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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 46 白日別 第四六章白日別〔三四六〕 夜は仄々と明けかかる。国家興々と鳴く鶏の、声に日の出宣伝使、東天紅を兆して雲を披きて昇りくる、清新の晨の空気を吸ひ乍ら、露路を分けて、日は白々と白日別司の館に進み行く。 蚊取別は数多の瓢箪を腰にガラガラ云はせながら、跛を引きつつ頭を空中に上げたり下げたり、息もセキセキ四人の後に跟いて来る。その姿の可笑しさは、飯蛸魚が芋畑から立つて逃げる姿その儘なりける。 日の出神の一行は、白日別の館に近付き、門を叩いて打てども打てども、何の答へもなければ、日の出神は蚊取別に向つて、 日の出神『汝はこの塀を越え、中より門を開け』 と命じたまへば、蚊取別は、 蚊取別『これ程高い塀を私のやうな跛が、何うして越せませうか』 日出神『越せるとも、越せる工夫がある。斯うするのだ』 と云ひ乍ら、腰の瓢箪の詰を抜いて、 日出神『お前はもう酒は嫌ひになつたのであるから、もう酒はいらない、捨てて遣らう、未練は無いか』 蚊取別『ハイ、未練も焼酎も有りませぬ、並酒ばかりです。もう放かしても一寸も惜しいとは思ひませぬ。しかし是れで一生酒と縁切れぢやと思ふと、名残惜い様な気がいたします。放かすは放かしますが、一寸嘗めてみても宜しいか』 日出神『卑しい奴ぢや、思ひ切りの悪い男じやなあ』 と云ひながら、瓢箪の詰を抜いて残らず大地に棄てて仕舞つた。そして沢山の瓢箪の口より、一々日の出神は力限りに息を吹込み玉へば、瓢箪は見る見る膨張して、風船玉のやうに薄くなり、蚊取別は自然にフウと舞ひ颺りたり。 蚊取別『モシモシ颺ります颺ります、どうしたら宜しいか』 日出神『その瓢箪を一つ一つ放かすのだ。薄くなつて居るから爪で破れ』 蚊取別は爪の先でパチパチと破つた。一度に瓢箪は破れて、図顛倒と屋敷の中に落ちた。門内にはドスン、「アイタタ」の声聞えゐたり。 日出神『おい、早く門を開けぬか』 蚊取別『あかぬあかぬ薩張あかぬ。抜けた抜けた』 面那芸『何が抜けたのだい』 蚊取別『腰だ、腰だ』 面那芸『間に合はぬ奴だナア。腰を抜かしよつて』 と云ひながら翻然と体をかわし、もんどり打つて門内に飛込ンだ、忽ち門は左右にサツと開かれた。 面那芸『皆さま御待たせ致しました、さあお這入り下さい』 四人の宣伝使はドシドシ奥へ進み行く。 蚊取別『あゝもしもし、私を如何して下さいます。私を、私を』 と叫びをる。祝姫は気の毒がり、後に引返して蚊取別の手を取り抱き起さうとしたるに、蚊取別は何うしても腰を上げぬ。 祝姫『何故起きないのですか』 蚊取別『はい、私は嬶よりも子よりも、好きな酒がすつかり嫌ひになりました。かうなると思ひ出すのは、国に残した女房の事。あゝあゝ、もうこの頃は死んだか生きたか、何分太平洋を越えて永い歳月、何ンぼ女房が有つたとてまさかの間には合ひませぬ、察する処貴方は独身らしい、何うぞ私に輿入れして下さい。そしたら腰が立ちますよ』 祝姫『オホホヽヽヽまだ貴方は酒に酔うて居るのですか。何ほど男旱の世の中でも、云うと済まぬが、貴方の様な黒いお方の女房に誰がなりますか。軈て烏が婿に取りませう。私はたとへ烏に身を任しても、貴方のやうな瓢箪面には真平御免ですよ。阿呆らしい、サアサア早く御立ちなさい。日の出神さまに睨まれたら怺りませぬよ』 蚊取別『アーア、成るは厭なり、思ふは成らず、私の好く人また他人も好く。アーア気の揉める事だワイ』 祝姫『知りませぬ』 とツンとして、足を早めてさつさと奥に行かうとする。蚊取別は蓑を握つて、 蚊取別『もしもし、さう素気無くしたものでは有りませぬ。旅は道伴れ世は情』 祝姫『エヽ、情け無い』 と禿頭をぴしやつと叩いて一目散に走り行く。蚊取別は腰を抜かした儘、 蚊取別『オーイ、オーイ』 と叫びゐる。 日の出神の一行は、館の内を隈なく探し見たが、猫一匹もゐない。不思議ぢやと其処辺中を開けて見たるに、国魂の神純世姫の御魂は奥殿に鄭重に鎮祭されてあり。さうして一切の器具は、秩序よく整頓してある。一同は神殿に向つて天津祝詞を奏上したるが、神殿には何一つ供物は無かりける。一枚の紙片に何事か記しあり。日の出神は恭しく神殿に進み、これを手に戴き拝読したるに、神に奏上する祝詞と思ひの外、次の様なことが記されありける。 一、私は白日別と申す、筑紫の国の大酋長であります。一昨夜の夢に、国治立の命の珍の御子と、神伊邪那岐命の珍の御子が、この筑紫の島にお降りになるから、汝ら一族は、この国と館を明け渡し、一時も早く高砂の島に立ち去りて、その島の守護職となれ。跡は高照彦神鎮まり給へば、筑紫の国も、葦原の瑞穂の国も穏かに治まるべしとの、夢の御告げでありましたから、私は夜の間に一族を引連れてこの島を立退きました。跡は宜しくお願ひ致します。 日の出神様 高照彦様 外御一同様 と記しありぬ。日の出神はこの遺書に依り、高照彦を筑紫の国の守護職となし、名も白日別と改めしめ、天運の到るを待つ事としたまひぬ。 此より日の出神は常世の国へ、面那芸司は天教山へ、祝姫は黄金山に向つて進む事となり、三柱は此処に惜しき袂を別ちたりける。 (大正一一・二・二旧一・六高木鉄男録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 16 霊縛 第一六章霊縛〔三六六〕 一行はブラジル峠の山頂に四辺の風景を眺めながら、下らぬ話に耽り居たり。涼しき風は吹き捲り、次第に烈しく周囲の樹木も倒れむ許りなりけり。蚊々虎は側の樹の根にしつかとしがみ付き、 蚊々虎『モシモシ宣伝使様、どうしませう。散ります散ります』 淤縢山津見『それだから蚊と言ふのだ。これつ許りの風が吹いたと云つて、木の根にしがみ付いて散ります散りますもあつたものかい。まるで酒でも注いで貰ふ時の様なことを言ひよつて、弱虫奴が、これから巴留の国へ行つたら、これしきの風は毎日吹き通しだよ。大沙漠を駱駝の背に乗つて横断しなくてはならぬが、貴様の様な弱いことでは、駱駝の背から蚊のやうに吹き飛ばされて了ふかも知れぬ。あーあ旅は一人に限るナ。コンナ足手纏ひを連れて居ては、後髪を牽かれて、進むことも、何うする事も出来やしない嫌な事だワイ』 蚊々虎『モシモシ宣伝使様、偉さうに仰有るな、後髪を牽かるると云つても、髪の毛は一本もありやしないワ。俺の頭を見やつしやれ、棕梠のやうな立派な毛が沢山と、エヘン、アハン』 淤縢山津見『貴様のは髪ぢや無いよ。それは毛だ。誠の人間には髪が生えるし、獣には頭に毛が生えるのだ。俺の頭は髪だぞ。髪と云ふ事は、鏡を縮めたのだ。よう光つとらうがな』 蚊々虎『蚊が止まつても辷り落ちる様な頭をして、神様も何もあつたものか。蚊が止まつて噛様だ。アハヽヽヽヽ』 淤縢山津見『何を言ふ。俺は勿体なくも頭照す大御神様だ。頭照す大御神様の御神体は八咫の御鏡ぢやといふ事は知つて居るだらう』 蚊々虎『ヘン、甘いことを仰有いますな。流石は宣伝使様。大自在天の一の御家来、悪い事ばかり遊ばして、根の国底の国に追ひやられて、終には国処を売つて、世界中を迂路つき廻つて、負け惜みの強い体のよい乞食だ。宣伝使様と云へば立派な様だが、乞食の親分見た様なものだ。頭照す大御神様も有つたものか。国処立退の命だ』 淤縢山津見『貴様にはもう暇を遣はす。これから帰れ。何と云つても連れて行かぬ』 (義太夫調) 蚊々虎『私を何うしても連れないと言ふのですか。それはあんまり無情い、胴欲ぢや。思ひ廻せば廻すほど、俺ほど因果な者が世に有らうか。常世の国に顕れませる、大自在天の其の家来、醜国別と歌はれて、空行く鳥も撃ち落す、勲もしるき神さまの、家来となつた嬉しさに、有らう事かあるまい事か、勿体ない天地の神の鎮まり遊ばした、ヱルサレムの宮を穢し奉り、その天罰で腰痛み、腰はくの字に曲り果て、蚊々虎さまと綽名をつけられ、今は屈みて居るけれど、元を糺せば尊き神の御血筋、稚桜姫の神の御子の常世姫が内証の子と生れた常照彦。世が世であれば、コンナ判らぬ淤縢山津見のお供となつて、重い荷物を担がされ、ブラジル山をブラブラと、汗と涙で駆け登り一息する間もなく、もうよいこれで帰れとは、実につれない情ない、善と悪とを立別る、神がこの世に坐ますなら、淤縢山津見の醜国別、体主霊従の宣伝使、義理も情も知らぬ奴、矢張り悪は悪なりき。猫を冠つた虎猫の蚊々虎さえも舌を捲いて、泣くにも泣かれぬ今の仕儀、どうして恨を晴らさうか、今は淤縢山津見と、厳めしさうな名をつけて、肝腎要の魂は、醜の枉津の醜国別、その本性が表はれて、気の毒なりける次第なり。それよりまだまだ気の毒なは、この山奥で只一人、足の痛みし蚊々虎に、放とけぼりを喰はすとは、ホンに呆れた悪魂よ。玉の緒の命の続く限り、こいつの後に引添うて、昔の欠点をヒン剥いて、邪魔して遣らねば置くものか。ヤア、トンツンテンチンチンチンだ』 淤縢山津見『こらこら蚊々虎、馬鹿な事を云ふな。貴様そら本性か、心からさう思つてるのか』 蚊々虎『本性で無うて何んとせう』 と手を振り口を歪め、身振り可笑しく踊り出したり。 淤縢山津見『ハヽヽ貴様は気楽な奴だナ。コンナ処で狂言したつて、見る者も、聞く者も有りやせぬぞ。誰に見せる積りぢや』 蚊々虎『お前は天下の宣伝使、これ丈沢山の御守護神が隙間もなしに聞いて居るのが分らぬか。俺はお前に聞かすのぢや無い。其処らあたりの守護神に、お前の恥を振舞うて行く先き先きで神懸りさせて、お前の欠点をヒン剥かす俺の仕組を知らぬのか。それそれそこにも守護神、それそれあそこにも守護神、四つ足身魂も沢山に面白がつて聞いて居る。夫れが見えぬか見えないか。お気の毒ぢや、御気の毒では無いかいな』 このとき幾十万とも知れぬ叫び声が四辺を圧して、蚊の鳴く如くウワーンと響きぬ。稍あつて幾十万人の声として、ウワハヽヽヽとそこら中から、声のみが聞え来たる。淤縢山津見は両手を組み、顔の色を変へ、大地に胡坐をかき、思案に暮るるものの如くなりけり。 蚊々虎は俄に顔色火の如くなり、両手を組みしまま前後左右に飛び廻り、 蚊々虎(国照姫が憑依)『くヽヽくにくにくに てヽヽてるてる ひヽヽめヽヽ くにてるひめ』 と口を切りぬ。 淤縢山津見は、直に姿勢を正し両手を組み審神に着手したり。 淤縢山津見『一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万』 と、唱ふる神文につれて蚊々虎は大地を踏み轟かし踊り出したり。 淤縢山津見『汝国照姫とは何れの神なるぞ』 蚊々虎(国照姫が憑依)『キヽ鬼城山に立籠り、美山彦と共に常世姫の命の命令を奉じ、地の高天原を占領せむと、昼夜苦労を致した木常姫の再来、国照姫であるぞよ。その方は醜国別、今は尊き淤縢山津見司となりて、日の出神の高弟、立派な宣伝使、妾は前非を悔い木花姫の神に見出され、アーメニヤの野に神都を開くウラル彦と共に、発根と改心を致して今は尊き誠の神と成り、アーメニヤの野に三五教を開き神政を樹立し、埴安彦命の教を天下に布くものである。これより巴留の国に宣伝の為に出で行かむとするが、暫く見合して後へ引き返し、この海を渡つてアーメニヤの都に立帰れ。巴留の国は神界の仕組変つて日の出神自ら御出張、ゆめゆめ疑ふな。国照姫に間違は無いぞよ』 淤縢山津見は、全身に力を籠めて神言を奏上し、ウンと一声蚊々虎の神懸りに向つて霊光を放射したるに、蚊々虎は大地に顛倒し、七転八倒泡を吹きだしたり。 淤縢山津見『其方は邪神であらう。今吾々の巴留の国に到る事を恐れて、この蚊々虎の肉体を使つて、天下の宣伝使を誑かさむとする枉津の張本、容赦は成らぬ。白状いたせ』 蚊々虎(国照姫が憑依)『畏れ多くも日の出神の御使、国照姫に向つて無礼千万。容赦はせぬぞ』 淤縢山津見『容赦するもせぬも有つたものか、この方から容赦いたさぬ』 と云ひながら、又もやウンと一声、右の食指を以て空中に円を画き霊縛を施しければ、 蚊々虎(国照姫が憑依)『イヽ痛い痛い、赦せ赦せハヽ白状する。妾はヤヽ八岐の大蛇の眷属、八衢彦である。この巴留の国は妾らが隠れ場処、いま汝に来られては吾々仲間の一大事だから、国照姫が改心したと詐つて、汝をこの嶋よりボツ返す企みであつた。斯の如く縛られては何うすることも出来ぬ。サアもうこれから吾々一族は、ロッキー山を指して逃げ行く程に、どうぞ吾身の霊縛を解いて下さい。タヽ頼む頼む』 淤縢山津見『巴留の国を立去つて海の外に出て行くならば赦してやらう。ロッキー山へは断じて行く事ならぬ。どうだ承知か』 蚊々虎の神懸りは、首を幾度とも無く無言のまま縦に振つてゐる。淤縢山津見は、ウンと一声霊縛を解けば、蚊々虎の身体は元の如くケロリとなほり、流るる汗を拭ひ乍ら、 蚊々虎『あゝ偉い事だつたワイ。何だか知らぬが俺の身体にぶら下りよつて、ウスイ目に逢うた。サアサア宣伝使様、もういい加減に行きませうかい。コンナ処に居つては碌なことは出来ませぬよ』 と正気に帰つた蚊々虎は先に立つてブラジル山を西へ下り行く。 (大正一一・二・八旧一・一二東尾吉雄録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 17 敵味方 第一七章敵味方〔三六七〕 山頂の木を捻倒す如き暴風もピタリと止みて、頭上は酷熱の太陽輝き始めたり。淤縢山津見は、蚊々虎と共にこの山を西へ西へと下りつつ、 淤縢山津見『オイ蚊々虎、足はどうだイ。ちつと軽くなつたか』 蚊々虎『ハイもう大丈夫です、この調子なれば如何な嶮しき山でも岩壁でも、たとへ千万里の道程でも行ける様な心持になつて来ましたワ』 淤縢山津見『お前はしつかりせぬと曲津に取り憑かれる恐れがある。何と云つてもまだ改心が足らぬから、ちつとも臍下丹田に魂が据わつて居ないので、種々の曲津に憑かれるのだよ。それで足が重くなつたり、苦みたり弱音を吹いたりするのだ。曲津は我々のこの山を越えて巴留の国へ行くのを大変に恐れて居るのだよ。それで腹の据わらぬお前に憑つて弱音を吹かすのだ。魂さへしつかりすれば、たとへ億兆の邪神が来たとて指一本さへられるものではないよ』 蚊々虎『ほんたうにさうですな、イヤこれからしつかり致しませう。随分私も貴下の悪口を言ひましたが、赦して下さいますか』 淤縢山津見『赦すも赦さぬもあつたものか、皆お前に憑依した副守が言つたのだ。お前の言つたのぢやないワ』 蚊々虎『三五教は甘い抜道がありますな。あれ丈私が貴下のことをぼろ糞に云つたつもりだのに、それでもやつぱり副守が言つたのですか』 淤縢山津見『さうだ。邪神か四足の言葉だよ』 蚊々虎『それでも現に私が確に云つた事を、記憶して居ますがなあ』 淤縢山津見『サア記憶して居る奴が四足だもの、虎の本守護神は奥の方にすつこみて、副守がアンナ下らぬ事を云ふのだ。蚊々虎も副守も、まあ似た様なものだねー』 蚊々虎『さうすると私が副守の四足ですか、そりやあまり非道いぢやありませぬか。一体貴下のおつしやる事は何が何だか判らなくなりましたよ』 淤縢山津見『人間の云ふことならちつとは、こつちも怒つても見たり、理屈を云うて見るのだけれども、何分理屈を言うだけの価値がないからなー』 蚊々虎『へー妙ですなー。テンで合点の虫が承知しませぬわい』 淤縢山津見『まあ好い。俺の言ふ通りにさへすればよいのだ。その内に身魂が研けて本守護神が発動するよ』 二人はコンナ話しに旅の疲労を忘れて、ドンドンと雑木の茂る、山道を下り行く。傍に可なり大きな瀑布が、飛沫を飛ばして懸つてゐる。見れば四五人の荒くれ男が瀑布の前に腰打掛けて、何か面白さうに囁いてゐた。二人はその前を過らむとする時、その中の一人の男が大手を拡げて谷道に立塞がり、 男(荒熊)『オイ暫く待つた。お前は何処のものだ。ここは巴留の国だぞ。鷹取別の司の御守護遊ばす御領地だ。他国の者はこの滝より一人も前へ進む事を許さぬのだ。速かに後に引帰せ』 と睨み付ける。蚊々虎は腕を捲り捻鉢巻をしながら、 蚊々虎『巴留の国が何だ。鷹取別がどうしたと言ふのだ。勿体なくも三五教の大宣伝使淤縢山津見のお通りだ。邪魔を致すと利益にならぬぞ』 途に立塞がつた男、 男(荒熊)『俺は巴留の国の関所を守る荒熊といふ者だ。此方の申す事を聞かずに通るなら通つて見よ。利益にならぬぞ』 蚊々虎『よう吐かしよつたな。俺が為にならぬと云へば、猿の人真似をしよつて為にならぬと吐きよる。ウンそれも判つて居る。人に物を貰つて返しにお返礼を出す事がある。オツトドツコイ貰ひ言葉に返し言葉、しやれるない。俺を一体何と心得てをる。俺は貴様のやうな副守の容器になつた四足魂とは訳が違ふのだ。本守護神様の御発動なされる正味生粋の蚊々虎の狼だぞ。下におれ下におれ。神様のお通りに邪魔ひろぐと貴様の為にならぬぞ。コラ荒熊もうお返礼は要らぬぞよ』 荒熊『此奴は執拗い奴ぢや。オイ皆の者来ぬか来ぬか。五人寄つてこの黒ん坊を倒ばしてしまへ』 蚊々虎『アハヽヽヽ、蚊々虎は流石に虎さまだ。俺一人に五人も掛らねば、どうする事も出来ぬとは、貴様らが弱いのか、俺が強いのか、根つから葉つから分らぬ。ヤイ荒熊の五つ一美事掛るなら掛つて見よ』 と拳を握り、腕をニユツと前に突き出し、黒い目をグルグルと剥いて見せる。 荒熊『ヤイ貴様あ、何処の馬の骨か、牛の骨か知らぬが、偉う威張る奴だナ。もうそれ丈か、もつと目を剥け、鼻を剥け、口を開け、お化奴が』 蚊々虎『言はして置けば何を吐かすか判りやしない。愚図々々吐かすとこの鉄拳で貴様の横面を、カンカンと蚊々虎さまが巴留の国だぞ』 荒熊『オイオイ掛れ掛れ。伸ばせ伸ばせ』 と荒熊が下知するを、蚊々虎は両方の手に唾しながら、 蚊々虎『サア来い、五つ一、一匹二匹は面倒だ。一同五人の奴、束になつて束て一度にかかれ』 荒熊『何だ、割木か、柴のやうに束になつてかかれと、その広言は後にせえ。吠面かわくな、後の後悔は間に合はぬぞ』 と前後左右より蚊々虎に武者振りつく。 蚊々虎『ヤー、わりとは手対へのある奴だ。もしもし、センセン宣伝使様、鎮魂だ、鎮魂だ、ウンと一つやつて下さいな』 淤縢山津見『マー充分揉れたがよからうよ。あまり貴様は腮が達者だから、鼻の一つも捻ぢ折つて貰へ。アハヽヽヽ』 蚊々虎『そりやあまり胴欲ぢや、聞えませぬ。コンナ時に助けて下さるのが宣伝使ぢやないか、人を見殺しになさるのか。もしもし、もうそれそれ今腕を抜かれる。イヽヽヽイツターイ腕が抜ける。コラ荒熊、荒い事するな。柔かに喧嘩せぬかい』 荒熊『喧嘩するに固いも柔かいもあるか。この鉄拳を喰へ』 と云ふより早くポカリと打つ。四人は蚊々虎の左右の手足に確りと、獅噛付きゐる。 荒熊『オイ四人の者共それを放すな。これからこの蚊々虎の身体を突かうと殴らうと俺の勝手だ』 蚊々虎『オイ突くのも撲ぐるのもよいが、あまり酷いことをするなよ。ちつと負けとけ、割引せい』 荒熊『俺は負けと云つたつて、喧嘩に負けるのは嫌ひだ。木挽なら何の様にも割挽くが俺や止めた、嫌だ。貴様の生首をこれから捻ぢ切つてやるのだ。アー面白いドツコイ、貴様の面ぢや面黒いワイ。ワハヽヽヽ』 と笑ふ途端に崖から谷底目がけてヅデンドウと落込みける。四人は驚いて掴まへた手足を放したれば、蚊々虎は元気づき、 蚊々虎『さあ大丈夫だ。貴様らもこの谷底へみんな葬つてやらう』 四人は慄ひ戦き、岩に獅噛付いて居る。 蚊々虎『アハヽヽ、俺の真正面に来よつて、この方の霊光に打たれたと見えて、荒熊奴が仰向けに谷底にひつくり返つた。オイ荒熊の乾児共、面を上ぬかい。俺の霊光にひつくり返してやらうかい。もう大丈夫だ。もしもし宣伝使様、貴方はあまり卑怯ぢやないですか。味方の味方をせずに敵の味方をするとはよつぽど好い唐変木ですよ。それだから貴方はおーどーやーまーづーみーと云ふのだ。この蚊々虎の御神力に恐れ入つたらう。これからは荷物持ちになれ』 と云つて大法螺を吹きながら四辺を見れば、宣伝使の影は煙と消えて見えざりけり。 蚊々虎『あゝ弱い宣伝使だな。此奴もまた谷底に放られたのか知らぬ、あゝ気の毒なことだ。袖振り合ふも多生の縁、躓く石も縁の端、折角ここまでやつて来たものの、荒熊と一緒に谷底に放られてしまうたか、エー気の毒ぢや、アー人間と云ふものは判らぬものだナア。今まで偉さうに蚊々虎々々々だのと昔のかばちを出しよつて、偉さうに言つて居たのが、この悲惨な態は何の事かい。昔は昔、今は今ぢや』 と調子に乗つて四人の男を前に据ゑ、一人御託を並べて居る。そこへ流暢な声で、 宣伝使(淤縢山津見)『神が表に現はれて善と悪とを立別る この世を造りし神直日』 と云ふ宣伝歌聞え来たりぬ。 蚊々虎『ヨウまた宣伝使か、誰だらう。