| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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41 (2427) |
霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 余白歌 | 余白歌 世の元の神の稜威の現はれて世びとの驚く時は来にけり〈総説(初版)〉 三千歳の永き経綸の現はれて悶え苦しむ曲津神たち〈総説(初版)〉 三柱の神天降り働けば如何なるものも敵対者なし〈第1章(初版)〉 善き姿善き言の葉をかきあつめ世人をあざむく曲津神あり〈第2章(三版)〉 神の名をかたりて私欲を企らみつ人をいつはる曲津神あり〈第3章(三版)〉 このたびの神の経綸の深ければただ一柱も知る神はなし〈第8章(初版)〉 この経綸遂げ終せたる暁は神の歓喜人の楽しみ〈第11章(初版)〉 疑ひの雲晴れゆきて世の人の心の空に月日照るなり〈第11章(初版)〉 世の本の真実の神があらはれて世人の知らぬ事を教へますも〈第12章(初版)〉 道程も最早少なくなりければ永き経綸を現はして見む〈第12章(初版)〉 立替の大峠までに神の子は心入れ替へ最早暇はなき〈第18章(初版)〉 今までの世の持ち方は終りなり神世となれば行り方替ゆなり〈第18章(初版)〉 霊幸はふ神の教の深ければ浅き心に解し得べけむ〈第20章(初版)〉 葦原の国は日に夜に曇りつつ八十の曲津の雄猛び忌々しき〈第22章(三版)〉 弥勒神やがて地上に出現し常夜の闇を晴らさせ給はむ〈第22章(三版)〉 神の世は隅々までも澄みわたる曲津の潜む隈もなきまで〈第23章(初版)〉 時来れば外国までも連れ行かむ万世朽ちぬ名を挙ぐるため〈第23章(初版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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42 (2498) |
霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 序文 | 序文 顧みれば、大正十年十月十八日、松雲閣に於て霊界物語と題し口述筆記を始めしより、十六ケ月目、漸く五十巻を編纂せり。此間種々の故障の為、着手日数は二百日内外の口述にて本巻に到達せり。而して本日は、大正十二年一月二十三日、此数字を合算すれば三十六となり、みろくに因む。又旧暦にては大正十一年十二月七日、此数字を合算すれば三十となり、三ツの御魂に因みたる吉日なり、又以て一奇と謂ふべし。霊界物語第一巻より第十二巻までを第一輯とし改めて「霊主体従」と題し、第十三巻より第廿四巻迄を「如意宝珠」と題し、第廿五巻より第卅六巻までを第三輯とし「海洋万里」と題し、第卅七巻より第四十八巻迄を第四輯とし「舎身活躍」と題し、第五輯に当る「真善美愛」と題せる物語を漸く茲に第二巻迄口述編纂を了りたり。何れも一題目毎に三百六十頁十二冊、計四千三百二十頁と相成る次第なり。アア瑞月は精神上及び肉体上の大なる束縛を受けたる身ながらも、大神の恩寵と筆録者諸弟の熱烈なる努力とによつて、茲に五十巻の大峠を越えたるは実に人間事とはどうしても思はれないのであります。希はくば大本の信者はいふも更なり、大方具眼の士はこの熱血より迸り出でたる作物を愛読あつて、宇宙の大精神を了知し、人として世に処すべき指針となし給はむことを。謹言。 大正十二年一月廿三日旧大正十一年十二月七日 於伊豆湯ケ島仮教主館王仁識 |
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43 (2781) |
霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 20 三五神諭(その一) | 第二〇章三五神諭その一〔一五四五〕 明治二十五年旧正月…日 三ぜん世界一度に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ。この世は神が構はな行けぬ世であるぞよ。今日は獣類の世、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの世であるぞよ。世界は獣の世になりて居るぞよ。邪神にばかされて、尻の毛まで抜かれて居りても、未だ眼が覚めん暗がりの世になりて居るぞよ。是では、世は立ちては行かんから、神が表に現はれて、三千世界の天之岩戸開きを致すぞよ。用意を成されよ。この世は全然、新つに致して了ふぞよ。三千世界の大洗濯、大掃除を致して、天下泰平に世を治めて、万古末代続く神国の世に致すぞよ。神の申した事は、一分一厘違はんぞよ。毛筋の横巾ほども間違ひは無いぞよ。これが違ふたら、神は此の世に居らんぞよ。 何れの教会も先走り、とどめに艮の金神が現はれて、天の岩戸を開くぞよ。岩戸開きのあるといふ事は、何の神柱にも判りて居れど、何うしたら開明になるといふ事は、判りて居らんぞよ。九分九厘までは知らしてあるが、モウ一厘の肝心の事は、判りて居らんぞよ。三千世界の事は、何一つ判らん事の無い神であるから、淋しく成りたら、綾部の大本へ出て参りて、お話を聞かして頂けば、何も彼も世界一目に見える神徳を授けるぞよ。 神となれば、スミスミまでも、気を附けるが神の役、かみばかり好くても行けぬ、かみしも揃はねば世は治まらんぞよ。不公平では治まらん、かみしも揃へて人民を安心させて、末代潰れぬ神国の世に致すぞよ。用意を為されよ、脚下から鳥がたつぞよ。 天地までも自由に致して、神は残念なぞよ。今の人民、盲者聾者ばかり、神が見て居れば、井戸の端に茶碗を置いた如く、危ふて見て居れんぞよ。サタンよ。今に艮の金神が返報返しを致すぞよ。 根に葉の出るは虎耳草、上も下も花咲かねば、此世は治まらぬ。上ばかり好くても行けぬ世。下ばかり宜くても此世は治まらぬぞよ。 天使は綾部に出現されてあるぞよ。至治太平の世を開いて、元の昔に返すぞよ。神柱会開きは人民が何時までかかりても開けんぞよ。神が開かな、開けんぞよ。開いて見せうぞよ。世界をこの儘おいたなら暗黒に成るぞよ。永久は続かんぞよ。今に気の附く人民ないぞよ。神は急けるぞよ。此世の鬼を往生さして、邪神を慈神神也慈悲の雨降らして、戒めねば、世界は神国にならんから、昔の大本からの神の仕組が、成就致す時節が廻りて来たから、苦労はあれど、バタバタと埒を付けるぞよ。判りた守護神は一柱なりと早く大本へ出て参りて、神界の御用を致して下されよ。さる代りに勤め上りたら、万古末代の大事業完成者であるから、神から結構に御礼申すぞよ。世界中の事で在るから、何程知恵や学がありても、人民では判らん事であるぞよ。此の仕組判りては成らず、判らねば成らず、判らぬので、改信が出来ず、岩戸開きの、末代に一度の仕組であるから、全然、学や知恵を捨てて了ふて、生れ赤児の心に立返らんと、見当が取れん、六ケ敷仕組であるぞよ。今迄の腹の中の、垢塵をさつぱり、放り出して了はんと、今度の実地まことは、分りかけが致さん、大望な仕組であるぞよ。 氏神様の庭の白藤、梅と桜は、出口直の御礼の庭木に、植さしたのであるぞよ。白藤が栄えば、綾部宜くなりて末で都と致すぞよ。福知山舞鶴は外囲ひ、十里四方は宮垣内、綾部はまん中になりて、黄金世界に世が治まるぞよ。綾部は結構な所、昔から神が隠して置いた、真誠の仕組の地場であるぞよ。 世界国々所々に、岩戸開きを知らす神柱は沢山現はれるぞよ。皆艮之金神国常立尊の仕組で、世界へ知らして在るぞよ。大方行き渡りた時分に、高天原へ諸国の神、守護神を集めて、それぞれの御用を申付ける、尊い世の根の世の本の、竜門館の神屋敷地上の高天原であるから、何を致しても大本の教を守らねば、九分九厘で転覆るぞよ。皆神の仕組であるから、吾が吾がと思ふて致して居るが、皆艮の金神が化して使ふて居るのであるぞよ。此の神は、独り手柄をして喜ぶやうな神でないぞよ。仕組の判る守護神でありたら、互に手を曳き合ふて、世の本の御用を致さすから、是までの心を入替へて、大本へ来て肝腎の事を聞いて、御用を勤めて下されよ。三千世界の神々様、守護神殿に気を附けるぞよ。谷々の小川の水も大川へ、末で一つに成る仕組。此処は世の本。誠の神の住ひどころ。 神と悪魔との戦ひがあるぞよ。此いくさは勝ち軍、神が蔭から、仕組が致してあるぞよ。神が表に現はれて、善へ手柄致さすぞよ。邪神の国から始まりて、モウ一と戦があるぞよ。あとは世界の大たたかひで、是から段々判りて来るぞよ。この世は神国、世界を一つに丸めるぞよ。そこへ成る迄には、中々骨が折れるなれど、三千年余りての仕組であるから、うへに立ちて居れる守護神に、チツト判りかけたら、神が力を附けるから、大丈夫であるぞよ。世界の大峠を越すのは、神の申す様に、素直に致して、何んな苦労も致す人民でないと、世界の物事は成就いたさんぞよ。神はくどう気を附けるぞよ。此事判ける身魂は、東から出て来るぞよ。此御方が御出になりたら全然日の出の守護と成るから、世界中に神徳が光り輝く神世になるぞよ。中々大事業であれども、昔からの生神の仕組であるから別条は無いぞよ。 一旦たたかひ治まりても、後の悶着は中々治まらんぞよ。神が表に現はれて、神と学との力競べを致すぞよ。学の世はモウ済みたぞよ。神には勝てんぞよ。 ○ 明治二十六年…月…日 お照しは一体、世界一つに治める経綸が致してあるぞよ。この世は神の国であるから、汚食なぞは成らぬ国を、余り汚して、神は此の世に居れんやうに成りたぞよ。世界の人民よ、改信致されよ。元の昔に戻すぞよ。ビツクリ箱が明くぞよ。神国の世に成りたから、信心強きものは神の御役に立てるぞよ。今迄は内と外とが立別れて在りたが、神が表に現はれて、カラも天竺も一つに丸めて、万古末代続く神国に致すぞよ。艮の金神は此世の閻魔と現はれるぞよ。 世界に大きな事や変りた事が出て来るのは、皆此の金神の渡る橋であるから、世界の出来事を考へたら、神の仕組が判りて来て、誠の改信が出来るぞよ。世界には誠の者を神が借りて居るから、漸々結構が判りて来るぞよ。善き目醒しも有るぞよ。亦悪しき目醒しも有るから、世界の事を見て改信致されよ。新たまりての世になるぞよ。今迄宜かりた所はチト悪くなり、悪かりた所は善くなるぞよ。上へお土が上る所もあるぞよ。お土が下りて海となる所もあるぞよ。是も時節であるから、ドウも致しやうが無いなれど、一人なりと改信を為して、世界を助けたいと思ふて、天地の元の大神様へ、艮の金神が昼夜に御詫を致して居るぞよ。 この神が天晴表面に成りたら、世界を水晶の世に致すのであるから、改信を致したものから早く宜く致すぞよ。水晶の神代に成れば、何事も世の中は思ふ様になるぞよ。水晶の霊魂を調査めて神が御用に使ふぞよ。身魂の審判を致して、神が綱を掛けるぞよ。綱掛けたら神は離さぬぞよ。元は神の直系の分霊が授けてあるぞよ。 是から世界中神国と神民とに致して、世界の神も仏も人民も、勇んで暮さすぞよ。神、仏事、人民なぞの世界中の洗濯致して、此世を直すぞよ。信心強き者は助けるぞよ。信心なきものは気の毒ながら御出直しで御座るぞよ。神は気を附けた上にも気を附けるぞよ。モ一ツ世界の大洗濯を致して、根本から世を立直すから、世界が一度に動くぞよ。世界には何でなり共、見せしめがあるぞよ。天地の神々のお宮を建てて、三千世界を守るぞよ。世界がウナルぞよ。世界は上下に覆るぞよ。此世は神国の世であるから、善き心を持たねば、悪では永うは続かんぞよ。金神の世になれば何んな事でも致すぞよ。珍らしき事が出来るぞよ。 ○ 明治二十七年旧正月三日 燈台下は真暗黒。遠国から判りて来てアフンと致す事が出来るぞよ。綾部は世の本の太古から、神の経綸の致してある結構な所であるから、誠の者には流行病は封じてあるぞよ。此事知りた人民は今に一人も無いぞよ。余り改信を致さんと世が治まりたら、万古末代悪の鏡と致すぞよ。出口を引き裂きに来るものも出来るぞよ。本宮坪の内出口竹造、お直の屋敷には金の茶釜と黄金の玉が埋けてあるぞよ。是を掘出して三千世界の宝と致すぞよ。黄金の璽が光出したら、世界中が日の出の守護となりて、神の神力は何程でも出るぞよ。開いた口が閉まらぬぞよ。牛の糞が天下を取ると申すのは、今度の事の譬であるぞよ。昔から未だ斯世が始まりてから無き珍らしき事であるぞよ。大地の金神様を金勝要の神様と申すぞよ。今度艮の金神が表に成るに就いて、此神様を陸地表面へお上げ申して、結構に御祭り申さな斯世は治まらんぞよ。昔から結構な霊魂の高い神様ほど、世に落ちて御座るぞよ。時節参りて煎豆にも花が咲きて上下にかへりて、万古末代続く世に成りて、神は厳しく人民は穏かになるぞよ。是を誠の神世と申すぞよ。神世になれば人民の寿命も長くなるぞよ。世界中勇んで暮す様に成るぞよ。今の人民は斯んな結構な世は無いと申して居れど、神から見れば、是位悪い世は斯世の元から無いのであるぞよ。人民と申すものは目の前の事より何も判らんから無理も無いぞよ。 ○ 明治二十九年旧十二月二日 昔の初りと申すものは、誠に難渋な世でありたぞよ。木の葉を衣類に致し、草や笹の葉を食物に致して、刃物一つ在るでなし、土に穴を掘りて住居を致したもので有りたが、天地の神々の御恵で段々と住家も立派になり、衣類も食物も結構に授けて戴く様になりたのは、皆此世を創造た、元の活神の守護で人民が結構になりたのであるぞよ。人民は世が開けて余り結構になると、元の昔の活神の苦労を忘れて、勝手気儘に成りて、全然世が頂上へ登りつめて、誠の神の思ひを知りた人民は漸々に無くなりて、利己主義の行方ばかり致して、此世を強い者勝ちの畜生原にして了ふて、神の居る所も無い様に致したから、モウ此儘にして置いては、世界が潰れて、餓鬼と鬼との世に成るから、岩戸を開かな成らん事に、世が迫りて来たのであるぞよ。邪神が覇張りて神の国を汚して了ふて、此世は真暗闇であるぞよ。神が表に現はれて、神力を現はして、三千世界を日の出の守護と致して、世界を守るぞよ。この世は一旦泥海に成る所であれども、金神が天の大神様へ御詫を申して、助けて戴かねば、世界の人民が可哀相であるから、何んでも人民を助けたさに神が永らく艱難苦労を致して居れども、知りた人民は読む程より無いので、神の経綸は延る許りであるから、此大本へ立寄りて神の御話を聞かして貰ふた人民だけなりと、改信[※三五神諭には約70ヶ所で「改信」が使われているが、校定版・愛世版では第20章a343と第22章a311の2ヶ所だけ「改心」になっている。初版では全て「改信」であり「改心」は使われていない。したがって誤字と判断し、霊界物語ネットでは「改信」に修正した。]を致して、元の水晶魂に立復りて下されよ。世が迫りて来たから、モウ何時始まるか知れんから、後でヂリヂリ悶え致しても、モウ仕様が無いから、何時迄も気を附けたが、モウ気の附け様が無いぞよ。解りた人民から改信をして下さらんと、世界の人民三分になるぞよ。 (大正一二・四・二五旧三・一〇北村隆光再録) |
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44 (2782) |
霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 21 三五神諭(その二) | 第二一章三五神諭その二〔一五四六〕 明治三十一年旧五月五日 今の世界の人民は、服装ばかりを立派に飾りて、上から見れば結構な人民で、神も叶はん様に見えるなれど、世の元を創造へた、誠の神の眼から見れば、全然悪神の守護と成りて居るから、頭に角が生えたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻ばかり高い化物の覇張る、暗黒の世に成りて居るぞよ。虎や狼は吾の食物さへありたら、誠に温順しいなれど、人民は虎狼よりも悪が強いから、欲に限りが無いから、何んぼ物が有りても、満足といふ事を致さん、惨酷い精神に成りて了ふて、鬼か大蛇の精神になりて、人の国を奪つたり、人の物を無理しても強奪くりたがる、悪道な世に成りて居るぞよ。是も皆悪神の霊の所行であるぞよ。モウ是からは改信を致さんと、艮金神が現はれると、厳しうなるから、今迄の様な悪のやりかたは、何時までもさしては置かんぞよ。善し悪しの懲戒は、覿面に致すぞよ。今迄好きすつ法、仕放題の、利己主義の人民は、辛くなるぞよ。速く改信致さんと、大地の上には置いて貰へん事に、変りて来るから、神が執念気を附けるなれど、知恵と学とで出来た、今の世の人民の耳には、這入かけが致さんぞよ。一度に岩戸開きを致せば、世界に大変が起るから、時日を延ばして、一人なりとも余計に改信さして、助けてやりたいと思へども、何の様に申しても、今の人民は聞入れんから、世界に何事が出来致しても、神はモウ高座から見物いたすから、神を恨めて下さるなよ。世界の神々様守護神殿、人民に気を附けるぞよ。無間の鐘を打鳴して、昔の神が世界の人民に知らせども、盲目と聾者との暗黒の世であるから、神の誠の教は耳へ這入らず、獣の真似を致して、牛馬の肉を喰ひ、一も金銀、二も金銀と申して、金銀で無けら世が治らん、人民は生命が保てん様に取違致したり、人の国であらうが、人の物であらうが、隙間さへありたら略取ことを考へたり、学さへ有りたら、世界は自由自在に成る様に思ふて、物質上の学に深はまり致したり、女と見れば何人でも手に懸け、妾や足懸を沢山に抱へて、開けた人民の行り方と考へたり、恥も畏れも知らぬ許りか、他人は何んな難儀を致して居りても、見て見ん振りをいたして、吾身さへ都合が善ければ宜いと申して、水晶魂を悪神へ引抜かれて了ふたり、徴兵を免れようとして、神や仏事に願をかける人民、多数に出来て、国の事共一つも思はず、国を奪られても、別に何とも思はず、心配も致さぬ人民ばかりで、此先は何うして世が立ちて行くと思ふて居るか、判らんと申しても余りであるぞよ。病神が其辺一面に覇を利かして、人民を残らず苦しめ様と企みて、人民のすきまをねらひ詰て居りても、神に縋りて助かる事も知らずに、毒には成つても薬には成らぬものに、沢山の金を出して、長命の出来る身体を、ワヤに為られて居りても、夢にも悟らん馬鹿な人民許りで、水晶魂の人民は、指で数へる程よりか無いとこまで、世が曇りて来て居りても、何うも此うも、能う致さん様に成りて居るくせに、弱肉強食の世の行り方をいたして、是より外に結構な世の治方は、無いと申して居るぞよ。今の世の上に立ちて居りて、今迄けつこうに暮して居りて、神の御恩といふ事を知らずに、口先ばかり立派に申して居りても、サア今といふ所になりたら、元来利己主義の守護神であるから、チリチリバラバラに、逃げて了ふもの許が出て来るぞよ。今の人民は、サツパリ悪魔の精神に化りて居るから、何程結構な事を申して知らしてやりても、今の今まで改信を能う致さんやうに、曇り切りて了ふたから神もモウ声を揚げて、手を切らな仕様が無いが、是丈神が気を附けるのに聞かずに置いて、後で不足は申して下さるなよ。神はモウ一限に致すぞよ。 