ曲津見の棲処にふさはしき。 朝香比女の神の乗らせる御舟は、舷に浪の鼓を打ちながら、艪楫もなきに島々を、右や左にくぐりぬけ、周囲百里に余る狭野の島も、いつしか眼界を離れける。 朝香比女の神は後振りかへり、御空を仰ぎて御歌詠ませ給ふ。 『仰ぎ見れば狭野の食国山々は わが目路遠く消え失せにけり 天中比古狭野彦今はわがいゆく 舟を思ひて吐息つくらむ われもまた名残惜しけれど神業の せはしきままに離り来にける 空を行く百の翼よ心あらば 狭野の島根にわが心伝へよ 八千尋の浪を湛へし海原に 浮びてわれは狭野島を思ふ 栄城山狭野の島根はわが為に 忘らへ難き聖所となりける 一片の雲きれもなき大空を 鷲の翼のひるがへりつつ 雲霧は清くはれつつ百鳥は 月日のかげを仰ぎてたつも 百鳥の翼はことごと輝けり 浪にうつりてきらきら光るも 荒浪の一つだになき此海を 渡らふ今日は心晴れつつ 顕津男の神のまします西方の 国土は遥けし舟に浮びつ この海を東南に渡らひつ 月の大河の流れを避けむ 高照山ゆ漲り落つる月の河の 水は滔々この海に入るも 百鳥の空たつかげは水底に うつりて魚の泳ぐが如し 水底にむらがり棲めるうろくづも 天津日の光によみがへりけむ 月の夜は一入勇まむ海底の 百のうろくづ浮び出でつつ』 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『朝香比女神の御供に仕へつつ いとめづらしき神業見しはや 比女神の造り給ひし狭野の島は 影遠みつつ紫雲棚引けり 今日よりは狭野の島根も生き生きて 紫雲棚引き天国とならむ のたりのたり浪に揺られて進み行く 御舟の上の静かなるかも 天地の水火はことごと清まりて 生きの命のさはやかなるも われわれは清けき水火を呼吸して 永久に天界に住むべき神なり 天地の水火曇らへば天津神の 命保たむ糧だにもなし 今日よりはこの稚国土の雲霧を 吹き払ひつつ水火を清めむ 水火清き此海原に舟浮けて 顕津男の神の御供に進まむ 凪ぎ渡る大海原の中にして われは楽しく比女神と語らふ 比女神の御水火はことごと光なり 暗き心のわれは苦しも 朝夕を御樋代神に仕へつつ 言霊の水火を清めむとぞ思ふ 島ケ根ゆ島に渡らふ百鳥も 鳴く音澄みつつ風清しかり 吹く風もいとど清しき海原に 小鳥の声を聞くは楽しも 見渡せば高地秀山は雲表に 紫雲被りてひそかに覗けり 東の空打ち仰げば高照の 山はかすかに影現はせり 高山と高山の中を渡りゆく 此海原の広くもあるかな 東河月の大河集めたる 此海原は広かりにけり どこまでも御供に仕へ奉らむと 思ひ出だせば楽しかりけり やすやすと磐楠舟に浮びつつ 紫微天界の国土生みに仕ふ 天も地も風も清めて天界の 国土を固むる国土生みの旅なり 国魂の神を生まむと出で給ふ 朝香比女神の心雄々しも 天界に尊きものは国魂を 清けく生ます神業なりけり 幾万年末の世までも礎を 固むる為の神生みなりけり』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『四方八方に朝夕雲霧立世比女の 神の心も晴れわたりたり 御樋代の神の側女と仕へつつ 広き清しき海原わたるも 栄城山貴の社を立ち出でて 今は嬉しも公に仕へつ 御樋代の神に仕へて朝夕を 笑み栄えつつわれは生くるも 生き生きて亡びを知らぬ天界の 今日の旅路の幸多きかも 魔の島は曲津見の猛びに伸び立ちて 濁りし言霊吐き出でにけり 目も口も鼻も揃はぬ曲津見の 宣る言霊は雷の如かり 天地を揺がすばかりの雷声も 生言霊にことやみにけり 曲神の姿は忽ち巌となり 堅磐常磐の島ケ根を生めり 曲神はわが為にたくみ知らず識らず 神の神業に仕へゐるらし 朝香比女神の神言のおはさずば 此魔の島は栄えざるべし 魔の島は生言霊に神島と 忽ち変りて水火栄えつつ 朝香比女生言霊の御光に 四方の雲霧あとなく晴れつつ かくのごと言霊清き比女神の 御供に仕ふと思へば嬉しも わがいゆく道にさやらむ曲津見も 朝香比女の神の御水火に亡びむ かくの如雄々しき強き美しき わが公坐ませばこころ安けし 仰ぎ見れば遠の海原にかすみたる 山は正しく白馬ケ岳かも 峰高く白雪つもりて永久に 冷たき風を吹きおろす島 仰ぎ見れば白馬ケ岳の尾の上より 黒き煙を吐き出でにけり 白馬ケ岳わが目に入りて狭野の島 ますます遠くなりにけらしな 漸くに日は傾けど白馬ケ岳の 島根はろけし浪をどりつつ』 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『大空は真澄の空と晴れにつつ 高地秀山に日は傾けり 高照の山より出でし天津日は 高地秀山の尾根に近みつ 海風にあほられ荒浪立ちそめて 磐楠舟を左右にゆするも 此風は八十曲津見のたくみたる 醜のわざかも御舟をさゆらす 如何程に八十曲津見の荒ぶとも 何のものかは言霊の旅 曲神は言霊の光恐れつつ 風を起して公に刃向ふ』 かく歌ひ給ふ折しも、大海原の浪は刻々に高まり来り、殆んど御舟を呑まむとす。御舟は荒浪の間を木の葉の如く翻弄されつつ海中に漂ふ。 朝香比女の神は、平然として御歌詠ませ給ふ。 『曲津見はまたも手を替へ品を替へて わが行く先にさやらむとすも 千丈の浪猛るとも何かあらむ わが言霊に巌と固めむ。 浪よ浪巌となれなれ浪よ浪 島となれなれ天界は 生言霊の助くる国ぞ 生言霊の天照る国ぞ 生言霊の幸ふ国ぞ生くる国ぞ 巌になれなれ逸早く 島になれなれ片時も ためらふ事なく固まれよ』 かく歌ひ給ふや、伊猛り狂ひし浪は、吹く風にも何のさはりなく、忽ち鋸の歯の如き嶮峻なる巌山となり、泡立つ小波は真砂となりて、一つの生島は生れけるぞ畏けれ。 起立比古の神は驚きて御歌詠ませ給ふ。 『今更に比女の神言の言霊の いみじき功に驚きにけり 天界は言霊の国水火の国と 言ふ理を今悟りけり 狭野の島を生みましまたも巌の島を 今生まします功かしこき 此島は浪の小島と命名けませ 御樋代神の水火に生りせば 此山を鋸山と宣り給へ 頂ことごと尖りてあれば』 朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『わが宣りし生言霊に生れし島よ 言霊生島とわれは命名けむ 浪の秀は鋸のごとさかしければ 鋸山とわれも命名けむ』 初頭比古の神はまたもや驚き給ひて、御歌詠ませ給ふ。 『天晴れ天晴れ浪は忽ち山となり 泡は忽ち真砂となりぬ 言霊の水火の尊さ今更に 𪫧怜に悟りぬ初頭比古われは かくのごと功尊き比女神に 仕へてわが魂ふくれけるかも』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『久方の天津高宮ゆ降りましし 鋭敏鳴出の神の御助けなるらむ 鋭敏鳴出の神は御空にありありと 清きみかげを現はし給ひぬ 比女神の神業を助け守らむと かげにまします鋭敏鳴出の神はも』 朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『鋭敏鳴出の神の御水火に守られて わが言霊は冴え渡りつつ 御姿はたしに見えねど鋭敏鳴出の 神の功のあらはなるかも』 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『海原を御供に仕へまつりつつ いとめづらしき神業拝むも 天も地も晴れ渡りたる海原に わき出でにける巌島あはれ 鋭敏鳴出の神の功は海中に また生島を生み出でにけり』 かく神々は各自に御歌詠ませつつ、遥かの空に霞む白馬ケ岳の方面さして、舟の舳先を向け給ひける。 (昭和八・一二・一二旧一〇・二五於大阪分院蒼雲閣白石恵子謹録) |
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霊界物語 | 77_辰_田族比女の神の物語(万里の島) | 15 笹原の邂逅 | 第一五章笹原の邂逅〔一九四七〕 霊山比古の神は、小笹の芝生に曲津見の計略も難なく逃れて一夜を明し給ひけるが、漸く東の空を照して昇らせ給ふ天津日の光に、蘇生の息を吐き給ひける。 折しも保宗比古の神、直道比古の神、正道比古の神、雲川比古の神の四柱は、この場に悠々と駒の手綱をかいくりながら現はれ来り、駒をひらりと飛び下り、保宗比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『霊山比古の神は事無くおはせしか 夜半を進みし醜の常闇に 吾こそは道の行手を塞がれて 咫尺弁ぜず途中に宿りし 東雲の空を力に立ち出でて 駒を急がせここに来つるも』 霊山比古の神は答の御歌詠ませ給ふ。 『待ち待ちし四柱比古の姿見つ わが魂線は蘇りたり 常闇の小笹ケ原に夜をこめて 醜の曲津と言問ひしはや 醜女探女も夜光の玉を照らしつつ 吾を魔窟に誘はむとせし 三柱の比女神の姿と体を変へて やさしく吾を誘ひしはや 竜神は眼を光らし吾前に 夜光の玉と偽りにける いかにして進まむ由もなかりけり 咫尺弁ぜぬ黒雲の幕に 青臭き息に囲まれ玉の緒の 生きの生命を危ぶみにけり これよりは部署を定めて各も各も 魔棲ケ谷に進まむと思ふ』 保宗比古の神は驚きながら御歌詠ませ給ふ。 『吾も亦とある小さき森蔭に やすらひにつつ夜光の玉見し 三柱の比女神吾にも現はれて 夜光の玉に誘ひにけり 如何にしても怪しきものと思ひしゆ 吾言霊に逐ひやりにけり 三柱の比女神等の面ざしに 似たれど少しは怪しと思へり 兎にもあれ角にもあれや夜の明くるを 待たむと心定めたりしよ』 直道比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『吾も亦醜の曲津の化身なる 三柱比女の神に逢ひける 曲津見の猛び忌々しければ吾許に 来れと彼等は誘ひにけり よく見れば二つの耳は動きたれば 正しく曲神の化身と悟りき 言霊の水火をこらして曲神を 伊吹き払へば消え失せにけり 色々と手段を持ちて曲神は 吾等が征途を防がむとすも』 正道比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『吾前に三柱比女は見えねども 夜光の玉の地に落ちゐたるよ 吾伊行くあたりの闇を射照らして 夜光の玉はかがやきにけり 怪しみて吾手にふれず鞭もちて 打てば夜光の玉は動けり 闇の夜を照らす真玉と見えけるは 正しく竜の眼なりけむ 大いなる騒ぎの音を立てながら 夜光の玉は千々に砕けぬ 竜神の眼は砕け破れつつ 独眼竜となりて逃げしか』 雲川比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『荒野ケ原に吾も漸く黄昏れて やさしき女に出会ひけるかも 先に立たす比古神等は悉く 滅び給へば進ますなと宣りし 怪しかる女神は秋波をよせにつつ 吾駒の首に飛びつきにけり 駒に鞭あつれば忽ちをどり上り 女神を捨てて駆け去りにけり ここに来て始めて知りぬ比古神の 事なく在せしを雄々しき姿に いざさらば天津日の光昇りませば 部署を定めて征途に上らむ 曲神の醜の奸計はこまやかに 手筈極めて待ちあぐむらむ 兎も角も今日の首途に先立ちて この笹原に神言宣らむか』 霊山比古の神其他の諸神は、雲川比古の神の提言に賛意を表し、天地も割るる許りの言霊をはり上げて、貴の神言を宣らせ給ひぬ。霊山比古の神は小笹ケ原を流るる細谷川の清水に禊し給へば、四柱の神も吾後れじと健びの禊を修し給ひ、各自首途の御歌詠ませ給ふ。 霊山比古の神の御歌。 『天晴れ天晴れ細谷川に禊して 吾言霊は清まりしはや 斯く迄も禊の神事の畏さを 悟らざりしよ愚かなる吾は みそぎして吾気体も魂線も 清めし上は恐るる事なし 吾魂は冴えに冴えつつ鳴り出づる 生言霊の力満ちぬる 玉の緒の生きの生命もさやさやに 清まりにつつ光を増しけり 奴婆玉の闇より黒き曲神の 魂を照らして勝鬨あげむか はてしなき生言霊の力もて 進まむ今日の出で立ち楽しも 曲神の醜の砦も近づきぬ いざや進まむ言霊照らして 八十曲津谷間に深くひそむとも 現はしくれむ言霊の光に 鷲の棲みしこの森林の谷間を 安く開きて吾は進まむ』 保宗比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『禊して吾身はあかくなりにけり いざや進まむ魔棲ケ谷に 万里の島に永久にさやりし曲神の 滅ぶる時は今や来にけり 雲を起し霧を湧かしてすさびたる 曲神滅ぶと思へば楽し 千引巌あまた並べて構へゐる 醜の砦も何か恐れむ 黒雲の中にかくれて邪気を吐く 八十の曲津の終りなるかも 主の神のたまひし厳の言霊を 今日の禊に清めて進まむ 月も日も包みかくして荒びたる 魔棲ケ谷の砦を放らむ』 直道比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『白馬ケ岳の頂までも黒雲を 起して曲津は待ち構へ居り 白馬ケ岳百谷千谷に黒雲を 湧かせて曲津は吾等を遮れり アオウエイの生言霊に荒び狂ふ 竜も大蛇も生命をたたむか おとなしく服従ひ来れば吾も亦 愛のこころを起して救はむ 御樋代の神の天降りし万里の島を 清むも吾等が務なりける 田族比女神は泉の森蔭に 吾戦を守りますらむ 溪川をおつる滝津瀬高けれど 水は残らず赤濁りたり 溪川の流れを見れば曲津見の こもれる水火の濁りなりけり この水の流るる所浸みる所 木草は育たず穀物実らず 曲神の醜の砦を打ち破り 清き清水の滝津瀬とせむ さりながらこの一筋の細谷川は 禊の為に澄みきらひたり 主の神の禊せよとて造らしし 小川と思へば尊かりける』 正道比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『両肩に重荷を負ひし心地して 神の神言をかしこみ進むも 夕されば曲津の荒び強からむ 真昼の間によく戦はむ 昨夜の如曲津の化身現はれて 吾等を迷はす事の憎ければ 曲神は真昼を恐れ真夜中を 吾世となして猛び狂ふも 夕されば戦休み時じくに 生言霊を宣りて明さむ』 雲川比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『雲霧となりて天地を塞ぎたる 曲津見今や滅びむとすも 五男三女の雄々しき神の行く道に いかなる曲津もさやる術なけむ 兎も角も醜の曲津と戦はむ 陽のある間ぞ勝利なるべし ほしいままに伊猛り狂ふ真夜中に 曲津を攻むるは益なかるべし 曲津見は真昼の光を恐れつつ 雲霧となりて地を包むなり』 斯く御歌詠ませ給ふ折しも、三柱の比女神は駒の轡を並べてこの場に悠々と現はれ給ひ、山跡比女の神は馬上より御歌詠ませ給ふ。 