🏠 トップページへ

📖 キーワード検索

番号
(No.)
書籍 内容
321

(3345)
霊界物語 78_巳_朝香比女の神の物語(葦原新国) 17 天任地命 第一七章天任地命〔一九七三〕 茲に葦原の国土の守り神と生れませる葦原比女の神は、天体に現はれし月星の奇現象に三千年の天地の時到れることを、鋭敏なる頭脳より証覚し給ひ、大勇猛心を発揮して、天津神等を一柱も残さず地に降し、また地に潜みたる神魂の清き国津神を抜擢して、天津神の位置につらね、国土の政治一切を統括せしめ給ふ大英断に、朝香比女の神は感激し給ひ、諸神に向つて宣示的御歌を詠ませ給ふ。その御歌、 『天地の開けし時ゆためしなき 今日の動きの大いなるかも 天地も一度に動く心地かな 国土の司の昇り降りは 荒金の地を拓きて御日光は 天津御空に昇りましける 天渡る星は御空の高きより 降りて地にひそむ夜半なり 葦原比女神の神言の英断を 主の大神も嘉しますらむ 二十年の曇り汚れも今日よりは 隈なく晴れて月日は照らむ 神々の水火の曇りの強ければ 天津御空に黒雲立つも 新しき国土の生れし今日よりは 葦原の国土はゆたに栄えむ』 葦原比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『御光の神の現れます忍ケ丘に 国土の司を定めけるかな 国津神を天津神とし天津神を 国津神とし稚国土生まむ 国津神を言向け和すと此丘に 神を祈りて千代を祝はむ』 かく宣り終へ給ひて、国津神もろもろに命じ、忍ケ丘の聖所に主の大神の斎壇を造らせ、祝詞の声も恭しく、天津神、国津神、十柱神の神任式の祭典を盛大に行はせ給ひける。 野槌比古の神は葦原比女の神の御前に、恐る畏る進み出で、歌もて答へ給ふ。 『葦原の国土の守りと天降ります 御樋代神の御前畏し 卑しかる吾国津神選まれて 今日より仕へむ御側近くを 天も地も醜の黒雲ふさがりし この国原は明け放れたり 真心の限りをつくし主の神を 朝夕斎きて公に仕へむ 荒金の地をはひ出で久方の 御空に昇るわれ畏しも 卑しけれど御言葉なりせば慎みて 仕へ奉らむ国土の柱と 四柱の国津神たちもろともに 御前を近く清めて仕へむ』 高比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『御樋代の神の依さしの言霊を 畏み奉り今日より仕へむ 天津神国津神等のなやみをも 真言の力に払ひ奉らむ われは野に久しくありて天津神の 日々に務むる神業に疎し われはただ真心もちて朝夕に 百の神たちの為につくさむ 葦原の国土は稚しもはしばしは まだ曲津見の雄猛び強し 今日よりは清けき明き心もて 公と国土とに神魂捧げむ』 照比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『思ひきや天津御神の位置に入りて 公に親しく仕へ奉るとは 駿馬の使にわれは驚きて 急ぎ御前にかしこみ来るも 主の神の生ませ給ひし葦原の 国土を生かして永久に守らむ 御樋代神の例もあらぬ英断に 吾は畏み馳せまゐりけり 天津神の務むるわざは知らねども 神任のままに仕へ奉らむ 朝夕に禊の神事を修めつつ 此稚国土の為に尽さむ 月も日も神庭に清く照比古の 神は功を永久に立てむ これの世を忍ケ丘に年さびて 世を歎きましし野槌の神はや 吾もまた忍ケ丘に往来して 野槌の神の教うけをり 曇りはて乱れはてたる国原を 治めむとして道を求ぎける 野槌比古神の教は天地の 神の真言の教なりけり 国津神の水火安かれと朝夕に 神を祈りし野槌の神なり 野槌比古神の教に従ひて 永き年月を神斎きけり 今日となりて野槌の神の畏さを 悟りけらしな愚なる身も 畏けれど御樋代神の御前に 仕へて神国を安く生かさむ』 清比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『御樋代の神の真言に召されつつ 忍ケ丘にわが来つるかも 吾もまた野槌の神の御教を 朝な夕なに守りてしはや 久方の御空曇らひ水火汚れ 苦しき神世となりにけらしな 天の時漸く来りて御光の 神の力に神世晴れにける 葦原比女神の御心なやめてし 国津神等の罪を許せよ 国津神の穢き水火の固まりて 天津御神に及びけるかも 荒金の地の司と降りましし 天津神等をいとしく思ふも 吾もまた望む位置にはあらねども 公の言葉に背く由なし 貴身と小身の道を正して天地の 神の御心なごめ奉らむ 今日よりは野槌の神に従ひて 此稚国土の為に尽さむ たまきはる命のはつる夕べまで 吾は尽さむ神国の為に 貴身と小身田身の真道明らかに 明して御前に真心尽さむ』 晴比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『かかる日のありとは予て知りながら 今日のよき日に驚きけるかも 愛善の紫微天界に生き生きて すべてのものを助け守らむ 鳥獣魚虫螻蛄にいたるまで 神の恵に浸し守らむ 新しき国土の司と任けられて 吾魂線の戦き止まずも 主の神の水火の力を身に浴びて 葦原の国土に力を尽さむ 御樋代神の御稜威畏み葦原の 国土の隈々拓き進まむ 足引の鷹巣の山の雲をぬく 高き功を立てむと思ふ 曲津見はかげを潜めむ忍ケ丘の 今日の喜び耳にしつれば 御光の神は現れまし葦原比女の 神は光らす目出度き神世かな 年長く国土のなやみを歎ちてし わがおもひねは晴れ渡りける 主の神の生ませ給ひし貴の島を 汚す曲津見を憎みつ年経つ 久方の天の時こそ迫り来て 吾世に出でし今宵ぞ嬉しき 力なく光なけれど吾はただ 野槌の神に添ひて仕へむ 主の神の御水火に現れます御樋代神を 吾公として仰ぐ今日かも 葦原の国土の守りの司神と 光らせ給へ万世までも』 かく各自神任式の挨拶や抱負を、御歌もて国土の大神柱なる葦原比女の神の御前に、言挙げし、英気をその面に充し給ひけるぞ畏けれ。 茲に御樋代の神は、天津神の神任式を目出度く終らせ給ひ、ついで国津神の任所を定め給はむとして、宣示的御歌を詠ませ給ふ。 『真以比古神の神言は西の国土の 司となりて神を治めよ 葦原の西の国辺は国津神 数多住むとふとく出で立たせよ』 真以比古の神は感激しながら御歌もて答へ奉る。 『御樋代神の恵かしこし謹みて 西国土拓くと勇み進まむ 今日よりは西の国土なる国津神の 司となりて貴身に仕へむ』 葦原比女の神は成山比古の神に向ひ、宣示的御歌詠ませ給ふ。 『成山比古神は南の国原に 進みて国土の長と仕へよ 南の国土に住まへる国津神を 朝な夕なに労り守れ』 成山比古の神は畏る畏る御歌詠ませ給ふ。 『汚れたる神魂の吾も捨てまさぬ 貴身の言葉に涙しにけり 力なき吾なりながら御心に 背かじものと朝夕仕へむ』 葦原比女の神は霊生比古の神に向ひ、宣示的御歌詠ませ給ふ。 『霊生比古神は東の国原に 司となりて進み行きませ 鷹巣山の東に当る国土なれば 曲津の猛びを心して行け』 霊生比古の神は感謝しながら御歌奉る。 『許々多久の罪も汚れも許しまし 東の国主に任け給ひけるはや 国主てふ尊きわざを任けられて 忝なさに袖しぼるなり』 葦原比女の神は栄春比女の神に向ひて、宣示的御歌を与へ給ふ。 『栄春比女神はこれより北の国土の 司となりて永久に栄えよ 北の国土はまだ稚ければ国津神も 数多住まなく曲津見多し 曲津見に心して行け栄春比女よ 汝が功を吾守るべし』 栄春比女の神は嗚咽涕泣しながら神恩を忝なみ、御歌を奉る。 『吾もまた穢き弱き神なるを 恵の貴身は捨て給はぬを よしやよし魂の命は失するとも 貴身の恵に報はで置くべき 北の国土を春の弥生の花の如 𪫧怜に委曲に拓き奉らむ いざさらば北の神国に進むべし まめやかにませよ御樋代の神』 葦原比女の神は八栄比女の神に向ひて、御歌を与へ給ふ。 『八栄比女は野槌の神の後をつぎ 忍ケ丘の国津神守らへ 葦原の国土の真秀良場よ忍ケ丘は 光の神の天降らしし丘よ』 八栄比女の神は嬉しさに堪へず、歌もて答へ奉る。 『吾貴身の厚き心に包まれて 忍ケ丘の涙忍びぬ 御光の神の天降りし此聖所の 司となりし吾幸思ふ 今日よりは心の限り身の限り 貴身の依さしに報い奉らむ』 茲に朝香比女の神一行の神々の立会のもとに、葦原比女の神の英断的神任式は無事終了をつげ、天津神は国津神となり、国津神は天津神と任けられて、いよいよ葦原の国土の新生命は輝き初めにけるぞ畏けれ。 (昭和八・一二・二二旧一一・六於大阪分院蒼雲閣白石恵子謹録)
322

(3354)
霊界物語 78_巳_朝香比女の神の物語(葦原新国) 余白歌 余白歌 村雲の天地にふさがる葦原は月日の影もおぼろなりけり〈第1章(初版)〉 天地の妖気を払ひ新しき国の光を照らす道なり〈第1章(初版)〉 武士の勲功なくば葦原の闇は永久晴る丶時なし〈第2章(初版)〉 あし原の国を治むる大道は先づ愛善の工作と知れ〈第5章(初版)〉 月も日も新たに光り初めにつつ葦原の国はよみがへるらむ〈第5章(初版)〉 日月はさやけく照れど人心常暗にして曲神雄たけぶ〈第6章(初版)〉 うつり行く世の有様や知られけり御空の星の影うすれつつ〈第6章(初版)〉 久方の御空を渡る月かげを金星土星は貫き通るも〈第6章(初版)〉 三千年に只一度の月星のまぐはいこそは珍しきかも〈第6章(初版)〉 三日月のかげは次々太りつつ夜の太陽と暉き渡らむ〈第6章(初版)〉 東の都の空に時待ちて世の迷妄を晴らさむと思ふ〈第7章(初版)〉 何一つ生かして使ふ物もなき今の世界は寂しかりけり〈第7章(初版)〉 日々谷原の百の蛙も飛び去りて都大路に桜咲くなり〈第8章(初版)〉 鳥が啼くあづまの空に翼搏つ鵺鳥の数多き春なり〈第9章(初版)〉 嵐吹く都大路の桜樹は花の盛りを夜半に散るなり〈第11章(初版)〉 世を思ふ心の駒はいつしかに吾を東に上らせにけり〈第13章(初版)〉 大いなる空音聴きつ春の夜を眠らでおもふ国の行末〈第14章(初版)〉 吾は今東の国にとどまりて移り行く世の状をなげきつ〈第15章(初版)〉 高光る我大君の御代思ふ心に風の通う間もなし〈第17章(初版)〉 大君の光を包む曲神の世の終末は近づきにけり〈第17章(初版)〉 皇国の真の使命を悟らざる政治家の世に立つはうたてき〈第17章(初版)〉 鳥が啼く東の都に我ありて神坐す国の前途を懸念す〈第19章(初版)〉 雨嵐雷鳴轟き渡りつつすべての塵を祓ひ清めむ〈第19章(初版)〉 世に立たむ時は近みて凡百のわざはひ我のまはりを絡むも〈第19章(初版)〉 政匪財匪学匪赤匪の亡ぶべき時は迫りて桜散るなり〈第20章(初版)〉 満洲の匪賊にまして恐ろしき悪魔は国の上下に充ちたり〈第20章(初版)〉 安国と知召す国の日の本に醜の嵐のすさぶ忌々しさ〈第20章(初版)〉 天地の神明表に現れまして善悪正邪を審き玉はむ〈第21章(初版)〉 いつまでも悪神等の跳梁に任し玉はむや本津御神は〈第21章(初版)〉 東の御空に黒雲ふさがりて人の心の暗き春なり〈第22章(初版)〉 世のさまを余所に桜は爛漫と都大路を無心に飾れり〈第22章(初版)〉 菖蒲咲く初夏をも待たず移り行く世のさま思へば静心なし〈第22章(初版)〉 この春は東の国に我ありて嵐に散りしく桜見るかな〈第22章(初版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
323

