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書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 | 総説 | 総説 神素盞嗚尊が八岐大蛇を言向け和し、遂に肥の川上に於て、手撫槌、足撫槌の娘稲田姫命の危難を救ひたまひし神代の物語を続行するに就て、高加索山を中心として先づ五天竺の活動より口述する事と致しました。 オロチと言ふ意義は山の事である。凡て風雲は山より発生するものにして、オロチは颪である。山には古来善神も鎮まり玉ひ、又邪神も盛んに潜伏して居た。故に太古の所謂八王八頭は山を根拠として其地方々々を鎮め守られて居たのも、要するに山岳に邪神棲息して天下を攪乱せしを以て、邪神の本拠に向つて居所を定められたのである。又肥の川上といふ言義は日の側陽陰といふことで、朝日の直刺す夕日の日照らす、山の意義であつて、出雲とは雲の発生する高山の意義で今日の伯耆の大山を指したものである。最後に神素盞嗚尊が自ら登山して邪神を滅亡せしめたまひて大蛇より村雲の宝剣を奪ひ、之を天照大神に献り赤誠忠良の大精神を発揮し玉ひし物語であります。素盞嗚とはスバルタンの意であつて、スは進展、バルは拡張とか神権発動とかの意であり、タンは尊とか君とか頭領とかの意味である。又天照大御神は、アテーナの女神又はアポーロの女神と謂ふことになる。アポーロは天原の意味にもなり、葦原は亜細亜の意味であり、葦原はアツシリヤとなりアジアとなつたのである。太古の亜細亜は現今の小亜細亜であつたが時世の変遷と共に、広大なる亜細亜となつたのである。 却説五天竺は境周九万余里、三垂は大海、北は雪山を背にし北広く南狭く、形半月の如く野を劃して区分すること七千余国、四時殊に暑熱激しく地は泉湿多く、北は乃ち山阜軫を隠し丘陵斥鹵なり。東は即ち川野沃潤にして田園山壟膏腴なり。南方は草木繁茂し西方は土地磽确なりと伝へられて居る。 之に依つて天竺の大概の様子は窺知されることと思ふ。 天竺の名称は随分沢山あつて異議糾紛し、容易に一定せなかつた。太古は身毒と云ひ或は賢豆と曰ひ現代にては正音に従つて印度と云つて居る。印度国は地に随つて国と称へ殊に方俗を異にし遥に総名を挙げて其の最も美なりとする名を呼んで之を印度と謂ふのである。印度を唐にては月と謂つた。神代の名称も亦月と称へられたのは第一巻に示す通りである。月に多数の名号ありて印度と称するは其の一称である。阿毘曇心論の音義にも、 天竺を或は身毒と云ひ、或は賢豆と言ふは皆訛なり。正しくは印度と言ふ。印度は月と曰ふ。月に千名有り。斯れ一称なり。一説に曰ふ、賢豆の本名は因陀羅婆陀那此を主処と曰ふなり。天帝護る所なるを以ての故に之を号する耳[※「耳」にルビ「のみ」は底本通り。「耳」を「のみ」とも読む。「それだけ」の意。]云々。 又印度の人民には四種の差別がある。まづ、 第一を刹帝利と云ふ。是は代々王となるべき家柄で即ち五天竺七千余国の国々の王となつて居るのである。 第二を婆羅門といふ。是を翻訳すれば浄行と云ふことで即ち浄き行と書く詞で、国柄相当に有り来つた学問をして代々家を伝へるものである。 第三を毘舎といふ、これは商人である。 第四を首陀と云ふ。是は農業を営むもので所謂百姓である。霊界物語第一巻に婆羅門には三階級ある事を口述しておきましたが、それは太古の神代の事であり、印度四姓の第二位のバラモンの部族内に出来た階級である。釈迦の出現した時代にも、地方に由つて行はれて居たのである。 以上言つたのは、総括して印度全体の制度を説いたので、今より三千年以前には印度の人民は前述の如く、刹帝利、婆羅門、毘舎、首陀の四階級と成つて居たのであります。一寸茲に混線せない様に重ねて述べておきました。 大正十一年十月二十日王仁識 |
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霊界物語 | 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 | 附録 大祓祝詞解 | 附録大祓祝詞解 (一) 大祓祝詞は中臣の祓とも称へ、毎年六月と十二月の晦日を以て大祓執行に際し、中臣が奏上する祭文で延喜式に載録されてある。 従来此祝詞の解説は無数に出て居るが、全部文章辞義の解釈のみに拘泥し、其中に籠れる深奥の真意義には殆ど一端にさへ触れて居ない。甚だしきは本文の中から『己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪』の件を削除するなどの愚劣を演じて居る。自己の浅薄卑近なる頭脳を標準としての軽挙妄動であるから、神界でも笑つて黙許に附せられて居るのであらうが、実は言語道断の所為と云はねばならぬ。大祓祝詞の真意義は古事記と同様に、大本言霊学の鍵で開かねば開き得られない。さもなければ古事記が一の幼稚なる神話としか見えぬと同様に、大祓祝詞も下らぬ罪悪の列挙、形容詞沢山の長文句位にしか見えない。所が一旦言霊の活用を以て其秘奥を開いて見ると、偉大と云はうか、深遠といはうか、ただただ驚嘆の外はないのである。我国体の精華が之によりて発揮せらるるは勿論のこと、天地の経綸、宇宙の神秘は精しきが上にも精しく説かれ、明かなる上にも明かに教へられて居る。之を要するに皇道の真髄は大祓祝詞一篇の裡に結晶して居るので、長短粗密の差異こそあれ、古事記、及び大本神諭と其内容は全然符節を合するものである。 言霊の活用が殆ど無尽蔵である如く、大祓祝詞の解釈法も無尽蔵に近く、主要なる解釈法丈でも十二通りあるが、成るべく平易簡単に、現時に適切と感ぜらるる解釈の一個をこれから試みやうと思ふ。時運は益々進展し、人としての資格の有無を問はるべき大審判の日は目前に迫つて居るから、心ある読者諸子は、これを読んで、真の理解と覚醒の途に就いて戴きたい。 (二) 『高天原に神つまります、皇親神漏岐、神漏美の命もちて、八百万の神等を神集へに集へ賜ひ神議りに議り玉ひて、我皇孫命は豊葦原の水穂の国を、安国と平けく所知食と事依し奉りき』 △高天原に『タカアマハラ』と読むべし、従来『タカマガハラ』又は『タカマノハラ』と読めるは誤りである。古事記巻頭の註に『訓高下天云阿麻』[※高(たか)の下の天(てん)の訓(くん)は「あま」と云う]と明白に指示されて居り乍ら従来何れの学者も之を無視して居たのは、殆ど不思議な程である。一音づつの意義を調ぶれば、タは対照力也、進む左也、火也、東北より鳴る声也、父也。又カは輝く也、退く右也、水也、西南より鳴る声也、母也。父を『タタ』といひ、母を『カカ』と唱ふるのもこれから出るのである。又アは現はれ出る言霊、マは球の言霊、ハは開く言霊、ラは螺旋の言霊。即ち『タカアマハラ』の全意義は全大宇宙の事である。尤も場合によりては全大宇宙の大中心地点をも高天原と云ふ。所謂宇宙に向つて号令する神界の中府所在地の意義で『地の高天原』と称するなどがそれである。この義を拡張して小高天原は沢山ある訳である。一家の小高天原は神床であり、一身の小高天原は、臍下丹田であらねばならぬ。ここでは後の意義ではなく、全大宇宙其物の意義である。之を従来は、地名であるかの如く想像して、地理的穿鑿を試みて居たのである。 △神つまりますかみは日月、陰陽、水火、霊体等の義也。陰陽、水火の二元相合して神となる。皇典に所謂産霊とは此正反対の二元の結合を指す。日月地星辰、神人其他宇宙万有一切の発生顕現は悉くこの神秘なる産霊の結果でないものはない。又つまりとは充実の義で、鎮坐の義ではない。ますはましますと同じ。 △皇親皇(スメラ)は澄すの義、全世界、全宇宙を清澄することを指す。親(ムツ)は『ムスビツラナル』の義で、即ち連綿として継承さるべき万世一系の御先祖の事である。 △神漏岐、神漏美神漏岐は霊系の祖神にして天に属し、神漏美は体系の祖神にして地に属す。即ち天地、陰陽二系の神々の義である。 △命もちて命(ミコト)は神言也、神命也。即ち水火の結合より成る所の五十音を指す。元来声音は「心の柄」の義にて、心の活用の生ずる限り、之を運用する声音が無ければならぬ。心(即ち霊魂)の活用を分類すれば、奇魂、荒魂、和魂、幸魂の四魂と之を統括する所の全霊に分ち得る。所謂一霊四魂であるが、此根源の一霊四魂を代表する声音はアオウエイの五大父音[※『神霊界』大正7年9月1日号(名義は「浅野和邇三郎」)では「アイウエオの五大母音」。初版では「アイウエオの五大父音」。校定版・愛世版では「アオウエイの五大父音」。霊界物語ネットでも「アオウエイの五大父音」に直した。次の箇所も同じ。]である。宇宙根本の造化作用は要するに至祖神の一霊四魂の運用の結果であるから、至祖神の御活動につれて必然的にアオウエイの五大父音が先づ全大宇宙間に発生し、そして其声音は今日といへども依然として虚空に充ち満ちて居るのだが、余りに大なる声音なので、余りに微細なる声音と同様に、普通人間の肉耳には感じないまでである。併し余り大ならざる中間音は間断なく吾人の耳朶に触れ、天音地籟一として五大父音に帰着せぬは無い。鎮魂して吾人の霊耳を開けば、聴こゆる範囲は更に更に拡大する。扨前にも述ぶるが如く、声音は心の柄、心の運用機関であるから天神の一霊四魂の活用が複雑に赴けば赴く丈け、声音の数も複雑に赴き停止する所はない。其中に在りて宇宙間に発生した清音のみを拾ひ集むれば四十五音(父母音を合せて)濁音、半濁音を合すれば七十五音である。これは声音研究者の熟知する所である。拗音、促音、鼻音等を合併すれば更に多数に上るが、要するに皆七十五音の変形で、あらゆる音声、あらゆる言語は根本の七十五声音の運用と結合との結果に外ならぬ。されば宇宙の森羅万象一切は是等無量無辺の音声即ち言霊の活用の結果と見て差支ない。これは人間の上に照して見ても其通りである事がよく分る。人間の心の活用のある限り、之を表現する言霊がある。『進め』と思ふ瞬間には其言霊は吾人の身体の中府から湧き、『退け』と思ふ瞬間にも、『寝よう』と思ふ瞬間にも、『行らう』と思ふ瞬間にも、其他如何なる場合にも、常に其言霊は吾人の中心から湧出する。即ち人間の一挙一動悉く言霊の力で左右されるというても宜しい。従つて言霊の活用の清純で、豊富な人程其の使命天職も高潔偉大でなければならぬ。 △八百万の神等八百のヤは人、ホは選良の義、万は沢山、多数の義である。 △神集へに云々神の集会で神廷会議を催すことである。 △我皇御孫之命五十音の中でアは天系に属し、ワは地系に属す。故に至上人に冠する時に我はワガと言はずしてアガといふ也。皇(スメ)は澄し治め、一切を見通す事、御(ミ)は充つる、円満具足の義、孫(マ)はマコトの子、直系を受けたる至貴の玉体。命は体異体別の義、即ち独立せる人格の義にして、前に出でたる命(神言)から発足せる第二義である。全体は単に『御子』といふ事である。元来霊も体も其根本に溯れば、皆祖神の賜、天地の賜である。故に皇典では常に敬称を附するを以て礼となし、人間に自他の区別は設けられてないのである。 △豊葦原の水穂国全世界即ち五大洲の事である。之を極東の或国の事とせるが従来の学者の謬見であつた。日本を指す時には、豊葦原の中津国、又は根別国などと立派に古事記にも区別して書いてある。 △所知食は衣食住の業を安全に示し教ふる事を云ふ。地球は祖神の御体であるから、人間としては土地の領有権は絶対に無い。例へば人体の表面に寄生する極微生物に人体占領の権能がないのと同様である。人間は神様から土地を預り、神様に代りて之を公平無私に使用する迄である。うしはぐ(領有)ものは天地の神で主治者は飽迄知ろしめすであらねばならぬ。国土の占領地所の独占等は、根本から天則違反行為である。神政成就の暁には独占は無くなつて了ふ。 (大意)全大宇宙間には陰陽二系の御神霊が実相充塞しそれは即ち一切万有の父であり又母である。陰陽二神の神秘的産霊の結果は先づ一切の原動力とも云ふべき言霊の発生となつた。所謂八百万の天津神の御出現であり、御完成である。天界主宰の大神は云ふまでもなく天照皇大神様であらせらるるが、其次ぎに起る問題は地の世界の統治権の確定である。是に於て神廷会議の開催となり其結果は天照大神様の御霊統を受けさせられた御方が全世界の救治に当らるる事に確定し、治国平天下の大道を執行監督さるべき天の使命を帯びさせらるる事になつたのである。無論人間の肉体は世に生死往来するを免れないが、其霊魂は昔も今も変ることなく千万世に亘りて無限の寿を保ちて活動さるるのである。 (三) かく依さし奉りし国中に荒振神等をば、神問はしに問はし玉ひ、神掃ひに掃ひ給ひて、語問ひし磐根樹根立草の片葉をも語止めて、天之磐座放ち、天之八重雲を伊頭の千別に千別て、天降し依さし奉りき。 △荒振神天界の御命令にまつろはぬ神、反抗神の意である。 △神問はしに云々神の御会議。罪あるものは神に向ひて百万遍祝詞を奏上すればとて、叩頭を続くればとてそれで何の効能があるのではない。況ンや身欲信心に至つては、言語道断である。神様に御厄介を懸けるばかり、碌な仕事もせぬ癖に、いざ大審判の開始されむとする今日、綾部を避難地でもあるが如くに考ふるやうな穿き違ひの偽信仰は、それ自身に於て大罪悪である。神は先づ其様な手合から問はせらるるに相違ない。 △神掃ひに云々掃ひ清むること、神諭の所謂大掃除大洗濯である。 △語問し諸々の罪の糾弾である。 △磐根樹立草の枕詞、即ち磐の根に立てる樹木の、その又根に立てる草の義。 △草の片葉草は青人草、人のこと、又片葉は下賤の人草の意である。 △語止めて議論なしに改悟せしむるの意である。 △天之磐座放ち磐座は高御座也、いはもくらも共に巌石の義。放ちは離ち也。古事記には、『離天之石位』とあり。 △八重雲弥が上にも重なりたる雲。 △伊頭の千別に云々伊頭は稜威也。即ち鋭き勢を以て道を別けに別けの義。 △天降し依さし奉りき『天降し……の件を依さし奉りき』の義にて中間に神秘あり。天降しは天孫をして降臨せしむる事、換言すれば天祖の御分霊を地に降し、八百万の国津神達の主宰として神胤が御発生ある事である。 (大意)既に地の神界の統治者は確定したが、何しろ宇宙の間は尚未製品時代に属するので、自由行動を執り、割拠争奪を事とする兇徒界が多い。これは最も露骨に大本開祖の御神諭に示されて居る所で、決して過去の事のみではない。小規模の救世主降臨は過去にあつたが、大規模の真の救世主降臨は現在である。『七王も八王も王が世界にあれば、此世に口舌が絶えぬから、神の王で治める経綸が致してあるぞよ』とあるなどは即ち之を喝破されたものである。其結果是等悪鬼邪神の大審判、大掃除、大洗濯が開始され所謂世の大立替の大渦中に突入する。さうなると批評も議論も疑義も反抗も全部中止となり稜威赫々として宇内を統治し玉ふ神の御子の世となるのである。 (四) 如此依さし奉りし四方の国中と大日本日高見之国を安国と定め奉りて、下津磐根に宮柱太敷立、高天原に千木多加知りて、皇御孫命の美頭の御舎仕へ奉りて、天の御蔭日の御蔭と隠り坐して、安国と平けく所知食む国中に成出でむ天の益人等が過ち犯しけむ雑々の罪事は。 △四方の国中宇宙の大中心。 △大日本日高見之国四方真秀、天津日の隈なく照り亘る国土を称へていふ。但宇宙の大修祓が済んでから初めて理想的になるのである。 △下津磐根地質が一大磐石の地で即ち神明の降臨ある霊域を指す。 『福知山、舞鶴は外囲ひ、十里四方は宮の内』とあるも亦下津磐根である。 △宮柱太敷立宮居の柱を立派に建てる事。 △千木多加知屋根の千木を虚空(高天原)に高く敷きの義。千木は垂木也。タリを約めてチといふ。 △美頭麗しき瑞々しき意。 △仕へ奉り御造営の義。 △天の御蔭云々天津神の御蔭、日の大神様の御蔭と自分の徳を隠したまふ義。神政成就、神人合一の時代に於ては人は悉く神の容器である。世界統一を実行すとて、其功績は之は天地の御恩に帰し奉るが道の真随で、忠孝仁義の大道は根源をここから発する。坐ながらにして其御威徳は宇内に光被し、世は自然と平けく安らけく治まるのである。 △天の益人天は敬称である。益人は世界の全人類を指す。マスラヲといふ時は男子のみを指す。マは完全、スは統治の義。又ヒは霊、トは留まる義。 △罪事ツミは積み也、又包み也。金銭、財宝、糧食等を山積私有するは個人本位、利己本位の行為で、天則に背反して居る。又物品を包み隠したり、邪心を包蔵したり、利用厚生の道の開発を怠つたりする事も堕落腐敗の源泉である。かく罪の語源から調べてかかれば罪の一語に含まるる範囲のいかに広いかが分る。法律臭い思想では其真意義はとても解し難い。 (大意)天祖の御依託によりて救世主が御降臨遊ばさるるに就きては、宇宙の中心、世界の中心たる国土を以て宇内経綸、世界統一の中府と定め給ひ、天地創造の際から特別製に造り上げてある神定の霊域に、崇厳無比の神殿を御造営遊ばされ、惟神の大道によりて天下を知ろしめされる事になる。神諭の所謂『神国の行ひを世界へ手本に出して万古末代動かぬ神の世で三千世界の陸地の上を守護』さるるのである。それに就きては直接天津神の手足となり、股肱となりて活動せねばならぬ責任が重い。いかなる事を為ねばならぬか、又如何なる事を為てはならぬか、明確なる観念を所有せねばならぬ。次節に列挙せらるる雑々の罪事といふのは悉く人として日夕服膺せねばならぬ重要事項のみである。 (五) 天津罪とは、畔放ち溝埋め、樋放ち頻蒔き串差し、生剥逆剥尿戸許々太久の罪を、天津罪と詔別けて、国津罪とは、生膚断、死膚断、白人胡久美、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪、昆虫の災、高津神の災、高津鳥の災、畜殪し蠱物せる罪、許々太久の罪出む。 △天津罪天然自然に賦与せられたる水力、火力、電磁力、地物、砿物、山物、動植物等の利用開発を怠る罪をいふ。前にも言へる如く、所謂積んで置く罪、包んで置く罪也。宝の持腐れをやる罪也。従来は文明だの進歩だのと云つた所が、全然穿き違の文明進歩で一ツ調子が狂へば忽ち饑餓に苦しむやうなやり方、現在世界各国の四苦八苦の有様を見ても、人間が如何に天津罪を犯して居るかが解る。神諭に『結構な田地に木苗を植たり、色々の花の苗を作りたり、大切な土地を要らぬ事に使ふたり致し人民の肝腎の生命の親の米、豆、粟を何とも思はず、米や豆や麦は何程でも外国から買へると申して居るが、何時までもさう行かぬ事があるから猫の居る場にも五穀を植付けねばならぬやうになりて来るぞよ。皆物質本位の教であるから、神の国には神国の世の行方に致さして、モーぼつぼつと木苗も掘り起させるぞよ』とあるなどは実に痛切骨に徹する御訓戒である。現在の神国人とても欧米人と同じく決して天津罪人の数には漏れぬ人間ばかりである。採鉱事業などになると今の人間は余程進歩して居る所存で居るが、試掘と分析位で地底に埋没せる金銀宝玉等が出るものではない。之に比べると、幾分霊覚を加味した佐藤信淵[※佐藤信淵は江戸後期の思想家、医師。]の金気観測法などの方が何れ丈か進歩して居る。神霊の御命令と御指示がなくんば、金銀其他は決して出ない。大本神諭に『五六七大神の御出ましにお成なさるるにつき、国常立尊が現はれるなり、国常立尊が現はれると、乙姫殿は次ぎに結構な大望な御用が出来て乙姫殿の御宝を上げて新規の金銀を綾部の大本に………。二度目の立替を致して、何も新規に成るのであるから、乙姫殿の御財宝を綾部の大本へ持運びて、新規の金銀を吹く準備を致さな成らぬから云々』とあるなどは時節到来と共に実現して、物質万能機械一点張りの連中を瞠若たらしむ事柄なのである。又現在人士は電力、火力、水力、其他の利用にかけて余程発達進歩を遂げた心算で居るが、一歩高所から達観すると、利用どころか悪用ばかり間接又は直接に人類の破滅、天然の破壊に使用されぬものが幾何かある。是等の点にかけて現在の人士は、所謂知識階級、学者階級ほど血迷ひ切つて居る、天津罪の犯罪者である。 △畔放ち天然力、自然力の開発利用の事。畔(ア)は当字にてアメを約めたもの也。田の畔を開つなどは単に表面の字義に囚はれたる卑近の解釈である。 △溝埋め水力の利用を指す。埋めには補足の義と生育の義とを包む。湯に水をうめる、根を土中にうめる、種子を地にうめる、孔をうめる、鶏が卵をうむなど参考すべし。 △樋放ち樋は火也。電気、磁気、蒸気、光力等天然の火力の開発利用を指す。 △頻蒔き山の奥までも耕作し不毛の地所などを作らぬ事。頻(シキ)は、敷地のシキ也、地所也。蒔きは捲き也、捲き収める也、席巻也、遊ばせて置かぬ也、遊猟地や、クリケツト、グラウンドなどに広大なる地所を遊ばせて、貴族風を吹かせて、傲然たりし某国の現状は果して如何。彼等が世界の土地を横領せる事の大なりし丈、彼等が頻蒔の天則を無視せる罪悪も蓋し世界随一であらう。併し其覚醒の時もモー接近した、これではならぬと衷心から覚る時はモー目前にある。イヤ半分はモー其時期が到着して居る。併しこれは程度の差違丈で、其罪は各国とも皆犯して居る。 △串差しカクシサガシの約にて、前人未発の秘奥を発見する事。 △生剥ぎ一般の生物の天職を開発利用する事。生物といふ生物は悉く相当の本務のあるもので、軽重大小の差異こそあれそれぞれ役目がある。鼠でも天井に棲みて人間に害を与ふる恙虫などを殺すので、絶対的有害無効の動物ではない。剥ぎは開く義、発揮せしむる義也。蚕をはぐなどの語を参考すべし。 △逆剥逆(サカ)は、栄えのサカ也。酒なども此栄えの意義から発生した語である。剥(ハギ)は生剥の剥と同じく開発の義。即ち全体の義は栄え開く事で、廃物をも利用し荒蕪の地を開墾し、豊満美麗の楽天地を現出せしむる事を指す。 △尿戸宇宙一切を整頓し、開発する義。クは組織経綸、ソは揃へる事、整頓する事、へは開発する事。 △許々太久其他種々雑多の義。 △天津罪と詔別て以上列挙せる天然力、自然物の利用開発を怠る事を、天津罪と教へ給ふ義也。 △国津罪天賦の国の徳、人の徳を傷つくる罪を指す。 △生膚断天賦の徳性を保ち居る活物の皮膚を切ること也。必要も無きに動物を害傷し、竹木を濫伐する事等は矢張罪悪である。霊気充満せる肉体に外科手術を施さずとも、立派に治癒する天賦の性能を有して居る。人工的に切断したり切開したりするのは天則違反で、徒に人体毀損の罪を積ぬる訳になる。 △死膚断刃物を以て生物一切を殺す罪。 △白人胡久美白昼姦淫の事。白日床組といふ醜穢文字を避け、態と当字を用ひたのである。淫欲は獣肉嗜好人種に随伴せる特徴で、支那、欧米の人士は概して此方面の弊害が多い。日本人も明治に入つてから大分其影響を受けて居るが、元来は此点に於ては世界中で最も淡白な人種である。淫欲の結果は肺病となり、又癩病となる故に白人胡久美を第二義に解釈すれば白人は肺病患者、又は白癩疾者を指し、胡久美は黒癩疾者を指す。 △己が母犯せる罪母の一字は、父、祖先、祖神等をも包含し、極めて広義を有するのである。大体に於て親といふ如し。犯すとは其本来の権能を無視する義也。換言すれば親、祖先、祖神に対して不孝の罪を重ぬる事である。 △己が子犯せる罪自己の子孫の権能を無視し、非道の虐待酷使を敢てする事。元来自分の子も、実は神からの預かり物で、人間が勝手に之を取扱ふ事は出来ない。それに矢鱈に親風を吹かせ、娘や伜などを自己の食ひ物にして顧みぬなどは甚だしき罪悪といふべきである。 △母と子と犯せる罪、子と母と云々上の二句『己が母犯せる罪、己が子犯せる罪』を更に畳句として繰返せる迄で別に意義はない。 △畜犯せる罪獣類の天賦の徳性を無視し、酷待したり、殺生したりする事。 △昆虫の災天則違反の罪をいふ。蝮、ムカデなどに刺されるのは皆偶然にあらず、犯せる罪があるにより天罰として刺されるのである。故にかかる場合には直に反省し、悔悟し、謹慎して、神様にお詫を申し上ぐべきである。 △高津神の災天災、地変、気候、風力等の不順は皆これ高津神の業にして罪過の甚い所に起るのである。災は業はひ也、所為也。鬼神から主観的に観れば一の所為であるが、人間から客観的に観れば災難である。今度の国祖の大立替に、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、其他八百万の眷属を使はるるのも祝詞の所謂高津神の災である。皆世界の守護神、人民の堕落が招ける神罰である。 △高津鳥の災鳥が穀物を荒す事などを指すので矢張り神罰である。 △畜殪し他家の牛馬鶏豚等を斃死せしむる事。一種のマジナヒ也。 △蠱物呪咀也、マジナヒ物也。丑の時参りだの、生木に釘を打つだのは皆罪悪である。 (大意)人間は神の容器として宇内経綸の天職がある。殊に日本人の使命は重大を極め世界の安否、時運の興廃、悉く其責任は日本人に係るのである。神諭に『日本は神の初発に修理へた国、元の祖国であるから、世界中を守護する役目であるぞよ。日本神国の人民なら、チトは神の心も推量致して、身魂を磨いて世界の御用に立ちて下されよ』とある通り、天賦の霊魂を磨き、天下独特の霊智霊覚によりて、天然造化力の利用開発に努めると同時に、他方に於ては天賦の国の徳、人の徳を発揮することに努め、そして立派な模範を世界中に示さねばならぬのである。然るに実際は大に之に反し、徒に物質文明の糟粕を嘗め、罪の上に罪を重ねて現在見るが如き世界の大擾乱となつて来た。無論日本人は此責任を免るる事は出来ない。併しこれは天地創造の際からの約束で、進化の道程として、蓋し免れ難き事柄には相違ない。されば此祝詞の中に『許々太久の罪出む』とあり、又国祖の神諭にも『斯うなるのは世の元から分つて居る』と仰せられて居る。要するに過去の事は今更悔むには及ばぬ。吾々は現在及び将来に向つて、いかなる態度を執り、いかなる処置を講ずれば宜いかを考究すべきである。次節に其要道を示されて居る。 (六) 如此出でば、天津宮言以て、天津金木を本打切末打断て、千座の置座に置足はして、天津菅曾を本苅絶末苅切て、八針に取裂きて天津祝詞の太祝詞言を宣れ、如此宣らば、天津神は天の磐戸を推披来て、天の八重雲を伊頭の千別に千別て所聞召む。国津神は高山の末短山の末に登り坐て、高山の伊保理短山の伊保理を掻分けて所聞召む。 △天津宮言宮言は『ミヤビノコトバ』の義也。正しき言霊也。宇宙の経綸は言霊の力によりて行はるる事は、前にも述べた。我天孫民族は世界の経綸を行ひ、天下を太平に治むべき、重大なる使命を帯びて居る。然るに現在は肝腎の日本人が、霊主体従の天則を誤り天津罪、国津罪、数々の罪を重ねて、其結果世界の大擾乱を来して居る。之を修祓し、整理するの途は、言霊を正し、大宇宙と同化するが根本である。換言すれば、肚の内部から芥塵を一掃し、心身共に浄化して、常に善言美詞のみを発するやうにせねばならぬ。悪声を放ち蔭口をきき又は追従軽薄を並べるやうな人間はそれ丈で其人格の下劣邪悪な事が分る。世界の経綸どころか人として次ぎの新理想時代に生存すべき資格の有無さへ疑問である。日夕祝詞を奏上しても、斯んな肝要至極の点が、さつぱり実行が出来ぬでは仕方がない。お互に反省の上にも反省を加へねばならぬ事と思ふ。 △天津金木則神算木也。周易の算木に相当するものであるが、より以上に神聖で正確である。本来は長さ二尺の四寸角の檜材なのであるが、運用の便宜上、長さ二寸の四分角に縮製さる。其数三十二本を並べて、十六結を作製し、其象を観て、天地の経綸、人道政事一切の得失興廃等を察するのである。それは宇内統治の主が大事に際して運用すべきもので、普通人民が矢鱈に吉凶禍福などを卜するに使用すべきものではない。無意無心の器物を用ゐて神勅を受くるのであるから、ややもすれば肉体心の加味し勝ちな普通の神憑りよりも、一倍正確な事は云ふ迄もない。 △本打切末打断神算木を直方形に作製する仕方を述べたまでである。 △千座の置座云々無数の神算木台に後からズンズン置き並べる事。 △天津菅曾周易の筮竹に相当するが其数は七十五本である。これは七十五声を代表するのである。長さは一尺乃至一尺二寸、菅曾は俗称『ミソハギ』と称する灌木、茎細長にして三四尺に達す。之を本と末とを切り揃へて使用する也。 △八針に取裂て天津菅曾の運用法は先づ総数七十五本を二分し、それから八本づつ取り減らし其残数によりて神算木を配列するのである。 △天津祝詞の太祝詞即ち御禊祓の祝詞の事で、正式に奏上する場合には爰で天津祝詞を奏上するのである。大体に於て述べると、あの祝詞は天地間一切の大修祓を、天神地祇に向つて命ぜらるる重大な祝詞である。太(フト)は美称で、繰返して、天津祝詞を称へた迄である。 △宣れ神に向つて願事を奏上するの義也。 △天の磐戸天津神のまします宮門から御出動の義にて、人格的に写し出せるのである。 △伊頭の千別き云々前に出たから略す。 △国津神地の神界に属する神々、及び霊魂の神を以て成立し、各自の霊的階級に応じて大小高下、それぞれの分担権限を有す。 △高山の末云々末は頂上の義。 △伊保理隠棲也、隠れたる也。伊保理の伊保も、いぶかしのいぶも、烟などのいぶるも、皆通音で同意義である。 (大意)天津罪、国津罪の続発は悲しむべき不祥事ではあるが、出来た上は致方がない。よく治乱興廃、得失存亡の理を明かにし、そして整理修祓の法を講ぜねばならぬ。世界主宰の大君としては、天津金木を運用して宇内の現勢を察知し、そして正しき言霊を活用して天津祝詞を天津神と国津神とに宣り伝へて、其活動を促すべきである。これが根本の祭事であると同時に、又根本の政事であつて、祭と政とは決して別途に出るものではない。さうすると、天津神も国津神もよく之に応じて威力を発揮せられる。神諭の所謂『罪穢の甚い所には、それぞれの懲罰がある』又は『地震、雷、火の雨降らして体主霊従をつぶす』といふやうな神力の発動ともなるのである。 (七) 如此所聞食ては、罪といふ罪は不在と、科戸の風の天の八重雲を吹放つ事の如く、朝の御霧夕の御霧を、朝風夕風の吹掃ふ事の如く、大津辺に居大船を、舳解放ち艫解放ちて大海原に押放つ事の如く、彼方の繁木が本を、焼鎌の敏鎌以て打掃ふ事の如く、遺る罪は不在と、祓賜ひ清め玉ふ事を。 △かく所食てはきこしめすの意義は、単に耳に聴くといふよりも遥に広く深い。きくは利く也。腕が利く、鼻がきく、眼がきく、酒をきく、(酒の品位を飲み分けること)などのきくにて一般に活用を発揮し、威力を利用する義である。天津神、国津神達が整理修祓の命に応じて活動を開始する事を指していふ。 △罪といふ罪は不在と罪といふ限りの罪は一つも残さずの意。 △科戸の風の云々以下四聯句は修祓の形容で、要するに『遺る罪は不在と祓賜ひ清め賜ふ』事を麗しき文字で比喩的に描いたものである。科戸は風の枕詞、古事記に此神の名は志那都比古と出て居る。シは暴風(アラシ)のシと同じく風の事である。ナはノに同じく、トは処の義。 △朝の御霧云々御霧は深き霧の義。 △朝風夕風云々朝風は前の『朝の御霧』に掛り、夕風は『夕の御霧』に掛る。 △大津辺に居る云々地球に於て、肉体を具備されたる神の御出生ありしは、琵琶湖の竹生島からは、多紀理毘売命、市寸島比売命、狭依毘売命の三姫神、又蒲生からは天之菩卑能命、天津彦根命、天之忍穂耳命、活津日子根命、熊野久須毘命の五彦神が御出生に成つた。これが世界に於ける人類の始祖である。かく琵琶湖は神代史と密接の関係あるが故に、沿岸附近の地名が大祓祝詞中に数箇所出て居る。大津の地名も斯くして読み込まれたものである。 △舳解放云々泊居る時に舳艪を繋いで置くが、それを解き放つ意。 △大海原海洋也。 △繁木が下繁茂せる木の下。 △焼鎌の敏鎌焼鎌とは、鎌で焼きて造る故にいふ。敏鎌は利き鎌の義。 △遺る罪は不在と前に『罪といふ罪は不在』とあるのに、更に重ねてかく述ぶるは、徹底的に大修祓を行ふ事を力強く言ひなしたのであらう。 (大意)八百万の天津神と国津神との御活動開始となると、罪といふ罪、穢といふ穢は一つも残らず根本から一掃されて仕舞ふ。大は宇宙の修祓、国土の修祓から、小は一身一家の修祓に至るまで、神力の御発動が無ければ、到底出来るものではない。殊に現代の如く堕落し切つた世の中が、何うしても姑息的人為的の処分位で埒が附くものでない。清潔法執行の声は高くても、益々疾病は流行蔓延し、社会改良の工夫は種々に凝らされても、動揺不穏の空気はいよいよ瀰蔓するではないか。艮之金神国常立尊が御出動に相成り、世の立替立直しを断行さるるのも誠に万止むを得ざる話である。されば大祓祝詞は、無論何れの時代を通じても必要で、神人一致、罪と穢の累積を祓清むる様に努力せねばならぬのだが、殊に現在に於ては、それが痛切に必要である。自己の身体からも、家庭からも、国土からも、更に進んで全地球、全宇宙から一時も迅速に邪気妖気を掃蕩してうれしうれしの神代に為ねば、神に対して実に相済まぬ儀ではないか。 大修祓に際して、神の御活動は大別して四方面に分れる。所謂祓戸四柱の神々の御働きである。祓戸の神といふ修祓専門の神様が別に存在するのではない、正神界の神々が修祓を行ふ時には、此四方面に分れて御活動ある事を指すのである。以下末段迄は各方面の御分担を明記してある。 (八) 高山の末短山の末より、作久那太理に落、多岐つ速川の瀬に坐す瀬織津比売と云ふ神、大海原に持出なむ、如此持出往ば、荒塩の塩の八百道の八塩道の塩の八百会に坐す速秋津比売といふ神、持可々呑てむ。如此可々呑ては、気吹戸に坐す気吹戸主といふ神、根の国底の国に気吹放ちてむ。如此気吹放ちては、根の国底の国に坐す速佐須良比売といふ神、持佐須良比失ひてむ。如此失ひては、現身の身にも心にも罪と云ふ罪は不在と、祓給へ、清め給へと申す事を所聞食と恐み恐みも白す。 △高山の末云々高き山の頂、低き山の頂からの義。 △作久那太理に佐久は谷也、峡也。那太理はなだれ落つる義、山から水が急転直下し来る事の形容。 △落多岐つ逆巻き、湧き上りつつ落つる事。滝(タキ)、沸(タギル)等皆同一語源から出づ。 △速川急流也。 △瀬織津比売云々古事記の伊邪那岐命御禊の段に、『於是詔之上瀬者瀬速。下瀬者瀬弱而。初於中瀬降迦豆伎而。滌時。所成坐神名八十禍津日神、次大禍津日神。此二神者所到其穢繁国之時因汚垢而。所成之神者也』[※この漢文は御校正本ではフリガナはなく、返り点が付いている。霊界物語ネットでは戦後の版を参考にしてフリガナをつけた。また返り点は削除した。]と出て居るが、瀬織津の織は借字にて瀬下津の義、即ち於中瀬降迦豆伎たまふとある意の御名である。此神は即ち禍津日神である。世人は大概禍津日神と禍津神とを混同して居るが、実は大変な間違である。禍津神は邪神であるが、禍津日神は正神界の刑罰係である。現界で言へば判検事、警察官、又は軍人なぞの部類に属す。罪穢が発生した場合には、常に此修祓係、刑罰係たる禍津日神の活動を必要とする。修祓には大中小の区別がある。大は天上地上の潔斎、中は人道政事の潔斎、小は一身一家の潔斎である。若し地球に瀬織津比売の働きが無くんば、万の汚穢は地上に堆積して新陳代謝の働きが閉塞する。所が地の水分が間断なく蒸発して、それが雲となり、雨となり、其結果谷々の小川の水が流れ出て末は一つに成りて大海原に持出して呉れるから、天然自然に地の清潔が保たれるのである。現在は地の表面が極度に腐敗し切り、汚染し切り、邪霊小人時を得顔に跋扈して居る。神諭に『今の世界は服装ばかり立派に飾りて上から見れば結構な人民で、神も叶はぬやうに見えるなれど誠の神の眼から見れば、全部四つ足の守護に成りて居るから、頭に角が生えたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻計り高い化物の覇張る、闇雲の世に成りて居るぞよ』『余り穢うて眼を開けて見られぬぞよ』『能うも爰まで汚したものぢや。足片足踏み込む所もない』等と戒められて居る通りである。此際是非とも必要なるは、世界の大洗濯、大清潔法の施行であらねばならぬ。爰に於てか先づ瀬織津姫の大活動と成りて現はれる。七十五日も降りつづく大猛雨なぞは此神の分担に属する。到底お手柔な事では現世界の大汚穢の洗濯は出来さうも無いやうだ。神諭にも『罪穢の甚大い所には何があるやら知れぬぞよ』と繰返し繰返し警告されて居る。世界の表面を見れば、そろそろ瀬織津比売の御活動は始まりつつあるやうだ。足下に始まらなくては気が附かぬやうでは困つたものだ。 △荒塩の塩の八百道の云々全体は荒き潮の弥が上に数多寄り合ふ所の義。八は弥の意、八百道は多くの潮道の事、八塩道は上の塩の八百道を受け重ねていへる丈である。八百会は沢山の塩道の集まり合ふ所。 △速秋津比売古事記に『水戸神、名速秋津日子神。次妹秋津比売命』とあるが如く河海の要所を受持ちて働く神也。 △持可々呑てむ声立ててガブガブ呑むの義也。汚れたる世界の表面を洗滌する為には既に瀬織津比売の働きが起りて大雨などが降りしきるが、河海の水門々々に本拠を有する秋津比売が、次ぎに相呼応して活動を開始する。大洪水、大海嘯、大怒濤、此神にガブ呑みされては田園も山野も、町村も耐つたものではない。所謂桑田変じて碧海と成るのである。 △気吹戸近江の伊吹山は気象学上極めて重要な場所である。伊吹は息を吹く所の義で、地球上に伊吹戸は無数あるが、伊吹戸中の伊吹戸とも云ふべきは近江の伊吹山である。最近伊吹山に気象観測所が公設されたのは、新聞紙の伝ふる所であるが、大本では十年も二十年も以前から予知の事実である。 △気吹戸主大雨、洪水、海嘯等の活動に続いては、気象上の大活動が伴うて妖気邪気の掃蕩を行はねばならぬ。元寇の役に吹き起つた神風の如きも、無論この伊吹戸主の神の御活動の一端である。 △根の国底の国地球表面に於ては北極である。神諭に『今迄は世の元の神を、北へ北へ押籠めて置いて、北を悪いと世界の人民が申て居りたが、北は根の根、元の国であるから、北が一番善く成るぞよ………。人民は北が光ると申して不思議がりて、いろいろと学や智慧で考へて居りたが、誠の神が一処に集りて、神力の光を現はして居る事を知らなんだぞよ』とあるが、真に人間の智慧や学問では解釈の出来ない神秘は北に隠されて居る。北光、磁力は申すに及ばず、気流や、気象なども北極とは密接の関係がある。即ち地球の罪穢邪気は、悉く一旦北極に吹き放たれ、爰で遠大なる神力により処分されるのである。序に一言して置くが、罪を犯した者が根の国、底の国に落ちるのは、詰まり神罰で、これも一つの修祓法執行の意義である。別に根の国底の国といふ地獄めきたる国土が存在するのではない。何処に居ても神罰執行中は其処が根の国底の国である。 △速佐須良比売佐須良は摩擦(サスル)也、揉むこと也、空にありては雷、地にありては地震、皆これ佐須良比売の活動である。要するに全世界の大修祓法は、大雨で流し、洪水海嘯等で掃ひ、大風で吹き飛ばし、最後に地震雷で揺つて揺つて揺り滅すのである。それが即ち神諭の世界の大洗濯、大掃除、第二次の大立替である。『天の大神様がいよいよ諸国の神に、命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が総大将となりて雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷族を使ふと一旦は激しい』とあるのは、祓戸四柱の神々の活動を指すのである。詳しく言へば雨、荒、風、地震の神々がそれぞれ瀬織津比売、秋津比売、気吹戸主、佐須良比売の神々の働きをされるので、岩の神が統治の位置に立つのである。学問の末に囚はれた現代人士は、是等の自然力を科学の領分内に入れて解釈しようと試みて居るがそれは駄目だ。実は皆一定の規律と方針の下に行はるる所の神力の大発動である。その事は、今年よりは来年、来年よりは来々年といふ具合に、段々世界の人士が承服する事に成るであらう。 △所聞食と八百万の神達に宣り上ぐる言葉である。神々に向つて活動開始、威力発揮を祈願する言葉である。即ち天地の神々様も、此宣詞をしつかり腹に入れ、四方面に分れて、大修祓の為に活力を発揮し玉へと云ふ事である。我惟神の大道がいかに拝み信心、縋り信心と天地の相違あるかは、此辺の呼吸を観ても分るであらう。末段祓戸四柱神の解釈説明を下すに当り、自分は全体の統一を慮り、又大本神諭との一致を失はぬやう、主として地球全体世界全体経綸の見地から筆を下した。併しこれは、より大きくも、又より小さくも解釈が出来る事は前にも述べた通りである。宇宙の神人、万有一切の事は皆同一理法に支配せられ、宇宙に真なる事は地球にも真、地球に真なる事は一身一家にも又真である。参考の為めに爰に簡単に他の一二の解釈法を附記して置かう。個人潔斎の上から述べると瀬織津比売の働きは行水、沐浴等の事、秋津比売は合嗽の事、伊吹戸主は深呼吸などの事、佐須良比売は冷水摩擦、按摩等の事である。人身生理の上から述べると、瀬織津比売は口中にて食物咀嚼の機能、秋津比売は食道から胃腸に食物を運ぶ機能、気吹戸主は咀嚼して出た乳汁を肺臓に持ち出す機能、佐須良比売は肺臓にて空気に触れ、それから心臓に帰り、そして全身へ脈管で分布せらるる機能を指すのである。かくの如く大祓祝詞は大小に拘はらず、ありとあらゆる有機組織全部に必要なる新陳代謝の自然法を述べたものである。 (大意)さて地球の表面の清潔法施行のためには、先づ大小の河川を司どる瀬織津姫が御出動になり、いよいよとなれば、大雨を降らして苛くも汚れたものは家庫たると、人畜たるの区別なく大海へ一掃して了ふ。之に応じて速秋津姫の活動が起り、必要あれば逆に陸地までも押し寄せ、あらゆる物を鵜呑みにする。邪気妖気掃除の目的には気吹戸主神が控へて居り、最後の大仕上げには佐須良姫が待ち構へて、揉みに揉み砕き、揺りに揺り潰す。これでは如何に山積せる罪穢も此の世から一掃されて品切れになる。従来は大祓の祝詞は世に存在しても其意義すら分らず、従つて其実行が少しも出来て居なかつた。其大実行着手が国祖国常立尊の御出動である。神国人の責務は重いが上にも重い。天地の神々の御奮発と御加勢とを以て首尾克く此大経綸の衝に当り神業に奉仕するといふのが、これが大祓奏上者の覚悟であらねばならぬ。(完) |
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霊界物語 | 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 | 06 仁愛の真相 | 第六章仁愛の真相〔一〇九〇〕 照国別は岩彦、照公、梅公を従へ清春山の岩窟を立出でて、西南の原野を跋渉しながら漸くにしてライオン河の二三里手前のクルスの森まで進み来り、爰に一行は足を休めながら神徳の話に時を移し、照、梅二人の問に答へむと身を起して厳かに至仁至愛の真相を歌ひ始めた。 その歌、 照国別『三千世界の救世主五六七神の真実は 大慈大悲の大聖者垢なく染なく執着の 心は卯の毛の露もなし天人象馬の調御師ぞ 道風徳香万有に薫じ渡りて隈もなし 智慧恬かに情恬か慮凝いよいよ静なり 意悪は滅し識亡じ心は清く明かに 永く夢妄の思想念断じて水の如くなり。 ○ 身は有に非ず無に非ず因にもあらず縁ならず 自他にもあらず方に非ず短長に非ず円ならず 出にも非ず没ならず生滅ならず造ならず 為作にあらず起に非ず坐にしも非ず臥にあらず 行住に非ず動ならず閑静に非ず転に非ず 進にも非ず退ならず安危にあらず是にあらず 非にしもあらず得失の境地に迷ふ事もなし 彼にしもあらず此にあらず去来にあらず青にあらず 赤白ならず黄ならず紅色ならず紫にあらず 種々色にもまた非ず水晶御魂の精髄を 具足し給ひし更生主是ぞ弥勒の顕現し 世界を照らす御真相仰ぐもたかき大神の 絶対無限の御神徳蒙る神世こそ楽しけれ ○ 戒定慧解の神力は知見の徳より生成し 三昧六通は道品より慈悲十方無畏より起る 衆生は善業の因より出す之を示して丈六紫金 無限の暉を放散し方整に照らし輝きて 光明遠く明徹す毫相月の形の如 旋りて項に日光あり旋髪色は紺青に 項に肉髻湧出し眼は浄く明鏡と 輝き上下にまじろぎつ眉毛の色は紺に舒び 口頬端正唇舌は丹華の如く赤く好く 四十の歯並は白くして珂雪の如く潔らけし 額は広く鼻脩く面門開けてその胸は 万字を表はす師子の臆手足は清く柔かく 千輻の相を具へまし腋と掌とに合縵ありて 内外に握り臂脩く肘も指も繊く長し 皮膚細やかに軟かく毛髪何れも右旋し 踝膝露はに現はれて陰馬の如くに蔵れたり 細けき筋や銷の骨鹿の膊腸の如くなり 表裏映徹いと浄く垢なく穢なく濁水に 染まることなく塵受けず三十三相八十種好 至厳至聖の霊相なり相や非相の色もなく 万有一切有相の眼力対絶なしにけり 五六七は無相の相にして而して有相の身に坐まし 衆生の身相その如く一切衆生の歓喜し礼し 心を投じ敬ひを表して事を成ぜしむ 是ぞ即ち自高我慢祓除されたる結果にて かくも尊き妙色の躯をこそ成就し給ひぬ 一切衆生悉くその神徳に敬服し 帰命し信仰したてまつり無事泰平の神政を 歓喜し祝ひ舞ひ狂ひ千代も八千代も万代も 栄ゆる神世を仰ぐなる原動力の太柱 仰ぐも畏き限りなり三五教は神の道 仏の道の区別なく只々真理を楯となし 世人を救ふ道なれば神の教に表はれし 弥勒の神の真実を仏の唱ふる法により 爰にあらあら述べておくあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして三五教の御教は 古今を問はず東西を区別せずして世の為に 研き究めて神儒仏その他の宗教の真諦を 覚りて世の為人の為誠を尽せ三五の 教司はいふも更信徒たちに至るまで あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ 神素盞嗚大御神厳の御前に願ぎ奉る』 照公『宣伝使様、今の歌は五六七大神様の御真相ぢやなくて木の花姫の神様の様ですなあ』 照国『木花姫の神様も矢張り五六七大神様の一部又は全部の御活動を遊ばすのだよ。又天照大御神と顕現遊ばすこともあり、棚機姫と現はれたり、或は木花咲耶姫と現はれたり、観自在天となつたり、観世音菩薩となつたり、或は蚊取別、蚊々虎、カール、丹州等と現はれ給ふ事もあり、素盞嗚尊となる事もあり、神様は申すに及ばず、人間にも獣にも、虫族にも、草木にも変現して万有を済度し給ふのが五六七大神様の御真相だ。