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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 50 大戸惑 第五〇章大戸惑〔三〇〇〕 宣伝使の一行は役人の案内につれ、悠々として奥殿に導かれた。元照別は愴惶として出迎へ、畳に頭を擦りつけながら、 『曇り果てたる汚らはしい身魂の、吾々の願ひをよくも聞き届け下さいました。サアサアこれへ』 と自ら先に立つて見晴しのよい高楼に導きけり。宣伝使は二人の大男を伴ひ高楼に登りて見れば、山野河海の珍肴美酒は所狭きまでに並べられありき。而して元照別は二人の宣伝使を正座に導き、 『清き御教示は後刻ゆるゆる拝聴仕ります。まづ御食事を取らせられよ』 と誠実面に現はれて着坐を勧める。広道別天使は、 『然らば御免』 と設けの席につき、二人の大男も末座に着席したり。出雲姫はなまなまに設けの席につき、 『コレハコレハ、元照別殿、随分贅沢な御馳走でござる。妾は世界の青人草の憂瀬に沈み、木葉を喰ひ木の根を嘗めて、わづかにその日の生活を続けてゐる悲惨の状態を目撃いたして居りますれば、妾は斯くの如き珍味を長の年月見たこともありませぬ。大宜津姫神の世とは申しながら、実に呆れ果てた次第であります。しかし折角の思召なれば喜ンで頂戴いたします。かくのごとき御馳走は、吾々の口には勿体なくて頂くことが出来ませぬから、鳥にも魚にも分配をいたします』 といふより早く、高楼より眼下の深堀に向つて、自分に与へられたる膳部一切を、バラバラと投げ込んで了つた。元照別は顔赧らめ、物をも言はず、差俯き涙をホロホロと流すのみ。広道別天使はこの珍味を食ひもならず、又もや、吾も衆生に分配せむといひながら、眼下の堀を目がけて惜気もなく投げ捨てて、元照別にむかひ、 『かかる珍味を吾々が頂くよりも、一切の衆生に分配いたした方が、何ほど心地がよいか分りませぬ。甘い、美味い、味ないは、喉三寸通る間のこと、幸今日は貴下の御誕生日と承る。一国一城の城主の御身分として、一切の衆生に恩恵を施したまふは、民に主たるものの勤めらるべき大切なる御所行と察し参らす。吾々もお芽出度く、衆生も貴下の誕生を喜び祝する事でありませう』 と言ひ終つて元の座に復した。岩彦や熊彦はこの珍味を前に据ゑられて、喰ふには喰はれず、負けぬ気を出して自分も眼下の堀を目がけて投げ捨てむかと、とつ、おいつ思案はしたが、どうしても喉がゴロゴロ言ふて仕方がない、そこで岩彦は一同に向ひ、 『私も一切の衆生になりかはり、有難く頂戴いたします』 といふより早く、大口を開いて食ひ始めた。熊彦も、 『拙者も、ちよぼちよぼ』 と言ひながら、沢山の飲食をケロリと平げてしまつた。出雲姫は立つて歌を歌ひ、誕生を祝するためと舞ひ始めたり。 『世は常闇となり果てて御空をかける磐船や 天の鳥船舞ひ狂ひ月日は空に照妙の 美々しき衣に身を纏ひ山野海河隈もなく 漁り散らしてうましもの横山のごとく掻き集め 驕も深き大宜津の姫の命の世となりて 手繰になります金山の彦の命や金山の 姫の命の現はれて世人害なふ剣太刀 大砲小銃や簇まで造り足らはし遠近に 鎬を削る浅ましさ怪しき教はびこりて 世人の心迷はせつ元照別の司まで 大戸惑子の神となりこの世はますます曇り行く 曇る浮世を照らさむと雲路を出でて出雲姫 ここに現はれ神の道広く伝ふる広道別の 貴の命と諸共に縦と横との十字街 現はれ来る時もあれ群がりおこる叫び声 耳を澄して聞きをればウローウローの声ならで ほろふほろふと聞えけり滅びゆく世を悲しみて 九山八海の山に現れませる天の御柱大神は 世を平けく安らけく治めまさむと埴安彦の 貴の命や埴安姫の貴の命に事依さし 三五教を開かせて神の教の宣伝使を 四方の国々間配りつ大御心を痛めます 神の御恵み白雲の外に見做して大宜津姫の 神の捕虜となりおほせ下民草の苦しみも 知らぬが仏か鬼か蛇かあゝ元照別の城主どの あゝ元照姫のおかみさま今日の生日の足日より 身魂を立替へ立直し神を敬ひ民草を 妻子のごとく慈しみ天と地との大恩を 悟りて道を守れかし人を審判くは人の身の なすべき業に非ざらめ下を審判くな慈しめ 下がありての上もあり上がありての下もある 上と下とは打ち揃ひ力を合せ村肝の 心を一つに固めつつ世の曲事は宣直し 直日の御霊に省みて神の心に叶へかし 清き心を望の夜の月に誓ひていと円く 治めて茲にミロクの世神伊弉諾の大神の 御楯となりて真心を尽せよ尽せ二柱 尽せよ尽せ二柱』 と厳粛に荘重に謡つて舞ひ納め座につきぬ。 ここに元照別夫婦は、今までウラル彦の圧迫によりて、心ならずも体主霊従の行動を続けつつありしが、今この二柱の宣伝使の実地的訓戒によつて、自分の薄志弱行を恥ぢ、一大勇猛心を振興して神政を根本的に改革し、大御神の神示を遵奉し、伊弉諾の大神の神政に奉仕する事となりぬ。この二神の名は遠近誰いふとなく、大戸惑子神、大戸惑女神と称へられゐたりける。 広道別は出雲姫の涼しき声とその優美な舞曲に心を奪はれ、知らず識らず吾席を立ちて高楼の欄干に手をかけ見惚れゐたり。たちまち欄干はメキメキと音するよと見る間に、広道別天使の身体は眼下の深き堀の中にザンブと陥ち込みた。その寒さに震うて気がつけば、豈図らむや、王仁の身は高熊山の方形の岩の上に寒風に曝されゐたりけり。 (大正一一・一・二四旧大正一〇・一二・二七加藤明子録) (第四〇章~第五〇章昭和一〇・二・一七於奈良菊水旅館王仁校正) 道の栞 天帝は瑞の霊に限り無き直霊魂を賚ひて、暗き世を照らし、垢を去り、泥を清め、鬼を亡ぼさしめむ為に、深き御心ありて降し玉へり。天国に救はれむと欲する者は救はれ、瑞霊に叛く者は自ら亡びを招くべし。
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 25 建日別 第二五章建日別〔三二五〕 大海原を撫で渡る科戸の風の吹き廻し 常世の波の重波の寄せ来る儘に思ひきや 筑紫島なる亜弗利加の広き陸地に着きにけり 暗世を照らす天津日の光を浴びて照妙の 衣を捨てて蓑笠の身装も脚もいと軽く 崎嶇たる山を登り来るここに一条の急潭は 怪しき巌と相打ちて激怒突喊飛ぶ沫の 万斛の咳咤を注いで怪岩の面を打てば 巌はその奇しき醜き面を背けて水は狂奔する 奇絶壮絶勝景の谷間の小径に差懸る 春とはいへど蒸暑き日に亜弗利加の山の奥[※この山は第34巻第1章の黒姫のセリフの中で「筑紫峠」と呼ばれている。] 暫時木蔭に佇みてこの光景を三柱の 名さへ芽出度き宣伝使飛瀑の声と相俟つて 壮快極まる宣伝歌天地の塵を払拭し 山野を清むる如くなり。 三柱の宣伝使は、この谷川の奇勝を眺め、日の出神は、 日の出神『あゝ実に天下の絶景だ。吾々も宣伝使となつて、天下を横行濶歩して来たが、未だ嘗て見ざる壮快な景色である。山といひ、谷川といひ、実に吾々の心境を洗ふやうな心持がするね』 祝姫『左様でござります。長い間波の上の生活を続けて、少々勿体ないこと乍ら飽き気味になつてゐましたが、世界はよくしたものですな。かう云ふやうな天下の奇勝を見ることの出来るのも、全く神様の御引合はせ。旅は憂いもの、辛いものと申せども、宣伝使でなくては到底かう云ふ絶景を見ることは出来ない。吾々は神様に感謝を捧げねばなりますまい』 面那芸『あゝ時に何だか谷底に流れの音か、猛の呻き声か、人の叫び声か、はつきり分りませぬが妙な響がするではありませぬか』 日の出神は、衝と立つて耳を澄しながら、 日の出神『はー、如何にも何だか合点のゆかぬ唸鳴り声ですな。何は兎もあれ、私はその声を目標に調べて来ませう。貴使は此処に暫く待つてゐて下さい』 二柱は口を揃へて、 祝姫、面那芸『いや、吾々も御伴いたしませう』 日出神『然らば私が一歩先に参ります。貴下は見え隠れに跟いて来て下さい。万一の事があれば合図を致しますから、こちらが合図をするまで、出て来てはなりませぬぞ』 と云ひながら、日の出神は谷深く声を捜ねて進み行く。 行くこと二三町斗り、此処には見上ぐるばかりの大岩石が谷間に屹立し、五六尺もある大なる巌窟が、彼方にも此方にも、天然に穿たれあり。髪の毛の赤い、顔の炭ほど黒いやや赤銅色を帯びた数多の男が、幅の分厚い唇を鳥の嘴のやうに突出した奴数十人安座をかいて、一人の色の蒼白い少しく眼の悪い男を中に置いて何か頻に揶揄つてゐる。日の出神は、木蔭に身を忍ばせこの様子を聞き入つた。 甲『やい、貴様は三五教の宣伝使とか、何とか吐かしよつて、この島に案内も無く肩の凝るやうな歌を歌つて参り、俺らの一族を滅茶々々にしよるのか。此処を何と心得てをる。勿体なくも常世の国の常世神王様の御領分だぞ。それに貴様は大きな面を提よつて、この世が変るの、善と悪とを立別けるのと、大きな喇叭を吹きよつて何のことだい。もうこれ限り宣伝使を止めて、俺らの奴隷になればよし。ならなならぬで是から成敗をしてやる。返答せい』 一人の男は、少しも屈せず四辺に響く声を張上げて、 男(小島別)『神が表に現はれて善と悪とを立別る』 乙、丙『こら、しぶとい奴だ。未だ吐かすのか。おい、皆の奴、石塊を持つて来い。此奴の口を塞いでやらうぢやないか』 丁『おい、宣伝使、此処は畏れ多くも常世国に現はれました伊弉冊命様が、常世神王といふ偉い神様を御使ひになつて、その御家来の荒熊別といふ力の強い御威勢の高い神様が、御守り遊ばす結構な国だぞ。此処の人間は毎日々々、神様の御蔭で、一つも働かず無花果の実を食つたり、橘や、橙その他の結構なものを頂いて、梨の実の酒を醸つて「呑めよ騒げよ一寸先や暗よ、暗の後には月が出る」と日々勇ンで暮す天国だ。それに何ぞや、七六ケ敷い劫託を列べよつて、立替るも立別るもあつたものかい。さあ、これから皆寄つて此奴を荒料理して食つて了つてやらうかい』 甲『やい、そんな無茶をするない。此奴は剛情我慢の奴だが、併しあの細い目から恐ろしい光を出して居るぞ。何でも天から降つて来た神さまの化物かも知れやしない。うつかり手出をしたら、罰が当るぞよ』 乙『気の弱いことを言ふな。吾々は伊弉諾神様の立派な氏子だ。天から降つたか、地から湧いたか知らぬが、こンなものの一疋位にびくびくするない』 一人の男、声を張上げて、 小島別『神がこの世に現はれて善と悪とを立別ける 天地四方の国々や島の八十島八洲国 教を開く宣伝使神の恵みも大島や 小島の別の神司眼は少し悪けれど 汝の眼に映らない心の眼は日月の 光に擬ふ小島別わけも知らずに言さやぐ 醜の曲津の集まれる虎狼や鬼大蛇 熊襲の国の山の奥山路を別けて進み来る われは汝の助け神世は常暗の熊襲国 残る隈なく照らさむと綾の高天を立出でて 心のたけの建日別神の命と現はれて この国魂と天津日の神の命のよさしなり 神の命のよさしなり荒ぶる神よ醜人よ 善と悪とを立別る誠の神の神勅』 と歌ひ始むるや、一同は耳を塞ぎ、目を閉ぢ、 一同『やあ、こいつは堪らぬ』 と大地にかぶりつく。この時またもや、森林の中より宣伝歌が聞えきたりぬ。 (大正一一・二・一旧一・五外山豊二録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 12 身代り 第一二章身代り〔三六二〕 日の出神は、ただ一人茫然として怪しき物音に耳を澄ませ思案に暮るる折りしも、以前の門番の淤縢山津見はこの処に現はれ、 淤縢山津見『貴下は大道別命に在さずや』 と顔を見つめゐる。日の出神は、 日の出神『貴下の御推察に違はず、吾は大道別命、今は日の出神の宣伝使なり。吾竜宮へ来りしは、黄金山の宣伝使、面那芸司竜宮に来れりと聞き、一時も早く彼を救はむがためなり。速かに乙米姫命にこの次第を奏上し、面那芸司を吾に渡されよ』 と言ひつつ、淤縢山津見の顔を見て、 日の出神『オー、貴下は大自在天大国彦の宰相、醜国別にあらざるか。貴下は聖地ヱルサレムの宮を毀ち、神罰立所に致つて帰幽し、根底の国に到れると聞く。然るにいま竜宮に金門を守るとは如何なる理由ありてぞ。詳細に物語られたし』 醜国別は、 淤縢山津見『御推量に違はず、吾は畏れおほくも大自在天の命を奉じ、聖地の宮を毀ちし大罪人なり。天地の法則に照され、根底の国に今や墜落せむとする時、大慈大悲の国治立尊は、侍者に命じ吾を海底の竜宮に救はせ給ひたり。吾らは其大恩に酬ゆるため、昼夜の区別なく竜宮城の門番となり、勤務する者なり。あゝ、神恩無量にして量る可からず、禽虫魚の末に至るまで、摂取不捨大慈大悲の神の御心、何時の世にかは酬い奉らむ』 と両眼に涙を湛へ、さめざめと泣き入る。日の出神は、 日の出神『汝が来歴は後にてゆるゆる承はらむ。一時も早く奥殿に案内せよ』 醜国別は止むを得ず、力無き足を運ばせながら先に立ちて、奥深く進み入る。奥殿には数多の海神に取り囲まれて、中央の高座に、花顔柳眉の女神端然として控へ、日の出神を一目見るより、忽ち其の座を下り、満面笑を湛へて、先づ先づこれへと招待したり。日の出神は堂々と、何の憚る所も無く高座に着きける。女神は座を下つて遠来の労を謝し、且つ海底の種々の珍味を揃へて饗応せり。日の出神は、これらの珍味佳肴に目もくれず、女神に向ひ、(海底とは遠嶋の譬也) 日の出神『吾は神伊弉諾の大神の御子大道別命、今は日の出神の宣伝使、現、神、幽の三界に渉り、普く神人を救済すべき神の御使、今この海底に来りしも、海底深く沈める神人万有を救済せむがためなり。かの騒々しき物音は何ぞ、包み秘さず其の実情を我に披見せしめよ』 と儼然として述べ立てたまへば、女神は涙を湛へながら、 女神『実に有難き御仰せ、これには深き仔細あり、高天原に現はれ給ひし神伊弉冊命、黄泉国に出でましてより、黄泉国の穢れを此処に集め給ひ、今まで安楽郷と聞えたる海底の竜宮も、今は殆ど根底の国と成り果てたり。妾は最早これ以上申上ぐる権限を有せず、推量あれ』 と涙に咽びけり。 日の出神は神言を奏上したまへば、忽ち四辺を照らす大火光、日の出神の身体より放射し、巨大なる火の玉となりて竜宮を照破せり。見れば母神の伊弉冊命を、八種の雷神取り囲み、その御頭には大雷、御胸には火の雷居り、御腹には黒雷、陰所には拆雷居り、左の手には若雷居り、右の手には土雷居り、左の足には鳴雷居り、右の足には伏雷居り命の身辺を悩ませ奉りつつありければ、日の出神は、火の玉となりて飛び廻りける。探女醜女、黄泉神の群は、蛆簇り轟きて目も当てられぬ惨状なり。かかる処へ乙米姫神現はれ来り、 乙米姫神『妾は神伊弉冊命の御身代りとなつて仕へ奉らむ、伊弉冊神は一時も早くこの場を逃れ日の出神に護られて、常世の国に身を逃れさせ給へ』 と云ふより早く、八種の雷の神の群に飛び入りぬ。八種の雷神、其他の醜神は、竜宮城の美神、乙米姫命に向つて、前後左右より武者振り附く。伊弉冊命に附着せる枉神は、一つ火の光に照されて残らず払拭されたり。面那芸司は伊弉冊命を救ふべく、必死の力を尽して戦ひつつありけれども力及ばず、連日連夜戦ひ続け、その声門外に溢れ居たりしなり。これにて竜宮の怪しき物音、阿鼻叫喚の声の出所も、漸くに氷解されにける。 日の出神は神文を唱へたまへば、忽ち以前の大亀現はれ来り、門外に立ち塞がりぬ。日の出神は、伊弉冊命を守り、面那芸司および正鹿山津見、淤縢山津見と共に、八尋の亀に跨り海原の波を分けて、海面に浮き出で、常世の国に渡り、ロッキー山に伊弉冊命を送り奉りたり。 其後の海底竜宮城は、体主霊従、弱肉強食の修羅場と化し、八種の雷神の荒びは日に月に激しくなり来り、遂には黄泉比良坂の戦ひを勃発するの已むなきに立到りける。 (大正一一・二・七旧一・一一東尾吉雄録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 16 霊縛 第一六章霊縛〔三六六〕 一行はブラジル峠の山頂に四辺の風景を眺めながら、下らぬ話に耽り居たり。涼しき風は吹き捲り、次第に烈しく周囲の樹木も倒れむ許りなりけり。蚊々虎は側の樹の根にしつかとしがみ付き、 蚊々虎『モシモシ宣伝使様、どうしませう。散ります散ります』 淤縢山津見『それだから蚊と言ふのだ。これつ許りの風が吹いたと云つて、木の根にしがみ付いて散ります散りますもあつたものかい。まるで酒でも注いで貰ふ時の様なことを言ひよつて、弱虫奴が、これから巴留の国へ行つたら、これしきの風は毎日吹き通しだよ。大沙漠を駱駝の背に乗つて横断しなくてはならぬが、貴様の様な弱いことでは、駱駝の背から蚊のやうに吹き飛ばされて了ふかも知れぬ。あーあ旅は一人に限るナ。コンナ足手纏ひを連れて居ては、後髪を牽かれて、進むことも、何うする事も出来やしない嫌な事だワイ』 蚊々虎『モシモシ宣伝使様、偉さうに仰有るな、後髪を牽かるると云つても、髪の毛は一本もありやしないワ。俺の頭を見やつしやれ、棕梠のやうな立派な毛が沢山と、エヘン、アハン』 淤縢山津見『貴様のは髪ぢや無いよ。それは毛だ。誠の人間には髪が生えるし、には頭に毛が生えるのだ。俺の頭は髪だぞ。髪と云ふ事は、鏡を縮めたのだ。よう光つとらうがな』 蚊々虎『蚊が止まつても辷り落ちる様な頭をして、神様も何もあつたものか。蚊が止まつて噛様だ。アハヽヽヽヽ』 淤縢山津見『何を言ふ。俺は勿体なくも頭照す大御神様だ。頭照す大御神様の御神体は八咫の御鏡ぢやといふ事は知つて居るだらう』 蚊々虎『ヘン、甘いことを仰有いますな。流石は宣伝使様。大自在天の一の御家来、悪い事ばかり遊ばして、根の国底の国に追ひやられて、終には国処を売つて、世界中を迂路つき廻つて、負け惜みの強い体のよい乞食だ。宣伝使様と云へば立派な様だが、乞食の親分見た様なものだ。頭照す大御神様も有つたものか。国処立退の命だ』 淤縢山津見『貴様にはもう暇を遣はす。これから帰れ。何と云つても連れて行かぬ』 (義太夫調) 蚊々虎『私を何うしても連れないと言ふのですか。それはあんまり無情い、胴欲ぢや。思ひ廻せば廻すほど、俺ほど因果な者が世に有らうか。常世の国に顕れませる、大自在天の其の家来、醜国別と歌はれて、空行く鳥も撃ち落す、勲もしるき神さまの、家来となつた嬉しさに、有らう事かあるまい事か、勿体ない天地の神の鎮まり遊ばした、ヱルサレムの宮を穢し奉り、その天罰で腰痛み、腰はくの字に曲り果て、蚊々虎さまと綽名をつけられ、今は屈みて居るけれど、元を糺せば尊き神の御血筋、稚桜姫の神の御子の常世姫が内証の子と生れた常照彦。世が世であれば、コンナ判らぬ淤縢山津見のお供となつて、重い荷物を担がされ、ブラジル山をブラブラと、汗と涙で駆け登り一息する間もなく、もうよいこれで帰れとは、実につれない情ない、善と悪とを立別る、神がこの世に坐ますなら、淤縢山津見の醜国別、体主霊従の宣伝使、義理も情も知らぬ奴、矢張り悪は悪なりき。猫を冠つた虎猫の蚊々虎さえも舌を捲いて、泣くにも泣かれぬ今の仕儀、どうして恨を晴らさうか、今は淤縢山津見と、厳めしさうな名をつけて、肝腎要の魂は、醜の枉津の醜国別、その本性が表はれて、気の毒なりける次第なり。それよりまだまだ気の毒なは、この山奥で只一人、足の痛みし蚊々虎に、放とけぼりを喰はすとは、ホンに呆れた悪魂よ。玉の緒の命の続く限り、こいつの後に引添うて、昔の欠点をヒン剥いて、邪魔して遣らねば置くものか。ヤア、トンツンテンチンチンチンだ』 淤縢山津見『こらこら蚊々虎、馬鹿な事を云ふな。貴様そら本性か、心からさう思つてるのか』 蚊々虎『本性で無うて何んとせう』 と手を振り口を歪め、身振り可笑しく踊り出したり。 淤縢山津見『ハヽヽ貴様は気楽な奴だナ。コンナ処で狂言したつて、見る者も、聞く者も有りやせぬぞ。誰に見せる積りぢや』 蚊々虎『お前は天下の宣伝使、これ丈沢山の御守護神が隙間もなしに聞いて居るのが分らぬか。俺はお前に聞かすのぢや無い。其処らあたりの守護神に、お前の恥を振舞うて行く先き先きで神懸りさせて、お前の欠点をヒン剥かす俺の仕組を知らぬのか。それそれそこにも守護神、それそれあそこにも守護神、四つ足身魂も沢山に面白がつて聞いて居る。夫れが見えぬか見えないか。お気の毒ぢや、御気の毒では無いかいな』 このとき幾十万とも知れぬ叫び声が四辺を圧して、蚊の鳴く如くウワーンと響きぬ。稍あつて幾十万人の声として、ウワハヽヽヽとそこら中から、声のみが聞え来たる。淤縢山津見は両手を組み、顔の色を変へ、大地に胡坐をかき、思案に暮るるものの如くなりけり。 蚊々虎は俄に顔色火の如くなり、両手を組みしまま前後左右に飛び廻り、 蚊々虎(国照姫が憑依)『くヽヽくにくにくに てヽヽてるてる ひヽヽめヽヽ くにてるひめ』 と口を切りぬ。 淤縢山津見は、直に姿勢を正し両手を組み審神に着手したり。 