| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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41 (352) |
ひふみ神示 | 14_風の巻 | 第1帖 | 用意なされよ。いよいよざぞ、愈々九 |
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42 (353) |
ひふみ神示 | 14_風の巻 | 第2帖 | 二柱の神あると申してあろが、旗印も同様ぞ、かみの国の旗印と、 |
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43 (355) |
ひふみ神示 | 14_風の巻 | 第4帖 | 岩戸開けたり野も山も、
草のかき葉もことやめて、
大御光により集ふ、
楽しき御代とあけにけり、
都も鄙もおしなべて、
枯れし草木に花咲きぬ、
今日まで咲きし草や木は、
一時にどっと枯れはてて、
つちにかへるよすがしさよ、
ただ御光の輝きて、
生きの生命の尊さよ、
やがては人のくにつちに、
うつらん時の楽しさよ、
岩戸開けたり御光の、
二二に九の花どっと咲く、
御代近づきぬ御民等よ、
最後の苦労勇ましく、
打ち越し呉れよ共々に、
手引きあひて進めかし、
光の道を進めかし。
ウタのまどひつくれよ。目出度夜明けぞ。旧一月一日、一二 |
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44 (364) |
ひふみ神示 | 14_風の巻 | 第13帖 | 楽してよい御用しようと思ふてゐるのは悪の守護神に使はれてゐるのざぞ。人の殺し合ひで此の世の建替出来ると思ふてゐるのも悪の守護神ざ。肉体いくら滅ぼしても、よき世にならんぞ。魂は鉄砲では殺せんのざぞ。魂はほかの肉体にうつりて、目的たてるのざぞ、いくら外国人殺しても、日本人殺しても、よき世は来ないぞ。今迄のやり方、スクリかへて神の申す様にするよりほかに道ないのざ。このたびの岩戸開きは、なかなかぞと申してあろが、見て御座れ、善一筋の、与へる政治で見事建替へてみせるぞ。和合せんとまことのおかげやらんぞ、一家揃ふたらどんなおかげでもやるぞ。一国そろたらどんな神徳でもやるぞ、おのづから頂けるのざぞ。神いらん世にいたして呉れよ。二月の十六日、ひつくか三。 |
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45 (370) |
ひふみ神示 | 15_岩の巻 | 第5帖 | 人民眼の先見えんから疑ふのも無理ないなれど、ミタマ磨けばよく判るのぢゃ、ついて御座れ、手引張ってやるぞ。誠の道行くだけではまだ足らんぞ。心に誠一杯につめて空っぽにして進みてくれよ、このことわからんと神の仕組おくれると申してあろうがな、早くなったところもあるなれど、おくれがちぢゃぞ。苦労、苦労と申しても、悪い苦労気の毒ざぞ、よき苦労花咲くぞ。花咲いて実結ぶのざぞ。人民苦しみさえすればよい様に早合点してゐるなれど、それは大間違ひざぞ。神の道無理ないと、くどう申してあらうがな。此の道理よく噛み分けて下されよ。神の国は元のキの国、外国とは、幽界とは生れが違ふのぢゃ。神の国であるのに人民近慾なから、渡りて来られんものが渡り来て、ワヤにいたしてしまふてゐるのに、まだ近慾ざから近慾ばかり申してゐるから、あまりわからねば、わかる様にいたすぞ。眼の玉飛び出すぞ。近くは仏魔渡り来て、わからんことにされてゐるであらうがな。五度の岩戸開き一度にせなならんと申してあらうが、生れ赤児の心で神示読めと申してあらうがな。二月十六日、ひつ九かミ。 |
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46 (377) |
ひふみ神示 | 16_荒れの巻 | 第1帖 | 言答開き成り成るぞ。誠言答は永遠ぞ。瞳ぞ。御位継ぐ理の始ぞ。字絶対の世始出づぞ。二一開き、結ぶ玉に
祝うぞ。
読む
開き、
字
出づ
理に
成り、
結ぶ
玉に
弥栄
開く
大和
心の
道ぞ。道開く理の極みぞ。本能秀-生命-月日の極み成る読む言の極み。弥栄に真問ひ極む世。那美-名美-那岐-名基-の理の玉継ぐ意味開くなり。字の絶対継ぐ意味弥勒弥勒となるぞ。根っこ理ぞ。誠ざぞ。弥栄弥栄。玉秘出づ理ぞ。玉基理ぞ。通基秘理、極み成る識道、本能秀-生命-ざぞ。不見の実主ざぞ。 |