要するに五六七大神は大和魂の根源神とも云ふべき神様だ』 照公『大和魂とはどんな精神を云ふのですか、神心ですか、仏心ですか』 照国別『神心よりも仏心よりも、もつともつと立派な凡ての真、善、美を綜合統一した身魂を云ふのだ。これを細説する時は際限がないが大和魂と云ふのは、仏の道で云ふ菩提心と云ふ事だ』 照公『神と仏との区別は何処でつきますか』 照国別『神と云ふのは宇宙の本体、本霊、本力の合致した無限の勢力を総称して真神と云ふのだ。仏と云ふのは正覚者と云ふ事で、要するに大聖人、大偉人、大真人の別称である』 照公『大和魂について大略を聞かして下さい』 照国別『大和魂は仏の道で云ふ菩提心の事だ。此菩提心は三つの心が集つて出来たものだ。其第一は神心、仏心又は覚心と云つて善の方へ働く感情を云ふのだ。要するに慈悲心とか、同情心とか云ふものだ。第二は勝義心と云つて即ち理性である。理性に消極、積極、各種の階級のある事はもとよりである。理性の階級については到底一朝一夕に云ひ尽されるべきものでないから略する事として、第三は三摩地心と云ふのだ。三摩地心とは即ち意志と云ふ事である。尚よき感情とよき意志とよき理性と全然一致して不動金剛の大決心、大勇猛心を発したものが三摩地心であつて、以上三者を合一したものが菩提心となり大和魂ともなるのだ。何程理性が勝れてゐても知識に達してゐても、知識では一切の衆生を済度する事は出来ない。智識あるもの、学力ある者のみ之を解するもので、一般的に其身魂を救ふ事が出来ない。これに反して正覚心所謂神心、仏心は感情であるから、大慈悲心も起り、同情心もよく働く。此慈悲心、同情心は智者も学者も鳥獣に至るまで及ぼすことが出来る。これ位偉大なものはない。ウラル教は理智を主とし、バラモン教は理性を主とする教だ。それだから如何しても一般人を救ふ事は出来ないのだ。三五教は感情教であるから、一切万事無抵抗主義を採り、四海同胞博愛慈悲の旗幟を押立てて進むのであるから、草の片葉に至るまで其徳に懐かぬものはない。今日の如く武力と学力との盛んな世の中に慈悲心のみを以て道を拓いて行かうとするのは、何だか薄弱な頼りないものの様に思はるるが、決してさうではない。最後の勝利はよき感情即ち大慈悲心、同情心が艮をさすものだ。それだから清春山の岩窟に行つた時もバラモン教の悪人どもを赦したのだ。これから先へウラル教、バラモン教の連中と幾度衝突するか知れないが、決して手荒い事をしてはなりませぬぞ。どちらの教派も左手に経文を持ち、右手に剣を持つて武と教と相兼ねて居るから、余程胆力を据ゑて居らぬと、無事に此目的は達成しないのだ』 岩彦『おい梅彦、オツトドツコイ照国別様、随分醜の岩窟の探険時代とは変りましたね。言依別様のお側近くゐられたと見えて、実に立派なお話が出来るやうになりましたなア。序に一つお尋ね申したいのは、此岩彦が何時も心の中に往復してゐる疑問がある。それはバラモン宗と云つたり、時によつてはバラモン教と云つたり、或はバラモン蔵とか、乗だとか部だとか云ひますが、此区別はどう説いたら宜いのですか』 照国『教と云ふのも、宗と云ふのも、乗と云ふも、蔵と云ふも、部と云ふも、矢張り教と云ふ意味だ。如何云つても同じ事だ』 岩彦『いや有難う。それで諒解しました。然し乍ら仏教の教典を経文と云ひますが、其経文の経は教の教とは違ひますか』 照国別『それは少しく意味が違ふ。経と云ふ字は、経糸と云ふ字だ。今迄の教は凡て経糸ばかりだ。緯糸がなければ完全な錦の機が織れない。それだから既成宗教はどうしても社会の役に立たない。経糸ばかりでは自由自在に応用する事が出来ぬ。三五教は国治立尊様の霊系が経糸となり、豊国姫尊様の霊系が緯糸となり経緯相揃うて完全無欠の教を開かれたのだから、如何しても此教でなくては社会の物事は埒があかない。要するに今迄の凡ての教は未成品だ、未成品と云つても宜い様なものだ。故に三五教では教典を経文ともコーランとも云はず、神諭と称へられてゐるのだ』 岩彦『やあ、それで胸の雲がサラリと晴れ渡つて、真如の日月が身辺に照り輝く様な気分となつて来ました。流石は照国別と云ふお名前を頂かれた丈あつて変つたものですな』 斯く話す折しも、向ふの方より数十騎の人馬の物影、此方に向つて蹄の音勇ましく一目散に駆来るのであつた。照国別は三人に目配せし、木の茂みへ姿を隠し、乗馬隊の何者なるかを調べむと、息を凝らして窺ひゐる。先鋒に立つた馬上の将軍はバラモン教にて可なり名の聞えた片彦であつた。彼等の一隊は今やライオン河の激流を渡り、急速力を以てウブスナ山のイソ館へ進撃せむとする途中であつた。躰の疲れを休めむと四人が潜む此森林に馬を乗り捨て、暫し腰を卸して雑談に耽つてゐる。 (大正一一・一一・一旧九・一三北村隆光録) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 余白歌 | 余白歌 思ひきや思はぬ人を思ひ初め思はぬ思ひに嘆く夜半なり〈第3章(初版)〉 かねて見し夢の中なるあで人に遇うて嬉しも夢の如おもふ〈第5章(初版)〉 面白き世なりと夢を辿りつつ夢の中なる夢を見るかな〈第5章(初版)〉 天地の誠の親を知らぬ子に説き諭せども聞く耳持たず〈第7章(初版)〉 父母の外には親はなきものと思へる人に知らさむ親神を〈第7章(初版)〉 瑞御霊厳の御霊の御名こそは恵みの露の源泉となれ〈第8章(三版)〉 天地の親の御船に身を任せ高天原へすすみ行かむかも〈第9章(初版)〉 神の子の罪引受けて苦しむも神は世界の親なればなり〈第9章(初版)〉 言霊の天照る国の尊さは神の御声を居ながらに聞く〈第10章(初版)〉 言霊の幸はふ国に生まれ来て神の御声を聞かぬ愚かさ〈第10章(初版)〉 千早振る神ぞあらはれきたのそら綾の高天の教かがよふ〈第11章(初版)〉 烏羽玉の世を救はむとあらがねの地の御祖は現れましにけり〈第11章(初版)〉 世を救ふ真実の神は和衣の綾部の里に天降りけり〈第15章(初版)〉 世の人を普く神国に助けむと国常立の神は出でけり〈第15章(初版)〉 許々多久の罪も穢も引受けて世人を救ふ二柱神〈第15章(初版)〉 如何ならむ事に逢うとも真心を尽さむ御魂神守るべし〈第15章(初版)〉 世を救ふ思ひは胸に三千年の年月待ちて望み遂げたる〈第17章(初版)〉 千早振る古き神代の初めより世のため人のために竭せし〈第17章(初版)〉 八洲国島の八十嶋大本の教ひらかば天地やすけむ〈巻末(三版)〉 行く先は露白雲の外までも神のまにまにひらく宣伝使〈巻末(三版)〉 天地の神にすべてを任せつつ大道すすめば心安けむ〈巻末(三版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 07 山口の森 | 第七章山口の森〔一一七六〕 五三公は急坂を下り乍ら稍緩勾配になつたのを幸ひ、真先に立ちて歌ふ。 五三公『高天原の霊国に現はれ玉ふ主の神は 天が下なる民草のみたまを清め愛信の 道を体得せしめむと三五教を開きまし 悪にくもりし人々の心に真如の日月を 照らさせ玉ふぞ有難き斎苑の館に名も高き 五三公さまは選まれて治国別の伴となり 烈風すさぶ河鹿山峠を難なく打渡り 曲の軍を追散らしさしもに嶮しき下り坂 易々渡り玉国別の神の命がこもりたる 祠の森に辿りつきここに二夜を明しつつ バラモン教の人々を数多言向け和し置き 又もやのり出す膝栗毛心の駒も勇み立ち 吾身をのせて進み行くあゝ惟神々々 尊き神の御恵みに人と生れし天職を 完全に委細に尽し了へ皇大神の御前に 復命したるその上は高天原のみのりにて 霊の迷ふ八衢や根底の国に落さずに 此身此儘天国の夜なき国へ導きて 第二の吾れを末長く守らせ玉へ惟神 神は吾等と共にあり神の御子と生れたる わが身の上の頼もしさ朝日は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共仮令大地は沈む共 三五教の皇神の守らせ玉ふ言霊を 無上唯一の武器となし八岐大蛇のわだかまる 醜の教を悉く言向け和し地の上に 高天原の楽園を開き奉らでおくべきか 吾は賤しき身なれども神の光に照らされて 奇しき功を立てし上えり立てられて宣伝使 仕へ奉るも遠からじランチ将軍片彦の 軍勢は如何に強くともわが言霊を打出せば 雲霞の如き大軍も風に木の葉の散る如く 鷹に逢ひたる小雀の戦き騒ぎ逃ぐる如 言向け散らすは目の当りあゝ惟神々々 祠の森に残されし玉国別の一行は 神の恵みの幸はひて谷間をひろげ土をかき 善をば尽し美を尽し大宮柱太しりて 高天原に千木高く瑞の舎仕へまし 国家鎮護の霊場と開かせ玉へ惟神 神の御前に五三公が赤心こめて祈ぎ奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 ○ 松公『ウラルの神のこもりたるその名も高きアーメニヤ 大気津姫の一族がコーカス山の神人に 追はれて常世へ逃げしよりバラモン教は虚に乗じ 数多の兵士引率れて城の周りに火を放ち 焼き尽したる悲しさに一人の兄を尋ねむと 暗にまぎれてアーメニヤ立出で四方の国々を さまよひ居たる折もあれバラモン教の捕手等に 思はぬ所で見つけられ危き生命を救けられ 隙を窺ひ虎口をば漸く逃れて駆け出し 月の国々巡歴しウラルの教の聖場を 兄は居ぬかと尋ねつつ二年三年経つ内に バラモン教の神司エール、オースに見出され 抜擢されて片彦が秘書役までも上りつめ 大黒主の命を受け斎苑の館へ攻めよする 軍の中に交はりて駒に跨りイソイソと 河鹿峠に来て見れば三五教の神司 治国別の言霊に打なやまされ散々な 憂目に出逢ひ片彦や部下の軍兵悉く 雲を霞と逃げ散りぬ後に残りし吾々は 薄の穂にも怖れつつ足をしのばせ山神の 祠の前に来て見れば豈はからむや兄さまの 亀彦さまは言霊の妙力得たる宣伝使 治国別と相分り狂喜の涙やるせなく 道公さまのもてなしで治国別に対面し 名乗り玉へと訪へどバラモン教に仕へたる 汝の如き弟はわが身に持てる覚えなし なぞと首を横にふり剣もほろろの御挨拶 頼みの綱も切れはてて取つく島も泣ジヤクリ わが捕へたる伊太公を玉国別の御前に 返し奉らにやどうしても兄弟名乗は出来よまいと 早くも胸に悟りしゆ竜公さまを伴ひて 清春山の岩窟へ到りて伊太公救ひ出し 漸く兄の怒りをば解いたる時の嬉しさよ それにまだまだ嬉しいはハルナの都に蟠まる 八岐大蛇の征討に参加なさしめ玉ひたる 神の尊き御恵み幾千代迄も忘れまじ 仮令天地はかへるともわが魂は永久に 巌の如く動かさじ短き此世に存らへて 有らむ限りの力をば尽し了りて神の身の 夜なき国の楽みに浴し奉らむ嬉しさよ 治国別の宣伝使此松公が言の葉を 完全に委曲にきこし召せ皇大神の御前に 祈らせ玉へ惟神神かけ念じ奉る』 と歌ひつつ行くのは、治国別の弟松公にぞありける。 竜公は又歌ふ。 竜公『朝日は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共バラモン教の悪神を 言向和し神国の栄えを世界に輝かし 生きては此世の神となり死しては高天の天人と なりて常世の花の春を歓ぎ楽しむ霊にと すすませ玉へ惟神われ等は神の子神の宮 肉の宮をば脱出し夜なき国へ行く時は 吾一代の功名を神はうべなひ玉ひつつ 数多の乙女を遣はして歌舞音楽を奏しつつ 芳香四方にくゆらせつ栄え久しき天国に 歓び迎へ給ふまで心を尽し身を尽し 善と真とを地の上に輝き渡し三五の 神の御むねに叶ふべく守らせ玉へ天地の 畏き神の御前に竜公司が謹みて 一重に願ひ奉る此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 過ち多きものならば広き心に宣り直し 又もや見直し聞き直し許させ玉へ惟神 神の御前に願ぎ奉る』 斯く歌ひ乍ら漸くにして山口についた。谷川は左にそれて水音さへも聞えなくなつて来た。此処には可なり大きな老樹の茂つた森がある。之を山口の森といふ。一行六人は夜露を凌がむと宵暗の中を足さぐりし乍ら進み入る。古い祠の跡と見えて台石ばかりが残つてゐる。此処に一行は蓑をしき一夜を明す事となりける。 治国別『山口の時雨の森に来て見れば 鳥さへ鳴かぬ暗の静けさ。 此先はバラモン教の戦士 われを討たむと待ち構ふらむ。 如何程の猛き魔人の攻め来とも わが言霊に伊吹き払はむ』 万公『月かげもなきくらがりの木下暗 明かして通る吾師の一行。 河鹿山漸くここに下り来て 神の恵みに一息するなり。 御恵みの露は辺りに光れども 月なき夜半は見るすべもなき。 やがて又東の空をてらしつつ 月の大神上りますらむ』 晴公『星かげは真砂の如く輝けど 木の葉のしげみに隠れましぬる。 よをてらす月の御神の功は 天照る神に劣らざるなり。 天伝ふ月日の神の御めぐみに 人はさらなり万物栄ゆく』 五三公『斎苑館しづまりゐます素盞嗚の 瑞のみかげを今ぞしのばゆ』 松公『道のため世のため尽す赤心は 暗夜を照らす月にあらずや。 暁の空をてらして紅の 雲を押分け上る日の神。 夕暮の空に輝く三日月に 天の岩戸の開けしかとぞ思ふ。 月見れば百のうきごと消えて行く 瑞の霊の洗ひますらむ。 人皆の行く可き道は惟神 神の心に叶はむがため。 此森に一夜を明かし明日は又 浮木の森に雨やどりせむ』 竜公『バラモンの醜の司の此処彼処 伺ひよらむ心しませよ。 片彦の目付の神は河鹿山 山口四辺に彷徨ふと聞く』 治国別『何事も神の心に任すこそ 人の行く可き大道なるべし』 此処に一行は蓑を布き夜露を冒して安々眠りに就きにける。 (大正一一・一二・七旧一〇・一九外山豊二録) (昭和九・一二・二六王仁校正) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 21 小北山 | 第二一章小北山〔一一九〇〕 松彦一行は暫く休憩の後、一町計り峻坂を登り、細い階段を二百計り刻み乍ら漸く小北山神館の門口に着きける。そこには白髪の老人が机を前に据ゑ、白衣に白袴で置物の様にキチンと坐つてゐる。奥の方にはザワザワと祈念の声が聞えて居る。松彦は、 松彦『お爺イさま、私は旅の者ですが、結構な神様がお祀りになつてあると承はり参拝をさして頂きました、ここの教は何と申しますか』 老人(文助)『お前さまはどこの方か知らぬが、ようマア、御参詣になりました。私は目が見えぬので、かうして受付けをやつてゐるのだが、それでも有難いもので、人の声を聞けば、男か女か年寄か若い者か心のよい人か悪い人か、よく分るのだから有難いものだ。そしてチヨコチヨコ人に頼まれて、此通り絵を書いてるのだ』 松彦『何と妙ですなア、一寸見せて御覧』 老人『ハイハイ見て下さい、これでも信者の人が喜ンで額にしたり、掛地にしたりするのだから……』 松彦『なる程、目の見えぬ人の書いた絵にしては感心なものだ。ヤア松に竜神さまが巻きついたり、蕪に大根、円山応挙でも跣で逃げ相だ。オイ万公さま、お前蕪に大根は好物だないか、一つ頂いたら何うだ』 万公『松彦さま、あなたも余程身魂が悪いと見えて、此絵を御覧なさい、お前さまの名の松に一本の角の生えた黒蛇が巻いてるぢやありませぬか』 老人『何処の方か知らぬが、これは竜宮の乙姫さまの御神体だ。黒蛇なぞと勿体ない事をいひなさるな』 万公『それでも大きな口があつて黒い縄が引ついとるぢやないか。それで私は黒い口縄だといつたのだ』 老人『アハヽヽヽ、お前さまは絵を見る目が無いから困つたものだナア』 万公『此方に目の無いのは当然だ。目の無いお爺イさまの書いたのだもの、こら大方冥土の竜神さまかも知れぬぞ』 老人『お前さまは此お館へ冷かしに来たのだな、そンな人は帰ンで下さい、アタ万の悪い』 松彦『お爺イさま、此奴ア、チと気が触れてますから、何卒了見してやつて下さい。実の所は此気違ひを直して頂かうと思つて連れて来ましたのぢや、田圃の中へ這入つて、大根や蕪の生を噛つたり、薩摩芋を土のついたなり、ほほばるのですから、困つた癲狂院代物ですわい。何とか直して頂く工夫はありますまいかな』 老人『成る程さう聞けばチツと此方は気が触れてると見えますわい、どうも私の霊に其様に始めから感じました。気の毒で厶いますなア。この気違ひは容易に直りますまいから、暫く気の鎮まる迄、石の牢がして厶いますから、お預かり申して三週間計り暗い所へ突つ込ンでおきませうよ』 万公『イヤもうお爺イさま結構です。貴方のお顔を拝ンでから、次第々々に気分がよくなり何うやらモウ正気になりました。モウ結構で厶います』 老人『それでも再発したりすると困るから、二三日入れて見ませうかな。松彦さまとやらお考へは何うですか』 万公は松彦の袖を頻りに引ぱつてゐる。 松彦『ヤア之位なら大した事はありますまい。マア暫く容子を見た上でお願する事に致しませう』 老人『そンなら貴方の御意見に任しませう。何時でも御預かり致しますから』 松彦『ハイ有難う厶います。何卒宜しう頼みます』 五三公は小声で万公の袖をチヨイチヨイと引ぱり、 五三公『オーイ松に黒蛇、大根に蕪計り書いてるぢやないか、丸で二十世紀の三五教の五六七殿に居る四方文蔵さまの様なお爺イさまだねえ』 万公『ウフヽヽオイあこに髭の生えた人が居るぢやないか。あの人こそ本当の神さまみた様だなア。あの先生に拝ンで貰うたら、有難いに違ひないぞ』 五三公『ナアにあれは謡の先生だ。大分に酒が好きだと見えて、あの顔の色みい、ホテつてるぢやないか』 万公『コリヤ大きな声で言ふな。聞えるぞ』 松彦は、 松彦『此教会の縁起が聞たいものですなア』 と云へば、老爺は心よく、 老人『ハイ此小北山のお広間は元はフサの国の北山村にあつたのだ。高姫黒姫といふ立派な宣伝使があり、高姫さまが教祖で、黒姫さまが副教祖であつた。たうとうあの人も惜い事になつたものだ。アブナイ教とかへ首を突込ンで了ひ、今はどうならしやつたか、便りもなし、実にアブナイ事をしたものだ。そこで総務をして厶つた蠑螈別さまが魔我彦といふ弟子を連れてここへお出になり、小北山の神殿というて、高姫の遺鉢を受け、ここで教を開かれたのだ。随分沢山の神様が集まつて厶る地の高天原ぢやぞえ。お前さまも神様の因縁があればこそ引寄せられなさつたのだよ』 松彦は、 松彦『有難う厶います。其蠑螈別さまはゐられますかなア』 老人『ハイ大奥にゐられますが、余りいろいろの神様が御出入り遊ばすので、お忙しうてお酒の接待計りしてゐられます』 松彦『蠑螈別様の一つの体にさう大勢お集まりになるのですかなア。ソリヤ大抵ぢやありませぬなア』 老人『今はかむづまり彦命と仰有いましてな、ウラナイ教の教祖で厶いますぞ。それだから随分沢山の神様が御出入り遊ばし、お神酒をあがるので、朝から晩まで本性はチツとも厶いませぬ、本当に妙ですワ。今仰有つた事と、少し後で仰有つた事とは、クレリツと違ふのですから、そこが所謂八百万の神様のお集まりなさる証拠です。何と偉いお方もあつたものですワイ』 松彦『さうするとお憑りになる神様は何と申しますかな』 老人『余り沢山で早速には数へる事も出来ませぬが、何を言つても、八百万の神さまですからな。先づ第一神集ひ彦の神、神議姫命様、葦原の瑞穂彦命様、八洲国平姫命様、言依さしまつりの命様、荒ぶる神様、言問し姫命様、神払彦命様、岩根木根立彦命様、片葉言止め姫命様、天の岩座放ちの命様、天の八重雲姫命様、厳の千別彦命様、四方の国中彦命様、下つ岩根彦命様、宮柱太しき立ての命様、天の御影彦、日のみかげ姫、益人姫、過ち犯し彦、くさぐさの罪の姫、畔放ち彦、みぞうめ姫、ひ放ちしきまき姫、串さし様……といふ様な立派な神様が沢山に祀つて厶います』 万公はあきれ顔で、 万公『丸で三五教の祝詞そつくりぢやないか。妙な名のついた神さまもあつたものぢやなア』 爺イは真面目な顔して、 老人『神様は其お働きに依つてお名が現はれて居るのだから、お名さへ聞けば何を御守護下さるといふ事がよく分るやうに、蠑螈別の教祖がおつけ遊ばしたのだ。元より神様に御名はない、人間が皆お名を差上げて称へまつるのだからなア』 松彦『成る程、如何にも御尤も。流石は蠑螈別の教祖様ですなア、お爺さま、一つ松彦に神様の因縁を聞かして下さいな、今仰有つた神様はどこに祀られて厶いますか』 老人『其神様は神言殿といふ御殿を立てて祀らねばならぬのだが、まだ準備中だ。かうして山のどてつ辺まで沢山の宮が建つてゐるが、一番下の大きな御殿が大門神社と云つて、世界根本の生えぬきの神様が祀つてあるのだ』 松彦『そして其神様の名は御存じですか』 老人『アハヽヽヽ、肝腎の御仕へしてる神様の名が分らいで何うなりますか、お前さまも余程分らずやだなア』 松彦『分らないからお尋ねしとるのぢやありませぬか』 老人『一番此世の御先祖さまが、国治立命様、それから左のお脇立がゆらり彦命、右のお脇立が、上義姫命様だ。そしてゆらり彦命様の又の御名末代日の王天の大神様と申しますのだ。それから日照す大神さまといふのが祀つてある、其神様の御分霊が羊姫様、羊姫の妹様が常世姫命様だよ。そして稚姫君命様は艮の金神様坤の金神様の御娘子だ』 松彦『一寸待つて下さい。ソリヤ少し配列が違はしませぬか』 老人『お黙りなさい。神様の戸籍調べをしてゐるのに、勿体ない何をグヅグヅ云ひなさる。気にいらな聞いて下さるな。モウいひませぬぞや』 松彦『イヤこれはこれは不調法申しました。どうぞ御教訓を願ひます』 老人『それなら聞かして上げやう。確り聞きなされ。此大門神社にはそれ丈の神様と、まだ外に沢山の神様がお祀りしてあるのだ。稚姫君命様が天地から御預かり遊ばした八人の結構な神様がある。第一に義理天上日出神様、第二に青森白木上の命様、次に天地尋常様、これ丈が男の神様、次に常世姫様、次が金竜姫様、次が大足姫様、次が琴上姫様、其次が金山姫様此三男五女が変性男子の系統で厶いますぞや。それから又常世姫様が天地の神様から始めてお預かりになり育て上げられた神様が八柱、これは五男三女だ、第一に地上大臣様、次がたがやし大臣様、次が地上丸様、次がきつく姫様、次が旭子姫様、次が花依姫様、此神様の霊が猿彦姫と変化、又変化遊ばしてみのり姫とやがてお成り遊ばすさうだ。それから早里姫、地上姫、以上十六柱が魂の根本の元の誠の生粋の大和魂の因縁の神様で厶います。これを合して四々十六の菊の神様と申します。それから又、義理天上さまが預つて育てた神様が七人厶る。第一に天照彦、天若彦、次が八王大神、大野大臣、それから道城よしのり、大広木正宗、柔道行成、都合二十三柱の神様が天地根本、生粋の霊の元の神様だ。これ位結構な神様の教を聞き乍ら、第一の教祖の高姫さまはアブナイ教へ沈没して了つたのだから惜いものですわい』 万公『もし松彦さま、サツパリ支離滅裂ぢやありませぬか。親かと思へば子になつたり、子かと思へば親になつたり、なンと訳の分らぬ神さまですな。マンマンマンマー』 老人『コレ、支離滅裂とは何を云ふのだ。ヤツパリお前は気違ひだな、黙つて聞かつしやらぬかいな』 万公『ハイ万々聞かして貰ひませぬワイ』 松彦『此奴あキ印ですから、どうぞ気にさえずに居つて下さい。松彦はお詫します』 老人『ヨシヨシ、今言うた二十三柱の神様が天地をお造り遊ばし、人間の姿を現はして、現界の政治を遊ばしたが大将軍様、常世姫様の夫婦で厶います。