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(352)
ひふみ神示 14_風の巻 第1帖 用意なされよ。いよいよざぞ、愈々九 三。神のみこと知らすぞ。知らすぞ、眼覚めたら起き上がるのざぞ。起きたらその日の命頂いたのざぞ。感謝せよ、大親に感謝、親に感謝せよ、感謝すればその日の仕事与へられるぞ。仕事とは嘉事であるぞ、持ち切れぬ程の仕事与へられるぞ。仕事は命ざぞ。仕事喜んで仕へ奉れ。我出すと曇り出るぞ。曇ると仕事わからなくなるぞ。腹へったらおせよ。二分は大親に臣民腹八分でよいぞ。人民食べるだけは与へてあるぞ。貪るから足らなくなるのざぞ。減らんのに食べるでないぞ。食よ。おせよ。一日一度からやり直せよ。ほんのしばらくでよいぞ。神の道無理ないと申してあろが。水流れる様に楽し楽しで暮せるのざぞ、どんな時どんな所でも楽に暮せるのざぞ。穴埋めるでないぞ、穴要るのざぞ。苦しいという声此の方嫌ひざ。苦と楽共にみてよ、苦の動くのが楽ざぞ。生れ赤児みよ。子見よ、神は親であるから人民守ってゐるのざぞ。大きなれば旅にも出すぞ、旅の苦楽しめよ、楽しいものざぞ。眠くなったら眠れよ、それが神の道ぞ。神のこときく道ざぞ。無理することは曲ることざぞ。無理と申して我儘無理ではないぞ、逆行くこと無理と申すのざ。無理することは曲ることざ、曲っては神のミコト聞こへんぞ。素直になれ。火降るぞ。相手七と出たら三と受けよ、四と出たら六とつぐなへよ、九と出たら一とうけよ、二と出たら八と足して、それぞれに十となる様に和せよ。まつりの一つの道ざぞ。の世の世にせなならんのざぞ、今はの 世ざぞ、 の 世 の 世となりて、 の世に入れての世となるのざぞ。タマなくなってゐると申してあろがな、タマの中に仮の奥山移せよ、急がいでもよいぞ、臣民の肉体神の宮となる時ざぞ、当分宮なくてもよいぞ。やがては二二に九の花咲くのざぞ、見事二二に九の火が鎮まって、世界治めるのざぞ、それまでは仮でよいぞ、臣民の肉体に一時は静まって、此の世の仕事仕組みて、天地でんぐり返して光の世といたすのぢゃ。花咲く御代近づいたぞ。用意なされよ、用意の時しばし与えるから、神の申すうち用意しておかんと、とんでもないことになるのざぞ。の世輝くと となるのざぞ、 と申して知らしてあろがな。役員それぞれのまとひつくれよ、何れも長になる身魂でないか。我軽しめる事は神軽くすることざ、わかりたか。おのもおのも頭領であるぞ、釈迦ざぞ。キリストざぞ。その上に神ますのざぞ、その上神又ひとたばにするのざぞ、その上に又でくくるぞ、その上にもあるのざぞ、上も下も限りないのざぞ。奥山何処に変っても宜いぞ、当分肉体へおさまるから何処へ行ってもこの方の国ぞ、肉体ぞ、心配せずに、グングンとやれよ、動くところ、神力加はるのざぞ、人民のまどひは神無きまどひぞ、神無きまどひつくるでないぞ、神上に真中に集まれよ。騒動待つ心悪と申してあること忘れるなよ、神の申した事ちっとも間違ひないこと、少しは判りたであろがな。同じ名の神二柱あるのざぞ、善と悪ざぞ、この見分けなかなかざぞ、神示よめば見分けられるように、よく細かに解いてあるのざぞ、善と悪と間違ひしてゐると、くどう気付けてあろがな、岩戸開く一つの鍵ざぞ、名同じでも裏表ざぞ、裏表と思ふなよ、頭と尻違ふのざぞ。千引の岩戸開けるぞ。十二月二十五日、ひつぐのかミ。
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(353)
ひふみ神示 14_風の巻 第2帖 二柱の神あると申してあろが、旗印も同様ぞ、かみの国の旗印と、の国の旗印と同様であるぞ、であるぞと知らしてあろがな、にも二通りあるのざぞ、スメラの旗印と と申して知らしてあろがな、今は逆ざぞと申してあろがな、このことわからいでは、今度の仕組分らんぞ、神示分らんぞ、岩戸開けんぞ。よく旗印みてよと申してあろがな、お日様赤いのでないぞ、赤いとばかり思ってゐたであろがな、まともにお日様みよ、みどりであるぞ、お日様も一つでないぞ。ひとりまもられているのざぞ。さむさ狂ふぞ。一月の一日、ひつ九の
