🏠 トップページへ

📖 キーワード検索

番号
(No.)
書籍 内容
1

(164)
ひふみ神示 5_地つ巻 第27帖 天地には天地の、国には国の、びっくり箱あくのざぞ、びっくり箱あけたら臣民みな思ひが違ってゐること分るのぞ、早う洗濯した人から分るのぞ、びっくり箱あくと、神の規則通りに何もかもせねばならんのぞ、目あけて居れん人出来るぞ、神の規則は日本も支那も印度もメリカもキリスもオロシヤもないのざぞ、一つにして規則通りが出来るのざから、今に敵か味方か分らんことになりて来るのざぞ。学の世はもう済みたのぞ、日に日に神力あらはれるぞ、一息入れる間もないのぞ。ドシドシ事を運ぶから遅れんやうに、取違ひせんやうに、慌てぬやうにして呉れよ。神々様もえらい心配なされてござる方あるが、仕組はりうりう仕上げ見て下されよ。旧九月になればこの神示に変りて天の日つくの神の御神示出すぞ、初めの役員それまでに引き寄せるぞ、八分通り引き寄せたなれど、あと二分通りの御役の者引き寄せるぞ。おそし早しはあるなれど、神の申したこと一厘もちがはんぞ、富士は晴れたり日本晴れ、おけ。十月の四日、ひつ九のか三ふみ。
2

(172)
ひふみ神示 5_地つ巻 第35帖 日本の国はこの方の肉体であるぞ。国土おろがめと申してあらうがな、日本は国が小さいから一握りに握りつぶして喰ふ積りで攻めて来てゐるなれど、この小さい国が、のどにつかえて何うにも苦しくて勘忍して呉れといふやうに、とことんの時になりたら改心せねばならんことになるのぞ。外国人もみな神の子ざから、一人残らずに助けたいのがこの方の願ひと申してあらうがな、今に日本の国の光出るぞ、その時になりて改心出来て居らぬと臣民は苦しくて日本のお土の上に居れんやうになるのぞ、南の島に埋めてある宝を御用に使ふ時近づいたぞ。お土の上り下りある時近づいたぞ。人の手柄で栄耀してゐる臣民、もはや借銭済しの時となりたのぞ、改心第一ぞ。世界に変りたことは皆この方の仕組のふしぶしざから、身魂みがいたら分るから、早う身魂みがいて下されよ。身魂みがくにはまつりせねばならんぞ、まつりはまつらふことぞと申して説いてきかすと、神祭りはしないでゐる臣民居るが、神祭り元ぞ、神迎えねばならんぞ、とりちがへと天狗が一番恐いのざぞ、千匁の谷へポンと落ちるぞ。神の規則は恐いぞ、隠し立ては出来んぞ、何もかも帳面にしるしてあるのざぞ、神の国に借銭ある臣民はどんなえらい人でも、それだけに苦しむぞ、家は家の、国は国の借銭済しがはじまってゐるのぞ、済ましたら気楽な世になるのぞ、世界の大晦日ぞ、みそかは闇ときまってゐるであらうがな。借銭返すときつらいなれど、返したあとの晴れた気持よいであらうが、昔からの借銭ざから、素直に苦しみこらへて神の申すこと、さすことに従って、日本は日本のやり方に返して呉れよ、番頭どの、下にゐる臣民どの、国々の守護神どの、外国の神々さま、人民どの、仏教徒もキリスト教徒もすべての徒もみな聞いて呉れよ、その国その民のやり方伝へてあらうがな、九十に気つけて用意して呉れよ。十月十日、ひつ九のか三。
3

(229)
ひふみ神示 7_日の出の巻 第16帖 悪の衣着せられて節分に押込められし神々様御出でましぞ。此の節分からは愈々神の規則通りになるのざから気つけておくぞ、容赦は無いのざぞ、それまでに型さしておくぞ、御苦労なれど型してくれよ。ヤの身魂御苦労、石なぜもの言はぬのぞ、愈々となりてゐるではないか、春になりたら何んな事あるか分らんから今年中に心の洗濯せよ、身辺洗濯せよ、神の規則臣民には堪れんことあるも知れんぞ、気つけておくぞ。十二月十九日、一二
4

(249)
ひふみ神示 8_磐戸の巻 第13帖 コトちがふから、精神ちがふから、ちがふことになるのざぞ、コト正しくすれば、正しきこととなるのざぞ。日本の国は元の神の血筋のまじりけのないミタマで、末代世治めるのざ。何事も末代のことであるから、末代動かん様に定めるのざから、大望であるぞ。上の臣民この儘で何とか彼んとかいける様に思ふてゐるが、其の心われよしざぞ。今度は手合して拝む許りでは駄目ざと申してあろが、今度は規則きまりたら、昔より六ヶ敷くなるのざぞ、まけられんことになるのざぞ、神魂の臣民でないと神の国には住めんことになるのざぞ。この世治めるのは地の先祖の生神の光出さねば、この世治まらんのざぞ、今度はトコトン掃除せねば、少しでもまぢり気ありたら、先になりてまた大きな間違ひとなるから、洗濯々々とくどう申してゐるのざ。神は一時は菩薩とも現はれてゐたのざが、もう菩薩では治まらんから、愈々生神の性来現はしてバタバタにらちつけるのざぞ、今の学ある者大き取り違ひいたしてゐるぞ。大国 常立 尊大神と現はれて、一時は天もかまひ、地の世界は申すに及ばず、天へも昇り降りして、の光りクッキリ現はさなならんと仰せあるぞ、早う洗濯せんと間に合はんぞ。この道の役員、吾は苦労して人助けるのざぞ、その心でないと我出して吾のこと思ふてゐるとグレンざぞ。仏もキリストも何も彼もスカリと救はねばならんのざ、殺して救ふのと、生かして御用に使ふのとあるぞ、今度はハッキリ区別するのざぞ、昔からの因縁ざぞ。この方のもとに参りて、昔からの因縁、この先のこと克く聞いて得心出来たら、肚の底から改心してマコトの御用結構につとめあげてくれよ。逃げ道つくってはならんぞ、二つ三つ道つくってはならんぞ。ますぐに神の道に進めよ。神の道は一筋ざと申してあろが。何なりとそれぞれの行せねばマコトのことは出来んのざぞ、世界の片八四浜辺からいよいよが始まると知らしてあること近うなりたぞ、くどい様なれどさっぱりと洗濯してくれよ、神の国は神のやり方でないと治まらんから今までの法度からコトから、やりかたかえて、今迄はやりかた違ってゐたから、神のお道通りに致しますと心からお詫びせねば、する迄苦しむのざぞ、この苦しみは筆にも口にもない様なことに、臣民の心次第でなるのざから、くどう申してゐるのざぞ、何も彼も神にささげよ、てんし様にささげよと申してあろがな、それが神国の民の心得ぞ、否でも応でもそうなって来るのざぞ。神国の政治経済は一つざと申してあろうがな、今の臣民に判る様に申すならば、臣民働いてとれたものは、何でも神様にささげるのざ、神の御社は幸でうづもれるのざぞ、御光輝くのざぞ、光のまちとなるのざぞ。神からわけて下さるのざぞ、其の人の働きによってそれぞれに恵みのしるし下さるのざぞ、それがお宝ぞ、お宝徳相当に集まるのざぞ、キンはいらんと申してあろがな、元の世になる迄に、さうした事になって それからマコトの神の世になるのざ。神の世はマツリあるだけぞ、それ迄にお宝下さるのざぞ、お宝とは今のお札の様なものざぞ。判る様に申すなら、神の御社と臣民のお役所と市場と合した様なものが、一時は出来るのざぞ、嬉し嬉しとなるのざぞ、マコトのマツリの一ざぞ。このことよく肚に入れて一二三として説いて、早う上の守護人殿にも、下の守護人殿にも知らして、安心して、勇んで暮す様にしてやりて下されよ。それも臣民の心次第、素直な人、早う嬉しくなりて、心勇むぞ、さびしくなりたらたづねて御座れと申してあろがな。一月十三日、の一二か三。
5

