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(3472)
大本神諭 神諭一覧 明治32年旧7月1日 明治三十二年旧七月一日 龍門の宝を艮の金神が御預り申すぞよ。龍門には宝は何程でも貯えてあるぞよ。世の立替済みて立直しの段になりたら、間に合ふ宝であるぞよ。昔から此乱れた世が来るから、隠して在りたのじゃぞよ。神代が近よりたから、無限の金を堀出して、世界を助けるぞよ。御安心なされ。艮金神大国常立尊が、神功皇后殿と出て参る時節が近よりたぞよ。此事が天晴れ表に現はれると、世界一度に動くぞよ。モウ水も漏さぬ経綸が致して在るぞよ。明いた口が塞がらぬ、牛糞が天下を取るぞよ。珍らしい事が出来るぞよ。アンナものがコンナものに成りたと、世界の人民に改心致させる仕組であるから、チト大事業で在れども、上十いたさして、天地の大神へ御目に掛けるから、艮の金神はカラ天竺までも鼻が届くぞよ。この仕組は永らく世に落ちて居りての、艮の金神の経綸であるから神々にも御存知の無い事が在るから、人民は実地が出て来る迄にヨウ承知を致さんぞよ。是でも解て見てやるぞよ。今度の二度目の世の立替立直しは、因縁の在る身魂でないと御用には使はんぞよ。神の御役に立るのは水晶魂の選抜ばかり、神が綱をかけて御用を致さすのであるから、今迄世に出て居れた守護神は、思いが大分違ふぞよ。是も時節であるぞよ。時節には何も敵はんぞよ。上下に復るぞよ。 艮の金神大国常立命の三千年の経綸は、根本の世の立替立直しであるから、日本へ上りて居る四ツ足の、悪の霊魂を往生さして、万古末代善一つの世に致すのであるから、日の本に只の一輪咲いた誠の梅の花の仕組で、兄の花咲哉姫の霊魂の御加護で、彦火々出見の命とが、守護を遊ばす時節が参りたから、モウ大丈夫であるぞよ。梅で開いて松で治める、竹は外国の守護であるぞよ。此の経綸を間違はしたら、モウ此の先はどうしても、世は立ちては行かんから、神が執念深う気を付けて置くぞよ。明治二十八年から、三体の大神が地へ降りて御守護遊ばすと、世界は一度に夜が明けるから、三人の霊魂を神が使ふて、三人世の元と致して、珍らしき事を致さすぞよ。いろは四十八文字で、世を新つに致すぞよ。此中に居る肝心の人に、神の経綸が解りて来て、改心が出来たら世界に撤配りてある霊魂を、此大本へ引寄して、神の御用を致さすから、左程骨を折らいでも経綸は上十いたすから、何事も、神の申す様に為て居りて下されよ。今度の事は智慧や学では到底不可んから、神の申す事を素直に聞いて下さる身魂でないと、神界の御用には使はんぞよ。此の大本は外の教会のやうに、人を多勢寄せて、それで結構と申すやうな所でないから、人を引張りには行て下さるなよ。因縁ある身魂を神が引寄して、夫れ夫れに御用を申し付けるのであるぞよ。大本の経綸は病気直しで無いぞよ。神から頂いた結構な身魂を、外国の悪の霊魂に汚されて了ふて、肉体まで病魔の容器になりて、元の大神に大変な不孝を掛けて居る人民が、病神に憑れて居るのであるから、素の日本魂に捻ぢ直して、チットでも霊魂が光り出したら、病神は恐がりて迯げて了ふぞよ。此の大本は、医者や按摩の真似は為さんぞよ。取次ぎの中には、此の結構な三千世界の経綸を、取違い致して、病直しに無茶苦茶に骨を折りて、肝腎の神の教を忘れて居る取次が多数在るが、今迄は神は見て見ん振を致して来たが、モウ天から何彼の時節が参りて来たから、今迄の様な事はさしては置んから、各自に心得て下されよ。是程事を分けて申す、神の言葉を反古に致したら、止むを得ず気の毒でも、天の規則に照して戒めを致すぞよ。今の神の取次ぎは誠と云ふ事がチットも無いから、我の目的斗り致して、神を松魚節にいたして、却て神の名を汚して居る、天の罪人になりて居るぞよ。大本の取次する人民は其覚悟で居らんと、世界から出て来だすから、耻かしくなりて、大本へは早速に寄せて貰えん事が出来いたすから、永らく神が出口に気を付けさしたぞよ。モウ改心の間が無いぞよ。神はチットも困らねど、取次が可愛想なから。 艮金神が表になると、一番に芸妓娼妓を平らげるぞよ。バクチも打たさんぞよ。家の戸締りも為いでもよき様に致して、人民を穏かに致さして、喧嘩も戦争も無き結構な神世に致して、天地の神々様へ御目に掛て、末代続かす松の世といたすぞよ。
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(3531)
大本神諭 神諭一覧 明治35年旧4月3日 明治三十五年旧四月三日 艮の金神が稜威発揮神と現はれて、二度目の世の立替への守護を致すぞよ。世が逆様に成って居るのを、艮の金神が表面へ出て出口の取次で世を本へ戻すぞよ。斯神が表になりたら、次ぎに龍宮の乙姫様が現はれなさるぞよ。改心の早く出来た御方から、出世をさすので在るから、今度は、自我を張りて居るほど出世が遅くなるぞよ。変性女子もチト我を折らんと、皆が難渋を致すぞよ。今度の仕組は艮の金神が申すやうに致さねば、緯の経綸で行ろうと思ふたとて、先へ行く程行き當りて、物事が遅れて、皆が苦しむ斗りで在るから、一日も早く守護に掛らんと、却々大望であるぞよ。斯大本に、世界の所作柄が為して見せて在るから、この大本の様子を能く見ておくが宜いぞよ。大本に在りた事は、世界に皆あるぞよ。明治二十五年から出口に言はす事は、一つも変りた事は言はして無いぞよ。同じ事ばかりが言はしてあるぞよ。世界中の事であるから、筆先に出した事は、皆世界から段々と出て来て居るのに、未だ疑ふて、誤解を致して居るぞよ。人が死のふが、世界が潰れやうが、多勢の人民が苦しまふが、自分さえ良けりや良いといふやうな心で居ると、我が先に泥溝へ陥って、苦しむ事が出来てくるぞよ。人を人をと思ふ、誠の善の精神でさや在りたなれば、神が見届けて、其上で、その人を助ける神で在るなれど、信心をいたして、間違ふた心で斯大本へ来ておると、大変に辛い事に成るぞよ。此大本は、世界の調査を致す尊い所であるのに、皆のものが、罪科を持って来てをいて、我の甘い目的が外れたと申して、反対に大本を恨めるやうな心で居りたら、肝腎の罪科が取れずに殖える斗りで在るから、長らく苦しみがあるから、斯大本へ這入って居りて、神や出口を恨めるやうな精神で在りたら未だ未だ苦しみが出来るぞよ。茲へ引寄して、早く改心さして、良く為て行りたいと思ふて致す事を、逆に取るから物事が逆様に覆りて了ふぞよ。夫れで、筆先が合はむと思ふたら、自分の腹の中を考えて見よれと申すのじゃ。違ふ精神が在りたら物事が違ふて来ると申して筆先が出してあろうがな。此筆先は一つも違ふ事は書してないぞよ。遅し速しはあるなれど、永らくの経綸であるから、直きに来る事斗りは無いなれども嘘はチットも書かして無いぞよ。能く見て御在れよ、追々と出て来るぞよ。世に出て御在る御方にチット激しき神様斗りが表に顕はれなさると世界は激しくなるから、そこに成ると世界の罪穢が皆判りて来るから、各自の罪穢の在る事は判らむから、未だ未だ神を恨めるものが多数に出て来るぞよ。罪穢償却の出て来るのは、世界は是からで在るぞよ。高ひ処へ上りてエラソウに致して居りた人民、チット是からは気の毒な事に変るぞよ。そこになりてから神に縋りたとて、聞済みは無いぞよ。目の醒る人民世界には大分出来るぞよ。世は持切りには為せんと申して毎度筆先に出してあろうがな。斯世が来るから出口に口で言はせ筆先に書して知らして与りたなれど、疑いが永きゆへ、曙の烏と致して眼を覚して見せるぞよ。遅くなる程世界は悪くなるぞよ。斯大本は世に出て御在る神様と、世に落ちて居る神とは思ひが異ふから心が合はむ筈の事じゃぞよ。モウ世が余り乱れて持てんやうに成りたから、世に表はれて世を立直しを致す神と、此儘で何時までも続かして行うとする神との戦いで在るから、斯大本は六ケ敷のじゃぞよ。今度は今迄に世に出て居りて、世を持荒した神と力競べを致すので在るから、今は神界では神と神との大戦争ひであるぞよ。斯の綾部の大本は世界に出来てくる事を、前に実地の形がして見せて在るから、十分に気を附けて考えておくが能いぞよ。大本は病気直しのやうな小さい所で無いから、誰も大きな心で来て貰わむと、量見が違ふぞよ。何事なりとも頼めば聞き済みはあれども、艮の金神は此の乱れた世を立直しを致す、大望な御役目であるから、手を合はして拝みて居るばかりでは何も解らんぞよ。今迄の汚ない心を捨て了ふて、誠一つの神心になりて来んと、何も判らんぞよ。いつも改心改心と申すのは、今迄の心を薩張り代えて呉れと申すのじゃぞよ。大本の道は為安い信心の出来にくい御道であるぞよ。甘い事申して人を引寄して、陽気信心するやうな教会の行り方とは違ふから、何彼に附けて骨が折れるなれど、三千年の此仕組の花の開く時節が参りたのであるから、弥々今度は上下へ覆るのであるから、神にも仏にも人民にも知らして在れども、今に置き未だ未だ此の儘で此世が先へ行けるやうに思ふて我を張りて居ると、誰に由らず上げも下ろしも成らん事になりて来るぞよ。先の見えるが誠の神であるぞよ。誠と云ふものは、豪いものであるなれど、誠なき人は途中で物が変るから、今度の事は誠を貫かねばならんから、艮の金神の教は骨が折れるなれど、貫いたならば、斯世には恐いものの無き神であるぞよ。今の人民に此の御用を勤め上げる身魂は少ないぞよ。人民の身魂は元は神の分身魂であるから、磨けば良く成るなれど、今の曇りた人民は却々早速に研けむから、是だけに骨が折れるなれど、斯大本の御用いたす身魂は多人数は要らぬなれど、何程神が言い聞かしても聞く人民が一寸も無いから、世界の物事が遅くなるのであるぞよ。何時まで同じ事を申して居りても、世が逆様になりて居るのであるから、良き事を申せば悪く見えるなり、悪い事を致しても人を詐りても、羽振能く致せば今の時節は人から賞る時節であるから、心が合いさうな事は無いなれど、是でも時節が参りたから悪ではモウ立ちては行かぬから、早く改心いたして、誠の心になりて、日本の人民の行状を致さぬ事には、神は聞済み無き事になりたぞよ。日本も外国と同じ精神に成り切りて了ふて居るから、二度目の世の立替がはじまりたら、余り大きな取り違いで、門へも出られむやうに恥かしう成るから、改心するなら今の内であるぞよ。今に天地が覆りて来て、上が下になり下が上に成りて、三千世界は一度に開く梅の花、梅一輪の経綸の生き花が咲く時節が近よりたぞよ。
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(3636)
大本神諭 神諭一覧 大正3年旧9月17日 大正三年旧九月十七日 大国常立尊変生男子の霊魂が、神威発揮能火水と現はれて、世界の守護にかかるぞよ。今迄に色々と申して急き込みたが、筆先通りの世が参りて来て、動きの取れん時節に成りて来たから、是迄の心を持直して、神心になりて呉れんと、世界にはイヤナ事が出来るのが、近くなりて来たから、神が日々是だけに申して知らしてやるのに、誤解をいたして、悪い方へ引き落されたら、何処へ言ふて行く所も、地団太踏みて悔みたとて、其んなら赦してやると言ふ事の出来ん、厳しき仕組がして在るから、迂潤な心を持ちて居りたら、万古末代取返しの出来ん失敗を致さな成らん事になるぞよ。 日本の国も何時も戦争に勝通すと云ふ事は無いぞよ。今迄の人民は、何事も我の力量で為て居るやうに、双方の国の人民も思ふておるなれど、天地の神から人民を使ふて居るのであるから、今度は此事が明白に分りて来て、双方の国の人民も、改心致さなならん事になるぞよ。 これから天地のビックリ箱が開くから、是丈け知らしてあるのに、未だ陽気や浮気で居る守護神は、モウ此往く先では黙りて居りて神界の帳を切りて、霊の利かん様に為て了ふぞよ。頑張るのも切があるぞよ。 これまでは外国の守護神にも、日本の国の守護神にも、十分に言い聞かして在るから、双方の守護神も天地の大神には、モウ落度は有るまいから、チットも不足は申されまい。出口直に正真とぼけた守護神が見せて在ふがな。結構な、世界に一と申して二の無い日本の倭魂を、全然カラの御魂と摺替られて了ふて、外国の学の行り方ほど結構は無いと思ふて、末代用いられん正味のない、悪の霊魂の行り方に、皆抱き込まれて、今の状況は何で在るか。が、是でも未だ気が付かずに、日本の行り方を忘れて、外国にとぼけて居ると、何が出来いたすも知れんぞよ。此行く先は何ふいたす心算か、後前が能く見え透いて為て居るのか、外国の学で万古末代続くと思ふて居るか。神からは危ふて目を明けて見られんぞよ。外国の霊魂が今度は日本を一転に略取て了ふて、甘い巧みをいたして居るが、梟鳥の宵巧、夜食に外れて六ケ敷顔をいたすなよ。悪の巧みで茲までは、トントン拍子に来たなれど、日本の国には一輪の経綸が為てあるぞよ。悪の経綸は苦労無しの仕放題、利己主義の、後前かまはん、今さえ善くば何時までも宜いやうに思ふて、金は何程でも湧て来る様に思て、悪で末代続かす経綸を致して居れど、経綸は大変に上手なれど悪の世はモウ切替といたして昔の根本からの世の持方に為て了ふから大分慮見が違ふぞよ。 日本の国には天と地との善一とつの経綸が、苦労の固まりで致してあるから、二度目の世の立替の折には、天地の御先祖の光を出して、世界のビックリ箱を開けてやると、世界中の悪に転りて居りた身魂が、目を醒して、今迄の思いが全部大間違でありたと申して、悪が善へ立復る仕組を世の元から致して在るぞよ。
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(3637)
大本神諭 神諭一覧 大正3年旧9月17日 大正三年旧九月十七日 大国常立尊が変生男子の身魂と一つになりて、出口直の手で昔からの事、是までに解らなんだ事から、昔から此世に無りた事を書しておくぞよ。日本の国は根本の霊能元素の国で在るから、世界に一と申して二の無い神国であるぞよ。此日本の結構な神国は、何時に成りても外国の自由には成らん国であるのに、こんな見苦しき国に成りて了ふたのは、日本の守護神がサッパリ悪に覆りて居るからであるぞよ。斯ういふ事になるのは、世の元の大神様の附々の守護神の精神が悪るき故に、斯う言ふ事に成りたのであるぞよ。天の王の御先祖様と御成なさる尊い霊魂の附々の、一の番頭二の番頭の精神が元来悪き故に、世界一の霊の本の国を、斯様な見ぐるしき国に致して了ふて、今の日本の有様、神なき国同様であるぞよ。 昔から神が研きしもとの鏡も、九分九厘の処で曇りたら神の間には合はんから、今度の御用はチットも油断は出来んぞよ。天地の御先祖様の尊い御霊魂の光を出さねば成らぬ大神様の一の家来が、鏡が曇りて居りた故に、斯んな惨い世になりたのであるぞよ。今暫くは一の家来の名だけは、現はさずに在るなれど、トコトン改心をいたさねば、其守護神と肉体の名を現はして、世界中へ慚愧を晒さして、悪の加賀美にして罪を取らねば、重々の天地の咎人どころで無いぞよ。天地の大盗賊であるぞよ。変生男子より外には此筆先を書く身魂は、末代に無いのであるぞよ。外にも筆先書して知らして在れども、肝心の一厘の事は知らして無いぞよ。代りの有る事なら為宜いなれど、代りの無い変生男子の身魂と、変生女子の身魂であるから、此御用の勤まる身魂は外には一方も無いやうな事がさして在るから、大本へ立寄る人が何彼の事を誤解をして居るが、誠の善一つの道は普通の身魂では、此中の事は見当が取れんから、大本の誠の御用を致さうと思ふたら、人から見て違ふた人じゃなあと言はれて、ひっくるぶいて仕事を為もってでも、筆先の精神を考へて見て、夜分に寝ても寝られんやうな、一心の人で在りたなら。此方が天晴現はれて、是で宜いといふやうに成りたら、善の方へ廻して、神から直接の神力を授てをいて守護を致すから、何事も思ふやうに、箱さした様に行けるなれど、今の人民は思いが大元の神とは反対であるから、神力が渡されんのであるぞよ。神国の肝心の時の間に合はん学で、智慧の出来たハイカラ御魂の肉体の人民は、神が使ひ難いから、産の霊魂に立かへらんと、今度の神世の御用には使はんぞよ。一層何も彼も卓越た学のある守護神でありたら、解るのも早いなれど、今の途中の鼻高の学者は、世界が茲まで迫りて来て居るのに、未だ日本の国の天からの責任が解らん様な事であるから、何時まで延ばしても限が無いから、天地のビックリ箱を明けて、神力を見せてやるぞよ。天地のビックリ箱が開くと、天地が一度に鳴動出して、耳も目も鼻も飛んで了ふやうなエライ騒動になりて、如何な悪の強い身魂でも、学のある守護神でも、ヂリヂリ悶へいたして、一度に改心を致すなれど、そうなりてからの改心はモウ遅いぞよ。そう成りて来たら金銀でも、学でも、智慧でも屁の突張にも成らんと言ふ事が解るぞよ。そこに成る迄気の付かんのは、外国の訳の解らん悪神の霊魂に心の底から欺されて了ふて、日本魂が曇り切りて居るからであるぞよ。今年で二十三年の間、出口直の手と口とで十分に知らして気を付けたなれど、今の上の守護神も下の人民も渋たふて聞入れぬから、モウ知らせ様が無いから、何彼の事の実地を為て見せてやるから、ビックリ虫を出して又腰の抜けんやうに、此大本へ来て筆先を見たり聞いて居る人は、世界の大峠と成りた折には、チト異うた人に成りて居らんと、早うから此辛い処へ山坂を越えて、有難いと申して居りても、大本の中は大化者に、実地に世界の事が為して見せて、鏡が出してあるから、世界から何事が起りて来ても、胴を据えて、腹帯を確りと締て居ると、今度の世界の御用が能く勤まるぞよ。ビクビク致す様な事ではモ一つ信仰が足らんのであるぞよ。女でも確り腹帯を締て信仰が固まりたら、世界の大峠に成りた折に胴が据りて、ビクとも為ずに御用が出来るぞよ。筆先の読み様が足んと、其時に恐くなりて堪忍んから、日々に気を附けて知らしてあるぞよ。世界に在る事を気も無い中から、先に知らせる大本であるから、一旦筆先に出した事は、チト遅し速しは在りても皆出て来るから、何彼の事が延びた丈けは一度に成るぞよ。緩々と致して居りたら彼我の国も潰れて世が建ん事に成から、一期に致せば速く成るなれど、世界は一度は困難が来るぞよ。善一つの誠の御慮見の宜い天の御先祖様が、是程永い間の御艱難を為されたのは、元からの附々の守護神の精神が全然極悪で在りた故に、露国へ上りて居る極悪神と心腹が一つで、此世を混乱して了ふたのであるぞよ。表面からは善く見えても、腹の中が極悪であるから、其の事は斯世が泥海の折から、此目的の在る事を天の御先祖様が皆御存知でありたから、地の先祖の国常立尊の変生男子の霊魂と、変生女子の霊魂とが、初発から拵へて在りたのじゃぞよ。斯う言ふ悪物が在る故に、日本の霊能元の国にも、一輪の梅の花の経綸が秘密に為て在るから、到底悪神の自由には何時までも為しは致さんぞよ。日本の元の御血統を悪に致して、化して在りた事が判らなんだが、是までは我の世で無いから、蔭からの守護で何も申す事も致す事も出来なんだなれど、時節参りて世に現はれて、天地の吃驚箱(びっくり箱、ビックリ箱)を開けるから、何彼の事が明白に見え透き出すから、悪の守護神は恐怖なりて迯げ出すやうに成るぞよ。自己の腹の中が自己に見えるやうになりて、自己の腹腸が汚なくなりて、腸を引摺出して悶へ死をする肉体も沢山あるぞよ。世界の立替の大峠と成りたら、善き事も、悪き事も、恐い事も一度に出て来て、眼を開けて見られんやうな事が、罪穢の酷い処には罪の借銭済が在るから、海外の国は大分厳酷ぞよ。日本の中でも非道いめぐりを積で居る処ほど、ひどい事が在ると云ふ事は、明治二十五年から日々続いて知らしてあるが、何彼の時節が参りて、天の根本の大神様の御光を国常立尊から現はせて、昔から無りた事を致したり、此世が出来てから無い、天の王と地の王との大神の光を、三千世界へ現はす世になりたぞよ。
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(3658)
大本神諭 神諭一覧 大正4年旧11月6日 大正四年旧十一月六日 大国常立尊が世界へ現はれて、三千世界の三段に立分けてある霊魂を、それぞれに目鼻を着けねばならんと云ふ事が、筆先に知らして在るが、時節が参りて来たから、何も彼も一度に忙しう成るから、日々に出る筆先を見て其様の行為を致して下されよ。此筆先は神の言葉の代りに書すのであるから、変生女子が是からは段々と御役が忙はしうなるから、肩も凝るぞよ。骨も折れるぞよ。二度目の世の立替を致すには、先づ第一ばんに上中下の立別けてある霊魂に目鼻を着けて、日本の霊の元の生粋の、日本魂の其儘の火水神が、昔から松心で仕組致した一輪の生花で、手の掌が覆るのであるが、平たう言へば肝腎の邪魔に成りて、経綸が潰れるなり、此の経綸を潰ぶす様な事で在りたら、永い苦労が水の泡に成りて、総損いに成りて、世界中が難渋を致す様な事がありては成らんから、今が一番に大事の性念場で在るぞよ。今の御用は何の身魂でもと云ふ事は、行かんので在るから、時節を待ちて因縁の身魂が寄りて来んと、外の身魂では頭で判らんから、其系統の身魂でないと判りも為ず、改心も出来んから、其系統の身魂に御話しを致させると、自分が是まで為て来た事が肝玉に感動て来て、依然として居れん様に成りて、其系統系統へ判りて来て、思ふたとは何彼の事が延びた丈は、速う成るやうの仕組が為ては在るなれど、何に就ても事業が大きなから、余り肝玉の小さい守護神に使はれて居りて、愚図々々いたして居りたら、全然後廻しに成りて了ふから、我と我身を攻める事に成るから、余程大きな心を持ちて居らんと、万古末代に一度の結構な御用に、外れる事が出来いたすから、神がクドウ何時までも、気を付けるので在るぞよ。大事の事を早う申して仕損いが出来たら、取戻しが成らんから、大事の事は後へ廻して、成る可く気を静めて分る処へ……時節が参りて来て居るから、因縁の身魂が其系統へ参りて、元からの御話を聞せると能く判明て、物が速く成るなれど、因縁の無い身魂が相互に参りて、聞せやうと思ふても、其すぢすぢの系統の身魂で無いと、実地の因縁が分らんから、何返参りて聞かそうと思ふても、能う解けんぞよ。我の性来の筋の元が、我の仕て来た事を、実地を申して聞かせると、腹内に浸込て、是では善に立復らねば、悪の働きでは行けんが道理と云ふ事が能く解りて来て、我の血統へ改心をさせに、眷属を使ふて夫れ夫れに、善の御道でないと、此先は一足も前へ行く事も、後へ還ることも出来んやうに成ると申すことが、判り出すぞよ。世界中が九分九厘と成りて、往きも還りも成らんことになりて、日本の霊の本には、一厘の秘密が致して在りて、世界の人民の判らん、智慧や学で考へても、悪でも何でも出来ん事が在るぞよ。地の先祖の活神が其ままで、世界中を山の谷々までも全然無いと思ふて居りた元の先祖が、ドエライ経綸を為て居りたので、○○○○○悪の方では、モウ少時も行けんと云う事が、世界中へ一度に分りて来て、依然して居れんやうに成りて、悪で茲まで為て来た事が、水の泡となりて、フクロ鳥の宵企みで、夜食に外れていろはからの手習を致さねば、斯世には住いて貰えん時節が参りて、逆立に成りて苦しむ守護神が、出来ると云ふ事が、毎度明治二十五年から、斯う成りて来るから、引続いて知らして居るやうに、何事も成りて来るから、悪ではモウ一足も、往きも還りも成らん事に成りて、善の活動のいろはから勉強を致して、是迄の心をサッパリ捨て了ふて、是までの行り方を、上から下の行り方、斯の世一切の行り方を全然替へさすから、今では真実に致さねど、代りかけたら速いぞよ。時節が来たら何事でも速く代りて、善い事も悪い事も何事も、一度に開く梅の花、一度申して在る事は皆出て来るぞよ。永い間の経綸であるから、遅し速しは在るなれども、何も順に出て来出したら早うなるから、世界中を桝掛引いた如くに致すから、○○○是までの行り方は余り大きな不公平が在りたから、世界には謀反が起きて来て、悪では斯世が治まると云ふ事は○○○○何時に成りても国の奪り合い斗りで、内外の国も治まるといふ事は無いぞよ。善一つの世で無い事には、何時に成りても天下泰平には世が治まらんから、世の元の天地の根元の大神が、善一つの世で治める世の秘密が、一寸の処に誰も出来ん事がして在るから、悪ではモウ一寸も前へ行けんぞよ。善一つで末代の世を治める経綸が為て在るから、此のさきは玉水の陸の竜宮の音姫どのの、海の竜宮を明け渡し成されたなり、陸の御宝も海の御宝も世界中みな天地の先祖の所有を、取りて居りた大盗賊を、善の道へ立帰らして従はす、善一つの御道に致す一輪の秘密で、世界自由にいたす時節が参りたぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正5年旧3月17日 大正五年旧三月十七日 何彼の時節が参りて来て、世界は何彼の事が混難に成ると言ふ事が筆先で知らして在らうがな。裸体の刀に袴を穿かして見せて在らうがな。改心が出来んと判じ物の通りに成るぞよ。明治二十五年に刀を裸にして袴を穿かして在るのを直に持たしてうろつかして見せて、是れを判じよと申したとて、彼の人は狂人で在ると申して笑ひよりたが、アンナものを持って歩いて居る位により見えんなれど、其の通りの時節が来たぞよ。気も無い中から知らせるのであるから、判じものを熟く見て置くと其の通りが出て来るから、気を張弓で居らんと、是迄のやうな心で居ると世界中が大きな難渋と成りて来るぞよ。昔の元を建造た天地の先祖が構ふ世に成るので在るから、世に出て居れる方の守護神には気に障る事斗りで在るから、此の大きな神業を致すのに、骨子の役員は五人在りたら善いのぢゃ。大勢在りたら反りて悪いと言ふ事が筆先で知らして在らうがな。言うて与りてもよう判けはせんし、判らん守護神が本の御用は為て貰へんし、身魂の立替立別けは天地の先祖が実地を始めて判る所へ判けさして、世を元へ復すと申すのは御魂の事で在るから、余程の神徳を貰うて出る筆先を充分のぞきつめて居ると熟く判りて来て、門外に出るのも厭に成るやうに成りて来るから、門外へ出たい間は誠が判らんので在るぞよ。身魂の性来やら因縁で同じ用は無いから、出る役も在るなれど、大本の中に此の人と思ふ人を引き寄して筆先を充分腸にたたきこまして二人は、管長の傍に居りて人を管長には直接には会はせんやうに致すから、是非会ひ度い人は会はせもするなれど、モウチッと致したら此の中の行ひを神から薩張り変へさすぞよ。男も女も充分に行儀作法を皆気を付けあうて隠で言はずと互に知らせあうて、お前の行り方は不当んから斯ういふ行ひに変るが良いと面論う申して神の聖旨に叶ふやうに、不調法のないやうに致さねば、今迄のやうな事を仕て居りては此の中の行ひがチッとも変らんから、此れでは天地の光りが何時に成りても表に成る事は出来んぞよ。人民を余り大事に思うて居ると、人民が上に昇りて了うて、神から人民に機嫌をとりて与らなならん逆様斗りが出来てどれだけ人民に言ひ聞かしても神の神徳を人民本位ではよう出さんから、何時までも神徳といふ事が判りはせんから、夫れでは世の立替立別けを致した所で、出来さうな事が無いから、実地の生神が我が身が我が事を致して御手伝ひを世の元の生粋の日本魂の一輪の精霊活機の身魂に任命せねば、神力は今の世に出て居れる方の身魂では何時まで言ひ聞かして居りたとて間に合ふものは無いから、他を杖に信頼やうなチョロコイ身魂では今度の元の差添へに成る事は出来んから、人民界には大神の誠の力に致す身魂がナカナカに無いぞよ。世の元の一の番頭二の番頭が体主霊従な方へ目を付けて、此のやうな悪魔の世に堕落りたので在るから、今の世の中に今度の二度目の世の立替の一の番頭二の番頭に成らうと思ふ身魂の肉体で在りたなら、天地の先祖の力に成りて呉れたなれば一厘の仕組で天からと地の世界の先祖の力を添へて与りて、天晴れ手柄を為せて、悪に反りて居る守護神に改心させたいと思へども、今迄世を持ち荒して来た方の守護神は皆我れ好かれで在るから、人の事なんと構うて与るやうな誠の在るものがチットも無いので、茲まではどうぞして善へ立ち帰らして手を引きあうて行きたいと思ふたなれど、悪魔に成り切りて、善の方へは此方を向く身魂が無いやうに成りて居るから、そんな身魂に何時までも相手に成りて居りたら、皆悪い方へ引き陥されて此の世が泥海と成りて、世を立てやうと思うても人だねも無いやうに成るから、此のまま置いたら未だモウ一つ人民が悪く成るぞよ。悪は往生致さな致すやうに仕て悪を平げて了はんと、天の御先祖様へ申しわけの出来ん事が出来致すから、此の方の経綸通りに致して埒良く致すぞよ。ナカナカ世界中の事で在るから、そう着々とには行かねども、チッとも気を弛さんやうに身魂を磨いて居らんと何時何から始まるやら判らんぞよ。