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(355)
ひふみ神示 14_風の巻 第4帖 岩戸開けたり野も山も、 草のかき葉もことやめて、 大御光により集ふ、 楽しき御代とあけにけり、 都も鄙もおしなべて、 枯れし草木に花咲きぬ、 今日まで咲きし草や木は、 一時にどっと枯れはてて、 つちにかへるよすがしさよ、 ただ御光の輝きて、 生きの生命の尊さよ、 やがては人のくにつちに、 うつらん時の楽しさよ、 岩戸開けたり御光の、 二二に九の花どっと咲く、 御代近づきぬ御民等よ、 最後の苦労勇ましく、 打ち越し呉れよ共々に、 手引きあひて進めかし、 光の道を進めかし。 ウタのまどひつくれよ。目出度夜明けぞ。旧一月一日、一二
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ひふみ神示 14_風の巻 第13帖 楽してよい御用しようと思ふてゐるのは悪の守護神に使はれてゐるのざぞ。人の殺し合ひで此の世の建替出来ると思ふてゐるのも悪の守護神ざ。肉体いくら滅ぼしても、よき世にならんぞ。魂は鉄砲では殺せんのざぞ。魂はほかの肉体にうつりて、目的たてるのざぞ、いくら外国人殺しても、日本人殺しても、よき世は来ないぞ。今迄のやり方、スクリかへて神の申す様にするよりほかに道ないのざ。このたびの岩戸開きは、なかなかぞと申してあろが、見て御座れ、善一筋の、与へる政治で見事建替へてみせるぞ。和合せんとまことのおかげやらんぞ、一家揃ふたらどんなおかげでもやるぞ。一国そろたらどんな神徳でもやるぞ、おのづから頂けるのざぞ。神いらん世にいたして呉れよ。二月の十六日、ひつくか三。
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(370)
ひふみ神示 15_岩の巻 第5帖 人民眼の先見えんから疑ふのも無理ないなれど、ミタマ磨けばよく判るのぢゃ、ついて御座れ、手引張ってやるぞ。誠の道行くだけではまだ足らんぞ。心に誠一杯につめて空っぽにして進みてくれよ、このことわからんと神の仕組おくれると申してあろうがな、早くなったところもあるなれど、おくれがちぢゃぞ。苦労、苦労と申しても、悪い苦労気の毒ざぞ、よき苦労花咲くぞ。花咲いて実結ぶのざぞ。人民苦しみさえすればよい様に早合点してゐるなれど、それは大間違ひざぞ。神の道無理ないと、くどう申してあらうがな。此の道理よく噛み分けて下されよ。神の国は元のキの国、外国とは、幽界とは生れが違ふのぢゃ。神の国であるのに人民近慾なから、渡りて来られんものが渡り来て、ワヤにいたしてしまふてゐるのに、まだ近慾ざから近慾ばかり申してゐるから、あまりわからねば、わかる様にいたすぞ。眼の玉飛び出すぞ。近くは仏魔渡り来て、わからんことにされてゐるであらうがな。五度の岩戸開き一度にせなならんと申してあらうが、生れ赤児の心で神示読めと申してあらうがな。二月十六日、ひつ九かミ。
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(377)
ひふみ神示 16_荒れの巻 第1帖 言答開き成り成るぞ。誠言答は永遠ぞ。瞳ぞ。御位継ぐ理の始ぞ。字絶対の世始出づぞ。二一開き、結ぶ玉に 祝うぞ。 読む 開き、 字 出づ 理に 成り、 結ぶ 玉に 弥栄 開く 大和 心の 道ぞ。道開く理の極みぞ。本能秀-生命-月日の極み成る読む言の極み。弥栄に真問ひ極む世。那美-名美-那岐-名基-の理の玉継ぐ意味開くなり。字の絶対継ぐ意味弥勒弥勒となるぞ。根っこ理ぞ。誠ざぞ。弥栄弥栄。玉秘出づ理ぞ。玉基理ぞ。通基秘理、極み成る識道、本能秀-生命-ざぞ。不見の実主ざぞ。 ゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝ・の理、字の絶対出づぞ。南無-名務-荷い開く弥勒。日継の意味荷う数と字の絶対光の道。字の絶対開き、那美-名美-開くぞ。字の極意の極みは読字-黄泉-ぞ。富士-普字-に花咲く時ざぞ。開く結びの命、字開きに字、開き実るぞ。山にも地にも万劫光の花開くの理ぞ。光の経綸四八音となるぞ。意露波理ぞ。人佛の極みは、命の光普き、智普く基の天の言玉の理、理の極の光の答の山路-大空間-百霊継ぐ文字の道。生-基-の極みたり。面白に秘解く成答、文道とどめたり。数の始の絶対の理ざぞ。字、絶対の理。誠母-親の古字-の秘文。霊気世に満ち漲り、国々晴れ渡るぞ。日継-日通基-開く文字、網母成る極みなり。言の絶対の答人の意の極みなる意味ぞ。読みこれぞ。答の名基荷負う始め、伊勢世の始め、普字鳴戸-成答-の経綸動ぞ。字に成り成りませる光の神には、何事も弥栄弥栄ざぞ。 このふで軸-時間空間-読、御しるしのヨ八音ざぞ。諏訪麻賀多榛名甲斐玉和す理ざぞ。字の言座、名-言波-の極ぞ。意志の極み成るぞ。道は道理であるぞ。字開き、務に結び、咲く花の結び秘文ぞ。普字軸の理ぞ。宮柱太しき立つぞ。祝詞の心、はじめの開き字に現はるぞ。真心響く誠ぞ。言ざぞ。細工隆隆読の極み立つ世ぞ。数の極み神ぞ。数の極大素佐成-大数叉名立-五十の極み継ぐ印し給ひて、幹-実基-字完し、完し、山-屋間-の文読み、皆喜び、荷ふ理の宮継ぐ普字軸の世。喜び言、全土に響く理ぞ。八雲出雲は、聞理じゃ、これは、基の大数叉名立大神、世に光り輝くの理ぞ。理は世の元に立つ道ぞ。理、遠きには無し、心せよ。誠の道は神の理ざぞ。読はじめの世ぞ。皆神の子ぞと申してあるぞ。名基の世しかと開き、生の基の誘基の命現れき。太始めの御玉組み組み神継ぐ極みと成り、始る道ぞ理の極み。字句字句、真問ひ成り成り鳴り、読-黄泉-の岩戸-言答-開くなり。はじめの光り、今輝きて、答神-真理-覚め覚め棒ぐもの、百取りしろ-網母十理詞露-に充ち満ちて、弥栄御座湧きに湧き天晴れ継ぐ神の答は字に有り。見よ、御子達、大き道座し座す言座。吾疑問ひ秘文字奥義、敬ひ、喜び、申すらくを、天の普智独楽の実実普理聞こし食すらむ千萬の御代。光り神太光り-秘加理-ぞ。理-真理-の御山-大空間-の良きを寿ぐ。五十鈴の川の良きを寿ぐ、動く事なく、止まる事なく永遠世に弥栄弥栄、喜びの、今開く字の理成りて、光の花の、一時にどっと咲く所、玉の御代とて神代より生きし生き神引き合ふぞ。誠のもの云ふ時来しとみそぐの太神覚りてサン太神様知る誠尊き御代と成りますのぞ。仕事は、めんめの働きあるぞよ、実空字大き理智在せることの印しなり。終りに、言言神国の、誠の鏡-完神-のとどろきも、皆御文字世の始かし、今、始る世-詞-の基。雨の神風の神岩の神荒の神地震の神世の基にして、理実りの常盤の普字の実り良くも、命出度命出度ざぞ。弥栄鳴戸-成答-は、光の御座の問ひに開くぞ。八百の道-理-の寄る把立名-榛名-吾基-安芸-時節来て、誠もの云ふ神の世の、夜明けの神々覚れよと、神-可務-露務可務露基可務露実の命もち八百万の神々神集ひに集ひ給ひ神計りに計り給ひ言問ひし草のかきはも言止め、天の岩戸-言答-開放ち、天の弥栄弥栄に智湧きに智湧き、大実光りの尊き御代ぞ、神在す天下四方の国々治し食す寿命大神-大実親-の字の理網母-現実親-の空字-国-ことごとく定まりし弥勒の世とぞ成りふるなり。成るは、誠の開きの秘の山の神基開く真の神にかかり給ひしぞ。空字御霊大皇命神の秘の、仰ぐさまの良き時ぞ。理実る世数の極真理ぞ。普字-不二-の山-大空間-晴れたり。光り-秘加理-輝やきて御空に太まに百草のかき葉も競ひかも、寄り集ふ誠一つの神の世ぞ。読字-黄泉-ぞ。くくりし読は惟完読。軸字軸字と木霊と木霊、字開き、数開き成る言網母-現実親-に有り。鳴戸-成答-理開きに開き、貴人の御代成り成るぞ。弥栄つぎに通基つきて、御代印しの基継ぐ成るぞ。