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ひふみ神示 4_天つ巻 第21帖 みろく出づるには、はじめ半ばは焼くぞ、人、二分は死、みな人、神の宮となる。西に戦争しつくし、神世とひらき、国毎に、一二三、三四五たりて百千万、神急ぐぞよ。八月七日、ひつくのかみふみぞ。
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(148)
ひふみ神示 5_地つ巻 第11帖 世界丸めて一つの国にするぞと申してあるが、国はそれぞれの色の違ふ臣民によりて一つ一つの国作らすぞ。その心々によりて、それぞれの教作らすのぞ。旧きものまかりて、また新しくなるのぞ、その心々の国と申すは、心々の国であるぞ、一つの王で治めるのざぞ。天つ日嗣の実子様が世界中照らすのぞ。国のひつきの御役も大切の御役ぞ。道とは三つの道が一つになることぞ、みちみつことぞ、もとの昔に返すのざぞ、つくりかための終りの仕組ぞ、終は始ぞ、始は霊ぞ、富士、都となるのざぞ、幽界行きは外国行きぞ。神の国光りて目あけて見れんことになるのざぞ、臣民の身体からも光が出るのざぞ、その光によりてその御役、位、分るのざから、みろくの世となりたら何もかもハッキリして うれしうれしの世となるのぞ、今の文明なくなるのでないぞ、たま入れていよいよ光りて来るのぞ、手握りて草木も四つあしもみな唄ふこととなるのぞ、み光にみな集まりて来るのざぞ、てんし様の御光は神の光であるのざぞ。九月二十と一日、一二か三。
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(486)
ひふみ神示 22_青葉の巻 第17帖 悪く云はれるとめぐり取って貰へるぞ、悪く云ふとめぐりつくるのぢゃ。今度の建替へは人間智恵の建替へとは大分違ふ大層ざぞ、見当とれんのざぞ、日の神ばかりでは世は持ちては行かれんなり、月の神ばかりでもならず、そこで月の神、日の神が御一体となりなされてミロク様となりなされるなり、日月の神と現はれなさるなり。みろく様が日月の大神様なり、日月の大神様がみろくの大神様なり、千の御先祖様九二の御先祖様と御一体となりなされて大日月の大神様と現はれなさるなり、旧九月八日からは大日月の大神様とおろがみまつれよ。八月五日、一二
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(488)
ひふみ神示 22_青葉の巻 第19帖 此の度の岩戸開きに御用に立つ身魂ばかり選り抜きて集めて行さして御用に使ふのであるから、他の教会とは天地の違ひであるぞ、今度は人民の心の底まであらためて一々始末せねばならんなり、誰によらん、今迄の様なゼイタクやめて下されよ。せねばする様せなならんなり、世界のハラワタ腐り切って居るのであるから愈々を致さねばならんなり、愈々をすれば人民愈々となるから、神がくどう気つけてゐるのざぞ。此処へは善と悪とどんな身魂も引寄せてコネ廻し練り直す所であるから、チットモ気緩しならん所であるぞ。ここの仕組は天の仕組と地の仕組と、カミとなりホトケとなり結びと和し雲と顕れ動き、鳴り成りてマコトの世みろくの代と致して、この世を神の国と致す仕組ぢゃ。今迄は天の神ばかり尊んで上ばかり見て居たから、今度は地は地の神の世と致すのぢゃ、天の神は地ではお手伝ひざと申してあろが、下見て暮せ、足元に気付けと申してあらうが、皆地の神尊び斎き祀りて弥栄ましませ。天の教許りではならず、地の教許りでもならず、今迄はどちらかであったから、時が来なかったから、マコトがマコトと成らず、いづれもカタワとなってゐたのざぞ、カタワ悪ぞ、今度上下揃ふて夫婦和して、天と地と御三体まつりてあななひて、末代の生きた教と光り輝くのざぞ。八月九日、ひつ九のかミ。
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(565)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第54帖 目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に魅入られるぞ。心せよ。雨、風、岩、いよいよ荒れの時節ぢゃ。世界に何とも云はれんことが、病も判らん病がはげしくなるぞ。食ふべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ。悪を消化する胃袋、早うせねば間に合はん。梅干大切心の。五十二才二の世の始。五十六才七ヶ月 みろくの世。十二月七日一二十
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(570)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第59帖 忘れるなよ。世を捨て、肉をはなれて天国近しとするは邪教であるぞ。合せ鏡であるから片輪となっては天国へ行かれん道理ぢゃ。迷信であるぞ。金で世を治めて、金で潰して、地固めしてみろくの世と致すのぢゃ。三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、神示は嘘ぢゃと申すが、百年もつづけて嘘は云へんぞ。申さんぞ。十二月七日一二十
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(580)
ひふみ神示 24_黄金の巻 第69帖 悪く云はれるのが結構ぞ。何と云はれても びくつくやうな仕組してないぞ。天晴れ、三千世界のみろくの仕組、天晴れぞ。この先は神の力戴かんことには、ちっとも先行かれんことになるぞ。行ったと思うてふり返ると、後戻りしてゐたのにアフンぞ。心得なされよ。何も彼も存在許されてゐるものは、それだけの用あるからぞ。近目で見るから、善ぢゃ悪ぢゃと騒ぎ廻るのぞ。大き一神を信ずるまでには、部分的多神から入るのが近道。大きものは一目では判らん。この方世に落ちての仕組であるから、落して成就する仕組、結構。神様は親、四角張らずに近寄って来て親しんで下されよ。十二月十四日
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(751)
ひふみ神示 29_秋の巻 第9帖 みろくの世となれば世界の国々がそれぞれ独立の、独自のものとなるのであるぞ。ぢゃが皆それぞれの国は一つのへそで、大き一つのへそにつながってゐるのであるぞ。地上天国は一国であり、一家であるが、それぞれの、又自づから異なる小天国が出来、民族の独立性もあるぞ。一色にぬりつぶすような一家となると思ふてゐるが、人間のあさはかな考へ方ぞ。考へ違ひぞ。この根本を直さねばならん。霊界の通りになるのぢゃ。
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(1187)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 25 燕返し 第二五章燕返し〔一七五〕 八王大神は病気まつたく恢復し、ふたたび会議を続行すべきことを八百八十八柱の神司に、常世姫より一々叮嚀に通知したれば、諸神司は先を争ひて大広間に参集し、例のごとく八王大神はじめ常世姫、春日姫、八島姫、その他の常世城の神司らは、中央の高座に、花を飾りたるごとく立派なる姿をあらはしたり。この時行成彦はたちまち登壇して八王大神の急病まつたく癒え、ふたたびこの大切なる会議に出席されたることを、口を極めて慶賀し、諸神司とともに万歳を唱へ、かつ猿田姫、出雲姫、春日姫、八島姫をして祝意を表するため、壇上に、優美にして高尚なる舞曲を演ぜしめたり。四女性の艶麗優美なる姿は、あたかも柳の枝に桜の花を咲かせ、白梅の薫りを添へたるごとくなりけり。頭には金色の烏帽子を戴き、衣服は揃ひの桃色、緋の袴を長くひきずりながら、四女は一度に手拍子、足拍子をそろへて、春の野の草花に蝶の戯むれ飛び交ひ遊ぶごとくなりける。諸神司は、この長閑なる光景に心魂を奪はれ、吾を忘れて眺めゐたり。 行成彦は壇上に立ち、優雅な声調にて謳ひはじめたるが、鶯の春陽に逢ひ谷の戸開いて、白梅の梢に春を謳ひ、鈴虫の秋の野の夕に、涼しき声にて鳴くにも似たる床しき声調に、四辺の空気をたちまち清鮮ならしめたり。 その歌、 『千早振る神の御心かしこみてチーバブリカンヨミコモトカスクミテ 天地四方の国魂やアメツツヨシノコキシタマ 八王の司や八頭ヤツコスヨツカスヨヤツカムロ ももの神たち八百万モモロカムタチヤモヨロヅ 常世の国に神集ひトコヨヨクシイカムツトヒ 虎狼や獅子大蛇トツオオカムヨシスオロミ 鬼も探女も曲津見もオヌモサヨメヨマトツミヨ 伊寄り集ひて村肝のイヨキクルミテムロイコヨ 心の雲を吹き払ひコモトヨコモヨフチハロチ 払ひ清めて神の世のハロチコソメテカムホヨヨ 目出度き光照妙のメロトチフカリテロトオヨ 綾と錦の大御機アヨヨヌスコヨオオムホト 織りて神世のまつりごとオリテカムヨヨマツイコヨ 堅磐常磐にたてよこのカコハトコハイタトヨコヨ 神の任さしの神みたまカムヨヨサイヨカムミトモ 世に出でまして美はしきヨニウテモステウロホスク 栄えみろくの大神のサコエミロクヨオオカムヨ 安けき国を守らむとヨソケシコモヨモモロムト 心めでたき常世国コモトメテトキトコヨクシ うしはぎ坐すとこよひこオソフクイモストコヨホコ とこよの姫の世をなげきトコヨヨホメヨヨヨノゲク ももの千草のあら風にモモヨツクソヨアロコセイ 倒れ苦しむわざはひをトヨレコロスムワロワイヨ 救はむためのもよほしはスクホムトメイモヨホスヨ この天地の開けてゆコヨアメツツヨフロケトヨ ためしあらしのしづまりてトモスアロスヨスヅモリテ 常世の春の常永にトコヨヨホロヨトコスヱイ 千代万世も動きなくトヨヨロヅヨヨヨロギノク 高天原も賑はしくタコオモホロヨヌグホスク 千歳の松の色あせずトツセヨマツヨウロアセズ 枝葉も繁るくはし世にエロホヨスゲリクホスヨイ 立直さむと身を忘れトチノヨソムヨムヨワスリ 家を忘れて朝夕にウヘヨワスレテアソヨベイ 心を尽し身を尽しコモトヨツクイモヨツクイ 四方の雲霧吹払ひヨモヨコモクリホキホロヒ 国治立の大神のクシホロトチヨオオカムヨ いかしき御世を守らむとウカスキムヨヨモモラムト 開きたまひしこの集ひフロキトモイスコヨツドイ 集ひ来たりし行成彦もツドヒコモステユキノリホコモ もろてをあげてこのたびのモロテヨアゲテコヨトヒヨ 常世の彦の御こころにトコヨヨホコヨミコモトイ まつろひまつり常暗のマツロイマツイトコヨミヨ 世をとこしへに照しなむヨヨトコシエイテラスノム 百の神たちみともたちモモヨカムトチミトモトチ 一日も早くかた時もヒツカモホヨクカトトキヨ いと速やかにかたりあひイトスムヨコイカトリアイ けふのつどひをうれしみてケフヨツドイヨウロスミテ むなしく過すことなかれムノスクスゴスコトノコレ 国治立の神のまへクシホロトチヨカムヨミエ 常世の神のうるはしきトコヨヨカムヨウロホスキ 赤き心をうべなひてアコキコモトヨウベノイテ 四方の神人草や木のヨモヨカムフトクサヨコヨ さやぎの声を静めかしサヨギヨコエヨスズメカス 救ひの神とあれませるスクイヨカムヨアレモセル 国治立の神ごころクシホロトチヨカムコモト ただに受けます常世彦トドイウケモストコヨホコ とこよの姫のひらきてしトコヨヨホメヨホロキテス これのもよほしいときよしコレヨモヨホスイトキヨス きよきこころの百の神キヨキコモトヨモモヨカム 八王の神やつはもののヤツコスカムヨツホモヨヨ 猛きうつはをとりのぞきトケキウツホヨトリヨゾキ その根底よりあらためてソヨネトコヨイアロトメテ はやとりのぞき大神にホヨトリヨゾキオオカムイ 叶ひまつれよ松の世のカノイモツリテマツヨヨヨ 神のこころの神ぞ目出度くカムヨコモトヨカムゾメデトキ 松の心の神ぞ目出度けれマツヨコモトヨカムゾメデトケレ』 行成彦は、以前の極力反対的の態度に打つて変り、八王大神賛成の歌を作り、その豹変的態度に諸神司を驚異せしめたり。