『五柱の比古神ここに在せしか 昨夜の闇を案じつつ来し 吾こそは御樋代神の計らひに 後れて征途に上り来しはや 曲神は吾等三柱比女神の 姿まねぶと思ひて後れしよ 御樋代の神の言葉に従へば 曲津は吾等に身を変へしと聞く』 霊山比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『御樋代神の水ももらさぬ御計らひに われは驚き畏むばかりよ 山跡比女神の宣らせる言の葉の 畏さ吾身に迫るものあり 曲津見は三柱比女の神と化し 吾誘ふと計らひしはや さりながら吾魂線はささやきぬ 曲神の化身よ心許すなと 吾魂の囁き言葉に従ひて 曲の奸計の罠をのがれし』 千貝比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『五柱比古神等に後れ来しも 曲の奸計を思ひてなりけり 田族比女神の神言のさとき目に 吾も今更驚きにけり 吾来る道はほのぼの明るみて 月のかかれる野辺なりにけり 小笹原芝生に五柱神ますと 宣らせ給ひぬ御樋代の神は 御言葉の如く五柱比古神は 小笹ケ原に待ち給ひける 斯くの如神の守りの強ければ 醜の曲神も何か恐れむ』 湯結比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『三柱の比女神夜の大野ケ原を ほのかな月に照らされて来し 吾来る大野ケ原に夜は明けて 駒の歩みも早くなりける 言霊の天照り助くる神の世に 醜の曲神のいかで栄えむ いざさらば諸神等と言霊の 水火を合せて進みに進まむ』 霊山比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『斯くの如五男三女の神柱 集ひし上は急ぎ進まむ さりながら神々等は各も各も 部署を定めて攻め上らむかな』 ここに五男三女の神は各の部署を定め、遥か彼方の空に巍峨として峙つ魔棲ケ谷さして進み給ふ事とはなりぬ。 (昭和八・一二・一五旧一〇・二八於大阪分院蒼雲閣谷前清子謹録) |
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霊界物語 | 78_巳_朝香比女の神の物語(葦原新国) | 13 春野の進行 | 第一三章春野の進行〔一九六九〕 中野河以西の大高原は、朝香比女の神が放ち給へる真火の力によりて黒焦となり、地上一片の枯葉も留めず、晴々しくなりけれども、中野河を劃して以東は草莽々の原野にして彼方此方に大蛇棲息し又は異様の動物潜伏して、深夜になれば総ての作物に害を与へ或は国津神の老幼を傷つけるなど、未だ全く平安の域に達せざりける。 茲に御樋代の神とまします葦原比女の神は、鷹巣の山の麓なる桜ケ丘と言へる小山に瑞の御舎を造り給ひ、邪神の襲来を防ぐために丘の周囲に濠を繞らし、附近一帯の国津神を守り給ひつつありける。故に五千方里の広袤を有する此島ケ根も、御樋代神の恵に浴し其生を安んずる国津神及び諸々の生物は約四五方里に過ぎず。要するに御樋代神の権威の及ぶところは全島の千分の一位のものなり。 常磐の松生ひ繁る野中の森に月を愛でながら、一夜を明し給ひたる女男十一柱の神及び国津神の長野槌彦の一行は、夜の明くると共に各自馬上にて遥か東方なる桜ケ丘の聖所を指して一目散に進む事となりけり。 真以比古の神は真先に立ち、馬上ながら歌はせ給ふ。 『今日は如何なる吉き日ぞや 紫微天界の真秀良場と 其名も高き高地秀の 宮居をはろばろ立ち出でし 八柱神と現れませる 朝香の比女の神司 厳の雄心振り起し 万里の山野を打ち渉り 万里の海原横ぎりつ 地まだ稚き葦原の これの島根に天降りまし 世にも珍し燧石 切り出でたまへばピカピカと 四方に飛び散る火の光り 忽ち荒野の草の根に パツと燃えつく折もあれ 海原渡る潮風に 吹きあふられて忽ちに 荒野ケ原の叢を 一潟千里に焼き尽し グロノス、ゴロスの曲津見は 煙にまかれ火に焼かれ 何とせむ術なきままに 永久の棲処のグロス沼 水底深く忍びけり 朝香の比女は悠々と 焼野ケ原を打ち渉り 忍ケ丘に夕暮を 着かせたまひつ一夜の 露の宿りをなしたまひ 明くるを待ちて四柱の 神に曲津の征服を 依さしたまへば四柱は 勇み進んで出でたまひ さしもに深き沼底に 潜める曲津に向はせて 天津祝詞を奏上し 生言霊を宣りつれば 遉の曲津も辟易し 苦しみながらも執拗に 立ち退かむとはせざりしが 忽ち聞ゆる唸り声 ウウウーと天地も さけなむばかり鋭敏鳴出の 神の功に曲津見は 雲をば起し雨降らし 竜蛇の正体現はして 鷹巣の山の谷の間を 目ざして霞と逃げさりぬ 茲に四柱神々は 忍ケ丘におはします 朝香の比女の御前に 一伍一什の物語 宣らせたまへば比女神は 其功績を嘉しまし 野槌の彦と諸共に 桜ケ丘の清庭に 進みゆかむと密やかに 経綸の糸を繰りたまふ 道に当りし中野河の 広き流れを言霊の 光に陸地となしたまひ 河の東に渡らむと 思ほす折しも吾々は 葦原比女神に従ひて 謹み出迎奉り 此島ケ根の曲津見を 罰めたまひし鴻恩を 心の限り感謝しつ はや黄昏に近づけば 野中の森の松かげに 月の一夜を明かしつつ 思ひ思ひに語り合ひ 歓ぎ楽しむ其状は 天の岩戸の開けたる 嬉しき楽しき思ひなり 東の空は茜さし 紫雲をわけて天津日は 豊栄昇りたまひける 百鳥千鳥のなく声は 常世の春をうたひつつ 処々に咲き香ふ 白梅の花美はしく 迦陵頻伽に送られて 真鶴うたふ大野原を 十一柱の神々は 野槌の彦を従へて 荒野ケ原を渉りつつ 桜ケ丘の御舎を さして進むぞ勇ましき ああ惟神々々 神の真言の御経綸 吾等は謹み敬ひて 朝な夕なを禊しつ 生言霊の幸はひに 豊葦原の新国土を 開きゆくこそ楽しけれ 桜ケ丘も近づきて 吹き来る風も芳ばしく 遠野の奥に燃え立てる 陽炎豊に花の香を 野辺一面に送るなり ああ惟神言霊の 厳の御水火に光あれ わが言霊に生命あれ』 葦原比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『天晴れ天晴れ光の神はあれましぬ 葦原の雲吹き払ひつつ 二十年を忍び忍びて守りてし この葦原の国土は生きたり 朝香比女神の神言の功績に 豊葦原と開けゆくなり 葦原の中津神国は曲津見の 朝夕荒ぶ醜処なりける 醜国も豊葦原の安国と 開け行くかも生言霊に 顕津男の神の天降らす朝迄に 開きおくべしこの葦原を 朝香比女神の賜ひし燧石こそ 葦原を開く光なりける 此燧石二十年前に吾もたば この葦原は栄えしものを 国津神数多あれども曲津見の 醜の奸計に滅されける 桜ケ丘宮の近くの国津神は 纔に命保ちけるはも 今日よりは国津神等大空の 星のごとくに生み育つべし 国津神よ御子を生め生め栄えよ栄え この葦原は今日より安けし 四柱の神を率ゐて天降らしし 八柱比女神を迎ふる今日かな』 朝香比女の神は馬上豊に御歌詠ませ給ふ。 『葦原比女神の領有ぐこの島を 吾恣に焼き払ひけり 主なき島と思ひて曲津見を 払ひ退ふと真火を放ちし 進み来れば国津神等の住めるを見て 葦原比女のおはすと悟りし 顕津男の神の御許に侍らふと 吾は旅行く道すがらにて 由縁ある此島ケ根に立寄りて 御樋代神に会ひにけらしな 非時の香具の木の実ゆ生れませる 葦原比女の神の清しさ 主の神の永久にまします高宮ゆ 天降りし公は八十比女の神 国々に八十比女神を配りおきて 国魂生ます主の神天晴れ 御樋代の神は何れも主の神の 水火に生れし神柱なる かくのごと尊き御樋代神をもて 国魂生ますと瑞霊たまひぬ 大家族国をつくると主の神は 顕津男の神独りを依させり 御樋代は主の神の御子国魂は 瑞の御霊の御子なりにけり 葦原比女神よ吉き日を待たせつつ 瑞の御霊と国魂生みませ 吾も亦顕津男の神の御許に 進みて国魂生まむとぞ思ふ 遥々と曲神の荒ぶ西方の 国土に進まむ吾なやみつつ』 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『初夏の野も春弥生の心地して 大原の奥に陽炎立つも 陽炎の燃え立つ野辺を駒並めて 進むも楽し桜ケ丘へ ぼやぼやと吾面を吹く風のいきに 吾目ねむたくなりにけらしな 駿馬も歩みをゆるめて眠るごと 大野の草を分けつつ進めり 駒の背にゆるく揺られて知らず識らず ねむけ催す春野の旅なり』 成山比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『久方の高地秀山ゆ天降りましし 朝香の比女神迎ふる嬉しさ 仰ぎ見れば鷹巣の山の頂は 紫雲の衣をつけて迎ふる 野路を吹くねむたき風の息づかひ 聞きつつ進む駒の遅きも 終夜眠りもやらず月舟の 下びに遊びて睡気催す』 栄春比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『葦原比女神の御供に仕へつつ 朝香比女の神の出でまし迎へし 仰ぎ見れば朝香の比女の御上に 光らせたまへり鋭敏鳴出の神は 鋭敏鳴出の神は御姿現はさず 蔭にいそひて守らせたまへる 吾公に守り神なし如何にして この葦原を拓きますらむ さりながら生言霊の天照らす 国土にしあれば安く開けむ とつおひつ思案に暮れて二十年を 功績もなく過ぎにけらしな』 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『狭野の島と万里の島ケ根造りをへし 朝香の比女神ここに来ませり 葦原比女神の神業を補ふと 出でましにけむ朝香比女の神は 朝香比女神に朝夕仕へつつ 真言の光を悟り得ざるも 奥底のわからぬ御稜威を保ちます 朝香比女の神は御光なりけり』 八栄比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『桜ケ丘の貴の宮居を立ち出でて 朝香比女の神を野に迎へける 朝香比女神の神言を仰ぎてゆ 吾目眩しくなりにけらしな 言霊の天照り渡す朝香比女の 神は光にましましにけり 初夏なれど葦原の国土は風寒く 桜の花は真盛りなりけり 白梅と桃と桜の一時に 桜ケ丘の聖所に匂へり せめてもの旅を慰めまつるべく 花咲きみつる聖所に導びかむ』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『梅桜桃も一度に咲くと言ふ 珍の景色を眺めまほしけれ 吾公の御供に仕へて百花の 薫る聖所に進む楽しさ もやもやと四方の山野に霞立ちて 吹き来る風は花の香包めり 草枕旅の宿りの楽しさは 花の盛りの春にあふなり』 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『吾公は万里の荒野を渉りつつ 国魂生まむと来りますかも 国魂神あれますまでは御供に 吾仕へむと従ひ来りし 西方の国土は遥けしさりながら 神の御稜威に進まむと思ふ 葦原のこの浮島の風光を 眺めて国土の栄を偲ぶも 遠方の遠野の奥に輝ける 眺めは雲かも山桜かも』 霊生比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『目路遠く雲か花かとまがふなる 聖所に吾は導きゆかむ 桜ケ丘の宮の聖所の美はしさを 五柱神に見せたくぞ思ふ 駿馬の脚を急げば黄昏に 桜ケ丘に帰り得べけむ 夕されど月の光のさやかなれば 桜ケ丘にひたに進まむ』 かく神々は馬上にて日長の退屈さに交々御歌詠ませつつ、其日の黄昏るる前、漸くにして桜ケ丘の聖所に着きたまひ、迎へまつる数多の国津神等の敬礼をうけ、新しく築かれし八尋殿に上りて、月を賞め夜桜を讃へながら、短き春の一夜を過させたまひける。 (昭和八・一二・二二旧一一・六於大阪分院蒼雲閣加藤明子謹録) |