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(3667)
大本神諭 神諭一覧 大正5年旧3月23日 大正五年旧三月二十三日 大峠と成りた折に助かるやうに身魂を磨いて居りて、出来る御用さしてやりて、皆手を引き合ふて行きたいのが、此方の願であるなれど、世に出て居りた方の身魂は悪にかへりて居る故に、精神が反対であるから、思ふて居る事が反対ばかりで、経綸の邪魔に成りて、慈悲が仇となるから、立替の御筆先にはモー気の附ける事が無いから、向后は立直しの方の御筆先を書かすぞよ。この曇り切りた世の中の枝の神やら、向ふの国の極悪神の性来の血筋やら日本へ渡りて来て居るのが、極悪神の皆血筋と眷属とであるから、日本の国の人民が外国の方が宜い筈であるぞよ。九分九厘と一厘とであるから、外国の方がよいのが当り前であるから、それで日本の国で生長た守護神を改心をさして、成るべく日本の大和魂の性来に致して、日本の大地の上に置いて、改心の出来たのは善い鑑に致して、成るべく日本の国の世の元のいろはからの勉強をさして世界中を一つにまるめて………。 天地の因縁の分る世が近うなりたから、安楽な方へ眼を着けて居ると、自己の心に思ふて居る事が、此方から見ると、井戸の縁に茶碗を置いて見て居るやうに、今はまると思ふやうにあるから、お筆先で叱りたり、たらしたり、肚の中の埃塵を出して身魂を磨けと一点張りに申して、同じやうな事に気を附けて念を押すのであるぞよ。弥勒様を、此世へお出ましに成りなさるのには、変生男子の身魂が現はれて、女子の身魂の因縁を現はして、乙姫殿の元の性来をすッくり現はして、あれほど慾な醜しきお心の改心をなされたことを世界中へ現はして、変生男子の身魂が現はれて来んと、艮へ押込まれて、艮の金神と世界の万の神に、鬼神、崇り神と為られて居りて悪神にしられて居りたのが、元の大国常立尊であるといふことが、さッぱり現はれて来んと、元の天の御先祖様の弥勒様は天晴お出現にはなれんのであるから、人民では御出現には能う致さんから、改心をして身魂を磨きて居りてくだされば、実地の元の活神が実地の元の一輪の生粋の霊魂を御苦労に成りて、実地を致すから、さう成らんと弥勒様のお出現には成らんなれど、時節が参りたぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正5年旧5月18日 大正五年旧五月十八日 太初の根本からの事を説て聞さねば成らぬ、時節が循りて来たぞよ。天地の創造時代の事から、天の御先祖様が永い御艱難を為された事、地の先祖が押込められて、茲まで悔しい残念を隠忍り詰めて来た事から、変性男子の御魂と変性女子の御魂との因縁の事から、竜宮の乙姫殿、金勝金之大神、坤の金神殿の事、一輪の御手伝ひを成さる荒神様、木花咲耶姫殿、彦火々出見尊殿の事、神にも御存知の無い身魂の、因縁性来の判る時節が参りて来たぞよ。是れからは、昔の根本の始まりの、ミロク様の教どうりを致すから、二度目の世の立替を致したら、是れ迄の途中から出来た教理は間に合ん事に変るぞよ。綾部の大本は二度目の世の立替を致して、世の経綸法を改める大本で在るから、光華明彩の世に致さねば成らぬから、天地が矛盾不整理て居りたのが、本然え立直りて、人民に改心が出来て、善の道へ復順りたら、夫れで神世と成るので在るから、悪の霊はチットもきかぬ様に成りて、世界のお土の上には薩張り居れん様に変りて了ふから、一日の間にでも改心致して、善の道と成りて下されよ。世が変ると申すのは、身魂が悪に返りて居りたのが、ミロク様の元え直る事で在るぞよ。天の吃驚箱が開くと、昔から、仏事と学理とで、世界中が暗黒界と成りて居りたのが、日の出の守護と化りて来て、末代に一度より開く事の出来ん、天地の岩戸が開ので在るから、今迄どうりの事を申して居る守護神人民は、余り大きな間違ひで、吃驚致して、大きな声で語も言へん様な事が在るぞよと毎度知らして在るぞよ。今の内に充分準備を致して、神力を十分受けて居らぬと、俄か信神は何の間にも合はん事に成るぞよ。悪の行り方で茲迄はトントン拍子に来たなれど、悪の世はモウ平らげる。一日増しに天地の経綸通りに成りて来て、是迄の行り方では行きも戻りも成らん様に成りて来るから、世界の事変が何も一度に成りて来て、一度に開く梅の花、梅で開いて松で治める世が参るぞよ。此の世の人民よ、是迄の心の持ち方を薩張り捨てて了ふて、水晶のミロク様の世に成る教通りに素直に致すと、此の先は神の守護で、何事も明らかな、極致極真六合帰一の世に成るのじゃぞよ。是迄は天地の先祖神が隠の守護で在りたから、日本の国の天地経綸の本場所の国が、暗闇の世に成りて、根本の先祖の威光も無かりたから、今の日本の国の見苦しさ。天から降りて休み所も無い様に、山の谷までも、やう汚したものじゃ。竜宮へ落ちて居りた元の肉体の在る生神が、竜宮館の元の宮へ立帰りて、早く世に表はれて、揃ふて守護致さねば、今に日本の尊とい国が、外国の害を致すカラ身魂に自由に為られて了ふぞよ。此の方が表に成りて、天の御先祖様の御命令を奉戴きて、夫れ夫れの御用の命令を、根本の肉体の其儘で御いで遊ばす荒神さまえ下げるなり、又選用て何彼の事を見届けて、此の身魂なら間に合と見たら、先繰り御用を仰せ付けるのは、地の先祖の大国常立尊の何彼の差図を致すのであるぞよ。 綾部の大本へ来て偉そうな事を申したり、力量の無いのに口で学理万能主義的口吻を弄しても、艮え隠されて、世界の事は何も世の本からの事が、帖面に付け留めて在る同様に、種々と化けて、天地の此の世界を、隅々まで審査て在りての、二度目の世の立替を致す大本で在るから、他に仕組が為て在りても、此の方の仕組で無いから、今度は艮の金神の経綸で無いと、天地の岩戸は開かんぞよ。永い間の悔し残念を伏忍りて来た、天と地との先祖の御魂、末代の事が何も見え透く、世の元の根本の先祖の経綸で無いと、肝腎の止めは刺せぬぞよ。其の行り方では永うは続かん、此の行り方で無いとと言ふことが、先きの見え透く身魂が世を持たねば、世は途中で乱れて了ふぞよ。此の方は何も世の元から判りて居りたのじゃ。天地の先祖を押込て置いて、体主霊従の行り方で行らうと仕ても、初発は良い様なれど、暮れて行きよると段々と世が乱て、神世一代の世の末と為ると、末法万年の悪い世が永く続く時代が来ると言ふ事も、初発から天地の先祖は何も知らん事は無いのじゃ。其の末法の世が今の事、コンナ世が万年も続いたら、世界が潰れて了ふから、世を縮めて、ミロク様の世へ立直す仕組が致して在るのじゃぞよ。ミロク様の御艱難の万分一の、「い」の万分一の事が分りて来たら、勿体無うて、人民は万物の長と言はれて、神の御用を致さな成らぬと云ふ事が判るぞよ。此の難渋な大峠と成りた折には、成る可く人民が神の御用を致す様に、神は苦労を致すぞよ。日本の国の人民は、本来に大仁愛主義精霊魂が天賦けて在るなれど、其の身魂が今度の二度目の世の立替に間に合ふ様に急き込みたなれど、今では日本の国に大仁愛主義玉霊玉魂の性来が惨う無い様に成りて居るから、日本の国がコンナ見苦しき身魂では、世の元の先祖の威徳と云ふ事がチットも無いから、天地の元の先祖の神力を見せるのには、日本の人民が日本魂の性来に皆揃ふて成りて貰はんと、天地の神力は判りは為んぞよ。燈火の消ゆる世の中今なるぞ、差添え致す種ぞ恋しきと申して在らうがな。今が燈火が消えて真暗黒界で在るぞよ。天地の神の、思ひて言ふ事が人民に無い様に成りて了ふて居るぞよ。茲までに悪開に開化たのも、何も都合の事で在るぞよ。善い事も世界には悪い事もドンナ事も、末代の事を、変性男子と変性女子とに解き置かせるぞよ。変性男子の容物は、大出口直で在るから、同じ御魂が男では末代の世が続かんから、大国常立尊の御魂を、半分の御魂が、勿体なくも天の天照皇大神宮殿の御妹御の稚日女君之命と女に変化て、男と女とに分れて、ドチラの身魂も他の身魂では、やう為ん事の克う忍耐ん事を、茲までに致して来たのが、時節で二つに分て居りた御魂が一つに成りて、大出口の大神と成りて、改めて三千世界を守護う様に成りたぞよ。変性男子の御魂は、茲まで血を吐く如くの苦労を致して御用を勤め上げて、天の規則破りの咎示を許いて貰ふて、変性女子の身魂をスックリ表はして、男子と女子との因縁を表はして了はんと、天のミロク様の御出坐しが無いので在るから、天晴れミロク様に出て頂だいても、元の根本の天地の元の因縁から表はさねば、地の世界が曇り切りて居るから、物がアラコラに成りて、誠の事が成就せんぞよ。元の因縁の事が判りて来て、綾部の大本から其の通りの事を表はして見せるぞよ。綾部の大本は、代々女の御用継ぎと申して在らうがな。男では末代の世が立ちて行かんので在るぞよ。 此れ程善一つの元の根本の、御先祖様の元の大神様を、茲までに仏事の守護で在りて、天地の光りも無いと言ふ様な惨い事に仕て在りたのも、此の世が出来ん内から悪い霊魂が在りて、末代の陰謀を仕て居りたのじゃ。夫れから此の世界を建造えたので在るぞよ。悪神の陰謀を元から能く御存知で、此の身魂を日本の国え上げたらドモ成らんから、ミロク様は天へ御上りに成りて貰ふて、大国常立尊が地の世界の先祖と成りて、初発は善一つの行り方で、善の世の間は何とも言へん、良い世で在りたなれど、暮れて行きよると善の厭いな守護神の、元からの目的で叛謀が起き出して、末代の叛謀を起こしたのじゃ。何事も皆天の御先祖様が本で在るから、肝腎の元の御骨折りも判らずに、我れの目的を立てやうとしても、反って思惑が外づれる事に成るぞよ。他の身魂は枝であるから、元の此世の元からの事を、知りて居る身魂は無いので、二度目の世の立替の折には、此の世が世界中、暗雲の世に成る事が能く判りて居りて、日本の国にはドンナ経綸も仕て在るぞよ。向ふの国の悪神の陰謀もエライ陰謀で在るなれど、頭と尾と斗りで、肝腎の胴体が無いから、大事の所が抜けて居るから、サアと言ふ所で間に合はん、日本の国が世界の胴体で在るから、肝腎の大事の経綸は、世界の真中の政教の元の威霊の元の大本元の日本の真中の新宮本宮の元の宮で経綸た事で無いと、一厘の艮の所が成就せんぞよ。日本の国は大和魂で無いと天然地真で無いから、日本魂に仕て在りたなれど、向ふの国の霊とスリ変へられて、日本の威霊が、日本には無い様に成りて了ふて、今では、日本の国の精神が外国の精神に化りて、日本の国では用ゐる事の出来ん事を喜こびて、神の気障りの事斗りを致して、誠の神が地へ降りて、守護致す事の出来ん様に、汚りて了ふて居るぞよ。綾部の陸の竜宮館の高天原には、結構な神が降り昇がりを成されて、世の立替に付いて歴然と神謀神策な現象を、変性男子の御魂には見えるなり、曇りた身魂の肉体は、何結構な事を申して与りてもよう判けんが、神徳が無いと誠の事が判らんから、御用為せる事が出来んから、皆揃ふて身魂を磨て置けと申すのじゃぞよ。是迄の見苦しき心の守護神は、日本の地では御用が出来んやうに成るから、そう成ると厭でも外国へ去んで貰はんと、日本の御土の上には居れん様に、天地から成るから、日本の国は元の水晶のミロク様の世に、成りなさる時節が参りて来たから、毎度御筆先きで、日々続いて知らして在るのに、今に真実に聞いて、其の行ひを致す守護神が無いから、何彼の経綸が遅く成りて、世界中の人民が誠に難渋を致すぞよ。是迄は体主霊従国の守護に、日本の国が下落りて居りたから、心に間違ひの在る神、ドナイ為て居りても御用が出来る様に思ふて居ると、大間遠かひが今度は皆出来るから、明治二十五年から御筆先きで日々警告して居るなれど、改心の出来て居る守護神が今に無いが、気の毒なれど、モウ知らせやうが無いから、何事在りても恨めに行く所は世界に無いから、我れの心を恨めて居ろうより仕様が無いぞよ。天然の時節が循りて来るので在るから、末代肉体の在る地の先祖の申す事を誠に致して居ると、申して在る事が皆出て来るから、良い御用が出来るなれど、慢神と取違いと疑いとが有りたら、恐い事が出来るぞよ。 昔の根本から何知らん事の無い生神を敵対ふて見ても歯節は立たぬから、素直に致してウブの心に成りて、申す様に仕て居ると、思ふ様に、改心を致して其日から嬉しう暮らせるなれど、手向ふて来て、何なりと仕て見よれ、一つも思ふ様に行きはせんぞよ。元の古き世の根本からの因縁が判りて来て、天地の岩戸が開く時節が参りて、爪も立たん様に仕組が仕て在るから、改心が一等ぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正5年旧11月8日 大正五年旧十一月八日 あまり此世に大きな運否が在るから、何方の国にも口舌が絶えんのであるから、世界中を枡掛を引いて、世界の大本を創造た、天と地との先祖の誠の王で、万古末代善一つの神国の王で、世界を治めて、口舌の無い様に致すぞよ。天は至仁至愛真神の神の王なり、地の世界は根本の大国常立尊の守護で、日本の神国の万古末代動かぬ神の王で治めるぞよ。我好しの行り方では、此世は何時までも立たんぞよ。この世界は一つの神の王で治めん事には人民の王では治まりは致さんぞよ。日本の王は神の王であるぞよ。外国の王は人民の王であるから、世が段々と乱れる斗りで、人民は日に増しに難渋を致すものが殖える斗りで、誠の神からは目を明けて見て居れんから、天からは御三体の大神様なり、地は国常立尊の守護で、竜宮様の御加勢で、元の昔の神の経綸通りの、松の世に立替へ致して、世界中を助けるのであるから、中々骨が折れるぞよ。モウ時節が近よりたぞよ、用意をなされよ。脚下から鳥が立つぞよ。天地の先祖を人民の王より一段下に致して、神は此世に無い同様にして、東北へ押込めて、外国に上りて居る悪霊が、世界の大将に成りて、悪の血統と眷属の何にも知らぬ悪魔を使うて、末代世を立やうと思ふてエライ経綸をして居れど、世の本からの天地を創らえた、其儘で肉体の続いてある、煮ても焼いても引裂いてもビクともならん生神が、天からと地からと両鏡で、世界の事を帳面に付け止めてある同様に判りて居るから、モウ日本の国には動かぬ仕組が致してあるから、日本の人民よ一人なりと、一日も早く大本へ参りて、神の御用と国の御用を致して、世界中を神国に致す差添へになりて下されよ。今迄の世は王は十善、神は九善と申したが、神も十善王も十善の世に致して、上下揃ふて神国の世に世界中を平均すぞよ。 今の世界の人民は、現世に神は要んものに致して、神を下たに見降して、人民よりエライものは無き様に思ふて居るが、見て御座れよ、立替の真最中に成りて来ると、智慧でも学でも金銀を何程積みて居りても、今度は神にすがりて、誠の神力で無いと大峠が越せんぞよ。今度は神が此世に有るか無いかを、解けて見せて遣るから、悪に覆りて居る身魂でも善へ立返らな、此神の造りた陸地の上には、居れんやうになるから、改心を致して身魂を能く研いて居らんと、何彼の時節が迫りて来たから、万古末代取り戻しの成らん事が出来致すから、今に続いてクドウ気を付けるのであるぞよ。是丈けに気を付て居るのに聞かずして、我と我身が苦しみて、最後で改心を致してもモウ遅いぞよ。厭な苦しい根の国底の国へ落されるから、さう成りてから地団太踏みて、ヂリヂリ悶へても、そんなら赦してやると云ふ事は出来んから、十分に落度の無いやうに、神がいやに成りても、人民を助けたい一心であるから、何と云はれても今に気を付けるぞよ。 これからは、筆先通りが世界に現はれて来るから、心と口と行と三つ揃ふた誠でないと、今度神から持たす荷物は重いから、高天原から貰ふた荷が持てんやうな事では、余所から人が沢山出て来だすから、其時に恥かしう無いやうに、腹帯を確かり締て居らんと、肝腎の宝の山を取外す事が出来るぞよ。今度はこの大本に立寄る人民に、神からの重荷を持たすから、各自に身魂を十分に研いて置いて下されよ。ドンナ神徳でも渡して、世界の鏡に成る様に力を付けてやるぞよ。改心と申すのは、何事に由らず人間心を捨て了ふて、智慧や学を便りに致さず神の申す事を一つも疑がはずに、生れ児の様になりて、神の教を守る事であるぞよ。霊魂を研くと申すのは、天から授けて貰ふた、大元の霊魂の命令に従ふて、肉体の心を捨て了ふて、本心に立返りて、神の申す事を何一つ背かん様に致すのであるぞよ。学や智慧や仏を力に致す中は、誠の霊魂は研けて居らんぞよ。 この世の立替致すには、学でも、利巧でも、智慧でも、金銀でも、法律でも、行かんぞよ。兵隊斗りの力でも行かず、今の政治の行り方でば猶行かず、仏や外国の神の教でも猶行かず、今の学校の教でも行かず、根本の世の立替であるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の相違であるから、世界の人民が誠に致さぬから、神は骨が折れるのであるぞよ。日本の国に只の一輪咲いた梅の花の経綸で、万古末代世を続かすのであるから、人民には判らんのも最もの事であるぞよ。 九つ花が咲きかけたぞよ。九重の花が十重に成りて咲く時は、万古末代しほれぬ神国の誠の花であるぞよ。日本魂の実りの致す時節が来たぞよ。心の善きもの神の御役に立て、末代神に祭りて此世の守護神といたすぞよ。此世初りてから、前にも後にも末代に一度より無い、大望な世の立替、立直しであるから、一つなりとも神の御用を勤めたら、勤め徳であるぞよ。それも其人の心であるぞよ。神は無理に引張りはいたさんぞよ。是だけ蔓こりた悪の世を平らげて、善一つの神世に致すのであるから、此の変り目に辛い身魂が多人数あるから、改心改心と一点張りに申して、知らしたのであるぞよ。早い改心は結構なれど、遅い改心は苦しみが永い斗りで、何にも間に合はん事になるぞよ。艮金神で仕組致して、国常立尊と現はれて、善一つの道へ立替るので在るから、経綸どうりが世界から出て来だすと、物事が速くなるから、身魂を磨いて居らんと、結構な事が出て来ても、錦の旗の模様が、判らんやうな事では成らんぞよ。今迄苦労いたした事が、水の泡になりては約らんから、大本の辛い行を勇んでいたす人民でありたら、神が何程でも神力を授けるから、ドウゾ取違いをせぬやう慢心の出ぬ様に心得て居りて下されよ。世界の神、仏事、人民の為に、神が永らく苦労をいたして居るぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正6年旧1月22日 大正六年旧正月二十二日 是迄の世は悪の世で世に出て居れる方の霊が皆俺が上位、身魂が高いと思ふて、何も判らん身魂が悪の経綸で何処迄も行ける様に思ふて国を思ふて仕て居る事が間違ふて居るから此迄の事はチットも用ひられんから、罪科のある国土には夫れ夫れの、罪科のある丈けの懲戒があるから、大出口直にモウ一度詳細とある所を申して与るぞと御筆先に書いて知らして在るぞよ。何なりと問いたい事があるなら、徹底的説いて聞かせるから、不足のある守護神は大本へ出て来て、膝つき合はして御話し為たり聞いたり致して打解けて来ねば、モウ間が無いやうに世界の事が差し迫って来て居るから、仕直しはチットも仕て居れんから、不足言う事の出来ん様に、何も筆先で気が附けてあるから、各自に腹の中の掃除を致して神国の間に合ふ様に成りて居らんと、十年余りて立替が延びたぞよ。世界はドウ仕様も無い事に動きもにじりも出来ん様に成りて来て居るから、始まるも何も一所に成りて来るぞよ。延ばしても早ふ致してもある丈けの事はありて了はねば、何も無しに済ませる事は出来んぞよ。改心の出来る様に大本内え引きよせて早う神徳を取らしたいと思ふて、口で申し筆先きで気を附け噛みて口え入れて呑み込みたら、良い様に為て聞かしても判らん身魂は何も判らん。好意的訓戒が逆様に感得れて早う先え行けんから神も骨が折れるし、其の仁が苦しみが増えて永う苦しむぞよ。身魂を磨かんと悪い霊が憑りて悪く成るから、改心致せよ、身魂を磨けと申して、何時迄も同じ様な事に気を附けて見せても、逆様に感得りて神業が遅く成る斗りで、苦しむ者が我れの心で身を攻めるのであるぞよ。判らん身魂程苦しむぞよ。素直な身魂は早う良くなるぞよ。我意的の心で身を攻めるから、神も永く苦しみて世界中が難渋を致すが、何時迄も同じ様な事を書いて知らせな成らんとは、誠に非道い事に汚りたものであるぞよ。申す様に心の持ち方を変えて居れば、神も喜びが早く成るなり、人民も其の場から心配が無くなりて、喜ぶ方え近ふ成りて何彼の事が経綸通りに成りて来て、末代の世が楽に暮せる様に成るのであるぞよ。天と地との先祖が世の元から此の世に成りて来る事がよく判りて居るので、世の元から仕組みてある事が時節で回りて来るのであるから、違ふ筈は無いぞよ。此の世へ出て守護して居れる守護神には判らん事であるから、変性男子の御魂の宿りて居る大出口直の手で、元の地の先祖の大国常立尊が仕組の事を書き知らすのであるぞよ。 変性男子で無いと今度の筆先は、他の身魂では書けんのであるから、一度書かした事の違はん筆先であるぞよ。 大正六年旧正月二十二日(続) 此の筆先を疑ふ身魂は、思ふ様には行きは為んぞよ。疑ふ身魂は苦しみて何を致しても、仕直し斗りを何時迄も致して、先さえ行く事がチットも出来んぞよ。夫れでも疑はんと申して居りて矢張り疑ふて居ると、物事は成就を致さんのは心に違ふ所があるからぢゃぞよ。是迄の様に思ふて我れの一存で勝手に致しても、充分の事が出来んのが世が変るのであるぞよ。我れの世で無いと充分の事が出来んのであるぞよ。他人の世の間は我が自由に成らんで、何を致しても我れの思わくには行かぬ。我の勝手に成らんのが我が世で無いのじゃ。何も命令を下げて頂いた丈けの事を致せば思ふ様に行くなれど、天地の先祖が世を持たねば、命令を下げる神が違ふたら、チットも物事は成就せんぞよ。 末代の天地の岩戸を開く折に、御手伝ひを初発に遊ばしたのが、女であれども竜宮の乙姫殿であるぞよ。夫れで、大出口直の子日の出の加美に、大望な御用を申し付けて、今に苦労が為せてあるぞよ。結構な大望な御用であるぞよ。身魂の因縁性来の良いので無くば出来ん、大望な用が為して在るから、人民では出来上りて了はんと、見当は取れんぞよ。身魂さえ磨けたら何んな事でも見えも判りも致すなれど、身魂が曇りて居ると、心が汚れて居るから、大本内に引っ着て居りても判らんので、其の事を盲目聾者の世の中で在ると申すので在るぞよ。身魂が揃ふて磨けたら、水晶の世に成りて、何も見え透く結構な世と成るのに、余り心が見苦しいから、皆が思ひ思ひの心に成りて、チットも誠の事は出来は為ぬ、実地の元の生神は、心の誠を好くので在るから、上手口申して機嫌を取る様な身苦しき人民は誠に厭で在るぞよ。神代に成ると神も人民も同じ心だ、夫れを神代と申すぞよ。