八王大神は欣然として、無言のまま行成彦の讃美の歌を、耳を澄まして聞き入りぬ。 常世姫は、行成彦の行動に合点ゆかず、首をしきりにかたむけ、思案に暮るるもののごとくなりける。 行成彦の豹変的態度をとりたるは、八王大神の偽物たることを、よく知悉しゐたるが故なり。四柱の女性は満座に一礼し、得もいはれぬ愛嬌を振りまきながら静々と降壇したり。このとき末席より発言権を請求して登壇する神司あり。 これは長白山の八王有国彦にして、その神格は温和にして至誠一貫の神司なり。やや頭の頂に禿を現はし、背丈はスラリと高く、どこともなく威徳具はりて見へけり。いまや行成彦の豹変的歌を聞きて、平素の温柔なる性質にも似合ず、猛然として立上り登壇したるなり。諸神司は彼の顔色のただならざるを見て、その発言のいかんを気遣ひける。彼は口を開いて、 『満座の諸神司よ、吾々は今回の大会議については、許多の疑問胸中に山積せり。第一に泥田の中の失態といひ、同じ姿の女性の続出せる怪といひ、八王大神の急病といひ、森鷹彦の異変といひ、数へきたれば限りなき怪事の続出すること、あたかも妖怪変化の巣窟ともいふべき有様ならずや。しかのみならず聖地ヱルサレムの天使長広宗彦の代理たる行成彦の軟化豹変、燕返しの曲芸的行動の不審千万にして逆睹すべからざるに非ずや。思ふに行成彦も、連日の疲労の結果精神に異状をきたせしにはあらざるか。ただしは前日来議場を攪乱しつつありし邪神悪鬼に憑依され、誑惑されて、その大切なる使命を忘却し、かかる変説改論の醜を演じたるには非ざるか。熟考すればするにつけ腑に落ちぬことのみ、如何にしても、吾らは何処までも疑はざるを得ぬ。要するに、今回の会議は怪より始まりて怪に終るにあらざるか。吾々は国祖国治立命の聖慮に背き、神界の御制定になれる八王神の聖座を撤廃し、野武士的神政を樹立せむとする悪平等主義の、反逆的目的を根底より破壊せむとの、国祖大神の御心に出づる諸神人への厳しき懲戒の鞭を加へさせたまひしものと断ぜざるを得ず。ゆゑに吾々は失礼ながら今日かぎり本会議を脱退せむ。諸神司よろしく吾々の行動をもつて本会議を乱すものとなす勿れ』 と声に力をこめて述べをはり、降壇せむとするや、 『暫く、しばらく』 と大声に呼ばはる神司ありける。 (大正一〇・一二・二三旧一一・二五出口瑞月)
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(1214)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 余白歌 余白歌 大江山王仁の口より吐き出す夢物語恐ろしきかな〈序〉 弥勒の代早近づきて彼方此方に山霊明光放ち初めたり〈総説〉 霊光は霊山霊地に暉けど見る人稀なる暗世忌々しき〈総説〉 千早振る神代の謎をことごとくつばらに説きし神の書かな〈目次後〉 面白く神世の謎をときさとすみろく胎蔵の物語かな〈目次後〉 天地の広きが中に只一人淋しく立ちて世を思ふかな〈第1章〉 御開祖は国常立の御命もてこの天地に生れましにけり〈第1章〉 朝日刺す夕日かがやく高熊の峰に救世の鼓響けり〈第1章〉 五十鈴川水の流れの清ければわが神国は千代に移らじ〈第1章〉 五十鈴川流れに霊魂洗ひたる人は神代の光りなりけり〈第2章〉 古の隠れし神を世に上げて国ををさむる貴の神子かな〈第2章〉 汚れたる人のみたまも玉水の鏡のぞけば清く晴るべし〈第6章〉 嘘ばかりつき通したる世の中に今に大きい穴が現はる〈第8章(初版)〉 詐りのなきよなりせば是ほどに神は心を砕かざらまし〈第8章(初版)〉 曲津見の醜の荒びの忌々しけれとこ夜のやみのやみ雲の空〈第9章〉 神の橋渡れば安く往くものを迷ふて落つる曲の八ツ橋〈第9章〉 美しき神の御国に生れきて神いつかざる曲ぞ忌々しき〈第10章〉 産土の神の御魂を顕はして御国を守る大本の教〈第10章〉 天地の誠の親を知らぬ子に説き諭せども聞く人稀なり〈第11章〉 父母の外には親はなきものと思へる人に知らすおや神〈第11章〉 目を覚せ一日も早く国人よ三五の月は天に冲せり〈第12章〉 朝夕に神の御前に太祝詞となふる家は安らかなりけり〈第12章〉 松生ふる青山巡らす日の本は神のまします神苑なりけり〈第14章〉 世を救ふ真実の神は和衣の綾部の里に天降りましけり〈第14章〉 曲神のときめく此世を言向けて神国をたつる三五の神〈第14章〉 天地のおやの御船に見を任せ高天原へ安く渡らむ〈第15章〉 神の子の罪引受けて苦しむも神は世界の親なればなり〈第15章〉 死に替り生き替りして世のために悩みたまひし教祖かしこし〈第15章〉 しわがきの秀妻の国に住む人の神知らぬこそゆゆしかりける〈第17章〉 思想界波たち狂ふ闇の世もしづめてぞゆく三五の道〈第17章〉 百八十の国悉く言向けて神の御国に救ひ行かばや〈第17章〉 山川も清くさやけき神国の人の心は曇りけるかな〈第18章〉 さまざまとよこさの教はびこりて神の御国をけがしけるかな〈第18章〉 日に月に曇りゆく世の有様を歎きてここに伊都能売の神〈第18章〉 邪津神人の衣をまとひつつきよき神世を汚し行くなり〈第20章〉 空蝉の世人助くる神ごころ今や積りて世に出でませり〈第21章〉 千早ふる神代ながらの神業を学ぶは神子の務めなるべし〈第21章〉 水清き和知の流れにみそぎして道開かせり教御祖は〈第22章〉 竜宮の館の底の池水に常磐の松の影はうつれり〈第23章〉 生命あるうちに神国をさとらずば魂八衢に迷ふなるらむ〈第24章〉 元の神人の初まりつばらかに知りたる者は神の外なし〈第25章〉 厳霊瑞の霊のなかりせば此の世の闇は永遠に晴れまじ〈第26章〉 石の上古き神代のみまつりに世を直さむと伊都能売の神〈第26章〉 栄枯盛衰常ならむ世も皇神の教の道は永久なりけり〈第27章〉 鳥けもの草の片葉に至るまで神の御魂の籠らぬは無し〈第28章〉 ミロクの世はや来よかしと祈りつつ身欲に迷ふ人ぞ可笑しき〈第31章〉 身の欲に心の鏡曇らされ此世乍らに地獄の旅する〈第31章〉 野に山に花は香へど日は照れど恵みを知らぬ人の多かり〈第36章〉 根の国の姿なりけり神知らぬ人と人との争ふ此の世は〈第36章〉 けがれたる此の世の泥をすすがむと瑞の大神天降りましけり〈第36章〉 世の中の鬼や大蛇を言向平て世を治めます神の御心〈第38章〉 神の世の審判に今やあふ坂の人は知らずに日を送りをり〈第39章〉 西東南も北も天地も担ふて立てるかみの御柱〈第45章〉 この柱今は隠れて見えざれば世の大方は知るものもなし〈第45章〉 第九篇宇宙真相研究し神示の世界を悟るべきなり〈第46章〉 火と水の二つのはしら世に出てこれが誠の火水與とぞなる〈第46章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 10 四鳥の別れ 第一〇章四鳥の別れ〔二六〇〕 春日姫は急がしげに船に近づきぬ。船の名は偶然にも春日丸と云へるなりける。 船は間もなく纜を解き、東を指して進み始めつつあり。 春日姫は船の舳先に立ち上り、常世の国の見納めと、振り向く刹那に顔と顔、思ひきや鷹住別の宣伝使、船を眺めて思案に暮るるもののごとくなり。 春日姫は、ハツと驚き乍らよくよく視れば装こそ変れ、色こそ日に焼けたれ、擬ふ方なき吾夫なりける。 船は真帆に春風を孕み、二者の切なき思ひも白波の、沖をめがけて進み行く。鷹住別は立ち上り、 鷹住別『淵瀬と変る現世は昨日の曇り今日の晴れ 定めなき世と云ひながら同じ道をば歩み来る 天教山の宣伝使浮世の風に煽られて 聳立つ波も鷹住別のわけて久しき相生の 松に甲斐なき今日の春山は霞を帯にして 花は笑へど諸鳥の声は長閑に歌へども 淵瀬と変るうたかたの消え行く浪の生別れ 吾は常世へつき潮の汝は東の浪の上 逢はぬ昔の吾心今は思ひも弥増して 別れを惜む村肝の心も泡と消え失せよ 生者必滅会者定離折角逢ひは逢ひながら 浪を隔つる海の面心も沈む船の上 浮いて浮世を渡会の神の恵みに恙なく 渡れよ渡れ春日姫かすかになりゆく浪の上 声も幽になりにけり浪押し渡る春日丸 浪押し渡る春日姫豊栄昇る朝日影 波は照る照る汐風かをるあひの涙の雨は降る』 と情の籠りし悲哀な歌を謡ひて、春日姫を見送りにける。 船は次第に沖へ沖へと進み行く。嗚呼この二人の心の中は、いかに悲嘆の涙にくれたりにけむ。 春日姫は陸上に立てる夫の姿の消ゆるまで、被面布を振りながら、ここに東西に別るるの止むなきに到つた。 春日姫は四方の海面を眺めながら、忍び忍びに惜別の歌を謡つた。