| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
|---|
|
141 (3686) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧2月9日 | 大正六年旧二月九日 出口なを八十二歳 仁愛生成神が、天の初発の御先祖さまであるぞよ。大国常立尊は、地の先祖であるぞよ。『天は父であるぞよ、霊であるぞよ、火であるぞよ。地は水であるぞよ、母であるぞよ、体であるぞよ。』 元の純粋の、一厘の水晶の、大神様の、今度二度目の世の立替の、御手伝を為さる、大望な御用の神様であるぞよ。元のきっすいの御霊は、数は少ないぞよ。数は何程沢山ありても、訳の判らん、間に合はん守護神は、却て邪魔になる斗りであるから、夫れで此大本は、鷹も雀も一所には寄せんと申すのであるぞよ。この世に、誠ほど強いものは無いぞよ。腹の中に誠のある性来の御魂でありたなら、女でも人の能う為ん事が出来るぞよ。それで、誠の心に成りて呉れと、毎度筆先に書いて、続いて知らせるなれど、誠といふ事は、今の世に少ないぞよ。誠の道へ乗換へて、是までの極悪の道を、善一つの誠の道で、二度目の世の立替をいたしたら、善一つに固めて了ふて、末代続かせる仕組であるから、大きな思ひの違ふ、守護神が多数あるから、夫れで、是程六ケ敷ので、手間が入るのであるぞよ。 日本の国には、世の根本の大昔から、天地の先祖の神が、仕組が致してあるので、二度目の世の立替は、末代に一度より為られんのであるから、何に付けても大望な事であるぞよ。肝心の事は、あとへ廻して、何も知らぬ厭な方の血筋や、下劣の守護神が、大事の仕組も知らずに、我好しの経綸で、ここまでトントン拍子に出て来たなれど、九分九厘といふ所で、往生致さなならん世になりたぞよ。 九分九厘の御魂が、天地の御恩といふ事が判りて来たなれば、現世は、斯んな惨い事に成りは為んなれど、盲目や聾と同じ事で、全然暗黒界であるぞよ。今の守護神と人民とは、立替の手伝致すどころか、大きな邪魔を致すぞよ。悪の方から見れば、誠の方が悪に見えて、悪の方が善く見えるので、何事も皆逆様ばかりより出来んのであるぞよ。 悪の守護神が、大本の中へ這入りて来て、何彼の邪魔を致すから、気ゆるしは少とも出来んから、物事が遅くなりて、世界中の苦しみが、永うなると申す事が、毎度筆先に出して知らしてあるぞよ。大本には、世界の事が写るから、大本の中の様子を見て居りたら、世界の事の見当が、明白に判りて来るぞよ。筆先に一度出した事は、チト速し遅しは在るなれど、毛筋も違はん事斗りであるから、みな出て来るぞよ。日本の霊の元の、国の○と申しても、惨い事に成りておるのを、知りて居る守護神も、人民も、誠に、なさけ無いほど尠ないから、今の世界の困難であるぞよ。日本の臣民が日本は大和魂と申して居るなれど、日本魂の性来はチットも無い様に惨い事になりて居るぞよ。 昔から待ちかねた、松の世と成りて、皆が揃ふて、嬉し嬉しの、末代しほれぬ、生き花が咲くので在るから、モウ近う成りて居るなれど、日本の国の人民に、チットも判らんので、肝心の立替が遅くなるので、世界中の難渋が永いぞよ。誠の活神は、郭公姿を隠して、血を吐きもって、蔭の守護でありたから、早く表になりて、何彼のことを、天晴現はれて、善と悪とのやりかたを改めるぞよ。 善のやりかたは時鳥、喉から血を吐きもってでも口をつむへて、堪りつめて往かねば、何事も物事出来が致さん、辛いやりかたで在るぞよ。九分九厘の方が、悪の系統であるから、力一ぱい、ねらひ詰て居るから、大事の仕組は早ふは申されんぞよ。 悪の頭には能く解りて居りても、頭にしても、茲までにトントン拍子に来た仕組であるから、此儘で悪の仕組でやりたいのが、胸に放れんぞよ。ここまでにより出来ん、悪の世の年の明きであるから、何程焦慮ても、悪ではモウ、一寸も先へも行けず、後へも戻れず、悪の世の終りが参りたのであるぞよ。これ迄の暗がりの世には、悪の仕組は我れの思はく通りに、トントン拍子に行たなれど、悪の齢は短いから、度々筆先で知らしてあるぞよ。何事も筆先通りに皆出て来るから、素直に致さんと、是から先は大間違が出来て来て、大きな息も出来ん様になるぞよと申して、気を付けたぞよ。余り何時までも解らんので、同じ事を書して、くどう知らしたのも、取戻しが出来ん事が在るから、ここまでに細々と、噛んで含める様に、能く解る様にして在れども、どうしても分らんのは、守護神の思が、違ふて居るのであるぞよ。 我が上じゃエライと思ふて、腹の中で大間違を致して居るから、日本の根本の元の、末代其ままで居る、生神の、天地の先祖の仕組は、一寸には分らん仕組がしてあるから、智恵や学で何れだけに考へても解りは為んぞよ。奥の深い仕組が為てあるぞよ。モウ是からは、外国のカラの御魂では、物事成就致さんぞよ、浅い仕組の各自好しのやりかたでは、モウだめであるぞよ。大望な二度目の世の立替が出来るなら、日本の世の元から仕組てある様に、大本へ参りて来てして見よれ。そんな浅い悪の御魂では、末代かかりても出来ん、深い経綸であるぞよ。今迄は、世の元の生神は、何事も見て見ん振をして、時節を待ちて居りたなれど、世が一日ましに迫りて来たから、蔭の守護ではモウ可んから、元の神は日の出の守護と成るから、是までの様な不規律な事は、為も為せも致さんぞよ。この大本の中が厳しくなるぞよ。此の大本は、世界の鏡に成るとこで在るから、此の中を改正から、世界も何彼の事が変りて来るぞよ。永い間のしぐみの解る世に成りて来て、大間違の守護神に使はれて居る肉体は、悔しい事が在りても、何処も恨める所は無いぞよ。此の世が出て来るまでに、改心を致して、霊魂を磨いて居る様に、悪う言はれても、茲い成りてからは、取返しは出来んから、腹の中の塵挨を出して了ふて、御魂を研けと、今に成る迄知らして居るなれど、同じ様な事ばかりを、何時迄も、物好きで書いて居る位により、取れよまいが、嘘の事なら、是だけに苦労いたして、悪う言はれても、取戻しの出来ん事であるから、神は何時までも気を付けたが、モウ気の付け様が無いぞよ。日本の国の肝心の守護神が、悪に覆りて居る故に、下たの人民が、外国よりも優りた行り方であるなれど、チットも聞かんのが当然であるぞよ。一番上の人が、外国の御魂に成り切りて居る故に、今のハイカラになるのは当然であるぞよ。日本の大和魂を、外国へ外国へ曳き抜かれて了うて、国の害をいたす、カラ御魂と摺替られて、日本の国の頭の尻の毛まで、一本も無い様に為られて、今の体裁。醜悪晒されて、未だモ一つ日本の国を悪く致して、天地の先祖の御血統を抱き込みて、此の儘で混ぜ交ぜで、モ一つ上へ上りて、日本の人民を悪賢しこう子供を教育て、婦女までもヤンチャに致して置いて、向うの国の極悪神が、日本の王よりモ一つ上の王に成る仕組を未だ致すなれど、悪の世は九分九厘で輪止りとなるから、何事を企みても、一つも思わくは立たんぞよ。ここ迄好きすっぽう、行り放題に致して、世を乱しておいても、未だ不足なか[*「なか」は底本通り]、モウ是から先は何程極悪神が骨を折りたとて、我の世が済みてからは、何事も成就致さんのが、天の規則であるぞよ。日本の天地の王の生神を下たに見降して、モ一つ上へ上りて、王の王に成ろうとの浅い目的、死物狂いを致そうよりも、一日も早う往生を致すが結構であるぞよ。素直に改心を致せば、亦た仕様もあるなれど、何時までも敵対うて、天地の王よりも上へあがりて、王の王に成らうとの、初発からの目的を、天の至仁至愛真神と、地の先祖の大国常立尊が、根本の事からの悪い企みは、帳面に付止めてある同様に、此世の初りの天地を拵へた、世の本の末代その儘で居る生神であるから、此の世のエンマとも言はれたのであるぞよ。恐い斗りがエンマでは無いぞよ。此世の根本からの事は、何一つ知らんといふ事の無い神であるぞよ。外国の頭の御魂が、日本の国を略取べしで、永々の企みをいたして居るなれど、肝心の正中がぬけて居るから要の胴体が無いぞよ。頭と尾とでは何も出来いたさんぞよ。頭が八ツも在りたり、尾が八ツも在りては、日本の国では間に合わんぞよ。頭も一つ尾も一つで無いと誠の天地の御用は出来んぞよ。七王も八王も王があると国土が治まるといふ事が無いから、七王も八王もあるカラの国の王を○○○げて、世界一つに丸めて神国の世に致すには、此世の元を拵へた、日本の天と地との根本の誠の王で治める時節が参りて来たから、明治二十五年から今に続いて知らしてあるぞよ。世界の今度の大戦争は世界中の人民の改心の為であるぞよ。万古末代戦争はつまらん物であるといふ事を、世界中の人民に覚らせる為の戦であるぞよ。まだまだ是では改心が出来ずに、日本の国を取る考へを外国の悪神が致して居るぞよ。日本は神国神の誠の守護致してある国であるから、何程外国に人民が沢山在りたとて、智恵や学が在りたとて、神国には兎ても叶はん仕組が、世の元から致してあるから、九分九厘で手の掌を返して、万古末代潰れぬ日本の神の王で、三千世界を丸めて、人民を安心させ、松の世、仁愛神の世、神世といたして天地へ御目に掛る時節が近うなりたぞよ。日本の国に一輪咲いた梅の花、三千世界を一つに丸めて、一つの王で治めるぞよ。悪神のしぐみは、今迄はトントン拍子に来たなれど、九分九厘でモウ一足も先いへ行けず、後へも戻れず、往きも帰りも成らんといふのが今の事であるぞよ。茲へ成りた所で、向ふの国の頭が十分改心を致して、善へ立返りて善の働きをいたさんと、世界中の何も知らん人民が、此先きでエライ苦しみを致すぞよ。日本も外国と同じ様に成るぞよ。此大本の中にも、外国の悪の御魂の守護神が、化けて来て居るが、モウ化けを現はして、皆の役員に見せてやるぞよ。 国常立尊が出口の手を借りて、世界の事を知らすぞよ。二度目の世を立替を致すには、昔から未だ此世が出来てから無き事が、綾部の大本には出来るから、早く立寄りて、出口直に書かしてある筆先を能く見て、腹へ這入た人民でありたら、今度はとんだ結構が出来るぞよ。今度の事は筆先を見んと見当が取れんから、人民の利巧や学で解らん事で在るから、神の申す様に致すが宜いぞよ。世に出て御いでます守護神では、見当が何時になりても取られん仕組がして在るぞよ。早く改心なされよ。蹟になりたらこの仕組は、皆ビックリを致すぞよ。 |
|
142 (3688) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年閏2月25日 | 大正六年旧の閏二月廿五日 永らくの間隠伏の守護で在りたなれど、陰の守護ではモウ一寸も先きへは行けんから、何彼の時節が参りて来て、是迄の暗黒の世が日の出の守護と天晴成りて来たから、日の出の守護と成ると、是迄の様なことは為も為せも致しも出来んぞよ。後処からも此処からも護光がさして、眩い成ると言ふ事が、御筆先きで知らして在るぞよ。筆先に出して在る事が其の儘の事に成りて、大本の中は彼方も此方も結構な事に成って居るから、何と無く日に増しに気遣ひに成るから、是迄の心を薩張り放り出して了ふて、水晶の心に成りて来たら、嬉し々々しで暮る様に成るのに、心が見苦しいと結構な神徳もやう取らずに、我れと我が霊魂が身を攻めて、いつも苦しみて居るぞよ。心さえ良くば四方から護光が被して、光り渡る様に成るぞよ。水晶魂の撰り抜きを神の御用に使ふと云うことが、御筆先で知らして在ろうがな。お筆先を能く腹へ入れて置かんと、神容姿が目の前へ御いで遊ばしても拝めんから、腹の中に塵芥の無いやうに為て、誠と云ふ事が腹の中に一つ在りたなら、ドンナ事でも見えも致すし出来も致す、太太元の本然の神世と成る尊とい、世界の大本で在るぞよ。誠の在る人民にはドンナ神徳でも授興して、世界の鑑と致すぞよ。大本の中は申して在る様に、神の守護は成りて居るのに、此の中に居る人、見えも聞こえも致さんと、神の聖慮に叶ん事が出来ては成らんから、成る可く清らかに内外一致て致されよ。古き世の根本からの事が、いろは四十八文字で、大出口直の手で書いて在るから、知れん事が在りたら世界の事は何なりと説いて聞かして与るぞよ。時節で天然に成りて来る事が、皆前つ前つに知らして在るぞよ。経綸が遅く成りた丈けは、何も一処に成りて来て、世界が混雑に成るが、人民の思ひが大きな間違ひと成りて、大きな取違の守護神に使はれて居ると、腰も抜ける腮も外づれる、大きな息も出来ん様な事の無い様に為て居りて下されよ。慢神と誤解とが在りたら、ドレ丈け智慧が在りても、ドンナ学が在りても、智慧学で何れ程考へても見当の取れん経綸が為て在るから、何も皆物事が失敗と成るぞよ。真心に成て生れ赤児の天真に成りて来たら、ドンナ事でも神の経綸は、能く判る様に致してあるなれど、何も判らんのは身魂が曇りて居るから、慢心誤解が出来て判らんのじゃぞよ。二度目の世の立替は是れ程曇り切りて居る此の世界を、洗ひ更への新つの世に致して、是れ程混乱て居る身魂を、三段に立て分けて、目鼻を附けて、末代乱れん水晶の明らかな神代に致すので在るが、立替へ立分けを致して、末代続かして行くと云ふ事は、此の変り際が苦心惨憺な難業で在るぞよ。チヨット曇りが在りたら撰り抜いて、天地の規則通りに照らして了ふと、助かる身魂は読む程より無いから、早う揃うて身魂を水晶に磨く様に、念に念を入れて、昼夜に気を附けるので在るぞよ。経綸が世の元から為て在りて、その通りが時節で成りて来るのが、御筆先に出して在るのじゃから、直の御用は経綸が為て在る通りを、チットも違わぬ様に致すので在るから、夜寝ても寝られん、御用がすむ迄は、抜刀包囲の中に立ちて居る如くで、辛い御用で在るから、推量を為て与りて貰はんと、外に補助の出来ん事で在るから、何に付ても辛い事で在る。大事の仕組を早う申せば邪魔が這入りて、肝腎の事が遅くなるし、言はねば判らず、言へば何も知らん是れ迄の悪の方の眷属が這入り込て、放り出しても帰にはせんし、辛い事で在るなれど、放り出しても帰なん所までの事は判りて居らず、言へば気に障るし、言葉の代りに御筆先で能く判る様に書き知らせ置くから、此れを見て我れの腹の中はドウじゃ、コレではドウじゃ、思ひ違ひは無いかと、各自に審判を致して、身魂の磨き合ひを致されよ。人に言ふて貰ふと腹が立つから、此の先で善と悪とが立判るから、其の鑑を見て改心を致されよ。此の経綸今では見当が取んので、直接の取次ぎは喉から血を吐く如くなれど、口を閉へて、行く所まで成る可く言はん様にして、各自に御蔭を取らんならん、一つ一つ言ふて貰ふ様な事では、此の大本は、御用する人は、目から鼻へ抜け通る程何彼の事が見え透かねば、御用が出来んぞよ。今の守護神は悪の方の霊系、霊統、眷属で在るから、善の方へ復帰りて貰はんと、善の方の御用は普通一般の世に出て居れる方の神では為て貰へんぞよ。神の聖旨に叶ふた身魂の性来で在りたら、善い方へ早う廻して与りて御用を命すなれど、混りの在る間は、綾部の大本の世を開く誠の御用は出来んぞよ。 昔からの永らくかかりた世の元の経綸の判る世が参りて来たから、此の先きは一日増しに仕組みて在る事が能く判るから、早うから綾部の大本へ来て居りて、今に何も判らん様な事では、恥かしいやら面目ない事に成りて、人に顔を合はすのも厭に成るから、初発から女でも誠が在るものはドンナ神徳でも神から賦興すなれど、心が間違ふて居ると、何時に成りても膝下に居りても何も判らん、よいお蔭は貰へんと申して在るぞよ。是から天晴表へ出て守護を致さねば、世界中の大きな難渋と成るから、何彼の準備を立てて、判る人に分けさして、天晴れ表へ出て、世界に小言の無いやうに、元の天地の先祖の生き神が、世界中を一つに丸めて、神国の世に致す仕組がして在るなれど、余り悪の守護で、世界中が暗闇同様、此の誠を誠に受取る人民が無いのは、世に出て居れる方の守護神に判りて居らんから、人民に判らんので在りたぞよ。判る身魂を引き寄して、天地の先祖の仕組通に致して、天地の先祖が世界中の王の王と成りて、二度目の世の立替を致したら、外の霊魂では出来ん経綸を致すので在るから、従がふ所へは服従うて来と、世界が何時に成りても治まると云ふ事が無いから、茲までは何の御魂にも不足の無いやうに、好きな様に為せて在りたので在るから、茲までに致したら是れに不足はよもやあろまい。この末法の世の終了を此の方が受取りて、是れからは此の方の経綸通り、世界中の身魂を上中下と三段に立別けて、法律何彼の事を速やかに変へて了ふぞよ。これまでの守護神の性来は日の本の日本の国には置く事は出来んから、日本の国は日の本の日本魂に為て了ふから、これ迄の様な行り方は為せんから、申す事何なりと背むいて為て見よれ、行く処まで行きたらよく判るぞよ。素直な身魂を此の方は好くから、早く改心致さんと、上も下も難渋に成りて、世界中が総損害に成りては成らんぞよ。 |
|
143 (3692) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧4月26日 | 大正六年旧四月二十六日 大国常立尊が表面になりて、守護致す世が近よりたぞよ。是迄の世は暗夜の守護でありたから、何彼の事が分らなんだなれど、時節参りて日の出の守護となるに因て、早く物事判明て来て、悪の頭が今迄に覇張りて居りて、永い間の悪の経綸が、一つ外れ二つ外れ、此頃では心の中で、大変に心痛を致して居るなれど、口へ出して言ふ事も出来ず、ヂリヂリ悶えを致して居るなれど、誰も中へ這入りて改心させるものも無し、独り困しみて居るぞよ。独国の頭が大きな取違いを致して居るから、九分九厘となりても、何うする事も出来んやうになる事が、見え透いて居るから、茲へなりて来た折に気が付て居らんと、世界中へ現はれるから、悪の守護神の頭の名を出さずに、速く改心の出来るやうに、汲み取るやうに、気が付てあるなれど、今に未だ分らずに、思わくを立よと頑張りて居ると、微躯ともならん時節が参りて来たから、何時までも悪の霊は利きは致さんから、其覚悟を致されよ。時節には叶はんから、素直に改心をいたせば、末代の徳と成るなり、今になりても頑張て居ると、世界中へ恥かしき事が、遠からん中に出て来るから、今の内に改心を、心の底からいたして、天地へ御詫をすれば、神は元から助けたいが一杯であるから、成る様に為てやるぞよ。此先で天地の先祖の神から申す事を、叛いて未だ行らうと思ふても、モウ世が終たから、茲までは如何な事も蔭の守護で在りたから、神は見ても見ん振を為て居りたなれど、時節参りて、煎豆に花咲く如く、日の出の守護となりてきたから、何事も皆見え透いてきて、善悪を明白に立別るから、是まで世に出て居れた方の、守護神が悪を働きて、何一色間に合ふたと云ふ事が、一つも無りたから、神が蔭から守護いたして、茲まで潰れんやうにいたして来るのには、余程に骨が折れたぞよ。艮の金神は今迄は蔭の守護で在りたから、九百九十九人との対抗であるから、辛苦かりたなれど、何彼の時節がまいりてきて、日本の元の経綸どほりに、是から先の世はいたすから、一日増に神力が高うなるぞよ。世の立直しの御用をさせる為に、因縁の在る身魂は、色々と辛い修行がさして、何んな事でも忍耐る様に、いたしてありたぞよ。それで因縁の無い身魂は、此大本の中に居りても、勤めが辛いなれど、是から段々と世界の事が、激烈くなりてくるから、今辛い様な身魂では、此の先の御用は到底勤まらんぞよ。余程の修行を為ておかんと、此の大本の中の行方が、今でさえ辛い様な人は、各自にその覚悟を致して居らんと、世の元の生神の御揃ひありて、御守護が在り出したら、嬢や坊で育ちた肉体は、辛うて能う辛抱いたさん、身魂が沢山に在るぞよ。明治二十五年から、続いて同じ事を何程書いて見せても、口で申さしても実地が出て来んと、真実に致さんが、今度の二度目の世の立替は、昔から未だ無い大望な事であるから、人民では見当が取れんから、十分に筆先を覗き詰て、神の誠の精神を汲取りて居らんと、筆先の読やうが足んと、此所といふ所に成りて、狼狽る事の無いやうに、力限り根限り腹の中へ入れておかんと、真最中に成りた折に耐れんから、此の大本へ立寄る因縁の身魂は、男も女も中々胴が据りて居ると、世間の人から申すやうに成るまで、神徳を貰ふて居らんと、心が間違ふて居ると、今迄に信心致した事が、何も効能が無くなるぞよ。 外国から渡りて来られん悪の霊魂が、日本の神国へ渡りて来て、日本の上に立ちて居れる守護神も、下たの守護神も、サッパリ外国の霊魂に、化り下りて了ふて居るから、天地の御先祖様の御恩も知らず、神の威勢も無き様に下たに見降して、何んとも思はず、悪心の頭目が大きな誤解を致して居りた事が、今チクチクと分明かけて来て、頭目の心がモヤモヤと大分肝へこたえて、ビクビクと致しかけて来たなれど、今に成りてから気が付いて、ヂリヂリ舞ふた所で、後の祭りで間に合はんぞよ。斯うなるのが能く解りて居るから、外国の守護神の頭目に、綾部の高天原から、変生男子の手で筆先に出して、大本の中で日々筆先を大声揚げて、読まして在りたなれど、何うしても今迄は聞入れ無かりた故に、今の有様であるぞよ。気の毒でも悪の霊の世の終りと成る、時節が廻りて来たので在るから、何う仕様も無いぞよ。攻ては下たの守護神になりと、頭から改心致して見せて、言ひ聞かして、チットでも改心の出来る身魂を拵らへたら、夫れだけは赦してやるなれど、余り悪が覇張り過ぎて了ふた後であるから、何を言ひ聞かしても気の付く守護神が、今に無いから、天地のビックリ筥を明て、一度に開ひて改心をさして遣らねば、何時まで言ひ聞しても判らんから、止むを得ず実地を為て見せて、一度に改心を致させるぞよ。一度の改心は辛いぞよ。人民三分に成る所まで行くぞよ。神出口を恨めて呉れなよ。此世でさえも限替があるのに、能くも是丈け心の限替が出来んとは、余りであるぞよ。あまり世界の守護神、人民の改心が出来んので、世の立替が十年余りて延びたから、モウ日本の元の経綸どほりに致さんと、外国の申す事を何時までも誠に致して、言ふやうに成りて居りたら、ヂリヂリと身魂が減りて了ふて、双方の国も立たん様に成りて、此世界は元の泥海に成るより仕様は無いぞよ。向ふの国の悪の先祖が、偉大企図を為て居るなれど、悪のたくみは終は泥海に成るより、仕様の無い企みで在るから、今の間に全然精神を持直して、残念を堪忍て、霊魂を水晶に洗濯して、改心を致さんと、此の先モ一つ我を出して行ろうと為たら、万古末代底の国へ投込まれて了ふから、天地の先祖の申すやうに致して、此世の変換期に、善一つの御道へ乗換て善の方の活動をいたして、天地の御恩送りをいたすが結構であるぞよ。是でも未だ聞かずに、思はくを立るなら日本の神の経綸通りの、規則に照して了ふて、黙りて知らぬ間に霊を平らげるから、茲まで何時までも知らしておいたら、日本の神の失態にはモウ成らんぞよ。誰に由らず是からは神の申す事を叛いて、何事なりともいたしたら、善い鏡と悪い鏡とを今から出すから、大本へ出て来て是迄の世の行方と、是からの善の行方とを能く腹へ入れて、其行ひをいたして、この大本へ立寄る身魂から、一番に改心をして、世界中の守護神人民に善の鏡を出して見せたら、自然に神は表に現はれて、三千世界が助かる経綸で在るから、世が治まる迄筆先で気を付るぞよ。余り守護神人民の改心が出来んので、世の立替が延びたなれど、何時迄も延ばす事は、天地から御許しが無いから、止むを得ずボツボツと初めるから、今迄に延びた丈は、何事も一度に出現から、何時の事じゃと思ふて、鼻先で聞いて居ると、俄かに狼狽んならんぞよ。腹の中に誠さえ在りたら、神の申す事が心の底に残りて居るからサアと云ふ所になりたら間に合ふなれど、腹に誠が無いと何時の間にやら抜けて了ふて、肝腎の正念場に一つも用に立んから、折角山坂越えて、永らく信心いたした事が、水の泡になりては約らんぞよ。 |
|