それが又、大将軍御夫婦が余り我が強いので、折角の神政が破れ、御退隠なされ、第二の政治をなされたのが、地上大臣様、耕し大臣様、そこへ地上丸様が御手伝遊ばして、三人世の元結構な世が開きかけてをつたが、又もや慢心が出て現界の政治が潰れ、止むを得ず又大将軍様が変化てサダ彦王となり、常世姫様が変化てサダ子姫となり、きつく姫、旭子姫、花依姫といふ三人の子をお生み遊ばしたが、又其政治が潰れ高天原は大騒動が始まりました。それから今度は四代目の天下の政治を遊ばしたのが、八王大神様と王竜姫様、王竜姫は後に大鶴姫とおなり遊ばした。又其政治がつぶれ、五代目の政治をなさつたのが大野大臣様、大野姫のお二方、此時は非常に盛であつて、世界中が一つに治まり、後にも先にもないやうな世の中の政治が行はれた。そして青森行成さまや、義理天上さま、天地尋常さまがお手伝ひをなさつたので、非常な勢になつて来た。そした所が余り世が上りつめて又大野大臣さまの政治がメチヤメチヤに破れ、第六番目には道場美成様と事足姫の御夫婦が御政治を遊ばし、大広木正宗、柔道行成といふ二人のお子さまが出来、いよいよ神政成就が成上がつたと思へば少しの間に又もや、慢心を遊ばし、八岐大蛇や金毛九尾曲鬼の悪霊に蹂躙されて、世の中がサーパリわやになつて了ひ、そこへ変性女子の素盞嗚尊が現はれて、悪の鏡を出したものだから、今日のやうな強い者勝の世界が出来たのだ。此ウラナイ教は御覧の通り天下太平上下一致だが三五教にバラモン教、ウラル教などは戦ばかりしてゐるぢやないか。神様が喧嘩なさるといふ事はある可からざる事だ、お前さまもそンな喧嘩好の神様を信仰せずにウラナイ教の神様を信仰をなされ、昔の昔のさる昔の因縁から、根本の根本から、大先祖の因縁、霊魂の性来、手に取る如くに分りますぞや。あゝ惟神霊幸倍坐世』 万公『アハヽヽヽ万公は満口が閉さがらぬワ、イヒヽヽヽ』 松彦『又気が違ひ出した、困つた奴だなア、ウツフヽヽ、松彦も困りますよ』 老人『これで此大門神社の神様の因縁はあらまし分つたでせう』 松彦『ハイ、よく分りました。有難う厶いました。貴方は随分詳しいお爺さまだが、お名は何と申しますかな』 老人『私はおちたきつ彦と申しますよ』 松彦『ヘー、長いお名ですな』 老人『蠑螈別様に頂いた神名だから、長くても仕方がありませぬ。名が長い者は長生をするとかいひますから、モ少し長くてもいいのですが、まだ修行が足らぬので、ここらで止められて居るので厶います。私の修行が積みた上は、おちたきつ速川の瀬にます彦命といふ名をやらうと仰有いました』 一同『ウツフヽヽ、エツヘヽヽ』 と一同は笑ふ。 老人『サア是から、種物神社へ案内致しませう』 松彦『老爺さま、目のお悪いのにすみませぬなア』 老人『目が悪いと云つても、神様の御用ならば何でも出来るのだ。サアついて来なさい。きつい山だぞえ、辷りこけて向脛を打つたり、腰をぬかさぬやうになさいませや』 と云ひ乍ら、種物神社の前へエチエチと登りつめた。 松彦『ここには石造りの宮と木造の拝殿が建つて居りますなア。何とマア偉い断岩絶壁を開いて建てられたものですなア』 老人『ハイ之は大将軍様の生宮と地上丸さまの生宮が鶴嘴の先が擂粉木になる所迄岩をこついてお造り遊ばしたのだ。何と感心なもので厶いませうがなア。此神様に地の世界の大神様と日の丸姫の大神様が祀つてある。そして右の方に義理天上さまと玉乗姫様と祀る事になつて居ります。左の方には大将軍様と常世姫様のお宮が建つのです。これは世界の万物の種物をお始め遊ばした結構な結構な根本の神様ですから、よく拝みておきなさい。お前さまも若いからどうせ種まきをせにやならぬのだろ。神の生宮をポイポイと拵へるのが神の役目だから、今こそ男と女が暗がりで、かが安う生宮を拵へるやうになつたが、昔は人間一人仲々並や大抵で作れたものでありませぬぞや。其お徳にあやかる為に種物神社に祭つてあるのだ』 松彦『ハイ有難う』 と松彦はうつむく。 老人『サア之から、おちたきつ彦がモ一つの上のお宮様を御案内致しませう』 万公は、 万公『モシモシお爺イさま、そンなきつい岩石を目の悪いのに登つて、何卒谷底へ落ちたきつ彦にならぬ様に願ひますで。サア五三公、アク、タク、テク、お爺イさまのお伴だ。何とマアきつい坂だなア』 老人『あゝあ、人に改心さそうと思へば仲々の苦労だ。ソレ御覧なさい、ここに木造りの宮が三社建つてをるだろ。中央が生場神社の大神様、岩照姫の大神様、此御夫婦が祀つてある。右のお社はりんとう美天大臣様、木曽義姫の大神様の御夫婦が祀つてあるのだ。そして左の方の宮には五六七上十の大神様、旭の豊栄昇りの大神様御夫婦が祀つてあるのだ。モ一つ上に三社あるけれど、これから上は道がないから、ここからお話しておかう。石の宮が三社あつて、正中が月の大神様、日の大神様御夫婦が祀つてある。右の石の宮は末代日の王天の大神様上義姫大神様御夫婦がお祀りになつてゐる。左の方が日照らす大神様、大照皇大神宮様御夫婦が御祀りだ。何と結構な地の高天原が開けたものでせうがな』 松彦『モウ此外に神様の祀つてある所はありませぬかナ』 老人『まだない事はないが、さう一遍にお話しすると、話の種が切れるから、又今度にのけておきませうかい。お前さまも一遍に食滞しては困るからなア』 万公『アツハヽヽヽお爺イさま、御苦労でした。実の所は私は三五教の宣伝使、治国別命の片腕の万公さまだ。気違でも何でもないのだから、さう思うて下さい。随分怪体な神さまばかり、能う拝まして下さつた。これも話の種になりますわい。『霊界物語』にのせたら、キツと大喝采を得ませう。お前さまの方では種物神社だが、此万公さまは種取り神社だ。義理かき天上の神様となつて、これからウラナイ教を一生懸命に信神しませぬワ。オツホヽヽ』 老人『この年寄を此処迄連れて来て、何と云ふ愛想づかしを云ふのだい。それだから三五教は悪の教といふのだよ。大方お前も変性女子の廻し者だろ、油断のならぬ代物だなア』 松彦『此奴ア、お爺イさま気が違うてるのですから、どうぞ気に触へて下さいますな』 老人『あゝさうださうだ、気の触れた方だつたなア。何ぼ気違でも余りな事云ふと気の宜うないものだ。併し気違ひとあれば咎める訳にもゆかぬ、見直し聞直しておかう』 松彦『ハイ有難う厶いました。お年寄に高い所迄御苦労になりまして申訳が厶いませぬ』 老人『お前さま達、下の大広間で今晩はお泊りなされ、女ばかり百人あまりも鮨詰になつて寝て居ります』 五三公はにやりとしながら、 五三公『オイ、アク、タク、テク、泊めて貰はうかなア』 アク『なンだ、女ばかり鮨詰になつてると、爺さまが言つたら、顔の紐迄解きよつて、アタ見つともない、女の側は険呑だ。サア松彦さま、遅れちやなりませぬ、折角のお爺さまの御親切だが、今日はマア御免被つて、又改めてお世話になりませうか』 松彦『あゝそれがよからう、お爺イさま、どうぞ蠑螈別さまに宜しう言つて下さい。今日は急ぎますから、これで御免を蒙ります』 老人『万さまとやらを気を付けて上げて下さいや、危ない一本橋がありますから、川の中へでも、気の触れた人は飛込むかも知れませぬからな』 松彦『ハイ御親切に有難う厶います。サア一同の者、お暇乞ひして急がう。発車時間に遅れちや今夜中に万寿山へ帰れぬからなア。お爺さま左様なら』 万公『おちたきつ速川の瀬にます彦の神さま、万々々公有難う厶いました』 老人『アハヽヽヽ、気を付けてお帰りなさい、万公さまとやら』 (大正一一・一二・九旧一〇・二一松村真澄録) (昭和九・一二・二九於湯ケ嶋王仁校正) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 05 菊の薫 | 第五章菊の薫〔一二一五〕 お菊は満座の騒擾を見て、慌しく壇上に登り、白扇をもつて卓の脚を叩きながら歌ひ始めた。 お菊『ウラナイ教の大教主蠑螈別は大広木 正宗さまと名告りつつ高姫さまの後襲ひ 魔我彦さまの義理天上怪しき日の出の神さまと 北山村を立出でてこんな所へ出張し 唯一無二なる聖場と讃へてお寅の鈴野姫 人には云はぬ隠し妻夫婦の水火を合せつつ 大神業を起さむと朝から晩まで酒を飲み 世に落ち給ひし神さまに神酒を献上するといひ 朝から晩までづぶ六に酔つて厶つた其姿 張子の虎のやうだつた露国の土地に生れたる 大海原の姫神が大ふねさまと生れ変り その又霊が変化して八坂の盛竹大臣と 御成りなさつたといふ事だ大舟さまの兄弟に 大岩大藤二柱あるとか教へて下さつた 元下則武日吉姫夫婦の仲に出来た子が 時文といつて其家来八坂盛竹を随へて 神の御国に渡り来る其又日吉の姫さまは 大海原姫又の御名平野の姫の変化だと 訳のわからぬ御説教何時も御聞かせ遊ばした 露国の土地の頭領は山竹さまで又の名は 黄竜姫と言うたげな黄竜姫は又へぐれ 大鶴姫とならしやつた常世の姫が又へぐれ 猿田子の姫や平野姫大海原姫や日吉姫 てるむす孟子路易出づる何だかわけの分らない 前後矛盾の御神名てるむす姫の又の名は たらた姫だと云ふ事だ口から馬が生れたり 獅子が飛出る孔雀生む蜈蚣に蛇に蟇蛙 その又蛙と狐さまがつるんで人を生んだとか わけのわからぬ事ばかり酒の上にてベラベラと 仰有るのだから怺らない之を思へばアクさまが 名の無き神ぢやというたのもあながち無理ではあらうまい 神の戸籍は何うあろと決して心配は要りませぬ ただ神徳を頂いて此世が楽に暮せたら それで皆さまは宜しかろ天地尋常の神さまや 青森白木上の神日の出神の義理天上 常世の姫や黄竜姫大足姫や言上姫 金山姫や未姫地上大臣地上丸 たがやし大臣杵築姫朝日子姫やみのる姫 はやざと姫や地上姫以上十六神柱 これが根本の根本の昔の昔のさる昔 まだも昔のその昔霊のもとなる十六の お菊の御魂と云ふ事だお菊は今や十六の 冬を迎へた花盛り神の御名をばとらまへて ゴテゴテいふより此の菊を拝んだ方が御利益が よつぽど沢山あるだろ義理天上が預つて 御育て申した七人の神は天照彦さまに 天若彦や八王さま大野大臣大広木 正宗さまや同情のふかい道上義則や 柔道行成此神を合せて二十三神と 崇めまつると聞きました此神さまは親が子に なるかと思へば子が親になつたり又も主従に なつたりなされてこれといふ定つた判定がつきませぬ 不思議と思うて正宗に神名の由来を聞いた時 正宗さまは仰有つたへぐれのへぐれのへぐれ武者 へぐれ神社と云ふぢやないか如何に矛盾があるとても へぐれといへば一言でどんな事でも解決が つくではないかお菊さま馬鹿正直に神さまを 崇める奴が何処にあるお前は文明の空気をば 吸うた女に似もやらず馬鹿正直のものだなと 笑うてゐられた事がある之を思へば此山に 祀つた神は皆怪し末代日の王天の神も 上義の姫も皆嘘だ五六七成就の肉宮も リントウビテンの肉宮も生羽神社も岩照姫も 旭の豊栄昇り姫も木曽義姫の肉宮も 日の丸姫も天上さまも玉則姫も大将軍も 常世の姫も皆うそだ四個の野狐が憑依り こんな他愛もない事を喋つて人を暗黒へ 導くものと覚えたりお菊はこれから皆様へ 立腹させていろいろと責め立てられるか知らねども 他人を助ける神の道嘘と知りつつこれが又 何うして黙つて居られませう何卒妾の言ふ事を 直日に見直し聞直しよくよく悟つて下さんせ 生命をかけて皆さまに一伍一什の内幕を ここに打明け奉るあゝ惟神々々 みたま幸はひましませよ旭は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも 誠一つでない事にや此世に栄えて行かれない 妾は未来が恐ろしい短い此世に生命をば 保たむために嘘ばかりならべて人を迷はせつ 永き地獄の苦しみの種子を蒔くのは嫌だ故 物質上の得失をかへりみせずに天地の 真理をここに現はして迷ひ切つたる人々の 御眼をさましおきまする悪く思うて下さるな 偏に願ひ奉るあゝ惟神々々 みたま幸はひましませよ』 テクは歌ひ出した。 テク『松彦さまに随ひて小北の山の坂道を テクテク上り来て見れば木造石造いろいろの 沢山な宮が立つてゐるお寅婆さまに随ひて 大門神社の受付をたづねて見れば白衣をば つけたる爺さまがただ一人蕪大根をセツセツと 一生懸命に描いてゐる不思議な神もあるものと 疑ひながら山中を廻つていよいよ曲神の 醜の住処と悟りました大方此処は幽冥の 世界に通づる八衢か六道の辻かさもなくば 八万地獄の入口と思うた事は違はない いよいよ真相を暴露して教祖と名告つた蠑螈別さまは 夫婦喧嘩をおつ始めお民とひそかに喋し合ひ 闇にまぎれてすたすたと尻尾をまいて逃げ出した 後姿をながむれば狐狸か山犬か 合点の行かぬ其姿後から唸を立てながら 夜叉の如くに追つかけるお寅婆さまを眺むれば 牛にもあらず虎ならずよくよく見れば古狐 恋路の暗に閉されて後前見ずにトントンと 恋しき男の後追うて生命からがら追つて行く 小北の山の神殿が果して誠の神様の 集まりいます所なれば肝腎要の教祖さま 醜の悪魔に憑依され霊をぬかれて此場をば 逃出しなさる筈はない此有様を見たならば 如何なる堅き迷信も忽ち夢が醒めるだろ わたしは神の道を行く誠一つのテク司 決して他処の教をば誹る心はなけれども 見るに見かねて身を忘れ憎まれ口をたたくのだ 此場に集まる人々よ直日に見直し宣り直し よきに省み給へかしあゝ惟神々々 みたま幸はひましませよ』 斯くテクが歌ひ終るや、又もや大広前は喧々囂々として騒ぎ立て、怒るもの、泣くもの、笑ふもの、叫ぶもの、千態万状、言語に絶する醜態を演出し始めた。テクは壇上より声を張りあげて、 テク『道のため世人のために身をすてて 生言霊を宣り初めにけり。 人々よ心安らに平かに しづまりませよ神の大前。 やがて今元の誠の神様を 斎きまつりて世を開きゆかむ。 凩にうたれて散りゆく木々の葉は 枝にとどまる力なきもの。 凩に吹かれたたかれ何処までも 梢にのこるは生きたみたまぞ。 何事の出で来るとも世の元の 神にしたがへ百の人々。 蠑螈別、魔我彦、お寅婆アさまの 迷ふ心を照らす今日かな。 魔我彦も今日を嘸かし悦ばむ 迷ひ切つたるやみをはなれて』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七外山豊二録) |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 総説 | 総説 最上天界即ち高天原には、宇宙の造物主なる大国常立大神が天地万有一切の総統権を具足して神臨し給ふのであります。そして大国常立大神の一の御名を天之御中主大神と称へ奉り、無限絶対の神格を持し、霊力体の大原霊と現はれ給ふのであります。この大神の御神徳の完全に発揮されたのを天照皇大御神と称へ奉るのであります。そして霊の元祖たる高皇産霊大神は、一名神伊邪那岐大神又の名は日の大神と称へ奉り、体の元祖神皇産霊大神は一名神伊邪那美大神又の名は月の大神と称へ奉るのは、此物語にて屡述べられてある通りであります。又高皇産霊大神は霊系にして厳の御霊国常立大神と現はれ給ひ、体系の祖神なる神皇産霊大神は、瑞の御魂豊雲野大神又の名は豊国主大神と現はれ給うたのであります。この厳の御魂は再び天照大神と顕現し給ひて天界の主宰神とならせ給ひました。因に天照皇大御神様と天照大神様とは、その位置に於て神格に於て所主の御神業に於て大変な差等のある事を考へねばなりませぬ。又瑞の御魂は、神素盞嗚大神と顕はれ給ひ、大海原の国を統御遊ばす神代からの御神誓である事は神典古事記、日本書紀等に由つて明白なる事実であります。然るに神界にては一切を挙げて一神の御管掌に帰し給ひ宇宙の祖神大六合常立大神に絶対的神権を御集めになつたのであります。故に大六合常立大神は独一真神にして宇宙一切を主管し給ひ厳の御魂の大神と顕現し給ひました。扨て厳の御魂に属する一切の物は悉皆瑞の御魂に属せしめ給うたのでありますから、瑞の御魂は即ち厳の御魂同体神と云ふ事になるのであります。故に厳の御魂を太元神と称へ奉り、瑞の御魂を救世神又は救神と称へ又は主の神と単称するのであります。故に此物語に於て主の神とあるは、神素盞嗚大神様の事であります。主の神は宇宙一切の事物を済度すべく天地間を昇降遊ばして其御魂を分け、或は釈迦と現はれ、或は基督となり、マホメツトと化り、其他種々雑多に神身を変じ給ひて天地神人の救済に尽させ給ふ仁慈無限の大神であります。而して前に述べた通り宇宙一切の大権は厳の御魂の大神即ち太元神に属し、この太元神に属せる一切は瑞の御魂に悉皆属されたる以上は神を三分して考へることは出来ませぬ。約り心に三を念じて口に一をいふことはならないのであります。故に神素盞嗚大神は救世神とも云ひ、仁愛大神とも申上げ、撞の大神とも申し上げるのであります。この霊界物語には産土山の高原伊祖の神館に於て神素盞嗚尊が三五教を開き給ひ数多の宣伝使を四方に派遣し給ふ御神業は、決して現界ばかりの物語ではありませぬ。霊界即ち天国や精霊界(中有界)や根底の国まで救ひの道を布衍し給うた事実であります。ウラル教やバラモン教、或はウラナイ教なぞの物語は、大抵顕界に関した事実が述べてあるのです。故に三五教は内分的の教を主とし其他の教は外分的の教を以て地上を開いたのであります。故に顕幽神三界を超越した物語と云ふのは右の理由から出た言葉であります。主の神たる神素盞嗚大神は愛善の徳を以て天界地上を統一し給ひ、又天界地上を一個人として即ち単元として之を統御したまふのであります。譬へば人体は其全分に在つても、其個体にあつても千態万様の事物より成れる如く天地も亦同様であります。人間の身体を全分の方面より見れば肢節あり機関あり臓腑あり、個体より見れば繊維あり神経あり血管あり、斯くて肢体の中にも肢体あり部分の中に部分あれども個人の活動する時は単元として活動する如く、主神は天地を一個人の如くにして統御し給ふのであります。故に数多の宣伝使も亦主神一個神格の個体即ち一部分として神経なり繊維なり血管なりの活動を為しつつあるのであります。天人や宣伝使のかく部分的活動も皆主神の一体となりて神業に奉仕するのは恰も一個の人体中に斯の如く数多の異様あれども、一物としてその用を遂ぐるに当り、全般の福祉を計らむとせざるはなきに由る如きものであります。即ち全局は部分の為に、部分は全局の為に何事か用を遂げずと云ふ事はありませぬ。蓋し全局は部分より成り部分は全局を作るが故に、相互に給養し相互に揖譲するを忘れない。而して其相和合するや部分と全局とに論なく何れの方面から見ても統一的全体の形式を保持し且つ其福祉を進めむとせないものはない。是を以て一体となりて活動し得るのである。主神の天地両界に於ける統合も亦之に類似したまふのである。凡て物の和合するは各其為す所の用が相似の形式を踏襲する時であるから、全社会のために用を為さないものは天界神界の外に放逐さるるのは当然である。そは他と相容れないからであります。用を遂ぐると云ふ事は総局の福祉を全うせむために他の順利を願ふの義であり、そして用を遂げずと云ふは、総局の福祉如何を顧みず、只自家の為の故に他の順利を願ふの義である。此はすべてを捨てて只自己のみを愛し、彼はすべてを捨てて只主神のみを愛すと云ふべきである。天界にあるもの悉く一体となりて活動するは之が為である。而して斯の如くなるは主神よりするのであります。諸天人や諸宣伝使自らの故ではない。何となれば、彼等天人や宣伝使は主神を以て唯一となし、万物の由りて来る大根源となし、主神の国土を保全するを以て総局の福祉と為すからであります。福祉といふは正義の意味である。現世に在つて、国家社会の福祉(正義)を喜ぶこと私利を喜ぶより甚しく、隣人の福祉を以て自己の福祉の如くに喜ぶものは、他生に於ては主神の国土を愛して之を求むるものである。そは天界に於ける主神の国土なるものは、此世に於ける国家と相対比すべきものだからである。自己の為でなく、只徳の故に徳を他人に施すものは隣人を愛することに成るのである。天界にては隣人と称するは徳である。すべて此の如きものは偉人であつて、即ち高天原の中に住するものである。三五教の宣伝使は皆、善の徳を身に備へ、且つ愛の善と信の真とを体現して智慧と証覚とを本具現成してゐる神人計りである。何れも主の神の全体または個体として舎身的大活動を不断に励みつつある神使のみで、実に神明の徳の広大無辺なるに驚かざるを得ない次第であります。願はくは大本の宣伝使たる人は神代に於ける三五教の宣伝使の神業に神習ひ、一人たりとも主の神の御意志を諒解し、国家社会の為に大々的活動を励み、天国へ永住すべき各自の運命を開拓し、且つ一切の人類をして天国の楽園に上らしむべく、善徳を積まれむことを希望する次第であります。太元神を主神と云つたり、救世神瑞の御魂の大神を主神と云つたりしてあるのは前に述べた通り太元神の一切の所属と神格そのものは一体なるが故であります。読者幸に諒せられむことを。 附けて言ふ 主の神なる神素盞嗚大神は神典古事記に載せられたる如く大海原を知食すべき御天職が在らせらるるは明白なる事実であります。主の神は天界をも地の世界をも治め統べ守り給ふと言へば、大変に驚かるる国学者も出現するでせう。然し乍ら天界と言つても天国と云つても矢張り山川草木其他一切の地上と同一の万類があり土地も儼然として存在して居るのであるから、天界地球両方面の守宰神と言つても余り錯誤ではありますまい。天界又は天国と云へば蒼空にある理想国、所謂主観的霊の国だと思つてゐる人には容易に承認されないでせう。天国とは決して冲虚の世界ではありませぬ。天人と雖も亦決して羽衣を着て空中を自由自在に飛翔するものとのみ思つてゐるのは大なる誤解であります。天国にも大海原即ち国土があるのです。只善と真との智慧と証覚を得たる個体的天人の住居する楽土なのであることを思考する時は、主の神の天地を統御按配し給ふといふも決して不可思議な議論ではありませぬ。故に大海原の主宰たる主の神は天界の国土たると地上の国土たるとを問はず守護し給ふは寧ろ当然であります。 大正十二年一月八日 王仁識 |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 16 霊丹 | 第一六章霊丹〔一二四九〕 天教山にあれませる木花姫の御化身に 案内されて第三の天国界を後にして 五色の雲を踏み分けつ東をさして上り行く 治国別や竜公は如何はしけむ目は眩み 頭は痛み足はなえ胸は轟き両の手は 力も落ちてブルブルと慄ひ出すぞ是非なけれ 木花姫の御化身は順風に真帆をかかげたる 磯の小舟の進むごと何の故障もあら不思議 とんとんとんと上ります治国別や竜公は 吹く息さへも絶え絶えに命限りの声しぼり (治国別、竜公)『これこれもうし木花の姫の命の神司 暫く待たせ給へかし如何なる訳か知らねども 何とはなしに目は眩み意識は衰へ力落ち 進退茲に極まりて最早一歩も進めない 何卒お慈悲に両人をも一度後に引返し お助けなさつて下されや偏に願ひ奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも尊き神の御恵は いつの世にかは忘れませう抑天国の存在は 神の慈愛を善真の其高徳に構成され 愛と善とに満ち満ちし神の国土で御座いませう 貴神も尊き神なれば吾等二人の苦みを 決して見捨て給ふまじかへさせたまへ惟神 木花姫の御前に命限りに願ぎまつる 嗚呼惟神々々御霊幸はへましませよ』 と歌ふ声も切れ切れに第二天国の入口迄来てバタリと平太り込んで了つた。