| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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1 (811) |
ひふみ神示 | 32_碧玉之巻 | 第8帖 | 四ツ足を食ってはならん、共喰となるぞ、草木から動物生れると申してあろう、神民の食物は五穀野菜の類であるぞ。今の人民の申す善も悪も一度にひらいて、パッと咲き出るのが、次の世の新しき世の有様であるぞ、取違いせぬように、悪と申しても魔ではないぞ、アクであるぞ。大峠の最中になったら、キリキリまひして、助けてくれと押しよせるなれど、その時では間に合わん、逆立してお詫びに来ても、どうすることも出来ん、皆己の心であるからぞ、今の内に改心結構、神の申す言葉が判らぬならば、天地のあり方、天地の在り方による動きをよく見極めて下されよ、納得の行くように致して見せてあるでないか。 |
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2 (1013) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 16 神界旅行(三) | 第一六章神界旅行の三〔一六〕 扇でたとへると丁度骨を渡つて白紙のところへ着いた。ヤレヤレと一息して傍の芝生の上に身を横たへて一服してゐた。するとはるか遠く北方にあたつて、細い幽かな悲しい蚊の泣くやうな声で、「オーイ、オーイ」と自分を呼ぶいやらしい声がしてきた。自分は思案にくれてゐると、南方の背後から四五人の声で自分を呼び止める者がある。母や祖母や隣人の声にどこか似てゐる。フト南方の声に気をひかれ気が付けば、自分の身体はいつのまにか穴太の自宅へ帰つてゐた。 これは幽界のことだが、母の後に妙な顔をした、非常に悲しさうに、かつ立腹したやうな、一口に言へば怒つたのと泣いたのが一緒になつたやうな顔した者が付いてゐる。それが母の口を藉つていふには、 『今かうして老母や子供を放つておいて神界の御用にゆくのは結構だが、祖先の後を守らねばならぬ。それに今お前に出られたら、八十に余る老母があり、たくさんの農事を自分一人でやらねばならぬ。とにかく思ひ止まつてくれ』 と自分を引き止めて、行かさうとはささぬ。そこへまた隣家から「松」と「正」といふ二人が出てきて、祖先になり代つて意見すると言つて頻りに止める。二人は、 『お前、神界とか何とか言つたところで、家庭を一体どうするのだ』 と喧しく言ひこめる。その時たちまち老祖母の衰弱した姿が男の神様に変つてしまつた。そして、 『汝は神界の命によつてするのであるから、小さい一身一家の事は心頭にかくるな。世界を此のままに放つておけば、混乱状態となつて全滅するより道はないから、三千世界のために謹んで神命を拝受し、一時も早く此処を立ち去れよ』 と戒められた。すると矢庭に「松」と「正」とが自分の羽織袴を奪つて丸裸になし、それから鎮魂の玉をも天然笛をも引たくつて池の中へ投り込んでしまつた。そこへ「幸」といふ男が出てきて、いきなり自分が裸になり、その衣服を自分に着せてくれ、天然笛も鎮魂の玉も池の中から拾うて私に渡してくれた。 自分は一切の執着を捨てて、神命のまにまに北へ北へと進んで、知らぬまに元の天の八衢へ帰つておつた。これは残念なことをしたと思つたが、もと来た道をすうと通つて、扇形の道を通りぬけ白紙の所へ辿りついた。その時、「幸」が白扇の紙の半ほどのところまで裸のまま送つて来たが、そこで何処ともなく姿を消してしまつた。やはり相変らず、細い悲しいイヤらしい声が聞えて来る。その時、自分の身体は電気に吸ひつけられるやうに、北方へ北方へと進んで行く。一方には大きな河が流れてあり、その河辺には面白い老松が並んでゐる。左側には絶壁の山が屹立して、一方は河、一方は山で、其処をどうしても通らねばならぬ咽喉首である。その咽喉首の所へ行くと、地中から頭をヌツと差出し、つひには全身を顕はし、狭い道に立ち塞がつて、進めなくさせる男女のものがあつた。 そこで鎮魂の姿勢をとり天然笛を吹くと、二人の男女は温順な顔付にて、女は自分に一礼し、 『あなたは予言者のやうに思ひますから、私の家へお入り下さいまし。色々お願ひしたいことがございます』 と言つた。その時フト小さな家が眼前にあらはれてきた。その夫婦に八頭八尾の守護神が憑依してゐた。夫婦の話によれば、 『大神の命により神界旅行の人を幾人も捉へてみたが、真の人に会はなかつたが、はじめて今日目的の人に出会ひました。実は私は、地の高天原にあつて幽界を知ろしめす大王の肉身系統の者です。どうぞ貴方はこの道を北へ北へと取つていつて下さい、さうすれば大王に面会ができます。私が言伝をしたと言つて下さい』 と言つて頼む。 『承知した、それなら行つて来よう』 こう言つて立ち去らうとする時、男女の後に角の生えた恐い顔をした天狗と、白狐の金毛九尾になつたのが眼についた。この肉体としては実に善い人間で、信仰の強い者だが、その背後には、容易ならぬ物が魅入つてゐることを悟つた。そのままにして自分は一直線に地の高天原へ進んで行つた。トボトボと暫くのあひだ北へ北へと進みゆくと、一つの木造の大橋がある。橋の袂へさしかかると川の向ふ岸にあたり、不思議な人間の泣き声や狐の声が聞えた。自分はその声をたどつて道を北へとつて行くと、親子三人の者が寄つて集つて、穴にゐる四匹の狐を叩き殺してゐた。見るみる狐は殺され、同時にその霊は女に憑いてしまつた。女の名は「民」といふ。女は狐の怨霊のために忽ち膨れて脹満のやうな病体になり、俄然苦悶しはじめた。そこで其の膨れた女にむかつて、自分は両手を組んで鎮魂をし、神明に祈つてやると、その体は旧の健康体に復し、三人は合掌して自分にむかつて感謝する。されど彼の殺された四匹の狐の霊はなかなかに承知しない。 『罪なきものを殺されて、これで黙つてをられぬから、あくまでも仇討をせねばおかぬ』 と、怨めしさうに三人を睨みつめてゐる。狐の方ではその肉体を機関として、四匹ながら這入つて生活を続けてゆきたいから、神様に願つて許していただきたいと嘆願した。 自分はこの場の処置に惑うて、天にむかひ裁断を仰いだ。すると天の一方より天使が顕はれ、産土の神も顕はれたまひて、 『是非なし』 と一言洩らされた。氏子であるとは言ひながら、罪なきものを打ち殺したこの女は、畜生道へ堕ちて狐の容器とならねばならなかつた。病気は治つたが、極熱と極寒との苦しみを受け、数年後に国替した。現界で言へば稲荷下のやうなことをやつたのである。 やや西南方にあたつてまた非常な叫び声が聞えてきた。すぐさま自分は声を尋ねて行つてみると、盲目の親爺に狸が憑依し、また沢山の怨霊が彼をとりまいて、眼を痛めたり、空中へ身体を引き上げたり、さんざんに親爺を虐めてゐる。見ると親爺の肩の下のところに棒のやうなものがあつて、それに綱がかかつてをり、柱の真に取付けられた太綱を寄つてたかつて、弛めたり引きしめたりしてゐるが、落下する時は川の淵までつけられ、つり上げられる時は、太陽の極熱にあてられる。そして釣り上げられたり、曳き下されたりする上下の速さ。この親爺は「横」といふ男である。 なぜにこんな目に遇ふのかと理由を聞けば、この男は非常に強欲で、他人に金を貸しては家屋敷を抵当にとり、ほとんど何十軒とも知れぬほど、その手でやつては財産を作つてきた。そのために井戸にはまつたり、首を吊つたり、親子兄弟が離散したりした者さへ沢山にある。その霊がことごとく怨念のために畜生道へ堕ち入り、狐や狸の仲間入りをしてゐるのであつた。そのすべての生霊や亡霊が、身体の中からも、外からも、攻めて攻めて攻めぬいて命をとりにきてゐるのである。 何ゆゑ神界へ行く道において、地獄道のやうなことをしてゐるのを神がお許しになつてゐるかと問へば、天使の説明には、 『懲戒のために神が許してある。その長い太い綱は首を吊つた者の綱が凝固つたのである。毒を嚥んで死んだ人があるから、毒が身の中に入つてゐる。川へはまつた者があるから川へ突つ込まれる。これが済めば畜生道へ墜ちて苦しみを受けるのである』 と。あまり可愛相であるから私は天照大御神へお願ひして「惟神霊幸倍坐世」と唱へ天然笛を吹くと、その苦しみは忽ち止んでしまつた。そして狐狸に化してゐる霊は嬉々として解脱した。その顔には桜色を呈してきたものもある。これらの霊はすべて老若男女の人間に一変した。すると産土の神が現はれて喜び感謝された。自分もこれは善い修業をしたと神界へ感謝し、そこを立ち去つた。が、「横」といふ男の肉体は一週間ほど経て現界を去つた。 それからまた真西にあたつて叫び声がおこる。猿を責めるやうな叫び声がする。その声を尋ねてゆくと、本当の狐が数十匹集まり、一人の男を中において木にくくりつけ、「キヤツ、キヤツ」と言はして苦しめてゐる。その男の手足はもぎとられ、骨は一本々々砕かれ、滅茶々々にやられてゐるのに現体が残つたままそこに立つてゐる。自分はこれを救ふべく、神名を奉唱し型のごとく鎮魂の姿勢をとるや否や、すべての狐は平伏してしまつた。何故そんな事をするのかと尋ぬれば、中でも年老つた狐がすすみでて、 『この男は山猟が飯よりもすきで、狐穽を作つたり、係蹄をこしらへたりして楽んでゐる悪い奴です。それがために吾々一族のものは皆命をとられた。生命をとられるとは知りつつも、油揚げなどの好きな物があればついかかつて、ここにゐるこれだけの狐はことごとく命をとられました。それでこの男の幽体現体共に亡ぼして、幽界で十分に復讐したい考へである』 といふ。そこで私は、 『命をとられるのは自分も悪いからである。それよりはいつそ各自改心して人界へ生れたらどうだ』 と言へば、 『人界へ生れられますか』 と尋ねる。自分は、 『生れられるのだ』 と答ふれば、 『自分らはこんな四ツ足だから駄目だ』 といふ絶望の意を表情で現はしたが、自分は、 『汝らに代つて天地へお詫をしてやらう』 と神々へお詫をするや否や、「中」といふ男の幽体は見るまに肉もつき骨も完全になつて旧の身体に復り、いろいろの狐はたちまち男や女の人間の姿になつた。その時の数十の狐の霊は、一部分今日でも神界の御用をしてゐるものもあり、途中で逃げたものもある。中には再び畜生道へ堕ちたものもある。 (大正一〇・一〇・一九旧九・一九桜井重雄録) |
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霊界物語 | 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 | 11 人の裘 | 第一一章人の裘〔九〇二〕 アマゾン河の南岸に展開せる大森林は、猛獣毒蛇の公然として暴威を逞しうするのみなれば、却て之が征服には余り骨を折らなくてもよかつた。只表面的神力を発揮さへすれば獅子、狼其他の猛獣をも悦服させ得たのである。 鷹依姫、竜国別は兎の都の王となり、暫く此処に止つてゐた。然るに屡々、獅子、熊、虎、狼、大蛇、禿鷲、豺其他の獣、群をなして兎の都を包囲攻撃し、大いにそれが防禦に艱みつつありし処に、帽子ケ岳の山頂より危急存亡の場合は、不思議の霊光、猛獣の頭を射照らし、遂に流石の猛獣大蛇も我を折り、鷹依姫、竜国別の許に鷲の使を派遣し帰順を乞ひ、時雨の森の南森林は、全く鷹依姫女王の管掌する所となりぬ。 之に反し北の森林はすべての獣類、奸佞にして妖怪変化をなし、容易に其行動、端倪すべからざるものあり。そこへ動もすれば執着心を盛返し、心動き易き高姫を主として一行四人、鷹依姫を助けむと出で来りたるが、到底北の森林は、一通や二通で通過する事さへ出来ない事を大江山の鬼武彦が推知し、茲に白狐の高倉、月日、旭の眷族を遣はし、先づ第一に高姫の執着心を根底より除き、我を折らしめ、完全無欠なる神の司として、森林の探険を了へしめむと企画されたるが、果して高姫は玉と聞くや、執着心の雲忽ち心天を蔽ひ、斯の如き神の試みに遇ひたるぞ浅ましき。 ○ 高姫は泥田圃の葦の中にアフンとして、夢から醒めたやうな面をさらしてゐる。常彦、ヨブの両人は、鼈に尻をぬかれた様な、ド拍子の抜けた面をさげて、高姫の体を不思議さうに、頭の先から足の先まで、まんじりともせず眺めながら黙然として立つて居る。春彦は何時の間にやら、身体自由になつて居た。 春彦『高姫さま、私の云つた事は如何でした。違ひましたかなア』 高姫『違はぬ事もない、違ふと云つたら、マア違ふやうなものだ。チツトお前さま改心なさらぬと、私迄がこんな目に遇はなくちやなりませぬよ』 春彦『アハヽヽヽ、何とマア徹底的に強いこと、世間へ顔出しがならぬ様になりて来るぞよ、われ程の者はなき様に申して、慢心致して居ると、眉毛をよまれ、尻の毛が一本もない所迄抜かれて了うて、アフンといたし、そこになりてから、何程神を頼みたとて、聞済はないぞよ……と三五教の御教にスツカリ現はしてあるぢや御座いませぬか……スゴスゴと姿隠して逃げていぬぞよと』 高姫『コレコレ春彦、お前そりや誰に云つてるのだえ。そんなこた、チヤンと知つてゐる者計りだ。高姫はそんな事は百も千も承知の上の事だから、モウ何にも云うて下さるな。エヽこんな男の側に居つて、ひやかされて居るよりも、どつかの木の下で一つ沈思黙考と出掛けようか』 と云ひながら、一生懸命に尻ひきまくり、森林の奥深く駆入る。 常彦は高姫の姿を見失はじと、是亦尻ひつからげ、後を慕うて従いて行く。 春彦、ヨブの二人は、二人の姿を見失ひ、 春彦『又何れどつかで会ふ事があるだらう。吾々は鷹依姫一行を早く捜し求めて救ひ出し、自転倒島へ早く帰らねばならぬ』 と春彦は先に立つて高姫が走つて行つた反対の方向へワザとに歩を進めた。半時許り森林の中をかきわけて、西北を指して進み行くと、そこに真黒けの苔の生えた、目鼻口の輪廓も碌に分らぬ様な三尺許りの石地蔵が、耳が欠けたり、手が欠けたり、頭半分わられたりしたまま、淋しげに横一の字に立つてゐる。 ヨブ『春彦さま、一寸御覧、此石地蔵を……耳の欠けたのや、頭の欠けたの、手の欠けたのや、而も三体、能くも不具がこれ丈揃うたものですな。一寸此辺で一服致しませうか』 春彦『サアもう一休みしてもよい時分だ。併し此石地蔵は決して正真ぢやありますまいで。気をつけないと、又高姫さまの二の舞をやらされるか知れませぬワイ。神さまに吾々は始終気を引かれて修業をさせられますからな』 ヨブ『春彦さま、私はモウ三五教が厭になりましたよ。高姫さまの正直な態度に、船中に於て感歎し、本当に好い教だと思うて入信し、一切の欲に離れて財産迄人に呉れてやり、ここ迄発起してワザワザついて来ましたが、どうも高姫さまの執着心の深い事、あの豹変振り、ホトホト愛想がつきて、三五教がサツパリ厭になつて了つたのですよ』 春彦『あなたは神様を信ずるのですか、高姫さまを信じてるのですか……人を信じて居ると、大変な間違ひが起りますよ。肝腎要の大神様の御精神さへ体得すれば、高姫さまが悪であらうが、取違ひをしようが、別に信仰に影響する筈はないぢやありませぬか』 ヨブ『さう聞けばさうですなア。併し高姫さまの行ひに惚込んで入信した私ですから、何だか高姫さまがあんな事を言つたり、したりなさるのを実地目撃しては、坊主憎けら袈裟迄憎いとか云つて、神様迄が信用出来なくなつて来ましたよ』 春彦『そらそんなものです。大抵の人が百人が九十九人迄導いて呉れた人の言行を標準として信仰に入るのですから、盲が杖を取られたやうに淋しみを感ずるのは当然です。どうでせう、是から吾々両人が高姫さまに層一層立派な神柱になつて貰ふやうに努めようぢやありませぬか。神様から吾々に対する試験問題として提供されたのに違ひありませぬよ』 ヨブ『兎も角入信間もなき私ですから、先輩のあなたの御意見に従ひませう。私もあなたには感心しました。高姫さま以上の神通力をお持ちになり、吾々三人が今の今迄神様の試みに会ひ、泡を吹いて苦しむ事を、先へ御存じの春彦さま、高姫さま以上ですワ』 春彦『イエイエ、決して高姫さまの側へも寄れませぬ。併しながら如何したものか、私の体が余程霊感気分になり、あんな事を言つたのです。つまり神様から言はされたのです』 と話して居る。後の石地蔵はソロソロ歩き出し、二人の前に胡坐をかき始めた。ヨブはビツクリして、 ヨブ『アヽ春彦さま、大変ですよ。石地蔵奴、そろそろ動き出して、此処に胡坐をかいて笑つてるぢやありませぬか』 春彦『アハヽヽヽ是ですかいな。コリヤオホカミ様ですよ。獣としては優良品ですよ。一つの奴はアークマ大明神と云ふ奴、一つの奴はシシトラ大明神と云ふ化神さまだから、用心なさいませや』 ヨブ『何と能う化州の現はれる所ですなア』 春彦『元より妖怪の巣窟だから、いろいろの御客さまが現はれて、面白い芸当を見せてくれますワイ……オイ熊公、獅子、虎、狼、なんぢや猪口才な、石地蔵や人間の姿に化けやがつて、四ツ足は四ツ足らしうしたがよからうぞ。勿体ない、人間様の姿に化けると云ふ事があるかい、僣越至極にも程があるワ』 石地蔵『ホツホヽヽ、俺達が人間の姿や仏の姿をするのが、夫程可笑しいのかい。又夫程罪になるのか。よう考へて見よ、今の人間に四足の容器になつて居らぬ奴が一人でもあると思ふか。虎や狼、獅子、熊、狐、狸、鷲、鳶、大蛇、鬼は云ふも更なり、下級な器になると、豆狸や蛙までが人間の皮を被つて、白昼に大都市のまん中を横行濶歩して居る世の中だよ。 これはしも人にやあるとよく見れば あらぬ獣が人の皮着る と云ふ様な今日の世界だ。そんな野暮な分らぬ事を云ふものでないよ。今の人間は神様の真似をしたり、志士仁人、聖人君子、学者、宗教家、教育家などと、洒落てゐやがるが、大抵皆四足のサツクだ。どうだ、チツト合点がいつたか』 春彦『お前がさう云ふとチツト考へねばならぬやうな気分がするワイ。全くの悪口でもないやうだ。併し、お前の目から俺の肉体を見ると、神さまのサツクの様に見えはせぬかな』 石地蔵『見えるとも見えるとも、スツカリ神様だ』 春彦『四足の容器のやうにはないかなア』 石地蔵『四足所かモツトモツト○○だ。神は神ぢやが渋紙の様な面をし、心の中は貧乏神、弱味につけ込む風邪の神、疱瘡の神に痳疹の神、おまけに顔はシガミ面、人情うすき紙の如き破れ神……と云ふ様な神様のサツクだなア』 春彦『そら、余り酷評ぢやないか』 石地蔵『どうでも良いワ。お前の心と協議して考へたが一番だ。お前は高姫を見棄てる精神だらうがな』 春彦『イヤア決して決して見すてる考へぢやない。一日も早く改心をして貰つて、立派な神司になつて欲しいのだから、それでワザとに高姫さまが苦労をする様に、二人こちらへ別れて来たのだ。此春彦が従いてゐると、高姫さまがツイ慢心をして、折角の改心が後戻りをすると約らないからなア』 石地蔵『アツハヽヽヽ、腰抜神の分際として、高姫さまに改心をして貰ひたいなどとは、よう言へたものだ。お前の心の曇りが、みんな高姫さまを包んで了ふんだから、折角改心した高姫が、最前の様な試みに遇うたのだぞよ。今高姫はモールバンドに取囲まれ、大木の幹を目がけて、常彦と共に難を避けてゐるが、上には沢山な猅々猿が居つて、高姫に襲撃して来る。下からはモールバンドが目を怒らして、只一打ちと狙つてゐる最中だ。オイ春彦、ヨブの両人、是から高姫を救ひに行くと云ふ真心はないのか』 春彦『そりやない事はないが、此春彦、ヨブの両人が往つた所で、モールバンドのやうな、強い奴が目を怒らして待ち構へとる以上は、吾々二人が救ひに行つた所で、駄目だ。否駄目のみならず、吾々の命迄、あの尻尾で一つやられようものなら、台なしになつて了ふ。人間の体は神様の大切なる御道具だから、さう易々と使ふ訳には行きますまい。何分にも、お前の云ふ通り、人情うすき紙の様な神や、腰抜神の容器だからなア』 石地蔵『アツハヽヽヽ、口計り立派な事を云つて居つても、まさかの時になつたら尻込みを致す、誠のない代物計りだなア。それでは三五教も駄目だよ』 春彦『喧しう云ふな。春彦の精神が石地蔵のお化けに分つて堪らうかい。俺は高姫さまの様に有言不実行ではないのだ。不言実行だ。どんな事をやるか見て居つて呉れい。モールバンドであらうがエルバンドであらうが、誠と云ふ一つの武器で言向け和し、見ン事二人の生命を助けて見ようぞ。サア、ヨブさま、春彦に従いてお出でなさい』 とあわてて、高姫の走つた方へ行かうとする。石地蔵は、 石地蔵『アツハヽヽヽ、たうとう俺の言に励まされて、直日の霊に省みよつたなア。人に言うて貰うてからの改心は駄目だよ。心の底から発根と改心した誠でないと役には立たぬぞよ。今にアフンと致して腮が外れるやうな事がない様に気をつけたがよいぞよ。石地蔵が気を付けておくぞよ。此方はアキグヒの艮の神、それに、良き獣の使はし女を沢山抱へて居る狼又アークマ大明神と云ふ立派な御方だ。ドレ、是から石地蔵に化けて居つても本当の活動は出来ない。うしろから、お前の腕前を、実地見分と出かけよう。口と心と行ひの揃ふやうな誠を見せて貰はうかい』 春彦『エヽ喧しい、化州、俺の御手際を見てから、何なと吐け。サア、ヨブさま行かう』 と尻ひつからげ、以前の谷川を兎の如くポイポイポイと身軽く打渡り、転けつ輾びつ、 春彦『オーイオイ、高姫さまはどこぢやアどこぢやア、モールバンドのお宿はどこぢや、春彦さまの御見舞だ、俺がこれ程ヨブのに、何故春彦ともヨブさまとも返答をせぬのか。高姫、お前は聾になつたのか。オーイ、オイ』 と声を限りに叫び乍ら、ドンドンドンと地響きさせつつ、草原を無性矢鱈に大木の茂みを指して走り行く。 (大正一一・八・二三旧七・一松村真澄録) |