(3411)
霊界物語 81_申_伊佐子の島の物語 04 遷座式 第四章遷座式〔二〇三一〕 アヅミ王が発起のもとに、軍神等が百日百夜丹精を凝らしたる結果、月光山の頂上にさも荘厳なる瑞の御舎は建てられにけり。 茲にアヅミ王は、七日七夜の修祓を終り、恭しく神殿に昇り祓ひの式を修し、且つ遷宮式の祝詞を奏上しける。 神々等は此の聖場に襟を正し、恐懼して控へ居る。禊祓の祝詞の文に曰ふ。 『掛巻くも畏き、紫微天界の真秀良場高日の宮に、大宮柱太敷きたて、高天原に千木高知りて、永久に鎮まりいまし、大宇宙を領有ぎ給ふ主の大御神、高鉾の神、神鉾の神の貴の大前に斎主元イドム城の主アヅミ王、謹み敬ひ畏み畏みも白さく。 アヅミの国は大御神の恵弥深く、田畑繁り木の実豊かに、国津神は朝な夕なの厚き恵に、楽しく世を送りける折もあれ、サールの国の国司エールスは、数多の兵士を率ゐて大栄山の峰を渡り、真珠の湖を占領し、進んで平和の楽土と聞えたる、吾祖先より弥次々に守りたる、イドム城を取り囲み、弓矢をもちて攻め寄せ来りけるにぞ、吾も此猛き仇を防がむとして射向ひたりけるに、果敢なくも味方の大方は敵に滅ぼされ、吾娘は行方分かずなりにける。かかる禍の吾に迫り来るは、全く祖々の志を軽んずるの余り、主の大神の御恵を忘れ、恣なる政治を為せし罪故と、ここに前非を悔い真心より改めて、大神の御子たる事を悟らひにける。吾ここをもて悔い改めの心の千重の一重のしるしにもと、月光山の頂の最も清く最も涼しき、常磐木茂る上津岩根に、大宮柱太敷きたてて、主の大神の大御霊を招ぎ奉るとして、海川山野の種々の美味物を、八足の机代に置き足はし、御酒御饌御水献りて願ぎ奉るさまを、安らけく平らけく聞食し、相諾ひ給ひて、月光山のこれの聖所は、弥益々も常夏の国と栄え、神の恵を戴きて再びイドムの城を奪ひ返さしめ給へ。イドムの城の再び吾手に返りし上は、上下共に驕りの心を戒め、火、水、土の恵を悟らしめ、大御神の大御心に叶ひ奉るべく教へ諭すべきを誓ひ奉る。仰ぎ願はくは主の大御神、これの大殿に天降りましまして、貴の御霊を永久に止めさせ給ひ、イドムの国は言ふも更なり、サールの国も悉く、大御神の恵の露に潤はしめ、直く正しき心を持たしめ給へと、畏み畏みも祈願奉らくと白す。 一二三四五六七八九十百千万 千万の栄えあれ 八千万の恵あれ』 かく歌ひ終り、再び神前に敬礼しながら、 『久方の天津御神の大御かげを 吾はたしかに拝みまつりぬ ありがたき神の天降りに我国は 弥ますますも栄え行くらむ 主の神の御霊天降らす今日よりは 我国原は安けかるべし 天を仰ぎ地に額づき朝夕を 主の大神に仕へ奉らむ 月光の山は清しも主の神の 御霊の永久に止まり給へば 草も木も色艶やかになりにけり 神の天降りし此のたまゆらに 過ちし心をとみに清めたる 吾は神の子神の宮なり 永久にこれの宮居に止まりて 伊佐子の島根を照らさせ給へ』 と拍手して元の座に直りける。 ムラジ姫は神前に拝礼し静かに歌ふ。 『八十日日はあれども今日の吉き日こそ わがたましひの蘇り知る 主の神はこれの聖所に天降りまして わがたましひの勇みやまずも 嘆かひの日数重ねて嬉しくも 今日の吉き日にあひにけらしな 愛娘チンリウ姫の行く先を 守らせ給へ主の大御神 わが娘齢しあれば一日だも 早く吾目にうつさせ給へ 何となく心嬉しく勇みたちて 吾手吾足舞ひ狂ふなり 祖々の守りし城に立ち帰り 神のまつりを行はせませ』 シウランは歌ふ。 『久方の主の大神の御霊を 斎きし今日は喜びあふる 厳かな王の祝詞の言霊に 主の大御神天降りましけむ 言霊の助くる国と知りながら 行ひ得ざりし事を悔ゆるも 言霊を朝夕宣りつつありしならば イドムの城は滅びざりけむ 言霊の厳の力を忘れたる 報いは滅びの他なかりけり 武士を数多引き連れ敗れたる われも言霊忘れ居たりき』 斯く歌ふ折しも、殿内忽ち鳴動して地鳴震動烈しく、新築の社殿も殆ど覆へらむばかり思はれにける。 アヅミ王は恐れ畏み、再び神前にひれ伏して静かに歌ふ。 『大神の御旨にそむきし為なるか 天地一度に揺ぎそめたる 罪あれば吾を譴責めよ天津神 われに倣ひしものにありせば わが教曇りたるより国津神 神を忘れて乱れたりける 吾生命召すも厭はじ国津神の 罪を偏に許させ給へ』 かく歌ふ折もあれ、突然として神前に現はれ給ひし三柱の大神あり。 一柱の神は主の大神と見えて御姿いたく光らせ給へば、拝み奉るよしもなく、わづかにその御影を想像するばかりなりけるが、白衣を纒ひ右手に各自鉾を持たして立ち給ふ神は、正しく高鉾の神、神鉾の神にましましける。 高鉾の神は厳かに宣らせ給ふ。 『吾こそは高日の宮ゆ天降りてし 高鉾の神ぞ心安かれ この国は生言霊の死せる国 神の助けのあらぬ国ぞや アヅミ王元津心に立ちかへり 宮居造りしわざを嘉すも 天地の一度に揺りしは主の神の 天降り給ひししるしなるぞや アヅミ王よ恐るるなかれ主の神の 御国助くと天降りませしぞや』 神鉾の神は御歌詠ませ給ふ。 『主の神の御供に仕へ八重雲を かき分け此処に天降りし神ぞや 神鉾の神はわれぞや村肝の 心清めてわが面を見よ』 この降臨にアヅミ王をはじめ左守、右守、軍師其他の神々は広庭にひれ伏し、感謝と喜びに身をふるはして蹲り居る。 アヅミ王は恐る恐る謹み歌ふ。 『罪深き吾身の願ひ聞召し 天降り給ひし神ぞ畏し 今日よりは心を清め身を浄め 神の御旨に叶ひ奉らむ 力弱き吾に力を添へ給へ イドムの国は醜はびこれば』 高鉾の神は御歌詠ませ給ふ。 『醜神は汝が心に潜むなり みたま清めて追ひ出すべし 刈菰と乱れはてたる此の国も 汝が心の汚れし故ぞや 今日よりは元津心にたちかへり 誠の上にも誠を尽せよ』 アヅミ王は歌ふ。 『ありがたき仰せなるかも知らず知らず わが魂に曲津の潜めるか 主の神の厳の力にわが魂の 醜の鬼神退ひ給はれ』 神鉾の神は御歌詠ませ給ふ。 『ゐやなきは汝が言葉よ魂の 鬼は自らつくりしものを 肝向ふ心の鬼を退ふべき 誠の力は真言なるぞや』 斯く歌ひ給ふや、三柱の神は消ゆるが如く御姿を隠させ給ひける。再び天地震動して大空の雲は左右に分れ、虹の如き天の浮橋かかるよと見る間に、三柱の神は荘厳なる雄姿を現はし給ふ御姿、ほのかに下界より拝むを得たりける。 アヅミ王は天を仰ぎ拍手しながら、謹みの色を面に漲らして歌ふ。 『主の神は善言美詞の言霊を われに授けて帰りましけり 御教委曲に聞きてわが魂の 汚れはてたる事を悟りぬ 大宮は新たに仕へ奉れども 鎮まりまさずて帰らせ給ひぬ 真心のあらむ限りを尽しつつ われは誠をもちて仕へむ 主の神の怒りに触れしか吾魂は 穏かならず震ひをののく エールスに城奪はれしも吾魂に 潜む曲津のわざなりしかな 上下の序を乱し誇りたる 国津神らの罪また深けむ さりながら吾魂の曇りゐて 世の乱れをば悟らず居たるよ 乱れしと悟りし頃は早や既に 吾住む城は落ちにけらしな 掛け巻くも綾に畏き大神の 恵賜はれこれの御国に』 ムラジの姫は歌ふ。 『三柱の神の御姿拝みてゆ われは頭をもたげ得ざりき 頭上より押しつぶさるる心地して 御稜威畏みふるへ居たるも 天地にかかる尊き神坐すと 知らざる罪の報い来しよな エールスの襲ひ来るも宜ようべ 神に背きしイドムの城は 天地は神の住処と知らずして 驕り暮せし罪恐ろしも 七日七夜の禊はおろか百日日も 身体みたま清め澄まさむ 主の神の御霊をこれの新殿に 迎へむとせし罪恐ろしも 吾々がみたまの曇り晴れざれば 如何で天降らむ三柱神は 恐れ多き事をなしけり曇りたる みたまかかへて神祀るとは 新殿は厳かなれど主の神は 鎮まりまさず心もとなや 磨きたる上にもみたまみがきあげ 神の御前に仕へ奉らな』 シウランは歌ふ。 『恐れ多き事をなしけり汚れたる 身を省みず神を招ぎしは 神殿も毀れむばかり唸りつつ 動き揺れしは神罰なるべし 今日よりは弓矢の道を改めて 言霊軍の司とならむ』 ナーマンは歌ふ。 『年古く左守の神と仕へつつ この過ちを悟らざりしよ 吾王の輔弼の役を勤めつつ 王を誤らしめし吾なり 主の神よ許し給はれわが生命 よしや召すとも厭はざりせば チンリウ姫敵に奪はれ給ひしも われらが罪と思へば悲しき』 ターマンは歌ふ。 『長からむ月日を王に仕へつつ 神の恵を悟らずに来し 罪といふ罪のことごと集まりて イドムの城は滅びしなるらむ かくなるも吾等が神を忘れたる 罪と思へば身の置場もなし』 アヅミ王は歌ふ。 『汝たちは嘆かふなかれ皆われが 神をなみせし罪なりにける 今日よりは心あらため愛善の 神の心に抱かれ進まむ 如何ならむ罪科あるも愛善の 主の大神は救ひ給はむ』 シウランは歌ふ。 『吾王の優しき心聞くにつけ われ自ら涙こぼるる 今となり歎くも詮なし村肝の 心清めて仕ふるのみなる 地の上の欲に離れて惟神 神の誠に従はむかな』 ムラジ姫は歌ふ。 『形ある宝を捨てて形なき 宝求むと心を磨かむ 吾魂は曇りて居たり主の神の 貴の教を聞くまで悟らず』 かく各自述懐を歌ひ、神前に感謝の祝詞を奏上し後しざりしながら、月光山の頂上なる神殿を降り、俄造りの城内に帰り行く。 大空の月は皎々として輝き渡り、時ならぬ百鳥の囀り百花の香り、空中の音楽嚠喨として響き渡り、短き春の夜は遂に明け放れたり。ああ惟神霊幸倍坐世。 (昭和九・八・四旧六・二四於伊豆別院白石恵子謹録)
324

(3427)
霊界物語 81_申_伊佐子の島の物語 20 悔悟の花 第二〇章悔悟の花〔二〇四七〕 贋のエームス王や、贋のチンリウ姫を始め、乳母アララギに捨台詞を残し城内を立ち出でたる左守司のナーリスは、群衆の犇き立てる大混乱の巷に数百の騎士を従へ、隊伍整然として現はれ来り、十字路に立ちて、声高らかに歌ふ。 『サールの国の国津神 木田山城の人々よ 鎮まり給へ吾こそは イドムの国に攻め寄せて 勝鬨あげしナーリスよ 今は左守の神となり 木田山城に帰りしが エームス王は悪神に 生命奪はれ怪しかる 贋のエームス君臨し 悪逆無道のアララギが 娘が妃となりすまし 暴威を振るひ居たりしが 愛国志士の団体に 攻め立てられし悪魔等は 忽ち煙と消えにけり かくなる上は人々よ 最早騒ぐに及ぶまじ サールの国を永久に 平安無事に守りつつ 各業に安んじて 其の日の生活を楽しめよ 吾は之より城内に 騎士を率ゐて立帰り 乱れ果てたる秩序をば 全く元に立て直し 善政を布かむ覚悟なり 国津神等国人よ 心を安んじ給ふべし 鎮まり給へ諸人よ 其の他百の国津神 一先づ鉾を納めませ エールス王は遥々と イドムの国を言向けて 時めき給ふ功績を 汝等国人恐れずや エールス王が軍隊を 数多引連れ此の国に 再び帰りますならば 汝が生活は弥益も 安く楽しくありぬべし 一時に鎮まれ疾く早く 吾は左守のナーリスよ 真の悪魔は亡びたり 平地に波を起すべき 理由は無からむ速かに 元の如くに鎮まれよ 後は吾々汝等が 望みを詳細に聞え上げ 其の目的を達すべし』 斯く歌ふ折しも、向ふの方より群衆に押されながら、馬上ゆたかに進み来る勇士は、音に名高き夕月なりけり。 夕月は歌ふ。 『悪魔の昼夜にはびこりし 木田山城は鎮まりぬ 吾等の率ゆる大丈夫の 御国を思ふ真心は 天と地とに通じけむ 暴逆無道のアララギも 奸佞邪智なるセンリウも 蠑螈の精と聞えたる 贋のエームス王までも 今は全く亡びたり もう此の上は吾々は 左守の神を力とし 乱れ果てたる国原を 清め澄まして元の如 至治太平の世となさむ ああ惟神々々 天地の神の御恵みに 国に仇なす曲神は 全く影を隠しけり 汝等心を安んぜよ サールの国は生れたり 亡び行くなる国原は 汝等群衆の真心に 蘇りたる嬉しさよ いざ是よりは国人よ ナーリス左守を信頼し 一切万事を委ねつつ 心平穏に引けよかし ああ惟神々々 神の御稜威の御前に 感謝を捧げ奉る』 斯くて左守と夕月は十字街頭に大衆を率ゐたるままで邂逅し、互に暴動の無事治まりしを祝し合ひつつ、夕月は先づ歌ふ。 『常暗の雲は晴れにつ久方の 月日は清く輝き渡れり 汝こそは左守の神よ乱れたる 此の世の縺れを解かせ給へり 曲神は残らず亡び失せにけり いざ是よりは君に頼らむ』 ナーリスは歌ふ。 『遥々とイドムの国より帰り来し 間もあらなくに此の騒ぎみし 夕月の君の真心力とし 吾は仕へむ木田山城に』 これより左守のナーリスは、愛国団体の隊長夕月と共に騎士に守られ、城内深く浸入し、一切万事の後片附をなし、重臣等を一間に集めて国乱鎮定の祝賀会を催しける。重なる参会者はナーリスを初め夕月、滝津瀬、山風、青山、紫、玉山等の数十人の重臣なりける。 青山は歌ふ。 『天地の神の御稜威と左守司 夕月司に治まりしはや 刈菰の乱れ果てたる国原も 君の力に治まりにけり 国津神国人等は悪政に 苦しめられて喘ぎ居しはや かくならば思ふことなしサールの国は いや益々に栄え行くらむ』 紫は歌ふ。 『長き日を鄙に潜みて国の状態 吾は細々調査べ来にけり 只ならぬ大事起ると常々に 忠告せしも聞かれざりけり 城内に数多の曲津潜み居て 益々国は乱れ果てけり 怪しかる女アララギ覇をとなへ 木田山城は闇となりける 紫の雲は御空に靡けども 中空の雲黒々覆ひし 行先は如何ならむとわづらひし 心遣ひも夢となりしか エールスの王の戦に出でしより 一入サールの国は乱れし』 玉山は歌ふ。 『イドムより怪しき女入り来り サールの国は乱されにけり 捕虜として捕へ帰りし魔の女に 木田山城は傾きしはや 今日となりて吾等の心安まりぬ 亡びむとする国のいのちを 如何にして亡びむ国を生かさむと 朝夕心を砕きけるかな』 山風は歌ふ。 『エームスの吾若王の御心を 蕩かせ奉りし魔の女かな エームスの若王魔性に謀られ 生命果敢なくならせ給ひぬ 城内の菖蒲の池の主といふ 蠑螈は王を失ひしはや これよりは蠑螈の精を言向けて 国の災清く払はせよ』 滝津瀬は歌ふ。 『木田川の流れはいたく濁りたり 魔性の女を捕へ来しより 斯くの如安く治まりし有様を イドムの王に知らせたきかな 吾王はイドムの城を亡ぼして 功を永久に立てさせ給へり 治まりし国の姿をイドムなる 王に見せなば喜び給はむ』 夕月は歌ふ。 『木田城に吾は久しく仕へつつ 乱れ行く世を歎かひて居し アララギの木田山城に入りしより 人の心は騒ぎ初めたり アララギを斬つて捨てむと幾度か 思へど詮なく忍び居たりき 天の時漸く到り群衆を 率ゐて吾は曲津を討ちたり 神々の恵みに吾は守られて 日頃の望み遂げし嬉しさ 折も折左守の司帰りますと 聞きてゆ吾は勇み立ちたり 人の和を得たる軍は何処までも 亡ぶ事なく勝ち終せたり 城内を騒がせ奉りし吾罪を 身に引き受けて鄙に下らむ』 左守の司ナーリスは歌ふ。 『国人の清き心の集まりに 曲は影なく亡び失せたり 刈菰の乱れ漸く鎮まりて 神の御前に祝言宣るも エールスの王の言葉に従ひて 急ぎ帰れば国乱れ居り 今暫し帰国後るる事あらば サールの国は自滅し居るらむ』 斯く歌へる折もあれ、数千の騎士を率ゐて逃げ帰りたる副将チンリンは奥殿深く進み来り、左守の神のナーリスに向ひ、挙手の礼を捧げながら歌ふ。 『エールスの王悲しくも帰幽れましぬ サツクス姫も身失せ給ひぬ チクターの左守を始めエーマンの 軍師も共に滅び失せたり アヅミ王の勢強く盛り返し 吾等が味方は脆くも破れぬ かくならばイドムの国に用なしと 騎士を率ゐて急ぎ帰りし』 此の報告に左守を始め夕月其の他の面々は、顔色をサツと変へ、茫然として暫し無言の幕を続け居たりける。 ナーリスは愕然として歌ふ。 『思ひきや武勇の聞え高かりし 吾等の王は帰幽れ給ふか サツクスの妃の君も身うせしと 聞くにつけても悲しさに堪へず 左守まで軍師の君まで身罷りしは 如何なる事か聞かまほしけれ 漸くにサールの国の治まりを 喜ぶ間もなく此の便り聞くも』 チンリンは歌ふ。 『何故か訳は知らねど吾王は 神の譴責にあひ給ひけむ 人々の語るを聞けば主の神の 皆いましめと定めゐるらし 兎に角に人の国をば奪ひたる 報いなりせば詮術なけむ』 左守は歌ふ。 『恐ろしき事を聞くかな他の国を 奪はむとする戦の有様 エールスの王の血統は亡びたり サールの国を如何に守らむ』 夕月は憮然として歌ふ。 『兎にもあれ角にもあれや人はただ 誠の道をあゆむべきなり 日月の威勢輝く吾王も 亡ぶる時のある世なるかな 今日よりは誠一つを力とし サールの国を安く治めむ』 滝津瀬は歌ふ。 『欲といふ醜の曲津に誘はれ 王は御国を失ひ給ひし 此の広きサールの国にましまさば 斯かる歎きはあらざらましを 吾力頼み過ぎたる報いにて 王は生命を失ひ給ひぬ 全滅の憂目にあひしエールスの 王の行末淋しかりけり 愛善の誠なければ人の身は 身も魂も終に亡びむ』 山風は歌ふ。 『嶮しかる大栄山を乗り越えて 生命を捨てし王を悲しむ 吾王はイドムの城に攻め寄せて 尊き生命を捨てさせ給へり 歎きても及ばじものと思へども なほ歎かるる今宵なりけり 何事も誠一つに進みなば 世に過ちはあらじと思ふ』 左守は歌ふ。 『かくならば最早是非なし吾々は 誠の道を進むのみなる エールスの王は吾等にいましめを 永遠に残して去りましにけり 天地の神を恐れみ謹みて 誠の道に進み行くべし』 斯く歌ひ終り左守のナーリスは、城内一般にエールス王一族の不幸を発表し、国民の代表者を集めて盛大なる葬の式を執り行ひ、木田山の城内に荘厳なる主の神の御舎を造営し、朝な夕なに正しき政治を行はせ給へと祈願怠りなかりける。 (昭和九・八・一五旧七・六於水明閣森良仁謹録)
325

