| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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21 (396) |
ひふみ神示 | 17_地震の巻 | 第19帖 | 天国の政治は、歓喜の政治である。故に、戒律はない。戒律の存在する処は、地獄的段階の低い陰の世界であることを知らねばならない。天国の政治は、愛の政治である。政治する政治ではない。より内奥の、より浄化されたる愛そのものからなされる。故に、与える政治として現われる。天国は、限りなき団体によって形成されている。そして、その政治は、各々の団体に於ける最中心、最内奥の歓喜によりなされるのである。統治するものは一人であるが、二人であり、三人として現われる。三人が元となり、その中心の一人は、 |
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22 (459) |
ひふみ神示 | 21_空の巻 | 第4帖 | 建直しの道つづき、結び、展く、日月出で、よろづのもの、一二三とみち、つづき鳴り成り、ひらく大道、真理の出でそむ中心に、マコト動きて、元津神栄ゆ、元津神は真理、真愛、大歓喜の大道ぞ、うづぞ、神々のうづぞ、ナルトぞ、人のよろこびぞ、代々の大道ぞ、真理、真愛、大歓喜は、中心にひかり、ひらき極まる道ぞ、展き極まる世ぞ、鳴り極み、ひらき、うごく大道、うごき、和し、なり、大歓喜、足りに足り足る世、生れ出づる世、うごき更にひらき、次々に栄え極みて、新しきはたらきの湧く次の大御代の六合つづく道、つづき睦びて、富士晴れ極み、鳴門は殊にひかり出でて、大道は日神の中心にかへり、亦出でて、ひらき、大道いよいよ満つ、焼く神々、早くせよ。一月六日、一二 |
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23 (743) |
ひふみ神示 | 29_秋の巻 | 第1帖 | 同じ神の子でも本家と分家とあるぞ。本家は人間ぢゃ。分家は動植物ぢゃ。本家と分家は神の前では同じであるが、位置をかへると同じでないぞ。三十年で世の立替いたすぞ。これからは一日ましに世界から出て来るから、如何に強情な人民でも往生いたすぞ。神は喜びであるから、人の心から悪を取り除かねば神に通じないぞと教へてゐるが、それは段階の低い教であるぞ。大道でないぞ。理屈のつくり出した神であるぞ。大神は大歓喜であるから悪をも抱き参らせてゐるのであるぞ。抱き参らす人の心に、マコトの不動の天国くるぞ。抱き参らせば悪は悪ならずと申してあろうが。今迄の教は今迄の教。 |
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24 (744) |
ひふみ神示 | 29_秋の巻 | 第2帖 | 人民は土でつくったと申せば、総てを土でこねてつくり上げたものと思ふから、神と人民とに分れて他人行儀になるのぞ。神のよろこびで土をつくり、それを肉体のカタとし、神の歓喜を魂としてそれにうつして、神の中に人民をイキさしてゐるのであるぞ。取り違ひせんように致しくれよ。親と子と申してあろう。木の股や土から生れたのではマコトの親子ではないぞ。世界の九分九分九厘であるぞ。あるにあられん、さしも押しも出来んことがいよいよ近うなったぞ。外は外にあり、内は内にあり、外は内を悪と見、内は外を悪として考へるのであるが、それは善と悪でないぞ。内と外であるぞ。外には外のよろこび、内には内のよろこびあるぞ。二つが和して一となるぞ。一が始めぞ、元ぞ。和して動き、動いて和せよ。悪を悪と見るのが悪。 |
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25 (747) |
ひふみ神示 | 29_秋の巻 | 第5帖 | へその緒はつながってゐるのであるから、一段奥のへそえへそえと進んで行けば、其処に新しき広い世界、大きくひらけるのであるぞ。自分なくするのではなく高く深くするのであるぞ。無我でないぞ。判りたか。海の底にはキンはいくらでもあるぞ。幽界と霊線つなぐと自己愛となり、天国と霊線つなげば真愛と現れるぞ。よろこびも二つあるぞ。三つあるぞ。大歓喜は一つなれど、次の段階では二つとなるのであるぞ。 |
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26 (771) |
ひふみ神示 | 30_冬の巻 | 第1帖 | 宇宙は霊の霊と物質とからなってゐるぞ。人間も又同様であるぞ。宇宙にあるものは皆人間にあり。人間にあるものは皆宇宙にあるぞ。人間は小宇宙と申して、神のヒナガタと申してあらう。人間には物質界を感知するために五官器があるぞ。霊界を感知するために超五官器あるぞ。神界は五官と超五官と和して知り得るのであるぞ。この点誤るなよ。霊的自分を正守護神と申し、神的自分を本守護神と申すぞ。幽界的自分が副守護神ぢゃ。本守護神は大神の歓喜であるぞ。神と霊は一つであって、幽と現、合せて三ぞ。この三は三にして一、一にして二、二にして三であるぞ。故に肉体のみの自分もなければ霊だけの自分もない。神界から真直ぐに感応する想念を正流と申す。幽界を経て又幽界より来る想念を外流と申すぞ。人間の肉体は想念の最外部、最底部をなすものであるから肉体的動きの以前に於て霊的動きが必ずあるのであるぞ。故に人間の肉体は霊のいれものと申してあるのぞ。