144 (3694) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧8月22日 | 大正六年旧八月二十二日 何彼の事が迫りて来て、お筆先で出して居る通りに何事も世界が成りて来るぞよ。従来の事は何も些とも用ゐられん様に成るのが世が変るのであるぞよ。信心を致しても、従来の精神では神徳は無いぞよ。何もお筆先に出すから、お筆出したら、大国常立尊の言葉の代りに、大出口直に書かせるのであるから、温順に致す守護神に使はれて居る肉体でありたら、何事も思ふやうに行くなれど、従来通り、自己一力で、自己の勝手に致さうと思ふても、何も思惑は立たんぞよ。世が変るのはその事であるぞよ。上流から下流まで、些少い取違でないと云ふ事が、何の筆先にも気がつけてあるぞよ。お筆先を読むばかりでは何も分りも致さんぞよ。あれ丈に同一事が未然に書いて知らしてありたら、これは何うであると考へて………。世に出て居れる方の学で出世をして居れる守護神は、いろはの勉強は、阿呆らしうて改心が出来ず、学では間に合はず、此転換期に大変辛い守護神が多数あるから、思ふて居る事が大間違であると申して未然に知らしてあるが、今に気の附く守護神が無いぞよ。直の初発は、親子三人は他人から見ると大発狂者でありたが、世界の事を、何も世の元から何んな事でも説いて聴かせる三千世界の大発狂者であるぞよ。世界の事が何も逆様に成りて了ふて居りた世を、本様に、昔の弥勒様の世にねじ直すのであるから、何につけても大事業なことであるなれど、世界の大本に成る所であるのに、未だこの村、綾部の町は何も解らんが、世界へ恥かしい事の無いやうに致されよ。遠国から解りて来るから、神は困らねど、世界へ面目ないやうに御筆先で気が附けて置くから、お筆戴いたら違はんぞよ。後の後悔は間に合はんぞよ。 旧九月に成ると世界は最う一つ激しう成るから、日本の国の仕組通りにして立て別て了ふから、従前のやうには行かんから、何事も月も日限も決まりて居るから、其用意を其所へ成る迄に致されよ。日本の規則は従来の様な放縦な事は致さんから、上へあがりて居りて、日本の国を自由に爰までは出来たなれど、爰までは夜の守護でありたから、眼を塞いで居りたなれど、時節参りて日之出の守護と成りて来たから、心で皆揃ふて用意を致さんと、世界中へ面目無い事が出来て来て、潜かに改心を致して、温順に致す方が結構であるぞよ。自己が致さうと思ふても、従来の霊が利かん様に成るが、世が変るのであるから、自己の守護神がこれ迄のやうに、一力では最う些とも行けんやうに成りたぞよ。上へあがりて爰まで日本の国を自由に致したら、これに不足はモー在るまい。根本の先祖は爰迄の苦労、口惜しい事、残念を十分耐りつめて来て、今に残念を耐り詰めて居るなれど、絶命に世が迫りて来て、一度に開く梅の花、御筆先通りの事に世界は成るぞよ。一度の改心は後へ戻るから、気を附けた上にも気が附けてあるから、向后は何時も三四月、八九月といふ事とお筆先に毎度出してあろうがな。何があらうとも最う知らせる事が無いから、末代に一度ほか無い、天地の岩戸が開けるといふやうな、二度目の世の立替であるから、天地の御恩といふ事が今度は分るぞよ。悪に反りて居る身魂が、徹底的一日の日の間に改心を致さんと、爰へ成る迄にすッくり改心致して、善一つの心に成りて居らんと、九月の月に成ると何も一度に成りて来て混雑と成るから、爰へ成る迄には、些と神の間に合ふ人民を造へて、神の御用の出来るやうにと、神は昼夜、暑さ寒さを厭ひなく、人民には見えも分りも致さねど、根本の活神はお筆先に書かしてあるが、お筆先通りがあれ程実地ても、眼前に為て見せんと、眼前に在りても身体が暑う成りて来んと、今の人民に守護して居る守護神が、苦労知らずの守護神ばかりであるから、他人の苦労が眼に附かんから、現今の行方は利己本位の行方であるから、何れ丈実際を書いて見せても、実地の事を申して聞かしても、心が反対であるから、是非なく、何れは厭な事が世界にはあるなれど、今度世の立替を致すには、世に出て居れる守護神に、お手伝いをさせる守護神が些とも無いとは、能うも爰まで曇らしたものであるぞよ。世に出て居れる方の守護神が、霊主体従へ立ちかへりて、日本丈が大和魂の性来が出来て来たら、埒良う立替が出来るなれど、体主霊従の性来に成り切りて居るから、日本の実地の根本の活神は骨が折れるぞよ。 大本へ来て居る人は、男も女も他人から見て、彼の人は違ふ人と言はれて、眼の着くやうの行状が出来んと、大本は世界の亀鑑の出る所であるから、何事を致して居りても、お筆先肚へよく入れて置かんと、人が出て来出すと、余程の神力を貰ふて居らんと、これから出て来る人は迅う解るから、これ迄の心の持方をさッぱり変へて、言葉の使用法を直さねば、従来の様なことでないぞよ。外国の方が早う解るといふ事もお筆先で知らしてあるぞよ。日本の国は大和魂と口では申して居るが、日本の国に大和魂の性来がありたら神もこれ程には思はねど、日本の国が余り酷い身魂に成りて居るので、直の取次は咽から血を吐かんばかりで苦みて御用を致して居るなれど、輔佐をさせる身魂が無いのであるぞよ。変性男子と変性女子との御役は、他の身魂に佐て貰ふことの出来ん辛い御役、各自に勤め上げて了はねば成らん辛い御用であるぞよ。変性男子の御役は誠一つを貫いて、嘘といふことは一言も申されず、つくらひ事といふ事も出来ず、依まれた事は致さんならず、誠の道は辛いぞよ。さるかはりに貫いたら亦と再びこの世に無い事であるから、綾部の大本の御用を致す人は、一と通りの身魂では、一寸の御用でも、他所の様なことには行かんから、男も女も余程の行が出来んと途中で変ることがあるから、抜刀の中に立ち居るやうの心で、何時に成りても気ゆるしの成らん気遣な世界の大本に成る尊い所であるぞよ。今では化たり化して、大望な御役がさしてあるから、此盲者聾者の世の中へ言ひ切ることは出来んなり、辛い所であるなれど、未然には大事の仕組は申されず、機織る人が何んな模様が出来て居るといふ事の解らん、仕組の言はれん所であるから、爰まで来るのが骨が折れたなれど、何彼の時節が参りて来て明けの烏と成りて来て、この先き日之出の守護に成りて来るから、大事のことも何も一度に開けて来るから、身魂を磨いて居らんと良い御用が出来んぞよ。解りて来たらそれぞれの御用の命令がさがるなれど、向后の行方は従来とは天地に変るぞよ。些とは天地の根本の先祖の初まりの心の思ひやうといふ事が無いと、此世の人民は万物の長と申して、人民を神の次ぎに造へて、神の容器に致してある尊い肉体が造へてあるのぢゃぞよ。今度の二度目の折には人民を使ふて神は人民を助ける也、人民は神の道具と成りて働く也。今度二度目の世の立替は、末代の世の事が決るのであるから、人民の精神を直すのが何より大事業であるぞよ。弥勒様は、余り善の深い、底の分らん御方、天から御守護遊ばしなさるなれど、何の様にでも成るやうに思ふて、表面から敬ふやうに見せて、肚の中は体主霊従で、肚の中に誠が無いから、地の先祖は力量があり過ぎて手に合はんと申して、皆の心が揃ふて、末代この世へは出さん所思で押込めて、これで楽ぢゃ、これからは好きなやうにして世を持つぢゃと申して、皆の心がよく揃ふて、一方も、それは可かんと気の附く神が無かりたとは偉い慢心を致したものであるぞよ………。上へあがりて大将附々に成りて、今に頑張りて居るのを旧九月一パイにはあらはして、三段に分けてある違ふて居る血筋を速やかにあらはすから、あらはせずに立替を致して徹底の改心を致せば、善へ立ちかへらして従ふ心に成りたら、この先きは結構に致してと、爰迄何うぞ何うぞと思ふて、直接の取次致して呉れる変性男子も女子も辛い目に逢はして居るぞよ。この上に聴き入れ無くばこの方も最う勘忍袋が切れるから、この上は何ういふ事が世界にはあらうとも、天地を怨むことはよもやあろまい。世界には人が二三分に成ることが初発から申してあるが、これ丈天地の元の先祖が色々と致して、何でもこの世、人民を善く致してと思ふ程、人民の心が悪るくなりて来るから、爰へ成る事が世の元からよく分りて居るのであるから、助けやうが無いから、成るべく従来の醜しき心を入れかへさして、身魂の洗濯と一同に洗濯を致して、成るべく不遇に致さんやうに、向后はお筆通りに上から致すから、上が致せば、血筋眷属が致さねば致すやうにして改心を致さすぞよ。今往生を致せば、すッくり名を露はせずと、世の立替を致して、大難を小難にまつり替へて、天之弥勒様へ御詫を致して、その悪るい霊魂の性来を、善の道へ立ちかへらしてと、今に何うぞ何うぞと思ふて居るなれど、最う大変迫りて来たから、向后に世界には何う云ふ事がありても、神、取次に不足をよもや言はれまい。 人民も守護神も従来のやうに自己一力では何も出来んぞよ。大本の御筆通りに何事も、天地の命令の降下らんことを勝手に致したら、向后は大変厳しう成るぞよ。自己が偉いと思ふて勝手に致したら初発は行けるなれど、九分九厘行くと、後戻を致さな成らんぞよ。従来のやうな放縦な行方はさッぱり変へて了ふから、心見ぬいた其上で、地の世界の先祖の大国常立尊から命令降下らんことには、他の命令では何も勝手には為られんやうに厳しう成るぞよ。従来の事は何も用ゐんやうに大変りが致して、日之出の守護と成りて来ると気づかひに成るぞよ。これまでは上が下へ成りて下の身魂が上へあがりて、身魂が上下に引ッくり返りて居るのを、天地が引ッくり返りて居ると申したのであるぞよ。 |
|
145 (3696) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧9月30日 | 大正六年旧九月三十日 天の御先祖様が天御中主大神であるぞよ。全智全能神様であるぞよ。地の世界では天体之精、大霊魂球之主、一出現世と現はれて、隠れて守護致しなされたのを、世界の人民は何も知らずに、禅宗のダルマと混ぜ交ぜに致して、弄びにまで化りて、世に落されて御出遊ばした結構な神様を、今度世に表はして御神徳を拡めるのが、変性男子の御役であるぞよ。 形体具足成就、霊能完美、成付言霊の大神様は、弥勒菩薩と仏事に化りて御出遊ばしたなり、日の大神様は光明如来と化りて、仏事に落ちてお出遊ばしたのを、今度の世の立替で全部現はれて、御神力を御見せ成さる時節が循りて来たぞよ。天照皇大神宮殿も表面は神道で立て、奥の院は矢張り仏事が祭りて在りたぞよ。大国常立尊は余り力が強すぎたので、斯んな猛烈き神を斯世の大将に仕て貰ふたら、外の神は一柱も能う勤めむと、神々の心が一致して、天のミロクの大神様へ御願い在りたゆへ、夫れなれば一柱と多神とは代えられんと仰せありて、艮へ押込よとの御命令が下り、八百万の神に艮へ追退られて、艮能金神と名を付けられ、独神と成りて、日の本の大神が仏事の守護致して、茲までは来たなれど、何彼の時節が廻りて来て、仏事の世の終が末法の世と申して、未だ万年も続くので在りたのを、世を縮めて、艮の金神の世と致して、結構な神代に捻ぢ直すので在るぞよ。艮の金神は永らく世に押込られて、苦労艱難悔し残念を堪り詰て来た報で、太初からの経綸通りの世が循りて来たから、霊主体従の経綸通りになりて、善と悪との立別けを致す世に成りたから、悪の身魂は隠しても隠されず、我と我身に露はれて来るのが、天地の冥加に尽たので在るぞよ。天地の先祖の苦労で創造た斯世界を、悪魔と四ツ足との自由自在に致したが、茲まで斯世を持荒したら本望で在ろう。天地の先祖が悪の身魂を露はせずに、赦して遣りても、筆先には書いて置んと、斯んな事に成りて居るのに、知らずに居りたかと云はれては、天地の先祖も、元の御血筋も、威徳に傷が付くから、是非なく書残すぞよ。今迄で斯世を悪で搦て来た八頭、八尾の経綸も茲までの事より出来んぞよ。九分九厘で体主霊従の守護の輪止りと成りて○○○、この先は霊主体従の経綸の設備は致してあるぞよ。今迄善の方の御血統は、暗黒の世に成りて了ふて居りた世が、日の出の守護と成りて来たから、今度の二度目の世の立替を致すには、太元を拵らえた覚えの在る霊魂で無いと出来んぞよ。元のミロク様の世へ戻したら、悪の血筋は現世には無い様に、善一ツで世を立て行かねば、悪の性来が微塵程でも混りたら、斯世は立ては行かんぞよ。斯う成る事が世の元から能く判りて居るから、元から仕組が為てありた世が廻りて来たのであるから、国常立尊が奈袁の手で書きおくぞよ。口で申した丈では取遺しが在てはならんから、書しておくぞよ。世の立替を致したら末代の事が定りて、巌に松の世に成りて、天地の先祖が神界から世を構うから、中々激しき世と成るぞよ。斯世に判りた身魂が無いので、変性男子も変性女子も、中々骨の折れる事であるぞよ。今の人民は表面から見た丈により何事も見えんから、余り世に落して、結構な御用が命して在るから、筆先に書してある事が、世界から出て来ねば、誰も本真に致さんから、改心が出来いで、暇が要るのであるぞよ。天地の元の一輪の御血統の御手伝をなさる守護神を、三段に分けてあるから、三段の身魂に夫れ夫れの目鼻を附けねば世は治まらぬから、何に付ても大望斗りで在るぞよ。事の分らん強い斗りでは、世は治まらぬぞよ。斯世を持ちて行くのは、何の身魂でもと云ふ事には行かぬ、末代の事の判りて居る霊魂が、斯世を持ちて行かねば、世は途中に乱れて了ふて、往も還りも成らん事になると云ふ事が、筆先で知して在ろうがな。日本の国に経綸が為て無りたら、此先は世に出て居れる方の守護神には、末代の世を持ちて行く神は無いぞよ。有るなら申して出て下されよ。末代の規則を制定場所は、綾部の大本と末代きまりたので在るぞよ。天のミロクの大神様と、地の国常立尊が天地の王で、末代の規則を制定ぞよ。今迄は変化たり化したり致して、茲までの御用を命たが、世に出て居れる守護神人民に解らん事で在るから、暇が要るなれど、明治廿五年から書しておいた事は、皆出て来て居るぞよ。昔から無い事であると申して在ろうがな。無い事が皆出て来るから、筆先で先に知らして在るのじゃぞよ。元のミロク様の世の間は、誠に善き世で在りたなれど、呉て行くに従ひ、元の御血筋の行方では、辛うて能う堪らん神が出来て、終には多勢の神の自由に致して来たのであるぞよ………。斯世一切の事を致すには、何の身魂も拵えて置ねば成らんから、上の霊魂と下の霊魂と中の霊魂と、三段に立別けて在りたのが、暮て行く世に連れて、下の霊魂にエライ間違が出来て、上の霊魂を押込る如うに成り、上が下に、下が上に、大の字逆様の大きな間違が出来て来る事が、能く見えて居りたから、○に十を書して、白い所を二分、八分は真黒に致して、明治廿五年の初発に知らしてある通りに、世界が成りて居るぞよ。何事も物事が皆逆様に覆りて居る斯世を、本へ捻ぢ直さねば成らぬから、何に付ても大望ばかりで在るぞよ。日本の身魂が外国の身魂に化り切て了ふて居るから、皆四ツ足の精神であるぞよ。外国の四ツ足の頭が日本へ渡りて来て、外国よりも勝りて悪き行方に致して、今の体裁、日本の国の○○○自由に致して、畜生の毛を衣て、足には皮を履して、田舎へ連れ参りて…………昔には…………夫婦を○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○、御簾を揚げ○○○○○○○○○○○申た位で在りたのに、今の体裁、外国人に化されて、能うも茲までに汚されたものじゃ。悪の頭に自由自在に為られて、天地の大神様へ何う申訳が出来るか、申訳が出来る守護神が一方でも有るの乎。天地の畏で盲聾ばかりで在うがな。何も今に判ろまいがな。判らんのは外国の性来に化り切て居るから…………。日本の国の倭魂で在りたなら、天地の先祖が書して在る筆先が判りて、天地の御恩が判らん成らんぞよ。日本の人民が外国よりも下の身魂に化りて、余り惨い事であるから、顕はす事も出来ず、天地の大神を茲までに能くも致した。悪の頭に抱込れて、洋○○○○○○○○、そこら辺りをウロウロと○○共出て歩く所まで、四ツ足に自由に為られるのが、元の四ツ足の性来を露はせられて居るのが未だ判らんか。余りの事で末代遺す、世の本からの履歴を書き遺してあるぞよ。天地の先祖が此先の、末代の世を持て行ねば成らん、時節が廻りて来たぞよ。鬼でも蛇でも悪魔でも、時節には叶はんから、従ふ処へは従ふて行けば嬉しい事になりて、何とした結構な事に成りたと申して、上から下まで歓びて、善一つの道で、嬉し嬉しの生花が開くぞよ。今が大峠となる所で在るから、皆が辛いなれど、日本の人民に判りて来て、元の日本魂に成て来たら、元のミロク様の世と成て、人民の寿命も長くなり、神は烈敷なるなれど、人民は穏かに暮す如うに成るぞよ。人民が歓こべば上の大神の御歓こびと成るぞよ。是迄は上ばかりが得意時代で、下人民はヒシと行けなんだが、余り斯世に大きな運否運が在りて、好き者は好い斗り、貧窮者は不運斗りで、何時に成りても頭が上らず、可愛相で神が見て居れんぞよ。上の人民が贅沢なから、下までが見習ふて又贅沢を致すが、何時までも斯んな行方では続かんぞよ。天地の先祖の構ふ世に成れば、今迄の様な贅沢な行方を、根本から変えさせねば、此儘で行り放題にさして置たら、上も下も総潰れと成りて、斯世は立ん事に成るぞよ。是までの世の持方は、後前構はん利己主義の行方で在るから、強いもの勝で、弱い者は路頭に立ちたぞよ。上斗り宜くても下が立ねば、この世は治まらんから、上下揃ふて勇む神代に立替致して、天の御先祖様に御渡し申すぞよ。何程上を大事に思ふても、下が立て行ねば、上も何と無く淋[*ルビ「さぶ」は底本通り]しく成るぞよ。上に立つ神に何程力が在たとて、附々の一の眷属、二の眷属に豪神が無い事には、上は立ては行んぞよ。眷属の神が善く無りたら上の神も立んぞよ。初発のミロク様でも、彼れ位に御神力が在りても、地の先祖に何程神力が在ても、時節には何も叶はんぞよ。一の眷属二の眷属に謀反が在たら、何程大将が独り気張ても世は立んぞよ。是迄の世は附々にエライ謀反が在た故に、今の上の体裁、九分九厘で何彼の事が露はれて来て、善と悪との立替で、上る身魂と下る身魂とで、世界は大混雑に成るぞよ。悪の頭の仕組では悪る力は何程でも出るなれど、善の神の世に時節が成るので在から、悪の世の終の悪る力では、世は治まらんから、時節には叶はんから、素直に改心致すが宜いぞよ。素直な身魂から引立て、身魂相応の事を命して遣るから、其日から心が楽になりて、嬉し嬉しで暮る如うに成るなれど、何程気を注けて遣りても、我は豪いと慢心を為て居ると、皆が愛想を尽して了ふて、浪に取れた沖の船、何処へ取付く嶋も無く成ぞよ。 |
|
146 (3698) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧11月23日 | 大正六年旧十一月二十三日 至仁至愛大神の御出現に成る時節が参りて、明治廿五年から変性男子の身魂に、手と口とで知らさしてありた事が、実地に出て来るぞよ。今迄良き事を致して来た身魂は良き事が出来て来るなり、悪い事を致した身魂は悪い報が出て来るなり、何も彼も一度に現はれるぞよ。モー世の立替の事は知らせる事が無いから、今迄知らして在りた事の実地が世界にあるぞよ。何も彼も世界中の事は帳面に附留てある同様に、天地の先祖は何一つ知らんと云ふ事は無いから、底の判らぬ経綸が致してあるぞよ。底の深いイロハからの仕組で在るから、チットは言はれぬ事も在るし、六ケ敷経綸であるぞよ。言ふてはならず、言はいでは邪魔の這入る事もあるなり、変性男子の役は是程辛いことは無いぞよ。貧乏動ぎも出来んと云ふのは男子の役であるぞよ。一寸でも気を緩めたら真似を為られるなり、真似を仕られたら何遍でも跡戻り斗り致さんならんなり、コンナ叶はん御用は世界に有りは致さんぞよ。御魂は世界に沢山ありても、代理を為せる身魂は一つも無いので在るぞよ。変生男子の身魂の御用は、イロハ四十八文字で世界を治める経綸の御用であるが、向ふの国の体主霊従の頭と其次席の身魂が、中々一通りの身魂の手に合はんと云ふ事が、初発から見抜いてありて、今に変性男子の身魂に憂い目を為して居るから、是から、日本の元の経綸を顕はして、今に悪い目的を立て居る守護神は、日本と外国との施政方針を混ぜ交ぜて行ろうと思ふて居るが、モー悪の世の終りと成りたから、悪の霊はチットも利かぬ如うに致すから、今までの格合ひには行かんぞよ。悪の世は九分九厘でモー済みたから、此先きは天のミロク様の、昔の始りの元の良き世へ世を戻して、何彼の事、末代の事を規定るのであるから、何に附けても大望な事ばかりであるから、人民では見当の取れん事であるぞよ。今までは悪神の支配の世でありたから、何事も見て見ぬ振を為て居りたなれど。全然時節が廻りて来て、延っ引きの成らん事になりて来たから、何時船が覆るやら解らんぞよ。天地の先祖はモー此上守護神人民には充分気が附けてあるから、何事が世界から出て来ても、モー神に不足は在るまい。一度に披いてバタバタと致さねば、何時までも同じ事に永う掛りて居りたら、世界中が泥海に成りて、人胤も無く成りて了ふから、神は日本の元の経綸どほりを始めるから、一旦は世界中の大混雑と成るぞよ。さう成りて来る迄に、神の申す事を信実に聞いて、身魂を研く如うに、筆先で日々知らして在りたが、今の上の守護神も人民も一つも判らんから、今の世界の困難であるが、今でさえ何うする事も能う致さずに、途方に呉れて居るが、マダマダ斯んな容易い事では無いが、其時は吃驚いたして腰を抜かして、頭を下にして走行やうに成るぞよ。そこに成りたら、四ツ足の守護神の正体が自づと現はれて来るが誠に気の毒なもので在るぞよ。茲へ成る迄に改心を致すやうと永らく知らしたなれど、盲目と聾の守護神人民は、実地が来る迄真実に致さんから、ヂリヂリ舞の狼狽舞を致す事が来ても仕様は無いぞよ。鬼とも蛇とも悪魔とも譬へ方の無い、イヤらしい外国の性来を、日本の守護神が見習ふて、外国の行方は良いと申して、上も下も真似斗り致して、今の日本の国の心配、外国の今の態、アレ丈け畜生の性来が現はれて来て居りても、未だ眼が覚めぬか。大将までが下タに成りたり、上に成って見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れ掛けたぞよ。神の堪忍袋が切れたら、万古末代モー取返しが出来んから、奥山の紅葉の照る内に早く改心いたして、神の申す如うに致さんと、末代の世を持ちて行く事は到底六ケ敷から、どうしても改心が出来ねば、陣を引いて下たに降りて扣えて下され、一人と世界中とには代えられんから、一向気楽にさして神が構ふてやるから、ドウシテも神の国の行いが出来ねば、城明け渡しを為さるが良かろう。神も可成は昔の儘で続かして行かしたいのが、胸に一溢であれど、余り外国人に惚けて居りて、何時までも神の教が聞けぬなら、一つの道へ行くより仕様は在るまい。神は気を附けた上にも気を附けて在るぞよ。一の番頭からして日本魂が全然消えて了ふて居るから、畜生の国の尻に附いて頭から湯気を立て、頭を三角に成る所まで捻ぢ鉢巻で気張って居れど、肝腎の腸が抜けて、腰がフナフナで在るから、斯んな約らん事に成りて来たのを、天地の御先祖様へ何んと申して申訳が出来るか。日本は日本で立て、外国を助けて遣らねば成らぬ、誠一つを貫く神国の一の番頭が、何も解らんから、畜生の尻馬に乗りて、外国の守護神の真似斗り致して、終には外国の自由に為られると言ふ事が判らぬか。モー神は依然して居れん事になりたから、是から表に成りて働くから、構ひ立てには来て下さるなよ。時節が来たぞよ。時節と云ふものは結構なものの、恐いもので在るぞよ。何事も此方から顕はさいでも、我身の方から全然正体を顕はして、何処となく飛び歩行て、見るのも厭で在るなれど、全部顕はせに、我が我の姿を田舎まで見せに歩行のが、顕はれるので在るから、時節ほど結構な恐いものは無いと申すので在るぞよ。時節には何ものも叶はんから、茲へ成る迄に世に出て居れる方の守護神、皆に筆先で細々と能く解るやうに書いて知らせ、口で言はして在るぞよ。筆先に出した事は皆世界に在るが、慢神と誤解とがありたら、真実の御蔭は取れんぞよ。露国ヘ昔から上りて居りた悪神の頭が、露国の国を六茶九茶に乱らして了ふて、モ一つ向ふの国へ渡りて、外国の隅々までもワヤに致して、金の費るのは底知れず、人の命を取るのも底知れず、行きも戻りも出来んやうに致して、食物も無い所まで致して、終には日本の神国へ攻めて来て、世界を我の儘に致すドエライ悪い奸計を致して居るが、モー九分まで悪の目的は成就いたした成れど、日本の国の先祖の一厘の経綸で、手の掌を返して、天下泰平に世を治めて、跡は七福神の楽遊びと致して、世界の人民を助ける日本の元からの経綸であれども、今の世界の守護神人民の心では、三分も助ける身魂が無いぞよ。誠一つの天地の先祖は、違ふた事はチットも申さんぞよ。違ふた事を致したら、茲まで忍耐て来た事が水の泡に成るから、皆が揃ふて今度の二度目の世の立直しの御用を勤めて下されよ。今度の御用は何に附けても辛い事ばかりであるから、確りと胴を据えて居らねば約らんぞよ。大本の中も日の出の守護と成りて来ると、何彼の事が辛くなるぞよ。善し悪しが厳重に判りて来て、是迄の心を全然変えて了はんと、辛うて辛抱が出来んぞよ。口を閉えて、男も女も腹帯を緩まんやうに確りと締て居らんと、此先は是迄のやうな事には行かんぞよ。斯世の上へ上りて居る悪の守護神が、皆揃ふて体主霊従では行かんと云ふ事が、発根と判りて来て、霊主体従の道へ立復らんと、世が治まると云ふ事は致さんぞよ。向ふの国はチットも急きは致さんぞよ。我の代に奪れな児の代に奪る、児の代に奪れな孫の代に奪ると云ふ、気の永い経綸であるから、何時に成りても奪りさえしたら良いと申して、チットも急ぎも動きも致さんぞよ。日本の国はソンナ事を致して居りたら、国家が潰れて了ふから、日本の国には天地の元の生神が、一寸の秘密が致してあるぞよ。外の身魂では出来ん、能う為ん経綸が致して在るが、実地の仕組は今の今まで言いも為られも致さん、大事の一厘の秘密で在るから……………、今の世界の守護神人民が、外国の性来に成りて了ふて、日本の神国と申しても、外国魂に成り切りた中に、生れ育ちて居る子供までが、国家の害を致すハイカラの真似ばかりを為て歓こびて居る中へ、大事の経綸を知らしたら、良い金設けが出来ると申して、実地の世の立直しの大邪魔を致すから、日本の国の仕組は、智慧や学力では何程考えても判りはせんぞよ。チト深い仕組が致して在るぞよ。外国の仕組は浅いから、直ぐに人の眼に判るなれど、日本の経綸は外国魂では判らんぞよ。何彼の時節が参りて来たから、始りたら何も一度に開けて来るから、余程しっかりと覚悟を致させねば成らんから、今に続いて知らして居るぞよ。疑ひと我情と取違いとが第一恐いぞよ。口を閉へて素直に致すが何よりも結構であるぞよ。何事も一度にバタバタと埒良く致さぬと、永う掛りたら日本も叶はん事が出来るぞよ。外国の悪神の頭が日本へ攻て来る仕組を、昔から致して居りたが、モー攻て来るのが近寄りたなれど、日本は日本で元の生神が深い経綸を致して居るから、日本の人民がサッパリ日本魂に成りて居らんと、肝腎の時に狼狽て胴を失ふぞよ。口先では日本魂と申しても、腹の中に誠が無いものは大化物であるから、今度の立替には化け物は皆神が平げて了ふぞよ。今度の大戦いは人種同志の戦争で無いぞよ。神と神と、国と国との、末代に一度より無い大戦いであるぞよ。今度の日本と外国との戦いには、男も女も小供も一つの心に成りて、日本の国を奪られては成らんから、年寄り迄も日本魂に立復りて、神国を守らねば、日本の先祖の大神へ申訳が立んぞよ。今の如うな我れさえ良かりたら、人はドウでも構はんと云ふ如うな精神でありたら、日本の国もエライ事に成るぞよ。日本の霊主体従の結構な神国を、悪神の頭と四ツ足に茲まで自由にしられて、是が悔しく無いやうな腰抜けが沢山あるが、今に日本の頭の上にかぶさって来て居る大難を、何んと致して打ち払ふ心算であるか。先の見えん守護神人民には、神も往生致して居るぞよ。三千年余りての経綸を顕はして、昔の元の神の御血筋に速に代えて了ふて……………。二度目の世の立替は、現世が出来てから未だ無い大望な事であるぞよ。分けては言はれず、言はな判らず、言はれはせず、元の悪から速に改心を致して、上へ上りて居る血筋も改心致して、茲までに元の根本の天と地との先祖を世に落した事の、御詫を致さな成らん時節に近よりたぞよ。モウ此先は霊主体従の経綸通りに致して、早く立替を致して、後の立直しに掛らんと、何んでも無い事に国を潰して、脛腰の立つ、間に合ふ人民を、大根の葉房を切る如うな惨い事を致しても、向ふの国の何一つも効能の有る事は無いが、是も皆悪神の玩弄に成りて居るのであれど、世界に気の附いた人民は一人も無いとは、惨い事に成りたもので在るぞよ。初発からの筆先に、今度は世界が三分になると毎度申して知らしてあるが、世界は三分になるぞよ。