淤縢山津見『一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万』 と、唱ふる神文につれて蚊々虎は大地を踏み轟かし踊り出したり。 淤縢山津見『汝国照姫とは何れの神なるぞ』 蚊々虎(国照姫が憑依)『キヽ鬼城山に立籠り、美山彦と共に常世姫の命の命令を奉じ、地の高天原を占領せむと、昼夜苦労を致した木常姫の再来、国照姫であるぞよ。その方は醜国別、今は尊き淤縢山津見司となりて、日の出神の高弟、立派な宣伝使、妾は前非を悔い木花姫の神に見出され、アーメニヤの野に神都を開くウラル彦と共に、発根と改心を致して今は尊き誠の神と成り、アーメニヤの野に三五教を開き神政を樹立し、埴安彦命の教を天下に布くものである。これより巴留の国に宣伝の為に出で行かむとするが、暫く見合して後へ引き返し、この海を渡つてアーメニヤの都に立帰れ。巴留の国は神界の仕組変つて日の出神自ら御出張、ゆめゆめ疑ふな。国照姫に間違は無いぞよ』 淤縢山津見は、全身に力を籠めて神言を奏上し、ウンと一声蚊々虎の神懸りに向つて霊光を放射したるに、蚊々虎は大地に顛倒し、七転八倒泡を吹きだしたり。 淤縢山津見『其方は邪神であらう。今吾々の巴留の国に到る事を恐れて、この蚊々虎の肉体を使つて、天下の宣伝使を誑かさむとする枉津の張本、容赦は成らぬ。白状いたせ』 蚊々虎(国照姫が憑依)『畏れ多くも日の出神の御使、国照姫に向つて無礼千万。容赦はせぬぞ』 淤縢山津見『容赦するもせぬも有つたものか、この方から容赦いたさぬ』 と云ひながら、又もやウンと一声、右の食指を以て空中に円を画き霊縛を施しければ、 蚊々虎(国照姫が憑依)『イヽ痛い痛い、赦せ赦せハヽ白状する。妾はヤヽ八岐の大蛇の眷属、八衢彦である。この巴留の国は妾らが隠れ場処、いま汝に来られては吾々仲間の一大事だから、国照姫が改心したと詐つて、汝をこの嶋よりボツ返す企みであつた。斯の如く縛られては何うすることも出来ぬ。サアもうこれから吾々一族は、ロッキー山を指して逃げ行く程に、どうぞ吾身の霊縛を解いて下さい。タヽ頼む頼む』 淤縢山津見『巴留の国を立去つて海の外に出て行くならば赦してやらう。ロッキー山へは断じて行く事ならぬ。どうだ承知か』 蚊々虎の神懸りは、首を幾度とも無く無言のまま縦に振つてゐる。淤縢山津見は、ウンと一声霊縛を解けば、蚊々虎の身体は元の如くケロリとなほり、流るる汗を拭ひ乍ら、 蚊々虎『あゝ偉い事だつたワイ。何だか知らぬが俺の身体にぶら下りよつて、ウスイ目に逢うた。サアサア宣伝使様、もういい加減に行きませうかい。コンナ処に居つては碌なことは出来ませぬよ』 と正気に帰つた蚊々虎は先に立つてブラジル山を西へ下り行く。 (大正一一・二・八旧一・一二東尾吉雄録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 15 団子理屈 第一五章団子理屈〔四〇八〕 三五の月は昇れども、山と山との谷間は、黒白も分かぬ真の暗、空せまく地狭き谷底に、三人の宣伝使は端坐し、首ばかり動かし居る折柄、何処ともなく虎狼の唸るやうな声、木霊を響かせ聞え来る。 声『ウーオー』 駒山彦『イヤー虎か狼か、どえらい声が聞えて来た。淤縢山津見さま、神言でも上げませうか』 淤縢山津見『ヤー、仕方がない、神言を奏上しませう』 照彦『カヽヽ神を松魚節に致す宣伝使、かなはぬ時の神頼み、「神言でも」とは何だ。それでも宣伝使か、でも宣伝使。稜威輝くてるの国、珍はてるてるはる山曇る、オツトドツコイ淤縢山くもる、駒山彦は雨降らす、雨は雨だが涙の雨だ。かなしさうな其面つき、仮令からだは八つ裂になつても、神のためなら、チツトもかまはないと言ふ覚悟がなくて、誠の道が開けるか、カラ魂のさかしら魂、神の心も推量して呉れても宜からう。少しの艱難辛苦に遭うても、尻を捲つて雲をかすみと逃げ行く宣伝使、からすのやうな黒い魂で誠の神をかついで、勝手なねつを吹き歩くがとう虫奴が。かてて加へて蟹が行く横さの道を歩みながら、吾程誠の者はない、誠一つが世の宝、誠をつくせ、真心になれと、かたる計りの宣伝使。 からすのやうに喧ましい蚊々虎さまの素性も知らず、軽い男と侮つて、汗かき、耻かき、頭かき、かばちの高い、カラ威張りの上手な神の使ひ、カラと日本の戦があるとは、汝らが御魂の立替へ立直し、今までのカラ魂を、オツ放り出して、水晶の生粋の日本魂に立替へいと申すことだ。喧しいばかりが宣伝使でないぞ。改心いたせばよし、どこまでも分らねば、神はモウ一限りに致すぞよ。何程気の長い神でも、愛想が尽きて、欠伸が出るぞよ』 駒山彦『カヽヽ叶はぬ叶はぬ、勘忍して下さいな。是から改心致しますから、モウ吾々の事に構ひ立てはして下さるなよ。かいて走るやうな掴まへ処のない意見を聞かされて、アヽ好い面の皮だ』 照彦『キヽヽ貴様は余程しぶとい奴、此方の申すことが気に入らぬか。奇怪千万な駄法螺を吹き廻つて、良い気になつて気楽さうに、宣伝歌を歌ひ、気まぐれ半分に、天下を廻る狼狽者、気抜け面して、気が利かぬも程がある。鬼門の金神現はれて善と悪とを立別る。鬼畜のやうな、気違ひ魂の宣伝使は、世の切り替にキツパリと取払ひ、根から葉から切つて了ふぞよ。貴様の気に入らぬは尤もだ。ひどい気強い鬼神のやうな言葉と思ふであらうが、よく気を付けて味はうて見よ。きくらげのやうな耳では神の誠の言葉は聞き取れまい。気が気でならぬ神の胸、いつまでも諾かねば諾くやうに致して諾かして見せうぞよ。汚ない心をさつぱり放かして、誠の神心になり、万事に対して機転を利かし、心配り、気配りの出来ぬやうな事では、気の利いた御用は到底勤まらぬぞよ。きなきな思はず気に入らいでも、歯に衣を着せぬ神の言葉、是から気張つて気分を改め、気不性な心を立直し、気随気儘をさらりと放かし、神と君とに誠を尽し、気六ツかしさうな面をやはらげ、心を決めて荒胆を練り、キヤキヤ思はずキユウキユウ苦しまず、心を清め身を浄め、誠の神に従へば気楽に道が拡まるぞよ。キチリキチリと箱さした様に行くぞよ。神を笠に着るなよ。抜刀や刃物の中に立つて居る様な心持になつて、油断を致すな。窮まりもなき神の恩、万の罪咎も神の光りに消え失せて、身魂は穏かに改まり、さうした上で始めて三五教の宣伝使だ。どうだ、分つたか』 駒山彦『キヽヽ気が付きました。気張つて気張つて是から早く改心を致します。此気味の悪い谷底で、奇妙奇天烈な目に逢うて気を揉まされて、何たるマア気の利かぬ事だらう。神の気勘に叶うた積で、気張つて気張つて心配り気配りして、此処まで勤めて来たのに、思ひがけなき気遣ひをさされた。サア、もうキリキリと決りをつけて、来た道へ帰らうかい。淤縢山津見さまも何だ、一体気の小さい、おどおどとして顫うて居るぢやないか。ナント膽玉の弱い男だな。こんな所に長居をすると、猿の小便ぢやないが、先のことが気にかかるワ』 淤縢山津見『きまりの悪い、不気味な態でキツウ膏を搾られました。際どいとこまで素破抜かれて、アー俺も気が気ぢやないワ。ドウデ吾々は神様の気に入るやうな宣伝はできては居らぬからなア』 照彦『クヽヽ苦労なしの、心の暗い暗雲の宣伝使』 駒山彦『モシモシ、クヽ暗がりにそんな下らぬ事を、モヽモウ是位で止めて下さい』 照彦『苦しいか、苦面が悪いか、臭い物に蓋をしたやうに隠し立てしても、何程クスネようと思うても、四十八癖のあらむ限りは改めてやるぞ。下らぬ理屈を口から出放題、グヅグヅグデグデとクドイ理屈を捏並べ、一つ違へばクナクナ腰になつて、一寸した事でも苦にするなり、委しき事も知らずに、喰ひ違つた御託を並べ立て、九分九厘で覆るの覆らぬの、一厘の仕組をくまなく悟つたの、汲み取つたのと、そりや何の囈語、汲めども尽きぬ神の教、大空の雲を掴むやうな掴まへ所のない、駄法螺を吹いたその酬い、悔し残念をコバリコバリ、今までの取違ひを悔ひ改め、クヨクヨ思はずに神の光を顕はし、闇黒の世を照し、また来る春の梅の花、開く時を呉々も待つがよいぞよ。クレンと返る神の仕組、苦労の花の開く神の道、委しいことが知りたくば、悔い改めて神心になれ。噛んでくくめるやうに知らして置くぞよ』 駒山彦『クヽヽクドクドしいお説教、モヽ分りました分りました、結構で御座います。決して決してモウ此上は取違ひは致しませぬ。何卒これで止めて下さいませ、さうして吾々三人の身体を自由になるやうにして下さい』 照彦『ケヽヽ結構々々とは何が結構だ。毛筋の横巾も違はぬ神の教だ。決心が第一だ。道を汚してはならぬから、神が気もない中から気を付けるのだ。怪体な心を取直し、ケチケチ致さず、神心になつて居らぬと、の身魂に欺されて、尻の毛まで一本もないやうにしられるぞよ。嶮しき山を上り下りしながら、毛を吹いて疵を求めるやうな其行り方、従者を連れたり、女を伴れたり、そんな事で神の教が拡まるか、毛虫よりも劣つた宣伝使』 駒山彦『ケヽヽ怪体なことを言ふ神だな。淤縢山さま、如何しよう。耳が痛くつて、面白くもない、コンナ目に遇はされやうと思うたら、宣伝に廻つて来るぢやなかつたに、アヽ何と宣伝使は辛いものぢやなア。毛色の変つた照彦のやうな男が来るものだから、コンな怪体な谷底で、眉毛を読れ、鼻毛を抜かれ、尻の毛まで抜かれるやうな、怪しからぬ目に遇うて、谷底へ蹴落されて、けがしたよりも余程つまらぬ目に遇ふのか。お前さまは頭が坊主だから、けがなくてよからうが、駒山彦は二進も三進もならぬ目に遇うて、困り切つてゐるワイ』 照彦『コヽヽ駒山彦、何を言ふか、乞食芝居のやうに、男女七人連にてゴテゴテと、此処彼処ゴロツキ廻る宣伝使、神は勘忍袋が破れるぞよ。此世の鬼を往生さして、神、仏事、人民を悦ばす神の心、耐へ忍びのない心の定まらぬ、破れ宣伝使が何になるか。梢に来て鳴く鶯でも、春夏秋冬はよく知つて居るに、応へたか、此方の云ふ事が分つたか。コツコツと角張つたもの言ひをしたり、ゴテゴテと小理屈を捏ねたり、事に触れ物に接し、下らぬ理屈を捏ね廻し、人の好まぬ事を無理に勧め、怖がられて強い物には媚び諂ひ、後先真暗の神を困らす駒山彦の宣伝使、米喰ふ虫の製糞器、菰を被つた乞食のやうに、一寸の苦労に弱音を吹き、泣き声をしぼり、モウこいつあ叶はぬ、宣伝はコリコリだと弱気を出したり、怖い顔して威張つて歩く狼狽者の得手勝手なねつを吹くお取次ぎとは、おどましいぞよ。鬼も大蛇も狼も恐れて、尾を振つて跣足で逃げる、イヤ逃げぬ、心の小こい腰の弱い困り者の駒山彦の宣伝使』 駒山彦『サヽヽ囀るない、サツパリ分らぬ事を喋り散らしよつて、態が悪いワイ。逆捻に俺の方からちつと囀つてやらうか、余り喋ると逆トンボリを打たねばならぬぞよ。先にある事を世界に知らす、三五教の悟りのよい流石は宣伝使だ』 照彦『サヽヽ騒がしいワイ』 駒山彦『アヽヽ五月蝿いなア、サツパリ油を搾つて了ひよつた。さてもさても残念なことぢや』 照彦『サアサアサア是からだ。賽の河原で石を積む、積んでは崩す積んでは崩す気の毒な尻の結べぬ宣伝使。月は御空に冴え渡れども、心は暗き谷の底、足許は真暗がりで谷底へ逆トンボリを打たねばならぬぞよ。神の申すことを逆様に取るとはソリヤ何の事、先へ先へと知らす神の教、先の知れぬ宣伝使が、神を審神するといふ探女のやうな、御魂の暗い奴、酒と女に魂を腐らし、やうやう改心致して俄宣伝使になつたとて、サヽそれが何豪い。差添の種ぢやと威張つて居るが、何も彼も差出の神か、イヤ狸だ。流石の其方も神の申す今の言葉、指一本指す事は出来まい。早速開いた口は閉まろまいぞよ、沙汰の限りぢや。サタン悪魔の虜となつても、サツチもない事を触れ歩き、偖も偖も悟りの悪い二人の宣伝使、蚕のサナギのやうに、一寸の事にもプリンプリン尾を振り頭を振り、盲目滅法の審神を致し、本守護神だ、正副守護神だと騒ぎ廻り、日本御魂の両刃の剣はサツパリ錆刀。探り審神者の向ふ見ず、様々の曲津に欺かれ、えらい目にあはされながら、まだ目が醒めぬか。之でも未だ未だ我を張るか。偖もさもしい心だのう。塞ります黄泉彦神の曲の使を信じ、よくもよくも呆けたものだ。今からさらりと我を折りて、慢心心を洗ひ去り、各自に吾身を省みて、猿の尻笑ひを致すでないぞ。耻を曝されて頭を掻くより、褌でもしつかりとかけ。騒ぐな、囀るな、冴えた心の望の月、サアサア淤縢山津見、駒山彦、神の申す事がチツトは腹に入つたか』 駒山彦『シヽヽヽしぶいワイ。うかうか聞いてをれば面白くもない、こんな谷底でアイウエオ、カキクケコの言霊の練習をしよつて、余り馬鹿にするない。言霊なら俺も天下の宣伝使ぢや、負けはせぬぞ。言ふ事はどんな立派な事を言つても、行ひは照彦ぢやで、さう註文通りには行くものぢやない。スカ屁を放つた様な事を吐しよつて、せんぐりせんぐりと、ソヽヽそろそろと棚おろしをしやがつて、チヽちつとも応へぬのぢや。ツヽ詰らぬ事を、テヽヽ手柄さうに、トヽヽ呆けやがつて、ナヽヽ何を吐しやがるのだ。ニヽヽ憎つたらしい、ヌヽヽ抜けたやうな声で、ネヽヽ根も葉もないやうな事を、ノヽヽ述べ立て、ハヽヽ腹が承知せぬワイ。ヒヽヽ昼ならよいがコンナ暗の夜に、フヽヽ悪戯た事を、ヘヽヽ屁のやうに、ホヽヽ吐きよつて、マヽヽ曲津神奴が、ミヽヽみみず奴が、ムヽヽ虫ケラ奴が、メヽヽ盲目奴が、モヽヽ百舌の親方奴が、ヤヽヽ八ケ間しい、ややこしい、イヽヽ嫌な事をユヽヽ云ひよつて、エヽヽ得体の知れぬ、ヨヽヽ黄泉神奴が、ラヽヽ埒もない、リヽヽ理屈を捏ねよつて、ルヽヽ類を以て曲津を集めよつて、レヽヽ連発する、ロヽヽ碌でなしの世迷言、ワヽヽ分りもせぬ、イヽヽいやらしい、イケ好かない事を、ウヽヽ呻り立て、エヽヽエー、モー恐ろしい処か、をかしいワイ。お化の大蛇の神憑奴が』 照彦『シヽヽ』 駒山彦『またシーやつてけつかる。縛つてやらうか、虱の守護神奴が』 照彦『シヽヽ思案して見よ、虱の親方、人の血を吸ふ毛虫の駒山彦、執念深い宣伝使、修羅の巷に踏み迷ひ、後先見ずの困つた駒山彦。叱られる事が苦しいか、叱る神も随分苦しいぞ。シカと正念を据ゑてシツカリ聞け。敷島の大和の国の神の教に、シヽヽ如くものはないぞ。醜の曲津に誑らかされ、汝が仕態は何事ぞ。獅子、狼の様な心をもつて、世界の人間が助けられるか、至粋至純の水晶の心になれ。下の者を大切に致せよ。しち難かしい説教を致すな。シツカリと胸に手をあて考へて見よ。一度は死なねばならぬ人の身、死んでも生き通しの霊魂を研けよ。屡々神は諭せども、あまり分らぬから神も痺をきらして居るぞよ。しぶといと言うてもあんまりだ。終ひには往生致さねばならぬぞよ。シミジミと神の教を考へて見よ。腹帯をシツカリ締めて掛れよ。霜を踏み雪を分けて世人を救ふ宣伝使、知らぬ事を知つた顔して、白々しい嘘言を吐くな。尻から剥げるやうな法螺を吹くな。知ると言ふ事は神より外にないぞよ。天地の事は如何な事でも説き明すとは、何のシレ言、困つた代物ぢや。嗄れ声を振り立てて神言を奏上したとて、天地の神は感動致さぬぞよ。身魂を研けよ、身魂さへ研けたなら、円満清朗な声音が湧いて来るぞよ。強ひて嫌なものに勧めるな。因縁なきものは時節が来ねば耳へ入らぬ。修身斉家、治国平天下の大道だと偉さうに申して居れど、吾身一つが治まらぬ、仕様もない宣伝使、何が苦しうてシホシホと憔悴れて居るか。荒魂の勇みを振り起して、モツト勇気を出さぬかい』 駒山彦『シヽヽシツカリ致します。奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の、声聞く時は哀れなりけり、だ。えらい鹿に出会してしかられたものだい』 淤縢山津見『ヤア、拙者は脚が起つた、身体が自由になつた、大分に魂が研けたと見えるワイ。いやもう何れの神様か存じませぬが、よくもまあ結構な教訓を垂れさせられました。屹度之から心を入れ替へて、御神慮のある処を謹しんで遵奉致します』 駒山彦『ヤア淤縢山さま、脚が起ちましたか、アヽそれは結構だ。吾々はまだビクとも致しませぬ、胴が据つたものですな』 淤縢山津見『貴方は最前から聞いて居れば一々神様に口答へをなさる、貴方は発根からまだ改心は出来て居ない。改心さへ出来たならば吾々の様に、神様は脚を起たして下さいませう。何卒早く屁理屈を止めて改心して下さい』 駒山彦『カヽヽ改心と言つたて、照彦の様な奴さまに憑つて来る様な守護神の言ふ事が、如何して聞かれるものか、神霊は正邪賢愚に応じて憑依されるものだ。大抵此肉体を標準としたら、神の高下は分るでせう』 照彦『スヽヽ直様、淤縢山津見は脚が起つたをきりとして、カルの国に進んで行け。道伴れは決してならぬ』 淤縢山津見『仰せに従ひ改心の上、直様参ります。今まではえらい考へ違ひを致して居りました』 照彦『一時も早く、片時も速に此場を立去れ』 駒山彦『アヽ淤縢山さま、それはあまり得手勝手だ。自分は脚が起つてよからうが、吾々の様な脚の起たぬ者を見捨てて行つても、神の道に叶ひませうか。朋友の難儀を見捨てて何処へ行くのです。神の道は、親切が一等だと聞きました。それでは道が違ひませう』 照彦『駒山彦の小理屈は聞くに及ばぬ、早く起つて行け。駒山彦の改心が出来るまで、此方が膏を搾つてやらうかい』 淤縢山津見は徐々と此場を立ち去らむとする時、三五の明月は山頂に昇り、細き谷間を皎々と照せり。淤縢山津見は此月光に力を得、宣伝歌を歌ひながら谷道を伝ひて、もと来し道を下り行く。 (大正一一・二・一四旧一・一八森良仁録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 16 蛸釣られ 第一六章蛸釣られ〔四〇九〕 神の恵の弥深き、この谷底に残されし、駒山彦は淤縢山津見の帰りゆく姿を眺めて、 駒山彦『オーイ、オーイ』 と呼び止めるを、淤縢山津見はこの声を木耳の、耳を塞いて悠々と、宣伝歌を歌ひながら下り行く。月は漸々にして、山の端を出で、皎々と輝き渡り、二人の面はここに判然せり。見れば、照彦は、俄に容貌変り、珍山彦の姿に変化し居たるなり。 駒山彦『ヤア、貴様は照彦と思つてゐたら、何だ、蚊々虎の珍山彦か、あまり馬鹿にするな、洒落るにも程があるぞ』 照彦『スヽヽスツカリ腰を抜かした駒山彦の宣伝使。そんな腰抜の分際で、どうして道が広まるか。どうして大道が進めるか。雀や燕の親方のやうに口ばかり達者でも……』 駒山彦『スヽヽスリヤ何を言ふのだ。貴様も何時までも、そんな悪い悪戯をせずに、俺に鎮魂をして、脚を起たしてくれたら如何だ』 照彦『スヽヽスワ一大事と言ふやうにならねば、貴様の腰は起たぬ。酸いも甘いも皆知りぬいた蚊々虎を、その方は今まで何と心得て居たか。稲を作つて、米を搗いて、飯を炊いて、サアお食りといふ様に、据ゑ膳を食つた苦労の足らぬ宣伝使。スツカリ曲津に欺されて、隙だらけの汝の身魂、汝のやうな、馬鹿な身魂は尠からう。少彦名神の在します常世の国へ、直に行かうとはチト慢心が過ぎる。この細谷川の山奥で難行苦行の功を積み、神の助けを蒙つて身魂を洗ひ浄め、少しも疵のない、日月のやうな心に研き上げ、素盞嗚尊の雄々しき生れ変り、頭の上から身体の裾まで、気をつけて、スタスタと山路を進んで行くのが汝の天職。素直な心を以て、末永く神に仕へよ。スマから隅まで、澄みきる今宵の月の顔、これを心の鏡とし、皇大神に仕へ奉れ。誠の道をスラスラと脚も達者に起ち上れ』 駒山彦『セヽヽセングリセングリ、イヤモウ、おむつかしい御意見を承はつて、ウンザリした。世界は広しと雖も、心は急き立てども、急けば急くほど足腰は起たず、世間の奴にこんな所を見られたら、愛想をつかされ、捨てられて、宣伝使の面目玉は丸潰れだ』 照彦『ソヽヽさうだらうさうだらう、ソワソワしいその態は何だ。そこらに人はないと申すが、これだけ沢山の神々が眼につかぬか。それほど外の聞えが気にかかるなら、そなたの心を取り直し、心の底からその慢心を祓ひ出せ。空行く雲も自由自在に走るでないか。其方の脚はそりや何の醜態、それでもまだ気が付かぬか。もうそろそろと我を折つたらどうだ』 駒山彦『モウ、ソロソロと脚を起たして呉れてもよかりさうなものだな』 照彦『タヽヽヽタヽさぬ起たさぬ。他愛もないこと、大変に饒舌る宣伝使。息も絶え絶えになるとこまで、イヤサ、この場で倒れるとこまで戒めて、高い鼻を叩き折つて、煮いて喰てやらうか。野山の猛きの餌食になるか、蛸のやうな骨も何にもないたわけ者、たたきにしようか、それが嫌なら直に改心するか。改心出来たら足は起つぞよ。腹をたてな、腹を立てると足は立つまいぞよ。譬へて言へば高峰の花、大空の月、神の誠の奥は、よほど改心を致さねば、掴むことは出来ぬぞよ。何ほど言うても、訳の解らぬ情ない、なまくら身魂の鉛のやうな両刃の剣で何が出来るか。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。