又物質界は、霊界の移写であり衣であるから、霊界と現実界、又霊と体とは殆んど同じもの。同じ形をしてゐるのであるぞ。故に物質界と切り離された霊界はなく、霊界と切り離した交渉なき現実界はないのであるぞ。人間は霊界より動かされるが、又人間自体よりかもし出した霊波は反射的に霊界に反影するのであるぞ。人間の心の凸凹によって、一は神界に、一は幽界に反影するのであるぞ。幽界は人間の心の影が生み出したものと申してあろうがな。総ベては大宇宙の中にあり、その大宇宙である大神の中に、大神が生み給ふたのであるぞ。このことよくわきまへて下されよ。善のこと悪のこと、善悪のこと、よく判って来るのであるぞ。故に、人間の生活は霊的生活、言の生活であるぞ。肉体に食ふことあれば霊にもあり、言を食べているのが霊ぞ。霊は言ぞ。この点が最も大切なことじゃから、くどう申しておくぞ。死んでも物質界とつながりなくならん。生きてゐる時も霊界とは切れんつながりあること、とくと会得せよ。そなた達は神をまつるにも、祖先まつるにも物質のめあてつくるであろうがな。それはまだまだ未熟な事ぞ。死後に於ても、現実界に自分がある。それは丁度、生きてゐる時も半分は霊界で生活してゐるのと同じであるぞ。自分の衣は自分の外側であるぞ。自分を霊とすると、衣は体、衣着た自分を霊とすれば家は体、家にゐる自分を霊とすれば土地は体であるぞ。更に祖先は過去の自分であり、子孫は新しき自分、未来の自分であるぞ。兄弟姉妹は最も近き横の自分であるぞ。人類は横の自分、動、植、鉱物は更にその外の自分であるぞ。切りはなすこと出来ん。自分のみの自分はないぞ。縦には神とのつながり切れんぞ。限りなき霊とのつながり切れんぞ。故に、神は自分であるぞ。一切は自分であるぞ。一切がよろこびであるぞ。霊界に於ける自分は、殊に先祖との交流、交渉深いぞ。よって、自分の肉体は自分のみのものでないぞ。先祖霊と交渉深いぞ。神はもとより一切の交渉あるのであるぞ。その祖先霊は神界に属するものと幽界に属するものとあるぞ。中間に属するものもあるぞ。神界に属するものは、正流を通じ、幽界に属するものは外流を通じて自分に反応してくるぞ。正流に属する祖先は正守護神の一柱であり、外流に加はるものは、副守護神の一柱と現はれてくるのであるぞ。外流の中には、動植物霊も交ってくることあるぞ。それは己の心の中にその霊と通ずるものあるためぞ。一切が自分であるためぞ。常に一切を浄化せなならんぞ。霊は常に体を求め、体は霊を求めて御座るからぞ。霊体一致が喜びの根本であるぞ。一つの肉体に無数の霊が感応し得るのざ。それは霊なるが故にであるぞ。霊には霊の霊が感応する。又高度の霊は無限に分霊するのであるぞ。二重三重人格と申すのは、二重三重のつきものの転換によるものであり、群集心理は一時的の憑依霊であると申してあろうがな。霊が元と申してくどう知らしてあろうが。人間は現界、霊界共に住んで居り、その調和をはからねばならん。自分は自分一人でなく、タテにもヨコにも無限につながってゐるのであるから、その調和をはからねばならん。それが人間の使命の最も大切なことであるぞ。調和乱すが悪ぞ。人間のみならず、総て偏してならん。霊に偏してもならん。霊も五、体も五と申してあらう。ぢゃが主は霊であり体は従ぞ。神は主であり、人間は従であるぞ。五と五と同じであると申してあろう。差別則平等と申してあらう。取り違い禁物ぞ。神は愛と現はれ、真と現はれるのであるが、その根はよろこびであるぞ。神の子は皆よろこびぢゃ。よろこびは弥栄ぞ。ぢゃがよろこびにも正流と外流とあるぞ。間違へてならんぞ。正流の歓喜は愛の善となって現はれて、又真の信と現はれるぞ。外流のよろこびは愛の悪となって現れるぞ。何れも大神の現れであること忘れるなよ。悪抱き参らせて進むところにマコトの弥栄あるのであるぞ。神は弥栄ぞ。これでよいと申すことないのであるぞ。大完成から超大大完成に向って常に弥栄してゐるのであるぞよ。宇宙は総てに於ても、個々に於ても総てよろこびからよろこびに向って呼吸してゐるのぞ。よろこびによって創られてよろこんでゐるのであるぞ。故によろこびなくして生きないぞ。合一はないぞ。愛は愛のみではよろこびでないぞと申してあろう。真は真のみでは喜びでないと申してあろうが。愛と真と合一し、 |
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27 (821) |
ひふみ神示 | 32_碧玉之巻 | 第18帖 | 氷と水と水蒸気ぢゃと申してあろうがな、同じであって違ふのぞと知らしてあろう、地には地の、天には天の、神には神の、人民には人民の、動物には動物の、植物には植物の、それぞれの法則があり、秩序があるのであるぞ、霊界に起ったことが現界にうつると申しても其のままでうつるのではないぞ、また物質界が霊界に反影すると申しても其のままに反影するのではないぞ、総てが太神の中での動きであるから、喜びが法則となり秩序となって統一されて行くのであるぞ、それをフトマニと申すのぞ、太神の歓喜から生れたものであるが、太神もその法則、秩序、統一性を破る事は出来ない大宇宙の鉄則であるぞ、鉄則ではあるが、無限角度をもつ球であるから、如何ようにも変化して誤らない、マニ摩邇)の球とも申すのであるぞ。その鉄則は第一段階から第二段階に、第二段階から第三段階にと、絶えず完成から超完成に向って弥栄するのであるぞ。弥栄すればこそ、呼吸し、脈拍し、進展して止まないのであるぞ。このこと判れば、次の世のあり方の根本がアリヤカとなるのであるぞ。 |