谷底へ嵌つた幽霊の声にしては、何んとなしに力がある。ハテナ、怪体な事があれば有るものぢや』 と独語を云つてゐると、そこへ淤縢山津見は谷底に落ちたる荒熊を、背に負ひ労り乍ら宣伝歌を歌ひつつ上り来たり。 蚊々虎『ヤヤバヽ化け者が、よう化けよつたナア』 淤縢山津見『オイオイ蚊々虎、俺だよ。化物でも何でもない真実者だ。宣伝使は善と悪とを立別る役だ。貴様があまり御託を並べるから同情は出来ない。却つて俺は荒熊に同情してこの危難を助けたのだ。神の道には敵も味方もあるものか。三五教の御主旨は味方の中に敵が居り、敵の中にも味方が在ると教へられてある。貴様は俺の味方でありながら神様の御心を取違ひ致して、却て敵になるのだ。この荒熊さまは吾々に対して無茶なことを云ひ、吾々の通路を妨げる敵の様だが、敵を敵とせず、敵が却て味方となる教だ。どうだ合点が行つたか』 蚊々虎は怪訝な顔して、 蚊々虎『へー』 と味のない味噌を喰つた様な顔をして、首を傾け指をくはへ、アフンとして山道に佇立しゐたり。 (大正一一・二・八旧一・一二谷村真友録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 20 張子の虎 第二〇章張子の虎〔三七〇〕 淤縢山津見は荒熊の高彦その他の四人と倶に静々と、ブラジルの山を西へ西へと降り行く。遥か前方に展開されたる原野あり、彼方此方に黄昏の暗を縫うて燈火が瞬きゐる。前方遥かに見渡せば松明の光、皎々と輝き大勢の喚き声聞えけり。一行は、その声の方に向つて急ぎけり。 見れば蚊々虎を真中に、数百人の群衆は遠巻に取り巻きて何事か呶鳴りつけ居る。蚊々虎は中央の高座に上り、 蚊々虎『朝日は照とも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける ヤイ、巴留の国の奴共、善と悪との立別の戦争は、今におつ始まるぞ。黄泉比良坂の戦ひが目前に差し迫つて居るのだ。何をキヨロキヨロして居るのだい。お前達は朝から晩まで「飲めよ騒げよ一寸先は暗夜、暗の後には月が出る」などと、真黒けの一寸先の判らぬウラル彦の宣伝歌に呆けて、酒ばかり喰つて腸まで腐らして居る連中だらう。勿体なくも黄金山から御出張遊ばした天下の宣伝使、常照彦とは我輩の事だ。確かり聞け、諾かな諾く様にして改心さして遣るぞ。おーい。盲目共、聾共、どうだ改心するか、するならすると男らしくキツパリ此処で神様に申し上げろ』 群衆の中から、 甲『オイオイ何だ彼奴は、偉さうに吐かしよつて、よつぽど酒が飲み度いと見えるぞ。貴様らウラル彦の宣伝歌を聞いて酒ばかり飲んで俺には少しも飲まして呉れぬと呶鳴つて居るではないか』 乙『貴様、聞き違ひだ。彼奴はなあ、三五教の宣伝使で俺らに酒を飲むな、酒を飲むと腸が腐つて死んで終うと云うて呶鳴つて居るのだ。彼奴の言草はチツとは気に喰はぬが然し吾々を助けてやらうと思つて、大勢の中に単身で飛び込んで、生命を的に彼様な強い事を云うてるのだ。何ほど度胸があつても、吾身を捨てて懸らな、アンナ大胆なことは云はれるものぢやないよ』 丙『何、彼りや狂人だよ。当り前の精神でソンナ馬鹿な事が云へるか。これほど皆が一に酒、二に女、三に○○[※御校正本・愛世版では「○○」で伏せ字になっているが、校定版・八幡版では「博打(ばくち)」という文字が入っている。]と云うて居るその一番の楽みを放かせと云ふのだもの、どうせ吾々のお気に入らぬことを喋べくるのだから、生命を的にかけて、ああやつて歩いてゐるのだ。チツとは聞いてやらぬと冥加が悪いて』 甲『何だか知らぬが、この間ウラル彦の宣伝使が来た時には、沢山の瓢箪を腰につけて自分一人酒をグツと飲んでは、酒飲め飲めと勧めて居つたが、何程飲めと云つたとて、俺らは酒をもつて居ないのに飲む事も出来ないし、宣伝使奴が甘さうに飲んで管を巻きよるのを、唇を嘗めて青い顔して、羨り相に聞いて居るのも余り気が利かぬぜ。それよりも彼奴のやうに自分が飲まずにおいて、皆に飲むな飲むなと言ふ方が、まだましだよ。根性なりと僻まいで宜いからなあ』 大勢の中より酒にへべれけに酔うた男、片肌をグツと脱ぎ、黒ん坊が黄疸を病んだ様な膚を現はし乍ら、宣伝使の前に歩々蹣跚として進み寄り、 男(虎公)『やい、やーい、貴様あ、ささ酒を飲むなと吐すぢやないかエーン、酒は飲んだら悪いかい、馬鹿な奴だなあ、これほど甘いものを喰うなと吐かしよる奴は一体全体、何処の唐変木だい。エーン、酒が無うてこの世が渡られると思うとるのか、馬鹿、何でもかでも酒が無ければ、夜も明けぬ、日も暮れぬ世の中だ。そして貴様、さけもさけも、世の中に、酒ほど甘いものがあらうか、四百種病の病より酒を止めるほど辛い事は無いと云ふ事を知つとるか、貴様のやうな唐変木には話が出来ぬワイ。トツトと帰れ。俺の処のお多福奴が、毎日日にち酒を飲むな飲むなと吐かしよつて、むか付くのむか付かぬのつて、腹が立つて腸が沸えくり返る。それで俺あ、意地になつて嫌でもない酒を無理に飲んでやるのだ。それに貴様は何処の奴か知らぬが、自家の嬶と同じやうに酒を飲むな、喰ふなとは何の事だい。真実に人を馬鹿にしやがらあ、コンナ事でも自家の嬶が聞きよつたら、三五教の宣伝使様が酒を飲んだら腸が腐るとおつしやつたと、白い歯をむき出し、団栗眼を釣りよつてイチヤイチヤ云ふにきまつてらあ。糞面白くもない。俺の処の嬶の出て来ぬ中に早う去なぬか、待ち遠い奴だ。何をほざいて居やがるか』 蚊々虎は泥酔者の言葉を耳にもかけず疳声を張り上げて、 蚊々虎『世の中に酒ほど悪い奴は無い家を破るも酒の為め 離縁になるのも酒の為め喧嘩をするのも酒の為め 生命を捨てるも酒の為め小言の起るも酒の為め ケンケン云ふのも酒の為め酒ほど悪い奴は無い 腸腐らす悪酒に酔うて管巻く悪者は 扨もさても気の毒な酒を飲むなら水を飲め』 と歌ひ出すを、泥酔者はますます怒つて、蚊々虎の横面目蒐けてポカンと殴りつける。蚊々虎は又もや疳声を張上げて、 蚊々虎『人を殴るも酒の為め夫婦喧嘩も酒の為め』 男(虎公)『まだ吐かしよるか、しぶとい奴だ。もつと殴つてやらうか』 蚊々虎は目を塞ぎ、泥酔者に向つてウーンと一声呶鳴りつけたるに、泥酔者はヒヨロヒヨロとよろめきながら、傍の石原に顛倒し額を打ちて、滝の如く血を流しゐる。大勢の中より、 甲『おいおい、泥酔者が転けよつた。あらあ何だ、血が出て居るぢやないか、救けてやらぬかい』 乙『救けてやれと云うたつて、コンナ者に相手になる者は、この広い巴留の国には一人もありはせないよ。彼奴はグデン虎のグニヤ虎の喧嘩虎と云うて大変に酒の悪い奴だ。指一本でも触へ様ものなら、因縁をつけよつてヘタバリ込んで、十日でも二十日でも愚図々々云うて只の酒を飲む奴だ。アンナ者に相手になつたらそれこそ家も倉も山も田も飲まれて了ふぞ。相手になるな、放つとけ放つとけ。彼奴が死によると皆の厄介除けだ。国中の者が餅でも搗いて祝ふかも知れないよ』 乙『彼奴が噂に高い酒喰ひの喧嘩虎か。やあ煩さい煩さい、よう云うて呉れた』 虎『だ、だ、誰だい、俺をグデン虎のグヅ虎の喧嘩虎だと、何処に俺がグヅを巻いたか、喧嘩をしたか。さあ承知せぬ、俺を誰様と心得て居る。俺は広い巴留の国でも二人とない虎さまだ。虎さまが酒を飲むのが何が不思議だい。酒飲みは皆酔うと首を振りよつて、誰も彼も張子の虎になるのだ。虎が酒飲んだのが、な、な、何が悪い。さあ承知せぬ、貴様の家は知つとるから之から行つて家も、倉も、山も、田も、御註文通り飲んで遣らうかい。二人の奴、酒の燗をして置きよらぬかい』 と団栗目をむいて睨みつける。 甲乙『モシモシ、虎さまとやら、お気に障りまして誠に済みませぬ。私は決して貴方の事を申したのではありませぬ。他の国にソンナ人があるげなと云うたのです。取違して貰つては困ります』 虎公『いかぬいかぬ、誤魔化すか。何でも宜い、飲んだら良いのだ、コラ、八頭八尾の大蛇の子とは俺の事だぞ。何も彼も飲むのが商売だ』 二人は顔を顰め当惑して居る。蚊々虎はこの場に現れて、 蚊々虎『おい虎公、酒喰ひ、何を愚図々々云ふか、俺の腕を見い、誰だと思つてる、三五教の宣伝使だ。貴様が喧嘩虎なら此方さんは蚊々虎ぢや、虎と虎との、一つ勝負を始めようかい』 虎公『な、何だ、喧嘩か、喧嘩は酒の次に好きだ。こいつ、酒の肴に喧嘩でもやらうかい、面白からう』 と虎は立上つて、蚊々虎目蒐けて飛び掛る。蚊々虎は泰然自若として彼が打擲するままに身を任せ居る。斯る処へ暗を破つて、 (淤縢山津見の声)『神が表に現れて善と悪とを立別る』 と声爽かな宣伝歌は聞え来たりける。 (大正一一・二・八旧一・一二北村隆光録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 38 華燭の典 第三八章華燭の典〔三八八〕 一同は国魂の神前に神言を奏上し、讃美歌を唱へ終つて休息してゐた。正鹿山津見は襖を押開け入り来り、 正鹿山津見『御飯が出来ました。どうぞ御上り下さいませ。何分長らく留守に致して置きましたのと、家内がないので不行届き、不都合だらけですけれど』 と挨拶を述べ、この場を立ち去りぬ。 珍山彦(蚊々虎)『皆の方々、今承はれば正鹿山津見様は女房が無いと云ふ事だ。一国の守護職として宣伝使を兼ねられた急がしい身体、肝腎の女房が無いとは気の毒でないか。一つ珍山彦が奥様を御世話しようと思ふが如何でせうな』 駒山彦は膝をのり出し、 駒山彦『それは結構だな。適当の候補者の見込みがあるのかい』 珍山彦(蚊々虎)『あらいでか、確にあるのだ。吾々の御世話したいのは、女宣伝使の五月姫だよ。ナア五月さま、貴方は珍山峠の麓の岩の上で、正鹿山津見さまは誠に男らしい、立派な御顔付きの方だと云うて居ましたね、御異存はありますまい』 五月姫は黙つて袖に顔を隠す。駒山彦は言葉せはしく、 駒山彦『そらいかぬ。お人が違ふではないかな。貴様はあれ丈け惚れてゐたではないか。俺は貴様の奥さまに世話したいと思つてゐたのだ。ソンナ遠慮は要らぬ。遠い所からくすぐるやうに謎かけをせずに、「五月姫殿、珍山彦の女房になつて下さい」と、男らしくキツパリと切り出したら如何だい。奥歯に物の詰つたやうな事を言ひよつて、何処までも図々しう白ばくれる男だな』 珍山彦(蚊々虎)『このはなさまは故あつて女房は持ぬのだ。それ丈は怺へて呉れ。余り俺が洒落るものだから、本当にし居つて痛うない腹を探られて迷惑だよ。さうぢやと云つて、此の可愛らしい五月姫が嫌ひだと云ふのでは無い。好きの好きの大好きだが、女房を持れぬ因縁があるのだよ』 駒山彦『オイ蚊々虎、ドツコイ珍山彦、その因縁を聞かうかい』 珍山彦(蚊々虎)『お前に聞かせるやうな、因縁なら何に隠さう。こればかりは怺へて呉れ。俺は未だ未だ重大なる任務があるのだから』 淤縢山津見は、 淤縢山津見『ヤア珍山さま、貴方の事は何うしても吾々は合点が往かない。丸切り天空を翔る蛟竜の如く、千変万化捕捉すべからずだ。もう何事も言ひませぬ。貴方の御意見に任して五月姫さまを、此家の主人の奥様に推薦したいものですな』 珍山彦は、 珍山彦(蚊々虎)『どうか貴方も御同意ならば、正鹿山津見さまに一つ掛合つて見て下さいな』 淤縢山津見は『よろしい』といつて其の場を立ち一室に行つた。 五月姫は顔を赤らめて俯向いてゐる。駒山彦は、 駒山彦『これこれ五月さま、女にとつて一生の一大事、俯向いてばかり居つては事が分らぬ、珍山さまにするか、正鹿山津見さまにするか、右か左か返答しなさい。御意見あらば吾々に、隔ても何もない仲だ、キツパリ云つて下さい。万々一両人の御方が気に入らねば、外に候補者も無いことはありませぬよ。コーと云ふ頭字のついた人を御世話致しませうか』 珍山彦は駒山彦の顔を眺めて、 珍山彦(蚊々虎)『ウフヽヽヽ』 五月姫は漸くに面を上げて、 五月姫『ハイハイ、正鹿山津見さまさへ御異存無くば』 珍山彦は手を拍つて、 珍山彦(蚊々虎)『お出でたお出でた、願望成就、時到れりだ。ヤア、さすがは五月姫殿、天晴れ天晴れ、よう目が利いた。夫れでこそ天下の宣伝使だ。思ひ立つたを吉日に、今日婚礼の式を挙げませう』 駒山彦は、 駒山彦『コラコラ、珍山彦、一方が承知したつて、一方が何う云ふか判りはしない、鮑の片想ひかも知れないのに、よく周章てる奴だな』 珍山彦『なに大丈夫だよ。猫に鰹節だ、狐に鼠の油揚だ、二つ返事で喰ひつき遊ばす事は、請合ひの西瓜だ、中まで真赤だ。コレコレ五月姫さま、貴方も今までは押しも押されもせぬ一人前の女だ、男も女も同じ権利だつた、言はば男女同権。しかし今日から結婚したが最後、夫に随はねばならぬ。夫唱婦従の天則を守り、主人によう仕へ、家の中を治めて行くのが貴女の役だよ。男女同権でも、夫婦同権でないから、それを忘れぬやうに良妻賢母の鑑を出して、三五教の光を天下に現はすのだ。広い世の中に夫となり妻となるのも深い深い因縁だ、神様の御引合せだから、決して気儘を出してはいけませぬぞ。私が珍山峠で御話ししたやうに、どうぞこの花婿を大切にして蓮の台に末永う、必ず祝姫の二の舞を踏まぬやうにして下さい。頼みます』 五月姫は涙をボロボロと零しながら、 五月姫『ハイ、何から何まで、貴方の御親切は孫子の時代は愚か、五六七の世まで決して忘れは致しませぬ。貴方の御教訓は必ず固く守ります。御安心して下さいませ』 駒山彦『ナント珍山、貴様は変な男だねー。ホンニ合点のゆかぬ男だ。コンナ別嬪を人にやるなどと、ナントした変人だらう。が併し感心だ。この駒山だつたら迚も其処まで身魂が研けて居らぬからなー』 斯く話す折しも、正鹿山津見は淤縢山津見に伴はれ、[※御校正本・愛世版では「淤縢山津見は正鹿山津見を伴ひ」だが、校定版・八幡版では「正鹿山津見は淤縢山津見に伴はれ」に修正されている。後に続く「御一同様~」のセリフは正鹿山津見のセリフであるため、御校正本は主語が間違っている。そのため霊界物語ネットでは校定版に準拠して文章を修正した。]この場に現はれ叮嚀に辞儀をしながら、 正鹿山津見『御一同様、いろいろと御世話になつた上、今度は結構な御世話を下さいまして有難う。御恩の返し様は、もう御座りませぬ』 と感謝の意を漏した。 珍山彦は、 珍山彦(蚊々虎)『あゝ結構々々、それで安心して吾々も宣伝に参ります。どうぞ幾久しく夫婦仲好くして此の神国を永遠に治めて下さい。一朝事ある時は、夫婦諸共神界の御用に立つて下さい』 と日ごろ快活な男に似ず、声を曇らして嬉し涙を零し居たり。 淤縢山津見は、 淤縢山津見『ヤア、斯く話が纏まつた上は、善事は急げだ。早く神前結婚の用意にかかりませうか』 茲に一同は家の子郎党と共に、盛大なる結婚の式を挙げける。一同は直会の宴にうつり、各手を拍ち歌を歌ひ、感興湧くが如き折しも、番頭の国彦は襖を開いて、 国彦『御主人様に申上げます。只今ヱルサレムの聖地から松代姫、竹野姫、梅香姫の三人の御嬢様が、「御父様の住家は此処か」と云つて、一人の供を伴れて御出でになりました。如何が取計らひませうか』 正鹿山津見は驚きながら、 正鹿山津見『あゝ嬉しいことが重なるものだな』 一同手を拍つて、ウローウロー。 附言 正鹿山津見は、聖地ヱルサレムの天使長であつた桃上彦命である。兄広宗彦命、行成彦命の神政を奪ひ、体主霊従の限りを尽し、地の高天原は為に混乱紛糾の極に陥り、その妻は病死し、自分は常世彦、常世姫のために、或一時の失敗より追放され、三人の娘を後に残して住み慣れし都を後に、一つ島に進む折しも、暴風に逢ひ船は忽ち顛覆し、琴平別の亀に救はれ竜宮城にいたり、門番となり果てし折しも、日の出神に救はれ、この珍の都の守護職となれるなり。 この事を三人の娘は、神夢に感じて遥々此処に尋ね来たり。黄泉比良坂の坂の上に於て、黄泉軍を待ち討ち給ひし伊弉諾命の三個の桃の実は、即ち桃上彦命の三人の娘の活動を示されたるなり。 (大正一一・二・一〇旧一・一四外山豊二録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 14 闇の谷底 第一四章闇の谷底〔四〇七〕 淤縢山津見一行は、照山峠を東に向つて下つて行く。智利の国の里近くなつた時、一行の足はぴたりと止まり、どうしても一歩も進む事が出来ない。 珍山彦『ヤア、足が歩けないやうになつちまつた。どうだ、皆さまは』 一同『イヤ、吾々も同じ事だ。合点の行かぬ事もあるものだ』 駒山彦『何でもこれは向ふに悪い奴が沢山居て、吾々を待ち討ちしようとして居るのに違ひないワ。そこで神様が吾々の足を縛つて、軽々しく進むでない。胸に手をあて、よく後前を考へて見よ、との暗示を与へられたのだらう』 一行七人は途上に立つたまま、石地蔵のやうに固まつて仕舞つた。傍の老樹鬱蒼たる森林の中より、 声『淤縢山津見、駒山彦、照彦』 と破鐘のやうな声が響いて来る。その声と共に三人の身体は、何物にか惹きつけらるるが如き心地して、思はず知らず声する方に向つて、自然に足が進み、遂に三人の姿は見えなくなりたり。 後に珍山彦、松、竹、梅の四人は、何時の間にか足も自由になり、路傍の清き芝生の上に端坐して、 珍山彦『サア皆さま、繊弱き女の身で、まだ三五教の教理も知らずに、宣伝使となつて、悪魔の蔓る此の世の中を教導すると云ふ事は、一通りの苦労では行くものではない、さうして、斯うどやどやと七人も列んで宣伝に歩くと云ふことは、一寸見れば華々しく立派に見えるが、それは皆仇花だ。誠の道の宣伝は一人々々に限る。これから姉妹三人は、この珍山彦が及ばずながら実地の教訓を施して上げますから、今の間に吾々四人は、三人の宣伝使に離れてハラの港からアタルへ着き、それから常世の国に廻つて、実物教育を受け、黄泉島を宣伝致しませう。サアサアお出でなさいませ』 と先に立つて行く。三人は引かるるやうに珍山彦の後を追ふ。珍山彦は言しづかに、 珍山彦『皆さま、淤縢山津見や駒山彦や照彦のことはすつかり忘れて仕舞ふのだ。人間は背水の陣を張つて、九死に一生の困難に遭はねば、真実の誠の道は開けるものではない。苦労の花の咲いたのは盛りが長い、これから吾々と共に概略仕事が出来たら、姉妹三人手分けして、ちりちりばらばらになつて神業に奉仕するのだ。仮令一人になつても神様が守つて下さるから、師匠や兄弟を力にしたり、杖につくやうな事では、到底神界の奉仕は完全に出来るものでない。サア行きませう』 とハラを指して進み行く。 淤縢山津見ほか二人は、怪しき声に惹きつけられ、不知不識の間に谷川を遡つて、数里の山奥に迷ひ入る。 折しも十五夜の月は東天に輝き渡れども、峨々たる高山と高山との深き谷間は、月影もささず、夜は追々と更け行くばかり、寂しさ刻々に迫り、三人は此処に云ひ合したる如く一度に腰を下し、谷川の傍に端坐しぬ。三人の身体は又もや強直して、びくとも出来なくなり、自由の利くは首のみ、鬱蒼とした樫の木の上から俄に 声『ウヽ』 と大なる唸り声聞え来る。 淤縢山津見『ヤア二人の方、私は身体が一寸も動かない、貴方は如何ですか』 駒山彦『へヽヽ変だ。こんな変梃な事はないワ』 照彦は雷のやうな声を出して、 照彦『此方は月照彦の命であるぞよ』 駒山彦『何、月照彦だ。馬鹿言へ、そんな狂言をすな。貴様は三人の娘さまにつきてる彦だが、今は薩張離れてる彦ぢやないか。こんな闇い山奥へ踏み迷うて、馬鹿な真似をすると、駒山が承知をしないぞ。そんな気楽な事かい』 照彦『アハヽヽヽ、阿呆らしいワイ。三五教の宣伝使と豪さうに言つて、そこら辺を大きな声を張りあげて歩き廻る馬鹿宣伝使、どうぢや、一寸先は真の暗の、此谷底に捨てられて、アフンと致したか。顎が外れたか。あまり呆れてものが言はれぬ。開いた口がすぼまらぬぞよ。アハヽヽ憐れなものぢや、身魂の性来の現はれに魂を洗へよ、尻を洗へよ、足を洗へよ、明かな神の教はありながら、歩み方が違ひはせぬか』 照彦『アヽ、此奴は悪魔の神懸り[※校定版では「神憑り」]になりよつた。あられもない事を口走りよつて、ほんにほんに憐れな者だな。これこれ淤縢山さま、貴方もぢつとして居ずに、此場合あつぱれ審神をして照彦に憑依して居る悪魔を現はしてやつて下さいな』 淤縢山津見『イヤ、吾々も、俄に足腰たたぬ不自由の身、あまりのことであふんと致して、荒膽をとられて了つた。アヽ耻づかしい事だワイ』 照彦『イヒヽヽヽ、可愍しいものだ。異国の果で威張つた報いで、いまはの際にいろいろと悔んだところで、如何ともする事は出来まい。かやうな処を数多の国人に見られたならば、宣伝使の威厳は全く地に墜ちるぞ。神が意見致さうと思つて、いろいろ雑多に苦労を致し、湯津石村の此谷底に誘ひ来りしは神の慈悲。宣伝使は只一人で天下を布教宣伝すべきものだ。それに何ぞや、物見遊山のやうに、ぞろぞろと幾人もつらつて宣伝に歩く屁古垂者、以後は必ず慎しめよ。