🏠 トップページへ

📖 キーワード検索

番号
(No.)
書籍 内容
1

(444)
ひふみ神示 20_梅の巻 第17帖 今の人民少しは神示判って居らんと恥づかしい事出来て来るぞ、なさけない事出来てくるぞ、くやしさ目の前ぞ。次の世がミロクの世、天の御先祖様なり、地の世界は大国常立の大神様御先祖様なり、天の御先祖様此の世の始まりなり、お手伝いが弥栄のマコトの元の生神様なり、仕上げ見事成就致さすぞ、御安心致されよ。天も晴れるぞ、地も輝くぞ、天地一つとなってマコトの天となりなりマコトの地となりなり、三千世界一度に開く光の御代ぞ楽しけれ、あな爽け、あなすがすがし、あな面白や、いよいよ何も彼も引寄せるからその覚悟よいか、覚悟せよ、あな爽け、あなすがすがし、四十七と四十八と四十九ぢゃ。十二月四日、七つ九のかミしらす。
2

(790)
ひふみ神示 31_扶桑の巻 第2帖 なかとみのふとのりとことふとにのりあぐ。 一はいくら集めても一であるぞ、判らんものいくら集めても判らん道理、二は二、三は三であるぞ、一を二つ集めても二にはならんぞ、人民大変な取違いを致して居るぞと申してあろうがな、がもとぢゃ、一がもとぢゃ、結びぢゃ弥栄ぢゃ、よく心得なされよ。世の元、の始めから一と現われるまではを十回も百回も千回も万回も、くりかへしたのであるぞ、その時は、それはそれはでありたぞ、火と水のドロドロ(十)であったぞ、その中に五色五頭の竜神(二ん)が御ハタラキなされて、つくり固めなされたのぢゃ、今の人民は竜神(二ん)と申せば、すぐ横を向いて耳をふさぐなれど、マコトのことを知らせねばならん時ざから、ことわけて申してゐるのぞ。竜神(二んとは神理)であるぞ、五色の竜神とは国常立尊の御現われの一であるぞ。戒律をつくってはならん、戒律がなくてはグニャグニャになると思ふであろうなれども、戒律は下の下の世界、今の人民には必要なれど、いつまでも、そんな首輪はいらんぞ、戒律する宗教は亡びると申してあろうがな。
3

(796)
ひふみ神示 31_扶桑の巻 第8帖 平坂の 岩戸[言答]ひらけむ 音のきこゆる。 神に怒りはないのであるぞ、天変地異を神の怒りと取違ひ致してはならん。太神は愛にましまし、真にましまし、善にましまし、美にましまし、数にましますぞ。また総てが喜びにましますが故に怒りはないのであるぞ、若し怒りが出た時は、神の座から外れて了ふのであるぞ。救ひの手は東よりさしのべられると知らしてあろが、その東とは、東西南北の東ではないぞ、このことよく判りて下されよ。今の方向では東北から救ひの手がさしのべられるのぢゃ、ウシトラとは東北であるぞ、ウシトラコンジンとは国常立尊で御座るぞ、地-千、智-の元の、天地の元の元の元の神ぞ、始めの始め、終りの終りぞ、弥栄の弥栄ぞ、イシヅヱぞ。
4

(826)
ひふみ神示 33_星座の巻 第4帖 人民もの言へんことになると申してありたこと近うなったぞ、手も足も出んこと近づいたぞ、神が致すのでない、人民自身で致すこと判りてくるぞ。人民の学や智では何とも判断出来んことになるぞ。右往左往しても、世界中かけ廻っても何もならんぞ、判らんでも判りた顔せねばならん時が来たぞ、ウソの上ぬり御苦労ぞ、人民がいよいよお手上げと言うことに、世界が行き詰りて神のハタラキが現れるのであるぞ、日本人びっくりぢゃ、日本人はいくらでも生み出されるが日本の国は出来まいがな、身体中、黄金に光ってゐるのが国常立大神の、ある活動の時の御姿ぞ、白金は豊雲野大神であるぞ、今の科学では判らん。一万年や三万年の人間の地上的学では判らんこと、国常立大神のこの世の肉体の影が日本列島であるぞ、判らんことがいよいよ判らんことになったであろうが、元の元の元の神の申すことよく聞きわけなされよ、神の学でなければ今度の岩戸はひらけんぞ。
5

(866)
ひふみ神示 34_竜音の巻 第19帖 霊の発動をとめて、静かにする法は 国常立大神守り給へ幸はへ給へと三回くり返すこと。又 素盞鳴大神守り給へ幸はへ給へと三回くり返すこと、 又は 太日月地大神守り給へ幸はへ給へと三回くり返すこと。 世界そのものの霊かかり、日本の霊かかり、早うしづめんと手におえん事となるが、見て御座れよ、見事な事を致してお目にかけるぞ。
6

(870)
ひふみ神示 35_極め之巻 第4帖 大空に向って腹の底から大きく呼吸してゴモクを吐き出し、大空を腹一杯吸ひ込んで下されよ。そなたの神を一応すてて心の洗濯を致してくれよ、神示が腹に入ったらすてて下されと申してあろうがな、神を信じつつ迷信に落ちて御座るぞ。日本が秘の本の国、艮-宇詞答裸-のかための国、出づる国、国常立大神がウシトラの扉をあけて出づる国と言うことが判りて来んと、今度の岩戸ひらきは判らんぞ、こんなことを申せば、今のエライ人々は、古くさい迷信ぢゃと鼻にもかけないなれど、国常立命がウシトラからお出ましになることが岩戸(言答)ひらきぞ、今の学では判らんことばかり。善と悪とに、自分が勝手にわけて、善をやろうと申すのが、今の世界のあり方。天の王、地(智、千)の王のこと、のことがハッキリ判らねば足場がないではないか、足場も、めあてもなくてメクラメッポーに歩んだとて目的には行きつけぬ道理。
7

(896)
ひふみ神示 36_至恩之巻 第10帖 国常立神も素盞鳴命も大国主命も、総て地-智-にゆかりのある神々は皆、九-光-と十-透-の世界に居られて時の来るのをおまちになってゐたのであるぞ、地は智の神が治らすのぞと知らしてあろうが、天運正にめぐり来て、千-智-引の岩戸-言答-はひらかれて、これら地-智-にゆかりのある大神達が現れなされたのであるぞ、これが岩戸ひらきの真相であり、誠を知る鍵であるぞ。
8

(930)
ひふみ神示 38_紫金之巻 第12帖 ヨコの十の動きがクラゲナスタダヨヘルであり、タテの十の動きがウマシアシカビヒコジであるぞ、十と十と交わり和して百となり九十九と動くのぞ。過去も未来も霊界にはない、今があるのみ、これを中今と申すぞよ。竜宮の乙姫殿、日の出の神殿、岩の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の神殿、金神殿の九柱なり、総大将は国常立大神なり、このこと判りて下されよ、教はなくなるぞ、元の道が光り輝くぞ、これを惟神の道と申すぞ。
9