何んと申した所で、日本の間に合ふ身魂が無いやうに成りて居るから、今迄に人民の思ふて居りた事が、大間違いになりて来るぞよ。外国の思いも大間違いで、大きな取違いを致して居るぞよ。中々一寸やそっとの取違いでは無いぞよ。日本の人民も外国の性霊に成り切て了ふて居るから、心の持ち方が天地に代りて居るので、茲までは向ふの国の……………。天と地との根本の大神の御血統だけに、誠と云ふ元の日本魂の性来は一厘ほか無いから、一輪の日本魂で元の昔へ世を捻直して、ミロク様の世に致す経綸であるから、何につけても大望な事ばかりであるぞよ。向ふの国の性来が皆体主霊従であるから、薩張り立分けてありたのが、世の末と成りて、斯んな見苦しき、混ぜ交ぜの世になりたのであるぞよ。初発の世界の泥海の折から、末代の巧みを為て居りた極悪神の身上は、日本の元の大神が良く知りて居られるから、日本にも初発から深い経綸が為てありての、今度の神と神との大戦であるぞよ。外国の悪の頭は、何うしてなりと日本へ上る巧みを為て居るなれど、日本の国へは上げられんから、露国の先祖と為てありたなれど、悪の強い奸賢い性来であるから、何の様に為てでも目的を立てねば、途中で邪魔を致すと云ふ邪神であるから、天地の根本の大神は茲まで悔しい残念を堪り詰て、悪神の仕組の九分九厘と成るまでの、永い間の堪忍を致して、悪神の頭の目的を立さしてをいたが、モー一つ目的を立て居るのを、日本の元の大神が能く知りて居るから、日本の神国には、外国の御魂の能う為ん事が仕組みてあるから、九分九厘迄はトントン拍子に出て来たなれど、モウ悪の経綸の輪止まりが来たから、フクロ鳥の宵企みと成りて、此の先では夜食に外れて、難しき顔を致さな成らん如うに、時節が参りたぞよ。 明治二十五年から知らして在ることが、皆その通り出て来るぞよ。寒さ暑さの容赦は無いと申して在ろうがな。是だけの寒じでも、斯の大望な事がはじまりたら、水の中でも火の中でも、熱い寒いは言ふて居れん、大望な大戦いであるぞよ。斯の世が出来てから未だ無い、末代に一度ほか為られん二度目の世の立替であるのに、何も判らぬ悪神の仕組は、我良しの強い者勝ちの行り方であるから、我の血筋と親族と眷属とさえが良かりたら、何時迄掛かりて居りても、奪れた折に奪りたら良いと云う悪神の仕組は、ラクな行り方であるぞよ。そんな仕組を致して居る方のいう如うに、相手になりて居りたら、此の世が泥海と成る事が見え透いて居るから、昔の元から日本の国には、悪神の方からは見えも判りも致さず、学力でも智慧でも、外の身魂では出来ん経綸が為てあるから、何うしても悪の身魂に改心が出来んなれば、国とは代えられんから、一輪の仕組通りに致して、爰迄は堪りたなれど、爰に成りておりても判らんやうな悪の頭なら、仕組みてある如うに致して、バタバタと処置を付けて、後の立直しの用意を致さんと、斯の世を茲迄に自由自在に致されて、天地の先祖の威光が解らんから、斯の世を創造て、末代の世を建てて行かねば成らん天と地との先祖が、今迄は堪忍て来たなれど、余りの事で、日本の霊主体従の一と申して二の無い国を、天竺や外国と同じ如うに致して、自由に為られるとは、時節とはいい乍ら、爰で改心を致せば又仕様も在るなれど、余りの事で、モウ堪忍袋が切れるぞよ。悪神に自由自在にして了われて、天の御三体様に何う申し訳が出来るか。艮の金神を無い神と致してから、恐いものが無いやうに成りたから、日本の神国を好きな如うに、我の一力で仕放題、好き寸法の悪力がありたら、上へ上がりて出世が出来て、ラクな行り方、我の一力で悪い事を為る守護神でありたら出世が出来たのが、頭が極悪でありたから、悪の登るのは早かりたので在るぞよ。上へ登りて、後も前も構わずに、頭と尾とで前後へ手が廻らずに、上さえ上がれたら良いと云ふ行方、九分九厘までは跡が何うなろうと先が何う成ろうと、行ける処まで胴体が無いから、八ツ頭八ツ尾で、肝腎の大事の真中が無いと、頭と尾とでは肝心の事が成就いたさんぞよ。日本は世界の中心で在るから、肝腎の要めの所に大事の経綸が為てあるから、モウ微躯とも致さねども、人民の方は何事も改心次第であるぞよ。日本の人民も大きな取違いを致して居ると、毎度筆先で書して知らして在るが、其大間違いの判る時節が参りて来たぞよ。余り一度に何彼の事が判りて来て、逆立ちに成ってヌタクラナ成らん如うになりて来たぞよ。神が一度申した事は何事に由らず皆世界から出て来るから、一日も早く改心を致すやうに、日々に続いて知らして遣りたなれど、今に誠に致さん故に、何彼の時節が九分九厘となりて来て、善悪の立分けを致さな成らんから、彼方にも此方にも足本にも、何から初まるやら人民には見当が取れん事になるぞよ。四ツ足の覇張りた事を天晴れと露はして、末代の記録に残すから、爰へ成る迄に身魂を磨いて置けと申して知らしたなれど、誠に致して聞く身魂が無いから、是からは罪穢の在る処には、罪過だけの借銭済を致さすので在るぞよ。何処も恨める所は無いぞよ。自分の身魂を恨めるより仕様は無いぞよ。今度の二度目の立替は国々処々、都会田舎村々家々に、身魂の借銭だけの事は天地の神から済さして了ふから、何処も恨む事は無いと申して、明治廿五年から今に続いて知らして在るぞよ。知らして在る事が良い事も厭な事も、みな一度に何も出て来るぞよ。そうなりた折には世界の人民は、矢張艮能金神は悪神であると未だ申すぞよと申して在るが、神から申して在る事は一分も違はずに皆出て来るから、艮の金神が悪い騒動をいたす如うに思ふで在らうなれど、天からの時節で何も出て来るのであるから、艮の金神も何う致す事も出来んので在るから、夫れ迄に一人なりとも改心さして助けたいと思ふて、今まで苦労艱難いたして知らしたので在るぞよ。新つの洗替の世になるのであるから、外国には厳しき事が在るぞよ。此事は明治廿七年の七月の差入りの筆先に書してあるぞよ。良い事も厭な事も一度出して在る事は、遅し速しは在るなれど、皆出て来るぞよ。悪の頭からトコトン発根の改心を致さんと、思ふて居る事に大間違が、我に皆出て来るぞよ。余り我好しの行方で大間違が顕はれて来て、腰が抜けて了ふて、腮が外れて言も云へず、足が上になりて頭が下たに成りて、手で其処ら傍りをヌタクラナ成らん様な事が出て来るぞよと、今年で二十七年目であるが、其間昼夜に知らして在るぞよ。天地の生神の先祖を要らんものじゃ、神は無くても良いものじゃと申して居りたが…………、悪と四ツ足とで此の世の政治が行れるかと云ふ事を、覚るやうに、充分に思わくを為して、大神が蔭から見て居れば、未だモ一つ悪を強くして、斯世を此儘で行りて行うとの精神であらうがな。日本の国を外国の悪と四ツ足とがモ一つ上へ上りて、王の王に成りて行うとの度豪い経綸を致して居らうがな。日本は神の国、神が守らな治まらぬ国であるのに、肝腎の一の番頭二の番頭から、薩張り外国魂に成切りて了ふて居るから、何時までも世はゴテゴテ致して、治りは致さんぞよ。人民力で斯結構な神国の政治が出来るなら、モチト立派に世が立ちては行けさうなものでないか。今の世の持方は丸切り畜生の行方で、強いものが弱いものの汗油を絞りて、其の汗と油で高い処へ上って、舌をペロリと出して見下ろして居るが、夫れが悪魔の世と申すぞよ。是だけ世界に上下懸隔が在りては、何時になりても斯世に口舌の絶ると云ふ事は無いぞよ。外国の真似斗り致して、是が開けた世の行方と申して居るが、何処が開けたのか。肝心の開くべき所は二重三重に閉いで了ふて、開いてはならぬ神国の宝を破乱かして了ふて、二進も三進も行かんやうになりて、途中の豪い鼻高が毎年一と処へ国々から集って来て、結構な御相談や争論を致して御座るが、下たの何も知らん人民は良い面の皮じゃぞよ。昔からの暦を潰したり、神の鎮まる先祖代々からの御宮を、金が無いからと申して潰したり、神を相借家へ投り込みて置いて、人民は昔の王も叶はんやうな家を建て、別荘を立て、金斗りを重宝がり、金さえ在りたら神も糞も要るものかと、エライ慢神と取違いを致して居るが、斯んな六茶な、天地を畏れぬ外国魂の畜生の行方は、神は何時までも許す事は出来んから、皆夫れ夫れに覚悟を為さるが良かろう。外国の四ツ足の真似を致して、結構な家の内で、牛や馬の肉を煮いて喰たり、首に畜生の皮を捲いたり、畜生の毛で織った物を肌に着たり、それが薩張り四ツ足の性来が顕はれて居るのであるぞよ。四ツ足の守護神が何程骨を折ても、万古末代の世を自由に致すと云ふ事は、到底出来は致さんから、素直に致して改心をして、神の申すやうの世の持方に致せば、此儘で神が構うて続かして、尾を隠くしてでも許して遣るなれど、余りしぶたう頑張りて居ると、三千世界の赤耻を掻く事が出来て来るぞよ。日本の国だけでも是だけ持て余して居りて、他の国の事ども構ひ立する暇は有りもせむのに、肝腎の足元は良い加減な事に致してをいて、終には共倒れに成ると云ふ事に、気の附かむ如うな明盲目であるから、○○の国は一日増しに押つまりて来て、食物は段々と欠乏になるなり、菜の葉一枚でも大切な事に今に成りて来るぞよ。何程金を貯て歓こんで居りても、正可の時には金銀では生命が継げんぞよ。百万円の金よりも一握りのお米[*ルビの「よね」は底本通り]の方が大切な世が廻りて来て、明治二十五年から毎度筆先で知らして在るやうに、田地に植込みて喜こびて居りた、桑迄も掘起さな成らん事に成りて来るが、人民と申す者は近慾で、近眼で、誠の神の申す事は判らんぞよ。誠に気の毒なもので在れども、人民の精神が薩張り曇り切りて居るから、何を為て見せても、何を聞かして遣りても、神の申す事を汲み取る人民が無いが、能うも茲まで曇りたものじゃ。無間の鐘まで掘上げて、今じゃ早じゃと知らせども、盲目と聾の今の世界の人民は、慾斗りに迷ふて一寸先きも見えず、是だけ天地に昼夜に鳴り渡る大神の声も聞えず、鳥獣にも劣りたもの斗り、世の立直しを致そうにも掛りかけが出来んぞよ。けれども、綾部の大本には神が綱を懸けて、昔の其儘の日本魂を引寄せる経綸が致して在るから大丈夫ではあれど、心はチットも許されん大望な所であるぞよ。外国の悪神が今に仲直りを致したら、今度は腹を合して一つになりて攻めて来るから、日本神国の人民は判りたものから用意を致して下されよ。末代に一度の世の立替立直しであるぞよ。 明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らしてありた事の、実地が出て来る世になりたぞよ。露国から始りて、日本と外国との大戦が在ると申したが時節が来たぞよ。外国は終には一腹になりて来ると申して知らして在ろうがな。この神一度申したら何時に成りても、毛筋の横巾ほども違いは致さんぞよ。これが違ふたら神は斯世に居らんぞよ。外国の悪神の頭が、露国を無茶苦茶に致して置いて、モ一つ向ふの国へ渡りて、人民の王を自由に使ふて、世界中の困難をも構はずに、自国さえ良けら他はドウデも良い、人は倒しても我さえ立ちたら満足じゃと申して、悪の頭が今に日本の神国へ攻めて来るぞよと申して知らしてあるぞよ。日本の人民にチットでも誠がありて、一の番頭、二の番頭の守護神に誠一つの日本魂さえ在りたら、何程外国の学力でも、人民が沢山在りても、金が何程ありてもビクとも致さねども、今の日本の持方は、守護神が薩張り外国よりもマダ一段身魂が劣悪て了ふて居るから、今にキリキリ舞を致さなならぬ事が出来てきて、往きも還りも出来ぬ様に成るのは、眼の前にチラ付て居るから、一日も早く改心致せよ身魂を研けよと、腹が立つ程クドウ申して気が付けてありたぞよ。この大本へ立寄る誠の人は、明治二十五年から昼夜に出口直に書してある筆先を調べて下されよ。一分一厘間違いは無いと申す事が、何程疑ひの強ひ人民でも判りて来るぞよ。それで改心の出来ぬやうな人民は、気の毒でも今度の二度目の世の立替には間曳かれて、万古末代根の国、底の国へ霊魂を落して了ふと云ふ、神界の規則であるぞよ。神は人民を助けたさの永い間の此苦労であるぞよ。兵隊を一旦日本へ引寄して、外国を地震、雷、火の雨降して絶滅さねば、世界は神国にならんから、余り何時迄も神の申す事を聞かねば、三千年の経綸通りに致すから、世界に何事ありても神と出口を恨めて呉れなよ。我身魂を恨めるより仕様は無いぞよと申してあろうがな。気の毒なものでもモウ神は一切りに致さねば、天の御先祖様へ艮の金神の申訳が立たんぞよ。明治二十五年から天の御先祖様の御命令を戴きて、世界の人民に何彼の事を知らせども、今の人民慾に惚けて、我身の用意斗り、国の事共おもふ人民は、上に立て居る守護神には薬にする程も無いから、世は段々と押詰りて来る斗り、今に皆の人民がキリキリ舞を致して、アフンと致す事が到来するぞよ。人民は神に次での霊であるから、チットは解りさうなものなれど、薩張り肝腎の霊魂が外国の悪神に自由自在にしられて、眉毛を読まれて尻の毛が一本も無い所までワヤに為られて居りても、マダ気が付かずに悪神の頭にだまされて、我と我手に苦しみ居るぞよ。吾妻の国は一時れの実の致さぬ薄野尾、実り致さな国は栄えぬ。吾妻の国へ遙々と都に致す心悲しき。唐土の鳥の渡らん先きに、神は還りて経綸を致せども、聴く人民無き故に、残念なれど唐土の鳥が今に日本へ渡りて来るぞよ。毒を空から降らして、日本の人民を絶やす経綸を、昔から致して居る事が、能く神には判りて居るから、永らく知らしたので在りたぞよ。早く改心致さぬと改心の間が無いぞよ。神は気を附けた上にも気が附けてあるぞよ。モウ何彼の事が一度に実現て来るから、斯んな事ならモ一つ気を附けて呉さうなものでありたと、未だ不足を申す守護神人民があるぞよ。何程不足を申しても、神が茲まで出口に苦労さして気を付けてあるからは、神にも宣教者にもヨモヤ落度はあろまい。不足があるなら我身の心を良く考えて見て不足申さんと、スコタンを喰ふぞよ。茲へ成る事が良く判りて居るから、今年で知らしかけてから二十七年目であるぞよ。今の人民も守護神も大きな誤解を致して居りて、今に成てから他へ問ひに行く所は無し、何う為様も無い事が近う成りて来たぞよ。是だけククメルやうに知らしてあるのに、未だ判らんとは惨い事に曇りたものであるぞよ。神はそれが出て来た折に何う為様も無い事が出来んやうに、噛みて口へ入れて、飲込みたら良いやうに致して、筆先で知らせ、言葉で知らせてあるが、モウ此上に知らせやうが無いぞよ。この悪の世を天と地との先祖の一つの誠の世へ立帰らすので在るから、茲までに申して聞したら、何程悪魔でもチットは合点が行かねば、神と名の付いて居る悪神も是からは気の毒な事になるぞよ。茲まで誠一つの天地の大神を、茲までに能うも苦しめたなア。ここ迄に致したら是に不足は有りは致すまい。極悪と申してもエライゑぐい身魂であるぞよ。モウ堪忍袋の緒が断れたぞよ。天地の先祖も茲までの辛抱を、水の泡には致しとも無いなれど…………茲迄は国を潰さぬ様にして、向うの国にモチトらしい身魂が在りたら、国と国とを立分けて、国の奪合と云ふやうな事を致さずに、皆手を引合ふて行きたいは神の一心なれど、余り向ふの国の身魂の性来では、国が治まると云ふ事の出来ぬ、悪い性来であるから、バタバタと埒を附けねば、世界は何時までも治まらぬぞよ。向ふの国へ上りて居りた外国の悪神の霊魂が、日本の国へ上りて来て、四ツ足や豆狸、蛆虫同様の悪るシブトウて、日本の国には使いやうが無いから、一旦は世界中を洗い替と致さねば、日本の国が外国の性来ばかりで、是ぞと曰ふ身魂が無いから、茲まではドウゾドウゾと思ひ過ごして気を揉みたなれど、到底助ける方法は今に無い所まで曇りて来て居るぞよ。モチットらしい身魂がありたら、セメテ二国程は残して遣りたいと思ふたなれど、余りエグイ身魂斗りであるから、昔からの天地の神の経綸どほりに致して、埒良く致さんと、悪が何時迄も絶えんぞよ。チット可成な身魂がありたらと思ふて延ばす程、向ふの国の極悪が猶ほ悪くなる斗りで、モ一とつ日本の国を下たに為どころか、日本の国を欺し討に致して奪取て了ふ、悪い巧みを致して居るから、霊主体従の経綸に神が致してやらんと、未だ未だ悪い事を仕組て居るぞよ。日本の人民は薩張皆揃ふて大和魂に成りて、胴を据えて、腹帯を占て掛らんと、是迄のやうな心で居りたら国が全然無いやうに成りて了ふぞよ。茲までに天地の御先祖様が御艱難を遊ばされた御苦労を、水の泡と成るやうな事は致さんぞよ。日本の人民が皆揃ふて御手伝いを致さんと、世界の立替の大峠となりて来たから、茲へ成りた折には、身体も霊魂も清やかになりて居らんと、日本の国の人民が、コンナ見苦しき国害を致す外国の身魂が、良いと申すやうな事になるのが、世の元から能く判りて居るから、天地の先祖は茲まで是だけに気張て、御血筋には充分の苦労、艱難、悔しき事を堪り詰て来て見て居れば、向ふの国の今の困難、あれ程の惨事がありても、何も気の付く守護神がチットも無いのが、人はドウデも構はぬと云ふ悪神の精神であるから、何も気が附かんのであるぞよ。向ふの身魂が日本へ皆渡りて来て居るから、日本も外国の身魂に化りて、日本の身魂が薬に致す程より無いのであるから、利己主義の行り方で、モ一とつ悪を強くして、日本の国を平げて、世界中を外国の世界に致して、王の王になりて、末代続かせる仕組をして居るのであるから、日本の国は男も女も誠一とつの日本魂の性来に成りて了ふて、女の一心巌でも突貫く精神で無いと、今度の二度目の世の立替の間には合はんぞよ。日本の国の人民も外国の人民も、今まで思ふて居りた事とは、エライ大きな間違いが出来るが、同じ如うな事に細々と、抜目の無い様に、取違いの無いやうに、変性男子の手で大国常立尊が、言葉と手とで知らしてある事は、一つも違はず皆実現来るぞよ。末代に一度より為られん大望な世の立替であるから、中々骨の折る事であれども、神が蔭から経綸致してありての事で在るから、モウ大丈夫であるぞよ。永らく知らした事を、今に成って居りても誠に致さず、疑ふて取違いを為て置て、悪い鏡に成ても、何処を恨める所は無いぞよ。外では判らん事の、誰も出来ん事で在るから、是だけ執念申して知らして居るのであるが、今の学で出来る機械が動く悪の力で、九分九厘までは行れるなれど、モ一厘と云ふ処になりたら手の掌が覆るぞよ。何うにも斯うにも仕様の無い、悪しぶとい悪力なら何程でも出すなれど、日本の国の昔からの秘密の神力を現はして、天地の先祖の経綸どほりに致して了はねば、外の身魂の手には合はむから、今度は神力で薩張り平げて了ふぞよ。そうなりた折には艮の金神は善の神じゃと申して居れど、矢張り悪神であると未だ人民は申すで在ろうなれど、誠の善といふ道は表面から見ては未だ悪に見えるから、取違いを致さぬ様に、身魂を一時も早く研くが結構であるぞよ。人民の眼に判らん誠の善でないと、是だけに曇りた世界を、善一つの道に立替る事は悪では能う致さんぞよ。誠の善は一旦は悪に見えるぞよと、筆先で毎度知らして在るから、一度知らした事は皆出て来るぞよ。一通りや二通の事では無いぞよ。今の日本の人民は男も女も外国の教の方が良いと申して、外国魂になりて居るから、一番に取損いを致して今の体裁、取返しの成らん事が出来て、日本の今の国会、何う仕様にも今の処では取戻しの成らん事であるぞよ。日本の霊主体従の身魂と、外国の体主霊従の身魂との、性来と云ふものが能く見えるのが、是が時節で在るなれど、大きな取違いを致したもので在るぞよ。小さい間違いで無いと云ふ事が、毎度申して在ろうがな。モウ取返しの出来ん事であるぞよ。向ふの国の身魂は、悪い事ならドンナ事でも致すエライもので在るぞよ。向ふの国と和合いたしたら、末代嬉しいと云ふやうな事は一日も無しに、乱世斗りが続くぞよ。悪の精神斗りで善と云ふ性来がチットも無いから、向ふの国の仕組ではヤレうれしいと申して、人民の気の休まると云ふ事の無い、何時になりても利己主義の、人は倒けやうが仆れやうが、起してやると云ふ様な優しい身魂は、何時になりても在りはせむから、全部と極悪の身魂の性来を直すのには、言い聞した位に聞くやうな、素直な身魂は有りはせんから、帰幽をさして充分の行を命せて、新つに致さん事には、エグイ性来の悪のカンカンであるから、そう致すより道は無いぞよ。今度の世を立直したら途中で又た変るといふ様な、ヤニコイ経綸で無いから、今助けるだけは助て遣らねば成らぬから、シカリたりタラシたり、何時まで掛りて居りたとて、到底今の人民の耳へは這入らんから、気の毒でも神も助け様が無いぞよ。日本の身魂が上から下まで、外国の悪の身魂に、団子廻はす如くに為られて了ふて、一寸も先の見えん所まで曇らせられて居るが、ヨウも爰までに為られたものじゃ。が、無理は無い。艮の金神を艮へ押籠る下地を拵らえた、悪賢い守護神であるから、体主霊従の道ならドンナ事でも致すなれど、至仁至愛神と地の先祖とが天晴れ表面に顕はれたら、ドンナ極悪でも、火に水を掛ける如く、蛭に塩を振りた如くであるから、爰までは自由自在に、我ほどのエライものは無いやうに思ふて、世の本を創造た天地の先祖を下たへ見降して、王は十善、神は九善と致して、日本の○○○○一段下に見て、大神を斯世において遣ると申して、人民の○より一段下へおろして、外国人を上へ上げて敬まうて、外国ほど結構な国は無いやうに思ふて、大きな取違いを致して居りたが今の様、この先は日本の霊主体従国を、斯んな見苦しき事に致して、天地の大神をドウ致すのか、ドウ云ふ事に仕組て居るか。日本の国は何国へも与る事はならむぞよ。日本の国は一と申て二の無い大事の神国であるから、外国へ与る事は致さんぞよ。今の日本の人民は、男子も女子も皆外国の方が良く見えるから、外国の真似ばかりを致して、開けた人間の様に有頂天になって迷ふて居るが、外国の仕組て居る悪い巧みは解ろまい。薩張畜生の国の性来に移りて了ふて、此先はドウ致す積りである乎。四ツ足に自由自在に、好き寸法に為れて居る事が気が附いて居るか。また斯世の本はドウして出来たと云ふ思遣のある守護神は在るまいがな。ドウ云ふ事で斯世が爰まで立ちて来たと云ふ事の解るものは、守護神にも人民にも有は致すまいがな。四ツ足の身魂を上に致して、実地の斯世の本の神を下たに致して居りて、ドウして斯世が立って行くと思ふか。大間違も程があるぞよ。外国の悪の頭の身魂が、此の乱れた悪の行り方で、モ一段上へ上る仕組をして居るが、日本の○に解りて居るか、中々に解りは致すまい。○と成ると眼で見ずとも、心で何彼の事が見え透いて居らぬと、是迄のやうな事では、○○立つ人が番頭に自由に仕られるやうな事では、何時までも治まらんから、此先は薩張り今迄のやり方を替えて了ふぞよ。○○が今迄のやうな嬢や坊では行かんから、行り方、法律を全然変えて了ふぞよ。○○が嬢や坊では、斯う云ふ世になりたら、ドウ仕様にも方法が無い事に成りて来るのは、世の元から見え透いて居るから、日本の霊主国には誰にも出来ぬ一寸の神秘が致して在るから、神界の秘密通りに致して埒良くいたさんと、斯んな約らん事は無いぞよ。向ふの国の仕組は能く解りて居るなれど、解るべき所へ解らんので、神も助けやうが無いぞよ。向ふの国の守護神にザラザラと、永う引張りて良い玩弄物に為られた上に、モ一とつエライ仕組をいたして居るぞよ。是迄の世は肝腎の大地の上の先祖を無い神として居りて、四ツ足の憑り切った日本の人民は、今では向ふの国の悪神の自由に、ドナイでもなるから、モ一つ十分にお玩弄にいたして置いて、モ一つ上へ上りて王の王になる経綸を致して居るぞよ。人は何うでも我さえ良けりゃ良いと云ふやうな、極悪の経綸は厭らしい仕組をして居るぞよ。向ふの国の性来は、言い聞かして開くやうな優しい身魂は無いから、○○○○茲へ成りて来る事は、世の本から能く解りて居るから、日本の国には昔から、天地の先祖が深い経綸を致して在るから、何事も今度は実現て来るぞよ。今に成りてから経綸を変えると云ふ事はならん、大本の経綸通りに、何事も一度に出て来るぞよ。今度の洗い替へは三千世界の大洗濯であるから、何程かいてありても書いて在るだけの事は致して了はねば、天地から何事も無しに済すと云ふことは、今度は借銭済をせずに堪忍事は出来んから、明治二十五年から同じ如うな事を、能く人民守護神に解るやうに書いて気が附けてあるぞよ。一度申した事は違はん筆先であるから、途中に変りは致さんぞよ。何事も昔から霊魂の所作柄を、一々帳面に付け留てある同様であるから、借銭を済して了はんと、赦して遣ると云ふ事は出来んので在るから、此世のエンマと申す活神であるから、血筋引方は尚ほ酷いぞよ。厭な事は引方にさせて在るぞよ。何事も大本の変性男子の筆先で、天地の大神が時節時節の事を先きに書して置きなさると、其通りが来るのであるから、善き事も悪き事も皆出て来るから、其覚悟を致さねば成らぬぞよ。支那から昔攻めて来た折には、夫れでも見せしめの為に三人だけは還してやりたなれど、今度外国が同腹になりて攻めて来た折には、只の一人も還してはやらんぞよ。日本へ外国の兵隊を一旦皆引寄して、其後で地震、雷、火の雨降らして、外国を往生いたさす経綸であるぞよ。日本も霊魂の悪い人気の良くない所には、何が在るとも判らんから、神の申す中に一時も早く改心を致さんと、取返しのならん事が出来いたして、ヂリヂリ舞を致さな成らんと申して、二十七年の間知らして在りたが、其知らした実地が出て来るのが近寄りて来たぞよ。 |
|