神の言葉に違背するな。いいか、返答如何に』 駒山彦『いかにも、蛸にも、蟹にも、足は四人前、もういい加減に下つて下さい、お鎮まりを願ひます。天狗か何だか知らないが、こんな谷底へ放り込まれて意見も何も聞かれるものか、こら照彦の副守護神よ、何時までも愚図々々致して居ると、霊縛をかけてやらうか』 照彦『ウフヽヽヽ、うしろを振り向いてよく考へて見よ。うろうろと此山奥に踏み迷ひ来りしは、全く汝の身魂の暗きがため、動きの取れぬ汝の体、うかうか致すと足許から火が燃えて来るぞよ。艮の金神の教を何と心得て居る。牛の糞のやうな身魂を致して、天下の宣伝使とは片腹痛い、有為転変は世の習ひ、牛の糞でも天下を取る、煎豆にも花が咲くと、万一の僥倖を夢みて迂路つき廻る宣伝使、後指を指されて居るのも気がつかず、得意になつて濁つた言霊の宣伝歌を歌ふ狼狽へもの、此上もなき迂濶、迂愚、迂散な奴ども』 駒山彦『うつかりしとると、どんな目に遭はされるか分つたものぢやない。これこれ淤縢山、俯いてばかり居らずに、貴方も天下の宣伝使ぢやないか、何とかして照彦の憑霊を縛つて下さいな』 淤縢山津見『煩くても仕方がない。これも神様の試みだ。気を落ち付けて聞いて居れば大に得るところがある。私は却つてこれが嬉しい』 照彦『エヘヽヽヽヽ』 駒山彦『ヤア、又エヘヽヽヽだ。豪い事になつて来た。もう好い加減にお鎮まりを願ひませうか、遠慮会釈もなしに、吾々の小言ばかり言つて、得体の知れぬ神憑りぢやなあ』 照彦『エヘヽヽヽ閻魔様とは此方の事ぢやぞ、これから些と、豪い目に遭はしてやらう。遠近を股にかけて、遠慮会釈もなしに囀り居る駒山彦の宣伝使、一つや二つの山坂を越えて、えらいの、苦しいのと、耻も知らずに、よくもほざいたなあ、口ばかり偉さうに申す宣伝使』 駒山彦『エヘヽヽヽえぐい事ばかり言ふ得体の分らぬ副守護神だ。もう結構です、これで御遠慮申しませう。好加減にやめて下さい。縁起の悪い、此暗の晩に谷底に坐らせられて、怺まつたものぢやありやしない、馬鹿々々しい、照彦の奴、もう好加減に鎮まつたらどうぢや』 照彦『オホヽヽヽ、臆病者の二人の宣伝使。淤縢山津見、何をオドオドと恐れて居るのか。奥山の谷より深い、道を分け行く三五教の宣伝使、負うた子に教へられ、浅瀬を渡るおろか者の、狼心の鬼と悪魔の容物となつたお化の宣伝使。お気の毒でも、蠅毒でも、猫入らずでも、汝の心の鬼は容易に往生致さぬぞよ。恐るべきは人の心の持方一つ、往生際の悪い守護神は、神は綱を切つて仕舞はうか』 駒山彦『モヽヽヽおいて呉れ、大きな声で俺達を脅かしよつて、そんな事で怖ぢつく俺ぢやないワイ。をかしな声を出しよつて、人の欠点ばかりほじくる奴は、鬼か大蛇か狼の守護神だ。俺の神力を見せてやらうか、おつ魂消て尾を捲きよるな。俺が奥の手を出して見せたら、遉の鬼の守護神も尾をまいて落ちるだらう』 照彦『オホヽヽヽ面白い面白い』 (大正一一・二・一四旧一・一八加藤明子録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 15 団子理屈 第一五章団子理屈〔四〇八〕 三五の月は昇れども、山と山との谷間は、黒白も分かぬ真の暗、空せまく地狭き谷底に、三人の宣伝使は端坐し、首ばかり動かし居る折柄、何処ともなく虎狼の唸るやうな声、木霊を響かせ聞え来る。 声『ウーオー』 駒山彦『イヤー虎か狼か、どえらい声が聞えて来た。淤縢山津見さま、神言でも上げませうか』 淤縢山津見『ヤー、仕方がない、神言を奏上しませう』 照彦『カヽヽ神を松魚節に致す宣伝使、かなはぬ時の神頼み、「神言でも」とは何だ。それでも宣伝使か、でも宣伝使。稜威輝くてるの国、珍はてるてるはる山曇る、オツトドツコイ淤縢山くもる、駒山彦は雨降らす、雨は雨だが涙の雨だ。かなしさうな其面つき、仮令からだは八つ裂になつても、神のためなら、チツトもかまはないと言ふ覚悟がなくて、誠の道が開けるか、カラ魂のさかしら魂、神の心も推量して呉れても宜からう。少しの艱難辛苦に遭うても、尻を捲つて雲をかすみと逃げ行く宣伝使、からすのやうな黒い魂で誠の神をかついで、勝手なねつを吹き歩くがとう虫奴が。かてて加へて蟹が行く横さの道を歩みながら、吾程誠の者はない、誠一つが世の宝、誠をつくせ、真心になれと、かたる計りの宣伝使。 からすのやうに喧ましい蚊々虎さまの素性も知らず、軽い男と侮つて、汗かき、耻かき、頭かき、かばちの高い、カラ威張りの上手な神の使ひ、カラと日本の戦があるとは、汝らが御魂の立替へ立直し、今までのカラ魂を、オツ放り出して、水晶の生粋の日本魂に立替へいと申すことだ。喧しいばかりが宣伝使でないぞ。改心いたせばよし、どこまでも分らねば、神はモウ一限りに致すぞよ。何程気の長い神でも、愛想が尽きて、欠伸が出るぞよ』 駒山彦『カヽヽ叶はぬ叶はぬ、勘忍して下さいな。是から改心致しますから、モウ吾々の事に構ひ立てはして下さるなよ。かいて走るやうな掴まへ処のない意見を聞かされて、アヽ好い面の皮だ』 照彦『キヽヽ貴様は余程しぶとい奴、此方の申すことが気に入らぬか。奇怪千万な駄法螺を吹き廻つて、良い気になつて気楽さうに、宣伝歌を歌ひ、気まぐれ半分に、天下を廻る狼狽者、気抜け面して、気が利かぬも程がある。鬼門の金神現はれて善と悪とを立別る。鬼畜のやうな、気違ひ魂の宣伝使は、世の切り替にキツパリと取払ひ、根から葉から切つて了ふぞよ。貴様の気に入らぬは尤もだ。ひどい気強い鬼神のやうな言葉と思ふであらうが、よく気を付けて味はうて見よ。きくらげのやうな耳では神の誠の言葉は聞き取れまい。気が気でならぬ神の胸、いつまでも諾かねば諾くやうに致して諾かして見せうぞよ。汚ない心をさつぱり放かして、誠の神心になり、万事に対して機転を利かし、心配り、気配りの出来ぬやうな事では、気の利いた御用は到底勤まらぬぞよ。きなきな思はず気に入らいでも、歯に衣を着せぬ神の言葉、是から気張つて気分を改め、気不性な心を立直し、気随気儘をさらりと放かし、神と君とに誠を尽し、気六ツかしさうな面をやはらげ、心を決めて荒胆を練り、キヤキヤ思はずキユウキユウ苦しまず、心を清め身を浄め、誠の神に従へば気楽に道が拡まるぞよ。キチリキチリと箱さした様に行くぞよ。神を笠に着るなよ。抜刀や刃物の中に立つて居る様な心持になつて、油断を致すな。窮まりもなき神の恩、万の罪咎も神の光りに消え失せて、身魂は穏かに改まり、さうした上で始めて三五教の宣伝使だ。どうだ、分つたか』 駒山彦『キヽヽ気が付きました。気張つて気張つて是から早く改心を致します。此気味の悪い谷底で、奇妙奇天烈な目に逢うて気を揉まされて、何たるマア気の利かぬ事だらう。神の気勘に叶うた積で、気張つて気張つて心配り気配りして、此処まで勤めて来たのに、思ひがけなき気遣ひをさされた。サア、もうキリキリと決りをつけて、来た道へ帰らうかい。淤縢山津見さまも何だ、一体気の小さい、おどおどとして顫うて居るぢやないか。ナント膽玉の弱い男だな。こんな所に長居をすると、猿の小便ぢやないが、先のことが気にかかるワ』 淤縢山津見『きまりの悪い、不気味な態でキツウ膏を搾られました。際どいとこまで素破抜かれて、アー俺も気が気ぢやないワ。ドウデ吾々は神様の気に入るやうな宣伝はできては居らぬからなア』 照彦『クヽヽ苦労なしの、心の暗い暗雲の宣伝使』 駒山彦『モシモシ、クヽ暗がりにそんな下らぬ事を、モヽモウ是位で止めて下さい』 照彦『苦しいか、苦面が悪いか、臭い物に蓋をしたやうに隠し立てしても、何程クスネようと思うても、四十八癖のあらむ限りは改めてやるぞ。下らぬ理屈を口から出放題、グヅグヅグデグデとクドイ理屈を捏並べ、一つ違へばクナクナ腰になつて、一寸した事でも苦にするなり、委しき事も知らずに、喰ひ違つた御託を並べ立て、九分九厘で覆るの覆らぬの、一厘の仕組をくまなく悟つたの、汲み取つたのと、そりや何の囈語、汲めども尽きぬ神の教、大空の雲を掴むやうな掴まへ所のない、駄法螺を吹いたその酬い、悔し残念をコバリコバリ、今までの取違ひを悔ひ改め、クヨクヨ思はずに神の光を顕はし、闇黒の世を照し、また来る春の梅の花、開く時を呉々も待つがよいぞよ。クレンと返る神の仕組、苦労の花の開く神の道、委しいことが知りたくば、悔い改めて神心になれ。噛んでくくめるやうに知らして置くぞよ』 駒山彦『クヽヽクドクドしいお説教、モヽ分りました分りました、結構で御座います。決して決してモウ此上は取違ひは致しませぬ。何卒これで止めて下さいませ、さうして吾々三人の身体を自由になるやうにして下さい』 照彦『ケヽヽ結構々々とは何が結構だ。毛筋の横巾も違はぬ神の教だ。決心が第一だ。道を汚してはならぬから、神が気もない中から気を付けるのだ。怪体な心を取直し、ケチケチ致さず、神心になつて居らぬと、獣の身魂に欺されて、尻の毛まで一本もないやうにしられるぞよ。嶮しき山を上り下りしながら、毛を吹いて疵を求めるやうな其行り方、従者を連れたり、女を伴れたり、そんな事で神の教が拡まるか、毛虫よりも劣つた宣伝使』 駒山彦『ケヽヽ怪体なことを言ふ神だな。淤縢山さま、如何しよう。耳が痛くつて、面白くもない、コンナ目に遇はされやうと思うたら、宣伝に廻つて来るぢやなかつたに、アヽ何と宣伝使は辛いものぢやなア。毛色の変つた照彦のやうな男が来るものだから、コンな怪体な谷底で、眉毛を読れ、鼻毛を抜かれ、尻の毛まで抜かれるやうな、怪しからぬ目に遇うて、谷底へ蹴落されて、けがしたよりも余程つまらぬ目に遇ふのか。お前さまは頭が坊主だから、けがなくてよからうが、駒山彦は二進も三進もならぬ目に遇うて、困り切つてゐるワイ』 照彦『コヽヽ駒山彦、何を言ふか、乞食芝居のやうに、男女七人連にてゴテゴテと、此処彼処ゴロツキ廻る宣伝使、神は勘忍袋が破れるぞよ。此世の鬼を往生さして、神、仏事、人民を悦ばす神の心、耐へ忍びのない心の定まらぬ、破れ宣伝使が何になるか。梢に来て鳴く鶯でも、春夏秋冬はよく知つて居るに、応へたか、此方の云ふ事が分つたか。コツコツと角張つたもの言ひをしたり、ゴテゴテと小理屈を捏ねたり、事に触れ物に接し、下らぬ理屈を捏ね廻し、人の好まぬ事を無理に勧め、怖がられて強い物には媚び諂ひ、後先真暗の神を困らす駒山彦の宣伝使、米喰ふ虫の製糞器、菰を被つた乞食のやうに、一寸の苦労に弱音を吹き、泣き声をしぼり、モウこいつあ叶はぬ、宣伝はコリコリだと弱気を出したり、怖い顔して威張つて歩く狼狽者の得手勝手なねつを吹くお取次ぎとは、おどましいぞよ。鬼も大蛇も狼も恐れて、尾を振つて跣足で逃げる、イヤ逃げぬ、心の小こい腰の弱い困り者の駒山彦の宣伝使』 駒山彦『サヽヽ囀るない、サツパリ分らぬ事を喋り散らしよつて、態が悪いワイ。逆捻に俺の方からちつと囀つてやらうか、余り喋ると逆トンボリを打たねばならぬぞよ。先にある事を世界に知らす、三五教の悟りのよい流石は宣伝使だ』 照彦『サヽヽ騒がしいワイ』 駒山彦『アヽヽ五月蝿いなア、サツパリ油を搾つて了ひよつた。さてもさても残念なことぢや』 照彦『サアサアサア是からだ。賽の河原で石を積む、積んでは崩す積んでは崩す気の毒な尻の結べぬ宣伝使。月は御空に冴え渡れども、心は暗き谷の底、足許は真暗がりで谷底へ逆トンボリを打たねばならぬぞよ。神の申すことを逆様に取るとはソリヤ何の事、先へ先へと知らす神の教、先の知れぬ宣伝使が、神を審神するといふ探女のやうな、御魂の暗い奴、酒と女に魂を腐らし、やうやう改心致して俄宣伝使になつたとて、サヽそれが何豪い。差添の種ぢやと威張つて居るが、何も彼も差出の神か、イヤ狸だ。流石の其方も神の申す今の言葉、指一本指す事は出来まい。早速開いた口は閉まろまいぞよ、沙汰の限りぢや。サタン悪魔の虜となつても、サツチもない事を触れ歩き、偖も偖も悟りの悪い二人の宣伝使、蚕のサナギのやうに、一寸の事にもプリンプリン尾を振り頭を振り、盲目滅法の審神を致し、本守護神だ、正副守護神だと騒ぎ廻り、日本御魂の両刃の剣はサツパリ錆刀。探り審神者の向ふ見ず、様々の曲津に欺かれ、えらい目にあはされながら、まだ目が醒めぬか。之でも未だ未だ我を張るか。偖もさもしい心だのう。塞ります黄泉彦神の曲の使を信じ、よくもよくも呆けたものだ。今からさらりと我を折りて、慢心心を洗ひ去り、各自に吾身を省みて、猿の尻笑ひを致すでないぞ。耻を曝されて頭を掻くより、褌でもしつかりとかけ。騒ぐな、囀るな、冴えた心の望の月、サアサア淤縢山津見、駒山彦、神の申す事がチツトは腹に入つたか』 駒山彦『シヽヽヽしぶいワイ。うかうか聞いてをれば面白くもない、こんな谷底でアイウエオ、カキクケコの言霊の練習をしよつて、余り馬鹿にするない。言霊なら俺も天下の宣伝使ぢや、負けはせぬぞ。言ふ事はどんな立派な事を言つても、行ひは照彦ぢやで、さう註文通りには行くものぢやない。スカ屁を放つた様な事を吐しよつて、せんぐりせんぐりと、ソヽヽそろそろと棚おろしをしやがつて、チヽちつとも応へぬのぢや。ツヽ詰らぬ事を、テヽヽ手柄さうに、トヽヽ呆けやがつて、ナヽヽ何を吐しやがるのだ。ニヽヽ憎つたらしい、ヌヽヽ抜けたやうな声で、ネヽヽ根も葉もないやうな事を、ノヽヽ述べ立て、ハヽヽ腹が承知せぬワイ。ヒヽヽ昼ならよいがコンナ暗の夜に、フヽヽ悪戯た事を、ヘヽヽ屁のやうに、ホヽヽ吐きよつて、マヽヽ曲津神奴が、ミヽヽみみず奴が、ムヽヽ虫ケラ奴が、メヽヽ盲目奴が、モヽヽ百舌の親方奴が、ヤヽヽ八ケ間しい、ややこしい、イヽヽ嫌な事をユヽヽ云ひよつて、エヽヽ得体の知れぬ、ヨヽヽ黄泉神奴が、ラヽヽ埒もない、リヽヽ理屈を捏ねよつて、ルヽヽ類を以て曲津を集めよつて、レヽヽ連発する、ロヽヽ碌でなしの世迷言、ワヽヽ分りもせぬ、イヽヽいやらしい、イケ好かない事を、ウヽヽ呻り立て、エヽヽエー、モー恐ろしい処か、をかしいワイ。お化の大蛇の神憑奴が』 照彦『シヽヽ』 駒山彦『またシーやつてけつかる。縛つてやらうか、虱の守護神奴が』 照彦『シヽヽ思案して見よ、虱の親方、人の血を吸ふ毛虫の駒山彦、執念深い宣伝使、修羅の巷に踏み迷ひ、後先見ずの困つた駒山彦。叱られる事が苦しいか、叱る神も随分苦しいぞ。シカと正念を据ゑてシツカリ聞け。敷島の大和の国の神の教に、シヽヽ如くものはないぞ。醜の曲津に誑らかされ、汝が仕態は何事ぞ。獅子、狼の様な心をもつて、世界の人間が助けられるか、至粋至純の水晶の心になれ。下の者を大切に致せよ。しち難かしい説教を致すな。シツカリと胸に手をあて考へて見よ。一度は死なねばならぬ人の身、死んでも生き通しの霊魂を研けよ。屡々神は諭せども、あまり分らぬから神も痺をきらして居るぞよ。しぶといと言うてもあんまりだ。終ひには往生致さねばならぬぞよ。シミジミと神の教を考へて見よ。腹帯をシツカリ締めて掛れよ。霜を踏み雪を分けて世人を救ふ宣伝使、知らぬ事を知つた顔して、白々しい嘘言を吐くな。尻から剥げるやうな法螺を吹くな。知ると言ふ事は神より外にないぞよ。天地の事は如何な事でも説き明すとは、何のシレ言、困つた代物ぢや。嗄れ声を振り立てて神言を奏上したとて、天地の神は感動致さぬぞよ。身魂を研けよ、身魂さへ研けたなら、円満清朗な声音が湧いて来るぞよ。強ひて嫌なものに勧めるな。因縁なきものは時節が来ねば耳へ入らぬ。修身斉家、治国平天下の大道だと偉さうに申して居れど、吾身一つが治まらぬ、仕様もない宣伝使、何が苦しうてシホシホと憔悴れて居るか。荒魂の勇みを振り起して、モツト勇気を出さぬかい』 駒山彦『シヽヽシツカリ致します。奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の、声聞く時は哀れなりけり、だ。えらい鹿に出会してしかられたものだい』 淤縢山津見『ヤア、拙者は脚が起つた、身体が自由になつた、大分に魂が研けたと見えるワイ。いやもう何れの神様か存じませぬが、よくもまあ結構な教訓を垂れさせられました。屹度之から心を入れ替へて、御神慮のある処を謹しんで遵奉致します』 駒山彦『ヤア淤縢山さま、脚が起ちましたか、アヽそれは結構だ。吾々はまだビクとも致しませぬ、胴が据つたものですな』 淤縢山津見『貴方は最前から聞いて居れば一々神様に口答へをなさる、貴方は発根からまだ改心は出来て居ない。改心さへ出来たならば吾々の様に、神様は脚を起たして下さいませう。何卒早く屁理屈を止めて改心して下さい』 駒山彦『カヽヽ改心と言つたて、照彦の様な奴さまに憑つて来る様な守護神の言ふ事が、如何して聞かれるものか、神霊は正邪賢愚に応じて憑依されるものだ。大抵此肉体を標準としたら、神の高下は分るでせう』 照彦『スヽヽ直様、淤縢山津見は脚が起つたをきりとして、カルの国に進んで行け。道伴れは決してならぬ』 淤縢山津見『仰せに従ひ改心の上、直様参ります。今まではえらい考へ違ひを致して居りました』 照彦『一時も早く、片時も速に此場を立去れ』 駒山彦『アヽ淤縢山さま、それはあまり得手勝手だ。自分は脚が起つてよからうが、吾々の様な脚の起たぬ者を見捨てて行つても、神の道に叶ひませうか。朋友の難儀を見捨てて何処へ行くのです。神の道は、親切が一等だと聞きました。それでは道が違ひませう』 照彦『駒山彦の小理屈は聞くに及ばぬ、早く起つて行け。駒山彦の改心が出来るまで、此方が膏を搾つてやらうかい』 淤縢山津見は徐々と此場を立ち去らむとする時、三五の明月は山頂に昇り、細き谷間を皎々と照せり。淤縢山津見は此月光に力を得、宣伝歌を歌ひながら谷道を伝ひて、もと来し道を下り行く。 (大正一一・二・一四旧一・一八森良仁録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 25 窟の宿替 第二五章窟の宿替〔四一八〕 神の御稜威も高照の山より落つる琴滝の 響に飛び散る玉川や水音清き渓流の 右と左に千引岩堅磐常磐の巌窟に 千代の言霊宣り伝ふ神の恵も大蛇彦 教は深き穴の奥浅き賤しき人の身の 如何でか知らむ志芸山祇の神の命や肝向ふ 心も迷ふ熊公が問ひつ答へつ烏羽玉の 暗夜をここに明しける暗夜をここに明しける 七十五声の音調に天地神人を清むる言霊の滝は、水晶の飛沫の玉を遺憾なく飛散し、水煙濛々と立ち昇つて深き谷間を包んでゐる。 志芸山津見、熊公の二人は、この巌窟の前に端坐し、言霊の問答に胸の帳は開かれて、天津日の影、空を茜に染めなしつ、豊栄昇りに輝き初めり。志芸山津見は何か口の中にて巌窟の神に向ひ問答を始めてゐる。その声極めて微にして、傍にある熊公の耳にさへも入らぬ程度である。 志芸山津見はつと巌窟の前に立つて、立ち昇る狭霧の中に姿をかくし、ひそかに谷川を渡りて西の巌窟の奥ふかく姿を隠し、滝壺の傍にある鉢と竹筒を左右の手に提げ、水鉢に水を盛つて巌窟の奥深く身を潜めたるを見て、熊公は、 熊公『オイ、志芸山津見、何処へ行くのだ。先づ待て、俺も一緒に行かう』 この時巌窟は又もや、 声(大蛇彦)『ウー、オー』 と山も崩るるばかりの大音響を発したるが、暫時にしてその音響止まると共に巌窟の中より、 声『熊公々々、その方は暫くこの場を動く事はならぬ。志芸山津見を杖につき力と頼むやうな事で、どうして宣伝が出来やうか。汝の身体には、志芸山津見に百千倍の神力を持つた神が守護をいたして居るぞ』 熊公『ソソそれは、誠に結構ですが、一体彼は何処へ参つたのでせうか』 巌窟の中より大蛇彦は、 大蛇彦『それを訊ねて何とする。汝が心の神に訊ねるがよい』 かかる所へ、昨日山口の芝生で会つた鹿公は、数多の村人と共にこの巌窟の前に現はれ来り、叩頭拍手し熊公の姿を見て、 鹿公『オヤ、お前は昨日会つた熊公ぢやないか、どうだつた。随分叱られただらう。さうして虎公はどうしたのだ』 熊公『オー、鹿公か、虎の奴、友達甲斐もない、俺をこんなとこへ置き去りにして何処か勝手に行つて仕舞つたのだ。俺も後を追つて行かうかと思つたが、何だか知らぬが、俄に胴が据つて動けぬのだ』 鹿公『そりや貴様、腰を抜かしよつたのだらう、弱い奴だなア。モシモシ、巌窟の中の神様、今日は沢山の村人を連れて参りました。どうぞ村の者に結構な教を聞かしてやつて下さいませ』 大蛇彦『ヤア鹿公か、よくも出て来た。この巌窟は昨日虎公がやつて来て汚しよつたによつて、唯今より西の巌窟に宿替を致す。熊公は霊縛を許したれば、足腰は自由に立つであらう。サア熊公に随いて、鹿その他の者共はこの谷川を越えて、西の巌窟の前に行け。誠の事を聞かしてやらう。ウー、オー』 と又もや大音響を発し、巌窟も破裂せむかと思ふばかりなり。 熊公を先頭に一同は滝の下の谷川を飛び越えて、西の巌窟の前に辿り着き頭を下げて、 熊公『ヨー今日は大蛇彦様の新しき御殿、ではない暗い巌窟のお座敷に御転宅遊ばされまして、誠にお目出度う存じます。