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霊界物語 | 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 | 23 老婆心切 | 第二三章老婆心切〔九一四〕 国依別、末子姫の結婚の噂は、忽ち館の内外に雷の如く駄賃取らずの飛脚の口から喧伝されて了つた。之を聞いた高姫はムツクと立上り、言依別命の居間を訪ねた。言依別命は結婚の準備に就いて、いろいろと独り心を働かせて居た所である。高姫は襖をソツと引開け、叮嚀に頭を下げ、 高姫『言依別様、御邪魔を致しますが、一寸貴方に御相談申したきこと、否御尋ね申したき事が御座いまして伺ひました。お差支は御座いますまいかなア』 言依別『ハイ、別に大した用も御座いませぬ。どうぞ御這入り下さいませ』 と気乗りのせぬ様な言葉附きである。高姫はツカツカと言依別の前に進み、行儀よく膝を折つてすわり、両手を膝の上に乗せ、極めて謹厳な態度で、 高姫『言依別様、承はりますれば、末子姫様に対し国依別の宣伝使が養子婿になられるにきまつたとか云ふ専らの噂ですが、それは実際の御話で御座いますか?』 言依別『ハイ、実際で御座います。私と松若彦両人の肝煎で漸く婚約が成立致しました』 高姫『それは又怪しからぬ事ぢや御座いませぬか。三千世界の救ひ主、水晶玉の神素盞嗚大神様の御娘子、生粋の大和魂の末子姫様に娶はすに、人もあらうに、国依別の様な悪戯者を御周旋なさるとは、余りぢや御座いませぬか。能う考へて御覧なさい、女だましの御家倒し、家潰しの天則違反者、瓢軽者、揶揄上手の、至極粗末に出来上つた男……丸で鷺と烏の夫婦ぢやありませぬか。其様な汚れた身魂を水晶の生の末子姫様に御世話をするなんて、折角の結構な身魂を又紊して了ふぢやありませぬか。さうすれば、折角ウヅの国が五六七の世になりかけてゐるのに、再び泥海となり、上げも下しもならぬやうなことが出来致します。私は此縁談ばかりは仮令大神様が何と仰せられようとも、神界の為御道の為御家の為に、どこ迄も反対せなくては置きませぬぞえ。まだ幸ひ結婚の式も挙げてゐらつしやらないのだから、今の間ならば如何でもなります。縁談と云ふものは、飯たく間にも冷ると云ふ事だ。此話を取消した所で、今ならば何のイサクサも起りますまい。国依別が若しもゴテゴテ云ふならば、及ばずながら高姫が物の道理を説き諭し、納得させて見せませう。又末子姫様が如何してもお聞きにならなければ、高姫の老婆心と言はれるか知りませぬが、此道にかけたら千軍万馬の功を経た高姫、三寸の舌鋒を以て、どちらも得心の行く様になだめすかし、此結婚問題を蛇尾にして見せませう。……言依別さま、此事はどうぞ私に一任して下さいませ。キツと成功させて見せますから……』 言依別『一旦男子と男子が契約した以上は、今となつて動かすことは出来ませぬ。私も男です。一旦言ひ出した事は後へは引きませぬ。第一大神様の御所望ですから』 高姫『仮令大神様の御所望であらうとも、なぜお前さまは御忠言申上げないのだ。お髭の塵を払つて自分の地位を安全に守らうと云ふ御考へだらう。良薬は口に苦し、諫言は耳に逆らふとやら、至誠を以て諫め奉り、もし聞かなければ、潔く死を以て決すると云ふ、お前さまに誠意がありさへすれば、こんな不都合な話は持上がらない筈だ。あんな者を末子姫様の夫にしようものなら、それこそ三五教の権威は忽ち地に落ち、末子姫様の御信用はサツパリ、ゼロとなつて了ひますよ』 言依別『あんな者が斯んな者になつたと云ふ仕組でせうかい、アハヽヽヽ』 高姫『コレ笑ひごつちやありませぬぜ。千騎一騎の国家興亡に関する此場合、気楽さうに面をあげてアハヽヽヽとはソリヤ何と云ふ心得違ひな事ですか。それだから年の若い者は困ると云ふのだ。何程憎まれても、此高姫が構はねば三五教はサツパリ駄目だ。アーア、気のもめる事だ。肩も腕もメキメキ云うて来たわいのう』 言依別『折角の御親切な御注意、実に有難う御座います。併し乍ら此問題に就いては、一分たりとて動かす事は出来ませぬ。……高姫様、どうぞ貴女もゆつくり御考へ下さいませ。私は少し取急ぐ用事が御座いますから、失礼を致します』 高姫『チト煙たうなつて来ましたかなア。ドレドレ若い方のお側へ、歯抜婆アが出て来て熱を吹き、煙たがられて居るよりも、是から国依別の居間へ行つて、一つドンナ意見だか叩いて来ませう。将を射むと欲する者は先づ其馬を射よだ。何と云つても言依別さまは、年が若いから、こんな事の談判は厭だらう。それも無理もない、憎まれ序に高姫が、お道の為に、国依別の改心する所まで、居すわり談判をやつて来ませう』 と呟きながら、イソイソと此場を立つて出でて行く。 国依別は高姫の意見に来るとは夢にも知らず、 国依別『あゝ是から俺も窮屈な生活に入らねばならぬか。今の間に気楽のしたんのうをしておかうかい』 と窓の戸をガラリとあけ、赤裸になつて、仰向けになり、手足をピンピンさせて、座敷運動に余念なかつた。そこへ高姫はあわただしくガラリと戸を開け入り来り、此態を見て目を丸くし、口を尖らせ、 高姫『マアマアマア国さまかいな。其態は一体何の事だい!誰も知らぬかと思つて其態は何ぢやいな。ヤツパリ人の居る所では鹿爪らしうしてゐても、鍍金が剥げて三つ児の癖は百迄とやら、お前は若い時から、そんな不規律な生活をして来たのだらう。エヽ困つたものだ。時々刻々に愛想がつきて来た。……コレ国依別どの、高姫ですよ、起きて貰ひませう』 国依別『高姫さま、一寸ここを写真にうつして、大神様や末子姫様の御前に御覧に入れて下さいな。国依別も実にトチ面棒をふつてゐますワイ』 高姫『エヽ又しても、四ツ足の正体をあらはし、其態は何の事だい。大神様や末子姫様に写真にとつて見せてくれなんて、ヘン、自惚にも程がある。誰だつてそんなとこを見ようものなら、三年の恋が一度に醒めますぞや。或処に若い娘が綺麗な若い男を恋慕ひ、よい仲になつて居つたが、其男が女の前で尻をまくり、庇を一つプンと放つたが最後、其女はそれきり、恋しい男が見るも厭になつて了うた例しがありますぞえ。それにそんな態を末子姫様に御覧に入れてくれとは余りぢやないか。色男気取で結構な結婚を申し込まれ、余り嬉しいので逆上して了ひ、赤裸になつて、一角よい姿と思ひ……此姿を恋女に見せ……とはよい加減に呆けておきなさい。エヽ見つともない、早く着物を着なさらぬか!』 国依別『何分お門が広いものだから、こんな風でもして撃退策でも構じなけりや、やり切れませぬワイ。ア、あちらからも此方からも、目ひき袖ひき連中が沢山で、国依別も実に迷惑致して居るぞよ。男は裸百貫と申して、飾りのないのが値打であるぞよ。元の生れ赤児になりて神の御用を致して下されよ。生れ赤児と申せば、みんな丸裸ばかりであるぞよ。アツハヽヽヽ』 高姫『コレ国どの、お前は一国の大将にでもならうと云ふ千騎一騎の大峠に差掛つて居り乍ら、チツと謹んだら如何だいなア。油断を致すと、坂に車を押すが如く後へ戻りますぞえ』 国依別『あとへ戻るやうに逆になつて、油断でなうて冗談をして逆様車を押してゐるのだ、アツハヽヽヽ。アーア、早う此処を誰か、一寸覗いて愛想をつかして呉れないかな。高姫さまに愛想つかされても、根つから目的が達しませぬワイ』 高姫『コレ国どの』 と声を高め、国依別の太腿を三つ四つ平手でピシヤピシヤと擲りつける。国依別は此機みに、ガバとはねおき、慌しく窓際にかけておいた単衣をひつ被り、三尺帯を無雑作にキリキリとまきつけ、ドスンと高姫の前にすわり込んだ。 国依別『高姫様、何の御用で御座いますかな。どうぞ実際の事を仰有つて下さい』 高姫『お楽みでせうな!此頃は半日の日も百日も経つやうな気がするでせう。イヤもう御心配御察し申しますワイ。併し乍ら、月にも盈つる虧くるがあり、村雲のかくすこともあり、綺麗な花には虫がつき、嵐が夜の間に吹いて来て、無残にも散らすことがありますぞや。モウ大丈夫此方の者だと、笑壺に入つて居ると、夜の間に天候忽ち激変し、女の方から秋の空、凩の冷たい風が吹いて来ぬとも限りませぬぞや。さうなつてから、梟鳥が夜食に外れたやうな、約らぬ顔を致しても、何程アフンと致しても、後の祭りで、取返しは出来ませぬぞや。それよりも男らしく今の間に、花の散らされぬ間に、お前さまの方から、キレイサツパリと縁談を御断りなさい。国依別どののやうな、……言ふとすまぬが……ガンガラと水晶の生粋のお姫様と夫婦になつても、末子姫が遂げられますまい。悪い事は云ひませぬぞえ。今の間に男らしう破談をなさい。さうしたら天晴れ国依別の男前が上りますぞや。此広いウヅの国の第一美人で、而も評判のよい御姫様を、国依別が一つポンと肱鉄をかましたと云ふことが世間に拡がつて見なさい。それこそどれ丈お前さまの威徳が上るか知れたものぢやない。さうして牛は牛づれ馬は馬連れと云つて、似合うた女房を貰ひ、誰憚らず天下を横行濶歩する方が、窮屈な籠の鳥の様な目に遇ひ、一人の姫様に忠勤振りを発揮するよりも何程徳か分りませぬぞえ。お前さまが姫様の夫になり、天下の権利を握るやうな事があつたら、それこそ天地がひつくりかへりますぞや、いかな高姫も神様の御用はやめねばなりませぬワイ。かうズケズケと私が云ふので、お前さまは御気に入らぬだらうが、チツとは私の言ふ事も、聞きなさつたがよからう。随分お前さまもいたづらぢやないか。野天狗か何か知らぬが、如意宝珠の玉や其他二つの玉は、近江の国の竹生島に隠してあるなどと、大それた嘘を言つて、はるばると年を老つた吾々をチヨロまかすと云ふ腕前だから、私の言葉がチツト位きつくても辛抱しなさい』 国依別『アツハヽヽヽ面白い面白い、私も実は今度の結婚は厭でたまらないのだけれど、余り大神様や言依別様、其外の方々の御熱心な御取りなしで断る訳にも行かず、義理にせめられ承諾したのだから、さうけなりさうに法界悋気をして下さるな。国依別も実に迷惑致しますワイ』 高姫『オツホヽヽヽ、厭で叶はぬなどと、よう言へたものだ。此縁談を蛇尾にされるのが、イヤでイヤで叶はぬのだらう。そんなテレ隠しを云つたつて、日の出神の生宮……オツトドツコイ、是は云ふのぢやなかつた……高姫の黒い目でチヤンと睨ンだら間違ひつこはありませぬぞや』 国依別『アーア、困つた事が出来て来たワイ。どうしたらよからうな、この国どのも』 高姫『何程困つても仕方がない。此縁談ばかりは言依別が何と言はうと、仮令天地がかへらうと、金輪際水をさして、グチヤグチヤにして了はなくちや、折角大神様が艱難苦労なされてお造り遊ばしたウヅの国が総崩れになつて了ひますワイ。お前一人さへ改心が出来たら、国中の者が喜ぶのだから、女の一人位は男らしう思ひ切つて数多の人民を助けた方が、何程立派か知れませぬぜ。又何程愉快か分りますまいがなア』 国依別『アーア、最早幽界も神界もいやになつて了つた。現界の悪い……高姫さま、私の腹の底が如何しても、神界(真解)出来ませぬのかい』 高姫『それは何をユーカイ……皆目お前さまの腹の底を諒解することが出来ぬぢやないかい』 国依別『アーア、仕方がない……私は一寸急用がありますので、そこ迄往つて来ます。どうぞ又四五日したら、ゆつくりと遊びにお出で下さりませ』 高姫『最早明日に迫つた此結婚、四五日してから来て下さい……なンて、ヘン、甘いことを仰有りますワイ。どうでも斯うでも、今夜の間にお前の所存をきめさせて、其上末子姫さまに御意見をして来ねばならぬのだから、さう逃腰にならずに、ジツクリと聞きなさい』 国依別『聞きなさいつても、危機一髪でも聞きませぬワイ……御免候へ、高姫さま、私は結婚の用意が急ぎますから、髪を梳いたり、髯をそつたり、チツクを一寸つけたり、頬紅もさしたり、口紅もチツとあしらはねばならず、鏡も一寸見て来ねばなりませぬ。そんな色の黒い顔のお婆アさまに相手になつてをると、ますます末子姫さまが恋しうなつて来る。左様なら……』 とあわてて飛び出さうとする。高姫は後よりグツと抱きとめ、 高姫『コレコレ国どの、何処へ行くのだい。マア待ちなされ、ジツクリとすわつて、天地の道理を聞いて下さい。決して悪いことは申しませぬぞや』 国依別『どうぞ離して下さい。そんな固い手で握られると痛くて仕方がない。一時も早う末子姫さまのお側へ行かねばならぬワイなア。岩に抱かれるか、真綿に抱かれるかと云ふ程懸隔があるのだから堪らない……高姫さま、どうぞ後生だから放して頂戴な』 高姫『エヽ是が放してなるものかい』 国依別『高姫さま、今これが放してなるものか、と云ひましたな。そんならヤツパリ二人の仲を離さぬといふ御意見ですか?』 高姫『そりや話が違ふ。離れさすと云ふ話だ。今がお前の運のきめ所、サアさつぱりここでツンと思ひ切りましたと立派に言挙げしなさい』 国依別『そんなら……スツカリ思ひ切りました』 高姫『ヤレヤレ嬉しや、お前は本当に見上げたものだよ』 国依別『スツカリ思ひ切つたのは、皺苦茶婆アの高姫さまとの交際だ、アハヽヽヽ』 高姫『エヽ国どの、覚えて居なさいや。明日の晩にはアフンとさして上げますぞや、女の一心岩でもつきぬく、これが通らいでなるものかい!』 と目をつり上げながら、あわただしく此場を立去る。 (大正一一・八・二四旧七・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 11 思ひ出(二) | 第一一章思ひ出(二)〔一〇四八〕 自分を排斥しやうと云ふ、幹部の中の野心家連中の活動が段々露骨になつて来た。川合の大原に泊つた時、十人ばかりの暗殺隊がやつて来た。自分の霊眼には誰と誰とが来て居ると云ふ事がすつかり分つて居る。翌日大原を出発して上谷と西原との間の、俗に地獄谷と云つて居る処へさしかかると、如何したものか、自分の羽織の紐がほどけて羽織が脱げやうとする。不思議だと思つて鎮魂をして見ると、暗殺隊の待ち伏せである事が分つた。四方春三が供をして居たが、是も一つ穴の貉だから、自分は捩鉢巻腕まくりをして居たが、 喜楽『大きな割木を握つて後に目が無い。どんな事をするか知れたものでないから先へ行け』 と云ひつけると四方は吃驚して逃げ出した。少し行くと、彼方からも此方からもガサガサと出て来たが機先を制せられて張り合ひ抜けがしたと見えて、 『先生、お迎へに参りました』 などと云つて居る。 喜楽『馬鹿を云へ、こんな怪しからぬお迎へが何処にあるか、後に目が無い、先へ行け』 と云つて喜楽は一番後から跟いて行つた。手持無沙汰になつたものだから、一人逃げ二人逃げ、到頭四方権太郎、王原常太郎、村上春之助、谷口熊吉、それに喜楽と五人になつて了つた。一人が股を広げて放屁をやると又一人が放屁をやる、自分も負けぬ気になつて復讐的に又放屁する。誰も彼も、やるともやるとも能くも出たものだと思ふ位盛に連発して、西原から綾部の大橋迄一里の間放りづめであつた。帰つて来ると、教祖様が家の前にある岩に赤い真綿と白い真綿とを重ねかけて、縮緬の紐で縛つて自分の無事な様にお呪ひして居られた。赤白の真綿は、艮と坤の金神様、紐は竜宮様だ。逃げて帰つた連中は、教祖様から叱られてお互に罪のなすり合ひを始めた。喜楽は済んだ事だから構はぬ構はぬと云つて、一場の夢と観じて無事に済ませた。 無事に済む事は済んだが、其後も喜楽の云ふ事は用ひて呉れない。 『教祖様は経を説かれる、会長は教祖様のお話の分る様に緯を説くのである』 と説明しても如何しても信用せない。そして自分の肉体は教祖様のお筆先にある通り、神業のために居なくてはならぬ肉体であるが守護神が小松林と云ふ四つ足の悪の守護神だから、如何しても其化けの皮を剥かさねばならぬと考へて居るのである。こんな風で喜楽の云ふ事は一向聞かぬから、いつそ飛び出さうとすると、四方平蔵氏が仲裁して、 四方『百のものなら、教祖様のお話を九十九聞いて、先生の話を一つだけ聞かう』 と云ひ出した。すると中村竹造が、 中村『それも可かぬ』 と云ふ。喜楽は、 喜楽『君等は教祖様の御馳走される糞尿と、喜楽が御馳走する飯と鯛と何ちらを取るか』 と聞いて見ると、 中村『教祖様の糞尿なら有りがたく頂戴する』 と云ふ。これでは到底駄目と考へたから、大阪の内藤七郎氏の処へ行つて了つた。 其後用が出来たので、一度洋服を着て綾部へ帰つて来た事がある。すると自分の行衛を探して居つたと見えて、喜楽が帰つたのは喜んだが、又小松林の四ツ足の悪の守護神呼ばはりを始め出した。洋服は引き剥いて雪隠へ投り込む。誰かの着物を着せて、鞄は何処へか片付けて了ふ。そして張番をして何処へ行くにも附いて来る。不自由千万な事、お話にならない。とても辛抱しきれぬから、出て行かうとするけれども如何しても出しては呉れぬ。強て出やうとすると『これでも行くか』と云つて木下慶太郎、後野市太郎、村上房之助、竹原房太郎等が出刃庖丁を持つて来て切腹しやうとする。嚇かしではなくて本気なんだから耐らない。仕方なしに往生して一ケ年ばかり、又腰を据ゑる事に決心した。 自分の身体は自分の自由にならず、幹部は依然として云ふ事を聞かず、と云つて一方では神様が憑られて切りに活動せよ活動せよと責められる。自分としても為す事もなく、斯う云ふ風にボンヤリして居る訳には往かぬから、分るやうに平たく説明したものを書いて西田元吉に渡して、布教のため活動の余地を作らうと努力した。すると京都から杉浦万吉がやつて来て、喜楽に、 杉浦『西田と相談して京都へ来い』 と勧めてくれた。自分も其気になつて、或夜用意のためにお守刀を一本携へて飛び出した。綾部から二里八町向ふの山路の大原の新屋といふ宿屋の便所へ這入ると、便所の脇でヒソヒソ話の声がして居る。聞くともなしに聞くと『来たか来たか』と云つて居る。段々聞くと、杉浦が例の野心家連中と喋し合せて、先廻りをして待ち伏せして居たので、目的は自分を殺さうと云ふのである事が分つた。便所の壺をくぐつて出ると其処に川がある、川を渡つて藪の中へ這ひ込んで一晩震へて居た。其内夜が明けたから、台頭と云ふ処へ行くと、暗殺隊の連中が自分の行くのを待ち受けて居た。そして短刀を出して決心を示したから、喜楽も短刀を出して見せて勝負しやうと云つてやつた。自分の決死の意を見て取つて少しく恐気がついたものか、到頭勝負はせずに連れだつて綾部へ帰つた事があつた。 こんな風で、自分の体は何時何んな目に遭はされるか分らず、活動は依然として出来ぬ不自由さに耐へず、其後又大阪へ高飛びして、内藤氏の家へ落ち付いた。大阪に居て稲荷下げを縛つて歩いたり、四千円ばかりの金を出し合つて人造精乳会社を起して、京都に店を出したりした。 さうして居る内、或る日四方、中村、竹原等が偶然家の前を通つた。