ない袖は振れぬ、ない智慧はしぼれまい。ホロが萎えたか、直霊のみたまに詔り直せ。中々難かしい神の道、気楽に思うて居ると、泣き面かわくやうなことが度々あるぞよ。罪もなく、穢もなく、心の玉に曇りなければ、どんな事でも為し遂げらる。誠の固まつたのは長う栄えるぞよ。名さへ目出度き高砂の、この神島に渡りながら、汝のなしたる修業は蚊々虎の蚊の涙にも及ばぬ、何を致すも耐へ忍びが肝腎だ。鈍刀で悪魔は斬れぬぞ。心の波を静かにをさめ、艱難辛苦を嘗め、奈落の底も恐れぬ魂にならねば、何事も成り遂げぬぞよ。ものの成るは、成るの日に成るにあらずして、成らぬ日に成るのである。早く神心に成れ成れ駒山彦。惟神の道に倣うて此世を渡れ。チヽヽ知慧や学を頼りに致すな。近欲に迷ふな。直取をすな。ヂグヂグと考へて進め。道に違うた事は遣り直せ。小さい心で知識を鼻にかけ、天狗面して笑はれな。チツトは物事を考へて地に落ちた人間を助け、千早振る神の教を世にかがやかせ。凡ての事に心を散らさず、心の塵を吹き払ひ、誠の知慧を働かせ。ツヽヽ月は山の端に隠れむとしてゐる。ヤア、照彦の奴さまも此場を去らねばなるまい。駒山彦ツ、これからトツクリと御修業なさるがよからう。左様なら』 と言ひつつ照彦はツと起ち上り、悠々としてこの場を去らむとする。 駒山彦『マヽヽ待つて下さい。折角月が出たと思へばこの細い谷間、また月が隠れて真闇がりになつてしまふ。こんな所に一人放置かれては耐つたものではない。ヤア照彦、お前の神懸も、どうやら鎮まつたと見える。俺を伴れて帰つてくれないか』 照彦『神の言葉に二言はない。左様なら』 と、またもや宣伝歌を歌ひ、闇にまぎれて何処ともなく立去りにける。 駒山彦『アヽ、つまらぬ目に遇はしよつた。まるで狐に抓まれたやうな目に遇はしよつて、二人の奴、俺を置去りにして行くとは、アヽ人間も当にならぬものだ。まさかの時に自分の杖となり力となり、何処までも随いて来るものは自分の影法師ばつかりだ。その影法師さへも、闇の夜には随いて来てくれぬ。斯うなつて来ると人間も詰まらぬものだ。神の教の司と言ひながら、こんな拙ない、辛い事が世にあらうか。頼みの綱も断れ果てて、終に会うた事もない、月さへ見えぬ谷底に突き落され、地の上に坐らされて、罪滅しか何か知らぬが、蛸を釣られて居る苦しさ。ツクヅク思ひ廻らせば、日に夜に積んだ罪の酬いか。露の命を存らへて、杖も、力も、伝手も、泣く泣く苦しみ悶える浅間しさ。信心は常にせよと、毎日日日、詰めかけるやうに教へられて、漸く宣伝使になるは成つたものの、実につれない浮世だナア。強いことを言つて居つても、斯う辛うては到底忍耐れたものぢやない。アヽ、行きつきばつたりに宣伝使になつたのが、吾身の病み月で運の月かい。つくづく思案をして見れば、月に村雲花に風、尽きぬ思ひの此谷底で、虎狼の餌食になるのであらうか、アーアー』 と独言を言つてほざいてゐる。 この時闇中よりまたもや大声が何処ともなく響き来る。 駒山彦は、この谷間に百日百夜、跪坐らされ、断食の行を積み、日夜神の教訓を受け、いよいよ立派な宣伝使となつて、名を羽山津見神と改め、黄泉比良坂の神業に参加したり。而して彼照彦は、或る尊き神の分霊にして、後には戸山津見神となりたり。 (大正一一・二・一四旧一・一八河津雄録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 20 心の鏡 第二〇章心の鏡〔四一三〕 六月十三夜の皎々たる月光に照されて、三人の松、竹、梅の娘、顔の皮膚滑らかに潤ひのある眦、柳の眉、紅の頬、雪の肌、殊更目立ちて麗しく、三五の明月か、冬の夜の月を宿した積雪か、桃か桜か白梅か、丹頂の鶴の掃溜に下りて遊ぶが如き、得も言はれぬ崇高な面容である。三柱の女神は舷頭に立ち、海面に向つて拍手しながら声しとやかに歌ふ。 松、竹、梅『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せこの世を造りし皇神の 厳の御息に生れたる青人草は神々の 鎮まりいます生宮ぞ人の霊魂は初めより 曇り穢れしものならず清き尊き天地の 御息を受けて神の子と生れ出でにしものなれば いとも広けき御心に万の罪を宣り直し 助け給へや天津神国津御神や百の神 琴平別の大神よ海より深き罪咎を 赦して神の船に乗せ花咲き匂ふ高砂の 島根に救ひ給へかし心の浪も治まりて 罪を悔いたる虎公の心の空は真寸鏡 光りも清き月照彦の神の心に見直して 身魂を救へ照彦の清き身魂に立て直し 海に落ちたる熊、虎の二人の御子を救ひませ 二人の御子を救ひませ三五教は現世の 穢れを清め人草の悩みを救ふ神の道 鳥はまだ愚虫族までも御恵みの 教の露に霑ひて天地四方の海原も 清めて澄ます神心大御心の幸はひに 助け給はれ貴の御子憂瀬に沈む人々の 身体の穢れと村肝の心の塵を吹き払ひ 朝日も清くテルの国夜なきヒルの国原に 月日の光隅もなくアタルの港へ救ひませ アタルの港へ救ひませ』 と歌ひ神言を奏上し、再びもとの座に帰りぬ。船中にはヒソビソと雑談がまた始まる。 甲『今の神懸りや歌の心を何と思ふか。実に恐ろしいやうな、有難いやうな、結構なことだのう。俺はモウあの神懸りの言葉を聞いて、一つ一つ身にこたへて、自分が叱られた様な気がしたよ』 乙『さうだな、俺らも同じ事だ。虎公とか言ふ悪人ばかりぢやない。胸に手を置いて考へて見ると、吾々の腹の中にも悪い奴が居つて、暗々裡に罪の方へ罪の方へと引張つて行かるる様な気がしてならぬワ』 丙『ヤ、誰しも蓋をあけたらチヨボチヨボだよ。虎公のやうに露骨に悪をやるか、やらぬかだけのものだ。善人らしい蚤一つ殺さぬやうな優しい顔した奴の中に却て悪い奴があるものだ。人間から悪人ぢや悪人ぢやと嫌はれる者に却て善人があつたり、聖人君子を気取つて、世の中の人に賢人ぢや、善人ぢやと持て囃される人間の中に却て悪人があるものだ。悪魔と言ふものは善人の身体を容器にして化けて悪い事をやるものだよ。之だけ悪の九分九厘まで栄えた世の中の人間に褒めらるる者はきつと悪人だ。彼奴は悪い奴だと世の中から攻撃される人間に真実の善人があるものだ。あの虎公と言ふ奴は随分名高い悪人だが、真実の彼奴の性来は善人だと見えて、悔悟の念に堪へ兼ね、大切の生命を捨てたぢやないか。人間は矢張り神の子だ、「鳥の将に死なむとするやその声悲し。人の将に死なむとするやその言良し」と言ふ。吾々も一時も早く心の雲を取り払つて、今夜の月の様な美しい心になつて世の中を渡りたいものだなア』 丁『然し、この頃は妙な事があるぢやないか、アリナの滝の水上に大きな巌窟があつて、そこには鏡の池とやら言ふ不思議な池が出来たと言ふ事だ。其処へ三五教の宣伝使狭依彦とか言ふ妙な面した男がやつて来て、数多の人間に洗礼を施してゐるさうなが、そこで洗礼を受けた者は、みな立派な人間になつて悪い事もせず、喧嘩もなし、盗人も這入らず、戸締りもせずとも夜は安楽に眠れるやうになつたと言ふ事だよ。吾々も一度洗礼を受けたいと思つて居るのだ。さうした処が今度、またヒルの国の玉川の滝に偉い宣伝使が現はれたと言ふ事だよ。その滝にも滝の傍に妙な洞穴があつて、神様がものを言つて何かの事を聞かして下さるさうだ。俺はそこへ一遍参らうと思つて来たのだが、お前らも何なら一緒に行かうではないか』 甲『さうか、そんな事があるのか。実は吾々は、その狭依彦と言ふ宣伝使に洗礼を受けたのだ。今までは随分大酒も飲み喧嘩もし、人を泣かした事も沢山あつたが、あの鏡の池の中から妙な神さまの声が聞えて、吾々の今までやつて来た事を素破抜かれた時の恐ろしさと言つたら、思ひ出しても身の毛がよだつやうだ。それから宣伝使の洗礼を受けて家内中睦じう暮し、村の人からも今は重宝がられる様になつたのも、全く神様の御蔭だよ』 乙『それは結構だが、あの虎公は如何なつたであらうか。今三人の綺麗な宣伝使がお祈りになつたから、神様は至仁至愛だから助けて下さるではあらうが、真実に可哀さうだなア』 丁『それは心配するには及ばぬよ、改心した者はきつと神様が助けて下さる。まあアタルの港へこの船が着く時分には、チヤンと竜神さまに助けられて波止場に「皆さま、お先に失礼しました」と言ふ様な調子で待つてゐるだらう』 丙『そんなうまい事があらうかなア。若しも二人が助かつて居る様な事だつたら、吾々は村中あの宣伝使の教に従つて仕舞はう』 甲乙丙丁はヒソビソと、神徳の話を語つてゐる。珍山彦は無言のまま、四人の話をニコニコとして聞いて居た。 アタル丸は漸うにして、翌日の五つ時にアタルの港へ安着した。波止場には虎公、熊公が立つてこの船を待ち迎へて居る。 (大正一一・二・一五旧一・一九北村隆光録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 29 九人娘 第二九章九人娘〔四二二〕 十六夜の初冬の月は、御空に皎々と輝いてゐる。 春山彦の門前には、照山彦、竹山彦の二人が数多の家来を引き連れ、突棒、刺股、十手、弓矢を携へながら、門戸を押し破り進み来たり、大音声。 照山彦、竹山彦『春山彦は在宅か』 と呼ばはるにぞ、春山彦は静かに門の戸を押開き、 春山彦『これはこれは、何方かと思へば照山彦、竹山彦の御両所様、数多の供人を引き連れ、この真夜中に、よくもよくも御入来下さいました』 照山彦『オー、今日はよく来たのではない。照山彦は汝の為には悪く来たのだ。気の毒ながら今日の役目、申し渡す仔細がある、奥へ案内を致せ』 春山彦は二人を導き一間に入る。竹山彦は数多の部下に向ひ、 竹山彦『その方共はこの館を取り巻けよ。必ずともに油断を致すな』 と言ひ置いて正座になほるを春山彦は、 春山彦『貴方は鷹取別の神の御家来、この真夜中に何御用あつてお越しになりました。御用の次第を仰せ聞けられ下さいますれば有難う存じます』 照山彦は威儀を正し、春山彦をグツと睨めつけ、 照山彦『吾々が今日参つたのは余の儀ではない。その方はこのはざまの国の目付役を致しながら君命に背き、三五教の宣伝使、松、竹、梅の三人を密かに隠匿ひ置くと聞く。この里人の密告によつて、確かな証拠が握つてある以上は、否応は言はれまい。ジタバタしてももう敵はぬ。百千万言の言ひ訳も、空吹く風と聞き流すこの照山彦だ』 竹山彦は威儀儼然として、 竹山彦『かうなつた以上は百年目だ、一時も早く三人の女をこの場へ引摺り出して渡さばよし、何の彼のと躊躇に及ばば、汝も諸共引き縛つて常世の国に連れ帰り、拷問を致してでも白状させる。サア春山彦、返答は何うだ』 春山彦『これはこれは、寝耳に水の鷹取別の御仰せ、モウかうなる上は是非に及ばぬ。可愛らしい天にも地にもかけ替へのない吾三人の娘……イヤ娘のやうに可愛がつて居る三人の宣伝使をこれへお渡し申す。それについても種々の仕度もござれば、半刻ばかりの御猶予をお願ひ致します』 照山彦『イヤ、その手は喰はぬ。ゴテゴテと暇取らせ、風を喰つてこの家を逃げ失せる汝の企み、屋敷の廻りには数百人の配下をつけて置いたれば、蚤の飛び出る隙もない。キリキリチヤツと渡したが為であらうぞよ』 竹山彦『イヤ、照山彦殿、仰せの如くもはや遁走の憂ひもなければ、半刻ばかりの猶予を与へ、吾々はここに休息して待つことに致さう、竹山彦がお請合申す』 照山彦『しからば半刻の猶予を与ふる。その間に三人の宣伝使をこれへズラリと引き出せよ』 春山彦は胸に鎹打たるる心地。 春山彦『承知いたしました』 と落つる涙をかくしつつ、この場を悠然として立去り、別殿に進み入る。妻の夏姫は様子如何にと案じ煩ふ折りしも、春山彦の常ならぬ顔を見て、 夏姫『思ひがけなき夜中のお使者、様子は如何でございますか』 春山彦は吐息をつきながら、 春山彦『女房、汝に一生の願ひがある。聞いては呉れようまいかなア』 夏姫『これは又、あらたまつたお言葉、夫の言葉を女房として、どうして背きませう。何なりと叶ふ事ならば仰せ付け下さいませ』 春山彦『オー夏姫、よく言うて呉れた。夫婦の者が長の年月、蝶よ花よと育て上げた秋月姫、深雪姫、橘姫の三人の生命を与れよ』 夏姫『エヽ』 春山彦『返事がないは、否と申すのか。野山の猛きさへも、子を思はざるものがあらうか。焼野の雉子、夜の鶴、朝な夕なに、蝶よ花よと育て上げ、莟の花の開きかけたる、月雪花の三人の娘をば、宣伝使の身代りに立てたいばかりの夫が頼み、どうぞ得心して呉れ。わが三人の娘は世界の為には働きの出来ぬお嬢育ちに引き代へて、珍の都にまします正鹿山津見の神の御娘子は天下の宣伝使となつて衆生済度を遊ばす、その清き御志、思へば思へば、これがどうして鷹取別に渡されようか。今まで尽した親切が却つて仇となつたるか。あゝどうしたらこの場の苦しみを免れる事が出来ようぞ。サア夏姫返答を聞かして呉れよ』 夏姫はさし伏向いて何の応答もなく涙を袖に拭ふのみ。 この時一間を開けて現はれ出でたる三人の娘は、知らぬ間に宣伝使の服を着け、 月、雪、花『お父さま、お母さま、吾々姉妹三人は宣伝使の御用に立つて、常世の国に引かれて参ります。老少不定は世の習ひ、随分まめで暮して下さいませ』 と袖に涙をかくして、畳に手をつき頼み入る。 春山彦夫婦は一目見るより吾子三人の決心に感じ入り、一度にワツと泣かむとせしが、待て暫し、聞えては一大事と、涙をかくす苦しさ。 かかる処へ松竹梅の宣伝使現はれ来り、 松、竹、梅『委細の様子は残らず聞きました。海山の御恩を蒙りて、まだその上に勿体なや、天にも地にもかけ替へのない可愛い三人の娘子を身代りに立てて、妾達を助けて遣らうとの思召は、何時の世にか忘れませう。あゝそのお心は千倍にも万倍にも受けまする。三人の娘子様、よくもそこまで思うて下さいました。併しながら吾々は、人を助ける宣伝使の役、卑怯未練にも敵を詐つて替へ玉を使ひ、三人の娘子を敵に渡すといふ事が、どうして忍ばれませうか。その御親切は有難うございますが、かへつて吾々の心を痛めます。大事の娘子を身代りに立てさして、吾々三人はどうしておめおめとこの世に生きて居られませうか。どうぞこればかりは思ひ止まつて下さいませ。わらは達は天晴れと名乗つて参ります』 と先に立つて松竹梅の三人は、照山彦の居間に行かむとするを、親子五人は宣伝使に縋りつき、春山彦はあわてて、 春山彦『マア待つて下さいませ。折角の娘が志、あなたは神様の為にこの世を救はねばならぬお役。その身代りに立つた娘は、まことに光栄の至り、喜んで身代りに立たしていただきます。どうか娘の志を叶へさして下さいませ』 と頼み入る。 照山彦は大音声、 照山彦『アイヤ春山彦、時が迫つた。早く宣伝使をこの場へ連れ出せ。何をぐづぐづ致して居るか』 と呶鳴り声。 春山彦『ハイハイ、暫くお待ち下さいませ。今直に参ります』 竹山彦『何をぐづぐづ埒の明かぬこと。早く三人をこれへ出せ』 春山彦は是非もなく、二人の前に立現はれ、 春山彦『只今これへ連れ参ります。よく御実検下さいませ』 竹山彦『オー、早く出せ。ここの家には秋月姫、深雪姫、橘姫の三人の娘があると云ふ事は聞いてゐる。その娘の顔をよく見知つたる竹山彦、身代りを出さうなどと量見違ひいたして、あとで吠面をかわくな』 春山彦は進退これ谷まり、如何はせむと心の中に、 春山彦『野立彦命、野立姫命、木花姫命守らせ給へ』 と一生懸命に念じ入る。松竹梅の宣伝使はこの前に現はれ、 松、竹、梅『オー照山彦、竹山彦の御使とやら、妾は三五教の宣伝使、昔はヱルサレムに於て時めき渡る天使長桃上彦命の娘と生れた、松代姫、竹野姫、梅ケ香姫の、今は天下の宣伝使、わが顔をよく検めて一時も早く連れ帰り、常世神王の前に手柄をいたされよ。ヤー、春山彦、汝の志、何時の世にかは忘れむ。妾三人は今捕はれて常世の国に到ると雖も、尊き神の御恵みにて、再び御目にかかることもあらむ。親子夫婦むつまじく達者に暮して下されませ』 春山彦は涙を拭ひながら、 春山彦『これはこれは勿体なき宣伝使のお言葉、どうぞ御無事で帰つて下さいませ』 照山彦『エー、グヅグヅと、何をベソベソ、早くこの場を立ち去らぬか。竹山彦殿、よく調べられよ』 竹山彦は三人の顔をトツクと眺め、 竹山彦『オー、これは秋月姫でもない、深雪姫でもない、また橘姫でもない。擬ふ方なき松竹梅の宣伝使にきまつた。アイヤ、春山彦、今日までこの三人の宣伝使を隠匿うた罪は赦して遣はす。今後は気をつけて再びかやうな不都合な事はいたすでないぞよ』 と、三人の宣伝使を無理矢理に駕籠に乗せ、大勢の家来に兒がせながら、凱歌を奏して帰り行く。 春山彦、夏姫は、ワツとばかりに声を張りあげ泣き伏す。この声に驚いて、月、雪、花の三人の娘と、松、竹、梅の宣伝使は、この場にあわただしく走せ来り、 月、雪、花『オー、父上、母上』 松、竹、梅『春山彦どの、夏姫様』 と声かけられて夫婦は頭を上げ、ハツとばかりに二度吃驚、夢か現か幻か、合点ゆかぬと夫婦は顔を見合せ、思案に暮れゐたる。 あゝ今引かれて行つた松竹梅の宣伝使は、何神の化身なるか、いぶかしき。 (大正一一・二・一六旧一・二〇東尾吉雄録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 28 言霊解二 第二八章言霊解二〔四五八〕 『次に投棄つる御裳に成りませる神の御名は、時置師神』 御裳の言霊、モは下である。平民教育の意味であり、社交的言辞の意である。 時置師神は、小説や演劇や歌舞や芸技や俗歌等の頭株と言ふ事である。是も根本的に革正さるると言ふ事で、御裳に成る神を投棄て玉ふと言ふ事であります。 『次に投棄つる御衣に成りませる神の御名は、和豆良比能宇斯神』 御衣の言霊は、身の家と云ふ事である。人の肉体は霊魂の住所であり御衣であります。薬浴防棄避の五種の医術も、皇国医法に適せず、治病の効なく、却て害毒となるを以て、現代の医法を廃し玉ふと云ふ事で、御衣を投棄て玉ふと曰ふ事である。ワヅラヒノウシ神とは、病み煩ひを癒す神と曰ふ事である。凡て医術薬法の、皇国の神法に背反せる事を看破して、根本的革正し玉ふために、御衣を投げ棄て玉うたのであります。現代の西洋医学も漢法医も、之を廃して神国固有の医学を採用せなくては成らぬやうに成つて来て居るのと同じ事であります。 『次に投げ棄つる御褌に成りませる神の御名は道俣神』 御褌の言霊は、走り駆り廻ると云ふ事で、要するに交通機関や通信機関を指してハカマと言ふのである。今日の汽車は、危車となり鬼車となり、電車、自動車、汽船、飛行船、郵便、電信、電話等も大に改良すべき必要がある。要するに従来の交通や通信機関に対して根本的革正の要あり、故に一旦現代の方法を大変更すべき事を、御褌を投棄つると曰ふのであります。 道俣神とは、鉄道や航路や道路の神と云ふ事である、交通と通信機関の四通八達せる状況を指して道俣と云ふのである。日本にすれば、現今の鉄道や道路や郵便や電信なぞも、大々的に改良せなくては成らぬやうになつて居る。是を拡張し以て国民の便利を計らねばならぬ今日の現状であるのと同じ事であります。 『次に投げ棄つる御冠に成りませる神の御名は飽咋之宇斯神』 右の言霊は、三公とか、公卿とか、殿上人とか、神官とか言ふ意味である。今日の世で曰へば、華族とか、神官とか、国務大臣とか、高等官とか曰ふ意味である。是も断乎として改善すると言ふ事が御冠を投げ棄つると言ふ事である。現代は実に一大改革を必要とする時期ではありますまいか。 『次に投げ棄つる左の御手の手纒に成りませる神の御名は、奥疎神、次に奥津那芸佐毘古神、次に奥津甲斐弁羅神』 左の御手と言ふことは、左は上位であり官である。奥疎神は陸軍である。奥津那芸佐毘古神は海軍である。奥津甲斐弁羅神は陸海軍の武器である。従来の軍法戦術では到底駄目であるから、大々的改良を加へ、神軍の兵法に依り、細矛千足国の実を挙ぐ可く執り行う為に、左の御手の手纒を投棄て玉ふのであります。 『次に投げ棄つる右の御手の手纒に成りませる神の御名は、辺疎神、次に辺津那芸佐毘古神、次に辺津甲斐弁羅神』 右は下であり民であり地である。辺疎神は農業である。辺津那芸佐毘古神は工商業である。辺津甲斐弁羅神は農工商に使用すべき機械器具である。是も一大改良を要するを以て、従前の方針を変革する事を、右の御手の手纒に成りませる神を、投げ棄て玉ふと言ふのであります。 『右の件、船戸神より以下辺津甲斐弁羅神以前、十二神は身に着ける物を脱ぎ棄て玉ひしに由りて生りませる神なり』 右の十二神は、黄泉国如す醜穢き国と化り果てたるを、大神の大英断に由りて、大々的改革を実行され、以て宇宙大修祓の端緒を開き給うた大神業であります。 