147 (3699) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧1月12日 | 大正七年旧正月十二日 至仁至愛神の御出ましに成る時節が参りたぞよ。天ではミロク様なり、地の世界は大国常立尊が守護ねば、立ちては行かぬ斯世であるぞよ。根本の天の御先祖様を、口で崇めて心の中では、斯世に無ても良いと云ふやうに成りて了ふて居りた故に、地の先祖を押込ねばならぬやうに成りたのであるぞよ。地の先祖の大国常立尊は、神力が有り過ぎて邪神の手には合んから、邪神の精神が皆一致して瑞霊大神への御願を致して、此方を艮へ押込みて、サア是で安心じゃと申して、皆の悪神が喜こびて、斯世を自由に致して茲までに乱したのであるぞよ。筆先に書いては速いやうなれど、永い間の事実であるぞよ。概略の事は初発に書して在るなれど、一度には書けんから、間々に細々の事を書かせると申して知らし在りたぞよ。ドノ筆先も同じことじゃと申して、可い加減な見様をして居ると、実地の筆先通りが来た折には、余りに思ふて居りた事が大きな取違いで、ヂリヂリ舞を致さな成らん事が出て来るから、念に念を押して執念深く知らして在るのじゃぞよ。未だ筆先の読み様が足らん人勝ちであるぞよ。思ふて居るとは大間違いであるから、夫れで筆先を充分に繰返して、読て下されと申して気が附けてあるのじゃぞよ。悪の頭が余り大きな取違いを致して居りたから、世界中の大きな難渋であるぞよ。今からの改心は出来もせず、間にも合はんぞよ。筆先の実地が出て来だしたら、続いて世界が一度に破乱けて、余りの事で鬼でも蛇でも極悪神でも叶はん、往生いたさな成らん事に成るぞよ。悪神に今の中に此の次第が判りて来て、善道へ立帰りたら豪いなれど、向ふの国の守護神の仕組は、ダラダラと何時まで掛りても頓着は致さん、気の永い仕組を致して居るから、今度は大分慮見の違ふ守護神が出来るなれど、日本の経綸は迅速な経綸が致して在るから、何程向ふの極悪神でも、日本の世の元からの仕組を始めたら兎ても叶はんぞよ。余り見損いが大きなから、大間違いが出来てきて見当が取れず、何うしたら良かろうかと途方に暮て、降参も出来ず、茲に成りてからドレ丈の御詫を申して来ても、世界の大峠となりたら、そんな事には掛りては居れんから、今の内に聞いて改心を致して、身魂を研いて居らんと、今度は彼我の国も国が無くなるか、一つ二つの大峠であるぞよ。是からは国が無くなる乎、泥海になる乎の境目であるから、○○の身魂が水晶になりたら、末代の世が立ちて行くなり、今の儘で今の心で在りたなら、向ふの国の悪神の頭が、モ一つ悪を強く致して、日本の国を奪略のは最容易ことに思ふて居るぞよ。日本の国は小さいから、人民も尠いのは当然であれども、霊主体従国には誰も能う為ん秘密の経綸が、神界から致してあるから、往生を致させて、万古末代刃向ひは出来んやうに致すぞよ。今向ふの国の悪の頭は、日本の国を下たに見降して居るから、九分九厘と一厘とで斯世が泥海に成る所を、一厘の秘密で跡は水晶の身魂斗りに致して、末代の世を続かす経綸が致してあるから、悪の方の身魂では、日本の神国の経綸は見当は取れんぞよ。悪の開けるのは速いなれど、善と云ふ御道を開くのは、中々一通りの事を為て居りては開けんぞよ。ドンナ行も斯世一切の事は何を問はれても、是一色知らんといふ事は無いやうに行を致さねば、これだけは知らんと云ふ様な事では善の御道は開けんぞよ。善の道を開くのは陽気心が一寸でも有るやうな事をして居りたら、坂に車を廻す如くであるぞよ。是までに苦労を致した事が、直ぐに後へ戻りて仕直し斗りで、誠の事は出来は致さんぞよ。善と悪との行り方は天地の大違いであるから、夜の眼も気楽に寝る事もならん、辛い行り方であるぞよ。善と悪との立分けで世界が動くぞよと申して、筆先で毎度知らしてあるなれど、人民と申すものは何事も実地をして見せんと、ソレソレと申して知らしても、人民では神の心が汲取れんから、思ふ事が逆様ばかりで、六ケ敷いのであるぞよ。今の守護神が余り粗末な身魂であるから、実地の生神の気に入りさうな事が無いのは当然、解りさうな事が無いから、素直に致すが一等であるぞよ。 この曇り切りた世の中へ、実地の世の本の大神が其儘の姿を顕はして、言ひ聞かしたとて、恐いばかりで、傍へも寄付く事が出来んから、何れは矢張り天地の大神と申して居りても、悪神に相違ないと未だ申すのは当り前であるぞよ。人民にそんな事が判る筈が無いのが道理、一旦帰幽にさして、霊魂斗りに致して、新つの世に致さねば、言い聞して聞くやうな身魂は、向ふの国にはチットも有りはせんから、初発から違ふた事は今に一つも無いぞよ。違いは致さんぞよ。其霊魂に日本の国の霊魂が憑りて、向ふの国を良いと思ふて居るのが、何に付けても大間違いであるぞよ。何から何まで向ふの国の為る事が、良いと思ふて居る事が、真の元の大神から見ると、眼を明けて見る事の出来んほど、見苦しき有様であるぞよ。 天地の違いと云ふ事は譬に申すなれど、譬よりは一層ヒドイ大間違の行り方で、たとゑにも成らん如うな取違いを致して居るから、世界には斯様な難渋な事が出来て来るのであるぞよ。実地の大本を無いものに致して居るのが、何うしても今度は言訳は出来よまい。この先は一日ましに何事も、世の本からの事柄や所作柄が、別に此方から顕はせずに堪忍て遣ろうと思ふ程、我の為る事を我の口からざんげを晒して各自に、神からは何も問はいでも、我の口から吐き出して了ふて、斯世で大きな取違いをして居りたと云ふ事が、発根と天地から判りて来て、抜き差しの出来ん事になるぞよ。是迄の世は真暗黒の世でありたから、何も分らん向ふの守護神が、コンナ良い世が有るものかと申して、何も知らずに慢心を致して、日本へ来られなんだ悪の守護神やら、四ツ足の守護神ばかりが、好き寸法の行り方を致して、日本の国を畜生の国にして了ふた、その暗がりの中に出来た盲目や、聾ばかりの世に成りて、世界中が何う仕様も無い事に成るから……………。爰へ成りて来た折には、天地から斯んな身魂では斯世に居れん事が出来てくるから、是までの心を持替て身魂を研いて居らんと、世界一度に難渋な事になるから、二十七年の間引続いて知らして居るなれど、まだそんな事があるものかと、足元へ火が燃えて来て居るのに、悪度胸を据えて、世界が潰れたら皆な並であると申して、平気で今に居る如うな守護神に使はれて居る人民が、ドウ仕様も無い事が何れは出て来るから、素直に申す事を聞いて居る守護神に使はれて居る肉体は、ドエライ難渋は致すまいなれど、余り良い気で居る肉体は、思ひが違ふ事になりて来るぞよ。 是からは霊魂の善悪が全部別るから、明治二十五年から申してある事の時節が参りて来たから、何所から何事が始まるやら知れんぞよと申してあるやうに、何彼のことが世界中の大困難で、昔から末代に一度ほか無い、大望な二度目の世の立替であるから、人民の思ふよりも大望であるから、始まると何う仕様も無い事が出来て、何処へ迯げて行うにも行く処の無い様になるから……………。日本の人民が向ふの国の性来になりて居るから、平気で、今に成っても判らん守護神に使はれて居るやうな肉体は、日本に事がありたら外国へ迯げて行く位に思ふて、国の事ども何んとも思はずに、気楽に思ふて居るで在ろうがな。外国は夫れまでにまだまだ激い事があるから、何処へも迯げて行く所は無いぞよ。我では行けん時節が廻りて来たから、素直に致さうより仕方はないぞよ。此先は頑張るほど微躯りとも成らんやうになるぞよ。我を出して縮尻た地の先祖が、爰までに善一つを立貫きて、今度の二度目の世の立替を首尾能く致した其上では、世界中の生あるものは皆良くして遣りたいと思ふて、永らくの間悔し残念を堪忍たなれど、外国は余り非道い悪の頭と眷属とが、善といふ事の道の判らん極悪であるから、埒良く致さねば成らんから、一旦は未だ天地の大神は矢張り悪神であると、皆の者が申すなれど、実地の善の身魂は、斯世の変り目には極悪のやうに見えるぞよ。細工は流々、仕上げた所を見て貰はんと、人民からは出来もせず、解る事でも無い。一厘の秘密で三千世界を水晶に立替、立直すのであるぞよ。用意を成されよ。足元から鳥が立つぞよ。時節が近よりたぞよ。 三千世界一度に開く梅の花、艮の根神の守護の世になりたぞよと、明治二十五年から出口直の手を借り、口を借りて知らした事の、実地が現はれる時節が近寄りて来たぞよ。今迄の世は悪神の覇張る世で、何事も好き寸法、利己主義の行り方で、此世を乱して来たが、モウ是からは昔の元の生神が世に現はれて、三千世界を守護やうに時節が参りたから、思ひの違ふ守護神、人民が大多数に出来て来るぞよ。今度の二度目の世の立替へ、天の磐戸開きは、悪の身魂が毛筋の横巾でも混りてありたら成就いたさぬ大望な、末代に一度より為られん神界の経綸であるから、茲まで悪神の覇張た暗黒の世を、生粋の水晶の如うな明らかな、何時までも変らぬ神世に致さねば成らぬから、神も中々骨の折れる事で在るぞよ。 昔のミロク様の純粋の、何時になりても変らぬ其儘の秘密の経綸の凝結で、末代動かん巌に松の仕組、何神にも解らぬ様に為てある善一つの誠の道であるから、途中に精神の変るやうな身魂では出来も致さず、判りも為ぬぞよ。此の世の元を創造て、世界中の一切の事、何一つ知らんといふ事の無い身魂でないと、今度の二度目の世の立替は、世界を創建るよりも何程骨が折れるか知れんぞよ。限り無しの潰ぶされぬ末代の経綸、世の立替、立直しといふことは、爰まで悪神が覇張りて、モ一とつ日本の国を奸賢しこう人民をいたして、未だ未だ悪神の力を強して、善の神の道は立てさせぬ如うに、悪神の体主霊従主義で貫く仕組を致して居るから、日本の人民は余程魂を研いて、日本魂を元へ戻して光を出して置かねば、万古末代日本は外国の自由に為られて了ふぞよ。 昔から露国へ上りて居りた悪神の頭目が、モ一つ向うの国(独逸)へ渡りて、人民の頭を自由自在に、我れの思惑どほりに悪を働き、世界中の大困難を構はず、何処までも暴れて暴れて暴れまわして世界を苦しめ、又た露国を自由に致して我れの手下たに附けて、今に日本へ攻めて来る経綸を致して居るが、そんな事に微躯つく如うな日本の守護神、人民でありたら日本は到底続きは致さんぞよ。是から神が蔭から手伝ふて、日本の軍隊に神力を附て与るから、今度は大丈夫であれども、向ふの国同士が戦争は到底叶はんと申して、可い加減な事で仲直りを致して、一腹に成って今度は日本へ押詰て来るから、日本の守護神も人民も腹帯を占て掛らな、万古末代取返しの出来ん事になるぞよと申して、明治二十五年から出口直の手を籍り口を籍りて知らして置いた事の実地が迫りて来たぞよ。外国は悪が強いから、ドコ迄も執念深う目的の立つ迄行り通うすなれど、九分九厘と云ふ処まで来た折に、三千年の神が経綸の[*「三千年の神が経綸の」は底本通り]奥の手を出して、外国を往生いたさすので在るから、日本は大丈夫であれども、罪穢の深い処には罪穢の借銭済しが在るから今の中に改心をいたさんと、日本にも酷しき徴罸が天地から在るぞよ。 霊主体従主義の行り方で末代の世が立つか、体主霊従の施政方針で世が末代続く乎、今度は善と悪との力量比べであるから、勝ちた方へ末代従ふて来ねばならんぞよ。それで神界は茲まで煉りに煉りたので在るぞよ。 この先は善一つの誠の道を立貫かねば、斯世に安住て貰えんやうに酷しく成るから、爰まで永らく言ひ聞かしたので在るぞよ。善と悪との境界の大峠であるから、爰まで十分に煉らねば悪の性来には聞けんから、今の今まで煉りたのであるが、チットは腹へ浸み切りて居る身魂が在るであらう。爰までに言い聞かしても判らん如うな身魂は体能く覚悟をいたさんと、是迄のやうな心で居りたなら又た天地を汚して了ふから、善へ心底から従ふ身魂で無いと、今迄の如うな心の人民が在りたら総損害になりて、モ一つ遅れるから、艮の金神も助けて遣る事も出来ず、天の御三体の大神様へ申訳の無いやうな事に成りて来るから、止を得ず気の毒でもモウ経綸どほりに致すぞよ。世の立替が段々と近寄りたから、是までの如うな事には行かんから、一か八と云ふ事を向ふの国の悪の頭に書いて見せて置くが良いぞよ。今の日本の番頭のフナフナ腰では兎ても恐がりて、コンナ事を書いて見せて遣るだけの度胸は在りは致すまいなれど、神の申すやうに致したら間違いは無いぞよ。一の番頭の守護神が改心が出来たら肉体に胴が据はるなれど、到底六ケ敷いから、今に番頭を取り替て了ふぞよ。モウ悪の頭の年の明きであるから、悪い頭から取払ひに致すぞよ。何事も時節が一度に参りて来て、世界中の困難が到来すると云ふ事が毎度申して知らした事が実地になりて、一度に開く梅の花、追々分らなんだ事が明白に判りて来て、キリキリ舞をいたさな成らん、夜の目も眠られん如うな事に成ると申して置いたが、一度筆先に出した事は皆出て来るぞよ。能く念を押して置くぞよ。念に念を押して、クドイと云はれても復た念を押して在るから、モウ是からは神界の事情も能く解る様に一度に成りて来るから、誠で無いと此先は誠一つの善の道が拵えて在るから、一日も早く善の道へ立復りて日本魂に捻ぢ直して下されよ。悪の世は齢が短いから、体主霊従の身魂が大変困しむ事が出来るから、明治二十五年から怒られる程申して在りたぞよ。日本の人民は男も女も腹帯を確り〆て掛らんと、一旦は堪れん如うな混雑になるぞよ。 明治二十五年から九度いと申して怒られもって、今に立替の神諭を書して居るぞよ。何時までも同じ事に間々に細々能く判る様に抜目の無い様、落度の無い様に知らしたなれど、ソンナ事が在るものかと申して、今に疑ふて居る人民斗り、実地が出て来て青白い顔をして腰が抜けて足も立たず、腮が外れて足が上に成り頭が下たに成りて、ソコラ中をヌタクラナ成らん事が出て来るぞよと知らして在るが、モウ近うなりて来たぞよ。悪の昇るのは迅いなれど降るのも又速いぞよ。善の分るのは手間が要るなれど、善の道の開けたのは万古末代の栄えであるから、爰まで悪る開けに開けた世界を根本から革正いたして、今後は体主霊従主義と云ふ様な醜るしき世は無い如うに致すので在るから、是ほど大望な事は末代に一度ほか為られんのであるから、神も中々骨が折れるぞよ。是ほど世界中が曇り切りて居る世の中を、世界中を水晶に致すのであるから、骨が折れるのも当然であるぞよ。斯の極悪の世を立替て了ふて、末代口舌の無い如うに大神様の御血筋一つの世に立直しをいたさねば世界の苦舌が絶えんから、人民の心が悪るなる斗り、何時になりても国の奪り合ひ斗りで治まりは致さんぞよ。 日本の国は本が霊主体従であるから、外国の霊魂は来る事の成らん様に立別けて在りたので、誠に穏かに在りたなれど、世が逆様に覆りて今日本の状態であるぞよ。薩張り上下たへ世が覆りて了ふて、日本の神国を四ツ足が渡りて来て、上から下までの醜るしさと云ふものは、天地の誠の神からは眼を明けて見る事が出来んぞよ。斯世を結構と申して大きな取違いを為て居りて、良いと云ふ事も悪いと云ふ事も、可非の判らん見苦しき四ツ足が上へ上りて大将なぞとは凄まじき事なれど、斯う言ふ世が一旦は出て来ると申す事は、地球を創造る折から良く判りて居るので、日本の国には外の身魂では能う為もせず、解りも致さんぞよ。一輪の火水(言霊)の経綸がいたして在りて先が見え透いて居るから、爰までに辛い事も堪り詰て来られたので在るぞよ。今度の二度目の世の建替は、智恵でも学でも機械でも、世界中の大戦いには手柄は出来んぞよ。何程悪の頭でも到底是からの世は今迄の行方では行かぬと云ふ事に気が附いて、綾部の大元へ今の内に願いに来る守護神でありたら、善一つの道へ乗替へさして末代の世を構はして、毛筋の横巾も悪の性来の混りの無い結構な神代に助けて遣るから、早く改心なされよ。何程我を張りて見ても時節には叶はんぞよ。 善一筋の純粋の元の御血筋で、末代の世を立て行く結構な仕組の解る世が参りて来たから、爰までに知らしても、未だ今に成って凝ふて居る守護神や人民斗りで、可憐なものなれど、モウ神からは人民に知らせ様が無いから、何時までも邪魔を致す極悪の頭から平げると云ふ事を、永らく筆先で知らして在る通りに時節が迫りて来るぞよ。余り何時までも高上りを為て居ると、時分の過ぎた色花の萎れる如く、今日の間にも手の掌が覆るぞよ。今の中に発根からの改心が一等であるぞよ。疑ふて居りて何事が出来しても神はモウ知らんぞよ。 悪の霊を曳抜いて元の日本魂の霊と入替て遣ると申して、爰までに知らして在るなれど、余り向ふの霊魂が悪る渋とうて手に合はんから○○○○○。日本の霊魂が向ふの悪るシブトイ性来に成切りて居るから、言ひ聞かした位に聞く如うな優しい身魂は在りはせんぞよ。今の日本の人民は外国の行り方が良く見えるのであるから、何程言い聞しても聞きはせぬぞよ。困ったものであるぞよ。外国ほど良い国は無いと心に錠を降して了ふて居るから、何程実地の事を言ひ聞しても逆様斗りに取るから、助けて遣り様が無いぞよ。是でもモチト先に成りたら大きな取違いを致して居りたと云ふ事が、上へ上がりて覇の利いて居りた人民に自然的に判りて来るぞよ。今迄の様に、自分好しの目的はトントン拍子には行かぬ如うになるぞよ。 日本の人民確り致さんと今に大変な事になりて来るから、吾妻の国も危ないと申して彼方此方へと狼狽まはして、行く処に迷ふぞよ。○○を守護いたす安全な処は綾部の大本より外には無いぞよ。綾部は三千年余りて昔からの神の経綸の致して在る結構な所であるから、大本の教を聞いて居る人民は余程シッカリいたして居らんと、油断が在りたら肝腎の経綸を他国から取りに来るぞよ。何程奪ろうと致しても神が奪しは致さんなれど、物事が遅れるだけ世界の困難が永びくから、十分に覚悟をいたして正勝の時の御用を勤めて下されよ。三千世界の鏡の出る大本であるぞよ。『○○の鎮まる○○は大和にしようか、尾張にしようか、一層信州が良かろうか、但しは備前か常陸かと、上の番頭も守護神も人民も、トチメンボウを振るぞよ。何程あせりても艮を刺すのは綾部であるぞよ』今の人民は神がいつまで言ふて聞かしても、人を威す位にほか能う取らんから、一度にバタツイても間に合はんぞよ。俄かの信心は役に立たぬから、常から神信いたせと申して知らして在るぞよ。世界に恐い事が出て来だしたと申して迯げ込で来ても、大峠の真最中に成りたなら、何程力量の在る神でもソンナ事には掛りては居れんやうに忙しく成るから、常に信心を致せと申して爰までに気が付けてあるぞよ。善の行り方と悪の行り方とを、末代書いて遺す綾部の大本であるから、変性男子の身魂の出口直が書いた筆先を、坤の金神が変性女子と現はれて説いて聞して、守護神、人民に改心を致さす御役であるから、世界の人民よ、筆先の事が聞たくば綾部の大本へ参りて来て細々と聞かして貰ふたら、世界の事が心相応に解りて来て、世界に何事ありても驚きは致さん如うになるぞよ。 向ふの国の極悪神の頭が、日本の人民を一人も無いやうに致す仕組を為て居るなれど、日本にも根本から動かぬ経綸が致して在るから、国も小さいし人民も尠いなれど、初発から一厘と九分九厘との大戦いで在ると申して、何時までも同じやうな事を書して在る通り、口で言はして在る事がドチラの国にもあるから、神力と学力との力比べの大戦いであるから、負けた方が従がはねば成らんと申して筆先に出して在る通り、実地に出現て来るから、此先で神から不許と申す事を致したり、我の一力で行ろうと思ふても、世が薩張り変りて了ふから、是までの事はチットも用ゐられんぞよと度々気を付けて在るのに、聞かずに吾の我で行りたら、彼方へ外れ此方へ外れて、一つも思ふ様には行かんぞよ。素直にさえ致せば何事も思ふやうに箱差した様に行くのが神代の政治であるぞよ。今の人民は余り我が強いから、是迄は神の申す事も聞かずに、守護神の自由に一力で思惑に行けたのは、地の上に誠の大将と申すものが無りたから、世に出て居る方の守護神が、向ふの国の大将に気に入る様な悪る力が在りたなら何処までも上げて貰える邪神等の世と成りて居りたから、悪い事の仕放題、悪神の自由で在りたなれど、モウ時節が廻りて来たから、其時節の事を致さな世は立ちては行かんぞよ。今迄は物質の世でありたから、学が茲まで蔓りて学力でドンナ事でも九分九厘までは成就いたしたなれど、モウ往生いたさな成らん如うに成りて来たぞよ。茲に成るまでに悪の守護神を改心さして助けて遣りたいと思ふて、明治二十五年から深い因縁のある出口直の身魂に知らさしたのであるなれど、我ほど豪いものは無きやうに思ふて、チットモ改心の出来ん罪人ばかり、神も是には往生いたさな仕様が無いぞよ。現世の鬼を平らげて、世界のものに安心を致さすぞよと云ふ事が、初発に筆先にかかして在るが、世界の大洗濯をいたして、元の水晶の身魂やら天地の大神の直系の御血筋の世に致して、天に坐ます御三体の大神様に御眼に懸ねば成らぬ御役であるぞよ。来いで来いでと松の世を待ちて居りたら、松の世の初まりの時節が参りて来たなれど、肝腎の悪の性来の改心をいたして貰はんと、何時までも頑張るやうな事では、斯世は水晶にならんから、ドウシテも聞ねば聞くやうに致すより仕様は無いぞよ。国には代えられんから、此先の規則通りに制配を致さねば御三体の大神様へ申訳が無いから、二度目の世の立替をいたしたら、悪の性霊は微塵も無い如うに洗い替をして、巌に松の動かぬ世にいたす、綾部の大本は世界の大本と成る尊い所であるから、余り何時までも疑ふて居ると、天地の大神様へ大きな御無礼になるから、今一度気を附けておくから、素直に致すが徳であるぞよ。本宮村、綾部の町の人。 |
|
148 (3701) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧1月23日 | 大正七年旧正月廿三日 艮の金神国常立尊が、変性男子の身魂の出口直の手を籍り口を籍りて、明治の廿五年から今に引続いて知らして置いた事が、何も彼も一度に破裂いたす時節が近よりて来たから、何時までも我を張り慾に迷ふて、利己主義の行り方斗り致して居る守護神よ人民よ、茲までに神が気を附けて与りて居るのを、何時も啼く烏の如うに思ふて油断を致して居ると思ひ掛無い事が出来いたして、ビックリ虫が出るぞよ。小さい取違いでは無い、余り大きな取違いで、腰が抜けて腮が外づれて、物も碌々に言はれず、アフンと致して四ツ這に成りて苦しむ如うな事が出来いたすぞよと、毎度申して知らして在る事の実地が現はれて来るに近うなりて来たぞよ。今迄の人民は神が良い可減な嘘を申して、人民を恐喝やうに思ふて誠に信て居らんから、今に神が知らして気を附けるのであるぞよ。嘘の事なら是だけ何時までも執念強は申しは為んぞよ。実地が一度に突発て来たら、何うにも斯うにも仕様の無い事が日本の国にも実顕るから、万古末代モウ取返しの出来ん事であるから、是だけに気を附けるので在るぞよ。 外国には何う云ふ事が在ろうとも仕様は無いなれど、日本の霊主体従国に余りの災過が出現ては成らんから、初発から日本の守護神と人民が皆揃ふて大和魂に復んと、此の結構な神国に産霊して貰ふて、是ほど結構な教を口に含める如うに言ひ聞して貰ふても、余り悪心が強ふて利己主義で、チットモ神の申す事が耳へ這入らんとは、誠に天地の神へ恐れの程が勿体無うて冥加に尽るぞよ。日本の国は世界中に亦と無い結構な神国であれども、今の人民は冥加が尽て居るから、外国の方が何も彼も日本よりは良いと申して、是までに外国人に精神から従ふて了ふて、今の日本の上下の体裁、往きも還りも出来よまいがな。茲へ成る事が神は能く分りて居るから、昔から因縁の深い変性男子の身魂に永らくの苦労、艱難を命して、この大望が在る故に、神の世一代の御魂の致した苦労と申すものは、口や筆では尽されぬ如うなエライ目に逢ふて来て、其上で現世ヘ一寸出して貰ふたと思へば、一層辛い目に逢ふて来た御魂であるが、今度は出口直に生れ代りて来て、結構な神政成就天下統一の御用を奉仕すので在るなれど、一と通りの事を致して居りては成就いたさぬから、中々に骨の折れた事であるぞよ。天地の先祖の誠の御用はチット優秀た身魂でないと成就は致さんぞよ。是までの行り方は、日本の国民が外国風に化りて了ふて、世に出て居れる守護神が皆体主霊従であるから、日本魂の生粋が只の一厘より無いぞよ。九分九厘が皆向う方であるから、実地を神が始めると中々の大望であるから、何に付けても骨の折れる大事業であるぞよ。日本人の身魂が薩張り外国人の身魂に成り切りて居るから、是ほど世界の苦しみが多く成りて来るのであるぞよ。それで神界から日本の人民に早く精神を入れ直せと申して、是ほど直々の取次に永い間の苦しみを命せて居るぞよ。今の世の中は体主霊従の身魂に皆の人民が化りて了ふて居るから、尻へ手の廻る守護神は在るまいがな。テンと行き当りた折には何うする積りじや。前後を構はずに行き放題の仕放題の行方、トンと約りた折には何うする事も出来は致さんが、斯んな行り方で何時までも続くと思ふて居るのか、明き盲目にも程度があるぞよ。是から先きに何事が出来いたしても騒がず、狼狽えずに、斯う成りたら彼する、彼なりたら斯うすると言ふ、確固不抜な経綸が判りて居らずに、行き放第の行りカンボウでは、トンと行き詰りた折には、人民が皆飢餓に及ぶ事が出て来るぞよ。畜生国の如うに終には人民を餌食に為んならん如うな事が出来やうも知れんが、何程約りて来ても日本の国は友喰いと云ふ如うな事は出来んぞよ。本は神国の霊主体従であるから、土壌を大切に致して、一鍬でも草を生やして荒らす事は成らんと云ふ事が、筆先で初発から知らして在るぞよ。お土から出来た物であれば、ドンナ物を喰ても辛抱が出来るから、大根の株でも尻尾でも赤葉でも、常から粗末にするで無いぞよと申して、毎度気を附けてあるぞよ。平生から心得の良いものは最后の時に能く判るぞよ。お土を大切に思ふ人は、神が天地から何時も見届けて在るぞよ。天地の神から誠の神力を頂いて居る人は、正勝の時には余り困りは致さぬぞよ。天地の大神を真実誠一とつの心で信心致す身魂で在りたら、何程難渋な中でも神が握み上げて与るなれど、他人は何うなろうが我さえ信心いたして、良く為て貰いたいと云ふやうな未熟な精神では十分な守護は無いから、万度参りを致したとて、実地が出て来てからの改心は間に合はんなれども、改心さえ出来たなら、今日の間にでも、善の方へ代えて遣るから、一日も早く天地へ御詫を申して許して貰ふより外に仕様は無いから、発根と心を持直すより仕様はないぞよ。 悪い事の為放題を致して置いて、モウ兎ても叶はんやうに成りて来たと申して、天地の大神へ御詫を致すのはチト遅いなれど、外に良い方法はモウ無いぞよ。 外国の守護神が何時までも、体主霊従の世が続くやうに思ふて、向ふの国の今の経綸で、日本へ攻て来て一戦下に奪略て、世界中を我の物に致す仕組を為て居るなれど、今度は何方の国も叶はん処まで行くなれど、向ふの国の悪神の目的はトコトンまで戦って行り了ふせて、向ふの国の大将の遊園地に致して、世界中を悪神の頭の領有と致して、モウ一段上へ上りて王の王に成りて、末代の世を此儘で続かして行ろうとの大きな計略を致して居るぞよ。今度の二度目の世の立替は、末代に一度より為られん大望な事であるから、向ふの国の仕組は、普通の霊魂では能うせん深い経綸を仕て居るから、日本の人民の今の精神では、日本の昔の本の生神の経綸がして無りたら、何うも斯うも無しに一転倒に奪取れて了ふぞよ。けれども日本は神国であるから、外国の霊魂では出来も解りも致さん経綸が為てあるから、日本の元の一輪の霊魂には到底叶はんぞよ。