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霊界物語 | 79_午_葭原の国土の竜神族の物語 | 余白歌 | 余白歌 朝夕に皇道を説き国民をよみがへらさむ昭和神聖〈第1章(初版)〉 移り行く世を思ひつつ吾は今筑紫の国に言霊戦を為す〈第7章(初版)〉 東奔西走南船北馬神国の栄えの為に吾動くなり〈第9章(初版)〉 京阪神の都会に荒ぶ暴風雨惨状聴きつつ筑紫に吾あり〈第9章(初版)〉 華府条約廃棄し国威を張らむ為に国の彼方此方雄健びするも〈第9章(初版)〉 風水火三災頻りに迫り来る日本を救ふ真人坐さずや〈第11章(初版)〉 天王寺五重の塔の崩壊を聞きつつ思ふ末法の世を〈第13章(初版)〉 日本の国の行末思ひつつ六十四歳の身を起したり〈第14章(初版)〉 急行車寝台の上に横たはり思ふは御国の前途なりけり〈第15章(初版)〉 両聖地の吾家に眠る暇もなく国の遠近われは巡るも〈第15章(初版)〉 日本はいふも更なり地の上の上ことごとく行き詰まり居り〈第15章(初版)〉 言霊の天照る国のいさをしを普く地上に輝かさむかな〈第15章(初版)〉 地の上のすべての物は⦿の神の水火に生れて輝けりけり〈第16章(初版)〉 彼岸晴れの九州別院の半日を天祥地瑞の校正に勤しむ〈第16章(初版)〉 天高く気静かなる秋の日を吾別院の庭に親しむ〈第16章(初版)〉 秋さりて虫の音しげき筑紫嶋に渡りて貴の言霊宣るなり〈第19章(初版)〉 草枕旅の朝に新聞見れば京阪神の天災かなしも〈第20章(初版)〉 天地の神の怒りか不知火の吾は筑紫に世を歎くなり〈第20章(初版)〉 次々に風害水害旱害と迫る日本の秋は淋しき〈第20章(初版)〉 秋晴の九州別院の大杉につくつく法師真昼を啼くなり〈第22章(初版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 80_未_予讃の国の水奔鬼の物語 | 総説 | 総説言霊の活用 皇道に顕れたる神といふ意義に就ては四種の大区別がある。曰く幽の幽、曰く幽の顕、曰く顕の幽、曰く顕の顕、之なり。而して幽の幽神は天之峰火夫の神以下皇典所載の天之御中主神及び別天神迄の称号にして、幽の顕なる神は天照大神、神素盞嗚尊等の神位に坐します神霊を称するなり。天照大神、素盞嗚尊等は、幽の幽神の御水火より出生されたる体神(現体)なるが故にして、尊貴極まりなき神格なり。 次に顕の幽なる神は大己貴命、少彦名命等の称号にして、一旦地上の現界にその尊姿を顕現して顕実界を主宰し給ひたるが、定命尽きて神界に復活され幽体となられたる意義の称号にして、菅公、楠公、豊公、其他の現人没後の神霊の称号なり。次に顕の顕なる神は則ち畏くも万世一系の皇統を垂れさせ給ひて、世界に君臨し給ふ現人神に坐しまして、天津日継天皇の御玉体に坐しませるなり。故に皇道日本国の神なる意義は頗る広汎に亘りて、外国人の唱導する如き単純なる神にあらざるを知るべきなり。 凡て宇宙も、神も、万物も、その大原は天之峰火夫の神即ち大宇宙の大極元の言霊幸はひ坐して成り出でませるなれば、実に至貴至尊なるものは此言霊をおきて何物も無しと知るべし。 著者は天祥地瑞未の巻を口述するに当り、皇道言霊学上より見たる声音の一部を略解しおかむと欲するなり。 ワ声の言霊活用 ワ声は、子の方面に活用して「分れ去る義」あり、北東には活用なく、東北に活用きて「子の世也」、東に活用きて「親を省みる也」、東南に活用きて「人の起也」、南東に活用きて「輪となり、一箇の体となり、また我身の輪となる」、南に活用きて「締め寄する言霊となる」、また南西に活用きて「ウアの結となり、世界の輪となる也」、西南に活用きて「物の起り也」、西に活用きて「世を知る初となり」、西北に活用きて「遂に親の位を践む也」の言霊となる。北西に活用きて「分れ出づる也」の言霊あり、また「輪は群類也」「紋理之起也」「われを責むる声にして、又わめく声なり」「友に並び居り」「世に涵り居る也」「親なり子なり」「順々に世を保つなり」「生れ初むるなり」「分子の形なり」。斯の如くにしてワ声の言霊は世に生きて活用くを知るべし。 ヲ声の言霊活用 ヲ声の言霊は、北に活用きて「解分け掌る意義なり」、北東に活用きて「劣り降る也、別派の形也」、東北に活用きて「大気の一条也、青也」、東に活用きて「長也、治也、教也、躍也」、東南に活用きて「形を使役為す也」、南東[※底本(戦前の初版、戦後の五版)では「東南」だが誤字だと思われるので「南東」に直した。]に活用きて「シシモノナリ、食也」、南に活用きて「結而一となる言霊也」、南西に活用きて「ウオの結也、霊の緒也、霊魂脈管也」、西南に活用きて「自在に使役為也」、西に活用きて「をめく声、喚声也、向ふものを緒を以て繋ぎ引寄する義なり」、西北に活用きて「生ふる也、生え出る也」、北西に活用きて「遠く至る所なり、息也」、また「男なり、陰茎也、居る也、己れ也、上命、下諾、唯唯也、尾なり、祭り守らしむ也、まつをれつく也、細長き形也、緒なり」等の言霊活用あり。 ウ声の言霊活用 ウ声は、北に活用きて「後に豊む義となり」、北東に活用きて「籠り据る也、据り見る也」、東北に活用きて「潤ふ也」、東に活用きて「謡ふ也、売れる也、結び成り上る也」、東南に活用きて「失る也、疑ひ初る也」、南東に活用きて「動き働く也、浮き出る也、上也」、南に活用きて「上に成り移る言霊となり、寿の所在也」、南西に活用きて「ワウの結也、生れ出る也」、西南に活用きて「子の働き也」、西に活用きて「生死を顕はす也、働移行飢也」、西北に活用きて「移る也、写す也」、北西に活用きて「転也、蛆虫也」、また「心の結也、植ゑ立る也、薄き也、倦む也、結び立つ也、中に立ち結ぶ也、心痛也、憂き也、醜き也」等の活用ある言霊なり。 ヱ声の言霊活用 ヱ声の活用は、北に活用きて「刺劇る義となり、また掘り行く也」、北東に活用きて「刳り返す也、片寄る也」、東北に活用きて「兼ね合ふ也」、東に活用きて「事照り輝く也」、東南に活用きて「織り照らす也」、南東に活用きて「刺し込む所也、餌也」、南に活用きて「幸はひ進み玉ふ言霊也、又楽しむ所也」、南西に活用きて「ウエの結び也、恵み盛也」、西南に活用きて「保ち見る也」、西に活用きて「事を執る也」、西北に活用きて「含み思ふ也」、北西に活用きて「役也」、また「笑む也、腹中之真也、乳垂る也、中腹に成就也、必ず出る也、黜陟之権有る也、尚く行く也」等の言霊妙用あるなり。 ヰ声の言霊活用 ヰ声の活用は、北に「移転之中央を束ね居る義也」、北東に活用きて「前後、大小、上下、左右、新古、善悪、正邪、美醜、軽重、長短、好悪、内外等の対照的言義也」、東北に活用きて「三世を一貫する也、忽ち来り忽ち行く也」、東南には活用なし。南東に活用きて「呼吸也、不止居也」、南に活用きて「世に立ち盛る言霊也」、南西に活用きて「ワイの結び也、通ひ直居る也」、西南に活用きて「何れ也」、西に活用して「霊魂脈管の全象也」、西北に活用きて「ヰを以てイイ[※二文字目のイは上下逆様のイ。]を知る也」、北西に活用きて「差別、往来、生死の類、一切の事皆悉く其中に立ちて両端を釣り居る也」、また「三世の瀬戸也、寿也、呼吸之内也、今也、現在電光の機関也、枝葉無き也、流に立つ也、火の燈る形也、世の階段に立ち居る也、日ノ川也」等の言霊妙用ありと知るべし。凡て猪は一直線に走りて傍見を為ざる性なり、また「猪首也、糸、藺」等の言霊なり。 ヤ声の言霊活用 ヤ声の言霊は、北に活用きて「内を貫く義也」、北東に活用きて「宿る也」、東北に活用きて「遣る也」、東に活用きて「透明にして見えざる也、経綸の形也、天に帰る也、指し難き也」、東南に活用きて「天上より直射する光線也、指し込む也」、南東に活用きて「極て敏く見えざる也、屋也」、南に活用きて「外を覆ふ言霊也」、南西に活用きて「イアの結び也、重り騰る也」、西南に活用きて「走り飛ぶ也」、西に活用きて「地球を親しく包裏し居る也、我を覆ひ渡りて常世の天を照し居る也、裏面の天地也」、西北に活用して「三つ重なる也、八つ也」、北西には活用無し。またヤの言霊には「矢也、焼也、透明体なる天中固有の紋理也、蒼洞也、先天の真気也、固有の大父也、親の謂[※フリガナ「イハレ」の「イ」は上下逆様の活字が使われている。]也、左旋也、大輪の覆蓋也、居る也」等の言霊妙用ありと知るべし。 ヨ声の言霊活用 ヨ声の言霊は、北に活用きて「離れ散る也」、北東に活用きて「重なり下る也、分れ散る也」、東北に活用きて「生而後知る所也」、東に活用きて「善美也、能く張り合ふ也、矢の道備ふ也、祖先億兆、子孫億兆、劫々劫を現在明らかに保ち居る也」、東南に活用きて「東西南北現はるる也」、南東に活用きて「必ず四間に成る也、四ツに組む也、四ツ也」、南に活用きて「寄り結ぶ言霊也」、南西に活用きて「ヤオの結び也、天の下也、世の中也」、西南に活用きて「必ず正約存也」、西に活用きて「螺旋備はる也、経緯に樋入る也、驚き呼ぶ声也、ヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ也」、西北に活用きて「一極輪也、是をヨと言ふ也」、北西に活用きて「縦也、廃する也」、またヨ声には「半也、呼び出す形也、寄り合ふ也、億兆の現在所也、漂ふ形也、(オヲ之棚引也)、天地火水纏まる形也、能く指令する也、オヲ既に起り備る時は、二二が四[※「二二」は片仮名のニではなく漢数字の二。戦前の初版にはフリガナは付いていないが、戦後の五版(昭和55年発行)には「二二が四」とフリガナが付いている。]の方面必ず備り在る也」等の妙用あるべし。 ユ声の言霊活用 ユ声の言霊活用は、北に「指し集まる義也」、北東に「震り鎮むる也」、東北に活用きて「機気の通は敏速也、電気の類也」、東に活用きて「彼より是に伸び立ち来る也、揺蕩也」、東南に活用きて「釣合ふ力也、平均力の元也、床也」、南東に活用きて「湯の働き也、沸き返る也」、南に活用きて「起り行く言霊となり」、南西に活用きて「ヤウの結び也、行き通ふ也」、西に活用きて「幽顕也[※底本では「幽顕」の「幽」の字が上下逆様になっている。]、気質相交換する也、寛に漂ふ也」、西北に活用して「体質の通は寛慢也(ミノカヨヒハ寛也)、火脈、腺脈、流水の類也」、北西に活用して「ヤヨの現在なり」、また「天の結姿也、蒸騰る也、行き届く也、努力也、忌々也、往来為也、総べ震る也、夢也、是より彼に到り見る也、是より彼を顧みる也、弓の活用也」、以上の妙用あるを知るべし。 エ声の言霊活用 エ声の言霊活用は、北に活用きて「本蔭る義となり」、北東に活用して「窄の動く也」、東北に活用きて「痿える也」、東に活用して「廉目立也、太大也」、東南に活用して「愛なり、能也」、南東に活用きて「頻りに集り来る也、上栄ゆる也、枝也」、南に活用して「末栄ゆる言霊也」、南西に活用して「幸の力也」、西南に活用して「ヱエの登り也」、またエの言霊には「猶普き也、既に移転也、編む也、えらむは撰の公なる也、ウウユル也、ウウエル也、飢也、悦び合ふ也、恋れつく也」の活用あるなり。 イ声の言霊活用 イ声の言霊は、北に活用して「心動而不定義也」、北東に活用して「揺り定むる也、考へ定むる也」、東北に活用して「遠く恋ひ行く也」、東に活用して「結び溜る也」、東南に活用して「矢の収る所なり」、南東に活用して「淪澱[※フリガナ「イトコイル」の「イ」は上下逆様の活字が使われている。]也、鎔に行き渡る也、身也」、南に活用して「身を定めて動かざる言霊也」、南西に活用して「ヤイの結び也、鋳定まる也」、西南に活用して「至り止る也」、西に活用して「九族一身の証也、指の名を兼持つ也」、西北に活用して「指の活用也」、北西に活用して「心也」、またイ声の言霊には「天井[※フリガナ「イハリ」の「イ」は上下逆様の活字が使われている。]也、遂に身に従ひ成る也、射中る[※フリガナ「イアツ」の「イ」は上下逆様の活字が使われている。]也、心の形也、興り伸び立ち止る也、父の孫也、母の子也、親の心を稟け持つ也」等の妙用あるを知るべし。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治34年旧7月15日 | 明治三十四年旧七月十五日 艮の金神が、明治三十四年の、文月の十五日に書き置くぞよ。此の綾部の大本は、他の教会とは違ふから、余程魂を研いて掛らんと、神の気障りが出来て来て、往きも戻りもならんことになるぞよ。此の大本は、金銀では出来ん世話であるから、能く心得て呉れよ。人を欺して金を取り、神や教祖を松魚節に致して、信者を苦しめることは、此神の第一の気障りであるぞよ。今迄は故意とに眼を塞いで居たなれど、是れからは、何も彼も激しくなりて、ビクリとも出来んやうに致すぞよ。途中で横奪するやうな根性のものは、此神是れから許さんぞよ。誰によらず、早く改心致されよ。此の曇りた世の中を、水晶の御魂に立替へねばならぬから、余程骨が折れるぞよ。金光殿の折のやうに思うて居ると、今度は気の毒があるぞよ。早く改心をいたされよ。改心すれば赦してやるぞよ。皆慾信心で、神が眼を開けて見て居れんぞよ。 今度は二度目の天の岩戸を開くと申せば、日本の天皇陛下でも、お変り遊ばす様に思うものもあらうが、ナカナカ、其んなことは、神は為さんぞよ。