お取込の際とて、嘸お忙しい事でございませう。私でお間に合ふ事ならば、どうぞ手伝はせて下さいませ』 巌窟の中より、 大蛇彦『ブー、ブー、ブル、ブル、ブル、ブル』 熊公『大蛇彦の神さまとやら、私がこれ程叮嚀に頭を下げて御挨拶を申上げて居るのに、只一言のお答もなく、ブー、ブー、ブル、ブル、ブル、ブルとは、何程神様でも些と失敬ぢやありませぬか。水桶に尻を捲つて、揚げたり浸けたりしながら、屁を放つてお尻で返事をなさるとは、それは本気でなさるのか、吾々を侮辱するのか』 鹿公『オイオイ、熊公、本気も何もあつたものかい、神様は平気なものだよ。貴様のやうな奴はこれで結構だ。水の中で屁をこいたやうな三五教とやらに恍けて居るから、神様が阿呆らしいと云つて、屁を御かまし遊ばしたのだ』 この時巌窟の中より、竹筒を吹くやうな声が聞え来る。 大蛇彦『ブウー、ブウー、ブル、ブル、ブル、ブル、ブル』 熊公『なんだ、阿呆くさい、また屁だ、屁の神様だ』 巌窟の中から、 大蛇彦『アヽヽヽ悪に強い鹿公の奴、朝から晩まで、神の使はしめの当山の猪を狩立て、兎を獲り、威張り散らして、玉山の麓の玉芝の上で、虎、熊の二人に向つてほざいた事覚えて居るか。イヽヽヽ否応なしに改心いたせばよし、違背に及べば、今この場において白羽の矢を持つて射殺して仕舞はうか』 鹿公『モヽヽもし、神様、それは、あまりぢやありませぬか。貴神様は、悪に強い者は善にも強い、悪をようせぬやうな者は、人間ぢやない、この神の氏子ぢやない、力一杯山河を駆けまはつて、イヽヽ生物の命を取つて、人の生血をしぼつて威勢よく暮せ、と仰有つたぢやないか。それに今日は全然掌をかへしたやうに妙な事を仰有います。大方貴神は悪魔でせう。東の穴の神さまとは違ふのだらう』 熊公『オイ鹿公、それでも貴様、これから西の巌窟へ宿替へすると仰有つたぢやないか』 鹿公『ウン、それも、さうぢやつたなあ』 熊公『貴様は、今日は叱られる番だ、確と耳を掃除して聞くがよからう。神に叱られ気は紅葉、踏み迷ひ鳴く鹿の、声聞く時は気の毒なりける次第なりけりだ』 鹿公『馬鹿にするない』 巌窟の中から、 大蛇彦『ウー、ウー疑ふか、鹿の奴、疑へばその方の素性を大勢の前で素破抜かうか。朝から晩まで、猪や兎の尻を追ひまくるのはまだしも、東の後家や西の後家、五十の尻を作つて、若い娘の後を追ひ廻し、肘弓に弾かれて、腹立紛れに酒を喰ひ、家へ帰つて女房に面当、その態は何の事だ』 鹿公『アヽもしもし、岩の神様、それはあまりです。どうぞ、そればかしは言はぬやうにして下さい。あまり気のよいものでは御座いませぬ』 巌窟の中より、 大蛇彦『エヘヽヽえらう困つたさうなその顔は、人を酷い目に遇はした報いで、今日はえらい恥を曝されるのも身から出た錆、まだ、まだ、まだ、まだあるぞ』 熊公『エヽヽ好い加減に往生せぬか、鹿の野郎』 鹿公『何を貴様まで、エヽヽなんて真似をしよつて、何をほざきよるのだ』 巌窟の中より、 大蛇彦『オヽヽ大蛇彦の眼は、隅から隅まで透き通る、鬼の眼に見落しはなし。大盗賊の張本人、大悪魔の容器、大馬鹿者の鹿の奴、この大穴の前で、大恥かいて大味噌つけて、怖ぢ怖ぢと尾を捲く可笑しさ、アハヽヽ』 鹿公『ヤア此奴、些とをかしいぞ。東の巌窟の声とは余程変だ。竹筒を吹いて、物を言ふやうな事を言ひよる。大方虎公の奴、俺を一杯かけやうと思つて、熊公と申合せて芝居を仕組みよつたのだらう。よし、よし、よし、これから、この鹿公が、虎穴に入らずむば虎児を得ずだ。一つ命を的に穴の中に探険と出かけやうカイ』 と云ひながら、むつくと立ち上り、鹿公が今や巌窟に立ち入らむとする時、天地も破るるばかりの大音響、 大蛇彦『ウー、オー』 鹿公は、 鹿公『イヨー此奴は矢張り本物だ。どうぞお赦し下さいませ』 と拍子抜けしたやうな声で、又もや巌窟の前に平伏する。 折から吹き来る烈風の梢を渡る音、滝の響きと相和して心砕け、魂消ゆる如き騒然たる光景を現出したり。 (大正一一・二・一六旧一・二〇加藤明子録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 29 九人娘 第二九章九人娘〔四二二〕 十六夜の初冬の月は、御空に皎々と輝いてゐる。 春山彦の門前には、照山彦、竹山彦の二人が数多の家来を引き連れ、突棒、刺股、十手、弓矢を携へながら、門戸を押し破り進み来たり、大音声。 照山彦、竹山彦『春山彦は在宅か』 と呼ばはるにぞ、春山彦は静かに門の戸を押開き、 春山彦『これはこれは、何方かと思へば照山彦、竹山彦の御両所様、数多の供人を引き連れ、この真夜中に、よくもよくも御入来下さいました』 照山彦『オー、今日はよく来たのではない。照山彦は汝の為には悪く来たのだ。気の毒ながら今日の役目、申し渡す仔細がある、奥へ案内を致せ』 春山彦は二人を導き一間に入る。竹山彦は数多の部下に向ひ、 竹山彦『その方共はこの館を取り巻けよ。必ずともに油断を致すな』 と言ひ置いて正座になほるを春山彦は、 春山彦『貴方は鷹取別の神の御家来、この真夜中に何御用あつてお越しになりました。御用の次第を仰せ聞けられ下さいますれば有難う存じます』 照山彦は威儀を正し、春山彦をグツと睨めつけ、 照山彦『吾々が今日参つたのは余の儀ではない。その方はこのはざまの国の目付役を致しながら君命に背き、三五教の宣伝使、松、竹、梅の三人を密かに隠匿ひ置くと聞く。この里人の密告によつて、確かな証拠が握つてある以上は、否応は言はれまい。ジタバタしてももう敵はぬ。百千万言の言ひ訳も、空吹く風と聞き流すこの照山彦だ』 竹山彦は威儀儼然として、 竹山彦『かうなつた以上は百年目だ、一時も早く三人の女をこの場へ引摺り出して渡さばよし、何の彼のと躊躇に及ばば、汝も諸共引き縛つて常世の国に連れ帰り、拷問を致してでも白状させる。サア春山彦、返答は何うだ』 春山彦『これはこれは、寝耳に水の鷹取別の御仰せ、モウかうなる上は是非に及ばぬ。可愛らしい天にも地にもかけ替へのない吾三人の娘……イヤ娘のやうに可愛がつて居る三人の宣伝使をこれへお渡し申す。それについても種々の仕度もござれば、半刻ばかりの御猶予をお願ひ致します』 照山彦『イヤ、その手は喰はぬ。ゴテゴテと暇取らせ、風を喰つてこの家を逃げ失せる汝の企み、屋敷の廻りには数百人の配下をつけて置いたれば、蚤の飛び出る隙もない。キリキリチヤツと渡したが為であらうぞよ』 竹山彦『イヤ、照山彦殿、仰せの如くもはや遁走の憂ひもなければ、半刻ばかりの猶予を与へ、吾々はここに休息して待つことに致さう、竹山彦がお請合申す』 照山彦『しからば半刻の猶予を与ふる。その間に三人の宣伝使をこれへズラリと引き出せよ』 春山彦は胸に鎹打たるる心地。 春山彦『承知いたしました』 と落つる涙をかくしつつ、この場を悠然として立去り、別殿に進み入る。妻の夏姫は様子如何にと案じ煩ふ折りしも、春山彦の常ならぬ顔を見て、 夏姫『思ひがけなき夜中のお使者、様子は如何でございますか』 春山彦は吐息をつきながら、 春山彦『女房、汝に一生の願ひがある。聞いては呉れようまいかなア』 夏姫『これは又、あらたまつたお言葉、夫の言葉を女房として、どうして背きませう。何なりと叶ふ事ならば仰せ付け下さいませ』 春山彦『オー夏姫、よく言うて呉れた。夫婦の者が長の年月、蝶よ花よと育て上げた秋月姫、深雪姫、橘姫の三人の生命を与れよ』 夏姫『エヽ』 春山彦『返事がないは、否と申すのか。野山の猛き獣さへも、子を思はざるものがあらうか。焼野の雉子、夜の鶴、朝な夕なに、蝶よ花よと育て上げ、莟の花の開きかけたる、月雪花の三人の娘をば、宣伝使の身代りに立てたいばかりの夫が頼み、どうぞ得心して呉れ。わが三人の娘は世界の為には働きの出来ぬお嬢育ちに引き代へて、珍の都にまします正鹿山津見の神の御娘子は天下の宣伝使となつて衆生済度を遊ばす、その清き御志、思へば思へば、これがどうして鷹取別に渡されようか。今まで尽した親切が却つて仇となつたるか。あゝどうしたらこの場の苦しみを免れる事が出来ようぞ。サア夏姫返答を聞かして呉れよ』 夏姫はさし伏向いて何の応答もなく涙を袖に拭ふのみ。 この時一間を開けて現はれ出でたる三人の娘は、知らぬ間に宣伝使の服を着け、 月、雪、花『お父さま、お母さま、吾々姉妹三人は宣伝使の御用に立つて、常世の国に引かれて参ります。老少不定は世の習ひ、随分まめで暮して下さいませ』 と袖に涙をかくして、畳に手をつき頼み入る。 春山彦夫婦は一目見るより吾子三人の決心に感じ入り、一度にワツと泣かむとせしが、待て暫し、聞えては一大事と、涙をかくす苦しさ。 かかる処へ松竹梅の宣伝使現はれ来り、 松、竹、梅『委細の様子は残らず聞きました。海山の御恩を蒙りて、まだその上に勿体なや、天にも地にもかけ替へのない可愛い三人の娘子を身代りに立てて、妾達を助けて遣らうとの思召は、何時の世にか忘れませう。あゝそのお心は千倍にも万倍にも受けまする。三人の娘子様、よくもそこまで思うて下さいました。併しながら吾々は、人を助ける宣伝使の役、卑怯未練にも敵を詐つて替へ玉を使ひ、三人の娘子を敵に渡すといふ事が、どうして忍ばれませうか。その御親切は有難うございますが、かへつて吾々の心を痛めます。大事の娘子を身代りに立てさして、吾々三人はどうしておめおめとこの世に生きて居られませうか。どうぞこればかりは思ひ止まつて下さいませ。わらは達は天晴れと名乗つて参ります』 と先に立つて松竹梅の三人は、照山彦の居間に行かむとするを、親子五人は宣伝使に縋りつき、春山彦はあわてて、 春山彦『マア待つて下さいませ。折角の娘が志、あなたは神様の為にこの世を救はねばならぬお役。その身代りに立つた娘は、まことに光栄の至り、喜んで身代りに立たしていただきます。どうか娘の志を叶へさして下さいませ』 と頼み入る。 照山彦は大音声、 照山彦『アイヤ春山彦、時が迫つた。早く宣伝使をこの場へ連れ出せ。何をぐづぐづ致して居るか』 と呶鳴り声。 春山彦『ハイハイ、暫くお待ち下さいませ。今直に参ります』 竹山彦『何をぐづぐづ埒の明かぬこと。早く三人をこれへ出せ』 春山彦は是非もなく、二人の前に立現はれ、 春山彦『只今これへ連れ参ります。よく御実検下さいませ』 竹山彦『オー、早く出せ。ここの家には秋月姫、深雪姫、橘姫の三人の娘があると云ふ事は聞いてゐる。その娘の顔をよく見知つたる竹山彦、身代りを出さうなどと量見違ひいたして、あとで吠面をかわくな』 春山彦は進退これ谷まり、如何はせむと心の中に、 春山彦『野立彦命、野立姫命、木花姫命守らせ給へ』 と一生懸命に念じ入る。松竹梅の宣伝使はこの前に現はれ、 松、竹、梅『オー照山彦、竹山彦の御使とやら、妾は三五教の宣伝使、昔はヱルサレムに於て時めき渡る天使長桃上彦命の娘と生れた、松代姫、竹野姫、梅ケ香姫の、今は天下の宣伝使、わが顔をよく検めて一時も早く連れ帰り、常世神王の前に手柄をいたされよ。ヤー、春山彦、汝の志、何時の世にかは忘れむ。妾三人は今捕はれて常世の国に到ると雖も、尊き神の御恵みにて、再び御目にかかることもあらむ。親子夫婦むつまじく達者に暮して下されませ』 春山彦は涙を拭ひながら、 春山彦『これはこれは勿体なき宣伝使のお言葉、どうぞ御無事で帰つて下さいませ』 照山彦『エー、グヅグヅと、何をベソベソ、早くこの場を立ち去らぬか。竹山彦殿、よく調べられよ』 竹山彦は三人の顔をトツクと眺め、 竹山彦『オー、これは秋月姫でもない、深雪姫でもない、また橘姫でもない。擬ふ方なき松竹梅の宣伝使にきまつた。アイヤ、春山彦、今日までこの三人の宣伝使を隠匿うた罪は赦して遣はす。今後は気をつけて再びかやうな不都合な事はいたすでないぞよ』 と、三人の宣伝使を無理矢理に駕籠に乗せ、大勢の家来に兒がせながら、凱歌を奏して帰り行く。 春山彦、夏姫は、ワツとばかりに声を張りあげ泣き伏す。この声に驚いて、月、雪、花の三人の娘と、松、竹、梅の宣伝使は、この場にあわただしく走せ来り、 月、雪、花『オー、父上、母上』 松、竹、梅『春山彦どの、夏姫様』 と声かけられて夫婦は頭を上げ、ハツとばかりに二度吃驚、夢か現か幻か、合点ゆかぬと夫婦は顔を見合せ、思案に暮れゐたる。 あゝ今引かれて行つた松竹梅の宣伝使は、何神の化身なるか、いぶかしき。 (大正一一・二・一六旧一・二〇東尾吉雄録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 36 偽神憑 第三六章偽神憑〔四二九〕 馬を乗り捨て、春山彦と共に悠々とこの場に現れたる戸山津見神の照彦は、一同の顔を見て大に驚き、 照彦『オーこれはしたり、松、竹、梅の御姉妹、思はぬ処でお目に懸りました。御姉妹否御主人様、日に夜に心にかかる旅の空、何処の空に坐しますやと、明け暮れ空を仰いで雲の行方を眺め、心を煩はして居りました』 と落つる涙を袖に拭ふ。 松、竹、梅の三人は、 松、竹、梅『そなたは照彦……いやいや戸山津見神殿、ようまあ御無事でゐて下さいました。これといふのも吾らを守り給ふ三五教の神の御恵み』 と嬉し涙に暮れ居たる。 駒山彦『イヤア照彦、アヽではない戸山津見神殿、この夏は智利の山奥にて、いかいお世話になりました。イヤもうその時の苦しさ、友達甲斐もない男だと、駒山彦も一度は恨んで見たが、思ひかへせば何事も神様の御引き合せ、併しながら、もう何卒神懸りにならないやうに気をつけて下さい』 照彦はワザと神懸りの真似をして、 照彦『アヽヽ』 駒山彦『イヤー、また始まつた。この美しい七人の女神様の前で、吾々の恥を素破抜かれては堪まつたものでない。あゝどうか今日は皆さまに免じてお鎮まりを願ひます』 照彦『アヽヽ三五教の宣伝使、荒野に彷徨ひ唯一人、涙に咽ぶ腑甲斐なさ。イヽヽいぢけたイモリのベタベタと、井戸の底を潜るやうに、枉津に懼れて生命からがら此処まで出て来た誰やらの宣伝使。ウヽヽ珍山彦に棄されて、動きの取れぬ谷の底、憂しや悲しや、蹇への、身はままならぬ百日百夜、泣いて暮すか杜鵑。エヽヽえらい元気ではしやいで、後先見ずに進み行く、向ふの見えぬ誰やらの宣伝使。オヽヽ可笑しかつたぞ、面白かつたぞ。恐ろしさうな顔をして、暗い谷間に残された、愚者の何処やらの宣伝使』 駒山彦『また言霊か、言霊の妙を得たるこの駒山彦には敵ふまい。よし此方にも覚悟がある。アフンと致して泡を吹いたる、阿呆面のどこやらの宣伝使。三人の姫を見失ひ、開いた口が閉まらなんだ、顎の達者な何処やらの宣伝使、哀れなりける次第なりだ。イヽヽいらざる理屈を拗ね廻し、そこら中の人間に、茨のやうに忌み嫌はれる意地悪のいかさま宣伝使。ウヽヽ狼狽へ廻り、姫の跡を血眼になつて騒ぎ廻り、夢にさへも囈言を喋くり、嘘は言うたか言はぬか知らぬが、霜にうたれ頭を打ち、夢か現か三太郎か、馬に乗せられ生命からがらここまで出て来た何処やらの宣伝使。エヽヽヽエグイ責苦にあはされて、腰を抜かし、人の前では豪さうに法螺を吹く、オヽヽ大馬鹿者の臆病者、オケオケ、もうそんな馬鹿な神懸りは、誰も聴手がないやうになるぞよ』 照彦は、 照彦『カヽヽ』 と始め出す。 駒山彦『イヤー、また神懸りが始まつたのか。こいつが神懸りになりよると、執拗いの執拗うないのつて、腐り鰯が網にひつ着いたやうに、容易に放れて呉れぬので困つて了ふ』 照彦『カヽヽ烏を鷺と言ひくるめ、恥かき歩く何処やらの宣伝使。一つ言うては頭掻き、遣り込められては恥をかく。かけ替へのない一つの頭を粗末に使ふ粕宣伝使。頑固一方の、神鰹節のガツト虫。キヽヽ北へ北へと進んで来たが、きつい嵐に吹き捲られ、際どい処で生命を助けられ、消ゆるばかりの思ひをいたし、きつい戒め食うた何処やらの宣伝使。クヽヽ黒い顔して燻つて、四十八癖を列べられ、谷底でくたばつた心の弱い、ケヽヽ毛色の変つた、怪態な、吝な、コヽヽ菎蒻腰。コソコソと二人の男に逃げられて、困り入つたる駒山彦の宣伝使』 駒山彦『照彦の奴、どこまでも俺を馬鹿にするのか。これほどの多勢の前で悪言暴語を列べるか、善言美詞の神の教、守らぬ奴は枉津の容れ物。カヽヽ勘弁ならぬぞ、覚悟はよいか。売り言葉に買ひ言葉だ。まだこの上に勝手な熱を吹きよるなら、俺も沢山言分があるぞ。キヽヽキリキリチヤツトこの方の申すことを諾かばよし、聞き入れなくば聞くやうにして聞かしてやる。貴様のやうな奇態な面をして、気違ひのやうな事を言つて、人に傷をつけ、奇的滅法界な枉津の神懸りを致し、人の気に入らぬ事ばかり囀り、それで気分がよいと思ふか。気味の悪い手つきをさらしよつて、智利山の谷底で何を吐いた。クヽヽ苦労が足らぬから、もつと苦労を致せと言うたぢやないか。二本の足を持ちながら、苦労が辛さに馬に乗るとは何のこと。ケヽヽ家来の身を持ちながら、主人を見放し、コヽヽ小賢しくコセコセ小理屈を申す何処やらの宣伝使。言ふなら言へ、なんぼ言つてもこたへぬ此方、今までの駒山彦とはわけが違ふぞよ』 照彦『サヽヽ騒ぐな囀るな、酒を食うて酔うたよな、逆理屈は聞く耳持たぬ、さてもさても騒がしい奴だ。シヽヽ醜女探女に追ひかけられて、スヽヽスウスウ息をはづませながら、スタスタ逃げゆくそこらの宣伝使。雪隠で饅頭食つたよに、ソヽヽ素知らぬ顔した臭い臭い宣伝使』 駒山彦『オイ、照彦、言霊の練習をやるのか、言霊ならまた後でゆつくりと聞かう。もういい加減にサヽヽさらりと止めたらどうだ。余りさし出るとシヽヽ尻尾を出して遣らうか、しぶとい奴だ。スヽヽ酸いも甘いも弁へ知つた駒山彦を、セヽヽ攻めやうと思つても、ソヽヽそうはゆかぬぞ。その手は食はぬ秋鼠だ』 照彦『タヽヽ叩くな叩くな、顎を叩くな。高い鼻を捻折つて改心さして遣らうか。チヽヽ力も神徳もない癖に、ツヽヽ次へ次へと理屈を申すつまらぬ奴、月夜に釜をぬかれたやうな詰らぬ顔して、テヽヽ天地の間を股にかけ、途中に踏ん迷うて栃麺棒をふる、トヽヽ呆け面の何処やらの宣伝使。トコトンまで剥いてやらうか』 駒山彦『タカの知れた宣伝使の言葉。チヽヽ一寸も取り柄のない、ツヽヽ詰らぬ事を、テヽヽ手柄顔に喋くり散らして、仕舞の果にや、トヽヽトンブリ返りを打ちよるな、トツクリと自分の心に相談して見よ』 照彦『ナヽヽ怠惰な事を言ふな、其辺中をウラル彦の手下に追はれてニヽヽ逃げ廻し、ヌヽヽ脱つた面して、ネヽヽ猫を冠つて野良鼠のやうに、のさばり歩く宣伝使』 駒山彦『駒山彦だぞ、ソリヤ、ナヽ何吐かす』 と顔色を変へ立上がらむとする。不思議や何時の間にか身体強直して、首から下は又もやビクともせなくなつてゐる。 照彦『オイ駒山彦の宣伝使、イヤ羽山津見、一つ立つてはね廻つたらどうだ』 駒山彦『オイ、また霊縛をかけよつたなア。此奴は降参々々、どうしてもお前には、この宣伝使も兜を脱がねばならぬワイ。改めて戸山津見神どの、今までの御無礼、平に御宥し下さいませ。アヽヽ怪体の悪いことだ。無理往生をさせられて堪つたものぢやないワ』 照彦はウンと一声。羽山津見は立ち上り、 照彦『アヽこれで鬼に鉄棒、おまけに羽の生えたやうなものだ。サアこれから常世の国へ行つて、鷹取別の羽をむしつて、跳ねてはねて跳ね廻つて、羽山津見にならうかい』 一同は声を上げて思はず、 一同『ワハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 と笑ひ伏す。 春山彦『なんと神憑り[※初版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]と云ふものは妙なものですな、戸山津見の神さま、神憑り[※初版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]の時にはどんな御気分になつて居られますか』 駒山彦『イヤ、春山彦さま、嘘ですよ。この男はいつもよく喋舌る癖があるのですからなア。あんな事が神憑り[※初版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]であつて堪りますか、アハヽヽヽ』 春山彦『それでも貴方、霊縛とやらかけられて、身動きも出来なかつたぢやありませぬか』 駒山彦『いや、一寸足が痺れたので立てなかつたのです。この場の興を添へるため、滑稽を演じてお目にかけたのですよ』 照彦『アハヽヽ、そらさうだ。お前もよく霊縛にかかつた様な真似を上手にしたねー。アハヽヽヽ』 夏姫『なんと貴方がたは気楽なお方ですこと、今宵貴方を常世の国に連れ帰ると、鷹取別の家来の中依別が駕籠を持つて来るのですから、それまでに何とか用意をしなくてはなりませぬが……』 照彦『イヤ、御心配下さいますな。吾々には、神様のお護りがあります。確信が御座いますから』 と話す折りしも、又もや門外騒がしく、人馬の足音近寄り来る。