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(1001)
霊界物語 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 04 現実的苦行 第四章現実的苦行〔四〕 つぎに自分の第一に有難く感じたのは水である。一週間といふものは、水一滴口に入れることもできず、咽喉は時々刻々に渇きだし、何とも言へぬ苦痛であつた。たとへ泥水でもいい、水気のあるものが欲しい。木の葉でも噛んでみたら、少々くらゐ水は含んでをるであらうが、それも一週間は神界から飲食一切を禁止されてをるので、手近にある木の葉一枚さへも、口に入れるといふわけにはゆかない。その上時々刻々に空腹を感じ、気力は次第に衰へてくる。されど神の御許しがないので、お土の一片も口にすることはできぬ。膝は崎嶇たる巌上に静坐せることとて、是くらゐ痛くて苦しいことはない。寒風は肌身を切るやうであつた。 自分がふと空をあふぐ途端に、松の露がポトポトと雨後の風に揺られて、自分の唇辺に落ちかかつた。何心なくこれを嘗めた。ただ一滴の松葉の露のその味は、甘露とも何ともたとへられぬ美味さであつた。 これを考へてみても、結構な水を火にかけ湯に沸して、温いの熱いのと、小言を言つてゐるくらゐ勿体ないことはない。 草木の葉一枚でも、神様の御許しが無ければ、戴くことはできず、衣服は何ほど持つてをつても、神様の御許しなき以上は着ることもできず、あたかも餓鬼道の修業であつた。そのお蔭によつて水の恩を知り、衣食住の大恩を覚り、贅沢なぞは夢にも思はず、どんな苦難に逢ふも驚かず、悲しまず、いかなる反対や、熱罵嘲笑も、ただ勿体ない、有難い有難いで、平気で、社会に泰然自若、感謝のみの生活を楽むことができるやうになつたのも、全く修行の御利益である。 それについて今一つ衣食住よりも、人間にとつて尊く、有難いものは空気である。飲食物は十日や廿日くらゐ廃したところで、死ぬやうな事はめつたにないが、空気はただの二三分間でも呼吸せなかつたならば、ただちに死んでしまふより途はない。自分がこの修行中にも空気を呼吸することだけは許されたのは、神様の無限の仁慈であると思つた。 人は衣食住の大恩を知ると同時に、空気の御恩を感謝せなくてはならない。しかし以上述べたるところは、自分が高熊山における修行の、現界的すなはち肉体上における神示の修行である。霊界における神示の修行は、到底前述のごとき軽い容易なものではなかつた。幾十倍とも幾百倍ともしれぬ大苦難的修練であつた。
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霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 総説 総説 神界における神々の御服装につき、大略を述べておく必要があらうと思ふ。一々神々の御服装に関して口述するのは大変に手間どるから、概括的に述ぶれば、国治立命のごとき高貴の神は、たいてい絹物にして、上衣は紫の無地で、下衣が純白で、中の衣服が紅の色の無地である。国大立命は青色の無地の上衣に、中衣は赤色、下衣は白色の無地。稚桜姫命は、上衣は水色に種々の美はしき模様があり、たいていは上中下とも松や梅の模様のついた十二単衣の御服装である。天使大八洲彦命、大足彦のごときは、上衣は黒色の無地に、中衣は赤色、下衣は白色の無地の絹の服である。その他の神将は位によつて、青、赤、緋、水色、白、黄、紺等、いづれも無地服で、絹、麻、木綿等に区別されてゐる。 冠もいろいろ形があつて纓の長短があり、八王八頭神以上の神々に用ゐられ、それ以下の神司は烏帽子を冠り、直衣、狩衣。婦神はたいてい明衣であつて、青、赤、黄、白、紫などの色を用ゐられ、袴も色々と五色に分れてゐる。また神将は闕腋に冠をつけ、残らず黒色の服である。神卒は一の字の笠を頭に戴き、裾を短くからげ、手首、足首には紫の紐をもつて結び、実に凛々しき姿をしてをらるるのである。委しく述ぶれば際限がないが、いま述べたのは国治立命が御隠退遊ばす以前の神々の御服装の大略である。 星移り、月換るにつれ、神界の御服装はおひおひ変化し来たり、現界の人々の礼装に酷似せる神服を纒はるる神司も沢山に現はれ、神使の最下たる八百万の金神天狗界にては、今日流行の種々の服装で活動さるるやうになつてをる。 また邪神界でもおのおの階級に応じて、大神と同一の服装を着用して化けてをるので、霊眼で見ても一見その正邪に迷ふことがある。 ただ至善の神々は、その御神体の包羅せる霊衣は非常に厚くして、かつ光沢強く眼を射るばかりなるに反し、邪神はその霊衣はなはだ薄くして、光沢なきをもつて正邪を判別するぐらゐである。しかるに八王大神とか、常世姫のごときは、正神界の神々のごとく、霊衣も比較的に厚く、また相当の光沢を有してをるので、一見してその判別に苦しむことがある。 また自分が幽界を探険した時にも、種々の色の服を着けてゐる精霊を目撃した。これは罪の軽重によつて、色が別れてゐるのである。しかし幽界にも亡者ばかりの霊魂がをるのではない。現界に立働いてゐる生きた人間の精霊も、やはり幽界に霊籍をおいてをるものがある。これらの人間は現界においても、幽界の苦痛が影響して、日夜悲惨な生活を続けてをるものである。これらの苦痛を免るる方法は、現体のある間に神を信仰し、善事を行ひ万民を助け、能ふかぎりの社会的奉仕を務めて、神の御恵を受け、その罪を洗ひ清めておかねばならぬ。 さて現界に生きてゐる人間の精霊を見ると、現人と同形の幽体を持つてゐるが、亡者の精霊に比べると、一見して生者と亡者の精霊の区別が、判然とついてくるものである。生者の幽体(精霊)は、円い霊衣を身体一面に被つてゐるが、亡者の幽体は頭部は山形に尖り、三角形の霊衣を纒うてをる。それも腰から上のみ霊衣を着し、腰以下には霊衣はない。幽霊には足がないと俗間にいふのも、この理に基づくものである。また徳高きものの精霊は、その霊衣きはめて厚く、大きく、光沢強くして人を射るごとく、かつ、よく人を統御する能力を持つてゐる。現代はかくの如き霊衣の立派な人間がすくないので、大人物といはるるものができない。現代の人間はおひおひと霊衣が薄くなり、光沢は放射することなく、あたかも邪神界の精霊の着てをる霊衣のごとく、少しの権威もないやうになつて破れてをる。大病人などを見ると、その霊衣は最も薄くなり、頭部の霊衣は、やや山形になりかけてをるのも、今まで沢山に見たことがある。いつも大病人を見舞ふたびに、その霊衣の厚薄と円角の程度によつて判断をくだすのであるが、百発百中である。なにほど名医が匙を投げた大病人でも、その霊衣を見て、厚くかつ光が存してをれば、その病人はかならず全快するのである。これに反して天下の名医や、博士が、生命は大丈夫だと断定した病人でも、その霊衣がやや三角形を呈したり、紙のごとく薄くなつてゐたら、その病人は必ず死んでしまふものである。 ゆゑに神徳ある人が鎮魂を拝授し、大神に謝罪し、天津祝詞の言霊を円満清朗に奏上したならば、たちまちその霊衣は厚さを増し、三角形は円形に立直り、死亡を免れるものである。かくして救はれたる人は、神の大恩を忘れたときにおいて、たちまち霊衣を神界より剥ぎとられ、ただちに幽界に送られるものである。 自分は数多の人に接してより、第一にこの霊衣の厚薄を調べてみるが、信仰の徳によつて漸次にその厚みを加へ、身体ますます強壮になつた人もあり、また神に反対したり、人の妨害をしたりなどして、天授の霊衣を薄くし、中には円相がやや山形に変化しつつある人も沢山実見した。自分はさういふ人にむかつて、色々と親切に信仰の道を説いた。されどそんな人にかぎつて神の道を疑ひ、かへつて親切に思つて忠告すると心をひがまし、逆にとつて大反対をするのが多いものである。これを思へばどうしても霊魂の因縁性来といふものは、如何ともすることが出来ないものとつくづく思ひます。 ○ 大国治立尊と申し上げるときは、大宇宙一切を御守護遊ばすときの御神名であり、単に国治立尊と申し上げるときは、大地球上の神霊界を守護さるるときの御神名である。自分の口述中に二種の名称があるのは、この神理に基づいたものである。 また神様が人間姿となつて御活動になつたその始は、国大立命、稚桜姫命が最初であり、稚桜姫命は日月の精を吸引し、国祖の神が気吹によつて生れたまひ、国大立命は月の精より生れ出でたまうた人間姿の神様である。それよりおひおひ神々の水火によりて生れたまひし神系と、また天足彦、胞場姫の人間の祖より生れいでたる人間との、二種に区別があり、神の直接の水火より生れたる直系の人間と、天足彦、胞場姫の系統より生れいでたる人間とは、その性質において大変な相違がある。そして神の直接の水火より生れ出たる人間は、その頭髪黒くして漆の如く、天足彦、胞場姫より生れたる人間の子孫は赤色の頭髪を有している。[※「そして神の直接の」から「頭髪を有して居る。」まで、校定版・八幡版では削除されている。]天足彦、胞場姫といへども、元は大神の直系より生れたのであれども、世の初発にあたり、神命に背きたるその体主霊従の罪によつて、人間に差別が自然にできたのである。 されども何れの人種も、今日は九分九厘まで、みな体主霊従、尊体卑心の身魂に堕落してゐるのであつて、今日のところ神界より見たまふときは、甲乙を判別なし難く、つひに人種平等の至当なるを叫ばるるに立いたつたのである。 ○ 盤古大神塩長彦は日の大神の直系にして、太陽界より降誕したる神人である。日の大神の伊邪那岐命の御油断によりて、手の俣より潜り出で、現今の支那の北方に降りたる温厚無比の正神である。 また大自在天神大国彦は、天王星より地上に降臨したる豪勇の神人である。いづれもみな善神界の尊き神人であつたが、地上に永住されて永き歳月を経過するにしたがひ、天足彦、胞場姫の天命に背反せる結果、体主霊従の妖気地上に充満し、つひにはその妖気邪霊の悪竜、悪狐、邪鬼のために、いつとなく憑依されたまひて、悪神の行動を自然に採りたまふこととなつた。それより地上の世界は混濁し、汚穢の気みなぎり、悪鬼羅刹の跋扈跳梁をたくましうする俗悪世界と化してしまつた。 八王大神常世彦は、盤古大神の水火より出生したる神にして、常世の国に霊魂を留め、常世姫は稚桜姫命の娘にして、八王大神の妃となり、八王大神の霊に感合し、つひには八王大神以上の悪辣なる手段を用ゐ、世界を我意のままに統轄せむとし、車輪の暴動を継続しつつ、その霊はなほ現代にいたるも常世の国にとどまつて、体主霊従的世界経綸の策を計画してをる。 ゆゑに常世姫の霊の憑依せる国の守護神は、今になほその意志を実行せむと企ててをる。八王大神常世彦には天足彦、胞場姫の霊より生れたる八頭八尾の大蛇が憑依してこれを守護し、常世姫には金毛九尾白面の悪狐憑依してこれを守護し、大自在天には、六面八臂の邪気憑依してこれを守護し、ここに艮の金神国治立命の神系と盤古大神の系統と、大自在天の系統とが、地上の霊界において三つ巴になつて大活劇を演ぜらるるといふ霊界の珍しき物語である。 自分はここまで口述したとき、何心なくかたはらに散乱せる大正日日新聞に眼をそそぐと、今日はあたかも大正十年陰暦十月十日午前十時であることに気がついた。霊界物語第二巻の口述ををはつた今日の吉日は、松雲閣において御三体の大神様を始めて新しき神床に鎮祭することとなつてゐた。これも何かの神界の御経綸の一端と思へば思へぬこともない。 ついでに第三巻には、盤古大神(塩長彦)、大自在天(大国彦)、艮能金神(国治立命)三神系の紛糾的経緯の大略を述べ、国祖の御隠退までの世界の状況、神々の驚天動地の大活動を略述する考へであります。読者諸氏の幸に御熟読あつて、それが霊界探求の一端ともならば、口述者の目的は達せらるる次第であります。 アゝ惟神霊幸倍坐世 大正十年旧十月十日午前十時十分 於松雲閣口述者識 (註)本巻において、国治立命、豊国姫命、国大立命、稚桜姫命、木花姫命とあるは、神界の命により仮称したものであります。しかし真の御神名は読んで見れば自然に判明することと思ひます。
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霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 28 高白山の戦闘 第二八章高白山の戦闘〔七八〕 ここに言霊別命は元照彦と共に、猿世彦の木乃伊にむかひ、前後より神言を奏上し息を吹きかけられた。たちまち猿世彦は体温次第にまし、辛うじて蘇生した。 猿世彦はわが前に、言霊別命以下の神将の姿を見て大いに驚き、ひたすらに生命を救ひ罪を赦されむことを嘆願した。言霊別命は仁義を重んじ生命を救ひしうへ、一片の信書を認め、これを常世姫に伝達せむことを命じた。 猿世彦は唯々として命を拝し、かつ救命の大恩を感謝し、尾をふり嬉々として帰国した。 その信書の文面は、 『言霊別命、元照彦は、勇猛無比の神将をあまた引率れ、スペリオル湖を中心として陣営を造り、大挙して常世城を占領せむとす。汝常世姫すみやかに善心に立帰り、前非を悔い心底より悔い改めよ。しからざれば、われはここに天軍を興して汝を鏖滅せむ』 との意味であつた。猿世彦は虎口を免れ、頭をさげ、腰をまげ尾をふりつつ南方さして遁げかへつた。スペリオル湖畔の陣営は、港彦をしてこれを守らしめ、命は元照彦とともに長駆して高白山に進んだのである。ここは荒熊彦、荒熊姫の二神司があつた。 この二神司は高白山の守将である。 高白山は常世姫一派の魔軍に攻め悩まされ、二神司はすでに捕虜となり、岩窟を掘つて取じこめられてゐた。 このとき言霊別命は、山上より白雲の立上るを見て正しき神司ありと知り、近づき見るに、常世姫の部下駒山彦が包囲してをつた。言霊別命は南方より、元照彦は西方より迂回して北方の背後に出で、前後より高白山を攻撃した。駒山彦は不意の強力なる援軍に背後を衝かれ不覚をとり、はうはうの体にてわづかに身をもつて免がれ、全軍はほとんど四方に潰走した。 言霊別命、元照彦は、南北両面より高白山にのぼり、白雲の立てる岩窟の戸を打砕き、二神司を救ひ出した。 ここに荒熊彦、荒熊姫は再生の恩を謝し、みづから乞ふて従臣となり、高白山の城塞を言霊別命に奉献つた。 言霊別命は元照彦をローマ、モスコーに遣はして、味方の情勢を偵察せしめ、みづからは荒熊彦を部将としてここに根拠を定められた。 高白山は常世の国の北極にして、世界経綸の神策上もつとも枢要なる地点である。 (大正一〇・一一・二旧一〇・三外山豊二録)