その歌、 春日姫『浮世の浪に隔てられ思ひは深き海の上 西と東へ立つ波の今日の別れも何時の世か また相生の松の世に逢うて嬉しき高砂の 松も深雪の共白髪世が世であらばモスコーの 華と謳はれその誉雲井に高き鷹住別の 神の司や春日姫正しき夢を三笠山 重ぬる齢千代八千代寿祝ふ玉椿 庭の泉に影写す現の世をば諸共に 歓ぎ楽しむ天の下四方の国人救はむと 常磐の松の真心を月照彦に伴はれ 都を出でてはや三歳雲の彼方に照る月は 心も清き月照の神の司と嬉しみて 露野を渉り山河を越えて久しき紅の 浜辺に着くや望月の虧ぐる事なき兄の君の 雄々しき姿眼のあたり逢うて嬉しき一言の 言葉を交す暇もなく何ンの情も荒浪の あらぬ思ひに沈みつつ妾は東へ帰り行く 鷹住別の吾夫よ荒振神の荒ぶなる 常世の国は常闇よ浜辺にならぶ蠣殻に 足を踏ますな心して通はせ給へ渚彦 渚の姫の御守りに身も健やかに常世国 前や後や右左心を配り出でませよ たとへ海山隔つとも春日の姫の魂は 汝が命の傍近く添ひて守らむ常久に 常世の闇の晴るるまで常世の春の来るまで 晴るる暇なき妾思ひ心の空の日月も 汝が身を思ふ度ごとに霞む思ひの春日姫 幽かに御影を伏し拝むかすかに御影を伏し拝む 心も清き波の上君は常世へ出でまして 朝の露や夕霜に悩ませ給ふ事もなく 身もスクスクと進みませ身もスクスクと進みませ 嬉し悲しのこの別れ何時の世にかは白梅の 香りゆかしき二人連れ水も洩らさぬ楠船の 仲を隔つる荒浪も神の恵みに相生の 松の翠のにぎはひて延び行く春の春日姫 延びゆく春の春日姫まつぞ嬉しき今日の空 まつぞ嬉しき波の上なみなみならぬ宣伝の 旅の疲れも打ち忘れ互に顔をみろくの世 松の御代こそ尊けれみろくの神ぞ尊けれ』 と謡ひつつ、飽かぬ名残を惜しみける。 (大正一一・一・一七旧大正一〇・一二・二〇井上留五郎録) (第九章~第一〇章昭和一〇・一・三一於筑紫別院王仁校正)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 23 諸教同根 第二三章諸教同根〔二七三〕 ここに伊弉冊命は返り歌詠まし給ひぬ。其の歌、 『天と地とはおのづから正しき清き秩序あり 汝が命の宣言月日のごとく明らかに 輝きわたり村肝の吾が心根もさやさやと 冴えわたりたる嬉しさよ天にも地にも只一つ 力と頼む汝が命杖ともたけとも柱とも たよるは汝が御魂一つ心の清き赤玉は 魂の緒清く冴えわたり吾の御霊は月雪の 色にも擬ふ白玉の天と地との真釣りあひ 尊き御代に相生の松の神世の基礎を 天より高く搗き固め地の底まで搗き凝らし 天と地とは睦び合ひ力を協せ村肝の 心一つに御子生まむみたま清めて国生まむ 世は紫陽花の七かはり如何に天地変るとも 汝と吾との其の仲は千代も八千代も変らまじ 栄えみろくの御代までも栄えみろくの御代までも 尽きせぬ縁は天伝ふ月に誓ひて大空の 星の如くに御子生まむ生めよ生め生め地の上に 仰げば高し久方の天津日影にいやまして 永久に栄ゆる汝がみたま阿那邇夜志愛袁登古 阿那邇夜志愛袁登古男女の睦びあひ 八尋の殿にさし籠り天津御祖の皇神の みたまを永久に斎くべし御魂を永久に斎くべし』 と声も涼しく歌ひ給ふ。 是より二神は撞の御柱を、左右より隈なく廻り給ひて、青木ケ原の真中に立てる八尋殿に立帰り、息を休め給ひける。 ここに月照彦神、足真彦、弘子彦、祝部、岩戸別の諸神人は、野立彦神、野立姫神の御跡を慕ひて神界現界の地上の神業を終へ、大地の中心地点たる火球の世界、即ち根の国底の国に出でまして、幽界の諸霊を安息せしめむため、天教山の噴火口に身を投じ給ひける。 神徳高く至仁至愛にして、至誠至直の神人は、神魂清涼の気に充たされ、さしもに激烈なる猛火の中に飛び入りて、少しの火傷も負はせ給はず、無事に幽界に到着し給ひぬ。 これらの諸神人は幽界を修理固成し、かつ各自身魂の帰着を定め、再び地上に出生して、月照彦神は印度の国浄飯王の太子と生れ、釈迦となつて衆生を済度し、仏教を弘布せしめたまひけり。ゆゑに釈迦の誕生したる印度を月氏国といひ、釈迦を月氏と称するなり。 また足真彦は、これまた月照彦神の後を逐ひて月氏国に出生し、達磨となつて禅道を弘布したり。 時により処によりて、神人の身魂は各自変現されたるなり。何れも豊国姫命の分霊にして、国治立命の分身なりける。 少名彦は幽界を遍歴し、天地に上下し、天津神の命をうけ猶太に降誕して、天国の福音を地上に宣伝したまふ。 天道別命は天教山の噴火口より地中の世界に到達し、これまた数十万年の神業を修し、清められて天上に上り、天地の律法を再び地上に弘布せり。之を後世「モーゼ」の司と云ふ。 天真道彦命も同じく天教山の噴火口に飛び入り、火の洗礼を受けて根底の国を探険し、地上に出生して人体と化し、エリヤの司と現はれてその福音を遍く地上に宣伝し、天下救済の神業に従事したり。 また高皇産霊神の御子たりし大道別は、日の出神となりて神界現界に救ひの道を宣伝し、此度の変によりて天教山に上り、それより天の浮橋を渡りて日の御国に到り、仏者の所謂大日如来となりにける。神界にてはやはり日出神と称へらるるなり。 また豊国姫命は地中の火球、汐球を守り、数多の罪ある身魂の無差別的救済に、神力を傾注したまへり。仏者の所謂地蔵尊は即ちこの神なり。 天教山は後にシナイ山とも称せらるるに至りぬ。併し第一巻に表はれたるシナイ山とは別のものたるを知るべし。 弘子彦司は一旦根底の国にいたりしとき、仏者の所謂閻羅王なる野立彦命の命により、幽界の探険を中止し、再たび現界に幾度となく出生し、現世の艱苦を積みて遂に現代の支那に出生し、孔子と生れ、治国安民の大道を天下に弘布したりける。 然るに孔子の教理は余り現世的にして、神界幽界の消息に達せざるを憂慮し給ひ、野立彦命は吾が身魂の一部を分けて、同じ支那国に出生せしめ給ひぬ。之老子なり。 (大正一一・一・二〇旧大正一〇・一二・二三井上留五郎録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 06 刹那信心 第六章刹那信心〔三九九〕 暴風は百千の虎狼の一度に嘯き呻るが如く、猛き声を響かせ、遠慮会釈もなく吹き捲る。何の容赦もあら浪の、立ち来る態、実に凄じき光景なりけり。 三笠丸は怪しき物音、ガラガラバチバチ、今や海底に沈まむとす。 数多の船客は、色を失ひ、起ちつ坐りつ、限りある船中を狂ひ廻る。 松、竹、梅のあだ娘、照彦の四人は、磐石の如く少しも騒がず、天に向つて合掌し、何事か頻りに奏上せり。 窈窕花の如く、新月の眉濃やかに描かれ、容姿端麗なる自然の天色、桃の花の如き竹野姫はスツクと起つて吹き来る風に打ち向ひ、声も淑やかに歌ひ始むる。 竹野姫『黒白もわかぬ暗の世の汚れを払ふ天津風 今や吹き来る時津風吹けよ吹けふけ科戸の風よ 常世の暗を吹き払ひ此の世の塵を清めかし 浪よ立て立て高砂の尾の上の松のかくるまで 隠れてまします高砂の父の御側へ連れて行け 常世の浪のしき浪の寄せ来る音は松風か 山の嵐かわが恋ふる恋しき父の御声か 心のたけのありたけを一度に開く白梅の 花の顔月の眉竜の都に鎮まりし 乙米姫の御姿木の花姫の顔は 天津御空を昇ります日の出神の如くなり 大空伝ふ月の影はやく晴らして月照彦の 神の守りを与へかし俄の暴風に大足彦の 神の命の足真彦倒けても起きよ沈みても 直様浮けよ惟神神の救ひの此船は 深き恵みを三笠丸空打ち仰ぎ眺むれば 春日の山や三笠山峰より昇る月影の はるる思ひも今しばし暫し止めよ時津風 風の便りにわが父のウヅの都に坐ますと 探ねて来る姫神の心の露を汲み取れよ 仮令御船はくつがへり海の藻屑となるとても 神より享けし此身体如何でか死なむや科戸彦 科戸の姫よおだやかに鎮まり給へ逸早く この世を渡すのりの船三五教を守る身の わが乗る船に穴はないあな有難や三笠丸 あな尊しの三笠丸神の恵を笠に着て 清き教を杖となしみろくの船に乗せられて 高砂島に進み行く吾らを守る大足彦の 神の命の御恵み木の花姫や乙米姫の 神の命や琴平別の貴の命よ朝日子の 日の出神よ村肝の吾らが心を照らせよや 心の空はてるの国秘露の都も近づきて 春は過ぐれど巴留の国進む妾を救ひませ 進む妾を救ひませ又此船の諸人も 千尋の海のいや深く底ひも知れぬ御恵みに 救ひ助けよ天津神国津御神や綿津神 今吹く風は世の人の心の塵を払ふ風 降り来る雨は世の人の汚れを洗ふ清の雨 今立つ浪は世の人の怪しき行ひ断つの浪 風よ吹けふけ雨も降れ浪よ立て立て勇み立て 心のたけの姫が胸一度に開く梅ケ香姫の 妹の命や神の世の来るをまつよの鶴の首 亀の齢の永遠に浪をさまれよ四つの海 天津御空は日の神の日の出神と照彦の 清き心を憐れみて船諸共に救ひませ 船諸共に救ひませ』 と花の唇を開いて歌ふ。 この言霊に、雨も風も浪もピタリと止んで、再び太平の大海原となり、煌々たる夏の太陽は、海面を照らして輝き渡りぬ。 暗礁に乗り上げ、殆ど海中に没せむとせし三笠丸は、不思議なるかな、何の故障もなく、凪ぎ渡る海面を、静かに滑めて西へ西へと進行してゐる。 船中には又四五人の囁き声一隅に聞ゆ。 甲『エライ事だつたなア。この船には三人の弁財天が乗つて御座つたお蔭で生命が救かつたのだよ。マアマア吾々もお蔭で地獄行きを助かつた。一寸下は水地獄だ、カウして一枚板の上は安楽な極楽だが、一寸違へば地獄でないか、これを思へば吾々はよく考へねばなるまい。日々に行つて居る事は恰度此船のやうなものだ。一寸間違うたら地獄だから、うかうかしては此世は渡れない、なんぼ陸ぢやと言つて、沈まぬとも言へぬ。陸に居ても悪い事をすれば、心も沈み身も沈み、一家親類中が皆沈んで、浮かぶ瀬がなくなつて了ふのだ。うかうかしては暮されぬわい』 乙『さうだネ、何は兎もあれ有難い事だつたネ。あの三人の女神さまは、アリヤ屹度吾々のやうな人間ぢやないぜ。あまり吾々は慢心が強いからナ、此世は人間の力で渡れるものなら渡つて見よ。力のない智慧の暗い、一寸先の分らぬ愚な人間が、豪さうに自然を征服するとか、神秘の扉を開いたとか、造化の妙用を奪ふとか、くだらぬ屁理屈を言つて威張つて居つた所で、今日のやうな浪に遭うたら、毎日日日船を操縦ることを商売にして居る船頭さまだつて、どうする事も出来やしない。人間は神様を離れて、何一つ此世に出来るものはないのだ。かう言つて吾々が物を言つてるのも、皆神様の尊い水火がこもつて居るからだ。ウラル教の宣伝使のやうに、呑めよ騒げよ一寸先は闇よ、暗のあとには月が出るなぞと、勝手な熱を吹いて、ドレだけ威張つて見た所で、人間たる以上はダメだ、ドウしても、神様の広き厚き御恵みに頼らねばならないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 丙『オイお前は中々よい心得だ。ソンナ結構な事、何処の誰に聞いたのだい』 乙『吾は黄金山に現はれ給ひし埴安彦命さまのお始めになつた、三五教の教を聞いて、それからと言ふものは、あれ程好きな酒が自然に飲めなくなつて、此頃は少しの御神酒を頂いても、直に酔うて心持ちがよくなつたよ。今までは酒を飲めば飲むほど、梯子酒で飲みたくなり、腹は立つて来る。一寸したことにもムカついて、女房を殴る、徳利を投げる、盃は破れる、丼鉢は踊る、近所の人達に悪酒ぢや、酒狂ぢやと言はれて持て余された者だが、どうしたものか、三五教の飯依彦と言ふ竜宮島の宣伝使が熊襲の国へ出て来て、皆のものを集めて、鎮魂の洗礼を施してくれたが最後、気分はスツカリして酒は嫌ひになり、何とはなしに世の中が面白くなつて来たのだ。ホントによい教だよ。お前も一つ三五教に入信したらどうだい。