(3471)
大本神諭 神諭一覧 明治32年旧7月(日不明) 明治三十二年旧七月 出口直には世に落ちて御居でなされた神様や仏事の埋もりて御居でなされた御ン霊を、実権的守護に致して、人民を救済けて、畜類、鳥類、虫族、餓鬼までも皆安心立命る神が守護致して居るから、此の直に言はした事も書かした事も、皆世を経営つ神の言葉の代りで有るから、疑うて居りたり敵対うて来たらドエライ、スコタンを喰ふぞよ。今では何も判らんから、皆が疑ふのも尤もの事で在れども、この経綸が判りかけて来たら、世界は一度に目が舞ふ程忙しく成るから、今は皆ワザとに休息せて在るのじゃぞよ。一旦はドウ成るじゃろうと顔の色の変るやうな事も在るなれど、夫れは筆先きが腹へ納まりて居らぬからで在るから、神の云ふ通りに身魂を水晶に磨いて居りた人は神が致さすから、何も心配致さいでも楽に御用が勤まるので在るぞよ。艮の金神の仕組はチト大きな事が経綸て在るぞよ。三千世界を一つに丸めて、神国に致すので在るから、元の此世を修理固成た神力の在る誠の生神で無いと、此の事は成就致さんのじゃぞよ。中降に出来なされた神は皆枝で在るから、ドウしたら成就すると言ふ事が判んから、此方が表面へ表れたら皆眷属として使ふぞよ。直の氏神、福知山の一宮大明神でも、直の因縁御存知無くて、今では口惜しがりて御居でなさるぞよ。産土様でも御存知無い仕組、心得違ひのある神では判りかけが致さん、大望な事で在るぞよ。 ○ 何を申さいでも此直の行状を見て居りたら、独り改心の出来るやうに鏡に出して在るから、世界の守護神人民よ、皆是れ迄の悪の行り方を捨てて、善の神の手習ひ致されよ。神国が開ける時節が参りたから、今迄ドンナ覇張り良かりた人民でも、世が変はれば何も一から仕直して、六十の手習ひを皆が致さな成らんぞよ。是れから直には、艮の金神、御三体様が御憑り有るゆゑ、チト気遣ひに成るぞよ。其の心得で居りて下さらんと、今では落ぶれもので在るから、人民心であなずりて居りたら御無礼が出来るから、気を付て置くぞよ。艮の金神様が表面に成りなされて御守護成さるから、天の神地界へ降りて守護致す世に成りたぞよ。地底い落ちて居りなさる神様は上へお上りなされて御守護成さるぞよ。艮の金神は親任の執権者で在るぞよ。万の神は眷属に使役ぞよ。 ○ 艮の金神の経綸、敵対ふ力量ありて敵対うて来るなら御用に使ふから、チト敵対ふ位なものを待ちて居るから、力量無しに敵対うて見てもアカンぞよ。此の方世に出るに付いて布教師は何程でも要るから、改心出来たものから御用を命すぞよ。艮の金神表面に成りて守護致すに付いては、万の御ン神の持ちて居れる宝を自由に使ふぞよ。宝の持ち腐れと云ふ誓へが在らうがな。此の方が使はな光りは出んぞよ。皆世界の宝は陸の龍宮館へ納めねば、他に納まる処は無いぞよ。夫れに随いては万の神さん、今迄のやうに自我の任意行動には何も成就んぞよ。艮の金神に届け無き事には、此の世の事は叶はぬ事に成りたぞよ。斯う成るのも三千年世に隠忍ちて苦労致した神徳じゃぞよ。苦労が徳に成りたのじゃ。苦労無しには何も結構は出来んぞよ。神では艮の金神、人民では出口直、コレ程苦労致したものは先づは世界に無いぞよ。 神政成就天運循環に成れば改心程結構なものは無いぞよ。三千年も世に隠ちて居りた此の艮の金神でも、我を折て改心致したから、結構にも月日大神様の御指教を頂きて、三千世界を自由に致すやうに成りたぞよ。諸国の神様でも、艮の金神へ服従うて御出で遊ばさねば、此の世界には居れぬやうに成りたから、世界の人民が、何程自我を出して頑張りて見ても、改心を致さな此の世に居れぬ事に成りたぞよ。 艮の金神は此の世の事を一切叶へる神で有るから、不運者には致さぬから、此の神に届け出を致して出口直に御願ひ申せば、神界の罪障許可が出るのを知て、諸国の落ぶれ神が、此の綾部の大本へ出て来るぞよ。出て来る神の中には手に合はぬ神も在れど、何程高潔き神でも落人と成れば、神の品位も無く成りて、粗末に在るなれど、役員は深切に世話致して与りて下されよ。神縁を落さして神の威勢に傷が付くやうな事ありてはならんぞよ。此の出口直が在りたらこそ、今迄世に落ちて路頭に立ちて居れた神、改心次第で出世が出来て、喜び勇む世になりたので在るぞよ。此の御ン方と日の出の神を土台と致して、天の岩戸を開いて、世界を神国の世に改めるのじゃぞよ。人民を改心さして、足場を大丈夫に致してから、大事変と思うたなれど、何と申しても我が強うて聞き入れ無いから、人民の救助は後廻しと成りて、大事変を先と致すぞよ。何処も恨む事は出来んぞよ。
326

(3473)
大本神諭 神諭一覧 明治32年旧7月1日 明治三十二年旧七月一日 出口直は今まで世に落ちて御出成された神々様、守護神殿や、仏事の埋もりて御出なさる御方を現世に上げまして、人民、鳥類、畜類、餓鬼、昆虫までも助けるので在るから、此の神の取次いたす人民は余程心を広く持ちて、一方に偏よらぬ様に致して、外の神仏事の教を悪く申すやうな事では、艮の金神の気勘には叶はんから、他の事は構はいでも良いから、第一番に筆先を十分呑込みて、自己の身魂を水晶に研くが一等であるぞよ。外国は外国の神を拵らえて其れだけの守護がさして在るなり、仏事は仏事で又其国の人民に相応の守護が致さしてあるのじゃぞよ。日本には日本相応の神があるぞよ。日本の神国に生れた人民は、日本の神の教を守りて居りたら、天下は泰平に治まるぞよ。外国の神にも善の神と悪の神とがあるから、悪神斗りで無いぞよ。
327

(3478)
大本神諭 神諭一覧 明治32年旧9月19日 明治三十二年旧九月十九日 艮の金神の筆先出口直に書すぞよ。今は此の大本の中も静にあれども、是は神界の都合の在ることじゃぞよ。上田海潮の修行が出来て帰りたなれば何事も一度に忙しくなるぞよ。皆心からの準備を致しておかんと何も出来んやうになるぞよ。追々と外地からも出て来るぞよ。修行者も漸々と、沢山集りて来るぞよ。神は何事も都合に致して居れども、人民と云ふものは脚下へ火が燃えて来るまで知らんから、神が誠に骨が折れるぞよ。日本は神国で在るから、其の行いさえ致して居れば能く治まる結構な国であれども、外国の真似斗り致して、物質万能主義が盛えて神国の威勢が墜ちて段々と曇る斗りで、斯の清い尊とい神国の神民が鬼と蛇四ツ足の精神になりて居るから、三十年の間に世を改正る経綸を致して居れども、余り曇り様が甚いから、神の仕組が後れようも知れんぞよ。一日でも立替が後れただけは世界の人民が永く苦むから、神が総出をいたして可成速く人民を助けるぞよ。今の世界の人民は体主霊従の行り方に染まり切りて居るから、何程神が、世界の守護神人民に気を附けて与りても、誠にいたさずチットも改心が出来ぬから、斯の上は何事が出来致しても各自の心を恨めるより仕様は無いぞよ。何程神が一心になりて守護神人民に説いて聞かしても、説聞かす程悪るく取りて却って神を罵る斗りで在るから、経綸を替てでも世界の大望から始めようより道がないぞよ。この大望が初りたら何程疑念の強い人民でも悪の強い守護神でも往生いたして神の前に手を合すなれど、某所へ成りてからの俄信心は役に立たんぞよ。 其所へなりたら外国も日本の国を一呑に致して居りたのが、日本は何んと云ふ結構な、神力の強い国で在ったと申して、改心いたして神国へ従がふて来るぞよ。是が日本の固有の神力であるぞよ。外国の守護神でも悪の身魂の人民でも、神の神力には叶はんぞよ。良き目覚しもあるぞよ。苦き目覚しもあるぞよ。今度は神徳と学との力競べであるぞよ。日本の国は余り学が有り過ぎると、却って誠の神カを失ふて、何事も真実の道理が判らんやうに成るぞよ。神力が強いか学力が豪いか、今度は別けて見せるぞよ。日本の国は仮字だけの意義が分りたら、世界一切の言霊が明らかに成るから、今の外国の学は間に合はんぞよ。今度綾部の霊学で何彼の事を解けて、外国の教を帰順させるぞよ。三千年かかりて仕組いたした事が、天の大神様の御目に留りて、大変に御歓こび遊ばして、是から三千世界を構はして貰ふやうに成りたぞよ。艮の金神も善の道一方では在れども、誓へ善にもせよ我を出して、頑固張りて押込められたのを、発根から悪かりたと改心致したので、天の祖神様も御歓こび遊ばして、昔からの一切の事を御許容になりて、其上に三千世界の守護を任命られる様に成りたので在るから、人民も同じこと頑張ると善の事でも却って成就いたさんから、艮の金神を良い鏡に致して、一人坊師に成らんやうに心得んと、何程力のある人民でも、相手に致して呉れるものが無かりたら、何一つ成就いたさんぞよ。悪と思ふ事は猶更に心得て立直さねば、斯世には居れん事に、是からの神代は変りて了ふぞよ。今まで何も知らずに神の事を悪く申して、反対いたして居りた者は気の毒なものじゃぞよ。一日も早く改心いたして下され、改心ほど結構は無いぞよ。今では言ふて聞かせる程世界の人民が悪るく取るから、今の内は神の事は何も言はずに置いて下されよ。何事も神から分けて見せるぞよ。人は一代名は末代と申すが、人民は一代限りでは無いぞよ。生き代り死に代り何度も此世へ生れて来るので在るから、今の内に神の行為いたしたものは、又た次の世には結構な身魂と生れるので在るから、今度の二度目の世の立直しの、神界の御用を勤め上げた人民は、万劫末代の花が咲くぞよ。その元で在るからチットは心配も在るぞよ。世の改正で在るから、世に出て居れる神様にも分らん経綸が致してあるから、人民が知りさうな事は無いぞよ。昔の昔の去る昔からの神の因縁が分る時節に成りたので在れども、余りの大きな神業で在るから、皆の神も見当が取れんのであるぞよ。今の世に出て居れる神にも、分らんやうな大望な仕組であるから、人民には解らんのも無理はないから、色々と申して心配を致せども、先は結構な事になるから、御用聞いて下されよ。苦労致した丈の報いは神から在るぞよ。神憑も修行の為にチットは心配を致して居れども、世界の絶命に成りたらば、神が各自の御魂相当の御用に使ふから、成るだけの修行を致して置くが良いぞよ。斯神は使い棄しには致さんぞよ。苦労いたした丈の報いは在るぞよ。世界には大○がはじまるから、神は烈しくなるぞよ。外国には大分厳しき見示が在るぞよ。日本も一旦は、上下の人民の顔が青くなる所迄行くぞよ。其所で真の祖神に敵対て居る者と、信心いたして居るものとが分るぞよ。今の時節は自分さへ好けら好い時節であるが、自己の事を後へ廻はしてをいて他人を助ける人民でありたなれば、其誠の者は神が見て居るから、今は悔しき事もあり、気苦労をさして、神は気の毒に思へども、爰をモウ一つ世話を致して下さらんと、モチトの所が誠が無き故に、ドウゾ暫くの辛抱を致して下されよ。誠のものを引寄して出口にも安心さすぞよ。苦労なしには誠の結構は出て来んぞよ。世界へ善と悪との鏡を出す大本で在るぞよ。今迄は日本だけの事で在りたが、是からは三千世界の鏡に成る大本と致すぞよ。世界の人民を助けたさの、永らくの苦労を致して居るのを、推量する人民で無いと、誠の神徳は貰えんぞよ。余り出口に永い苦労を致さしたから、モウ苦労をさせずに置きたいと思ふたなれど、今の所は堪りて下さらんと、此の大本の土台が固まらんぞよ。此の大本は人民の自由に出来ん所であるぞよ。神の経綸で行く大本であるから、人民が何程あせりても埒が明んぞよ。今は色々と分らんから取次が反対いたせども、此の事が解りて来たら吃驚いたすぞよ。今の人民が心が曇りて居るから、斯の結構な事を悪きこと致して居るやうに、皆の者が申すであれども、是でも実地が判りて来たら、三千世界に無い結構な事になるから、我も私もと申して争ふて集りて来るぞよ。此の大本の中に在りた事件は皆神からの事であるから、弥々と成る迄は誰にも分らんぞよ。神の心と人民の心とは大変に違ふから、此の世を水晶に致すには余程骨が折れるぞよ。是でも先に成りたら今迄に悪く申して居りた者が頭を下げ、尾を振りて謝罪に来ねば行けんやうに成るぞよ。此の大本で致した事は皆神の守護で在るぞよ。世に落ちて居りた神も世に出て居りた神様も、今までの様な行状では行けませんぞへと、申した事が在ろうがな、其事が出て来たので在るから、何の神様も是からは我一と手柄を致して、結構な守り神に祭りて貰ふのを嬉しさに御活動になるぞよ。人民も身魂を研いて手柄を致してくだされよ。善き神は日本の神国に鎮め祭るぞよ。唐天竺も其外の国も皆神国に致して、手柄だけの御祭りを致すぞよ。人民も手柄次第で万劫末代神に祭るやうに致すぞよ。是が誠の神国であるぞよ。斯世に成れば天地の間に居るものは、改心さへ出来たなれば、皆良く結構に致して与るぞよ。改心出来んとツツボに成るぞよ。世の境で、誠に辛き所じゃぞよ。何程つらくとも暫時の間で在るから、是を凌がねば誠が出て来んぞよ。此の大変動が治まりたなら、世界を桝掛曳いた如くに致すぞよ。それを楽みにして皆のもの、神界の御用を勤て下されよ。艮の金神は悪神で在りたか、善心な神で在りたかと申すことが、明白に判りて来るぞよ。今の内は世間から、力一杯悪るく言れておくぞよ。艮の金神の道は今の悪の行り方いたす人民からは悪く申すが、モウ暫くの間で在るぞよ。悪く言はれな斯の大望は到底成就いたさんから、悪く言はれる程此の金神の大本は好く成りてくるぞよ。何程初発は良く言はれても後で悪いのは役に立たんぞよ。余り良く世間から申すと、色々の欲な人民が出て来て、神の経綸の邪魔を致すから、此の大望成就する迄は、悪く申されるのが結構であるから、何んと言はれても気に支えては成らんぞよ。深い経綸で在るから、今の人民が見て賞めるやうな事では、何事も奥が浅いから、成就いたさんから、態とに分らんやうに致して在るぞよ。是でも誠の御方が御出でになりたら、皆が吃驚いたして改心するやうに成るなれど、今の内にチット位は分る身魂で無いと、肝心の御用には使はんぞよ。細工は流々仕上げを見て貰はんと分らんぞよ。斯んな仕組が今の人民に、誰にも分るといふ事は無いから、此の艮の金神の元へ立寄る人民には素直に致して、只神の申すやうに違へずに致して居りたら、其れで良いので在るから、利巧や我を出さぬやうに致すが結構であるぞよ。肝心の時には夫れ夫れ因縁の身魂を大本へ引よして、御用を仰せ付けるから、何事も思ふたよりは楽に御用が出来るから、今は成ろうやうに致して居りて下されよ。神にもたれて居りたら、何事ありても別条は無いから、安心致して御用なされよ。神の申す事は、一分一厘間違いは無いぞよ。珍らしきことが出来るぞよ。
328

(3502)
大本神諭 神諭一覧 明治33年閏8月2日 明治三十三年閏八月二日 昔から世界の事が、是だけ細かく解る所は無りたが、時節参りて霊学と云ふて、帰神で見え透く如うに成りたのじゃぞよ。艮の金神が世に落ちて居りて仕組たことじゃぞよ。世界に在る事は何で在ろうと、皆元は此ほうの経綸た事じゃが、斯んな仕組を相談してする如うな事では、世の立替は成就いたさんぞよ。斯う申すとエラサウに申す神じゃと思ふで在ろうなれど、このほうは力が有り過ぎて縮尻た神で在るから、何んな事でも致すぞよ。何程力のある神でも、そねまれたら辛い目を致さんならんから、○○○、人民は利巧にあれど、神の真似は出来んから、色々と慢心の出ぬやうに気を付けるのじゃぞよ。今迄は神憑と云ふ事が廃りて居りたので、神が路頭に立ちたなれど、時節参りて神の思ふ事が、人民の口を籍りて申される世が参りて、誠に神は満足で在るが、それに就いての苦労いたすのは、神ばかり有りたとて、人民に改心さして、上下も揃へて元の神代へ立帰る、守護いたしての、此の苦労を致したり、さしたり、神は先きは斯うなる、彼いふ事になると承知はして居れど、人民は先きの見えんものであるから、申してやりても誠に致さんから、結構な御蔭を取外して、ヂリヂリ舞ふても叶はん事が出来て来るから、明治二十五年から種々と申して気を付けたなれど、誰一人誠に致さなんだなれど、仕組の致して在る上田を引寄して、チト解りかけたので在るから、上田が参りてから、此の結構が判りたなり、出口が永らくの苦労の固まりであれど、今度の世の立替の神の力の取次じゃぞよ。出口直は婦人に化して在れど男子じゃ。上田は男子で女子であるぞよ。この因縁が解るぞよ。何事も前に書して在るぞよ。今度参るのも気が付いては居ろまいがな。皆其のとほり、前に書いて見せて在ろうがな。筆先を出しても、誰も何んにも腹へ這入りて居ろまいがな。それで筆先を見んと、此の元は何も解らんと申して在れど、化して居れば侮りて誠にいたさねど、眼の舞ふ人やら、フン延る人も出来ると申して在ろうがな。皆出て来るぞよ。神はげしく成るぞよ。出口安心いたされよ。何も先に見せて置くぞよ。出口に申して在る事は違はんぞよ。九人の写真を腹に持ちておじゃれよ。今迄は斯世に無き苦労人で在りたなれど、世界にある事が解るほど、出口が良くなるぞよ。是から解りかけて来るぞよ。悪は千里も走るなれど、善の判るのは中々に骨が折れるぞよ。是だけ結構な事を致して居りて、是だけに悪るく言はれて居るのも、是も因縁なり都合の事じゃ、是から判りて来るぞよ。昨年の十月に申して在らうがな。十月になりたらエライ悪く申したが、打って変りて結構な事で在りたと、云ふ如うに成ると申してあろうがな。是から敵対うて悪く申して居りたもの、段々と目が醒めるやうに、そろそろと見せて遣るぞよ。目醒ましも悪るい事に限らんぞよ。良き眼醒ましもあるぞよ。世界に在る事は綾部の大本から為て見せるが、此広間の中の事や神の祭りやうから、一切の事解りて居るか、皆見せて在るぞよ。神の祭りやうから、布教師の行為から、何も彼も見せて在れど分かろまい。是を分ける人が出て来んと、誠の事が出て来んなれど、今度因縁の在る四人の身魂が御苦労に成りたら解るぞよ。結構が分るから往て下されよ。金銀では行けん処じゃが、人民は金が無くては、一寸も前へ行けよまいがな。此神は金無しに何処までも連れ行くぞよ。世界の加賀美に成るのは、人の能うせん事を致し、又昔から無き珍しき苦労を致さねば、世界の鏡には成れんぞよ。綾部から何も為て見せるぞよ。世の立替の世の元に成る処であるから、手間が要りたのじゃぞよ。モウ解るが速いぞよ。
329

