| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
|---|
|
61 (1290) |
霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 19 祓戸四柱 | 第一九章祓戸四柱〔二六九〕 日の神国を知食す神伊弉諾の大神は 撞の御柱大御神神伊弉冊の大神と 天と地との中空の黄金の橋に現はれて 天の瓊矛をさしおろし高皇産霊大御神 神皇産霊大神の神勅畏み泥海を 許袁呂許袁呂と掻き鳴して矛の先より滴れる 淤能碁呂島を胞衣となし神国を造り固めむと 二仁の妻に手を曳かれ黄金の橋を渡会の 天教山に下り立ちて木の花姫と語らひつ 常磐堅磐の松の世を千代万代に築かむと 月の世界を知食す神伊弉冊の大御神 日の神国の主宰なる撞の御神と諸共に 雪より清き玉柱見立て玉ひて目出度くも 月雪花の神祭り一度に開く木の花の 三十三相に身を変じ五十六億七千万 長き月日を松の世のミロクの御代を建てむとて まづ淡島を生み玉ひ伊予の二名や筑紫島 豊葦原の中津国雄島雌島や壱岐対馬 佐渡や淡路の島々に生みなしたまふ国魂や 山川木草の守り神各自各自に任け玉ひ 治まる御代を三柱の撞の御柱大御神 天の御柱大御神国の御柱大御神 この三柱の大神は国祖の神の宣り玉ふ 天に坐します御三柱実にも尊き有難き 古き神代の物語聞くぞ目出度き今日の春 百の草木に魁て匂ひ出でたる白梅の 雪より清き其の香り一度に開く常磐木の 常磐の松の茂りたる実にも尊き神の国 須弥仙山に腰をかけ守り玉ひし野立彦 野立の姫の二柱顕幽二界修理固成し 根底の国を固めむと天教山の噴火口 神の出口や入口と定めて茲に火の御国 岩より固き真心は猛火の中も何のその 火にも焼かれぬ水さへに溺れぬ身魂は鳴戸灘 根底の国に到りまし浮瀬に落ちて苦しめる 数多の身魂を救はむと無限地獄の苦しみを 我身一つに引き受けて三千年の昔より 耐へ耐へし溜め涙晴れて嬉しき神の世の その礎と現れませる神の出口の物語 鬼の来るてふ節分や四方の陽気も立つ春の 撒く煎豆に咲く花の来る時節ぞ尊けれ。 天地の大変動により、大地は南西に傾斜し、其のため大空の大気に変動を起し、数多の神人が、唯一の武器として使用したる天磐樟船、鳥船も、宇宙の震動のため何の効力もなさざりき。その時もつとも役立ちしは神示の方舟のみにして、金銀銅の三橋より垂下する救ひの綱と、琴平別が亀と化して、泥海を泳ぎ、正しき神人を高山に運びて救助したるのみなりける。 天上よりこの光景を眺めたる、大国治立命の左守神なる高皇産霊神、右守神なる神皇産霊神は、我が精霊たる撞の大御神、神伊弉諾の大神、神伊弉冊の大神に天の瓊矛を授け黄金橋なる天の浮橋に立たしめ玉ひて、海月の如く漂ひ騒ぐ滄溟を、潮許袁呂許袁呂に掻き鳴し玉ひ、日の大神の気吹によりて、宇宙に清鮮の息を起し、地上一切を乾燥し玉ひ、総ての汚穢塵埃を払ひ退けしめ玉ひぬ。この息よりなりませる神を伊吹戸主神と云ふ。 而して地上一面に泥に塗れたる草木の衣を脱がしめむため風を起し、風に雨を添へて清めたまひぬ。この水火より現はれたまへる神を速秋津比売神と云ふ。再び山々の間に河川を通じ、一切の汚物を神退ひに退ひ給ふ。この御息を瀬織津比売神と云ふ。瀬織津比売神は、地上の各地より大海原に、総ての汚れを持ち去り、之を地底の国に持佐須良比失ふ、この御息を速佐須良比売神と云ふ。以上四柱の神を祓戸神と称し、宇宙一切の新陳代謝の神界の大機関となしたまふ。この機関によつて、太陽、大地、太陰、列星、及び人類動植物に至るまで完全に呼吸し、且つ新陳代謝の機能全く完備して、各其の生活を完全ならしめ給へり。この神業を九山八海の火燃輝のアオウエイの、緒所(臍)の青木原に御禊祓ひたまふと云ふなり。 因に九山八海の火燃輝のアオウエイの御禊の神事については、言霊学上甚深微妙の意味あれども、これは後日閑を得て詳説する事となすべし。 (大正一一・一・二〇旧大正一〇・一二・二三加藤明子録) |
|
62 (1295) |
霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 24 富士鳴戸 | 第二四章富士鳴戸〔二七四〕 二柱は茲に撞の御柱を廻り合ひ、八尋殿を見立て玉ひ、美斗能麻具波比の神業を開かせ玉ひぬ。美斗能麻具波比とは、火と水との息を調節して、宇宙万有一切に対し、活生命を賦与し玉ふ尊き神業なり。撞の御柱の根に清き水を湛へたまひぬ。これを天の真奈井と云ひまた後世琵琶湖と云ふ。撞の御柱のまたの御名を伊吹の御山と云ふ。天の御柱の神は九山八海の山を御柱とし、国の御柱の神は塩の八百路の八塩路の泡立つ海の鳴戸灘をもつて胞衣となし玉ひ、地の世界の守護を営ませ玉ふ。また鳴り鳴りて鳴りあまれる、九山八海の火燃輝のアオウエイの緒所と云はれて居るは不二山にして、また鳴り鳴りて鳴り合はざるは、阿波の鳴戸なり。『富士と鳴戸の経綸』と神諭に示し玉ふは、陰陽合致、採長補短の天地経綸の微妙なる御神業の現はれをいふなり。鳴戸は地球上面の海洋の水を地中に間断なく吸入しかつ撒布して地中の洞穴、天の岩戸の神業を輔佐し、九山八海の山は地球の火熱を地球の表面に噴出して、地中寒暑の調節を保ち水火交々相和して、大地全体の呼吸を永遠に営み居たまふなり。九山八海の山と云ふは蓮華台上の意味にして、九山八海のアオウエイと云ふは、高く九天に突出せる山の意味なり。而て富士の山と云ふは、火を噴く山と云ふ意義なり、フジの霊反しはヒなればなり。 茲に当山の神霊たりし木花姫は、神、顕、幽の三界に出没して、三十三相に身を現じ、貴賤貧富、老幼男女、禽獣虫魚とも変化し、三界の衆生を救済し、天国を地上に建設するため、天地人、和合の神と現はれたまひ、智仁勇の三徳を兼備し、国祖国治立命の再出現を待たせ玉ひける。木花姫は顕、幽、神における三千世界を守護し玉ひしその神徳の、一時に顕彰したまふ時節到来したるなり。これを神諭には、 『三千世界一度に開く梅の花』 と示されあり。木花とは梅の花の意なり。梅の花は花の兄と云ひ、兄をこのかみと云ふ。現代人は木の花と云へば、桜の花と思ひゐるなり。節分の夜を期して隠れたまひし、国祖国治立の大神以下の神人は、再び時節到来し、煎豆の花の咲くてふ節分の夜に、地獄の釜の蓋を開けて、再び茲に神国の長閑な御世を建てさせ玉ふ。故に梅の花は節分をもつて花の唇を開くなり。桜の花は一月後れに弥生の空にはじめて花の唇を開くを見ても、木の花とは桜の花に非ざる事を窺ひ知らるるなり。 智仁勇の三徳を兼備して、顕幽神の三界を守らせたまふ木花姫の事を、仏者は称して観世音菩薩といひ、最勝妙如来ともいひ、観自在天ともいふ。また観世音菩薩を、西国三十三箇所に配し祭りたるも、三十三相に顕現したまふ神徳の惟神的に表示されしものにして、決して偶然にあらず。霊山高熊山の所在地たる穴太の里に、聖観世音を祭られたるも、神界に於る何彼の深き因縁なるべし。瑞月は幼少の時より、この観世音を信じ、かつ産土の小幡神社を無意識的に信仰したるも、何彼の神の御引き合はせであつたことと思ふ。惟神霊幸倍坐世。 附記 三十三魂は瑞霊の意なり。また天地人、智仁勇、霊力体、顕神幽とも云ひ、西王母が三千年の園の桃の開き初めたるも三月三日であり、三十三は女の中の女といふ意味ともなるを知るべし。 (大正一一・一・二〇旧大正一〇・一二・二三加藤明子録) |
|
63 (1317) |
霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 46 若年神 | 第四六章若年神〔二九六〕 三伏の炎暑、酷烈にして火房に坐するがごとく、釜中にあるがごとき中に、御年村田圃の木蔭に四五の農夫、折から吹きくる涼風に身を浴しながら田圃を望みて話に耽り居る。 甲『今年は何といふ変な年だらうね。大歳神様がこの村にお出遊ばしてからといふものは、年々続いた不作もすつかり止んで稲はよく実り、吾々百姓は鼓腹撃壌の有難き世を暮してきたが、あの神様が、黄金山とやらへ帰られてからといふものは、又々不作がつづき、百姓は米を作りながらその米は一粒も口にする事はできず、木の葉を喰つたり木の皮をむいて、やうやう命をつないでゐる。何と悲惨なことだらう。何かこれについては、神様のお気に召さぬ事があるのではあるまいか』 乙『サア、どうかなア、困つたことだ、この稲を見ろ、吾々は目を開けて見られぬぢやないか。去年といひ、今年といひ、せつかく青々と株も茂り葉も延びたと思ふと、田圃一面に稲虫が発生きやがつて、見る間に稲葉はコロリコロリと倒れて、青田はまるで冬の草野のやうに真赤いけに萎れてしまふ。これでは今年もまた結構なお米を頂くことはできはしない。命の親ともいふべきお米の樹が、かう、ベタベタ倒れてしまつては、米喰ふ虫の吾々は何れはこの稲のやうな運命に遇はなければなるまい、アーア』 と吐息を吐く。 丙『それだから俺が毎度いふのだ。御年村の人間は頑迷不霊で物が分らぬから困るのだ。大歳神様が毎度仰有たぢやないか、結構なお米のできるのは皆天道様のお光と、結構な清らかなお水と、お土の御恩だ。百姓は第一この火と水とお土の御恩を忘れたり、火を汚したり、水を汚したり、お土を汚すと、稲に虫がついて一粒もお米は頂けぬから気をつけと仰有つただらう、俺やそれを一日も忘れた事はない。それで俺やその有難い教をいつも守つてをるのだがなア』 乙『そんなら貴様ところの田畑は虫が喰ひさうもないものだ。貴様の田もやはり虫が喰つてゐるぢやないか』 丙『それや時節だよ。時節には神様も叶はぬと仰有るからなア』 乙『貴様が火や水やお土を汚さぬやうにして神様のお気に入るのなら、なぜ貴様のところの田地だけは虫に喰はさぬやうにして、吾が神の教を守るものはこんなものだと、手本を出さつしやりさうなものぢやないか』 丙『俺んとこ一軒なにほど清めたつて、隣の田から移つてくるのだもの仕方がないさ。村中が一同に改心せなくちや、清い者まで巻添へに遇はされて共倒れにならねばならぬ。それで神様は村中一致和合して信心せよとおつしやるのだ』 甲『汚すなといつたつて、百姓してをれば糞や小便を田にやらねばならず、肥料をやらねば稲は大きくならず、収穫は従つて少なく、汚さぬわけにゆきやしない。それは神様も無理といふものぢや』 丙『勿論肥料もやらねばならぬが、それは時による。今肝腎の田を植ゑるときに、糞を撒いたり、小便を撒いたり、田の中で便をしたり、そんな戯けたことをやると、神様は守つては下さらぬのだ。田を植ゑるときは心を清め、体を清潔にし、神様を祭つて、月経などある時はなんぼ忙しくつても、田植の時だけは遠慮をせぬと、その日は神様が守つて下さるのだからなア。間の日はチト汚いものをやつても、お土が吸ふてそれが稲の根に廻つて肥料になるのだ。それにこの頃は田植のときに神様を祭るのでもなく、糞や小便は田の中で肥料になると云つてやりはうだい。おまけに百姓の宝たるべき牛肉を喰つたり、月経の女が入つたりするから、大歳神様も御守護して下さらぬのだ。皆村中の難儀だから各自が心得て欲しいものだ』 と、かく語り合ふ其のところへ、脊は高からず低からず、容色端麗なる女の宣伝使現はれ来たりける。 『命の親を植ゑつける夏の初の田人等が お土を汚し火を汚し水まで汚して牛の肉 喰つた報いは眼の当り見渡すかぎり広野原 山の木草の蒼々と茂れる中に田の面は 冬の荒野の如くなり嗚呼大歳の神様よ 百姓の行ひを立替へさせて世を清め 年も豊かに実らせて豊受の国となさしめよ 埴安彦や埴安の姫の御心汲みとりて 百姓と名に負ひし田人よ心改めよ 秋の実りのたわたわに命の親の実は倉に 膨るるばかり与へかし膨るるばかり与へかし』 と低声に歌ひつつ、木蔭に憩ふ田人の前を過ぎらむとせり。 甲は、 『モシモシ』 と呼び留めたるより、宣伝使は立ち留まり 『貴郎はこの村のお百姓と見受けますが、この稲の虫に喰はれて斯くのごとく全滅せむとするのは何と思はれます。大歳神様の御立腹ではありますまいか。百姓の宝を殺して食つた方が、きつとこの村にありませう。この後はさういふ汚れた事をなさらぬやうに心がけられたが宜しからう。私が今禁厭をしてあげますから、今後は決して百姓の宝を喰はないやうにして下さい』 と傍の長き草をむしり男根の形を作り、これを田の水口に祭り、祝詞を奏上したるに、見るみる稲は青々として、霜野のごとき田面はにはかに青海原の浪のやうに、稲葉は風にそよぎ、見る間に繁茂してさやさやと音を立つるに至つた。百姓どもは手を拍つて喜んだ。傍を見れば、女の宣伝使は何処へ行つたか、姿が見えなくなりゐたり。これは若年神の変化神なりける。 (大正一一・一・二四旧大正一〇・一二・二七加藤明子録) |
|
64 (1331) |
霊界物語 | 07_午_日の出神のアフリカ物語 | 06 空威張 | 第六章空威張〔三〇六〕 日は西海に没せむとして、海面には金銀の波漂ふ。 港に向つて集まり来る百舟千船の真帆片帆、眼下に眺めて四五の旅人、坂路に腰うちかけ談に耽り居るあり。 田依彦『あゝ今日も貰ふのかナ』 芳彦『貰ふつて何を。俺らに呉れる奴は何にもありやしない。呉れると云つたら、俺らの行る事が何ンの彼のと吐かして、大屋毘古が怒つて、ちよいちよい拳骨を呉れる位のものだよ』 田依彦『くれると云つたら、日が暮れることだ。それで、くれるなら貰ふかと云つたのだイ』 時彦『馬鹿、貴様は何時も水の中で屁を放いた様なことばつかり云ひよつて、まるで猿猴が池の月を取る様な考ばつかり起して、貰ふ事ばかり考へてゐるが、それほど貰ひたけりや乞食にでもなつたがよいワイ。田依彦と云へば、ちつとは頼りにもなりさうなものだのに、何時とても頼りない事をいふ奴だなあ。便り渚の捨小舟、取りつく島も無いわいなだよ、イヒヽヽヽ』 田依彦『何吐しよる、是でも元は竜宮城の立派な御方さまだぞ』 芳彦『玉とられ男奴が』 田依彦『貴様はなンだい。八尋殿の酒宴に竹熊の計略にかかりよつて、負けぬ気を出して、玉を奪られよつた張本人ぢやないか』 時彦『もー玉の談は止さうかい』 田依彦『時彦、貴様はアーメニヤ[※数行後にも「アーメニヤ」が出る。御校正本・愛世版ではどちらも「アーメニヤ」だが、校定版・八幡版では「デカタン」に変えている。時彦は第1巻第45章で、デカタン高原において玉を奪われている。アーメニヤにおける時彦の玉にまつわるエピソードは無い。後の方では、アーメニヤにウラル彦が現れたという意味のことが書いてあり、そちらはアーメニヤで正しい。そのため霊界物語ネットではどちらも「アーメニヤ」のままにしておく。]の野で古狸につままれよつてナ』 時彦『もー云ふな、玉の談はこれ退りだ。もう玉切れだよ』 芳彦『たまらぬだらう』 時彦『フン、たまつたものぢや無い。たまたま持ちは持ちながら』 田依彦『冗談ぢやないぞ。それよりもこのごろ大事忍男さまの御布令が廻つたが、聞いてるかイ』 時彦『何ンぞ大事が起つたのかい』 田依彦『いや、神さまの名だ。時彦の欺されよつたアーメニヤ[※数行前に出る「アーメニヤ」のコメントを参照せよ。]の野で、くれる彦とかくれぬ彦とか、田依彦の好きな神さまが現はれよつてな「飲めよ騒げよ一寸先や闇だ」なンて判つた事を云ひよるぢやないか』 芳彦『さうだ、よう判つたことをいふね。「万劫末代この玉は、命に代へても渡しやせぬ、五六七神政の暁までは、たとひ火の中水の底」なンて、気張つてをつた時彦でも玉を奪られるのだから、ほンとに一寸先は闇雲だ。闇雲といつたら此頃の大台ケ原の神さまぢやないか。毎日日日彼方の人を奪り、此方の人間を奪り、甲も喰はれた乙も呑まれたと、喰はれたり、呑まれたり、引張られたりする噂ばかりだ。ぐづぐづして居ると玉どころの騒ぎぢやない、命までも奪られて了ふぞ。それで昔から無い大事、命は惜いなり、そこで大事忍男と云ふのだよ。どえらい悪神ぢやて』 玉彦『馬鹿云へ。大事忍男さまと云ふのは、それは何ンな大事変があつても、大艱難が出てきても、大台ケ原の山の様に泰然自若として能く忍び、世界のために尽してくださると云ふことだよ。お前たちの忍ぶと云ふことは、自分より強い者が出てきて、怖さに堪へ忍ぶのであつて、実際は屈するのだ。吾々はそンな忍びとは違ふ。大事忍男さまの大御心を心として、いかなる艱難辛苦をも能く堪へ忍びて、一言の小言もおつしやらぬのだよ』 時彦『ハヽア、それで嬶に呆けよつて、玉を奪られて、屈するのでなくつて能く忍ぶのだな、偉いものだい。併しこのごろ日の出神とか云ふ、偉い宣伝使がこの辺を廻つてをるぢやないか。なンでも大台ケ原の大事忍男さまを亡ぼすと云つて、ただ単独山を登つて行つたさうぢや。どうせ、飛ンで火に入る夏の虫だがなア。ともかく、時の天下に従へ。時節にや叶はぬ。なンぼ力の強い神だつて大勢と一人では叶はない。お負に大きな巌窟の中に構へてをる魔神さまに向つて戦つたところで、勝敗は見え透いてゐる。どれどれ早く帰のかい』 芳彦『おい、田依彦、貴様のとこの姉婿の豆寅は、たうとう巌窟の中へ引張られて行つたぢやないか、きつと今頃にや喰はれて了うて居るぜ。引張られよつてから殆ど十年になるが、何の音沙汰も無いぢやないか』 田依彦『音信しやうにも、言伝しやうにも巌窟の中では仕方がない。それよりも早う帰つて草香姫にな、機嫌でもとつてやるがよからう。それもう、そこらが暗くなつて来たぞ、帰のう帰のう』 と立ち上らむとする処へ、豆寅は日の出神、大戸日別、天吹男の三柱と共に宣伝歌を歌ひながら、現はれ来たり。 豆寅は勢よく肩を聳やかしながら、 『日は黄昏となりぬれど光り眩ゆき禿頭 豆寅さまが現はれて日の出神の御家来と なつたる今日の嬉しさは死ンでも生きても忘られぬ 千年万年たつたとてこの嬉しさが忘られよか 巌窟の中を逃れ出て漸く此処へ帰つてくるは来たものの 一ぺん草香の顔見たい十年振でさぞやさぞ 女房の草香は喜ンでやにはに飛びつき獅噛付き まめであつたか豆寅さま嬉し嬉しと泣くであろ それに付けても何時までも音信の無いは田依彦 玉を抜かれた玉彦や死んでもよしの芳彦や 胸もときとき時彦をけなりがらしていちやついて 一つ吃驚させてやろあゝ面白い面白い 面白狸の腹鼓山が裂けよが倒れよが びくとも致さぬ豆寅の一つ度胸を見せてやれ やれやれ嬉しい嬉しい』 と手を振り足を奇妙に踊らせながら、この坂路を下りきたる。 路傍に憩へる田依彦以下の四人は、暗がりに光る豆寅の頭に向つて、傍の木の枝を取つて光を目当に、ぴしやりと投げつけたれば、豆寅は『アツ』と叫んでその場に仆れ、 『でゝゝ出た出た、ばゝ化物。ひゝゝ日の出神、おゝお助けお助け』 と声をかぎりに泣き叫ぶこそ可笑しけれ。 (大正一一・一・三〇旧一・三井上留五郎録) |
