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(1894)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 09 生言霊 第九章生言霊〔七七四〕 言依別命は立上り金扇を開いて自ら舞ひ自ら歌ひ給うた。 言依別命『此世を造り固めたる国治立大神と 御水火を合せ永久に世界を守り給ひたる 豊国姫の御分霊助け幸はひ生かすてふ 言霊別の天使醜の猛びに是非もなく 根底の国に潜みまし少彦名と現はれて 常世の国の天地を守り給ひし勇ましさ 言霊別の御分霊皇大神の御言もて 再び此世に出現し三五教の神司 言依別神となり天地の神の御教を 神のまにまに伝へ行く四尾の山に隠れます 国武彦の御言もて錦の宮に仕へます 玉照彦や玉照の姫の命と諸共に 五六七神政の礎を朝な夕なに村肝の 心を配り身を尽し金剛不壊の如意宝珠 黄金の玉や紫の珍の神宝を永久に 神のまにまに埋め置き三千世界の梅の花 一度に開く折を待つ時しもあれや素盞嗚の 瑞の御魂の大御神黄金の島の秘密郷 金波ひらめく諏訪の湖玉依姫の常久に 守り給ひし麻邇の珠いよいよここに現はれて 五づの御魂の功績はますます高く輝きぬ 三と五との玉の道三五の月の御教は 二度目の天の岩屋戸を完全に委細に押開き 常世の闇を打晴らし天にます神八百万 地にます神八百万百の人草草も木も 禽や虫族の生命のはしに至る迄 洩らさず残さず救ひ上げ上下歓ぎて睦び合ふ 誠の神世を建て給ふ珍の礎定まりぬ あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 ○ 神素盞嗚大神が宣らせ給ひし大神勅 唯一言も洩らさじと耳をそばだて言依別の 瑞の命は只管に今日を境と改めて 世人を安きに救うため千座の置戸を背に負ひ 仁慈無限の大神の尊き御心に神習ひ 仕へ奉らむ瑞御魂神素盞嗚大御神 国武彦の御前に慎み敬ひ真心を 尽して誓ひ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 皇大神に誓ひたるわが言霊は永久に 五六七の世迄も変らまじあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と自ら固き決心を歌ひ了つて悄然として座に帰つた。今後の言依別命の犠牲的活動は果して如何に発展するであらうか。 神素盞嗚大神は秋山館の奥の間に隠れ給ひしより、何れへ出でませしか、その消息を知るものは一人もなかつた。 国武彦命はその場に白煙となつて消え給ひ、四尾の山の奥深く神政成就の暁を待たせ給ふ事になつた。 茲に言依別命は梅子姫、五十子姫その他の一同と共に、神宝を由良の港の川口より美はしき神輿の中に納め、金銀を以て鏤めたる御船に安置し、金銀の真帆に秋風を孕ませ、由良川を遡りて聖地に勇ましく、船中歌ひ舞ひ、いろいろの音楽を奏しながら帰り給ふ事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・一八旧閏五・二四外山豊二録)
102

(1905)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 序文 序文 一、霊界物語もいよいよ二十七巻まで口述を終りました。一部の役員信者の間には、教祖の筆先をのみ偏信するの余り、霊界物語に対しては、殆ど眼も呉れない人が偶にある様だ。否目も触れないのならば少しも差支へ無しとするも、頻りに其含蓄せる主要点をも極めず、何故か虫が好かぬとか言つて、無暗やたらと貶す人があるさうだ。併し乍ら私は断言しておく。大本の教理を真解せむと欲せば、どうしても本書を繙かねば成らない事を。 一、私は単なる現今の大本教信者のみの為に口述したのでは無い。現幽神即ち三千世界の神仏、人類及び禽、虫魚、草木などに安息を与へ、天国浄土を地上に建設せん為に惟神的に三才の童子の耳にも解し易からしめむと、卑近な語を用ひて述べた神書である。神は智者、学者、強者のみに真理を諭し玉はず、誠の神恵は愚者、弱者をして克く其福音を味はしめ玉ふものである。此物語も亦右の御神慮に出でさせ玉ひたるものであります。一読すれば必ず何等かの光明に接する事は、私の深く信じて疑はない所であります。 大正十一年七月二十八日(旧六月五日)於竜宮館王仁識
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(1914)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 07 猫の恋 第七章猫の恋〔七八九〕 玉照姫は紫の宝珠を初稚姫、玉能姫、お玉の方に守らせ乍ら、我館に帰らせ給うた。幹部を始め一同は更めて天津祝詞を奏上し一先づ各自の宿所に帰る事となつた。 高山彦は一旦館へ立ち帰り旅装を整へ、アール、エースの二人と共に早々館を立ち出でんとする時しも、髪振り乱し夜叉の如くに帰つて来た黒姫と門口でピツタリ出会した。南無三宝一大事と高山彦は裏口より駆出さんとする。黒姫は此場に倒れて癪を起してフン伸びて仕舞つた。流石の高山彦も之を見捨て逃げ出す訳にもゆかず、 高山彦『エース、水だ。…アール、癪だ』 と呼ばはり乍ら介抱して居る。 黒姫は目の黒玉を何処かへ隠して仕舞ひ、白目ばかりになつて「フウフウ」と太い息をして居る。エース、アールは口に水を含んで無性矢鱈に面部に吹き付ける。高山彦は口を耳にあてて反魂歌の「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万」を数回繰返した。黒姫は「ウン」と呻き乍ら、 黒姫『ア、何方か知りませぬが、よう助けて下さつた』 と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。 高山彦『ア、黒姫、気がついたか。マアマア之で安心だ。これから高山彦はお前と縁を断り、竜宮の一つ島か、但は筑紫の島へ玉探しに行くから、これまでの縁と諦めて下さい』 黒姫は怨めしさうに、 黒姫『高山さま、お前も余りだ。妾の今卒倒したのもお前の心が情無いからだよ。刃物持たずの人殺、冥土の鬼にエライ成敗を受けなさるのが…妾や…それが悲しい。神の結んだ縁ぢやもの、何卒モ一度思ひ直して下さいませ』 高山彦『何と言つても男の一旦口から出した事、後へひく訳にはゆかぬ。先は先として一先づ此場は離別を致す。黒姫、さらば……』 と立ち去らんとする。黒姫は隠し持つたる懐剣、ヒラリと引き抜き、 黒姫『高山彦さま、永らくお世話になりました。妾の恋は九寸五分、最早此世に生て望みなし。妾は此処で潔く自害を致し、貴方を怨める魂魄凝つて鬼となり、屹度素首引き抜いて見せませう。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と喉にピタリと当てて見せた。 高山彦『自殺は罪悪中の罪悪だ。これ黒姫さま、何程九寸五分だつて胸の方では喉は斬れませぬよ。随分芝居がお上手ですね。そんな事にチヨロマカされる高山彦では御座りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 黒姫『エー、残念や、口惜しい。そんなら本当に斬つて見せようか。斬ると云うたら屹度斬つて見せませう』 高山彦『一旦断つた此縁、再びきられる道理があらうか。最早お前と俺との二人の間には何の連鎖もない。赤の他人も同様だ。勝手にお斬りなさいませ』 黒姫『そりや聞えませぬ高山さま、天ケ下に他人と云ふ事は無いもの……と三五教の御教、お前はそれを忘れたか。憐れな女を見殺しにする御所存か、それ程情ないお前ではなかつたに、如何なる天魔に魅られたか。お前の言葉は鬼とも蛇とも悪人とも譬方なき無情惨酷さ、死んでも忘れは致しませぬぞや』 高山彦『イヤ、もう神界の為めには家を忘れ、身を忘れ、妻子を忘れるとかや。男子は戦場に向ふ時には三忘が肝腎だ。……黒姫、さらば……』 と行かんとする。 黒姫『コレコレ、アール、エースの両人、高山さまの足に確り喰ひついて居るのだよ。屹度放しちやなりませぬぞえ』 二人は高山彦の両足に喰ひ付き乍ら、 アール『アヽア、犬も喰はぬ夫婦喧嘩の犠牲に供せられ、随分勤め奉公も辛いものだなア』 高山彦『こりやこりや、アール、エースの両人、早く放さぬか』 黒姫『決して放しちやなりませぬぞ。コレコレ高山さま、男は閾を跨げるや否や七人の敵があると云ふ事を知つて居ますか』 高山彦『アハヽヽヽ、イヤもう御親切な御注意、有難う御座います。誠一つの心で居れば、世界は敵の影を見たいと言つても見る事は出来ない。山河草木、人類鳥魚鼈に至る迄、皆我々の味方ばかりだ。人を見たら泥坊と思へ等と云ふ猜疑心に駆られて居る人間の目には、何も彼も敵に見えるだらうが、我々は神様にお任せした以上一人の敵も無い。お前に添うて居れば此世の中で敵を作るばかりだから……何卒心配して下さるな。お前もこれから改心をして、世間の人に可愛がられて呉れ。それが高山彦の別れに臨みお前に与ふる大切な餞別だ。高姫さまにも何卒よく言うて置いて下さい。必ず必ず執着心を出してはなりませぬぞ。今日から心を改めて本当の生れ赤子になり、仮にも竜宮の乙姫等と大それた事を言はない様にしなさい。左様なれば是にて……黒姫さま、お暇致します』 黒姫『高山さま、そりや貴方、本性で仰有るのか。芝居ぢやありますまいなア』 高山彦『本性で無うて何とせう。夫婦の道は人倫の大本だ。それを別れようと言ふ高山彦の胸の裏、些とは推量して呉れ。……さあアール、エース、これから行かう。……黒姫さま、これにて暫くお別れ致します』 と慌しく駆出す。 斯かる処へ走つて来た玉治別、 玉治別『ヤア、高山さま、愈御出でですか』 高山彦『ハイ、何分宜しう願ひますよ』 黒姫『何と言つても放しはせぬ』 と獅噛みつく。高山彦は「エー面倒」と当身を一つ喰はすや否や、黒姫は「ウン」と其場に大の字に倒れて仕舞つた。 玉治別『何と高山さま、乱暴な事を致しますな』 高山彦『斯うして置かねば仕方が無いから……此間に私は身を隠すから、後は頼みますよ。斯うして此処を拇指でグツと押して貰へば息を吹き返す……玉治別さま、此処だよ。何卒二十分ばかり待つとつて下さい』 玉治別『承知致しました』 「左様ならば」と高山彦は二人を伴ひ、足早に何れへか姿を隠した。玉治別は時期を見計らひ高山彦に教はつた局を拇指に力を入れてグツと押した。「ウン」と息吹き返した黒姫は四方をキヨロキヨロ見廻し、 黒姫『アヽ残念や、到頭逃げられたか。エー仕方がない。……お前は玉治別さま、ようマア助けて下さつた』 玉治別『高山彦の奴、怪しからぬ乱暴な男だ。永らく添うて来た女房に当身を喰はして息を止め、筑紫の島へ逃げて行くとは不届き千万な者だ。お前さまも是で目が醒めただらう。虎、狼と一緒に寝る様なものだ。私もお前さまを活かさうと思つて、何程骨を折つたか分りませぬ。到頭局が分つて活を入れた時、貴女がもの言うたのも皆神さまのお蔭、アヽ勿体ない。是から一切の執着を捨てて大神さまに感謝祈願の祝詞を奏上しませう』 「ハイ、有難う」と黒姫は玉治別と相並び、拍手の声も淑やかに錦の宮の方面に向つて感謝祈願の言葉を奏した。 因に言ふ、錦の宮の神司は従前の通り玉照彦、玉照姫の二人相並ばれて御神業に奉仕され、英子姫選ばれて言依別命の不在中教主の役を勤めらるる事となつた。そして東助は教主代理兼総務となつて聖地に仕へた。 高山彦、秋彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉の方は聖地にあつて幹部の位置を占め神業に従事しつつあつた。玉能姫は生田の森の館に帰りて駒彦と共に神業に従事する事となつた。又言依別命は国依別と共に南米、高砂島に渡り、鷹依姫、竜国別の行衛を探ね、旁宣伝の為めに出張さるる事となつた。 高姫は言依別命の後を追ひ四個の玉を取り返さんと、春彦、常彦の二人を引き率れ、高砂島に行く事となつた。杢助は初稚姫、玉治別、五十子姫、亀彦、音彦、黄竜姫、蜈蚣姫其他を率ゐ、波斯の国のウブスナ山脈斎苑の館を指して行く事となつた。梅子姫はコーカス山に二三の供者を従へ途々宣伝をし乍ら登らせ給ふ。黒姫は高山彦が竜宮島又は筑紫の島に逃げ去りしと聞き、一方は玉の詮議を兼ねて夫の行衛を捜査すべく聖地を後に、三人の供者を従へ出発する事となつた。 (大正一一・七・二四旧六・一北村隆光録)
104

(1916)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 09 女神託宣 第九章女神託宣〔七九一〕 国依別は空洞の入口に立ち、刻々に近より来る人影、篝火の光を眺めて独語、 国依別『あの仰々しい松明の光り、数多の人の足音、唯事ではあるまい。万一猛悪なる土人の襲来せし者とすれば、到底我々一人や二人、如何に言霊の神力を応用すればとて、容易に降服致すまい。権謀術数は神の許し玉はざる所なれ共、爰は一つ言依別様の御睡眠を幸ひ茶目式を発揮して、裏手を用ひ、寄せ来る数万の連中をアツと驚かせ、荒肝を取りて置かねばなるまい。オヽさうぢやさうぢや』 と諾き乍ら入口の暗がりに、ボンヤリと浮いた様に立つて居る。最早間近くなつて来た。暗がりにも確に男女の区別位はつく様になつた。先頭に立つた人の姿を見れば、確に白髪の老人らしい。国依別は突然洞穴内より虎狼の吼えたける如き唸り声を立て、力限り、 国依別『ウーツ』 と唸つてみた。其声は洞穴内に反響して一層巨声になつた。外の男二三人小声で、 男『ヤアこりや大変だぞ。我々がハーリス山へ竜神征服の為に行つて居つた不在中に、何だか怪しい虎狼か或は竜神の片割れか、先廻りして我々の天然ホテルを占領しやがつたと見える。コリヤうつかり這入らうものなら大変だぞ。オイどうだ。数歌を唱へて征服して見ようぢやないか』 国依別はさとくも其囁の一端を耳に挟み、 国依別『ヤア面白い、虎狼か竜神の片割れだらうと云つて居るな。ヨシ此方にも覚悟がある』 と独語し乍ら、満身の息をこめて、反対にこちらから「一二三四五六七八九十百千万」と含んだ様な声でワザと呶鳴つて見せた。此声と共に今迄木の間に瞬いてゐた松明は言ひ合はした様にパツタリと消えて、洞穴の内外は真の暗となつて了つた。寄せ手は驚いて、魔神に自分等の所在を探られない為と火を消したのであつた。外からは流暢な声で天の数歌が聞えて来た。一同はそれに合して、森林の木谺に響く声、天にも届く許り思はれた。大勢の中より一人の男稍近くに進み来り、大麻を左右左に打振り乍ら、 男『ヤア我々の不在中を狙つて住み込む奴は大蛇か、曲鬼か、或は猛か、言語の通ずるものならば、速かに返答致せ。それとも畜生ならば、一刻も早く此処を退散致せ。若し神様ならば御名を名乗らせ玉へ』 国依別は何だか其言葉に馴染のある様な気分がした。併し乍ら此琉球の離れ島に我々の知人が来て居るべき筈もない。あの声は確に男子であつた。さうして何となく言霊が冴えて居た。こりや決して案ずるには及ぶまい。機先を制するは今の此時だ……と心に思ひ乍ら、暗がりを幸ひ、 国依別『アール、シヤイト、チーチヤーバンド、ジヤンジヤヘール、サーチライト、パツクス、エール、シーエー、ピツク、ホース』 と云つた。 外の男『ヤア此奴ア南洋の土人が漂着して来よつたのだなア。天の数歌まがひの事を言つて居やがつたぞ。大方ジヤンナの郷の三五教の信者が、此島に漂着して此洞穴を見付け出し、這入つて居やがるのだらう。困つた奴が来たものだ。土人の言葉はこちらでは分らないし、如何云つてやらうかなア』 国依別『此方はハーリス山に、遠き神代の昔より住居致す大竜神であるぞよ。此度神勅に依つて高天原より言依別命、其玉を受取りにお越し遊ばされたるを以て、今迄大切に保存して居た琉、球の二つの玉も、已むを得ず御渡し致さねばならぬ事になつて来た。神勅はもだし難し、執着心を去つてスツパリと渡し切る考へだ。此二つの玉の琉球を去るや否や、如何なる事が出来致すも分りはせぬぞ。其方は我を是より誠の神と尊敬致し、此洞穴の中を我居宅に献り、山海の珍味を以て供養せば、地異天変の災害を免れしめ、汝等一同をして安く楽しく長寿を与へ、天国の喜びを永久に保たしめむ。返答如何に』 と声まで十七八位の女になつた気で、若々しげに述べ立てた。外の男の一人、稍前に進み寄り、 外の男『早速のあなたの御承諾、若彦身にとりて、有難き仕合せに存じます。先日より一日も欠かさず、ハーリス山に駆上り、言霊を手向け候処、竜の腮の琉と球、容易に御渡し下さる形跡も見えず、実の所は、心中稍不安の念に駆られて居りました。其お言葉を聞くからは、これなる土人に命じ、あらゆる珍しき果物を持たせお供へ致します。どうか今迄の様に時々暴風雨を起し、人民を苦むるなどの暴行は是れ限り御止め下さいまする様に、三五教の宣伝使若彦、慎んで御願ひ致します』 国依別、中より、 国依別『言ふにや及ぶ。