(265)
ひふみ神示 9_キの巻 第8帖 今迄して来た 事が、 成程 天地の神の心にそむいてゐると云ふこと心から分りて、心からお詫びして改心すれば、この先末代身魂をかまうぞ、借銭負うてゐる身魂はこの世にはおいて貰へん事に規則定まったのざぞ、早う皆に知らしてやれよ。タテコワシ、タテナホシ、一度になるぞ、建直しの世直し早うなるも知れんぞ、遅れるでないぞ。建直し急ぐぞ、建直しとは元の世に、神の世に返す事ざぞ、元の世と申しても泥の海ではないのざぞ、中々に大層な事であるのざぞ。上下グレンと申してあることよく肚に入れて呉れよ。三月十一日、ひつぐの神。
6

(266)
ひふみ神示 9_キの巻 第9帖 悪いこと待つは悪魔ぞ、何時建替、大峠が来るかと待つ心は悪魔に使はれてゐるのざぞ。この神示世界中に知らすのざ、今迄は大目に見てゐたが、もう待たれんから見直し聞き直しないぞ、神の規則通りにビシビシと出て来るぞ、世界一平に泥の海であったのを、つくりかためたのは国 常立 尊であるぞ、親様を泥の海にお住まひ申さすはもったいないぞ、それで天におのぼりなされたのぞ。岩の神、荒の神、雨の神、風の神、地震の神殿、この神々様、御手伝ひでこの世のかため致したのであるぞ、元からの竜体持たれた荒神様でないと今度の御用は出来んのざぞ、世界つくり固めてから臣民つくりたのであるぞ、何も知らずに上に登りて、神を見おろしてゐる様で、何でこの世が治まるものぞ。天と地の御恩といふことが神の国の守護神に判りて居らんから難儀なことが、愈々どうにもならん事になるのぞ、バタバタとなるのぞ。臣民生れおちたらウブの御水を火で暖めてウブ湯をあびせてもらふであろが、其の御水はお土から頂くのざぞ、たき火ともしは皆日の大神様から頂くのざぞ、御水と御火と御土でこの世の生きあるもの生きてゐるのざぞ、そんなこと位誰でも知ってゐると申すであろが、其の御恩と云ふ事知るまいがな、一厘の所分かるまいがな。守護神も曇りてゐるから神々様にも早うこの神示読んで聞かせてやれよ、世間話に花咲かす様では誠の役員とは云はれんぞ、桜に花咲かせよ。せわしくさしてゐるのざぞ、せわしいのは神の恵みざぞ、今の世にせわしくなかったら臣民くさって了ふぞ、せわしく働けよ。三月十一日、ひつぐの神。
7

(267)
ひふみ神示 9_キの巻 第10帖 山の谷まで曇りてゐるぞ、曇りた所へ火の雨降るぞ、曇りた所には神は住めんぞ、神なき所愈々ざぞ。ひどい事あるぞ、神がするのでないぞ、臣民自分でするのざぞ。一日一日のばして改心さすやうに致したなれど、一日延ばせば千日練り直さなならんから、神は愈々鬼となって規則通りにビシビシと埒あけるぞ、もう待たれんぞ、何処から何が出て来るか知れんぞと申してあろがな。花火に火つけよ、日本の国の乱れて来たのは来られんものを来らしたからぞ。三千年の昔に返すぞ、三万年の昔に返すぞ、三十万年の昔に返さなならんかも知れんぞ。家内和合出来ん様では、この道の取次とは申されんぞ、和が元ざと申してあろが、和合出来ぬのはトラとシシぞ、どちらにもメグリあるからざぞ、昼も夜もないのざぞ、坊主 坊主くさくてはならんぞ。三月十三日、一二
8

(288)
ひふみ神示 10_水の巻 第14帖 今迄は闇の世であったから、どんな悪い事しても闇に逃れる事出来てきたが闇の世はもうすみたぞ。思ひ違ふ臣民沢山あるぞ。何んな集ひでも大将は皆思ひ違ふぞ。早ふさっぱり心入れ換へて下されよ。神の子でないと神の国には住めんことになるぞ。幽界へ逃げて行かなならんぞ。二度と帰れんぞ。幽界行きとならぬ様、根本から心入れかへて呉れよ。日本の国の臣民皆兵隊さんになった時、一度にどっと大変が起るぞ。皆思ひ違ふぞ。カイの御用はキの御用ぞ。それが済みたら、まだまだ御用あるぞ。行けども行けども、草ぼうぼう、どこから何が飛び出すか、秋の空グレンと変るぞ。この方化けに化けて残らずの身魂調べてあるから、身魂の改心なかなかにむつかしいから、今度と云ふ今度は、天の規則通り、びしびしとらちつけるぞ。御三体の大神様三日此の世をかまひなさらぬとこの世はクニャクニャとなるのざぞ。結構近づいて居るのざぞ。大層が近づいて居るのざぞ。この神示読みて神々様にも守護神殿にも聞かせて呉れよ。いよいよあめの日津久の神様おんかかりなされるぞ。旧五月五日、みづのひつ九か三。
9