今の人民は悪が強いから、心からの誠といふ事が無きやうになりて、人の国まで弱いと見たら、無理に取つて了ふて、取られた国の人民は、在るに在られん目に遭はされても、何も言ふ事は出来ず。同じ神の子で有りながら、余り非道い施政で、畜生よりもモ一つ惨いから、神が今度は出て、世界の苦しむ人民を助けて、世界中を桝掛け曳きならすのであるぞよ。今の人民は段々世が迫りて来て、食物に困る様になりたら人民を餌食に致してでも、徹底的行り抜くといふ深い仕組を致して、神の国を取らうと致して、永らくの仕組をして居るから、余程確りと腹帯を締めて居らんと、末代取戻しの成らん事が出来して、天地の神々様へ、申訳の無き事になるから、艮の金神が三千年余りて、世に落ちて居りて、蔭から世界を潰さんやうに、辛い行をいたして、経綸をいたしたので、モウ水も漏らさんやうに致して有るなれど、神は其儘では何も出来んから、因縁ある身魂を引きよせて、懸りて此世の守護をいたすのであるから、中々大事業であれど、時節参りて、変性男子と変性女子の身魂が、揃ふて守護が有り出したから、いろは四十八文字の霊魂を、世界の大本、綾部の竜宮館にボツボツと引き寄せて、神がそれぞれ御用を申し付けるから、素直に聞いて下さる人民が揃ふたら、三千年余りての仕組が、一度に実現て来て一度に開く梅の花、万古末代萎れぬ花が咲いて、三千世界は勇んで暮す神国になるぞよ。人民の天からの御用は、三千世界を治め、神の手足となりて、吾身を捨てて、神の御用を致さな成らぬのであるから悪には従はれぬ、尊い身魂であるのに、今の世界の人民は、皆大きな取違ひを致して居るぞよ。 ○ 明治三十二年…月…日 艮の金神が出口直の手を借りて、何彼の事を知らすぞよ。今迄は世の本の神を、北の隅へ押籠めておいて、北を悪いと世界の人民が申して居りたが、北は根の国、元の国であるから、北が一番に善くなるぞよ。力の有る世の本の真正の水火神は、今迄は北の極に落されて、神の光を隠して居りたから、此世は全然暗黒でありたから、世界の人民の思ふ事は、一つも成就いたさなんだので在るぞよ。是に気の付く神も、人民も、守護神も無かりたぞよ。人民は北が光ると申して、不思議がりて、種々と学や知識で考へて居りたが、誠の神々が一所に集りて、神力の光りを現はして居ると申す事を知らなんだぞよ。モウ是からは、世に落されて居りた活神の光りが出て、日の出の守護となるから、其処辺中が光り輝いて、眩うて目を明けて居れんやうに、明かな神世になるぞよ。今迄の夜の守護の世界は、明の烏と成りて来て、夜が明るから、それまでに改信を致して、身魂を研いて水晶魂に立帰りて居らんと、ヂリヂリ悶える事が出来致すから、今年で八年の間、神は気を附けたなれど、余り世界の人民の心の曇りがきつき故に、何を言ふて聞かしても、筆先に書いて見せても誠にいたさぬから、出口直は日々咽喉から血を吐くやうな思ひを致して、世界の為に苦労をいたして居るのを、見て居る艮の金神も辛いぞよ。胸に焼鉄あてる如く、一人苦みて居るぞよ。人民は万物の長とも申して、豪さうに致して居るでは無いか。鳥獣でも、三日先の事位は知りて居るのに、人民は一寸先が見えぬ所まで曇りて居るから、脚下へ火が燃えて来て居りても、未だ気が附かぬぞよ。能うも是だけ人民の霊魂も、曇りたものであるぞよ。障子一枚ままならぬ所まで精神を汚して置いて、何も判らぬ癖に神を下に見降して居る、人民の中の鼻高が、上へのぼりて、此世の守護をいたしても、一つも思ふやうに行きはいたさんぞよ。此世は、元の生神の守護が無かりたら、何程知識や学で考へても、何時までも世界は治まらんぞよ。一日も速く往生いたして、神の申す様に致さねば世界の人民が可哀想で、神が黙つて見て居れんから、今度は北から艮の金神が現はれて、世界を水晶の世にいたして、善と悪とを立別けて、善悪の懲戒を明白にいたして、世界の人民を改信させて、万古末代動きの取れん、善一筋の世の持方を致すから、是迄の世とは打つて変りての善き世といたして、神も仏も人民も、勇んで暮す松の世、神世といたして、天の大神様へ御目に掛るのであるぞよ。夫れまでに一つ大峠が在るから、人民は速く改信いたして、神心に立還りて下されよ。神は世界を助けたさの、永い間の苦労であるぞよ。昔の神世に立替へる時節が来たぞよ。今迄は日没が悪いと申したが、世が代ると日没が一番善く成るぞよ。日没に初めた事は、是から先の世は、何事も善き事なれば成就いたすぞよ。夫れも神をそつち除けにいたしたら、物事一つも成就いたさぬ世に変るから、何よりも改信致して、霊魂を研くが一等であるぞよ。時節が来たぞよ。モウ間が無いぞよ。 ○ 明治三十二年旧七月一日 竜門の宝を艮の金神がお預り申すぞよ。竜門には宝は何程でも貯へてあるぞよ。岩戸開きが済みて立直しの段になりたら間に合ふ宝であるぞよ。昔から此乱れた世が来るから、隠してありたのぢやぞよ。御安心なされ。艮金神大国常立尊が、神功皇后殿と出て参る時節が近よりて来たぞよ。此事が天晴表に現はれると、世界一度に動くぞよ。モウ水も漏さぬ経綸が致して有るぞよ。開いた口が塞がらぬ、牛糞が天下を取るぞよ。珍らしい事が出来るぞよ。アンナものがコンナものに成りたと、世界の人民に改信致させる仕組であるから、チト大事業で有れども、成就いたさして、天地の大神へ御目に掛けるから、艮の金神はカラ天竺までも鼻が届くぞよ。この仕組は永らく世に落ちて居りての、艮の金神の経綸であるから、神々にも御存知ない事があるから、人民は実地が出て来る迄はヨウ承知を致さんぞよ。是でも解けて見せてやるぞよ。今度の二度目の天の岩戸開は、因縁の在る身魂でないと、御用には使はんぞよ。神の御役に立るのは水晶魂の選抜ばかり、神が綱を掛けて御用を致さすのであるから、今迄世に出て居れた守護神は、思ひが大分違ふぞよ。是も時節であるぞよ。時節には何も敵はんぞよ。上下に復るぞよ。 艮金神大国常立尊の三千年の経綸は、根本の天の岩戸開で有るから、悪の霊魂を往生さして、万古末代善一つの世に致すのであるから、神の国に只の一輪咲いた誠の梅の花の仕組で、木花咲哉姫の霊魂の御加護で、彦火々出見尊とが、守護を遊ばす時節が参りたから、モウ大丈夫であるぞよ。梅で開いて松で治める、竹は邪神の守護であるぞよ。此経綸を間違はしたら、モウ此の先はどうしても、世が立ちては行かんから、神が執念う気を付けて置くぞよ。明治二十八年から、三体の大神が地へ降りて御守護遊ばすと、世界は一度に夜が明けるから、三人の霊魂を神が使ふて、三人世の元と致して、珍らしき事を致さすぞよ。いろは四十八文字で、世を新つに致すぞよ。此中に居る肝腎の人に、神の経綸が解りて来て改信が出来たら、世界に撒配りてある身魂を、此大本へ引寄せて、神の御用を致さすから、左程骨を折らいでも経綸は成就いたすから、何事も神の申す様にして居りて下されよ。今度の事は知識や学では到底可んから、神の申す事を素直に聞いて下さる身魂でないと、神界の御用には使はんぞよ。此の大本は外の教会のやうに、人を多勢寄せて、それで結構と申す様な所でないから、人を引張りには行つて下さるなよ。因縁ある身魂を神が引寄せて夫れ夫れに御用を申し附けるのであるぞよ。 大本の経綸は病気直しで無いぞよ。神から頂いた結構な身魂を、悪の霊魂に汚されて了ふて、肉体まで病魔の容器になりて、元の大神に大変な不孝を掛けて居る人民が病神に憑かれて居るのであるから素の水晶魂に捻じ直して、チツトでも霊魂が光り出したら、病神は恐がりて逃げて了ふぞよ。此の大本は医者や按摩の真似は為さんぞよ。取次ぎの中には、此の結構な三千世界の経綸を、取違ひ致して、病直しに無茶苦茶に骨を折りて肝腎の神の教を忘れて居る取次が多数在るが、今迄は神は見て見ん振を致して来たが、モウ天から何彼の時節が参りて来たから、今迄の様な事はさしては置かんから、各自に心得て下されよ。是程事解けて申す、神の言葉を反古に致したら、已むを得ず気の毒でも、天の規則に照して懲戒を致すぞよ。今の神の取次は、誠と云ふ事がチツトも無いから、吾の目的計り致して、神を松魚節に致して、却て神の名を汚して居る、天の罪人に成りて居るぞよ。大本の取次する人民は、其覚悟で居らんと世界から出て来だすから、恥かしくなりて、大本へは早速に寄せて貰へん事が出来いたすから、永らく神が出口に気を付けさしたぞよ。モウ改信の間が無いぞよ。神はチツトも困らねど、取次が可愛相なから。 艮金神が表になると、一番に悪所遊びを止めさすぞよ。賭博も打たさんぞよ。家の戸締りも為いでもよき様に致して、人民を穏かに致さして、喧嘩も無き結構な神世に致して、天地の神々様へ御目に掛けて、末代続かす松の世と致すぞよ。 ○ 明治三十四年旧三月七日 元伊勢のうぶだらひと、産釜の水晶の御水は、昔から傍へも行かれん尊い清き産水でありたなれど、今度の天の岩戸開に就いて、因縁のある霊魂に御用をさして、世を立直すには、昔の元の水晶の変らん水を汲りに遣らしてあるぞよ。艮金神の指図でないと、此水は滅多に汲りには行けんのであるぞよ。神が許可を出したら、何処からも指一本触る者もないぞよ。今度の元伊勢の御用は、世界を一つに致す経綸の御用であるぞよ。もう一度出雲へ行て下されたら、出雲の御用を出来さして、天も地も世界を平均すぞよ。此御用を済して下さらんと、今度の御用は分明かけが致さんぞよ。解りかけたらば速いぞよ。天の岩戸開きは水の守護と火の守護とで致すぞよ。岩戸開きを致すと申して居りても如何したら世が変ると云ふ事は、世に出て御出でる神様も御存知はないぞよ。肝腎の仕組は今の今迄申さぬと出口に申してあるぞよ。まだまだ在るぞよ。天の岩戸開と言ふ様な大望な事には、誰にも言はれん事があるのぢやが、其御用は出口でないと出来んぞよ。今度の御用をさす為に、昔から生代り死代り、苦労ばかりが為して在りた、変性男子の身魂であるぞよ。此の変性男子が現はれんと世界の事が出て来んぞよ。神柱会開きは人民が何時まで掛りても開けんと申してあるぞよ。神が開いて見せると申して、先に筆先に出してあらうがな。時節が近寄りたぞよ。 世界一度に開くぞよ。一度に開く梅の花、金神の世に致して早く岩戸開をいたさんと、悪く申すでなけれども、此世は此の先は如何成るかと言ふ事を御存知の無い神ばかりであるぞよ。 (大正一二・四・二五旧三・一〇北村隆光再録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 24 三五神諭(その五) | 第二四章三五神諭その五〔一五四九〕 大正四年旧十一月二十六日 大国常立尊が三千世界の、上中下と三段に分けてある霊魂を、それぞれに目鼻を付けて、皆を喜ぶやうに致すのは、根本の此世を創造へるよりも何程気骨の折れる事ぢや、人民では分らん事であるぞよ。初発の悪の霊魂は悪の事なら何んな事でも出来るから、茲まで世界中を悪で搦みて了ふて、善と云ふ道は通らぬやうに致して来た悪神の、頭を露はして、トコトン往生を為せて、又次に中の守護神を改信さして、下の守護神も続いて改信させねば神世には成らんぞよ。下の守護神が一番に何彼のことが解らんなれど、改信を致さねば、何うしても改信いたすやうに、喜ばして改信させねば、叱る計りでは改信の出来ぬ守護神も在るなり、何も解らん守護神の如何にも成らぬドウクヅは天地の規則通りに致して、埒宜く致さねば仕様はモウ無いぞよ。此の先で何時迄も改信の出来ぬ悪魔に永う掛りて居りて、岩戸開きの出来んやうな邪魔を致した守護神は、気の毒が今に出来致すぞよ。是丈け気を附けて知らして居るのに、改信の出来ん悪魔に成り切りて居る霊魂の宿りた肉体は、可哀想でも天地から定まりた規則通りの成敗に致すぞよ。もう何時までも解らんやうな守護神を助けて置いたら、世界が総損害に成りて、茲まで神が苦労いたした骨折が水の泡に成りて了ふぞよ。夫れでは永らく神が苦労いたした甲斐が無くなりて、天の大神様へ申訳が立たんなり、神は守護神人民を助けたいのは、胸に一杯であるから、もう一度気を附けて置くから、何事が出て来ても神に不足は申されまいぞよ。是からは悪神の守護神の好きな事も、悪き事も出来んやうに、天地から埒を附けるから、何処を恨む事も出来ず、自己の心を恨める事も出来んやうになるぞよ。天地の先祖の神は、善の守護神も悪の守護神も皆を喜ばしたいと思ふて、色々と永らく気を附けたなれど、ドウクヅの蛆虫同様の醜しき聞解の無いものは、一処へ集して固めて灰にして了ふから、悪いものに悩められて生命を取られるやうな肉体は、蛆虫同様、悪神の眷族と、も一つ下な豆狸といふやうな論にも杭にもかからんものに弄びに遇うて居るのは、肝腎の神の綱の切れて居る身魂であるぞよ。こんな守護神の宿りて居る肉体は取払ひに為て了ふて此世界の大掃除を初めるぞよ。 天地の先祖の苦労の解らん身魂は、蛆虫同様であるから、斯んな身魂は世の汚穢と成るから、神界の経綸通りに致して埒能く岩戸を開かな、後の立直しが中々大望であるから経綸通りにして見せるぞよ。さう致すと神は善一つなれど、何も解らん世界の人民が悪の守護神に引かされて、矢張り艮金神は悪神でありたと申すぞよ。細工は流々仕上が肝腎であるぞよ。天地の神の御恩も判らぬやうな、畜生より劣りた、名の附けやうの無いものは、末代の邪魔になるから、天地の規則通り規めるから、悪の守護神の中でも改信の出来たのは、今度の岩戸開きに焼払ひになる所を救けてやるぞよ。蛆虫の中からでも救かるべき身魂が在れば択出して善の方へ廻して遣るぞよ。 天の大神様が、いよいよ諸国の神に、命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が総大将となりて、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷属を使ふと、一旦は激しいから、可成は鎮まりて世界の守護を為せるなれど、昔の生粋の神国魂の活神の守護と成りたら、此中へ来て居る身魂に申附けてある事を、皆覚えて居るであらうが、一度申した事は其様に致すから、神の申す事を一度で聞く身魂でないと、充分の事は無いぞよ。もう神からは此の上人民に知らせる事は無いから、大峠が出て来てから、如何様でも改信をしますで赦して下されと何程申しても、赦す事は出来んぞよ。是程大望な昔からの仕組を今になりて変へる様な事を致して居りたら、二度目の天の岩戸開きの大きな経綸が成就致さんぞよ。根本から大洗濯を致して、末代世界の口舌が無いやうに致して、神界の害をする霊魂が、学で此世を暗闇にして了ふて、正味のない教やら、やりかたは、世の大本からの教でないから、途中から出来たものは、末代の世の遣り方には用ゐんぞよ。 今の上に立ちて居る守護神は科学ほど結構なものは無いと申して、渡りて来られん霊魂が、神を抱込みて、好き寸法に致して、此先をモ一つ悪を強くして、悪で末代建てて行かうとのエライ目的でありたなれど、もう悪の霊や学の世の終りと成りたぞよ。本の神世へ戻りて、天と地との先祖が末代の世を持たねば、他の霊魂では此世は続かん、口舌の絶えると云ふ事は無いぞよ。 大国常立尊が変性男子の霊魂の宿りて居る肉体を借りて、末代の世を受取りて、世の本の生粋の誠の生神ばかりが表に現はれて、天地の先祖の御手伝ひで、数は尠いなれど神力は御一柱の生神の御手伝ひが在り出しても、霊魂の神が何程沢山でも、本の生神の力には敵はんから、同じ様な事を申して細々と今に続いて知らして居るなれど、途中に出来た枝の神やら、渡りて来て居る修業なしの利己主義の遣方の守護神では、肝腎の事は解りは致さんぞよ。誠の事の解る大本へ出て来て、いろはからの勉強を致さねば、学は金を入れた丈の力は出るなれど、天から貰うた霊魂に附いた生来の力でないから、物質の世の間は結構でありたなれど、もう物質の世の終りとなりたから、今迄の学では二度目の天の岩戸開きには些少も間に合はんぞよ。 ○ 大正四年旧十二月二日 大国常立尊変性男子の霊魂が現はれて、三千世界の三段に別けて在る御魂を、夫れ夫れに立替へ立別けて、目鼻を附けて、先づ是で楽ぢやと申すやうに成るのは、大事業であるぞよ。二度目の天の岩戸開は、戦争と天災とで済むやうに思ふて、今の人民はエライ取違ひを致して居るなれど、戦争と天災とで人の心が直るのなら、埒能う出来るなれど、今度の天の岩戸開は、其んな容易い事でないぞよ。昔からたてかへは在りたなれど、臭い物に蓋をした様な事ばかりが仕て有りたので、根本からの動きの取れんたてかへは、致して無いから、これ迄のやりかたは、身魂は尚悪くなりて、総曇りに成りて居るから、今度は一番に、霊魂界の岩戸開であるから、何に付けても大望であるぞよ。是程曇り切りて居る、三千世界の身魂を水晶の世に致して、モウ此の后は、曇りの懸らんやうに、万古末代、世を持ちて行かねば成らんから、中々骨の折れる事であるぞよ。 天地の大神の思ひと、人民の思ひとは、大きな違ひであるから、何に付けても、今度の仕組は、人民では汲み取れんぞよ。人民一人を改信させるのにも、中々に骨が折れようがな。今度の二度目の天の岩戸開は、昔の初まりから出来て居る、霊魂の立替立直しで在るから、悪い霊魂を絶滅して了ふてするなら、容易く出来るなれど、悪の霊魂を善へ立替へて、此世一切の事の行り方を替へて、神法をかへて、新つの世の純粋の元の水晶魂にして了ふのであるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の大違ひであるから、毎度筆先で気を附けてあるぞよ。 あやべの大本の中には、世界の人民の心の通りが、皆に仕て見せてあるぞよ。世界の鏡の出る所であるから、世界に在る実地正末が、皆にさして見せて在るから、色々と心配をいたして居るなれど、何んなかがみも仕て見せて在るから、世界が良くなる程、この大本は善くなるぞよ。今ではモチツト、何事も思ふやうに無いのであるぞよ。 世界の事が、皆大本に写るから、夫れで、此中から行状を善く致さんと、世界の大本となる、尊い所であるから、何事も筆先通りに為て行かねばならんぞよ。是までの世のやりかたは、神の国では用ゐられん、邪神の極悪のやり方に、変りて了ふて居るのを、盲者聾者のやうな世界の人民は、知らず知らずに、させられて居りたのであるから、分らんのは尤もの事であるぞよ。誠の神が抱込まれて、神の精神が狂ふて居るのであるから、人民が悪う成るのは当然であるぞよ。 モ一つ此の先を悪を強く致して、この現状で世を建てて行くどいらい仕組をして居るなれど、モウ悪の霊の利かん時節が循環てきて、悪神の降服いたす世になりて来たから、吾の口から吾が企みて居りた事を、全然白状いたす世になりたぞよ。 世界の御魂が、九分まで悪に化りて、今まで世を持ち荒して来た守護神に、改信の出来かけが、何の様にも出来んから、神も堪忍袋を切らして、一作に致せば八九分の霊魂が悪く成るし、改信致さす暇が、モウ無いし、是程この世に大望な事は、昔から未だ無い、困難な二度目の天の岩戸開であるのに、何も分らぬ厄雑神に使はれて居ると、何も判らんやうになるぞよ。 まことの行も致さずに、天地の先祖を無視して、悪のやりかたで世界の頭になりて、此先を悪をモ一つ強く致して、まぜこぜで行りて行ことの初発の目的通りに此所まではとんとん拍子に面白い程上り来たなれど、此神国には深い経綸が世の元から致して在りて、九分九厘まで来たぞよ。 