『於是上瀬は瀬速し、下瀬は瀬弱しと詔ごちたまひて、初めて中瀬に降潜きて滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、八十禍津日神、次に大禍津日神、此二神は、其の穢き繁国に到りましし時の汚垢に因りて成りませる神也』 上瀬とは現代の所謂上流社会であり、下瀬は下流社会である。上流社会は権力財力を恃みて容易に体主霊従の醜行為を改めず、却て神諭に極力反抗するの意を『上瀬は瀬速し』と言ふのである。下流は権力も財力もなく、なにほど神諭を実行せむとするも、其日の生活に苦しみ且つ権力の圧迫を恐れて、一つも改革の神業を実行するの実力なし。故に『下瀬は瀬弱し』と言ふのである。そこで大神は中瀬なる中流社会に降り潜みて、世界大修祓、大改革の神業を遂行したまふのである。中流なれば今日の衣食に窮せず、且つ相当の学力と理解とを有し、国家の中堅と成る可き実力を具有するを以て、神明は中流社会の真人の身魂に宿りて、一大神業を開始されたのであります。 大神が宇宙一切の醜穢を祓除し玉うた時に出現せる神は、八十禍津日神、つぎに大禍津日神の二神であります。人は宇宙の縮図である。世界も人体も皆同一の型に出来て居るのであるから茲に宇宙と云はず、伊邪那岐大神の一身上に譬へて示されたのである。故に瑞月亦之を人身上より略解するを以て便利と思ふのであります。 八十禍津神は、吾人の身外に在りて吾人の進路を妨げ且つ大々的反対行動を取り、以て自己を利せむとするの悪魔である。現に大本に対して種々の中傷讒誣を敢へてし、且つ書物を発行して奇利を占めむとする三文蚊士の如きは、所謂八十禍津神であります。之を国家の上から言ふ時は、排日とか排貨とか敵国陸海軍の襲来とかに当るのである。この八十禍津神を監督し、制御し、懲戒し玉ふ神を八十禍津日神といふのであります。日の字が加はると加はらざるとに依つて、警官と罪人との様に位置が替るのであります。大禍津神は吾人の身魂内に潜入して、悪事醜行を為さしめむとする悪霊邪魂である。色に沈溺し、酒に荒み、不善非行を為すは皆大禍津神の所為であります。 之を国家の上に譬へる時は、危険思想、反国家主義、政府顛覆、内乱等の陰謀を為す非国民の潜在し、且つ体主霊従同様の政治に改めむとする、悪逆無道の人面心的人物の居住して居る事である。之を討伐し懲戒し警告するのは大禍津日神であります。 正邪 八十禍津日神八十禍津神 大禍津日神大禍津神 (大正九・一・一五講演筆録外山豊二)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 30 言霊解四 第三〇章言霊解四〔四六〇〕 『次に水底に滌ぎ玉ふ時に成りませる神の御名は、底津綿津見神、次に底筒之男命、中に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、中津綿津見神、次に中筒之男命、水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、上津綿津見神、次に上筒之男命、此三柱の綿津見神は阿曇の連等が祖神ともち斎く神なり、故阿曇の連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金拆命の子孫なり。其底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命、三柱の神は墨江の三前の大神なり』 水底の言霊を一々解釈する時は、 ミは形体具足成就也。充実也。天真也。道の大本也。肉体玉也。 ナは万を兼統る也。水素の全体也。思兼神也。顕を以て幽を知る也。行き届き居る也。 ソは心の海也。金剛空也。臍也。⦿を包み居る也。無限清澄也。 コは天津誠の精髄也。全く要むる也。一切の真元と成る也。親の元素也。劣り負くる也。 要するに水底は、海の底とか河の底、池の底なぞで、水の集合したる場所である。水は総てのものを養ひ育て、生成の功を為し、且つ又一切の汚物と混交して少しも厭はず、万物の汚穢を洗滌し、以て清浄ならしむるものは水ばかりである。又水は低きに向つて流れ、凹所に集まり、方円の器に従ひ、以て利用厚生の活用を為すもので、宇宙間に於て最も重要なる神器であります。火の熱にあへば、蒸発して天に昇り、雲雨となりて地上一切を哺育す。斯の如き活用ある神霊を称へて、水の御魂と申上げるのである。 ミは形体具足成就して、一点の空隙なく、随所に充満し、天真の侭にして少しも争はず、生成化育の大本をなし、人身を養ひ育て、玉と成るの特性を保ち、ナは万物を統御し、有形を以て無形の神界を探知し、思兼の神となりて世を開き治め、上中下共に完全に行き届き、ソは精神の海となりて神智妙能を発揮し、臍下丹田よく整ひて事物に動ぜず、限りなく澄み切りて一片の野望なく、利己的の行動を為さず、⦿の尊厳を発揮し、コは天津誠の真理を顕彰して[※御校正本・愛世版では「ミは形体具足成就して(中略)万物を統御し(中略)精神の海となりて(中略)天津誠の真理を顕彰して」になっている。校定版・八幡版ではナ、ソ、コを付加して「ミは形体具足成就して(中略)ナは万物を統御し(中略)ソは精神の海となりて(中略)コは天津誠の真理を顕彰して」になっている。その方が意味が分かりやすいので、霊界物語ネットでもそのように直した。]親たるの位を惟神に保ち、生類一切の真元と成りて、全地球を要むるの神力霊能を具有するも、和光同塵、以て時の致るを待ちて、天にのぼる蛟竜の如く、時非なる時は努めて自己の霊能を隠伏し、劣者愚者弱者にも、譲りて下位に立ち、寸毫も心意に介せざる大真人の潜居せる低所を指して水底と云ふのであります。アヽ海よりも深く山よりも高き、水の御魂の一日も速く出現して、無明常暗の天地を洗滌し、以て天国極楽浄土の出現せむ事を待つ間の長き鶴の首、亀も所を得て水底より浮び上るの祥瑞を希求するの時代であります。 綿津見の神の言霊解 ワは輪にして筒の体である。紋理の起りである。親子である。世を知り初むる言霊である。物の起りにして人の起りである。締寄する言霊である。順々に世を保つ言霊である。子の世にして親の位を践む言霊であります。 タは対照力である。東は西に対し、南は北に対し、天は地に対し、生は死に対する如きを対照力と云ふのであります。 ツは大金剛力である。強く続き、実相真如、之をツと言ふのである。又応照応対力対偶力であり、産霊の大元であり、平均力の極であり、霊々神々赫々として間断なく、大造化の力にして、機臨の大元であり、速力の極であります。 ミは水であり、身であり、充ち満つるの意にして、惟神大道のミチであります。 以上の四言霊を以て思考する時は、実に無限の神力を具備し、円満充全にして、天下の妖邪神を一掃し、所在罪悪醜穢を洗滌し玉ふ威徳兼備の勇猛なる五六七の大神の御活動ある神である事が分明するのであります。 筒之男命 ツツノオの言霊は、大金剛力を具有し、以て正邪理非を決断し、水の元質を発揮して、一切の悪事を洗ひ清め、霊主体従日本魂の身魂に、復帰せしめ玉ふてふ神名であります。茲に底中上の神と命とが区別して載せられて在るのは、大に意味のある事である。古典は霊を称して神と言ひ、体を称して命と言ふ。神とは幽体、隠身、即ちカミであつて、命とは体異、体別、即ち身殊の意味である。後世の古学を研究するもの、無智蒙昧にして、古義を知らずに神と命を混用し、幽顕を同称するが故に、古典の真義は何時まで研究しても、分つて来ないのであります。又底とは最も下級の神界及び社会であり、中とは中流の神界及び社会であり、上とは上流の神界及び社会を指すのである。故に綿津見神は底中上の三段に分れて、神界の大革正を断行し玉ひ、筒之男命は、同じく三段に分れて、現社会の大革正を断行し玉ふ御神事であります。大本神諭に『神の世と人の世との立替立直しを致すぞよ』とあり、亦『神、仏儒人民なぞの身魂の建替建直しを致す時節が参りたから、艮の金神大国常立尊が、出口の神と現れて、天の御三体の大神の御命令通りに、大洗濯大掃除を致して、松の世五六七の結構な世にして上中下三段の身魂が揃うて、三千世界を神国に致すぞよ』と示されてあるのも、斯の三柱の神と、命との御活動に外ならぬのであります。 現代の如く世界の隅々まで面白からぬ思想が勃興し、人心は日に月に悪化し、暴動や爆弾騒ぎが相次いで起り天下は実に乱麻の如き状態である。斯かる醜めき穢き国になり果てたる以上は、どうしても禊身祓の大々的御神業が開始されなくては、到底人間の智力、学力、武力などで治めると云ふことは不可能であります。八十曲津神、大曲津神の征服は絶対無限の金剛力を具有し玉ふ神剣の発動、即ち神界の大祓行事に待たなくば、障子一枚侭ならぬ眼を有て居る如うな人間が何程焦慮して見た所で、百日の説法屁一つの力も現れないのである。是はどうしても神界の一大権威を以て大祓を遂行され、日本国体の崇高至厳を根本的に顕彰すべき時機であつて、実に古今一轍の神典の御遺訓の、絶対的神書なるに驚くのであります。 神界の権威なる、宇宙の大修祓は人間としては不可抗力である。由来天災地妖の如きは、人間の左右し得るもので無いと、現代の物質本能主義の学者や世俗は信じて居るが、併しその実際に於ては、天災地妖と人事とは、極めて密接の関係が有るのである。故に国家能く治平なる時は、天上地上倶に平穏無事にして、上下万民鼓腹撃壤の怡楽を享くるのは天理である。地上二十億の生民は、皆悉く御皇祖の神の御実体なる、大地に蕃殖するものであるが、この人間なるものは、地上を経営すべき本能を禀け得て生長するのである。然るに、万物の霊長とまで称ふる人間が吾の天職をも知らず、法則をも究めずして、日夜横暴無法なる醜行汚為を敢行しつつあるは、実に禽と何等択ぶ所は無いのである。全体宇宙は天之御中主神の御精霊体なる以上は、地上の生民等が横暴無法の行動によつて、精神界の順調も、亦乱れざるを得ない次第である。要するに天災地妖の原因結果は、所謂天に唾して自己の顔面に被るのと同一である。人間を始め動物や植物が、天賦の生命を保つ能はずして、夭死し或は病災病毒の為に、変死し枯朽する其の根本の原因は、要するに天則に違反し、矛盾せる国家経綸の結果にして、政弊腐敗の表徴である。現時の如く天下挙つて人生の天職を忘却し、天賦の衣食を争奪するが為に営々たるが如き、国家の経綸は実に矛盾背理の極である。皇国は世界を道義的に統一すべき、神明の国であつて、決して体主霊従的の経綸の如く、征服とか占領とかの、無法横暴を為す事を許さぬ神国である。皇典古事記の斯の御遺訓に由り奉りて、国政を革新し、以て皇道宣揚の基礎を確立し、以て皇祖天照大神の御神勅を仰ぎ、以て世界経綸の発展に着手すべきものなる事は、艮の金神国常立尊の終始一貫せる御神示であります。 (大正九・一・一五講演筆録谷村真友)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 32 土竜 第三二章土竜〔四六二〕 海月なす漂ふ国を真細さに固め成したる伊邪那岐の 皇大神は日の国の元津御座に帰りまし 神伊邪那美の大神は月の御国に帰りまし 速須佐之男の大神は大海原の主宰神と定め給ひて 伊都能売の神の霊の木之花姫日の出神に現界、幽界、神の界を 守らせ給ひ天地は良く治まりて日月は 清く照り渡り風爽かに雨の順序も程々に 栄えミロクの御代となり天津神等八百万 国津神等八百万百の民草千万の 草木に至るまで恵みの露に潤ひて 歓ぎ喜ぶ其声は高天原に鳴り響く 芽出度き神世となりにけり黄泉軍の戦争に 八十の曲津は消え失せて此世を造りし神直日 心も広き大直日直日に見直し聞き直し 互に睦み親しみて天の下には争闘も 疾病も老も死も無くて治まりけるも束の間の 隙行く駒の此処彼処荒振る神の曲津見は 八岐大蛇や醜の鬼醜の狐の曲業の おこり来りて千早振る神の御国を撹き乱し 世人の心漸くにあらぬ方にと傾きて 乱れ騒ぐぞ由々しけれ恵みも深き皇神の 誠の光に照らされて常世の国の自在天 大国彦や大国姫の命は畏くも魂の真柱樹て直し 任のまにまに黄泉国常世の国に留まりて 四方の神人守れども常世の彦や常世姫 神の末裔なるウラル彦ウラルの姫は懲りずまに 盤古神王と詐りてウラルの山の麓なる アーメニヤの野に都を構へ探女醜女と諸々の 八十の曲津を引寄せて又もや此世を乱し行くこそ是非なけれ。 闇を照す東雲別の宣伝使、東彦は石凝姥神となつて、アルタイ山の麓の原野に進み行く。ここには可なり大きな川が流れて居る。之を宇智川と謂ふ。此川を渡るもの、百人の中ほとんど九十九人まで生命をとらるるので、一名死の川又は魔の川と称へて居る。石凝姥神はアーメニヤに宣伝を試みむとし、アルタイ山を越え、クスの原野を渉り、アカシの湖、ビワの海を渡つてコーカス山の南麓を通り、アーメニヤに行かむと行を急ぎける。 石凝姥神は漸う此魔の川の辺に着いた。橋も無ければ舟も無い。加ふるに濁流が漲つて居る。偶上流より巨大なる材木が続々として流れ来り、川に横たはり、自然に浮橋が出来た。この時四五の男は川辺に立ち此光景を眺めて話に耽り居たり。 甲『此川は何時も泥水が流れ通しで、向ふへ渡らうと思へば誰も彼も川の真中で皆生命をとられて仕舞ふのだが、今日は又珍らしい材木が沢山に流れて来よつて、自然の橋が出来たがどうだらう。吾々も三年前にあの橋が出来て、こちらに良い果物があるのを幸ひに漸う渡つたと思へば橋は流れて仕舞ひ、帰る事は出来なくなつて、もう一生川向ふの吾家には帰る事はあるまいと覚悟して居たのに、今日は又如何した事か、橋が架かつた。此機を幸ひに帰らうぢやないか』 乙『まア待て、一つ思案せなくてはならぬ。大切な、一つより無い生命だ。魔の川の藻屑になつても困るからのう』 丙『何、構ふものかい。恋しい女房や兄弟が心配して待つてゐるから、運を天に任して一つ渡つて見ようかい』 丁『何でも此水上にウラル彦の家来の悪神が居つて、三五教の宣伝使とやらが此川を渡らぬ様に魔神が守護して居ると云ふ事だよ。吾々はウラル教でもなければ、三五教でもない。いろいろの神さまが現はれて、両方から喧嘩をなさるものだから、吾々の迷惑此の上なしだよ』 甲『オー、其三五教で想ひ起したが、ウラル彦の神とやらが、三五教の宣伝使が来たら、引攫へてアルタイ山の砦まで引立てて来い。さうすれば此川に橋を架けてやる。そして沢山の褒美を与るとの事だから、こんな処へ三五教の宣伝使が来よつたら、それこそ引捉まへて一つ手柄をしようぢやないか』 乙『そんな都合の良い事があれば結構だが、吾々の様な賓頭盧型では、到底思ひも寄らぬ事だ。三年も斯うして川を隔てて、棚機さまでさへも年に一度の逢瀬はあるに、永い間川を隔てて互に顔を見乍ら、侭ならぬ憂目に遭うて居る様な不運な者だから、そんな事はまア孫の代位には会ふかも知れぬよ』 斯く語り合ふ処へ何気なく石凝姥神は、三五教の宣伝歌を歌ひ乍ら進み来る。一同は此声に耳をすませ頸を傾け、 甲『オー、噂をすれば影とやら、呼ぶより誹れとは此事だ。三五教の宣伝使の歌らしい。オイオイ皆の奴、此川辺の砂の中へ体躯をスツカリ匿して首だけ出して、様子を考へて見ようかい』 一同は灰の様な軽い柔かい砂の中へ、首から下をスツカリ隠して仕舞ひ、俯伏になつて宣伝歌を聞いて居る。石凝姥神は何気なく此川辺に進み来り、川の面を見れば、沢山の材木が横倒れになつて自然の橋を架けてゐる。 石凝姥神『ホー、神様の御恵と言ふものは結構なものだナア。実は此宇智川は死の川とか魔の川とか謂つて到底渡る事が出来ない。此川を首尾克く渡るものは百人に一人より無いと云ふ事を聞いて居たが、今日は又、何と云ふ都合の好い事だらう。之も全く三五教の神の御守護だ。アヽ之を思へば前途の光明は赫々として輝き渡る様な思ひがするワイ。何は兎もあれ広大無辺の神恩を感謝する為めに、此処で一つ神言を奏上し、宣伝歌を潔く歌つて渡る事にしよう』 と独語ち乍ら神言を奏上し始むる。 日は西山に傾いて川水に光を投げて居る。祝詞の声始まると共に、附近の川辺から呻き声聞え来る不思議さ。 石凝姥神は不図声する方を眺むれば、四五の黒い円いものが何だかウンウンと呻いてゐる。 石凝姥神『ホー、此奴はウラル彦の部下の魔神の所作だナア。大方悪魔が化けてゐるのだらう。何だ西瓜畑の様に……黒い、円いものがウンウンと呻き出したぞ。どれ一つ正体を見届けてやらうか』 と膝を没する柔かき砂原に足を向け、黒い円い塊を掴んで見れば、土人の首である。見れば眼をギヨロギヨロさせ口を開けて、 土人の一人『アヽヽア、お前は三五教の宣伝使か、此川は魔の川と謂つて渡るものは皆生命が無くなるのだ。三五教がある為めに此土地の人民はどれだけ苦労するか知れやしない。之から吾々が寄つてたかつて、お前を引捉まへてアルタイ山の魔神の砦に連れて行くから覚悟をせい。斯う橋が架つた様に見えても此橋は化物だ。吾々も向ふ岸に帰りたいのだが土産が無ければ渡る事は出来ぬ。オイ皆の者、出て此奴を引捉まへて呉れ。俺の頭の毛を引掴へよつて離さうとしよらぬので如何する事も出来やしない』 此声に四人の頭は俄に砂よりムツクと姿を現し、前後左右より石凝姥を取り囲む。 一同『ヤア、待ちに待つたる三五教の宣伝使、さア尋常に手を廻せ』 石凝姥神『貴様等は一体何だ、砂の中に住居を致す人間か。オチヨボ虫かベンベコ虫の様な奴だなア。斯んな馬鹿な態をすな。此方は三五教の宣伝使だ。此川を渡つてアーメニヤに進み、ウラル彦の悪神を平げてお前等の難儀を救うてやるのだ。心配致すな』 一同『板すなも糞もあるものかい、砂の中を自由自在に潜る此方だ。弱い奴は引捉まへてウラル彦の神に奉り御褒美を頂戴致す積りだが、万々一お前が手に負へぬ剛の者なら、俺等は砂の中を潜つて隠れるから、如何する事も出来やせぬぞ』 石凝姥神『何だ、貴様は土竜か、火鼠か、蚯蚓の様な奴だな。砂を潜る、それは面白い。一遍その芸当を旅の慰めに見せて呉れないか。素直に砂くぐりを致せ。やり損なひはすな』 一同『洒落やがるない。貴様こそ素直に手を廻せ、取り損なひを致して後で、後悔すな』 と言ひ乍ら砂を掴んで石凝姥神の両眼めがけて一生懸命に投げつける。石凝姥神は目を閉ぎ乍ら思はず一人の男を手放した。五人は一度に立ち上り、 五人『さア、斯うなつてはもう大丈夫だ。早く此方の申す通りに致さぬか』 石凝姥『一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万』 五人『ヤア、こいつは堪まらぬ。頭が痛い、目が眩む、潜れ、潜れ』 と土竜の様に砂をムクムクさせ乍ら全身を隠して走り行くのが浪の様に見えて居る。石凝姥は砂を両手に握つて団子を拵へ息をふつかけると、忽ち凝結して石の玉となりける。その玉を砂の浪を目がけて、ポンポンと投げつくれば、一同の土人は堪まり兼ねてか、砂まぶれの体躯をヌツと現はし、両手を合せ、 五人『カヽヽヽ勘忍々々』 と砂上に平伏して謝り入る。 石凝姥神『オイ、土竜、許してやるから俺の前へ出て来い。何を怕ぢ怕ぢとして居るか。少しも恐い事はないぞ』 五人『ハイ、本当に、タヽヽヽ助けて貰へますか』 石凝姥神『仮りにも三五教の宣伝使たるもの、嘘偽りは少しも申さぬ。素直に此方の前に集まり来れ。良い事を聞かして与らう』 土人は恐る恐る前に集まり来り、俯伏せになり半泣きになつて居る。石凝姥は又もや宣伝歌を声爽かに歌ひ始めたり。 石凝姥神『吾は石凝姥の神ウラルの神の曲津見を 言向け和し三五の神の教に救はむと 東雲の空別け昇る東の彦の宣伝使 心も固き石凝姥神の命と現はれて 数多悪魔もアルタイの山の砦を清めむと 夜を日に次いで道の為め世人を救ふ真心に 宇智の川辺に来て見れば瓜の畑を見る如く 円い頭の此処彼処これ枉神の曲業と 川辺に下り立ち髪の毛を一寸握つて眺むれば 烏の様な黒い顔美事、目鼻も口耳も 眉毛も額も出来てゐる頭ばかりの人間が 如何して此処に住まうかと思案にくるる折柄に 土竜の様にムクムクと砂もち上げて現はれし 黒さも黒し鍋墨の様な体躯は化物か 大馬鹿者か知らねども三五教の宣伝使 召捕り呉れむと四方より吾に向つて攻め来る その有様の可笑しさに天の数歌宣りつれば 頭を抑へ目を顰め堪へ兼ねたる体たらく 吾行く道は三五の教なれどもお前等は 穴有り教か忽ちに土竜の様に穴あけて 砂に波をば立たせゐるあな面白や面白や 一つ嚇して見ようとて砂を握つて固めおき 神の御息を吹き掛けて石凝姥の玉となし 前後左右に投げやればこりや堪まらぬと各自が 生命惜しさに我を折つて素直に吾に従ひし 心の神の助け神もう之からは慎みて 決して馬鹿な真似はすな素直に心を改めよ 素直に心を改めよ』 と滑稽交りに宣伝歌を歌ひければ、五人は一斉に顔を上げ、 五人『アヽヽア、有難う御座います。もう之からスツカリと改心を致します。