艮めに普字の神産み給いき、普字数叉名立の神現れ生き生き給ひき。・に誘名基の神神加実達に理給ひて、喜び光賜ひき。陽の神は秘の国、通基の神は実数の国数叉名立神は、名波裸治らせと給ひき。それは、その時より理決まれる事にぞあれば、何も彼も真問ひ理に来いとぞ。あななひの道ざぞ。弥栄の理ざぞ、あなさやけ、あな清々し世ぞ。生れし道ぞ。都も鄙も皆大実光りに寄り集ふ誠一つの理なるぞ。秘文の国ぞ、言玉の弥栄光る国なるぞ。理の言普字に印しあり。理真理の普字、早う開きぞ。誠の空字の御光りの世界の読-黄泉-喜びに泣く時来た印し文。はらに読-黄泉-理艮め成る。問ひ問ひ文も解くなる始め、天のはじめのみひかりなり。読路-黄泉-の玉糸-意答-秘名の光立つ。草もの云ふ世となりふなり。御玉救ふ道神の理開き基ぞ。月日出づ開きに秘文開き、字の命開く極名美秘文三ぞ。秘文ぞ。神々様御喜びざぞ。今は、神解り解りし字に言玉息吹き鳴り、息吹きのままに理満ち、元の大神にこにこと棒ぐるもの食し給ひ喜び意図の弥栄弥栄成れる良き嘉き御代来るぞ。目で聞く大神、世のあななひの友、天晴れ詞数食ふ能き誠の御代ぞ。宇宙-田-波-場-知る場加、月日御稜威の花ぞ。覚れ、覚れと、言、言、軸。百霊の世玉秘尊き。神の実言-命-聞く身々早う掃除一番ぞ。掃除智座、秘継ぐ数字-スジ-大神-加実-絶対開く元神は、独楽の理、四十七音四十八-四十七ノ四十八--意露波-目にもの見せて神国の、誠の善は、悪魔迄皆新め生くの始終光ぞ、惟完ざぞ。字そそぐ光り裏-心-山-大空間-荷負ふ母-親-の誠に覚め、字開く命ぞ。普字に花咲く御代嬉し嬉し、早う光の文路知らせたり。急ぐ心ぞ。読字-黄泉-弥栄に光り文成るぞ。文命の言の御代の、月の光りなり。五十意図始めの光り知りて、尊き御代とぞなりふる誠の神のふでなるぞ。心しめて読時ぞ。真言の神と飛来の神と皆和す時き成るぞ。あら楽し、あなさやけ、普字は晴れたり言答開けたり。あなさやけおけ、後の世に書きしるすぞ、日月の神書き印すぞ。
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(402)
ひふみ神示 18_光の巻 第6帖 今に世界の臣民人民誰にも判らん様になりて上げもおろしもならんことになりて来て、これは人民の頭や力でやってゐるのでないのざといふことハッキリして来るのざぞ。何処の国、どんな人民も成程ナアと得心のゆくまでゆすぶるのであるぞ。今度は根本の天の御先祖様の御霊統と根元のお地の御先祖様の御霊統とが一つになりなされて、スメラ 神国と ユツタ 神国と 一つになりなされて末代動かん光の世と、影ない光の世と致すのぢゃ、今の臣民には見当とれん光の世とするのぢゃ、光りて輝く御代ぞ楽しけれく。悪い者殺してしまふてよい者ばかりにすれば、よき世が来るとでも思ふてゐるのか、肉体いくら殺しても魂迄は、人民の力では何うにもならんであろがな。元の霊まで改心させねば、今度の岩戸開けんのぢゃぞ、元の霊に改心させず肉体ばかりで、目に見える世界ばかり、理屈でよくしようとて出来はせんぞ、それ位判って居らうが、判りて居り乍ら他に道ないと、仕方ないと手つけずにゐるが、悪に魅入られてゐるのぢゃぞ、悪は改心早いぞ、悪神も助けなならんぞ、霊から改心させなならんぞ、善も悪も一つぢゃ、霊も身も一つぢゃ、天地ぢゃとくどう知らしてあろが。何んなよいこと喜ばして知らしても、聞かせても、今の臣民人民中々云ふこときかんものぢゃぞ。この道にゆかりある者だけで型出せよ、カタでよいのぢゃぞ。六月三十日、ひつぐの神。
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(404)