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28 (829) |
ひふみ神示 | 33_星座の巻 | 第7帖 | この世をつくった太神の神示ぞ、一分一厘違わんことばかり、後になって気がついても、その時ではおそいおそい、この神は現在も尚、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのぞ、この道理判りて下されよ、世界は進歩し、文明するのでないぞ、呼吸するのみぞ、脈拍するのみぞ、変化するのみぞ、ぐるぐる廻るのみぞ、歓喜弥栄とはこのことぞ。 |
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29 (847) |
ひふみ神示 | 33_星座の巻 | 第25帖 | 歓喜に裁きのない如く、神には裁きなし。さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となるぞ、戒律や裁-サバきは低い段階、過去の部分的一面に過ぎん、裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること、人民に罪なし。 手長手伸堅磐常磐に祝ふ御代なる。生井栄井津長井阿須波比支たたへましを。底つ岩根千木岩高く瑞の御舎。四方の御門五方とひらき宇都幣帛を。御巫の辞竟へまつる生足御国。塩沫の留まる限り皇国弥栄ゆ。海原の辺にも沖にも神つまります。天の壁地の退立つ極み手伸しき。八十綱を百綱とかけてささし給はむ。 |
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30 (894) |
ひふみ神示 | 36_至恩之巻 | 第8帖 | ナギ、ナミ夫婦神は八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひてナミの神は去りましたのであるぞ。物質偏重の世はやがて去るべき宿命にあるぞ、心得なされよ。ナミの神はやがて九と十の世界に住みつかれたのであるぞ。妻神に去られたナギの神は一人でモノを生むことの無理であることを知り給ひ、妻神を訪れ給ひ、相談されたのであるなれど、話が途中からコヂレて遂に別々に住み給ふ事となり、コトドを見立てられて千引の岩戸をしめ、両神の交流、歓喜、弥栄は中絶したのであるぞ。 |
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31 (957) |
ひふみ神示 | 39_月光の巻 | 第25帖 | 食物は科学的栄養のみに囚われてはならん。霊の栄養大切。自分と自分と和合せよと申してあるが、肉体の自分と魂の自分との和合出来たら、も一段奥の魂と和合せよ。更に、又奥の自分と和合せよ。一番奥の自分は神であるぞ。高い心境に入ったら、神を拝む形式はなくともよいぞ。為すこと、心に浮ぶこと、それ自体が礼拝となるからぞ。山も自分、川も自分、野も自分、海も自分ぞ。草木動物悉く自分ぞ、歓喜ぞ。その自分出来たら天を自分とせよ。天を自分にするとはムにすることぞ。 |
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32 (970) |
ひふみ神示 | 39_月光の巻 | 第38帖 | はじめの喜びは食物ぞ。次は異性ぞ。何れも大きな驚きであろうがな。これは和すことによって起るのぞ。とけ合ふことによって喜びとなるのぢゃ。よろこびは神ぢゃ。和さねば苦となるぞ。かなしみとなるぞ。先づ自分と自分と和合せよと申してあろうが。そこにこそ神の御はたらきあるのぢゃ。ぢゃがこれは外の喜び、肉体のよろこびぞ。元の喜びは霊の食物を食ふことぞ。その大きな喜びを与へてあるのに、何故手を出さんのぢゃ。その喜び、おどろきを何故に求めんのぢゃ。何故に神示を食べないのか。見るばかりではミにつかんぞ。よく噛みしめて味はひて喜びとせんのぢゃ。喜びが神であるぞ。次には神との交わりぞ。交流ぞ。和ぞ。そこには且って知らざりしおどろきと大歓喜が生れるぞ。神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ。神が霊となり花むことなるのぢゃ。人民は花よめとなるのぢゃ。判るであろうが。この花むこはいくら年を経ても花よめを捨てはせぬ。永遠につづく結びぢゃ。結婚ぢゃ。何ものにも比べることの出来ぬおどろきぞ。よろこびぞ。花むこどのが手をさしのべてゐるのに、何故に抱かれんのぢゃ。神は理屈では判らん。夫婦の交わりは説明出来まいがな。神が判っても交わらねば、神ととけ合はねば真理は判らん。なんとした結構なことかと人民びっくりする仕組ぞ。神と交流し結婚した大歓喜は、死を越えた永遠のものぞ。消えざる火の大歓喜ぞ。これがまことの信仰、神は花嫁を求めて御座るぞ。早う神のふところに抱かれて下されよ。二月一日。 |
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33 (978) |
