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ひふみ神示 24_黄金の巻 第18帖 祈れば祈る程悪うなることあるぞ。結構な道と判らんか。心して迷ふでないぞ。天国の門、貧者富者の別ないぞ。別ある境界つくるでないぞ。世界中一度にゆすぶると申してあらう。釦一つででんぐり返ると申してあること、未だ判らんのか。神罰はなし。道は一つ二つと思ふなよ、無数であるぞ。-但し内容は一つぞ。 - 新しき道拓いてあるに、何故進まんのぢゃ。下腹からの怒は怒れ。胸からの怒は怒るなよ。昔から無いことするのであるから、取違ひもっともであるなれど、分けるミタマ授けあるぞ。高い天狗の鼻まげて自分の香嗅いで見るがよいぞ。鼻もちならんぞ。今迄のこと ちっとも交らん新しき世になるのであるから、守護神殿にも、判らんことするのであるから、世界の民みな一度に改心するやうに、どん詰りには致すのであるなれど、それ迄に一人でも多く、一時も早く、改心さしたいのぢゃ。気ゆるめたら肉体ゆるむぞ。後戻りばかりぢゃ。霊人と語るのは危ないぞ。気つけくれよ。人は人と語れよ。かのととりの日。一二十
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(534)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第23帖 この神示読むとミタマ磨けるぞ、ミガケルぞ。神示読むと改心出来るぞ。暮し向きも無理なく結構にヤサカ、弥栄えるぞ。まだ判らんのか。苦しいのは神示読まんからぢゃ。金の世すみて、キンの世来るぞ。三年目、五年目、七年目ぢゃ、心得なされよ。欲しいもの欲しい時食べよ。低うなるから流れて来るのぢゃ。高うなって天狗ではならん道理。頭下げると流れ来るぞ。喜び、愛から来るぞ。神様も神様を拝み、神の道を聞くのであるぞ。それはとによって自分のものとなるのぢゃ。融けるのぢゃ。一つ境があるぞ。世界の人民一人一柱守りの神つけてあるぞ。人に説くには人がいるぞ。役員取違ひしてゐるぞ。われよし信仰だからぞ。あまり大き過ぎるから判らんのも道理ながら、判らんでは済まん時来てゐるぞ。いざと云ふ時は日頃の真心もの云ふぞ。付け焼刃は付け焼刃。神拝むとは、頭ばかり下げることでないぞ。内の生活することぞ。内外共でなくてはならん。残る一厘は悪の中に隠してあるぞ。かのととり。一二十
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(568)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第57帖 仲よしになって道伝へよ。道を説けよ。一切を肯定して二九を伝へよ。悪神かかりたなれば自分では偉い神様がうつりてゐると信じ込むものぞ。可哀さうなれどそれも己の天狗からぞ。取違ひからぞ。霊媒の行見ればすぐ判るでないか。早う改心せよ。霊のおもちゃになってゐる者多い世の中、大将が誰だか判らんことになるぞ。先生と申してやれば皆先生になって御座る。困ったものぞ。十二月七日一二十
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(605)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第94帖 落ちてゐた神々様、元へお帰りなさらねば この世は治まらんのであるぞ。一人一人ではいくら力ありなされても物事成就せんぞ。それは地獄の悪のやり方。一人一人は力弱くとも一つに和して下されよ。二人寄れば何倍か、三人寄れば何十倍もの光出るぞ。それが天国のまことのやり方、善のやり方、善人、千人力のやり方ぞ。誰でも死んでから地獄へ行かん。地獄は無いのであるから行けん道理ぢゃなあ。曲って世界を見るから、大取違ふから曲った世界つくり出して、自分で苦しむのぢゃ。其処に幽界出来るのぢゃ。有りてなき世界、有ってならん。一月三日
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(612)
ひふみ神示 25_白金の巻 第1帖 天地のことわり書き知らすぞ。この巻しろかねの巻。 天国ぢゃ、霊国ぢゃ、地獄ぢゃ、浄土ぢゃ、穢土ぢゃと申してゐるが、そんな分けへだてはないのであるぞ。時、所、位に応じて色々に説き聞かせてあるのぢゃが、時節到来したので、まことの天地のことわりを書き知らすぞ。三千の世界の中の一つがそなた達の世界であるぞ。この世も亦三千に分れ、更に五千に分れてゐるぞ。このほう五千の山にまつれと申してあろう。今の人民の知り得る世界はその中の八つであるぞ。人民のタネによっては七つしか分らんのであるぞ。日の光を七つと思うてゐるが、八であり、九であり、十であるぞ。人民では六つか七つにしか分けられまいが。イワトがひらけると更に九、十となるぞ。かくしてある一厘の仕組、九十の経綸、成就した暁には何も彼も判ると申してあらうが。八つの世界とは、、ア、オ、ウ、エ、イであるぞ。八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、と考へてよいのぢゃ。キとは気の気であるぞ。その他に逆の力があるぞ。九と十であるぞ。その上に又霊の霊の個から始まってゐるのであるが、それはムの世界、無限の世界と心得よ。霊界に入って行けば、その一部は知れるなれど、皆直ちには判らないのであるぞ。判らんことは判らんと、わからねばならんと申してあらうがな。天、息吹けば、地、息吹くと申してあろう。このことよくわきまえよ。地の規則、天の規則となることあると申して知らしてあらう。この大切こと忘れるでないぞ。おもひの世界が天ぞ。にくの世界が地ぞ。おもひは肉体と一つぞ。二つぞ。三つぞ。おもひ起って肉体動くぞ。肉体動いておもひ動くこともあるぞ。生れ赤児の心になって聞いて下されよ。何も彼も、ハッキリうつるぞ。陰と陽、右と左、上と下、前と後、男と女と考へてゐるなれど、タカミムスヒとカミムスヒと考へてゐるなれど、別のミナカヌシ、現はれるぞ。、卍、、よく見て下されよ。一であり、二であり、三であらうがな。三が道と申してあろう。陰陽二元でないぞ。三元ぞ。三つであるぞ。なくてはならん。にもかくれたと現われたとがあるぞ。このこと先づ心得て下されよ。そなた達は父と母と二人から生れ出たのか。さうではあるまいがな。三人から生れ出てゐること判るであらうがな。どの世界にも人が住んでゐるのであるぞ。の中にがあり、その中に又があり、限りないのざと知らせてあらうが。そなた達の中に又人がゐて限りないのぢゃ。このほう人民の中にゐると知らしてあらうがな。そなた達も八人、十人の人によって生きてゐるのぞ。又十二人でもあるぞ。守護神と申すのは心のそなた達のことであるが、段々変るのであるぞ。自分と自分と和合せよと申すのは、八人十人のそなた達が和合することぞ。それを改心と申すのざぞ。和合した姿を善と申すのぢゃ。今迄の宗教は肉体を悪と申し、心を善と申して、肉体をおろそかにしてゐたが、それが間違ひであること合点か。一切がよいのぢゃと云ふこと合点か。地獄ないこと合点か。悪抱き参らせよと申してあること、これで合点か。合点ぢゃナア。各々の世界の人がその世界の神であるぞ。この世ではそなた達が神であるぞ。あの世では、そなた達の心を肉体としての人がゐるのであるぞ。それがカミと申してゐるものぞ。あの世の人をこの世から見ると神であるが、その上から見ると人であるぞ。あの世の上の世では神の心を肉体として神がゐますのであって限りないのであるぞ。裏から申せば、神様の神様は人間様ぢゃ。心の守護神は肉体ぢゃと申してあらうがな。肉体が心を守ってゐるのであるが、ぢゃと申して肉体が主人顔してはならんぞ。何処迄も下に従ふのぢゃ。順乱すと悪となるぞ。生れ赤児ふみこえ、生れ赤児になって聞いて下されよ。そなた達の本尊は八枚十枚の衣着ているのぢゃ。死と云ふことは、その衣、上からぬぐことぢゃ。ぬぐと中から出て来て又八枚十枚の衣つけるやうになってゐるのぢゃ。判るやうに申してゐるのぢゃぞ。取違ひせんやうにせよ。天から気が地に降って、ものが生命し、その地の生命の気が又天に反影するのであるが、まだまだ地には凸凹あるから、気が天にかへらずに横にそれることあるぞ。その横の気の世界を幽界と申すのぢゃ。幽界は地で曲げられた気のつくり出したところぢゃ。地獄でないぞ。十二月十四日