長髪の妙な男が揃つて通るので犬が盛んに吠へつく。ヒヨイと見ると四方等であるから、声をかけてやると吃驚した。家へ這入られると煩さいから、近松の処へ同行すると、 『お蔭で六ケ月かかつて漸う立替の御用をさせて頂いたから誠に結構だ』 と妙な事を云ふ。何の事かと聞いて見ると、自分の書いた本をスツカリ集めて五百冊ばかりも留守中に焼いて了つたのださうだ。 一緒に園部の奥村の内まで行つた。さうすると四方平蔵が又、 四方『小松林の四つ足の守護神』 とやり出す。癪に触つて耐らぬから、一つ、四つ足の真似をしてやれと思つて赤小豆の飯を焚かせ、揚豆腐と牛乳と牛肉とを煮させて洋服を着たまま、四つ這になつて口をつけてムシヤムシヤと食つた。さうすると、 『あゝお筆先は争はれぬ、四つ足の本性が露はれた。有難い有難い』 と云つて無暗に有り難がつてゐる。園部の信者は、 『そんな真似をなさると益々誤解をさせる基だから……』 と云つて泣いて止める。煙草がのみ度いと云ふと、すぐ傍に火鉢があるにも拘はらず、火打石で火を打つて煙草の火を呉れる。そして、 『小松林の四つ足の守護神は、もう憑らぬ。上田喜三郎の肉体は返上すると云ふ証文を書け』 と云ふ。仕方が無いから漢字で以て出鱈目の証文を書いてやる。字の読める者が一人も無いのであるから、後生大事と喜んで受取つたが綾部へ帰つて、それが出鱈目だと云ふ事が分つたので、又四つ足の悪の守護神が役員までも騙したと云つて怒り出した。 綾部へ帰つて見ると、自分の苦心して書いた本は悉く焼かれて了つて居る。神と云ふ字は勿体ないと云つて御苦労千万にも一々調べて神の字だけを切り抜いて焼いて了つたのだ。其切り抜いた神の字だけが蜜柑箱に数杯あつたが、その一杯丈は今も保存してある。八木清太郎と云ふ男は喜楽の書いたもので、方々へ散つて居るのを軒別に廻つて集めて歩いて、それを表具屋へ売つて酒を飲んで、虎列剌に罹つて死んで了つた。こんな風で喜楽の云ふ事は、依然として聞きいれて呉れぬから、今度は教祖様に会はして呉れと云つて久し振りでお目にかかつた。教祖様は喜ばれて、 教祖『能う帰つて来て呉れた。もう何処へも行かんといてくれ』 と云ふお言葉であつたから、これまでの逐一を悉くお話ししたら、幹部の連中を呼び出されてお叱りになり、幹部の連中が一同で謝罪して、これで又一段落がついた。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六北村隆光録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 21 凄い権幕 | 第二一章凄い権幕〔一〇五八〕 明治卅七年になつてから、日露戦争が勃発したので、ソロソロ四方平蔵、中村竹造、村上房之助、木下慶太郎、田中善吉、本田作次郎、小島寅吉、安田荘次郎、四方与平、塩見じゆん、などの連中が俄に鼻息が荒くなり、六畳の離れに喜楽が閉ぢ込められ、隠れて古事記を調べたり、霊界の消息を書いてゐると、中村竹造が二三人の役員と共に大手をふつてやつて来た。そして喜楽に向ひ、 中村『会長サン如何です、大望が始まつたぢやありませぬか、早く改心をなさらぬと、今年中に世界は丸潰れになりますぞ、露国から始まりてもう一戦があるとお筆先に出て居りますだないか、ヘンこれでも筆先がちがひますかな、霊学三分筆先七分にせいと、お筆先に出て居るのに、一寸も筆先をおよみにならぬから、露国から戦が始つても何も分りますまいがな、この先はどうなるといふ事を御存じですか、早く教祖さまにお詫をなされ』 と威丈高になつて、説諭するやうな気分で喋り立た。丁度宣戦の詔勅が下つた三日目である。そこで喜楽は自分の随筆と題した一冊の書物を出して、中村に示し、 喜楽『そんな事はとうから分つてゐるのだ、これを見てくれ、明治卅五年の一月にチヤンと明治卅七年の二月から日露戦争が起るといふ事が自分の筆でかいてある』 とそこを広げてつき出して見せると、中村は妙な顔をして、 中村『そんな角文字をまぜて、外国身魂で何程書いても、そんな事はここでは通用しませぬ、何にも知らぬ学のない神力ばかりの教祖のお筆先が尊いのです』 と木で鼻をこすつた様に、冷笑的に云ふ。そこで喜楽は、 喜楽『お前は明治卅三年にも今年に日露戦争が起るといひ、三十四年にも三十五年にも毎年、今年は日露戦争が起る、立替が始まる、目も鼻もあかぬ事が出来るというて居つたぢやないか、そんな予言でもしまひには当るもんだ』 といふと中村は威丈高になり、 中村『私は自分が言ふたのではない、勿体なくも艮大金神変性男子出口の神さまのお筆先に……今年は立替が始まる、露国との戦ひがある……と現はれて居るので、さういふたのです、つまり会長サンは教祖ハンの仰有つた事や神さまの御言をこなすのですか、あなたの御改心が遅れた為に御仕組がおくれたので御座いますぞ。会長サンが明治卅三年に改心が出来て居つたら、神さまは三十三年に立替をなさるなり、三十四年に改心が出来て居つたら、ヤツパリ三十四年に立替を遊ばす御仕組にチヤンと三千年前から決まつて居ります、自分の改心がおくれて神さまに御迷惑をかけ、御仕組を延ばして、世界の人民を苦しめておき乍ら、神さまがウソを言ふたよに仰有るのですか、そんな事を仰有ると、綾部には居つて貰へませぬ、何というても露国と日本との戦争が始まつたのですから、きつと日本は九分九りんまで、サア叶はぬといふ所まで行ますぞ、そうなつた所で綾部の大本から艮金神変性男子の身魂が大出口の神と現れて、艮めをさして三千世界をうでくり返し、天下太平に世を治めて、後は五六七の世松の世と遊ばすのですから、早く改心をして貰はぬと、お仕組の邪魔になりますぞや、三千世界の立替立直しの御用の邪魔を致した者は、万劫末代書きのこして、見せしめに致して其身魂を根の国底の国へおとすぞよ………と神さまがお筆先にお示しになつて居りますぞや、会長サンの改心が一日遅れたら世界の人民が一日余計苦しむといふ、あんたの身魂は極悪の身魂の因縁性来だから、何事も改心が一等ぞやとお筆に出て居ますぞえ』 と脱線だらけの事を云ひ並べて攻め立てる。会長は可笑しさをこらへて、 喜楽『自分が一日早く改心した為に三千世界の人間が一日早く助かるといふよな、善にもせよ悪にもせよ、そんな人物なら結構だが、自分等一人が如何なつた所で、世界に対して何の関係があるものか、余り訳の分らぬ事を云ふもんぢやない、そんな事を云ふから、綾部の大本は、気違の巣窟だとか、迷信家の寄合だとか、世界から悪罵されて、はねのけ者にされるのだ、チツとは考へて貰はぬと困るぢやないか』 と言へば中村は口をとがらし、 中村『おだまりなされ海潮サン何程うまく化けても駄目です。世間から悪くいはれるのがそれ程気にかかりますかな、何と気の小さい先生ですな、それだから変性女子は反対役だと神さまが仰有るのだ、世界中皆曇つて昼中に提灯を持つて歩かなならぬ暗がりの世の中になつてゐるのぢやから、世界の人民にほめられるよな教がそれが誠ですかい、トコトン悪くいはれてトコトンよくなる仕組ですよ、余りあんたは角文字や外国の教にこるから、サツパリ霊がねぢけて了うて、お筆先が分らぬのだ。チツとお筆先を聞きなされ』 と呶鳴りつけ乍ら、恭しく三宝にのせて来た七八冊の筆先をよみ始め出した。 喜楽は頭が痛くなつて来て、気分が悪くて仕方がない。そこで、 喜楽『其筆先なら何べんも聞いて居るから、聞かして貰はいでもよい、何もかも知つてゐる』 というや否や、 中村『コラツ小松林、お筆先が苦しいか、サア是からお筆先攻にして退かしてやろ、サア早く小松林、此お筆先を聞いて、トツトと会長サンの肉体を立去れ、そして其後へ変性女子の身魂坤の金神さまがお鎮まり遊ばすのだ、会長サンの肉体は、貴様のよな四足の這入る肉体だないぞ、コラ退かぬか』 と呶鳴りつける。村上や四方平蔵が傍から、 村上『コラ小松林、何を愚図々々してゐるのだ、早く会長の肉体を飛出して、園部の内藤へしづまらぬか、悪の霊の年の明きだぞ』 と三方から攻めかける。四方平蔵は口を尖らして、 四方『コレ小松林サン、お前サンもよい加減に改心をなさつたら如何どすか、お前サンの改心が出来ぬ為に、教祖さまが有るに有られぬ苦労をなされて厶るなり、役員信者が日々心配をいたし世界の人民が大変に苦しんで居るぢやないか、サア早く駿河の稲荷へ帰りなさい、ここは稲荷のよな下郎の寄る所ぢや厶いませぬぞや、水晶魂の誠生粋の身魂斗り集まつて御用を致す竜門館の高天原で厶いますぞや』 ウンウンと手を組で、三方から鎮魂をする、どうにも斯うにも仕方がないので、会長は、 喜楽『そんなら仕方がないから、小松林は今日限り、いんで了ふ、そして坤の金神さまに跡へ這入つて貰うて御用をして貰ひませう』 といふと、竹造が、 中村『コレ平蔵サン、用心しなされや、又園部のよにだまされるかも知れませぬで。悪神といふ奴は何処までもしぶとい奴だから、ウツカリしとると馬鹿にしられますで。本当に小松林は改心しとるのだない、偉相に笑うて居るぢやありませぬか、コラ小松林、そんな甘い事吐して、会長の肉体を使はうと思つても、此中村が承知をせぬぞ、サア何ぞ証拠を出せ、いよいよ会長の肉体を離れたといふ事を明かに示して、教祖にお詫を致さぬと、どこまでも許さぬのだ。モウ斯うなつた以上は三日かかつても、十日かかつても、会長の肉体から放り出さなおかぬのだい』 と四股をふんで雄健びをする、千言万語を尽して諭せば諭す程反対にとり、どうにも、かうにも始末がつかぬやうになつて来た。そこへ八木から福島久子がやつて来て、教祖さまに挨拶をし、終つて慌ただしく喜楽の前に来り、 久子『何とマア平蔵サン、お筆先は恐れ入つたもので厶いますな。とうとう露国と戦争が起つたぢやおへんか、まだ会長サンは御改心が出来ませぬのかい』 中村『コレはコレは福島ハンどすか、よう来て下さつた、神さまのお筆先は恐れ入つたもんどすな、こんな御大望が始つて居るのに、まだ小松林が頑張つて、会長サンの肉体を離れぬので、今皆の役員がよつて説諭をしとるのどすが、中々ど渋太うて聞いてくれませぬワ、どうぞあんたも一つ言うてきかして下さいな』 と福島の弁舌家に応援をさせようとかかつてゐる。又こんな口喧しい女にとつつかまつては大変だと思ひ、便所へ行くやうな顔して、ソツと裏口から飛出し、西町の大槻鹿造の宅へ一目散に逃て行つた。 大槻鹿造とお米サンとの二人が喜楽の走つて行つたのを見て、 大槻『会長サン、又喧嘩が始まつたのかな』 と笑うてゐる。 喜楽『八木の福島が今やつて来よつたので、うるさいから逃げて来たのだ』 といふと大槻鹿造は、 大槻『アハヽヽ又例の小松林サンかな、まアここに久子が八木へ帰る迄、ゆつくり泊りなさい。新宮の婆アさまも婆アさまだ、立替だの立直しだのと、第一それが私は気に食はぬのだ、大槻鹿造は大江山の酒呑童子のみたまだなんて、婆アさまが吐かすので、何奴も此奴も人を鬼扱ひにしやがつて、むかつくのむかつかぬのつて、外の婆アぢやつたら、此鹿造も承知をせぬのだけれど、何と云うてもお米や伝吉の母親なりするもんだから、辛抱してゐるのだ、本当にトボケ人足計り集まつたもんぢや、それよりも牛肉でもここでたいて食ひなさい、何れ久子か平蔵か中村が捜しに来るに違ないから、牛肉の臭で往生さしてやるのも面白かろ』 と幸ひ牛肉屋を開業してゐるので、店から三百目[※目は匁(もんめ)の略。300匁≒1125g]ほど上等を持つて来て、裏の離れでグヅグヅと煮いて食ひ始めた。そこへ中村が、 中村『大槻サン、会長サンはもしやここへ見えては居りませぬかな』 と裏口の方から尋ねて居る。鹿造はチツと耳が遠いので、明瞬分らなんだが、お米サンが、 お米『中村ハンか、マア這入つて牛肉でも食ひなさい、今会長に牛肉をすすめて食はしてる処ぢや、樫の実団子を食つたり、芋の葉のお粥を食つとるより、余程気がきいてるで、ここは大江山の酒呑童子と蛇との因縁の身魂の夫婦の所へ鬼三郎ハンが来て居るのだから、みたま相応で牛肉を食て居るのだから、お前もチと鬼の仲間入したらどうぢや』 と揶揄うてゐる。中村は鼻をつまみ乍ら、顔しかめて這入つて来て、 中村『御免なはれ、大槻サン、あんたは教祖ハンの御総領娘を女房に持つたり、結構な御子を貰うて居り乍ら会長サンにそんな事を勧めて済みますか、四ツ足を食はしたり、余りぢやおへんか』 と不足らしく呶鳴つてゐる。鹿造は笑ひ乍ら、 大槻『今の世の中は一日でも甘い物喰て、好きな事をするのが賢いのぢや、お前もチと改心して牛肉でも食て、元気をつけ、古物商でもやつて金儲けをし、立派な着物を着て甘いものでも食つたらどうだ、何程善ぢや善ぢやというてお前等一人位がしやちんなつても、誰も相手にする者がないぞ、会長サンは流石は能う分つとるワ、此時節に四足の肉が食へぬの何のと、そんな馬鹿な事をいふ奴がどこにあるものか、余程よい阿呆だなア』 とからかひ半分に呶鳴つてゐる。お米サンは又お米サンで、 お米『コレ中村ハン、お前は播磨屋の竹ハンというて、随分博奕もうち、女も拵へ、肉もドツサリ食た男ぢやが、さう俄に神さまにならうと思うたて、到底成れはせぬぞえ、あんな新宮の気違婆アさまにトボけて居らずに、チト明日から牛肉でもかついで、そこら売りに往つたら如何だい、誰か売りにやらさうと思うてる処ぢやが、五円がとこ売つて来ると一円位儲かるから、そしたらどうだな』 と厭がるのを知りつつ態とにからかうてゐる。中村は蒼白な顔になり、 中村『兎も角会長サンを返して下され、大本の御用をなさる因縁の身魂だから、こんな所へ来て貰ふと、だんだんに身魂が曇つて仕方がないと教祖さまが仰有りました、サア会長サン早う去にませう』 と引張らうとする。会長は、 喜楽『コレ中村はん、最前から牛肉を三百目かけて貰うて一人で食つて了うた、これは小松林が食たのだから、これから坤の金神さまに三百目程お供へしてから帰ぬから、教祖ハンや、お久ハンや、平蔵サンに宜しうというといてくれ』 とワザとに劫腹が立つので、からかうてみると中村は躍気となり、 中村『どうも身魂の因縁といふものは仕方のないもんぢやな、悪の霊の所へはヤツパリ悪がよりたがると見えます』 といふのを聞咎めて、鹿造は、 大槻『コレ中村、おれを鬼とは何だ、貴様に三文も損をかけた事もなし、貴様等に悪といはれる筋があるか』 といふより早く、二つ三つポカポカと拳骨をくれた。中村は、 中村『ナアに大和魂の生粋の、おれは身魂だから、酒呑童子の霊位に恐れるものか』 と言ひ乍らスタスタと新宮さして帰つて了つた。さうかうして居る所へ、園部の浅井みのといふ支部長がやつて来て、それから此処にグヅグヅして居つては又うるさいといふので、お米サンに何事も頼んでおき、日の暮頃から、園部へ行つて隠れて布教することになつた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 22 難症 | 第二二章難症〔一〇五九〕 明治三十七八年頃は日露戦争の勃発で四方平蔵、中村竹造等十二人の所謂幹部役員は愈世の立替で、五六七の世になる、それまでに変性女子を改心をさしておかねばお仕組が遅れると、しやちになつて、信者の家を宣伝にまはり……会長が改心せず、又小松林の居る内は、門口の閾一つ跨げさす事はならぬ、大変な神罰が当ると一生懸命に一軒も残らず触れ歩いてゐる。そしてどんな立派な事を会長が言うても、一つも聞いてはならぬ、小松林が艮金神さまの御仕組を取りに来てるのだから……とふれまはした。信者は一人も残らず、熱心な十二人の活動で、彼等の云ふ事を固く信じて了ひ、且つ園部で狐の真似したのが大変に祟つて、信者一般から四ツ足の守護神と思ひこまれたからたまらぬ。此時喜楽の云ふ事を聞いて布教に従事してゐた者は西田元教と浅井はなといふ五十余りの婆アサン二人のみであつた。 西田と浅井とは代る代る園部を十二時頃に立つて三里計り日をくらして綾部へやつて来て、大槻鹿造の家で、夜中ソツと会長と会見し、教理を研究しては、又夜の間に園部へ帰り、園部を根拠として、細々と宣伝をやつて居た。喜楽は意を決して、園部迄夜の間に浅井に伴れられて、逃げのび、船井郡や北桑田郡の信者未開の地を宣伝して居た。 片山源之助といふ材木屋がふと園部の支部へ参拝して来て、教理を聞き、俄に信者となつて、幽斎の修行を始め、天眼通を修得し、旅順の要塞を透視したり、日露戦争の始末を予言したり、いろいろと不思議な事が実現したので、非常に沢山の信者が集まつて来た。さうすると又もや綾部の連中が嗅つけやつて来て、沢山の信者の前で、 『会長は小松林といふ四ツ足の守護神が憑いとるのだから、相手になつては可けませぬぞや、貧之神ですから』 と吹聴する。片山の天眼通が呼物となつて沢山の信者が集まつて来た。そこへ綾部から来て、会長の悪口雑言を並べ立てるので、訳も知らぬ信者は一も二もなく信じて了ひ、会長を軽蔑し、片山先生片山先生と尊敬して、遂には会長を邪魔者扱ひにするやうになつて了つた。西田は大変に憤慨していろいろと活動したけれ共、綾部の妨害が甚しいので、頽勢を挽回する事が出来なかつた。それから会長は再び綾部へ帰り、仮名計りの教典を作り、西田元教に持たせて宣伝に歩かすこととしてゐた。 再び綾部へ帰り、離れの六畳に蟄居して教典を書いてゐると、又もや四方中村の幹部がやつて来て、 中村『会長サン、行けば行く程茨室、神に反いて何なとして見よれ、一つも思惑は立ちは致さんぞよ、アフンとして青い顔をして、家のすまくらに引つ込んで、人に顔もよう会はせず、悄気てゐるのを見るがいやさに、神がくどう気をつけるぞよ……と現はしなさつた筆先を実地に御覧になつたでせうな。さうだからどつこへも行くでないと仰有るのに、小松林の四ツ足にチヨロまかされて、又しても又しても、綾部を飛出しなさるもんだから、こんなザマに会ふのです、モウこれからはどつこへも行かず、教祖さまの御命令を聞いて役員の言ふ通りになされ、世界の人民が苦みますから』 と中村がそれみたか……といふやうな冷笑を浮かべて喋り出した。会長は、 喜楽『ナニ、私は失敗したんでも何でもないワ、自分の心がお前に分るものか、細工は流々仕上げを見て貰はな分らぬワイ』 と言はせも果てず、中村は大きな声で、 中村『コラ小松林、まだ改心を致さぬか、ツツボにおとしてやろか、慢心は大怪我の元だぞよ』 と呶鳴りつける。四方平蔵は側から、 四方『会長サン、あんたの仰有る事も先になつたら又聞く時節が来ますから、今の所ではお気に入らいでも辛抱して御用聞いて下され、今年来年が世界の大峠、グヅグヅしてる時ぢや厶いませぬぞや、これ程御大望が差迫つて来て居るのに、大本の御用継ともある人が、そこらをウロウロとウロつきまはるとは何の事ですか、教祖さまが、又何時もの病が出て小松林がそこら中へつれて歩くから、役員気をつけよ……と厳しう仰有るのですから、こうして皆の者があなた一人の事に付いて心配して居るのに、お前サンは吾々役員が可哀相なとは思ひませぬか』 と詰りよる。会長は、 喜楽『お前らがトボけてるのが可哀相なから、早く目をさましてやろうと思うて、いろいろと気をつけるけれども、小松林の四ツ足が吐すのだなどといつて一口もきかず、目をさましてくれぬので、綾部に居つても用がないので、今の内に一つでも神界の御用をしておかうと思つて、そこら中を布教に歩くのだ。日露戦争が起つても、それ位で世界の立替が出来るものでない、まだまだ世界の大戦争があり、それから民族問題が起り、いろいろ雑多な事が世界に勃発して、最後にならねば立替は出て来るものぢやない、ここ十年や二十年で、そう着々と埒があくものか、今の内にチツと目をさましておかぬと、此戦争は済んで了ふなり、立替は出て来ぬなりすると、又虚言ぢやつたと言つて信者が一人も寄りつかなくなつて了ふ、つまりお前達は一生懸命になつて神さまのお道を潰さうとかかつてるやうなものだ』 といふのを皆まで聞かず、 『コレ会長サン、お前サン等が何程小賢しい理屈を並べても誰も聞く者はありませぬぞ、一分一厘違はぬお筆先だと仰有る神さまの御言が違うてたまりますか』 などと頑張つて、一言も聞入れぬのみか、益々四ツ足扱ひを始めて始末に了へぬので、澄子と相談の上、何事も沈黙を守り、一時の間も時間を惜んで、教典を書き現はすことに全力を尽して居た。 