我こそは国依……オツト違うた、国よりも我身が大事と、今迄は執着心にかられ、琉、球の二つの玉を私有物として楽しんでゐた。さうして此玉を以て、風雨雷霆を駆使し、種々雑多の乱暴を致したが、今日限り根本より悔い改めて若彦の言葉に従ふ程に、必ず必ず心配致すな。サア早く芳醇なる酒を献じ、林檎、バナナ、竜眼肉を我前に献上致せ。随分空腹に悩んで居るぞよ。言依別神様やがて日を移さず此処に御越しあらん。大勢ここに集まるも無益なれば、大半は浜辺に到つて言依別様御到着の御出迎への準備をいたすがよからうぞ。其時には三五教の大宣伝使国依別お供に仕へ居る筈なれば、待遇に区別をつけず、極鄭重にもてなしを致せよ。ハーリス山の竜神、汝等一統に気をつけるぞよ。若彦、及び其前に立つ白髪の老人にも申しわたす仔細あらば此処に居よ。其他の住民共は浜辺へさして一刻も早く御迎へに参り、万事落度なく心を配り気を配れよ。ウーン』 と唸り止んだ。 若彦『委細承知仕りました。……モシ常楠様、あなた何卒、大勢の連中に此由を御伝へ下さいまして、言依別様の御到着の待受準備にかかるべく御命令下さいませ』 常楠『ハイ承知致しました。併し乍ら嘘ではありますまいかな。どうも我々の考へでは言依別命様は、此洞穴内に安々と御休みなされてるような心持が致します。そして此竜神の化身女神様は、私の心のひがみか存じませぬが、国依別様のように思はれてなりませぬ。悪戯好の国依別の宣伝使の事とて、ワザとに女神の声色を使つて居られるのでは御座いますまいか。数多の土人を引つれ浜辺へ参り、言依別命様今か今かと待呆けに遭はせ、あとでアフンとさして大笑ひをしようと云ふ企みだなからうかと思はれます。そんな手に乗るものなら折角我々を神と信じてる土人の信用はサツパリ地におち、却て我等の身辺に危険の及ぶやも計り知れませぬ。コリヤうかうかと聞く訳には行けますまいぞ』 国依別洞穴内より、一層やさしき女の作り声で甲高に、 国依別『来るか来るかと浜へ出て見れば浜の松風音ばかり 待ちに待つたる国さまは遠の昔に此島に 上つて御座るを知らないかホンニ盲は仕様がない あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と追々鍍金がはげて、知らぬ間に自分の地声になつて居たのに気がついた。 国依別『ヤア是りや失策つた』 と思ひ乍ら、又声を改めて、 国依別『我こそは琉と球との玉を守護致す国依別の姫神であるぞよ。国依別とはタマで代物が違ふぞよ。国依別が例へば黄金なれば、此方は銅位なものであるぞよ。今迄の国依別は、実に困つた奴であつたなれども、身魂の因縁現はれて此頃は、立派な立派な言依別命の片腕にお成り遊ばして御座るぞよ。其方は紀州の辺鄙に永らく蟄居致して居つた故、知らぬは無理なき事であるぞよ。今に国依別命参りなば鄭重にいたし、琉、球二つの玉を汝等手に入れなば、一は言依別命に献じ、一は国依別命に献ぜよ。これ国依姫命の御心であるぞよ。ゆめゆめ疑ふこと勿れ』 若彦『ハイ承知致しました。誰の御手に渡しまするも天下を救ふ宝玉ならば、結構で御座います。三五教の物とならば之に越したる喜びは御座いませぬ』 常楠小声で、 常楠『モシ若彦さま、どう思うても私は腑に落ちませぬ。……コレコレ女神と称する国依別さま、良い加減に茶目式を発揮しておいたらどうだい。そんな事ア若彦さまなれば、一時誤魔化しが利くだらうが、何もかも世の中の辛酸を嘗めつくした此常楠の前には通用致しませぬぞよ』 国依別『真偽の判断は其方に任す。我に従ひ遠慮は要らぬ。汝等両人奥の間に進み来れ』 と先に立つて暗がりを進んで行く。 国依別『待てよ、前へ無茶苦茶に進むと云うと、壁際に頭を打ち、言依別様のお眠みの上を踏みなどしたら大変だ。コリヤ一つ松明をつけさしてやらうかな』 と小声で囁き乍ら、 国依別『ヤア若彦、松明をつけよ。暗くて少しも見えぬでないか』 若彦『私はここへ参つてから余程慣れましたから、松明がなくても大抵分つて居ます。あなたは神様なれば夜目が見えさうなものですなア……神は無遠近、無大小、無明暗、無広狭、一も見ざるなしと云ふではありませぬか』 国依別ヒヤリとし乍ら、尚も荘重な口調にて、 国依別『若彦、馬鹿を申せ。暗がりの目の見える者は畜生であるぞよ。人間は暗がりに目の見えぬのは神の分霊たる証拠であるぞよ。すべて高等動物になる程、夜分に目が見えないものだ。それだから最高級にある神は目が見えぬが道理だらうがな。それだから人民が神に灯明を献ずると云ふ事を知らないか』 常楠吹き出して、 常楠『オホヽヽヽ』 国依別『アイヤ常楠とやら、神の言葉が何故それ程可笑しいか』 常楠『あなたは余程鈍な神様と見えますな。道路神とかいつて、盲神様があると云ふ事だ。大方お前さまは道路神か道楽神だらう。宗彦、お勝の昔を思ひ出しになつたら、さぞ今日は感慨無量で御座いませうナ』 国依別『何でも宜しい。炬火をつけて下さらぬか。実は御察しの通り国依別ですよ。アハヽヽヽ』 常楠『オホヽヽヽ』 若彦『なんだ、又いかれたか。エー仕方がない。よく化ける男だな。そんなら炬火をつけて上げませうかい』 と懐より燧石をとり出し「カチカチ」とやつて居る。言依別は二三人の人声何かザワザワ聞えるのに目をさまし、耳をすまして聞いて居れば、国依別とか常楠とか若彦とかの声がきこえて来た。 (言依別?)『ハテなア』 と無言のまま考へ込んで居る。どうしたものか火は打つても打つても火口につかぬ。 若彦『アヽ今日は盲の神さまの守護と見えて、暗がりの御守護らしい。何程打つても火は出ませぬワ。……ナア常楠さま如何しませう』 常楠『エー仕方がない。そんなら暗がりで休みませうかい。……時に国依別さま、言依別の教主様はここに居られるのだらうな。ウカウカ歩くとお眠みになつて居る所を踏みでもしたら大変だから、在否を言つて下さいな』 国依別『お前さまの最前仰せられた通り、盲神の国依別、まして此暗夜、言依別様の在否が見えて堪りますか。アハヽヽヽ』 言依別命は声を掛け、 言依別『イヤ国依別、何とかして火をつけて呉れないか。常楠、若彦の両人が見えて居るであらう』 国依別『ハイ、確にお見えになりませぬ。あなたでさへも見えぬ位ですから……』 言依別『暗がりで見えるか見えぬかと云つたのだない。来て居られるか居られぬかと言ふのだ』 国依別『来て居られますが、サツパリ見えて居られませぬ。アハヽヽヽ』 かくする所へ入口よりチヤール、ベースと云ふ二人の男、松明をかがやかし乍ら這入つて来た。 チヤール、ベース両人腰を届めて、 両人『嘸御不自由で御座いましたでせう。ついうつかり致してをりました。松明をここに灯しておきますから……私は入口に立番を致しますから、御用があらば直に手を御拍ち下さいませ』 国依別『ハーリス山の竜神、国依姫命、チヤール、ベースの両人、よくも気を利かしよつた。神満足に思ふぞよ』 両人『ハー、有難う存じます』 と恐る恐る、坑外に出て行く。坑内は二つの松明にて昼の如く明くなつた。所々に節穴の窓が開いて居た。煙は其穴より逸出すると見えて、少しも、けむたさを感じなかつた。 言依別命は起き上り、行儀よく菅莚の上に端坐し、常楠、若彦の顔を見て、『ヤア』と言つた。 若彦『これはこれは教主様、よくも御入来下さいました』 と早くも嬉し涙にくれて居る。 言依別『若彦殿、御苦労で御座つた。此老人は噂の高い秋彦、駒彦の縁類なる常楠翁かなア』 若彦『ハイ左様で御座います』 常楠『教主様、一度御伺ひを致したく存じて居りましたが、遠方の事と云ひ、老人の事とて山道を歩むのが辛労になり、つい御無沙汰致して居りました。伜共が篤き御世話に預りまして、有難う御礼申し上げます。今度は私も千騎一騎の最後の活動と思ひ、神恩の万分一に報ぜむと、若彦様のお伴をなし、先日より此島へ参り、ハーリス山の竜神に向つて、言霊戦を開始して居ります。其御蔭で毎日毎晩吹き荒ぶ暴風も凪ぎわたり、それが為土人は我々二人を大変に神の如く尊敬いたして居ります。どこへ行つても日輪さまの御光は照らせ給ふ如く、大神様の御神徳の満遍なく行きわたつて居らせられるには感謝の至りにたへませぬ。何分耄碌爺の私、どうぞ御見捨なく御用命あらん事を懇願仕ります』 と言ひ終つて、嬉し涙を袖に拭ふ。 言依別『神様の御示し通り、これで愈四魂揃ひました。玉照彦様、玉照姫様の御神力は今更乍ら恐れ入る外はありませぬ。いよいよ願望成就して、琉、球の宝玉手に入るは目のあたりでせう』 常楠『最早九分九厘まで、竜神は帰順して居ります。モウ一つ執着心さへ取れれば渡して呉れるでせう。我々は若彦さまと共に能ふ限りの最善のベストを尽して来ましたがモウ此上は教主様の御力を借りるより仕方がありませぬ』 若彦『如何に神様の御仕組だと云つても、かような所で教主様にお目にかかるとは、今の今迄、神ならぬ身の存じて居りませなんだ。アヽ人間は脆いもので御座いますワイ。現に目の前に居る国依別さまにさへ瞞された位で御座いますから』 国依別『クツクツクツ、ウツプーツ』 と吹き出して居る。 言依別『国依別さま、此島へ来た以上は余程謹厳の態度を持つて居て貰はぬと、中々強敵ですから、茶目式所ぢやありませぬぞ』 国依別『左様で御座います。斯様な所で茶目坊をやつても、サツパリ茶目ですから、只今限り左様なことは茶目に致しますから、どうぞ御心配下さいますな』 言依別『仕方のない面白い男だなア』 若彦、肩をゆすり乍ら、可笑しさをこらへて、 若彦『キユーキユー』 と言つて居る。常楠は何が可笑しい、若い奴と云ふ者は、箸のこけたのでも可笑しがるものだ……と云ふ様な態度で真面目くさつて控へて居た。漸くにして夜は明け放れた。言依別命は三人の外にチヤール、ベース外四五人の土人を引率し、ハーリス山の谷道を若彦の案内にて進む事となつた。 (大正一一・七・二五旧六・二松村真澄録)
105

(1922)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 15 情意投合 第一五章情意投合〔七九七〕 虻、蜂の両人は生田の森に立寄り、駒彦に面会して、言依別の教主が国依別と共に高砂の島に神務を帯び、急遽聖地を立ちて出発せられ、瀬戸の海を、西南指して行かれたりと云ふ消息を、例の高姫が聞きつけ、春彦、常彦の一行三人、言依別の後を追ひしと聞きしより、茲に虻、蜂の二人は、取る物も取敢ず、一隻の軽舟に身を任せ、高姫が教主に対し、如何なる妨害を加ふるやも計り難しと、一生懸命に高姫の後を探ねて漕ぎ出し、児島半島の沿岸に差かかる時、暗礁に乗り上げたる一隻の船を見付け、何人ならんと星の光に透かし見れば、比沼の真奈井の宝座に仕へ居たる、清子姫、照子姫の二人であつた。 茲に二人を我舟に救ひ上げ、半破れし其舟を見棄て、荒波を勢よく漕ぎつけて、漸く琉球の那覇の港に安着し、一行四人は何者にか引かるる様な心地して、其日の夕べ頃常楠、若彦両人が一時の住居となしたる槻の木の洞窟の前に辿りついた。 虻公は既に言依別命より清彦と云ふ名を賜り、蜂公は照彦と云ふ名を賜つて、准宣伝使の職に就いて居たのである。二人は思ひ掛なく言依別命に抜擢されたのを、此上なく打喜び、其師恩に酬いん為、言依別命に対しては、如何なる苦労も、仮令身命を抛つても惜まざるの決心をきめて居たのであつた。 当の目的物たる高姫一行を、海上にて見失ひたれ共、照子姫、清子姫の遭難を救ひたるは、全く神の御摂理として稍満足の体であつた。 此照子姫、清子姫は其祖先は行成彦命であつて、四代目の孫に当つて居る。神勅を受けて、比沼真奈井に豊国姫出現に先立つて現はれ、比治山に草庵を結び、時を待つて居たのである。そこへウラナイ教の黒姫に出会し、いろいろとウラナイ教の教理を説き聞かされ、半之れを信じ、半之を疑ひ、何程黒姫が弁舌を以て説きつくる共、清子姫、照子姫は魔窟ケ原の黒姫が館には一回も足をむけず、又高姫などにも会はなかつた。只黒姫の言葉を反駁もせず、善悪を取捨して表面服従して居たのみであつた。此二女の黒姫に対する態度は、其時の勢上已むを得ず、之れ以上最善の態度を執ることが出来なかつたのである。 時に豊国姫命の神勅、此二人に降り、諏訪の湖の玉依姫より麻邇宝珠を受取り、梅子姫其他一行が、由良の港の秋山彦が館に帰り来り、神素盞嗚大神、国武彦命の出でますと聞きて、二人は旅装を整へ、由良の港の秋山彦の館に出で来りし頃は、最早麻邇宝珠は聖地に送られ、神素盞嗚大神、国武彦命の御行方も分らなくなつた後の祭りであつたから、二人は時を移さず、陸路聖地に向ひ、錦の宮の玉照彦、玉照姫の神司に謁し、琉球の島に渡るべく、再び聖地を立ちて、玉照彦命の出現地なる高熊山に立籠もり、三週間の改めて修業をなし、木花姫の神教を蒙りて、意気揚々と山坂を越え、生田の森に立寄り、それより兵庫の港を船出して、琉球に向はんとし、神の仕組か、思はずも児島半島の手前に於て暗礁に乗りあげ、危険極まる所へ、三五教の新宣伝使、清彦、照彦の舟に助けられ、漸く那覇港に四人連れ安着し、槻の洞穴の前迄進んで来たのである。 四人の男女は小さき船にて長途の航海をなす間、何時とはなしに意気投合し、互に意中の人を心に深く定めて居た。清子姫は清彦に、照子姫は照彦に望みを嘱して居た。然るに清彦は又照子姫に、照彦は清子姫に望みを嘱し、将来夫婦となつて神業に参加し度く思つて居たのである。清彦は四十四五才、照彦は四十二三才の元気盛り、清子姫は二十五才、照子姫は二十三才になつて居た。年齢に於て二十年許り違つて居る。されど神徳を蒙りて誠の道を悟りたる清彦、照彦は、全身爽快の気分漲り、血色もよく比較的若く見え、夫婦として一見余り不釣合の様にも見えなかつたのである。 四人は一夜を此処に明かさんと、洞穴の奥深く進んだ。サヤサヤした葦莚の畳、土間に敷きつめられ、食器など行儀よく並べられてあつた。 清彦『あゝこれは何人の住家か知らぬが、穴居人種の多い此島に、木株のこんな天然の館があるとは、大したものだ。何でもこれは此辺りの酋長の住家か分らないぞ。斯様な所にうつかりと安眠して居る所へ、沢山の眷族を連れ、帰り来つて立腹でもしようものなら、どんな事が突発するか知れたものだない。入口は一方、グヅグヅして居ると、徳利攻めに会うて苦しまねばならぬ。コリヤ一人宛、互に入口に立番をし、もしも怪しき奴がやつて来たら合図をすると云ふ事にしようかなア』 照彦『それもさうだ。併し乍ら先づ路々むしつて来た此の苺を夕食に済ませ、其上の事にしても余り遅くはあるまい。そろそろそこらが暗くなつて来たようだ』 と懐より火燧を取出し、そこらに積み重ねたる肥松の割木に火をつけ明りを点じ、夕食を喫し、家へ帰つた様な気分になつて、四人は奥の方に安坐し、種々と感想談に耽つて居た。 清彦『こうして我々男女四人、此島に渡つた以上は、何れも独身生活は不便なものだ。恰度諾冊二尊が自転倒島に天降り玉うた様なものだ。此大木を撞の御柱と定めて、……あなにやしえー乙女……とか…えー男…とか云つて、惟神の神業を始めたら如何でせう。……照彦さま、私は媒酌人となつて、清子姫様と結婚の式をあげられたらどうです。ナア清子姫さま、あなたも以時迄も独身で斯様な蛮地に暮す訳にも参りますまい』 清子姫『ハイ、有難う御座います。併し乍ら少し考へさして頂きたう御座います』 清彦『清子さま、あなたは照彦さまがお気に入らぬのですか』 清子姫『イーエ、勿体ない、左様な訳では御座いませぬ』 と涙ぐまし気に俯むく。 照彦『コレコレ清彦、御親切は有難いが、モウ結婚の事は言つて呉れな。清子さまは此照彦がお気に召さぬのだよ。無理押しに決行した所で、うまの合はぬ夫婦はキツと後日破鏡の歎きに会はねばならぬから、此話は止めて貰はう。就いては照子姫さまを、お前の奥さまに御世話したいと思ふのだが、どうだ』 清彦『それは実に有難い、併し乍ら照子姫さまの御意見を承はりたい。其上でなくば、何とも返答する事が出来ないワ』 照子姫『照彦さまの御親切は有難う御座いますが、妾は何だか……どこが如何といふ事はありませぬが、清彦さまは虫が好きませぬワ。妾の意中の人は露骨に言ひますが、照彦さまで御座います。あなたならばどこまでも、偕老同穴の契を結んで頂きたう御座います』 照彦『コレハコレハ大変な迷惑で御座る。実の所は此照彦、清子姫様と夫婦の約束が結びたいのです。それに清子さまは何とか、かんとか仰有つて、私を御嫌ひ遊ばす様な形勢です』 清子姫は『ホヽヽヽヽ』と袖で顔をかくし、 清子姫『妾も本当は清彦さまと夫婦になつて、神界の御用が致したう御座います。照彦さまと夫婦になるのは、何だか身魂が合はない様な気分が致します』 清彦『互に目的物が斯う複雑になつて居ては仕方がない。ハテ困つたな。此方が好だと言へば向ふが嫌ひだと云ふ、此方が嫌ひだといへば一方が好だと云ふ。此奴アどうやら人間力で決める事は出来ないワイ。言依別命様でも御座つたならば、判断をして定めて貰ふのだけれど、斯様な結構な洞穴館に、誰も居らぬことを思へば、言依別の神様は、琉、球の宝玉を手に入れ、早くも出発された後と見える。ハテ……困つたなア』 四人は互に顔を見合せ、青息吐息の真最中、洞穴の入口に二三人の声が聞えて来た。