大にしては治国平天下の教、小にしては修身斉家の基本たるべき結構な教の道だよ』 丙丁戊『成程結構だなア。吾々も無事安全な時には、ナーニ神が此世に在るものか、人間は神だ、人は万物の長だ、天地経綸の司宰者だと威張つて居たが、今日のやうな目に遇うては、吾輩のやうな無神論者でも、何だか腹の中の悪いコロコロが、喉から飛び出しよつて、本当に叶はぬ時の神頼み、手を合して縋る気になつて来るワ。アヽ人間と言ふものは弱いものだなア』 諸人の囁き声を満載した神の守護の三笠丸は、万里の浪を渡つて、其日の黄昏時、智利の港に近づきたり。 (大正一一・二・一二旧一・一六森良仁録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 10 言葉の車 第一〇章言葉の車〔四〇三〕 五月姫は立つて唄ふ。 五月姫『あふげば高し天の原い行き渡らふ日の神の うづの都の守護神えにしの糸に繋がれて おしの衾の永久にかはらざらまし何時までも きよく正しき相生のくにの護りと現はれて けしき卑しき曲津見をこらしてここに神の国 さかゆる松も高砂のしま根に清く麗しく すみきる老の尉と姥せぜの流れは変るとも そろふて二人松の葉のたがひに心を合はせつつ ち代も八千代も永久につると亀との齢もて てらす高砂島の森ときは堅磐に治めませ なみ風荒き海原をにしや東や北南 ぬひ行く船の徐々とね底の国の果てまでも のどかにしらす天津神は留の国をば立ち出でて ひ照りきびしき砂原をふみわけ進む四人連れ へり譲れとの御教のほまれは四方に響くなり まさ鹿山津見神様のみのいたづきを救ひつつ むすぶ縁の温泉場めぐり会うたる妹と背の もも世の契百歳やや千代の固め睦まじく いや永久に永久にゆみづ湧き出る珍山の えにしも深き旅の空よは紫陽花の変るとも わが身に持てる真心はゐく千代までも変らまじ うづ山彦の御神にゑにしの糸を結ばれて をさまる今日の夕かな』 と、四十五清音の言霊歌を歌ふ。 駒山彦『ヤア、恐れ入りました。四十五清音の祝ひの御歌、どうか始終御静穏でゐらつしやいますやうに』 珍山彦『オイ、駒山さま、大分によう転ぶな』 駒山彦『きまつた事だ。山の頂辺から、駒を転がしたやうなものだよ。アハヽヽヽ』 珍山彦『サア駒山さま、山の頂辺から駒を転がすのだよ。一つ言霊歌を聴かして貰ひませうかな』 駒山彦『歌は御免だ、不調法だからな』 珍山彦『この目出度い場所で、御免だの、不調法だのと、是非言霊の宣り直しをやつて貰ひたいものだ。主人側の五月姫さまが言霊でお歌ひになつたのだもの、お客側の貴公がまた言霊で返歌をするのは当然だ。吾々は一度歌つたから最早満期免除だ。サアサア早く早く、言霊の駒を山の上から転がしたり転がしたり、珍山彦の所望だ』 駒山彦も、 駒山彦『こまつたな、止むに止まれぬこの場の仕儀、オツトドツコイ祝儀だ。 あふげば高し山の端をいづる月日のきらきらと うづの都を照すなりえにしは尽きぬ五月姫 おしの衾の暖かにかたみに手に手をとり交し きのふも今日も睦まじくくらせよ暮せ二人連れ けはしき山を乗り越えてここに漸く月の宵 さかづき交す目出度さよしま根に生ふる松ケ枝に すずしく澄める月影はせん秋万歳尉と姥 そろふ夫婦の友白髪たかさご島の守護神 ちよに八千代に色深くつるの巣籠る神の島 てらす朝日は清くしてとこよの闇を晴らすなり なつの半の五月空にしに出で入る月照彦は ぬば玉の世を照らしつつね底の国まで救ひゆく の山もかすみ笑ふなるはる(巴留)の栄えは桃の花 ひらく常磐の松代姫ふたりの娘御諸共に へぐりの山をあとにしてほのかに夢の跡尋ね まぎて来りし父の国みたり逢うたり今日の宵 むすぶ夫婦の新枕めでたかりける次第なり もも上彦は年長くやちよの春の玉椿 いづみのみたまの御教をゆはより堅く守りませ えにしは尽きじ月照のよは紫陽花の変るとも わかやぐ胸を素手抱きてゐきと水火とを合せつつ うつし世幽世隔てなくゑらぎ楽しめ神の世の をさまる五月の今日五日』 と歌ひ了れば、珍山彦は膝を打つて、 珍山彦『ヤア、転んだ転んだ、駒公がころんだ』 駒山彦『これで駒山は除隊ですかな』 珍山彦は、 珍山彦『ヤア、じよたいのない男だな。それよりも五月姫さま、アヽこの館の奥さまとならば、じよたいのうしよたいを保つのだよ。心の底から水晶に研いて研き上げて、華を去り実に就き、曲津の正体を出してしまふのだ』 五月姫は小さき声にて、 五月姫『ハイハイ』 とばかりうなづく。 珍山彦『サア、これから御主人公の番だ。まさか否とは言はれますまい。サアサア祝ひ歌を歌つて下さい。珍山彦の註文だ』 正鹿山津見『皆さまの立派な御歌を聴いて、恐れ入りました。私の言霊は、充分研けて居りませぬから、耳ざはりになりませうが、今日は思ひ切つて、神様の御力を借りて歌はして頂きませう。 あゝ思へば昔其の昔高天原に生れませる 心もひろき広宗彦の兄の命に助けられ 神の真釣を補ひのかみと代りし桃上彦の 神の命のなれの果心の駒の進む間に 八十の曲津に使はれて恵も深き広宗彦の 兄の命に相反き二人の兄を退けて かみのまつりを握りたる高天原の主宰神 常世の闇の深くして心は雲る常世彦 常世の姫に謀られて恋しき都や三柱の 愛しき御子を振り捨てて行方も知らぬ流浪の 身のなり果ては和田の原浪に浮べる一つ島 竜宮の島に渡らむと高砂丸に身をまかせ 常世の浪の重浪を渡る折しも吹き来る 颶風に船は打ち破られ吾は儚なき露の身の 朝日に消ゆる悲しさを闇を照らして昇り来る 日の出神の御光や琴平別の救ひ舟 背に跨り遥々と千尋の海の底の宮 乙米姫の知食す竜の宮居の金門守る 賤しき司と仕へつつ涙に沈む折からに 浪を照して出で来る日の出神に救はれて 神伊邪那美の大神や従属の神と諸共に 音に名高き竜宮を亀の背中に乗せられて 躍り浮びし淤縢山祇の神の命や和田の原 つらなぎ渡る浪の上大海原の真中に 皇大神と右左袂を別ち高砂の 朝日も智利の国を越え珍の都に辿り着き 日の出神の任けのまに名さへ目出度き宣伝使 巴留の御国を救はむと山野を渉りはるばると 吾は都に竜世姫三五の月照る真夜中に 威勢も高き鷹取別の醜の軍の戦士が 鋭き槍の錆となり沙漠の中に埋められて やうやう息を吹き返し闇に紛れて帰り往く 負傷は痛く足蹇へて一足さへもままならぬ 破目に陥る谷の底流るる水を掬ぶ時 香り床しく味もよき瑞の御魂の幸はひを 喜び谷間を攀ぢ登り温泉のいさに浴して 百の負傷は癒えたれど如何はしけむ玉の緒の 命の絶ゆる折柄に淤縢山津見や五月姫 珍山、駒山現はれて神の救ひの御手をのべ 助け給ひし嬉しさよ茲に五人の神の子は さしも嶮しき珍山の峠を越えて千引岩の 上に一夜を明しつつ天雲山をも打越えて 木の花姫の分霊大蛇の船に助けられ もとの住家に立帰り憩ふ間もなく淤縢山祇の 神の命の御執成し珍山彦の真心に 今日は妹背の新枕天津御神や国津神 百神等に永久の誓約をたてし今日の宵 清き心の玉椿八千代の春の梅の花 開いて散りて実を結ぶみろくの世までも変らまじ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 高砂島の永久に妹背の仲は睦まじく 親子夫婦は睦び合ひ花咲く御代を楽しまむ 花咲く御代を楽しまむ此世を造りし神直日 心も広き大直日ただ何事も人の世は 直日に見直し聞直し身の過は宣り直し 光眩ゆき伊都能売の神の御魂と現はれて 天地四方の国々を守る諸神諸人と 共に生代を楽しまむ共に足代を楽しまむ』 と、声もすずしく歌ひ終る。一同は手を拍つて感嘆の声を漏らすのみ。珍山彦は、 珍山彦『サアサア、これで婚礼組の歌は一通り済んだ。これから親子対面の御祝ひだ。モシモシ松代姫様、貴女のお番です。御遠慮なく親の前だ、お歌ひなさいませ』 松代姫は、 松代姫『ハイ』 と答へて立ち上りぬ。 (大正一一・二・一三旧一・一七河津雄録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 11 蓬莱山 第一一章蓬莱山〔四〇四〕 松代姫の歌。 松代姫『松は千年の色深く厳のみろくの守り神 瑞の御魂と現はれし三五教の宣伝使 三葉の彦の神魂清き尊き玉鉾の 広道別と改めて黄金山に宮柱 太知り立てて神の代を治め給ひし神業を 朝な夕なに嬉しみて天地に願ひを掛巻も 畏き神の引き合せ恋しき父に邂逅ひ 心の丈を語りあふ今日の月日を松代姫 待つ甲斐ありて今茲に松竹梅の姉妹は 恋しき父に巡り会ひ又もや母の懐に 抱かれて眠る雛鳥の吾身の上ぞ楽しけれ 吾身の上ぞ楽しけれ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも千代も八千代も変りなき 心やさしき五月姫母の命と敬ひて 心を尽し身を尽し力の限り仕ふべし あゝ垂乳根の父母よ親と現はれ子となるも 遠き神代の昔より天津御神や国津神 金勝要の大神の結び給ひし神業と 聞くも嬉しき今日の宵竜世の姫や月照彦の 神の命の守ります高砂島は幾千代も 山は繁れよ野は栄え花は匂へよ百の実は 枝もたわわに結べかし五日の風や十の日の 雨も秩序をあやまたず稲麦豆粟黍までも 豊に稔れ永久に蓬莱山も啻ならず 鶴の齢の末長く亀の寿のいつまでも 夫婦親子の契をば続かせ給へ国治立の 神の命よ豊国姫の神の命よ平けく いと安らけく聞しめせ天教山にあれませる 木の花姫の御守りは千代も八千代も変らざれ 千代も八千代も変らざれ神に任せし親と子の 心は清し惟神御霊幸はへましまして 世の大本の大御神開き給ひし三五の 言葉の花は天地と共永遠に栄えませ いや永遠に栄えませ』 と述懐歌をうたひ、しとやかに舞ひ納めたれば、竹野姫は又もや起つて、長袖ゆたかに歌ひ舞ふ。 竹野姫『あゝ有難し有難しいづの身魂のみ守りに うづの都を立ち出でてえにしも深き海の上 おさまる胸は智利の国かがやき渡る天津日の きしに昇りて山河をくもなく渡る四人連れ けしき勝れし珍の国こころも晴るる今日の空 さかえに充てる父の顔しら雪紛ふ母の面 すずしき眼月の眉せみの小川の水清く そそぎ清めし神御魂たなばた姫の織りませる ちはた百機綾錦つぼみも開く梅ケ香に てる月さへも清くしてとこよの暗も晴れてゆく なに負ふ清き高砂のにしきの機を織りなして ぬなとも母揺にとり揺らしねがひ叶ひし親と子は のどかな春に逢ふ心地はるる思ひの鏡池 ひびに教ふる言霊のふかき恵みを仰ぎつつ へに来し夢も今はただほーほけきよーの鶯の ま声とこそはなりにけれみじかき夏の一夜さに むすぶも果敢なき夢の世のめぐりて此処に親と子は もも夜の春に逢ふ心地やちよの椿優曇華も いや永遠に薫れかしゆくへも知らぬ波の上 えにしの船に乗せられてよを果敢なみつ進み来る わが身の上を憐みていづの御魂や瑞御魂 うきに悩める姉妹のゑがほも清き今日の宵 をさまる夫婦親子仲四十五文字の言霊の 花も開いて実を結ぶ結びの神の引き合せ 娘と父と母神の今日の団欒ぞ嬉しけれ 今日の団欒ぞ楽しけれ』 梅ケ香姫は又もや起つて歌ひ舞ふ。 