春山彦は、 春山彦『どうやら捕手が来た様子、どうぞ御一同、奥の岩窟にお這入りを願ひます』 駒山彦『吾々は敵を見て旗を捲くは本意でござらぬ。捕手の来るを幸ひ、常世の国に連れ行かれ、跳ねてはねて跳ね廻り、一泡吹かせてやりませうかい』 春山彦『左様でもございませうが、吾々の願ひごと、どうぞ素直にお聞き下さいますやうに』 駒山彦『イヤー主人の頼みとあれば仕方がない。サア、松竹梅の三人さま、暫く奥で休息いたしませうかい。ヤー戸山津見神殿、常世の国へ潔く行つて来い。吾々は後からお手伝ひに行くからな』 と言ひ残し、裏口さして悠々と出でて行く。 早くも中依別の配下は門口の閾をまたげ、 中依別『ただ今中依別の神、宣伝使を召捕りに参りました。どうぞお渡し下さいませ』 春山彦『大切の罪人、よく検めて受取られよ』 中依別は静に、 中依別『ヤア、宣伝使殿、気の毒ながらこの駕籠にお召し下さい』 照彦は悠然として表に現はれ、 照彦『オー、汝は悪逆無道の鷹取別の家来、中依別と申す者か、イヤー面白い面白い。吾こそは三五教の宣伝使、常世の国に打渡り、汝の如き悪神を片端から言向け和し、誠の神の御教へに救ひやらむと此処まで来たのだ。ヤー出迎へ大儀だ。早くこれへ駕籠を持て。大切に舁げよ。途中に落しなど致すに於ては神罰立処だ。気を注けて大切に送り申せ』 中依別『汝罪人の身を以て、中依別に対し大胆不敵な広言、吠面かわくな』 戸山津見は、莞爾としながら、駕籠の中に姿を隠したり。 中依別『ヤー春山彦、天晴れあつぱれ褒美にはこれを遣はす』 と懐より数多の宝を取り出し、玄関に投げつけ、葦毛の駒にヒラリと跨り、数多の人を指揮しながら、中依別は悠々としてこの家を後に帰り行く。[※中依別に捕まった照彦(白狐が化けた偽者)が常世城に護送されて来るシーンは第10巻第5章「狐々怪々」にある。] 照彦『アハヽヽヽ、狐にまた抓まれよつたな』 (大正一一・二・一七旧一・二一東尾吉雄録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 03 赤玉出現 第三章赤玉出現〔四三三〕 花毛氈を敷き詰めたる常世城の大奥には、常世神王中央の高座に現はれ、鷹取別、玉山彦を左右に侍らせ、鶴翼の陣を張りしが如く傲然として構へ居る。照山彦、竹山彦はズツと退つて下座に控へ、間の国に使ひせし一伍一什の顛末を喋々として陳べ立つれば、常世神王は機嫌斜ならず、 常世神王(広国別)『天晴れ天晴れ汝らが功名、流石の日の出神も、汝等が縦横無尽の機略には舌を捲くであらう。今後はますます力を尽し、抜群の功名手柄を顕はせよ』 照山彦『ヤア、思ひがけなき御褒の御言葉、照山彦の身として、分に過ぎたる勿体なさ。今後はますます常世神王の御為に、粉骨砕身、犬馬の労を吝まざるの覚悟で御座ります』 鷹取別『わが推量に違はず、今日の使命を首尾よく果せし両人、常世神王におかせられても嘸御満足ならむ。鷹取別も感じ入りたり』 竹山彦『これはしたり、常世神王とやら、広国別の大国彦、大国彦の広国別、何が何だか自由自在に千変万化の大自在天だと、途上にての噂、聞いたる時の竹山彦の心の裡の腹立しさ。竹山彦の竹を割つたる清い正しい心は何とやら、常世の暗の雲につつまれた心地ぞ致したり。如何に三五教の宣伝使、常世の国に来るとも、竹山彦のあらむ限りは、わが天眼通力にて所在を探ね、一々御前に引摺り出し御目に懸けむ。頭も光る照山彦の人も無げなる功名顔、余りの可笑しさ臍茶の至り、ワハヽヽヽヽ』 と四辺に轟く竹山彦の笑ひ声。 日は早西に傾きて、黄昏告ぐる村鴉、カハイカハイと鳴きながら、塒を指して帰り行く。無常を告ぐる鐘の音は、コーンコーンコーン、コンコンコンと響くなり。間毎を照らす銀燭の、眩きばかり頭の光り照山彦は、むつくと立ち上り、 照山彦『ヤアヤア、固虎々々、何を愚図々々いたして居るか。早く三人をこの場へ誘ひ来れ』 と呼はれば、声の下より固虎は、 固虎『只今三人の娘、それへ召伴れ参ります。暫らく待たせられよ』 と言ふ折しも、忽ち四面暗黒となり、暴風吹き荒び、奥殿の柱は前後左右に揺ぎ出し、百雷の一時に轟く如き地響、続々として鳴動し、燦然たる銀燭の光は忽然として消え失せ、黒白も分かぬ真黒の闇の岩戸は下されたり。鷹取別は暗中より大音声、 鷹取別『ヤアヤア者ども、咫尺も弁じ難きこの暗黒、片時も早く燈火を点ぜよ』 と呼はる声は、百雷の一時に轟く如くなる大音響に包まれて、聞えざるこそもどかしき。常世神王は心も心ならず、暗中に端坐し、如何成り行くならむと、黙然として胸躍らせ控へ居る。暗中を縫うて毬の如き一箇の玉、座敷の中央に忽然として現はれ、見るみる座敷の中央を右に左に、前に後に浮遊し始めたり。されど色赤きのみにて少しも光輝を放射せず、玉は赤、白、黄、紫、いろいろと色を変じ、照山彦の禿頭に向つて、ポンと突き当れば、 照山彦『アイタヽヽ』 と照山彦は俯伏せになる。玉は子供の毬をつくやうに照山彦の頭を基点として、ポンポンポンポンとつき出すにぞ、鷹取別はその玉を打たむとして座席より踏み外し、スツテンドウと仰向けに倒れたれば、玉は所を替へて、鷹取別の仰向けに倒れた頭の上を、又もやポンポンポンポンと毬つき始めぬ。不思議や、鷹取別の身体は強直してビクとも動き得ず、玉は又もや位置を替へ、鼻の上に来りて又もや毬をつく。鷹取別は、 鷹取別『アイタヽ、アイタヽヽ、鼻が破る。堪まらぬ堪まらぬ』 と泣声をしぼる。玉は又もや常世神王の額に向つて、唸りを立てて衝突したるその勢に、常世神王は高座より仰向けに後方の席に筋斗打つて顛倒し、息も絶え絶えに呻き苦しむ折もあれ、竹山彦は暗中より大音声、 竹山彦『ヤア、奇怪千万なる此の場の光景、火の玉となつて風雨を起し、唸り声を響かせ、又もや常世城を攪乱せむとする心憎き八十曲津神、わが言霊の威力にくたばれよ』 と言葉の下に、火の玉は姿を掻き消し、今まで猛り狂ひし風の響はピタリと止みて、空には一面の星光り輝き渡る。竹山彦は火打を取り出し、カチカチ火を打ち銀燭を点じたれば、四辺は昼のごとく輝き渡りぬ。この時三人の娘を伴ひ来りし固虎は、腰を抜かして玄関に蹲踞み居たりき。 竹山彦『ヤア、思はざる悪神の襲来、これはしたり常世神王様、お怪我は御座いませぬか。竹山彦、御案じ申す。イヤなに松代姫殿、神王の御介抱遊ばされよ。これはしたり鷹取別殿、貴下も常ならぬ御顔色、曲の火玉に打たれ給ひしと見受けたり。竹野姫殿、介抱遊ばされよ。鷹取別殿の鼻は如何致されしや。イヤもう台なしでござる』 鷹取別は、搗き立ての団子のやうな鼻をペコペコさせながら、何かフガフガ言つて居るばかり。 竹山彦『貴殿の御言葉は判然いたさぬ。フガフガとは何の事でござるか。不甲斐ないことだとの御歎きか。ヤアヤア照山彦殿、貴下の頭は如何遊ばされた。実に妙な恰好でござる。梅ケ香姫殿、サア早く御介抱遊ばさるるがよからう』 松竹梅の三人『アイ』 と答へて三人の娘は、竹山彦の命ずるままに甲斐々々しく介抱に取りかかりぬ。 固虎『ヤアヤア、常世の国の雪起しか、城倒しか何だか知らないが、生れてから見たこともない天狗風が吹きよつて、この固虎も吃驚仰天、歯の根もガタガタガタ虎になつて了つた。皆の方々は美しい御介抱人が出来て結構だが、吾々は肩は抜け、腰は抜け、旁型の悪いものでござる。三人のお方は夫々御介抱人があつて結構だが、この固虎に限りて誰も世話する女がないとは、片手落にも程がある。何れの方か此の場に現はれて、わが身の介抱して呉れてもよささうなものだな』 竹山彦『オイ固虎、貴様は日頃から無信心で、おまけにヱルサレムの宮で昔から型もないやうな悪戯をいたしただらう。それが為に時節到来、神様が仇敵を御討ち遊ばしたのぢや。ガタ虎でなうてカタキとられだ。御気の毒様ながら、生命の失くなるまで、其処で辛抱なさるがよからう』 固虎『ヤア竹山彦殿、そんなこと所ではない。本当に真面目になつて、誰か呼んで来て下さいな』 竹山彦『常世神王様、お歴々の方々のこの大難を救はねばならぬ吾々の任務、汝が如きに介抱する暇があらうか』 時しも馥郁たる香気は室内に充ち渡り、嚠喨たる音楽は何処ともなく聞え来る。常世神王は松代姫に救はれ、御機嫌斜ならず、鷹取別、照山彦も、竹野姫、梅ケ香姫に介抱され、メシヤゲた頭や鼻の痛さを忘れて悦に入る。音楽の音はますます冴え渡り、何処となく四辺は賑しくなり来れり。 空に轟く天の磐船、鳥船の響は手に取る如く聞え来る。これより松、竹、梅の三人を始め、竹山彦は常世神王の覚え目出度く、何事も一切の重要事件の帷幕に参ずることとはなりぬ。 (大正一一・二・一九旧一・二三外山豊二録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 04 鬼鼻団子 第四章鬼鼻団子〔四三四〕 皮膚滑かにして雪の如く、肌柔かにして真綿の如く、眼の潤ひ露の滴る如く、優しみの中に何処となく威厳の備はる三人の娘、天津乙女の再来か、さては弥生の桜花、臥竜の松か雪の竹、鶯歌ふ梅ケ香の、春の衿を姉妹の、松、竹、梅の宣伝使、四辺眩き銀燭の、光に照りて一入の、その麗しさを添へにける。常世神王は御機嫌斜ならず、三人の娘を左右に座らせ、満面笑を湛へながら、 常世神王(広国別)『見れば見る程優しき女の姉妹連れ、ウラル教の最も盛んなる常世の国に、三五教を宣伝せむと、華々しく進み来るその勇気には感じ入つたり。さりながら、常世の国はウラル教の教を以て国是となす。万民これに悦服し、その神徳を讃美渇仰す。然るに、主義精神全く相反せる三五教を此地に布くことあらむか、忽ち民心離反して、挙国一致の精神を破り、天下の争乱を惹起せむは、火を睹るよりも明かなれば、常世の国は三五教の宣伝を厳禁せり。然るに繊弱き女の身を以て、雄々しくも我国に入り来り宣伝歌を歌ふは、天下擾乱の基を開く大罪人なれば、汝等姉妹を厳刑に処すべきは、法の定むる処、さりながら汝等姉妹三人は、吾等が危急を救ひたる其功に愛で、今迄の罪を赦し、殿内の一切を任せ、わが身辺に侍して、家事万端の業務に尽さしめむ』 と厳命するにぞ、松代姫は莞爾として、常世神王に向ひ、羞かしげに花の唇を開き、 松代姫『実に有難き御仰せ、世事に慣れざる不束者の妾姉妹を、畏れ多くも殿内に止めさせ給ふは、暗中に光明を得、盲亀の浮木に逢へるが如き身の光栄、慎んでお受け致します』 と、言葉淀みなく述べ立てたり。 竹山彦『ヤア、松、竹、梅の宣伝使様、貴女方は天地赦すべからざる大罪人なりしに、今日只今よりは、常世神王が掌中の玉、女御更衣にも、ずつと優れたお局様。吾々は今後は貴女様の御指揮を仰ぎ奉る。何分粗暴極まる竹山彦、御遠慮なく宜敷く御叱り下さいませ』 と敬意を表しける。鷹取別は鼻をフガフガ云はせながら、 鷹取別『ヤア、目出度いめでたい、お祝ひ申す、三人のお局様、如何に出世をしたと言つて、鼻を高くしてはなりませぬぞ。何と言つても、常世神王の宰相は此の鷹取別、如何に勢力を得ればとて、この鷹取別を除外する事はなりませぬ』 竹山彦『アハヽヽヽヽ、ヤア、今迄は鷹取別様の家来となつて居た竹山彦、今日より常世神王のお言葉に依りて、直々の家来、最早貴下の臣下では御座らぬ。貴下は吾々の同僚と心得られよ。斯く申す竹山彦の顔の真中なるこの鼻は、何時とはなしに、ムクムクと高くなつた心持が致す。それに引替へ、貴下は火の玉に鼻を突かれ、平素の鼻の鷹取別も、お気の毒千万、柿のへたのやうに潰挫げて終つて、両方の頬辺にひつ附き申した。これからは鼻の低取別となつて、今迄の傲慢不遜の態度を改められよ。さてもさても鼻持ならぬ御顔だなア、ワハヽヽヽヽ』 常世神王は打解け顔、 常世神王(広国別)『松代姫にお尋ね申したき事がござる。貴女方は孱弱き女の身を以て、この常世の国に宣伝すべく御出でになつたのは、何か深い様子が御座らう。包まず隠さず仰せられたし。斯くなる上は、何の隔てもなければ、心置きなく事実を述べられたし』 と問ひかくる。松代姫は言葉も軽々しく、 松代姫『ハイ、妾姉妹三人の者、艱難苦労を嘗めて常世の国に参りしは、余の儀では御座いませぬ。畏れ多くも三五教の守護神、神伊弉冊命様、日の出神様、ロッキー山に現れますと承はり、お跡慕ひて参りました。郷に入つては郷に従へとかや、妾はこれより三五教を棄て、常世神王の奉じ給ふウラル教に帰依いたします。然しながら、伊弉冊命様にも、日の出神様にも、矢張り三五教をお開きで御座いませう』 遠山別『イヤ、伊弉冊大神、日の出神は、ロッキー山に宮柱太敷き立てウラル教を開き給ふぞ』 と、したり顔に述べ立つる遠山別の抗弁いと怪し。この時門番の蟹彦は、畏る畏る此の場に現はれ、 蟹彦『鷹取別の司に申上げます。唯今ロッキー山より、美山別命、国玉姫と共に、御使者として御来城、別殿に御休息せられあり。如何致しませうや』 常世神王(広国別)『吾は是より寝殿に入つて休息せむ。鷹取別よ、ロッキー山の神使の御用の趣、しかと承はり、わが前に報告せよ。松、竹、梅の三人の局来れ』 と云ひつつ、常世神王は三女と倶に寝殿指して悠々と進み入る。鷹取別は蟹彦に向ひ、 鷹取別『汝は別殿に於て、美山別、国玉姫の御上使に向ひ、速かに此場に御出場あらむ事を申伝へよ』 蟹彦『委細承知致しました』 と顔を上げる途端に、鷹取別の顔を眺め、 蟹彦『ヤア、貴方様、その鼻は如何なさいました。ハナハナ以て合点の行かぬ御鼻、一割高い鷹取別の天狗鼻も、今は殆ど柿のへた同様でございますなア。余り慢心致して、鼻ばかり高う致すと、艮の金神が現はれて、鼻を捻折つて潰挫いで終ふぞよと、三五教とやらの教ふるとか聞きました。真実に貴方の鼻は、へしやばつて、穴も碌に見えませぬ。鼻の穴ない教ではございませぬか』 鷹取別『何馬鹿申す、速かに別殿に報告致せ』 蟹彦『これはこれは、失礼致しました。ハナハナ以て不都合千万、平た蟹になつて謝罪ります。何卒カニして下さいませ』 と蟹彦は馬鹿口を叩きながら、この場を立出で独言、 蟹彦『何だ、折角美人が来たから、このお使を幸に、美しいお顔を拝みたいと思つて居たのに、アタ面白うもない、鷹取別の潰れ面や、照山彦の禿頭を見せつけられて、エエ胸糞の悪い事だワイ。二つ目には竹山の火事のやうに、ポンポンと吐かしよつた鷹取別、何の醜態だい、甚だ以て人気の悪い面付だぞ』 斯かる処へ現はれ出でたる固虎は、 固虎『オイ、蟹彦、今貴様は何を言つて居つたか、天に口あり壁に耳だ。チヤンと此固虎さまのお耳に這入つたのだ。鷹取別様に言上するから、覚悟を致せ』 蟹彦『ヤアヤア、痩児に蓮根とは此事かい。固虎奴が何時の間にか聞きよつて……貴様は聞かねばならぬ事は一寸も聞かず、聞かいでもよい事はよく聞く奴だ。言はねばならぬ事は一寸も能う吐かさず、言はいでもよい事はベラベラと喋りたがるなり、困つた奴だ。が貴様が鷹取別様に言ふなら言つてもいい。その代りにこの蟹彦も堪忍ならぬ。貴様は最前、中門の傍で、三人の娘を魔性の女だと言つてゐたであらうがな。チヤンとこの蟹彦が聞いてゐるのだ』 固虎『オイ、もうこんな事は為替だ為替だ、互に言はぬ事にしようかい。又屑が出ると互の迷惑だからなア』 蟹彦『態見やがれ、固虎の野郎、ガタガタ慄ひしよつて、他人を呪へば穴二つだ。二つの穴さへ滅茶々々になつた。鷹取別の鼻の不態つたら、見られた醜態ぢやありやアしない。ヤア、ガタ虎、貴様も来い』 と肩肘怒らし、横に歩いて別殿に進み入つた。蟹彦、固虎の両人は恐る恐る別殿に進み入り、右の手を以て頭を幾度となく掻きながら、 蟹彦、固虎『これはこれは、御上使様、長らくお待たせ致しました。サア、案内致しませう、奥殿に……』 と云ひながら先に立つて手を振り、怪しき歩み恰好の可笑しさ。殊に蟹彦は腰を曲げ、尻を一歩々々、プリンプリンと振りつつ行く。美山別、国玉姫は悠々として奥殿に進み入り、正座に着き、 美山別『オー、常世城の宰相神、鷹取別とはその方なるや』 鷹取別『ハイ、仰せの如く、吾は鷹取別でございます』 美山別『ヤア、貴下の顔は如何なされた。少しく変ではござらぬか』 鷹取別『ハイ……』 竹山彦は恭しく、 竹山彦『これはこれは御上使様、よく入来せられました。今迄は鷹取別、今日よりは鼻の高きを取り、低取屁茶彦と改名致しました』 鷹取別は鼻をフガフガ言はせながら、何事か言はむとすれども、声調乱れて聞き取り得ざるぞ憐れなる。 美山別『何はともあれ、伊弉冊大神の御神勅、慥に承はれ。常世の国に渡り来る松、竹、梅の宣伝使は、間の酋長春山彦の家に隠匿はれ居ると聞く。汝は速かに捕手を遣はし、彼ら三人を生擒にして、一時も早くロッキー山に送り来れよとの厳命』 と厳かに言ひ渡す。美山別の言葉に蟹彦は、 蟹彦『モシモシ美山別の御上使様、その松、竹、梅の三人は既にすでに常世神王の御居間に……』 遠山別『シーツ、蟹彦、要らざる差出口……門番の分際として何が解るか。汝らの口出すべき場所でないぞ、退り居らう。……これはこれは御上使様、鷹取別は御覧の通り言語も明瞭を欠きますれば、次席なる遠山別が代つてお受け申さむ。御上使の趣、委細承知仕りました。一日も早く三人の娘を生擒にし、お届け申さむ』 美山別『早速の承知、満足々々、大神におかせられても、嘸御満足に思召すらむ。さらば某は、急ぎロッキー山に立帰らむ。常世神王に委細伝達あれよ』 と言ひ棄て、数多の家来を引連れ、馬上裕に揺られながら、国玉姫と諸共に門外さして帰り往く。蟹彦は美山別の後を追駆けながら、 蟹彦『モシモシ御上使様、遠山別のトツケもない言葉に欺されぬやうになされませや。慥にこの蟹彦が、何もカニも承知致して居ります』 と、皺枯声に叫べども、蹄の音に遮られ、美山別は耳にもかけず、足を早めて雲を霞と帰り行く。 (大正一一・二・一九旧一・二三河津雄録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 06 額の裏 第六章額の裏〔四三六〕 鷹取別、中依別、その他の並居る役人共は呆気に取られ居る時しも、照山彦はこの場に引返し来り、 照山彦『ヤア、妙な事もあるものですなア。今御覧の如く、照彦とやらこの場に現はれ、忽ち姿を隠し、門外にて又もや数多の従者共を相手に乱暴狼藉を働くとの注進によつて、取るものも取敢へず、表に駆け出し様子を見れば、豈計らむや、人影さへもなく、ただ彼方の森に、コンコンと狐の鳴き声聞ゆるのみで御座つた。さてもさても不思議な事で御座るワイ』 竹山彦『不思議と言つても、斯様な不思議が御座らうか。イヤ中依別殿、はるばると御苦労千万にも、間の国まで御足労になつたのも全く水の泡、泡を喰つてアフンと致すとはこの事で御座らう』 鷹取別『フギヤフギヤフギヤ』 竹山彦『是はしたり鷹取別殿、まだ明瞭とは申されませぬか。寔に以て不憫、不体裁、不幸、フギヤフギヤの至りで御座る』 欄間の懸額の後より、ウーと唸り声響き来る。一同は合点ゆかずと、懸額に向つて目を注ぎ耳を傾くれば、額の後より、 声『アハヽヽヽ、アニ図らむや、妹図らむや、はかり知られぬ神変不思議の魔術にかけられ、案に相違の汝らが、アフンと致して呆れ果てたるその面付き、余りと云へば余りでないか。頭拘へてアイタヽコイタヽ、暗から現はれた赤玉に、頭を押へ叩かれ、鼻をメシヤゲられ、赤い顔して目をキヨロつかせた悪神の寄合ひ、浅い智慧を以て何を企んでも、足下の見えぬ汝等が盲目神、足下から鳥が立つぞよ。何程焦慮つても鉄面しう致しても細引の褌、彼方へ外れ此方へ外れて、後の始末はこの通り、あな可笑しやな。三五教の宣伝使と侮つて、阿呆の限りを尽した汝等、余りの事で二つの眼からあはれや雨が降る。怪しい物音に耳を澄ませ、有らう事か有ろまい事か、肝腎の玉を取られたその有様、有るに有られぬ御心配、御察し申す、アハヽヽヽ、阿呆々々と烏のお悔み、オホヽヽヽ』 照山彦『ヤア怪しき額の裏、何れの悪神か、汝が正体暴露し呉れむ』 と額を目がけて、あり合ふ木刀を取るより早くハツシと打てば、怪しき声は再び方向を転じ、何処ともなしに、 声『イヒヽヽヽ、いぢらしいものだ。幾程この方の所在を探した処で、煎豆に花が咲くまで此方の姿は判るまい。如何なるらむと呼吸も絶えだえに心を焦つ意気地なし、俺が意見をトツクと聞け。長途の旅を漸う此処に手柄顔して威張顔、帰つて来た中依別、一寸一服憩ふ間もなくこの場の仕儀、聊か以て御迷惑千万、石が降つても槍が降つても、照彦の居所を探して常世神王の御目にかけねば、汝の顔は丸潰れ、上役の椅子も保てまい。今迄の威勢はさつぱり地に落ちるぞよ。手柄顔して欣々帰つた中依別も、嗚呼痛はしやいたはしや、只一人の照彦を数多の人数に守らせ、漸う帰つて来たものの、何時の間にやら蛻の殻、お憫しい事で御座るワイ。今も古も類例なき赤恥を掻いて、犬にも劣る浅猿しさ。