今迄は神代一代の世の末と成りた末法の世で在るから、外国の害を致すカラミタマに、日本の国の大和魂を引き抜かれて、日本の人民が薩張りハイカラに成りて了ふて、チットも光りが出ん様に、間に合はん様に成りて居るから、天賦至霊至魂に致さうと申して、茲までに神諭ても、上の身魂は判り良いなれど、下素の身魂がドウにも判かりかけが致さんが、茲までは何でも改心を為してと思ふて、ドウゾして日本の国の人民を、大和魂に仕てと思ふて言ふて与る程、一日増しに悪く成る斗りで、改心の仕掛けが出来んから、悪で薩張り詰まりて了もふて、面白い程昇りて了ふて、何も判らん暗雲の世に成りて居る悪の性来を、吃驚箱を開けて、善え立ち復らしたいと思ふて、種々と骨を折りて見ても、性来と言ふものは何時に成りても、金は金の性来で性来を直す事は出来んから、悪が茲まで昇りたのじゃ、今充分気が附て来て居れど、モウ茲までに日本の国を犯侵たのが、悪では将来が違ふから、元え復整す事は出来やうまいがな。日本の国は大和魂に揃へねば、天爾之真旨で無いから、混合雑物はチットも出来んから、金は金で撰り分けて、将来の悪いのは、日本の国には住く事は出来んから、日本の国に生出た守護神は、可成く日本の中で御用が命たいので、神が心を砕くので在るぞよ。茲までに仕放題に上り詰めた悪の世を、善一つの世に致すと言ふ事が、何も無しに変りさうな事は無い、此立替が何よりも大至難な神業で在るぞよ。明治二十五年から大出口直の手で、昔から遺書にも遺言にも書物にも無い事を、茲までに世に落して、智慧学で判らん事を、いろは四十八文字で書きつくして在る事が違いはせんので在るぞよ。二度目の世の立替は、此の世が出来てから無い大望な事で在るのに、人民では判らん事なり、判らねば成らんなれど、此の世が薩張り覆り反りて居るので在るから、是れ程大雄崇な事が、人民が末代集りて掛りて致しても、出来る事で無いと申して、神諭では、知らして在るなれど、何時も鳴く鳥の如うに思ふて、嘲笑明で聞いて居る人民斗りで、辛いのは、大本の中の元の御用を致す、変性男子と変性女子とで、此の御用は外に補助の出来ん、大経緯な御用で在るから、邪魔丈けを致さん様に仕て貰いたいぞよ。大きな邪魔が出来ると、総崩壊に心配を致して、物事が遅く成りて、善い事はチットも出来んぞよ。今に成りて居りても判からんと、大きな邪魔が出来ると、時鳥と同じこと、直の御用は、喉から血を吐きもってでも、仕直しを致さねば成らん、大望な御用で在るぞよ。男子女子の真似も為て貰へんぞよ。時鳥声は聞けども姿は見えぬ、鬼門の金神は陰から守護を仕て居りたなれど、モウ蔭からの守護では、世が立ちて行かんから、表に現りて、天と地との元を建造た先祖が、此の世はコウ言ふ世の持ち方に致さねば、立ちては行かんと言ふ事を、天晴れと世界中へ、天地の吃驚箱を開けて、此れが天地の吃驚函で在ると言ふ事を、世界中へ一度に開いて見せて与ぞよ。今度天地の岩戸が開いたら、末代モウ閉らんぞよ。大望な岩戸開きで在るから、下準備に時日が入りたなれど、始めかけたら、天地の始まりを創造るよりも大事業なことなれど、何も誤計の無い様に、手の掌を覆す如くぢゃぞよ。是れ程大望な事でも、バタバタと成就致すぞよ。末代の世を、ミロク様の教通りの神世に致す、二度目の世の立替で、天地が揃ふて、神力が能く判りて、末代の事が定まるので在るぞよ。此の世を経綸と言ふ事は、余程神力の在る活魂で無いと、末代の世を立る事は出来んぞよ。元の地の先祖を押込めて、茲までに世を開く程、悪力の在る極悪の頭でも、茲までの事より出来んが、夫れと申すは世の持ち方が判らんからぢゃぞよ。天は根本のミロク様なり、地は大国常立尊で、天と地とが揃て来たから、此の先は世の元の生粋の一輪神力の御手伝で、何彼の事を、仕組通りを現はす時節が循りて来たから、何も筆先通りの経綸を開くから、何所も恨む所は無いので在るぞよ。神の申す事が判る人民の無いのは、守護神の業であるから、茲まではドウしてなりと衆を済けてと思ふて、種々と言ひ聞かしたなれど、実地を聞く守護神が無いから、人民にも誠と言ふ事が、腹の奥に無い様に成りて了ふて居るから、何程誠の事を申して与りても、やう判けんので在るぞよ。腹の中に誠が無いと、誠の神徳は、有難い斗りでは、実地の神の申す事が汲取れんから、誠の事が判らんので実地の神徳は渡されんぞよ。誠一つを貫きて来た地の先祖を、誠が強過ぎて、コンナ力の有る神を地の大将に為て貰ふたら、他の神は一人も能う勤めんと、皆の神の心が一つに成りて、ミロク様へ御願ひを成されたら、夫れなれば大勢と一人とは換えられんから、艮い押込めいと、天の御先祖様の御命令で、押込められた御蔭で、本来の御用を為せて頂く時節が循りて来て、実地誠を貫ぬいて来た御蔭で、昔の元のミロク様の世に復帰らせて頂いて、是迄は道が善悪両道在りたのが、是の先きは道を一すじに致して、小言の起きん様に、何も昔の元の結構な神の世と成るので在るから、是迄の行り方の守護神は辛く成りて、大本の中では辛棒をやう為ん守護神が沢山出来るぞよ。 是迄のハイカラは辛く成るぞよ。エラ相に思ふて居りた守護神程辛く成るぞよ。気を附ける中にチト判りて、行儀行ひを変えて居らんと、俄かに今日から、茲まではびこりて浸み切りて居るハイカラが、世を持つ神の道え乗り替える事は、ナカナカ辛ふて、改心しても間に会はず、止むを得ず救からんことが出来致すから、聖連関発の時節が循りて来た折りには、昔の元の根本の御道の事情が判りて居らんと、苦しみてキリキリ舞ひを致しても、ソコに成りてからは、何程力の在る神でも救ける訳には行かんぞよ。能く判る身魂はキリキリ舞を致して喜ぶ事が出来ると言ふ事が、耳に蛸が出来る程知らして居るなれど、実地の判る身魂が無いので、何時迄言ふて居りても、功能が無い事に、永う掛りて居りても、善い事は一つも出来はせんから、実地を初めるから、其処に成りてから不足を申して来ても、神は御相手によう成らんぞよ。天地の先祖と直の取次ぎの心を知りて呉れる身魂が無いので、実地を言ふて聞かせると、ヲドス様に思ふて、神の名を悪く致すし、言はな陽気に成るし、判らん身魂の御機嫌を取のに往生を致すぞよ。判る所へ判りて来たら、善と悪との身魂を立判るから、ソウして立替立判を致さねば、仕掛けが出来んから、日本の仕組通りに判る所へ判りて来るのは、天地の先祖が此の経綸を知食ずに居りたら、判る処へ未だ未だ判らんから、世界が大変此の先は苦しみが出来るなれど、元の仕組通りの制敗に取掛るぞよ。此の先きの世を、日本の経綸通りに致して埒よう致さねば、此の世が立ちて行かんが、何も、外国の経綸を知らん身魂で在りたなら、此の先は泥海に成るかと言ふ境ひの大峠げで在るぞよ。変性男子と変性女子との御魂がこしらへて在りて、此の身魂がビクリとも仕て居らんから、今度の二度目の世の立替が出来るなれど、茲え成りて来た折りには、何彼の用意を致して居りて、難渋な事が世界に在れば、何んと無く何処へも響くから難渋を致さいでもよい様に、神に信頼様に、今に続いて知らしても近傍ほど慢心気味が出て何も判らんから遠国から前に判りて来て膝下が後から徐々と判り掛けるぞよ。実地の生神は暑さ寒さの厭いはせず、夜る昼寝も致さんと実地を致さねば、人民ではよう致さん事が沢山在るから、実地を始じめると申して、筆先に知らして在るなれど、馬の耳に風吹く如く、此の難事業が此の世え出て居れる守護神に、何も判かりて居らん故に、日本の人民に何も判らんので、天地の先祖の骨の折れると云ふものは、此の世が出来てから無い、大難苦業な二度目の世の立替で在るぞよ。何時迄言ひ聞かして居りても判らずに、国の害斗りを致すカラ御魂に成り切りて居るから、正実の無いハイカラと申すので在るぞよ。無惨い様に、ようも是れ丈け何も判らん暗雲の世に成りたものぢゃ。悪い方へは皆うつり安一から、世の元から旧道と新道と道を二条に仕て置て、何方の道行くか見て居れば、楽な方へ皆付て了ふて、旧道えは来る人が無かりたぞよ。楽な方は、物質万能から学の道を造いて、此の学で、モウ一つ悪を強くして、女ももっと生意気に致し、小供をモウ一つ悪賢ふ仕入れて、此の状態で世の立替を致さずに、悪の頭の目的で末代行て行うとの、エライ陰謀を仕て居るなれど、日本の国の霊主体従の国には、モウ一つ深い経綸が仕て有るぞよ。日本の国は国は小さい国であるなれど、是れ丈け広い万国に、何んな事でも、学で出来る世の中で在るのを、学は使はん、世の元の初りのミロク様の、いろは四十八文字で通用を致す様に、昔の元え世を復して、末代の世が続いて行く様の仕組が、日本の始まりから致して在る、水も漏らさん大きな経綸が仕て有るのが、今判る様な、ソンナ浅い仕組は仕て居らんぞよ。国は小さうて神の数は少なふても出来る経綸が、世の始まりから仕組みて在るから、此の時節に成りたら、此の仕組が出て来る、其の世が済みたら、此の時節にはこう言ふ世が循りて来ると言ふ事が、末代の仕組が、世の元から致して在るぞよ。今度の二度目の世の立替は、物が違ふたら喉から血を吐きもってでも仕直しを致して、チットも違はす事の出来ん仕組が致して在るぞよ。末代続かせる世の立替で在るから、嘘を申したり、言ふた事を言はんと申したり、其んな心の変る様な事では、誠の事が成就せんから、何時に成りても変らん松心の、一度申した事は末代用る性来の身魂で無いと、大本の実地の御用は出来んぞよ。人の勧誘に乗たり、巧言令色を申す者に憑る様な悪の性来の守護神は、一人も誠の御用は為せんぞよ。口で巧い事を申して、心に誠の無き身魂は、使ふ事は出来んから、心を許す様な浅い心の身魂では、日々の間に合はんぞよ。トコトン心を試きて見て、是れなら間に合ふと云ふ様に成るのは、抜刀の中に立りて居る如くに思ふて居らんと、誠の神徳は出んぞよ。皆思ひが違ふて居ると言ふ事が、筆先に度々書いて知らして在ろうがな。思ひが違ふと途中で慮見の違ふ事が出来るから、誤解と慢神とが一番恐いぞよ。茲までに気が附けて在るのに、誤解を致したり、一寸心が違ふたら、悪い霊が違ふた心の肉体に掛りて悪い事を為せるから、貧乏動ぎも、気許しと言ふ事は、チットも出来ん大本で在るぞよ。其所まで判りて居る身魂が無いので、元の古き世の神は、何に付けても骨の折れる事で在るぞよ。実地の直接の取次ぎの骨の折れると言ふものは、夜分にも気を許して寝る事も出来んぞよ。大本の経綸が判る身魂は、何に付けても気を許すと言ふ事は、チットも出来は致さんぞよ。悪魔斗りの世の中に、誠と言ふ身魂は一厘で在るぞよ。九分九厘は皆敵ぢゃ。此の方からは敵には致さねど、衆の身魂が敵に成りて、悪き仕組を致すに掛りて居ろうがな。善と悪との立替で、世界中の困難で在るが、悪の方の仕組は、人の苦労で世を盗みて致した事ぢゃに依って、途中で世が乱れて、持ちも卸しも出来ん様に詰まりて了ふぞよ。こんな嘘天偽地で固めた暗雲の世を、善一つに立直すと言ふ事は、普大抵な事で出来んぞよ。善の道は茲まで隠忍不屈て来ねば、何事も出来が致さん、辛い御用で在るぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正6年旧2月9日 大正六年旧二月九日 出口なを八十二歳 仁愛生成神が、天の初発の御先祖さまであるぞよ。大国常立尊は、地の先祖であるぞよ。『天は父であるぞよ、霊であるぞよ、火であるぞよ。地は水であるぞよ、母であるぞよ、体であるぞよ。』 元の純粋の、一厘の水晶の、大神様の、今度二度目の世の立替の、御手伝を為さる、大望な御用の神様であるぞよ。元のきっすいの御霊は、数は少ないぞよ。数は何程沢山ありても、訳の判らん、間に合はん守護神は、却て邪魔になる斗りであるから、夫れで此大本は、鷹も雀も一所には寄せんと申すのであるぞよ。この世に、誠ほど強いものは無いぞよ。腹の中に誠のある性来の御魂でありたなら、女でも人の能う為ん事が出来るぞよ。それで、誠の心に成りて呉れと、毎度筆先に書いて、続いて知らせるなれど、誠といふ事は、今の世に少ないぞよ。誠の道へ乗換へて、是までの極悪の道を、善一つの誠の道で、二度目の世の立替をいたしたら、善一つに固めて了ふて、末代続かせる仕組であるから、大きな思ひの違ふ、守護神が多数あるから、夫れで、是程六ケ敷ので、手間が入るのであるぞよ。 日本の国には、世の根本の大昔から、天地の先祖の神が、仕組が致してあるので、二度目の世の立替は、末代に一度より為られんのであるから、何に付けても大望な事であるぞよ。肝心の事は、あとへ廻して、何も知らぬ厭な方の血筋や、下劣の守護神が、大事の仕組も知らずに、我好しの経綸で、ここまでトントン拍子に出て来たなれど、九分九厘といふ所で、往生致さなならん世になりたぞよ。 九分九厘の御魂が、天地の御恩といふ事が判りて来たなれば、現世は、斯んな惨い事に成りは為んなれど、盲目や聾と同じ事で、全然暗黒界であるぞよ。今の守護神と人民とは、立替の手伝致すどころか、大きな邪魔を致すぞよ。悪の方から見れば、誠の方が悪に見えて、悪の方が善く見えるので、何事も皆逆様ばかりより出来んのであるぞよ。 悪の守護神が、大本の中へ這入りて来て、何彼の邪魔を致すから、気ゆるしは少とも出来んから、物事が遅くなりて、世界中の苦しみが、永うなると申す事が、毎度筆先に出して知らしてあるぞよ。大本には、世界の事が写るから、大本の中の様子を見て居りたら、世界の事の見当が、明白に判りて来るぞよ。筆先に一度出した事は、チト速し遅しは在るなれど、毛筋も違はん事斗りであるから、みな出て来るぞよ。日本の霊の元の、国の○と申しても、惨い事に成りておるのを、知りて居る守護神も、人民も、誠に、なさけ無いほど尠ないから、今の世界の困難であるぞよ。日本の臣民が日本は大和魂と申して居るなれど、日本魂の性来はチットも無い様に惨い事になりて居るぞよ。 昔から待ちかねた、松の世と成りて、皆が揃ふて、嬉し嬉しの、末代しほれぬ、生き花が咲くので在るから、モウ近う成りて居るなれど、日本の国の人民に、チットも判らんので、肝心の立替が遅くなるので、世界中の難渋が永いぞよ。誠の活神は、郭公姿を隠して、血を吐きもって、蔭の守護でありたから、早く表になりて、何彼のことを、天晴現はれて、善と悪とのやりかたを改めるぞよ。 善のやりかたは時鳥、喉から血を吐きもってでも口をつむへて、堪りつめて往かねば、何事も物事出来が致さん、辛いやりかたで在るぞよ。九分九厘の方が、悪の系統であるから、力一ぱい、ねらひ詰て居るから、大事の仕組は早ふは申されんぞよ。 悪の頭には能く解りて居りても、頭にしても、茲までにトントン拍子に来た仕組であるから、此儘で悪の仕組でやりたいのが、胸に放れんぞよ。ここまでにより出来ん、悪の世の年の明きであるから、何程焦慮ても、悪ではモウ、一寸も先へも行けず、後へも戻れず、悪の世の終りが参りたのであるぞよ。これ迄の暗がりの世には、悪の仕組は我れの思はく通りに、トントン拍子に行たなれど、悪の齢は短いから、度々筆先で知らしてあるぞよ。何事も筆先通りに皆出て来るから、素直に致さんと、是から先は大間違が出来て来て、大きな息も出来ん様になるぞよと申して、気を付けたぞよ。余り何時までも解らんので、同じ事を書して、くどう知らしたのも、取戻しが出来ん事が在るから、ここまでに細々と、噛んで含める様に、能く解る様にして在れども、どうしても分らんのは、守護神の思が、違ふて居るのであるぞよ。 我が上じゃエライと思ふて、腹の中で大間違を致して居るから、日本の根本の元の、末代其ままで居る、生神の、天地の先祖の仕組は、一寸には分らん仕組がしてあるから、智恵や学で何れだけに考へても解りは為んぞよ。奥の深い仕組が為てあるぞよ。モウ是からは、外国のカラの御魂では、物事成就致さんぞよ、浅い仕組の各自好しのやりかたでは、モウだめであるぞよ。大望な二度目の世の立替が出来るなら、日本の世の元から仕組てある様に、大本へ参りて来てして見よれ。そんな浅い悪の御魂では、末代かかりても出来ん、深い経綸であるぞよ。今迄は、世の元の生神は、何事も見て見ん振をして、時節を待ちて居りたなれど、世が一日ましに迫りて来たから、蔭の守護ではモウ可んから、元の神は日の出の守護と成るから、是までの様な不規律な事は、為も為せも致さんぞよ。この大本の中が厳しくなるぞよ。此の大本は、世界の鏡に成るとこで在るから、此の中を改正から、世界も何彼の事が変りて来るぞよ。永い間のしぐみの解る世に成りて来て、大間違の守護神に使はれて居る肉体は、悔しい事が在りても、何処も恨める所は無いぞよ。此の世が出て来るまでに、改心を致して、霊魂を磨いて居る様に、悪う言はれても、茲い成りてからは、取返しは出来んから、腹の中の塵挨を出して了ふて、御魂を研けと、今に成る迄知らして居るなれど、同じ様な事ばかりを、何時迄も、物好きで書いて居る位により、取れよまいが、嘘の事なら、是だけに苦労いたして、悪う言はれても、取戻しの出来ん事であるから、神は何時までも気を付けたが、モウ気の付け様が無いぞよ。日本の国の肝心の守護神が、悪に覆りて居る故に、下たの人民が、外国よりも優りた行り方であるなれど、チットも聞かんのが当然であるぞよ。一番上の人が、外国の御魂に成り切りて居る故に、今のハイカラになるのは当然であるぞよ。日本の大和魂を、外国へ外国へ曳き抜かれて了うて、国の害をいたす、カラ御魂と摺替られて、日本の国の頭の尻の毛まで、一本も無い様に為られて、今の体裁。醜悪晒されて、未だモ一つ日本の国を悪く致して、天地の先祖の御血統を抱き込みて、此の儘で混ぜ交ぜで、モ一つ上へ上りて、日本の人民を悪賢しこう子供を教育て、婦女までもヤンチャに致して置いて、向うの国の極悪神が、日本の王よりモ一つ上の王に成る仕組を未だ致すなれど、悪の世は九分九厘で輪止りとなるから、何事を企みても、一つも思わくは立たんぞよ。ここ迄好きすっぽう、行り放題に致して、世を乱しておいても、未だ不足なか[*「なか」は底本通り]、モウ是から先は何程極悪神が骨を折りたとて、我の世が済みてからは、何事も成就致さんのが、天の規則であるぞよ。日本の天地の王の生神を下たに見降して、モ一つ上へ上りて、王の王に成ろうとの浅い目的、死物狂いを致そうよりも、一日も早う往生を致すが結構であるぞよ。素直に改心を致せば、亦た仕様もあるなれど、何時までも敵対うて、天地の王よりも上へあがりて、王の王に成らうとの、初発からの目的を、天の至仁至愛真神と、地の先祖の大国常立尊が、根本の事からの悪い企みは、帳面に付止めてある同様に、此世の初りの天地を拵へた、世の本の末代その儘で居る生神であるから、此の世のエンマとも言はれたのであるぞよ。恐い斗りがエンマでは無いぞよ。此世の根本からの事は、何一つ知らんといふ事の無い神であるぞよ。外国の頭の御魂が、日本の国を略取べしで、永々の企みをいたして居るなれど、肝心の正中がぬけて居るから要の胴体が無いぞよ。頭と尾とでは何も出来いたさんぞよ。頭が八ツも在りたり、尾が八ツも在りては、日本の国では間に合わんぞよ。頭も一つ尾も一つで無いと誠の天地の御用は出来んぞよ。七王も八王も王があると国土が治まるといふ事が無いから、七王も八王もあるカラの国の王を○○○げて、世界一つに丸めて神国の世に致すには、此世の元を拵へた、日本の天と地との根本の誠の王で治める時節が参りて来たから、明治二十五年から今に続いて知らしてあるぞよ。世界の今度の大戦争は世界中の人民の改心の為であるぞよ。万古末代戦争はつまらん物であるといふ事を、世界中の人民に覚らせる為の戦であるぞよ。まだまだ是では改心が出来ずに、日本の国を取る考へを外国の悪神が致して居るぞよ。日本は神国神の誠の守護致してある国であるから、何程外国に人民が沢山在りたとて、智恵や学が在りたとて、神国には兎ても叶はん仕組が、世の元から致してあるから、九分九厘で手の掌を返して、万古末代潰れぬ日本の神の王で、三千世界を丸めて、人民を安心させ、松の世、仁愛神の世、神世といたして天地へ御目に掛る時節が近うなりたぞよ。日本の国に一輪咲いた梅の花、三千世界を一つに丸めて、一つの王で治めるぞよ。悪神のしぐみは、今迄はトントン拍子に来たなれど、九分九厘でモウ一足も先いへ行けず、後へも戻れず、往きも帰りも成らんといふのが今の事であるぞよ。茲へ成りた所で、向ふの国の頭が十分改心を致して、善へ立返りて善の働きをいたさんと、世界中の何も知らん人民が、此先きでエライ苦しみを致すぞよ。日本も外国と同じ様に成るぞよ。此大本の中にも、外国の悪の御魂の守護神が、化けて来て居るが、モウ化けを現はして、皆の役員に見せてやるぞよ。 国常立尊が出口の手を借りて、世界の事を知らすぞよ。二度目の世を立替を致すには、昔から未だ此世が出来てから無き事が、綾部の大本には出来るから、早く立寄りて、出口直に書かしてある筆先を能く見て、腹へ這入た人民でありたら、今度はとんだ結構が出来るぞよ。今度の事は筆先を見んと見当が取れんから、人民の利巧や学で解らん事で在るから、神の申す様に致すが宜いぞよ。世に出て御いでます守護神では、見当が何時になりても取られん仕組がして在るぞよ。早く改心なされよ。蹟になりたらこの仕組は、皆ビックリを致すぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正6年旧5月6日 大正六年旧五月六日 大国常立尊変生男子の霊魂も、変生女子の霊魂も、永らく苦労いたして居りた一輪の身魂も、世に落されて居りた、霊魂の肉体は至仁至愛神様の御出現が在る、時節が参りて来たから、悔し残念を堪りて来た身魂は、皆揃ふて世に出て、世の元の初まりの結構な御用が出来るから、良き御用の出来る身魂を見て、我の精神と行状とを考へて見て、神の心に叶ふやうに成りて居らんと、綾部の大本の世界の元の御用は出来んぞよ。外の教会のやうに思ふて、此の大本の御用いたさうと思ふて居りたら、大間違いが出来るぞよ。末代に一度ほか為られん、二度目の世の立替をいたす所へ、是迄の体主霊従主義[*底本では「体主肉従主義」だが七巻本では「体主霊従主義」に修正されているのでそれに準じた。]で、自分本意で早う出世[*底本では「出生」だが誤字と思われる。]が為たい様な、気の小さい守護神に使はれて居る肉体でありたら、今度の間には合んから、肉体から胴を据えて、守護神に言い聞かせるぐらい確りして居らんと、肝腎の御用の間には合んぞよ。是まで世に出て居れた守護神が、善の道へ立帰りて、末代の御用を致さうと思ふたら、是までの行り方を一寸も用ゐんやうに心得て、一から何事も行り変へて下されよ。此大本の中へ来て直きから上の御用がいたしたい様な、霊魂の守護神に使はれて居ると、大きな間違いが出来て、善の御用は為せて貰えず、悄然として居るのを見るのが厭で在から、世に出て居れた守護神が大本へ化けて来ても、一目に判るから、真心に成りて産ぶになりて、霊魂に出来る御用をさせて貰えば、其日から嬉し嬉しで暮るなれど、上へ上がりて直ぐから好い御用を致さうと思ふと、不調法が出来るから、自己の霊魂に似合ふた御用をいたせば安全に勤まるから、此先で仕損いをいたしたら、末代悪い名が残るから、是迄の行方を変へるのには、心が水晶に成らんと、大本の初発の御用は出来んぞよ。是までの心を入れ替て、腹の中に動かん誠が無いと、大本の御用は余程肉体がしっかりして居らんと、立直しが中々の大望であるぞよ。此世の元の天の御先祖様を、斯んな事に永い間御艱難をさせて置て、亦た地の先祖は力が在り過ぎて、手に合んと申して艮へ押籠て、天の光りも地の光もない様にいたして了ふて、物質の世に成りて、日本の霊の元の光といふものが無いやうに、金銀為本国に為て了ふて、日本の国に使はれん、学で末代行りて行うとの、エライ経綸をいたして、茲までは思ふやうに来たなれど、九分九厘の悪の世の終いとなりて来たから、何時手の掌が覆るか分らんから、斯んな事ならモット気を付けて呉そうなもので在りたと申して、地団太を踏んでヂリヂリ悶え致しても、ソコになりてからは後の祭りで、取戻しは出来んぞよ。天地の御先祖様が天晴れ表になりての、御守護があるから、男も女も心間違いの無いやうにして貰はんと、是からは厳しくなるぞよ。我の心の持方一つで、如何な神徳でも今度は神から授すから、水晶の世に成るので在るから、我の身魂を十分に磨いて置いたら、世の元の天地の先祖が何彼の守護をいたすから、思ふやうに何事も行くぞよ。敵対心が一寸でも在りたら、何も思ふ様に行んから、昔から此世に無い事をいたすので在るから、因縁の在る変生男子の身魂には、辛い御用がさして在るぞよ。明治二十五年から筆先に出してある事は、世界中の事で在るから、彼方此方に致さんと、斯んな事が一度に在りたら、何う仕様も成らん様に成るから、彼方や此方に罪穢の烈い処には、夫れ丈の罪穢の借銭であるから、可成は大難を小難に致して、借銭済を仕て了はんと、身魂が罪穢を負ふて居ると、何一つ思ふ様に行んぞよ。今の人民は自己に罪穢のある事を、チットも知らずに居るから、天地の先祖はこの肉体に守護して居る霊魂には、此ういふ罪穢を負ふて居るといふ事を、明白に知りて居るから、何程かくしても、何れほど甘い弁解を致しても、神の目は眛ます事は出来んぞよ。斯世は末代続かせねば成らんから、何事も筆先に出して知らして有るから、此の先は何事も一度に成りて来て、守護神人民の思ふて居る事が、大間違いが出来て、逆様斗りで世に出て居る守護神が、キリキリ舞を致さな成らん様になるから、茲へ成りて来た折に如何したら宜いか、訳が分らん様に成りて、実地の事はつかまゑられず、自己が宜いと思ふて為る事は、誠実地の神の眼から見て居ると、井戸の縁に茶碗を置いて在るのを、見るやうに有るから、筆先で是ほど細々と気を付けて、言い聞かせたなれど、言聞かした位で聞く守護神が、日本の国に無いやうに成りて居るから、此の先は聞かな聞くやうに致すから、是迄の様な心で神の御用したと思ふて、為る事が大きな邪魔に成るぞよ。邪魔を致しておいて、大神が邪魔を為ると申して、悪の行方の向ふの国の頭に湧いた守護神が、何程気張りて善い御用を為て居ると思ふて居りても、逆様斗りを為ておいて、実地の大神を怨める様な心の守護神が何を致しても…………日本の経綸の解る守護神が無いから、実地の大神が今に実現が出来んので在るぞよ。