悪神の仕組も、九分九厘までは来たなれど、モウ輪止りとなりて、前へ行く事も出来ず、後へ戻る事も出来んのが、現今の事であるぞよ。仕放題の利己主義の行方で、末代の世を悪で建てて行くことの目的が、今までは面白い程のぼれたなれど。 神の国には、チツト外の御魂には判らん経綸が為てあるから、人も善、吾も善、上下揃ふて行かねば、国の奪り合ひを為るやうな、見苦敷性来では、世は永久は続かんぞよと申して、筆先に出して、気を附けてあるぞよ。 斯世は善と悪とが有りて、何方でこの世が立つかと言ふことを末代続かせねば成らん世であるから、何事も天地から為してあるのであるぞよ。吾が為て居るのなら、何事も思ふたやうに行けんならんのに、何うしても行けんのが、神から皆為せられて居る証拠であるぞよ。善の道は、苦労が永いなれど、此の先は末代の世を続かすので中々念に念が入るぞよ。 善の行は永いなれど、善の方には、現界幽界に何一つ知らん事の無い様に、世の元から行が為してあるから、此先は、悪の仕放題に行無しに出て来た守護神が辛くなるぞよ。如何な事も為ておくと、何事も堪れるなれど、行無しの守護神に使はれて居ると、世の終ひの初まりの御用は勤まらんぞよ。 善と悪との変り目であるから、悪の守護神はヂリヂリ悶える様になるから、一日も早く改信致して、善の道に立帰らねば、モウこれからは貧乏動きも為さんぞよ。善の守護神は数は尠いなれど、何んな行も為してあるから、サア今と云ふ様に成りて来た折には、何程烈しきことの中でも、気楽に神界の御用が出来るから、一厘の御手伝で、神の本には、肝腎の時に間に合ふ守護神が拵へてありて、世界の止めを刺すのであるぞよ。神の国は小さうても、大きな国にも負は致さんぞよ。神国は世界から見れば、小さい国であれど、天と地との、神力の強い本の先祖の神が、三千世界へ天晴と現はれて、御加勢あるから、数は少うても、正味の御魂ばかりで、何んな事でも致すぞよ。何程人数が多くても、何の役にも立たぬ蛆虫計りで、善い事は一つも能う為ずに、邪魔計りを致すから、世界の物事が遅くなりて、世界中の困難であるが、未だ気の附く守護神が無い故に、何時までも筆先で知らすのであるぞよ。 天地の御恩も知らずに、利己主義で茲まで昇りつめて来た悪の守護神に、改信の為せかけが出来んので、何事も遅くなりて、総損害に、上から下までの難渋となるから、明治廿五年から、今ぢや早ぢやと申して、引掛戻しに致して、気附く様に知らしても、元からの思ひが大間違で在るから、世界の岩戸開の九分九厘と成りた所で、ジリジリ舞ふ事が見え透いて居るから、気を附けるぞよ。 天地の先祖の、思ひの判りて居る守護神と人民は、今に無いぞよ。是程暗がりの世の中へ、世の元の正真の水火神が揃ふて表はれても、恐い計りで、腰の抜けるものやら、顎が外れて早速に物も能う言はん様な守護神や、人民が沢山出来る許りで、神の目からは間に合ひさうに無いぞよ。 判りた御魂の宿りて居る肉体でありたら、何んな神徳でも授けるから、此神徳を受ける御魂に使はれて居りたら、一荷に持てん程、神徳を渡すから、其貰ふた神徳に光りを出して呉れる人民で無いと、持切りにしては天地へ申訳が無いぞよ。 ○ 大正五年旧十一月八日 あまり此世に大きな運否があるから、口舌が絶えんから、世界中を桝掛を引いて、世界の大本を創造た、天と地との先祖の誠で、万古末代善一つの道で世を治めて、口舌の無い様に致すぞよ。天は至仁至愛真神の神の王なり、地の世界は根本の国常立尊の守護で、神国の、万古末代動かぬ神の道で治めるぞよ。吾好しの行り方では、此世は何時までも立たんぞよ。この世界は一つの神で治めん事には、人民では治まりは致さんぞよ。悪神の仕組は世が段々と乱れる計りで、人民は日に増に、難渋を致すものが殖える許りで、誠の神からは目を明けて見て居られんから、天からは御三体の大神様なり、地は国常立尊の守護で、竜宮様の御加勢で、元の昔の神の経綸通りの松の世に立替致して、世界中を助けるのであるから、中々骨が折れるぞよ。モウ時節が近よりたぞよ。用意をなされよ。脚下から鳥が立つぞよ。天地の先祖の神々を粗略に致して、神は此世に無い同様にして東北へ押込めて置いて、世界の大将に成りて、悪の血統と眷属の何も知らぬ悪魔を使ふて末代世を立て様と思ふて、エライ経綸をして居れど、世の本からの天地を創らへた、其儘で肉体の続いてある、煮ても焼いても引裂いても、ビクともならん生神が、天からと地からと両鏡で、世界の事を帳面に附け止めてある同様に、判りて居るから、モウ神界には動かぬ仕組が致してあるから、世界の人民は一人なりと、一日も早く大本へ参りて、神の御用を致して、世界中を神国に致す差添へに成りて下されよ。上下揃ふて神国の世に世界中を平均すぞよ。 今の世界の人民は、現世に神は要らんものに致して、神を下に見降し、人民よりエライものは無き様に思ふて居るが見て御座れよ、岩戸開の真最中に成りて来ると、智慧でも学でも、金銀を何程積みて居りても、今度は神にすがりて、誠の神力でないと大峠が越せんぞよ。今度は神が此世に有るか無いかを、解けて見せて遣るから、悪に覆りて居る身魂でも善へ立ち返らな、神の造りた陸地の上には、居れん様になるから、改信を致して身魂を能く研いて居らんと、何彼の時節が迫りて来たから、万古末代取戻しの成らん事が出来致すから、今に続いてクドウ気を附けるのであるぞよ。是丈けに気を附けて居るのに聞かずして、吾と吾身を苦しめて最後で改信を致してもモウ遅いぞよ。厭な苦しい根の国底の国へ落されるから、さう成りてから地団太踏みてジリジリ悶えても、そんなら赦してやると云ふ事は出来んから、十分に落度の無いやうに、神がいやになりても、人民を助けたい一心であるから、何と云はれても今に気を附けるぞよ。 これからは筆先通りが、世界に現はれて来るから、心と口と行ひと三つ揃ふた誠でないと、今度神から持たす荷物は重いから、高天原から貰ふた荷が持てん様な事では、余所から人が沢山出て来だすから、其時に恥かしう無いやうに、腹帯を確り締めて居らんと、肝腎の宝を取外す事が出来るぞよ。今度は此大本に立寄る人民に、神からの重荷を持たすから、各々に身魂を十分に研いて置いて下されよ。ドンナ神徳でも渡して、世界の鑑に成る様に力を附けてやるぞよ。改信と申すのは何事に由らず、人間心を捨てて了ふて、知識や学を便りに致さず、神の申す事を一つも疑はずに生れ赤子の様になりて、神の教を守る事であるぞよ。霊魂を研くと申すのは、天から授けて貰ふた元の霊魂の命令に従ふて、肉体の心を捨て、本心に立返りて、神の申す事を何一つ背かん様に致すのであるぞよ。学や知識や金を力に致す内は、誠の霊魂は研けて居らんぞよ。 この天の岩戸開を致すには、学でも、悧巧でも、知識でも、金銀でも、法律でも、行かんぞよ。兵隊計りの力でも行かず、今の政治の行り方では、猶行かず、今迄の色々の宗教でも猶行かず、今の学校の教でも行かず、根本の天の岩戸開であるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の相違であるから、世界の人民が誠にいたさんから神は骨が折れるのであるぞよ。天地の間の只の一輪咲いた梅の花の経綸で、万古末代世を続かすのであるから、人民には判らんのも尤もの事であるぞよ。 九つ花が咲きかけたぞよ。九つ花が十曜に成りて咲く時は、万古末代しほれぬ神国の誠の花であるぞよ。心の善きもの、神の御役に立てて、末代神に祭りて此世の守護神といたすぞよ。此世初まりてから、前にも後にも末代に一度より無い、大謨な天の岩戸開であるから、一つなりとも神の御用を勤めたら、勤め徳であるぞよ。それも其人の心次第であるぞよ。神は無理に引張りは致さんぞよ。 是だけ蔓りた悪の世を治めて、善一つの神世に致すのであるから、此の変り目に辛い身魂が多人数あるから改信々々と一点張りに申して、知らしたのであるぞよ。早い改信は結構なれど、遅い改信は苦しみが永い許りで、何にも間に合はん事になるぞよ。艮金神で仕組致して、国常立尊と現はれて、善一つの道へ立替るのであるから、経綸通りが世界から出て来だすと、物事が早くなるから、身魂を磨いて居らんと、結構な事が出て来ても、錦の旗の模様が、判らんやうな事では成らんぞよ。今迄苦労いたした事が、水の泡になりてはつまらんから、大本の辛い行を勇んでいたす人民でありたら、神が何程でも神力を授けるから、ドウゾ取違ひをせぬやう慢心の出ぬ様に心得て居りて下されよ。世界の神、仏、耶、人民の為に、神が永らく苦労を致して居るぞよ。 (大正一二・四・二七旧三・一二於竜宮館北村隆光再録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 25 三五神諭(その六) | 第二五章三五神諭その六〔一五五〇〕 大正六年旧二月九日 神の国には、世の根本の大昔から、天地の先祖が仕組が致してあるので、二度目の天の岩戸開は末代に一度より為られんのであるから、何に附けても大謨な事であるぞよ。肝腎の事は、あとへ廻はして何も知らぬ厭な方の神や、下劣の守護神が大事の仕組も知らずに、利己主義の経綸でここまでトントン拍子に出て来たなれど、九分九厘といふ所で往生致さなならん世になりたぞよ。 九分九厘の御魂が天地の御恩といふ事が判りて来たなれば、現世は斯んな惨い事に成りはせんなれど、盲目や聾と同じ事で、全然暗黒界であるぞよ。今の守護神と人民とは岩戸開の手伝致すどころか、大きな邪魔を致すぞよ。悪の方から見れば、誠の方が悪に見えて、悪の方が善く見えるので、何事も皆逆様ばかりより出来んのであるぞよ。 悪の守護神が大本の中へ這入りて来て、何彼の邪魔を致すから、気ゆるしは些とも出来んから、物事が遅くなりて、世界中の苦しみが永うなると申す事が毎度筆先に出して知らしてあるぞよ。大本には、世界の事が映るから、大本の中の様子を見て居りたら、世界の事の見当が、明白に判りて来るぞよ。筆先に一度出した事は、チト速し遅しは在るなれど、毛筋も違はん事許りであるから、皆出て来るぞよ。霊の本の国と申しても、惨い事に成りて居るのを、知りて居る守護神も、人民も、誠になさけ無いほど尠いから今の世界の困難であるぞよ。神国魂と申して威張りて居れど、神国魂の性来はチツトも無いやうに惨い事になりて居るぞよ。 世界を一つに丸めて、神国の世に致すには、此世を拵へた天と地との根本の真で治める時節が参りて来たから、明治二十五年から今に続いて知らしてあるぞよ。世界の今度の大戦争は世界中の人民の改信の為であるぞよ。まだまだ是では改信が出来ずに、神の国を取る考へを致して居るぞよ。神の国は神の誠の守護致してある国であるから、何程邪神に神力が沢山ありたとて、知識や学がありたとて、神国には到底も叶はん仕組が世の本から致してあるから、九分九厘で掌を返して、万古末代潰れぬ守護を致して三千世界を丸めて人民を安心させ、松の世、仁愛神の世、神世といたして、天地へ御目に掛ける時節が近うなりたぞよ。天地の間に一輪咲致梅の花、三千世界を一つに丸めて一つの王で治めるぞよ。悪神のしぐみは、今迄はトントン拍子に来たなれど、九分九厘でもう一足も先へも行けず、後へも戻れず、往きも帰りも成らんといふのが、今の事であるぞよ。茲へ成りた所で、悪神の頭が充分改信を致して、善へ立返りて、善の働きをいたさんと、世界中の何も知らん人民が、此先でエライ苦しみを致すぞよ。此の大本の中にも、悪の身魂の守護神が化けて来て居るが、もう化けを現はして、皆に見せてやるぞよ。 ○ 大正七年旧正月十二日 三千世界一度に開く梅の花、艮金神の守護の世になりたぞよ。明治二十五年から出口直の手を借り口を借りて知らした事の、実地が現はれる時節が近寄りて来たぞよ。今迄の世は悪神の覇張る世で何事も好き寸法、利己主義の行り方で、此世を乱して来たが、モウ是からは昔の元の生神が世に現はれて、三千世界を守護やうに時節が参りたから、思ひの違ふ守護神人民が大多数に出来て来るぞよ。今度の二度目の天の磐戸開きは、悪の身魂が毛筋の横巾でも混りてありたら成就いたさぬ大謨な末代に一度より為られん神界の経綸であるから、茲まで悪神の覇張りた暗黒の世を生粋の水晶の如うな明かな、何時までも変らぬ神世に致さねば成らぬから、神も中々骨の折れる事であるぞよ。 昔のミロク様の純粋の、何時になりても変らぬ其儘の秘密の経綸の凝結で、末代動かん巌に松の仕組、何神にも解らぬ様に為てある善一つの誠の道であるから、途中に精神の変るやうな身魂では出来も致さず、判りもせぬぞよ。此世の元を創造へて、世界中の一切の事、何一つ知らんといふ事のない身魂でないと、今度の二度目の天の岩戸開は、世界を創造へるよりも、何程骨が折れるか知れんぞよ。限り無しの潰されぬ末代の経綸、天の岩戸開といふことは、爰まで悪神が覇張りて、モ一つ奸賢しこう人民をいたして、未だ未だ悪神の力を強くして、善神の道は立てさせぬ如うに体主霊従主義で貫く、仕組を致して居るから、神国の人民は余程魂を研いて、水晶魂を元に研いて光を出して置かねば、万古末代邪神の自由に為られて了ふぞよ。 昔から露国へ上りて居りた悪神の頭目が、モ一つ向ふの国へ渡りて、人民の頭を自由自在に、吾の思惑どほりに悪を働き、世界中の大困難を構はず、何処までも暴れて暴れて暴れまはして世界を苦しめ、又露国を自由に致して吾の手下に附けて、今に神国へ出て来る経綸を致して居るが、そんな事にビクつく如うな守護神、人民でありたら到底続きは致さんぞよ。是から神が蔭から手伝ふて軍隊に神力を附けて与るから、今度は大丈夫であれども、国と国同士が戦争は到底叶はんと申して、可い加減な事で仲直りを致して、一腹になつて、今度は押詰めて来るから、守護神も人民も腹帯を締て掛らな、万古末代取返しの出来ん事になるぞよ申して、明治二十五年から出口直の手を藉り口を藉りて、知らして置いた事の実地が、迫りて来たぞよ。邪神は悪が強いから、ドコ迄も執念深う目的の立つ迄行り通すなれど、九分九厘と云ふ所まで来た折に、三千年の神が経綸の奥の手を出して、邪神を往生いたさすので在るから、大丈夫であれども、罪穢の深い所には罪穢の借銭済しが在るから今の中に改信を致さんと、神国にも酷しい懲罰が天地から在るぞよ。霊主体従主義の行り方で、末代の世が立つか、体主霊従の施政方針で世が末代続く乎、今度は善と悪との力量比べであるから、勝ちた方へ末代従うて来ねばならぬぞよ。それで神界は茲まで煉に煉たので在るぞよ。 この先に善一つの誠の道を立貫かねば、斯世に安住て貰へんやうに酷しく成るから、爰まで永らく言ひ聞かしたので在るぞよ。善と悪との境界の大峠であるから、爰まで充分に煉らねば、悪の性来には聞けんから、今の今まで煉りたのであるが、チツトは腹へ浸み切りて居る身魂が在るであらう。爰まで言ひ聞かしても判らん如うな身魂は、体能く覚悟をいたさんと、是迄のやうな心で居りたなら、又天地を汚して了ふから、善へ心底から従ふ身魂で無いと、今迄の如うな心の人民が在りたら総損害になりて、モ一つ遅れるから、艮金神も助けて遣る事も出来ず、天の御三体の大神様へ申訳が無いやうな事になりて来るから、止むを得ず気の毒でもモウ経綸どほりに致すぞよ。天の岩戸開が段々と近寄りたから、是までの如うな事には行かんから、一か八かと云ふ事を、悪の頭に書いて見せて置くが良いぞ。今の番頭のフナフナ腰では、兎ても恐がりて、コンナ事を書いて見せて遣るだけの度胸はありは致すまいなれど、神の申すやうに致したら間違は無いぞよ。一の番頭の守護神が改信が出来たら、肉体に胴が据わるなれど、到底六ケ敷いから、今に番頭が取替へられるぞよ。モウ悪の頭の年の明きであるから、悪い頭から取払ひに致すぞよ。何事も時節が一度に参りて来て、世界中の困難が到来すると云ふ事が、毎度申して知らした事が実地になりて、一度に開く梅の花、追々分らなんだ事が明白に判りて来て、キリキリ舞を致さな成らん、夜の目も眠られん如うな事に成ると申して置いたが、一度筆先に出した事は皆出て来るぞよ。能く念を押して置くぞよ。念に念を押して、クドイと云はれて復念を押してあるから、モウ是からは神界の事情も能く解る様に一度に成りて来るから、誠で無いと、此先は誠一つの善の道が拵へて在るから、一日も早く善の道へ立復りて、神国魂に捻ぢ直して下されよ。悪の世は齢が短いから、体主霊従の身魂が大変困む事が出来るから、明治二十五年から怒られる程申して在りたぞよ。人民は男も女も腹帯を確り締めて掛らんと、一旦は堪れん如うな混雑になるぞよ。 明治二十五年から煩いと申して怒られもつて、今に岩戸開の筆先を書かして居るぞよ。何時までも同じ事に間々に細々能く判る様に抜目の無い様に知らしたなれど、ソンナ事が在るものかと申して、今に疑うて居る人民許り、実地が出て来て青白い顔をして、腰が抜けて足も立たず、腮が外れて足が上に成り、頭が下に成りて、ソコラ中をヌタクラな成らん事が出て来るぞよと知らして在るが、モウ近うなりて来たぞよ。悪の昇るのは迅いなれど、降るのも亦速いぞよ。善の分るのは手間が要るなれど、善の道の開けたのは、万古末代の栄えであるから、爰まで悪開けに開けた世界を、根本からあらためて、今後は体主霊従主義といふ様な醜しき世は無い如うに致すのであるから、是ほど大望な事は末代に一度ほか為られんのであるから、神も中々骨が折れるぞよ。是程世界中が曇り切りて居る世の中を、水晶に致すのであるから、骨が折れるのも当然であるぞよ。斯の極悪の世の岩戸を開いて、末代口舌のないやうに、大神様の善一つの世に、立直しをいたさねば、世界の苦舌が絶えんから、人民の心が悪なる許り、何時になりても国の奪り合ひ計りで、治まりは致さんぞよ。 神の国は本が霊主体従であるから、誠に穏かにありたなれど、世が逆様に覆りて今の状態であるぞよ。薩張り上下へ世が覆りて了ふて、神国に悪神が渡りて来て、上から下まで醜しさと云ふものは、天地の誠の神からは、眼を開けて見る事が出来んぞよ。斯世を結構と申して大きな取違ひを為て居りて、良いと云ふ事も悪いと云ふ事も、可非の判らん見苦しき世が、一旦は出て来ると申す事は、地球を創造へる折から良く判りて居るので、外の身魂では能う為もせず解りも致さんぞよ。一輪の火水(言霊)の経綸がいたして在りて先が見え透いて居るから、爰まで辛い事も堪り詰めて来られたのであるぞよ。今度の二度目の岩戸開きは、知識でも学でも機械でも、世界中の大戦ひには、手柄は出来んぞよ。何程悪の頭でも到底是からの世は今迄の行方では行かんと云ふ事に気が附いて、綾部の大本へ今の内に願ひに来る守護神でありたら、善一つの道へ乗替へさして、末代の世を構はして、毛筋の横巾も悪の性来の混りの無い結構な神代に助けて遣るから、早く改信なされよ。何程我を張りて見ても時節には叶はんぞよ。 善一筋の純粋で末代の世を立てて行く結構な仕組の解る世が参りて来たから、爰までに知らしても未だ今に成つて疑うて居る守護神や人民許りで、可憐相なものなれど、モウ神からは人民に知らせ様が無いから、何時までも邪魔を致す極悪の頭から平げると云ふ事を、永らく筆先で知らしてある通りに、時節が迫りて来るぞよ。余り何時までも高上りをして居ると、時分の過ぎた色花の萎れる如く、今日の間にも手の掌が覆るぞよ。