| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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1 (105) |
ひふみ神示 | 3_富士の巻 | 第25帖 | 世界中の臣民はみなこの方の臣民であるから、殊に可愛い子には旅させねばならぬから、どんなことあっても神の子ざから、神疑はぬ様になされよ、神疑ふと気の毒出来るぞ。いよいよとなりたら、どこの国の臣民といふことないぞ、大神様の掟通りにせねばならんから、可愛い子ぢゃとて容赦出来んから、気つけてゐるのざぞ、大難を小難にまつりかへたいと思へども、今のやり方は、まるで逆様ざから、何うにもならんから、いつ気の毒出来ても知らんぞよ。外国から早く分りて、外国にこの方祀ると申す臣民沢山出来る様になりて来るぞ。それでは神の国の臣民申し訳ないであろがな、山にも川にも海にもまつれと申してあるのは、神の国の山川ばかりではないぞ、この方世界の神ぞと申してあろがな。裸になりた人から、その時から善の方にまわしてやると申してあるが、裸にならねば、なるやうにして見せるぞ、いよいよとなりたら苦しいから今の内ざと申してあるのぞ。凡てをてんし様に献げよと申すこと、日本の臣民ばかりでないぞ、世界中の臣民みなてんし様に捧げなならんのざぞ。八月の三十日、 |
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2 (131) |
ひふみ神示 | 4_天つ巻 | 第24帖 | 今の臣民めくら聾ばかりと申してあるが、その通りでないか、この世はおろか自分の身体のことさへ分りては居らんのざぞ、それでこの世をもちて行く積りか、分らんと申しても余りでないか。神の申すこと違ったではないかと申す臣民も今に出て来るぞ、神は大難を小難にまつりかへてゐるのに分らんか、えらいむごいこと出来るのを小難にしてあること分らんか、ひどいこと出て来ること待ちてゐるのは邪のみたまぞ、そんなことでは神の臣民とは申されんぞ。臣民は、神に、わるい事は小さくして呉れと毎日お願ひするのが務めぞ、臣民近慾なから分らんのぞ、慾もなくてはならんのざぞ、取違ひと鼻高とが一番恐いのぞ。神は生れ赤子のこころを喜ぶぞ、みがけば赤子となるのぞ、いよいよが来たぞ。九月十日、ひつ九のかみ。 |
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3 (169) |
ひふみ神示 | 5_地つ巻 | 第32帖 | 仕組通りに出て来るのざが大難を小難にすること出来るのざぞ。神も泥海は真っ平ぞ、臣民喜ぶほど神うれしきことないのざぞ、曇りて居れど元は神の息入れた臣民ぞ、うづであるのぞ。番頭どの、役員どのフンドシ締めよ。十月の七日、ひつ九のか三。 |
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4 (200) |
ひふみ神示 | 6_日月の巻 | 第27帖 | 神の国は生きてゐるのざぞ、国土おろがめよ、神の肉体ぞ。神のたまぞ。道は真直ぐとばかり思ふなよ、曲って真直ぐであるぞ、人の道は無理に真直ぐにつけたがるなれど曲ってゐるのが神の道ぞ。曲って真直ぐいのざぞ。人の道も同じであるぞ。足許から鳥立つぞ。愈々が近づいたぞ。世の元と申すものは泥の海でありたぞ。その泥から神が色々のもの一二三で、いぶきで生みたのぞ。人の智ではわからぬ事ざぞ。眼は丸いから丸く見えるのざぞ。この道理わかりたか。一度はどろどろにこね廻さなならんのざぞ。臣民はどない申しても近慾ざから先見えんから慾ばかり申してゐるが、神は持ち切れない程の物与へてゐるでないか。幾ら貧乏だとて犬猫とは桁違ふがな。それで何不足申してゐるのか。まだまだ天地へ取上げるぞ。日々取上げてゐる事わからんか。神が大難を小難にして神々様御活動になってゐること眼に見せてもわからんか。天地でんぐり返るぞ。やがては富士晴れるぞ。富士は晴れたり日本晴れ。元の神の世にかへるぞ。日の巻終りて月の巻に移るぞ。愈々一二三が多くなるから、今までに出してゐた神示よく腹に入れておいてくれよ、知らせねばならず、知らしては仕組成就せず、臣民早よ洗濯して鏡に映る様にしてくれよ。今の世地獄とわかってゐるであろがな。今のやり方悪いとわかってゐるであろがな。神まつれと申すのぞ。外国には外国の神あると申してあろが。み戦さすすめて外国に行った時は、先づその国の神まつらねばならんぞ、まつるとはまつろふ事と申してあろが。鉄砲や智では悪くするばかりぞ。神先づまつれとくどう気つけてあるのは日本ばかりではないぞ。此の方の申すこと小さく取りては見当取れんと申してあろがな。三千世界の事ぞ。日本ばかりが可愛いのではないぞ、世界の臣民皆わが子ぞ。わけへだてないのざぞ。この神示よみて聞かしてくれよ。読めば読むほどあかるくなるぞ。富士晴れるのざぞ。神の心晴れるのざぞ。あらたぬし世ぞ。十一月二十三日、一二 |
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5 (869) |
ひふみ神示 | 35_極め之巻 | 第3帖 | わが身をすてて、三千世界に生きて下されよ、わが身をすてると申すことは我をすてること、学をすてることぢゃ、すてると真理がつかめて大層な御用が出来るのであるぞ、それぞれの言葉はあれどミコトは一つぢゃと申してあろうが、ミコトに生きて下されよ。言葉の裏には虫がついてゐるぞ、英語学ぶと英語の虫に、支那語学ぶと支那語の虫に犯されがちぢゃ。判らねばならんし、中々ながら御苦労して下されよ。大難を小難にすることは出来るのであるが無くすることは出来ん。不足申すと不足の虫が湧くぞ、怒ると怒りの虫ぞ。一生懸命、自分の信じるように、神を小さくして自分で割り切れるように、引きづり降ろして居るなれど、困ったもんぢゃ、長くゆったりとした気持ちで神を求めて下されよ。 |
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6 (976) |
ひふみ神示 | 39_月光の巻 | 第44帖 | この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をすることがよくあるなれど、それは大難を小難にし、又めぐりが一時に出て来て、その借銭済しをさせられてゐるのぢゃ。借りたものは返さねばならん道理ぢゃ。損もよい、病気もよいぞと申してあろうが。此処の道理もわきまへず理屈申してゐるが、そんな人民の機嫌とりする暇はなくなったから、早う神心になって下されよ。そなたは祈りが足らんぞ。祈りと申すのは心でゐのり願ふことでないそ。実行せねばならん。地上人は物としての行動をしなければならんぞ。口と心と行と三つ揃はねばと申してあること、忘れたか。 |
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7 (1748) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 15 山神の滝 | 第一五章山神の滝〔六六〇〕 松姫は来勿止神に導かれ、門の傍の細やけき二間造りの室に案内された。 来勿止神『此の暗夜に女の身として此の神山へ御参拝なされますに就ては、何か深い理由がございませう。私は此の関所を守る役目として一応御尋ねして置く必要がございますから、どうぞ包まず隠さず事情を述べて下さい』 松姫『御恥かしいことで御座いますが、私は今まで大変な取違ひを致して居りましたものでございます。ウラナイ教の分社高城山の麓の館に於て、三五教に対抗し、素盞嗚大神様の御邪魔ばかり致して来ました罪の深い女でございます。私の師匠の高姫、黒姫と云ふ方が大変に素盞嗚尊様に反対の教をなさつたので、私はそれを真に受け、何処までも天下国家のためにウラナイ教を拡張し、素盞嗚尊の一派言依別、八島主神様の主管せらるる三五教を根底から打ち壊す決心を以て、昼夜の活動を続けて来たものでございますが、素盞嗚尊様は吾々凡人の考へて居るやうな方ではなく、大慈大悲の世界の贖主であるといふ事を、第一に高姫様が合点遊ばし、立つても坐ても居られないので、黒姫様と御相談の上私の方へも詳細な手紙が参りました。就ては高姫、黒姫御二方の今迄の罪を許して頂かねばなりませぬので、弟子としての私も立つても坐ても居られませず、何か一つの荒修行を致しまして、功名手柄を顕はし、それを御土産に三五教へ参り、師匠や自分の罪を赦して頂き度いばつかりに、高城山の館を振り捨てて一人とぼとぼと此の霊山に修行がてら、玉照彦様を如何かして御迎へ申し、これを土産に三五教へ帰るつもりで参つたのでございます』 来勿止神『アヽさうでせう。私もうすうす言照姫様より承はつて居りました。併し乍ら貴女は余程御改心が出来て居るやうだが、未だお腹の中に副守護神が沢山に潜伏して居りますから、此儘御出でになつても玉照彦様が御承知下さいますまい。此先に山の神の滝がございますから、其処で七日七夜荒行をなさつて副守護神を追ひ出し、至粋至純の本心に復帰り水晶玉に磨き上げた上、御出でにならなくては駄目ですよ』 松姫『如何にも左様でございませう。どうか如何なる荒行でも厭ひませぬ、どうぞ御命じ下さいませ』 来勿止神『此処の修行は大変に辛いですが、貴女それが忍り切れますか』 松姫『何程辛くても構ひませぬ。仮令生命が亡くなつても、御師匠様の罪が消えさへすれば、それで満足致します』 来勿止神『アヽそれは感心な御心がけだ。それなら是から時を移さず、山の神の滝に於いて修行をなされ、神の道に断飲断食は無けれども、貴女は自分の罪及び、御師匠様の罪、其他部下一般の罪の贖ひのために、七日七夜断飲断食をなし、その上に荒行をせなくては本当に罪は消えませぬぞ』 松姫『何分よろしく御願ひ致します』 来勿止神『勝、竹の両人、一寸此処へ出ておいで』 言下に二人は此場に現はれ、 勝公『何用でございます』 来勿止神『別に外の事ではないが、この松姫様が山の神の滝で、七日七夜の荒行をなさるのだから、お前は十分世話を代る代るして上げて呉れ。荒行の間は決して此の方に同情したり、憫みをかけてはいけませぬぞ。能う限りの虐待をするのだ。さうでなければ神様へ対し重ね重ね御無礼御気障り、到底何時までかかつても罪は消滅するものではないから、松姫様を助けたいと思ふなら、十分厳しき行をさしてあげて呉れなくてはなりませぬ』 勝公『ハイ畏まりました。何分門番も勤めねばなりませぬから、竹さんと私とが代る代る世話をします』 来勿止神『アヽそうだ。若いものをよく監督して、落度の無い様に十分の荒行をさせ、立派な人間に研いて上げて呉れ』 二人は一礼し、 勝公、竹公『サア松姫様、早速ながら是から滝壺へ参りませう。何れ大きな灸を据ゑられると随分熱うて辛いものだが、そのために大病が全快した時の愉快といふものは、口で言ふやうなことでないと同様に、お前さまも是から私が大きな灸を据ゑます。併し乍ら決して憎んでするのぢやないから、悪く思うて下さらぬ様に頼みますぜ』 松姫『罪重き妾、どんな辛い行でも甘んじて致します。何卒よろしう御願ひ申します』 勝公『よしよし、サア斯う来るんだぞ、松姫の女つちよ。愚図々々してゐやがると頭をかち割らうか』 と俄に言葉や行ひに大変動を現はした。 松姫『ハイ』 と答へて随いて行く。 勝は先に立ち、竹は松姫の後より棒千切を以て背を打ち、臀を突き、 竹公『ヤイ松姫、何を愚図々々してゐやがるのだ。早く歩かぬか、あた面倒臭い。日が暮てからやつて来やがつて、俺達が楽に寝ようと思つて居るのに、滝まで送つてやつて貴様を大切に虐待せねばならぬ。今まで慢神をして大神様に敵対うた其のみせしめだ』 と言ひつつ棒千切れを以て、松姫の後頭部をカツンと撲つた。松姫は痛さを堪へ乍ら、 松姫『どうも有難うございます。これでちつとは妾の罪も軽くなりませうか』 竹公『ナニ百や二百撲つたつて、頭をかち割つたつて、貴様の罪は容易に浄まるものか』 勝公『オイ竹公、あまりぢやぞ』 竹公『何があまりぢや。貴様は来勿止神様の御言葉をなんと聞いたか。松姫に親切があるのなら、十分に虐待をしてやれと仰有つたぢやないか』 勝公『ウーそれはさうだが、あまり役たいもないことをするものぢやないぞ。虐待も十分にするが好が、其処は又、それ其処ぢや、人情を呑み込まずにな。好いか』 竹公『貴様は偉さうに先頭に立ちやがつて、来勿止神様の御言葉を無視し、且又松姫の修行を妨げ、重い罪を更に重うしようとするのか』 松姫『モシモシ御二方、妾のことに就て、どうぞ口論はないやうにして下さいませ。神様に済みませぬから』 竹公『エー松姫の奴、何をゴテゴテと干渉するのだ。ふざけた事を吐すとモー一つ御見舞だぞ。イヤ此の棍棒で力一パイ首が飛ぶ程、可愛がつてやらうか』 松姫『重々の御親切有難う存じます。併し乍ら御苦労をかけて済みませぬ。どうぞ貴方もお疲れでせうから、今日はこれ位でお休み下さいませ』 竹公『なにうまい事を言ふな。矢張り頭を撲られるのが苦いと見えるな。俺は此間から何とはなしに、むかついてむかついて其処の岩でも木でも、見つけ次第撲り度うて撲り度うて、腕が唸つて居つたのだ。今日は幸ひ来勿止神様の御命令を遵奉して心地よい程、貴様の頭を可愛がつてやるのだ。有難く思へ。荒行と云ふものは辛いものだらう。ウラナイ教で朝から晩まで、蛙かなんぞのやうにザブザブと水をかぶつとるのとはちつと段が違ふぞ。何程辛くても生命の瀬戸際になつても、僅か七日七夜の辛抱だ。此処で修行をやり損ねたならば、今まで大神様の御道を邪魔した、自らの罪で万劫末代根底の国に落され、無限の苦しみを受けねばならぬぞ。此の位なことはホンの宵の口だ。九牛の一毛にも如かざる苦みだから、勇んで修行をするのだぞ』 松姫『ハイ』 と答へた儘、頭部より流るる血潮の眼に滲み込むを、袖にそつと拭ひつつ、しよぼしよぼと滝の方へ向つて随いて行く。 勝公『サア、これが名題の山神の滝だ。ちつと寒うても真裸体になつて、頭から水をかぶるのだ。此処は猿が沢山居る処だから、顔を引つ掻かれぬやうに用心なさい。昼は大丈夫だが、夜分になると千疋猿がやつて来て悪戯をするから』 松姫『ハイ、有難うございます』 竹公『勝公、御苦労だつた。お前は門の方を守つて呉れ。俺はこれから一つ此の行者を十分に可愛がつてやらにやならぬからな。それから六と初とに棍棒を持つて、至急やつて来るやうに言うて呉れ』 勝公『さう沢山棍棒を持つて来て如何するのだい』 竹公『きまつたことだ。一本位の棍棒では徹底的に可愛がつてやる訳にはいかぬ。助太刀のためだ』 勝公『併しなア、竹公、わが身を抓つて他の痛さを知れと言ふことがあるなア。世界に鬼は無いといふことも、誰やらに聞いたことがあるやうに思ふ』 と、それとは無しに余り虐待をせぬようにと、口には言はねど、其意をほのめかしてゐる。 竹公『なに謎のやうなことを言ひやがつて、貴様は松姫を大切にせいと言ふのぢやらう、否結局憎めといふのだらう。何事も竹の胸中に有るのだ、心配せずに早く帰れ。さうして来勿止神さまに俺が力一パイ虐待して可愛がつて居る実状を、より以上に報告するのだぞ』 勝公『竹の奴が松姫の頭を七八分割り、腕を折り、胴腹に風穴をあけよつたと言つて置かうか』 竹公『そうだ、其処は貴様の都合にして呉れ。マア可成く神様は小さいことはお嫌ひだから、言ふのなら十分大きく言ふのだな。オイ勝、一寸待つて呉れ。二人の奴に棍棒を持つて来るように言つて呉れと云うたが、こんな女一人を虐待するのに応援を頼んだと思はれては残念だ。俺が徹底的にやつて置くから、来勿止神に詳細に報告するのだぞ』 勝公『そんなら松姫さま、暫くの辛抱だ。どうぞ立派な身魂になつて下さいや』 松姫『ハイ有難うございます』 竹公『エー又女にベシヤベシヤと正月言葉を使ひやがつて、早く帰れ』 勝公『帰れと云はなくても誰が斯んな怖ろしい処に居る奴があるか』 とトントンと帰つてゆく。 肌を裂く如き寒風は木々の梢に唸りを立てて見舞うて来る。月は皎々として東の山の頂きから滝壺をのぞいた。 竹公『松姫さま、御気の毒ですが、どうぞ暫らく辛抱して下さい。来勿止神は中々厳格な神で寸分も仮借をしませぬから、私も実は満腔の涙を隠して、失礼なことを致しました。併し乍ら到底貴女の身体では、此の荒行は続きますまい。世は呪と言うて神様は、大難を小難に祭り替へて下さるのだから、私もこれからスツパリと素裸体になつて、貴女の行を助けて上げよう。さうすれば七日のものは三日半で済むといふ道理だ。お前さま、頭を割られて血が出たと思つてゐるだらうが、ありや血ぢやありませぬから安心なさい。私が紅殻の汁を棒の先の革袋に括りつけて撲つたのですよ。血と見えたのは袋の紅殻だ。撲られた割には痛くはありますまいがな』 松姫『ハイ、さうでございました。別に何処も痛んで居りませぬ。斯んなことで神様の御意に召すやうな荒行が出来ませうかな』 竹公『出来ますとも。神様は形だけをすれば赦して下さいます。可愛い世界の氏子に何を好んで辛い目をさせなさいませう。貴女が生命がけの荒行をして、御詫をしようと決心なさつた其の心が、既に貴方の罪を赦して居ります。唯今の貴女は最早ちつとも罪は無いのですよ。本当の生れ赤児の心ですワ。併し乍ら余り気分のよい滝ですから、清めた上に浄めてお出でになつたら宜敷からう。併し来勿止神は、あゝ見えても実際は閻魔さまの化身ですから、中々賞罰を厳重になさるのです。今帰つた勝公だつて本当に優しい、慈悲深い人間です。併し乍ら彼奴は馬鹿正直ですから私が本当に貴女を虐待したのだと思つて心配をして居るのです』 松姫『アヽさうでございますか。なんとも御礼の申しやうは御座いませぬ。何分よろしう御指導を願ひます』 斯くして二三日経つて、四日目の朝になつた。 松姫『なんと荘厳な景色ですな。