(297)
ひふみ神示 11_松の巻 第6帖 今の世に出てゐる守護神、悪神を天の神と思ってゐるから なかなか改心むつかしいぞ。今迄の心すくりとすてて生れ赤子となりて下されと申してあろが。早よ改心せねば間に合はん、残念が出来るぞ。この神示わからんうちから、わかりておらんと、分りてから、分りたのでは、人並ざぞ。地の規則天の規則となる事もあるのざぞよ。六月二十二日、アメのひつ九のかみふで。
10

(301)
ひふみ神示 11_松の巻 第10帖 今度役目きまったら、末代続くのざぞ、神示に出た通りの規則となるぞ。善も末代ぞ、悪も末代ぞ。此の世は一であるぞ。われの身体われに自由にならぬ時来たぞ。神縋るより仕方なくなって、すがったのでは、間に合はんぞ。今度はいろはの世に戻すぞ。ひふみの世に戻すぞ。素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。よろこびの身といたしてやるぞ。六月二十四日、あめのひつ九のかみしるす。
11

(306)
ひふみ神示 11_松の巻 第15帖 この神示うぶのままであるから、そのつもりで、とりて呉れよ。嘘は書けん根本ざから此の神示通りに天地の規則きまるのざぞ、心得て次の世の御用にかかりて呉れよ。世界の事ざから、少し位の遅し早しはあるぞ。間違ひない事ざぞ。大将が動く様では、治まらんぞ。真中動くでないと申してあろが、此の世の頭から改心せねば、此の世治まらんぞ。此の方頼めばミコトでおかげやるぞ。竜宮のおとひめ殿烈しき御活動ぞ。六月三十日、あめのひつぐのかみしるす。
12

(348)
ひふみ神示 13_雨の巻 第14帖 一番尊い所一番落してあるのぢゃ、此の事判りて来て天晴れ世界唸るのぢゃ、落した上に落してもう落す所無い様にして上下引繰り返るのぢゃ、引繰り返すのでないぞ、引繰り返るのぢゃぞ、此の事間違へるでないぞ。此の道難しい道でないぞ、欲はなれて、命はなれてなる様にしておりて下されたらそれでよいのぢゃ。今が神国の初めぞ、今までのことすっかり用ひられんのに未だ今迄の事云ふて今迄の様な事考えてゐるが、それが盲聾ざぞ、今迄の事自慢すると鼻ポキンぞ、皆鼻ポキン許りぢゃなあ。まだまだ俘虜になる者沢山あるなれど、今度の俘虜まだまだぞ、何れ元に帰って来るから、元に帰って又盛り返して来るなれど、またまた繰り返すぞ、次に又捕へられる者出て来るのざぞ、次はひどいのざぞ、是も因縁ざぞ。神の国は誰が見ても、どう考へても、二度と立ち上がられん、人民皆外国につく様になって、此の方の申した事、神示に書かした事、皆嘘ざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力現れるのざぞ、人民臣民早合点して御座るが九分九分九厘と申してあろがな、事務所作らいでもよいぞ、事務所作るのは表の仕組ぞ、裏の御用事務所禁物ぞ、それぞれの役員殿の住むとこ皆それぞれの事務所でないか、よく相談してやりて下され、段々判りて来るぞ。表と裏とあななひぞ、あななひの道と申してあろ、引寄せる身魂は、天で一度改めて引寄せるのであるぞ、今お役に立たん様に臣民の目から、役員の目から見えても袖にするでないぞ、地でも改めしてまだまだ曇り取らなならんぞ、磨けば皆結構な身魂許りぢゃぞ、人民の肚さへたら天もさへるぞ、心鎮もれば天も鎮もるぞ、神勇むぞ。我はぢっと奥に鎮めて表面には気も出されんぞ、我の無い様な事では、我で失敗た此の方の御用出来ないのざぞ、毒にも薬にもならん人民草木にかへしてしまふぞ。此の神示無闇に見せるでないぞ、神示は出ませんと申せよと申してある事忘れるでないぞ。天の規則千でやる事になってゐるのざぞ、今度規則破りたら暗い所へ落ち込んで末代浮ばれんきつい事になるのざから、神くどう気付けておくぞ。次に世に出る番頭殿まだ神なきものにして御座るから一寸先も判らんぞ、先判らずに人間の勝手な政治して世は治まらん道理ぢゃぞ、三日天下でお出直しぞ、その次もその次も又お出直しぢゃ、此の神示よく見てこの先何うなる、其の先どうなると云ふ事、神はどんな事計画しておいでますと云ふ事判らいで政治ないぞ、すればする程悪うなるぞ、神にはこうなる事判って呑んでゐるのざから、何んなことあっても心配ないなれど、それでは臣民可哀想なから、此の神示ウタにして印刷して世によき様にして皆に知らしてやれよ、表の集団でよいぞ、神は天からも地からも日も夜も九十で知らしてゐるのに、九十聞く身魂ないから、九十きく御身曇りてゐるから、人民は判らんなれど、余り判らんでは通らんぞ、早う洗濯掃除せよと申してゐるのざ。人の十倍も今の仕事して其の上で神の御用するのが洗濯ぞ、掃除ぞと申して知らした事忘れたか、地に足つけよと申した事判らんのか、百姓になれ、大工になれと申した事判らんのか、の地もあるぞ、天の百姓、大工もあるのざぞ。善と悪と小さく臣民分けるから判らんのざぞ、大きく目ひらけよ。松食せよ、松おせば判らん病直るのぢゃぞ、松心となれよ、何時も変らん松の翠の松心、松の御国の御民幸あれ。十二月十八日、ひつ九のかみ。
13