清彦は耳敏くも之を聞付け、 清彦『ヤアあの声はどうやら、高姫の声らしいぞ。一寸査べて来るから、三人仲よく待つて居て下さい』 と早くも洞穴の入口に立つた。 外には高姫、春彦、常彦と共に怖相に洞穴を覗いて居る。月明かりに三人の顔はハツキリと見えた。されど高姫の方からは、清彦の姿は少しも見えない。清彦は傍の小石を拾ひ、左右の手に持つて中よりカチカチと打つて見せた。 高姫『大変な大きな洞空であるが、何か此中にでも棲まつてゐるやうな気配が致しますぞ。……常彦、一寸お前、中へ這入つて調べて来て下さらぬか』 清彦中より『カチカチカチ』、 常彦『ハハー、ここはカチカチ山の古狸が住居して居る洞穴と見えますワイ。……オイ春彦、お前、斥候となつて一つ探険して来たら如何だ』 春彦『お前に命令が下つたのだ。狸の巣窟へキ常彦が這入るのは当然だよ。マア君子は危きに近よらずだ。命令も受けないことを、危険を冒して失敗しては、それこそ犬に喰はれた様なものだ』 高姫『春彦、お前も一緒に探険に這入つて来るのだよ』 春彦『たかが知れた此洞窟、さう二人も這入る必要はありますまい』 高姫『アヽさうだらう。そんなら一人で良いから、春彦さま、お前豪胆者だから這入つて下さい』 春彦頭をかき乍ら、 春彦『ヘー……ハイ』 とモジモジして居る。『カチカチカチカチウー』と唸り声が聞えて来る。 春彦『モシモシ高姫さま、此奴ア一人では如何しても往きませぬワ。あの声を聞いて御覧、数十匹の猛がキツと潜んで居ますよ。グヅグヅして居ると、一も取らず二も取らず虻蜂取らずになつて了ひますぜ』 高姫『其虻蜂で思ひ出したが、彼奴は何でも言依別命から、清彦、照彦と云ふ名を頂き宣伝使になり、飽迄も我々に反抗的態度を執ると云つて居たさうだが、今どこに如何して居るだらう。言依別命が此琉球へ渡り、琉と球との宝玉を手に入れ、自分の隠した七個の玉と共に、高砂島へ持ち渡つて、高砂島の国王となる計画だと聞いて居る。自転倒島では此高姫の日の出神の生宮が、目の上の瘤となつて思はしく目的が立たぬので、高姫の居ない地点で野心を遂行すると云ふ考へで、大切な宝玉を盗み出し、自転倒島を立去つたのだから、仮令言依別、天を翔けり地を潜るとも、草を分けても探し出し、宝玉を取返し、さうして彼が面皮を剥いて、心の底より改心さしてやらねば、我々の系統としての役目が済まぬ。アヽ年が寄つてから、又しても又しても海洋万里の波を渡り、苦労を致さねばならぬのか。これも全く言依別の肉体に悪の守護神の憑依してゐるからだ。……アヽ惟神霊幸倍坐世。一時も早く言依別の副守護神を退却させ、誠の大和魂に立返つて、日の出神の命令を聞く様にして下さいませ』 と半泣声になり、鼻を啜つて両手を合せ、一生懸命に祈願して居る。清彦は此態を見て俄に可笑しくなり「プーツプーツ」吹き出し、終ひには大声をあげて、 清彦『ワツハヽヽヽ』 と笑ひ転けた。 高姫『誰だ。日の出神の生宮が神界の為、一生懸命御祈願を申し上げてるのに、ウフヽアハヽヽヽと笑ふ奴は……よもや狸ぢやあるまい。何者だ。サアこうなる上は高姫承知致さぬ。此入口を青松葉でくすべてでも往生さしてやらねば措かぬ。……コレ常彦さま、春彦さま、そこらの、青いものを持つて来なさい。コラ大変な劫経た古狸が居るのだ。四つ足が劫経ると人語を使ふやうになるからなア』 清彦俄に女の声を出し、 清彦『コレハコレハ高姫様、常彦、春彦の御両人様、遠方の所遥々と能くこそ御越し下さいました。ここは琉球王の仮館、木の丸殿と云ふ所で御座います。王様は……言依別神様とやらが、自転倒島から遥々御越しになり、琉と球との宝玉を御受取り遊ばし、台湾に一寸立寄り、それから南米の高砂島へ御越しになりました不在中で御座います。妾は虻……オツトドツコイ、危い猛毒蛇の沢山に棲息する此島に留守を守つて居る大蛇姫と云ふ、夫は夫は厭らしい女で御座います。サア御遠慮は要りませぬ。此洞穴には沢山な古狸や大蛇が住居を致し、今日の所綺麗な男が二人、綺麗な女が二人、四魂揃うて守護を致してをります。併し乍ら何れも本当の人間では御座いませぬ。皆化物で御座いますから、其お心算で御這入りを願ひます。メツタにあなた方を塩をつけて頭から咬んだり、蛇が蛙を呑むやうにキユウキユウと呑み込むやうな事は御座りませぬ。如意宝珠の玉でも呑み込むと云ふ不可思議力を備へた貴女、早く御這入り下さいませ』 高姫『這入れなら這入つてもあげませう。併し一遍外へ姿をあらはし、案内をなさらぬか』 清彦『外へ出るが最後、虻公の正体が現はれますワイ。アツハヽヽヽ』 高姫『最前から何だか可笑しいと思つて居つた。お前は淡路の東助の門番をして居つた泥坊上りの虻公ぢやないか。如何して又斯んな所へやつて来たのだ。お前はドハイカラの教主から、清彦と云ふ名を貰うたぢやないか。自転倒島では最早泥坊が出来ないと思うて、こんな所まで海賊を働き漂着して来たのだらう。サアお前一人ではあるまい、大方蜂も来て居るだらう。其他の同類は残らず此処へ引張つて来なさい。天地根本の誠の道を説いて聞かせ、大和魂をねりなをして助けて上げよう。事と品によつたら此高姫が家来にしてやらぬ事もない』 清彦『今お前さまに這入られると、実は困つた事があるのだ。今日は情意投合……オツトドツコイ情約履行をしようと云ふ肝腎要な吉日だ。お前さまのやうなお婆アさまは我々壮年者の心理は分るまい。あゝエライ所へエライ奴が来たものだ。月に村雲花に嵐、美人の前に皺苦茶婆ア……』 と小声に呟いた。高姫は此言葉の一端を耳に入れ、 高姫『ナニ、美人に皺苦茶婆アと言つたなア。コリヤ何でも秘密の伏在する此洞穴、モウ斯うなる以上は強行的に押入り、隅から隅まで調べてやらねばなるまい。ヒヨツとしたら天火水地の宝玉も隠してあるか分らない。…常彦、春彦、妾に続け』 と言ひ乍ら、清彦が「待つた待つた」と大手を拡げて遮るのも聞かず、むりやりに飛び込んで了つた。 奥には肥松の明りが瞬いて居る。三人の顔はハツキリと輪廓まで現はれて居る。 高姫『コレハコレハ皆さま、御楽しみの最中、御邪魔を致しまして申訳のない事で御座いました。花を欺く美男子と美人、そこへ白髪交りの歯脱婆アが参りまして、嘸、折角の興がさめた事で御座いませう。此洞穴に似合はぬ……お前さまは美しい方だが、此島の方か、但は、虻、蜂の両人に拐かされてこんな所へ押込められたのか、様子がありさうに思はれる。サア包まずかくさず仰有つて下さい。日の出神の生宮が此場へ現はれた以上は、虻、蜂の両人位何と云つても駄目ですよ』 清子姫、照子姫両人は行儀よく両手をつき、 両女『ハイ有難う御座います。聖地に於て御高名著しき、あなた様が高姫様で御座いましたか。妾は比沼の真奈井の宝座に仕へて居りました清子姫、照子姫の両人で御座います』 高姫『かねがね黒姫さまから承はつて居つた、比治山の隠家に厶つた淑女はお前さまの事であつたか。如何して又かやうな所へお越し遊ばしたのだ。大方虻、蜂両人の小盗人に拐はかされて、斯んな所へ来なさつたのだらう。グヅグヅして居ると此奴ア○○をしかねまい代物です。最前も小声に情約履行の間際だとか何とか吐いて居ました。サア、妾が来た以上は最早大丈夫、高姫と一緒に此琉球の島を探険し、結構な宝玉の所在を求め、言依別の後を追うて、其七つの宝玉を手に入れて聖地に帰り、大神様の御神業をお助けしようではありませぬか』 二人は顔赭らめて、無言の儘俯いて居る。清彦は高姫の胸倉をグツととり、 清彦『コラ婆ア、小盗人とは聞捨ならぬ。三五教の宣伝使清彦、照彦の両人だ』 高姫『ヘン、馬鹿にするない。お前達が胸倉を取つて威喝した所で、そんな事にビクとも致す高姫ぢやありませぬぞ。虻、蜂の小泥坊が恐ろしくて、こんな所まで活動に来られますかい。今は宣伝使でも、昔はヤツパリ泥坊をやつて居たぢやないか』 清彦『昔は昔、今は今だ。改心すれば其日から真人間にしてやらうと神様が仰有るぢやないか。俺が泥坊なら高姫は大泥坊だ』 高姫『オイ常彦、春彦、何をグヅグヅして居るのか、高姫が此通り胸倉を取られて居るのに平気で見て居ると云ふ事がありますか』 常彦『左様で厶います。あなたも余り我が強いから、神様が清彦さまの手を借つて身魂研きをなさるのだと思つて、ジツとして御神徳を頂いて居ります。……なア春彦さま、キツと善が勝つと神さまが仰有いますから、今善悪の立別けが始まるのですで……高姫さま、シツカリやりなさい。……清彦さま、何方も負けて下さるなや』 照彦はムツクと立上り、行司気取りになつて、そこにあつた芭蕉の葉の端をむしり唐団扇の様な形にして、右の手に捧げ、 照彦『東西……東は高姫山に、西イ清彦川……何れも一番勝負、アハヽヽヽ』 と笑つて居る。高姫は金切声を出して、爪を立て、一生懸命に掻きむしらうとする。強力な清彦に両方の手首をグツと握られ、如何ともすること能はず、目計り白黒させ前歯のぬけた口から、臭い息と唾とを盛に吐き出して、清彦の顔に注いでゐる。清彦も堪りかねて両方の手をパツと放した。照彦は中に割つて入り、 照彦『御見物の方々、此勝負は照彦が来年迄お預かりと致します』 高姫『清子姫さま、照子姫さま、お前さまは、斯んな乱暴な男を何と思うてゐられますか』 清子姫『ハイ、御二人共申分のない、立派なお方で御座います。中にも清彦さまはどこともなしに虫の好く御方ですよ。なア照子姫さま』 照子姫『あなたの御言葉の通り、御二人とも本当に立派な方ですワ。妾は何だか照彦さまの方が、中でもモ一つ立派な方だと思ひます、ホヽヽヽヽ』 と俯むく。 高姫『清彦が妾の胸倉を取つたのも道理、二人の男に二人の女、好いた同志が今晩こそは、此離れ島で何々しようと思うてる所へ、此婆アがやつて来たものだから腹が立つたでせう。御無理もありませぬ。併し乍ら縁と云ふものは汚いものぢやな。行成彦命の系統をうけた御両人さまが、人もあらうにこんなお方の女房にならうとは、イヤモウ理外の理、高姫感じ入りました。併し言依別命さまは此処へ来られたか、御存じでせうな』 清子姫、照子姫一時に、 両女『ハイ、おいでになつた相で御座います』 清彦『おいでになるはなつたが、竜の腮の二つの玉を手に入れ、意気揚々として、遠の昔台湾島へ行き、それから南米の高砂島へ渡られたといふことだ。我々もその琉と球との二つの玉を手に入れる為にやつて来たのだが、一足遅れた為に、後の祭り、せめても腹いせに男女四人が、撞の御柱を巡り合ひ、美斗能麻具波比をなせと宣り玉ひ、此島の守り神とならうと思つて居る所ですよ』 高姫『何とお前は男にも似合はぬ、チツポけな肝玉だな。此広い世界に斯んな島を一つ治めて満足してゐる様な事では、到底三千世界の御用は出来ませぬぞや。併し乍ら身魂相応な御用だから、何程烏に孔雀になれと言つたつてなれる気遣ひはなし、仕方がないなア』 と揚げ面し、冷笑を浮べて居る。 照彦『高姫さま、余り見下げて下さいますな。私だつて琉と球との玉を手に入れ、言依別さまの隠された七つの玉を、仮令半分でも探し出し、そして、高砂島は申すに及ばず、筑紫の島から世界中の覇権を握る位な考へは持つて居るのだが、肝腎な琉と球との宝玉を言依別に取られて了つたのだから、後を付け狙うと云つても見当がつかぬだないか。それだから百日百夜水行でもして、二夫婦の者が玉の所を探しに行かうといふ考へだ。百日の水行をすれば世界が見えすくと三五教の神様が仰有るのだから、玉の所在はもとより、言依別の行方も分るのだ。あなたは日の出神の生宮なら、猶更分るでせう』 高姫『きまつた事だよ。分かればこそ、ここ迄従いて来たのだ……サア言依別命、余り遠くは行くまい。グヅグヅしてると又面倒だ。……常彦さま、春彦さま、早く参りませう。なる事ならば、照子姫さま、清子姫さま、あなた丈は私のお供なさいませぬか。虻、蜂両人の女房になるのは一つ考へ物ですで』 清彦『エー又婆アの癖に構ひやがる。サア早く出て行け』 高姫『出て行けと言はなくても、こんな所にグヅグヅしてをれるか。……サア常彦、春彦、早く早く』 とせき立てて、立ち去らうとする。 常彦『モシモシ高姫さま、何程急いだつて、なる様により成りませぬで。今夜はここで宿めて貰つて、明日の朝ゆつくり行きませうか……ナア春彦、お前も大分に草臥れただらう』 春彦『草臥れたと云つた所で、船の中に浮いて居るのだ。目的が立つてから、何程ゆつくり休まうとままだ。サア行かう』 と厭さうにしてる常彦の手を取り、引摺るやうにして、高姫と共に此洞穴を脱け出し、路々祝詞を奏上し乍ら、苺や石松の茂る珊瑚岩の碁列せる浜辺を指して一目散に駆つけ、乗り来し船に身に任せ、一生懸命南を指して大海原を漕ぎ出した。 (大正一一・七・二七旧六・四松村真澄録)
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(1928)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 総説歌 総説歌 三千世界の人類や禽虫魚に至る迄 救ひの舟を差向けて誠の道を教へ行く 神幽現の救世主太白星の東天に きらめく如く現はれぬ一切万事更世の 誠の智慧を胎蔵し世間の所在智者学者 権威と智慧に超越し迫害苦痛を一身に 甘受し世界を助け行く歓喜と平和を永遠に 森羅万象に供給し至幸至福の神恵の 精神上の王国を斯土の上に建設し 無限の仁慈を経となし無窮の知識を緯として 小人弱者の耳に克く理解し易き明教を 徹底的に唱導し如何なる悪魔も言霊の 威力に言向け和しつつ寄せ来る悲哀と災厄を 少しも心に掛けずして所信を飽く迄貫徹し 裁、制、断、割、道極め神人和合の境に立ち 悪魔の敵に遇ふ毎に益々心は堅実に 信仰熱度を日に加へ三千世界に共通の 真の文明を完成し世界雑多の宗教や 凡ての教義を統一し崇高至上の道徳を 不言実行体現し暗黒無道の社会をば 神の教と神力に照破し尽し天津日の 光を四方に輝かすマイトレーヤの神業に 奉仕するこそ世を澄す大真人の神務なれ アヽ惟神々々御霊幸はひましませよ。 大正十一年八月十日(旧六月十八日)於竜宮館
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(1929)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 01 カールス王 第一章カールス王〔八〇一〕 千早振る遠き神代の其昔国治立大神は 豊葦原の瑞穂国を堅磐常磐に治めむと 心を尽し身を尽し綾と錦の機を織る 其糸口の竜世姫永遠に鎮まる此島は 神の御稜威も高砂島の胞衣となり出でし台湾島 清く正しき真道彦神の子孫は今も猶 栄え栄えて新高の山のあなたの神聖地 清鮮の波を湛へし日月潭の湖面を見下ろす玉藻山 国治立大神や瑞の御霊の神霊を 斎き祀りて高砂の島の老若男女をば 三五教の大道に導き救ふぞ健気なる。 全島第一の大高山、新高山の北麓に花森彦命の子孫、カールス王の鎮まる都が古くより建設され居たり。 花森彦命の子にアークス、エーリスの二人があつた。兄のアークスは花森彦の後を襲うて国王となり、アークス姫と夫婦の間にカールス王を生んだ。弟のエーリス夫婦の間に生れたるをヤーチン姫と云ふ。ヤーチン姫は性質温厚篤実にして、容色衆に優れ、高砂島の花と謳はれ、将来はカールス王の后たるべしと自らも信じ、国人も之を認めて居た。カールス王も亦ヤーチン姫の吾妃となるべき者たることを、堅く心中に期待して居た。 時に高国別、玉手姫の間に生れたるサアルボース、ホーロケースの二人の、心善からざる兄弟ありき。玉手姫は悪神の化身たりし事は、「霊主体従」寅の巻の物語に於て示したる通りである。其水火より生れたるサアルボース、ホーロケースの二人の心魂は恰も猛毒蛇の如く、アークス王の部下に仕へて暴政を全島に布き、民の怨恨を買ひ、国家は益々攪乱紛糾して収拾す可らざる情勢となり居たり。 然るにアークス王は或時新高山の淡渓に清遊を試みたる際、玉手姫の怨霊に憑依されて、誤つて渓流に陥り上天した。茲に於て其子カールス王をして其後を継がしむる事となつた。就てはエーリスの娘ヤーチン姫を容れて妃となさむと、数多の群臣は全力を尽して奔走し居たりける。 然るにアークス王の上天後はサアルボース、ホーロケースの勢益々烈しく、あわよくばカールス王を排除し自ら其位置に直らむと、計画して居た。サアルボース、ホーロケースの勢力は旭日昇天の如く、カールス王を殆ど眼中に置かざるの概があつた。されど天使花森彦命の子孫たるカールス王を排除するは、国民全体の反感を買ひ、暴虐無道の譏を受けむことを恐れて、表面はカールス王の臣となり、之を敬遠し居たり。カールス王は唯単に名義を存するのみ。其宮殿も其生活もサアルボース兄弟に比べて、実に比較にもならぬ程の質素さなりける。 時にカールス王の従妹に当るヤーチン姫を妃となす事は、国民一般の熱望する所であり、且つアークス王の旧臣は残らず婚儀の成立を希望して居た。サアルボースは自分の娘セールス姫を王妃となし、ヤーチン姫を何とかして却け、自らカールス王の外戚となりて、完全に政権を左右せむ事を企画してゐたのである。ヤーチン姫の身辺の危険は実に風前の灯火に均しかりける。 