竜公は唯一言も発し得ず、痴呆の如く口をポカンと開いたまま僅かに指先を間歇的に動かして居る。木花姫は後ふり向きもせず巨大なる光と化して、天の一方に姿を隠させ給うた。治国別は後打ち眺め、 治国別『あゝ、過つたりな過つたりな。自愛の欲に制せられ、吾身の苦しさに木花姫様の救助を求めた愚かしさよ。「師匠を杖につくな、人を頼りにするな」と云ふ御教を、正勝の時になつて忘れて居たか。あゝ人間と云ふものは、何と云ふ浅ましいものであらう。竜公はもはや虫の息、かかる天国に於て、精霊の命までも捨てねばならぬのか、あゝ何うしたらよからうな。国治立大神様、豊国主大神様、神素盞嗚大神様、何卒々々此窮状を、も一度お救ひ下さいませ』 と色蒼ざめ、殆ど死人の如くなつて、合す両の手もピリピリ慄ひ戦き、実に憐れ至極の有様となつて来た。願へど、祈れど、呼べど、叫べど唯一柱の天人も目に入らず、神の御声も聞えず、四辺寂然として物淋しく、立つても居ても居られなくなつて来た。竜公はと顧みれば、哀れにも大地に蛙をぶつつけた如く手足をのばし、殆ど死人同様になつて居る。されど治国別は何処迄も神に従ひ神に頼り、神の神格を信じ、斯かる場合にも微塵も神に対し不平又は怨恨の念を持たなかつた。治国別は決心の臍を固め、 治国別『あゝどうなり行くも神の御心、吾々人間の如何ともすべき限りでない。神様、御心の儘に遊ばして下さい。罪悪を重ねたる治国別、過分も此清き尊き天国に上り来り、身の程をわきまへざる無礼の罪、順序を乱した吾等の罪悪を、何卒神直日、大直日に見直し下さいまして、相当の御処分を願ひます』 と祈る声も細り行き、最早絶体絶命となつて来た。此時俄に天の戸開けて天上より金色の衣を纏ひたる目も眩きばかりの神人、二人の脇立を従へ、雲に乗つて二人の前に悠々と下らせ給ひ、懐より霊丹と云ふ天国の薬を取り出し、二人の口に含ませたまへば、不思議なるかな二人は正気に返り、勇気頓に加はり、痩衰へた体は元の如く肥太り、顔色は鮮花色と変じ、得も云はれぬ爽快の気分に充されて来た。二人は恐る恐る面を上ぐれば、威容儼然たる男とも女とも判別し難き優しき天人、その前に莞爾として立たせたまふのであつた。治国別は思はず手を拍ち、 治国別『あゝ有難し有難し、大神の御仁慈、罪深い吾々をよくもお助け下さいました。有難う存じます』 とよくよくお顔を見れば、以前に別れた木花姫命が、二人の侍女を連れ立たせ給ふのであつた。 治国別『ヤア、貴神は木花姫命様で厶いましたか。誠に誠に御仁慈の段感謝の至りに堪へませぬ』 竜公『神様、能くまアお助け下さいました。竜公は既に既に天国に於て野垂れ死をする所で厶いました。天国と云ふ所は、真に苦しい所で厶いますなア』 木花姫『総て天国には善と真とに相応する順序が儼然として立つて居りますから、此順序に逆らへば大変に苦しいものですよ。身霊相応の生涯をさへ送れば、世の中は実に安楽なものです。水に棲む魚は、陸に上れば直に生命がなくなるやうなもので厶ります』 治国別『成程御尤もで厶います。八衢に籍を置いて居る分際をも顧みず、神様のお言葉に甘え、慢心を起し、天国の巡覧などを思ひ立つたのは、吾々の不覚不調法の罪、何卒々々大神様にお詫を願ひ上げます』 木花姫『治国別殿、其方は媒介者によつて天国の巡覧に来られたのだから、決して身分不相応だとは申されますまい。貴方は宣伝使としての肝腎要の如意宝珠を道で落しましたから、それで苦しかつたのですよ。殆ど息が絶えさうに見えましたので、妾は急ぎ月の大神様の御殿に上り、霊丹を頂いて再び此処に現はれ、貴方等の御生命をつなぎ留める事を得たので厶りますよ。まア結構で厶いましたなア』 治国別『ハイ、吾々が命の親の木花姫様、此御恩は決して忘れは致しませぬ』 木花姫『妾は貴方の命の親ではありませぬ。貴方の命の親は月の大神様ですよ。妾は唯お取次をさして頂いたのみですよ。左様にお礼を申されては、何だか大神様の御神徳を妾が横領するやうに思はれて、何となく心苦しう厶います。宇宙一切は月の大神様の御神格に包まれて居るので厶います。吾々には御神徳を伝達する事は出来ても、命をつないだり御神徳を授ける事は出来ませぬ。此後は何事がありても、仮令少しの善を行ひましても、愛を注ぎましても、決して礼を云うて貰つては迷惑に存じます。何卒神様に直接にお礼を仰有つて下さい』 治国別『ハイ、理義明白なる御教、頑迷なる治国別も貴神の御伝教によつて、豁然と眠りより醒めたるやうで厶います。あゝ国治立大神様、月の大神様、最高天国にまします天照大御神様、唯今は木花姫様の御身を通して吾等に命と栄えと喜びを授け給ひし事を、有難く、ここに感謝致します』 木花姫『貴方は途中でお落しになつたものを未だ御記憶に浮かびませぬか、如意宝珠の玉ですよ』 治国別『ハイ、私は高姫さまのやうに如意宝珠の玉などは一度も拝んだ事もない、手に触れさせて頂いた事も厶いませぬから、従つて落す理由も厶いませぬ。何かの謎では厶いますまいかな。心愚なる治国別には、どうしても此謎が解けませぬ』 木花姫『高姫さまの執着心を起された如意宝珠は、あれは自然界の形態を具へた宝玉です。天界の事象事物は総て霊的事物より構成されて居りますれば、想念上より作り出す如意宝珠で厶いますよ。先づ御悠りとお考へなさいませ。妾が申上げるのはお易い事で厶いますけれど、これ位の事がお分りにならない位では、到底中間天国の天人に出会つて、一言も交へる事が出来ませぬ。神の愛と神の信に照され、神格の内流をお受け遊ばし、智慧と証覚を得れば、何でもない事で厶います』 治国別は、 治国別『ハイ』 と答へた儘双手を組み、眼を閉ぢ暫く考へ込んで居る。遉鋭敏の頭脳の持主と聞えて居る治国別も、霊界へ来ては殆ど痴呆の如く、何程思索を廻らしても容易に此謎が解けなかつた。竜公は傍より手を打ち嬉しさうな元気のよい声を出して、 竜公『もし先生、霊界の如意宝珠と云ふのは善言美詞の言霊ですよ。中間天国へ上る途中に於て天津祝詞や神言の奏上を忘れたので、姫命様が、お気をつけて下さつたのですよ』 治国別『成程、ヤ、ウツカリして居つた。木花姫様、有難う厶います。ほんに竜公さま、お前は私の先生だ、ヤア実に感心々々』 竜公『先生、そんな事云つて貰ふと大に迷惑を致します。決して竜公の智慧で言つたのではありませぬ。御神格の内流によつて、斯様に思ひ浮べて頂かせられたのです』 木花姫『現界に於きましては、竜公さまは治国別さまのお弟子でありませう。併しこの天国に於ては愛善と信真より来る智慧証覚の勝れたものが最も高き位置につくので厶います。神を信ずる事が厚ければ厚い程、神格の内流が厚いので厶いますから』 治国別『いや実に恐れ入りました。天国に参りましても、やはり現界の虚偽的階級を固持して居つたのが重々の誤りで厶います。あゝ月の大神様、日の大神様、木花姫様の肉の御宮を通し、又竜公さまの肉の宮を通して、愚鈍なる治国別に尊き智慧を与へて下さつた事を有難く感謝致します』 木花姫『サア皆さま、是より天津祝詞の言霊を奏上しながら、第二天国をお廻りなさいませ。左様ならば、是にてお別れ致します』 治国別、竜公両人は、 治国別、竜公『ハイ有難う』 と首を垂れ感謝を表する一刹那、嚠喨たる音楽につれて木花姫の御姿は、雲上高く消えさせ給ふのであつた。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三加藤明子録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 12 西王母 | 第一二章西王母〔一二六六〕 高天原の総統神即ち大主宰神は大国常立尊である。又の御名は天之御中主大神と称へ奉り、其霊徳の完全に発揮し給ふ御状態を称して天照皇大神と称へ奉るのである。そして此大神様は厳霊と申し奉る。厳と云ふ意義は至厳至貴至尊にして過去、現在、未来に一貫し、無限絶対無始無終に坐ます神の意義である。さうして愛と信との源泉と現れます至聖至高の御神格である。さうして或時には瑞霊と現はれ現界、幽界、神界の三方面に出没して一切万有に永遠の生命を与へ歓喜悦楽を下し給ふ神様である。瑞と云ふ意義は水々しと云ふ事であつて至善至美至愛至真に坐まし且円満具足の大光明と云ふ事になる。又霊力体の三大元に関聯して守護し給ふ故に三の御魂と称へ奉り、或は現界、幽界(地獄界)、神界の三界を守り給ふが故に三の御魂とも称へ奉るのである。要するに神は宇宙に只一柱坐ますのみなれども、其御神格の情動によつて万神と化現し給ふものである。さうして厳霊は経の御霊と申し上げ神格の本体とならせ給ひ、瑞霊は実地の活動力に在しまして御神格の目的即ち用を為し給ふべく現はれ給うたのである。故に言霊学上之を豊国主尊と申し奉り又神素盞嗚尊とも称へ奉るのである。さうして厳霊は高天原の太陽と現はれ給ひ、瑞霊は高天原の月と現はれ給ふ。故にミロクの大神を月の大神と申上ぐるのである。ミロクと云ふ意味は至仁至愛の意である。さうして其仁愛と信真によつて、宇宙の改造に直接当らせ給ふ故に、弥勒と漢字に書いて弥々革むる力とあるのを見ても、此神の御神業の如何なるかを知る事を得らるるのである。善悪不二、正邪一如と云ふ如きも、自然界の法則を基礎としては到底其真相は分るものでない。善悪不二、正邪一如の言葉は自然界の人間が云ふべき資格はない、只神の大慈大悲の御目より見給ひて仰せられる言葉であつて、神は善悪正邪の区別に依つて其大愛に厚き薄きの区別なき意味を善悪不二、正邪一如と仰せらるるのである。併しながら自然界の事物に就ても亦善悪混淆し美醜互に交はつて一切の万物が成育し、一切の順序が成立つのである。故に人は霊主体従と云つて自然界に身を置くとも、凡て何事も神を先にし、愛の善と信の智を主として世に立たねばならないのである。然るに霊的事物の何たるを見る事の出来ない様になつた現代人は、如何しても不可見の霊界を徹底的に信じ得ず、稍霊的観念を有するものと雖も、要するに暗中模索の域を脱する事が出来ない。それ故に人は何うしても体を重んじ、霊を軽んじ物質的欲念に駆られ易く地獄に落ち易きものである。かかる現界の不備欠点を補はむが為に大神は自ら地に降り其神格に依つて精霊を充し、予言者に向つて地上の蒼生に天界の福音を宣伝し給ふに至つたのである。凡て人間が現実界に生れて来たのは、云はば天人の胞衣の如きものである。さうして又天人の養成器となり苗代となり又霊子の温鳥となり、天人の苗を育つる農夫ともなり得ると共に、人間は天人其ものであり又在天国の天人は人間が善徳の発達したものである。さうして天人は愛善と信真に依つて永遠の生命を保持し得るものである。故に人間は現界の生を終へ天国に復活し、現界人と相似せる生涯を永遠に送り、天国の円満をして益々円満ならしむべく活動せしむる為に、大神の目的に依つて造りなされたものである。故に高天原に於ける天国及び霊国の天人は一人として人間より来らないものはない。大神様を除く外、一個の天人たりとも天国に於て生れたものはないのである。必ず神格の内流は終極点たる人間の肉体に来り、此処に留まつて其霊性を発達せしめ、而して後天国へ復活し、茲に初めて天国各団体を構成するに至るものである。故に人は天地経綸の司宰者と云ひ、又天地の花と云ひ、神の生宮と称ふる所以である。愚昧なる古今の宗教家や伝教者は概ね此理を弁へず、天人と云へば、元より天国に在つて特別の神の恩恵に依つて天国に生れたるものの如く考へ、又地獄にある悪鬼どもは元より地獄に発生せしものの如く考へ、其地獄の邪鬼が人間の堕落したる霊魂を制御し或は苦しむるものとのみ考へてゐたのである。之は大なる誤解であつて、数多の人間を迷はす事、実に大なりと云ふべしである。茲に於て神は時機を考へ、弥勒を世に降し、全天界の一切を其腹中に胎蔵せしめ、之を地上の万民に諭し、天国の福音を完全に詳細に示させ給ふ仁慈の御代が到来したのである。されど大神は予言者の想念中に入り給ひ、其記憶を基礎として伝へ給ふが故に、日本人の肉体に降り給ふ時は即ち日本の言葉を以て現はし給ふものである。科学的頭脳に魅せられたる現代の学者又は小賢しき人間は「神は全智全能なるべきものだ。然るに何故に各国の民に分り易く、地上到る所の言語を用ひて示し給はざるや」と云つて批判を試み、神の遣はしたる予言者の言を以て怪乱狂妄と罵り、或は無学者の言とか或は不徹底の言説とか何とかケチをつけたがる盲が多いのは、神の予言者も大に迷惑を感ずる所である。 高天原と天界は至大なる一形式を備へたる一個人である。さうして高天原に構成されたる天国の各団体は之に次げる所の大なる形式を備へたる一個人の様なものである。さうして天人は又其至小なる一個人である。人間も亦天界の模型であり、小天地である事は屡述べた所である。神は此一個人なる高天原の頭脳となつて其中に住し給ひ、万有一切を統御し給ふ故に、又地獄界も統御し給ふは自然の道理である。人間も亦其形体中に天国の小団体たる諸官能を備へ種々の機関を蔵し、而して天国地獄を包含してゐるものである。 扨て高天原の如き極めて円満具足せる形式を有するものには、各分体に全般の面影があり又全般に各分体の面影がある。其理由は高天原は一個の結社の様なものであつて、其一切の所有を衆と共に相分ち、衆は又一切の其所有を結社より受領して生涯を送る故である。かくの如く天界の天人は一切の天的事物の受領者なるによつて、彼は又一個の天界の極めて小なるものとなすのである。現界の人間と雖も、其身の中に高天原の善を摂受する限り、天人の如き受領者ともなり、一個の天界ともなり、又一個の天人ともなるのである。 治国別、竜公両人は言霊別命の案内によつて第一天国の或個所に漸く着いた。此処には得も云はれぬ荘厳を極めた宮殿が立つてゐる。これは日の大神の永久に鎮まります都率天の天国紫微宮であつて、神道家の所謂日の若宮である。智慧と証覚と愛の善と信の真に充されたる数多の天人は此宮殿の前の広庭に列をなし、言霊別一行の上り来るを歓喜の情を以て迎へて居たのである。言霊別命は遥か此方より此光景を指さし、 言霊別『治国別様、あの前に金色燦然として輝いてゐるのは、エルサレムで厶ります。さうしてあの通り巨大なる石垣を以て造り固められ、数百キユーピツトの城壁を囲らしてあるのを御覧なさいませ』 治国別『ハイ、有難う厶ります、如何したものか吾々は円満の度が欠けて居りまするために、エルサレムは何処だか、石垣は何処にあるか、城壁の高さも分りませぬ。只私の目に映ずるのは赫灼たる光と天人の姿が幽かに見ゆるばかりです。さうしてエルサレムとか仰有りましたが、それは小亜細亜の土耳古にある聖地では厶りませぬか』 言霊別『エルサレムの宮とは大神様の御教を伝ふる聖場の意味であります。又高き処の意味であつて即ち最高天界の中心を云ふのです。石垣と申すのは即ち虚偽と罪悪との襲来を防ぐ為の神真其ものであります。度と申すのは性相其ものであつて、聖言に云ふ、人とは凡ての真と善徳とを悉く具有するものの謂であります。即ち人間の内分に天界を有するものを人と云ひ、天界を有せないものを人獣と云ふのです。ここには決して人なる天人はあつても現界の如き人獣は居りませぬ。然し私が今人獣と云つたのは霊的方面から云つたのです。凡て神の坐します聖場及び其御教を伝ふる聖場を指して貴の都と云ひ、或はエルサレムの宮と云ふのです』 治国別『さう致しますと、現界に於けるウブスナ山の斎苑館を始め、黄金山、霊鷲山、綾の聖地及び天教山、地教山、万寿山其他の聖地は凡て天国であり、エルサレムの宮と云ふのですか』 言霊別『さうです、実に神格によつて円満なる団体の作られたものは凡てエルサレムとも云ひ、地上に於ては地の高天原と称ふべきものです。地上の世界は要するに高天原の移写ですから、地上にある中に高天原の団体に籍をおいておかなくては、霊相応の道理順序に背いては、死後天国の生涯を送る事は出来ませぬ。サア之より最奥天国の中心点、大神の御舎に御案内致しませう』 と先に立つて歩み出した。二人は足の裏がこそばゆい様な気分に打たれ、いと恥かし気に従ひ行く。路傍に堵列せる数多の天人は『ウオーウオー』と手を拍つて叫び、愛善の意の表示をなしてゐる。二人は言霊別命の背後に従ひ、被面布を冠りながら心落ち着き、静々と日の若宮の表門を潜り入る。 言霊別命は二人を門内に待たせ置き悠々として奥深く入り給うた。二人は門内に佇み園内に繁茂せる果樹の美しきを眺めやり、舌うちしながら頭を傾け『アーア』と驚きに打たれ吐息を洩らしてゐる。暫くすると庭園の一方より目も眩むばかりの光を放ち悠々と入り来り給ふ妙齢の天女があつた。二人は思はずハツと大地に踞み敬礼を表した。此女神は西王母と云つて伊邪那美尊の御分身、坤の金神であつた。西王母と云ふも同身異名である。女神は二人の手をとりながら言霊別命の奥殿より帰り来る間、庭園を巡覧させむと桃畑に導き給うた。二人は恐る恐る手を曳かれながら芳しき桃樹の園に導かれ行く。此処には三千株の桃の樹が行儀よく繁茂してゐる。さうして前園、中園、後園と区劃され、前園には一千株の桃樹があつて美はしき花が咲き且一方には美はしき実を結んだのも尠なくはない。此前園の桃園は花も小さく又其実も小さい。さうして三千年に一度花咲き熟して、之を食ふものは最高天国の天人の列に加へらるるものである。さうして此桃の実は余程神の御心に叶つたものでなければ与へられないものである。西王母は二人に一々此桃の実の説明をしながら中園に足を踏み入れた。ここにも亦一千株の桃の樹があり、美はしき八重の花が咲き充ち又甘さうな実がなつて居る。之は六千年に一度花咲き実り、之を食ふものは天地と共に長生し、如何なる場合にも不老不死の生命を続けると云ふ美はしき果物である。西王母は又もや詳細に桃畑の因縁を説き諭し、終つて後園に足を入れ給うた。此処にも亦一千株の桃樹が行儀よく立ち並び、大いなる花が咲き匂ひ、実も非常に大きなのが枝も折れむばかりに実つてゐる。此桃の樹は九千年に一度花咲き実り、之を食ふものは天地日月と共に生命を等しうすると云ふ重宝至極な神果である。西王母は此因縁を最も詳細に治国別に諭し給うた。然し此桃の密意については容易に発表を許されない、然しながら桃は三月三日に地上に於ては花咲き、五月五日に完全に熟するものなる事は、此物語に於て示されたる所である。之によつて此桃に如何なる御経綸のあるかは略推知し得らるるであらう。西王母は一度地上に降臨して黄錦の御衣を着し、数多のエンゼルと共に之を地上の神権者に献げ給ふ時機ある事は、現在流行する謡曲によつても略推知さるるであらう。 却説、西王母は桃園の案内を終り、二人の手を引きながら元の門口に送り来り、 西王母『治国別殿、竜公殿、之にてお別れ申す』 と云ふより早く桃園内に神姿を隠し給うた。二人は其後姿を伏し拝み、王母が説明によつて神界経綸の深遠微妙なる密意を悟り、思はず合掌して感涙に咽びつつあつた。 かかる所へ紫微宮の黄金の中門を開いて現はれ来る美はしき天女、五色の光輝に充ちた羽衣を着しながら出で来る其荘厳さ、天国の天人は何れも美はしく円満の相を具備すれども、未だ嘗て斯の如き円満なる妙相を備へたる神人を見るのは二人とも天国巡覧以来初めてであつた。 因に羽衣とは決して謡曲にある如き中空を翔ける空想的のものでない。最も美はしき袖は手より数尺長く、裾は一二丈も後に垂れてゐる神衣の事である。 扨て十二人の天女は、無言の儘二人を指し招き、前に六人、後に六人、二人を守りながら黄金の中門を潜つて迎へ入れるのであつた。此時今まで聞いた事もない様な微妙な音楽四方より起り、芳香馥郁として薫じ、二人は吾身の何処にあるやも忘るるばかり歓喜に充されながら、微の声にて天津祝詞を奏上しつつ欣々として進み入る。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七北村隆光録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 18 真信 | 第一八章真信〔一四〇四〕 緑葉滴る初夏の候山野の木々は自然のカブオットをなし 風は自然の和琴を弾ず見渡す限り原野には 首陀や耕奴の三々伍々列を正して 命の苗を植ゑつける其光景は天国を 地上に移せしごとくなりビクトル山の頂上より 瞳をはなてば麗はしき譬方なきフリイスの 棚引くごとく見えにけりミンシンガーは何と見る 天の描ける大画帖画中の人は何人か 牛を追ひゆくパストラルカンタビールナ歌うたひ 或は交るプレストの其対照の面白さ 百日百夜の丹精も漸く茲に現はれて ビクトル山の勝地をば卜して建てる御舎も いと荘厳な神まつり其の祝詞は天地に 響き渡りて霊国や天国界の天人が 奏でたまへるロンドの床しさ 走法又は軽快調クラブイコードを中空に 並べて奏づるアダヂオスメロデイー、モーティフ マヂヨワ、アビニシモフアンセット、トンブルノ 生言霊も順序よくフレーズの限りを尽し リズム正しく天地の神の心を慰むる 其光景を目の当り霊に目覚めし人の耳に いと涼やかに聞えくる治国別を祭主とし ビクの国王の刹帝利ヒルナの姫やアールの君 其外百の司達席を正して遷宮の 式に列せる勇ましさ開闢以来の盛況と 褒め称へぬはなかりけり。 ビクトル山の頂上に檜皮葺の立派な社殿が落成し大国常立尊を初め奉り、天照皇大御神、神伊邪那岐大神、神伊邪那美大神、神素盞嗚大神、豊国姫大神、稚桜姫大神、木花姫大神、日の出神を初め、盤古神王を別殿に祭り、荘厳なる祭典の式は無事終了された。刹帝利のビクトリヤ王は国家無事に治まり、王家安泰の曙光を認めかつ神殿の落成した事を感謝すべく、神殿に向つて恭しく祝歌を奏上した。 刹帝(謡曲調)『久方の天津御空に永久に 鎮まり居ます天地の元津御祖の神と現れませる 大国常立の大御神豊国主の大御神 天津日の御国を統べさせ給ふ 神伊邪那岐の大御神月の御国を統べたまふ 神伊邪那美の大御神厳の御霊と現れませる 国治立の大御神瑞の御霊と現れませる 神素盞嗚の大御神大地球の御魂と現れませる 金勝要の大御神海の底ひの限りなく 統べ守ります大海津見の神天教山に現れませる 木花姫の大御神日の出神を初めとし 三五教を守ります百の司の神柱 常世の国に現れませる盤古神王塩長彦の命 其外百の神達の大前に天地と共に限りなき 神の授けしビクの国国王に仕へまつりたる 御国を守る刹帝利ビクトリヤの神の僕 尊き清き大前に謹み敬い天地の 高き恵を悦びて海河山野種々の 美味しものをば奉り厚き恵の千重の一重にも 報い奉らむとして今日の御祭り仕へ奉る 天津神達八百万国津神等八百万 吾心根を憐みてビクの御国は云ふも更 吾等が命を永久に守らせ給へ国民の 一日も早く穏かに神の恵に浸りつつ 家富み栄え生業を歓ぎ楽しむ御代となし 月日と共に永久に茂り栄ゆべく 守らせ給へ惟神神の御前に願ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令此世は変るとも皇大神の御恵 治国別の宣伝使松彦竜彦神司 ビクの御国を救ひましし其勲功はいつの世か 忘れ奉らむ惟神神の御前に赤心を 謹み畏み誓ひおくビクの御国は今迄は ウラルの神の御教を柱となして世を治め 蒼生を慈み仕へまつりてありけるが ミロクの御代の魁と現はれませる素盞嗚の 尊き神の御教に目覚めし上はビクトリヤ城の 百の司を初めとし国民挙りて神恩を 慕ひ奉りて永久に珍の教を守るべし 治国別の神司御前に謹み再生の 御恩を感謝し奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 ヒルナ姫は白装束に紫色のスカートを穿ち銀扇を披らいて、アッコムパニメントを並ばせ乍ら翼琴を弾じさせ、自ら祝歌を歌ふ。 