今の中に発根からの改信が一等であるぞよ。疑うて居りて何事が出来しても神はモウ知らんぞよ。 悪の霊を抽抜いて元の水晶の霊と入替へて遣ると申して、爰まで知らして在るなれど、余り世界の霊魂が悪渋とうて手に合はんから、皆の霊魂が悪シブトい性来に成り切りて居るから、言ひ聞かした位に聞く如うな優しい霊魂はありはせんぞよ。今の人民は悪のやり方が良く見えるのであるから、何程言ひ聞かしても聞きはせぬぞよ。困つたものであるぞよ。是ほど良い国は無いと心に錠を降して了ふて居るから、何程実地の事を言ひ聞かしても、逆様計りに取るから、助けてやり様が無いぞよ。是れもモチト先に成りたら、大きな取違ひを致して居りたと云ふ事が、上へあがりて覇の利いて居りた神に自然的に判りて来るぞよ。今迄の様に自分好しの目的は、トントン拍子には行かぬ如うになるぞよ。 世界の人民確り致さんと、今に大変な事になりて来るから、何れの国も危ないと申して、彼方此方へと狼狽へまはりて、行く所に迷ふぞよ。神道を守護致す誠の所は、綾部の大本より外には無いぞよ。綾部は三千年余りて、昔からの神の経綸の致してある結構な所であるから、大本の教を聞いて居る守護神は余程シツカリいたして居らんと、油断が在りたら肝腎の経綸を他国から取りに来るぞよ。何程奪らうと致しても神が奪らしは致さんなれど、物事が遅れるだけ世界の困難が永びくから、充分に覚悟をいたして正勝の時の御用を勤めて下されよ。三千世界の鏡の出る大本であるぞよ。今の人民は神がいつまで言ふて聞かしても、人を威す位にほか能う取らんから、一度にバタツイても間に合はんぞよ。俄の信心は役に立たぬから、常から信心いたせと申して爰まで気を附けてあるぞよ。善の行り方と悪の行り方とを末代書いて遺す綾部の大本であるから、変性男子の書いた筆先を、坤金神が変性女子と現はれて説いて聞かして、守護神人民に改信を致さす御役であるから、世界の人民よ、真の事が聞き度くば綾部の大本へ参りて来て、細々と聞かして貰ふたら、世界の事が心相応に解りて来て世界に何事ありても驚きは致さんやうになるぞよ。 昔からの極悪神の頭が神国の人民を一人も無いやうに致す仕組を為て居るなれど、神国にも根本から動かぬ経綸が致して在るから、国も小さいし、人民も尠いなれど、初発から一厘と九分九厘との大戦ひで在ると申して、何時までも同じやうな事を書かして在る通り、口で言はしてある事がドチラの国にもあるから、神力と学力との力比べの大戦ひであるから、負た方が従はねば成らんと申して、筆先に出してある通り、実地に実現て来るから、此先で神から不許と申す事を致したり、吾の一力で行らうと思ふても、世が薩張り変りて了ふから、是までの事はチツトも用ゐられんぞよと、度々気を附けてあるのに、聞かずに吾の我で行りたら、彼方へ外れ、此方へ外れて、一つも思ふ様には行かんぞよ。素直にさへ致せば何事も思ふやうに箱差した様に行くのが神代であるぞよ。今の人民は余り我が強いから、是迄は神の申す事も聞かずに、守護神の自由に一力で思惑に行けたのは、地の上に誠と申すものが無かりたから、世に出て居る方の守護神が、悪神の大将に気に入る様な悪る力がありたなら、何処までも上げて貰へる世と成りて居りたから、悪い事の仕放題、悪神の自由で在りたなれど、モウ時節が廻りて来たから、其時節の事を致さな世は立ちては行かんぞよ。今迄は物質の世でありたから、学が茲まで蔓りて、学力でドンナ事でも九分九厘までは成就いたしたなれど、モウ往生いたさなならん如うに成りて来たぞよ。茲に成るまでに悪の守護神を改信さして、助けて遣りたいと思ふて、明治廿五年から深い因縁のある出口直の身魂に知らさしたのであるなれど、吾程豪いものは無きやうに思ふて、チツトも改信の出来ん罪人ばかり、神も是には往生いたさな仕様がないぞよ。現世の鬼を平げて、世界のものに安心を致さすぞよと云ふ事が初発に筆先にかかしてあるが、世界の大洗濯を致して、元の水晶の身魂やら天地の大神の教どほりの世に致して、天に坐ます御三体の大神様に、御目に懸けねば成らぬ御役であるぞよ。来いで来いでと松の世を待ちて居りたら、松の世の始まりの時節が参りて来たなれど、肝腎の悪の性来の改信をいたして貰はんと、何時までも頑張るやうな事では、此世は水晶にならんから、ドウシテも聞かねば聞くやうに致すより仕様は無いぞよ。世界には代へられんから、此先の規則通りに制配を致さねば御三体の大神様へ申訳がないから、二度目の天の岩戸開をいたしたら、悪の性来は微塵も無い如うに洗ひ替をして、巌に松の動かぬ世にいたす世界の大橋と成る尊い所であるから、余り何時迄も疑ふて居ると、天地の大神様へ大きな御無礼になるから、今一度気を附けておくから素直に致すが徳であるぞよ。 (大正一二・四・二七旧三・一二北村隆光再録) (昭和一〇・六・一五王仁校正) |
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霊界物語 | 63_寅_伊太彦の物語 | 18 夜の旅 | 第一八章夜の旅〔一六二五〕 伊太彦は、目の前に最愛のブラヷーダ姫が悩み苦しみ、最後の握手を求むるその心根の不愍さ、胸迫り嗚咽涕泣稍久しうし、又もや首をあげ涙を払ひながら、 伊太『ブラヷーダ姫よ、お前がこの様に苦しむのも私の意志が弱かつた為だ。テルの里にて体よく断れば、お前の迷ひもさめ、私も斯様な神の誡めに遇ふのではなかつたのに、どうぞ許して呉れ。生死を共にすると誓つた女房の其女に、唯一度の握手も許さぬと云ふ程伊太彦も無情漢ではなけれども、使命を受けた此の体、仮令肉体は朽果つるとも、何うして此誓ひを破る事が出来よう。本当に心の底から其女を愛するために、かかる無残い所置をするのだ、決して無情な男とせめて呉れるな。伊太彦の思ひは千万無量。如何なる罪の報ひにや初めて知つた恋の苦しみ、其女もルーブヤの娘、ブラヷーダと云はるる女、よもや伊太彦の言葉が分らぬ道理はあるまい』 ブラヷーダ『伊太彦さま、左様ならばこれにてお暇を致します。隠世の大神守りたまへ幸倍たまへ』 と云ふより早く懐剣をすらりと抜き放ち、吾喉に突き立てむとす。伊太彦は驚いて其手を押へむとすれども、刻々と重る病の為手足も叶はず、如何はせむと気を焦心り、あはや一大事と思ふ刹那、杣人は飛びかかつてブラヷーダの懐剣を捥取り、傍の密林へ投げ込んで仕舞つた。杣人は忽ち容色端麗なる二人の美人と化した。伊太彦はハツと驚き差俯向く。ブラヷーダ姫も忽ち、以前の化身に弥益高尚優美なる女神と化して仕舞つた。伊太彦は漸うにして頭を擡げ見れば摩訶不思議、ブラヷーダ姫も杣人の影もなく、三人の女神が儼然として吾前に立つて居る。扨てはブラヷーダと見せかけ木花咲耶姫の吾前に現はれたまひしか、あら有難や辱なやと思はず知らず合掌した。俄に伊太彦の病は拭ふが如く、忘れたるが如く、どこへか散り失せて、さも爽快な気分に充たされ、坐り直つて両手を仕へ、 伊太『ハハー、有難や尊や木花姫の命様、どこ迄もお心を籠められたる御教訓実に感謝の至りに堪へませぬ。何卒々々此伊太彦が途中に於て悪魔の誘惑に陥らざる様御守護を願ひます。又ブラヷーダ姫も繊弱き女の一人旅、何卒々々御守護を願ひ奉ります』 木花姫『汝の願ひ確に承知した。併し乍ら、玉国別の身の上は何と致すのだ』 伊太『恐れ入りました。これだけのお試練に会ひながら、自分の身の上や妻の身の上のみをお願ひ申し、師の君の御身の上を後に致しました。どうぞお許し下さいませ』 木花姫『其方は、玉国別、真純彦、三千彦の宣伝使は神徳備はり、神の御加護も厚ければと、安心の上願はなかつたのだらう』 と直日に見直し聞き直したまふ情の言葉に、伊太彦は恐れ入り、両掌を合せて感謝の涙を滝の如くに流して居る。忽ち虚空に音楽聞え、芳香薫じ、カラビンガの祥鳥に取まかれて雲を霞と御姿をかくしたまふた。後振りかへり、伊太彦は幾度となく御空を仰ぎ見て、 『木の花の一度に開く伊太彦が 心の空も晴れ渡りけり。 天教の山より天降りたまひたる 木花姫の恵尊し。 いたづきの身も健かになりにけり 神の恵の深きをぞ知る。 玉国別司の君は今何処 守らせたまへ天津神達。 仰ぎ見る真純の空は吾友の 心の色の現はれとぞ知る。 神徳を清き御霊に三千彦の 吾友垣を偲びてぞ泣く。 三千彦も嘸今頃はデビス姫に 心曇らせたまふなるらむ。 デビス姫ブラヷーダ姫も御教に 倣ひて山路一人往くらむ。 鬼大蛇虎狼の猛ぶなる 野路往く人ぞ危まれける。 さりながら尊き神のましまさば やすく進まむ女の旅も。 いざ立ちて珍の都に進み行かむ 国治立の御あとたづねて』 と口吟みながら、元気回復した伊太彦は、ハルセイの峠を宣伝歌を謡ひながら下り往く。 伊太彦『三千世界の梅の花一度に開く時は来ぬ 此世を救ふ生神は天教山に神集ふ 斎苑の館やエルサレムコーカサス山や顕恩郷 自転倒島の聖場に厳の御魂を配りまし 豊葦原の国中に潜みて世人を悩ませる 醜の大蛇や鬼神を言向け和し天国を 地上に建設せむために神素盞嗚の大神は 厳の御霊の御言もて神の柱を四方八方に 使はしたまふぞ尊けれ吾は小さき身なれども 神の御言を蒙りて玉国別の師の君と 魔神の猛る月の国ハルナの都の征討に 登る尊き神司任けられたるぞ有難き 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ スダルマ山の麓にてカークス、ベースに廻り合ひ スーラヤ山に玉ありと聞くより心機一変し 矢猛心の伊太彦は吾師の許しを強請し 間道潜りて三人連れテルの磯辺に安着し 思はぬ女に廻り遇ひ妹背の約を固めつつ 八大竜王の随一と世に聞へたるウバナンダ ナーガラシャーの岩窟へ一行五人進み入り 幽世現世の境まで進みし時の恐ろしさ 此世を造りし神直日心も広き大直日 見直しまして現世に甦りたる尊さよ 折から来る宣伝使初稚姫に助けられ 岩の隙間の明をば目当に潜り出で見れば 玉国別の師の君が磐樟船を横たへて 吾等を待たせたまひけりあゝ惟神々々 神の経綸のはかりなき千尋の海も何のその 御稜威は高くスメールの山も物かは伊太彦は 喜び勇み師の君の御船に乗りてエル港 順風に真帆をかかげつつ事なく上ればこは如何に 初稚姫の一行は埠頭に立たせ給ひつつ いと懇に待ちたまふ吾師の君の一行は 無事の再会喜びつ前途を祝する折もあれ 初稚姫の御教訓畏みまつり最愛の 妻に袂を別ちつつ夜光の玉を捧持して 珍の都に上り往く一人旅路となりにける 夜を日についでハルセイ山の峠の上に来て見れば 頭は痛み胸つかへ手足も自由にならぬ身の 其苦しさに山頂の芝生の上に座を占めて 感謝祈願を凝らしつつ懺悔の涙に暮るる折 二人の杣にたすけられ命辛々登り来る 一人の女は誰人と窺ひ見ればこは如何に 夢にも忘れぬブラヷーダ妹の命と知りしより 心を鬼に持ち直し神の使命を守らむと 心の中の曲者と力戦苦闘の其結果 漸く晴れし胸の暗ブラヷーダ姫と見えたるは いとも畏き木の花姫の珍の化身にましましぬ 二人の杣と見えたるも木花姫のお脇立 かくまでいやしき伊太彦を誠の司に造らむと 千々に心を砕きます三十三相の観自在 天尊様の御情仰ぐも畏き次第なり あゝ惟神々々身も健かになりぬれば これより進んでエルサレム吾師の君の後を追ひ 誠の道を一筋に脇目もふらず進むべし 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも吾身体は朽つるとも 神に受けたる此魂如何で曲霊に汚さむや 直日に見直し聞直し宣り直しつつ惟神 教のままに進み往く四辺の景色は漸くに 秋の色をば湛へつつ山野の木草はさわさわと 空吹く風に翻りいとも床しくなりにけり あゝ惟神々々一日も早くエルサレム 神の表はれましまして黄金山下の神館 埴安彦や埴安の姫の命の永久に 鎮まりたまふ大前に進ませたまへと願ぎまつる』 と謡ひ乍ら緩勾配の山道をトントントンと下り行く。日は西山に傾いて殊更涼しき夕の風、伊太彦が面を吹く。伊太彦は漸くにしてさしもに高き此大峠の中程迄下りつき傍の巌に腰打ちかけて、ウトリウトリと眠りについた。斯かる所へ峠の上の方から、 イク『バラモン教に仕へたる醜の司のイク、サール 清春山の岩窟で松彦司に教へられ 三五教の正道に帰順しまつり玉国別の 神の司に従ひて伊太彦司と諸共に 祠の森の宮普請仕へまつりて師の君に 惜き別れを告げながら珍の館の受付に 暫し仕ふる間もあらず三五教の高姫や 妖幻坊の杢助がブラリブラリとやつて来て 暴威を振るふ憎らしさ斯かる所へ霊国の 天女と現れし初稚姫が立ち寄りまして妖邪をば 払はせたまひ吾々に尊き教を伝へつつ 又もや聖場を立ちたまふ吾等二人は姫君の 其神徳に憧憬しハルナの都の御伴をば 仕へむものと後や先姫の御身を守りつつ 此世を照らす生神の日の出の神に瑞宝を 与へられたる嬉しさに姫の許しはなけねども 誠一つを力とし此処迄進み来りけり 初稚姫は今何処スマートさまの声さへも 今は全く吾耳に聞えず遠くなりにけり あゝ惟神々々神の恵の幸はいて 一日も早く姫君に遇はさせたまへスマートの 清き尊き竜声を聞かさせたまへと願ぎまつる 山野河海を打ち渡り影に日向につき添ひて 此処迄御身を守りつつ水晶玉を捧持して 来たりし吾等の有難さあゝ惟神々々 清春山の岩窟でいと懇切に交はりし 伊太彦司の身の上は如何になり行きたまひしか 聞かまほしやと思へども神ならぬ身の吾々は 如何に詮術浪の上踏みも習はぬ山路を 登りつ下りつ進み来るあゝ惟神々々 皇大神の引き合せ伊太彦司に今一度 遇はさせたまへと願ぎまつる』 と謡ひつつ峠を下つて来るのはイクであつた。伊太彦は疲れ果てて、ウトリウトリと眠つて居る耳に幽かに此声が聞えて来た。ふと目覚せば、二人の男が吾前に近づいて来る事に気がついた。 (大正一二・五・二九旧四・一四於天声社楼上加藤明子録) |
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霊界物語 | 63_寅_伊太彦の物語 | 19 仕込杖 | 第一九章仕込杖〔一六二六〕 イク、サールの両人は伊太彦の路傍の石に腰打掛、俯向いてる姿を見て、月影にすかし乍ら、 イク『貴方は旅人とお見受け申しますが、一寸物をお尋ね申します。天女のやうな綺麗な綺麗な姫様が犬を連れてお通りになつたのを御覧になりませぬか』 伊太彦はハテ不思議な事を尋ねるものだと思ひ乍ら、二人の顔をツラツラ眺めて、 伊太『イヤさう聞く声は何だか聞き覚えがあるやうだ。拙者は三五教の宣伝使、伊太彦と申すもの、左様なお方はお通り遊ばしたのは見た事は厶らぬ』 サール『やアお前は伊太彦さまぢやないか。清春山の岩窟では随分管を捲いたものだな、其後玉国別さまに跟いてハルナの都へ進まれた筈だが、まだ斯んな処へ迂路ついて厶つたのか』 伊太『うん、君はイク、サールの両人だな。これはこれは珍らしい処で会ふたものだ。そして又初稚姫様の後を何処迄も慕うて行く考へかな。初稚姫様がよくまアお伴を許された事だな』 サール『何と云つてもお許しが無いものだから、強行進軍と出掛け、見えつ隠れつ、後になり前になり、ここ迄ついて来たのだが、エルの港からサツパリお姿を見失ひ、前になつてるのか、後になつてるのか分らぬので心配してるのだ』 伊太『あ、さうだつたか。拙者も初稚姫様に一度会つてお礼を申し度いのだが、あの方は神様だから変幻出没自在、何方へおいでになつたか皆目分らぬのだ。まアゆつくり一服し玉へ。まだ此阪道は随分あるさうだから、慌た処で仕方がない。チツとは人間の身体も休養が大切だ。休んでは歩き、休んでは歩きする方が、身体の為にも何程よいか分らないよ』 イク『久し振りに伊太彦さまに面会したのだから、先づ此処で、ゆつくりと話して行かうぢやないか』 サール『久振りだと云ふけれど、スマの関所でお前が宿屋をやつて居た時に入口に守衛然と控へて居つたぢやないか。云はば伊太彦司等の救ひの神さまだ』 イク『成程、あの時に伊太彦司も居られたのかな。あまり沢山のバラモン軍で見落して居たのだ。そして初稚姫様に叱られるものだから、スマの里を一目散に駆け出し姫様を待ちつつ、彼方此方とバラモンの泥棒を言向和して来たものだから今になつたのだが、伊太彦さま、之から三人一緒にハルナの都へ行かうぢやないか。どうしたものか姫様はハルナへ行かずに、エルサレム街道の方へ足を向けられたものだから、跟いて来たのだが一体どうなるのだらうな』 伊太『神様のなさる事は到底吾々には分らないよ。吾師の君の玉国別様だとて、テームス峠を向ふへ渡り、直にハルナに行かれる都合だつたが、いろいろ神様の御用が出来たり、事件が突発して、何者にか引かるる様に此方へおいでになつたのだ。之も何かの神様の御都合だらう。然し乍ら三人一緒に行く事は到底出来ない。宣伝使は一人と定つてるさうだから初稚姫様も伴をつれないのだ。それで私も玉国別の師匠から途中から、突放されて一人旅をやつてゐるが、一人旅は辛いものの又便利なものの気楽なものだ。何は扨て置き、神様の命令だから君等と一緒に行く事は出来ないわ。何れエルサレムで一緒にお目にかからうぢやないか』 イク『それでも照国別、治国別、黄金姫様等は一人でおいでになつたのでは無からう。あの方々はどうなるのだ』 伊太『それも何か御都合のある事だらう。俺等には解らないわ』 サール『おい、イク、そんな事云ふ丈け野暮だよ。初稚姫様は只一人おいでになつたのも独立独歩、一人前の宣伝使になられたからだ。黄金姫、清照姫が二人連れで行つたのは、半人前づつの二つ一で行つたのだよ。其外の宣伝使は皆三人連れ四人連れだからまア三分の一、四分の一の人間位なものだ、アツハヽヽヽ』 イク『さうすると伊太彦さまは偉いぢやないか。到頭一人前になられたと見えるわい。俺等も二つ一かな』 サール『きまつた事だよ。二人に一つの玉を頂いて居るのを見ても分るぢやないか』 イク『それでも伊太彦さまは一人でゐ乍ら玉がないぢやないか。そりや又どうなるのだ』 サール『改心の出来たお方は心の玉が光つてるのだから、形の上の玉は必要ないのだ。玉を持つて歩かなくちやならぬのは、ヤツパリ何処かに足らぬ処があるのだ。夜道が怖いと云つて仕込杖を持つて歩くやうなものだ。なア伊太彦さま、さうでせう』 伊太『さう聞かれるとお恥かしい話だが、実の所はスーラヤ山の岩窟に入り、ウバナンダ竜王の玉を頂いて此処に所持して居るのだ。ヤツパリ私も仕込杖の口かな』 サール『ヤア其奴ア不思議だ。あの八大竜王の中でも最も険難な所に棲居をしてゐる死の山と聞えたスーラヤ山へ駆け上つて玉をとつて来るとは豪気なものだ。そして其玉は今持つて居られるのか。一つ見せて貰ひ度いものだな』 伊太『ヤア折角だが神器を私する訳には行かぬ。丁寧に包んで懐に納めてあるのだから、エルサレムに行つて言依別の神様にお渡しする迄は拝む事は出来ないのだ。そしてお前達の持つて居る玉と云ふのは誰から頂いたのだ』 イク『勿体無くも日出神から直接に拝戴したのだ。此玉のお蔭で沢山な泥棒にも出会ひ、色々の猛獣の原野を渡り、大河を越えて無事で来たのも、此水晶玉の御神徳だ。伊太彦さまが玉が大切だと云へば、此方も大切だ。絶対的に見せる事は出来ませぬわい』 伊太『それでは仕方がない、売言葉に買言葉だ。自分の玉を隠しておいて、人の玉を見せろと云ふのが此方の誤謬だ。さアここで別れませう。