| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 22 晩夏の風 | 第二二章晩夏の風〔四一五〕 珍山彦や松代姫の一行は埠頭に立ち、群集に向つて宣伝歌を歌ふ。熊公、虎公も後に整列して共に歌ふ。六人の歌ふ声は、アタルの港を科戸の風の塵を払ふ如き光景なりき。 六人『天と地とを造らしし尊き神の貴の子と 生れ出でたる民草は百姓と讃へられ 天と地との神々のこの世を開く神業を 喜び仕へ奉るべき主宰と生れ出づるなり 嗚呼諸人よ諸人よ天と地とに漲れる 裏と表との息を吸ひ生ける御神と現はれし その尊さに顧みて清く身魂を研き上げ 村雲四方に塞がれる暗きこの世を照らし行く 光りとなれよ和田の原潮の八百路のいと広く 光りも清き潮となり世人を清め朽ち果てし 身魂の腐りを締め固めすべてのものの味はひと なりて尽せよ神の子よ神が表に現はれて 千尋の海を乗り越えて潮照りわたる天津日の 光の如く世を照らせこの世を造りし神直日 心も広き大直日神の御稜威に照らされて 身の罪科も消えて行く人の命は朝露の 消ゆるが如く哀れなる果敢なきものと言騒ぐ ウラルの神の宣伝歌飲めよ騒げよ明日の日は 雨か嵐か雷電か一寸先は暗の夜と 醜の教に村肝の心を曇らせ身を破り 根底の国へ落ちて行く遁れぬ罪の種播くな ただ何事も人の世は直日に見直し聞直す 尊き神の御前に祈れよ祈れただ禱れ 祈りの道は天津国栄の門戸を開くなる 神の誠の鍵なるぞ祈れよ祈れただ祈れ 五六七の神は御恵みの御手を伸ばして待ち給ふ 厳の御魂の御力瑞の御魂の御名により この世を造りし国治立の神の命に真心を 捧げて祈れ夜も昼も心一つに祈れよや 誠の神の御眼隠れし処をみそなはす 花の祈りは効果なし隠れて祈れ誠の身 神と人とは睦び合ひ親しみ合ひていと清く 神を敬ひ敬はれ天地の御子と生れたる その本分をば尽すべし尽せよ尽せ神の為め 世人の為めや身の為めに誠をこめて天地に 祈れや祈れよく祈れ祈る心は神心 神に等しき心ぞや神に通へる心ぞや』 珍山彦のくの字に曲つた腰は、何時しか純直になつて、容貌、声音共に若々しく見ゆるぞ不思議なれ。珍山彦の二つの眼は何となく麗しく輝き始めたり。一行はアタルの港を後にして夏木の茂る市中を通り抜け、宣伝歌を歌ひながら、緑樹滴る美はしき玉山の麓に辿り着き、青芝の上に腰打ち掛けて息を休めて居る。虎公、熊公の二人は恐る恐るこの場に現はれ、大地にひれ伏し以前の罪を泣き詫ぶるに、松代姫は気も軽々しく、満面に溢るるばかり笑を湛へて、 松代姫『アヽ虎公様とやら、ようまあ改心して下さいました。今日は妾が宣伝使の初陣、貴方の御改心が出来なかつたならば、妾は最早宣伝使にはなれなかつたのです。嗚呼有難や、野立彦命、野立姫命、木の花姫命、日の出神様』 と合掌し、且つ感謝の祝詞を奏上し嬉し泣きに泣く。 珍山彦『オー感心々々、虎公さま、貴方は最早悪人ではありませぬ。悔い改めと祈りによつて、勝れた尊き神の御柱です。貴方も斯くして神の御恵みに救はれた以上は、御神徳の取り込みは許しませぬ。これから宣伝使となつてあらゆる艱難辛苦と戦ひ、世の人を三五教の教に救ひ、黄泉比良坂の御神業に奉仕して下さい』 虎公『私は改心致してから未だ時日が経ちませぬ、さうして三五教の教理の蘊奥は存じて居りませぬ。宣伝使となれとのお言葉は、吾々の如きものに取つては実に無上の光栄ですが、かやうな事で何うして尊き三五教の宣伝が出来ませうか。せめて二月三月あなた方のお供を許して頂き、色々の教理を体得したその上にて、宣伝使にお使ひ下さいますやうお願ひいたします』 珍山彦『イヤ神の道は入り易く、歩み易く、平地を歩く様なものだ。ただ心から誠を祈り悔い改めるのみだ。今までの罪悪、日々の行為を人の前に悔い改めて、神の救ひを蒙つたその来歴を教ゆれば、どんな身魂の曇つた人間でも、忽ち神の尊き事を覚つて神の道に従ひ、それに引換へ自分の事を棚に上げ、自慢話を列べ立てたりして、人の罪を審いたり罵つたりしてはなりませぬ。神に仕へる身は羊の如くおとなしく柔かく、湯の如き温情を以て総ての人に臨むのが、即ち宣伝使の第一の任務である。腹を立てな、偽るな、飾るな、誠の心を以て日々の己が身魂を顧み、恥づる、悔ゆる、畏る、覚るの御規則を忘れぬやうにすれば、それが立派な神の道の宣伝使である。六ケ敷い小理屈は言ふに及ばぬ、ただ祈ればよいのである。貴方は是より吾らと袂を別ち、カルとヒルとの国境に聳え立つ高照山の谷間に到つて禊をなし、その上カルの国を宣伝なされ、吾らは是にて御別れ申す』 と珍山彦は三人の娘と共に宣伝歌を歌ひながら北へ北へと進み行く。虎公、熊公二人はその影の隠るるまで両手を合はせて伏し拝み、神恩の厚きに感じてや、わつとばかりにその場に泣き伏しにけり。 青葉を渡る晩夏の風は、口笛を吹きながら二人の頭上を撫でつつ通ふ。 (大正一一・二・一五旧一・一九大賀亀太郎録) |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 23 高照山 | 第二三章高照山〔四一六〕 ヒルとカルとの国境、高照山[※「ヒルとカルとの国境、高照山」はこれから二人が行く場所であって、これは「玉山」の間違いではないかと思われる。第22章a088では「玉山の麓」に居ると記されている。]の山口の、芝生に残されし熊公、虎公の二人は、松代姫一行の姿を影の隠るるまで見送りながら虎公は、 虎公『あゝ三五教の宣伝使一行は、吾々にお供を許されず、温かい言葉を残して、この場をいそいそと立つて行かれた。何うで、吾々のやうな罪の重い人間だから、お供は叶はぬのだらうが、あゝ残念な事をした。せめて三年前に、今のやうな心になつて居れば、立派にお伴を許して下さつたであらうに、思へば思へば、この身の罪が恨めしい』 と声を放つて泣き入る。 熊公『虎公よ。決して決してさうではないよ。俺たちをどうぞ立派な神の柱にしてやりたいと思つて、わざと捨ててお出で遊ばしたのだ。あの獅子といふ奴は、子を生んでから三日目に、谷底へ蹴り落して、上つて来る奴をまた蹴り落し蹴り落し、三遍以上あがつて来たものでないと、自分の子にせぬと云ふ事だよ。谷へ落されてくたばるやうな弱い事では、到底悪魔の世の中に生存する事は出来ない。まして悪魔の様な人間を教へ導く宣伝使だもの、お師匠さまを杖に突いたり頼りにするやうな事では、完全な御用は出来ないから、外へ出る涙を内へ流して、大慈大悲の神心から、吾々を置き去りにして往かれたのだ。人間は到底深い深い神様の御心は判るものでない。それだから三五教の宣伝歌にも、 「この世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ」 とあるのだ。見直しが肝腎だ。繊弱い吾々のやうな智慧の暗い人間は、無限絶対、無始無終の誠の神様に従つて、真心籠めて祈るより外はない。祈ればきつと神様の栄光が吾々の頭上に輝くであらう』 と涙まじりに語る折しも、弓矢を持つた四五人の荒くれ男、犬を引き連れながら坂路を下り来る。一人の男は、熊公、虎公の顔を見て、 男(鹿公)『オー、貴様はこの高砂島でも音に名高い熊公、虎公ぢやないか。貴様の名を聞くと泣く子も泣き止むと云ふ野郎だのに、今日はマアどうしたことか。貴様なんだい、ベソベソと吠面かわいて……』 虎公『ヨーこれは鹿公か。俺はな、すつかり改心したのだ。今まで悪人だと世間の者に言はれて来たが、これからはすつかりと善心に立返つて、自分の罪の懺悔をし、今までの罪亡ぼしに、神様の宣伝歌を歌つて、教へを説き廻り人を助けるのだ。あまり有難うて、今嬉し泣きに泣いて居たところだよ。お前も好い加減に殺生は止めて、三五教の教を聞いて、善人になつて呉れ。虎公が改心の門口、宣伝の初陣だ。貴様が改心して呉れたならば、この高砂島の人間は皆改心するのだ』 鹿公『フフン、何吐かしよるのだ。鬼の念仏見たよな事吐きよつて、何処を押へたらそんな音が出るのだ。この頃の暑さに、一寸心が変になりよつたな。ヘン、とろくさい、世の中は凡て優勝劣敗だ。大魚は小魚を呑み、小魚は虫を食つて互に生活する世の中だ。犬が猫を捕る、猫が鼠をとる、鼠が隠居の茶の子をとる、茶の子が隠居の機嫌とる、隠居が襦袢の虱とる、虱が頭のフケをとる、といつて世の中は廻りものだ。海猟師が魚を捕るのも山猟師が猪を獲るのも、皆社会の為だ。猟師がなければ皮を使ふ事も出来ず、魚を食ふ事も出来やしない。世の中は優勝劣敗、弱肉強食が自然の法則だよ。貴様もそんな女々しい事を言はずに、元の通り鬼虎となつて、売出したらどうだい。ここまで売り出した名を零にするのも惜しいぢやないか』 熊公『あゝ、善と悪とは違つたものだナア。善ほど辛いものはない、否結構なものはない。貴様もそんなことを言はずに、虎公のやうに改心して、神様を祈る気にならぬか』 鹿公『イヤ、俺は神様を祈つてるよ。俺の祈つてる神様はな、そんな腰の弱い、ヘナヘナした水の中で屁を放いた様な、頼りない教をする神さまとは訳が違ふのだ。いま俺はその神様に詣つて来たのだ』 虎公『お前が詣つて来た神様といふのは、そら何ういふ神様だい』 鹿公『貴様、あれ程名高いのに未だ聞かぬのか。随分遅耳だのう。ここをズツと三里ばかり奥へ這入ると、そこに高照山の深い谷がある。そこには長い滝が落ちて居つて、滝壺の右と左に大きな岩の洞穴があるのだ。さうして東の方の穴からは妙な声がするのだ。その岩に向つて、何事でも教へて貰ひに行くのだ。一ぺん貴様も行つて見よ、沢山の人が詣つて居るよ。一寸取り違ひ野郎が行くと、その岩の穴から大きな火焔の舌を出して、身体をチヤリチヤリと焼かれるのだ。貴様のやうな馬鹿な事云つて居る奴が行つたら、きつと岩の穴から出て来る火の舌に舐められて、黒焦になつて了ふだらうよ』 熊公『それは一体、何と云ふ神だい』 鹿公『何といふ神だか、エー、忘れたが、なんでも八岐の大蛇とか聞いたよ』 熊公『一体、何んな事を云ふのだい』 鹿公『委しい事は忘れて了つたが、とも角時代向きのする事を言ひ居る神さまだ。マアかい摘んで言へば、人間は一日でも立派に暮して、天から与へられた甘い物を喰つて、美しい着物を着て、酒でも飲んで元気をつけと云ふのだ。智利の国の鏡の池のやうな、水の中から屁をこいた様な、けち臭い御託宣とはわけが違ふのだ。まあ貴様ら、メソメソ泣いて居らずに一遍行つて来い。目が醒めてよからうぞ』 虎公『鹿公、お前はその教を信じて居るのか』 鹿公『信ずるも信じないもあつたものか。あんな結構な教が何処にあらうかい。さやうなら』 と五人の猟師は歩を速めて坂を下り行く。虎、熊の二人は足を速めてドンドンと谷道を伝ひ、玉川の瀑布に黄昏時に漸く辿り着き見れば、琴を立てたやうな大瀑布が、高く幾百丈ともなく懸つて微妙の音楽を奏でてゐる。東側の大巌窟の前には、沢山の参詣人が合掌して何事か口々に祈願してゐる。二人は素知らぬ顔にて諸人と共に、巌窟の前に端坐し合掌するや、巌窟は俄に大音響を立てて唸り始めたり。一同は大地に頭をピタリとつけ、畏まつてその音響を聴いてゐる。唸りは漸くにして止み、巌窟の薄暗き奥の方より、 声『アハヽヽヽ』 といやらしい笑ひ声が聞え来る。 虎、熊の二人は、顔見合して呆れゐる。巌窟の中より、 声『悪の栄える世の中に、善ぢや悪ぢやと争ふ奴輩。あくまで阿呆の恥曝し、悪をなさねば安楽に世は渡れぬぞ。飽くまで食へ、飽くまで飲め、飽くまで力を現はして、悪魔と言はれようが、力一杯わが身の為に飽くまで尽せ。イヽヽヽ生命あつての物種だ。要らざる教に従うて、善の、悪の、末が怖ろしいのと萎縮け散らしてゐるよりも、威勢よく酒でも飲んで、いつまでも生々として生命を延ばせ。ウヽヽヽ後指を指されようが後を向くな。見ぬ顔をいたして甘い物を鱈腹食ひ、美い酒は酒に浮くほど酔うて、甘い甘いと舌鼓、五月蝿い五月蝿いと肩の凝るやうな三五教の教を聴くな。この巌窟には穴がある。ウヽヽヽと唸る穴があるぞよ。あな面白き穴有り教ぢや。迂濶に聴くな。エヽヽヽ遠慮会釈もなく吾身のためには人は構うてをれぬぞ。得になることならば何処までも何処までも行け。閻魔が怖いやうな事ではこの世に居れぬぞ。地獄の閻魔を味噌漬にして食ふやうな偉い心になれ、笑ぎて暮せ酒飲んで。オヽヽヽ鬼か大蛇の心になつてこの世に居らねば、この世は優勝劣敗、弱肉強食の世の中ぢや。お互ひに気をつけて、吾身の得を図れよ。怖れな、後れな、面白くこの世を渡れ、大蛇の神を朝夕祈れ。オヽヽヽヽ面白い面白い』 虎公はこの声を聞いてむつくと立ち上り、 虎公『三五教の宣伝使、志芸山津見とは吾事なるぞ。悪魔の張本、天足の身魂、八岐の大蛇の再来、善を退け悪を勧むる無道の汝、今に正体現はして呉れむ。アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ異端邪説を説き諭す、心の枉んだ大蛇の悪神、ま一度言ふなら言つて見よ、一寸刻みか五分試し、生命を取つて何時までも、禍の根を断つてくれむ。違背あらば返答いたせ。ウフヽヽヽ狼狽者のうつけ者、迂論な教を吐き立てて人心を動かす谷穴の土竜、浮世を乱す汝が悪計、志芸山津見の現はれし上からは容赦はならぬ。得体の知れぬ、奴拍手脱けした声をしぼり、優勝劣敗、弱肉強食の、エグイ心を嗾る奴。オホヽヽヽ大蛇の悪魔、往生いたすまで応対いたすぞ。尾をまいて降参いたせばよし、オメオメと言訳に及ばば、志芸山津見が両刃の剣を以て征伐いたす。奥山の谷底に身をひそめ、この世を乱す八岐の大蛇、返答はどうだツ』 巌窟の中より、 声『カヽヽヽ構ふな構ふな、蛙の行列、闇に烏の向ふ見ず、喧しいワイ。キヽヽヽ斬るの斬らぬのと広言吐くな。貴様のやうな腰抜けに、大蛇が斬れてたまらうか。気の利かぬ奴だなア。クヽヽヽ暗がり紛れに頭から食つてやらうか。くさい顔して苦しさうに俄宣伝使とは片腹痛い、ケヽヽヽ怪我のない間に早くこの場を去つたがよからう。見当の取れぬこの方の言葉、コヽヽヽここな腰抜け共、殺されぬ間にこの場を立去れ、こはい目に遇はぬ内に心を直して、この方の言ひ条につくか、執拗う聞かねばこの方も耐へ袋がきれるぞよ。米喰虫の製糞器奴。ワハヽヽヽ』 熊公『カヽヽ神の使の宣伝使に向つて無礼千万な、覚悟を致せ、体も骨も改心致さねば、グダグダにして遣らうか。キヽヽ気を取り直しキツパリと改心致せばよし、きかぬに於ては宣伝歌を歌はうか、クヽヽ暗い穴にすつ込んで、訳も判らぬ苦情を並べ、苦し紛れの捨てぜりふ、その手は食はぬ、熊公の身魂の光を知らざるか、ケヽヽ怪しからぬ悪逆無道の大蛇の再来、コヽヽここで会うたは優曇華の、花咲く春の熊公が手柄の現はれ口、最早かなはぬ、降参するか、返答は、コラ、どうぢや』 巌窟の中より、 声『サヽヽヽ騒がしいワイ、囀るな、酒を飲め飲め、飲んだら酔へよ、酔うたら踊れ。