|
65 (1340) |
霊界物語 | 07_午_日の出神のアフリカ物語 | 15 船幽霊 | 第一五章船幽霊〔三一五〕 虎吼え竜哮ぶ、さしも凄惨たりし海原も、日の出神の宣伝歌、その言霊の功績に、今は全く凪はてて、世は太平の海の上。彼方此方に嶋影の、疎らに浮けるその中を、真帆に春風孕ませつ、御空に清き月影を、力に進む長閑さよ。天津御空の星の影、以前の如くに輝きて、影を沈むる波の底。銀河は下りて海底に、北より南に横はる、今打渡る天の河、深きは神の心なり。 今まで虎狼に出逢ひし羊兎の如く、慴伏して弱り切つたる人々は、またもや元気を恢復し四方山の談に花を咲かせける。 甲『先刻妙な女が妙なことを吐かすものだから、大綿津見神さまも御立腹と見えて、どえらい浪を起したり、風を吹かしたり、お月様を隠したり、雷さまが呶鳴つたり、ぴかりぴかりと光つたりして、俺らの肝玉を大方潰しよつた。俺ア、もうおつ魂消て生きて居るのか死ンでるのか、夢だつたか幻だつたか、ほんたうに訳が判らなかつたよ。恐い夢もあればあるものだと思つたが、やつぱり夢では無かつたか。それだから三五教の宣伝使が「言霊は慎まねばならぬ。善い言を云つて勇ンで暮せば、善いことが来る、悔めば悔むことが出来する」とおつしやつたが、本当に実地の学問をしたではないかエー』 乙『本当にさうだよ。山より高き浪が立つとか、海より深いばば垂れ腰とか、何ンだか訳の判らぬこと吐きよつて、池かなンぞのやうに思ひ、鯉だの鮒だのと吐くものだからな、こンな目に逢ふのだよ』 丙『貴様は聞違つてゐる。山より高き父の恩、海より深き母の恩と云つて、父と母との恩は有難いものだと云ふ事を云つたのだよ。貴様は耳が悪いから困るナア』 甲『それでも貴様、彼奴が喋つてから波が高くなつたり、命辛々の目に逢うたのじやないかい』 丙『それあ時節だ、とは云ふものの貴様の精神が悪いからだよ。船の上は慎まねばならぬと宣伝使が云つたじやないか。それに今出ると云ふ時に、嬶と掴み合ひをしよつて、喧嘩をさらすものだから、こンな目に逢ふのだ。貴様の嬶が出るときに何と云つた。「私を捨てて好きなブクさまの傍へ行くのなら、私はたつて留はせぬ。その代りに私を今此処で殺して置いて行つて下さい。私は船幽霊となつてお前の船をひつくり覆してやる」と、恨めしさうに吐いたじやないか。それを貴様は「土手南瓜のしちお多福奴が、何を吐かしよるのだ。貴様の面を見てゐると嘔吐が出る。それよりも美しいブクの顔を見て、一生を暮すのだ。常世の国は遠いと云つても、寝て居つたら行けるのだ。貴様死にたけら勝手に死ね」と吐かして、おまけに拳骨を呉れて船に飛び乗つたじやらう。きつと貴様の嬶は「嗚呼残念や口惜い、たとひこの身は身を投げて死ぬるとも私の魂魄は爺の船に止まつて、仇討たいで置かうか」と吐かしてなどンぶと飛び込みよつたに違ひないぜ。その時の渦が段々と拡がつてきて、こンな大きな浪になつたのだよ。さうして彼の雷は、貴様の嬶の呶鳴り声が段々大きくなつて響いたのに違ひないぞ。嬶をおかみといふが、おかみが呶鳴つたので雷さまぢや。それ貴様の後に嬶の幽霊が現はれたワ』 甲は『キアツ』と云ひながら、目を塞いで頭を抱へる。乙は大口を開いて、 乙『アハヽヽヽ、弱虫だ、臆病者だなあ』 と笑ひ倒ける。 乙『しかし世の中に鬼は無いとか、神の守る世の中だとか、よく宣伝使に聞いたが、本当に神さまは在るらしいなあ。いま暗がりから何でも日の出神とか、何とか云つて、歌はつしやつた。あれあ人間ぢやない、きつと天の河から船に乗つて降つて来た神さまらしい。も一遍あの神さまの御声が聴きたいものだ。何とも云へぬ清々しい心持がしたよ』 甲『あゝいやいや。あンな声を聞くと頭はガンガン吐かすし、胸は槍で突かれる様になつてきて、苦しくて堪つたものじやないワ。蓼喰ふ蟲も好き好き、辛いえぐい煙草にさへも蟲が生く時節だから、彼ンなえぐい強い言葉でも、貴様には有難く聞えるのだ。雪隠蟲は彼の汚い糞の中を、天国浄土のやうに思つて、あた汚い糞汁を百味の飲食の様によろこびて喰ひ、下から人間の尻の穴を拝ンで、結構なお日天さまが黄金の飲食を降らして下さると云うて、暮す様なものだよ。貴様は雪隠虫か、糞蟲だなあ』 乙『何馬鹿をたれよるのだイ』 と云ひながら、鉄拳を固めて前頭部を目がけて、ぽかりと打つ。 甲『何ンだ、喧嘩かい。喧嘩なら負けやせぬぞ』 乙『針金の幽霊のやうな腕を振り廻しよつて、喧嘩にや負けぬなンて、ヘン喧嘩が聞いて呆れるは』 又もや俄に暴風吹き荒び、浪猛り狂ひ、四辺は咫尺を弁ぜざる光景とはなりぬ。 (大正一一・一・三一旧一・四井上留五郎録) |
|
66 (1365) |
霊界物語 | 07_午_日の出神のアフリカ物語 | 40 三人奇遇 | 第四〇章三人奇遇〔三四〇〕 熊公に連れられて、四人の宣伝使は宏大なる構への館に導かれ、種々の馳走は堆高く並べられぬ。数多の侍女は盛装を凝らして果物の酒を取り出し、四人の宣伝使を饗応したり。而して一行は宣伝歌を盛に歌ひ始むる。数多の侍女は松の小枝を手に手に携へて、歌に連れて淑やかに舞ふ。日の出神一行は長途の疲れをここに慰め元気は頓に回復したりけり。 日出神『貴下は熊公と仰せになつたが、初めてお目にかかつた時より、凡人ならじと睨ンでおきましたが、果して我が推量に違はず此国の大酋長なりしか、重ね重ねのお心遣ひ感謝の至りに堪へませぬ。我々は神伊弉諾大神の落胤にして、日の出神と申すもの、世の大立替に際し撞の大神は天の浮橋に立ち、それより天教山に降り玉ひて八百万の国魂の神を生ませ玉ひ、我々をして国魂神を間配らせ玉ふのであります。この後はどうか私の指揮に従つて貰ひたい』 と厳かに云ひ渡したり。 熊公『承知いたしました。私は熊公とは仮の名、国治立命の落胤、高照彦と申すもの、大神の御退隠後は八十熊別と名を変へてこの亜弗利加の原野に都を造り、時を待ちつつあつたものであります。時節の到来か神の御引き合せにて貴き日の出神様との今日の対面』 と云ひながら嬉し涙をボロボロと流しける。日の出神はこの物語を聞いて感に打たれ独語、 日の出神『あゝ神様は何処までも注意周到なものだナア。水も漏さぬ神の御仕組、何処の果に如何なる尊き神様が隠してあるか、分つたものでない』 と俯むいて首を傾け、暫くは物をも云はず溜息を吐く。 日の出神は三人の宣伝使に向つて、 日の出神『皆の衆、今の命のお言葉を聞きましたか。世の中にはどンな偉い神様が落ちてござるか分りませぬ。皆さまも是からは、どンな落魄た神でも人間でも侮る事は出来ませぬよ。あゝ今日は何たる結構な日であるか、高照彦といふ立派な神様がこの世界に隠してあるといふ事は、天教山の木花姫より承はつて居りました。何とかしてその御方に一度お目に懸り度と忘れた暇とては無かつたのです。今日は嬉しくも、斯も貴き御方に出遇ひ、何とはなしに心強くなりました』 末座に控へたる豊日別は立上り、扇を披いて松葉を左手に持ちながら、席上に立つて自ら歌ひ且つ舞ひ始めたり。 豊日別『久方の天津空より天降ります神伊弉諾の大神の 珍のかくしの御子とます光も清き日本の 日出る神の宣伝使我は輝く肥の国の 守の神と現はれて虎転別と名告れども その源をたづぬれば神素盞嗚の大神の 隠し給ひし珍の御子豊国別の神なるぞ 豊国別の神なるぞ世の荒浪に隔てられ 醜の曲霊に取り憑かれ身を持ち崩し虎転別の 虎狼や獅子熊に劣らぬばかり荒れ果し 心の空の村曇り曇りを晴らす日の神の 御胤と現れし宣伝使日の出神に救はれて 豊の御国の主宰神任けのまにまに出で来る 心の空ぞ涼しけれ』 と歌によそへてわが素性を明しける。日の出神も高照彦神も此奇遇に神恩の深きを感謝し、直に神籬を立て国治立大神、豊国姫大神、伊弉諾大神、撞の御柱大神を鎮祭し、天津祝詞を奏上し、一同歓びを尽して宴会を閉ぢたりにける。 此より日の出神は澄世姫命[※筑紫島の国魂が「澄世姫」と書かれているのはここだけ。他の箇所ではみな「純世姫」になっている。]の神霊を国魂として鎮祭し、豊日別をして豊の国の守護職となし、日の出神、高照彦神、外二人の宣伝使は筑紫を指して足に任せて勇み進み行く。 この島は身一つに面四つあり、豊国、肥国、熊襲国、筑紫国と区別され居るなり。しかしてこの四つの国を総称して又筑紫の洲といふなり。 (大正一一・二・二旧一・六加藤明子録) |
|
67 (1366) |
霊界物語 | 07_午_日の出神のアフリカ物語 | 41 枯木の花 | 第四一章枯木の花〔三四一〕 時世時節と云ひながら稜威も高き高照彦の 貴の命は畏くも国治立の大神の かくしの珍の神の御子天より高く咲く花も 豊の御国に身を隠し八十熊別と名を変へて 沙漠の包む豊国の都に現はれ酋長の いやしき司となり果てて月日を松の時津風 花咲く春の今日の空日の出神と諸共に 長の年月住馴れし豊の都を後にして 天と地との神々に赤き心を筑紫潟 御空を指して出でて行く日の出神を先頭に 続く面那芸宣伝使四方の雲霧祝姫 登る山路も高照彦の貴の命と諸共に 声も涼しく宣伝歌四方の山々谷々に 木霊響かせ勇ましく進みて来る一行は 筑紫の国の国境玉野の里につきにける。 ここに四人の宣伝使は路傍の岩角に腰打ちかけ、息を休めながら空ゆく雲を眺めて、回顧談に耽りける。 高照彦『アヽ昨日に変る今日の空、流れ行く雲を眺むれば、実に人間の身の上ほど変るものはない。回顧すれば吾こそはヱルサレムの聖地に現はれ給うた国治立命の珍の御子と生れ、少しの過ちより父神の勘気を蒙り、この島に永らく神退ひに退はれ、身装も卑しき八十熊別となつて永い月日を送つて来た。聖地の大変を耳にし、一時も早くヱルサレムに帰つて父の危難を救はむと心は千々に焦つてみたが、何を云うても勘気を受けたこの体、父母の危難を居ながらに聞き流し、見流し、助け参らすその術さへも泣きの涙で月日を送る苦しさ。世は段々と立替り世界は大洪水に浸され、その時吾は方舟を作つて、ヒマラヤ山に舞ひ戻り、目も届かぬ大沙漠を拓いて、やうやう今日まで過してきた。アヽ時節は待たねばならぬもの、今日は如何なる吉日か、畏れ多くも神伊邪那岐の大神の珍の御子たる、日の出神に吾が素性を打ち明かし、実にも尊き天下の宣伝使となつて、今日のお供に仕へまつるは何と有難い事であらう。父の大神は常に仰せられた。この私をアフリカの沙漠に神退ひ給うた時に、二つの眼に涙を垂して「英雄涙を振つて馬稷を斬る、俺の胸は焼金をあてる様だ、何うして吾子の憎いものがあらう、かうなり行くも時世時節と諦めてくれ、ただ何事も時節を待てよ、時節が来れば煎豆に花の咲く事もある、枯木に花の咲く例もないではない、籠の鳥でも時節を待てば籠の破れる事もある。無慈悲な親ぢやと恨まずに、天地の規則は破られぬ、サツサと行つてくれ、老少不定、これが現世の見納めになるやも知れぬ」と仰有つた事を今思ひ出せば、何とも云へぬ心持がして来る。これを思へば今日の吾々のこの嬉しさを父の大神に、一度お目にかけて見たいものだ。父のこの世を知召す時代は神代といつて誰も彼も皆神の名を賜つたが、世界の立替以後大洪水の後のこの世は神の名は無くなつて、誰も彼も人といふ名になり、彼方、此方の頭するものばかりが司となつて、加美といふ名をつけることになつた。然し神代は乱れたというても今日の様な惨たらしい世の中ではなかつた。人間の代になつてからは悪魔はますます天下を横行し、血腥い風は四方八方より吹き荒ンでくる。これに付いてもこの世を治め給ふ伊邪那岐大神の大御心使ひが思ひやられ、杖柱と思つてゐた伊邪那美命は、この世に愛想をつかし、火の神の為に夜見の国にお出ましになつたとかいふ事だ。アヽ吾々は伊邪那岐の大神の珍の御子なる日の出神に引き出され、こンな有難いことはない。この御恩を酬ゆるために骨身を砕いても大神様のために尽さねばならぬ。アヽ有難いありがたい、変れば変る世の中だなア』 と長物語をしながら、両眼から滴る涙を拭ふ。日の出神一行はこの詐らざる話に感激して、何れも袖をしぼりける。 (大正一一・二・二旧一・六吉原亨録) |
|
68 (1374) |
霊界物語 | 07_午_日の出神のアフリカ物語 | 49 乗り直せ | 第四九章乗り直せ〔三四九〕 折から吹き来る真夏の夜風に面を吹かせながら、船頭は舳に立つて、 竜宮見たさに瀬戸海越せば向ふに見えるは一つ島 と歌ひ出したり。 船は小波の上を静かに辷り行く。空一面に疎の星が輝き、月は中空に水の滴るやうな顔をして海面を覗いてゐる。海の底には竜の盤紆るやうな月影沈ンでゐる。この時前方より艪を漕ぎ舵を操りながら、グーイグーイ、ギークギークと音をさせて、此方に向つて進み来る一艘の船があつた。その船の舳に蓑笠を着し、被面布をつけた男が立つてゐる。北光神は、その船に向つて声を張上げ、 北光神『心を尽し身を尽し天地の神に麻柱の 道を立て抜く宣伝使四方の国々巡り来て やうやう此処に北光の我は目一箇神なるぞ 名告らせ給へその船の舳に立てる宣伝使 舳に立てる神人よ』 と歌へば、その声に応じて向ふの船より、 広道別『天津御神や国津神木の花姫の御教を 四方の国々島々に広道別の宣伝使 汝は何れに坐しますか我はこれより亜弗利加の 熊襲の国に渡るなり熊襲の国は猛くとも 神の依さしの言霊に四方の曲霊を悉く 言向和はせ天教の山に坐します木の花姫の 神の命や黄金の山の麓に現れませる 埴安神の御前に奇しき功を立つるまで 浪路を渡る宣伝使稜威も広き広道別の 神の使は我なるぞ神の使は我なるぞ』 と歌ふ声も幽かになり行く。二人は互ひに立ち上がり、被面布を振つてその安全を祝し合ひける。船中の人々は亦もや雑談を始め出したり。 甲『もう、つい竜宮城が見えるぜ。おとなしくせぬと、竜宮さまが怒つて荒浪を立てられたらまた昨日のやうに八百屋店を出して苦しまねばならぬから、小さい声で話しをしようかい』 乙『お前らこの竜宮の訳を知つてるか、今こそかうして船に乗つて瀬戸の海から竜宮城まで楽に行けるが、昔は竜宮と瀬戸の海との真中に、それはそれは高い山があつて、その山はシオン山というてな、何でもえらい玉が出たといふことだ。それが大洪水のあつた時に、地震が揺つてその山が地の底に沈ンで了ひ、竜宮と瀬戸の海とが一つになつて了うたといふことだよ』 丙『そんな事かい、そんな事は祖父の代から誰でも聞いてゐる事だよ。もつと珍しい話はないのかい』 乙『竜宮城には稚桜姫といふ、それはそれは美しい神様があつて、そこに大八洲彦命とか、大足彦とかいふ立派な神様が竜宮城とヱルサレムの宮を守つて御座つた。さうすると常世の国の常世姫といふ偉い女性が竜宮を占領しようと思うて、何遍も何遍も偉い神様の戦ひが始まつたということだのう。今の竜宮もヱルサレムの宮も昔の話と比べて見ると、本当にみじめなものだ。ヨルダン河というて大きな河があつたのが、その河も洪水の時に埋つて了ひ、今では小さい細い川となつて、汚い水が流れて居る。変れば変る世の中だ。これを思へば何ンな偉い神様でもあかぬものだな。翔つ鳥も落ちる勢の稚桜姫といふ神様も、大八洲彦といふ神様もさつぱり常世姫とかにわやにされて、今は吾々の行く事のできぬ富士とやらへ逃げて行かれたといふ事だよ』 丙『フーン、さうかい。さうすると我々も今豪さうに言つて居つてもどう変るやら分らぬな』 乙『知れた事よ、神様でも時世時節には敵はぬのだもの、我々はなほ更の事だ。併しこの船には立派な宣伝使が乗つて居られるといふ事だが、一遍話を聞かして貰つたら如何だらう』 甲『イヤ最う宣伝使の歌も好い加減なものだよ。神が表に現はれて善と悪とを立別けるなンて、冷飯に湯気が立つたやうな事を吐かすのだもの、阿呆らしくて聞かれたものぢやない。そンな歌は大洪水前の事だ。大洪水のときは善の神様は天教山とか天橋とかに助けられ、悪い者は洪水に漂うたり、百足虫の山や蟻の山に揚げられて、善悪の立別がハツキリあつたさうだ。俺等の祖父の代の話だから詳しい事は知らぬが、今ごろにそんな事を歌ふ奴は、死ンだ子の年を数へるやうなものだ。阿呆らしいぢやないか。これだけ開けた世の中が、さう易々と立替はつて堪るかい。善と悪とを立別けるとか変るとかいふが、俺の処の村の久公のやうな悪人は段々と栄えて来るなり、新公のやうな善人は益々貧乏して、終ひには道具を売つて親子夫婦が生別れして乞食に出たぢやないか。俺はそれを思うと神様を頼む気にならぬがなア。宣伝使の歌なンて古めかしいわい、六日の菖蒲十日の菊だ。併しながら、憂晴しに聞くのは善いが、それをほンまの事だと思つたら、量見が違ふぞ。宣伝使といふものは、方便を使つて吾々に悪い事をせぬやうにするのだが、今日のやうに悪が栄えて善が衰へるやうな暗がりの世の中に、何ほど宣伝使が呶鳴つたところで、屁の突張にもなつたものぢやないよ』 この時、船の一方より、 宣伝使『神が表に現はれて善と悪とを立別る』 甲『それ始まつた、頭が痛い。こいつは耐らぬ。この船には怪体な奴が乗つてけつかるものだ』 宣伝使『この世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過は宣り直せ』 乙『オイ貴様心配せいでもよいわ。宣伝使が今乗り直すと言つてゐた。今其処へ来る船に乗り直して呉れるわい。さうしたらいやな歌は聞かいでもよいわ』 甲『早く乗り直しやがらぬかいな』 宣伝使『神が表に現はれて……』 甲『ソレ亦始めよつた。アイタヽヽヽ』 宣伝使『善と悪とを立別る……』 甲『あゝたゝ怺らぬ怺らぬ』 と言ひながら、甲は立つて、 甲『やいやいやい宣伝使それ来るそれ来る船が来る お前のやうな痛い事囀る奴はあの船に 一時も早く乗り直せ早う乗れ乗れ乗り直せ そら来たそら来た船が来た乗らぬか乗らぬか宣伝使 貴様のお蔭で頭痛がする』 と呶鳴つてゐる。後の方より亦もや乙の宣伝使が立つて、 宣伝使『神が表に現はれて善と悪とを立別る』 甲『また出よつた。一体この船は何だい。もう船の旅は懲り懲りだ』 船頭『お客さま、船が着いた。早く上らつしやれ』 と叫ぶ。甲は頭を抱へて、いの一番に船を飛出し、どこともなく姿を隠したり。この男は果して何者ならむか。 (大正一一・二・二旧一・六桜井重雄録) |