天津日継の御位は、幾千代までも、天照大神様の御血統故、ますます栄えますやうに、艮の金神が、世界の事を知らして、日本人に日本の行為を致さして、神の国建てる日の本のみかどの光を、三千世界へ告げ知らし、外国から攻めて来て、サア敵はんといふ所で、神が誠の者を集めて、日本の国を護り、大君の光を世界へ照らして、世界中一つに致して、日本の天皇様に服従はすやうに致すために、艮の金神が、三千年の昔から、苦労致した初まりであるから、此の事が腹へ這入らんと、真実のお蔭は無いぞよ。四方春蔵が好い鏡じゃ。 明治二十五年からの筆先を、能く腹へ入れてみよ。此の神は日本の大将に何事も知らして、蔭から護ると申してあらうがな。日之出の神の苦労と、出口の苦労を、基礎に致すと書いてあらうがな。日本魂を研き上げて、天子様へ一つの忠義を立てさして、末代名を残す綾部の大本であるぞよ。 此所は誠の鏡を出す所であるから、一つでも身慾致したり、途中で物喰ふやうな精神のものは、九分九厘まで出来たとこで、クレンと転覆して了ふぞよ。神は正直者が好き、口上手の誠の無きものは、嫌ひであるぞよ。 マダマダ出口海潮を敵対ふものが、役員の中にも、出来てくるかも知れんぞよ。一つ違えば、国事犯とか、朝敵とかと申して、此の神の経綸を、邪魔致すものが出来て来るぞよ。神も出口も海潮も皆承知であるから、少しも影響ぬが、人が悪い悪いと思うて居ると、アチラコチラに船が覆りて、誠に気の毒なことが出来てくるから、一寸前に、神が気をつけて置くぞよ。人民の一人や二人千人が敵対ふたとても、不影響ん神じゃぞよ。歯節は些っとも立たんぞよ。其様なことにヒヨロツク様なことでは、三千世界の身魂の立替は出来んぞよ。今度は身魂で出世が出来るのじゃぞよ。 艮の金神は、天朝で判けて貰ふのであるから、この事が判りて来たならば、出口はお抱えになるのじゃぞよ。十年後から筆先に出して置いた事は、皆出て来がな。一厘相違が無い筆先であるぞよ。 此神は人を苦しますのが気障りで、天地の神へ申訳が無いぞよ。要る様になりたら、神が一度に致さすぞよ。今金を集せるといかん事があるから、故意とに集せんぞよ。今集せても、途中で邪魔が這入りて、誠の道が立たんぞよ。信者傷めて、金光教や天理教の様な真似はさせんぞよ。是れから誰によらず、改心が第一等であるぞよ。 余り現世が醜るしさ故、一度は火が消えるぞよ。其の覚悟で御座れよ。何も彼も、天へ引上げになるから、近慾は為て呉れなよ。上が裸で下が袴穿くと申して置いたが、時節が来たぞよ。世が登り詰めて、もう此の上に至りやうがないので、此の世がサツパリ暗雲になりて、強い者勝の世になりたのであるから、艮の金神が、天地の神の命令を戴きて、三千世界の人民を、改心させるための、金明霊学であるから、却々大望であるぞよ。誠の分るは遅いなれど、此の事が判りて来たら、悪も善に立帰るぞよ。 訴願ふ如何仕様のと言うて、騒ぐ者が出来て来ても、役員心配は不要ぞよ。艮の金神が天朝で申し開きを致して、昔から無き手柄を致してみせてやるぞよ。其の時は、敵対ふた者が、ヂリヂリ舞をして、眩暈の来る御方が大分出来て、気の毒じゃぞよ。指をくはへて、後へ退りみて居らんならん人も、出来てくるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治35年旧7月16日 | 明治三十五年旧七月十六日 うしとらの金神が現はれて、二度目の世の立替の守護を致すから、是迄とは何彼の事が変るぞよ。明治三十五年の七月十五日の有明に、勿体無くも天照皇大神宮殿が出口に御憑り遊ばして、御歓びでありたぞよ。出口は勤め振りが善いと仰せ有たぞよ。皆行状を易て貰はんと、神の威勢が出んから心得て下されよ。是迄の世の行いを致して、艮金神を開きに行ても、宜い耻晒しに行くのであるから、夫れで開きに出るで無いとクドウ申したのじゃぞよ。今迄の教会のやりかたで、綾部の教を混交にいたして開くのなら、世の立替でないぞよ。是までの行り方が不可に由って、世の立替をいたす綾部の大本へ来て、今迄の行り方で行けさうな事はないで無いか。同じやりかたなら骨は折んなれど、今の教会の行方は誠に醜劣きぞよ。此の大望な世の立替を致すには、所々方々に神柱を建て、神の取次ぎを為して在るなれど、余り世が曇りておる故に、誠の者が何処にも無いので、此綾部の大本は何彼の事が違ふぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治36年旧5月19日 | 明治三十六年五月十九日 是迄の世は悪の世で、悪と申すのは、世が覆りて居る故に、何を致しても終局には悪に成りて、人が難渋を致す事より出来は致さんぞよ。世を立替ねば世界の人民助ける事は出来んが、思ひの違ふ人が沢山在るなれど、此の世は悪の行り方では永くは続かんぞよ。岩戸を開いて、元伊勢のウブガマのウブダライの御ン水は、昔からチットも変らん水晶のその御ン水を、世の立替について、明治三十四年の三月の八日に、世界の水は一平らに泥水であるから、其の泥水の中に住みて居る人民、段々一年増しに、今表面から見ては何とも無いが、モウ表面も飾られん世に成るし、まだまだ強い者勝ちに成るぞよ。夫れで水晶の御ン水を頂きて、綾部の邸の内には、その結構な御水で、身魂の洗濯を日々致して居るのじゃぞよ。女島と男島との間にも、此の御水を少し滌いであるが、此の御水が世界中へ廻りたらボツボツと大望を始めると申して在るが、モウ廻りたから、是からは世界に何が在らうやら知れんぞよ。変性男子、変性女子、龍宮の乙姫殿日の出の神、金勝金の大神殿四魂揃うて御守護なさるなり、三代の木花咲耶姫殿も揃うて元伊勢へ御礼参拝が出来て、元伊勢の宮川で罪や穢れを洗りて了うて、是で立替の御用は勤めて呉れて神は満足で在るぞよ。明治三十四年の三月の八日に、元伊勢の昔からチットも変らぬ水晶の、岩戸の御水取りの大望な御用が、木下慶太郎、輔佐が森津由松。 今が天地がクリッと返る辛い所、金は段々逼迫に成るし、世界の人の心が何となしに淋しくなりて、総体が気の毒が出来るぞよ。御用致す御方、神の申す様に致せば迫々楽に御用が出来て結構。 ○ 綾部の大本は世界の本に成る霊的大経綸の神廷で在るから、綾部の神業之大橋を越して、まだ前へ行かうと思うても道が判らぬ様に成て、一筋の誠の道に後戻りを致さぬと、外に何彼の事の判る所は有りはせぬぞよ。世界の人民よ、段々是からは世界は心淋しく相成るから、恋しく成りたらば綾部の大橋へ参いりなされ、外では判らぬ世界の一切の事を説いて聞かして上げますぞえ。是からの世はドウ成ると言ふ事は、此の大橋を越して来んと、何も判りは致さん気の毒が出来るぞよ。 ○ 変性男子は、畏こくも天照皇大神宮様の御妹御の御魂で在るから、二度目の天之岩戸を開きて、三千世界の世を立替へて、天下泰平に世を治る大望な御役であるから、此筆先通り何彼の事を致して下されば、人民力の出来も判りも致さぬ事を為せて、此の世の手柄者と致すので在るぞよ。今度は水晶魂の選り抜き斗り神が使うて致すので在れども、今の人民は悧巧過ぎて天地の事の判る身魂は無いから、何遍致しても後戻り斗り、差添の種は揃うて水晶魂に磨いて下さらぬと、神も難渋、世界もヒシと行ん事に成るぞよ。外国の教は手本ありて金を沢山使うて、末々まで間に合はぬなれど、元のいろはの勉強は、手本なしに書き放題に書した事が、其通りに成れば此の世は結構な、末代続く神国の代に成るので在るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治36年旧6月(日不明) | 明治三十六年旧六月 変性男子の御役は、此の世一切の事を書き置かせるので在るから、善き事も悪き事も何も末代残る事斗りで在るぞよ。何も末代残るから、身魂の改善調整致す大本と申すのは、善の身魂と悪の身魂とを立て別けて了はんと、本来の純日本に成らんから、善し悪しの亀鑑の出る大本で在るから、悪亀鑑に成らん様に、各自に心得るが能いぞよ。物を気にする様な小さい心を捨てて了ふて、神心に早く成りて貰はんと、世界は騒わがしく成るし、此の大本の行状が神代の行り方に薩張り変らんと可愛想な事が出来るから、善悪神之大葛藤も知らずに、此んな文明い世は無いと思ふて居る世界の人民が、顔の色が変るぞよ。此の中の行ひが変らねば誠の教は出来んぞよ。教を致さな、判りかけが致さんぞよ。 世界からは追々と出て来るし、筆先を見るが後れて来て、大変物事が遅く成りて居る故に、一度に忙しく皆がなるぞよ。世界の洗濯、人民の身魂の洗濯致すのが遅く成りて、チト延して人民の改心を為して、成る可く良く致して与ろうと思ふ程、悪が栄て悪く成る斗り、人民も余りくもりが甚いので磨きかけが出来んから、イツ何時に、世界はドンナ混雑に成ろうか知れんから、各自に用意を致さんと、此の世が出て来るから、日々気を附けたので在りたぞよ。此の世界の地面は、見苦しき事に汚れて居るぞよ。地へ降臨て住居をする処が無い、此の世が余り甚深い曇りようで、人民の道は結構な新道が拓いて結構で在るなれど、神の道が全然潰れて了ふて居るのを、艮の金神が稚日女君命出口の神と現はれて、天の規則を定めて、世界の洗濯、人民の身魂の洗濯を致して、元の此の世を創造た神が守護致せば世は治まるぞよ。往昔は天で規則を定めて、誠に結構で在りたなれど、天の規則を破乱りてから、世が段々と乱れて来たので在るぞよ。夫で規則を破りた身魂は稚日女君尊、此の身魂は、世一代は苦労を致して、経綸の大事業を成就させねば、天から許して貰へん身魂に成りて来て居るので在るから、是れは出口直で勤め上げて賞はな、代りを命せる身魂は無いから、此の中の二人が助ねば成らんぞよ。三代になりたら水晶の種に成るなれど、金輪際世の乱れた中に育ちた人民で在るから、天地をヒックリ覆へして綾部の大本から水晶の世に捻直して、大の字逆様に成りて居るのを、真直ぐに致して、お返し申さねば、天地は正しうならぬから、行ひや行り方を変へて、此の行り方で在るなれば大丈夫で在ると言ふ命令を戴くまでは、チットも安心は成らん、極度敵はん様に成りて来たら、我れ丈の行ひ位は変るなれど、変性男子の御役は人の行状を変えさせねば成らん、世界を改心さして、物事を変えさせる大辛苦な御役で、一年か二年の辛棒なら楽なれど、夫れでも此の御用はやう辛棒を致さんぞよ。此の御役は今では悪役じゃ。悪に見せて致さな改心致す人民が無い、善の儘で居りては、此の暗りた悪鬼斗り世の中の、悪る開けに開けて居る見苦しき人民に改心為すのは、化て致さな出来はせんぞよ。錦の旗の仕組、大望な世の立替、道無き所に道を着たり、有る道を潰したり、二度目の世の立替致すには、天照皇太神宮どのの岩戸へ這入りなされた折とは、何倍がけ骨が折れるか知んなれど、仕組通りに成りて来るから、此の中さえ揃ふたら、世界は何時でも始めるのじゃぞよ。仕組は世界は仕て有るぞよ。早く良く成ろうと悪く成ろうと心次第で在るから、今度は早く神心に成りて、申す様に仕て居れば出来て来るぞよ。今度の綾部の大本の経綸は余り大きな神業で在るから、判るまで出口の手で書かして置くから、誤解いを致さん様に致して、器量の大きなのを持て来んと、今度は器量が小さいと、大きな神慶が小さい御蔭に変る事が出来るぞよ。仕組は変えぬとは申せども、出来ん事を命せても、出来る御用を使せねば、勤め上らいでは荷が重たうて、半分途まで行た処で閉口垂れる様な事では、連の人も各自に重荷が持たして在るから、中途から輔助て貰ふ事は、今度の御用は出来んから、持る丈の肉体に、夫れ丈の御用を申し付けるから、勤め上るまではドンナ苦労辛棒も堪忍り詰めて、神国の威勢を出して下さらねばならぬぞよ。神は申した事は違はせねど、其人が心得違い在りては、止むを得ず仕組を変えねば成らぬから、神の方は永い経綸が致して在るから困らねど、経綸が延びた丈けは世界が困しむから、誠の人民を神は信頼と致すぞよ。二度目の世の立替を致す大本の経綸は、他所には何処にも無いから、他では問ふ事も出来ず、矢張り本へ参りて身魂を磨いて来ねば、世界の真相は何も解りは致さんから、艮の金神が出口に書かせる筆先通りを用ひて、汚ない心を捨てて了ふて居ると、小さい心が大きに成りて、人から見るとナントシタ人に成りたじゃろうと申して、吃驚を致す様に成る、綾部の大本で在るぞよ。此の中へ這入りて実地を見て居らんと、其の神徳は貰へんぞよ。此の神事が判明りて来たら、唯物的主義者の身魂も改心を為るなれど、判らん中に解る身魂で無いと、判りてから綾部結構と申して来ても、十人並の事ほか無いぞよ。他の教会とは有差異と申すのは、昔から世に落ちて居りて、悔しい残念なを忍耐て居りた本元の神を、世に上げる起源的輔賛で在るから、此の御用は万劫未代に今度より、後にも前にも又と再びは、此の世に無き事であるから、今の差添の役員は、今迄に無かりた事を致して、九百九十九人と一人との辛棒を致して貰はな成らんから辛いなれど、大経綸が成就致したら結構な事で在るが、此の御用は因縁の身魂で無いと出来ん、此中の辛棒をやう忍耐らんぞよ。 