逆とんぶりになつて踊つて狂へ、扨も扨も酒ほど甘いものはない、酒の味を知らぬ猿智慧の熊公の世迷ごと、坂から車を下すやうに、この谷底へころげ落してやらうか。シヽヽヽ執拗い奴ぢや、しぶとい奴ぢや、しがんだ面して芝生の上に、ほつとけぼりを食はされて、吠面かわいた志芸山津見とは片腹痛い。スヽヽヽ速かに、この方の申す事を聞けばよし、すつた捩じつた理屈をこねると、簀巻に致して谷底へ投り込んでやらうか、セヽヽヽ雪隠虫奴が。宣伝使なんぞと下らぬ屁理屈を言つて廻る馬鹿人足。ソヽヽヽそれでも貴様は神の使か、底抜けの馬鹿とはその方の事だ。そのしやつ面でどうして宣伝使が勤まらうか、そこ退け、そこ退け、この方の邪魔になるワイ』 虎公『サヽヽ逆言ばかり囀る悪神、さあもう容赦はならぬ。シヽヽ志芸山津見が言霊の威力によつて、汝が身魂を縛つて呉れむ。死ぬるか生きるか、二つに一つの大峠、スヽヽヽ速かに返答いたせ。セヽヽ背中に腹は代へられよまい。宣伝使の吾々に兜を脱ぐか、降参するか、ソヽヽそれでもまだ往生いたさぬか、改心せぬか』 巌窟の中より、 声『タヽヽヽ誑け者、叩き潰して食うて了はうか、鼻高神の宣伝使、チヽヽヽちつとばかり改心が出来たと申して、この方様に意見がましい知識の足らぬ大馬鹿者、一寸は胸に手をあてて見よ。ツヽヽヽ捕へ処のない事を吐いて歩く、罪の深い両人共、掴み潰してやらうかい。強さうに言つても、貴様の胸はドキドキして居らうがな、テヽヽヽ天にも地にも俺一人が宣伝使だと言はぬばかりのその面つき、多勢の中で面を剥れてテレクサイことはないか。てるの国から遥々出て来て、扨もさても馬鹿な奴だ。トヽヽヽ虎公のトボケ面、熊公の心の暗い俄改心、迚も迚も衆生済度は六つかしからう』 熊公『ナヽヽ何を吐きよるのだ。タヽヽ他愛もないこと、立板に水を流すやうに、よくも囀る狸の親玉、誰にそんな事教へて貰ひよつたのだ。誑け者。チヽヽ一寸は貴様も考へて見よ。ツヽヽ詰らぬ理窟を並べよつて、テヽヽ手柄さうにトボケきつたことを吐しやがるな』 巌窟の中より、「ウヽヽヽワーワー」と大音響ひびき来る。 (大正一一・二・一五旧一・一九東尾吉雄録) |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 24 玉川の滝 | 第二四章玉川の滝〔四一七〕 巌窟の唸りは刻々と烈しくなり、数多の人々は又もやピツタリと大地に頭を着け畏縮して居る。二人は互に顔見合せ、腕を組んで思案顔。 虎公(志芸山津見)『オイ、熊公ツ、この巌窟の神は善とも悪とも解らぬぢやないか、此奴ア一寸審神がむつかしいぞ。体主霊従の教を勧めるかと思へば、吾々に意見をするやうな事を言ふなり、どうも合点がゆかぬぢやないか』 熊公『そりやさうだよ。神様がお前に修業をさせなさるのだ。珍山彦の神さまが玉川の滝の前で修業をして来いと仰有つただらう。余程気をつけぬと、悪魔だと思つてゐると、どえらい目に遇ふかも知れぬぞ。さうだと云つて、悪魔でないと思つて油断する事も出来ぬ。ともかく腹帯を締める事だ』 虎公(志芸山津見)『さうかなア、ひとつ、八岐大蛇の神とやらに一遍詳しう温和しう出て聞いて見ようか』 と志芸山津見は巌窟に向ひ、拍手再拝敬意を表し、 虎公(志芸山津見)『モシモシ、巌窟の神様、どうぞ私に利益になる事を教へて下さいませぬか』 巌窟の中の音響はピタリ止んで、またもや声が聞え出し、 声『ナヽヽヽなる程と気が付いたならば、何なりと教へて遣らう。なかなかその方は改心したと申せども、まだまだ埃がとれては居らぬ。その様な鈍くら刀で、世界の悪魔が言向けられやうか。生知者の生兵法は大怪我の基。難儀苦労が足らぬ故、その心で宣伝をいたしたら、泣き面かわいて、情ない恥をさらさねばならぬぞよ。まだ理屈を列べよつて、何にも知らぬ夏の虫が、冬の雪を嘲ふやうに神を舐めてかかるふとどき者。ニヽヽヽ二進も三進もならぬ様にこの方に取つ締められて、遁げ腰になつたその醜態、苦い言葉が苦しいか。偽宣伝使のその方の慢心、日夜に心を改めて、この方の申す通りに致して世界を救ひ、烏羽玉の黒い心を月日の光に照し見て、吾身を省み、恥ぢ畏れ、悔い改め、世界の人民を懇に取扱ひ、咽から血を吐くやうな修業を致して、腹の塵芥を皆吐き出し、気を張詰て油断をするな。高慢ぶらず、驕らず、身を低うして謙譲れ。どんな辛いことがあつても、不服を云ふな、不足に思ふな、拙劣な長談義をするな、誉められたさに法螺を吹くな。小賢しい理屈を列べな。誠一つの正道を踏み締めて身を慎み、猥りに騒がず焦らず、無理をせず、無闇に人を審かず、侮らず、目上目下の区別なく、諸々の人々に向つて能く交はれ、八岐大蛇とこの方の申したのは偽りだ。まことは木の花姫の御心を以て、汝を済度せむために、この巌窟に待ち受けゐたる大蛇彦命ぢや。三笠丸の船中のことを覚えて居るか。イヤ何時までも不憫さうだから、これは、これ位にして止めて置かう。悠然とした心を以て数多の人に向へよ。依怙贔屓を致すでないぞ。よく人の正邪賢愚を推知して、その人の身魂相応の教をいたせ。楽な道へ行かうとするな。理窟は一切言ふな、吾身の心に照らし見て、人の難儀を思ひ遣れよ。威張り散らして、鼻を高くして、谷底へ落されな。ウカウカ致すな。よい気になるな。何事にも心を落付けて、神の神徳を現はせよ。我を去れよ、義理を知れよ、愚図々々いたすな。元気を出して、撓まず屈せず教の神徳を現はせ。まだまだ教へたき事あれど、今日はこれ位にして置かう。ウーオー』 と、またもや巌窟は虎狼の唸るが如く大音響を発して鎮まりかへり、志芸山津見の神はこれよりますます心を改め、カルの国一円を宣伝して、熊公と共に功を現はし、黄泉比良坂の神軍に参加し勇名を轟かしたり。 (大正一一・二・一五旧一・一九河津雄録) |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 31 七人の女 | 第三一章七人の女〔四二四〕 海の内外の分ちなく神の御稜威は照り渡る 常世の浪を隔てたる北と南の大陸の 荒ぶる浪も高砂や間の国の神の森 花咲き匂ふ春山の郷の司の春山彦 心の花も麗しく梅か桜か桃の花 野山も笑ふ春姫のあやどる野辺の若緑 栄えさかえて五月空暗も晴れ行く夏姫の 心の空に照る月は光眩く澄み渡り 秋月姫の真心は紅葉の錦織る如く 東の海を分け昇る月の姿も西の空 空つく山の頂に光も深雪のきらきらと 輝きわたる深雪姫冷酷無惨の世の中に 春の花咲き夏山の緑滴る夫婦が情 神の教もたちばなや非時薫る橘姫 親子五人の真心はいづの身魂の世を救ふ 神の心と知られけりミロクの御代を松代姫 常世の空を晴らさむと春夏秋の露霜を 凌ぐ心の竹笹や風に揉まるるなよ草の 撓むばかりの竹野姫霜の剣や雪の衣 冷たき風に揉まれつつ心の色の永久に 万の花に魁けて咲も匂へる梅ケ香姫の 真心こそは香ばしき花の蕾ぞ麗しき 神の守りの顕著く大江山に現はれし 鬼武彦の御従神神の御稜威も高倉や 空照り渡る白狐の旭月日も共に変身の その働きぞ健気なれ。 鬼武彦は立ち上り、座敷の中央にどつかと坐し、 鬼武彦『さしもに清き癸の、亥の月今日の十六夜の月は早西山に傾きたれば、四更を告ぐる鶏鳴に、東の空は陽気立ち、光もつよき旭狐の空高倉と昇るらむ。月日の駒の関もなく、大江山を出でしより、東や西や北南、世界隈なく世を照らす、日出神の御指揮、常世の国に渡り来て、千変万化に身を窶し、神の経綸に仕へたる、吾は卑しき白狐神、数多の眷属引き連れて、神の大道を守る折、心驕れる鷹取別の、曲の企みを覆へさむと、朝な夕なに心を砕き、旭、高倉、月日と共に、三五教を守護せし、鬼をも摧ぐ鬼武彦が、心を察したまはれかし。八岐の大蛇に呪はれし、大国彦の曲業は、比類まれなる悪逆無道、鷹取別や遠山別、中依別の三柱神は、姫の命を捕へむと、四方八方に眼を配り、醜女探女を数限りもなく配り備ふるその危さ、手段をもつて鷹取別が臣下となり、竹山彦と佯はつて甘く執り入り、常世神王の覚も目出度く、今日の務を仰せつけられしは、天の恵の普き兆、善を助け悪を亡す、誠の神の経綸、ハヽア嬉しやうれしや勿体なや。さはさりながら御一同の方々、必ず共に御油断あるな、一つ叶へばまた一つ、欲に限りなき、体主霊従の邪神の魂胆、隙行く駒のいつかまた、隙を狙つて、三人の月雪花の御娘御を、奪ひ帰るもはかられず、只何事も神直日、大直日の神の御恵みによつて、降り来る大難を、尊き神の神言にはらひ退け、朝な夕な神に心を任せたまへ、暁告ぐる鶏の声、時後れては一大事、吾はこれよりこの場を立去り、鷹取別の館に参らむ。いづれもさらば』 と云ふかと見れば姿は消えて、何処へ行きしか白煙、夢幻となりにけり。 合点の行かぬこの場の有様、春山彦を始めとし、花にも擬ふ七人は、茫然として暫し言葉もなかりしが、春山彦は立ち上り、天を拝し地を拝し、 春山彦『あゝ有難や尊やな、親子夫婦が真心を、神も照覧ましませしか』 と、涙と共に宣伝歌、いと淑やかに歌ひ始むる。七人の女も口を揃へて、 一同『神が表に現はれて善と悪とを立別る この世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 世の曲事は宣り直せ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも 誠の神は世を救ふ誠の神は世を救ふ』 と歌ひながら拍手する声は天地も揺ぐばかりなり。松代姫は立ち上り、 松代姫『天と地とは睦び合ひ四方の民草神風に 靡き伏す世を松代姫ミロクの神の現はれて 親子五人のいつ御魂松竹梅のみつ御魂 三五の月も空高く輝き渡る麻柱の 神の教を伝へむと高砂島を後に見て 常世の国の空寒くカルの都に差しかかる 神の使の宣伝使冷たき風に曝されて 間の国にさしかかる雨か涙か松の露 露のこの身を神国に捧げて間の国境 来る折しも鷹取別の猛き力に小雀の かよわき女の一人旅尾羽打枯らす手弱女を 捕へ行かむとする時に空を焦して降り来る 唐紅の火柱に打たれて逃ぐる曲津見の 消え行く後に唯一人疲れしこの身を横たへて 心私かに宣伝歌歌ふ折しも春山彦の 神の命に救はれて堅磐常磐の巌窟に 来りて見れば懐かしき竹野の姫のすくすくと 笑顔に迎へし嬉しさよ世人の心冷え渡る 中にも目出度き夏姫の日に夜に厚き御仁慈 神の恵のいや深く神の御稜威はいや高く 輝く月雪花の御子春山彦や夏姫の 御恩はいつか忘るべき心はいつか忘るべき 嗚呼有難や麻柱の教を立てし皇神の 御稜威は千代に栄ゆべし功は四方に開くべし』 と感謝の歌を詠みて、元の座に復しける。 屋外には、天空を轟き渡る天の磐船、鳥船の音、天地を圧し、木枯の風は唸りを立てて雨戸を叩くぞ淋しけれ。 (大正一一・二・一七旧一・二一加藤明子録) |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 33 栗毛の駒 | 第三三章栗毛の駒〔四二六〕 夫、娘や諸人の、信仰強き真心に、恥ぢ入り言葉も夏姫は、あからむ顔に紅の、袖に涙を拭ひつつ、 夏姫『あゝあさましの吾心神の造りし神直日 心も広き大直日教の道に真心を 朝な夕なに籠め給ふ春山彦の夫神や 月雪花の可憐し子の神の大道に身を委ね 心を尽くし麻柱の誠捧ぐる心根の その健気さに引換へて母と生れし夏姫の 心の空は紫陽花の色も褪せたる恥かしさ 日に夜に祈る神言の清き尊き御教を 臨終の際に忘れ果て女心のはしたなく 思ひ切られぬ愛惜心絆の糸に繋がれて 解くに解かれぬ心の迷ひ言ふに言はれぬ縺れ髪 奇しき御稜威の隈もなく照らさせ給ふ神の前 あゝ恥かしや面目なや神の御為め国の為め 世人のためになるならばたとへ夫婦は生別れ 可憐しき娘の玉の緒の絶えなむ憂きを見るとても 千引の岩の永久に揺がぬ身魂となさしめ給へ 弱き女の心根を笑はせ給はず諸人よ 春山彦よ月雪花の吾娘拙き母と笑うては下さるな 焼野の雉子夜の鶴子の可愛さに絆されて 歩み迷ひし心の闇あゝ恥かしや恥かしや 松竹梅の宣伝使見下げ果てたる夏姫と 笑はせ給はず幾千代も吾身の魂を照させ給へ』 と、慚愧の涙一時に、滝津瀬のごと降る雨の、袖ふり当てて泣き沈む。 この場の憂を晴らさむと、御稜威も開く梅ケ香の、姫の命の宣伝使、声淑かに、 梅ケ香姫『あゝ勿体なや夏姫様生みの母にも弥勝る 厚き尊き御志何時の世にかは忘れませうぞ 春待ち兼ねて咲き匂ふ花の蕾の梅ケ香姫 げにあたたかき春山彦の神の命の御情 木枯そよぐ冬の宵妾を助け労りて 心も堅き岩屋戸に姉妹三人助けられ 何の不足も夏姫の命の厚き御待遇し 神の恵みも高砂の尾の上の松に木枯の 当りて冷たき人の世に五六七の神の松心 堅磐常磐に松代姫心も清き秋月の 姫の命の志繊弱き竹野姉君を 助けむ為めに雪より清き神心愛の女神の深雪姫 親子団居の睦まじき六つの花散る初冬の 空に彷徨ひ道の辺に橘姫のそれならで 旅に労れし梅ケ香姫天教山にあれませる 木の花姫の御恵み黄金山に現はれし 埴安彦や埴安姫の命の生魂かからせ給ふ 春山彦の御情五十六億七千万年 五六七の御代の果てしなく御夫婦親子の御情 どうしてどうして忘れませう真心深き夏姫様 何卒妾に心を配らせ給はず三五教を守ります 神の御教に従ひて玉の緒の御命を 堅磐常磐に保たせ給ひ親子夫婦は睦まじく 日に夜に感謝の暮しを続かせ給へ妾は繊弱き宣伝使なれど 山海の御恩を報ずるため朝な夕なに御無事を祈り奉らむ 心も安くましませや』 と声も優しく述べ立つる。斯かる処へ、門前騒がしく村人の声、 村人『申し上げます、只今間の森に強力無双の三五教の宣伝使現はれ、盛んに宣伝歌を歌ひ始めました。吾々村人は前後左右より十重二十重に取り巻いて生捕り呉れむと思へども、眼光鋭く何となく、威勢に打たれて進み寄ることが出来ませぬ。何卒々々春山彦の命様、御出馬あつて彼の宣伝使を召し捕り給へ』 と門口より呼ばはるにぞ、春山彦を始め一同は思はず顔を見合せ、暫時思案に暮れけるが、春山彦は立ち上り、表に聞ゆる大音声にて、 春山彦『常世神王の御家来、鷹取別の治し召す、間の国に参来り、三五教の宣伝歌うたふとは心憎き宣伝使、今打ち取らむ。者共先へ帰つて弓矢の用意いたせ、ヤア家来共、駒の用意』 と呼ばはりたり。数多の村人はこの声にやつと胸撫で下し、間の森に一目散に走り行く。春山彦は一同に向ひ、 春山彦『何事も、吾々が胸中に御座いますれば、何れも様は御安心の上、ゆつくり休息遊ばされよ』 と言ひ捨て、栗毛の駒に跨り、手綱かいくり、しとしとしとと表を指して進み行く。 (大正一一・二・一七旧一・二一大賀亀太郎録) |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 35 秋の月 | 第三五章秋の月〔四二八〕 緑紅こきまぜて錦の機を織りなせる 秋の野山の小夜姫の心も赤き紅葉を 冷たき冬の木枯に朽も果てよとたたかるる 淋しきこの場の光景に花を添へむと立上り 紅葉の如き手を拍つて歌ふも床し竹野姫 心の奥ぞ憫れなる。 竹野姫『朝日は照るとも曇るとも雨は降るとも晴るるとも 雪は積むとも消ゆるとも誠の神の護ります 教にならふ人の身は地震雷火の車 百の災害千万の曲津の猛び襲ふとも 如何で怖れむ神の道鷹取別は何者ぞ 常世神王何者ぞ彼は人の子罪の御子 われは神の子神の御子神に随ふ神の子の 如何で怖るることあらむ春山彦や夏姫の 厚き心は千早振る尊き神の御心に 叶ひまつりて遠近の尾の上に猛る曲津神 醜女探女も言向けて神の御前にかへり言 申し給ふは目のあたり三五教の宣伝使 間の森に現はれて声も涼しく宣伝歌 歌ひ来るは何人ぞ嬉しき便りを松竹や 梅ケ香姫の香ばしく開かせ給へ神のいづ 生血をしぼる鬼神の醜の叫びも何のその 信仰強きわれわれに刃向ふ刃はあらざらめ 鬼をもひしぐ鬼武彦旭、高倉今何処 月日の白狐現はれて今の悩みを救へかし 春山彦にふりかかるその災厄を払へかし 三五教の宣伝使松竹梅と三つ栗の 中の娘と生れたる竹野の姫が祈事を 御空も高く聞し召せ千尋の海の底にます 乙米姫も聞すらむアタルの港を船出して 荒浪たける海原を漂ひ来りし竹野姫 妾を救ひしその如く今現れませる麻柱の 道の教の宣伝使救はせ給へ平けく いと安らけく聞し召せ神は妾と倶にます われは尊き宣伝使神の身魂ぞ守ります 守り給へや天津神恵み給へや国津神 救はせ給へ黄泉神常世の国に塞がれる 雲を払へよ科戸彦心澄みきる秋月姫の 貴の命や深雪姫太き功も橘姫の 妹の命や駒山彦の神の命の宣伝使 祈れよ祈れ神の前祈れよ祈れ神の前』 と歌ひ舞ふしをらしさ。 滴る眦月の眉膚も白く軟らかく 身のたけさへも長月の三五の月に擬ふなる 秋月姫は立ち上り涼しき声は秋の野の 草野にすだく鈴虫か父の帰りを松虫の 声も目出度く歌ひ舞ふ。 秋月姫『恵みも深き垂乳根の父と母とに育くまれ 春待ちかねし鶯のホーホケキヨーの片言も 漸くなれて姉妹は恵みも厚き夏姫の いと懐かしき母のそば父の命の御恵みは 山より高く澄み渡る御空を照らす秋月の わが身を守るありがたさ月雪花と謳はれて 間の国に名も高く誉れ輝く春山彦の 神の命の治す世は常世の春の永久に 尾の上の松の末長く枝も栄ゆる葉も茂る 茂れる松に丹頂の鶴も巣ぐへよ聖の世 四方の民草睦び合ふ時こそあれや荒び来る 八十の曲津に誘はれて神の教を破らむと 鷹取別の醜神はあな恨めしきウラル教 曲の教を楯として世人の心曇らせつ 天の鳥船舞ひ狂ひ地に曲津見吼え猛り 百千万の禍も一度に起る黄泉国 醜の軍を言向けて聖き神世に立直し 百の民草救けむと木の花姫の現れまして 人の言葉を刈菰の乱れたる世を固めむと 心配らせ給ひつつ四方に間配る神使ひ 遠き近きの八洲国こしの国まで出でまして 松竹梅の賢女や月雪花のくはし女を 引き寄せ給ひ神国の礎固く搗き給ふ その功績ぞ尊けれその功績ぞ畏けれ』 と秋月姫は声も涼しく神明の高徳を陳べ、宣伝使の労苦を謝したり。 忽ち門前に聞ゆる馬の嘶き、蹄の音、数多の人声。夏姫は立ち上り門を開く折しも、春山彦は、一人の宣伝使と共に馬に跨り、悠々と入り来たる。春山彦は馬上より、 春山彦『村人共、御苦労千万、最早かくなる上は大丈夫、一時も早く中依別の関所に報らせ、駕籠を持ち来れ。われはこの宣伝使に就て、少しく取調ぶる仔細あれば、明日の夕方復び迎ひに来れ』 と大音声に呼はれば、数多の村人は、 村人『オー』 と答へて、潮の退く如く門前を立去りにける。春山彦はヒラリと飛び下り声低に、 春山彦『照彦の宣伝使様、見苦しき荒屋、ゆるゆる御休息下さいませ。貴方にお目にかけたきものが沢山ござれば』 と聞く間もあらず照彦はヒラリと飛び下り、夫婦の案内につれて一同の前に、悠々として現はれにける。 (大正一一・二・一七旧一・二一外山豊二録) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 信天翁(一) | 信天翁(一) 至聖至厳の五六七殿尊き神の御教を さとす誠の神席に仮設劇場常置して 語る霊界物語欺されきつた近侍等が 浮いた調子で節をつけ三筋の糸でチヤンチヤンと 聖場汚す四つ足の副守のすさびを口開けて 言ふ奴聞く奴三味線を弾いて得意になるナイス 横に立てつて作る奴阿呆と阿呆との寄合ぢや 寄席の気分でワイワイと神の聖場を馬鹿にする 困つた奴が現はれた是も矢張り緯役の 変性女子の世迷言審神をせねば聞かれない 耳が汚れる胸わるいいやぢやいやぢやと顔しかめ 喰はず嫌ひの没分暁漢何を云うても汲み取れぬ デモ先生の尻の穴余り小さい肝玉に あきれて屁さへ出ではせぬ発頭人のわれわれが 熟々思ひめぐらせば聞かぬお方の身魂こそ 口が悪いか知らねども日本一の信天翁 表面ばかりむつかしき顔をしながら人の見ぬ 所でずるいことばかり体主霊従の偽善者が 却て殊勝らし事を言ひ聖人面をするものぞ 三味線ひいたり節つけて語るが馬鹿なら一言も 聞きに来ずしてゴテゴテとそしるお方の馬鹿加減 変性男子の筆先に阿呆になりて居て呉れと 書いてあるのを白煙八十八屋の系統に 知らず識らずに魂ぬかれ血道をわけて一心に 欺かれたる人だらうあゝ惟神々々 かまはないからどしどしと語つて弾いて面白く 六ケしう仰有る御方等の肝玉デングリ返しつつ 怖めず臆せずやり通せ分らぬ盲者はあとまはし やがて臍噛む時が来る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも 曲津御霊はさわぐとも苦集滅道説き諭し 道法礼節開示する五六七の教いつまでも 生命の限り止めはせぬ神の心を推量して チツとは心広くもて神の言葉に二言ない 止めぬと云つたら何処迄も口ある限りやめはせぬ アヽさりながらさりながらこんな事をば書いたなら 自分免許の審神者等が変性女子の傍近く 歌劇思想を抱持して寄るモウロクの悪霊が うつられ易い緯役に憑いて書かしたと減らず口 又も盛に叩くだろどうせ綾部の大本へ 寄り来る御魂は天地の神の眼よりは中なもの 自分の顔についた墨吾眼さへぎる梁の 少しも見えぬ色盲者都合の悪い言訳の 世迷言ぞと聞き流し馬耳東風の瑞月が 嘲罵の雲霧かき別けて下界をのぞき吹き立てる 二百十日の風の如力一杯大木の 倒れる迄も吹いて見むあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 大正十一年瑞月祥日 於竜宮館 |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 10 注目国 | 第一〇章注目国〔四四〇〕 神力無双の宣伝使に打つてかかつた牛雲別は、さしもに高き巌上より地に抛げ落され、鋭利なる頭上の角をへし折り、ギウ牛云ふ目に遇はされて、牛叶はぬとも何とも云はず、雲を霞と群衆を別けてのたのたと姿を隠しぬ。蟹雲別は横腹を、倒れた拍子に岩に打ちつけ、蟹のやうに平たくなりて、カニして呉れとも何とも云はず横這になり、雲を霞と群衆を別けて、ガサリガサリと逃げ出しける。 宣伝使は声張り上げて、 蚊々虎『ロッキーの山より高き、天狗の鼻の鷹取別は、火玉に打たれて鼻をめしやがれ、中依別は、常世の狐に魅まれて、大事の役目を仕損じた。鬼の様なる角の出た牛雲別は、力の強い麻柱の、神の教の宣伝使、蚊々虎に、大事の大事の角折られ、牛々言はされ牛叶はぬと、群衆に紛れて逃げ帰り、たうとう姿を牛なうた。蟹雲別は、鋏のやうな鋭い腕を振り上げて、蚊々虎に飛びかかり、胆を摧がれ腰痛め、蟹面をして、暗にまぎれてガサガサと、雲を霞と逃げ失せたり。サアこれからは次の番、百人千人一時に、かかれかかれ、欲に目のない目の国の、心の聾の曲津神、これから此方が鷲掴み、鷲にはあらで鷹取別の、烏の様な黒い面、鳩の奴めが豆鉄砲、喰つたやうな面をして、ずらりと並んだ皆の奴、蚊々虎の目の前に、阿呆面さらした可笑しさよ。つらつら思ひ廻らせば、常世の国は盲目国、盲が垣を覗くよな、恰好致してこの方を、十重や二十重に取囲み、アフンと致して空むいて、もろくも白くも目の玉を、白黒々と剥きながら、未だ目が醒めぬか盲ども、こんな苦しい目に遇うて、かち目もないのにちよん猪口才な、盲千人目の開いた、奴は一人もないとは情ない、ホンにお目出度い奴ばかり。コンナ結構な麻柱の、教が滅多に聞けるかい、目無堅間の救ひの船だ、摧げる恐れは一つもないぞ、今に眩暈が出て来るぞ、面目なげにめそめそと、吠面かわくも目の前ぢや、吾はこれから目の国を、めげ醜国と云うてやる。醜の曲津の遠近に、荒ぶる罪穢の深い国、何を目あてにウラル教、一寸先は暗の夜と、曲の教に目が眩み、心の眼は真の暗、何と哀れなことぢやらう。声を烏の蚊々虎が、鳶のやうにかけて来て、つる鶴述べる言霊を、首を長うして聞くがよい。聞く耳もたぬ木耳の、松茸、椎茸、湿地茸、毒茸、滑茸を食はされて、黒血を吐いて目を廻し、終にや冥土の旅枕、首も廻らぬ真暗がり、なまくら者の寄り合うた、この目の国をよつく見よ。四方の山々禿だらけ、大野ケ原は草だらけ、茨の中を潜るよな、この国態は何事ぞ、蚊々虎の申すこと、馬鹿にするならするがよい、天の冥罰立所、神の恵にあひたくば、今目を醒ませ目をさませ、前途の見えぬ目の国の、人こそ実に憐れなれ、人こそ実に憐れなれ』 と巌上に突立ち、群衆に眼を配りながら呶鳴り立てて居る。 この時、男女の声を交へし宣伝歌が、暗の帳を破つて音楽の如く聞え来る。折しも東の海面を照して、まん円き月は下界を覗き給ふ。今まで百舌鳥か、燕か、雀か、雲雀か、山雀のやうに囀つて居た牛、蟹の手下の者共は、蛇に狙はれた蛙の如く、蟇蛙に魅られた鼬の如く、なめくじりに追ひかけられた蛇の如く、縮かまりて大地に喰ひつきしがみつき、地震の孫か、ぶるぶると慄ひ戦き居たりける。 (淤縢山津見)『月は照る照る目の国曇る、荒れた目の国暗となる』 と涼しき声またもや聞え来る。蚊々虎は巌上より声する方に向つて、 蚊々虎『ホー、その声は淤縢山津見か、よい処でお目にかかつた。マアマア、緩り話さうかい』 珍山彦の化けの蚊々虎は、涼しき声を張り上げて宣伝歌を歌ひ始めたるに、四人の宣伝使は声に応じて共に歌ふ。月は海よりいづの御霊のすみきり渡る、心も赤き言霊に打たれて、一同は思はず宣伝歌につられて歌ひ始むる。歌の調子に乗せられて、今まで足腰立たぬ憂目に遇ひし悪神等も、嬉し涙を流しながら立ち上つて舞ひ踊る不思議さ。これよりこの国の神人は三五教の教を固く守り、今までの悪心を残る隅なく払拭し、霊主体従の身魂となり変りたるぞ畏けれ。この国は今に珍山彦の血縁伝はり居るといふ。 (大正一一・二・二一旧一・二五加藤明子録) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 16 固門開 | 第一六章固門開〔四四六〕 常世の国を東西に、分ちて立てるロッキーの、山の尾の上に濃き淡き、雲を透してひらひらと、白地に葵の百旗千旗、翩翻としてひるがへり、峰の嵐も淤縢山津見の宣伝使は、シラ山峠の頂上に、全く帰順を表したる、心も固き固虎に、固山彦と名を与へ、ロッキー城を蹂躙し、醜女探女の計略を、根底より覆へさむと、猫を冠りて進み行く。 ここはロッキー城の表門である。美山別、竹島彦等の勇将は、獅虎の如き猛卒を率ゐて黄泉島の戦闘に出陣したる事とて、城内の守兵は甚だ手薄になつてゐる。それが為め警戒は益々厳にして、昼と雖も表門を容易に開かず、鎌彦、笠彦の両人をして、数人の門番と共に厳守せしめてゐた。固山彦は大音声を張り上げて、 固山彦(固虎)『ヤア門番、この門を開け。常世神王の命に依り、目の国カリガネ半島に於て生擒にしたる淤縢山津見を始め、四人の宣伝使を召伴れ帰り来れり』 と呼はれば、主人の威光を真向に被つて笠彦は居丈高になり、 笠彦『オー、さういふ声は常世城の上役固虎彦に非ずや。貴下は常世城の勇将として目の国に出陣されしもの、何故に常世城に還らず本城に来りしか。その委細をつぶさに物語られよ。様子の如何に依つてはこの門絶対に開く可らず』 と呶鳴り付けたり。固山彦は大声にて、 固山彦(固虎)『卑しき門番の分際として、常世神王の従神固虎彦に向つて無礼の雑言、四の五の言はず速かにこの門を開け。否むに於ては危急存亡の場合だ、一刻の猶予もならず。固虎彦の鉄より固きこの腕を以て叩き破つて這入つて見せうぞ』 笠彦『オイ鎌彦、何うしよう。偉い勢ぢやないか。こんな場合は門番の吾々には判断がつかぬ。伊弉冊大神に、どんな御叱りを受けるかも解らぬなり、鎌彦、貴様は奥へ行つて開門の許しを受けて来て呉れないか』 鎌彦『何、構ふものか。開けてやれ』 笠彦『若しも固虎彦が寝返りを打つて、敵の間者にでもなつてゐたら大変だからな』 鎌彦『何、構ふことがあるものか。開けるに限る』 と云ふより早く、自ら門の閂を外し、左右にサラリと戸を開けば、固山彦は、 固山彦(固虎)『サア、淤縢山さま、漸く門が開きました。ヤア笠彦、大儀であつた。貴様は何時も主人を笠に被て威張る奴だが、矢張り癖は治らぬと見えるのー』 笠彦『ハイハイ、貴方のやうな結構な、立派な、勇将の御越し、御通し申したいは胸一ぱいでございますが、何を云つてもこの鎌彦奴が頑張るものですから、つい手間を取りまして申訳がありませぬ。吾々の如き微々たる門番、三軍を指揮し給ふ貴方様に向つて、一言半句にても抵抗致すは、恰も蟷螂が斧を揮つて竜車に向ふやうなもの、到底駄目だから早く御開け申せと言ふに、鎌彦の奴、蟷螂のやうな勇気を出しよつて、容易に開けないのです。本当に訳の解らぬ奴ですから』 鎌彦『何を云ひよるのだ、腰抜け野郎奴、貴様が拒んだのぢやないか、俺はちつとも構はぬ、御開け申せと言つて居るのに、日の出神の御叱りが怖いとか、大神様の御目玉が光るとか云ひよつて、邪魔をし居つた癖に、何だい今のざまは。少し強い者には直に犬のやうに尾を掉り居つて、見えた嘘を云ひ、自分の不調法を同役の俺に塗りつけやうとは不届き千万な奴。以後のみせしめ、この鎌公の鉄拳を喰へ』 といふより早く、笠彦の横面をはり飛ばせば、笠彦は大肌脱となつて、 笠彦『ヤイ鎌、馬鹿にしよるない。貴様こそ強いと見たら尾を下げて、心にもない追従をべらべらと喋くりよつて、よし覚えて居れ。この笠彦が貴様の笠の台を引抜いてやるから』 と首筋目掛けて飛びついた。二人は組んづ組まれつ、上へなり下になり争うてゐる。固虎の固山彦は、両手に拳を固め、肩肘怒らしながら大股にのそりのそりと中門目がけて進み入る。