アークス王の上天後は其長子カールス王を立てて、万機を総裁せしむる事とし、ヤーチン姫を一日も早く王妃の位地に据ゑむことを謀り、別殿を造り、ヤーチン姫にユリコ姫を従へ、キールスタンをしてヤーチン姫の守護職となさしめた。然るにヤーチン姫は新造の館に移りてより、俄に急病を発し苦悩甚しく、呻吟の声遠近に聞ゆる計りなり。 サアルボースの娘セールス姫はマリヤス姫を従へてヤーチン姫の病床を見舞ひけるに、ヤーチン姫はセールス姫を見るより忽ち目を釣り上げ髪を逆立て、恰も狂乱の如く荒れ狂ひ、セールス姫に飛び掛つて、矢庭に髻を掴み痩こけたる病躯をも顧みず、室内を引摺り廻し、 ヤーチン姫『汝は吾れを悩ます金狐の邪神、一刻も早く此場を立去れツ』 とわめき狂ふ。キールスタンはヤーチン姫の荒れ狂ふを背後より抱きとめ、且セールス姫に対し言葉を低うして、其無礼を謝し、従臣のホールをしてセールス姫主従をサアルボースの館へ送り帰らしめたり。 セールス姫の立帰りし後のヤーチン姫は精神稍鎮静したりと見えて、スヤスヤと眠に就いた。されど時々『玉手姫々々々』と連呼し、其度毎に発熱苦悶の状益々烈しく、身体の肉は日に削るが如く痩衰へ、見る影もなき状態に陥りぬ。 此時カールス王はヤーチン姫の重病と聞き、病床を見舞ふべく、テーレンス、ハルマーズの重臣を従へヤーチン姫の館に到り、痩せ衰へて見る影もなき姫の姿に呆れ果て、日頃の恋愛の心も漸く薄らぎ来たりぬ。されどエーリス[※御校正本、校定版、愛世版いずれも「エールス」だが文脈上は「エーリス」(カールス王の父アークスの弟、つまりカールス王の叔父)が正しい。霊界物語ネットでは「エーリス」に修正した。]の娘にして、切つても切れぬ従妹の間柄、如何にもしてヤーチン姫の病気を回復せしめ、元の美はしき容貌となつて吾妃となし、永く偕老同穴を契らむと心の奥深く希求し居たりける。テーレンス、ハルマーズは一生懸命淡渓の畔に出でて水垢離を取り、ヤーチン姫の病気全快を祈願しける。 ユリコ姫はヤーチン姫の枕頭に侍し、看護に余念なかりし折しも、夜中堅き戸締りを風の如くに押開けて入り来る一人の美人、数多の侍女を伴ひ、此場に現はれ、眉間より金色の光を放ち、ユリコ姫に向つて言ふ。 (高照姫命と詐称する金狐)『妾は新高山を守護致す高照姫命なり。ヤーチン姫の病気危篤と聞きて、座視するに忍びず、姫が生命を救はむものと、起死回生の薬を持参したり。一刻も早く之を飲ませよ』 と言ひつつ、紫色の木瓜をユリコ姫に与へ、烟の如く立去りにけり。ユリコ姫は合点行かず、木瓜の一部を割いて狆の子に与へたるに、狆は尻を振り頭を振り、一口に呑み込みしと思ふ間もなく、忽ち室内を前後左右に狂ひまはり、七転八倒、黒血を吐き悲鳴をあげて其場に殪れける。 ユリコ姫『今の女神は如何なる魔神なりしか。ヤーチン姫様を毒殺せむと企みたるセールス姫の間者ならめ』 と且つは驚き、且つは怒り、直に新高山の南方に立昇る雲気を目標に、汗みどろになつて祈願をこらしけり。忽ち身体動揺して帰神となり、今の高照姫と称する女神は、金狐の化身にして、セールス姫の副守護神なることを口走り、初めて女神の正体を感知したり。ヤーチン姫は衰弱甚しく、殆ど虫の息となり居たるが、キールスタンは此場に慌だしく走せ来り、 キールスタン『ユリコ姫さま、姫様には御異状は御座りませぬか。只今此館より怪しき光現はれしと見る間に、悪狐の姿現はれ、暗に紛れて山上高く駆去りました。私は之を見るより取る物も取り敢ず、姫の身辺に異状なきやと、急ぎ御伺ひに参りまして御座います』 ユリコ姫『ハイ、あなたの御推量にたがはず、怪しき女が突然現はれ、姫様の病気本復致す様に此木瓜を与へよと渡して、直様立帰へりました。どうも腑に落ちませぬので、狆の子に木瓜の一片を切り取り与ふれば、狆は忽ち苦悶の結果、黒血を吐いて斃れまして御座います』 キールスタン『油断のならぬ悪神の仕業……すべて台湾島は高砂島の胞衣と昔の神代より定められ、竜世姫命国魂神として、御守護遊ばす以上は、竜世姫命を丁重に奉斎し、敬神の大道を再興致し候はば、妖怪変化の災は、忽ち払拭する事で御座りませう。アークス王の不慮の御上天も全く国魂神をおろそかにし、バラモンの教を国内に奨励したる神の戒めで御座いませう。カールス王は兎も角も、ヤーチン姫様の御居間丈なりと、三五教の大神を祀り、竜世姫の国魂神を奉斎致さば、初めて御安泰に渡らせられ、流石の難病も必ず本復遊ばす事と考へるのです』 ユリコ姫『キールスタン様いい所へ心付かれました。妾も貴方の御意見通り、国魂の神を祀るべき事は承知致して居りまするが、何を言うても、此国はバラモン教の教を以て政治の助けとなしあれば、三五教の神を念ずる事、世間に現はれなば、如何なる戒めに遭ふやも計り難く、実は内々にて妾一人信仰を致して居りました。然らばあなたと妾と心を協せ、竜世姫命の御前に御祈願致しませう』 キールスタンは嬉しげに打諾き、両人声を潜めて、 ユリコ姫、キールスタン『三五教の大神、殊更に国魂神竜世姫命、守り給へ幸はひ玉へ』 と祈願を凝らしけるに、不思議にもヤーチン姫の病気は刻々と快く、四五日を経て元の如くに全快したりけり。 これよりヤーチン姫は俄に三五教を信ずる事となり、三人密かに館の一方に斎壇を設けて日夜祈願をこらしつつありける。 ○ セールス姫はマリヤス姫を従へ、髪ふり乱し、顔色青ざめ父の館に慌しく立帰り、奥の間に駆入り、大声をあげ泣き倒れ居たり。 サアルボースの館の司タールスは、セールス姫の悲しげなる声を聞きつけ、恐る恐る其居間に駆つけて、両手をつき頭を下げ、 タールス『恐れ乍ら姫様に御伺ひ致します。あなた様はヤーチン姫の館へおこし遊ばし、御帰りになるや否や、俄に変りし御様子、如何なる事が出来致しましたか、どうぞ包まず隠さず私まで仰せ付けられ下さいませ。あなたの御為ならば、仮令此タールス、身命を抛つても御無念を晴らし、御希望を叶へまゐらす覚悟で御座います』 セールス姫は漸々に顔をあげ、鬢の縺れ毛を撫で上げ乍ら、半巾にて涙を拭ひ、声もきれぎれに、 セールス『タールス、よく聞いて呉れた。妾は終生拭ふ可らざる侮辱を受け、且九死一生の虐待に遭ひました。アヽ残念や、口惜や』 と声を限りに其場に泣き伏しぬ。 タールス『モシ御姫様、泣いて許り居られましては、一向訳が分かりませぬ。どうぞ詳しく御示し願ひます』 セールス『委細はマリヤス姫に聞いておくれ。余り残念さと恐ろしさに心も顛倒し、言ふ事が出来ませぬ』 と又もや泣き倒れる。 タールス『マリヤス姫さま、あなたは姫様の御供をしてヤーチン姫の館へ御出でになつた以上は、一切の様子残らず御存じの筈、一伍一什包まず隠さず、言つて下さい。此方にもそれに対する覚悟をせなくてはなりませぬから』 マリヤス『ハイ』 と言つた限り、言ひ渋つて居る。マリヤス姫はセールス姫の侍女なれ共、平素よりセールス姫の嫉妬と猜疑と悪虐無道の行為とに愛想を尽かして居た。されど主人の事なれば、無理に戒め諭す訳にも行かず、今迄幾度か命を賭して諫言せしことあれ共、いつも馬耳東風に聞き流して居た。今回のヤーチン姫に打擲されしは、全く天の戒め玉ふ所と深く心中に感謝して居た位であるから、其実状をタールスに物語りし結果ヤーチン姫の如何なる災厄に陥り玉ふやも計り難しと、躊躇して居たのである。 タールスはマリヤス姫に向つて、短兵急に訊問の矢を放つた。マリヤス姫は僅かに小声で、 マリヤス姫『ヤーチン姫様は御病気の勢にて、セールス姫様の御肉体に少し許り御手をかけられました。さり乍らヤーチン姫様はカールス王の御従妹、セールス姫様は臣下の御身の上、仮令如何なる事を遊ばしても彼是申上げる訳のものでは御座いませぬ。妾は此事許りは申上げる事は出来ませぬ。セールス姫様に、後でゆるゆる御聞き遊ばせ』 セールス姫は、矢庭に起ち上り、眼光凄じく夜叉の如き勢にて、マリヤス姫の髻をひつ掴み室内を引摺り廻し、身体所構はず、打つ、蹴る、殴る、殆ど息の根も絶えむ許りに打擲した。そしてセールス姫は声を荒らげ、 セールス姫『不忠不義のマリヤス姫、臣下の身分として、主人より如何なる乱暴を加へらるる共、一言も申上げられないと言つたであらう。「我身を抓つて人の痛さを知れ」と云ふ事を覚えて居るか。妾がヤーチン姫より被つた虐待は此通りだ。……タールス、妾がなす業をよつく覚えて居れよ。此通りなりしぞ』 と又もやマリヤス姫の髻を掴んで室内を引摺りまはし、頭髪は房の如くに肉のついた儘、血に染つてむしり取られた。マリヤス姫は苦みをこらへ、セールス姫のなすが儘に任してゐた。最早虫の息となつて了つた。セールス姫は心地よげにニタリと笑ひ、 セールス姫『イヤ、タールス、汝は此由御父上、叔父上の前に報告されよ』 タールスは『ハイ』と答へて、慌しく此場を立ち去つた。 (大正一一・八・六旧六・一四松村真澄録) (昭和一〇・六・五旧五・五王仁校正)
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(1934)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 06 麻の紊れ 第六章麻の紊れ〔八〇六〕 泰安の都に於けるカールス王は、最愛のヤーチン姫を失ひ、怏々として楽まず、且つ蛇蝎の如く忌み嫌ひし、サアルボースの娘セールス姫を無理矢理に王妃に強要され、懊悩の結果遂に病を発し、淡渓の畔にささやかなる館を作り、これに静養の名の下に、蟄居せしめらるる事となつた。而して四五の役員、館の内外を警固し、他人の出入を厳禁しつつあつた。 セールス姫は吾父のサアルボースを宰相となし、吾叔父に当るホーロケースを副宰相として、新高山以北の政権を握り、且バラモン教の教主を兼ねて居た。セールス姫の従兄にセウルスチンと云ふ美男子があつた。これはホーロケースの独息子である。 茲にセールス姫の発起にて、泰安の館を改築し、城塞を築き、国民を使役し、殆ど三年を費やして漸くにして宏大なる城廓は築造された。何時の間にやら、セウルスチンとセールス姫の間には怪しき糸が結ばるる事となつた。セウルスチンは殆ど城中に坐臥し、セールス姫の背後に在りて、凡ゆる暴政を行はしめた。 茲に城内の重臣共はセウルスチンの傍若無人なるに愛想をつかし、怨嗟の声城の内外に溢るるに至つた。国内は各所に騒擾勃発し、掠奪闘争日々に行はれ、乱麻の如き状態となつて了つた。茲に心有る正しき人々は、泰安城を窃に脱出して、遠く玉藻山の聖地に逃れ、真道彦命、ヤーチン姫の教に従ひ、花鳥風月を友として、時の到るを待つ者踵を接するに至つた。 泰安城にはセウルスチンの意を迎へて、吾身の名利栄達を望む悪人のみ跋扈し、政教は日に月にすたれて、殆ど収拾す可らざるに至り、国内の各地には革命の煙花上つて、騒擾を起し、民家を焼き、婦女を辱め、財物を掠奪し、乱暴狼藉到らざるなく、恰も餓鬼畜生修羅道を現出せし如く、混乱に混乱を重ね、呪咀の声は五月蠅の如く湧き充ちた。猛毒蛇は白昼に濶歩し、鰐、水牛などは池、沼などを根拠とし、民家近く襲ひ来つて、人を傷つけ、国内恰も阿鼻叫喚の惨状を呈するに至つた。され共民心を失ひたる泰安城のセールス姫を始め、サアルボース、ホーロケースの威力を以てしても、最早如何ともする事能はざるに立到つた。 泰安城は最早風前の灯火と、誰云ふとなく称ふるに至つた。数多の国人は遠く難を避けて、アーリス山を越え、天嶺、泰嶺を始め、玉藻山の聖地に避難する者日夜踵を接した。中にも、 ホールサース。マールエース。テールスタン。ホーレンス。ユウトピヤール。ツーレンス。シーリンス。エール。ハーレヤール。オーイツク。ヒユーズ。アンデーヤ。ニユージエール。 などの錚々たる人物はヤーチン姫を中心として三五教の幹部を組織し、表面的教理を宣布し乍ら、時の到るを待つて、泰安城の佞人輩を却け、カールス王を城内に迎へ入れ、ヤーチン姫を元の如く妃となして、新に善政を布かむ事を心私かに期待しつつ、盛に教理を宣布し、新高山以北の地まで隈なく勢力を扶植しつつあつた。 セールス姫は国内の日々に乱れ行くを、吾身の不心得より来りしものとは夢にも知らず、セウルスチンを始め其他の邪神共の誣言を信じ、斯の如く吾領内の日々に乱れ行くは全く玉藻山の霊地に、三五教の教を樹つる真道彦命頭領となり、ヤーチン姫、マリヤス姫の王族を擁立し、城内の重臣を言葉巧に引付け、時を待つて泰安城を攻め亡ぼし、真道彦命自ら、台湾全島を統一し、政教の両権を握るものとなし、怨恨止み難く、種々の画策をめぐらせ共、阿里山を区域として、東南の地は容易に近付く可らず、千思万慮の結果、土民の中より二三の者を抜擢し、敵地に深く入り込ませ、其内情を探らしめつつありき。 アーリス山を区域として東南の地方は、花森彦命の子孫及び遠祖真道彦命の裔、国内に充ち、清廉潔白の民最も多きに引替へ、新高山以北の地は玉手姫の魔神の子孫蕃殖して、邪悪行はれ、天災地妖切りに到り、住民は常に塗炭の苦みに陥り、一日として安き日とてはなかつたのである。 花森彦命の直系なるアークス王の奇禍に係つて上天せし後は、カールス王病に罹り殆ど幽閉同様の身となりたれば、玉手姫の血を引けるサアルボースの娘セールス姫の政権を握りてより、其混乱は急速度を以て増し来り、今や国民怨嗟の声は天に冲する如く、さしもに難攻不落として築造させし泰安城も、何時根底より顛覆するやも計り難き情勢に差迫つて居た。 ○ 話変つて、日楯は天嶺の聖地を後に、玉藻の湖辺にユリコ姫の手を携へ、二三の従者と共に湖面を眺めて逍遥しつつあつた。此時捩鉢巻をした男、額に血をタラタラと流し乍ら、勢ひ込んで駆来り、従者の一人に衝突し、ヨロヨロとして其場にパタリと倒れて人事不省となつた。日楯は従臣に命じ、湖水の水を彼が面部に注がしめた。彼は漸くにして正気に返り、額の血汐を拭ひ乍ら、 男『何れの方様かは存じませぬが、御無礼を致しました上に、生命迄も御助け下さいまして……此御恩は決して忘れは致しませぬ。私はアーリス山の渓谷に住居致す樵夫の一人で厶います。泰安城のセールス姫が部下の悪者に虐げられ、生命カラガラ何処を当途ともなく、ここ迄逃げて参りました。斯く云ふ間にも如何なる追手が来るやも計り知れませぬ。どうぞ一時も早く私を御匿まひ下さいますまいか』 と落つかぬ態に頼み入る。 日楯『汝はアーリス山の渓谷に住む樵夫と聞きしが、何故セールス姫の部下に追はるる理由あるか。詳細に物語れよ』 となじれば、其男は涙を払ひ、 樵夫『私には親一人、子一人の大切なヨブと云ふ娘が御座いました。私の名はハールと申します。セールス姫がセウルスチンと云ふ立派な大将とアーリス山に数多の家来を召連れ、狩にお越し遊ばした時、吾草庵に立寄り玉ひ、吾娘ヨブを見て……此女を吾侍女に奉れよ……と仰せられました。天にも地にも、親一人子一人の間柄、最愛の娘を泰安城内深く連れ行かれては、最早吾々は一生涯親子の対面は叶ふまじと思ひました故、いろいろと言葉を尽して、御断りを申上げますれば、セウルスチンと云ふ御大将の御言葉に……然らば此娘は吾女房に遣はすべし……と数多の家来に命じ、無理矢理に泣き叫ぶ娘を引抱え、連れて行かれました。私は一生懸命後を追はむとすれば、セウルスチンは一刀を引抜き、吾眉間に斬りつけ、猶も数多の家来に命じ……彼が生命を取れよ……と下知致しました。数多の家来衆は私の後を追つかけ来る。され共山途の勝手を知悉したる私は、巧く間道を通り抜け、漸くにして此処迄逃げのびました様な次第で御座います。何卒々々早く御匿まひ下さいませ』 と両手を合せ涙と共に頼み入る。日楯を始めユリコ姫は之を憐み、二三の従者に彼が身辺を守らせ、天嶺の聖地に連れ帰り親切に介抱させ、漸くにして額の疵は全快し、茲に日楯の従僕となつて忠実に仕ふる事となつた。併し此男はセールス姫が意を含めて遣はしたる間者なりけり。 ヤーチン姫やマリヤス姫の珍の命やカールス王の 泰安館を出でしより鳥なき里の蝙蝠と 羽振りを利かしセールス姫が傍若無人の悪政に 居たたまらず重臣は次第々々に逃走し 玉藻の山の霊場に身を忍びつつ三五の 教司と身を変じ花咲く春を待ち居たる サアルボースやホーロケースの両人はカールス王を淡渓の 森の彼方に放逐し形ばかりの館を建てて 四五の部下をば派遣しつ人の出入を警戒し 苦しめ居たるぞ忌々しけれ。セールス姫は只一人 閨淋しさに従兄なるセウルスチンを寝間近く 招きて秘密の謀計酒池肉林の贅沢を 極めて民の苦しみは空吹く風と聞き流し あらむ限りの暴政を行ひければ国人は 益々塗炭の苦みに堪りかねてか遠近の 山の尾の上や川の瀬に三人五人と集まりて 大革命の謀計目引き袖引き語り合ふ 暗夜とこそはなりにけれ。ヤーチン姫やマリヤス姫の 珍の命は国内の此惨状を耳にして 心は矢竹と逸れども詮術もなき今の身の 神に祈りて木の花の開くる春を待つばかり 松の名に負ふ高砂の胞衣と聞えし此島も 今は果敢なき曲津身の荒ぶる世とはなりにけり あゝ惟神々々御霊幸はひましませと 朝な夕なに真心をこめてぞ祈る神の前 真道彦を始めとし日楯、月鉾諸共に 日月潭の湖に朝な夕なに禊して 高砂島の安泰を只管祈る真心は いつしか願ひ竜世姫国魂神の功績に 常夜の暗も晴れ渡り天津御空に日の神の 影も豊に昇りまし神の御稜威も高砂の 尾の上の松の末永く栄えよ栄え何時迄も 世は平けく安らけく治まりませと一同が 朝な夕なの神言を神も諾なひ玉ふらむ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 三五教の御教を此神島に隈もなく 完全に委曲に宣り伝へ昔の神代の其儘の 清き心に上下の司も民も睦び合ひ 栄え久しき松の世を来させ玉へと真心を こめて祈るぞ尊けれ。 セールス姫の間者として入り込みしハールを始め、其外数名の間者、日月潭を始め、玉藻の山の聖地に入り込みたる件は、一々述ぶるも、くどくどしければ、今は之れを略し事の序に述ぶる事となすべし。 (大正一一・八・六旧六・一四松村真澄録)