(442)
ひふみ神示 20_梅の巻 第15帖 この儘では世持ちて行かんと云ふこと判って居らうが、所々の氏神様、今迄の様な氏子の扱ひでは立ちて行かんぞ、天の規則通りにやり方変へて下されよ、間に合はんことあるぞ。血尊べよ、血は霊であるぞ神であるぞ、血にごしてはならんぞ、血はまぜこぜにしてはならんのぢゃ、黄金は黄金の血、白銀は白銀の血、黄金白銀交ぜ交ぜて別の血つくってはならんのぢゃ、外国にはまぜこぜもあるなれど、元をまぜこぜならんのざぞ、交ぜることは乱すことざぞ、学はこの大事な血乱す様に仕組みてゐるのざぞ、それがよく見える様にしたのは悪神ざぞ、人民の目、くらましてゐるのぢゃぞ、科学科学と人民申してゐるが人民の科学では何も出来ん、乱すばかりぢゃ、神に尋ねて神の科学でないと何も成就せんぞ、分らなくなったら神に尋ねと申してあること忘れるなよ、一に一たす二ばかりとは限らんのぢゃ、判りたか。十一月十八日、ひつ九のかミ。
14

(594)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第83帖 ひかる誠の行をさしたら、皆逃げて了ふから、ここまで甘くして引張って来たなれど、もう甘く出来んから、これからはキチリキチリと神の規則通りに行ふから、御手柄結構に、褌しめて下されよ。この世は神の国の移しであるのに、幽界から移りて来たものの自由にせられて、今の体裁、この世は幽界同様になってゐるぞ。地は九二のやり方せねば治まらん。早う気付いた人民から、救ひの舟を出して下されよ。これと信じたらまかせ切れよ。損もよいぞ。病気もよいぞ。怪我もよいぞ。それによってめぐり取っていただくのぞ。めぐりなくなれば日本晴れぞ。今がその借銭済しぞ。世界のめぐり大きいぞ。真理は霊、芸術は体であるぞ。正し芸術から神の理に入るのもよいぞ。説くのもよいぞ。芸術の行き詰りは真理がないからぞ。芸術は調和。七つの花が八つに咲くぞ。一月三日一二十
15

(612)
ひふみ神示 25_白金の巻 第1帖 天地のことわり書き知らすぞ。この巻しろかねの巻。 天国ぢゃ、霊国ぢゃ、地獄ぢゃ、浄土ぢゃ、穢土ぢゃと申してゐるが、そんな分けへだてはないのであるぞ。時、所、位に応じて色々に説き聞かせてあるのぢゃが、時節到来したので、まことの天地のことわりを書き知らすぞ。三千の世界の中の一つがそなた達の世界であるぞ。この世も亦三千に分れ、更に五千に分れてゐるぞ。このほう五千の山にまつれと申してあろう。今の人民の知り得る世界はその中の八つであるぞ。人民のタネによっては七つしか分らんのであるぞ。日の光を七つと思うてゐるが、八であり、九であり、十であるぞ。人民では六つか七つにしか分けられまいが。イワトがひらけると更に九、十となるぞ。かくしてある一厘の仕組、九十の経綸、成就した暁には何も彼も判ると申してあらうが。八つの世界とは、、ア、オ、ウ、エ、イであるぞ。八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、と考へてよいのぢゃ。キとは気の気であるぞ。その他に逆の力があるぞ。九と十であるぞ。その上に又霊の霊の個から始まってゐるのであるが、それはムの世界、無限の世界と心得よ。霊界に入って行けば、その一部は知れるなれど、皆直ちには判らないのであるぞ。判らんことは判らんと、わからねばならんと申してあらうがな。天、息吹けば、地、息吹くと申してあろう。このことよくわきまえよ。地の規則、天の規則となることあると申して知らしてあらう。この大切こと忘れるでないぞ。おもひの世界が天ぞ。にくの世界が地ぞ。おもひは肉体と一つぞ。二つぞ。三つぞ。おもひ起って肉体動くぞ。肉体動いておもひ動くこともあるぞ。生れ赤児の心になって聞いて下されよ。何も彼も、ハッキリうつるぞ。陰と陽、右と左、上と下、前と後、男と女と考へてゐるなれど、タカミムスヒとカミムスヒと考へてゐるなれど、別のミナカヌシ、現はれるぞ。、卍、、よく見て下されよ。一であり、二であり、三であらうがな。三が道と申してあろう。陰陽二元でないぞ。三元ぞ。三つであるぞ。なくてはならん。にもかくれたと現われたとがあるぞ。このこと先づ心得て下されよ。そなた達は父と母と二人から生れ出たのか。さうではあるまいがな。三人から生れ出てゐること判るであらうがな。どの世界にも人が住んでゐるのであるぞ。の中にがあり、その中に又があり、限りないのざと知らせてあらうが。そなた達の中に又人がゐて限りないのぢゃ。このほう人民の中にゐると知らしてあらうがな。そなた達も八人、十人の人によって生きてゐるのぞ。又十二人でもあるぞ。守護神と申すのは心のそなた達のことであるが、段々変るのであるぞ。自分と自分と和合せよと申すのは、八人十人のそなた達が和合することぞ。それを改心と申すのざぞ。和合した姿を善と申すのぢゃ。今迄の宗教は肉体を悪と申し、心を善と申して、肉体をおろそかにしてゐたが、それが間違ひであること合点か。一切がよいのぢゃと云ふこと合点か。地獄ないこと合点か。悪抱き参らせよと申してあること、これで合点か。合点ぢゃナア。各々の世界の人がその世界の神であるぞ。この世ではそなた達が神であるぞ。あの世では、そなた達の心を肉体としての人がゐるのであるぞ。それがカミと申してゐるものぞ。あの世の人をこの世から見ると神であるが、その上から見ると人であるぞ。あの世の上の世では神の心を肉体として神がゐますのであって限りないのであるぞ。裏から申せば、神様の神様は人間様ぢゃ。心の守護神は肉体ぢゃと申してあらうがな。肉体が心を守ってゐるのであるが、ぢゃと申して肉体が主人顔してはならんぞ。何処迄も下に従ふのぢゃ。順乱すと悪となるぞ。生れ赤児ふみこえ、生れ赤児になって聞いて下されよ。そなた達の本尊は八枚十枚の衣着ているのぢゃ。死と云ふことは、その衣、上からぬぐことぢゃ。ぬぐと中から出て来て又八枚十枚の衣つけるやうになってゐるのぢゃ。判るやうに申してゐるのぢゃぞ。取違ひせんやうにせよ。天から気が地に降って、ものが生命し、その地の生命の気が又天に反影するのであるが、まだまだ地には凸凹あるから、気が天にかへらずに横にそれることあるぞ。その横の気の世界を幽界と申すのぢゃ。幽界は地で曲げられた気のつくり出したところぢゃ。地獄でないぞ。十二月十四日
16