梅ケ香姫『ひは照る光る月は冴ゆふかき恵みの父母よ みたりの娘を何時までもよは紫陽花と変るとも いつくしみませ永久にむすぶ縁の糸柳 ながながしくも親と子はやちよの春の来るまで こころ変らぬ松の世のときは堅磐に何時までも もも上彦と現はれて千々の民草守りませ よろづのものを救ひませひがしに昇る朝日影 二日の月は上弦のみいづかくして世を守る よしも悪しきも難波江のいつしか晴るる神の胸 むかしの神代廻り来てなく杜鵑声高く 八千代の春を祝ふらむこころも清き梅ケ香の とこよの春を迎へつつももの千花に魁けて ちり行く後に実を結ぶよろづ代祝ふ神の国 ひかり洽き神の国ふかき恵みに包まれて みろくの御代を松代姫よし野に開く花よりも いつも青々松緑むつびに睦ぶ神人の なさへ目出度き高砂ややま河田畑美はしく こころも直き竹野姫ときは堅磐に栄ゆべし もも上彦の知らす世は千代も八千代も限りなく よろづ代までも栄えませ万代までも栄えませ 思ひは胸に三千年の一度に開く梅の花 心のたけのすくすくと世は治まりて伏し拝む み民の心ぞ尊けれみ民の心ぞ尊けれ 常世の松代くれ竹野世のふしぶしに潔く 色も香もある桃の花梅ケ香慕ふ鶯の 声も春めき渡りつつ血を吐く思ひの杜鵑 声も静かに治まりて松吹く風となりにけり 松吹く風となりにけり緑滴る夏山の 霞をわけて天津日の輝き渡る五月姫 三月三日の桃の花五月五日の花菖蒲 桃と菖蒲の睦びあひ松竹梅の千代八千代 栄ゆる御代ぞ目出度けれ栄ゆる御代ぞ目出度けれ』 と節なだらかに、舞ひ終り座に着きぬ。珍山彦は、 珍山彦『ヤア、天晴々々、これは秀逸だ。天の数歌を三度も繰返された御手際は、三月三日の桃の花よりも、五月五日の花菖蒲よりも、美はしい、尊い目出度い歌であつた。さあさあ、これからは照彦さまの番だよ』 照彦は儼然として立上り、声高々と自ら歌ひ自ら舞ふ。 照彦『天地百の神たちのその喜びをただ一人 うけさせ給ふ桃上彦の神の命の宣伝使 地の高天原を出でまして御稜威も高き高砂の 島に現はれ正鹿山津見の命の珍都 音に名高き淤縢山祇の神の命や村肝の 心の駒山彦司御稜威輝く蚊々虎の 名もあらたまの貴の御子木の花姫の御恵に 珍山彦と宣り直し心も晴るる五月姫 鴛鴦の衾の幾千代も外へはやらぬ悦びは 御稜威も高き高砂の浜辺に繁る松代姫 世は呉竹野すくすくと梅ケ香匂ふ神の島 月日は清く照彦の神の恵ぞ尊けれ 波も静かな国彦の従属の神と諸共に 珍の御国に永久に鎮まりまして高砂や この浦船に帆を揚げて月照彦と諸共に 出潮入潮平けくいと安らけく凪ぎ渡る 大海原に浮く島の国の栄えぞめでたけれ 国の栄えぞめでたけれ』 駒山彦は、 駒山彦『妙々、天晴々々』 と感嘆の声をもらすのみ。珍山彦も手を拍つて、 珍山彦『天晴々々。天晴れ国晴れ皆晴れよ、晴れよ晴れ晴れ晴れの場所、晴れの盃親子の縁、ここに目出度く千代も八千代も、弥永久に祝ひ納むる』 (大正一一・二・一三旧一・一七東尾吉雄録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 12 松と梅 第一二章松と梅〔四七九〕 梅ケ香姫『黄泉の嶋の戦ひに桃の木実と現はれし 松竹梅の宣伝使天教山に駆あがり 神の御言をかしこみて四方の雲霧吹き払ひ 日の出の御代に照さむと一度に開く木の花の 霜を凌んで咲き匂ふ名さへ目出たき梅ケ香の 姫の命の宣伝使駱駝の背に跨りて アシの沙漠を打渡りクス野ケ原の枉神も 天津祝詞の神言に服はさむと進み来る 神の稜威も高彦の三五教の神づかさ 月雪花の三柱に新玉原に巡り逢ひ ここに逢ふ瀬を喜びつ東雲別の東彦 鉄谷村の時さまと三人逢うたり六柱の 心も清き一行は西へ西へと北の森 雪踏みわけて進み来る雪より清き神の子は コーカス山の枉神を打ち払はむとめいめいに 右や左に手分して明志の湖に只一人 進み来れる折柄に跡追ひ来る時さまの 従神の神に助けられ孔雀の姫の枉神を 只一言の言の葉に神の大道に導きて 助けやらむと来て見れば思ひもかけぬ孔雀姫 神の教のかがやきてみろくの御世を松代姫 姫の命の住処ぞとさとりし時の嬉しさよ さはさりながら竹野姫姉の命は今いづこ 雪積む野辺を彼方此方とさすらひ給ふか痛はしや 嗚呼姉上よ姉上よ天の岩戸の開くごと 心も晴れし今日の空八十の曲霊を言向けて 功績も高きアーメニヤ神の都を立直し 天教地教の山に在す野立の彦や野立姫 高照姫のおん前に勲功をたつる常磐木の 色も妙なる松代姫神の世松の世みろくの世 松の神世に因たる姉の命のいさをしを 喜び祝ひ奉る』 と歌つて座に着いた。 八は小声で、 八公『おいおい、勝公、鴨公、どうやら、こりや風が変つて来た様だぞ。貴様は明志丸の中で弱味につけこむ風の神だとか、風を引いたとか引かぬとか、吐いて居やがつたが、こいつは又けつたいな、風の神かも知れぬぞ』 勝公『かつかつながら、どうも怪しいものだな、美しい宣伝使だと思つて居たら、孔雀姫の妹だつて。きよろきよろして居ると最前の様に茹であげて、噛むで食ふと吐かしたが、本当かも知れぬぞ』 時公『サア勝公、どうだ。貴様の刹那心を聞かうかい、心機一転はどうだ』 勝公『心機一転どころか、神経興奮だ。オイオイ時さま、道連の誼で一つ御断りを申上げてくれぬか』 時公『断りは断りだが、そんな事は時さまの方から平にお断りだ。どうで貴様は北の森で三五教の宣伝使を苦しめた奴だから、其お礼返しだ。マア覚悟をしたがよからう。人間は刹那心が大事だ。なンぼ切なくても観念せい』 勝公『第一着に苛めた奴は鴨公だ、その次が八公で、第三番目が此勝さまではないワイ。モシモシ松代姫さまの孔雀姫さま、私は一寸も知りませぬ、茹でて喰ふのなら八ツ足の蛸か鴨が味がよろしい。私の様なものをおあがりになつても、かつかつして、岩を噛む様であんまり美味はありませぬぜ』 時公『ハヽヽヽアハヽヽヽ』 梅ケ香姫『オホヽヽヽ』 松代姫『ヤア皆さん、よう来て下さいました。うまい都合です。鰹だとか、鴨だとか、蛸だとか、本当においしさうな御名の方ですな』 時公『噛んで食ふ様に云うてあげて下さりませ。さうせぬとなかなか此奴は頑固な男で腹へは這入りませぬ』 勝公『コレコレ時さま、要らぬ事を云うて智慧を付けてくれない、化物の腹の中へ這入つてたまるものか。お前が居ると危なくて、はらはらするワイ、腹の立つ奴だ。アーアー、夢か現か鬼か蛇か、我身に来る災難を祓ひ給へ清め給へ』 時公『ウハハヽヽヽ、モシモシ孔雀姫様、貴方と梅ケ香姫さまと三人よつて、一つ宛頂戴しませうかい。孔雀が鴨を食ふのは鳥同志で共喰になつて面白くないから、時さまが鴨をいただくなり、お梅さまはちよつと酸い名だから、八足の八公を三杯酢につけて食ふなり、松代姫様は勝公をおあがりなさい、松の魚は鰹だ。丁度誂へ向きの献立だ。アハヽヽヽ』 勝公『おい時さま、一体どうだ、本当にお前食ふつもりか。何だか変な奴だと思つて居たら貴様ら二人は俺達を計略にかけて、斯んな魔窟へ連れて来やがつたのだな。もう斯うなる上は死物狂ひだ。サア時公、時の間も猶予はならぬぞ。此奴はアルタイ山に住んで居る悪い奴かも知れぬぞ。此勝さんが貴様のどたまをかつんとやつてやろか、もう仕方がない破れかぶれだ。八は此奴を八裂にするなり、此方から反対にかもうかい。のー鴨公』 時公『馬鹿だなあ、みんな嘘だよ。なんでも最前の宣伝使の歌を聞けば、姉さまらしい、よく御顔を視くらべて見よ。少しおからだが大きい様だが、眼から鼻から口の工合からまるで瓜二つだ、マア安心せ、滅多に食はれる気遣ひはない』 勝公『腹の悪い男だ、人の肝玉をひつくり覆しやがつた。オイオイ八公、鴨公、もう大丈夫だ』 時公『肝玉がひつくり覆つたのぢや無かろう、貴様の刹那心で正念玉がひつくり覆つたのだ。オイ、ま一遍ひつくり覆して、万劫末代もう覆らぬ様に三五教に帰依するか』 勝公『するともするとも、味噌もすれば臼もする。もう是から、此処の味噌摺奴になつて使うてもらはうかい』 松代姫はにこにこしながら立ちあがり、宣伝歌を歌ひ始めた。 松代姫『常磐堅磐に動きなきみろくの御世を建てむとて 日の出神や木の花の神の教をあななひて 荒野ケ原をひらき行く松竹梅の宣伝使 ウラルの彦の枉神の醜の荒びを治めむと 竹野の姫はコーカスの深山を指して出で行きぬ 妾は暫し孔雀野の雪かきわけて世の人の 心の暗を照さむと往来の人を松代姫 光眩ゆき玉鉾の道踏み分けて今ここに 孔雀の姫と身をやつし青人草をことごとに 神の御国に救ひつつ常夜の暗の岩屋戸を 開く常磐の松代姫待つ甲斐ありて我が慕ふ 梅ケ香姫に今ここでまめな姿を三つの桃 大かむづみの神業を照す時こそ来りけり 常磐堅磐の時さまよ曲のみたまの盛り居て 天に勝つてふ勝さまよ天定まれば人に勝つ 八の嶋根の八しま国八さま鴨さま諸共に 三五の月の御教に心を照せやひら手を 拍ちて御神を讃へかしあゝ梅ケ香よ梅ケ香よ 神の稜威も一時に開く常磐の松代姫 時を移さず時さまとコーカス山に駆けのぼり 猛き曲津に悩み居る竹野の姫の神業を 翼けあななひ奉るべし天と地とは祭りあひ 相み互に神の道誠を一つの松代姫 ここに五人のいづみたま雪より清き真心の いきを合はして進むべしいきを合はして進むべし』 時公『ヤア是で何も彼も、春の雪と疑問がとけて了つた。とけて嬉しい相生の、松にまつたる神世の初まり、開くは梅の花ばかりではない、俺達の心もさらりと開いた。サアサア皆さん皆さん、早くこの場を開いた開いた』 松代姫は梅ケ香姫と共にコーカス山に向ふ事となつた。さうして勝公は此館に留まつて、一生懸命に三五教の宣伝歌を歌つて枉神を言向和す事となつた。 時公、八公、鴨公は二人の宣伝使に随従して、威勢よくコーカス山に向ふ事となつた。 (大正一一・三・一旧二・三井上留五郎録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 30 天の岩戸 第三〇章天の岩戸〔五二六〕 今迄耐へに耐へておいでになつた天照大御神は、余りの事に驚き且お怒り遊ばして是ではもう堪らぬといふので、天の岩屋戸を建てて直様その中にお入りになり、戸を堅く閉してお籠りになつて了つた。是も亦形容でありまして、小さく譬て見ますれば、この東京市は市長が治めて居る。然るに到底私の力では東京は治まらない、仕方がないと言つて辞職して了ふ。市役所に出て来ない様になる。一国に就て言へば総理大臣が私の力でこの国は治まらないからと言つて辞職して了ふ。一国にしても一市にしても、主宰者が居らぬでは外の者にはどうする事も出来ないと云ふ其人に辞職されて了うたなら其国なり其市なりはどうでせう。詰り此只今でいふ辞職といふのが、天の岩屋戸へ天照大御神がお籠りになつたと同じ様なことであります。 