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霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 29 乙女の天使 第二九章乙女の天使〔七九〕 言霊別命は、高白山を中心として仁慈をもつて神政をほどこし、諸神は鼓腹撃壤してその堵に安んじ、実に地上の天国といふべき聖代を現出した。命の威望は旭日昇天の勢であつた。荒熊彦は荒熊姫の使嗾により、内心時をうかがひ、大恩ある言霊別命を陥れ再び自分が取つて代らむと企みてゐた。かれ荒熊彦は、常世城に密使を立て、常世姫の力を借りて、再生の恩神、言霊別命を亡ぼさむとした。 一旦敗走したる駒山彦は兵備を整へ、遮二無二高白山に攻めかけた。言霊別命は荒熊彦に命じてこれを防がしめた。しかるに荒熊彦はすでに敵軍に款を通じてゐた。 ここに荒熊彦の子に清照彦といふ正しき神司があつた。この度の戦ひに大敗して元照彦のために滅ぼされたりとの風評たかく荒熊姫のもとに届いた。この時元照彦はローマ、モスコーの視察ををへ、高白山の危急に迫れることを聞きて、はるかに神軍を率ゐて応援に来たのである。荒熊姫は清照彦の、元照彦に亡ぼされし噂を聞きてますます怒り、ここに言霊別命の神軍を率ゐて南方に陣し、敵軍を防ぐと見せかけ、高白山を陥れむとした。折しも竜馬にまたがり天空を翔り、高白山の城塞目がけて下りきたる女神使があつた。年いまだ若く容貌秀麗なる天使である。案内もなく馬を乗りすてて、言霊別命の御座近くすすみ、 『吾は天津神の使神なり。高白山は、今や荒熊彦の変心によつて、危機一髪の間に迫り、命の生命は瞬時に迫りつつあり。命にして吾が天使の言を信じたまはば、われに全軍の指揮を命じたまへ』 といふのである。言霊別命は荒熊彦、荒熊姫を深く信じ、全軍の指揮を委任したるくらゐなれば、今この天使の言葉を聞いて大いに訝かり、 『汝は天使に化して吾を偽る邪神には非ざるか、汝は常世姫の魔術によりて現はれたる魔神ならむ』 とただちに剣を抜きてその女神使に斬りつけた。電光石火今や天使は頭上より真二つになりしと思ふ瞬間、天使の頭上より異様の光輝あらはれ、剣は三段に折れて命の手には柄のみ残つた。言霊別命は呆然として乙女の天使を眺めてゐた。乙女の天使は笑ひとともに命にむかひ、 『もし吾が言を疑ひたまはば、高白山は直ちに滅亡すべし。吾は天津神の命により、正しき神人に味方せむとて天より救援に来りしものぞ』 と天神の神慮を詳細に述べられたのである。言霊別命はやうやく乙女を天使と信ずるに至つた。時しも門外騒がしく、足音高く命の前に近づき来るものがある。命は怪しみて見るに、荒熊彦、鉄棒を打ち振りつつ御座近く迫りきたつて、 『言霊別命にただいま更めて見参せん。高白山はすでに常世姫の有力なる応援と、駒山彦の巧妙なる戦略と、加ふるに吾ら夫婦の変心とによりほとんど全滅せり。もはや命の運命は尽きたり。潔くこの場にて自決さるるや。いたづらに躊躇逡巡して時を移さるるにおいては、畏れながら吾は、この鉄棒をもつて命を粉砕し奉らむ。返答いかに』 と詰め寄つた。見るより乙女の天使絹子姫はその仲に入り、 『荒熊彦、しばらく待て』 と柔しき女神使に似ず、言葉鋭く眦を釣つて叫んだ。荒熊彦はかよわき乙女と侮り嘲笑つていふやう、 『大廈の覆へらむとするとき、一木のよく支ふべきに非ず。いはんや乙女のただ一柱の如何でか力及ばむや、邪魔ひろぐな』 と乙女を突き倒さむとした。乙女の天使は声をはげまし、 『汝天使に向つて挑戦するか。目に物見せむ』 といふより合掌した。勇猛なる神卒はたちまち天より下り、荒熊彦を前後左右に取囲み、つひにその場に引据ゑた。荒熊彦は胆をつぶし、救ひを求め、かつ総ての罪状を自白し、全軍の指揮権を返上した。荒熊姫はかかる出来事を夢にも知らず、南麓の原野において元照彦と鎬を削つてゐたのである。この時元照彦は深く進みて重囲に陥り、ほとんど全滅せむとする間際であつた。 駒山彦の魔軍はますます勢を得て今や城内に入らむとする。常世姫の応援軍は鬨をつくつて勢を煽り、侮りがたき猛勢である。この時言霊別命は、乙女の天使に全軍の指揮を命じた。ほとんど絶望に瀕したる味方の神軍は、にはかに天使の現はれしに勇みたち、勇気はここに百倍した。乙女の天使は金の采配を打振り全軍を指揮し、駒山彦の魔軍にむかつて、驀地に突入した。敵軍は雪崩をうつて、倒けつ転びつ数多の死傷者を出しつつ、山麓目がけて逃げ散つた。 荒熊彦は改心の上一方の部将となり、常世姫の援軍にむかつて厳しく攻め入り、奮闘のすゑ足部に大負傷をなし、身体の自由を失ひ、従臣に救はれやうやく城塞に逃げ帰つた。乙女の天使は駒山彦の魔軍を破り、再び転じて荒熊姫の頭上より攻撃をはじめた。荒熊姫は周章狼狽き、つひに乙女の天使にむかつて降を乞うた。ここに乙女の忠告により元照彦に無礼を謝し、高白山は目出たく平和に帰し、敵は四方に散乱した。 (大正一〇・一一・三旧一〇・四加藤明子録)
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霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 32 言霊別命の帰城 第三二章言霊別命の帰城〔八二〕 神山彦は威儀を正し、言葉を改め、 『稚桜姫命の直使として貴神に伝ふべきことあり。貴神はローマ、モスコーにあまたの神軍を配置し、今またこの高白山に陣営をかまへ、久しく竜宮城へ帰りきたらざるは何故ぞ。一時も早くローマ、モスコーの神軍を解散し、当城をすてて竜宮城に帰り、稚桜姫命の疑を晴らすべし』 と気色はげしく鼻息たかく述べたてた。言霊別命は答へて、 『稚桜姫命の真意はさることながら、今や魔神は天下に跋扈跳梁して、勢なかなか侮るべからず。吾らが今、ローマ、モスコーに神軍をあつめ、また当山に城塞をかまへて神軍を集むるは、地の高天原を守り奉らむがためなり。いかに稚桜姫命は聡明におはしますとも、元来は婦神の悲しさ、比較的その御神慮浅く疑念深く、常に常世姫のごとき奸侫邪智の神を信任し、つひには根底より神政を覆へされたまふは、火をみるより瞭かなり。われはこの災禍を前知し、実は天使大八洲彦命、真澄姫と謀り、万一に備へむとして苦慮せるなり。思慮浅き女神、小神の知るところに非ず』 と憤然として席をけり、一間に駆け入らむとした。このとき神山彦は懐中より短剣を取いだし、両肌を脱いで割腹せむとした。真倉彦以下二神司も、吾後れじと一時に両肌を脱ぎ短刀にて腹を掻ききらむとす。 言霊別命はこれを見ておほいに驚き、 『諸神しばらく待たれよ。逸まりたまふな』 ととどめむとした。四柱は、 『しからば命は竜宮城へすみやかに帰りたまふや』 と問ひつめた。命はいかに答へむと太息をもらし、思案にくれた。神山彦は決心の色をあらはし、 『われは帰りて稚桜姫命にたいし奉り、陳弁の辞なし。如かず、ここに潔く諸共に自殺して、その責任を明らかにせむ』 と又もや短刀を逆手に持ち、四柱一度に割腹せむとする。 このとき言霊別命は心中にて、吾は天下を救はむと思へばこそ、寒風強き極北に種々の苦難を嘗めつつあるのである。されど眼前に、かかる忠誠なる神司の自殺の惨状を看過するに忍びず、アゝいかにせむと、その刹那の苦痛は実に言辞の尽すべきかぎりでなかつた。 命は意を決し、 『しからば神山彦の言葉を容れ、すみやかに帰城すべし』 と決心固くのべた。ここに一行は大いによろこび自殺を思ひとどまり、その場は無事に治まつたのである。言霊別命はやむをえず、一まず神山彦一行とともに帰城せむとするに際し、元照彦を一間に招き、清照彦の所在を教へ、かつわが妹の末世姫を娶し、斎代彦を相そへて、海峡をこえ、長高山の北方に都を開き、時期を待ちつつあることを密かに告げた。 しかして高白山は元照彦を主将とし、荒熊彦を部将としてこれを守らしめ、天の磐樟船に乗りて、神山彦一行とともに目出度く竜宮城へ帰還した。 竜宮城はにはかに色めきたつて、諸神司の悦びはたとふるにものなき有様で、春陽の気は城内に溢れた。常世城よりきたれる常世姫のみは、何ゆゑか顔色が平常よりも冴えなかつた。 言霊別命はただちに奥殿に入り、稚桜姫命に謁した。かたはらに常世姫、竜世姫、真澄姫は侍してゐた。言霊別命は帰城の挨拶を慇懃にのべた。稚桜姫命は帰城を悦び、いろいろの飲食を出して饗応された。 常世姫はたちまち口を開いて命にむかひ、 『高白山は全く滅亡し、汝は進退きはまり九死一生の悲境にありしを、稚桜姫命の大慈悲心より窮場を救はれしは、定めて満足ならむ。すみやかに命にその大恩を謝したまへ』 と言葉を鼻にかけて嘲笑ひつつ、いと憎気に言ひはなつのであつた。 言霊別命は立腹のあまり、高白山の実情を述べむとし、口を開かむとする時、常世姫は遮つて、 『敗軍の将は兵を語らず。黙したまへ』 と頭から押へつけた。また言葉をついで、 『汝は命に背き、ローマ、モスコーに陣営を構へたが、これまた荒熊彦のために一敗地に塗れ、汝にしたがひし諸神将卒は四方に散乱して、今は残らず天下に放浪のあはれ果敢なき者となつてゐる。汝はこの失敗に省み、今後は心を改めて命の厳命に服従し、かつ吾は女性なれども、わが言も少しは用ゐられよ』 と舌長に上から被せかけるやうに言つた。 言霊別命は怒りを忍び、わざと笑つてその場をすました。今後この二神司の関係はどうなるであらうか。 (大正一〇・一一・三旧一〇・四外山豊二録)
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霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 36 高白山上の悲劇 第三六章高白山上の悲劇〔八六〕 元照彦は高白山に敗れ、部下の神軍を狩り集め、長駆してローマに遁れ、ここにしばらく駐屯し、モスコーをへて清照彦の立てこもれる長高山に到着し、清照彦、末世姫に会し、荒熊彦以下の反逆無道の詳細を物語つた。荒熊彦、荒熊姫は前述のごとく、清照彦の父母に当る神である。 ここに清照彦は父母の惨虐無道なる行為を諫め、善心に立返らしめむとして侍臣に命じ、天の鳥船を遣はして、高白山の城塞に信書を送つたのである。その信書の意味は、 『父母の二神は再生の大恩ある言霊別命に背き、かつ天地の法則に違ひ大義名分忘れたる其の非理非行を諫め、かつわれは慈愛深き言霊別命の妹末世姫を娶りて今や長高山にあり。すみやかに悔あらためて常世姫をすて、恩神に従来の無礼を謝し、ただちに忠誠の意を表するべし。もし言霊別命にしてこれを許したまはざる時は、両神には、すみやかに自決されむことを乞ふ』 といふ信書であつた。 荒熊彦夫妻はこの信書を見て、清照彦の安全なるを喜び、またその信書の文意にたいして大いに驚きかつ悲しんだ。されど二柱はいかに最愛の児の言なりとて、直ちにこれを容れ、言霊別命に帰順せむとせば、強力なる常世姫に討伐されむ。また常世姫に随はば、最愛の児に捨てられむ、とやせむ角やせむと二柱は煩悶し、その結果つひに荒熊彦は病を発し、身体の自由を失ふにいたつた。荒熊姫は日夜に弱りゆく夫の容態を眺めて心も心ならず、かつ清照彦の忠告を思ひ浮べて、矢も楯もたまらず、胸に熱鉄を飲むごとく思ひわづらつた。この様子を怪しみ窺ひたる駒山彦は、荒熊姫の居間を訪ひ、 『前ごろより貴下夫婦の様子をうかがふに、合点のゆかざることのみ多し。貴下らにして吾子の愛に溺れ、常世姫に背きたまふにおいては、われは時を移さず委細を常世城に注進し、反逆の罪を問ひ、もつて貴下を討ち奉るべし』 と顔色をかへて詰めかけた。このとき天空高く、天の鳥船に乗りてきたる美しき神司あり。こは長高山より翔けきたれる第二の使者であつた。荒熊姫は駒山彦を賺して自ら応接の間に出で、第二の使者より信書を受取り披見した。 その文面によれば、 『われ先に使をつかはして、父母二神の改心帰順を勧め奉りたり。されど使者は久しきに亘るも帰りきたらず。惟ふにわが言を用ゐたまはざるものとみえたり。われは骨肉の情忍び難しといへども、大義名分上、やむを得ず貴下を天にかはつて討滅せざるべからざるの悲境に陥れり。ああ、忠ならむとすれば孝ならず。孝ならむとすれば忠ならず。わが万斛の涙は何れに向つて吐却せむ。されど大義には勝つべからず。骨肉の情をすて、天に代つて、すみやかに神軍を率ゐ、海山の恩ある両親を滅ぼさむとす。不孝の罪赦したまへ』 との信書であつた。 荒熊姫は第二の信書を見て、ただちに一室に入り短刀を抜いて自刃せむとする時しも、蒼惶しく戸を押し開け、「暫く、しばらく」と呼ばはりつつ駒山彦が現はれ、その短刀をもぎ取り言葉をはげまして曰く、 『主将は病の床に臥し、高白山はその主宰者を失はむとす。加ふるに貴下は短慮を発し、今ここに自刃して果てなば、当城はいづれの神司かこれを守るべき。逃げ去りたる元照彦は、何時神軍を整へ攻め来るや図り難し。われはかかる思慮浅き貴下とは思ひ設けざりき。さきに怒りて貴下を滅ぼさむと云ひしは、われの真意に非ず。貴下の決心を強めむがためなり。かかる大事の場合、親子の情にひかれて敵に降り、あるひは卑怯にも自刃してその苦を免れむとしたまふは、実に卑怯未練の御振舞なり。善に強ければ悪にも強きが将たるものの採るべき途ならずや』 と涙とともに諫める。病の床に臥したる荒熊彦は俄然起あがり、 『最前より始終の様子ことごとく聞きたり。今や詮なし、大義をすて、親子の情を破り、もつて常世姫に忠誠を捧げむ。荒熊姫の覚悟やいかん』 と言葉鋭く迫つたのである。荒熊姫は大声をあげて涕泣し、狂気のごとく吾胸を掻むしり、 『われを殺せよ、わが苦痛を救けよ』 と藻掻くのである。ここに第一、第二の使者は、この様子を見て元のごとく、天の鳥船に乗り西北の空高く長高山に帰つた。 (大正一〇・一一・四旧一〇・五外山豊二録)
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霊界物語 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 39 乗合舟 第三九章乗合舟〔一三九〕 道彦は高白山を出でしより、諸方を遍歴し艱難辛苦を重ねて、やうやく常世国スペリオル湖の北岸に出たり。ここに船を傭ひ、ロツキー山に向はむとしたり。船中には沢山の神人乗りゐたり。八島姫もいつの間にか、この船の客となり居たりしが、道彦はわざと空とぼけて、素知らぬ顔をなしゐたり。八島姫は道彦の変りはてたる姿を見て、少しも気付かざりける。 この時船の舳先よりすつくと立ちて、八島姫の傍に近づききたる神人あり、これは南高山の従臣玉純彦なりき。南高山は八島姫の出城以来、四方八方に神人を派遣して姫の行方を探しゐたりしなり。玉純彦は八島姫にむかひ、飛つくばかりの声を発し、 『貴女は八島姫にましまさずや』 といふ。八島姫も風采容貌ともに激変して、ほとンど真偽を判別するに苦しむくらゐなりしかば、八島姫は首を左右に振り、 『われは旭姫といふ常世城の従臣にして、南高山のものに非ず、見違へたまふな』 と、つンとして背を向けたるを玉純彦は、どことなく八島姫の容貌に似たるを訝かり、姫の前方にまはりて首を左右にかたむけ、穴のあくばかり千鳥のごとき鋭き目を見はり、 『如何にかくしたまふとも、貴女の額には巴形の斑点今なほ微に残れり。われは主命により貴女を尋ねむとして、櫛風沐雨、東奔西走あらゆる艱難をなめつくし、今ここに拝顔し得たるは、天の授くる時運の到来せしならむ。袖振り合ふも他生の縁といふ。況ンや天地のあひだに二柱と無き主の御子においてをや。今この寒き湖の中に一蓮托生の船客となるも、かならず国治立命の御引き合せならむ、是非々々、名乗らせたまへ』 と、涙を流して男泣きに泣く。 八島姫は名乗りたきは山々なれども、国直姫命の神命を遂行し、地の高天原に復命を終るまで、なまじひに名乗りをあげ、神業の妨害とならむことをおそれ、断乎としてその実を告げざりし。八島姫の胸中はじつに熱鉄をのむ心地なり。玉純彦はなほも言葉をついで、 『貴女はいかに隠させたまふとも、吾は正しく八島姫と拝察したてまつる。貴女の出城されしより、御父は煩悶のあまり、重き病の床につかせたまひ、御母また逆臣豊彦のために弑せられ、御父大島別は老いゆくとともに世をはかなみ、ぜひ一度八島姫に面会せざれば死すること能はずと、日夜悲嘆の涙にくれたまふのみならず、御兄八島彦は、瓢然として出城されしまま、行方不明とならせ給ふ。海山の大恩ある御父の難儀をふりすて、わが意中の道彦の後を追はせたまふは、実に破倫の行為にして天則に違反するものに非ずや』 と言葉をつくして述べたてける。 姫の胸中は暗黒無明の雲にとざされにけり。ほどなく船は南の岸に近づきぬ。この対話を聞きゐたる道彦は、はじめて様子を知り、いよいよ八島姫なることを悟り、つくづくその面を見れば、かすかに巴形の斑点を認むることを得たり。 船はやうやく岸に着き、神人は先を争ふて上陸したり。道彦は八島姫に悟られじと直ちにその姿を物陰に隠したるに、玉純彦は姫の手を固く取りて離さざりけり。 八島姫は進退きはまり、国治立命の神霊にむかひて、この場を無事にのがれむことをと祈願したるに、たちまち白色の玉天より下り、二人の前に落下し白煙濛々としてたち昇り、四辺をつつみける。玉純彦は驚きて、姫の手を離したるを幸ひ、姫は白煙のなかを一目散に南方さして逃げ去りにける。 ややありて白煙は四方に散り、後には八島姫地に伏して泣き倒れてゐたり。これは白狐旭の変化なりき。玉純彦はふたたび傍に寄り、千言万語をつくして帰城をすすめたれば、姫はやうやう納得して、玉純彦とともに帰城の途につきにける。 数多の山河を跋渉し、やうやく南高山の城内にたち帰り、八島姫は久しぶりにて父に面会し、無断出城の罪を謝したりしが、父はおほいに喜び、かつ玉純彦の功績を賞揚し、城内にはかに春陽の気満ち神人らは祝宴をひらいて万歳を唱へ、大島別はここに元気回復して、後日神政成就の神業に参加することとなりける。 道彦は八島姫の目を免がれ、常世城に入り、従僕となり遂に抜擢せられて、八王大神の給仕役となり、総ての計画を探知するを得たり。また白狐の変化ならざる八島姫も同じく常世城に入り、常世姫の侍女となり、一切の邪神の計画を探り、地の高天原に復命し、偉勲を樹つる次第は後日明瞭となるべし。 (大正一〇・一二・七旧一一・九加藤明子録)