ひふみ神示 18_光の巻 第8帖 何によらず不足ありたら、神の前に来て不足申して、心からりと晴らされよ、どんな事でも聞くだけは聞いてやるぞ、不足あると曇り出るぞ、曇り出ると、ミタマ曇るからミタマ苦しくなりて天地曇るから遠慮いらん、この方に不足申せよ、この方親であるから、不足一応は聞いてやるぞ。気晴らしてカラリとなって天地に働けよ、心の不二晴れるぞ、はじめの岩戸開けるぞ。早のみ込み大怪我の元、じっくりと繰り返し繰り返し神示よめよ、神示肚の肚に入れよ、神示が元ざぞ、今度は昔からの苦労のかたまり、いき魂でないと御用むつかしいぞ。世のたとへ出て来るぞ。神が人の口使ふて云はせてあるのぢゃぞ。神国は神力受けねば立ちては行けんぞ、神なくして神力ないぞ、神なくなれば丸潰れざぞ。まわりに動く集団早うつくれよ。数で決めやうとするから数に引かれて悪となるのざ、数に引かれ困らん様気付けよ。この神示とくのはタマでないと少しでも曇りあったら解けんぞ。悪に見せて善行はなならん事あるぞ。この行中々ざぞ。此の世の鬼平らげるぞよ。鬼なき世となりけるのざぞ。判りたか。キリスト教の取次さん、仏教の取次さん、今の内に改心結構ぞ、丸潰れ近づいて御座るに気付かんのか。同じ名の神二つあるぞ。人民三つ四つにもおろがんで御座るぞ、ふみ出すもよいなれど、神示読むのが先ざぞ。神第一ざぞと申してあらうが。暫し待て。世界のふみ出す時来るぞ。アワの様な今のふみ何にもならんぞ、時待てと申してあらうがな、この巻から謄写もならんぞ、時来る迄写して皆に分けとらせよ。七月二十七日、ひつくの神。三年のたてかへぞ。
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(424)
ひふみ神示 19_まつりの巻 第20帖 神々様の大前に申し上げます。此の度の岩戸開きの御神業に尚一層の御活動願ひ上げます。大神様の大御心と御心併せなされ、いと高き神の能願ひ上げます。世界の民等が日々犯しました罪、穢、過は、何卒神直日大直日に見直し聞き直し下さいまして、此の上ながらの御守護願ひ上げます。 これは神々様への誓であるぞ。八月二十九日、ひつぐの神。
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ひふみ神示 19_まつりの巻 第22帖 ヤマタのオロチを始め悪の神々様まつり呉れよ、心して結構にまつり始め下されよ。この事役員のみ心得よ、岩戸開く一つの鍵ざぞ、この巻、まつりの巻、八月三十日、一二
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ひふみ神示 20_梅の巻 第10帖 悪い事は陰口せずに親切に気付け合って仲良う結構ぞ、陰口世をけがし、己けがすのざぞ、聞かん人民は時待ちて気付けくれよ、縁ある人民皆親兄弟ざぞ、慢心取違ひ疑ひと、我が此の道の大き邪魔となるぞ、くどい様なれど繰り返し繰り返し気付けおくぞ。時来たら説き出すものぢゃ、親の心察して子から進んでするものぢゃ、その心よきに幸はふぞ、もの聞くもよいが、聞かんでは、判らん様では幽国身魂ぞ、神の臣民親の心うつして云はれん先にするものぢゃぞ。世は神界から乱れたのであるぞ、人間界から世建直して、地の岩戸人間が開いて見せると云ふ程の気魄なくてならんのざぞ、その 気魄 幸はふのざぞ、岩戸開けるぞ。十一月十六日、ひつ九のか三。
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(438)
ひふみ神示 20_梅の巻 第11帖 日本の上に立つ者に外国の教伝へて外国魂に致したのは今に始まった事ではないぞ、外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ、五度ざぞ、判りたか。それを元に戻すのであるから今度の御用中々であるぞ、中つ枝からの神々様には判らん事ざぞと申してあることもガッテン出来るであろがな。この神示肚に入れて居ればどんなことあっても先に知らしてあるから心配ないのざ、ソレ出たとすぐ判るから胴すわってゐるから何事も結構におかげ頂くのざ。死ぬ時は死んだがよく、遊ぶ時には遊べ遊べ、嬉し嬉しざぞ。十一月十六日、ひつ九のか三。