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(1940)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 12 サワラの都 第一二章サワラの都〔八一二〕 玉藻の山の聖場に遠き神代の昔より 三五教を開きたる真道の彦の末流と 世に聞えたる真道彦泰安城の急変を 救はむ為に三五の神の司や信徒を 集めて神軍組織なし泰安城に現はれて 寄せ来る敵を打払ひ遂には奇禍を蒙りて カールス王に疑はれ暗き牢獄に投げ込まれ 逃るる由も泣く許りヤーチン姫も諸共に 聞くもいまはし寃罪にかかりて暗に呻吟し 苦しき月日を送ります其惨状を救はむと 父を思ふの真心に日楯、月鉾両人は 聖地を後にユリコ姫夜に紛れて蓑笠の 軽き姿に身を装ひアーリス山の頂きに 息もせきせき辿り着き月の光を浴び乍ら 片方の岩に腰をかけ息を休むる折柄に 泰嶺山の聖地より神の司の月鉾が 後を尋ねて追ひ来るテーリン姫の執拗な 恋の縺れの糸をとき言葉を尽して聖場に 帰らしめむと思へども恋に曇りしテーリンは とけば説く程もつれ来る時しもあれや木かげより 現はれ出でし人影に一同驚き見廻せば 思ひ掛けなきマリヤス姫の珍の命の出現に 漸く急場を逃れ出で日楯、月鉾、ユリコ姫 三人の司はやうやうにヤツと蘇生の心地して アーリス山の峰を越え須安の山脈打渡り 夜を日についで漸々にテルナの里に辿りつき 谷間にまたたく一つ火を目あてに進む折柄に 喉は渇き腹は飢ゑ根気も尽きて三人は とある木蔭に休らひつ幽かに漏れ来る人声を 耳をすまして聞き居れば俄に吹き来る谷の風 三人の頭に何物か触ると見れば木茄子の 香りゆかしき果物に飛びつく計り喜びて 忽ち三人は木茄子を一個も残らずむしり取り 腹をふくらせ横はりいつしか眠りにつきにける。 折も折とてバラモンの神の祭典の真最中 四五の土人は木茄子を神の御前に供へむと 冠装束いかめしく幣振り乍ら進み来る 素より三人は白河の夜船を操る真最中 土人は忽ち木茄子の一個も残らず何者にか 盗まれたるに肝潰し明りに照して眺むれば 雷のやうなる鼾声驚き直に此由を テルナの里の酋長に報告すればゼームスは 時を移さず駆来り三人の男女に打向ひ 団栗眼を怒らせて『テルナの里の人々が 生命に代へて守り居る神に捧ぐる木茄子を 取りて食ひし横道者汝三人の生命を 奪ひて神の贄に奉らむ』と居丈高 罵りちらせばユリコ姫酋長の前に手をついて 『長途の旅に疲れ果て喉は渇き腹は飢ゑ かかる尊き果物と知らずに取つて食ひました 何卒深き此罪を広き心に見直して 吾等を赦し給へかし』願へば酋長はユリコ姫の 顔打眺め笑ひ顔『汝は吾れの要求を 容れて女房となるならば汝の罪を赦すべし 二人の男は如何しても命を取つて神前の 尊き犠牲に供さねば神の怒りを如何にせむ 覚悟せよや』と睨めつけるユリコの姫はいろいろと 詞を尽し身を尽し口説き立つれば酋長は 漸く心和らぎて苦しき荒行いろいろと 二人の男に言ひ付けて漸く此場は鳧がつき 大祭壇の傍に三人の男女を伴ひて ユリコの姫には美はしき衣服を与へ二人には 『猛火の中をくぐれよ』と言葉厳しく下知すれば 日楯、月鉾両人は天津祝詞を奏上し 天の数歌ひそびそと小声になりて唱へつつ 猛火の中を幾度もいと易々と潜りぬけ 大祭壇の其前に火傷もせずに帰り来る 並みゐる人々両人が其神力に驚きて 互に顔を見合せつ舌巻き居たる折柄に 何処ともなく大火光此場に忽ち落下して 酋長ゼームス果敢なくも身は中空に飛びあがり 行方も知らずなりにける。並み居る数多の里人は 此爆発に驚きて雲を霞と逃げて行く 逃げ遅れたる人々は胆をば潰し腰抜かし 呻吟き苦む折柄にユリコの姫は酋長に 与へられたる衣を脱ぎ直に火中に投ずれば 日楯、月鉾両人はユリコの姫の右左 立現はれて宣伝歌声も涼しく宣りつれば 醜の曲霊は何時しかに消え失せたるか風清く 何とはなしに心地よく神の恵を三人が 喜ぶ折しもゼームスは衣紋を整へ供人を 数多引連れ珍しき木の実を器に盛り乍ら 三人が前に手をついて以前の無礼を心より 詫入る姿の殊勝さよ茲に三人は三五の 神の教を細々とゼームス始め里人に 伝へて直ちに三五の教の柱をつき固め 酋長始め数十の里人達に送られて 夜を日に継いで高砂の北の端なるキールンの 漸く浜辺に着きにけりあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 常世の波も竜世姫高砂島の胞衣として 神の造りし台湾島木の実も豊に水清く 禽虫魚も生ひたちて天与の楽土と聞えたる 台湾島の中心地玉藻の山の聖場を 三人は後に立出でて艱難辛苦を嘗め乍ら テルナの里の酋長に長き道程を守られて キールの港に安着し船を傭ひて三人は 波のまにまに漕ぎ出しぬ折柄吹き来る北風に 山なす浪は容赦なく三人の船に衝き当る ユリコの姫は船頭に立ちて波をば静めつつ 神のまにまに琉球の八重山島を指して行く やうやう茲に三人はエルの港に安着し 岸辺に船をつなぎおき声名轟く照彦の 千代の住家と聞えたるサワラの都を指して行く。 サワラの都に、三人は漸く辿りついた。ここは際限もなき広原の中央に築かれたる新都会にして、白楊樹の森四辺を包み、芭蕉の林は所々に点綴してゐる。国人は大抵、芭蕉実、苺、林檎、木茄子、柿などを常食とし、或は山の芋、淡水魚などを副食物として生活を続けてゐる。 サワラの都には、広大なる堀を以て四方を囲らしてゐる。其巾殆ど一丁計りの広さである。東西南北に堅固なる橋梁を渡し、稍北方にサワラの高峰、雲表に聳え、四神相応の聖地と称せられてゐる。城内には数百の人家立並び、今より三十万年前の都会としては、最も大なるものと称されて居た。サワラの城は殆ど其中心に宏大なる地域を構へ、石造の館高く老樹の上にぬき出て居る。城内には畑もあれば、川もあり、沼もあり、何一つ不自由なき様に作られてゐた。 三人は東の門より橋を渡つて、門内に進み入つた。黄紅白紫紺いろいろの花は木の枝に、草の先に、爛漫と咲き乱れてゐる。又道の両側には百日紅や日和花の類密生し、白き砂は日光に輝き、台湾島の日月潭に比して、幾層倍とも知れぬ気分のよき土地である。 三人は何となく恥しき様な、おめる様な心持にて、小声に宣伝歌を歌ひ乍ら、照彦が千代の住家と定めたる城門の前に漸くにして歩を運んだ。四五の門番は頬杖をつき乍ら、何れも睡魔に襲はれて、コクリコクリと居睡つてゐる其長閑さ、天国の門番も斯くやと思ふ計りの気楽さを現はし居る。日楯は門番の前に進み寄り、 日楯『頼みます頼みます』 と声をかけた。門番の一、ねむた目をこすり乍ら、 門番ノ一『アヽ此真夜中に誰か知らぬが、人を起しやがつて、ねむたいワイ。此門は暮六つから明け六つ迄は開ける事は出来ぬ。夜が明けたら、誰か知らぬが行つて来い。キツと開けて通してやる、ムニヤムニヤムニヤ……』 と云ひ乍ら又ゴロンと横になる。 月鉾『モシモシ門番様、まだ日中で御座います。暮六つ迄には余程間も御座いますから、どうぞ目を醒まして、此門をお開け下さいませ』 門番ノ二『お前は夜が明けとるか知らぬが、俺の目ではそこら中が真暗がりだ。暗い時は夜分にきまつて居る。アタねむたい、喧しう言はずにトツトと出直して来い』 月鉾『アハヽヽヽ、あなた目をおあけなさい。さう目蓋を固く密着させてゐては、昼でもヤツパリ暗く見えますぞ』 門番ノ二『喧しう言ふない。暗くも何もあつたものかい。苦楽一如だ。世の中に寝る程楽はなきものを、起てガヤガヤ騒ぐ馬鹿のたわけ。おれはまだ夜中の夢を見て居るのだ。おれの目の引明けに出て来い。そしたら、あけてやらぬ事もないワイ』 とダル相な声でブツブツ云ひ乍ら、又横にゴロンとなる。三人はもどかしがり、稍思案に暮れて佇んで居る時しも、表門はサラリと左右に開かれ、中より立派なる男女幾十人となく行列を作り、三人の前に恭しく手をつき乍ら大将らしき一人は、 一人の男(セル)『エヽあなたは台湾島の玉藻山の霊場にまします、真道彦命様の御子息様では御座いませぬか』 日楯丁寧に礼を返し、 日楯『ハイ御察しの通り、吾等は真道彦命の伜、日楯、月鉾と申す者、これなる女は私の妻ユリコ姫と申します。竜世姫様の御神勅に依り、当国の城主照彦様、照子姫様に御願の筋ありて、大海原を渡り、漸くこれへ参つた者で御座います』 一人の男(セル)『私はセルと申して、照彦王の御側近く仕ふる者で御座います。二三日以前より、照子姫様に高砂島の竜世姫命様御神懸り遊ばし、あなた方御三人様がここへ御越しになるから、出迎ひに出よとのお告で御座いました。それ故今日はお越しの日と早朝よりいろいろと、あなた方の歓迎の用意を致し、照彦様、照子姫様、奥にお待で御座います。サア御案内致しますから、早くお這入り下さいませ』 三人は一度に頭を下げ、 三人『有難う』 と言ひ乍らセルの後に従ひ、奥深く進み入る。門番は漸く目を醒し、 甲『オイ、ベース、チヤール、起きぬか起きぬか、大変な事が出来て来たぞ。お側役のセル様が沢山の御近侍の方々と共に三人のお客さまをお迎へ遊ばして、奥へお這入りになつた。貴様達はなまくらを構へて、寝真似をし、糟に酔うた様な事をぬかしてをつたが、たつた今ドテライお目玉だぞ。サア早く何とか、言訳を拵へて、セル様へお断りに行かねば、足袋屋の看板だ。サツパリ足あがりになつて了ふぞよ』 エル『バカを言ふな、俺達が寝真似をして居つたのを知つてゐた以上は、貴様もチヨボチヨボだ。俺が足があがる位なら、貴様は頭だから、キツト首が飛ぶぞよ。貴様は俺達の組頭だからお詫に往つて来るがよからう。俺や、こんな門番なんか、何時足があがつても構やしないのだ。常世城の門番を見い、失敗して王様のお側附になつたぢやないか。何時迄も門番を厳重に勤めて居つたら、彼奴は門番に適当な奴だと、セルの大将に見込まれたが最後、金槌の川流れ、一生頭の上る事はないぞよ。それより日中にグウグウと寝てる方が、何時栄達の途が開けるか知れないぞ。大体こんな智者学者を門番にさしておくのが見当違ひだ。マア見て居れ、明日になつたら、貴様達は門番に不適当だから、奥勤めに使つてやらうとの御命令が下るに違ない。余り取越苦労をするものでない。マア刹那心を楽むのだなア。待てば海路の風が吹くとやら、何事も運は天にありだ。そんな事に心配するよりも、酒でも呑み、一生懸命に騒ぎ、ステテコでも踊つて、今度のお客様のお慰みに供したら、照彦王様も面白い奴だと云つて、……苦しうない、門番近く参れ……とか何とか仰有つて、お手づから盃を下され、結構な御褒美に預るやらも知れたものだない。サアサア、酒だ酒だ、酒なくて何のおのれが門番かなだ。アハヽヽヽヽ』 と他愛もなき無駄事を囀り乍ら、バナナで作つた強烈い酒を、五人の門番が胡坐座になつてガブリガブリと呑み始め、ヘベレケになつて、妙な手つきをし乍ら、踊りつ舞ひつ、奥殿指して転げ込んだ。 (大正一一・八・八旧六・一六松村真澄録)
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霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 14 二男三女 第一四章二男三女〔八一四〕 天津御空に照り亘る日楯、月鉾、両人は 照彦王や照子姫数多の人に立別れ サワラの城を後に見て緑、紅、白、黄色 花咲く野辺のユリコ姫尽きせぬ御代も八千代姫 神の御稜威も照代姫二男三女の五身霊 照彦王の密書をば力と頼み向陽の 高嶺をさして進み行く。 二男三女は無言の儘、向陽山を指して進んで行く。照彦王より与へられたる密書には、 『向陽山の麓を流るる大谷川の畔迄は決して言語を発す可らず、其川を渡ると共に、発言自由たるべし。向陽山には常楠仙人永住して汝等一同に摂受の剣と折伏の剣を与へ玉ふべし。これを受取つて、汝等は一日も早く泰安城に立向ひ、魔軍を言向け和し、且つヤーチン姫及真道彦、カールス王其他一同を救ふべし』 との文意が示されてあつた。行く事殆ど五六里、徒歩に稍疲れを感じ、山麓までは到底日の内に到達し難く思はれた。 茫々たる萱野原に、萩、桔梗、百合の花は配置良く咲き匂うて居る。二男三女は草を分け、漸くにして、向陽山麓の木々の梢まで肉眼にて見分くる計りの地点まで近寄つた。忽ち前方に当りて、大なる沼が横はつて居る。水底最も深く、周囲の樹木は沼の底に逆しまに影を映し、大空の淡雲は沼底に映つて居る。不思議にも五人の姿は沼の水に逆しまに映り、何とも言はれぬ麗しき光景であつた。一同はハタと突当り、如何はせむと思案に暮れてゐたが、言語を発する事を戒められ居る為、互に相談する事も出来ず、どうせうかと手真似、目使ひ等にて話し合つて居る。 日は漸く山の尾の上に姿を没し、夕べの風はソヨソヨと吹き出し、木の葉の梢にゆらぐ影は、沼底に逆さまに映り、数多の小魚の躍るが如く見えて来た。進退惟谷まつたる五人は愈意を決し、底ひも知れぬ沼を目蒐けてバサバサと歩み出した。不思議にも此深き沼にも係はらず、五人の身体は膝迄も没するに至らず、易々とさしもに広き沼の面を、彼方の岸に渡り着き、後振り返つて眺むれば、沼らしき影だにもなく、いろいろの草花が広き原野に咲き満て居た。これは常楠仙人が仙術を用ゐ、五人の信仰力を試す為に地鏡を映出したのである。 夜の帳は細やかに下ろされて、月は周囲の高山に隔てられ、姿を見せず、星の光は何となく、雨気の空の様に低う麗しく瞬いてゐる。二男三女は例の手真似にて合図をなし、爰に一夜を明かす事となつた。 猛の唸り声、前後左右より刻々に高く、烈しく響き来る。一同は心の中に天の数歌を称へ、暗祈黙祷を続けてゐる。そこへ一種異様の大怪物、鹿の如き枝角の一丈計りあるものを頭に戴き、大象の如き大動物、バサリバサリと進み来り、五人の前に鏡の如き巨眼を光らせ、大口を開き、洗濯屋の張板の様な長広舌を左右に振り乍ら、一行を目がけて舌に巻き込まんとして居る。日楯、月鉾は無言の儘、両手を組み、怪物の前に進み寄るや、怪物は象が鼻にて子供を捲く様に、舌にてペロペロと巻き乍ら、喉の中へ二人共一度に呑み込んで了つた。 三人の女は愈決心を固め怪物のなすが儘に任した。怪物は以前の如く、舌にて一人一人捲いては吾背に乗せあげ、三人共大象の幾倍とも知れぬ様な大背中に乗せた儘、向陽山を目蒐けてドシンドシンと地響きさせ乍ら進んで行く。日楯、月鉾の両人は怪物の腹に呑まれ乍ら、別に痛苦も感ぜず、暖かき湯に入りたる如き心地して、運命を惟神に任せて居た。 忽ち轟々たる水音耳に入るよと思ふ間に、あたりはパツと、際立つて明くなつて来た。見れば其身は向陽山麓の大谷川の激流を渡りて、其岸辺に立つて居た。三人の女は、岸の彼方に激流を眺め、二人の首尾克く山麓に渡り得たるを恨めしげに眺めて居た。 日楯始めて口を開いて、 日楯『惟神霊幸倍坐世』 と言ひ乍ら、 日楯『モシ月鉾さま、無言の行も随分辛いものでしたなア。さうして地鏡の沼に出会した時の胸の驚き、ヤツと安心する間もなく、今度は大怪物に出会し舌に巻かれて腹に葬られ、どうなる事かと心配して居つたが、何時の間にか、怪物の影はなく、吾々二人は此渡る可らざる大激流を、無事に渡つて居たのは、何と思つても合点が往かぬぢやないか。コリヤ、うかうかとしては居られまい。何を言うても常楠仙人の隠れます聖場だから、謹んだ上にも慎んで参らねば、幾度もあの様な試みに会はされては堪りませぬからなア』 月鉾『左様です。此球島へ渡つてからと云ふものは、実に不思議な事計り、神秘的な島ですなア。それにしても照彦王、照子姫様は仙人に出会ひ摂受の剣と折伏の剣を得て来いと教書に御示しになつて居るが、果して与へられるであらうか、それ計りが心配でなりませぬワ』 日楯『照彦王は吾々に此御用を致さすべく、前以て御夫婦がどつかの高山へ登られ、非常な苦労を遊ばして、神勅を受け御帰りになつたのだから、滅多に間違ふ気遣ひはありますまい。疑は益々神慮を損ふ所以となりませう。兎も角教書の儘を固く信じ今後如何なる艱難辛苦に出会うとも、屈せず撓まず、忍耐を強くして、目的を達せなくては、折角遥々此処まで参つた甲斐が有りませぬ。先づ此処で天津祝詞を奏上致しませう』 月鉾も此言葉に打諾き、二人は川岸に端坐して天津祝詞を奏上した。不思議や三人の女は激流の上を平然として此方に渡り来る。