ヒルナ姫『ビクトル山に千木高く大宮柱太しりて 鎮まり居ます皇神の珍の御前に謹みて 感謝の言葉奉る抑々ビクの国柄は 遠き神代の昔より月日と共に伝はりて 君と臣との差別をば正しく守りし神の国 雲井の空も地の上も睦び親しみ親と子の 如くに治まり来りしが天津御空の日は流れ 月ゆき星は移ろひて醜の魔風は吹き荒び 四方の山辺の木々の枝冷たき風に叩かれて 羽衣脱ぎし如くなるいと浅猿しき国柄と 忽ち乱れ淋れけり御国の柱と現れませる 吾が背の君の刹帝利深く心を悩ませつ 常世の国に現れませし塩長彦の大神に 朝な夕なに祈りつつ天が下をば平けく いと安らけく治めむと祈り給ひし丹精も 水泡と消えて曲津神八岐大蛇や醜鬼の 荒びすさめる世となりぬライオン川は滔々と 水永久に流るれど絶えなむ許りの刹帝利家 既倒に之を挽回し救ひて君の神慮をば 慰め安んじ奉らむと女の繊弱き心より 悪逆無道の曲神にあらぬ秋波を送りつつ 吾身の血潮を濁したる其過を悔い奉り 御仁慈深き三五の神の御前に宣り直し 聞き直されて元のごと治まるアーチ・ダッチェス 実に有難き限りなりかくも尊き神恩に 報いまつらむ赤心の印とここに大宮を 刹帝利様に願ひ上げ治国別の神人に やつと許され珍の宮仕へ終りし嬉しさよ ああ惟神々々皇大神は永久に ビクの御国は云ふも更吾君様や百司 四方の国民恙なく此麗しき現世に 命を存らへ日々の身の生業を励みつつ 国の栄えを松の代の常磐堅磐の聖代と 進ませ給へ惟神御前に謹み願ぎまつる』 と歌ひ終つて座についた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 15 糸瓜 | 第一五章糸瓜〔一四六五〕 テルモン山の夜嵐に染黒い顔を煽られて スタスタ来る二人連れ鳩の岩窟の入口に 少時佇み息凝らし中の様子を窺へば 押籠められしケリナ姫鈴の鳴るやうな声をして 何か述懐歌ひ居るエキス、ヘルマン両人は 胸ををどらし入口の鉄門に身をばよせ乍ら 叶はぬ恋と知らずして訪ね来るぞ可笑しけれ 岩窟の外に人ありと知らぬが仏のケリナ姫 其身の不運を歎ちつつ湿り勝なる歌ひ声 秋野にすだく虫の音か但は駒の鈴の音か 紛ふべらなる憂音に語り出すぞ可憐しき。 二人は声を秘め乍ら、 エキス『オイ、ヘルマン、ワックスの奴、テルモン山の奥へ悪酔怪の演説が祟つて逃げ失せたのを幸、貴様と俺と二人で探し出し、姫の歓心を得て恋の優勝者とならうぢやないか、こんな機会は又とあるものぢやない』 ヘルマン『ウン、それやさうだ。六百両の金はぼつたくり、又テルモン山の花と謳はれた美人を娶り楽しく嬉しく暮すのも亦乙ぢやないか。併しこれは借りて来た知恵では駄目かも知れない。迂つかり肱鉄をかまされては取返しがつかぬからなア。何とかして知恵を絞り出して、甘くやらねばならぬ。余り近くによつてケリナ姫さまの耳に入つては大変だ。四五間ここを離れて悠くり相談しようかい』 エキス『ウン、それが上分別だ』 と云ひ乍ら、四五間傍の雑草の中にドツカリと腰を下ろし、 エキス『オイ、後の喧嘩を先にして置くのだが、甘く手に入つた時には貴様は何方を取るのだ』 ヘルマン『ウン、俺はデビス姫を申受ける積りだ』 エキス『ヘン、些と面と相談をして見よ。デビス姫の夫になれば、小国別様の御世継だぞ。貴様のやうな野呂作がどうして左様な事が勤まらうかい』 ヘルマン『マア何方でもよいわ、取らぬ狸の皮算用して居た所で面白くない。それより姉妹のナイスに選ましたらよいではないか、それが一番公平だからなア』 エキス『それも面白からう、併し先方に選ませるなら姉妹共、俺の方に秋波を送るに定つて居る。其時には一寸加減を見て貴様にお古を譲つてやらうか』 ヘルマン『馬鹿云ふな、貴様のやうな糸瓜に目鼻をつけたやうな細長い顔をしながら自惚れた事を云ふな』 エキス『俺が糸瓜なら貴様は南瓜だ』 ヘルマン『南瓜も糸瓜もあつたものかい。マア見て居れ、この南瓜がどんな事をするか、歌にも云ふだらう、 今年南瓜の当り年、 糸瓜の当り年とは開闢以来聞いた事はないわ、エヘヘヘヘ』 エキス『コリヤどて南瓜、何をごうたく吐きやがるのだ。マア兎も角俺が年嵩だから長上を敬ふ礼儀に従つて俺に任して置いたらよからう。未だ先方の意向も分らぬのに喧嘩したつて仕方が無いからのう』 ヘルマン『ウンさうだ。こんな所で角目立つて喧嘩して居た所で面白くない。まづ第一ケリナ姫をチヨロまかし、先方の意志に任す事にしよう。サアこれから岩窟の前に立つて歌を歌ひ、ケリナさまに思ひつかすのだ』 と二人は足音を忍ばせ岩窟の傍に躙寄り、 エキス『悪者に誘拐されて岩窟に 押込められし君ぞいとしき』 ヘルマン『天照す皇大神よ岩窟を 一日も早く立ち出でませよ』 エキス『手力男神の命の現はれて ケリナの姫が岩戸を開かむ』 ヘルマン『あなさやけあな面白の御姿を 拝む吾こそ楽しかりけり』 エキス『テルモンの神の館にあれましし ケリナの姫の姿やさしき』 ヘルマン『此君は天下無双のナイスなり 如何でかエキスに靡き給はむ』 エキス『ヘルマンの醜の司が偉さうに ケリナの姫を慕ひ来るかな』 ヘルマン『こらエキス余り口が過ぎるぞや 如意の宝珠は誰が盗んだ』 エキス『如意宝珠盗んだ奴はワックスよ エキスの為に館に納まる』 ヘルマン『馬鹿云ふな宝珠の玉は三五の 三千彦司の手柄ならずや』 エキス『そんな事、こんな所で云ふ馬鹿が 又と世界に一人あらうか』 ヘルマン『是はしたりケリナの姫の隠れます 岩窟の前をうかと忘れて』 エキス『それだからトンマ男の南瓜面 訳も糸瓜もないと云ふのだ』 ヘルマン『糸瓜野郎青い顔して何と云ふ 擂のやうな頭かかへて』 エキス『斯うなれば義理も糸瓜もあるものか サア来い勝負力比べだ』 ヘルマン『言論の尊ばれつる世の中に 直接行動は野蛮の骨頂』 エキス『馬鹿云ふな最後の勝利は実力だ 見事ケリナを取つて見せうぞ』 ヘルマン『糸瓜野郎、何程姫に惚れたとて 先方がきかねば馬鹿を見るのみ』 エキス『此上は南瓜頭をかち割つて 鬱憤晴らさにや男が立たぬ』 ヘルマン『こりや糸瓜南瓜の腕を知つて居るか』 エキス……『知つて居れやこそ喧嘩するのだ』 たうとう終には大喧嘩となり、ケリナ姫の事はそつちのけにして長い男と短い太い男とが組んず組まれつ、ウンウンキヤーキヤーと喚きながら毛をむしつたり睾丸を掴んだり、一生懸命に格闘をして居る。ケリナ姫は二人の問答を聞いて自分の苦しき岩窟内にあるのもうち忘れ、思はず知らずホホホホホと笑ふ。ケリナ姫は静に歌ふ。 ケリナ姫『人里離れしテルモンの深山の奥の岩窟に 情なき男に攫はれて不運を歎つ吾身にも 心の慰む時は来ぬ悪に長けたる二人連れ 神の館の御宝を盗み出して父母を 苦しめまつりワックスの悪魔と共に怖ろしき 企みを致す馬鹿男妾の色香に目が眩み 岩窟の前に塞がりて互に心の黒幕を 捲り上げたる浅はかさ如何に曇りし世の中の 盲聾と云ふとてもこれ程馬鹿が世にあろか 自分の企みを吾前に一つも残らず曝け出し あた汚らはしき色恋と糸瓜や南瓜のお化等が 囁く声ぞ憐れなり馬鹿に与ふる薬はないと 世の諺も目の当り眺めし妾の可笑しさよ 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも吾身の命は失するとも 神力無双の求道さま二世の夫と村肝の 心の中に定めてゆ何程綺麗な男でも 妾の目には鬼瓦顧みるだに嫌らしき エキス、ヘルマン二人の馬鹿奴互に命の奪り合を 始めて苦しむ可笑しさよアア惟神々々 神の御霊の幸はひて一日も早く吾身をば 救はせ給へ求道さま教司の身の上を 守らせ給へと大神の御前に畏み願ぎまつる』 外には、エキス、ヘルマンの二人血塗になつて顔を掻きむしられ、息も絶え絶えに格闘して居る。其処へスマートを連れてやつてきたのは、三五教の三千彦であつた。スマートは矢場に岩窟の入口に近より、フンフンと鋭敏な嗅覚で嗅つけ乍ら、ケリナ姫の居る事を確めたものの如く、頻りに尾を掉つて、ウーウーと唸り出した。三千彦は岩窟の入口より声をかけ、 三千彦『私は三五教の神司三千彦で厶います。先日よりお館にお世話になり貴女のお行衛を探して居りましたが、漸く此処にお隠れと判明し、お迎ひに参りました。暫くお待ち下さい。今此入口の戸を開けますから』 ケリナ姫は暫し無言の儘考へ込んで居た。 ケリナ姫『さしこもる岩窟の中の姫神は 如何でか靡かむ見知らぬ人に。 今の先も怪しき男が只二人 来りて吾を誘はむとせし。 身はたとへ岩窟の中に朽つるとも 仇し男に身をな任さじ』 三千彦『これはしたりケリナの姫の御言葉 神の使にかざり言なし。 村肝の心鎮めて出でませよ 神のまにまに吾は来りぬ』 ケリナ姫『情けある人の言葉に従ひて 岩窟を出でむ早開きませ』 三千彦は四辺の岩片を手に取るより早く錠前をへし折り、漸くにしてカツと開ひた。 ケリナ姫『ヤア三千彦様とやら、好くマア助けに来て下さいました。此御恩は決して忘れませぬ』 三千彦『サア早く帰りませう。御両親がお待ち兼で厶います。就いてはお姉様も助け出さねばなりませず、求道様も助け出さねばなりませぬから、サア早く出て下さい』 ケリナ姫『ハイ、有難う厶いますが、足がワナワナ致しまして些とも立ちませぬので、困つて居ります』 三千彦『アアさうでせう。斯んな処に閉ぢ籠められて居てはお足も弱つたでせう。サア私の背に負さつて下さい。此処に居る犬はスマートと申しまして、幾度も私を助けて呉れた義犬です。これさへ居れば大丈夫で厶います』 と背を突き出す。ケリナ姫は大舟に乗つたやうに安心して素直に三千彦の背に背負はれ、漸くにして苦き岩窟を出た。星の光は金砂銀砂を鏤めた如く、満天に輝いて居る。 ケリナ姫『モシ三千彦様、此処に悪漢が二人斃れて居ますが、この儘見逃して置いても宜敷いでせうか』 三千彦『成程余り貴女の方に気を取られて居ましたので悪漢の仕末を忘れて居ました。サア姫様、一寸下りて居て下さい。漸く貴女の旧宅に閉ぢ込めて置きませう、アハハハハハ』 ケリナ姫『オホホホホホ、三千彦様、随分好からぬ奴ですから、改心する迄大事に放り込んで置いて下さいませ』 三千彦は『宜敷い』と云ひ乍ら二人の足を剛力に任せて左右の手に片足づつ握り、芝草の上を引ずり来り。猫でも引きずるやうにポイと放り込み、入口の戸をカチリと閉め、丁寧に突張をかひ、 三千彦『オイ金剛不壊の玉の大盗人、エキス、ヘルマンの両人暫く此処に楽隠居でもして居るがよからう。改心が出来たら又出してやらうまいものでもない。俺は悪酔怪員でないから、弱き女を助け、悪に強き奴を懲らしてやるのだ。斯うなるのも皆身から出た錆だと思うて観念したがよからう』 エキス『モシモシ三千彦様、何卒吾等二人を助けて下さいませ。其代りワックスを此処へ捉まへて来て入れるやうに致しますから、実の所はワックスの命令によつて盗んだので厶います。張本人はワックスで厶います』 三千彦『アハハハハハ、マア気の毒だけれど些と御休息なさいませ。サア姫様帰りませう』 と背に負ひ、スマートに道案内されて、デビス姫の閉ぢ籠められた岩窟を指して進み行く。二人は入口の戸を無性矢鱈に叩き、 両人『助けて呉れエ助けて呉れエ、此世に神や仏は無いものか。エエ残念や口惜しやなア』 と身勝手な事許り愚痴つて居る。岩窟の奥の方から『ケラケラケラ』と嫌らしい、身の毛のよだつやうな笑ひ声が聞えて来た。 (大正一二・三・二五旧二・九於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
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霊界物語 | 59_戌_イヅミの国2(キヨの港) | 序 | 序 天気清朗一点の空には雲影も無く[※御校正本・愛世版では「一点の空には雲影も無く」だが、校定版では「空には一点の雲影もなく」に直してある。]日本最初の山嶺と称へられたる伯耆大山は、白雪の頭巾を頂き高麗山を圧して聳え立ち、神素盞嗚大神が八岐大蛇の憑依せる印度の国ハルナの都に暴威を振ひて、天下を体主霊従的に混乱せしめつつありしその曲業を悔悟せしめ、地上に天国を建設せむと、数多の三五教の宣伝使を派遣し厳の言霊を以て言向和さむと為たまひし時、大黒主は風を喰つて印度の都を九十五種外道を引率し、遠く海を渡りて淤能碁呂嶋の要なるこの大山に姿を隠し、暴風雨を起し妖邪の気を放射して人畜を苦しめたるを、大神は自ら数多の天使や宣伝使を率ゐて安く来りまし、天下の災害を除き、天の叢雲の剣を獲て之を高天原に坐します天照大御神に献り、清浄無垢の大精神を大神並に天神地祇八百万神及び天下万民の前に顕はし玉ひし霊界物語に取つて尤も由緒深き神山を朝夕打ちながめ、ノアの方舟なす口述台に横はりつつ、四月一日より本日正午にかけ、真善美愛の戌の巻(五十九巻)を編著し了りたり。 白砂青松の海岸を四五の信徒と共に逍遥しつつ、松露の玉を拾ひ拾ひホテルの二階に帰り、大山の霊峯と差向ひ互に黙々として睨み合ひつつ認め了りぬ。 大正十二年四月三日 於皆生温泉 |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 16 祈言 | 第一六章祈言〔一五四一〕 感謝祈願詞 感謝 至大天球の主宰に在坐て。一霊四魂、八力、三元、世、出、燃、地成、弥、凝、足、諸、血、夜出の大元霊、天之御中主大神、霊系祖神高皇産霊大神。体系祖神神皇産霊大神の大稜威を以て、無限絶対無始無終に天地万有を創造賜ひ。神人をして斯る至真至美至善之神国に安住せ玉はむが為に、太陽太陰大地を造り、各自々々至粋至醇之魂力体を賦与玉ひ。亦八百万天使を生成給ひて万物を愛護給ふ、其広大無辺大恩恵を尊み敬ひ恐み恐みも白す。 掛巻も畏き大地上の国を知召します、言霊の天照国は。千代万代に動く事無く変る事無く。修理固成給ひし、皇大神の敷坐す島の八十島は。天の壁立極み国の退立限り。青雲の棚引極み、白雲の堕居向伏限り、伊照透らす大稜威は、日の大御守と嬉しみ尊み。常夜照る天伝ふ月夜見神の神光は、夜の守と青人草を恵み撫で愛しみ賜ひ。殊更に厳の御魂天勝国勝国之大祖国常立尊は、天地初発之時より独神成坐而隠身賜ひ。玉留魂の霊徳を以て、海月如す漂へる国土を修理固成て、大地球の水陸を分劃ち賜ひ。豊雲野尊は足魂の霊徳を以て植物を生出、葦芽彦遅尊は生魂の霊徳を以て動物を愛育て。大戸地、大戸辺、宇比地根、須比地根、生杙、角杙[※「生杙」「角杙」の「くひ」の字は、戦前の初版(p286)・校定版(p247)・愛世版(p232)いずれも「枠」。古事記では「杙」である。「枠」は「くい」ではなく「わく」であり、誤字だろうから、霊界物語ネットでは「杙」を使う。]、面足、惶根の全力を以て。万有一切に賦り与へ、天地の万霊をして、惟神の大道に依らしめ賜ひ。神伊邪那岐尊、神伊邪那美尊は。天津神の神勅を畏み、天の瓊矛を採持ち。豊葦原の千五百秋の水火国を。浦安国と、𪫧怜に完全具足に修理固成し賜ひて。遠近の国の悉々、国魂の神を生み、産土の神を任け賜ひて。青人草を親しく守り賜ふ。其大御恵を仰ぎ敬ひ喜び奉らくと白す。 現身の世の習慣として。枉津神の曲事に相交こり、日に夜に罪悪汚濁に沈みて。現界の制律に罪せられ。幽界にては神の政庁の御神制の随々、根の国底の国に堕行むとする蒼生の霊魂を憐み賜ひて。伊都の霊、美都の霊の大神は。綾に尊き豊葦原の瑞穂の国の真秀良場畳並る、青垣山籠れる下津岩根の高天原に、現世幽界の統治神として現れ給ひ。教親の命の手に依り口に依りて、惟神の大本を講き明し。天の下四方の国を平けく安けく、豊けく治め給はむとして。日毎夜毎に漏る事無く遺る事無く。最懇切に百姓万民を教へ諭し賜ふ。神直日、大直日の深き広き限り無き大御恵を。嬉しみ忝なみ、恐み恐みも称辞竟へ奉らくと白す。 祈願 天地初発之時より。隠身賜ひし国の太祖大国常立大神の御前に白さく。天の下四方の国に生出し青人草等の身魂に。天津神より授け給へる直霊魂をして。益々光華明彩至善至直伊都能売魂と成さしめ賜へ。邂逅に過ちて枉津神の為に汚し破らるる事なく。四魂五情の全き活動に由て、大御神の天業を仕へ奉るべく。忍耐勉強もつて尊き品位を保ち、玉の緒の生命長く。家門高く富栄えて、甘し天地の花と成り光と成り。大神の神子たる身の本能を発き揚しめ賜へ。仰ぎ願はくは大御神の大御心に叶ひ奉りて、身にも心にも罪悪汚穢過失在らしめず。天授之至霊を守らせ給へ、凡百の事業を為すにも。大御神の恩頼を幸へ給ひて、善事正行には荒魂の勇みを振起し、倍々向進発展完成の域に立到らしめ給へ。朝な夕な神祇を敬ひ。誠の道に違ふ事無く、天地の御魂たる義理責任を全うし。普く世の人と親しみ交こり、人欲の為に争ふ事を恥らひ。和魂の親みに由て人々を悪まず、改言改過悪言暴語無く、善言美詞の神嘉言を以て、神人を和め。天地に代るの勲功を堅磐に常磐に建て。幸魂の愛深く。天地の間に生とし生ける万物を損ひ破る事無く。生成化育の大道を畏み、奇魂の智に由て。異端邪説の真理に狂へる事を覚悟可く。直日の御霊に由て正邪理非直曲を省み。以て真誠の信仰を励み、言霊の助に依りて大神の御心を直覚り。鎮魂帰神の神術に由て村肝の心を練り鍛へしめ賜ひて。身に触る八十の汚穢も心に思ふ千々の迷も。祓ひに祓ひ、退ひに退ひ、須弥仙の神山の静けきが如く。五十鈴川の流の清きが如く。動く事無く変る事無く。息長く偉大く在らしめ賜ひ。世の長人、世の遠人と健全しく。親子夫婦同胞朋友相睦びつつ。天の下公共の為、美はしき人の鏡として。太じき功績を顕はし、天地の神子と生れ出たる其本分を尽さしめ賜へ。総の感謝と祈願は千座の置戸を負て、玉垣の内津御国の秀津間の国の海中の沓嶋神嶋の無人島に神退ひに退はれ。天津罪、国津罪、許々多久の罪科を祓ひ給ひし、現世幽界の守神なる、国の御太祖国常立大神、豊雲野大神。亦た伊都の御魂美都の御魂の御名に幸へ給ひて聞食し、相宇豆那比給ひ。夜の守日の守に守幸へ給へと。鹿児自物膝折伏せ宇自物頸根突抜て。恐み恐みも祈願奉らくと白す。 祖先拝詞 遠都御祖の御霊、代々の祖等、家族親族の霊。総て此祭屋に鎮祭る、御魂等の御前を慎み敬ひ。家にも身にも枉事有らせず、夜の守り日の守りに守幸へ宇豆那比玉ひ。弥孫の次々弥益々に令栄賜ひて。息内長く御祭善く仕奉らしめ給へと。畏み畏みも拝み奉る。 |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 17 崇詞 | 第一七章崇詞〔一五四二〕 祖霊社朝夕日拝祝詞 是の祖霊殿に斎き奉り鎮まり坐す三五皇大御神の宇豆の大前に慎み敬ひ畏み畏み白さく、言巻も畏けれども、大神等の深き高き御徳を蒙りて、常も撫で給ひ愛給へる青人草等(何某家遠祖代々祖等)の神霊諸々を、此祖霊殿に斎ひ鎮めて惟神なる大道の随々恩頼を幸ひ給ふ事を、嬉み忝み畏みも称へ言竟奉らくと白す。 言別て此の霊舎に斎き奉り坐せ奉る諸々(何家遠祖代々祖等)の神霊の御前に白さく、人は皇御祖の奇に妙なる造化に依りて天津御魂を賜はり、伊邪那岐、伊邪那美二柱の大神の生成し給ひて、天照大御神の大御光の中に養育はるる者なれば、顕世の心の律法、身の行を惟神清く正しく務め励みせば、天津御国の神の廷に帰り坐して其程々に天津神の御愛顧を受て、永く久しく仕へ奉るべき神理を尊み、重みつつ、供へ奉る幣帛を(毎日の御饌を)平らけく安らけく聞食て、是の教の御廷に拝み仕奉る諸人等は、異き心悪き行ひ無く、病しき事なく、煩はしき事なく、家の業緩ぶ事なく怠る事なく、弥栄に栄しめ給ひ、夜の守り日の守りに守り幸ひ給へと、畏み畏みも白す。 祖霊遷座祭 何々家の遠津祖、世々の祖等の御霊の御前に慎み敬ひも白さく、此の御宮を祓清めて、今日より遷し奉り坐せ奉る事を、平らけく安らけく聞食相諾ひ給ひて、弥益々に家門高く子孫の八十続をも守幸へ給へと、種々の神饌物を捧げ奉りて、恐み恐みも白す。 一年祭祭文 此の霊殿に斎ひ奉り坐せ奉る、○○命故○○毘古の神霊の御前に白さく。汝命や現世を身退坐つるは、昨年の此月の今日と早くも一年廻れる御祭の日に成ぬ。故常も忘るる間なく、慕ひつつ花紅葉の美麗き色を見ては昔を思ひ、百鳥の囀る声を聞ては其世を恋ひ、種々に恋しみ偲び奉りて、此の家の守神と持斎、御前には夜となく昼となく仕奉中にも、今日は親族家族諸人等、弥集へに集へて広く厚く祭祀治め奉るが故に、礼代の幣帛と種々の神饌物を百取の机に横山の如く供へ奉りて、称言竟奉らくを、平けく、安らけく聞食て、弥遠永に世々の祖等と御心を一び御力を合せ給ひて、子孫の遠き世の守り、家の鎮と坐す御徳を現はし給ひ、家門高く立栄しめ給ひ家族親族和び睦び、浦安く転楽しく在しめ給へと畏み畏みも白す。 辞別て何々の家の遠津御祖、世々の祖等の御前に白さく、今日はしも○○毘古の神霊の一年の御祭仕奉るとして、供へ奉る美味物を相甞に聞食相諾ひ給へと、恐み恐みも白す。 五十日間新霊拝詞 ○○命、故○○の神霊や、汝命の御為には、善き事議り為さむと真心を尽して大神に乞祈奉り、善き事は褒め給ひ、過あらむには宥め給ひて其所を得しめ給ひ、其楽を極めしめ給へと祈白す事を聞食て、只管に大神を憑頼坐して。惑はず多由多はず平穏に鎮まり給へと白す。 家祭祝詞 畏きや、○○命の御前に白さく、汝命は百年千年の齢を重ねて、世の長人の名を負ひ坐む事をし、家族は更なり、諸人も常に多能母志美思ひつつ在経し間に、現身の人の慣と(病には得堪給ずて)現し世を離て幽冥に隠り坐し天津御国に昇り坐しぬれば惟神の御掟の任々事議りて、神葬の礼も既功竟ぬれば、瑞の殿の内外も清らかに祓ひ清めて種々の物供へ奉りて、御祭仕奉る状を平けく安らけく聞食て、大神の広き厚き御恵の蔭に隠ひ、浦安く、浦楽しく坐して、子孫の八十続き遠き世に此の家の守護神と鎮り坐して、時々の祭の礼をも、絶る事なく、懈る事なく、仕奉らむ事を相諾ひ給へと、恐み恐みも白す。 招魂祓詞 掛巻も畏き祓戸四柱の大神等の大前に謹み敬ひて白さく。此郷に住る、何某、此月○日に顕世を去りぬるに因りて、其霊魂の為に三五皇大神辞別て産土の大神に乞祈奉り霊代を造備へて、遠く永く此家に鎮め斎ひ奉らむとす。故供へ奉る神饌物は更なり祭員及家族親族諸人等が過犯けむ罪穢有らむには祓ひ賜へ清め給ひて、清々しく成幸へ給へと、恐み恐みも白す。 発葬祓詞 掛巻も恐き祓戸四柱の大神等の宇都の大前に祓主、何某、畏み畏みも白さく、去し○日に顕世を神避り坐しつる何某が葬儀の祭仕奉るとして供へ奉る神饌物は更なり、仕奉る祭員及家族親族参来集へる諸人等が過犯しけむ罪穢有らむをば、祓給ひ、清め給ひて行道をも枉神の枉事なく、清々しく発葬の式仕奉らしめ給へと、恐み恐みも白す。 