(3510)
大本神諭 神諭一覧 明治33年旧12月13日 明治三十三年旧十二月十三日 昔の神の世は結構でありたなれど、途中から悪神の世になりて、世界が悪るくなりたのぢゃぞよ。斯う成るのも、此の方が余り我が強過ぎたのであるから、艮之金神は天からの御指図で、悪神が目論て、艮へ押込なされて、モー此世へは出さん積もりでありたなれど、表面から見ると悪神なれど内心は善の神であるから、叩き潰してもこたえん此方。その艮之金神の精神、変性男子が今度現はれたら、押込なされた神様も改心が出来やう。他を悪るいと思ふて居ると、我身の弁解出来んぞえ。艮之金神、悪う言はれて、悪神になりて、国土を潰さんために化現て居りたぞよ。善き精神の人には善き神が善き事をさす、悪い精神の人には悪神が附いて悪るい行為をさすと申して、筆先に出してあろうがな。皆善き精神を持たんと、悪神になりて、帰幽してからでも悪相現はすぞよ。さッぱりと、根源から洗替を致さんと、水晶に致す策源地であるから、皆神でも懺悔致さな成らんことに成りたぞよ。懺悔致して改心すれば、結構な事ばかりに成る大本ぢゃ。我を張りて居りたら今度は帳外れ、改心するのは今ぢゃぞ。恋ひしくなりたら、綾部の大本へ出て来たなれば、太初からの事、将来の事を神が憑りて言ひ聴かすぞよ。世界中を尋ねても綾部の大本でないと分らんぞよ。神界、仏界から善く致す教であるから、何につけても大望であるぞよ。神界も仏界も改心は迅いなれど、改心出来んは世界の人民、一番骨が折れるなれど、時節が参りたぞよ。さかは絶えても世は絶えんと申すが、さかは仏であるから絶えてもこたえねど、神力が無くては、此の儘で置いたなれば日本の国絶えるぞよ。此世が来るから、化けて蔭から世界を構ふて居りたのだ。それでも、今度出口に御苦労に成りて貰はなんだら、未だ誰一人、世に落ちて居りた神には、御給侍して下さる人ないぞよ。これから変性男子、女子を現はして、神界、仏界、人民を喜ばしたさの此苦労、一ツ境界があるから、世界の人民、改心一つで今度は善く成るぞよ。出口は将来の事知らす役、海潮(教主)はそれを説いて聴かせて、世界を改心させる役ぢゃぞよ。これは時節が参りたのであるから、喜ぶ人ばかりも無いのは此の方よく看破て居れども、世界を水晶に致さねば、この儘で置いたなれば国が潰れるから、元の神が表面に現はれて、此世の守護致さねば、此結構な日本の国を、寄りて懸りて闇雲にして、足踏ンごむ所も無いやうになりて居るぞよ。此闇雲の世を水晶の世に致して神界に御眼に懸けねば成らんから、此方の心も些とは推量してくだされ。此世に人民ほど結構なものは無いぞよ。今の神より何程人民は上であるぞよ。これでも時節が参りたから、神も結構に致して貰ふが近寄りて、衆の神様御歓びであるぞよ。人民は皆神の子であるから、親が子を思ふのと同一事ぢゃ。人民歓び呉れると神も勇むぞよ。
330

(3531)
大本神諭 神諭一覧 明治35年旧4月3日 明治三十五年旧四月三日 艮の金神が稜威発揮神と現はれて、二度目の世の立替への守護を致すぞよ。世が逆様に成って居るのを、艮の金神が表面へ出て出口の取次で世を本へ戻すぞよ。斯神が表になりたら、次ぎに龍宮の乙姫様が現はれなさるぞよ。改心の早く出来た御方から、出世をさすので在るから、今度は、自我を張りて居るほど出世が遅くなるぞよ。変性女子もチト我を折らんと、皆が難渋を致すぞよ。今度の仕組は艮の金神が申すやうに致さねば、緯の経綸で行ろうと思ふたとて、先へ行く程行き當りて、物事が遅れて、皆が苦しむ斗りで在るから、一日も早く守護に掛らんと、却々大望であるぞよ。斯大本に、世界の所作柄が為して見せて在るから、この大本の様子を能く見ておくが宜いぞよ。大本に在りた事は、世界に皆あるぞよ。明治二十五年から出口に言はす事は、一つも変りた事は言はして無いぞよ。同じ事ばかりが言はしてあるぞよ。世界中の事であるから、筆先に出した事は、皆世界から段々と出て来て居るのに、未だ疑ふて、誤解を致して居るぞよ。人が死のふが、世界が潰れやうが、多勢の人民が苦しまふが、自分さえ良けりや良いといふやうな心で居ると、我が先に泥溝へ陥って、苦しむ事が出来てくるぞよ。人を人をと思ふ、誠の善の精神でさや在りたなれば、神が見届けて、其上で、その人を助ける神で在るなれど、信心をいたして、間違ふた心で斯大本へ来ておると、大変に辛い事に成るぞよ。此大本は、世界の調査を致す尊い所であるのに、皆のものが、罪科を持って来てをいて、我の甘い目的が外れたと申して、反対に大本を恨めるやうな心で居りたら、肝腎の罪科が取れずに殖える斗りで在るから、長らく苦しみがあるから、斯大本へ這入って居りて、神や出口を恨めるやうな精神で在りたら未だ未だ苦しみが出来るぞよ。茲へ引寄して、早く改心さして、良く為て行りたいと思ふて致す事を、逆に取るから物事が逆様に覆りて了ふぞよ。夫れで、筆先が合はむと思ふたら、自分の腹の中を考えて見よれと申すのじゃ。違ふ精神が在りたら物事が違ふて来ると申して筆先が出してあろうがな。此筆先は一つも違ふ事は書してないぞよ。遅し速しはあるなれど、永らくの経綸であるから、直きに来る事斗りは無いなれども嘘はチットも書かして無いぞよ。能く見て御在れよ、追々と出て来るぞよ。世に出て御在る御方にチット激しき神様斗りが表に顕はれなさると世界は激しくなるから、そこに成ると世界の罪穢が皆判りて来るから、各自の罪穢の在る事は判らむから、未だ未だ神を恨めるものが多数に出て来るぞよ。罪穢償却の出て来るのは、世界は是からで在るぞよ。高ひ処へ上りてエラソウに致して居りた人民、チット是からは気の毒な事に変るぞよ。そこになりてから神に縋りたとて、聞済みは無いぞよ。目の醒る人民世界には大分出来るぞよ。世は持切りには為せんと申して毎度筆先に出してあろうがな。斯世が来るから出口に口で言はせ筆先に書して知らして与りたなれど、疑いが永きゆへ、曙の烏と致して眼を覚して見せるぞよ。遅くなる程世界は悪くなるぞよ。斯大本は世に出て御在る神様と、世に落ちて居る神とは思ひが異ふから心が合はむ筈の事じゃぞよ。モウ世が余り乱れて持てんやうに成りたから、世に表はれて世を立直しを致す神と、此儘で何時までも続かして行うとする神との戦いで在るから、斯大本は六ケ敷のじゃぞよ。今度は今迄に世に出て居りて、世を持荒した神と力競べを致すので在るから、今は神界では神と神との大戦争ひであるぞよ。斯の綾部の大本は世界に出来てくる事を、前に実地の形がして見せて在るから、十分に気を附けて考えておくが能いぞよ。大本は病気直しのやうな小さい所で無いから、誰も大きな心で来て貰わむと、量見が違ふぞよ。何事なりとも頼めば聞き済みはあれども、艮の金神は此の乱れた世を立直しを致す、大望な御役目であるから、手を合はして拝みて居るばかりでは何も解らんぞよ。今迄の汚ない心を捨て了ふて、誠一つの神心になりて来んと、何も判らんぞよ。いつも改心改心と申すのは、今迄の心を薩張り代えて呉れと申すのじゃぞよ。大本の道は為安い信心の出来にくい御道であるぞよ。甘い事申して人を引寄して、陽気信心するやうな教会の行り方とは違ふから、何彼に附けて骨が折れるなれど、三千年の此仕組の花の開く時節が参りたのであるから、弥々今度は上下へ覆るのであるから、神にも仏にも人民にも知らして在れども、今に置き未だ未だ此の儘で此世が先へ行けるやうに思ふて我を張りて居ると、誰に由らず上げも下ろしも成らん事になりて来るぞよ。先の見えるが誠の神であるぞよ。誠と云ふものは、豪いものであるなれど、誠なき人は途中で物が変るから、今度の事は誠を貫かねばならんから、艮の金神の教は骨が折れるなれど、貫いたならば、斯世には恐いものの無き神であるぞよ。今の人民に此の御用を勤め上げる身魂は少ないぞよ。人民の身魂は元は神の分身魂であるから、磨けば良く成るなれど、今の曇りた人民は却々早速に研けむから、是だけに骨が折れるなれど、斯大本の御用いたす身魂は多人数は要らぬなれど、何程神が言い聞かしても聞く人民が一寸も無いから、世界の物事が遅くなるのであるぞよ。何時まで同じ事を申して居りても、世が逆様になりて居るのであるから、良き事を申せば悪く見えるなり、悪い事を致しても人を詐りても、羽振能く致せば今の時節は人から賞る時節であるから、心が合いさうな事は無いなれど、是でも時節が参りたから悪ではモウ立ちては行かぬから、早く改心いたして、誠の心になりて、日本の人民の行状を致さぬ事には、神は聞済み無き事になりたぞよ。日本も外国と同じ精神に成り切りて了ふて居るから、二度目の世の立替がはじまりたら、余り大きな取り違いで、門へも出られむやうに恥かしう成るから、改心するなら今の内であるぞよ。今に天地が覆りて来て、上が下になり下が上に成りて、三千世界は一度に開く梅の花、梅一輪の経綸の生き花が咲く時節が近よりたぞよ。
331

(3540)
大本神諭 神諭一覧 明治35年旧7月11日 明治三十五年旧七月十一日 永らく筆先に出して知らしてやりても、今の人民は疑いきつき故に誠に致さぬから、此大本の中に実地を為て見せて在るから、能く見て置かんと肝心の折に何も咄が無いぞよ。霊魂の調査いたして、因縁ある身魂を引寄して、御用に使ふと申して、筆先に出してあろうがな。今度の二度目の世の立替と申すのは、天の岩戸を閉る役と開く役とが出来るのであるが、大本の神の差添の種は、自分が十分苦労をして人を助ける心で無いと、天地の岩戸は容易開けんぞよ。差添の種に成るのは、二十五年からの筆先を、腹へ締込て居りたら宜いのであるぞよ。此中の結構な経綸が判りて来かける程、世界から鼻高が出て来るから、筆先で如何な弁解も出来るやうに書してあるから、なぶり心で参りて赤恥かいて帰るものも出来るし、又た誠で出て来るものも在るぞよ。目的を立やうと思ふて出て来るものも在るし、世間に解るほど此大本は忙しくなるから、此寂しく致して誠を出口に細かう判るやうに書してあるから、外の教会とは精神が違ふと申すのじゃぞよ。この大本は世界の鏡の出る所であるから、是迄に何程言ふて聞かしたとて、余り出口を世に墜して御用が為して在たから、疑ふもの斗りで、此中の行いがチットモ出来んゆへ、誠の教も未だ今にさして無きやうな事であるから、此の暗の世に夜の明る教を致しても、誰も誠に致さねど、モウ夜の明るに近うなりたぞよ。夜が明けると大本の神の教どうりに、世界から何事も出て来るから、世界は一旦は悪なるから、喜ぶものと悲しむものとが出来るから、大本さへ信心致して居りたら善き事が出来るやうに思ふて、サッパリ嘘じゃったと申して居るなれど、出口の日々の願で、大難を小難に祭り替へた所で、何なりと日本の中にも夫れ夫れの見せしめは在るぞよ。是から先になりたら、斯様な事が在のに何故知せなんだと小言を申すなり、知らせねば不足を申すで在うし、亦知らせてやれば色々と疑ふて悪く申すし、人民の心がサッパリ覆って居るから、善き事は悪く見えるし、悪るきこと致すものは、却って今の時節は善く見えるが、全然世が逆さまであるぞよ。今の世界の上に立つ人は、一つも誠の善の事は致して居らんぞよ。艮金神が表に現はれて、世界の洗ひ替をいたすから、是からは何事も上から露見て来るぞよ。今の世界の落ちて居る人民は、高い処へ土持ち斗り致して、年が年中苦しみて居るなり、上に立ちて居る人は、悪の守護であるから、気儘放題好き寸法、強い者勝ちの世の中で在りたなれど、見て御座れよ、是から是迄の行方を根本から改正さして了ふて、新つの世の治方に致すから、今迄に上に立ちて居りた人は、大分辛う成りて来るから、初発から出口直の手と口とを籍りて、色々と世界の霊魂に申聞したら、近所の者が驚いて、出口を警察へ連れ参りた折に、警察で三千世界の大気違いで在るぞと申してあるぞよ。用意を為され世の立替が在るぞよと、厳しく申して気が附けて在るぞよ。それでも気違いが何を申す位により取りては居らんぞよ。此村に警察の近くに、斯んな大気違を拵へて在るのに、未だ分らんが可憐さうなものじゃぞよ。何でも無い手に合ふ者ほか能う吟味を致さんのか、モチト大きなものを吟味いたして、国の潰れんやうに致さねば、此儘でをいたら警察の云ふ事共聞く者が無きやうになるぞよ。艮金神が現はれて守護を為てやらねば、日本の国は此状態でをいたら、全部外国へ略取れて了ふぞよ。斯様時節が参りて居るのに、上に立ちて居る人民が先きが解らんから、世を立替て先の分る世に致すから、我の心から発根と改心を為るやうに成るぞよ。艮金神が表になると、物事速いぞよ。
332

(3548)
大本神諭 神諭一覧 明治36年旧1月3日 明治三十六年旧正月三日 善と悪とを立別けて、極美極徳を発揮すは是れ位、苦労を致さねば、創世之大精神の分明るのは是位なもの、悪の行り方は他人に苦労をさして自己が楽致し、口には栄耀栄華を致し、仕放題に致して人を苦しめるのが悪の行り方、是迄の国土経綸法が薩張り体主霊従に世が転倒りて、邪悪神の行り方で、自己さえ好都合けりゃ、人は転けやうが倒れやうが構はん、自己本位の世の政法で在りたなれど、此の経世済民法ではモウ続いては行かんから、是から変性男子と女子との因縁を顕彰して、日本の国は光徳溢八荒至霊室魂で無いと、肉欲本位の利権競争主義では経綸不可能国であるのに、薩張り外国の政教に服従うて、真美世界経営根本権威の国土は、一般畜類の境界に化りて了ふて居る故に、此の世を建替致すには大難事業で在るぞよ。餓鬼道界を根本的、光華明彩徹透六合に立替るので在るから、日本の人民の改心が一等で在るぞよ。日本と外国と混合不整然に成りて、日本の国に神力と言ふ事が無く成りて了ふて居るので、今度の二度目の世を立替るのは骨の折れる事じゃぞよ。筆先に毎度出して在るが、皮相は今日でも変るが、霊魂は変らんと言ふ事が、筆先に出して在ろうがな。霊魂の将来は、何時に成りても変移らぬと申すのは、此の肉体も皮に誓て在るし、衣類も皮であるぞよ。霊魂の将来は何度生れ変りて来ても、悪の霊魂は悪の作用より出来は致さんのじゃぞよ。悪の霊魂を此の日本の国に置いては段々悪が栄えて今の世、今の世は至粋至純霊魂が日本にはチットも無いやうに成りて了ふて、人を救助る至善の救世的権威霊と言ふ霊魂は日本の国には無い、餓鬼道斗りの霊性に反覆て了ふて、此の状態で世を立替ずに置いたなら、日本は外国へ直ぐ奪られるが、今でも九分は外国信者に成りて了ふて居るが、此の一分の所が外国の自由にはならんので、一分が強いか九分が強いか、神と学との力競べを始めるから、負けたら服従はんならん、勝ちたならば従はすから、此の綾部の大本は、悪鬼でも羅利でも改心を致して、本来の大精神に復活を致して、世界中喜こばす経綸が致して在るのじゃぞよ。善の神魂と言ふものは是れ丈の苦労を致さんと善はわからんのじゃぞよ。善は判るが遅いなれど、今度善が発光りて来たら、天地清明が出来るのじゃぞよ。善悪を分けて、今度は善悪の見示めを致して、世界の人民を如何なものでも改心さして、梅で開いて松で治める神世が参りたぞよ。そう成るには一つ大修祓があるから、世界の人民の心の洗濯を致して、新つの世に致して、天神地祇に御目に供けるは、今度変性男子の御魂で在るぞよ。永い苦労の凝りの花が咲くので在るから、長う要時りたなれどもう実現る斗り、善悪審判威霊活動を為て見せて与るから、一日増しに良く神界之摂理判明る時運が到達たぞよ。永くかかりて致した仕組であるから、判明るのにも骨が折れたなれど、分りかけたら実地を為て見せて与るから、改心致さんと怖く成りて来て、ヂッとして居れん事に成るから、黙りて居りて改心を致すやうに成るぞよ。神連発揚之時節が参りて喜ぶ人と、心苦しみてジリジリ舞ふ人とが出来ると言ふ事が書かして在ろうがな。何も時節が参りて、一度に開く梅の花、永く掛りて致した仕組であれども、開始たら物事は早急から、疑うて居る人が気の毒が出来るから、同じ事を申して気を注けさしたのじゃ。疑うのも際限があるから、早う心を磨かんと、気の毒が出来ると可愛想なから、クドウ申したので在りたが、今からでも改心を致したら、改心致した丈けの神助神徳を授る艮の金神で在るから、敵でも帰順を致したら敵には取らん、小さい心は持ちては居らん此の方であるから、心を磨いて貰ひたいのじゃぞよ。修練けば霊光神徳が発輝るぞよ。
333

