| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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21 (2639) |
霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 10 鬼涙 | 第一〇章鬼涙〔一四一八〕 アーシスは治国別の歌に対し、自分とお民との結婚を承諾したりとの意を歌を以て答へたりける。其歌、 アーシス『科戸の風もフサの国猪倉山の山麓に 群がり立てる玉置郷テームス館に使はれて 朝な夕なに家政をば統轄したるアーシスは 賤しき首陀の胤ならず由緒も深きビクの国 左守の司のキユービツトが其落胤と聞えたる 此世を忍ぶ独身者治国別の宣伝使 神の御言を蒙りてビクの国をば知召す 刹帝利様や左守司父の危難を救ひまし 神の宮居を建て玉ひ又もや此処に現はれて スミエル嬢やスガール嬢道晴別やシーナ迄 救はせ玉ひし有難さ旭は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共星は空より墜つるとも テームス一家を救はれし此高恩は何時の世か 忘るる事のあるべきぞ賤しき下女と住み込みし お民の方の系統も矢張りビクの国生れ 左守司の家系より秀れて高き人の子と 生れ出でたる珍の御子チヌの里なる卓助が 里子となりて世を送る果敢なき身にも荒風の 吹き荒び来て両親は最早あの世の人となり よるべ渚の捨小舟彼方此方と彷徨ひて 艱みの果ては今茲にテームス館の下女と迄 なり下りたる痛ましさお民の素性を知るものは アーシス一人を除いては今迄誰もあらざりし かくも尊き人の子と生れましたるお民さま 如何なる神の取持か吾れと妹背の契をば 結ばせ玉ふ事となり首陀の館で合衾の いよいよ式を挙げむとは思ひもよらぬ二人仲 ああ惟神々々イドムの神が現はれて 治国別に懸りまし吾等が素性を委曲に 明かさせ玉ひし尊さよさはさり乍ら吾々は 世に捨てられし日蔭者二人の父は坐しませど 名乗らむ術もなくばかり歎ち暮した苦しさも 今は漸く薄らぎて暁告ぐる鳥の声 旭間近き心地せりああ惟神々々 皇大神や治国の別の司の御前に 畏み畏み真心を捧げて感謝し奉る』 お民は歌ふ。 お民『神の恵も足乳根の父と母とはあり乍ら 浮き世の雲に隔てられ名乗もならぬ身の因果 雲井に高き刹帝利ビクトリヤ王の珍の子と 生れ出でたる吾身なれ共后の宮の御憤り いと烈しくましましければ母の皐月と諸共に フサの御国の山野里チヌの村なる卓助が 館に母子預けられ悲しき浮世を送りしも 月に村雲花には嵐吹き荒ぶなる世の中の ためしに漏れず養ひの父は此世を早く去り 母と妾は味気なき月日を山の畔に送る折しも バラモン教の軍人夜陰に乗じて入り来り 雨戸を蹴立てて踊り入り妾と母を取り違へ 凱あげて連れ帰りしが老いさらばひし母上と 知るよりも情を知らぬ悪神は 悔しや恋しき母上を野中の井戸へ蹴落として 玉の緒の命を奪ひし恨めしさ妾は後に残されて 彼方の家に三日四日永きは五日と彷徨ひつ どこの家でも追ひ出され漸々ここにテームスの 主人の君に助けられ水仕奉公を励む折 天の八重雲かき分けて降りましたる神の教の司たち 主人の家の愛娘スミエル姫やスガール姫を 救ひやらむと雄健びし魔神のたけぶ猪倉山を駆け登り 出で行きませし其後に妾は両手を合しつつ 凱あげて帰ります生日の吉き日を待つ折もあれ 軍の君を引率れて四人の人を助けつつ 帰らせ玉ひし嬉しさよ神の司の其中で 恋に心を焦したる万公別の神司 神の仕組か知らね共忽ち主人となりすまし 上から下まで気を付けて竃の下や鍋の蓋 彼方此方の拭掃除火を焚くわざ迄懇に 教へ玉ひし有難さうるさい事はなけれ共 何だか知らぬがゴテゴテと言はるる度に気が立ちて 遂には思はぬ灰神楽どこも彼処も泥の海 足踏む場所もなき迄に汚れたるこそ是非なけれ 折角心を尽し身を尽し漸く煮えた飯さへも 喉を通らぬ灰まぶれハツと顔をば赤らめて 胸を痛むる折もあれアヅモス司現はれて 又いろいろと御教訓虫の居所悪かりしか フエル奴と謀らひて栄螺の如き拳を固め 所かまはず打ち据ゑ嘖み居たる折もあれ アーシス司は忽ちに此場に現はれ来りまし 荒れ狂ひゐたる両人を手もなくグツと押へつけ 救ひ玉ひし有難さ情は人の為ならずと 世の諺も目のあたり夫れより妾はアーシスの 司を尊み敬ひて世が世であらば吾夫と 仕へむものと村肝の胸をば焦がす折もあれ 今日は嬉しき三五の神の司の治国別が 尊き聖き勅り妹背の道を契れよと 教へ玉ひし言の葉を慎み畏み諾ひて いとしき司のアーシスと茲に目出たく婚姻の 儀式を結ぶ事の由確に諾ひ奉る ああ惟神々々上は大国治立の大神を始めとし 縁を結びの神柱金勝要の大御神 イドムの神と現れませる神素盞嗚の大神の 貴の恵を慎みて感謝の詞奉る ああ惟神々々御霊の恩頼を賜へかし』 鬼春別は一杯機嫌になつて、今迄遠慮してゐた心が稍太くなつたと見え、銅羅声を張上げて歌ひ始めたり。 鬼春別『吾れは大国彦の神大国別に仕へたる バラモン教の大棟梁大黒主の部下となり 三五教の本陣と世に聞えたる斎苑館 只一戦に屠らむと数多の軍兵引率し 山野を渡り谷川を越えて漸く枯尾花 茂り合ひたる浮木の里に広き陣屋を造りつつ 久米彦片彦将軍を先鋒に立てて戦況を 窺ひゐたる折もあれ治国別の神司 厳の御水火に打出す其言霊に肝打たれ 脆くも破れ逃げ帰る其浅ましき態を見て とても叶はぬ此戦進みもならず退きも ならぬ苦しき破目となり三千余騎を従へて 浮木の陣屋を立ち別れライオン河を横切りて 古き尊きビクの国ビクトル山の麓にて 又も陣屋を構へつつ軍を進むる折もあれ 魔性の女に欺かれ遠く逃げ行く大原野 シメジ峠を乗越えて猪倉山の岩窟に 城を構へて遠近の国を従へ靡かせつ バラモン国を建設し一旗挙げむと思ふ折 心の曲に誘はれてテームス館の二人の娘を 家来の者に言ひつけて攫ひ帰らせいろいろと 脅しつすかしつ掛合へど気丈の女どこ迄も 操汚さぬけなげさに舌を巻きつつ久米彦は 執念深くも吾物となさむとあせり一室に しまひおきたる時もあれ道晴別の神司 シーナを従へ出で来り言霊車押出せば 流石の勇士も驚いて右往左往に散乱し 周章狼狽其果ては一先づ四人を岩窟の 千尋の底に投げ堕し言ふにいはれぬ無礼をば 加へし事の恥かしさ治国別の一行に またも攻められ吾々は執着心の夢も醒め 三千余騎の兵士を瞬く内に解散し 四人の真人を送りつつ漸く此処に来て見れば 豈計らむやフエル、ベツトの両人が御庫の中に押込まれ 苦みゐたるぞ不思議なれ悪虐無道の将軍も 神の光に照されて今は誠の人となり 此家に仇せし身乍らも治国別の御影にて 目出たき今日の宴席に恥を忍びて列るも 縁の糸のどこ迄も結ぼれゐたる為ならむ ああ惟神々々直日に見直し聞直し 宣り直されてテームスよベリシナ姫よ二人の姫御子 汝に加へし嘖みの罪を赦させ玉へかし 旭はてる共曇るとも月は盈つとも虧くる共 一旦神に目醒めたる鬼春別はどこ迄も 誠の為に身を尽し世人を救ふ真心に 復りてテームス夫婦が身の幸を朝な夕なに祈るべし 赦させ玉へ惟神神に誓ひて詫びまつる』 と歌ひ了り、一同に向つて恭しく感謝した。されど疑深きテームス夫婦は、鬼春別が心の底よりの悔悟も謝罪も信ずる事が出来なかつた。それ故夫婦は此歌に対しても、一言の答さへせなかつた。此外久米彦、スパール、エミシなどの歌も沢山あれ共、余り長ければ是れにて言霊車を停止する。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・三旧一・一六於竜宮館松村真澄録) |
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霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 07 高鳴 | 第七章高鳴〔一四三七〕 七重八重言葉の花は咲きぬれど実の一つさへなき山吹の 花にも擬ふ教へ草インフエルノのどん底に 霊魂の籍をおきながら底津岩根の大神の 誠一つの太柱此世を救ふ義理天上 日の出神の生宮と信じ切つたる高姫は 如何なる尊き御教も吾魂に添はざれば 一々これを排斥し変性男子の生御霊 書かせ給へる御教を所まんだら撰り出し 自が曇りし心より勝手次第に解釈し 其身に憑る曲霊に身も魂も曇らされ 唯一心に神の為め世人のためと村肝の 心を尽すぞ果敢けれ妖幻坊の杢助に 魂を抜かれて中空より印度の国のカルマタの 草茫々と生え茂る原野に危く墜落し 其精霊は身体を首尾よく脱離しブルガリオ 八衢関所に到着し赤白二人の門番が 情によりて解放され天の八衢遠近と 彷徨ひ廻りて岩山の麓に庵を結びつつ 冥土へ来る精霊を三途の川の脱衣婆の 気取になつて点検し一々館へ連れ帰り 支離滅裂の教理をば口角泡を飛ばせつつ 一心不乱に説き立てる其熱心は天を焼き 地を焦がさむず勢に遉慈愛の大神も 救はむよしもなきままに三年の間高姫が 心のままに放任し眼を閉ぢて自ら 眼醒むる時を待ち給ふかくも畏き大神の 大御心を覚り得ず吾身に憑る精霊は 至粋至純の神霊日の出神の義理天上 底津岩根の大神と曲の霊に騙られ 信じ居るこそ憐れなり八衢街道の真中で ふと出会した四人連れ言葉巧に誘ひて 己が館へ連れ帰り心をこめて天国へ 救ひやらむと気を焦ち力を尽す高姫が 心を無にしてバラモンのヘルやケリナが反抗し 互に顔を睨み鯛小さき部屋に燻つて 白黒眼をつり居たる時しもあれや表戸を 叩くは水鶏か泥坊か但は嵐の行く音か 何は兎もあれ門口に現はれ実否を探らむと 四人の男女を睨みつつ庭に下り立ち表戸を ガラリと開ればこは如何に髯茫々と生え茂る バラモン教の落武者が泥坊仲間の親分と 聞くより高姫目を瞠り神の教の言霊に 誠をさとし助けむと心を定めて誘ひ入れ 四人の前に引き来るああ惟神々々 神の御霊の幸倍ひて一時も早く高姫や 其外五人の精霊を一日も早く大神の 誠の教に服はせ救はせ給へと願ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 誠の道を誤りし虚偽に満ちたる高姫が 教を如何に布くとても正しき神の在す限り 如何でか目的達すべきさはさりながら善人は 愛と善との徳に居り真と信との光明に 浴し仕ふるものなれば善悪正邪は忽ちに 心の空の日月に映ろひ行けど曲津見に 心を曇らす精霊は却て悪を善となし 虚偽をば真理と誤解して益々狂ふ憐れさよ 三五教のピユリタンと救はれきつた精霊は 如何でか曲の醜言に尊き耳を傾けむや 眼は眩み耳ふさぎ霊の汚れし精霊は 霊と霊との相似より蟻の甘きに集ふごと 喜び勇み集まりて虚偽と不善の教をば こよなきものと確信し随喜渇仰するものぞ ああ惟神々々神の大悲の御心を 量りまつりて万斛の涙は河と流れゆく 此河下は三途川脱衣婆々と現はれて 現幽二界の精霊が心を洗ふヨルダンの 流れを渡るぞ憐れなる此惨状を逸早く 救はせ給へと瑞月王仁が謹み敬ひ三五の 神の御前に赤心を捧げて祈り奉る。 高姫は今来た男に向ひ、穴のあく程其顔を打ち見守りながら、 高姫『ヤアお前の面体には殺気が溢れて居る。大方泥坊でもやつて居るのぢやないかな』 男(ベル)『是はしたり、此処へ這入るや否や泥坊とは恐れ入ります。成程貴女の仰有る通り、吾々は元からの泥坊では厶いませぬ。月の国ハルナの都に現はれたまふ大黒主の御家来、鬼春別のゼネラルのお伴を致し、斎苑の館へ進軍の真最中、将軍の部下片彦、久米彦が三五教の宣伝使治国別の言霊に脆くも打ち破られ、浮木の森に引き返し来りたれば、此処に軍隊を二つに分ち、一方は鬼春別、一方はランチ、各三千騎を引き率れ、ビクの国を蹂躙し、次で猪倉山に陣営を構へ、武威を八方に輝かす折しも、又もや治国別の神軍に踏み破られ、鬼春別、久米彦の両将軍は三五教に帰順致され、吾々は解散の厄に遇ひ、心にも無き剥ぎ取り泥坊を彼方此方でやつて居るもので厶る。併し私が泥坊だと云つてお前さまに咎めらるる道理はありますまい。泥坊は泥坊としての最善を尽し、其商売の繁昌を計つて居るのだから泥坊呼ばはりはやめて貰ひませうかい。此方が泥坊なら此処に居る四人も泥坊だ。其外世界の奴は直接間接の違ひこそあれ泥坊根性の無いものはない。