『即ち高天原皆暗く葦原の中津国悉に闇し』 真暗闇では何うしようにも方針がつかない、葦原の中津国の大政府が仆れた為に其所在地たる高天原を初め全国が火の消えたる如くになつて了つた。下の方の者では施政の方針は分らない。どうもかうも手のつけ様がない。 『茲に万の神のおとなひは、五月蠅なす皆湧き、万の妖悉に発りき』 今度はもう昼も夜もない真暗がりぢや。斯うなつて来ると世の中はどうなり行くか、丁度今日に就て考へて見ると面白い。政治は勿論教育も経済も、内治も外交も滅茶苦茶である。一切万事真暗がりの世になつてゐる。どこにどうしようにも見当がつかない。斯うなつて来ると、此に発して来るのは各階級の風俗の紊乱であります。不良人民が殖ゑ窃盗が横行し、強盗が顔を出す、神代に於ても、万の妖が総ての事に、彼方にも此方にも五月の蠅の如くに発生して来たのである。之を天の岩屋戸隠れと申すのでありますけれども、今日の世態を考へますと、恰も神代に於ける岩屋戸の閉てられた時と同じやうに思はれます。 『是を以て八百万の神』 はどうする事も出来ないから、 『天の安河原に神集ひに集ひて』 相談をなされた。之を高天原即ち天上の議場に集まつたのだと云ふ人もあります。平等なる神々様が、物を洗ふ、流すと云ふ意味の公平無私なる土地に集まつたのであります。安ということは安全と云ふことで、この安らかなる地点即ち風水火なり饑病戦なりその他総ての禍災を防ぐことの出来る、然も何等圧迫を被ることのない場所であります。さうしてこの清らかな場所へは、上下貴賤の区別なく総ての人々が、国を憂ひ、国家を救はなくてはならぬと云ふ、潔らかな精神を以て集まつて来たのであります。 『高御産巣日の神の御子、思兼の神に思はしめて』 この思兼の神は今日でいうと枢密院の議長といふ様な役目であります。一番思慮の深い人、さうして神の教を受けた人、この人に天の岩屋戸を開き天下を救ふべき方法を尋ねまして、その結果、 『常夜の長鳴鳥を集へて鳴かしめて』 常夜といふのは常闇の世の事であります。即ち永遠無窮に日月と共に、国事に就て憂ひ活動をして居る神、此等の神等を集めて泣かせるといふのは各自に意見を吐かせると云ふ事である。その結果、 『天の安の河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鉄を取りて、鍛人、天津麻羅を求ぎて、伊斯許理度売の命に科せて鏡を作らしめ』 この堅い石を取るといふことは、皇化万世動かぬ岩に松といふ、天から下つた所の教を取るといふことである。天の金山の鉄を取るといふことはどちらもカネである。鍛人、これは鍛冶屋といふ意味でありますけれども、総て世を治めるに必要なる道具、一切の武器などを拵へたのであります。次に鏡を造らしめる。鏡は人物の反映である。霊能の反映である。故に歴代の天皇は之を御祀りになつて居る。鏡は皇室の宝物になつて居るのであります。鏡は神であります。さうして言霊であります。言霊七十五音を真澄の鏡と申します。三種の神器の一を八咫の鏡と申すのは即ち七十五声の言霊であります。それから言霊が日本人のは非常に円満清朗であるといふのは、是は日本の国に金の徳があるからであります。地の中に金といふものが多い、外国と違うて黄金の精が多い。故に日本人の音声は清いのであります。鳴物でも金が入つて居ると善い音が出ます。金の多いと云ふ事の為に天の金山の鉄を取りてと出て居るのであります。それから伊斯許理度売命に鏡を作らしめるとは、伊斯許理度売命の伊は発音であつて、斯許理といふのは熱中することで、一生懸命に国の為に奔走する神、さういふ神を寄せて言霊の鏡を作らせたのであります。次に、 『珠を作らしめ』 又 『天の香山の真男鹿』 の角を取つて占なはしめることになつた。天の香山といふのは鼻成山と云ふ意義で、神人を生かす山の事であります。此 『天の香山の真男鹿の肩を打抜きに抜きて』 さうして何ういふことをしたらよいか神勅を乞はれたのであります。今の神占は殆どそんなことはありませぬが、昔は鹿の骨を火に焼いて、その割目で吉凶を占うた。実際八百万の神が集まつて、種々雑多なことをして国の為めにどうしたらよいかと考へた。其中には易を見る神もあつたので御座います。易を見て方針を決めたり、其他いろいろに考へ、四方八方から考へて行つた結果、そこで初めて、岩屋戸を開くに就ては祭典をして天神地祇を祭らなくてはいかぬといふことに決つた。先づ、 『真賢木を、根抜に掘て、上枝に八咫の勾珠の、五百津の御統麻琉の玉を取り著け、中枝には、八咫鏡を取りかけ、下枝に、白丹寸手、青丹寸手を取り垂でて』 つまりこれは今日で言ふ神楽であります。伊勢神宮では昔から十二組の大神楽がありますが、これは岩屋戸開きの事をお示しになつて居るのであります。 前にも申上げましたやうに現代の世態を考へますると今日は所謂世界の大神楽を奏しなくてはならぬときであります。あのお神楽のときに出て参りまする翁獅子、あれは既に大きなおそろしい面をした獅子を被つて、刀を口にくはへ毛を下らして居る。この形は何であるか。眼は金、鼻の孔も金、歯も金、而も其口を動かして、本当に恐ろしいやうであるけれど、真中には人が入つて操つて居るばかりか、頭の方こそ立派だが後の方には尾も何もない。だんだらの条のやうなものが入つてゐる布に過ぎない。そこにも人が隠れて居て前の者と調子を合せて操つて居る。これが獅子舞の真相であります。所で今日の世界の外交術は皆この獅子舞であります。表面は非常に大きないはゆる獅子口を開けて、今にも噛みつきさうにして、怖ろしいやうであるが、中に入つて見ると、人が獅子の口を開けて舞うてゐるのである。ちやうど今日は神楽をあげてゐるのである。それから大神楽のときに芸人が鞠を上げたり、下したりする。これは霊の上り下りを示して居るのである。また一尺位の両端に布切れの付いた妙な棒のやうなものを上げたり下したりする。これは世の中の柱が、上のものは下敷となり下のものは上になりて行く、即ち立替をするといふことを示してあるのである。それから盆の上や傘の背に一文銭を転がせて一生懸命きりきり廻して居る。これは何をして居るのであるかといふと、今日の世の中は金融が逼迫して、一文の金も一生懸命に走り廻つてゐる。千円の財産でもつて一万円も二万円もの仕事をしてゐる。だから一朝経済界の変調が起るとポツツリ運転が止つて了ふ。そう云ふ工合に金融が切迫してゐると云ふ事を表してゐる。次に剣の舞をやつて居る。頭を地につけて反り身になつて一生懸命にやつてゐる。これはいはゆる危険な相互傷き倒れると云ふ戦争をして居る意味である。それから茶碗に水をつぎ込み長い細い竹の先にのせて、下から芸人がキリキリ廻して居る。あの通り危い。茶碗が落ちたらポカンと割れる。無論水はこぼれる。所が落ちないのはこのキリキリ廻して居る竹の所が要であるからで、すなはち要を握つて居るからであります。要と云ふものは中心である。いはゆる神であるからして引つくり覆らぬ。又おやまの道中と云ふ事をやりますが神楽が出来て、獅子舞姿でおやまの道中をして居る真似をする。ちやうど今日の世の中の様に男の頭の上に女が上つて居るやうな工合になつて居る。それから獅子の後持といふのがある。さうしておやまの道中には傘をさして妙な獅子舞を致しますが、今日の世の中に於きましても男が下になり女が上になつて之を使つてるのと同じ事でありますが、またこの獅子舞は達磨大師の真似をして見せる。足を下にして大の字になつたり、逆様にひつくり返つたりして見せる。上になつたり下になつたりキリキリ舞をしてゐる。後持が大の字になつて見せたり逆様になつて見せたりする。上のも大の字、中のも大の字、あとのも大の字逆様ぢやと申して一生懸命やつてゐる。一方では大神楽の親父と云ふのがあつて、片方で芸人の真似をしては邪魔をしたり、いらぬ口を叩いたりして、頭をポンと敲かれたり、突かれたりしてお客さまを笑はせる。笑はせる丈ならよいが大変な邪魔をする。この親父は唖や聾の真似をして舞もせずに邪魔をする。今日の世の中にもかう云ふ獅子舞の親父がゐる。元老とか何とか言うて、若い屈強盛りの者が一生懸命に芸当をやつてゐる所へ口嘴を出したり、邪魔をしたりする、時には頭をポンとやられる。さうして一番しまひに弐円なり五円なりの金をせしめる、芸をすませて、親父はアバババと言うて帰つてしまふ。このアバババは言霊から申しますと、総ての物の終り、大船が海上で沈没をした時や、開いた口が閉がらぬ様な困つて失望したとき、どうもこうも出来ぬやうな苦境に陥つてしまつたと云ふ時の表示であります。兎に角、今日の世の中は大神楽を廻して居る時であります。神代の岩戸開きの神楽と、今日の世の神楽とは余程変つて居りますけれども、その大精神に於ては同一であります。 神楽舞の時に囃子が太鼓を打つのは大砲や小銃弾や爆裂弾の響き渡る形容であり笛を吹くのはラツパを吹き立てる形容であり、銅鉢を左右の手に持つてチヤンチヤン鳴らし立てるのは、世界が両方に別れて互に打合ふといふ事の暗示であります。 そこで、 『天の宇受売命、天の香山の天の蘿を、手次に繋けて、天の真析を鬘として、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、天の岩屋戸に空槽伏せて』 いろいろの葉を頭につけたり、葛を襷にかけたりして、岩屋戸の前へ行つて、起きたり逆様になつたり、足拍子を取つてどんどんどんどんやつた。 『踏み動響し、神懸して、胸乳を掻き出で、裳紐を陰上に押し垂れき』 岩屋戸を開く為に、宇受売の命が起きたり、逆様になつたり、一生懸命に神懸りをやつた。神懸りに就いてはここには省略する。これはその人一人の事ではありませぬ。宇受売と云ふのは、女の事を申しますが、俗に男女と言はれる女であつて、男のやうな強い人をオスメまたはオスシと言ひます。これは宇受売から初まつたのである。女は女らしくしなければならないので御座いますけれども、然し乍ら、天の岩屋戸の閉つたと言ふ様な国の大事の際には、女だとて女らしくして居られない場合があります。男も女も神様がなされました様に一生懸命になつて国事に奔走せなければならぬ。総て女と云ふ者は人の心を柔げる所の天職を有つて居ります。今誰も彼も、皆の者が岩戸開きの為に心配をしてゐる。顔をしかめて考へ込んでゐるその際に、宇受売命、すなはち男勝りの女が出て来て、とんだり、跳ねたり、腹匐うたり、面白い事をして見せたり、いはゆる国家的大活動をした為に、 『かれ高天原、動りて八百万の神、共に咲ひき』 一度にどつと笑つた。非常に元気づいて国家の一大難局を談笑快楽の中に治めて了つたのであります。現代に於ても女の方も活動して下されまして岩屋戸の開く様にせなければならぬと存じます。昔もさうでありました。 