直々の取次は咽喉から血を吐く如く、今に安心がチットも成らん、誤解を世に出て居れる方の守護神がエラソウに、自分ほどのものは無き様に思ふて、慢神を致して、日本の御用を一角エラソウに思ふて致す事が、逆様ばかりを致すから、今迄の筆先にも世に出て居れる方に、大本の実地の御用の出来る守護神が無いと申して今に筆先を出ささな成らんから、実地の日本の天地の御用いたす取次は辛いぞよ。実地の御用が出来る身魂が一人出来て来たら、悪い霊を引抜て、日本の霊の元の生粋の、日本魂と入れ替てやりて、天と地との先祖が守護を致すと、思ふやうに筥指した様に、コトリコトリと行くやうに致すぞよ。 慢心と取違いが在りたら、此後は守護神の性来を表はして、其霊は利かんやうに成るのを、明治二十五年から今に成るまで、守護神人民に気を付けて在るのが、何も時節が一度に出て来るから、茲へ成りた折に心を復へて、日本の元の御用の出来る身魂に成りて居る様に、クドウ知らして居るなれど、思ふて居る事が全部間違ふて居るから、守護神に解らんから、仕損いが出来るので在るぞよ。是まで守護神が自己の勝手に、思ふやうに出来たのは悪の世と成りて居りたから、自分に悪力が有りて、悪の霊が利くほど上へ上れたなれど、モウ手の掌が覆りて居るから、是迄のやうに思ふて居ると、大きな失敗が出来るから、是程気が付けて在るのに失敗を為てをいて、未だ大神の所業の様に思ふて、取違いを為て居る事が、未だ自分に解らんのは、元の性来が悪であるから、日本の元の御用は、悪の性来では出来んので在るぞよ。元は日本の魂でも、外国魂に成切りて居るから、速に解らんのであるぞよ。 日本の性来の大和魂に立帰りて来んと、一寸でも混りがありたなら、世の元の大神様の御用は出来んから、何時まで不調法の無いやうに気を注けてをりても、矢張り思ひが違ふから、違ふた事が出来るので在るぞよ。日々に我の腹の中を能く考えて、自分の審神者を致さんと、大本の御用は、向ふの霊が一寸でも混りて居りたら、間違ふた事が出来るぞよ。各自の霊魂の性来の事ほか、出来は致さんぞよ。末代曇りの懸らん、生粋の水晶の世に致す、二度目の世の立替であるから、何に付けても大望ばかりで在るから、世に出て居れた海外の国の眷属が、何も分らずに修行も致さずに、日本の経綸の解らん方の守護神が、直ぐから世の本の日本の経綸は解りはせんから誠の心に成りて、身魂を研いて居りたなれば、何国へ廻されても、向ふの国へ還されても、成る可く優な方へ廻してやるから、修行した丈けの事は、身魂に徳が就くから、何に依らず素直に致して、辛い修行を致して置けば夫れ丈の御用が出来るぞよ。身魂が曇りて居るのに、日本の世の本の初りの御用は出来んなれど、三段に身魂を分けて、夫れ夫れに目鼻を付けて、改心が出来た産ぶの身魂から、それぞれの事を為せねば成らんから、何が大望と申しても、身魂の立替立分が一番困難な、骨の折れる事であるぞよ。大望な世の立替の中で、立直しが在ると云ふ事も、筆先で先に知らして在るが、立直しの御用が逸く成りて、大変忙しく成るから、是までの様な事はして居れんぞよ。天地の物事が変るから是迄の心と行方を代んと、大本の中には辛ふて居れんやうに成るぞよ。身魂が研けんと此後は辛うて、辛抱を能うせん肉体が出来るぞよ。是迄の世は暗黒の世でありたのが、日の出の守護と成りて来るから、善と悪との立分けの、辛い大峠と成る時節が参りて来たので、世に出て居れた方の守護神は、大変何彼の事が辛くなると申して、知らしてあるぞよ。上の方は大変辛う成るし、人民は穏かになると申して在るが、何も彼も時節が迫りて来るから、出る筆先を先繰り見て置かんと、俄にトチ面目を振る事が出来いたすぞよ。 変生男子の霊魂がビクリとも致さずに、茲まで気は張弓で来て呉れた御蔭で、色々と申して訳は言はずと、ここまで堪ばりて来たのであるから、此大望な事を前に申して、人民に斯ういふ御用を為てくれいと申したとて、一人も仕てくれるものも無いなれど、出口直は因縁のある身魂で在るから、厭とも申さずに辛い御用、勤めて下さりた故に、此所へ成りて来たのであるぞよ。変生男子と変生女子との身魂に、外の身魂では出来ん事が為せて在るなれど、人民は実地の事をして見せて、筆先とキチリキチリと合ふて来んと、未だ今に十ぶんの事が判らんなれど、何彼の経綸が解る時節が参りて来て、身魂が揃ふて来たから、是からは仕組も判りて、御用いたすのが安全に出来だすぞよ。斯んな大望な事を、何も知らん今の人民に、いたして呉れと頼みたら、一人も相手に成りてくれる人民は、在りはせんぞよ。至仁至愛神様と地の先祖は、世の根本の事から末代先の事が、見え透いて在りての深い経綸で、世に出て居れる神にも、判らんやうな尊とい仕組であるぞよ。 茲までは立替の筆先を書して知らしたなれど、立替の中で立直しをいたさねば、成らんと云ふ事が、筆先で知らして在るが、立替済して置いて、後の立直しを緩々する様な事を為て居りたら、是だけ何も分らん暗黒の世の中の盲目聾と同じ人民で在るから、何程智慧が在りても、学力が在りても、智慧や学力で考へては解らん、今度の二度目の世の立替の仕組で在るから、今迄の世の悪の行方為て居れた守護神には、解らん仕組で在るぞよ。一層学力の勝貫た霊魂に、使はれて居る肉体でありたら、筆先が能く解るなれど、中途の学では解らんから、綾部の大本の元の役員は、普通では出来んから、大勢は要らんぞよ。人の心とは余程かはりた、産ぶの心に成りておらんと、斯んな大望なミロクの世に、世を捻ぢ直す世界の大本になる尊い所が、現今では外に無い粗末な事にいたして在るから、見当が取れんなれど、経綸がいたしてある事の、時節が参りて来るから、心の入れ替をいたして、身魂を磨いておりて下さりたら、天地の元の大神が、致すので在るから、量見の違ふ守護神ばかりで、思ふて居る事が、大間違に成るぞと、彼程に日々に筆先で、気が付けて在るから、眼の付け処が違はんやうに為て下されよ。今度の立替は、是迄に無い事であるから、筆先を見て神徳を取らんと、綾部の大本の誠の経綸は判らんぞよ。天地の御先祖の直き直きの御用いたす霊の、元の日本魂は、肝腎の艮の御用であるから、何の守護神にでも、出来るやうな御用で無いぞよ。是までの世の守護神は、悪の世でありたから、悪智慧斗りで、悪い事ばかりを致して、人が困りて難渋を致して居りても、元が悪の性来であるから、人を困らしても、自己さえ好けら好いで悪い事を為る程、上へ上りて出世が出来て、世界中が悪るうなる事ばかりを、外国の性来に移りて、日本の守護神と九分九厘の身魂が、悪い事ばかりを企みて、今の日本の体裁、全部真暗黒界であるから、何んな事を為て居りても、頭が自由に為られて居るから、頭の血統と引方、悪魔に成りて居る眷属とが、一つの心に凝固て、悪い事の為方第、艮の金神の誠の善一つの、経綸が判りかけると、悪の霊魂が善の肉体を道具に使ふて、未だ未だ此大本を悪く申して、出口を引裂に来ると申して、筆先に毎度知らして在るが、何事ありても大丈夫であるから、誠を貫きて、一つ心に成りて居りたら、何処から此大本へ詰かけて参りても、歯節は立んぞよ。我程の者は無きやうに思ふて、慢心をいたすと、悪の守護神に悩められて、悪が善に見えたり、此の結構な大本の誠の教が、逆様に悪の行方に見えて、大きな間違いが出来るぞよ。 是ほど難渋な事になりて居るのに、まだ悪の方の仕組は深ひ目的があるが、其目的は霊が利かんやうの時節が参りて居るから、何程これ迄に覇が利いた守護神でも、世が代りて善の世となるから、悪の守護神は往生いたすより、モウ仕様が無いぞよ。モウ悪では一足も前へ行く事も、後へ戻る事も出来んやうに、悪の世の輪止りとなるから。何を企みていたして見ても、皆外る斗りで、余り思ふやうに行んから、気抜けがして、昼狐を放出したやうになるぞよ。是まで悪を働いた守護神は、一旦は天地へ揃ふて御詫びをいたさんと、赦すといふ事が出来んから、縛られた如くで、我肉体が我の自由にならんやうになるから、我は利巧なものじゃと思ふばかりか、他人が阿房に見えたのが耻ずかしうなりて、ヂリヂリ悶えて困しむからと申して、筆先で知らして置いたが、何彼の事が近うなるぞよと申して知らしてある事は皆でて来るから、産の心に立復りて神心になると、何事がでて参りても安全に暮せるぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正6年旧9月5日 大正六年旧九月五日 『日本は別として』王、天下は永うは続かんと云ふ事が、是迄の筆先に書いて知らして在ろうがな、何彼の時節が参りて、何事も一度に出て来るぞよ。善い事も悪い事も皆一度に現れて、外国には惨酷ことが頻々在ると申して知らした事が、実地に成りて来るぞよ。外国は余り精神が悪いから、良い事は一寸も出来んぞよ。天竺が彼の通りエライ見せしめに遇い、その次ぎが外国であると申て知らしてありたが、一つも違いは致さんぞよ。日本の国にも人気の悪い処には、在ると知らして在るぞよ。日本も余り外国の真似を致して、全部外国の性来に成りて了ふて居るので、上の守護神と人民に、一日も早く改心致せと申しても、改心致すやうな優しい守護神が無いから、モウ神は一切りに致すより仕様が無いぞよ。外国の性来は前後構はずに、行り放第の行り方で在るから、トンと行き当りた所で、何う仕様方法もない、無茶九茶の暗雲で在るぞよ。悪が強いと一寸先きが目が届かむぞよ。外国の守護神がエライ経綸は為て居るが、悪の世は九分九厘行った所で、世が無くなると申して、明治二十五年から茲まで知らした事の、実地の現はれる時節が来たから、此の先きで是までのやうに思ふて居ると、大間違いが出来るぞよ。大きな誤解や慢心致して居りた守護神が、キリキリ舞を致して苦しむ事が、先繰り出て来るから、其苦しむのを見るのが厭であるから、変性男子は辛い役であるぞよ。変性男子が一度申した事は、何時になりても皆出て来るから、神の申した言を反いて致したら、取返しの成らん心配が出来て来て、ヂリヂリ舞いを致さな成らんやうに成るぞよ。三千世界の大立替であるから、今迄の一切の事を、根本から変えて了ふので在るから、今迄の事申して、エラソウに覇張りて居ると、肝腎の神に見放されて、矢張り仏の方が結構じゃと申して、悪魔の容器にしられて、斯世の中の役に立たぬ、蛆虫に成りて了ふぞよ。慢心ほど恐いものは無いぞよ。今までは、心の中に何程悪が在りても、学さえありて上に立ちて居りたら、立派に人民からは見えたなれど、世の立替に就いて、昔の生神が現はれて、審神者を致すから、我と我手に身魂の性来が現はれて来て、耻かしうて世間へ顔出しが出来んやうに成るから、何時までもクドウ気を附けるなれど、根本から外国御魂に成り変りて居るから、神が可愛想でも助けやうが無いぞよ。奥山の紅葉の在る中にと思へども、それは心で取るが良いぞよと申して、今迄の筆先に書して在ろうがな。改心出来ねばモウ何事が在りても、神と出口を恨める所は無いぞよ。表面ばかり立派な事を申して居りても、心の中に塵埃ありては、神国の御用には使はむぞよ。悪神が守護致すと自分がエラウ見えて、誠の人が阿房に見えたり、悪魔により見えは致さんから、取返しの附かぬ大間違が出来るので在るぞよ。気の毒なものじゃぞよ。外国の悪の仕組は、九分九厘で世が無くなると申して、明治廿五年から続いて知らしたが、チトは耳へ這入る守護神が在りても、悪の方の味方が多いから、心の弱い守護神人民は、直ぐに悪魔に頭を押えられて腰を折るから、何時までも世の立替が後れるから、世界の難渋が日に増しに激しく成る斗りで在るぞよ。日本は神国、霊主肉従の尊い国であるから、チトは日本魂の研けた人民が在りさうなものなれど、今の日本の国は、上から下まで外国の魂に化けて了ふて、我れさえ良くば、元の根本を無いやうに致して、我が苦労も致さずに他の苦労で行ろうと為ても、末代の世は続きは致さんぞよ。天地の大神も良し、守護神も人民も良しといふ様に成らねば、誠の日本魂とは申さんぞよ。世に落ちて居りた元の神が、神国の世に立帰りて、善一つの世に致すので在るから、是までの心を全部入れ替を致して、心を持ち直せば、神国の世に成れば誠に結構であるぞよ。玉水の龍宮館へ、御上りに成りて御出ます、乙姫様の御心を、今度は皆揃ふて上へ上りて居れる守護神が、茲で速かに是までの心の入れ代が出来んと、誠に此先きで気の毒が出来るから、今が一か八かの処であるぞよ。上の守護神に気が附いて来たら、世界中が善く成るなり、上に気が附かな、此先きは世界中の大きな難渋と成るが、モウ此先は悪では世が立ては行かんぞよ。斯の暗黒の世に、何んな事を為て見せても、書いて見せても、言ひ聞しても、気の附く守護神人民が無いが、悪の仕組ではジリジリと身魂が減って了ふから、向ふの国の云ふやうに為て居りたなら、モウ遠からん内に、日本との大戦争に成りて来るが、日本の国も外国と同じ事になりて、屈強盛りの人民が無く成る斗り、金の費るのは程が知れんぞよ。段々人が減る斗りで、何程人民がありたとて、人民力では到底行きは致さんぞよ。上から下まで、余り大きな誤解を致して居るから、悪の頭の仕組はモウ一足も、日本の国の御地の上では出来ん仕組が、日本の国には今に知った事で無いぞよ。茲へ成りて来ることは、天の大神様と、地の先祖の大国常立尊とは、元から日本の国に、一輪の経綸が為てありたのじゃぞよ。日本の人民が、日本魂の本の性来に成りて来んと、向ふの国には科学で、エライ仕組を致して居るから、何方へ附て良いと云ふ事が解らんやうな人民が、沢山に出て来るぞよ………。大きな取違いを致して居りたと云ふ事が、日本の上の守護神や、下たの人民に解りて来るのは、何れは向ふの国から攻めて来るから、昔の世の本から、日本の国には、斯んな大望な経綸が為て在りた事が、何方の国にも解りて来て、世界の人民がアフンと致して、手も足も能う出さずに、途方に呉れる事が出来するぞよ。斯の状態で神が構はずに見て居りたら、何方の国も後へ引くと云ふ事は致さんから、此処へ為りて来るから、明治廿五年から筆先で、何彼の事が知らしてありた通りの、時節が廻りて来て居るのに、人民といふものは実地の正末が出て来んと、誠に致さんから、俄かにヂリヂリ舞な成らん事に成るのじゃぞよ。人民は少とも先の見えんもので在るから、常に何彼の心得を致して置んと、マサカの時に狼狽へるぞよ。信心は常に在るぞよ。日々神に縋りて、身魂を綺麗に研いて居る人民と、斯世に神は無きものと申して居る人民とは立分るから、夫れで常から信神を致せと申すので在るぞよ。俄信神は間に合はんぞよ。何彼の事が迫りて、色々と是だけ大本の内と、御屋敷には真正の御神様が、彼方此方に御守護があるのに、厭な事を目の前に為て見せて遣らんと、承知が行かん浅間敷もので在るから、俄かにヂリヂリ舞はな成らん事が出て来るぞよ。そう成りてから走り込んで来て、何卒助けて呉れと申しても、ソンナ事には掛りて居れんやうに忙しくなりて、何んところで無いぞよ………。龍宮の乙姫殿が御守護あり出たら、世界はモ一つ何彼の事が騒がしく成るぞよ。向ふの国には悪の経綸で、何処までも行り抜こうとの企みであるなれど、日本の国にも神が蔭から動かん仕組が致して在るから、何方の行り方で末代の世が続いて行くものじゃ、善の道で続くか、悪の道で続くか、善と悪との力比べの大戦であるから、勝ちた方の道で、此の先の末代の世を、持ちて行くやうに成るので在るぞよ。今の日本の上に立ちて居る守護神は、九分九厘までは外国の行り方を、結構なやうに思ふて居るが、今に大きな了見違いで在りたと申す事が判りて来て、頭を掻いてヂリヂリ悶えを致すぞよと申して、明治廿五年から変性男子の手で書して在りたが、一分一厘の違いも無いぞよ。旧九月五日の朝の間に、出口直が神に御礼拝を致して居りた折に、明日から乙姫殿の御守護になると申して知らしたが、猶ほ筆でも知らしてあるぞよ。今迄に申して在る通りに、何も成りて来るぞよ。九分九厘に成ると手の掌が覆りて、綾部の此村と、綾部の町を動かして遣ると申して在ろうがな。世界と一同に動かすと申して、筆先に出して在ろうがな、皆出て来るぞよ。大きな目醒しが天地から在るぞよ。世界の事は何も彼も、筆先通りに成りて来るぞよ。十分に知らして在るから、チトは遅く成る事も在るなれど、人民の改心さえ出来たなら、余りイヤな事の無いやうに、良い方へ立替て、夫れ夫れの御用の命令を下げて、良い霊を入れ替て与ると、皆が勇みて良い御用が出来るから、一日の日の間にでも手の平を覆して、良く為て興るなれど、外国の悪い性来が移りて居るから、日本の国の守護神が、矢張り外国に化りて了ふて居るから、今の心では霊魂にして、国替でもさして洗濯を致さねば、到底言い聞かした位で聞くやうな、優しい身魂が無いぞよ。世に出て居れる方の守護神が、気が附いて来たら、元は日本で湧いたので在るから、日本の中にをいて守護さして与りたいなれど、外国に化りて了ふて居るから、八九分の身魂を出直しに致さねば、斯処へ成りてからは、モウ日の間が無いから、早く日本の身魂に立帰れば、此の先きは大国常立尊の、斯世は自由であるから、善の心に立帰りたら、善の身魂に致して、此の先は良く致してやりて、上へ上りて、日本の国を茲までに外国の性来に為て了ふた、其悪の名を表はさずに許して与るぞよ。 是からは善一つの、天と地との御先祖様の教に立代えて、悪と云ふやうな見苦しい、イヤな血統は無い様に致して、昔の御先祖様の御血統の生粋の世に、日本の国を致しておいて、今度の二度目の世の立替を致さねば、斯世はこの儘では立ちて行かんから、此大本の変性男子と変性女子との人民には、見当の取れん御用が、神の経綸でさして在るから、何程人民が智慧、学で考えても、解りは致さんぞよ。是が人民に解りたら、三千年余りての大望な経綸が、成就いたさんから、一輪の仕組は今の今まで申さんぞよ。三段に分けて在る霊魂を、目鼻を付けねば成らんなり、何の様にも目鼻が一寸には附かんから、血筋が混ぜこぜの無茶苦茶に成りて了ふて、是迄の筆先に、大略は判りて居りても、肝腎の事が未だ出して無いから、是が中々大望と申すので在るぞよ。大望と口で申しても本真に致さんぞよ。大事の性念場と成りて、動きの取れん事に成らんと気が附かんが、其所で気が附いても世間並で、何にも仕様が無いから、因縁ある身魂をこの大本へ、神が綱を掛けて引き寄して、知らして居れど、余り慢心がヒドイので、改心の出来る身魂が何程も無いから、物事が遅れて神の迷惑どころか、世界の何も知らぬ人民が、永う苦しむのが可愛想で、神が目を明けて見て居れんから、大本へ立寄る人は、因縁の深い身魂斗りであるから、大本の中から一番に、改心いたして下されよ。 日本の国には神から大望な仕組が為て在る、向ふの国も大きな仕組を致して居るが、戦争と天災とが初りたら、人民が三分に減ると、初発の筆先に書いてあるなれど、茲に成ると世界に残る人民が、二分位より無いぞよ。日本の国には誠の者が二分残る仕組で在れど、向ふの国はまだ約らん仕組をダラダラと致して、キマリの無い行り方で、行ける所まで行く、後前構はずで、何時まで掛りても頓着は致さず、自分の代に奪略な子の代に奪る、子の代に奪れな孫の代に取ると云ふ、気長な仕組を仕て居るから、日本の人民は男子は当然なり、女子も小供も、霊主肉従の日本魂の性来に成りて了はねば、今の如うなハイカラの心は、外国の身魂に成り限て居るから………、外国の仕組は先の約らん、行ける所まで行きて、行けんやうに成りた所に、モ一つと云ふ経綸がして無いから、外国の云ふやうに、今日本の守護神人民が致して居りたら、世界の身魂がヂリヂリ減りに無くなりて、元の泥海に成るぞよ。是ほど天地の神が茲まで苦労艱難、悔しき事を耐り約めて来た事が、水の泡には出来んから、成可は人民を減らさんやうに致したいと思ふて、変生男子の身魂が、余り苦労致して来たから、人の苦労が身に泌みて、心が沈みて、門へ出るのも厭がりて居るが………、是迄の人民の心では、如何しても何方の国も人が減る、一度の改心は人が減るから、是までの心を入れ替て、新つの世に致すので在るから、どうぞ一時も早く改心を致して下されよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正6年旧9月30日 大正六年旧九月三十日 天の御先祖様が天御中主大神であるぞよ。全智全能神様であるぞよ。地の世界では天体之精、大霊魂球之主、一出現世と現はれて、隠れて守護致しなされたのを、世界の人民は何も知らずに、禅宗のダルマと混ぜ交ぜに致して、弄びにまで化りて、世に落されて御出遊ばした結構な神様を、今度世に表はして御神徳を拡めるのが、変性男子の御役であるぞよ。 形体具足成就、霊能完美、成付言霊の大神様は、弥勒菩薩と仏事に化りて御出遊ばしたなり、日の大神様は光明如来と化りて、仏事に落ちてお出遊ばしたのを、今度の世の立替で全部現はれて、御神力を御見せ成さる時節が循りて来たぞよ。天照皇大神宮殿も表面は神道で立て、奥の院は矢張り仏事が祭りて在りたぞよ。大国常立尊は余り力が強すぎたので、斯んな猛烈き神を斯世の大将に仕て貰ふたら、外の神は一柱も能う勤めむと、神々の心が一致して、天のミロクの大神様へ御願い在りたゆへ、夫れなれば一柱と多神とは代えられんと仰せありて、艮へ押込よとの御命令が下り、八百万の神に艮へ追退られて、艮能金神と名を付けられ、独神と成りて、日の本の大神が仏事の守護致して、茲までは来たなれど、何彼の時節が廻りて来て、仏事の世の終が末法の世と申して、未だ万年も続くので在りたのを、世を縮めて、艮の金神の世と致して、結構な神代に捻ぢ直すので在るぞよ。艮の金神は永らく世に押込られて、苦労艱難悔し残念を堪り詰て来た報で、太初からの経綸通りの世が循りて来たから、霊主体従の経綸通りになりて、善と悪との立別けを致す世に成りたから、悪の身魂は隠しても隠されず、我と我身に露はれて来るのが、天地の冥加に尽たので在るぞよ。天地の先祖の苦労で創造た斯世界を、悪魔と四ツ足との自由自在に致したが、茲まで斯世を持荒したら本望で在ろう。天地の先祖が悪の身魂を露はせずに、赦して遣りても、筆先には書いて置んと、斯んな事に成りて居るのに、知らずに居りたかと云はれては、天地の先祖も、元の御血筋も、威徳に傷が付くから、是非なく書残すぞよ。今迄で斯世を悪で搦て来た八頭、八尾の経綸も茲までの事より出来んぞよ。九分九厘で体主霊従の守護の輪止りと成りて○○○、この先は霊主体従の経綸の設備は致してあるぞよ。今迄善の方の御血統は、暗黒の世に成りて了ふて居りた世が、日の出の守護と成りて来たから、今度の二度目の世の立替を致すには、太元を拵らえた覚えの在る霊魂で無いと出来んぞよ。元のミロク様の世へ戻したら、悪の血筋は現世には無い様に、善一ツで世を立て行かねば、悪の性来が微塵程でも混りたら、斯世は立ては行かんぞよ。斯う成る事が世の元から能く判りて居るから、元から仕組が為てありた世が廻りて来たのであるから、国常立尊が奈袁の手で書きおくぞよ。口で申した丈では取遺しが在てはならんから、書しておくぞよ。世の立替を致したら末代の事が定りて、巌に松の世に成りて、天地の先祖が神界から世を構うから、中々激しき世と成るぞよ。斯世に判りた身魂が無いので、変性男子も変性女子も、中々骨の折れる事であるぞよ。今の人民は表面から見た丈により何事も見えんから、余り世に落して、結構な御用が命して在るから、筆先に書してある事が、世界から出て来ねば、誰も本真に致さんから、改心が出来いで、暇が要るのであるぞよ。天地の元の一輪の御血統の御手伝をなさる守護神を、三段に分けてあるから、三段の身魂に夫れ夫れの目鼻を附けねば世は治まらぬから、何に付ても大望斗りで在るぞよ。事の分らん強い斗りでは、世は治まらぬぞよ。斯世を持ちて行くのは、何の身魂でもと云ふ事には行かぬ、末代の事の判りて居る霊魂が、斯世を持ちて行かねば、世は途中に乱れて了ふて、往も還りも成らん事になると云ふ事が、筆先で知して在ろうがな。日本の国に経綸が為て無りたら、此先は世に出て居れる方の守護神には、末代の世を持ちて行く神は無いぞよ。有るなら申して出て下されよ。末代の規則を制定場所は、綾部の大本と末代きまりたので在るぞよ。天のミロクの大神様と、地の国常立尊が天地の王で、末代の規則を制定ぞよ。今迄は変化たり化したり致して、茲までの御用を命たが、世に出て居れる守護神人民に解らん事で在るから、暇が要るなれど、明治廿五年から書しておいた事は、皆出て来て居るぞよ。昔から無い事であると申して在ろうがな。無い事が皆出て来るから、筆先で先に知らして在るのじゃぞよ。元のミロク様の世の間は、誠に善き世で在りたなれど、呉て行くに従ひ、元の御血筋の行方では、辛うて能う堪らん神が出来て、終には多勢の神の自由に致して来たのであるぞよ………。斯世一切の事を致すには、何の身魂も拵えて置ねば成らんから、上の霊魂と下の霊魂と中の霊魂と、三段に立別けて在りたのが、暮て行く世に連れて、下の霊魂にエライ間違が出来て、上の霊魂を押込る如うに成り、上が下に、下が上に、大の字逆様の大きな間違が出来て来る事が、能く見えて居りたから、○に十を書して、白い所を二分、八分は真黒に致して、明治廿五年の初発に知らしてある通りに、世界が成りて居るぞよ。何事も物事が皆逆様に覆りて居る斯世を、本へ捻ぢ直さねば成らぬから、何に付ても大望ばかりで在るぞよ。日本の身魂が外国の身魂に化り切て了ふて居るから、皆四ツ足の精神であるぞよ。外国の四ツ足の頭が日本へ渡りて来て、外国よりも勝りて悪き行方に致して、今の体裁、日本の国の○○○自由に致して、畜生の毛を衣て、足には皮を履して、田舎へ連れ参りて…………昔には…………夫婦を○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○、御簾を揚げ○○○○○○○○○○○申た位で在りたのに、今の体裁、外国人に化されて、能うも茲までに汚されたものじゃ。