いや泥坊根性の無いものは無いのみならず、藁すべ一本なりと泥坊せないものは何奴も此奴もありますまい』 高姫『オホホホホ。泥坊にも三分の理窟があるとか云つて、どうでも理窟の付くものだなア、併し乍らお前のやうに泥坊を自慢らしく云ふものは聞いたことがない。些と恥を知りなさい。それだから神様が「今の人間は天の賊だ、泥坊の世の中だ」と仰有るのだ。遠慮してコソコソやつて居るのなら可愛らしい所もあるが、大きな声で泥坊だと威張り散らすやうになつてはもう世も末だぞへ。そこで底津岩根の大神様が今度立替を遊ばし、鬼も大蛇も賊もないやうになさるのだよ。お前も好い加減に改心なさらぬと未来の程が怖ろしいぞへ』 ベル『アハハハハ。諺にも「猿の尻笑ひ」と云ふ事がありますぞや、吾々は泥坊といつても、唯金銭物品を泥坊する許りだ。それよりも大泥坊、否天の賊が此処に一人あるやうだ。鬼の念仏はこのベル、根つから聞きたうは厶いませぬわい』 高姫『天の賊が此処に一人居るとはそれや誰の事だい。お前は私の顔を睨めつけながら天の賊と云ふた以上は、誠生粋のこの生宮を取り違ひして天の賊と云つたのだらうがな』 ベル『勿論お前の事だよ、よく考へて御覧なさい。変性男子厳の御霊の生宮が、大国常立尊の伝達遊ばした神示を、そつと腹に締め込み、それを自分の物として横領して居るぢやないか。そして自分は義理天上だとか、底津岩根の大神の生宮だとか云つて得意になつて居るのは実に天地容れざる大罪悪、大虚偽もこれに越したるものはあるまい。それだからこのベルが大泥坊天の賊と云つたのが、どこに間違ひが厶るかな、不服とあらばベルの前で説明をして貰ひませう』 と胡床をかき言葉鋭く詰よつた。 高姫『ホホホホホ。ても扨ても分らぬ男だな、善一つの誠生粋の日本魂の、根本の根本の此世の御先祖様の憑らせたまふ生宮に対し泥坊呼ばはりをするとは無智にも程がある、お前のやうな盲聾が娑婆を塞いで居る以上は何時になつても神政成就は出来ませぬわい。何と云ふても霊が地獄に堕ちて居るのだから、人の眼についている塵は目についても己の眼にある梁は目に入らぬと見える、これシャル、六造、この二人の男を見て改心なされや。今が肝腎の時で厶いますぞえ。人民の分際として善ぢやの悪ぢやのとそれや何を云ふのぢや。三五教の教にも「神が表に現はれて、善と悪とを立て分ける」とお示しになつて居るぢやないか。神様の外に善と悪とを立て分けるものは無い。それも根本の弥勒様より外に立分ける者は無い、枝の神では出来ない、それだから根本の神様の御用をする此高姫の言ふことは大神様の御心だから、お前の心に合はなくてもこの高姫の云ふ通り素直になして行ひを改めさへすれば、現界、神界、幽界、ともに結構な御用が出来ますぞや』 六造『高姫さま、何と仰有つても私にはテンと信用が出来ませぬがな、お前の御面相を最前から考へて居るが、ちつとも神様らしい所が現はれて居りませぬ。表向にはニコニコとして厶るが、その底の方に何とも云へぬ険悪な相や、憎悪の相が現はれて居りますぞや。「人間の面貌は心の索引」とか云ひまして、何うしても内分は包む事は出来ませぬ、きつと外分に現はれて来るものですからなア』 高姫『アーアー、何れもこれも分る霊は一人も無いわい。神様も仰有つた筈だ「誠の人が三人あつたら三千世界の立替立直が出来る」との事、今更其お言葉を思ひ出せば実に感歎の外はない。私も長らくこれ程一生懸命に神様の為め、世人の為め、粉骨砕身の活動をして来たが未だ一人の知己を得る事が出来ないのか、情なや情なやほんに浮世が嫌になつて来たわい』 シャル『もし高姫様、私はどこ迄も貴女のお言葉を信じます。貴女は本当の根本の大神様の生宮様に間違ひはありませぬ。何卒私を貴女のお弟子にして下さいますまいか』 高姫『オホホホホ。成程お前は何処ともなしに気の利いた男だと初から見込んで置いた。矢張り日の出の神の目は違はぬわい。これ皆の泥坊共、高姫の申す事でも誠さへ心にありたら、このシャルの通り一遍に腹へ入りますぞや。分らぬのはお前の心が曇つて居るからであるぞや。ちと御改心なされ、足許から鳥が立つぞや』 斯る所へ何処ともなく、ブーウブーウと山彦を轟かす法螺貝の声近づき来る、ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・一四旧一・二七於竜宮館二階加藤明子録) |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 06 金酒結婚 | 第六章金酒結婚〔一八一二〕 守宮別はお花と共に、お寅の霊城を逃げ出し七八町来た横町のカフエーに入り、此処迄落ち延びれば先づ安心と、コツプ酒をきこし召すべく、嫌がるお花の手を引いて無理に奥座敷へ通り、 守宮別『オイ、女房、イヤお花、肝腎の祝言の盃の最中に、お寅の極道が帰つてうせたものだから、恰度百花爛漫と咲き匂ふ花の林に、嵐が吹いたやうなものだつた。殺風景極まる。折角お前の注いで呉れた酒を膝の上に澪して仕舞ひ、気分が悪くて仕様が無いから、改めて此処で祝言の心持で一杯やらうぢやないか』 お花『如何にも、妾だつて貴方の情のお汁のお神酒があまり慌てたものだから皆口の外に溢れて仕舞ひ、三分の一も入つてをりませぬわ。ここ迄来れば大丈夫です。悠くりとやりませうか。一生一代のお祝ですからなア。併しお寅さまが後追つかけてでも来たら、一寸困りますがなア』 守宮別『ナアニ、尻餅ついて気絶して居るのだもの、滅多に来る気遣ひは無い。もし来たつて何んだ。夫婦が盃をして居るのにゴテゴテ云ふ権利もあるまい。そんな事に心配して居ては悪魔の世の中だ、一日もぢつとして居られ無い。神様のお道もお道だが、人間は衣食住の道も大切だから、吾々も夫れ相当にやらねばならぬからなア』 斯く話して居る所へカフエーの給仕が真白のエプロンを掛け、コーヒーを運んで来て、 女中(給仕)『モシお客さま、何を致しませうかなア』 守宮別『ウン、先づ第一にお酒を一本つけて呉れ。さうして鰻の蒲焼に鯛の刺身、淡泊した吸物に猪口を一つ手軽う頼むよ』 女中『芸者はお呼びになりませぬか、何なら旦那さまに適当な別品が厶いますよ』 守宮別『ウーン、さうだなア』 女中『モシお母さま、粋を利かして上げて下さいな。何と云つても、まだお若いのですからな。芸者が無いとお酒が甘く進みませぬからなア』 お花『ヤ、また必要が有つたらお願ひしませう。兎も角お酒を願ひませう』 と稍プリンとして居る。女は足早に表へ立ち去つた。お花の顔には暗雲が漂ふた。 お花『これ守宮別さま、一本だけ呑んで此処を立ち去りませうか、本当に馬鹿にして居るぢやないか。奥さまとも云はず、お母さまなぞと、馬鹿らしくて居られませぬワ』 守宮別『マア好いぢやないか、お母さまと見られたなら尚ほ結構だよ。人は老人に見える程価値があるのだからなア』 お花『それだと云つて余り人を馬鹿にして居ますわ』 かく話す所へ以前の女は酒肴の用意を調へ運び来り、 女中『お客様甚うお待たせ致しました。御用が厶いましたら何卒手を拍つて下さい』 守宮別はこの女の何処とも無しに色白く、目許涼しく、初い初いしい所があるのに気を取られ、口角から、粘つたものを二三寸許り落しかけた。此道へかけては勇者のお花、何条見逃すべき、女の立ち去るを待つて守宮別の胸倉をグツと取り、三つ四つ揺すり、 お花『これや、妄を馬鹿にするのかい、見つともない目尻を下げたり涎を繰つたり、アンナ売女がそれ程気に入るのか、腐つた霊魂だなア、サア此短刀で腹を切つて貰ひませう』 守宮別『まあまあ待つてくれ、さう取り違をしてくれると困るよ。涎を繰つたのは喉の虫が催足して待つて居つた酒を呑みたい為めだ。目を細うしたのも矢張り酒が呑みたいからだ。何の立派な立派な、神徳の満ち充ちた、何ぬけ目のないお花さまの顔を見て居て、何うして外に心が散るものか。お前は些とヒステリツクの気があるから困るよ。さう一々疑つて貰つては困る。お寅だつて其処迄の疑惑は廻さなかつたよ』 お花『さうでせう、矢張りお寅さまがお気に入るでせう。私は余程よい間抜だからお前さまに欺されてこんな所迄釣り出されたのですよ。オヽ怖や怖や、こんな男にうつかり呆けて居らう者なら、折角国許から送つて来た金を皆飲み倒され、売女の買収費に取られて了ふのだつた。あゝいい所で気が付いた。これも全く、竜宮の乙姫様が此男は油断がならぬぞよ、何程口で甘い事申ても乗るでないぞよ、後の後悔間に合はぬぞよ、とお知らせ下さつたのだらう。あゝ乙姫様有難う厶います。私は本当に馬鹿で厶いました。オンオンオン』 と泣き沈む。 守宮別『こりやお花、さうぷりぷりと怒つて呉れては困るぢやないか。疑もよい加減に晴らしたら好いぢやないか。酒の上で云ふた事を目のつぼに取つて、さう攻撃せられちや、如何に勇猛な海軍中佐でも遣り切れぬぢや無いか。酒の上で云ふた事はマアあつさり見直し聞き直すのぢやなア』 お花『まだ、一口も呑みもせぬ癖に酒の上とは能う云へたものです哩』 守宮別『「顔見た許りで気がいくならば……酒呑みや樽見て酔ふだらう」といふ文句をお前が何時も唄つて居るだらう。併しあの文句は実際とは正反対だ。私はお前の顔を見ると気が変になつて了ふのだ。それと同じに燗徳利を見ると恍惚として微酔気分になつて了ふのだから、如何かさう御承知願ひたい。さう矢釜しく云はれると酒の味が不味くなつて仕方がない』 お花『それやサウでせうとも、カフエーの白首を見た目で皺苦茶の妾の顔を御覧になつたつて、お酒の美味しい筈が厶いませぬわ。サアサア貴方悠くりとお酒を召上つて代価を払つてお帰りなさい。妾はもう斯んな衒される所で一時も居るのが苦痛ですわ。貴方はまるで、妾の首を裁ち割るやうな、えぐい目に会はして下さいます。あゝこんな事なら約束をせなかつたら宜かつたになア』 守宮別は自暴自棄糞になり一万両の金を放る積りで、態と太う出て見た。 守宮別『お花さま、夫婦約束を取り消したいと仰有るのですか、何程私が可愛と思つても、お前さまの方から約束するぢやなかつたにと云ふやうな愛憎尽かしが出る以上は取り消し度いと云ふお考へでせう。守宮別もお花さまに海洋万里の空で見棄てられ愛憎尽かされるのも結句光栄です。サアどうぞ縁を切つて下さい。些とも御遠慮は要りませぬからなア』 お花『これ気の早い守宮別さま、誰が縁を切ると云ひましたか、今となつて縁を切るやうな浅い考へで約束は致しませぬよ。そんな事云つて貴方は此お花が嫌になつたものだから逃げ出さうとするのでせう』 守宮別『馬鹿云ふな、お前の方から此処を逃げ出すと云つたぢやないか。売女とお楽しみなさいなぞと散々悪口をつき、此夫に対し愛憎尽しを云つたらう。俺も軍人だ、女々しい事は云はない。嫌なものを無理に添ふてくれとは要求せぬ。此縁が繋がると繋がらぬとはお前の心一つぢやないか』 お花『やあ、それで貴方の誠意が分りました。何処迄も妾と添ふて下さるでせうなあ、本当に憎い程可愛いわ』 と守宮別の肩にぶら下る。 守宮別『これや無茶をすな、お酒がこぼれるぢやないか、余り見つとも好くないぞ。それそれカフエーの女中の足音が聞えて来た』 お花『ヘン、来たつて何です、天下晴れての夫婦ぢやありませぬか。カフエーの女中にこのお目出たいお安うない所を見せつけてやるのが痛快ですわ。ほんとにお母さまなどと人を馬鹿にして居るぢやないか。ねえ守宮別さま、妾と貴方とは仮令天が地となり地が天となり、三千世界が跡形もなく壊滅しても、心と心のピツタリ合ふた恋の花実は永久に絶えませぬわネエ』 守宮別『ウン、それやさうだ、お寅が嘸今頃にや死物狂になつて俺の後を探して居るだらうが、実に痛快ぢやないか』 お花『お寅の事は一生云はぬといつたぢやありませぬか。矢張り未練があると見えて、ちよいちよい言葉の先に現はれますなあ。エヽ悔やしい』 と力一ぱい頬辺を抓ねる。 守宮別『これや無茶をするな、放せ放せ放さぬか』 お花『この頬辺がチ切れる所迄放しませぬよ』 と益々引つ張る。守宮別は目から鼻から口から液を垂らして、『アイタヽヽヽ』と小声で叫んで居る。其処へ女中の足音がしたのでお花はパツと放した。 守宮別『あ怖ろしいお前は女だなあ、今迄コンナ女とは知らなかつたよ。本当に猛烈なものだなア』 お花『さうですとも、人殺しのお花と異名を取つた強者ですよ。若い時は妾のレツテルで刃物持たずと幾人を殺したか分りませぬもの』 と意茶づいて居る。