『ここに、天照大御神、怪しと思ほして、天の岩屋戸を細目に開きて、内より告り給へるは』 岩屋戸に隠れてゐられました大神様は、今私は岩屋戸に隠れて了つた以上は、葦原の中つ国も、天地も共に真闇になつて、さぞ神々は困つてゐるであらう、と思ふに何故か岩屋戸の外で、太鼓を打つ、鐘を叩く、笛を吹く、どんどん足拍子がする、宇受売の命が嬉しさうに噪ぐ、八百万の神たちが一緒になつてどつと笑ひ楽ぶ。余り不思議に思はれて中から仰せになつた。 『吾が隠れますに因りて、天の原自ら闇く、葦原の中津国も皆闇けむと思ふを、何故天宇受売は楽びし、亦八百万の神、諸々笑ふぞ』 何故そんなにをかしいか。すると天宇受売命が、 『汝が命に益りて、貴き神坐すが故に、歓咲ぎ楽ぶと申しき』 何でもその国に大国難が出来たときは皆なの顔色は変るものである。お筆先にも『信仰がないと正勝のときには大方顔色が土のやうになるぞよ』とあります。信仰が出来て神諭の精神が解り神の御心に叶へばやれ来たそれ来たと、勇むで大国難を談笑遊楽の間に処理する事が出来るのである。私は永年間御神諭を拝し、かつ御神意を少し許り了解さして頂いただけでも、心中平素に安く楽しき思ひに充ち、如何なる難事に出会しても左迄難事とも思はず、何事も神の思召と信じて、人力のあらむ限りを安々と尽さして頂いて居ります。凡て事業は大事業だとか、大難事だとか思ふやうでは、回天の神業は勤まらない。三千世界の立替立直しに対しても夫れが完成は浄瑠璃一切り稽古する位により思つて居らないのですから、実に平気の平左で日夜神業に面白く楽しく奉仕して居ります。然う云ふ工合に、総ての神様が信仰の下に、喜び勇んで元気よく活動されたのであります。それで何故、諸々笑ふぞとお尋ねになつた。そこで、あなたに優つた偉い神様がおいでになつたから喜び勇んで居りますと答へられた。 すでにその前に天の児屋根命、これは祭祀のことを掌つた神様、後には中臣となつて国政を料理した藤原家の先祖であります。この神様がその時天神地祇にお供へをしたり、太玉命が太玉串を奉つて神勅を受け、一方占の道によつて、万事万端、ちやんと手筈が整つてあつたので御座います。所へ案の如く天照大御神様は、 『愈奇しと思ほして』 そつと細目に戸をお開けになつた。するとそれがパツと鏡に映つたので、 『天の手力男神、其手を取りて引き出しまつりき』 其間に布刀玉命が注連縄をその後に引き渡して、此処より中にはもうお入り下さいますなと申した。これで天地は照明になつた。この鏡に天照大御神の御姿が映つたとありますのは、つまりは言霊で御座います。八咫の鏡は今は器物にして祀られて天照大御神の御神体でありますが、太古は七十五声の言霊であります。各々に七十五声を揃へて来た。すなはち八百万の誠の神たちがよつて来て言霊を上げたから岩屋戸が開いたのであります。天津神の霊をこめたる言霊によつて再び天上天下が明かになつたのであります。決して鏡に映つたから自分でのこのこ御出ましになつたと言ふやうな訳ではありませぬ。つまり献饌し祝詞を上げて鎮魂帰神の霊法に合致して、一つの大きな言霊と為して天照大御神を、見事言霊にお寄せになつたのであります。それから注連縄、これは七五三と書きます。その通り、この言霊と云ふものは総て七五三の波を打つて行くものであります。さうして注連縄を引き渡してもう一辺岩屋戸が開いた以上は、再び此が閉がらぬやうにと申上げた。 『かれ、天照大御神、出で坐せる時に、高天原も葦原の中津国も自ら照り明りき』 言霊の鏡に天照大御神の御姿が映つて、総ての災禍はなくなり、愈本当のみろくの世に岩屋戸が開いたのであります。そこで岩屋戸開きが立派に終つて、天地照明、万神自ら楽しむやうになつたけれども、今度は岩屋戸を閉めさせた発頭人をどうかしなければならぬ。天は賞罰を明かにすとは此処で御座います。が岩屋戸を閉めたものは三人や五人ではない、殆ど世界全体の神々が閉めるやうにしたのである。で岩屋戸が開いたときに、之を罰しないでは神の法に逆らふのである。併し罪するとすれば総ての者を罪しなければならぬ。総てのものを罰するとすれば、世界は潰れて了ふ。そこで一つの贖罪者を立てねばならぬ。総てのものの発頭人である、贖主である。仏教でも基督教でも斯う云ふので御座いますが、とにかく他の総ての罪ある神は自分等の不善なりし行動を顧みず、勿体なくも大神の珍の御子なる建速須佐之男命御一柱に罪を負はして、鬚を斬り、手足の爪をも抜き取りて根の堅洲国へ追ひ退けたのであります。要するに大本の教は変性男子と変性女子との徳を説くのであります。変性男子の役目と云ふものは総て世の中が治まつたならば余り六ケ敷い用は無い、統治さへ遊ばしたら良いのであります。之に反して変性女子の役はこの世の続く限り罪人の為めに何処までも犠牲になる所の役をせねばならぬので御座います。岩屋戸開きに就てはこれからさきに申し上げますと尚いろいろのことがありますけれども、今日はまづ岩屋戸が開いて結末がついた所まで申上げておきます。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・七旧二・九再録高熊山御入山二十五年記念日松村真澄谷村真友録) (昭和九・一二・九王仁校正)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 12 捜索隊 第一二章捜索隊〔六〇二〕 由良の港の人子の司秋山彦は、見晴らしよき奥の一間に、数多の家子郎党を集め、折柄昇る三五の月を眺めて、大江山の鬼雲彦退治の祝宴を挙げ居たり。紺碧の青空には一点の雲影も無く、星は疎に、月は清く涼しく、銀鏡を懸けたるが如し。 秋山彦『アヽ佳い月だ、月々に月てふ月は多けれど、月見る月は今日の夜の月、といふ仲秋の月よりも、麗しい好い心持だ、悪魔退治の嬉しさにみろく様のお顔もにこにことしてござる、かかる麗しき尊き月を眺めて、月見の宴を張るは実に勿体ないやうだ。然し乍らこれがみろく神の広大無辺の御慈光といふものだ、貴賤老幼の区別なく、月を眺めて快感を覚えない者はない、何程日輪様が立派だと言つても、昼の最中に日輪様を見て酒を飲む者はない、また日輪見物をするといふ事は到底出来ない、中天の太陽を暫く見詰めて居れば忽ち目が眩みてしまう、これを見ても月日の働きの区別は歴然たるものだ、素盞嗚大神様は月の御魂と承はる、実に尊い麗しい仁慈に富めるお顔、紅葉姫は何処にゐるか、この立派なお姿を拝ましたいものだ』 と自ら座を起ち、玄関の次の間より、 秋山彦『紅葉姫々々々』 と呼ばはりける。紅葉姫は夫の声に、二人の来客を待たせ置き、月見の席に現はれ、秋山彦に向ひ、ウラナイ教の宣伝使の来訪を告げたるに、秋山彦は顔色忽ち変り、 秋山彦『ナニ、ウラナイ教の宣伝使の来訪とナ、夫こそ大変、体よく挨拶を致して無事に帰すがよからう。イヤ紅葉姫、汝は一刻も早く玄関の客に対しお断りを申せ』 紅葉姫は、二人の宣伝使と秋山彦の板挟となつた心地し、漸く玄関に立現はれ見れば、二人の影もなし。ハテ訝かしと四辺を見廻す途端に額の裏に匿しありし玉鍵の房の見えざるに気がつき、驚き額裏を検め見れば、這は如何に、最前までここに納ひ置きし冠島、沓島の宝庫の鍵は、何者かに盗まれてゐる。紅葉姫は驚き慌て、奥殿に入つて、夫秋山彦に、玉鍵の紛失せし事を怖る怖る告げたるに、秋山彦は、 秋山彦『すわこそ大変、二人の宣伝使の所為にはあらざるか、ヤアヤア者共、酒宴どころではない、女共は境内隈なく捜索せよ、男共は門外に駆け出し、宣伝使の所在を詮ね鍵の有無を調べ来れ』 と下知すれば、数多の男女は門の内と外とに手配りしながら、鍵の行方を捜索する事となりぬ。秋山彦は門番の銀公、加米公を傍近く招き、 秋山彦『其方は表門を守る身であり乍ら、二人の男女の脱出するを気づかざりしか、様子を聞かせよ』 銀公『吾々両人はお役目大切と山門の仁王の如く、厳しく眼を見張り警護致して居れば、鼠の出入さへも委しく存じて居ります。然るに最前入り来りし男女の二人は、まだ表門をくぐりませぬ。大方邸内に潜伏致して居りませうから、篤と御詮議下されませ』 秋山彦『裏門は如何致した』 加米公は頭を掻き乍ら、 加米公『ハイ其裏門は根ツから葉ツから存じませぬ』 秋山彦『門番と申せば、表ばかりでない、裏門も矢張門のうちだ、それがために二人の門番が置いてあるのではないか、大方裏門より抜け出たのであらう』 加米公『表門は何でも彼でも這入るのが商売、裏門は何でも彼でも皆粕の出るところ』 秋山彦『馬鹿、早く裏門の方面を捜索致せ』 と血相変へて呶鳴り入る。二人は裏門口に差しかかりけるに、何物か黒きものが門の入口に落ちゐたり、手早く拾ひ上げ眺むれば、玉鍵の房なりき。 銀公『ヤア、これさへあれば、もう大丈夫だ、スンデのことで二人の賊を取り逃がし、免職を喰うところだつた、これで漸く申し訳が立つ』 と裏門を固く閉め、意気揚々として、秋山彦の居間に進み入りぬ。秋山彦は脇足に凭れ眼を塞ぎ、深き思案に沈みゐる。銀公は懐に玉鍵の房を入れ、少しく其端を見せ乍ら、 銀公『旦那様、御心配なされますな、慥に賊は逃げ去りましたが、彼が奪ひ取つた品物は裏門口に遺失して居りました。此銀公は月夜にも拘はらず目敏く悟つて拾ひ上げ、今ここに持参いたしてございます、サアお検め下されませ』 と元気さうに言ふ。秋山彦は顔を上げ眼を開き、満面に笑を湛へ乍ら、 秋山彦『ナニ、玉鍵が遺失してあつたか、それは重畳、出来した出来した、サア早く、吾前に出せよ』 銀公は指の先で懐の房を一寸指さし、 銀公『ヘヽヽヽ、真ツこの通り、立派な房でござります、総絹で、ぼとぼとするほど重たい麗しい光沢、これさへあれば、お騒ぎ召さるにも及びますまい』 秋山彦『それは有難い、吾前に持ち来れ』 銀公は肩を聳やかせ乍ら、 銀公『サア、これでございます、よくよくお検め下さいませ』 と勿体振つて、前に突き出したり。 秋山彦『ヤア、これは玉鍵の房だ、鍵は何処にあるか』 銀公『旦那様、彼のやうな錆た鍵はどうでも宜しい、ご心配なされますな、鉄の一片もあれば、直に鍛ち直して上げませう。立派な此の房が手に入るからは、あのやうな汚いものにお構ひ遊ばすな』 秋山彦『ヤア失敗つた、これや斯うしては居られぬ哩、ヤア銀公、加米公、船の用意を致せ』 銀公、加米公『委細承知仕りました』 と此場を立出でる。紅葉姫は室内隈なく捜索し、鍵の所在の知れざるに、当惑の息を吐き乍ら、此場に現れ来り、 紅葉姫『旦那様、如何致しませう、素盞嗚大神様、国武彦命様に、申訳がございませぬ』 秋山彦『今となつて、繰言いつた所で追つ付かない、彼等は冠島沓島に船にて渡りしに相違ない、一時も早く船の用意をなし、後追かけて鍵を取返さねばなるまい』 斯る所へ表の方再もや俄に騒がしくなり来たりぬ。夫婦は互に顔を見合せ、何事ならむと耳を澄して表の様子を聴き入りにける。 (大正一一・四・一五旧三・一九河津雄録)