ひふみ神示 | 39_月光の巻 | 第46帖 | 考えてゐては何も成就せんぞ。神界と交流し、神界に生き、神界と共に弥栄すればよいのぢゃ。人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考えぢゃ。今迄の考えでは人間の迷ひぞと申してあろうがな。迷ひを払って真実に生きよ。みたましづめぢゃ。加実しづめぢゃ。そなたは信仰のありかたを知らんぞ。長い目で永遠の立場からの幸が、歓喜がおかげであるぞ。局部的一時的にはいやなことも起ってくるぞ。天地を信じ、自分を知り、人を理解する所にこそ まことの弥栄あるぞ。だますものにはだまされてやれよ。一先づだまされて、だまされんように導いて下されよ。そなたはそんな場合に我を出すからしくじるのぞ。だまされてやろうとするからカスが残るのぞ。まことにだまされる修業が大切ぢゃなあ。 |
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34 (981) |
ひふみ神示 | 39_月光の巻 | 第49帖 | そなたの用意が足らんぞ。日々の人間の御用を、神の御用と和すように、神の御用が人の御用、人の御用が神の御用となるのがまことの道であり、弥栄の道であり大歓喜であるぞ。いつでも神かかれるように神かかってゐるように、神かかっていても、われにも他にも判らぬようになりて下されよ。鍬とる百性が己をわすれ、大地をわすれ、鍬をわすれてゐる境地が、まことのみたましづめであり、神かかりであるぞ。そこらでなさる行も、それに到る一つの道ではあるが、それのみではならんぞ。気つけ合ってよきに進んで下されよ。そなたが歩むのぢゃ。道は自分で歩まねばならんぞ。他人におんぶしたり、他人が歩かしてくれるのではないぞ。そなたの力で、そなた自身の苦労で人を助けねばならんぞ。人を助ければその人は神が助けるのであるぞ。この道理なぜに判らんのぢゃ。人を助けずに我を助けてくれと申しても、それは無理と申すもの。神にも道はまげられんぞ。 |
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35 (1006) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 09 雑草の原野 | 第九章雑草の原野〔九〕 雑草の原野の状況は、実に殺風景であつた。自分は、いつしか又一人となつてゐた。頭の上からザラザラと怪しい音がする。何心なく仰向くとたんに両眼に焼砂のやうなものが飛び込み、眼を開くこともできず、第一に眼の球が焼けるやうな痛さを感ずるとともに四面暗黒になつたと思ふと、何物とも知らず自分の左右の手を抜けんばかりに曳くものがある。また両脚を左右に引き裂かうとする。なんとも形容のできぬ苦しさである。頭上からは冷たい冷たい氷の刃で梨割りにされる。百雷の一時に轟くやうな音がして、地上は波のやうに上下左右に激動する。怪しい、いやらしい、悲しい声が聞える。自分は一生懸命になつて、例の「アマテラスオホミカミ」を、切れぎれに漸つと口唱するとたんに、天地開明の心地して目の痛もなほり、不思議や自分は女神の姿に化してゐた。 舟木ははるかの遠方から、比礼を振りつつ此方へむかつて帰つてくる。その姿を見たときの嬉しさ、二人は再会の歓喜に充ち、暫時休息してゐると、後より「松」といふ悪鬼が現はれ、光すさまじき氷の刃で切つてかかる。舟木はただちに比礼を振る、自分は神名を唱へる。悪鬼は二三の同類とともに足早く南方さして逃げてゆく。 どこからともなく「北へ北へ」と呼ばはる声に、機械のごとく自分の身体が自然に進んで行く。そこへ「坤」といふ字のついた、王冠をいただいた女神が、小松林といふ白髪の老人とともに現はれて、一本の太い長い筆を自分に渡して姿を隠された。見るまに不思議やその筆の筒から硯が出る、墨が出る、半紙が山ほど出てくる。そして姿は少しも見えぬが、頭の上から「筆を持て」といふ声がする。二三人の童子が現はれて硯に水を注ぎ墨を摺つたまま、これも姿をかくした。 自分は立派な女神の姿に変化したままで、一生懸命に半紙にむかつて機械的に筆をはしらす。ずゐぶん長い時間であつたが、冊数はたしかに五百六十七であつたやうに思ふ。そこへにはかに何物かの足音が聞えたと思ふまもなく、前の「中」といふ鬼が現はれ、槍の先に数十冊づつ突き刺し、をりからの暴風目がけ中空に散乱させてしまうた。さうすると、又もや数十冊分の同じ容積の半紙が、自分の前にどこからともなく湧いてくる。また是も筆をはしらさねばならぬやうな気がするので、寒風の吹きすさぶ野原の枯草の上に坐つて、凹凸のはなはだしい石の机に紙を伸べ、左手に押さへては、セツセと何事かを書いてゐた。そこへ今度は眼球の四ツある怪物を先導に、平だの、中だの、木だの、後だの、田だの、竹だの、村だの、与だの、藤だの、井だの印の入つた法被を着た鬼がやつてきて、残らず引さらへ、二三丁先の草の中へ積み重ねて、これに火をかけて焼く。 そこへ、「西」といふ色の蒼白い男が出てきて、一抱へ抜きだして自分の前へ持つてくる。鬼どもは一生懸命に「西」を追ひかけてくる。自分が比礼をふると驚いて皆逃げてゆく。火は大変な勢で自分の書いたものを灰にしてゐる。黒い煙が竜の姿に化つて天上へ昇つてゆく。天上では電光のやうに光つて、数限りなき星と化してしまうた。その星明りに「西」は書類を抱へて、南の空高く姿を雲に隠した。女神の自分の姿は、いつとはなしに又元の囚人の衣に復つてをつた。俄然寒風吹き荒み、歯はガチガチと震うてきた。そして何だかおそろしいものに、襲はれたやうな寂しい心持がしだした。 |