そこへ女中が、 女中『お客様、お代りは如何ですか』 と云ひつつ入り来たる。守宮別は慌ててハンカチーフで顔の涙や鼻液を拭きながら、 守宮別『アヽ何でも宜いからどつさり持つて来い、兵站部は此処に女房が控へて居るからな……』 お花『どうか熱燗で沢山淡泊したものか何か持つて来て下さい。お金は構ひませぬから、その代り芸者などは駄目ですよ、女房の妾がついて居ますから』 女中はビツクリして、 女中『あゝこれはこれは奥さまで厶いましたか。先刻はお母さまなぞと見そこないしまして失礼しました。それでは芸者などの必要は厶いますまい。ホヽヽヽ』 と笑ひ乍ら出て行く。 守宮別『これお花、気の利かない事夥しいではないか。お前と私とは年が母子程違ふのだから、女中がさう云へば夫れでよいぢやないか。俺の目になんぼ十七八に見えても世間から見れば六十の尻を作つたお婆アさまだからなア』 お花『母子だナンテ、そんな偽りを云ふものぢやありませぬ。又夫婦だと云ふて置けば、芸者なぞ煩さい世話をせうと申しませぬからなア』 守宮別『如何にも御尤も、どうしてもお花は俺とは一枚役者が上だわい、エヘヽヽヽ』 表には労働者が、コツプ酒をあふりながら四辺かまはず喋つて居る。 労働者(テク)『オイ、トンク、ぼろい事をやつたぢやないか。あのお寅婆アさまを助けに行つて大枚二十円づつ。これで十日や廿日は気楽に酒が呑めると云ふものぢや。時にあのお寅について居る、蠑螈とか蜥蜴とか云ふ男、あれはテツキリお寅のレコかも知れないよ。お寅の奴、何時も自分の弟子だ弟子だと吐してけつかるが、あれは屹度くつついてけつかるのだらう。その証拠を押えて一つ強請つてやつたら又二十円や三十円は儲かるだらうからなア』 トンク『これテク、ソンナ勿体ない事を云ふな。先方は神様ぢやないか、おまけに吾等三人はお寅さまの神力に一耐りもなく打つ倒され、命の無い所を助けて貰ひ、其上重大の使命迄仰せつかつて居るのぢやないか。金が欲しかつたらお寅さまに云へば幾何でも呉れるよ。あの時も金が欲しけれや幾何でもやると云つたぢやないか』 テク『それやさうぢや、まあ悠くりとポツポツに絞り取る事にせうかい。時にツーロは何処に行きよつたのだらうかなア』 トンク『彼奴は何だか、ヤクの跡を追ふておつかけて行つたぢやないか。ヤクを捉まへて、お寅さまの前に引きずり出し、褒美の金に有り付かうと思つて、抜目なく駆け出しよつたのだよ』 テク『併し、裏の座敷に一寸俺が最前小便しに行つた時、チラツと目についた客は、どうも守宮別とお花さまのやうだつたが、箸まめの守宮別さまの事だから、お寅さまの目を忍んで、お花さまと内証で、○○をやつて居るのぢやなからうかな』 トンク『何、お花さまと守宮別が裏に居ると云ふのか、あゝそいつは面白い。サア復二十円だ』 と云ひ乍ら、トンク、テクの両人は裏座敷を指して忍び行く。 (大正一四・八・一九旧六・三〇於由良秋田別荘加藤明子録) |
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霊界物語 | 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 | 18 白骨堂 | 第一八章白骨堂〔一六七四〕 三千彦は、山野を渉り谷を越え、漸くにして仙聖山の阪道に取りかかつた。これは仏者の云ふ所謂十宝山の一つである。さすがアルピニストの三千彦も、長途の旅に疲れ果て、仙聖山の頂を眺めて吐息をついて居る。 三千『あゝ漸く此処迄山野を渡り、やつて来たものの、何処かで道を取り違へ、仙聖山の方へ来て仕舞つたやうだ。どこにも家は無し、声するものは鳥の声と獣の声ばかりだ。実に淋しい事だわい。三千彦は健脚家だと、玉国別様に褒められたが、かう酷い山阪を当途もなしに跋渉しては、もはや弱音を吹かねばならなくなつて来た。二つのコンパスは何だか硬化しさうだ。どこか此処辺でよい雨宿りがあれば息を休め運を天に任して、月の国の名山を跋渉し山頂から見下ろし、エルサレムの方向を定めて往く事にせう。それについてもデビス姫、ブラヷーダ姫は繊弱き女の足、定めし困難して居るだらう、併し乍らブラヷーダ姫はハルセイ山で泥棒に出逢つた時の度胸、実に見上げたものだつた。あれだけの勇気があれば、屹度無事に往くであらう。夫れよりも今は自分の体を大切にして、往く所迄往かねばなるまい。どこかよい木蔭があれば休む事にして、まだ日の暮に間もあれば一つ登つて見よう』 と独りごちつつ、形ばかりの細い道を、右に左に折れ曲りつつ登りゆく。 日は漸く高山の頂にさしかかり、大きな影が襲ふて来る。道の傍に一つの白骨堂が立つて居る。三千彦はつと立ち留まり、 三千『ハテ不思議だ。こんな所に白骨堂が立つて居る以上は、此の山の上に人の家が立つて居るだらう。先づこの堂のひさしを借りて、今宵一夜を過ごさうかなア』 と言ひつつ俄に勇気を鼓して、細い天然石の階段を登り白骨堂に近づいた。見れば一人の女が細い声を出して何事か祈つて居る。三千彦は訝かりながら足音を忍ばせ、白骨堂の密樹の蔭に身を潜ませ、女の祈りを聞いて居た。 『憐れ憐れ吾命白く荒廃せり ○ 愁へる異端者の胸に 虐の力を悲しく受けて泣く 忍従と犠牲の痛ましさ。 ○ 蒼白き中に吾も彼も朽ちて行く 其幻滅の果敢なさよ ○ 恋もなく友もなし 悲しくあえぎて恋も忘れ友も忘れむ 一人行く生命の原に 唯横たはる黒き暗闇 父よ母よオーそして兄弟よ 身失せたまひし吾背の為に 世の中のすべて滅行くものの為に 大空包む天の空に健かなれ ○ 白き生淋し 果敢なく淋し あはれあはれ亡き人あはれ』 斯く悲しげに謡ひ終り、徐に懐中より懐剣を取り出し、淋しげにニヤリと笑ひ、顔の写るやうな刃口をつくづく打ち眺めながら、 『オー、願はくは吾等を作りたまひし皇神よ。百の罪汚れを許し給ひて、吾身魂をスカーワナ(安養浄土)へ導きたまへ』 と云ふより早く、今や一刀を吾喉に突立てむとする。三千彦は吾を忘れて飛び出し、矢庭に腕を叩いて短刀を打ち落した。女は驚いて三千彦の顔をつくづく眺め、唇をびりびり慄はせて居る。 三千『これこれお女中、短気を出しちやいけませぬ。何の為めに此結構な世の中を見捨てようとなさるのか、まづまづ気を落着けなさい。吾は三五教の宣伝使三千彦と申すもの、神の御命令を受けてエルサレムに参る途中道踏み迷ひ、此処迄出て来た所幽かに白骨堂が見えるので、一夜の宿をからむものと来て見れば貴女の今の有様、これが何うして黙言て見て居られようかとお止め申た次第で厶います。何程辛いと云ふても死ぬには及びますまい。先づ先づお静まりなさいませ』 女『ハイ、有難う厶います。妾は此山奥に住まひして居りまする、小さき村の女でスマナーと申します。親兄弟夫には死に別れ、頼る所もなく、又村人の若い男等が種々様々の事を云つて、若後家の貞操を破らせうと致しますから、一層の事親兄弟、夫の後を追ふて安楽世界へ参らうと存じ、祖先の遺骨の納めてあるこの白骨堂の前で、自刃せむと致した所で厶います。もはや此世に在つても何の楽しみもなき妾、悪魔の誘惑にかかつて罪を作らうより、夫の後を慕ふて極楽参りをせうと覚悟を定めました。どうぞお止め下さいますな』 三千彦は涙を払ひ声を曇らせて、 三千『貴女のお言葉も一応尤もながら、貴女が一人残されたのも神界の御都合でせう。貴女が自殺すると云ふ事は罪悪中の罪悪ですよ。止むを得ずして命が終つたなら天国に往けませうが、吾身勝手に命を捨てたものは天国へは往けませぬ。屹度地獄に往きますから、お考へ直しを願ひます』 スマナー『自殺を致しましたら、どうしても天国へは行けませぬか、はて困つた事で厶いますなア』 三千『貴女は今承はれば、親兄弟、夫に先立たれたと仰有いましたが、それや又どうして左様な事になられたのですか。貴女が今自害して果てたなら、親兄弟、夫の菩提を弔ふものは誰も厶いますまい。さすれば却て親に対し不孝となり、夫に対して不貞となるでせう』 スマナー『ハイ、御親切によく言つて下さいました。貴方の御教訓によつて妾の迷ひも醒めました。何分宜しくお願ひ申します。妾の家は此小村では厶いますが、夫はバーダラと申し、村のたばねをして居りましたもので、家屋敷も可なりに広く、財産も相応に厶いますが、半月程以前に、虎熊山に山砦を作つて居る大泥棒の乾児タールと云う奴が、十数人の手下を引きつれ夜中に忍び込み、家内中を鏖殺に致し、宝を奪つて帰りました。其時妾は、押入の中に布団を被つて都合よく匿れましたので、生き残つたので厶います。其後は村人の世話になつて親兄弟の死骸を荼毘に附し、此堂に白骨を納めて、相当のとひ弔ひを致しましたが、何となく其後は心淋しくなり、又いろいろの若い男が煩さくて、死ぬ気になつたので厶います』 三千彦は涙を流し乍ら、スマナーの背を三つ四つ撫でさすり声も柔しく、 三千『スマナー様、承はれば承はる程同情に堪へませぬ。併し乍ら斯うなつた上は最早悔んでも帰らぬ事、これから一つ気を取り直し、神様にお仕へになつたらどうですか』 スマナー『ハイ有難う厶います。併し乍ら妾の村は五六十軒の小在所で厶いますが、先祖代々からウラル教を信じて居りますので、俄に貴方のお道に入る事は到底出来ますまい。折角のお言葉で厶いますが、何程妾が信じましても、三百人の村人が承知せなければ駄目で厶いますからなア』 三千『決して決して左様な事に御心配は要りませぬ。何れの教も誠に二つはありませぬ。又神様は元は一柱ですから、ウラル教でも宜しい。貴女が今死ぬる命を永らへて比丘尼となり、祖先を弔ひ、又村人を慰め、この山間に小天国をお造りになればよろしいでは厶いませぬか』 スマナー『左様ならば、何事も貴方にお任せ致します。どうぞ一度妾の淋しき破屋にお越し下さいますまいか』 三千『それは願うてもない仕合せで厶います。知らぬ山道に往き暮れて、宿るべき家もなし、体は疲れ、困つて居つた所で厶いますから、厚面しうは厶いますが、今晩は宿めて頂きませう』 スマナー『早速の御承知有難う厶います。左様ならば妾が御案内を致しませう』 と白骨堂の階段を下り、再び阪道を四五町下り、右に折れ、樹木茂れる山道を辿つて、奥へ奥へと進み入る。 夏とは云へど樹木覆へる谷川の畔の道を行く事とて、身も慄ふ許り寒さを感じた。 (大正一二・七・一七旧六・四於祥雲閣加藤明子録) |
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大本神諭 | 神諭一覧 | (年月日不明) | 年月日不明 至仁至愛の神の御出ましに御成なさる時節が参りて大国常立尊が出口の手で書き知らして置いた世が迫りて来たから、世界中の人民が改心を致さねば、この世では最う一寸も先へは行けず、後へ戻ることも出来んぞよ。 この世の来ることを明治二十五年から今につづいて知してをるのにチットモ聞入れが無いが、国同士の人の殺し合いといふやうな斯んな約らん事はないぞよ。 一人の人民でも神からは大切であるのに屈強ざかりの人民が皆無くなりて老人や小児ばかり残して前後を構はずのやりかたであるぞよ。こんな大きな天地の罪を犯してまだ人の国まで取らうと致してをるのは向先きの見えぬ悪魔の所作であるから、何の国が仲裁に出ても天地の大神の御許しのなき事にはいつまでも埒は明かぬぞよ。出かけた船であるから、どちらの船も後へ引く事もならず、進む事も出来ず、まことの仲裁もはいらず、つまらんことが出来るから、外国の守護神に長らくの間気が付けてありたぞよ。 あまり我が強いとしくじるぞよと何時も筆先で気が往けてあるぞよ。 何国にも負けん強い国で在ると思ふて我よしのやりかたで頑張ると為損ひが出来るからと申してくどう知らしてありたが今の有様は其通りではないか。これからは神代の世になるから今までの様に余り頑張ると我れの思ふやうには此の先は一寸も行かんぞよ。我の強い守護神ほど思はくは立ちはせんぞよ。 これまでの心を全然入れ替て了ふて天と地との元を創造た太元の神へお詫を致さねば、我の一力で行りて居ると思ふのが大間違であるぞよ。何事も皆神からの事であるから取り違いをいたすなよと先に気を往けてあろうがな。 我一力で仕て居ると思ふて居ることを霊魂の性来因縁だけの事を天地の神からさせられて居るのであると云ふ事が判然とわかる時代が回りて来たので在るから、これ迄の悪の守護神のやりかたも九分九厘まではトントン拍子に思ふやうに来たなれどモウ九分九厘で悪のみたまのやりかたは輪止りとなるのが今の事であるぞよ。