日輪様が此の滝に輝き遊ばして七色の虹を御描き遊ばし、得も言はれぬ微妙な鳥の声、常磐木の色、まるで天国の様ぢやありませぬか』 竹公『さうですとも、貴女の心が清まつたので宇宙一切が荘厳雄大に見え、環境すべて楽園と化したのですよ』 松姫『高城山も随分景色に富んだ処ですが、到底比べものにはなりませぬワ』 竹公『それは貴女のお心が曇つてゐたからですよ。今度見直して御覧、此の景色よりも層一層立派です』 斯く話す時しも勝公は莞爾々々として馳せ来り、 勝公『アヽ松姫さん、竹さん、御苦労だつた。来勿止神様から今日は行の中途だけれど、モウ修行が済んだから直様御山へ参詣つて宜しいとの御命令が下りました。お悦びなさいませ』 松姫『それは何より有り難うございます』 と滝壺に向ひ、感謝の祝詞を奏上し終つて三人打ち連れ立つて、来勿止神の庵に向つて帰りゆく。 竹公『神様、おかげで無事に松姫様の御修行が終りました』 松姫『来勿止神様、いろいろと厚き広き思召に依りまして、汚い身魂を洗つて頂きました』 来勿止神『アヽそうだつたか、結構々々、モウそれで何処へ出しても立派なものだ。お前さんの修行のおかげで玉照彦様のお迎へも出来ませう。お師匠様の罪も全然赦されませう、よう辛い行をなさいました。アヽ竹公、お前も大変な心配り、気遣ひであつたな。私の心を知つて居るのはお前ばつかりだ』 と嬉し涙を袖にそつと拭ふ。暫くは沈黙の幕が下りた。此時門前に慌しく駆来る四人の男、 男『モシモシ此の門開けて下さいませ』 勝は立上り大石門をギーと左右に開けた。四人の姿を見て勝は驚き、 勝公『ヤアお前は此の間やつて来た不届者、バラモン教の谷丸、鬼丸の両人、又二人も味方を殖やして来居つたのだな。玉照彦様だと思つて大きな岩石を大事さうに抱へて帰り、途中で気がついて又もや二度目のお迎ひに来居つたのだらう。モウモウ余人は知らず貴様に限つて、此門を通過さすことは出来ないと来勿止神様の厳命だ』 谷丸、鬼丸は大地にペタツと坐り、涙を流し乍ら、 谷、鬼『モーシ門番様、今日の谷丸、鬼丸は先日の両人とは違ひます。どうぞ御安心下さいませ』 勝公『違うと云つたつてお前の容貌と云ひ、姿と云ひ、何処に一つ変つたとこがないぢやないか』 谷、鬼『ハイ形の上はちつとも変つて居りませぬが、私の心は天地の相違に変りました』 勝公『いよいよ以て怪しからぬ奴だ。皮は何時でも変るぞよ。霊魂は中々変らぬぞよと神様が教へてござる。それに何ぞや、心が変りましたとは益々合点のゆかぬ奴だ』 谷、鬼『そのお疑ひは御尤もでございますが、今までの取違ひ、慢神の雲霧が晴れまして、すつぱりと青天白日の様な魂に生れ変りました。何程人間が利巧や智慧をだして焦慮つて見た所で駄目だ。神様のお許しない事は九分九厘で掌が覆ると云ふことをつくづくと悟らして頂きました。アーア心程怖ろしいものは御座いませぬ。今迄私は三五教や、ウラル教、ウラナイ教が敵ぢやと思つて、一生懸命に其の敵を征服したいと憂身を窶し、大活動を続けて居ました。然るに豈図らむや、その大悪魔の敵は私等の心の中にみんな潜んで居りました。斯うおかげを頂いた以上は、天ケ下に敵も無ければ、他人も無い、鬼も大蛇も何もありませぬ。吾々は松姫と云ふウラナイ教の宣伝使に対し、非常な暴虐を加へ、大方半死になるとこ迄打擲を致しましたことを、今更乍ら悔いまして、立つても坐ても居堪まらず、四人のものが、どうぞして松姫様の所在を尋ね御詫をせなくてはならないと思うて、そこらを探す内、道で会うた杣人に聞いて見れば、三四日以前の暮れ方に霊山の方に向つて、一人の女が上つたと云ふことを聞き、之は正しく松姫様に間違ひあるまいと、飛び立つ許り悦んで四人が打揃ひ御目にかかつて御詫をしようと出て来たのです。どうぞ此処を通して下さいませ。又先達は貴方等に御無礼を致しました其罪も御詫せなくてはなりませぬ。何事も過去のことは水に流して、吾々の過ちをお赦し下さいますやうに』 勝公『さてもさても妙なことが出来たものだ哩。変り易いは秋冬の空と聞いてゐるが、こりや又大変の地異天変が起つたものだ。一寸皆さま待つて下さい。松姫様もまだ此処にゐられますから、伺つた上で会はせませう』 と門内に影を隠しける。 (大正一一・五・九旧四・一三外山豊二録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 04 砂利喰 | 第四章砂利喰〔六七八〕 梅照彦が朝夕に神の教を宣り伝ふ 珍の館を後にしてここに三人の宣伝使 玉照彦の生れませる高熊山の巌窟に 心を洗ひ魂清め神国守に送られて 来勿止館の門前に暇を告げてスタスタと 足に任せて進み行く天狗の岩にて名も高き 境峠を打渡り小幡の川の上流を 尻を捲つて対岸青野ケ原を右左 眺めて進む法貴谷戸隠岩の前に着く。 三人は激湍飛沫の音高き谷川に沿へる、樹木鬱蒼たる谷道をエチエチ登つて、漸く戸隠岩の麓に着き路傍の岩に腰打掛け、息を休めてゐる。其処より一丁許り離れた坂道に五六人の怪しき男の影、何か頻りに囁いてゐる。 玉治別『竜国別、国依別の兄貴、何だ、向ふの方に怪体な奴が囁いてゐるぢやないか。此の山道に何をして居るのだらうかな』 国依別『あれは泥棒の群だ。往来の人の衣類持物を、すつかり脱がせる追剥商売が現はれたのだよ。最前も真裸体になつて女が泣きもつて通つただらう。あれは屹度的さんにやられたのに違ひないぞ。俺達も斯うして蓑笠を着て歩いて居るものだから、彼の女も吾々を同類と見よつたか、恐さうにキヤーと云つて一目散に遁げたぢやないか』 竜国別『それに間違ひは無い。吾々も屹度脱がされるのだな。一つ此処で何とか考へねばなるまいぞ』 玉治別『なアに、往くとこ迄行つて見な分るものか、刹那心だ。取越苦労をするに及ばないぞ、万々一先方が泥棒だつたら、此方が率先して泥棒の仮声を使ひ、泥棒仲間に交つて、彼奴等をうまく改心させるのだな。木花姫命様は三十三相に身を現じ盗人を改心させようと思へば自分から盗人になつて、一緒に働いて見て「オイ、盗人と云ふものは随分世間の狭いものの怖ろしいものだ。斯んな詮らない事は止めて天下晴れての正業に就かうぢやないか」と云つて、盗人を改心させなさると云ふことだ。酒飲みを改心させるには、自分も一緒に酒を飲み、賭博打を改心させるには自分も賭博打ちになつて、さうして改心させるのが神様の御経綸だ。吾々も一つ先方が盗人だつたら、此方も盗人に化けて、手を曳合うて仲間入りをなし、さうして改心させれば良いのだ』 国依別『なんぼ何うでも、盗人だけは断然止めたいなア』 玉治別『ナニ、心から盗人になれと云ふのぢやない。盗人を止めさせるための手段だから構はぬぢやないか。それが観自在天の身魂の働きだ。万一先方が盗人であつたら、此の玉治別が俺は盗賊の親方だと云つて威喝するのだから、お前達は俺の乾児に化けて居るのだぞ。さうして竜国別とか、国依別とか、斯んな道名を唱へては先方に悟られるから、此処で名を暫く改へて竜公、国公、玉公親分で行くことにしよう。先方から「オイ旅人一寸待つた、持物一切渡して行かつせエ」なんて言はれてからは面白くない。先んずれば人を制すだ。泥棒と見込みがついたら、一つ俺の方から口火をつけるのだ。オイ竜公、国公、玉公親分さんに従いて来い』 竜国別『到頭宣伝使を泥棒の乾児にして了ひやがつたなア』 国依別『エーこれも仕方がない。観自在天の御化身になると思へば、辛抱も出来ぬことはない、サア玉公親分、先へ行つて下さい』 玉治別は先に立ち大手を振り乍ら、五六人の男の車座になつて道を塞いで居る前に近づき見れば、今剥ぎ取つたらしい女の衣服が傍に在るに気が付いた。的切り此奴は泥棒と、玉治別はわざと大きな声で、 玉治別『オイ竜、国、早く来んかい。彼処に五六人の男が居る。彼奴の着物をフン奪つて真裸にしてやるのだ』 と進んで行く。五六人の泥棒は此声を聞いて何れも呆気にとられてゐる。 玉治別『コレヤ木端泥棒、俺を誰だと思つて居るか。三国ケ岳の鬼婆の片腕と聞えたる大泥棒の玉公親分さんぢやぞ。サア持物一切此方にすつぱりと渡さばよし、愚図々々吐すと何奴も此奴も一蓮托生、素首を引抜いて了ふぞ』 甲『喧しう云ふない。俺だつて同じことだ。商売の好みで、俺達の着物だけは堪へて呉れ』 玉治別『堪へて呉れとぬかしやア話の次第によつては堪へぬ事も無いが、何うだ、一枚だけ俺に渡さないか。大難を小難にして赦してやるのだから』 乙『モシ親方、一寸待つて下さい。今吾々が集会を致しまして、ヌースー会社の創立委員となり、株式募集の協議の最中でございます。貴方もどうぞ沢山株を持つて下さい、品に依つたら社長さまに推薦するかも知れませぬから』 玉治別『俺は株は持つてはやらうが、一番の親方だから株代は払はないぞ。優先株を八百万株ばかり俺に献上致せ。さうすれば徹胴敷設でも何でも、うまく認可してやらう』 甲『そんな認可をして貰つたつて、此の泥棒会社に用は無い。徹胴の刃過(鉄道の認可)や無銭出ン話(無線電話)や田紳(電信)の御かげで、吾々の商売の大変邪魔になつて居るのだから、そんなものは要らないわ』 玉治別『貴様は矢張狐鼠盗人だな。通行人の着物位脱がして虐めて何になるかい。モツト羽織袴を着たり、洋服をつけて立派に万年筆の先で、一遍に難渋万、難迫万、難船万と云ふ泥棒をせぬのかい。徹胴敷設をすればレールをかぢり、道路を開鑿すれば砂利をかぢり、軍艦を拵へては鋼鉄をかぢり、缶詰を請負うては石を詰込み、斯う云ふ立派な智慧を出してヌースー式をやるのだ。さうすれば別に斯んな山奥に隠れて、慄うて居らないでも好いのだ、白昼に堂々と大都会のまん中を自動車を飛ばし、白首を乗せて天下の馬鹿者どもを睥睨しつつ、葉巻を燻らして大きな面をしていけるのだぞ。モウ斯んな仕様もない小盗人は廃めて、世界一の宝を手に入れる商売に乗り替へたら何うだい。軍艦かぢりよりも、レール喰ひよりも、砂利喰ひよりも何万倍とも知れぬ結構な商売があるのだぞ』 甲『エヽそんな商売が、親方何処にありますか』 玉治別『あらいでかい。俺にまア二三日ついて歩いて見よ。斯うして俺は乞食のやうな風に化けて居るが、其実は立派なものだぞ。今の世の中は家を飾り、衣服を飾り、身体中金ピカに扮して居る奴は、却て内実が苦しいものだ。家の中は火の雨が降つて居る。俺達は斯うして表面は汚い風をして居る代りに、かかりものが沢山はかからず、大変気楽で、世界の者の知らぬ結構な宝を手に入れて、毎日日日嬉し嬉しの花を咲かして楽しんで居るのだ。一つ貴様も俺の乾児になつたらどうだ。随分小盗人も苦しいものだらうが』 甲『お察しの通り随分苦しいものです。併し、しようことなしに、斯んな商売をやつて居るのです』 乙『三国ケ嶽の鬼婆アさまは、何でも蜈蚣姫とか云うたさうですな。蜈蚣の精から生れたのぢやありませぬか』 玉治別『なアに、そんなことがあるものか、随分あの婆アさまは俺の親方で自慢するぢやないが偉いものだよ。世界中の金銭を自由にして居るのだ。それだからお銭(足)が、たんと有るので蜈蚣姫と言ふのだよ』 丙『アーそれで蜈蚣姫と云ふのですか。何を云つても金銭の世の中ですから、せめて蜈蚣姫の乾児になりとして欲しいものですな』 玉治別『俺が蜈蚣姫の代理を勤めて居る玉公と云ふものだ。此処に二人、怪体な面をして来て居る奴は、竜公、国公と云つて、随分貴様の様に奴甲斐性の無い、小さい小盗人をチヨコチヨコやつて居つた奴だが、到頭往生しよつて俺の乾児になつたのだ。金銭よりも何よりも、モツトモツト立派な宝が発見されたのだ。それを俺達は二人の乾児を伴れて取りにゆくのだ、それは立派なものだぞ。紫の玉に黄金の玉だ』 乙『へーい、それは立派なものでせうなア』 玉治別『その玉さへあれば、三千世界の事は何でも彼でも、自分の心の儘になるのだ。貴様も俺の乾児にしてやるから、御供をしたらどうだい。さうして名は何と云ふか』 甲『ハイ私は遠州と申します、それから此奴が駿州、此奴が甲州、武州に三州と云ふものです。モー一人の奴は雲助上がりだから雲州と云ふ名がつけてあるのです』 玉治別『さうか、よし、それでは小盗人は今日限り廃めるか、何うだ』 遠州始め一同は、 一同『ヘイヘイ誰が斯んな小さい商売を、アタ恐い、致しますものか。貴方の御供を致しまして、これから其玉を取りに参りませう』 玉治別『オイ此処に居る竜州と国州は、貴様等の兄貴分だから、よく言ふ事を聞かねばならぬぞ。それも承知か』 遠州『私は承知致しました。一同の奴も異議はありますまい』 玉治別『さうか、それならよし。今日からこの玉州さんの新乾児だ、オイ竜州、国州、俺は今俄に腹を痛めずに、これだけ大きな子を生んだのだから、貴様達は子守役になつて世話をしてやつて呉れよ』 竜国別『エー仕方が無い。国、何うするつもりだい』 国依別『どうすると云つたところで、行きつきばつたりだ。まア行くとこ迄行つて玉を掠奪した上のことだ。オイオイ貴様等は俺の弟分だ。俺達二人の言ふ事を神妙に聞くのだぞ。どんな用があつても直接に、お頭領の玉州さんに口を利いちやならない。この国州や竜州に相談をかけ、指揮を仰ぐのだぞ』 遠州『ハイ委細承知致しました。併し乍ら私の大親分に天州と云ふ奴があります。此の天州は今三五教の本山へ、何か結構な玉があるに違ひないといつて、信者に化込んで這入つて居ります。それは徳公と云ふ智慧も力も立派に備はつた大親分です』 玉治別『ナニ、あの徳公が貴様の親分と云ふのか。彼奴は聖地で門掃をして居つた奴ぢや。あんな奴を親分に仰ぐ貴様だから知れたものだ。実の所は俺は泥棒でも何でもない、三五教の誠一つの教を宣伝する玉治別のプロパガンデイストだ。さうしてこの御二方は竜国別、国依別と云ふ立派な宣伝使だ。サアこれから其方等が、すつぱりと改心をして、誠の道に復帰るか、さうでなければ、其方達に言霊を発射して、ビリツとも出来ないやうに、五年でも十年でも固めて置くがそれでもよいか』 一同『エー貴方は、さうすると三国ケ嶽の鬼婆の乾児ではないのですか』 玉治別『定つた事だよ。誰が泥棒商売のやうな、世間の狭い引合はぬことをするものかい。俺達は人を相手にせず、天を相手にすると云ふ、実に武勇絶倫なる不世出の英雄豪傑だ』 甲『泥棒の親分でさへ結構だと思つてゐるのに、三五教の宣伝使とは思ひもよりませなんだ。併し泥棒より幾千倍、イヤ天と地との差異ある神様の御道、どうぞ吾々を可愛がつて救うて下さいませぬか』 玉治別『ヨシヨシ救うてやる。その代りに吾々の指揮命令に盲従を続けるのだよ』 此時空中に涼しき宣伝歌と思はるる曲が聞えて来た。 三千世界の梅の花一度に開く時来り 本霊を曇らせし憐れな世人を悉く 誠の神の御教に救ふ時とは成りにけり この谷道に現はれし遠州、武州を始めとし 甲州三州其他の曲津をことごと言向けて 神の誠の教を説きいよいよ吾等が睦び合ひ 力を協せて高春の山の尾の上に巣を造る アルプス教の司神鷹依姫が本城に どつと乗り込み如意宝珠黄金の玉や紫の 玉をマンマと手に入れて三千世界を神の世に 立直さむは目の当り遠州駿州甲州武州 雲州三州諸共に来れや来れいざ来れ 敵は幾万あるとても何の懼るることやある 直日の剣抜きつれて群がる奴輩悉く 神の誠の言霊に縦横無尽に攻めなやめ 勝鬨上げて神界の堅磐常磐の御使と 千代万代に名を揚げて尽きぬ生命を何時迄も 生かして通る神の道朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも鷹依姫の手に持てる 宝珠の玉を取り還し此世を救ひの神として 吾等と倶に抜群の功名手柄をしよぢやないか アヽ惟神々々御霊幸はひましませと ○ さしもに嶮しき山坂を先に立つてぞ進み行く 瑞の御霊の三柱に五つの身魂を加へつつ 三五の月照る夜半ごろ別院村を乗り越えて 大槻並や能勢の里乗せて馳行く口車 摂津の国の多田の里波を湛へし津田の湖 畔にこそは着きにける ○ 此の物語長けれど眠りの神に誘はれて 横に寝乍ら根の国や華胥の国に進み行く アヽ惟神々々御霊幸はひましませと 後振り返り眺むれば外山の霞晴渡り 高春山の頂きに豊二照らす朝日影 上るを待つて此の続きいと細やかに伝ふべし。 (大正一一・五・一六旧四・二〇外山豊二録) |