日本身魂の生神が御一方御出坐に成って御守護在り出しても、外国の身魂は往生いたさな成らん経綸が致してあるから、筆先の初発に書してある事を又た繰返して書して知らして置くから、立替も立直しの経綸もチットも変りは致さんぞよ。何時になりても同じ仕組で在るから、途中に変るやうな浅い経綸は日本の国には為てないぞよ。一度筆先に出したら其通りが初まりて来るから、○○の改心さえ出来たら早く良く成るなり、頑固を張りて居りたら約らん事が出来るなり、一度言ひ聞したら違ふた事は無いから、可成は改心をさして善へ立復らして、日本の国に産霊した身魂は、ドウゾして成とも日本の国に置いて遣りたいと思ふて、是まで永らく知らして在れど、向ふの国の性来に化り切て居るので、誠と云ふ事が薬にする程も無く、他人は何うなろう共チットも頓着せずに、利己主義の悪の性来であるから、悪い事ならドンナ奸計もいたすなり、人の困る事なら何程でも平気で致す四ツ足で在るから、善し悪しを天晴立別けて身魂を薩張り露はして、実地の神界の仕組を為て見せて、正体を露はして遣らん事には、何時までも神の威勢は判らんぞよ。斯の結構な日本の神国を、斯の如うな醜悪き有様に致して、悪の頭の皮を脱いで、全部化を現はして了ふぞよ。日本の国は二度目の天の岩戸開きを致して、日本は日本の誠の御血筋と、元の天照大御神様の世へ神政を捻ぢ直して、世の大本からの御血筋で、万古末代世を建て行く世が参りて来たから、体主霊従霊魂の世の末であるから、可い加減に往生いたすが徳であるぞよ。如何な悪神の頭が強ふても、此先は天地の元の御血筋には到底叶はんから、此経綸の邪魔を致すやうな守護神は、二度目の世の立替の規則通りに制配を致さな成らんから、今度の神界の規則は酷しいから、是迄の心をみな持代えるやうに、明治廿五年から昼夜に気永う知らしてあるぞよ。此さきは一度で素直に聞いて改心いたす身魂で無いと、是からは今までの神界とは大変りが致すぞよ。それで取返しが成らんから、是ほど厳しく申して何時までも気を附けるので在るぞよ。是迄の体主霊従と利己主義の行り方を薩張り立替て了はんと、是からは向うを向ひて歩行んやうに酷しく為るぞよ。今までは地の上に誠の大将が無い如うに為て在りたから、ドンナ無茶な事をして居りても恐いもの無しの世で、暗夜で四ツ足の身魂が威張りて、今の世界の此の有様、惨い事に世が乱れたものであるぞよ。 斯世を昔の天照大御神様の神政に復古して、日本の国を霊主体従で建て行かねば、天地の直接の御系統で、万世一系天壌無窮チットも混血無しの世に致す経綸であるから、爰までに来るのには普通一般の身魂では能う辛抱を致さんぞよ。爰までに日本の国を四ツ足の自由に為られて、実地の大本を無いも同様にいたして置いて、末代の世を末だ此儘で行りて往かうとの悪知恵を搾り出して、前後構はず一生懸命に気張て居るが、到底成就は九分九厘の処で致さん気の毒なもので在るぞよ。 二度目の世の立替を致すには、日本の国を大本から薩張り改革めて、世の元の根本の御血筋で、善一筋で立て行かねば、一寸でも、微塵ほどでも悪神の血筋が混合たならば、又たチット世が経れて行くと、其悪の血筋が段々と栄えて来て目的が出来るから、悪い方へは誰も付き良いから、悪の胤は今度は残らず平げて了ふて、二度目の世の規則通りに、善一とつの道に為て了ふぞよ。そうして置て外国へ善の模範を見せて、悪の頭を改心さして助けて与らねば、日本の神と人民の天職が済んのであるぞよ。モウ是からは悪の性来の醜るしき身魂は、日本の国は申すに及ばず、斯の世界の御地の上には一寸の場所にも置かれん事に末代の規則が制定るから、チットでも混りがありたら、撰り出して厳重に戒めを致すぞよ。斯世は天地の大神の世であるから、外の身魂では立ちては行かんから、是から先の世は何の身魂でもと云ふ事には行かんぞよ。茲へ成りて来る事は初めから能く判りて居るから、外の身魂に永らくの間気が附けて、口で含めるやうに、言葉と筆先で知らしてある通りに、世界の事が実現て来るから、守護神も人民も大きな間違いが出来て来るぞよ。世界のビックリ箱が明くと申して毎度知らしてあるが、何彼の時節が参りて世界中の大騒動と成るぞよ。向ふの国にも日本の身魂にも大部困しむ事があるぞよ。日本の国が外国の身魂と同じ事になりて居るから、天地のビックリ箱を明けて、一度に眼を覚ましてやらねば、余り悪シブトウて改心の出来かけが致さんぞよ。茲まで色々と致して気を附けて知らしたからは、是に落度はヨモヤ有ろまい。天地の元の生神、昔から其儘で肉体のある、末代変らぬ誠の神が斯世を治めてやらんと、又た途中で国家が無いやうになるから、今度の世界の立替は根本から行り変えて了ふて、万古末代の政治を定るので在るから、何に付けても大望ばかりであるぞよ。天地の岩戸が開ける時節に廻りて来たから、世に出て居れる方の守護神や、上の人民には解らぬ事で在るから、誰にも解らん大望な、言ふに言はれず、説くに説かれん火水の経綸であるから、途中の鼻高が何程シャチに成りて考えても、解りかけが致さんのが当り前であるぞよ。此大本の変性男子と女子とに書す筆先は、何程智恵や学のある人民でも、神徳が無かりたら皆逆様に取れるから、夫れで慢心は大怪我の本と申して何時も気が附けてありたぞよ。細工は流々仕上げた所を見て貰はむと、今から何も解りは致さんぞよ。それで素直に神の申す様に致せと申してあるぞよ。斯んな経綸が全部今の鼻高に解りたら、途中から邪魔が這入りて、三千年の経綸が百日の説法屁一発にも成らん事になるから、滅多な事は致して無いぞよ。世界に出来て来る日々の事を考えて見て、明治二十五年からの筆先を、赤心で調べたら大抵の事は解りかけるなれど、それも一寸でも慢神が出たら何も解らぬやうに成る仕組であるぞよ。 二度目の世の立替、立直を致して了ふたら、守護神にも人民にも、何彼の事が能く解るやうに致して在れど、今の人民は皆霊魂が曇り切りて、外国の物質の学に沈溺込んで居るから、何一とつ解らん明盲目も同様であるぞよ。斯ふ言ふ盲目や聾に直ぐに解るやうな浅い教でありたら、到底万古末代続く経綸とは申されんぞよ。今の人民の心を薩張り入れ替て、新つの心に持ち替て居らんと、是迄の心では今に土地面貌を振るぞよ。天地の吃驚箱が開くのはドンナ事かと云ふ事は、今の守護神、人民が何程賢こうても解らん事であるから、今に大きな取違いがあるから、筆先に細々と能く解るやうに書してあるなれど、一柱も知りた神も人民も無いので、今度の二度目の世の立替は、一通りや二通りや百通りの骨折では無いぞよ。余り古い事の深い事ばかりが書してあるから、今の守護神や人民の霊体では百年かかりても解りさうな事はないぞよ。是を解けたら天地に無い智者、学者であれど、暗黒の世の中で出来た人民には、肝腎の霊魂が曇りて居るから無理は無いぞよ。夫れで我を出したら失策と申して気が付けて在るのに、学でドンナ事でも解ると思ふて、エライ慢心を致して居るが、いろはの本を知りて居る守護神が無いから、人民には尚ほ解らず、六ケ敷世の中であるから、素直に致して神の申す事を致すと、其日から心配なしに暮せるなり、何事も物が速やかに埒が着いて気楽に御用が勤まるぞよ。いろは四十八文字の経綸の判る身魂は変性男子と変性女子の外には、世界中を鉦や太鼓で探がしても今では無いのであるから、斯の二たつの身魂が無りたら、日本も世界も是から先きは潰れるより仕様の無い事になるから、斯二人の身魂は天地の先祖の霊体の取次ぎであるぞよ。この変性男子と女子との身魂の、昔からの誠の因縁さえ解りて来たら、外の事は何も解らいでも、今度の御用は勤め上るので在るから、約らん理窟を申して何時迄も頑張りて居ると、段々解らんやうに成りて来るぞよ。体主霊従の心を持替て了はんと、神の申す事は皆逆様に得れるぞよ。モウ神は人民の訳の判らん、途中の鼻高に相手に成りて居るやうな暇が無いから、訳の解らん人民は後へ廻してをいて、三千年の仕組通りに早く埒能く致さんと、是迄のやうな優柔不断な事はモウ為て居れんから、バタバタと致して、厳重に埒を附けるから、改心の間が無いから、一時も早く覚悟を為されよ。上の守護神も人民もチットの取違いでない、根本からの大間違いを致して居るが、モウ神も知らせやうが無いぞよ。今の守護神も人民も、天地の先祖の思ひがテンで判らんから、出来上りたらアフンと致さなならんぞよ。余り何時までも体主霊従の精神で居ると、後の悟悔間に合はん事に成るぞよ。人民が何程熱心に神界の事を研究しても容易に判りはせんぞよ。神の事は人民で判るもので無いと云ふ事が判る人民でありたら、夫れこそまことの神界の判りた人民であるぞよ。判りたと申す人民は何も判りては居らんので在るぞよ。 |
|
149 (3702) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧2月26日 | 出口直八十三歳大正七年旧二月二十六日 天照皇大御神様が天の御先祖様であるなれど、今迄は世が逆様になりて居りたゆへに、地の先祖までも斯世に無い同様に為て在りたので、斯世は薩張り永い間暗黒界となりてありたのが、時節が参りて日出の守護になりたぞよ。至仁至愛神は、善一つの何んとも譬へるものも無い円満至真の何処まで往ても角の無い世界の主師親三徳具足神であるぞよ。 天ではミロク様なり、地の世界は大国常立尊が構はねば、外の御魂では到底此の乱れ切った世を立直して誠一つの神国にいたす事は出来ぬぞよ。大国常立尊は、表面から見れば悪に見えるから悪神にしられて、除名れて茲迄は、斯世にない神となりて、幽界から守護をいたして居りたなれど、陰斗りの守護は先へ行く事も跡へ戻る事も出来ぬやうに成て居る是迄の世の持方を、全然替るには表面になりて天晴活動かねば物事が成就いたさんので在ぞよ。 綾部の大本は、世界の大元と成る大望な事を致す所であるから、書置にも言置にも、歴史にも無い事を。 いろは四十八文字で、世界中へ知せる尊い所であるから、今の人民は真実にいたさねど、言葉で申してあることも、筆先で書いてある事も毛筋も違いの無い事斗りで在るから、疑念を去って了ふて、産児の心に持代えて、誠一つに成りたならば、何んな事でも合点が行くやうに成るぞよ。 撞の大神様は、地の世界では、足定満様の霊魂の性来であるから、此の足定満様の誠の心に成りたなれば、世界の事は何事に依らず、思ふやうに箱さしたやうに行き出すぞよ。 国常立尊を丑寅へ押込て、鬼門の金神悪神崇り神と申して、何一つ不調法も無い神に悪い名を附て居りたが。 世の元の国常立尊が世界の守護をいたさねば、お地から何一色も産出は致さぬぞよ。今の人民は何も知らずに、空斗りに眼を付けて、肝腎の脚下へは気が附かず、上へ登る事ばかり考へて居ると、薩張りスコタンになるぞよ。此の世の人民が大きな取り違いを致して居りたと、云ふ事が判る時節が参りたから、世の立替の先走りの教会に、段々と気が附て来て改心するに近よりたから、早ふから斯大本へ立寄りて、神の話を聞いて居る役員は、確りいたさんと、後の烏に追い越れて恥かしい事が出来るから、永らく大本の中の役員に気を付けたなれど、何を言ふても心の曇り切たもの斗りが集りて居りたのであるから、何程神が説いて聞しても、解りかけが出来ぬ、可愛想な身魂ばかりであるぞよ。自分の発根の改心で無いと、誠一つの明白な神の道は、肉体心がチットでも混りたら何も判らぬ如うになるぞよ。 茲は世界の大本に成る尊い神の経綸地であるから、身魂の行を致さねば、良い御用は到底出来ぬぞよ。 早く良い御用を致して、世人に見せたいやうな心では、誠の神業が出来んから、何でなり共斯神は行を命すぞよ。世に出て居れた、守護神は、是までの行方が余り安楽に有り過ぎて、世界に大将無し同様に我の一力で勝手気儘の仕放題、悪い事の行り放題で、恐いもの無しに、奸智慧斗りが働いて、今の世界の斯のありさま。神はモウ黙っては居れん事に成りたぞよ。 今迄は腹の中はドウデモ表面ばかり立派で、悪い智慧がありたら、何処までも上へ登がれたなれど、此後は二度目の世の立替を致して、末代善一とつで世を持ちて行く、天の規則が制定る時節が廻りて来たから。 何に付けても骨が折れると申して知してあるが。巌に松の動かぬ固い神世に成るのであるから、梅で開いて松で治める天地の先祖が変化て世界の守護を陰で致して居りたなれど、モウ何時迄も和光同塵ては居れんから、天地の先祖の神権を発動して、善悪を速に立て別けて、日本の国は元の霊主体従の大神の御血筋で、日本の国は混り無しの御魂で立て行く昔からの経綸であるぞよ。是までの世の持ち方や、神の法律を根本から立替て了ふて、守護神人民の心の持ち方を薩張り代えさして了はねば、今迄のやうな人民の行り方なり、贅沢三昧は、何うしても出来ぬやうに厳しく変るぞよ。今迄のやうな贅沢な生活方法では世界中がモウ立行かんから、明治廿五年から筆先に出してある通りの心の持方を致して居らぬと、大変に困窮事が出来するぞよ。(編者曰今回は都合に依り之にて止め申候) |
|
150 (3704) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧3月15日 | 大正七年旧三月十五日 天の御先祖様が、此世には何うでも宜いといふやうな事に成りて居り、押し籠まれて居りた地の先祖が無いやうに成りて居りた故に、この世が闇雲に成りて了ふて現今の体裁、えらい事に成りたものであるぞよ。この時代が来る事が、世の元からよく分りて居りて、日本の霊の本には、一輪の仕組がしてありて、よく解るやうに、変生男子の手で大国常立尊が書いたり、言葉とで、爰へ成りた折には改心を致して、身魂を磨きて居るやうに、今に知らして居るなれど、人民には解らん筈、守護神に解らんから、肉体に解らなんだが、何彼の時節が参りて来たから、御筆先通りに何も一度に成りて来て、一度に開く梅の花、遅く成りて居る丈一度に開けるから、何彼の事が天地から見せてあるから、開け出したら迅いぞよ。天地の大神、元の活神は昼夜といふ事も無し、暑つい寒いといふ厭はないから、仕組通りに何彼の事が成りて来たから、一日増しに仕組みてある事が順に出現て来るぞよ。長う掛りて居りたら、何方の国も潰れて了ふから、九分九厘で悪の世の終末と成りて、二度目の世の立替を致して末代の事が決りて、従来の習慣制度を薩張変へて了ふから、申すやうに致さん身魂は為な為るやうに変さすぞよ。向后で慢心と従来の遣方を一寸でも致した守護神に使はれて居りたら、規則通りにして了ふぞよ。天地の相違に何事も変りて了ふぞよ。為損ひの無いやうに皆致されよ。爰まで口と手とで知らしたらこれに落度はよもやあるまい。この上は各自に自己の心を自己が審査めて、此大本は善いと悪との鑑が出るから、鑑を見て善い方へ写るやうに致さんと、悪い方へうつりたら、末代善い方へは上る事は出来ん規則が決るから、今の転換期に、充分取違ひをさせんやうに………。向后の規則は善の方も末代であるぞよ。悪も末代、底の国仕舞であるから、従来の心と遣方を変へて了はんと、悪の遣方致す守護神に使はれたら、向后未代嬉しい事の無い所へ落されるから、今に成りて居るのにまだ念を入れて書かして置くぞよ。善と悪との鑑を見て善の遣方へうつるやうに、心を持ちかへて貰はんと、向后は何彼の事が大間違が出来るぞよ。 時節には、何も敵はんと申してあるが、何彼の時節がまはりて来て、善悪の根本の事を説いて聞かせる時節が参りて来たから、上へあがりて居れる守護神に使はれて居れる肉体が、何となく心が寂しく成りて来るといふ事が、明治二十五年から世界中の事が、伊呂波四十八文字で書かしてある事が響へて来て、発根と改心を致す守護神は結構であるが、今に大きな目的のある守護神は可哀相なれど、余り大きな取違、何彼の事が近う成りて来て居るから、最う揃ふて解らんと、一度にキリキリ舞はな成らん事が出来て来て、何所へ取り附く島は無い、何う仕様も無い事が近うなりて来て居るぞよ。何彼の事が時節が来たぞよ。歓ぶ身魂と悲しみてキリキリ舞はな成らん身魂とが出来るから、申す事を疑はずと、発根の改心を致さんと、世の元の天地の先祖も爰へ成る事を待ちて居りたのであるぞよ。松の世を待ちた松の世が参りて来て、仕組みてある時節が廻はりて来たから、二度目の世の立替を致し、悪も善に立替て、向后は善一つの世に致して、皆手を引き合ふて行きたいのであるのに、取違があると、見る眼が厭であるぞよ。 爰までに致した世を水晶の世に立替るのであるから、中々骨の折れる事であるなれど、此世を造営へた天地の根源を造営へた覚えのある、肉体其儘で末代その儘で居り、爰までは蔭から守護をして居りた天の弥勒様と、地のお地の先祖とでないと、二度目の世の立替は他の身魂では何うして世の立替をするといふ事が解らんのであるから、世界中の守護神人民が末代掛りても出来んから、分散てある身魂を引き寄して、身魂の性来の御用さすから、従来は暗がりの世でありたから、何も解らなんだなれど、何彼の時節が参りて来て、日の出の守護と成りて来たから、解らなんだ事が解りて来て、向后は嬉し嬉しの末代凋落れん生花の咲く世が参りて来て、嬉し嬉しで御用が出来るから、従ふ所へは従ふて温順に致せば、其日から嬉し嬉しで暮して行ける時節が循りて来たぞよ。温順な守護神に使はれて居る肉体から良く致してやるから、一寸でも敵対て来る守護神は、自己の身体は我が自由に成りはせんぞよ。善と悪との鑑が出るから、善い鑑を見て改心を致されよ。お筆先通りの世が参りて来て、温順な守護神に使はれて居る肉体は大変良くなるが、敵対て見よれ、自己の身体がわが自由に成らんのが、自己が為て居ると思ふて居るのが、させられて居るのであるぞよ。向后は日の出の守護と成るから、何事もよく解るぞよ。爰までは暗がりの世でありたから何も解らなんだなれど、時節が参りて来て、日の出の守護となりて来たから、向后は物事が迅いぞよ。御筆に出してある事も、直の口で言はしてあることも、遅い事、速い事はあるなれど、皆出て来るぞよ。便りしやうにも伝言しやうにも、人に言はれん隠身であるから、日の出と成りて現はれるぞよ。乙姫殿の御働きは、世に出て居れる方の守護神では小指の真似も出来はせんから、昔から末代其儘の御姿のある、混ぜりなしの御手伝を遊ばす、元の生粋の一輪の大神のお手伝がありたなら、霊魂の神が何程集りて来ても、お一方のお働があり出したら、霊魂の神では今度の二度目の世の立替は、元の其儘のお姿のお働には到底敵はんから、今の内に気を附けて置くぞよ。従来の世は地の世界に大将無しに、世に出て居りた守護神が自己一力で狡猾ありたら上へあがりて出世が出来たなれど、二度目の世の立替を致したら、何彼の事が天地にかはるから、充分お筆先を見て置かんと、量見が違ふから、向后お筆先に出した事を用ひんと、自己の思ふやうに為やうと思ふても行きはせんぞよ。他人を見ても能く解るから、他人を見て改心を致されよ。外国見て日本の守護神が改心を致さな成らんやうに大変りが致すぞよ。外国の心を善いと思ふて、外国の真似を致して、日本の国が大きな取違をして居りて、世界中の大きな難渋であるから、日本の国の霊の元の大和魂に立返りて、元の弥勒様の教通りを致さんと世が立ちては行かんから、従来の守護神は俄に大変辛く成るから、長らく気を附けたのでありたが、今に分らん守護神が気の毒にあるなれど、最う此上に知らせやうが無いぞよ。 所々に宮柱を立てて先走りがさしてありたが、九分九厘まではよく分りて居るなれど、肝腎の一輪の仕組で、綾部の大本には大事業な仕組の元であるから、向后は遠方から開けて来て、近所の人が余り取違で、面目無うて、大きな声で物も言えん、アフンと致して見て居らな成らん様な事の無いやうに、爰まで知らしてやりて歓ばしたいのであるなれど、余り惨う分らんので、お蔭が後廻はしと成りて気の毒であるなれど、この御道は引っ張りには行かんから、気が附いて来たら出て御座れ。聴き度くば、何んな事でも説いて聴かせる世界の大本であるから、昔から言置きにも書置きにも、書物にも無い事………。元の根本の事から将来の事からを、伊呂波四十八文字で書いてある事が皆出て来るから、伊呂波の勉強は今では学者には阿呆らしいやうにあるなれど、伊呂波の勉強を為て置かんと、日本の大和魂に成れんぞよ。日本の国は伊呂波でない事には、真正の天地の大神の御用が出来んぞよ。何事も伊月波へ戻すのであるから、世界中の人民の思が余り大きな間違で、腰が抜けるやら、顎が外れて耻かしいやら面目無うて、大きな声で物も言えんやうな事になると云ふ事が毎度気が附けてあるぞよ。 男も女も大本へ早うから来て居りて、何をして居りたじゃと云ふやうな事の無いやうに、早うから来て居る人は些と効能が無いと、他に面目無いやうな事の無いやうに神徳を貰ふて居らんと、向后は段々善く分る人が参りて来て、アチラコチラに成りて、結構なお話を聴かして貰ふやうな事の無いやうに………。肚の中に誠といふ精神を有ちて居ると、善いお話が何となく耳へ入りて、結構が腹へ滲み込みて、他から見てあの人は違ふた人であるといふ事がよく分りて、他が崇めるし、神徳が受かるから人徳が出来るし、一つは各自の行為善くば神徳がよく分りて来るなり、従来とは違ふて、今度の二度目の世の立替は、さっぱり何彼の事、精神の持方を変へて貰はんと、従来の事は些とも用ゐられんから、守護神が辛くなるぞよ。従来の遣り方は誠の無い、表面を飾る世でありたから、上から見て立派にありたら宜い世でありたなれど、二度目の世の立替で末代の事が決るのであるから、従来の心の持方を変へて、遣方を薩張変へさすから、今が転換期で誠に辛い所であるぞよ。辛いのが行であるぞよ。元の其儘で末代居る活神は、此世の来る事を世の根元から良く分りて居る故に、何んな苦労も為たり為せたりして居りて、爰迄の辛抱が出来たのである。世の根本から爰へ成る事が良く分りて居りて、世に押込まれるのも、何もよく承知で、爰までの行を為せて戴いたお蔭で………。爰までの行をして置かんと世が元へ戻るのであるから、何一と種知らんといふ事の無いやうに行をして置かんと、向后に成ると、何んな事でも新規の世に成るのであるから、問はれた事に弁解の出来んやうな事では、天の御先祖様の御威徳が分らんやうな事では、弥勒様のお傍附とは申されんぞよ。この世は天の御先祖様の弥勒様であるから、元を大事に致さんと、体主霊従にもせよ、爰まで開けた此世界を、元は天の弥勒様の御艱難で、鉄の棒が針に成る所までの御艱難を汲み取りて、誠に致す守護神が無い故に………。自己に苦労を為て来んと誠の事は分りはせんぞよ。苦労は出世の基であるぞよ。地の先祖には一と通りの守護神では勤まらんから、弥勒様が初発に造へ成さりてお出であそばす先祖を、力量が有り過ぎると申して、他の神の邪魔に成ると申して、弥勒様へお願遊ばしたら、弥勒様は、多勢と一人とは換へられんから、艮へ押込めいとの御命令が下りて、さあ甘い事じゃと皆の神に、一人も此方へ附いてくださる守護神が無りたが、押込められた御蔭で爰迄の行が出来たから、何事も弥勒様が為せなされたのであるぞよ。向后は最う世の立替は出来んのであるから、爰迄の行が出来て居らんと末代の世が続いては行かんから、弥勒様が為せなされたのであるぞよ。皆の守護神の御蔭で、今に成ると誠に結構でムります。一と通りでは爰迄の行は出来んなれど、弥勒様からの御神徳を戴いて爰い成りて誠に結構なれど、今に世に出て居れる守護神に大事の実地が分らんので、大きな間違出来ては成らんから、温順に皆為て貰ひ度いのが此方の願ひであるぞよ。慢心が大怪我の基であるから、無調法が出来るから、何彼の時節が参りて来て、大本へ遠国から分る守護神が追々と仕組通りに成りて来るが、お一方でも早く来て分けてくだされ。共々手を引き合ふて善の世へ立替れば、前途ほど広き善き道が造へてあるから、御用が勇みて出来るから、お一方でも綾部の仕組通りを開いてくだされよ。悪も善へ立返りて一つの心に成りて天地の御用を致せば、元の弥勒様の御歓びで、改心の出来た御守護神から天地の善い御用が出来るのであるから、守護神に分りたら肉体に分りて来て、うれしうれしで結構な御用が出来る世界の大本であるのに、上から下まで余り大きな間違で、向ふの国の今の体裁、気の毒なものであるなれど、行く所まで行かんと限が醒めんのであるが、悪へかへりて仕舞ふて居るから、何程実地を申しても結構を書いて見せても、自己の心が引っ繰りかへりて了ふて居るから耳へ這入らんが、雁も鳩も立ちて了ふてからそろそろ気が附いて気の毒なものなれど、それは国の御魂の借銭であるから、罪穢の甚い所には甚い事が有ると、皆お筆先に気がつけてあるなれど、何程気を附けても自己ほど偉いものは無いと思ふて居るから、気を附ける程悪う取りて、まだ今に逆様に取りて、聴く温順な身魂がないから、モー気の附けやうが無いぞよ。長い間の国同志の人の殺し合ひを致して何効能がある。まだえらい目的を立てて居るがまだ気が附かんが、今の精神では外国は気の毒なものであるぞよ。日本の国には大望な仕組がしてあるが、其事は外国の霊魂では分るまいがな。向うの国の仕組はドイライ仕組であるなれど、艮を刺すのは日本の霊の元でないと刺せんぞよ。気を附ける間に気が附かんと、何うしても聴かねば仕組通りの規則通りにして、悪の霊を平げて了ふて、国に口舌の無い様に、悪といふ醜しい霊は世界に無い様に致すのであるから、何につけても二度目の世の立替は大事業であると申して十分知らしてあるぞよ。お筆先に書かしたら天地の規則であるから、変へる事は出来ず、其通りを致さな成らんお筆先を、今沢山に出ると思ふて粗末に致したら、先へ行くほど心配が出来て取戻しの成らん事が出来るから、毎度お筆先で気が附けてあるぞよ。今度の二度目の世の立替は、太初の事から、天と地と世界中の事から、この世へ出てお出でる神の因縁から、守護神の将来の事から、何も一切の事を速やかに査めを致して、三段に別けてある霊魂の性来の事から、何彼の事、神界、仏界、人民、鳥類、畜類、餓鬼に成りて居るものまでも助けな成らん大望な二度目の立替であるから、何につけても大事望ばかりであるぞよ。この前途は何彼の事が早う成りて来るから申すやうに致されよ。世は持ち切りには致させんぞよ。世はグルグルと変るから、何も時節には敵はんから、従ふ所へは従ふて早う帰順を致さんと、後と廻しにしられたら敵はんぞよ。慢心を致して頑張りて居る程後廻はしと成るから、温順に致せば霊の入れ替をしてやりて、改心の出来た身魂から大本へ引寄して天地の御用を致せば、この世にこれ程結構な事はないぞよ。