今までは悪のみたまの覇の利く時節でありたぞよ。是が暗りの世でありたぞよ。 この先は学や智恵や仏では国は建たんぞよ。一日も早く往生いたさんと世界の物事が遅ておるから筆先でいつも同じ事を気を付けるぞよ。向ふの国の有様は筆先どうりになりて来てをるから日本の国の守護神に早く判らんと立替が十二年遅くなりてをるから、何かの事の実地が始まると、まだまだ世界には烈しき事が来るぞよと申して在るが一度申したことは違ゐはせんぞよ。世の元から神は能く判りておるので在るから向ふの国に彼れだけの事があるのに日本の人民は我さへ善けら国はどうなりても構はぬとは全然獣ものであるぞよ。神の直々の善き御魂を貰ふてをるからは末には神にも祭られる結構なものであり乍ら人は倒ようが仆れようが我さえ善けりゃ好いでは万物の長とは白されんぞよ。 世界は今が罪の借銭済であるから罪悪のひどい処ほどきびしき戒があるぞよと申して知してあるがこの世界は後にも前にも無いみせしめが出て来るぞよ。 用意をなされよ世の立替は新つの洗い替であるから、みろくの神の世に立返りて万古末代善一筋の世になる尊ひ事の初りであるから皆の人民の思ひが違ふてあるぞよ。あやべの大本は今では粗末なとこで在るなれど此の広い世界に外に亦とない大神の世の元の尊とひとこであるから全部判けて見せたならば余り大きな仕組であるから思ひが大違いで驚愕いたすぞよ。天地のビックリ箱が明くぞよと申してあるが此のビックリ箱が明いて手の掌をかやしたら何んな人でも驚愕いたして改心せずには居れん事になるが其処まで行かん中にチット判らんと約らん事があるぞよ。 この大本に日々かぶり付て居るものにチト早く判らんと何処からも是からは判る守護神が出て来るから、耻かしうなるぞよ。何事も、ちっと判りて居んと面目ない事が出来るぞよ。慢神と誤解が一番こわいぞよ。 たれに由らず慢神すると我の心が大変ゑらい様に思へて、人から見て居ると鼻が高うて見にくいぞよ。 腹の中に誠さえありたなれば何んな事でも出来るなれど上から見てよくても心の中に誠が無いと実地の誠が成就いたさんぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治34年旧2月24日 | 明治三十四年旧二月二十四日 艮の金神国武彦命と現はれて出口の手で書き置くぞよ。艮の金神が現れると、二度目の世の立替の守護に掛るから、今が大事の性念場で、世界の事を何も皆出口に書して置くぞよ。役員は皆揃ふて今迄の見苦しき心を棄てて、和合致して、世界の掃除の本の威勢を出して下されよ。此大本は実地の元源の神が集りて守護致す所であるから、見苦しい者は御用させぬ様に厳しく成るぞよ。今度世の立替に付て大本での修業は、身魂の調査改善を致すので在るから、余程何彼の事を心得て、清らかに為て貰いたいぞよ。軽い神が来たがりて、軽い神が這入りて来たら、此の中騒がしきぞよ。余程心を沈着て修業を致さんと、是迄の修業の様に思ふて居ると、慮見が違ふぞよ。世界が迫りて来るから、放縦な事では行かぬ、モチト激しい修業を致さんと、今がエライ様な事では、世の立替始めたら御用が出来んぞよ。苦労無しには神国の威勢が出んから、上は神の大将、人民では役員、皆夫れぞれ御苦労で在るぞよ。信者も誠を見習ふて、世界を日本魂に為て了はねば成らぬから、アダな事では出来ぬから、身魂を騰用ぞよ。今迄は神はドレ位なものと言ふ事が判りて居らなんだから、守護神にも人民にも、世界の元を創造へた、元の神の思ひと言ふ事を察して居るもの無かろうがな。世の立替に付いて先走りに、外の教会が造りて在るのじゃが、夫れでも此の大本の教は外に無かろうがな。一番尊とい所が、一番粗末な事に致して在るのだが、此の由来が判りて来たら、世界のものは頭をかいて、後へ退りて居らんならんぞよ。化物怖いと申す誓へは、今度の事ぞよ。此の大本の化物は、三千世界の大化物で在るから、スックリ現はれて見せたら、如何なものでも改心致すぞよ。ナガイ化物で在るから、世界に応じて現はれるぞよ。今の人民、上からは立派なが、憑いて居る守護神が悪いぞよ。ドンナ偉い人間でも、此の綾部の大橋を渡りて来んと、実地の事が解らんので、悪く言ふて居りても、頭を下げて来ねば成らん様に成るぞよ。余程神徳の在る者で無いと、綾部の大本は取り違いを致すぞよ。磨けん身魂はテンで判りかけが致さん、昔から無い事を致すので在るから、艮の金神が三千年界に落ちて仕組致した事、早速には人民からは。見当の取れん経綸で在るぞよ。人民界で何程エラウても、此の神の御道は、始の一から仕直して貰はねば成らんから、いろはの勉強は辛いから、皆我を出して、ナカナカ神徳の貰る身魂は少ないぞよ。今の人民、神界の持て余しものじゃ。助けて与ろうと思ふて、誠を言ふて与ると逆に取りて、夫れだけ身魂が余計に曇りて、我が手に苦しみを致すぞよ。艮の金神を悪神と為て、丑寅へ押込なされたが、此の方が悪で在りたか、押込めた方が悪で在りたかは今度判るぞえ。永い惜しい残念の凝りが開けば、世界には珍らしき不思議を為て見せるなれど、神の威勢は、大本の役員の行ひして下さらぬと、天晴れ出す事は六ケ敷いぞよ。朝夕の神への御礼拝から規律を付けて、行儀能く何彼にを為て[*「何彼にを為て」は底本通り。]貰ぬと、世の立替といふ様な、人民力では出来ぬ大望な事が差し来りて居るのに、勝手仕放題には為て貰へん、是から大本は何彼の事が厳しくなるぞよ。信心なき人はドシドシ取り掃ひに致して、此の中は誠一つに固めて了はねば、何時までも神の仕組が成就致さぬぞよ。此ンな大望有りては世界の人民が気の毒が出来るなり、無ければ世はヒシと行けんなり、神も苦労を致すぞよ。表面は洗えば垢も落ちるなれど、腹の中の掃除が面倒いぞよ。教を致す肝腎の人から掃除を致さな成らんぞよ。皆我が目的斗り、水晶の世に致さうとは余程無理な事なれど、夫れじゃと申して、此の儘で棄て置いたれば、十年先に成りたら、日本魂の種が無く成りて、世界は一様に難渋な事に成り、日本の国は四ツ足の良い遊び所と為りて、神が此の世の守護の出来んやうに成りて了ふから、日本の人民に早く日本魂に立帰りて下されと、急き込むので在るぞよ。九分九厘で悪神の仕組は平げねば成らぬから、夫れは此の大本より外には世界中に無いので在るから其の覚悟で皆の立寄る誠の人よ、御用を致して下されよ。此の世は強い者勝ちには致されぬ従ふ処へは従ふて来ねば、何程高い神でも覇のきいた守護神でも、是からは行けん事に世が変るぞよ。今迄世が乱れて皆の守護神がまぜこぜに天の規則が潰れて居りたから、此の変り目に不足を申す判らん守護神が八分有るなれど、ソンナ事にかかりて居りたら、此世が潰れて了ふぞよ。我欲目的ありて大本にうろついて居りたらドエライ恥晒しに成るぞよ。余程魂を磨いて、世界の大本は、男も女も胴をすえて居らんと、身ぶるいする様な事が世界からでて来るぞよ。其の時に楽に御用の出来るやうに、何彼の事を心得て居りて下され、神に不足は言へんので在るから、他では判からん結構なことの判る大本へ出て来て、陽気信心致して居りては、天地へ御無礼が出来るぞよ。世界中の身魂の審査致して洗濯を致す、地の高天原へ出て来て、今迄の様な信心では功果は無いぞよ。皆行ひを変へて下されよ。今迄は目の前の事も判らん暗雲の世で在りて、我の事が我に判らなんだから、行ひを変えいと申しても、見当が取れなんだなれど、其れは神から出口に筆先で気を付けさすから、其の通りに致さんと、神からは見放され、世界からは嘲笑れ、身の置き所も無い様に成るぞよ。世界から教られる様な事では示しが出来んぞよ。身魂さえ筆先通りに磨いて下さりたら、世界の事が見え透いて、発根と改心が出来るなれど、神さまでも他の神様御存知無き様な仕組で在るから、智慧や利口で行ろうと思ふたらスコタンに成るぞよ。機の仕組に致して在りて、今迄は縦の御用が骨が折れたなれど、この先は横の御用が繁多なるぞよ。そうなりたら物が早く判るぞよ。此の事は出来上らんと判らんなれど、心配は為て貰はいでも、欲に離れて成ろう様に為て居りたら良いのじゃ。役員は多勢無くても心を揃へて胴をすえて居りたら神が致すぞよ。けれども気ゆるしは為て貰へんぞよ。昔の剣今の菜刀、上ばかり良くても真からの光りで無いと、世は永うは続かん、皆思ひが薩張り間違ふて居るぞよ。此の大本の行は、食物を大切にまつべて、家の内をキチンと清らかに致すが一の行じゃ。ずんだらな事は神は嫌ふぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治35年旧4月3日 | 明治三十五年旧四月三日 艮の金神が稜威発揮神と現はれて、二度目の世の立替への守護を致すぞよ。世が逆様に成って居るのを、艮の金神が表面へ出て出口の取次で世を本へ戻すぞよ。斯神が表になりたら、次ぎに龍宮の乙姫様が現はれなさるぞよ。改心の早く出来た御方から、出世をさすので在るから、今度は、自我を張りて居るほど出世が遅くなるぞよ。変性女子もチト我を折らんと、皆が難渋を致すぞよ。今度の仕組は艮の金神が申すやうに致さねば、緯の経綸で行ろうと思ふたとて、先へ行く程行き當りて、物事が遅れて、皆が苦しむ斗りで在るから、一日も早く守護に掛らんと、却々大望であるぞよ。斯大本に、世界の所作柄が為して見せて在るから、この大本の様子を能く見ておくが宜いぞよ。大本に在りた事は、世界に皆あるぞよ。明治二十五年から出口に言はす事は、一つも変りた事は言はして無いぞよ。同じ事ばかりが言はしてあるぞよ。世界中の事であるから、筆先に出した事は、皆世界から段々と出て来て居るのに、未だ疑ふて、誤解を致して居るぞよ。人が死のふが、世界が潰れやうが、多勢の人民が苦しまふが、自分さえ良けりや良いといふやうな心で居ると、我が先に泥溝へ陥って、苦しむ事が出来てくるぞよ。人を人をと思ふ、誠の善の精神でさや在りたなれば、神が見届けて、其上で、その人を助ける神で在るなれど、信心をいたして、間違ふた心で斯大本へ来ておると、大変に辛い事に成るぞよ。此大本は、世界の調査を致す尊い所であるのに、皆のものが、罪科を持って来てをいて、我の甘い目的が外れたと申して、反対に大本を恨めるやうな心で居りたら、肝腎の罪科が取れずに殖える斗りで在るから、長らく苦しみがあるから、斯大本へ這入って居りて、神や出口を恨めるやうな精神で在りたら未だ未だ苦しみが出来るぞよ。茲へ引寄して、早く改心さして、良く為て行りたいと思ふて致す事を、逆に取るから物事が逆様に覆りて了ふぞよ。夫れで、筆先が合はむと思ふたら、自分の腹の中を考えて見よれと申すのじゃ。違ふ精神が在りたら物事が違ふて来ると申して筆先が出してあろうがな。此筆先は一つも違ふ事は書してないぞよ。遅し速しはあるなれど、永らくの経綸であるから、直きに来る事斗りは無いなれども嘘はチットも書かして無いぞよ。能く見て御在れよ、追々と出て来るぞよ。世に出て御在る御方にチット激しき神様斗りが表に顕はれなさると世界は激しくなるから、そこに成ると世界の罪穢が皆判りて来るから、各自の罪穢の在る事は判らむから、未だ未だ神を恨めるものが多数に出て来るぞよ。罪穢償却の出て来るのは、世界は是からで在るぞよ。高ひ処へ上りてエラソウに致して居りた人民、チット是からは気の毒な事に変るぞよ。そこになりてから神に縋りたとて、聞済みは無いぞよ。目の醒る人民世界には大分出来るぞよ。世は持切りには為せんと申して毎度筆先に出してあろうがな。斯世が来るから出口に口で言はせ筆先に書して知らして与りたなれど、疑いが永きゆへ、曙の烏と致して眼を覚して見せるぞよ。遅くなる程世界は悪くなるぞよ。斯大本は世に出て御在る神様と、世に落ちて居る神とは思ひが異ふから心が合はむ筈の事じゃぞよ。モウ世が余り乱れて持てんやうに成りたから、世に表はれて世を立直しを致す神と、此儘で何時までも続かして行うとする神との戦いで在るから、斯大本は六ケ敷のじゃぞよ。今度は今迄に世に出て居りて、世を持荒した神と力競べを致すので在るから、今は神界では神と神との大戦争ひであるぞよ。斯の綾部の大本は世界に出来てくる事を、前に実地の形がして見せて在るから、十分に気を附けて考えておくが能いぞよ。大本は病気直しのやうな小さい所で無いから、誰も大きな心で来て貰わむと、量見が違ふぞよ。