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霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 39 常世の暗 第三九章常世の暗〔一八九〕 聖地ヱルサレムの天使長常世彦命には、高月彦誕生して追々と成長し、父を輔けて、その勲功もつとも多く、かつ天使長の声望天下に雷のごとく轟き、その善政を謳歌せざるもの無く、一時は実に天下泰平の祥代となりける。 しかるに油断は大敵すこしにても間隙あらむか、宇宙に充満せる邪神の霊はたちまち襲ひきたりて、或は心魂に或は身体にたいして禍害を加へ、またはその良心を汚し曇らせ、つひにはそのものの身体および霊魂を容器として、悪心をおこし悪行を遂行せしめむと付け狙ふに至るものなり。 大本神諭にも、 『悪魔は絶えず人の身魂を付け狙ひ居るものなれば、抜刀の中に居る心持にて居らざる時は、いつ悪魔にその身魂を自由自在に玩弄物にせらるるや知れず。ゆゑに人は神の心に立帰りて神を信仰し、すこしも油断あるべからず』 常世彦命は神界の太平にやや安心して、あまたの侍臣とともに竜宮海に舟遊びの宴をもよほすとき、竜宮海の底深く潜みて時を待ちつつありし八頭八尾の大蛇の邪霊は、この時こそと言はむばかりに、その本体を諸神人の前に顕はし、態と神人らの前にて高月彦と変化し、常世彦命の居館に入りこみ神人らを悩めたるなり。 常世彦命はじめ聖地の神人らは、二人の高月彦のうち一人は邪神の変化なることを何れも知悉すれども、その何れを真否と認むること能はざりしために、止むを得ず、同じ姿の二人を居館に住まはせたりける。真の高月彦は、 『我こそは真の高月彦なり、彼は邪神の変化なり』 と證明せむとすれば、邪神の高月彦もまた同じく、 『我こそは真の高月彦なり、彼は邪神の変化なり』 と主張し、その真偽判明せず、やむを得ず二人を立てゐたりける。 この怪しき事実は誰いふともなく神界一般に拡まり伝はり、八王八頭の耳に入り、神人らは聖地の神政に対して、不安と疑念を抱くに至りける。 常世彦命はこのことのみ日夜煩悶し、つひには発病するに立ちいたりぬ。命は妻を枕頭に招き、苦しき病の息をつきながら、 『吾は少しの心の欲望より終に邪神に魅せられて常世国に城塞を構へ、畏くも国祖大神をはじめ歴代の天使長以下の神人らを苦しめ悩ませたるにも拘はらず、仁慈深き国祖は吾らの改心を賞でたまひて、もつたいなき聖地の執権者に任じたまひたれば、吾らは再生の大恩に報いたてまつらむと誠心誠意律法を厳守し、神政に励みて国祖の大神に奉仕せしに、心の何時となく緩みしためか、竜宮海に船を浮べて遊楽せし折しも、海底より邪神現はれて愛児の姿となり、堂々として我館に住み込み、その真偽を判別する能はず、それより吾は如何にもしてその真偽を知らむと、日夜天津大神および国祖大神に祈願を凝らせども、一たん犯せる罪の報いきたりて、心魂暗み天眼通力を失ひ、かつ、それより我身体の各所に痛みを覚え、今やかくのごとく重態に陥りたるも深き罪障の報いなれば、汝らは吾が身の悲惨なる果を見て一日も早く悔い改め、寸毫といへども悪心非行を発起すべからず』 と遺言して眠るがごとく帰幽したりける。鳥の将に死なむとするや其の声悲し、人の将に死せむとする時その言や善しと。宜なるかな、さしも一旦暴威をふるひたる常世彦命も本心より省み、その邪心を恥ぢ、非行を悔い神憲の儼として犯すべからざるを畏れ、天地の大道たる死生、往来、因果の理法を覚りて身魂まつたく清まり、神助のもとに安々と眠るがごとく帰幽したりける。アヽ畏るべきは心の持ちかた一つなりける。 常世彦命の昇天せしより、聖地の神人らは急使を四方に派して、各山各地の八王をはじめ一般の守護職にたいして報告を発したれば、万寿山をはじめ八百万の神人は、この凶報に驚き我一と先を争ひて聖地に蝟集しその昇天を悲しみつつ、後任者の一日も早く確定せむことを熱望し、ここにヱルサレム城の大広間に会したり。常世彦命の長子高月彦を天使長に選定し、国祖大神の認許を奏請せむとするや、天下に喧伝されしごとく、二人の高月彦あらはれ来たりぬ。 諸神司はその真偽について判別に苦しみ、七日七夜大広間に会議をつづけたれど、いかにしても前後と正邪の区別つかざるところまで克く変化しゐたるにぞ、真偽二人の天使長を戴くことを得ず、神人らは五里霧中に彷徨しつつ、その怪事実に悩まされけり。 高月彦は大広間に現はれ竜宮海に潜める邪神大蛇の変より、父の昇天までの種々聖地の怪を述べ且つ、 『吾身に蔭のごとく附随せるは、かの大蛇の変化なることを證明すべきことあり。諸神人はこれにて真偽を悟られたし。吾には父より賜はりし守袋あり、これを見られよ』 と満座の前に差出し、偽高月彦の邪神にむかひ、 『汝が果して真なれば、父より守袋を授けられし筈なり、今ここにその守袋を取出して、その偽神にあらざることを證明せられよ』 と詰め寄れば、邪神はたちまち色を変じ、何の返答もなく物をもいはず、真の高月彦に噛付かむとする一刹那、たちまち「惟神霊幸倍坐世」の神言が自然に口より迸出したるにぞ、偽神はたちまちその神言の威徳に正体を現はし、 『アヽ残念至極口惜さよ。我は永年この聖地を根底より顛覆せむと、海底に沈みて時を待ち、つひに高月彦と変化し、聖地の攪乱に全力を尽したりしに、高月彦の神言によりてその化けの皮を脱がれたれば、いまは是非なし、ふたたび時節を待つてこの怨みを報ぜむ』 と言ふよと見るまに、見るも恐ろしき八頭八尾の大蛇と現はれ叢雲をよびおこし天空をかけりて、遠くその怪姿を西天に没したりけり。高月彦は忽然として立ちあがり、 『諸神司はただいまの邪神の様子を実見して、その真偽を悟りたまひしならむ、吾こそは天使長常世彦命の長子高月彦なり。今後聖地の神政については、諸神司の協力一致して御輔翼あらむことを希望す』 と慇懃に挨拶を述べ終るや否や、たちまち悪寒震慄、顔色急に青ざめ、腹をかかへて苦悶の声を放ちければ、諸神司は驚きて命を扶けその居館に送り、侍者をして叮嚀に看護せしめたり。 この守袋は妹五月姫の計らひにて、俄に思ひつきたるカラクリにして、邪神の正体を現はすための窮策に出たるものなりける。かくのごとき権謀術数を弄するは、神人としてもつとも慎まざるべからざることなり。 また高月彦の急病を発したるは、真正の病気ではなく、命の安心とややその神徳にほこる心の隙に乗じて、西天に姿を隠したる八頭八尾の大蛇の邪霊が、間髪を容るるの暇なきまで速く、その肉体に憑依したる結果なりける。 (大正一〇・一二・二七旧一一・二九外山豊二録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 18 宣伝使 第一八章宣伝使〔二一八〕 ここに天教山(一名須弥仙山ともいふ)に鎮まり坐す木花姫命の招きにより、集つた神人は、 大八洲彦命(一名月照彦神)、大足彦(一名足真彦)、言霊別命(一名少彦名神)、神国別命(一名弘子彦神)、国直姫命(一名国照姫神)、大道別(一名日の出神)、磐樟彦(一名磐戸別神)、斎代彦(一名祝部神)、大島別(一名太田神)、鬼武彦(一名大江神)、高倉、旭の二神合体して月日明神 その他の神人なりける。 それらの神人は、天教山の中腹青木ケ原の聖場に会し、野立彦命の神勅を奉じ、天下の神人を覚醒すべく、予言者となりて世界の各地に派遣せられた。その予言の言葉にいふ。 『三千世界一度に開く梅の花、月日と土の恩を知れ、心一つの救ひの神ぞ、天教山に現はれる』 以上の諸神人はこの神言を唱へつつ、あるひは童謡に、あるひは演芸に、あるひは音楽にことよせ、千辛万苦して窃に国祖の予言警告を宣伝した。 されど、大蛇や金狐の邪霊に心底より誑惑され切つたる神人らは、ほとんどこの予言を軽視し、酒宴の席における流行歌とのみ聞きながし、事に触れ物に接してただちに口吟みながら、その警告の真意を研究し、日月の神恩を感謝し、身魂を錬磨せむとする者は、ほとんど千中の一にも当らぬくらゐであつた。 常世神王は、門前に節面白く「三千世界一度に開く梅の花云々」と歌ひくる月日明神の童謡を聞いて首をかたむけ、大鷹別をして月日明神をともなひ殿中に招き、諸神満座の中にてこの歌を謡はしめた。 月日明神は、面白く手拍子足拍子を揃へ、かつ優美に歌ひ舞ひはじめた。いづれもその妙技に感嘆して見とれゐたり。 神人らは、嬉々として天女の音楽を聴くごとく勇みたち、中には自ら起ちてその歌をうたひ、月日明神と相並んで品よく踊り狂ふものあり。殿内は神人らの歓喜の声に充されて春のやうであつた。独り常世神王は、神人らの喜び勇み踊り狂うて他愛なきに引きかへ、両手に頭を抑へながら苦悶に堪へざる面持にて、始終俯きがちにその両眼よりは涙を垂らし、かつ恐怖戦慄の色をあらはし、何となく落着かぬ様子であつた。 この様子を窺ひ知つたる大鷹別は、常世神王の御前に恭しく拝礼し、かついふ、 『神王は、何故かかる面白き歌舞をみそなはしながら、憂鬱煩慮の体にましますや、一応合点ゆかず、御真意を承はりたし、小子の力に及ぶことならば、いかなる難事といへども、神王のためには一身を惜しまず仕へまつらむ』 と至誠面にあらはれて進言した。 されど、常世神王はただ俯向いて一言も発せず、溜息吐息を吐くばかりであつた。大鷹別は重ねてその真意を言葉しづかに伺つた。常世神王はただ一言、 『月日明神を大切に饗応し、本城の主賓として優待せよ』 といひ残し、奥殿に逸早く姿をかくした。 月日明神は衆神にむかひ、 『世の終りは近づけり、天地の神明に身魂の罪を心底より謝罪せよ』 といひつつ、姿は烟のごとく消えてしまつた。 しばらくあつて常世神王は大鷹別にむかひ、 『旭明神とやらの唱ふる童謡は、普通一般の神人の作りし歌にあらず、天上にまします尊き神の予言警告なれば、吾らは一時も早く前非を悔い、月日と土の大恩を感謝し、天地の神霊を奉斎せざるべからず。是については吾々も一大決心を要す。すみやかに盤古神王の娘塩治姫およびウラル彦の娘玉春姫をアーメニヤの神都に礼を厚くしてこれを送還し、時を移さずロッキー山上に仮殿を建て、すみやかに転居の準備に着手せよ』 と厳命した。大鷹別は神王の真意を解しかね、心中に馬鹿らしく感じつつも、命のごとく数多の神人をして二女性をアーメニヤに送還せしめ、ロッキー山の頂上に土引き均し、形ばかりの仮殿を建設することとなつた。 アーメニヤの神都にては、盤古神王をはじめウラル彦は、常世神王の俄に前非を悔い、心底より帰順したる表徴として安堵し、かつ軽侮の念を高めつつ意気衝天の勢ひであつた。 頃しも仮宮殿の傍近く、 『三千世界一度に開く梅の花』 と謡うて通る言触神(宣伝使)があつた。盤古神王はこの声に耳をそばだて胸を抑へてその場に平伏した。この声の耳に入るとともに頭は割るるがごとく、胸は引き裂くるごとくに感じたからである。 ウラル彦夫妻は、神王のこの様子を見て不審に堪へず、あわただしく駆けよつて介抱せむとした。神王は右の手を挙げて左右に振り、苦しき息を吐きながら、 『ただ今の言触神の声を聴け』 といつた。二神は答へて、 『彼は神人らに食を求めて天下を遍歴する流浪人なり、かくのごとき神人の言を信じて心身を悩ませたまふは、平素英邁にして豪胆なる神王の御言葉とも覚えず、貴下は神経を悩ましたまふにあらざるか』 とやや冷笑を浮べて問ひかけた。 神王は二人の言葉の耳にも入らざるごとき様子にて、両手を合せ、或は天を拝し或は地を拝し、 『月日と土の恩を知れ、月日と土の恩を知れ、世界の神人の罪を赦し、吾ら一族をこの大難より救はせたまへ』 と流汗淋漓、無我夢中に祈願をこらす。 ウラル彦夫妻は、この体を見て可笑しさに堪へかね噴出さむばかりになつたが、神王の御前をはばかつて、両眼より可笑し涙を垂らしてこの場を退きさがつてしまつた。そしてこの場に現はれた言触神は日の出神であつた。 (大正一一・一・九旧大正一〇・一二・一二井上留五郎録)
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 46 油断大敵 第四六章油断大敵〔二四六〕 アーメニヤの野に神都を開きたるウラル彦は大蛇の身魂の猛威を借り、ウラル姫は金狐の悪霊の使嗾によつて天下の神人を帰従せしめ、一時衰退に帰したる神政は日に月に降盛の域に達した。 世の終りに近づきしこの際、かくも勢力頓に加はるのは、恰も燈火の滅せむとする時その光却て強く輝きわたるやうなものである。 アーメニヤを中心として集まり来る数多の神々は、孰れも体主霊従の行動を取り、自由を鼓吹し天地の神明を無視し、利己一遍に傾き、ここに天地の律法は全たく破壊されて了つた。 ウラル彦は勢を得て、遂に氷炭相容れざる盤古神王をウラル山上より駆逐せむとし、暗夜に乗じて八方より短兵急に攻め寄た。 然るに盤古神王は天地の大恩を悟り律法を遵守し、敵の襲来に対して天運と諦め、少しも抵抗しなかつた。 元来ウラル彦は盤古神王の肉身の子なる常世彦の子にして、云はば神王の孫に当るのである。されど大蛇の霊に左右せられたるウラル彦は五倫五常の大道を忘却し、心神常暗となつて、遂に天位の欲に絡まれ、かくの如き悪逆無道の行為に出でたのである。実に邪神位恐ろしきものは世にないのである。如何に善良なる神と雖も、その心身に空隙または油断あるときは、たちまち邪霊襲来して非行を遂行せしめ、大罪を犯さしむるものである。 傀儡師胸にかけたる人形箱 鬼を出したり仏出したり 善になるも悪に復るも皆精神の持方一つにあるを思へば、精神位恐ろしきものはない。 ここに盤古神王は覚悟を定め、ウラル彦の蹂躙に一任し、無抵抗主義をとることとなり、天を拝し地を拝し、一切の結果を大神の命に一任し奉つた。 奥殿に賓客として留まり居たる宣伝使日の出神は、盤古神王を励まし、塩長姫および塩治姫と共に夜陰に紛れてウラルの深林に隠れ、辛うじて聖地ヱルサレムに難を逃れ、荒れ果たる聖地に形ばかりの仮殿を造り、ここに天地神明を祀り、世界の混乱鎮定の祈願に余念なかつた。 天上の星は常規を逸して運行し、地は絶えず震動して轟々たる音響を立て、空行く諸鳥は残らず地に落下し、日月は光褪せ、雨頻りに降り来つて諸川氾濫し、地上の神人は日夜塗炭の苦しみを嘗むるに至りぬ。 (大正一一・一・一四旧大正一〇・一二・一七井上留五郎録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 総説 総説 太古の神霊界における政治の大要を述べて見ようと思ふ。固より数百万年以前の事であつて、吾々人間としては、その真偽を的確に判別する事は到底不可能であります。然し王仁の述ぶるところは、臆説や想像ではない。また創作物でもない。高熊山における霊学修行中に、見聞したる有りのままを、覚束なき記憶より呼び出して、僅かにその片鱗を吐露したばかりであります。 現代文明の空気に触れたる、天文地文学者や国学者および宗教家、哲学者などの、深遠なる知識から、この物語を見るならば、実に欠点だらけで、中には抱腹絶倒、批判の価値なきものと、断定さるるでありませう。しかし王仁の物語は、寓意的の教訓でもなければ、また虚構でもない、有りのままの見聞談である。 総て霊界の話は現界とは異つて、率直で簡明であり、濃厚複雑等の説話は、神の最も忌み玉ふところ、女にも子供にも、どんな無知識階級にも、なるべく解り易く、平易簡単にして、明瞭なるを主眼とするが故である。 本巻は、いよいよ天津神の命により諾冊の二尊が、天照大御神の御魂の大御柱を中心に、天より降り、天の浮橋に立ちて、海月なす漂へる国を修理固成し玉ひ、現代の我日本国即ち豊葦原の瑞穂の中津国を胞衣となし、かつ神実として、地上のあらゆる世界を修理固成し玉うた神界経綸の大略を述べたものであります。それゆゑ舞台は、地球上一般の神人界に渉つた出来事であつて、区々たる極東我神国のみの神話を写したものでない事は勿論である。 ○ 総て太古の御神政は神祭を第一とし、次に神政を行ひ、国々に国魂神があり、国魂神は、その国々の神王、又は八王などと云つて八尋殿を建てられ、殿内の至聖処に祭壇を設け、造化三神を鎮祭し、神王および八王は、同殿同床にて神明に奉仕された。さうして神政は左守神又は右守神(或は八頭神とも云ふ)に神示を伝へ神政を司掌らしめ玉うたのであります。さうして国治立命御神政の時代は、[※御校正本・愛世版では「国治立命御隠退の時代」だが、天使長という聖職があったのは国祖隠退後ではなく、国祖神政中であり、意味がおかしくなる。そのため霊界物語ネットでは校定版・八幡版に準じて「隠退」を「神政」に直した]天使長と云ふ聖職があつて、国祖の神慮を奉じ、各地の国魂たる八王神を統轄せしめつつあつたのが、諾冊二尊の、淤能碁呂嶋へ御降臨ありし後は、伊弉諾の大神、八尋殿を造りて、これに造化の三神を祭り玉ひ、同殿同床の制を布き、伊弉冊尊を、国の御柱神として、地上神政の主管者たらしめ玉うたのであります。