すなと仰有つた事はすなほに廃めまする。オイオイ皆の奴、これから素直になれよ』 石凝姥『貴様もよく洒落る奴だな、さア之から此橋を渡るのだ。お前達も俺に跟いて来い。俺が宣伝歌を歌ふ後から一緒に歌ふのだ。さうすれば無事安全に渡れるから』 甲『可愛い嬶に久し振りに御面会が叶ひますかなア』 乙『又嬶の事を言ひよるワ。渡つた上の事だ。一寸先は暗の世だよ』 石凝姥『貴様はウラル教だな』 乙『滅相な、ウラメシ教です。もう之から私も三五教になります。然し私の女房だけはあなない教にして貰つては困ります』 丙『三五教でも心配するな。矢つ張り、あな有難やアルタイ山だ』 としやれながら、石凝姥神の後に跟いて浮木の橋を西に向つて漸く渡り終りぬ。 (大正一一・二・二七旧二・一北村隆光録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 01 クス野ケ原 第一章クス野ケ原〔四六八〕 天の原澄きり渡る青雲の別の命の宣伝使 名も高彦と改めて岩戸の前にいさをしを いや永遠に建ましし天児屋根の神司 ウラルの山やアーメニヤ醜の本拠と立籠る ウラルの彦やウラル姫八十の曲津を言向けて 豊葦原の瑞穂国隈なく澄まし照さむと 黄金山を立出でて天の真名井を打渡り 波にさらはれ雨に濡れ吹きくる風に梳り 山川幾つ打越えて神の稜威もアルタイの 山より落つる宇智野川渡りてここにクス野原 一望千里の草の野に月日を重ねて進み来る。 目も届かぬ限りの薄野を分けて、ことさら寒き木枯に吹かれながら、疲れし足をとぼとぼと、虎狼のうそぶく声を目あてに、宣伝歌を歌ひながら進み行く。 日は黄昏に近づきて、夜気陰々と身に迫る。百鳥の声もピタリと止んで、猛きの声は刻々に高く聞え来たりぬ。 高彦の宣伝使は、一夜をここに明かさむと枯野ケ原を衾とし、顔に笠を蓋ひ簑を被つて睡むうち、何処ともなく胸騒ぎがして来た。フト目を開けば、見上ぐるばかりの大怪物、額の中央に鏡の如き一つ目を光らし、鼻は神楽獅子の如く、口は耳まで裂け、青藍色の面をして、高彦を睨みつけた。 高彦は仰臥せしまま黙然として一つ目の怪物を目も放たず見つめてゐた。怪物は毛だらけの真黒な手を差し伸べて、高彦の胸を一掴みにせむと迫り来る。 高彦は心静かに宣伝歌を唱へた。怪物は怪しき声を出して、前後左右にキリキリ舞ひを始めた。高彦は益々宣伝歌を高唱する。怪物は次第々々にその容積を減じ、終には白き煙の如き玉となつて次第々々に消え失せた。中空を眺むれば、怪しき黒影魚鱗の淡雲を分けて昇り行く。 高彦『あゝウラル山の鬼奴が、折角疲れを休めて好い塩梅に眠つてゐたのに、安眠の妨害を致しよつた。このクスの野は油断のできない所だと聞いてゐた。ヤア、もう少し夜が明けるのに間もあるから、モウ一と寝入りしてから行くこととしよう』 と又もやコロリと横たはり、後は白河夜船、鼾声雷の如く四辺を響かしてゐる。 この時、何者ともなく高彦の身体を目がけて、杖をもつて力限りに打つものがある。高彦は驚いてスツクと立上り、 高彦『無礼者ツ』 と一喝したるに、一人の大男は、 時公『バヽヽヽ化物奴が、馬鹿にするな。その手は食はぬぞ。俺をどなたと思うて居るか、恐れ多くも、鉄谷村の酋長鉄彦が門番、今こそ少し年はとつたれ、これでも若い時は小相撲の一つもとつた近所界隈に名の通つた時公さんだぞ。何だツ、最前も一つ目の化物となつて、大きな無恰好な口を開きやがつて、青い面してこの方さまを喝かしよつたが、この時さまの宣伝歌の言霊によつて、雲を霞と逃げたそのザマは何だ。今度は手品を変へやがつて、石凝姥の宣伝使の真似をさらして、こンな所に横たはつて鼾をかいてゐやがるんだ。もう承知せん。貴様はアルタイ山の蛇掴みの子分だらう。親分の蛇掴みでさへも、時公さまの御威勢に恐れ、青白い光となつてザマの悪い褌を垂らしやがつて、アーメニヤとかいふ国へ逃げ帰りやがつた位だ。サア、目を剥け、舌を出せ、そんな事でビツクリするやうな時さまとは違ふぞ。あまり見損なひをすな』 高彦『ヤア、時さまとやら、我々は化物ではありませぬ』 時公は一寸舌を出し、頤をしやくつて、 時公『ヤア、時さまとやら、我々は化物ではありませぬ。……とケツかるワイ。その手は桑名の焼蛤だ。グヅグヅぬかすと、この杖がお見舞ひ申すぞ。目の玉奴が』 高彦『これはこれは化物とのお見違ひ、決して決して左様の者ではござらぬ。我々も今その一つ目小僧に出会つたところだ。せつかく安眠してをるのに、中途で起され、眠たくて目の工合が……』 時公『オツト……御免だ。目の話は止めた止めた。こつちも一寸めいわくだから……』 高彦『何分眠りが足らぬものだから、熱が出て舌がもつれ……』 時公『オイオイ、その舌はもう言ふな。俺もあの舌にはギヨツとした』 高彦『何分長途の旅で疲れたものだから、お前さんが見たら人間らしくもなからうが……わしの顔は蒼白く見えるだらう。それでお前が疑ふのは……』 時公『疑ふも疑はぬもあつたものかい。顔の蒼い白いは言ふな。貴様は大方蛇掴の兄弟分だらう。今は一体何といふ名だ』 高彦(東彦を偽称)『我は東彦と申す者』[※ここで高彦は東彦(石凝姥の旧名)と仮に名乗るが、第4章で本名の高彦を名乗る] 時公『ザマ見やがれ。白状しよつた。アクマ彦奴が。蛙は我と我が口から白状したが、もうアクマと知つた以上は、俺は善にも強ければ悪にも強い時さまだ。あくまで打ちこらしてやる。俺の顔を冥途の土産に穴のあくまで見ておけ。根の国底の国へ行つてもこの時さんのやうな強いお方は滅多にありやせぬぞ』 と言ひながら、携へた鉄棒をもつて打つてかかる。東彦は笠をもつて、その棒を右に左に避け乍ら、時公の足をさらへた。時公はズデンドーと仰向けに倒れた。東彦は、 東彦(本当は高彦)『ウン』 と一声霊縛をかけたるに時公は、 時公『オイ、目の玉、アクマ彦、何うしよるのだ。貴様わりとは悪戯けた事をしよる。身体はアルタイ山の鬼の化石のやうになつちやつたが、目と口と耳とはしつかりしてをるぞ。貴様は一つ目だ。俺は二つ目だ。睨み殺してやらうか』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽ、やあ、時さまとやら、私を信じて下さい。私もつい最前のこと、その一つ目小僧に出会つたのだ。が、お前さんも途中で出会つて来たのか』 時公は俄に調子をかへて、 時公『ハイハイ、一目見るよりビツクリ仰天せむとせしが、待て暫し、アルタイ山の蛇掴みでさへも、この時さまの鼻息で吹き散らしたのだ。何だ、一つ目の化物位と思ひ直してここまでやつて来たが、何だか膝頭がこそばくて、笑うたり泣いたりしやがつて、時さんは怒る、膝坊主は泣き笑ひする。酒も飲まぬに、一人で三人上戸を勤めて来ました。私の主人は鉄彦というて、それはそれは余り偉うない豪傑ですが、三五教の宣伝使のあななひをしてな、アナ有り難いとか何とか言つて石凝姥の宣伝使と、何でも名は忘れたがスイスイ、粋な名のつく別嬪の宣伝使と三人連れで、クスの原を向ふへ渡ると言つて出かけました。さうしたところが俄に奥さまが、病気になつたものだから、オイ時公、お前は天下無双の豪傑だ、一つ目小僧の百匹や千匹はビクともようせぬ奴だから、御苦労だが主人を呼んで来てくれと、奥様が手毬のやうな涙を、こぼして頼むものだから、ヨシきた、たとへウラル彦の軍勢、幾万来るとも、この時さまが腕力をもつて、縦横無尽に打つて打つて打ちまはし、木端微塵に砕いてやるは瞬くうちと尻ひつからげ、クスの荒野を韋駄天走り、生かじりの宣伝歌を、処々歌つて足拍子をとり乍らやつて来たところ、向ふに怪しき影がある。ハーテ訝しやな、この荒野ケ原に現れ出づる怪物は何者なるぞ、尋常に名を名乗れとやつて見せたり、と思つたが何だか、向ふの舌が長うてこつちの舌が捲かれたか、負たか知らないが、こわばつて一寸も時さまの言ふ事を聞きやがらぬので、今度は目の御用だと、クルクル鏡の如き両眼を開いて見せた。流石一つ目の怪物も、時さんの勇気に辟易し、褌下げて西南の天を指して逃げ散つたり』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽ、面白い奴だな』 時公『面白いか知らぬが、私はねつから面白くない。かう横に立つて物語をしても、ねつからはつからハバがきかぬ。お前さまも私の傍へ来て、横に立てつたら何うだ。ゆつくり寝物語でもしようかいな』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽ、どこまでも、徹底した法螺吹きだな。負け惜しみの強い奴だ。そんなら私もお前の傍で、夜が明けるまで添寝をしてやらうか。これだから悪戯小僧を持つ親は困るといふのだ。やあドツコイシヨ』 と、時公と枕を並べて、ゴロンと寝た。 時公『やあ、アクマ彦もなかなか話せるワイ。しかし、お気の毒だが、お時さまだと好いけれど、時公さまではお気に召しますまい。それでも何だかトキトキとしますよ』 東彦(本当は高彦)『アヽ、私も退屈で困つてゐたところだ。霊界物語ぢやないが、一つここでしつぽりと仰向けになつて、寝物語でもやらうかい』 東雲の空別け昇る朝日子の、東彦の宣伝使はムツクリと起上り、時公の霊縛を解き、二人は途々神話に耽りながら、際限も無き大野原を西へ西へと進み行く。 (大正一一・二・二八旧二・二桜井重雄録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 14 鏡丸 第一四章鏡丸〔四八一〕 松代姫、梅ケ香姫は時公等を引伴れ、一望千里の雪野原を、日数を重ねて遂に琵琶の湖の岸辺に着いた。湖上風波烈しきため已を得ず、二三日此の岸辺に空しく日を過し、漸く船中の人となつた。此の船の名を鏡丸と云ふ。数十人の乗客は先を争うて鏡丸に乗り移り、一行五人もやつと安心したものの如く船中の客となりける。 松代姫『ヤア、随分偉い雪でしたな。此の塩梅ではコーカス山は、随分積んで居りませう』 時公『イヤ、御心配には及びませぬ。貴方のやうな色の白い宣伝使がお出でになれば、雪の方から遠慮して消えて了いますよ。アハヽヽ、此処にも勝公の様な奴が乗つて居ると宣伝に都合が好いのだが、ネエ梅ケ香姫さま、船に乗ると思ひ出しますわ』 梅ケ香姫『ホヽヽヽ、歌でも歌つたら、又ウラル教の方が乗つてゐて一芝居始まるかも知れませぬな』 此の湖は明志の湖に比べて余程広く随つて波も高く、航路も日数がかかるのである。船客は退屈紛れに口々に彼方此方に一団となつて、世間話に耽つてゐる。 甲『世の中には妙な事があるものだな。アルタイ山には蛇掴みと云ふ目玉の四つある悪神が居つて、大蛇を喰つたり、人を喰うさうだし、クス野ケ原には一つ目の化物が出たり、大蛇が人を呑んだり、随分物騒な世の中だ』 乙『そんな事、知らぬものがあるかい、彼程名高い話を、夫れよりもモツトモツト珍しい話がある。お前達の後れ耳には未だ這入つて居るまい』 甲『莫迦云へ、俺は八つ耳だ。世間の噂は一番に此耳に這入るのだ。さうして目もよく利く、鼻もよく利く、口もよく利く、俺の舌は酒の善悪もよく利くなり、手も足も利くなり、腕も利けば、威喝も利く、夫れでも俺の精神は、きかん気者だぞ。愚図々々吐すと承知をしないぞ』 乙『アハヽヽヽ、蟷螂のやうな三角な面しやがつて、目ばつかりギヨロギヨロ剥いて偉さうに云ふない』 甲『そんなら何だい。聞いてやらうかい』 乙『それ見たか、確り聞け。このごろ黒野ケ原に雪婆のやうな玲瓏玉の如き孔雀姫と云ふ、それはそれは頗る別嬪の魔神が現はれて、其処を通つた奴は、誰も彼も皆喰はれて了ふと云うことだ』 甲『ウンさうか、それは初耳だ。天に口あり、壁に耳ありと云ふ事だが、俺の所の家は俺の体と同じやうに壁の肉が皆落ちて、骨ばつかりだから、壁からも聞かして呉れなんだのだ。マアお前の御壁で珍しい話を骨折つて聞かうかい』 珍公『オイオイ、お前達そんな古い話を今頃に何云つてるのだい。モツトモツト新らしい珍無類の珍談があるのだ。此珍さまは耳が敏いからな』 甲『オイ珍公、口上ばつかり列べやがつて後を言はぬかい』 珍公『今云うて聞かすから小男鹿の耳振り立てて、畏み畏み聞し召せ』 甲『早く云はぬかい』 珍公『八釜敷云ふない。さう安売りしては値打が無いわ。貴様ん所の嬶の尻のやうな名の付いた神さまが現はれたといのう』 甲『俺ん所の嬶の尻みたいなとは何だ。臼の化物でも出たのか』 珍公『臼ぢやないわ、貴様もよつぽど薄野呂だ。何でも大きな団尻姫とか云ふ神さまが現はれたのだ』 乙『アハヽヽヽ、フン何を吐しやがるのだ。偉さうに聞きはつりやがつて、知りもせぬ癖に知り顔しやがつて、尻が呆れるワイ』 珍公『オー、尻で思ひ出した。大気津姫だ』 甲『その大気津姫が何うしたと云ふのだ』 珍公『マア黙つて聞け。何でも其奴はな、美味ものが好きで、美しい着物が着たうて、綺麗な、立派な家を建てて、沢山の男衆や、女子衆を使つて、栄耀栄華に暮す奴だと云ふことだ』 甲『誰だつて、美味物は好きに定つて居る。身体に掻き破りの出来るような着物を着るより、お蚕の柔かな着物を好むのは、別に大気津姫ぢやなくつても、俺の所の大尻姫でも同じ事だ。世界中に美味物嫌ひな奴があるか。人間は着たり、喰うたりするのが楽しみだ、珍しさうに何吐しやがるのだ』 珍公『わかりきつた、定つたこと云ふのが、珍らしいのだ。今の世の中は分らぬことの、定りの無い事を云ふ奴が、皆彼奴は賢いとか、学者だとか、悧巧だとか言はれる世の中だ。本当の真直な事を云ふ奴は、皆莫迦にする世の中だ。これが逆様の世の中と云ふのだよ』 甲『考へて見れば、そンなものだなア。夫でも世の中は裏表があるものだ。マア一寸この湖を覗いて見い。斯うして船に乗つて頭を上にして、吾々は乗つて居る積りだが、鏡の池の水鏡を覗いて見ると、船は下向きになりやがつて、貴様等の頭が下向になつてゐるわ、これが世の中の事が鏡に映つて居るのだ』 時公はこの話を耳を澄して興味がつて聴いてゐた。忽ち身を起し、三人の前にバタリと胡床をかき、 時公『ヤア、最前から御話を承はれば、珍しさうな珍しくないやうな、妙な御話を聴きました。一体その大気津姫とやらは、何処に居るのですか』 甲『お前さまは何処の人か知らぬが、人に物を尋ねるのに名乗りを上げずに何のことだ、名を名乗りなさい。行儀を知らぬ人だな』 時公『アー、これは失礼しました、私の名は時々脱線すると云ふ時公と申します』 乙『あまり大きな男がやつて来るので、胸がどきどきした。大気津姫の話なら私が本家本元だ。聴いて貰ひませう』 時公『アヽ、それは有難う』 乙『その大気津姫はコーカス山の山奥に、立派な宮殿を造り、沢山の家来を従れて、何でも人民の膏を搾つて、自分等の眷属ばかりが栄耀栄華に暮して居るさうです。此間も素盞嗚命さまの御使とやらが、大気津姫を一つ帰順さすとか、何とか言つて行つた限り帰つて来ませぬと云ふ専らの評判です』 時公『それは何といふ方です』 乙『サア、何といふ方か名は忘れたが、何でも長いやうな名であつた』 甲『その女は大蛇姫と違ふか。大蛇と云ふ奴は随分長いものだ。さうして女だてらにそンな処へ一人で行くなんて、よほど太い奴だぜ。大方クス野ケ原の大蛇の化物かも知れぬ。大蛇姫と大気津姫との戦ひは随分見物だらう』 珍公『でも竹のやうな名だつたぞ』 時公『竹野姫と云ふ御方と違ふか』 珍公『アー、その竹野姫だ。その女が雪の降るのに只一人、月は照るとも虧るとも、雪は積むとも解るとも、大直日だとか、大気津姫だとか、見直すとか、斬り直すとか、偉さうに云つて山へ登つた限り、雪に鎖されたのか、大気津姫にしてやられたのか一向その後の消息がわからぬといふことだ。女だてらに豪胆にも、彼んな猛や大蛇ばかりの山へ往くから、そんな目に遭うのですな』 時公『はてな』 梅ケ香姫『モシモシ姉さま、今の話は中の姉さまのことぢやありますまいか。若しさうだつたら私何うしませう』 松代姫『イヤ、心配なさるな。何処へ行つても神様と二人連れだ。この地の上は皆国治立命様と金勝要神様と、素盞嗚命様とが御守護遊ばす御地面だから、屹度神様の御用をして居る竹野姫、滅多なことはありませぬよ』 梅ケ香姫『姉さま、さうでしたねエ。余り心配してつひ迷ひました。一日も早くコーカス山とやらへ行つて、姉さまに力をつけて上げませうか』 松代姫『まだ貴女は心配をなさる。そんな取越苦労は要りませぬ』 梅ケ香姫『ホヽヽヽ』 時公『モシモシ御姉妹様、何うやらこれは竹野姫さまのことらしい様に思はれます。一つコーカス山へ駆け上つて、時公が一働き致します。マー見てゐて下さい』 松代姫『何うなさるの』 時公『その大気津姫と云ふ奴改心すればよし、改心せぬとあれば素盞嗚命様の御威勢を借つて、斬つて斬つて斬り廻し、乾児の奴らを残らず血祭りにしてやりませうかい』 梅ケ香姫『又しても時さま、そんな乱暴なことを云ひますか。詔り直しなさい』 時公『明志丸から今鏡丸に乗り直したとこです』 梅ケ香姫『マアマアよろしい。悠然と気を落つけて手荒いことをせぬやうに、三五教の宣伝歌で言向和しませう』 時公『三五教は表教と云ふのですか。誰も彼も此歌を聞くものは賛成せぬものはありませぬ、大持てに好う持てる大持て教ですな。其処で神が表に現はれると云ふのでせう。これからコーカス山へ駆け上つて、善と悪とを立別ませうかい』 五日五夜の航海も無事に、漸く船は西岸に着いた。乗客は先を争つて上陸する。五人は悠々として歌を歌ひ乍ら又もや西北指してコーカス山目あてに進み行くのであつた。 (大正一一・三・一旧二・三外山豊二録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 15 大気津姫の段(一) 第一五章大気津姫の段(一)〔四八二〕 『於是、八百万の神共に議りて、速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、神追ひに追ひき』 爰に天照大神と速須佐之男命の天の真奈井の誓約によりて、清明無垢の素尊の御魂、三女神が現はれ玉ひしより、素尊部下の諸神等の不平勃発し、終に天の岩戸の大事変を湧起せしめ、一時は天津神国も、葦原の中津国も常暗の世となり、次で八百万の神等が天の安河原の神集ひに集ひて、神議りに議り玉ひ、結局大海原の主神たりし速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、天上より神追ひに追ひ玉ふの止むを得ざるに立到つたのであります。 『千位の置戸を負はせて』と云ふ意義は、一天万乗の位で、群臣、百僚、百官の上に立つ高御座を負はせ即ち放棄させてと云ふ事であります。父伊邪那岐大神より、大海原なる大地球の統治権を附与されて、天下に君臨し玉ふべき素尊でありますけれ共、高天原に於ける天の岩戸の変の大責任を負ひて、衆議の結果千万の神の上に立つ千位の置戸を捨て玉ふに致つたのであります。凡て万神万有の一切の罪科を一身に負担して、自ら罪人となつて、天地の神明へ潔白なる心性を表示されたのであります。斯の温順善美なる命の御精霊を称して瑞の御魂と謂ふのである。基督が十字架に釘付けられて万民の罪を贖ふと云ふのも、要するに千位の置戸を負うたと同じ意味であります。世界一切の万類を救う為に身を犠牲に供する事は、即ち千位の置戸を負ふのである。現今の如く罪穢に充ち、腐敗の極に達せる地上も亦、至仁至愛なる瑞の御魂の神の贖罪ある為に、大難も小難と成り、小難も消失するのである。アヽ一日も早く、片時も速かに、天下国家の為に犠牲となる可き、瑞の御魂の守護ある真人の各所に出現して、既に倒壊せむとする世界の現状を救済せむことを希望して止まぬ次第である。 『亦鬚を切り』と云ふ意義は、 ヒは、霊であり、日の御子の朝に仕へて政治を照す言霊であり、 ゲは実名職掌である。 即ち自分が官吏ならば官職を辞し、会社の重役を辞すと云ふ事を、ヒゲを抜くと云ふのである。俗に何も知らずに高い処へ止まつてエラサウに吐すと、鬚を抜いてやらうかなぞと言ふのも、不信任を表白した言葉である。高位高官の人や、大会社の重役や、大教育家なぞが大本の教義でなくては天下国家を救ふ事が出来ない事を心底より承認し乍ら、未だ充分の決心がつかずして現在の地位に恋々として、自己の名利栄達にのみ腐心して、大本の教を人眼を忍んで遠くより研究し、世人に知られる事を憚つて居る如うな立派な人士が沢山に在るが、斯の如き人は至忠思君思国の日本魂を振起して、公然大本の信者と名乗り、現代の高い位地なり、名望を眼中に置かず、止むを得ざれば現位地を擲つて、天下国家の為に、大本の主義を天下に実行する様になつた時が、所謂鬚を切つて、真個神明と大君と社会とに奉仕の出来る時であります。 