何事なりとも頼めば聞き済みはあれども、艮の金神は此の乱れた世を立直しを致す、大望な御役目であるから、手を合はして拝みて居るばかりでは何も解らんぞよ。今迄の汚ない心を捨て了ふて、誠一つの神心になりて来んと、何も判らんぞよ。いつも改心改心と申すのは、今迄の心を薩張り代えて呉れと申すのじゃぞよ。大本の道は為安い信心の出来にくい御道であるぞよ。甘い事申して人を引寄して、陽気信心するやうな教会の行り方とは違ふから、何彼に附けて骨が折れるなれど、三千年の此仕組の花の開く時節が参りたのであるから、弥々今度は上下へ覆るのであるから、神にも仏にも人民にも知らして在れども、今に置き未だ未だ此の儘で此世が先へ行けるやうに思ふて我を張りて居ると、誰に由らず上げも下ろしも成らん事になりて来るぞよ。先の見えるが誠の神であるぞよ。誠と云ふものは、豪いものであるなれど、誠なき人は途中で物が変るから、今度の事は誠を貫かねばならんから、艮の金神の教は骨が折れるなれど、貫いたならば、斯世には恐いものの無き神であるぞよ。今の人民に此の御用を勤め上げる身魂は少ないぞよ。人民の身魂は元は神の分身魂であるから、磨けば良く成るなれど、今の曇りた人民は却々早速に研けむから、是だけに骨が折れるなれど、斯大本の御用いたす身魂は多人数は要らぬなれど、何程神が言い聞かしても聞く人民が一寸も無いから、世界の物事が遅くなるのであるぞよ。何時まで同じ事を申して居りても、世が逆様になりて居るのであるから、良き事を申せば悪く見えるなり、悪い事を致しても人を詐りても、羽振能く致せば今の時節は人から賞る時節であるから、心が合いさうな事は無いなれど、是でも時節が参りたから悪ではモウ立ちては行かぬから、早く改心いたして、誠の心になりて、日本の人民の行状を致さぬ事には、神は聞済み無き事になりたぞよ。日本も外国と同じ精神に成り切りて了ふて居るから、二度目の世の立替がはじまりたら、余り大きな取り違いで、門へも出られむやうに恥かしう成るから、改心するなら今の内であるぞよ。今に天地が覆りて来て、上が下になり下が上に成りて、三千世界は一度に開く梅の花、梅一輪の経綸の生き花が咲く時節が近よりたぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治36年旧6月7日 | 明治三十六年旧六月七日 艮の金神変性男子の御魂、出口の神と現れて、世界に出現ることを以前に知らして与らねば、人民と言ふ者は、一寸も先の見えんもので在るから、今度世界に善悪審判宇宙之大修斎は、何に付けても大事業斗りであるから、神誓神約的事変を出口の手で以前に知らしてやる、変性男子の御役で在るぞよ。此の世の改製、光華明彩の世に建替て、此の矛盾不合理無不至き世を整然透明の世に致す変性男子は至重重責な御役で在るから、何時までも喉から血を吐く如く、今日一日楽と言ふ事も無いぞよ。世の立替の大本は、他の教会の行り方とは、根本的行り方が違ふて、是から判る程人が出て来るが、此の大本は人民の身魂の修祓を致す大本であるから、他の教会とは骨が折れるぞよ。余り見苦るしき身魂は、此の大本の高天原へは寄り付かれんが、其の身魂が大多数あるぞよ。磨ける身魂は磨きて与りて、日本神国の中の守護をさすなれど、磨きかけの出来んのは暗黒地獄に放りて了ふから、茲まで気が付けてあるから、立替に掛ると忙しく成るから、人民を引寄せて一々言ひ聞かせるやうな事をして居りては、世界の救済事業が遅く成るから、世界の人民には明治二十五年から出口の手と口とで知らして在るのを、真実に致す人民が無いので在るから、もう知らせやうが無いから、と申してもこの世界に大修祓を一度に致しては、此の世がどろうみに成るから、筆先に知らしてあるとうり、龍宮様が肉体で御守護遊ばすと余り激しいから霊で御守護が在るから、何も綾部の大本は明治二十五年から出口直に知らして居るのじゃぞよ。金光殿の取次ぎを引寄して、金光殿は三分なり、出口直に守護致して、化して置いて、奥村にも足立にも七分力を、艮の金神が加けて与りて居るのが判明らなんだで在らうがな。大本に出て来るのは、此の方が皆引寄して神力を注けて与りて在るのを、皆直に慢心を致して出口を尻敷に致すから、皆間違ふて神業扶翼に成功う役員は無かりたぞよ。それもその筈じゃ、是だけ世に落して、世界中に外には無い結構な事がさして在るから、皆人民が誤観誤解を致して居るからじゃぞよ。足立が神話講を致すと直ぐ出口が居眠りたり、話の間断には出口の右の手の拇指がツンと立てりたり致しても、出口は知らずに居らうがな。お直さんが余り眠りなさるでかなわんと足立が申したで在らうがな。此の実際を見て居るのは以田村の四方すみが見付けて、人は一ぱいお広間に居るし、柿の種をあててあれ見やれと、塩見順に知らしたこともありたぞよ。神は人民の知らん処から守護致して居れども、皆判りては居ろうまいがな。初発から綾部の広間は金光殿のやうに思ふて居れど、艮の金神が出口直を使ふて、何事も経綸て居りたのじゃぞよ。此の度は霊縁のある身魂ばかりを引寄て、天地本然之真を為せて居るから、程無く判別て見せてやるなれど、何と申しても三千世界の事であるから、誰が何を致すのも皆神に使役はれて居るのじゃぞよ。暫く致したら皆が眼が覚めるぞよ。世界は一切万物に皆此の方が本源で在るのに、神にも人民にも此の由来を知りたものは無いから、世界は一切万事に険悪く成りたのじゃぞよ。政治界実業界教育界宗教界思想界軍人界等に活動ておいでる神にも御存じ無き事が人民に知れそうな事は無いから、申すやうに致して天然惟神之清心に成りて居りたら、二度目の世の立替も速やかに成りて、心安静き尊厳而平穏な世になりて、運不運の無きやうに致して、御土を大事に敬ふて、作物を栽培れば天から守護うし、地から守護うし、中界を守護わすし、思ふやうに何事も成就くなれど、肝腎の世界を守護致す大元の神を、他所におしこめて置いて、世に出て居りて世を構うて居りた神が、此の世は自己欲主張さえすれば良いのじゃと申して、前後構はん方針の世の経綸策で在りたから、世界中動きも微躯りとも成らん様に成りて了ふたのじゃ。斯うなる事は世の初発から見え透いて居るから、御意見致したら御聞入れ無かりたが、申した世が循環りたぞよ。 ○ 出口直明治三十六年の六月七日 月の形の簾の中、日に日に変る大本の様子付け留めて置いて呉れいと申して在るが、簾が上がると日の出の守護に成るから、日の出の守護になると日に増しに激しう成りて、大本の中は何となしに気遣ひに成るから、何も気が注けて、気色も無い以前から知らして在るぞよ。 ○ 是迄の世は余り世界に幸不幸之懸隔が在りて、隠から此の方見て居れば、余り可愛想で見て居れんから、末法の世を縮めて、二度目の世を立替て、根神の世に致して、むかしの神代に復活る経綸が仕て在るのが、神運発顕之時運が循環て来たのじゃぞよ。二度目の世の改整時業は骨が折れるぞよ。 ○ 従前の世界は肉欲的強者優勝の時代で在りて、如何罪穢のある金銭でも、栄輝に致せば人が崇めて、他人は難渋いたしても自己さえ足けりゃ良いと思ふて、後運の判らぬ世で在りたから、我が子孫に毒を皆が呑まして居るが、親の運は子に在り、子が苦しむと親が苦しむが、人を苦しめたら我れに出て来るぞよ。 ○ 清浄世界、汚濁世界の境界の金輪際の、天地が変る、世の末が世の元に成る折の神示を、出口の手で世界に在ることを書きのこして置くぞよ。是丈け世界に喧嘩口論が有りては、世界の人民の心が悪くなる斗かりで在るから、世界には悪言争論の無き事に世を建替るぞよ。 ○ 永らく世に隠伏て居りて、神連関発万有安堵之時節の来るのを待ち兼ねて、夜、昼、暑さ寒さの厭ひも無くして世界一切之事象事物を審査致しての今度の二度目の世の建替、骨ば折れるなれど、然るかわりには今度の天地改整邪悪分子順和並掃蕩大神業は、他所からは指一本さえる故障も無いぞよ。 ○ いろは四十八文字で世界の経綸法を書かすから、此の四十八文字で何事も通用致すやうに成るぞよ。此の四十八文字に応服じて、何事も心気静粛き世に成るぞよ。従来の世の経綸法では、外国の行り方で在るから、モウ世は立たん事に成りたぞよ。日本の国は、混沌境裡争擾をしては不可ん国、上下親睦相助致さな不治ん神国神聖の国土。 ○ 親が罪穢を償りて置いたら子の成業が早いなれど、親が罪科を積みて置くと子が苦しむが能く判り切りて居るぞよ。此の世で傷人徳書世風をして置いたら、其れが道義的借銭に成りて居るから、夫れは艮の金神が帳面に付け留めて在る同様に知りて居るから、今度身魂を審判めて、何彼の罪科をあらはして、道義的負債を取りて与るのじゃぞよ。 ○ 艮の金神変性男子の身魂は、何事も邪悪に見せて、天地真義発揚事業を働いて来たのであるから、誤解を致さんやうに致されよ。自己本位方針は表面からは善美に見えるぞよ。今の世界の人民は取り違いを致す筈じゃ。体主霊従は、人に巧言令色申して、自分は善い子に成りて居るぞよ。 ○ 従来の世は真黒面の世で在りたから、岩戸開きに行った折は、昼の日中に、てふちんを燈けて行きたであろうがな。道がチットも判明らなんだなれど、岩戸を開らいたら世が明けて、日の出の守護と成りたから、道が少々判明り出したから、心の洗濯致さんと是迄の心では行けんぞよ。 ○ 是迄の世は天地之真義不判明の世で在りた故、表面から見て名義さえ美しう在りたら、人が重宝がりたなれど、根本的世が変るから、表面から見ては判らん処の掃除を充分致さんと、誰も相手が無く成るぞよ。薩張り国家経綸法変転ると申して在るぞよ。 ○ 天地之大道が反覆て居るのを、本元へ復帰して改善く致すに付いては、一ツ境に日本神国之使命と物欲本位団との大衝突、侵略主義国から始りて大決戦が在ると申して在るが、此処を一ツ凌ぐには、日本の人民が余程神魂を磨いて、神に信服て居らんと、顔の色の変る事が一旦在るぞよ。 ○ 今の人民は世が逆様に転覆て居るから、世を経綸つ神と今の人民とは薩張心が反対で在るぞよ。神の好く人民は、人民からは悪く見えるぞよ。人民界から善く見える人民は、神の尊慮に叶はんことが在るぞよ。善と思ふ事が悪い、何事も逆様に反覆て居るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治36年旧6月15日 | 明治三十六年旧六月十五日 艮の金神稚姫岐美命出口の加美と顕現れるは変性男子の身魂が顕現れて、二度目の世の立替を致すには、世の中の心が曇り切りて居るから昼の最中に灯を点けて岩戸開きに行かねばならん如うな酷たらしき世態に堕落て居る世を、薩張り立替を致すには人民からは、何結構な神業致さしても吾れが為て居りて我が為る所作が判ろまいがな。それで肉体で今度は我を出したら、物事が遅く延引て神に気障りが出来るから、人民の力で為る事なら何故目的たてて見んのざ。思ふ如うに行かねば、吾れが為るので無かろうがな。その判らん因縁摂理を解明て聞かして与る大本の教背いて、何なりと為て見よれ、誰に由らんぞよ。誰でもアチラに外れコチラに外れ、細引の褌ざ。不可と言はしたら行きはせんのに、誰でも出口が我を出して申す如うに、今に思うて居るが、未だ判らんが、可哀相なぞよ。神は神、人民は人民と全然立別けての行状を為て貰はんと、神に次での人民であるのに、今の人民の行状神の道を薩張り潰して、昼灯を点けな道が判らんと言ふ如うな実状になりて居るから、道無き所に道を設けたり良い道ざと思ふて行よると道を、此の大本は潰したり。今では変性男子の申す神勅、筆で書かす神言は御気に入らん神示斗り、御気に入り相な諭告は無いぞよ。腹の中を充分考へて見ると大きな声も出ん如うになるぞよ。誰に由らんぞよ。大きな声で話も敢うせん如うになるぞよ。皆モット声が低くならんと誠は彰て来んぞよ。此の大本は大勢居るが何とした静かなざと申す如うに成らんと本真物にならんぞよ。言はれるも辛いが煩う申すも辛いぞよ。それで推量節を待兼ると申すのざ。腹の立つ人あるなら、出口に不足言ひに御座れ因縁吾れに判ろまい。身魂の因縁説いて聞かせば頭は上らんぞよ。此の大本は他の教会と同じ如うな所ざと思ふて居ると大間違ひが出来るぞよ。神から視ると視られんぞよ。この見苦しき世の中天晴れ表面に彰りたら恐がりて、此の中には居れん如うな異変あると却りて迷惑するから、改心致すなら今の内であるぞよ。