淤縢山津見は二人の格闘を見返り見返り、中門を開いて二人とも奥に進み入る。 又もや表門を破るるばかりに打ち叩くものがある。この時四五の門番は、 門番『オイオイ、笠公、鎌公、何うしよう。開けようか、開けよまいか。喧嘩してゐるやうな場合ぢやない。あんな強い奴が二人まで奥へ通つて了つた。吾々は何うなる事かと思つて大変心配して居るのだ。それに又もや偉い勢で門が破れる程叩いて居るぞ。喧嘩どころの騒ぎぢやない。早く止めぬかい』 笠彦『門も糞もあつたものかい。何うなと勝手にせい。俺は鎌彦の首を引き抜かねば置かぬのだ』 鎌彦『オイ笠、喧嘩は中止して明日まで延ばしたら何うだ。兄弟墻に鬩ぐとも外その侮りを防ぐといふことがあるぞ。平穏無事の時には何程仇のやうに喧嘩をしてゐた兄弟でも、サア強敵が出て来たと云ふ時には、犬と猿とのやうな兄弟が腹を合して敵に当るものだ。貴様も謂はば兄弟だ。貴様は俺の弟だ。兄の云ふことを聞いて首を放せ』 笠彦『何を云ひよるのだ、弟もあつたものかい。貴様は俺の奴になつて尻拭をすると云へ。そしたら首を放してやらう。首も廻らぬやうな九死一生の場合に当つて、まだ減らず口を叩くか』 門を叩く音は益々激しくなり来り、四五の門番はガタガタ慄へながら、 門番『オイオイ、笠彦、早く放さぬか。放さな放さぬで、俺等一同が寄つて掛つて貴様を打ちのめすが、それでも放さぬか』 笠彦『放せと云つたつて、鎌彦を始め訳の解らぬ奴ばかりで、話せるやうな気の利いた奴が一疋でも居るかい。はなしとうてもはなされぬワイ。もつと身魂を研け、研けたら大は宇宙の真理より、小は蚤の腸まで知つて居るこの方、はなして聞かしてやらう』 鎌彦『オイ執拗いぞ、いい加減に洒落て置け。そんな時ぢやなからう。大奥は今大騒動が始まつてゐる。さうして門には獅子とも虎とも狼ともわからぬやうな強い奴が、大勢の武士の出陣した後を狙つて攻めて来て居るのだ。前門には虎、後門には狼を受けて居る危急存亡のこの場合、喧嘩どころの騒ぎぢやなからう』 笠彦『ナンでもよいワイ。俺の奴さまになるか』 門は強力無双の男に押破られ、閂はめきめきめきと音して裂けた。四五の門番はこの物音に腰を抜かし、大地に坐つたまま慄へてゐる。門ひき開けて入り来る一人の男、花を欺く三人の娘と共に悠々としてこの場に現はれ、この体を見て、 照彦(戸山津見)『オイ、その方は何を致して居るか。其処は地の上だ』 一同『ハイ、畏まつて御迎へを致して居ります』 照彦(戸山津見)『それには及ばぬ。早く立つて案内いたせ』 一同『ハイ、何分笠公と鎌公の門番頭が組付き合ひを始めて離れないものですから困つてをります。立つても居ても居られないので、止むを得ず腰を据ゑ、胴を据ゑて泰然自若と構へて居るのです』 照彦(戸山津見)『貴様らは慄うてゐるぢやないか。早く立つて案内いたせ』 一同『たつて立てと仰有るなら立たぬことはありませぬ。何卒笠公と鎌公に掛合うて下さい』 照彦(戸山津見)『妙な奴だな。オイ、笠とか鎌とかいふ門番、何を争うてゐるか』 笠彦『ヤア、誰かと思へば去年の冬、常世城に唐丸駕籠に乗せられて来よつた照彦の奴ぢやないか。オイ、鎌公、大変な奴がやつて来たぞ。もう喧嘩は中止だ。また改めて明日にしようかい。貴様も生命冥加のある奴だ。この照彦の奴を生擒にして常世城に送つてやらうか』 と云つて首を放す。 照彦は三人の美人を随へ、悠々として委細構はず中門目がけて進み行く。鎌と笠は此体を見て、 鎌公、笠彦『オイ、皆の奴、中門指して行き居るぞ。襟髪とつて引戻せ』 一同『引戻したいは山々だが腰が立たぬ。笠公、鎌公、喧嘩をするだけの元気があるなら、二人一緒になつて彼奴の足をさらへて、ひつくり返し縛り上げて常世城へ送りなさい』 笠彦『オイ、鎌公、貴様は首のないとこだつた。死んだと思つて、一か八か早く追ひかけて飛びついてでも捉まへないか』 鎌公『何だか気分が悪い、医者にでも診察して貰つて、医者が行つてもよいと吐したら飛びつきに行かうかい』 笠彦『ソンナことを云つてる場合かい、呆けやがるな。俺がけしかけてやるから行け行け。犬でもけしかけが上手だと、自分の身体の五倍も十倍もある猪に向つて飛びつくものだ。けしかけも上手でないと犬は弱いものだ』 鎌公『馬鹿にするない、人を犬にたとへやがつて』 笠彦『貴様、何時でも口癖のやうに、日の出神様の為には粉骨砕身だとか、犬馬の労を吝まぬとか吐いたぢやないか。犬馬の労を尽すのは今この時だ。口ばつかり矢釜敷く囀りよつて、肝腎要の場合に尾を股にはさんで、すつこんでゐる野良犬奴が、早く行け。オツシオツシ』 中門の内に男女の涼しき宣伝歌聞え来るを、門番一同は顔をしかめ、耳に手を当てて地にかぶりつき縮み居る。 大奥の模様は如何、心許なし。 (大正一一・二・二三旧一・二七外山豊二録) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 26 貴の御児 | 第二六章貴の御児〔四五六〕 神の御稜威も弥高く、恵みも深き和田の原、抜き出て立てる不二の山、雲を摩したる九山八海の、神の集まる青木ケ原に、黄泉軍を言向けて、凱旋したる神伊弉諾大神は、上瀬は瀬速し、下瀬は瀬弱しと詔り玉ひ、初めて中瀬に降潜きて、美はしき身魂を滌ぎ、選り分け各々の司の神を定め給へり。 大国彦を八十禍津日神に命じ、美山別、国玉姫、広国別、広国姫をして、八十禍津日神の神業を分掌せしめ給ひ、次に淤縢山津見をして大禍津日神に任じ、志芸山津見、竹島彦、鷹取別、中依別をして、各その神業を分掌せしめ給ひぬ。大禍津日神は悪鬼邪霊を監督し或は誅伐を加ふる神となり、八十禍津日神も亦各地に分遣されて、小区域の禍津神を監督し、誅伐を加ふる神となりぬ。(詳しき事は言霊解を読めば解ります) 次に豊国姫を神直日神に任じ、月照彦神、足真彦神、少彦名神、弘子彦神をして其の神業を分担せしめ給ひ、国直姫をして大直日神に任じ、高照姫、真澄姫、純世姫、竜世姫、言霊姫をして其の神業を分掌せしめ給ふ。何れも皆霊的主宰の神に坐しける。 次に木の花姫神、日の出神をして、伊豆能売神に任じ給ひぬ。(言霊解を見る可し)総て神人の身魂は、其の霊能の活用如何に依りて優劣の差別あり。之を上中下の三段に大別され、猶も細別をすれば、正神界も邪神界も各百八十一の階級となる。邪神は常に正神を圧迫し誑惑し、邪道に陥れむと昼夜間断なく隙を窺ひつつあるものにして、第三段の身魂の垢を洗はむが為に、底津綿津見神、底筒之男神を任じ給ひ、第二段の身魂を洗ひ清むる為に、中津綿津見神、中筒之男神を任じ給ひ、第一段の身魂を洗ひ清むる為に、上津綿津見神、上筒之男神を任じ給へり。何れも瑞の御魂の活動にして、大和田原の汐となりて世界を還り、雨となり、雪となりて、物質界の穢れをも洗ひ清め生気を与ふる御職掌なり。 斯くの如く分掌の神を任け給ひ、いやはてに左の御眼を洗ひ給ひて、天照大御神を生ませ給ひ、太陽界の主宰となし給ふ。次に右の御眼を洗ひ給ひて、月読命を生み給ひ、太陰界の主宰となし給ひ、いやはてに陰陽の火水を放ち給ひて、豊国姫の身魂を神格化して神素盞嗚尊と名づけ、大海原の司に任じ給ふ。豊国姫命より神格化せる神素盞嗚尊の又の御名を本巻にては国大立命といふ。国大立命は四魂を分ちて、月照彦神、足真彦神、少彦名神、弘子彦神となり、現、神、幽の三界に跨りて神業に参加し給ひつつあることは前巻既に述べたる所なり。 (大正一一・二・二六旧一・三〇外山豊二録) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 28 言霊解二 | 第二八章言霊解二〔四五八〕 『次に投棄つる御裳に成りませる神の御名は、時置師神』 御裳の言霊、モは下である。平民教育の意味であり、社交的言辞の意である。 時置師神は、小説や演劇や歌舞や芸技や俗歌等の頭株と言ふ事である。是も根本的に革正さるると言ふ事で、御裳に成る神を投棄て玉ふと言ふ事であります。 『次に投棄つる御衣に成りませる神の御名は、和豆良比能宇斯神』 御衣の言霊は、身の家と云ふ事である。人の肉体は霊魂の住所であり御衣であります。薬浴防棄避の五種の医術も、皇国医法に適せず、治病の効なく、却て害毒となるを以て、現代の医法を廃し玉ふと云ふ事で、御衣を投棄て玉ふと曰ふ事である。ワヅラヒノウシ神とは、病み煩ひを癒す神と曰ふ事である。凡て医術薬法の、皇国の神法に背反せる事を看破して、根本的革正し玉ふために、御衣を投げ棄て玉うたのであります。現代の西洋医学も漢法医も、之を廃して神国固有の医学を採用せなくては成らぬやうに成つて来て居るのと同じ事であります。 『次に投げ棄つる御褌に成りませる神の御名は道俣神』 御褌の言霊は、走り駆り廻ると云ふ事で、要するに交通機関や通信機関を指してハカマと言ふのである。今日の汽車は、危車となり鬼車となり、電車、自動車、汽船、飛行船、郵便、電信、電話等も大に改良すべき必要がある。要するに従来の交通や通信機関に対して根本的革正の要あり、故に一旦現代の方法を大変更すべき事を、御褌を投棄つると曰ふのであります。 道俣神とは、鉄道や航路や道路の神と云ふ事である、交通と通信機関の四通八達せる状況を指して道俣と云ふのである。日本にすれば、現今の鉄道や道路や郵便や電信なぞも、大々的に改良せなくては成らぬやうになつて居る。是を拡張し以て国民の便利を計らねばならぬ今日の現状であるのと同じ事であります。 『次に投げ棄つる御冠に成りませる神の御名は飽咋之宇斯神』 右の言霊は、三公とか、公卿とか、殿上人とか、神官とか言ふ意味である。今日の世で曰へば、華族とか、神官とか、国務大臣とか、高等官とか曰ふ意味である。是も断乎として改善すると言ふ事が御冠を投げ棄つると言ふ事である。現代は実に一大改革を必要とする時期ではありますまいか。 『次に投げ棄つる左の御手の手纒に成りませる神の御名は、奥疎神、次に奥津那芸佐毘古神、次に奥津甲斐弁羅神』 左の御手と言ふことは、左は上位であり官である。奥疎神は陸軍である。奥津那芸佐毘古神は海軍である。奥津甲斐弁羅神は陸海軍の武器である。従来の軍法戦術では到底駄目であるから、大々的改良を加へ、神軍の兵法に依り、細矛千足国の実を挙ぐ可く執り行う為に、左の御手の手纒を投棄て玉ふのであります。 『次に投げ棄つる右の御手の手纒に成りませる神の御名は、辺疎神、次に辺津那芸佐毘古神、次に辺津甲斐弁羅神』 右は下であり民であり地である。辺疎神は農業である。辺津那芸佐毘古神は工商業である。辺津甲斐弁羅神は農工商に使用すべき機械器具である。是も一大改良を要するを以て、従前の方針を変革する事を、右の御手の手纒に成りませる神を、投げ棄て玉ふと言ふのであります。 『右の件、船戸神より以下辺津甲斐弁羅神以前、十二神は身に着ける物を脱ぎ棄て玉ひしに由りて生りませる神なり』 右の十二神は、黄泉国如す醜穢き国と化り果てたるを、大神の大英断に由りて、大々的改革を実行され、以て宇宙大修祓の端緒を開き給うた大神業であります。 『於是上瀬は瀬速し、下瀬は瀬弱しと詔ごちたまひて、初めて中瀬に降潜きて滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、八十禍津日神、次に大禍津日神、此二神は、其の穢き繁国に到りましし時の汚垢に因りて成りませる神也』 上瀬とは現代の所謂上流社会であり、下瀬は下流社会である。上流社会は権力財力を恃みて容易に体主霊従の醜行為を改めず、却て神諭に極力反抗するの意を『上瀬は瀬速し』と言ふのである。下流は権力も財力もなく、なにほど神諭を実行せむとするも、其日の生活に苦しみ且つ権力の圧迫を恐れて、一つも改革の神業を実行するの実力なし。故に『下瀬は瀬弱し』と言ふのである。そこで大神は中瀬なる中流社会に降り潜みて、世界大修祓、大改革の神業を遂行したまふのである。中流なれば今日の衣食に窮せず、且つ相当の学力と理解とを有し、国家の中堅と成る可き実力を具有するを以て、神明は中流社会の真人の身魂に宿りて、一大神業を開始されたのであります。 大神が宇宙一切の醜穢を祓除し玉うた時に出現せる神は、八十禍津日神、つぎに大禍津日神の二神であります。人は宇宙の縮図である。世界も人体も皆同一の型に出来て居るのであるから茲に宇宙と云はず、伊邪那岐大神の一身上に譬へて示されたのである。故に瑞月亦之を人身上より略解するを以て便利と思ふのであります。 八十禍津神は、吾人の身外に在りて吾人の進路を妨げ且つ大々的反対行動を取り、以て自己を利せむとするの悪魔である。現に大本に対して種々の中傷讒誣を敢へてし、且つ書物を発行して奇利を占めむとする三文蚊士の如きは、所謂八十禍津神であります。之を国家の上から言ふ時は、排日とか排貨とか敵国陸海軍の襲来とかに当るのである。この八十禍津神を監督し、制御し、懲戒し玉ふ神を八十禍津日神といふのであります。日の字が加はると加はらざるとに依つて、警官と罪人との様に位置が替るのであります。大禍津神は吾人の身魂内に潜入して、悪事醜行を為さしめむとする悪霊邪魂である。色に沈溺し、酒に荒み、不善非行を為すは皆大禍津神の所為であります。 之を国家の上に譬へる時は、危険思想、反国家主義、政府顛覆、内乱等の陰謀を為す非国民の潜在し、且つ体主霊従同様の政治に改めむとする、悪逆無道の人面獣心的人物の居住して居る事である。之を討伐し懲戒し警告するのは大禍津日神であります。 正邪 八十禍津日神八十禍津神 大禍津日神大禍津神 (大正九・一・一五講演筆録外山豊二) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 30 言霊解四 | 第三〇章言霊解四〔四六〇〕 『次に水底に滌ぎ玉ふ時に成りませる神の御名は、底津綿津見神、次に底筒之男命、中に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、中津綿津見神、次に中筒之男命、水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、上津綿津見神、次に上筒之男命、此三柱の綿津見神は阿曇の連等が祖神ともち斎く神なり、故阿曇の連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金拆命の子孫なり。其底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命、三柱の神は墨江の三前の大神なり』 水底の言霊を一々解釈する時は、 ミは形体具足成就也。充実也。天真也。道の大本也。肉体玉也。 ナは万を兼統る也。水素の全体也。思兼神也。顕を以て幽を知る也。行き届き居る也。 