(997)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 発端 発端 自分が明治三十一年旧二月九日、神使に伴なはれ丹波穴太の霊山高熊山に、一週間の霊的修業を了へてより天眼通、天耳通、自他神通、天言通、宿命通の大要を心得し、神明の教義をして今日あるに至らしめたるについては、千変万化の波瀾があり、縦横無限の曲折がある。旧役員の反抗、信者の離反、その筋の誤解、宗教家の迫害、親族、知友の総攻撃、新聞雑誌、単行本の熱罵嘲笑、実に筆紙口舌のよくするところのものでない。自分はただただ開教後廿四年間の経緯を、きわめて簡単に記憶より呼び起して、その一端を示すことにする。 竜宮館には変性男子の神系と、変性女子の神系との二大系統が、歴然として区別されてゐる。変性男子は神政出現の予言、警告を発し、千辛万苦、神示を伝達し、水をもつて身魂の洗礼を施し、救世主の再生、再臨を待つてをられた。ヨハネの初めてキリストに対面するまでには、ほとんど七年の間、野に叫びつつあつたのである。変性男子の肉宮は女体男霊にして、五十七才はじめてここに厳の御魂の神業に参加したまひ、明治二十五年の正月元旦より、同四十五年の正月元旦まで、前後満二十年間の水洗礼をもつて、現世の汚濁せる霊体両系一切に洗礼を施し、世界改造の神策を顕示したまうた。かの欧洲大戦乱のごときは、厳の御魂の神業発動の一端にして、三千世界の一大警告であつたと思ふ。 変性女子の肉宮は瑞の御魂の神業に参加奉仕し、火をもつて世界万民に洗礼を施すの神務である。明治三十一年の旧二月九日をもつて神業に参加し、大正七年二月九日をもつて前後満二十年間の霊的神業をほとんど完成した。物質万能主義、無神無霊魂説に、心酔累惑せる体主霊従の現代も、やや覚醒の域に達し、神霊の実在を認識するもの、日に月に多きを加へきたれるは、すなはち神霊の偉大なる神機発動の結果にして、決して人智人力の致すところではないと思ふ。 変性男子の肉宮は神政開祖の神業に入り、爾来二十有七年間神筆を揮ひ、もつて霊体両界の大改造を促進し、今や霊界に入りても、その神業を継続奉仕されつつあるのである。 つぎに変性女子は三十年間の神業に奉仕して、もつて五六七神政の成就を待ち、世界を善道にみちびき、もつて神明の徳沢に浴せしむるの神業である。神業奉仕以来、本年をもつて満二十三年、残る七ケ年こそ最も重大なる任務遂行の難関である。神諭に曰く、 『三十年で身魂の立替立直しをいたすぞよ』 と。変性男子の三十年の神業成就は、大正十一年の正月元旦である。変性女子の三十年の神業成就は、大正十七年二月九日である。神諭に、 『身魂の立替立直し』 とあるを、よく考へてみると、主として水洗礼の霊体両系の改造が三十年であつて、これはヨハネの奉仕すべき神業であり、体霊洗礼の霊魂的改造が前後三十年を要するといふ神示である。しかしながら三十年と神示されたのは、大要を示されたもので、決して確定的のものではない。伸縮遅速は、たうてい免れないと思ふ。要するに、神界の御方針は一定不変であつても、天地経綸の司宰たるべき奉仕者の身魂の研不研の結果によつて変更されるのは止むをえないのである。 神諭に、 『天地の元の先祖の神の心が真実に徹底了解たものが少しありたら、樹替樹直しは立派にできあがるなれど、神界の誠が解りた人民が無いから、神はいつまでも世に出ることができぬから、早く改心いたして下されよ。一人が判りたら皆の者が判つてくるなれど、肝心のものに判らぬといふのも、これには何か一つの原因が無けねばならぬぞよ。自然に気のつくまで待つてをれば、神業はだんだん遅れるばかりなり、心から発根の改心でなければ、教へてもらうてから合点する身魂では、到底この御用は務まらぬぞよ。云々』 実際の御経綸が分つてこなくては、空前絶後の大神業に完全に奉仕することはできるものではない。御神諭に身魂の樹替樹直しといふことがある。ミタマといへば、霊魂のみのことと思つてゐる人が沢山にあるらしい。身は身体、または物質界を指し、魂とは霊魂、心性、神界等を指したまうたのである。すべて宇宙は霊が本で、体が末となつてゐる。身の方面、物質的現界の改造を断行されるのは国祖大国常立神であり、精神界、神霊界の改造を断行したまふのは、豊国主神の神権である。ゆゑに宇宙一切は霊界が主であり、現界が従であるから、これを称して霊主体従といふのである。 霊主体従の身魂を霊の本の身魂といひ、体主霊従の身魂を自己愛智の身魂といふ。霊主体従の身魂は、一切天地の律法に適ひたる行動を好んで遂行せむとし、常に天下公共のために心身をささげ、犠牲的行動をもつて本懐となし、至真、至善、至美、至直の大精神を発揮する、救世の神業に奉仕する神や人の身魂である。体主霊従の身魂は私利私欲にふけり、天地の神明を畏れず、体欲を重んじ、衣食住にのみ心を煩はし、利によりて集まり、利によつて散じ、その行動は常に正鵠を欠き、利己主義を強調するのほか、一片の義務を弁へず、慈悲を知らず、心はあたかも豺狼のごとき不善の神や、人をいふのである。 天の大神は、最初に天足彦、胞場姫のふたりを造りて、人体の祖となしたまひ、霊主体従の神木に体主霊従の果実を実らせ、 『この果実を喰ふべからず』 と厳命し、その性質のいかんを試みたまうた。ふたりは体欲にかられて、つひにその厳命を犯し、神の怒りにふれた。 これより世界は体主霊従の妖気発生し、神人界に邪悪分子の萠芽を見るにいたつたのである。 かくいふ時は、人あるひは言はむ。 『神は全智全能にして智徳円満なり。なんぞ体主霊従の萌芽を刈りとり、さらに霊主体従の人体の祖を改造せざりしや。体主霊従の祖を何ゆゑに放任し、もつて邪悪の世界をつくり、みづからその処置に困むや。ここにいたりて吾人は神の存在と、神力とを疑はざるを得じ』 とは、実に巧妙にしてもつとも至極な議論である。 されど神明には、毫末の依怙なく、逆行的神業なし。一度手を降したる神業は昨日の今日たり難きがごとく、弓をはなれたる矢の中途に還りきたらざるごとく、ふたたび之を更改するは、天地自然の経緯に背反す。ゆゑに神代一代は、これを革正すること能はざるところに儼然たる神の権威をともなふのである。また一度出でたる神勅も、これを更改すべからず。神にしてしばしばその神勅を更改し給ふごときことありとせば、宇宙の秩序はここに全く紊乱し、つひには自由放漫の端を開くをもつてである。古の諺にも『武士の言葉に二言なし』といふ。いはんや、宇宙の大主宰たる、神明においてをやである。神諭にも、 『時節には神も叶はぬぞよ。時節を待てば煎豆にも花の咲く時節が参りて、世に落ちてをりた神も、世に出て働く時節が参りたぞよ。時節ほど恐いものの結構なものは無いぞよ、云々』 と示されたるがごとく、天地の神明も『時』の力のみは、いかんとも為したまふことはできないのである。 天地剖判の始めより、五十六億七千万年の星霜を経て、いよいよ弥勒出現の暁となり、弥勒の神下生して三界の大革正を成就し、松の世を顕現するため、ここに神柱をたて、苦・集・滅・道を説き、道・法・礼・節を開示し、善を勧め、悪を懲し、至仁至愛の教を布き、至治泰平の天則を啓示し、天意のままの善政を天地に拡充したまふ時期に近づいてきたのである。 吾人はかかる千万億歳にわたりて、ためしもなき聖世の過渡時代に生れ出で、神業に奉仕することを得ば、何の幸か之に如かむやである。神示にいふ。 『神は万物普遍の聖霊にして、人は天地経綸の司宰なり』 と。アゝ吾人はこの時をおいて何れの代にか、天地の神業に奉仕することを得む。 アゝ言霊の幸はふ国、言霊の天照る国、言霊の生ける国、言霊の助ける国、神の造りし国、神徳の充てる国に生を稟けたる神国の人においてをや。神の恩の高く、深きに感謝し、もつて国祖の大御心に報い奉らねばならぬ次第である。
10

(1014)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 17 神界旅行(四) 第一七章神界旅行の四〔一七〕 神界の場面が、たちまち一変したと思へば、自分は又もとの大橋の袂に立つてゐた。どこからともなくにはかに大祓詞の声が聞えてくる。不思議なことだと思ひながら、二三丁辿つて行くと、五十恰好の爺さんと四十かつかうの婦とが背中合せに引着いて、どうしても離れられないでもがいてゐる。男は声をかぎりに天地金の神の御名を唱へてゐるが、婦は一生懸命に合掌して稲荷を拝んでゐる。男の合掌してゐる天には、鼻の高い天狗が雲の中に現はれて爺をさし招いてゐる。婦のをがむ方をみれば、狐狸が一生懸命山の中より手招きしてゐる。男が行かうとすると、婦の背中にぴつたりと自分の背中が吸ひついて、行くことができない。婦もまた行かうとして身悶えすれども、例の背中が密着して進むことができない。一方へ二歩行つては後戻り、他方へ二歩行つては、又あともどりといふ調子で、たがひに信仰を異にして迷つてゐる。自分はそこへ行つて、「惟神霊幸倍坐世」と神様にお願ひして、祝詞を奏上した。そのとき私は、自分ながらも実に涼しい清らかな声が出たやうな気がした。 たちまち密着してゐた両人の身体は分離することを得た。彼らは大いに自分を徳として感謝の辞を述べ、どこまでも自分に従つて、 『神界の御用を勤めさしていただきます』 と約束した。やがて男の方は肉体をもつて、一度地の高天原に上つて神業に参加しやうとした。しかし彼は元来が強欲な性情である上、憑依せる天狗の霊が退散せぬため、つひには盤古大神の眷族となり、地の高天原の占領を企て、ために、霊は神譴を蒙りて地獄に堕ち、肉体は二年後に滅びてしまつた。さうしてその婦は、今なほ肉体を保つて遠く神に従ふてゐる。 この瞬間、自分の目の前の光景は忽ち一転した。不思議にも自分はある小さな十字街頭に立つてゐた。そこへ前に見た八頭八尾の霊の憑いた男が俥を曳いてやつて来て、 『高天原にお伴させていただきますから、どうかこの俥にお召し下さい』 といふ。しかし「自分は神界修業の身なれば、俥になど乗るわけにはゆかぬ」と強て断つた上、徒歩でテクテク西へ西へと歩んで行つた。非常に嶮峻な山坂を三つ四つ越えると、やがてまた広い清い河のほとりに到着した。河には澄きつた清澄な水が流れてをり、川縁には老松が翠々と並んでゐる実に景勝の地であつた。自分はこここそ神界である、こんな処に長らくゐたいものだといふ気がした。また一人とぼとぼと進んで行けば、とある小さい町に出た。左方を眺むれば小さな丘があり、山は紫にして河は帯のやうに流れ、蓮華台上と形容してよからうか、高天原の中心と称してよからうか、自分はしばしその風光に見惚れて、そこを立去るに躊躇した。 山を降つて少しく北に進んで行くと、小さな家が見つかつた。自分は電気に吸着けらるるごとく、忽ちその門口に着いてゐた。そこには不思議にも、かの幽庁にゐられた大王が、若い若い婦の姿と化して自分を出迎へ、やがて小さい居間へ案内された。自分はこの大王との再会を喜んで、いろいろの珍らしい話しを聞いてゐると、にはかに虎が唸るやうな、また狼が呻くやうな声が聞えてきた。よく耳を澄まして聞けば、天津祝詞や大祓の祝詞の声であつた。それらの声とともに四辺は次第に暗黒の度を増しきたり、密雲濛々と鎖して、日光もやがては全く見えなくなり、暴風にはかに吹き起つて、家も倒れよ、地上のすべての物は吹き散れよとばかり凄じき光景となつた。その濛々たる黒雲の中より「足」といふ古い顔の鬼が現はれてきた。それには「黒」といふ古狐がついてゐて、下界を睥睨してゐる。その時にはかに河水鳴りとどろき河中より大いなる竜体が現はれ、またどこからともなく、何とも形容のしがたい悪魔があらはれてきた。大王の居間も附近も、この時すつかり暗黒となつて、咫尺すら弁じがたき暗となり、かの優しい大王の姿もまた暗中に没してしまつた。ただ目に見ゆるは、烈風中に消えなむとして瞬いてゐる一つのかすかな燈光ばかりである。自分は今こそ神を祈るべき時であると不図心付き、「天照大御神」と「産土神」をひたすらに念じ、悠々として祝詞をすずやかな声で奏上した。一天にはかに晴れわたり、一点の雲翳すらなきにいたる。 祝詞はすべて神明の心を和げ、天地人の調和をきたす結構な神言である。しかしその言霊が円満清朗にして始めて一切の汚濁と邪悪を払拭することができるのである。悪魔の口より唱へらるる時はかへつて世の中はますます混乱悪化するものである。蓋し悪魔の使用する言霊は世界を清める力なく、欲心、嫉妬、憎悪、羨望、憤怒などの悪念によつて濁つてゐる結果、天地神明の御心を損ふにいたるからである。それ故、日本は言霊の幸はふ国といへども、身も魂も本当に清浄となつた人が、その言霊を使つて始めて、世のなかを清めることができ得るのである。これに反して身魂の汚れた人が言霊を使へば、その言霊には一切の邪悪分子を含んでゐるから、世の中はかへつて暗黒になるものである。 さて自分は八衢に帰つてみると、前刻の鬼、狐および大きな竜の悪霊は、自分を跡から追つてきた。「足」の鬼は、今度は多くの眷族を引連れ来たり、自分を八方より襲撃し、おのおの口中より噴霧のやうに幾十万本とも数へられぬほどの針を噴きかけた。しかし自分の身体は神明の加護を受けてゐた。あたかも鉄板のやうに針を弾ね返して少しの痛痒をも感じない。その有難さに感謝のため祝詞を奏げた。その声に、すべての悪魔は煙のごとく消滅して見えなくなつた。 ここで一寸附言しておく。「足」の鬼といふのは烏帽子直垂を着用して、あたかも神に仕へるやうな服装をしてゐた。しかし本来非常に猛悪な顔貌なのだが、一見立派な容子に身をやつしてゐる。また河より昇れる竜は、たちまち美人に化けてしまつた。この竜女は、竜宮界の大使命を受けてゐるものであつて、大神御経綸の世界改造運動に参加すべき身魂であつたが、美しい肉体の女に変じて「足」の鬼と肉体上の関係を結び神界の使命を台なしにしてしまつた。竜女に変化つたその肉体は、現在生き残つて河をへだてて神に仕へてゐる。彼女が竜女であるといふ証拠には、その太腿に竜の鱗が三枚もできてゐる。神界の摂理は三界に一貫し、必ずその報いが出てくるものであるから、神界の大使命を帯びたる竜女を犯すことは、神界としても現界としても、末代神の譴めを受けねばならぬ。「足」の鬼はその神罰により、その肉体の一子は聾となり、一女は顔一面に菊石を生じ、醜い竜の葡匐するやうな痕跡をとどめてゐた。さて一女まづ死し、ついでその一子も滅んだ。かれは罪のために国常立尊に谷底に蹴落され胸骨を痛めた結果、霊肉ともに滅んでしまつた。かくて「足」の肉体もついに大神の懲戒を蒙り、日に日に痩衰へ家計困難に陥り、肺結核を病んで悶死してしまつた。 以上の一男一女は「足」の前妻の子女であるが、竜女と「足」の鬼との間にも、一男が生れた。「足」の鬼は二人の子女を失つたので、彼は自分の後継者として、その男の子を立てやうとする。竜女の方でも、自分の肉体の後継者としやうとして焦つてゐる。一方竜女には厳格な父母があつた。彼らもその子を自分の家の相続者としやうとして離さぬ。「足」の鬼の方は無理にこれを引とらうとして、一人の肉体を、二つに引きち切つて殺してしまつた。霊界でかうして引裂かれて死んだ子供は現界では、父につけば母にすまぬ、母につけば父にすまぬと、煩悶の結果、肺結核を病んで死んだのである。かうして「足」の鬼の方は霊肉ともに一族断絶したが、竜女は今も後継者なしに寡婦の孤独な生活を送つてゐる。 本来竜女なるものは、海に極寒極熱の一千年を苦行し、山中にまた一千年、河にまた一千年を修業して、はじめて人間界に生れ出づるものである。その竜体より人間に転生した最初の一生涯は、尼になるか、神に仕へるか、いづれにしても男女の交りを絶ち、聖浄な生活を送らねばならないのである。もしこの禁断を犯せば、三千年の苦行も水の沫となつて再び竜体に堕落する。従つて竜女といふものは男子との交りを喜ばず、かつ美人であり、眼鋭く、身体のどこかに鱗の数片の痕跡を止めてゐるものも偶にはある。かかる竜女に対して種々の人間界の情実、義理、人情等によつて、強て竜女を犯し、また犯さしめるならば、それらの人は竜神よりの恨をうけ、その復讐に会はずにはゐられない。通例竜女を犯す場合は、その夫婦の縁は決して安全に永続するものではなく、夫は大抵は夭死し、女は幾度縁をかゆるとも、同じやうな悲劇を繰返し、犯したものは子孫末代まで、竜神の祟りを受けて苦しまねばならぬ。 (大正一〇・一〇・一九旧九・一九谷口正治録)
11