『手足の爪まで抜かしめて、神追ひに追ひ玉ひき』と云ふ意義は、 手足の爪とは私有財産の事である。手の爪は現代の所謂動産物で足の爪は不動産物である。要するに一切の地位を擲ち、一切の財産を顧みず、物質的欲望を捨てて神明の道を天下に宣伝する事が、神追ひに追ひきと云ふ事になるのである。従来の俗界を離れて、至聖、至美、至直なる大神の道に仕へ奉る事を神やらひと謂ふのである。 ヤラヒの言霊を調べる時は、 ヤは天地自然の大道に帰り、世界の親たる覚悟を以て万民を教へ導き、八方の事物を明かに指示する事である。 ラは、俗より真に反りて、従来の体主霊従的行動を翻然として改め、無量寿にして生死の外に超然として産霊の大道を実行し、霊系高皇産霊神の神業を翼賛し、極乎として間断なく惟神の大道を天下に宣伝し、実行して、寸暇無き神業奉仕者となる事である。 ヒは、天理人道を明かにし、神妙不可測の神機に透徹し、過去、現在、未来を明かに了知し、達観し、天地経綸の大司宰者たる人の本能霊徳を顕はし、以て⦿の根底を結び護り、無上の尊厳を保つ事である。 故に神追ひは、神様を追放したり、退去させたりすると云ふ意義では無い。追の漢字と退の漢字の区別ある事を能く反省すべきである。この点は古事記撰録者の最も意を用ゐたる点にして、実に其の親切と周到なる注意とは感謝すべき事であります。 『神追ひ』と云ふ事を大本に写して見る時は、第一に各役員の如きは、総て鬚を切り手足の爪まで抜きて大本へ神追ひに追はれ玉うた人々であります。併し乍ら現今の社会の総てが右諸子の如くに神追ひに追はれ、且又鬚を切り手足の爪まで抜かしめられては却つて天下の政治を乱し、産業の発達を阻止し、国力を弱める事になりますから、神様は神業に直接奉仕すべき身魂の因縁ある真人のみに綱を掛けて、大本に御引寄せに成つたのであります。故に身魂に因縁の無い人々は、最初から何程熱心に神業に奉仕せむとしても、神様から御使ひに成らぬから、何等かの機会に不平を起して脱退せなくてはならぬ様な破目に陥り、終には某々氏等の如く犬糞的に悪胴を据ゑて、一生懸命に大本の攻撃を始める様に成るのであります。亦深い因縁の有る人士で、鬚を切り兼ね、手足の爪を抜き兼ねて、遠くから奉仕されて居る人々もまだまだ沢山にあります。大本の神業に直接奉仕する真人と、又間接に神業に奉仕されて居る人士とがあります。是は鬚を切ると切らないとの差異でありますが、因縁ある人士は勇猛果断一日も早く、神業に直接参加せられたいものであります。さうで無ければ天下に跳梁跋扈せる八岐の大蛇を亡ぼし、天の下を至治泰平ならしむる神業を完全に遂行する事が出来ないのであります。世の中には小官小吏が鬚計り蓄へて尊大振り真意も了解出来ぬ癖に、鰌や鯰の如うな貧乏鬚を揉みながら、大本は淫祠だの邪教だのと、大きな口を開けて泥を吹き、田螺や蛙を脅かして、大本へ入信せむとする可憐な純良な同胞の精神を濁さむとして居るのが沢山ある。亦世の中には、手足の爪を抜くどころか、爪の先に火を点して利己主義一遍の人物があつて日に夜に爪を研ぎすまし、鷹が雀を狙ふ様に、我れよしに浮身をやつして居る厄介な現代である。亦現代の如き詰込み主義の教育法は常に精神の自由を束縛し、自然の良智良能の発達を妨害して居るのであるから、床の間の飾物に成る鉢植の面白い珍木は出来るが、家の柱となる良材は到底出来るものでない。天才教育を閑却し無理無態に枝を伐つたり曲げたり、細い銅線で縛り付けたり、突介棒をかうたり、葉を断つたり、捻つたり、四方八方へ曲げまはして、小さい樹を拵へて、高価に売り付ける植木商と同じ教育の行り方であるから、到底碌な人材は産れ出づるものでない。一日も早くこの爪を抜き除つて了はねば、帝国の前途は実に風前の灯火であります。現代は個人有つて国家あるを忘れ、自党ありて他党あるを忘れて居る。他党と雖も亦国家社会の一部で、同じく是れ人間の儔侶たるものであるが、全く之を知らざるが如き状況である。故に朋党内に相鬩ぎ、外環境の虎視耽々[※一般的には虎視「眈々」と書くが「耽々」でも意味は似ているのでこのままにしておく。]として間隙に乗ぜむとするの危きに備ふるの道を知らず、実に国家の前途を憂へざらむとするも能はざる次第である。アヽ今の時に於て大偉人の出現し、以て国家国民の惨状を救ふもの無くんば帝国の前途は実に暗澹たりと謂ふべきである。世には絶対の平等も無ければ、亦絶対の差別も無い、平等の中に差別あり、差別の中に平等があるのである。蒼々として高きは天である。茫々として広きは地である。斯の如くにして既に上下あり、何人か炭を白しと言ひ雪を黒しと言ふものがあらう乎。政治家も、宗教家も、教育家も此時此際、差別的平等なる天理天則を覚知し、以て天下万民の為に、汝の蓄ふる高慢なる城壁を除き、以て其大切に思ふ処の鬚を切れ。其の暴力に用ゆる手足の爪を抜き去り、以て不惜身命、天下の為に意義ある真の生活に入れ。斯の如くにして始めて、御国を永遠に保全し、祖先の遺風を顕彰し、以て神国神民の天職を全うする事が出来るのである。 『又食物を大気津比売の神に乞ひたまひき』 食物の言霊返しは、イである。イは命であり、出づる息である。即ち生命の元となるのが食物である。またクイ物のクイはキと約る。衣服も亦、キモノと云ふのである。キは生なり、草也、気なりの活用あり。故に衣と食とは、生命を保持する上に最も必要なものである。故に人はオシ物のイとクイ物のキとに因つて、イキて居るのである。又人の住居をイヘと云ふ。イヘの霊返しは、エとなる。エは即ち餌であり、胞である。要するに、衣食住の三種を総称して、食物と云ひ、エと云ひケと言ふのであります。 大気津姫といふ言霊は、要するに、物質文明の極点に達したる為、天下挙つて美衣美食し大廈高楼に安臥して所在贅沢を尽し、体主霊従の頂上に達したる事を、大気津姫と云ふのであります。糧食[※「りやうしよく」の霊返しは「ケ」にはならない。RyousyokUで「ル」になる。校定版・八幡版では「糧食」の直後に括弧書きで「(かて)」という言葉を挿入しているが、KatEなら「ケ」になる。その次の「被衣(かぶと)」(「かづき」とも読む)の霊返しも「ケ」にはならず、KabutOなので「コ」である。「家居(かくれ)」はKakurEで「ケ」になる。]の霊返しは、ケとなり、被衣の霊返しはケと成り、家居の霊返しは亦ケとなる。故に衣食住の大に発達し、且つ非常なる驕奢に、世界中が揃うてなつて来たことを大気津姫と云ふのであります。 『乞ひ玉ひき』と云ふのは、コは細やかの言霊、ヒは明かの言霊である。要するに、素盞嗚尊は八百万の神に対して、正衣正食し、清居すべき道を、お諭しになつたのを『乞ひ玉ひき』と、言霊学上謂ふのであつて、決して乞食非人が食物を哀求する様な意味では無いのであります。 『爾に大気津比売、鼻、口及尻より、種々の味物を取出で、種々作り具へて進る』 鼻と云ふ事は、華やかなるの意義であつて、立派な高価な衣服のことである。口と云ふ事は食餌を意味する。尻と云ふ事は、尻を落着けて起臥する、家居を意味するのである。『種々の味物』とは、色々な臭気紛々たる肉や虫類の事である。亦『種々作り具へて進る』と云ふ事は、類の毛皮を被たり、骨を櫛や笄[※髪をとめるかんざしのこと]や、其他の道具に愛用したり、鳥や虫の毛や皮で、日用品を造つたり、人間の住居する家の中に便所を造つたり、天則を破つて人の住居を作るに檜材を用ゐたり、屋根を葺くにも檜皮で、恰も神社の如うに、分に過ぎた事を為したりする事を、種々作り具へて進ると云ふのである。奉ると云ふのは、下から上位の方へ上ることであるが、此の御本文の進ると云ふ意味は、進歩すると云ふことである。要するに物質文明の発達進歩せる結果、国風に合致せざる、衣食住の進歩せる悪風潮を指して、クサグサ進ると云ふのであります。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 16 大気津姫の段(二) 第一六章大気津姫の段(二)〔四八三〕 『時に速須佐之男命、其の態を立伺ひて、穢汚もの奉るとおもほして、乃ち其の大気津比売神を殺したまひき』 鼻、口、尻なる衣食住の非理非道的に進歩発達したる為に、生存競争の悪風、天下に吹き荒み、その結果は、遂に近来に徴すれば、欧洲大戦争の如き惨状を招来し万民皆塗炭に苦しむの現状は、所謂『穢汚もの奉進る』の実例である。試みに考へて見よ。天地も崩るる許りの大騒動、大戦乱の砲声殷々たる惨状が漸く鎮静したかと思へば、忽ち世界を挙げて囂々たる社会改造の声と化し、一瀉万里、何の国境もなく、雷電の轟き閃くが如く、今や我皇国にも轟き渡つて来たのである。最近起りつつある生活問題も、労働問題も、思想問題も、要するに生活難の響きに起因するのである。只単なる世界の思潮に刺戟せられた一時的の現象であるかと云ふに、決してさうでない。如何に世界的思想であらうが、如何に好事者の巧妙なる煽動、乃至教唆であらうが、国民の要求に於て痛切に感ずる所が無ければ、決して共鳴するものではないのである。故に是を一時的の現象位に思つて、冷然として袖手傍観し、為政者や学者たるものが、何等の反省もせず且又其の起るべき根本の原因を究めずして、狼狽の余り、急速に之を防止しようとして徒に圧迫を加へたりすると、ますます紛糾して、終には救ふ可からざる一大禍乱を激発せないとも限らない。これ実に指導の任に当れる政治家、宗教家、教育家、および有志家の考慮し、奮起し、以てその大原因たる大気津姫から根絶改良せねばならぬのである。大気津姫を殺さむとする、現代の所謂改造の叫びは、何が大原因となつて、天下の人民の多数者が、斯の如く猛烈に共鳴心随するかと謂へば、一つに鼻、口および尻なる衣食住の生活問題に帰するのである。人間の苦しみの最大なりとするものは貧窮である。即ち衣食住の三類の大欠乏である。日々の新聞を見ると、貧苦の為に身を淵川に投げたり、首を吊つたり、鉄道往生や毒薬自殺をしたり、発狂したり等の悲惨事は日に月に増加して居るのである。之を見ても、貧苦と云ふものは、死するよりも辛い苦しいといふことが明かである。死ぬよりつらい処の貧苦を免れんが為に、ここに激烈なる生存競争が起つて来る。其の結果は優勝劣敗弱肉強食と云ふ、人生に於ける惨澹たる餓鬼道の巷となつて来たのである。体主霊従、利己主義の結果は、徳義もなければ、信仰も無く、節操も無く、勝者たる大気津姫神は常に意気傲然として、入つては大廈高楼に起伏し、出ては即ち酒池肉林、千金を春宵に散じて、遊惰、安逸、放縦を之れ事として、天下に憚らない。一方には劣者たる貧者は、営々として喘ぎ、尚ほ且つ粗雑なる食に甘んじ、以て漸くその飢ゑたる口腹を満たすに足らず、疲憊困倒して九尺二間の陋屋に廃残の体躯を横へ、空しく愛妻愛児の饑餓に泣くを聞いて居る。その心情は富者勝者の到底夢裡にだも窺知すべからざるの惨状である。古諺に曰く、『小人窮して乱を為す』と、終に或は非常識となり、軌道を逸し、身投げ、首吊り、または監獄行きを希望するに至るのである。又これが群衆的の行動となる時は、大正七年の米騒動や、進むでは焼打暴動ともなり、同盟罷工や、怠業的行動ともなり、日比谷運動や、革新的気分ともなるのである。故に恐るべきは、この結果を醸成する所の生活問題である。之を閑却して、思想の悪化や労資の衝突を防止せむとして、如何に政治家や、教育家や、宗教家が力説怒号して見た所で生命の無い政治家や、宗教家、教育家の力では、容易にその効果の現はるるものではない。故に大本は、神示に依りて明治二十五年以来、是が救済の神法を、天下に向つて指導しつつあるのである。古来名君と仰がれ、賢相と謳はれた人々は国民生活の安定を以て、先決問題としたのである。而して一方に於ては、宗教と教育の権威を発揮して以てその無限の欲を塞ぎ、その奢侈を矯め、公共心の涵養に務め、貧富の平均を保つて来たのである。既に生活の安定さへ得れば、民の之に従ふや易しで、喜びて善に向ふものである。要するに、現代の生活問題を、根本的に改善せむとするには、どうしても、大気津姫の改心に待たなければならぬのであります。 『種々』と云ふ事は、臭々の意味であつて、現代の如く、一も二も無く、上下一般に四足動物を屠殺しては舌鼓を打ち、肉食の汚穢を忌み、正食のみを摂つて、心身の清浄を保つてゐる我々大本人を野蛮人民と嘲笑するに立到つたのは、心身上に及ぼす影響の実に恐るべきものがあるのである。肉食のみを滋養物として、神国固有の穀菜を度外する人間の性情は、日に月に惨酷性を帯び来り、終には生物一般に対する愛情を失ひ、利己主義となり、かつ欲益々旺盛となり、不倫不道徳の人非人となつて了ふのである。虎や狼や、獅子なぞの獰猛なるは常に動物を常食とするからである。牛馬や象の如くに、体躯は巨大なりと雖も、極めて温順なるは、生物を食はず、草食または穀食の影響である。故に肉食する人間の心情は、無慈悲にして、世人は死なうが、倒れやうが、凍て居らうが、そんな事には毫末も介意せない。只々自分のみの都合をはかり、食色の欲の外天理も、人道も、忠孝の大義も弁知せない様に成つて了ふのである。斯う云ふ人間が、日に月に殖ゑれば殖ゑる程、世界は一方に、不平不満を抱くものが出来て、終には種々の喧しき問題が一度に湧いて来るのである。為政者たるものは、宜しく下情に通ずるを以て、急務とし、百般の施設は、之を骨子として具体化して進まねばならぬのである。素盞嗚尊は止むを得ずして、天下の為に大気津姫命を殺し玉ひ、食制の改良を以て第一義と為し玉うたのである。西郷南洲翁は、政とは、情の一字に帰すると断じ又孟子は、人に忍びざる心あれば茲に人の忍びざる政ありと云つて居る。然るに為政者は、果してこの心を以て、之に立脚して社会改良を企画しつつあるであらう乎。政治家なるものを見れば、徹頭徹尾、党閥本位であり、権力の闘争であり、利権の争奪である。斯の如き勢利のみに没頭せる人間に依つて組織され、運用される政治なるものは、因より国利民福と没交渉なるべきは、寧ろ当然であらうと思ふ。斯の如き世界の政治に支配されつつある国民が、不安の終極は、改造の叫びと成つて来るのは之も当然かも知れぬ。併し乍ら斯の如き肉食尊重、利己主義一遍の政治家を推選したる国民は全く自業自得にして、神界の戒めである。自ら火を採つてその手を焼いた様なものである。アヽ一日も早く皇祖の御遺訓と御事跡に鑑み、上下挙つて日本固有の美風良俗に還らねば、到底現代の不安、暗黒の社会を改良し、以て神国の一大使命を遂行する事は出来ないのである。先づ何よりも、大本神諭に示させ玉へるが如く、第一に肉食を廃し身魂を清めて、神に接するの道を開くを以て、社会改良の第一義とせねばならぬのであります。 (大正九・一・一六講演筆録松村仙造)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 17 大気津姫の段(三) 第一七章大気津姫の段(三)〔四八四〕 『故殺さえたまへる神の身に生れる物は、頭に蚕生り、二つの目に稲種生り、二つの耳に粟生り、鼻に小豆生り、陰に麦生り、尻に大豆生りき。故是に、神産巣日御祖命茲を取らしめて、種と成し賜ひき』 『殺さえたまへる』と云ふ事は、大神の御法則に違反せる、汚穢なる衣食住の方法を根本的に撤廃せられたと云ふ意義であります。 『神の身に生れる物は頭に蚕生り』と云ふ事は、頭は総て国民の上に立つ治者の謂である。蚕は言霊学上、 カは、蒙せ、覆ふ活用であつて衣服を意味する、また光輝き、晴れ明けく、気体透明の言義である。 イは身に従ひ成る也、身の足して動かす也。これも衣服の活用である。 コは天津誠の脳髄であり、子の活用である。故に万民の上に立つべき役員は、第一に蚕の如く其身を空しうし、犠牲となつて国家の為めに尽さねばならぬ。 天理人道を明かにし、神智神識を感受し、以て上は一天万乗の大君に純忠の至誠を捧げ、下は人民を愛撫し、以て天津誠の実行者たるの覚悟を持ち、政治は完全無欠、錦繍綾羅の神機を織出すてふ、天下経綸の大道に奉仕するに至る瑞祥の世態を称して、『頭に蚕生り』と謂ふのであります。 『二つの目に稲種生り』と云ふ事は、目は正中を司どるものである。世界の一切を見極め、善悪美醜を判明する神機である。二つの目とは左右両眼の意義で、左は上を代表し、右は下を代表する目である。万有一切皆この目の無いものはない。然るに上流社会は上流のみの事を知り、下流社会は下流のみの事より見ないとすれば、所謂片目である。現代は大抵皆片目の政治家や教育家計りであつて、二つの目の活用が足りないので、天下は益々無明、暗黒、常暗となつて来るのである。また顕幽両界を達観し得る人は、所謂二つの目が照るのであります。 稲種の イは成就る言霊で、大金剛力であり、基である。 ナは万物を兼ね統る言霊にして、能く行届く事である。 イナはまたイネと云ひ、五穀の主であり、眼である。イネの霊返しは餌となる、また米の返しはケとなる。大気津姫の気である。またよねとも云ふ。よねの返しもまた餌であり、糧の返しはケとなる。人の眼は夜分に寝るを以て夜寝[※校定版・八幡版ではここに括弧書きで(米)という文字を入れている。]と云ひ、寝るを以て、寝[※校定版・八幡版ではここに括弧書きで(稲)という文字を入れている。]ると云ふ。人の眼に似て形小なるが故に、小目(米)と云ふのも、言霊学上面白き解釈である。 凡て穀食を為す時は、心血自然に清まりて、明けく、敏く、顕幽を達観し、上下を洞察し、以て天下の趨勢を知悉し得るのである。故に万民の頭に立つべき治者は、心血を清め、神智を備へて、天下に臨まねばならぬのである。是の原理天則が、頭に立つ人々に判つて来て、汚穢の食を廃し皇国固有の正食に改め、以て善政良治を布くに致る事を、『二つの目に稲種生り』と謂ふのであります。 また宗教家なれば、第一に顕幽一本の真理を達観して、生死往来の神機を知悉し、万民を教化するに致りたるを『二つの目に稲種生り』と謂ふのであります。顕幽一致、上下合一、陰陽和合、君民和平、内外親睦、神人合一の境地に入れる真相を称して、また『二つの目に稲種生り』と謂ふ事が出来るのであります。 『二つの耳に粟生り』と云ふ事は、二つは前に述べた通り、左右の意義であり、左は上流、右は下流社会なる事は勿論である。耳の言霊の約りはミである。ミは農工商の三種であり、実業であり、形体具足の言義であり、身体である。要するに、一切の生産機関を総称して耳と云ふのである。故に左は資本家や、大地主を意味し、右の耳は労働者や、小作人を意味するのである。また耳は一方よりその活用を調ぶる時はキクと曰ふ事が主眼である。手が利く、耳が利く、目が利く、鼻が利く、口を利く、腹が利く、舌で酒を利く、腰が利く、これを八ツ耳と曰ふのである。また霊的方面に於ても同一に、神眼、神耳、天言等やはり八ツ耳である。斯の如く霊体共に完全無欠なる、幽顕十六耳の意義を取りて十六菊の御紋章を制定されたのは最も深遠なる御慮の御在します所である。神八井耳命、彦八井耳命、忍穂耳命、または聖徳太子を八ツ耳命と申すなぞは、みな前述の意義から、名付けられたものであります。 『粟生り』の アの言霊は大物主であります、地であり、顕体であり、大本である。 ハの言霊は、延び開く也、花実也、数多き也の活用である。 要するに『粟生りき』と云ふ意義は、物質、霊界共に円満に発達し、国利民福を招来し、鼓腹撃壤の聖代の、出現せし事であります。御神諭に、 『今の人民は盲と聾計りであるから、何程結構な誠を為て、眼の前に突出してやりても一つも見えず、一寸先は真の暗であるぞよ。神は世界を良く致して、上下揃へて人民を歓ばして安楽な神世に致して、花を咲かし、実を結ばして、松の世、五六七の神世に立直して与らうと思うて、明治二十五年から、色々と申して、呼ばはりて聞かしても、耳が蛸に成りてをるから、狂婆が何を吐すと申して、我身の足下に、火が燃えて来て居りても、少つとも耳に入れぬが、見て居じやれよ、今に盲が目が明き、聾が耳が聞える様に成りて来るが、さうなりてから、俄に周章て神の申す事を聞く気に成りても、モウ間に合ぬぞよ。聞くなら今の中に聞いて置かぬと、後の後悔間に合はぬぞよ、眼も鼻も開かぬ如うな、惨い事が今に出て来るが、神の申す誠の警告を聴く人民は、世界にないぞよ、困つたものであるなれど、是を説いて聞かして、耳へ入れさして置かねば、神の役が済まぬから、嫌になる所まで、クドウ気を付けるから耳の穴を能く掃除致しておくが良いぞよ』云々 とあるのは、耳に粟を生り出でしめむとの、神様の深き思召しであります。 『鼻に小豆生り』と云ふ事は華美なる衣服を改め、実務に適する制服を改定されると云ふ事である。