そうした所が西田が一ぺん北桑田へ来てくれと秘かに頼みに来たので、何とかして又もや綾部を脱け出さうと考へて居た。幸に八木の祭典に出張する事となり、前に述べた如く八木を夜ぬけして、園部へ走り、それから人尾峠を乗越へて、宇気といふ山里へ日の暮頃に落つき、安井清兵衛といふリウマチスで身体の自由を失ひ苦しんでゐる老爺サンの鎮魂をなし、其夜はそこで一泊する事となつた。西田が鎮魂をすると、爺イサンは其場で足が立ち、座敷中を歩いて見て、大変に喜び、それから熱心な信者となつたが元来が村中でも受けの悪い親類の財産を併合して、財産家になつたやうな爺だから、金銭の執着心が甚うてモ一つといふ改心が出来ぬので、僅に室内を歩くよにはして貰うたが、まだ外へ出て働くまでにはならなんだ。そこで爺イサンが西田に対して言ふには、 安井『どうぞ私が山へ行けるよにして下さつたら、内の林の杉や檜の屑をさがして切つて、それで神さまのお祭り場所を建て、教会を開き、私が隠居の代りにお守をさして貰ふ』 と虫のよい事を言ひ出した。そこで元教が大変に腹を立て、 西田『神さまの御祭り場所を建てるのに、屑をよつて建てるといふ様な事を云ふ爺イは嫌だ。一番よい木を上げるのが信神の道ぢやないか、そんな事言うとると、又元の通りいざりになつて、折角拵へた財産迄なくなつて了うぞ』 と云つたきり、サツサと安井の内を飛出し、それきり変屈人の西田は寄りつかぬやうになつて了うた。果して此爺は元の通りの難病になり、欲にためた財産も息子の縫之助が人にだまされて、一獲千金のボロ儲けをせうとして大失敗をなし、財産の九分通まで、三年ほどの間になくして了うた。 さて会長は西田と共に其時分これもリウマチで平太つて居た小西松元といふ男の内へ訪問して、暫く其家を根拠として布教に従事してゐた。此小西は園部の支部へ駕籠に乗つて出て来て、西田の鎮魂で即座に足が立ち、大変に喜んで、材木などを献納し、支部の拡張までやつた位な熱心家であつた。此小西は川漁が大変上手で寒中でも一寸出て来ると、三升や五升の川魚をとつて来る河童と仇名をつけられて居る酒飲み爺である。毎日三升位は平気で平げて、朝から晩まで女を相手に酒を呑んで居つた。西田が小西の病気を直した時今後は決して魚をとつてはいかぬ、そして酒を二三年呑まぬやうにせぬと今度はリウマチ所か中風になつて了ふと注意しておいたのも聞かずに、寒の内に網を持つて宇津の川原へ籠り魚を掬ひに行つて、柳のヌツと川へ出た、幹からふみ外し、川へドンブとおち込み、再び大熱を発し、元の通りにリウマチになり、昼夜間断なくウンウン唸つて苦んでゐた。そこで西田が再び鎮魂をして余程よくなつたが併し、足の痛みが止まつた丈で、行歩の自由が叶はぬ。そこで喜楽を綾部から引出し、小西の鎮魂をして貰ひ、病気を本復させて、神さまの御用に使はうとしたのであつた。喜楽は西田と二人で小西の内へ尋ねてゆくと、小西は宮村の内田官吉といふ弟の家に世話になり、薬風呂をわかして養生をし乍ら、神さまを念じてゐた。そこで会長が始めて小西に面会し、二日計り逗留の間に二三回鎮魂をしてやつた所、漸く全快し六里計りの道を徒歩で宇津へ帰り、一生懸命に神さまを念じてゐた。沢山の信者が諸方から集まつて来て毎日日日二三十円計りのお賽銭の収入があるので、小西がよい気になり、ソロソロ信者の女に手をかけたり、朝から晩まで酒を呑み始めた。其時喜楽は京都へ行つて皇典講究所へ通うてゐるので、西田に任して宇津の小西の広間の方は構う事が出来なんだ。さうすると小西がソロソロ慢心をし出して、西田のいふ事を聞かなくなつて来た。一人息子の増吉といふのが二十聯隊へ入営し、日露戦争に出征してゐた。そして朝から晩まで自分の息子の無事に帰る事計りを祈り乍ら、沢山の信者の鎮魂をやり、日に日に信者はふえて来る許りであつた。さうした所が俄に電報の間違で増吉が戦死したといふ知らせが、北桑田の郡役所から届いたので、松元とお末といふ夫婦が西田を前後より差挟んで、ソロソロ不足を言ひだした。其お末婆アサンの言はザツと左の通りである。 末『コレ元はん余りぢやないか、内の増吉は信心さへして居れば滅多に戦死する気遣ひはない、金鵄勲章を持つて帰らしてやるというたぢやないか、ソレに此電報は何のこつちや、奴狸奴が人をダマしやがつてサア早う出てゆけ、内の爺も爺ぢや、華を第一といふ法華経の信者が、綾部の狸にだまされて、仕様のない神をまつるもんだから、こんな目に会うたのだ。早う神さまを叩きつぶして川へ流しなされ、コラ元公早ういなんか』 と雪が二尺ほど積つてゐるのに無惨にも外へつき出した。西田は日の暮前に二尺程も積つてゐる雪の中へ放り出され、漸くにして半里許りの山路を登り、人尾峠の頂きまで登りつめると、風の吹きよせで雪が五六尺もつもり、身動きも出来ぬやうになり、其夜を泣きもつて明かした事もあつた。然るに小西増吉は幾回となく危険な場合を神さまに助けられ、同じ村から六人召集されて出征してゐた者が、五人まで負傷したり戦死したりしてゐるにも拘はらず、増吉丈は怪我一つせず、二十聯隊の全滅した時に僅か二人残つた其一人であつた。そして金鵄勲章を貰うて聯隊長の従卒となり楽に勤めて帰つて来たのである。それから小西がビツクリして西田に葉書をよこしあやまつて来て、 『どうぞ一ぺん遊びに来てくれ』 というので西田も再び小西の宅へ行き、一所に神の道を開いてゐたが、又もや衝突してそこを飛出して了うた。其時は会長はすでに別格官幣社建勲神社の主典をつとめてゐた。そこへ小西から手紙が来て、 『矢代といふ所に大変キツイ曲津が居るから、私の手にあはぬよつて、先生に助太刀に来て貰いたい』 といふので、公務を繰合はして宇津へはるばる行つて見ると、 『周山村の矢代といふ所に吉田竜次郎といふ人がありますが、其奥サンが此間から二度許り参つて来られますが、主人が如何しても博奕をやめぬから、やめるよに祈祷がして貰ひたいといふのですが、神さまに伺うてみると大変な曲津があこには巣くうてゐるから、お前の力ではどうせだめだから、会長サンに御願ひをせいと云はれましたから、一寸御手紙を上げました』 と云うてゐる。それから小西の信者に案内をして貰うて矢代へ行つた。丁度明治四十年の夏の始めで田植の最中であつた。それから吉田の宅へ行つて見ると、自分が行くのを知つて、曲津は早くも逃げ出し、何にも居らぬやうになつて居た。其家の主人の竜次郎氏はどつかへ行つて居つて不在であつたが、妻君のお鶴サンに面会し小西の言うたやうな事を聞かされ、そして曲津が居りますか……と尋ねるので、何も居りませぬと答へると、たよりない先生ぢやなアと言ふやうな顔をして、お礼だというて金二円包んでくれた。それから吉田家と懇意になり竜次郎氏は建勲神社へ二三回も尋ねて来て、いろいろと神勅を伺うたりし乍ら、妻君の熱心で何時とはなしに大本へ帰依するやうになつたのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 26 日の出 | 第二六章日の出〔一〇六三〕 明治三十二年の夏、上谷の修行場にて幽斎修行の最中審神者の喜楽に小松林命神懸せられ、 『如何なる迫害や圧迫があつても綾部を去つてはならぬ。兎も角明治卅五年の正月十五日までは綾部で辛抱をせよ』 とのお諭しであつた。それで喜楽はあらゆる迫害と侮辱を隠忍して卅五年を待ちつつ、神妙に神様の道を修行して居た。愈卅五年正月十五日が来たので、 喜楽『今後如何しませうか』 と伺つて見た所、 『明日の朝からソツと園部の方面を指して行け』 との神示が降つたので軽装を整へ、只一人澄子に其意を告げ布教伝道の途に上つた。澄子は初めての妊娠で已に臨月であつた。何時出産するかも知れない場合である。自分も大変に初めての子の出産であるから気にかかつて仕方がない。けれども一旦神様に任した身の上、妻の為に神務を半時でも悤にする事は出来ぬと決心し、夫婦相談の上出立したのである。 先づ園部本町の奥村と云ふ雑貨店へ落ちつき、主人夫婦の懇篤なる世話によつて其家の別宅を無料で貸して貰ひ、且つ衣食万端を奥村から支給され日夜宣伝に従事しつつあつた。奥村氏は園部に於て相当の地位名望もあり財産もあつた。さうして清廉潔白の聞えの高い紳士である。其奥村氏が先頭に立つて商業の傍、熱心に宣伝したので、地方の紳士連中は先を争うて入信した。園部へ落ちついてから十二日目の夜に、綾部に残してある澄子が出産した様な夢を見たので、神様に聞いて見ると出産をしたから一先づ帰つてやれと云ふ事であつた。そこで奥村氏に其旨を告げ留守中を頼みおき、浅井はなと云ふ婆サンに神前の御給仕を命じて只一人スタスタと檜山の坂原巳之助と云ふ熱心な信者の宅へ立寄り昼飯を供せられ一服して居ると、其処へ慌ただしく綾部から四方祐助と云ふ爺サンが尋ねて来り門口から、 祐助『海潮サンはお内に居られますか』 と尋ねてゐる。坂原巳之助は綾部の中村一派のやり方に愛想をつかし、喜楽の教のみを信従してゐたのだから、屹度喜楽は此処に居るだらうと思つて尋ねて来たのである。奥の間で祝詞を奏上して居た喜楽は此声を聞いて静かに表へ出て、 喜楽『あゝ祐助さん、能う来て呉れた、まあ一服しなさい』 と云ふと爺サンは庭に立ちはだかつた儘、 祐助『これ海潮、何をグヅグヅして居るのだ。綾部は大変な事が出来て居りますぜ』 とゴツゴツした声で睨めつける様に云ふ。喜楽も何か澄子の身の上に就て変事でも出来たのではないかと、少しく不安の念に駆られて、 喜楽『祐助サン、澄子は機嫌よく出産しましたかな』 と尋ねると、祐助は首をブリブリと振つて、 祐助『えー、出産も糞もあるものか。自分の女房が臨月になつてゐるのに教祖様に隠れて其処ら中をうろつき廻り、悠々閑々と何の事ぢやい。綾部には大変の事が出来ましたぞ。それだから教祖様が何処へも行くでないと仰有るのだ。教祖様の命令を背くと何時でもこの通りなりますのぢや』 と息を喘ませて諒解し難い事を呶鳴りたてる。喜楽は益々不安の雲に包まれて、 喜楽『澄子は安産しただらうなア。そして男か女か何方が出来た、早く知らして呉れ』 と云はせも果てず、祐助は又もや首を頻りに振つて、 祐助『え、凡夫の俺がそんな事分つて堪るものか。海潮サンは天眼通が利くぢやないか、小松林に尋ねたら、それ位の事は分りさうなものぢやないか。それが分らない様な事で偉さうに神懸ぢやの、先生ぢやのとは云ふて貰ひますまい。綾部は何どころの騒ぎぢやないわ。改心をせぬと、こんな事が出来ると何時も教祖さまが仰有つたのを尻に聞かして居るものだから、こんな不都合な事が出来たのぢや。初産の事とて教祖さまも大変な心配、此祐助も何れ丈心配したかしれませぬぞや。お前サンも綾部へヌケヌケと帰つて来る顔がありますまい。帰るのが嫌なら帰らいでも宜しい左様なら』 と云ひ乍らスタスタと阪原の家を出て行かうとする。喜楽は益す気になつて、 喜楽『これ祐助サン、吉か凶か、どちらか、それだけ聞かして呉れ』 と小さい声で尋ねて見ると祐助は、 祐助『そんな事の分らぬ様な天眼通が何になるものかい』 とブツブツ囁き乍ら委細構はず駆け出し、 祐助『よう思案するがよい』 と捨台詞を残して早くも綾部へ帰つて行く。喜楽は慌て阪原氏に送られ一目散に祐助の後を追ひ駆けた。さうすると祐助は三の宮のある茶店で腰をかけ、 祐助『あゝ云つておけば屹度帰つて来るに相違ない』 と高を括つて居る。 『兎に角安産した。そして女の子が出来た』と云つたら、『あゝさうか』と云つたきり喜楽は帰らぬから心配さしたら帰つて来るだらうと、綾部で役員信者相談の結果祐助が代表者になつて選まれて来たのだと云ふことが後になつて分つた。丁度自分が園部で夢を見た其日に直霊が生れたのである。其日は新三月七日旧正月二十八日であつた。祐助と三人連れで綾部の宅に帰つて見ると、盛に赤児の泣き声が聞えて居る。初めて自分の子の声を聞いた時は何とも云はれぬ感じがした。然しあの声で子は達者であるが、澄子の身体は如何だらうと案じ乍ら門口を跨げて見ると母子とも至極壮健であつた。それから教祖さまに、 『自分の女房が臨月で何時子が出来るか分らぬのに、神様の命令も聞かずに、そこら中に飛び出すのは余り水臭いぢやないか』 と散々叱言を云はれ、謝り入つて三十日の間、宮詣りのすむ迄綾部に蟄居して居た。さうすると園部の奥村から『沢山の信者が待つて居るから早く来て呉れ』と云ふ手紙が毎日の様に出て来るので、四月の三日再び綾部を飛び出し園部で布教をつづけて居た。其留守中に自分が明治三十一年、穴太に居つた時から三十四年一杯かかつて執筆しておいた五百冊の書物を、四方平蔵、中村竹造の発起で立替の御用ぢやと云つて悉皆焼いて了つたのである。それから園部を根拠として大阪へ教線を開き、陸軍砲兵中佐の溝口清俊と云ふ休職軍人と心を協せて大阪市の宣伝に従事して居た。此中佐の宅へ心安く遊びに来る、背のスラツとした、人品のよい少し頭の光つた男が溝口中佐に説きつけられて熱心な信者となり、追々中流以上の信者が出来て天王寺の附近に一万坪の地面を買ひ、霊学会の本部を設置する段取とまでなつてきた。さうして其溝口の宅へ出入りして居た男と云ふのは、大阪の難波分所長の内藤正照氏であつた。内藤正照氏と溝口中佐と喜楽の三人は大阪市中の稲荷下げの教会を巡歴して種々と霊術比べをやり、それを唯一の楽しみとして布教は、そつちのけに三百六十軒ばかり市中の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]を探し廻つて霊縛をしたり、色々と自分等の霊術を誇り得意になつて居た。今から思へば実に馬鹿らしい事を得意になつてしたと思ふ。然し此間に神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]に対する非常な経験を得た事を思へば、これも矢張御神慮であつたかも知れぬ。それから北海道の銀行の頭取をやつて居た山田文辰と云ふ男や内藤や、京都牧場の松原栄太郎等と人造精乳会社を、京都、大阪、園部に設置し、数千円の金を醵出して一つの事業を起し宣伝の費用に当てやうと目論見、已に着手して居る所へ、京都の高松某が中村竹造の指図によつて会社の工場修繕の大工に雇はれ散々に喜楽の悪口をなし、それが基となつて松原栄太郎、若林某、山田文辰等が変心し出し、折角組み立てた発頭人の喜楽や内藤を放逐せむとした。中村は何とかして喜楽が京阪地方で活動するのを妨害し、失敗の結果綾部へ逃げ帰り一間へ押し込めて活動の出来ないやうにしてやらねば此儘にして置いては虎を野に放つやうなもので、大本の教をとつて了ふに違ひないと役員一同が相談の結果、かう云ふ手段をとつたのであつた。そこで喜楽は已を得ず精乳会社を脱退し、内藤正照と愛善坂の麓で神様を祀り、布教宣伝に着手して居た。難波新地の婦人科の医者で杉村牧太郎と云ふ金光教の熱心な信者があり、又杉本恵と云ふ御嶽教の教導職や大阪大林区署に勤めて居た高屋利太郎、並びに錻力職の池田大造らと図り大宣伝をやつて居た。大阪の侠客の団熊や山田嘉平等も信者となつて大活動を始め、漸く曙光を認め、高屋利太郎は一同の代表者として一度綾部へ参拝して来やうと云つて詣つて来た所、中村が一生懸命に喜楽の悪口をついて且脱線的の言葉を並べ『洋服を着た様な連中は此処には来る事ならぬ』と高屋氏を箒で掃き出したので、高屋氏が大阪へ帰つて来て憤慨し折角組み立てた霊学会へひびが這入り、ゴタゴタして居る所へ中村竹造の内命で三牧次三郎が尋ねて来て、此男が口を極めて喜楽を罵倒したので止むを得ず大阪を立ち綾部へ帰つて来たのは明治三十六年の十一月頃であつた。さうすると役員が寄つて集つて自分の洋服を剥ぎとり、帽も靴も服も引裂いて雪隠へ突つ込んで了ひ、 『さあ、これで四ツ足の皮を剥いでやつた。これで海潮も改心をして、おとなしくなるだらう。神に背いて致した事は何事も九分九厘でグレンと覆るとお筆に出て居りますが、これで海潮サンも気がつくだらう』 と自分等が極力妨害しておき乍ら、神さまの業の様にすまし込んで居る。それから自分も再び離れの六畳に蟄居して又もや隠れ忍んで古典学を研究したり、筆の雫や道の大本等の執筆にとりかかり、明治三十八年の八月まで綾部に尻を据えて時を待つ事としたのであつた。 (大正一一・一〇・一九旧八・二九北村隆光録) |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治31年旧5月5日 | 明治三十一年旧五月五日 今の世界の人民は、服装ばかりを立派に飾りて、上から見ば結構な人民で、神も叶はん様に見えるなれど、世の元を創造へた、誠の神の眼から見れば、全部四ツ足の守護と成りて居るから、頭に角が生へたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻斗り高い化物の覇張る、暗黒の世になりて居るぞよ。虎や狼は我の食物さえ在りたら、誠に温順しいなれど、人民は虎狼よりも悪が強いから、慾に限りが無いから、何んぼ物が在りても満足といふ事を致さん、惨酷い精神に成りて了ふて、鬼か大蛇の精神になりて、人の国を取ったり、人の物を無理しても強奪くりたがる、悪道な世になりて居るぞよ。是も皆露国へ上りて居る、悪神の霊の所行であるぞよ。モウ是からは改心を致さぬと、艮の金神が現はれると、厳しいなるから、今迄の様な畜生のやりかたは、何時までも為しては置かんぞよ。善し悪しの懲戒は、テキ面に致すぞよ。今迄好きすっ法、仕放題の、我善しの人民は、辛くなるぞよ。速く改心致さんと、地球の上には置いて貰えん事に、変りて来るから、神が執念気を付けるなれど、智慧と学とで出来た今の世の人民の耳には、這入かけが致さんぞよ。一度に立替を致せば、世界に大変な人減りが致すから、日時を延ばして、一人なりとも余計に改心さして、助けてやりたいと思へども、何の様に申しても、今の人民は聞入ないから、世界に何事が出来致しても、神はモウ高座から見物いたすから、神を恨めて下さるなよ。世界の神々様、守護神殿、人民に気を付るぞよ。無間の鐘を打鳴して、昔の神が世界の人民に知らせども、盲目と聾者との暗黒の世で在るから、神の誠の教は耳へ這入らず、外国の獣の真似を致して、牛馬の肉を喰たり、洋服を着て神の前を憚らずに迂路ついたり、一も金銀二も金銀と申して、金銀で無けら世が治らん。人民は生命が保てん様に、取違いたしたり、人の国で在ろうが、人の物で在ろうが、隙間さえありたら略取ことを考へたり、学さえ在りたら、世界は自由自在になる様に思ふて、畜生の国の学に深はまりいたしたり、女と見れば何人でも手に懸け、妾や足懸を沢山に抱えて、開けた人民の行り方と考へたり、耻も畏れも知らぬ斗りか、他人は何んな難儀をいたして居りても、見て見ん振りをいたして、我身さえ都合が善ければ宜いと申して、日本魂の種を、外国へ引抜れて了ふて、徴兵を免れやうとして、神や仏事に願をかける人民、多数に出来て、国の事共一つも思はず、外国に国を奪れても、別に何とも思はず、心配もいたさぬ腰抜人民や、蛆虫ばかりで、此先は何ふして世が立ちて行くと思ふて居るか、判らんと申しても余りであるぞよ。病神が其所等一面に覇を利かして、人民を残らず苦しめやうと企みて、人民のすきまをねらい詰て居りても、神に縋りて助かる事も知らずに、外国から渡りて来た悪神の教へた、毒には成っても、薬には成らぬヤクザものに、沢山の金を出して、長命の出来る身体を、ワヤに為られて居りても、夢にも悟らん馬鹿な人民斗りで、日本魂の人民は、指で数へる程よか無いとこまで、世が曇りて来て居りても、何うも此うも、能ういたさん様に成りて居るくせに、弱肉強食の世の行り方をいたして、是より外に結構な世の治方は無いと申して居るぞよ。日本の国の上に立て居りて、今迄けっこうに暮して居りて、天皇の御恩といふ事を知らずに、口先きばかり立派に申して居りても、サア今といふ所になりたら、元来利己主義の守護神であるから、チリヂリバラバラに、迯げて了ふもの斗りが出て来るぞよ。