しかるに地上の世界は、日に月に、体主霊従の邪気漲り、物質的文明の進歩と共に、地上神人の精神は、その反比例に悪化し、大蛇、鬼、悪狐の邪霊は天地に充満して有らゆる災害をなし、収拾すべからざるに立ち致つた。そこで神界の神人の最も下層社会より、所謂糞に成り坐すてふ埴安彦神が現はれて、大神の神政を輔佐し奉るべく、天地の洪徳を汎く世界に説示するために教を立て、宣伝使を天下に派遣さるる事となつたのである。 また国祖国治立命は天教山に隠れ、世界の大峠を免るることを汎く地上の神人に告げ諭し、大難を免れしめむとして、宣伝使神を任命し、地上の世界に派遣せしめ玉うた。これが神代における、治教的宣伝の濫觴であつたのである。さうして宣伝使神の任にあたる神は多芸多能にして、礼、楽、射、御、書、数の六芸に通達してゐた神人ばかりである。さうして一身を神に捧げ、衆生救済の天職に喜びて従事されたのである。 それより後、埴安彦、埴安姫の二神司が地上に顕現して麻柱教を説き、宣伝使を任じて世界を覚醒し、神人の御魂の救済に尽さしめた。その宣伝使もまた、士、農、工、商の道に通達し、天則を守り忍耐を唯一の武器として労苦を惜まず、有らゆる迫害を甘受してその任務を尽したのである。現今の各教各宗の宣教師の、安逸遊惰なる生活に比すれば、実に天地霄壤の差があるのである。 総て神の福音を述べ伝ふる宣伝使の聖職に在るものは、神代の宣伝使神の心を以て心とし、克く堪え忍び以て神格を保持し、世人の模範とならねばならぬのである。 ○ 太古の人民の生活状態は、今日のごとく安全なる生活は到底望まれ得なかつた。家屋と云つても、木と木とを組み合せ、杭を地上に打ち、藤蔓の蔓を以てこれを縛り、茅や笹の葉や木の葉を以て屋根を覆ひ、纔に雨露を凌ぐものもあり、岩窟の中に住むもの、山腹に穴を穿ち、草を敷きて住むもの、巨岩を畳み、洞穴を造つてこれに住むものなどで、衣服のごときも、一般の人民は獣皮を身に纏ひ、或は木の葉を編み、草を編み、麻の衣を着るものは人民の中でも最も上等の部である。また絹布を纏へるは最も高貴なる神人のみであつた。 夫れでも古代の人間は天地の大恩を感謝し、生活を楽しみ、和気靄々として楽しくその日を暮して居つたのである。さうして村々には酋長の如きものがあつて、これを各自に統一してゐた。遂には地上に人間の数の殖えるに従つて、争奪をはじめ、生存競争の悪社会を馴致し、弱肉強食の修羅場と化するに至つた。その人心を善導すべく、神の大御心に依つて教なるものが興り、宣伝使の必要を招来するに至つたのであります。 大正十一年一月二十五日旧十年十二月二十八日 出口王仁三郎
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 12 起死回生 第一二章起死回生〔二六二〕 久方の天と地との大道を、解き分け進む宣伝使、世は烏羽玉の闇の世を、洽ねく照らす日の出の守、深山の奥に分け入りて、神の御旨を伝へ来る、月日も長き長白の、山分け進む神司の、雄々しき姿今ここに、三つの身魂のめぐり逢ひ、深き縁の谷の底、底ひも知らぬ皇神の、恵みの舟に棹さして、大海原や川の瀬を、渡る浮世の神柱。 ゆくりなくも、ここに一男二女の宣伝使は邂逅したりける。春日姫は苦しき息の下よりも幽な声をふり絞り、 春日姫『貴下は大恩深き南天王の日の出の守にましますか。みじめなところを御目にかけ、御耻かしく存じます』 と言葉終ると共に、息も絶え絶えに又もや打伏しにける。日の出の守は両眼に涙をたたへ、黙然として春日姫を打ち眺めつつありしが、ツと立ち上り、傍の叢を彼方こなたと逍遥しながら、二種の草の葉を求めきたり、両手の掌に揉み潰し、雫のしたたる葉薬を春日姫の疵所にあて介抱したりける。 これは各地の高山によく発生する山薊と、山芹にして、起死回生の神薬は、これを以て作らるるといふ。日本では伊吹山に今に発生し居るものなり。 見るみる春日姫は、熱さめ痛みとまり腫れは退き、たちまちにして元の身体に復し、さも愉快気に笑顔の扉開きける。ここに三人は歓喜極まつて、神恩の厚きに落涙したり。 日の出の守はおもむろに春日姫に向ひ、 日の出の守『貴女は顕恩郷の南天王として夫婦睦じく住まはせ給ふならむと思ひきや、思ひがけなき宣伝使のこの姿。変り易きは浮世の習ひとは言ひながら、何ンとして斯かる深山にさまよひ給ふぞ。また鷹住別は如何はしけむ、その消息を聞かまほし』 と訝かしげに問ひけるに、春日姫は一別以来の身の消息を、こまごまと物語り、かつ世の終末に近づけるを坐視するに忍びず、身命を神に捧げて、歩みも馴れぬ宣伝使の苦しき旅路の詳細を物語りけるに、日の出の守は言葉を改めて、 日の出の守『至仁至愛の神心を奉戴し、世を救ふべく都を出でての艱難辛苦お察し申す。さりながら、女たるものは家を治むるをもつて第一の務めとなす。汝が夫鷹住別の宣伝使として浪路はるかに出でませし後のモスコーは、年老いたる両親の御心のほども察しやらねばなりますまい。貴女はすみやかにモスコーに帰り、父母に孝養を尽し、神を祈りて、夫の帰省を心静かに待たせたまへ』 と勧むるにぞ、春姫はその語に次いで、 春姫『隙間の風にもあてられぬ貴き女性の御身の上として、案内も知らぬ海山越えて、神のためとは言ひながら、御いたはしき姫の御姿、一日も早くモスコーに帰らせたまへ。妾は今よりモスコーに汝が命を送り届け参らせむ』 と真心面に表はして、涙と共に諫めけるにぞ、春日姫は首を左右に振り、 春日姫『二司の妾をかばひたまふその御心は、何時の世にかは忘れ申さむ。されど一旦思ひ定めた宣伝使、たとへ屍を山野に曝し、虎狼の餌食となるとも、初心を枉ぐる事のいとぞ苦しければ』 と二司の諫めを拒みて動く色見えざりければ、日の出の守も春姫も、巌を射抜く春日姫の固き決心に感歎し、三人の司は相携へて長白山を下り、東、西、南の三方に宣伝歌を謡ひつつ袂を別ちたりける。 (大正一一・一・一七旧大正一〇・一二・二〇嵯峨根民蔵録) (第一一章~一二章昭和一〇・一・二八於筑紫別院王仁校正)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 50 大戸惑 第五〇章大戸惑〔三〇〇〕 宣伝使の一行は役人の案内につれ、悠々として奥殿に導かれた。元照別は愴惶として出迎へ、畳に頭を擦りつけながら、 『曇り果てたる汚らはしい身魂の、吾々の願ひをよくも聞き届け下さいました。サアサアこれへ』 と自ら先に立つて見晴しのよい高楼に導きけり。宣伝使は二人の大男を伴ひ高楼に登りて見れば、山野河海の珍肴美酒は所狭きまでに並べられありき。而して元照別は二人の宣伝使を正座に導き、 『清き御教示は後刻ゆるゆる拝聴仕ります。まづ御食事を取らせられよ』 と誠実面に現はれて着坐を勧める。広道別天使は、 『然らば御免』 と設けの席につき、二人の大男も末座に着席したり。出雲姫はなまなまに設けの席につき、 『コレハコレハ、元照別殿、随分贅沢な御馳走でござる。妾は世界の青人草の憂瀬に沈み、木葉を喰ひ木の根を嘗めて、わづかにその日の生活を続けてゐる悲惨の状態を目撃いたして居りますれば、妾は斯くの如き珍味を長の年月見たこともありませぬ。大宜津姫神の世とは申しながら、実に呆れ果てた次第であります。しかし折角の思召なれば喜ンで頂戴いたします。かくのごとき御馳走は、吾々の口には勿体なくて頂くことが出来ませぬから、鳥獣にも魚にも分配をいたします』 といふより早く、高楼より眼下の深堀に向つて、自分に与へられたる膳部一切を、バラバラと投げ込んで了つた。元照別は顔赧らめ、物をも言はず、差俯き涙をホロホロと流すのみ。広道別天使はこの珍味を食ひもならず、又もや、吾も衆生に分配せむといひながら、眼下の堀を目がけて惜気もなく投げ捨てて、元照別にむかひ、 『かかる珍味を吾々が頂くよりも、一切の衆生に分配いたした方が、何ほど心地がよいか分りませぬ。甘い、美味い、味ないは、喉三寸通る間のこと、幸今日は貴下の御誕生日と承る。一国一城の城主の御身分として、一切の衆生に恩恵を施したまふは、民に主たるものの勤めらるべき大切なる御所行と察し参らす。吾々もお芽出度く、衆生も貴下の誕生を喜び祝する事でありませう』 と言ひ終つて元の座に復した。岩彦や熊彦はこの珍味を前に据ゑられて、喰ふには喰はれず、負けぬ気を出して自分も眼下の堀を目がけて投げ捨てむかと、とつ、おいつ思案はしたが、どうしても喉がゴロゴロ言ふて仕方がない、そこで岩彦は一同に向ひ、 『私も一切の衆生になりかはり、有難く頂戴いたします』 といふより早く、大口を開いて食ひ始めた。熊彦も、 『拙者も、ちよぼちよぼ』 と言ひながら、沢山の飲食をケロリと平げてしまつた。出雲姫は立つて歌を歌ひ、誕生を祝するためと舞ひ始めたり。 『世は常闇となり果てて御空をかける磐船や 天の鳥船舞ひ狂ひ月日は空に照妙の 美々しき衣に身を纏ひ山野海河隈もなく 漁り散らしてうましもの横山のごとく掻き集め 驕も深き大宜津の姫の命の世となりて 手繰になります金山の彦の命や金山の 姫の命の現はれて世人害なふ剣太刀 大砲小銃や簇まで造り足らはし遠近に 鎬を削る浅ましさ怪しき教はびこりて 世人の心迷はせつ元照別の司まで 大戸惑子の神となりこの世はますます曇り行く 曇る浮世を照らさむと雲路を出でて出雲姫 ここに現はれ神の道広く伝ふる広道別の 貴の命と諸共に縦と横との十字街 現はれ来る時もあれ群がりおこる叫び声 耳を澄して聞きをればウローウローの声ならで ほろふほろふと聞えけり滅びゆく世を悲しみて 九山八海の山に現れませる天の御柱大神は 世を平けく安らけく治めまさむと埴安彦の 貴の命や埴安姫の貴の命に事依さし 三五教を開かせて神の教の宣伝使を 四方の国々間配りつ大御心を痛めます 神の御恵み白雲の外に見做して大宜津姫の 神の捕虜となりおほせ下民草の苦しみも 知らぬが仏か鬼か蛇かあゝ元照別の城主どの あゝ元照姫のおかみさま今日の生日の足日より 身魂を立替へ立直し神を敬ひ民草を 妻子のごとく慈しみ天と地との大恩を 悟りて道を守れかし人を審判くは人の身の なすべき業に非ざらめ下を審判くな慈しめ 下がありての上もあり上がありての下もある 上と下とは打ち揃ひ力を合せ村肝の 心を一つに固めつつ世の曲事は宣直し 直日の御霊に省みて神の心に叶へかし 清き心を望の夜の月に誓ひていと円く 治めて茲にミロクの世神伊弉諾の大神の 御楯となりて真心を尽せよ尽せ二柱 尽せよ尽せ二柱』 と厳粛に荘重に謡つて舞ひ納め座につきぬ。 ここに元照別夫婦は、今までウラル彦の圧迫によりて、心ならずも体主霊従の行動を続けつつありしが、今この二柱の宣伝使の実地的訓戒によつて、自分の薄志弱行を恥ぢ、一大勇猛心を振興して神政を根本的に改革し、大御神の神示を遵奉し、伊弉諾の大神の神政に奉仕する事となりぬ。この二神の名は遠近誰いふとなく、大戸惑子神、大戸惑女神と称へられゐたりける。 広道別は出雲姫の涼しき声とその優美な舞曲に心を奪はれ、知らず識らず吾席を立ちて高楼の欄干に手をかけ見惚れゐたり。たちまち欄干はメキメキと音するよと見る間に、広道別天使の身体は眼下の深き堀の中にザンブと陥ち込みた。その寒さに震うて気がつけば、豈図らむや、王仁の身は高熊山の方形の岩の上に寒風に曝されゐたりけり。 (大正一一・一・二四旧大正一〇・一二・二七加藤明子録) (第四〇章~第五〇章昭和一〇・二・一七於奈良菊水旅館王仁校正) 道の栞 天帝は瑞の霊に限り無き直霊魂を賚ひて、暗き世を照らし、垢を去り、泥を清め、鬼を亡ぼさしめむ為に、深き御心ありて降し玉へり。天国に救はれむと欲する者は救はれ、瑞霊に叛く者は自ら亡びを招くべし。
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 16 釣魚の悲 第一六章釣魚の悲〔三一六〕 再び暴たる光景に船の諸人はまたも不安の念に駆られ、猫に逐はれし鼠の如く頭を垂れ呼吸を凝し、戦慄き伏してチウの声も挙げ得ざりける。 この四辺は大小無数の岩石水面に起伏して危険極まる区域なり。一つ違へば船は忽ち破壊覆没の厄に遭ふ地点にして、地獄の釜の一足飛び、人々の生命は恰も轍迹の魚か石上の累卵か、危険刻々に迫り来たりける。このとき船の一方に声あり。 (日の出神)『禍多き人の世は飯食ふ暇も附け狙ふ 情嵐の吹き荒び何の容赦も荒浪の 涙の淵に沈みたる世の諸人を天津日の 神の恵に救はむと黄金山に現はれし 三五教の宣伝使日の出神と現はれて 波風猛る荒海を渡りてここに太平の 神世を修理固成めむと常世の国に進み行く 心も広き海原や神の恵の弥や深く 大御稜威は久方の天津御空にそそり立つ 天教山も啻ならず神徳高き照妙の 衣を捨てて簑笠の服装も軽き宣伝使 重き罪人救はむと教の船に棹さして 闇の海原進み行く黒白も分かぬ暗の夜に 苦しみ迷ふ人々の心の波は騒ぐとも 魂の月は曇るとも天津日の出の宣伝使 光り輝く言霊に眠を醒せ眼を開け 眠を醒せ眼を開け神が表に現はれて 善と悪とを立て別るこの世を修理固成りし神直日 心も広き大直日ただ何事も人の世は 直霊に見直し聞き直せ身の過は宣り直せ 神の御子なる人草は恵も深き神の前 祈りて効験あらざらめ祈れよ祈れ諸人よ 神は汝と倶にあり神は汝と倶に在り 心の岩戸を押開き鬼や大蛇を逐ひ出し 三五教の神の教心の倉に隙間なく 充たせ足らはせ諸人よ充たせ足らはせ諸人よ 世は紫陽花の七変り月日は落つる世ありとも 海の底ひは乾くとも千代も八千代も変りなき 神の恵を力とし大神光を目標に 波風高き荒海の潮踏み分けて世を渡れ 神は汝と倶にあり光り輝く言霊の 天津祝詞の太祝詞声も涼しく宣れよ人 声も涼しく宣れよ人この世を救ふ埴安彦の 神の命や埴安姫の神の命の開きたる 三五教の教理をば耳の戸開けて菊の秋 四方の山々紅に錦織りなす真心は 神に通へる心ぞや神に通へる心ぞや 吾は日の出神なるぞわが言霊は常世行く 暗を照らして世の中の百の曲事祝姫 長閑な海面面那芸の厳の息吹に凪ぎて行く 実にも尊き神の恩実にも尊き神の徳』 と歌ひ終ると共に、またも海面は風凪ぎ、波静まり、月は中天に皎々として輝き始め、さしも頑強なる船の人々も思はず手を拍つて天地の神の洪徳を感謝したりける。 船客の中より色浅黒き、口元の締りたる中肉中背の男、日の出神の前に現はれ、恭しく手を突きながら、 男『一度ならず二度までも、この遭難を救ひ、吾らに清き美はしき教を垂れさせ玉ひしことを有り難く感謝いたします』 と云ひつつ涙を拭ひ、 男『さて、宣伝使にお尋ね申したきことがあります。お聴き届け下されますや』 と耻かし気にいう。日の出神は、 日の出神『吾は世界を導く宣伝使、何事なりとも問はせ給へ』 と快く答へたまへば、彼の男は、 男『私は実は白雪郷の者であります。ふとしたことより郷の女と恋に落ち、白雪郷を追ひ出され常世の国に遁げ行かむと致しました。然るに唯一足違ひにて、船は常世の国へ出帆いたし、次の船を待つて、今や常世の国に渡らうと致して居ります。然るに吾が恋しき女はわが後を追ひ、同じ船に如何なる因縁か乗ることとなりました。しかし彼の女は私の此の船に乗つて居ることは夢にも知りませぬ。私も亦その女の船に乗つて居ることは毫も気が付かなかつたのです。時しも船の一方に当つて、歌を唄ひ始めた女あり、よくよく視れば、私の日頃恋ひ慕ふ彼なれば、噫、彼は一旦約したる言葉を守り、遥々遠き波の上、我を捜ねて来りしか、嗚呼、愛しの者よ、と自ら名乗りを挙げ、相擁して泣きたく思ひました。傍を見れば豈計らむや、我が父の儼然として船中に控へて居るに気が付きました。思ひは同じ一蓮托生の身の上、とつおいつ、吐息を漏らす折からに、彼の女は遂に何思ひけむ、深き千尋の海に身を投げて、泡と消えゆく哀れさ。亦もや我が父の後を追ひて海の藻屑となりしを見る我身の苦しさ。私もその時彼と父との後を追ひ、この海原へ身を投げむやと決心はいたしたものの、何となく腹の底より「マア待て、マア待て。愛する彼の女と恩深き父の弔ひは誰人がなす。天にも地にも親一人子一人の汝、身投げは思ひ止まれよ」と頻りに私語きます。我身の不覚より、彼の女を殺し、大恩ある我父の生命まで水の泡となせしは私の罪咎、千尋の海よりも深きを思へば立つてもゐても居られませぬ、何卒わが心の迷ひを照らさせ給へ、日の出神の宣伝使さま』 と涙と共に物語るを、日の出神は莞爾として、事も無げに、 日の出神『世の中は老少不定、会者定離だ。一切万事人の運命は神の御手に握られて居る。生くるも神の御慮、死するも神の御慮ぞ。唯何事も人の世は、直日に見直せ聞き直せ、身の過は宣り直せ。また来る春に相生の、松も芽出度き親子夫婦の再会を、必ず得させ玉はむ。