(1015)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 18 霊界の情勢 第一八章霊界の情勢〔一八〕 ここで自分は、神界幽界の現界にたいする関係を一寸述べておかうと思ふ。 神界と幽界とは時間空間を超越して、少しも時間的の観念はない。それゆゑ霊界において目撃したことが、二三日後に現界に現はれることもあれば、十年後に現はれることもあり、数百年後に現はれることもある。また数百年数千年前の太古を見せられることもある。その見ゆる有様は過去、現在、未来が一度に鏡にかけたごとく見ゆるものであつて、あたかも過去、現在、未来の区別なきが如くにして、しかもその区別がそれと歴然推断され得るのである。 霊界より観れば、時空、明暗、上下、大小、広狭等すべて区別なく、皆一様平列的に霊眼に映じてくる。 ここに自分が述べつつあることは、霊界において見た順序のままに来るとはかぎらない。霊界において一層早く会ふた身魂が、現界では一層晩く会ふこともあり、霊界にて一層後に見た身魂を、現界にて一層早く見ることもある。今回の三千世界の大神劇に際して、檜舞台に立つところの霊界の役者たちの霊肉一致の行動は、自分が霊界において観たところとは、時間において非常に差異がある。 されど自分は、一度霊界で目撃したことは、神劇として必ず現界に再現してくることを信ずるものである。 さて天界は、天照大御神の御支配であつて、これは後述することにするが、今は地上の神界の紛乱状態を明らかにしたいと思ふ。今までは地上神界の主宰者たる国常立尊は、「表の神諭」に示されたるごとくに、やむを得ざる事情によつて、引退され給うてゐられた。 それに代つて、太古において衆望を担うて、国常立尊の後を襲ひたまうた神様は、現在は支那といふ名で区劃されてゐる地域に、発生せられたる身魂であつて、盤古大神といふ神である。この神はきはめて柔順なる神にましまして、決して悪神ではなかつた。ゆゑに衆神より多大の望みを嘱されてゐたまうた神である。今でこそ日本といひ、支那といひ露西亜といひ、種々に国境が区劃されてゐるが、国常立尊御神政時代は、日本とか外国とかいふやうな差別は全くなかつた。 ところが天孫降臨以来、国家といふ形式ができあがり、いはゆる日本国が建てられた。従つて水火沫の凝りてなれるてふ海外の地にも国家が建設されたのである。さて、いはゆる日本国が創建され、諸々の国々が分れ出でたるとき、支那に生まれたまうた盤古大神は、葦原中津国に来たりたまひて国祖の後を襲ひたまふた上、八王大神といふ直属の番頭神を御使ひになつて、地の世界の諸国を統轄せしめられた。一方いはゆる外国には、国々の国魂の神および番頭神として、国々に八王八頭といふ神を配置された。丁度それは日本の国に盤古大神があり、その下に八王大神がおかれてあつたやうなものである。日本本土における八王大神は、諸外国の八王八頭を統轄し、その上を盤古大神が総攬したまひましたが、八王八頭は決して悪神ではない。天から命ぜられて各国の国魂となつたのは八王であり、八頭は宰相の位置の役である。こういふ風なのが、今日、国常立尊御復権までの神界の有様である。 さうかうするうちに、露国のあたりに天地の邪気が凝りかたまつて悪霊が発生した。これがすなはち素盞嗚命の言向和された、かの醜い形の八頭八尾の大蛇の姿をしてゐたのである。この八頭八尾の大蛇の霊が霊を分けて、国々の国魂神および番頭神なる八王八頭の身魂を冒し、次第に神界を悪化させるやうに努力しながら現在にいたつたのである。しかるに一方印度においては、極陰性の邪気が凝りかたまつて金毛九尾白面の悪狐が発生した。この霊はおのおのまた霊を分けて、国々の八王八頭の相手方の女の霊にのり憑つた。 しかして、また一つの邪気が凝り固まつて鬼の姿をして発生したのは、猶太の土地であつた。この邪鬼は、すべての神界並びに現界の組織を打ち毀して、自分が盟主となつて、全世界を妖魅界にしやうと目論みてゐる。しかしながら日本国は特殊なる神国であつて、この三種の悪神の侵害を免れ、地上に儼然として、万古不動に卓立してをることができた。この悪霊の三つ巴のはたらきによつて、諸国の国魂の神の統制力はなくなり、地上の世界は憤怒と、憎悪と、嫉妬と、羨望と、争闘などの諸罪悪に充ち満ちて、つひに収拾すべからざる三界の紛乱状態を醸したのである。 ここにおいて、天上にまします至仁至愛の大神は、このままにては神界、現界、幽界も、共に破滅淪亡の外はないと観察したまひ、ふたたび国常立尊をお召出し遊ばされ、神界および現界の建替を委任し給ふことになつた。さうして坤之金神をはじめ、金勝要神、竜宮乙姫、日出神が、この大神業を輔佐し奉ることになり、残らずの金神すなはち天狗たちは、おのおの分担に従つて御活動申し上げ、白狐は下郎の役として、それぞれ神務に参加することになつた。ここにおいて天津神の嫡流におかせられても、木花咲耶姫命と彦火々出見命は、事態容易ならずと見たまひ、国常立尊の神業を御手伝ひ遊ばすこととなり、正神界の御経綸は着々その歩を進め給ひつつあるのである。それと共にそれぞれ因縁ある身魂は、すべて地の高天原に集まり、神界の修行に参加し、御経綸の端なりとも奉仕さるることになつてをるのである。 そもそも太古、葦原瑞穂中津国は大国主命が武力をもつて、天下をお治めになつてゐた。天孫降臨に先だち、天祖は第三回まで天使をお遣しになり、つひには武力をもつて大国主命の権力を制し給うた。大国主神も力尽きたまひ、現界の御政権をば天命のままに天孫に奉還し、大国主御自身は、青芝垣にかくれて御子事代主と共に、幽世を統治したまふことになつた。 この時代の天孫の御降臨は、現在の日本なる地上の小区劃を御支配なし給ふためではなく、実に全地球の現界を知食すための御降臨であり給うた。しかしながら未完成なる世界には、憎悪、憤怒、怨恨、嫉妬、争闘等あらゆる邪悪が充満してゐるために、天の大神様の御大望は完成するにいたらず、従つて弱肉強食の修羅の巷と化し去り地上の神界、現界は、ほとんど全く崩壊淪亡しやうとする場合に立ちいたつたのである。 かかる情勢を見給ひし天津神様は、命令を下したまひて、盤古大神は地上一切の幽政の御権利を、艮金神国常立尊に、ふたたび御奉還になるのやむなき次第となつた。ここに盤古大神も既に時節のきたれるを知り、従順に大神様の御命令を奉戴遵守したまうた。しかるに八王大神以下の国魂は、邪神のためにその精霊を全く汚されきつてゐるので、まだまだ改心することができず、いろいろと悪策をめぐらしてゐたのである。なかには改心の兆の幾分見えた神もあつた。 かくの如くにして国常立尊が、完全に地上の神界を御統一なしたまふべき時節は、既に已に近づいてゐる。神界の有様は現界にうつりきたり、神界平定後は天津日嗣命が現界を治め給ひ、国常立尊は幽政を総纜したまひ、大国主命は日本の幽政をお司りになるはずである。しかし現在ではまだ、八頭八尾の大蛇、金毛九尾の悪狐および鬼の霊は、盤古大神を擁立して、幽界および現界を支配しやうと、諸々の悪計をめぐらしつつあるのである。 しかしながら従順な盤古大神は、神界に対するかかる反逆に賛同されないので、邪鬼の霊はみづから頭目となり、赤色旗を押立てていろいろの身魂をその眷族に使ひつつ、高天原乗取策を講じてゐる。 そこで天よりは事態容易ならずとして、御三体の大神が地上に降臨ましまして、国常立尊の御経綸を加勢なしたまふことになり、国常立尊は仮の御息所を蓮華台上に建設して、御三体の大神様を奉迎し給ふこととなるのである。 したがつて、御三体の大神様の御息所ができたならば、神界の御経綸が一層進んだ証拠だと拝察することができる。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録)
12