夫れで神が永らく苦労致して、一人なりと人民を改心さして、日本魂を拵らへて、世の立替の間に合したいのであれど、今の日本の人民は、サッパリ四ツ足の精神に化りて居るから、何程結構な事を申して知らしてやりても、今の今まで改心を能う致さんやうに曇り切りて了ふたから、神もモウ声を揚げて、手を切らな仕様は無いが、是丈け神が気を付けるのに、聞かずにをいて、跡で不足は申して下さるなよ。神はモウ一限に致すぞよ。 外国は獣の霊魂に為りて在るから、悪が強いから、心からの誠といふ事が無きやうになりて、人の国まで弱いと見たら、無理に取って了ふて、取られた国の人民は、在るに在られん目に遇はされても、何も言ふ事は出来ず。仝じ神の子で在り乍ら、余り非道い施政で、畜生よりもモ一つ惨いから、神が今度は出て、世界の苦しむ人民を助けて、世界中を桝掛曳きならすのであるぞよ。外国人は段々世が迫りて来て、食物に困るやうになりたら、日本の人民を餌食に致してでも、トコトン行り抜くといふ深い仕組を致して、日本の国を取うといたして、永らくの仕組をして居るから、日本の人民は、余程確りと腹帯を締めて居らんと、末代取戻しの成らん事が出来して、天地の神々様へ申訳の無き事になるから、艮の金神が三千年余りて、世に落ちて居りて、蔭から世界を潰さんやうに、辛い行をいたして、経綸をいたしたので、モウ水も漏さんやうに致してあるなれど、神は其儘では何も出来んから、因縁ある身魂を引きよして、懸りて此世の守護をいたすのであるから、中々大事業であれど、時節参りて、変性男子と変性女子との身魂が、揃ふて守護が在り出したから、いろは四十八文字の霊魂を、世界の大本、綾部の竜宮館にボツボツと引き寄して、神がそれぞれ御用を申し付けるから、素直に聞いて下さる人民が揃ふたら、三千年余りての仕組が一度に実現て来て、一同に開く梅の花、万古末代萎れぬ花が咲いて、三千世界は勇んで暮す神国になるぞよ。日本の人民の天からの御用は、三千世界を治め神の王の手足となりて、我身を捨てて、神皇の御用をいたさなならぬ国であるから、外国には従はれぬ、尊い国であるのに、今の日本の人民は、皆大きな取違いをいたして居るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治32年旧7月1日 | 明治三十二年旧七月一日 龍門の宝を艮の金神が御預り申すぞよ。龍門には宝は何程でも貯えてあるぞよ。世の立替済みて立直しの段になりたら、間に合ふ宝であるぞよ。昔から此乱れた世が来るから、隠して在りたのじゃぞよ。神代が近よりたから、無限の金を堀出して、世界を助けるぞよ。御安心なされ。艮金神大国常立尊が、神功皇后殿と出て参る時節が近よりたぞよ。此事が天晴れ表に現はれると、世界一度に動くぞよ。モウ水も漏さぬ経綸が致して在るぞよ。明いた口が塞がらぬ、牛糞が天下を取るぞよ。珍らしい事が出来るぞよ。アンナものがコンナものに成りたと、世界の人民に改心致させる仕組であるから、チト大事業で在れども、上十いたさして、天地の大神へ御目に掛けるから、艮の金神はカラ天竺までも鼻が届くぞよ。この仕組は永らく世に落ちて居りての、艮の金神の経綸であるから神々にも御存知の無い事が在るから、人民は実地が出て来る迄にヨウ承知を致さんぞよ。是でも解て見てやるぞよ。今度の二度目の世の立替立直しは、因縁の在る身魂でないと御用には使はんぞよ。神の御役に立るのは水晶魂の選抜ばかり、神が綱をかけて御用を致さすのであるから、今迄世に出て居れた守護神は、思いが大分違ふぞよ。是も時節であるぞよ。時節には何も敵はんぞよ。上下に復るぞよ。 艮の金神大国常立命の三千年の経綸は、根本の世の立替立直しであるから、日本へ上りて居る四ツ足の、悪の霊魂を往生さして、万古末代善一つの世に致すのであるから、日の本に只の一輪咲いた誠の梅の花の仕組で、兄の花咲哉姫の霊魂の御加護で、彦火々出見の命とが、守護を遊ばす時節が参りたから、モウ大丈夫であるぞよ。梅で開いて松で治める、竹は外国の守護であるぞよ。此の経綸を間違はしたら、モウ此の先はどうしても、世は立ちては行かんから、神が執念深う気を付けて置くぞよ。明治二十八年から、三体の大神が地へ降りて御守護遊ばすと、世界は一度に夜が明けるから、三人の霊魂を神が使ふて、三人世の元と致して、珍らしき事を致さすぞよ。いろは四十八文字で、世を新つに致すぞよ。此中に居る肝心の人に、神の経綸が解りて来て、改心が出来たら世界に撤配りてある霊魂を、此大本へ引寄して、神の御用を致さすから、左程骨を折らいでも経綸は上十いたすから、何事も、神の申す様に為て居りて下されよ。今度の事は智慧や学では到底不可んから、神の申す事を素直に聞いて下さる身魂でないと、神界の御用には使はんぞよ。此の大本は外の教会のやうに、人を多勢寄せて、それで結構と申すやうな所でないから、人を引張りには行て下さるなよ。因縁ある身魂を神が引寄して、夫れ夫れに御用を申し付けるのであるぞよ。大本の経綸は病気直しで無いぞよ。神から頂いた結構な身魂を、外国の悪の霊魂に汚されて了ふて、肉体まで病魔の容器になりて、元の大神に大変な不孝を掛けて居る人民が、病神に憑れて居るのであるから、素の日本魂に捻ぢ直して、チットでも霊魂が光り出したら、病神は恐がりて迯げて了ふぞよ。此の大本は、医者や按摩の真似は為さんぞよ。取次ぎの中には、此の結構な三千世界の経綸を、取違い致して、病直しに無茶苦茶に骨を折りて、肝腎の神の教を忘れて居る取次が多数在るが、今迄は神は見て見ん振を致して来たが、モウ天から何彼の時節が参りて来たから、今迄の様な事はさしては置んから、各自に心得て下されよ。是程事を分けて申す、神の言葉を反古に致したら、止むを得ず気の毒でも、天の規則に照して戒めを致すぞよ。今の神の取次ぎは誠と云ふ事がチットも無いから、我の目的斗り致して、神を松魚節にいたして、却て神の名を汚して居る、天の罪人になりて居るぞよ。大本の取次する人民は其覚悟で居らんと、世界から出て来だすから、耻かしくなりて、大本へは早速に寄せて貰えん事が出来いたすから、永らく神が出口に気を付けさしたぞよ。モウ改心の間が無いぞよ。神はチットも困らねど、取次が可愛想なから。 艮金神が表になると、一番に芸妓娼妓を平らげるぞよ。バクチも打たさんぞよ。家の戸締りも為いでもよき様に致して、人民を穏かに致さして、喧嘩も戦争も無き結構な神世に致して、天地の神々様へ御目に掛て、末代続かす松の世といたすぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治32年旧9月19日 | 明治三十二年旧九月十九日 艮の金神の筆先出口直に書すぞよ。今は此の大本の中も静にあれども、是は神界の都合の在ることじゃぞよ。上田海潮の修行が出来て帰りたなれば何事も一度に忙しくなるぞよ。皆心からの準備を致しておかんと何も出来んやうになるぞよ。追々と外地からも出て来るぞよ。修行者も漸々と、沢山集りて来るぞよ。神は何事も都合に致して居れども、人民と云ふものは脚下へ火が燃えて来るまで知らんから、神が誠に骨が折れるぞよ。日本は神国で在るから、其の行いさえ致して居れば能く治まる結構な国であれども、外国の真似斗り致して、物質万能主義が盛えて神国の威勢が墜ちて段々と曇る斗りで、斯の清い尊とい神国の神民が鬼と蛇四ツ足の精神になりて居るから、三十年の間に世を改正る経綸を致して居れども、余り曇り様が甚いから、神の仕組が後れようも知れんぞよ。一日でも立替が後れただけは世界の人民が永く苦むから、神が総出をいたして可成速く人民を助けるぞよ。今の世界の人民は体主霊従の行り方に染まり切りて居るから、何程神が、世界の守護神人民に気を附けて与りても、誠にいたさずチットも改心が出来ぬから、斯の上は何事が出来致しても各自の心を恨めるより仕様は無いぞよ。何程神が一心になりて守護神人民に説いて聞かしても、説聞かす程悪るく取りて却って神を罵る斗りで在るから、経綸を替てでも世界の大望から始めようより道がないぞよ。この大望が初りたら何程疑念の強い人民でも悪の強い守護神でも往生いたして神の前に手を合すなれど、某所へ成りてからの俄信心は役に立たんぞよ。 其所へなりたら外国も日本の国を一呑に致して居りたのが、日本は何んと云ふ結構な、神力の強い国で在ったと申して、改心いたして神国へ従がふて来るぞよ。是が日本の固有の神力であるぞよ。外国の守護神でも悪の身魂の人民でも、神の神力には叶はんぞよ。良き目覚しもあるぞよ。苦き目覚しもあるぞよ。今度は神徳と学との力競べであるぞよ。日本の国は余り学が有り過ぎると、却って誠の神カを失ふて、何事も真実の道理が判らんやうに成るぞよ。神力が強いか学力が豪いか、今度は別けて見せるぞよ。日本の国は仮字だけの意義が分りたら、世界一切の言霊が明らかに成るから、今の外国の学は間に合はんぞよ。今度綾部の霊学で何彼の事を解けて、外国の教を帰順させるぞよ。三千年かかりて仕組いたした事が、天の大神様の御目に留りて、大変に御歓こび遊ばして、是から三千世界を構はして貰ふやうに成りたぞよ。艮の金神も善の道一方では在れども、誓へ善にもせよ我を出して、頑固張りて押込められたのを、発根から悪かりたと改心致したので、天の祖神様も御歓こび遊ばして、昔からの一切の事を御許容になりて、其上に三千世界の守護を任命られる様に成りたので在るから、人民も同じこと頑張ると善の事でも却って成就いたさんから、艮の金神を良い鏡に致して、一人坊師に成らんやうに心得んと、何程力のある人民でも、相手に致して呉れるものが無かりたら、何一つ成就いたさんぞよ。悪と思ふ事は猶更に心得て立直さねば、斯世には居れん事に、是からの神代は変りて了ふぞよ。今まで何も知らずに神の事を悪く申して、反対いたして居りた者は気の毒なものじゃぞよ。一日も早く改心いたして下され、改心ほど結構は無いぞよ。今では言ふて聞かせる程世界の人民が悪るく取るから、今の内は神の事は何も言はずに置いて下されよ。何事も神から分けて見せるぞよ。人は一代名は末代と申すが、人民は一代限りでは無いぞよ。生き代り死に代り何度も此世へ生れて来るので在るから、今の内に神の行為いたしたものは、又た次の世には結構な身魂と生れるので在るから、今度の二度目の世の立直しの、神界の御用を勤め上げた人民は、万劫末代の花が咲くぞよ。その元で在るからチットは心配も在るぞよ。世の改正で在るから、世に出て居れる神様にも分らん経綸が致してあるから、人民が知りさうな事は無いぞよ。昔の昔の去る昔からの神の因縁が分る時節に成りたので在れども、余りの大きな神業で在るから、皆の神も見当が取れんのであるぞよ。今の世に出て居れる神にも、分らんやうな大望な仕組であるから、人民には解らんのも無理はないから、色々と申して心配を致せども、先は結構な事になるから、御用聞いて下されよ。苦労致した丈の報いは神から在るぞよ。神憑も修行の為にチットは心配を致して居れども、世界の絶命に成りたらば、神が各自の御魂相当の御用に使ふから、成るだけの修行を致して置くが良いぞよ。斯神は使い棄しには致さんぞよ。苦労いたした丈の報いは在るぞよ。世界には大○がはじまるから、神は烈しくなるぞよ。外国には大分厳しき見示が在るぞよ。日本も一旦は、上下の人民の顔が青くなる所迄行くぞよ。其所で真の祖神に敵対て居る者と、信心いたして居るものとが分るぞよ。今の時節は自分さへ好けら好い時節であるが、自己の事を後へ廻はしてをいて他人を助ける人民でありたなれば、其誠の者は神が見て居るから、今は悔しき事もあり、気苦労をさして、神は気の毒に思へども、爰をモウ一つ世話を致して下さらんと、モチトの所が誠が無き故に、ドウゾ暫くの辛抱を致して下されよ。誠のものを引寄して出口にも安心さすぞよ。苦労なしには誠の結構は出て来んぞよ。世界へ善と悪との鏡を出す大本で在るぞよ。今迄は日本だけの事で在りたが、是からは三千世界の鏡に成る大本と致すぞよ。世界の人民を助けたさの、永らくの苦労を致して居るのを、推量する人民で無いと、誠の神徳は貰えんぞよ。余り出口に永い苦労を致さしたから、モウ苦労をさせずに置きたいと思ふたなれど、今の所は堪りて下さらんと、此の大本の土台が固まらんぞよ。此の大本は人民の自由に出来ん所であるぞよ。神の経綸で行く大本であるから、人民が何程あせりても埒が明んぞよ。今は色々と分らんから取次が反対いたせども、此の事が解りて来たら吃驚いたすぞよ。今の人民が心が曇りて居るから、斯の結構な事を悪きこと致して居るやうに、皆の者が申すであれども、是でも実地が判りて来たら、三千世界に無い結構な事になるから、我も私もと申して争ふて集りて来るぞよ。此の大本の中に在りた事件は皆神からの事であるから、弥々と成る迄は誰にも分らんぞよ。神の心と人民の心とは大変に違ふから、此の世を水晶に致すには余程骨が折れるぞよ。是でも先に成りたら今迄に悪く申して居りた者が頭を下げ、尾を振りて謝罪に来ねば行けんやうに成るぞよ。此の大本で致した事は皆神の守護で在るぞよ。世に落ちて居りた神も世に出て居りた神様も、今までの様な行状では行けませんぞへと、申した事が在ろうがな、其事が出て来たので在るから、何の神様も是からは我一と手柄を致して、結構な守り神に祭りて貰ふのを嬉しさに御活動になるぞよ。人民も身魂を研いて手柄を致してくだされよ。善き神は日本の神国に鎮め祭るぞよ。唐天竺も其外の国も皆神国に致して、手柄だけの御祭りを致すぞよ。人民も手柄次第で万劫末代神に祭るやうに致すぞよ。是が誠の神国であるぞよ。斯世に成れば天地の間に居るものは、改心さへ出来たなれば、皆良く結構に致して与るぞよ。改心出来んとツツボに成るぞよ。世の境で、誠に辛き所じゃぞよ。何程つらくとも暫時の間で在るから、是を凌がねば誠が出て来んぞよ。此の大変動が治まりたなら、世界を桝掛曳いた如くに致すぞよ。それを楽みにして皆のもの、神界の御用を勤て下されよ。艮の金神は悪神で在りたか、善心な神で在りたかと申すことが、明白に判りて来るぞよ。今の内は世間から、力一杯悪るく言れておくぞよ。艮の金神の道は今の悪の行り方いたす人民からは悪く申すが、モウ暫くの間で在るぞよ。悪く言はれな斯の大望は到底成就いたさんから、悪く言はれる程此の金神の大本は好く成りてくるぞよ。何程初発は良く言はれても後で悪いのは役に立たんぞよ。余り良く世間から申すと、色々の欲な人民が出て来て、神の経綸の邪魔を致すから、此の大望成就する迄は、悪く申されるのが結構であるから、何んと言はれても気に支えては成らんぞよ。深い経綸で在るから、今の人民が見て賞めるやうな事では、何事も奥が浅いから、成就いたさんから、態とに分らんやうに致して在るぞよ。是でも誠の御方が御出でになりたら、皆が吃驚いたして改心するやうに成るなれど、今の内にチット位は分る身魂で無いと、肝心の御用には使はんぞよ。細工は流々仕上げを見て貰はんと分らんぞよ。斯んな仕組が今の人民に、誰にも分るといふ事は無いから、此の艮の金神の元へ立寄る人民には素直に致して、只神の申すやうに違へずに致して居りたら、其れで良いので在るから、利巧や我を出さぬやうに致すが結構であるぞよ。肝心の時には夫れ夫れ因縁の身魂を大本へ引よして、御用を仰せ付けるから、何事も思ふたよりは楽に御用が出来るから、今は成ろうやうに致して居りて下されよ。神にもたれて居りたら、何事ありても別条は無いから、安心致して御用なされよ。神の申す事は、一分一厘間違いは無いぞよ。珍らしきことが出来るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治33年旧8月11日 | 明治三十三年旧八月十一日 此筆先は毛筋も違はん事を書して置くぞよ。書した事は皆実現来るぞよ。綾部の大本は外の教会とは違ふから、誰にも解らん経綸がしてあるから、我目的を立に来たとても底の分らん経綸が致して在るから、実地の事はモチト先にならんと申さんぞよ。今申すと却りて悪き事があるから、微躯利とも出来んやうに致して在るぞよ。目的を立に来てはスコタン喰ふて去ぬものまだまだ出来るぞよ。何も先に書してをくぞよ。綾部の化ケ物、狂人を見て来てやろうと、嬲り心で来るものもあるぞよ。また誠を聞きに来るものも在るぞよ。其の仕組じゃぞよ。上田は阿房に化りて居ざれよ、面白い事が出来るぞよ。足立が良い言触れじゃが、是でも役員見て居ざれ、細工は仕上げを見て貰はんと善し悪しは解らんぞよ。人の口車に乗るとスコタンに転覆ぞよ。艱難苦労して誠を尽して居りた人民には今度はチト良い神徳を授けるなれど、腹のドン底迄も見抜かんと誠の事は申さんぞよ。それで斯大本は難ケ敷のじゃぞよ。今の人民は近慾なから、何程誠の事を申しても、今ではまだ誠に致さんから、実地の事は言はれず、言はんから解らんなり、誠を今申しても誠の人が無いから取違い計りが出来るなり、困ったものなれど、モウ暫くの行であるから上田どのは辛抱して勤めて下され。神と出口直の苦労いたした事を思ふたら未だ楽なものじゃぞよ。世界が余程混雑になって来んと綾部の思わくは立たんぞよ。今の内は、成るやうに為ておりて下され。大望済みたとても却々世の立替であるから、好き事計りを待ちて居りても、余程心の洗濯を致して居らんと、間違いの出来る人が大分あるぞよ。我身魂次第で、今度はドンナ事でも出来るなれど、誤解があると却って気の毒な事になりて来るぞよ。神の位格が出来るやうに成りたら、皆結構にして、誠の人から神が御礼を申すぞよ。今は判らんので皆が色々と心配を致して居れども、何事も違いは無いぞよ。斯の仕組を今申しても人民では能う解けんから、出口には筆先かかし、上田には霊学で解けさすなり、実地の事は未だ見せられん事もあるぞよ。腸底まで見貫かんと実地の筆先は見せんが可いぞよ。是は出口と上田の心中で中々実地はまだまだ見せられんぞよ。先楽しみじゃぞよ。遠国から甘い言を申して来ても、上田は今の内は実地の事を申すで無いぞよ。真正の経綸は未だまだ人には言はれんぞよ。この経綸因縁が判らんから、広まる程一旦は我の目的を立てに参るなれど、身魂に因縁が無くては斯御用は出来んぞよ。いろいろと変るから、外の教会でも却々六ケしいから、況して綾部は三千世界の大本にコンナ処がなる経綸であるから、チット気苦労もあれども、此の事が天晴世界へ判りて来たら世界を一つに丸める本じゃに由って、春一どのも今の内に行状を替へなされ、今の精神の持方では気の毒があるぞよ。今迄の神の教会は結構な所のやうに在るが、何を申しても暗雲の世の中の仕組であるから、暁の鳥となりて来たら、汚なうて眼を明けて見られんぞよ。夜分に致した事は、碌な事は出来よまいがな。神の心もチットは推量して下され。それに就いては、役員誠の世話掛り御苦労なれど、誰にも今では世話が為せられんから、ドウゾ暫くの所を成ろう様に致して居りて下されよ。是だけに誠の人は骨を折って心配を致し、布教者は喉から血の出るやうな気苦労を致して人を助ける為に、人の頼まん事に世界の事を思ふのも、皆昔から身魂に深い因縁あるゆへじゃから、モウ暫くの所を忍耐て下され、神が判けて見せるぞよ。是も時節が参りたのじゃぞよ。[*#087から096は、#099から107と同じ文章だったため削除した。神霊界誌第63号と翌64号に分けて掲載されたため、重複したと思われる。第63号では#096まで。第64号は#099から。] 艮の金神の大本は、三千世界の大洗濯を致す尊い所であるから、何程金銀を積んでも、身魂に因縁無くては出来ん世話であるぞよ。然る代りには此事が成就致したら、世界は結構に成りて万古末代名の残る御用であるぞよ。名の残ると云ふ事は、是までの何の道でも道を開くのは一寸やソツトでは成就いたさねど、艮の金神は昔から隠れて何も彼もに成りて来た御蔭で、出口を咽喉から血の出る憂目に合したなれど、其次の御世嗣は又楽なぞよ。それでも余り楽とは思ふまいがな。因縁の身魂は皆茲へ引よして大望な御用が命してあるが、出口直の苦労はまた格別じゃぞよ。今度は苦労の為終い、モウ段々と此のさきは能くなる斗りであるぞよ。外の教会は病を癒して人を一人でも沢山集せたり、立派な教会を建て拡めさえ為たら可いので在れども、艮の金神の大本はソンナ教会とは天地の相違であるから、百鳥も雀も一所には寄せんぞよ。