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霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 03 白楊樹 | 第三章白楊樹〔八二五〕 三五教の宣伝使鷹依姫を始めとし 竜国別やテー、カーの一行四人は蛸取村の 山奥深く進み入りアリナの滝の上流に 神代の昔月照彦の神の命の現れませる 鏡の池の岩窟に身を潜めつつ黄金の 玉の所在を探らむと鷹依姫を岩窟の 中に隠して神となし竜国別は池の辺に 庵を結び朝夕に天津祝詞を奏上し 審神者の職を勤めつつテーリスタンやカーリンス 二人の男を西東北や南の国々へ 言宣れ神と身をやつしアリナの滝の上流に 月照彦の現はれて何れの人に限りなく 玉と名のつく物あらば到りて神に献ずれば 大三災の風水火小三災の饑病戦 赦し玉ひて其人に無限無量の寿を与へ 五穀果物成就し無限の福徳授かると 善い事づくめをふれまはし欲に目のなき国人は 玉に善く似た円石や瑪瑙の玉やしやこ翡翠 珊瑚珠玉を持出して遠き山野を打渡り 鏡の池の傍に供へて帰る可笑しさよ 竜国別は一々に目を光らして眺むれど 一つも碌な奴はない偶黄色の玉見れば 表面飾る金鍍金ガラクタ玉は山の如 積み重なりて数多く日を重ぬれど三五の 錦の宮に納まりし黄金の玉は影もなし テー、カー二人はそろそろと小言八百言ひ並べ 『鏡の池を後にして何処の果にか宿替し 又更めて一芝居打たうぢやないか』と両人に 言挙げすれば鷹依姫や竜国別は『待て暫し モウ一息の辛抱だ堪へ忍びは幸福の 母となるぞ』と両人をチヨロまかしつつ待つ間に テーナの里の酋長が黄金の玉を持出でて 玉の輿に乗せ乍ら数多の人数を引連れて アリナの滝や鏡池神の御前に捧げむと 風に旗をば靡かせつ進み来るぞ勇ましき。 虚実の程は知らねども擬ふ方なき黄金の 玉に喉をば鳴らせつつテーナの里の酋長に 国玉依別と名を与へ暫くアリナの滝の辺に 御禊の業を命じおき瑪瑙の玉と掏り替へて 夜陰に紛れて谷川を遡りつつアリナ山 峰打渉り宇都の国櫟が原に四人連れ 萱生茂る大野原やうやう辿りつきにけり。 竜国別、テーリスタン、カーリンスの三人は、代る代る黄金の玉を錦の袋に納め、肩に担いでアリナ山の急坂を登り降りし乍ら、汗をタラタラ漸く茲に辿り着きぬ。どうしたものか、此玉は一歩々々重量を増し、後から何者か引張る様な心地し、余程頭を前に傾けて居らぬと、玉の重みに引きつけられて、仰向けに転倒する様な気分になつた。漸くにして生命カラガラ此処までやつて来て、最早大丈夫と白楊樹の蔭に足を伸ばして一休する事と為しぬ。 身の丈五尺計りの大蜥蜴は幾百ともなく萱野ケ原を前後左右に駆巡り、雀の様な熊蜂、虻は汗臭い臭をかいで寄り来り、油蝉の様な金色の糞蠅、咫尺も弁ぜざる程群集し来り、ブンブンと唸りを立てる、其煩ささ。四人は萱の穂を束ねて大麻に代へ、右の手にて虻、蜂、金蠅などを払ひ乍ら、日の暮れたるに是非なく、玉を抱えて、四人は草の上に横たはり、草臥果てて、舁いて放られても分らぬ迄に熟睡し居たりけり。 折柄吹き来るレコード破りの夜嵐に、萱草はザワザワと音を立て、白楊樹は風を含んで弓の如く、大地を撫で、虻、蜂、蠅などは、何処へか吹き散らされて、一匹も居なくなつて了つた。白楊樹は弓の如く風に吹かれて地を撫でた途端に、四人の体の上に襲ひ来たりぬ。 テーリスタンは寝惚けた儘、玉の袋を首に結びつけ乍ら、白楊樹の枝を、夢現になつて力限りに抱えた。さしもの暴風もピタリと止んで、天に冲する白楊樹は元の如く直立して了つた。よくよく見ればテーリスタンは、白楊樹の梢に、何時の間にか上られてゐた。『アツ』と驚く途端に足ふみ外し、唸りを立てて三人が寝てゐる側近く、図転倒と落下し来り、ウンと一声目の黒玉をどつかへ隠して了つて、白玉計りグルリと剥き、大の字となつて、手足をピリピリと震はして居る。玉を包んだ錦の袋は、白楊樹の空に引つかかつてブラつきゐたり。 三人は驚いてテーリスタンの側に駆寄り『水よ水よ』と叫び乍ら、あたりを見れ共、水溜りはどこにも無い。月は淡雲を押分けて、漸く下界に光を投げた。あたりを見れば地を赤く染めて苺の実がそこら一面に熟してゐる。竜国別は手早く二三個をむしり取り、歯をくひしばつて倒れてゐるテーリスタンの口を無理にこじあけ、苺を潰して、其汁を口中に入れた。テーリスタンは漸くにして息を吹き返し、顔をしかめて、腰のあたりを切りに撫で廻しゐる。 カー『おいテー、貴様一体如何したのだ。こんな所でフンのびたり、心細い事をやつて呉れな。ヤアそして貴様の首にかけて居つた玉袋は何処へやつたのだい』 テー『どこへやつたのか、根つから覚えない。何でも俺は天狗にさらはれて、高い所へあげられた夢を見たが、ヤツパリ元の所だつた。大方夢の中の天狗が取つて帰にやがつたかも知れやしないぞ。何と云つても結構な黄金の玉だから、天狗迄が欲しがると見える。小人玉を抱いて罪ありとは此事だなア。あゝ腰が痛い、玉所の騒ぎかい。何とかして呉れぬと、息がつまりさうだ。アイタタアイタタ』 と顔をしかめて居る。鷹依姫はビツクリして顔色を変へ、 鷹依『コレ、テーさま、今迄苦労艱難して手に入れた黄金の玉を、お前如何したのだ。サア早く返して下さい。あの玉を紛失でもしたら、承知しませぬぞや』 テー『そんな事云つたつて、無い袖はふれぬぢやありませぬか。何れどつかにアリナの滝でせう。甘い事を云つて酋長の家の宝を何々して来たものだから、神罰は覿面、何々がやつて来て何々したのかも知れませぬぜ。お前さまも余り大きな声で小言を云ふ資格はありますまい。仮令泥棒に盗られた所で元々ぢやないか。泥棒の上前をはねられたと思へば済む事だ。あゝこれで改心をして権謀術数的の行方は今日限り断念なされませ。心の玉さへ光れば、黄金の玉の三つや四つ無くなつたつて、物の数でもありませぬ。酋長の奴の性念玉が憑りうつつてると見えて、アリナの山を渉る時にも随分後から引張られる様で、重たくて、苦しくて仕方がなかつた。此広い高砂島を、あんな重たい物を持つて歩かされようものなら、それこそ吾々は息ついて了ひますワ。黄金の玉を紛失したとてさう悲観したものでもありませぬ。つまり神様から大難を小難に祭りかへて、罪業をとつて頂いたと思へば、こんな結構な事はありませぬ。サアサア皆様、大神様に感謝祈願の祝詞を奏上して下さい』 鷹依姫『これテーさま、何と云ふ勝手な事を仰有るのだ。お前もチツとは責任観念を持つたら如何だい。折角長の海山を越え、苦労艱難をしてヤツと手に入れた三千世界の御神宝を、ムザムザと紛失しておいて、ようマアそんな勝手な事が云へたものだ。如何しても斯うしても、其玉を再び発見する迄は、テーさま、お前は仮令十年でも百年でも、ここを動く事はなりませぬぞえ』 テー『あゝ困つたなア。お月様は何程照つても、肝腎の月照彦神様は如何して御座るのか。キツパリとあの玉はどこに隠れて居るとか、誰人が盗つたとか、知らして下さりさうなものだ。アヽ鷹依姫さまにボヤかれる、腰の骨は歪んで痛い苦い。この様な蜥蜴原に脛腰の立たぬ様な目に遭はされて如何なるものか。神様も余り聞えませぬワイ、アンアンアン』 とソロソロ泣き出したり。 鷹依『これテー、何程泣いたつて、玉は返つては来ませぬぞえ。チトしつかりして、胸に手を当て考へて見なさい。お前はまだ本当に目が醒めぬのだらう』 テー『マアさうセチセチ言はずに、チツと計り猶予を与へて下さい。玉の行方は何処ぞと、沈思黙考せなくては、短兵急に吐血の起つた様に請求されても、早速に開いた口がすぼまりませぬワイ』 鷹依『お前所か、こつちの方から、余りの事で、阿呆らしさが偉大うて、開いた口が、それこそすぼまりませぬワイナ』 カーリンス空を仰ぎ見て、 カー『ヤア、月夜でハツキリは分らぬが、あのポプラの梢に、何だかピカピカと光つて、ブラ下つて居る物が見えるぢやないか。あれはテツキリ玉の這入つた錦の袋の様だぞ』 竜国別は白楊樹の空を眺めて、 竜国『ヤア如何にも、あれは錦の袋だ。おいテー、お前は御苦労にも、あの様な高い木の梢へ袋を括りつけ、盗まれぬ様にと気を利かした迄はよかつたが、足ふみ外し、真逆様に墜落して腰を打ち、目を眩かして居よつたのだなア。アハヽヽヽ。サアこれから御苦労だが、テーさまに登つておろして来て貰はうかい。あこ迄括りつけに往た丈のお前だから、木登りはよく得手て居ると見える。サア早う下ろして来てくれ』 テー、天空を仰ぎ見て、 テー『ヤア如何にも不思議だ。何時の間にかあんな所へ、誰が持つて登りよつたのだらう。私は生れ付き、木登りは拙劣だから、到底あんな所へあがれる気遣はないのだ。大方天狗の奴悪戯しよつたのであらう。あんな所へあがるのは、到底天狗でなくては出来るものではありませぬワイ……なア竜国別さま、あなた鎮魂して天狗を呼集め、あの袋を茲へ持つて来る様にして下さいなア』 竜国『お母アさま、如何でせう。合点の往かぬ事ぢやありませぬか。テーは御存じの通り、身の重たい男で、あの様な所へ、能うあがり相な事はありませぬ。コリヤ矢張天狗の悪戯に間違ありませぬよ』 鷹依『此辺には野天狗が沢山に居るから、油断をする事は出来ませぬ。これは何とかして、神様に御願申し下ろして頂かねば吾々は何時になつても此処を離れる事は出来ませぬ。……コレ、カー、お前はチツとばかり身が軽さうだ。神様の為、世界の為の御宝だから、取りにあがつても滅多に無調法はありますまい。私がこれから大神様に一生懸命願をこめるから、お前御苦労だが、一寸登つて来て呉れまいかなア』 カー『さうですな、マア一寸試に登れるか登れぬか、調べて見ませう』 と、一抱もある白楊樹の根元に立寄り、木の幹に一寸手をかけ『キヤツ』と悲鳴をあげて、其場にカーリンスは打倒れ人事不省に陥りにける。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 07 火事蚊 | 第七章火事蚊〔一〇四四〕 人盛なれば天に勝ち、天定まつて人を制すとかや、喜楽は一身一家を抛つて、審神者の奉仕に全力を尽すと雖も、何を云つても廿余名の、元より常識の欠けた人物の修行者が発動したこととて、どうにも斯うにも鎮定の方法がつかない。正邪理非の分別もなく、金光教会の旧信者計りで、迷信と盲信との凝結であるから、到底審神者の云ふ事は聞入れないのである。又神懸といふ者は妙なもので、金光教の信者が修行すれば金光教の神が憑つて来る。どれもこれも皆金神と称へる。天理教の信者が修行すれば、十柱の神の名を名告つて現はれる。妙霊教会の信者が修行すれば、又妙霊教会の奉斎神の名を名告つて現はれて来る。其外宗旨々々で奉斎主神の神や仏の名を名告つて、いろいろの霊が現はれ来るものである。上谷の修行場では金光教の信者計りであつたから、牛人の金神だとか、巽の金神、天地の金神、土戸の金神、射析の金神などと、何れも金神の名を名告るのであつた。又竜宮の乙姫だとか、其他の竜神の名を以て現はれる副守護神も沢山なものであつた。 今日の大本へ修行に来る人間は、大部分中等や高等の教育を受けた人が多いから、此時のやうな余り脱線的低級な霊は憑つて来ない。が大本の最初、即ち明治卅二年頃の神懸といつたら、実に乱雑極まつたもので、丸で癲狂院其儘の状態であつた。其上邪神の奸計で、審神者たる者は屡危険の地位に陥る事があつて、到底筆や口で尽せるやうな事ではなかつた。幽界の事情を少しも知らない人々が此物語を読んでも、到底信じられない様な事許りであるが、それでも事実は事実として現はして置かねば、今後の斯道研究者の参考にならぬから、有りし儘を包まず隠さず、何人にも遠慮会釈なく、口述する事にしました。 頃は明治卅二年、秋色漸く濃やかな時、金明会の広間では、例の福島、村上、四方春三、塩見、黒田を先頭に、日夜間断なき邪神界の襲来で、教祖のいろいろの御諭しも、喜楽の審神者も少しも聞き入れぬのみか、却て教祖や喜楽を忌避して、福島氏の如きは別派となり、広前の奥の間を占領し、四方、塩見、黒田三人の修行者と共に、奇妙な神懸を続行して居る。 『お父サン、久しぶりでお目にかかりました』 『ヤア吾子であつたか、会いたかつた……見たかつた……ヤア其方は吾妻か……』 『吾夫で御座んすか、艮の金神さまが世にお落ち遊ばした時に、私も一所に落されて、親子兄弟がチリヂリバラバラ、時節参りて、艮の金神さまのおかげで、久し振りで夫婦親子兄弟の対面を許して貰ひました。あゝ有難い勿体ない、オーイオーイオーイアンアンアン』 と愁歎場を演出してゐる。余りの狂態に、平素から忍耐の強い教祖も、已むを得ず箒を以て、福島の神懸を掃出し、 教祖『お前は金光教を守護する霊であらう。此大本をかき紊す為に、福島の肉体を借つて居る事は、初発から能う知つて居る。モウ斯うなつては許す事は出来ぬから、一時も早く退散せい』 と厳しく叱りつけられ、半分肉体の交つた神懸の福島は、大いに立腹し、 福島『此誠の艮の大金神さまのお憑り遊ばした福島寅之助を、能う見分けぬやうな教祖が何になる。勿体なくも艮の金神の生宮を、箒で掃出したぞよ。又上田も小松林のやうなガラクタ神が憑つてゐるから、此結構な大神を能う見分けぬとは困つたものであるぞよ。何の為の審神者ぢや、分らぬといふても程があるぞよ。サアサア皆の神懸共、これから丑の年に生れた寅之助の、艮大金神が神力が強いか、出口と上田の神力が強いか、白い黒いを分けて見せてやるぞよ。此方の御伴致して上谷へ来いよ。もし寅之助が負たら従うてやるが、此方が勝ちたら出口直も上田も、誠の艮の金神に従はして、家来に使うてやるぞよ。今日が天晴れ勝負の瀬戸際であるぞよ。皆の神懸よ、一時も早く上谷へ行けよ。出口と上田の改心が出来ぬから、今目をさまし改心の為に、神が出口の家を灰にして了うぞよ。それから町中も其通りぢやぞよ。噫誠に気の毒なものぢやぞよ。人民が家一軒建てるのにも、中々並大抵の事ではないが、神も気の毒でたまらぬぞよ。これも出口直が我が強うて、上田の改心が出来ぬからぢやぞよ』 と四辺に響く大音声にて呶鳴り散らす。喜楽は何程福島に神懸の正邪を説明しても、聞かばこそ……、自分は誠の艮の金神ぢや、上田の審神者が何を知るものか……と、肩を怒らし、肘をはり、威丈高になつて、神懸や役員一統を引連れ、韋駄天走りに一里余りの道を、上谷の修行場さして行つて了つた。 出口教祖と喜楽と澄子の三人を広前に残して、役員も神懸も悉皆、福島にうつつた邪神の妄言を固く信じて、上谷へ行つて了つた。喜楽は教祖の命に依りて、二三時間程経つてから、中村竹造[※霊界物語における中村竹造の名前に「竹造」と表記している場合と「竹蔵」と表記している場合があるが、霊界物語ネットでは「竹造」に統一した。詳しくはオニペディアの「霊界物語第38巻の諸本相違点」を見よ]の妻の中村菊子と只二人で、上谷の四方伊左衛門といふ人の家の修行場へ出張して見ると、役員も神懸も村の人達も、老若男女の分ちなく、悉皆福島について、高い不動山の上へ上つて了ひ、あとには黒田清子と野崎篤三郎とが修行場の留守をしてゐた。そして黒田には悪狐の霊が憑つて、喜楽の行つたのも知らずに、何事か一人でベラベラと喋り立てつつあつた。野崎は其傍に両手をついて、おとなしく高麗狗然として畏まつてゐた。喜楽の顔を見るなり、野崎は驚いて、黒田清子に耳打をすると、黒田は忽ちに仰向けになつて、 黒田『上田来たか、よく聞けよ。此方は勿体なくも素盞嗚尊であるぞよ。お前が改心出来ぬ為めに、気の毒乍ら綾部の金明会は灰にして了うぞよ。お前は何しに来たのぢや、一時も早う綾部へ帰つて、火事の消防にかからぬか。グヅグヅして居る時ではないぞよ、千騎一騎の此場合でないか』 とベラベラと際限もなく喋り立てる。喜楽はいきなり、 喜楽『コラ野狐、何を吐すか。そんな事があつてたまらうか。コリヤ野狐、正体をあらはせ!』 と後から手を組んで『ウン』と霊をかけると、清子は忽ち四つ這になつて、 『コーンコン』 と鳴き乍ら、家の裏山へ一目散に駆け出した。野崎はビツクリして、後追つかけ、漸く三町許りの谷間で引捉へ連れて帰つて見ると、清子は正気になつたやうに見せて、 黒田『あゝ上田先生、誠にすまぬ事を致しました。モウこれからは、福島大先生の事は聞きませぬ。私は余り慢心をしてゐましたので、不動山の狐がついてゐました。あゝ恥かしい残念な』 と顔を袂で押しかくす。喜楽は、 喜楽『そんな事にたばかられるものか、詐りを云ふな、其場逃れの言ひ訳だ。審神者の眼で睨んだら間違ひはあるまい。四つ堂の古狐奴!』 とにらみつくれば、又もや、 『コンコン』 と鳴き乍ら、一目散に不動山を指して逃げて行く。暫くすると、例の祐助爺イサンが、喜楽の前に走せ来り、 祐助『上田先生、あんたは又しても神懸サンを叱りなさつたさうだ。今黒田サンに素盞嗚尊さまがおうつりになつて、山へ登つて来て大変に怒つてゐやはりますで。大広前が御神罰で焼けるのも、つまり先生の我が強いからで御座います。爺イも一生懸命になつて、大難を小難にまつり代へて下さいと、お詫を致して、艮の金神さまや神懸さまに御願申して居りますのに、先生とした事が、お三体の大神さまのお懸り遊ばした結構な神懸サンを、野狐だなんて仰有るから、大神さまが以ての外の御立腹、どうしても今度は許しは致さぬと仰有ります。先生、爺イが一生の頼みで御座りますから、黒田サンの神さまにお詫を、今直にして下さりませ。綾部の御広前や町中の大難になつてはたまりませぬから……』 とブルブル震ひ乍ら、泣き声で拝んで居る。喜楽は、 喜楽『祐助サン、心配するな、決してそんな馬鹿な事があるものか。誠の神さまなら、そんな無茶な事はなさる筈がない。皆曲津神が出鱈目を言ふて居るのだ。万一綾部にそんな大変事があるものなら、自分が上谷へ来る筈がないぢやないか。ジツクリと物を考へて見よ』 と諭せば、爺イサンは少しは安心したと見え、始めて笑顔を見せた。喜楽は直に不動山へ登り、数多の神懸の狂態を演じて居るのを鎮定せむと、修行場を立出でた。爺イサン驚いて、喜楽の袖を控え、 祐助『先生、どうぞ山へ行くのはやめにして、これから直綾部へ帰つて下さい、案じられてなりませぬ。今先生が山へ登られたら、又々福島の神さまが、御立腹なさると大変で厶ります』 と無理に引止めようとする。喜楽は懇々と祐助をさとし、漸くの事で納得させ、中村菊子と同道にて、綾部へ立帰らしめ、喜楽は只一人雑木茂る叢をかきわけて不動山に登り、松の木蔭に隠れて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]連中の様子を覗つてゐた。 福島寅之助、四方平蔵、足立正信、其外一統の連中は、喜楽の間近に来てゐる事は夢にも知らず、一心不乱になつて、 『福島大先生さま、艮の大金神さま、一時も早く教祖さまの我が折れまして、上田が往生致しまして……綾部の戒めをお許し下さいませ、仮令私の命はなくなりましても、教祖さまが助かりなさりますように』 と一同が涙交りに頼んでゐる。四方春三の声で、 春三『皆の者よ、よく聞け。出口直は金光大神の反対役であるぞよ。上田のやうな悪い奴を引張り込んで、金光教会を潰したぞよ。あの御広間は元は金光の広間ぢやぞよ。それに出口と上田とがワヤに致したぞよ。誠の艮の金神が、今度は勘忍袋の緒が切れたから、上田の審神者を放り出さねば、何遍でも大広間は焼いて了ふぞよ。四方平蔵も又同類ぢや、出口直と相談を致して、上田をかくれて迎へに行きよつたぞよ。出口と上田と平蔵と三人が心を合して、金光の広間をつぶしたぞよ。今度は改心して、上田を穴太へ追ひかへせばよし、何時までも其儘に致してをるやうな事なら、此神が許さぬぞよ』 などと、もと金光教の信者計りが集まつて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の口で攻撃をやる。黒田きよ子が又口を切つて、 黒田『足立正信どの、其方は何と心得て居るのぞえ。金光教会の取次ではないか、今まで出口の神の側に二三年もついて居り乍ら、上田のやうなガラクタ審神者に、広間を占領しられて、金光どのへ何と申訳致すのか。