汝はこれより本心に立ち帰り、三五教の教を守り、天地の神を真心より讃美し奉れ』 と教へ玉へば、彼は熱き涙を湛へながら、日の出神に感謝し、直に宣伝歌を声高らかに歌ひはじめたり。日の出神は手を拍つて彼の男に向ひ、 日の出神『彼方を見られよ』 と指さしたまふ。波の彼方に、浮きつ沈みつ、何かにのせられたる男女の影見えたり。この男女は果して何人ならむか。 (大正一一・一・三一旧一・四広瀬義邦録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 12 身代り 第一二章身代り〔三六二〕 日の出神は、ただ一人茫然として怪しき物音に耳を澄ませ思案に暮るる折りしも、以前の門番の淤縢山津見はこの処に現はれ、 淤縢山津見『貴下は大道別命に在さずや』 と顔を見つめゐる。日の出神は、 日の出神『貴下の御推察に違はず、吾は大道別命、今は日の出神の宣伝使なり。吾竜宮へ来りしは、黄金山の宣伝使、面那芸司竜宮に来れりと聞き、一時も早く彼を救はむがためなり。速かに乙米姫命にこの次第を奏上し、面那芸司を吾に渡されよ』 と言ひつつ、淤縢山津見の顔を見て、 日の出神『オー、貴下は大自在天大国彦の宰相、醜国別にあらざるか。貴下は聖地ヱルサレムの宮を毀ち、神罰立所に致つて帰幽し、根底の国に到れると聞く。然るにいま竜宮に金門を守るとは如何なる理由ありてぞ。詳細に物語られたし』 醜国別は、 淤縢山津見『御推量に違はず、吾は畏れおほくも大自在天の命を奉じ、聖地の宮を毀ちし大罪人なり。天地の法則に照され、根底の国に今や墜落せむとする時、大慈大悲の国治立尊は、侍者に命じ吾を海底の竜宮に救はせ給ひたり。吾らは其大恩に酬ゆるため、昼夜の区別なく竜宮城の門番となり、勤務する者なり。あゝ、神恩無量にして量る可からず、禽獣虫魚の末に至るまで、摂取不捨大慈大悲の神の御心、何時の世にかは酬い奉らむ』 と両眼に涙を湛へ、さめざめと泣き入る。日の出神は、 日の出神『汝が来歴は後にてゆるゆる承はらむ。一時も早く奥殿に案内せよ』 醜国別は止むを得ず、力無き足を運ばせながら先に立ちて、奥深く進み入る。奥殿には数多の海神に取り囲まれて、中央の高座に、花顔柳眉の女神端然として控へ、日の出神を一目見るより、忽ち其の座を下り、満面笑を湛へて、先づ先づこれへと招待したり。日の出神は堂々と、何の憚る所も無く高座に着きける。女神は座を下つて遠来の労を謝し、且つ海底の種々の珍味を揃へて饗応せり。日の出神は、これらの珍味佳肴に目もくれず、女神に向ひ、(海底とは遠嶋の譬也) 日の出神『吾は神伊弉諾の大神の御子大道別命、今は日の出神の宣伝使、現、神、幽の三界に渉り、普く神人を救済すべき神の御使、今この海底に来りしも、海底深く沈める神人万有を救済せむがためなり。かの騒々しき物音は何ぞ、包み秘さず其の実情を我に披見せしめよ』 と儼然として述べ立てたまへば、女神は涙を湛へながら、 女神『実に有難き御仰せ、これには深き仔細あり、高天原に現はれ給ひし神伊弉冊命、黄泉国に出でましてより、黄泉国の穢れを此処に集め給ひ、今まで安楽郷と聞えたる海底の竜宮も、今は殆ど根底の国と成り果てたり。妾は最早これ以上申上ぐる権限を有せず、推量あれ』 と涙に咽びけり。 日の出神は神言を奏上したまへば、忽ち四辺を照らす大火光、日の出神の身体より放射し、巨大なる火の玉となりて竜宮を照破せり。見れば母神の伊弉冊命を、八種の雷神取り囲み、その御頭には大雷、御胸には火の雷居り、御腹には黒雷、陰所には拆雷居り、左の手には若雷居り、右の手には土雷居り、左の足には鳴雷居り、右の足には伏雷居り命の身辺を悩ませ奉りつつありければ、日の出神は、火の玉となりて飛び廻りける。探女醜女、黄泉神の群は、蛆簇り轟きて目も当てられぬ惨状なり。かかる処へ乙米姫神現はれ来り、 乙米姫神『妾は神伊弉冊命の御身代りとなつて仕へ奉らむ、伊弉冊神は一時も早くこの場を逃れ日の出神に護られて、常世の国に身を逃れさせ給へ』 と云ふより早く、八種の雷の神の群に飛び入りぬ。八種の雷神、其他の醜神は、竜宮城の美神、乙米姫命に向つて、前後左右より武者振り附く。伊弉冊命に附着せる枉神は、一つ火の光に照されて残らず払拭されたり。面那芸司は伊弉冊命を救ふべく、必死の力を尽して戦ひつつありけれども力及ばず、連日連夜戦ひ続け、その声門外に溢れ居たりしなり。これにて竜宮の怪しき物音、阿鼻叫喚の声の出所も、漸くに氷解されにける。 日の出神は神文を唱へたまへば、忽ち以前の大亀現はれ来り、門外に立ち塞がりぬ。日の出神は、伊弉冊命を守り、面那芸司および正鹿山津見、淤縢山津見と共に、八尋の亀に跨り海原の波を分けて、海面に浮き出で、常世の国に渡り、ロッキー山に伊弉冊命を送り奉りたり。 其後の海底竜宮城は、体主霊従、弱肉強食の修羅場と化し、八種の雷神の荒びは日に月に激しくなり来り、遂には黄泉比良坂の戦ひを勃発するの已むなきに立到りける。 (大正一一・二・七旧一・一一東尾吉雄録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 04 神の栄光 第四章神の栄光〔五七一〕 鬼雲彦夫妻は、美酒に強か酔ひ潰れ、苦悶の体にて堀に飛び込み、八頭八尾の大蛇の正体を現はし、風雲を捲き起し雲に乗つてフサの国の天空を指して姿を隠した。後に残りし勇将猛卒は、知らず識らず毒酒に酔ひ瀕死の状態に陥り、呻吟苦悶の声目も当てられぬ惨状なりければ、太玉命は之を憐み、直に天に向つて解毒恢復の祈願を籠め、懐中より太玉串を取出して、左右左に打ち振れば、不思議や神徳忽ち現はれ、残らず元気恢復して命を始め七人の前に集まり来り、感謝の涙に咽びながら、助命の大恩に、心の底より悔改め、合掌恭敬到らざるなく、欣喜雀躍手を拍ち足をあげ、面白き歌を謡ひ、躍り狂うて、宣伝使の一行を犒ひける。 愛子姫は立ち上り、感謝の歌を謡ふ。 愛子姫『恵も深き顕恩の里に現れます珍の御子 三五教の宣伝使心も広き太玉の 神の命の現はれて元の神代に造らむと 岩より固き誠心の御稜威は開く梅の花 音に名高き麻柱の教の花は万代の 亀の齢と諸共に栄え栄えて春駒の 勇むが如き神の国教の花も鷹彦の 神の恵の愛子姫千代に栄えよ幾代姫 心いそいそ五十子姫香り床しき梅子姫 闇夜を照す英子姫救ひの道を菊子姫 民を治むる君子姫ミロクの御代の末子姫 神の恵も浅からぬ心涼しき浅子姫 岩より固き岩子姫救ひの神は今子姫 教へ尊き宇豆姫の栄え嬉しき悦子姫 彼方に渡す岸子姫心の色も清子姫 百の罪咎捨子姫十まり六の瑞霊 神素盞嗚の大神の勅畏み顕恩の 園に巣くへる曲津見を言向け和はし神国を 常磐堅磐に立てむとて心を尽し身を尽し 晨夕と送るうち神の恵の隈もなく 輝き渡り今此処に救ひの道の宣伝使 太玉命の現れましてメソポタミヤの秀妻国 いと平けく安らけく知ろし召す世は来りけり あな有難や尊やな朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも大地は沈む事あるも 顕恩郷は永久に南天王の古に 返りて御代は末永く花も開けよ実も結べ 稲麦豆粟黍稗も豊に穣れ神の国 羊も山羊も牛馬も浜の真砂の数多く 殖えよ栄えよ永久に常磐の松のいつまでも 色は褪せざれ変らざれ神が表に現はれて 善と悪とを立て分ける此世を造りし神直日 心も広き大直日直霊の御魂現はれて 顕恩郷に塞がれる怪しき雲を吹き払ひ 月日は空に澄み渡り夜毎閃く星の影 常磐堅磐に健くあれあゝ惟神惟神 御霊幸倍在しませよ神の御霊の幸倍て ためしも夏の木草まで色麗しく賑しく 栄ゆる御代に愛子姫幾代変らぬ五十鈴の 川の流れは永久に濁らであれよ五十子姫 三千世界の梅の花開き匂へる梅子姫 栄え久しき英子姫十六弁の花匂ふ 菊子の姫や君子姫末子の姫に至るまで 神の生みます宇豆姫の御稜威喜ぶ悦子姫 尊き御代も岸子姫エデンの河に身の罪を 洗ひ清めて清子姫安彦国彦道彦の 果敢なく命を捨子姫助くるすべも荒波の 底に潜りて今此処に現はれ来る今子姫 深き流れも忽ちに神の恵に浅子姫 心も固き誠心の千代も動かぬ岩子姫 巌の上に松さへも生ふるためしもある御代は エデンの河に沈みたる三五教の宣伝使 嬉しき顔を三柱の時こそあらめ片時も いと速むやけく皇神の恵の光に照されて 百舌彦田加彦諸共に救はせ給へ天津神 国津神達八百万万の願をかけまくも 畏き神の引き合せ遇うて嬉しき五柱 いづの霊や瑞霊三五の月の照るまでに 救はせたまへ顕恩郷遍く渡る峰の上 谷底までも尋ねつつ神の教に麻柱の 誠の御子を救へかし誠の御子を救へかし 畏き神の御前に遥に拝み奉る 遥に祈り奉る』 と、祈願を籠めて声も涼しく歌ひ舞ひ納めけり。太玉神はツト立つて感謝の歌を歌ひ初めたり。 太玉命『コーカス山に現れませる瑞霊の大神の 勅畏み琵琶の海渡りて四方を宣伝し 稜威の言霊遠近に響き渡らせ進み来る 吾言霊の勢に四方の草木も靡き伏し エデンの園に蟠まる八岐大蛇や醜神の 醜の砦を言向けて松代の姫が生みませる 光愛たき照妙姫の貴の命を花園の 主宰の神と任けつつも吾は進んでエデン河 河の傍をつたひ来る安彦国彦道彦の 三の御魂の宣伝使引き連れ急ぐ渡場に 漸々此処に月の空濁流漲るエデン河 如何はせむと思ふうち川の関所を守り居る 田加彦鳶彦百舌彦が砦を兼ねし川館 先づ道彦を遣はして事の実否を窺へば 鋭利な槍を扱きつつ道彦目蒐けて突きかかる 神の恵を身に浴びし珍の御子なる道彦は 攻め来る槍の切尖を右や左に引きはづし 挑み戦ふ上段下段火花を散らして戦へば 耐り兼ねてか一人は忽ち川へ鳶彦の 猫に追はれた小鼠の跡を掻き消す水の中 漸々岸に泳ぎつき数多の手下を引き連れて 岸辺をさして迫り来る吾等一行は勇み立ち 用意の船に身を任せ棹を横たへ中流に 進む折しも流れ来る征矢に当りて百舌彦は 忽ち河中に転倒し後白浪と消えて行く 泡立つ浪の田加彦もまたもやザンブと河中に 身を躍らして消え失せぬ棹を取られし渡し船 操るよしも浪の上嗚呼如何にせむ船体は 忽ち岩に衝突し木葉微塵に成り果てて 御伴に仕へし宣伝使姿も三つの魂は 河の藻屑となり果てぬ吾はやうやう川縁に 神に守られ這ひ上り群がる敵の諸声を 目当に独りとぼとぼと進む折しも前方に 怪しの男の此処彼処現はれ来り槍の穂を 揃へて一度に攻め来る何の容赦も荒男 太玉串の神力に恐れやしけむ雲霞 煙となつて消え失せぬ忽ち月は大空の 雲の帳を押し分けて四辺を照す嬉しさに 勇気を鼓して進み行く山河幾つ打ち渡り 進む折しも忽ちに電光石火雷の 轟き渡る折からに現はれ出でし神人は 厳霊の大神の第四の御子と現れませる 活津彦根の大御神吾は魔神と怪しみて 争ふ折しも大神は吾等が不明を笑ひつつ 天空目蒐けて帰ります又もや怪しき物蔭に 眼をみはりつつ窺へば松代の姫や照妙姫の 貴の命は可憐らしく高手や小手に縛られて 口には堅き猿轡合点行かずと玉串を 取るより早く打ち振れば魔神は神威に恐れけむ 又もや泡と消え失せぬ路傍の厳に腰を掛け 息を安らふ折柄に駒の蹄の戞々と 音勇ましく進み来る又もや曲津の奸計と 心を配る折からに思ひがけなき梅彦や 音彦駒彦六人の三五教の宣伝使 心も勇み栄えつつ轡を並べて山奥に 進む折しも八千尋のつと行き当る谷の川 川幅広く橋もなく行き悩みたる折柄に 運命天に任せつつ一鞭あてて飛び越ゆる 此処に佇む荒男此勢に辟易し 山奥指して逃げ帰る後振り返り眺むれば 谷と見えしは薄原又もや魔神の計略に かかりて心痛めしか嗚呼恥かしも恥かしも 眼暗みし宣伝使確と腹帯締め直し 心の駒に鞭打ちて息せき切つて二里三里 要心堅固の大門にピタリと当つた七人は 暫し思案に暮れけるが茲に鷹彦宣伝使 早速の早業霊鷹と変じて中空翔廻り 敵状残らず視察して再び此処に舞ひ下り さしもに固き大門を苦もなく左右に押し開く 吾等一行七人は勇気を起して前進し 城砦目蒐けて近よれば魔神の軍勢は進み行く 道の左右に堵列して袖手傍観その様は 心得難きシーンなり又もや来る十六の 天女に擬ふ姫神は吾等の一行を慇懃に 奥殿指して誘ひ行く怪しみながら来て見れば 山野河海の珍肴は処狭きまで並べられ 木実の酒も沢々に供へ足らはす此場面 鬼雲彦の大統領忽ち此場に現はれて 表裏の合ぬ神の宣りいと賢しげに述べ立つる 如何はしけむ城内の勇将猛卒忽ちに 顔色変じ黒血吐き悶え苦しむ訝かしさ 吾も毒酒に酔ひしれて苦しきさまを装ひつ 七転八倒するうちに鬼雲彦の統領は 仕済ましたりと出で来る神の賜ひし玉串を そつと取り出し左右左と魔神に向つて打振れば 鬼雲彦や妻神は黒雲起し風に乗り 雨に紛れて逃げて行く四四十六の花の春 未ださきやらぬ乙女子の蕾の唇開きつつ 一伍一什の物語聞いて胸をば撫で下し 神の恵を嬉しみて善言美辞の神嘉言 唱ふる折しも大空に微妙の音楽鳴り渡り 芳香四辺を包むよと思ふ間もなく現はれし 妙音菩薩の御姿天地に響く言霊の その勲功ぞ尊けれその勲功ぞ畏けれ』 と歌ひ終つて元の座につきぬ。 茲に太玉命は愛子姫、浅子姫を留めて侍女となし、顕恩郷の無事平穏に復するまで蹕を留むるる事となつた。城内の勇将猛卒も太玉命の神力に服し、忠実に三五教を奉じ茲にメソポタミヤの楽土は、エデンの花園と相俟つて、再び元の天国を形成る事となりにける。 バラモン教を守護する邪神を始め、其の宣伝使は遠くペルシヤに渡り、印度に向つて教線を拡充する事となり、岩彦、梅彦、音彦、駒彦、鷹彦の宣伝使を始め、幾代姫、五十子姫、梅子姫、英子姫、菊子姫その他一同の女性は、顕恩郷を去つて四方に、三五教の宣伝使となつて出発する事となりにける。 (大正一一・四・一旧三・五加藤明子録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 08 ウラナイ教 第八章ウラナイ教〔五七五〕 安彦、国彦、道彦の宣伝使を始め、田加彦、百舌彦の五人は、此広き館の門前に佇み内部の様子を耳を澄ませて聞き居たり。 フト表門を眺むれば、風雨に曝された標札に幽に『ウラナイ教の本部』と神代文字にて記されてある。安彦は覚束なげに半剥げたる文字を読み、 安彦『ヤア此奴は、ウラル教と三五教を合併した変則的神教の本山と見える哩、それにしても最前の女の声、何となく聞き覚えのある感じがする。ハテなア、オー百舌彦、田加彦、汝はそつと此塀を乗り越え、中の様子を探り吾等の前に報告して呉れ』 百舌彦、田加彦は嬉し気に打ち諾き、木伝ふ猿か、小蟹の蜘蛛の振舞逸早く、ヒラリと塀を飛越えて、庭先の木の茂みに姿を隠し、様子を窺ひつつありき。 ウラナイ教の教主と見えて、ぼつてり肥た婆一人、雑水桶に氷のはつたやうな眼をキヨロつかせながら中央に控へて居る。七八人の宣伝使らしき男女は、孰れも白内障か、黒内障を病んだ盲人の如く、表面眼はキロキロと光りながら、何も見えぬと見えて手探りして巨大なる丼鉢に麦飯薯蕷汁を多量に盛り、ツルリツルリと吸うて居る。二人の薬鑵頭の禿爺は、頻りに摺鉢に山の薯を摺つて居る。これも何うやら盲人らしく手探りしつつ働いて居る。二人は此光景を見やり、 田加彦『オイ百舌公、此処の奴は何奴も此奴も皆盲人ばかりだと見える。大きな丼鉢に麦飯薯蕷汁をズルズルと啜つて居るぢやないか、俺達も之を見ると俄に胃の腑の格納庫が空虚を訴へ出したよ。どうだ、盲を幸ひにそつと一杯頂戴して来ようぢやないか』 百舌彦は、 百舌彦『ソイツは面白からう』 と言ひながら、のそりのそりと足音を忍ばせ一同の前に現はれ、素知らぬ顔して控へて居る。禿爺は丼鉢に麦飯薯蕷汁を盛り、 爺『サアサアお代りが出来ました、高姫サン』 とニウツと突き出す。高姫と云ふ中年増のお多福婆は機械人形のやうに両手を前にさし出した。折も折百舌彦の面前に突き出した丼鉢を百舌彦は作り声をしながら、 百舌彦『ハイ、これは御馳走様、もう一杯下さいな』 爺は丼鉢を百舌彦に渡し、 爺『よう上る高姫サンぢや』 と小声に呟きながら又探り探り台所の方に帰り往き、一生懸命に薯を摺つて居る。 高姫『コレ松助、何処に置いたのだえ、早く此方へ渡して呉れないか』 松助は耳遠く盲と来て居るから、何の容赦もなく一生懸命に鼻を啜りつつ薯を摺つて居る。彼方にも此方にもミヅバナを啜るやうな声が、ずうずうと聞えて居る。 百舌彦、田加彦は、丼鉢の両方より噛みつくやうに腹が減つたまま、ツルツルと非常な吸引力で、蟇蛙が鼬を引くやうに大口開けて呑み込んだ。此時松助は又探り探り麦飯に薯蕷汁を掛た大丼鉢を、足許覚束なげに、川水の中を歩くやうな体裁で、 松助『サアサア高姫サン、お代りが出来ました』 田加彦は又もや作り声をして、 田加彦『アア松助、御苦労であつた。もう一杯お代りを頼むよ』 松助『ハイハイ、もう薯のへたばかりじやが、それでも宜しければお上りなさいませ』 と面膨らし、部屋に引返す。高姫は、 高姫『コラコラ松助、未だ持つて来ぬか、何処へ置いたのだい』 田加彦、百舌彦は矢庭に一杯を平げた。