五十日間及年祭奥都城祝詞 ○○命故○○毘古(子)の奥都城の御前に白さく、今日はしも○年(日)の御祭仕へ奉るべき日に廻り来ぬれば、家族親族諸人打集ひて、種々の美味物供へ拝み奉る状を平けく安らけく聞食して子孫の遠永に家をも身をも守り幸ひ給へと恐み恐みも白す。 幽家復祭奏上詞 掛巻も畏き三五皇大神の大前に慎み敬ひも白さく。何某(霊の名)の霊は御祭仕奉るべき神胤の無きが故に、今回惟神の御教の任に任に改め斎ひて、幽家に鎮め、大神の知食す幽冥の神事に仕奉らしめむとして、今日の生日の足日の良辰に御祭仕へ奉らむとす。故神酒御饌、海川山野の種々の物を供へ奉りて乞祈白す事の状を、平けく安らけく聞食相諾ひ給ひて、弥遠永に広く厚く恩頼を蒙らしめ給へと畏み畏みも称へ言竟へ奉らくと白す。 復祭合祀祝詞 此の日茂呂木に斎ひ奉り坐せ奉る、何某の霊の御前に慎み敬ひも白さく。汝命等は前の御祭に洩れ落ち給ひしに依りて、今日の吉日の吉辰に、何々家代々の祖等の鎮り坐す霊祠に合祀の御祭仕奉らむとして、御前には神酒、御饌、種々の物を取添へて仕奉らくを御心穏に聞食せと白す。抑現世の人の生ける間は言ふも更なり、死れる後の霊魂は専ら皇大神の広き厚き御心に愛み給ひ、恵み給ひて、神の列に入らしめ給ひ、歓び楽しみをも得しめ給ふ事を、丁寧に窺ひ覚りて、今も此の如く汝命等の御霊の御為に、大神の御寵愛を乞祈奉りて、惟神の大神国風に改め斎ひ奉らくを、汝命等の御心にも嬉しみ悦び平かに安かに聞食し給ひて、今日より以後は只管に大神に仕へ奉りて、高き御位に進み、弥広に弥益々に広所を得給ひ、何々家代々の祖等と御力を合せ、御心を一び給ひて春秋の遠永に、子孫の八十連に参出侍ひて、御祭美しく仕奉らしめ給へと、乞祈奉らくを聞食して、御心も平穏に鎮まり給へと畏み畏も白す。 祓戸昇降神詞 掛巻も綾に恐き 瀬織津比売之大神 速秋津比売之大神 伊吹戸主之大神 速佐須良比売之大神 総て祓戸四柱の大神等 是の日茂呂木に降居坐し坐せ。 此の日茂呂木に招ぎ奉り座せ奉る掛巻も綾に恐き 瀬織津比売之大神 速秋津比売之大神 伊吹戸主之大神 速佐須良比売之大神 総て祓戸四柱の大神等 本津御座に昇り坐し坐せ。 祖霊大祭祝詞 畏きや此の霊社に鎮め奉り斎き奉る神霊等の御前に持ち由まはり謹み敬ひも白さく。八十日日は有れども、今日を生日の足日と選み定めて、春(秋)の大御祭仕へ奉るとして、御前には奥山の五百枝真栄木を伊伐り来て、時の花をも折り添へて、御饌は高杯に盛足らはし、餅の鏡を八十平瓮に積み重ね、御酒は甕の戸高知り甕の腹満て並べて、海川山野の種々の美味物、御水堅塩に至る迄横山の如く置き足らはして、家族親族諸人をも弥集へに集へて、斎廷もとどろに饒び笑らぎ、掌もやららに打上げつつ称へ言竟へ奉らくを、汝命等は現世の事、成し竟へまして幽冥の神の列に入りましつれば、大神の大御心にも愛しみ給ひ撫で給ひて、弥高に高き位に進み給ひ、弥広に広所を得しめ給ひて、現身の世に坐しし間こそ飽かず口惜く思しし事も有けめ、今はしも万の事等御心のまにまに、足らひ調ひて、心安く転た楽しき事となも思ひ奉らくを愛で給ひ、美はしみ給ふ子孫等家族親族の悉、汝命等の創め給ひ伝へ給へる御功業を、樛木の次ぎ次ぎ弥弘めに弘め、言霊の清けく坐しし祖の名墜さず、勤め締りて有る状を聞食し、清き名をも高き功をも、今の世に立ちて後の世に伝へしめ給ひ、幽冥に入りなむ後の霊魂をも、あななひ給ひて、汝命等と共に歓び楽を得べく、守り幸へ給へと乞祈奉らくを、御心も和親に聞食して、子孫の八十続き、弥遠長に毎年の今日の御祭、美しく仕へ奉らしめ給へと、家族親族諸々氏子等が真心を取持ちて、称言竟へ奉らくと白す。 祖霊社大祭斎主祝詞 掛巻も畏き三五皇大御神の宇豆の大前に斎主某畏み畏みも白さく。 大神等の奇霊に玄妙なる天津御量りを以て、天地を鋊造堅め、万物を造化成し給ひし中にも、天下の大公民はしも、三五皇大御神の天津御霊を皇産霊に産霊成し給へるまにまに、諾冊二柱の御祖神の生み成し給ひ、日の大御神の養育ひ給へる物にして、元より清き明き神魂を給はりて、生れ出でたる事著ければ、惟神直き正しき道に神習ひ恪まむ人は、大御神等の広き厚き仁恩以て弥栄えに栄え往くべく守り給はむ事は、唯斯世のみに限らず、必ず後の世までも慈み育み守り給はむ事を、尊み辱みつつ八十日日は有れど、今日を生日の足日と斎ひ定めて、毎年の例のまにまに、大御祭仕へ奉るとして、奥山の五百枝真栄木に木綿取り垂て、御饌、御酒、海川山野の種々の美味物、御水堅塩に至るまで、百取の机代に置き高成して仕へ奉らくを、神慮も和かに聞食して皇大神の統治す大八洲国は堅磐に常磐に動く事なく揺ぐ事なく敷き坐す御祭政治は春の花の清く美しく、秋の果実の宇麻良に安らかに行はしめ給ひ、地の上に成出でむ天の益人、弥益々に繁殖て直き正しき大和心の真心を、一つ心に治めさせ給ひ、是の神殿に斎ひ鎮め奉る遠津御祖の神霊等、及世々の祖等諸々の御魂等は、弥広に広所を得しめ給ひ、高き位に進ましめ給ひ、参来集へる子孫の弥次々、男女の別なく、老も若も心正しく身健かに、命長く君臣、師弟、父子、夫婦の道を始めて、人の行ふべき業は遺る隅なく励み勤めて、生涯は神の教に違ふ事なく、世の人をも賛け導き、各も各も罷らむ後は、高天原に復命白さむまにまに、其行の分々に、永き世の幸福を授け給はむ縁由をも、説き明さしめ給ひ、太き雄々しき功績を立てしめ給ひ、顕世も幽冥も、弥遠永に守り恵み幸へ給へと各も各も玉串を持ち捧げ、乞祈奉る状を聞食せと畏み畏みも白す。 復祭鎮祭祝詞 此の日茂呂木に斎ひ鎮むる何某家遠津御祖世々の祖等の神霊の御前に、神裔何某に代りて、何某慎みて白さく、皇大神の御手風の万古に復し給へる太じき御典のまにまに今此月何日の朝日の豊阪登りを(夕日の降知を)(夜昼を)吉時と此の神祠に、汝命等の神霊を安置奉り斎ひ奉り、是の小床に鎮め奉りて真榊木差しはやし、木綿取り垂でて、礼代の幣帛と奠る豊御饌の大御饌、味し御酒の大御酒を、高杯平甕に満て並べて、海の物、野の物、山の物、種々の果実を取添へて仕へ奉らくを、御心穏に聞食し給ひて、家族親族は邪悪の道に惑ふ事なく、諸々過つ事なく、攘ひ給ひて、清き赤き直き正しき真心に、誘ひ導き給ひ、家の業をも弥奨めに奨め給ひ、子孫の八十連五十橿八桑枝の如く立栄えしめ給ひて息長く御祭美しく仕奉らしめ給へと、乞祈白す事をも、平かに安らかに聞召して夜の守り日の守りに守り、堅磐に常磐に恵み幸へ給へと畏み畏みも白す。 鎮祭日より年祭の祝詞(年月日不明の霊) 是の日茂呂木に斎ひ奉り移し奉る何某の命(等)の御前に斎主何某慎み敬ひも白さく、汝命(等)の御祭日詳かならねば、惟神の皇国風に改め奉りし日を、吉日の良辰と斎ひ定めて、其が神霊(等)を慰め仕へ奉らむとして、種々の御饌物を備へ奉りて、乞祈奉る状を相諾ひ給ひて、皇神等の任け給ひ依さし給はむ程々の御位に進み給ひて、枉津神の群に入り給はず、此の何々家が代々の栄を此上なき幸と心安く、心楽しく、時々の御祭を、御心も閑に享け聞食し給へと畏み畏みも白す。 霊社月次祭祝詞 掛巻も畏き三五皇大御神の宇豆の大前に斎主何某畏み畏みも白さく、八十日日は有れども、今日を生日の足日の良辰と選み定めて、毎月の例のまにまに月次の御祭典執行ひ仕へ奉らむとして御前には餅の鏡を積み重ね、大海原に住むものは鰭の広物鰭の狭物、奥津藻菜、辺津藻菜、野山に生ふる物は甘菜辛菜、及種々の果実、御水堅塩に至るまで横山の如く盛り高成して、平素に大神等の広き厚き威徳を仰ぎ奉り、尊み辱けなみつつ在り経るを畏み奉りて、言巻も畏けれど天皇命の大寿命を手長の大寿命と湯津石村の如く、堅磐に常磐に茂し御代の足御代と成し幸ひ給ひて、遠津御祖、世々の祖等、親族諸々の神霊等の御栄を乞祈白す状を聞食して、三五の御教は天地と共に変りなく、月日と共に動き傾く事なく、朝日の豊栄登りに咲み栄えしめ給ひ、三五信徒等は本末内外を過たず、大神等の深き高き慈愛を過つ事なく、違ふ事なく広め導かしめ給ひ、恩頼を蒙らしめ給へと、乞祈白す事を聞食し、相諾ひ給へと恐み恐みも白す。 辞別けて遠津御祖、世々の祖等、親族家族諸々の神霊等の御前に白さく、今日はしも月次の御祭仕へ奉り、御饌物供へ奉りて、日毎に恩頼を蒙りつつ、不意なくも過ち犯しけむ種々の罪穢在らむをば、見直し聞き直し坐して、親の名汚さず、子孫の弥次々、山松の弥高々に立栄えしめ給ひ、夜の守り日の守りに守り幸へ給へと、五十橿鉾の中取持ちて恐み恐みも白す。 新祭殿月次祭祭文 此の神殿に斎き奉り坐せ奉る、掛巻も畏き三五皇大御神の御前に恐み恐みも白さく、月毎の例のまにまに今日の生日の足日に、御祭仕へ奉るとして、奉る幣帛は御饌は高杯に盛足らはし、御酒は甕の戸高知り甕の腹満て並べて、大海原に住める物は鰭の広物鰭の狭物、山野に生る物は甘菜辛菜種々の果実、奥津藻菜、辺津藻菜、御水堅塩に至る迄、百取の机に横山の如く置足らはして称言竟へ奉らくを、平けく安らけく聞食して、此の霊殿に鎮ります家々の霊等をば、弥益に御霊幸ひ給ひて、弥高に高き位に進ましめ給ひ弥広に広所を得しめ給ひ、参出来む親族家族が家をも身をも守幸へ給ひ、子孫の八十続に至る迄五十橿八桑枝の如く茂久栄に立栄えしめ給ひ、忘るる事なく、堕る事なく、御祭仕へ奉らしめ給へと白す事を聞食し相諾ひ給へと鵜自物頸根突抜きて恐み恐みも白す。 辞別けて此の霊殿に鎮まり坐す諸々の家の御霊等の御前に白さく。今日はしも月次の御祭仕へ奉るとして、御前をも持斎き種々の多米津物を備へ奉らくを、相甞に聞食して、大神等の広き厚き大御恵を蒙り給ひて、弥広に広所を得しめ給ひ、永遠に安く穏に鎮まり坐して、春秋の歓び楽しみをも極め給ひて、断る事無く御祭仕へ奉らしめ給へと白す。 |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 余白歌 | 余白歌 天地のなやみを救ふ神人を押しこめて見よないふるかみなり〈序文(初版)〉 愛善の徳に充ちたる神人を知らずに攻むる曲津神ども〈序文(初版)〉 大正十四年六月十五日一行十三人元伊勢に詣でて 天照皇大神の初盥来たりて見れば赤竜およぐ〈総説(初版)〉 雨雲の衣を破りて天津日の光刺しにけり元伊勢の宮〈総説(初版)〉 王仁は今大江の山の麓なる宮町に来て鬼の絵見しかな〈総説(初版)〉 谷川の岩根踏み分け登り見れば岩戸神社に又も竜あり〈第1章(初版)〉 新緑の山路を遡る十三の神子の勢ひ神山ゆるがす〈第2章(初版)〉 綾部町会にのぞみて 木偶の坊口先ばかり喧ましく課税問題に永き日潰す〈第4章(初版)〉 上すぎるいな下すぎる高い安いなぞと雪隠虫の相談〈第6章(初版)〉 公平だいな不公平だ去年式とおにが居るので古い事いふ〈第6章(初版)〉 茶と煙草欠伸にまでも節つけて袖にかくしぬしがみし面を〈第8章(初版)〉 半日を無駄に潰した町会議止むなく明日にやり直しする〈第8章(初版)〉 世人の知恵は賢しくも斯世をのろふ魔が神の 醜のたくみは覚り得じ神より出でし真心の 礎かたく搗きかため神のまにまに進みなば 仁慈の神は人の身に無限の神力たまふべし。〈巻末(初版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 61_子_讃美歌1 | 05 神山 | 第五章神山〔一五五五〕 第四二 一 天津御国の神人も大空にかがやく日のかげも 夜の守りの月かげもきらめき渡る星さへも 元津御祖の大神をたたへまつりて仕ふなり この地の上に住むものは上なき権力を初めとし 青人草に至るまで神の御稜威をほめたたへ 御前にひれ伏し畏みて愛の善徳身にひたし 信と真との光明にかがやき渡りて天津神に あななひ仕へたてまつれ人はこの世にあるかぎり 神より外に力とし柱となして頼るべき ものは一つだにあらじかしほめよたたへよ神のいづ したへよ愛せよ伊都の神。 二 世界の太初に言葉あり言葉は道なり神に坐す すべてのものは言霊の清き御水火にもとづきて 造られ出でしものぞかし現しき此の世は言霊の 幸ひ助け生ける国天照り渡る貴の国 すべての法規も更生も言葉をはなれて外になし あゝ惟神言霊の幸ひ助くる神の国に 生れ出でたる嬉しさよ。 三 瑞の御魂に身も魂も捧げて仕ふる信徒は ほろびと罪のまが神に苦も無く勝ちて世に栄ゆ 神のめぐみをいつまでもまご子の末まで語りつぎ かならず忘るる事なかれ神にしたがひあるうちは つねに歓びと楽しみの花も絶間なく匂ふなり よろこび祝へ神の徳慕ひまつれよ神の愛。 四 伊都の御魂の教をひらき世人を導き許々多久の 罪をあがなひ清めます瑞の御魂のいさをしを 諸人声を一つにし謳へよ称へよ心のかぎり 三五の月のいときよく日に夜に神をたたへかし。 第四三 限り知られぬ天のはら伊照りかがやく日の神の 清けく明き霊光は元津御祖のはてしなき 貴の神力を顕はせりすべてのものの祖とます 真の神の神業は日々に新たに天地に かがやき渡るぞ畏けれ。 第四四 一 海の内外の隔てなく万の国の人の子よ 天地万有の主宰なる元津御祖の大神の 広き尊き大稜威言霊きよく唱へつつ よろこび歌ひたてまつれ清き言霊善き祈りは 神に捧ぐる御饌津ものぞ。 二 神はわれ等を育てたる真誠の御祖にましませば 現世の事悉く捨てて御仕へたてまつれ 人は神の子神の民神より外に頼るべき 力も柱も世にあらじほめよたたへよ神の恩。 三 花咲き匂ふ弥生空蝶舞ひ遊ぶ天津国の 善言美辞の歌をうたひつつ神の御門にすすみゆく 人は神の子神の民。 四 伊都の大神瑞の御魂恵みは豊かに愛は絶えず 八洲の河原に溢れたり汲めよ信徒まごころ籠めて 生命の清水を飽くまでも人は神の子神の民。 第四五 一 あやにかしこき伊都の神教御祖とあれまして 万の国の人草に恵みの光投げたまふ 仰ぎ敬へ御祖の徳を人は神の子神の民。 二 凡てのものは皇神の厳言霊に生出でぬ 人は神の子神の宮伊都の言霊さづけられ この世に生きて道のため尽す身魂と造られぬ 心を清めて朝夕に生神言を宣り奉り 生成化育の神業に身も棚知らに仕ふべし。 三 この世の栄ゆも言霊ぞ滅び失するも言霊ぞ 舌の剣の矛先に神も現れまし鬼も来る あゝ惟神々々謹むべきは言霊の 水火の一つにありといふ真の教をかしこみて かならず罵ることなかれ人は神の子神の宮。 四 神は吾等を生み成せし誠の御祖にましませば 朝な夕なに大前にぬかづきひれ伏し神恩を 感謝なさずにあるべきや御徳を仰がであるべきや 吾等は神の子神の宮。 五 天津御空より恵みは広く稜威は須弥より猶高し 仰ぎ奉れよ父の徳慕ひ奉れよ母の恩 堅磐に常磐に皇神の定めたまひし大神律は 月日の輝き渡るかぎり亡びず失せじ惟神 神のいさをぞ畏けれ。 六 百千万の生言霊の変れる国々もいとひなく 誠一つを楯となし神の御ため世のために 厳の教を伝へ行く誠の人こそ神の御子 神は汝等と倶にあり勇みて立てよ道のため 振ひ立て立て御代のため権力の主とあれませる 神は守らせ玉ふべしあゝ惟神々々 神の御子達奮ひ起てもはや神代は近づけり。 第四六 一 愛の善徳天地にかがやき渡りて現世の 雲きり四方に吹き払ふ後にきらめく日月は 信の真なる力なり。 二 皇大神の言の葉はスメール山の動きなき 高き姿にさも似たり八千万劫の末までも 堅磐常磐にゆるがまじ仰ぎ敬へ神の教。 三 天地万有遺ちもなく神の御手以て造られし ものにしあれば限りなき恵みの泉は湧き充てり 汲めよまめ人心をきよめ神に習ひて生命の水を。 四 月の御神の恵みの露は天地四方に限りなく 雨のごとくに降りそそぐ清き身魂の盃持ちて 尽きぬいつくしみ汲めよかし生命を維ぐ真清水を。 五 生命は深山の谷水の如くいや永久に湧き出づる 瑞の御魂の清ければ汚れを洗ひ世をめぐみ 清水となりて人を生かす神のいさをを称へかし 人は神の子神の民。 六 瑞の御魂の誓約によりて青人草は日に月に 八桑枝如して栄えゆく罪に汚れし人の子よ 来りてすすげ八洲の河集ひて飲めよ由良川の 清き生命の真清水を。 第四七 一 厳の御魂の御ひかりは至らぬ隈なく世を照らす 罪に曇りてさまよへる人よ来りて御光あびよ。 二 瑞の御魂は月にしあれば寝れる夜の間も守らせ玉ふ 東雲近く朝日の空も蔭に坐まして恵ませ玉ふ。 三 瑞の御教を心にかけて日々の業務いそしみ励み 神の栄光を世に広くあらはし奉らむ道のため。 第四八 一 神のめぐみは天地のはてしも知らぬ御国まで 広けく高くましましてその神業は日に月に いや新しく現れませり。 二 天と地とを抱きつつ霊の御国には月と化り 天津御国には日と化りて天津使や信徒の 霊魂をいともねもごろに恵まひたまふぞ有難き 海とあらはれ山と成り河野となりて物皆に 生命を授くる伊都の神瑞の御魂ぞいと尊し。 三 八束の生髭抜き取られ手足の爪まで除かれて 血潮に染りし瑞御霊天津国人地の上の 青人草になりかはり千座の置戸を負ひませし 更生主ぞ誠の母に坐すわれらの死せるたましひに 生命の清水そそがせて呼び生け浄め大神の 貴の御柱となさしめ玉へあゝ惟神々々 瑞の御魂ぞ慕はしき。 四 瑞の御霊のおんめぐみわれらに降らせ玉ふ上は 厳の御楯を前におき戦ふ如き思ひして 身もたなしらに道のため御神のために仕ふべし 守らせたまへ瑞みたま。 第四九 一 真誠一つは荒磯に並べる千引の巌のごと 逆捲きかみ付き襲ひ来る浪にも動がぬ神国魂よ。 二 神のめぐみは由良河の真砂のごとくいつまでも 数へつくすべき時もなし大海なせるみづの御魂。 三 世は紫陽花の七変りさだめなき身の果敢なさを 命の神にまつろひて永久の栄光を楽しまむ。 四 山と積みてし身の罪やふかき心のけがれをば みづの御魂の真清水に洗はれ清く世に生きむ。 第五〇 一 遠き神代の昔より末の末まで吾魂を 守り玉ひし伊都の神瑞の御魂ぞ御祖神。 二 天と地との別れざる前より坐ます皇神は 斯世を造りし御祖なる大国常立の大神ぞ。 三 千年八千年万の年も神の御眼より見たまへば 川の水泡か草の露短き夏の夢の如し。 四 空蝉の世の人の身は消えて跡なき草の露 水泡となりて亡ぶとも永久に滅びず栄えます まことの神の御ひかりを身魂に浴びて限りなく 天津御国に栄えかし人は神の子神の民。 五 天と地とは変るとも永久に動かぬ神の国 伊都の御座ぞ尊けれわれらが御魂の住む家は 高天原の貴の国夜と冬なき神のその。 第五一 一 伊都の大神瑞の神深き恵みをうかがへば 人の言葉に尽し得ぬ尊きひろき限りなき 計り知られぬ姿なり。 二 暗き浮世にふみ迷ひ道を忘れし人の身に 聖き光をあたへつつ安きにすくふ神の稜威 こころおごりし時にまた慈悲の鞭を加へつつ 眼を覚まし生魂の力を振り立て給ふこそ 実にも尊き神の恩。 三 いやしき吾等の身にあまる厚きめぐみを限りなく 幼き時よりたまひつつ山より高く海よりも 深き仁愛の御守りうれしみ畏み仰ぎまつる。 四 月と現れます瑞御魂あつき恵の露あびて うつし世かくり世隔て無く神の功績を称ふべし。 |
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霊界物語 | 62_丑_讃美歌2 | 10 神宮 | 第一〇章神宮〔一五八五〕 第三四二 一 皇神のいづの宮居は喜びの 真玉白玉もちて造れる。 二 世の人の知らぬ楽しみ輝く栄え 神の御国は永久に充ちぬる。 三 天津神国貴の宮居に集れる 道の司の面かがやけり。 四 道のため生命ささげしあかし人の 伊寄り集へる天津神国。 五 白銀の衣まとひしつはものは 神の御国の門を守れる。 六 天津国のうたげの席に招かれて 神の御稜威を夜昼うたふ。 七 天津国都のまちに立並ぶ 珍の住家は永久に栄ゆ。 八 夜もなく冬なき国にわが魂を 昇らせ玉へ御心のままに。 第三四三 一 うつし世は破れ乱るる事あるも 永久に動かぬ神の坐す国。 二 言霊の天照国は山海も 草木も君の御稜威をうたふ。 三 大空を包みかくせし村雲も 聖の君の御水火に晴れつつ。 四 八重霞伊行きはばかり散り失せぬ 我日の御子のいづの伊吹に。 五 日の下の御楯となりし軍卒を 称へたまひぬ日の御子の声。 六 鶴巣ぐふ千代田の森に天津日の 影さしそへて万代をてらす。 七 大君の恵みの露にうるほひて 四方の木草も弥茂るなり。 八 平けく心安らけく住む月日 はや三千年の君の御恵。 第三四四 一 大君の御代知食す神国は 天津御国の姿なりけり。 二 心安く国民こぞり栄え行くも 天津日の御子知食す世は。 三 四方の国浪立ち騒ぐ世の中に 君の御代こそ静なりけり。 四 諸々の醜の嵐の吹き来とも 神の御国は永久に静けし。 五 大君の光をあびて心安く 世を渡るこそ楽しき国民。 六 日の御子の御祖の坐ます天津国は 百姓の永久の住処ぞ。 第三四五 一 日の御子の天降りましたる日の国は 天津神国の姿なりけり。 二 小雲川の水底深く影うつす 桶伏山は神の御在所。 三 天地と共永久に揺ぎなき 日本は御子の高御座なり。 四 神の守る我日の下はもろもろの なやみくるしみ知らぬ真秀良場。 五 野に山に千歳を祝ふ声すなり 天津日の御子知らす御国は。 六 現し世はかりの浮世と称へつつ 目に見ぬ国のみ慕ふあはれさ。 第三四六 一 月も日も流れて変る世の中に 天津日嗣の道はとこしへ。 二 皇神の貴の教にヨルダンの あなたの岸に渡る信徒。 三 現し世も天津御国もおしなべて 神の恵の花は匂へる。 四 身体はよし果つるとも天津国の 栄えの園に永久に栄えむ。 第三四七 一 清き身魂の歓ぎ住む神の御国は永久の 晴れて長閑な春の園何のなやみも白梅の 彼方此方に咲き匂ひ生命の清水は限りなく 黄金の野辺を潤して四方の景色もいと清し。 二 神の恵にヨルダンの川の流れは波立たず いとおだやかに見えぬれど尚も岸辺に落惑ひ 渡りかねつつ罪人の立ちて眺むる憐れさよ 救はせ玉へ瑞御霊。 三 天教山の高嶺より木花咲耶姫のごと 天津神国の有様を楽しく望み眺むれば 波立ち狂ふ比沼真名井岸に渡るもいと安き 神の守りに勇み立ち進み神国に渡り行かむ 守らせ玉へ厳御霊。 第三四八 一 ヨルダンの川の岸辺に暫し立ちて 神の御国を仰ぐ楽しさ。 二 岩ばしる川の流も何かあらむ 厳の御霊の守りありせば。 三 水清く野山は青く花薫り 乳は流れぬ天津神国。 四 美はしき神のあれます元津国は 野にも山にも結実豊けし。 五 打仰ぐ限り広野に永久に 天津日影は照り輝けり。 六 瑞御霊此珍国を諸人に 祖国と切に教へ給ひぬ。 七 美はしき神の御国にまひ上り また永久の勤め励まむ。 八 ヨルダンの川波如何に高くとも 神の恵に安く渡らむ。 第三四九 一 塵の世を深くおほへる雲間より 天津光はかがやきにけり。 二 日の光打仰ぎつつ人々の 喜ぶ声は神園に響く。 三 わが魂を待てるわが友と会ふ時は 別れの嘆き永久にあるなし。 四 雨と降る涙しのびて大空に 朝日さすまで祈りてぞ待つ。 五 死の暗の仮令わが身を呑むとても やがては覚めむ神の光に。 六 永久の魂の命を与へむと 待たせ給ひぬ彼方の岸に。 七 わが魂を招かせ給ふ教主の声の 聞えし時や楽しかるらむ。 第三五〇 一 天津神国の御栄光にやがては入りて友垣と 会ふ時こそは村肝の心の空に暗もなし 災多き現し世の醜の戦の雲晴れて 朝日の豊栄昇ります珍の宝座を仰ぐなり。 二 御稜威輝く皇神の御許にやがてまひ上り 朝な夕なに限りなく受けし恵を思ひ出でて いとも楽しき声合せ謡ひ舞ひつつ瑞御霊 救ひの御名を称ふべし。 三 憂ひなやみも夜も冬も涙の雨も露知らぬ 神の御園に住みきりて世の人々の夢にだも 知らぬ幸をば蒙らむ厳の御霊や瑞御霊 統べ知食す神国は平安と栄光限りなし。 第三五一 一 暗の夜のとばり漸く開かれて 天津曙現はれにけり。 二 イスラエル清き流れは天津日の 光に照りて輝きにけり。 三 巌なす神の御身より湧き出づる 生命の水の流れとこしへ。 四 静なる海の面は五十鈴川 清き流れの集まりと知れ。 五 白妙の清き衣をまとひたる 神の使の言の葉を聞け。 六 神使と共に佇みヨルダンの 清き流れに魂を浸さむ。 (大正一二・五・一二旧三・二七於竜宮館隆光録) |