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36 (1008) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 11 大幣の霊験 | 第一一章大幣の霊験〔一一〕 一歩々々辛うじて前進すると、広大な池があつた。池の中には全部いやらしい毛虫がウザウザしてをる。その中に混つて馬の首を四ツ合せたやうな顔をした蛇体で角が生えたものが、舌をペロペロ吐き出してをる。この広い池には、細い細い氷の橋が一筋長く向ふ側へ渡してあるばかりである。後から「松」「中」「畑」といふ鬼が十字形の尖つた槍をもつて突きにくるので、前へすすむより仕方はない。十人が十人ながら、池へすべり落て毛虫に刺され、どれもこれも全身腫あがつて、痛さと寒さに苦悶の声をしぼり、虫の鳴くやうに呻つてをる状態は、ほとんど瀕死の病人同様である。その上、怪蛇が一人々々カブツとくはへては吐きだし、骨も肉も搾つたやうにいぢめてをる。自分もこの橋を渡らねばならぬ。自分は幸に首尾よく渡りうるも、連の人々はどうするであらうかと心配でならぬ。躊躇逡巡進みかねたるところへ、「三葉殿」と頭の上から優しい女の声が聞えて、たちまち一本の大幣が前に降つてきた。手早く手にとつて、思はず「祓戸大神祓ひたまへ清めたまへ」と唱へた。広い池はたちまち平原と化し、鬼も怪蛇も姿を消してしまつた。数万人の老若男女の幽体はたちまち蘇生したやうに元気な顔をして、一斉に「三ツ葉様」と叫んだ。その声は、天地も崩れんばかりであつた。各人の産土の神は綺羅星のごとくに出現したまひ、自分の氏子々々を引連れ、歓び勇んで帰つて行かれる有難さ。 自分は比礼の神器を舟木に渡して、困つてをつたところへ、金勝要神より、大幣をたまはつたので、百万の援軍を得たる心地して、名も知れぬ平原をただ一人またもや進んで行く。 一つの巨大な洋館が、儼然として高く雲表にそびえ立つてをる。門口には厳めしき冥官が鏡のやうな眼を見張つて、前後左右に首をめぐらし監視してをる。部下の冥卒が数限りもなく現はれ、各自に亡人を酷遇するその光景は筆紙につくされない惨酷さである。自分は大幣を振りながら、館内へ歩をすすめた。冥官も、冥卒もただ黙して自分の通行するのを知らぬふうをしてゐる。「キヤツキヤツ」と叫ぶ声にふりかへると、沢山の婦女子が口から血を吐いたり、槍で腹部を突き刺されたり、赤児の群に全身の血を吸はれたり、毒蛇に首を捲かれたりして、悲鳴をあげ七転八倒してゐた。冥卒が竹槍の穂で、頭といはず、腹といはず、身体処かまはず突きさす恐ろしさ、血は流れて滝となり、異臭を放ち、惨状目もあてられぬ光景である。またもや大幣を左右左に二三回振りまはした。今までのすさまじき幕はとざされ、婦女子の多勢が自分の脚下に涙を流して集まりきたり、中には身体に口をつけ「三ツ葉様、有難う、辱なう」と、異口同音に嬉し泣きに泣いてをる。一天たちまち明光現はれ、各人の産土神は氏子を伴なひ、合掌しながら、光とともにどこともなく帰らせたまうた。天の一方には歓喜にみちた声が聞える。声は次第に遠ざかつて終には風の音のみ耳へ浸みこむ。 |
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37 (1026) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 29 天津神の神算鬼謀 | 第二九章天津神の神算鬼謀〔二九〕 神界の場面は、ガラリ一転した。大八洲彦命は少数の神軍とともに、広大無辺な原野に現はれた。そして一隊を引率れ、東へ東へと進軍された。その果しもない原野には身を没するばかりの種々の草が茫々と繁つてゐる。その刹那、諸方より火の手があがつた。しかも風は非常に強烈な旋風である。天の一方を望めば、常世彦が現はれ軍扇をもつて数多の魔軍を指揮してゐる。 火は諸方より燃え迫り、煙とともに大八洲彦命の一隊を包んでしまつた。ここに大八洲彦命は進退これ谷まり、自分の珍蔵してゐる真澄の珠を、中空にむかつて投げつけられた。その珠は中空に爆裂して数十万の星となつた。この星は残らず地上に落下して威儀儼然たる数十万の神軍と化した。さうしてその神軍は、一斉に百雷の一度にとどろくごとき巨大なる言霊を発射した。それと同時に、さしも猛烈なる曠野の火焔はぱつたり消滅し、丈高き草はことごとく焼き払はれた。魔軍の死骸は四方八方に黒焦となつて累々と横たはつてゐた。 それから大八洲彦命の一隊はだんだん東へ向つて進んでいつた。そこに又もや一つの大きな山が出現してゐる。この山には彼の胸長彦の残党が立て籠もり、再挙を計つてゐた。 この山を天保山といふ。胸長彦はこんどは安熊、高杉別、桃作、虎若、黒姫を部将として、大八洲彦命の一隊を待ち討たむとしてゐた。このとき真澄の珠より現はれたる数十万の軍勢は残らず天へ帰つてしまつた。せつかく勢力を得て、勇気百倍せる大八洲彦命は非常に失望落胆して、天にむかひ再び神軍の降下せむことを哀願された。折しも天よりは紫雲に打ち乗つて容姿端麗な白髪の神使が、二柱の実に美はしい女神をしたがへ大八洲彦命の前にお降りになり、厳かに天津神の命を伝へられた。その命令の意味は、 『大八洲彦命が今度世界の修理固成をなして、国常立大神の神業を奉仕したまふ上において、加勢の力を頼むやうなことであつては、この神業は到底完全に成功せぬ。それゆゑ大八洲彦命の胆力修錬のため、わざとに神軍を引き上げさせ、孤立無援の地位に立たしめたのは神の深き御仁慈である』 と云ひをはり、天の使は掻き消すごとく姿をかくしたまうた。 天保山のはるか東北にあたつて天教山といふのがある。そこには八島別が、天神の命により、大八洲彦命を救援すべく計画されて、あまたの神軍を引率してをられた。 