上田の行状を見たかい。彼奴は、毎日々々朝寝は致す、昼前に起て来て、手水もつかはぬ、猫より劣つた奴ぢやぞよ。寝所の中から首丈出して飯を食つたり、茶を呑んだり、風呂へ這入つても顔一つ洗ふ事も知らず、あんな道楽な奴を、因縁の身魂ぢやから大切にしてやれ、と教祖が申すのは、チツと物が分らぬぞよ。教祖の目をさますのは、一番に上田を放り出すに限るぞよ。あとは金光教で足立正信殿が御用致せば立派に教が立つぞよ。あれあれ見やれよ、今綾部の金明会が焼けるぞよ。皆の者よ、あれを見やいのう』 と邪神が憑つて妄言を吐いてゐる。一同は目を遠く見はつて、綾部の方を覗く可笑しさ。折ふし綾部の上野に瓦屋があつて、窯に火を入れて居るのが、夕ぐれの暗を照して、チヨロチヨロと見え出した。さうすると、 黒田『サア大変ぢや大変ぢや、出口の神さまは誠に以てお気の毒ぢやぞよ。御心配をして御座るぞよ。今頃は上田の審神者が一生懸命になつて火傷をし乍ら火を消しにかかつて居るぞよ。大分にエライ火傷を致して居るから、今度こそは神罰で命を取られるぞよ。今出口の神が一生懸命に祈つてゐるぞよ、ぢやと申して此火は中々消えは致さぬぞよ。綾部の大火事となるぞよ。神の申す事は一分一厘違は致さぬぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。慢心は大怪我の元だぞよ。慢心致すと足許へ火がもえて来て……熱うなるまで気がつかぬぞよ。行けば行く程茨むろ、行きも戻りもならぬよになるぞよ。それそれあの火を見やいのう』 と三人の神懸[※校定版では「神がかり」]が口を切る。数多の村人も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も泣き声になり、 『福島大先生様、中村大先生様、四方大先生さま、足立大先生さま、どうぞお詫をして下さいませ』 と手を合して拝んでゐる。時正に一の暗み、瓦屋の火も見えなくなつた。 四方平蔵『火事にしては火が小さ過る。余り消えるのが早かつた。これは福島大先生さま、どういふ訳で御座いませうか……』 と尋ねて居るのは四方平蔵氏であつた。福島は横柄にかまへ乍ら、 福島『ウン、神の御仕組で広前を一軒丈犠牲に焼いたぞよ。皆の者よ綾部へ帰つて、出口の我を折らして、上田を放り出して了へよ。其後へ誠生粋の艮の金神が、福島寅之助大明神と現はれて、三千世界の立替を致すから、天下太平に世が治まりて、大難を小難にまつり代へて許してやるぞよ。何程人民がエライと申しても神には勝てぬぞよ。疑を晴らせよ。誠の丑寅の金神の申す事は、毛筋の横巾程も間違ひはないぞよ。改心致さぬと足許から鳥が立ちて、ビツクリ致して目まひがくるぞよ。改心するのは今ぢやぞよ』 と呶鳴り散らしてゐる。暗の帳はますます深く下りて来た。鼻をつままれても分らぬやうに暗い。提灯もなければ、上谷まで帰る事も出来ぬ真の暗になつた。村中の者が家を空にして、残らず此処へ登つて了つて居つたが、山を下りるにも下りられず、途方に暮れて『惟神霊幸倍坐世』と合掌してゐる。其処へ暗がりの中から、喜楽の声として、 喜楽『汝等一統の者、余り慢心強き故に邪神にたぶらかされ、上田の審神者の言も用ひず、極力反対せし結果は、今汝等の云ふ如く、足許から鳥が立つても分るまい。喜楽は数時間以前から、此松の木蔭に休息して、汝等の暴言暴動を残らず目撃してゐた。汝等に憑つた邪神は、現在此処に居る喜楽を見とめる事も出来ない盲神だ。又綾部の広前は決して焼けてはゐないぞ。最前見えた火の光は、稍大にして火事の卵に似たれども、あれは火事ではない、上野の瓦屋が窯に火を入れたのだ。汝等は今此処で目を醒まし、悔ゐ改めねば、神罰忽ち下るであらう。現に此山上にさまようて、帰路暗黒、一寸も進む能はざるは神の懲戒である。汝等一同の者、よく冷静に考へ見よ。万一広前が焼けるものと思へば、何故大神の御霊の鎮座ある、広前につめきつて保護せないのか。なぜ面白さうに火事見物をし、村中が弁当や茶などを携帯して、安閑と見下ろそうとしてゐるその有様は何の事か、これでも誠の神の行ひか、チツとは胸に手を当て考へてみよ』 と呶鳴りつけた。サアさうすると……上田は綾部に居ると固く信じてゐた一同の者は、藪から棒をつき出したやうに、喜楽が現はれたのと、其説諭に面食つて、泣く者、詫びる者、頼む者が出来て来た。暗き山路を下りつつ、躓き倒れてカスリ傷をするやら、茨に引つかかつて泣き叫ぶやら、ヤツとの事で不動山から、命カラガラ上谷の伊左衛門方の修行場へ帰つたのはその夜の十二時前であつた。 何れの人を見ても、顔や手足に茨がきの負傷せぬ者は一人もなかつた。四方平蔵は、喜楽に手を引かれて下山したので、目の悪いにも拘はらず、かき傷一つして居なかつた。喜楽は一同の者が邪神の神告の全然虚言であつたので、各自に迷ふてゐた事を悟つたであらうと思ひ、急ぎ綾部へ只一人帰つて来た。其あとで又々相変らず邪神の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を続行し、其結果一同鳩首会議を開き、其全権大使として足立氏と四方春三、中村竹造の三人が選まれた訳である。要するに甘く喜楽を追放するといふが大問題であつた。 審神者の役といふものは仲々骨の折れるもので、正神界の神は大変に審神者を愛されるが、之に反して邪神界の神は恐れて非常に忌み嫌ひ、陰に陽に審神者を排斥するものである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一五旧八・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 28 金明水 | 第二八章金明水〔一〇六五〕 明治三十四年旧五月十六日[※新暦だと1901年7月1日]、出口教祖始め、上田会長、出口澄子、四方平蔵、中村竹造、内藤半吾、野崎宗長、木下慶太郎、福林安之助、竹原房太郎、上田幸吉、杉浦万吉ら一行十五人は、皐月の曇つた空を目当に徒歩にて出雲の大社へ神明を奉じて参拝することとなつた。此参拝が無事に済めば、何もかも神界の因縁が判り、大望が成就するものだと、役員一同の考へであつたらしい。 先づ立原で一宿し、それから十里程歩いては泊りなどして、漸く但馬の八鹿へ着いた。さうすると道々役員連の空想的談話が始まつて来た。そこで喜楽は、 喜楽『そんな事思うて居るとあてが違ふ』 と一口云つたら大変に役員の機嫌を損じ、喜楽に対して余程冷淡な扱ひをするやうになり、『ナアニお前等がそんなことが分るものか、御筆先に出雲へいつたら因縁が分ると書いてある』……と威張りちらす。教祖は教祖で、出雲へさへいつてくれば皆の改心が出来る……とすましたものである。途中で四方春三の亡霊が役員にうつつて、澄子と会長との間を不和ならしめやうとかかり、両人は其亡霊の為に非常に悩まされ、途々議論を衝突させ乍ら、日を重ねて鳥取に着いた。それから千代川を汚い舟に乗つて加露ケ浜に出で、加露ケ浜から舟に乗つて三保の関に着かうと計画したのである。 恰度海が荒れて三日間船を出す事が出来ず、加露ケ浜の旅館で一行十五人が泊り込み海上の凪ぎ渡るのを待つこととした。其時恰も海軍中将伊東祐亨氏が山陰沿海視察の為にやつて来て同じ宿屋に泊つてゐた。教祖が筆先を一枚書いて、伊東中将に宿屋の亭主の手から渡され、よく査べてくれ……といはれたが、それきりで何の返答も聞かなかつた。 喜楽は夜中頃に妙な夢を見た。それは海潮が際限もなき原野に立つてゐると、東の方から大きな太陽とも月とも分らぬが、昇られてだんだんこちらへ近付き、澄子の懐へ這入られた夢を見て目がさめた。此月すでに澄子は妊娠してゐたのである。それから翌年の正月二十八日[※新暦3月7日]に女子が生れたので、朝野に立つてゐた夢を思ひ出し、朝野と名をつけた。これは在朝在野の人々を済度する子になるだろうといふ考へと二つをかねて命けたのであつた。さうすると朝野が四つになつた年、自分から……わしは朝野ぢやない直日ぢやと言ひ出したので、直日と呼ぶやうになつたのである。三日目の朝、又もや磯端を伝ひに十里許り西へ進んで一泊し翌朝船を仕立てて、三保の関に渡り神社に参拝し、中の海宍道湖を汽船に乗つて平田に上陸し、徒歩にて大社の千家男爵の門前の宮亀といふ旅館に一行十五人投宿した。 二三日逗留の上神火と御前井の清水、社の砂を戴き、二個の火縄に火をつけて帰途につき、稲佐の小浜から松江丸といふ汽船に乗つて境港につき、それから徒歩にて米子に至り、一日計り歩いて又もや今度は帆船に乗り、加露ケ浜の少し東、岩井の磯ばたにつき、行がけに泊つた駒屋の温泉場に再一泊し、又もや山坂を越えて旧六月の四日福知山まで、数百人の信者に迎へられ、漸く綾部へ帰つて来た。途中澄子は産婦に免がれがたきツワリで非常に苦み、石原から時田や其外の大男の背中に負はれて帰つて来た。 それから其火を百日間埋み火として役員二人が昼夜保存し、百日目に十五本の蝋燭に火を点じ、天照大御神さまへ捧げることとした。又砂を本宮山や竜宮館の周囲に撒布し三四ケ所の井戸に水を注ぎ、大島の井戸へ天の岩戸の産盥の水を一所にしてほり込み、金明水と名をつけたのである。其水を竹筒に入れ其年の旧六月の八日[※新暦だと7月23日]に教祖は会長、澄子其他四十人計りの信者と共に沓島へ渡り、其水を海に投じ、此の水が世界中を廻つた時分には日本と露国との戦争が起るから、どうぞ大難を小難に祭りかへて貰ふやうに、元伊勢の御水と出雲の御水と、竜宮館の御水と一所にして竜神さまにお供へするといつて祈願をこめて帰つて来られたが、それから丁度三年目に日露戦争が起つたのである。 出雲参拝後は教祖の態度がガラリと変り、会長に対し非常に峻烈になつて来た。そして反対的の筆先も沢山出るやうになつて来た。澄子が妊娠したので、最早会長は何程厳しく云つても帰る気遣はないと、思はれたからであらうと思ふ。それ迄は何事も言はず何時も役員が反対しても弁護の地位に立つて居られたのである、いよいよ明治卅四年の十月頃から、会長が変性男子に敵対うといつて、弥仙山へ岩戸がくれだといつて逃げて行つたりせられたので、役員の反抗心をますます高潮せしめ、非常に海潮、澄子は苦心をしたのであつた。それから大正五年の九月九日まで何かにつけて教祖は海潮の言行に対し、一々反抗的態度をとつてゐられたが、始めて播州の神島へ行つて神懸りになり、今迄の自分の考が間違つてゐたと仰せられ、例の御筆先まで書かれたのである。 今日迄の経路を述べ立つれば際限がなけれ共只霊界物語を口述するに当り、大本の大要を述べておくのも強ち無用ではないと信じ、ここに其一端を古き記憶より呼び出し、述ぶることとした。まだまだ口述したきことは沢山あれ共、紙面の都合に依つて本巻にて止めおくことにする。後日折を見て詳しく発表するかも知れぬ。 惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一九旧八・二九松村真澄録) (昭和一〇・六・一〇王仁校正) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 10 添書 | 第一〇章添書〔一二八四〕 治国別は浮木の森のランチ将軍、片彦将軍其他を帰順せしめ道々三五の教理を説き諭し乍らクルスの森迄進んで行つた。さうしてお寅に向ひ、 治国『お寅さま、お前さまはウラナイ教の熱心な肝煎であつたが、かうして三五教に帰順し立派な信者となられたのは実に吾々も大慶です。併し乍ら、之から一度イソの館へ御参拝になり、大神様の御許しを受けて立派な宣伝使となつてお尽しになつては如何です。平の信者となつて行くよりも余程便宜かも知れませぬよ』 お寅『はい、有難う厶ります。私の様な婆でも宣伝使にして頂けませうかな』 治国『婆だつて、何だつて貴方の身魂其者は決して老若の区別はありませぬ。老人は如何しても無垢な者ですから却て吾々よりも立派な宣伝使になれませう。私が手紙を書きますから此を以て河鹿峠を渡りイソの館に参拝し八島主さまに御面会の上、百日ばかりも修行して其上立派なる宣伝使となり神界のためにお尽しなされ。それが何よりの後生の為めですよ』 お寅『私の様な悪たれ婆でも改心さへすれば貴方の爪の垢位な働きが出来ませうかな。それなら之から仰せに従ひ一度参拝をして参りませう』 治国『そんなら今手紙を書いてあげませう。之を以ておいでなさいませ』 と云ひ乍ら、腰の矢立をとり出し一枚の紙にスラスラと何事か書き記した。其文面によると、 (文面)『治国別より八島主命様に御紹介申上げます。私は今や途中に於て種々雑多の神様のお試しを頂き広大無辺の御神徳を蒙り、神恩の深きを感謝し乍ら漸くクルスの森迄安着致しました。さうしてバラモン軍の先鋒隊、ランチ、片彦将軍は今は全く大神様の御神徳によつて三五教に帰順致しました故、何卒大神様へ御奏上の程願上げ奉ります。何れ之等の人々はも少し予備教育を施した上、手紙を以て御館へ参籠致させ修行の結果宣伝使にお取立て下さる様御願ひ致す考へなれば万事よろしく願ひます。扨て此手紙の持参者は小北山のウラナイ教に牛耳を執つて居た、もとは浮木の村の女侠客お寅と云ふ婦人で厶ります。治国別が出征の途中祠の森に於て片彦将軍の秘書役たりし愚弟松彦に巡り合ひ、彼松彦は直に三五の道に帰順致し小北山のウラナイ教の本山に参り蠑螈別、魔我彦及お寅を漸くにして御神徳のもとに帰順せしめたる者で厶ります。就いては此手紙の持参人即ちお寅さまを宜しく願ひます。稍迷信深く脱線の気味が厶りますれど十分御教育下さるれば相当の宣伝使にならうかと存じます。左様ならば』 と書き記しお寅に渡した。お寅は得意の色を満面に泛べ肩を怒らし治国別及び一行に別れを告げイソの館をさして只一人進み行く。 途中小北山の傍を通り兎も角一度立寄つて最愛のお菊に巡り合ひ且松姫、魔我彦其他に面会し自分の悟り得た教義を云ひ聞かし、小北山の聖場をして益々栄えしめむと、参拝の途中意気揚々として立帰つた。小北山の聖場は依然として信者が相当に集まつてゐる。然し乍らお寅の見覚えのある顔は余り沢山に見当らなかつた。何故ならば小北山のヘグレ神社、其他の神々を誠の神と信じてゐたが、サツパリ名もなき邪神たりし事を曝露され、親族朋友知己等より嘲笑さるるのが馬鹿らしさに、前の信者はあまり寄り付かなかつたからである。さうして改革以来何とはなしに前の信者は不平に充たされたからである。今迄尊き神の生宮又は霊魂の因縁を信じ得意になつて信仰してゐたのが、何でもない邪神であつた事をスツパぬかれ大難を小難に救はれ乍ら何とはなしに心面白くなくなつた者もあるからである。 お寅はスツと受付に立寄り見れば文助が依然として一生懸命に画を書いてゐる。よくよく見れば蕪でもなく大根でもなく黒蛇でもない。傍に日の出の守護と書き記し老松の幹に紅の様な太陽が輝いてゐる。かなり立派な画を描いて居た。お寅は突然声をかけ、 お寅『これ文助さま、御機嫌宜しう。相変らず立派な御掛軸が画けますな。竜神様はモウお止しなさつたのですか』 目のうとい文助はお寅とは夢にも知らず、 文助『ようお詣りなさいませ。誰方か知りませぬが奥へ御通り下さいませ。さうして今迄は此聖地もヘグレ神社や種物神社、其外いろいろの神様が祀つて厶りましたが、教祖の蠑螈別さまやお寅さまが逐電されましてから、三五教の大神様を祀り代へました。それで掛軸も亦画き替へねばなりませぬので、大神様のお許しを得て此通り、松に日の出の御掛軸を認めております。貴方も御信仰遊ばすなら上げますから表具をしてお祀りなさい。日の出の世、松の世といつて之さへ祀つて居れば家内安全商売繁昌、霊になつても天国へ行く旅券になりますよ』 お寅『これ文助さま、シツカリしなさらぬか。松に日の出は誠に結構だが、私はお寅ですよ』 文助『何だか聞き覚えのある方だと思つてゐました。アヽお寅さまですか、それはマア、よう帰つて下さいました、お菊さまは申すに及ばず皆さまお喜びでせう。私も何だか気がいそいそして来ました。それでは松姫さまや魔我彦さまに申上げませう。一寸待つてゐて下さい』 お寅『いえいえお前はここに受付をしてゐて下さい。目の悪い人に動いて貰ふよりも此達者なお寅が私の居間へ帰りますから……お菊もゐるでせう。さうすればお菊を以て松姫様や魔我彦に通知をさせますから』 と云ひ乍ら自分の居間をさして急ぎ行く。後に文助は首を頻りにかたげて独言、 文助『あゝお寅さまも大変に人格が上つたものだな。丸で別人の様だつた。物の云ひ様と云ひ何とはなしに身体から光が出る様だつた。之丈長らくつき合ふて居つた私でさへも見違へる位だから、神徳と云ふものは偉いものだな。どれどれお寅さまが帰つて下さつた此嬉しさを神様へお礼申して来う』 と独語つつトボトボと神殿さして進み行く。お寅は吾居間に帰るに先立ち小北山のお宮を一々巡拝し、吾居間に帰つて休息せむとする処へ、何時のまにかお寅さまが帰つたと云ふ噂が立つたので魔我彦、お菊は慌てて松姫館から走り来り、 お菊『お母アさま、貴方は松彦様と宣伝のためにおいでになつてから、未だ幾何も日が経たないのにお帰りになつたのですか。又我でも出して縮尻つたのではありませぬか』 お寅『何、縮尻る処か、結構なお神徳を頂いて来たのだよ。お菊、お前も其後機嫌よう御用をして居たのか』 お菊『はい、機嫌ようしてゐました。何卒私の事は案じて下さいますな。さうして万公さまは機嫌ようしてゐましたかな』 お寅『ホヽヽヽヽ、ヤツパリ万公のことが気にかかるかな。いや頼もしいお前の心掛、私もそれ聞いて安心を致したぞや』 お菊『お母さまの……マア嫌な事、直に妙な処へ気を廻しなさるのだね』 お寅『それだつて、五三公さまは如何だとも、アクさまは如何だとも云はぬぢやないか』 魔我『お寅さま、よう帰つて下さつた。其後は此聖地も極めて円満に御神業が発達してゐますから、安心して下さいませ』 お寅『魔我彦さま、どうか脱線せぬ様に此聖場を守つて下さいや。