ソは心の海也。金剛空也。臍也。⦿を包み居る也。無限清澄也。 コは天津誠の精髄也。全く要むる也。一切の真元と成る也。親の元素也。劣り負くる也。 要するに水底は、海の底とか河の底、池の底なぞで、水の集合したる場所である。水は総てのものを養ひ育て、生成の功を為し、且つ又一切の汚物と混交して少しも厭はず、万物の汚穢を洗滌し、以て清浄ならしむるものは水ばかりである。又水は低きに向つて流れ、凹所に集まり、方円の器に従ひ、以て利用厚生の活用を為すもので、宇宙間に於て最も重要なる神器であります。火の熱にあへば、蒸発して天に昇り、雲雨となりて地上一切を哺育す。斯の如き活用ある神霊を称へて、水の御魂と申上げるのである。 ミは形体具足成就して、一点の空隙なく、随所に充満し、天真の侭にして少しも争はず、生成化育の大本をなし、人身を養ひ育て、玉と成るの特性を保ち、ナは万物を統御し、有形を以て無形の神界を探知し、思兼の神となりて世を開き治め、上中下共に完全に行き届き、ソは精神の海となりて神智妙能を発揮し、臍下丹田よく整ひて事物に動ぜず、限りなく澄み切りて一片の野望なく、利己的の行動を為さず、⦿の尊厳を発揮し、コは天津誠の真理を顕彰して[※御校正本・愛世版では「ミは形体具足成就して(中略)万物を統御し(中略)精神の海となりて(中略)天津誠の真理を顕彰して」になっている。校定版・八幡版ではナ、ソ、コを付加して「ミは形体具足成就して(中略)ナは万物を統御し(中略)ソは精神の海となりて(中略)コは天津誠の真理を顕彰して」になっている。その方が意味が分かりやすいので、霊界物語ネットでもそのように直した。]親たるの位を惟神に保ち、生類一切の真元と成りて、全地球を要むるの神力霊能を具有するも、和光同塵、以て時の致るを待ちて、天にのぼる蛟竜の如く、時非なる時は努めて自己の霊能を隠伏し、劣者愚者弱者にも、譲りて下位に立ち、寸毫も心意に介せざる大真人の潜居せる低所を指して水底と云ふのであります。アヽ海よりも深く山よりも高き、水の御魂の一日も速く出現して、無明常暗の天地を洗滌し、以て天国極楽浄土の出現せむ事を待つ間の長き鶴の首、亀も所を得て水底より浮び上るの祥瑞を希求するの時代であります。 綿津見の神の言霊解 ワは輪にして筒の体である。紋理の起りである。親子である。世を知り初むる言霊である。物の起りにして人の起りである。締寄する言霊である。順々に世を保つ言霊である。子の世にして親の位を践む言霊であります。 タは対照力である。東は西に対し、南は北に対し、天は地に対し、生は死に対する如きを対照力と云ふのであります。 ツは大金剛力である。強く続き、実相真如、之をツと言ふのである。又応照応対力対偶力であり、産霊の大元であり、平均力の極であり、霊々神々赫々として間断なく、大造化の力にして、機臨の大元であり、速力の極であります。 ミは水であり、身であり、充ち満つるの意にして、惟神大道のミチであります。 以上の四言霊を以て思考する時は、実に無限の神力を具備し、円満充全にして、天下の妖邪神を一掃し、所在罪悪醜穢を洗滌し玉ふ威徳兼備の勇猛なる五六七の大神の御活動ある神である事が分明するのであります。 筒之男命 ツツノオの言霊は、大金剛力を具有し、以て正邪理非を決断し、水の元質を発揮して、一切の悪事を洗ひ清め、霊主体従日本魂の身魂に、復帰せしめ玉ふてふ神名であります。茲に底中上の神と命とが区別して載せられて在るのは、大に意味のある事である。古典は霊を称して神と言ひ、体を称して命と言ふ。神とは幽体、隠身、即ちカミであつて、命とは体異、体別、即ち身殊の意味である。後世の古学を研究するもの、無智蒙昧にして、古義を知らずに神と命を混用し、幽顕を同称するが故に、古典の真義は何時まで研究しても、分つて来ないのであります。又底とは最も下級の神界及び社会であり、中とは中流の神界及び社会であり、上とは上流の神界及び社会を指すのである。故に綿津見神は底中上の三段に分れて、神界の大革正を断行し玉ひ、筒之男命は、同じく三段に分れて、現社会の大革正を断行し玉ふ御神事であります。大本神諭に『神の世と人の世との立替立直しを致すぞよ』とあり、亦『神、仏儒人民なぞの身魂の建替建直しを致す時節が参りたから、艮の金神大国常立尊が、出口の神と現れて、天の御三体の大神の御命令通りに、大洗濯大掃除を致して、松の世五六七の結構な世にして上中下三段の身魂が揃うて、三千世界を神国に致すぞよ』と示されてあるのも、斯の三柱の神と、命との御活動に外ならぬのであります。 現代の如く世界の隅々まで面白からぬ思想が勃興し、人心は日に月に悪化し、暴動や爆弾騒ぎが相次いで起り天下は実に乱麻の如き状態である。斯かる醜めき穢き国になり果てたる以上は、どうしても禊身祓の大々的御神業が開始されなくては、到底人間の智力、学力、武力などで治めると云ふことは不可能であります。八十曲津神、大曲津神の征服は絶対無限の金剛力を具有し玉ふ神剣の発動、即ち神界の大祓行事に待たなくば、障子一枚侭ならぬ眼を有て居る如うな人間が何程焦慮して見た所で、百日の説法屁一つの力も現れないのである。是はどうしても神界の一大権威を以て大祓を遂行され、日本国体の崇高至厳を根本的に顕彰すべき時機であつて、実に古今一轍の神典の御遺訓の、絶対的神書なるに驚くのであります。 神界の権威なる、宇宙の大修祓は人間としては不可抗力である。由来天災地妖の如きは、人間の左右し得るもので無いと、現代の物質本能主義の学者や世俗は信じて居るが、併しその実際に於ては、天災地妖と人事とは、極めて密接の関係が有るのである。故に国家能く治平なる時は、天上地上倶に平穏無事にして、上下万民鼓腹撃壤の怡楽を享くるのは天理である。地上二十億の生民は、皆悉く御皇祖の神の御実体なる、大地に蕃殖するものであるが、この人間なるものは、地上を経営すべき本能を禀け得て生長するのである。然るに、万物の霊長とまで称ふる人間が吾の天職をも知らず、法則をも究めずして、日夜横暴無法なる醜行汚為を敢行しつつあるは、実に禽獣と何等択ぶ所は無いのである。全体宇宙は天之御中主神の御精霊体なる以上は、地上の生民等が横暴無法の行動によつて、精神界の順調も、亦乱れざるを得ない次第である。要するに天災地妖の原因結果は、所謂天に唾して自己の顔面に被るのと同一である。人間を始め動物や植物が、天賦の生命を保つ能はずして、夭死し或は病災病毒の為に、変死し枯朽する其の根本の原因は、要するに天則に違反し、矛盾せる国家経綸の結果にして、政弊腐敗の表徴である。現時の如く天下挙つて人生の天職を忘却し、天賦の衣食を争奪するが為に営々たるが如き、国家の経綸は実に矛盾背理の極である。皇国は世界を道義的に統一すべき、神明の国であつて、決して体主霊従的の経綸の如く、征服とか占領とかの、無法横暴を為す事を許さぬ神国である。皇典古事記の斯の御遺訓に由り奉りて、国政を革新し、以て皇道宣揚の基礎を確立し、以て皇祖天照大神の御神勅を仰ぎ、以て世界経綸の発展に着手すべきものなる事は、艮の金神国常立尊の終始一貫せる御神示であります。 (大正九・一・一五講演筆録谷村真友) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 31 言霊解五 | 第三一章言霊解五〔四六一〕 『墨江の三前の大神』 スミノエノミマヘの言霊を解説すると、 スは、真の中心也、本末を一轍に貫ぬく也、玉也、八咫に伸び極まる也、出入の息也、不至所無く不為所無き也、天球中の一切也、八極を統ぶる也、数の限り住む也、安息の色也、清澄也、自由自在也、素の侭也。 ミは、瑞也、満也、水也、体也。 ノは、助辞也。 エは、ヤ行のエにして心の結晶点也、集り来る也。胞衣也、悦び合ふ也、撰る也、大也。 ノは、助辞也。 ミは、三也、天地人の三也、太陰也、屈伸自在也、円也、人の住所也。 マは、一の位[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。ここを含め3ヶ所とも同じ(「一の位に当る也」「一の此世に出る也」「一の位を世に照し」)。校正本(三版を校正したもの。p280)では「一」にフリガナは無いが、校定版・愛世版では「いち」とフリガナが付いている。編者が数字の一だと勘違いしたのであろう。霊界物語ネットでは間違わないように「ア」とフリガナを付けた。]に当る也、一[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。041「一の位」の脚注参照。]の此世に出る也、全備也、円也、人の住所也。 ヘは、⦿の堅庭也、動き進む義也、部也、辺也、高天原の内に⦿を見る也。 以上の言霊を総括する時は、明皎々たる八咫の神鏡の如く澄極まり、顕幽を透徹し、真中真心の位に坐し、至らざる所無く、為さざる所無く、清き泉となり、一切の本末を明かにし現体を完全に治め、万物発育の本源となり、以て邪を退け正を撰み用ゐ、温厚円満にして月神の如く、各自の天賦を顕彰し、身魂の位を明かにし、一の位[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。041「一の位」の脚注参照。]を世に照し活動自在にして、地の高天原に八百万の神を集へ、以て⦿を守る三柱の大神と曰ふ事である。故に三柱の大神の御活動ある時は、風水火の大三災も無く、飢病戦の小三災も跡を絶ち、天祥地瑞重ねて来り、所謂松の世五六七の世、天国浄土を地上に現出して、終に天照大神、月読命、須佐之男命の三柱の貴の御子生れ給ひ、日、地、月各自其位に立ちて、全大宇宙を平けく安らけく治め給ふに至るのであります。故に神の御子と生れ天地経綸の司宰者として生れ出でたる人間は、一日も早く片時も速に、各自に身魂を研き清め、以て神人合一の境地に入り、宇内大禊祓の御神業に奉仕せなくては、人間と生れた効能が無く成るのであります。 宇都志日金拆命 宇都志日金拆命は、綿津見神の御子であつて、阿曇の連は其の子孫である。宇都志日金拆命の名義を言霊に照して解釈すると、 ウは、三世を了達するなり、艮の活動也。 ツは、大造化の極力也。平均力也、五六七の活動也。 シは、世の現在也、基也、台也、竜神の活動也。 ヒは、顕幽悉く貫徹する也、本末一貫也、太陽神活動の本元也。 カは、光り輝く也、弘り極まる也、禁闕要の大神、思兼神の活動也。 ナは、智能完備也、万物を兼結ぶ也、直霊主の活動也。 サは、水質也、水の精也、昇り極まる也、瑞の神霊の活動也。 クは、明暗の焼点也、成り付く言霊也、国常立の活動也。 以上の言霊活用に依り、命の御名義を総括する時は、知識明達にして大造化の極力を発揮し、天下の不安不穏を平定し、理想世界を樹立するの基礎となり、鎮台となりて、顕幽を悉皆達観し、一大真理に貫徹して一切事物の本末を糺明し、邪を破り正を顕はし無限絶対無始無終の神明の光徳を宇内に輝かし、皇徳を八紘に弘めて止まず、智能具足してよく万物を兼ね結び合せ国に戦乱なく疾病なく飢饉なく、暴風なく、洪水の氾濫する事なく、大火の災なく、万物を洗ひ清めて、瑞の御霊の心性を発揮し、明暗正邪の焼点に立ちて、能く之を裁断し、以て天国浄土を建設するの活用を具備し成就し給ふ御活動の命と曰ふ事である。即ち宇宙一切は、綿津見神の活動出現に依りて、艮の金神、五六七の大神、竜宮の姫神、太陽神の活動、禁闕要の大神、思兼神、直霊主、稚姫神、月読神、大国常立神等の出現活動に拠りて、万有一切は修理固成され清浄無垢の世界と成りて、終に三貴神を生み給ふ、原動力の位置に在る神と曰ふ意義であります。 阿曇の連 アヅミノムラジの名義は、天之御中主神の霊徳顕はれ出でて、至治泰平の大本源となり、初頭となり、大母公の仁徳を拡充し、大金剛力を発揮して、大造化の真元たる神霊威力を顕彰し、純一実相にして、無色透明天性その侭の位を定め、万民を愛護して、月の本能を実現する真人と曰ふことが、アヅミの活用である。 ムラジは、億兆を悉く強国不動に結び成して、凡ての暴逆無道を押し鎮め、本末能く親和して、産霊の大道たる惟神の教を克く遵守し、万民を能く統轄して、国家を富強ならしめ、一朝事あるときは、天津誠の神理を以て、神明鬼神を号令し、使役する神の御柱を称して、アヅミのムラジと謂ふのであります。アヽ伊邪那岐大神の心つくしの宇宙の大修祓の神功無くして、如何で神人の安息するを得むや。実に現代は大神の美曽岐の大神事の、大々的必要の時機に迫れる事を確信すると共に、国祖国常立尊、国直日主命、稚姫君命の神剣の御発動を期待し奉る次第であります。(完) 瑞の神歌 霊幸ふ神の心を高山の 雲霧分けて照せたきもの 日の光り昔も今も変らねど 東の空にかかる黒雲 この度の神の気吹の無かりせば 四方の雲霧誰か払はむ 葦原に生ひ繁りたる仇草を 薙払ふべき時は来にけり 霊主体従の教を四方に播磨潟 磯吹く風に世は清まらむ (大正九・一・一五講演筆録外山豊二) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 34 唐櫃 | 第三四章唐櫃〔四六四〕 曲津の猛る世の中はかかる例もアルタイの 山の砦に巣を構へ鬼か大蛇か蛇掴 魔神は一日に十あまり二つの蛇を取り喰ひ 春夏秋はよけれども雪降りしきる冬の夜は 蛇の姿もかくろひて飢をばしのぐ由もなく 魔神は遂に遠近の村町里に現はれて 世人の妻や娘子を一日に一人奪り喰ひ 日々に減り行く女子の哀にもれず鉄谷の 村の司の鉄彦が一人娘の清姫に 白羽の征矢は立ちにける。 憂ひに沈む門の内、吹き来る風も湿り勝なる闇の夜に、門の戸叩いて入り来る、心も堅き石凝姥の宣伝使は、門番時公の案内につれ、五人の土人と共に、玄関先に立ち現はれたるを見るや、時公は慌しく奥の間に駆入り、 時公『申し上げます、申し上げます。三五教の宣伝使がお越しになりました』 主人の鉄彦は、妻の鉄姫、清姫と共に唐櫃の前に座を占め、門番の言葉も耳に入らぬ体にて憂ひに沈み居る。 隣の室には、村人の口々に囁く声悲しげに聞え居る。時公は、 時公『モシモシ、三五教の宣伝使が見えました』 鉄彦『何ツ、三五教の宣伝使とは、そりや大変だ。門を堅く閉ぢて一歩も入れる事は罷りならぬぞ』 時公は、 時公『ハイ』 と云つたきり、頭をがしがし掻いて縮まり居る。 鉄彦『早く行つて門を閉めぬか。万々一、三五教の宣伝使が吾屋敷へ一歩たりとも踏み込ませなば、又もやウラル彦の眷属、蛇掴の神に如何なる難題を吹きかけらるるやも図り難し。疾く門を閉せよ』 時公『イヽ今、コヽ此処に宣伝使が無理やりに私を突き倒し蹴り倒し、跳ね飛ばし、加之に拳骨を喰はして這入つて来ました。