(3551)
大本神諭 神諭一覧 明治36年旧1月30日 明治三十六年旧正月三十日 昔の元の神が表に現はれて、世界の霊魂の立替を致すには、変性男子と変性女子との御魂を現はして、善と悪、神力と学力とを立別けて、世界の人民に改心を為して、善一筋に復帰らす仕組にして在るから、此の事が天晴れ判る様に成りて来たら、日本の国は国は小さくとも、ナシタ結構な国で在るじゃらうと申して、外国精神の何程悪に強い身魂でも、善の御道にはかなはぬと申して、外国人も往生を致すぞよ。三千世界の立替は是迄の何彼の行方を改変て了はねば、モウ一寸も行けん所まで世が上りて居りては、行く道が無くなりて居るから、行り方を変て、末広き穏かな世に致す大本は、薩張り今迄の行り方や行為を改へて、世の持方の鏡を致さねば成らんから、皆の人に頼むぞよ。彼の大本の行り方なれば結構と、立寄る人も他外へ行く人も、何彼の事を人から目に付くやうに為て見せねば成らぬ大本の中の人よ、世の立替が延びると世界は一日増しに苦しむから、早く改心して行り方を薩張り変へて呉れいと申すのじゃぞよ。此の艮の金神の差添に成らうと思ふと普通では行かぬ、格別此の方の行り方は辛い行り方で在るから、辛い辛棒を致さねば、誠の事は出て来んから、今の人民の心では行かぬ、発根と神心に磨いて来んと勤め上らんぞよ。是迄は嘘でも弁口が立派くて言い勝ちたら良いので在りた、総体世界中が乱れて居るから、何を致しても見苦しき事より出来ては居らんぞよ。事体の判らん人民に、悪神の守護で在るから、何んな結構な事を申して与りても、身魂が十分曇りて居るので在るから、何も判りは致さんから、悪神の訳の判らん守護神を薩張り立別けて、ドウしても改心の出来んのは外国行きと相足めるから、其の覚悟を致されよ。約らん守護神、外国へ行きても又夫れ夫れ審判を致す守護神を付けて与るなれど、余り仕放題に致して来た身魂は、ドコへ廻されても世が変るから、辛く成るぞよ。日本の内ではテンで守護して賞へん様に成るぞよ。日本の国ほど尊とい結構な国は、外に世界に有りはせんなれど、此誠の判りた守護神は無いから今の状態なれど、此の方が表はれて此の事を実地に見せて与れば、日本も外国も皆吃驚致して、早速には物も言へんぞよ。一人でも多く此の日本の内で守護さして、結構にして与りたいなれど、何時迄も判るものが無いので、厭な事で在るが、外国行きが沢山在るが、其処に成りてからは、ドコも恨み言ひに行く所は無いぞよ。助けて与りたいは胸一杯なれど、我が心でドブ壷へ陥る悪神斗り、モウ気の付け様は無いから、落伍者と見たら何も申さんぞよ。神力と学力との戦が始まるから、神を下に見降して、外国の風に移りて喜びで居りた人民、キリキリ舞を致して苦しまねばならんぞよ。此の世強い者勝ちと申すは、地の世界に大将が無く成りて、地を整頓致す者が無かりたから、真美と言ふ事が世界中一平らに無く成りて居るのを、一人変性男子の日本魂の御種で、世界中を水晶の様に致すので在るから、大本の筆先通りは今では馬鹿らしい様に在るなれど、先を見て居ざれよ。従うて来ねば行けん様に成るぞよ。 ○ 是迄の世は高し低しの争ひで、運不運が出来て、人民の至粋至醇霊性発揮と言ふ事がチットも出来なんだから、運不運の無き様に世界中を水晶に治め度いので、外国から渡りて来た学文事を平げて了うて、日本はいろは四十八文字にして、何彼の行り方変へさすぞよ。鼻高斗りが上へ上りて、是れ丈け下々の人民が苦しみて居りても、鼻が邪魔を致して気の注く人民が一人も無からうがな。チット何彼の事が判らんと、余り身欲にホウケテ居ると、足を上げて顔の色を変へねば成らぬ事が出来て来るぞよ。神が世を変へて法律行り方を改へて了ふから、上に立ちて居る人民よ、慮見が皆違ふ事が出来て来るから、俄にドサクラな成らん様に成るぞよ。外国の七王八王を平げて、外国を万劫末代モウ日本神国へは敵対はんと言ふ所まで誡めを致して、日本から構うて与る様に致すのじゃ。日本の国は国土は狭少うても、神の神力を表はして、元からの因縁を説いて、日本の真相を見せて与ると外国の畜生の国に従うて行く国で無いと言ふ事が能く判りて来るから、日本の人民にもチットは改心が出来かけるぞよ。外国は毛物の世で在るから、王を平げて天からの一つの王で治めぬと、世界に苦舌が絶んから、日本の人民が皆揃うて日本魂に成らんと、今度の大戦ひは、日本も一旦敵はぬ処まで行くから、学で出来た鼻高が神に助けて貰はな成らんと、鼻が折れる処迄行くぞよ。日本は学では役目が尽せぬから、鼻高の鼻を折らな、神が承知致さんのじゃぞよ。大分辛い鼻高が有るぞよ。身魂の審査が始まると恥かしきて、早速には大本の高天原には来られん身魂が沢山有るぞよ。此の世の人民ほど結構なものは無いぞよ。神は夜、昼、暑さ寒さの厭いも無く守護致せども、此の誠の思ひの判りた人民、出口直より外に無いが、余り仕方題に致すと、今に天地のミャウガに尽きるぞよ。余り上へ上りて栄耀を致して居りた人民、世が上下へ変へるから、上に立つ者程苦しまねば成らん様に成るぞよ。罰が当りて、頭に足が生えて逆様に歩くと言ふ事が譬へに申すが、下の人民を苦しめたものは其の通りに成りて、恥さらさな成らんぞよ。昔が世に出て居りても、世に落ちて居りた同様に口惜しかりた神霊は能く審査て在るから、今度変性男子が現はれるに付いて、口惜しかりた御方、御手柄次第で夫れ夫れ出世を為せて上げるぞえ。身魂に曇り在りては仕組て在りても、チト変る事も在れど、水晶の身魂で在りたら、今度は早く出世が出来るから、疑ひ在りたり、身魂がスックリ磨けんと思わくに出世が出来んから、改心致して身魂の洗濯を早く致せと申すのじゃぞよ。皆感得りやうが違うて居るぞよ。不動明王殿も力有るのに、アソコまで落ちて居れるのも何も都合の事、今度出世が出来るぞよ。変性男子、変性女子の大化物が現はれると筆先通りが出て来るから、仕組通りが出て来ねば人民の改心は出来ず、出て来ては世界に難渋が在るし、出口には明治二十五年から何も申して有るから、日々大難を小難にとの御願をして居るぞよ。綾部の大本に信心する人は、是迄の行り方を変へて貰はんと、誠の神力は授興れんから、是迄の行ひ致すなら世の立替で無いぞよ。世の立替を致さずに行けば行く程悪くなるから、世を立替てヒロき世に致さねば、余り此の世は学が漫りたので、上に立ちて居る人民の良い世で、下に立ちて居る人民は頭上らん世で在りたのを、善く整理して、運不運の無き事に致すぞよ。日本は学が在ると神力が判らんから、学で智慧の出来た途中の鼻高が、日本の神力が判らずに、世を汚して居るから、学を平げて鼻を折りて与るぞよ。何も昔の神代へ世を復興すぞよ。此の先は神力を頂いて置かんと、一寸も先へ行けんやうに成るから、気が附いて来たら、精神丈けの神徳を与るなれど、まだ気が附かずに、何んどヤマコでも致す様に思うて嘲笑て居るもの斗り、何れは立替の最中に成ると、苦しむものが八九分出来て来るなれど、神が可愛想に思うて気を附ける程、悪く思うて反対致すので在るから、ナントも仕様は無いぞよ。此の天地を潰滅す事は出来んので在るから、邪魔致すものは、夫れ夫れ誡めを致すから、国とは換へられんから、嫌な事でも立替を始めるぞよ。唐天竺も動くぞよ。 ○ 変性男子が現はれて世界の守護致すには、明治三十六年の四月二十八日に岩戸開きと相定まりて、変性男子と変性女子と和合が出来て、金勝金の大神は純子に、龍宮の乙姫様は日の出の神に、夫れ夫れ御守護なされて、四魂揃ふて三千世界をナラし、今度の仕組を成就致さすので在るぞよ。外国は、龍宮の乙姫様が日の出の神を御使ひに成りて、三千世界をヒックリ反しなさるなり、世に落ちて居る神と、世に出て御出でる神と和合致さな、世は治らんぞよ。於与岐は因縁の在る所、清らかな弥仙山と言ふ結構な御山の在る所、御山の頂上に木花咲耶姫殿、中の御宮が彦火々出見命殿、下の御宮が三十八社なり、今度は頂宮の木花咲耶姫殿が世に出ておいでる神サンと、世に落ちて居りた神との和合を為せる御役を、神界から仰せ付けが在りたのじゃぞよ。人間界では出来ん事ぞよ。今度大望が出て来たら、夫れが艮めと成るのじゃぞよ。艮の金神は此の世のエンマで御座る。怖い斗りがエンマでは無いぞよ。昔からの事此の世の事から、昔から霊魂の為て来た事から、世に出て居れた神サンの所作柄から、何も彼も世界中隅々まで調査が致して在りての今度の二度目の世の立替、世界に何も皆仕組が致して在るので在るから、始めたら何も一度に成るぞよ。今の人民心が見苦しきから、ワザとに神は大本へは寄せんのじゃぞよ。大本は世界の人民の心の判別を致す神の元で在るから、此の中に辛い道と楽な道と、二タ道造りて置いて、辛い道行く身魂と楽な道へ行く身魂とを立別けが仕て見せて在るぞよ。辛い道へ行く身魂は、艮の金神が力を着けて与るから、変らぬ心で行ひさへ致せばドンな徳でも授て、水晶の種に致して与なれど、其処まで辛棒致す身魂はナカナカ無いので、神が骨が折れるぞよ。
334