鬼門の金神は悪神崇り神と、世界中の人民が申した此の方で在るから、その悪神崇り神と申した恐い此の方が、出口の霊格が同じ性徳で在るから、出口直が変性男子と申して代りの無い身魂、此の身魂で無いと、艮の金神は体内へ憑依る体が無いので在るから、コンナ激烈き根神が体内へ這入りて、出口をガンジリ巻きに為て置いて、此の方が何事も為て居る、その体がアチラ向いて居れ、ハイ、コチラ向いて居れハイと云ふて居るやうな魂でないから、人民の手には合はん出口なれど、今では化かして在るから、之れを見分ける人民は偉いなれど、真似の出来る人民は偉いなれど、判からん中には因縁ある身魂で無いと、此の中の修業はやう致さんぞよ。余り世界が非道い事に成りて居るから、因縁の身魂を一ト処へ引き宿せて、大望な事が命して在るから、皆が気苦労を致すなれど、仕上げた処では皆が喜ぶ経綸が仕て在るぞよ。錦の機の仕組で在るから、手間も要るし気苦労も在るなれど、細工は仕上げを見て貰はんと、人民から先きには見当は取れん事で在るぞよ。 国々所々の人の心性が調査てあると申して在ろうがな。日本の国が是れ丈に乱れたのは、交易からじゃぞよ。始まりあれば終局が在るぞよ。所々に神柱を建さして、先駆りに教祖教祖の心性の事が命して在るのも、天地からの事で在るぞよ。天で調整致しての先駆りなれど、世が乱れて居る故に、何処の教会も純真純美の教会は在るまいがな。神にも人民にも世に出て居れる方には、誠の在るはチットも無いから、酷い事に曇りて居るから、この方の守護が在り出したら、夫れ夫れ審判を致すから、是から世界は段々辛く成るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治43年旧4月15日 | 明治四十三年旧四月十五日 艮の金神国常立尊は天に坐ます天照皇大神宮殿の御妹子の稚日女君命と、二つの御魂が一つに成りて、変性男子と現はれて、日本魂の種で、三千世界を開くぞよ。明治二十五年に天の神様地へ降りて世界の御守護遊ばすぞよ。地の神天へ上りて守護を致すぞよと申して口と手とで知らして在りた事の実地が近寄りて来たぞよ。地の底に埋めてありた稚日女君命は天の御守護を為さるなり、国常立尊は天も地も守護を致すなり、天の御三体の大神様は地の高天原竜宮館の宮屋敷に御鎮まり成されて結構な世の立替立直シの御守護遊ばすぞよと申した事は後十年の夢が覚めたら解りて来るぞよ。世界の大戦争を一寸止めさして、次の経綸に掛るから、地の神は一旦は天で守護をいたすやうになるが、是が天地へ覆へると申すのであるぞよ。十年先になりたら、脚下から鳥がたちて、吃驚をいたさな成らんから、其所に成りた折に狼狽ぬやうに、身魂を充分に研いて、腹帯を占めて居りて下されよと、毎度筆先に知らして在るぞよ。時節ほど恐いものゝ結構なものは無いぞよ。後は二代三代は申すに及ばず、海潮どのが余程骨が折れるから、今の内に十分の覚悟を致して居りて下されよ。是からは何につけても海潮どのが御苦労であれど、此の御用天晴り勤め上げたなれば、三千世界に又と無い結構な御方と致して、末代名を残さして、御礼を申すのであるぞよ。世界が淋しく成るから、神界の落武者が人民に憑りて、此の大本へ詰かけて来るから、余程身魂を研いて置かんと、耻かしい事が出来いたすぞよ。世界の鼻高も、今度の御用に使ふて欲しいと申して、段々詰めかけて来るぞよ。神の申した事は毛筋の横巾も間違いは無いから、安心して御用を勤めて居りて下されよ。そこに成りたら誠の守護神が出て参りて、今度の二度目の世の初まりの御用を助ける身魂を何程でも引寄せるから、此の大本は眼の廻るほど何彼の事が忙しく成るぞよ。日本魂の誠のものが無いと申しても、今では説いて聞かせば分る身魂が、千人に一人は国々所々に隠してあるから、正勝の時には神が憑りて、身魂相応の御用を致さすぞよ。そこに成りたら三千世界が一度に開く梅の花。艮の金神国常立尊の神徳が世界中に輝き渡りて、歓こびてキリキリ舞をいたす身魂と、恐ろしくてキリキリ舞を致す身魂とが出来て来て、世界は上り下りで、大騒ぎを一旦は致すなれど、昔からの経綸が水も漏さんやうに致してあるから、天地が動いても別条はないなれど、悪の守護神の宿りて居る肉体は、誠に気の毒なもので在るぞよ。斯の結構な日の本の神国を、外国魂の悪神に自由自在に汚されて、神は誠に残念なれど、時節を待ちて返報がやしを致すのであるから、心に当る守護神人民は一日も早く改心致して、元の日本魂に立帰りて居りて下されよ。日本の結構な○○○を外国へ上りて居る悪神の頭やら、眷属に自由自在に致されて、○○は○人と同じ事になりて、一つも威勢と云ふ事がないから、斯んな見苦しい四ツ足斗りの覇張る世になりて、往きも還りも成らんやうに致して了ふて、天地の大神へどう申し訳をいたすのか、誠が分らんと申しても余りであるぞよ。今の世の持方は薩張り畜類の行り方であるから、○○の今の後悔モウ斯上は世の元の天地の生神が構ふてやらねば、人民の細工では行きは致さんぞよ。人民力で行りた事は後戻り斗りで、世が段々乱れて潰れるより仕様は無いから、今度は神が表に現はれて世界の人民の眼を覚ましてやるぞよ。日本は艮の神国であるから、元の誠の守護神を艮の金神と申したが、是から天地の守護に掛るから、天地は今までとは何彼の事が大変りを致すぞよ。天にありては大国常立尊と申すぞよ。地を守護いたす時は国常立命であるぞよ。露国へ上りて居る守護神がモ一つ向ふの国へ渡りて、向ふの国の頭を自由自在に致して、世界を悪の世に致す心算であるが、夫れで行かねば、手を換へ品を換へ致して、何処までも悪の目的を立やうと致すぞよ。それに就而は日本の神国に一厘の経綸が致してある事が判らんから、今に行きも戻りも成らん事が出来いたして、明いた口が閉まらぬ如うになりて、外国の守護神がアフンと致して、逆立ちに成りて、日本へ御謝罪を致す如うの仕組が世の元から致してあるから、日本は大丈夫であれども、今の日本の人民の精神では、ドウ変るやら知れんから、日本の人民は神の御用を致さす為に天から拵らえてあるので在るから、一日も早く身魂を研いて改心致して今までの汚ない心を川へ流して誠一つの日本魂の性来に立帰りて下されよ。 それじゃと申して日本の人民に、一人も残らず改心させると云ふ間が無い所まで、世が迫りて来て居るから、一人なりとも余計に誠の日本魂に立帰りて下され、万古末代に一度あって二度ない今度の天地の御用であるぞよ。今度の御用を外づしたら、モウ何時に成りても取返しは成らんから、神がクドウ申すのであるぞよ。一分一厘神の申す事に間違いは無いから、安心して神の申すやうに致すが結構であるぞよ。世の元の根本の誠の日本魂と申すものは、今の人民の申して居るやうな浅い狭い日本魂でないぞよ。この日本魂の性来が日本の人民には授けて在るなれど、薩張り外国魂に混りて居るから、一寸でも混りの有る御魂は種には成らんぞよ。種に致す御魂が世の元から隠して在りての今度の経綸であるぞよ。斯う云ふ醜るしき世が参りて、日本魂の誠の種が断れると云ふ事が、世の元から能く解りて居るから、二度目の世の根の日本魂の種に致す為に、稚日女君の尊の御魂が神の代一代地の底へ落して在りたのであるぞよ。世が潰れて立たぬやうになると言ふ事が、大神の眼からは能く解りて居る故に、天に御一柱、地に一柱、末代変りの無い御種が蔵してありたので在るぞよ。日本魂の種になる御魂は、普通の身魂では成れんので在るぞよ。今度の立替は日本の霊主体従の御血筋が、国常立尊の世の持方は辛いと申し成されて、斯んな辛い行り方は外の神等が能う勤めぬと、皆の神々が一つの心で、此方の行方に従て下さる神様は御一方も無かりたから、止むを得ず素直に神々の御意見通り押込められたので在るが、押込られても蔭から世界中を調査いたして、世の元の初りの神の性来なり枝の神々の性来から、三千世界に何一つ知らぬと云ふ事のない生神であるから、今度は神の本望を遂げて、世界中を神代に覆して総方へ御目に掛けるから、細工は流々仕上げを見て下され、滅多に行り損いが致さんぞよ。是から世界を拵らえた元の生神が、揃ふて世に上りて世界の守護いたし出すと、一旦は地の上には大分混雑になるから、思ひ違ひの無いやうに、綾部の大本へ寄りて来る人民を第一に、世界の守護神人民に、出口直の手でクドウ今に気を付けて置くぞよ。筆先を能く見て置かんと、永らく大本へ参りて居りても、筆先の心が分からん人民があるぞよ。間違いの無いやうにして下されよ。 でぐちなを七十五さいめいじし十さんねんのしがつの十五にちしんの五がつの十五にち |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治43年旧4月18日 | 明治四十三年旧四月十八日 出口直七十五歳、明治四十三年の四月の十八日、新の五月の二十八日 艮の金神は地球の元を創造た変性男子の身魂であるから、元の肉体の其まゝで、末代国を構はな成らん生神であるぞよ。その国常立尊の御魂の半分が変化て、変性男子の身魂となりて居るのが、勿体なくも天照皇太神宮殿の御妹子の稚日女岐美尊であるぞよ。 斯世を拵えるには末代の事の前後の能く見え透く御魂で無い事には末代の世は続かんぞよ。是だけ世が呉れたら、斯う言ふ世に成る、其先きはドウ成るといふ事が判らねば、一日先の判らぬ如うな今の政治の行り方では、到底誠の事は出来んから、日の本の神国は治まりは致さんぞよ。人も一代、世も一代と申す事があるが、今度は神の世が一代呉れた末法の終尾の瀬戸際であるぞよ。 斯の終りの世が来るのが神界には能く分りて居りての、大望な世の立替建直しの経綸が為てあるのじゃぞよ。何事も時節であるから、斯んな惨い世に成るのも、艮の金神が世に落されたのも、世に上るのも昔から定まりた因縁事であるぞよ。時節が参りたらドンナ事業でも完成るぞよ。神の世一代の末になると、魔法の世が来るのも、世の太初から良く分りて居りての今度の経綸が致してありたのじゃぞよ。末法の世と申すのは、地の世界に真正の大将の器が無いやうになりて了ふ事であるから、斯世が立つのは天と地とが揃はな、上ばかり在りても治まらず、下ばかりでは猶治まりは致さんぞよ。天には御三体の大神様の御守護は在るなれど、地の世界に大神が無いやうに成りて居りたから、地の上には厳格神が無い故に、日本の国へは渡りて来られん筈に極りてありた、外国の体主霊従本意極悪神が、斯世を固め〆ん内の泥海の中に居る折からの、露国の悪の先祖の計画であるぞよ。元からの計画は天に坐ます大神様は能く御存知であるなり、地の根本を固めた国常立尊も能く知り抜いて居りたなれど、其外には何も御存知の無い神斗りであるぞよ。斯の世に恐い大神が世に落ちて居りた故に、今まで世に出て居れた神々様の、放縦な行り方で政事を致されて、後も前も構はずに其時良かれで、仕放題の世の持方で、薩張り世は暗黒と成りて了ふて、日本の国に神の威勢が無きやうに成りたから、極悪神の思はく通りの時節と成りたから、露国が最初で、外国の悪の守護神が日本を占領仕組を種々と致して居るから、露国に勝ちたと申して、日本の人民が安心いたして居りたら、十年先きに成りたら脚下から鳥が立ちて、アフンと致さな成らん事が出来いたすから、日本の上の守護神どもにクドウ気を注けるぞよ。外国の極悪神の深い計画は日本の神々も守護神人民も知りたものは無いなれど、艮の金神は昔から世に落ちて隠れて調査が致してありての、今度の二度目の世の建替の御用であるぞよ。今度は日本に備はりて居る霊主体従の、日本魂の根元の神力で無い事には到底叶はんぞよ。日本は結構な国土であるから、外国の悪神が日本の国を奪りて、万古末代住居を致す心算で、悪魔斗りを連れ参りて、日本の人民の身魂を自由自在に致して、国を汚す斗りに、今に一生懸命になりて着手りて居るぞよ。日本の国に神力の無い如うに致して置いて、一戦に奪りて了ふ経綸に永らく掛りて居るから、悪神のおもわくが立ちたら世界は泥海に成るから、そこへ成りたら可愛相でも一旦世界を潰して了ふて、最初の一から仕直しを致さな成らん如うな事になるから、世界には此の先にドンナ事が破裂いたそうやら、筆先通りが出て来るから、一人なりと早く改心いたして、世界の身魂を助けるやうに致さねば、日本の国の役が済まんぞよ。日本は結構な神国と申せども、今の日本は上から下まで薩張り曇り切りて、外国人よりも劣りて居るから、神国の威勢と云ふものは少しも無いから、外国人に見下げられて了ふて、何一つ日本の言い前が立ん事に成って来て居るぞよ。何程智者でも学者でも叶はん事に成りて居るぞよ。日本は神徳でないと国は立んぞよ。今の内に日本の霊主体従の日本魂の種を拵えて斯世を立て、日本が世界の親に成らねば、世界は外国の今の行り方では何時までも口舌の絶えると云ふ事は無いなれど、日本の人民が皆外国の政治の行り方で、末代世が続くやうに惚れ込みて了ふて居るなれど、十年先を見て御座れよ、外国の悪の行り方は化ケの皮を脱いて見せてやるぞよ。それでも日本の人民の心が余り曇りて了ふて居るから、トコトン迄は改心が出来んぞよ。因縁ある身魂を此大本へ国々から引寄して、日本魂を研き上げさして、今度の二度目の天の岩戸を開いて、三千世界を立直して天地へ御眼に掛けるので在るから、ソコへ成りたら因縁の身魂を世界の大本竜宮館の高天原へ引寄せて、それぞれの守護を致させるから、神の方は大丈夫であるから、今の中チにこの大本へ立寄る人は、余程改心を致して下さらんと、面目無いやら愧かしいやらで、大本へ寄り付けん事が出来いたすから、神は前日前日に気を付けておくぞよ。