エルサレムに行つて何れ十日や二十日は吾師の君も御修業遊ばすから、其間には一緒になるであらう。左様なら』 と伊太彦はスタスタと下り行く。 二人は伊太彦の言葉に従ひ後をも追はず、ゆつくりと路傍の岩に腰打掛け話に耽つてゐる。 イク『おい、サール、伊太彦が松彦に捕へられ、清春山の岩窟にやつて来た時は随分面白い奴だつた。滑稽諧謔口を衝いて出ると云ふ人気男が、あれ丈けの神格者にならうとは予期しなかつた。何と人間と云ふものは変れば変るものぢやないか。吾々二人は初稚姫様のお伴も許されず、日蔭者となつて、斯う春情のついた牡犬が牝犬を探すやうに後を嗅つけてやつて来たものの公然とお目にかかる訳にも行かず、ハルナの都へ行つてから、「不届きな奴だ、何しに来た」と叱られでもしたら、それこそ百日の説法屁一つにもならない。何とか立場を明かにせなくては、「名正しからざるは立たず」とか云つて、マゴマゴして居ると其処辺四辺の奴に泥棒扱ひをされて、其上虻蜂とらずになつては詮らぬぢやないか』 サール『何、神様は心次第の御利益を下さるのだから、吾々の真心が姫様に通らぬ道理が何処にあらう。姫様は千里向ふの事でも御承知だから、自分等が斯うして跟いて来るのも御承知だ。之を黙つて居られるのは表面は何とも云はれないが、実は跟いて来いと言はぬ許りだ。そんな取越苦労はするな。さア行かうぢやないか』 イク『道の辺に憩ふ二人は尻あげて またもや先へ行かうぞとする』 サール『此場をばサールの吾は何処へ行く 蓮花咲くハルナの都へ。 今先へ一人伊太彦宣伝使 逃げるやうにして玉抱へ行く』 イク『泥棒のやうな顔した吾々を 恐れて逃げた伊太彦司』 サール『馬鹿云ふな此世の中に住む奴は 皆泥棒の未製品なる』 イク『バラモンの軍の君に従ひて 泥棒稼ぎし吾等二人よ』 サール『そんな事夢にも云ふて呉れるなよ 吾等は最早神の生宮。 泥濘の泥の中より蓮花 咲き出づる例あるを知らずや』 イク『蓮花如何に清けく匂ふとも 散りては泥の埋草となる。 一度は祠の前で咲き充ちし 蓮なれども今は詮なし。 神の道聞く度毎に村肝の 心の垢の深きをぞ知る。 吾胸にさやる黒雲吹き払ひ 照らさせ玉へ水の光に。 伊太彦の神の司を規範として 魂研かまし道歩みつつ』 二人は半時ばかり経つて又もや宣伝歌を謡ひ乍ら足拍子をとり下り行く。 『月の国にて名も高き百の花咲き匂ふなる ハルセイ山の大峠三日三夜をてくついて 漸くここに来て見れば思ひも寄らぬ三五の 伊太彦司が道の辺に旅の疲れを休めつつ 眠らせ玉ふ不思議さよ思へば思へば恥かしや 高春山の岩窟に伊太彦司と諸共に 酒酌み交はし夢の世を酔ふて暮せし吾々も 心の駒を立て直し祠の森に屯して 珍の宮居の神業に仕へまつりし嬉しさよ 初稚姫の御後をば慕ひてここ迄来て見れば 姫の姿は雲霞行衛分らぬ旅の空 大空渡る月見れば雲の御舟に乗らせつつ 西へ西へと進みますハルナの都に姫様が 進ませ玉ふと聞きつれど月の御後を従ひて 一旦珍のエルサレム進ませ玉ふが天地の 誠の道に叶ふのか思へば思へば神様の 遊ばす事は吾々の曇りきつたる魂で 測り知らるる事でない只何事も惟神 誠の道を一筋に行く処までも行つて見よ 神は吾等と共にあり人は神の子神の宮 いかでか枉の襲はむと教へ玉ひし御宣言 頸に受けて逸早く水晶の玉を守りつつ 伊太彦司の後を追ひいざや進まむエルサレム 守らせ玉へ天地の皇大神の御前に 慎み祈り奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠の道は世を救ふ誠一つの三五の 道行く吾は惟神月の御神の後追ふて 神の集まるエルサレム黄金花咲く神の山 黄金山に参上り橄欖樹下に息休め 神の恵の涼風に心の塵を払ふべし 進めや進めいざ進め勝利の都は近づきぬ 深き恵にヨルダンの川の流れに御禊して 生れ赤子となり変り初稚姫の御許しを 受けて尊き神司栄えに充てる御顔を 伏し拝みつつツクヅクとエデンの川を舟に乗り フサの入江に漕ぎ出して何のなやみも波の上 ハルナの都へ進むべし勇めよ勇めよよく勇め 神は吾等と共にありあゝ惟神々々 御霊の恩頼を玉へかし』 かく謡ひ乍ら、イク、サールの両人はハルセイ山の西阪を勢込んで下り行く。 (大正一二・五・二九旧四・一四於天声社楼上北村隆光録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 04 訪問客 | 第四章訪問客〔一六三三〕 ブラバーサは、マリヤの姿を見失ひしより止むを得ず、只一人にてカトリックの僧院に帰つて見れば、四辺は寂として静まりかへり、只耳に入るものは自分の行歩に疲れた苦しげな鼻息と、その足音のみなりき。幸ひ表の門が開け放しになつて居たので、与へられた二階の居間に帰り、ソフアの上に横たはりて前後も知らず夢幻の国へと突進したりける。 ガンガンと響く僧院の梵鐘の声に夢を破られ、ツト身を起して見れば四辺はカラリと明け放れ、午前八時の時計が階下に響いて居た。ブラバーサは時計の音を指を折つて数へつつ、 ブラバーサ『アヽもう八時だ。克くもマア寝込んだものだ。それにしても昨夜のマリヤさまは此ホテルには来て居ないだらうか。何処とはなしに神経質な感傷的な婦女だつたが、帰神の婦女によく在る習ひ、俄に神の命とか言つて心機一転してアメリカンコロニーへ還つて了つたのだらうか。余り気持の良い婦女では無かつたが、その熱烈な信念と親切な態度には実に感謝の至りだ』 と独語つつ洗面所に入り用を足して再び自分の居間に帰り来たり。 見れば食卓の上には二人前の膳部が並んで居て、ボーイらしき者も居ない。ブラバーサは此態を見て、 ブラバーサ『ボーイは其処等に見当らないが、二人前の膳部が吾居間に運ばれて在ることを思へば、どうやらマリヤさまも外の居間に寝て居たのかも知れない。ハテ不思議だなア』 と首を頻りに振つて居る。 そこへ徐々として這入つて来たのは年の若い美しいボーイであつた。ブラバーサは、 ブラバーサ『ボーイさま、夜前の相客たる一人の婦人は何処に居られますかな』 ボーイ『ハイ、昨夜は貴下と御一緒に此の室で御休みになつた事だと思つてお二人の膳部を運んで来たので御座います。別に外には居られませぬ』 ブラバーサ『ハテナ、合点の行かぬ事だ。併し何は兎もあれ朝飯を済まさむ』 と食卓に就いて、半時ばかりの間に掻き込む様にして朝の食事を済ませて了つた。ボーイは是非なくマリヤの膳部をブツブツ小言を云ひながら片付けて了ひ、ブラバーサの手から応分のポチを受取り、嬉々として次の室に姿を隠した。 ブラバーサは椅子に依りかかつて、二階の窓からエルサレムの市街を心床しげに瞰下し無限の情想を漲らし居たり。 そこへ『御免下さい』と静に声をかけて扉をたたいたのは、猶太人らしき品格の高い人好きのしさうな老紳士なりける。 ブラバーサ『何れの方かは存じませぬが、先づ御這入下さいませ』 と自ら立つて快く扉を開いて吾室へと迎へ入れる。 老紳士はさも満足気にブラバーサの手を握つて、その顔を熟々ながめ、早くも両眼から涙さへ流し居たり。 ブラバーサ『貴師は何れの方で御座いますか。何となく懐かしくなつて参りました』 スバッフォード『ハイ、私はアメリカンコロニーの執事でスバツフオードと申す瘠浪人で御座います。昨夜はマリヤさまが、大変な失礼をしたので再び御顔を拝する訳には行かないから、私に一度この僧院の二階の第九番に御逗留だから謝罪に行つて下さるまいかと大変に心配して居られますので、私はその御無礼の御詫を兼ねて尊い貴師に拝顔の栄を得たいと存じ、朝早くから御邪魔を致しました』 ブラバーサ『アヽ貴師がマリヤ様と御一緒にコロニーを司宰遊ばすスバツフオード様で御座いましたか。良くマア御尋ね下さいました。サア何うか此方へ』 と椅子を進める。老紳士は、 スバッフォード『ハイ有難う』 と与へられた椅子に腰打かけ、香りの強い煙草を燻らし初めたり。 ブラバーサ『マリヤ様は親切に聖地の案内をして下さいましたので、大変な便宜を得ましたのです。私の方から御礼に参らねばならないのですが、夜前突然御姿を見失つたものですから、ツイ失礼を致して居りましたが、コロニーへ御帰りに成つて居らるると承はり、それで私もヤツと胸が落着きました』 スバッフォード『何分マリヤさまは霊感者ですから、時々脱線的行動を初められ、後になつて毎時も自分で心配をされるのです。コンナ事は今日に初まつた事ではありませぬ。私はマリヤさまの弁解と詫役とにいつも使はれて居るのです。アハヽヽヽ』 ブラバーサ『マリヤ様は途中に於て何物かを霊視されたのでせうか』 スバッフォード『話によれば、貴師の眉間より最も強烈なる光輝が放出し、神威に打たれて同行する事が出来なくなり、思はず知らず恐怖心に追はれて尊き貴師を見捨て逃げ帰つたと申して居られました。私はコリヤきつと邪神の憑依だらうと思つて審神を行つて見た所、案に違はず山田颪の悪霊が憑依して居りまして、貴師の聖地へ来られた事を大層恐れ且つ嫌つて居るのです。悪霊の退散した後のマリヤ様は立派な方ですが、余り貴師にすまないからと言つて心を痛め、私に謝罪に行つて来よとの事で御座いました』 ブラバーサ『ハア決して左様な御心配は要りませぬから何うか宜敷く仰有つて下さいませ』 スバッフォード『ハイそのお言葉を伝へますれば、マリヤさまも大に喜ばれませう。昨夜貴師の御案内を為すべく夫れも神示によつてコロニーを立つて行かれたのです。どうか聖師様、一度コロニーまで玉歩を枉げて戴けますまいか』 ブラバーサ『ハイ有難う御座います。是非是非御世話にあづかりたう御座います。時にスバツフオード様、イスラエル民族たる猶太人も三千年の艱苦を忍びて漸く故国を取り還しましたねー。時節の力と云ふものは実に恐ろしいものですなア』 スバッフォード『ハイ有難う。私等も依然イスラエル民族で御座いますが、漸くにして自分の公然たる国が小さいながら立つ様になりました。世界の三大強国が何れも必死の勢ひでこのパレスチナを手に入れやうとして、終には御承知の世界戦争までおつ初めたのですもの。夫れが放浪の民たる吾々民族のものに還つて来たと云ふのは全く天祐と申すより外はありませぬ。要するにメシヤ再臨の準備として、神様が吾々に国を持たして下さつたのだと思ひます』 ブラバーサ『地球の中心即ちシオンの国ですから、独英米なぞの強国は欲しがるのも無理はありますまい』 スバッフォード『独逸の造つたバクダツト鉄道や、英国の拵へたアフリカ鉄道、アメリカが拵へかけて居るサイベリヤ経由の大鉄道も皆このパレスチナを目標として居るのですが、斯うなる以上は是等の大鉄道も又イスラエル民族たる吾々の為に利用さるることと成つて了ひました。此の鉄道さへ利用すればユダヤ民族が世界を統一し得ることは明白な事実であります。然し今日の猶太人は物質欲が強きため、肝心の神様を忘れて居る者が多いので困ります。人間の智慧や力量では九分九厘までは何事でも成功いたしますが、最後の艮めは何うしても神様の力でなくては成りませぬ、夫れ故吾々は大神の表現神たるメシヤの再臨を待つて居るので御座います。昔パレスチナが神の選民と称へられたイスラエル人の手に与へられた当時は、蜜滴り乳流るると言はるるカナンの国でサフラン薫じ橄欖匂ふ聖場と詩人に謳はれた麗しい景色の好い所でありましたが、今日となつては其面影も無く荒れ果てて了つたのですが、其パレスチナが再びユダヤ人の手に戻つて昔の橄欖山の美しい景色が段々と出て来るやうになつて来ました。天に坐します神様はメシヤの再臨に先だち、パレスチナを御自分の選みたまひました所のユダヤ人に御任せにならむが為に、数千年前から此美はしい使命を与へて選民たるの資格を備へしめむとして四十年間三百万の人間を苦しめ給ふたのです。三百万の者が飲むに水無く、食ふに食物の出来ない所で、或は親が死に子が死に、何代も続いて四十年間苦行を嘗めさせ玉ふたのも、イスラエル帝国の国民性を養はむが為の御経綸であつたのだと考へらるるのです』 ブラバーサ『猶太人はキリストを殺した為に、他民族から排斥され、種々の困難を嘗めて来たのでは在りますまいか。さうすれば若しも有力なる猶太人が現はれて世界を統一した時に於て、凡ての異教国の人民に対して復仇的態度に出づる様なことは有りますまいかなア』 スバッフォード『多くの同胞の中には左様な考へを持つて居る者があるかも知れませぬが、イスラエル人は比較的善良な民族ですから、一時は仮令過激な行動に出づるやも知れませぬが、何と言つても神に従ふ心が深いのですから、誠のメシヤが判りて来ましたら、屹度其命に従ふものだと吾々は国民性の上から判断を致しまして、メシヤの再臨を待ち望んで居るので御座います。そして猶太人は世界を統一してシオン帝国を建設する事があつても、自ら帝王に成らうなぞとは夢想だも為て居りませぬ。只聖書の予言を確信し、メシヤは東の空より雲に乗りて降臨すべきもの、又吾等の永遠に奉仕すべき帝王は日出の嶋より現はれ玉ふべきものたる事を確信して居りますよ。イスラエル民族は此信仰の下に数千年間の艱苦や迫害を忍んで来たのですからなア』 ブラバーサ『私はそのメシヤも帝王も皆高砂島にチヤンと準備され、数千年の昔から今日の世のために保存されて在るといふことを信じて居ります。一天一地一君の治め玉ふ仁慈の神代は既に已に近づきつつあるやうに思ひます。併しそれ迄には如何しても一つの大峠が世界に出現するだらうと思ひます』 スバッフォード『なる程、吾々も貴師と同意見です、天の神様がいよいよ地上に現はれて善悪正邪を立別け立直し玉ふは聖言の示したまふ所です。一日も早く身魂を研いて神心になり世の終りの準備にかからねば成りませぬ。そして高砂島からメシヤと帝王が現はれたまふと云ふ貴師の御説には私は少しも疑ませぬ。サア長らくお手を止めまして済みませなんだ。如何です、一度アメリカンコロニーまで御足労を願はれますまいか』 ブラバーサ『ハイ有難う御座います。然らば御言葉に従ひ御供を致しませう』 と僧院の監督に其旨を明かし置き、老紳士の跡に従つてコロニーへと進み行く。 (大正一二・七・一〇旧五・二七加藤明子録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 15 大相撲 | 第一五章大相撲〔一六四四〕 カトリックの僧院ホテルに滞在してゐるブラバーサの居間を訪ねて来た一人の老紳士があつた。之はバハイ教の宣伝使バハーウラーである。ボーイの案内につれてブラバーサの居間に通り、 バハーウラー『御免なさいませ』 と言ひ乍ら、軽く一礼を施した。ブラバーサは手づから椅子をとりよせて、 ブラバーサ『やあ、貴方は汽車中でお目にかかつたバハーウラー様で御座いましたか。一度お訪ねしたいと存じて居りましたが、何分処慣れないものですから彼方此方と見学して居りました。よう御訪ね下さいました』 と挨拶すればバハーウラーはテーブルを中におき、両方から向ひ合ひとなり、 バハーウラー『ハイ、私も一度お訪ねしたいと思つてゐましたが、何だか彼是ととり紛れ漸く今日となりました。どうです聖地においでになつてからの貴方の御感想は?』 ブラバーサ『ハイ、見るもの、聞くものが日の出島と違つて居りますので面喰ひましたよ。漸く地理も分り空気にも慣ましたと見え、少し計り落付いて参りました』 バハーウラー『成程、私も同感ですよ。常世の国から此処までやつて来ましたが、いやもう見るもの聞くもの変つた事ばかり、かやうな処へ救世主がお降りになるかと思へば何だか奇異の感にうたれます。国に居ります時は聖地エルサレムエルサレムと云つて日夜憧憬して居ましたが、古く荒びた神都の跡、何れも涙の種ならぬはありませぬ。黄金の花が咲き匂ふてゐると思つた私の期待はスツカリ裏切られて了ひましたよ。アハヽヽヽヽ』 ブラバーサ『都会は人が作り、田舎は神が作るとか申しまして、かやうな田舎びた処でないと到底神様はお降りになりますまい。紅塵万丈の巷に、霊肉ともに穢してゐる人の集まつてる処へは救世主はお降りになる筈はありませぬ』 バハーウラー『成程、さう承はればさうかも知れませぬな。数年以前、バルカン半島に現はれた一朶の黒煙は燎原を焼く勢ひで全欧羅巴に蔓延し全世界の地をして戦雲に包んで了ひましたが、為に其後の人心は益々悪化し、二進も三進も行かなくなつて来たぢやありませぬか。かやうな処へ救世主が御降臨になつた処で足一つ踏み込まれる処はありますまいな。一人でも多く心を研き魂を研いて神心となつて救世主の降臨を待たねばなりませぬ。実に常暗の世の中となつたもので御座いますわい』 ブラバーサ『ルートバハーの教祖ヨハネの教にも三千世界の大戦ひが初まるぞよと三十年以前から仰せられましたが、到頭世界の大戦争が起りました。さうしてヨハネの教祖は先達の世界戦争の開戦期間の日数一千五百六十七日を終り平和条約が締結された其朝、即ち自転倒島で云へば大正七年十月三日[※出口直が昇天したのは大正7年(1918年)新暦11月6日(旧暦10月3日)]の朝昇天されました。その後と云ふものは実に世の中は目もあけて居られないやうな惨怛たる現状で御座ります』 バハーウラー『先達の戦争について交戦国の総面積を調ぶれば、四千三百四十万二千七百六十二平方哩即ち世界面積の七割五分八厘にあまり、又其戦争に参加した人員の数は無慮十六億一千百九十二万人に達し世界人口の九割二分五厘に相当する空前の大戦争で御座りました。恰も秋霜烈日の大威力を示して満天下の草木を一夜の中に凋落せしめて了ひました。只常磐木のみ巍然として聳え、又、別に数種の紅黄紫青等の僅かに艶を競ふて世の終末の美を暫時誇つてゐる位であります。あゝ恐るべき世界の大戦争はもはや之で根絶したで御座いませうか。大戦後の世界は何処の果てを見ましても平和の象徴を見る事は出来ぬぢやありませぬか。到る処小戦争は行はれ、餓鬼畜生修羅の惨状を遺憾なく曝露してるぢやありませぬか。ハルマゲドンの戦争とは、先達ての戦争を云つてるのぢやありますまいか。ハルマゲドンの戦争が済めば世の終りが近づくとの聖書の教、どうも物騒になつて来ました。暑い時に寒い風が吹き作物は思ふやうに発達せず、到る処火山は爆発し、地震洪水の悩み、強盗殺人に諸種の面白からぬ運動、到底人間として此世を如何する事も出来ますまい。もうこの上は救世主の降臨を仰ぐより外に道は御座いますまいなア』 ブラバーサ『救世主は屹度御降臨になつて世界を無事太平に治めて下さる事を私は確信してゐます。然しそれ迄に一つ大峠が出て来るでせう。ハルマゲドンの戦争は私は今後に勃発するものと思ひます。今日は世界に二大勢力があつて虎視眈々として互に狙ひつつある現状ですから、到底此儘では治まりますまい。世の立替立直しは今日の人間の力つき鼻柱が折れ、手の施す余地がなくなつてからでなくては開始致しますまい。九分九厘、千騎一騎になつて救世主が降臨なされるのが神様の経綸と存じます』 バハーウラー『成程御同感です。そして貴方の二大勢力とは何を指して仰せらるるのですか』 ブラバーサ『今日此地球上に於て二つの大勢力が互に暗々裡に争つてゐますのは貴方も大抵御承知の事だと思ひます。