|
69 (1394) |
霊界物語 | 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 | 14 秘露の邂逅 | 第一四章秘露の邂逅〔三六四〕 折から表玄関よりツカツカと上り来る三人の宣伝使ありき。宣伝使は直に清彦、蚊々虎の直立せる前に進み寄り、 宣伝使(日の出神)『オー、清彦殿久し振りだなあ、オー、その方は蚊々虎か』 清彦『ハア、思ひがけなき処にてお目に懸りました。貴下は日の出神様、斯る混乱紛糾の状態をお目にかけ誠に汗顔の至りに堪へませぬ』 と詫入る。蚊々虎は醜国別の顔を熟視し、 蚊々虎『やあ、あなたは御主人様、根の国とやらにお出ましになつたと承はりしに、今如何して此処にお出になりましたか』 と頭をピヨコピヨコさせ手を揉み乍ら恐さうに挨拶する。清彦は桃上彦を見て驚き、 清彦『やあ、あなたは如何して日の出神様と御同行を何されましたか』 と不思議相に尋ねる。数多の人々はこの光景を見て善悪正邪の区別に迷ひ、各自に耳に口を寄せて種々と囁き始めたり。 醜国別は一同に向ひ、 淤縢山津見(醜国別)『満場の人々よ。我は大自在天大国彦の宰相なりしが重大なる罪を犯し、生命を奪はれ根底の国に陥ち行かむとする時、大慈大悲の国治立尊の御取計ひによつて竜宮城に救はれ、乙米姫命の守護らせ給ふ照妙城の金門の守護となり、今までの悪心を改め昼夜勤務を励む所へ、ゆくりなくも日の出神の御来場、茲に救はれて淤縢山津見司となり、桃上彦は正鹿山津見司となり、伊邪那美之大神のお供仕へ奉りて、夜無き秘露の国へ漸く着きたるなり。今清彦の身の上につき蚊々虎の証言は真実なれども、清彦もまた悪心を翻し日の出神の代理として秘露の都に現はれたるものなれば決して偽者に非ず。汝らは清彦を親と敬ひ、よく信じ以て三五教の教理を感得し、黄泉比良坂の大神業に参加されよ』 と宣り了り口を結び玉ふ。拍手の音はさしもに広き道場も揺がむ許りなり。 日の出神は群衆に向ひ宣伝歌を歌ひ始めたまへば、壇上の四柱もその声に合せて節面白く歌ひかつ踊り舞ひ狂ひける。 日の出神『黄金山に現れませる埴安彦や埴安姫の 貴の命の作られし厳と瑞との玉鉾の 道を広むる神司大道別の又の御名 黒雲四方に塞がれる暗世を照らす朝日子の 日の出神と現はれて善と悪とをそぐり別け 山の尾の上や河の瀬に猛り狂へる枉津見を 真澄の鏡に照しつつ恵みの剣ふり翳し 醜の身魂を照さむと山の尾渡り和田の原 海の底まで隈もなく清めて廻る宣伝使 駒山彦や猿世彦醜国別や桃上彦の 貴の命の宣伝使昔は昔今は今 時世時節に従ひて白梅薫る初春の 優雅心になり鳴りて吾言霊も清彦の 教に服へ百の人教に従へ諸人よ 世は紫陽花の七変り天地日月さかしまに 変り輝く世ありともこの世を造りし神直日 心も広き大直日天地四方をかねの神 珍の御言の麻柱に世は永久に開け行く 世は永遠に栄え行く誠をつくせ百の人 神の御言を畏みて身魂を磨け幾千代も ミロクの世までも変らざれミロクの世までも移らざれ 世は烏羽玉の暗くともやがて晴れ行く朝日子の 日の出国の神国となり響くらむ天と地 天地四方の神人よ天地四方の神人よ 海の内外の国人よ』 との歌につれて数多の群衆は、各自に手を拍ち踊り狂ひ、今迄の騒動は一場の夢と消え失せ、館の外には長閑な春風吹き渡りゐる。之より清彦は紅葉彦命[※御校正本・愛世版では「紅葉別命」だが、校定版・八幡版では「紅葉彦命」に直してある。紅葉別は別人であり、ヒルの国の清彦は「紅葉彦」だと後ろの方の巻に書いてある。たとえば第9巻第13章「秘露の国には紅葉彦の宣伝使が控へて居るから」。したがって霊界物語ネットでも「紅葉彦」に直した。]と名を賜り、秘露の国の守護職となりにける。 (大正一一・二・七旧一・一一北村隆光録) |
|
70 (1442) |
霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 15 団子理屈 | 第一五章団子理屈〔四〇八〕 三五の月は昇れども、山と山との谷間は、黒白も分かぬ真の暗、空せまく地狭き谷底に、三人の宣伝使は端坐し、首ばかり動かし居る折柄、何処ともなく虎狼の唸るやうな声、木霊を響かせ聞え来る。 声『ウーオー』 駒山彦『イヤー虎か狼か、どえらい声が聞えて来た。淤縢山津見さま、神言でも上げませうか』 淤縢山津見『ヤー、仕方がない、神言を奏上しませう』 照彦『カヽヽ神を松魚節に致す宣伝使、かなはぬ時の神頼み、「神言でも」とは何だ。それでも宣伝使か、でも宣伝使。稜威輝くてるの国、珍はてるてるはる山曇る、オツトドツコイ淤縢山くもる、駒山彦は雨降らす、雨は雨だが涙の雨だ。かなしさうな其面つき、仮令からだは八つ裂になつても、神のためなら、チツトもかまはないと言ふ覚悟がなくて、誠の道が開けるか、カラ魂のさかしら魂、神の心も推量して呉れても宜からう。少しの艱難辛苦に遭うても、尻を捲つて雲をかすみと逃げ行く宣伝使、からすのやうな黒い魂で誠の神をかついで、勝手なねつを吹き歩くがとう虫奴が。かてて加へて蟹が行く横さの道を歩みながら、吾程誠の者はない、誠一つが世の宝、誠をつくせ、真心になれと、かたる計りの宣伝使。 からすのやうに喧ましい蚊々虎さまの素性も知らず、軽い男と侮つて、汗かき、耻かき、頭かき、かばちの高い、カラ威張りの上手な神の使ひ、カラと日本の戦があるとは、汝らが御魂の立替へ立直し、今までのカラ魂を、オツ放り出して、水晶の生粋の日本魂に立替へいと申すことだ。喧しいばかりが宣伝使でないぞ。改心いたせばよし、どこまでも分らねば、神はモウ一限りに致すぞよ。何程気の長い神でも、愛想が尽きて、欠伸が出るぞよ』 駒山彦『カヽヽ叶はぬ叶はぬ、勘忍して下さいな。是から改心致しますから、モウ吾々の事に構ひ立てはして下さるなよ。かいて走るやうな掴まへ処のない意見を聞かされて、アヽ好い面の皮だ』 照彦『キヽヽ貴様は余程しぶとい奴、此方の申すことが気に入らぬか。奇怪千万な駄法螺を吹き廻つて、良い気になつて気楽さうに、宣伝歌を歌ひ、気まぐれ半分に、天下を廻る狼狽者、気抜け面して、気が利かぬも程がある。鬼門の金神現はれて善と悪とを立別る。鬼畜のやうな、気違ひ魂の宣伝使は、世の切り替にキツパリと取払ひ、根から葉から切つて了ふぞよ。貴様の気に入らぬは尤もだ。ひどい気強い鬼神のやうな言葉と思ふであらうが、よく気を付けて味はうて見よ。きくらげのやうな耳では神の誠の言葉は聞き取れまい。気が気でならぬ神の胸、いつまでも諾かねば諾くやうに致して諾かして見せうぞよ。汚ない心をさつぱり放かして、誠の神心になり、万事に対して機転を利かし、心配り、気配りの出来ぬやうな事では、気の利いた御用は到底勤まらぬぞよ。きなきな思はず気に入らいでも、歯に衣を着せぬ神の言葉、是から気張つて気分を改め、気不性な心を立直し、気随気儘をさらりと放かし、神と君とに誠を尽し、気六ツかしさうな面をやはらげ、心を決めて荒胆を練り、キヤキヤ思はずキユウキユウ苦しまず、心を清め身を浄め、誠の神に従へば気楽に道が拡まるぞよ。キチリキチリと箱さした様に行くぞよ。神を笠に着るなよ。抜刀や刃物の中に立つて居る様な心持になつて、油断を致すな。窮まりもなき神の恩、万の罪咎も神の光りに消え失せて、身魂は穏かに改まり、さうした上で始めて三五教の宣伝使だ。どうだ、分つたか』 駒山彦『キヽヽ気が付きました。気張つて気張つて是から早く改心を致します。此気味の悪い谷底で、奇妙奇天烈な目に逢うて気を揉まされて、何たるマア気の利かぬ事だらう。神の気勘に叶うた積で、気張つて気張つて心配り気配りして、此処まで勤めて来たのに、思ひがけなき気遣ひをさされた。サア、もうキリキリと決りをつけて、来た道へ帰らうかい。淤縢山津見さまも何だ、一体気の小さい、おどおどとして顫うて居るぢやないか。ナント膽玉の弱い男だな。こんな所に長居をすると、猿の小便ぢやないが、先のことが気にかかるワ』 淤縢山津見『きまりの悪い、不気味な態でキツウ膏を搾られました。際どいとこまで素破抜かれて、アー俺も気が気ぢやないワ。ドウデ吾々は神様の気に入るやうな宣伝はできては居らぬからなア』 照彦『クヽヽ苦労なしの、心の暗い暗雲の宣伝使』 駒山彦『モシモシ、クヽ暗がりにそんな下らぬ事を、モヽモウ是位で止めて下さい』 照彦『苦しいか、苦面が悪いか、臭い物に蓋をしたやうに隠し立てしても、何程クスネようと思うても、四十八癖のあらむ限りは改めてやるぞ。下らぬ理屈を口から出放題、グヅグヅグデグデとクドイ理屈を捏並べ、一つ違へばクナクナ腰になつて、一寸した事でも苦にするなり、委しき事も知らずに、喰ひ違つた御託を並べ立て、九分九厘で覆るの覆らぬの、一厘の仕組をくまなく悟つたの、汲み取つたのと、そりや何の囈語、汲めども尽きぬ神の教、大空の雲を掴むやうな掴まへ所のない、駄法螺を吹いたその酬い、悔し残念をコバリコバリ、今までの取違ひを悔ひ改め、クヨクヨ思はずに神の光を顕はし、闇黒の世を照し、また来る春の梅の花、開く時を呉々も待つがよいぞよ。クレンと返る神の仕組、苦労の花の開く神の道、委しいことが知りたくば、悔い改めて神心になれ。噛んでくくめるやうに知らして置くぞよ』 駒山彦『クヽヽクドクドしいお説教、モヽ分りました分りました、結構で御座います。決して決してモウ此上は取違ひは致しませぬ。何卒これで止めて下さいませ、さうして吾々三人の身体を自由になるやうにして下さい』 照彦『ケヽヽ結構々々とは何が結構だ。毛筋の横巾も違はぬ神の教だ。決心が第一だ。道を汚してはならぬから、神が気もない中から気を付けるのだ。怪体な心を取直し、ケチケチ致さず、神心になつて居らぬと、獣の身魂に欺されて、尻の毛まで一本もないやうにしられるぞよ。嶮しき山を上り下りしながら、毛を吹いて疵を求めるやうな其行り方、従者を連れたり、女を伴れたり、そんな事で神の教が拡まるか、毛虫よりも劣つた宣伝使』 駒山彦『ケヽヽ怪体なことを言ふ神だな。淤縢山さま、如何しよう。耳が痛くつて、面白くもない、コンナ目に遇はされやうと思うたら、宣伝に廻つて来るぢやなかつたに、アヽ何と宣伝使は辛いものぢやなア。毛色の変つた照彦のやうな男が来るものだから、コンな怪体な谷底で、眉毛を読れ、鼻毛を抜かれ、尻の毛まで抜かれるやうな、怪しからぬ目に遇うて、谷底へ蹴落されて、けがしたよりも余程つまらぬ目に遇ふのか。お前さまは頭が坊主だから、けがなくてよからうが、駒山彦は二進も三進もならぬ目に遇うて、困り切つてゐるワイ』 照彦『コヽヽ駒山彦、何を言ふか、乞食芝居のやうに、男女七人連にてゴテゴテと、此処彼処ゴロツキ廻る宣伝使、神は勘忍袋が破れるぞよ。此世の鬼を往生さして、神、仏事、人民を悦ばす神の心、耐へ忍びのない心の定まらぬ、破れ宣伝使が何になるか。梢に来て鳴く鶯でも、春夏秋冬はよく知つて居るに、応へたか、此方の云ふ事が分つたか。コツコツと角張つたもの言ひをしたり、ゴテゴテと小理屈を捏ねたり、事に触れ物に接し、下らぬ理屈を捏ね廻し、人の好まぬ事を無理に勧め、怖がられて強い物には媚び諂ひ、後先真暗の神を困らす駒山彦の宣伝使、米喰ふ虫の製糞器、菰を被つた乞食のやうに、一寸の苦労に弱音を吹き、泣き声をしぼり、モウこいつあ叶はぬ、宣伝はコリコリだと弱気を出したり、怖い顔して威張つて歩く狼狽者の得手勝手なねつを吹くお取次ぎとは、おどましいぞよ。鬼も大蛇も狼も恐れて、尾を振つて跣足で逃げる、イヤ逃げぬ、心の小こい腰の弱い困り者の駒山彦の宣伝使』 駒山彦『サヽヽ囀るない、サツパリ分らぬ事を喋り散らしよつて、態が悪いワイ。逆捻に俺の方からちつと囀つてやらうか、余り喋ると逆トンボリを打たねばならぬぞよ。先にある事を世界に知らす、三五教の悟りのよい流石は宣伝使だ』 照彦『サヽヽ騒がしいワイ』 駒山彦『アヽヽ五月蝿いなア、サツパリ油を搾つて了ひよつた。さてもさても残念なことぢや』 照彦『サアサアサア是からだ。賽の河原で石を積む、積んでは崩す積んでは崩す気の毒な尻の結べぬ宣伝使。月は御空に冴え渡れども、心は暗き谷の底、足許は真暗がりで谷底へ逆トンボリを打たねばならぬぞよ。神の申すことを逆様に取るとはソリヤ何の事、先へ先へと知らす神の教、先の知れぬ宣伝使が、神を審神するといふ探女のやうな、御魂の暗い奴、酒と女に魂を腐らし、やうやう改心致して俄宣伝使になつたとて、サヽそれが何豪い。差添の種ぢやと威張つて居るが、何も彼も差出の神か、イヤ狸だ。流石の其方も神の申す今の言葉、指一本指す事は出来まい。早速開いた口は閉まろまいぞよ、沙汰の限りぢや。サタン悪魔の虜となつても、サツチもない事を触れ歩き、偖も偖も悟りの悪い二人の宣伝使、蚕のサナギのやうに、一寸の事にもプリンプリン尾を振り頭を振り、盲目滅法の審神を致し、本守護神だ、正副守護神だと騒ぎ廻り、日本御魂の両刃の剣はサツパリ錆刀。探り審神者の向ふ見ず、様々の曲津に欺かれ、えらい目にあはされながら、まだ目が醒めぬか。之でも未だ未だ我を張るか。偖もさもしい心だのう。塞ります黄泉彦神の曲の使を信じ、よくもよくも呆けたものだ。今からさらりと我を折りて、慢心心を洗ひ去り、各自に吾身を省みて、猿の尻笑ひを致すでないぞ。耻を曝されて頭を掻くより、褌でもしつかりとかけ。騒ぐな、囀るな、冴えた心の望の月、サアサア淤縢山津見、駒山彦、神の申す事がチツトは腹に入つたか』 駒山彦『シヽヽヽしぶいワイ。うかうか聞いてをれば面白くもない、こんな谷底でアイウエオ、カキクケコの言霊の練習をしよつて、余り馬鹿にするない。言霊なら俺も天下の宣伝使ぢや、負けはせぬぞ。言ふ事はどんな立派な事を言つても、行ひは照彦ぢやで、さう註文通りには行くものぢやない。スカ屁を放つた様な事を吐しよつて、せんぐりせんぐりと、ソヽヽそろそろと棚おろしをしやがつて、チヽちつとも応へぬのぢや。ツヽ詰らぬ事を、テヽヽ手柄さうに、トヽヽ呆けやがつて、ナヽヽ何を吐しやがるのだ。ニヽヽ憎つたらしい、ヌヽヽ抜けたやうな声で、ネヽヽ根も葉もないやうな事を、ノヽヽ述べ立て、ハヽヽ腹が承知せぬワイ。ヒヽヽ昼ならよいがコンナ暗の夜に、フヽヽ悪戯た事を、ヘヽヽ屁のやうに、ホヽヽ吐きよつて、マヽヽ曲津神奴が、ミヽヽみみず奴が、ムヽヽ虫ケラ奴が、メヽヽ盲目奴が、モヽヽ百舌の親方奴が、ヤヽヽ八ケ間しい、ややこしい、イヽヽ嫌な事をユヽヽ云ひよつて、エヽヽ得体の知れぬ、ヨヽヽ黄泉神奴が、ラヽヽ埒もない、リヽヽ理屈を捏ねよつて、ルヽヽ類を以て曲津を集めよつて、レヽヽ連発する、ロヽヽ碌でなしの世迷言、ワヽヽ分りもせぬ、イヽヽいやらしい、イケ好かない事を、ウヽヽ呻り立て、エヽヽエー、モー恐ろしい処か、をかしいワイ。お化の大蛇の神憑奴が』 照彦『シヽヽ』 駒山彦『またシーやつてけつかる。縛つてやらうか、虱の守護神奴が』 照彦『シヽヽ思案して見よ、虱の親方、人の血を吸ふ毛虫の駒山彦、執念深い宣伝使、修羅の巷に踏み迷ひ、後先見ずの困つた駒山彦。叱られる事が苦しいか、叱る神も随分苦しいぞ。シカと正念を据ゑてシツカリ聞け。敷島の大和の国の神の教に、シヽヽ如くものはないぞ。醜の曲津に誑らかされ、汝が仕態は何事ぞ。獅子、狼の様な心をもつて、世界の人間が助けられるか、至粋至純の水晶の心になれ。下の者を大切に致せよ。しち難かしい説教を致すな。シツカリと胸に手をあて考へて見よ。