第三五章一輪(いちりん)の秘密(ひみつ)〔三五〕 厳(いづ)の御魂(みたま)の大神(おほかみ)は、シナイ山(ざん)の戦闘(せんとう)に魔軍(まぐん)を潰走(くわいそう)せしめ、ひとまづ竜宮城(りゆうぐうじやう)へ凱旋(がいせん)されたのは前述(ぜんじゆつ)のとほりである。 さて大八洲彦(おほやしまひこの)命(みこと)は天山(てんざん)、崑崙山(こんろんざん)、天保山(てんぱうざん)の敵(てき)を潰滅(くわいめつ)し、天教山(てんけうざん)に現(あら)はれ、三個(さんこ)の神宝(しんぽう)を得(え)て竜宮城(りゆうぐうじやう)に帰還(きくわん)し、つづいてエデンの園(その)に集(あつ)まれる竹熊(たけくま)の魔軍(まぐん)を破(やぶ)り、一(いち)時(じ)は神界(しんかい)も平和(へいわ)に治(おさ)まつた。されど竹熊(たけくま)の魔軍(まぐん)は勢(いきほひ)やむを得(え)ずして影(かげ)を潜(ひそ)めたるのみなれば、何(なん)どき謀計(ぼうけい)をもつて再挙(さいきよ)を試(こころ)みるやも計(はか)りがたき状況(ありさま)であつた。まづ第一(だいいち)に魔軍(まぐん)の恐(おそ)るるものは三個(さんこ)の神宝(しんぽう)である。ゆゑに魔軍(まぐん)は百方(ひやつぱう)画策(くわくさく)をめぐらし、或(ある)ひは探女(さぐめ)を放(はな)ち、醜女(しこめ)を使(つか)ひ、この珠(たま)を吾(わ)が手(て)に奪(うば)はむとの計画(けいくわく)は一(いち)時(じ)も弛(ゆる)めなかつた。 茲(ここ)に艮(うしとら)の金神(こんじん)国常立(くにとこたちの)尊(みこと)は、山脈(さんみやく)十字形(じふじがた)をなせる地球(ちきう)の中心(ちゆうしん)蓮華台(れんげだい)上(じやう)に登(のぼ)られ、四方(よも)の国型(くにがた)を見(み)そなはし、天(てん)に向(むか)つて神言(かみごと)を奏上(そうじやう)し、頭上(づじやう)の冠(かんむり)を握(と)り、これに神気(しんき)をこめて海上(かいじやう)に投(な)げ遣(や)りたまうた。その冠(かんむり)は海中(かいちゆう)に落(お)ちて一孤島(いちこたう)を形成(けいせい)した。これを冠島(かんむりじま)といふ。しかして冠(かんむり)の各処(かくしよ)より稲(いね)を生(しやう)じ、米(こめ)もゆたかに穰(みの)るやうになつた。ゆゑにこの島(しま)を稲原(いばら)の冠(かんむり)といひ、また茨(いばら)の冠(かんむり)ともいふ。 つぎに大地(だいち)に向(むか)つて神言(かみごと)を奏上(そうじやう)したまひ、その穿(はか)せる沓(くつ)を握(にぎ)り海中(かいちゆう)に抛(な)げうちたまうた。沓(くつ)は化(くわ)して一孤島(いちこたう)を形成(けいせい)した。ゆゑにこれを沓島(くつじま)といふ。冠島(かんむりじま)は一名(いちめい)竜宮島(りゆうぐうじま)ともいひ、沓島(くつじま)は一名(いちめい)鬼門島(きもんじま)ともいふ。 ここに国常立(くにとこたちの)尊(みこと)は厳(いづ)の御魂(みたま)、瑞(みづ)の御魂(みたま)および金勝要(きんかつかねの)神(かみ)に言依(ことよ)さしたまひて、この両島(りやうたう)に三個(みつ)の神宝(しんぽう)を秘(ひ)め置(お)かせたまうた。 潮満(しほみつ)の珠(たま)はまた厳(いづ)の御魂(みたま)といふ。いづとは泉(いづみ)のいづの意(い)であつて、泉(いづみ)のごとく清鮮(せいせん)なる神水(しんすゐ)の無限(むげん)に湧出(ゆうしゆつ)する宝玉(ほうぎよく)である。これをまたヨハネの御魂(みたま)といふ。つぎに潮干(しほひる)の珠(たま)はこれを瑞(みづ)の御魂(みたま)といひ、またキリストの御魂(みたま)といふ。