両人は手を拍ちて喜び、全く神の深き御庇護と又もや感謝の祝詞を奏上する。三人は漸くにして激流を渡り、二人の前に来つて嬉し相に笑を湛へ乍ら、二人を手招きしつつ、さしもの急坂を猿が梢を伝ふ如く登り行く。見る見る間に三女の姿は山霧に包まれ見えなくなつて了つた。日、月二人は互に顔を見合せ、 日楯『何と月鉾さま、神仙境はヤツパリ神秘的な事が続出致しますなア』 月鉾『本当に不思議なこと計りですワ。それにしても三人の女の、あの足の早さ、人間業とは思はれませぬ。大方仙人の霊魂でも憑依したのでせうかなア』 日楯『何は兎もあれ、此高山を一刻も早く登りきはめねばなりますまい。サア急ぎませう』 と日楯は先に立ち、宣伝歌を歌ひ乍ら登り行く。 向陽山は峰巒重畳たる中に魏然として聳え立つて居る霊山である。山頂に達する迄には幾十とも知れぬ山を越え、谷を渉り、或は広き山中の湖水を渉りなどせなくては、到底達し得ない、要害堅固の絶勝である。 二人は漸くにして、山中の稍広き湖水の畔に着いた。俄に女の叫び声、あたりの森林に聞えて来る。フト声する方を眺むれば、幾丈とも知れぬ大蛇、ユリコ姫の身体を腰のあたり迄呑みこみ、鎌首を立てて渦巻いてゐる。日楯、月鉾は大に驚き、如何はせむと稍少時、首を傾けてゐた。ユリコ姫は声を限りに、 ユリコ姫『日楯様、どうぞ妾をお助け下さいませ』 と手を合して命限りに叫んでゐる。又もや女の泣声、フト目を右方に転ずれば、照代姫、八千代姫の二人は、これ又二匹の大蛇に半身を呑まれ、顔の色迄青くなり、声も碌々に得立てず、両人の方に向つて手をあはせ、救ひを求めてゐる。 日楯は吾女房を救はむか、八千代姫、照代姫を如何にせむ、照代姫、八千代姫を救はむか、吾妻の生命を如何にせむと去就に迷ひつつあつた。月鉾は『ウン』と一声断末魔の声と共に、其場に打倒れ失心状態になつて了つた。日楯は現在の弟は斯の通り、妻も亦瞬間に迫る生命、救ひたきは山々なれど、先づ八千代姫、照代姫を救ふこそ人たる者の行ふべき道ならむと決心し、あたりに落ち散つたる太き角杭を折るより早く、八千代姫、照代姫を呑みつつある大蛇に向つて、首筋あたりを力限りに打ち据えた。見れば大蛇の影も、女の姿もなく、只月鉾のみ足許に倒れて居た。 日楯『ハテ訝しや』 とあたりを見れば、白髪異様の老人、藜の杖をつき乍ら、木の茂みを分けてのそりのそりと近付いて来る。日楯は直に湖水の水を口に含み、月鉾の面上に注ぎかけた。月鉾は漸くにして正気に復り、あたりをキヨロキヨロ見廻して居る。月鉾の卒倒したのは、ユリコ姫其他二人の大蛇に呑まれたる姿を眺めて驚いた為である。 白髪異様の老人は二人に向ひ、微笑を浮べ乍ら、手招きしつつ老の身に似ず、雲を翔るが如く、向陽山の頂上目蒐けて足早に登り行く。二人は老人の後に従ひ、息を喘ませ乍ら、足の続く限り急ぎ登り行くのであつた。 老人の姿は早くも向陽山を包む白雲の中に消えて了つた。二人は一生懸命になつて一里計り登り行けば、ハタと突当つた大岩石がある。よくよく見れば此岩は鏡の如く日光に照り輝き、三人の女の姿が奥の方に歴然と映つて居る。三女は二人の姿を見て早く来れと手招きをして居る。其距離殆ど二百間計りであつた。兄弟二人は三人の側に行かうとしてあせれ共、鏡の如く透き通つた此岩も、入口は分らず、非常に気を揉んで居る。 ユリコ姫外二人は頻りに早く来れ……と差招く。兄弟は心をいらち、進み入らむとすれ共、硝子の如き岩に突当つて、入口がどう藻掻いても分らない。此時頭の上の方から『天津祝詞』……と云ふ声が聞えて来た。二人はハツと気がつき、直に拍手し、天津祝詞を声もすがすがしく奏上し始めた。 二人の身体は何者にか吸ひ込まるる様に、透明なる岩窟の中に自然に進み入つた。忽ち山嶽も崩るる計りの大音響聞え来ると見る間に、周囲一丈計りの黒色の大蛇、腹の鱗は血にただれ乍ら、十数匹、此岩窟に向つて勢猛く進み来り、兄弟を呑まむと、大口を開けて焦れども、入口の分らざる為、大蛇は外にて残念相に頭を並べて二男三女の姿を眺めて居る。 二男三女は心中に深く神徳を感謝し乍ら、尚も奥へ奥へと進み入る。際限もなき岩窟をもしや蛇の入口を探り、後より追ひ来らざるやと、稍恐ろしさに、知らず知らずに足は意外に早く運びて、終に岩窟の終点に着いた。茲には以前現はれし白髪異様の老人が厳然として立現はれ、一同に向ひ言葉おごそかに、 老人『われは当山を中心として琉、球の夫婦島を守護致す常楠仙人であるぞ。其方は父の難を救ひ且つ国王を始め、数多の人々の苦難を救はむ為に遥々此処に来ること、実に殊勝の至りである。汝等は之より一刻も早く此島を離れ、エルの港より船に乗り、照代姫、八千代姫と諸共に、キールの港に向つて立帰れよ。又汝に与ふべき神宝は、此岩窟の入口にあれば、身魂相応に其一個を所持して帰れよ。さらば』 と言つたきり、老人の姿は煙となつて消えて了つた。五人は爰に於て又もや天津祝詞を奏上し、元来し岩窟の入口に大蛇は帰りしかと気遣ひ乍ら、漸くにして入口を出で見れば、そこに二つの玉と三つの鏡が置いてある。これは最前襲ひ来りし大蛇の所持して居た宝であつたが、余り二男三女の姿を見て恋慕の念を起し、遂に此宝を知らず知らずに体内より脱出し帰つた後であつた。 日楯は日の色に因みたる赤玉を取り、月鉾は白き玉を拾ひ、ユリコ姫、八千代姫、照代姫は光り輝く大中小三個の鏡を各一面づつ拾ひ上げ、押戴いて、道々天の数歌を歌ひ乍ら向陽山を降り行く。 漸くにして大谷川の岸に着いた。さしもの急流容易に渡るべくも見えなかつた。ユリコ姫は大の鏡を懐中より取出し、川の面を照らした。不思議や大谷川の水は板にて堰き止めたる如く横に分かれて、一滴の水もなき道路がついた。二男三女は足早に川中を向うへ渡り後ふり返り見れば、大谷川は依然として激潭飛沫の大急流になつてゐる。これより一同は足を早めて、三日三夜の後エルの港に到着し、繋ぎおきし船に身を托し、日楯、月鉾二人は艪櫂を操り、荒れ狂ふ海原を難なく漕ぎ渡り、漸くキールの港に、夜半の頃安着した。 これより二男三女は一旦玉藻山の聖地に帰り、玉、鏡を安置して、日夜祈願をこらし竜世姫命の神勅の下るを待つて大活動を開始せむと、昼夜祈願を凝らして居た。 二男三女は璽鏡の神宝を手に入れ、意気揚々として、天嶺、泰嶺の聖地には立寄らず、中心霊場なる玉藻山の聖地に立帰り、残存せる誠実なる信徒に迎へられ、璽鏡の宝物を宮殿深く納め、無事凱旋の祝宴を開いた。 マリヤス姫はテーリン姫を伴ひ、嬉し相に此席に列し、二男三女の功績を口を極めて賞揚し、神前に祝意を表する為、自ら歌ひ自ら舞ひ始めた。其歌、 マリヤス姫『天運茲にめぐり来て枯れたる木にも花は咲く 尊き御代となりにけり神代の昔国治立尊は 豊葦原の瑞穂国中心地点と聞えたる 貴の都のエルサレムに無限絶対無始無終の 森羅万象を造り玉ひし天御中主大御神 又の御名は大国治立尊の大御神勅を受けまして 豊葦原の瑞穂国に天津御空の神国の 神の祭政を布かむとし心を千々に砕きつつ 洽く天地神人の身魂の為に尽されし 其神業も隙行く駒のいつしかに曲の猛びに遮られ 尊き御身を持ち乍ら此世を捨てて艮の 自転倒島の秀妻国国武彦と名を変へて 下津岩根の綾錦紅葉の色も紅の 明き神代を建てむとて宣る言霊の一二三つ 四尾の山に永久に五つの御霊を隠しまし 六七しく神代の来るをば待たせ玉ふぞ尊けれ 八千代の春の玉椿九つ花の咲き出でて 十の神代を築きあげ百千万の民草に 恵の露を垂れ玉ふ尊き御代を松の世の 神の心は永久に竜世の姫の鎮まりゐます 此神島に花森彦命を天降し玉ひ顕事 幽事をば真道彦命に依さし玉ひし神事は 千引の岩の動きなく常磐の松の色褪せず 茲に現はれ来りまし国治立大神の 計り玉ひし松の世も今や開くる世となりぬ 真道彦命は黒白も分かぬ窟上の 牢獄の中に投げ込まれ日夜に苦難を嘗め玉へ共 天の岩戸も時来れば忽ち開く世の習ひ 日月潭に現れませる日楯、月鉾両人が 誠心の現はれて御稜威も茲に照彦王の 神の教に導かれ向陽山に登りまし 神変不思議の神術を悟りましたる常楠仙人が 水も洩らさぬ計らひに竜の腮の玉、鏡 二男三女は恙なく身魂相応に授けられ 神徳光る日月潭の中に泛べる玉藻山の 聖地に帰り来ますこそ三五教の教の花の開け口 マリヤス姫も今日こそは心の底より勇み立ち 五の御魂の神人が御国の為に尽してし 誠心を褒め奉り称へ奉るぞ嬉しけれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひをはり舞ひ終つて、元の座につきにけり。 (大正一一・八・九旧六・一七松村真澄録)
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(1955)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 端書 端書 霊界物語『海洋万里』(辰の巻)より未の巻に至り、南米太古の物語を口述しておきました。今日は人文大いに開けたる結果、国を建つるもの十数ケ国になつて居ります。中にも南米第一の富源を擁して居るにも拘はらず、国民は遊惰にして何時も外国の厄介にばかりなつてゐるのは秘露の国であります。故に英米人は此国を評して『黄金の床に寝て居る乞食の国』と謂つて居ります。この文章は現今南米諸国の状況を示したもので、決して三十余万年前の太古の事では有りませぬ。只物語の参考として茲に引用した迄であります。 秘露はこの物語にはヒルの国と称してあります。此国に無尽蔵の富源を抱いて居ること、其の北隣なるコロンビヤ(物語にはカル)と共に第一に置かれて居ります。このヒルの国は現今でこそ南米中の二等国に沈淪したものの、昔インカ帝国としての全盛時代は、その文明の程度は上代の希臘、羅馬の隆盛なりし折に比すべきもので、現今の智利(物語にはテル)エクアドル、ボリビヤ等の諸国は皆『太陽の子』インカ王の配下にあつたもので、今を距る四百年前、彼の西班牙の奸雄ビサロが、アタワルバを殺害して国を奪ひ、西班牙の植民地と為してから三百年間は、西班牙は戦慄すべき暴政を行つたので、国土が荒廃し文化は退歩したのであります。ビサロがアタワルバ王家から奪つた金塊でも、現今の価格で十億円のものであると言はれた程に、此国は貴重な礦物を沢山に包蔵して居ります。 この国を地理的に区別すると、南北に縦走するアンデス大山脈にて海岸、山嶽、森林の三地帯に区分されますが、海岸地帯は無雨地帯と称せられ(物語参照)、時々霏雨は降りますが、雨らしい雨は無いから土地が砂漠的に見えますが、其間にはアンデス山(高照山)より発する五十余の河川があり、その流域には数十の沃野があつて、良質の綿や、甘蔗の耕作が盛に行はれて居ります。此地域は昔インカ帝国時代には現在の数倍も耕作されて居たもので、今日も猶壮大なる昔時の灌漑工事の跡が方々に残つて居るのです。 此地帯は一見した所不毛の土地でありますが、水さへ引けば忽ち青々たる草野に変り、地味は非常に肥沃であります。また此地帯に於ける農業の特色は、異常な確実性を有し、害虫は殆ど無く、又風水の害も絶無でありますから、その収穫も安全を期待されて居ます。一万人余を計上されて居る日本移民の大部分は皆この地帯の耕耘に従事して居るのです。 気候は又一年中、日本内地の五六月の気候で実に理想的であります。目下白人は約十万町歩を耕して居りますが、灌漑に堪ゆる土地が尚二十万町歩は残存して居ります。山嶽地帯は一名礦山地帯とも云はれ、礦産は無類無量であります。バナデユームは世界第一位、金と銀とは同第四位、銅と鉛とは同第六位で、石炭も到る処に埋蔵されて居りますが、何分不便の為に発掘量が少いのです。 次に特記すべき事は森林地帯で是が所謂極楽郷であります。この地帯はアンデス山脈の東方で長さ南北約一千哩、幅は二百哩乃至七百哩を出入する広い地面で、海抜は二三千尺から一百尺の低地に及んで居る。秘露の行政区劃上、この地帯は八県に分たれて居ますが、実に全国の三分の二の地積を占め、アマゾン河本流及び其支流の上流を為す大小数千の河川は、皆この地帯に発して東走するのでありますから、将来に於て河川を利用する交通機関を起すには地勢上甚だ便利があるのです。この地帯の気候はコロンビヤ、ボリビヤ、ブラジル(物語にはハルの国)国境近くは熱帯の暑熱で年中華氏九十度位の平均であるが、アンデス山系の斜面地及び海抜二千尺以上の地域は亜熱帯や温帯の気候で、伊太利の南部に似て居るのです。旅行するものは実に良好な気持を感ずるものです。其フツクリとして柔かな何とも言へない身は、まつたく植物の吐く香気に埋れた温室の中でソヨソヨと微涼に吹かれる様な具合で、古来この地帯を通過した人は凡て極楽の気候だと感ずるものであります。 雨量は豊で一年を二期に区別し、十一月から翌年四月が最も多く(冬季)、五月より次第に少くなり、十月には最も少ない(夏季)。而して、地味の肥沃なることは無比である。 この地帯に足を入れた人の先づ驚嘆するのは、植物の発育の旺盛な情態であります。天を摩する巨木は到る所に見出され、香高き蘭科植物の多種なること、人間が乗れさうな巨大なる花、大蛇の如き大蔓草、人間の頭ほどある種々の美味なる果物、日本の如うな貧弱な植物界を見馴れた眼には胆を奪はれる位であります。又エボニー、マホガニー等の貴重なる材は到る所に見出され、薬草の豊富なることも、世界一と言はれて居ります。其の他染料、繊維、香料、ゴム樹等も頗る多く、一哩平方の地面に、植物の種類、凡そ一百万種に近い位で、実に植物の豊富なるには驚くの外は無いのであります。 次に此地帯に棲む動物も頗る多種類で、アマゾン河中に在る魚貝のみでも地中海に棲むものの種類に匹敵するのであります。 最近この地帯の河川、湖沼で蒐集された珍奇なる魚介の種類は、一万五千余種に及び、その中八百余種は全く新しい発見に係るものである。又アマゾン河の上流ワヤガ河附近には、握り拳ほどの大蝸牛や団扇程の蝶が居る。現今では猛毒蛇は少く虎と豹などが棲んで居るが、姿は却て小さく、左程怖るるに足らない。この森林地帯にも埋蔵の礦物は極めて多量であれども、交通不便の為に発掘されて居ないのです。元来この地帯は地質上カルの国からボリビヤに至る石油及び黄金の大地脈であつて、英米の専門家は近年来熱心に調査を進めて居るのである。既に英国の石油業者はこの地帯のバチラヤ、ワヤガ河、サクラメントバンバ附近まで五百万町歩、マドレヂオス河附近で一千万町歩、マラニヨン河附近で五百町歩に亘る石油コンゼツシヨンを獲得せむと、秘露政府に交渉して居るのであります。現に加奈陀人のロバートダンスミールと云ふのが、秘露政府との間に、同国の森林地帯を貫通さす二千四百哩の一大鉄道建設の契約を結び、四十五ケ年間の経営権を握つたのも、実に此地帯の礦物運搬が主なる目的であるとさへ見られて居る位であります。そして其目的は貴金属よりも発掘の容易なる石油にあるのは当然でせう。此国の石油は七八百年前インカ帝国時代に発見されて採取利用されたが、欧洲人の来るに及び、小規模乍らも各所で採掘事業が営まれた。将来は世界一の石油産地として著明になるでありませう。 又ヒル(秘露)、カル(古倫比亜)との間に聳立せる日暮山(アンデス山)山脈は海抜二万五六千尺もあり、其頂上には一大湖水があり、山の中腹には今も猶邪気の籠もれる死線と云ふものが横たはり、知らずに登るものは水腫病を起し、直に死亡するといふ危険な箇所があります。概して此地方は薬草の多い所で又年中降雨の無いのが特徴となつてをります。 大正十一年八月十三日