(761)
ひふみ神示 29_秋の巻 第19帖 中今と申すことは、今と申すこと。は無であるぞ。動きなき動きであるぞ。そのことよくわきまへよ。今迄のこと、やり方かえねばならん。一段も二段も三段も上の広い深い、ゆとりのあるやり方に、神のやり方に、規則のない世に、考へ方、やり方、結構であるぞ。
17

(1019)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 22 国祖御隠退の御因縁 第二二章国祖御隠退の御因縁〔二二〕 大国常立尊の御神力によりて、天地はここに剖判し、太陽、太陰、大地の分担神が定まつたことは、前述したとほりである。しかして太陽の霊界は伊邪那岐命これを司りたまひ、その現界は、天照大御神これを主宰したまふのである。次に太陰の霊界は、伊邪那美命これを司りたまひ、その現界は、月夜見之命これを主宰したまふ。大地の霊界は前述のごとくに大国常立命之を司りたまひ、その大海原は日之大神の命によりて須佐之男命これを主宰したまふ神定めとなつた。 しかるに太陽界と、大地球界とは鏡を合したやうに、同一状態に混乱紛糾の状態を現出した。太陰の世界のみは、現幽両界ともに元のままに、平和に治まつてゐる。ひとり太陰に限つて、なぜ今でも平和に治まつてゐるかと言へば、この理は月の形を地上から観測しても明らかである如く、光はあれども酷烈ならず、水気はあつても極寒ではない。実に寒暑の中庸を得たる至善至美の世界であるからである。これに反して太陽の世界は、非常に凡てのものが峻烈で光は鮮かであり、六合に照徹する神力はあれども、それだけまた暗黒なる陰影が多い。しかしてまた大地は、もとより混濁せる分子の凝り固まつてできたものであるから、勢として不浄分子が多い。したがつてまた邪神の発生するのも、やむを得ない次第である。 そこで稚姫君命は、天稚彦と共に神命を奉じて天に上り、天界の神政を司らうとしたまうたが、御昇天の途上において、地上からつき従うた邪神どもにあやまられ、天地経綸の機織の仕組を仕損じたまひ、つひに地上に降りたまひて国常立命と共に地底に潜ませられ、あらゆる艱難苦労を忍びたまふの已むを得ざるに立ちいたつた。稚姫君命の御失敗の因縁については、後日詳しく述べることにする。 さて、大国常立命は天地間の混乱状態邪悪分子をば掃蕩して、最初の神界の御目的どほりの幽政を布かうと遊ばしたまうた。これについて国祖は、まづ坤金神を内助の役として種々の神策を企図したまひ、また、大八洲彦命を天使長兼宰相の地位に立たして、非常に厳格な規則正しき政を行ひ、天の律法を制定して、寸毫といへども天則に干犯するものは、罰するといふことに定めたまうた。そのために地上の年数にして数百年の間は非常に立派に神政が治まつてゐたが、世が次第に開けゆくにつれて、神界、幽界、現界ともに邪悪分子が殖えてきた。すなはち八百万の神人は、日増に大神の御幽政に対する不服を訴ふるやうになり、山川草木にいたるまで言問ひあげつらふ世になつた。 そこでやむを得ず宰相大八洲彦命は、国常立尊の御意志に背くと知りつつも、和光同塵の神策をほどこし、言問ひ、論争ふ八百万の神々を鎮定慰撫しつつ、ともかくも世を治めてゆかれたのである。 しかるにこのとき霊界は、ほとんど四分五裂の勢となり、一方には、盤古大神(又の御名塩長彦)を擁立して、幽政を主宰せしめむとする一派を生じ、他方には、大自在天神大国彦を押し立てて神政を支配し、地の高天原を占領せむとする神人の集団が出現し、その他諸々の神々の小集団は、或ひは盤古大神派に、或ひは大自在天神派に付随せむとし、また中には、この両派に属せずして中立しながら、国常立尊の神政に反対する神々も生じてきた。 そこで国常立尊はやむを得ず天に向つて救援をお請ひになつた。天では天照大御神、日の大神(伊邪那岐尊)、月の大神(伊邪那美尊)、この三体の大神が、地の高天原に御降臨あそばし給ひ、国常立尊の神政および幽政のお手伝ひを遊ばされることになつた。国常立尊は畏れ謹み、瑞の御舎を仕へまつりて、三体の大神を奉迎したまうた。然るところ、地上は国常立尊の御系統は非常に減少して勢力を失ひ、盤古大神および大自在天神の勢力はなはだ侮り難く、つひには国常立尊に対して、御退位をお迫り申すやうになつた。天の御三体の大神は、地上の暴悪なる神々にむかつて、あるひは宥め、或ひは訓し、天則に従ふべきことを懇に説きたまうた。されど、時節は悪神に有利にして、いはゆる……悪盛んにして天に勝つ……といふ状態に立ちいたつた。 ここに国常立尊は神議りに議られ、髪を抜きとり、手を切りとり、骨を断ち、筋を千切り、手足所を異にするやうな惨酷な処刑を甘んじて受けたまうた。されど尊は実に宇宙の大原霊神にましませば、一旦肉体は四分五裂するとも、直ちにもとの肉体に復りたまひ、決して滅びたまふといふことはない。 暴悪なる神々は盤古大神と大自在天神とを押し立て、遮二無二におのが要求を貫徹せむとし、つひには天の御三体の大神様の御舎まで汚し奉るといふことになり、国常立尊に退隠の御命令を下し給はむことを要請した。さて天の御三体の大神様は、国常立尊は臣系となつてゐらるるが、元来は大国常立尊は元の祖神であらせたまひ、御三体の大神様といへども、元来は国常立尊の生みたまうた御関係が坐します故、天の大神様も御真情としては、国常立尊を退隠せしむるに忍びずと考へたまうたなれど、ここに時節の已むなきを覚りたまひ、涙を流しつつ勇猛心を振起したまひ、すべての骨肉の情をすて、しばらく八百万の神々の進言を、御採用あらせらるることになつた。そのとき天の大神様は、国祖に対して後日の再起を以心伝心的に言ひ含みたまひて、国常立尊に御退隠をお命じになり、天に御帰還遊ばされた。 その後、盤古大神を擁立する一派と、大自在天神を押立つる一派とは、烈しく覇権を争ひ、つひに盤古大神の党派が勝ち幽政の全権を握ることになつた。一方国常立尊は自分の妻神坤金神と、大地の主宰神金勝要神および宰相神大八洲彦命その他の有力なる神人と共に、わびしく配所に退去し給うた。 地上の神界の主宰たる大神さへ、かくのごとく御隠退になるといふ有様であるから、地上の主宰たる須佐之男命も亦、八百万の神々に、神退ひに退はるるの已むなきにいたりたまひ、自転倒嶋を立去りて、世界のはしばしに漂泊の旅をつづけられることになつた。しかし須佐之男命は、現界において八岐大蛇を平げ地上を清め、天照大御神にお目にかけ給うたと同じやうに、神界においても、すべての悪神を掃蕩して地上を天下泰平に治め、御三体の大神様にお目にかけ、地上の主宰の大神となり給ふといふのである。 さて、自分はこれから国常立尊随従の八百万の神人の中でも、主なる神司の御経歴御活動を述べ、また盤古大神および大自在天神を擁立せる一派の八百万の神々の経歴および暴動振りを、神界にて目撃せるままを述べておかふと思ふ。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録)
18

