此の
度の
岩戸開きに
御用に
立つ
身魂ばかり
選り
抜きて
集めて
行さして
御用に
使ふのであるから、
他の
教会とは
天地の
違ひであるぞ、
今度は
人民の
心の
底まであらためて
一々始末せねばならんなり、
誰によらん、
今迄の
様なゼイタクやめて
下されよ。せねばする
様せなならんなり、
世界のハラワタ
腐り
切って
居るのであるから
愈々を
致さねばならんなり、
愈々をすれば
人民愈々となるから、
神がくどう
気つけてゐるのざぞ。
此処へは
善と
悪とどんな
身魂も
引寄せてコネ
廻し
練り
直す
所であるから、チットモ
気緩しならん
所であるぞ。ここの
仕組は
天の
仕組と
地の
仕組と、カミとなりホトケとなり
結び

と
和し
雲と
顕れ
動き、
鳴り
成りてマコトの
世みろくの
代と
致して、この
世を
神の
国と
致す
仕組ぢゃ。
今迄は
天の
神ばかり
尊んで
上ばかり
見て
居たから、
今度は
地は
地の
神の
世と
致すのぢゃ、
天の
神は
地ではお
手伝ひざと
申してあろが、
下見て
暮せ、
足元に
気付けと
申してあらうが、
皆地の
神尊び
斎き
祀りて
弥栄ましませ。
天の
教許りではならず、
地の
教許りでもならず、
今迄はどちらかであったから、
時が
来なかったから、マコトがマコトと
成らず、いづれもカタワとなってゐたのざぞ、カタワ
悪ぞ、
今度上下揃ふて
夫婦和して、
天と
地と
御三体まつりてあななひて、
末代の
生きた
教と
光り
輝くのざぞ。
八月九日、ひつ
九のかミ。
No.: 488