それを取り違ひを致して腹立つ如うな人は各自に損ざけざ。神が困るで斯様再三再四申すのざぞよ。判りてから改心致してもそれは水臭いから、此の世に出て仕放題に為て居れた守護神は、恐い事もなし耻かしい事も無い守護神シブトイぞよ。是迄は恐い者の無き世でありたが、恐い神人が顕れて逃げて去なねばならん此の大本の行状は、世に出て居りた守護神では此の大本の辛抱は出来んぞよ。此の大本は上下揃へて神代の本元に戻すところであるから一と通りの人は這入りて来ても大気遣ひで能う居らんぞよ。その筈であるぞよ。天の規則を制定る高天原であるから、斯様な霊地を一と通りの所ざと思うて居ると、判りて来た折恥かして顔も見合されん如うな失態出来ると矢張り可哀相なから、吾れの心が身を責めて約らん取り戻しのならん事が出来て来るのが見え透いて居るから皆面晒されて大本の御用聞けん失態が出来て来ることあると気の毒な。此の大本は世界には無き気遣ひな霊地であるのに、普通の所ざと思うて居ると、甚大間違ひが出来るから、人が取り違ひを致さん如う我を鎮めて改心致さぬと、今度御神徳落したらモウ其の御神徳は取れんぞよ。余り取違ひ為て居ると耻かしくて、立寄る人にも顔が合せられんことが出来て来るぞよ。蛭に塩した如うになることあると、気の毒なから、判らん内に気を付けて置くのざぞよ。腹の立つのは判らんのざ。吾れが為て居ると思うて居るのざ。皆命してあるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治36年旧8月30日 | 明治三十六年旧八月三十日 艮の金神若姫岐美命、出口の加美が顕現ると、世界が何彼の出来事が激しくなるぞよ。 明治二十五年から申してある神示が、追々日に増しに実現て来るぞよ。 先繰り鏡の出る大本、心に間違ありて、取り損ひを為て置いて、実地が出て来ると、口惜しき事がある由って、未然に気を付けて置くぞよ。 今度の神業は太古から未だ此の世に無き神業であるから、皆が取り違ひを致すから、充分判る如うに、出口の手で、徹底的判る如うに書かすのであるから、取り様が違ふと、眼の前に降りて来て居る神理霊徳が感得れん様になるぞよ。 神理霊徳感得れぬのは種々様々と心に間違ひがありて、結構な御神徳を取り外すのざが、人民と言ふ者は、神とは全然反対であるぞよ。 此の方は心の清浄な人民を好くぞよ。 余り気の穢ない人民は、良い御神徳を能う感得らんぞよ。 是からは表面を飾らいでも、腹の中の潔白な人民が、御神徳感得るのが速いぞよ。 醜しき人民の掃除致すのには、骨が折れるぞよ。 吾れの身魂が曇りて居ると、神とは物事が全然反対であるから、真実申して遣ると悪く感得ので、真実の神理霊徳を遣る人民が無いから、神業が遅くなるのじゃぞよ。 此の方が表面に天晴と顕現ると、霊主体従と体主霊従とが立別るから、今の内に身魂を磨いて置かんと、大本に吾れも私もと申して出て来だすが、磨けん身魂は這入る事が出来んことになるぞよ。 綾部の大本は、日参を致しても、昔から信心して居りても、道の違ふ信心為て居ると、正実神秘の神言経綸を言ふて貰へんぞよ。 腹の中迄視貫いた其の上で、初発から松心で、続いて来た人は結構なれど、迷い心のある人は、又夫れ丈けの御神徳ほかないぞよ。 初発から変らずに、艮の金神一と筋で来た人は、霊異た応果があるなり。 アチラに迷ひコチラに迷ひ、心の多い人の、利己主義の人は、又夫れ丈けの御神徳ほか無いと言ふ神言は、度々気が付けてあるのに、聞かんと置いて、仕放題に為て置いて、行く道が無き如うになりたと申して、後に戻りて、旧道の勉強は、仕放題に為て居りた人は、綾部の大本のイロハ四十八文字の手習ひは、外国の学の勉強とは辛いぞよ。 辛いと申すのは、イロハの勉強は、筆先通りに、行状から日日の処世法を、筆先と合致やうに、行状を為て貰はねばならんから、イロハを是迄に軽侮て居りた人程、大本に出て来ると修業が辛くなるぞよ。 全然世が顛倒て居りた故に、経綸法が違うて居るのを、全然綾部の大本から、革正さなならん大本であるぞよ。 八十の手習ひと申すのは、今度世が変ると神代に戻るから、何も譬喩が出してあるぞよ。 六十になりてからでも、八十になりてからでも、イロハから手習ひを致さなならん世が参るから。 明治廿五年から出口の手で知らして居るのに、今疑惑ある人、気の毒なものざ。疑がふて居る人民程、今度は苦しむぞよ。 苦しむのを見るのが神は辛いから、煩う気が付けてあれども、今に判らん人民斗り、可愛相でも是非無きこと。 言ふて遣りても真実に致さんし、書いて見せても見えず、盲目聾者の世になりて仕舞うて居るので。 神理霊徳の戴かせ方が無いぞよ。 何時迄大本に初発から来て、長年月修行して来たとか、私は古参信者だとか申して、エラソウに言ふて居る人民程、真実が判りて居らんのざぞよ。 大本の信仰の仕様は、判る人程口数静かなぞよ。 吾れに信仰出来て居ると思ふて出て来る人、夫れが途中の鼻高ざ。 鼻を捻じ折りて仕舞うて遣るぞよ。 厭な人は来んと置いて下されよ。 却って神の邪魔になるぞよ。 何卒して改心をさして、又夫れ夫れの御用さしてと思ふても、邪魔になる人民、寄り附かれん如うになるが、御詫を致すが良いぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正元年旧3月8日 | 大正元年旧三月八日 大国常立尊変性男子の御魂が出口の大神と現はれて申して在る通り世界の実地を致して身魂の善し悪しを分けて見せて与らんと改心は出来んから、其処まで致すのは可愛想に思うて知らすなれど知らして与りて何時まで同じ事を致して居りてもチットも反響が無いから実地の生神が実地を始めて、此の世はどういふ事で茲までの事が出来たのじゃと言ふ事を判けて見せて与るぞよ。皆元の先祖の骨折りで茲までの事が成りて来たので在るのに、此の世を建造へた元を無いやうに為て、他の苦労で出来た此の世を、我が物にしてまた悪を強く致して人の精神をモウ一つ男も女も子供も悪賢う致して行りて行かうとの世界中の目的で在らうがな。今までは賊の世で在りたから、天地の神は見て見ん振りを致して居りたなれど、モウ程なく神力を現はして悪の陰謀は天地から許さんぞよ。此の世は悪では一寸も行けんといふ事を実地を仕て見せて与るぞよ。永い間の仕組が開けるので在るから、ソウ着々とには行かねども、申して在る通り何れは世界中が成りて来るぞよ。此の世が来るから明治二十五年から出口直の身魂は因縁ある身魂であるから、初発から激い行業を命せて、他から見ると純狂者で有りたのは誰一人見判ける人民が無い故に大きな声で呼号らすから、皆が怖がりて大分騒動を為せたなれど、此の狂者に云はした事も書かした事も皆天地の先祖が使うて致させたので在るからチットも違ひは無いぞよ。腹の中の塵芥を薩張り出して了うても是れで良いと言ふ事はないから、充分改心を致して居りて下されよ。世界の事が何も一度に開く梅の花と成ると言ふ事が毎度申して知らして在らうがな。外国には余り王が沢山で今の体裁、司配者が沢山在ると世界には口舌が絶えんぞよ。王と言ふものは彼方にも此方にも在ると苦説の基で在る、昔から我れが王に成らうと致して此の世が治まろまいがな。王といふものはソンナ容易簡便ものでは無いぞよ。我れには苦労無しに、他の苦労で盗みた世を持ちて見ても、今のやうなもので在るぞよ。此の世の王は日本の元からの王より外にはさう安廉と世の元から任命ては無いぞよ。今度二度目の世の立替を致さねば、末代の世の事は外国の王ではナカナカ整頓完備がつきは致さんぞよ。余り大望な事で取違ひも在る筈なれど、大きな取り違ひが有るから、暗黒の世の中に出来て居りて、神は此世に無いもの、無くとも良いといふやうな精神の人民斗りで、改心の仕掛けが出来さうな事が無いが、今の人民には皆世に出て居れる方の守護神で在るから、言うて与ると、何ぞ山師でも致して糊口に致すやうに思うて本真に聞くものが無い非道いもので在るぞよ。 天の御先祖様が世の始まりの御水の御守護遊ばしなされたミロク様が天の御先祖様で、つきの大神様で在りて、三宝金神として、へつい金神と、お竃の上に小さいお厨子で祭りて在る家も在りたなれど、無い勝ちで在りたぞよ。又此の火を御守護遊ばすのが天の御三体の日の大神様で在るぞよ。慈親金神と申して泉庭に祭るのには金神と申して形が祭りて在る家斗りは無りたぞよ。地震金神と申して在りたのが、世界中の御土を固めしめた地の先祖が大国常立尊で在るぞよ。此の三体の神が昼夜の守護致さん事には、此の世の息あるものが、一寸の間も此の世に生活安存が出来んので在るが、其処までの事の判りた守護神が無い故に、元の御先祖様が充分の苦労艱難、口惜し残念を隠忍りて居いで遊ばしても何とも思へんので在るぞよ。世の元の根本からの天地の実地の因縁が是迄には判らずに在りたから、神は要らんものじゃと言ふやうな悪で、何処までも登れるやうに成りて、守護神が悪賢うて悪い事を謀策たら強悪非道に上へ上りて出世が出来て、我れ良しの強者万能の末法の世に成りて居ったので在るぞよ。元の神力の光りの出る時節が迫りて来て、悪の霊は好きな事も悪い事も出来んやうに天地から平らげて了うて是迄の行り方法律をスックリ変更へて了うて洗ひ更への新つの善一つの世で末代の世を立てるぞよ。今迄は逆様に天地の経綸が覆りて居りて、人民の仕て居る事が逆様斗りで在りたから、本様に世を立替致すので在るぞよ。元の神世に世を復元すと、是迄の事は上から下まで何事も薩張り切り変へに新つのいの字から致して、ミロク様の教示通りの世の持ち方に改めるぞよ。天地の先祖の神王を外国の王と同じ事に致して居るが、此れが此の世の悪の始まりで在るぞよ。天地の経綸が違ふから何も逆様斗りより出来んので在るぞよ。天地の王の先祖が此先きの世を松の世と致して、末代善一つの天地の王で治めるので在るぞよ。天地の大神が此の世を建造たので在るから、此の世のものは何も一切天地の王神の物で在るから、其他の身魂には天地を自由には為せる身魂は、一方も無いぞよ。万の神に目論まれて押込められて独り身に成りてドンナ行業も為せて貰うた御蔭で、此の先きの世を松の代に構ふ時節が参りて来たので在るぞよ。末代の世を持ちて行く身魂に成ると、一と通りの行業では勤まらん事で有るぞよ。此の世は末代潰す事は成らんから、誰もよう為ん事の、他の守護神では出来ん事のやう隠忍ん事を身を落して門に立つとこまでの行業を仕て来んと、一通りの身魂では出来ん大望な事斗りで在るぞよ。 世の立替と申すのは身魂の事で在るぞよ。身魂が総ぐもりに成りて了うて暗黒の世の中を、夫れ夫れに身魂を目鼻を着けて、此の先きではモウ世の立替といふ事は無いやうに致さな成らんから、今度の事はコンナ大望な事はモウ無いぞよ。是れ丈けの大望な事を知りた守護神が他の神に無いと言ふやうな酷い事に経綸が乱れて了うて、斯う成る事は皆世の元から見え透いて居りた故に、根本からの事が仕組が仕て有るから、何処から何を問ひに来てもドンナ弁解でも出来る世界の大本で有るから、此の大本に永く這入りて居りて何も判らいでは世界へ耻かしき事が遠からん中に出来るぞよ。心に誠といふ一心の在る身魂で無いと綾部の大本は一寸には判らん所で在ぞよ。 余り尊う過ぎて、皆思いが違ふて居るから、実地の事を。実地正真の生神が、一厘の経綸で、誰もやう為ん事を致して、九分九厘の終いと成りた所で、手の掌を覆して見せんと、未だ今に誠に致さんから、結構なお蔭をやう取らんのは、腹の中に誠といふ一心が無いからで在るぞよ。 言ふても判らず、お蔭の取らせやうが無いなれど、実地の生神が世界中へ一厘の経綸を判けて見せたら、一度に判りて、其処へ成りたら、ドンナ悪い身魂でも、改心が出来るなれど、其の経綸を申したら、此のくもりた世の中の悪い身魂斗りが出て来て、昔からの天の御先祖様の永くの御艱難を、水の泡に仕て了ふやうな守護神が出て来て、無茶に致すから、此の大本の誠の、初発の御用の出来る身塊は無いと申して在ろうがな。 綾部の大本は、今ではまだ実地の事が判らんから、まだ守護神が頑張りて居るなれど、実地の元の誠斗かりを貫行いて来た、天と地との先祖で在るから、是迄の様な嘘偽で固くねた世とは違ふから、一言申した事も実地の事斗り、嘘といふやうな事は、毛筋の横巾も申して無いぞよ。 