(1017)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 20 日地月の発生 第二〇章日地月の発生〔二〇〕 盲目の神使に迎へられて、自分は地の高天原へたどりついたが、自分の眼の前には、何時のまにか、大地の主宰神にまします国常立大神と、稚姫君命が出御遊ばしたまうた。自分は仰せのまにまにこの両神より、貴重なる天眼鏡を賜はり、いよいよ神界を探険すべき大命を拝受したのである。 忽ち眼前の光景は見るみる変じて、すばらしい高い山が、雲表に聳えたつてゐる。その山には索線車のやうなものが架つてゐた。自分は登らうかと思つて、一歩麓の山路に足を踏みこむと、不思議や、五体は何者かに引上げらるるやうな心持に、直立したままスウと昇騰してゆく。 これこそ仏者のいはゆる須弥仙山で、宇宙の中心に無辺の高さをもつて屹立してゐる。それは決して、肉眼にて見うる種類の、現実的の山ではなくして、全く霊界の山であるから、自分とても霊で上つたので、決して現体で上つたのではない。 自分は須弥仙山の頂上に立つて、大神より賜はつた天眼鏡を取り出して、八方を眺めはじめた。すると茫々たる宇宙の渾沌たる中に、どこともなしに一つの球い凝塊ができるのが見える。 それは丁度毬のやうな形で、周辺には一杯に泥水が漂うてゐる。見るまにその球い凝塊は膨大して、宇宙全体に拡がるかと思はれた。やがて眼もとどかぬ拡がりに到達したが、球形の真中には、鮮かな金色をした一つの円柱が立つてゐた。 円柱はしばらくすると、自然に左旋運動をはじめる。周辺に漂ふ泥は、円柱の回転につれて渦巻を描いてゐた。その渦巻は次第に外周へ向けて、大きな輪が拡がつていつた。はじめは緩やかに直立して回転してゐた円柱は、その速度を加へきたるにつれ、次第に傾斜の度を増しながら、視角に触れぬやうな速さで、回転しはじめた。 すると、大きな円い球の中より、暗黒色の小塊体が振り放たるるやうにポツポツと飛びだして、宇宙全体に散乱する。観ればそれが無数の光のない黒い星辰と化つて、或ひは近く、或ひは遠く位置を占めて左旋するやうに見える。後方に太陽が輝きはじめるとともに、それらの諸星は皆一斉に輝きだした。 その金の円柱は、たちまち竜体と変化して、その球い大地の上を東西南北に馳せめぐりはじめた。さうしてその竜体の腹から、口から、また全身からも、大小無数の竜体が生れいでた。 金色の竜体と、それから生れいでた種々の色彩をもつた大小無数の竜体は、地上の各所を泳ぎはじめた。もつとも大きな竜体の泳ぐ波動で、泥の部分は次第に固くなりはじめ、水の部分は稀薄となり、しかして水蒸気は昇騰する。そのとき竜体が尾を振り廻すごとに、その泥に波の形ができる。もつとも大きな竜体の通つた所は大山脈が形造られ、中小種々の竜体の通つた所は、またそれ相応の山脈が形造られた。低き所には水が集り、かくして海もまた自然にできることになつた。この最も大いなる御竜体を、大国常立命と称へ奉ることを自分は知つた。 宇宙はその時、朧月夜の少し暗い加減のやうな状態であつたが、海原の真中と思はるる所に、忽然として銀色の柱が突出してきた。その高さは非常に高い。それが忽ち右旋りに回転をはじめた。その旋回につれて柱の各所から種々の種物が飛び散るやうに現はれて、山野河海一切のところに撒き散らされた。しかしまだその時は人類は勿論、草木、禽獣、虫魚の類は何物も発生してはゐなかつた。 たちまち銀の柱が横様に倒れたと見るまに、銀色の大きな竜体に変じてゐる。その竜体は海上を西から東へと、泳いで進みだした。この銀色の竜神が坤金神と申すのである。 また東からは国祖大国常立命が、金色の大きな竜体を現じて、固まりかけた地上を馳せてこられる。両つの御竜体は、雙方より顔を向き合はして、何ごとかを諜しあはされたやうな様子である。しばらくの後金色の竜体は左へ旋回しはじめ、銀色の竜体はまた右へ旋回し始められた。そのため地上は恐ろしい音響を発して震動し、大地はその震動によつて、非常な光輝を発射してきた。 このとき金色の竜体の口からは、大なる赤き色の玉が大音響と共に飛びだして、まもなく天へ騰つて太陽となつた。銀色の竜体はと見れば、口から霧のやうな清水を噴きだし、間もなく水は天地の間にわたした虹の橋のやうな形になつて、その上を白色の球体が騰つてゆく。このとき白色の球体は太陰となり、虹のやうな尾を垂れて、地上の水を吸ひあげる。地上の水は見るまに、次第にその容量を減じてくる。 金竜は天に向つて息吹を放つ。その形もまた虹の橋をかけたやうに見えてゐる。すると太陽はにはかに光を強くし、熱を地上に放射しはじめた。 水は漸く減いてきたが、山野は搗たての団子か餅のやうに柔かいものであつた。それも次第に固まつてくると、前に播かれた種は、そろそろ芽を出しはじめる。一番に山には松が生え、原野には竹が生え、また彼方こなたに梅が生えだした。 次いで杉、桧、槙などいふ木が、山や原野のところどころに生じた。つぎに一切の種物は芽を吹き、今までまるで土塊で作つた炮烙をふせたやうな山が、にはかに青々として、美しい景色を呈してくる。 地上が青々と樹木が生え始めるとともに、今まで濁つて赤褐色であつた天は、青く藍色に澄みわたつてきた。さうして濁りを帯びて黄ずんでゐた海原の水は、天の色を映すかのやうに青くなつてきた。 地上がかうして造られてしまふと、元祖の神様も、もう御竜体をお有ちになる必要がなくなられたわけである。それで金の竜体から発生せられた、大きな剣膚の厳めしい角の多い一種の竜神は、人体化して、荘厳尊貴にして立派な人間の姿に変化せられた。これはまだ本当の現体の人間姿ではなくして、霊体の人間姿であつた。 このとき、太陽の世界にては、伊邪那岐命がまた霊体の人体姿と現ぜられて、その神をさし招かれる。そこで荘厳尊貴なる、かの立派な大神は、天に上つて撞の大神とおなり遊ばし、天上の主宰神となりたまうた。 白色の竜体から発生された一番力ある竜神は、また人格化して男神と現はれたまうた。この神は非常に容貌美はしく、色白くして大英雄の素質を備へてをられた。その黒い頭髪は、地上に引くほど長く垂れ、髯は腹まで伸びてゐる。この男神を素盞嗚大神と申し上げる。 自分はその男神の神々しい容姿に打たれて眺めてゐると、その御身体から真白の光が現はれて、天に冲して月界へお上りになつてしまつた。これを月界の主宰神で月夜見尊と申し上げるのである。そこで大国常立命は、太陽、太陰の主宰神が決つたので、御自身は地上の神界を御主宰したまふことになり、須佐之男大神は、地上物質界の主宰となり給うたのである。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録)
13