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47 (402) |
ひふみ神示 | 18_光の巻 | 第6帖 | 今に世界の臣民人民誰にも判らん様になりて上げもおろしもならんことになりて来て、これは人民の頭や力でやってゐるのでないのざといふことハッキリして来るのざぞ。何処の国、どんな人民も成程ナアと得心のゆくまでゆすぶるのであるぞ。今度は根本の天の御先祖様の御霊統と根元のお地の御先祖様の御霊統とが一つになりなされて、スメラ 神国と ユツタ 神国と 一つになりなされて末代動かん光の世と、影ない光の世と致すのぢゃ、今の臣民には見当とれん光の世とするのぢゃ、光りて輝く御代ぞ楽しけれく。悪い者殺してしまふてよい者ばかりにすれば、よき世が来るとでも思ふてゐるのか、肉体いくら殺しても魂迄は、人民の力では何うにもならんであろがな。元の霊まで改心させねば、今度の岩戸開けんのぢゃぞ、元の霊に改心させず肉体ばかりで、目に見える世界ばかり、理屈でよくしようとて出来はせんぞ、それ位判って居らうが、判りて居り乍ら他に道ないと、仕方ないと手つけずにゐるが、悪に魅入られてゐるのぢゃぞ、悪は改心早いぞ、悪神も助けなならんぞ、霊から改心させなならんぞ、善も悪も一つぢゃ、霊も身も一つぢゃ、天地ぢゃとくどう知らしてあろが。何んなよいこと喜ばして知らしても、聞かせても、今の臣民人民中々云ふこときかんものぢゃぞ。この道にゆかりある者だけで型出せよ、カタでよいのぢゃぞ。六月三十日、ひつぐの神。 |
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48 (404) |
ひふみ神示 | 18_光の巻 | 第8帖 | 何によらず不足ありたら、神の前に来て不足申して、心からりと晴らされよ、どんな事でも聞くだけは聞いてやるぞ、不足あると曇り出るぞ、曇り出ると、ミタマ曇るからミタマ苦しくなりて天地曇るから遠慮いらん、この方に不足申せよ、この方親であるから、不足一応は聞いてやるぞ。気晴らしてカラリとなって天地に働けよ、心の不二晴れるぞ、はじめの岩戸開けるぞ。早のみ込み大怪我の元、じっくりと繰り返し繰り返し神示よめよ、神示肚の肚に入れよ、神示が元ざぞ、今度は昔からの苦労のかたまり、いき魂でないと御用むつかしいぞ。世のたとへ出て来るぞ。神が人の口使ふて云はせてあるのぢゃぞ。神国は神力受けねば立ちては行けんぞ、神なくして神力ないぞ、神なくなれば丸潰れざぞ。まわりに動く集団早うつくれよ。数で決めやうとするから数に引かれて悪となるのざ、数に引かれ困らん様気付けよ。この神示とくのはタマでないと少しでも曇りあったら解けんぞ。悪に見せて善行はなならん事あるぞ。この行中々ざぞ。此の世の鬼平らげるぞよ。鬼なき世となりけるのざぞ。判りたか。キリスト教の取次さん、仏教の取次さん、今の内に改心結構ぞ、丸潰れ近づいて御座るに気付かんのか。同じ名の神二つあるぞ。人民三つ四つにもおろがんで御座るぞ、ふみ出すもよいなれど、神示読むのが先ざぞ。神第一ざぞと申してあらうが。暫し待て。世界のふみ出す時来るぞ。アワの様な今のふみ何にもならんぞ、時待てと申してあらうがな、この巻から謄写もならんぞ、時来る迄写して皆に分けとらせよ。七月二十七日、ひつくの神。三年のたてかへぞ。 |
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49 (424) |
ひふみ神示 | 19_まつりの巻 | 第20帖 | 神々様の大前に申し上げます。此の度の岩戸開きの御神業に尚一層の御活動願ひ上げます。大神様の大御心と御心併せなされ、いと高き神の能願ひ上げます。世界の民等が日々犯しました罪、穢、過は、何卒神直日大直日に見直し聞き直し下さいまして、此の上ながらの御守護願ひ上げます。 これは神々様への誓であるぞ。八月二十九日、ひつぐの神。 |
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50 (426) |
ひふみ神示 | 19_まつりの巻 | 第22帖 | ヤマタのオロチを始め悪の神々様まつり呉れよ、心して結構にまつり始め下されよ。この事役員のみ心得よ、岩戸開く一つの鍵ざぞ、この巻、まつりの巻、八月三十日、一二 |
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51 (437) |