誠一つの凝りで開く大本で在るから、此の中に置いて貰ふて居りて、嘘と言ふやうな事を申す霊魂に使はれて居る肉体は、よく精神が見届けて在るから、良い御用が出来んぞよ。 此の方は不動して居りて、人の腹の中まで能く見る神で在るから、此の神に嘘を申すやうな何も判らん守護霊の容人は、神が嫌ふから、充分の神恵は無いぞよ。 世の元からの正真の、日本魂の守護神を使役ふて、何も一度に判然るやうに埒良く致さねば、人民ではやう開らかんぞよ。 他の教会のやうな小さい事で無いから、小規模的て布教に出た位には、此の大望な神業の実地をやう判けるやうな身魂が無いし、ながたらしふ掛りて居りたら、薩張り上から下まで総損ひとなりて、両方の国も建ちて行かんやうに、難渋な事に成りては成らんから、早く実地を世界中へ出現はせて、一度の改心を致させやうより、モウ仕様が無いとこまで差迫りて居るぞよ。 二度目の世の立替を致さな成らんといふ事は、此の世の元から熟く判りて居りたから、世に落されたのも、何も皆都合の事で在るぞよ。此れ位な事を致して置かんと、二度目の世の立替の折には、チト違ふた行業を仕て置かんと、立替致したら後は良い世に成るなれど、変り目に陽気や気楽な事を致して置いたら、後が良く成らんから、自由放逸な行り方で行りて来た守護神は、此の転換期の辛棒が辛て、忍れん守護神が沢山在るから、此の大峠が凌げるやうの神徳を貰ふて、行業を致すが結構で在るぞよ。 知らして与りても聞き入れの無い守護神は、止むを得ずの事が在りても、何処も恨む所は無いぞよ。 其処に成りてからの改心は、急速の改心で在るから、一度の改心は実地の間に合はんから、気も無い中から知らすなれど、改心どころか大きな思い違いの守護神人民斗り、埒やう立替を始めんと、後の立つ様に致さな成らんから、罪障の非道い所から始めると申して在るぞよ。 今迄の世が余り贅沢過ぎて、薩張り絶頂りて了ふて、抜け道の無いやうに詰りて了ふて居るから、延すほど悪く成りて、モウ一寸も延すことが出来んから、神を恨めなよ。 知らして在るやうに成りて来るのじゃから、何にも無しに立替は出来んから、改心の出来ん身魂は、肉体在っては到底も魂性の磨けることは出来んから、言ふ事を聞かん御魂の肉体は、出直しに致さねば、神界の革新は成らんから、どうぞ改心を為せて、其の儘で置いて、何なりと出来る事を為せてと思うても、神の心を汲みとるやうな、日本の御魂の性来が、一寸も無いやうに成りて居るから、何れ始めると非道いぞよ。 霊魂を早く良く致して、光華明彩の世に致さねば、此の世が悪く成る斗りで在るから、此の世に置いて欲しいなら、改心さえ致せば善の世へ立ち帰らして、其の場から嬉悦満円なりて、善の霊を入れ換え致して与りて、末代善い名を残すやうに成るなれど、是程日々申しても、改心の出来る身魂が無いから、出来な為るやうにして、霊魂を整備するぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正元年旧10月5日 | 大正元年旧十月五日 大国常立尊変性男子の御魂が、出口の守と顕はれて、世界の守護致すぞよ。世の元の根本の生神であるから、此生神が天晴表に現はれると、何も判りて来るから、辛い守護神が出来るなれど、此方が表になりて覇張るのではないぞよ。斯ういふ世に成る事を能く知りて居る、大元の先祖であるからと申して、覇張りたのではなかりたぞよ。天と地との先祖の造り固めた世であるから、先祖の元の神でないと、世界中の事が判りはせんぞよ。外国の神では、元にこしらへてある事がわからんから、誠の世の洗濯はできんから、何遍でも世が後へ戻りて、斯ういふ困難な世が参りてきたのぢゃぞよ。今度の二度目の世界の大立替えは、末代に一度ほか無い、大望な世の立替であるぞよ。立替立別なら、何うなりと致して、無茶で致せばできるなれど、後の修理固成の大事望が、中々骨の折れる事であるぞよ。一ト色や、二タ色や、三色や、五色や、十色でないぞよ。何につけても大望ばかりであるぞよ。世の立替は何時でも始めるなれど、後の立直しの御用致す適材が揃はんと、立替した丈なら埒は良いなれど、立直しの御用致す守護神も、使はれて居る肉体も、水晶の心に磨けんと、神の御用に間に合はんから、斯ンなに六ケ敷う申すのであるぞよ。神の世一代の中には。末流の神に何ンな世をもたして見てあるが、神が見て居れば、皆われよしの世の持方ばかりでありたぞよ。天と地との先祖の神の心は、今に些ッとも息むといふ事は無いぞよ。此世ができてくるから、変性男子の御魂と変性女子の御魂が、産霊てありたといふ事が、毎度筆先に書かしてあらうがナ。此世がきた折には、世界中の困難となりて、何方の国にも、金銭の入用は程知れず、金融はだんだん逼迫になるし、何う為様も無きやうに、一旦世界中は火の消えたやうに成るから、斯うなりた折には、元の其儘の、まことの神が現れて、二度目の世の立替を致さねばならんから、此方が世に落とされたのも、御都合のことであるぞよ。世に落とされた御魂と共々に、苦労艱難、口惜き事を致し、耐忍つめてきた身魂でないことには、今度の御用は出来致さぬのであるぞよ。大本へ入りてきて、有難いばかりでは、今度の御用致すのは、神の因縁性来のわかる身魂でないと、只有難いばかりでは、結構な御用はできぬぞよ。善い守護神もあれば、悪るい守護神もあるから、其事がわからんと、悪るき守護神がでてくるから、よく見わけぬと、表皮善く見せて、悪神がでて来るから、審神者が余程骨が折れるぞよ。われの心が曇りて居ると、曇りて居る霊魂がわからんぞよ。余程見わけんと、善い方へは挙げられんぞよ。わかりて来る程、われも私もと申してでて来るぞよ。暑さ凌いで秋吹く風を待てど、一旦世界は寂しくなるぞよといふことが、筆先で知らしてあるぞよ。余まり富貴た、仕放題に致して来た御魂の肉体は、心が何となう寂しうなるから、斯うなりた折に、これ迄の心を持ちかへて居らんと、難渋なことが世界からでてくるぞよ。斯うなりてくるまでに、身魂に今迄の心を持ちかへて居るやうに、続いて日々知らしてありたが善いことも悪きことも一度に出て来るといふことが、毎度変性男子の御魂の出口直の手で今に知らしてあるのに、誤解を致したり、何もわからずに能いことばかりに眼を付けて居ると、大間違いができるから、間違の無いやうに、綾部の大本は、世界の元となる尊い所であるから、初発には皆に行がさしてあるなれど、真正の行をさしたら皆逃げて去ぬから、たらして茲までは来たなれど、綾部の大本は、世界の元となるのであるから、何事も大難事であるぞよ。大望大望と申すのを、取り違をして居る人がまだ多数あるぞよ。出口直に口で言はした事も、手で書かした事も、毛筋も違ひの無いことであるぞよ。些ッとも違ひられん事であるから、余り早うは言はれん事であるぞよ。早う申すと神界の都合で、些ッと延びる事があると、筆先が嘘でありたと申して、御蔭を堕す者が出来るし、真正の事は猥りに人には言はぬし、言はんでお蔭を墜とすし、出口を雁尻巻に致して置いて、門へも出さずに、茲まで漸う漸う出来をさしたぞよ。中々辛い取次であるぞよ。綾部の大本は、遠国から開けてくるぞよと申してあらうがナ。何も違はん、遠国から早く解る人が出て来るから、近傍の人が恥かしき事が出来ると申して、筆先に書いて知らしてあらうがな。此綾部の郡長、警察、役場が、世界へ恥かしき事が出来ると申して知らしてあるぞよ。余り判らんと恥かしくなりて、逃げて去なならん様になりて来るぞよ。何彼の時節が遅くなりて居るから、立替と、先きの立直しの御用が同時になりて、良き事と悪るき事とが、今に出て来るぞよ。遠国から出て来る鼻高者に、割りと早く改心が出来て立直しの御用が予想とは早くなりて、外国の方が改心が早うならうも、知れぬといふことも知らしてあるぞよ。立替が大層延びて居るから、初めから物事は迅いといふ事も知らしてあるぞよ。近傍程天理が判りて居らぬぞよ。遠国の人が一度参りて来ても、良いお蔭を取りて去ぬ人が、向後は段々出来るぞよ。燈台下は真ッ暗がりであるが、神は困るのではない、其人が可哀想なからと申して、耳にタコの出来る程知らしてあるぞよ。斯教は人を引ッ張りに行く道で無いなれど、余り今の人民が判らんので、神が見て居れんから、取次をこしらへて引ッ張りに遣りたなれど、余り出口を世に落としてありて、見当の取れん御用がさしてあるから、疑ふのは尤もであるぞよ。今度の御用は、人民が何程寄りて来たとても、因縁のある身魂でないと、大本の神秘の御用は出来んぞよ。人民力でも、智慧でも、学でも出来ん大望な事があるのじゃぞよ。又人民で出来ん御用は、太初の荒神が、実行を致すから、この世の鼻高が、往生致して、此世にはゑらい神があるといふ事を悟るぞよ。又真正の鼻高が一度にわかりて来て、ゑらい御手伝をなさるぞよ。この世が来るから、変性男子と変性女子の身魂が造へて在りての、今度の二度目の立替であるから、男子は筆先で世界の根本の事から、万古末代残る世の政策を書かしてあるなり、女子は世に出て居れる方の事を、この世は斯ういふ事に成りて居るといふ事がさしてありて、初発はまるで敵のやうでありたなれど。厭ナ事は皆縁類にさして見せてあるぞよ。変性男子の規則破りの懲戒を、天から御赦しを戴きた御蔭で、二ツに分れて居りた霊魂が一ツになりて、天晴と表に現れて、三千世界の守護に懸ると、世界は大分騒がしうなるなれど、速く立替を致さんと、向後の立直しが遅くなると、世界中が困る事が出て来ると、何も知らぬ人民が可哀想ナから、立替と立直とが、一所になる事も、筆先に今まで何遍も知らしてあるぞよ。変性女子のつとめも変りて、坤の金神に納まりて、皆和合が出来て結構であるぞよ。何も仕組通りになりて来るぞよ。悪の守護神に使はれて、改心の出来ぬ肉体が、此先は可哀想なれど、茲まで知らして気がつけてあるのに、今に解らん守護神に、使はれて居るやうな肉体に、言ひ聴して居る暇がないぞよ。今度の二度目の世の立替と申すのは、さッぱり世の洗ひ替であるから、何につけても大望であるぞよ。今度の大望は、天ばかりでも出来ず、地だけでも出来ん事であるから、三体の大神が地上へ降りて手伝ふてやらんと、地丈では出来んぞよ。国常立尊の仕組通りに致さねば、外の守護神が混ぜ返すと、総ての事が遅くなりて、世界中が困るから、向後は神の不可といふことを致したら、その場で懲罰を致すぞよ。これからは、此中は一日増しに変るぞよ。実地を申しても、真実には致さんから、何事も遅くなるのじゃぞよ。一度できけば[※「一度で、きけば」ということ。]、物が迅うなるなれど、人民は、自己が身をせめるのであるぞよ。是から未だ疑ふて、我を出して、われの思ふやうにする守護神に、使はれて居る肉体でありたら、じりじり舞ひを致すぞよ。素直に致す守護神であるならば、すぐから楽に生計るなり、ならんといふ事を、聴かずと致したら、苦しみが出来るぞよ。苦しみ度くば、筆先を背いて、何なりと致して見よれ。心の中でジリジリ舞ひを致すぞよ。従来とは、物事がさッぱり変るから、申すやうに致さな、その人に苦しみが出来るだけであるぞよ。 これ迄の世は、眷属が覇張りて、大将無しの世になりて居たから、さッぱり世が上下へ顛りて、人民の致すことが皆倒さま斗りで、神の尊慮に協はぬ事ばかり外、出来て居らんぞよ。是迄に世の立替はありたなれど、真正の世の立替は一度も出来ては居らんぞよ。世を何遍立替致しても、肝腎の大立直しを致さずに、立替してあるから些ッと行きよると、又世が後へ戻りたなれど、今度の二度目の世の立替は、末代に一度ほか無い世の立替であるから。下拵へに隙が要りたのである。当座や金の立替では、早刻に後へ戻るぞよ。今度の立替を致したら、巌な松の世になるから、今度の事は何につけても大望であるぞよ。立替は埒能う致した所で、後の立直しが中々大望であるぞよ。立直しの守護致す守護神は、昔の元の大和魂の、些ッとも混ぜりの無い御魂でないと、向後はズンダラな守護神は、一と方も使はんから、世に落ちて居りた荒神の守護神を、大望な御用に使ふぞよ。中々御苦労な御用であるから、世に落ちて居れる守護神でない事には、世に出て居れる守護神では、出来ん事をして貰はな成らんから、六ケ敷と申すのであるぞよ。世に出て居れる身魂は、行といふ事がして無いから、真正の神の御用は出来ぬから、それで上下へ御用をかへてあるぞよ。