(1018)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 21 大地の修理固成 第二一章大地の修理固成〔二一〕 大国常立尊はそこで、きはめて荘厳な、厳格な犯すことのできない、すばらしく偉大な御姿を顕はし給ひて、地の世界最高の山巓にお登り遊ばされて四方を見渡したまへば、もはや天に日月星辰完全に顕現せられ、地に山川草木は発生したとはいへ、樹草の類はほとんど葱のやうに繊弱く、葦のやうに柔かなものであつた。そこで国祖は、その御口より息吹を放つて風を吹きおこし給うた。その息吹によつて十二の神々が御出現遊ばされた。 ここに十二の神々は、おのおの分担を定めて、風を吹き起したまうたが、その風の力によつて松、竹、梅をはじめ、一切の樹草はベタベタに、その根本より吹倒されてしまうた。大国常立尊はこの有様を眺めたまうて、御自身の胸の骨をば一本抜きとり、自ら歯をもつてコナゴナに咬みくだき、四方に撒布したまうた。 すべての軟かき動植物は、その骨の粉末を吸収して、その質非常に堅くなり、倒れてゐた樹草は直立し、海鼠のやうに柔軟匍匐してゐた人間その他の諸動物も、この時はじめて骨が具はり、敏活に動作することが出来るやうになつた。五穀が実るやうになり、葱のやうに一様に柔かくして、区別さへ殆どつかなかつた一切の植物は、はつきりと、おのおの特有の形体をとるやうになつたのも此の時である。骨の粉末の固まり着いた所には岩石ができ、諸々の鉱物が発生した。これを称して岩の神と申し上げる。 しかるに太陽は依然として強烈なる光熱を放射し、月は大地の水の吸収を続けてゐるから、地上の樹草は次第に日に照りつけられて殆ど枯死せむとし、動物も亦この旱天つづきに非常に困つてゐた。しかし月からは、まだ水を吸引することを止めなかつた。このままで放任しておくならば、全世界は干鰈を焦したやうに燻つてしまふかも知れないと、大国常立尊は山上に昇つて、まだ人体化してをらぬ諸々の竜神に命じて、海水を口に銜んで持ちきたらしめ給うた。 諸々の竜神は命を奉じて、海水を国祖の許に持ちきたつた。国祖はその水を手に受けて、やがてそれを口に呑み、天に向つて息吹をフーと吹き放たれた。すると天上には色の濃い雲や淡い雲や、その他種々雑多の雲が起つてきた。たちまち雲からサツと地上に雨が降りはじめた。この使神であつた竜神は無数にあつたが、国祖はこれを総称して雨の神と名付けたまうた。 ところが雨が降すぎても却て困るといふので、これを調和するために、大国常立尊は御身体一杯に暑いほど太陽の熱をお吸ひになつた。さうして御自分の御身体の各部より熱を放射したまうた。その放射された熱はたちまち無数の竜体と変じて、天に向つて昇騰していつた。国祖はこれに火竜神といふ名称をお付けになつた。(筆に書いては短いが大国常立尊がここまで天地をお造りになるのに数十億年の歳月を要してゐる) 尊はかくの如くにして人類を始め、動物、植物等をお創造り遊ばされて、人間には日の大神と、月の大神の霊魂を賦与せられて、肉体は国常立尊の主宰として、神の御意志を実行する機関となし給うた。これが人生の目的である。神示に『神は万物普遍の霊にして人は天地経綸の大司宰なり』とあるも、この理に由るのである。 しかるに星移り年をかさぬるにしたがつて、人智は乱れ、情は拗け、意は曲りて、人間は次第に私欲を擅にするやうになり、ここに弱肉強食、生存競争の端はひらかれ、せつかく神が御苦心の結果、創造遊ばされた善美のこの地上も亦、もとの泥海に復さねばならぬやうな傾向ができた。 しかるに地の一方では、天地間に残滓のやうに残つてゐた邪気は、凝つて悪竜、悪蛇、悪狐を発生し、或ひは邪鬼となり、妖魅となつて、我侭放肆な人間の身魂に憑依し、世の中を悪化して、邪霊の世界とせむことを企てた。そこで大国常立大神は非常に憤りたまうて、深い吐息をおはきになつた。その太息から八種の雷神や、荒の神がお生れ遊ばしたのである。 それで荒の神の御発動があるのは、大神が地上の人類に警戒を与へたまふ時である。かうしてしばしば大神は荒の神の御発動によつて、地上の人類を警戒せられたが、人類の大多数は依然として覚醒しない。そこで大神は大いにもどかしがりたまひ伊都の雄猛びをせられて、大地に四股を踏んで憤り給うた。そのとき大神の口、鼻、また眼より数多の竜神がお現はれになつた。この竜神を地震の神と申し上げる。国祖の大神の極端に憤りたまうた時に地震の神の御発動があるのである。大神の怒りは私の怒りではなくして、世の中を善美に立替へ立直したいための、大慈悲心の御発現に外ならぬのである。 大国常立尊が天地を修理固成したまうてより、ほとんど十万年の期間は、別に今日のやうに区劃された国家はなかつた。ただ地方地方を限つて、八王といふ国魂の神が配置され、八頭といふ宰相の神が八王神の下にそれぞれ配置されてゐた。 しかるに世の中はだんだん悪化して、大神の御神慮に叶はぬことばかりが始まり、怨恨、嫉妬、悲哀、呪咀の声は、天地に一杯に充ちわたることになつた。そこで大国常立大神は再び地上の修理固成を企劃なしたまうて、ある高い山の頂上にお立ちになつて大声を発したまうた。その声は万雷の一時に轟くごとくであつた。大神はなほも足を踏みとどろかして地蹈鞴をお踏みになつた。そのため大地は揺れゆれて、地震の神、荒の神が挙つて御発動になり、地球は一大変態を来して、山河はくづれ埋まり、草木は倒れ伏し、地上の蒼生はほとんど全く淪亡るまでに立ちいたつた。その時の雄健びによつて、大地の一部が陥落して、現今の阿弗利加の一部と、南北亜米利加の大陸が現出した。それと同時に太平洋もでき上り、その真中に竜形の島が形造られた。これが現代の日本の地である。それまでは今の日本海はなく支那も朝鮮も、日本に陸地で連続してゐた。この時まで現代の日本の南方、太平洋面にはまだ数百里の大陸がつづいてゐたが、この地球の大変動によつて、その中心の最も地盤の鞏固なる部分が、竜の形をして取り残されたのである。 この日本国土の形状をなしてゐる竜の形は、元の大国常立尊が、竜体を現じて地上の泥海を造り固めてゐられた時のお姿同様であつて、その長さも、幅も、寸法において何ら変りはない。それゆゑ日本国は、地球の艮に位置して神聖犯すべからざる土地なのである。もと黄金の円柱が、宇宙の真中に立つてゐた位置も日本国であつたが、それが、東北から、西南に向けて倒れた。この島を自転倒嶋といふのは、自ら転げてできた島といふ意味である。 この島が四方に海を環らしたのは、神聖なる神の御息み所とするためなのである。さうしてこの日本の土地全体は、すべて大神の御肉体である。ここにおいて自転倒嶋と、他の国土とを区別し、立別けておかれた。 それから大神は天の太陽、太陰と向はせられ、陽気と陰気とを吸ひこみたまうて、息吹の狭霧を吐きだしたまうた。この狭霧より現はれたまへる神が稚姫君命である。 このたびの地変によつて、地上の蒼生はほとんど全滅して、そのさまあたかもノアの洪水当時に彷彿たるものであつた。そこで大神は、諸々の神々および人間をお生みになる必要を生じたまひ、まづ稚姫君命は、天稚彦といふ夫神をおもちになり、真道知彦、青森知木彦、天地要彦、常世姫、黄金竜姫、合陀琉姫、要耶麻姫、言解姫の三男五女の神人をお生みになつた。この天稚彦といふのは、古事記にある天若彦とは全然別の神である。かくのごとく地上に地変を起さねばならぬやうになつたのは、要するに天において天上の政治が乱れ、それと同じ形に、地上に紛乱状態が現はれ来つたからである。天にある事はかならず地に映り、天が乱れると地も乱れ、地が乱れると、天も同様に乱れてくるものである。そこで大神は天上を修理固成すべく稚姫君命を生みたまうて天にお昇せになり、地は御自身に幽界を主宰し、現界の主宰を須佐之男命に御委任になつた。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録)
14

(1019)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 22 国祖御隠退の御因縁 第二二章国祖御隠退の御因縁〔二二〕 大国常立尊の御神力によりて、天地はここに剖判し、太陽、太陰、大地の分担神が定まつたことは、前述したとほりである。しかして太陽の霊界は伊邪那岐命これを司りたまひ、その現界は、天照大御神これを主宰したまふのである。次に太陰の霊界は、伊邪那美命これを司りたまひ、その現界は、月夜見之命これを主宰したまふ。大地の霊界は前述のごとくに大国常立命之を司りたまひ、その大海原は日之大神の命によりて須佐之男命これを主宰したまふ神定めとなつた。 しかるに太陽界と、大地球界とは鏡を合したやうに、同一状態に混乱紛糾の状態を現出した。太陰の世界のみは、現幽両界ともに元のままに、平和に治まつてゐる。ひとり太陰に限つて、なぜ今でも平和に治まつてゐるかと言へば、この理は月の形を地上から観測しても明らかである如く、光はあれども酷烈ならず、水気はあつても極寒ではない。実に寒暑の中庸を得たる至善至美の世界であるからである。これに反して太陽の世界は、非常に凡てのものが峻烈で光は鮮かであり、六合に照徹する神力はあれども、それだけまた暗黒なる陰影が多い。しかしてまた大地は、もとより混濁せる分子の凝り固まつてできたものであるから、勢として不浄分子が多い。したがつてまた邪神の発生するのも、やむを得ない次第である。 そこで稚姫君命は、天稚彦と共に神命を奉じて天に上り、天界の神政を司らうとしたまうたが、御昇天の途上において、地上からつき従うた邪神どもにあやまられ、天地経綸の機織の仕組を仕損じたまひ、つひに地上に降りたまひて国常立命と共に地底に潜ませられ、あらゆる艱難苦労を忍びたまふの已むを得ざるに立ちいたつた。稚姫君命の御失敗の因縁については、後日詳しく述べることにする。 さて、大国常立命は天地間の混乱状態邪悪分子をば掃蕩して、最初の神界の御目的どほりの幽政を布かうと遊ばしたまうた。これについて国祖は、まづ坤金神を内助の役として種々の神策を企図したまひ、また、大八洲彦命を天使長兼宰相の地位に立たして、非常に厳格な規則正しき政を行ひ、天の律法を制定して、寸毫といへども天則に干犯するものは、罰するといふことに定めたまうた。そのために地上の年数にして数百年の間は非常に立派に神政が治まつてゐたが、世が次第に開けゆくにつれて、神界、幽界、現界ともに邪悪分子が殖えてきた。すなはち八百万の神人は、日増に大神の御幽政に対する不服を訴ふるやうになり、山川草木にいたるまで言問ひあげつらふ世になつた。 そこでやむを得ず宰相大八洲彦命は、国常立尊の御意志に背くと知りつつも、和光同塵の神策をほどこし、言問ひ、論争ふ八百万の神々を鎮定慰撫しつつ、ともかくも世を治めてゆかれたのである。 しかるにこのとき霊界は、ほとんど四分五裂の勢となり、一方には、盤古大神(又の御名塩長彦)を擁立して、幽政を主宰せしめむとする一派を生じ、他方には、大自在天神大国彦を押し立てて神政を支配し、地の高天原を占領せむとする神人の集団が出現し、その他諸々の神々の小集団は、或ひは盤古大神派に、或ひは大自在天神派に付随せむとし、また中には、この両派に属せずして中立しながら、国常立尊の神政に反対する神々も生じてきた。 そこで国常立尊はやむを得ず天に向つて救援をお請ひになつた。天では天照大御神、日の大神(伊邪那岐尊)、月の大神(伊邪那美尊)、この三体の大神が、地の高天原に御降臨あそばし給ひ、国常立尊の神政および幽政のお手伝ひを遊ばされることになつた。国常立尊は畏れ謹み、瑞の御舎を仕へまつりて、三体の大神を奉迎したまうた。然るところ、地上は国常立尊の御系統は非常に減少して勢力を失ひ、盤古大神および大自在天神の勢力はなはだ侮り難く、つひには国常立尊に対して、御退位をお迫り申すやうになつた。天の御三体の大神は、地上の暴悪なる神々にむかつて、あるひは宥め、或ひは訓し、天則に従ふべきことを懇に説きたまうた。されど、時節は悪神に有利にして、いはゆる……悪盛んにして天に勝つ……といふ状態に立ちいたつた。 ここに国常立尊は神議りに議られ、髪を抜きとり、手を切りとり、骨を断ち、筋を千切り、手足所を異にするやうな惨酷な処刑を甘んじて受けたまうた。されど尊は実に宇宙の大原霊神にましませば、一旦肉体は四分五裂するとも、直ちにもとの肉体に復りたまひ、決して滅びたまふといふことはない。 暴悪なる神々は盤古大神と大自在天神とを押し立て、遮二無二におのが要求を貫徹せむとし、つひには天の御三体の大神様の御舎まで汚し奉るといふことになり、国常立尊に退隠の御命令を下し給はむことを要請した。さて天の御三体の大神様は、国常立尊は臣系となつてゐらるるが、元来は大国常立尊は元の祖神であらせたまひ、御三体の大神様といへども、元来は国常立尊の生みたまうた御関係が坐します故、天の大神様も御真情としては、国常立尊を退隠せしむるに忍びずと考へたまうたなれど、ここに時節の已むなきを覚りたまひ、涙を流しつつ勇猛心を振起したまひ、すべての骨肉の情をすて、しばらく八百万の神々の進言を、御採用あらせらるることになつた。そのとき天の大神様は、国祖に対して後日の再起を以心伝心的に言ひ含みたまひて、国常立尊に御退隠をお命じになり、天に御帰還遊ばされた。 その後、盤古大神を擁立する一派と、大自在天神を押立つる一派とは、烈しく覇権を争ひ、つひに盤古大神の党派が勝ち幽政の全権を握ることになつた。一方国常立尊は自分の妻神坤金神と、大地の主宰神金勝要神および宰相神大八洲彦命その他の有力なる神人と共に、わびしく配所に退去し給うた。 地上の神界の主宰たる大神さへ、かくのごとく御隠退になるといふ有様であるから、地上の主宰たる須佐之男命も亦、八百万の神々に、神退ひに退はるるの已むなきにいたりたまひ、自転倒嶋を立去りて、世界のはしばしに漂泊の旅をつづけられることになつた。しかし須佐之男命は、現界において八岐大蛇を平げ地上を清め、天照大御神にお目にかけ給うたと同じやうに、神界においても、すべての悪神を掃蕩して地上を天下泰平に治め、御三体の大神様にお目にかけ、地上の主宰の大神となり給ふといふのである。 さて、自分はこれから国常立尊随従の八百万の神人の中でも、主なる神司の御経歴御活動を述べ、また盤古大神および大自在天神を擁立せる一派の八百万の神々の経歴および暴動振りを、神界にて目撃せるままを述べておかふと思ふ。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録)
15