今度の二度目の天の岩戸開きに間に合ふ因縁の身魂ばかりを引寄せて、昔からの経綸を成就いたさす三千世界の大本で在るから、今迄の教会の様に思ふて居りたら薩張り慮見が違うぞよ。天理、金光、黒住、妙霊、皆な此大望が在る故に神から先に出したのであれども、後の取次は神の心が解らんから、皆教会に致して了ふて、神の思わくは一とつも立ず、口糊の種に神をいたして、我が神の真似ばかりを致して、日本の神の名を悪るく致して居るが、是が皆四ツ足の守護であるぞよ。教会の布教師よりも平の信者の方に誠があるぞよ。今の取次ぎ是で可いと思ふて居るから、誠の生神の申す事は、チットも耳え這入らんぞよ。誠の神が表へ天晴現はれると、今迄の、神を松魚節にいたして居りた教会の取次は、日に増しに辛くなりて来て、ヂリヂリ舞いを致さなならん事が出来するから、日々気を附けて遣りても守護神に邪魔しられて聞入れんぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治34年旧2月24日 | 明治三十四年旧二月二十四日 艮の金神国武彦命と現はれて出口の手で書き置くぞよ。艮の金神が現れると、二度目の世の立替の守護に掛るから、今が大事の性念場で、世界の事を何も皆出口に書して置くぞよ。役員は皆揃ふて今迄の見苦しき心を棄てて、和合致して、世界の掃除の本の威勢を出して下されよ。此大本は実地の元源の神が集りて守護致す所であるから、見苦しい者は御用させぬ様に厳しく成るぞよ。今度世の立替に付て大本での修業は、身魂の調査改善を致すので在るから、余程何彼の事を心得て、清らかに為て貰いたいぞよ。軽い神が来たがりて、軽い神が這入りて来たら、此の中騒がしきぞよ。余程心を沈着て修業を致さんと、是迄の修業の様に思ふて居ると、慮見が違ふぞよ。世界が迫りて来るから、放縦な事では行かぬ、モチト激しい修業を致さんと、今がエライ様な事では、世の立替始めたら御用が出来んぞよ。苦労無しには神国の威勢が出んから、上は神の大将、人民では役員、皆夫れぞれ御苦労で在るぞよ。信者も誠を見習ふて、世界を日本魂に為て了はねば成らぬから、アダな事では出来ぬから、身魂を騰用ぞよ。今迄は神はドレ位なものと言ふ事が判りて居らなんだから、守護神にも人民にも、世界の元を創造へた、元の神の思ひと言ふ事を察して居るもの無かろうがな。世の立替に付いて先走りに、外の教会が造りて在るのじゃが、夫れでも此の大本の教は外に無かろうがな。一番尊とい所が、一番粗末な事に致して在るのだが、此の由来が判りて来たら、世界のものは頭をかいて、後へ退りて居らんならんぞよ。化物怖いと申す誓へは、今度の事ぞよ。此の大本の化物は、三千世界の大化物で在るから、スックリ現はれて見せたら、如何なものでも改心致すぞよ。ナガイ化物で在るから、世界に応じて現はれるぞよ。今の人民、上からは立派なが、憑いて居る守護神が悪いぞよ。ドンナ偉い人間でも、此の綾部の大橋を渡りて来んと、実地の事が解らんので、悪く言ふて居りても、頭を下げて来ねば成らん様に成るぞよ。余程神徳の在る者で無いと、綾部の大本は取り違いを致すぞよ。磨けん身魂はテンで判りかけが致さん、昔から無い事を致すので在るから、艮の金神が三千年界に落ちて仕組致した事、早速には人民からは。見当の取れん経綸で在るぞよ。人民界で何程エラウても、此の神の御道は、始の一から仕直して貰はねば成らんから、いろはの勉強は辛いから、皆我を出して、ナカナカ神徳の貰る身魂は少ないぞよ。今の人民、神界の持て余しものじゃ。助けて与ろうと思ふて、誠を言ふて与ると逆に取りて、夫れだけ身魂が余計に曇りて、我が手に苦しみを致すぞよ。艮の金神を悪神と為て、丑寅へ押込なされたが、此の方が悪で在りたか、押込めた方が悪で在りたかは今度判るぞえ。永い惜しい残念の凝りが開けば、世界には珍らしき不思議を為て見せるなれど、神の威勢は、大本の役員の行ひして下さらぬと、天晴れ出す事は六ケ敷いぞよ。朝夕の神への御礼拝から規律を付けて、行儀能く何彼にを為て[*「何彼にを為て」は底本通り。]貰ぬと、世の立替といふ様な、人民力では出来ぬ大望な事が差し来りて居るのに、勝手仕放題には為て貰へん、是から大本は何彼の事が厳しくなるぞよ。信心なき人はドシドシ取り掃ひに致して、此の中は誠一つに固めて了はねば、何時までも神の仕組が成就致さぬぞよ。此ンな大望有りては世界の人民が気の毒が出来るなり、無ければ世はヒシと行けんなり、神も苦労を致すぞよ。表面は洗えば垢も落ちるなれど、腹の中の掃除が面倒いぞよ。教を致す肝腎の人から掃除を致さな成らんぞよ。皆我が目的斗り、水晶の世に致さうとは余程無理な事なれど、夫れじゃと申して、此の儘で棄て置いたれば、十年先に成りたら、日本魂の種が無く成りて、世界は一様に難渋な事に成り、日本の国は四ツ足の良い遊び所と為りて、神が此の世の守護の出来んやうに成りて了ふから、日本の人民に早く日本魂に立帰りて下されと、急き込むので在るぞよ。九分九厘で悪神の仕組は平げねば成らぬから、夫れは此の大本より外には世界中に無いので在るから其の覚悟で皆の立寄る誠の人よ、御用を致して下されよ。此の世は強い者勝ちには致されぬ従ふ処へは従ふて来ねば、何程高い神でも覇のきいた守護神でも、是からは行けん事に世が変るぞよ。今迄世が乱れて皆の守護神がまぜこぜに天の規則が潰れて居りたから、此の変り目に不足を申す判らん守護神が八分有るなれど、ソンナ事にかかりて居りたら、此世が潰れて了ふぞよ。我欲目的ありて大本にうろついて居りたらドエライ恥晒しに成るぞよ。余程魂を磨いて、世界の大本は、男も女も胴をすえて居らんと、身ぶるいする様な事が世界からでて来るぞよ。其の時に楽に御用の出来るやうに、何彼の事を心得て居りて下され、神に不足は言へんので在るから、他では判からん結構なことの判る大本へ出て来て、陽気信心致して居りては、天地へ御無礼が出来るぞよ。世界中の身魂の審査致して洗濯を致す、地の高天原へ出て来て、今迄の様な信心では功果は無いぞよ。皆行ひを変へて下されよ。今迄は目の前の事も判らん暗雲の世で在りて、我の事が我に判らなんだから、行ひを変えいと申しても、見当が取れなんだなれど、其れは神から出口に筆先で気を付けさすから、其の通りに致さんと、神からは見放され、世界からは嘲笑れ、身の置き所も無い様に成るぞよ。世界から教られる様な事では示しが出来んぞよ。身魂さえ筆先通りに磨いて下さりたら、世界の事が見え透いて、発根と改心が出来るなれど、神さまでも他の神様御存知無き様な仕組で在るから、智慧や利口で行ろうと思ふたらスコタンに成るぞよ。機の仕組に致して在りて、今迄は縦の御用が骨が折れたなれど、この先は横の御用が繁多なるぞよ。そうなりたら物が早く判るぞよ。此の事は出来上らんと判らんなれど、心配は為て貰はいでも、欲に離れて成ろう様に為て居りたら良いのじゃ。役員は多勢無くても心を揃へて胴をすえて居りたら神が致すぞよ。けれども気ゆるしは為て貰へんぞよ。昔の剣今の菜刀、上ばかり良くても真からの光りで無いと、世は永うは続かん、皆思ひが薩張り間違ふて居るぞよ。此の大本の行は、食物を大切にまつべて、家の内をキチンと清らかに致すが一の行じゃ。ずんだらな事は神は嫌ふぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治36年閏5月23日 | 明治三十六年閏五月二十三日 日本の国は日本で建てて、外国とは立別けて在りたなれど、世が乱れて来て、世の末と成りて、六茶苦茶に成りて了ふた世を、此の世を創造た元の実地の艮の金神が、此の世を潰ぬ為に、変性男子、変性女子の身魂を造らへて、世界には大きな水も漏さん仕組が為て在りての、二度目の世の立替で在るから、ナカナカ大事業なれど、地固めが出来たら成るのも早いから、日本の人民に一人でも多く、早う日本魂の生粋に復帰らねば成らぬぞよ。此の大本は、世の始まりの世界の大本と申すのは、艮の金神が世を持つ教を致して、神代に間に合ふ日本魂を造る、純真純美の光明彩筆の世の始まりで在るから、此中へ立寄る人よ、其の心得で修行を致して下さらんと、真正の御蔭は判らぬぞよ。役員は皆其の心得で、御用を勤めて下されよ。 日本と外国との大戦ひが此の綾部の大本の中に、縮図が為て見せて在るが、神力は日本なり学力は外国、一分と九分との艮めの大決戦で在るから、余程日本魂を練りて、胴を据へて居らねば成らんぞよ。負けたら従ふて与るし、勝ちたら従はして末代の世を天下泰平に治めるぞよ。魯国から始まりて、世界の大戦に成ると云ふ事が、明治二十八年の十一月に、出口手で書かして在るが、時節が迫々と出て来て、疑ひの雲が晴れ行くやうに成りたぞよ。永い間の大きな経綸であるから。申した事に遅し速しは在る事も在るなれど、一度申した事は何も違はん、其の通りが出て来るのじゃぞよ。 此の世に類無き落ぶれ者の出口直に、昔から未だ無い結構な事が命して在りて、口と手とで世界の事を知らしても、真実に今の人民は致さんから、此の中に実地が為て見せて在れども、判らねば判るやうにして見せて与るぞよ。疑ひの雲も晴行きて、何処から破裂致すやら、ヲドスで無いが、三千世界の幽顕の建替と云ふ様な大規模の神業を為て居りて、是だけ世界から実地が現出て来るのに、改心も致さずに、今に疑ふて居る人民、地部下にならんやうに致されよ。疑ふも際限が在るぞよ。此の世でさえも一ト切りに成りて、世の立替と云ふ様な大神模な経綸を致す大本で在るから、疑ふ様な小さい肝魂を持ちて居りて、神の聖慮も汲み取れんやうな人民は、今度は真正の御神徳もやう得らんから、天地の御用は間に合はんから。省かれるより仕様は無いぞよ。器量が小さいと、自己の損じゃと申して気が附けて在るぞよ。 今度綾部に咲くハナは、昔から未だ此の世始まりてから、類例の無い事のハナが咲くので在るから、其の大本で在るから、世が放漫的開化て汚濁切た今の世の中に、末代萎れん結構な花の咲く基礎工事の御用は、苦労艱難の凝結の花が咲く御用で在るから、軽挙妄動有りては出来んぞよ。 世が変りて、梅と松との世に成るぞよ。梅は寒候に向へば花の準備致す、花の中では一番苦労が永がいなれど、節操正しく良い実を結ぶなり、大本のハナは苦労の凝結で咲くので在るから、梅に譬へて在るぞよ。松は変らん昔から一すじの金院無欠至霊心、此の心に日本の人民よ、皆が揃ふて成りて来んと、今度の日本と外国との戦ひは、彼我も人民では見当の取れん、大きな仕組が出来て居るから、外国の方が良いと思ふ様な、真政理解の無い日本の人民は、仕様無くば外国へ服順と云ふ者が八分も九分も有るが、今度の最後審判の瀬戸際で外国に服従ふた人民は、畜生道へ堕落て万劫末代モウ日本の神国へは帰る事は出来んぞよ。松も梅も皆今度の事の譬へ、心で汲取なされ。出口の筆先は書放題、其れが皆世界から出て来るのじゃぞよ。日本はいろは四十八文字で世界中が見え透くので在るから、荒振神共よ、改心致さな成らん世が参りたぞよ。世の刷新に霊魂の改善整理で在るから、改心せん身魂は自然淘汰から、不足は世界中に何処へも云ふて行く処は無いぞよ。 旅立ちの身風を書き置くぞよ。出口の旅立ちは、世を立替へる大本で在るから、薩張り現今流とは風相を変へる、何処へ行きても木綿着物に晒しの脚線、紙巻草履を穿きて参ると申して在るが、現代は余り世が贅沢て、物的欲望極致から、大本から末代の神政の行り方を創始て見せるぞよ。 鬼門の金神は悪神と世界の人民に言はれた神、悪神で在りたか、善を竭して此の天地を潰さぬ様に、悪に見せて善一つを立て貫きて来た事を、変性男子を顕はして、世界の人民に改心悦服絶対的帰順を為して、賦興安心立命す、綾部の大本は、善と悪との行り方を、世界の人民に見せて、末代の神政の手本を出して、人民に本然感知を致す大本で在るぞよ。悪の行り方は人がドンナ苦労を為てもドウでも良いなり、自我の思はくに行かんと四方八方当たりまくって、小言を申し立てて恨み合ひの行り方、善の行り方は我身を犠牲て人を助けるのが善の行り方で、善と悪との行り方は天地の違ひであるぞよ。此の世は善の行り方で無いと、悪ではテンと行当りて、途中で道が無くなりて、世が難渋な事に成るから、善の行り方の世へ持ち方を改めるぞよ。コンナ事を申すとよい狂気者じゃと申して、一層悪く申すなれど、辛い残念を隠忍りて行かねば成就らん誠の道で在るから、普通並製の身魂で在りたら、辛棒は出来んと申して、筆先に出して在るぞよ。三千世界の大狂者の真似で在るから、辛棒りて行けよ。此の方の行り方は、今では人民の心の通りに見えるぞよ。悪き心の人民には悪神に見るし、善き心の人民には是程善き神は先づは無いなれど、心の事が出来るぞよ。 此の世は是迄は四ツ足の守護で在りたから、腹心の中は腐りて居りても、容色飾りてドンナ罪科の金でも立派に使用ばエライ者じゃと鄭重に致すから、日本の人民が不真不実く堕落て、学と金とが此世の宝と申したが、世を変えて、此の先きは日本の国は、天立本然の日本に致して了ふから、直接の分霊分身は申すに及ばんなり、其の系統の身魂は天下泰平に世が治まりたら、夫れ夫れに御用を仰せ附けるから、本来が結構な天地の霊徳で在るから、日本の人民は天賦精霊を磨きて、心性の容れ変えを致したら、世界中が善くなるのじゃぞよ。 昔の神代が循環り来て、本来の神政へ帰復りて、昔の元へ何事も日本の行ひを復顕から、世界には大きな間違ひが出来て来て、思慮腹案の相異う人が多数に出来るが、是迄は悪が跳梁りた世で在りたなれど、善一つに平定て了ふて、悪は掃蕩げるぞよ。 神代に成ると近い遠いの懸隔は無いぞよ。水晶の真心の信念なら、千里を隔てた所でも利益は与るが、膝下にをりても、神に心の無き人民は構いはせんぞよ。心丈けの事より報酬は与らん此方じゃぞよ。 [#ここから下の文章は、「教祖御直筆」とあるように、艮の金神による大本神諭ではなく、出口ナオによる文章である。天声社の七巻本(第6巻8頁~)には収録されていない。] 出口教祖三千世界を開きます大神の御用致されし御経歴を少し誌し奉らん。原文は教祖御直筆なり。 ……………錮れては置かんと御指図ありて、四月の十五日(教祖出獄の御日)に成る迄に、大槻鹿造が牢の入口へ参りて「家(出口家)を売りて御前(教祖)に気楽に暮らさし度い」と申して、私のやうな者の言ふ事でも聞て下さり、「福知山の叔父様の言はるるやう、また伝吉(教祖第三男)の言ふ事も聞いて呉れたなら、御前(教祖)を牢から出して上げやう」と往生攻めに致したのだ。出口は家も何も要らん、牢から出さえしたら良いのであるよって鹿造の言ふ通り、夫れは良い法立てで在る故結構じゃから、御前の都合に為されと委して置いて、四月十五日に出して貰ふたのでありた。科なきものを牢へ入れて、四十日の間食物も食べずに居りたのも、皆神様からの事で在りました。余り苦酷から牢の中で死のうと思ふて見ても、何程死のうと思ふても、神がキッと憑いて居るから死なれせんぞと、艮の金神様が言ひなされて止めに致したが、死ぬも生きるも皆神様からの都合の事で在りますから、何事も神様にお委任申せば楽なもの、天竺へ行けと神様が言ひなされて、真実に行くのじゃと思ふて、神様や近所へ子供を頼みて置いて、天竺へ行かうと思ふて居りたら、裏の庭園の松の木の余程太い枝が折れてをりた、其の松に嘴が出来、羽翼が出来、大きな鳥に成りて、其の鳥を捕まへたら、何処やら行ったと思ふたら綺麗な室に来て居りて、見ると妙見様が大きな御厨子の中に這入りて居りなされて、又其の次の室へ行きたら、女神様が御ズシの中へ這入りなされて、其の前に七福神と兎が居りました。また向ひには福禄寿が立てりて居りなされた思ふたら、矢張り出口の宅で寝て居りたので在りた。其次に龍宮へ行けと言ひなされて、龍宮へ行ったと思ふたら、龍宮の眷属が梯子をさして大勢上りて来た事も見えました。 牢から出て西町(大槻鹿造宅)に二日居りて、八木へ行きたのだ。家も売り道具も売りて、路頭に立ちたなれど綺麗な新つの出口直に成りて、今に成りたら家を売りて下されたのが誠に結構だ。茲まで致さんと此の取り次ぎ(教祖)は出来んのじゃぞ。出口は方々で糸引きて、新つに衣類を造らへて、生れ赤子に成りたのじゃ。皆神が命して在る事ぞ。茲まで世に落して御用を命して居るぞよ。神と人民とは薩張心が反対で在るから、神の御用を聞くものは何か非凡ぞよ。人民は表面体を飾り、金の廻りが良いと誠に重宝がりて、落ぶれた者には言交ふと、汚れるやうに思ふ世の中、世が変るから反対に変るぞよ。 出口牢から出て、四月の十八日に八木へ参りたなれど、四十日牢へ這入りて居りたので、身体は柔弱う成りて、又一ト働き致さねば成らんから、ナカナカ辛い事で御座りました。その中に六月に成り、独言独語は言ふて居れども(教祖は神の霊憑りまして、常住座臥独言独語し玉ふが常なりきも)神様の御容姿は拝めず、頼り無き故、神様の御姿を見せて頂き度いと御願ひ申したら、モウ三十日待ちて呉れいと御指図が在りて、ソウする間に七月の六日の朝御体拝致せば、チット御話も無かりたなれど、達磨さんが金神様は二日間は御留守じゃと申しなされた。其頃は生き達磨じゃと申しなされて、何でも言ふて下さりたのじゃ。ソウする間に天え上りなされて、天で赤装束で明白に御姿を見せなされて、夫れからは夫れ切りで今に御言葉も無いなれど、仏事から神道へ立ち帰ると申しなされたのじゃぞよ。七月六日に天へ御上りなされて、七日の日の暮れに御礼致して居りたらお帰りなされて、天へ二日上りて、位を貰ふて来たのじゃと申しなされたが、夫れからまたお容姿が拝め出したのでありた。福島(八木の人、教祖の御女婿)が誠に結構な事と大事に致して、鄭重に致して下さりたが、亦大槻鹿造は出口の事チットも判らず、狂者待遇に致すので、鹿造の宅へ行くと荒立て鬼か蛇の様に成るなり、八木は金神と言ふ事が良く判りて居るから、誠に結構で在りた。久(教祖第三女)が時計が狂ふて、ドウしても掛りませんからお母さん御伺ひを為て下されと申したから、御伺ひ致したら、大槻鹿造の家に置てある刀と譬への書とを八木へ早う引取りて呉れんと、彼の家に置くと祟るから、一日も早く取寄せて呉れい。其の知らせで時計は狂はしてありたのじゃと、艮の金神様が御言葉ありた。その御言葉ある間に時計が掛りて、これはドウじゃ結構な事と、すぐ福島が手紙を書いて神様の御言葉を大槻鹿造の家へ与りたが聞かず、言伝してもおこさず、福島が大変怒りて居る間に、神様が純(二代様)を連れて、早う帰れと仰せなさる故に、八月の四日に純を連れて帰りましたら、神様御指図の通り、大槻鹿造は刀と譬への書とが祟りて、手が破傷風に成りて、夏中もて余したと、出口の家を売りた、出口の家の再建する金も喰ひ込て了ふたので在りた。此の神様は天でも自由に成さる神様故、時計位ひを掛けなさるのは安き事なれど、御姿も拝めずに伺ふ間に時計がかかるのは、人民からは余程不思議に御座ります。八木に居りた頃、明治二十六年の五月頃に、来春四月から唐(清)と日本との戦争が在ると御指図ありて、コンナ時節に戦争と言ふ様な事は無いと、皆が申して居りたなれど、違い無く戦争、明治二十七八年は大戦争、明治二十九年の大洪水も神様から聞いて居りましたから、福知山の青木さんに、今年は大暴風雨が在りますげなと、明治二十九年の春申して置いたが、えあり大暴れが在りました。明治二十五年に綾部近所がミヤコに成ると、十三日食物をも食べずに叫めいて、昼夜世界の事を言ふて居りました。言ふて在ること皆出て来るぞえ。明治二十六年にカラえ行て呉れいと言ひなされたので在るから、種まきて苗が立ちたら出て行くぞよ。刈込みに成りたら手柄を為せて本へ返すそよと御神示が出たので、苗が立ちた時分にう、唐へ行くので在ろうと思ふて居りたら、明治二十七年の五月の八日に、カラに行って呉れいと御指図ありたから、ハイ参りますと承知致し、ほのぼのと出て行けぞ心淋しく思ふなよ、力に成る人は用意して有ると、又御神示に出た故、一人で出て行きたら、誰そ外国へ連れて行って呉れるものが有るじゃろうと思ふて、用意を致して居りたら、都倉の吉九郎の家内トキと申すものが、御前の御供なら天竺までも着いて行くと申して、御願ひ致したなれど、都合が在りて出口は五月八日立ちにて先きに行って居るなり、トキの来るのが遅いから、子が有りて出難いなれば、子は八木に預かりて置くから、早う御出でと手紙与りたが、余り来るのが遅いので、二三十日待ちて居りた。