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(1811)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 16 千万無量 第一六章千万無量〔七〇八〕 玉能姫『水の流れと人の行末昨日や今日の飛鳥川 淵瀬と変る世の中に神の御水火に生れ来て 夫ともなり妻となり親子となるも神の世の 縁の糸に結ばれて解くる由なき空蝉の うつつの世ぞと知りながら輪廻の雲に包まれて 進みかねたる恋の途暗路に迷ふ浅間しさ 日は照り渡り月は盈ち或は虧くる世の中に 変らぬものは親と子の尽きせぬ名残妹と背の 深き契と白雲の汝は東へ吾は西へ 南や北と彷徨ひていつかは廻り近江路や 美濃尾張さへ定めなく神の恵を遠江 祈り駿河の富士の山木花姫の御神に 願ひ掛巻く甲斐ありて嬉しき逢瀬を三保の浜 浦凪ぎ渡る羽衣の松の響も爽かに 風のまにまに流れ行く此世を救ふ生神の 貴の御楯と選まれし神の任しの宣伝使 千変万化に身を窶し百の艱難を身に受けて 世人を救ふ真心の凝り固まりし夫婦仲 鷹鳥山の頂に黄金の光を放ちつつ 衆生済度の御誓ひ天国浄土の基礎を 堅磐常磐に固めむと治まる御代をみろくの世 国治立大神や豊国姫大御神 神素盞嗚大神の三つの御霊の神勅 項にうけて世を開く心の色も若彦の 夫の命は今何処折角会ひは会ひながら 人目の関に隔てられ其声さへも碌々に 聞きも得ざりし玉能姫果敢なき夢路を辿りつつ 生田の森の吾思ひ稚姫君の御霊 堅磐常磐に鎮まりて再び神代を立直し 四方の天地神人を救はせ給ふ経綸地 守るも嬉しき吾身魂行末こそは楽しけれ あゝ吾夫よ若彦よ妾がひそむ此庵 遥々訪ね来ります清き尊き御心 仇に帰せし胸の裡うまらに細さに酌み取りて 必ず恨ませ給ふまじ此世を救ふ生神の 在れます限り汝と吾は又もや何時か相生の 松の緑の常久に霜を戴く世ありとも 相互に昔を語りつつ歓ぎ楽しむ事あらむ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 夫と在れます若彦が行末厚く守りませ 吾は女の身なれども神を敬ひ天が下 四方の身魂を慈しむ清き心は束の間も 胸に放さず天地の神に祈りて身の限り 心の限り三五の誠一つを筑紫潟 心の底も不知火の世人は如何に騒ぐとも 只皇神の御為に夫婦心を協せつつ 身は東西に生き別れ如何なる艱難の来るとも 神に任せし汝が命妾も後より大神の 御言のままに白雲の遠き国をば踏み分けて 神の司の宣伝使山野を渉り河を越え 海に浮びつ常世国高砂島の果までも 進みて行かむ惟神御霊幸はひましませよ』 と一絃琴に連れて歌の声諸共に、幽邃に庵の外に響き渡りつつあつた。 杢助は慨歎稍久しうして、力なげに二女が琴を弾ずる其場に現はれ、 杢助『初稚姫様、大変に音色が良くなりましたよ。玉能姫様、貴女の音色も余程宜しいな、稍悲調を帯びて居る様です。何かお心に懸つた事はありませぬか、心の色は直ぐに言霊の上に現はれるものですから』 玉能姫『ハイ、余り神様の思召が有難くて身に沁み渡り、又他人様のお情が胸に応へまして、感謝の涙に咽んで居ました』 杢助『世の中は喜があれば悲がある、悲の後には屹度喜ばしい花が咲くものです。桜の花は此通り夜の嵐に無残に散りましたが、梢に眺めた花よりも斯う一面庭の面に散り敷く美しさは又一入ですな。人間は何事も神様の御心に任すより外に途はありませぬ。如何なる艱難辛苦に遭遇するとも悔むものでは決してありませぬ。私も一人の妻に死別れ、一度は悲しき鰥鳥の幼児を抱へて浮世の無常を感じましたが「イヤ待て暫時、斯くなり行くも人間業ではない、何か深き思召のある事であらう。死別れた女房は不愍な様だが、大慈大悲の神様は屹度今より以上、結構な処へお助け下さるであらう。あゝ私が悔めば可愛い女房が神の御国へも能う行かず輪廻に迷ひ苦み悶えるであらう。忘れるが何よりだ」と一念発起した上は却て独身の方が結句気楽で宜しい。斯んな事を言ふと「お前さまは無情な夫だ」と心の底で蔑みも笑ひもなさらうが、さてさて何程悔んで見た所で仕方がない。お前さまも人間の身を以て此世に生れ、況して尊き宣伝使に使はれた以上は、世間の凡夫とは事変り、楽しみも一層深い代りに苦しみも亦一層深いでせう。其苦しみが神様の恵の鞭だ。何事があつても決して心配はなされますなや』 と口には元気に言へど、何となく玉能姫が心も推量り、同情の涙の色が声に現はれて居た。 玉能姫『何から何まで、御親切に有難う御座います。我々夫婦の者を立派な神様にしたててやらうと思召し下さいまして、重ね重ねの御心遣ひ、神様の様に存じます』 と琴の手をやめて、両手を膝に置き、俯向きて涙を隠す愛憐しさ。初稚姫は愛らしき唇を開き、 初稚姫『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は尊き神の御前に 魂の限りを捧げつつ誠一つの言霊を 朝な夕なに怠らず讃へまつれよ惟神 御霊幸はひましまして天が下なる悉は 余さず残さず皇神の心のままに幸はひて 安きに救ひ給ふべし神は吾等と倶にあり 神は吾等と倶にあり神の御水火を杖となし 誠の道を力とし荒浪猛る海原も 虎伏す野辺も矗々と何の艱もあら尊と 勝利の都へ達すべし賞めよ讃へよ神の恩 尽せよ竭せ神の道尽せよ竭せ人の道 人は神の子神の宮人は神の子神の宮』 と歌ひ終つて又もや一絃琴を手にし、心地好げに微笑を浮べて居る。 俄に窓の外騒がしく十数人の足音、バタバタと聞えて来た。折柄昇る月影に顔は確と分らねど人影の蠢めく姿、手にとる如く三人の目に入つた。見れば大喧嘩である。一人の男を引縛り、杢助が庵の窓前に運び来り、寄つて集つて拳骨の雨を降らして居る。 甲『ヤイ、往生いたしたか、吾々バラモン教の信徒を悪神扱ひしやがつて、鷹鳥山に巣を構へ、貴様の女房の玉能姫に魔術を使はせ此方を清泉の真中へ放り込み、身体に沢山の手疵を負はせやがつた、其返報がへしだ。サア、もう斯うなつては此方のもの、息の根を止めて十万億土の旅立さしてやらう。こりや若彦、能うのめのめと生田の森まで彷徨うて来よつたなア』 と又もや鉄拳の雨を所構はず降らして居る。 現在眼の前に夫が打擲されて居る実況を見たる玉能姫の心は張り裂ける如く、仮令天地の法則を破るとも、飛びかかつて悪者に一太刀なりと酬いたきは山々なれど、泰然自若たる杢助に心惹かれ、苦しき胸を抱き平気を装うて居る。 杢助『玉能姫さま、何と面白い事が出来ましたな。坐ながらにして窓の内から活劇を見せて貰ひました。これも有難き思召でせう。サア早く神様に感謝の祝詞を奏上なさいませ。私はゆつくりと此活劇を見物致しませう。神様が如何しても使はねばならぬ必要の人物と思召したならば、仮令百万の敵が攻め来るとも、如何に鉄拳の雨を蒙るとも、鵜の毛で突いた程の怪我も致しますまい。何処の人かは知らねども、貴女の夫の名によく似た若彦と言ふ男らしう御座います。さてもさても腑甲斐ない男もあつたものだなア。アハヽヽヽヽ』 と作り笑ひに紛らす。玉能姫は心も心ならず、轟く胸を抑へながら静に天津祝詞を奏上し始めた。何となく声は震うて居た。地上に投げられ数多の悪者に苛責まれ居た若彦の身体より、忽ち五色の霊光発射し、ドンと一声、不思議の物音に杢助、玉能姫は窓外を眺むれば、人影は何処へ消えしか跡形もなく、窓近く一つの白狐ノソリノソリと太き尾を下げて森の彼方に進み行く。 杢助『アハヽヽヽ、神様は何処迄も吾々の気をお惹き遊ばすワイ』 玉能姫は両手を合せ、 玉能姫『惟神霊幸倍坐世』 初稚姫『皇大神守り給へ幸へ給へ』 (大正一一・五・二七旧五・一北村隆光録)
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(1885)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 総説歌 総説歌 (一) ひの神国の中心地 ふうふの神が現はれて みろくの神世を開かむと よつ尾の山の山裾に いつきの神の口をかり むかしの神代の有様を なにから何まで説き諭し やまと魂の養成に こころを尽し身をつくし ときは堅磐の言の葉を 百の神等諸人に 千から限りに宣りたまふ 万代変らぬ神の愛 嬉しみ悦び奉る。 かみが表に現はれて むかしの神代に立直し ならくの底に落ち込みし がき畜生の身魂まで らく土の園に手を曳きて たすけむものと三五の まこと心を振り起し ちしほ吐きつつ雲霧を はらはせ給ふありがたさ へだてなき世の神の国 まつの五六七のうまし世を せかいに照らし給ふこそ 実に尊さの極みなれ。 (二) かみが表に現はれて みろくの神世を開かむと からの身魂も諸共に をさめて救ふ神の国 もも八十国の果までも てらす霊界物語 にしや東や北南 あまつ日嗣の御稜威に らく土と変る四方の国 はらし助くる皇神は れん華台上に鎮まりて てん地を清め世を浄め せかい一度にかむばしく むめの莟のここかしこ とえうの紋の忽ちに あらはれ出でて開くなる くに常立の大御神 ときは堅磐に五六七の世 をさめ給ふぞ有難き たか天原に隈もなく てり輝きし御光に わが身の雲を晴らしつつ けしき卑しき心鏡を るり光如来に研かれて ここにいよいよ神の道 のどかに進む春の空 よは紫陽花の七変化 おにも悪魔も忽ちに つきの光に照らされて くに常立や豊雲野の りやう神魂に神習ひ し仁至愛の魂となり かみの教に叶ひつつ むつび親しみ五六七の世 なが鳴鳥の鳴き初めて ほのかに開く岩戸口 ひの大神は美はしく こころの儘に出でまして ここに岩戸は開けにける ろ西亜亜弗利加大洋洲 もろこし山の果までも ひかり輝く神の国 ろく地は水に包まれて きたなき曲津の影もなく をさまり居たる磯輪垣の ほ妻の国もいつしかに なみを渡りて進み来し ほとけの教を誤解して ひに夜に汚れし現世を たて直さむと現はれし たてと緯との二柱 なみに漂ふ民草を に本の元の大神の こころの儘に救ひ上げ としも豊に賑ひつ もも千万の神等に ひかれて遊ぶパラダイス とみたる人も貧しきも のどかな園に睦び合ひ よしとあしとの岩垣を はらして暮す神の御世 ながき命を保ちつつ ほまれ目出度き神人の ひかり天地にさえ渡る にしきの機の御仕組 みづの御魂や厳御魂 ならびて爰に現世に ほろびを救ひ助けむと せき込み給ふ大御声 きく人さへもあら風や きぎのもまるる有様は なみなみならぬ風情なり ほ妻の国と謳はれて せ界に轟く葦原の みづほの国の民草よ のにも山にも神の徳 あきの稔のいちじるく や百頴千頴の稲の波 まもり給へる尊さよ ちしほに染むる紅葉や はちすの花のいと清く の山に沼にさえ渡る りうりう昇る旭光に ならひて照らす神の道 ほづまの国の精神を せかいの果まで輝かし 五六七の神世を楽まむ。 大正十一年七月十三日旧閏五月十九日於竜宮館