大八洲彦命は今の神使の教示を聞き、もはや天よりの救援隊は、一神も来らぬものと断念されてゐた。そのために天教山の八島別の軍勢を、わが援軍なりとは少しも気づかず、かへつて天保山の別働隊のやうに思はれたのである。 一方胸長彦は、天保山の陣営が強圧さるることを恐れて、いろいろと謀議を凝らした結果、まづ第一に大八洲彦命を偽つて帰順し、命とともに八島別の陣営なる天教山を殲滅せむことを企てたのである。そこで胸長彦は安熊、桃作、虎若の三部将を軍使として大八洲彦命の陣営に遣はして、帰順の意を表し、かつ天教山には大八洲彦命にとつて、強敵の現はれたことを注進した。 大八洲彦命の陣営は、原野の中心にあつて非常に不利な位置であつた。もし天教山の上より一斉射撃を受けたならば、大八洲彦命の一隊は、全滅さるる恐れがあつたのである。さういふ立場に立ちいたれる大八洲彦命は、渡りに船と快諾されてここに和睦をなし、胸長彦とともに天教山を攻撃することとなつた。 天教山の方においては、胸長彦の先頭に立ちて攻め来るのを見て、てつきり敵軍に相違なしと思ひ、山上より大風を起し、岩石を飛ばし、攻めくる敵軍を散々に悩ました。しかも先頭に立つた胸長彦の軍隊は、第一戦において殆ど滅亡されてしまつた。 その次に第二軍として現はれたるは、大八洲彦命の軍勢であつた。命は数十羽の烏を使つて、天教山なる八島別にたいし、帰順すべく神書を認め、足に括りつけて放たれた。烏は空中高く舞ひあがるとともに天教山へ昇り、八島別に伝達した。八島別命はその伝達を読んで、はじめて大八洲彦命の消息を知り、かつ、 『自分は天の命により、大八洲彦命を救援に来たものである』 との信書を書いて、同じく烏の足へ括りつけて放した。烏はにはかに金色の鵄と化り、四方を照しつつ大八洲彦命の前に下つてきた。 ここにおいて始めて相互の真相がわかり、大八洲彦命の軍は歓喜のあまり天にむかつて神言を奏上した。 その声は天教山の八島別の陣営に澄みきるごとくに響きわたつたので、八島別は山を下らず、そのまま諸軍勢を引き率れ天の一方に姿をかくしてしまつた。かくのごとくして敵軍を殲滅せしめたまひし天津神の神算鬼謀は、実に感歎の次第である。 (大正一〇・一〇・二二旧九・二二桜井重雄録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 38 黄金水の精 | 第三八章黄金水の精〔三八〕 ここに稚姫君命、金勝要神、大八洲彦命は歓喜のあまり、シオン山の大峡小峡の木を切り新しき御船をつくり、また珠をおさむる白木の御輿をしつらへ、恭しく顕国の御玉を奉按し、これを御輿もろとも御船の正中に安置し、安河を下りて竜宮城に帰還し、三重の金殿に深く秘蔵したまうた。この御玉はある尊貴なる神の御精霊体である。 話はもとへかへつて、高杉別、森鷹彦は大神の命を奉じ、黄金造の器にシオンの滝の清泉を盛り、御輿の前後に扈従し目出度く帰城したまひ、この清泉は命の指揮の下に竜宮城の真奈井に注ぎ入れられた。それよりこの水を黄金水といふ。 顕国の御玉の竜宮城に御安着とともに、三方より不思議にも黒煙天に冲して濛々と立ち騰り、竜宮城は今将に焼け落ちむとする勢である。この時たちまち彼の真奈井より黄金水は竜の天に昇るがごとく中天に噴きあがり、大雨となつて降り下り、立ち上る猛火を鎮定した。竜宮城の後の光景は不審にも何の変異もなく、依然として元形をとどめてゐた。 金剛不壊の顕国の御玉は、時々刻々に光度を増し、一時に数百の太陽の現はれしごとく、神人皆その光徳の眩ゆさに眼を開く能はず、万一眼を開くときは失明するにいたるくらゐである。 ここに国常立尊は、神威の赫灼たるに驚喜したまひしが、さりとてこのまま竜宮城にあからさまに奉祭することを躊躇したまひ、天運の循環しきたるまで、至堅至牢なる三重の金殿に八重畳を布き、その上に御輿もろとも安置し、十二重の戸帳をもつてこれを掩ひ深く秘斎したまうた。 それより三重の金殿はにはかに光を増し、その光は上は天を照し、下は葦原の瑞穂国隈なく照り輝くにいたつた。金色の鵄は常に金殿の上空に翺翔し、天地の諸善神、時に集まりきたつて、微妙の音楽を奏し遊び戯れたまふ、実に五六七神世の実現、天の岩戸開きの光景もかくやと思はるるばかりである。 天の真奈井の清泉はにはかに金色と変じ、その水の精は、十二個の美しき玉となつて中空に舞ひ上り、種々の色と変じ、ふたたび地上に降下した。このとき眼ざとくも田依彦、玉彦、芳彦、神彦、鶴若、亀若、倉高[※本章で「倉高」は、初版を始め普及版、校定版、愛善世界社版では「高倉」になっているが、他の章(37章、41章、42章)ではすべて「倉高」という名で出て来るので、読者の混乱を避けるため「倉高」にした。]、杉生彦、高杉別、森鷹彦、猿彦、時彦の十二の神司は争うてこれを拾ひ、各自に珍蔵して天運循環の好期を待たむとした。 この十二の玉はおのおの特徴を備へ、神変不可思議の神力を具有せるものである。 ここに竹熊の一派は、危急を救はれし大神の厚恩を無視し、生来の野心をますます増長し、金殿に安置せる顕国の御玉を涜しくもらせ、無用の長物たらしめむとして四方の曲津神と語らひ、なほ懲りずまに計画を廻らしてゐた。この目的を達するには、その第一着手として黄金水の精より成り出でたる十二個の玉を手に入れねばならぬ。この玉をことごとく手に握れば、彼らの目的は達するものと深く信じたからである。ここにおいて竹熊は、将を射むとするものは先づその馬を射よとの戦法を応用せむとし、あらゆる方策を講じて竜宮城の従臣なる十二柱の神司を説き落し、あるひは討ち亡ぼして、その玉をいよいよ奪ひ取らむとした。