一度は死なねばならぬ人の身、死んでも生き通しの霊魂を研けよ。屡々神は諭せども、あまり分らぬから神も痺をきらして居るぞよ。しぶといと言うてもあんまりだ。終ひには往生致さねばならぬぞよ。シミジミと神の教を考へて見よ。腹帯をシツカリ締めて掛れよ。霜を踏み雪を分けて世人を救ふ宣伝使、知らぬ事を知つた顔して、白々しい嘘言を吐くな。尻から剥げるやうな法螺を吹くな。知ると言ふ事は神より外にないぞよ。天地の事は如何な事でも説き明すとは、何のシレ言、困つた代物ぢや。嗄れ声を振り立てて神言を奏上したとて、天地の神は感動致さぬぞよ。身魂を研けよ、身魂さへ研けたなら、円満清朗な声音が湧いて来るぞよ。強ひて嫌なものに勧めるな。因縁なきものは時節が来ねば耳へ入らぬ。修身斉家、治国平天下の大道だと偉さうに申して居れど、吾身一つが治まらぬ、仕様もない宣伝使、何が苦しうてシホシホと憔悴れて居るか。荒魂の勇みを振り起して、モツト勇気を出さぬかい』 駒山彦『シヽヽシツカリ致します。奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の、声聞く時は哀れなりけり、だ。えらい鹿に出会してしかられたものだい』 淤縢山津見『ヤア、拙者は脚が起つた、身体が自由になつた、大分に魂が研けたと見えるワイ。いやもう何れの神様か存じませぬが、よくもまあ結構な教訓を垂れさせられました。屹度之から心を入れ替へて、御神慮のある処を謹しんで遵奉致します』 駒山彦『ヤア淤縢山さま、脚が起ちましたか、アヽそれは結構だ。吾々はまだビクとも致しませぬ、胴が据つたものですな』 淤縢山津見『貴方は最前から聞いて居れば一々神様に口答へをなさる、貴方は発根からまだ改心は出来て居ない。改心さへ出来たならば吾々の様に、神様は脚を起たして下さいませう。何卒早く屁理屈を止めて改心して下さい』 駒山彦『カヽヽ改心と言つたて、照彦の様な奴さまに憑つて来る様な守護神の言ふ事が、如何して聞かれるものか、神霊は正邪賢愚に応じて憑依されるものだ。大抵此肉体を標準としたら、神の高下は分るでせう』 照彦『スヽヽ直様、淤縢山津見は脚が起つたをきりとして、カルの国に進んで行け。道伴れは決してならぬ』 淤縢山津見『仰せに従ひ改心の上、直様参ります。今まではえらい考へ違ひを致して居りました』 照彦『一時も早く、片時も速に此場を立去れ』 駒山彦『アヽ淤縢山さま、それはあまり得手勝手だ。自分は脚が起つてよからうが、吾々の様な脚の起たぬ者を見捨てて行つても、神の道に叶ひませうか。朋友の難儀を見捨てて何処へ行くのです。神の道は、親切が一等だと聞きました。それでは道が違ひませう』 照彦『駒山彦の小理屈は聞くに及ばぬ、早く起つて行け。駒山彦の改心が出来るまで、此方が膏を搾つてやらうかい』 淤縢山津見は徐々と此場を立ち去らむとする時、三五の明月は山頂に昇り、細き谷間を皎々と照せり。淤縢山津見は此月光に力を得、宣伝歌を歌ひながら谷道を伝ひて、もと来し道を下り行く。 (大正一一・二・一四旧一・一八森良仁録) |
|
71 (1473) |
霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 03 赤玉出現 | 第三章赤玉出現〔四三三〕 花毛氈を敷き詰めたる常世城の大奥には、常世神王中央の高座に現はれ、鷹取別、玉山彦を左右に侍らせ、鶴翼の陣を張りしが如く傲然として構へ居る。照山彦、竹山彦はズツと退つて下座に控へ、間の国に使ひせし一伍一什の顛末を喋々として陳べ立つれば、常世神王は機嫌斜ならず、 常世神王(広国別)『天晴れ天晴れ汝らが功名、流石の日の出神も、汝等が縦横無尽の機略には舌を捲くであらう。今後はますます力を尽し、抜群の功名手柄を顕はせよ』 照山彦『ヤア、思ひがけなき御褒の御言葉、照山彦の身として、分に過ぎたる勿体なさ。今後はますます常世神王の御為に、粉骨砕身、犬馬の労を吝まざるの覚悟で御座ります』 鷹取別『わが推量に違はず、今日の使命を首尾よく果せし両人、常世神王におかせられても嘸御満足ならむ。鷹取別も感じ入りたり』 竹山彦『これはしたり、常世神王とやら、広国別の大国彦、大国彦の広国別、何が何だか自由自在に千変万化の大自在天だと、途上にての噂、聞いたる時の竹山彦の心の裡の腹立しさ。竹山彦の竹を割つたる清い正しい心は何とやら、常世の暗の雲につつまれた心地ぞ致したり。如何に三五教の宣伝使、常世の国に来るとも、竹山彦のあらむ限りは、わが天眼通力にて所在を探ね、一々御前に引摺り出し御目に懸けむ。頭も光る照山彦の人も無げなる功名顔、余りの可笑しさ臍茶の至り、ワハヽヽヽヽ』 と四辺に轟く竹山彦の笑ひ声。 日は早西に傾きて、黄昏告ぐる村鴉、カハイカハイと鳴きながら、塒を指して帰り行く。無常を告ぐる鐘の音は、コーンコーンコーン、コンコンコンと響くなり。間毎を照らす銀燭の、眩きばかり頭の光り照山彦は、むつくと立ち上り、 照山彦『ヤアヤア、固虎々々、何を愚図々々いたして居るか。早く三人をこの場へ誘ひ来れ』 と呼はれば、声の下より固虎は、 固虎『只今三人の娘、それへ召伴れ参ります。暫らく待たせられよ』 と言ふ折しも、忽ち四面暗黒となり、暴風吹き荒び、奥殿の柱は前後左右に揺ぎ出し、百雷の一時に轟く如き地響、続々として鳴動し、燦然たる銀燭の光は忽然として消え失せ、黒白も分かぬ真黒の闇の岩戸は下されたり。鷹取別は暗中より大音声、 鷹取別『ヤアヤア者ども、咫尺も弁じ難きこの暗黒、片時も早く燈火を点ぜよ』 と呼はる声は、百雷の一時に轟く如くなる大音響に包まれて、聞えざるこそもどかしき。常世神王は心も心ならず、暗中に端坐し、如何成り行くならむと、黙然として胸躍らせ控へ居る。暗中を縫うて毬の如き一箇の玉、座敷の中央に忽然として現はれ、見るみる座敷の中央を右に左に、前に後に浮遊し始めたり。されど色赤きのみにて少しも光輝を放射せず、玉は赤、白、黄、紫、いろいろと色を変じ、照山彦の禿頭に向つて、ポンと突き当れば、 照山彦『アイタヽヽ』 と照山彦は俯伏せになる。玉は子供の毬をつくやうに照山彦の頭を基点として、ポンポンポンポンとつき出すにぞ、鷹取別はその玉を打たむとして座席より踏み外し、スツテンドウと仰向けに倒れたれば、玉は所を替へて、鷹取別の仰向けに倒れた頭の上を、又もやポンポンポンポンと毬つき始めぬ。不思議や、鷹取別の身体は強直してビクとも動き得ず、玉は又もや位置を替へ、鼻の上に来りて又もや毬をつく。鷹取別は、 鷹取別『アイタヽ、アイタヽヽ、鼻が破る。堪まらぬ堪まらぬ』 と泣声をしぼる。玉は又もや常世神王の額に向つて、唸りを立てて衝突したるその勢に、常世神王は高座より仰向けに後方の席に筋斗打つて顛倒し、息も絶え絶えに呻き苦しむ折もあれ、竹山彦は暗中より大音声、 竹山彦『ヤア、奇怪千万なる此の場の光景、火の玉となつて風雨を起し、唸り声を響かせ、又もや常世城を攪乱せむとする心憎き八十曲津神、わが言霊の威力にくたばれよ』 と言葉の下に、火の玉は姿を掻き消し、今まで猛り狂ひし風の響はピタリと止みて、空には一面の星光り輝き渡る。竹山彦は火打を取り出し、カチカチ火を打ち銀燭を点じたれば、四辺は昼のごとく輝き渡りぬ。この時三人の娘を伴ひ来りし固虎は、腰を抜かして玄関に蹲踞み居たりき。 竹山彦『ヤア、思はざる悪神の襲来、これはしたり常世神王様、お怪我は御座いませぬか。竹山彦、御案じ申す。イヤなに松代姫殿、神王の御介抱遊ばされよ。これはしたり鷹取別殿、貴下も常ならぬ御顔色、曲の火玉に打たれ給ひしと見受けたり。竹野姫殿、介抱遊ばされよ。鷹取別殿の鼻は如何致されしや。イヤもう台なしでござる』 鷹取別は、搗き立ての団子のやうな鼻をペコペコさせながら、何かフガフガ言つて居るばかり。 竹山彦『貴殿の御言葉は判然いたさぬ。フガフガとは何の事でござるか。不甲斐ないことだとの御歎きか。ヤアヤア照山彦殿、貴下の頭は如何遊ばされた。実に妙な恰好でござる。梅ケ香姫殿、サア早く御介抱遊ばさるるがよからう』 松竹梅の三人『アイ』 と答へて三人の娘は、竹山彦の命ずるままに甲斐々々しく介抱に取りかかりぬ。 固虎『ヤアヤア、常世の国の雪起しか、城倒しか何だか知らないが、生れてから見たこともない天狗風が吹きよつて、この固虎も吃驚仰天、歯の根もガタガタガタ虎になつて了つた。皆の方々は美しい御介抱人が出来て結構だが、吾々は肩は抜け、腰は抜け、旁型の悪いものでござる。三人のお方は夫々御介抱人があつて結構だが、この固虎に限りて誰も世話する女がないとは、片手落にも程がある。何れの方か此の場に現はれて、わが身の介抱して呉れてもよささうなものだな』 竹山彦『オイ固虎、貴様は日頃から無信心で、おまけにヱルサレムの宮で昔から型もないやうな悪戯をいたしただらう。それが為に時節到来、神様が仇敵を御討ち遊ばしたのぢや。ガタ虎でなうてカタキとられだ。御気の毒様ながら、生命の失くなるまで、其処で辛抱なさるがよからう』 固虎『ヤア竹山彦殿、そんなこと所ではない。本当に真面目になつて、誰か呼んで来て下さいな』 竹山彦『常世神王様、お歴々の方々のこの大難を救はねばならぬ吾々の任務、汝が如きに介抱する暇があらうか』 時しも馥郁たる香気は室内に充ち渡り、嚠喨たる音楽は何処ともなく聞え来る。常世神王は松代姫に救はれ、御機嫌斜ならず、鷹取別、照山彦も、竹野姫、梅ケ香姫に介抱され、メシヤゲた頭や鼻の痛さを忘れて悦に入る。音楽の音はますます冴え渡り、何処となく四辺は賑しくなり来れり。 空に轟く天の磐船、鳥船の響は手に取る如く聞え来る。これより松、竹、梅の三人を始め、竹山彦は常世神王の覚え目出度く、何事も一切の重要事件の帷幕に参ずることとはなりぬ。 (大正一一・二・一九旧一・二三外山豊二録) |
|
72 (1500) |
霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 30 言霊解四 | 第三〇章言霊解四〔四六〇〕 『次に水底に滌ぎ玉ふ時に成りませる神の御名は、底津綿津見神、次に底筒之男命、中に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、中津綿津見神、次に中筒之男命、水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、上津綿津見神、次に上筒之男命、此三柱の綿津見神は阿曇の連等が祖神ともち斎く神なり、故阿曇の連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金拆命の子孫なり。其底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命、三柱の神は墨江の三前の大神なり』 水底の言霊を一々解釈する時は、 ミは形体具足成就也。充実也。天真也。道の大本也。肉体玉也。 ナは万を兼統る也。水素の全体也。思兼神也。顕を以て幽を知る也。行き届き居る也。 ソは心の海也。金剛空也。臍也。⦿を包み居る也。無限清澄也。 コは天津誠の精髄也。全く要むる也。一切の真元と成る也。親の元素也。劣り負くる也。 要するに水底は、海の底とか河の底、池の底なぞで、水の集合したる場所である。水は総てのものを養ひ育て、生成の功を為し、且つ又一切の汚物と混交して少しも厭はず、万物の汚穢を洗滌し、以て清浄ならしむるものは水ばかりである。又水は低きに向つて流れ、凹所に集まり、方円の器に従ひ、以て利用厚生の活用を為すもので、宇宙間に於て最も重要なる神器であります。火の熱にあへば、蒸発して天に昇り、雲雨となりて地上一切を哺育す。斯の如き活用ある神霊を称へて、水の御魂と申上げるのである。 ミは形体具足成就して、一点の空隙なく、随所に充満し、天真の侭にして少しも争はず、生成化育の大本をなし、人身を養ひ育て、玉と成るの特性を保ち、ナは万物を統御し、有形を以て無形の神界を探知し、思兼の神となりて世を開き治め、上中下共に完全に行き届き、ソは精神の海となりて神智妙能を発揮し、臍下丹田よく整ひて事物に動ぜず、限りなく澄み切りて一片の野望なく、利己的の行動を為さず、⦿の尊厳を発揮し、コは天津誠の真理を顕彰して[※御校正本・愛世版では「ミは形体具足成就して(中略)万物を統御し(中略)精神の海となりて(中略)天津誠の真理を顕彰して」になっている。校定版・八幡版ではナ、ソ、コを付加して「ミは形体具足成就して(中略)ナは万物を統御し(中略)ソは精神の海となりて(中略)コは天津誠の真理を顕彰して」になっている。その方が意味が分かりやすいので、霊界物語ネットでもそのように直した。]親たるの位を惟神に保ち、生類一切の真元と成りて、全地球を要むるの神力霊能を具有するも、和光同塵、以て時の致るを待ちて、天にのぼる蛟竜の如く、時非なる時は努めて自己の霊能を隠伏し、劣者愚者弱者にも、譲りて下位に立ち、寸毫も心意に介せざる大真人の潜居せる低所を指して水底と云ふのであります。アヽ海よりも深く山よりも高き、水の御魂の一日も速く出現して、無明常暗の天地を洗滌し、以て天国極楽浄土の出現せむ事を待つ間の長き鶴の首、亀も所を得て水底より浮び上るの祥瑞を希求するの時代であります。 綿津見の神の言霊解 ワは輪にして筒の体である。紋理の起りである。親子である。世を知り初むる言霊である。物の起りにして人の起りである。締寄する言霊である。順々に世を保つ言霊である。子の世にして親の位を践む言霊であります。 タは対照力である。東は西に対し、南は北に対し、天は地に対し、生は死に対する如きを対照力と云ふのであります。 ツは大金剛力である。強く続き、実相真如、之をツと言ふのである。又応照応対力対偶力であり、産霊の大元であり、平均力の極であり、霊々神々赫々として間断なく、大造化の力にして、機臨の大元であり、速力の極であります。 ミは水であり、身であり、充ち満つるの意にして、惟神大道のミチであります。 以上の四言霊を以て思考する時は、実に無限の神力を具備し、円満充全にして、天下の妖邪神を一掃し、所在罪悪醜穢を洗滌し玉ふ威徳兼備の勇猛なる五六七の大神の御活動ある神である事が分明するのであります。 筒之男命 ツツノオの言霊は、大金剛力を具有し、以て正邪理非を決断し、水の元質を発揮して、一切の悪事を洗ひ清め、霊主体従日本魂の身魂に、復帰せしめ玉ふてふ神名であります。茲に底中上の神と命とが区別して載せられて在るのは、大に意味のある事である。古典は霊を称して神と言ひ、体を称して命と言ふ。神とは幽体、隠身、即ちカミであつて、命とは体異、体別、即ち身殊の意味である。後世の古学を研究するもの、無智蒙昧にして、古義を知らずに神と命を混用し、幽顕を同称するが故に、古典の真義は何時まで研究しても、分つて来ないのであります。又底とは最も下級の神界及び社会であり、中とは中流の神界及び社会であり、上とは上流の神界及び社会を指すのである。故に綿津見神は底中上の三段に分れて、神界の大革正を断行し玉ひ、筒之男命は、同じく三段に分れて、現社会の大革正を断行し玉ふ御神事であります。大本神諭に『神の世と人の世との立替立直しを致すぞよ』とあり、亦『神、仏儒人民なぞの身魂の建替建直しを致す時節が参りたから、艮の金神大国常立尊が、出口の神と現れて、天の御三体の大神の御命令通りに、大洗濯大掃除を致して、松の世五六七の結構な世にして上中下三段の身魂が揃うて、三千世界を神国に致すぞよ』と示されてあるのも、斯の三柱の神と、命との御活動に外ならぬのであります。 現代の如く世界の隅々まで面白からぬ思想が勃興し、人心は日に月に悪化し、暴動や爆弾騒ぎが相次いで起り天下は実に乱麻の如き状態である。斯かる醜めき穢き国になり果てたる以上は、どうしても禊身祓の大々的御神業が開始されなくては、到底人間の智力、学力、武力などで治めると云ふことは不可能であります。八十曲津神、大曲津神の征服は絶対無限の金剛力を具有し玉ふ神剣の発動、即ち神界の大祓行事に待たなくば、障子一枚侭ならぬ眼を有て居る如うな人間が何程焦慮して見た所で、百日の説法屁一つの力も現れないのである。是はどうしても神界の一大権威を以て大祓を遂行され、日本国体の崇高至厳を根本的に顕彰すべき時機であつて、実に古今一轍の神典の御遺訓の、絶対的神書なるに驚くのであります。 神界の権威なる、宇宙の大修祓は人間としては不可抗力である。由来天災地妖の如きは、人間の左右し得るもので無いと、現代の物質本能主義の学者や世俗は信じて居るが、併しその実際に於ては、天災地妖と人事とは、極めて密接の関係が有るのである。故に国家能く治平なる時は、天上地上倶に平穏無事にして、上下万民鼓腹撃壤の怡楽を享くるのは天理である。地上二十億の生民は、皆悉く御皇祖の神の御実体なる、大地に蕃殖するものであるが、この人間なるものは、地上を経営すべき本能を禀け得て生長するのである。然るに、万物の霊長とまで称ふる人間が吾の天職をも知らず、法則をも究めずして、日夜横暴無法なる醜行汚為を敢行しつつあるは、実に禽獣と何等択ぶ所は無いのである。全体宇宙は天之御中主神の御精霊体なる以上は、地上の生民等が横暴無法の行動によつて、精神界の順調も、亦乱れざるを得ない次第である。要するに天災地妖の原因結果は、所謂天に唾して自己の顔面に被るのと同一である。人間を始め動物や植物が、天賦の生命を保つ能はずして、夭死し或は病災病毒の為に、変死し枯朽する其の根本の原因は、要するに天則に違反し、矛盾せる国家経綸の結果にして、政弊腐敗の表徴である。現時の如く天下挙つて人生の天職を忘却し、天賦の衣食を争奪するが為に営々たるが如き、国家の経綸は実に矛盾背理の極である。皇国は世界を道義的に統一すべき、神明の国であつて、決して体主霊従的の経綸の如く、征服とか占領とかの、無法横暴を為す事を許さぬ神国である。皇典古事記の斯の御遺訓に由り奉りて、国政を革新し、以て皇道宣揚の基礎を確立し、以て皇祖天照大神の御神勅を仰ぎ、以て世界経綸の発展に着手すべきものなる事は、艮の金神国常立尊の終始一貫せる御神示であります。 (大正九・一・一五講演筆録谷村真友) |