犬でさへも嗅付けるのに、何と困つたものだのう。言ひ甲斐なき汝ら一同、忌々しさうなその面付、常世の国人に茨の如く忌み嫌はれ、嫌らしい面付きになつて胴も据らず、いらいらとその肝煎り、曲津の神の好い容器、思案の外とは色情ばかりではないぞよ。ウフヽヽヽ』 照山彦『如何にも合点のゆかぬ物声で御座る。何れも方、如何いたしたらよからうかな。色いろと工夫を致して、斯の如き異声を打ち消さねばなりますまい』 又もや何処ともなく、 声『ウフヽヽヽ、呆気もの、狼狽もの、何をウサウサ吐くのか、憂いか、辛いか、うかうかと計略にかかり、こんな憂き目を見せられて、浮ぶ瀬もあろまい。動きの取れぬこの有様、嘘で捏ねた罰は目の前、頭を打たれ鼻を打ち、呆けた面して現三太郎、智慧の疎いにも程がある。甘い企みも水の泡、うようよと毛虫のやうに何をして居る。ウラル彦の教を奉ずる狼狽もの、この方の申す事は気に入ろまい、煩さからう。その憂ひ顔は何だ。この上もなき馬鹿な目に遇うて、頭はへさへられ、鼻は挫がれ、照彦には逃げられ、他所の見る目も気の毒なりける次第だ。ワハヽヽヽ』 中依別『ヤー方々、あの声は何者で御座らうな。強う耳に触り申す。ウラル教の宣伝歌でも歌へば消えるでせうかな。コレコレ竹山彦殿、貴下は何とか御工夫はあるまいか』 竹山彦『サア、吾々も斯の如き声ばかりに向つては、何の手段も御座らぬ』 額の上より、 声『エヘヽヽヽ、オホヽヽヽ』 照山彦『エヽ又始まつた。奇怪千万な笑ひ声で御座る』 何処ともなく、 声『エヘヽヽヽ、エヽ面倒な、モー之位で止めようか。イヤイヤまだあるまだある。オホヽヽヽ、大国彦の神を日の出神と偽り、大国姫を伊邪那美神と偽つて、ロッキー山に立籠り、この世を乱さむ汝等一味の企み。常世神王とは真赤な偽り、極悪無道の広国別、鬼とも蛇とも分らぬ悪人、カヽヽヽ神も堪へ袋が切れるぞよ。固虎や蟹彦の不具人足の構へて居る常世城の表門、体主霊従国はサツパリ破れて今の状態、悔んで還らぬ照彦の宣伝使、どうして顔が立つと思ふか、返す返すも馬鹿な奴だ。可憐相なから、神は之きりにして帰つてやらう。今後は気を附けたが宜からう。ウー』 固虎、蟹彦は広き庭前に蛙突這となつて、蛙に煙草の汁を呑ませし如く、目をしばしばさせながら、 固虎『アヽヽ阿呆らしい、悪性な目に遇はされて、イヽヽ何時の世にか忘れられやうか。ウヽヽ迂濶々々して居ると、カヽヽ蟹彦よ、キヽヽ狂者になるぞよ』 蟹彦『何だ、貴様は化物の真似をしよつて、クヽヽなんて目計りクルクル剥いて、黒い面してくたばつて、クヽヽもあつたものかい。ケヽヽ怪体が悪いぞ、怪しからぬ目に遇うた。マア怪我がなくてまだしもだ。コヽヽこんな目に遇うたら、如何な鷹取別でも、サヽヽ早速に開いた口が閉まるまい』 声『シヽヽ静かにせぬかい、聞えたら叱られるぞ、スヽヽ好かぬたらしい。セヽヽせんぐりせんぐり仕様もない事言ひよつて、背に腹が替へられぬと言ふ様な、誰も彼も面付を遊ばしたその可笑しさ。タヽヽ狸の奴に、チヽヽチツクリ、ツヽヽ魅まれよつて、テヽヽ体裁の悪い、トヽヽ蜥蜴面して、ナヽヽ何の態だ。中依別もあつたものか。ニヽヽ二進も三進もならぬ目に遇はされて、月夜に釜を抜かれたやうな面をして、根つから葉つから見当が取れぬでないか。ノヽヽ進退ならぬ目に遇うて、ハヽヽ恥を掻き、ヒヽヽ雲雀のやうに、フヽヽふざいた、ヘヽヽ屁理屈も、ホヽヽ反古になつて、マヽヽ松代姫や竹野姫、梅ケ香姫の、ミヽヽ三人の、ムヽヽ娘を、メヽヽ妾にしよつて、モヽヽ桃の実だとか、梅の実だとか、ウメイ事ばつかり、ヤヽヽやらかそと思つても、イヽヽいきはせぬぞよ。ユヽヽ幽霊の浜風ぢやないが、またドロンと消えられて、エヽヽ豪い泡を吹くのであらう。ヨヽヽ余程よい白痴ぢやワイ』 竹山彦『ヤイ、その方共は何を小さい声で吐いて居るか。なぜもつと大きな声で申さぬのか』 固虎『カヽヽ勘忍して下さいませ。一寸化物のかたとらを行りました。固虎の狂言、がたがた顫ひの御一同、実に以て御気の毒千万』 照山彦は大声にて、 照山彦『馬鹿ツ』 固虎、蟹彦、両手を拡げ立上り、 固虎、蟹彦『アー』 固虎『オイ蟹公、貴様は何を言うたのだ』 蟹彦『固公、貴様は何言うたのだい。俺は何も言ふ積りぢやなかつたのに、俄に腹の中から何だか出て来よつて、止度もなく喋つたのだ』 固虎『貴様もさうか。俺も何だか腹の中から声が出て来よつて、止めようと思つても止まらぬ。止めて止まらぬこゑの道だ』 蟹彦『洒落ない、洒落どころの騒ぎかい』 この時門前に又もや騒がしき人馬の物音聞え来る。一同は立ち上り、何事ならむと聞耳立つるを、蟹彦は矢庭に横しなげになりて、表門に駆け付くれば、 遠山別『ヤアヤア吾こそは、常世神王の命を奉じ間の国に使ひして、月、雪、花の三人を奪ひ帰つた手柄者、一時も早く此門を開けよ』 蟹彦『何と合点のゆかぬ事だワイ。現に今夜出立した遠山別が、何ほど足が速いと言つても、間の国へは三百里もある。そんな馬鹿な事があつて堪るものか。這奴アまた化物だ。開けて堪らうかい』 門外より、 遠山別『コラコラ門番、何をグヅグヅ、……速かにこの門開け』 蟹彦『此門も彼の門もあるもんか。訳の分らぬもんが遣つて来よつて、又も一もんちやくを起さうとするのか。よしこの方にも考へがある、門番だとて馬鹿にはならぬぞ。この蟹彦さまの腕力で、もんでもんで揉み潰してやらうか。オーイオーイ、赤熊早う来ぬかい、又こんこんさまだ。今夜のやうな怪体な夜さりと言ふものは、古今独歩珍無類だ。今晩は非が邪でも、この門開ける事はまかり成るもんか』 と呶鳴り立てて居る。 赤熊はこの場に走り来り、 赤熊『ヤイヤイ蟹彦、確りせぬか。何を吐いて居るのだ。門はすつかり開いてあるぢやないか、開けるも開けぬもあつたもんかい。モーつい夜が明けるのだ。何を寝呆けて居るのだ』 と拳固を固めて横面をポカンと打てば、蟹彦は吃驚し目を擦りながら、よくよく見れば門はがらりと開いて人影もなく、月は西山に落ちて、木枯の風ヒユウヒユウと笛吹いて渡り行くのみなり。 (大正一一・二・一九旧一・二三森良仁録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 07 思はぬ光栄 第七章思はぬ光栄〔四三七〕 ロッキー山の山颪篠つく雨に百川は 漲り溢れ轟々と西北指して流れ行く その水音も高野川常世の国の神人の 心も騒ぐ荒波に常世神王始めとし 鼻の潰れた鷹取別や激しき憂目を美山別 立帰つたるその後に 中依別は門番の蟹彦、赤熊を庭前に呼出し、 中依別『ヤア、蟹彦、赤熊、その方は門番として今日の不体裁、照彦を取遁がせし罪に依つて、唯今より暇を遣はす。一時も早くこの場を立去れ』 竹山彦『これはこれは、中依別殿の御言葉とも覚えぬ。今日の不始末は、些々たる門番の知る所にあらず。大切の玉を取遁がせしは、監督の任に当らるる貴下中依別にあらずや。蟹彦、赤熊が如き門番に当り散らさるるは、吾々として一円合点ゆかず。貴下は先ず良心あらば責任をもつて自ら退職せられよ』 蟹彦『イヤア、偉いえらい、流石は竹山彦の御大将、それでこそ人民の水上に立ち、人を治むる寛仁大度の御仁徳、蟹彦実に恐れ入る。ヤアヤア中依別、良心あらば貴下先づ責任を以て退職せられよ』 竹山彦『コラコラ蟹彦、門番の分際として声名高き中依別の上役に向つて無礼であろうぞよ』 蟹彦『これはこれは竹山彦の御大将様、中依別は常世城に、大勢上役の坐します中より別て、イヤハヤもう話にも、杭にもかからぬ奴でござる。どうぞ公明正大なる御判断のほど願ひ奉ります』 竹山彦『門番に似合はぬ面白いことを申す奴、併しながら今迄は、頭を振り、尾を掉り、喪家の狗の如く、唯々諾々として上長と仰ぎし中依別に対し、余りと云へば余りの現金ではないか』 蟹彦『ヤア、何も彼も世の中は時の天下に随へといふ事があります。旗色の好き方につくのが当世、もはや竹山彦の一声にて日ごろ傲慢不遜なる中依別が退職となりしは、この蟹彦一人ではござらぬ、城内一同の下役共は一人も残らず手を拍つて喜ぶことと存じます。イヤもう気味のよい事で、余り麦飯……ドツコイ……むぎ道な事をいたした罰で、あは喰つて貴方様に一時も早くいねだとか米だとか言はれたその時の面付、見られたざまぢやありませぬわ。そばに見て居る私は、イヤもううどんでも呑み込んだ様に、つるつると咽の溜飲が下りました。何時迄も驕る何たらは久しからずとかや。是も世間のみせしめ、中々以てよりによつた中依別のがらくた役人、籾から米を取つた後の粕役人、この蟹彦が一つ鼻息したら十間先へペロペロペロと散るやうなざまになりました。どうぞ竹山彦の御大将、一時も早く御英断を願ひます。私一人が喜ぶのではなく、城中もこれからは皆の役人共が喜んで勇んで、寝転んで、ころこんで、滑つて跳ねて、尻餅搗いて、涎をくつて……』 竹山彦『コラコラ、止度もなく何をべらべら囀るか。控へて居らう』 蟹彦『ハイハイ、かにして下さいませ。あまり逆上て、蟹が一寸泡を吹いたのでございます。泡に就て思ひ出した。あは喰つたのは中依別、哀れなものぢや。こんな毒性な目に遇はぬ昔がまだよかつたに、アンポンタンの真黒気の黒焼奴が、案外はやく失策つた。昼行灯の餡ころ餅、暗夜に間に合ふのは提燈、行灯の明り。常世の城に昼行灯は、イヤもう一寸も御用はありますまい。イヽヽ因縁か因果か、いんちき野郎が陰気陰鬱なその陰険な陰謀を企んだ因縁に依つて、今この通り夢にも知らぬ大鉄槌を頭上から痛々しくも下され、これ迄の位置をすつかりと返上し、何時にない曲けた顔していとしいことだ。早く帰して下さいな。古も今も悪人の栄えた例はない。猪武者の中依別、一時も早く家に帰つて隠居でもしたがよからう。いらざる事に肝煎致したその罰で、居るに居られぬこの場の仕儀、曲津の容器、色は真黒けの黒助』 竹山彦『アハヽヽヽ、よう貴様は泡を吹く奴だ。よしよし、中依別も唯今限り常世城の規則に照し、退職を命ずる。就てはその部下の蟹彦も罪は同然』 蟹彦『モシモシ、そりやちつと違ひは致しませぬか。オイ赤熊、俺が御払ひ箱となつたら貴様も同然だぞ』 赤熊『チヨツ、何を吐しよるのだ、受売ばつかりしよつて、偽物を売つたつて買手がないぞ。ウヽヽ運の悪い貴様だ。動きのとれぬ御仰せ、うぢうぢ致さず早く帰れ。常世城の鉄門はこの方一人で大丈夫だ。貴様のやうな泡吹き野郎がけつかると、俺までが、しまひにはいねと云はれて、そば杖を喰はねばならぬ。エヽヽきびの悪い。早く帰るがよからうぞよ』 蟹彦『オイ、そんな偉さうなことを申すと、もう斯うなつては友達でもない、赤の他人だ。エヽヽ遠慮会釈があるものか。貴様の腸を抉つてえらい目に遇はしてやるのだ。今まで偉さうな面構をして居つたが、もう叶ふまい。高野川にでも身を投げて死んで了へ』 竹山彦『コラコラ両人、此処を何と心得て居る、勿体なくも常世城の常暗の御城内だ。面黒い事を吐かずに早く狐の尾を下げて、コンコン今後はきつと慎みます、クワイクワイ改心改良仕ると四這になつて謝れ。然らば竹山彦が暫らくの猶予を与へる。その間によつく胸に手を当てて去就を決するがよからう。不届きな奴、門番を免職さして中依別の後釜に据ゑてやらうか。常世神王の御側附に致してやらうか』 蟹彦『あゝモシモシ、竹山彦の御大将、ソヽヽそれは本当でございますか。叱られて上の役になると云ふことは、根つから葉つから蕪から訳が解りませぬ。今後はもつともつと不都合を致してドツサリ叱らるることですな。私が今日より中依別、ヤア、有難いありがたい、夢に牡丹餅食つたやうだ』 赤熊『コラコラ、貴様は改心致さぬと今後は赦さぬぞ。中依別の後釜に赤熊を命ずるぞよ』 蟹彦『ナヽヽ何を吐しやがる。自分のことを自分が命ずる奴が何処にあるか。コン畜生、貴様狐に魅まれてそんなうさ言を吐きやがるのだな。俺が一言云つたつて、さうきつう根にもつて、コンコン吐すに及ばぬではないか』 竹山彦『矢釜敷いワイ。ぐづぐづ吐すと常世神王の御脇立にして了ふぞ。中依別の後の役を仰付けるぞ』 蟹彦『ナンダか狐に魅まれたやうだな。斯んな結構なやうな、怪体なやうな、こんがらがつた、混沌としたことが又と世にあらうか』 竹山彦『何はともあれ、両人は元の如く赤門に退つて門番を致せ。追つて沙汰を致す』 二人は、 赤熊、蟹彦『ハイハイ、しやちこばりました。しやつちけのうございます』 と云ひながら、元の門番の溜り所に腑に落ちぬやうな面構をして帰り行く。門外にはかに騒がしく、人馬の物音手に取る如く聞え来る。 蟹彦『オイオイ又だ。照彦の奴、蒸返しに来やがつたのだらう。豪い勢だ。今度は沢山の手下を伴れて居るらしい。一つ貴様と俺と、とつときの智慧と力を放り出して、照彦をふん縛つて神王様の前へ突き出したら、御褒美が頂けようも知れぬぞよ』 赤熊『オケオケ、そんなことしたら何時迄も門番だ。貴様は門番に適当な奴だ。貴様に限ると一口言はれたが最後、門附になつて一代浮ぶ瀬はありはしないぞ。こんな失敗があつた御蔭で、中依別は気の毒だが、吾々は常世神王の御側附、一段下つた所で中依別の後釜だ。傘屋の丁稚ぢやないが、骨折つて叱られるより優しだ。貴様も割とは気の利かぬ奴ぢや。とつくりと思案をしたがよからうぞ』 この時門外より声高く、 遠山別『ヤアヤア遠山別、月、雪、花を召伴れ立帰つたり。一時も早くこの門開け』 と呼はる声に両人、 赤熊、蟹彦『何が何だか一寸も聞えはしない。戸を開けだとか、遠山あけだとか、何の事だい、遠の昔に俺の耳は遠山別になつて了つた』 門を叩き、 遠山別『開けよあけよ』 と叫ぶ声、ますます激しくなり来る。 蟹彦『豆腐屋でも遠山でも、左官でも構ふものかい。この門開けて堪らうかい。この方は勿体なくも常世神王の御脇立だ。中依別の後継ぎだ。遠山が何だ、豆腐のやうな腰しよつて偉さうに云ふない。御役が違ふぞ。仕損ふな』 中門の方より、馬鹿役人の粕熊馳せ来り、 粕熊『ヤア、ギヤアイ、赤よ、蟹よ、竹山さまが赤蟹にちよつと来いて仰有るぞ』 二人(赤熊、蟹彦)『赤蟹なんて莫迦にしやがる。まるで二つ一だ。オイ粕熊の粕野郎、そら何吐す。常世神王の御脇立様に向つて、一寸来いだの赤蟹だのと、貴様は狐にでも魅まれよつたな』 折しも六時を報ずる常世城の鐘の音は、コーンコーンコーン、コンコンコンと響き渡る。 (大正一一・二・二一旧一・二五外山豊二録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 11 狐火 第一一章狐火〔四四一〕 川田の町を離れたる常磐の森の岩の根に 心も堅き五柱珍山彦を始めとし 浪の響や吹く風の淤縢山津見の宣伝使 ミロクの御代を松代姫梅ケ香姫や竹野姫 ここに五人はいそいそとアナウの高原打ち越えて シラ山峠の東麓をこと問ひあはすコトド川 湯津石村にたばしれる血潮に染むる曲神の 苦しき悩みを洗はむと思ふ心もカリガネの たより渚のカリガネ湾東を指して浪の上 進み行くこそ雄々しけれ。 南北に帯の如く延長せるカリガネ半島に、五人の宣伝使は上陸した。宣伝使の影は細き竹の如く、長く地上に東に向つて倒れる。遉に長き春の日も、カリガネ湾の彼方に舂き始めた。立つて行く人、寝て進む人、十曜の紋の十人連、日没と共に惜しき別れを告げにける。 靄に包まれたる浪を分けて、十四夜の月は東天に輝き始めぬ。照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜に、又もや微な五人の姿は西枕に現はれて来た。蚊々虎は、 蚊々虎(珍山彦)『ホー淤縢山さま、吾々は常磐の森から、斯うぶらぶらと、シラ山峠の麓を廻つて、音に響いたコトド川をやうやう渡り、草の褥の仮枕、沈んだ浮世をカリガネの、入江を渡つて十人連、アヽ世は日の暮るるとともに、親密な五人に分れ、ヤレ淋しやと思ふ間もなく、又もや五人のおつきあひが出来た。矢張り世の中は神歌ではないが、十でなければ治まらぬ。遠い遠い海山越えて、どうやらかうやら此地まで青息吐息の為体でやつて来た。心も荒き荒浪の、淤縢山津見の宣伝使、松吹く風の松代姫、ミロクさまがお上りになつた。サアサア、これから言霊姫の鎮まり給ふ常世国、常世の暗をとことんまで晴らして、常世神王に改心させねば吾々の役目がすまぬ。烏羽玉の夜も、月の光にシラ山山脈、サアサアこれから行きませう』 淤縢山津見『モシモシ珍山彦様、吾々は今まで五人連れで来た筈だ。それにあなたは十人連れと云ひましたねえ。いつも途方途轍もない法螺を吹いて吾々に栃麺棒を振らすのですか』 珍山彦(蚊々虎)『日の神様のお蔭で十人連れぢや、神のお蔭がなければ、矢張り男女五人だ。日の神のお蔭にはづれたと思へば、今度はミロク様のお蔭でまた元の十人連れ。情ない浮世と人は言へども、蛸さへ釣れる世の中だ。貴下も深山の谷底で、照彦神に蛸をつられたさうですなア』 淤縢山津見『その話は聞いて下さるな。一時も早くこのシラ山峠を向ふに渡つて、常世の国へ参りませう。実はアナウ高原を渡つて、テキサスの方から常世城の背面に出る考へでしたが、何だか俄に足が東に向つて、川田の町で不思議にも三人の姫に出会ひ、又もや常磐の森で貴下にお目にかかつたのも、何かの霊界からの御指揮でせう』 と話す折しも、前方より幾百とも知れぬ人馬の物音聞え来る。五人の宣伝使は又もや敵の襲来かと、腹帯を締め、直に月光に向つて手を合せ、神言を奏上し、声を揃へて宣伝歌をうたひける。 追ひおひ近づき来る群衆の中より、一人の棟梁らしきもの現はれ、 固虎『ヤアヤア、それに居る五人の者は三五教の宣伝使であらう。テツキリ松、竹、梅の三人の女に相違はあるまい。常世城を夜陰に乗じて逃げ出し、又もやこのカリガネ半島に来つて宣伝歌を歌ふ不届至極の奴。常世神王の命に依つて、腕力鉄より固き固虎が召捕に向うたり。サア尋常に縛に就くか。否と申さば、この槍のキツ尖にて貫かうか。返答如何に』 と馬を進ませ呶鳴りつつ迫り来る。 一行は何の応答もなく、黙然として佇立し居たるに、前後左右に忽ち起る鬨の声、追ひおひ身辺に近寄り来る。空には数十の天の鳥船天を覆ひて猛り狂ひ、威嚇運動が開始されて居る。固虎は、 固虎『ヤア、汝らは此方の威勢に恐れて、一言半句も言葉はなく、がたがた慄うて居るのか。今にこの固虎が合図を致さば、空の鳥船より下す投弾に、汝ら五人の身体は木端微塵。微塵となつて滅ぶるよりも、一寸延びれば尋とやら、一息の間も命が惜しからう。サア此方に四の五の吐さず随いて来い。六でもない事囀つても、この方はエエ七面倒くさい、頤を叩くと八り倒して九て仕舞ふのだ。十こよの国の固虎の旭日昇天の御威勢を知らぬか』 と空威張に威張り散らして呶鳴り居る。珍山彦は吹き出し、 珍山彦(蚊々虎)『ウワハヽヽヽ、ヤア固虎、ほざいたりなほざいたりな、ロッキー山に常世城に、巣を構へたる八岐の大蛇の尻尾の奴ども、此方を何と心得てをるか、世界に名高い三五教の蚊々虎さまとは俺の事だ。名を聞いて一同の奴、肝を潰すな。何程上から爆弾を投げたとて、それが何恐ろしいか。一時も早く合図を致して、爆弾を投げさせよ。此方は神変不可思議の神力備はる、いづのみたまの五人連れ。貴様の方は烏合の衆だ。うごうご致した密集部隊へ、爆弾投下は此方にもつて来いだ。敵の武器をもつて敵を滅ぼすとはこの事だ。サア、貴様の用ふる合図は此方がやつてやらう。自縄自縛、自滅の端を開く大馬鹿者』 と云ひながら、蚊々虎は懐より火打を取り出し、火口に火を移し、枯葉を集めて三箇所に火を焚き出せば、固虎は、 固虎『ヤア、そりや大変だ。此方の合図をどうして知つたか。味方の武器で味方が滅る。耐らぬ耐らぬ、ヤイヤイ、皆の者ども、一時も早くあの火を消せよ』 一同は焚火に向つて消しにかからうとする奴を、松、竹、梅の三人は、三ケ所の火の傍に突つ立ち上り、寄り来る奴を手玉に取つて、一々カリガネ湾に投げ込む。 忽ち轟然たる響聞えて、爆弾は密集部隊の頭上に破裂せしかば、泡を吹いて死傷算なく、命辛々逃げ行くもあり、その場に倒れて呻く声、此処彼処に聞え来る。珍山彦は大音声、 珍山彦(蚊々虎)『ヤアヤア、固虎の部下の者共、改心したか。肝を潰し、腰を抜かし、鼻を挫かれ、口は引き裂かれ、眼球は飛び出し、耳はちぎれ、腕は折れ、足はむしられ、実に気の毒千万なるよ。今この場に於て改心致さばよし、否と云ふなら、ま一度合図をしようか』 一同の中より、泣き声を絞りながら、 固虎の部下『蚊々虎様、三人の姫様、私は改心致します。どうぞ助けて下さいませ』 珍山彦(蚊々虎)『改心致した奴は、この場で罪を赦してやらう。改心致すほど世の中に結構はない。