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(615)
ひふみ神示 25_白金の巻 第4帖 凸凹あるから力あらはれるのぞ。凸凹あるため、善のみでも呼吸し、 又 真のみでも呼吸するのであるぞ。偽善者も真を語り、真を伝へ得るのであるぞ。愛を云ひ得るのであるぞ。幽界と申すのは凸凹のうつしの国と申してあらうがな。地獄ではないのざ。仙人は幽界に属してゐるのざと聞かしてあらうが。取違ひして御座るぞ。愛は真と和して愛と生き、真は愛と和し、愛によって真の力現はれるなれど、愛のみでも愛であるぞ。真のみでも真であるぞ。只はたらき無いのざ。能ないもの力ないぞ。喜びないぞ。喜びないもの亡びるのざ。入らねば悪となるぞ。能なきもの罪ぞ。穢れぞ。善と悪と二道かけてならんぞ。理は一本と申してあらう。悪は悪として御役あるぞ。悪と偽りの中に悪の喜びあるぞ。善と悪の二道の中には、二道かけては喜びないぞ。喜びないもの亡びるのざ。御役の悪とは悪と偽りの悪であるぞ。悪と善との二道かけての悪でないぞ。心せよ。悪は悪にのみ働きかけ得るのであるぞ。善に向って働いても、善はビクともせんのぢゃ、ビクつくのは、悪に引込まれるのは、己に悪あるからぞ。合せ鏡と申してあらうが。悪の気断ちて下されと申しておらう。心の鏡の凸凹なくなれば悪うつらないのざ。悪はなきものぞ。無きとは力無きことぞ。悪あればこそ向上するのであるぞ。悔い改め得て弥栄するのであるぞ。人間の能あるのざぞ。を忘れてはならん。一月二日
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(726)
ひふみ神示 28_夏の巻 第9帖 ウムと申すことは、自分をよりよく生長さすこと。一つ生めば自分は一段と上に昇る。この道理わかるであろうがな。産むことによって、自分が平面から立体になるのであるぞ。毎日、一生懸命に掃除してゐても、何処かにホコリ残るもんぢゃ。まして掃除せん心にホコリつもってゐること位、誰にでも判ってゐるであろうが。神示で掃除せよ。大病にかかると借金してでも名医にかかるのに、霊的大病は知らん顔でよいのか。信仰を得て霊的に病気を治すのは、一瞬には治らんぞ。奇跡的に治るとみるのは間違ひ。迷信ぞ。時間もいり手数もいる。物も金もいる。大き努力いるのであるぞ。取違ひ多いのう。
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(790)
ひふみ神示 31_扶桑の巻 第2帖 なかとみのふとのりとことふとにのりあぐ。 一はいくら集めても一であるぞ、判らんものいくら集めても判らん道理、二は二、三は三であるぞ、一を二つ集めても二にはならんぞ、人民大変な取違いを致して居るぞと申してあろうがな、がもとぢゃ、一がもとぢゃ、結びぢゃ弥栄ぢゃ、よく心得なされよ。世の元、の始めから一と現われるまではを十回も百回も千回も万回も、くりかへしたのであるぞ、その時は、それはそれはでありたぞ、火と水のドロドロ(十)であったぞ、その中に五色五頭の竜神(二ん)が御ハタラキなされて、つくり固めなされたのぢゃ、今の人民は竜神(二ん)と申せば、すぐ横を向いて耳をふさぐなれど、マコトのことを知らせねばならん時ざから、ことわけて申してゐるのぞ。竜神(二んとは神理)であるぞ、五色の竜神とは国常立尊の御現われの一であるぞ。戒律をつくってはならん、戒律がなくてはグニャグニャになると思ふであろうなれども、戒律は下の下の世界、今の人民には必要なれど、いつまでも、そんな首輪はいらんぞ、戒律する宗教は亡びると申してあろうがな。
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(796)
ひふみ神示 31_扶桑の巻 第8帖 平坂の 岩戸[言答]ひらけむ 音のきこゆる。 神に怒りはないのであるぞ、天変地異を神の怒りと取違ひ致してはならん。太神は愛にましまし、真にましまし、善にましまし、美にましまし、数にましますぞ。また総てが喜びにましますが故に怒りはないのであるぞ、若し怒りが出た時は、神の座から外れて了ふのであるぞ。救ひの手は東よりさしのべられると知らしてあろが、その東とは、東西南北の東ではないぞ、このことよく判りて下されよ。今の方向では東北から救ひの手がさしのべられるのぢゃ、ウシトラとは東北であるぞ、ウシトラコンジンとは国常立尊で御座るぞ、地-千、智-の元の、天地の元の元の元の神ぞ、始めの始め、終りの終りぞ、弥栄の弥栄ぞ、イシヅヱぞ。
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(811)
ひふみ神示 32_碧玉之巻 第8帖 四ツ足を食ってはならん、共喰となるぞ、草木から動物生れると申してあろう、神民の食物は五穀野菜の類であるぞ。今の人民の申す善も悪も一度にひらいて、パッと咲き出るのが、次の世の新しき世の有様であるぞ、取違いせぬように、悪と申しても魔ではないぞ、アクであるぞ。大峠の最中になったら、キリキリまひして、助けてくれと押しよせるなれど、その時では間に合わん、逆立してお詫びに来ても、どうすることも出来ん、皆己の心であるからぞ、今の内に改心結構、神の申す言葉が判らぬならば、天地のあり方、天地の在り方による動きをよく見極めて下されよ、納得の行くように致して見せてあるでないか。
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(813)