(1098)
霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 46 天則違反 第四六章天則違反〔九六〕 ここに天稚彦は唐子姫の妖魅に誑らかされ、諸方を流転し、山野河海を跋渉し、雪の朝霜の夕に足を痛め、風雨に曝され、晩秋の案山子の如きみすぼらしき姿となりて万寿山の城下に現はれ、神司の門戸をたたき、乞食の姿となつてあらはれた。 たまたま吾妻別の門戸をたたく者がある。その音はどこともなくことなれる響きであるを感じ、吾妻別はみづから立つて門を開きみれば、一個の賤しき漂浪神が立つてゐて、命の顔を眺め、 『汝は吾妻別に非ずや』 といつた。命の従臣滝彦は走りきたり、その神司にむかつて、 『汝はいづれの神司か知らざれども、吾門戸に立ち、吾主人にむかつて名を呼捨てになす不届者、一時も早くこの場を立去れ。否むにおいてはこの通り』 といふより早く棍棒をもつて頭上を殴打した。そのはづみに急所をはづれて笠は飛び散つた。漂浪神は眼光烱々として射るごとく、言葉するどく、 『無礼者』 と罵つた。 吾妻別は始めて天稚彦の成れの果てなることを覚り、従臣の無礼を謝し、ねんごろに手を引き万寿山城内に迎へたてまつり、新しき神衣を奉つた。今までの案山子のごとく窶れたる神司は、たちまち豊頬円満なる天晴勇将と変りたまうた。吾妻別は信書を認め、滝彦を使者として竜宮城につかはし、稚桜姫命に、 『天稚彦、万寿山に還りたまひ、しばらく休養されしのち、ふたたび竜宮城に帰還したまはむとす。すみやかに歓迎の準備あらむことを乞ふ』 といふ意味の文面であつた。 大八洲彦命はまづこの信書をひらき、一見して大いに悦び、稚桜姫命は定めて満足したまはむと、みづから心中雀躍りしながら、稚桜姫命の御前に出で、委細を言上した。 命はさだめて御喜びのことと思ひきや、その御顔には怪しき雲がただようた。側近く仕へゐたる玉照彦は、にはかに顔色蒼白となり、唇はぶるぶると震へだした。 大八洲彦命は合点ゆかず、その場を引退つた。このとき滝彦は、天稚彦の今までの御経歴を語り、かつ稚桜姫命にたいし、大なる疑を抱き給ふことを述べた。大八洲彦命は一室に入りて、双手を組み思案に時を移し、この度の命の態度といひ、玉照彦の様子といひ、実に怪しさのかぎりである。しかし律法厳しき竜宮城の主神として天則を破りたまふごとき失態あるべき理由なしと、とつおいつ煩悶苦悩してゐた。 しばらくあつて城内はにはかに騒がしく、天稚彦の御帰城なりとて、右往左往に神司は奔走しはじめた。ここに花森彦は大八洲彦命の前に出で、夫君の御帰城なり、一時もはやく稚桜姫命みづから出迎へたまふやう、御執成しあらむことをと、顔に笑みを含んで進言した。 花森彦はすでに善道に復帰り、律法をよく守りつつあれば、唐子姫を奪はれしことは、少しも念頭にかけてゐなかつた。ここに稚桜姫命は周章狼狽のあまり、袴を前後にはき、上着の裏を着るなどして、あわてて出迎へられた。しかして玉照彦は相変らず、御手をひき命を労りつつ迎へた。 天稚彦は、いきなり物をもいはず鉄拳を振りあげ、玉照彦を打ちすゑた。稚桜姫命はおほいに驚き、玉照彦を抱きあげむとしたまうた。 玉照彦は息もたえだえに、 『われは厳重なる規律を破り、天則に違反し、ここに命のために打たれて滅びむとす。これ国治立命の御神罰なり。許したまへ』 と真心より大神に祈りを捧げ、たちまち城内の露と消えた。 諸神司はこの光景をながめ、二神司の間をいかにして宥め奉らむやと苦心した。 このとき国治立命は神姿を現はし、二神司の前に立ち、 『夫婦の戒律を破りたる極重罪悪神なり。天地の規則に照し、天稚彦、稚桜姫命は、すみやかに幽界にいたり、幽庁の主宰者たるべし』 と厳命された。地上を治め、その上天上にいたりて神政を掌握さるべき運命の神、稚桜姫命は、やがては天より高く咲く花の、色香褪せたる紫陽花や、変ればかはる身の宿世、いよいよここに、二神司は地獄の釜の焦起し、三千年の、忍びがたき苦しみを受けたまうこととなつた。 (大正一〇・一一・八旧一〇・九外山豊二録)
19