傍に十数人の盲人は、丼鉢を前に据ゑ、一口食つては下に置き楽しんで居る。 百舌彦は甲の丼鉢をソツと乙の前に置き、乙の丼鉢を丙の前に置き、丙の丼鉢を高姫の前にソツと据ゑた。 甲『まだ半分余りはあつた積りだに何時の間に此様に減つて仕舞つたらう、オイ貴様俺のを一緒に平げて仕舞つたな』 乙『馬鹿を云ふな、俺の丼鉢を何処かへやりよつたのだ。自分は一人前平げて置いて未だ他人のまで取つて食うとは、余りぢやないか』 と互に盲人同志の喧嘩が始まつた。十数人の盲人は、取られては一大事と丼鉢を堅く握り、下にも置かず、ツルツルズルズルと吸うて居る。田加彦は、火鉢の灰を掴んで、盲人の丼鉢に一摘みづつソツと配つて廻つた。 甲乙丙丁『ヤア何んだ、この丼鉢の………俄に薯蕷汁の味が変つたやうだ。他人が盲人だと思つて馬鹿にしよるナ、誰か灰を入れよつたわい』 百舌彦『ハイハイ、左様々々』 高姫『ヤヽ、誰か声の違ふ奴が来て居るらしい、オイ皆の者気をつけよ、何だか最前から怪しいと思つて居た。俺は最前から盲人の真似をして居れば、何処の奴か知らぬが、二人のヒヨツトコ野郎奴、要らぬ悪戯をしよつた。サアもう了見ならぬ、家の爺が酷い肺病で、此処に薯蕷汁によう似た痰が一杯蓄へてある。之を食つてサツサと出て失せ』 百舌と田加は頭を掻きながら、 百舌彦、田加彦『ヤア、そいつは御免だ』 高姫『御免も糞もあつたものか、ヤアヤア長助、伴助、二人の者を縛つて了へ』 長助、伴助『畏まつた』 と次の間より、現はれ出でたる大の男、出刃庖丁を振り翳し、二人に向つて迫り来る。高姫も眉を逆立て、出刃庖丁を逆手に持ち、三方より二人に向つて斬つてかかる。百舌彦、田加彦は丼鉢を頭に被りトントントンと表を指して逃出す。百舌彦の被つた丼鉢には爺の吐いた痰が一杯盛つてあつた。頭から痰を一ぱい浴びたまま、スタスタと表を指して駆け出す。二人の荒男は大股に踏ん張りながら二人の後を追ひかけ来り、澪れた痰につるりと辷つて、スツテンドウと仰向けに倒れた。 高姫は出刃を振り翳しながら表に駆け出で、二人の荒男に躓き、バタリと転けた機に長助の腹の上に出刃を突き立て、長助はウンと一声七転八倒、のた打ち廻る。忽ち館の中は大騒動がおつ始まりける。 田加彦、百舌彦は一生懸命に駆け出し、道端の溜り池にザンブと飛込み、痰を洗ひ落さうとした。此水溜は数多の魚が囲うてある。鼬や川獺の襲来を防ぐために柚の木の針だらけの枝が一面に投げ込んであつた。二人はそれとも知らず真裸となつて飛込み柚の木の針に刺されて身体一面に穴だらけとなり辛うじて這ひ上りメソメソ泣き出してゐる。 婆は眉を逆立て二本の角を一寸許り髪の間より現はしながら此場に現はれた。二人が姿を見て心地よげに打ち笑ひ、蹌跟く機に又もや池の中にザンブと斗り落ち込み、 婆『アイタタアイタタ』 と婆々が悶え苦しむ可笑しさ、二人は真裸のまま、 百舌彦、田加彦『態ア見やがれ』 と云ひつつ足をちがちがさせ田圃道を走つて往く。安彦、国彦、道彦の三人は素知らぬ顔して宣伝歌を歌ひつつこの池の傍を通り過ぎむとするや、池の中より高姫は掌を合し、頻りに助けを呼んで居る。三人の宣伝使は気の毒さに耐へ兼ね、漸くにして高姫を救ひあげた。高姫は大に喜び三人に向つて救命の大恩を感謝したりける。 此時逃げ去つた百舌、田加二人の男は真裸の儘慄ひ慄ひ此場に現はれ来り、 百舌彦、田加彦『モシモシ宣伝使様、寒くつて耐りませぬワ、何うぞウラナイ教の婆アサンに適当な着物を貰つて下さいな。ナア婆アサン、お前も宣伝使のお蔭で命拾ひをしたのだから着物位進上なさつても安いものだらう』 安彦『ヤア吾々は着物の如きものは必要が御座らぬ。平にお断り申します』 国、道『吾々も同様、衣服なんか必要が御座らぬ』 百舌彦『エヽ気の利かぬ宣伝使だな、此処に二人も着物の要る御方が御座るのが目につきませぬかい』 道彦『吾々はウラナイ教の信者になつたと見え、薩張明盲人になつて仕舞つたよ。アハヽヽヽヽ』 高姫『お前等は、ノソノソと吾が座敷に這ひ込み、薯蕷汁を二三杯もソツと横領して喰ひ、其上大勢の盲人を附け込み、薯蕷汁の中に灰を掴んで入れた不届きの奴ぢや、着物をやる処ぢやないが、併し生命を救けてもらつた其お礼として、長公、伴公の死人の着物を呉れてやらうか』 道彦『これやこれや、貴様等二人は薯蕷汁を盗み食つたのか』 百舌彦『ハイ、トロロウをやりました。其代り酷い目に遭つたんぢや、汚い物を頭に被つたんぢや。盲人を瞞して薯蕷汁を多量食つたんじや、それから長公伴公に追ひかけられてタンタンタンと一生懸命逃げたんじや。門口で長公伴公が転倒つたんぢや、其処へ婆が飛んで来て転けたんぢや、倒けた拍子に長公のどん腹を突いたんぢや、二人は一生懸命、痰の体を清めんと溜池に矢庭に飛込んたんぢや、柚の針に身体を突かれて痛かつたんぢや、たんたんと立派な着物を頂戴致し度いもんぢや、なア田加たん』 道彦は吹き出し、 道彦『アハヽヽヽ、身魂の汚い奴ぢやなア、貴様は之から改心を致してウラナイ教の盲人仲間に入れて貰うと都合がよからう。モシモシお婆アサン此等二人は三五教の教理は到底高遠にして体得する事は出来ませぬ、善とも悪とも愚とも訳の分らぬ半ドロ的の人間ですから、ウラナイ教の宣伝使にでもお使ひ下さらば最も適任でせう』 婆『それはそれは誠に有難い御仰せ、ウラナイ教の宣伝使には至極適当の人物、幾何で売つて下さいますか』 道彦『サア、ほんの残り者の未成品もので御座いますから、無料にまけて置きます。米や麦を食べさして貰うと胃を損ねますから、身魂相当に鰌や蛙で飼うてやつて下さい、アハヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽ』 (大正一一・四・一旧三・五加藤明子録)
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霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 15 遠来の客 第一五章遠来の客〔六四三〕 米価の騰貴る糠雨が、赤い蛇腹を空に見せて居る。八岐大蛇に憑依されしウラナイ教の頭株、鼻高々と高姫が、天空高く天の磐船轟かしつつフサの国をば後にして、大海原を乗越えて、由良の港に着陸し、二人の伴を引き連れて、大江の山の程近き、魔窟ケ原に黒姫が、教の射場を立てて居る、要心堅固の岩窟に勢込んでかけ来る。 梅公は目敏く高姫の姿を見て、叮嚀に会釈しながら、 梅公『ヤア、これはこれは高姫様、お達者でしたか、遠方の所ようこそ御飛来下さいました。黒姫様がお喜びで御座いませう、サアずつと奥へお通り下さいませ』 高姫は四辺きよろきよろ見廻しながら、 高姫『嗚呼大変に其辺あたりが変りましたね、これと云うのもお前さま達の日頃の丹精が現はれて、何処も彼もよく掃除が行届き、清潔な事』 梅公『エヽ、滅相な、さう褒めて頂いては実に汗顔の至りで御座います、サア奥へ御案内致しませう』 高姫『黒姫さまは在宅ですかな』 梅公『ハイ高山さまも、御両人とも朝から晩迄それはそれは羨ましい程お睦まじうお暮しで御座います』 斯る処へ黒姫はヌツと現はれ、 黒姫『マア高姫様、ようこそお出下さいました。何卒悠くりお休み下さいませ』 高姫『黒姫さま、久し振りでしたねえ、高山彦さまも御機嫌宜敷いさうでお目出度う御座います』 黒姫『ハイ、有難う御座います、頑固なお方で困つて居ります』 高姫『ヤア、人間は頑固でなければいけませぬ、兎角正直者は頑固なものですよ、変性男子式の身霊でなくては到底神業は成就致しませぬからな。時に黒姫さま、貴女は日々この自転倒島の大江山の近くに、紫の雲が立ち昇り、神聖なる偉人の出現して居る事は御存じでせうね』 黒姫『ハイハイ委細承知して居ります』 高姫『承知はして居ても又抜かりなく、其玉照姫とやらをウラナイ教に引き入れる手筈は調うて居ますか』 黒姫『仰しやる迄もなく、一切万事羽織の紐で、黒姫の胸にチヤンと置いて御座います。オホヽヽヽ』 高姫『ヤアそれで安心しました、愚図々々して居ると、また素盞嗚尊の方へ取られ仕舞つては耐りませぬからなア、私は夫れ許りが気にかかつて、忙しい中を飛行機を飛ばして態々やつて来ました。そうして肝腎の目的物はもう手に入りましたか』 黒姫『イヤ、今着々と歩を進めて居る最中なんです。それについては斯様斯様こうこうの手段で』 と耳に口寄せて、綾彦夫婦の人質に使用する事も打ち明けて、得意の顔を輝かす。 高姫『善は急げだ。如才はあるまいが一日も早くやらねばなりませぬぞえ、私もそれが成功する迄は気が気ぢやありませぬ、私も此処で待つて居ませう、玉照姫が手に入るや否や、飛行機に乗せてフサの国に帰りませう』 黒姫『高姫さま、お喜び下さいませ、一旦三五教に堕落して居た青彦が、神様の御神力に往生して帰つて来ました』 高姫『何と仰有る、あの青彦が帰りましたか、それはマアマアよい事をなさいました。遉は千軍万馬の功を経た貴女、いやもうお骨が折れたでせう、貴女の敏腕家には日の出神も感服致しました。時に夏彦、常彦は何うなりましたか、なんだか居ないやうですな』 黒姫『ヘイ、彼奴はたうとう三五教に眈溺して仕舞ひました。併し乍ら之も時間の問題です、きつと呼び帰して見せます。何か神界のお仕組でせう、ああして三五教に這入り、帰りには青彦のやうに沢山の従者を連れて帰るかも知れませぬ』 高姫『さう楽観も出来ますまいが、艮の金神様は何から何迄抜け目のない神様だから屹度深い深いお仕組があるのでせう』 黒姫『貴女にお目にかけ度い方が一人あります、それはそれは行儀と云ひ、器量と云ひ、知識と云ひ、言葉遣ひと云ひ、何から何まで穴のない三十三相揃うた観自在天のやうな淑女が信者になられまして、今は宣伝使の仕込み中で御座います、何うか立派な宣伝使に仕立てあげて、貴女様に喜んで頂かうと思つて日々骨を折つて居ります、まア一遍会うて見て下さい、幸ひ其方も青彦も、青彦の連れて来た鹿公も、馬公と云ふそれはそれは実に男らしい人物も来て居ります、真実に掘出しものです、きつとウラナイ教の柱石になる人物ですなア』 高姫『それは何より結構です』 と話す折しも高山彦は、羽織袴の扮装、此場に現はれて、 高山彦『ヤア高姫さま、久し振りで御座いました、ようマア遥々と御入来、御疲労で御座いませう、サアどうぞ悠くりして下さいませ』 高姫『ヤア高山彦さま、貴方は幾歳でしたいなア、大変にお若く見えますよ、奥さまの待遇が好いので自然にお若くなられますなア、私は此通り年が寄り、歯が抜けてもうしやつちもない婆アですが、貴方とした事わいなア、フサの国に居らした時よりも余程お元気な、お顔の色が若々として、私でも知らず識らずに電波を送るやうになりましたワ。オホヽヽヽ』 高山彦『高姫さま、何うぞ冷やかさずに置いて下さい、若い者ぢやあるまいし、いやもう斯う見えても年と云ふものは嘘を吐かぬ者で、気許り達者で体が何となしに無精になります』 高姫『余り奥さまの御待遇が好いので、いつも家に許り居らつしやるものだから、自然に体が重くなるのでせう、私も貴方のやうな気楽な身になつて見度う御座いますワ、オホヽヽヽ』 黒姫『今日は遠方からの高姫さまのお越し、それについては青彦、紫姫、其他一同の者を集めて貴女の歓迎会やら祝を兼ねて、お神酒一盃頂く事にしませうか』 高姫『何うぞお構ひ下さいますな、併し私の参つた印に皆さまにお神酒を上げて貰へば尚更結構です』 黒姫はツト立つて「梅梅」と呼んだ。 此声に梅公は慌ただしく走り来り、 梅公『何御用で御座いますか』 黒姫『今日は高姫様の久し振のお越しですから、皆々お神酒を頂くのだから、其用意をして下さい』 梅公『ハイ畏まりました、嘸皆の者が喜ぶことでせう』 といそいそとして納戸の方に姿を隠した。紫姫は青彦と共に此場に現はれ、叮嚀に手をつかへ、 紫姫『これはこれは高姫様で御座いますか、貴い御身をもつて能くも遠方の所入来られました。私は都の者、元伊勢様へ二人の下僕を連れて参拝致します折、黒姫さまの熱心なる御信仰の状態を目撃しまして、それから俄に有難うなり、三五教の信仰を止め、お世話になつて居ます。何うぞ今後は御見捨てなく宜敷く御指導をお願ひ致します』 青彦『私は御存じの青彦で御座います、誠に不調法許り致しまして、大恩ある貴女のお言葉を忘れ、三五教に眈溺致し、大神様へ重々の罪を重ね、何となく神界が恐ろしくなりましたので、再び黒姫様にお詫を申し、帰参を叶へさして頂きました、何うぞ宜敷くお願ひ致します』 高姫『ヤア紫姫さまに青彦さま、皆因縁づくぢやから、もう此上は精神をかへては不可ませぬぞえ、貴女は黒姫さまに聞けば、立派な淑女ぢやと仰有いましたが、如何にも聞きしに勝る立派な人格、日の出神の生宮も、全く感服致しました』 紫姫『さうお褒め下さいましては不束かな妾、お恥かしうて穴でもあれば這入り度くなりますワ』 高姫『滅相な、何を仰有います、貴女は身魂がよいから、もう此上御修業なさるには及びますまい、貴女は此支社に置いておくのは勿体ない、私と一緒に北山村の本山へ来て貰つて、本山の牛耳を執つて貰はねばなりませぬ。これこれ青彦、お前も確りして今度は私について来なさい、此処に長らく置いておくと剣呑だ、大江山の悪霊が何時憑依して又もや身魂を濁らすかも知れないから、今度は或一つの目的が成就したら、高姫と一緒にフサの国の本山に行くのだよ』 青彦『アヽそれは何より有難う御座います、私の変心したのをお咎めもなく、本山迄連れて帰つてやらうとは、何とした御仁慈のお言葉、もう此上は貴女の御高恩に報ゆるため、粉骨砕身犬馬の労を厭ひませぬ』 高姫『アヽ人間はさうなくては叶はぬ、空に輝く日月でさへも、時あつて黒雲に包まれる事がある。つまり貴方の心の月に三五教の変性女子の黒雲が懸つて居たのだ。迷ひの雲が晴るれば真如の日月が出るのぢや、アヽ目出度い目出度い、これと云ふのも黒姫さまのお骨折り』 と高姫は一生懸命に褒めそやして居る。かかる処へ、 梅公『モシモシ、準備が出来ました。皆の者が待つて居ます、何うぞ皆さま奥の広間へお越し下さいませ』 黒姫『ヤア、それは御苦労であつた。サア高姫さま、紫姫さま、高山さま、青彦さま参りませう』 と先に立つ。高姫は鷹の羽ばたきしたやうな恰好しながら、いそいそと奥に入る。一同は高姫導師の下に神殿に向ひ天津祝詞を奏上し、続いて日の出神の筆先の朗読を終り弥々直会の宴に移つた、高姫は歌を謡つた。 高姫『フサの御国の空高く鳥の磐樟船に乗り 雲井の空を轟かせ一瀉千里の勢ひで 西より東へ電の閃めく如くかけ来り 世人の胸を冷しつつ高山、低山乗り越えて 天の真名井も打ち渡り安の河原を下に見て 瞬くひまに皇神の日の出の守護の著く 由良の港に着陸し鶴亀二人を伴ひて 千秋万歳ウラナイの教の基礎を固めむと 東に輝く明星を求めて此処に来て見れば 神の経綸の奥深く凡夫の眼には弥仙山 山の彼方に現はれし玉照姫の厳霊 弥々此処に出現し三千年の御経綸 開く常磐の松の代を待つ甲斐あつて高姫が 日頃の思ひも晴れ渡る時は漸く近づきぬ アヽ惟神々々御霊幸倍坐し在して 誠の道にさやり来る頑固一つの瑞霊 変性女子が改心をする世とこそはなりにけり 月は盈つとも虧くるとも旭は照るとも曇るとも 仮令大地は沈むともウラナイ教の神の道 唯一厘の秘密をばグツと握つた高姫が 仕組の奥の蓋あけて腹に呑んだる如意宝珠 玉の光を鮮かに三千世界に輝かし 鬼や大蛇や曲津神三五教も立直し 金勝要の大神や木花姫の生宮を 徹底、改心さして置きグツと弱つた、しほどきに 此高姫が乗り込んでサアサア何うぢや、サアどうぢや 奥をつかんだ太柱弥改悟をすればよし 未だ分らねば帳切らうか変性男子の御血統 神の柱となりながらこんな事では、どうなるか 誠の事が分らねば早く陣引きするがよい 後は高姫、乗り込んで唯一厘の御仕組 天晴成就させて見せう斯うして女子を懲らすまで 一つ無くてはならぬもの弥仙の山に現はれた 玉照姫を手に入れて是をば種に攻寄れば 如何に頑固な緯役の変性女子も往生して 兜を脱ぐに違ひない一分一厘、毛筋程 間違ひ無いのが神の道三五教やウラナイ教 神の教と表面は二つに分れて居るけれど 元を糺せば一株ぢや雨や霰や雪氷 形変れど徹底の落ち行く先は同じ水 同じ谷をば流れ往く変性女子の御霊さへ グヅと往生させたなら後は金勝要の神 木花咲耶姫の神彦火々出見の神霊 帰順なさるは易い事邪魔になるのは緯役の 此世の乱れた守護神此奴ばかりが気にかかる アヽさりながらさりながら時は来にけり、来りけり 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し、宣り直す 三五教やウラナイの神の教の神勅 高天原に高姫が天晴れ表に現はれて 誠の道を説き明かしミロクの神の末長う 経のお役と立直し緯の守護を亡ぼして 常世の姫の生魂や世界の秘密を探り出し 日の出神や竜宮の乙姫さまの神力で 堅磐常磐の松の世を建つる時こそ来りけり アヽ惟神々々御霊幸倍坐ませよ』 黒姫も稍、微酔機嫌になつて低太い声を張り上げて謡ひ始めたり。 黒姫『遠き海山河野越え遥々此処に帰ります ウラナイ教の根本の要、掴んだ高姫さま よくもお出まし下されて昔の昔のさる昔 国治立の大神の仕組み給ひし大謨を 一日も早く成就させ世に落ちたまふ神々を 残らず此世に、あげまして三千世界の民草を 上下運否の無いやうに桝かけひいて相ならし 神政成就の大業をいよいよ進めたまはむと 出ます今日の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令、天地を探しても こんな結構なお肉体日の出神の生宮が 又と世界にあるものかまた竜宮の乙姫が 憑りたまひて艮の金神様のお経綸で 骨身、惜まぬお手伝いこんな誠の神様が 又と世界にあるものかアヽ惟神々々 今迄、種々態々に神のお道を彼是と 要らぬ心配して見たが時節参りて煎豆に 花咲き実る嬉しさよ』 と謡ふ折しも表の岩戸の方に当つて、消魂しい物音聞え来たる。 嗚呼鼻の高姫さまよ、お色の黒い黒姫さまの長たらしい腰曲り歌や、青彦の舌鼓、紫姫の淑やかな声、馬公、鹿公、梅、浅、幾、丑、寅、辰、鳶、鶴、亀その他沢山の酒に酔うた場面を霊眼に見せられて、余り霊肉両眼を虐使した天罰、俄に眠くなつて来た。一寸これで切つて置きます。 (大正一一・四・二八旧四・二加藤明子録)