是だけ世界に沢山王がありては治まらんから、神が表に現はれて、七王、八王を陣曳いたさして、日本の誠の神国の万古末代動かぬ一つの王で、三千世界を治めるぞよ。時節が近よりたから、一日も早く改心いたして夢を醒して下され。太初の地を拵えた生神は残念なぞよ。モウ此さきは神の守護いたす誠の神代の経綸どほりに立替て了ふから、今迄の事思ふて自己本意の行り方いたして居りたら、辛う成りて一寸も動きの取れん事になりて了ふから、改心改心と一点ばりに気を付けたが、モウ気の付けやうがないぞよ。モウ神は一ト切りと致して、天の守護にかゝるからモウ神に落度はあるまいぞよ。 艮の金神国常立尊、若姫岐美尊変性男子の御魂が出口の神と現はれて、直の肉体を籍りて、明治二十五年からガンジリ巻にしてをいて、辛い御用を命したぞよ。出口直に書した筆先は世の本を創造えた国常立尊が体内へ這入りて書くので在るから、チットも間違ひの無い事ばかりで在るぞよ。世界を修理固成た時から、其儘肉体のある生神が、化けて世界中の事を隅々まで、水も漏さぬやうに審査が為てありての二度目の世の建替であるから、斯世初りてから未だ無い大業な神業であるぞよ。是迄の世は世を持たねば成らん誠の生神を世に押込めて、天地が動いても世を持つ事の出来ん素盞嗚尊を表へ出して、政治を致して居りたから、薩張り世が逆様に転覆りて居りたのであるから、三千世界を本の経綸通りに捻戻して、世を持つ身魂に世を持たして、天下泰平に世を治めるのであるぞよ。変性男子と女子との身魂の和合が出来たら、男子は天へ上りて天から天と地とを守護いたすなり、女子は坤の金神と全部表に現はれて、ミロクの大神の御用を致さすから、ソウ成りたら三千年の経綸を明けて見せて遣るから、世界の人民の改心が出来出すぞよ。昔から待ち焦れた松の代が来るから、神は激しく人民は穏になりて、打って代りての結構な世が参るぞよ。今の政治の行り方は一から十まで僞で固めた、其場のがれの行り方であるから、此世が薩張り暗雲で、世の乱れ方と申すものは、神からは目を開けて見られん醜るしき状態に成りて、昔の元から極まりた誠の神の道が無くなりて了ふて、人民の通る道も無いやうに世が下りて居るぞよ。途中から出来た枝の神が斯世を自由に致して、恐いもの無しで世を持ちて居りたから、世界の今の体裁。出口直の御用は天も地も曇り切りて了ふて、誠の道を立て行く身魂が無きやうに成りた世を立直すために、世の元から拵へて、地の底へ埋めて在りた稚日女君の尊の、日本魂の変性男子の身魂を天へ上げて、今度の世の立替の御用を勤めて下さる御役なり、坤の金神の宿りて居れる変性女子の身魂は、ミロクの松の代に立直す因縁の御用であるぞよ。 変性男子の後の御世継は、明治廿五年に初発に出口直の筆先に一度かゝした事は違いは致さん、何事も出口直の後の二代の御用を勤めさすのは、末子のお澄が定めて在るなり、三代の御用いたすのが出口澄の総領の直霊に渡る経綸に定まりて在るぞよ。此三代の直霊が、世の元の水晶の胤であるぞよ。綾部の大本の御用継は末代肉体が婦女であるぞよ。 婦女の肉体は末代神の御用を致さすなり、男子の肉体は末代変性女子の身魂を撰り抜いて世を治めさすなり、此経綸は何時になりても変える事は出来んのであるぞよ。出口直の八人の御子は、名のある人に致すので在るが、今では皆化かしてあるぞよ。 艮の金神が天晴天地へ現はれて、出口直の後見を致して、十分に神徳を渡して、世界の神柱と致すぞよ。末子の澄どのも二代の御用が巡りて来て、禁闕要の大神と成りたら、今の如うな行状は為せんぞよ。海潮も九分九厘いかんと坤の奥役には成らんぞよ。是は此世が乱れ切りて居るから、此大本は世界の写る鏡であるから、斯内部の行り方を見て居りたら、世界はドウ云ふ事に成りて居ると云ふ事が好く判るから、充分に気を付けて下されと申して知らしてあるぞよ。毛筋も違はん筆先、違ふと思ふたら其人の心が違ふて居るのじゃぞよ。 坤の金神に海潮の身魂が成りて了ふて、ミロクの御用を致すやうに成るのは、世界の経綸が九分九厘まで行かんと、それ迄は和光同塵があるぞよ。是も世の本からの神界の動かぬ経綸であるから、時節を待たねば何事も充分には行かんぞよ。今度の世界の大戦争に成りて来んと、大本の国常立尊と皆の生神の神力で在りたと云ふ事は能く判りは致さんぞよ。 出口竹蔵は出口政五郎の跡を継ぐなり、出口澄は出口直の国常立尊の後を、実地の御系統を続かすなり、世界の大本は世の元の根本の国常立尊の世界の大神の血統を末代続かすぞよ。綾部の大本は何処の自由にも成らん大本ぞよ。 で九ちなを七十五さいめいじ四十さんねんの四がつの十八にちしんの五月の二十八にちのしるしぞよ |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治43年旧9月10日 | 明治四十三年旧九月十日 艮の金神国常立尊変性男子の身魂が、世界の艮を刺さねば、何時迄も斯世は治まらんぞよ。世の建替に永く掛りて居りたら、世が潰れて了ふて立ては行かんから、何事も急速に埒良く致す経綸であるぞよ。今の世に神じゃと申して居りても、邪神に化りて居るのが、九分あるぞよ。斯う成るのが日本の国の元の日本魂が薩張り四ツ足の霊魂に化り切りて居るから、実地の日本魂の性来に研けた守護神さえ在りたら、日本も世界も斯んな惨い事には成らねども、今の世に出て居れる神は、元の神じゃと申して居られても、矢張り根本の神胤で無いから、性霊が違ふから、何時に成りても誠と云ふ事は有りはせんぞよ。日本魂と申すのは世に落されて、永い間の神代一代苦労艱難悔しい残念を耐りて来た世界を造りた生神でないと、実地の日本魂の胤とは申されんぞよ。此の誠の元の直々の御魂の種でありたら、タタキ潰しても、焼かれても、喰はれても、微躯とも致さず、一旦世が乱れて潰れても、誠の日本魂は立直して、水晶の神世に致して、天の御三体の大神様へ御渡し申して、御見せ申す神力が在るのが誠の生神であるぞよ。二度目の天之岩戸開きは、大事業であれども、誠一つを立貫いて、新つの世に修理して天の大神様の御命令が下りて、地の世界を構ふ様に成るのは、国常立尊の御用であるぞよ。国常立尊と、天に在坐す天照皇大神様の御妹子の椎日女岐美命の御魂、変性男子は昔から是程苦労艱難悔しさ残念さを忍耐りて来た身魂は、世界に外には無いので在るぞよ。鉄の草鞋で世界中を何遍尋ねて見ても、此の御魂より少とも変らん御魂は無いぞよ。斯ふいふ身魂であるから、出口直は何に附けても六ケ敷のであるぞよ。変性男子の宿りて居る出口直の身魂は男と女と二つになりて、神の世一代の永い間の苦労艱難を茲まで耐り詰て来た徳に由って、三千世界の御地面を、天の大神様から請取りて、万古末代続かす御用と成りたぞよ。誠に大望な御役に拵らへて御出なさる此の身魂であるから、今迄は化けたり化して居りたなれど、モウ化けては居れん時節が迫りて来たから、天晴神界の表に立ちて、世界の守護を致さねば国が潰れるぞよ。この身魂が一つになりて世界の守護を致さねば、真正の神政が出来致さんぞよ。出口の神と表はれて艮を差さねば成らん時節が参りて来たぞよ。天と地とが揃ふて末代の世を続かすぞよ綾部世の元、世界の大本であるぞよ。是から三千年の経綸の蓋を明けて新つの世に立替るので在るぞよ。吃驚いたすなよ。踏延たり、眼の舞ふ人が多数出来ると申して、毎度筆先で知らしてあるが、何彼の時節が参りて来たぞよ。口で知らしてある事も皆出て来るぞよ。世界の大本であるから、昔の松の世へ神政を復活して、末代動かぬ世に致す綾部の大本は、世界の中心、出口が元で、神宮本宮の元の宮へ立ち帰るぞよ。それに就いて大望な事が出口直には仕せてあるぞよ。万の神にも御存じの無いと云ふ如うな大望な事業であるから、念に念を入れておくので在るぞよ。 綾部の大本は末代変性男子の御魂の出口直の霊系で無いと、世が続いては行かんぞよ。肉体が女で御魂が国常立尊の御魂であるぞよ。代々続く女の御世継であるぞよ。此の事は大事の事であるから、念を入れて書いておくぞよ。是から結構な筆先を書すが、何事も皆その通りに成りて来るぞよ。出口直は国常立尊の御用を使いて呉る御取次であるなり、出口○○は竜宮の乙姫殿の御用を奉仕て在るぞよ。申してある事は毛筋程も間違いは無いぞよ。日ノ出の神と成りて勲功を為せるので在るぞよ。八人の御子は末代名の在る人と致すぞよ。苦労の塊の花が開く世が参りたぞよ。 で九ちなを七十五さいめいじし十さんねんの九がつとをかしんの十がつの十三にちのよのかはりめのしるしぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治43年旧9月28日 | 明治四十三年旧九月二十八日 艮の金神国常立尊と稚姫岐美命の御魂が一つになりて、変性男子と成りて、男の御魂と女の御魂とで、世の元から苦労を致して世界を創造たので在るぞよ。 竜宮の音姫殿、巌の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、地震の神殿、是丈けの生神が御加勢なされて、世界の泥海を固め占た元の力の神であるぞよ。金神も元の神であるなれど、大本の根本の地の初発の神は毎度申して居る国常立尊が真正根本の生神であるぞよ。筆で書いては早いなれど、永い間の事であるが、天と地とを拵らへるには天の大神様も、地の神も大変に苦労を致して在るが、人民の智慧や学力では到底見当の取れん事であるぞよ。天では御三体の大神様、地の世界は国常立尊であるから、この根本の天地の神が表はれぬと、太古の世の元からの誠の因縁は分らんぞよ。外に解る神は三千世界の中には何地にも無いぞよ。此世の根本の事から明かに解る所は綾部の出口が本で、大島が入口、竜宮館の高天原で無いと、外には一所もないぞよ。出口直の神宮、本宮の御屋敷は、世の本の誠の神の宮屋敷であるぞよ。この御屋敷は尊い元の神の天地へ昇降いたす地所で、昔から定まりて在るなれど、何んと申ても古い事で在るから、人民には分らんのは無理なき事で在るぞよ。 今迄は天からの御守護が在りても、肝腎の地の世界に日本の政治を致す神が無いやうに為てありたから、世がゴタゴタいたすので在るぞよ。地の世界を拵らへた元の肉体の在る国常立尊と、稚姫岐美命の身魂が地の底へ落して有りた世の根の亳末も狂はん性来の身魂が、初発に天の規則を破りて、地の底へ落して、神の世一代苦労致す身魂に天地の永い経綸であるぞよ。苦労艱難悔しい残念を耐りて来た御蔭で、今度の二度目の世の立替の御用を勤め上げて、三千世界を守る御役となりたぞよ。変性男子の身魂で無いと、勤め上がる身魂は現世には外に無いのであるから、天地の生神がビクッとも狂はんやうに仕組てあるので在るから、大きな神徳を授けて、昔から斯世が出来てから無い事を、出口直に為せるから、吃驚を致す者も出来るぞよ。神国の元の日本魂の性来でありたから、今度の世の立替、世の根の胤に致すために、地の底へ態とに落して居いた身魂であるから、何に附けても、苦労を致さな成らん身魂に仕て御用を仕す神の深い経綸でありたぞよ。元の国常立尊の御魂と、稚日女君命の二ツの身魂が一つに成りて、出口の神となり、地の世界の大神と現はれるのであるぞよ。神にも人民にも知りた事でないぞよ。モウ天と地とが揃ふたから、是から斯世を自由に致すと申して、口で言はして在る事も、手で書して在る事も皆出て来るから、違ふやうな気使いはないぞよ。出口は世の元、尊とい地王であるぞよ。出口直が初発の教主、海潮が坤の金神、澄子が禁闕金乃大神、三代の御世継が出口直霊……………。 地は出口の霊統○○は伊勢の元の天照皇大神宮の御血筋で末代続かす仕組が仕てあるから、天と地とを揃えて、太古の神代へ立替るぞよ。天では天照皇大神宮殿、地の世界は元の国常立尊変性男子の御魂の宿りた出口直の血筋で末代続かす経綸が致してあるぞよ。綾部の大本は末代肉体が女の御用継であるぞよ。出口朝野九才出口直霊大神。梅野七才日女子姫。八重野二才緒睦姫。三人の御子に名を附けて置くぞよ。出口直の手で国常立尊が書きおくぞよ。末代の事 で九ちなを七十五さいめいじし十さんねんの九がつの二十はちにち。しんの十いちがつのついたちのしるし |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正元年旧7月30日 | 大正元年旧七月三十日 大国常立尊変性男子の御魂が、出口の神と現はれて、三千世界の事、何彼の此の世一切の事を経綸ふ時節が参りて来たから、今迄の事は皆限り換えと致して、昔の根本のミロク様の世と致して、是迄の事は用ひんやうに変るぞよ。 世の変り目の辛い御用の出来るやうに、皆の守護神人民よ、心得て居りて下されよ。 何彼の事が一度に破裂致した時に、間に合ふ様に、充分揃ふて身魂を磨いて置いて下されよ。 一厘の経綸の開ける時節が回りて来たので在るから、身魂さえ磨けたら、此の方が使ふて、楽に御用が勤まるやうの力を附けて与るから、左程辛いと思はずに、結構な御用が出来るぞよ。 是迄は一厘の経綸は申さなんだなれど、此の先きは何彼の事、世界の事が一度に成りて来るから、何を申さいでも、実地を為て見せて、世の元の一厘の経綸の身魂を御苦労に成りて致すから、始まりたら早いぞよ。 