モウ六月に成り、六月七日には明八日に立てとの神言ありたから、一人行きたら誰ぞ連れて行きて呉れるものあるじゃらうと思ふて八日に八木を出て、亀岡の大橋銀次郎の宅へ一寸寄りまして、私は外国へ行くので御座います、天理王様へ御筆先が与りて有りますから、大和へ参りて其の先きは唐へ行くので在りますと言へば、いづれは行く様に成るが、御前さんが歩いて行かいでも良いのじゃ。大和へも此の暑いに行かいでも良い。綾部へ帰りて人助けなりと為なされ。人が助かるかと申す故、四十人ほど助かりて居りますと申せば、それなら後へ返りて助けなされといふのを聞かずと、王子へ行きて居りたら、都倉のおときどの参りたから、御伺ひ致せば、一時も早く行て呉れいとの御神示が有りて、其の翌朝京都まで行きて、天理王の先生の宅へ宿まりて居りたら、出口の用済みてから、教会まで行って貰い度いと、承りて、河原町の教会へ行きたら、先生が七人居りて、出口の筆先を見せいと申して、奥室へ持って入りて見たれば、天理王のおみきさんの筆先と似て居る事で御座いますと、出て来て申す故、左様かコンナ事が書けたので御座いますに。」「神様に下げて頂かうかと相談致すから、ハイ下げて貰いますと申して、直ぐ水を浴びて神前にへ連れ行きてすれば、戦場へ連れ行けと荒立ちて、夫れから二階へ上りて、種々と神様が出口の体から申しなされば、疑ふて七人の先生が評議致し、是れは狐狸では無い宮嬪さんで有ろうと申したり、ナカナカ判らんので、宿屋へ帰りたが、宿屋も皆心配致し、宿屋の家内が申すには、是が誠の神様で在りたらナヤミが出来て帰なれせぬと申すなり、出口が誠の神様で在るならナヤミを造らへなされと、神様に寝際に申して置きても何の事も無く、夜が明けて居りますれば、おときどのは眠むそうな顔をして夜具を整み居る時、出口の体荒立ちて夜が変るぞよ。此の戦ひ治まりたら、天も地も世界中桝掛け引きた如くに致すぞよ。神も仏事も人民も勇んで暮す世に成るぞよと、御筆先を書かせなさりて、此の筆先を此の宅へ置て帰れとの御言葉ありたから、唐まで行かうと思ふて居るのに残念なと思へ共、御指図通りに致して居る故、残念乍ら王子まで帰りて、直ぐ神様にお伺ひ致せば、出口よ唐へ行けと申したが、行かうと思ふたかと御言葉有りたので、此の出口は唐天竺まで行かうと思ひましたと申したら、偉い者と御ン喜び、行くか行かんか気を引きなされたので在りたぞよ…………。(後略) 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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治37年旧7月12日 | 明治三十七年旧七月十二日 今の大本の役員信者は、今度の戦争で世が根本から立替るやうに信じて、周章て居るなれど、世界中の修斎であるから、サウ着々とは行かんぞよ。今度の戦争は門口であるから、其覚悟で居らんと、後で小言を申したり、神に不足を申して、折角の神徳を取外す事が出来いたすぞよ。変生女子の筆先は信用せぬと申して、肝心の役員が反対いたして、書いたものを残らず一処へ寄せて灰に致したり、四ツ足の守護神じゃと申して、京、伏見、丹波、丹後などを言触に廻りて神の邪魔を致したり、露国の悪神じゃと申して力一杯反対いたして、四方から苦しめて居るが、全然自己の眼の玉が闇んで居るのであるから、自己の事を人の事と思ふて、耻とも知らずに狂人の真似を為たり、馬鹿の真似を致して一角改心が出来たと申して居るが、気の毒で在るから、何時も女子に気を付けさすと、外国の悪神奴が大本の中へ来て何を吐すのじゃ、我々は此の悪魔を平らげるのが第一の役じゃと申して、女子を獣類あつかいに致して、箒でたたいたり、塩を振りかけたり、痰唾を吐きかけたり、種々として無礼を致して居るぞよ。是でも神は何も知らぬ、盲目聾の人民を改心さして、助けたい一杯で在るから、温順しくいたして、誠を解いて聞してやるのを逆様に聞いて居れど、信者の者に言ひ聞かして邪魔を致すので、何時までも神の思はく成就いたさんから、是から皆の役員の目の醒る様に、変生女子の御魂の肉体を、神から大本を出して経綸を致すから、其覚悟で居るがよいぞよ。女子が此大本を出たら、後は火の消えた如く、一人も立寄る人民無くなるぞよ。サウして見せんと此の中は思ふ様に行かんぞよ。明治四十二年までは神が外へ連れ参りて、経綸の橋掛をいたすから、後で耻かしくないやうに、今一度気を附けて置くぞよ。この大本の中のものが残らず改心いたして、女子の身上が解りて来たら、物事は箱指したやうに進むなれど、今のやうな慢心や誤解ばかりいたして居るもの斗りでは、片輪車であるから一寸も動きが取れん、骨折損の草臥もうけに成るより仕様は無いから、皆の役員の往生いたすまでは神が連出して、外で経綸をいたして見せるから、其時には亦た出て御出成されよ、手を引き合ふて神界の御用をいたさすぞよ。今度の戦争で何も彼も埒が付いて、二三年の後には天下泰平に世が治まる様に申して、エライ力味やうであるが、ソンナ心易い事でこの世の立替は出来いたさんぞよ。今の大本の中に只の一人でも、神世に成りた折に間に合ふものが在るか、誤解するも己惚にも程が在るぞよ。まだまだ世界は是から段々と迫りて来て、一寸も動きの取れんやうな事が出来するのであるから、其覚悟で居らんと、後でアフンとする事が今から見え透いて居るぞよ。今一度変生女子の身魂を連れ出す土産に、前の事を大略書き残さしておくから、大切にいたして保存しておくが宜いぞよ。一分一厘違いは無いぞよ。明治五十年を真中として、前後十年の間が世の立替の正念場であるぞよ。それまでに神の経綸が急けるから、何と申しても今度は止ては下さるなよ。明治五十五年の三月三日、五月五日は誠に結構な日であるから、それ迄はこの大本の中は辛いぞよ。明治四十二年になりたら、変生女子がボツボツと因縁の身魂を大本へ引寄して、神の仕組を始めるから、気の小さい役員は吃驚いたして、迯げ出すものが出来て来るぞよ。そうなりたら世界の善悪の鏡が出る大本で在るから、色々の守護神が肉体を連れ参りて、目的を立やうといたして、亦た女子の身魂に反対いたすものが、現はれて来るなれど、悪の巧みは九分九厘で手の掌が覆りて、赤耻かいて帰るものも沢山有るぞよ。今の役員は皆抱込れて了ふて、亦た女子に反対をいたすやうになるなれど、到底叶はんから往生いたして改心いたしますから、御庭の掃除になりと使ふて下されと、泣いて頼むやうに成るぞよ。心腹の底に誠意が無いと慾に迷ふて、大きな取違いをいたして、ヂリヂリ悶へをいたさな成らんから、今の内に胸に手を当てて考へて見るが宜いぞよ。モウ是限り何も申さんから、此筆先も今度は焼捨ぬ様に後の証拠にするが宜いぞよ。何方が取違いで在ったか判るやうに書しておくぞよ。盲目が目が明いた積り、心の聾が耳が聞える積りで居るのであるから、全然始末が付かんぞよ。力一杯神界の御用をいたした積りで、力一杯邪魔をいたして居るのであるから、何うも彼うも手の出し様が無いから、止を得ず余所へ暫くは連参りて経綸をいたすぞよ。今の役員チリヂリバラバラに成るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治40年旧10月16日 | 明治四十年旧十月十六日 艮の金神国常立尊が表はれて守護いたさんと、国が潰れて了ふぞよ。是に気の付く神様守護神人民は、今の所では有りは致さんぞよ。上へ上りてエラソウに申して居れる神さんに使はれて居れる守護神は、日本の国が斯のやうな惨状に成りて居るのに、今に判らん様な事では、日本の神守護神とは申ささんぞよ。三千世界の立替が迫りて居るのに、今に安逸な事斗りを申して、此儘で斯世を持ちて行うとの精神であろうがな。エライ御神さんじゃが、先が見えぬと誠の政事は出来ませんぞえ。元の国常立尊を節分の夜に、御邪魔になると云ふて押込めなされたが、何彼の時節が参りて来て、押込められて居りた元の生神が世に上りて、世の立替を致さん事には、国を奪られるどこの事か、国が潰れて了ふと云ふやうな時節が参りて居るのに、世にお出坐しに成りて居る方の神さま、余り陽気過ぎるでは無いか。元の国常立之尊が撞の大神様からの御命令を戴だきて、斯の地球の泥海を固め締めたのであるが、地球の元を艮め締て造り上げた生神が、蔭から何彼の守護をいたして居るのが、今の神様にも守護神にも判るまいがな。斯んな終末の魔法の世を、斯んな結構な良き世は無いと申して、体主霊従の行り方を歓こびて居れる神と守護神斗りで在るから、下の人民は何も知らん筈であれども、万物の長と申して居るでは無いか。四ツ足よりも劣りて慾斗りに呆けて居るから、神が神徳を渡して此方が使ふ人民は今に一人も無いが、世界中の人民が集りて来て、此の大望な世の立替を致さうと申しても、人民力では出来る事業で無いから、攻めては是だけに知らして与りて居るので在るから、大本へチット何か違ふた事は無いかと申して来る人民が在りさうなものであるが、何も気の付かぬ盲目とツンボ斗り、能うも茲まで曇りたもので在るぞよ。攻めて一人に成り共誠の事業を聞かして置きたいなれど、聞かせば却て害を致すなり、肝腎の筆先を早ふ出さしては外へ漏れては成らず、押えて筆先をかゝすから、出口直の御談を此の後は一言でも聞いておくが良いぞよ。早う申せば日本の国の害を致す悪魔と邪神が、悪い企みを致す事斗りに掛りて居るから、肝心の筆先を書せるのが遅くなりたから、出口直に書して納べておかせるから、今年の暮に成ると、神界の方は大分混雑に成りて来て、来春にかけて、正邪神界の大戦争と成りて来るぞよ。世界は追々と淋しくなるから、綾部の大本に申して居るやうに致して、心得て居らんと、行けんやうに成りて来るぞよ。今の内に発根と改心いたして、世を持ち替えて居らぬと、サア今と成りた所で俄に狼狽えねば成らん事になるぞよ。節分の夜に押込められた元の国常立之尊が、二度目の世の立替は、外の世に出て居れる方の神では出来ん大望な事であるから、押込められて居りた御手伝を為された元の生神は、皆女嶋と男島へ落ちて居られたのであるぞよ。時節には何でも叶はんぞよ。打き潰して食て了ふたと申して、皆の神々が御祝を成されて、ヤレヤレ最う安心じゃと御歓こび、此の世には恐い神は無いと、元の神の世の持方を全部更えて了ふて、露国の国魂の八頭八尾大蛇の仕組通りに、トントン拍子に、学と仏とで日本の国を自由自在に致して来て、今の日本の上下の状態、ドコにも神国の光と云ふものは表はれては居らんぞよ。日本の人民は露国と戦ふて勝ちて、日本の光りが出たと申して気楽になりて、何時までも泰平に世が治まると思ふて居るが、中々世界は、ソンナ甘い事には治まらんぞよ。今に世界中の大戦争に成りて来て、世界の人民が大変に苦しむ事が出て来るから、日本の人民皆油断を致して居りたら、日本の役目が勤まる所か、国が危ふい事に成りて、一旦は日本の人民も途方に暮れて、ヂリヂリ舞を致す事が出来いたすぞよ。元の生神は此の世の未だ天地の剖判れん前から、斯うなる事が能く判りて居りての、今度の経綸であるぞよ。軽い清らかな霊は天と成り、重きものは地となりた、斯の天地の初りから、八頭八尾大蛇と金毛九尾白面悪狐とが邪気の凝りで、天地の間に生出て来て、大蛇と四ツ足が段々と勢いが出来て来て、斯の地の世界を自由自在に致して、魔の国に致すと云ふ企みで、大蛇の霊は露国に陣取をいたし、四足の霊は唐土天竺日本へも渡りて、国々の人民の守護神を我の自由に致して、薩張り人面獣心国に致して、未だ斯上に日本の国の神の王の○○○を自由に致す積りで在るが、三千世界の大本、地の高天原の一厘の仕組で、四ツ足の化ケの皮を脱いて了ふてやるぞよ。夫れで発根と改心出来れば良し、出来ねば今度は末代に一度の立替の血祭りに上げて、体主霊従蛇狐を火に掛け灰に致して、悪の種を斯の天地の間に、一粒もおかぬ様に致すので在るから、誠に大望な根本からの世の立本立直しであるぞよ。日本の国を自由自在に致した悪蛇邪狐の精神と云ふものは、斯世の未だ固成ぬ前から能く判りて居りての、艮の金神の経綸であるぞよ。双方の国も悪は悪の経綸が出来て居るのは、トコトンまで解りて居りての事で在るから、人民の知りた事で無いと申すので在るぞよ。恐喝のでは無いぞよ。初まると、眼も鼻も開きは致さんぞよ。節分の夜に押込められた国常立之尊が、○○節分の夜に表に成るから、節分の夜は世界中が○くから、其用意を致して居りて下されよ。家の中、屋敷の内を日々清めて下されよ。夫れまでは弥仙山に暫くは置かねば、直に高天原へと云ふ事も行かんから、モウさう成りたら何彼にが速くなるぞよ。カミの精神の悪い所、駿河が始りで、東京、大阪、京都、田舎、山の渓々までも立替立直しが在るから、是を申すと何日も申すやうに、我も私もと申して、厭な霊が人民に憑りて来て良き事が出来んから、今の今まで申さんが良いぞよ。斯の前は出口直が何程いやがりても、口で斯方が言はすから、耳の糞を能く取りて聞いて居らんと、良い御蔭に外づれるぞよ。何処に居りても誠の心の者でありたらつまみ上げて与るから、心次第と申すので在るぞよ。心丈の事を致さすから、何が出来いたしても、身魂の性来因縁で在るから、善と悪とが明白に立判るぞよ。是までは体主霊従の世でありたから、暗黒の世に覇張り散らしてトントン拍子に来たなれど、国常立之尊の行り方は、善一つの神政施行であるから、表面からは却って悪に見えるなれど、善斗りを貫きて来た此方は、世界には恐いものは無い元の生神であるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治43年旧4月15日 | 明治四十三年旧四月十五日 艮の金神国常立尊は天に坐ます天照皇大神宮殿の御妹子の稚日女君命と、二つの御魂が一つに成りて、変性男子と現はれて、日本魂の種で、三千世界を開くぞよ。明治二十五年に天の神様地へ降りて世界の御守護遊ばすぞよ。地の神天へ上りて守護を致すぞよと申して口と手とで知らして在りた事の実地が近寄りて来たぞよ。地の底に埋めてありた稚日女君命は天の御守護を為さるなり、国常立尊は天も地も守護を致すなり、天の御三体の大神様は地の高天原竜宮館の宮屋敷に御鎮まり成されて結構な世の立替立直シの御守護遊ばすぞよと申した事は後十年の夢が覚めたら解りて来るぞよ。世界の大戦争を一寸止めさして、次の経綸に掛るから、地の神は一旦は天で守護をいたすやうになるが、是が天地へ覆へると申すのであるぞよ。十年先になりたら、脚下から鳥がたちて、吃驚をいたさな成らんから、其所に成りた折に狼狽ぬやうに、身魂を充分に研いて、腹帯を占めて居りて下されよと、毎度筆先に知らして在るぞよ。時節ほど恐いものゝ結構なものは無いぞよ。後は二代三代は申すに及ばず、海潮どのが余程骨が折れるから、今の内に十分の覚悟を致して居りて下されよ。是からは何につけても海潮どのが御苦労であれど、此の御用天晴り勤め上げたなれば、三千世界に又と無い結構な御方と致して、末代名を残さして、御礼を申すのであるぞよ。世界が淋しく成るから、神界の落武者が人民に憑りて、此の大本へ詰かけて来るから、余程身魂を研いて置かんと、耻かしい事が出来いたすぞよ。世界の鼻高も、今度の御用に使ふて欲しいと申して、段々詰めかけて来るぞよ。神の申した事は毛筋の横巾も間違いは無いから、安心して御用を勤めて居りて下されよ。そこに成りたら誠の守護神が出て参りて、今度の二度目の世の初まりの御用を助ける身魂を何程でも引寄せるから、此の大本は眼の廻るほど何彼の事が忙しく成るぞよ。日本魂の誠のものが無いと申しても、今では説いて聞かせば分る身魂が、千人に一人は国々所々に隠してあるから、正勝の時には神が憑りて、身魂相応の御用を致さすぞよ。そこに成りたら三千世界が一度に開く梅の花。艮の金神国常立尊の神徳が世界中に輝き渡りて、歓こびてキリキリ舞をいたす身魂と、恐ろしくてキリキリ舞を致す身魂とが出来て来て、世界は上り下りで、大騒ぎを一旦は致すなれど、昔からの経綸が水も漏さんやうに致してあるから、天地が動いても別条はないなれど、悪の守護神の宿りて居る肉体は、誠に気の毒なもので在るぞよ。斯の結構な日の本の神国を、外国魂の悪神に自由自在に汚されて、神は誠に残念なれど、時節を待ちて返報がやしを致すのであるから、心に当る守護神人民は一日も早く改心致して、元の日本魂に立帰りて居りて下されよ。日本の結構な○○○を外国へ上りて居る悪神の頭やら、眷属に自由自在に致されて、○○は○人と同じ事になりて、一つも威勢と云ふ事がないから、斯んな見苦しい四ツ足斗りの覇張る世になりて、往きも還りも成らんやうに致して了ふて、天地の大神へどう申し訳をいたすのか、誠が分らんと申しても余りであるぞよ。今の世の持方は薩張り畜類の行り方であるから、○○の今の後悔モウ斯上は世の元の天地の生神が構ふてやらねば、人民の細工では行きは致さんぞよ。人民力で行りた事は後戻り斗りで、世が段々乱れて潰れるより仕様は無いから、今度は神が表に現はれて世界の人民の眼を覚ましてやるぞよ。日本は艮の神国であるから、元の誠の守護神を艮の金神と申したが、是から天地の守護に掛るから、天地は今までとは何彼の事が大変りを致すぞよ。天にありては大国常立尊と申すぞよ。地を守護いたす時は国常立命であるぞよ。露国へ上りて居る守護神がモ一つ向ふの国へ渡りて、向ふの国の頭を自由自在に致して、世界を悪の世に致す心算であるが、夫れで行かねば、手を換へ品を換へ致して、何処までも悪の目的を立やうと致すぞよ。それに就而は日本の神国に一厘の経綸が致してある事が判らんから、今に行きも戻りも成らん事が出来いたして、明いた口が閉まらぬ如うになりて、外国の守護神がアフンと致して、逆立ちに成りて、日本へ御謝罪を致す如うの仕組が世の元から致してあるから、日本は大丈夫であれども、今の日本の人民の精神では、ドウ変るやら知れんから、日本の人民は神の御用を致さす為に天から拵らえてあるので在るから、一日も早く身魂を研いて改心致して今までの汚ない心を川へ流して誠一つの日本魂の性来に立帰りて下されよ。 それじゃと申して日本の人民に、一人も残らず改心させると云ふ間が無い所まで、世が迫りて来て居るから、一人なりとも余計に誠の日本魂に立帰りて下され、万古末代に一度あって二度ない今度の天地の御用であるぞよ。今度の御用を外づしたら、モウ何時に成りても取返しは成らんから、神がクドウ申すのであるぞよ。一分一厘神の申す事に間違いは無いから、安心して神の申すやうに致すが結構であるぞよ。世の元の根本の誠の日本魂と申すものは、今の人民の申して居るやうな浅い狭い日本魂でないぞよ。この日本魂の性来が日本の人民には授けて在るなれど、薩張り外国魂に混りて居るから、一寸でも混りの有る御魂は種には成らんぞよ。種に致す御魂が世の元から隠して在りての今度の経綸であるぞよ。斯う云ふ醜るしき世が参りて、日本魂の誠の種が断れると云ふ事が、世の元から能く解りて居るから、二度目の世の根の日本魂の種に致す為に、稚日女君の尊の御魂が神の代一代地の底へ落して在りたのであるぞよ。世が潰れて立たぬやうになると言ふ事が、大神の眼からは能く解りて居る故に、天に御一柱、地に一柱、末代変りの無い御種が蔵してありたので在るぞよ。日本魂の種になる御魂は、普通の身魂では成れんので在るぞよ。今度の立替は日本の霊主体従の御血筋が、国常立尊の世の持方は辛いと申し成されて、斯んな辛い行り方は外の神等が能う勤めぬと、皆の神々が一つの心で、此方の行方に従て下さる神様は御一方も無かりたから、止むを得ず素直に神々の御意見通り押込められたので在るが、押込られても蔭から世界中を調査いたして、世の元の初りの神の性来なり枝の神々の性来から、三千世界に何一つ知らぬと云ふ事のない生神であるから、今度は神の本望を遂げて、世界中を神代に覆して総方へ御目に掛けるから、細工は流々仕上げを見て下され、滅多に行り損いが致さんぞよ。