体主霊従では日本のお土の上には、一寸の場の上にも置いて貰へん時節がまはりて来たから、日本の内地に居り度くば、今の中に温順に致してくだされよ。天地の間に発生してある皆類の者である。破滅には為とも無いなれど、自己の心で破滅に成らんやうに致されよ。 従来の世の遣方は表面から見ては立派にありたなれど、余り贅沢過ぎて世が持って行けんから、金錢を只出来たやうに思ふて、衣類、道具を飾り立てて、天地へ冥加の程が恐ろしいから、従来は天地の御恩といふ事が些とも分りて居らなんだから、肝腎の弥勒様御夫婦様、天照皇太神宮殿、御三体の大神様の御神力といふ事を左程に思はずと、自己の力で何事もやりて行けるやうに思ふて居りた事が、何彼の事が大間違で、この世の息ある者は、何うして出来たといふ事も分ろまい。天地の大神様の御三体の大神様の日々の御心の分りた霊魂が無かりた故に、永い間の口惜しき事も分らず、地の世界の先祖を力量が有り過ぎてお邪魔に成ると申して押籠めて、爰迄は蔭の守護でありたなれど、蔭の守護では最う行けぬから、日の出の守護と相更はりて、向后はお三体の大神様の御威徳を、日本の霊の元の仕組通りに何彼の事を致して埒良う致して、日本の国の神徳と向ふの国の学力との力競べの、国と国と、神と神との大戦ひであるから、戦ちた方へ従はな成らん正念場であるぞよ。外国の七尾も八尾もある王を平げて、一つの王の元の天地の王で治めるぞよ。十分気が附けてあるから、最う気の附けやうが無いから、何彼の実知を始めるから、不足を申して呉れなよ。天と地との先祖が爰迄に何彼の事に気を附けて知らしてあるぞよ。まだ取違ひをして悪るい鑑に成らんやうにして下されよ。今度取違をして、悪るい鑑に成りたら、世界中へ面目無うて何言ふことも出来ず、悶死を致すより仕様無いぞよ。余り頑張らんと温順に致さんと、向后は従来格合には行かんぞよ。止めの大峠と成りてから、従来の事を何の様にでもお詫を致しますで恕して下されと申して来ても、モー其様な事には掛りて居れんぞよ。何もお筆先通りに世界が廻りて来たから、向后は各自に、吾身の心を考へて見て、心の事を自己が審判を致すやうに成らんと、お蔭は取れんぞよ。神は何程でもお蔭は渡すから、お蔭取るのは自己の心で取るのであるぞよ。肚の中に誠といふ何人が何う申しても、誠がありたらビクリとも致さんのが誠であるから、この世には誠ほど強い者が無いから、誠の心に持ちかへて、従来の心は大川へ流して了へと申して、お筆先で毎度知らしてある誠の心に持ちかへんと誠の御蔭が取れんから、誠、誠と申すのぢゃ。誠の生花が咲く世になりて来て居るのに、正味の無い灰穀の心では二度目の世の立替を致したら、従来の遣り方は些とも用ゐられんやうに大変りが致すぞよ。天地の大神様は今の習慣制度をお嫌ひ為さるから、日本の国は今の灰殻を誠にお嫌ひ遊ばすから、何彼の遣り方から心を、昔の根本の遣り方に程なく返さすから、今が転換期で何彼の事が六ケ敷なれど、向后は申してあるやうに何彼の事が一度に成りて来て、一度に開く梅の花、筆先通りに成りて来て、世界は一日増しに騒がしうなるぞよ。 これまでは天の大神様を此世には何うでも可い、自己が神であるといふやうな何も分らん利己主義の遣り方、御苦労致された天の御先祖様も、日の大神様も、天照皇大神殿も、地の世界の先祖も、元の大神、天の大神様の御艱難の思ひといふ事を知らずに、此世が自然的に出来たやうに思ふて、苦労無しの向ふの守護神が、余り大きな取違を今にして居りて、元の大神様の御恩を知りた守護神一人も無いといふやうな惨い事に世界中の守護神が成りて今の難渋、大神様の御守護で、爰までは結構に、天からは弥勒様は御水の御守護、日之大神様は火の御守護遊ばすのが、人民では分ろまいがな。分りた人民一人でもあるなら、改心致して身魂に些とも曇りの無いやうに、水晶に磨いて来たら、大本には事実があるから………。大本の内部には六年後から、明亮な勿体ない事がありて、一日増しに結構が出来るのに………。この事は二階に大神様をお祭りがしてある折に、勿体なくも天照皇大神宮様が大出口直にお憑り遊ばして、直が余り大望な御役であるから、三体の大神様が下へ降り上りを致して、手伝をしてやらんと、余り大望な御用であるとお言葉を戴いた事が、六年後から大本の内部にもお邸の内に実地のお姿が、彼方此方にお出でますなれど、余り曇りた世の中であるから、この内部お邸を余程清らかにして、男も女も生神ばかりの中に居るのであるぞよ。この大本は他の教会とは違ふから、世の元の実地の生神ばかりであるから、一と通りの事を思ふて居ると大間違が出来ては成らんから、その心でこの内部を清らかに致されよ。世の元の根本の大神は、天も構ひ地の世界も構ひ、御水と御火と、お土とで、この世が立ちて行くのであるぞよ。 |
|
151 (3708) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正7年12月22日 | 大正七年一二月二二日 艮の金神国常立の尊の御魂が、竜宮館の高天原に現はれて、世の立替立直しの筆先を書きおくぞよ。三千世界の立替の御用致さす為に、変性男子の身魂大出口直に永らく苦労をさしてあるぞよ。天保七年十二月十六日、天照皇太神宮殿の御誕生日に斯世へ出してから二十七年の間、直は結構に気楽に暮さしてあるぞよ。さう申しても世間並の気楽さでは無いぞよ。中々いろいろと肉体に就て人に変りた事がさしてありたぞよ。二十八歳の冬から五十七歳まで三十年の間、人民界では誰も能う堪らん艱難苦労をさして、現世の衣を脱がして御用に立てたぞよ。五十七歳の正月元日から、艮の金神が体内へ這入りて、今年で二十七年の間神界の経綸で筆先を書かせ、口で世の立替を知らしたぞよ。何時も三十年で世の立替と致すと申して知らした事が、モウ一分になりて、跡三年残りたなれど、水も漏らさぬ仕組であるから、三年の間は変性女子の手を借りて立替立直しの御用を致すから、是からは一日ましに世界から判りて来るから、何程の鼻高でも成程と往生をいたすやうになりて了ふぞよ。変性女子は神界の経綸で明治四年の七月の十二日に斯世へ出して、二十七年の間は是も普通の人民では出来ぬ苦労を致させ、二十八歳の二月九日から、神が高熊山へ連れ参りて、身魂を研かして、世の立直しの御用の経綸が致してあるぞよ。二十八の歳から此の大本へ引寄して、有るにあられん気苦労を致さして、いよいよ身魂が研きかけたから、三十九歳からボツボツと大本の経綸にかからしてあるが、此の先まだ十年の気苦労を致さすから、其積りで居りて下されよ。三年さきになりたら余程気を付けて下さらぬと、ドエライ悪魔が魅を入れるぞよ。辛の酉の年は、変性女子に取りては、後にも前にも無いやうな変りた事が出来て来るから、前に気を付けて置くぞよ。外国から今に六ケ敷難題が持かけて来るが、今の番頭の弱腰では到底能う貫ぬかんぞよ。是も時節であるから、何程智慧学がありても今度は一文の価値も無いから、日本の人民が揃ふて改心いたせば良し、到底改心が出来ぬなら止むを得ず気の毒が出来いたすぞよ。世界の九分九厘が近よりて来たぞよ。一厘の仕組で三千世界を立直すのは、綾部の大本より外には無いぞよ。今この仕組が日本の人民に判りたら、三千年の神界の仕組が成就いたさんから、今の今までは誠の元の一厘の所は申さんから、疑ふ人民は未だ未だ有るぞよ。 富士と鳴戸の昔からの経綸が判りて来たら、世界は激しく成りて、外国が薩張り帰順いたして日本へ末代従ふやうに成るぞよ。東京の経綸はミノヲハリ、尾張の経綸は世の終り、伊勢は丹波に丹波は神都、みやこの経綸は万古末代つづくぞよ。続く血筋は世の本の天と地との直系の日の大神と地の神、天地揃ふて水晶の誠一とつの末永き結構な神代に致すぞよ。神代に成りたら人民の身魂にも御光が刺すぞよ。暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しくなるぞよと、今迄出口直の筆先に知らして置いたが、今が其時節であるぞよ。未だ未だ世界は安心な所へは行かぬぞよ。是からが彦火々出見の初りであるぞよ。目無堅間の神船はこれから出て来るぞよ。水火地の大名は何処に現れて居るか、これを知りた人民今に一人も無いが、燈台元暗の誓えの通りの世であるぞよ。 艮の金神が明治二十五年に、竜宮館に出口の守と現はれた折の初発に、竜宮の乙姫殿が御越なされて、今日の御祝儀お目出度存じますると仰しやつて、今まで海の底に溜めて置かれた御宝を、陸の竜宮館の高天原へ持運びて、艮の金神様にお渡し申すと仰せになりたが、海の中には金は幾何程でもあるから、竜宮様の御改心で今度はいよいよ受取りて、新つの金を吹く時節が参りたぞよ。斯世一切の事は皆神の自由であるから、何程人民が智慧や学で考えても、神の許し無き事には、肝腎の艮めを差すといふ事は、何時になりても出来は致さんぞよ。竜宮の乙姫殿は誠に欲の深い御神様で在りたなれど、今度の二度目の世の立替のある事を、世の初発から能く御存知であるから、第一番に御改心が出来て、艮の金神の片腕となりて御働き遊ばすから、是からはこの大本の内部も、世界を日増に大変りを致すぞよ。三千世界の宝は皆国常立尊の拵らえたもの斗りで在るから、世が元へ戻りて、何も彼も艮の金神が自由に致す時節が参りたから、今迄の事を思ふて頑張りて居るとスコタンを喰ふ事になりたぞよ。人民の力で行れるなら我を出して何なりと行りて見よれ、初めはチト良きやうに在るが、先へ行く程つまりて途が無くなりて、行きも帰りも成らぬやうに致されるぞよ。是が今迄の世とは違ふと申すのであるぞよ。珍らしき事を致して、三千世界の善の鏡と悪の鏡とを出す世界の大本は、何彼の事が厳しくなるぞよと申してあろうがな。キカねばキクやうにして改心さすと申してあるが、今が大事の性念場であるから、心に当る人民は一日も早く我の欲を捨て、神界の御用第一に致すか結構であるぞよ。神は困まらねど其人が可愛さうなから、神がクドウ気を付けておくぞよ。今の人民は永らく体主霊従の中に染り切りて居りたから、容易一寸には改心が出来にくいなれど、モウ時節が来たから、改心さす間が無いから、今までの学や智慧を横へ遣りておいて、只一心に神の申すやうに致されよ。考へたり研究いたしたりするやうな気楽な時では無いぞよ。モウ二進も三進も成らぬ所まで世が差迫りて来て居るぞよ。何程道の為じや御国の為じやと申しても、誠生粋の道思ひ国思ひの人民は尠ないから、人民の申す事は嘘が多いから、神も中々油断が出来ぬやうに成りて来たぞよ。今の人民の盲目聾の欲に抜目の無いのには、神も閉口いたして居るぞよ。利己主義の行り方ばかり致して居ると、夫れが世が代りて居るから、自滅自亡の種になる二度目の世の立替であるぞよ。此の大本の行り方と世界とを比べて見たら善と悪との鏡が出して在るから、改心せずには居れぬ事に仕てあるぞよ。世の立替が初りたら、世界は上り下りで騒がしくなると申してありたが、外国の王の今の有様、まだまだ斯んなチヨロコイ事ではないぞよ。何処へ飛火が致さうも知れんぞよ。夫れで永らくの間艮の金神が出口直の身魂を使ふて、脚下へ火が燃えるぞよ。鳥がたつぞよ気を付けよと申して知らしたが、日本の人民は上から下まで欲斗りで目が眩みて了ふて居るから、今に判りて居る人民が何程も無いが、今に成りてからバタ付ても、モウ守護神人民の力では到底叶はんから、艮の金神の申すやうに、今迄のやうな利己主義の精神を立直して、水晶の生れ赤子の心に成つて、今度の肝腎の御用を勤めたなら、末代名の残る結構な事が出来るなり、今までの心で行りて行くなら、十人並のお出直し誠に気の毒な事が出来いたすぞよ。神の申す事毛筋も間違は無ぞよ。 東京で経綸をするが身の終りと申して知らしてありたが、キモがアノ通りの失敗をいたし、次にイヤが真似してアノ通り、カカが金を掘り出すと申して失敗り、マサがまた思はく立たず、是だけ鏡を出して見せても未だキカねばキクやうに為て改心させるなれど、其処へ成りての改心はモウ遅いから、一日も早く今の内に行方を薩張り替えて下され、取返しのならん事が出来いたして、世間へ顔出しのならん事に成るぞよ。今大本の教えを拡め行くと申して、ソハのそはそはしひ遣り方、斯んな弱ひ誠の無い精神で、三千世界の大神の御用が勤まると思ふて居るか。大慢神も大間違いも程があるぞよ。トモもモウ少し筆先を調べて下さらぬと、抜きも差しも出来ぬやうな事になるぞよ。大本の役員信者一同に気を付けるが、今が何より肝腎要めの性念場であるぞよ。早く眼を覚して下されよ。外国の体主霊従金銀為本之政策で、何時までも世が続くやうに思ふて、一生懸命に四脚の守護神が操掻いで御座るが、モウ世が済みたから、何程骨を折りて見た所で、百日の説法屁一つにも成らぬぞよ。猿も狐も狗も蛙も皆奥山に隠れて了ふて、今の体主霊従の経綸の真最中であるが、気の毒ながら日本の神国の行方は四脚の手には合はぬから、要らぬ御心配は止めて下されよ。武蔵野に今は狸の腹鼓たたいて鳴らして、八畳敷まで拡げた○○の跡の始末は何ふする積りか。人民では斯終局は就くまいぞよ。日本の神国を茲まで四脚が曇らして置いて、未だ飽き足らひで今日の世の持方、神はモウ肝忍袋の緒が切れたぞよ。日本の上に立ちて外国の下を働らく四足の守護神よ、気の毒ながら、神の申す間に聞かぬと、昔からの経綸通りに気の毒でも致さねば、神界の永らくの大神業の邪魔に成るから、其仕組の蓋を開けるから、跡から神に不足は申して下さるなよ。神は気を付けた上にも気を注けて在るぞよ。 斯大本の役員も余程確り致さぬと、未だ肝腎の仕組が解りて居らんから、俄にバタ付かねば成らん事になるが、夫れで大本の役員と申しても世界へ申訳の無い事が出来いたすぞよ。出口直が上天いたしてからは、斯大本は一段に厳しく成るから、其覚悟で居らぬと、トチメンボウを振らねばならぬ事になるぞよ。筆先を充分腹へ入れて能く消化して居らぬと、筆先が間に合はぬから、モ一度念を押して置くぞよ。 艮の金神は是から暫時の間は、大出口直の代りに変性女子の身魂を籍りて、色々と化かして御用致さすから、余程気を付けて居らぬと大きな取違いを致して、跡で愧かしき事が出来いたすぞよ。三千世界の大化物じやと申して、是までの大出口直の筆先に毎度出さして在ろうがな。此の大化物が全部世界へ現はれる時節が近ふなりて来たぞよ。神が一度筆先に出したら何時になりても違ひは致さぬぞよ。斯の大化物は三千世界の晒し物であるから、今の普通の人民では見当が取れんやうに致して在るが、今に何も彼も皆判りて来て、日本の人民がアフンと致して、眼舞いが来る者が沢山に現はれて来るぞよ。珍らしき事の判る世界の大本で在るぞよ。世は持切りには致させんと申すのは、今度明白に判りて来るぞよ。外国の八尾八頭の守護神が、渡りて来られん筈の日本の神国へ渡りて来て、日本の女を自由に致して、今では機械同様、神は誠に残念なぞよ。是でも見て居ざれよ、今に善悪の身魂の審判が始まるぞよ。天王台の神庭会議が始りたら、何如な守護神でも薩張尾を出して、化けの皮を表はすやうに成るぞよ。そうなりては可愛想なから、其所に成るまでに改心をさして、化けを表はさずに此儘で続いて行らしたいと思へども、余りの事で改心の為せやうが無いぞよ。思ひの違ふ人民斗りが現はれて、世界は開いた口が塞がらぬ事斗り出来するぞよ、是の判りた人民今に無いぞよ。 艮の金神国常立之尊が三千年の経綸いたして、待ちに待ち兼た松の代五六七の神代が廻りて来たから、今年からは何彼の経綸の蓋が開いて、何も知らぬ世界の人民がアフンと致すやうな大事業が完成て来るぞよ。一番に斯大本へ世界の宝を竜宮殿の御手伝で世に上げて、三千世界を鳴らすぞよ。松の老木に鶴が巣を組む時節が来たぞよ。鶴と亀とが此の大本へ舞ひ下るぞよ。人民には今では判らねども、跡に成りたら判りて来るぞよ。十二の卵を産み並べ、名も高砂の尉と姥、夫婦揃ふて大地の掃除を致したら、跡は結構な云ふに言はれぬ楽もしき世となるぞよ。アとスとの御用は誠に結構であるぞよ。夫れに就けてはキの御用御苦労であるぞよ。神の経綸の開く初発の肝腎の五六七の御用であるぞよ。この大本は因縁の身魂でないと、何事も肝腎の御用は致させんぞよ。二十七年も此の大本へ立寄りて居るテハの身魂は、昔から悪に強い身魂の性来で、元の生神を艮へ押込めた身魂であるから、元からの性来は一寸やソツトには直らぬから、今に成りても陰になり陽になり、大本へ這入りて邪魔斗り致す事を考へて居るが、是も神から鏡に出してあるのであるから、改心いたせば助けて遣るなれど、何時までも改心出来ねば、天地の規則通りに致して了ふぞよ。気の毒でも身魂に改心が出来ねば、天地の規則はナンボ神でも変えると云ふ事は出来んから、助け様が無いから、神が気苦労致せども、守護神と其人の心とは世の元の神の心と正反対であるから、何う致す事も出来ぬぞよ。 暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しく成るぞよと申して、毎度警告して置いたが、世界の大戦争が一寸片付いて、是から世界の人民は安神に暮せると思ふて居れど、是から先きは段々と約りて来て世界は淋しく、一旦は火の消えたやうになるとの神言でありたぞよ。戦争は是で済みたのでは無いぞよ。戦争と申しても殺合ひの喧嘩斗りでないぞよ。何に就けても大戦争であるぞよ。少しでも食物の用意を致さねば、後で地団太蹈んでも追付かぬ事になるぞよ。四足の餌の奪り合ひが始まりて来るぞよ。未と申とが腹を減らして惨たらしい酉やいが初まるぞよ。今迄世界の人民の苦しむ大戦争を喜こんで、結構な事に成りて金銀を積んで高振つて居りた人民は気の毒ながら、真逆様に地獄のドン底に落ちて苦しむぞよ。我欲本意の行方では永うは続かんと知らして在りた事の実地を神から為て見せてやるぞよ。是を見て世界の人民は一時も早く改心を致されよ。我の所有は天地の間に木の葉一枚も無いぞよ。頭の毛一筋でも下駄の裏に付いた砂一つでも、神が造りたもので在るぞよ。今の人民は余り結構すぎて冥加と云ふ事を知らぬから、世の立替の折には、天地からの戒めに逢ふて驚愕いたして、頭を下に致して歩行かねば成らぬやうに今に成りて来るから、艮の金神は夫れを見る眼が辛いから、明治廿五年から大出口直の体内を借りて色々と苦労をさして、世界の守護神と人民とに気を付けたので在りたぞよ、今この大本へ色々と世界の心になりて居りた体主霊従の守護神を、神から引寄せて居るから、大本の役員は御苦労であれども昔の事から後の世の事まで説き聞かして改心さして、神世の柱を研かねばならぬから、第一に役員から水晶に成りて下さらんと、一寸でも濁りが在りたら、世界から出て来る守護神人民を改心さして、神の柱に用ふ事が出来んから、片時の間も早く誠を覚りて下されよ。判りたと思ふても未だ未だ中々誠の事は解りては居らんぞよ。茲で役員が誤解を致すと、三千年の永らくの経綸が遅れて来て、世界は遅れた丈けは永らく苦しまねばならぬぞよ。斯大本は世界へも移り世界からも移りて来るから、大本の中からキチンと立替立直しを致して、アレでならこそ世界の立直の大本じやと、世間の人民が申すやうに成る所まで、各自に身魂を研ひて下されよ。モウ時節が迫りて来て、改心の間がないぞよ。大地の上は邪神の眷属やら四ツ足の守護神に脚一本置く所も無いまで汚されて了ふて、昔の天地の元の生神の居る所も無いやうになりたから、綾部の大本は昔から神の経綸で隠して在りた結構な所であるから天地の神が昇降を致して今度の二度目の天の岩戸を開く地場であるから、塵一本でも無いやうに清らかに致して下され。今までは誠の元の生神は、丹后の男島女島と播磨の神島とに隠れて、三千世界の守護いたして居りたぞよ。時節参りて天の大神様の御命令を頂きて、竜宮館の高天原に現はれて、水晶の世の御用を致すのであるから、人民は猶更この大本へ引寄せて貰ふた人民は、余程心を清らかに持ちて、善の道へ立帰らぬとウカウカ大本へ参りて致して居りたら、御神徳いただく所で無い恐い事が出来て来るぞよ。是からは神は日増に烈敷くなるぞよ。人民も改心せずには居られんやうに成るぞよ。この大本は誠に結構な所の恐ろしい所であるぞよ。大化物が隠くして在るぞよ。この化け物は普通の化け物でないから、現はれたら心の悪るき守護神人民は腰が抜けて了ふて、四ツ這ひに成つて苦しむぞよ。 この大本には三千世界の大気違いやら大化物が表はれて、世の立替立直しの神界の御用を致して居るから、普通の人民の眼からは見当は一寸取れ難いなれど、世界の大本に現はれた気違いが申した事は、一分一厘間違いのない、チト実のある気違いであるぞよ。神から見れば今の日本の人民は真正の狂人斗りで、言ふ事も為る事も皆間違ひだらけであるぞょ。それで今の人民の致す事はチツトも尻が結べて居らぬから、何時も縮尻るので在るぞよ。毎日毎夜嘘つく事ばかり勉強いたして、是が文明開化世の行方と申して居るが、今の人民の致した事は、政治に因らず教育に由らず、何一つも碌な事は出来ては居ろまいがな。夫れで日本神国の人民と申されやうか、判らぬと申しても盲目と申しても余りであるぞよ。外国人に自由自在に致され、眉毛の数まで読まれて居りても、未だ気が付かず、ケツのケまでも抜かれて了ふて居り乍ら、未だ眼尻を下げて歓こんで居ると云ふ、今の日本の○○○○の体裁、開いた口が塞がらぬと申すのは、此所の事であるぞよ。今に脚下から唐土の烏がたつが判ろまいがな。○○の○○と申しても余りで無いか。一日も早く○○いたして下されよ。梅で開いて松で治める、竹は外国の守護と致して、万古末代世界中を泰平に治める経綸の致してある、神国の○○と人民が何も判らむとは、惨い事に曇り切りたものであるぞよ。是から三千年の経綸、竜宮館の玉手箱を明けのカラスと致して、日の出の守護に掛るから、日本の守護神の内にも大分慮見の違ふ御方が出来るぞよ。明治二十五年から艮の金神が無間の鐘を掘り出して、地の高天原で変性男子と女子の身魂が力限り根かぎり打ち鳴らして、世界の守護神人民に警告せ共、聾か生倉か一人も誠の者が無りたなれど、大正五年の五月に、五六七の大神様が大本へ御降臨あそばしてから、余程判る人民が大本へボツボツ参りて来るやうになりて、今では世界の大本と申しても、余り耻かしう無い様なれど、神から見れば未だ未だいろはのいの片方までも判りては居らんぞよ。この節分を堺といたして、ソロソロと経綸の玉手箱を開けるから、浦島太郎の日本男子よ、腹帯を確りと〆て御座れよ。今迄一生懸命に成りて善と思ふて歓こんで致して来た事が、薩張煙と成つて消えて了ふから、了見の違ふ守護神人民が大多数出現ぞよ。今の人民の精神の持方では、余程改心致さんと、日本男子の桃太郎殿も、何程かしこい猿智慧でも、何程強い犬を使ふても、雉子長泣女の先導でも、鬼が島の征伐が六ケ敷いぞよ。正反対に鬼に征服れるやうな事になるぞよ。変性男子と変性女子の尉と姥の申す事が、耳へ這入らぬやうな事では、日本の神国は到底も立ちては行かぬから、神は昔から斯世が来るのが能く判りて居りての、三千年の永い経綸であるから、攻めては大本の教を一口なりと聞いた守護神は、其覚悟を致して、神界の御助けを致して下され。神は取りもぎには致さんぞよ。今度日本が潰れたら世界中が暗黒となりて、悪神の自由になるから、斯の暗き世を、天照す皇大御神の神の子が、日本の国の光を現はして世界を照さねば、天地の祖神様へ申訳が立たぬ事になるぞよ。日本の人民は天の大神様の分霊なり。肉体は国常立之尊の守護であるから、人民は神と同じ事であるぞよ。この結構な神の御宮の玉を追出して、薩張り悪神やら四足の住宅に致されて居るのであるから、今の人民の所作柄と申す者は、サツパリ鬼か蛇か畜生にも劣りて居るぞよ。夫れで今の人民の致す事は、逆様斗りより出来は致さんので在るぞよ。それで今度は天と地とを拵らえた元の生神が、綾部本宮の世の本の地場に現はれて、今度の世界を構ふて遣らねば、何時までも天下泰平には成らんから、経と緯との機織の仕組が世の元から致してありたのじやぞよ。 機の初り丹波の綾部、あやの神戸にあるわいなと、昔から歌が遺してありたのは今度の世界の立替立直しに就ての譬であるぞよ。経糸はモウ出来上りて天へ上りたから、是から先は変性女子が御苦労なれど、緯糸をかけて棚機姫殿の御用を致さすのであるぞよ。珍らしき機の仕組であるぞよ。 二十七年に渡りて、艮の金神が出口直の手と口とで知らして置いた事の実地が今年から判りて来るから、此の大本は何彼の事が忙はしく成りて、目の廻る如くに成るから、モチト役員しつかり致して、神界の忙がしいやうに、人間界も急いで御用いたして下されよ。一日が愚かでないぞよ。片時も早く人間界で出来る丈けの仕組にかかりて下されよ。今の大本の立廻りの人民余り気楽過ぎるぞよ。斯んな事で神界の御用には成らんぞよ。我一と骨を折りて勤め上げねば今の立廻り心が緩みて居るぞよ。怠惰な人民が一人でも居ると何彼の一切の邪魔になるから、可愛相でも暫らく成就する迄控えさして下されよ。大本の上の枝に頼むぞよ。今の大本には外国の御魂は寄せられんぞよ。十日も大本に居りて、未だ神の事が解らいで疑ふやうな人民は帰らすがよいぞよ。却て神界の仕組の邪魔に成るぞよ。一寸でも邪魔が這入りた丈は、神界の経綸世の立直しが遅れるから、一日でも遅れただけは世界が苦しまねば成らぬから、大本の上の枝になりた役員は遠慮は要らぬから、ビシビシと筆先通りに致して下され。今が一大事の時であるぞよ。出口直の神影は金銀取りては下げられんぞよ。神界に伺ふて許可を請けてからで無いと、売物に致したら厳しき戒があるから、一寸気を付けて置くぞよ。出口直の神影には人民の名を出す事は相成らんぞよ。是は変性女子の御用であるから、神影は神が憑りて書すなれど、女子の身魂は日増に忙がしう成るから、因縁の在る身魂に御手伝いを許すぞよ。神の姿は何程大事の役員でも妄りに筆を執られんぞよ。能く心得て居りて下され。教監役員に気を付けて置くぞよ。 大正七年十二月二十二日、旧十一月の二十日、竜宮館に女子の体内を借りて国常立尊が書きおくぞよ。 |
|