(3563)
大本神諭 神諭一覧 明治36年閏5月23日 明治三十六年閏五月二十三日 日本の国は日本で建てて、外国とは立別けて在りたなれど、世が乱れて来て、世の末と成りて、六茶苦茶に成りて了ふた世を、此の世を創造た元の実地の艮の金神が、此の世を潰ぬ為に、変性男子、変性女子の身魂を造らへて、世界には大きな水も漏さん仕組が為て在りての、二度目の世の立替で在るから、ナカナカ大事業なれど、地固めが出来たら成るのも早いから、日本の人民に一人でも多く、早う日本魂の生粋に復帰らねば成らぬぞよ。此の大本は、世の始まりの世界の大本と申すのは、艮の金神が世を持つ教を致して、神代に間に合ふ日本魂を造る、純真純美の光明彩筆の世の始まりで在るから、此中へ立寄る人よ、其の心得で修行を致して下さらんと、真正の御蔭は判らぬぞよ。役員は皆其の心得で、御用を勤めて下されよ。 日本と外国との大戦ひが此の綾部の大本の中に、縮図が為て見せて在るが、神力は日本なり学力は外国、一分と九分との艮めの大決戦で在るから、余程日本魂を練りて、胴を据へて居らねば成らんぞよ。負けたら従ふて与るし、勝ちたら従はして末代の世を天下泰平に治めるぞよ。魯国から始まりて、世界の大戦に成ると云ふ事が、明治二十八年の十一月に、出口手で書かして在るが、時節が迫々と出て来て、疑ひの雲が晴れ行くやうに成りたぞよ。永い間の大きな経綸であるから。申した事に遅し速しは在る事も在るなれど、一度申した事は何も違はん、其の通りが出て来るのじゃぞよ。 此の世に類無き落ぶれ者の出口直に、昔から未だ無い結構な事が命して在りて、口と手とで世界の事を知らしても、真実に今の人民は致さんから、此の中に実地が為て見せて在れども、判らねば判るやうにして見せて与るぞよ。疑ひの雲も晴行きて、何処から破裂致すやら、ヲドスで無いが、三千世界の幽顕の建替と云ふ様な大規模の神業を為て居りて、是だけ世界から実地が現出て来るのに、改心も致さずに、今に疑ふて居る人民、地部下にならんやうに致されよ。疑ふも際限が在るぞよ。此の世でさえも一ト切りに成りて、世の立替と云ふ様な大神模な経綸を致す大本で在るから、疑ふ様な小さい肝魂を持ちて居りて、神の聖慮も汲み取れんやうな人民は、今度は真正の御神徳もやう得らんから、天地の御用は間に合はんから。省かれるより仕様は無いぞよ。器量が小さいと、自己の損じゃと申して気が附けて在るぞよ。 今度綾部に咲くハナは、昔から未だ此の世始まりてから、類例の無い事のハナが咲くので在るから、其の大本で在るから、世が放漫的開化て汚濁切た今の世の中に、末代萎れん結構な花の咲く基礎工事の御用は、苦労艱難の凝結の花が咲く御用で在るから、軽挙妄動有りては出来んぞよ。 世が変りて、梅と松との世に成るぞよ。梅は寒候に向へば花の準備致す、花の中では一番苦労が永がいなれど、節操正しく良い実を結ぶなり、大本のハナは苦労の凝結で咲くので在るから、梅に譬へて在るぞよ。松は変らん昔から一すじの金院無欠至霊心、此の心に日本の人民よ、皆が揃ふて成りて来んと、今度の日本と外国との戦ひは、彼我も人民では見当の取れん、大きな仕組が出来て居るから、外国の方が良いと思ふ様な、真政理解の無い日本の人民は、仕様無くば外国へ服順と云ふ者が八分も九分も有るが、今度の最後審判の瀬戸際で外国に服従ふた人民は、畜生道へ堕落て万劫末代モウ日本の神国へは帰る事は出来んぞよ。松も梅も皆今度の事の譬へ、心で汲取なされ。出口の筆先は書放題、其れが皆世界から出て来るのじゃぞよ。日本はいろは四十八文字で世界中が見え透くので在るから、荒振神共よ、改心致さな成らん世が参りたぞよ。世の刷新に霊魂の改善整理で在るから、改心せん身魂は自然淘汰から、不足は世界中に何処へも云ふて行く処は無いぞよ。 旅立ちの身風を書き置くぞよ。出口の旅立ちは、世を立替へる大本で在るから、薩張り現今流とは風相を変へる、何処へ行きても木綿着物に晒しの脚線、紙巻草履を穿きて参ると申して在るが、現代は余り世が贅沢て、物的欲望極致から、大本から末代の神政の行り方を創始て見せるぞよ。 鬼門の金神は悪神と世界の人民に言はれた神、悪神で在りたか、善を竭して此の天地を潰さぬ様に、悪に見せて善一つを立て貫きて来た事を、変性男子を顕はして、世界の人民に改心悦服絶対的帰順を為して、賦興安心立命す、綾部の大本は、善と悪との行り方を、世界の人民に見せて、末代の神政の手本を出して、人民に本然感知を致す大本で在るぞよ。悪の行り方は人がドンナ苦労を為てもドウでも良いなり、自我の思はくに行かんと四方八方当たりまくって、小言を申し立てて恨み合ひの行り方、善の行り方は我身を犠牲て人を助けるのが善の行り方で、善と悪との行り方は天地の違ひであるぞよ。此の世は善の行り方で無いと、悪ではテンと行当りて、途中で道が無くなりて、世が難渋な事に成るから、善の行り方の世へ持ち方を改めるぞよ。コンナ事を申すとよい狂気者じゃと申して、一層悪く申すなれど、辛い残念を隠忍りて行かねば成就らん誠の道で在るから、普通並製の身魂で在りたら、辛棒は出来んと申して、筆先に出して在るぞよ。三千世界の大狂者の真似で在るから、辛棒りて行けよ。此の方の行り方は、今では人民の心の通りに見えるぞよ。悪き心の人民には悪神に見るし、善き心の人民には是程善き神は先づは無いなれど、心の事が出来るぞよ。 此の世は是迄は四ツ足の守護で在りたから、腹心の中は腐りて居りても、容色飾りてドンナ罪科の金でも立派に使用ばエライ者じゃと鄭重に致すから、日本の人民が不真不実く堕落て、学と金とが此世の宝と申したが、世を変えて、此の先きは日本の国は、天立本然の日本に致して了ふから、直接の分霊分身は申すに及ばんなり、其の系統の身魂は天下泰平に世が治まりたら、夫れ夫れに御用を仰せ附けるから、本来が結構な天地の霊徳で在るから、日本の人民は天賦精霊を磨きて、心性の容れ変えを致したら、世界中が善くなるのじゃぞよ。 昔の神代が循環り来て、本来の神政へ帰復りて、昔の元へ何事も日本の行ひを復顕から、世界には大きな間違ひが出来て来て、思慮腹案の相異う人が多数に出来るが、是迄は悪が跳梁りた世で在りたなれど、善一つに平定て了ふて、悪は掃蕩げるぞよ。 神代に成ると近い遠いの懸隔は無いぞよ。水晶の真心の信念なら、千里を隔てた所でも利益は与るが、膝下にをりても、神に心の無き人民は構いはせんぞよ。心丈けの事より報酬は与らん此方じゃぞよ。 [#ここから下の文章は、「教祖御直筆」とあるように、艮の金神による大本神諭ではなく、出口ナオによる文章である。天声社の七巻本(第6巻8頁~)には収録されていない。] 出口教祖三千世界を開きます大神の御用致されし御経歴を少し誌し奉らん。原文は教祖御直筆なり。 ……………錮れては置かんと御指図ありて、四月の十五日(教祖出獄の御日)に成る迄に、大槻鹿造が牢の入口へ参りて「家(出口家)を売りて御前(教祖)に気楽に暮らさし度い」と申して、私のやうな者の言ふ事でも聞て下さり、「福知山の叔父様の言はるるやう、また伝吉(教祖第三男)の言ふ事も聞いて呉れたなら、御前(教祖)を牢から出して上げやう」と往生攻めに致したのだ。出口は家も何も要らん、牢から出さえしたら良いのであるよって鹿造の言ふ通り、夫れは良い法立てで在る故結構じゃから、御前の都合に為されと委して置いて、四月十五日に出して貰ふたのでありた。科なきものを牢へ入れて、四十日の間食物も食べずに居りたのも、皆神様からの事で在りました。余り苦酷から牢の中で死のうと思ふて見ても、何程死のうと思ふても、神がキッと憑いて居るから死なれせんぞと、艮の金神様が言ひなされて止めに致したが、死ぬも生きるも皆神様からの都合の事で在りますから、何事も神様にお委任申せば楽なもの、天竺へ行けと神様が言ひなされて、真実に行くのじゃと思ふて、神様や近所へ子供を頼みて置いて、天竺へ行かうと思ふて居りたら、裏の庭園の松の木の余程太い枝が折れてをりた、其の松に嘴が出来、羽翼が出来、大きな鳥に成りて、其の鳥を捕まへたら、何処やら行ったと思ふたら綺麗な室に来て居りて、見ると妙見様が大きな御厨子の中に這入りて居りなされて、又其の次の室へ行きたら、女神様が御ズシの中へ這入りなされて、其の前に七福神と兎が居りました。また向ひには福禄寿が立てりて居りなされた思ふたら、矢張り出口の宅で寝て居りたので在りた。其次に龍宮へ行けと言ひなされて、龍宮へ行ったと思ふたら、龍宮の眷属が梯子をさして大勢上りて来た事も見えました。 牢から出て西町(大槻鹿造宅)に二日居りて、八木へ行きたのだ。家も売り道具も売りて、路頭に立ちたなれど綺麗な新つの出口直に成りて、今に成りたら家を売りて下されたのが誠に結構だ。茲まで致さんと此の取り次ぎ(教祖)は出来んのじゃぞ。出口は方々で糸引きて、新つに衣類を造らへて、生れ赤子に成りたのじゃ。皆神が命して在る事ぞ。茲まで世に落して御用を命して居るぞよ。神と人民とは薩張心が反対で在るから、神の御用を聞くものは何か非凡ぞよ。人民は表面体を飾り、金の廻りが良いと誠に重宝がりて、落ぶれた者には言交ふと、汚れるやうに思ふ世の中、世が変るから反対に変るぞよ。 出口牢から出て、四月の十八日に八木へ参りたなれど、四十日牢へ這入りて居りたので、身体は柔弱う成りて、又一ト働き致さねば成らんから、ナカナカ辛い事で御座りました。その中に六月に成り、独言独語は言ふて居れども(教祖は神の霊憑りまして、常住座臥独言独語し玉ふが常なりきも)神様の御容姿は拝めず、頼り無き故、神様の御姿を見せて頂き度いと御願ひ申したら、モウ三十日待ちて呉れいと御指図が在りて、ソウする間に七月の六日の朝御体拝致せば、チット御話も無かりたなれど、達磨さんが金神様は二日間は御留守じゃと申しなされた。其頃は生き達磨じゃと申しなされて、何でも言ふて下さりたのじゃ。ソウする間に天え上りなされて、天で赤装束で明白に御姿を見せなされて、夫れからは夫れ切りで今に御言葉も無いなれど、仏事から神道へ立ち帰ると申しなされたのじゃぞよ。七月六日に天へ御上りなされて、七日の日の暮れに御礼致して居りたらお帰りなされて、天へ二日上りて、位を貰ふて来たのじゃと申しなされたが、夫れからまたお容姿が拝め出したのでありた。福島(八木の人、教祖の御女婿)が誠に結構な事と大事に致して、鄭重に致して下さりたが、亦大槻鹿造は出口の事チットも判らず、狂者待遇に致すので、鹿造の宅へ行くと荒立て鬼か蛇の様に成るなり、八木は金神と言ふ事が良く判りて居るから、誠に結構で在りた。久(教祖第三女)が時計が狂ふて、ドウしても掛りませんからお母さん御伺ひを為て下されと申したから、御伺ひ致したら、大槻鹿造の家に置てある刀と譬への書とを八木へ早う引取りて呉れんと、彼の家に置くと祟るから、一日も早く取寄せて呉れい。其の知らせで時計は狂はしてありたのじゃと、艮の金神様が御言葉ありた。その御言葉ある間に時計が掛りて、これはドウじゃ結構な事と、すぐ福島が手紙を書いて神様の御言葉を大槻鹿造の家へ与りたが聞かず、言伝してもおこさず、福島が大変怒りて居る間に、神様が純(二代様)を連れて、早う帰れと仰せなさる故に、八月の四日に純を連れて帰りましたら、神様御指図の通り、大槻鹿造は刀と譬への書とが祟りて、手が破傷風に成りて、夏中もて余したと、出口の家を売りた、出口の家の再建する金も喰ひ込て了ふたので在りた。此の神様は天でも自由に成さる神様故、時計位ひを掛けなさるのは安き事なれど、御姿も拝めずに伺ふ間に時計がかかるのは、人民からは余程不思議に御座ります。八木に居りた頃、明治二十六年の五月頃に、来春四月から唐(清)と日本との戦争が在ると御指図ありて、コンナ時節に戦争と言ふ様な事は無いと、皆が申して居りたなれど、違い無く戦争、明治二十七八年は大戦争、明治二十九年の大洪水も神様から聞いて居りましたから、福知山の青木さんに、今年は大暴風雨が在りますげなと、明治二十九年の春申して置いたが、えあり大暴れが在りました。明治二十五年に綾部近所がミヤコに成ると、十三日食物をも食べずに叫めいて、昼夜世界の事を言ふて居りました。言ふて在ること皆出て来るぞえ。明治二十六年にカラえ行て呉れいと言ひなされたので在るから、種まきて苗が立ちたら出て行くぞよ。刈込みに成りたら手柄を為せて本へ返すそよと御神示が出たので、苗が立ちた時分にう、唐へ行くので在ろうと思ふて居りたら、明治二十七年の五月の八日に、カラに行って呉れいと御指図ありたから、ハイ参りますと承知致し、ほのぼのと出て行けぞ心淋しく思ふなよ、力に成る人は用意して有ると、又御神示に出た故、一人で出て行きたら、誰そ外国へ連れて行って呉れるものが有るじゃろうと思ふて、用意を致して居りたら、都倉の吉九郎の家内トキと申すものが、御前の御供なら天竺までも着いて行くと申して、御願ひ致したなれど、都合が在りて出口は五月八日立ちにて先きに行って居るなり、トキの来るのが遅いから、子が有りて出難いなれば、子は八木に預かりて置くから、早う御出でと手紙与りたが、余り来るのが遅いので、二三十日待ちて居りた。モウ六月に成り、六月七日には明八日に立てとの神言ありたから、一人行きたら誰ぞ連れて行きて呉れるものあるじゃらうと思ふて八日に八木を出て、亀岡の大橋銀次郎の宅へ一寸寄りまして、私は外国へ行くので御座います、天理王様へ御筆先が与りて有りますから、大和へ参りて其の先きは唐へ行くので在りますと言へば、いづれは行く様に成るが、御前さんが歩いて行かいでも良いのじゃ。大和へも此の暑いに行かいでも良い。綾部へ帰りて人助けなりと為なされ。人が助かるかと申す故、四十人ほど助かりて居りますと申せば、それなら後へ返りて助けなされといふのを聞かずと、王子へ行きて居りたら、都倉のおときどの参りたから、御伺ひ致せば、一時も早く行て呉れいとの御神示が有りて、其の翌朝京都まで行きて、天理王の先生の宅へ宿まりて居りたら、出口の用済みてから、教会まで行って貰い度いと、承りて、河原町の教会へ行きたら、先生が七人居りて、出口の筆先を見せいと申して、奥室へ持って入りて見たれば、天理王のおみきさんの筆先と似て居る事で御座いますと、出て来て申す故、左様かコンナ事が書けたので御座いますに。」「神様に下げて頂かうかと相談致すから、ハイ下げて貰いますと申して、直ぐ水を浴びて神前にへ連れ行きてすれば、戦場へ連れ行けと荒立ちて、夫れから二階へ上りて、種々と神様が出口の体から申しなされば、疑ふて七人の先生が評議致し、是れは狐狸では無い宮嬪さんで有ろうと申したり、ナカナカ判らんので、宿屋へ帰りたが、宿屋も皆心配致し、宿屋の家内が申すには、是が誠の神様で在りたらナヤミが出来て帰なれせぬと申すなり、出口が誠の神様で在るならナヤミを造らへなされと、神様に寝際に申して置きても何の事も無く、夜が明けて居りますれば、おときどのは眠むそうな顔をして夜具を整み居る時、出口の体荒立ちて夜が変るぞよ。此の戦ひ治まりたら、天も地も世界中桝掛け引きた如くに致すぞよ。神も仏事も人民も勇んで暮す世に成るぞよと、御筆先を書かせなさりて、此の筆先を此の宅へ置て帰れとの御言葉ありたから、唐まで行かうと思ふて居るのに残念なと思へ共、御指図通りに致して居る故、残念乍ら王子まで帰りて、直ぐ神様にお伺ひ致せば、出口よ唐へ行けと申したが、行かうと思ふたかと御言葉有りたので、此の出口は唐天竺まで行かうと思ひましたと申したら、偉い者と御ン喜び、行くか行かんか気を引きなされたので在りたぞよ…………。(後略)
335

(3564)
大本神諭 神諭一覧 明治36年旧6月(日不明) 明治三十六年旧六月 変性男子の御役は、此の世一切の事を書き置かせるので在るから、善き事も悪き事も何も末代残る事斗りで在るぞよ。何も末代残るから、身魂の改善調整致す大本と申すのは、善の身魂と悪の身魂とを立て別けて了はんと、本来の純日本に成らんから、善し悪しの亀鑑の出る大本で在るから、悪亀鑑に成らん様に、各自に心得るが能いぞよ。物を気にする様な小さい心を捨てて了ふて、神心に早く成りて貰はんと、世界は騒わがしく成るし、此の大本の行状が神代の行り方に薩張り変らんと可愛想な事が出来るから、善悪神之大葛藤も知らずに、此んな文明い世は無いと思ふて居る世界の人民が、顔の色が変るぞよ。此の中の行ひが変らねば誠の教は出来んぞよ。教を致さな、判りかけが致さんぞよ。 世界からは追々と出て来るし、筆先を見るが後れて来て、大変物事が遅く成りて居る故に、一度に忙しく皆がなるぞよ。世界の洗濯、人民の身魂の洗濯致すのが遅く成りて、チト延して人民の改心を為して、成る可く良く致して与ろうと思ふ程、悪が栄て悪く成る斗り、人民も余りくもりが甚いので磨きかけが出来んから、イツ何時に、世界はドンナ混雑に成ろうか知れんから、各自に用意を致さんと、此の世が出て来るから、日々気を附けたので在りたぞよ。此の世界の地面は、見苦しき事に汚れて居るぞよ。地へ降臨て住居をする処が無い、此の世が余り甚深い曇りようで、人民の道は結構な新道が拓いて結構で在るなれど、神の道が全然潰れて了ふて居るのを、艮の金神が稚日女君命出口の神と現はれて、天の規則を定めて、世界の洗濯、人民の身魂の洗濯を致して、元の此の世を創造た神が守護致せば世は治まるぞよ。往昔は天で規則を定めて、誠に結構で在りたなれど、天の規則を破乱りてから、世が段々と乱れて来たので在るぞよ。夫で規則を破りた身魂は稚日女君尊、此の身魂は、世一代は苦労を致して、経綸の大事業を成就させねば、天から許して貰へん身魂に成りて来て居るので在るから、是れは出口直で勤め上げて賞はな、代りを命せる身魂は無いから、此の中の二人が助ねば成らんぞよ。三代になりたら水晶の種に成るなれど、金輪際世の乱れた中に育ちた人民で在るから、天地をヒックリ覆へして綾部の大本から水晶の世に捻直して、大の字逆様に成りて居るのを、真直ぐに致して、お返し申さねば、天地は正しうならぬから、行ひや行り方を変へて、此の行り方で在るなれば大丈夫で在ると言ふ命令を戴くまでは、チットも安心は成らん、極度敵はん様に成りて来たら、我れ丈の行ひ位は変るなれど、変性男子の御役は人の行状を変えさせねば成らん、世界を改心さして、物事を変えさせる大辛苦な御役で、一年か二年の辛棒なら楽なれど、夫れでも此の御用はやう辛棒を致さんぞよ。此の御役は今では悪役じゃ。悪に見せて致さな改心致す人民が無い、善の儘で居りては、此の暗りた悪鬼斗り世の中の、悪る開けに開けて居る見苦しき人民に改心為すのは、化て致さな出来はせんぞよ。錦の旗の仕組、大望な世の立替、道無き所に道を着たり、有る道を潰したり、二度目の世の立替致すには、天照皇太神宮どのの岩戸へ這入りなされた折とは、何倍がけ骨が折れるか知んなれど、仕組通りに成りて来るから、此の中さえ揃ふたら、世界は何時でも始めるのじゃぞよ。仕組は世界は仕て有るぞよ。早く良く成ろうと悪く成ろうと心次第で在るから、今度は早く神心に成りて、申す様に仕て居れば出来て来るぞよ。今度の綾部の大本の経綸は余り大きな神業で在るから、判るまで出口の手で書かして置くから、誤解いを致さん様に致して、器量の大きなのを持て来んと、今度は器量が小さいと、大きな神慶が小さい御蔭に変る事が出来るぞよ。仕組は変えぬとは申せども、出来ん事を命せても、出来る御用を使せねば、勤め上らいでは荷が重たうて、半分途まで行た処で閉口垂れる様な事では、連の人も各自に重荷が持たして在るから、中途から輔助て貰ふ事は、今度の御用は出来んから、持る丈の肉体に、夫れ丈の御用を申し付けるから、勤め上るまではドンナ苦労辛棒も堪忍り詰めて、神国の威勢を出して下さらねばならぬぞよ。神は申した事は違はせねど、其人が心得違い在りては、止むを得ず仕組を変えねば成らぬから、神の方は永い経綸が致して在るから困らねど、経綸が延びた丈けは世界が困しむから、誠の人民を神は信頼と致すぞよ。二度目の世の立替を致す大本の経綸は、他所には何処にも無いから、他では問ふ事も出来ず、矢張り本へ参りて身魂を磨いて来ねば、世界の真相は何も解りは致さんから、艮の金神が出口に書かせる筆先通りを用ひて、汚ない心を捨てて了ふて居ると、小さい心が大きに成りて、人から見るとナントシタ人に成りたじゃろうと申して、吃驚を致す様に成る、綾部の大本で在るぞよ。此の中へ這入りて実地を見て居らんと、其の神徳は貰へんぞよ。此の神事が判明りて来たら、唯物的主義者の身魂も改心を為るなれど、判らん中に解る身魂で無いと、判りてから綾部結構と申して来ても、十人並の事ほか無いぞよ。他の教会とは有差異と申すのは、昔から世に落ちて居りて、悔しい残念なを忍耐て居りた本元の神を、世に上げる起源的輔賛で在るから、此の御用は万劫未代に今度より、後にも前にも又と再びは、此の世に無き事であるから、今の差添の役員は、今迄に無かりた事を致して、九百九十九人と一人との辛棒を致して貰はな成らんから辛いなれど、大経綸が成就致したら結構な事で在るが、此の御用は因縁の身魂で無いと出来ん、此中の辛棒をやう忍耐らんぞよ。 鬼門の金神は悪神崇り神と、世界中の人民が申した此の方で在るから、その悪神崇り神と申した恐い此の方が、出口の霊格が同じ性徳で在るから、出口直が変性男子と申して代りの無い身魂、此の身魂で無いと、艮の金神は体内へ憑依る体が無いので在るから、コンナ激烈き根神が体内へ這入りて、出口をガンジリ巻きに為て置いて、此の方が何事も為て居る、その体がアチラ向いて居れ、ハイ、コチラ向いて居れハイと云ふて居るやうな魂でないから、人民の手には合はん出口なれど、今では化かして在るから、之れを見分ける人民は偉いなれど、真似の出来る人民は偉いなれど、判からん中には因縁ある身魂で無いと、此の中の修業はやう致さんぞよ。余り世界が非道い事に成りて居るから、因縁の身魂を一ト処へ引き宿せて、大望な事が命して在るから、皆が気苦労を致すなれど、仕上げた処では皆が喜ぶ経綸が仕て在るぞよ。錦の機の仕組で在るから、手間も要るし気苦労も在るなれど、細工は仕上げを見て貰はんと、人民から先きには見当は取れん事で在るぞよ。 国々所々の人の心性が調査てあると申して在ろうがな。日本の国が是れ丈に乱れたのは、交易からじゃぞよ。始まりあれば終局が在るぞよ。所々に神柱を建さして、先駆りに教祖教祖の心性の事が命して在るのも、天地からの事で在るぞよ。天で調整致しての先駆りなれど、世が乱れて居る故に、何処の教会も純真純美の教会は在るまいがな。神にも人民にも世に出て居れる方には、誠の在るはチットも無いから、酷い事に曇りて居るから、この方の守護が在り出したら、夫れ夫れ審判を致すから、是から世界は段々辛く成るぞよ。
336