|
73 (1506) |
霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 36 意想外 | 第三六章意想外〔四六六〕 アルタイ山の蛇掴一度に開く梅ケ香姫の 神の命の言霊に吹き散らされて曲津見は 御空も高く駆け上り西南指してアーメニヤ 雲を霞と逃げ去りし後に二人の宣伝使 胸ドキドキと時公の供を引連れ帰り来る 鉄谷村の鉄彦が館の前になりければ 今の今まで悄気返り弱り入つたる時公は 肩を怒らし肘を張り俺の武勇は此通り 鉄谷村の人々よ昔取つたる杵柄の 猪喰た犬の時野川時世時節で是非もなく 鉄彦さまの門番と身を下しては居たけれど 愈めぐる時津風吹いて吹いて吹きまはし 流石に強き蛇掴片手に掴んでビシヤビシヤと 岩に投付け引つ千切り上と下との彼奴が顎 右と左の手を掛けてウンと一声きばつたら 鰻を断つたその如く左右に別れてメリメリメリ 時の天下に従へと言ふ諺を知つてるか サアサア是から時さまが時の天下ぢや殿様ぢや 迚も敵はぬ鉄谷の村の頭の鉄彦も 俺に叶はぬ鉄姫よ必ず是から此方に 背いちやならぬぞ時野川時の天下は俺がする 時の代官日の奉行時にとつての儲け物 モウ是からはアルタイの山の魔神の蛇掴 此時さまのある限り再び出て来る例ない ためしもあらぬ豪傑の此腕前をよつく見よ 御代は安らか平かに時公さまが治め行く 「ドツコイシヨウノドツコイシヨ」「ウントコドツコイ、ドツコイシヨ」 「ヨイトコヨイトコ、ヨイトコサ」「ヨイトサノ、ヨーイトサ」 と手を振り、足を六方に踏みながら、饒舌り散らし、鉄彦が門口ガラリと開けて入り来る。 村人は今日も酋長の館に詰めかけて、アルタイ山の様子如何にと待居たる折柄なれば、此法螺を聞いて半信半疑の念に駆られ、喜ぶ者、顔を顰める者、ポカンとする者など沢山に現はれたる。鉄彦夫婦は娘清姫と共に慌しく宣伝使の前に現はれ、 鉄彦『ヤア、御苦労で御座いました。様子は如何で御座いませう。吾々始め一統の者、御身の上如何にと、首を長くし、顔色を変へて待つて居ました。はやく様子を聞かして下さいませ』 と三人一度に両手をついて頼み入つた。石凝姥はニツコと笑ひ、 石凝姥神『ヤア、先づ先づ御安心下さいませ、此通り梅ケ香姫も無事に帰つて参りました』 親子三人『ヤア、これは梅ケ香姫さま、結構で御座いましたナ。これと申すも貴女様の御親切が天地の神様に通じたので御座いませう。オー時公、お前は何だか偉う元気張つて唄つて居たなア。早く様子を聴かして呉れよ』 時公『只今の時公は、昨日迄の時公とは、ヘン一寸違ひますよ。其積りで聴いて貰ひませう。何時までも人間は金槌の川流れ、頭が上らぬといふ理屈はない。此時公の手柄話、よつく承はりなさい……オイオイ、時野川の言霊をよつく聞けよ。中々以て素適滅法界な……』 鉄彦『オイ時公、前置は好い加減にして、早く本当のことを言はぬか』 時公『ヤア、お気の毒な事が出来ました』 鉄彦『エツ』 時公『折角三五教の宣伝使が清姫様のお身代りになつてやらうとの仁慈無限のお志、吾々始め一同の者は誠に以て感謝の至りに堪へませぬ。併しながら蛇掴の奴、岩窟の中からやつて来て、唐櫃の廻りをフンフンと嗅ぎまはり「ヤア此奴は香が違ふ、酸いぞ酸いぞ、酸いも甘いも知り抜いた此蛇掴に、身代りを立てて誤魔化さうとは不都合千万な鉄彦奴、モウ了簡ならぬ。是から此方が出張して、鉄彦親子は申すに及ばず、村中の奴を老若男女の区別なく片つ端から皆喰つて了ふ」と云つて、ドエライ声で呶鳴りよつた其勢の凄じさ。何とも彼とも云ふに云はれぬ、大抵の者なら皆腰を抜かして、到底この時公の様に帰つて来ることは出来ないのですが、そこは流石は時公だ。鬼をも掴んで喰ふやうな蛇掴の前に、何の怖るる色もなく悠然として現はれ給ひ「ヤイ、蛇掴とやら、其方に申渡す仔細がある。貴様は蛇の代りに結構な人間様を喰ふ奴だ。モウ是からは人間を喰ふ様な事を致すと了簡ならぬぞ」と拳骨を固めて、ポンと擲る積りぢやつたが、擲るのだけは止めておいた。「モウ人間を喰ふ事は罷りならぬ」と言つた処、蛇掴の奴四つの目を細くしよつて「ヘイヘイ時公さまの御威勢には恐れ入りました。モウ是が人間の喰ひをさめ、一人だけは許して下さい」と頼みやがる。そこで此方も「ヨシ分つた、割と融通のきく奴だ。サア此処へ清姫を伴れて来た、これを喰つて満足せよ」と云つた処、蛇掴の奴「此奴は酸い贋物だ、本当の清姫をよこせ」とほざきやがる。「ヤアそれも尤もだ」と云つて請合つて帰つて来たのだ。サア清姫さま、気の毒ながら今晩ぜひ御苦労にならねばなりませぬワイ』 鉄彦『エヽ、それは大変な事ぢや。主人が門番に手を下げて頼むのだから、マ一度お前蛇掴に会つて談判をして来て呉れまいか』 時公『なかなか以て……抜かりのない時公は「オイ蛇掴、モウ人間の一つイヤ一人くらゐ喰つても喰はいでも、同じ事ぢやないか、モウ是で諦めて了へ」と千言万語を尽して云うて聞かした処「モウ是が喰ひをさめだから、是非喰はして貰ひたい。蛇掴の肉体は改心したから喰ひたくないが、腹の中の副守護神が喰ひたいと申すに依つて、女子の代りに時公を……ヤ違ふ違ふ……梅ケ香姫の代りに、清姫と鉄彦、鉄姫を邪魔臭いから一緒に喰はして呉れ」と云ひよつたのだ。ナア鉄彦さま、貴方は此村を守る御方、今迄は吾々が集つて働いて、酋長さまと敬つて養つて上げたのだから、今夜は其勘定をなさるのだ。たつた三人の命を棄てて此村は愚か、国中の者が助かると思へば安い生命だ、御苦労さま……』 鉄彦、鉄姫、清姫は一度にワツと泣き伏す。時公は、 時公『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ』 村の者『オイ時公、何が可笑しい。貴様不届きな奴だ。こんな悲しい時に可笑しいのか、貴様を村中集つてたかつて成敗してやらう。覚悟せい』 時公『ヤア、騒ぐな騒ぐな、皆嘘だ』 村の者『嘘とは何だ、冗談も時に依る』 時公『ヤア時公が言つたのぢやない、副守護神が云つたのだよ。みんな嘘だ嘘だ』 石凝姥『アハヽヽヽヽ』 梅ケ香姫『ホヽヽヽヽ』 石凝姥は声を張上げて、 石凝姥神『山路険しきアルタイの岩窟の前に送られし 梅ケ香姫の唐櫃を巌の上に据ゑ置きて 村人達は帰り行く梅ケ香姫は唐櫃の 中に潜みて宣伝歌歌ふ其声中天に 轟き渡り曲神は幾百千の火となりて 見まもり居たる折柄に忽ち来る一つ火の 玉は此場に現はれて唐櫃の上を右左 前や後に舞ひ狂ひ声も涼しき梅ケ香姫の 神の命の言霊に恐れて逃げ行くアーメニヤ 跡形もなき暗の空吾は木蔭に身を忍び 此光景を窺へば臆病風に襲はれし 胸もドキドキ時公が腰を抜かして啜り泣く 彼を伴ひ唐櫃の前に致りて蔽蓋を 開くや忽ち暗の夜を透かして立てる白姿 髪振り乱す梅ケ香姫の神の姿に仰天し 狼狽へ騒ぐ面白さ吾は此場の可笑しさに 魔神となつて声を変へ嚇して見れば時公は 訳も分らぬくどき言女房が悔む助けてと ほざく男の涙声腹を抱へる可笑しさを こらへて漸う今此処に帰りて見れば時公は 俄に肩で風を切り大きな法螺を吹きかけて 煙に巻いた減らず口あゝ鉄彦よ鉄姫よ 心も清き清姫よ御心安く平けく 思召されよ三五の神の教に救はれし 鉄谷村はまだ愚四方の国々民草の 憂ひはここに払はれぬ歓び勇め諸人よ 喜び祝へ神の恩』 この歌に鉄彦始め一同はヤツト胸を撫で下し、三五教の神徳に感じ、かつ二人の宣伝使が義侠心を深く謝し、茲に村内集まつて賑々しく祝の酒宴開きたり。 やがて鉄彦の座敷を開放して大祝宴が開かれ、鉄彦は立つて感謝の意を表するため歌をうたふ。 鉄彦『此世を救ふ三五の神の誠の宣伝使 世人を救ふ赤心の岩より堅き神司 石凝姥や梅ケ香姫の神の命のアルタイ山の 峰より高く海よりも深き恵に助けられ 一人の娘清姫の生命ばかりか国々の 人の禍悉く払ひ給ひし大御稜威 汝が命は久方の天の河原に棹して 下り給ひし神ならめあゝ有難や有難や 深き恵みに報いむと心ばかりの此莚 酒は甕瓶たかしりて百の木の実は横山の 如く御前に奉り心の丈を今此処に 受けさせ給へ宣伝使果実の酒はさわさわに あかにの穂にときこし召せあゝ諸人よ諸人よ 救ひの神は三五の誠の道の二柱 天と地とになぞらへて日に夜に仕へ奉れ 日に夜に崇め奉れあゝ尊しや神の恩 あゝ尊しや君が恩たとへ天地は変るとも 栄え五六七の末迄も娘を救ひ給ひたる 此御恵は忘れまじさはさりながら、あゝわれは 三年の前に清姫が姉と生れし照姫を 魔神の為に呪はれて損はれたる悲しさよ 三年の前に二柱ここに現はれましまさば あゝ照姫も清姫の如くに無事に救はれむ 返す返すも恐ろしく返す返すも悲しけれ 石凝姥の神様よ梅ケ香姫の神様よ かへらぬ事を繰返し愚な親とおもほすな 此世の中に何よりも吾子に勝る宝なし あゝさりながらさりながらそれに勝りて尊きは 神の教ぞ御道ぞあゝ是よりは三五の 道の教を宝とし四方の民草導かむ あゝ村人よ村人よ神に斉しき宣伝使 唯一言も洩らさずに御教を聴けよ、いざ聞けよ 聞いて忘れな何時迄も聴いて行へ何処迄も 心を治め魂研き月日の如く明かに 照して御神を讃めたたへ誠の御神を讃めよかし 祈れよ祈れ唯祈れ此世を救ふ三五の 神の御前によく祈れ』 と二人の宣伝使に向ひ、涙と共に感謝する。これより鉄彦は神恩に報ゆるため、梅ケ香姫の従者となつて、アーメニヤに進み行くこととなりける。 (大正一一・二・二七旧二・一松村真澄録) |
|
74 (1523) |
霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 10 立聞 | 第一〇章立聞〔四七七〕 梅ケ香姫は時公に送られて、寒風荒ぶ荒野ケ原を勇んで進み行く。勝公以下四五の連中もゴロゴロと後を追うて来る。傍の猪小屋を見つけ一同は此処に休息する事とはなりぬ。 勝公『酒の気もなくて何となくさむしくなつて来た。見渡す限り青い物と云つたら一つもなし、天も地も綿を敷きつめた様な真白な世の中だ、斯うして見ると天地の間に黒い物と云つたら、八公と鴨公の顔だけ位のものだ』 八公『お前の顔は白いからなア』 勝公『定つた事だい、まだ三五教の宣伝使は素人だもの白いのは当然だ』 鴨公『知らぬ者の半分も知らずに俄に白を切りやがつて、白々しい白鷺が孔雀の真似したつて遽に玉は出来はせぬぞ』 勝公『ヤア其孔雀で思ひ出したが、これから少し向ふに行くと、黒野ケ原といふ処がある。今は雪で何も彼も白野ケ原ぢやが、其処には孔雀姫といふド偉い化物が居つて、其処を通ると誰も彼も皆吸ひ込まれて了ふと云ふ評判だ。ウラル教の奴でも三五教の奴でも孔雀姫に一寸睨まれたが最後、皆誑されて一人も帰つて来る者がないと云ふ事だ』 時公『ヤアそれは本当か、孔雀姫といふからには、随分綺麗な女だらう。一体何を食ふのだ』 勝公『それや定つた事よ。人間を喰ふのだ。俺の様な黒い人間でも孔雀姫にかかつたら皆喰はれると云ふ事だ』 時公『そいつは面白い、綺麗な顔をしやがつて人間を喰ふなぞと鬼娘かも知れないよ。「其声で蜥蜴食ふかや時鳥」だ。世の中が斯う物騒になつて来ると、彼方にも此方にも金毛九尾の狐や八岐の大蛇がはばりやがつて、何処にも此処にもさういう鬼が現はれて来るもんだ。俺の様に、人でも取つて喰ひさうな怖い顔した奴には本当の悪はないもんだ。美しい顔した奴に人殺しをしたり人を欺いたりする奴が却て多い、約り悪魔は善の仮面をかぶつて世の中を乱すものだからな』 勝公『時さま、一ツ肝玉をおつ放出して、孔雀姫の正体を調べて見やうか。何が化けて居るのか知れやせぬぜ』 時公『お前は雪隠の端の猿食はずと云ふ柿の様な男だから、滅多に孔雀姫だつて味が悪いから食ふ気遣ひはないわ。猿食はずといふ柿は渋くて汚くて細かくて食へぬ奴だからな』 勝公『コレコレ時さま、宣り直しなさい』 時公『また琵琶の湖へ行つて、綺麗な船に乗り直さうかい、俺の様な味のある男は、一寸険難だ。ナア梅ケ香姫さま、あなたクス野ケ原で高彦さまを食つて下さいと云つたら、イヤイヤ時さんの方が男らしくて色がコツクリ黒くて肉がボテボテして甘さうだから、時さんを食べさして頂戴なんて仰有つた、本当に梅ケ香さんに食つて欲しいわ』 勝公『こんな所で惚けない。余り惚けるとソレ又大蛇の先生がノコノコとやつて来るぞ』 時公『大蛇姫でも明志丸でも何でも構はん、ノロリノロリと考へてゐる抜け目のない兄さまだ。貴様の様な野呂間とは、ちつとは違ふぞ』 勝公『野呂間とは何だ、宣り直せ。人をノロはば穴二つだ』 時公『二つも一つも穴があつて堪らうか、あな有難き三五教の宣伝使だ』 一同『アハヽヽヽヽ』 梅ケ香姫『皆さまは気楽な方ですねえ。貴方方と一緒に歩いて居ると、マルデ天国の旅行見たいだわ』 鴨公『さうでせう。私の様な抜け目のない、程の宜い、痒い処に手の届く男が加はつて居るのですから満雪途上黒一点だからねえ』 時公『アハヽヽヽ笑はしやがる。万緑叢中紅一点の梅ケ香様がござると思つて、此奴顔の皺を伸ばしやがつて、はしやいで居るな』 勝公『そんな雑談は一切りにして行かうかい。これから梅ケ香さまに幾層倍とも知れぬ美しい孔雀姫のお顔拝見だ。こんなくだらぬ話をしやべつて居ると、又ノロノロがやつて来るぞ。此世でさへも限換るとか、立替とかがあるさうだのに限りのない話を止めて愈膝栗毛の立替立直しだ。サア進め進め。何処も彼処も大雪で、ゆきつまりだ、詰りて詰らんのは俺の所計りではない。節季になると俺の処の様なつまらぬ家に詰つてるのは、掛取り計りだ。サアサア、駈け足駆け足。節季になつても払ふものがないから雪でも払つて行かうかい』 勝公は先に立つて道あけをする。梅ケ香姫の一行は雪道を踏みしめながら、転けつ輾びつ孔雀姫の隠家の前に近寄つた。 時公『オイ勝公、サアサアこれからが戦場だ。貴様先陣を承はつて先ず第一に孔雀姫に食はれるのだ』 勝公『ヤア俺は雪隠の端の猿食はず、俺の様な者が行つたつて孔雀姫は肘鉄砲だ。太鼓の様な印を捺した様なものだ。それよりも時さま、梅ケ香さまなら食つて欲しいと云つたでないか。孔雀姫に食はれるのも光栄だぜ』 時公『何が光栄だ。貴様の方が良く肥えてるわ、斯ういふ時には製糞器が調法だ。此頃は雪が降るので人通りが尠いから孔雀姫も飢ゑてかつかつとして待つて居る、誂へ向だ。其処へ勝公がやつて行けば、カツしては盗泉の水を飲むのだ。イヤ茲で一つ梅ケ香さまは除外例として四人が其犠牲者の選挙をやらうかい。当選した奴が犠牲になるのだ』 鴨公『一騎当千の勝さんに、行つて貰はう。人の選挙を頭痛に病んでも仕方がないからなあ』 かく無駄口を言ひながら、孔雀姫の館の前にピタリと行き着いた。梅ケ香姫は手真似で一同を制し、門の戸に耳を当てて中より洩れ来る微な声を聞き不審さうに首を傾けて居る。 勝公『モシモシ宣伝使さま、何を思案して御座る。何ぞ人の骨でも囓る音がいたしますかな』 梅ケ香姫『サア一寸合点がゆきませぬ、聞いた事のある様な声でウラル教の宣伝歌を歌つて居る様です』 勝公『ヤア夫れは妙だ。矢張りウラル彦の手下の曲神だな、ドレドレ勝さまが聞いて見ませう。梅ケ香さま一寸退いて下さい』 と云いながら門の節穴に耳を当てて、 勝公『アヽ聞えた聞えた、オイ、八公、鴨公、偉い事を云つて居るぞ。曲神といふ奴はエライものだ。何でも彼でもちやんと知つて居やがる』 鴨公『どんなことを云つて居るのだ。一寸聞かして呉れ』 勝公『聞かすも聞かさぬもあつたものかい。孔雀姫の奴が尖つた嘴をしやがつて、羽をパアと拡げて、カカカモヽヽ、カモコカモコ、イヤイヤヤツヤツ八公カモカ、八ツ下つて腰が空だ。カモト八とを一緒に食はうかククヽヽヽなんて、ほざいて居やがるのだ。タツタ今門がギーと開いたが最後、貴様二人は苦寂滅為楽、頓生菩提気の毒なりける次第なり』 鴨、八『アンアンアンアン、オンオンオンオン』 勝公『男らしくない、何を吠るのだ。見つともないぞ』 鴨公『天にも地にもたつた一つの御命、定めなき世と云ひながら今此処で命を取られると思へば之が泣かずに居られようか、泣いて明志の捨小舟取りつく島がないワイヤイ。アンアンアンアンアン』 八公『オーンオーンオーンオーンオーン』 勝公『アハヽヽヽヽ嘘だ嘘だ、鰹節が食ひたいと云つて居るのだ。鰹節は、即ち所謂、取りもなほさず、ヘン此勝さんだ。淡雪の様な肌でお月様の様な眉で緑の滴る様な目でオチヨボ口で此勝さまを食ひたいと仰有るんだい、イヤもう時節は待たねばならぬものだ。烏の嫁に孔雀姫だ、アハヽヽヽ』 鴨公『勝公の奴、人の胆玉をデングリ廻しやがつた。よう悪戯をする奴だ』 勝公『俺の言霊は偉いものだらう、悉く玉の宿換へをさす天下無比の言霊だよ』 時公『ドレ俺が一ツ聞いてやらう』 と又もや門口の節穴に耳を当てた。 時公『ヤアこいつは素的だ。鶯の様なハンナリとした涼しさうな、乱れ髪ではないが、云ふに云はれぬ、とくに解かれぬ門内の光景、成る程これでは此門前を通つた奴は、知らず識らずに酔はされて吸ひ付けられるのは当然だ』 (大正一一・三・一旧二・三藤津久子録) |