ひふみ神示 | 20_梅の巻 | 第10帖 | 悪い事は陰口せずに親切に気付け合って仲良う結構ぞ、陰口世をけがし、己けがすのざぞ、聞かん人民は時待ちて気付けくれよ、縁ある人民皆親兄弟ざぞ、慢心取違ひ疑ひと、我が此の道の大き邪魔となるぞ、くどい様なれど繰り返し繰り返し気付けおくぞ。時来たら説き出すものぢゃ、親の心察して子から進んでするものぢゃ、その心よきに幸はふぞ、もの聞くもよいが、聞かんでは、判らん様では幽国身魂ぞ、神の臣民親の心うつして云はれん先にするものぢゃぞ。世は神界から乱れたのであるぞ、人間界から世建直して、地の岩戸人間が開いて見せると云ふ程の気魄なくてならんのざぞ、その 気魄 幸はふのざぞ、岩戸開けるぞ。十一月十六日、ひつ九のか三。 |
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52 (438) |
ひふみ神示 | 20_梅の巻 | 第11帖 | 日本の上に立つ者に外国の教伝へて外国魂に致したのは今に始まった事ではないぞ、外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ、五度ざぞ、判りたか。それを元に戻すのであるから今度の御用中々であるぞ、中つ枝からの神々様には判らん事ざぞと申してあることもガッテン出来るであろがな。この神示肚に入れて居ればどんなことあっても先に知らしてあるから心配ないのざ、ソレ出たとすぐ判るから胴すわってゐるから何事も結構におかげ頂くのざ。死ぬ時は死んだがよく、遊ぶ時には遊べ遊べ、嬉し嬉しざぞ。十一月十六日、ひつ九のか三。 |
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53 (440) |
ひふみ神示 | 20_梅の巻 | 第13帖 | 天の岩戸ばかりでないぞ、地の岩戸臣民の手で開かなならんぞ、誠一つで開くのぢゃ、誠のタチカラオの神、誠のウズメの命殿、御用結構ぞ。ダマシタ岩戸開きではダマシタ神様お出ましざぞ、この道理判らんか、取違ひ禁物ぞ、生れ赤子の心になれば分るのぢゃぞ。今の臣民お日様明るいと思ふてゐるが、お日様、マコトの代のマコトのお日様どんなに明るいか見当とれまいがな。見て御座れ、見事な世と致してお目にかけるぞ、神示読みて聞かせてやれよ、嫌な顔する人民後廻しぢゃ、飛び付く人民縁あるのぢゃ、早う読み聞かす神示より分けておいて下されよ、間に合はんぞ、御無礼ない様に致し下されよ。十一月十七日、一二の神。 |
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54 (445) |
ひふみ神示 | 20_梅の巻 | 第18帖 | 自分で自分のしてゐること判るまいがな、神がさしてゐるのざから、人間の頭では判らん、仕組通りに使はれて、身魂の掃除の程度に使はれて、使ひ分けられてゐるのぢゃぞ、早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ、それがお主の徳と申すものぢゃぞ、一家の為ぞ、国のためぞ、世界の民の為ざぞ、天地の御為ざぞ。今迄になかったこと今度はするのぢゃから合点出来んも道理ぢゃ道理ぢゃ、始めは戦で、争で世の建替する積りであったが、あまりに曇りひどいから、イクサばかりでは、すみずみまでは掃除出来んから、世界の家々の隅まで掃除するのぢゃから、その掃除中々ぢゃから、戦許りでないぞ、家の中キチンと食物大切がカイの御用と申してあろがな、今度の岩戸は、あけっぱなしぢゃ、褌いらんと申してあろう。十二月四日、一二 |
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55 (451) |
ひふみ神示 | 20_梅の巻 | 第24帖 | 待てるだけ待ってゐるが世をつぶすわけには行かん、人民も磨けば神に御意見される程に身魂に依ってはなれるのざぞ、地の日月の神と栄えるのざぞ、何より身魂磨き結構。人気の悪い所程メグリあるのざぞ、日本のやり方違って居たと云ふこと、五度違ったと云ふ事判って来ねば、日本の光出ないぞ。表面飾るな。コトもかめばかむ程味出て来るのが磨けた身魂。中味よくなって来ると表面飾らいでも光出て来るぞ。これまでの日本のやり方悪いから、神が時々、神がかりて知らしてやったであらうが、気付けてやったが気の付く臣民ほとんどないから、今度五度の岩戸一度に開いてびっくり箱開いて、天晴れ神々様に御目にかけ申すぞ、お喜び載くのぢゃ。神示通り出て来ても、まだ判らんか。神示は神の息吹きぢゃ。心ぢゃ。口上手身振り上手で誠ない者この方嫌ひぢゃぞ。とどめ |
