第一章玉の露〔一六〇八〕
天地万有悉く霊力体の三元を
与へて創造なし給ひ各其所を得せしめし
国の御祖の大御神国常立の大神は
大国治立大神の貴の御言を畏みて
大海原の中心地黄金山下にあれまして
天地百の生物をいと安らけく平けく
守らせ給ひ厳かに珍の掟を定めまし
神と人との踏みて行く道を立てさせ給ひしが
日は行き月たち星移り世はくれ竹のおひおひに
天足の彦や胞場姫の醜の身霊ゆなり出でし
八岐大蛇や醜神のいやなき業に畏くも
珍の聖地を後にして神の仕組と云ひ乍ら
大海中に浮びたる自転倒島にかくれまし
国武彦と名を変へて此世を忍び曙の
日の出の御代を待ち給ひ女神とあれし瑞御霊
豊国姫の大神は夫神の命のなやみをば
居ながら見るに忍びずと豊葦原の中津国
メソポタミヤの山奥に永く御身を忍びまし
五六七の御代を待ち給ふ大国常立大神は
厳の御霊と現はれて四方久方の天盛留向津媛
御稜威も殊に大日婁女貴女神となりて諾冊の
二神の間に生れまし豊国姫の大神は
神素盞嗚の大神と現はれ給ひ天地を
おのもおのもに持ち分けて守らせ給ふ折もあれ
魔神の猛り強くして岩の根木根立百草の
片葉も言向ひ騒ぎ立て豊葦原の瑞穂国
再び常世の暗となり神素盞嗚の大神は
この惨状を如何にして鎮めむものと村肝の
御心千々に砕かせつ朝な夕なに憂ひまし
山河草木枯れ果てて修羅の巷となりにけり
父とあれます伊邪那岐の皇大神は大空ゆ
下らせ給ひて素盞嗚の珍の御子に打向ひ
憂ひ歎かすその理由を尋ね給へば瑞御霊
完全に詳細に世の状を語らせ給ひ我は今
母のまします月の国罷らむものと思ひ立ち
この世の名残に泣くなりと答へ給へば父の神
いたく怒らせ給ひつつ胸に涙を湛へまし
大海原を知食す権威なければ汝が尊
根底の国に至れよといと厳かに宣り給ふ
千万無量の悲しみを胸に湛へて父神は
日の若宮にかへりまし神素盞嗚の大神は
姉大神とあれませる厳の御霊の大日婁女
天照神の御前に此の世の名残を告げむとて
上らせ給へば山河は一度に動み地は揺り
八十の枉津の叫ぶ声天にまします大神の
御許に高く響きけり天照します大神は
此有様をみそなはし弟神の来ませるは
必ず汚き心もて吾神国を奪はむと
攻め寄せたるに間違ひなし備へせよやと八百万
神を集へて剣太刀弓矢を飾り堅庭に
弓腹振り立て雄猛びし待ち問ひ給へば素盞嗚の
瑞の御霊の大神は言葉静に答へらく
我は汚き心なし父大神の御言以て
母の御国に行かむとすいとも親しき我姉に
只一言の暇乞ひ告げむが為に上りしと
云はせも果てず姉神はいと厳かに宣らすやう
汝の心の清きこと今この場にて証せむ
云ひつつ弟素盞嗚の神の佩かせる御剣を
御手に執らせつ安河を中に隔てて誓約ます
この神業に素盞嗚の神の尊は瑞御霊
清明無垢の御精神いと明かになりにけり
神素盞嗚の大神は姉のまかせる美須麻琉の
玉を御手に受取りて天の真名井に振り濺ぎ
奴那止母母由良に取由良し狭嚼みに咬て吹き棄つる
伊吹の狭霧に五御魂現はれませしぞ畏けれ
姉大神の御心は初めて疑ひ晴れぬれど
天津神等国津神容易に心治まらず
高天原は忽ちにいと騒がしくなりければ
姉大神は驚きて天の岩戸の奥深く
御姿かくし給ひけり六合忽ち暗黒と
なりて悪神横行し大蛇曲霊のおとなひは
狭蠅の如く充ち沸きぬここに神々寄り集ひ
岩戸の前に音楽を奏でまつりて太祝詞
宣らせ給へば大神は再び此世にあれまして
六合ここに明け渡り栄光の御代となり初めぬ
斯くもかしこき騒ぎをば始めし神の罪科を
神素盞嗚の大神に千座の置戸を負はせつつ
高天原より神退ひ退ひ給ひし歎てさよ
天地一時は明けくいと穏かに治まりし
如く表面は見えつれど豊葦原の国々は
魔神の健び猛くして再び修羅の八巷と
なり変りたる惨状を見るに忍びず瑞御霊
国武彦と相共に三五教を開きまし
深山の奥の時鳥八千八声の血を絞り
この土の上に安らけき五六七の御代を建設し
八岐大蛇や醜神を生言霊に言向けて
姉の御神に奉り世の災を除かむと
コーカス山やウブスナの山の尾の上に神館
見立て給ひて御教を開き給ひし尊さよ
八岐大蛇の分霊かかりて此世を乱し行く
ハルナの都の悪神を先づ第一に言向けて
此世の枉を払はむと心も清き宣伝使
数多派遣し給ひしが瑞の御霊の御娘
五十子の姫の夫とます玉国別の音彦に
心の空も真純彦教を伝ふる三千彦や
伊太彦司を添へ玉ひハルナの都に遣はして
神の恵を人草の身魂に照らし給はむと
任け給ひしぞ尊けれ。
○
玉国別の宣伝使三人の司と諸共に
河鹿峠を打渡り懐谷の山猿に
苦しみ乍ら神力に守られ祠の神の森
とどまり病を養ひつ珍の宮居を建て終り
祝詞の声も勇ましく御前を立ちて山河を
渡り漸くテルモンの館に入りてデビス姫
親と妹との危難をば救ひて神の御名を挙げ
デビスの姫を三千彦の妻と定めてテルモンの
湖水を渡り種々の珍の神業なし遂げて
アヅモス山のバーチルが館に立ち寄りアヅモスの
山に隠れしタクシャカの竜王始め妻神の
サーガラ竜王救ひつつ夜光の玉や如意宝珠
竜王の手より受取りて真澄の空の夏の道
草鞋に足をすり乍ら伊太彦デビス四柱の
御供と共にエルサレム聖地を指して進み行く
日も黄昏れて道の辺の祠の前に立寄れば
思ひも寄らぬ法螺の貝鬼春別の治道居士
比丘の司に廻り会ひここに一行六人は
スダルマ山の山麓を右に眺めて辿りつつ
声も涼しき宣伝歌四辺の山河轟かし
空気を清めて進み行く。
(大正一二・五・一八旧四・三於竜宮館北村隆光録)
No.: 2852