世が悪る開けに開けて、元の先祖の大慈悲といふ事が、末流の神に無いゆゑに、信実が些ッとも無いから、世が悪るくなるばかりで、今の難渋であるぞよ。他の苦労の結果で世を持ちて見ても、心に誠の無い守護神ばかりでは、世が持てさうな事は無いぞよ。此方が世に落されて、此世に無い神に強いられて居りても、世界の根本から、この世を蔭から構ふて居りて、仕組がしてあるので、仕組通りに何彼の事が、世界から出て来るばかりになりて居りても、守護神に、今に判らんやうな事では、真正の神とは申されんぞよ。 前後の事が見え透いて、暑さ寒さは構もいたさずに、夜分に足を伸して寝るといふ事も致さずに、世界を潰してはならんから、昔からまだ楽といふ事はなしに、引続いて世界の守護して居るぞよ。ズンダラな守護神は、利己主義で、他は何うでも、自己さへ善けら善いで、糊口に致して来た守護神は、後向が大変に辛うなりて来るなり、辛かりた守護神は、神のお蔭が現はれるぞよ。これからは天と地との先祖が、何にも指図を致すから、今迄の世の持方とは、天地の変動になるぞよ。斯ういふ醜しき世になりたのは、従来の世は、上ばかりで、下の無い世になりて居りた故に、下の政治が出来て居らんから、地の世界に大将が無かりたから、地の世界を働く守護神が、怖いもの無しになりて、利己主義の強い者勝ちとなりて居るから、何も判らん畜生界であるぞよ。 日本の国は佛や学では不可ン国であるのに、佛と学で日本の国の人民の精神を、さッぱり盲目聾者に致して仕舞ふて、今では全然四足の守護となりて、神はこの世にあるものかと申して、学さへありたら、此世は何ンな出世もできると申して、結構な日本の国を、斯のやうな醜しき国にして仕舞ふて、実地の神の眼からは、眼を開けて見られんやうになりてきたぞよ。今の日本は小さい国ではあれど、世界の結構な国であるから、外国へ与ることはできん神の国であるのに、肝腎の大和魂は、外国魂になりて了ふたのが、九分あるぞよ。竜宮の乙姫殿の御宝は、末代世の元の本の宮へ納まる世が循りて来たぞよ。斯うなるにつけては、上は上の行、下は下相応の行ひを致して区別を立て、何かの規則を決めるぞよ。規則通りにいたさねば、向後の世は厳しくなるぞよ。これまでとは天地の違ひに変るぞよ、真正の身魂が揃ふたなれば、如何にいたしてもビクともいたさねど、神界では直のつぎつぎ、一の番頭、二の番頭から改心させるぞよ。大本では、一の番頭二の番頭は役員であるぞよ。何程元が艱難をいたして、天地の御先祖を世にださうと思ふても、皆の心が揃はぬと、中々大望な御用であるから、自己が早く出世したいやうな事では、事物が成就致さんぞよ。大望であるから、誰にも解らん仕組が致してあるから、仕上らんと実地の事が判らんぞよ。役員は従来のやうな卑劣い心を棄てて了ふて、生新の心を持直して、何も神に任して居りたなれば、事物が迅くなりて、善くなるなれど、自己の利巧で致そうと思ふて致したら、初発は善いやうでも、仕組が違ふから、又物が延びるから、さうなると又嘘であると申して、神の名を悪うするばかりであるぞよ。心に誠のある人民でないと、今度の仕組は判らんぞよ。役員は筆先を見詰めて充分に了得て居りて、何ンな事を問はれても、弁解が出来るやうになりて居らんと、善い加減なお噺を致して、人を寄したら良いのではないぞよ。行に出る者は結構ではあるが、解らん者が元の神のお話は、一と通りの行して居りては、真正の事が判らんから、誰も大本へ参りて、身魂を磨いた其上で、御用致すが結構であるぞよ。身魂に因縁ありて、何所までも誠を貫く心の固まりた、寝るのも忘れる位の熱心でないと、根本のお話は出来にくいぞよ。綾部の大本の御用するのは初発から松の心で、迷ひ心の無い身魂でないと、何ンな事して居りても、お話さえすれば良いのではないぞよ。一と通りの改心では、天地の教は、人に説く事は六ケ敷ぞよ。中々人は聴いては呉れんぞよ。真実の神の教致さうと思ふたら、これまでの様な事をして居りては、真正の教は出来んぞよ。昔から無い事が出来ると申してあらうがな。斯ンな事が来て居りても、側に居りて能う解けんやうな役員ばかりであるから、改心致して、身魂を磨けと申すのであるぞよ。斯ンな結構な事をして見せても、見えも聴こえもせぬ暗がりの惨い世の中であるから、向後は神力を劇しく現はして、改心さして見せるぞよ。筆先が皆実現て、天の御三体の大神の御守護が在り出して、天地が揃ふたから、世に落ちて居れた活神の守護となると、余り神力が高うて、今の人民に守護して居れる守護神に、判らん事ばかりで、大変慮が違ふて来て、其辺あたりが光り渡りて、盲者が眼が開き、聾者が耳が聴へるなれど、光渡り、鳴り渡るばかりで、狼狽て、ヂリヂリ舞を致すぞよと申して、筆先で知らしてあるぞよ。世界の事を仕組むには、夜昼暑い寒いの厭のある様な身魂では、この世は、末代の世は、もてんぞよ。一と通りの身魂が何程寄りてやりても、世はもてんぞよ。 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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正5年旧5月18日 | 大正五年旧五月十八日 大本へ不足の在る守護神は皆何なりと此の事が不足なからと天晴れ申して御座れよ。心で不平不足的隠罪を積まんやうにサラッと申して出るが、その守護神肉体の為に宜いぞよ。言はずと心に持ちて居ると其の罪萌が段々と大きく成りて、其の守護神に使はれて居る肉体が不調法が出来て苦しむなれど、肉体には判りはせんし、辛い事が出来ても他に言ひに行く所は無いぞよ。二度目の世の立替を致したら水晶の身魂斗りに致して身魂経綸に不整不服書悪分子の無いやうに致して、是迄の悪の身魂を昔のミロク様の世の持ち方に造り直して、末代どちらの国にも口舌の無いやうに善一つの世に立替るぞよ。此の二度目の世の立替の初発の誠の御用を致すのは、余程超俗非凡活機縦横た身魂で無いと、今迄の行り方を致して小さい事を申して取り違ひ致したり、慢神致して人に御蔭を落させるやうな浅薄軽浮い身魂では何も良い御用は出来んぞよ。末代に一度の事で在るから何に付けても骨が折れるから、変性男子の御魂と変性女子の身魂とが世の根本からこしらへて在りて此の度の二人の御用の御苦労、他の身魂の分担の出来ん辛い御用で在るなり。元の御用を致す人は差添への種に成るので在るから、重役で在るから、充分筆先をのぞきつめてチットも違はさんやうに骨を折りて貰はな成らんぞよ。三段に差別て在る身魂を末代誤経綸の無いやうに艮めを刺して、誠実地の善一つの道を末代用ひるので在るから昔から世の始まりから何一つ能う致さん事の無い天地の先祖が致さな出来はせんから、胴の据りた身魂で在りたら結構な手柄を致させるので在るぞよ。今迄に仕放題に致して来た身魂を曇りのかからんやうに磨くので在るから、どんな苦労も致して此の方に付いて来る身魂で無いと、艮の御用には使はんぞよ。立替致しても後の立直しがナカナカの大事業で在るから、各部所の御用が何程でも在るから、容器に成る肉体を道具に使ふから、腹の中の掃除を速かに致して下されよ。此の先の御用は悪の性来の身魂が、チット混ざりても善の方の御用が出来んやうに成るのが世が変るので在るぞよ。時節には何も従うて後の立つやうに行り方を早く致さねば、世界中の難渋は救ける事が出来んから、此の大本から早く行り方を替へて善一つの行り方を実施実行に致して、悪の身魂も善には敵はんと改心致すやうに致さねば誠で無いぞよ。一旦天地の先祖が変性男子と変性女子の身魂を使うて桝かけを引くから、薩張り悪の道を退治げて、悪はチットも残らんやうに致すぞよ。此の世は末代続かせねば成らんので在るのに、チと行きよると世が悪く成りて、立替を致すやうな事では、天地の先祖の骨折りがチットも判りは致さんから、此の先きは天地のビックリ箱を開けて、末代岩戸の閉まらんやうに天と地との岩戸を開くから、皆チト慮見の置き所を変へんと、少々の間違ひで無いぞよ。実地が在り出したら、ビックリ致して目が醒めるから、気を付けておくぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧2月26日 | 出口直八十三歳大正七年旧二月二十六日 天照皇大御神様が天の御先祖様であるなれど、今迄は世が逆様になりて居りたゆへに、地の先祖までも斯世に無い同様に為て在りたので、斯世は薩張り永い間暗黒界となりてありたのが、時節が参りて日出の守護になりたぞよ。至仁至愛神は、善一つの何んとも譬へるものも無い円満至真の何処まで往ても角の無い世界の主師親三徳具足神であるぞよ。 天ではミロク様なり、地の世界は大国常立尊が構はねば、外の御魂では到底此の乱れ切った世を立直して誠一つの神国にいたす事は出来ぬぞよ。大国常立尊は、表面から見れば悪に見えるから悪神にしられて、除名れて茲迄は、斯世にない神となりて、幽界から守護をいたして居りたなれど、陰斗りの守護は先へ行く事も跡へ戻る事も出来ぬやうに成て居る是迄の世の持方を、全然替るには表面になりて天晴活動かねば物事が成就いたさんので在ぞよ。 綾部の大本は、世界の大元と成る大望な事を致す所であるから、書置にも言置にも、歴史にも無い事を。 いろは四十八文字で、世界中へ知せる尊い所であるから、今の人民は真実にいたさねど、言葉で申してあることも、筆先で書いてある事も毛筋も違いの無い事斗りで在るから、疑念を去って了ふて、産児の心に持代えて、誠一つに成りたならば、何んな事でも合点が行くやうに成るぞよ。 撞の大神様は、地の世界では、足定満様の霊魂の性来であるから、此の足定満様の誠の心に成りたなれば、世界の事は何事に依らず、思ふやうに箱さしたやうに行き出すぞよ。 国常立尊を丑寅へ押込て、鬼門の金神悪神崇り神と申して、何一つ不調法も無い神に悪い名を附て居りたが。 世の元の国常立尊が世界の守護をいたさねば、お地から何一色も産出は致さぬぞよ。今の人民は何も知らずに、空斗りに眼を付けて、肝腎の脚下へは気が附かず、上へ登る事ばかり考へて居ると、薩張りスコタンになるぞよ。此の世の人民が大きな取り違いを致して居りたと、云ふ事が判る時節が参りたから、世の立替の先走りの教会に、段々と気が附て来て改心するに近よりたから、早ふから斯大本へ立寄りて、神の話を聞いて居る役員は、確りいたさんと、後の烏に追い越れて恥かしい事が出来るから、永らく大本の中の役員に気を付けたなれど、何を言ふても心の曇り切たもの斗りが集りて居りたのであるから、何程神が説いて聞しても、解りかけが出来ぬ、可愛想な身魂ばかりであるぞよ。自分の発根の改心で無いと、誠一つの明白な神の道は、肉体心がチットでも混りたら何も判らぬ如うになるぞよ。 茲は世界の大本に成る尊い神の経綸地であるから、身魂の行を致さねば、良い御用は到底出来ぬぞよ。 早く良い御用を致して、世人に見せたいやうな心では、誠の神業が出来んから、何でなり共斯神は行を命すぞよ。世に出て居れた、守護神は、是までの行方が余り安楽に有り過ぎて、世界に大将無し同様に我の一力で勝手気儘の仕放題、悪い事の行り放題で、恐いもの無しに、奸智慧斗りが働いて、今の世界の斯のありさま。神はモウ黙っては居れん事に成りたぞよ。 今迄は腹の中はドウデモ表面ばかり立派で、悪い智慧がありたら、何処までも上へ登がれたなれど、此後は二度目の世の立替を致して、末代善一とつで世を持ちて行く、天の規則が制定る時節が廻りて来たから。 何に付けても骨が折れると申して知してあるが。巌に松の動かぬ固い神世に成るのであるから、梅で開いて松で治める天地の先祖が変化て世界の守護を陰で致して居りたなれど、モウ何時迄も和光同塵ては居れんから、天地の先祖の神権を発動して、善悪を速に立て別けて、日本の国は元の霊主体従の大神の御血筋で、日本の国は混り無しの御魂で立て行く昔からの経綸であるぞよ。是までの世の持ち方や、神の法律を根本から立替て了ふて、守護神人民の心の持ち方を薩張り代えさして了はねば、今迄のやうな人民の行り方なり、贅沢三昧は、何うしても出来ぬやうに厳しく変るぞよ。今迄のやうな贅沢な生活方法では世界中がモウ立行かんから、明治廿五年から筆先に出してある通りの心の持方を致して居らぬと、大変に困窮事が出来するぞよ。(編者曰今回は都合に依り之にて止め申候) |