ひふみ神示 32_碧玉之巻 第10帖 岩戸しめの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の命の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、十の卵を八つ生んで二つ残して行かれたのであるぞ、十二の卵を十生んだことにもなるのであるぞ、五つの卵を四つ生んだとも言へるのであるぞ、総て神界のこと、霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、それでちゃんと道にはまってゐるのであるぞ。一ヒネリしてあるのぢゃ、天と地との間に大きレンズがあると思へば段々に判りてくるぞ。夫神、妻神、別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸がしめられたのである道理、判るであろうがな。その後、独り神となられた夫神が三神をはじめ、色々なものをお生みになったのであるが、それが一方的であることは申す迄もないことであろう、妻神も同様、黄泉大神となられて、黄泉国の総てを生み育て給ふたのであるぞ、この夫婦神が、時めぐり来て、千引の岩戸をひらかれて相抱き給う時節来たのであるぞ、うれしうれしの時代となって来たのであるぞ。同じ名の神が到るところに現はれて来るのざぞ、名は同じでも、はたらきは逆なのであるぞ、この二つがそろうて、三つとなるのぞ、三が道ぞと知らせてあろうがな。時来たりなばこの千引の岩戸を倶にひらかんと申してあろうがな。 次の岩戸しめは天照大神の時ぞ、大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神、揃ふてお出まし近うなって来たぞ。 次の岩戸しめは素盞鳴命に総ての罪をきせてネの国に追ひやった時であるぞ、素盞鳴命は天下を治しめす御役神であるぞ。天ヶ下は重きもののつもりて固まりたものであるからツミと見へるのであって、よろづの天の神々が積もる-と言ふ-ツミ(積)をよく理解せずして罪神と誤って了ったので、これが正しく岩戸しめであったぞ、命をアラブル神なりと申して伝へてゐるなれど、アラブル神とは粗暴な神ではないぞ、あばれ廻り、こわし廻る神ではないぞ、アラフル現生る-神であるぞ、天ヶ下、大国土を守り育て給う神であるぞ、取違ひしてゐて申しわけあるまいがな。このことよく理解出来ねば、今度の大峠は越せんぞ。絶対の御力を発揮し給ふ、ナギ、ナミ両神が、天ヶ下を治らす御役目を命じられてお生みなされた尊き御神であるぞ。素盞鳴の命にも二通りあるぞ、一神で生み給へる御神と、夫婦呼吸を合せて生み給へる御神と二通りあるぞ、間違へてはならんことぞ。 神武天皇の岩戸しめは、御自ら人皇を名乗り給ふより他に道なき迄の御働きをなされたからであるぞ。神の世から人の世への移り変りの事柄を、一応、岩戸にかくして神ヤマトイハレ彦命として、人皇として立たれたのであるから、大きな岩戸しめの一つであるぞ。 仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしてゐたのであるなれど、仏教と共に仏魔わたり来て完全に岩戸がしめられて、クラヤミの世となったのであるぞ、その後はもう乱れほうだい、やりほうだいの世となったのであるぞ、これが五度目の大き岩戸しめであるぞ。
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(929)
ひふみ神示 38_紫金之巻 第11帖 何も彼も前つ前つに知らしてあるのに、人民は先が見えんから、言葉のふくみがわからんから取違ひばかり、国土(九二つち)の上は国土の神が治らすのぢゃ、世界の山も川も海も草木も動物虫けらも皆この方が道具に、数でつくったのぢゃ。愈々が来たぞ、いよいよとは一四一四ぞ、五と五ぞ。十であるぞ、十一であるぞ、クニトコタチがクニヒロタチとなるぞ、クニは黄であるぞ、真中であるぞ、天は青であるぞ、黄と青と和合してみどり、赤と和して橙となり、青と赤と和して紫となる、天上天下地下となり六色となり六変となり六合となるのぢゃ、更に七となり八となり白黒を加へて十となる仕組、色霊結構致しくれよ。
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(990)
ひふみ神示 39_月光の巻 第58帖 春が来れば草木に芽が出る。花が咲く。秋になれば葉が枯れるのぢゃ。時節よく気付けて取違ひせんよういたしくれよ。時節程結構なものないが、又こわいものもないのであるぞ。丁度呼吸のようなもので一定の順序あるのぞ。吸の極は呼となり、呼の極は吸となるぞ。これが神の用であるから、神の現われの一面であるから、神も自由にならん。この神も時節にはかなわんのであるのに、そなたは時々この時節を無視して自我で、或ひは時節を取違ひして押しまくるから失敗したり怪我したりするのぢゃぞ。素直にしておれば楽に行けるようになってゐるぞ。時まてばいり豆にも花さくのであるぞ。水が逆に流れるのであるぞ。上下でんぐり返るのであるぞ。上の人が青くなり、下の人が赤くなるのであるぞ。取りちがひないように理解して下されよ。
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(993)
ひふみ神示 39_月光の巻 第61帖 そなたの苦労は取越し苦労。心くばりは忘れてならんなれど、取越し苦労、過ぎ越し苦労はいらん。そうした苦労は、そうした霊界をつくり出して、自分自身がいらぬ苦労をするぞ。何ごとも神にまかせよ。そなたはまだ神業の取違ひして御座るぞ。そなたの現在与えられてゐる仕事が神業であるぞ。その仕事をよりよく、より浄化するよう行じねばならんぞ。つとめた上にもつとめねばならん。それが御神業であるぞ。そなたはそなたの心と口と行が違ふから、違ふことが次から次へと折り重なるのぢゃ。コト正して行かねばならんぞ。苦を楽として行かねばならん。苦と心するから苦しくなるのぢゃ。楽と心すれば楽と出てくるのぢゃ。ちょっとの心の向け方、霊線のつなぎ方ぞ。そなたは悪人は悪人ぢゃ、神として拝めとは無理ぢゃと申してゐるが、一枚の紙にも裏表あるぞ。そなたはいつも裏ばかり見てゐるから、そんなことになるのぢゃ。相手を神として拝めば神となるのぢゃ。この世は皆神の一面の現われであるぞ。
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 22 神業無辺 第二二章神業無辺〔二七二〕 爰に天の御柱の神は、女神の宣言を喜び給はず、いたく怒り給ひて、歌もて其の怒りを洩らさせ給ひぬ。其御歌、 『天津御神の御言もて天の柱となり出でし 吾は高天原を知らすべき神のよさしの神司 雲井に高き朝日子の光りも清き神御魂 汝は国土知らすべき豊葦原の神つかさ 天と地とはおのづから高き低きのけじめあり 重き軽きのちがひあり天は上なり地は下よ 男子は天よ女は地よ天は下りて地は上 此逆さまの神業は本津御神の御心に いたく違へるひが事ぞ天は上なり地は下 男子は上ぞ女は下ぞ天と地とを取違ひ 上と下とを誤りていかでか清き御子生まむ いかでか清き国生まむ再び元に立帰り 天津御神にさかしらのこの罪科を詫び了へて 再び神のみことのり祈願奉り御柱を 改め廻り言霊を宣りかへしなむいざさらば いざいざさらば汝が命』 と稍不満の態にて、男神は元の処に帰り給ひけるに、女神も其理義明白なる神言にたいし、返す言葉もなく再び元の処に、唯々諾々として復帰し給ひたり。 その時成り出でましたる嶋は、前述のごとく淡嶋なりき。淡嶋は現今の太平洋の中心に出現したる嶋なるが、此天地逆転の神業によつて、其根底は弛み、遂に漂流して南端に流れ、地理家の所謂南極の不毛の嶋となりにける。 而て此の淡嶋の国魂として、言霊別命の再来なる少名彦命は手足を下すに由なく、遂に蛭子の神となりて繊弱き葦舟に乗り、常世の国に永く留まり、その半分の身魂は根の国に落ち行き、幽界の救済に奉仕されたるなり。 この因縁によりて、後世猶太の国に救世主となりて現はれ、撞の御柱の廻り合ひの過ちの因縁によりて、十字架の惨苦を嘗め、万民の贖罪主となりにける。 ここに諾冊二尊は再び天津神の御許に舞上り、大神の神勅を請ひ給ひぬ。大神は男神の宣言のごとく、天地顛倒の言霊を改め、過ちを再びせざる様厳命されたり。 ここに二神は改言改過の実を表はし、再び撞の御柱を中に置き、男神は左より、女神は右より、い行き廻りて互ひに相逢ふ時、男神先づ御歌をよませ給ひける。