(3618)
大本神諭 神諭一覧 明治41年旧10月15日 明治四十一年旧十月十五日 今度二度目の世の立替は、変性男子が天晴現はれて守護致さねば、従来は蔭からの守護でありたから、分るに隙がいりたなれども、この先きは、世に出て居れる方の守護神に大分わかり掛けたから、神に分りかけたら人民には早う分るから、人気の悪るい所から、惨い事があると申してあるが、何も一度に成りて来て、一度に開くぞよ。九分九厘行くと掌が覆すと申してあるが、其所まで行かんと、世界中は分らんから、何も知らん、悪の働きして居る利己主義の守護神が、まだ邪魔を致すなれど、分りて来るほど、何となく心が寂寥しく成りて来て、善の道には敵はんと、発根と往生致すやうに、日本の国の大和魂の種が、地の底へ落してありた、其種で、元の昔に立ちかへりて大和魂にねじ直すのであるから従来に仕放題にして居りた守護神は、大分辛いなれど世は持ち切りには致させんぞよ。 誠の道を立てるのは、我身を棄てて、我の体躯は砕けても、今度の大事業な御用を勤めあげて、元の活神が皆揃ふて、世に上るのであるから、それについては、我の事は棄て置いて、他を助ける心の人民でありたら、天晴表面に出るに近うなりたぞよ。今度は綾部の大本で御蔭を落して、他所で分る所が無いので、一旦御蔭を落して居りても、大本へ縋りて来ねばならんから、十分衆に気を附けて置くぞよ。温順な人民から善く成るから、これから先きは分るが迅いから、今に敵対て居る人民が可哀想なから、煩う気をつけて置くのぢゃぞよ。神が困るので無いぞよ。貰へる御蔭が後廻はしになるから、それが可哀想なから、今の今迄気をつけるのであるぞよ。綾部の大本で御蔭を落して、他所に分る所があるなら、斯様煩うは申さんなれど、他所の教会は皆先走りであるから、世界中を尋ねて歩いても、この綾部の仕組の分る所は何所にも無いぞよ。綾部の大本へ来て、筆先を見て居りて、他所へ参りて、此綾部を敵対て居りても、些との間は左程分りも致さねど、先きに成る程後悔が出来て来るから、後で出て来て悄々として居るのが、この方出口直の性来は厭な性来であるぞよ。誠を立てるのは、些とは違ふ所が無いと辛抱が出来んぞよ。誠の道を誠の活神が誠心誠意で、日本の大和魂に立て替へる世界の大本であるから、辛抱は痛苦いなれど、辛抱致さねば誠の道は立たんぞよ。 待ち焦れて居りた元の活神が揃ふて守護致し出すと、一旦世界はいろいろと、彼方此方に厭な事があるよって、鼻高さんも心が寂寥くなるから、分る所は綾部の大本より外には何所にも無いのぢゃから、寂寥うなる程大本は忙しうなるから、何彼の事を心得て居りて下されよ。出て来出すと何も一同に成りて来て、人が足らんやうに忙しく成るぞよ。神の方からも出て来出すぞよ。 世界にはいろいろ何れは困難があるよって、神に一心に縋りて居りたら、立別けて見せてやるから、今度の世の立替は、何程世界中の人民に霊魂の神が憑依りて、世の立替を致さうと思ふても、世に零落て居りた活神が、海の底の龍宮へ落ちて居りた活神が、皆揃ふて綾部の新宮本宮の元の宮の陸の龍宮館に、高天原が出現れて、世界の大神と現はれて、昔から無かりた事を致すのであるが、今の世界の人民は、学で出来た智慧であるから、吾に学があると鼻高に成りて、人を見下げて、下へ落ちて居る者を、脚で蹴飛ばさんばかりの世の中に成りて居るが、これが外国の霊魂の性来であるぞよ。露国の極悪神の性来を、日本の国へさッぱり映らして了ふて居るぞよ。此先きは日本と外国との大戦に成るから、日本の国の人民に大和魂の辛抱の善い身魂が無いやうに成りて居るから、向ふの国が強いと思たら外国へ附かうと致す人民が八九分あるぞよ。其身魂は矢張り外国の身魂に成り切りて居るのぢゃから、外国行が沢山あるといふことが、知らしてあるが、これ丈に気をつけて置いたら、何が出て来ても不足言ひには来もしまいなれど………。 世の元を造へるのは、これ一と色能う為んといふ事は出来んのであるから、霊魂の神では出来んと申すのであるぞよ。余り大事業な事であるが、今度の世の立替は元の肉体の其儘である国常立尊が現はれると、次ぎに龍宮の乙姫殿が、日之出の神をお使ひになりて居るから、引添ふて現はれなさる也。岩の神、風の神、荒の神、雨の神、地震の神、残らずの金神………。金神の中にても結構な金神と、酒飲みの道楽な御用には使へん道楽なのもあるよって、此方が使ふのは道楽な名の無いやうに成りて居る金神は、行儀品行をモ一度査べて使ふから、流浪に立つが厭なら今の中に行状も出来んやうな事では、戦争の手伝位は出来もするが、世を立替て天下太平に世を治めて、至仁至愛の世になると、従来のやうな行状はモー出来んぞよ。神の道も、さッぱり造りかへて了ふから、人民の道も造へて昔の元へ世を戻すのであるから、人民からは神を敬へば神力が強う成るから、人民を神が守護致すなり、持つもたれて、神の心に映りて行けばそれが神世と申すのであるから、さうなりたら人民も今の世ほどあせらいでも、穏和に行ける世になるのぢゃぞよ。
337

(3619)
大本神諭 神諭一覧 明治41年旧10月18日 明治四十一年旧十月十八日 世に落ちて居りた元の活神が、揃ふて守護致すから、押込まれた方の活神が、世に上りて跋扈のでは無いぞよ。世に出て居れる方の神様、守護神、皆神の道が薩張りつぶれて居るのを、道を造り更へて、善一つの道へ、復帰て貰はな成らんから、其様な道は無いと申して頑張りなさる御方は、其様に処置なり、日本の内の、元は結構な直系の御霊を頂いて居りて、心の持ちやう一つで体主霊従の身魂になりて、外国行きとは、余り残念では無いか。大和魂の性来さへありたなら、斯ンな酷い事には成らねども、地の世界が、優勝劣敗に成りて了ふて、自己の事ばかりを思ふ外国の身魂の性来に成りて了ふて、日本の国の大将と成りて居りても、此頃の御心配、肚を裁割て見せたいやうに思ふて御座るが、附いて居る役員も、些と確かり致してくだされよ。善の道に立返りたら、世の立替の間は辛いなれど、世が治まりたら、日本の国は言ふに言はれん事に成りて、日本の国を何の国からも能う手を出さん様に成りて、神の道が造れて、神の備へも出来るなり、人民の道も造へて、世が治まれば、世界に口舌は無き様に成りて、従来のやうな、立派な行方は致させんなれど、最うさう成ると、立派な拵をして居る人民は、価値が無いやうに、何彼の事が変りて来るから、綾部の大本へ立寄る人は、些と何彼の事が変りて居らんと、早うから有難いと申して、信心をして居りた効能が無いぞよ。分る御方、今は些と口惜うても、和合致して、水晶の身魂に磨いて、一つの心に成りて、日本の国は立てて行かねば、昔しから天の大神様へ、御恩送りが出来んぞえ。
338

(3627)
大本神諭 神諭一覧 大正元年旧3月8日 大正元年旧三月八日 大国常立尊変性男子の御魂が出口の大神と現はれて申して在る通り世界の実地を致して身魂の善し悪しを分けて見せて与らんと改心は出来んから、其処まで致すのは可愛想に思うて知らすなれど知らして与りて何時まで同じ事を致して居りてもチットも反響が無いから実地の生神が実地を始めて、此の世はどういふ事で茲までの事が出来たのじゃと言ふ事を判けて見せて与るぞよ。皆元の先祖の骨折りで茲までの事が成りて来たので在るのに、此の世を建造へた元を無いやうに為て、他の苦労で出来た此の世を、我が物にしてまた悪を強く致して人の精神をモウ一つ男も女も子供も悪賢う致して行りて行かうとの世界中の目的で在らうがな。今までは賊の世で在りたから、天地の神は見て見ん振りを致して居りたなれど、モウ程なく神力を現はして悪の陰謀は天地から許さんぞよ。此の世は悪では一寸も行けんといふ事を実地を仕て見せて与るぞよ。永い間の仕組が開けるので在るから、ソウ着々とには行かねども、申して在る通り何れは世界中が成りて来るぞよ。此の世が来るから明治二十五年から出口直の身魂は因縁ある身魂であるから、初発から激い行業を命せて、他から見ると純狂者で有りたのは誰一人見判ける人民が無い故に大きな声で呼号らすから、皆が怖がりて大分騒動を為せたなれど、此の狂者に云はした事も書かした事も皆天地の先祖が使うて致させたので在るからチットも違ひは無いぞよ。腹の中の塵芥を薩張り出して了うても是れで良いと言ふ事はないから、充分改心を致して居りて下されよ。世界の事が何も一度に開く梅の花と成ると言ふ事が毎度申して知らして在らうがな。外国には余り王が沢山で今の体裁、司配者が沢山在ると世界には口舌が絶えんぞよ。王と言ふものは彼方にも此方にも在ると苦説の基で在る、昔から我れが王に成らうと致して此の世が治まろまいがな。王といふものはソンナ容易簡便ものでは無いぞよ。我れには苦労無しに、他の苦労で盗みた世を持ちて見ても、今のやうなもので在るぞよ。此の世の王は日本の元からの王より外にはさう安廉と世の元から任命ては無いぞよ。今度二度目の世の立替を致さねば、末代の世の事は外国の王ではナカナカ整頓完備がつきは致さんぞよ。余り大望な事で取違ひも在る筈なれど、大きな取り違ひが有るから、暗黒の世の中に出来て居りて、神は此世に無いもの、無くとも良いといふやうな精神の人民斗りで、改心の仕掛けが出来さうな事が無いが、今の人民には皆世に出て居れる方の守護神で在るから、言うて与ると、何ぞ山師でも致して糊口に致すやうに思うて本真に聞くものが無い非道いもので在るぞよ。 天の御先祖様が世の始まりの御水の御守護遊ばしなされたミロク様が天の御先祖様で、つきの大神様で在りて、三宝金神として、へつい金神と、お竃の上に小さいお厨子で祭りて在る家も在りたなれど、無い勝ちで在りたぞよ。又此の火を御守護遊ばすのが天の御三体の日の大神様で在るぞよ。慈親金神と申して泉庭に祭るのには金神と申して形が祭りて在る家斗りは無りたぞよ。地震金神と申して在りたのが、世界中の御土を固めしめた地の先祖が大国常立尊で在るぞよ。此の三体の神が昼夜の守護致さん事には、此の世の息あるものが、一寸の間も此の世に生活安存が出来んので在るが、其処までの事の判りた守護神が無い故に、元の御先祖様が充分の苦労艱難、口惜し残念を隠忍りて居いで遊ばしても何とも思へんので在るぞよ。世の元の根本からの天地の実地の因縁が是迄には判らずに在りたから、神は要らんものじゃと言ふやうな悪で、何処までも登れるやうに成りて、守護神が悪賢うて悪い事を謀策たら強悪非道に上へ上りて出世が出来て、我れ良しの強者万能の末法の世に成りて居ったので在るぞよ。元の神力の光りの出る時節が迫りて来て、悪の霊は好きな事も悪い事も出来んやうに天地から平らげて了うて是迄の行り方法律をスックリ変更へて了うて洗ひ更への新つの善一つの世で末代の世を立てるぞよ。今迄は逆様に天地の経綸が覆りて居りて、人民の仕て居る事が逆様斗りで在りたから、本様に世を立替致すので在るぞよ。元の神世に世を復元すと、是迄の事は上から下まで何事も薩張り切り変へに新つのいの字から致して、ミロク様の教示通りの世の持ち方に改めるぞよ。天地の先祖の神王を外国の王と同じ事に致して居るが、此れが此の世の悪の始まりで在るぞよ。天地の経綸が違ふから何も逆様斗りより出来んので在るぞよ。天地の王の先祖が此先きの世を松の世と致して、末代善一つの天地の王で治めるので在るぞよ。天地の大神が此の世を建造たので在るから、此の世のものは何も一切天地の王神の物で在るから、其他の身魂には天地を自由には為せる身魂は、一方も無いぞよ。万の神に目論まれて押込められて独り身に成りてドンナ行業も為せて貰うた御蔭で、此の先きの世を松の代に構ふ時節が参りて来たので在るぞよ。末代の世を持ちて行く身魂に成ると、一と通りの行業では勤まらん事で有るぞよ。此の世は末代潰す事は成らんから、誰もよう為ん事の、他の守護神では出来ん事のやう隠忍ん事を身を落して門に立つとこまでの行業を仕て来んと、一通りの身魂では出来ん大望な事斗りで在るぞよ。 世の立替と申すのは身魂の事で在るぞよ。身魂が総ぐもりに成りて了うて暗黒の世の中を、夫れ夫れに身魂を目鼻を着けて、此の先きではモウ世の立替といふ事は無いやうに致さな成らんから、今度の事はコンナ大望な事はモウ無いぞよ。是れ丈けの大望な事を知りた守護神が他の神に無いと言ふやうな酷い事に経綸が乱れて了うて、斯う成る事は皆世の元から見え透いて居りた故に、根本からの事が仕組が仕て有るから、何処から何を問ひに来てもドンナ弁解でも出来る世界の大本で有るから、此の大本に永く這入りて居りて何も判らいでは世界へ耻かしき事が遠からん中に出来るぞよ。心に誠といふ一心の在る身魂で無いと綾部の大本は一寸には判らん所で在ぞよ。 余り尊う過ぎて、皆思いが違ふて居るから、実地の事を。実地正真の生神が、一厘の経綸で、誰もやう為ん事を致して、九分九厘の終いと成りた所で、手の掌を覆して見せんと、未だ今に誠に致さんから、結構なお蔭をやう取らんのは、腹の中に誠といふ一心が無いからで在るぞよ。 言ふても判らず、お蔭の取らせやうが無いなれど、実地の生神が世界中へ一厘の経綸を判けて見せたら、一度に判りて、其処へ成りたら、ドンナ悪い身魂でも、改心が出来るなれど、其の経綸を申したら、此のくもりた世の中の悪い身魂斗りが出て来て、昔からの天の御先祖様の永くの御艱難を、水の泡に仕て了ふやうな守護神が出て来て、無茶に致すから、此の大本の誠の、初発の御用の出来る身塊は無いと申して在ろうがな。 綾部の大本は、今ではまだ実地の事が判らんから、まだ守護神が頑張りて居るなれど、実地の元の誠斗かりを貫行いて来た、天と地との先祖で在るから、是迄の様な嘘偽で固くねた世とは違ふから、一言申した事も実地の事斗り、嘘といふやうな事は、毛筋の横巾も申して無いぞよ。 誠一つの凝りで開く大本で在るから、此の中に置いて貰ふて居りて、嘘と言ふやうな事を申す霊魂に使はれて居る肉体は、よく精神が見届けて在るから、良い御用が出来んぞよ。 此の方は不動して居りて、人の腹の中まで能く見る神で在るから、此の神に嘘を申すやうな何も判らん守護霊の容人は、神が嫌ふから、充分の神恵は無いぞよ。 世の元からの正真の、日本魂の守護神を使役ふて、何も一度に判然るやうに埒良く致さねば、人民ではやう開らかんぞよ。 他の教会のやうな小さい事で無いから、小規模的て布教に出た位には、此の大望な神業の実地をやう判けるやうな身魂が無いし、ながたらしふ掛りて居りたら、薩張り上から下まで総損ひとなりて、両方の国も建ちて行かんやうに、難渋な事に成りては成らんから、早く実地を世界中へ出現はせて、一度の改心を致させやうより、モウ仕様が無いとこまで差迫りて居るぞよ。 二度目の世の立替を致さな成らんといふ事は、此の世の元から熟く判りて居りたから、世に落されたのも、何も皆都合の事で在るぞよ。此れ位な事を致して置かんと、二度目の世の立替の折には、チト違ふた行業を仕て置かんと、立替致したら後は良い世に成るなれど、変り目に陽気や気楽な事を致して置いたら、後が良く成らんから、自由放逸な行り方で行りて来た守護神は、此の転換期の辛棒が辛て、忍れん守護神が沢山在るから、此の大峠が凌げるやうの神徳を貰ふて、行業を致すが結構で在るぞよ。 知らして与りても聞き入れの無い守護神は、止むを得ずの事が在りても、何処も恨む所は無いぞよ。 其処に成りてからの改心は、急速の改心で在るから、一度の改心は実地の間に合はんから、気も無い中から知らすなれど、改心どころか大きな思い違いの守護神人民斗り、埒やう立替を始めんと、後の立つ様に致さな成らんから、罪障の非道い所から始めると申して在るぞよ。 今迄の世が余り贅沢過ぎて、薩張り絶頂りて了ふて、抜け道の無いやうに詰りて了ふて居るから、延すほど悪く成りて、モウ一寸も延すことが出来んから、神を恨めなよ。 知らして在るやうに成りて来るのじゃから、何にも無しに立替は出来んから、改心の出来ん身魂は、肉体在っては到底も魂性の磨けることは出来んから、言ふ事を聞かん御魂の肉体は、出直しに致さねば、神界の革新は成らんから、どうぞ改心を為せて、其の儘で置いて、何なりと出来る事を為せてと思うても、神の心を汲みとるやうな、日本の御魂の性来が、一寸も無いやうに成りて居るから、何れ始めると非道いぞよ。 霊魂を早く良く致して、光華明彩の世に致さねば、此の世が悪く成る斗りで在るから、此の世に置いて欲しいなら、改心さえ致せば善の世へ立ち帰らして、其の場から嬉悦満円なりて、善の霊を入れ換え致して与りて、末代善い名を残すやうに成るなれど、是程日々申しても、改心の出来る身魂が無いから、出来な為るやうにして、霊魂を整備するぞよ。
339