いやもう乱暴な奴で、力の強い剛力無双の私でも、どうする事も出来ませぬ。凶い後にはきつとよい事が来ますから、どうぞ見直し聞き直して下さいませ』 鉄彦『ホー、貴様は三五教だな、何時そんな教を聞いたのか』 時公『ハイ、今門の口で聞きました』 此時玄関に当つて、 石凝姥神『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける ウラルの山に巣を構るウラルの彦の曲神の 部下に仕ふる蛇掴三五教の宣伝使 現はれ来る上からはもはや逃れぬ百年目 神の教の言霊に人を奪り喰ふ曲神の 頭挫ぎて鷲掴み言向け和し鉄谷の 里に塞がる村雲や悩みを清く吹き払ひ 浦安国の浦安き神の御国に治むべし あゝ鉄彦よ鉄姫よ身魂も清き清姫よ 案じ煩ふ事勿れ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直し聞き直し世の曲事は宣り直す 三五教の神の道鬼や大蛇や狼の 勢如何に猛くとも神の御稜威の言霊に 言向け和し村肝の心も晴れて冬の空 月照り渡る望の夜の御空すがしき清姫を 今宵の内に恙なく命救ひて曲神を アルタイ山の山の尾に追ひ散らしつつ宇智川の 河瀬に禊祓ふべし河瀬に禊祓ふべし 憂ひを晴らせ疾く晴らせ喜び勇め諸共に 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令天地は覆るとも三五教は世を救ふ あな有難き神の道あな有難き神の道』 と涼しき宣伝歌の声。鉄彦親子を始め別室に集まりたる村人は、この歌を聞いて今迄とは打つて変り蘇生したる如き面色にて、思はず知らず手を拍ち、ウロー、ウローと叫びながら立ち上り踊り狂ふ。 此時又もや優しき女の声にて宣伝歌を歌ひながら、門を潜つて入り来る女あり。玄関に立ち止まり、 (梅ケ香姫)『闇を縫ひ来る一つ火を辿りて此処に来て見れば 鉄谷村の酋長の鉄門はサラリと開かれて 憂ひを包む家の内様子あらむと頭をば 傾け耳を澄ませつつ暗さは暗し烏羽玉の 闇にも擬ふ鉄彦や妻の鉄姫、清子姫 アルタイ山の曲神の醜の餌食になる今宵 思ひは同じ女気の娘心を推し量り 世人を救ふ三五の教を開く妾こそ 今宵は此処にみかへるの神の教に仕へむと 思ふ心はアルタイの谷より深く思ひつめ 宇智の川より尚ほ深く心定めし宣伝使 今宵は吾を窟戸に舁ぎて往けよ疾く往けよ 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 今この時ぞこの時ぞ時後れては一大事 早く此門開けよかし早く此門開けよかし』 石凝姥神は、思はぬ宣伝使の声を聞きていぶかり、玄関に立ち出で見れば、黄泉比良坂の戦闘に偉勲を奏したる梅ケ香姫なり。二人は思はず顔を見合はせ、互に、 石凝姥神、梅ケ香姫『オー』 と云つたきり、黙然として暫し佇みその奇遇に呆れ居たりき。 (大正一一・二・二七旧二・一加藤明子録) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 37 祝宴 | 第三七章祝宴〔四六七〕 鉄彦夫婦は最愛の一人娘清姫の大難を免がれ、かつ国中の禍の種を除かれたるは、全く神の御恵みと、天津祝詞を奏上し、宣伝歌を奉唱し、祝ひの宴を開き、村中数百の老若男女は、上下の区別なく祝ひの酒に酔ひ潰れ、喜んで泣く者、笑ふ者、法螺を吹く者など、沢山現はれ来り、其中より四五の若者は門番の時公を取り巻き、 甲『オイ時公、貴様は随分えらい勢で帰つて来て、途法途轍もない法螺を吹き居つたが、宣伝使様の御歌を聴けば、何だ、貴様は腰を抜かして、吠面かわいたぢやないか。何でソンナ空威張をするのだ』 時公『吠面かわくつて当然だ。ところで吠えぬ犬はないと言ふぢやないか。法螺を吹くのも吠面かわくのも、時公にとつての愛嬌だよ』 甲『また洒落よるナ。貴様ア、昔は時野川と言つて小角力をとつたと言つただらう。サア、俺と一つ、此座敷で角力をとつて見ようかい』 時公『措け措け、危ないぞ。葱の様なヒヨロヒヨロ腰で、鉄のやうな時さまに当るのは、自滅を招くやうなものだ。それよりもアルタイ山に行つた時の実地談を聴かしてやらうかい』 乙『オイ、皆の者、此奴の言ふ事は、いつも法螺ばかりだ。眉毛に唾を付けて聴いてやれ』 時公『ヨー、俺に敬意を表してツハモノと言ふのか。イザこれより時公がアルタイ山の曲神退治の梗概を物語るから確かり聴け。抑々アルタイ山は深山幽谷、これに進み行く者は、虎狼か山犬か、但しは熊か時公さまか……』 甲『オイオイ、初めから吹くなよ。吾々も唐櫃を舁いで、現に登つた連中ぢやないか』 時公『ヤア、縮尻つた。これからが真実の物語だ。そもそも汝ら村の弱虫等に、砦の前で別れてより、暗さは暗し、雨は車軸と降つて来る、風は唸りを立てて岩石も飛び散るばかりの凄じさ。それを物とも致さず時公さまは、三五教の宣伝使石凝姥を従へて、梅ケ香姫を舁ぎつつ巌窟を指して、天地も呑まむず勢に、七八尺も一足に跨げながら、巌戸の前にと立現はれ、ウン、ウーンとばかりに唸つて見せた。流石に剛き蛇掴の野郎も、吾言霊に縮み上つて大なる火の玉と変じ、小さき火玉と諸共に、天に舞ひ昇り、西南の空を指して、アーメニヤに逃げ去つたり、と思つたのは彼が計略、忽ち時公さまの身体に神憑りいたし「ヤア、吾こそはアルタイ山の主神蛇掴であるぞ」と呶鳴り立てた。流石の宣伝使も慄ひ上つて、モシモシどうぞ生命ばかりはお助け下され、コヽこの通り腰の骨が宿替へ致しました、とほざきよるのだ。そこでこの時公さまに憑つて来た蛇掴奴が「ヤア、この時公は赦す積りで居れども、副守護神の蛇掴が赦さない。頭から塩をつけてムシヤムシヤとかぶつて喰つてやらうか」と仰有るのだ。梅ケ香姫は白い手を合して「モシモシ時公さま、どうぞ石凝姥の宣伝使を助けて下さい」と可愛い顔して頼むものだから、時公さまも、副守護神も、俄に憐れを催して「今晩は喰ひ殺す処なれど、汝の優しい顔に免じて赦してやらう」と仰有つた。さうすると宣伝使が平蜘蛛になつて、喜ぶの喜ばないのつて、譬へるに物なき次第なりけりだ』 丙『オツト、時公、待つた。そりやお人が違やせぬか』 時公『人の一人ぐらゐ違つたつて何だ。一寸身代りになつて言つとるのだ』 乙『ハハー、さうすると時公が石凝姥の宣伝使で、その宣伝使が時公としたら真実だな』 時公『そんな種明かしをすると、酒の座が醒める。マア黙つて聴かうよ。それからこの時公が手頃の岩を拾つて、フツと息を吹きかけ、固いかたい石の槌を造つて、鬼の化石の首を片つ端からカツンカツンとやつた。その腕力は炮烙でも砕ぐやうに、首は中空に舞ひ上つて、どれもこれもアーメニヤに向つて飛んで行つてしまつたよ。アハヽヽヽ』 甲『オイ鰤公、チツト勇まぬか。この目出度い酒に、何をベソベソと吠えてゐるのだ』 鰤公は泣き声で、 鰤公『貴様達は嬉しからうが、俺は三年振りでヤツト故郷へ帰つたと思へば、俺の娘は今年の春、蛇掴の悪神に喰はれてしまつたと言ふ事だ。天にも地にも一人よりない娘の顔を見ようと思つて、今の今まで楽しんでゐたのが、噫夢となつたか。夢の浮世と云ひながら、さてもさても悲しい事だワイ。これが泣かずにゐられよか。アーンアーンアーン』 時公『ウアハヽヽヽヽヽ』 鰤公『ヤイヤイ、貴様は何が可笑しい。俺が大切な娘を喰はれて悲しんでゐるのに、笑ふと云ふ事があるものかい。ヤイ、アーンアーンアーン』 時公『ワハヽヽヽヽヽ』 鰤公は四辺かまはず、 鰤公『ウオーンウオーンウオーン』 と狼泣きをする。 甲『オイオイ鰤公、泣くな。貴様とこの娘は、そら、そこに来て居るぢやないか。最前から貴様が帰つたと言ふ事を聞いて、探しまはして居るのだけれど、あまり色が黒くなつたものだから、分らぬので迷つてゐるのだ。時公の奴、貴様を威かしてやらうと思つて、アンナ法螺を吹きよつたのだよ』 鰤公『ウオーンウオーンウオーン、娘、娘、居るか居るか、女房も居るか』 此声に女房も娘も走り来つて、鰤公に取り付き嬉し泣きに泣き立てる。 清姫は立上り、声も涼しく歌ひ始めた。 清姫『年てふ年は多けれど月てふ月は多けれど 日といふ日にちは多けれど世界晴した今日の日は 如何なる吉日の足日ぞや曲津の神に呪はれて 命も既になきところあな有難や三五の 神の教の宣伝使石凝姥の神司 梅ケ香姫の御恵み神の御稜威の輝きて 吾身はここにアルタイの山より高き父の恩 母の恩にも弥勝る神の恵の露に濡れ 湿り果てたる吾袖の涙も乾く今日の空 噫有難やありがたや吾が父母と諸共に 今より心を改めて天教山に現れませる 日の出神や木の花の厳の御魂の御教と 黄金山に現れませる埴安彦や埴安姫の 神の命の御教を麻柱ひまつり祝ぎまつり 地教の山に現れましし神伊邪那美の大神の 鎮まり給ふ月夜見の円き身魂を洗ひつつ この世の暗を照すべし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ天地は覆るとも 三五教を守ります誠の神は世を救ふ 救ひの舟に棹さして浮世の浪を漕ぎ渡り 大海原に棹さして高天原に漕ぎ行かむ 月の光も清姫の清き心の真寸鏡 隈なく光る今日の空光り輝く今日の空 あゝ諸人よ諸人よ返すがへすも三五の 教に魂を研けかし神に身魂を任せかし 祈れよ祈れよ真心を神に捧げて祷れかし 祈るは命の基なるぞ祈るは命の基なるぞ』 と歌ひ終り、賑かに此宴会は閉された。茲に鉄彦は、二人の宣伝使と共に宣伝歌を歌ひながら後事を妻の鉄姫に託し、アルタイ山を右に見て、西へ西へとクス野ケ原の曠野を進み行く。 (大正一一・二・二七旧二・一河津雄録) (全文昭和一〇・三・三〇王仁校正) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 附録 第三回高熊山参拝紀行歌(三) | 附録第三回高熊山参拝紀行歌(三) 王仁作 高熊山参拝者名簿(三) (大正十一年四月十三日旧三月十七日) (七) 神が表に現はれて鈴木ケ原も山奥も(鈴木すう) 澄ますうれしき松の御代河合と思召す神心(河合一男) 一男聞いては十を知る誠の安保と成り変り(安保米太郎) 神の教を村肝の心に深く登米太郎(斎田のぶ) 朝夕斎く田のもしさその身のぶじも泉山(泉山貞夫) 魂の貞め夫嬉しみて教祖の出西神の島(西島躬幸) 神の躬幸も和田の原荒浪よせつ博々と(原せつ) 漕ぎ行く雄島女島潟波に浮べる神山の(同博子) 磯端清き上り口恒き心の彦姫が(山口恒彦) 社の前に平伏し難を岡して漸くに(平岡基良) 参詣したる大基の教を守る良き信徒(大野徳松) 恵みも大野徳松氏尾形太郎作いさぎよく(尾形太郎作) 赤き心は秋山の紅葉の色の義之が(秋山義之) 新たに掘り出す黄金の玉の在所を菊の月(新堀菊次) 次第々々西げり行く草村わけて昻りたる(西村昻三) 三日月空に輝きて常世の暗を明し行く 神の御稜威ぞ畏こけれ。 (八) 西洋も大和も押並べて醜の村雲空を掩ひ(西村雛子) 親に離れし雛子鳥高天に上るよしもなく(上滝美祐) 佐久那垂りにと落滝津速川の瀬に美はしく(柳生宣子) 身魂を洗ひ大神の祐柳生の宣伝使(小原茂樹) 小原の中に茂る樹の花も吉井の健康に(吉井康素) 匂ふも清し太素の同じ教の道のため(同ため) 前むも知らに退くも知らずに田依る稲の国(前田稲子) 天津日嗣の日の御子のみこと畏こき佐伯の庄(佐伯史夫) 稗田の阿礼が国史夫語り岡れしその如く(岡文雄) 空澄み渡る瑞月が神代の文雄伝へむと 高天野原の神業をやすく楽しく述べ立つる(高野やす) 何の淀みも荒川の流るる如く物語る(荒川保史) 浦保国の神の史魂の力を丸めつつ(力丸金吉) 金鉄溶かす勇猛心吉凶禍福の外に立ち(同あさを) 尊き神の御教をあさを考へ無田口を(田口改治) たたく信者を改めて誠一つに治め行く 市場の如く喧ましくさわぎ廻りし人々に(市場義堅) 真義を堅く説きさとす神の救ひの方船は(船越英一) 万のものに超越し英でて尊き一の教 誠の紙の大本は老も若きも押並べて(紙本鉄蔵) 堅き心は金鉄蔵世界に名高き島国の(名島鶴子) 千歳の松に鶴巣ぐひ恵みの風も福井氏(福井重内) 慶び重ねて内外の国の民草勇み立ち 篠と乱れし国原も隆き稜威を仰ぎつつ(篠原隆) 君の蔦歳祝ふなり。 (九) 四四十六の菊の花薫り床しき玉の池(菊池正英) 教正しく英でたる大本神野おん恵み(大野只次郎) 只には聞くないち次郎き神の守りの限りなく(神守) 栄え目出度植木村いと綿密に竜宮の(木村密) 池に漂ふ松の島神の懿徳も世に秀で(松島懿秀) 斎祀の司藤原の子孫の家に相生れ(斎藤相造) 天地造化の大神に仕へて誌す筆の文字(文字蔦之介) 蔦なきすさびも皇神之深き介にはつれじと(同はつ) 四方の草村山の上照らす神の世近づきて(村山政光) 神政成就の光明を海の中外の島々に(中島りう) りうりう昇る朝日子の姿も清く中天の(中村新吉) 村雲四方に吹き分けて新らしく見ゆる景色吉さ 眺めも吉田の春の色治まる御代の姿かな(吉田春治) 左を近く見渡せば曽我部の野辺に咲き充てる(左近英吉) 木々の英吉く薫る数多幾多の青野原(多幾光太郎) 天津日影に光太郎家庭もさきくえらえらに(同きくえ) 楽しむ人の笑ひ声関藤めあえぬ神軍の(関藤軍治) 道を治むる大八島金竜海の波次郎く(大島金次郎) 心地もよしや稲田原飛び交ふ幾多の小雀も(同よし) チウチウ忠と三郎なり鳴子も古瀬の田の面に(稲田幾三郎) 黄金の波も平けく野辺も川瀬も恙なく(古瀬金平) 長閑に栄ゆる神の則稜威高熊と響くなり(野瀬長則) (一〇) 万の災湧き充ちて板けり狂ふ曲神を(板橋次郎) 誠の道に救はむと高天原の大橋を 世に著次郎く架け渡し吉とあしとを田て別くる(吉田秀男) 秀妻の国の御教変性男子と生れませる 原つ御魂を谷の底深く封次郎枉神も(原谷次郎松) 松の神代の近づきて神の心も石の上(石津末太郎) 遠津御神の御末太郎伊都の御たまや瑞御魂(同たま) 深山の奥に名西おふ国常立の大神の(奥西はる) 厳の教をはるばると山の尾の上西き拡め(上西信助) 信入悟入の諸人を神の大道に助けゆく 清水湧き出る宮垣内丑寅大神未申(清水寅吉) 皇大神に神吉辞宣るも涼しき神の庭(同敏夫) 敏夫かさねて開け行く小さき人の信仰も(小高もと) 高天原の神国に悦び昇るもとぞかし 秋津島根の田庭国まつの教は遠近に(島田まつの) 酒へて雲井の空たかく峯を照らして生れ出る(酒井峯生) 初日の如くいす細し加々見の光り麗はしく(細見睦順) 睦び帰順神の道開い田所は彰かに(田所彰) 御座の湯川いや高く天に貫く松魚木は(湯川貫一) 真一文字に輝きて棟木の上も屋根下も(木下さわ) 揃うて清き尊さわ神の心と仰がれぬ 松の神代の末永く教の友と吉く睦び(松永友吉) 高木稜威を輝さむと金鉄とかす男心は(高木鉄男) 