私は、松彦さまの先生の治国別と云ふ立派なお方から添へ手紙を頂いてイソの館へ参り、百日の行をして立派な宣伝使となつて来る積りだから喜んで下さい』 魔我『それは至極結構です。何卒、不調法のない様に修行して立派な宣伝使となつて帰つて下さい。私もお許しさへあれば一度改心の記念に参拝したいものですがな』 お寅『お前も松姫様の御都合を伺つてお暇を頂き、私と一所に参拝したら如何だい。百聞は一見に如かずと云ふから、ヤツパリ一度ウブスナ山の聖地を拝んで来ねば、満足の教も出来ず、御神徳も貰へませぬぞや』 魔我『さう願へば結構ですがな……』 お菊『お母さま、魔我彦さま、之から私が松姫様に伺つて来ませう。まアゆつくりと魔我彦さまとお茶なと飲つて待つてゐて下さい』 と云ひ捨て足早に細い二百の石の階段を上つて松姫の館へ急ぎ行く。後に魔我彦はお寅に向ひ、 魔我『お寅さま、貴方はスツカリ御人格が変つた様ですな。お顔の艶と云ひ髪の毛迄が黒くなつたぢやありませぬか。本当に声迄が変つてゐるので別人の様ですわ』 お寅『お蔭様で神様の愛の熱に若やぎました。さうして信仰の光に照らされて何処ともなしに身体から光が出る様な気分ですよ、ホヽヽヽヽ、又褒められて慢心をすると谷底へ落ちますから、もう此位でやめておきませう』 魔我『時にお寅さま、蠑螈別さまの持ち逃げしたお金は手に入りましたか』 お寅『魔我彦さま、お金の事なんか、まだ貴方は思つてゐるのかい。此お寅は金なんかは話を聞いても気持が悪うなります。蠑螈別さまも生来が淡白な人だから、あの金をスツカリ人にやつて了ひ、今では無一物ですよ。そしてお民と仲ようして居ります』 魔我『何、お民と一所に居りますか。エーエー』 お寅『これ、魔我彦さま、エーとは何だ。お前はヤツパリお民に対し恋着心が残つてゐるのかな。それでは改心が出来ませぬぞや。何がエーだい』 魔我『エー事をなされましたな、と云ひかけたのですよ。エー、エーン(縁)と云ふものは不思議なものですな』 お寅『エー加減な事を云つて誤魔化さうと思つても駄目ですよ。お民も如何やら目が覚めて蠑螈別さまと、今はホンの教の友として、つき合つてる丈けのものですよ。お民も随分改心が出来ましたからな。何れお前が立派な神徳を頂いたら私が媒介をしてお前と夫婦にして上げたいと思ふて考へてゐるのよ』 魔我『本当に世話をして下さいますか』 お寅『何、嘘を云ふものか。私はお民と蠑螈別さまの様子を気をつけて考へてゐたが、どちらにも未練がない様だ。却て魔我彦さまの方がお民の気に入つてる様だから、マア喜びなさい』 魔我『エーヘツヘヽヽヽ、違やしませぬかな』 お寅『最前のエーとは同じエーでも大変に調子が違ますな。オホヽヽヽ、何と現銀な男だ事』 魔我『お寅さま、お前さまは蠑螈別さまに対する恋着は、最早、とれたのですか。何うも怪しいものですな。貴女の御様子と云ひ、何だか嬉し相に若々してゐられます。之には何か嬉しい事がなくては叶はぬ事だ』 お寅『これ魔我ヤン……』 と肩を平手で二つ三つ叩き、 お寅『馬鹿にしておくれな。此お寅はそんな事が嬉しいのではありませぬよ。一旦誠の道に目が覚めた上は……阿呆らしい……恋の、金のと、よい年をして、そんな馬鹿げた事が夢にも思へますか。あまり人を見下げて下さいますな。お寅はそんな柔弱な女とはチツと違ひますよ。ヘン、自分の心に引き比べて私の心を忖度しようとは、怪しからぬ男だな』 魔我『こりや失礼致しました。雀百迄雄鳥を忘れぬと云ふ譬もありますから……ツイお尋ねしたのです。御無礼の段は何卒、見直し聞直しを願ひます。どうか御機嫌を直して松姫さまの許しがあれば此魔我彦を一度ウブスナ山の聖場へ連れて行つて下さいませ』 お寅『あゝよしよし、井戸の底の蛙で世間見ずでは宣伝使等は出来ないから、一度見聞を広くするために大神の御出現地へ参拝するのは結構だ』 かく話す処へお菊は松姫、お千代と共に帰り来り、 お菊『お母さま、松姫様がお越しで厶りますよ。さア御挨拶なさいませ』 お寅は後ふり返り松姫の姿を見て、さも嬉しげに打笑み乍ら言葉穏かに両手をつき、 お寅『これはこれは松姫様、日々御神務御苦労様で厶ります。お菊のヤンチヤがお世話に預かりまして嘸御迷惑で厶りませう。私は治国別の宣伝使から御手紙を頂いてイソの館へ修行に参る途中、一寸御挨拶旁神様へ参拝致しました。何卒お菊の身の上、宜しくお願ひ致します』 松姫『お寅様で厶りますか、よう御立寄り下さいました。お菊さまの事は御心配下さいますな。貴女が御出立の後はお菊さまも、文助さまも、魔我彦さまも、大勉強で厶ります。其お蔭で信者も日々御参拝なされ御神徳は日に日に上りまして誠に御結構で厶ります。そしてお寅さま、貴女は大変にお顔に艶が出来ましたな。お髪の色と云ひ一寸見ても二十年ばかりお若うお成りなさつた様に厶りますわ。本当に御神徳と云ふものは有難いもので厶りますな』 お寅『はい、何分雪隠の水つきで厶りますからな、ホヽヽヽヽ』 魔我『アハヽヽヽ、さうするとお寅さまは、浮木の森で余程浮いて来たと見えますな』 お寅『オホヽヽヽ、私は恋人が出来ました。それ故此通り若くなつたのですよ』 魔我『アハヽヽヽ、何だか可笑しいと思つてゐたて、到頭本音を吹きましたね』 松姫『お寅さまの恋人と云ふのは瑞の御霊神素盞嗚大神様でせう。それは本当によい恋人をお定め遊ばしましたね。妾も矢張り素盞嗚尊様を唯一の恋人と致して居りますよ、ホヽヽヽヽ』 魔我『これは怪しからぬ、お寅さまはそれで宜いとして、松姫さまは立派な松彦さまと云ふ恋人否二世を契つた夫があるぢやありませぬか。チと不貞腐れぢやありませぬか』 松姫『第一に大神様を恋ひ慕ひ第二に夫を慕つてゐます。それで二世の夫と云ふのですよ』 魔我『ヤア、自惚気をタツプリと聞かして頂きました。魔我彦も之で満足致します。併し一つお願ひが厶りますが、暫く私はお寅さまのお伴してウブスナ山の聖場へ詣り度いのですが許して頂けませぬか』 松姫『それは願うてもなき事、実は妾より一度魔我彦さまに御修行に行つて貰ひたいと思つて居たのです。併し乍ら女の差出口と思はれちやならないと差控へて居りました。それは結構で厶りますが、お寅さま、何卒魔我彦さまをお預けしますから宜しくお願ひ申します』 お寅『はいはい私が預かりました以上はメツタの事はさせませぬ。御安心下さいませ』 魔我『然らば松姫様、暫く御暇を頂戴致します』 松姫『何卒聖地へお詣りになりましたら、松姫が宜しう申上げたと云つて下さいませ』 お寅『はい、承知致しました』 とお寅は暫し休息の上、魔我彦を伴ひ各神社を遥拝し、受付の文助や数多の信者へ挨拶を終り一本橋を打渡り河鹿峠の山口さして老の足もともいと健かに、神文を称へ乍ら、勢ひ込んで進み行く。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二北村隆光録) |
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霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 15 公盗 | 第一五章公盗〔一四二三〕 鬼春別以下三人のバラモン組は治国別に許されて、宣伝使と俗人との中間的比丘となりスツパリと長髪を剃りおとされ、テームスの心遣ひに依つて、黒衣を仕立てて着せられ、金剛杖をつき乍ら、照国山ビクトル山の谷間に山伏の修業をなすべく、軍用に使つた法螺の貝をブウブウと吹立て乍ら、道々宣伝歌を歌ひ進み行く。鬼春別には治道居士、久米彦には道貫居士、スパールには素道居士、エミシには求道居士といふ戒名を与へた。治道居士は今や治国別、テームス其他一同に別れを告げむとして歌を詠んだ。 治道『皇神の授け給ひし霊魂をば 治めむとして教の道ゆく。 いざさらば百の司よテームスよ 安くましませ千代に八千代に』 治国別『大神の恵の露を踏みしめて 安く行きませ清めの滝へ』 道貫『玉鉾の道の誠を貫きて 神の御楯と仕へ奉らむ。 神司此家の主諸共に 守らせ給へ吾身の上を』 テームス『三五の誠の道に目醒めたる 人こそ神の幸を受けなむ』 素道『惟神元の心に立返り 救ひの道を進みゆくかな。 猪倉の山にこもりし曲神も 神の光に照されて行く』 松彦『皇神の珍の御子たる君こそは 安く行きませ神のまにまに』 求道『朝夕に誠の教を求めつつ 今日は嬉しき神の道行く。 諸人よ安くましませ吾去りし あとにも神を崇めまつりて』 竜彦『皇神の恵を受けてテームスの 館を出づる人ぞ尊き』 万公『いざさらば四柱の君健に 身を守りつつ神に仕へよ』 道晴別『惟神神の正道わけゆけば 醜の曲津もさわらざらまし』 シーナ『君行かばあとに残りし吾々は 淋しさに鳴く時鳥かな。 さり乍ら治国別がましまさば 安く出でませ心残さで』 スミエル『益良夫が心の駒を立直し 鞭うち進む今日ぞ勇まし』 スガール『時めきし軍の君も三五の 神の軍に仕へ玉ひぬ』 アヅモス『皇神の縁の糸に結ばれし 親しき友を送る今日哉』 アーシス『テームスの館に残る吾身こそ 君の行衛を惜みつつ泣く』 お民『国民を天津御国に救ふべく 出でます今日の姿雄々しき』 治道『有難し百の司の真心は 幾千代迄も忘れざらまし』 と互に歌もて応答し乍ら、円頂緇衣の四人連れ法螺貝をブウブウ吹きたて、山野の空気を清め乍ら、別れを惜しみ出でて行く。 三千余騎を引率し猪倉山に屯して 暴威を揮ひし将軍も忽ち悔悟の花開き 神の恵を嬉しみて治国別に服ひつ 四人の男女を恙なくテームス館に送りつけ 至玄至妙の御教を心に深く刻みこみ 昨日に変る修験者山伏姿となり変り 金剛杖を力とし細き野道を辿りつつ 世間心や自愛心秋の木の葉の凩に 散りて跡なき真心の衣の袖を科戸辺の 風にフワフワいぢらせつ大法螺貝を吹き乍ら 勇み進んで北の森祠の前に立寄りて 暫し息をば休めける日はズツポリと暮れ果てて 咫尺弁ぜぬ真の暗四人はここに一夜をば 明さむものと蓑を布きまどろむ折しも古ぼけた 祠の後に人の声耳にとめたる治道居士 ハテ訝かしと窺へば濁りを帯びた人の声 三つ四つ五つ聞え来る。 治道居士は、他愛もなく三人の寝てゐるのを、寝息にて悟り乍ら、自分は四五人の怪しき声に眠られず、耳をすまして聞いてゐた。 祠の後からはだんだん大きな声が聞えて来だした。 甲『オイ、サツパリ約まらぬぢやないか、エエン、よう考へて見よ。折角俺は軍曹にまでなつたと思へば、肝心の大将が腰抜だから、あの通り惨めな態になり、三五教にスツパリと兜を脱ぎ、チツと許りの涙金位貰つたつて、国へ帰つて妻子を養ふ訳にもゆかず、これからどう身の振方を考へたらよからうかな』 乙『俺達は斬り取り強盗の軍国主義に育てられて来たものだから、今更外の職業につかうと云つたつて、何にも出来ぬぢやないか。泥棒になるのも、バラモン軍の兵士になるのも、名こそ違へ大小の区別がある丈だ。追剥ぎをして人を裸にするのも、沢山の軍隊を率れて敵国を蹂躙し、他人の国を併呑するのもヤツパリ泥棒だ。幸に斯うして軍刀を持つてゐるのだから、一つ馬賊団でも組織して大に発展せうぢやないか』 丙『オイ両人、そんな馬鹿な事を思ふものぢやない。将軍様が下さつた此金を倹約して帰れば、国許へ帰つて何か一つの生産事業を起すとか、真面目な商売をして、両親や妻子を喜ばした方が何程可いか知れぬぞ。将軍でさへも改心をなさつたのだから、俺達も之を機会に善心に立返らうぢやないか』 乙『ヘン馬鹿云ふない。詐偽本位の産業や算盤持てば人を騙さうとする商売が、それが何尊いのだ。産業立国とか云つて、ゼントルメンとやらが、盛に議論をしてるやうだが、ヤツパリ彼奴等も体のよい泥棒だ。大会社だつて、大商人だつて、皆詐偽と泥坊の体のいい奴だ。寧ろ陰悪主義の実行者だ。泥棒様は堂々たる陽悪を行ふのだから、同じ罪悪といつても気が利いてるぢやないか。善の仮面を被つて世の中を誑かし、私利私欲を企む位、陰険な卑怯な悪魔はないぢやないか』 丙『さう云へばさうかも知れぬなア、そんなら俺も損者三友といふ事があるが、損か得か知らぬが、今迄の交際上、お前達に共鳴して、泥棒会社の重役にでもならうかなア』 乙『馬鹿云ふな、吾々は益友だ。益者三友だ。オイ、丁、戊、汝は何うだ。此方の意見に共鳴するか。今日只今より泥棒の開業だ。汝不服とあれば泥棒の初商ひに、持物一切を剥ぎ取つてやるから有難く思へ』 丁『そ、そ、そんな無茶な事を言ふものでない、泥棒をしたい者は親や子のある者のすることぢやない。俺達は親もあれば子もあるのだから、何卒此儘に助けてくれ。なア戊、お前もさうだらう』 戊『ウン、私も老母が一人残つてるのだから、親一人子一人だ。「毎日日日バラモン大神に……吾子が立派な人間になりますやうに、人の物が欲しいといふやうな根性になりませぬやうに……と祈つてるから、悪い心は出してくれな」と家を出る時に俺の袖にすがつて意見したのだから、これ丈は御免蒙りたいなア』 乙『アハハハハ、腰抜だな。そんなら今日は開業祝に、汝等両人は大目に見てやる。其代りに懐に持つてゐる金を半分許り此方へよこせ。大難を小難にまつりかへてやるのだから……』 甲『オイ乙、此奴等五人は今迄兄弟同様にしてゐたのだから、スツパリと許してやれ、又此処に居れば沢山人が通るから、幾らでも商売は出来るからのう』 乙『オイ、丁、戊両人、今日は見逃してやる。汝に軍刀を持たしておくと、気違ひに刃物を持たしたやうなものだ。なまじひ、道徳に捉はれて、天下の為に害悪を除くのだなどと、気が狂ひ、俺等の寝首をかくかも知れないから、軍刀を此方へよこせ』 丁戊『これは故郷へ土産に持つて帰り、家の宝とするのだから、決してお前達の首を狙ふ気遣ひはない。何卒、スツパリと今日は見逃してくれ』 乙『エ、そんなら、汝と俺とは今日から国交断絶だ。サ、一時も早く公使館を引上げるのだ。シーツシーツシーツ』 丁『居留民は何う致しませうかな』 乙『エー、キヨル(居留)キヨルせずに、早く退却せぬかい、汝は最早敵国の人民だ。シーツシーツシーツ』 丁戊は暗の道を無性矢鱈に、星影を力にし乍ら、命カラガラ逃げて行く。 治道居士は此囁きを聞いて、数珠をつまぐり乍ら声も涼しく、 治道『或被悪人逐堕落金剛山念彼観音力不能損一毛 或値怨賊繞各執刀加害念彼観音力咸即起慈心[※底本では漢文に返り点が付いているが、ここでは省略した。これは観音経の一部。訓読文は「或は悪人に逐はれて、金剛山より墜落せんに、彼の観音の力を念ずれば、一毛をも損すること能はず。或は怨賊の遶(めぐ)るに値(あ)ひ。各々刀を執つて害を加へられんに、彼の観音の力を念ずれば、咸(み)な即ち慈心を起さむ」釈宗演・述『観音経講話』大正7年、261頁より(https://dl.ndl.go.jp/pid/943693/1/145)]』 と一生懸命に念じ出した。 甲『オイ、何だか気にくわぬ事を言ふぢやないか。観音の力を念じたら、賊が忽ち改心すると云つてゐやがるやうだ。オイ何だか幸先を折られたやうで、余り気持が宜うないぢやないか、チツとコラ、思案をしなほさななるまいぞ』 乙『馬鹿云ふな、念彼観音力もあつたものかい。そんなこた、屁でもないワイ。尻喰へ観音力だ。そんな弱い事で、生存競争の泥棒社会に紳士として立つて行く事が出来るか、馬鹿だなア。どこの糞坊主か知らぬが、俺達が怖さに慄ひ上つて、仕様もない無形無声の観音を拝んだつて、天教山の木花姫はメツタに降臨遊ばす気遣ひはないワ。サア、幸いい鳥が来よつたのだから、彼奴だつて、チツと位旅費は持つてるだらう。商売初めだ。コリヤ、甲、丙、チツと勉強せぬかい。ああ大商店の主人になると、気の揉める事だワイ。人を使へば苦を使ふ。命掛の商売をせうと思へば、どうしても乾分に確りした奴がゐなくちや駄目だ』 と小声に呟き乍ら、治道居士の声を目当に近より行く。始めての泥棒の事とて、強い事を口で云つてゐても、何処ともなしに手足がワナワナと慄へてゐた。甲丙両人も同じく慄ひ乍ら乙の後に跟いて行く。祠の前には雷の如き鼾が聞えて居る。 乙『コココラ、キキキサマは、ドドドドコの奴ぢやい。ササ最前から、観音を、拝んでゐよつたが、そんな事で、ビクつくやうな泥棒さまぢやないぞ。サア、持物一切を、綺麗、サツパリと、此処で脱いで……下さいませぬか……ウン、違ふ違ふ、脱いで、渡さぬかい。厭ぢやなんぞと吐すが最後、汝の素ツ首ひつつかまへ、笠の台をチヨン切つて炊いて食て了うてやるぞ。俺を何方と心得てる。バラモン教に於て驍名かくれなき鬼春別将軍の部下ベル、シャル、ヘル三人だ。サ、綺麗サツパリと脱いだり脱いだり。コラ、シャル、ヘル、汝もチツと加勢を致さぬかい……千騎一騎の場合だぞ。親方許りに働かすといふ事があるか』 ヘル『さうだから、こんな商売は止めといふのだよ』 ベル『乗りかけた舟だ。今となつて卑怯未練にやめられるかい。鬼春別様の顔に泥を塗るやうなものだ。鬼春別様は堂々と三千の軍隊を引率して、強盗強姦放火まで遊ばしたでないか。運がよければ人の国まで占領せうと云ふ大泥棒さまだ。それの乾児たる俺達が、そんな弱い事でどうならうかい』 ヘル『それでも、将軍様は神様の為、国家の危急を救ふ為に、敵を亡ぼすべくお出でになつたのだ。つまり云へば天下公共の為の泥棒だ。一身一家の利害の為になさるのぢやないから、一概には云へまいぞ。そんな事思うてると、却て将軍様の顔に泥を塗るやうなものだぞ』 ベル『エー、弱い奴だな。コリヤ修験者……か何か知らぬが、くたばつたとみえて、念彼観音力もほざかぬやうになつたでないか。サア、とつとと持物を渡したり渡したり』 治道『拙者は治道と申す修験者で厶る。併し乍ら衣類を渡す訳にはいかぬ。ここに金があるから、之を其方に遣はす。一時も早く国元へ帰り、泥棒を思ひ切つて、正業についたが宜からうぞ』 ベル『ヤア、此奴、中々気の利いた事を言ひやがるワイ、オイ百両や二百金の目腐れ金で、遠い道を歩いて国へ帰れば、後にや何にも残らない。一体幾ら渡すといふのだい』 治道『これつきり、泥棒をせないといふのならば、相当に金を渡してやらぬ事はない。幾らくれと云ふのだ』 ベル『ウーン、一寸待つてくれ。