|
75 (1533) |
霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 20 醜の窟 | 第二〇章醜の窟〔四八七〕 梅ケ香姫は立上り、 梅ケ香姫『四方の山野を見渡せば雪の衣に包まれて 見るも清けき銀世界世界の曲や塵芥 蔽ひかくしてしらじらと表面の光る今の世は 何処も彼処もゆき詰る青きは海の浪ばかり 青木ケ原に現れませる神伊邪諾の大神や 木花姫の御教を照し行くなる宣伝使 乗りの友船人多く皆口々に囁きの 言の葉風に煽られて心も曇る胸の闇 闇夜を照す朝日子の日の出神の命もて 曲津の猛ぶコーカスの大気津姫のあれませる 雪積む山に向ひたる竹野の姫は如何にして 岩窟の中に捕はれし嗚呼我々は千早振 神の光を身に受けて黒白も分ぬ岩窟の 憂に曇る姉の君救ひまつらで置くべきか コーカス山の山颪何かあらむや神の道 踏み分け進む我一行時は来れり時は今 天の窟戸押し分けてコーカス山に集まれる 百の魔神を言向けむ言向和す皇神の 広き心の神直日恵の露も大直日 曲の身魂をスクスクに直日に見直し聞直し 宣り直させん宣伝使千変万化の神界の 神の御業を畏みて言霊清き琵琶の湖 渡りて進む五人連心竹野の姫の神 神を力に神嘉言讃美へて待てよ今暫し 暫し隠るる星影も雲たち退けば花の空 月は盈つとも虧くるとも虧けてはならぬ姉妹の 月雪花の桃の実は意富加牟豆美と顕はれて 黄泉戦に勲を建てたる如く今一度 天照神の御前に岩戸開きの神業を つかへまつらむそれ迄は虎狼や獅子熊の 醜の刃をかい潜り清き命を保つべく 守らせ玉へ金の神神須佐之男大御神 国治立の大御神三五教を守ります 百の神達八十の神松竹梅の行末を 厚く守れよ克く守れ下国民の血を絞り 膏を抜きて唯一人奢りを尽す大気津姫の 神の命と現はれしウラルの姫に附き纏ふ 八岐大蛇や醜狐醜の鬼神八十曲津 神の御息に悉く服ろへまつる今や時 アヽ時さまよ八さまよ牛馬鹿虎鴨さまよ 勇み進んでコーカスの山吹きまくる醜の風 皆一息に吹き払ひ祓ひ清むる神の国 神と国との御為に力を合せ身を尽し 鑿や鉋をふり捨てて神の道のみ歩みつつ 神の御魂の惟神霊の幸を受けよかし 進めよ進めいざ進め進めよ進めいざ進め』 と歌ひ了りぬ。 時公『八さま鴨さまどうだ。最前から随分噪いで居た大工さまの牛、馬、鹿、虎の四つ足、オツトドツコイ四人さまは、どうやら時さまの宣伝歌で帰順したらしいぞ。これも時の力と云ふものだ。貴様はいつも俺を、時々脱線する男だから時さまだナンテ、冷かしよつたがどうだ、時々功名を現はすたふとき尊とき時さまだぞ』 八公『何を偉さうに時めきやがる。たふときも尊ときも同じ事ちやないか。貴様クス野ケ原で梅ケ香姫のお洒落にかかつた時と、一つ目小僧に出逢つた時の状態は何だい。知らぬかと思つて法螺を吹いても、チヤンと此八さんは天眼通力で調べてあるのだ。八耳の八さまと云へば俺の事だ。この八さまにはどんな奴でも尾を捲くのだぞ』 時公『八はやつだが、負惜みの強い奴、悪い奴、法螺を吹く奴、困つた奴』 八公『コラコラ時さま、そらまだ八だない四つだ、八が四ツより無いぢやないか』 時公『八つ、四つと貴様の身魂が四つ足だからそれで合して八ツになるのだ。分らぬ奴だなア』 鴨公『アハヽヽヽ、コイツ気味が良い。胸がスツとした。何でもかでも、八かましうする奴だから、村の者が愛想を尽かして、厄介者扱ひにしとる位だから、コイツ余程酷い奴だ』 牛公『オイ、八さま、ギユウ牛云はされて居るな』 馬公『馬鹿野郎、状態見やがれ』 鹿公『シカられ通しにして居やがる』 虎公『トラれてばつかり居やがる、揚げ足と油を』 時公『時にとつての御愛嬌だ』 かく雑談に耽る折しも船は岸に着いた。船客一同は船を見捨てて思ひ思ひに雪の道を進み行く。松代姫の一行五人に牛、馬、鹿、虎を加へて九人連れ、宣伝歌を歌ひ乍らコーカス山目蒐け、人の往来の足跡をたよりに、谷間を指して進み行くのであつた。 満山一面の大雪にて、彼方の谷にも此方の谷にも雪の重さにポンポンと樹木の折れる音頻々と聞えて居る。 鴨公『ヤア、モーそろそろ日が暮る時分だ。そこら一面雪で明くなりやがつて、昼だと思つて居る間に、夜になつて仕舞ふのは雪の道だ。何処ぞこの辺に猪小屋でもあつたら一服して、都合がよければ一泊やらうかい』 八公『さうだ、俺も最前から宿屋を探して居るのだが、是から一里許り奥へ行けば、何百軒とも知れぬ、立派な家が建つて居るのだから、そこ迄無理に行く事にしよう』 時公『ヤア、待て待て、其処まで行つたら最早敵の縄張りだ。それ迄に一夜を明し、草臥を休めて、明日の元気を養ふのだ』 牛公『私は何時もこの辺を往来する者です。山の勝手は能く知つて居ますが、此谷は少しく右へ下りると岩窟がある。其処で一夜を明す事にしませうか』 時公『どうです松代姫さま』 松代姫『ハイ、宜敷からう、今晩は久し振で岩窟に逗留さして貰ひませうか』 と衆議一決して、牛公の案内につれ、小さい谷を目あてに進み行く。牛公の云つた通り二三十人は気楽に寝られる、立派な岩窟があつた。ここに一行は蓑を敷き、携へ持てる無花果を食つて、逗留する事になつた。 梅ケ香姫『アヽ都合のよい岩窟ですなア。此岩窟を見るにつけ、想ひ出すのは姉様の事、姉様が押し込められて居る岩窟と云つたら、こンなものでせうか』 牛公『滅相もない。コンナ結構な処ですか、この山奥には七穴と云つて、七ツの岩穴がある。さうしてその穴の中は、こンな平坦な座敷の様な処ぢやない。私も一ぺん這入つて見た事があるが、穴の中は真暗がりで、底が深くて、なんでも竜宮迄続いて居ると云ふ事で、あんな処へ入れられようものなら、ゆつくり腰を掛る事も出来やしない。両方が岩壁になつて居る。そこへ岩の尖に足を掛けて、細い穴を股を拡げて踏ン張るのだ。一寸居眠りでもしたが最後、底なき穴へ落込んで仕舞ふのだ』 時公『そんな穴が七つもあるのか』 牛公『さうです。此間も何ンでも淤縢山津見とか云ふ強い奴が出て来て、大気津姫を帰順さすとか云つて登つて来たところ、大勢の者が寄つてたかつて攻めかけたら、奴さま其穴の中へ隠れよつた。そこで大勢の者が寄つてたかつて岩蓋をピシヤーンとしめて、外から鍵を掛けた。それつきり百日許りになるのに何の音沙汰も無い。大方穴の底へ落つこつて死んで仕舞つたやらうとの噂だ。それから暫くすると、背のスラリと高い竹野姫とか云ふ小ン便使が、小ン便歌を歌つてやつて来た。そいつは日が暮て泊るところがないものだから、自分から穴の中へコソコソとはいつて行きよつた。馬鹿な奴もありや有るもんだなア』 馬公『オイオイ、さう口穢く云ふな。御姉妹が居られるぞ』 牛公『アヽさうだつたなア。その竹野姫と云ふ小ン便使様が、雪が降つてお困りと見えて、穴の中へコツソリとお這入遊ばした。さうすると大気津姫様の手下の悪神様が、「サア御出なさつた」と待ち構へて居らつしやつて、外からピシヤリと戸を御しめ遊ばした。竹野姫さまは中から金切声を立ててキヤーキヤー御ぬかし遊ばした。外からは悪神様が「サア斯うなつたら百年目だ、底無き穴へ落つこちて、クタバリ遊ばすか、飢ゑて御死に遊ばすか、二つに一つだ。是で吾々の御心配もとれて、マアマア御安心だ」と仰有つて………』 馬公『コラコラ、叮嚀に云ふもよいが、余り叮嚀過ぎるぢやないか。竹野姫様の事を御叮嚀に御話してもよいが、悪神の方は好い加減に区別せぬかい』 牛公『そンな融通の利く位ならカチ割り大工をやつたり、ウラル教の目付役をしとるものかい』 時公『牛さん随分現金な男だなア』 牛公『長い物には捲かれ、強いものには従ひ、甘い汁は吸へ、苦い汁は擲かせと云ふ世の中、人間は時世時節に従ふのが徳だからなア』 時公『お前等は今初めて聞いたが、ウラル教の目付役だと云つたね』 牛公『イーエ、ソラ違ひます。ホンの一寸口が滑つたのでモー牛上ました』 時公『イヤ、さうだなからう』 牛公『左様々々、さうだなからう』 松代姫『皆さま、モウ寝ませうか、サア、是から神言を奏上して、宣伝歌を一同揃つて上げませう』 時公『それは宜敷からう。併し今日は私に考へがありますから、籤引をして一に当つた者から、発声する事にさして下さい』 松代姫『時さまの御随意に……』 時公『サアサア、これから籤引だ。御婦人方は免除だ。男七人が籤引だ。一番長い奴を引いた者が発声するのだ』 と云ひながら草蓑の端を千切つて長短をこしらへ、 時公『サア、引いたり引いたり』 と六人の前へ突き出した。六人は争つて是を引いた。 時公『ヤア、牛公が一番長いのを引いたぞ。サア牛公、お前から宣伝歌の発声だ。アレ丈け船の中でも教へてあるなり、途々聞かしてあるから云へるだらう』 牛公『ハイハイ、確に云へます。一遍聞いたら忘れぬと云ふ地獄耳だから、何でもかでも皆覚えて居る。ソンナラ皆様今日は私が導師だ。後から附いて来るのだよ』 と云ひ乍ら牛公は宣伝歌を歌ひ始めた。 牛公『神が表に現はれて膳と茶碗を立て別ける この世で甘いは燗酒ぢや心持よき大御酒ぢや 唯何事も人の世は酒と女が一ツちよい 呑めよ騒げや一寸先や闇よ闇の後には月が出る』 一同『アハヽヽヽヽ』 鴨公『コラ牛公、貴様は矢張ウラル教だ。一寸先や闇だなんて吐きやがつて、宣り直せ。膳と椀とを立て分けるとは何だ。法螺事ばつかり云ひやがつて』 牛公『定つた事よ、大気津姫の家来だもの、食ふ事と、呑む事と、着る事より外には何もないのだ。その癖食つたり呑んだりする口から出るのだもの、食ふ事や飲む事を云ふのは当り前だ。サア、鴨とやら、もう一口云ふなら云つて見い。徳利の口ぢや、一口にやられるぞ。土瓶の口ぢや、二口と云ふなら云つて見い』 時公『エー、仕様のない奴だ。こんな処で洒落どころか、仕様がない、発起人の俺が導師になつて、宣伝歌を唱へるから、お前達や随いて来るのだ』 と云ひつつ宣伝歌を歌ひ始めた。一同は其あとに随いて歌つて居る。この時幾百人とも知れぬ足音が岩窟の外に聞えて来た。牛公は岩戸の隙間より一寸覗いて、 牛公『ヤア、御出た、御出た、是れ丈味方があれば何程時公が強うても大丈夫だ』 と口走つた。時公は、 時公『これは大変』 と牛公に当て身を喰はした。牛はウンとその場で倒れた。足音は次第々々に遠ざかり行くのであつた。 (大正一一・三・三旧二・五岩田久太郎録) |
|
76 (1541) |
霊界物語 | 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 | 28 二夫婦 | 第二八章二夫婦〔四九五〕 天之児屋根命は神籬を左より廻り合ひ、結婚式の歌を歌ひ始むる。 天之児屋根命『仰げば高し久方の青雲別けて三つ星の 御魂幸ふ霊鷲の山に現はれ大稜威 高彦神と現はれて黄金山に現れませる 埴安彦の開かれし三五教の宣伝使 四方の国民救はむと駱駝の背に跨りて アシの沙漠を打渡り広き河瀬を横ぎりて 雪踏みさくみ霜を浴び雨に風にと曝されて 噂に高きアーメニヤ曲の猛びを鎮めむと 心の駒に鞭撻ちて道もいそいそ膝栗毛 雪は真白に積り居て表は清き銀世界 中に包まる曲津見のウラルの彦やウラル姫 コーカス山に立籠り心も猛く荒鉄の 地を護れる三柱の神の宮居を太知りて 此世を詐る曲業を厳と瑞との言霊に 向和さむと来るうちウラルの彦の目付役 雲霞の如く出で来り有無を言はせず山腹の 七つの岩窟に投げ込まれ心を千々に砕きつつ 案じ煩ふ折柄に眠の神に襲はれて 暗き千尋の底深く水を湛へし岩底に 落ちて凍ゆる折柄にかすかに響く言霊の 光りに漸う力附き眼を開き眺むれば 我目の上になよ竹の雪にたはみし如くなる 手弱女姿の竹野姫詔る言霊に勇み立ち 力の限り岩壁を伝ひて漸く姫の前 来る折りしも傍の岩壁砕く物音に 驚き見詰むる間もあらず天の頭槌打振ひ 岩の戸割りて出で来る天の目一箇神司 此処に三人は巡り会ひ宿世を語る折柄に 表に聞ゆる足音は救ひの神か曲神か 様子如何にと聞き居れば忽ち開く岩戸口 立出で見ればこは如何に開く時世を松代姫 薫りゆかしき梅ケ香姫の貴命の宣伝使 石凝姥や時置師八彦鴨彦諸共に 廻り会うたる優曇華の花咲く春の嬉しさよ 心も勇み身も勇み珍の宮居に来て見れば ウラルの姫やヤツコスの神に従ふビツコスや 数多のクスの神迄が宴会の莚賑しく 列を乱して舞ひ狂ふ時しもあれや松代姫 二人の姉妹始めとし天の数歌歌ひつつ 声も涼しき宣伝歌詔らせ給へば曲神は 霊に打たれて雲霞逃げ行く後は春の日の 花咲く如き心地して茲に三柱大御神 祝ぎ奉れる折柄に神素盞嗚の大神の 大御言もて高彦は梅ケ香姫と末永く 縁を結びの神の前左り右りの順序をば 正しく巡り来て見れば互に合す顔と顔 神か人かは白梅の薫り目出度き姫の前 嗚呼美しきエー少女嗚呼美はしきエー少女 男と女の仲は千代八千代天と地との睦合ひ 表と裏との水火合せ神の鎮まる肉の宮 貴の御子をばさわさわに湯津玉椿繁る如 生み足はして天地の大百姓を生みなさむ 嗚呼エー少女エー少女嗚呼美しき汝が顔 嗚呼美しき汝が胸若やぐ胸を素手抱きて 手抱拱真玉手の玉手差纒[※「纒」は「纏」の異体字]き股長に 抱きて寝ねん豊の御酒うまらに委曲に聞し召せ 嗚呼美はしき神の道嗚呼美はしき神の御子 阿那爾夜志愛少女』 梅ケ香姫は又もや右より、撞の御柱に傚へたる神籬を廻り始め、歌ひ出したり。 梅ケ香姫『仰げば高し久方の高天原の天使長 桃上彦の神司末の娘と生れましし 妾は梅ケ香姫の神過つる春の上三日 年は二八の月の顔花の姿を雨風に 曝しつ出し姉妹の松竹梅の旅衣 聖地を後に立ち出でてエデンの河を渡らむと する時醜の里人に悩まされつつある折に 月照彦の神霊魂名も照彦と現はれて 松竹梅の姉妹を父のまします珍の国 珍の都へ送りまし親子夫婦は優曇華の 花咲く春の喜びに七日七夜を暮しつつ 又もや親子の生別れ高砂島を遠近と 教へ伝ふる折柄にハザマの森に差かかり 途方に暮るる折柄に心目出たき春山の 彦の命に助けられ茲に姉妹三人は 端なく巡り相生の松代の姫や竹野姫 鬼武彦に救はれて茲に目出度く目の国を 越えて黄泉の島に着き黄泉戦の戦ひに 大神津見と現はれし桃の三人の末の子の 吾れは梅ケ香姫の神金勝要の大神の 依さしの儘に今日の日に撞の御柱巡りつつ 喜び勇み来て見れば誉も高き高彦の 天の児屋根の神司天津祝詞の太祝詞 詔らせ玉へる言の葉は天津国土揺ぐごと 轟き渡る大稜威雄々しき聖き神の御子 嗚呼エー男エー男嗚呼美はしき珍の御子 神の命を畏みて幾久しくも限りなく 真玉手玉手取交し夫婦のちぎり心安の 心安国と鳴り響く汝が言霊に百草も 靡き伏すらむ鴛鴦衾男と女の水火の末永く 変らせ給ふ事なかれ神を力に真心を 杖や柱と頼みつつ神生み島生み人生みの 大神業に仕ふべし貴の御業に仕ふべし 嗚呼美はしき愛男子嗚呼美はしき愛女 花と月との夫婦連花は散らざれ幾千代も 月は円かれ何時迄も花月(鼻突き)飯の面白く 神の随意々々栄えかし神のまにまに栄えかし』 と繰返し繰返し歌ひ終つて、首尾好く結婚の式を終了しける。 天之目一箇神は撞の三柱を中に置き、竹野姫と結婚の式を挙ぐ可く、二人は左右より廻り会ひぬ。天之目一箇神の歌、 天之目一箇神『霊鷲山に生れませる神の教を白雲の 降居向伏す其きはみ白雲別と現はれて 三大教を開かむと神の造りし宣伝歌 歌ひて来る折柄にエデンの川の岸の辺に 五大教なる宣伝使石凝神に巡り会ひ 経と緯との御教を錦の機に織り成して 水も漏らさぬ三五の神の教と改めつ 言霊詔れる折柄に群がる人の中よりも 猛しき神の現はれて竹切れ持ちて我眼 骨も徹れと突きにける一つの眼を失ひし 我身の幸を嬉しみて天と地とに仰ぎ伏し 恵みを称ふ折柄にまたもや来る次の矢を 待つ間程なく東彦神の命に救はれて 後に残りし一つ目の神の命の宣伝使 神素盞嗚の大神の依さしの儘にアルプスの 珍の鋼鉄掘出して両刃の剣打ち鍛へ 国の護りの神実と仕へ奉りし今日の春 漸く心落着きて又もや神の御仰せ 銅鋼鉄アルプスの山に出でむとする時に 金勝要の大神の縁の糸に結ばれて 思ひも掛けぬ妹と背の契嬉しき神籬を 左り右りを過たず巡り来りて今此処に 人に勝れて矗々と背長延びたる竹野姫 醜の魔風をサラサラとさばくに敏き宣伝使 露の滴る眥や花の唇月の眉 嗚呼エー女エー女かかる女と末永く 契る八千代の玉椿貴の剣を鍛ふごと 身魂を鍛へ磨き上げ百世も千代も限りなく 水火と水火とを合せつつ天津御神や国津神 神の依さしの神業に仕ふる身こそ楽しけれ 仕ふる身こそ楽しけれ』 と歌ひ終り、竹野姫は神籬を右より廻りながら、 竹野姫『桃上彦の珍の御子松竹梅の三つ栗の 中に生れし竹野姫父の行衛を尋ねつつ 松と梅とに誘はれヨルの湊を船出して 朝日も智利の国を越え大蛇の船に乗せられて 珍の都の父の前思ひ掛けなき母神の 五月の姫に巡り会ひ親子五人は相見ての 言葉も籠る鴛鴦の妹背の契親と子の 逢ふ瀬を茲に楽しみつ又もや此家を伊都能売の 御祖を後に三柱は館を出でて遥々と 歩みも軽きカルの原ハザマの国や目の国を 越えて荒浪打渡り日の出神や木の花姫の 依さしの儘に黄泉島桃の実魂と現はれて 大神津見と称へられ黄金山を後に見て 又もや進む宣伝使鬼や大蛇や曲津見の 出るを幸ひ言向けつ心の色は紅葉の 明志の湖を打渡り雪は積めども黒野原 言霊響く琵琶の湖松竹梅の三つの島 我姉妹と振返り見返りながら寒風に 吹かれて漸うコーカスの雪の山路にかかる時 顔色黒き牛雲の捕手の群に取巻かれ 岩窟の中に入れられて出るに出られぬ籠の鳥 時世時節を待つ間に思ひも掛けぬ姉妹や 石凝姥の宣伝使力の強い時さまを 連れて此場に進み来る天の岩戸に潜みたる 竹野の姫は忽ちに此場に現はれ北光の 眼一つの神様と今一柱三柱の 皇大神を祭りたるコーカス山の山の尾の 顕しき国の宮の前ウラルの姫の曲事を 伊吹払ひて言霊の息吹き放てば雲霧と なりて逃げ行く可笑さよ胸の思ひも晴れ渡り 此処に三柱大神の御霊を仕へ奉る時 珍の神実造りたる両刃の剣夜昼に 鍛へに鍛へし北光の目一箇神の功績に 心の空は何となく三千年の桃の花 一度に開きし思ひしてかかる目出たき彦神を 一目見たやと思ふ内一目の神は現はれぬ 是れぞ名に負ふ北光の神の命と聞きし時 一目見るより村肝のかかる男神と末永く 契を結ぶ身とならばたとへ根の国底の国 魔神の猛ぶ唐野尾も何の物かはクス野原 現はれ出でし一つ目の大化物の姿より 千重も八千重も勝りたる姿優れし男振り 仮令眼は一つでも人目に触れぬ霊の目の 数多保たせ給ふなる鍛へに鍛へし北光の 剣の御魂や都牟刈の四方の醜草薙ぎ払ふ 神の姿ぞ雄々しけれ嗚呼エー男子エー男 眺めも尽きじ醜人は竹野の姫の竹の先 グサリと突いた目の光り光り輝き北光彦の 竹野の姫が附添うて汝が命の神業を 側目も振らず助くべし目出た目出たの一つ目の 北光彦の神司天の目一箇神様に 竹野の姫の起臥しに汝が身の妻と成り鳴りて 心の竹の有丈を君の御前に捧ぐべし 嗚呼エー男子エー男子嗚呼エー女エー女 男女の睦び合ひ竹野林の何時迄も 栄え目出度き松の御代五六七の代迄も変らざれ 五六七の代迄も変らざれ』 と歌ひ納め、三組の結婚式は目出度く終結を告げける。後は酒宴に移り、陪席の神々は面白き歌を詠み、此結婚を賑しにける。 (大正一一・三・四旧二・六谷村真友録) |