是から世界を拵らえた元の生神が、揃ふて世に上りて世界の守護いたし出すと、一旦は地の上には大分混雑になるから、思ひ違ひの無いやうに、綾部の大本へ寄りて来る人民を第一に、世界の守護神人民に、出口直の手でクドウ今に気を付けて置くぞよ。筆先を能く見て置かんと、永らく大本へ参りて居りても、筆先の心が分からん人民があるぞよ。間違いの無いやうにして下されよ。 でぐちなを七十五さいめいじし十さんねんのしがつの十五にちしんの五がつの十五にち |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治43年旧9月10日 | 明治四十三年旧九月十日 艮の金神国常立尊変性男子の身魂が、世界の艮を刺さねば、何時迄も斯世は治まらんぞよ。世の建替に永く掛りて居りたら、世が潰れて了ふて立ては行かんから、何事も急速に埒良く致す経綸であるぞよ。今の世に神じゃと申して居りても、邪神に化りて居るのが、九分あるぞよ。斯う成るのが日本の国の元の日本魂が薩張り四ツ足の霊魂に化り切りて居るから、実地の日本魂の性来に研けた守護神さえ在りたら、日本も世界も斯んな惨い事には成らねども、今の世に出て居れる神は、元の神じゃと申して居られても、矢張り根本の神胤で無いから、性霊が違ふから、何時に成りても誠と云ふ事は有りはせんぞよ。日本魂と申すのは世に落されて、永い間の神代一代苦労艱難悔しい残念を耐りて来た世界を造りた生神でないと、実地の日本魂の胤とは申されんぞよ。此の誠の元の直々の御魂の種でありたら、タタキ潰しても、焼かれても、喰はれても、微躯とも致さず、一旦世が乱れて潰れても、誠の日本魂は立直して、水晶の神世に致して、天の御三体の大神様へ御渡し申して、御見せ申す神力が在るのが誠の生神であるぞよ。二度目の天之岩戸開きは、大事業であれども、誠一つを立貫いて、新つの世に修理して天の大神様の御命令が下りて、地の世界を構ふ様に成るのは、国常立尊の御用であるぞよ。国常立尊と、天に在坐す天照皇大神様の御妹子の椎日女岐美命の御魂、変性男子は昔から是程苦労艱難悔しさ残念さを忍耐りて来た身魂は、世界に外には無いので在るぞよ。鉄の草鞋で世界中を何遍尋ねて見ても、此の御魂より少とも変らん御魂は無いぞよ。斯ふいふ身魂であるから、出口直は何に附けても六ケ敷のであるぞよ。変性男子の宿りて居る出口直の身魂は男と女と二つになりて、神の世一代の永い間の苦労艱難を茲まで耐り詰て来た徳に由って、三千世界の御地面を、天の大神様から請取りて、万古末代続かす御用と成りたぞよ。誠に大望な御役に拵らへて御出なさる此の身魂であるから、今迄は化けたり化して居りたなれど、モウ化けては居れん時節が迫りて来たから、天晴神界の表に立ちて、世界の守護を致さねば国が潰れるぞよ。この身魂が一つになりて世界の守護を致さねば、真正の神政が出来致さんぞよ。出口の神と表はれて艮を差さねば成らん時節が参りて来たぞよ。天と地とが揃ふて末代の世を続かすぞよ綾部世の元、世界の大本であるぞよ。是から三千年の経綸の蓋を明けて新つの世に立替るので在るぞよ。吃驚いたすなよ。踏延たり、眼の舞ふ人が多数出来ると申して、毎度筆先で知らしてあるが、何彼の時節が参りて来たぞよ。口で知らしてある事も皆出て来るぞよ。世界の大本であるから、昔の松の世へ神政を復活して、末代動かぬ世に致す綾部の大本は、世界の中心、出口が元で、神宮本宮の元の宮へ立ち帰るぞよ。それに就いて大望な事が出口直には仕せてあるぞよ。万の神にも御存じの無いと云ふ如うな大望な事業であるから、念に念を入れておくので在るぞよ。 綾部の大本は末代変性男子の御魂の出口直の霊系で無いと、世が続いては行かんぞよ。肉体が女で御魂が国常立尊の御魂であるぞよ。代々続く女の御世継であるぞよ。此の事は大事の事であるから、念を入れて書いておくぞよ。是から結構な筆先を書すが、何事も皆その通りに成りて来るぞよ。出口直は国常立尊の御用を使いて呉る御取次であるなり、出口○○は竜宮の乙姫殿の御用を奉仕て在るぞよ。申してある事は毛筋程も間違いは無いぞよ。日ノ出の神と成りて勲功を為せるので在るぞよ。八人の御子は末代名の在る人と致すぞよ。苦労の塊の花が開く世が参りたぞよ。 で九ちなを七十五さいめいじし十さんねんの九がつとをかしんの十がつの十三にちのよのかはりめのしるしぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧8月28日 | 大正四年旧八月二十八日 大国常立尊変生男子の身魂が、大出口の守と現はれて、世界の守護を致さねば成らん世が参りたから、何事も前に知らせるぞよ。何彼の事が天地の守護と成りて来たから、今出る筆先に書した事は速いから、直きの筆先を斯人と思ふ人には読まして置かんと、大神の守護になると、一日増しに烈しうなりて来て、是だけの筆先を見やうが足らんと、俄に忙しう成ると、間違いが出来るから、何彼の落度の無いやうに、此内部の事、行儀行為も、初発から神の精神に叶ふ行状の出来て居る人と、行ひの悪い守護神の肉体とは立別けが在るから、何んな行為して居りても、御用は出来ると言ふ事はないぞよ。天地の先祖の実地の御用を致すには、水晶の身魂でないと、大神の名を汚す如うな守護神の肉体には、誠の御用は出来んぞよ。 天の御先祖様は日の大神様なり、天照皇大神宮殿、地の世界の先祖が大国常立尊、龍宮の乙姫殿、日出の火水を御使い成されて、夫婦揃ふて、天地の大神の片腕に成りなされての、御活動であるぞよ。岩の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の大神殿、金神殿の行状の、何も揃ふて出来る御方、選り抜いて使ふぞよ。金神の中でも放縦不規なのは使はんぞよ。厳しく成るから爰に成るまでに皆が解りて居らんと、逆立に成りて困しまんならん、守護神が沢山出来るから、明治二十五年から、昼夜に皆の神々に気が注けて在りたぞよ。今度大神様が御揃ひに御成りなさるのに、間に合ふ守護神は世に出て居れる方には、チットモ無いと云ふやうな、惨い事に世が乱れて了ふて居るぞよ。斯うなる事は世の元から能く解りて居りての、何彼の大望である、斯んな惨い事に成りて居りても、実地の大神様の御苦労に成りて居りても、解らんと云ふ如うな時節に成りて了ふて、暗闇で何も解らん世界の守護神に、明治二十五年から知らしてありたが、道を二途拵えて、辛い道と楽な道と二筋こしらへて見て居れば、皆が楽な方へ就いて、楽な行り方で行きよるが、この道は少時するとトント行き当りて、行く先が無くなると云ふ事も、筆先で知らして在るが、知らした事は皆実現くるぞよ。遅し速しは在るなれど、皆出て来るぞよ。今出る筆先は早いぞよ。 昔から無い事が世界には出来て来て、人民からは出来上がりて了はんと、実地の事は感得んから、筆先に書すのは、天と地との言葉の代りに、先にある事を前日前月に書くのが、変生男子の御役であるぞよ。変生女子の御役も御苦労であるから、何方の御用も外の身魂では出来ん、大望な事であるぞよ。変生女子には斯世の是までの、乱れた方の事がさして在りて、澄子には世に出て居れた、天之宇受売命殿と摺替て在りたから、夫婦共に是迄の世の行り方がさして在りたから、○○○○○○○何彼の事が九分九厘と成りて来て、大神様の直接の御守護と成りてきたから、大本の内部の行り方を更て、男子は男子の行動、女子は女子の行状を為て貰はんと、此先は是迄の如うには為せんから、気は張弓、抜刀の中に居るやうに思ふて、心得て居らんと、肝腎の御用は出来んぞよ。善の御道一筋で行りて行かねば、世が立ちて行かんぞよ。斯世はエライ事に成りて居るから、何事も筆先に書いて知らせるから、一度申した事を素直に聞いて、其行いを致さな成らんから、一度で何事も聞く身魂で無いと、此大本へこの先は段々と、遠国からも近国からも人が出て来て、此中の行為に皆眼を着けるから、今迄の行状では、出て来る人が承知を致さんから、是だけ厳敷筆先で気が付て在るのじゃぞよ。神の威勢を出して貰ふのは、此大本から、此中の行動を見て、御蔭を感得て、人に御蔭を取らすやうに致さな成らんから、○○○○○神は何んな教も致し、何んな行いも致すなれど、人民は来た折は恐い如うに思ふなれど、腹の中から抜けんやうに持て居らんと是迄のやうには行かんから、この先は立分けが始まるから、大本の中も外も、天地の違いに一日増しに変るから、代りかけたら速いから、是迄の如うに思ふて居りた守護神が、逆立に成りて苦しむものが沢山あるから、其れを見るのが、此方も地王もイヤで在るから、是ほどクドウ気を付けたなれど、世に出て居れる守護神が、苦労知らずの、行も致さんと楽な行り方で、斯んな良い政治があるものかと申して、前後の見えん、前途は何うなる斯うなると云ふ事の、末代見透く火水神の申す事は用ゐずに、仕放題の我良しの守護神人民は、我に苦労が為てないから、人の苦しむのが面白いと云ふ如うな、悪魔に化り切りて居るなれど、此後は逆立に成りて苦しまねば成らん事が出て来るが、夫れを見るのが厭であるから、日々今に続いて気を付けたが、実地をして見せる世が参りて来て、モウ何程御詫を致しても叶はんやうに迫りて来て、実地を致して、選り分けて処置を付けな、何時まで言ひ聞かしても聞く守護神無いぞよ。新つの洗い替の世を拵へる方が仕宜いぞよ。向後は結構なれど、此変り目がイヤな事であるぞよ。今度は天地の先祖の申すやうに致して、日本の霊主国に残して貰ふた身魂は、末代結構であるぞよ。鬼の性来悪魔の御魂に成りて居る海外の国の眷属の狸の性来が、悪るシブトウて、天地の御恩の有難い事も知らず、恐い事も無し、斯性来が日本の国では一寸混りても、此後は焼払ひに致して、日本の大和魂斗りに揃えんと、一寸でも残りて居りたら、選り抜きて焼き亡ぼして了ふて、天と地との先祖が揃ふて、末代の世を続かせな成らん世が参りて来たから、是迄の善悪混交の世では、一寸も前へ行く事もならず、後へ還る事は猶ホ出来ず、往きも還りも成らんのが今の事であるが、是迄の世は四ツ足の世で在りたから、如何して居りても安楽な行り方で恐い事のない世でありたから、斯ういふ難渋な事が廻りて来るのも、皆時節であるぞよ。此時節の来るのも、元は大神様の付々の守護神の精神が、悪でありたからであるぞよ。 善一つの御先祖様の、一の番頭二の番頭が、表面から見ては善に見えて、心腹の中が極悪でありたからであるぞよ。何も彼も腹の中まで見え透く、天地の先祖の肉体の、今に其儘で居れる活神が、昔から根本の経綸が為てありての、今度の二度目の世の立替であるぞよ。ドチラの仕組も中々一通りの身魂では判る事ではない、大望な経綸であるぞよ。悪の方もエライ経綸を致して居るぞよ。善の方も見当は取れん経綸が為てあるぞよ。善の経綸も悪の経綸も、世の元から致してあるのであるぞよ。夫れで斯世には昔から、双方の国にも口舌が絶えなんだので在りたぞよ。善は苦労が永いぞよ。解るにも暇が要りたので在るぞよ。悪は苦労なしに為放題で、思ふやうにトントン拍子に昇れたなれど、悪の生命は短いぞよ。九分九厘で悪の世は平らげてしまふぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧9月30日 | 大正六年旧九月三十日 天の御先祖様が天御中主大神であるぞよ。全智全能神様であるぞよ。地の世界では天体之精、大霊魂球之主、一出現世と現はれて、隠れて守護致しなされたのを、世界の人民は何も知らずに、禅宗のダルマと混ぜ交ぜに致して、弄びにまで化りて、世に落されて御出遊ばした結構な神様を、今度世に表はして御神徳を拡めるのが、変性男子の御役であるぞよ。 形体具足成就、霊能完美、成付言霊の大神様は、弥勒菩薩と仏事に化りて御出遊ばしたなり、日の大神様は光明如来と化りて、仏事に落ちてお出遊ばしたのを、今度の世の立替で全部現はれて、御神力を御見せ成さる時節が循りて来たぞよ。天照皇大神宮殿も表面は神道で立て、奥の院は矢張り仏事が祭りて在りたぞよ。大国常立尊は余り力が強すぎたので、斯んな猛烈き神を斯世の大将に仕て貰ふたら、外の神は一柱も能う勤めむと、神々の心が一致して、天のミロクの大神様へ御願い在りたゆへ、夫れなれば一柱と多神とは代えられんと仰せありて、艮へ押込よとの御命令が下り、八百万の神に艮へ追退られて、艮能金神と名を付けられ、独神と成りて、日の本の大神が仏事の守護致して、茲までは来たなれど、何彼の時節が廻りて来て、仏事の世の終が末法の世と申して、未だ万年も続くので在りたのを、世を縮めて、艮の金神の世と致して、結構な神代に捻ぢ直すので在るぞよ。艮の金神は永らく世に押込られて、苦労艱難悔し残念を堪り詰て来た報で、太初からの経綸通りの世が循りて来たから、霊主体従の経綸通りになりて、善と悪との立別けを致す世に成りたから、悪の身魂は隠しても隠されず、我と我身に露はれて来るのが、天地の冥加に尽たので在るぞよ。天地の先祖の苦労で創造た斯世界を、悪魔と四ツ足との自由自在に致したが、茲まで斯世を持荒したら本望で在ろう。天地の先祖が悪の身魂を露はせずに、赦して遣りても、筆先には書いて置んと、斯んな事に成りて居るのに、知らずに居りたかと云はれては、天地の先祖も、元の御血筋も、威徳に傷が付くから、是非なく書残すぞよ。今迄で斯世を悪で搦て来た八頭、八尾の経綸も茲までの事より出来んぞよ。九分九厘で体主霊従の守護の輪止りと成りて○○○、この先は霊主体従の経綸の設備は致してあるぞよ。今迄善の方の御血統は、暗黒の世に成りて了ふて居りた世が、日の出の守護と成りて来たから、今度の二度目の世の立替を致すには、太元を拵らえた覚えの在る霊魂で無いと出来んぞよ。元のミロク様の世へ戻したら、悪の血筋は現世には無い様に、善一ツで世を立て行かねば、悪の性来が微塵程でも混りたら、斯世は立ては行かんぞよ。斯う成る事が世の元から能く判りて居るから、元から仕組が為てありた世が廻りて来たのであるから、国常立尊が奈袁の手で書きおくぞよ。口で申した丈では取遺しが在てはならんから、書しておくぞよ。世の立替を致したら末代の事が定りて、巌に松の世に成りて、天地の先祖が神界から世を構うから、中々激しき世と成るぞよ。斯世に判りた身魂が無いので、変性男子も変性女子も、中々骨の折れる事であるぞよ。今の人民は表面から見た丈により何事も見えんから、余り世に落して、結構な御用が命して在るから、筆先に書してある事が、世界から出て来ねば、誰も本真に致さんから、改心が出来いで、暇が要るのであるぞよ。天地の元の一輪の御血統の御手伝をなさる守護神を、三段に分けてあるから、三段の身魂に夫れ夫れの目鼻を附けねば世は治まらぬから、何に付ても大望斗りで在るぞよ。事の分らん強い斗りでは、世は治まらぬぞよ。斯世を持ちて行くのは、何の身魂でもと云ふ事には行かぬ、末代の事の判りて居る霊魂が、斯世を持ちて行かねば、世は途中に乱れて了ふて、往も還りも成らん事になると云ふ事が、筆先で知して在ろうがな。日本の国に経綸が為て無りたら、此先は世に出て居れる方の守護神には、末代の世を持ちて行く神は無いぞよ。有るなら申して出て下されよ。末代の規則を制定場所は、綾部の大本と末代きまりたので在るぞよ。天のミロクの大神様と、地の国常立尊が天地の王で、末代の規則を制定ぞよ。今迄は変化たり化したり致して、茲までの御用を命たが、世に出て居れる守護神人民に解らん事で在るから、暇が要るなれど、明治廿五年から書しておいた事は、皆出て来て居るぞよ。昔から無い事であると申して在ろうがな。無い事が皆出て来るから、筆先で先に知らして在るのじゃぞよ。元のミロク様の世の間は、誠に善き世で在りたなれど、呉て行くに従ひ、元の御血筋の行方では、辛うて能う堪らん神が出来て、終には多勢の神の自由に致して来たのであるぞよ………。斯世一切の事を致すには、何の身魂も拵えて置ねば成らんから、上の霊魂と下の霊魂と中の霊魂と、三段に立別けて在りたのが、暮て行く世に連れて、下の霊魂にエライ間違が出来て、上の霊魂を押込る如うに成り、上が下に、下が上に、大の字逆様の大きな間違が出来て来る事が、能く見えて居りたから、○に十を書して、白い所を二分、八分は真黒に致して、明治廿五年の初発に知らしてある通りに、世界が成りて居るぞよ。何事も物事が皆逆様に覆りて居る斯世を、本へ捻ぢ直さねば成らぬから、何に付ても大望ばかりで在るぞよ。日本の身魂が外国の身魂に化り切て了ふて居るから、皆四ツ足の精神であるぞよ。外国の四ツ足の頭が日本へ渡りて来て、外国よりも勝りて悪き行方に致して、今の体裁、日本の国の○○○自由に致して、畜生の毛を衣て、足には皮を履して、田舎へ連れ参りて…………昔には…………夫婦を○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○、御簾を揚げ○○○○○○○○○○○申た位で在りたのに、今の体裁、外国人に化されて、能うも茲までに汚されたものじゃ。悪の頭に自由自在に為られて、天地の大神様へ何う申訳が出来るか、申訳が出来る守護神が一方でも有るの乎。天地の畏で盲聾ばかりで在うがな。何も今に判ろまいがな。判らんのは外国の性来に化り切て居るから…………。日本の国の倭魂で在りたなら、天地の先祖が書して在る筆先が判りて、天地の御恩が判らん成らんぞよ。日本の人民が外国よりも下の身魂に化りて、余り惨い事であるから、顕はす事も出来ず、天地の大神を茲までに能くも致した。悪の頭に抱込れて、洋○○○○○○○○、そこら辺りをウロウロと○○共出て歩く所まで、四ツ足に自由に為られるのが、元の四ツ足の性来を露はせられて居るのが未だ判らんか。余りの事で末代遺す、世の本からの履歴を書き遺してあるぞよ。天地の先祖が此先の、末代の世を持て行ねば成らん、時節が廻りて来たぞよ。鬼でも蛇でも悪魔でも、時節には叶はんから、従ふ処へは従ふて行けば嬉しい事になりて、何とした結構な事に成りたと申して、上から下まで歓びて、善一つの道で、嬉し嬉しの生花が開くぞよ。今が大峠となる所で在るから、皆が辛いなれど、日本の人民に判りて来て、元の日本魂に成て来たら、元のミロク様の世と成て、人民の寿命も長くなり、神は烈敷なるなれど、人民は穏かに暮す如うに成るぞよ。人民が歓こべば上の大神の御歓こびと成るぞよ。是迄は上ばかりが得意時代で、下人民はヒシと行けなんだが、余り斯世に大きな運否運が在りて、好き者は好い斗り、貧窮者は不運斗りで、何時に成りても頭が上らず、可愛相で神が見て居れんぞよ。上の人民が贅沢なから、下までが見習ふて又贅沢を致すが、何時までも斯んな行方では続かんぞよ。天地の先祖の構ふ世に成れば、今迄の様な贅沢な行方を、根本から変えさせねば、此儘で行り放題にさして置たら、上も下も総潰れと成りて、斯世は立ん事に成るぞよ。是までの世の持方は、後前構はん利己主義の行方で在るから、強いもの勝で、弱い者は路頭に立ちたぞよ。上斗り宜くても下が立ねば、この世は治まらんから、上下揃ふて勇む神代に立替致して、天の御先祖様に御渡し申すぞよ。何程上を大事に思ふても、下が立て行ねば、上も何と無く淋[*ルビ「さぶ」は底本通り]しく成るぞよ。上に立つ神に何程力が在たとて、附々の一の眷属、二の眷属に豪神が無い事には、上は立ては行んぞよ。眷属の神が善く無りたら上の神も立んぞよ。初発のミロク様でも、彼れ位に御神力が在りても、地の先祖に何程神力が在ても、時節には何も叶はんぞよ。一の眷属二の眷属に謀反が在たら、何程大将が独り気張ても世は立んぞよ。是迄の世は附々にエライ謀反が在た故に、今の上の体裁、九分九厘で何彼の事が露はれて来て、善と悪との立替で、上る身魂と下る身魂とで、世界は大混雑に成るぞよ。悪の頭の仕組では悪る力は何程でも出るなれど、善の神の世に時節が成るので在から、悪の世の終の悪る力では、世は治まらんから、時節には叶はんから、素直に改心致すが宜いぞよ。素直な身魂から引立て、身魂相応の事を命して遣るから、其日から心が楽になりて、嬉し嬉しで暮る如うに成るなれど、何程気を注けて遣りても、我は豪いと慢心を為て居ると、皆が愛想を尽して了ふて、浪に取れた沖の船、何処へ取付く嶋も無く成ぞよ。 |