一つ計算をせぬと分らぬワイ。……これからハルナの近在まで帰る迄には、何程倹約致しても一人前百両の金が入る。それから母者人の土産に百両、女房の土産に二百両、子供の土産に百両、都合五百両だ。併しそれでは無一文で商売は出来ない。何程ちつぽけな八百屋店を出しても、八百屋だから八百両はいる。さうすると一人前千三百両、都合三千九百両だ。そこへ千円は着物代として此方へ綺麗サツパリと渡せばよし、四の五の吐すと命も共にバラして了ふぞ。バラすのはバラモンの特色だ』 ヘル『モシモシ旅のお方、余り厚かましう申しますけれど、此奴は云ひかけたら聞かぬ奴ですから、何卒半分でも宜しいから恵んで下さいますまいかな。のうシャル、皆貰ふのは余り厚かましいぢやないか』 ベル『エー、傍から茶々を入れやがつて、主人の商売を番頭が邪魔するといふ事があるか、気の利かない奴だなア』 治道『四千九百円は四と九がついて、面白くない。ドツと張込んで五千両やるから、之を持つて早く国許へ帰り正業に就いたが可いぞ。そして鬼春別、久米彦其他のカーネルは、何れも三五教の誠の道に帰順したのだから、お前達も国へ帰つたら神様を信仰し、仮りにも人の物を盗んだり、今迄のやうな殺伐な事はキツとするでないぞ。サ、手を出せ、此処に五千両の包みがある、検めて受取つたがよからうぞ』 ベルは怖れ乍ら、声を知るべに手をニユツと出した。鬼春別の治道は、其手をグツと握つた。 ベル『アイタタタタ、オイ皆の奴、大変手の利いた奴だ。チツと来て加勢をしてくれぬかい、中々金をくれさうにないぞ』 治道『アハハハハ面白い面白い、泥棒の失敗も又旅情を慰むるには一興だ。併し乍ら俺も男だ。五千両恵んでやると云つた以上は、メツタに後へは引かぬ。道貫、素道、求道殿、貴方もいいかげんに目を醒ましなさい。面白い事が出来て居りますよ』 道貫『ハハハハ、イヤ最前から、吾々三人は鼾をかいて様子を考へて居りました。随分困つた奴ですな。三千人の中では、こんな奴もタマには出来るでせう。併し乍ら貴方は五千両やりますか、然らば私も一千両やりませう』 ベル『イヤ、何処の何方か知りませぬが、有難う厶ります。何卒御姓名をお聞かせ下さいませ』 治道『ウン、俺は治道といふ修験者だ。お前に千両やらうといふは道貫といふ男だ。一時も早く国許へ帰つて正業に就いたがよからうぞ』 『ハイ有難う』と幾度も礼を云ひ乍ら、ベル、シャル、ヘルの三人は、六千両の金を二千両づつ分配し、喜び勇んで此祠を暗に紛れて立去りにける。 (大正一二・三・四旧一・一七於竜宮館松村真澄録) |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 22 三五神諭(その三) | 第二二章三五神諭その三〔一五四七〕 明治三十四年旧六月三日 斯世の行く先の解るのは、綾部の大本の竜門館でないと、何んぼ知識で考へても何程学がありたとて、学があるほど利口が出て、解りは致さんぞよ。永くかかりて仕組んだ此の大望、解りかけたら速いから、改信が一等であるぞよ。変性男子の因縁の解る世が参りて来たから、世界にある事を先繰に、前途の事を知らせる御役であるぞよ。今度は世に落ちておいでる神々を皆世に上げねばならん御役であるから、順に御上りに成るぞよ。それに就いては世に出て御いでます万の神様に、明治二十五年から申付けてあるが、是迄のやうな世の持方では行けんから、岩戸を開くに就いては、高処から見物では可けませんぞえと申して置いたが、時節が参りたから、一旦は世界に言ふに言はれん事が出来いたすぞよ。 ○ 明治三十五年旧七月十一日 永らく筆先に出して知らしてやりても、今の人民は疑強き故に真に致さぬから、此中に実地を為て見せてあるから、能く見て置かんと肝腎の折に何も咄しが無いぞよ。霊魂の調査いたして、因縁ある身魂を引寄して御用に使ふと申して、筆先に出してあらうがな。今度の二度目の天の岩戸開と申すのは、天の岩戸を閉める役と、開く役とが出来るのであるが、神の差添の種は、自己が充分苦労をして人を助ける心でないと、天地の岩戸は却々開けんぞよ。差添の種に成るのは、二十五年からの筆先を腹へ締込みて置いたら宜いのであるぞよ。此中の結構な経綸が判りて来かける程、世界から鼻高が出て来るから、筆先で何麼弁解も出来るやうに書してあるから、調戯心で参りて赤恥かいて帰るものも出来るし、又誠で出て来るものもあるぞよ。目的を立てようと思ふて出て来るものもあるし、世間に解る程忙しくなるから、此寂しく致して誠を細かう判るやうに書してあるから、他の教会とは精神が違ふと申すのぢやぞよ。世界の鏡の出る所であるから、是迄に何程云ふて聞かしたとて、余り出口を世に墜して御用が為してありたから、疑ふ者計りで、此中の行ひがチツトも出来んゆゑ、誠の教も未だ今にさして無きやうな事であるから、此の闇の世に夜の明ける教を致しても、誰も真に致さねど、もう夜の明けるに近うなりたぞよ。夜が明けると神の教通りに世界から何事も出て来るから、世界は一旦は悪なるから、喜ぶものと悲しむものとが出来るから、大本さへ信神致して居りたら善き事が出来るやうに思ふて、薩張り嘘ぢやつたと申してゐるなれど、出口の日々の願で、大難を小難にまつり替へた所で、何なりと神国の中にも夫々の見せしめは在るぞよ。是から先になりたら、斯様な事が在るのに何故知らせなんだと小言を申すなり、知らせねば不足を申すであらうし、亦知らせて遣れば色々と疑うて悪く申すし、人民の心が薩張り覆つてゐるから、善き事は悪く見えるし、悪きこと致すものは却つて今の時節は善く見えるが、全然世が逆さまであるぞよ。今の世界に立つ人は、一つも誠の善の事は致して居らんぞよ。艮金神が表に現はれて世界の洗ひ替をいたすから、是からは何事も神から露見れて来るぞよ。今の世界の落ちてゐる人民は、高い処へ土持計り致して、年が年中苦しみてゐるなり。上に立ちてゐる神は悪の守護であるから、気儘放題好き寸法。強い者勝の世の中でありたなれど見て御座れよ、是から従来の行方を根本から改正さして了ふて、刷新の世の行方に致すから、今迄に上に立ちて居りた神は大分辛う成りて来るから、初発から出口直の手と口とを藉りて、色々と世界の霊魂に申聞したら、近所の者が驚いて、出口を警察へ連れ参りた折に、警察で三千世界の大気違ひであると申してあるぞよ。それでも気違ひが何を申す位により取りては居らんぞよ。何でもない手に合ふ者ほか能う吟味を致さんのか、モチト大きな者を吟味いたして世の潰れんやうに致さねば、此儘で置いたら、警察の云ふ事共聞く者が無きやうになるぞよ。艮金神が現はれて守護をしてやらねば、神の国は此状態で置いたら、全部悪神に略取れて了ふぞよ。斯様な時節が参りてゐるに、上に立ちておる守護神が先が解らんから、岩戸を開いて先の判る世に致すから、自己の心から発根と改信を為るやうに成るぞよ。艮金神が表になると物事速いぞよ。 ○ 明治三十六年旧七月十三日 悪神の国から始まりて、大戦争が在ると申してあるが、彼方には深い大きな計画をいたして居るなれど、表面からは一寸も見えん、艮金神は日の下に経綸が致して在るぞよ。日の下は神国で結構な国ぢやと云ふ事は、判りて居れど、何を申しても国が小さいので、一呑に為ておるから、今の精神では、戦争が始まりたら神国魂が些とも無いから、狼狽て了ふぞよ。是から段々と世が迫りて来て、世界中の大戦争となりて、窮極まで行くと、悪魔が一つになりて、皆攻めて来た折には、兎ても敵はんといふ人民が、神から見ると九分まであるが、日の下はモウ敵はんと申す所で、神国魂の生神の本の性来を、出して見せて遣ると、神国魂は胸に詰りて呑めぬから悪神の守護神が、元の霊魂の力はエライものぢや、誠ほど恐いものは無いと申して、往生する所まで神国の人民は堪忍な、今度悪神が強いと見たら、皆それへ属いて了ふから、ソコデ此の本に仕組てある事を、神国の人民が能く腹へ入れて、御用を致さす身魂が二三分出来たら、其処で昔からの経綸の神が現はれて、世界を誠一つの神力で往生致さして、世界中の安心が出来るやうに致して、昔の元の神代に復すぞよ。邪神の侵略主義はモウ世が終結ぞよ。何程人民に智慧学力が在りても、兵隊が何程沢山ありても今度は人民同志の戦争でありたら、到底敵はんなれど、三千年余りての経綸の時節が来たので在るから、世界中から攻めて来ても、誠には敵はん仕組が為てあるなれど、艮金神、竜宮乙姫どの、日出の神が表はれんと、其処までの神力は見せんから、此の大本には揃ふて神力を積ておかんと如何為様にも激烈うて、傍へは寄附かれん様な事が出来てくるから、身魂を能く磨いておけと申すのであるぞよ。身欲信仰して居る人民、そこへ成りてから助けて呉れと申ても其様な人民は醜しいから、傍へは寄せ附けんぞよ。能く神の心を汲取らんと、大本は天地の誠一つの先祖の神の経綸の尊い場所で在るから、迂濶に出て来ても、チト異う所であるから、其処にならんと眼が覚めんから、眼醒しの在るまでに、腹の中の埃を出して置かんと、地部下に成るから、執念言ふて気を附るぞよ。 ○ 明治三十七年旧正月十日 艮金神稚日女岐美命が、出口の守と現はれて、変性男子の身魂が全部現れて、斯世を構ふと余り速に見透いて、出口の傍へは寄れん様に成ると申して在るが、何彼の時節が参りたから気遣ひに成るぞよ。水晶の身魂でありたら、岩戸開きの折にも安心で何も無いなれど、一寸でも身魂に曇りがありたり、違うた遣方いたしたり、混りがありたり致したら、直ぐその場で陶汰られて、ザマを晒されるぞよ。人民からは左程にないが、神の眼からは見苦しきぞよ。変性男子は大望な御役であるから、今度の御用をさす為に、神代一代の苦労がさしてありての事であるから何程でも此筆先は湧いて来るぞよ。岩戸開きの筆先と立直しの筆先とを、世が治まる迄書かすなり、斯世一切の事を皆書かせるから、何麼事も皆解りて来るから、誰も恥かしうなるから、改信いたせ、身魂の洗濯いたせよと、出口直の手で知らしてあるのを、疑うて居りた人民気の毒が出来て来るぞよ。斯世が末に成りて、一寸も前へ行けんやうになりて、変性男子と女子とが現はれて、二度目の天の岩戸を開く大望な御役であるぞよ。今迄の教は魔法の遣方で金輪際の悪き世の終りであるぞよ。 ○ 明治三十七年旧七月十二日 今の役員信者は、今度の戦争で世が根本から立替るやうに信じて、周章てゐるなれど、世界中の修斎であるから、さう着々とは行かんぞよ。今度の戦争は門口であるから、其覚悟で居らんと、後で小言を申したり、神に不足を申して、折角の神徳を取外す事が出来いたすぞよ。変性女子の筆先は信用せぬと申して、肝腎の役員が反対いたして、書いたものを残らず一所へ寄せて灰に致したり、悪魔の守護神ぢやと申して京、伏見、丹波、丹後などを言触に廻りて神の邪魔を致したり、悪神ぢやと申して力一杯反対いたして、四方から苦しめてゐるが、全然自己の眼の玉が眩んでゐるのであるから、自己の事を人の事と思うて、恥とも知らずに、狂人の真似をしたり、馬鹿の真似を致して一廉改信が出来たと申してゐるが、気の毒であるから、何時も女子に気を附けさすと、悪神奴が大本の中へ来て何を吐すのぢや、吾々は悪魔を平げるのが第一の役ぢやと申して、女子を獣類扱ひに致して、箒で叩いたり、塩を振掛けたり、啖唾を吐きかけたり、種々として無礼を致しておるぞよ。是でも神は、何も知らぬ盲聾の人民を改信さして、助けたい一杯であるから、温順しく致して誠を説いて聞かしてやるのを逆様に聞いて居れど、信者の者に言ひ聞かして邪魔を致すので、何時までも神の思惑成就いたさんから、是から皆の役員の目の醒める様に、変性女子の御魂の肉体を、神から大本を出して経綸を致すから、其覚悟で居るがよいぞよ。女子が出たら後は火の消えた如く、一人も立寄る人民無くなるぞよ。さうして見せんと此の中は思ふ様に行かんぞよ。明治四十二年までは神が外へ連れ参りて、経綸の橋掛をいたすから、後に恥かしくないやうに、今一度気を附けて置くぞよ。この大本の中の者が残らず改信いたして、女子の身上が解りて来たら、物事は箱差したやうに進むなれど、今のやうな慢心や誤解ばかりいたしておるもの許りでは、片輪車であるから、一寸も動きが取れん、骨折損の草臥儲けに成るより仕様は無いから、皆の役員の往生いたすまでは神が連出して、外で経綸をいたして見せるから、其時には又出て御出で成されよ、手を引き合ふて神界の御用をいたさすぞよ。今度の戦争で何も彼も埒が付いて、二三年の後には天下泰平に世が治まる様に申して、エライ力味やうであるが、其麼心易い事で天の岩戸開は出来いたさんぞよ。今の大本の中に唯の一人でも、神世に成りた折に間に合ふものがあるか。誤解するも自惚にも程があるぞよ。まだまだ世界は是から段々と迫りて来て、一寸も動きの取れんやうな事が出来するのであるから、其覚悟で居らんと、後でアフンとする事が今から見透いて居るぞよ。今一度変性女子の身魂を連出す土産に、前の事を概略書き残さして置くから、大切にいたして保存して置くが宜いぞよ。一分一厘違ひは無いぞよ。明治五十年を真中として前後十年の間が岩戸開きの正念場であるぞよ。それまでに神の経綸が急けるから、何と申しても今度は止めては下さるなよ。明治五十五年の三月三日五月五日は誠に結構な日であるから、それ迄はこの大本の中は辛いぞよ。明治四十二年になりたら、変性女子がボツボツと因縁の身魂を大本へ引寄して、神の仕組を始めるから、気の小さい役員は吃驚いたして、逃出すものが出来て来るぞよ。さうなりたら世界の善悪の鏡が出る大本で在るから、色々の守護神が肉体を連れ参りて、目的を立てやうといたして、又女子の身魂に反対いたすものが現はれて来るなれど、悪の企謀は九分九厘で掌が覆りて、赤恥かいて帰るものも沢山あるぞよ。今の役員は皆抱込まれて了ふて、又女子に反対をいたすやうになるなれど、到底敵はんから往生いたして改信[※三五神諭には約70ヶ所で「改信」が使われているが、校定版・愛世版では第20章a343と第22章a311の2ヶ所だけ「改心」になっている。初版では全て「改信」であり「改心」は使われていない。したがって誤字と判断し、霊界物語ネットでは「改信」に修正した。]いたしますから、御庭の掃除になりと使うて下されと、泣いて頼むやうになるぞよ。腹の底に誠意が無いと欲に迷ふて大きな取違をいたして、ヂリヂリ悶えをいたさな成らんから、今の内に胸に手を当てて考へて見るが宜いぞよ。もう是限り何も申さんから、此筆先も今度は焼捨てぬやうに後の証拠にするが宜いぞよ。何方が取違であつたか判るやうに書かして置くぞよ。盲目聾が目が明いた積り、心の聾が耳が聞える積りで居るのであるから、薩張り始末が附かんぞよ。力一杯神界の御用をいたした積りで、力一杯邪魔をいたしておるのであるから、何うも彼うも手の出し様が無いから、止むを得ず、余所へ暫くは連参りて、経綸をいたすぞよ。今の役員チリヂリバラバラに成るぞよ。 ○ 明治三十七年旧八月十日 天も地も世界中一つに丸め、桝掛ひいた如く、誰一人つづぼには落さぬぞよ。種蒔きて苗が立ちたら出て行くぞよ。苅込になりたら、手柄をさして元へ戻すぞよ。元の種、吟味致すは今度の事ぞよ。種が宜ければ、何んな事でも出来るぞよ。 (大正一二・四・二六旧三・一一於竜宮館北村隆光再録) |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治35年旧7月11日 | 明治三十五年旧七月十一日 永らく筆先に出して知らしてやりても、今の人民は疑いきつき故に誠に致さぬから、此大本の中に実地を為て見せて在るから、能く見て置かんと肝心の折に何も咄が無いぞよ。霊魂の調査いたして、因縁ある身魂を引寄して、御用に使ふと申して、筆先に出してあろうがな。今度の二度目の世の立替と申すのは、天の岩戸を閉る役と開く役とが出来るのであるが、大本の神の差添の種は、自分が十分苦労をして人を助ける心で無いと、天地の岩戸は容易開けんぞよ。差添の種に成るのは、二十五年からの筆先を、腹へ締込て居りたら宜いのであるぞよ。此中の結構な経綸が判りて来かける程、世界から鼻高が出て来るから、筆先で如何な弁解も出来るやうに書してあるから、なぶり心で参りて赤恥かいて帰るものも出来るし、又た誠で出て来るものも在るぞよ。目的を立やうと思ふて出て来るものも在るし、世間に解るほど此大本は忙しくなるから、此寂しく致して誠を出口に細かう判るやうに書してあるから、外の教会とは精神が違ふと申すのじゃぞよ。この大本は世界の鏡の出る所であるから、是迄に何程言ふて聞かしたとて、余り出口を世に墜して御用が為して在たから、疑ふもの斗りで、此中の行いがチットモ出来んゆへ、誠の教も未だ今にさして無きやうな事であるから、此の暗の世に夜の明る教を致しても、誰も誠に致さねど、モウ夜の明るに近うなりたぞよ。夜が明けると大本の神の教どうりに、世界から何事も出て来るから、世界は一旦は悪なるから、喜ぶものと悲しむものとが出来るから、大本さへ信心致して居りたら善き事が出来るやうに思ふて、サッパリ嘘じゃったと申して居るなれど、出口の日々の願で、大難を小難に祭り替へた所で、何なりと日本の中にも夫れ夫れの見せしめは在るぞよ。是から先になりたら、斯様な事が在のに何故知せなんだと小言を申すなり、知らせねば不足を申すで在うし、亦知らせてやれば色々と疑ふて悪く申すし、人民の心がサッパリ覆って居るから、善き事は悪く見えるし、悪るきこと致すものは、却って今の時節は善く見えるが、全然世が逆さまであるぞよ。今の世界の上に立つ人は、一つも誠の善の事は致して居らんぞよ。艮金神が表に現はれて、世界の洗ひ替をいたすから、是からは何事も上から露見て来るぞよ。今の世界の落ちて居る人民は、高い処へ土持ち斗り致して、年が年中苦しみて居るなり、上に立ちて居る人は、悪の守護であるから、気儘放題好き寸法、強い者勝ちの世の中で在りたなれど、見て御座れよ、是から是迄の行方を根本から改正さして了ふて、新つの世の治方に致すから、今迄に上に立ちて居りた人は、大分辛う成りて来るから、初発から出口直の手と口とを籍りて、色々と世界の霊魂に申聞したら、近所の者が驚いて、出口を警察へ連れ参りた折に、警察で三千世界の大気違いで在るぞと申してあるぞよ。