|
77 (1549) |
霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 03 蚊取別 | 第三章蚊取別〔四九九〕 イホの都の町外れ、国魂の祠の森に集まりたる群集は、直会の神酒に酔ひ、終に酋長および春公に向つて、棍棒を振つて四方より飛びかからむとする其時しも、闇を透かして宣伝歌聞え来たる。 (蚊取別)『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過は宣り直せ』 と声も朗かに唄ひながら、群集の中に悠々として進み来る一人の宣伝使、篝火に照されて、茹章魚の様な赭い顔に禿頭、腰つき可笑しく其前に現はれ、又もや以前の宣伝歌を繰返すのであつた。初公は大に怒り、 初公『コラ、何処の奴か知らぬが、善も悪も有つたものかい。章魚の様な面付しやがつて何だツ。折角の我々の面白い酒宴に茶々入れるのか。サア、マ一遍吐いて見ろ、量見ならぬぞ』 と右の肩を無理に聳やかし、凹目をギロツカセ、ヒヨロリ、ヒヨロリと宣伝使の前に現れ、ウンと許りに突き当つた。宣伝使は体を躱し、 宣伝使『ヤア、お前さんは此町のお方と見えるが、お酒は余り上らぬが良からう』 初公『ナヽ何だツ。お酒を上ろと上るまいと、放つときやがれ。何も貴様の酒を飲むだのでもなし、俺の酒を俺が勝手に飲むだのだ。此辛い時節に、自分の酒迄かれこれ云はれてたまるかい。貴様は何処の馬鹿者だ。オイオイ皆の奴、此奴は三五教だぞ。酋長も春公も同腹だ。二人叩くも三人叩くも同じ事だ。此奴が親分らしい。是から先へ、畳ンだ、畳ンだ』 宣伝使(蚊取別)『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 救ひの神の御教に心を覚せ目を醒せ 黒雲四方に塞がりて黒白も分ぬ闇の夜に 人の心を照さむと神の御言を畏みて 朝な夕なに山河を渡りて此処にイホの森 人声高しと来て見れば初めて会つた初彦が 酒の機嫌で熱を吹く吹くは吹くは法螺の貝 二百十日ぢやなけれども吹いたる後は良くないぞ 早く静まれ風の神弱い奴ぢやと附け込みて 肩臂怒らす可笑しさよ酒を飲むのはよけれども 酒に飲まれた初公のその足附は何事ぞ 恰も家鴨の火事見舞腰はフナフナ目クルクル 今に心を直さねば天地は暗く揺り動き 五穀実らず果物も残らず虫に落されて 眩暈が来るは目の当り頭を土に足上に のたくり苦む憐れさを誠の神は見捨て兼ね コーカス山に現れて此世を照す朝日子の 日の出神の御教を天地四方に宣べ玉ふ アヽ人々よ人々よ一日も早く速けく 酒に腐りし腸を天の真奈井の玉水に 洗つて神の御為に誠を尽せ皆尽せ 三五教は世を救ふ救ひの船は今此処に 我も昔は自在天大国彦に使はれて あらぬ罪をば作りたる曲津の神の住の家 腸を腐らす酒好み瓢を腰にブラ下げて ウラルの教を開きつつ生血を絞りし蚊取別 わけて尊き朝日子の日の出神に救はれて 心も魂も澄み渡り筑紫の島の守り神 純世の姫の神使悪を退け善に附き 身の罪科を天地に謝罪り悔いて元津祖 神の賜ひし真心に一日も早く帰れかし 畏き神の御教は水を洩らさぬ三五教 あな有難や尊しと共に手を拍ち皇神を 称へまつれよ百人よ』 初公『何だ、ベラベラと気楽さうに、訳も分らぬ事を吐きやがつて、それほど酒が喰ひたいのか、喰ひたければ此処に燗冷しがある。是でも一杯喰つて、もう一切り歌つて呉れ。貴様の姿は気に入らぬが、声と歌が気に入つた。サア、この燗冷しでもグツと飲むで、もう一切り歌つたり歌つたり』 蚊取別『イヤ、私は三五教の宣伝使、神様の神酒は戴きますが、皆様の飲みふるした余り酒は、平に御免を蒙ります』 初公『ナヽ何を吐しやがるのだ。ド乞食奴が、贅沢を云ふな。貴様の様な贅沢な奴が、此世の中にうろつくものだから、春公の奴、沢山に米や酒を倉にウンと持つて居やがつて、まだ御前らは贅沢なとか、世の中が其処まで行詰まつて居らぬから、倉を開くは早いとか吐きやがるのだ。悪い智慧をつけよつて、量見ならぬぞ』 蚊取別『それは大変な間違です。我々は贅沢を戒めに歩いて居るもの、聞き違つて貰つては困りますよ』 群集の中より又もや一人の泥酔者が、行歩蹣跚として此場に現れ来り、 男『コラコラ、初公、コンナ奴に相手になつて居るものだから、肝腎の酋長や春公の奴、知らぬ間に逃げて仕舞ひよつたぢやないか』 初公『ヨウさうだ。風を喰つて逃げ失せたか。イヤ、ナニ、彼奴の家へこれから押しかけて行かう。小さくなつて、倉の中へ逃込むで、鼠の様に俵に喰ひ附いて居やがるだらう。サアサア是から春公征伐だ。酋長も巻添だ』 蚊取別声を張り上げて、 蚊取別『ヤア、皆の方々しばらく御待ちなされ。我々が申上げたい事がある。キツト悪い事は云はぬ。御聞きになつたが皆様の為だらう』 初公『エー、何を愚図々々云やがるのだ。此棒で貴様の頭を蚊取別と胴突いてやらうか、貴様は燗冷しは嫌ひだと吐きやがつた。何ぼ燗取酒でも、こンな処で立派な燗酒が飲めると思ふか。冷酒でも結構だのに、何を不足さうに愚図々々云ふのだい。オイオイ皆の連中、行け行け、春公の家へ』 蚊取別は声も涼しく天の数歌を歌ひ、最後にウンと群集に向つて霊を送つた。初公、斧公の二人は化石の様になつて、其場でピタリと倒れた。群集は口を開けたまま、手を振り上げたまま、足を踏んばつたまま、立かけたまま、千種万態、化石の様になつて、目ばかりギロギロと動かし居る。此時祠の後より、 (三光の宣伝使)『神が表に現はれて善と悪とを立て別る 家を破るも酒のため喧嘩をするも酒のため 泣くも怒るも酒の為酒程悪い奴は無い 蚊取の別の宣伝使今や此場に現れて 酒に狂へる里人を各々に霊縛り アヽ勇ましや勇ましや神の力はまのあたり 四辺輝く篝火に照して見れば三五の 神の教を伝へ行く雄々しき姿の一人旅 心も堅き磐樟彦の神の命の三柱御子の 高光彦や玉光彦国光彦の宣伝使 君の勲を覗し見て心の底より愛でまつる アヽ惟神々々御霊幸ひましませよ』 と歌ひ乍ら三人の宣伝使は蚊取別の前へ粛々として現れ来たる。 (大正一一・三・六旧二・八岩田久太郎録) |
|
78 (1565) |
霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 19 呉の海原 | 第一九章呉の海原〔五一五〕 時置師神は牛公の投身したる海面に向ひて、暗祈黙祷しつつあつた。暫くあつて満面に笑を湛へ、悠々と元の席に返つて行くのであつた。馬公は小声になつて、 馬公『オイ鹿、虎、どうだ。三五教の宣伝使でさへも、牛公が海へ飛込むだのを見て、助けようともせず、愉快さうに、ニタリニタリと笑つて居つたぢやないか』 鹿公『ウン、さうだのう、偉さうに人を助ける宣伝使だと云つた処で、口許りだよ。どうでコンナ世の中になつて来れば……誠の者は薬にする程も無い……と云ふ神様の教通りぢや。大きな声で喋つて居ると、又どんな目に逢はせられるか知れやしないぞ。静にせい、静にせい、云ひたけら黙つてものを云ふのだよ』 馬公『黙つてものを云ふ事が出来るかい、手品師でもあるまいし』 虎公『出来いでかい、そこが以心伝心だ。目は口程にものを云ふと云ふ事がある。霊界物語にも耳で見て目で聞き鼻で物食うて口で嗅がねば物は分らぬ、と出て居る[※第1巻第24章の章末に記されている歌だが、そちらでは「物は」ではなく「神は」になっている。]ぢやないか』 馬公『そんな事はどうでも良いわ。マア静にしようかい。オイオイ時置師神が大きな目をむいて、ギロギロと見廻し出したぢやないか。どうやら御鉢が廻りさうだぞ』 と云ひ乍らクルクルと帯を解きかける。 鹿公『オイ馬公、貴様帯を解いてどうするつもりだ』 馬公『喧し云ふない、是には秘密があるのだ。手廻しだ』 虎公『手廻して何だい』 馬公『牛公の様に着物を着たなりで、飛び込むでもつまらぬから、時置師神が「コラツ」とやつて来よつたら、俺はチヤンと御先に此帯解き置かしの神様となつて、真裸のまま海の中へドブンだ。貴様等も用意せ、用意を』 時置師神は四辺キヨロキヨロ見廻しながら、三人の囁き話を聞き、 時置師『ヤアー、久しく逢はなかつた。御前等は牛公の同役、ウラル教の目附の馬、鹿、虎の三人ぢやないか』 虎公『トラ違ひます、シカと見て下さいませ、決してウマい事人を詐る様な、正直な男ぢや御座いませぬ』 時置師『アハヽヽヽヽ、其狼狽へ様は何だ、裸になつて居るぢやないか』 馬公『裸で物は落しませぬからなア。肝腎の一つより無い命を落しては約らぬから、まさかの時の用意に裸になつて置きませうかい。烈しい時津風が吹いて、舟が覆る様な事があつては耐りませぬから』 時置師『御前は確に牛公の連だらう、人間は正直にするものだぞ』 馬公『ハイハイ、ドウド許して下さいませ。正真の事を云つたら命がありませぬわ。今日の時節は、真実の事を云へば、悪い奴ぢやと云つて、酷い目に逢はされる世の中です。嘘が宝となる世の中、嘘から出た誠、誠から出た嘘、嘘か誠か、雨か風か、そこはそれ好い加減に操つて渡るのが当世の遣り方、決して決して此世の中に逆らう様な、悪い人間ぢや御座いませぬ。時世時節に従ふ善の遣り方、時さまに従ひます』 時置師『アハヽヽヽヽ、どこ迄もウラル教主義だなア』 鹿公『斯様斯う斯うシカジカの因縁によつて、しかも同じ国武丸に一蓮托生、袖振り合ふも他生の縁、躓く石も縁の端、団子食ふのも囲炉裡の框』 時置師『コラコラ何を云ふのだ、貴様の云ふ事は時々脱線するから困る』 鹿公『鹿り鹿り、時にとつての時さんへの御慰み、時世時節は恐いもの、この広い世の中、一つや二つ悪い事をしたつて、まさか時さまに遭遇すとは思はなかつた。アーアー広い様で狭いは此世の中だ、まだまだ狭いのは舟の中、も一つ狭いは腹の中』 時置師『ナカナカ能う囀る奴だなア』 鹿公『泣く鹿よりも泣かぬ螢が身を焦す』 時置師『シカタの無い奴だ。何だビリビリと震ひよつて』 鹿公『身体に憑いたる曲津神を震ひ落して居るのですよ。どうぞもう私の古い罪は、貴方もさつぱりと、是で見直し聞直し、都合がついたら、他の船にでも乗り直して下されば、大変に都合が好いのだがなア』 時置師『貴様は面白い奴だ、イヤ面黒い奴だ。まるで渋紙様の様な男だ。顔に渋味があつて一寸確りした目附役、捕手の役には持つて来いだ』 虎公『モシモシ時様、鹿公は最前から随分云うて居ましたぜ。それはそれは大変に云うてましたよ』 時置師『何を云うて居たのだ』 鹿公『ユフユフ自適、神様の有難い事を云うて居たのです。さうして三五教は結構な教立派な宣伝使が沢山ござる。中にも取り分けて御慈悲深い、神力の強い、男前のよい活神さまの様な宣伝使と云うたら、マー時さまの時置師神さまより外にはあるまい……と云うて御賞め申して居つたのですよ』 虎公『コラ鹿公、ユフユフ云ふない。モシモシ宣伝使様、鹿公のは嘘から出た誠でなくて誠から出た嘘ですよ』 鹿公『構ふない、虎の野郎、貴様は余程卑怯な奴だ。俺等二人はどうなつても好い、貴様一人助かりさへすれば好いと思ふのか。よし、それなら俺にも考へがある。モシモシ宣伝使様、この虎公と云ふ奴、コーカス山の八王から沢山の手当を貰ひよつて、実の処は貴方の後を追従て来よつたのです、其証拠には此奴懐に呑んでますぜ』 時置師『呑んで居らうが呑んで居るまいが、どうでも好いぢやないか』 虎公『モシモシ宣伝使様、私を能く了解して下さいませ』 鹿公『何を吐しよるのだ。そりや了解もして下さるだらう。宣伝使を何々しようと思うて、追従覘うて居る悪い奴だから、懐へ呑んで居ると云う事を、御了解して下さるワイ。蛙は口から、匕首が塞がらぬワイ』 かく話す折しも、舟の前面に見上げる許りの水柱立昇るよと見る間に、巨大なる亀の背に載せられて、牛公は嬉しさうに海面に浮むで来た。馬、鹿、虎一度に、 馬公、鹿公、虎公『ヤアー牛公が……助かつた』 (大正一一・三・一〇旧二・一二岩田久太郎録) |
|
79 (1566) |
霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 20 救ひ舟 | 第二〇章救ひ舟〔五一六〕 三五教の宣伝使時置師神の真心籠めし其祈りに、海の神も感じ給ひけむ、巨大なる大亀となり、海面に浮ばせ給うた。牛公は亀の背より時置師神に向つて、涙を流しながら合掌する。 時置師『アヽ、私のお祈りも、神様のお告の通り効験が顕はれて、命を助けられ帰つて来た。サア結構々々、早く此船に乗つたり乗つたり』 亀は船に向つて近づいて来る。時置師神は右手をグツと延ばし、牛公の背を猫を掴むやうな調子にてグツと掴むで船中に救ひ上げた。ゴボンゴボンと水音立てて亀は海中に姿を隠した。 時置師『牛公さま、竜宮が見度いと云つて居たが、見られたかな』 牛公『イヤ牛々見られる所か苦しくつて苦しくつて、二三遍も息の根が断れて了ひました。さうすると貴方様が海の底へ潜つて来て私の腰を確り握り、救ひ上げて下さつたと思へば亀の背、こんな有難い事は御座いませぬ。モウ牛牛公も今日限り二本の角を折りまする』 時置師『神様の有難い事が分つたら何より結構だ。オー、そこな鹿さま、馬さま、虎さま、お前達も一度竜宮へ往つて見たらどうだ。都合によつたら又俺が助けに往つてやらうも知れぬが、それは其時の都合だ。万一俺が助けに往かなくつても、因縁と思うて諦めるのだ。サア牛の次には馬かな』 と、グツと馬公の方に向つて猿臂を延ばす。 馬公『ウマウマウマ待つて下さいませ、それは余りで御座います。こんな事があらうと思つて、人の嫌がる目付役や捕手の役人をすつぱりと今日から辞めますと云つたのに、貴方はお前の天職だから辞めなと仰有つたぢや御座いませぬか。それだから私は捕手の役をして三五教の宣伝使を随分苦めたのですが、かう見えても従順な男、貴方の仰有る通り固く守つて来たものを、今更竜宮へやるとは胴欲だ。アンアンアン、オンオンオン』 時置師『アハヽア、此奴は妙な馬だ。世が変れば変るものだなア。ヒンヒンと云うて嘶く馬は沢山あるが、アンアンオンオンと云ふ馬の声は聞き初めだ。アハヽヽヽ、こんな嘶声をする馬は面白くないから、今度は同じ四つ足の鹿の番だ。鹿はカイロと啼くさうだ。かう見えても海には道がついて居る。海路があるのだ。鹿なれば海の中に放り込むでも滅多に困りはすまい。カイロウと思へば直ぐ帰れるから、船にさへも櫂艪がついて居る。サア鹿公、お前の番だぞ』 鹿公『馬は海馬と云つて海にでも棲むで居ます。虎は千里の藪でも飛び越えると云ふのですから、竜宮行は馬公か虎公が適任でせう。鹿と云ふ奴は山の奥に居る奴で、海は一向不調法で御座います。さうして今は春で御座います。春駒と云つて馬の時節、筍の出る春先は虎の時節、鹿は秋が時節、秋まで待つて貰ひませう。三五教の教にも、時世時節には神も叶はぬと仰有るぢや御座いませぬか。竜宮行をする者はシカクが違ひます』 時置師『アハヽヽ、面白い面白い、しかたがないなア、それなら思ひ切つて虎公かな』 虎公『モシモシ、私は不適任です。虎穴に入らずんば虎児を獲ずと云つて、山に穴を掘つて穴の中にこけついて居る代物ですから、竜宮行は性に合ひませぬ。ウミの父上母様は何処にどうして御座るやら、こけつ輾びつ探して見れば、人目に心奥山の、巌窟の中の佗住居、どうぞ許して下さいませ』 時置師『遉は虎公だ。名詮自称、とらまへどころのない事を云ふ奴だ。そんなら竜宮行はこれで免除してやらう。其代りに俺について来るのだ』 虎公『ハイハイ、竜宮行さへ止めさせて下されば、何処へでもお伴致します』 時置師『私の云ふ事は何でも諾くなア。張子の虎のやうにまさかの時になつて首を横に振りはせぬかな』 虎公『トラ御心配下さいますな、決して違背は致しませぬ』 時置師『これから橘島へ船が着いたら、あの島には大きな虎が棲居をして居る事は聞いて居るだらうなア』 虎公『トラもう昔の昔のトラ昔から聞いて居ります』 時置師『トラ昔と云ふ事があるか、去昔だらう』 虎公『十二の干支の寅の裏は申、丑のうらは未だから一寸表の方から申上げました』 時置師『橘島の虎の穴には大きな虎が二匹棲居をして居る。さうして此頃沢山の児を産むで居ると云ふ事だ。其児を捕まへに行くのが虎公の役だ。虎の児と虎公はいい釣合だ、虎穴に入らずんば虎児を獲ず、どうだ勤めるだらうなア』 虎公『トラ、モー、ニヤン、です、シカと、ウマくやれませぬワ』 月は西海に没し、久振にて東海の浪を割つて金色の太陽隆々と昇り来る。その光景は得も云はれぬ爽快と畏敬の念に打たれざるを得ざりしと云ふ。 宣伝使を初め船中の人々は、この太陽に向つて拍手再拝、口々に神恩を感謝する声天にも届くばかりなりける。 (大正一一・三・一〇旧二・一二加藤明子録) |