其御歌、 『浮世の泥を清めむと天津御神の御言もて 高天原に架け渡す黄金の橋を打ち渡り おのころ嶋におり立ちて八尋の殿をいや堅に 上つ岩根につき固め底つ岩根につきならし うましき御世を三つ栗の中に立てたる御柱は つくしの日向の立花や音に名高き高天原の あはぎが原に聳え立つ天と地との真釣り合ひ 月雪花の神まつり済ませてここに二柱 汝は右へ吾は左左は夫右は妻 めぐりめぐりて今ここに清き御国を生みの親 神伊邪那美の大神の清き姿は白梅の 一度に開く如くなり嗚呼うるはしき姫神よ 嗚呼うるはしき顔容よ汝が命のましまさば たとひ朝日は西の空月は東の大空に 現はれ出づる世ありとも夫婦が心は相生の 栄え久しき松の世を常磐堅磐に立てむこと いと安らけし平けしいざいざさらばいざさらば 天津御神の御言もて国の安国生みならし 島の八十嶋つき固め百の神達草木まで 蓬莱の春のうまし世に開くも尊き木の花の 咲耶の姫の常永に鎮まり居ます富士の峰 空行く雲もはばかりて月日もかくす此の山に 稜威も高き宮柱撞の御柱右左 めぐる浮世の浮橋はこの世を渡す救け船 救けの船の汝が命見れども飽かぬ汝が姿 阿那邇夜志愛袁登女阿那邇夜志愛袁登女 夫婦手に手をとりかはし天と地との御柱の 主宰の神を生みなさむ主宰の神を生みなさむ 浦安国の心安くみたまも光る紫の 雲のとばりを押分けて輝きわたる日の光 月の輝きさやさやにいやさやさやに又さやに 治まる両刃の剣刃の天の瓊矛の尖よりも 滴り落つる淤能碁呂の嶋こそ実にも尊けれ 嶋こそ実にも尊けれ』 と讃美の歌を唱へられたりける。 (大正一一・一・二〇旧大正一〇・一二・二三井上留五郎録) (第二二章昭和一〇・二・一二於木の本支部王仁校正)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 28 不思議の窟 第二八章不思議の窟〔三二八〕 巌窟内の唸り声は刻々強烈となり、百千万の虎狼の一時に吼え猛るが如く、四辺の山々も木草も凡て一切のものを戦慄せしめたり。小島別は殆ど失神の状態にて、大地に仰向けに倒れたるまま、手足をビクビク慄はせ居たりける。日の出神は、 日の出神『オーイ、オーイ』 と合図をすれば、この声に応じて何処よりともなく祝姫の宣使と面那芸の宣使は現はれきたり、ここに三柱は小島別の倒れたる巌窟の前に立ち現はれ、日の出神は歌を歌ひ、面那芸の宣使は石と石とを両手に持ち拍子を取り、祝姫は日蔭葛を襷に掛け、常磐の松を左手に携へ右の手に白扇を広げ舞ひ始めたり。 祝姫の歌、 祝姫『天と地との火と水の呼吸を合せて国治立の 神の命の造らしし心筑紫の神の島 大海原を取囲み浦安国は豊の国 熊襲の国は神の園常磐堅磐に築立てし 天の岩戸は是なるか国治立の大神は 心の汚き八十神の曲神の企みの舌の根に 懸らせ玉ひて天津神日の大神の戒めを 受けさせ玉ひて根の国に退はれませど皇神は 何も岩戸の奥深く隠れ玉ひて世を忍び 天地四方の神人の身魂を永遠に守ります その勲功は千代八千代常磐の巌の弥堅く 穿ちの巌の弥深く忍ばせ玉ふこれの巌 忍ばせ玉ふこれの巌岩戸を開く久方の 天津日の出の神言を堅磐常磐に宣る神は 日の出神と祝姫面那芸彦の三柱ぞ 浮船伏せて雄々しくも踏み轟かす巌の前 神の小島の宣伝使建日の別と現はれて 天の三柱大神の任のまにまに上り来る されど心は常暗の未だ晴れやらぬ胸の闇 心の岩戸は締め切りて開かむよしも無きふしに 恵も深き国治立の神の命の分け魂 建日の別の大神は天の岩戸を開かむと 導きたまふ親心神の心を不知火の 小島の別の宣伝使千々の神言蒙りて 心に懸る千万の雲霧払ひ晴れ渡る 御空に清く茜さす日の大神の御恵みに 常世の暗も晴れぬべし赦させ玉へ建日別 熊襲の国の守り神人の心も清々と 誠の道に服従ひて心安らけく純世姫の 神の命の御魂をばこれの巌窟に三柱 千木高知りて斎かひつ天津祝詞の太祝詞 宣るも尊き巌の前日の出神の言霊を 建日の別も諾なひて御心和め玉へかし』 と涼しき声を張上げ調子よく歌ひながら、汗を流し帰神して舞ひ狂ひける。面那芸神は石と石とを打ち合せて面白く拍子をとりしが、さしも猛烈なりし巌窟の大音響は夢のごとくに止まりにける。小島別はムツクと立上がり細き目を開きながら三柱の神を眺めて驚き、夢か現か幻か、合点の行かぬこの場の光景と、自ら頬を抓めり指を噛み、 小島別『アヽ矢張り夢では無かつたかナア』 日の出神は、 日の出神『オー貴下は小島別の宣伝使、最前よりの貴下の様子、如何にも怪しく何事ならむと、木蔭に佇み聞きをれば此巌窟の唸り声、如何なせしやその顛末を詳細に語られよ』 と尋ねられ、小島別は三柱の宣伝使に黙礼しながら、 小島別『イヤモウ、大変でしたよ。私は神界に仕へてより、何一つ功名もいたさず、智慧暗き身の悲しさ、大慈大悲の大神の御心を誤解し普く天下を宣伝して、やうやうこの亜弗利加の嶋に参りましたのは一月以前のことであります。国人の話に依れば、此処には立派な巌窟ありて、時々唸りを立てるといふ事。私も一つ修業の為と思ひ、嶮しき山坂を越へ谷を渡りて、漸くこの巌窟に辿り着きし間もなく、色々の国人がこれこの通り参拝いたして、頻りに何事か祈つてをる。耳を澄して聞けば、常世神王の教を奉ずる人間計り、これでは成らぬと背水の陣を張りて、命を的に三五教の宣伝歌を歌ひ始めました。数多の人々は私の宣伝歌を非常に嫌つて四方八方より迫害せむとする。なに、吾々は天地の教を説く神の使の宣伝使だ。たとへ火の中水の底も、潜りて助けるは吾々の天職と、有らゆる勇気を出して漸く彼らを改心させ、ホツト一息吐く間もなく此巌窟の奥の方より異様の姿朦朧と現はれ、「アハヽヽハー、オホヽヽホー」と嘲弄はれ、あらむかぎりの吾々の弱点を並べ立てられ、イヤハヤモウ埒もなくきつく油を搾られました。吾々は未だ身魂が磨けて居りませぬ。いよいよ一つ決心をして、今までの取違を改めねばなりませぬ』 と大略を物語りける。日の出神は厳然として宣るやう、 日の出神『ここは尊き神様の御隠家、建日別とは仮りの御神名、やがて御本名を名乗り玉ふ時も来たるべし。貴下は此処へ永らく鎮まりて、この巌窟の前に宮を建て、純世姫命の御魂を祭り、熊襲の国の人民を守つて下さい、吾々はこの山を越えて肥の国に行かねばなりませぬから』 これを聞くより小島別は、 小島別『如何なる神の御引合せか、思ひ掛なき尊き日の出神様に御目に掛り、こンな嬉しきことはありませぬ。仰せに従ひ大神様の岩戸の神の御名を戴き、これより建日別と改め永遠に守護をいたします。どうぞ御安心下さいませ』 と答へける。日の出神は満足の色を現はし、この場を後に三柱の宣伝使を伴ひ、又もや宣伝歌を歌ひながら、この谷間をドンドン登り行く。 (大正一一・二・一旧一・五高木鉄男録)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 42 分水嶺 第四二章分水嶺〔三四二〕 高照彦の憂に沈む懐旧談に、耳を澄まして聞き入りゐたる三人の宣伝使は、有為転変の空行く雲を打眺め、感慨無量の態なりしが、面那芸司は日の出神に向ひ、 面那芸『ただいま高照彦様のお話を聞きまして、実に感心いたしました。これを思へば、我々はわづかな狭い白雪郷に酋長となつて、夢の如くにこの世を暮して来たが、高照彦様の御苦労のことを思へば、殆ど九牛の一毛にも如かない苦労だ。幸にも日の出神の宣伝使に三五教の結構な教を説き諭され、翻然として悔い改め、ここまで来るは来たものの、未だ未だ我々は苦労が足りない。