用意を為され世の立替が在るぞよと、厳しく申して気が附けて在るぞよ。それでも気違いが何を申す位により取りては居らんぞよ。此村に警察の近くに、斯んな大気違を拵へて在るのに、未だ分らんが可憐さうなものじゃぞよ。何でも無い手に合ふ者ほか能う吟味を致さんのか、モチト大きなものを吟味いたして、国の潰れんやうに致さねば、此儘でをいたら警察の云ふ事共聞く者が無きやうになるぞよ。艮金神が現はれて守護を為てやらねば、日本の国は此状態でをいたら、全部外国へ略取れて了ふぞよ。斯様時節が参りて居るのに、上に立ちて居る人民が先きが解らんから、世を立替て先の分る世に致すから、我の心から発根と改心を為るやうに成るぞよ。艮金神が表になると、物事速いぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治36年旧1月30日 | 明治三十六年旧正月三十日 昔の元の神が表に現はれて、世界の霊魂の立替を致すには、変性男子と変性女子との御魂を現はして、善と悪、神力と学力とを立別けて、世界の人民に改心を為して、善一筋に復帰らす仕組にして在るから、此の事が天晴れ判る様に成りて来たら、日本の国は国は小さくとも、ナシタ結構な国で在るじゃらうと申して、外国精神の何程悪に強い身魂でも、善の御道にはかなはぬと申して、外国人も往生を致すぞよ。三千世界の立替は是迄の何彼の行方を改変て了はねば、モウ一寸も行けん所まで世が上りて居りては、行く道が無くなりて居るから、行り方を変て、末広き穏かな世に致す大本は、薩張り今迄の行り方や行為を改へて、世の持方の鏡を致さねば成らんから、皆の人に頼むぞよ。彼の大本の行り方なれば結構と、立寄る人も他外へ行く人も、何彼の事を人から目に付くやうに為て見せねば成らぬ大本の中の人よ、世の立替が延びると世界は一日増しに苦しむから、早く改心して行り方を薩張り変へて呉れいと申すのじゃぞよ。此の艮の金神の差添に成らうと思ふと普通では行かぬ、格別此の方の行り方は辛い行り方で在るから、辛い辛棒を致さねば、誠の事は出て来んから、今の人民の心では行かぬ、発根と神心に磨いて来んと勤め上らんぞよ。是迄は嘘でも弁口が立派くて言い勝ちたら良いので在りた、総体世界中が乱れて居るから、何を致しても見苦しき事より出来ては居らんぞよ。事体の判らん人民に、悪神の守護で在るから、何んな結構な事を申して与りても、身魂が十分曇りて居るので在るから、何も判りは致さんから、悪神の訳の判らん守護神を薩張り立別けて、ドウしても改心の出来んのは外国行きと相足めるから、其の覚悟を致されよ。約らん守護神、外国へ行きても又夫れ夫れ審判を致す守護神を付けて与るなれど、余り仕放題に致して来た身魂は、ドコへ廻されても世が変るから、辛く成るぞよ。日本の内ではテンで守護して賞へん様に成るぞよ。日本の国ほど尊とい結構な国は、外に世界に有りはせんなれど、此誠の判りた守護神は無いから今の状態なれど、此の方が表はれて此の事を実地に見せて与れば、日本も外国も皆吃驚致して、早速には物も言へんぞよ。一人でも多く此の日本の内で守護さして、結構にして与りたいなれど、何時迄も判るものが無いので、厭な事で在るが、外国行きが沢山在るが、其処に成りてからは、ドコも恨み言ひに行く所は無いぞよ。助けて与りたいは胸一杯なれど、我が心でドブ壷へ陥る悪神斗り、モウ気の付け様は無いから、落伍者と見たら何も申さんぞよ。神力と学力との戦が始まるから、神を下に見降して、外国の風に移りて喜びで居りた人民、キリキリ舞を致して苦しまねばならんぞよ。此の世強い者勝ちと申すは、地の世界に大将が無く成りて、地を整頓致す者が無かりたから、真美と言ふ事が世界中一平らに無く成りて居るのを、一人変性男子の日本魂の御種で、世界中を水晶の様に致すので在るから、大本の筆先通りは今では馬鹿らしい様に在るなれど、先を見て居ざれよ。従うて来ねば行けん様に成るぞよ。 ○ 是迄の世は高し低しの争ひで、運不運が出来て、人民の至粋至醇霊性発揮と言ふ事がチットも出来なんだから、運不運の無き様に世界中を水晶に治め度いので、外国から渡りて来た学文事を平げて了うて、日本はいろは四十八文字にして、何彼の行り方変へさすぞよ。鼻高斗りが上へ上りて、是れ丈け下々の人民が苦しみて居りても、鼻が邪魔を致して気の注く人民が一人も無からうがな。チット何彼の事が判らんと、余り身欲にホウケテ居ると、足を上げて顔の色を変へねば成らぬ事が出来て来るぞよ。神が世を変へて法律行り方を改へて了ふから、上に立ちて居る人民よ、慮見が皆違ふ事が出来て来るから、俄にドサクラな成らん様に成るぞよ。外国の七王八王を平げて、外国を万劫末代モウ日本神国へは敵対はんと言ふ所まで誡めを致して、日本から構うて与る様に致すのじゃ。日本の国は国土は狭少うても、神の神力を表はして、元からの因縁を説いて、日本の真相を見せて与ると外国の畜生の国に従うて行く国で無いと言ふ事が能く判りて来るから、日本の人民にもチットは改心が出来かけるぞよ。外国は毛物の世で在るから、王を平げて天からの一つの王で治めぬと、世界に苦舌が絶んから、日本の人民が皆揃うて日本魂に成らんと、今度の大戦ひは、日本も一旦敵はぬ処まで行くから、学で出来た鼻高が神に助けて貰はな成らんと、鼻が折れる処迄行くぞよ。日本は学では役目が尽せぬから、鼻高の鼻を折らな、神が承知致さんのじゃぞよ。大分辛い鼻高が有るぞよ。身魂の審査が始まると恥かしきて、早速には大本の高天原には来られん身魂が沢山有るぞよ。此の世の人民ほど結構なものは無いぞよ。神は夜、昼、暑さ寒さの厭いも無く守護致せども、此の誠の思ひの判りた人民、出口直より外に無いが、余り仕方題に致すと、今に天地のミャウガに尽きるぞよ。余り上へ上りて栄耀を致して居りた人民、世が上下へ変へるから、上に立つ者程苦しまねば成らん様に成るぞよ。罰が当りて、頭に足が生えて逆様に歩くと言ふ事が譬へに申すが、下の人民を苦しめたものは其の通りに成りて、恥さらさな成らんぞよ。昔が世に出て居りても、世に落ちて居りた同様に口惜しかりた神霊は能く審査て在るから、今度変性男子が現はれるに付いて、口惜しかりた御方、御手柄次第で夫れ夫れ出世を為せて上げるぞえ。身魂に曇り在りては仕組て在りても、チト変る事も在れど、水晶の身魂で在りたら、今度は早く出世が出来るから、疑ひ在りたり、身魂がスックリ磨けんと思わくに出世が出来んから、改心致して身魂の洗濯を早く致せと申すのじゃぞよ。皆感得りやうが違うて居るぞよ。不動明王殿も力有るのに、アソコまで落ちて居れるのも何も都合の事、今度出世が出来るぞよ。変性男子、変性女子の大化物が現はれると筆先通りが出て来るから、仕組通りが出て来ねば人民の改心は出来ず、出て来ては世界に難渋が在るし、出口には明治二十五年から何も申して有るから、日々大難を小難にとの御願をして居るぞよ。綾部の大本に信心する人は、是迄の行り方を変へて貰はんと、誠の神力は授興れんから、是迄の行ひ致すなら世の立替で無いぞよ。世の立替を致さずに行けば行く程悪くなるから、世を立替てヒロき世に致さねば、余り此の世は学が漫りたので、上に立ちて居る人民の良い世で、下に立ちて居る人民は頭上らん世で在りたのを、善く整理して、運不運の無き事に致すぞよ。日本は学が在ると神力が判らんから、学で智慧の出来た途中の鼻高が、日本の神力が判らずに、世を汚して居るから、学を平げて鼻を折りて与るぞよ。何も昔の神代へ世を復興すぞよ。此の先は神力を頂いて置かんと、一寸も先へ行けんやうに成るから、気が附いて来たら、精神丈けの神徳を与るなれど、まだ気が附かずに、何んどヤマコでも致す様に思うて嘲笑て居るもの斗り、何れは立替の最中に成ると、苦しむものが八九分出来て来るなれど、神が可愛想に思うて気を附ける程、悪く思うて反対致すので在るから、ナントも仕様は無いぞよ。此の天地を潰滅す事は出来んので在るから、邪魔致すものは、夫れ夫れ誡めを致すから、国とは換へられんから、嫌な事でも立替を始めるぞよ。唐天竺も動くぞよ。 ○ 変性男子が現はれて世界の守護致すには、明治三十六年の四月二十八日に岩戸開きと相定まりて、変性男子と変性女子と和合が出来て、金勝金の大神は純子に、龍宮の乙姫様は日の出の神に、夫れ夫れ御守護なされて、四魂揃ふて三千世界をナラし、今度の仕組を成就致さすので在るぞよ。外国は、龍宮の乙姫様が日の出の神を御使ひに成りて、三千世界をヒックリ反しなさるなり、世に落ちて居る神と、世に出て御出でる神と和合致さな、世は治らんぞよ。於与岐は因縁の在る所、清らかな弥仙山と言ふ結構な御山の在る所、御山の頂上に木花咲耶姫殿、中の御宮が彦火々出見命殿、下の御宮が三十八社なり、今度は頂宮の木花咲耶姫殿が世に出ておいでる神サンと、世に落ちて居りた神との和合を為せる御役を、神界から仰せ付けが在りたのじゃぞよ。人間界では出来ん事ぞよ。今度大望が出て来たら、夫れが艮めと成るのじゃぞよ。艮の金神は此の世のエンマで御座る。怖い斗りがエンマでは無いぞよ。昔からの事此の世の事から、昔から霊魂の為て来た事から、世に出て居れた神サンの所作柄から、何も彼も世界中隅々まで調査が致して在りての今度の二度目の世の立替、世界に何も皆仕組が致して在るので在るから、始めたら何も一度に成るぞよ。今の人民心が見苦しきから、ワザとに神は大本へは寄せんのじゃぞよ。大本は世界の人民の心の判別を致す神の元で在るから、此の中に辛い道と楽な道と、二タ道造りて置いて、辛い道行く身魂と楽な道へ行く身魂とを立別けが仕て見せて在るぞよ。辛い道へ行く身魂は、艮の金神が力を着けて与るから、変らぬ心で行ひさへ致せばドンな徳でも授て、水晶の種に致して与なれど、其処まで辛棒致す身魂はナカナカ無いので、神が骨が折れるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧5月6日 | 大正六年旧五月六日 大国常立尊変生男子の霊魂も、変生女子の霊魂も、永らく苦労いたして居りた一輪の身魂も、世に落されて居りた、霊魂の肉体は至仁至愛神様の御出現が在る、時節が参りて来たから、悔し残念を堪りて来た身魂は、皆揃ふて世に出て、世の元の初まりの結構な御用が出来るから、良き御用の出来る身魂を見て、我の精神と行状とを考へて見て、神の心に叶ふやうに成りて居らんと、綾部の大本の世界の元の御用は出来んぞよ。外の教会のやうに思ふて、此の大本の御用いたさうと思ふて居りたら、大間違いが出来るぞよ。末代に一度ほか為られん、二度目の世の立替をいたす所へ、是迄の体主霊従主義[*底本では「体主肉従主義」だが七巻本では「体主霊従主義」に修正されているのでそれに準じた。]で、自分本意で早う出世[*底本では「出生」だが誤字と思われる。]が為たい様な、気の小さい守護神に使はれて居る肉体でありたら、今度の間には合んから、肉体から胴を据えて、守護神に言い聞かせるぐらい確りして居らんと、肝腎の御用の間には合んぞよ。是まで世に出て居れた守護神が、善の道へ立帰りて、末代の御用を致さうと思ふたら、是までの行り方を一寸も用ゐんやうに心得て、一から何事も行り変へて下されよ。此大本の中へ来て直きから上の御用がいたしたい様な、霊魂の守護神に使はれて居ると、大きな間違いが出来て、善の御用は為せて貰えず、悄然として居るのを見るのが厭で在から、世に出て居れた守護神が大本へ化けて来ても、一目に判るから、真心に成りて産ぶになりて、霊魂に出来る御用をさせて貰えば、其日から嬉し嬉しで暮るなれど、上へ上がりて直ぐから好い御用を致さうと思ふと、不調法が出来るから、自己の霊魂に似合ふた御用をいたせば安全に勤まるから、此先で仕損いをいたしたら、末代悪い名が残るから、是迄の行方を変へるのには、心が水晶に成らんと、大本の初発の御用は出来んぞよ。是までの心を入れ替て、腹の中に動かん誠が無いと、大本の御用は余程肉体がしっかりして居らんと、立直しが中々の大望であるぞよ。此世の元の天の御先祖様を、斯んな事に永い間御艱難をさせて置て、亦た地の先祖は力が在り過ぎて、手に合んと申して艮へ押籠て、天の光りも地の光もない様にいたして了ふて、物質の世に成りて、日本の霊の元の光といふものが無いやうに、金銀為本国に為て了ふて、日本の国に使はれん、学で末代行りて行うとの、エライ経綸をいたして、茲までは思ふやうに来たなれど、九分九厘の悪の世の終いとなりて来たから、何時手の掌が覆るか分らんから、斯んな事ならモット気を付けて呉そうなもので在りたと申して、地団太を踏んでヂリヂリ悶え致しても、ソコになりてからは後の祭りで、取戻しは出来んぞよ。天地の御先祖様が天晴れ表になりての、御守護があるから、男も女も心間違いの無いやうにして貰はんと、是からは厳しくなるぞよ。我の心の持方一つで、如何な神徳でも今度は神から授すから、水晶の世に成るので在るから、我の身魂を十分に磨いて置いたら、世の元の天地の先祖が何彼の守護をいたすから、思ふやうに何事も行くぞよ。敵対心が一寸でも在りたら、何も思ふ様に行んから、昔から此世に無い事をいたすので在るから、因縁の在る変生男子の身魂には、辛い御用がさして在るぞよ。明治二十五年から筆先に出してある事は、世界中の事で在るから、彼方此方に致さんと、斯んな事が一度に在りたら、何う仕様も成らん様に成るから、彼方や此方に罪穢の烈い処には、夫れ丈の罪穢の借銭であるから、可成は大難を小難に致して、借銭済を仕て了はんと、身魂が罪穢を負ふて居ると、何一つ思ふ様に行んぞよ。今の人民は自己に罪穢のある事を、チットも知らずに居るから、天地の先祖はこの肉体に守護して居る霊魂には、此ういふ罪穢を負ふて居るといふ事を、明白に知りて居るから、何程かくしても、何れほど甘い弁解を致しても、神の目は眛ます事は出来んぞよ。斯世は末代続かせねば成らんから、何事も筆先に出して知らして有るから、此の先は何事も一度に成りて来て、守護神人民の思ふて居る事が、大間違いが出来て、逆様斗りで世に出て居る守護神が、キリキリ舞を致さな成らん様になるから、茲へ成りて来た折に如何したら宜いか、訳が分らん様に成りて、実地の事はつかまゑられず、自己が宜いと思ふて為る事は、誠実地の神の眼から見て居ると、井戸の縁に茶碗を置いて在るのを、見るやうに有るから、筆先で是ほど細々と気を付けて、言い聞かせたなれど、言聞かした位で聞く守護神が、日本の国に無いやうに成りて居るから、此の先は聞かな聞くやうに致すから、是迄の様な心で神の御用したと思ふて、為る事が大きな邪魔に成るぞよ。邪魔を致しておいて、大神が邪魔を為ると申して、悪の行方の向ふの国の頭に湧いた守護神が、何程気張りて善い御用を為て居ると思ふて居りても、逆様斗りを為ておいて、実地の大神を怨める様な心の守護神が何を致しても…………日本の経綸の解る守護神が無いから、実地の大神が今に実現が出来んので在るぞよ。直々の取次は咽喉から血を吐く如く、今に安心がチットも成らん、誤解を世に出て居れる方の守護神がエラソウに、自分ほどのものは無き様に思ふて、慢神を致して、日本の御用を一角エラソウに思ふて致す事が、逆様ばかりを致すから、今迄の筆先にも世に出て居れる方に、大本の実地の御用の出来る守護神が無いと申して今に筆先を出ささな成らんから、実地の日本の天地の御用いたす取次は辛いぞよ。実地の御用が出来る身魂が一人出来て来たら、悪い霊を引抜て、日本の霊の元の生粋の、日本魂と入れ替てやりて、天と地との先祖が守護を致すと、思ふやうに筥指した様に、コトリコトリと行くやうに致すぞよ。 慢心と取違いが在りたら、此後は守護神の性来を表はして、其霊は利かんやうに成るのを、明治二十五年から今に成るまで、守護神人民に気を付けて在るのが、何も時節が一度に出て来るから、茲へ成りた折に心を復へて、日本の元の御用の出来る身魂に成りて居る様に、クドウ知らして居るなれど、思ふて居る事が全部間違ふて居るから、守護神に解らんから、仕損いが出来るので在るぞよ。是まで守護神が自己の勝手に、思ふやうに出来たのは悪の世と成りて居りたから、自分に悪力が有りて、悪の霊が利くほど上へ上れたなれど、モウ手の掌が覆りて居るから、是迄のやうに思ふて居ると、大きな失敗が出来るから、是程気が付けて在るのに失敗を為てをいて、未だ大神の所業の様に思ふて、取違いを為て居る事が、未だ自分に解らんのは、元の性来が悪であるから、日本の元の御用は、悪の性来では出来んので在るぞよ。元は日本の魂でも、外国魂に成切りて居るから、速に解らんのであるぞよ。 日本の性来の大和魂に立帰りて来んと、一寸でも混りがありたなら、世の元の大神様の御用は出来んから、何時まで不調法の無いやうに気を注けてをりても、矢張り思ひが違ふから、違ふた事が出来るので在るぞよ。日々に我の腹の中を能く考えて、自分の審神者を致さんと、大本の御用は、向ふの霊が一寸でも混りて居りたら、間違ふた事が出来るぞよ。各自の霊魂の性来の事ほか、出来は致さんぞよ。末代曇りの懸らん、生粋の水晶の世に致す、二度目の世の立替であるから、何に付けても大望ばかりで在るから、世に出て居れた海外の国の眷属が、何も分らずに修行も致さずに、日本の経綸の解らん方の守護神が、直ぐから世の本の日本の経綸は解りはせんから誠の心に成りて、身魂を研いて居りたなれば、何国へ廻されても、向ふの国へ還されても、成る可く優な方へ廻してやるから、修行した丈けの事は、身魂に徳が就くから、何に依らず素直に致して、辛い修行を致して置けば夫れ丈の御用が出来るぞよ。身魂が曇りて居るのに、日本の世の本の初りの御用は出来んなれど、三段に身魂を分けて、夫れ夫れに目鼻を付けて、改心が出来た産ぶの身魂から、それぞれの事を為せねば成らんから、何が大望と申しても、身魂の立替立分が一番困難な、骨の折れる事であるぞよ。大望な世の立替の中で、立直しが在ると云ふ事も、筆先で先に知らして在るが、立直しの御用が逸く成りて、大変忙しく成るから、是までの様な事はして居れんぞよ。