サア一同此方の後に随いて宣伝歌を歌へ』 一同『常世の国やロッキーの山に隠るる曲津神 八岐大蛇に狙はれて神の御国を乱さむと 鼻息高き鷹取別の醜の魔神の腰抜かし 鼻みしやがれたその家来肩で風切る固虎が 部下の者よ、よつく聞け旭は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも常世の国は沈むとも 曲津の砦は破るとも三五教は世を救ふ 口は引き裂け鼻曲り眼球は飛び出し耳ちぎれ 腕は折れて足はとれ子供の玩具の人形箱 ぶち開けたやうな今の態改心するのは此時ぞ 改心するのは此場合月日は空に蚊々虎の 宣る言霊に耳澄ませ口を清めて目を洗ひ 鼻を低くして天地の神を称ふる神言を 一度に宣れよ皆のもののれよのれのれ皇神の 救ひの船に皆乗れよロッキー山に現はれし 日の出神や伊弉冊の神と申すは世を乱す 大蛇や金狐の化身ぞや早や目を醒ませ目を醒ませ 心にかかる村雲を吾言霊に吹き払ひ 清めて救ふ神の道国てふ国は多けれど 神てふ神は多けれど常世の国は常久に 暗ではおけぬ神の胸ロッキー山の曲神の 醜の企みを此侭に捨ててはおかぬ神心 この世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し宣り直し 鬼や大蛇や曲神の醜の猛びを皇神の 救の舟に乗り直し心を直せよ諸人よ この世を渡す麻柱の神の造りし方船は どこにも一つ穴はないあな有難や尊やと 左右りの手を合せ祈れよ祈れカリガネの この島人や固虎の部下のものよ逸早く 神の光に目を醒ませ神の光に目を醒ませ 日は照る光る月は盈つ日の出神が現はれて 常夜の暗を照せども行方も知らぬ荒浪の 中に漂ふ醜船の舵を取られて人心 心の海に日月の光湛へて黄泉島 黄泉比良坂の戦に力を尽せ身を尽せ 神の守りは目のあたり神の恵みは此通り』 と歌ひ舞ふ。 固虎を始め部下の者共は思はず知らず、蚊々虎の言霊車に乗せられて、自分の事と知りながら、知らず知らずに歌ひ舞ひ踊り狂ふ。目も鼻も口も耳も手も足も、神の恵みに救はれ、元の通りの完全な肉体に還元して、負傷の痕さへ止めざるこそ不可思議なる。 これより固虎は、珍山彦の歌に感じ、翻然として悟り、道案内となつてロッキー山に進み行く。固虎は後に固山津見の神名を戴き、神界のために大活動を為すに至れり。 (大正一一・二・二二旧一・二六加藤明子録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 22 混々怪々 第二二章混々怪々〔四五二〕 醜の魔風の吹き荒ぶ、ロッキー山の山颪、大国姫神は黄泉島なる戦ひに、味方の勝を美山別、国玉姫の訪れを、今や遅しと待ち居たる。時しもあれや大空を、轟き渡る天の磐船、此処彼処、円を描いて下り来る。鳴音高き大雷、火雷の二柱、ロッキー山の城門に現はれ、門外より門番に命じ、鉄門を左右に開かしめ、息もせきせき奥殿目がけて進み入る。 ロッキー山の重臣武虎別は進み出で、大雷、火雷の二将を見るより、 武虎別『オー、思ひがけなき二神の帰城、黄泉島の戦ひ、味方の勝敗如何に、速かに話されよ』 大雷『吾々中途にて急ぎ帰りしは、余の儀にあらず。黄泉島の戦闘は殆ど味方の全敗、このまま打捨て置かば、敵の大将日の出神は数多の神軍を引連れ、黄泉島は未だ愚、常世の国に攻め渡り、ロッキー山を占領し、吾々をして根底の国に追ひ落さむは目睫の間にあり。貴下は速かに此由大神に奏上されよ』 火雷『時後れては一大事、瞬くひまも猶予ならず。早く早く』 と急き立てる。 武虎別は何の答もなく、そのまま隔ての襖を押し開きて慌しく奥殿目がけて進み入りぬ。後に二人は呆然としてもどかしげに、大国姫の出場を首をのばして今や遅しと待ち居たるが、此時、門前に何となく騒がしき音聞え来る。二人は耳を澄まして其物音に聞き入れば、国玉姫、杵築姫、田糸姫の三柱の美人は悠々として数多の女神を引連れ、此の場に入り来るなりき。大雷は思はず声をかけ、 大雷『ヤア貴下ら三人は戦ひの真最中にも拘はらず、危急存亡の場合、戦陣を捨て、女々しくも帰り来れるか。之には深き様子のある事ならむ、具に物語られよ』 国玉姫『アツハヽヽ、オホヽヽヽ』 杵築姫『ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 田糸姫『イヒヽヽヽ、ホヽヽヽ』 三人一同にいやらしき声を張りあげ、敗軍も心に留めざるが如き気楽さうな笑ひ声に、大国姫命、武虎別は慌しく出で来り、 大国姫『アイヤ、汝は大雷、火雷にはあらざるか。天下分目の此戦ひ、敵も味方も死力を尽し、鎬をけづる真最中に帰り来るは其意を得ず、いぶかしさの限りなり。また国玉姫ら三人のその笑ひ声は何事ぞ』 とやや顔色を赭らめて問ひかくれば、大雷は大口開いて、 大雷『オホヽヽヽ、恐れ入つたる御挨拶、鬼も、大蛇も、狼も、掴んで喰ふ大雷、オメオメ帰り来る理由があらうか。大勢の軍卒を引連れながら腰を屈め、尾を巻いておぢおぢと帰り来る理由はない。恐れながら此大雷は、日の出神の御使鬼武彦の化神なるぞ。己れの正体は判るまい。狼狽へきつた其面付のをかしさ。大国姫命も、畏れ多くも、伊邪那美神をさし措き伊邪那美大神と偽り、この世を誑る大曲津の張本、この侭にしてはオヽ置くものか。ヤイ、もうそんな馬鹿な芸当はおけおけ。をこがましくも、ロッキー山の魔神のお里にあり。押しも押されもせぬ日の出神に敵対ふとは、分に過ぎたる汝の企み、今後は三五教の教を守り、ソンナ恐ろしい計画を致すでないぞ。何だツ、お多福面をしよつて、おつに構へて大国姫の贋神が、伊邪那美命なぞとは尻が呆れるワイ。根の国底の国に落ちて怖ろしい責苦に遇へば、如何にお転婆の其方も、多寡が女の弱腰、鬼の鉄棒や斧を以て追ひまくられては、お前の逃げ場所もあるまい。オメオメと根底の国で恥を掻くより、今の中に心を改め、面白くない計画を止めて祖神様に従へ。さう致せばお前の罪は追ひ追ひと赦されるであらう。大雷と見えたるは大きな間違ひ、鬼武彦が千変万化の活動だ。アハヽヽヽ』 火雷『ホヽヽヽ、呆けた面してホロホロと、涙をこぼして其態は何だ、今迄の悪いたくみをホホ、ホウキで掃いた様に、さつぱりと放して終へ。伊邪那美神と甘く化けおほせ、これで大丈夫だとほくそ笑をして居た其方、何ほど自分の力に呆けて誇つて居ても、ごうたくを吐いても、貴様の欲しい黄泉島は中々以て手に入らぬぞ、細引の褌だ。あつちに外れ、こつちに外れ致してボタ餅は棚から落ちて来ないぞ、発根から改心致さばよし、大きな布袋つ腹を拘へて、何を企んでもホコトンばかりだ、時鳥だ。八千八声の血を吐いて、苦しみ藻掻き、誉処か法螺の抜け殻、穴でも掘つて、すつ込まねばならぬやうな恥かしいことが出来て、ホロホロと涙をこぼし、天地の神には放棄され、取返しのならぬ事が出来いたすぞ。改心いたすなら今ぢや。ホヽヽヽ火雷とは真赤な偽り、われは火産霊神だ。よつくわが面を見て置けよ。アツハヽヽハー』 国玉姫『オホヽヽヽ、淤縢山津見がやつて来て、ロッキー城を撹き乱し、固虎彦が仇の間者となつて、汝が計画を根本よりひつくり覆す其謀計に気の付かざる馬鹿神ども、アハヽヽヽハー、呆れ蛙の面の水だ。阿呆阿呆と朝から晩まで、峰の烏が鳴き渡る。アフンとするは目のあたり』 田糸姫『ウフヽヽ、ウラル教に欺されて動きの取れぬ黄泉島の戦ひ、エヘヽヽ、エンマが罪人の戸籍を調べるやうな得体の知れぬえぐい面付き。エヘヽヽヽ』 杵築姫『イツヒヽヽヽ、伊邪那美命などと、いい加減な法螺を吹いて、威張り散らした大国姫、一寸先は真暗がり、今に化の皮が現はれるぞ。大雷、火雷も、国玉姫も、田糸姫も、杵築姫も、残らずお化と大馬鹿者と一つになつた此の芝居、黄泉比良坂の桃の実も、今はさつぱり虫が喰うて気の毒な次第なりだ。本当の国玉、杵築、田糸の三人は、比良坂に於て、日の出神の神軍の言霊に悩まされ、肝腎の国玉姫はキツキ目に遇はされて頭を割られ、腕をくじかれ、イタイ、イタイと半死半生、見るも哀れな次第であるぞよ。イヒヽヽヽ、命あつての物種だ。一時も早く魂を入れ換へ致すがよからう。コンコンコンコンカイカイカイ』 忽ち五人の男女は牛の如く大なる白狐となり、大国姫、武虎別目がけて飛び付かむとする。この時またもや門前騒がしく、日の出神の御来場と先導者の声、城の内外に響き来る。 (大正一一・二・二五旧一・二九藤津久子録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 33 鰤公 第三三章鰤公〔四六三〕 海月なす漂ふ国を固めむと、心も堅き石凝姥の、神の命の宣伝使、其言霊に川の辺の、四五の土人は堅き頭を宇智の川、浮木の橋を危なげに、やうやう西へ打渡り、 甲『アヽ三五教の宣伝使様、お蔭で三年振りに故郷に帰る事が出来ました。これも全く、あなた様のお蔭でございます。私の村へ一寸御立寄りを願ひたいのは山々ですが、そこには一寸、エヽ一寸……』 石凝姥『何だ、云ひ憎さうに、明瞭と云はぬかい』 甲『オイ鰤公、貴様俺に代つて申上げて呉れないか』 鰤公『ソンナ甘い事を云ふな。此鰤公だつて久し振りに川を渡つて、やつと安心したとこだ、ソンナ事明瞭と云はうものなら、それ又アルタイ山の魔神さまにはブリブリと怒られて、ドンナ災難が俺の頭にブリ懸つて来るか、分つたものぢやないワ。さうすれば家の嬶めが三年振りに折角帰つて来て、好い男振りを拝んで、ヤレヤレ嬉しやと思つて居たのに、お前さまは馬鹿だから、ソンナ大事な事を喋つて、こんな目に遇ふのだと云つて、ブリブリ怒られて、大きな尻を俺の方へブリブリと振られやうものならつまらぬからなア』 石凝姥『オイ、貴様達は訳の分らぬ奴だな。何がブリブリだ』 乙『イヤ最う毎日日日、大雨がブリブリで、宇智川はドえらい洪水で御座います。家の嬶もブリブリで腹立て、涙の雨がブリブリになると困りますから、どうぞ是だけは御許し下さいませ』 石凝姥神『貴様たち、愚図々々云つて秘密を明さぬならば、こちらにも考へがあるぞ。又石の玉を御見舞ひ申さうか』 と云ひながら、直ちに土を握つて団子を造り息を吹きかけたるを、 甲『マアマア待つて下さいませ。そんな石玉を貰つたら、私の頭は一遍にポカーンと割れて了ふ、堪つたものぢやない。胆玉までが潰れて睾丸が縮んで了ひます』 石凝姥『それなら素直に、何だか秘密らしい貴様の口振り、白状せぬかい』 甲『ハイハイ、仕方がありませぬ、さつぱりと申し上げます。エヽ実は、誠にそれは、ほんにほんに、真に、エー、アルタイ山の、アヽ間の悪い曲神が、マアマア、マアで御座いますが』 石凝姥神『貴様の云ふ事は益々分らぬ、真面目に申さぬか。また石玉を呉れるぞよ』 甲『オイ、鰤公、貴様も俺ばかりに云はさずに、ちつとは責任を分担したらどうだ』 鰤公『エー仕方がない。どんな事があつても、三五教の宣伝使様引受けて下さいますか』 石凝姥『何でも引受けてやる、驚くな、尋常に真実を申せ』 鰤公『アルタイ山には蛇掴と云ふ、それはそれはえらい悪神が棲んで居ります。其神は毎日日日大きな蛇を十二匹宛餌食に致して居ります。其蛇がない時には此処ら辺の村々に沢山の子分を連れて来て、嬶や娘を代りに奪つて喰ひますので、大事な女房や娘を食はれては堪らないので、村々の者が各自手分けをして毎日十二匹の太い蛇を獲つて、之をアルタイ山の窟に供へに行くのです。夏は沢山に蛇が居つて取るのも容易ですが、斯う寒くなると残らず土の中へ這入つて了ふので、之を獲らうと思へば大変な手間が入りますし、之を獲らねば女房子をいつの間にやら奪つて食はれるなり、イヤもう此辺の人民は、大蛇獲りにかかつては命がけで御座います。若しもこんな事をあなたに申し上げた事が、アルタイ山の魔神の蛇掴の耳へでも入つたら、それこそ此村は全滅の憂目に遇はねばなりませぬから、どうぞ助けて下さいませ』 石凝姥神『ヤア、何事かと思へばソンナ事か、よしよし。此方がこれからアルタイ山に登つて其蛇掴の魔神を退治てやらう。貴様等は案内せよ』 一同『案内は致しますが、三年振りで漸う帰つたばかし、どうぞ一度吾家へ帰つて妻子に面会した上案内さして下さい』 石凝姥神『三年も居らなかつたのだから、屹度お前等の女房子は喰はれて了つたかも知れないよ』 一同声を揃へてワアワアと泣き伏すあはれさ。 石凝姥『オー心配するな、滅多にそんな事はあるまい。とも角貴様等の村に暫らく逗留して様子を窺ふ事としよう』 と一同と共に彼等が部落に進み行く。 この部落を鉄谷村と云ふ。一行が此村の入口に差掛つた頃は、既に烏羽玉の闇の帳は下され、空には黒雲塞がり咫尺を弁ぜざる闇黒界となりぬ。 七八十軒もある鉄谷村は、何故か、どの家にも一点の燈火もついて居ない。微に鼻をすする音や泣き声が聞えてゐる。鰤公の一行はあまりの暗さに吾家さへも分らず、一歩々々杖を持たぬ盲目の様な足付をして探りさぐり進んで行く。やや高き所に忽然として一柱の火光が瞬き始めた。石凝姥その他の一行は其火を目当にドンドンと進んで来て見れば、此処は鉄谷村の酋長の鉄彦の屋敷である。何だか秘密が潜んでゐる様な気がする。石凝姥神は門前に立つて声朗かに宣伝歌を歌ひ始めた。門内より雷の如き声を張り上げて、 時公『ヤア、此門前に立ちて三五教の宣伝歌を歌ふ奴は何者だツ。酋長様の御家の一大事、そんな気楽な事を云つてゐる場合ではあるまい。何処の何奴か知らぬが、悪戯た真似を致すと笠の台が飛んで了ふぞ』 門外より鰤公声を張上げ、 鰤公『ヤア、さう言ふ声は門番の時公ではないか。俺は三年前に宇智川の向岸に渡つたきり、丸木橋が落ちたものだから、今日まで帰らなかつたので村の様子はちつとも知らぬが、酋長の家の一大事とは何だい』 時公『何だも糞もあつたものか、蛇掴の曲神さまに酋長の娘清姫さまを今晩中にアルタイ山の砦に人身御供に上げねばならぬのだ。あんな美しい可惜娘を蛇掴の曲神の餌食にするのかと思へば、俺はもう気の毒で惜しうて何どころではない。貴様それにも拘はらず、蛇掴の嫌ひな宣伝歌を歌ふとは何の事だい。貴様の娘も今年の春だつたか、食はれて了うたのだよ』 鰤公は、 鰤公『エーツ』 と云つた限り、其場にドツと倒れ伏し人事不省となる。 甲『オイ、俺は貴様のよく知つて居る吉公だが、門を開けて呉れ。屹度酋長がお喜びになる事は請合だ。俺は救ひの神様をお迎へして来たのだから、清姫さまも屹度お助かりになるだらう。早く開けないかい』 時公『マア何は兎もあれ、開けて見ようか』 と時公はやや不安にかられながら、白木の門をガラガラと開ける。石凝姥神は、 石凝姥神『御免』 と云ひつつ門を潜つて進み入る。 (大正一一・二・二七旧二・一藤津久子録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 36 意想外 第三六章意想外〔四六六〕 アルタイ山の蛇掴一度に開く梅ケ香姫の 神の命の言霊に吹き散らされて曲津見は 御空も高く駆け上り西南指してアーメニヤ 雲を霞と逃げ去りし後に二人の宣伝使 胸ドキドキと時公の供を引連れ帰り来る 鉄谷村の鉄彦が館の前になりければ 今の今まで悄気返り弱り入つたる時公は 肩を怒らし肘を張り俺の武勇は此通り 鉄谷村の人々よ昔取つたる杵柄の 猪喰た犬の時野川時世時節で是非もなく 鉄彦さまの門番と身を下しては居たけれど 愈めぐる時津風吹いて吹いて吹きまはし 流石に強き蛇掴片手に掴んでビシヤビシヤと 岩に投付け引つ千切り上と下との彼奴が顎 右と左の手を掛けてウンと一声きばつたら 鰻を断つたその如く左右に別れてメリメリメリ 時の天下に従へと言ふ諺を知つてるか サアサア是から時さまが時の天下ぢや殿様ぢや 迚も敵はぬ鉄谷の村の頭の鉄彦も 俺に叶はぬ鉄姫よ必ず是から此方に 背いちやならぬぞ時野川時の天下は俺がする 時の代官日の奉行時にとつての儲け物 モウ是からはアルタイの山の魔神の蛇掴 此時さまのある限り再び出て来る例ない ためしもあらぬ豪傑の此腕前をよつく見よ 御代は安らか平かに時公さまが治め行く 「ドツコイシヨウノドツコイシヨ」「ウントコドツコイ、ドツコイシヨ」 「ヨイトコヨイトコ、ヨイトコサ」「ヨイトサノ、ヨーイトサ」 と手を振り、足を六方に踏みながら、饒舌り散らし、鉄彦が門口ガラリと開けて入り来る。 村人は今日も酋長の館に詰めかけて、アルタイ山の様子如何にと待居たる折柄なれば、此法螺を聞いて半信半疑の念に駆られ、喜ぶ者、顔を顰める者、ポカンとする者など沢山に現はれたる。鉄彦夫婦は娘清姫と共に慌しく宣伝使の前に現はれ、 鉄彦『ヤア、御苦労で御座いました。様子は如何で御座いませう。吾々始め一統の者、御身の上如何にと、首を長くし、顔色を変へて待つて居ました。はやく様子を聞かして下さいませ』 と三人一度に両手をついて頼み入つた。石凝姥はニツコと笑ひ、 石凝姥神『ヤア、先づ先づ御安心下さいませ、此通り梅ケ香姫も無事に帰つて参りました』 親子三人『ヤア、これは梅ケ香姫さま、結構で御座いましたナ。これと申すも貴女様の御親切が天地の神様に通じたので御座いませう。オー時公、お前は何だか偉う元気張つて唄つて居たなア。早く様子を聴かして呉れよ』 時公『只今の時公は、昨日迄の時公とは、ヘン一寸違ひますよ。其積りで聴いて貰ひませう。何時までも人間は金槌の川流れ、頭が上らぬといふ理屈はない。此時公の手柄話、よつく承はりなさい……オイオイ、時野川の言霊をよつく聞けよ。中々以て素適滅法界な……』 鉄彦『オイ時公、前置は好い加減にして、早く本当のことを言はぬか』 時公『ヤア、お気の毒な事が出来ました』 鉄彦『エツ』 時公『折角三五教の宣伝使が清姫様のお身代りになつてやらうとの仁慈無限のお志、吾々始め一同の者は誠に以て感謝の至りに堪へませぬ。併しながら蛇掴の奴、岩窟の中からやつて来て、唐櫃の廻りをフンフンと嗅ぎまはり「ヤア此奴は香が違ふ、酸いぞ酸いぞ、酸いも甘いも知り抜いた此蛇掴に、身代りを立てて誤魔化さうとは不都合千万な鉄彦奴、モウ了簡ならぬ。是から此方が出張して、鉄彦親子は申すに及ばず、村中の奴を老若男女の区別なく片つ端から皆喰つて了ふ」と云つて、ドエライ声で呶鳴りよつた其勢の凄じさ。何とも彼とも云ふに云はれぬ、大抵の者なら皆腰を抜かして、到底この時公の様に帰つて来ることは出来ないのですが、そこは流石は時公だ。鬼をも掴んで喰ふやうな蛇掴の前に、何の怖るる色もなく悠然として現はれ給ひ「ヤイ、蛇掴とやら、其方に申渡す仔細がある。貴様は蛇の代りに結構な人間様を喰ふ奴だ。モウ是からは人間を喰ふ様な事を致すと了簡ならぬぞ」と拳骨を固めて、ポンと擲る積りぢやつたが、擲るのだけは止めておいた。「モウ人間を喰ふ事は罷りならぬ」と言つた処、蛇掴の奴四つの目を細くしよつて「ヘイヘイ時公さまの御威勢には恐れ入りました。モウ是が人間の喰ひをさめ、一人だけは許して下さい」と頼みやがる。そこで此方も「ヨシ分つた、割と融通のきく奴だ。サア此処へ清姫を伴れて来た、これを喰つて満足せよ」と云つた処、蛇掴の奴「此奴は酸い贋物だ、本当の清姫をよこせ」とほざきやがる。「ヤアそれも尤もだ」と云つて請合つて帰つて来たのだ。サア清姫さま、気の毒ながら今晩ぜひ御苦労にならねばなりませぬワイ』 鉄彦『エヽ、それは大変な事ぢや。主人が門番に手を下げて頼むのだから、マ一度お前蛇掴に会つて談判をして来て呉れまいか』 時公『なかなか以て……抜かりのない時公は「オイ蛇掴、モウ人間の一つイヤ一人くらゐ喰つても喰はいでも、同じ事ぢやないか、モウ是で諦めて了へ」と千言万語を尽して云うて聞かした処「モウ是が喰ひをさめだから、是非喰はして貰ひたい。蛇掴の肉体は改心したから喰ひたくないが、腹の中の副守護神が喰ひたいと申すに依つて、女子の代りに時公を……ヤ違ふ違ふ……梅ケ香姫の代りに、清姫と鉄彦、鉄姫を邪魔臭いから一緒に喰はして呉れ」と云ひよつたのだ。ナア鉄彦さま、貴方は此村を守る御方、今迄は吾々が集つて働いて、酋長さまと敬つて養つて上げたのだから、今夜は其勘定をなさるのだ。たつた三人の命を棄てて此村は愚か、国中の者が助かると思へば安い生命だ、御苦労さま……』 鉄彦、鉄姫、清姫は一度にワツと泣き伏す。時公は、 時公『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ』 村の者『オイ時公、何が可笑しい。貴様不届きな奴だ。こんな悲しい時に可笑しいのか、貴様を村中集つてたかつて成敗してやらう。覚悟せい』 時公『ヤア、騒ぐな騒ぐな、皆嘘だ』 村の者『嘘とは何だ、冗談も時に依る』 時公『ヤア時公が言つたのぢやない、副守護神が云つたのだよ。