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(440)
ひふみ神示 20_梅の巻 第13帖 天の岩戸ばかりでないぞ、地の岩戸臣民の手で開かなならんぞ、誠一つで開くのぢゃ、誠のタチカラオの神、誠のウズメの命殿、御用結構ぞ。ダマシタ岩戸開きではダマシタ神様お出ましざぞ、この道理判らんか、取違ひ禁物ぞ、生れ赤子の心になれば分るのぢゃぞ。今の臣民お日様明るいと思ふてゐるが、お日様、マコトの代のマコトのお日様どんなに明るいか見当とれまいがな。見て御座れ、見事な世と致してお目にかけるぞ、神示読みて聞かせてやれよ、嫌な顔する人民後廻しぢゃ、飛び付く人民縁あるのぢゃ、早う読み聞かす神示より分けておいて下されよ、間に合はんぞ、御無礼ない様に致し下されよ。十一月十七日、一二の神。
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(445)
ひふみ神示 20_梅の巻 第18帖 自分で自分のしてゐること判るまいがな、神がさしてゐるのざから、人間の頭では判らん、仕組通りに使はれて、身魂の掃除の程度に使はれて、使ひ分けられてゐるのぢゃぞ、早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ、それがお主の徳と申すものぢゃぞ、一家の為ぞ、国のためぞ、世界の民の為ざぞ、天地の御為ざぞ。今迄になかったこと今度はするのぢゃから合点出来んも道理ぢゃ道理ぢゃ、始めは戦で、争で世の建替する積りであったが、あまりに曇りひどいから、イクサばかりでは、すみずみまでは掃除出来んから、世界の家々の隅まで掃除するのぢゃから、その掃除中々ぢゃから、戦許りでないぞ、家の中キチンと食物大切がカイの御用と申してあろがな、今度の岩戸は、あけっぱなしぢゃ、褌いらんと申してあろう。十二月四日、一二
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ひふみ神示 20_梅の巻 第24帖 待てるだけ待ってゐるが世をつぶすわけには行かん、人民も磨けば神に御意見される程に身魂に依ってはなれるのざぞ、地の日月の神と栄えるのざぞ、何より身魂磨き結構。人気の悪い所程メグリあるのざぞ、日本のやり方違って居たと云ふこと、五度違ったと云ふ事判って来ねば、日本の光出ないぞ。表面飾るな。コトもかめばかむ程味出て来るのが磨けた身魂。中味よくなって来ると表面飾らいでも光出て来るぞ。これまでの日本のやり方悪いから、神が時々、神がかりて知らしてやったであらうが、気付けてやったが気の付く臣民ほとんどないから、今度五度の岩戸一度に開いてびっくり箱開いて、天晴れ神々様に御目にかけ申すぞ、お喜び載くのぢゃ。神示通り出て来ても、まだ判らんか。神示は神の息吹きぢゃ。心ぢゃ。口上手身振り上手で誠ない者この方嫌ひぢゃぞ。とどめなり。先見へるぞ、先見んのは途中からの神ぢゃ。十二月十四日、ひつ九のかミしる
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(454)
ひふみ神示 20_梅の巻 第27帖 苦しむと曲るぞ、楽しむと伸びるぞ、此の方苦しむこと嫌ひぢゃ、苦を楽しみて下されよ。此の方に敵とう御力の神、いくらでも早う出て御座れ、敵とう神此の方の御用に使ふぞ、天晴れ御礼申すぞ。世界のどんな偉い人でも、此の方に頭下げて来ねば今度の岩戸開けんぞ、早う神示読んで神の心汲み取って、ミロクの世の礎早う固めくれよ。算盤のケタ違ふ算盤でいくらはじいても出来はせんぞ、素直にいたしてついて御座れ、見事光の岸につれて参って喜ばしてやるぞ。十二月十四日、ひつ九のかミ。
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(483)