(3628)
大本神諭 神諭一覧 大正元年旧7月4日 大正元年旧七月四日 大精神国永遠無窮強固建立神言返照火水神の御魂が、大神威霊力発場の神と現はれるぞよ。是から天晴神政総統者にあらはれて、世界へ神力を証明てやるぞよ。そうなる迄に世界の人民が、改慎を為ておかんと、天地が覆りて居るのを、大元へ復すのであるから、人民の知恵や学では出来ぬ神業であるぞよ。真実の経綸は智慧や学者や高位高官富者人民では了解は致さぬぞよ。 生れ赤児の本心に復らんと、神の心は分らんから、肝腎の御用は勤まらんぞよ。世に出て居れる加美に、今度の世の革正の出来る守護神は、一方もないから、普通の平民には無い筈であるぞよ。是からは申してあるやうに、善と悪とを立別けて、万民に改過遷善をさせて遣るぞよ。余り人民の我慢が強過ぎて、今までの世は大地を主宰する国祖の大神が、無いやうにして在りたから、地の世界が常暗に成りて了ふて、恐いものが無りたから、今の世界の斯の状態であるぞよ。 何程神力の有る大元の先祖でも、天は天の先祖なり、地は地の先祖が構はねば、天ばかりでは地は思ふやうに守護ぬから、天祖と地祖とが一致になりて統治るぞよ。今までは天地揃ふての世で無りた故に、悪神の世で、利己主義の行り方で在たから、強いもの斗りが上へ上がりて、悪神の恐怖る生神がなかりた故に、渡りて来られん筈の悪鬼邪神が、仏教と学とを輸入て来て、日本の国を茲まで汚したのであるぞよ。 艮の金神は、今までは世界に無い神と為られて、蔭の守護で世界を審査てあるから、モウ貧乏動ぎも成らんやうに、蜘蛛の巣を掛た如くに為てあるぞよ。世の大元の活神を無い神として、悪神が覇張りて能うも茲まで汚したものであるぞよ。是から御礼いたすぞよ。野獣的外国の盗賊邪神が、此世の出来ん先から、天地未剖陰陽未分の際からの悪計で、悪の仕組が茲まではトントン拍子に、面白い程成効なれど、悪神の天下は寿命が短いぞよ。根幹断れて枝葉続くとは思ふなよ。幹が在りてこそ枝も在るぞよ。大本が断れたら枝は枯れるぞよ。大本を無視放棄に致して、途中から経営した事は、末代は続かんぞよ。モウ悪神の世は断末魔ぞよ。日本の国の為政者官公吏連が、外国の施政方策の真似を致して、全然、天立神権君主を看板に致して、利己栄達主義の暴政をいたすから、日本の国の今の此の惨状であるぞよ。 日本の天立君神権政治を立憲君主政治に政治に変更して、至尊様の天権を束縛して了ふた故に、人民の中の鼻高までが、現人神を蔑視して居るぞよ。 外国の世の施政方法は、日本の国には間に合はんぞよ。世を立替いたして、本の日本の世の統治方の国体に建直すのであるぞよ。善の道は永く苦労いたして、悪く謂はれて、トコトン世に落ちて、斯世には為ん事はないと云う処まで令変化たり、和光同塵的活動而艱難をいたした成れど、モウ表現る時節に迫りて来たから、何時までも蔭光ては居れんから、是までの心を改革て居らんと、気の毒な人民が大多数に出来るぞよ。夫れでは可愛想なから、日々今に続いて警告して居るなれど、人民は如何様に懇諭してやりても、能う了解んから、露骨に申して知らしてやるぞよ。出口直の言で其儘を見せて遣りても、能う得心致さぬやうな有様であるから、役員の伝教では、改心が難かしい筈であるぞよ。世界の人民に憑て居る悪霊の妨害が強いから、中々神の申す事は能う解けんので在るぞよ。世の元の活神の顕現地において貰ふのは、チット卓絶た身魂でないと誠の神徳は能う取んぞよ。此の大本の国体へ加入て居りたら、加美の神力を顕彰て呉れる身魂で無いと、目下では左程には無いが、一日一日に神力が強くなるから、何時までも同じやうに思ふて居ると、俄に驚動する事が出来るから、今の世界の人民と心が合ふやうな事では、到底勤まらんぞよ。欲人の心と神の心とは、サッパリ正反対であるぞよ。有難い斗りでは神の御用は出来んぞよ。此大本の中に居りても、実地の判るもので無いと、永らく神の傍へ寄りて、苦労いたした功能がないぞよ。此結構な言葉の代りに、口で噛みて遣りて咽へ入れたら可いやうに、出口直の筆で誌してある神諭が、世界を観て居ると、其の儘の事実が判るやうに予告してあるのに、夫れに大きな取違いを致して、反対ばかり致すと、思ふて居る事が、顛覆に成りて、ヂリヂリ舞を致さんならん事が出来るから、何時までも筆先で諭示してあるぞよ。善悪が明白に立分る時節が参りたから此のさきは何に由らず気遣いになるぞよ。天地初発の火水神は、当罸厳重活神であるから、天神と地祇との御恩の悟了る、身魂の一切の事の見え透く教役者で在りたら、今度の神政復古の御用の間に合ふのであるなれど、今の神の取次いたす人民は、口先斗り立派にあるが、神の事に掛たら盲目斗りであるから、神界の誠の経綸が判らんから、仕損いが出来るのであるぞよ。盲目の取次が一角判りた心算で、手を曳いて地獄の釜へ連れて行く暗雲ばかりで、神の胸の晴れた間は無いぞよ。綾部の大本から、変生男子と、変生女子との身魂が現はれて、世界の人民の能う為ん大神業を致して、三千世界を根本から立直して助けるぞよ。天下修斎の道を拡くのは、苦労が永いぞよ。悔しい残念を今に堪りて、誠ばかりを貫ぬきて、今に成りて居るのに、未だ実地の教いたす方の事が、今に分らんとはむごいものであるぞよ。口では真実らしう申しても、心の中に誠のない者ばかり、世界一同に是から悪魔の世であるから、出口直の筆と語とで、今に続いて知らして有る事が、漸次世界から実現きて、ヂリヂリ舞を向ふの国に致して居るのも、彼方や此方の出来事も、皆今迄に知らしてある事ばかり、毛筋も違いは有ろまいがな。今に実地を教へて居る、太素の活神を押込めるやうな人民であるから、此の悪魔ばかりの社会の、盲目聾者ばかりでは、神の誠の教が本当に不了得のは、無理も無いぞよ。此世へ出て居れる守護神の精神が顛倒覆りて居る故に、世界の人民に判りさうな事は無いぞよ。誠の善一つを立貫きて居る元の活神は、悪神と貶称して居りた故に、今の世界の難渋であるが、真正の国悪が善に見えるから、今の日本の国の見苦しさ、立替を致すにも掛りかけ出来んが、永く掛りたら世界中が行けん事に成るし、急速に致したら世界は滅亡なるし、何方に成ても、モウ一寸も延す事は出来んなり、筆先通りの世が参りて来るから、元の活神の骨折りが解らんやうな、斯世の守護神に使はれて居る肉体にも、モウ少々位は解らんと、天地からの御懲戒があると、世界の人民が可愛想な事が出来るから、明治二十五年から、今に変らずクドウ知らして居るなれど、未だに解る人民が一人も無いぞよ。誠実の事を口では誰も申すなれど、口と心と行ひが違ふから、真正の日本魂の人民は、上流にも下流にも無いぞよ。それで世界の立替立直しが、困難であると申すのであるぞよ。世界には困難が在る故に、元の生神が永らくの艱難と、悔しき事を今に堪りて諭示して居るのに、今の世の行り方の、安楽な方へうつる人民斗りであるぞよ。現代の施政は初発は可いやうなれど、生命が短いぞよ。此世界の大本に成る、綾部の竜宮館の高天原の、大本へ出て来て、都合が宜かりたら神界の御用を致すなり、面白く無くば、自己の欲望を、立ようと思ふて居る、守護神に頤使れて居る肉体は、今後は違ふた事が出来るから、今の今まで気を付けておくぞよ。守護神と肉体と同一精神状態であるぞよ。此大本へ出て来て、誠の御用を致さうと思ふ人は、中々に苦労があるぞよ。苦労を致さな誠の事は出来上らんぞよ。世界の修斎であるから、祭政一致の直接の御用を致さうと願ふ人は、陽気浮気では勤め上らんぞよ。世界には何から破裂いたさうやら、知れんと云ふ事が申して在ろうがな。戦争ばかりで無い、天災ばかりでも無いぞよ。何事も一切の改革であるぞよ。二度目の世の革正は、新つの天地を創造るよりも骨が折れるぞよ。綾部の大元は世界の加賀美の出る大神策地で在るから、大本に在りた事は世界に実現から、書いてある事も、出口直の口で言した事も、毛筋も違はん皆在るから、世界は一旦は日に増に混雑に成りて来るぞよ。是までは太素の生神を斯世に無い神と致して、枝の神やら輸入て来た国悪の、邪神の心に移りて了ふて、日本の忠良心を引抜かれてしまふて、今度の神政維新の神業に間に合ふ守護神も肉体も、今に無いといふ有様であるから、止むを得ず立替立直しが後れて来て、世界は日に日に困難斗りが殖えて来るから……斯の神を表面に出すには、如何辛抱でも致すといふ心のある、守護神に使はれて居らんと、肉体には出来ん事であるぞよ。皆霊魂の因縁性来の事より出来は致さんから、筆先通りが出て来るのであるぞよ。天運循環時機到来のであるぞよ。
340

(3630)
大本神諭 神諭一覧 大正元年旧8月19日 大正元年旧八月十九日 大国常立尊が天晴表面になりて守護にかかると、一旦は神の経綸通りにいたすから、日本の人民が改心いたして神心に成りて居らんと、世界中の事であるから、人気の悪い所は何処でも飛火がいたすから、今度は是迄の見苦しき心を全然捨て了ふて、産の精神に成りたらば、安全な道が造り替て在るから、霊魂を研いて善い道へ乗り替るやうに仕組であれども、霊魂に曇りが在りては善い道へ乗替へたとて、辛うて御用が出来んから、発根の改心、腹の底からの改心でないと、誠の御用は出来んぞよ。龍宮の乙姫殿を見て皆改心をいたされよ。昔から誠に慾な醜しき御心で在りたなれど、今度の世の立替には慾を捨て了はねば、神界の御用が勤まらんといふ事が、一番に早く御合点が参りたから、龍門の御宝を残らず艮金神に御渡し遊ばして、活発な御働きを神界で一生懸命になって、力量も十分に在るなり、此の方の片腕に成って、今度の世の立替の御用を遊ばすから、外の守護神も龍宮様の御改心を見て、一日も早く自己の心の中を考へて改心をなされよ。大国常立尊が今表になりた処で、神界の役に立る霊魂は一つも無いが、能くも是だけ曇りたものであるぞよ。モウ神は構はんから、何彼の事を急速にいたして後の立直しに掛らんと、世界中の大事であるから、判らぬ守護神に何時までもかかりて居りたら、世界の人民が皆難渋をいたして、往きも戻りも成らんやうに成りて、戦争も済みたでも無し、止めも刺せん事になりて、世界中の大難と成るから、是迄に耳に蛸が出来る程注意てあるが、何彼の時節が迫りて来て、動きもにじりも出来ん事に世界中が成るから、クドウ守護神人民に気を附けるぞよ。今からの改心は間に合んぞよ。 日本にも、元の日本魂が少と在りたら、茲までの難渋はないなれど、誠の日本魂の身魂により明されず、肝心の事を任して為せる事も出来ず、テンで経綸が分りて居らんから、神が使ふ身魂が無いぞよ。此の方が世界中の事をいたさなならんから、何彼の事が一度に成りて、忙しうなると申すことが、毎度筆先で知らして在ろうがな。艮に成りたら神霊活機臨々発揮日月と現はれて、三千世界の艮を刺すぞよ。其折に間に合ふやうに、早ふから有難がりて、大本へ来て辛い修業を仕て居りても、肝心の処が能く解りて居らんと、善い御用は出来んぞよ。何うなりとして引着て居りたら、善い御用が出来ると思ふてをると、大間違であるぞよ。艮金神が初発から一言申した事は一分一厘違はんぞよ。途中から変るのは矢張霊魂に因縁が無いのじゃぞよ。因縁の在る身魂は切りても断れん、如何な辛い目をいたしても左程苦しい事はないぞよ。因縁性来と申すものは、エライもので在るぞよ。それで今度は因縁の在る身魂が集りて来て、辛い辛抱をいたして天地の光を出して呉んならん、変生男子と変生女子との身魂を、茲まで化して神の御役に立たぞよ。変生男子と女子との身魂が、誰も能う為ぬ辛抱をいたして、此世には神は無きものと、学で神力をないやうに仕て居りたのを、此世に神が有るか無いかと云ふ事を、三千世界へ天晴と天地の神力を表はせて見せて、此の先は日本の国は神力なり、外国は学力で如何な事でもいたすなれど、世の元の根本の生神の神力には敵はんから、今の中に海外の国の悪神の、エライ企みを砕いて了ふから、一日も早く往生いたすが徳であるぞよ。 今度の戦いは人民同士の戦争では無いぞよ。国と国、神と神との大戦争であるから、海外の国の策戦計画は日本の人民では誰も能うせん仕組で在れど、世の元の生神には敵はんぞよ。神の方は何も出来が完成て在るから、何時なりと初めて下されよ。充分戦うた所で金の要るのは程知れず、人の減るのも程は分らんぞよ。けれども出かけた船じゃ、何方の船も後方へは退んから、トコトンまで行くぞよ。外国の悪の守護神よ、日本の国を茲までに自由にいたしたら、是に不足はモウあろまいから、十分に敵対て御座れよ。日本の国には人民は尠いなれど、神が加勢いたすから、人の数は要らんぞよ。神力と学力との力双べの大戦で在るから、負けたら従がうてやるし、勝たら従がはして、末代海外の国から手は出しませぬと申すとこまで、降伏をさせてやるぞよ。何程学力がエラウても、日本の元の神の神力には勝てんぞよ。大きな見誤いを為て居りたと云ふ事が、後で気が付いて、死物狂いを致さうよりも、脚下の明い中に降伏を致す方が宜いぞよ。永引く程国土はヂリヂリと無く成りて了ふぞよ。向ふの国の企謀は、悪で如何な計略も為て居るなれど、悪では此世は立ては行んぞよ。日本の経綸は善一つの誠実地の御道が造り代えて在るから、気の付た守護神は、善の道へ立帰りて成るやう成されよ。悪の身魂は平げて了うから、早う覚悟をいたさんと、モウ一日の日の間にも代るから、是迄のやうに思ふて居ると、みな慮見が違ふぞよ。毎度出口直に兵糧を獲て置かねば成らんといふ事が、執念申して在ろうがな。米が有ると申して油断をいたすで無いぞよ。人民は利巧なもので在るなれど、先のチットも解らんもので在るから、筆先で何も知らすから、此筆先を大切にいたさんと、粗末にいたしたら、其場で変るやうに厳しくなるぞよ。この筆先は世界の事を、気も無い中から知らしてあるから、疑ふて居ると後で取返しの出来ん事になるぞよ。あとの後悔は間に合んぞよ。