一方には強大なる一新勢力を発揮し、全世界に活動飛躍を試み傍若無人的の振舞をなし、不自然極まる人為的暴圧力によつて膨脹拡大し、弱肉強食を以て唯一の国是となせる強大なる国家があり、一方には鎖国攘夷の夢を破り一躍して全世界の舞台に現はれ、列強と相伍し、再躍して世界の一大強国となつた国家が御座います。世界万民は此二大勢力に対して驚異の眼を以てのぞみ、茫然自失の体で御座います。その発展振りたるや前古未聞の大事実で御座いますけれども、而もその発展は頗る公明正大と唱へられて居るので御座います。一方はピラミツドの如く極めて壮観なれども真の生命なき建築物であり、一方は喬木の如く生々としその壮観の度に於ては到底彼のピラミツドの建築には及びませぬけれども、真に生命ある成長を遂げつつあるのであります。そして此二大勢力は一つは極東の一小孤島、一つは極西の一大大陸です。一つは現今に於ける最古の国、一つは列強中の最も新しき国、一は建国以来の王国、一は建国以来の民国、一は万世一系の皇統を誇り、一は四年交代の主権を誇り、一は天孫の稜威を本位とし、一は億兆烏合の民権を本位としてゐます。そして其国民性たるや、一は義につき一は利につき一は強国と云ひ乍ら神国と自称し、一は基督教国と云ひ乍ら民国と自称し、一は親子の経的関係を以て家庭の本位となし、一は夫婦の緯的関係を以て家庭の本位とし、一は男尊女卑の関係を以て人倫の本位とし、一は女尊男卑の関係を以て人倫の本位とし、一は太陽を以て国章となし、一は星を以て国章となしてゐる。故に自らその国情と使命に於て相容れないのは当然ではありませぬか』 バハーウラー『成程今貴方の仰有つたのは実に時代を達観した宣言だと思ひます。一方は日出国一方は常世の国と世界に相対立してゐる現状をお示しになつたのでせうな。諺にも両雄相戦はば勢ひ共に全からずとか申しまして、どちらか一方に統一されねばなりますまい。実に困つた世の中になつたもので御座いますな。政治と云ひ経済と云ひ思想と云ひ、宗教と云ひ何も彼も一切今日程行つまりの世の中は御座りますまい。どうしても此悩みは何処かで破裂せなくてはおかない道理で御座いますな』 ブラバーサ『さうです。斯くの如く今や東西の大関が世界の大土俵上に、褌を〆めて腕を鳴らせ肉を躍らせて相対するの奇観を呈してる以上は、一方が屈服するか、但しは引込まない以上は、早晩虎搏撃壤の幕が切つて落されるは火を睹るより明かでせう。ハルマゲドン、即ち世界最後の戦争は到底免れなくなつてゐます。それで大神様は地上をして天国の讃美郷に安住せしめむが為めに、ヨハネ、キリストの身魂を世に降して、天国の福音を普く万民に伝へしめられつつあるのです。さり乍ら常暗の世になれきつた地上の人類は一人として此大神様の御真意を悟り得る者なく、只僅かに忠実なる神の僕が誠を尽し、神を念じて待つてゐるばかり、実に世界は惨めな有様で御座います。かやうな邪悪に満ちた三千世界を立替立直し遊ばす神様の御神業も実に大謨では御座いますまいか』 バハーウラー『此世界の人類は、皆神様の同じ御水火より生れたる尊い御子で御座いますから、吾々人類は皆兄弟で御座ります。然し乍ら今日の状態では到底吾々宗教家が何程あせつた所で駄目で御座いませう。偉大なる救世主が現はれて整理して下さらねば乱麻の如き世界は到底収拾する事は出来ますまい。然し此二大勢力は一旦、どちらが天下を統一するとお考へになりますか。常世の国でせうか、日出島で御座いませうか。貴方のお考へを承はり度いもので御座いますが』 ブラバーサ『到底人間の分際として神様の御経綸は分りませぬが、私がルートバハーの教示により、おかげを頂いて居りますのは、将来の国家を永遠に統御すべき人種は決して常世の国人ではなからうと思ひます。二千六百年、亡国の民となつて居つた讃美郷の人々は先達の大戦争によつて神から賜はつたパレスチナを回復し、今や旭日昇天の勢で御座います。そしてその人種の信仰力、忍耐力並に霊覚力と云ふものは、到底世界に比ぶべきものが御座いませぬ。私は先申しました二大勢力よりも、も一つ奥に大勢力が潜み最後の世界を統一するものと神示によつて確信して居ります。ユダヤ人は七つの不思議があります、それは、 第一、万世一系の皇統を戴きつつ自ら其国を亡ぼした事、 第二は亡国以来二千六百年なるにも拘らず、今日も尚依然として吾等は神の選民也と自認してゐる事、 第三は二千六百年来の亡国を復興して、仮令小なりと雖もパレスチナに国家を建設した事、 第四は自国の言語を忘却し、国語を語るものを大学者と呼びなす迄になつて居つてもその国を忘れず、信仰をまげない事、 第五は如何なる場合にも決して他の国民と同化せない事、 第六には亡国人の身を持ち乍ら不断的に世界の統一を計画してゐる事、 第七は今日の世界全体は政治上、経済上、学術上、ユダヤ人の意のままに自由自在に展開しつつある事です』 バハーウラー『成程それは実に驚くべきもので御座いますわ。如何にも神の選民と称へられる丈ありて偉いもので御座いますわい。それから、一方の奥の勢力とは何で御座いますか』 ブラバーサ『それは日出島の七不思議で御座います。 先づ第一に万世一系の皇統を戴き終始一貫義を以て立ち、一度も他の侵略を受けず、国家益々隆昌に赴きつつある事、 第二は自ら神洲と唱へ乍ら自ら神の選民又は神民と称ふるものの尠い事、 第三は王政復古の経歴を有するも未だ一度も国を再興したる事なき事、 第四は国語を進化せしめたるも之を死語とせし事もなく、従つて国語を復活せしめた事のなき事、 第五は同化し難い国民のやうに見ゆれどもその実、何れの国の風俗にも同化し易く、且何れの思想も宗教も抱擁帰一し、ややもすれば我生国を忘れむとする国民の出づる事、 第六は一方常世の国は世界統一の為には手段を選ばざるも、日出島は常に正義公道即ち惟神によつて雄飛せむとする事、 第七は世界は寄つてかかつて日出島を孤立せしめむと計画しつつあれども日出島は未だ世界的の計画を持たず、ユダヤとは趣を異にしてゐる事であります。 之を考へて見ればどうしても、此日出島とパレスチナとは何か一つの脈絡が神界から結ばれてあるやうに思はれます。一方は言向和すを以て国の精神となし、征伐侵略等は夢想だもせざる神国であり、二千六百年前に建国の基礎が確立し、ユダヤは又前に述べた通り二千六百年前に国を亡ぼし、そして今やその亡国は漸く建国の曙光を認めたぢやありませぬか。私は屹度此エルサレムが救世主の現はれ給ふ聖地と固く信じ万里の海を渡り雲に乗つて神業のために参つたので御座います』 バハーウラー『今貴方は雲に乗つて来たと仰せられましたが飛行機の事ぢやありませぬか』 ブラバーサ『いえ雲と申しますのは自転倒島の古言で舟の事で御座いますよ。雲も凹に通ひますから舟に乗つて来るのを雲に乗つて来ると聖書に現はれてるのですよ』 バハーウラー『成程、それで救世主の雲に乗つてお降りになると云ふ事も諒解致しました。いや有難う御座いました。お邪魔を致しまして……又お目にかかりませう。ちつと御寸暇にお訪ね下さいませ。ヨルダン川の辺に形ばかりの館を作つて吾々の信者が集まつて居りますから……』 ブラバーサ『ハイ、有難う御座います。何れ近い中にお邪魔を致します。左様ならば之にてお別れ致しませう』 (大正一二・七・一二旧五・二九北村隆光録) |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治25年旧1月(日不明) | 明治二十五年旧正月 三ぜん世界一同に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ。日本は神道、神が構わな行けぬ国であるぞよ。外国は獣類の世、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの国であるぞよ。日本も獣の世になりて居るぞよ。外国人にばかされて、尻の毛まで抜かれて居りても、未だ眼が覚めん暗がりの世になりて居るぞよ。是では、国は立ちては行かんから、神が表に現はれて、三千世界の立替へ立直しを致すぞよ。用意を成されよ。この世は全然、新つの世に替へて了ふぞよ。三千世界の大洗濯、大掃除を致して、天下太平に世を治めて、万古末代続く神国の世に致すぞよ。神の申した事は、一分一厘違はんぞよ。毛筋の横巾ほども間違いは無いぞよ。これが違ふたら、神は此の世に居らんぞよ。 『東京で仕組を駿河美濃尾張大和玉芝国々に、神の柱を配り岡山』天理、金光、黒住、妙霊、先走り、とどめに艮の金神が現はれて、世の立替を致すぞよ。世の立替のあるといふ事は、何の神柱にも判りて居れど、何うしたら立替が出来るといふ事は、判りて居らんぞよ。九分九厘までは知らしてあるが、モウ一厘の肝心の事は、判りて居らんぞよ。三千世界の事は、何一とつ判らん事の無い神であるから、淋しく成りたら、綾部の大本へ出て参りて、お話を聞かして頂けば、何も彼も世界一目に見える、神徳を授けるぞよ。 加美となれば、スミズミまでも気を付けるが加美の役。上ばかり好くても行けぬ、上下揃はねば世は治まらんぞよ。洋服では治まらん、上下揃へて人民を安心させて、末代潰れぬ神国の世に致すぞよ。用意を為されよ。脚下から鳥がたつぞよ。それが日本をねらふて居る国鳥であるぞよ。○○○[※「てんし」]までも自由に致して、神は残念なぞよ。日本の人民、盲目聾ばかり、神が見て居れば、井戸の端に、茶碗を置いた如く、危ふて見て居れんぞよ。外国人よ、今に艮の金神が、返報返しを致すぞよ。 根に葉の出るは虎耳草、上も下も花咲かねば、此世は治まらぬ。上ばかり好くても行けぬ世。下ばかり宜くても此世は治まらぬぞよ。 てん○○[※「しは」]綾部に仕組が致してあるぞよ。○○○[※「てんし」]、○○○[※「てんか」]を拵へて、元の昔に返すぞよ。洋服を着てウロツク様な事では、日本の国は治まらんぞよ。国会開きは、人民が何時までかかりても開けんぞよ。神が開かな、ひらけんぞよ。開いて見せう。東京は元の薄野に成るぞよ。永久は続かんぞよ。東の国は一晴れの後は暗がり。これに気の付く人民はないぞよ。神は急けるぞよ。此世の鬼を往生さして、地震雷火の雨降らして、○○○[※「たやさ」]ねば、世界は神国にならんから、昔の大本からの神の仕組が、成就致す時節が廻りて来たから、苦労はあれど、バタバタと埒を付けるぞよ。判りた守護神は、一人なりと早く大本へ出て参りて、神国の御用を致して下されよ。さる代わりに勤め上りたら、万古末代、名の残る事であるから、神から結構に御礼申すぞよ。世界中の事で在るから、何程智恵や学がありても、人民では判らん事であるぞよ。此の仕組判りては成らず、判らねば成らず判らぬので、改心が出来ず、世の立替の、末代に一度の仕組であるから、全然学や智恵を捨て了ふて、生れ赤児の心に立返らんと、見当が取れん、六ケ敷仕組であるぞよ。今迄の腹の中の、ごもくをさっぱり、投り出して了はんと、今度の実地まことは分りかけが致さん、大望な仕組であるぞよ。 氏神様の庭の白藤、梅と桜は、出口直の御礼の庭木に、植さしたので在るぞよ。白藤が栄えば、綾部宜くなりて末で都と致すぞよ。福知山、舞鶴は外囲ひ。十里四方は宮の内。綾部はまん中になりて、金輪王で世を治めるぞよ。綾部は結構な処、昔から神が隠して置いた、世の立替の、真誠の仕組の地場であるぞよ。 世界国々所々に、世の立替へを知らす神柱は、沢山現はれるぞよ。皆艮金神国常立尊の仕組で、世界へ知らして在るぞよ。大方行き渡りた時分に、綾部へ諸国の神、守護神を集めて、それぞれの御用を申付ける、尊い世の根の世の本の、竜門館の高天原であるから、何を致しても綾部の大本の許しの無き事は、九分九厘で転覆るぞよ。皆神の仕組であるから、我が我がと思ふて致して居るが、皆艮の金神が、化かして使ふて居るのであるぞよ。此の神は独り手柄をして喜ぶやうな神で無いぞよ。大本の仕組の判る守護神でありたら、互に手を曳き合ふて、世の本の立替立直しを致すから、是までの心を入替へて、大本へ来て肝心の事を聞いて、御用を勤めて下されよ。三千世界の神々様、守護神殿に気を付けますぞよ。谷々の小川の水も、大河へ末で一とつに為る仕組み。綾部世の本、誠の神の住いどころ。 からと日本の戦いがあるぞよ。此いくさは勝ち軍、神が蔭から仕組が致してあるぞよ。神が表に現はれて、日本へ手柄致さすぞよ。露国から始まりて、モウ一と戦があるぞよ。あとは世界の大たたかいで、是から段々判りて来るぞよ。日本は神国、世界を一つに丸めて、一つの王で治めるぞよ。そこへ成る迄には中々骨が折れるなれど、三千年余りての仕組であるから、日本の上に立ちて居れる守護人に、チット判りかけたら、神が力を付けるから、大丈夫であるぞよ。世界の大峠を越すのは、神の申す様に、素直に致して、何んな苦労も致す人民でないと、世界の物事は成就いたさんぞよ。神はくどう気を付けるぞよ。此事判ける御魂は、東から出て来るぞよ。此御方が御出になりたら、全然日の出の守護と成るから、世界中に神徳が光り輝く神世になるぞよ。大将を綾部の高天原の竜門館に、○○[※「かく」]さんならん事が出て来るぞよ。中々大事業であれども、昔からの生神の仕組であるから、別条は無いぞよ。 一旦たたかい治まりても、後の悶着は中々治まらんぞよ。神が表に現はれて、神と学との力競べを致すぞよ。学の世はモウ済みたぞよ。神には勝てんぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治32年(月日不明) | 明治三十二年月日 艮の金神が出口直の手を借りて、何彼の事を知らすぞよ。今迄は世の本の神を、北へ北へ押籠ておいて、北を悪いと世界の人民が申して居りたが、北は根の国、元の国であるから、北が一番に善くなるぞよ。力の有る世の本の真正の水火神は、今迄は北の極に落されて、神の光を隠して居りたから、此世は全部暗黒でありたから、世界の人民の思ふ事は、一つも成就いたさなんだので在るぞよ。是に気の付く神も、人民も、守護神も無りたぞよ。人民は北が光ると申して、不思議がりて、種々と学や智恵で考へて居りたが、誠の神々が一処に集りて、神力の光りを現はして居ると申す事を知らなんだぞよ。モウ是からは、世に落されて居りた生神の光りが出て、日の出の守護となるから、其処ら中が光り輝いて、眩うて目を明けて居れんやうに、明かな神世になるぞよ。今迄の夜の守護の世界は、明ケの烏と成りて来て、夜が明るから、それまでに改心をいたして、霊魂を研いて、日本魂に立帰りて居らんと、ヂリヂリ悶える事が出来いたすから、年で八年の間、神は気を付たなれど、余り世界の人民の心の曇りがきつき故に、何を言ふて聞しても、筆先に書いて見せても、誠にいたさぬから、出口直は日々咽喉から血を吐くやうな思いを致して、世界の為に苦労をいたして居るのを、見て居る艮の金神も辛いぞよ。胸に焼鉄あてる如く、一人苦みて居るぞよ。人民は万物の長とも申して、豪さうに致して居るでは無いか。鳥獣でも三日前の事位は知りて居るのに、人民は一寸前が見えぬ所まで曇りて居るから、脚下へ火が燃て来て居りても、未だ気が付かぬぞよ。能うも是だけ人民の霊魂も、曇りたものであるぞよ。障子一枚ままならぬ所まで、精神を汚して置いて、何も判らぬ癖に神を下に見降して居る、人民の中の鼻高が、上へ上りて、此世の政治をいたしても、一つも思ふやうに行きはいたさんぞよ。此世は、元の生神の守護が無りたら、何程智慧や学で考へても、何時までも世界は治まらんぞよ。一日も速く往生いたして、神の申す様に致さねば、世界の人民が可愛想で、神が黙って見て居んから、今度は北から艮の金神が現はれて、世界を水晶の世にいたして、善と悪とを立別て、善悪の懲戒を明白にいたして、世界の人民を改心させて、万古末代動きの取れん、善一筋の世の持方を致すから、是迄の世とは打て変りての善き世といたして、神も仏も人民も、勇んで暮す松の世、神世といたして、天の大神様へ御目に掛るのであるぞよ。夫れまでに一つ大峠が在るから、人民は速く改心いたして、神心に立還りて下されよ。神は世界を助けたさの、永い間の苦労であるぞよ。昔の神代に立替る時節がきたぞよ。北が此世の始りであるぞよ。神の誠の光りは北に在るぞよ。北が結構に是からは成るぞよ。今迄は日没が悪いと申したが、世が代ると日没が一番善く成るぞよ。日没に初めた事は、是から先の世は、何事も善き事なれば上十いたすぞよ。夫れも神をそっち除けにいたしたら、物事一つも上十いたさぬ世に変るから、何よりも改心いたして、霊魂を研くが一等であるぞよ。時節が来たぞよ。モウ間が無いぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治35年旧3月11日 | 明治三十五年旧三月十一日 艮の金神表に現はれて、是からは善き事いたした人民と、悪しき事致した人民とを立分けて見せるから、永らく筆先で知らした事が判りて来るぞよ。神の道では教役者なり、公人、役人、頭いたして居るものを、心の悪しきものは皆取払いに致すぞよと、筆先に出して在ろうがな、皆出て来るぞよ。世界の隅々まで審査が致してあるから、世界へ見せしめが仕て見せて在れども、盲目つんぼの世の中であるから、何を仕て見せたとて一つも解らんから、今度は天晴れ現はれて、天の大神様の御命令を戴きて、善悪を裁き分けると、盲目も眼が明き、聾も耳が聞え出して、トチ面貌を振ってビックリ致すぞよ。世界の人民は疑いきついもので在るから、実地まことの正末を見せてやらねば、何を言い聞かしても耳へも這入らず、何をして見せても目に留らず、根本の霊魂が曇り極りて居るから解るのが六ケ敷から、何程可愛相でも神の神力は、是ぐらいなもので在るといふ事をして見せて、改心させねばモウ助けやうが無いぞよ。人民といふものは万物の霊長と申して、神にも成れる性来の、結構な霊魂を戴いて居り乍ら、是だけに曇らして了ふて、何も誠の神の教が解らんやうになりたのは、外国の教を世界一の善きものと思ひ迷はされて、肝心の日本魂を外へ宿替さして、全然カラ魂と摺り代へられて居るからであるぞよ。昔から此の神が管掌ねば国が乱れて、世界中が潰れて了ふから、此方が厳敷く神々に申して頑張りたのであるが、大勢と独りとは到底叶はいで、万の神から艮へ閉鎖られたのでありたぞよ。時節を待てば煎豆にも花が咲いて、弥々艮の金神が世界のお土の上を、一切守護致す世になりて来たから、此暗の世を日の出の守護にいたす神界の経綸の御用の力になる神があれば申してお出なされよ。此世をこのままに為て置いたなれば、日本は外国に略取れて了ふて、世界は泥海に化るから、末法の世を締めて松の世に致して、日本神国の行いを世界へ手本に出して、外国人を従はして、万古末代動かぬ神の世で、三千世界の陸地の上を守護致して、神、仏事、人民を安心させてやるぞよ。そこへ成までに世界には、モ一つ、世の立替の大峠があるから、一日も早く改心いたして神に縋りて誠の行いに替へて居らんと、今迄のやうな、我さえ善けら人は倒けようが仆れやうが、見向もいたさん精神でありたら、神の戒め厳しきから、到底此大峠は越す事は出来んぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治41年旧8月14日 | 明治四十一年旧八月十四日 余り慢心取違をして居ると、何も判りは致さんから、慢心取違を致して悪い鑑に成らんやうにしてくだされよ。