152 (3710) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正7年12月24日 | 大正七年一二月二四日 三千世界の大本、地の高天原は大正七年午の年、教祖の神は神馬にまたがり、天地を駆け廻りての世界の御守護遊ばすを、待ちに松なる鶴の首、馬で納めて綾部と神戸の機の仕組も出来上り、目出度坤の姫神が豊国主と現はれて、世界の守護に掛るぞよ。未年には未の生れ、百千万の敵も恐れぬ変性女子と現はれて、弥々晴れの舞台に登るぞよ。丹波の国の山奥に、角無き鬼が現はれて、摺針峠の鉄棒で、世界の亡者を片端から打ち懲らして改心を為せるなり、又和知の流に引添ふて一つの鰐が首を上げ、世界の学者を喰い殺し呑み込んで、世界の害を除かせる仕組の実地が出て来るぞよ。三十年の世の立替の御用も、最早後三年に約りてきたから、是からは段々と激しく物事が成りて来るから、改心する身魂も追々と出て来るぞよ。時節が来たぞよ迅いぞよ。大本の経綸の一の土台は、天王平の一の瀬の奥津城、是から段々開けて来るぞよ。二番の土台はアとクの名の付いた守護神の御用であるぞよ。体主霊従の行り方を薩張り改心いたして、神界の御用いたさす為に、地の高天原へ引寄せるぞよ。今では斯んな事書いて出しても人民には見当は採れんなれど、後から判る仕組であるぞよ。アサの仕組の御用も判りて来て、コミの御世話で永らく秘してありた、陸の竜宮の宝が十二揃ふて大本へ治まるぞよ。斯宝が大本へ納まらぬと、世界の立直しの経綸は成就いたさんのであるぞよ。人民の目からは何んでも無いやうに見えるなれど、神界では結構な経綸の御宝であるぞよ。天地の間にモウ一つと無い結構な御宝であるから、この御用いたした守護神は、復旅の政蔵と申す御魂であるぞよ。明治二十五年から筆先に出して在りた通り、此の人の身魂が御宮仕の御役を致すぞよ。是も御魂の因縁で、神から命すので在るなれど、慢神が出たら途中で変るから、何んぼ神から命令の下りた身魂でも油断は一寸も出来んぞよ。明治三十一年の旧の二月に、変性女子を高熊山へ連れ参りて、伊都の御魂から瑞の御魂に渡して置いた三千世界の神宝であるぞよ。この宝が大本へ這入りて来るから、坤の金神が受取りて、夫れ夫れの経綸を致すのであるから、何事もビシビシと埓が明いて行くぞよ。それに就ては此の大本の中は是までとは厳しくなるぞよ。大本の仕組の世の元の根本の天地の生神が、肉体その儘でいたして居るのであるから、今迄の宗教の行り方とは天地の相違であるから、間違ふた行り方いたして居る大本の中は是までとは厳しくなるぞよ。大本の仕組は世の元の根本の天地の生神が肉体その儘でいたして居るのであるから、今迄の宗教の行り方とは天地の相違であるから、間違ふた行り方いたして居る大本の分社は今度は皆取払ひに致すぞよ。役員も信者も皆その通りであるから、早く改心いたして下され神から重ねて警告しておくぞよ。神が一度筆先に出したら夫れが天地の規則で在るから、万古末代かはらぬので在るから、何程可愛相でも神の自由に天地の規則は柾げられんぞよ。 ◎ 艮の金神国常立尊変性男子の宿りて居る大出口の守が神界の御用地の上の守護が一段片付いたから、後の御用は変性女子坤之金神の身魂に地の上の御用一切を渡して天へ上りて惟神真道弥広大出口国直霊主之命と現はれて、天地をモ一度調査いたして見れば、思ふたよりも一層甚い世の乱れ方で在るから、チヨロコイ戒しめ位ゐでは今の守護神、人民は到底改心は出来んから、矢張り昔からの経綸通りに致さな容赦の出来ん事に成りて了ふて居るぞよ。それでも世界の守護神人民は天地の直々の神の子であるから、一日なりと立替の大峠を延ばして、改心さして助けたいと思ふて汗を掻いて神は居れども、人民には一寸も神の精神が了解りて居らぬから、誠に困つたもので在るぞよ。万物の霊長と申して居る人民であり乍ら、何を言ふて聞かしても天地から見せ示を致して気を付けても馬の耳に風同様、モウ神も堪忍袋が断れるぞよ。 大出口の神と現はれて天から斯世を見渡せば、何処も同じ秋の夕暮、霜先の烈しき状態、口で言ふやうな事では無いぞよ。○○○今の○○○の行状を見れば、奥山の谷の奥深き人民の能ふ行かぬ所で、四ツ足と一つに成りてジヤレて居りて、国が立うが立つまいが、チツトも念頭に無いと云ふ様な事で、ドウして此の神国は治まりて行くと思ふか、神は残念なぞよ。今の中に守護神肉体が改心して、神国の一の行ひ致して下されば結構なれど、何時までも四ツ足の自由に致されて居れる様な事なら、神は是非なく一限りに致して、新つの松の世に致さうより仕様は無いぞよ。千里万里の奥山に住む山の神の精神が悪いから、雌鶏の時を告げる世であるから、世界に誠の事は一つも出来いたさんぞよ。何程守護神に気を付けても改心いたして呉れねば、神界から止むを得ず処置を付ける事に致さな成らんから、何うなりても神を恨めて下さるなよ。日本の一の守護神に呉々も気を付けるぞよ。立替が初まりても可成は今の姿の儘で立替をいたして遣りたいのが神の胸一杯であれども、余り曇り様が惨いから艮めは矢張り昔からの経綸どほりに尉と姥とが現はれて松の根本の大掃除を致して、天に届いた高砂の古き松樹の植え直し、末代続く神代に代えて了ふぞよ。開いた口が塞がらぬ、午の糞が天下を取ると申すのは、今度のたとへでありたぞよ。 大正七年十二月二十四日陰歴十一月二十二日 |
|
153 (3712) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正7年12月26日 | 大正八年一月一日 大正八年一月一日旧大正七年十一月二十九日水曜日癸の丑四方拝の日 艮の金神大国常立之尊の筆先で在るぞよ。此の地の世界は旧で無ければ作物一切は見当が取れんので在れど、新暦に致した為に十五日にも真の暗が在りたり、一日に満月が在りて、天地の昔から定まりた規則を破りて居るから、地の上の作り物が皆虫が這入りたり、雨も降るべき時に降らなんだり、風が狂ふたり、何一つ碌な事は出来は致さんぞよ。今の日本の人民は年頭と申して祝酒を飲んだり、餅を搗いたり、松竹梅を門に建て目出度がりて居れども、肝腎の天地の巡行に逆ふて居るから、天地の神々は余り歓びは致されんぞよ。世の元の神の行り方は、月の神様を元と致した旧の月日でないと、誠の歓こびと勇みは無いのであるが、今の人民は何も判らぬから斯んな事で天地の調和が出来ると思ふて居るのか、是が暗黒の世と申すのであるぞよ。旧の正月元日は六合拝を致すのであるぞよ。六合拝と申すのは天と地との祖神を始め、東西南北の神々を礼拝し、上御一人に御礼を申上げる神事であるぞよ。此の大本の教どほりに日本の人民が致すやうに成らぬと、誠の神国にはならんぞよ。是でも時節が参りたら天地の神が元の昔の神代の行事に立直して見せてやるぞよ。悪い病の流行るのも豊作の取れぬのも、皆日本の上下の守護神が、天地の動かぬ規則に反対いたして居るからの事であるぞよ。朝の雪は晴れても人民の心に積る冷たい雪が解けねば、地の上は結構にはならむぞよ。大正忠臣蔵四十八霊の心の雪は未だ解けぬぞよ。此の謎早く解けねば三千世界はユキ約りツマツて約らん事が出来るぞよ。 神国の松の神代が近寄りて、一の艮めは国の宮、御国を守る八重垣の、神の社に鎮まりし、豊国主の大神と、神素盞嗚の二柱、禁闕要の大神も、大地の底から現はれて、木花咲耶姫神の、天地和合の御守護で、弥々明かき火々出見の、神の御言の世と成れば、五日の風や十日の雨も、揃ひて賑はしく、人の心も清滝の、水の流れも美はしく、治まる神代の目出度さは、我が神国に天照り徹り、助け幸ひ生国と、上下揃ふて梅の花、一度に開く楽もしき、永き神代を松が枝に、月冴え渡り天津日の、陰も豊かに茜[*底本では「晒」]さす、内外の国の神人が、心の鬼も打和め、世界一つに治まりて、天津日嗣の御稜威を、仰ぎ敬ひ歓こびつ、千歳の鶴も万世の、亀も舞ひつつ丹波路の、綾の高天に参集ふ、神の経綸ぞ尊とけれ。 大正八年新一月一日瑞の御魂 |
|
154 (3726) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年2月13日 | 大正八年二月一三日 大正八年二月十三日旧一月十三日 艮の金神国常立之神言変性男子の御魂が、竜宮館の高天原に現はれて、昔の根本の事を知らすぞよ。今日は出口直日主命の上天から丸る百日に当る祭日であるから、大本の標目の十曜の紋の由来を書きをくぞよ。国常立之尊が世の太初から悔しき残念を堪忍りて、在るにあられぬ苦労艱難を致して貯えた、只一輪の生き花の開きて散りて芳ばしき、果実を結ぶ時節が到来から、善一筋で貫きて来た神と、悪計りを企みて、好き候に致して来た神との因縁を現はして、日の出の守護と致すぞよ。 大本の十曜の神紋は、世界統一の標章であるから、この神紋の由来を知らねば肝心の神秘が分らぬぞよ。九重の花が十曜に化りて咲く時は、万劫末代しほれぬ生き花で在ると申して、今迄の神諭に出して在ろうがな。斯の九つ花が十曜に開く其時は、如何な鼻高も如何な悪魔も改心いたして、今までの自分の思いの違ふて居りた事が明白に分りて帰順いたすぞよ。三千世界の世の元を締固めた折に、一生懸命に大活動を致した誠の神の因縁を説いて置くから、万の神々様も人民も、能く腹へ呑み込みなされよ。綾部の大本地の高天原に、変性男子と変性女子の身魂を現はして、今までに充分に気が注けて在るなれど、未だ皆の役員信者が誤解いたして居るから、根本から神の因縁を分けて見せるぞよ。日本の古事記にも出してない神が沢山に在るから、迷はぬ好うに為るが可いぞよ。艮の金神が改めて日の出の神の肉体を表はすぞよ。常世姫之命の御魂の宿りて居る、○○○○○○○が、日の出の神の生き魂であるぞよ。大分思ひの違ふ役員信者が出来るぞよ。 日の出の神の肉体は○○○で在ると云ふ事を、変性男子の上天までに発表たいと思ふたなれど、五六七の神の世に成るまで控えねば成らぬ義理がありて、態とに隠しておいたなれど、モウ大門も経綸の形だけ出来たから、変性女子の手で知らすぞよ。八木の北山に火竜と成りて実地の姿が見せて在るぞよ。変性男子の身魂は現世で百歳の寿命が与えて在りたなれど、余り仕組が後れるから、天へ上りて守護いたす為に早く上天さして御苦労に成りて居るぞよ。世の元の大御宝を占め固める折に、差添に成つて活動なされた神は、真道知彦命、青森知木彦命、天地要彦命の三男神と、常世姫之命、黄金竜姫之命、合陀琉姫之命、要耶麻姫之命、言解姫之命の五女神、合して三男五女八柱の神を育て上げて、差添の御用を命せなさつたのが稚日女岐美尊であるから、是が九重の花と申すので在るぞよ。 稚日女岐美尊の後見を為された至善の神様が天照日子尊であるぞよ。天照彦命は海潮の肉体に宿りて、五六七の世の御用を致して居れるなれど、誰も未だ分りては居らぬぞよ。此神が表はれたら二度目の世の立直し、九重の花が十曜に咲くので、三千世界の統一が成就するので在るぞよ。斯神々が大国常立之尊の差添え日本魂の純粋であるからタタキ潰しても潰れず、火に焼いても焼けもせぬ剛強なる御魂であれど、大地の祖神が世に落されたに就いて供に落ちねば成らぬ如うになりて是非なく世に落ちたので在るぞよ。時節参りて地の先祖の国常立之尊が再び世に現はれるに付て、供に今度は現はれて万古末代萎れぬ花の咲く結構な神代が来たので在るぞよ。 今度は二度目の世の立替建直しであるから、世の太初からの善悪の胤を残らず現はして水晶の神代に致すのであるから、一切の事を書きおかすぞよ。世の元の国常立之尊を世に落したのは第一番に天稚日子命であるぞよ。天稚日子命は大変に女の好く神で在りたから、女神を沢山に部下に付けて天の規則を破りたり破らしたり、体主霊従の大将と成りて世を持ち荒した神で在りたぞよ。天地の別れた折からの邪気凝まりて体主霊従の邪鬼と成りた神が天若日子命であるぞよ。世の根本を修理固成た地の先祖を押込める経綸を致した様な邪神であるから、今までの神界を持ちて現界までも構ふて来たなれど、肝心の天地の神の大恩を知らずに世界の人民をアヤツリ人形に致して来たから、今の人民の上に立つ守護神が薩張り心が曇りて了ふて胴体なしの紙鳶昇りで上下たに眼が着かぬから、大空斗り向ひて仰向ひて我身の出世する事斗りに心を奪られて居るから、地の世界が真の暗同様になりて今に天地が転動て逆トンボリを打つ事が出て来るのも判らぬ様な惨いことに成りて居るが、其れも知らずに未だデモクラシーを唱えて騒ぎ廻りて居りても、日本の霊主体従の行り方致さねば到底世界の艮めは刺す事は出来ぬぞよ。変性男子若姫君命は元来の善神で在るから、大変な千座の置戸を負ふて国津神等に代りて世に落ち成されて万神万民の探き罪を贖ひ遊ばされ、天よりも高く咲く可き生き花を咲かさずに地獄の釜のコゲ起し、在るに在られん御艱難を遊ばしたのも、元を糺せば天稚日子の命のために神の世一代の御苦労を成されて、未だ其の苦労が余りて現世にて其罪を八人の産の児に負はせて在る故に、三男五女の児は今に八百万の神に踏下げられて居るから、一通りや二通の苦労ではないぞよ。斯の由来が大本の中の重立ちた役員に早く判りて来んと、十曜の神紋が開けぬぞよ。十重の門が開けたら、三千世界の統一が出来るので在るから、跡に残りて居る○○の兄弟と変性女子の肉体とに解けて聞かして腹帯を確かりと締さして置かんと、サアと云ふ時に成ると変性女子の肉体を体主霊従の行り方の人民が世界一致して引裂きに出て来るぞよ。皆々の結構な天来の神諭を取違い致して、肝心の大本の役員信者までが変性女子の身魂を攻めに来る者が中には出て来るぞよ。 肝腎の判らねば成らぬ肉体に実地の神業が判りて居らぬから、物事が後れて世界中が困る事が出来いたすから、早く肝心の御方に知らして置かぬと、罪なき人民にまでも泥水を呑ますやうな事が出来いたすぞよ。現今の大本は一旦天の規則が破れて了ふて、世を持たれぬ神の天稚日子が名を代えて充分に自身の思が達した形が東の空から西の地の底の大本へ写りて居るので在るから、未だ真実ものに開けて居るのでないから、気宥しはチツトも成らぬぞよ。日の出の神の因縁が判りて居らぬから、世界の物事が後れるので在るぞよ。艮の金神の筆先を速く調べておかぬと、世界へ対して申訳なき事が出来いたすぞよ。自分ほど神界の事の能く分りたものはなきやうに思ふて自惚いたして居りても、世の変り目で在るから、神の奥には奥が在り、未だ其奥には奥の奥の大奥が在るので在るから、可い加減な一心では誠の神秘は判りは致さんぞよ。梅で開ひて云々と申す事はドンナ苦労艱難いたしても、又ドンナ悔しい残念な事が在つても堪え堪えて持切ると云ふ事の誓えで在るぞよ。梅で開くと云ふ事は皆の肝心の行ひで在るから、思ひ違いのないやうに致して身魂を充分に練り鍛えて下されよ。今は未だ天稚彦の系統が重に集めて在るから、今大本に集りて居る人民の中に天稚日子の行動が判りて実地を調べて置いて下さらぬと、皆の守護神が濡手で粟を握むやうな甘い事を思ふて居るものが沢山あるから、都合が好ければ一生懸命に勤めもするなれど、少し形勢が悪いと見たら皆還りて了ふと云ふやうな水臭い役員も中には出来るから、気宥しは成らんぞよ。それで各自に心得て気を注け合ふて互に何処までも、神国の為に生命を捧げると云ふ立派な日本魂に研き上げて居りて下されよ。思が間違ふと一寸の事が在りても経綸が後れても直ぐに不足を申したり、顔の色を変えたり致すから、何事が在りても一分も動かぬ日本魂に研いておかぬと、世界の大峠と大本の中の大峠に躓いて後へ引かねば成らぬぞよ。それでは早ふから大本の教を聞いた功能がないぞよ。此度の二度目の天之岩戸開きの天地の大神の至仁至愛の御恵みと申すものは洪大無辺にして何程人為の学問や智識で考えて見ても判らん深い仕組であるから、鼻柱を体能く捻ぢ折つて生れ赤子に立復りたなれば、三千年の経綸の世界の大機織が紋様が判然と分明るなれど、肝心の機織の模様を拵へる根本をソコ退けに致して、人間界の智慧計り働かして居ると、何時まで焦慮りて骨を折りても肝心の経綸が判らぬから、一時も早く我を折りて、明治二十五年からの筆先を充分に調べて下されよ。神聖元年からの筆先は一層注意して調べぬと大きな取違いが出来いたすぞよ。 大出口国直日主命の永年の苦労の徳で天若彦命の肉体の名は指さずに神界から赦しておくから、我一と我心身をサニハ致して省みて身魂を立替いたさぬと、神界の仕組が後れる計りであるぞよ。何程外囲の垣や構造が立派でも誠の教が立ぬと神界にて教祖の神が苦しむから、早く改心いたして誠を立て下されよ。○○○○○○○には日の出の神の生き魂の守護が在るなれど、未だ充分に研けて居らぬから、十に二つ位は間違いがあるぞよ。天照彦命は至善の神であるぞよ。天稚彦は悪の神で在るぞよ。 |
|
155 (3730) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年3月7日 | 大正八年三月七日 大正八年三月七日旧二月六日 国常立尊が変性女子の手を籍て、世界改造の次第を書きおくぞよ。明治二十五年から神政開祖大出口直の手を借り口を借りて、警告た事の実地が現はれる時節が参りたぞよ。伊勢神宮の五十鈴川の十二の支流も今までは、其源泉を知らなんだなれど、弥々天の岩戸を開く時節が参りて来たから、斯の清き流の末の濁りを、真澄の鏡の言霊に清め改め、世界を十二の国に立別け、一つの源の流れに立直し、十二の国を一つの神国の天津日嗣の神皇様が、平らけく安らけく治め玉ふ松の御代に立代るに付て、神政開祖の身魂に二十五年に渡りて、人民の身魂を五十鈴川の流に洗い清めて、漸やく大正六年からは一段奥の鎮魂帰神の神法に依り、変性女子の御魂を御用に立てて、艮めの経綸に使ふて在るなれど、今の世界の人民は、間口の広い奥行の短かい、学斗りに迷信いたして、斯世は物質的学さえ修めたら、世界は安全に治まる如うに取違い斗り致して居るから、天地の元の先祖の申す事はチツトも耳へ這入らず、却て反対に迷信いたして、世界を恐喝やうに悪るく誤解て、種々と斯大本を世間から攻撃いたす者も出来て居るなれど、誠の神はソンナ少さい事に往生は致さんから、今に実地を世界へ表はして見せて与るから、何なりと申して反対いたすが良いぞよ。是でも今に大本の教の誠が天晴り判明て来るから、判明て来たら又手を曳き合ふて日本の為世界の為に活動いたすぞよ。今は精神界が暗黒で何も判らんから、色眼鏡を掛けて、新聞屋までが色々と浅い観察を世の中へ触れて呉れるなれど、是も神界の予定の経綸で在るから、今の新聞雑誌は一生懸命に面白がつて悪言を書並べて居るなれど、是も知らず知らずに神界から使はれて、神の御用を致して居るので在るから、中々御苦労な御役で在るぞよ。明治二十五年から出口の手で、新聞に一旦はトコトン悪く言はれて、跡で良く成る仕組じやと申して、筆先で永らく知らした事の実地が参りたので在るから、神界の経綸通りが廻りて来たのであるぞよ。是からは日に増に日本魂の研けた守護神人民が、地の高天原へ参りて来て三千年の経綸の御用をいたすから、此の大本の内部の役員は充分に日本魂を研いて、神国成就の御用に立ちて下されよ。誠の者は神界から国々に配置りてあるから、段々と引寄せるから、是からは眼が廻る程この大本は急がしく成るぞよ。何程世界から悪く申されても、肝腎の大本に誠の行為さえ致して居りたら、世界中が一塊に成りて参りても微躯とも致さぬ教で在れども、今の世界の人民に何程良く言はれて賞られても、誠の教が腹へ這入らず、誠の行為が出来て居らなんだら神界から赦さんから、心得た上にも心得て、日本神国の人民相当の行為をいたして、日本の国を擁護、神と皇上とに安心を為て戴く、誠の行状を為せる、世界の大本で在るぞよ。今の世界の人民の精神を改造いたして置いて、世界の改造に掛る経綸であるから、日本の人民は一日も早く神の洪恩を弁へ、皇室の尊厳と国家の大使命と国民の天職を覚つて、誠の日本魂に立帰り、一番に此の神国を修斎し、次に国民一致の神力で外国を平らけく安らけく治めて与らねば成らぬのが、日本人民の神から与へられた大使命であるなれど、今の日本の人民は肝心の国体の精神を忘れて、外国の精神に誑されて了ふて居るから、日本の国では絶対に天地が潰れても用ゐられん、民主主義を唱へる鼻高が出来て来て、何も知らぬ日本の人民が学者の申す事を信じて、夫れに付和雷同して約らん事を致すやうに曇りて了ふて居るから、今が世界の性念場であるから、神が永らく苦労いたして、人民に気を付けるので在るぞよ。 ◎ 天の大神様の五六七の御守護に成るに付て、一旦三千世界の大洗濯が初りたら、斯世が根本から覆りて了ふて、元の泥海に成るより仕様が無い所であれども、艮の金神が世の元から悔し残念を堪忍つめて蓄へて来た一輪の神力で、斯世を受取て、善一と筋の誠の神世に致すのであるから、第一番に世界の人民の御魂を改造ねば成らぬから、中々の大事業であるぞよ。今の世界の人民は、元の神から分けて貰ふた結構な身魂を、残らず汚して了ふて、虫の息同様に成りて居るから、之に神力を渡して、生きた神国の御用を致させる経綸であるぞよ。今の人民の肉体は、生きて体主霊従の身魂で活動いたして居れども、肝心の本霊は物欲に圧えられてチツトも活動いたさぬから、生きて動く死骸であるから、今の世界の人民の身魂に生命を与へて、天地経綸の御用を致させる大本の教であるぞよ。今の世界の人民は人生の本義を知らぬから、衣食住の物欲斗りに迷ふて、自分から肝心の人格を殺して居るものが七分あるから、艮の金神が明治二十五年から、世界の人民は今に三分に成ると申して置いたが、此の神の申た通り、今の人民は人民としての資格が亡びて了ふて、誠の生命人格を保つものは、世界中平均して二分も面倒いぞよ。今の人民は神の生き宮であると云ふ人生の本義を忘れて、野獣の如うな精神に堕落て了ふて居るから、人三化七ばかりで誠の天職を弁へた誠の人民は二分より無い事に、神界から見ると亡びて了ふて居るから、艮の金神が天地の神々へ御詫を致して、悪の身魂を善に生かして、穏かな松の世至仁至愛の神代に改造すので在るから、斯大本へ引寄せられた身魂は、神代から深い因縁があるから、天下の憂ひに先だつて憂ひ神国成就の大神業を補助る天からの役目であるから、普通の神信心とは根本からの相違であるから、一身一家の勝手な利己的の信仰者は、世の元の神の気勘に叶はんので在るぞよ。世の改造に就て、今度は二度目の天の岩戸が開けるのであるから、開けたら一旦はドンナ悪の身魂でも神の仁愛で、霊肉共に助けて与る仕組であれども、余り何時までも体主霊従の改心が出来ぬと、止むを得ずの事に成るから、神は一人もツツボには落し度もないから、早く改心いたして下されよ。体主霊従の守護神が改心いたしたら、其人の本霊は歓こんで誠の道を守るやうになるから、身魂に生命が出来て来るぞよ。今の人民は八分まで生きた死骸であるぞよ。御魂さえ生きて働けるやうに成りたら、仮令肉体は亡びて居りても、神国の結構な生きた人民であるぞよ。生きた国家の守護神であるぞよ。艮の金神は三十年で世の立替立直しを致す仕組で在りたなれど、余り改心が出来ぬので立替だけにに三十年かかるから、後の立直しが十年も延びたから、夫れだけ世界の物事が遅れて来たから、一日でも早く神国成就いたすやうに、各自の身魂を此の大本の中から立替立直して、三千世界へ鏡に出して貰はねばならぬぞよ。この大本は世界の鏡で在るから、善悪ともに世界へ写るので在るから、大本から一番に水晶に研いて下されと、永らくの間出口の手で気が付けて在りたぞよ。一日遅れても世界は大変な困難であるから、地の高天原へ立寄る役員信者から早く改良いたさぬと、天地の神々様へ対して申訳の無き事になるぞよ。筆先の取違いたして居る役員信者が、此の大本の中にも大分あるが、是は慢神が強いから大間違いが出来するので在るぞよ。それで明治二十五年からの筆先を、十分に腹へ入れて下されと、クドウ申して在るぞよ。神の心と人民の心とは大変な相違であるから、誠の人民は神の心を汲み取りて、神心に成りて下さらぬと、神界の誠の経綸は到底判りは致さぬぞよ。役員信者の間違ふた言葉や行動が、斯の大本の教の名を傷け、神の名を汚し、経綸の邪魔を致すので在るぞよ。外部からは指一本さえる事の出来ぬ、立派な天地へ一貫した教であれども、獅子身中の虫が大本の中に発生て、大本を破るのであるから、皆の御方心得た上にも心得て、獅子身中の虫に成らぬやうに致して下されよ。自分から誰も獅子身中の虫に成らうと思ふものは無けれ共、知らず知らずの間に神の教の大元を誤解いたして、間違ふた事を申したり、変な行動を致して良い気に成りて居るから、神界の却て邪魔をいたすので在るぞよ。一生懸命に神の御用を致したと想ふて居る人民ほど取違いが多いので在るぞよ。綾部の大本は今が一番大事の大峠であるから、皆の役員信者が誠の日本魂を発揮して、天地に代る大活動の時期であるぞよ。此の大本の中の規則が定りて神から見て是で結構と申すやうに成りたら、神は其処で天晴表面に成るなれど、大本の規則が規まりて、善一ト筋の行いが出来ぬ先に表面に成りた処で、皆の者が栃麺棒を振る斗りであるぞよ。神は早く表に成りて、現界で活動いたしたいなれど、今ではモチト大本が定まらんから、早く何彼の行方を変えて下されよ。神急けるぞよ。 |
|