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(1956)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 01 アリナの滝 第一章アリナの滝〔八二三〕 千早振る遠き神代の其昔支那、西蔵、印度の国 三国に跨る青雲の山に鎮まる八王神 神の心も澄み渡る神澄彦や八頭 吾妻彦[※青雲山の八頭神は「吾妻彦」であるが、この章では、御校正本・愛世版は「吾妻別」になっている。→「」を見よ]の神司黄金の玉を黄金の 宮に納めて玉守彦の神の司に守らせし 神世を造る珍宝ウラルの彦に狙はれて 遂に危くなりければ玉守彦を始めとし 朝日輝く吾妻彦玉を御輿に納めつつ 黄金山下に現れませる埴安彦や三葉彦 埴安姫の御許に送り来りて暫くは 宝の倉に納めつつ時の至るを待つ間に 黄金の玉は何時しかに唸りを立てて竜門の 玉と釜とに別れつつ頻りに不思議のありければ 埴安彦は神勅を伺ひまつり桶伏の 山に再び埋蔵し朝な夕なに村肝の 心を配り守り居る時しもあれやバラモンの 神の司の蜈蚣姫いろいろ雑多と計略 めぐらし遂に黄金の珍の宝を盗み出し 三国ケ岳の岩窟に納めゐたるを三五の 神の司の国依別や玉治別の一行に 玉の所在を嗅出され再び玉は桶伏の 山の麓に千木高く築きあがりし綾錦 貴の都に納まりて三五教の神司 高山彦の妻として仕へ奉りし黒姫に 玉の保管を命じつつ言依別の大教主 神の教を遠近に伝へゐませる時もあれ 日の出神の生宮と自ら名乗る高姫や 黒姫達の心意気甚だ怪しくなりければ 言依別は神前に進みて祝詞を奏上し 玉照彦や玉照姫の珍の命の手を通ふし 国治立の御前に請ひのみまつり伺へば 『高姫、黒姫両人の心の空は定まらず 又もや玉を呑み込みてウラナイ教を恢復し 此世を紊す虞あり言依別は今の間に 金剛不壊の如意宝珠紫色の宝玉や 黄金の玉を取出し私かに隠しおくべし』と いと厳かに宣り玉ふ。言依別は意を決し 高姫、黒姫両人が生命の綱と朝夕に 頼みて守る神宝を神の神言に従ひて 何時の間にかは取出し錦の宮の奥深く 納めおきしと知らずして松の根元に黒姫は 夜な夜な通ひて玉の番隠せし場所の何となく 心にかかり黒姫はソツと唐櫃を押開けて 中をつくづく眺むれば金光眩き宝玉は 空しく消えて玉無しの唐櫃の姿に仰天し 四尾の峰の山麓に薄き氷の張り詰めし 小池にザンブと飛込みて生命を棄てむとなしけるが 窺ひ寄つたる従僕のテーリスタンやカーリンス バサリと聞えた水音にコリヤ大変と玉の緒の 生命を的に厳寒の空をも厭はず池中に 飛び込み水底かひくぐり黒姫司を救ひあげ やうやう館に連れ帰り生命を助けた黒姫に 無理難題を浴びせられ困り入つたる折柄に 高姫司の耳に入り竜国別や鷹依姫の 神の司を始めとしテーリスタンやカーリンス 黒姫五人に打向ひ『黄金の玉の所在をば どこどこまでも捜し出し錦の宮に持帰り 其責任を果す迄再び聖地に帰るな』と いとも厳しき命令に涙を呑んで五人連れ 高山彦や黒姫は大海原に漂へる 一つ島なる竜宮へ玉の所在を探らむと 出で行く後に鷹依姫の神の司は竜国別の 神の命やテー、カーの三人を伴ひ高砂の テルの港に安着し南を指して進み行く。 あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 黒姫は私かに高山彦を伴ひ、竜宮の一つ島に黄金の玉の所在を探らむと、聖地を後に出で行きたることは、既に如意宝珠(酉の巻)に述べた通りである。 又テーリスタンやカーリンスは亜弗利加の筑紫洲へ、玉の所在を探すべく決心して、聖地を出発したるが、途中にてつくづく考ふるに、広袤数千里の筑紫の島に、一人や二人出かけた所で、雲を掴むよりも便りなき話と俄に心機一転し、鷹依姫、竜国別の後に従ひ、一行四人、運を天に任して、南米(高砂島)へ玉の所在を探らむと、数百日の間、海上をさまよひ、大小無数の島々を、残る隈なく探索し、漸くにしてテルの港に安着し、夫より一行四人は路を南に取り、昔猿世彦が狭依彦神となりて、三五教を開きたる旧跡、蛸取村の山奥、アリナの滝の上流、鏡の池の岩窟に巣を構へ、鷹依姫は岩窟の中に深く潜みて姿を隠し、竜国別は岩窟の外に庵を結び、日夜鏡の池の神勅を請うと称し、玉の所在を居乍らにして探るべく計画を立てたりける。 其方法はテーリスタンやカーリンスをテルの国や珍の国、ヒルの国、ハルまでも巡礼姿となつて巡回せしめ、……此度テルの国の鏡の池の岩窟に月照彦神現はれ給ひ、如何なる玉にても鏡の池に献上する者は、富貴を与へ長寿を守り、盗難、風難、水難、火難、剣の難まで免れしめ玉ふ。何人に依らず、玉を所持する人は一日も早く、アリナの滝の鏡の池に持参せば、福徳円満、子孫長久の基を開き、遂には天下の覇権を握る神徳を与へらるべし。特に黄金色の玉は、最も大神の喜び給ふ所なり……と両人は東西南北に手分けして宣伝に廻つた。 比較的質朴なる高砂島の人間は、テー、カーの宣伝を真に受け、玉らしき物は、先を争うて、遠き山坂を越え、遥々とアリナの滝の上流、鏡の池に持参し、神徳を蒙らむと参来集ふ者踵を接した。幾百とも知れぬ玉は一年ならずして集まつた。され共何れも珍らしき石の玉や、丸き団子石玉にて鷹依姫や竜国別の尋ね求むる黄金の玉は一つも集まらざりける。 時にヒルの国のアールと云ふ男、先祖代々より、神宝として秘蔵したる黄金色の玉を取出し、恭しく柳筥に納め、美はしき御輿を造り、里人に担がせ乍ら、数十旒の旗を押立て、法螺貝を吹き、磬盤を叩き、横笛、縦笛等にて、長き道中をねり歩き乍ら、アリナの滝の月照彦神に献上せむと、夜を日についで長途の旅をつづけ、漸く蛸取村に安着し、茲に暫し止まつて、七日七夜の御禊をなし、改めて祭服を着し、鏡の池に献上することとなりける。 テーリスタン、カーリンスは一わたり、高砂島の目星き地点を宣伝し終り、漸くアリナの滝に帰つて、竜国別、鷹依姫と共に、黄金の玉の集まり来ることを、指折り数へて待ちつつありき。 又鷹依姫は岩窟の奥深く身を忍び、竹筒を口に当て、ド拍子の抜けた声にて神示を伝へる生神様となり、竜国別は神勅を伺ふ審神者の職を勤め、国人をうまく誤魔化し、玉の収集に全力を尽してゐたり。 今日は朝から何人も来さうにないので、鷹依姫も気を許し、竜国別、テーリスタン、カーリンスと鏡の池の傍の庵に集まり、懇談会を開きゐたり。 鷹依姫『わしも年がよつてから聖地を離れ、はるばるとこんな遠いテルの国までやつて来て、窮屈な岩窟の中に身をかくし、虫には咬まれ、蟹には脛を挟まれ、いろいろと辛抱して、歯の抜けた口を無理にすぼめて、こんな重たい竹筒を吹かされ、丸つきり野師の様な所作をして、玉集めをせなきやならぬと思へば、いくら神界の為、世界の為とは言へ、情無うなつてきた。玉は山の如くに集まつたけれども、一つも黄金の玉は出て来ず、団子石に毛の生えた様な、ヤクザ石ばつかりで、目的の宝玉は一つも集まらず、……あゝヤツパリ此島には、黄金の玉は来て居らぬと見えまするワイ。わしも何時迄もこんな窮屈な真似は叶ひませぬから、一つ代つて貰つて、わしは外へ出て働かして貰はう。モ一度宣伝して見たら、集まつて来るかも知れぬ。人間は欲の皮が厚いから、黄金の登り竜、下り竜の現はれた、あのお宝は、有つても容易に手放しするものではない。それには一つ宣伝の方法を替へて、出す様に致さねばなりますまい。中には随分珍しい玉も集つてゐるが、どうも神政成就のお宝に比べては雲泥の相違だ。アヽすまじきものは宮仕へだ』 と太い息を漏して首を傾け、グニヤリとなる。 竜国別『お母アさま、お歎きは御尤もなれど、これ丈玉の多い高砂島、初まりは団子石の様な玉計り集まつて居つたが、段々と数は減つて来た代りに、一日々々立派な玉が此通り集まつて来ることを思へば、モウ暫く此処で御辛抱下さいませ。私が中へ這入つて、あなたは外で審神者の役をして貰ふのは易いことですが、何程竹筒を通して物を言つても、竜国別の声は熱心な信者が能く聞分けるであらうし、又今迄姿を見せた事のない、年寄りのお前さまが審神者となり、此竜国別の姿が見えなくなつたら、それこそ疑の種を播き、千仭の功を一簣に虧く様な事が出来ても詰りませぬから、モウ暫くの所、何程御窮屈でも御辛抱下さいませ。大蛇や猛の猛び狂ふ此山国や、大沙漠を渡る事を思へば、何程窮屈でも、穴の中で涼しい目をして、辛抱して下さる方が何程能いか分りませぬ』 鷹依『アヽそんなら、お前の言ふ通り、モウ暫く辛抱致して見ようかなア』 竜国『どうぞ御苦労ですが、暫く、さうして居つて下さいませ。キツト前途有望だと信じますから……。オイ、テーリスタン、お前も永々と御苦労だつたが、随分宣伝に骨が折れただらうなア。……カーリンス、お前も中々の骨折だつた。お前の往つた方も、テーの行つた方も、余程よく宣伝が行き渡つたと見えて随分、珍の国や、ヒルの国、カルの国あたりから、種々の玉を供へに来たよ。まだ一人も出て来ぬのは、ハルの国だ。ヒヨツとしたらハルの国にあるかも知れない。併しあの国はブラジル山と云ふ大きな山があり、アマゾン河と云ふ広大な流れがあつたり、大沙漠もあるから、何程熱心な者だとて、一寸此処までワザワザ玉を納めに来るものはなからう、モウ一寸辛抱しても来なかつたら、ハルの国へ宿替へして、モウ一芝居打たうぢやないか』 テー『さうですな、随分山の如く玉が集つて来ましたが、世の中には欲呆けや、迷信家が沢山あると見えますわい。アハヽヽヽ』 カー『身魂相応の玉を持つて来ると見えて、随分ヤクザ玉ばかり集つたものだ。高姫玉や黒姫玉、高山玉に杓子のお玉、狸の睾丸、瓢六玉、団子玉などは沢山集まつて来たが、肝腎の黄金の玉はまだ根つからお出で遊ばさぬ。何程毎日、あゝ惟神御玉幸はひましませ……とか、玉ちはひませ……とか云つて拝んでも、根つから神様は肝腎の御性念玉を集めては下さらず、わしも肝玉がひしげる様な恐い目にあうたり、睾丸が縮み上がる様な苦労をして、随分頭の脳味噌を絞つて見たが、タマで目的の黄金玉は集まり来らず、玉々黄色い色がして居ると思へば、土玉で、少しひねくつてをると砕けて了ふ様なフヌケ玉許り、これ丈苦労艱難しても玉の悪い奴許りより集つて来ぬかと思へば、わしも癇癪玉が破裂しさうだ。本当に遠い山坂や谷川を駆けめぐり、こんな張合のない事では、たまらぬぢやありませぬか。なア竜国別さま』 竜国『さう気投げをせずに、モウちつと辛抱して呉れ。チツとは結構なことが出て来るよ。黄金の玉を手に入れるが最後、俺達は聖地へ帰り、高姫の頑固者に頭を下げさせ、アツと云はして、天晴三五教の柱石となり、巾を利かして大神業に参加するのを楽みに、モウ暫く忍耐して、モウ一働き働いて呉れ』 カー『忍耐は幸福の母、鷹依姫は竜国別の母、瑞の御霊は世界の母だ。……母に別れて幼子が、遠き山路を打渉り、艱難して此処まで尋ね来たものを、聞えませぬと取り付いて、涙先立つ恨み声、チンチリチンぢや』 テー『コリヤコリヤ、そんな気楽な事所かい。チツと確りと智慧をめぐらし、モウ一活動やらねばならぬ、肝腎要の性念場だぞ』 斯く云ふ折しも、俄に聞ゆる縦笛、横笛、法螺貝、磬盤を叩く音頻りに聞え、『黄金の玉献上』と云ふ旗幾十となく木の間に見えつ隠れつ、翩翻として谷風に吹かれ乍ら登つて来る。 鷹依姫は竹筒を右手に握つたまま、慌だしく岩窟内に姿を隠した。竜国別は威儀を正して鏡の池の前に端坐し、両手を合せて天津祝詞を奏上してゐる。テー、カー両人は行儀よく竜国別の後に平伏して一生懸命に鏡の池を拝み居る。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録)
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(1971)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 16 波の響 第一六章波の響〔八三八〕 常彦が祝を兼ねたる佯らざる告白歌に励まされ、ヨブは立上がり、入信の祝歌を歌つた。 ヨブ『高天原と定まりし貴の聖地のエルサレム 国治立大神は三千世界を救はむと 神の御言を畏みて教を開き玉ひつつ 天地の律法制定し世は平安に治まりて 神人和楽の瑞祥を楽み玉ふも束の間の 隙行く駒の曲神に天の御柱国柱 転覆されて葦原の瑞穂の国の守護権 常世の国に生れたる曲の頭に渡しつつ 天教山の火坑より根底の国におりまして 忍びて此世を守ります其功績ぞ尊けれ 斯かる尊き皇神のいかで此儘根の国や 底の御国にましまさむ時節を待つて天教の 再び山に現はれて野立の彦と名を変じ 埴安彦と現れまして迷へる四方の人草を 安きに救ひ助けむと仁慈無限の心より 三五教を建設し神の司を四方の国 間配り玉ひて川の瀬や山の尾の上に至る迄 尊き御教を布き玉ふあゝ惟神々々 神の心を白波の天足彦や胞場姫が 罪より現れし醜神の醜の叫びに化されて 世人の心日に月に曇り行くこそ忌々しけれ 厳の御霊の大神は国武彦と現れまして 四尾の山の神峰に此世を忍び玉ひつつ 五六七の御世の経綸を行ひ玉ひ素盞嗚の 神尊の瑞御霊コーカス山や産土の 斎苑の館に現れまして八洲の国にわだかまる 八岐の大蛇や醜狐曲鬼共を言向けて 天地にさやる村雲を神の伊吹に払はむと 心を配らせ玉ひつつ言依別を現はして 自転倒島の中心地綾の高天と聞えたる 錦の宮に神司清き神務を命じつつ 世人を救ひ玉ひけり。旭日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 高砂島は亡ぶ共誠の神の御教に いかでか反きまつらむや大和田中に浮びたる カーリン島の神の御子ヨブは今より高姫が 清き心を諾なひて仮令野の末山の奥 虎狼や獅子大蛇如何なる曲津の棲処をも おめず臆せず道の為心を尽し身を尽し 皇大神や世の中の青人草の其為に 仕へまつらむ惟神神の恵の幸はひて ヨブが身魂を研き上げ尊き貴の御柱と 依さし玉へよ天津神国津神達八百万 国魂神の御前に謹み敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つて座に着いた。春彦は又もや歌ひ出したり。 春彦『綾の聖地を後にして変性男子の御系統 高姫さまに従ひて瀬戸内海を打渡り 南洋諸島を駆けめぐり如意の宝珠を探ねつつ 高砂島の手前まで小舟を操り来る折 隠れた岩に突当り当惑したるをりもあれ 高島丸に助けられ漸くテルの港まで 到着するや高姫は数多の船客かきわけて 先頭一に上陸し吾等二人をふりまいて 暗間の山の松林姿を隠し玉ひしが 綾の聖地に現れませる杢助さまに高姫の 監督役を命ぜられ居乍らのめのめ見失ひ 如何して言訳立つものか急げ急げと一散に 尻ひつからげ大地をばドンドン威喝させ乍ら 暗間の山の麓迄来りて様子を窺へば 高姫さまの独言常彦、春彦両人の 半鐘泥棒や蜥蜴面間抜男を伴うて 高砂島の人々に軽蔑されてはたまらない 何とか立派な国人を甘く操り弟子となし 千変万化の一芝居打つて見ようと水臭い 吾等二人を放棄して甘い事のみ考へる 其蔭言を灌木の茂みに隠れて聞き終り 余りに腹の立つままにガサガサガサと飛出せば 高姫さまの曰くには油断のならぬ世の中ぢや 仮令といひ乍ら今の秘密を聞きよつた 神の霊を授かりし四つ足なれば一言も 聞かれちや都合がチト悪い天に口あり壁に耳 謹むべきは口なりと後悔遊ばす可笑しさよ 常彦、春彦両人は足音隠して二三丁 山の麓に忍び足それから足音高めつつ テル[※校定版・八幡版では「ヒル」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]の国王のお側役私はカナン[※御校正本・愛世版では「アンナ」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]と申す者 暗間の山に如意宝珠隠してあると聞いた故 私は捜しに行きましたされど遅れた其為に 後の祭りと春彦[※御校正本・愛世版では「常彦」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]が声高々と話する そこで私はヒル[※校定版・八幡版では「テル」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]の国国王様のお側役 アンナ[※御校正本・愛世版では「カナン」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]と申す男ぞと八百長話を始むれば 猫が松魚節見た如うに高姫さまが飛びついて もうしもうし旅の人暫くお待ちなされませ 変性男子の系統で日の出神の生宮と 世に謳はれた高姫ぢやお前も中々偉い人 私の話を聞きなされ昔の昔の根本の 尊き因縁聞かさうとお婆アの癖に小娘の やうな優しい作り声吹出すように思へども ここで笑うては一大事大事の前の小事ぢやと 脇のあたりでキユーキユーと笑ひの神をしめつけて 足音低く高くして遥向うから後戻り して来たように作りなしどこの何方か知らね共 私に向つて何御用早く聞かして下されと 吾から可笑しい作り声流石の高姫嗅ぎつけて お前はアンナと云ふけれど半鐘泥棒の常彦だ カナンと名乗る蜥蜴面春彦さまにきまつたり 余り人を馬鹿にすな声を尖らし怒り出す 暴風襲来低気圧二百十日の風害も 来らむとする其時に私がアンナと云うたのは お筆先にもある通り神の仕組はアンナ者 こんな者になつたかと世界の人がビツクリし アフンとさせるお仕組ぢやカナンと云うて名乗つたは 春彦さまの平常は赤子のやうな人なれど 神が憑つた其時は誰でもカナン身魂ぢやと 言はして人を大道に導くお役と逆理窟 一本かましてやつたれば高姫さまは腹を立て 私等二人を振すてて又も逃げよとする故に 高島丸の船中で国依別に面会し 金剛不壊の如意宝珠其他珍の御宝を 拝見さして貰うたとカマをかけたら高姫が 玉にかけたら夢うつつ忽ち機嫌を直し出し ホンにお前は偉い人気の利く男と思うてゐた さうして如意の宝玉は国依別が如何したか 知らしてお呉れと云ふ故に此春彦は知らねども 狐のやうに常彦が眉毛に唾をつけ乍ら 三千世界の神宝は高砂島にコツソリと 言依別や国依の神の司が出て参り 何々々に何々し絶対秘密ぢや云はれない 国依別のお言葉にお前を男と見込んでの 肝腎要の秘密をば明かした上は高姫に 決して云ふちやならないぞ私も常彦宣伝使 言はぬと云つたらどこ迄も首がとれても云はないと 約束したから如何しても高姫さまには済まないが これ許りは御免だとキ常彦口から出任せに からかひまはす可笑しさよとうとう喧嘩に花が咲き 常彦私の両人は高姫さまを振すてて 