天地の物事が変るから是迄の心と行方を代んと、大本の中には辛ふて居れんやうに成るぞよ。身魂が研けんと此後は辛うて、辛抱を能うせん肉体が出来るぞよ。是迄の世は暗黒の世でありたのが、日の出の守護と成りて来るから、善と悪との立分けの、辛い大峠と成る時節が参りて来たので、世に出て居れた方の守護神は、大変何彼の事が辛くなると申して、知らしてあるぞよ。上の方は大変辛う成るし、人民は穏かになると申して在るが、何も彼も時節が迫りて来るから、出る筆先を先繰り見て置かんと、俄にトチ面目を振る事が出来いたすぞよ。 変生男子の霊魂がビクリとも致さずに、茲まで気は張弓で来て呉れた御蔭で、色々と申して訳は言はずと、ここまで堪ばりて来たのであるから、此大望な事を前に申して、人民に斯ういふ御用を為てくれいと申したとて、一人も仕てくれるものも無いなれど、出口直は因縁のある身魂で在るから、厭とも申さずに辛い御用、勤めて下さりた故に、此所へ成りて来たのであるぞよ。変生男子と変生女子との身魂に、外の身魂では出来ん事が為せて在るなれど、人民は実地の事をして見せて、筆先とキチリキチリと合ふて来んと、未だ今に十ぶんの事が判らんなれど、何彼の経綸が解る時節が参りて来て、身魂が揃ふて来たから、是からは仕組も判りて、御用いたすのが安全に出来だすぞよ。斯んな大望な事を、何も知らん今の人民に、いたして呉れと頼みたら、一人も相手に成りてくれる人民は、在りはせんぞよ。至仁至愛神様と地の先祖は、世の根本の事から末代先の事が、見え透いて在りての深い経綸で、世に出て居れる神にも、判らんやうな尊とい仕組であるぞよ。 茲までは立替の筆先を書して知らしたなれど、立替の中で立直しをいたさねば、成らんと云ふ事が、筆先で知らして在るが、立替済して置いて、後の立直しを緩々する様な事を為て居りたら、是だけ何も分らん暗黒の世の中の盲目聾と同じ人民で在るから、何程智慧が在りても、学力が在りても、智慧や学力で考へては解らん、今度の二度目の世の立替の仕組で在るから、今迄の世の悪の行方為て居れた守護神には、解らん仕組で在るぞよ。一層学力の勝貫た霊魂に、使はれて居る肉体でありたら、筆先が能く解るなれど、中途の学では解らんから、綾部の大本の元の役員は、普通では出来んから、大勢は要らんぞよ。人の心とは余程かはりた、産ぶの心に成りておらんと、斯んな大望なミロクの世に、世を捻ぢ直す世界の大本になる尊い所が、現今では外に無い粗末な事にいたして在るから、見当が取れんなれど、経綸がいたしてある事の、時節が参りて来るから、心の入れ替をいたして、身魂を磨いておりて下さりたら、天地の元の大神が、致すので在るから、量見の違ふ守護神ばかりで、思ふて居る事が、大間違に成るぞと、彼程に日々に筆先で、気が付けて在るから、眼の付け処が違はんやうに為て下されよ。今度の立替は、是迄に無い事であるから、筆先を見て神徳を取らんと、綾部の大本の誠の経綸は判らんぞよ。天地の御先祖の直き直きの御用いたす霊の、元の日本魂は、肝腎の艮の御用であるから、何の守護神にでも、出来るやうな御用で無いぞよ。是までの世の守護神は、悪の世でありたから、悪智慧斗りで、悪い事ばかりを致して、人が困りて難渋を致して居りても、元が悪の性来であるから、人を困らしても、自己さえ好けら好いで悪い事を為る程、上へ上りて出世が出来て、世界中が悪るうなる事ばかりを、外国の性来に移りて、日本の守護神と九分九厘の身魂が、悪い事ばかりを企みて、今の日本の体裁、全部真暗黒界であるから、何んな事を為て居りても、頭が自由に為られて居るから、頭の血統と引方、悪魔に成りて居る眷属とが、一つの心に凝固て、悪い事の為方第、艮の金神の誠の善一つの、経綸が判りかけると、悪の霊魂が善の肉体を道具に使ふて、未だ未だ此大本を悪く申して、出口を引裂に来ると申して、筆先に毎度知らして在るが、何事ありても大丈夫であるから、誠を貫きて、一つ心に成りて居りたら、何処から此大本へ詰かけて参りても、歯節は立んぞよ。我程の者は無きやうに思ふて、慢心をいたすと、悪の守護神に悩められて、悪が善に見えたり、此の結構な大本の誠の教が、逆様に悪の行方に見えて、大きな間違いが出来るぞよ。 是ほど難渋な事になりて居るのに、まだ悪の方の仕組は深ひ目的があるが、其目的は霊が利かんやうの時節が参りて居るから、何程これ迄に覇が利いた守護神でも、世が代りて善の世となるから、悪の守護神は往生いたすより、モウ仕様が無いぞよ。モウ悪では一足も前へ行く事も、後へ戻る事も出来んやうに、悪の世の輪止りとなるから。何を企みていたして見ても、皆外る斗りで、余り思ふやうに行んから、気抜けがして、昼狐を放出したやうになるぞよ。是まで悪を働いた守護神は、一旦は天地へ揃ふて御詫びをいたさんと、赦すといふ事が出来んから、縛られた如くで、我肉体が我の自由にならんやうになるから、我は利巧なものじゃと思ふばかりか、他人が阿房に見えたのが耻ずかしうなりて、ヂリヂリ悶えて困しむからと申して、筆先で知らして置いたが、何彼の事が近うなるぞよと申して知らしてある事は皆でて来るから、産の心に立復りて神心になると、何事がでて参りても安全に暮せるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧8月22日 | 大正六年旧八月二十二日 何彼の事が迫りて来て、お筆先で出して居る通りに何事も世界が成りて来るぞよ。従来の事は何も些とも用ゐられん様に成るのが世が変るのであるぞよ。信心を致しても、従来の精神では神徳は無いぞよ。何もお筆先に出すから、お筆出したら、大国常立尊の言葉の代りに、大出口直に書かせるのであるから、温順に致す守護神に使はれて居る肉体でありたら、何事も思ふやうに行くなれど、従来通り、自己一力で、自己の勝手に致さうと思ふても、何も思惑は立たんぞよ。世が変るのはその事であるぞよ。上流から下流まで、些少い取違でないと云ふ事が、何の筆先にも気がつけてあるぞよ。お筆先を読むばかりでは何も分りも致さんぞよ。あれ丈に同一事が未然に書いて知らしてありたら、これは何うであると考へて………。世に出て居れる方の学で出世をして居れる守護神は、いろはの勉強は、阿呆らしうて改心が出来ず、学では間に合はず、此転換期に大変辛い守護神が多数あるから、思ふて居る事が大間違であると申して未然に知らしてあるが、今に気の附く守護神が無いぞよ。直の初発は、親子三人は他人から見ると大発狂者でありたが、世界の事を、何も世の元から何んな事でも説いて聴かせる三千世界の大発狂者であるぞよ。世界の事が何も逆様に成りて了ふて居りた世を、本様に、昔の弥勒様の世にねじ直すのであるから、何につけても大事業なことであるなれど、世界の大本に成る所であるのに、未だこの村、綾部の町は何も解らんが、世界へ恥かしい事の無いやうに致されよ。遠国から解りて来るから、神は困らねど、世界へ面目ないやうに御筆先で気が附けて置くから、お筆戴いたら違はんぞよ。後の後悔は間に合はんぞよ。 旧九月に成ると世界は最う一つ激しう成るから、日本の国の仕組通りにして立て別て了ふから、従前のやうには行かんから、何事も月も日限も決まりて居るから、其用意を其所へ成る迄に致されよ。日本の規則は従来の様な放縦な事は致さんから、上へあがりて居りて、日本の国を自由に爰までは出来たなれど、爰までは夜の守護でありたから、眼を塞いで居りたなれど、時節参りて日之出の守護と成りて来たから、心で皆揃ふて用意を致さんと、世界中へ面目無い事が出来て来て、潜かに改心を致して、温順に致す方が結構であるぞよ。自己が致さうと思ふても、従来の霊が利かん様に成るが、世が変るのであるから、自己の守護神がこれ迄のやうに、一力では最う些とも行けんやうに成りたぞよ。上へあがりて爰まで日本の国を自由に致したら、これに不足はモー在るまい。根本の先祖は爰迄の苦労、口惜しい事、残念を十分耐りつめて来て、今に残念を耐り詰めて居るなれど、絶命に世が迫りて来て、一度に開く梅の花、御筆先通りの事に世界は成るぞよ。一度の改心は後へ戻るから、気を附けた上にも気が附けてあるから、向后は何時も三四月、八九月といふ事とお筆先に毎度出してあろうがな。何があらうとも最う知らせる事が無いから、末代に一度ほか無い、天地の岩戸が開けるといふやうな、二度目の世の立替であるから、天地の御恩といふ事が今度は分るぞよ。悪に反りて居る身魂が、徹底的一日の日の間に改心を致さんと、爰へ成る迄にすッくり改心致して、善一つの心に成りて居らんと、九月の月に成ると何も一度に成りて来て混雑と成るから、爰へ成る迄には、些と神の間に合ふ人民を造へて、神の御用の出来るやうにと、神は昼夜、暑さ寒さを厭ひなく、人民には見えも分りも致さねど、根本の活神はお筆先に書かしてあるが、お筆先通りがあれ程実地ても、眼前に為て見せんと、眼前に在りても身体が暑う成りて来んと、今の人民に守護して居る守護神が、苦労知らずの守護神ばかりであるから、他人の苦労が眼に附かんから、現今の行方は利己本位の行方であるから、何れ丈実際を書いて見せても、実地の事を申して聞かしても、心が反対であるから、是非なく、何れは厭な事が世界にはあるなれど、今度世の立替を致すには、世に出て居れる守護神に、お手伝いをさせる守護神が些とも無いとは、能うも爰まで曇らしたものであるぞよ。世に出て居れる方の守護神が、霊主体従へ立ちかへりて、日本丈が大和魂の性来が出来て来たら、埒良う立替が出来るなれど、体主霊従の性来に成り切りて居るから、日本の実地の根本の活神は骨が折れるぞよ。 大本へ来て居る人は、男も女も他人から見て、彼の人は違ふ人と言はれて、眼の着くやうの行状が出来んと、大本は世界の亀鑑の出る所であるから、何事を致して居りても、お筆先肚へよく入れて置かんと、人が出て来出すと、余程の神力を貰ふて居らんと、これから出て来る人は迅う解るから、これ迄の心の持方をさッぱり変へて、言葉の使用法を直さねば、従来の様なことでないぞよ。外国の方が早う解るといふ事もお筆先で知らしてあるぞよ。日本の国は大和魂と口では申して居るが、日本の国に大和魂の性来がありたら神もこれ程には思はねど、日本の国が余り酷い身魂に成りて居るので、直の取次は咽から血を吐かんばかりで苦みて御用を致して居るなれど、輔佐をさせる身魂が無いのであるぞよ。変性男子と変性女子との御役は、他の身魂に佐て貰ふことの出来ん辛い御役、各自に勤め上げて了はねば成らん辛い御用であるぞよ。変性男子の御役は誠一つを貫いて、嘘といふことは一言も申されず、つくらひ事といふ事も出来ず、依まれた事は致さんならず、誠の道は辛いぞよ。さるかはりに貫いたら亦と再びこの世に無い事であるから、綾部の大本の御用を致す人は、一と通りの身魂では、一寸の御用でも、他所の様なことには行かんから、男も女も余程の行が出来んと途中で変ることがあるから、抜刀の中に立ち居るやうの心で、何時に成りても気ゆるしの成らん気遣な世界の大本に成る尊い所であるぞよ。今では化たり化して、大望な御役がさしてあるから、此盲者聾者の世の中へ言ひ切ることは出来んなり、辛い所であるなれど、未然には大事の仕組は申されず、機織る人が何んな模様が出来て居るといふ事の解らん、仕組の言はれん所であるから、爰まで来るのが骨が折れたなれど、何彼の時節が参りて来て明けの烏と成りて来て、この先き日之出の守護に成りて来るから、大事のことも何も一度に開けて来るから、身魂を磨いて居らんと良い御用が出来んぞよ。解りて来たらそれぞれの御用の命令がさがるなれど、向后の行方は従来とは天地に変るぞよ。些とは天地の根本の先祖の初まりの心の思ひやうといふ事が無いと、此世の人民は万物の長と申して、人民を神の次ぎに造へて、神の容器に致してある尊い肉体が造へてあるのぢゃぞよ。今度の二度目の折には人民を使ふて神は人民を助ける也、人民は神の道具と成りて働く也。今度二度目の世の立替は、末代の世の事が決るのであるから、人民の精神を直すのが何より大事業であるぞよ。弥勒様は、余り善の深い、底の分らん御方、天から御守護遊ばしなさるなれど、何の様にでも成るやうに思ふて、表面から敬ふやうに見せて、肚の中は体主霊従で、肚の中に誠が無いから、地の先祖は力量があり過ぎて手に合はんと申して、皆の心が揃ふて、末代この世へは出さん所思で押込めて、これで楽ぢゃ、これからは好きなやうにして世を持つぢゃと申して、皆の心がよく揃ふて、一方も、それは可かんと気の附く神が無かりたとは偉い慢心を致したものであるぞよ………。上へあがりて大将附々に成りて、今に頑張りて居るのを旧九月一パイにはあらはして、三段に分けてある違ふて居る血筋を速やかにあらはすから、あらはせずに立替を致して徹底の改心を致せば、善へ立ちかへらして従ふ心に成りたら、この先きは結構に致してと、爰迄何うぞ何うぞと思ふて、直接の取次致して呉れる変性男子も女子も辛い目に逢はして居るぞよ。この上に聴き入れ無くばこの方も最う勘忍袋が切れるから、この上は何ういふ事が世界にはあらうとも、天地を怨むことはよもやあろまい。世界には人が二三分に成ることが初発から申してあるが、これ丈天地の元の先祖が色々と致して、何でもこの世、人民を善く致してと思ふ程、人民の心が悪るくなりて来るから、爰へ成る事が世の元からよく分りて居るのであるから、助けやうが無いから、成るべく従来の醜しき心を入れかへさして、身魂の洗濯と一同に洗濯を致して、成るべく不遇に致さんやうに、向后はお筆通りに上から致すから、上が致せば、血筋眷属が致さねば致すやうにして改心を致さすぞよ。今往生を致せば、すッくり名を露はせずと、世の立替を致して、大難を小難にまつり替へて、天之弥勒様へ御詫を致して、その悪るい霊魂の性来を、善の道へ立ちかへらしてと、今に何うぞ何うぞと思ふて居るなれど、最う大変迫りて来たから、向后に世界には何う云ふ事がありても、神、取次に不足をよもや言はれまい。 人民も守護神も従来のやうに自己一力では何も出来んぞよ。大本の御筆通りに何事も、天地の命令の降下らんことを勝手に致したら、向后は大変厳しう成るぞよ。自己が偉いと思ふて勝手に致したら初発は行けるなれど、九分九厘行くと、後戻を致さな成らんぞよ。従来のやうな放縦な行方はさッぱり変へて了ふから、心見ぬいた其上で、地の世界の先祖の大国常立尊から命令降下らんことには、他の命令では何も勝手には為られんやうに厳しう成るぞよ。従来の事は何も用ゐんやうに大変りが致して、日之出の守護と成りて来ると気づかひに成るぞよ。これまでは上が下へ成りて下の身魂が上へあがりて、身魂が上下に引ッくり返りて居るのを、天地が引ッくり返りて居ると申したのであるぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年1月2日 | 大正八年一月二日 釈迦は照寺、五十鈴川曇る、愛の月照弥満朝雨が降る。仏が栄えて、何処も彼所も寺ばかりで、肝腎の天照皇太神宮の御宮まで、一旦は奥の院に阿弥陀仏を祭り込み、大神様を有る甲斐なしに致して、日本の国魂までも曇らして了ふて、其の国魂の精を享けて生れた神国の人民は、大神の御神体なる八咫御鏡言霊までが曇りて来たので、其れから生れた人民が天気の小言を申すやうに成りて、段々と天地を曇らして来たから、何時も天災地変の起り詰であるぞよ。天地の変災は皆人民の心と言霊が濁りて居るから、一年増しに多くなる斗りであるから、日本の言霊の幸ひ天照る国の人民は、第一番に心の立替立直しを致して言霊を清め、善言美詞を用ふて、天地の神様と人民の心を和げん事には、何時迄も天災地変が治まると云ふ事はないぞよ。今の人民は一人も善言美詞を使ふものは無い斗りか、日夜に人の悪口斗り申して歓こび勇み、何んど悪事醜行が新聞にも出ては来んかと、夫れ斗りを待ちて居る曇りた人民斗りで、外国人よりも精神が悪く汚れて居るから、天に坐します大神様が堪忍袋を切らし遊ばして、何うしても世の立替を一度に致さねば成らぬと申されるのを、艮の金神が是まで開けた世界を潰されては、何にも知らぬ人民が可愛相なり、一人なりとも改心さして残してやりたいと思ふて、天の御先祖様に日時を延ばして戴き、斯世を潰さずに大難を小難に祭り替て下さるやうに、大出口直の体内に憑りて今迄御詫をいたして居りたなれど、今の守護神人民が一寸も聞いて下さらぬから、止むを得ず艮の金神変性男子大出口の神は、手を曳きて天へ帰りて守護を致すやうに成りたから、世界に何事が出来致しても、艮の金神と大出口の神に不足は申されまいぞよ。二十七年に渡りてクドウ気を付けておいたぞよ。いよいよ仁愛神様の御出ましに成りて、月の大神様の御守護と相成りて、瑞の御魂の御用が廻りて来たから、月の大神様が暗の世を隅々まで御照遊ばして、日の出の守護となると、罪悪の深い国々、所々、家々、人々に火の雨が降ると申して、昔から愛の土山雨が降ると申して謳を作りて、神から気が付けて有りたなれど、盲目聾に化り切りた日本の人民が、能う解けんから、艮の金神が日本の守護神や人民に、説いて聞かして改心さして、身魂を助けてやり度いと、一心に心を砕いて、明治二十五年から変性男子の体内を借りて知らしたなれど、今に一寸も解らぬやうな守護神人民は、気の毒でも止むを得ずの惨事が出来いたすなれど、誰を恨める様も無い事に成りて居るぞよ。昨年の十二月二十七日には、東京で蛙の集会が初まりたが、今度の集会は何年とは変りて居ろうがな。其日に綾部の大本へは神界の経綸の世界の国魂が集りて、千秋万歳楽の基礎が定まりたのも、五六七の大神様の御命令であるぞよ。結構な国の基になる十二の宝が集りて来たから、モウ此の先は何彼の事が迅くなりて、経綸が段々と人民の眼にも判るやうになりて来るぞよ。是から世界は十二ケ国に約まりて日本の一つの王で治まるのであるが、其所へ成る迄には世界に大混雑が湧いて来るから、余程確りと腹帯を締ておかんと、途中で腹が破れるやうな事が出来いたすぞよ。 大正八年一月二日、旧十二月一日、甲寅の日竜宮館に艮の金神変性女子に憑りてしるしおく。 |