実際の事を白状いたしますが、明けても暮ても、白雪郷に残しておいた我が妻の面那美姫は何うして居るであらうか、訳の分らぬ虎や熊のやうな里人を、女の弱い細腕で酋長として何うして治めて行くであらうか。思へば思へば不愍なものだ。夫婦となるも深い因縁だのに、神の為とは言ひ乍ら、海山越えて二人は悲しき生木の別れ、四鳥の悲しみ釣魚の歎きとは我々の境遇であらうと、明け暮愛着の涙を人知れずしぼつたのを思へば、実に情ない。何たる卑怯であらう。あゝ何たる未練な我であらう。生者必滅会者定離だ。愛別離苦の念に駆られるやうな事では、到底この世を救ふ清き宣伝使となることは出来ない。あゝ悪かつた。あゝあゝ神様、どうぞ私の弱き心に、貴神の強き力を与へて下さいませ』 と天に向つて合掌し、涙を流しける。 日の出神はうち頷き、 日の出神『あゝそれで宜しい。その心掛でなくては、とても宣伝使にはなれない。私も実の事を言へば、貴方の精神上の覚悟の点に於て、最う少し何処やら物足らぬ心持がしてゐた。中途に神徳を外して了やせぬか、腰を折りやせぬかと、やや不安の念に駆られてゐたのだ。あゝ私もそれを聞いて本当に安心した。有為転変の世の中は、何事も惟神に任すより仕方がない。今といふこの瞬間は、善悪正邪の分水嶺だ。過去を悔まず未来を恐れず、神命のまにまに皆さま心を合せて進みませう』 と言ひ切つて、先に立ち、又もや涼しき声を張りあげて、 日の出神『心つくしの益良雄が神の命を蒙りて 波に漂ふアフリカの筑紫の国へと進みゆく 心は矢竹にはやれども弱り果てたる膝栗毛 足は草鞋に破られて血潮を染めなす紅葉の 赤き心をたよりとし豊葦原の瑞穂国 踏み行く旅の面白さそも此の島は身一つに 面四つありと聞くからは残るはもはや一つ面 思ひは同じ宣伝使宣る言霊も清くして 大海原を包みたる深霧伊吹きに払ひつつ 国の主宰の白日別鎮まりゐます都まで 進めや進めいざ進め進めや進めいざ進め』 と勢よく駆け出しにける。 折しも、轟然たる大音響聞ゆると見る間に、東北の天に当つて黒煙濛々と立ち昇り、大岩石は火弾となりて地上に落下し来りぬ。一行はこの爆音に思はず歩みを止め、しばし途上に佇立して、その惨澹たる光景を遥にうち仰ぎける。 面那芸『モシモシ、あれは何処の山が破裂したのでせうか。吾々の前途を祝するのでせうか、あるひは悪神が呪つてるのではありますまいか』 祝姫『いいえ、吾々は神様の御用のために斯うして天下を遍歴する者、天地の大神様は我々の一行の門出を祝するために、煙火を上げて下さつたのでせう。最前も日の出神様が有為転変の世の中ぢやとおつしやつたでせう』 面那芸『さうでせうかな。それにしても余り大きな音でした。私は耻しい事だが、胆玉が転覆しかけましたよ』 日出神『アハヽヽヽヽ、も一寸面那芸さま、度胸をしつかりせないとこンな事ではない、今かうして吾々の通つてゐる大地が爆発するかも知れない。その時には貴方は何うする心算だ』 面那芸『さあ刹那心ですな。善悪正邪の分水嶺、一寸先のことは分りませぬわ』 日出神『さうでせう、さうでせう。しかしこの世の中はすべて神様の意の儘だ。今破裂したのは、あれはヱトナの火山だ。タコマ山の祭典の時に、爆発して以来、今日まで鎮まつてゐたのだが、又もや突然爆発したのは吾々に対する天の警告だらう。竜宮城の言霊別の神はヱトナ火山の爆発した一刹那、悪神に毒を盛られて大変に苦しまれたといふことだ。吾々も注意せないと、筑紫の都へ行つて、何ンな悪神の計略の罠に陥れられるやも知れないから、気を付けなくてはならぬ』 高照彦『さういふ時には吾々はどうしたらよろしいか』 日出神『別に何うするも斯うするもありませぬ。ただ天地を自由にし、風雨雷霆を叱咤するといふ神言を、無駄口を言ふ暇があつたら、奏上さへすれば凡ての災は払はれて了ふのです』 祝姫『今ここで一同揃うて神言を奏上しては如何でせう。大変に足も疲れましたなり、休息がてら神言を奏上しませうか』 日出神『休息がてらとは、それは何の事です。序に神言を上げるといふやうな事は出来ない。休息は休息、神言奏上は奏上だ』 祝姫『いや、これは有り難う、ついうつかりと取違ひをいたしました』 高照彦『それだから、女の宣伝使は頼りないと言ふのだ』 日出神『人の事はかまはひでも宜しい。宣伝使の身になつたホヤホヤで、人の事を言ふどころですか。貴方こそ私は頼りないと思つてゐる』 四人の宣伝使は道々いろいろの話を進ませながら、漸くにして大野原に出で、見れば南方に当つて、巍然たる白日別司の鎮まる館現はれたりける。 (大正一一・二・二旧一・六桜井重雄録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 17 敵味方 第一七章敵味方〔三六七〕 山頂の木を捻倒す如き暴風もピタリと止みて、頭上は酷熱の太陽輝き始めたり。淤縢山津見は、蚊々虎と共にこの山を西へ西へと下りつつ、 淤縢山津見『オイ蚊々虎、足はどうだイ。ちつと軽くなつたか』 蚊々虎『ハイもう大丈夫です、この調子なれば如何な嶮しき山でも岩壁でも、たとへ千万里の道程でも行ける様な心持になつて来ましたワ』 淤縢山津見『お前はしつかりせぬと曲津に取り憑かれる恐れがある。何と云つてもまだ改心が足らぬから、ちつとも臍下丹田に魂が据わつて居ないので、種々の曲津に憑かれるのだよ。それで足が重くなつたり、苦みたり弱音を吹いたりするのだ。曲津は我々のこの山を越えて巴留の国へ行くのを大変に恐れて居るのだよ。それで腹の据わらぬお前に憑つて弱音を吹かすのだ。魂さへしつかりすれば、たとへ億兆の邪神が来たとて指一本さへられるものではないよ』 蚊々虎『ほんたうにさうですな、イヤこれからしつかり致しませう。随分私も貴下の悪口を言ひましたが、赦して下さいますか』 淤縢山津見『赦すも赦さぬもあつたものか、皆お前に憑依した副守が言つたのだ。お前の言つたのぢやないワ』 蚊々虎『三五教は甘い抜道がありますな。あれ丈私が貴下のことをぼろ糞に云つたつもりだのに、それでもやつぱり副守が言つたのですか』 淤縢山津見『さうだ。邪神か四足の言葉だよ』 蚊々虎『それでも現に私が確に云つた事を、記憶して居ますがなあ』 淤縢山津見『サア記憶して居る奴が四足だもの、虎の本守護神は奥の方にすつこみて、副守がアンナ下らぬ事を云ふのだ。蚊々虎も副守も、まあ似た様なものだねー』 蚊々虎『さうすると私が副守の四足ですか、そりやあまり非道いぢやありませぬか。一体貴下のおつしやる事は何が何だか判らなくなりましたよ』 淤縢山津見『人間の云ふことならちつとは、こつちも怒つても見たり、理屈を云うて見るのだけれども、何分理屈を言うだけの価値がないからなー』 蚊々虎『へー妙ですなー。テンで合点の虫が承知しませぬわい』 淤縢山津見『まあ好い。俺の言ふ通りにさへすればよいのだ。その内に身魂が研けて本守護神が発動するよ』 二人はコンナ話しに旅の疲労を忘れて、ドンドンと雑木の茂る、山道を下り行く。傍に可なり大きな瀑布が、飛沫を飛ばして懸つてゐる。見れば四五人の荒くれ男が瀑布の前に腰打掛けて、何か面白さうに囁いてゐた。二人はその前を過らむとする時、その中の一人の男が大手を拡げて谷道に立塞がり、 男(荒熊)『オイ暫く待つた。お前は何処のものだ。ここは巴留の国だぞ。鷹取別の司の御守護遊ばす御領地だ。他国の者はこの滝より一人も前へ進む事を許さぬのだ。速かに後に引帰せ』 と睨み付ける。蚊々虎は腕を捲り捻鉢巻をしながら、 蚊々虎『巴留の国が何だ。鷹取別がどうしたと言ふのだ。勿体なくも三五教の大宣伝使淤縢山津見のお通りだ。邪魔を致すと利益にならぬぞ』 途に立塞がつた男、 男(荒熊)『俺は巴留の国の関所を守る荒熊といふ者だ。