19

(1825)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 07 知らぬが仏 第七章知らぬが仏〔七一九〕 秋彦、駒彦の宣伝使は、常楠、お久の老夫婦と共に、木山の里を立出で漸う栗栖川の畔、栗栖の森に着いた。老人の事とて疲労を感じ、此処に駒彦の父常楠は、俄に胸腹部の激痛を感じ、発熱甚しく、身動きもならぬやうになつて了つた。お久を始め秋彦、駒彦の両人は、如何にもして常楠の病気を恢復せしめむと、栗栖の宮の半破れたる社務所に立寄り、いろいろと介抱に手を尽したが、病は追々重るばかりで、命旦夕に迫つて来た。 二人の宣伝使は栗栖川の上流に妙薬ありと聞き、手配して山深く薬草を求むべく進み入つた。後にお久は夫の看病に余念なく、心力を尽して老の身の労苦も打忘れ、看護に努めた。人里離れし淋しき此栗栖の宮の森は人声もなく、時々烏の声、百舌鳥の囁きが聞ゆるばかり、凩は時を仕切つて吹いて来る。さすが暖国の冬も、今日に限つて殊更厳寒を感じ、身に寒疣を現はすばかりであつた。 夜は深々と更け渡り、月は皓々と中天に輝き、憐れな老夫婦の境遇を憐れ気に見下ろし給ひつつあるものの如く、時々月の面を掠めて淡い雲が来往してゐる。其度毎にパツと明くなつたり、又パツと薄暗くなり、空には薄茶色の雲、白雲に混つて脚速く右往左往に彷徨して居る。 此時覆面した二人の大男、何事かヒソビソと囁き乍ら、此森に向つて進み来り、社務所の中に老夫婦のあるをも知らず、縁側に腰打かけ、ヒソビソ話に耽つて居たが、遂には興に乗つて声高に囀り始めた。 甲『オイ虻公、此頃は泥棒商売も薩張り冬枯れで、懐も寒いことだないか。なんぞ好い鳥がやつて来さうなものだな。木山の里で爺と婆アの家に泊り込み、奪つて来た金子は大方使ひ果し、最早二進も三進も行かなくなつて了つたぢやないか。此処で一つ大きな仕事をせぬことには、持ちもせぬ乾児を養ふことも出来ず、乾児の嬶や子供までが薩張乾上つて了ふ。何とか好い思案は出ないだらうかなア』 虻公『オイ蜂公、貴様は金子が手に入ると、大風に灰撒くやうに、直にバラバラと撒き散らしやがるものだから困つて了ふワ。貴様は乾児も少し、一人生活ぢやないか。俺のやうに有りもせぬ乾児の十人も持ち、近所の杢平が七八人の家族を抱へてゐては到底小さい働きではやりきれない。木山の里で奪つた金子も百両ばかりあつたが、貴様は山分けにして五十両持つて帰つたのだから、余程使ひでがなければならぬ。俺達とは責任が大変違ふのだから……』 蜂公『何と云つても五十両は五十両だ。家内が少いと云つて五十両が百両に使へる道理も無し、又家内や乾児が多いと云つても、五十両は依然五十両だ。滅多に二十両になる気遣ひは無い。そんな吝なことを云ふない』 虻公『其癖貴様は可愛相に彼の娘を○○して、両親の前でばらしたぢやないか。ヨウま彼んな鬼のやうな事が出来たものだ』 蜂公『ヘン俺が鬼なら貴様も鬼だ』 虻公『鬼にも善悪があつて、貴様のは特別製の角鬼だ、所謂雄だ。俺のは雌だから角の無い鬼だからなア』 蜂公『定つたことだ。鬼なら鬼で、何処迄も徹底的に鬼たるの本分を尽さねばなるまい、貴様のやうに少し金子が出来ると、仏の道とか、金の道とかに逆転しやうとする様なことで、何うして大きな仕事が出来るものか』 と話してゐる。社務所の中より苦悶の声、両人の耳を刺した。 虻公『ヤア何だか妙な声がするぢやないか』 蜂公『ほんに怪体な声が聞えて来た。全で狼の唸り声のやうだ。一体何物だらう。一つ調べて見たら何うだ』 虻公『おけおけ、君子は危きに近付かずだ。幽霊かも知れないぞ』 蜂公『君子が聞いて呆れるワ。貴様のやうな悪党が、何処の盲が見たつて君子と思ふ奴があるか。お軽の幽霊が貴様達が此処へ来ると思つて、待つてゐやがるのかも知れぬぞ。何だか俺は首筋元がゾクゾクして来た。外は寒い風が吹くなり、中には嫌らし声が聞えるなり、遣り切れなくなつたぢやないか』 虻公『そんなチヨロ臭いことを云つて居ると、貴様と俺の名ぢやないが虻蜂取らずになつて了ふぞ。ひよつとしたら旅人が沢山金子を持つて寝てゐやがるかも知れぬぞ、山吹色の奴がウンウンと唸つてゐるのだらう。一つ勇気を出して踏ん込み、ウンの正体を見届けやうぢやないか。ひよつとしたら吾々の運の開け口かも知れぬぞ』 蜂公『うつかり遣り損ふとウンが下つて尻から出るウンにならぬやうにせよ。貴様は何時も狼狽者だから尻の局はついた事はない。年が年中手を出しては糞垂れる奴ぢやから、アハヽヽヽ』 と笑ふ。お久は此笑ひ声を聞いて、待ちに待つたる二人の宣伝使の帰つたのだと早合点し、中より戸を開いて、 お久『アヽ待ち兼ねました、お二人の方、早く這入つて下さい。嘸寒かつたでせう』 二人一度に、 虻公、蜂公『ヤア誰かと思へば貴方は此家の御主人か。兎も角それでは一服さして貰ひませう』 と内に入る。微な明りに映つた虻、蜂二人の顔。お久は之を眺めて、 お久『アツ、お前等は此間我が家に泊り込み、娘の生命を奪り、有金をすつかり浚へて逃げ居つた泥棒ぢやないか。サア、斯うなる以上は我が子の仇敵、モウ承知を致さぬ。覚悟せい』 と懐剣を逆手に持つて形相凄じく、上段に構へこんだ。虻、蜂の二人は大口を開けて、『アハヽヽヽ』と高笑ひする。 お久『盗人猛々しいとは其方のこと。此の婆が死物狂ひの働き、覚悟を致せ、最早死んでも惜しうない年寄の生命だ』 と斬つてかかる。二人は長刀をスラリと引抜き、 虻公、蜂公『サア、来い』 と腰を据ゑ、寄らば斬らむと控へて居る。お久も二人の荒武者の身構へにつけ入る隙もなく、瞬きもせず隙あらば斬りかからんと狙つて居る。二人はジリジリと抜刀を両手に、腹の辺りに柄を握り乍ら詰め寄つて来る。 常楠は発熱甚しく夢中になつて『ウンウン』と唸つて居る。斯かる処へ秋彦、駒彦の両人は、歩を速めて帰り来り、駒彦先づ中へ這入つて見れば此の状態。 駒彦『ヤア某は三五教の宣伝使駒彦と申すものだ。汝は泥棒と見受るが、老人ばかりの家にやつて来て、何を奪らうと云つたつて奪るものは有るまい。要らざることを致すより、早く此場を立去つたがよからうぞ。グヅグヅ致して居ると、汝の利益にならぬぞ』 お久は始めて此声に気がつき、短刀を振かざし乍ら、 お久『伜の駒彦か、ようマア危ない処へ帰つて下さつた。……秋彦さま、何うぞ加勢して下さい。此奴が私の娘を殺し、金子を盗つて逃げた悪人で御座いますよ』 と聞いて二人は忽ち両手を組み、満身の霊力を籠めてウンと一声、霊縛をかけた。二人は身構へした儘、身体強直し木像の如くになつて了ひ、眼ばかりギヨロつかせて居る。 駒彦『アハヽヽヽ、マア一寸斯うして置いて、悠くりお父さまに薬を上げ御恢復の上、此の面白い木像を慰みに御目にかけることにせう。秋彦さま、霊縛の弛まないやうに気をつけて下さい。私はこれより父の看護を致しますから。………お母さま、危険いところで御座いましたな』 お久は稍安堵して短刀を鞘に納め、ドツカと坐し、 お久『アーお前の帰るのがモウ一息遅かつたら、爺も婆も又もや此奴のために生命を奪らるるところだつた』 と嬉しさ余つて声さへ曇つてゐる。起死回生の妙薬忽ち効験顕はれ、常楠は俄に元気恢復し、起き上つて二人の泥棒の姿を見、 常楠『アヽ御かげで病気が余程よくなつたと思へば、又しても此間出て来た大悪党奴、刀を抜いて執念深くも吾々夫婦を付け狙うて居るのか。偖も偖も度し難き代物だ。こんな奴は必定根の国、底の国の成敗を受けねばならぬ奴だ。想へば想へば可愛相になつて来た、娘の仇とは言ひ乍ら何うしたものか、此奴の精神が気の毒になつて、日頃の恨みも、腹立ちも何処かへ往つて了つた。オイ泥棒、お前も好い加減に改心をしたら何うだ。未来のほどが恐ろしいぞよ』 泥棒は目をキヨロキヨロ回転させるばかり、唇を微に動かしたきり一言も発し得ず、固まつた儘苦悶して居る。 駒彦『お父さま、是等両人は妹を殺した奴で御座いますか。本当に仕方のない悪人ですな。併し乍ら吾々宣伝使の神力を以てしては、此様なものの五人や十人は、小指の先にも当りませぬが、貴方の仰せの通り罪を憎んで人を憎まず、誠の道に帰順すれば救けてやりませうかなア…オイ泥棒、貴様等はまだ此上悪事をやる考へか、但は今日限り薩張改心を致すか何うだ。口利く丈は霊縛を解いてやるから、直に返答致せ』 虻公は漸く重たさうに口を開いて、 虻公『ハイ、カ…イ…シ…ン…イ…タ…シ…マ…ス』 と千切れ千切れに機械的にヤツと答へた。 駒彦『ウン、よし、それに間違ひはないなア。モウ一人の奴は何うだ。貴様も改心するか』 蜂公は機械のやうに幾度となく、頭を縦に曲線的に振つてゐる。 駒彦『ウン、よし、改心するに違ひはないな。そんなら秋彦さま、霊縛を解いてやつて下さい、万一暴れ出したら其時又霊縛をかけるまでの事だから……』 秋彦『承知しました』 と秋彦は両手を組合せ、天の数歌を一回唱へ、『許す』と一言、言霊を発射するや両人の身体は自由自在の旧に復した。二人は夕立の如き涙をボロボロと落しながら、両手を合せ床に頭を摺つけ、懺悔の念に堪へざるものの如く啜り泣きさへして居る。 常楠は両人の姿をツクヅクと眺め、 常楠『コレ二人の泥棒、お前も生れ付いてからの悪人ではあるまい。人間と云ふものは育ちが大切だ。大抵泥棒になつたりする奴は、若い時に親に離れるか、或は継母育ちか、継父の家庭に育つたものが多い様だが、お前の親は何うなつたのだ。子の可愛くない親は世界にない筈だが、何うぞして家の伜も一人前に育て上げ、世間から偉い奴だと賞めて貰ひたいのは親心、今に両親が生て厶るならば、御心配をして厶るであらう。今より綺麗薩張と心を入れ換へ善の道に立帰りなされや。私もお前さん等に大事の娘を殺されたが、お前にも両親があるだらう。娘の仇だと云つて、仇を討てば私は気分がサラリとしやうが、お前の両親が聞いたら嘸歎かつしやることだらう。之を思へばお前さまに娘の仇として、一太刀報いることも出来ぬやうになつて来た。何卒今日限り生命が失くなつたと思つて誠の心になつて下され。これが老先短き年寄の頼みだ。お前の親の代りに意見をするのだから、何卒忘れぬやうにしてお呉れ』 虻公『ハイ有難う御座います。翻然として今迄の夢が醒めました。私には親があつたさうで御座いますが、未だに分りませぬ。印南の里の森に菰に包まれ、生れた直き直き捨てられて居つたのを、情深い村人が救ひ上げて、子の無いのを幸ひに私を子として育てて下さつたのですが、私が六才の時に大恩ある育ての両親は、俄の病で国替をなされまして、それから私は取りつく島もなく、乞食の群に入り漸く成人して女房を持ちましたが、子供の時より悪い事をやつて来た癖は今に直らず、好い事は一つも致したことはありませぬ。貴方の只今の御教訓は生みの親の慈悲の御言葉のやうに感じまして、心の底より有難涙が溢れます。モウ今日限り悪いことは致しませぬ』 常楠『アヽさうかさうか、よう言うて下さつた。それで私も安心した。さうしてお前は捨児されたと云はつしやつたが、何か其時の印は無かつたか』 虻公『ハイ私は虻公と申して居りますが、私の肌に添へてあつた守り刀に、「常」と云ふ字が書いてあつたさうで御座います。今は擦れて字も見えなくなりましたが、之を証拠に生みの親を探ねんと、斯んな悪人に似合はず、始終肌身に離さず持つて居ります。何うぞして一度此世でお父さまやお母さまに会ひたいもので御座います。何しろ生れ落ちると捨児になるやうな不運なもので御座いますから、到底此世では会ふことは出来ますまい』 と身の果敢なさを思ひ浮かべて、泥棒に似合はずワツと許り其場に泣き倒れた。 常楠は首を傾けて吐息を洩らして居る。暫らくあつて、 常楠『其の守り刀を一寸見せて下さらぬか』 虻公『サア、何うぞ御覧下さいませ』 と懐より取出し押戴いて手渡しする。常楠は手に取上げ、ためつ、すかめつ鞘を払つてツクヅク眺め、 常楠『擬ふ方なき我家の紋所、○に十が記してある。此刀は私の大切な、若い時からの守刀であつた。斯うなれば女房の前で白状するが、実の所は女房の目を忍び、下女のお竜に子を妊娠せ、已むを得ず自分の知り合にお竜を預つて貰ひ、生み落したのが男の子、女房の悋気を恐れて我が家へ連れ帰る訳にも行かず、何処の誰人かの情で育つであらうと、後の印に此の守り刀を付け、「常」と云ふ印をして置きました。アヽそれならお前は私の子であつたか。悪いことは出来ぬものだ。お前が此様な悪人になつたのも、みんな私が天則に背いたからだ。コレ伜、赦して呉れ。何事もみんな私が悪いのだから……』 此物語に一同ハツと呆れて、常楠と虻公の顔を見較べるのみであつた。虻公は常楠に縋りつき、 虻公『アヽ貴方は父上様で御座いましたか。存ぜぬこととて御無礼を致し、可愛い妹まで彼んな目に会はして、誠に申訳が御座いませぬ。何うぞ重々の罪は御赦し下さいませ』 駒彦『そんなら私の兄弟であつたか。これと云ふのも全く神様の御引合せだ。有り難し、辱なし』 と両手を合せ、感謝の涙に沈む。 お久は又もや腕を組み思案に暮れてゐる。此態を見て常楠は、 常楠『コレ女房、怺へて呉れ。お前は今の話を聞いて大変気嫌を悪うしたやうだが、これも私の罪だ。あつて過ぎたことは何と云つても仕方が無い。これ此通りだ、赦してお呉れ』 と両手を合せ、お久の前に頭を下げ謝らんとするを、お久は押止め、 お久『コレコレ親父さま、勿体ない、何を言はつしやるのだ。妾こそ貴方にお詫をせねばならぬことが御座います。妾が白状すれば嘸貴方は愛想を御尽かしなさるでせうが、妾も罪亡ぼしに此処で懺悔を致します。人さまの前又夫や吾が子の前で、年が寄つて昔の恥は言ひたくはなけれど、天道は正直、何時まで隠して居つても罪は亡びませぬから、一応聞いて下さい』 と涙ぐみつつ夫の顔を打看守る。 常楠『なアに夫婦の仲に遠慮は要るものか。何でも構はぬ、皆云つて呉れ。其方が互に心が解け合つて、何程愉快だか分つたものぢやない』 お久『妾は今迄隠して居りましたが、貴方の家へ嫁ぐ前に若気のいたづらから、親の許さぬ男を持ち一人の子を生み落し、爺さまのやうに熊野の森へ捨児を致しました。それもクリクリとした立派な可愛い男の子であつた。お爺さまの捨児に会はれたのを見るにつけ、私の捨てた彼の児は如何なつたであらうと思へば、立つても居ても居られなくなりました。……アヽ捨てた児よ、無残な母と恨めて下さるな。事情があつてお前を捨てたのだから……』 と又もや泣き倒れる。蜂公は怪訝な顔をして、 蜂公『ヤア今承はれば、お婆アさまは熊野の森に捨児をなさつたと云ふことだ。それは何年前で御座いますか』 婆は涙を拭ひ乍ら、 お久『ハイもう彼是四十年にもなるだらう。今居れば恰度お前さま位に立派な男になつて居る筈ぢや。アヽ妾も其子が此世に生きて居るのなら、此世の名残りに一度見て死にたいものだ。そればかりが冥途の迷ひだ。若い時は気が強くて何とも思はなかつたが、年が寄ると捨児の事を心に思はぬ間はありませぬ。さうしてお前さま、其の捨児の事に就て御聞き及びの事はありませぬか』 蜂公『ハイ別に何とも聞いては居りませぬが、私は熊野の森に捨てられて居つたのを、或山賊の親分が見つけて、私を大台ケ原の山砦に伴れ帰り、立派に成人させて呉れました。私が十八才になつた時、三五教の宣伝使がやつて来て、岩窟退治を致した時に生命からがら其処を脱け出し、それから諸方に彷徨ひ、女房を持ち相変らず泥棒をやつて居りました。最前から貴方の御話を聞くにつけ、何だか貴方が母上のやうに思はれてなりませぬ』 お久は、 お久『其時に何か印は無かつたかな』 蜂公『ハイ、私は水児の時に捨てられたので何も存じませぬが、他の話を聞けば守り刀が付いて居つたさうです。併し其守り刀も大台ケ原の岩窟の騒動の時に取り落しました。それには蜂の印が入つて居つたさうで、私を蜂々と呼ぶやうになつたと聞いて居ります』 お久は飛びつく許りに驚いて、 お久『アヽそれ聞けばてつきり我が子に間違ひありませぬ。何とした嬉しい事が一度に出て来たものだらう。コレコレ親父どの、此子は貴方に嫁ぐ迄の子でありますから、何うぞ赦して下さい。今迄包んで居つた罪も何うぞ今日限り赦すと仰有つて下さい。御願ひで御座ります』 と夫に向つて手を合し頼み入る。 常楠『そんなことは相身互だ。罪人同志の寄合ひだから、モウこれ限り今迄の事は川へ流し、改めて二人の子が分つた喜びの御礼を此処で神様に奏上し、明日は早く此処を立去つて熊野へ御礼に参りませう』 一同は涙混りに秋彦の導師の許に、感謝祈願を覚束無げに奏上し了つた。東の空は茜さし、金色の燦然たる太陽は、晃々と海の彼方より昇らせ給ふ。 (大正一一・六・一一旧五・一六外山豊二録)