大臣は大臣の服装、小臣は小臣、神職は神職、僧侶は僧侶、軍人は軍人、農工商は農工商の制服を定め、主人は主人、僕婢は僕婢の制服を一定し、一見してその官吏たり、宗教家たり、農夫たり、主人たり僕婢たり、労働者たる事の、弁別し易き服装を制定さるる事を『鼻に小豆生り』と曰ふのであります。現代の如く服制に厳格なる定規なく、神職や僧侶なぞが洋服を着用したり、僕婢が紋附羽織を着流し、絹の足袋を穿ち大道を憚らず濶歩するが如きは、実に不真面目の至りにして、亡国の因となるのである。アヅキのアは光り輝く事で、照妙、和妙なぞの、高貴なる織物であります。アは顕誉の地位に在る真人である。故に大臣とか、神官神職とかの、着用すべき衣服である、その他の臣民の着用すべきものでないのだ。絹物は着ぬもの也との滑稽語は、実際の戒めとして服膺すべき言葉である。アヅキのヅキは着キと云ふ事であつて、治者たる大臣高官および神官神職に限りて着用すべきものであると云ふ事を、決定されたのを『鼻に小豆生り』と曰ふのであります。鼻は人体に取つては呼吸の関門であつて、人民生息の主要点である。故に一国の安危を背負つて立てる国家の重臣を鼻と云ふのである。神諭にも、 『此の事成就致したら、艮の金神の鼻は、カラ天竺は愚、天まで鼻が届くぞよ』 と予告されてあるのも、世人が尊重畏服するとの神意である。世俗が一つの功名手柄を顕はしたる時に於て、鼻が高うなると謂ふのも人の上に卓絶したる意義である。今日のやうに国家の重臣や、清浄なる神明に奉仕する神官等が、小豆を着用せずして、畜の毛皮を以て作れる、衣服を着用するなぞは、実に天則違反の行為であります。 『陰に麦生り』と云ふ事は、西洋人は麦を常食とすると云ふ意義であります。日本及其他の東洋諸国は陽の位置にある国土であるから、陽性の食物たる米を常食とするのが、国土自然の道理である。西洋は陰の位置にある国土であるから陰性の食物たる麦を常食とするのが国土自然の道理である。故に西洋人は麦で作つたパンを食ひ、東洋人殊に日本人は米食をするのが天賦の本性である。然るに、今日の日本人は上流に成るほど西洋崇拝者が多く現はれ、文明人らしき顔付をして、自慢でパンに牛酪なぞを附けて無味ものを美味さうに、平気で喰つて居るが、麦は日本では、牛馬の喰ふべき物と決定つて居るのである。故に日本人は米を喰ひ、陰所たる西洋に生れた人種は、麦を喰ふことに成るのが『陰所に麦生り』と云ふのであります。 『尻に大豆生りき』と云ふ事は、同じ日本国でも北海道などは、日本国の尻である。大豆は脂肪に富んだ植物であるから、寒い国の人間は、如何しても大豆類を食する必要がある。大豆を喰つて居れば、寒い国でも健康を害すると曰ふ如うな事はない。併し是は大豆計り喰ふと曰ふ意味では無い。米と混じたり或は炙つたり、粉末にして喰へば良いのである。北海道に後志と云ふ国名のあるのも尻の意味であります。筑後の国をミチノシリと訓むのも、国の端と云ふ意味である。要するに、此の段の古事記御本文は、第一に各自の国土に応じたる食制を、神界より定め玉うたのであります。 『故、是に神産巣日御祖命、茲を取らしめて、種と成し賜ひき』高御産巣日御祖神は霊系の祖神であり、神産巣日御祖神は、物質界体系の祖神である。『茲を取らして』と云ふ事は、前記の御本文の御食制を、採用されてと云ふ事で、素盞嗚尊の食物に関する御定案を、直に御採用遊ばした事であります。『種と成し玉ひき』と云ふ事は、この食制を基として、天地改良の神策を樹立し玉うたと云ふ事であります。故に人間は此の天則に違反して、暴食する時は大切なる神の宮居たる身体を毀損するやうな事になつて、天寿を全うする事が出来ぬやうに成るのであるから、人間は日々の食物には、充分に注意を払ふ可きものであります。 (大正九・一・一七講演筆録谷村真友)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 19 汐干丸 第一九章汐干丸〔四八六〕 松代姫は矗然と立つて、 松代姫『心も広き琵琶の湖恵も深き琵琶の湖 浪に浮べる松の島千歳の松の青々と 繁り栄ゆる神心一度に開く梅の島 処狭き迄なよ竹の風に揉まるる竹の島 荒風強く渡るとも仮令深雪にたわむとも 千代に八千代にさき竹の悩みも知らぬ勇ましさ 妾は神世を松代姫この世を乱す大気津の 姫の奢侈りを戒めて心の仇花咲き散らし 天津御神の賜ひたる我が言霊に逸早く 開く梅ケ香姫の神竹野の姫の窟戸に 立て籠められて千万の憂に逢瀬を助けむと 進む時こそ来りけり憂しや辛しの世の中に 我身一人はうまうまと鹿の妻恋ふ奥山に みづの御あらか立て構へ虎狼に勝りたる 醜の曲津の曲業を祓ひ清めむ松代姫 梅ケ香姫と諸共に待ちに待ちたる時津風 吹く春こそは楽しけれ竹野の姫の消息を はしなく聞きし船の上飢な、まかるな、なよ竹の 女ながらも神国に尽す誠の竹野姫 救ひの神と現はれて茲に三人の姉妹の 語り合ふ夜も束の間の堪へ忍びの荒魂 勇みて待てよ妹よ汝が身を思ふ松梅の 魂は通へよ千引岩窟の中の妹が辺に 窟の中の妹が辺に』 と歌つて元の座に就きける。 牛公『オイ兄弟分(少し小声になつて)今ののたが聞えたか』 馬公『のたと云ふ事があるかい。何でも長たらしい、のたのたと訳の分らぬ事をのたつとつたではないか』 鹿公『オイ違ふよ。ありや歌と云ふものだ』 牛公『アヽさうか、何でも、うたがはしい事をウタウタと囀つて居つた。彼奴は歌よみの乞食かも知れぬぞ。「歌々と歌を囀る歌作りうたうた出来ぬ身こそうたてき」』 馬公『何を吐しやがるのだ。うたつ目にはうたうた囀りやがつて、そんな処かい。彼奴が例の代物だ、彼奴を、俺等が力を合してふん縛つて了へばもう占めたものだ。松だとか梅だとか白状し居つたではないか』 鹿公『しかし乍ら一寸見た処、なかなか豪胆な女らしい。二人や三人の梃に合ふ様な奴ぢやあるまい。それに貴様あんな大きな男がひつついて居るのだから、到底そんな野心を起しても駄目かも知れぬぞ』 虎公『しかりしかり、而うして聊か以て手強い奴だ。下手にマゴ付くと、スツトコドツコイのオタンチン、チンチクリンのチンチクリン』 馬公『そりや何吐す』 鹿公『まことにはや、しだいがらだ』 牛公『時に取つての儲け物だ。うまいうまい、しかと虎まへるのだな』 馬公『俺等の名を並べやがつて、うまい事吐きやがる』 牛公『もう斯うなつては、廐の隅にも置いとけぬワイ』 鹿公『しかりしかりしかも座敷の真中か、コーカス山の中のお宮の御住ひ』 虎公『とらマア結構な事だなア』 牛公『洒落やがるない。人の真似計りしやがつてモウそんな話は止めようかい』 馬公『ばかばかしいからな。うまい話と化物とは滅多に会はれるものぢやない』 鹿公『しかし乍らコーカス山には沢山な化物が集まつて居ると云ふ事だ。うまい話も沢山あるぢやないか』 虎公『虎でも、獅子でも、狼でも、熊でも、狐でも、狸でも、犬でも、猫でも、杓子でも、瓢箪でも、酒の粕でも、コーカスでも、狡猾な奴計りが集まつて利己主義をやつて居るのだと云ふ事よ。これから虎さんもちつと狡猾になつて猫でも被つて虎猫になつて見よう、ニヤーンと妙案だらう』 時公『オイオイ牛、馬、鹿、虎、俺が最前から狸の空寝入りをして貴様等の囁きを聞いて居れば、太い奴だ。牛公の儲け話、馬公の甘い算段、鹿公の狡猾目的、虎公の猫被り、トラ猫のコーカス野郎、大気津姫が呆れるワイ。サア、ま一度時さまの前で云つて見よ』 八公『こら四人の、四足、俺は八さまだぞ。知つてるか四ツの倍が八だ。ぐづぐづ吐すと八裂だぞ』 鴨公『ヤイ、貴様等、松がどうだの、梅がどうだのと何をかまふのだ。かもて呉れるな。此方は三五教の宣伝使だ。何もかも御承知だからかもさまと云ふのだ。貴様の悪い企はちやんと看破して居るのだ。どうだ何もかも白状するか』 牛公『もうもうもう何も彼も白状致します』 馬公『うまうま待つて下さい』 鹿公『鹿つめらしい顔してしかつて下さるな』 虎公『お前さま等にとらまへられぬ先に尾を捲きます』 鴨公『宜しい。これから何もかも気を付けるが宜からうぞ』 時公『アハヽヽヽヽ』 時公はすつくと立つて、宣伝歌を歌ひ始めた。 時公『浪音高き琵琶の湖鳴る言霊の此処彼処 また来る春を松島や浪風高き竹の島 見ても強そな梅の島浮ぶ景色も面白く 一寸三島の沖越えて真帆に風をば孕ませつ 此処まで来たる時も時ぎうと詰まつた船の客 うしや苦しと泡を吹く角の立つたる牛公や 尻の始末に馬さまが豆屁の様な法螺を吹き 欲と酒とにからまれて心は紅葉鹿の鳴く しかめ面した鹿さまや荒肝とられた虎さまの コーカス山の物語大気津姫が呆れたと 屁を放る様な小理屈をやつとかました八公の 骨も身もないかけ合ひだ墨を吹いたる蛸の様な 禿ちやま頭の鴨公がかもかかもかと威張り出す 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも コーカス山の曲神をこの時さまが現はれて 時をうつさず言霊の誠の道を説き分けて 欲に迷うた曲神の心のもつれ解いてやる 牛の糞でも天下取るうまい話にのせられた 船の上にてうつかりとほざいた鼻鹿物語 叱り散らすは易けれどとらまへ処のない虎公 直日に見直し聞直し宣り直し行く船の上 牛馬鹿虎のみならずこの船中の人々よ 鑿や鉋や鋸の働く如く今よりは 心の曲をきり払ひ垢を削れよ三五の 神の教にまつらうて栄耀栄華に暮し居る 大気津姫の真似をすな従順に心改めて 早く乗り換へ神の船この世を救ふ神の船 目無堅間の救ひ船浪風荒き世の中も 溺れる案じあら波の浪に漂ふ松代姫 神の教の一時に開く梅ケ香姫の神 此二方の宣伝歌確り聞いて改めよ この世ばかりか先の世の力となるは神の教 教の友船幾千代も老ず死らず天津日の 神の御国へ救ひ行く神の救ひの御船に 一日も早く乗り直せ乗れよ乗れ乗れ神の船 醜の言霊詔り直せ神は汝と倶にあり 嗚呼有難き神の恩嗚呼有難き神の徳 とつくり思案した上で神に貰うた生粋の 心の色を現はせよコーカス山は高く共 神の恵みに比ぶれば足元さへも寄り付けぬ 琵琶の荒湖深くとも深き恵みに比ぶれば たとへにならぬものぞかし畏き神の御教に まつろひまつれ諸人よ禍多き人の世は 神を離れて易々とくれ行く事は難かしい ほめよたたへよ神の徳祈れよ祈れ神の前 前や後や右左神の御水火に包まれて 生きて行くなる人の身は神に離れな捨てられな アヽ惟神々々御霊幸ひましまして 世の諸人の身魂をば研かせ給へ研きませ 心の岩戸押しあけて清き月日を照らせかし 清き月日を照らせかし』 と歌ひ終つて元の座に就きけり。 (大正一一・三・三旧二・五藤津久子録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 07 覚醒 第七章覚醒〔五〇三〕 四人の宣伝使は初公を従へ、イホの都を後にして七十五声の言霊の、スエズの地峡を打渡り、神の教を四方の国、青人草に白瀬川、一の瀑布の間近き山に着きにけり。只さへ暗き春の日は愈暮れて咫尺を弁ぜぬ真の暗なり。虎、狼、獅子の咆哮する声は谿の木魂を響かして次第々々に近づき来る。 蚊取別『サア、かうなつては足許も真暗がりだ。明日は大決戦をやらねばならぬから、此木蔭で、ゆつくりと休息をして元気を養ふ事としようかな』 一同は首肯きながら暗の木蔭に腰を下し、蓑を敷きて横はつた。四人の宣伝使は昼の歩行に労疲れて、何れも雷の如き鼾をかいて寝て居る。猛の声はますます激しくなつた。初公は耐らず蚊取別を揺つて、 初公『モシ蚊取別さま、起きて下さらぬか。だんだん変な声が聞えて来るから』 蚊取別『アーア、やかましい、貴様恐いのだらう。強さうなことを云つても実地に臨むと正体が現はれるナア。斯ういふ時に大声で宣伝歌を歌へば好いのだよ。しかし大きな声だと俺達の安眠の妨害になるから、貴様一人口の中で宣伝歌を歌つて居れ。足下に何が来ても噛みはしない。八釜敷う言ふな、もう戌の刻だから』 初公『偉いお邪魔をしますなア。マアゆつくり休んで下さい。アーこれからこの初さまが宣伝歌で猛の千匹万匹は、ウンと吹き飛ばすのだ。しかし大きな声を出すなと云つても、猛の奴短兵急に襲撃した時には、力いつぱい大声を出すからそれ丈け承知して居つてもらひます』 蚊取別『ヨシヨシ、承知した。貴様もいい加減に寝まぬか』 初公『やすめと云つたつて、目がさえて寝まれはしない』 蚊取別『此の日の長い夜の短いのに、ぐづぐづして居ると夜が明ける。マア寝まして貰はうかい』 と又もやゴロンと横になり、雷の如き鼾をかく。猛の声は山岳も揺ぐ許りに猛烈になつて来た。初公は独言。 初公『アヽ何んと、宣伝使と云ふものは肝玉の太いものだなア。向ふの瀑には大蛇の悪魔が居る、猛が唸り立ててやつて来る。それにも拘らず、安閑として高鼾をかいて居るとは呆れたものだ。ヤー俺も一つ肝を放り出してやらう、恐いと思ふから恐いのだ。なーにチツト荒い風が吹いて居ると思へばいい。獅子でも虎でも、狼でもいくらなつと唸れ。サヽ俺も寝よう』 と肱を枕に横はる。又もや初公は起き上り、 初公『ヤー、どうしても寝られぬ。何んでも此奴は大蛇の奴が、魅入れて居やがるのかも知れぬぞ。決心した以上は恐くも何んともないから寝られぬ道理がないのだ。目もいい加減に疲労れて居る。アヽ惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。どうぞ私に命が惜いと云ふ執着心から放さして下さいませ。惟神霊幸倍坐世』 蚊取別『アヽ折角寝たと思へば耳のそばで八釜敷う云ふものだから又目が開いた。早く寝ぬかい』 と又もやグレンと横になりて高鼾をかく。 初公『なんと妙な男だ、もう寝て了つた。エーこの闇の夜にアタ淋しい。チヨツ、ジツとして居れるかい。何ぞ其処らに落ちて居らぬかなア』 と言ひながら四つ這ひになりてそこらを掻き捜す。忽ち手に触れたのは、麻の縄である。 初公『ヤアこいつは麻の縄だ。誰がこんな所に落して置きよつたのか。而も新しい奴だ。オーこれで蚊取別の髪毛を縛り、八方に別けて木に繋いで置いてやらう。余り叱りよるから業腹だ』 とそつと蚊取別の鬢髪をさぐり、 初公『ヤーしまつた。ハアこいつは禿蛸土瓶天窓だ。 「禿頭前にとりゐはなけれども奥にしよんぼり髪がまします」 か、アヽこいつを繋いでやれ。しかしこんなに薄い毛は抜けると困るから、腰のまはりをグツトしめて、四方八方の木の株に繋いで置いてやらう。さうしてワイワイと云つて目を覚ましてやると面白からう。さうなとして夜を明かさな辛抱も出来たものぢやないワ』 と云ひながら蚊取別の腰の廻りに縄を持つて行く。 初公『イヨー、よう寝て居やがる。偉さうにほざいても寝た時は、仕様もないものだなア。科人か何ぞの様に縄付にせられよつて、白河夜船を漕いで居る。アヽさうだ夜船の綱だ』 と腰を今や縛らむとする時、蚊取別は 蚊取別『ウーン』 と寝返りを打つ。 初公『ヤア、びつくりした。起きたかと思つたら、なんだ寝返りを打ちよつたのだナつ』 又もや括らうとする。蚊取別は、見当さだめて横つ面を、ビシヤビシヤとなぐる。初公は驚いて、 初公『ナヽ何をするのだイ』 蚊取別『悪い事は出来ぬものだな』 初公『コイツは失敗つた。蚊取別さま、起きて居つたのか』 蚊取別『きまつた事だよ。一目も寝はしないよ、貴様の独語は皆聞いて居る。馬鹿な奴ぢやなア』 初公『アハヽヽヽヽ』 蚊取別『ワハヽヽヽヽ』 高光彦は目を覚まし、 高光彦『この真夜中に大きな声で何が可笑しいのですか』 蚊取別『イヤもう初公の奴つたら、吾々の寝とる間に何処からか縄を探して来よつて、四人の体躯を一々縛つて木の株に括りよつたのですよ。貴方がたも何処か括られて居ませう』 高光彦『たとへ体躯の二箇所三箇所括られても、自由の精神は括られて居ないから大丈夫ですよ。アハヽヽヽ』 と笑ふ折しも、頭上俄に赤く紅の如くに深林を照らすものがある。この光に対岸の白瀬川の一の瀑布は、白竜の幾十ともなく体を揃へて天に昇り行く如くに見えて来た。 蚊取別『ヤア瀑が見える、大変猛烈な光だ。妖怪変化の怪光であらうか、イヤイヤさうではなからう。日の出神の一つ火かも知れぬ』 と云うて居る其前に忽然と現はれた一柱の立派な神がある。蚊取別は一目見るより大地に平伏し、 蚊取別『ヤア、これは日の出神様、よくもお出下さいました。サアもうこれで大丈夫だ』 日の出神『お前達は此処を何処だと思うて居るか』 蚊取別『ハイ、白瀬川のほとり、一の瀑布の前だと思つて居ります』 日の出神『それは大間違ひだ。高山の如く見せて居るのは、世界第一の大蛇の背だ、大地を放れて中空に舞ひ上つて雲の中に這入つて居るのだぞ』 蚊取別『それでも、イホの都からトントンと歩いて此処までやつて来たのです。確に山だと思ひますが』 日の出神『サアそれが誑されて居るのだ。余り鎮魂が好くきくと思つて、知らず知らずの間に慢心するものだから、こんな目に逢ふのだ。お前が昨日訪問した夏山彦の家を何んと思つて居る、あれは大蛇の尾であつた。その尾の上に気楽に乗せられて歌を歌つたり色々のものを喰はされて御馳走だと思つて居たのだ』 蚊取別は頭を掻きながら、 蚊取別『ハテ、合点が行かぬ。何の事だ。確かに夏山彦の館だつたになア』 日の出神『それが違ふのだ。一寸袖を目にあてて覗いて見よ』 蚊取別その他の四人は袖を目に当て、四辺を見ればコハソモ如何に、幾十里とも知れぬ、大蛇の背に乗せられ遥かに高き空中に舞上り、其尾は今や地上を放れむとする時である。 蚊取別『ヤア、コリヤ大変だ。余り慢心して天まで上り詰めて、真つ逆様に落ちて木葉微塵になる所だつた。モシモシ日の出神様、我々は此大蛇の山を否背を伝うて地上に降ります。これより上に昇らない様に守つて下さい』 日の出神は黙つて俯むく。一同は一生懸命に大蛇の背を走りながら地上目がけて降つて行く。漸く尾の端に着いた。尾は既に地上を離れる事七八間、 蚊取別『ヤア皆さま大変だ。地上までは七八間も距離がある。どうしよう、もう少し尾を下げてくれぬものかいなア。ヤアヤア、滅茶矢鱈に尾を振り居る。ヤアヤア大蛇に振落されるわ振落されるわ』 高光彦『だんだん高くなる一方です。また天に上げられ、中途から放られては大変です。サアみな手をつないで飛下りませう。ヤア、もう十間です十間です。これぢや天にもつかず、地にもつかず、サアサア五人は手をつないだ手をつないだ』 と云つた儘、命からがら山の頂上目がけて飛び降りた。 途端に驚き霊より覚めて見れば、十四日の月は高熊山の中天に輝き、王仁の身は巌窟の前に仰向けに倒れ居たりける。 (大正一一・三・六旧二・八谷村真友録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 24 言霊の徳 第二四章言霊の徳〔五二〇〕 手力男神は正門に現れ、儼然として敵軍の襲来を心待に待つて居る。 天菩比命は数多の軍勢を引連れ、軍卒は手に手に松明を持ち、四辺に火をつけ焼き滅ぼしつつ進み来る。後よりは一隊の軍勢、血刀を振つて登り来る。その光景恰も地獄道の如く思はれけり。 菩比命は門前に現れ、手力男神に向ひて、 菩比命『オー、汝は何神なるか、速須佐之男の悪逆無道なる邪神に従ふ曲津神、我は天教山に在します撞の御柱神の神命を奉じ、汝等を征伐せむが為に立向うたり。最早この嶋は殆ど焼き尽し、汝等が部下の将卒は、大半刃の錆と消え失せたれば、最早抵抗するの余力もなかるべし。イザ尋常に此門を開き降伏せよ』 と馬上に跨つた儘、威丈高に呼はり居る。手力男神は莞爾として、門を左右にサツと開き、 手力男神『サアサア、門は斯の如く開放致しました。何卒御自由に御這入り下さいませ。数多の軍卒等に於ても、嘸お疲れで御座いませう。是丈の嶋に火を放つて焼きなさるのも並大抵の御苦労では御座いますまい。御蔭でこの嶋を荒す猛毒蛇も殆ンど全滅致しました。お腹が空いたでせう、喉がお乾きでせう。此処に沢山の握り飯、酒も用意がして御座います。何万人のお方が御上り下さつても恥を掻きませぬ。どうぞ緩りと御上り下さいませ。その様に恐い顔をして、肩臂怒らし、固くなつて居られては御肩が凝りませう。我々は善言美詞の言霊を以て、直日に見直し宣り直す、神須佐之男大神の御神慮を奉戴するもの、決して決して酒にも飯にも毒などは入れて居りませぬ、御緩りとお召し上り下さいます様に』 菩比命『ヤアー、汝は百計尽き、毒を以て、我等を全滅せむとの巧であらう。その手は食はぬぞ』 手力男神『是は是は、迷惑千万。然らば手力男が御毒見を致しませう』 と云ひ乍ら、酒樽に柄杓を突き込み、掬うては二三杯グツと飲み、握り飯を矢庭に五つ六つ頬張つて見せた。 菩比命『然らば暫く休息いたす。今の間に館内の者共、城明渡しの準備を致せ』 手力男神『マアマア、さう厳しく仰せられるに及びませぬ。