此方の申す事を聞かずに通るなら通つて見よ。利益にならぬぞ』 蚊々虎『よう吐かしよつたな。俺が為にならぬと云へば、猿の人真似をしよつて為にならぬと吐きよる。ウンそれも判つて居る。人に物を貰つて返しにお返礼を出す事がある。オツトドツコイ貰ひ言葉に返し言葉、しやれるない。俺を一体何と心得てをる。俺は貴様のやうな副守の容器になつた四足魂とは訳が違ふのだ。本守護神様の御発動なされる正味生粋の蚊々虎の狼だぞ。下におれ下におれ。神様のお通りに邪魔ひろぐと貴様の為にならぬぞ。コラ荒熊もうお返礼は要らぬぞよ』 荒熊『此奴は執拗い奴ぢや。オイ皆の者来ぬか来ぬか。五人寄つてこの黒ん坊を倒ばしてしまへ』 蚊々虎『アハヽヽヽ、蚊々虎は流石に虎さまだ。俺一人に五人も掛らねば、どうする事も出来ぬとは、貴様らが弱いのか、俺が強いのか、根つから葉つから分らぬ。ヤイ荒熊の五つ一美事掛るなら掛つて見よ』 と拳を握り、腕をニユツと前に突き出し、黒い目をグルグルと剥いて見せる。 荒熊『ヤイ貴様あ、何処の馬の骨か、牛の骨か知らぬが、偉う威張る奴だナ。もうそれ丈か、もつと目を剥け、鼻を剥け、口を開け、お化奴が』 蚊々虎『言はして置けば何を吐かすか判りやしない。愚図々々吐かすとこの鉄拳で貴様の横面を、カンカンと蚊々虎さまが巴留の国だぞ』 荒熊『オイオイ掛れ掛れ。伸ばせ伸ばせ』 と荒熊が下知するを、蚊々虎は両方の手に唾しながら、 蚊々虎『サア来い、五つ一、一匹二匹は面倒だ。一同五人の奴、束になつて束て一度にかかれ』 荒熊『何だ、割木か、柴のやうに束になつてかかれと、その広言は後にせえ。吠面かわくな、後の後悔は間に合はぬぞ』 と前後左右より蚊々虎に武者振りつく。 蚊々虎『ヤー、わりとは手対へのある奴だ。もしもし、センセン宣伝使様、鎮魂だ、鎮魂だ、ウンと一つやつて下さいな』 淤縢山津見『マー充分揉れたがよからうよ。あまり貴様は腮が達者だから、鼻の一つも捻ぢ折つて貰へ。アハヽヽヽ』 蚊々虎『そりやあまり胴欲ぢや、聞えませぬ。コンナ時に助けて下さるのが宣伝使ぢやないか、人を見殺しになさるのか。もしもし、もうそれそれ今腕を抜かれる。イヽヽヽイツターイ腕が抜ける。コラ荒熊、荒い事するな。柔かに喧嘩せぬかい』 荒熊『喧嘩するに固いも柔かいもあるか。この鉄拳を喰へ』 と云ふより早くポカリと打つ。四人は蚊々虎の左右の手足に確りと、獅噛付きゐる。 荒熊『オイ四人の者共それを放すな。これからこの蚊々虎の身体を突かうと殴らうと俺の勝手だ』 蚊々虎『オイ突くのも撲ぐるのもよいが、あまり酷いことをするなよ。ちつと負けとけ、割引せい』 荒熊『俺は負けと云つたつて、喧嘩に負けるのは嫌ひだ。木挽なら何の様にも割挽くが俺や止めた、嫌だ。貴様の生首をこれから捻ぢ切つてやるのだ。アー面白いドツコイ、貴様の面ぢや面黒いワイ。ワハヽヽヽ』 と笑ふ途端に崖から谷底目がけてヅデンドウと落込みける。四人は驚いて掴まへた手足を放したれば、蚊々虎は元気づき、 蚊々虎『さあ大丈夫だ。貴様らもこの谷底へみんな葬つてやらう』 四人は慄ひ戦き、岩に獅噛付いて居る。 蚊々虎『アハヽヽ、俺の真正面に来よつて、この方の霊光に打たれたと見えて、荒熊奴が仰向けに谷底にひつくり返つた。オイ荒熊の乾児共、面を上ぬかい。俺の霊光にひつくり返してやらうかい。もう大丈夫だ。もしもし宣伝使様、貴方はあまり卑怯ぢやないですか。味方の味方をせずに敵の味方をするとはよつぽど好い唐変木ですよ。それだから貴方はおーどーやーまーづーみーと云ふのだ。この蚊々虎の御神力に恐れ入つたらう。これからは荷物持ちになれ』 と云つて大法螺を吹きながら四辺を見れば、宣伝使の影は煙と消えて見えざりけり。 蚊々虎『あゝ弱い宣伝使だな。此奴もまた谷底に放られたのか知らぬ、あゝ気の毒なことだ。袖振り合ふも多生の縁、躓く石も縁の端、折角ここまでやつて来たものの、荒熊と一緒に谷底に放られてしまうたか、エー気の毒ぢや、アー人間と云ふものは判らぬものだナア。今まで偉さうに蚊々虎々々々だのと昔のかばちを出しよつて、偉さうに言つて居たのが、この悲惨な態は何の事かい。昔は昔、今は今ぢや』 と調子に乗つて四人の男を前に据ゑ、一人御託を並べて居る。そこへ流暢な声で、 宣伝使(淤縢山津見)『神が表に現はれて善と悪とを立別る この世を造りし神直日』 と云ふ宣伝歌聞え来たりぬ。 蚊々虎『ヨウまた宣伝使か、誰だらう。谷底へ嵌つた幽霊の声にしては、何んとなしに力がある。ハテナ、怪体な事があれば有るものぢや』 と独語を云つてゐると、そこへ淤縢山津見は谷底に落ちたる荒熊を、背に負ひ労り乍ら宣伝歌を歌ひつつ上り来たり。 蚊々虎『ヤヤバヽ化け者が、よう化けよつたナア』 淤縢山津見『オイオイ蚊々虎、俺だよ。化物でも何でもない真実者だ。宣伝使は善と悪とを立別る役だ。貴様があまり御託を並べるから同情は出来ない。却つて俺は荒熊に同情してこの危難を助けたのだ。神の道には敵も味方もあるものか。三五教の御主旨は味方の中に敵が居り、敵の中にも味方が在ると教へられてある。貴様は俺の味方でありながら神様の御心を取違ひ致して、却て敵になるのだ。この荒熊さまは吾々に対して無茶なことを云ひ、吾々の通路を妨げる敵の様だが、敵を敵とせず、敵が却て味方となる教だ。どうだ合点が行つたか』 蚊々虎は怪訝な顔して、 蚊々虎『へー』 と味のない味噌を喰つた様な顔をして、首を傾け指をくはへ、アフンとして山道に佇立しゐたり。 (大正一一・二・八旧一・一二谷村真友録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 20 張子の虎 第二〇章張子の虎〔三七〇〕 淤縢山津見は荒熊の高彦その他の四人と倶に静々と、ブラジルの山を西へ西へと降り行く。遥か前方に展開されたる原野あり、彼方此方に黄昏の暗を縫うて燈火が瞬きゐる。前方遥かに見渡せば松明の光、皎々と輝き大勢の喚き声聞えけり。一行は、その声の方に向つて急ぎけり。 見れば蚊々虎を真中に、数百人の群衆は遠巻に取り巻きて何事か呶鳴りつけ居る。蚊々虎は中央の高座に上り、 蚊々虎『朝日は照とも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける ヤイ、巴留の国の奴共、善と悪との立別の戦争は、今におつ始まるぞ。黄泉比良坂の戦ひが目前に差し迫つて居るのだ。何をキヨロキヨロして居るのだい。お前達は朝から晩まで「飲めよ騒げよ一寸先は暗夜、暗の後には月が出る」などと、真黒けの一寸先の判らぬウラル彦の宣伝歌に呆けて、酒ばかり喰つて腸まで腐らして居る連中だらう。勿体なくも黄金山から御出張遊ばした天下の宣伝使、常照彦とは我輩の事だ。確かり聞け、諾かな諾く様にして改心さして遣るぞ。おーい。盲目共、聾共、どうだ改心するか、するならすると男らしくキツパリ此処で神様に申し上げろ』 群衆の中から、 甲『オイオイ何だ彼奴は、偉さうに吐かしよつて、よつぽど酒が飲み度いと見えるぞ。貴様らウラル彦の宣伝歌を聞いて酒ばかり飲んで俺には少しも飲まして呉れぬと呶鳴つて居るではないか』 乙『貴様、聞き違ひだ。彼奴はなあ、三五教の宣伝使で俺らに酒を飲むな、酒を飲むと腸が腐つて死んで終うと云うて呶鳴つて居るのだ。彼奴の言草はチツとは気に喰はぬが然し吾々を助けてやらうと思つて、大勢の中に単身で飛び込んで、生命を的に彼様な強い事を云うてるのだ。何ほど度胸があつても、吾身を捨てて懸らな、アンナ大胆なことは云はれるものぢやないよ』 丙『何、彼りや狂人だよ。