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霊界物語 | 63_寅_伊太彦の物語 | 01 玉の露 | 第一章玉の露〔一六〇八〕 天地万有悉く霊力体の三元を 与へて創造なし給ひ各其所を得せしめし 国の御祖の大御神国常立の大神は 大国治立大神の貴の御言を畏みて 大海原の中心地黄金山下にあれまして 天地百の生物をいと安らけく平けく 守らせ給ひ厳かに珍の掟を定めまし 神と人との踏みて行く道を立てさせ給ひしが 日は行き月たち星移り世はくれ竹のおひおひに 天足の彦や胞場姫の醜の身霊ゆなり出でし 八岐大蛇や醜神のいやなき業に畏くも 珍の聖地を後にして神の仕組と云ひ乍ら 大海中に浮びたる自転倒島にかくれまし 国武彦と名を変へて此世を忍び曙の 日の出の御代を待ち給ひ女神とあれし瑞御霊 豊国姫の大神は夫神の命のなやみをば 居ながら見るに忍びずと豊葦原の中津国 メソポタミヤの山奥に永く御身を忍びまし 五六七の御代を待ち給ふ大国常立大神は 厳の御霊と現はれて四方久方の天盛留向津媛 御稜威も殊に大日婁女貴女神となりて諾冊の 二神の間に生れまし豊国姫の大神は 神素盞嗚の大神と現はれ給ひ天地を おのもおのもに持ち分けて守らせ給ふ折もあれ 魔神の猛り強くして岩の根木根立百草の 片葉も言向ひ騒ぎ立て豊葦原の瑞穂国 再び常世の暗となり神素盞嗚の大神は この惨状を如何にして鎮めむものと村肝の 御心千々に砕かせつ朝な夕なに憂ひまし 山河草木枯れ果てて修羅の巷となりにけり 父とあれます伊邪那岐の皇大神は大空ゆ 下らせ給ひて素盞嗚の珍の御子に打向ひ 憂ひ歎かすその理由を尋ね給へば瑞御霊 完全に詳細に世の状を語らせ給ひ我は今 母のまします月の国罷らむものと思ひ立ち この世の名残に泣くなりと答へ給へば父の神 いたく怒らせ給ひつつ胸に涙を湛へまし 大海原を知食す権威なければ汝が尊 根底の国に至れよといと厳かに宣り給ふ 千万無量の悲しみを胸に湛へて父神は 日の若宮にかへりまし神素盞嗚の大神は 姉大神とあれませる厳の御霊の大日婁女 天照神の御前に此の世の名残を告げむとて 上らせ給へば山河は一度に動み地は揺り 八十の枉津の叫ぶ声天にまします大神の 御許に高く響きけり天照します大神は 此有様をみそなはし弟神の来ませるは 必ず汚き心もて吾神国を奪はむと 攻め寄せたるに間違ひなし備へせよやと八百万 神を集へて剣太刀弓矢を飾り堅庭に 弓腹振り立て雄猛びし待ち問ひ給へば素盞嗚の 瑞の御霊の大神は言葉静に答へらく 我は汚き心なし父大神の御言以て 母の御国に行かむとすいとも親しき我姉に 只一言の暇乞ひ告げむが為に上りしと 云はせも果てず姉神はいと厳かに宣らすやう 汝の心の清きこと今この場にて証せむ 云ひつつ弟素盞嗚の神の佩かせる御剣を 御手に執らせつ安河を中に隔てて誓約ます この神業に素盞嗚の神の尊は瑞御霊 清明無垢の御精神いと明かになりにけり 神素盞嗚の大神は姉のまかせる美須麻琉の 玉を御手に受取りて天の真名井に振り濺ぎ 奴那止母母由良に取由良し狭嚼みに咬て吹き棄つる 伊吹の狭霧に五御魂現はれませしぞ畏けれ 姉大神の御心は初めて疑ひ晴れぬれど 天津神等国津神容易に心治まらず 高天原は忽ちにいと騒がしくなりければ 姉大神は驚きて天の岩戸の奥深く 御姿かくし給ひけり六合忽ち暗黒と なりて悪神横行し大蛇曲霊のおとなひは 狭蠅の如く充ち沸きぬここに神々寄り集ひ 岩戸の前に音楽を奏でまつりて太祝詞 宣らせ給へば大神は再び此世にあれまして 六合ここに明け渡り栄光の御代となり初めぬ 斯くもかしこき騒ぎをば始めし神の罪科を 神素盞嗚の大神に千座の置戸を負はせつつ 高天原より神退ひ退ひ給ひし歎てさよ 天地一時は明けくいと穏かに治まりし 如く表面は見えつれど豊葦原の国々は 魔神の健び猛くして再び修羅の八巷と なり変りたる惨状を見るに忍びず瑞御霊 国武彦と相共に三五教を開きまし 深山の奥の時鳥八千八声の血を絞り この土の上に安らけき五六七の御代を建設し 八岐大蛇や醜神を生言霊に言向けて 姉の御神に奉り世の災を除かむと コーカス山やウブスナの山の尾の上に神館 見立て給ひて御教を開き給ひし尊さよ 八岐大蛇の分霊かかりて此世を乱し行く ハルナの都の悪神を先づ第一に言向けて 此世の枉を払はむと心も清き宣伝使 数多派遣し給ひしが瑞の御霊の御娘 五十子の姫の夫とます玉国別の音彦に 心の空も真純彦教を伝ふる三千彦や 伊太彦司を添へ玉ひハルナの都に遣はして 神の恵を人草の身魂に照らし給はむと 任け給ひしぞ尊けれ。 ○ 玉国別の宣伝使三人の司と諸共に 河鹿峠を打渡り懐谷の山猿に 苦しみ乍ら神力に守られ祠の神の森 とどまり病を養ひつ珍の宮居を建て終り 祝詞の声も勇ましく御前を立ちて山河を 渡り漸くテルモンの館に入りてデビス姫 親と妹との危難をば救ひて神の御名を挙げ デビスの姫を三千彦の妻と定めてテルモンの 湖水を渡り種々の珍の神業なし遂げて アヅモス山のバーチルが館に立ち寄りアヅモスの 山に隠れしタクシャカの竜王始め妻神の サーガラ竜王救ひつつ夜光の玉や如意宝珠 竜王の手より受取りて真澄の空の夏の道 草鞋に足をすり乍ら伊太彦デビス四柱の 御供と共にエルサレム聖地を指して進み行く 日も黄昏れて道の辺の祠の前に立寄れば 思ひも寄らぬ法螺の貝鬼春別の治道居士 比丘の司に廻り会ひここに一行六人は スダルマ山の山麓を右に眺めて辿りつつ 声も涼しき宣伝歌四辺の山河轟かし 空気を清めて進み行く。 (大正一二・五・一八旧四・三於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 63_寅_伊太彦の物語 | 04 山上訓 | 第四章山上訓〔一六一一〕 玉国別の一行はスダルマ山の麓にて 伊太彦徒弟に立別れ焦つく如き炎天の 音の名高き急坂を汗をたらたら絞りつつ 迦陵嚬伽の鳴く声に慰められつ登り行く 見渡す限り野も山も緑彩どる夏景色 眺めも飽かず頂上に黄昏ちかき夕の空 漸く辿りつきにけり。 真純『お蔭によつて此急坂を漸く無事に登つて参りました。今夜は月を枕に草の褥、蒼空の蒲団を被つて安けき夢を結びませう。天空快濶一点の暗雲もなく、星は稀に月の光は吾等一行を照らし守らせたまふ有難さ愉快さ、旅をすればこそ、こんな結構な恵の露に霑ふ事が出来るのですなア』 三千『本当に愉快だ。スダルマ山の峠の頂上に月の光を浴びて寝ると云ふ事は、実に爽快の気分に漂はされる。四方の山野は宏く遠く展開し、西南方に当つてスーラヤの湖は鏡の如く月に輝き恰も天国のやうだなア。先生是からは下り阪、今晩は此処で寝む事に致しませうか』 玉国『本当に有難い事だ。此処で一夜の雨宿り、恵の露を浴びて霊肉共に天国に進まう。併し乍ら先づ第一に吾々の務めを果し、神様に感謝の言葉を奏上し、それから悠りと話でも交換して華胥の国に入らうぢやないか』 三千『さう願へば実に有難いです』 と茲に一同は声も高らかに、スダルマ山の谷々の木魂を響かせ天津祝詞を奏上し、終つて蓮の実を懐より出し夜食にかへ四方八方の話に時を移し、且つ歌など詠んで楽しんで居る。 玉国別『大空に輝く月も安々と 傾きたまへば軈て明けなむ。 此景色天津御国か楽園か 何に譬へむ術もなければ』 真純彦『スダルマの山の尾上に来て見れば いよいよ高き月の輝く。 真澄空星はまばらに輝けど 月のみ独り世を知し召す』 三千彦『大空に星はみちけり三五の 月の光も天地にみちぬ。 みちみちし神の御稜威を只一人 頂きにけり三千彦の胸に。 さりながら天津御空に照り渡る 玉国別の恵忘れじ』 治道『三五の神の司と諸共に 伊都のみやこに行くぞ楽しき。 村肝の心に宿る曲神も 逃げ散りにけり月の光に』 デビス姫『師の君の御跡慕ひて背の君と 漸く登りぬ恋の山路を。 見渡せば吾故郷は霞みけり テルモン山の雪のみ見えて』 治道『ベル、バット軍の司は今いづこ 早や泥棒となり果てし彼』 三千彦『吾が寝ねし隙を窺ひ抜足に 近よりバット首を掻かなむ。 心して今宵一夜は眠るべし ベルとバットの曲のありせば』 玉国別『ベル、バット如何に力は強くとも 吾には神の守りありけり。 身の外の仇に心を焦すより 吾身の中の仇を恐れよ』 デビス姫『皇神と吾師の君の在す上は 何か恐れむ露の夜の宿も』 真純彦『いざ来れベルもバットも曲津見も 生言霊に服へて見む。 大空に輝く月の影見れば 吾心根の恥かしくなりぬ』 斯く互に歌ひ終り、蓑を敷き雑談に耽つた。 治道『拙者の部下に使つて居たベル、バット其外の連中が軍隊を放れて猛悪な泥坊となり、四方に放浪して数多の人間を苦しめるのを思へば、早や私は立ても居ても居られないやうな苦しい思ひが致します。どうしても人間は境遇に左右せらるるものと見えますなア。吾々は自分の罪は申すも更なり、部下一同の罪を贖ふために将軍職を廃し、治国別様の御教によりて三五教の教の子となり、比丘となりてビクトル山に根拠を構へ同僚三人と共に交る交る天下を遍歴して居ますが、思へば思へば神様に対し恥かしい事です。かう云ふ部下が出来たのも全く私の罪で厶います』 と述懐を述べ、吐息をついて涙に沈む。玉国別は気の毒さに堪へやらぬ面持にて言葉静かに、 『治道居士様、必ず御心配なさいますな。現在親子の間でも、体は生んでも魂は生みつけぬと云ふ譬が厶います。決して貴方の罪では厶いませぬ。其人々の心の垢によつて種々と迷ふのですよ。吾々人間の精神といふものは、いつも健全なものでは無い。時々一時的の変調異常が起るものでこの異常には五つの型があるやうです。 先づ 第一は利欲に迷ふた時だ。利欲に迷ふた時は誰人も冷静な判断と周密な考慮を失ひ易いものだから、利を以て釣らるる事が多いものだ。たとへば他人の物品を預かつて居るやうな場合にフト「是が自分のもので在つたらなア」と云ふやうな心が浮ぶと、責任観念などが無くなり、それを自分が使つた場合の状態などに眩惑されて自分のものに為たり、また平生から欲しい欲しいと思つて居るものが眼の前にあると前後を考へる暇がなくなつて万引をしたりするやうに成る、これは言ふまでも無く副守先生の発動で、利益のために理智を塞がれ健全なる働きをせないといふ事に原因するものです。 第二の型は、強い強い刺戟に接した時だ。単純な蔭口位ゐ聞いても心を乱さない様な人間でも、面と向つて手酷しく痛罵されると、吾身を忘れて予期しなかつた行為をしたり、また普通の異性に対しては普通の態度が保たれ得る人間が、美しく化粧した異性の誘惑的な嬌態に接すると日頃の平静を破られやすいと云ふ様に同じ刺戟でもその程度によつて精神に異常な影響を与へる事がある。無論是等はその人間の先天的性質や後天的教養によつて程度の差が在ることは云ふまでもないが、副守先生の活動に原因する事が最も多いのである。又異常なる強烈な刺戟が人間の精神を異常ならしむると云ふ事は間違ひの無い事実だ。 第三の型は、焦心したり狼狽した時に起る精神の状態だ。こんな時には精神の活動が安静を欠いで居るので精神的の作業にしても、又肉体的の作業にしても過失や失敗を招き易いものだ。少々許りの失策を隠さうと為たために却て、その失策を大きくしたり、又少々の損失に狼狽した結果、大損失を招くやうな事をした事実は、能く世にあることだ。こんな時には副守先生の最も煩悶を続けて居た際である。 第四の型は、失意の時と得意の時だ。失意の時には精神の能率が減退して因循になり、消極的になつて努力を厭ふやうな傾きになり、得意の時には其反対に精神の能率が増進して快活になり、積極的になつて努力を惜まぬやうになるものです。従つて事業の成功と身体の健康慰安のある時と無い時、名誉を得た時と恥を受けた時とは其精神に及ぼす影響は全く正反対だ。そして精神が極端に沮喪した時は余り消極的になる結果、次第々々に社会生活の敗残者となり、極端に精神を発揚した時は積極に進み過ぎた結果、実力以上に仕事をするやうに成つて冒険的や独断的に走るやうに成るものだ。これも副守先生の活動の結果と云つても良い位なものです。 第五は迷信に陥つた時に起る精神状態だ。不健全なる信仰を持て居る人間は其他の方面の事物に就ては普通の判断を誤ることが無いにも拘らず、信仰の方面になると著しい誤解を来たすものです。従つてそれが難病治癒に関する場合であつても又利欲に関して居る場合であつても、冷静な判断や、前後の考へも廻らす余裕がなくなつて遂に、幼者を誘拐したり、死体を発掘したり、或は七夕の夕に七軒の家から物を盗む様になるのです。以上の外に婦人が妊娠、月経などの生理的原因に基いて、一時的に精神に異常を来すことは言ふまでも無いことです。それだから凡ての人間は狂人の未製品だ予備品だ、と言つたのだ。伊都の教祖や美都の教主而己が突発性狂人では無い。本正副守護神さまの容器たる人間は実に不可思議なものです』 治道『有難う御座います。貴師の御説に由つて拙者も漸く安心致しました。人間と云ふものは実に困つたものですなア』 三千『治道様、貴方も先生のお説で御安心なさつたでせう。私も一寸得心致しました。併し乍ら突張の無い蒼雲の天井の下に寝るのですから、何時頭の上に月が落ちて来て目を醒ますか、ベル、バットがやつて来て、玉を取るか分りますまいが、そこは惟神にまかして寝みませうか。比丘さまは経が大事、拙者は明日が大事だ』 治道『アハヽヽヽ。然らば御免蒙つて寝みませう』 茲に一同はスダルマ山の峠の頂上に、河も無きに白河夜船を漕いで眠つて仕舞つた。一塊の黒雲天の一方に起るよと見るまに忽ち満天に急速力をもつて拡がり、今迄皎々と照り輝いて居た月も星も皆呑んで仕舞つた。かかる所へ峠をスタスタと登つて来た二人の覆面頭巾の男があつた。此男は云ふ迄もなく、ベル、バットの泥棒である。二人は鼾の声を聞きつけ小声になつて、 ベル『オイ、バット、何だか暗がりに、フゴフゴと云つたり、粥を炊くやうにグツグツグツグツと云ふやつがあるぢやないか、こんな所に畚売りも登つて来る筈もなし、お粥を炊く婆も居る道理が無い。一体何だらうな、余りバットせぬぢやないか』 バット『これや、ベル、大きな声でシヤーベルない、バットせないのが俺達の豊年だ。此奴はどうしても人間の鼾だよ。一つそつと枕探しでもやつてボロつたらどうだ。こんなよい機会は又とあるまいぞ』 ベル『枕探しと云つても、こんな山の上に枕をして寝て居る奴も無いぢやないか、探さうと云つても真暗で一寸先も分りやしない。どうしたらよからうかなア』 バット『真暗の中を探すからまつくら探しだ、暗がりに仕事が出来ないやうな泥棒が何になるかい』 治道居士は横になつた儘一目も寝ず、玉国別一行の保護の任に当つて居た。夫故ベル、バットの囁き声を残らず聞いて居る。そんな事とは知らぬ両人は声低に尚も囁きを続けて居る。 バット『オイ、鬼治別将軍も、随分耄碌したものぢやないか。あれだけ権要な地位を放り出して身窄しい比丘となり、昨夜も昨夜とて祠の森に寝て居たぢやないか。いい馬鹿だなア。大方彼奴は発狂したのかも知れないねえ』 ベル『そんな事は云ふだけ野暮だよ。喇叭を法螺貝にかへ三千の部下を棄て、只一人墨染の衣を身に纒ひ殊勝らしく乞食に廻ると云ふのだから大抵極つて居るわ。あいつは治国別と云ふ極道宣伝使に霊をぬかれ、呆けて仕舞つたのだよ』 治道居士は一つ喝かしてやろうと、法螺貝を口に当て、ブウブウと吹き立てた。寝耳に水の法螺の声に二人は驚きドスンと其場に尻餅をつき慄い戦いて居る。治道居士は闇の中から細い作り声をしながら、 『諸行無常是生滅法、生滅滅已寂滅為楽』 と称へてみた。 バット『オイ、ベル彼奴は法螺の化者だ、俺達にわざをしようと思うてあんな事を吐きやがる。一つ此方にも武器があるのぢやから対抗せなくてはなるまい。かう云ふ時には悪事災難除けに大自在天大国彦命様のお助けを蒙るために陀羅尼を称へるに限つて居る』 ベル『泥棒が陀羅尼を称へても神様は聞いて呉れるだらうかなア』 バット『きまつた事だ。是から俺が化物に対抗して見るつもりだ。 イテイメーイテイメーイテイメー イテイメーイテイメーニメー ニメーニメーニメー ニメールヘールヘー ルヘールヘースッヘー スッヘースッヘースッヘー スッヘースヷーハー』 ベル『そりや何と云ふことだい。妙なことを吐くぢやないか。痛いわい痛いわい痛いわいなアんて』 バット『これは陀羅尼品の文言だ。是を義訳すれば、「是に於て斯に於て爾に於て氏に於て極甚に我無く吾無く身も無く所無し倶に同じくす己に興し己に生じ己に成じ而して住し而して立ち亦住す嗟嘆亦非ず消頭大疾加害を得る無し」と謂つて有難い御経だ。大病にも罹らず一切の難を受けないと云ふ呪文だ。今の比丘比丘尼どもは、「いでいび、いでいびん、いでいび、あでいび、いでいび、でび、でび、でび、でび、でび、ろけい、ろけい、ろけい、ろけい、たけい、たけい、たけい、とけい、とけい」と囀つて居るのだ。恰度油蝉が樹上に鳴いて居る様に聞こえるから、サンスクリットで唱えたのだ。アハヽヽヽ』 附記註解 陀羅尼品 経語義訳梵語 伊提履(於是)イテイメー 伊提泯(於斯)イテイメー 伊提履(於爾)イテイメー 阿提履(於氏)イテイメー 伊提履(極甚)イテイメー 泥履(無我)ニメー 泥履(無吾)ニメー 泥履(無身)ニメー 泥履(無所)ニメー 泥履(倶同)ニメー 楼醘(己興)ルヘー 楼醘(己生)ルヘー 楼醘(己成)ルヘー 楼醘(而住)ルヘー 多醘(而立)スッヘー 多醘(亦住)スッヘー 多醘(嗟嘆)スッヘー 兜醘(亦非)スッヘー №兜(消頭大疾無得加害)スッヘースヷハー ○ 法螺貝の声は益々高くなつて来る。玉国別外一同は直に夢を破られバットが称ふる陀羅尼の声を興味をもつて聞いて居た。治道居士頓に大きな声で、 『拙者は月の国ハルナの都に名も高き、バラモン教の神司、大黒主の神の幕下、鬼春別将軍のなれの果、今は三五教の信者治道居士と申す比丘であるぞよ。汝ベル、バットの両人早く心を入れ替へ、神の正道につけ』 と厳かに呼ばはれば、二人何となく其言霊に打たれて、『ハイ』と僅かに云つたきり其場に跼んで仕舞つた。黒雲の帳をやぶつて大空の月はパツと覗かせたまふた。一同の姿は昼の如く見えて来た。 治道『黒雲に包まれたまひし月影も 誠の光あらはしたまひぬ。 ベルバット心の雲を押し除けて 玉の光を研き照らせよ』 と詠みかけた。二人は恐る恐る慄ひ声にて、 バット『村肝の心の闇を照らすため 神の恵の燈火ともさむ。 今迄の深き罪咎赦せかし 元津御霊にかへる吾身を』 ベル『盗みする心は露もなけれども 醜の鬼奴に使はれけるかな。 鬼春別軍の君の御前に 拝む吾を赦させたまへ。 三五の清き教の神司 吾を許せよ神のまにまに』 治道『村肝の心の暗の晴れぬれば その身も明かく清まりぬべし』 玉国別『ベル、バット二人の男子に言告げむ 神は誠の恵なるぞや』 バット『有難し司の君の御言葉に 胸は晴れけり心澄みけり。 吾心バット明るくなりにけり 神の教の燈火に遇ひて』 ベル『大空の月に心を照らされて 心恥かしくなりにけるかな。 今迄は醜の曲霊にさやられて 黒白も分かず踏み迷ひけり』 治道『大空に輝く月の御姿を 心となして世を渡れかし』 三千彦『スダルマの山の尾上に仮寝して 今日はうれしき夢を見しかな』 真純彦『村肝の心の空は真純彦 かかるくもなき今宵の嬉しさ』 デビス姫『あら尊月の恵の輝きて 二人の御子の蘇生りぬる』 斯く話す所へ天空に嚠喨たる音楽聞え、月を笠に被りながら一行が前に雲押し分けて悠々と下りたまうた大神人がある。玉国別一同はこの神姿を見るより忽ち大地に平伏し感涙に咽んで居る。この神人は月の御国の大神に在しまして産土山の神館に跡を垂れたまひし、三千世界の救世主、神素盞嗚の大神であつた。大神は一同の前に四柱の従神と共に輝きたまひ、声も涼しく神訓を垂れたまうた。一同は拝跪して感謝の涙に暮れながら一言も漏らさじと謹聴して居た。 神素盞嗚の大神が山上の神訓 一、無限絶対無始無終に坐しまして霊力体の大元霊と現はれたまふ真の神は只一柱在す而已。之を真の神又は宇宙の主神と云ふ。 汝等、この大神を真の父となし母と為して敬愛し奉るべし。天之御中主大神と奉称し、又大国常立大神と奉称す。 一、厳の御霊日の大神、瑞の御魂月の大神は、主の神即ち大国常立大神の神霊の御顕現にして、高天原の天国にては日の大神と顕はれ給ひ、高天原の霊国にては月の大神と顕はれ給ふ。 一、愛善の徳に住するものは天国に昇り、信真の光徳に住するものは霊国に昇るものぞ。 一、此外天津神八百万坐しませども、皆天使と知るべし。真の神は大国常立大神、又の名は天照皇大神、只一柱坐します而己ぞ。 一、国津神八百万坐しませども皆現界に於ける宣伝使や正しき誠の司と知るべし。 一、真の神は、天之御中主大神只一柱のみ。故に幽の幽と称え奉る。 一、真の神の変現したまひし神を、幽の顕と称へ奉る、天国に於ける日の大神、霊国に於ける月の大神は何れも幽の顕神なり。 一、一旦人の肉体を保ちて霊界に入り給ひし神を顕の幽と称え奉る。大国主之大神及び諸々の天使及び天人の類を云ふ。 一、顕界に肉体を保ちて、神の大道を伝え、又現界諸種の事業を司宰する人間を称して顕の顕神と称へ奉る。 而して真に敬愛し尊敬し依信すべき根本の大神は幽の幽に坐します一柱の大神而已。其他の八百万の神々は、主神の命に依りて各その神務を分掌し給ふものぞ。 一、愛善の徳に住し信真の光に住し、神を愛し神を信じ神の為に尽すものは天界の住民となり、悪と虚偽とに浸りて魂を曇らすものは地獄に自ら堕落するものぞ。 斯く宣り終へたまひて以前の従神を率ゐて紫の雲に乗り大空高く月と共に昇らせたまふた。 玉国別『素盞嗚の瑞の御霊の御恵に 教の泉湧き出でにけり。 昔よりためしも聞かぬ御教を 居ながらに聞く事の尊さ』 治道『水火の中をかい潜り求ぎて往くべき道芝の 恵の露に濡れながらスダルマ山の頂上に 聞くも嬉しき御教あゝ惟神々々 神の恵を赤心に留めて感謝し奉る』 三千彦『大空ゆ瑞の御霊の下りまして 生命の清水与へたまひぬ』 デビス『夜の露うけて寝らう身の上に 注がせたまひし恵の御露』 真純彦『大空の雲押し分けて輝きつ 真澄の水の教を賜ひぬ』 治道『あら尊誠の神の御姿に 謁見まつりし吾ぞ嬉しき』 ベル『村肝の心の闇の晴れ往きて 誠の神の光に遇ひぬ』 バット『限りなき神の恵を悟りけり 悔改めて正道に入らむ』 茲にベル、バットの両人は心の底より悔改め、玉国別一行に従ひて聖地エルサレムを指して進む事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・五・一八旧四・三於教主殿二階加藤明子録) |