(1154)
霊界物語 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 47 夫婦の大道 第四七章夫婦の大道〔一四七〕 真心彦は職を辞し、固く門戸を閉ざして他人との接見を断ち、謹慎の意を表しつつありしが、つひにはその精神に異状を呈し、一間に入りて、ひそかに短刀を抜きはなち、 『惟神霊幸倍坐世』 と神語を唱へ自刃して帰幽したりける。妻事足姫をはじめ、長子広宗彦、次子行成彦の悲歎と驚きはたとふるにものなく、七日七夜は蚊の泣くごとくなりけり。八百万の神人も涙の雨に袖をしぼらぬはなく、同情の念はことごとく清廉潔白なる真心彦の御魂に集まりぬ。八百万の神人は命の生前の勲功を賞揚し、長子広宗彦をして、父の後を襲ぐべく神司らは一致して、国治立命に願ひ出でたり。 ここに広宗彦は仁慈をもつて下万民に臨みければ、神界現界は実に無事泰平に治まり、したがつて国治立命の神世を謳歌する声は六合に轟きわたりたり。国治立命をはじめ、地の高天原の神人の威勢は旭日昇天のごとく隆々として四海を圧するにいたり、開闢以来かくのごとくよく治まりし神世は空前絶後の聖代と称せられける。要するに、清廉にして無欲、かつ仁慈深き真心彦の血を享け継ぎたる広宗彦の経綸よろしきを得たる結果なるべし。 ここに真心彦の未亡人なる事足姫は、夫の心を察せず、数年を経てつひに夫の恩徳を忘れ、春永彦といふ後の夫をもち、夫婦のあひだに桃上彦といふ一柱の男子を生みけり。桃上彦はまた仁慈ふかく下の神人をあはれみ、かつ上にたいして忠実至誠の実をあげ、衆の評判も非常に好かりけるより、兄の広宗彦はおほいに歓び、自分の副役として神務を輔佐せしめたり。 然るに星移り月を閲するにしたがひ、最初きはめて善良なる性質の桃上彦も、つひに常世国の魔神にその心魂を誑惑せられ、漸次悪化邪遷して体主霊従の行動をなし、上位の命を奉ぜず、他神人の迷惑も心頭におかず、自己本位を旨とし、驕慢心日々に増長して、つひには兄の地位を奪ひ、みづから天使の位置に昇り、神政の全権を掌握せむと計り、ひたすら下万民の望みを一身に集中することのみに砕心焦慮したりけり。それゆゑ下万民の桃上彦にたいする勢望は一時は非常なるものにてありき。つひに桃上彦は兄を排斥し、みづからその地位につき仁政を世界に布き、大いに神政のために心身を傾注しける。下々の神人も最初はその仁政を口をきはめて謳歌しつつありしが、つひにはその恩になれて余りに有りがたく思はざるにいたり、放縦安逸の生活をのみ企て、天地の律法をもつて無用の長物と貶するにいたり、聖地の重なる神司も侍者も漸次聖地を離れて四方に各自思ひおもひの方面に散乱したり。而して桃上彦にむかいて忠告を与ふる神人あらば怒つてこれを排除し、かつ罪におとしいれ、乱暴狼藉いたらざるなく、瞬くうちに聖地は冬の木草のごとき荒涼たる状況となり了りける。これぞ常世彦、常世姫があまたの邪神を使役して、神政を紊乱せしめ、国治立命を漸次排除する前提として、大樹を伐らむとせば先づその枝を伐るの戦法を用ゐたるゆゑなり。国治立命は枝葉をきられた大樹のごとく、手足をもぎとられし蟹のごとく、二進も三進もならざるやうに仕むけられたまひて、神の権威はまつたく地に落ちにける。これぞ体主霊従の大原因となり、天地の律法は根底より破壊さるるの状態を馴致したるなりき。 事足姫は、空閨の淋しさに忍びきれず、婦女のもつとも大切なる貞節を破り、後の夫をもちて夫の霊にたいし無礼を加へたるごとき、体主霊従の精神より生れいでたる桃上彦なりければ、最初の間はきはめて身、魂ともに円満清朗にして、申分なき至誠の神人なりしかども、母の天則を破りたる、不貞の水火の凝結したる胎内を借りて出生したる結果、つひにはその本性あらはれ、放縦驕慢の精神萠芽せむとする、その間隙に乗じて邪神の容器と不知不識のあひだに化りかはり、つひには分外の大野心をおこし、あたら大神の苦辛して修理固成されたる天地の大経綸を、根底より破滅顛覆せしむるにいたりける。神諭に、 『世の乱れる原因は、夫婦の道からであるぞよ』 と示されあるごとく、夫婦の道ほど大切なもの又と外になかるべし。国家を亡ぼすも、一家を破るも、一身を害ふも、みな天地の律法に定められたる夫婦の大道を踏みあやまるよりきたるところの災なり。神界の神々は申すもさらなり、地上の人類は神に次ぐところの結構なる身魂なるを知りて、第一に夫婦の関係に注意すべきものなり。 かくのごとく事足姫の脱線的不倫の行為より、ひいてはその児の精神に大なる影響をおよぼし、つひには神界も混乱紛糾の極に達し、現界の人類にいたるまで、この罪悪に感染し、現代のごとく邪悪無道の社会を現出するに立いたりたるなり。 これを思へば神人ともに、体主霊従の心行を改め、根本より身魂の立替立直しに全力をささげ、霊主体従の天授の大精神に立かへり、神の御子たるの天職を奉仕し、毫末といへども体主霊従に堕するがごときことなきやう、たがひに慎み、天地の律法を堅く守らざるべからざるを強く深く感ずる次第なり。 天地の律法を破りて、自由行動を取りたる二神人の子と生れたる桃上彦が、大なる野心を起しその目的を達せむため、下の神人にたいして人望を買はむとし、八方美人主義を発揮したるために、かへつて下々の神人より軽侮せられ、愚弄され、綱紀は弛緩し、上の命ずるところ下これを用ゐざる不規則きはまる社会を現出せしめたるなり。神界にては桃上彦を大曲津神と呼ばるるにいたりける。神諭に、 『慢神と誤解と夫婦の道と欲ほど恐いものは無い』 と示されたるとほり、桃上彦の失敗を処世上の手本として、神人ともに日々の行動を慎み、天授の精魂を汚さざるやう努力せざるべからず。また桃上彦は八十猛彦、百猛彦を殊のほか寵愛し、両人を頤使してますます野心をたくましうし、神政をもち荒したる結果は、現界にもその影響波及し、持ちも降しもならぬ澆季の世を招来したりしなり。 (大正一〇・一二・九旧一一・一一谷村真友録) (第四四章~第四七章昭和一〇・一・一八於宮崎市神田橋旅館王仁校正)
20