何時までも斯様な事に懸りて居れんから、現今の内に御神徳を充分取りて置かんと、一度の改心は辛うて耐れんから、申すやうに致して慢心を致さんやうに致さんと、慢心を致すと物事が引ッ繰りかへる事があるから、悪い鑑が出ると皆が心配を致さな成らんから、神に大変不孝に成るぞよ。此の神は歓べば歓び事が出来るし、口惜と口惜事が出来るから、前途の取越苦労は致さんやうにして貰ひ度いぞよ。神の気勘に協ふ心を持ちて居ると、世を構ふ神が守護致せば思ふやう行き出すから、自己の発根の改心で無いと、真実の事は無いから、皆揃ふて奇麗に身魂を磨かうより、今度の大峠を越すのは金銀では越せんぞよ。其峠を越したら後は善くなる方へ近かう成るから、向后は身魂の磨き合ひであるぞよ。磨けた身魂から善い御用に使ふから、善悪の立別を致すから、悪い方の鑑に成らんやうに、誰によらん為てくだされよ。善い鑑も悪るい鑑も今度地の世界の新宮本宮の竜宮館の高天原で、神の世一代地の底へ落されて、口借し残念、艱難苦労を致した霊魂の変生男子は、今に残念耐りて居る霊魂が宿りて居る出口直の肉体は、御用勤め上げる迄は、今日一日楽といふ事は無い辛い身魂であるから、一人でも真正の御用の出来る人さへ出来たら、一日も世の立替を致したいなれど、余程身魂が磨けんと、大本の御用致すのは誠を貫かねば成らんから、余程心の持方が揃はんことには、妬み根性のあるやうな些さい心では、とても大本の真心の御用は出来んから、出口直の手で、国常立尊が正味を書かすから、皆心の入れ替を致して、神の神力を取りて………。余り穏しいばかりでは行かず、活溌過ぎても行かず、他から先繰出て来るから、来る人にお蔭を取らして御用の出来る人でありたら、人を協して行く人でないと、他は何うでも自己さへお蔭を取りたら善いといふやうな精神の身魂の人は、段々神の事が解る程善き人が出て来るから、何んな人とでも気の合ふやうに、心を広く有ちて居りて、目下は御苦労なれど御用勤め上げてくだされよ。世の立替がありたらば其先きは結構な事に成るのであるから、今は皆が御苦労にあるなれど、変生男子の万分の一なりと真似の出来た人は、先きは結構であるから、些とは苦労があるなれど、段々筆先で知らせるから、気にさえずに神の言葉の代りであるから、段々筆先が強烈うなるから、大本へ立寄る人は皆心得てくだされよ。心に取れる筆先きを取違の無いやうに取りて下され。心の持方が悪るいと悪るい御用になるし、善い御用致すのも悪るく成るのも、一つは家内の心で善き御用が出来んやうに変はる事があるから、家内をも揃ふての信心でないと、余りお蔭を早う欲しい人は、真正の善い御用は出来は致さんから………。 世界の大本と致す大望な所になるのであるから、仕組を変へとも無いなれど、些とは変へねば成らん事に成ると、役する人は余程家内も良人の片腕に成る心で居りて貰はんと、何致しても両手で致せばアンジョウ出来るなれど、片手で致す事に碌な事は出来んから、家内は良人の片腕であるから、神の御用致すには、余程離れた心を持ちて居りて貰はんと使ひ難いぞよ。其様な辛抱は協はんといふ人は、何んなお蔭でもやるから、遅いお蔭は善いなれど、待ち遠な人はそのやうに致してやるぞよ。此方は世話に成りて取り切りには致さんから、心配を家内の人よ、為てくださんなよ。何所でも御用さして貰ふのは、家内も揃ふて為てくだされよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正元年旧3月8日 | 大正元年旧三月八日 大国常立尊変性男子の御魂が出口の大神と現はれて申して在る通り世界の実地を致して身魂の善し悪しを分けて見せて与らんと改心は出来んから、其処まで致すのは可愛想に思うて知らすなれど知らして与りて何時まで同じ事を致して居りてもチットも反響が無いから実地の生神が実地を始めて、此の世はどういふ事で茲までの事が出来たのじゃと言ふ事を判けて見せて与るぞよ。皆元の先祖の骨折りで茲までの事が成りて来たので在るのに、此の世を建造へた元を無いやうに為て、他の苦労で出来た此の世を、我が物にしてまた悪を強く致して人の精神をモウ一つ男も女も子供も悪賢う致して行りて行かうとの世界中の目的で在らうがな。今までは賊の世で在りたから、天地の神は見て見ん振りを致して居りたなれど、モウ程なく神力を現はして悪の陰謀は天地から許さんぞよ。此の世は悪では一寸も行けんといふ事を実地を仕て見せて与るぞよ。永い間の仕組が開けるので在るから、ソウ着々とには行かねども、申して在る通り何れは世界中が成りて来るぞよ。此の世が来るから明治二十五年から出口直の身魂は因縁ある身魂であるから、初発から激い行業を命せて、他から見ると純狂者で有りたのは誰一人見判ける人民が無い故に大きな声で呼号らすから、皆が怖がりて大分騒動を為せたなれど、此の狂者に云はした事も書かした事も皆天地の先祖が使うて致させたので在るからチットも違ひは無いぞよ。腹の中の塵芥を薩張り出して了うても是れで良いと言ふ事はないから、充分改心を致して居りて下されよ。世界の事が何も一度に開く梅の花と成ると言ふ事が毎度申して知らして在らうがな。外国には余り王が沢山で今の体裁、司配者が沢山在ると世界には口舌が絶えんぞよ。王と言ふものは彼方にも此方にも在ると苦説の基で在る、昔から我れが王に成らうと致して此の世が治まろまいがな。王といふものはソンナ容易簡便ものでは無いぞよ。我れには苦労無しに、他の苦労で盗みた世を持ちて見ても、今のやうなもので在るぞよ。此の世の王は日本の元からの王より外にはさう安廉と世の元から任命ては無いぞよ。今度二度目の世の立替を致さねば、末代の世の事は外国の王ではナカナカ整頓完備がつきは致さんぞよ。余り大望な事で取違ひも在る筈なれど、大きな取り違ひが有るから、暗黒の世の中に出来て居りて、神は此世に無いもの、無くとも良いといふやうな精神の人民斗りで、改心の仕掛けが出来さうな事が無いが、今の人民には皆世に出て居れる方の守護神で在るから、言うて与ると、何ぞ山師でも致して糊口に致すやうに思うて本真に聞くものが無い非道いもので在るぞよ。 天の御先祖様が世の始まりの御水の御守護遊ばしなされたミロク様が天の御先祖様で、つきの大神様で在りて、三宝金神として、へつい金神と、お竃の上に小さいお厨子で祭りて在る家も在りたなれど、無い勝ちで在りたぞよ。又此の火を御守護遊ばすのが天の御三体の日の大神様で在るぞよ。慈親金神と申して泉庭に祭るのには金神と申して形が祭りて在る家斗りは無りたぞよ。地震金神と申して在りたのが、世界中の御土を固めしめた地の先祖が大国常立尊で在るぞよ。此の三体の神が昼夜の守護致さん事には、此の世の息あるものが、一寸の間も此の世に生活安存が出来んので在るが、其処までの事の判りた守護神が無い故に、元の御先祖様が充分の苦労艱難、口惜し残念を隠忍りて居いで遊ばしても何とも思へんので在るぞよ。世の元の根本からの天地の実地の因縁が是迄には判らずに在りたから、神は要らんものじゃと言ふやうな悪で、何処までも登れるやうに成りて、守護神が悪賢うて悪い事を謀策たら強悪非道に上へ上りて出世が出来て、我れ良しの強者万能の末法の世に成りて居ったので在るぞよ。元の神力の光りの出る時節が迫りて来て、悪の霊は好きな事も悪い事も出来んやうに天地から平らげて了うて是迄の行り方法律をスックリ変更へて了うて洗ひ更への新つの善一つの世で末代の世を立てるぞよ。今迄は逆様に天地の経綸が覆りて居りて、人民の仕て居る事が逆様斗りで在りたから、本様に世を立替致すので在るぞよ。元の神世に世を復元すと、是迄の事は上から下まで何事も薩張り切り変へに新つのいの字から致して、ミロク様の教示通りの世の持ち方に改めるぞよ。天地の先祖の神王を外国の王と同じ事に致して居るが、此れが此の世の悪の始まりで在るぞよ。天地の経綸が違ふから何も逆様斗りより出来んので在るぞよ。天地の王の先祖が此先きの世を松の世と致して、末代善一つの天地の王で治めるので在るぞよ。天地の大神が此の世を建造たので在るから、此の世のものは何も一切天地の王神の物で在るから、其他の身魂には天地を自由には為せる身魂は、一方も無いぞよ。万の神に目論まれて押込められて独り身に成りてドンナ行業も為せて貰うた御蔭で、此の先きの世を松の代に構ふ時節が参りて来たので在るぞよ。末代の世を持ちて行く身魂に成ると、一と通りの行業では勤まらん事で有るぞよ。此の世は末代潰す事は成らんから、誰もよう為ん事の、他の守護神では出来ん事のやう隠忍ん事を身を落して門に立つとこまでの行業を仕て来んと、一通りの身魂では出来ん大望な事斗りで在るぞよ。 世の立替と申すのは身魂の事で在るぞよ。身魂が総ぐもりに成りて了うて暗黒の世の中を、夫れ夫れに身魂を目鼻を着けて、此の先きではモウ世の立替といふ事は無いやうに致さな成らんから、今度の事はコンナ大望な事はモウ無いぞよ。是れ丈けの大望な事を知りた守護神が他の神に無いと言ふやうな酷い事に経綸が乱れて了うて、斯う成る事は皆世の元から見え透いて居りた故に、根本からの事が仕組が仕て有るから、何処から何を問ひに来てもドンナ弁解でも出来る世界の大本で有るから、此の大本に永く這入りて居りて何も判らいでは世界へ耻かしき事が遠からん中に出来るぞよ。心に誠といふ一心の在る身魂で無いと綾部の大本は一寸には判らん所で在ぞよ。 余り尊う過ぎて、皆思いが違ふて居るから、実地の事を。実地正真の生神が、一厘の経綸で、誰もやう為ん事を致して、九分九厘の終いと成りた所で、手の掌を覆して見せんと、未だ今に誠に致さんから、結構なお蔭をやう取らんのは、腹の中に誠といふ一心が無いからで在るぞよ。 言ふても判らず、お蔭の取らせやうが無いなれど、実地の生神が世界中へ一厘の経綸を判けて見せたら、一度に判りて、其処へ成りたら、ドンナ悪い身魂でも、改心が出来るなれど、其の経綸を申したら、此のくもりた世の中の悪い身魂斗りが出て来て、昔からの天の御先祖様の永くの御艱難を、水の泡に仕て了ふやうな守護神が出て来て、無茶に致すから、此の大本の誠の、初発の御用の出来る身塊は無いと申して在ろうがな。 綾部の大本は、今ではまだ実地の事が判らんから、まだ守護神が頑張りて居るなれど、実地の元の誠斗かりを貫行いて来た、天と地との先祖で在るから、是迄の様な嘘偽で固くねた世とは違ふから、一言申した事も実地の事斗り、嘘といふやうな事は、毛筋の横巾も申して無いぞよ。 誠一つの凝りで開く大本で在るから、此の中に置いて貰ふて居りて、嘘と言ふやうな事を申す霊魂に使はれて居る肉体は、よく精神が見届けて在るから、良い御用が出来んぞよ。 此の方は不動して居りて、人の腹の中まで能く見る神で在るから、此の神に嘘を申すやうな何も判らん守護霊の容人は、神が嫌ふから、充分の神恵は無いぞよ。 世の元からの正真の、日本魂の守護神を使役ふて、何も一度に判然るやうに埒良く致さねば、人民ではやう開らかんぞよ。 他の教会のやうな小さい事で無いから、小規模的て布教に出た位には、此の大望な神業の実地をやう判けるやうな身魂が無いし、ながたらしふ掛りて居りたら、薩張り上から下まで総損ひとなりて、両方の国も建ちて行かんやうに、難渋な事に成りては成らんから、早く実地を世界中へ出現はせて、一度の改心を致させやうより、モウ仕様が無いとこまで差迫りて居るぞよ。 二度目の世の立替を致さな成らんといふ事は、此の世の元から熟く判りて居りたから、世に落されたのも、何も皆都合の事で在るぞよ。此れ位な事を致して置かんと、二度目の世の立替の折には、チト違ふた行業を仕て置かんと、立替致したら後は良い世に成るなれど、変り目に陽気や気楽な事を致して置いたら、後が良く成らんから、自由放逸な行り方で行りて来た守護神は、此の転換期の辛棒が辛て、忍れん守護神が沢山在るから、此の大峠が凌げるやうの神徳を貰ふて、行業を致すが結構で在るぞよ。 知らして与りても聞き入れの無い守護神は、止むを得ずの事が在りても、何処も恨む所は無いぞよ。 其処に成りてからの改心は、急速の改心で在るから、一度の改心は実地の間に合はんから、気も無い中から知らすなれど、改心どころか大きな思い違いの守護神人民斗り、埒やう立替を始めんと、後の立つ様に致さな成らんから、罪障の非道い所から始めると申して在るぞよ。 今迄の世が余り贅沢過ぎて、薩張り絶頂りて了ふて、抜け道の無いやうに詰りて了ふて居るから、延すほど悪く成りて、モウ一寸も延すことが出来んから、神を恨めなよ。 知らして在るやうに成りて来るのじゃから、何にも無しに立替は出来んから、改心の出来ん身魂は、肉体在っては到底も魂性の磨けることは出来んから、言ふ事を聞かん御魂の肉体は、出直しに致さねば、神界の革新は成らんから、どうぞ改心を為せて、其の儘で置いて、何なりと出来る事を為せてと思うても、神の心を汲みとるやうな、日本の御魂の性来が、一寸も無いやうに成りて居るから、何れ始めると非道いぞよ。 霊魂を早く良く致して、光華明彩の世に致さねば、此の世が悪く成る斗りで在るから、此の世に置いて欲しいなら、改心さえ致せば善の世へ立ち帰らして、其の場から嬉悦満円なりて、善の霊を入れ換え致して与りて、末代善い名を残すやうに成るなれど、是程日々申しても、改心の出来る身魂が無いから、出来な為るやうにして、霊魂を整備するぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正3年旧9月17日 | 大正三年旧九月十七日 大国常立尊が変生男子の身魂と一つになりて、出口直の手で昔からの事、是までに解らなんだ事から、昔から此世に無りた事を書しておくぞよ。日本の国は根本の霊能元素の国で在るから、世界に一と申して二の無い神国であるぞよ。此日本の結構な神国は、何時に成りても外国の自由には成らん国であるのに、こんな見苦しき国に成りて了ふたのは、日本の守護神がサッパリ悪に覆りて居るからであるぞよ。斯ういふ事になるのは、世の元の大神様の附々の守護神の精神が悪るき故に、斯う言ふ事に成りたのであるぞよ。天の王の御先祖様と御成なさる尊い霊魂の附々の、一の番頭二の番頭の精神が元来悪き故に、世界一の霊の本の国を、斯様な見ぐるしき国に致して了ふて、今の日本の有様、神なき国同様であるぞよ。 昔から神が研きしもとの鏡も、九分九厘の処で曇りたら神の間には合はんから、今度の御用はチットも油断は出来んぞよ。天地の御先祖様の尊い御霊魂の光を出さねば成らぬ大神様の一の家来が、鏡が曇りて居りた故に、斯んな惨い世になりたのであるぞよ。今暫くは一の家来の名だけは、現はさずに在るなれど、トコトン改心をいたさねば、其守護神と肉体の名を現はして、世界中へ慚愧を晒さして、悪の加賀美にして罪を取らねば、重々の天地の咎人どころで無いぞよ。天地の大盗賊であるぞよ。変生男子より外には此筆先を書く身魂は、末代に無いのであるぞよ。外にも筆先書して知らして在れども、肝心の一厘の事は知らして無いぞよ。代りの有る事なら為宜いなれど、代りの無い変生男子の身魂と、変生女子の身魂であるから、此御用の勤まる身魂は外には一方も無いやうな事がさして在るから、大本へ立寄る人が何彼の事を誤解をして居るが、誠の善一つの道は普通の身魂では、此中の事は見当が取れんから、大本の誠の御用を致さうと思ふたら、人から見て違ふた人じゃなあと言はれて、ひっくるぶいて仕事を為もってでも、筆先の精神を考へて見て、夜分に寝ても寝られんやうな、一心の人で在りたなら。此方が天晴現はれて、是で宜いといふやうに成りたら、善の方へ廻して、神から直接の神力を授てをいて守護を致すから、何事も思ふやうに、箱さした様に行けるなれど、今の人民は思いが大元の神とは反対であるから、神力が渡されんのであるぞよ。神国の肝心の時の間に合はん学で、智慧の出来たハイカラ御魂の肉体の人民は、神が使ひ難いから、産の霊魂に立かへらんと、今度の神世の御用には使はんぞよ。一層何も彼も卓越た学のある守護神でありたら、解るのも早いなれど、今の途中の鼻高の学者は、世界が茲まで迫りて来て居るのに、未だ日本の国の天からの責任が解らん様な事であるから、何時まで延ばしても限が無いから、天地のビックリ箱を明けて、神力を見せてやるぞよ。天地のビックリ箱が開くと、天地が一度に鳴動出して、耳も目も鼻も飛んで了ふやうなエライ騒動になりて、如何な悪の強い身魂でも、学のある守護神でも、ヂリヂリ悶へいたして、一度に改心を致すなれど、そうなりてからの改心はモウ遅いぞよ。そう成りて来たら金銀でも、学でも、智慧でも屁の突張にも成らんと言ふ事が解るぞよ。そこに成る迄気の付かんのは、外国の訳の解らん悪神の霊魂に心の底から欺されて了ふて、日本魂が曇り切りて居るからであるぞよ。今年で二十三年の間、出口直の手と口とで十分に知らして気を付けたなれど、今の上の守護神も下の人民も渋たふて聞入れぬから、モウ知らせ様が無いから、何彼の事の実地を為て見せてやるから、ビックリ虫を出して又腰の抜けんやうに、此大本へ来て筆先を見たり聞いて居る人は、世界の大峠と成りた折には、チト異うた人に成りて居らんと、早うから此辛い処へ山坂を越えて、有難いと申して居りても、大本の中は大化者に、実地に世界の事が為して見せて、鏡が出してあるから、世界から何事が起りて来ても、胴を据えて、腹帯を確りと締て居ると、今度の世界の御用が能く勤まるぞよ。ビクビク致す様な事ではモ一つ信仰が足らんのであるぞよ。女でも確り腹帯を締て信仰が固まりたら、世界の大峠に成りた折に胴が据りて、ビクとも為ずに御用が出来るぞよ。筆先の読み様が足んと、其時に恐くなりて堪忍んから、日々に気を附けて知らしてあるぞよ。世界に在る事を気も無い中から、先に知らせる大本であるから、一旦筆先に出した事は、チト遅し速しは在りても皆出て来るから、何彼の事が延びた丈けは一度に成るぞよ。緩々と致して居りたら彼我の国も潰れて世が建ん事に成から、一期に致せば速く成るなれど、世界は一度は困難が来るぞよ。善一つの誠の御慮見の宜い天の御先祖様が、是程永い間の御艱難を為されたのは、元からの附々の守護神の精神が全然極悪で在りた故に、露国へ上りて居る極悪神と心腹が一つで、此世を混乱して了ふたのであるぞよ。表面からは善く見えても、腹の中が極悪であるから、其の事は斯世が泥海の折から、此目的の在る事を天の御先祖様が皆御存知でありたから、地の先祖の国常立尊の変生男子の霊魂と、変生女子の霊魂とが、初発から拵へて在りたのじゃぞよ。斯う言ふ悪物が在る故に、日本の霊能元の国にも、一輪の梅の花の経綸が秘密に為て在るから、到底悪神の自由には何時までも為しは致さんぞよ。日本の元の御血統を悪に致して、化して在りた事が判らなんだが、是までは我の世で無いから、蔭からの守護で何も申す事も致す事も出来なんだなれど、時節参りて世に現はれて、天地の吃驚箱(びっくり箱、ビックリ箱)を開けるから、何彼の事が明白に見え透き出すから、悪の守護神は恐怖なりて迯げ出すやうに成るぞよ。自己の腹の中が自己に見えるやうになりて、自己の腹腸が汚なくなりて、腸を引摺出して悶へ死をする肉体も沢山あるぞよ。世界の立替の大峠と成りたら、善き事も、悪き事も、恐い事も一度に出て来て、眼を開けて見られんやうな事が、罪穢の酷い処には罪の借銭済が在るから、海外の国は大分厳酷ぞよ。