(1020)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 23 黄金の大橋 第二三章黄金の大橋〔二三〕 地の高天原は、盤古大神塩長彦系と大自在天大国彦系の反抗的活動によつて、一旦は滅茶々々に根底から覆へされむとした。故にその実状を述べるに先きだち、地の高天原の状況を概略述べておく必要がある。 自分の霊魂は今まで須弥仙山の上に導かれて、総て前述の状況を目撃してゐたが、天の一方より嚠喨たる音楽聞えて、自分の霊体は得もいはれぬ鮮麗な瑞雲に包まれた。その刹那、場面は一転して元の神界旅行の姿に立返つてゐた。 或ひは細く、或ひは広き瓢箪なりの道路を進んで行くと、そこには大きな河が流れてゐる。これは神界の大河でヨルダン河ともいひ、又これをイスラエルの河ともいひ、また五十鈴川ともいふのである。さうしてそこには非常に大きな反橋が架つてゐる。 この橋は、全部黄金造りで丁度住吉神社の反橋のやうに、勾配の急な、長い大きな橋であつた。神界旅行の旅人は、総てこの橋の袂へ来て、その荘厳にして美麗なのと、勾配の急なのとに肝を潰してしまひ、或ひは昇りかけては橋から滑り落ちて河に陥込むものもある。また一面には金色燦爛としてゐるから、おのおの自分の身魂が映つて本性を現はすやうになつてゐる。それで中には非常な猛悪な悪魔が現はれて来ても渡られないので、その橋を通らずに、橋の下の深い流れを泳いで彼岸に着く悪神も沢山ある。それは千人に一人くらゐの比例であつて、神界ではこの橋のことを黄金の大橋と名づけられてある。 自分はこの大橋を足の裏がくすぐつたいやうな、眩しいやうな心持でだんだんと彼岸へ渡つた。少し油断をすると上りには滑り、下りになれば仰向けに転倒するやうなことが幾度もある。要するにこの黄金の大橋は、十二の太鼓橋が繋がつてゐるやうなもので、欄干が無いから、橋を渡るには一切の荷物を捨てて跣足となり、足の裏を平たく喰付けて歩かねばならぬ。 さうしてこの橋を渡ると直に、自分はエルサレムの聖地に着いた。この聖地には黄金とか、瑪瑙とかいふ七宝の珠玉をもつて雄大な、とても形容のできない大神の宮殿が造られてある。 さうしてこの宮はエルサレムの宮ともいへば、また珍の宮とも称へられてゐる。ウといふのはヴエルの返し、サレムの返しがスであるから、珍しい宮といふ言霊の意義である。さうしてこの宮の建つてゐる所は、蓮華台上である。この台上に上つて見ると、四方はあたかも屏風を立てたやうな青山を廻らし、その麓にはヨルダン河が、布をさらしたやうに長く流れてゐる。また一方には金色の波を漂はした湖水が、麓を取囲んでゐる。その湖水の中には、大小無数の島嶼があつて、その島ごとに宮が建てられ、どれもこれも皆桧造りで、些しの飾りもないが非常に清らかな宮ばかりである。それからそこに黄金の橋が架けられてあり、その橋の向ふに大きな高殿があつて、これも全部黄金造りである。これを竜宮城といふ。 空には金色の烏が何百羽とも知れぬほど翺翔し、またある時は、斑鳩が沢山に群をなして飛んでをる。さうして湖上には沢山の鴛鴦が、悠々として游泳し、また大小無数の緑毛の亀が遊んでゐる。 この島嶼はことごとく色沢のよい松ばかり繁茂し、松の枝には所々に鶴が巣を構へて千歳を寿ぎ、一眼見ても天国浄土の形が備はつて、どこにも邪悪分子の影だにも認められず、参集来往する神人は、皆喜悦に満ちた面色をしてゐる。これは、国常立尊の治めたまふ神都の概況である。さうしてこの竜宮を占領して、自ら竜王となり、地の高天原の主権を握らむとする一つの神の団体が、盤古大神系である。この団体が、蓮華台上を占領せむとする大自在天(大国彦)一派の悪神と共に、漸次に聖地に入りこみ、内外相呼応してエルサレムの聖地を占領せむと企らんでゐた。 蓮華台上に昇り、珍の宮に到りうる身魂は、既に神界より大使命を帯たる神人であり、また竜宮に到りうるところの身魂は、中位の神人であつて、今までの総ての罪悪を信仰の努めによりて払拭し、御詫を許され、始めて人間の資格を備へ得たものの行く処である。この蓮華台上の珍の宮は、天国のままを移写されたものであつて、天人天女のごとき清らかな身魂の神人らが、天地の神業に奉仕する聖地である。また竜宮は主として竜神の集まる所で、竜神が解脱して美しい男女の姿と生れ更る神界の修業所である。 さうしてこの竜宮の第一の宝は麻邇の珠である。麻邇の珠は一名満干の珠といひ、風雨電雷を叱咤し、自由に駆使する神器である。ゆゑに総ての竜神はこの竜宮を占領し、その珠を得むとして非常な争闘をはじめてゐる。されどこの珠はエルサレムの珍の宮に納まつてゐる真澄の珠に比べてみれば、天地雲泥の差がある。また竜神は実に美しい男女の姿を顕現することを得るといへども、天の大神に仕へ奉る天人に比ぶれば、その神格と品位において著しく劣つてをる。また何ほど竜宮が立派であつても、竜神は畜生の部類を脱することはできないから、人界よりも一段下に位してゐる。ゆゑに人間界は竜神界よりも一段上で尊く、優れて美しい身魂であるから神に代つて、竜神以上の神格を神界から賦与されてゐるものである。 しかしながら人間界がおひおひと堕落し悪化し、当然上位にあるべき人間が、一段下の竜神を拝祈するやうになり、ここに身魂の転倒を来すこととなつた。 (大正一〇・一〇・二一旧九・二一外山豊二録)
16

(1021)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 24 神世開基と神息統合 第二四章神世開基と神息統合〔二四〕 神界においては国常立尊が厳の御魂と顕現され、神政発揚直の御魂変性男子を機関とし、豊雲野尊は神息統合の御魂を機関とし、地の高天原より三千世界を修理固成せむために竜宮館に現はれたまうた。 竜宮界においては、三千年の長き艱難苦労を嘗めた竜神の乙米姫命は、変性男子の系統の肉体の腹をかりて現はれ、二度目の世の立替の御神業に参加すべく、すべての珍宝を奉られた。この乙米姫命は、竜神中でも最も貪婪強欲な神であつて、自分の欲ばかりに心を用ひてゐる、きはめて利己主義の強い神であつた。それが現代の太平洋の海底深く潜んでゐたが、海底の各所より猛烈な噴火の出現するに逢ひ、身には日々三寒三熱の苦しみを受けるばかりでなく、その上に猛烈な毒熱を受けて身体を焼かれ、苦しみにたへずして従来の凡ゆる欲望を潔く打ち棄てて、国常立尊の修理固成の大業を感知し、第一番に帰順された神である。 かくて凡ての金銀、珠玉、財宝は、各種の眷族なる竜神によつて海底に持ち運ばれ、海底には宝の山が築かれてある。これは世界中もつとも深い海底であるが、ある時期において神業の発動により、陸上に表現さるるものである。要するに物質的の宝であつて、神業の補助材料とはなるが、本当の間にあふ宝とはならぬ。乙米姫命は大神に初めて帰順した時、その宝を持つて来られたなれど、大神はそれ以上の尊き誠の宝を持つてをられるので、人間の目に結構に見ゆるやうなものは、余り神界では重宝なものと見られない。しかしとに角生命よりも大切にしてゐた一切の宝を投げだした其の改心の真心に愛でて、従来の罪をお赦しになつた。この神人が改心して財宝をことごとく捨てて、本当の神の御神意を悟り、麻邇以上の宝を探りあて、はじめて崇高な神人の域に到達し、ここに日の出神の配偶神として顕現されたのである。 つぎに地底のもつとも暗黒い、もつとも汚れたところの地点に押込まれてをられた大地の金神、金勝要神が、国常立尊の出現とともに、天運循環して一切の苦を脱し、世界救済のため陸の竜宮館に顕現された。この神人は稚姫君命の第五女の神である。この金勝要神が地球中心界の全権を掌握して修理固成の大業を遂げ、国常立尊へ之を捧呈し、国常立大神は地の幽界を総攬さるる御経綸である。 瑞の御魂は、国常立尊の御神業の輔佐役となり、天地の神命により金勝要神と相並ばして、活動遊ばさるるといふことに定められた。これは、いまだ数千年の太古の神界における有様であつて、世界の国家が創立せざる、世界一体の時代のことであつた。 そこで盤古大神(塩長彦)の系統と、大自在天(大国彦)の系統の神が、大神の経綸を破壊し地の高天原を占領せむため、魔神を集めて一生懸命に押寄せてきた。しかしながら地の高天原へ攻め寄せるには、どうしてもヨルダンの大河を渡らねばならぬ。ヨルダン河には、前述のごとく、善悪正邪の真相が一目にわかる黄金の大橋がかかつてゐる。それで真先に、その大橋を破壊する必要がおこつてきた。ここに盤古大神の系統は武蔵彦を先頭に立てて進んできた。これは非常に大きな黒色の大蛇である。つぎに春子姫といふ悪狐の姿をした悪神が現はれ、次には足長彦といふ邪鬼が現はれ、そして其の黄金の大橋の破壊に全力を傾注した。 しかるに此の大橋は、金輪際の地底より湧きでた橋であるから、容易に破壊し得べくもない。思案に尽きたる悪神は、地底における大地の霊なる金勝要神を手に入れる必要を感じてきた。これがために百方手段をつくし奸計をめぐらして、瑞の御魂を舌の剣、筆の槍はまだ愚か凡ゆる武器を整へ、縦横無尽に攻め悩め、かつ、一方には種々姿を変じ善神の仮面を被りて、厳の御魂にたいして讒訴し、瑞の御魂の排斥運動を試みた。厳の御魂は稍しばし考慮を費し、つひにその悪神の心中謀計を看破され、直ちにその要求をはね付けられた。その時、足長彦の邪鬼、春子姫の悪狐、武蔵彦の大蛇の正体は神鏡に照されて奸計のこらず曝露し、雲霞となつて海山を越え一つは北の国へ、一つは西南の国へ、一つは遠く西の国へといちはやく逃げ帰つた。 ここにおいて第一戦の第一計画は、見事破られた。悪神は、ただちに第二の計画にうつることとなつた。 (附言) 神世開基と神息統合は世界の東北に再現さるべき運命にあるのは、太古よりの神界の御経綸である。 天に王星の顕はれ、地上の学者智者の驚歎する時こそ、天国の政治の地上に移され、仁愛神政の世に近づいた時なので、これがいはゆる三千世界の立替立直しの開始である。 ヨハネの御魂は仁愛神政の根本神であり、また地上創設の太元神であるから、キリストの御魂に勝ること天地の間隔がある。ヨハネがヨルダン河の上流の野に叫びし神声は、ヨハネの現人としての謙遜辞であつて、決して真の聖意ではない。国常立尊が自己を卑うし、他を尊ぶの謙譲的聖旨に出でられたまでである。 ヨハネは水をもつて洗礼を施し、キリストは火をもつて洗礼を施すとの神旨は、月の神の霊威を発揮して三界を救ふの意である。キリストは火をもつて洗礼を施すとあるは、物質文明の極点に達したる邪悪世界を焼尽し、改造するの天職である。 要するにヨハネは神界、幽界の修理固成の神業には、月の精なる水を以てせられ、キリストは世界の改造にあたり、火すなはち霊をもつて神業に参加したまふのである。故にキリストは、かへつてヨハネの下駄を直すにも足らぬものである。ヨハネは神界、幽界の改造のために聖苦を嘗められ、キリストは世界の人心改造のために身を犠牲に供し、万人に代つて千座の置戸を負ひて、聖苦を嘗めたまふ因縁が具はつてをられるのである。これは神界において自分が目撃したところの物語である。 そしてヨハネの厳の御魂は、三界を修理固成された暁において五六七大神と顕現され、キリストは、五六七神政の神業に奉仕さるるものである。故にキリストは世界の精神上の表面にたちて活動し、裏面においてヨハネはキリストの聖体を保護しつつ神世を招来したまふのである。 耳で見て目できき鼻でものくうて口で嗅がねば神は判らず 耳も目も口鼻もきき手足きき頭も腹もきくぞ八ツ耳 (大正一〇・一〇・二一旧九・二一桜井重雄録)
17