(1180)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 18 隠忍自重 第一八章隠忍自重〔一六八〕 森鷹彦の壇上における大獅子吼はその実、地の高天原より神命を奉じて、この反逆的会議を根底より改めしむべく、神使として鬼武彦なる白狐出の猛神の変化なりける。森鷹彦はモスコーの八王道貫彦の従臣にして、あくまで強力の男子なるが、いま壇上にその雄姿を表はしたるは、実に鬼武彦の化身なりける。鬼武彦は大江山の守神にして悪魔征服の強神なりけり。 八王大神以下常世国の神人らは、何れも悪鬼、邪神、悪狐、毒蛇の天足と胞場の裔霊常に彼らの身魂を左右し、日夜悪逆無道、天則破壊の行為を続行せしめつつありける。ゆゑに今回の常世会議は、すべて背後にこれらの邪神操縦して居りて、大々的野望を達せむと企てゐたりけるに、地の高天原より大神の命により派遣されたる大江山の猛神鬼武彦のために、さすがの邪神もその魔力を発揮する機会を全く失ひけるぞ心地よき。 すべて天地の間は宇宙の大元神たる大神の御許容なき時は、九分九厘にて打ち覆さるるものなれば、さしもに名望勢力一世に冠絶せる八王大神と大自在天の威力をもつてするも、到底その目的を達し得ざるは、神明の儼乎として動かすべからざるの證拠なり。神は自ら創造したる世界を修理固成せむと、ここに千辛万苦の結果、無限の霊徳をもつて神人を生み出したまひ、天地経綸の大司宰として大神に代りて、世界を至善、至美、至安、至楽の神境となしたまふが大主願なり。併しこの時代は前述せるごとく、世界一体にして地上の主宰者は只一柱と限定されゐたりしなり。しかるに世はおひおひと開け、神人は神人を生み地上に充満するに至つて、各自の欲望発生し、神人みなその天職を忘れて、利己的精神を発生し、つひには自由行動をとり、優勝劣敗の悪風吹き荒み、八王大神のごとき自主的強力の神現はれ、天下を掌握せむとするに立到りたるなり。 ちなみに神人とは現代にいふ人格の優れたる人をいふにあらず、人の形に造られたる神にしてある時は竜蛇となり、猛虎となり、獅子となりて神変不思議の行動を為し得る神の謂なり。ゆゑに神として元形のままに活動する時は、天地をかけり、宇宙を自由自在に遠近明暗の区別なく活動し得るの便宜あり。宇宙の大元神はここにおいてその自由行動を抑圧し、地上の神界を修理せむとして神通力をのぞき、神人なるものに生み代へ変らしめたまひける。 ゆゑに神人なるものは危急存亡の時に到るや、元の姿のままの竜となり、白蛇となり、その他種々の形に還元することあり。されど還元するは神の生成化育、進歩発達の大精神に違反するものにして、一度元形に復し神変不可思議の神力を顕はすや、たちまち天則違反の大罪となりて、根底の国に駆逐さるるのみならず、神格たちまち下降して畜生道に陥るの恐れあり。ゆゑに神人たる名誉の地位を守るためには、いかなる悔しさ、残念さをも隠忍してその神格を保持することに努力さるるものなり。自暴自棄の神人はつひに神格を捨て悪竜と変じ、つひに万劫末代亡びの基を開くなり。現代のごとき体主霊従の物質主義者は、すべてこの自暴自棄してふたたび畜生道に堕落したる邪神と同様なり。これを思へば人間たるものは、あくまでも忍耐の心を持ち大道を厳守して、神の御裔たる品格を永遠に保つべきなり。 人間の中には短慮なるもの在りて危急の場合とか、一大事の場合に際し、身命を擲ちてその主張を急速に達成せむとし、知らず識らずの間に自暴自棄的行動を敢行し、瓦全よりも玉砕主義を選ぶと言ひて誇るものあり。玉砕は自己の滅亡にして、自ら人格を無視するものとなり、神界の大神の眼よりは自暴自棄、薄志弱行の徒として指弾され霊魂の人格までも失墜するに致るものなり。すべて瓦全と玉砕は、人間として易々たる業なり。天地経綸の大司宰として、生れ出でしめられたる人間はあくまでも隠忍自重して、人格を尊重し、いかなる圧迫も、困窮も、災禍も、忍耐力、荒魂の勇を揮つて玉全を計るべきは当然の道なり。アヽ現代の人間にしてこの忍耐を守り、人格を傷害せざるもの幾人かある。人は残らず禽獣の域を脱すること能はずして、神の造りし世界は日に月に餓鬼、修羅、畜生の暗黒界と化しつつあるは、実に遺憾の極みなりけり。 国祖の神諭にも、 『三千年の永き月日を悔し残念、艱難辛苦を耐へ耐へて、ここまできた艮の金神であるぞよ』 と示されたるも、右の理由に基くものなり。天地万有をみづから創造したまひ、絶対無限無始無終の神徳を完全に具有したまふ宇宙の大元神たる大国治立命にして、固有の神力を発揚し、太古の初発時代の神姿に還元して活動したまふにおいては、如何なる大神業といへども朝飯前の御事業なるべし。されど大神は一旦定めおかれたる天則をみづから破り、その無限の神力を発揮したまふは、みづから天則を造りて自ら之を破るの矛盾を来すものなれば、大神は軽々しくこれを断行したまはざるは、もつともなる次第なりけり。 神諭にいふ、 『艮の金神が、太古の元の姿に還りて活らき出したら、世界は如何様にでも致すなれど、元の姿のままに現はれたら、一旦この世を泥海に致さねばならぬから、神は成るだけ静まりて、世の立替を致そうと思ふて神代一代世に落ちて、世界の神、仏、人民、畜類、鳥類、昆虫までも助けてやらうと思ふて苦労を致して居るぞよ』 と示されたる神示は、我々は十分に味はひおかざるべからず。万々一国祖の神にして憤りを発し、太初の神姿に復帰したまひし時は、折角ここまで物質的に完成したるこの世界を破壊し終らざれば成らぬものなれば、大神はあくまでも最初の規則を遵守して忍耐に忍耐を重ねたまひしなり。アヽ有難き大神の御神慮よ。 常世彦をはじめ、さすがの暴悪無道の神人といへども太古のままの元形に還り、神変不可思議の活動をなすことは知りをり、かつ又その実力は慥に保有してをれども、その神人たるの神格を失ひ、根底の国において永遠無窮に身魂の苦しまむことを恐れて、容易にその魔力を揮はざりしなり。この真理を悟りし神人はたとへ肉体は滅亡するとも、決して根本的に脱線的還元の道は選ばざりしなり。アヽ犯し難きは天則の大根元なるかな。 (大正一〇・一二・二一旧一一・二三出口瑞月)