悪の頭に自由自在に為られて、天地の大神様へ何う申訳が出来るか、申訳が出来る守護神が一方でも有るの乎。天地の畏で盲聾ばかりで在うがな。何も今に判ろまいがな。判らんのは外国の性来に化り切て居るから…………。日本の国の倭魂で在りたなら、天地の先祖が書して在る筆先が判りて、天地の御恩が判らん成らんぞよ。日本の人民が外国よりも下の身魂に化りて、余り惨い事であるから、顕はす事も出来ず、天地の大神を茲までに能くも致した。悪の頭に抱込れて、洋○○○○○○○○、そこら辺りをウロウロと○○共出て歩く所まで、四ツ足に自由に為られるのが、元の四ツ足の性来を露はせられて居るのが未だ判らんか。余りの事で末代遺す、世の本からの履歴を書き遺してあるぞよ。天地の先祖が此先の、末代の世を持て行ねば成らん、時節が廻りて来たぞよ。鬼でも蛇でも悪魔でも、時節には叶はんから、従ふ処へは従ふて行けば嬉しい事になりて、何とした結構な事に成りたと申して、上から下まで歓びて、善一つの道で、嬉し嬉しの生花が開くぞよ。今が大峠となる所で在るから、皆が辛いなれど、日本の人民に判りて来て、元の日本魂に成て来たら、元のミロク様の世と成て、人民の寿命も長くなり、神は烈敷なるなれど、人民は穏かに暮す如うに成るぞよ。人民が歓こべば上の大神の御歓こびと成るぞよ。是迄は上ばかりが得意時代で、下人民はヒシと行けなんだが、余り斯世に大きな運否運が在りて、好き者は好い斗り、貧窮者は不運斗りで、何時に成りても頭が上らず、可愛相で神が見て居れんぞよ。上の人民が贅沢なから、下までが見習ふて又贅沢を致すが、何時までも斯んな行方では続かんぞよ。天地の先祖の構ふ世に成れば、今迄の様な贅沢な行方を、根本から変えさせねば、此儘で行り放題にさして置たら、上も下も総潰れと成りて、斯世は立ん事に成るぞよ。是までの世の持方は、後前構はん利己主義の行方で在るから、強いもの勝で、弱い者は路頭に立ちたぞよ。上斗り宜くても下が立ねば、この世は治まらんから、上下揃ふて勇む神代に立替致して、天の御先祖様に御渡し申すぞよ。何程上を大事に思ふても、下が立て行ねば、上も何と無く淋[*ルビ「さぶ」は底本通り]しく成るぞよ。上に立つ神に何程力が在たとて、附々の一の眷属、二の眷属に豪神が無い事には、上は立ては行んぞよ。眷属の神が善く無りたら上の神も立んぞよ。初発のミロク様でも、彼れ位に御神力が在りても、地の先祖に何程神力が在ても、時節には何も叶はんぞよ。一の眷属二の眷属に謀反が在たら、何程大将が独り気張ても世は立んぞよ。是迄の世は附々にエライ謀反が在た故に、今の上の体裁、九分九厘で何彼の事が露はれて来て、善と悪との立替で、上る身魂と下る身魂とで、世界は大混雑に成るぞよ。悪の頭の仕組では悪る力は何程でも出るなれど、善の神の世に時節が成るので在から、悪の世の終の悪る力では、世は治まらんから、時節には叶はんから、素直に改心致すが宜いぞよ。素直な身魂から引立て、身魂相応の事を命して遣るから、其日から心が楽になりて、嬉し嬉しで暮る如うに成るなれど、何程気を注けて遣りても、我は豪いと慢心を為て居ると、皆が愛想を尽して了ふて、浪に取れた沖の船、何処へ取付く嶋も無く成ぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正6年旧10月16日 大正六年旧十月十六日 二度目の世の立替の艮めを刺すのが近う成りて来たぞよ。何も経綸通りに致すぞよ。西と東とに初発の御宮を建て戴いて、元の昔へ世を戻す時節が参りて来たから、大神が揃ふて元の神宮へ立帰りて神代に立替るから、何事に付けても大望斗りで在るぞよ。世の終の艮めと世の始りとの境の筆先であるぞよ。余り大望な御用で在るから、三体の大神が西と東の新宮に降り昇りを成されて、天からの御手伝を成さる実地が歴々と出口直の眼には見えるぞよ。火の元も天からで在るぞよ。水は天の根本の世の元の御先祖様が、斯世の元に拵らえ成れて、鉄の棒が針に成る所までの御苦労を遊ばし、斯世には夫婦と云ふ事を拵えねば世が立て行かんから、泥海の中に御居でまして、何彼の経綸を成されて、初発に地の世界を創造なさるに力に成る御夫婦の霊魂から、何も彼もミロク様の御骨折であるぞよ。外に身魂は湧して在りても、御力に成らん筋の違ふ身魂で在るから、是だけ永らくの御苦労なされたので在るぞよ。ミロク様でも地で御出生なされた御先祖様であるぞよ。力に成さる天地を創造る御血筋を、夫婦揃えて置いて天へ御上り遊ばすぞよ。天に御すまいの出来る如うに致して置いて、地の泥海を固め締るには、龍宮の音姫殿一輪の御手伝で、天地を修理固成た国常立尊と、ミロク様との、元からの動かぬ仕組であるから、何事も経綸通りに致すぞよ。余り世界の事が惨いことに成りて居るので、手も足も差出す事が出来ん如うに、真暗りの世になりて居るから、立替を急激に致しても、後の立直しが中々大望であるが、立直しに就ては御三体の大神様をモ一つ上へ御上りを願はねば成らぬ。夫れに就ては何彼の仕組は為て在るから、天地の先祖の経綸通りに致すぞよ。今度の事は智慧や学では出来ん事で在るから、何事も素直に致して御用を聞いて下さりたら、斯世を自由に致す元の活神が、直々に致さな成らん時節が廻りて来たので在るから、是迄の行り方が一寸でも混りたら跡戻りを致して、仕組が違ふたら、初発から仕直しを致さな成らん大本で在るぞよ。何彼の時節が迫りて来たから、日本の人民も今迄の如うに自己の経営斗り致して、慾に迷ふて居ると、俄に手の掌が覆りて、往きも還りも出来ぬ如うに成り、世界へ顔出しが出来ぬ事が出来するぞよ。夫れで永らくの間筆先で改心改心と一点張りに気を附けたなれど、今の人民は足元へ火が焼えて来て、身体が焦げる所まで判らんから神も助けやうが無いぞよ。 金龍界の神島に御宮を建て下さりて、三体の大神様に御鎮りに成りて貰ふて、結構で在るなれど、モ一段上へ上りて守護を致して、本宮山に御宮を建て、三体の大神さまが御鎮りに御成なされたら、地の先祖が神嶋の(一名大八洲)御宮へ鎮りて、天のミロク様と地の先祖とが、末代の世を持ちて、治めて行かねば、外の神魂では末代の世は続いては行かん斯世で在るぞよ。時節と云ふものは結構なものの恐いもので在るぞよ。何事も時節には叶はんから、改心致して従ふ所へは従ふて行けば、何事も心配無しに安全に行け出すぞよ。是迄の行り方は体主霊従の世で在りたから、悪の霊は全部平げて了ふて、善一筋、誠一筋の世に致して、世界を一つに丸めて、神国の世に致すぞよ。今迄に悪神の頭目が外国へ上りて居りたのを、日本の元の先祖が立分けて、日本の国は霊主体従で在るから、泥海の中に住居を為て居る折からの、悪神の目的はドエライ奸計を致して居るなれど、悪では末代の世が続きは致さんぞよ。今が善と悪との代り目の辛い所で在るぞよ。悪の経綸で此先をモ一とつ悪を強くして、此先の仕組を成就させる量見であれども、天地の先祖はドンナ事も能く知りて居るから、日本の国には水も漏さん経綸が為て在るから、悪の身魂が発根の改心を致さなならん事に成るぞよ。世に出て居れる守護神も、日本の国を外国の四ツ足に、自由自在に好き寸法に、好い弄物に為られて、天地の御先祖様へドウ申訳が立つか、何うして御詫を致すぞよ。外国の悪神の頭目が日本の、○○先祖よりも一段上へ上りて、茲まで世界を自由に乱らした事が、我と我手に露見て了ふて居るが、日本の国は洋○では世は立ちては行かんぞよ。今の日本の○○○○○○○○沓○○○日○○大将が、何処と無く飛び歩行ては、未だ世が治まる処へは行んぞよ。根本の大神を日本の人民の○○○も一段下たに致して居りて、○○十○○○○斯世を拵えた天地の先祖を、○○○○○〇一段下に落して、天地の大神を日本の地面に置いて与るのじゃと申て、大きな誤解を致して居るから、世の初発の事から、茲まで為て来た事から、悪い企みをして居る事から、茲まで四ツ足が為て来た事から、日本の国の神はドウでも宜いものと申て、天の御先祖様をドウでも宜いものと申して、皆の神が目論見て、押込めて、天地の神の元を無い同様に致して居りたのを、何彼の時節が参りて来て、我と我身に正体を露はせて了ふて居る事から、何事も世の一切の事から、末代の事から、行末の事まで、世界の始りのいろはから、変性男子と変性女子とに、人民では出来ん事を為せて在るから、明けては云はれず、言ふては行かず、変性男子の手で大国常立尊が、昔の根本の事からを書きをくから、是を説いて聞せるのが変性女子の身魂の役であるぞよ。変性男子は昔から言い置にも書き置にも、形も影も無い事を言はして在るから、人民は実地が出て来ねば誠に致さんのは無理は無けれども、余り疑念が甚いので、十年余り立替が遅くなりて、世界中の人民が皆、上から下まで苦しむのが永いから、神は埒能くいたすから、今の間に早く改心いたして下されよ。此先で永う立替にかかりて居りたら、向ふの国は申して在る如うな惨い事に成るし、日本の国も是だけに、明治二十五年から引続いて、何彼の事、一切の事を口と手とで知らして、今に気を附けて居るなれど、今に判らん守護神、何彼の時節が廻りて来て、キリキリ舞を致すぞよ。茲まで落度の無い様に知らして在るから、我の強い解らん守護神よ、後で不足を申さんやうに致されよ。不足ありたら自分を恨めるより仕様は無いぞよ。斯う成りて来るから、永らく筆先で気が付けて在るのに、我の身体に火が附て燃え上りて来んと、今の守護神は聞きは致さんから、悪い方へ引落されて、悪い鏡に成る守護神ばかりで気の毒なれど、何程に気を付けて知らしても、在って了はねば聞く身魂が無いから、茲までに天の先祖様と地の先祖が、ドウゾと思ふて、自己の血筋に厭な事を皆させて、見せて在るぞよ。誠善一とつの御道は他にキヅは附けられんから、我血統に厭な事はさして在りたぞよ。今だに出口直の血族にさせて有るから、何事も能く出口直の血筋の所作柄を見て置いて改心を致さんと、我れ好しの行り方では…………是迄は好な如うに為て行けたなれど、二度目の世の立替を致したら、全部行り方を代えて了ふから、今が境の性念場であるから、是までの行り方はチットも用ゐられんやうに、世が代りて了ふて、昔のいろはからの勉強を致さねば、学力ではモウ一寸も先へ行く事も、後へ戻る事も出来んやうに成るから、何事も一度で聞く守護神に使はれて居らんと、使はれる肉体が気の毒が出来るから、此先は何彼の事が神の方は厳しく成るぞよ。人民は穏和に成りて、是迄に思ふて居りた事が、大きな間違でありた事が判りて来るぞよ。是迄は学力が在りたなら上へ登れた成れど、学力は九分九厘で霊の利んやうに仕組てあるから、時節には勝れんから、いろはからの勉強を致さんと、今の学では誠の事が判らんので、世が渡れんぞよ。物質と学との世の終りと成りたぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正6年旧11月23日 大正六年旧十一月二十三日 至仁至愛大神の御出現に成る時節が参りて、明治廿五年から変性男子の身魂に、手と口とで知らさしてありた事が、実地に出て来るぞよ。今迄良き事を致して来た身魂は良き事が出来て来るなり、悪い事を致した身魂は悪い報が出て来るなり、何も彼も一度に現はれるぞよ。モー世の立替の事は知らせる事が無いから、今迄知らして在りた事の実地が世界にあるぞよ。何も彼も世界中の事は帳面に附留てある同様に、天地の先祖は何一つ知らんと云ふ事は無いから、底の判らぬ経綸が致してあるぞよ。底の深いイロハからの仕組で在るから、チットは言はれぬ事も在るし、六ケ敷経綸であるぞよ。言ふてはならず、言はいでは邪魔の這入る事もあるなり、変性男子の役は是程辛いことは無いぞよ。貧乏動ぎも出来んと云ふのは男子の役であるぞよ。一寸でも気を緩めたら真似を為られるなり、真似を仕られたら何遍でも跡戻り斗り致さんならんなり、コンナ叶はん御用は世界に有りは致さんぞよ。御魂は世界に沢山ありても、代理を為せる身魂は一つも無いので在るぞよ。変生男子の身魂の御用は、イロハ四十八文字で世界を治める経綸の御用であるが、向ふの国の体主霊従の頭と其次席の身魂が、中々一通りの身魂の手に合はんと云ふ事が、初発から見抜いてありて、今に変性男子の身魂に憂い目を為して居るから、是から、日本の元の経綸を顕はして、今に悪い目的を立て居る守護神は、日本と外国との施政方針を混ぜ交ぜて行ろうと思ふて居るが、モー悪の世の終りと成りたから、悪の霊はチットも利かぬ如うに致すから、今までの格合ひには行かんぞよ。悪の世は九分九厘でモー済みたから、此先きは天のミロク様の、昔の始りの元の良き世へ世を戻して、何彼の事、末代の事を規定るのであるから、何に附けても大望な事ばかりであるから、人民では見当の取れん事であるぞよ。今までは悪神の支配の世でありたから、何事も見て見ぬ振を為て居りたなれど。全然時節が廻りて来て、延っ引きの成らん事になりて来たから、何時船が覆るやら解らんぞよ。天地の先祖はモー此上守護神人民には充分気が附けてあるから、何事が世界から出て来ても、モー神に不足は在るまい。一度に披いてバタバタと致さねば、何時までも同じ事に永う掛りて居りたら、世界中が泥海に成りて、人胤も無く成りて了ふから、神は日本の元の経綸どほりを始めるから、一旦は世界中の大混雑と成るぞよ。さう成りて来る迄に、神の申す事を信実に聞いて、身魂を研く如うに、筆先で日々知らして在りたが、今の上の守護神も人民も一つも判らんから、今の世界の困難であるが、今でさえ何うする事も能う致さずに、途方に呉れて居るが、マダマダ斯んな容易い事では無いが、其時は吃驚いたして腰を抜かして、頭を下にして走行やうに成るぞよ。そこに成りたら、四ツ足の守護神の正体が自づと現はれて来るが誠に気の毒なもので在るぞよ。茲へ成る迄に改心を致すやうと永らく知らしたなれど、盲目と聾の守護神人民は、実地が来る迄真実に致さんから、ヂリヂリ舞の狼狽舞を致す事が来ても仕様は無いぞよ。鬼とも蛇とも悪魔とも譬へ方の無い、イヤらしい外国の性来を、日本の守護神が見習ふて、外国の行方は良いと申して、上も下も真似斗り致して、今の日本の国の心配、外国の今の態、アレ丈け畜生の性来が現はれて来て居りても、未だ眼が覚めぬか。大将までが下タに成りたり、上に成って見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れ掛けたぞよ。神の堪忍袋が切れたら、万古末代モー取返しが出来んから、奥山の紅葉の照る内に早く改心いたして、神の申す如うに致さんと、末代の世を持ちて行く事は到底六ケ敷から、どうしても改心が出来ねば、陣を引いて下たに降りて扣えて下され、一人と世界中とには代えられんから、一向気楽にさして神が構ふてやるから、ドウシテも神の国の行いが出来ねば、城明け渡しを為さるが良かろう。神も可成は昔の儘で続かして行かしたいのが、胸に一溢であれど、余り外国人に惚けて居りて、何時までも神の教が聞けぬなら、一つの道へ行くより仕様は在るまい。神は気を附けた上にも気を附けて在るぞよ。一の番頭からして日本魂が全然消えて了ふて居るから、畜生の国の尻に附いて頭から湯気を立て、頭を三角に成る所まで捻ぢ鉢巻で気張って居れど、肝腎の腸が抜けて、腰がフナフナで在るから、斯んな約らん事に成りて来たのを、天地の御先祖様へ何んと申して申訳が出来るか。日本は日本で立て、外国を助けて遣らねば成らぬ、誠一つを貫く神国の一の番頭が、何も解らんから、畜生の尻馬に乗りて、外国の守護神の真似斗り致して、終には外国の自由に為られると言ふ事が判らぬか。モー神は依然して居れん事になりたから、是から表に成りて働くから、構ひ立てには来て下さるなよ。時節が来たぞよ。時節と云ふものは結構なものの、恐いもので在るぞよ。何事も此方から顕はさいでも、我身の方から全然正体を顕はして、何処となく飛び歩行て、見るのも厭で在るなれど、全部顕はせに、我が我の姿を田舎まで見せに歩行のが、顕はれるので在るから、時節ほど結構な恐いものは無いと申すので在るぞよ。時節には何ものも叶はんから、茲へ成る迄に世に出て居れる方の守護神、皆に筆先で細々と能く解るやうに書いて知らせ、口で言はして在るぞよ。筆先に出した事は皆世界に在るが、慢神と誤解とがありたら、真実の御蔭は取れんぞよ。露国ヘ昔から上りて居りた悪神の頭が、露国の国を六茶九茶に乱らして了ふて、モ一つ向ふの国へ渡りて、外国の隅々までもワヤに致して、金の費るのは底知れず、人の命を取るのも底知れず、行きも戻りも出来んやうに致して、食物も無い所まで致して、終には日本の神国へ攻めて来て、世界を我の儘に致すドエライ悪い奸計を致して居るが、モー九分まで悪の目的は成就いたした成れど、日本の国の先祖の一厘の経綸で、手の掌を返して、天下泰平に世を治めて、跡は七福神の楽遊びと致して、世界の人民を助ける日本の元からの経綸であれども、今の世界の守護神人民の心では、三分も助ける身魂が無いぞよ。誠一つの天地の先祖は、違ふた事はチットも申さんぞよ。違ふた事を致したら、茲まで忍耐て来た事が水の泡に成るから、皆が揃ふて今度の二度目の世の立直しの御用を勤めて下されよ。今度の御用は何に附けても辛い事ばかりであるから、確りと胴を据えて居らねば約らんぞよ。大本の中も日の出の守護と成りて来ると、何彼の事が辛くなるぞよ。善し悪しが厳重に判りて来て、是迄の心を全然変えて了はんと、辛うて辛抱が出来んぞよ。口を閉えて、男も女も腹帯を緩まんやうに確りと締て居らんと、此先は是迄のやうな事には行かんぞよ。斯世の上へ上りて居る悪の守護神が、皆揃ふて体主霊従では行かんと云ふ事が、発根と判りて来て、霊主体従の道へ立復らんと、世が治まると云ふ事は致さんぞよ。向ふの国はチットも急きは致さんぞよ。我の代に奪れな児の代に奪る、児の代に奪れな孫の代に奪ると云ふ、気の永い経綸であるから、何時に成りても奪りさえしたら良いと申して、チットも急ぎも動きも致さんぞよ。日本の国はソンナ事を致して居りたら、国家が潰れて了ふから、日本の国には天地の元の生神が、一寸の秘密が致してあるぞよ。外の身魂では出来ん、能う為ん経綸が致して在るが、実地の仕組は今の今まで言いも為られも致さん、大事の一厘の秘密で在るから……………、今の世界の守護神人民が、外国の性来に成りて了ふて、日本の神国と申しても、外国魂に成り切りた中に、生れ育ちて居る子供までが、国家の害を致すハイカラの真似ばかりを為て歓こびて居る中へ、大事の経綸を知らしたら、良い金設けが出来ると申して、実地の世の立直しの大邪魔を致すから、日本の国の仕組は、智慧や学力では何程考えても判りはせんぞよ。チト深い仕組が致して在るぞよ。外国の仕組は浅いから、直ぐに人の眼に判るなれど、日本の経綸は外国魂では判らんぞよ。何彼の時節が参りて来たから、始りたら何も一度に開けて来るから、余程しっかりと覚悟を致させねば成らんから、今に続いて知らして居るぞよ。疑ひと我情と取違いとが第一恐いぞよ。口を閉へて素直に致すが何よりも結構であるぞよ。何事も一度にバタバタと埒良く致さぬと、永う掛りたら日本も叶はん事が出来るぞよ。外国の悪神の頭が日本へ攻て来る仕組を、昔から致して居りたが、モー攻て来るのが近寄りたなれど、日本は日本で元の生神が深い経綸を致して居るから、日本の人民がサッパリ日本魂に成りて居らんと、肝腎の時に狼狽て胴を失ふぞよ。口先では日本魂と申しても、腹の中に誠が無いものは大化物であるから、今度の立替には化け物は皆神が平げて了ふぞよ。今度の大戦いは人種同志の戦争で無いぞよ。神と神と、国と国との、末代に一度より無い大戦いであるぞよ。今度の日本と外国との戦いには、男も女も小供も一つの心に成りて、日本の国を奪られては成らんから、年寄り迄も日本魂に立復りて、神国を守らねば、日本の先祖の大神へ申訳が立んぞよ。今の如うな我れさえ良かりたら、人はドウでも構はんと云ふ如うな精神でありたら、日本の国もエライ事に成るぞよ。日本の霊主体従の結構な神国を、悪神の頭と四ツ足に茲まで自由にしられて、是が悔しく無いやうな腰抜けが沢山あるが、今に日本の頭の上にかぶさって来て居る大難を、何んと致して打ち払ふ心算であるか。先の見えん守護神人民には、神も往生致して居るぞよ。三千年余りての経綸を顕はして、昔の元の神の御血筋に速に代えて了ふて……………。二度目の世の立替は、現世が出来てから未だ無い大望な事であるぞよ。分けては言はれず、言はな判らず、言はれはせず、元の悪から速に改心を致して、上へ上りて居る血筋も改心致して、茲までに元の根本の天と地との先祖を世に落した事の、御詫を致さな成らん時節に近よりたぞよ。モウ此先は霊主体従の経綸通りに致して、早く立替を致して、後の立直しに掛らんと、何んでも無い事に国を潰して、脛腰の立つ、間に合ふ人民を、大根の葉房を切る如うな惨い事を致しても、向ふの国の何一つも効能の有る事は無いが、是も皆悪神の玩弄に成りて居るのであれど、世界に気の附いた人民は一人も無いとは、惨い事に成りたもので在るぞよ。初発からの筆先に、今度は世界が三分になると毎度申して知らしてあるが、世界は三分になるぞよ。何んと申した所で、日本の間に合ふ身魂が無いやうに成りて居るから、今迄に人民の思ふて居りた事が、大間違いになりて来るぞよ。外国の思いも大間違いで、大きな取違いを致して居るぞよ。中々一寸やそっとの取違いでは無いぞよ。日本の人民も外国の性霊に成り切て了ふて居るから、心の持ち方が天地に代りて居るので、茲までは向ふの国の……………。天と地との根本の大神の御血統だけに、誠と云ふ元の日本魂の性来は一厘ほか無いから、一輪の日本魂で元の昔へ世を捻直して、ミロク様の世に致す経綸であるから、何につけても大望な事ばかりであるぞよ。向ふの国の性来が皆体主霊従であるから、薩張り立分けてありたのが、世の末と成りて、斯んな見苦しき、混ぜ交ぜの世になりたのであるぞよ。初発の世界の泥海の折から、末代の巧みを為て居りた極悪神の身上は、日本の元の大神が良く知りて居られるから、日本にも初発から深い経綸が為てありての、今度の神と神との大戦であるぞよ。外国の悪の頭は、何うしてなりと日本へ上る巧みを為て居るなれど、日本の国へは上げられんから、露国の先祖と為てありたなれど、悪の強い奸賢い性来であるから、何の様に為てでも目的を立てねば、途中で邪魔を致すと云ふ邪神であるから、天地の根本の大神は茲まで悔しい残念を堪り詰て、悪神の仕組の九分九厘と成るまでの、永い間の堪忍を致して、悪神の頭の目的を立さしてをいたが、モー一つ目的を立て居るのを、日本の元の大神が能く知りて居るから、日本の神国には、外国の御魂の能う為ん事が仕組みてあるから、九分九厘迄はトントン拍子に出て来たなれど、モウ悪の経綸の輪止まりが来たから、フクロ鳥の宵企みと成りて、此の先では夜食に外れて、難しき顔を致さな成らん如うに、時節が参りたぞよ。 明治二十五年から知らして在ることが、皆その通り出て来るぞよ。寒さ暑さの容赦は無いと申して在ろうがな。是だけの寒じでも、斯の大望な事がはじまりたら、水の中でも火の中でも、熱い寒いは言ふて居れん、大望な大戦いであるぞよ。斯の世が出来てから未だ無い、末代に一度ほか為られん二度目の世の立替であるのに、何も判らぬ悪神の仕組は、我良しの強い者勝ちの行り方であるから、我の血筋と親族と眷属とさえが良かりたら、何時迄掛かりて居りても、奪れた折に奪りたら良いと云う悪神の仕組は、ラクな行り方であるぞよ。そんな仕組を致して居る方のいう如うに、相手になりて居りたら、此の世が泥海と成る事が見え透いて居るから、昔の元から日本の国には、悪神の方からは見えも判りも致さず、学力でも智慧でも、外の身魂では出来ん経綸が為てあるから、何うしても悪の身魂に改心が出来んなれば、国とは代えられんから、一輪の仕組通りに致して、爰迄は堪りたなれど、爰に成りておりても判らんやうな悪の頭なら、仕組みてある如うに致して、バタバタと処置を付けて、後の立直しの用意を致さんと、斯の世を茲迄に自由自在に致されて、天地の先祖の威光が解らんから、斯の世を創造て、末代の世を建てて行かねば成らん天と地との先祖が、今迄は堪忍て来たなれど、余りの事で、日本の霊主体従の一と申して二の無い国を、天竺や外国と同じ如うに致して、自由に為られるとは、時節とはいい乍ら、爰で改心を致せば又仕様も在るなれど、余りの事で、モウ堪忍袋が切れるぞよ。悪神に自由自在にして了われて、天の御三体様に何う申し訳が出来るか。艮の金神を無い神と致してから、恐いものが無いやうに成りたから、日本の神国を好きな如うに、我の一力で仕放題、好き寸法の悪力がありたら、上へ上がりて出世が出来て、ラクな行り方、我の一力で悪い事を為る守護神でありたら出世が出来たのが、頭が極悪でありたから、悪の登るのは早かりたので在るぞよ。上へ登りて、後も前も構わずに、頭と尾とで前後へ手が廻らずに、上さえ上がれたら良いと云ふ行方、九分九厘までは跡が何うなろうと先が何う成ろうと、行ける処まで胴体が無いから、八ツ頭八ツ尾で、肝腎の大事の真中が無いと、頭と尾とでは肝心の事が成就いたさんぞよ。日本は世界の中心で在るから、肝腎の要めの所に大事の経綸が為てあるから、モウ微躯とも致さねども、人民の方は何事も改心次第であるぞよ。日本の人民も大きな取違いを致して居ると、毎度筆先で書して知らして在るが、其大間違いの判る時節が参りて来たぞよ。余り一度に何彼の事が判りて来て、逆立ちに成ってヌタクラナ成らん如うになりて来たぞよ。神が一度申した事は何事に由らず皆世界から出て来るから、一日も早く改心を致すやうに、日々に続いて知らして遣りたなれど、今に誠に致さん故に、何彼の時節が九分九厘となりて来て、善悪の立分けを致さな成らんから、彼方にも此方にも足本にも、何から初まるやら人民には見当が取れん事になるぞよ。