当り前の精神でソンナ馬鹿な事が云へるか。これほど皆が一に酒、二に女、三に○○[※御校正本・愛世版では「○○」で伏せ字になっているが、校定版・八幡版では「博打(ばくち)」という文字が入っている。]と云うて居るその一番の楽みを放かせと云ふのだもの、どうせ吾々のお気に入らぬことを喋べくるのだから、生命を的にかけて、ああやつて歩いてゐるのだ。チツとは聞いてやらぬと冥加が悪いて』 甲『何だか知らぬが、この間ウラル彦の宣伝使が来た時には、沢山の瓢箪を腰につけて自分一人酒をグツと飲んでは、酒飲め飲めと勧めて居つたが、何程飲めと云つたとて、俺らは酒をもつて居ないのに飲む事も出来ないし、宣伝使奴が甘さうに飲んで管を巻きよるのを、唇を嘗めて青い顔して、羨り相に聞いて居るのも余り気が利かぬぜ。それよりも彼奴のやうに自分が飲まずにおいて、皆に飲むな飲むなと言ふ方が、まだましだよ。根性なりと僻まいで宜いからなあ』 大勢の中より酒にへべれけに酔うた男、片肌をグツと脱ぎ、黒ん坊が黄疸を病んだ様な膚を現はし乍ら、宣伝使の前に歩々蹣跚として進み寄り、 男(虎公)『やい、やーい、貴様あ、ささ酒を飲むなと吐すぢやないかエーン、酒は飲んだら悪いかい、馬鹿な奴だなあ、これほど甘いものを喰うなと吐かしよる奴は一体全体、何処の唐変木だい。エーン、酒が無うてこの世が渡られると思うとるのか、馬鹿、何でもかでも酒が無ければ、夜も明けぬ、日も暮れぬ世の中だ。そして貴様、さけもさけも、世の中に、酒ほど甘いものがあらうか、四百種病の病より酒を止めるほど辛い事は無いと云ふ事を知つとるか、貴様のやうな唐変木には話が出来ぬワイ。トツトと帰れ。俺の処のお多福奴が、毎日日にち酒を飲むな飲むなと吐かしよつて、むか付くのむか付かぬのつて、腹が立つて腸が沸えくり返る。それで俺あ、意地になつて嫌でもない酒を無理に飲んでやるのだ。それに貴様は何処の奴か知らぬが、自家の嬶と同じやうに酒を飲むな、喰ふなとは何の事だい。真実に人を馬鹿にしやがらあ、コンナ事でも自家の嬶が聞きよつたら、三五教の宣伝使様が酒を飲んだら腸が腐るとおつしやつたと、白い歯をむき出し、団栗眼を釣りよつてイチヤイチヤ云ふにきまつてらあ。糞面白くもない。俺の処の嬶の出て来ぬ中に早う去なぬか、待ち遠い奴だ。何をほざいて居やがるか』 蚊々虎は泥酔者の言葉を耳にもかけず疳声を張り上げて、 蚊々虎『世の中に酒ほど悪い奴は無い家を破るも酒の為め 離縁になるのも酒の為め喧嘩をするのも酒の為め 生命を捨てるも酒の為め小言の起るも酒の為め ケンケン云ふのも酒の為め酒ほど悪い奴は無い 腸腐らす悪酒に酔うて管巻く悪者は 扨もさても気の毒な酒を飲むなら水を飲め』 と歌ひ出すを、泥酔者はますます怒つて、蚊々虎の横面目蒐けてポカンと殴りつける。蚊々虎は又もや疳声を張上げて、 蚊々虎『人を殴るも酒の為め夫婦喧嘩も酒の為め』 男(虎公)『まだ吐かしよるか、しぶとい奴だ。もつと殴つてやらうか』 蚊々虎は目を塞ぎ、泥酔者に向つてウーンと一声呶鳴りつけたるに、泥酔者はヒヨロヒヨロとよろめきながら、傍の石原に顛倒し額を打ちて、滝の如く血を流しゐる。大勢の中より、 甲『おいおい、泥酔者が転けよつた。あらあ何だ、血が出て居るぢやないか、救けてやらぬかい』 乙『救けてやれと云うたつて、コンナ者に相手になる者は、この広い巴留の国には一人もありはせないよ。彼奴はグデン虎のグニヤ虎の喧嘩虎と云うて大変に酒の悪い奴だ。指一本でも触へ様ものなら、因縁をつけよつてヘタバリ込んで、十日でも二十日でも愚図々々云うて只の酒を飲む奴だ。アンナ者に相手になつたらそれこそ家も倉も山も田も飲まれて了ふぞ。相手になるな、放つとけ放つとけ。彼奴が死によると皆の厄介除けだ。国中の者が餅でも搗いて祝ふかも知れないよ』 乙『彼奴が噂に高い酒喰ひの喧嘩虎か。やあ煩さい煩さい、よう云うて呉れた』 虎『だ、だ、誰だい、俺をグデン虎のグヅ虎の喧嘩虎だと、何処に俺がグヅを巻いたか、喧嘩をしたか。さあ承知せぬ、俺を誰様と心得て居る。俺は広い巴留の国でも二人とない虎さまだ。虎さまが酒を飲むのが何が不思議だい。酒飲みは皆酔うと首を振りよつて、誰も彼も張子の虎になるのだ。虎が酒飲んだのが、な、な、何が悪い。さあ承知せぬ、貴様の家は知つとるから之から行つて家も、倉も、山も、田も、御註文通り飲んで遣らうかい。二人の奴、酒の燗をして置きよらぬかい』 と団栗目をむいて睨みつける。 甲乙『モシモシ、虎さまとやら、お気に障りまして誠に済みませぬ。私は決して貴方の事を申したのではありませぬ。他の国にソンナ人があるげなと云うたのです。取違して貰つては困ります』 虎公『いかぬいかぬ、誤魔化すか。何でも宜い、飲んだら良いのだ、コラ、八頭八尾の大蛇の子とは俺の事だぞ。何も彼も飲むのが商売だ』 二人は顔を顰め当惑して居る。蚊々虎はこの場に現れて、 蚊々虎『おい虎公、酒喰ひ、何を愚図々々云ふか、俺の腕を見い、誰だと思つてる、三五教の宣伝使だ。貴様が喧嘩虎なら此方さんは蚊々虎ぢや、虎と虎との、一つ勝負を始めようかい』 虎公『な、何だ、喧嘩か、喧嘩は酒の次に好きだ。こいつ、酒の肴に喧嘩でもやらうかい、面白からう』 と虎は立上つて、蚊々虎目蒐けて飛び掛る。蚊々虎は泰然自若として彼が打擲するままに身を任せ居る。斯る処へ暗を破つて、 (淤縢山津見の声)『神が表に現れて善と悪とを立別る』 と声爽かな宣伝歌は聞え来たりける。 (大正一一・二・八旧一・一二北村隆光録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 35 一二三世 第三五章一二三世〔三八五〕 樹々に囀る百鳥の声、眠気なる油蝉の声に送られて、夏の炎天を喘ぎ喘ぎ嶮しき坂を登り行く。汗は滝の如く流れ、彩られた顔はメチヤメチヤになつて赤い汗さへ流るる無状さ。一行は汗を拭ひ拭ひ、漸くに山頂に達したり。山頂には格好の岩が程よく散布されてありぬ。宣伝使一行は、各自に岩に腰打かけ息を休めたり。 蚊々虎『ままになるなら此涼風を、母の土産にして見たい』 駒山彦『オイ、蚊々虎、殊勝らしい事を云ふね。「ままになるなら此涼風を母の土産にして見たい」随分孝行者だなア。夫れほど親孝行の貴様が放蕩ばかりやりよつて、両親に心配をかけ、子が無うて泣く親は無いが、子のために泣く親は沢山あるとか云つてな、ソンナ優しい心があるのなら何故親を放つたらかして其辺中を迂路つき廻るのだ。口と心と行ひと一致せぬのは、神様に対してお気障りだぞ』 蚊々虎『人間の性は善だ。誰だつて親を思はぬ子があらうか。浮世の波に漂はされて止むを得ず、親子は四方に泣き別れと云ふ悲惨の幕が下りたのだよ。親子は一世、夫婦は二世、主従は三世と云ふ相なからのう』 駒山彦は、 駒山彦『ヘン、うまい事を云ひやがらア。親は如何でも良いのか、夫婦は二世なんて、死んでまで添うと思ひよつて二世も三世も夫婦だと思つて居るから情ない。如何に五月姫ぢやとてお前の様な腰屈りに、誰が心中立をするものかい』 蚊々虎は 蚊々虎『故郷の空打眺め思ふかな、国に残せし親は如何にと』 駒山彦は 駒山彦『オヤオヤ又出たぞ。何だ貴様、今日に限つて殊勝らしい事を並べ立よつて、一角詩人気取りになつて「アヽ、蚊々虎さまはああ見えても心の底は優しいお方だ。たとへ腰は曲つてもお顔は黒うても、男前はヒヨツトコでも、チツとくらゐ周章者でも、心の底のドン底には両親を思ふ優しい美しい心の玉が光つて居る。アンナ人と夫婦になつたら嘸や嘸、円満なホームが作れるであらう。おなじ夫を持つなら、あの様な優しい男と夫婦になつて見たい」などと五月姫さまに思はさうと思ひよつて、貴様よツぽど抜目のない奴だワイ。