(1022)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 25 武蔵彦一派の悪計 第二五章武蔵彦一派の悪計〔二五〕 武蔵彦、春子姫、足長彦の悪神は、最初の黄金橋破壊に失敗したので、こんどは大挙して一挙に之を打ち落さむとし、数万の雷神や、悪竜、悪狐および醜女、探女の群魔を堂山の峡に集め密議を凝らした。その時に参加した悪神は竹熊、木常姫を大将とし、八十熊、鬼熊、猿飛彦、魔子彦、藤足彦、中裂彦、土彦、胸長彦、牛人らの悪神が部将の位地につき、黄金橋の占領破壊に全力をつくした。 そして木常姫、魔子彦は東の空より、猿飛彦は東南より、牛人、藤足彦は西北より現はれて三角形の陣をとり、数万の魔神を引率して、疾風迅雷的に竜宮城を占領すべき計画をめぐらし手筈を定めた。 この目的を達するには、地の高天原を内部より混乱瓦解させねばならぬとし、魔軍はたくみに探女を放ち、そして瑞の霊の肉体を陥れむとして炎の剣や、氷柱の槍にて大々的攻撃を開始した。 瑞霊は茲に霊を下して大八洲彦命と現はれ、寄せくる探女を真澄の剣を振かざし山の尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに切りまくつた。その神勇に驚き周章ふためき四方に逃げ散つた。竹熊、木常姫らの計画は全く水泡に帰し、数多の部下を失ひ、失望の結果、ふたたび計を定め、金勝要神を薬籠中のものとせむとした。その主謀者は奸智に長けたる春子姫であつた。 春子姫は藤足彦、牛人とともに、小島別を甘言をもつて説きつけ、小島別の手によつてその目的を達せむと企らんだのである。小島別は元来正直の性質であるから、春子姫の詐言を信じて車輪の運動を開始したが、彼は厳の霊の霊眼に見破られて目的を妨げられ、つひに自棄気味になつて大々的活動をはじめ、木常姫、中裂彦の悪神を加へ、鞍馬山に立てこもつて該山の魔王と諜し合せ、数万の邪霊を引つれ、強圧的に竜宮城を占領せむと企てた。しかし注意ぶかき大八洲彦命の烱眼に再び看破られ、小島別の覚醒的返り忠とともに第二の計画も全然破れてしまひ、春子姫は遂に悶死を遂げ、根の国底の国に落ち行くの止むを得ざる破目となつた。 春子姫の親なる武蔵彦は、こんどは筑波仙人の体を藉り、またもや竜宮城の占領を企てた。しかるに武蔵彦の目的とするところは竜宮城の占領ばかりではなく、地の高天原の聖地をも占領し、その上国常立尊を退去させ、盤古大神をもつて、これに代らしめむとするのが根本的の目的であつた。 さて仙人には神仙、天仙、地仙、凡仙の四階級がある。そしてその四種の仙人にも、正邪の区別がある。筑波仙人は邪神界に属し、第三階級に属する地仙である。 またもや武蔵彦は黒姫、菊姫、八足姫を先頭に立て、竹熊に策を授けて再挙を企てた。竹熊はまづ第一に金勝要神をわが手に籠絡せむとし、土彦、牛人、中裂彦、鬼熊らの部将株と、大江山に集まつて熟議を凝らした。竹熊は表面きはめて温良な風姿を装うてゐるが、その内心は実に極悪無道の性質をもつてをり、いろいろと手を換へ品を換へ、厳の御魂に取りいつて、表面帰順の意を表し木常姫を手に入れ、またもや小島別を誑惑し、牛人をしてつひに大八洲彦命を計略をもつて亡ぼさしめむとした。牛人の悪霊は謀計をもつて大八洲彦命を堂山の峡に導き、竹春彦、藤足彦その他数名の邪神に命じて、雙方より之を攻め討たしめむとした。そこへ守高彦といふ武勇絶倫の神現はれて、大八洲彦命の危難を救はむとした。されど守高彦はある附属の女神のために後髪をひかれて、進むことができなかつた。 竹熊の部下は、今や大八洲彦命に接近しきたり、十握の剣を抜き持ちて前後左右より斬りつけた。大八洲彦命は雷のごとき言霊を活用し、厳の御魂の御加勢により、脆くも敵は退散した。 この時地の高天原においては稚姫君命は大いに御心配あそばし、不思議な神術を実行され、その神術と言霊と相俟つて敵を退散せしめ無事なるを得たのである。その神法は千引の岩を大神の神殿に安置し、岩の上に白き真綿と、赤き真綿とを重ねて岩にかぶせ、赤色の長き紐をもつて十二廻り廻し、これを固く縛らせられたのである。これは神界の禁厭であつて、一身上の一大事に関した時に行ふものである。 大八洲彦命の言霊の雄健びと神術の徳によつて一旦退却した竹熊の一派は、ただちに地の高天原に馳せ登り、稚姫君命の御前にまかり出でて表面に改心を装ひ、命をして深く安堵せしめおき、油断の隙に乗じて、執念深くも金勝要神を手にいれむと百方苦心をめぐらし、夜を日についで大々的活動を続けをるを見たまひし大神は、竹熊一派を憐れみ、善心に立ち帰らしめ、善道に導き救はむとして、種々と因果の理法を説き教へられた。 されど元来悪神の系統なれば、表面には改心せしごとく装ひをれども、内心はますます荒んで来るばかりである。そこへこの度は、大江山から現はれた邪神の頭領株、鬼熊なるもの現はれきたり、竹熊と密謀を凝らし、あくまでも最初の目的を達せむと試みたが、この鬼熊と木常姫との間に、非常な意見の衝突をきたしたために、竹熊との関係上自滅的に破れてしまつた。竹熊は木常姫と同腹で、今度の計画を立ててゐたのである。そこで鬼熊と木常姫は、意見の大衝突より大争闘をはじめた。又ある事情のために竹熊は鬼熊と争ひ、鬼熊に対して非常の打撃を加へた。この衝突たるや総て彼ら悪神の権力争ひのために起つたのである。 (大正一〇・一〇・二一旧九・二一加藤明子録)
18

(1026)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 29 天津神の神算鬼謀 第二九章天津神の神算鬼謀〔二九〕 神界の場面は、ガラリ一転した。大八洲彦命は少数の神軍とともに、広大無辺な原野に現はれた。そして一隊を引率れ、東へ東へと進軍された。その果しもない原野には身を没するばかりの種々の草が茫々と繁つてゐる。その刹那、諸方より火の手があがつた。しかも風は非常に強烈な旋風である。天の一方を望めば、常世彦が現はれ軍扇をもつて数多の魔軍を指揮してゐる。 火は諸方より燃え迫り、煙とともに大八洲彦命の一隊を包んでしまつた。ここに大八洲彦命は進退これ谷まり、自分の珍蔵してゐる真澄の珠を、中空にむかつて投げつけられた。その珠は中空に爆裂して数十万の星となつた。この星は残らず地上に落下して威儀儼然たる数十万の神軍と化した。さうしてその神軍は、一斉に百雷の一度にとどろくごとき巨大なる言霊を発射した。それと同時に、さしも猛烈なる曠野の火焔はぱつたり消滅し、丈高き草はことごとく焼き払はれた。魔軍の死骸は四方八方に黒焦となつて累々と横たはつてゐた。 それから大八洲彦命の一隊はだんだん東へ向つて進んでいつた。そこに又もや一つの大きな山が出現してゐる。この山には彼の胸長彦の残党が立て籠もり、再挙を計つてゐた。 この山を天保山といふ。胸長彦はこんどは安熊、高杉別、桃作、虎若、黒姫を部将として、大八洲彦命の一隊を待ち討たむとしてゐた。このとき真澄の珠より現はれたる数十万の軍勢は残らず天へ帰つてしまつた。せつかく勢力を得て、勇気百倍せる大八洲彦命は非常に失望落胆して、天にむかひ再び神軍の降下せむことを哀願された。折しも天よりは紫雲に打ち乗つて容姿端麗な白髪の神使が、二柱の実に美はしい女神をしたがへ大八洲彦命の前にお降りになり、厳かに天津神の命を伝へられた。その命令の意味は、 『大八洲彦命が今度世界の修理固成をなして、国常立大神の神業を奉仕したまふ上において、加勢の力を頼むやうなことであつては、この神業は到底完全に成功せぬ。それゆゑ大八洲彦命の胆力修錬のため、わざとに神軍を引き上げさせ、孤立無援の地位に立たしめたのは神の深き御仁慈である』 と云ひをはり、天の使は掻き消すごとく姿をかくしたまうた。 天保山のはるか東北にあたつて天教山といふのがある。そこには八島別が、天神の命により、大八洲彦命を救援すべく計画されて、あまたの神軍を引率してをられた。 大八洲彦命は今の神使の教示を聞き、もはや天よりの救援隊は、一神も来らぬものと断念されてゐた。そのために天教山の八島別の軍勢を、わが援軍なりとは少しも気づかず、かへつて天保山の別働隊のやうに思はれたのである。 一方胸長彦は、天保山の陣営が強圧さるることを恐れて、いろいろと謀議を凝らした結果、まづ第一に大八洲彦命を偽つて帰順し、命とともに八島別の陣営なる天教山を殲滅せむことを企てたのである。そこで胸長彦は安熊、桃作、虎若の三部将を軍使として大八洲彦命の陣営に遣はして、帰順の意を表し、かつ天教山には大八洲彦命にとつて、強敵の現はれたことを注進した。 大八洲彦命の陣営は、原野の中心にあつて非常に不利な位置であつた。もし天教山の上より一斉射撃を受けたならば、大八洲彦命の一隊は、全滅さるる恐れがあつたのである。さういふ立場に立ちいたれる大八洲彦命は、渡りに船と快諾されてここに和睦をなし、胸長彦とともに天教山を攻撃することとなつた。 天教山の方においては、胸長彦の先頭に立ちて攻め来るのを見て、てつきり敵軍に相違なしと思ひ、山上より大風を起し、岩石を飛ばし、攻めくる敵軍を散々に悩ました。しかも先頭に立つた胸長彦の軍隊は、第一戦において殆ど滅亡されてしまつた。 その次に第二軍として現はれたるは、大八洲彦命の軍勢であつた。命は数十羽の烏を使つて、天教山なる八島別にたいし、帰順すべく神書を認め、足に括りつけて放たれた。烏は空中高く舞ひあがるとともに天教山へ昇り、八島別に伝達した。八島別命はその伝達を読んで、はじめて大八洲彦命の消息を知り、かつ、 『自分は天の命により、大八洲彦命を救援に来たものである』 との信書を書いて、同じく烏の足へ括りつけて放した。烏はにはかに金色の鵄と化り、四方を照しつつ大八洲彦命の前に下つてきた。 ここにおいて始めて相互の真相がわかり、大八洲彦命の軍は歓喜のあまり天にむかつて神言を奏上した。 その声は天教山の八島別の陣営に澄みきるごとくに響きわたつたので、八島別は山を下らず、そのまま諸軍勢を引き率れ天の一方に姿をかくしてしまつた。かくのごとくして敵軍を殲滅せしめたまひし天津神の神算鬼謀は、実に感歎の次第である。 (大正一〇・一〇・二二旧九・二二桜井重雄録)
19