末代の事を経綸致すのは、綾部の大本より外には無いので在るのに、今迄上へ上りて、末代の仕組みを仕て居りた上の守護神に余り大きな間違いで、日本の経綸は早速には見当が取れようまい。何も判らん守護神が、外国の方が文明見えて、肝腎の本源を下に見下して、日本の国をえらい見損いを致して居るぞよ。 今に実地を為て見せたら、余り大きな間違ひで、言語も言へんやうに成ると申して在るぞよ。 何時も三四月八九月と申して在るが、世界には遅し速しは何れは在るなれど、何も違ひは致さんぞよ。 末代の事の判りて居る、此の世のエンマとも言はれる、地の世界の先祖であるから、水の洩れるやうな、屁弱い経綸は致して無いぞよ。 此の方の行り方が辛いと申して、押込めて、暫時の間は楽に、好きな様に行けるなれど、永ふは続かふまいがな。 天地の冥加で盗みた世で、楽を致さうとは、そんなうまい事は無いぞよ。 悪の行り方は、我れが楽をして他の苦労で、出世致さうと致すから、強い者勝ちの暗がりの世に成りて、薩張り梟烏の宵だくみと成りて、末代の世が、途中で持ちも卸しも出来んやうに成って了ふので在るぞよ。 それで今度の世の立替は、苦労致した丈けの神徳より貰へんので在るぞよ。 此の世は末代続かして行かねば、途中で潰す事は成らん、天祖国祖の世界で在るから、天のミロク様が、地の先祖の御魂は、世の元からこしらえて御いで成さるので在るから、外の御魂の手には合はん、煮ても焼いてもたたき潰しても、ビクリとも致さん御魂、此の御魂が幽界の世を持たねば、世は何時までも治まりは致さんぞよ。 艮へ落されて、陰からでも守護致して居りた故に、今まで世が続いて来たので在るぞよ。 天地の先祖がチットでも守護はねば、此の世は国がじりじりと無くなるより仕様は無いぞよ。 今度は天晴れと表に成りて、三千世界の艮めを刺すので在るぞよ。 コンナ世界に口舌の絶えん行り方を、何時限り無しに、人の殺し合ひといふやうな、ツマラン事を何時まで致して居りても、何の効能も無しに、金は無くなるし、間に合ふ人民は無いやうに成って、何方の国も、ひしと行けん事に成るが、そんな陰謀を仕て居ると、長い陰謀が水の泡と成るぞよ。 モチトらしい仕組を致して居らんと、心の事より出来んから、早く往生致して、服がふて来るが、おぬしの徳で有るぞよ。 誠ほど強いものは他には無いから、日本の霊主体従の日本魂の性来で有りたら、数は要らんぞよ。 正実の無いカラの身魂の翻弄物には、モウ此の先きでは、天の御先祖様、日の大神様、天照皇大神宮様へ恐れの程が勿体ないぞよ。 悪では此の先きは霊が利かんのが、世が変るので在るから、此の世を持つのは、末代の事が判りて居らんと持てんから、天地の先祖は何も末代の事を仕組て居るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正3年旧5月24日 | 大正三年旧五月二十四日 大国常立尊変生男子の御魂が、大出口の大守と現はれて、三千世界の身魂の立替立直を致すぞよ。海外の国の科学の教は結構と申して、日本の元の御魂を滅して居るぞよ。学問さへありたらば、何所までも登れると申して、大きな取違いをして居るから、世界は何事につけても、甚大い困難であるぞよ。現世には何が結構と申しても、神力が第一に結構であるぞよ。日本の守護神が取違いをして居れるから、人民はその筈であるぞよ。神力と学力との力競べの世がまいりて来たぞよ。時節には何も叶はんぞよ。従来の世は物質の世でありたから、日本の霊の元の根本を全然棄てて了ふて、天の神徳も地の神徳も無視に致して、外教と科学を結構と思ふて、外教と科学とで末代続くやうに思ふて居れるが、日本の国は外国の教義では立ちては行かぬ国であるぞよ。日本の学者ほど鼻高になりて、天の御先祖様の御恩を思ひ遣りのない人民ばかりであるぞよ。前途の見えぬ守護神に使はれて居る肉体は、一度に困る事が出来るから、前途の見えすく守護神に使はれて居れば、世界に何事が出て来ても、経綸通りが出て来たと、婦女子でも胴がすはるぞよ。日本の国には、世の元の天と地との先祖が、現時代の来ることの仕組を能く知りて居りて、爰までは蔭の守護でありたから、日本の経綸は誰も知るまいがな。露国の先祖の仕組みて居ることを、天地の先祖は皆帳面に記てあるぞよ。天の御先祖様と地の先祖とは、永世の事が皆仕組みてあるぞよ。二度目の世の立替と云ふやうナ神業を致すのには、前後の見えんやうなことでは成就せんぞよ。 行り放題、行き放題に仕て居ると、現今の様になると、末世の事がよく判りて何事も経綸がしてあるから、日本の国の仕組通りに成りて来るぞよ。時節参りて九分九厘と、世界の事がなりて来たら、天の御三体の御加護が、夜昼に烈しきから、変生男子の御魂には、歴々と実地の正体が見せてあるぞよ。身魂を磨けば天から真象を見せなさるぞよ。何程でも神徳は与すなれど、取りて呉れんから何彼の事が遅くなりて居るぞよ。明治二十五年から申してあるやうに、直には変な方から蔭光が射して、天からは何程でも水晶の光渡り出す也。水晶の球が何程でも見せてあるぞよ。地の竜宮館の高天原であるから、天地の神宝を授け申すぞよ。筆先通りの象を天から見せるぞよ。御筆先に出したら実地が出て来るぞよ。昔から無い事であるぞよ。従来の世は邪悪の世でありたから、斯ンな事は為て見せて無いなれど、今度の二度目の世の立替を致したら、水晶の世に致すのであるから、神となりたら宝玉といふやうな物は不要から、天の宝玉も地の宝玉も、地の竜宮館の高天原、本の宮へ降り込みて来る也。地の宝が流れ込むと云ふ形を大出口の筆で顕はすぞよ。大正二年の十一月の二十三日の夜の八時に、大出口直に天照皇大神と竜宮の乙姫どのとがまゐりて、国常立尊と同一御霊の変生男子の身魂とが、一つになりて、大事業に御苦労なされて居れるを御知り遊ばして、竜宮の乙姫殿の御宝を、天照皇大神と金竜海の霊水の地の竜宮館の乙姫殿と御両方して、大出口の守に渡してある世界の宝が、本の宮へ皆納まる時節が循りて来たぞよ。筆で書してある事も、初発から直の口で言はしてある事も、皆毛筋も違はぬやうに成りて来るぞよ。善き事も、世界には厭な事も延びた丈は一度に成りて来るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧5月13日 | 大正四年旧五月十三日 天の御三体の大神様が、これ迄は仏事の世に致さねば世が渡れん故に、神が菩薩となりて、日本の霊主体従国も止むを得ず仏事の守護でありたから、根本は同一であるなれど、種々に変化て、各自の性来の事を、力一杯気張りて、天の御三体の大神様のお気障りの事ばかりを、皆神が為て居りた。何彼の時節が参りて来て、世界中を神国の世に致す時節が参りて来て、此二度目の世の立替のあるのを待ち焦がれて、松の世に成りて来たぞよ。余り大事業なことであるから、三体の大神が下へ降りて、手伝ふてやらな成らんと申して、畏れ多くも天照皇大神宮殿が、直に御憑りにお成りなされて、御言葉を戴いて居るであろうがな。時節が何も参りて来て居るなり、守護神に分からんから、人民には何も分らず、時節は皆出現居るなり。天之大神様が、大変な御心配を遊ばすなれど、闇の世に成りて居るので、盲者聾者と同じことで、何結構を書いて見せても、言葉で言はしても、聴く人民も、守護神も無かりたなれど、これから天之御三体の大神様が、地の世界へ結構な神力を授けなさる、直接の御守護遊ばして、世界には昔から無かりた事が、綾部の陸の龍宮館の元の宮から出来るから、今の世の中に汚い心を放り出して了ふて、水晶の心に持ち替へて居らんと、醜るしき心の守護神に使はれて居る肉体は、綾部の大本の元の御用は出来ぬ。日本の霊主体従へ世を捻直すのには、天地の根本の生粋の、大和魂の親神様の御手伝いが、この先はあるから、日本の元からの仕組通りに致して、善一つの道で、天と地との大神様が御揃になりて、西と東に大神のお宮を建てて、天からは三体の大神様が、地の世界も構ひ、大国常立之尊が天も構ひ、地の世界は申すに及ばず、天へも上りて、降昇致して、日本の元の天地の光りを、向後は出すから、神は痛うなるといふ事が、お筆先で気がつけてあろうがな。これまでの世は仏事の世でありたから、天地の光も大変薄くなりて居りたなれど、皆時節で、何ンな世も持ちて見ても、天地の世界であるから、枝の神や、渡りて来られん、外国へ上げてある、悪の霊魂では、此世は持ちては行けぬ。元のお骨折りの御恩といふ事を知らんと、斯ンな言訳出来んことになるから、利己主義では、世は立ちては行かんぞよ。天の根本の御先祖様の思ひを致さずに、地の先祖のヤリ方が、余り厳しいと申して、徒党なされた、初発の弥勒様の附き附きの守護神に、大きな目的がありた改に、太初から世が斯う堕落ことがよく分かりて居りて、世に落されるのも、これも時節である。元を吟味せば、元は一ツぢゃ。斯ういふ世に致すのも、霊魂の性来で、力一ぱイ気張りて、これだけ、悪ぢゃ、鬼ぢゃ、大蛇ぢゃ、といやがられたものでも、改心といふものは、結構なものであるぞよ。改心致して、精神を持ち直せば、乙姫様のあの怖い御姿を、この度は尚ほ顔が見度てならんやうになりて、此頃は結構な御姿を……。昔の元の正真の水晶の御姿を、日々に拝まして貰ふて、実地のことの分る世が参りて来たぞよ。今の学者は大きな取違いをして居るぞよ。実地の神を無い事に致して居りたが、実地を為て見せてやるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧7月12日 | 大正四年旧七月十二日 大国常立尊が天晴表面に成りて、天からは御三体の大神様が竜宮館の本の宮に降りなされて、御加勢があるから、此の大本には一日増しに厳しくなるから、心間違ひのある人民は居り度くても居れん如うになるのは、神の御心に叶はんのであるぞよ。三体の大神が地に降り昇りを致すと言ふ事が、筆先に書いて知らしてあらうがな。皆実現て来るぞよ。此の方は是迄は皆を気を引きて見て居るが、此度二度目の世の立替は、太古から無い神事を致して、是迄の世は悪魔の世でありたから、何を致しても世が逆様に顛覆て居りたから、良いと思うて為る事が逆様斗りで、神の所期に叶はん事ばかりでありたから何かの事を薩張り行り方を変へるから、是迄の心の持ち方を変へて貰はんと、真実の事は出来んぞよ。心は是迄は神とは反対であるから、人民とは心が合はんから、実地の神の守護が無いから目的が外れるのざ。此の世を保たねば世が立て行かん、世の太元の実地の天と地との先祖を此の世には要らん神と致して、世を保たれん悪神の天地の大盗賊に、此の世を自由に致さして、日本の霊の本の天地の大神を、要らん如うに為てありたから、是が時節であるなれど、精神の悪い身魂程上昇りて、出世を致して、霊主体従の身魂は酷い事になりて、薩張り下に堕ちて仕舞て居りたなれど、何彼の時節が廻りて来て、善の身魂で無いと世が立ちて行かん世が参りて、天地の違ひに世が変りて、上昇がりて居りた身魂が、逆立になりてと言ふ事が、大国常立尊が世界中に詳細、世に出て居れる方の守護神人民の耳に蛸の出来る程、筆先で知らしてあるぞよ。外国の先祖の計画が、余り大きな企図を為て居るから、九分九厘の守護神が此の現状で深遠周到、悪の経綸で、此の前途が甘い事に、是れ迄とはモ一ツ結構に行けると思うて居る事が、薩張り思ひが違ふて、是迄の悪の霊は毫末も利かん様になりて、至仁至愛様の世になると、是迄の遣り方は毫末も用ゐられん、太古の根本の神世に世が戻るのであるから、末法の世の守護神人民は辛くなるから、是迄の遣り方は毫末も用ゐん世に変るから、明治二十五年から、五六七様の世になる迄に、心魂の持方を改へて居りて下されと、是程詳細徹底的判明る如うに書いて知らして在る通りに、吾の心魂之状態の違ふ人は辛いぞよ。誠の心魂の真心の、太古の根本の天地の至仁至愛大神様の教に改へて居る人は、何とした良い世に成りただらうと悦こぶなり、末法の世の遣り方の、良い守護神に使はれて居る人民は、心情が違ふから、是迄の遣り方は最早一寸も用ゐん世に改はるから、是迄の行り方は体主霊従の遣り方であるから、此の先は至仁至愛大神様の教の遣り方に改るから、速う五六七様の教の遣り方に改へて居りたら、大変楽に行けるなれど、毫末でも敵対う心情がありたら、一寸も思ふ如うに行けんのが世が変るのであるぞよ。今が世の変り目で辛いなれど、立替を致して後の立直しが中々大望であるなれど、立直しに成りたら御用が楽にあるぞよ。立替致す迄は寸分も気許しがならんから、抜身の中に立ちて居る如うに思ふて居らんと、間隙を見て邪魔を致さうと、悪の方から考へ澄まして居るから、貧乏動ぎもならんから、判からん身魂は左程に無いなれど、此の方が昼夜に厳しき守護があるから、他人からは判らんなれど、直と直澄殿の肉体に大変感応へて、食物は甘くなし、辛い目に会はせるなれど、他には補助さす身魂が無い大望な御用であるから、日に増に判るが近くなるから、余り無理に心配を致さんと御用為て下されよ。変性女子の霊縁が判かりて来ると、世界の物事速うなりて、至仁至愛大神様の御神徳が現はれるから、此処迄に信仰して居る人は結構ざが、是から俄か信心致す人は、何彼の事が遅延れて来るぞよ。此の大本に来て居りても、太元の天地の先祖の、此処迄為て来て居る事が、チト判かりて居らんと、真実の神徳は無いぞよ。