|
80 (1574) |
霊界物語 | 12_亥_天の岩戸開き | 28 三柱の貴子 | 第二八章三柱の貴子〔五二四〕 神代の太古、伊邪那岐命よりお産れ遊ばした天照大御神様、この神様は日の大神様と申上げて、本部綾部に御祀りしてあります所の神様であります。このへんから申上げます。 伊邪那岐命が 『筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐ケ原に於て禊身し玉ふ時、左の御目を洗ひ給ひて成りませる神の御名は天照大御神、次に右の御目を洗ひ給ひて成りませる神の御名は月読命』 といふことが書いて御座います。目といふものは吾々肉体から申しますると、右と左と両方に持ちて居りまして物を視るといふことの上に最も大切なものであります計りか、眼は心の窓と申します位重要なもので御座います。所が一歩進んで考へて見ますと、総てこの宇宙間に形を持つて居るものは森羅万象残らず目すなはち眼目といふものがなくてはならぬ。実際凡ゆるものに眼目があると云ふ事は吾人は常に之を認め得るのであります。姿こそ人間のやうな姿ではないけれど、他の動物に於てもこの眼をもつて居ります。禽獣虫魚草木の類に至るまで此眼のないものはありませぬ。また一つの文章を読みましても、この中にも必ず眼目といふものがあります。御勅語の中にも眼があります。 『皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ、汝臣民克ク忠ニ克ク孝ニ』 これが教育勅語の眼目であります。また戊申詔書には、 『淬礪ノ誠ヲ輸サバ国運発展ノ本近ク斯ニ在リ』 これが詰り眼になつて居る。その通り初め天地をお造りになるに当つても、この宇宙を治める為にはどうしても、眼といふものが必要であるといふので、そこで伊邪那岐命は天地の主をお創めになつたのであります。すなはち伊邪那岐命は、先づ天の主をこしらへたい、この霊界の主宰者をこしらへたいと思召しになりまして左の目を洗ひ給うた、この左の目といふのは日であります。太陽神であつて上である。右の目といふのが太陰神であつて下であります。言霊の天則から申しますと左は男、右は女と、これは既に神様の御代から定まつた掟である。然るにこの左の目を洗うてお生れになつたのが日の大神、天照大御神であつて、右の目を洗うてお生れになつたのが月読命、さうすると目からお生れになつたのは、変性男子女子でありました。左の目をお洗ひになつて直ぐお生れになつたのが変性男子の天照大御神でありました。これで詰り左を宇宙霊界とし、右を地球として、天上天下の君をお生みになつた訳であります。 『次に御鼻を洗ひ給ひしときに成りませる神の御名は建速須佐之男命』 はなは初めに成るの意義で即ち初めである。物質の元であります。花が咲いて而して後から実を結びます。人間の身体が出来るにつきましても、先づ胎内に於て人間の形の出来る初めは鼻である。それから眼が出来る。絵師が人間の絵を描きましても、その輪廓を描くのに何より先に鼻を描く、鼻は真中である。鼻を先へ描いて然る後に目を描き口を描いてそこで都合好く絵が出来るのである。この初めて出来た統治の位地にお立ちになるのが須佐之男命であります。俗に何でも物の完成したことを眼鼻がついたと申します。神様も此世界をお造りになつて、さうしてそこに初めて眼鼻をおつけになつたのであります。 『此時伊邪那岐命太く歓喜して詔り給はく』 愈天地が完全に出来たから、神様は非常にお喜びになつた。これまでに神様は随分沢山な御子達をお産みになつて居りますが衝立船戸の神様から十二柱ありました。その次に三柱お生れになつてをるので都合十五柱であります。男神様は我はかやうに沢山の子を産むだが、しかし今度の様な眼鼻になる所の子は初めてである。 『吾は御子生みて、生みの果に三柱の貴子得たり』 と仰せられまして、やがて、 『其御頸珠の玉の緒母由良に取りゆらかして』 即ちむかしの勾玉と申したやうな、高貴な人が飾りとしてかけて居つた頸珠であります。丁度今で申しますと大勲位章とか、大綬章とか、一等勲章とか云ふ意味の、曲玉のやうなのを掛けて居られたかと思はれます。 そこでこの玉を自分からお取り脱しになつて天照大御神にお渡しになつた。母由良にとりゆらかしてといふことは何でも非常に喜んで物を渡すときには、自然に手や身体が揺れる。一面から云へば揺つて渡す。頂くときにも亦揺つて頂く、今は然う云ふやうなことでは御座いませぬけれども、本当に嬉しいときには然うなつて来るのであります。さて之を揺りよい音鳴りをさせながら天照大御神に賜ひまして詔給はく、 『汝が命は高天の原を知らせ』 と高天原を主宰せよと仰せになつて珠をお授けになつたのであります。 『かれ其御頸珠の名を御倉板挙之神と申す』 此の御倉板挙之神といふことは、言霊学上から見ても、神様の方で申されまする暦――此世界には恒天暦、太陽暦、太陰暦の三つの暦が常に運行循環して居るのであります。で、此御頸珠をお授けになつたといふのは、所謂御倉板挙之神、即ち恒天暦、太陽暦、太陰暦をお授けになつたのであります。 『次に月読命に詔給はく「汝が命は夜の食国を知らせ」と事依さし給ひき』 右の眼よりお生れになつた月読命に夜の主宰をせよと仰せられた。知らせといふことは、大事に守護り能く治めよといふ意味で、太陰の世界を主宰せよと仰有つた。高天原は全大宇宙である。夜の食国は昼の従である。それで月読命はどこまでも天照大御神を扶けて宇宙の経綸に当れと、斯う云ふ詔であります。 『次に建速須佐之男命に詔給はく「汝が命は海原を知らせ」と事依さし給ひき』 須佐之男命は鼻からお生れになつた方であります。海原といふのは此地球上のことであります。地球は陸が三分の一しかありませぬ、三分の二といふものは海であります。で地球を総称して大海原と申すのであります。斯うして伊邪那岐命様は深いお考へから夫々其知ろしめす所を、各々にお分けになつて、汝は高天原を、汝は夜の食国を、汝は地球上即ち大海原を知ろしめせと、御神勅になつたのであります。今日は天照大御神の三代の日子番能邇々芸命が、どうも此お国が治まらぬといふので天から大神の神勅を奉じて御降臨になつて、地球上をお治め遊ばして、さうして我皇室の御先祖となり、其後万世一系に此国をお治めになつてあるのでありますが、それより以前に於きましては、古事記によりますと須佐之男神が此国を知召されたといふことは前の大神の神勅を見ても明白な事実であります。 『故各々依し給へる御言の随に、知らしめす中に、速須佐之男命、依さし給へる国を知らさずて、八拳髯胸前に至るまで啼いさちき』 須佐之男命は大神の仰に随つて地上に降臨遊ばされた。地上を治める為めに、お降りになりましたけれども、その時この地上は乱れて居つて、神代にも丁度今日のやうな世があつたものと見えます。で今日のやうに政治であらうが、宗教であらうが、教育であらうが、何から何まで一切のものが行き詰つて了うて、もう行きも戻りも上げも下しも出来ぬ様になつて居つた。それで須佐之男命様は、この世の中を安らけく平けく治めて大神を安堵させ奉る事が出来ないから非常にお歎きになつて、『八拳髯胸前に至るまで』長く長く髯が延びて胸前の所まで下つて来るまで御心配をなすつた。人といふものは髯を拵へたり髪を整へたり、いろいろのことをして、容貌を整へなくてはならぬけれども、此国を治めようといふ事に、余り御心配を遊ばしたのでありますから、知らぬ間にこの髯が八拳に長く伸びて居つたのであります。 『泣きいさちき』 といふのは、世の中の一切悉くのものが、もうどうしても、これから進むで行くとか、開けて行くとか、どうしたらよいかといふ方法がない、手のつけやうがないといふまでに非常に行き詰つて了つた状態を、お歎きになるさまに形容したのであります。 『其泣き給ふ状は』 どういふ工合であつたかといふと、 『青山を枯山なす泣き枯らし』 今まで山などの草木が青々と生ひ繁つて居たのに、世が行き詰つた為に枯れて了うた。枯らして了うた。山がすつかり一変して枯山となつてしまうた。これは今日の状態によつく似て居るではありませぬか。今まで十年計画、百年計画といふやうな風にいろいろな事業が企てられた。何会社が立つの、或は何事業が起されたと、無茶苦茶に四五年前から本年の春までは偉い勢で、好景気を謳歌して、青々とした山の如くに有頂天になつて居りましたが、青山がいつまでも天空につかへないが如くに、なんぼ木が伸びたつて天につかへる気遣ひのないやうに、一朝行きつまれば最早さう云ふ勢はすつくり枯れて了ふ。今年の春からこの方、元も子もなくなつて、青山は枯山になつた。どうしても伸びる方法もない、火の消えたるが如き有様になつて了つたのであります。 『河海は悉に泣き乾しき』 山が枯山となつたと同じく、河も海も悉く乾いて了うて、一滴の水もなくなつたといふのであります。今日の世の中に譬へて申しますれば、郵船会社とか、商船会社とか其他いろいろの海運業も追々と仕事がなくなつて二進も三進も行かなくなつた。すると此海河の労働仕事に従事して居るものは、稼殖の途のなくなるのは勿論、稼業に離れる、職に離れるといふことになつて来ると一家は子供に至るまで、悉く泣き乾しになる。最早や食ふ道がないやうになると、もう乾干になるより仕様がない。総て海に稼いで居る者も、河に従事して居る者も、其他一切のことに従事して居る者も、みんな泣き乾しになつて了うたのである。 『是を以て悪神の音なひ、狭蠅なす皆沸き、万の物の妖悉に発りき』 神代に於ても世が行き詰つて来れば、そこにいろいろの不祥なる事件が起つて来たものと見えます。 畏くも明治天皇陛下が、 『之ヲ古今ニ通ジテ謬ラズ之ヲ中外ニ施シテ悖ラズ』[※教育勅語の一節] と仰せられましたやうに、真理といふものは何れの時代にも適応するので御座います。既に古事記の明文にある所で御座います。今日の状態を考へて見れば、丁度此岩戸開き前の状態と克く似て居る。世がどん底に行き詰つて労働しようにも仕事がない、仕事がなければ妻子眷族を養ふことが出来ない。生活といふことが出来なくなるとそこで悪神の音なひとなり、いろいろの騒動が起つて来る、人間の心が荒んで来る。衣食足つて礼節を知る、今まで善い魂を持つて居つたものも、だんだん悪い魂の力に押へられて悪化して了ふ。食ふか食はぬか、死ぬか生きるか、喰うて死ぬか食はずに死ぬか、斯う云ふ苦しい立場になりますと、人心は日増しに悪化して善くないことが往々始まる。甚だしきは警察へ行つて御厄介になつた方が楽で、養なつて呉れて安全だといふものが出来る。監獄に入れば食はして呉れる、金銭はなくても可いといふ具合に自暴自棄的に悪神の音なひが始まる。此音なひといふのは、神様の御真意に背いた所の、いろいろの論説が出て来るといふので、あちらからも此方からも異端邪説が叢り起ることであります。然うした結果が、うるさい所の五月蠅のやうにブンブンブンといろいろの事が湧いて、 『万の物の妖悉に発りき』 一切のものに災禍が起つて来る。外交の上に於きましても、内治の上に於きましても、商工業の上にも、一切万事、何も彼にも、世の中のありと凡ゆるものに向つて、みな災禍が起つて来るのであります。そこで天から伊邪那岐大神が之を御覧になつて、 『速須佐之男命に詔給はく』 仰有るのには、 『何とかも、いましは、事依させる国を治さずて泣きいさちる』 そなたは、此大海原の国を治めよと言うてあるのに、何故それを治めぬのか、世の中を斯う云ふ難局に陥らせたのか、何うして騒がしい世の中として了うたのか、と大変にお責になつたのであります。すると須佐之男命は、誠に相済まぬ事であります。兎も角これは私に力が足らぬからであります。私が悪いのでありますとお答へになつた。併し斯うなつて来ては如何なる人が出て来ても、此時節には敵はない。治まるときには治めなくても治まるが、治まらぬときに之を治めるといふ事は難かしいものであります。人盛んなれば天に勝ち、天定まつて人を制す、悪運の強い時には如何なる神もこれを何うも斯うもする事が出来ない。艮の金神様も此時節の勢には敵はぬと仰せられて、それで三千年間あの世に隠れて、今日の神政成就の時節を待つて、現在に顕はれ天の大神様の御命令を奉じて、三千世界の立替立直しをなさらうといふのであります。大神様でさへもさう仰せに成るのでありますから、況して須佐之男命が大変に行き詰つた地上を治めようとなさつてもどうして治まらう筈がありませう。然らば何故須佐之男命御一人では治まらないのであるかと申せば、それは今日文武百官がありまして、亦た政党政派が互に相争ひ、一方が斯うすれば一方が苦情を持ち出して思ふやうにならぬ如く前に申しましたやうに既にいろいろの神様達が沢山あつて、其神々様が各自に天津神の御心を取り違へて、所謂体主霊従に陥つて居られたので、一人の須佐之男命がどれ程誠の途を開かうとなすつた所で、更に耳に入れるものがない、各自に勝手な真似をなさる。丁度強情な盲と聾との寄合のやうであります。そこに千仭の谷があつても盲は顛覆へるまでは知らぬ顔をしてをる。どれ程雷が鳴つても聾は足下に落ちるまでは平気である。それに強情を張つて誰が何と注意しても聴かない。神代の人もそのやうに体主霊従で、どうしても命の命令を聴かなかつた。それで須佐之男命は、これは取りも直さず自分の責任である、自分の不徳の致す所である、到底自分の力では及ばないのであると、自らをお責めになつて、 『あは妣の国、根の堅洲国に罷らんと思ふが故に泣く』 私はもうお暇を頂いて、母の国に帰らうと仰せられたのであります。根の堅洲国と申すのは母神の伊邪那美命がおいでになつてゐる所であります。尤もこれまでの或る国学者達は根の堅洲国といふのは地下の国であると云つて居りますが、併し一番に此伊邪那美命は月読命と同じく月界に御出でになつたのでありますから、月界を根の堅洲国と言つたのであります。で須佐之男命は自分の力が足らないのである、不徳の致す所であるからして自ら身を引いて、根の堅洲の国へ行かうと仰有つて、一言も部下の神々の不心得や、其悪い行状を仰せられなかつた。如何にも男らしい潔白なお方で御座います。所が伊邪那岐命は非常に御立腹になつた。 『然らばみまし此国にはな住みそ』 其方のやうな此海原を治める力量の無いものならば、二度と此国に住むではならぬ。勝手に根の堅洲国へ行つたがよからう。一時でも居つてはならぬぞとお叱りになつたけれども、伊邪那岐命は須佐之男命の心中は疾くに克く御存知である。自分の子がどうして此国を治める事が出来ないか、どうして自分の珍の児の言ふことを万の神々が聴かぬか、腹の底では充分に御存知でありますが、それを彼此仰有らない。心の中には千万無量のお悲しみを持つて居られまするけれども、他に多くの神々に傷をつけるといふことは考へ物である。それで須佐之男命に刑罰を与へて罪人としたならば、その他の八百万の神、これに随いて居る所の神等はそれを見て皆改心するであらう、その悪かつたことを悟るであらうと思召して大神様は自分の子を罰せられたのでありまして、普通の者の出来難いことで御座います。その広大なるお情深い御心は、誠に勿体ない次第でありませぬか。此須佐之男命を罪に問うたならば、あれこそ吾々の為めに罪せられたのである、誠に済まないことであるから、吾々は悔い改めて本当の政治をしなければならぬ、改心を早く致して命の罪を赦されむ事を八百万の神々が思ふであらうと思召して伊邪那岐命は此処置をお取り遊ばしたのであるが、矢張体主霊従に陥られた八百万の神達は容易にそれがお解りにならず、あれは当然である、政治の主権をあんな者が握つて居つては国の治まらう筈がない、あれが居なくなれば又善い神様が来るに違ひない、否吾々の力で充分に世を治めようといふやうな頗る冷淡な間違つた考へを有つて居つたのであります。寔にこんな世の中を治めようとするには並大抵の事ではないので御座います。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・五再録谷村真友録) |