アハヽヽヽ』 淤縢山津見は、 淤縢山津見『ヤア感心だ、人間はさう無くてはならぬ、山よりも高く、海よりも深い父母の恩を忘れる奴は人間でない。お前もまだまだ腐つては居らぬ、頼もしい男だよ』 駒山彦は、 駒山彦『オイ鼻を高うすな、貴様は直に調子にのる男だから余り乗せられるとヒツクリ返されるぞ。天教の山ほど登らせておいてスツトコトントン、スツトコトンと落される口だぞ。貴様、親よりも女房が大切だらう。親子は一世、夫婦は二世なぞと云ひよつて、之ほど大切な親よりも「五月姫殿、お前が女房になつたらモツトモツト大切にするぞ」と遠廻しにかけよつて、うまい謎をかけよるのだ。本当に巧妙なものだね』 蚊々虎はしたり顔にて、 蚊々虎『オイ、駒、貴様わけのわからぬ奴だナ。俺がいま宣伝してやるから尊い御説教を謹聴しろよ。親子一世と云ふ事は、何ほど貴様の様な極道息子の親泣かせでも、親が愛想をつかしてモウ之つきり親の門口は跨げる事はならぬ。七生までの勘当だと云つた処で、矢張り親子は親子だ。お前が俺に勘当するなら勘当するでよい、又外に親を持ちますと云つた処で生んで呉れた親は矢張り一つだ。親子は一世と云ふ事は、泣いても笑つても立つても転んでも一度より無いのだ。それだから親子は一世と云ふのだ。断つても断れぬ親子の縁だよ。貴様の考へは大方生てる間は親子だが、死んで仕舞へば親でも無い子でもない、赤の他人だと云ふ論法だらう。ソンナ訳の分らぬ事で宣伝使が勤まるか』 駒山彦『能う何でも理屈を捏る奴だな、夫婦は二世とは何のことだい。親よりも結構だ、死んでからでも又互に手に手をとつて三途の川を渡り、蓮の台に一蓮托生、百味飲食と夫婦睦じう暮さうと云ふ虫の良い考へだらう。さう甘くは問屋が卸すまい。貴様極楽に行つて、蓮の台に小さくなつて夫婦抱合つて、チヨコナンと泥池の中で坐つて見い。どうせ碌な事はして居らぬ奴だから、「貴様が金城鉄壁だ、お前と俺との其仲は千年万年はまだ愚五十六億七千万年の後のミロクの世までも、お前と俺と斯うして居れば之が真実の極楽だ、ナア五月姫さま、現界に居つた時は駒山彦の意地悪に随分冷かされたものだが、斯うなつちやア、もう占たものだ」なぞと得意になつてゐると、娑婆に残つて居る貴様の旧悪を知つた奴が噂の一つもせぬものでも無い。噂をする度に嚔が出てその途端に、蓮の細い茎がぐらついて二人は共に泥池の中へバツサリ、ブルブルブル土左衛門になつて仕舞ふのだよ。一旦死んだ奴の、もう一遍死んだ奴の行く処は何処にもありはせない。さうすると又娑婆へ生れよつて、ヒユー、ドロドロ怨めしやーと両手を腰の辺りに下向けにさげて出て来るのが先づ落だな。夫婦は二世だなぞとソンナ的の無い事は、まあ云はぬが宜からう』 蚊々虎『エーイ、喧しい、俺のお株を取つて仕舞ひよつて、能うベラベラと燕の親方の様に喋る奴だナ。この蚊々虎さまの説教を謹んで聴聞いたせ。夫婦は二世と云ふ事は、貴様の考へてる様な意味で無い。夫婦と云ふものは陰と陽だ。「鳴り鳴りてなり余れる処一処あり、鳴り鳴りてなり合はざる処一処あり、汝が身の成り余れる処を我身の成り合はざる処に、さしふたぎて御子生んは如何に」と宣り給へば「しかよけむ」と応答し給ひきと云ふ事を知つてるかい。夫婦と云ふものは世の初めだ。誰の家庭にも夫婦が無ければ、円満なホームは作れないのだ。さうして子を生むのだよ。其子がまた親を生むのだ』 駒山彦『オツト待て待て、脱線するな。親から子が生れると云ふ事はあるが、子が親を生むと云ふ事が何処にあるかい』 蚊々虎『貴様、分らぬ奴だな。男と女と家庭を作つたのは夫は夫婦だ。そこへ夫婦の息が合つて「オギヤ」と生れたのだ。生れたのが即ち子だ。子が出来たから親と云ふ名がついたのだ。子の無い夫婦は親でも、何でもありやしない。此位の道理が分らないで宣伝使になれるかい。さうして不幸にして夫が死ぬとか、女房が夭折するとかやつて見よ。子が出来てからならまだしもだが、子が無い間に女房に先だたれて仕舞へば、天地創造の神業の御子生みが出来ぬでは無いか。人間は男女の息を合して、天の星の数ほど此地の上に人を生み足はして、神様の御用を助けるのだ。そこで寡夫となつたり寡婦となつたり、其神業が勤まらぬから、第二世の夫なり妻を娶るのだ。之を二世の妻と云ふのだい。貴様の様に此世で十分イチヤついて、又幽世に行つてからもイチヤつかうと云ふ様な狡猾い考へとはチト違ふぞ。さうして二世の妻が、又もや不幸にして中途で子が出来ずに先に死んで仕舞つたら、夫はもう天命だと諦めるのだ。三回も妻を持つと云ふ事は、神界の天則に違反するものだ。それで已を得ざれば、二人目の妻までは是非なし、と云つて神様が御許し下さるのだ。其を夫婦は二世と云ふのだよ。あゝあ一人の宣伝使を拵へ様と思へば骨の折れる事だ、肩も腕もメキメキするワイ』 淤縢山津見は感じ入り、 淤縢山津見『ヤア、蚊々虎は偉い事を云ふね。吾々も今まで取違をしてゐた。さう聞けばさうだ。正鹿山津見さま、如何にもさうですね。何でも無い事で気のつかない事が、世の中には沢山ありますなあ。三人寄れば文殊の智慧とやら、イヤもう良い事を聞かして貰ひました。南無蚊々虎大明神』 駒山彦は、 駒山彦『親子は一世、夫婦は二世、そいつは貴様の、オイ蚊々虎先生の懇篤なる、綿密なる、明細なる、詳細なる、正直なる……』 蚊々虎『馬鹿、人をヒヨツトくるか、蚊々虎大明神だぞ』 駒山彦『ヒヨツトコヒヨツトコ来る奴もあれば、走つて来る奴もあるワイ』 蚊々虎『困つた奴だなア、主従三世だ。今日から貴様は蚊々虎の家来で無いぞ』 駒山彦『家来で無いもあつたものかい、誰が貴様の家来になつたのだ。ソンナ法螺を吹かずに主従は三世の因縁を聞かして下さらぬかイ』 蚊々虎『下さらぬかなら、云うてやらう。人に物を教へて貰ふ時には矢張り謙遜るものだ。からだに徳をつけて貰ふのだからな。オホン、主従三世と云ふ事は、例へて云へば此蚊々虎さまは、もとは此処にござる淤縢山津見様が醜国別と云うて悪い事計りやつて居る時に俺が家来であつた。然しコンナ主人に仕へて居つては行末恐ろしいと思つたものだから、如何かして暇を呉れて与らうと思うたのだ。さうした処がネツカラ良い主人が見つからぬのだ。探してゐる矢先に日の出神と云ふ立派な宣伝使が現はれたのだ。それで此方さまは、第二世の御主人日の出神にお仕へ申して居るのだ。さうして淤縢山さまは、蚊々虎々々々と云つて家来扱ひをされても、俺の心は五文と五文だ。その代り一旦主人ときめた日の出神の前に行つた位なら、ドンナ者だい。臣節を良く守り、万一日の出神様が俺の見当違ひで悪神であつたと気がついた時は、其時こそ弊履を捨つるが如くに主人に暇を与るのだ。さうして又適当な主人を探して、それに仕へるのだ。それを三世の主従と云ふのだよ。三代目の主人は醜国別よりも、もつともつと悪い奴でも、もう代へる事は出来ない。そこになつたら、アヽ惟神だ、因縁だと度胸を据ゑて、一代主人と仰ぐのだ。三回まで主人を代へ、師匠を代へるのは、止むを得ない場合は神様は許して下さるが、其以上は所謂天則違反だ。主従四世と云ふ事はならぬから「主従は三度まで代へても止むを得ず」と云ふ神様が限度をお定めになつて居るのだよ。どうだ、駒、俺が噛んでくくめるやうな御説教が、腸にしみこみたか、シユジユと音がして浸み込むだらう。賛成したか、それで主従三世だよ』 一同は声を揃へて、 一同『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 (大正一一・二・一〇旧一・一四北村隆光録)