みづの御魂(みたま)はみいづの御魂(みたま)の意(い)である。みいづの御魂(みたま)は無限(むげん)に火(ひ)の活動(くわつどう)を万有(ばんいう)に発射(はつしや)し、世界(せかい)を清(きよ)むるの活用(くわつよう)である。要(えう)するに水(みづ)の動(うご)くは火(ひ)の御魂(みたま)があるゆゑであり、また火(ひ)の燃(も)ゆるは水(みづ)の精魂(せいこん)があるからである。しかして火(ひ)は天(てん)にして水(みづ)は地(ち)である。故(ゆゑ)に天(てん)は尊(たふと)く地(ち)は卑(ひく)し。ヨハネが水(みづ)をもつて洗礼(せんれい)を施(ほどこ)すといふは、体(たい)をさして言(い)へる詞(ことば)にして、尊(たふと)き火(ひ)の活動(くわつどう)を隠(かく)されてをるのである。またキリストが霊(れい)(霊(れい)は火(ひ)なり)をもつて洗礼(せんれい)を施(ほどこ)すといふは、キリストの体(たい)をいへるものにして、その精魂(せいこん)たる水(みづ)をいひしに非(あら)ず。 ここに稚姫君(わかひめぎみの)命(みこと)、大八洲彦(おほやしまひこの)命(みこと)、金勝要(きんかつかねの)大神(おほかみ)は、三個(みつ)の神宝(しんぽう)を各自(かくじ)に携帯(けいたい)して、目無(めなし)堅間(かたま)の船(ふね)に乗(の)り、小島別(こじまわけ)、杉山別(すぎやまわけ)、富彦(とみひこ)、武熊別(たけくまわけ)、鷹取(たかとり)の神司(かみがみ)を引率(いんそつ)して、まづこの竜宮(りゆうぐう)ケ嶋(しま)に渡(わた)りたまうた。しかして竜宮(りゆうぐう)ケ嶋(しま)には厳(いづ)の御魂(みたま)なる潮満(しほみつ)の珠(たま)を、大宮柱(おほみやばしら)太敷立(ふとしきたて)て納(をさ)めたまひ、また瑞(みづ)の御魂(みたま)なる潮干(しほひる)の珠(たま)とともに、この宮殿(きうでん)に納(をさ)めたまうた。この潮満(しほみつ)の珠(たま)の又(また)の名(な)を豊玉姫(とよたまひめの)神(かみ)といひ、潮干(しほひる)の珠(たま)の又(また)の名(な)を玉依姫(たまよりひめの)神(かみ)といふ。かくて潮満(しほみつ)の珠(たま)は紅色(こうしよく)を帯(お)び、潮干(しほひる)の珠(たま)は純白色(じゆんぱくしよく)である。 国常立(くにとこたちの)尊(みこと)は冠島(かんむりじま)の国魂(くにたま)の神(かみ)に命(めい)じて、この神宝(しんぽう)を永遠(ゑいゑん)に守護(しゆご)せしめたまうた。この島(しま)の国魂(くにたま)の御名(みな)を海原彦(うなばらひこの)神(かみ)といひ、又(また)の御名(みな)を綿津見(わだつみの)神(かみ)といふ。つぎに沓島(くつじま)に渡(わた)りたまひて真澄(ますみ)の珠(たま)を永遠(ゑいゑん)に納(をさ)めたまひ、国(くに)の御柱(みはしらの)神(かみ)をして之(これ)を守護(しゆご)せしめられた。国(くに)の御柱(みはしらの)神(かみ)は鬼門(きもん)ケ島(じま)の国魂(くにたま)の又(また)の御名(みな)である。 いづれも世界(せかい)の終末(しうまつ)に際(さい)し、世界(せかい)改造(かいざう)のため大神(おほかみ)の御(ご)使用(しよう)になる珍(うづ)の御宝(みたから)である。しかして之(これ)を使用(しよう)さるる御(ご)神業(しんげふ)がすなはち一輪(いちりん)の秘密(ひみつ)である。 この両島(りやうたう)はあまたの善神(ぜんしん)皆(みな)竜(りゆう)と変(へん)じ、鰐(わに)と化(くわ)して四辺(しへん)を守(まも)り、他神(たしん)の近(ちか)づくを許(ゆる)されないのである。 (大正一〇・一〇・二三旧九・二三外山豊二録)