同じ天地の神の水火より生れた人間同志、心一つの持様で敵もなければ味方もない、何れも神の水火より生れた我々、天下の喜びも天下の悲しみも皆一蓮托生で厶る』 菩比命『汝はこの場に望んで気楽千万な事を申す奴、何か深い秘密が包まれてあるに相違なからう。左様な事に欺かるる菩火ではないぞ』 手力男神『手力男の秘密と申せば七十五声の言霊、美言美詞の神嘉言の威徳に依つて、天地清明国土安穏、病無く争ひ無く、天下太平にこの世を治める、言霊の秘密より外には何物も御座いませむ』 高杉別はこの場に立現れ、 高杉別『オー、手力男殿、唯今奥殿に進み入り、深雪姫の御前に致つて、御神慮を伺ひ奉るに、瑞の御霊の御仰せ、言霊を以て荒ぶる神を言向け和せとの御戒め。イヤハヤ貴神の遣り方には高杉別も感服致した。大国別様も貴神と同様の御意見で御座る』 手力男神『左様で御座らう。オー、菩比命様、斯の如く当館は表は武器を以て飾り、勇敢決死の武士も数多養ひ居れども、御覧の如く、貴神が獅子奮迅の勢を以て、血染焼尽しの攻撃軍に向ひ、悠揚せまらず御覧の如く、剣は鞘に弓は袋に納まり返つた此場の光景、刃に血塗らずして敵を喜ばせ、敵を味方と見做して取扱ふは、仁慈の神の思召よくよく大神の御誠意を御認識の上、撞の御柱の大神に具さに言上あらむ事を望みます』 菩比命『案に相違の貴神らの振舞、今まで逸り切つたる勇気も、何処やらへ消え失せた様な心地で御座る。ヤアヤア部下の将卒共、菩比命が命令だ、直ちに甲冑を脱ぎ捨て、武器を放し、この場に一同集まつて休息を致せ』 此一言に、逸り切つたる数多の将卒は、武装を解き、この場に喜々として現れ来り、酒に酔ひ握り飯に腹を膨らせ、歓喜を尽して踊り舞ひ修羅は忽ち天国と化したり。 この時深雪姫命は大国別に導かれ、門内の広庭に、数多の軍卒及び部下将卒の他愛もなく酒酌み交し喜び戯るる前に現れ、声も涼しく歌ひ始め賜ふ。 深雪姫『コーカス山に現れませる瑞の御霊の御言もて 御山を遠くサルヂニヤこの神嶋に現れて 世の有様を深雪姫八十の曲津の猛びをば 鎮めむ為に言霊の珍の息吹を放てども 曇り切つたる曲津見の服らふ由もなきままに 神の御霊の現れませる十握の剣を数多く 造りそなへて世を守る神の心は徒らに 剣を以て世を治め弓矢を以て曲神を 言向け和す為ならず心の霊を固めむと 玉の剣を打たせつつ神世を開く神業を 天教山に現れませる撞の御柱大神は いよいよ怪しと思召し深くも厭はせ嫌ひまし 菩比命に言任けて此処に攻め寄せ玉ひしは 我等が心を白波の瀬戸の海よりいや深く 疑ひ玉ふ験なり七十五声の言霊に 世の悉は何事も直日に見直し聞直し 言向和し宣り直す誠一つの一つ島 天の真名井にふり滌ぎさ嚼に嚼みて吹き棄つる 気吹の狭霧に生れたる我は多紀理の毘売神 心平に安らかに神須佐之男大神の 赤き心を真具さに天に帰りて大神の 命の前に逸早く宣らせたまへや菩比の神 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 君に対して村肝の穢き心あるべきか 天津御神も見そなはせ国津御神も知ろしめせ 空に輝く朝日子の日の出神の一つ火に 照して神が真心を高天原に細やかに 宣らせ玉へよ菩比の神善と悪とを立別ける 神が表に現れて疑ひ深き空蝉の 心の闇の岩屋戸を開かせ玉へスクスクに 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 宣り直しませ天津神御空も清く天照らす 皇大神の御前に謹み敬ひ畏こみて 猛く雄々しく現れし十握の剣は姫神の 神言の剣いと清く光り輝く神御霊 瑞の御霊を大神の御前に捧げ奉る』 と歌ひ了れば、菩比命は思ひ掛無きこの場の光景に力脱け、懺悔の念に堪へ兼て、さしもに猛き勇将も、涙に暮るる計りなりける。 忽ち天空を轟かし、この場に舞ひ降る巨大の火光、彼我両軍の頭上を、前後左右に音響をたてて廻転し始めたり。神々は一斉に天を仰ぎ、この光景を見詰めつつあつた。火光はたちまち変じて麗しき男神となり、空中に佇立して一同の頭上を瞰下し玉ひつつありき。 この神は伊弉諾命の珍の御子日の出神であつた。正邪善悪の証明の為に天教山より神勅を奉じて、降り玉うたのである。 忽ち白煙となつて中空に消え玉ひ、後は嚠喨たる音楽聞え、次第々々に音楽の音も遠くなり行きぬ。いよいよ菩比命の降臨によつて、須佐之男命の麗しき御心判明し、命は直に高天原に此由を復命さるる事とはなりける。 (大正一一・三・一一旧二・一三岩田久太郎録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 28 三柱の貴子 第二八章三柱の貴子〔五二四〕 神代の太古、伊邪那岐命よりお産れ遊ばした天照大御神様、この神様は日の大神様と申上げて、本部綾部に御祀りしてあります所の神様であります。このへんから申上げます。 伊邪那岐命が 『筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐ケ原に於て禊身し玉ふ時、左の御目を洗ひ給ひて成りませる神の御名は天照大御神、次に右の御目を洗ひ給ひて成りませる神の御名は月読命』 といふことが書いて御座います。目といふものは吾々肉体から申しますると、右と左と両方に持ちて居りまして物を視るといふことの上に最も大切なものであります計りか、眼は心の窓と申します位重要なもので御座います。所が一歩進んで考へて見ますと、総てこの宇宙間に形を持つて居るものは森羅万象残らず目すなはち眼目といふものがなくてはならぬ。実際凡ゆるものに眼目があると云ふ事は吾人は常に之を認め得るのであります。姿こそ人間のやうな姿ではないけれど、他の動物に於てもこの眼をもつて居ります。禽虫魚草木の類に至るまで此眼のないものはありませぬ。また一つの文章を読みましても、この中にも必ず眼目といふものがあります。御勅語の中にも眼があります。 『皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ、汝臣民克ク忠ニ克ク孝ニ』 これが教育勅語の眼目であります。また戊申詔書には、 『淬礪ノ誠ヲ輸サバ国運発展ノ本近ク斯ニ在リ』 これが詰り眼になつて居る。その通り初め天地をお造りになるに当つても、この宇宙を治める為にはどうしても、眼といふものが必要であるといふので、そこで伊邪那岐命は天地の主をお創めになつたのであります。すなはち伊邪那岐命は、先づ天の主をこしらへたい、この霊界の主宰者をこしらへたいと思召しになりまして左の目を洗ひ給うた、この左の目といふのは日であります。太陽神であつて上である。右の目といふのが太陰神であつて下であります。言霊の天則から申しますと左は男、右は女と、これは既に神様の御代から定まつた掟である。然るにこの左の目を洗うてお生れになつたのが日の大神、天照大御神であつて、右の目を洗うてお生れになつたのが月読命、さうすると目からお生れになつたのは、変性男子女子でありました。左の目をお洗ひになつて直ぐお生れになつたのが変性男子の天照大御神でありました。これで詰り左を宇宙霊界とし、右を地球として、天上天下の君をお生みになつた訳であります。 『次に御鼻を洗ひ給ひしときに成りませる神の御名は建速須佐之男命』 はなは初めに成るの意義で即ち初めである。物質の元であります。花が咲いて而して後から実を結びます。人間の身体が出来るにつきましても、先づ胎内に於て人間の形の出来る初めは鼻である。それから眼が出来る。絵師が人間の絵を描きましても、その輪廓を描くのに何より先に鼻を描く、鼻は真中である。鼻を先へ描いて然る後に目を描き口を描いてそこで都合好く絵が出来るのである。この初めて出来た統治の位地にお立ちになるのが須佐之男命であります。俗に何でも物の完成したことを眼鼻がついたと申します。神様も此世界をお造りになつて、さうしてそこに初めて眼鼻をおつけになつたのであります。 『此時伊邪那岐命太く歓喜して詔り給はく』 愈天地が完全に出来たから、神様は非常にお喜びになつた。これまでに神様は随分沢山な御子達をお産みになつて居りますが衝立船戸の神様から十二柱ありました。その次に三柱お生れになつてをるので都合十五柱であります。男神様は我はかやうに沢山の子を産むだが、しかし今度の様な眼鼻になる所の子は初めてである。 『吾は御子生みて、生みの果に三柱の貴子得たり』 と仰せられまして、やがて、 『其御頸珠の玉の緒母由良に取りゆらかして』 即ちむかしの勾玉と申したやうな、高貴な人が飾りとしてかけて居つた頸珠であります。丁度今で申しますと大勲位章とか、大綬章とか、一等勲章とか云ふ意味の、曲玉のやうなのを掛けて居られたかと思はれます。 そこでこの玉を自分からお取り脱しになつて天照大御神にお渡しになつた。母由良にとりゆらかしてといふことは何でも非常に喜んで物を渡すときには、自然に手や身体が揺れる。一面から云へば揺つて渡す。頂くときにも亦揺つて頂く、今は然う云ふやうなことでは御座いませぬけれども、本当に嬉しいときには然うなつて来るのであります。さて之を揺りよい音鳴りをさせながら天照大御神に賜ひまして詔給はく、 『汝が命は高天の原を知らせ』 と高天原を主宰せよと仰せになつて珠をお授けになつたのであります。 『かれ其御頸珠の名を御倉板挙之神と申す』 此の御倉板挙之神といふことは、言霊学上から見ても、神様の方で申されまする暦――此世界には恒天暦、太陽暦、太陰暦の三つの暦が常に運行循環して居るのであります。で、此御頸珠をお授けになつたといふのは、所謂御倉板挙之神、即ち恒天暦、太陽暦、太陰暦をお授けになつたのであります。 『次に月読命に詔給はく「汝が命は夜の食国を知らせ」と事依さし給ひき』 右の眼よりお生れになつた月読命に夜の主宰をせよと仰せられた。知らせといふことは、大事に守護り能く治めよといふ意味で、太陰の世界を主宰せよと仰有つた。高天原は全大宇宙である。夜の食国は昼の従である。それで月読命はどこまでも天照大御神を扶けて宇宙の経綸に当れと、斯う云ふ詔であります。 『次に建速須佐之男命に詔給はく「汝が命は海原を知らせ」と事依さし給ひき』 須佐之男命は鼻からお生れになつた方であります。海原といふのは此地球上のことであります。地球は陸が三分の一しかありませぬ、三分の二といふものは海であります。で地球を総称して大海原と申すのであります。斯うして伊邪那岐命様は深いお考へから夫々其知ろしめす所を、各々にお分けになつて、汝は高天原を、汝は夜の食国を、汝は地球上即ち大海原を知ろしめせと、御神勅になつたのであります。今日は天照大御神の三代の日子番能邇々芸命が、どうも此お国が治まらぬといふので天から大神の神勅を奉じて御降臨になつて、地球上をお治め遊ばして、さうして我皇室の御先祖となり、其後万世一系に此国をお治めになつてあるのでありますが、それより以前に於きましては、古事記によりますと須佐之男神が此国を知召されたといふことは前の大神の神勅を見ても明白な事実であります。 『故各々依し給へる御言の随に、知らしめす中に、速須佐之男命、依さし給へる国を知らさずて、八拳髯胸前に至るまで啼いさちき』 須佐之男命は大神の仰に随つて地上に降臨遊ばされた。地上を治める為めに、お降りになりましたけれども、その時この地上は乱れて居つて、神代にも丁度今日のやうな世があつたものと見えます。で今日のやうに政治であらうが、宗教であらうが、教育であらうが、何から何まで一切のものが行き詰つて了うて、もう行きも戻りも上げも下しも出来ぬ様になつて居つた。それで須佐之男命様は、この世の中を安らけく平けく治めて大神を安堵させ奉る事が出来ないから非常にお歎きになつて、『八拳髯胸前に至るまで』長く長く髯が延びて胸前の所まで下つて来るまで御心配をなすつた。人といふものは髯を拵へたり髪を整へたり、いろいろのことをして、容貌を整へなくてはならぬけれども、此国を治めようといふ事に、余り御心配を遊ばしたのでありますから、知らぬ間にこの髯が八拳に長く伸びて居つたのであります。 『泣きいさちき』 といふのは、世の中の一切悉くのものが、もうどうしても、これから進むで行くとか、開けて行くとか、どうしたらよいかといふ方法がない、手のつけやうがないといふまでに非常に行き詰つて了つた状態を、お歎きになるさまに形容したのであります。 『其泣き給ふ状は』 どういふ工合であつたかといふと、 『青山を枯山なす泣き枯らし』 今まで山などの草木が青々と生ひ繁つて居たのに、世が行き詰つた為に枯れて了うた。枯らして了うた。山がすつかり一変して枯山となつてしまうた。これは今日の状態によつく似て居るではありませぬか。今まで十年計画、百年計画といふやうな風にいろいろな事業が企てられた。何会社が立つの、或は何事業が起されたと、無茶苦茶に四五年前から本年の春までは偉い勢で、好景気を謳歌して、青々とした山の如くに有頂天になつて居りましたが、青山がいつまでも天空につかへないが如くに、なんぼ木が伸びたつて天につかへる気遣ひのないやうに、一朝行きつまれば最早さう云ふ勢はすつくり枯れて了ふ。今年の春からこの方、元も子もなくなつて、青山は枯山になつた。どうしても伸びる方法もない、火の消えたるが如き有様になつて了つたのであります。 『河海は悉に泣き乾しき』 山が枯山となつたと同じく、河も海も悉く乾いて了うて、一滴の水もなくなつたといふのであります。今日の世の中に譬へて申しますれば、郵船会社とか、商船会社とか其他いろいろの海運業も追々と仕事がなくなつて二進も三進も行かなくなつた。すると此海河の労働仕事に従事して居るものは、稼殖の途のなくなるのは勿論、稼業に離れる、職に離れるといふことになつて来ると一家は子供に至るまで、悉く泣き乾しになる。最早や食ふ道がないやうになると、もう乾干になるより仕様がない。総て海に稼いで居る者も、河に従事して居る者も、其他一切のことに従事して居る者も、みんな泣き乾しになつて了うたのである。 『是を以て悪神の音なひ、狭蠅なす皆沸き、万の物の妖悉に発りき』 神代に於ても世が行き詰つて来れば、そこにいろいろの不祥なる事件が起つて来たものと見えます。 畏くも明治天皇陛下が、 『之ヲ古今ニ通ジテ謬ラズ之ヲ中外ニ施シテ悖ラズ』[※教育勅語の一節] と仰せられましたやうに、真理といふものは何れの時代にも適応するので御座います。既に古事記の明文にある所で御座います。今日の状態を考へて見れば、丁度此岩戸開き前の状態と克く似て居る。世がどん底に行き詰つて労働しようにも仕事がない、仕事がなければ妻子眷族を養ふことが出来ない。生活といふことが出来なくなるとそこで悪神の音なひとなり、いろいろの騒動が起つて来る、人間の心が荒んで来る。衣食足つて礼節を知る、今まで善い魂を持つて居つたものも、だんだん悪い魂の力に押へられて悪化して了ふ。食ふか食はぬか、死ぬか生きるか、喰うて死ぬか食はずに死ぬか、斯う云ふ苦しい立場になりますと、人心は日増しに悪化して善くないことが往々始まる。甚だしきは警察へ行つて御厄介になつた方が楽で、養なつて呉れて安全だといふものが出来る。監獄に入れば食はして呉れる、金銭はなくても可いといふ具合に自暴自棄的に悪神の音なひが始まる。此音なひといふのは、神様の御真意に背いた所の、いろいろの論説が出て来るといふので、あちらからも此方からも異端邪説が叢り起ることであります。然うした結果が、うるさい所の五月蠅のやうにブンブンブンといろいろの事が湧いて、 『万の物の妖悉に発りき』 一切のものに災禍が起つて来る。外交の上に於きましても、内治の上に於きましても、商工業の上にも、一切万事、何も彼にも、世の中のありと凡ゆるものに向つて、みな災禍が起つて来るのであります。そこで天から伊邪那岐大神が之を御覧になつて、 『速須佐之男命に詔給はく』 仰有るのには、 『何とかも、いましは、事依させる国を治さずて泣きいさちる』 そなたは、此大海原の国を治めよと言うてあるのに、何故それを治めぬのか、世の中を斯う云ふ難局に陥らせたのか、何うして騒がしい世の中として了うたのか、と大変にお責になつたのであります。すると須佐之男命は、誠に相済まぬ事であります。兎も角これは私に力が足らぬからであります。私が悪いのでありますとお答へになつた。併し斯うなつて来ては如何なる人が出て来ても、此時節には敵はない。治まるときには治めなくても治まるが、治まらぬときに之を治めるといふ事は難かしいものであります。人盛んなれば天に勝ち、天定まつて人を制す、悪運の強い時には如何なる神もこれを何うも斯うもする事が出来ない。艮の金神様も此時節の勢には敵はぬと仰せられて、それで三千年間あの世に隠れて、今日の神政成就の時節を待つて、現在に顕はれ天の大神様の御命令を奉じて、三千世界の立替立直しをなさらうといふのであります。大神様でさへもさう仰せに成るのでありますから、況して須佐之男命が大変に行き詰つた地上を治めようとなさつてもどうして治まらう筈がありませう。然らば何故須佐之男命御一人では治まらないのであるかと申せば、それは今日文武百官がありまして、亦た政党政派が互に相争ひ、一方が斯うすれば一方が苦情を持ち出して思ふやうにならぬ如く前に申しましたやうに既にいろいろの神様達が沢山あつて、其神々様が各自に天津神の御心を取り違へて、所謂体主霊従に陥つて居られたので、一人の須佐之男命がどれ程誠の途を開かうとなすつた所で、更に耳に入れるものがない、各自に勝手な真似をなさる。丁度強情な盲と聾との寄合のやうであります。そこに千仭の谷があつても盲は顛覆へるまでは知らぬ顔をしてをる。どれ程雷が鳴つても聾は足下に落ちるまでは平気である。それに強情を張つて誰が何と注意しても聴かない。神代の人もそのやうに体主霊従で、どうしても命の命令を聴かなかつた。それで須佐之男命は、これは取りも直さず自分の責任である、自分の不徳の致す所である、到底自分の力では及ばないのであると、自らをお責めになつて、 『あは妣の国、根の堅洲国に罷らんと思ふが故に泣く』 私はもうお暇を頂いて、母の国に帰らうと仰せられたのであります。根の堅洲国と申すのは母神の伊邪那美命がおいでになつてゐる所であります。尤もこれまでの或る国学者達は根の堅洲国といふのは地下の国であると云つて居りますが、併し一番に此伊邪那美命は月読命と同じく月界に御出でになつたのでありますから、月界を根の堅洲国と言つたのであります。で須佐之男命は自分の力が足らないのである、不徳の致す所であるからして自ら身を引いて、根の堅洲の国へ行かうと仰有つて、一言も部下の神々の不心得や、其悪い行状を仰せられなかつた。如何にも男らしい潔白なお方で御座います。所が伊邪那岐命は非常に御立腹になつた。 『然らばみまし此国にはな住みそ』 其方のやうな此海原を治める力量の無いものならば、二度と此国に住むではならぬ。勝手に根の堅洲国へ行つたがよからう。一時でも居つてはならぬぞとお叱りになつたけれども、伊邪那岐命は須佐之男命の心中は疾くに克く御存知である。自分の子がどうして此国を治める事が出来ないか、どうして自分の珍の児の言ふことを万の神々が聴かぬか、腹の底では充分に御存知でありますが、それを彼此仰有らない。心の中には千万無量のお悲しみを持つて居られまするけれども、他に多くの神々に傷をつけるといふことは考へ物である。それで須佐之男命に刑罰を与へて罪人としたならば、その他の八百万の神、これに随いて居る所の神等はそれを見て皆改心するであらう、その悪かつたことを悟るであらうと思召して大神様は自分の子を罰せられたのでありまして、普通の者の出来難いことで御座います。その広大なるお情深い御心は、誠に勿体ない次第でありませぬか。此須佐之男命を罪に問うたならば、あれこそ吾々の為めに罪せられたのである、誠に済まないことであるから、吾々は悔い改めて本当の政治をしなければならぬ、改心を早く致して命の罪を赦されむ事を八百万の神々が思ふであらうと思召して伊邪那岐命は此処置をお取り遊ばしたのであるが、矢張体主霊従に陥られた八百万の神達は容易にそれがお解りにならず、あれは当然である、政治の主権をあんな者が握つて居つては国の治まらう筈がない、あれが居なくなれば又善い神様が来るに違ひない、否吾々の力で充分に世を治めようといふやうな頗る冷淡な間違つた考へを有つて居つたのであります。寔にこんな世の中を治めようとするには並大抵の事ではないので御座います。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・五再録谷村真友録)