この玉は十二個のうち、一個不足しても何の用をもなさないのである。 (大正一〇・一〇・二三旧九・二三谷口正治録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 40 黒玉の行衛 | 第四〇章黒玉の行衛〔四〇〕 竹熊は謀計をもつて、田依彦の持てる玉を手に入れたるより大いに勢を得、今度はすすんで玉彦の持てる黒色の玉を、奪取せむことを企てた。玉彦は名誉欲が強く、つねに衆人の下位に立ち不平満々で日を送つてゐたのである。 しかるに茲に黒玉を得て心中勇気を増し、意気揚々として竜宮城内を濶歩し、他の者たちに対して、 『われは位の低き者なれども、大神より特に選ばれて、黄金水の黒玉を得たり。かならずや時きたらば、われは立派なる上の位地にのぼり、竜宮城の権力を掌握するにいたらむ』 と心ひそかに期待してゐた。 竹熊は醜女、探女を放ちて、玉彦の心中を探り、玉彦の持てる玉を奪らむとすれば、まづ名誉欲をもつてこれにのぞまねばならぬことを知つた。そこで竹熊は大八洲彦命の部下の長彦を誑らかし、長彦の手より玉彦の妻坂姫を説き、坂姫より玉彦の黒玉を得むとした。長彦は十二の玉のうち一個の玉も吾が手に入らざりしを心足りなく思ひゐたる矢さきなれば、玉彦に対しても、やや嫉妬の念の萠してゐた際である。そこへ自分の下位にある玉彦は、玉を得て高慢心を生じ、長彦の命を時どき拒むやうになつた。長彦はいかにもして玉彦の高き鼻をくじかむと、百方焦慮してゐたのである。 そこへ竹熊の間者なる鳥熊は、大八洲彦命の命と佯はり、かつ曰く、 『玉彦のこのごろの行動もつとも不穏なり、彼がごとき者に玉を抱かしむるは、はなはだ危険なり。もしこの玉にして長彦の手に入らば、玉の神力はいやが上にも発揮せむ。何とぞ長彦はわれの内命を諾なひ、かの玉を奪取せよ……との厳命なり』 と、私かに長彦の家にいたつて教唆した。 ここに長彦は一計をめぐらし、玉彦の妻坂姫を言葉たくみに説きつけ、坂姫の手よりこの玉を奪はしめむとした。坂姫は容色端麗なる竜宮城の美人であつた。玉彦は、平素より坂姫の美貌に恋々たる有様で、坂姫の一言一動は玉彦の生命の鍵であつた。そこを窺ひ知つた長彦は、いかにもして坂姫の首を縦に振らしめむとした。坂姫はいたつて舞曲が好きであつた。 そこで長彦と鳥熊は、シオン山において見たる天男、天女の舞曲を思ひだし、ひそかに舞曲の稽古にかかつた。百日百夜の習練の結果は実に妙を得、神に達した。もはやこれならば坂姫の心を動かすに足らむと自信し、坂姫の住まへる室の庭先にいたつて、さかんに舞ひはじめた。坂姫は何心なく押戸を開けて庭先を眺めたが、ふたりの妙をえたる舞踏に胆を奪はれ、しばし恍惚としてこれに見惚れてゐた。つひには自分も立つてその場に顕はれ三巴となつて、たがひに手を取り踊りまはつた。かくしていつの間にか坂姫は、長彦、鳥熊らと無二の親友となつてしまつた。その翌日もまたその翌日も、三人はその庭前に出でて舞曲に余念なく、歓喜の声は四辺にひびき、園内はにはかに陽気となつてきた。 このとき別殿に控へたる玉彦は、最愛の妻の舞ひ狂ふ優美なる姿に見惚れ、玉を奥殿に秘蔵しおき、三人の前に立現はれた。鳥熊、長彦は巧言令色いたらざるなく、玉彦を主座に据ゑ、尊敬のあらむ限りをつくし、玉彦の歓心を求めた。ここに玉彦は、自分の上位にある長彦に尊敬されるのは、全く坂姫の舞曲の妙技の然らしむるところと心中に深く坂姫に感謝した。坂姫は玉彦にむかひ、 『貴下も共に舞ひたまへ』 と無理にその手を取つて舞踏せしめむとした。玉彦には坂姫の一言一句は、常に微妙なる音楽と聞ゆるのである。少しでも坂姫の心に逆らへば、坂姫の顔色はたちまち憂愁に沈む。いかにもして坂姫に笑顔を作らしめむと心を悩ましてゐた。 ここに鳥熊、長彦は、「獅子王、玉を争ふ」の舞曲を演ぜむことを申し込んだ。坂姫は第一に賛成の意を表し、玉彦に黒色の玉を持ちいだし、舞曲の用に供せむことを懇請した。玉彦はいかに最愛の妻なればとて、 『こればかりは許せよ。わが位地昇進のための重宝なれば』 と拒んだ。坂姫はたちまち顔色曇り、地上に倒れ伏し声をあげて夫玉彦の無情に泣いた。玉彦はやむを得ず、坂姫の請を容れて、不安の内にも此の玉を奥殿より取り出した。坂姫は喜色満面に溢れ、ここに四柱は、玉を争ふ獅子王の舞曲を奏しはじめた。四柱はただちに牡丹の園へ出て、各自獅子に変装した。まづ玉を坂姫の獅子に持たせた。鳥熊、長彦の変化獅子は、坂姫を左右より取りまき、鳥熊はその玉を取るより早く、口に含み庭先の湯津桂の樹上高くかけ登つた。つづいて長彦もかけ登つた。このとき鳥熊は足もて、長彦を地上に蹴落した。長彦は、庭先の置石に頭を打ち砕きことぎれた。 玉彦、坂姫は、驚き周章て狼狽ゐる其の間に、西方の天より空中をとどろかして、大虎彦の邪神は天の鳥船に乗りきたり、鳥熊を乗せて遠く西天に姿を没した。鳥熊の持てる黒玉は大虎彦の手に入るとともに、鳥熊の身体は鳥船より蹴落され、シナイ山の深き谷間に落ちて、その肉体はたちまち粉砕の厄に遇うた。 アゝ何処までも巧妙なる邪神の奸策よ。いかに善良なる神人といへども、心中に一片の執着ある時はかならず邪鬼妖神のために犯さるるものである。慎むべきは一切の物に執着の念を断つべきことである。 (大正一〇・一〇・二四旧九・二四加藤明子録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 44 緑毛の亀 | 第四四章緑毛の亀〔四四〕 亀若は緑の玉を生命にかけて死守してゐた。