四ツ足の覇張りた事を天晴れと露はして、末代の記録に残すから、爰へ成る迄に身魂を磨いて置けと申して知らしたなれど、誠に致して聞く身魂が無いから、是からは罪穢の在る処には、罪過だけの借銭済を致さすので在るぞよ。何処も恨める所は無いぞよ。自分の身魂を恨めるより仕様は無いぞよ。今度の二度目の立替は国々処々、都会田舎村々家々に、身魂の借銭だけの事は天地の神から済さして了ふから、何処も恨む事は無いと申して、明治廿五年から今に続いて知らして在るぞよ。知らして在る事が良い事も厭な事も、みな一度に何も出て来るぞよ。そうなりた折には世界の人民は、矢張艮能金神は悪神であると未だ申すぞよと申して在るが、神から申して在る事は一分も違はずに皆出て来るから、艮の金神が悪い騒動をいたす如うに思ふで在らうなれど、天からの時節で何も出て来るのであるから、艮の金神も何う致す事も出来んので在るから、夫れ迄に一人なりとも改心さして助けたいと思ふて、今まで苦労艱難いたして知らしたので在るぞよ。新つの洗替の世になるのであるから、外国には厳しき事が在るぞよ。此事は明治廿七年の七月の差入りの筆先に書してあるぞよ。良い事も厭な事も一度出して在る事は、遅し速しは在るなれど、皆出て来るぞよ。悪の頭からトコトン発根の改心を致さんと、思ふて居る事に大間違が、我に皆出て来るぞよ。余り我好しの行方で大間違が顕はれて来て、腰が抜けて了ふて、腮が外れて言も云へず、足が上になりて頭が下たに成りて、手で其処ら傍りをヌタクラナ成らん様な事が出て来るぞよと、今年で二十七年目であるが、其間昼夜に知らして在るぞよ。天地の生神の先祖を要らんものじゃ、神は無くても良いものじゃと申して居りたが…………、悪と四ツ足とで此の世の政治が行れるかと云ふ事を、覚るやうに、充分に思わくを為して、大神が蔭から見て居れば、未だモ一つ悪を強くして、斯世を此儘で行りて行うとの精神であらうがな。日本の国を外国の悪と四ツ足とがモ一つ上へ上りて、王の王に成りて行うとの度豪い経綸を致して居らうがな。日本は神の国、神が守らな治まらぬ国であるのに、肝腎の一の番頭二の番頭から、薩張り外国魂に成切りて了ふて居るから、何時までも世はゴテゴテ致して、治りは致さんぞよ。人民力で斯結構な神国の政治が出来るなら、モチト立派に世が立ちては行けさうなものでないか。今の世の持方は丸切り畜生の行方で、強いものが弱いものの汗油を絞りて、其の汗と油で高い処へ上って、舌をペロリと出して見下ろして居るが、夫れが悪魔の世と申すぞよ。是だけ世界に上下懸隔が在りては、何時になりても斯世に口舌の絶ると云ふ事は無いぞよ。外国の真似斗り致して、是が開けた世の行方と申して居るが、何処が開けたのか。肝心の開くべき所は二重三重に閉いで了ふて、開いてはならぬ神国の宝を破乱かして了ふて、二進も三進も行かんやうになりて、途中の豪い鼻高が毎年一と処へ国々から集って来て、結構な御相談や争論を致して御座るが、下たの何も知らん人民は良い面の皮じゃぞよ。昔からの暦を潰したり、神の鎮まる先祖代々からの御宮を、金が無いからと申して潰したり、神を相借家へ投り込みて置いて、人民は昔の王も叶はんやうな家を建て、別荘を立て、金斗りを重宝がり、金さえ在りたら神も糞も要るものかと、エライ慢神と取違いを致して居るが、斯んな六茶な、天地を畏れぬ外国魂の畜生の行方は、神は何時までも許す事は出来んから、皆夫れ夫れに覚悟を為さるが良かろう。外国の四ツ足の真似を致して、結構な家の内で、牛や馬の肉を煮いて喰たり、首に畜生の皮を捲いたり、畜生の毛で織った物を肌に着たり、それが薩張り四ツ足の性来が顕はれて居るのであるぞよ。四ツ足の守護神が何程骨を折ても、万古末代の世を自由に致すと云ふ事は、到底出来は致さんから、素直に致して改心をして、神の申すやうの世の持方に致せば、此儘で神が構うて続かして、尾を隠くしてでも許して遣るなれど、余りしぶたう頑張りて居ると、三千世界の赤耻を掻く事が出来て来るぞよ。日本の国だけでも是だけ持て余して居りて、他の国の事ども構ひ立する暇は有りもせむのに、肝腎の足元は良い加減な事に致してをいて、終には共倒れに成ると云ふ事に、気の附かむ如うな明盲目であるから、○○の国は一日増しに押つまりて来て、食物は段々と欠乏になるなり、菜の葉一枚でも大切な事に今に成りて来るぞよ。何程金を貯て歓こんで居りても、正可の時には金銀では生命が継げんぞよ。百万円の金よりも一握りのお米[*ルビの「よね」は底本通り]の方が大切な世が廻りて来て、明治二十五年から毎度筆先で知らして在るやうに、田地に植込みて喜こびて居りた、桑迄も掘起さな成らん事に成りて来るが、人民と申す者は近慾で、近眼で、誠の神の申す事は判らんぞよ。誠に気の毒なもので在れども、人民の精神が薩張り曇り切りて居るから、何を為て見せても、何を聞かして遣りても、神の申す事を汲み取る人民が無いが、能うも茲まで曇りたものじゃ。無間の鐘まで掘上げて、今じゃ早じゃと知らせども、盲目と聾の今の世界の人民は、慾斗りに迷ふて一寸先きも見えず、是だけ天地に昼夜に鳴り渡る大神の声も聞えず、鳥獣にも劣りたもの斗り、世の立直しを致そうにも掛りかけが出来んぞよ。けれども、綾部の大本には神が綱を懸けて、昔の其儘の日本魂を引寄せる経綸が致して在るから大丈夫ではあれど、心はチットも許されん大望な所であるぞよ。外国の悪神が今に仲直りを致したら、今度は腹を合して一つになりて攻めて来るから、日本神国の人民は判りたものから用意を致して下されよ。末代に一度の世の立替立直しであるぞよ。 明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らしてありた事の、実地が出て来る世になりたぞよ。露国から始りて、日本と外国との大戦が在ると申したが時節が来たぞよ。外国は終には一腹になりて来ると申して知らして在ろうがな。この神一度申したら何時に成りても、毛筋の横巾ほども違いは致さんぞよ。これが違ふたら神は斯世に居らんぞよ。外国の悪神の頭が、露国を無茶苦茶に致して置いて、モ一つ向ふの国へ渡りて、人民の王を自由に使ふて、世界中の困難をも構はずに、自国さえ良けら他はドウデも良い、人は倒しても我さえ立ちたら満足じゃと申して、悪の頭が今に日本の神国へ攻めて来るぞよと申して知らしてあるぞよ。日本の人民にチットでも誠がありて、一の番頭、二の番頭の守護神に誠一つの日本魂さえ在りたら、何程外国の学力でも、人民が沢山在りても、金が何程ありてもビクとも致さねども、今の日本の持方は、守護神が薩張り外国よりもマダ一段身魂が劣悪て了ふて居るから、今にキリキリ舞を致さなならぬ事が出来てきて、往きも還りも出来ぬ様に成るのは、眼の前にチラ付て居るから、一日も早く改心致せよ身魂を研けよと、腹が立つ程クドウ申して気が付けてありたぞよ。この大本へ立寄る誠の人は、明治二十五年から昼夜に出口直に書してある筆先を調べて下されよ。一分一厘間違いは無いと申す事が、何程疑ひの強ひ人民でも判りて来るぞよ。それで改心の出来ぬやうな人民は、気の毒でも今度の二度目の世の立替には間曳かれて、万古末代根の国、底の国へ霊魂を落して了ふと云ふ、神界の規則であるぞよ。神は人民を助けたさの永い間の此苦労であるぞよ。兵隊を一旦日本へ引寄して、外国を地震、雷、火の雨降して絶滅さねば、世界は神国にならんから、余り何時迄も神の申す事を聞かねば、三千年の経綸通りに致すから、世界に何事ありても神と出口を恨めて呉れなよ。我身魂を恨めるより仕様は無いぞよと申してあろうがな。気の毒なものでもモウ神は一切りに致さねば、天の御先祖様へ艮の金神の申訳が立たんぞよ。明治二十五年から天の御先祖様の御命令を戴きて、世界の人民に何彼の事を知らせども、今の人民慾に惚けて、我身の用意斗り、国の事共おもふ人民は、上に立て居る守護神には薬にする程も無いから、世は段々と押詰りて来る斗り、今に皆の人民がキリキリ舞を致して、アフンと致す事が到来するぞよ。人民は神に次での霊であるから、チットは解りさうなものなれど、薩張り肝腎の霊魂が外国の悪神に自由自在にしられて、眉毛を読まれて尻の毛が一本も無い所までワヤに為られて居りても、マダ気が付かずに悪神の頭にだまされて、我と我手に苦しみ居るぞよ。吾妻の国は一時れの実の致さぬ薄野尾、実り致さな国は栄えぬ。吾妻の国へ遙々と都に致す心悲しき。唐土の鳥の渡らん先きに、神は還りて経綸を致せども、聴く人民無き故に、残念なれど唐土の鳥が今に日本へ渡りて来るぞよ。毒を空から降らして、日本の人民を絶やす経綸を、昔から致して居る事が、能く神には判りて居るから、永らく知らしたので在りたぞよ。早く改心致さぬと改心の間が無いぞよ。神は気を附けた上にも気が附けてあるぞよ。モウ何彼の事が一度に実現て来るから、斯んな事ならモ一つ気を附けて呉さうなものでありたと、未だ不足を申す守護神人民があるぞよ。何程不足を申しても、神が茲まで出口に苦労さして気を付けてあるからは、神にも宣教者にもヨモヤ落度はあろまい。不足があるなら我身の心を良く考えて見て不足申さんと、スコタンを喰ふぞよ。茲へ成る事が良く判りて居るから、今年で知らしかけてから二十七年目であるぞよ。今の人民も守護神も大きな誤解を致して居りて、今に成てから他へ問ひに行く所は無し、何う為様も無い事が近う成りて来たぞよ。是だけククメルやうに知らしてあるのに、未だ判らんとは惨い事に曇りたものであるぞよ。神はそれが出て来た折に何う為様も無い事が出来んやうに、噛みて口へ入れて、飲込みたら良いやうに致して、筆先で知らせ、言葉で知らせてあるが、モウ此上に知らせやうが無いぞよ。この悪の世を天と地との先祖の一つの誠の世へ立帰らすので在るから、茲までに申して聞したら、何程悪魔でもチットは合点が行かねば、神と名の付いて居る悪神も是からは気の毒な事になるぞよ。茲まで誠一つの天地の大神を、茲までに能うも苦しめたなア。ここ迄に致したら是に不足は有りは致すまい。極悪と申してもエライゑぐい身魂であるぞよ。モウ堪忍袋の緒が断れたぞよ。天地の先祖も茲までの辛抱を、水の泡には致しとも無いなれど…………茲迄は国を潰さぬ様にして、向うの国にモチトらしい身魂が在りたら、国と国とを立分けて、国の奪合と云ふやうな事を致さずに、皆手を引合ふて行きたいは神の一心なれど、余り向ふの国の身魂の性来では、国が治まると云ふ事の出来ぬ、悪い性来であるから、バタバタと埒を附けねば、世界は何時までも治まらぬぞよ。向ふの国へ上りて居りた外国の悪神の霊魂が、日本の国へ上りて来て、四ツ足や豆狸、蛆虫同様の悪るシブトウて、日本の国には使いやうが無いから、一旦は世界中を洗い替と致さねば、日本の国が外国の性来ばかりで、是ぞと曰ふ身魂が無いから、茲まではドウゾドウゾと思ひ過ごして気を揉みたなれど、到底助ける方法は今に無い所まで曇りて来て居るぞよ。モチットらしい身魂がありたら、セメテ二国程は残して遣りたいと思ふたなれど、余りエグイ身魂斗りであるから、昔からの天地の神の経綸どほりに致して、埒良く致さんと、悪が何時迄も絶えんぞよ。チット可成な身魂がありたらと思ふて延ばす程、向ふの国の極悪が猶ほ悪くなる斗りで、モ一とつ日本の国を下たに為どころか、日本の国を欺し討に致して奪取て了ふ、悪い巧みを致して居るから、霊主体従の経綸に神が致してやらんと、未だ未だ悪い事を仕組て居るぞよ。日本の人民は薩張皆揃ふて大和魂に成りて、胴を据えて、腹帯を占て掛らんと、是迄のやうな心で居りたら国が全然無いやうに成りて了ふぞよ。茲までに天地の御先祖様が御艱難を遊ばされた御苦労を、水の泡と成るやうな事は致さんぞよ。日本の人民が皆揃ふて御手伝いを致さんと、世界の立替の大峠となりて来たから、茲へ成りた折には、身体も霊魂も清やかになりて居らんと、日本の国の人民が、コンナ見苦しき国害を致す外国の身魂が、良いと申すやうな事になるのが、世の元から能く判りて居るから、天地の先祖は茲まで是だけに気張て、御血筋には充分の苦労、艱難、悔しき事を堪り詰て来て見て居れば、向ふの国の今の困難、あれ程の惨事がありても、何も気の付く守護神がチットも無いのが、人はドウデも構はぬと云ふ悪神の精神であるから、何も気が附かんのであるぞよ。向ふの身魂が日本へ皆渡りて来て居るから、日本も外国の身魂に化りて、日本の身魂が薬に致す程より無いのであるから、利己主義の行り方で、モ一とつ悪を強くして、日本の国を平げて、世界中を外国の世界に致して、王の王になりて、末代続かせる仕組をして居るのであるから、日本の国は男も女も誠一とつの日本魂の性来に成りて了ふて、女の一心巌でも突貫く精神で無いと、今度の二度目の世の立替の間には合はんぞよ。日本の国の人民も外国の人民も、今まで思ふて居りた事とは、エライ大きな間違いが出来るが、同じ如うな事に細々と、抜目の無い様に、取違いの無いやうに、変性男子の手で大国常立尊が、言葉と手とで知らしてある事は、一つも違はず皆実現来るぞよ。末代に一度より為られん大望な世の立替であるから、中々骨の折る事であれども、神が蔭から経綸致してありての事で在るから、モウ大丈夫であるぞよ。永らく知らした事を、今に成って居りても誠に致さず、疑ふて取違いを為て置て、悪い鏡に成ても、何処を恨める所は無いぞよ。外では判らん事の、誰も出来ん事で在るから、是だけ執念申して知らして居るのであるが、今の学で出来る機械が動く悪の力で、九分九厘までは行れるなれど、モ一厘と云ふ処になりたら手の掌が覆るぞよ。何うにも斯うにも仕様の無い、悪しぶとい悪力なら何程でも出すなれど、日本の国の昔からの秘密の神力を現はして、天地の先祖の経綸どほりに致して了はねば、外の身魂の手には合はむから、今度は神力で薩張り平げて了ふぞよ。そうなりた折には艮の金神は善の神じゃと申して居れど、矢張り悪神であると未だ人民は申すで在ろうなれど、誠の善といふ道は表面から見ては未だ悪に見えるから、取違いを致さぬ様に、身魂を一時も早く研くが結構であるぞよ。人民の眼に判らん誠の善でないと、是だけに曇りた世界を、善一つの道に立替る事は悪では能う致さんぞよ。誠の善は一旦は悪に見えるぞよと、筆先で毎度知らして在るから、一度知らした事は皆出て来るぞよ。一通りや二通の事では無いぞよ。今の日本の人民は男も女も外国の教の方が良いと申して、外国魂になりて居るから、一番に取損いを致して今の体裁、取返しの成らん事が出来て、日本の今の国会、何う仕様にも今の処では取戻しの成らん事であるぞよ。日本の霊主体従の身魂と、外国の体主霊従の身魂との、性来と云ふものが能く見えるのが、是が時節で在るなれど、大きな取違いを致したもので在るぞよ。小さい間違いで無いと云ふ事が、毎度申して在ろうがな。モウ取返しの出来ん事であるぞよ。向ふの国の身魂は、悪い事ならドンナ事でも致すエライもので在るぞよ。向ふの国と和合いたしたら、末代嬉しいと云ふやうな事は一日も無しに、乱世斗りが続くぞよ。悪の精神斗りで善と云ふ性来がチットも無いから、向ふの国の仕組ではヤレうれしいと申して、人民の気の休まると云ふ事の無い、何時になりても利己主義の、人は倒けやうが仆れやうが、起してやると云ふ様な優しい身魂は、何時になりても在りはせむから、全部と極悪の身魂の性来を直すのには、言い聞した位に聞くやうな、素直な身魂は有りはせんから、帰幽をさして充分の行を命せて、新つに致さん事には、エグイ性来の悪のカンカンであるから、そう致すより道は無いぞよ。今度の世を立直したら途中で又た変るといふ様な、ヤニコイ経綸で無いから、今助けるだけは助て遣らねば成らぬから、シカリたりタラシたり、何時まで掛りて居りたとて、到底今の人民の耳へは這入らんから、気の毒でも神も助け様が無いぞよ。日本の身魂が上から下まで、外国の悪の身魂に、団子廻はす如くに為られて了ふて、一寸も先の見えん所まで曇らせられて居るが、ヨウも爰までに為られたものじゃ。が、無理は無い。艮の金神を艮へ押籠る下地を拵らえた、悪賢い守護神であるから、体主霊従の道ならドンナ事でも致すなれど、至仁至愛神と地の先祖とが天晴れ表面に顕はれたら、ドンナ極悪でも、火に水を掛ける如く、蛭に塩を振りた如くであるから、爰までは自由自在に、我ほどのエライものは無いやうに思ふて、世の本を創造た天地の先祖を下たへ見降して、王は十善、神は九善と致して、日本の○○○○一段下に見て、大神を斯世において遣ると申して、人民の○より一段下へおろして、外国人を上へ上げて敬まうて、外国ほど結構な国は無いやうに思ふて、大きな取違いを致して居りたが今の様、この先は日本の霊主体従国を、斯んな見苦しき事に致して、天地の大神をドウ致すのか、ドウ云ふ事に仕組て居るか。日本の国は何国へも与る事はならむぞよ。日本の国は一と申て二の無い大事の神国であるから、外国へ与る事は致さんぞよ。今の日本の人民は、男子も女子も皆外国の方が良く見えるから、外国の真似ばかりを致して、開けた人間の様に有頂天になって迷ふて居るが、外国の仕組て居る悪い巧みは解ろまい。薩張畜生の国の性来に移りて了ふて、此先はドウ致す積りである乎。四ツ足に自由自在に、好き寸法に為れて居る事が気が附いて居るか。また斯世の本はドウして出来たと云ふ思遣のある守護神は在るまいがな。ドウ云ふ事で斯世が爰まで立ちて来たと云ふ事の解るものは、守護神にも人民にも有は致すまいがな。四ツ足の身魂を上に致して、実地の斯世の本の神を下たに致して居りて、ドウして斯世が立って行くと思ふか。大間違も程があるぞよ。外国の悪の頭の身魂が、此の乱れた悪の行り方で、モ一段上へ上る仕組をして居るが、日本の○に解りて居るか、中々に解りは致すまい。○と成ると眼で見ずとも、心で何彼の事が見え透いて居らぬと、是迄のやうな事では、○○立つ人が番頭に自由に仕られるやうな事では、何時までも治まらんから、此先は薩張り今迄のやり方を替えて了ふぞよ。○○が今迄のやうな嬢や坊では行かんから、行り方、法律を全然変えて了ふぞよ。○○が嬢や坊では、斯う云ふ世になりたら、ドウ仕様にも方法が無い事に成りて来るのは、世の元から見え透いて居るから、日本の霊主国には誰にも出来ぬ一寸の神秘が致して在るから、神界の秘密通りに致して埒良くいたさんと、斯んな約らん事は無いぞよ。向ふの国の仕組は能く解りて居るなれど、解るべき所へ解らんので、神も助けやうが無いぞよ。向ふの国の守護神にザラザラと、永う引張りて良い玩弄物に為られた上に、モ一とつエライ仕組をいたして居るぞよ。是迄の世は肝腎の大地の上の先祖を無い神として居りて、四ツ足の憑り切った日本の人民は、今では向ふの国の悪神の自由に、ドナイでもなるから、モ一つ十分にお玩弄にいたして置いて、モ一つ上へ上りて王の王になる経綸を致して居るぞよ。人は何うでも我さえ良けりゃ良いと云ふやうな、極悪の経綸は厭らしい仕組をして居るぞよ。向ふの国の性来は、言い聞かして開くやうな優しい身魂は無いから、○○○○茲へ成りて来る事は、世の本から能く解りて居るから、日本の国には昔から、天地の先祖が深い経綸を致して在るから、何事も今度は実現て来るぞよ。今に成りてから経綸を変えると云ふ事はならん、大本の経綸通りに、何事も一度に出て来るぞよ。今度の洗い替へは三千世界の大洗濯であるから、何程かいてありても書いて在るだけの事は致して了はねば、天地から何事も無しに済すと云ふことは、今度は借銭済をせずに堪忍事は出来んから、明治二十五年から同じ如うな事を、能く人民守護神に解るやうに書いて気が附けてあるぞよ。一度申した事は違はん筆先であるから、途中に変りは致さんぞよ。何事も昔から霊魂の所作柄を、一々帳面に付け留てある同様であるから、借銭を済して了はんと、赦して遣ると云ふ事は出来んので在るから、此世のエンマと申す活神であるから、血筋引方は尚ほ酷いぞよ。厭な事は引方にさせて在るぞよ。何事も大本の変性男子の筆先で、天地の大神が時節時節の事を先きに書して置きなさると、其通りが来るのであるから、善き事も悪き事も皆出て来るから、其覚悟を致さねば成らぬぞよ。支那から昔攻めて来た折には、夫れでも見せしめの為に三人だけは還してやりたなれど、今度外国が同腹になりて攻めて来た折には、只の一人も還してはやらんぞよ。日本へ外国の兵隊を一旦皆引寄して、其後で地震、雷、火の雨降らして、外国を往生いたさす経綸であるぞよ。日本も霊魂の悪い人気の良くない所には、何が在るとも判らんから、神の申す中に一時も早く改心を致さんと、取返しのならん事が出来いたして、ヂリヂリ舞を致さな成らんと申して、二十七年の間知らして在りたが、其知らした実地が出て来るのが近寄りて来たぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正7年旧1月12日 大正七年旧正月十二日 至仁至愛神の御出ましに成る時節が参りたぞよ。天ではミロク様なり、地の世界は大国常立尊が守護ねば、立ちては行かぬ斯世であるぞよ。根本の天の御先祖様を、口で崇めて心の中では、斯世に無ても良いと云ふやうに成りて了ふて居りた故に、地の先祖を押込ねばならぬやうに成りたのであるぞよ。地の先祖の大国常立尊は、神力が有り過ぎて邪神の手には合んから、邪神の精神が皆一致して瑞霊大神への御願を致して、此方を艮へ押込みて、サア是で安心じゃと申して、皆の悪神が喜こびて、斯世を自由に致して茲までに乱したのであるぞよ。筆先に書いては速いやうなれど、永い間の事実であるぞよ。概略の事は初発に書して在るなれど、一度には書けんから、間々に細々の事を書かせると申して知らし在りたぞよ。ドノ筆先も同じことじゃと申して、可い加減な見様をして居ると、実地の筆先通りが来た折には、余りに思ふて居りた事が大きな取違いで、ヂリヂリ舞を致さな成らん事が出て来るから、念に念を押して執念深く知らして在るのじゃぞよ。未だ筆先の読み様が足らん人勝ちであるぞよ。思ふて居るとは大間違いであるから、夫れで筆先を充分に繰返して、読て下されと申して気が附けてあるのじゃぞよ。悪の頭が余り大きな取違いを致して居りたから、世界中の大きな難渋であるぞよ。今からの改心は出来もせず、間にも合はんぞよ。筆先の実地が出て来だしたら、続いて世界が一度に破乱けて、余りの事で鬼でも蛇でも極悪神でも叶はん、往生いたさな成らん事に成るぞよ。悪神に今の中に此の次第が判りて来て、善道へ立帰りたら豪いなれど、向ふの国の守護神の仕組は、ダラダラと何時まで掛りても頓着は致さん、気の永い仕組を致して居るから、今度は大分慮見の違ふ守護神が出来るなれど、日本の経綸は迅速な経綸が致して在るから、何程向ふの極悪神でも、日本の世の元からの仕組を始めたら兎ても叶はんぞよ。余り見損いが大きなから、大間違いが出来てきて見当が取れず、何うしたら良かろうかと途方に暮て、降参も出来ず、茲に成りてからドレ丈の御詫を申して来ても、世界の大峠となりたら、そんな事には掛りては居れんから、今の内に聞いて改心を致して、身魂を研いて居らんと、今度は彼我の国も国が無くなるか、一つ二つの大峠であるぞよ。是からは国が無くなる乎、泥海になる乎の境目であるから、○○の身魂が水晶になりたら、末代の世が立ちて行くなり、今の儘で今の心で在りたなら、向ふの国の悪神の頭が、モ一つ悪を強く致して、日本の国を奪略のは最容易ことに思ふて居るぞよ。日本の国は小さいから、人民も尠いのは当然であれども、霊主体従国には誰も能う為ん秘密の経綸が、神界から致してあるから、往生を致させて、万古末代刃向ひは出来んやうに致すぞよ。今向ふの国の悪の頭は、日本の国を下たに見降して居るから、九分九厘と一厘とで斯世が泥海に成る所を、一厘の秘密で跡は水晶の身魂斗りに致して、末代の世を続かす経綸が致してあるから、悪の方の身魂では、日本の神国の経綸は見当は取れんぞよ。悪の開けるのは速いなれど、善と云ふ御道を開くのは、中々一通りの事を為て居りては開けんぞよ。ドンナ行も斯世一切の事は何を問はれても、是一色知らんといふ事は無いやうに行を致さねば、これだけは知らんと云ふ様な事では善の御道は開けんぞよ。善の道を開くのは陽気心が一寸でも有るやうな事をして居りたら、坂に車を廻す如くであるぞよ。是までに苦労を致した事が、直ぐに後へ戻りて仕直し斗りで、誠の事は出来は致さんぞよ。善と悪との行り方は天地の大違いであるから、夜の眼も気楽に寝る事もならん、辛い行り方であるぞよ。善と悪との立分けで世界が動くぞよと申して、筆先で毎度知らしてあるなれど、人民と申すものは何事も実地をして見せんと、ソレソレと申して知らしても、人民では神の心が汲取れんから、思ふ事が逆様ばかりで、六ケ敷いのであるぞよ。今の守護神が余り粗末な身魂であるから、実地の生神の気に入りさうな事が無いのは当然、解りさうな事が無いから、素直に致すが一等であるぞよ。 この曇り切りた世の中へ、実地の世の本の大神が其儘の姿を顕はして、言ひ聞かしたとて、恐いばかりで、傍へも寄付く事が出来んから、何れは矢張り天地の大神と申して居りても、悪神に相違ないと未だ申すのは当り前であるぞよ。人民にそんな事が判る筈が無いのが道理、一旦帰幽にさして、霊魂斗りに致して、新つの世に致さねば、言い聞して聞くやうな身魂は、向ふの国にはチットも有りはせんから、初発から違ふた事は今に一つも無いぞよ。違いは致さんぞよ。其霊魂に日本の国の霊魂が憑りて、向ふの国を良いと思ふて居るのが、何に付けても大間違いであるぞよ。何から何まで向ふの国の為る事が、良いと思ふて居る事が、真の元の大神から見ると、眼を明けて見る事の出来んほど、見苦しき有様であるぞよ。 天地の違いと云ふ事は譬に申すなれど、譬よりは一層ヒドイ大間違の行り方で、たとゑにも成らん如うな取違いを致して居るから、世界には斯様な難渋な事が出来て来るのであるぞよ。実地の大本を無いものに致して居るのが、何うしても今度は言訳は出来よまい。