ひふみ神示 22_青葉の巻 第14帖 今の世は頭と尻尾ばかり、肝腎の胴体ないから力出ないぞ。従ふ所へは従はなならんのざぞ、と申してあろ、時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか。お詑びすれば誰によらん、許してよき方に廻してやるぞ、口先ばかりでなく心からのお詑び結構いたしくれよ。ダマシタ岩戸からはダマシタ神お出でましぞ、と申してくどう知らしてあろがな、ダマシて無理に引張り出して無理するのが無理ぞと申すのぞ、無理はヤミとなるのざぞ、それでウソの世ヤミの世となって、続いてこの世の苦しみとなって来たのざぞ、こうなることは此の世の始から判ってゐての仕組、心配せずに、此の方に任せおけ任せおけ。八月四日、一二
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(488)
ひふみ神示 22_青葉の巻 第19帖 此の度の岩戸開きに御用に立つ身魂ばかり選り抜きて集めて行さして御用に使ふのであるから、他の教会とは天地の違ひであるぞ、今度は人民の心の底まであらためて一々始末せねばならんなり、誰によらん、今迄の様なゼイタクやめて下されよ。せねばする様せなならんなり、世界のハラワタ腐り切って居るのであるから愈々を致さねばならんなり、愈々をすれば人民愈々となるから、神がくどう気つけてゐるのざぞ。此処へは善と悪とどんな身魂も引寄せてコネ廻し練り直す所であるから、チットモ気緩しならん所であるぞ。ここの仕組は天の仕組と地の仕組と、カミとなりホトケとなり結びと和し雲と顕れ動き、鳴り成りてマコトの世みろくの代と致して、この世を神の国と致す仕組ぢゃ。今迄は天の神ばかり尊んで上ばかり見て居たから、今度は地は地の神の世と致すのぢゃ、天の神は地ではお手伝ひざと申してあろが、下見て暮せ、足元に気付けと申してあらうが、皆地の神尊び斎き祀りて弥栄ましませ。天の教許りではならず、地の教許りでもならず、今迄はどちらかであったから、時が来なかったから、マコトがマコトと成らず、いづれもカタワとなってゐたのざぞ、カタワ悪ぞ、今度上下揃ふて夫婦和して、天と地と御三体まつりてあななひて、末代の生きた教と光り輝くのざぞ。八月九日、ひつ九のかミ。
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ひふみ神示 23_海の巻 第4帖 出てきてから又同じ様なこと繰り返すぞ、今度は魂抜けてゐるからグニャグニャぞ、グニャグニャ細工しか出来んぞ、それに迷ふでないぞ。神示が肚に入って血になると、何が起って来ても結構であるが、始の内は、ちょっとの事で迷いの雲が出て悪のとりことなって苦しむぞ、悪はないのであるが、無い悪を人民の心から生むのざぞ、悪のとりことなって苦しむが見へてゐるから、苦も結構なれどいらん苦はいらんぞ、神示よく読んで苦を楽とせよ、楽は喜びぞ、苦のハタラキが楽ぞ、楽は喜びぞ、光ぞ、神人共のまつりぞ、楽で岩戸開けるぞ、苦しんで開く岩戸は誠の岩戸でないぞ。八月十四日、ひつくのかミ。
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ひふみ神示 23_海の巻 第11帖 だました岩戸からはだました神が出て、ウソの世となったのぢゃ、この道理判るであろう、ニセ神やら、だました神やら、次々に五度の岩戸閉めと申してあろが、タンバはタニハ、田庭とは日の本の国ぞ、世界の事ぞ、タンバとはタンバイチとは世界の中心と云ふ事ぞ、日の本と云ふ事ぞ、キミの国ざぞ、扶桑の国ざぞ、地場ざぞ、判りたか。地場を固めなならんぞ、五十鈴の川はムツの川、和合の川ぞ。社殿は八方に開く時来たら八尋殿建てて下されよ、マコトの八尋殿。何も判らん無茶苦茶者が、偉ら相な名の神がかりして、何も知らん人民をたぶらかしてゐるが、今に尻尾を出して来るぞ、尻尾つかまらん内に改心して神の道に従って来いよ。八月二十三日、一二