いかなる名誉欲も、物質欲も眼中におかず、ただこの玉のみを保護することに心魂を凝らしてゐた。しかるに亀若は八尋殿の酒宴のみぎり竹熊の奸計にかかり、毒虫を多く腹中に捻込まれたのが原因をなして、身体の健康を害し、病床に臥し全身黄緑色に変じ、つひに帰幽した。亀若の妻亀姫は、天地に慟哭し、足辺に腹這ひ頭辺に這ひまはり、涕泣日を久しうした。その悲しみ泣き叫ぶ声は風のまにまに四方にひびき、つひには悲風惨雨の絶間なきにいたつた。この間およそ百日百夜に及んだ。 この時ガリラヤの海より雲気立ち登り、妖雲を巻きおこして一種異様の動物現はれ、竜宮城近く進んできた。異様の動物は、たちまち美はしき神人と化した。そして亀姫の家に亀若の喪を弔うた。この者は其の名を高津彦といふ。亀姫は高津彦を見て大いに喜び、その手を取つて一間に導き、いろいろの酒肴を出して饗応し、かつ、 『貴下はわが最も愛する亀若ならずや』 と訝かり問ふた。高津彦は、 『われは亀若なり、決して死したるに非ず、毒の廻りし体を捨て、新に健全なる体を持ち、汝の前にきたりて偕老同穴の契を全くせむとすればなり』 と言葉たくみに物語つた。亀姫は高津彦の顔色といひ、容貌といひ、言葉の色といひ、その動作にいたるまで亀若に寸毫の差なきを見て、心底より深くこれを信ずるにいたつた。ここにふたりは水も洩さぬ仲のよき夫婦となつた。 亀姫は再生の思ひをなし、一旦長き別れと断念した不運の身に、夫のふたたび蘇生しきたつて鴛鴦の契を結ぶは如何なる宿世の果報ぞと、手の舞ひ足の踏むところを知らなかつた。 夫婦の仲は蜜のごとく漆のごとく親しかつたが、ふとしたことより風邪のために高津彦は重い病の床についた。今まで歓喜に満ちた亀姫の胸は、ふたたび曇らざるを得なかつた。手を替へ品を換へ看病に尽した。幾日たつても何の効も見えず、病はだんだん重るばかりである。このとき高津彦の友の高倉彦きたりて病床を見舞ひ、かつ医療の法をすすめた。百草を集め種々の医薬をすすめた。されど病は依然として重るばかりである。亀姫の胸は、実に熱鉄を当るごとくであつた。不思議にも高倉彦の容貌、身長、言語は、亀若に酷似してゐた。ここに亀姫は、その真偽に迷はざるを得なかつた。そこで亀姫は、かつ驚き、かつ怪しみ、 『貴下はいづれより来ませしや』 といぶかり問ふた。高倉彦は、 『われは竜宮城の神司にして、亀若のふるくよりの親しかりし美はしき友なり』 と答へた。そこで亀姫は、 『高倉彦の亀若に酷似したまふは如何なる理由ぞ』 と反問した。高倉彦は答へて、 『実際吾は亀若とは双生児である、されどわが父母は世間を憚り、出産とともに他に預けたのである。そして亀若と吾とは此の消息を少しも知らず、心の親友として幼少のころより交はつてゐた。然るにある事情より吾はこの事を感知せしが、今ここに病みたまふ亀若は、この真相を御存じないのである。われは骨肉の情に惹かれて、同胞の苦しみを見るに忍びず、いかにもしてこの病を恢復せしめ兄弟睦じく神業に奉仕せむと焦慮し、神務の余暇を得て、ここに病床を訪ねたのである』 とはつきり物語つたので、亀姫の疑ひは全く氷解した。 高倉彦は、亀姫の信頼ますます加はつてきた。一方亀若の病気はだんだん重るばかりである。そこで亀姫はふたたび、 『夫の病を救ふ妙術はなきや』 と面色憂ひを含んで高倉彦に相談をした。そのとき高倉彦は、実に当惑の面持にて、 『ああ気の毒』 と長歎息をなし、腕を組んで頭を垂れしばしは何の返答もなかつた。ややあつて思ひ出したやうに高倉彦は喜色を満面にたたへて、 『その方法たしかにあり』 と飛び立つやうな態度をしながら答へた。亀姫は顔色にはかに輝き、驚喜して、 『いかなる神法なりや聞かま欲し』 と高倉彦の返辞をもどかしがつて待つた。 高倉彦はわざと落着いて手を洗ひ口嗽ぎ、天に向つて永らくのあひだ合掌し、何事か神勅を請ふもののやうであつた。病床にある亀若はしきりに苦悶の声を発し、既に断末魔の容態である。亀姫の胸は矢も楯もたまらぬやうになつた。たとへ自分の生命は失ふとも最愛の夫、亀若の生命を救はねばおかぬといふ決心である。一方高倉彦の様子いかにと見れば悠々として天に祈り、いささかも急ぐ様子がない。高倉彦はおもむろに祈りを捧げた後、室内に這入つてきた。このとき亀姫は渇きたる者の水を求むるごとくに、高倉彦の教示や如何にと待ち詫びた。高倉彦はこの様子を見て心中に謀計のあたれるを打ち喜び、外知らぬ顔にて左も勿体らしく言葉をかまへていふ、 『当家には貴重なる緑色の玉が秘蔵されてある。この玉を取りだして月の夜に高台を設けてこれを奉安し、月の水をこの玉に凝集せしめ、その玉より滴る一滴の水を亀若に呑ましめなば、病癒えなむとの月読神の神勅なり』 と誠しやかに教示した。亀姫は天の佑けと喜び勇んで直ちに高台を造り、その玉を中央に安置した。その刹那一天たちまち掻き曇り、黒雲濛々として天地をつつみ、咫尺を弁ぜざるにいたつた。時しも雲中に黒竜現はれ、その玉を掴みて西方の天に姿をかくした。数日を経てこの玉は、竹熊の手に入つたのである。今まで夫と思ふてゐた偽の亀若は、にはかに大竜と変じた。また高倉彦はガリラヤの大なる竈に還元し、亀姫を後に残して雲をおこし姿をかくした。亀姫は地団駄踏んで侮しがり、精魂凝つて遂に緑毛の亀と変じ竜宮海に飛び入つたのである。亀は万年の齢を保つといふ。亀若は八尋殿の宴会において毒虫を食はせられ、それがために短命にして世を去つた。それから亀姫の霊より出でし亀は、衛生に注意して毒虫を食はず、長寿を保つことになつた。 (大正一〇・一〇・二五旧九・二五加藤明子録) |