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(1842)
霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 02 唖吽 第二章唖呍〔七三二〕 友彦は鬼熊別夫婦の信任益々厚く、遂には鬼熊別が奥の間に内事係の主任として仕ふる事となりぬ。小糸姫も朝な夕なに友彦の親切にほだされ、好かぬ顔とは思ひ乍らも何時とは無しにスツカリ無二の力と頼むに至りける。蔭裏に生えた豆でも時節が来ればはぢける道理、十五の春を迎へたオボコ娘も、何時とはなしに声変りがし、臀部の恰好が余程大人び来たりぬ。男女の交情を結ぶ第一の要点は談話の度を重ぬること、会見の度の多きこと、及び時間の関係に大影響を及ぼすものなるべし。 小糸姫は何時とはなしに友彦の顔を見る毎に、顔赤らめ、襖の蔭に隠れ、窃み目に覗く迄になりぬ。蜈蚣姫は信任厚き友彦に、小糸姫の身辺の世話を委託したるが、遠近上下の隔てなきは恋の道、優柔不断フナフナ腰の友彦も何時とは無しに妙な考へを起し、遂には小糸姫の夫となつてバラモン教の実権を握らむと、野心の火焔に包まれ昼夜心を焦し居たり。 友彦が募る恋路に、小糸姫は襖の開閉にも、擦れつ縺れつ相生の松と松との若緑、手折るものなき高嶺に咲いた松の花、遂に友彦が得意の時代は到来した。猪食た犬の蜈蚣姫は敏くも二人が関係を推知し、夫鬼熊別に向つて言葉を尽し、友彦をして小糸姫の夫となし、鬼熊別が後継者たらしめむとする意志を、事に触れ、物に接し、遠廻しにかけて鬼熊別にいろいろと斡旋の労を執りぬ。 されど鬼熊別は友彦の下劣なる品性と、野卑なる面貌に心を痛め、到底副棟梁の後継者として不適任たることを悟り、何時も蜈蚣姫の千言万語を尽しての斡旋を馬耳東風と聞き流した。 友彦、小糸姫は父の心中を察し、人目を忍んでは二人の行末を案じ煩ひつつ、ヒソヒソ話に耽り居たりける。 ある時友彦は、 友彦『小糸姫様、私は今日限り貴方に御別れ致さねばならぬことが出来ました。今までの御縁と諦めて下さいませ』 小糸姫は漸く口を開き恥し気に、 小糸姫『友彦様、そりや又何うした理由で御座います。たとへ何うなつても小糸姫のためには力を尽し、生命でも差出すと仰有つたではありませぬか』 友彦『ハイ、私の心は少しも変つては居りませぬ。日に夜に可愛さ、恋しさが弥増し、片時の間も貴女のお顔が見えねば、ジツクリとして居られないやうに、恋の炎が燃え立つて来て居ります。併し乍ら貴女は尊き副棟梁の一人娘、何時までも私のやうな賤しき者と関係を結ぶ訳には参りませぬ。御父様の御意中は決して吾々両人の意を叶へては下さいませぬ。何程御母上が御取持下さつても、最早駄目だと云ふことが解りました。私は是より此の煩悶を忘れるため、貴女の御側を遠く離れ、世界を遍歴し一苦労を致しませう。これが御顔の見納めで御座いますれば、何うぞ御両親に孝養を尽し、立派な夫を持つてバラモン教のために御尽し下さいませ』 小糸姫は驚いて其の場に泣き伏し、 小糸姫『アー何うしませう。父上様、聞えませぬ』 と泣き叫ぶを友彦は、 友彦『モシモシ御嬢様、悔んで復らぬ互の縁、暫しの夢を見たと御諦め下さいませ。誠に賤しき身を以て、貴女様に対し失礼を致しました重々の罪、何卒御赦し下さいませ……左様なら、これにて愛しき貴女と御別れ致しませう』 と立去らむとするを裾曳き止め、 小糸姫『暫らくお待ち下さいませ。妾も女の端くれ、たとへ天地が変るとも、一旦言ひ交した貴方を見捨てて何うして女の道が立ちませう。苦楽を共にするのが夫婦の道、仮令何と仰有つても、妾は何処までも放しませぬ。何うしても別れねばならなければ貴方のお手で妾を刺殺し、何処へなりと御出で下さいませ』 と泣き伏す。 友彦『アヽ困つたことが出来たワイ、別れようと言へば御嬢様の強き御決心、生命にも係はる一大事、大恩ある鬼熊別の御夫婦に対し申訳が無い。さうだと云つて大切な御嬢様を伴出しては尚済まず、アヽ仕方がない……。モシ御嬢様、私は此処で腹掻き切つて相果てまする。何うぞ貴女は両親に仕へて孝養を御尽し遊ばされ、幸に私の事を思ひ出された時は、水の一杯も手向けて下さいませ。千万人の宣伝使の読経よりも貴女の御手づから与へて下さつた一滴の水が、何程嬉しいか知れませぬ。小糸姫様、さらばで御座いまする』 と懐剣スラリと引抜き、腹に今や当てむとする時、小糸姫は其の腕に縋りつき、 小糸姫『モシモシ友彦様、暫らくお待ち下さいませ。お願ひいたし度いことが御座います』 友彦は、 友彦『最早覚悟致した上は申訳のため唯死あるのみ。何うぞ立派に死なして下され』 小糸姫『どうして是が死なされませう。斯うなる上は是非がない。親につくか、夫につくか、落ちつく途は唯一つ。暫時は親に御苦労をかけるか知れないが、何れ此世に長らへて居れば、御両親に孝養を尽すことも出来ませう。何卒友彦様、妾を伴れて遁げて下さいませぬか』 友彦『これはしたり御嬢様、親子は一世、夫婦は二世と申しまして、此世に親ほど大切なものは御座いますまい。友彦ばかりが男ではありませぬ。モツトモツト立派な男は沢山に御座いますれば、私のことは只今限り思ひ切り、両親に御孝養願ひます。さらば、是にて御別れ……』 と又もや懐剣を突き立てようとする。小糸姫は悲しさやる瀬なく腕に喰ひつき満身の力を籠めて友彦を殺さじと焦り居る。友彦は感慨無量の態にて、 友彦『アヽ其処まで私を思うて下さるか。左様なれば仰せに随ひ、暫らく私と一緒に何処かへ隠れて、楽しき月日を送りませう』 小糸姫は、 小糸姫『あゝそれで安心致しました』 と奥に入り、密かに数多の路銀を懐中し、夜の更くるを待つて二人は館を後に、何処ともなく顕恩郷より消えにけり。 親子のやうに年の違うた二人の男女は、手に手をとつて波斯の国を、彼方此方と彷徨ひ、遂には高山も幾つか越えて印度の国の南の端に進んで来た。此処には露の都と云つて相当な繁華な土地がある。バラモン教の宣伝使市彦は相当に幅を利かし、遠近に名を轟かして居た。友彦は斯る地点に彷徨ふは、発覚の虞れありとなし、月の夜に紛れて海を渡り、セイロンの島に漕ぎつけ、奥深く進みシロ山の谷間に居を構へ、二人は暮す事となつた。物珍らしき島人は、花を欺く小糸姫の容貌を見て、天女の降臨せしものと思ひ尊敬の念を払ひ、日夜此の庵も訪ねて参拝するもの引きも切らぬ有様であつた。小糸姫は表向友彦を下僕となし、女王気取りで無鳥島の蝙蝠王となりすまし、友彦と共に日夜快楽に耽りゐたり。 友彦の俄に塗りたてた身魂の鍍金は、日に月に剥脱し、父母両親の目の遠く離れたるを幸ひ、横柄に小糸姫を頤の先にて使ふ様になつた。さうして小糸姫が持ち来れる旅費を取出しては日夜酒に浸り、或は島人の女に対し他愛なく戯れ出した。小糸姫は、漸く恋の夢醒むるとともに、友彦の言ふこと為すことを、蛇蝎の如く忌み嫌ひ、友彦の方より吹きくる風さへも、身を切る如くに感じた。百度以上に逆上せ切つた恋の夏も何時しか過ぎて、ソロソロ秋風吹き起り、日に日に冷気加はり凩寒き冬の如く、友彦を思ふ恋の熱はスツカリ冷却して氷の如くになり終りけり。 友彦は小糸姫の様子の日に日につれなくなるに業を煮やし、時々鉄拳を揮ひ、自暴酒を呑み、嗄がれ声で呶鳴り立て、二人の仲は日に夜に反が合なくなりにける。 或夜小糸姫は友彦が大酒を煽り、酔ひ潰れたる隙を窺ひ、一通の遺書を残し、浜辺に繋げる小舟を漕ぎ、島人の黒ン坊二人を伴なひ、太平洋を目蒐けて大胆にも遁げ出したり。 友彦は酒の酔が醒め、起き出で見れば夜はカラリと明けはなれ小鳥の声喧し。 友彦は眠たき目を擦り乍ら、 友彦『小糸姫、水だ水だ』 呼べど叫べど何の応答もなきに友彦は、 友彦『アヽ又裏の山へでも果物を取りに往きよつたのかなア。何を云うても御嬢さまで気儘に育つた女だから仕方が無い。併し斯う云ふものの、まだ十六だから子供の様なものだ。余りケンケン云つてやるのも可哀想だ。チツトこれから可愛がつてやらねばなるまい。顕恩郷に居れば、彼方からも、此方からも御嬢さまと奉られ、女王の様に持て囃され、栄耀栄華に暮せる身分だ。此の友彦が思はぬ手柄に依つてそれをきつかけに旨くたらし込み、世間知らずのオボコ娘をチヨロマカした俺の腕前、定めてバラモン教の幹部連も驚いたであらう。俺の顔は自分乍ら愛想の尽きるやうなものだが、それでも生命の親だと思つて、すねたり、跳たりし乍ら付いて居るのはまだ優らしい。たとへ俺を嫌つて遁げ帰らうと思つても、遠き山坂を越えコンナ離れ島へ連れ込まれては、孱弱き女の何うすることも出来よまい。思へば可哀想なものであるワイ……アヽ喉が渇いた。一つ友彦自ら玉水を、汲みて御飲り遊ばす事としよう』 と云ひ乍ら、門前を流るる谷川の水に竹製の柄杓を突込み、グイと一杯汲み上げ声を変へて、 友彦『さア、旦那様、御上り遊ばせ。あまり御酒を上りますと御身のためによろしく御座いませぬ。若しも貴方が御病気にでも御なり遊ばしたら、妾は何うしませう。ねー貴方、妾が可愛いと思召すなら、何うぞ御酒を余り過ごさない様にして頂戴……ナンテ吐しよるのだけれど、今日に限つて若山の神様は何処かへ御出張遊ばした。軈て御帰館になるだらう。それまで山の神の代理を勤めるのかなア』 と独語言ひ乍ら、グツト一杯飲み乾し、 友彦『アヽ酔醒めの水の美味さは下戸知らずだ。アヽうまいうまい、水も漏らさぬ二人の恋仲、媒酌人も無しに自由結婚と洒落たのだから、此の杓を媒酌人と仮定して先づ一杯やりませう。何程しやくだと云つても、顕恩郷を遠く離れた此の島、二人の恋仲に水差す奴も滅多にあるまい。併し乍ら小糸姫が時々癪を起すのには、一寸俺も困る………「もしわが夫様、癪がさしこみました。どうぞ御介錯を願ひます」………なんて本当になまめかしい声を出しやがつて、俺は何時もそれが癪に障………らせぬワ。アヽうまいうまい』 と、汲んでは飲み汲くんでは飲み一人興がりゐる。 斯かる処へ黒ン坊の一人現はれ来り、 黒ン坊『モシモシ友彦様、女王様が夜前船に乗つて何処かへ往かれたのを、貴方御存知で御座いますか』 と聞くより友彦は真蒼になり、 友彦『何ツ、小糸姫が船に乗つて此処を去つたとは、そりや本当か』 黒ン坊『何私が嘘を申しませう。チヤンキーとモンキーの二人が、櫓櫂を操り港を船出しましたのを、月夜の光に慥に見届けました。私ばかりでない、四五人のものがみんな見て居りますよ』 友彦『ソンナラ何故早速知らして来ぬのだ』 黒ン坊『早速知らせに参つたのですが、御承知の通り此の急坂、さう着々と来られませぬワ』 友彦『さうして小糸姫は何処へ往つたか知つて居るか』 黒ン坊『そこまではハツキリしませぬが、何でも舳を印度の国の方へ向けて出られましたから、大方露の都へ御越しになつたのでせう』 友彦は両手を組みウンウンと吐息を吐き、両眼より粗い涙をポロリポロリと溢して居る。暫くして友彦は立上り、 友彦『おのれチヤンキー、モンキーの両人、大切な女房を唆かし、何処へ遁げ居つたか、たとへ天をかけり、地を潜る神変不思議の術あるとも、草をわけても探し出し、女房に会はねば置かぬ。其時にチヤンキー、モンキーの二人を血祭りに致して呉れむ』 と狂気の如く荒れ狂ひ、鍋、釜、火鉢を投げ、戸障子に恨みを転じ、自ら乱暴狼藉の限りを尽し、家財を残らず滅茶苦茶に叩き毀し、小糸姫の残し置いた衣服や手道具を引裂き、打砕き、地団駄踏んで室内を七八回もクルクルと廻り狂ひ、目を廻してパタリと倒れた。 黒ン坊の一人は驚いて側に駆寄り、 黒ン坊『モシモシ友彦様、狂気めされたか。マア気を御鎮めなされ、何程焦つても追ひつくことは出来ますまい。何れ印度の国の露の都に市彦と云ふ名高い宣伝使が居られますから、其処へ大方御越しなつたのでせう』 友彦は此声にハツト気がつき、 友彦『何ツ、市彦が何うしたと云ふのだ』 黒ン坊『大方女王様は露の都の市彦の館へ御越しになつたのだらうと、皆の者が噂を致して居りましたと云ふのです』 友彦『それは貴様、よく知らせて呉れた。さア、駄賃をやらう』 と金凾を開き見れば、こは如何に、空ツけつ勘左衛門、錏一文も残つて居ない。凾の底に残つた折紙を手早く掴み披き見て、 友彦『アヽ何だか些も分らない。スパルタ文字で………意地の悪い、俺の読めぬのを知り乍ら、遺書をして置きやがつたのだらう。併しこれは後の証拠だ。大切にせなくてはならない』 と守り袋の中に大事相にしまひ込み、黒ン坊に案内させ、一生懸命にシロ山の急坂をドンドン威喝させ乍ら、大股に降り行く。 漸くシロの港に駆ついた。滅法矢鱈に黒ン坊と二人がマラソン競走をやつた結果、港に着くや、気は弛みバツタリと此処に倒れて了つた。港に集まる黒ン坊は二三十人寄つて集つて水をかけたり、鼻を捻ぢたり、いろいろとして漸く気をつけた。 友彦は四辺キヨロキヨロ見廻し乍ら、 友彦『オー此処はシロの港だ。さア、汝等一時も早く船の用意を致し、印度の国へ送れ』 黒ン坊の一人『賃銭は幾何呉れますか』 友彦『エーコンナ時に賃銭の話どころか、一刻も早く猶予がならぬ。賃銭は望み次第後から遣はす。さア、早く行け』 と急き立てる。 友彦の懐中は実際無一物であつた。八人の黒ン坊は八挺櫓を漕ぎ乍ら矢を射る如く友彦の命のまにまに印度洋を横切り、印度の国の浜辺へ漸く着いた。此処は真砂の浜と云ひ遠浅になつてゐる。船は十町ばかり沖にかかり、それより尻を捲つて徒歩上陸する事となりゐるなり。 黒ン坊『モシモシ大将さま、賃銭を頂きませう』 友彦『ウン一寸待て、賃銭はシロの港まで帰つた時、往復共に張りこんでやる。二度にやるのは邪魔臭いから、此処に船を浮かべて待つてゐるがよからう』 黒ン坊『さうだと云つて………露の都までは二日や三日では往けませぬ。往復十日もかかるのに、コンナ処に待つてゐられますかい』 友彦『待つのが嫌なら先へ帰つてシロの港で待つてゐるがよからう。帰途には又他の船に乗るから………』 黒ン坊『ソンナ事を言はずに渡して下さいなア。女房が鍋を洗つて待つてゐるのですから』 友彦『実は金をあまり周章て忘れて来たのだ』 黒ン坊『ヘンうまいこと云ふない。女王にスツパ抜けを喰はされ、金も何も持つて遁げられたのだらう。今までは女王様の光りで、貴様を尊敬して居つたが、モー斯うなつちや誰が貴様に随ふものがあるか。金が無ければ仕方がない。貴様の身につけたものを残らず俺に渡せ。グヅグヅ吐すと、寄つて集つて此の海中へ水葬してやらうか』 友彦『エー仕方が無い、ソンナラ暑い国の事でもあり、裸でもしのげぬ事は無いのだから、これなつと持つて行け』 とクルクルと真裸になり、船の中に投げつけたるに黒ン坊は、 黒ン坊『ヨー思ひの外立派な着物だ。何分金にあかして拵へよつた品物だから………オイその首にかけて居る守り袋を此方へ寄越せ』 友彦『之に貴様等が手を触れると、忽ち身体がしびれるぞ。さア持つて行け』 と首を突き出す。八人の黒ン坊は、 黒ン坊『ヤア、ソンナ怖ろしいものは要らぬワイ。勝手に持つて行け』 と云ひ捨て遠浅の海に友彦を残し、八挺櫓を漕ぎ、紫の汐漂ふ海面を矢の如く帰つて行く。 友彦は砂に足を没し、已むを得ず首に守袋をプリンと下げ、飼犬よろしくと云ふスタイルで、遠浅の海をノタノタと、四つ這ひになつて岸辺を指して進み行く。 (大正一一・六・一四旧五・一九外山豊二録)