この先は一日ましに何事も、世の本からの事柄や所作柄が、別に此方から顕はせずに堪忍て遣ろうと思ふ程、我の為る事を我の口からざんげを晒して各自に、神からは何も問はいでも、我の口から吐き出して了ふて、斯世で大きな取違いをして居りたと云ふ事が、発根と天地から判りて来て、抜き差しの出来ん事になるぞよ。是迄の世は真暗黒の世でありたから、何も分らん向ふの守護神が、コンナ良い世が有るものかと申して、何も知らずに慢心を致して、日本へ来られなんだ悪の守護神やら、四ツ足の守護神ばかりが、好き寸法の行り方を致して、日本の国を畜生の国にして了ふた、その暗がりの中に出来た盲目や、聾ばかりの世に成りて、世界中が何う仕様も無い事に成るから……………。爰へ成りて来た折には、天地から斯んな身魂では斯世に居れん事が出来てくるから、是までの心を持替て身魂を研いて居らんと、世界一度に難渋な事になるから、二十七年の間引続いて知らして居るなれど、まだそんな事があるものかと、足元へ火が燃えて来て居るのに、悪度胸を据えて、世界が潰れたら皆な並であると申して、平気で今に居る如うな守護神に使はれて居る人民が、ドウ仕様も無い事が何れは出て来るから、素直に申す事を聞いて居る守護神に使はれて居る肉体は、ドエライ難渋は致すまいなれど、余り良い気で居る肉体は、思ひが違ふ事になりて来るぞよ。 是からは霊魂の善悪が全部別るから、明治二十五年から申してある事の時節が参りて来たから、何所から何事が始まるやら知れんぞよと申してあるやうに、何彼のことが世界中の大困難で、昔から末代に一度ほか無い、大望な二度目の世の立替であるから、人民の思ふよりも大望であるから、始まると何う仕様も無い事が出来て、何処へ迯げて行うにも行く処の無い様になるから……………。日本の人民が向ふの国の性来になりて居るから、平気で、今に成っても判らん守護神に使はれて居るやうな肉体は、日本に事がありたら外国へ迯げて行く位に思ふて、国の事ども何んとも思はずに、気楽に思ふて居るで在ろうがな。外国は夫れまでにまだまだ激い事があるから、何処へも迯げて行く所は無いぞよ。我では行けん時節が廻りて来たから、素直に致さうより仕方はないぞよ。此先は頑張るほど微躯りとも成らんやうになるぞよ。我を出して縮尻た地の先祖が、爰までに善一つを立貫きて、今度の二度目の世の立替を首尾能く致した其上では、世界中の生あるものは皆良くして遣りたいと思ふて、永らくの間悔し残念を堪忍たなれど、外国は余り非道い悪の頭と眷属とが、善といふ事の道の判らん極悪であるから、埒良く致さねば成らんから、一旦は未だ天地の大神は矢張り悪神であると、皆の者が申すなれど、実地の善の身魂は、斯世の変り目には極悪のやうに見えるぞよ。細工は流々、仕上げた所を見て貰はんと、人民からは出来もせず、解る事でも無い。一厘の秘密で三千世界を水晶に立替、立直すのであるぞよ。用意を成されよ。足元から鳥が立つぞよ。時節が近よりたぞよ。 三千世界一度に開く梅の花、艮の根神の守護の世になりたぞよと、明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らした事の、実地が現はれる時節が近寄りて来たぞよ。今迄の世は悪神の覇張る世で、何事も好き寸法、利己主義の行り方で、此世を乱して来たが、モウ是からは昔の元の生神が世に現はれて、三千世界を守護やうに時節が参りたから、思ひの違ふ守護神、人民が大多数に出来て来るぞよ。今度の二度目の世の立替へ、天の磐戸開きは、悪の身魂が毛筋の横巾でも混りてありたら成就いたさぬ大望な、末代に一度より為られん神界の経綸であるから、茲まで悪神の覇張た暗黒の世を、生粋の水晶の如うな明らかな、何時までも変らぬ神世に致さねば成らぬから、神も中々骨の折れる事で在るぞよ。 昔のミロク様の純粋の、何時になりても変らぬ其儘の秘密の経綸の凝結で、末代動かん巌に松の仕組、何神にも解らぬ様に為てある善一つの誠の道であるから、途中に精神の変るやうな身魂では出来も致さず、判りも為ぬぞよ。此の世の元を創造て、世界中の一切の事、何一つ知らんといふ事の無い身魂でないと、今度の二度目の世の立替は、世界を創建るよりも何程骨が折れるか知れんぞよ。限り無しの潰ぶされぬ末代の経綸、世の立替、立直しといふことは、爰まで悪神が覇張りて、モ一とつ日本の国を奸賢しこう人民をいたして、未だ未だ悪神の力を強して、善の神の道は立てさせぬ如うに、悪神の体主霊従主義で貫く仕組を致して居るから、日本の人民は余程魂を研いて、日本魂を元へ戻して光を出して置かねば、万古末代日本は外国の自由に為られて了ふぞよ。 昔から露国へ上りて居りた悪神の頭目が、モ一つ向うの国(独逸)へ渡りて、人民の頭を自由自在に、我れの思惑どほりに悪を働き、世界中の大困難を構はず、何処までも暴れて暴れて暴れまわして世界を苦しめ、又た露国を自由に致して我れの手下たに附けて、今に日本へ攻めて来る経綸を致して居るが、そんな事に微躯つく如うな日本の守護神、人民でありたら日本は到底続きは致さんぞよ。是から神が蔭から手伝ふて、日本の軍隊に神力を附て与るから、今度は大丈夫であれども、向ふの国同士が戦争は到底叶はんと申して、可い加減な事で仲直りを致して、一腹に成って今度は日本へ押詰て来るから、日本の守護神も人民も腹帯を占て掛らな、万古末代取返しの出来ん事になるぞよと申して、明治二十五年から出口直の手を籍り口を籍りて知らして置いた事の実地が迫りて来たぞよ。外国は悪が強いから、ドコ迄も執念深う目的の立つ迄行り通うすなれど、九分九厘と云ふ処まで来た折に、三千年の神が経綸の[*「三千年の神が経綸の」は底本通り]奥の手を出して、外国を往生いたさすので在るから、日本は大丈夫であれども、罪穢の深い処には罪穢の借銭済しが在るから今の中に改心をいたさんと、日本にも酷しき徴罸が天地から在るぞよ。 霊主体従主義の行り方で末代の世が立つか、体主霊従の施政方針で世が末代続く乎、今度は善と悪との力量比べであるから、勝ちた方へ末代従ふて来ねばならんぞよ。それで神界は茲まで煉りに煉りたので在るぞよ。 この先は善一つの誠の道を立貫かねば、斯世に安住て貰えんやうに酷しく成るから、爰まで永らく言ひ聞かしたので在るぞよ。善と悪との境界の大峠であるから、爰まで十分に煉らねば悪の性来には聞けんから、今の今まで煉りたのであるが、チットは腹へ浸み切りて居る身魂が在るであらう。爰までに言い聞かしても判らん如うな身魂は体能く覚悟をいたさんと、是迄のやうな心で居りたなら又た天地を汚して了ふから、善へ心底から従ふ身魂で無いと、今迄の如うな心の人民が在りたら総損害になりて、モ一つ遅れるから、艮の金神も助けて遣る事も出来ず、天の御三体の大神様へ申訳の無いやうな事に成りて来るから、止を得ず気の毒でもモウ経綸どほりに致すぞよ。世の立替が段々と近寄りたから、是までの如うな事には行かんから、一か八と云ふ事を向ふの国の悪の頭に書いて見せて置くが良いぞよ。今の日本の番頭のフナフナ腰では兎ても恐がりて、コンナ事を書いて見せて遣るだけの度胸は在りは致すまいなれど、神の申すやうに致したら間違いは無いぞよ。一の番頭の守護神が改心が出来たら肉体に胴が据はるなれど、到底六ケ敷いから、今に番頭を取り替て了ふぞよ。モウ悪の頭の年の明きであるから、悪い頭から取払ひに致すぞよ。何事も時節が一度に参りて来て、世界中の困難が到来すると云ふ事が毎度申して知らした事が実地になりて、一度に開く梅の花、追々分らなんだ事が明白に判りて来て、キリキリ舞をいたさな成らん、夜の目も眠られん如うな事に成ると申して置いたが、一度筆先に出した事は皆出て来るぞよ。能く念を押して置くぞよ。念に念を押して、クドイと云はれても復た念を押して在るから、モウ是からは神界の事情も能く解る様に一度に成りて来るから、誠で無いと此先は誠一つの善の道が拵えて在るから、一日も早く善の道へ立復りて日本魂に捻ぢ直して下されよ。悪の世は齢が短いから、体主霊従の身魂が大変困しむ事が出来るから、明治二十五年から怒られる程申して在りたぞよ。日本の人民は男も女も腹帯を確り〆て掛らんと、一旦は堪れん如うな混雑になるぞよ。 明治二十五年から九度いと申して怒られもって、今に立替の神諭を書して居るぞよ。何時までも同じ事に間々に細々能く判る様に抜目の無い様、落度の無い様に知らしたなれど、ソンナ事が在るものかと申して、今に疑ふて居る人民斗り、実地が出て来て青白い顔をして腰が抜けて足も立たず、腮が外れて足が上に成り頭が下たに成りて、ソコラ中をヌタクラナ成らん事が出て来るぞよと知らして在るが、モウ近うなりて来たぞよ。悪の昇るのは迅いなれど降るのも又速いぞよ。善の分るのは手間が要るなれど、善の道の開けたのは万古末代の栄えであるから、爰まで悪る開けに開けた世界を根本から革正いたして、今後は体主霊従主義と云ふ様な醜るしき世は無い如うに致すので在るから、是ほど大望な事は末代に一度ほか為られんのであるから、神も中々骨が折れるぞよ。是ほど世界中が曇り切りて居る世の中を、世界中を水晶に致すのであるから、骨が折れるのも当然であるぞよ。斯の極悪の世を立替て了ふて、末代口舌の無い如うに大神様の御血筋一つの世に立直しをいたさねば世界の苦舌が絶えんから、人民の心が悪るなる斗り、何時になりても国の奪り合ひ斗りで治まりは致さんぞよ。 日本の国は本が霊主体従であるから、外国の霊魂は来る事の成らん様に立別けて在りたので、誠に穏かに在りたなれど、世が逆様に覆りて今日本の状態であるぞよ。薩張り上下たへ世が覆りて了ふて、日本の神国を四ツ足が渡りて来て、上から下までの醜るしさと云ふものは、天地の誠の神からは眼を明けて見る事が出来んぞよ。斯世を結構と申して大きな取違いを為て居りて、良いと云ふ事も悪いと云ふ事も、可非の判らん見苦しき四ツ足が上へ上りて大将なぞとは凄まじき事なれど、斯う言ふ世が一旦は出て来ると申す事は、地球を創造る折から良く判りて居るので、日本の国には外の身魂では能う為もせず、解りも致さんぞよ。一輪の火水(言霊)の経綸がいたして在りて先が見え透いて居るから、爰までに辛い事も堪り詰て来られたので在るぞよ。今度の二度目の世の建替は、智恵でも学でも機械でも、世界中の大戦いには手柄は出来んぞよ。何程悪の頭でも到底是からの世は今迄の行方では行かぬと云ふ事に気が附いて、綾部の大元へ今の内に願いに来る守護神でありたら、善一つの道へ乗替へさして末代の世を構はして、毛筋の横巾も悪の性来の混りの無い結構な神代に助けて遣るから、早く改心なされよ。何程我を張りて見ても時節には叶はんぞよ。 善一筋の純粋の元の御血筋で、末代の世を立て行く結構な仕組の解る世が参りて来たから、爰までに知らしても、未だ今に成って凝ふて居る守護神や人民斗りで、可憐なものなれど、モウ神からは人民に知らせ様が無いから、何時までも邪魔を致す極悪の頭から平げると云ふ事を、永らく筆先で知らして在る通りに時節が迫りて来るぞよ。余り何時までも高上りを為て居ると、時分の過ぎた色花の萎れる如く、今日の間にも手の掌が覆るぞよ。今の中に発根からの改心が一等であるぞよ。疑ふて居りて何事が出来しても神はモウ知らんぞよ。 悪の霊を曳抜いて元の日本魂の霊と入替て遣ると申して、爰までに知らして在るなれど、余り向ふの霊魂が悪る渋とうて手に合はんから○○○○○。日本の霊魂が向ふの悪るシブトイ性来に成切りて居るから、言ひ聞かした位に聞く如うな優しい身魂は在りはせんぞよ。今の日本の人民は外国の行り方が良く見えるのであるから、何程言い聞しても聞きはせぬぞよ。困ったものであるぞよ。外国ほど良い国は無いと心に錠を降して了ふて居るから、何程実地の事を言ひ聞しても逆様斗りに取るから、助けて遣り様が無いぞよ。是でもモチト先に成りたら大きな取違いを致して居りたと云ふ事が、上へ上がりて覇の利いて居りた人民に自然的に判りて来るぞよ。今迄の様に、自分好しの目的はトントン拍子には行かぬ如うになるぞよ。 日本の人民確り致さんと今に大変な事になりて来るから、吾妻の国も危ないと申して彼方此方へと狼狽まはして、行く処に迷ふぞよ。○○を守護いたす安全な処は綾部の大本より外には無いぞよ。綾部は三千年余りて昔からの神の経綸の致して在る結構な所であるから、大本の教を聞いて居る人民は余程シッカリいたして居らんと、油断が在りたら肝腎の経綸を他国から取りに来るぞよ。何程奪ろうと致しても神が奪しは致さんなれど、物事が遅れるだけ世界の困難が永びくから、十分に覚悟をいたして正勝の時の御用を勤めて下されよ。三千世界の鏡の出る大本であるぞよ。『○○の鎮まる○○は大和にしようか、尾張にしようか、一層信州が良かろうか、但しは備前か常陸かと、上の番頭も守護神も人民も、トチメンボウを振るぞよ。何程あせりても艮を刺すのは綾部であるぞよ』今の人民は神がいつまで言ふて聞かしても、人を威す位にほか能う取らんから、一度にバタツイても間に合はんぞよ。俄かの信心は役に立たぬから、常から神信いたせと申して知らして在るぞよ。世界に恐い事が出て来だしたと申して迯げ込で来ても、大峠の真最中に成りたなら、何程力量の在る神でもソンナ事には掛りては居れんやうに忙しく成るから、常に信心を致せと申して爰までに気が付けてあるぞよ。善の行り方と悪の行り方とを、末代書いて遺す綾部の大本であるから、変性男子の身魂の出口直が書いた筆先を、坤の金神が変性女子と現はれて説いて聞して、守護神、人民に改心を致さす御役であるから、世界の人民よ、筆先の事が聞たくば綾部の大本へ参りて来て細々と聞かして貰ふたら、世界の事が心相応に解りて来て、世界に何事ありても驚きは致さん如うになるぞよ。 向ふの国の極悪神の頭が、日本の人民を一人も無いやうに致す仕組を為て居るなれど、日本にも根本から動かぬ経綸が致して在るから、国も小さいし人民も尠いなれど、初発から一厘と九分九厘との大戦いで在ると申して、何時までも同じやうな事を書して在る通り、口で言はして在る事がドチラの国にもあるから、神力と学力との力比べの大戦いであるから、負けた方が従がはねば成らんと申して筆先に出して在る通り、実地に出現て来るから、此先で神から不許と申す事を致したり、我の一力で行ろうと思ふても、世が薩張り変りて了ふから、是までの事はチットも用ゐられんぞよと度々気を付けて在るのに、聞かずに吾の我で行りたら、彼方へ外れ此方へ外れて、一つも思ふ様には行かんぞよ。素直にさえ致せば何事も思ふやうに箱差した様に行くのが神代の政治であるぞよ。今の人民は余り我が強いから、是迄は神の申す事も聞かずに、守護神の自由に一力で思惑に行けたのは、地の上に誠の大将と申すものが無りたから、世に出て居る方の守護神が、向ふの国の大将に気に入る様な悪る力が在りたなら何処までも上げて貰える邪神等の世と成りて居りたから、悪い事の仕放題、悪神の自由で在りたなれど、モウ時節が廻りて来たから、其時節の事を致さな世は立ちては行かんぞよ。今迄は物質の世でありたから、学が茲まで蔓りて学力でドンナ事でも九分九厘までは成就いたしたなれど、モウ往生いたさな成らん如うに成りて来たぞよ。茲に成るまでに悪の守護神を改心さして助けて遣りたいと思ふて、明治二十五年から深い因縁のある出口直の身魂に知らさしたのであるなれど、我ほど豪いものは無きやうに思ふて、チットモ改心の出来ん罪人ばかり、神も是には往生いたさな仕様が無いぞよ。現世の鬼を平らげて、世界のものに安心を致さすぞよと云ふ事が、初発に筆先にかかして在るが、世界の大洗濯をいたして、元の水晶の身魂やら天地の大神の直系の御血筋の世に致して、天に坐ます御三体の大神様に御眼に懸ねば成らぬ御役であるぞよ。来いで来いでと松の世を待ちて居りたら、松の世の初まりの時節が参りて来たなれど、肝腎の悪の性来の改心をいたして貰はんと、何時までも頑張るやうな事では、斯世は水晶にならんから、ドウシテも聞ねば聞くやうに致すより仕様は無いぞよ。国には代えられんから、此先の規則通りに制配を致さねば御三体の大神様へ申訳が無いから、二度目の世の立替をいたしたら、悪の性霊は微塵も無い如うに洗い替をして、巌に松の動かぬ世にいたす、綾部の大本は世界の大本と成る尊い所であるから、余り何時までも疑ふて居ると、天地の大神様へ大きな御無礼になるから、今一度気を附けておくから、素直に致すが徳であるぞよ。本宮村、綾部の町の人。
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大本神諭 神諭一覧 大正7年旧1月23日 大正七年旧正月廿三日 艮の金神国常立尊が、変性男子の身魂の出口直の手を籍り口を籍りて、明治の廿五年から今に引続いて知らして置いた事が、何も彼も一度に破裂いたす時節が近よりて来たから、何時までも我を張り慾に迷ふて、利己主義の行り方斗り致して居る守護神よ人民よ、茲までに神が気を附けて与りて居るのを、何時も啼く烏の如うに思ふて油断を致して居ると思ひ掛無い事が出来いたして、ビックリ虫が出るぞよ。小さい取違いでは無い、余り大きな取違いで、腰が抜けて腮が外づれて、物も碌々に言はれず、アフンと致して四ツ這に成りて苦しむ如うな事が出来いたすぞよと、毎度申して知らして在る事の実地が現はれて来るに近うなりて来たぞよ。今迄の人民は神が良い可減な嘘を申して、人民を恐喝やうに思ふて誠に信て居らんから、今に神が知らして気を附けるのであるぞよ。嘘の事なら是だけ何時までも執念強は申しは為んぞよ。実地が一度に突発て来たら、何うにも斯うにも仕様の無い事が日本の国にも実顕るから、万古末代モウ取返しの出来ん事であるから、是だけに気を附けるので在るぞよ。 外国には何う云ふ事が在ろうとも仕様は無いなれど、日本の霊主体従国に余りの災過が出現ては成らんから、初発から日本の守護神と人民が皆揃ふて大和魂に復んと、此の結構な神国に産霊して貰ふて、是ほど結構な教を口に含める如うに言ひ聞して貰ふても、余り悪心が強ふて利己主義で、チットモ神の申す事が耳へ這入らんとは、誠に天地の神へ恐れの程が勿体無うて冥加に尽るぞよ。日本の国は世界中に亦と無い結構な神国であれども、今の人民は冥加が尽て居るから、外国の方が何も彼も日本よりは良いと申して、是までに外国人に精神から従ふて了ふて、今の日本の上下の体裁、往きも還りも出来よまいがな。茲へ成る事が神は能く分りて居るから、昔から因縁の深い変性男子の身魂に永らくの苦労、艱難を命して、この大望が在る故に、神の世一代の御魂の致した苦労と申すものは、口や筆では尽されぬ如うなエライ目に逢ふて来て、其上で現世ヘ一寸出して貰ふたと思へば、一層辛い目に逢ふて来た御魂であるが、今度は出口直に生れ代りて来て、結構な神政成就天下統一の御用を奉仕すので在るなれど、一と通りの事を致して居りては成就いたさぬから、中々に骨の折れた事であるぞよ。天地の先祖の誠の御用はチット優秀た身魂でないと成就は致さんぞよ。是までの行り方は、日本の国民が外国風に化りて了ふて、世に出て居れる守護神が皆体主霊従であるから、日本魂の生粋が只の一厘より無いぞよ。九分九厘が皆向う方であるから、実地を神が始めると中々の大望であるから、何に付けても骨の折れる大事業であるぞよ。日本人の身魂が薩張り外国人の身魂に成り切りて居るから、是ほど世界の苦しみが多く成りて来るのであるぞよ。それで神界から日本の人民に早く精神を入れ直せと申して、是ほど直々の取次に永い間の苦しみを命せて居るぞよ。今の世の中は体主霊従の身魂に皆の人民が化りて了ふて居るから、尻へ手の廻る守護神は在るまいがな。テンと行き当りた折には何うする積りじや。前後を構はずに行き放題の仕放題の行方、トンと約りた折には何うする事も出来は致さんが、斯んな行り方で何時までも続くと思ふて居るのか、明き盲目にも程度があるぞよ。是から先きに何事が出来いたしても騒がず、狼狽えずに、斯う成りたら彼する、彼なりたら斯うすると言ふ、確固不抜な経綸が判りて居らずに、行き放第の行りカンボウでは、トンと行き詰りた折には、人民が皆飢餓に及ぶ事が出て来るぞよ。畜生国の如うに終には人民を餌食に為んならん如うな事が出来やうも知れんが、何程約りて来ても日本の国は友喰いと云ふ如うな事は出来んぞよ。本は神国の霊主体従であるから、土壌を大切に致して、一鍬でも草を生やして荒らす事は成らんと云ふ事が、筆先で初発から知らして在るぞよ。お土から出来た物であれば、ドンナ物を喰ても辛抱が出来るから、大根の株でも尻尾でも赤葉でも、常から粗末にするで無いぞよと申して、毎度気を附けてあるぞよ。平生から心得の良いものは最后の時に能く判るぞよ。お土を大切に思ふ人は、神が天地から何時も見届けて在るぞよ。天地の神から誠の神力を頂いて居る人は、正勝の時には余り困りは致さぬぞよ。天地の大神を真実誠一とつの心で信心致す身魂で在りたら、何程難渋な中でも神が握み上げて与るなれど、他人は何うなろうが我さえ信心いたして、良く為て貰いたいと云ふやうな未熟な精神では十分な守護は無いから、万度参りを致したとて、実地が出て来てからの改心は間に合はんなれども、改心さえ出来たなら、今日の間にでも、善の方へ代えて遣るから、一日も早く天地へ御詫を申して許して貰ふより外に仕様は無いから、発根と心を持直すより仕様はないぞよ。 悪い事の為放題を致して置いて、モウ兎ても叶はんやうに成りて来たと申して、天地の大神へ御詫を致すのはチト遅いなれど、外に良い方法はモウ無いぞよ。 外国の守護神が何時までも、体主霊従の世が続くやうに思ふて、向ふの国の今の経綸で、日本へ攻て来て一戦下に奪略て、世界中を我の物に致す仕組を為て居るなれど、今度は何方の国も叶はん処まで行くなれど、向ふの国の悪神の目的はトコトンまで戦って行り了ふせて、向ふの国の大将の遊園地に致して、世界中を悪神の頭の領有と致して、モウ一段上へ上りて王の王に成りて、末代の世を此儘で続かして行ろうとの大きな計略を致して居るぞよ。今度の二度目の世の立替は、末代に一度より為られん大望な事であるから、向ふの国の仕組は、普通の霊魂では能うせん深い経綸を仕て居るから、日本の人民の今の精神では、日本の昔の本の生神の経綸がして無りたら、何うも斯うも無しに一転倒に奪取れて了ふぞよ。けれども日本は神国であるから、外国の霊魂では出来も解りも致さん経綸が為てあるから、日本の元の一輪の霊魂には到底叶はんぞよ。日本身魂の生神が御一方御出坐に成って御守護在り出しても、外国の身魂は往生いたさな成らん経綸が致してあるから、筆先の初発に書してある事を又た繰返して書して知らして置くから、立替も立直しの経綸もチットも変りは致さんぞよ。何時になりても同じ仕組で在るから、途中に変るやうな浅い経綸は日本の国には為てないぞよ。一度筆先に出したら其通りが初まりて来るから、○○の改心さえ出来たら早く良く成るなり、頑固を張りて居りたら約らん事が出来るなり、一度言ひ聞したら違ふた事は無いから、可成は改心をさして善へ立復らして、日本の国に産霊した身魂は、ドウゾして成とも日本の国に置いて遣りたいと思ふて、是まで永らく知らして在れど、向ふの国の性来に化り切て居るので、誠と云ふ事が薬にする程も無く、他人は何うなろう共チットも頓着せずに、利己主義の悪の性来であるから、悪い事ならドンナ奸計もいたすなり、人の困る事なら何程でも平気で致す四ツ足で在るから、善し悪しを天晴立別けて身魂を薩張り露はして、実地の神界の仕組を為て見せて、正体を露はして遣らん事には、何時までも神の威勢は判らんぞよ。斯の結構な日本の神国を、斯の如うな醜悪き有様に致して、悪の頭の皮を脱いで、全部化を現はして了ふぞよ。日本の国は二度目の天の岩戸開きを致して、日本は日本の誠の御血筋と、元の天照大御神様の世へ神政を捻ぢ直して、世の大本からの御血筋で、万古末代世を建て行く世が参りて来たから、体主霊従霊魂の世の末であるから、可い加減に往生いたすが徳であるぞよ。如何な悪神の頭が強ふても、此先は天地の元の御血筋には到底叶はんから、此経綸の邪魔を致すやうな守護神は、二度目の世の立替の規則通りに制配を致さな成らんから、今度の神界の規則は酷しいから、是迄の心をみな持代えるやうに、明治廿五年から昼夜に気永う知らしてあるぞよ。此さきは一度で素直に聞いて改心いたす身魂で無いと、是からは今までの神界とは大変りが致すぞよ。それで取返しが成らんから、是ほど厳しく申して何時までも気を附けるので在るぞよ。是迄の体主霊従と利己主義の行り方を薩張り立替て了はんと、是からは向うを向ひて歩行んやうに酷しく為るぞよ。今までは地の上に誠の大将が無い如うに為て在りたから、ドンナ無茶な事をして居りても恐いもの無しの世で、暗夜で四ツ足の身魂が威張りて、今の世界の此の有様、惨い事に世が乱れたものであるぞよ。 斯世を昔の天照大御神様の神政に復古して、日本の国を霊主体従で建て行かねば、天地の直接の御系統で、万世一系天壌無窮チットも混血無しの世に致す経綸であるから、爰までに来るのには普通一般の身魂では能う辛抱を致さんぞよ。爰までに日本の国を四ツ足の自由に為られて、実地の大本を無いも同様にいたして置いて、末代の世を末だ此儘で行りて往かうとの悪知恵を搾り出して、前後構はず一生懸命に気張て居るが、到底成就は九分九厘の処で致さん気の毒なもので在るぞよ。 二度目の世の立替を致すには、日本の国を大本から薩張り改革めて、世の元の根本の御血筋で、善一筋で立て行かねば、一寸でも、微塵ほどでも悪神の血筋が混合たならば、又たチット世が経れて行くと、其悪の血筋が段々と栄えて来て目的が出来るから、悪い方へは誰も付き良いから、悪の胤は今度は残らず平げて了ふて、二度目の世の規則通りに、善一とつの道に為て了ふぞよ。そうして置て外国へ善の模範を見せて、悪の頭を改心さして助けて与らねば、日本の神と人民の天職が済んのであるぞよ。モウ是からは悪の性来の醜るしき身魂は、日本の国は申すに及ばず、斯の世界の御地の上には一寸の場所にも置かれん事に末代の規則が制定るから、チットでも混りがありたら、撰り出して厳重に戒めを致すぞよ。