みんな嘘だ嘘だ』 石凝姥『アハヽヽヽヽ』 梅ケ香姫『ホヽヽヽヽ』 石凝姥は声を張上げて、 石凝姥神『山路険しきアルタイの岩窟の前に送られし 梅ケ香姫の唐櫃を巌の上に据ゑ置きて 村人達は帰り行く梅ケ香姫は唐櫃の 中に潜みて宣伝歌歌ふ其声中天に 轟き渡り曲神は幾百千の火となりて 見まもり居たる折柄に忽ち来る一つ火の 玉は此場に現はれて唐櫃の上を右左 前や後に舞ひ狂ひ声も涼しき梅ケ香姫の 神の命の言霊に恐れて逃げ行くアーメニヤ 跡形もなき暗の空吾は木蔭に身を忍び 此光景を窺へば臆病風に襲はれし 胸もドキドキ時公が腰を抜かして啜り泣く 彼を伴ひ唐櫃の前に致りて蔽蓋を 開くや忽ち暗の夜を透かして立てる白姿 髪振り乱す梅ケ香姫の神の姿に仰天し 狼狽へ騒ぐ面白さ吾は此場の可笑しさに 魔神となつて声を変へ嚇して見れば時公は 訳も分らぬくどき言女房が悔む助けてと ほざく男の涙声腹を抱へる可笑しさを こらへて漸う今此処に帰りて見れば時公は 俄に肩で風を切り大きな法螺を吹きかけて 煙に巻いた減らず口あゝ鉄彦よ鉄姫よ 心も清き清姫よ御心安く平けく 思召されよ三五の神の教に救はれし 鉄谷村はまだ愚四方の国々民草の 憂ひはここに払はれぬ歓び勇め諸人よ 喜び祝へ神の恩』 この歌に鉄彦始め一同はヤツト胸を撫で下し、三五教の神徳に感じ、かつ二人の宣伝使が義侠心を深く謝し、茲に村内集まつて賑々しく祝の酒宴開きたり。 やがて鉄彦の座敷を開放して大祝宴が開かれ、鉄彦は立つて感謝の意を表するため歌をうたふ。 鉄彦『此世を救ふ三五の神の誠の宣伝使 世人を救ふ赤心の岩より堅き神司 石凝姥や梅ケ香姫の神の命のアルタイ山の 峰より高く海よりも深き恵に助けられ 一人の娘清姫の生命ばかりか国々の 人の禍悉く払ひ給ひし大御稜威 汝が命は久方の天の河原に棹して 下り給ひし神ならめあゝ有難や有難や 深き恵みに報いむと心ばかりの此莚 酒は甕瓶たかしりて百の木の実は横山の 如く御前に奉り心の丈を今此処に 受けさせ給へ宣伝使果実の酒はさわさわに あかにの穂にときこし召せあゝ諸人よ諸人よ 救ひの神は三五の誠の道の二柱 天と地とになぞらへて日に夜に仕へ奉れ 日に夜に崇め奉れあゝ尊しや神の恩 あゝ尊しや君が恩たとへ天地は変るとも 栄え五六七の末迄も娘を救ひ給ひたる 此御恵は忘れまじさはさりながら、あゝわれは 三年の前に清姫が姉と生れし照姫を 魔神の為に呪はれて損はれたる悲しさよ 三年の前に二柱ここに現はれましまさば あゝ照姫も清姫の如くに無事に救はれむ 返す返すも恐ろしく返す返すも悲しけれ 石凝姥の神様よ梅ケ香姫の神様よ かへらぬ事を繰返し愚な親とおもほすな 此世の中に何よりも吾子に勝る宝なし あゝさりながらさりながらそれに勝りて尊きは 神の教ぞ御道ぞあゝ是よりは三五の 道の教を宝とし四方の民草導かむ あゝ村人よ村人よ神に斉しき宣伝使 唯一言も洩らさずに御教を聴けよ、いざ聞けよ 聞いて忘れな何時迄も聴いて行へ何処迄も 心を治め魂研き月日の如く明かに 照して御神を讃めたたへ誠の御神を讃めよかし 祈れよ祈れ唯祈れ此世を救ふ三五の 神の御前によく祈れ』 と二人の宣伝使に向ひ、涙と共に感謝する。これより鉄彦は神恩に報ゆるため、梅ケ香姫の従者となつて、アーメニヤに進み行くこととなりける。 (大正一一・二・二七旧二・一松村真澄録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 01 クス野ケ原 第一章クス野ケ原〔四六八〕 天の原澄きり渡る青雲の別の命の宣伝使 名も高彦と改めて岩戸の前にいさをしを いや永遠に建ましし天児屋根の神司 ウラルの山やアーメニヤ醜の本拠と立籠る ウラルの彦やウラル姫八十の曲津を言向けて 豊葦原の瑞穂国隈なく澄まし照さむと 黄金山を立出でて天の真名井を打渡り 波にさらはれ雨に濡れ吹きくる風に梳り 山川幾つ打越えて神の稜威もアルタイの 山より落つる宇智野川渡りてここにクス野原 一望千里の草の野に月日を重ねて進み来る。 目も届かぬ限りの薄野を分けて、ことさら寒き木枯に吹かれながら、疲れし足をとぼとぼと、虎狼のうそぶく声を目あてに、宣伝歌を歌ひながら進み行く。 日は黄昏に近づきて、夜気陰々と身に迫る。百鳥の声もピタリと止んで、猛き獣の声は刻々に高く聞え来たりぬ。 高彦の宣伝使は、一夜をここに明かさむと枯野ケ原を衾とし、顔に笠を蓋ひ簑を被つて睡むうち、何処ともなく胸騒ぎがして来た。フト目を開けば、見上ぐるばかりの大怪物、額の中央に鏡の如き一つ目を光らし、鼻は神楽獅子の如く、口は耳まで裂け、青藍色の面をして、高彦を睨みつけた。 高彦は仰臥せしまま黙然として一つ目の怪物を目も放たず見つめてゐた。怪物は毛だらけの真黒な手を差し伸べて、高彦の胸を一掴みにせむと迫り来る。 高彦は心静かに宣伝歌を唱へた。怪物は怪しき声を出して、前後左右にキリキリ舞ひを始めた。高彦は益々宣伝歌を高唱する。怪物は次第々々にその容積を減じ、終には白き煙の如き玉となつて次第々々に消え失せた。中空を眺むれば、怪しき黒影魚鱗の淡雲を分けて昇り行く。 高彦『あゝウラル山の鬼奴が、折角疲れを休めて好い塩梅に眠つてゐたのに、安眠の妨害を致しよつた。このクスの野は油断のできない所だと聞いてゐた。ヤア、もう少し夜が明けるのに間もあるから、モウ一と寝入りしてから行くこととしよう』 と又もやコロリと横たはり、後は白河夜船、鼾声雷の如く四辺を響かしてゐる。 この時、何者ともなく高彦の身体を目がけて、杖をもつて力限りに打つものがある。高彦は驚いてスツクと立上り、 高彦『無礼者ツ』 と一喝したるに、一人の大男は、 時公『バヽヽヽ化物奴が、馬鹿にするな。その手は食はぬぞ。俺をどなたと思うて居るか、恐れ多くも、鉄谷村の酋長鉄彦が門番、今こそ少し年はとつたれ、これでも若い時は小相撲の一つもとつた近所界隈に名の通つた時公さんだぞ。何だツ、最前も一つ目の化物となつて、大きな無恰好な口を開きやがつて、青い面してこの方さまを喝かしよつたが、この時さまの宣伝歌の言霊によつて、雲を霞と逃げたそのザマは何だ。今度は手品を変へやがつて、石凝姥の宣伝使の真似をさらして、こンな所に横たはつて鼾をかいてゐやがるんだ。もう承知せん。貴様はアルタイ山の蛇掴みの子分だらう。親分の蛇掴みでさへも、時公さまの御威勢に恐れ、青白い光となつてザマの悪い褌を垂らしやがつて、アーメニヤとかいふ国へ逃げ帰りやがつた位だ。サア、目を剥け、舌を出せ、そんな事でビツクリするやうな時さまとは違ふぞ。あまり見損なひをすな』 高彦『ヤア、時さまとやら、我々は化物ではありませぬ』 時公は一寸舌を出し、頤をしやくつて、 時公『ヤア、時さまとやら、我々は化物ではありませぬ。……とケツかるワイ。その手は桑名の焼蛤だ。グヅグヅぬかすと、この杖がお見舞ひ申すぞ。目の玉奴が』 高彦『これはこれは化物とのお見違ひ、決して決して左様の者ではござらぬ。我々も今その一つ目小僧に出会つたところだ。せつかく安眠してをるのに、中途で起され、眠たくて目の工合が……』 時公『オツト……御免だ。目の話は止めた止めた。こつちも一寸めいわくだから……』 高彦『何分眠りが足らぬものだから、熱が出て舌がもつれ……』 時公『オイオイ、その舌はもう言ふな。俺もあの舌にはギヨツとした』 高彦『何分長途の旅で疲れたものだから、お前さんが見たら人間らしくもなからうが……わしの顔は蒼白く見えるだらう。それでお前が疑ふのは……』 時公『疑ふも疑はぬもあつたものかい。顔の蒼い白いは言ふな。貴様は大方蛇掴の兄弟分だらう。今は一体何といふ名だ』 高彦(東彦を偽称)『我は東彦と申す者』[※ここで高彦は東彦(石凝姥の旧名)と仮に名乗るが、第4章で本名の高彦を名乗る] 時公『ザマ見やがれ。白状しよつた。アクマ彦奴が。蛙は我と我が口から白状したが、もうアクマと知つた以上は、俺は善にも強ければ悪にも強い時さまだ。あくまで打ちこらしてやる。俺の顔を冥途の土産に穴のあくまで見ておけ。根の国底の国へ行つてもこの時さんのやうな強いお方は滅多にありやせぬぞ』 と言ひながら、携へた鉄棒をもつて打つてかかる。東彦は笠をもつて、その棒を右に左に避け乍ら、時公の足をさらへた。時公はズデンドーと仰向けに倒れた。東彦は、 東彦(本当は高彦)『ウン』 と一声霊縛をかけたるに時公は、 時公『オイ、目の玉、アクマ彦、何うしよるのだ。貴様わりとは悪戯けた事をしよる。身体はアルタイ山の鬼の化石のやうになつちやつたが、目と口と耳とはしつかりしてをるぞ。貴様は一つ目だ。俺は二つ目だ。睨み殺してやらうか』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽ、やあ、時さまとやら、私を信じて下さい。私もつい最前のこと、その一つ目小僧に出会つたのだ。が、お前さんも途中で出会つて来たのか』 時公は俄に調子をかへて、 時公『ハイハイ、一目見るよりビツクリ仰天せむとせしが、待て暫し、アルタイ山の蛇掴みでさへも、この時さまの鼻息で吹き散らしたのだ。何だ、一つ目の化物位と思ひ直してここまでやつて来たが、何だか膝頭がこそばくて、笑うたり泣いたりしやがつて、時さんは怒る、膝坊主は泣き笑ひする。酒も飲まぬに、一人で三人上戸を勤めて来ました。私の主人は鉄彦というて、それはそれは余り偉うない豪傑ですが、三五教の宣伝使のあななひをしてな、アナ有り難いとか何とか言つて石凝姥の宣伝使と、何でも名は忘れたがスイスイ、粋な名のつく別嬪の宣伝使と三人連れで、クスの原を向ふへ渡ると言つて出かけました。さうしたところが俄に奥さまが、病気になつたものだから、オイ時公、お前は天下無双の豪傑だ、一つ目小僧の百匹や千匹はビクともようせぬ奴だから、御苦労だが主人を呼んで来てくれと、奥様が手毬のやうな涙を、こぼして頼むものだから、ヨシきた、たとへウラル彦の軍勢、幾万来るとも、この時さまが腕力をもつて、縦横無尽に打つて打つて打ちまはし、木端微塵に砕いてやるは瞬くうちと尻ひつからげ、クスの荒野を韋駄天走り、生かじりの宣伝歌を、処々歌つて足拍子をとり乍らやつて来たところ、向ふに怪しき影がある。ハーテ訝しやな、この荒野ケ原に現れ出づる怪物は何者なるぞ、尋常に名を名乗れとやつて見せたり、と思つたが何だか、向ふの舌が長うてこつちの舌が捲かれたか、負たか知らないが、こわばつて一寸も時さまの言ふ事を聞きやがらぬので、今度は目の御用だと、クルクル鏡の如き両眼を開いて見せた。流石一つ目の怪物も、時さんの勇気に辟易し、褌下げて西南の天を指して逃げ散つたり』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽ、面白い奴だな』 時公『面白いか知らぬが、私はねつから面白くない。かう横に立つて物語をしても、ねつからはつからハバがきかぬ。お前さまも私の傍へ来て、横に立てつたら何うだ。ゆつくり寝物語でもしようかいな』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽ、どこまでも、徹底した法螺吹きだな。負け惜しみの強い奴だ。そんなら私もお前の傍で、夜が明けるまで添寝をしてやらうか。これだから悪戯小僧を持つ親は困るといふのだ。やあドツコイシヨ』 と、時公と枕を並べて、ゴロンと寝た。 時公『やあ、アクマ彦もなかなか話せるワイ。しかし、お気の毒だが、お時さまだと好いけれど、時公さまではお気に召しますまい。それでも何だかトキトキとしますよ』 東彦(本当は高彦)『アヽ、私も退屈で困つてゐたところだ。霊界物語ぢやないが、一つここでしつぽりと仰向けになつて、寝物語でもやらうかい』 東雲の空別け昇る朝日子の、東彦の宣伝使はムツクリと起上り、時公の霊縛を解き、二人は途々神話に耽りながら、際限も無き大野原を西へ西へと進み行く。 (大正一一・二・二八旧二・二桜井重雄録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 08 明志丸 第八章明志丸〔四七五〕 山川どよみ国土揺り曲神猛ぶ常暗の 雲を晴して美しき神代を建てて黄金の 世界を造り固めむと黄金山に現れませる 三五教の宣伝使東雲別や青雲の 別の命はやうやうに百の悩みを忍びつつ 神の仕組もクス野原男女六人の神司 荒野ケ原にめぐり会ひ西へ西へと北の森 一夜の露を凌ぎつつ神の教を畏みて 道も明志の湖のこなたの郷に各自に 袖を別ちて進み行く錦の木の葉散り果てて 北風寒き冬の空地は一面の銀世界 行きつ倒れつ雪の路春をも待たぬ梅ケ香の 薫ゆかしき宣伝使明志の湖の岸の辺に 独りとぼとぼ着きにける。 明志丸は数十の船客を乗せ、今や出帆せむとする時であつた。梅ケ香姫は急ぎ船中の客となつた。骨を裂く様な寒風はヒユーヒユーと笛を吹きて海面を掃き立てる。浪に揉まれて船の動揺は刻々に激しくなつて来た。大抵の船客は寒さと怖さに慄ひあがつて、船底に小さくなりてかぢりつく様にして居る。中に四五人の男は腰の飄の栓を抜いてソロソロ酒を飲み始めたり。 甲(勝公)『空は何ンだか、ドンヨリとして日天様も碌に見えず、白い雲が一面に天井を張つて居る。地は見渡す限り真白けだ、青いものといつたら、此明志の湖と貴様の顔丈だ。一つ一杯グツとやつて元気をつけたらどうだい』 乙(八公)『イヤ俺は下戸で………貴様一人飲ンだら宜からう』 甲(勝公)『オイ八公、貴様は飲ける口だから、お相手にして遣らう』 と杓を突出す。八公は杓を受取りて、瓢より注いでは飲み注いでは呑む。だんだんと酔が廻り、 八公『オイ勝公、貴様は何時にない悄気た顔しやがつて、チツト元気を出さぬかい。北の森で宣伝使に縛られやがつて、それからと云ふものは大変に顔色が悪いぞ』 勝公『喧しい云ふない。今作戦計画をやつて居る所だ。アーメニヤのウラル彦の神さまから、北の森へ宣伝使がやつて来るに違ないから、彼奴を縛つて連れて来いと云ふ命令を受けて毎日日日夜昼なしに張つて居つた処、大袈裟にも一度に六人もやつて来やがつたものだから、如何に強力な俺も、一寸面喰つたのだ。村の奴は何奴も此奴も腰抜計りでビクビクと震ひあがつて、みんな逃げて了ふなり、俺一人が何程固くなつて気張つたところで、どうにも斯うにも仕方がない、是からお断り旁村の奴の腑甲斐ない事を、ウラルの神に注進に行くのだ。オイ貴様等も弱虫の中だ』 八公『えらさうに言ふな、霊縛とかいふものをかけられやがつて、寒空に一日一夜も化石の様になつて、目ばつかりギヨロつかせて、見つともない涙をボロボロ垂して居たぢやないか、村の奴が居らぬと思つて偉さうに云つても、此処に証拠人が居るぞ、貴様が村の者の悪い事をウラル彦に言ふのなら勝手に言へ、俺は村中の総代で、斯うやつて四人が行くのだ。貴様の欠点を全部申上げるのだから、無事に帰れると思ふな』 勝公『馬鹿を云ふな、なにほど強力無双の勝ちやまでも、雑兵がガチガチ慄して居るやうな事でどうして戦闘が出来るか。オイ鴨公、貴様何だ、慌て一番先に宣伝使の前へ行きやがつて逃腰をした時の態つたら、本当に絵にもない様な姿だ。マア喧ましう言はずと厭でも応でも酒でも喰つて元気を附けて、ここで一つ和合をしたらどうだ。見直し聞直し詔直しだ』 八公『コラ勝公、貴様そンな事云ふとやられるぞ。知らぬ間に三五教に魂を取られやがつて、宣伝歌の様な事を吐くぢやないか。三五教と云ふ奴は、月が照るとか走るとか、雪が積むとか積まぬとか、海が覆るとか潮もない事をほざく教だ。伝染り易い奴だな、全然虱の子孫みた様な奴だ』 勝公『ナニ虱の子孫だ、馬鹿にするな、虱の本家本元は勝ちやまだ。一寸見い俺の頭を、一寸掴んでも一合位は養うてあるぞ。虱と云ふ奴は生れ故郷がないと云うて悔むと云ふ事だが、其生れ故郷と云ふのは勝ちやんの頭だ。何奴も此奴も虱をわかしやがつて、俺の頭にわいたと吐かさずに、うつつたうつつたと吐かすものだから、虱の奴生れ故郷がないと云つて泣きやがるのだ。虚偽の世の中と云ふのは是でも能く分る』 鴨、小さい声で、 鴨公『オイ、今あの隅くらに蓑笠を着て乗つて居る奴、どうやら宣伝使らしいぞ』 八公『さうだ水を呉れと吐かす奴だ』 鴨公『水を呉れと云つたつて、こんな塩水は飲まれたものぢやない。米の水でも一杯飲ましてやつて、どうだ退屈ざましに踊らしたら面白からう』 勝公は『ヨー』と言ひ乍ら、酔眼朦朧と女の方を見詰め、 勝公『ヤア占めた、ハア是で北の森の失敗も償へると云ふものだ。船の中だ、彼奴が上陸る時に我々が前後左右から、手を執り足を取り、後手にふん縛つて、アーメニヤへ連れて行く事にしようか。兎も角酒を呑まして酔はすが一等だ』 鴨公『そいつは駄目だぞ。三五教といふ奴は、酒は飲むな喰ふなと吐す奴だ』 八公『ソリヤ表面丈だ、酒喰はん奴が何処にあろかい、御神酒あがらぬ神はないと云つて神さまでさへも酒を飲まれるんだ。其神のお使が酒を嫌ひなんてぬかすのは、そりや偽善だ。彼奴の前で美味さうな香をさして、飲んで飲んで呑みさがしてやらう。さうすると、宣伝使が舌をチヨイチヨイ出しよつて唇を甜り出す、そこで、オイ姐さま一杯と突出すんだ』 鴨公『俺は下戸だから酒の様子は知らぬが、そんなものかいなア』 女宣伝使はムツクと立つて、宣伝歌を歌ひ始めた。 梅ケ香姫『神が表に現はれて常夜の暗を明志丸 救ひの船に乗せられて憂瀬に沈む民草を 救はむ為の此首途千尋の海の底よりも 深き恵の神の恩教へ導き北の森 堅き巌に腰かけて茲に六人の宣伝使 息を休らふ折柄にウラルの神の間者 二つの眼を光らせて窺ひ来る可笑しさよ 何れの方と眺むれば心許りの勝さまや 蛸の様なる八さまの足もヒヨロヒヨロ鴨々と おどして見たら腰抜かしかもて呉れなと減らず口 高彦さんの鎮魂に化石の様に固まつて 一夜一日を立暮し妾一同の後追うて 三五教の宣伝使取逃がしたる事由を 明志の湖の荒浪に揉まれて進む気の毒さ 酒の機嫌にまぎらして互に泡を吹く風に』 勝公『コラコラ何を吐しやがるのだ。女の癖に勝さまだの、蛸だの、鴨だのと、猪口才な三五教の教は善言美詞と吐して居るぢやないか、風引くも引かぬも抛つときやがれ、弱味に附込む風の神さまと云つたら俺の事だぞ。此間は六人も居やがつたので、見逃しておいたのだ。今日は幸ひ貴様一人だ、焚いて喰はうと、煮て喰はうと、引裂かうと俺の勝手だ。サア、モ一つほざいて見い、ほざいたが最後貴様の笠の台は鱶の餌食だ』 梅ケ香姫『ホヽヽヽヽ、勝さんとやら、末まで聞いて下さいな』 勝公『エツ、聞かぬ。此大勢の中で、勝さまが勝つたの負けたのと、恥を振舞ひやがつて男前が下がるワイ。斯うなれば意地だ、貴様に勝つたか負けたか、此処で一つ、此湖ぢやないが明志をして、俺のあかりを立てねばならぬのだ。どちらが善か悪か、明志暗しは今に分るのだ』 と言ひ乍ら、鉄拳を振上げて、梅ケ香姫に打つて掛らうとする。此時襟髪をグツト握つて二三尺ばかり猫をつまむだ様に提げた男がある。 男(時公)『アハヽヽヽ、サア勝か負か明志の湖だ。此手を離したが最後、勝は鰹の餌食だ』 勝公『マアマア、待て待て、待てと言つたら、待つたが宜からうぞ。一つよりない生命だ大切にせぬかい。俺でも神様の分霊だぞ。俺は貴様に殺されたつてビクともせぬ男だが、貴様が神のお宮の此方を損つたら、貴様に罰が当るから、殺すなら殺せ、地獄で仇討をしてやるから………』 男(時公)『減らず口を叩くない、一つ、貴様は酒を喰ひ酔つて大分に逆上て居るから、調和の取れる様に、水の中へ一遍ドブ漬茄子とやつてやらうかい』 勝公『マアマア待つて下さい、同じ天の下のおほみたからだ。四海同胞だ』 男(時公)『ここは魔海死海と言うて、ここは人の死ぬ海だ。此死海へ御註文通り死海ドボンとやつてやらう』 勝公『オイ八、鴨、何故愚図々々としてやがるのだ、此奴の足を攫へぬかい。此奴を死海ドボンだ』 鴨公『態ア見やがれ、強い方へ附くのが当世だ、貴様が強いと思うて、俺等は何時も、表向はヘイヘイハイハイ言うて居るものの、後向に舌を出してゐるのも知りやがらずに、よい気になつて村中で暴れ廻した其報いだ。天道さまは正直だ、貴様がドブンとやられたら、北の村は餅搗いて祝ふぞい』 勝公『人の難儀を見て、見殺しにするのか』 八公『見殺しも糞もあつたものかい、………もしもし、何処の何方か知りませぬが、さう何時までも提げては、お手が倦いでせうから、今の死海ドボンとやらをやつて下さい』 勝公『コラ貴様までが相槌打ちやがつて、友達甲斐のない奴だ』 男(時公)『アハヽヽヽ、弱い奴だ、そんなら一寸また後の慰みに見合しておかうかい』 勝公『あとは後、今は今、一寸先や暗の夜、暗の後には月が出る』 八公『月は月だが運のつきだ、俺も貴様に愛想がつきた』 一人の男は勝公をソロリと船の中に下してやつた。 勝公『ヤ、有難う御座いました、お蔭で生命が助かりました』 男(時公)『ヤア、暫くお預けだ』 八公『まるで狆みたいに言はれてけつかる』 男(時公)『ヤア、これはこれは梅ケ香姫様、不思議な所でお目にかかりました。皆の方はどうなさいました』 梅ケ香姫『ヤ、あなたは時さまであつたか』 (大正一一・三・一旧二・三松村真澄録)