此の大本に居りたら苦しむ時節が参りて来て、下の下司の身魂とが、此の先は如何為ようにも無い事になりて、苦しみて逆立になりて御詫に大本に詣りて来ても、御詫びは叶はんぞよ。薩張り天地の大神が顕現て守護致し出したら、恐くて是迄の心の守護神では、此の内部、今の如うな事はさせて置かんぞよ。男も女も大和魂の性来でないと、此の大本の辛棒は、今の様な自堕落な事では、世の大本の天地の大神が表面になると、何も薩張り立別て清浄に致さんと、是迄は神の道が薩張り潰れて仕舞て居るから、人民の道が無い如うになりて、人民の心が自堕落で、心が見苦しくて、実地の神からは見られん見苦しさ。天地の根本の先祖が速う表面で守護致さんと、是れ迄の末法の世の守護神に使はれて居りた肉体が、俄に改心は出来ず、此の内部は激しうなりて、此の内部から何かの行儀行状を為て見せなならん、世界の大本に成る尊とい所になる所であるから、何であらうと一度直に言はしたり、筆先に出してある神言を、一度で聴ける守護神に使はれて居らんと、辛くなりて逃げて去ぬ如うな事の無い如うに為て居らんと、一ツの辛棒を忍耐んと、太元の日本の霊主体従に立帰る尊い霊地であるから、余程の行を為て置かんと、未だ是れから辛くなるぞよ。今の如うに楽な事でないぞよ。身体が楽なら気苦労があるし、初発は肉体の苦労、肉体の苦労が済みたら気苦労があるぞよ。此の大本は世界の亀鑑の出る所であるから、直の身魂の苦労は特別であるなれど、肉体でも中々の苦労が命してあるが、良い御用を致す身魂程苦労致さな、苦労無しの事は、誠の事は出来は致さんぞよ。二度目の世の立替は、末代に一度ほか無いと言ふ様な、太古から無い大望な神業であるから、何も判らずに綾部の大本に良い事斗りに目を附けて来て貰うと、天の神王の事から、地の王の事から、一切の事が判りて来るのを、ビックリ箱が開くのであるから、余り大きな間違ひで、腰が抜けると申して、度々知して居るのざぞよ。此の先は何も一切変へるぞよ。是迄の世は外国に上がりて居る悪の先祖が大盗賊ざ。悪の仕組で、天地の大本の根本の、天地の根本の善一トツの誠の道の、天と地の先祖を無い様に致して、煮たり焼いたり、身体の筋まで茹でて食ったり、身体は叩き漬いて、食って仕舞ふたと申して歓びて居りたが、其様事の感える神ざと思うて居るから、此の度は大きな間違ひが出来て来るのだぞよ。 モ一度ケンビキが凝り出すであらう。余り大きな取違ひを為て居るので、ケンビキがこたえるであらう。悪の企画で此処迄はトントン拍手に、面白い程昇れた悪の輪止りとなりて、世界中の大きな難渋であるぞよ。上昇りて居る身魂の、利己主義の行方で、吾の系統斗りを大事にして、悪で末代立てて行こうとの目的なれど、悪の世の切り替へで、世界中の混雑となりて、何も一度に来るから、大本の内部は男も女も皆揃ふて、行儀行状を替えて居らんと、何も一度になりて来ると、筆先の腹に充分入りて居る人は、胴が据るなれど、筆先の判りて居らん人は、揺動くから、確乎と腹帯を締めて居らんと、永く日々知らしてある通りになりて来るのざから、女でも筆先の判りて居る人は、ソレ来た、出て来たと申して、腹の中に胴が据るなれど、太古から無いことが世界には実現から、筆先を充分拝読て置くが良いぞよ。世界の出来事が一度に成りて来ると、余程の胴の据りた人民でないと、能う忍耐らんぞよ。直は天の御三体の大神様の御守護が、夜昼に御側を離れずに御守護あるから、国常立尊は離れずに昼夜に守護致すなり、乙姫様の御守護なり、御夫婦御揃ひになりて世界の御守護遊ばすなり、是丈けで無い、荒神様の御守護で、大丈夫といふ事が判りて居るから、申す神言を真実に致して、申してある如うに為て居れば、サア今といふ折になりたら、此の世の根本の純粋の開発統一楽天清浄魂の大本の活神が揃ふて、天地から守護致し出すと、数は要らんぞよ。未だあるぞよ。稚日女岐美命の御近侍が、六合大立命殿となりて、根本の正真正銘の大和魂の御種であるぞよ。未だあるぞよ。禁闕要大神殿は大地の金神であるぞよ。まだ戦争の御手伝いは、何程でも乙姫殿の御眷族があるぞよ。正真正銘の御手伝なさるのは、金神の中で選抜いて御苦労になるなり、御加勢は何程でもあるから、立替は一気に出来ても、後の立直の準備を立て置かねば、立替致した後が末代立つ様の、二度目の世の立替であるから、是程下拵いに時間が要りたのであるぞよ。何も知らん眷属が天地の御恩と云ふことも知らずに、今に無茶で、吾れの出世をすること斗りに目を着けて、是程大望な神業許りが経綸てありて、勿体なくも太元の天地の大神様の、御苦労様な御手伝の在ることも判りて居るまいがな。太古から無いことと申して、筆先で知らして、是程実地の御手伝がありても、見えもせず、此の正真正銘を為て、日々昼夜に離れずに守護あるぞよ。今此の神事を申しても、直実には致しはせんから、筆先に書くのは、国常立尊が出口直の手で書いて置くぞよ。正真正銘の天と地との先祖と、日の大神殿天照皇大神宮殿、如何御守護も、このさきはなさるぞよ。是迄の不規則放縦な性来を、皆揃うて穢ない身魂は、洗濯に掛らんから、霊魂を引き抜いて仕舞ふて、此の前途の末代世を主宰て行く天地の大神の霊魂が、世の根本の純粋の根本の初りの大和魂であるから、此度の二度目の世の立替を致したら、末代日本の国の霊魂に同じ霊魂に致さんと、暮れて行きよると霊魂に不純が出来て、如斯いう難渋な世が参るから、此の先きで世の立替は、最う出来んのであるから、此度の二度目の世の立替は、何につけても天地の大神が実行すのであるから、純粋の世に致して、末代曇らん如うに、水晶に磨きたてて、大元の根本の世よりも、モ一ツ純粋の世に致して、御霊続の霊魂の性来と、附々の根本の肉体を天地から拵えて、末代御霊統の霊魂の性来に致して治るのであるぞよ。何れは人民も減少なれど、日本の身魂と外国の身魂とを薩張り立別けて、是迄のやうな醜るしき身魂は、日本の国には末代立別けて、毛筋の横巾も混りの無い事に致して了ふぞよ。天の主宰神と地の主宰神の、末代其の儘の活神は、末代肉体があるから、末流の神やら、日本の国には渡りて来られん悪神が、天地の大本神を無い世に致して、枝の神と向ふの悪神とで、モ一ツ体主霊従を強く致して、日本の国の婦女子迄も、小供も、人民の心情をもっと悪く致して、末代悪で立てて行かうとの深大周密目的を立てて居るなれど、日本の国には、モ一ツ深い経綸がしてありて、永らくの苦労、悔しい残念を此処迄忍耐て来た苦労の固まりの花の開く時節が参りて来たのであるぞよ。万劫末代萎れぬ生花であるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧8月28日 | 大正四年旧八月二十八日 大国常立尊変生男子の身魂が、大出口の守と現はれて、世界の守護を致さねば成らん世が参りたから、何事も前に知らせるぞよ。何彼の事が天地の守護と成りて来たから、今出る筆先に書した事は速いから、直きの筆先を斯人と思ふ人には読まして置かんと、大神の守護になると、一日増しに烈しうなりて来て、是だけの筆先を見やうが足らんと、俄に忙しう成ると、間違いが出来るから、何彼の落度の無いやうに、此内部の事、行儀行為も、初発から神の精神に叶ふ行状の出来て居る人と、行ひの悪い守護神の肉体とは立別けが在るから、何んな行為して居りても、御用は出来ると言ふ事はないぞよ。天地の先祖の実地の御用を致すには、水晶の身魂でないと、大神の名を汚す如うな守護神の肉体には、誠の御用は出来んぞよ。 天の御先祖様は日の大神様なり、天照皇大神宮殿、地の世界の先祖が大国常立尊、龍宮の乙姫殿、日出の火水を御使い成されて、夫婦揃ふて、天地の大神の片腕に成りなされての、御活動であるぞよ。岩の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の大神殿、金神殿の行状の、何も揃ふて出来る御方、選り抜いて使ふぞよ。金神の中でも放縦不規なのは使はんぞよ。厳しく成るから爰に成るまでに皆が解りて居らんと、逆立に成りて困しまんならん、守護神が沢山出来るから、明治二十五年から、昼夜に皆の神々に気が注けて在りたぞよ。今度大神様が御揃ひに御成りなさるのに、間に合ふ守護神は世に出て居れる方には、チットモ無いと云ふやうな、惨い事に世が乱れて了ふて居るぞよ。斯うなる事は世の元から能く解りて居りての、何彼の大望である、斯んな惨い事に成りて居りても、実地の大神様の御苦労に成りて居りても、解らんと云ふ如うな時節に成りて了ふて、暗闇で何も解らん世界の守護神に、明治二十五年から知らしてありたが、道を二途拵えて、辛い道と楽な道と二筋こしらへて見て居れば、皆が楽な方へ就いて、楽な行り方で行きよるが、この道は少時するとトント行き当りて、行く先が無くなると云ふ事も、筆先で知らして在るが、知らした事は皆実現くるぞよ。遅し速しは在るなれど、皆出て来るぞよ。今出る筆先は早いぞよ。 昔から無い事が世界には出来て来て、人民からは出来上がりて了はんと、実地の事は感得んから、筆先に書すのは、天と地との言葉の代りに、先にある事を前日前月に書くのが、変生男子の御役であるぞよ。変生女子の御役も御苦労であるから、何方の御用も外の身魂では出来ん、大望な事であるぞよ。変生女子には斯世の是までの、乱れた方の事がさして在りて、澄子には世に出て居れた、天之宇受売命殿と摺替て在りたから、夫婦共に是迄の世の行り方がさして在りたから、○○○○○○○何彼の事が九分九厘と成りて来て、大神様の直接の御守護と成りてきたから、大本の内部の行り方を更て、男子は男子の行動、女子は女子の行状を為て貰はんと、此先は是迄の如うには為せんから、気は張弓、抜刀の中に居るやうに思ふて、心得て居らんと、肝腎の御用は出来んぞよ。善の御道一筋で行りて行かねば、世が立ちて行かんぞよ。斯世はエライ事に成りて居るから、何事も筆先に書いて知らせるから、一度申した事を素直に聞いて、其行いを致さな成らんから、一度で何事も聞く身魂で無いと、此大本へこの先は段々と、遠国からも近国からも人が出て来て、此中の行為に皆眼を着けるから、今迄の行状では、出て来る人が承知を致さんから、是だけ厳敷筆先で気が付て在るのじゃぞよ。神の威勢を出して貰ふのは、此大本から、此中の行動を見て、御蔭を感得て、人に御蔭を取らすやうに致さな成らんから、○○○○○神は何んな教も致し、何んな行いも致すなれど、人民は来た折は恐い如うに思ふなれど、腹の中から抜けんやうに持て居らんと是迄のやうには行かんから、この先は立分けが始まるから、大本の中も外も、天地の違いに一日増しに変るから、代りかけたら速いから、是迄の如うに思ふて居りた守護神が、逆立に成りて苦しむものが沢山あるから、其れを見るのが、此方も地王もイヤで在るから、是ほどクドウ気を付けたなれど、世に出て居れる守護神が、苦労知らずの、行も致さんと楽な行り方で、斯んな良い政治があるものかと申して、前後の見えん、前途は何うなる斯うなると云ふ事の、末代見透く火水神の申す事は用ゐずに、仕放題の我良しの守護神人民は、我に苦労が為てないから、人の苦しむのが面白いと云ふ如うな、悪魔に化り切りて居るなれど、此後は逆立に成りて苦しまねば成らん事が出て来るが、夫れを見るのが厭であるから、日々今に続いて気を付けたが、実地をして見せる世が参りて来て、モウ何程御詫を致しても叶はんやうに迫りて来て、実地を致して、選り分けて処置を付けな、何時まで言ひ聞かしても聞く守護神無いぞよ。新つの洗い替の世を拵へる方が仕宜いぞよ。向後は結構なれど、此変り目がイヤな事であるぞよ。今度は天地の先祖の申すやうに致して、日本の霊主国に残して貰ふた身魂は、末代結構であるぞよ。鬼の性来悪魔の御魂に成りて居る海外の国の眷属の狸の性来が、悪るシブトウて、天地の御恩の有難い事も知らず、恐い事も無し、斯性来が日本の国では一寸混りても、此後は焼払ひに致して、日本の大和魂斗りに揃えんと、一寸でも残りて居りたら、選り抜きて焼き亡ぼして了ふて、天と地との先祖が揃ふて、末代の世を続かせな成らん世が参りて来たから、是迄の善悪混交の世では、一寸も前へ行く事もならず、後へ還る事は猶ホ出来ず、往きも還りも成らんのが今の事であるが、是迄の世は四ツ足の世で在りたから、如何して居りても安楽な行り方で恐い事のない世でありたから、斯ういふ難渋な事が廻りて来るのも、皆時節であるぞよ。此時節の来るのも、元は大神様の付々の守護神の精神が、悪でありたからであるぞよ。 善一つの御先祖様の、一の番頭二の番頭が、表面から見ては善に見えて、心腹の中が極悪でありたからであるぞよ。何も彼も腹の中まで見え透く、天地の先祖の肉体の、今に其儘で居れる活神が、昔から根本の経綸が為てありての、今度の二度目の世の立替であるぞよ。ドチラの仕組も中々一通りの身魂では判る事ではない、大望な経綸であるぞよ。悪の方もエライ経綸を致して居るぞよ。善の方も見当は取れん経綸が為てあるぞよ。善の経綸も悪の経綸も、世の元から致してあるのであるぞよ。夫れで斯世には昔から、双方の国にも口舌が絶えなんだので在りたぞよ。善は苦労が永いぞよ。解るにも暇が要りたので在るぞよ。悪は苦労なしに為放題で、思ふやうにトントン拍子に昇れたなれど、悪の生命は短いぞよ。九分九厘で悪の世は平らげてしまふぞよ。 |