神代の種と知られける (一一) 神代も廻り北沢の千歳を祝ふ大日本(北沢祝大) 真金の神の幸ひ雄貴賤上下の区別なく(真金幸雄) 仰ぎ三島の光り佐平常夜の晴を松の月(三島佐平) 村雲散りて真澄空竜宮館の神苑に(松村真澄) 処狭き迄植込みし芝生の花も今盛り(植芝盛隆) 隆く輝く池中野男島に斎きし岩の神(中野岩太) 雨と風との太御神玉の井の上に御姿を(井上留五郎) 清く涼しく留たまひ日五郎信ずる信徒の 額を照らし守りつつ大御田柄の造りたる(額田保) 保食神の御神徳戴く心中野嬉しさよ(中野作郎) 作りも豊かに郎らかに稔りて神の大前に 横山の如献り尽きぬ英二四の神の綱(横山英二) 曳かれて返さぬ桑の弓高天原に住之江の(桑原住之江) 心地も殊に淑子姫稲次々に美はしく(同淑子) 実る御玖仁の豊の国野山も崎はひ増々に(稲次玖仁豊) 造化の神の御神業開くも楽し鈴木原(山崎増造・鈴木伊助) 伊照りかかやく御神助は天津御空を渡辺の(渡辺しづ) 月日の恵のしづくなり同じ教の道の子が(同道子) 晴西村雲打ながめ皇大神の神徳に(西村徳治) 治まる御代を仰ぎつつ藤の高山久方の(藤井健弘) 雲井の空に端然と勇壮健々根も弘く(上原芳登志) 上る雲霧原ひつつ景色も芳登志聳ゆなり(依田善五郎) 誠の道に依田かる善一筋の神五郎母(同たき) 聞くも目出たき神の前田は満作の稲の波(前田満稲) 風おだやかに吹き渡り田辺も林もいと清く(田辺林三郎) よりて三郎君が御代花の都も渋谷も(渋谷武一郎) 尚武慈愛の一郎に心かたむけ前みゆく(前田よしや) 大御田柄の幸よしやあやの高天をいそいそと(同あや) 足に任せて立ながら進み兼太郎信徒が(足立兼太郎) 互に心合ふ田中清き教の交りは(田中清右衛門) この右衛門なき楽みぞ清水湧き出る宮垣内(清水床栄) 瑞の御霊の床しくも栄えて桃も桜井の(桜井信太郎) 神の教を信じ太郎人の心は玉の井の(井上ちよの) 上にも匂ふちよの春道を佐藤りて神六合雄(佐藤六合雄) 守る常磐の木下蔭愛は隣人のみならず(木下愛憐) 海の内外の限りなく大小無数の国々に(小原稜威夫) 高天原の神等の御稜威夫ひらく物語(江本立吉) おし江の本の立ちも吉く彼岸に渡す大橋の(橋本亮輔) 本亮かに輔けゆく五十鈴の川の水木よく(鈴木政吉) 神政吉しく治まりて豊葦原の中津国(中倉さだ) 御倉の棚もさだまりて浦安国も発達し(安達政史) 天壌無窮の神政史語るも嬉し高熊の 山に現れます大神の御前に感謝し奉る。 (一二) 小幡の宮の広庭に立ち並びたる木々昻(宮木昻) 中条の東流れたる小川の水はいと清く(中条清吉) 汲み取る人は身心も吉く洗はれて仕合も(仕合新太郎) 日々に新たに充ち太郎高き恵みを沢々に(高沢たか) 受けし瑞白たか熊の岡に登りて大基の(岡基道) 道を開きし物語中和大中条分けて(中条武雄) 学びし武雄小まごまと八島の国に拡めむと(小島修岳) 修養したる神の岳津々む樹草も村々藤(津村藤太郎) 生ひ茂り太郎賑はしさ正義に敏き大丈夫が(同敏夫) 御前に菅る村社祝詞の声もなつかしく(菅村なつ) 安全無事の境界に到達せむは貞かなり(安達貞子) 男子と女子の志豆機を織田由来は志賀の湖(織田志賀子) 黄金橋の本清く神の救ひを公に(橋本公子) 普ねく伊由吉渡さむと神楽ケ岡の皇神の(吉岡善雄) 善一筋の大道雄高熊山のいや高く 開きたまふぞ尊とけれ。 |
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霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 言霊反 | 言霊反 王仁 霊界物語第七巻の総説に於て、 『教祖は明治二十五年より大正五年まで、前後二十五年間未顕真実の境遇にありて神務に奉仕し、神政成就の基本的神業の先駆を勤められたのである。女子の入道は明治三十一年であるが、未顕真実の神業は同三十三年まで全二ケ年間で、その後は顕真実の神業である。霊的に云ふならば、教祖よりも十八年魁けて顕真実の境域に進んで居たのは、お筆先の直筆を熟読さるれば判りませう』 と誌したのを見て、大変に不平を並べられ、且つ変性女子は教祖よりも自己の方が先輩だ、観察力がエライ、顕真実の境に早く達して居ると謂つて、教祖の教を根底より覆へし、自己本位をたて貫かうとする野心の発露だと、随分矢釜敷議論があるさうですが、顕幽一体、経緯不二の真相が判らないと、そんな約らぬ事を云はねばならなくなるのです。克く考へて御覧なさい。教祖様は経糸の御役、女子は緯糸の御用と示されてあります。経言は一々万々確固不易の神示であり、緯糸は操縦与奪、其権有我の神業に奉仕せなくてはなりませぬ。教祖が経糸の御用でありながら、時機の至らざるため止むを得ず、やはり操縦与奪其権有我的の神業に奉仕されなくてはならない地位に立ち、是非なく未顕真実的筆先を表はして役員信者を戒められた意味であつて、教祖御自身に於て神意を悟り玉はなかつたといふのではない。第七巻の総説を熟読されよ。 『十八年間未顕真実の境遇にあつて神業に奉仕し』 とある文句を、境遇の二字に克く眼を着けて考へれば判然するでせう。 また女子は三十三年から顕真実の神業に奉仕し、霊的に云ふならば、十八年魁けて顕真実の境域に進んで居ると云ふ事を誤解し、大変に気にして居る方々が所々にあるやうですが、是も男子女子経糸緯糸の相互的関係が明かになつて居ないからの誤解である。変性女子としては教祖の経糸に従つて、神界経綸の神機を織上ねばならぬ御用である。併し乍ら明治三十一年初めて帰神となり、一々万々確固不易的の神業に参加しつつ、同三十三年に至るまで我神定の本務に非ざる経糸的神務に奉仕して、女子の真実なる神業を顕はし得ざる境遇にありし事を、二年間未顕真実の神業であつたと謂つたのであります。 いよいよ明治三十三年一月より出口家の養子となり、教祖の経糸に対し私は緯糸の神業に奉仕したと謂ふのである。然るに神界の事は極めて複雑にして、男子女子相並びたりとて、教祖として直に経糸のみの御用を遊ばす訳には行かない。経緯両面に渉りて筆先の御用を遊ばしたのは、時の勢止むを得なかつたのであります。女子は元より緯糸の御用のみなれば、緯役としての顕真実の御用は自然に勤まつたのである。 然るに大正五年九月に至つて、教祖も従前の経緯両面の神業を奉仕遊ばす必要無きまでに神業発展せられたるを以て、いよいよ男子緯糸の役としての真実を顕はし玉ふ事を得られたのであります。それよりは経糸は経糸、緯糸は緯糸と判然区劃が付くやうになつて来たのであります。是でも未だ疑念の晴れない方々は、第七巻の総説を幾回も反読して下さい。 また神諭の文中に、 『緯はサトクが落ちたり、糸が断れたり色々と致すぞよ』 と示されあるを誤解して居る人が多いらしい。サトクが落ちると云ふのは決して失敗の意味でない。千変万化に身魂を使用して神業に奉仕せなくては成らぬから、俗人の耳目には毫も見当のとれ難い、神的大活動、大苦心の意を示されたものである。また途中に糸が断れたりと云ふ意味は、到底三千世界一貫の大神業なれば単調的には行くものでない。また錦の機は幾度も色糸を取替へねば立派な模様は織上らぬものである。色糸を取替へるのは即ち糸が断れるのである。サトクも一本や二本や三本では錦の機は織れぬ。甲のサトクを落して乙のサトクを拾ひ上げ、また乙のサトクを落して丙のサトク、丙を落して丁戊己と交るがはるサトクと糸を取替へると云ふ深き神意の表示である。 要するに変性男子は経の御役なれども、あまり世界が曇つて居たために、大正五年までは男子としての顕真実の神業に奉仕し玉ふ時機が来なかつたと云ふことである。女子は女子として明治三十三年より奉仕する事を得る地位におかれて、夫れ相応の神業に従事して居たと云ふだけである。 然し乍ら、大正五年九月以後の教祖の単純なる経糸の御用に連れて、女子もまた緯糸として層一層女子の神業が判然として来たのは、いはゆる経緯不二の神理である。未顕真実顕真実云々の問題も是で大略判るでありませう。 ○ 霊界物語も素より大本とか神道とか謂つたやうな、小天地に齷齪して居るのではない。真理の太陽を心天高く輝かせ、宇宙の外に立つて、少しも偏せず、神示のままを口述するのである以上は、殿堂や経文などを脱し、自由自在の境地に立つて如何なる法難をも甘受し、少数信徒の反感をも意に介せず、自己自身の体験と神示に由つて忌憚なく述べたままである。 |
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霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 信天翁(二) | 信天翁(二) 天地の元の大神を斎き祭りし五六七殿 綾の聖場と畏みて日毎夜毎に身を清め 心を清め大神の仁慈無限の神諭を 拝聴せむと来て見れば教の場の一隅に 思ひも寄らぬ怪しからぬ不都合なことがやつてある 本宮山の神殿の毀れたあとの材料で 廃物利用か知らねども仮設劇場常置して 野卑な楽器と人の曰ふ三筋の糸をピンピンと 遊芸気分で曳き付ける曳き付けられてワアワアと 腮紐ほどく老若の顔はまだしも古代冠 頭に載せていかめしく数多の人を見降して 節面白く婆娘皺枯れ声や黄な声で 汗をたらたら蚊に刺され上手だ下手だと口々に 社会奉仕のロハ仕事勤める馬鹿の気が知れぬ それでも一寸聞いて見りやマンザラ捨てたものでない 平素の夫の不始末や女房としての尽す道 敬神尊皇愛国の教の道が徹底すと うまい言訳拵へて一夜も欠かさず家の嬶 変性女子のうさ言に魂を抜かれて肝腎の 大事の夫を軽蔑し鼻息荒く成る計り こんな事をば平素より圧迫して来た女房に 聞かして呉れるものだから女権は日に日に拡大し 家内に却つて紛乱の五月蠅の種を蒔き散らし 今まで柔順なりし妻この頃権幕荒くなり 一々夫を手古摺らせ二進も三進も手に合はぬ 悪の写つた緯役がほざいた霊界物語 泰の始皇ぢやなけれども成る事なれば一冊も 残らず灰にして欲しい三千世界の大馬鹿の 寝物語に夢うつつ是では夫も堪らない 世間の女房に比ぶれば概して賢い女房も インフルエンザの風のやうに頭の先から足の裏 さつぱり伝染して仕舞ひ百度以上の逆上方 水をばさして五六七殿節を付けたり三味線で 信者を酔はす醜業を止めてやらねば置かないと 捻鉢巻の人がある必ず心配遊ばすな 良妻賢母にしてあげる何程火になり蛇になり 火ツ火になつて焦慮つとも頭の上からザブザブと 冷してかかるみづ御魂どうせ阿房のする仕事 神の使のさにはまで為さる賢いおん方の お気に入りそな事はないアヽ惟神々々 御霊幸ひましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも なにほど水をさそうとも大馬鹿者と譏るとも 四足身魂が騒ぐとも体主霊従と曰はれたる 大化物の瑞月は金輪奈落の底までも 決して初心は変じない神が表に現はれて 善と悪とを立別ける神に任した瑞月は たとへ霊界物語あくと言はりよが構やせぬ 只何事も人の身は神の教に任すのみ 阿房と阿房の集まつたこの世の中にエライ人 一人も有りそな事はない至聖大賢紳士ぞと 威張つたところで天地の元を造りし大神の 厳の御眼に見たまへば盲聾の娑婆世界 愚図々々言はずに皆の方よく味はつて聞くが好い 軽口きくにも金が要るロハで尊き神界の 先人未発の物語いやなお方はドシドシと 去んで下され頼みます憑いた狸を去なす様に エラソに吐かすと思はずにこの世を造りし大神の 広き心に聞き直し我言霊の過ちを 直日に見直せ宣り直せ楽屋一同を代表して 愚痴をだらだら述べておくアヽ惟神々々 叶はん時の神頼みかなはぬからたまちはへませ かなはぬならたちかへりませ 大正十一年七月十四日 出口王仁三郎 |
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霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 09 虎猫 | 第九章虎猫〔四七六〕 梅ケ香姫は乱暴者に三方より攻めかけられ稍困りゐる、其処へ時公が現はれて勝公を懲して呉れたのでヤツト胸を撫で下し、 梅ケ香姫『ヤア時さま、よい処へ来て下さつた、五月蝿いお方で宣伝したつて聞く耳のない蛸の様な方ですからな』 時公『あゝ左様で御座いませう。北の森の人間はこの界隈でも一番没分暁漢の居る処ですから』 梅ケ香姫『貴方、クス野ケ原の開墾は何うなさつたの』 時公『ヤア、開墾も開墾ですが、御主人が……何うも梅ケ香姫様のお身の上が案じられてならない、可愛い娘の生命を助けて下さつた方ですから、村中の者を喚んでそれに開墾させる、お前は跡を慕つて目的を達せられるまでお伴をせよ……と仰有つたので、渡りに船だ、何時までも百姓をして居るより貴方のお跡を慕つて、知らぬ国を宣伝歌を歌つてぶらつくのも、時に取つての楽みと喜び勇んでやつて来ました処が、皆さまの行衛を見失ひもう此湖を渡つてあちらへお出でになつた事と思つて、船の中に乗込みグツスリと寝入つて居ました。処が何だかワイワイと喧嘩の様な声に目を覚まし見れば貴方のお歌、嬉しや神様のお引合せと思つて居る矢先に、勝公とやらが暴れかけたものだから一寸悪戯をして見ました』 梅ケ香姫『あゝ左様だつたのですか、これからこの勝さまを何うなさるの』 時公『まだ腹案がありませぬ、何うなとする積です』 勝公『モシモシ時さま、負けて勝つのが勝さまの筆法だ、勝つて兜の緒を締めるといふ事があるが、貴方も三五教の宣伝使の強力と見えるが、唯何事も人の身は直日に見直し聞き直し、身の過ちはのり直せといふ宣伝歌を御承知か』 梅ケ香姫『ホヽヽヽ、まあ勝さまの頓智の好い事』 時公『エイ仕様がない、反対に逆襲しやがつてよう神様を笠に被る奴だ』 勝公『それが神様の教です、矢張り神様は豪いものですなア。お神酒あがらぬ神はないとやら、酸いも甘いもよく知つて居られる、貴方は宣伝使だから酒は飲んだら悪いか知らぬが、お神酒はいくらあがつても差支ありますまい』 時公『オイオイ勝さま、何うやらお前が宣伝使の様だ、丸きり俺がお説教を聞いて居る様だな』 勝公『それはさうですとも、三五教は天地が覆ると云つたのぢやから、天が地となり地が天となり天地顛倒だ。貴方は人の苦しむのを見て天としてカヘリ見ぬといふ調子だが地と神の慈悲といふ事を知つて居ますか』 梅ケ香姫『ホヽヽヽ、たうとう勝さんも三五教に負けましたな。これから「負さま」と名を改めなさい』 勝公『ハイ、大神のまけのまにまに』 時公『洒落ない、この寒いのに洒落どころか』 勝公『洒落どころか、酒所だ。