日本の中でも非道いめぐりを積で居る処ほど、ひどい事が在ると云ふ事は、明治二十五年から日々続いて知らしてあるが、何彼の時節が参りて、天の根本の大神様の御光を国常立尊から現はせて、昔から無りた事を致したり、此世が出来てから無い、天の王と地の王との大神の光を、三千世界へ現はす世になりたぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧4月9日 | 大正四年旧四月九日 大国常立尊変性男子の身魂、出口の神と顕現て、三千世界の三段に別けて有る御魂を、も一度審査を致して、上の御魂と中段の御魂と下等の御魂と三段の立替立別は、此の世が発生てから未だ無い大望な神業であるぞよ。此度の二度目の世の立替は、此の世が創造てから無い大望な神業であるぞよ。口で言ふよりも大望な経綸であるぞよ。二度目の世の立替がある故に、五六七大神様の御霊統も、異ふ霊統も、知らず知らずの苦労を為て居りた事が判りて来て、天地のビクリ箱が開くから、皆の眼が醒めるぞよ。何とした仕組が為て有りたと申して、悪を働いて来た守護神が一度に眼を覚まして、善の尊とい事に吃驚を致して、大きな声で物も能う言はんぞよ。恥かしいやら面目無いやら、何とした事を思ふて居りたのざと、吾れに吾れの心情が見当が取れん如うになりて来て、早速には御詫びに来る事も出来ず、何処を怨める所も無し、吾れの心情を恨めるよりも仕様が無いぞよと申して、筆先に書いて知らして在ろうがな。筆先に書いてある神言は皆出て来るぞよ。一度の改心は辛いから、明治二十五年から今じゃ早じゃと申して急き込みて知らした神言が、何も一度に世界中から迫りて来て、一度に開く梅の花、筆先通りに世界が成りて来るから、皆腹帯を確固締めて、腹の中に胴を据えて居らんと、一旦は筆先に出して居る通りが出て来ると、世界中の大戦となるぞよ。愚図愚図と為て居りたら、何方の国も潰れるぞよ。向ふの国は気が永いから、向ふの国の申す如うに為て居りたら、日本の国が薩張立たん様になるのを、向ふの国は狙うて居るのじゃぞよ。日本の国は世の根本の肉体の其儘で、末代微躯りとも致さずに居る、天と地との根本の天の御先祖様の御霊統と、地の世界の先祖の御霊統とが、数は少ないなれど、根本の御霊統の霊魂が、末代微躯りとも致さん大和魂の御種であるから、数は要らんぞよ。数が何程有りたとて、却りて邪魔になる今の御魂の性来は。日本の此度の二度目の世の立替は、普通の世に出て居れる守護神は、外国所属であるから、分りは致さんぞよ。日本の国は国も小さいから人民も少ないが、皆外国の方が良いと言ふ如うな、守護神肉体を力に為て居りたら、途中で向うへ附いて仕舞から、間に合ふ守護神を使うて、埒良う致すぞよ。向うの申す事を真実に致して、此処まで自由に為られて置いて、此上向うの申す如うにして居りたら、日本の国を好き候らうに為られるから、天地の先祖の仕組通りを始るから、此の方に皆心魂を任して仕舞うたら良いのだぞよ。肉体で目的を立てるから失敗るのじゃぞよ。人民は神の道具に使用のであるから、近頃のお筆先、管長良く見て置いて下されよ。筆先を熟読て置かんと、トチメンボウ振るぞよ。一度に致すと中々眼も鼻も開かん如うな事が有るぞよ。世の立替が始まると、人民は良う忍耐らん所があるぞよ。世界中の神業であるから、罪穢の深い所には甚い出来事が有るぞよ。延ばす程悪なる許りであるから、渡る河は渡りて仕舞はねば、眼鼻が附かんぞよ。向うの申す事を真実にして居りたら、日本の国は惨酷事に為られるぞよ。日本の国は大元の活神が仕組を為て居るから、此の方の申す如うに致せば、楽に大峠を越せるなれど、此の方を敵対うて何なりと為て見よれ、恐い眼に逢ふぞよ。是迄は控えて居りたなれど、此の先は何かの出来事が一度になるから、何に附けても神の方は激しうなるから、敵対い心がありたなら、其場で気付けを致すぞよ。神は充分に忍耐り詰めて来たなれど、時節が参りて来たから、一旦は激しうなるぞよ。敵対さえ為な何とも無いが、敵対い心が有りたら変るから、気を付けて置くぞよ。毫末でも敵対う心の守護神に使はれて居る肉体は、此の先では間に合はんから、今出る筆先を良く腹に入れて置かんと、平常の事と思うて、取損なひを致すなよ。直接の言葉の代りに其の儘の神言を、出口直の手で、国常立尊が言葉の代りに書くのであるぞよ。取損ないを致さん如うにして居らんと、一寸でも混りがあると取違がひが出来るぞよ。最早気の付け様は無いぞよ。一日ましに此の大本は気遣いになるぞよ。気が緩みたら辛て忍耐れん如うに成るぞよ。世界に順応じて此の大本の大化物を顕はせるから身魂を余程研かんと忍耐れんぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧5月4日 | 大正四年旧五月四日 明治二十五年から口と手とで知らしてある実地の事件が、世界の片端から浜辺から始めるぞよ。国常立の命の次に乙姫殿の御用といふ事がお筆先で知らしてあるが、筆先通りに出現来るぞよ。遠国から始めて段々外国は甚い事があるぞよ。明治二十七年の七月に、激烈い御筆先が書かしてあるが、外国の罪穢の甚い所には惨烈い事があるぞよ。今度二度目の世の立替は、国の借銭、所々の身魂の借銭済であるから、身魂が悪るい働きをして居る国土から借銭済しを始めるぞよ。遠地近地の区劃は無い、罪穢の多大い所には惨烈い事あるから、遠地から始まりて段々近所へ在り出すから、近所は無いと油断は些とも成らんぞよ。国々、所々、家々に身魂に借銭の在る丈の事は、何ンでなりと借銭を皆済して了はねば、世の元の荒神の御揃になりて御守護あり出すと、中々世界の混雑と成るから、大峠と成る迄に改心を致して、身魂を磨いて居らんと、大峠越すのが辛いぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧11月26日 | 大正四年旧十一月二十六日 大国常立尊が三千世界の、上中下と三段に分けてある霊魂を、夫れ夫れに目鼻を附けて、皆を喜ぶやうに致すのは、根本の此世を創造るよりも何程気骨の折る事じゃ、人民では分らん事であるぞよ。初発の悪の霊魂は、悪の事なら何んな事でも出来るから、茲まで世界中を悪で搦みて了ふて、善といふ道は通らぬやうに致して来た、悪神の頭を露はして、トコトン往生を為せて、亦次に中の守護神を改心さして、下の守護神も続いて改心させねば、神世には成らんぞよ。下の守護神が一番に何彼の事が解らんなれど、改心を致さねば何うしても改心いたすやうに喜こばして改心させねば、叱る斗りでは改心の出来ぬ守護神も在るなり、何も解らん四つ足の守護神の如何にも成らぬドウクズは、天の規則通りに致して、埒宜く致さねば仕様はモウ無いぞよ。此の先で何時迄も改心の出来ぬ、悪魔に永う掛りて居りて、世の立替出来んやうな邪魔を致した守護神は、気の毒が今に出来致すぞよ。是丈け気を付けて知らして居るのに、改心の出来ん悪魔に成り切りて居る、霊魂の宿りて居る肉体は、可愛想でも、天地から定まりた規則通りの制配に致すぞよ。モウ何時までも解らんやうな守護神を助けて置いたら、世界が総損害に成りて、茲まで神が苦労いたした骨折が水の泡に成りて了ふぞよ。夫れでは永らく神が苦労いたした甲斐が無くなりて、天の大神様へ申訳が立んなり、神は守護神人民を助けたいのは、胸に充満であるから、モウ一度気を付けて置くから、何事が出て来ても神に不足は申されまいぞよ。是からは悪神の守護神の好きな事も、悪るき事も出来んやうに、天地から埒を附るから、何処を恨む事も出来ず、自己の心を恨める事も出来んやうになるぞよ。天地の先祖の神は善の守護神も悪の守護神も、皆を喜ばしたいと思ふて、色々と永らく気を附たなれど、ドウクヅの蛆虫同様の、醜しき聞解の無いものは、一と処へ寄して固めて灰にして了ふから、悪いものに悩められて、生命を取られるやうな肉体には蛆虫同様、海外の悪い脊属と、モ一つ下たな豆狸といふやうに、論にも杭にもかからんものに弄びに合ふて居るのは、肝腎の神の綱を切れて居る身魂であるぞよ。こんな守護神の宿りて居る肉体は、取払ひに為て了ふて此世界の大掃除を始めるぞよ。 天地の先祖の苦労の解らん身魂は、蛆虫同様であるから、斯んな身魂を此世に置いたら、世の汚れと成るから、神界の経綸通りに致して埒能く建替を致して、後の建直しが中々大望であるから、経綸通りに致して見せるぞよ。そう致すと神は善一つなれど、何も分らん世界の人民が、悪の守護神に引かされて、矢張り艮の金神は悪神で在りたと申すぞよ。細工は流々仕上げが肝心であるぞよ。天地の神の御恩も判らぬやうな、畜生より劣りた名の附けやうの無いものは、末代の邪魔になるから、天地の規則どうりに規めるから、悪の守護神の中でも改心の出来たのは、今度の立替に焼払ひになる所を助けてやるぞよ。蛆虫の中からでも助かるべき身魂が在れば、撰り出して善の方へ廻してやるぞよ。 天の大神様がいよいよ諸国の加美に、立替の命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が、総大将となりて、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷属を使ふと、一旦は激しいから、可成は静まりて世界の守護を為せるなれど、昔の純粋の日本魂の活神の守護と成りたら、此中へ来て居る身魂に申附てある事を、みな覚えて居るであろうが、一度申した事は其様に致すから、神の申すことを一度で聞く身魂で無いと、十分の事は無いぞよ。モウ神からは此上人民に知らせる事はモウ無いから、大峠が出て来てから、如何様でも改心をしますで赦して下されと何程申しても、赦すことは出来んぞよ。是程大望な昔からの仕組を、今になりて変るやうな事を致して居りたら、二度目の世の立替の、大きな経綸が成就致さんぞよ。根本から大洗濯を致して、末代世界の苦舌が無いやうに致して、外国の害をする霊魂が、学で此世を暗黒にして了ふて、正味のないカラの教やら仏のやりかたは、世の大元からの教でない、途中から出来たものは末代の世の行り方には用いんぞよ。 今の日本の上に立て居る守護神は、外国の学ほど結構なものは無いと申して、日本へ渡りて来られん霊魂が、日本の神の御血筋を抱き込みて、好き寸法に致して、此先をモ一つ悪を強くして、悪で末代立て行うとの、エライ目的でありたなれど、モウ悪の霊や仏霊の世の終りと成りたぞよ。本の日本へ世が戻りて、天と地との先祖が末代の世を持たねば、外の霊魂では此世は続かん、口舌の絶えるといふ事は無いぞよ。外国の霊魂の守護神では、途中から世が乱れて、往きも還りも成らんのが、現今の事であるぞよ。大国常立尊が変生男子の霊魂の宿りて居る肉体を借りて、末代の世を受取りて、世の元の清浄の誠の生神ばかりが表に現はれて、天地の先祖の御手伝で、数は尠いなれど、神力は御一柱の生神の御手伝が在り出しても、霊魂の神が何程沢山でも、元の誠の生神の力には叶はんから、同じ様な事を申して、細々と今に続いて知らして居るなれど、途中に出来た枝の神やら、外国から渡りて来て居る、修行なしの利己主義の行り方の守護神では、日本の肝心の事は解りは致さんぞよ。誠の事の解る綾部の大本へ出て来て、いろはからの勉強を致さねば、学は金を入れた丈けの力は出るなれど、天から貰ふた霊魂に附いた、生れ付きの力でないから、仏事の世の間は結構で在りたなれど、モウ仏事の世の終りとなりたから、今迄の学では二度目の世の立替にはチットも間に合はんぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正5年旧2月3日 | 大正五年旧二月三日 大国常立尊変生男子の霊魂が現はれて、三千世界の守護に掛るぞよ。是までは斯世にモウ無い神と為られて居りて、微躯とも致さずに蔭から守護いたしたぞよ。天地の大神は蔭から仏事と化りて、三千世界の守護をして居りたなれど、仏事の世の年の空きとなりたぞよ。世界中が物質からの学で、茲までに開けた世の年の明きとなりたから、今が神徳と物質の終りの替り目の、大峠となりて来たから、茲へなりた折に明治二十五年から知らして在る事と、言葉で知らして在る事を、世界中の守護神人民に、日々昼夜に知らして在りた事を、能く耳へ入れてをいて腹の中の掃除を致して、御霊を研けるやうに茲まで骨を折りたなれど、聞いて居る事を誰も用ゐて居る、守護神人民が無いので、大峠と成りて来たら、逆立に成りて困しむものが出来るから、茲になるまでに、地の先祖が気を付けたのであるぞよ。何程物事の解りた人民でも、此世でエライ人じゃと言はれる人でも、ドンナ誠の強い人民でも、今度の立替の御用に使はな成らん人民には、トコトンまで神は気を引くぞよ。今の人民からは大狂乱といはれ、山子と言はれ、ホウケて居ると言はれ、悪魔と言はれ、世界の大馬鹿者と申されて、悔しい残念を堪り堪りて、微躯とも致さぬ人民でないと、今度の御用には使はんから、神界の御用に立つ身魂は、何でなりとも苦労があるぞよ。我身や家が気に成る様な事では、今度の御用には間に合はんから、神は間に合ふ身魂と思ふたら、一旦は谷底へ落してから、誠の御用に使ふぞよ。気の小さいものは、矢張り艮金神は此世の悪神で在りたと申して、恐がりて迯げて去ぬものも出来るぞよ。力一杯反対しようと致して、縮尻るものも出来るぞよ。今度の御用は普通の身魂では能う勤めんと申して、毎度筆先で知らして在るぞよ。勤め上りたら万古末代名の残る事であるぞよ。皆その覚悟で居らんと、途中でヘコタレるぞよと申して、今までの筆先にクドウ知らして在るぞよ。それで確固と腹帯を〆て、胴を据えて居りて下されと申してあるぞよ。人間界では何程立派な誠の人民でも、昔からの霊魂の罪咎が在るから、今度の御用は苦労の固りで、昔からの霊魂の帳消しを致して、水晶の元の霊魂にいたして、御役に立るのであるから、誰も慢心の無いものはないから、九分九里まで取違いを致して、結構な御用を取外すから、夫れで筆先を十分腹の中へ〆込みて、居りて下されと申すのであるぞよ。今度の世の立替に間に合ふ身魂ほど、苦労が授けてあるぞよ。苦労無しには何事も成就いたさんぞよ。 この大望な御用を致さす因縁の身魂が、何事もスット思ふやうに行たら、途中から邪魔が這入りて、物事成就いたさんから、此大本は月の形の御簾の内、日に日に変る経綸が致してあるぞよ。大本の経綸は引掛戻しであるから、余りトントン拍子に行きよると、又た後へ戻すから、其覚悟で居らんと辛うて堪れんから、茲を貫ぬく身魂でないと、三千年余りての経綸の御用には使はんぞよ。此大本は多勢は要らんと申して在るぞよ。いろは四十八文字で世を開くのであるから、三人に成りても、誠の者でさえ在りたら成就いたすから、訳の判らん身魂はサア今と成りたら、取祓いに致さうも知れんから、夫れでは可愛相で神が見て居れんから、何時までもクドウ厭がられもって、筆先で気を付けるから、神にも出口直にも落度はモウ在ろまいぞよ。 この大本の中から皆揃ふて改心を致して、善一筋の道へ乗り替へて、彼れでならこそ世界の大元じゃと、人民から申すやうに行状、やり方を替へて、永らく落ちて御出なされたミロク様を、一日も早く世に御上がりに成りて戴いて、天地が揃ふて世界の守護が無ければ、世はヂリヂリと滅亡なりて了ふのも、外の守護神には解りは致そまいがな。是迄通りでモ一つ悪を強く為て行りて行うとの、世界中の守護神の精神で在ろうがな。悪の霊では一寸の場の御地の上には、モウ置かん時節が参りたから、天地の先祖が何彼の実地の、準備を立てに廻りて、遠所も近所も外の霊魂では出来ん経綸が立ててあるぞよ。今度の経綸は何処からも、指一本指す事の出来んやうに、水も漏らさんやうに仕組てあるなれど、大本の中へ参りて、邪魔を致す守護神は沢山有るから、気赦しはチットも出来んぞよ。抜刀の中に居る様の精神でないと、油断が在りたら悪の霊が、此中の立寄る人民に憑りて、潰さうと掛るぞよ。今度の経綸はモウ微躯とも致さぬやうに、昔から仕組てあるから、別条は無いなれど、邪魔が這入りた丈けは立替が遅れるから、世界の人民が永らく苦しむのが可愛想なから、此内部から十分に気を付けて、霊魂を日本魂に立還らして居りて下されよ。何事も中から破裂いたすので在るから、大本の邪魔をいたすものも、力一杯神の為と思ふて致すのであるから、一番に改心を致して、道路歩行もってでも大本の筆先を考へ詰めて居らんと、不調法が出来るから、善の御用を致そうと悪に覆ろうと、心一とつの持ちやうであるぞよ。心ほど斯世に恐いものは無いぞよ。 出口直は艮金神の霊で維持て居る肉体であるから、此方の霊が出ると直が肉体がグニャグニャに成りて、弱るのを見ても、神の入れものと申す事が判るぞよ。是からは今迄のやうな心で居ると、此の大本の中の御用はささんぞよ。此中が大変厳格なるぞよ。早うから気が注けて在るが、筆先どほりに何ごとも、世界の大掃除を始めるから国々、所々、家々、人々に罪穢の在るだけのことをいたすから、さうなる迄に改心いたして、身魂を研いて居るやうに、諸国の神、守護神、人民に知らしたことを、悪う取りて耳に入れるものが無いとは、能うも曇りたものであるぞよ。此の実地の天地の先祖の、申すことを誠に聞いて、其行いに替へて居る身魂で在りたなら、此世の変り目に、初発の善き御用を為せて、末代美い名を残すやうに、神から神徳を渡すぞよ。神の申すことを疑はずに誠にいたす守護神に使はれて居る肉体は、其日から善の神の守護が在るから、思ふやうに行きだすぞよ。斯んな結構な教は外に無いなれど、此内の直接の御用いたす身魂が、悪に見せて化して在るから、誰も誠に今にいたすものが無いなれど、何彼の時節が参りて来たから、実地の生神が世界へ実地をして見せるから、実地が出来て来るまで近くほど判らんぞよ。可愛想なものじゃ。我の心が悪いと、人が善きこといたして居りても、反対に悪く見えるぞよ。悪い心を持ちて居ると、悪い守護神が覇張りて、悪いこと斗りを為せるから、一つも思わくは立たんぞよ。今の世の中は悪魔が九分在るから、天地の実地の生神の力でも、中々に骨が折れるぞよ。人民は神なら直に悪魔ぐらいは、退治が出来さうなものじゃと申すなれど、世界中に真実といふ事が、チットも無いやうに成りて、泥海同様で、生神の片足踏込む所も、手を差出す所も無いやうに成て了ふて居るから、神も中々苦労を致すぞよ。この世を是までに利己主義で、他人は如何でも我さえ良けら能い行り方で来た、此の世界の大掃除を、今の上の守護神人民に為せたとこで、誠の掃除は出来は致さんから、実地の活神が世界の大掃除を初めると申して、日々知らして居るなれど、近所ほど何も分らん、気の毒なもので在るが、遠国から開けて来て、遠国の明りで足元が依然して、居れんやうに成るといふ事が、明治二十五年から筆先で知らしてあるぞよ。遠国から明りが刺して、脚下がそろそろと判りかけると申して在るぞよ。綾部の大本の教は、実地ばかりの誠の道であるから開くにも骨が折れるし、分明るのも手間が要るなれど、モウ世界から筆先の実地が出て来るから、此の先に疑ふやうな守護神が、大本へ出て来たら、其場で正体を現はして、ざまを晒さすぞよ。近い所ほど後廻しに成るのは我の心の持ち様が違ふからであるぞよ。 |