斯世は天地の大神の世であるから、外の身魂では立ちては行かんから、是から先の世は何の身魂でもと云ふ事には行かんぞよ。茲へ成りて来る事は初めから能く判りて居るから、外の身魂に永らくの間気が附けて、口で含めるやうに、言葉と筆先で知らしてある通りに、世界の事が実現て来るから、守護神も人民も大きな間違いが出来て来るぞよ。世界のビックリ箱が明くと申して毎度知らしてあるが、何彼の時節が参りて世界中の大騒動と成るぞよ。向ふの国にも日本の身魂にも大部困しむ事があるぞよ。日本の国が外国の身魂と同じ事になりて居るから、天地のビックリ箱を明けて、一度に眼を覚ましてやらねば、余り悪シブトウて改心の出来かけが致さんぞよ。茲まで色々と致して気を附けて知らしたからは、是に落度はヨモヤ有ろまい。天地の元の生神、昔から其儘で肉体のある、末代変らぬ誠の神が斯世を治めてやらんと、又た途中で国家が無いやうになるから、今度の世界の立替は根本から行り変えて了ふて、万古末代の政治を定るので在るから、何に付けても大望ばかりであるぞよ。天地の岩戸が開ける時節に廻りて来たから、世に出て居れる方の守護神や、上の人民には解らぬ事で在るから、誰にも解らん大望な、言ふに言はれず、説くに説かれん火水の経綸であるから、途中の鼻高が何程シャチに成りて考えても、解りかけが致さんのが当り前であるぞよ。此大本の変性男子と女子とに書す筆先は、何程智恵や学のある人民でも、神徳が無かりたら皆逆様に取れるから、夫れで慢心は大怪我の本と申して何時も気が附けてありたぞよ。細工は流々仕上げた所を見て貰はむと、今から何も解りは致さんぞよ。それで素直に神の申す様に致せと申してあるぞよ。斯んな経綸が全部今の鼻高に解りたら、途中から邪魔が這入りて、三千年の経綸が百日の説法屁一発にも成らん事になるから、滅多な事は致して無いぞよ。世界に出来て来る日々の事を考えて見て、明治二十五年からの筆先を、赤心で調べたら大抵の事は解りかけるなれど、それも一寸でも慢神が出たら何も解らぬやうに成る仕組であるぞよ。 二度目の世の立替、立直を致して了ふたら、守護神にも人民にも、何彼の事が能く解るやうに致して在れど、今の人民は皆霊魂が曇り切りて、外国の物質の学に沈溺込んで居るから、何一とつ解らん明盲目も同様であるぞよ。斯ふ言ふ盲目や聾に直ぐに解るやうな浅い教でありたら、到底万古末代続く経綸とは申されんぞよ。今の人民の心を薩張り入れ替て、新つの心に持ち替て居らんと、是迄の心では今に土地面貌を振るぞよ。天地の吃驚箱が開くのはドンナ事かと云ふ事は、今の守護神、人民が何程賢こうても解らん事であるから、今に大きな取違いがあるから、筆先に細々と能く解るやうに書してあるなれど、一柱も知りた神も人民も無いので、今度の二度目の世の立替は、一通りや二通りや百通りの骨折では無いぞよ。余り古い事の深い事ばかりが書してあるから、今の守護神や人民の霊体では百年かかりても解りさうな事はないぞよ。是を解けたら天地に無い智者、学者であれど、暗黒の世の中で出来た人民には、肝腎の霊魂が曇りて居るから無理は無いぞよ。夫れで我を出したら失策と申して気が付けて在るのに、学でドンナ事でも解ると思ふて、エライ慢心を致して居るが、いろはの本を知りて居る守護神が無いから、人民には尚ほ解らず、六ケ敷世の中であるから、素直に致して神の申す事を致すと、其日から心配なしに暮せるなり、何事も物が速やかに埒が着いて気楽に御用が勤まるぞよ。いろは四十八文字の経綸の判る身魂は変性男子と変性女子の外には、世界中を鉦や太鼓で探がしても今では無いのであるから、斯の二たつの身魂が無りたら、日本も世界も是から先きは潰れるより仕様の無い事になるから、斯二人の身魂は天地の先祖の霊体の取次ぎであるぞよ。この変性男子と女子との身魂の、昔からの誠の因縁さえ解りて来たら、外の事は何も解らいでも、今度の御用は勤め上るので在るから、約らん理窟を申して何時迄も頑張りて居ると、段々解らんやうに成りて来るぞよ。体主霊従の心を持替て了はんと、神の申す事は皆逆様に得れるぞよ。モウ神は人民の訳の判らん、途中の鼻高に相手に成りて居るやうな暇が無いから、訳の解らん人民は後へ廻してをいて、三千年の仕組通りに早く埒能く致さんと、是迄のやうな優柔不断な事はモウ為て居れんから、バタバタと致して、厳重に埒を附けるから、改心の間が無いから、一時も早く覚悟を為されよ。上の守護神も人民もチットの取違いでない、根本からの大間違いを致して居るが、モウ神も知らせやうが無いぞよ。今の守護神も人民も、天地の先祖の思ひがテンで判らんから、出来上りたらアフンと致さなならんぞよ。余り何時までも体主霊従の精神で居ると、後の悟悔間に合はん事に成るぞよ。人民が何程熱心に神界の事を研究しても容易に判りはせんぞよ。神の事は人民で判るもので無いと云ふ事が判る人民でありたら、夫れこそまことの神界の判りた人民であるぞよ。判りたと申す人民は何も判りては居らんので在るぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正7年旧3月15日 大正七年旧三月十五日 天の御先祖様が、此世には何うでも宜いといふやうな事に成りて居り、押し籠まれて居りた地の先祖が無いやうに成りて居りた故に、この世が闇雲に成りて了ふて現今の体裁、えらい事に成りたものであるぞよ。この時代が来る事が、世の元からよく分りて居りて、日本の霊の本には、一輪の仕組がしてありて、よく解るやうに、変生男子の手で大国常立尊が書いたり、言葉とで、爰へ成りた折には改心を致して、身魂を磨きて居るやうに、今に知らして居るなれど、人民には解らん筈、守護神に解らんから、肉体に解らなんだが、何彼の時節が参りて来たから、御筆先通りに何も一度に成りて来て、一度に開く梅の花、遅く成りて居る丈一度に開けるから、何彼の事が天地から見せてあるから、開け出したら迅いぞよ。天地の大神、元の活神は昼夜といふ事も無し、暑つい寒いといふ厭はないから、仕組通りに何彼の事が成りて来たから、一日増しに仕組みてある事が順に出現て来るぞよ。長う掛りて居りたら、何方の国も潰れて了ふから、九分九厘で悪の世の終末と成りて、二度目の世の立替を致して末代の事が決りて、従来の習慣制度を薩張変へて了ふから、申すやうに致さん身魂は為な為るやうに変さすぞよ。向后で慢心と従来の遣方を一寸でも致した守護神に使はれて居りたら、規則通りにして了ふぞよ。天地の相違に何事も変りて了ふぞよ。為損ひの無いやうに皆致されよ。爰まで口と手とで知らしたらこれに落度はよもやあるまい。この上は各自に自己の心を自己が審査めて、此大本は善いと悪との鑑が出るから、鑑を見て善い方へ写るやうに致さんと、悪い方へうつりたら、末代善い方へは上る事は出来ん規則が決るから、今の転換期に、充分取違ひをさせんやうに………。向后の規則は善の方も末代であるぞよ。悪も末代、底の国仕舞であるから、従来の心と遣方を変へて了はんと、悪の遣方致す守護神に使はれたら、向后未代嬉しい事の無い所へ落されるから、今に成りて居るのにまだ念を入れて書かして置くぞよ。善と悪との鑑を見て善の遣方へうつるやうに、心を持ちかへて貰はんと、向后は何彼の事が大間違が出来るぞよ。 時節には、何も敵はんと申してあるが、何彼の時節がまはりて来て、善悪の根本の事を説いて聞かせる時節が参りて来たから、上へあがりて居れる守護神に使はれて居れる肉体が、何となく心が寂しく成りて来るといふ事が、明治二十五年から世界中の事が、伊呂波四十八文字で書かしてある事が響へて来て、発根と改心を致す守護神は結構であるが、今に大きな目的のある守護神は可哀相なれど、余り大きな取違、何彼の事が近う成りて来て居るから、最う揃ふて解らんと、一度にキリキリ舞はな成らん事が出来て来て、何所へ取り附く島は無い、何う仕様も無い事が近うなりて来て居るぞよ。何彼の事が時節が来たぞよ。歓ぶ身魂と悲しみてキリキリ舞はな成らん身魂とが出来るから、申す事を疑はずと、発根の改心を致さんと、世の元の天地の先祖も爰へ成る事を待ちて居りたのであるぞよ。松の世を待ちた松の世が参りて来て、仕組みてある時節が廻はりて来たから、二度目の世の立替を致し、悪も善に立替て、向后は善一つの世に致して、皆手を引き合ふて行きたいのであるのに、取違があると、見る眼が厭であるぞよ。 爰までに致した世を水晶の世に立替るのであるから、中々骨の折れる事であるなれど、此世を造営へた天地の根源を造営へた覚えのある、肉体其儘で末代その儘で居り、爰までは蔭から守護をして居りた天の弥勒様と、地のお地の先祖とでないと、二度目の世の立替は他の身魂では何うして世の立替をするといふ事が解らんのであるから、世界中の守護神人民が末代掛りても出来んから、分散てある身魂を引き寄して、身魂の性来の御用さすから、従来は暗がりの世でありたから、何も解らなんだなれど、何彼の時節が参りて来て、日の出の守護と成りて来たから、解らなんだ事が解りて来て、向后は嬉し嬉しの末代凋落れん生花の咲く世が参りて来て、嬉し嬉しで御用が出来るから、従ふ所へは従ふて温順に致せば、其日から嬉し嬉しで暮して行ける時節が循りて来たぞよ。温順な守護神に使はれて居る肉体から良く致してやるから、一寸でも敵対て来る守護神は、自己の身体は我が自由に成りはせんぞよ。善と悪との鑑が出るから、善い鑑を見て改心を致されよ。お筆先通りの世が参りて来て、温順な守護神に使はれて居る肉体は大変良くなるが、敵対て見よれ、自己の身体がわが自由に成らんのが、自己が為て居ると思ふて居るのが、させられて居るのであるぞよ。向后は日の出の守護と成るから、何事もよく解るぞよ。爰までは暗がりの世でありたから何も解らなんだなれど、時節が参りて来て、日の出の守護となりて来たから、向后は物事が迅いぞよ。御筆に出してある事も、直の口で言はしてあることも、遅い事、速い事はあるなれど、皆出て来るぞよ。便りしやうにも伝言しやうにも、人に言はれん隠身であるから、日の出と成りて現はれるぞよ。乙姫殿の御働きは、世に出て居れる方の守護神では小指の真似も出来はせんから、昔から末代其儘の御姿のある、混ぜりなしの御手伝を遊ばす、元の生粋の一輪の大神のお手伝がありたなら、霊魂の神が何程集りて来ても、お一方のお働があり出したら、霊魂の神では今度の二度目の世の立替は、元の其儘のお姿のお働には到底敵はんから、今の内に気を附けて置くぞよ。従来の世は地の世界に大将無しに、世に出て居りた守護神が自己一力で狡猾ありたら上へあがりて出世が出来たなれど、二度目の世の立替を致したら、何彼の事が天地にかはるから、充分お筆先を見て置かんと、量見が違ふから、向后お筆先に出した事を用ひんと、自己の思ふやうに為やうと思ふても行きはせんぞよ。他人を見ても能く解るから、他人を見て改心を致されよ。外国見て日本の守護神が改心を致さな成らんやうに大変りが致すぞよ。外国の心を善いと思ふて、外国の真似を致して、日本の国が大きな取違をして居りて、世界中の大きな難渋であるから、日本の国の霊の元の大和魂に立返りて、元の弥勒様の教通りを致さんと世が立ちては行かんから、従来の守護神は俄に大変辛く成るから、長らく気を附けたのでありたが、今に分らん守護神が気の毒にあるなれど、最う此上に知らせやうが無いぞよ。 所々に宮柱を立てて先走りがさしてありたが、九分九厘まではよく分りて居るなれど、肝腎の一輪の仕組で、綾部の大本には大事業な仕組の元であるから、向后は遠方から開けて来て、近所の人が余り取違で、面目無うて、大きな声で物も言えん、アフンと致して見て居らな成らん様な事の無いやうに、爰まで知らしてやりて歓ばしたいのであるなれど、余り惨う分らんので、お蔭が後廻はしと成りて気の毒であるなれど、この御道は引っ張りには行かんから、気が附いて来たら出て御座れ。聴き度くば、何んな事でも説いて聴かせる世界の大本であるから、昔から言置きにも書置きにも、書物にも無い事………。元の根本の事から将来の事からを、伊呂波四十八文字で書いてある事が皆出て来るから、伊呂波の勉強は今では学者には阿呆らしいやうにあるなれど、伊呂波の勉強を為て置かんと、日本の大和魂に成れんぞよ。日本の国は伊呂波でない事には、真正の天地の大神の御用が出来んぞよ。何事も伊月波へ戻すのであるから、世界中の人民の思が余り大きな間違で、腰が抜けるやら、顎が外れて耻かしいやら面目無うて、大きな声で物も言えんやうな事になると云ふ事が毎度気が附けてあるぞよ。 男も女も大本へ早うから来て居りて、何をして居りたじゃと云ふやうな事の無いやうに、早うから来て居る人は些と効能が無いと、他に面目無いやうな事の無いやうに神徳を貰ふて居らんと、向后は段々善く分る人が参りて来て、アチラコチラに成りて、結構なお話を聴かして貰ふやうな事の無いやうに………。肚の中に誠といふ精神を有ちて居ると、善いお話が何となく耳へ入りて、結構が腹へ滲み込みて、他から見てあの人は違ふた人であるといふ事がよく分りて、他が崇めるし、神徳が受かるから人徳が出来るし、一つは各自の行為善くば神徳がよく分りて来るなり、従来とは違ふて、今度の二度目の世の立替は、さっぱり何彼の事、精神の持方を変へて貰はんと、従来の事は些とも用ゐられんから、守護神が辛くなるぞよ。従来の遣り方は誠の無い、表面を飾る世でありたから、上から見て立派にありたら宜い世でありたなれど、二度目の世の立替で末代の事が決るのであるから、従来の心の持方を変へて、遣方を薩張変へさすから、今が転換期で誠に辛い所であるぞよ。辛いのが行であるぞよ。元の其儘で末代居る活神は、此世の来る事を世の根元から良く分りて居る故に、何んな苦労も為たり為せたりして居りて、爰迄の辛抱が出来たのである。世の根本から爰へ成る事が良く分りて居りて、世に押込まれるのも、何もよく承知で、爰までの行を為せて戴いたお蔭で………。爰までの行をして置かんと世が元へ戻るのであるから、何一と種知らんといふ事の無いやうに行をして置かんと、向后に成ると、何んな事でも新規の世に成るのであるから、問はれた事に弁解の出来んやうな事では、天の御先祖様の御威徳が分らんやうな事では、弥勒様のお傍附とは申されんぞよ。この世は天の御先祖様の弥勒様であるから、元を大事に致さんと、体主霊従にもせよ、爰まで開けた此世界を、元は天の弥勒様の御艱難で、鉄の棒が針に成る所までの御艱難を汲み取りて、誠に致す守護神が無い故に………。自己に苦労を為て来んと誠の事は分りはせんぞよ。苦労は出世の基であるぞよ。地の先祖には一と通りの守護神では勤まらんから、弥勒様が初発に造へ成さりてお出であそばす先祖を、力量が有り過ぎると申して、他の神の邪魔に成ると申して、弥勒様へお願遊ばしたら、弥勒様は、多勢と一人とは換へられんから、艮へ押込めいとの御命令が下りて、さあ甘い事じゃと皆の神に、一人も此方へ附いてくださる守護神が無りたが、押込められた御蔭で爰迄の行が出来たから、何事も弥勒様が為せなされたのであるぞよ。向后は最う世の立替は出来んのであるから、爰迄の行が出来て居らんと末代の世が続いては行かんから、弥勒様が為せなされたのであるぞよ。皆の守護神の御蔭で、今に成ると誠に結構でムります。一と通りでは爰迄の行は出来んなれど、弥勒様からの御神徳を戴いて爰い成りて誠に結構なれど、今に世に出て居れる守護神に大事の実地が分らんので、大きな間違出来ては成らんから、温順に皆為て貰ひ度いのが此方の願ひであるぞよ。慢心が大怪我の基であるから、無調法が出来るから、何彼の時節が参りて来て、大本へ遠国から分る守護神が追々と仕組通りに成りて来るが、お一方でも早く来て分けてくだされ。共々手を引き合ふて善の世へ立替れば、前途ほど広き善き道が造へてあるから、御用が勇みて出来るから、お一方でも綾部の仕組通りを開いてくだされよ。悪も善へ立返りて一つの心に成りて天地の御用を致せば、元の弥勒様の御歓びで、改心の出来た御守護神から天地の善い御用が出来るのであるから、守護神に分りたら肉体に分りて来て、うれしうれしで結構な御用が出来る世界の大本であるのに、上から下まで余り大きな間違で、向ふの国の今の体裁、気の毒なものであるなれど、行く所まで行かんと限が醒めんのであるが、悪へかへりて仕舞ふて居るから、何程実地を申しても結構を書いて見せても、自己の心が引っ繰りかへりて了ふて居るから耳へ這入らんが、雁も鳩も立ちて了ふてからそろそろ気が附いて気の毒なものなれど、それは国の御魂の借銭であるから、罪穢の甚い所には甚い事が有ると、皆お筆先に気がつけてあるなれど、何程気を附けても自己ほど偉いものは無いと思ふて居るから、気を附ける程悪う取りて、まだ今に逆様に取りて、聴く温順な身魂がないから、モー気の附けやうが無いぞよ。長い間の国同志の人の殺し合ひを致して何効能がある。まだえらい目的を立てて居るがまだ気が附かんが、今の精神では外国は気の毒なものであるぞよ。日本の国には大望な仕組がしてあるが、其事は外国の霊魂では分るまいがな。向うの国の仕組はドイライ仕組であるなれど、艮を刺すのは日本の霊の元でないと刺せんぞよ。気を附ける間に気が附かんと、何うしても聴かねば仕組通りの規則通りにして、悪の霊を平げて了ふて、国に口舌の無い様に、悪といふ醜しい霊は世界に無い様に致すのであるから、何につけても二度目の世の立替は大事業であると申して十分知らしてあるぞよ。お筆先に書かしたら天地の規則であるから、変へる事は出来ず、其通りを致さな成らんお筆先を、今沢山に出ると思ふて粗末に致したら、先へ行くほど心配が出来て取戻しの成らん事が出来るから、毎度お筆先で気が附けてあるぞよ。今度の二度目の世の立替は、太初の事から、天と地と世界中の事から、この世へ出てお出でる神の因縁から、守護神の将来の事から、何も一切の事を速やかに査めを致して、三段に別けてある霊魂の性来の事から、何彼の事、神界、仏界、人民、鳥類、畜類、餓鬼に成りて居るものまでも助けな成らん大望な二度目の立替であるから、何につけても大事望ばかりであるぞよ。この前途は何彼の事が早う成りて来るから申すやうに致されよ。世は持ち切りには致させんぞよ。世はグルグルと変るから、何も時節には敵はんから、従ふ所へは従ふて早う帰順を致さんと、後と廻しにしられたら敵はんぞよ。慢心を致して頑張りて居る程後廻はしと成るから、温順に致せば霊の入れ替をしてやりて、改心の出来た身魂から大本へ引寄して天地の御用を致せば、この世にこれ程結構な事はないぞよ。体主霊従では日本のお土の上には、一寸の場の上にも置いて貰へん時節がまはりて来たから、日本の内地に居り度くば、今の中に温順に致してくだされよ。天地の間に発生してある皆類の者である。破滅には為とも無いなれど、自己の心で破滅に成らんやうに致されよ。 従来の世の遣方は表面から見ては立派にありたなれど、余り贅沢過ぎて世が持って行けんから、金錢を只出来たやうに思ふて、衣類、道具を飾り立てて、天地へ冥加の程が恐ろしいから、従来は天地の御恩といふ事が些とも分りて居らなんだから、肝腎の弥勒様御夫婦様、天照皇太神宮殿、御三体の大神様の御神力といふ事を左程に思はずと、自己の力で何事もやりて行けるやうに思ふて居りた事が、何彼の事が大間違で、この世の息ある者は、何うして出来たといふ事も分ろまい。天地の大神様の御三体の大神様の日々の御心の分りた霊魂が無かりた故に、永い間の口惜しき事も分らず、地の世界の先祖を力量が有り過ぎてお邪魔に成ると申して押籠めて、爰迄は蔭の守護でありたなれど、蔭の守護では最う行けぬから、日の出の守護と相更はりて、向后はお三体の大神様の御威徳を、日本の霊の元の仕組通りに何彼の事を致して埒良う致して、日本の国の神徳と向ふの国の学力との力競べの、国と国と、神と神との大戦ひであるから、戦ちた方へ従はな成らん正念場であるぞよ。外国の七尾も八尾もある王を平げて、一つの王の元の天地の王で治めるぞよ。十分気が附けてあるから、最う気の附けやうが無いから、何彼の実知を始めるから、不足を申して呉れなよ。天と地との先祖が爰迄に何彼の事に気を附けて知らしてあるぞよ。まだ取違ひをして悪るい鑑に成らんやうにして下されよ。今度取違をして、悪るい鑑に成りたら、世界中へ面目無うて何言ふことも出来ず、悶死を致すより仕様無いぞよ。余り頑張らんと温順に致さんと、向后は従来格合には行かんぞよ。止めの大峠と成りてから、従来の事を何の様にでもお詫を致しますで恕して下されと申して来ても、モー其様な事には掛りて居れんぞよ。何もお筆先通りに世界が廻りて来たから、向后は各自に、吾身の心を考へて見て、心の事を自己が審判を致すやうに成らんと、お蔭は取れんぞよ。神は何程でもお蔭は渡すから、お蔭取るのは自己の心で取るのであるぞよ。肚の中に誠といふ何人が何う申しても、誠がありたらビクリとも致さんのが誠であるから、この世には誠ほど強い者が無いから、誠の心に持ちかへて、従来の心は大川へ流して了へと申して、お筆先で毎度知らしてある誠の心に持ちかへんと誠の御蔭が取れんから、誠、誠と申すのぢゃ。誠の生花が咲く世になりて来て居るのに、正味の無い灰穀の心では二度目の世の立替を致したら、従来の遣り方は些とも用ゐられんやうに大変りが致すぞよ。天地の大神様は今の習慣制度をお嫌ひ為さるから、日本の国は今の灰殻を誠にお嫌ひ遊ばすから、何彼の遣り方から心を、昔の根本の遣り方に程なく返さすから、今が転換期で何彼の事が六ケ敷なれど、向后は申してあるやうに何彼の事が一度に成りて来て、一度に開く梅の花、筆先通りに成りて来て、世界は一日増しに騒がしうなるぞよ。 これまでは天の大神様を此世には何うでも可い、自己が神であるといふやうな何も分らん利己主義の遣り方、御苦労致された天の御先祖様も、日の大神様も、天照皇大神殿も、地の世界の先祖も、元の大神、天の大神様の御艱難の思ひといふ事を知らずに、此世が自然的に出来たやうに思ふて、苦労無しの向ふの守護神が、余り大きな取違を今にして居りて、元の大神様の御恩を知りた守護神一人も無いといふやうな惨い事に世界中の守護神が成りて今の難渋、大神様の御守護で、爰までは結構に、天からは弥勒様は御水の御守護、日之大神様は火の御守護遊ばすのが、人民では分ろまいがな。分りた人民一人でもあるなら、改心致して身魂に些とも曇りの無いやうに、水晶に磨いて来たら、大本には事実があるから………。大本の内部には六年後から、明亮な勿体ない事がありて、一日増しに結構が出来るのに………。この事は二階に大神様をお祭りがしてある折に、勿体なくも天照皇大神宮様が大出口直にお憑り遊ばして、直が余り大望な御役であるから、三体の大神様が下へ降り上りを致して、手伝をしてやらんと、余り大望な御用であるとお言葉を戴いた事が、六年後から大本の内部にもお邸の内に実地のお姿が、彼方此方にお出でますなれど、余り曇りた世の中であるから、この内部お邸を余程清らかにして、男も女も生神ばかりの中に居るのであるぞよ。この大本は他の教会とは違ふから、世の元の実地の生神ばかりであるから、一と通りの事を思ふて居ると大間違が出来ては成らんから、その心でこの内部を清らかに致されよ。世の元の根本の大神は、天も構ひ地の世界も構ひ、御水と御火と、お土とで、この世が立ちて行くのであるぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年1月25日 大正八年一月二一日 大正八年一月廿一日旧同七年十二月廿二日 艮の金神国常立尊変性男子の身魂が、地の高天原竜宮館に大出口国直日主命と現はれて、変性女子の手を借りて世界の事を知らすぞよ。丹波の国は斑鳩の、一イ二ウ三ツ四ツ、四尾の山の尾上に鰭振りて、二度目の神政を世継王山、東表ての一つ峰、世界の神々集りて、猫も杓子も言問ひなす、不祥の現代を清めの為の神集ひ、草の片葉も言止めて、天の岩坐押開き、稜威も高き天王台、神庭会議も近よりて、世界の国の国魂も、丸く治まる常立の、動かぬ御代に駿河不二、一度に開く兄の花の、三国一の四方面、四方の国々安国と、定め奉りて万国の、悪神ばらを神息総艮の、畏こき神世と心から、仰がせ救ふ、経綸の幕の明烏、日の出の守護の大本に、八桑枝繁り山青く、水さへ清き由良川の、流となりて世を洗ふ、瑞の御魂の御苦労は、茲に千坐の置戸負い、百千万の人民の、罪を助けて水晶の、松の神代の礎を、築き上げたる杵の宮、祭るときはの姫松を、重ねの橋や那智の滝、旭日に向ひ照妙の、綾部に架る黄金橋、二人の○○に手を曳れ、天津御空の大橋を、勇み渡会神の宮、天津神籬搗き固め、万世変らぬ磐境の、神の経綸を三十年の、契も永く今十年、延び行く糸の最清く、錦織なす山屏風引き廻らして天神、地祇の大本と致す経綸ぞ楽もしき。神聖五年五月五日、何が出来いたすやら天上の事柄であるから、教主も守護神も今の今まで解らぬ如うに致して在るぞよ。此の一輪の経綸を知りたものは、天地の元の誠の祖神より外には無いから人民は、取越苦労を致さずに、先の栄えて広き世を松の心で待が可ぞよ。 ◎ 惟神真道弥広大出口国直日主の神言は、時節参りて地の高天原を立ち出でて、天の八重雲押披き、天上天下四方の国々隈も落ちず審査済ませ、世継王の山の尾上に、金竜の池を済ませて、常永に神国を開き守るぞよ。神威も高き天王台、心を爰におくつきの、深き経綸の鍵を納めて、日本の一の瀬や、二の瀬三の世水清く、直霊に見直し聞直し、詔り直したる三ツ瀬川、五十鈴川は涸るる共、流れ尽せぬ玉川の、水音のみは千代八千代、齢も長き鶴亀の、腹より出でし礎は、御代を歎きて人民思ふ、心は胸に三千年の、世をうしとらに築艮め、天地の神々守護神、諸の身魂を神国に、救ひ助くる大神業に使ふ御魂を引寄する竜宮館の火水の経綸、神の心を推量して、身魂を早く研き上げ、昔の神代の初めから、架け渡したる謎の橋、早く渡りて下されよ。