(1028)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 31 九山八海 第三一章九山八海〔三一〕 大八洲彦命は、杉松彦、若松彦、時彦、元照彦の部将とともに、八島別の現はれし天教山に引きかへし、ここに防戦の準備に取りかかつた。稲山彦は大虎彦と獅子王の応援を得て勝に乗じ、天教山を八方より取りまいた。 稲山彦は潮満の珠をもつて、天教山を水中に没せしめむとした。地上はたちまち見渡すかぎり泥の海と一変した。このとき天空高く、東の方より花照姫、大足彦、奇玉彦は天神の命によりてはるかの雲間より現はれ、魔軍にむかつて火弾を発射し、天教山の神軍に応援した。されど一面泥海と化したる地上には、落ちた火弾も的確にその効を奏せなかつた。ただジユンジユンと怪しき音を立てて消えてゆくばかりである。されど白煙濛々と立ち昇りて、四辺を閉ざすその勢の鋭さに敵しかねて、敵軍は少なからず悩まされた。 このとき稲山彦の率ゆる魔軍は天保山に登り、まづ潮満の珠をもつて、ますます水量を増さしめた。天教山は危機に瀕し、神軍の生命は一瞬の間に迫つてきた。折しも杉松彦、若松彦、時彦は、天教山にすむ烏の足に神書を括りつけ、天保山に向つて降服の意を伝へしめた。烏の使を受けた稲山彦は、意気揚々として諸部将を集め会議を開いた。その結果は、 『大八洲彦命が竜宮城管理の職を抛つか、さもなくば自殺せよ。しからば部下の神軍の生命は救助せむ』 との返信となつて現はれた。この返信を携へて烏は天教山に帰つてきた。神書を見たる杉松彦、若松彦、時彦は密かに協議して、自己の生命を救はむために大八洲彦命に自殺をせまつた。 大八洲彦命は天を仰ぎ地に俯し、部下の神司らの薄情と冷酷と、不忠不義の行動を長歎し、いよいよ自分は天運全く尽きたるものと覚悟して、今や将に自殺せむとする時しもあれ、東の空に当つて足玉彦、斎代姫、磐樟彦の三部将はあまたの風軍を引きつれ、 『しばらく、しばらく』 と大音声に呼ばはりつつ、天教山にむかつて最急速力をもつて下つてきた。忽然として大風捲きおこり、寄せきたる激浪怒濤を八方に吹き捲つた。泥水は風に吹きまくられて、天教山の麓は水量にはかに減じ、その余波は大山のごとき巨浪を起して、逆しまに天保山に打ち寄せた。 天保山の魔軍は潮干の珠を水中に投じて、その水を減退せしめむとした。西の天よりは道貫彦、玉照彦、立山彦数万の竜神を引きつれ、天保山にむかつて大水を発射した。さしもの潮干の珠も効を奏せず、水は刻々に増すばかりである。これに反して天教山は殆ど山麓まで減水してしまつた。南方よりは白雲に乗りて、速国彦、戸山彦、谷山彦の三柱の神将は、あまたの雷神をしたがへ、天保山の空高く鳴り轟き天地も崩るるばかりの大音響を発して威喝を試みた。 ここに稲山彦は、天保山上に立ちて潮満の珠を取りいだし、一生懸命に天教山の方にむかつて投げつけた。水はたちまち氾濫して天教山は水中に陥り、大八洲彦命の首のあたりまでも浸すにいたつた。 泥水はなほもますます増える勢である。このとき東北に当つて、天地六合も崩るるばかりの大音響とともに大地震となり、天保山は見るみるうちに水中深く没頭し、同時に天教山は雲表に高く突出した。これが富士の神山である。 時しも山の頂上より、鮮麗たとふるに物なき一大光輝が虹のごとく立ち昇つた。その光は上に高く登りゆくほど扇を開きしごとく拡がり、中天において五色の雲をおこし、雲の戸開いて威厳高く美しき天人無数に現はれたまひ、その天人は山上に立てる大八洲彦命の前に降り真澄の珠を与へられた。その天人の頭首は木花姫命であつた。 この神山の、天高く噴出したのは国常立尊の蓮華台上に於て雄健びし給ひし神業の結果である。その時現代の日本国土が九山八海となつて、環海の七五三波の秀妻の国となつたのである。 天保山の陥落したその跡が、今の日本海となつた。また九山とは、九天にとどくばかりの高山の意味であり、八海とは、八方に海をめぐらした国土の意味である。ゆゑに秋津島根の国土そのものは、九山八海の霊地と称ふるのである。 (大正一〇・一〇・二二旧九・二二加藤明子録)
20

(1032)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 35 一輪の秘密 第三五章一輪の秘密〔三五〕 厳の御魂の大神は、シナイ山の戦闘に魔軍を潰走せしめ、ひとまづ竜宮城へ凱旋されたのは前述のとほりである。 さて大八洲彦命は天山、崑崙山、天保山の敵を潰滅し、天教山に現はれ、三個の神宝を得て竜宮城に帰還し、つづいてエデンの園に集まれる竹熊の魔軍を破り、一時は神界も平和に治まつた。されど竹熊の魔軍は勢やむを得ずして影を潜めたるのみなれば、何どき謀計をもつて再挙を試みるやも計りがたき状況であつた。まづ第一に魔軍の恐るるものは三個の神宝である。ゆゑに魔軍は百方画策をめぐらし、或ひは探女を放ち、醜女を使ひ、この珠を吾が手に奪はむとの計画は一時も弛めなかつた。 茲に艮の金神国常立尊は、山脈十字形をなせる地球の中心蓮華台上に登られ、四方の国型を見そなはし、天に向つて神言を奏上し、頭上の冠を握り、これに神気をこめて海上に投げ遣りたまうた。その冠は海中に落ちて一孤島を形成した。これを冠島といふ。しかして冠の各処より稲を生じ、米もゆたかに穰るやうになつた。ゆゑにこの島を稲原の冠といひ、また茨の冠ともいふ。 つぎに大地に向つて神言を奏上したまひ、その穿せる沓を握り海中に抛げうちたまうた。沓は化して一孤島を形成した。ゆゑにこれを沓島といふ。冠島は一名竜宮島ともいひ、沓島は一名鬼門島ともいふ。 ここに国常立尊は厳の御魂、瑞の御魂および金勝要神に言依さしたまひて、この両島に三個の神宝を秘め置かせたまうた。 潮満の珠はまた厳の御魂といふ。いづとは泉のいづの意であつて、泉のごとく清鮮なる神水の無限に湧出する宝玉である。これをまたヨハネの御魂といふ。つぎに潮干の珠はこれを瑞の御魂といひ、またキリストの御魂といふ。みづの御魂はみいづの御魂の意である。みいづの御魂は無限に火の活動を万有に発射し、世界を清むるの活用である。要するに水の動くは火の御魂があるゆゑであり、また火の燃ゆるは水の精魂があるからである。しかして火は天にして水は地である。故に天は尊く地は卑し。ヨハネが水をもつて洗礼を施すといふは、体をさして言へる詞にして、尊き火の活動を隠されてをるのである。またキリストが霊(霊は火なり)をもつて洗礼を施すといふは、キリストの体をいへるものにして、その精魂たる水をいひしに非ず。 ここに稚姫君命、大八洲彦命、金勝要大神は、三個の神宝を各自に携帯して、目無堅間の船に乗り、小島別、杉山別、富彦、武熊別、鷹取の神司を引率して、まづこの竜宮ケ嶋に渡りたまうた。しかして竜宮ケ嶋には厳の御魂なる潮満の珠を、大宮柱太敷立て納めたまひ、また瑞の御魂なる潮干の珠とともに、この宮殿に納めたまうた。この潮満の珠の又の名を豊玉姫神といひ、潮干の珠の又の名を玉依姫神といふ。かくて潮満の珠は紅色を帯び、潮干の珠は純白色である。 国常立尊は冠島の国魂の神に命じて、この神宝を永遠に守護せしめたまうた。この島の国魂の御名を海原彦神といひ、又の御名を綿津見神といふ。つぎに沓島に渡りたまひて真澄の珠を永遠に納めたまひ、国の御柱神をして之を守護せしめられた。国の御柱神は鬼門ケ島の国魂の又の御名である。 いづれも世界の終末に際し、世界改造のため大神の御使用になる珍の御宝である。しかして之を使用さるる御神業がすなはち一輪の秘密である。 この両島はあまたの善神皆竜と変じ、鰐と化して四辺を守り、他神の近づくを許されないのである。 (大正一〇・一〇・二三旧九・二三外山豊二録)