マア一寸酒が悪けりやお神酒でもあがつてから、その六かしい顔を直して梅ケ香さまのお酌を願つて一杯やつたら如何だ。さうすればお前さまの七六かしい顔も一度に開く梅の花だ。オイ八、鴨、何をクスクス笑ひやがる、此処はクス野ケ原とは違ふぞ』 八公『オイ勝公、上には上があるものだな。貴様が強い奴だと思つたが今日の態は何だ』 勝公『なに俺は強いのだ、向方はも一ツ強いだけの事だ』 鴨公『強い事は強いが負惜みばかり強い男だから可笑しいワイ』 時公『オイ勝公どつこい勝さま、お前さまは今までウラル教の手先をやつてゐたと云ふ事だが船の中では猫を被つて居て上陸したが最後、また目を剥き爪を立てて虎猫の真似をするのぢやないか』 勝公『トラ、猫から分りませんな。併しながら人は神の子、神の宮だ、勝さまの身魂の中へ木花咲耶姫さまがお鎮まりになつて仰有るのだ。勝さまは矢張り勝さま、懸つた神さまは神さまだ。私の肉体を拝むと思うたら当が違ふが、神さまを拝むと思つてサアサア梅ケ香さま、時さま、拝んだ拝んだ。有難いぞ、勿体ないぞ、何でもよう聞かはるぞ、お神酒を供へぬか』 時公『馬鹿にするない、此花も彼の花もあつたものかい。獅子舞の様なはなをしやがつてハナハナもつて不都合千万だ』 勝公『余り寒いので冷酒も気が利かぬから一寸火を入れて神憑り[※再版・御校正本・愛世版では「神憑り」、校定版では「かん懸り」。]になつたのだ』 一同『アハヽヽヽヽ』 梅ケ香姫『オホヽヽヽ』 勝公『アヽヽヽヽとか、ホヽヽヽヽとか余りアホアホと云つて呉れない。皆寄つて集つてアホアホ云ふ声がゴツチヤになつて仕舞つて面白くもない。此間も三五教の宣伝使の北光の神とかが北の森で小六かしい説教をして居た其時に、世の終りが来て、世間の人間が今叶はぬと云ふ最後の五分間になると、色々の宗教を信仰して居る者も信仰せぬ奴も叶はぬ時の神頼みと云つて、夫々の宗教を拝む声が一ツになつて、南無アーメン法蓮陀仏、とほかみゑみため、助け給へ、かんながら妙々と聞えるので神さまも何れが何うだか聞くのに困るから、世間の奴が助かりたい助かりたいと一ツになつて、「かむながらたまちはへませ」と云ふ声の聞える奴だけ助けてやると云うて居た、それと同じ伝だ。一時に声を揃へてアホアホと俺を云うたところで、足並がドツコイ舌並が揃はぬものだから、間の抜けた顔をして笑ふのだろ。ホントにあほらしい』 八公『オイオイ勝公、そない怒るな。あの海上を見い、貴様の友達のアホ鳥が羽を拡げて空中を自由自在に翔廻つて居るぢやないか。あいつはアホ鳥と云ふけれど字で書くと信天翁だ』 勝公『ヤアよくのり直して呉れた、天教山の神の教を信ずる翁だ、白い髭は生えて居らぬけれど、やがてオキナ手柄をして帰つて来る瑞祥だ。オイ八公、鴨公、貴様も信天翁になつて今までのウラル教を掌を覆した様に打遣つて、三五教の信者となつて、いよいよコーカス山に悪魔退治と出掛けたら如何だ』 八公『貴様が改心する程だから屹度良い教だらう。貴様から宣伝使さまに願つて呉れないか』 勝公『願ふも頼むもあつたものか。宣伝使様は神のお使だから、直接に貴様が神さまに願つたら可いのだよ、ナア梅ケ香姫様、勝公の申す事は間違つて居ますか』 梅ケ香姫『それでよろしい、マアマアようそんな気になつて下さいました。神様は有難いお方です』 時公『三五教、万歳…………』 かく話す折しも、船は西岸のタカオの港に安着したりけり。 (大正一一・三・一旧二・三池沢原次郎録) |
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霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 15 大気津姫の段(一) | 第一五章大気津姫の段(一)〔四八二〕 『於是、八百万の神共に議りて、速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、神追ひに追ひき』 爰に天照大神と速須佐之男命の天の真奈井の誓約によりて、清明無垢の素尊の御魂、三女神が現はれ玉ひしより、素尊部下の諸神等の不平勃発し、終に天の岩戸の大事変を湧起せしめ、一時は天津神国も、葦原の中津国も常暗の世となり、次で八百万の神等が天の安河原の神集ひに集ひて、神議りに議り玉ひ、結局大海原の主神たりし速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、天上より神追ひに追ひ玉ふの止むを得ざるに立到つたのであります。 『千位の置戸を負はせて』と云ふ意義は、一天万乗の位で、群臣、百僚、百官の上に立つ高御座を負はせ即ち放棄させてと云ふ事であります。父伊邪那岐大神より、大海原なる大地球の統治権を附与されて、天下に君臨し玉ふべき素尊でありますけれ共、高天原に於ける天の岩戸の変の大責任を負ひて、衆議の結果千万の神の上に立つ千位の置戸を捨て玉ふに致つたのであります。凡て万神万有の一切の罪科を一身に負担して、自ら罪人となつて、天地の神明へ潔白なる心性を表示されたのであります。斯の温順善美なる命の御精霊を称して瑞の御魂と謂ふのである。基督が十字架に釘付けられて万民の罪を贖ふと云ふのも、要するに千位の置戸を負うたと同じ意味であります。世界一切の万類を救う為に身を犠牲に供する事は、即ち千位の置戸を負ふのである。現今の如く罪穢に充ち、腐敗の極に達せる地上も亦、至仁至愛なる瑞の御魂の神の贖罪ある為に、大難も小難と成り、小難も消失するのである。アヽ一日も早く、片時も速かに、天下国家の為に犠牲となる可き、瑞の御魂の守護ある真人の各所に出現して、既に倒壊せむとする世界の現状を救済せむことを希望して止まぬ次第である。 『亦鬚を切り』と云ふ意義は、 ヒは、霊であり、日の御子の朝に仕へて政治を照す言霊であり、 ゲは実名職掌である。 即ち自分が官吏ならば官職を辞し、会社の重役を辞すと云ふ事を、ヒゲを抜くと云ふのである。俗に何も知らずに高い処へ止まつてエラサウに吐すと、鬚を抜いてやらうかなぞと言ふのも、不信任を表白した言葉である。高位高官の人や、大会社の重役や、大教育家なぞが大本の教義でなくては天下国家を救ふ事が出来ない事を心底より承認し乍ら、未だ充分の決心がつかずして現在の地位に恋々として、自己の名利栄達にのみ腐心して、大本の教を人眼を忍んで遠くより研究し、世人に知られる事を憚つて居る如うな立派な人士が沢山に在るが、斯の如き人は至忠思君思国の日本魂を振起して、公然大本の信者と名乗り、現代の高い位地なり、名望を眼中に置かず、止むを得ざれば現位地を擲つて、天下国家の為に、大本の主義を天下に実行する様になつた時が、所謂鬚を切つて、真個神明と大君と社会とに奉仕の出来る時であります。 『手足の爪まで抜かしめて、神追ひに追ひ玉ひき』と云ふ意義は、 手足の爪とは私有財産の事である。手の爪は現代の所謂動産物で足の爪は不動産物である。要するに一切の地位を擲ち、一切の財産を顧みず、物質的欲望を捨てて神明の道を天下に宣伝する事が、神追ひに追ひきと云ふ事になるのである。従来の俗界を離れて、至聖、至美、至直なる大神の道に仕へ奉る事を神やらひと謂ふのである。 ヤラヒの言霊を調べる時は、 ヤは天地自然の大道に帰り、世界の親たる覚悟を以て万民を教へ導き、八方の事物を明かに指示する事である。 ラは、俗より真に反りて、従来の体主霊従的行動を翻然として改め、無量寿にして生死の外に超然として産霊の大道を実行し、霊系高皇産霊神の神業を翼賛し、極乎として間断なく惟神の大道を天下に宣伝し、実行して、寸暇無き神業奉仕者となる事である。 ヒは、天理人道を明かにし、神妙不可測の神機に透徹し、過去、現在、未来を明かに了知し、達観し、天地経綸の大司宰者たる人の本能霊徳を顕はし、以て⦿の根底を結び護り、無上の尊厳を保つ事である。 故に神追ひは、神様を追放したり、退去させたりすると云ふ意義では無い。追の漢字と退の漢字の区別ある事を能く反省すべきである。この点は古事記撰録者の最も意を用ゐたる点にして、実に其の親切と周到なる注意とは感謝すべき事であります。 『神追ひ』と云ふ事を大本に写して見る時は、第一に各役員の如きは、総て鬚を切り手足の爪まで抜きて大本へ神追ひに追はれ玉うた人々であります。併し乍ら現今の社会の総てが右諸子の如くに神追ひに追はれ、且又鬚を切り手足の爪まで抜かしめられては却つて天下の政治を乱し、産業の発達を阻止し、国力を弱める事になりますから、神様は神業に直接奉仕すべき身魂の因縁ある真人のみに綱を掛けて、大本に御引寄せに成つたのであります。故に身魂に因縁の無い人々は、最初から何程熱心に神業に奉仕せむとしても、神様から御使ひに成らぬから、何等かの機会に不平を起して脱退せなくてはならぬ様な破目に陥り、終には某々氏等の如く犬糞的に悪胴を据ゑて、一生懸命に大本の攻撃を始める様に成るのであります。亦深い因縁の有る人士で、鬚を切り兼ね、手足の爪を抜き兼ねて、遠くから奉仕されて居る人々もまだまだ沢山にあります。大本の神業に直接奉仕する真人と、又間接に神業に奉仕されて居る人士とがあります。是は鬚を切ると切らないとの差異でありますが、因縁ある人士は勇猛果断一日も早く、神業に直接参加せられたいものであります。さうで無ければ天下に跳梁跋扈せる八岐の大蛇を亡ぼし、天の下を至治泰平ならしむる神業を完全に遂行する事が出来ないのであります。世の中には小官小吏が鬚計り蓄へて尊大振り真意も了解出来ぬ癖に、鰌や鯰の如うな貧乏鬚を揉みながら、大本は淫祠だの邪教だのと、大きな口を開けて泥を吹き、田螺や蛙を脅かして、大本へ入信せむとする可憐な純良な同胞の精神を濁さむとして居るのが沢山ある。亦世の中には、手足の爪を抜くどころか、爪の先に火を点して利己主義一遍の人物があつて日に夜に爪を研ぎすまし、鷹が雀を狙ふ様に、我れよしに浮身をやつして居る厄介な現代である。亦現代の如き詰込み主義の教育法は常に精神の自由を束縛し、自然の良智良能の発達を妨害して居るのであるから、床の間の飾物に成る鉢植の面白い珍木は出来るが、家の柱となる良材は到底出来るものでない。天才教育を閑却し無理無態に枝を伐つたり曲げたり、細い銅線で縛り付けたり、突介棒をかうたり、葉を断つたり、捻つたり、四方八方へ曲げまはして、小さい樹を拵へて、高価に売り付ける植木商と同じ教育の行り方であるから、到底碌な人材は産れ出づるものでない。一日も早くこの爪を抜き除つて了はねば、帝国の前途は実に風前の灯火であります。現代は個人有つて国家あるを忘れ、自党ありて他党あるを忘れて居る。他党と雖も亦国家社会の一部で、同じく是れ人間の儔侶たるものであるが、全く之を知らざるが如き状況である。故に朋党内に相鬩ぎ、外環境の虎視耽々[※一般的には虎視「眈々」と書くが「耽々」でも意味は似ているのでこのままにしておく。]として間隙に乗ぜむとするの危きに備ふるの道を知らず、実に国家の前途を憂へざらむとするも能はざる次第である。アヽ今の時に於て大偉人の出現し、以て国家国民の惨状を救ふもの無くんば帝国の前途は実に暗澹たりと謂ふべきである。世には絶対の平等も無ければ、亦絶対の差別も無い、平等の中に差別あり、差別の中に平等があるのである。蒼々として高きは天である。茫々として広きは地である。斯の如くにして既に上下あり、何人か炭を白しと言ひ雪を黒しと言ふものがあらう乎。政治家も、宗教家も、教育家も此時此際、差別的平等なる天理天則を覚知し、以て天下万民の為に、汝の蓄ふる高慢なる城壁を除き、以て其大切に思ふ処の鬚を切れ。其の暴力に用ゆる手足の爪を抜き去り、以て不惜身命、天下の為に意義ある真の生活に入れ。斯の如くにして始めて、御国を永遠に保全し、祖先の遺風を顕彰し、以て神国神民の天職を全うする事が出来るのである。 『又食物を大気津比売の神に乞ひたまひき』 食物の言霊返しは、イである。イは命であり、出づる息である。即ち生命の元となるのが食物である。またクイ物のクイはキと約る。衣服も亦、キモノと云ふのである。キは生なり、草也、気なりの活用あり。故に衣と食とは、生命を保持する上に最も必要なものである。故に人はオシ物のイとクイ物のキとに因つて、イキて居るのである。又人の住居をイヘと云ふ。イヘの霊返しは、エとなる。エは即ち餌であり、胞である。要するに、衣食住の三種を総称して、食物と云ひ、エと云ひケと言ふのであります。 大気津姫といふ言霊は、要するに、物質文明の極点に達したる為、天下挙つて美衣美食し大廈高楼に安臥して所在贅沢を尽し、体主霊従の頂上に達したる事を、大気津姫と云ふのであります。糧食[※「りやうしよく」の霊返しは「ケ」にはならない。RyousyokUで「ル」になる。校定版・八幡版では「糧食」の直後に括弧書きで「(かて)」という言葉を挿入しているが、KatEなら「ケ」になる。その次の「被衣(かぶと)」(「かづき」とも読む)の霊返しも「ケ」にはならず、KabutOなので「コ」である。「家居(かくれ)」はKakurEで「ケ」になる。]の霊返しは、ケとなり、被衣の霊返しはケと成り、家居の霊返しは亦ケとなる。故に衣食住の大に発達し、且つ非常なる驕奢に、世界中が揃うてなつて来たことを大気津姫と云ふのであります。 『乞ひ玉ひき』と云ふのは、コは細やかの言霊、ヒは明かの言霊である。要するに、素盞嗚尊は八百万の神に対して、正衣正食し、清居すべき道を、お諭しになつたのを『乞ひ玉ひき』と、言霊学上謂ふのであつて、決して乞食非人が食物を哀求する様な意味では無いのであります。 『爾に大気津比売、鼻、口及尻より、種々の味物を取出で、種々作り具へて進る』 鼻と云ふ事は、華やかなるの意義であつて、立派な高価な衣服のことである。口と云ふ事は食餌を意味する。尻と云ふ事は、尻を落着けて起臥する、家居を意味するのである。『種々の味物』とは、色々な臭気紛々たる獣肉や虫類の事である。亦『種々作り具へて進る』と云ふ事は、獣類の毛皮を被たり、骨を櫛や笄[※髪をとめるかんざしのこと]や、其他の道具に愛用したり、鳥や虫の毛や皮で、日用品を造つたり、人間の住居する家の中に便所を造つたり、天則を破つて人の住居を作るに檜材を用ゐたり、屋根を葺くにも檜皮で、恰も神社の如うに、分に過ぎた事を為したりする事を、種々作り具へて進ると云ふのである。奉ると云ふのは、下から上位の方へ上ることであるが、此の御本文の進ると云ふ意味は、進歩すると云ふことである。要するに物質文明の発達進歩せる結果、国風に合致せざる、衣食住の進歩せる悪風潮を指して、クサグサ進ると云ふのであります。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友) |