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56 (454) |
ひふみ神示 | 20_梅の巻 | 第27帖 | 苦しむと曲るぞ、楽しむと伸びるぞ、此の方苦しむこと嫌ひぢゃ、苦を楽しみて下されよ。此の方に敵とう御力の神、いくらでも早う出て御座れ、敵とう神此の方の御用に使ふぞ、天晴れ御礼申すぞ。世界のどんな偉い人でも、此の方に頭下げて来ねば今度の岩戸開けんぞ、早う神示読んで神の心汲み取って、ミロクの世の礎早う固めくれよ。算盤のケタ違ふ算盤でいくらはじいても出来はせんぞ、素直にいたしてついて御座れ、見事光の岸につれて参って喜ばしてやるぞ。十二月十四日、ひつ九のかミ。 |
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57 (483) |
ひふみ神示 | 22_青葉の巻 | 第14帖 | 今の世は頭と尻尾ばかり、肝腎の胴体ないから力出ないぞ。従ふ所へは従はなならんのざぞ、と申してあろ、時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか。お詑びすれば誰によらん、許してよき方に廻してやるぞ、口先ばかりでなく心からのお詑び結構いたしくれよ。ダマシタ岩戸からはダマシタ神お出でましぞ、と申してくどう知らしてあろがな、ダマシて無理に引張り出して無理するのが無理ぞと申すのぞ、無理はヤミとなるのざぞ、それでウソの世ヤミの世となって、続いてこの世の苦しみとなって来たのざぞ、こうなることは此の世の始から判ってゐての仕組、心配せずに、此の方に任せおけ任せおけ。八月四日、一二 |
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58 (488) |
ひふみ神示 | 22_青葉の巻 | 第19帖 | 此の度の岩戸開きに御用に立つ身魂ばかり選り抜きて集めて行さして御用に使ふのであるから、他の教会とは天地の違ひであるぞ、今度は人民の心の底まであらためて一々始末せねばならんなり、誰によらん、今迄の様なゼイタクやめて下されよ。せねばする様せなならんなり、世界のハラワタ腐り切って居るのであるから愈々を致さねばならんなり、愈々をすれば人民愈々となるから、神がくどう気つけてゐるのざぞ。此処へは善と悪とどんな身魂も引寄せてコネ廻し練り直す所であるから、チットモ気緩しならん所であるぞ。ここの仕組は天の仕組と地の仕組と、カミとなりホトケとなり結び |
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59 (496) |
ひふみ神示 | 23_海の巻 | 第4帖 | 出てきてから又同じ様なこと繰り返すぞ、今度は魂抜けてゐるからグニャグニャぞ、グニャグニャ細工しか出来んぞ、それに迷ふでないぞ。神示が肚に入って血になると、何が起って来ても結構であるが、始の内は、ちょっとの事で迷いの雲が出て悪のとりことなって苦しむぞ、悪はないのであるが、無い悪を人民の心から生むのざぞ、悪のとりことなって苦しむが見へてゐるから、苦も結構なれどいらん苦はいらんぞ、神示よく読んで苦を楽とせよ、楽は喜びぞ、苦のハタラキが楽ぞ、楽は喜びぞ、光ぞ、神人共のまつりぞ、楽で岩戸開けるぞ、苦しんで開く岩戸は誠の岩戸でないぞ。八月十四日、ひつくのかミ。 |
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60 (503) |
ひふみ神示 | 23_海の巻 | 第11帖 | だました岩戸からはだました神が出て、ウソの世となったのぢゃ、この道理判るであろう、ニセ神やら、だました神やら、次々に五度の岩戸閉めと申してあろが、タンバはタニハ、田庭とは日の本の国ぞ、世界の事ぞ、タンバとはタンバイチとは世界の中心と云ふ事ぞ、日の本と云ふ事ぞ、キミの国ざぞ、扶桑の国ざぞ、地場ざぞ、判りたか。地場を固めなならんぞ、五十鈴の川はムツの川、和合の川ぞ。社殿は八方に開く時来たら八尋殿建てて下されよ、マコトの八尋殿。何も判らん無茶苦茶者が、偉ら相な名の神がかりして、何も知らん人民をたぶらかしてゐるが、今に尻尾を出して来るぞ、尻尾つかまらん内に改心して神の道に従って来いよ。八月二十三日、一二 |