156 (3731) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年3月8日 | 大正八年三月八日 大正八年三月八日旧二月七日 天に坐ます日の大神様は、天地初発の時から、世界万物を造りて之を愛護し給ひ、永遠無窮に光りを与え、地の世界を照らして御守護遊ばすなり、五六七の大神様は人民よりも下たに降りて、地の在らむ限り、遺る隈なく、隠れて御守護下され、何一とつ自由と云ふ事も成さらずに、万物を養育遊ばして御座るなり。地の固成主なる国常立尊は、坤の根神[*「根神」は底本通り]豊雲野尊と水火を合はして、夫れ夫れの守護神に御苦労に成りて地を固め締め、一旦は地の世界の主宰者と成りたなれど、八百万の神の為に永らくの間神の世一代艮へ押込められて、隠から斯世を守護いたして居りた事の、誠の精神と行状が天地の大神様の御眼に留まりて、再び地の世界の神界を守護いたすやうになりたのは、誠に神は満足であれども、是だけに乱れた世の中を、善一とつの神代の神政に改造すのは、中々大業で在るから、昔の神代に艮の金神と共に世に落された神々を、今度の天之岩戸開きの御用いたさす為に、世に上げて神政成就の御用に使ふから、其神々の名を上から上から表はして置くぞよ。国常立尊の侍従長を勤めたのは、右が猿田彦命と猿田姫命の夫婦なり、右の侍従が八雲立命と出雲姫命の夫婦なり、左の侍従長が真心彦命と事足姫命の夫婦なり、左の侍従が国彦命と国比女命の夫婦の神でありたぞよ。其他に沢山の付々や眷属は在りたなれど、時節に応じ、手柄に由りて、次々に名を表はすぞよ。天の規則が破れた始りは、真心彦命の最も愛して居りた百照彦命に春子姫命と申す妻がありたが、真心彦命は愛情深き神で在つたが、終には百照彦の命の妻の春子姫に手が掛り、不調法が出来たので、天の大神様から役目を御取上げに成つたのであるぞよ。真心彦命は事足姫命と申す妻神が在りて、広心彦命、行成彦命と云ふ二柱の神子が出来てあるにも関はらず、情けに耽れて春子姫との間に怪しき行為が結ばれたので、天の大神様から天の規則破りの罪として、国常立尊の侍従長を退職されたので、真心彦命は自分の失態を愧ぢて終に国替を致されたので在るぞよ。そこで八百万の神々も其心事を気之毒に思召されて、種々と持てなしを成されて、長男の広心彦命が父神の後を継ぎて、左の侍従長と成り、仁愛を以て下を治め、一時は天下泰平に世が治まりて、国常立尊の威勢も揚りたので在りたぞよ。然る所に未亡神なる事足姫命は、夫神の御心情も察せずに、春永彦命と云ふ後の夫を持ちて、桃上彦命を生み、夫婦の神が仲良く暮して居りたが、是が大変に天の規則に照して面白く無き行為で在るぞよ。 桃上彦命は非常に下を憐む、精神の善き神でありたから、種違いの兄神の広心彦命も大変に安神いたして、自分の副神に任じて、神界の御用の祐けを為せて居りたが、桃上彦命は月日の経つに連れて、始めの善良なる精神が狂ひ出し、上の神の命令も聞かず、外神の難義も顧みず、終には慢神益々増長して、兄神の権利と地位を占領し、只管下斗りの機嫌を取る事に而巳心を碎きたるが故に、下の神々は恩に馴れて安楽な道ばかりに傾き誠の天則を守る神の教に反対いたし出し、神界の政治は上げも下ろしも成らぬ如うに成り果て、終には重立たる侍従神もチリチリ破乱々々に世に押込められて了ふて、国常立尊は枝葉を断られた大樹の如うに致されて了ふたので在るぞよ。是が此世に体主霊従と申す事の初りであるぞよ。 ◎ 真心彦命の未亡神なる事足姫命は、貞操を破りて春永彦命と云ふ後の夫神を持ち、其間に生れた桃上彦命で在るから、初めの間は大変に円満な神で在つたなれども、母の規則破り、不貞操の水火が伝はりて居るから、終には勝手気儘な精神が現はれて、野心を起し、天地の経綸を破りたので在るから、神は猶更、人民は神に次での結構な身魂であるから、夫婦の道を大切に守り、一夫一婦の規定を守らぬと、終には身を亡ぼし、家を破り国家に害毒を流して、天地の規則破りの大罪人に落ちて苦しまねば成らぬ事が出来いたすぞよ。事足姫命の不貞操な行状が元に成りて、神界が一旦乱れて了ひ、次に人民の世界が今の如うに乱れて来たので在るから、悪と云ふ行為は毛筋も今度は無きやうに、水晶の神世に立直すので在るから、皆の人民は互に気を注け合ふて心得て下されよ。取返しの成らん事が出来いたすぞよ。斯の天則を破りた二柱神の子の桃上彦命が、大野心を起して、下々の神に対し贔屓を取らんとして、八方美人主義を非常に発揮したる為、下は之に馴れて上の命令を一も聞かぬやうに成りたので、他の善神から大禍津美命と名を付けられたので在るぞよ。この桃上彦命は八十猛彦と百武留彦を殊の外寵愛し、両神を頤使て益々自己の野心を遂行いたし、自由自在に斯世を持荒らしたが為に、今に世界が体主霊従の身魂斗りに成りたので在るぞよ。それから国常立尊の左の侍従を勤めて居りた、国比古之命は侍従長の真心彦命の国替に由り、首長の無くなつたのに気を赦るし、自由自在に自己主義の行り方を致して世に現はれ、大権力を振り舞はし、終に世界を乱して了ふたので在るぞよ。国比古之命と国比女命夫婦の間に三柱の神子が生れて、長子を真道知彦命、次子を青森行成彦命、三子を梅ケ香彦命と申す名が付けてありたぞよ。此の三神の兄弟は、父母の神に似ぬ厳格にして、智仁勇兼備の善良な神で在るから、父母両神に度々兄弟が交る交る意見を致したなれど、少しも聞入れなき故に、何れも時節を待つて父母の改心を促がさんと、古き神代の昔より、堪え堪えて貯えし、誠の花の咲く世に成りたから、今度の二度目の天之岩戸開きに就て、国常立尊の大神業を輔け、父母の大罪を償はんと、一生懸命に兄弟の神が力を合はして活動いたして居れるぞよ。 ◎ 広心彦命と行成彦命は、真心彦命と事足姫命と夫婦の間の神子であるぞよ。桃上彦命は未亡神事足姫命と、後添の夫神春永彦命の間の神子であるぞよ。 ◎ 広心彦命は桃上彦命の為に、非常なる困難の地位に落ち、筆紙に尽されぬ程の艱難辛苦を致した神であるぞよ。其原因は父神の真心彦命が大罪を犯して天則を破り、侍従長重職を退き、且つ神去ましたので、忠孝仁義に厚き広心彦命は、昔から貯えた善の神力で、天地の神の稜威を輝やかし、天地万有を安きに救ひ、且つ父母両神の大罪を償はんと思召しての、御艱難を為て居れるぞよ。此神は至善至愛の身魂であれど、其温順なる身魂の性来として厳しき事を申すのが嫌で在つた為に、異父弟の桃上彦命の乱政を戒め、改めしめる事が出来なんだのが、此神の一生の失敗でありたぞよ。それで此の大本の教は、天の規則に外づれた事は、容赦なく厳しく申して戒める御道であるから、情義にからまれて天の規則を外す事は出来ぬぞよ。桃上彦命の行り方が天則に外づれて居りた斗りに、下々が段々と増長して、君、大臣、小臣、民の四階級を破壊して了ふたので、八百万の真の神々が忍び兼て各自に退職を致されたので、神界の政治は如何ともする事が出来ぬやうに成りたので在るぞよ。そこで広心彦命は弟神の行成彦命と力を合はせ、心を一にして天則を厳守し、回天の事業を起し、完全に神代を改造せんと焦慮せられたなれど、安逸なる放縱神政に馴れたる神々は一柱も賛成なく、天地は益々暗黒界と成り、上げも下ろしも出来ず、万妖億邪一度に突発したので、国常立尊の侍従の役を勤めた、猿田彦命の妻神なる猿田姫命と、八雲立命の妻神なる出雲姫命が、非常に心を配り身を竭し、神政改造の為に在るに在られん数十万年の永い間の御艱難を成されて、今に神界で大変な御活動に成つて居られるが、今に苦労の花の咲くやうに成りて来たから、今度は苦労の凝りで、万劫末代萎れぬ結構な生花が開くから、世界の人民は是を見て一日も早く改心致して、君国の為に出来るだけの苦労を勇んで致して、日本魂に立帰り、神国成就の為に真心を尽して下されよ。後にも先にも無き結構な天地の岩戸が開くのであるから、日本の人民は一人なりとも余計に改心して、岩戸開きの御用に身魂を捧げて下されよ。末代名の残る事であるぞよ。 猿田彦命と猿田姫命の間に三柱の神子が生れて、長女が杵築姫命、次女が朝子姫命、三女が猿子姫命と申すぞよ。天の規則が破れて、神政が潰滅た際に、猿田彦命は妻神の意見を聞かず、却つて大に立腹せられ、三柱の姫神を引連れて天上に昇りて了ふた、神政に冷淡なる神であるぞよ。茲に猿田姫命は思ひ掛けも無く夫神と三柱の大切な姫神とに生き別れの辛酸を甞められた、気の毒な神であるぞよ。猿田姫命は悲歎行る方なく、天を仰ぎ地に伏して、猿田彦命に天より降り玉ひて、此の乱れた神代を改造し給へと、一生懸命に歎願致されたなれど、一徹短慮の猿田彦命は妻神の言に耳を藉さず、三柱の姫神までも地へ降されなんだのであるぞよ。茲に広心彦命は猿田姫命の窮状を察し、一方の力に成らんと、弟神の行成彦命と相談の上、猿田姫命に向ひて申さるるには、斯の騒動は吾々にも大責任あり傍観する時に非ず、貴神の国土の為に心を碎きなさるのを御助け申上げたいからと、兄弟の神が心を一つに致して漸く苦心の結果、猿田姫命の一時の困難を助けた誠に至善なる神でありたぞよ。 ◎ 茲に猿田彦命は天上に昇りて、自由に神政の経綸を為さんとすれど、元より妻神を見捨られし位の気儘な神で在るから、真の日本魂が欠けて居る為に、事志と相違し、中界の魔神とまで成り果てたのであるが、高天原の岩戸が開けて後、皇孫二二岐命が豊葦原の水穂国に、天照皇大神の神勅を奉じて地上に降臨あらせらるるに際し、猿田彦大将軍と成りて、中界の魔軍を数多召び集へ、天の八衢[*底本は「八街(やまた)」]に出でで、皇孫降臨の途を塞がんと為したるを、神代の女傑神天宇受売命の為に矛を返して皇孫に帰順し、悪心を翻がへして忽ち善良の神となり、皇孫の御先導となりて、筑紫の国の櫛振の峰に送り仕え奉られたのであるぞよ。此の天宇受売命は元来は出雲姫命の変化の神でありたが、天の規則が破れた折に、何なりとも善を尽し義を立てて、神国の麻柱の道を立てんと焦心せられたなれど、何分にも肝腎の大本元が破壊されて在るのであるから、真実の神業は成功する事に至らずして、大正の御代の今日まで忍耐をいたして居れたが、此の神の誠の活動が成就するのは今後であるぞよ。広心彦命も非常に苦心致され、天の下を平けく安らけく治め玉ふ現人神の、隠から御守護を致して居れど、今に誠の事は成功致さず、小さい国の一つ位いでは未だ十分の満足が出来ぬので、科学の力を借りて三千世界を開かうと思召し、○○を用ゐる程益々体主霊従が盛んになりて来て、世界が段々と乱れる斗りで、上げも下ろしも成らぬやうに成りたなれど、昔の神代の時代から絶えずに国土を思ひ、神君を大切に思はれた誠の在る神であるから、今度の二度目の世の元の生き神が、揃ふて艮の金神の配下で艮の御用を致さるるに就て、神代からの順次を明白に立別けて御用に掛りて居れるぞよ。世界の人民の昔からの因縁の判る時節に成りたから、誰に由らず改心が一等ぞよ。 |
|
157 (3734) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年3月12日 | 大正八年三月一〇日 大正八年三月十日旧二月九日 国常立尊の筆先であるぞよ。変性男子の御魂稚日女之命[*ママ]は世の初りに、天若彦命と素盞嗚尊の為に押込まれて、八重九重に咲く芳ばしき花の苔みを、半開にして散り亡せ給ひ、地に落ちて神代一代の永い艱難苦労を遊ばしたが、天若彦命の天の規則破りの罪を我身に引受け、今まで善一とつを貫いて御出なされた日本魂の誠の大神様であるぞよ。大本の役員から此の次第を了解いたして下さらぬと、今度の仕組は根本が判らんのであるぞよ。稚日女命[*ママ]の肉体は上天いたして、天地の間を守護いたして居れるから、是からは世界の物事は速く成るから、一日の猶予も出来ぬぞよ。世の初りから、誠の日本魂を天地に貫いて来られた御徳が、今度斯世に表はれて、天も地も一度に明らかに稜威が輝く様に成りたのは、誠と苦労の結果であるから、斯神の昔からの行状は世界の善の亀鑑であるぞよ。亦た天若彦命は非常な狡猾な陰険な邪神であるから、誠の神様の御苦労の徳を横奪いたして、神の世を自由自在に持荒らした神であるぞよ。天若彦命は若姫君命の養育された黄金竜姫命に恋慕して、天の規則を破り、貞操を汚さしめ、傍若無人の挙動を致し、終に他の神々も夫の行動に感染して残らず天の罪を犯し、総損ないと成りて了ふて、皆の神が世に落ちねばならぬ始末となつたのであるぞよ。夫れで今日までは元の誠の神は世に現はれず、根底国の刑罰を受けて苦しみて居りたなれど、今度の二度目の天岩戸開きに就て、艮の金神の元の誠が現はれて来て、九ツ花が咲く時節が参りたから、善一と筋を貫きて御出遊ばした、若姫君命の養育なされた八柱の神を世に上げて、十葉の花を咲かす神代と成りたから、今度の世の改造に昔からの神々の因縁を説分けて、万古末代の世を治めて、神も仏も人民も、餓鬼虫けら迄も助けて、松の代ミロクの代と立直して了ふので在るから、中々骨の折れる事であるぞよ。大本の信者の中には、世の立替と申す事を大変な誤解を致して居るものが在るが、世の立替は神界幽界現界の邪悪分子を全部改革いたすと云ふ意味であるぞよ。世の立直しと申すのは昔の神代に皇祖の神々が御定め成された通りの、完全無欠の神政を開いて、三千世界を天津日嗣の御威徳で言向和はし、天の下四方の国を平けく安らけく知食し給ふ御神業の完成いたす事で在るぞよ。余り大きな間違いで、アフンと致す事が来るから、充分に神の慈悲心に成りて、筆先を眼を通して下されよと永らくの間気が付けてあるのに、自己の心が汚ないから、色々と疑ふたり、取違い致したり、中には途方も無い事を申して世界の人民を驚かす事になるから、神の深き慈悲心に照り合して、我身魂の善悪を省みるが良いぞよ。神からは世界の人民は皆な我子で在るから、しかりたりたらしたり、色々と致して改心を促がして居るので在るから、大本の肝腎の役員から充分に神心を考へて、出て来る人に違はぬ教を致して下されよ。善になるのも悪に代るのも、皆役員の舌一枚の使い様に由るぞよ。人民の舌ほど結構なものの恐ろしいものは無いぞよ。明治二十五年からの筆先を心を鎮めて覗いて居りたら、神の誠の精神が判りて来るぞよ。八釜しう申さいでも神の知らした事は世界から順に出て来るから、黙りて居りて改心も出来るなり、神徳も与へられるぞよ。 ◎ 斯大本には昔の神代から罪を作りて来た体主霊従の身魂の人民ほど、先へ引き寄せて、御魂の借金済しの為に大望な神界の御用を命して在るので在るから、其の覚悟を致して、我れ一と神国の為に尽して下さらぬと、我に神力学力が在るから引き寄せられた如うに思ふて油断いたしたら、大変な間違いが出来てくるぞよ。斯の大本は盛んになる程敵が多く出て来るから、其敵対ふて来た人民を、大切に致して親切に取扱ひ、神界の真理を懇切に説き諭して、歓こばして改心さして、皇道大本の神の誠の教に帰順いたさす経綸であるから、敵が殖える程段々と良く成るぞよ。今度の神界の経綸は強い敵ほど良き味方に成りて御用を助ける仕組であるから、敵が殖えて来る程この教は立派に開けるぞよ。三千世界を開くと云ふ事は、今までの如うな筆法で古事記を説いても、肝腎の奥の奥が明らかにならぬから、誠の神政復古は成就いたさんぞよ。今度は二度目の天の岩戸開きで在るから、肉体その儘で天地の在らん限り、幽界現界に出入往来いたして、今の人民の智慧や学力で判らぬ神理を調べて置いて三人世の元の経綸が致して在るから、是が判りて来たら三千世界が一度に鳴るぞよ。三人世の本の因縁も、日の出神の御苦労も鏡の如くに判りて来るぞよ。そこへ成りたら如何な鼻高でも悪神でも成程と改心いたすなれど、斯大本の経綸は世界中に仕組てあるから、今に吃驚箱の蓋が開いたら、我も私もと申して世界中から綾部の大本へ詰かけるから、今の内に充分の用意が出来て居らぬと、俄にトチ面貌[*「面貌」は底本通り]を振るやうに成るぞよ。節分から世界の様子が大変に替るに就て、先づ斯の大本の内部から立替改造を致すと申して知らした事の実地が参りたぞよ。各自に腹帯を確かり占て居らぬと、一つの峠が在りても直ぐに後戻りをいたすと申したが、筆先の十分腹へ這入た人民は大磐石で、押しても突いても微躯りとも致さねど、浅い筆先の見様をいたして居る人民は、ヒヨロ付いて後餅を搗いて、神力は落ちるなり世界からは良い笑はれものと成るから、何時も日本魂を研いて居れと申して、細こう書いて知らして在りたぞよ。艮の金神が綾の高天原の神屋敷に現はれて、八百万の神を集めて、天の大神様から思兼の神と御命令を戴きて万物の種を編み出し、苦労いたして立派な神の世が造れたと思へば、天の若彦命が色々と勝手な事の行り放題で、天地の教を根本から覆がへしてから、世は段々と曇る斗り、上げも下ろしも成らぬ様に、此神の眷属の羽張り様と申すものは、人の苦労を横奪ばかりで在りたから、高天原から乱れて来て、今の世までも悪の種が伝はりて来て居るから、今の世界の所作柄は、万物の霊長どころか、四ツ足にも劣りた精神になり切りて了ふて居るぞよ。一寸先きも見えぬ所まで霊魂が曇り切つて居るから、今度は天の時節が参りて、人民の霊魂に燈明を付けて、元の日本魂に生れ返やして与らねば、斯世の泥海を此ままに致して置いては、モウ此の后は一寸の間も、行きも還りも出来ん事になりて、何から破裂いたすやら分らんから、神は人民を助けたいのが一心で在るから、一日も早く人民の首の位にある日本の人民から改心いたして、世界へ善一と筋の良き鏡を出して下され、今に世界は激しく成るから、変性女子の身魂から水晶に研いて下されよ。女子の身魂の改心さえ出来たら、世界の人民の改心が早く成るなり、改心が一日遅れたら遅れた丈けは、世界が永く苦しむので在るから、斯の大本の肝心の御方から日本魂に立帰りて、神国成就の御用を勤めて下されよ。大本の教は智慧や学では何程考へても、人民力では見当の取れん、奥の深い経綸であるから、是からソロソロと変性女子の手で、順に時節に応じて知らすぞよ。大本の筆先は其人々の御魂相応に感得る様に書してあるから、余程御魂を研かんと、真理の神意が判らんから、取違いが出来るから、筆先を説く役員も聞く人民も、第一に神の心に成りて考へて下さらんと困る事が出来いたすぞよ。筆先の御用いたして、錦の旗の経綸の御用を致して居る変性女子の御魂でさへも、今までは神界の機の仕組は判りて居らなんだ位であるから、普通の人民には判らんのも無理は無いぞよ。夫れで今迄は夜ルの守護であると申して知らして在りたなれど、大正八年からは弥々日出の守護となりて、変性男子と女子との身魂が世界へ天晴れ現はれるから、一日も早く此の大本の中から改心いたして、世間から見てアレデならこそ三千世界の大本、地の高天原で在ると申すやうに成りて来たら、一度に開く梅の花と申すのであるぞよ。開いて散りて実を結び、隅々までも澄極りて、世界に輝やく世の本の神の教を、四方の国から尋ねて来る八ツの年、新畳でさえも打てば、埃の出る者なれど、何程たたいても埃一つ出て来ん所まで研き上げて、天地え御眼に掛る艮の金神の経綸であるから、其覚悟を致して、斯の大本へ出て来る人民は、世界並の改心ぐらいでは可んから、研いた上にも研いて下されと毎時も申して知らして在るぞよ。世の諺にも、大きな器物には大きい影が刺すと申すなれど、大本の教は大きな器でも小さい器でも、水晶に澄極る処まで研く教で在るから、影と日向の区別無く、却つて影には強い光りが差す教であるぞよ。毛筋の横巾も間違いの無い教であるから、大本の信者は日本魂に立帰りて、毛筋ほどの虚言や詐りは致されず、悪いと申す事は露ほども出来ぬ世の立直の教であるから、明治二十五年から艮の金神の教は、他の教会の行り方とは天地の相違で在ると申すので在るぞよ。我の心が写りて心相応に感得る神諭であるから、我の身魂の磨けん内から知つた顔して筆先を説いても、大間違い大取違い斗りに成るから、口と心と行いの揃ふ誠の人民でないと、神諭の奥の精神はとうてい分らんぞよ。 |
|
158 (3735) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年4月13日 | 大正八年四月一三日 大正八年四月十三日 艮の金神大国常立尊が竜宮館の地の高天原に現はれて、世界の事を書きおくぞよ。変性男子の御魂の宿りて居る出口直の手を借り口を借りて明治二十五年から大正七年まで二十七年かかりて知らして置いた言葉の実地が出て来たぞよ。由良川の水上の渭水の辺りに流れも清き和知川十二の支流を寄せ集め、三千世界の隅々へ。澄める教を伝えむと探き思は神の胸。広しと雖三千歳の。経綸も茲にアオウエイ。五大父音の音無瀬や、科戸の風の福知山。空吹く東風や北風の。塵も埃も外の国。皆舞鶴の入海に、流し清めて惟神。火水の稜威も荒磯の、砕くる日影月の影月日も仲良く治まりて、神教の奥は大正の、一二御代に厳々し。伊都の御魂の表はれて、燃の斯世を開きつつ、地成の春夏秋の空。峰の頂き四ツ尾の、木々のそよぎて畏こくも、高天原に登ります。最も尊とき惟神、真道弥広大出口、国地王霊主の神魂、国稚姫の久良芸如す、漂ふ神国を、造り初め。経と緯とに織る機は、綾の錦の棚機や、千々に心を配らせつ、鬼も大蛇も瑞の霊、光りさやけく美はしく、天の岩戸を開かむと、二代三代澄直霊、三千世界の梅の花、開く常盤の松みどり、竹の園生の弥栄に、栄えを松の神代かな。弥々ひらく大正の、八ツの御年の春よりぞ。花の香清く実を結び、世界の花と鳴り渡り、東も西も南北も、神の都と称へつつ、凝り固まれる九年、十年の春や秋の空、高く清けき神の国、世の大本と美はしき、名を酉年の芽出度けれ。 ◎ 今の世界の人民は余り学や智慧が有り過ぎて神徳は言ふに及ばず、人徳と云ふものが、一つも無いから、今の世界の此の有様を何とも思はずに、我身さえ好けりや他人は死のうが倒れうがチツトも構はぬ自己本位の人民が九分九厘まで湧いて居るから、何時までも神国成就の経綸が出来上らむから、今度は昔の元の天地の先祖が現はれて三千世界の改造を致すために天の大神様の御命令を戴きて、地の先祖の国常立尊が神代一代世に落ちて仕組いたした誠の道の玉手箱、開けても暮れても一筋の天津日継の弥高く四方に輝やき渡す時節が参りたぞよ。綾部の大本は神界の経綸で、変性男子の大気違いを現はして天地の神々や守護神人民に警告て在りたなれど、斯の大気違は最早天に帰りて天からの守護となりたから、是からは弥々変性女子の大化物を現はして、三千年の経綸の艮めを差して世界を水晶の神世に造り代えて了ふぞよ。それに就ては大本の金竜殿の説教や演説の行り方から立直さぬと天地の先祖の神慮に叶はんぞよ。今は世の堺の金輪際の千騎一騎の性念場であるから、因縁の御魂を日々遠近から引寄して明治二十五年からの筆先と此の大本の中に在りた実地の談さえ致して、天地の先祖の苦労やら変性男子が鏡に出した其の行状の有様やら、女子の心の底にある炬火を世に現はして充分に立寄る人民の腹の底へ浸み込むやうに平たう説いて聞かせる世界の大本で在るのに学者が聞いても容易に判りかけの致さん言霊学やら哲学の如な話を仕て居りては物事が段々遅れる斗りで、神界は却つて迷惑を致して居るぞよ。此の大本は改心改心と一点張りに申す所で在るが、其改心は堂したら良いかと申せば、生れ赤子の何も知らぬ天真爛漫の心に立帰りて大馬鹿に成ると云ふ事であるぞよ。今の金竜殿の先生は智者学者の集り合ひで在るから、知ず知ずに自分の腹の中の智利や誤目が飛んで出て神と人とを酔はして土を耳や目や鼻に入れるから溜つたもので無いぞよ。今の鼻高さんには神も感心致して居るぞよ。神が一度申したら其通りに致さねば斯の大本は神が因縁の身魂を引寄して致す神策地であるから、賢こい御方の結構な考えとは薩張大反対であるぞよ。世界の日々の説法を見て改心いたして今迄の行り方を根本から立替て下さらぬと神界の邪魔に成るぞよ。神の為君の為国の為に一身一家を捧げて居乍ら知らず知らずに神慮に背く如うな事で在りたら折角の役員の苦心が水の泡と成つては其人も気の毒なり神が第一に迷惑いたすなり、引寄せられた因縁の御魂も苦しむから、一日も早く何彼の行方を改正て下されよ。一時後れても神界では大変であるぞよ。筆先一方で開くと迄申して在る位の大本であるから、入れ言やら混りの教は神は大変にいやで在るぞよ。斯の大本は世界中の人民を阿房に致す神の大本で在るから、変性女子の大化物の大馬鹿が申す事と行動行り方を気を付けて居りて下されたら何も判るので在るぞよ。 是までに変性男子が一度極めて置た役目は例之変性女子の教主と雖ども猥りに立替る事は成らぬ神の深い経綸であるから、大本の役員の勝手に致す事は成らぬぞよ。我を出して行るなら一寸やつて見よ直に手の掌が覆りて後戻り斗りに成りて苦しむだけの事じやぞよ。神界の仕組はまだ外にも色々と致して在るから、変性女子の胸の内は誠に辛いぞよ。神界の誠の一方の助けに成りて呉れる役員が大本に在りたら女子も御用が致し良いなれど、肝心の女子の心は解らぬから無理は無いぞよ。今の大本の役員は赤誠一図で一生懸命の御用を致して居れる国家の大忠臣斯世の加賀美で在れども、余り正直すぎて融通の利かぬ人民も在るから、神の目放しが一つも出来んぞよ。今の役員信者は結構な立派な御方ばかりで人間界では申分は無けれども、水晶の世に致す神の眼から見ると丁度狭い山路を自転車に乗つて馳りて行くやうに在りて神が横目を振る間も無い馬車馬式の御方斗りで仕末に困るぞよ。けれ共斯の始末に了えぬ人民で無いと今度の御用には間に合はず、六ケ敷神界の経綸であるぞよ。 ◎ 変性男子の御魂若姫君の命は天に上りて五六七大神様の差添を遊ばすなり、坤の金神豊雲野命は地へ降りて大国常立尊の女房役となりて働くなり、天にも地にも夫婦揃ふて守護いたす時節が参りたから、是からは世界の物事は急転直下の勢いで天地の岩戸が開けるぞよ。天では撞の大神様が一の主なり、五六七の神と若姫君命の夫婦が御側役の御用なり、地では禁闕要乃大神様が一の主なり、国常立尊と豊国主尊が夫婦揃ふて御側役をいたすなり、木花咲耶姫命の御魂は日出乃神と現はれて立派な神代を建る御役なり、彦火々出見命は木花咲耶姫命に引添ふて日出の神の御手伝を成さるので在るぞよ。出口直は(イ)の御役を地の上で済して天へ上り、出口の王仁は(ロ)の役を地で致すなり、(ハ)の御役は二代澄子の御役であるから、是から后は一番御苦労であるぞよ。次に日出乃神の御用は(ニ)の御用を致すのであるぞよ。今の大本は(イ)の御用だけ片付きて、(ロ)の御用の初発であるから、混沌時代で四方八方からイロイロと噂さを致すなれど、是がロの守護であるから神界の経綸通りで在るから、皆安心して御用を勤めて下されよ。是から二代の御用は筆先を読んで修行に参る人民に説き聞かす御役であるぞよ。遠国から参りた人民は是非一回に一度や二度は面会いたさせねば因縁が明白に解らんから、大本の役員は是が一番の大事であるから、取違いの無きやうに致して下されよ。 ◎ 三千世界一度に開く梅の花開ひて散りて若日女の再び天に高く咲く、地は豊国主の良き果実を結ぶ、夫れ迄に世界は未だ未だ大きい稲荷の御礼が湧いて来るぞよ。大きな馬の四ツ足と蚤とが動き出すぞよ。木に日が懸り小里の者がさはき出し日月雲に掩はれて常夜の暗やサルの年、トリ越苦労致すより早く身魂を研くが一等ぞよ。 ◎ 銀貨銅貨が凝まりて大きな一箇の丸となり、金貨の山へ攻め寄せて来るなれど、元から貴き光りの在る金は容積少なくも終には一の宝と勝ちほこるぞよ。 ◎ 若日女君命は昔の神代に天の規則が破れた折、イとロの機の経綸の最中に素盞嗚命の天斑駒の為に御国替遊ばして地の底へ埋もりて居られたなれど、二度目の天の岩戸が開く時節が参りて来て、我子の禁闕要の大神に地の主宰権を譲りて今度は天へ還りて五六七大神様と力を協せ心を一にして天の御守護を遊ばすなり、地の神界は国常立尊豊雲野尊が左右の御脇立となりて地の上に高天原を建て三千世界を守護遊ばして天津日継の御尾前を幸へ助け心安の元の神代に捻ぢ直し給ふぞ尊とき金勝要の大神の純きり坐ます梅と松との世界の神の大本ぞ。 |