今度は二人が逃げ出した高姫さまは驚いて 吾等二人を引捉へ玉の所在を白状させ 綾の聖地に持帰り日の出神の生宮の 天眼通は此通り皆さまこれから吾々の 言葉に反いちやならないと法螺吹き立てる御算段 そんな事には乗るものか三十六計奥の手を 最極端に発揮して雲を霞と駆け出せば 高姫さまは道の上の高い小石に躓いて 大地にバタリと打倒れ額を打破り膝挫き 生血を流してアイタタと頭を撫でたり膝坊主 押へて顔をしかめゐる此時四五の若者は どこともなしに出で来り高姫さまを介抱して 抱き起して助くればいつも変らぬ減らず口 結構なおかげをお前等は頂きなさつた神様に 御礼なされよ私にも御礼を仰有れ神の綱 私がかけて上げましたなどと又もや世迷言 玉の所在を知ると云ふ一人の男に騙されて アと云つては金一両リと聞いては金一両 ナーと云つては金取られ滝と云つては二両取られ 鏡の池と六つの口又もや六両はぎ取られ 呑み込み顔で高姫が吾々二人が路端に 憩ふ所をドシドシと肩肱いからし高姫は 日の出神の御告げにて玉の所在を知つた故 これから独り行く程に間抜男は来るでない 神の仕組の邪魔になる必ず従いて来てくれな 言葉を残してドンドンとテル国街道を走せて行く 吾等二人は高姫が後を追ひつつ駆出して 牛のお尻に衝突しヤツサモツサと争ひつ 牛童丸に横笛で首が飛ぶ程横ツ面 やられた時の其痛さ常彦さまが行つた事 私は傍杖くわされてあんなつまらぬ事はない 牛童丸に牛貰うて常彦さまは牛の背 私は綱を曳き乍ら小川を伝うて杉林 十間許り遡り高姫さまが他愛なく 休んで厶る其前に牛引つれて往て見れば モウモウモウと唸り出す其大声に目を醒まし 高姫さまはうるさがり又も二人を振棄てて アリナの滝に只一人玉を占領せむものと 行かうとしたので吾々はお前はアリナの滝の上 鏡の池に行くのだろ吾等二人は牛に乗り お前さまより二三日先にアリナへ到着し 玉を手にして帰ります左様ならばと立出づる 高姫さまは又しても猫撫声と早変り コレコレ常公春公へ私の心を知らぬのか 海山越えてはるばるとこんな所迄やつて来て お前に別れて如何ならう一緒に行かうぢやないかいと 相談かけて呉れた故モウモウモーさん帰んでよと 牛に向つて言霊を発射致せばアラ不思議 煙となつて消えにける夫れより三人手を引いて テルの街道ドシドシと大西洋を眺めつつ アリナの滝のほとりなる鏡の池に来て見れば 数千年の沈黙を破りて池はブクブクと 泡を立てたりウンウンと厭らし声にて唸り出す 高姫さまは玉どこか肝腎要の魂抜かれ 焼糞気味になりまして月照彦神さまと いろはにほへとちりぬるの四十八文字の掛合に 奴肝を抜かれて失心し人事不覚となられける 懸橋御殿の神司現はれまして高姫を 助け玉へば高姫は相も変らぬ憎い事 百万ダラリと並べ立て側に控えた吾々も 余り憎うて横ツ面擲つてやりたいよに思うた 夫程分らぬ度し太い高姫さまもどうしてか 櫟ケ原の真中で天教山に現れませる 木の花姫の御化身日の出姫の訓戒に 心の底から改心し虎と思うた高姫が サツパリ猫と早変りそれから段々おとなしく もの言ひさへも改まり誠に可愛うなつて来た 玉の湖水の畔にて椰子樹の森に夜を明かし 鷹依姫や竜国別の神の司やテー、カーの 姿を刻んだ石地蔵眺めて高姫手を合し コレコレ四人のお方さま此高姫が悪かつた どうぞ勘忍しておくれ黒姫さまの過ちを お前さま等に無理云うて綾の聖地を放り出し 苦労をかけたは済みませぬ罪亡しに今日からは お前等四人の姿をば刻んだ重たい此石を 背中に負うて自転倒の島迄大事に連れ帰り 祠を建てて奉斎し朝晩お給仕致します どうぞ許して下されと心の底から善心に 立返られた健気さよ余り早い変りよで 私も一寸疑うたアルの港で船に乗り 高姫さまが偽らぬ其告白に感歎し ヨブさま迄が驚いて高姫さまの弟子となり 入信されたお目出度さあゝ惟神々々 神の恵は目のあたりこんな嬉しい事はない 高姫様の御改心入信なされたヨブさまの 前途益々健全に渡らせ玉ひて神徳を 世界に照らし玉ふ日を指折数へ待ちまする あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 最後に高姫は改心と入信の悦びの歌を唄ひけり。 高姫『あゝ惟神々々尊き神の御恵に 常夜の暗も晴れわたり真如の月は村肝の 心の空に輝きて金毛九尾の曲神に すぐはれ居たる吾身魂今は漸く夢醒めて 曲津の神の影もなく神の賜ひし伊都能売の 霊の光輝きて心の悩みも消え失せぬ 旭は照る共曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも一旦改心した上は 身魂の此世にある限り天地に誓うて変らまじ 此高姫の改心が一日遅れて居つたなら 此船中でヨブさまに命取らるるとこだつた 変性男子の筆先に何よりかより改心が 一番結構と云うてある改心すれば其日から 敵もなければ苦労もない早く改心なされよと 幾度となく書いてあるあゝ改心か改心か 木の花姫の御言葉で始めて悟つた改心の 誠の味は此通り私を仇と狙うたる カーリン島のヨブさまが打つて変つて高姫を 師匠と仰いで入信し無事に此場の治まりし 其原因を尋ぬればヤツパリ私の改心ぢや 改心入信一時に善い事計りが降つて来た こんな嬉しい事はないさはさり乍ら海中に 陥り玉ひし四人連思へば思へばいぢらしい せめては霊を慰めて朝な夕なに奉斎し 叮嚀にお給仕致しませう鷹依姫や御一同 広き心に見直して私の罪を赦しませ あゝ惟神々々神の御前に慎みて 今日の慶び永久に感謝しまつり鷹依姫の 教の司や三人の冥福祈り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 斯く歌ひ了りて、莞爾として座に着いた。船は三日三夜さ海上を逸走し、漸くゼムの港に安着した。高姫一行四人はここに上陸し、ゼムの町を二三里許り隔てたる天祥山の大瀑布に御禊をなすべく、意気揚々として、宣伝歌を歌ひ乍ら山深く進み入りにける。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録)
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(1972)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 17 途上の邂逅 第一七章途上の邂逅〔八三九〕 高姫一行は、海上波も静かに神徳著しく、漸くにしてゼム港に安着した。此地は船着きの事とて相当に人家も稠密であつた。老若男女は高姫一同の宣伝使姿を見て、物珍らしげに目送し乍ら、口々に囁き合うて居る。 甲『去年の恰度此頃だつた。婆アの宣伝使が一人と、男の宣伝使が三人、尾羽打枯らして、淋しさうな恰好で、宣伝歌とやらを唄ひ、ここを通りよつたが、今年も又廻つて来よつただないか。併し乍らあの婆アは少し若うなつてるぢやないか。一生懸命宣伝歌を唄つてると、年寄りでもヤツパリ若くなると見えるなア』 乙『馬鹿言ふな。去年通つた宣伝使は、三五教の鷹依姫と云ふ婆アだ。一人は息子で、後二人はあの婆アの従僕といふ事だつたよ。カーリン丸から海中に堕ちて、婆アを始め四人の行方が不明となつて、大捜索をしたものだが、何時の間にか、大きな亀の背中に乗つて四人共ゼムの港に悠々と浮みあがり、大勢をアツと言はした婆アさまに比ぶれば、余程見劣りがするよ。大方彼奴ア、あの婆アの弟子位なものだらう。併し妙な事があるものぢやないか。丁度去年の今日ぢやつた。日と云ひ刻限迄チツとも違はずに、婆ア一人男三人の宣伝使が、此街道を通ると云ふ事は実に不思議なものだなあ』 甲『それが所謂神の因縁と云ふものだらうかい。何でも婆アのお伴をしてゐたテーとか、カーとか云ふ男の話では、可哀相に年が老つてから、自転倒島を追ひ出され、こんな所迄出て来て、艱難苦労をしてると云ふ事だ。其又追出した高姫とか云ふ奴、聞いても憎らしいよな婆アだなア。人の事でも腹が立つ。彼奴は大方其高姫と云ふ奴ぢやなからうかなア』 乙『さうかも知れぬな。何でも高姫は鷹依姫より十歳計り年が若いと聞いてゐたから、ヒヨツとして、的さまかも知れぬぞ』 と聞えよがしに、大きな声で喋つてゐる。高姫はこれを聞くより、二人の男の側に、ツカツカと進み寄り、 高姫『モシモシ今あなたの御話を耳にしますれば、三五教の鷹依姫さまとやらが、ここを御通りになつたと仰有いましたが、本当で御座いますか』 乙『本当だとも、本島には三五教の高姫の様な出鱈目を云つたり、都合が悪ければ嘘をつくと云ふ様な者は一人も御座いませぬワイ』 高姫『あゝ左様で御座いますか。有難う御座います。さうして其鷹依姫さまの一行はどちらへ行かれましたか、御存じなれば、御知らせ下さいませぬか』 乙『噂に聞けば天祥山の瀑布で、暫く荒行をし、それから山越しにチンの港へ出て、何でもアマゾン河を溯つて、モールバンドの沢山に棲ゐしてをる玉の森とかへ行つたとか云ふ話だ』 高姫『あゝ左様で御座いましたか、どうも御邪魔を致しました。……サア皆さま、参りませう』 甲『コレコレ婆アさま、一寸待つた。お前は鷹依姫を追つ放り出した、意地悪婆アの高姫ではあるまいかなア』 乙『オイそんな事を尋ねるに及ばぬぢやないか。意地くねの悪い三五教の高姫とチヤンとあの顔に印が入つてるぢやないか。お前も余程察しの悪い男だなア』 甲『お前の云ふ通りだ。いくら頭脳の悪い俺でも、一見して高姫だと云ふ事は分つてゐるワイ。……コリヤ高姫一寸待て!貴様に申渡すべき仔細があるのだ』 高姫『御察しの通り、妾は高姫に間違ありませぬ。さうして又お前は鷹依姫様の事に付いて、エロウ御詳しい様だが、一体あの方とは、如何云ふ御関係があるのですか』 甲『有るの無いのつて、鷹依姫さまは俺達の生命の親だ。あの御方が去年天祥山の滝へ来て呉れなかつた位なら、俺達二人は今頃は此世の明りを見る所か、白骨になつて居る所だ。其命の恩人を虐待して、無理難題を申し、この様な所まで追放しよつた高姫こそ生命の親の仇敵だ。サア高姫、モウ斯うなつた以上は天運の尽きだ。冥途の旅立をさしてやらう。覚悟せ』 と懐よりピカツと光る物を取出し、両方から突いてかからうとする。高姫はヒラリと体をかはした。ヨブは二人の真ん中に大手を拡げ、 ヨブ『マア待つた待つた。これには深い訳があるのだ。俺も今迄此高姫を見付け次第、生首引抜かにやおかぬと、附け狙うて居つたが、事情を聞いて、今は俺も高姫さまの御弟子となつたのだ。マア待つてくれ。お前はカーリン島のマールにボールぢやないか』 マール『さう云ふお前はヨブさまか、久し振りだつたなア』 ヨブ『チツとお前等両人、改心が出来たかなア』 マール、ボールの二人は、 『ハイ』 と俄に態度を改め、 両人『先年は誠に済まぬ事を致しました。斯う云ふ所でお目に係るのも、ヤツパリ天罰が循つて来たのでせう』 ヨブ『イヤ過去つた事は云ふに及ばぬ。高姫さま始め二人の方が居られる前だから、俺は何にも言はぬ。其代りに是から俺が高姫さまの因縁を説いて聞かしてやるから、しつかり聞いてくれ。今迄の罪はスツカリと帳消しにしてやるから……』 マール『ハイ有難う御座います』 ボール『改心致しまして、御話を聞かして貰ひませう』 ヨブ『最前お前は鷹依姫さまを命の親だと云つたが、そりや又如う云ふ理由だ。其訳を聞かしてくれ』 マール『実の所はカーリン島では無頼漢と言はれ、悪漢と罵られ、誰一人相手になつてくれる者もなし、余り面白くないのでお前の内へ夜中に忍び込み、三百両の金をボツたくり、首尾克く逃ようとする所、お前が外から帰つて来るのと門口で出会ひ……ヤアお前はマール、ボールの両人だないか……と言はれた時の恐ろしさ。コリヤきつと島の規則にてらして、明日は両人共締め首の刑に遇はねばならぬと、小舟を盗み出し、暗に紛れて夜を日に継いで、どうやら斯うやら、ゼムの港迄風に吹きつけられ……ヤアこれで一安心だ。併し乍らどうも自分の後から追手が来さうで、恐ろしくてたまらないものだから、コリヤ天祥山の滝に打たれて、一つ修行をし、神様に罪を赦して戴かうと、それから毎晩滝にひたつて、修業をやつて居りました。そした所が、何時の間にか、モールバンドがバサリバサリと長い尾をツンと立て乍ら、赤裸で二人が滝に打たれてる前へやつて来て、尻をブリブリ振り立てて尾の先の剣にて吾々を打たうと身構して居る。此奴アたまらぬと一生懸命に天地の神様を念じて見たが、中々容易に退却する所か、益々其尾を振り動かし、今や二人の体は尻尾の剣に切られて、真二つにならむとする所、俄に宣伝歌が聞え出した。其声を聞くと共に、モールバンドの奴そろそろ尾を縮めて短くし出した。宣伝歌の声は段々と高くなつて来る。モールバンドの怪は尾を垂れ、首を垂れ、バサリバサリと傍の森林目蒐けて姿を隠して了つた。そこへやつて来られたのは三五教の鷹依姫様を始め、竜国別、テー、カーと云ふ宣伝使の一行であつた。あの時に若しも、鷹依姫様がそこへ来て下さらなかつたならば、吾々は最早此世の人ではないのだ。そこで俺達は鷹依姫さまを命の親と仰ぎ、直に入信してお弟子となつたのだ。テー、カーと云ふ二人の男から高姫と鷹依姫さまとの関係を残らず聞かされ、腹が立つてたまらなくなり、神様のお指図に依つて、今日はキツと高姫がゼムの港へ上陸すると云ふ事を悟つた故、私の命を助けて貰つた今日は記念日だ、命の親の敵を討つのは今日だと、刃物を用意し、研ぎすまして待つてゐたのだ。そした所神のお指図に違はず、高姫一行がここへ見えたのだから、如何しても命の親様の御恩に酬ゆる為、高姫の命をとり、仇敵を討つてお上げ申さねばならない。……どうぞヨブ様、私の目的を立てさせて下さいませ』 ヨブ『お前の命を助けてくれたのはそりや鷹依姫であらう。併し乍ら其鷹依姫を高砂島へ出て来るようにしたのは誰だと思うてゐるか。ここに御座る高姫さまぢやないか、そうすれば直接間接の違こそあれ、高姫さまがお前の命を助けてくれたも同様ぢやないか』 マール『さう聞けばさうですなア』 ボール『如何にもヨブさまの仰有る通り、高姫さまが鷹依姫さまを、無茶を云うて追出さなかつたら、こんな所へお出でになる気遣はなし、又俺達も助けて貰ふ訳にも行かなかつたのだ。さう思へば余り高姫さまを悪く思ふ訳には行かぬワイ』 ヨブ『何事もすべて神様の御心から出来て来るのだから、人間の考へで或一部分を掴まへて、善だの悪だの、敵だの味方だのと云ふのは第一間違ぢや。只何事も、人間は、神様の御意思に任すより仕方がないのだよ。高姫様に御無礼を働かうとした、其罪をお詫するがよからう』 マール『コレハコレハ高姫様、誠にエライ取違を致しまして、どうぞ憎い奴ぢやと思召さずに、神直日大直日に見直し聞直し、お赦し下さいませ。今ヨブさまの御意見によりましてスツカリ改心致しました。貴女こそ鷹依姫様にも優る私等に対しての、生命の御恩人で御座います』 ボール『高姫様、何卒御許しを願ひます。……ヨブさま、どうぞあなた様から、宜しくお執成しを御願致します』 高姫『あゝ皆さま有難う。能うそこ迄鷹依姫様に対し、お心を掛て下さいます。妾は何よりあなた方の其美はしきお心が嬉しう御座います。妾もあなたの御聞の通り随分我情我慢の強い女で御座いました。さうして鷹依姫様其外の方々に対し、実に無残な仕方を致しましたが、今日では最早スツカリと改心を致しまして、真心一つで神様の御用をさして頂いて居りますから、どうぞ今後は宜しく、御互に御世話を願ひます』 マール『有難う御座いました。是にて私もヤツと安心致しました』 ボール『高姫さま、ヨブさま、御一同様、どうぞ私の様な愚者、何卒御見捨てなく、今後の御指導を御願申します』 常彦、春彦両人は奇妙なる因縁の寄合ひに今更の如く感じ入り、呆けたやうな顔をして、此光景をまんじりともせず眺めて居る。 (大正一一・八・一三旧六・二一松村真澄録)
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(1973)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 18 天祥山 第一八章天祥山〔八四〇〕 大海中に浮びたるカーリン島に名も高き 無頼の悪漢マール、ボールは島の男女に嫌はれて 詮術もなき悲しさに夜陰に乗じヨブの家 忍びて宝を掠奪し暗に紛れて逃出す 天網恢々疎なれ共洩れぬ例しに洩れずして 逃行く姿を門口で此家のヨブに見付けられ お前はマール、ボールかと声かけられて恐縮し 茲にグヅグヅしてゐたら島の規則に照らされて 明日は必ず締首の所刑に会ふは知れた事 逃げるに若かずと磯端の小舟を盗んで両人が 波立ち騒ぐ海原を櫓櫂を操り生命懸け 北へ北へと漕いで行く俄に吹き来る暴風に 小舟は木の葉の散る如く茲に危き玉の緒の やつと命を拾ひつつゼムの港に漂着し 後振り返り眺むれば只一時の出来心 犯した罪の恐ろしさ後より追手のかかるよな 不安の雲に包まれて天地の神に罪悪の お詫をなさむと天祥の山にかかれる大瀑布 ハンドの滝に身を打たせ七日七夜の荒行を 勤むる折しも恐ろしやモールバンドの怪が 思はずここへのそのそと現はれ来りて両人を 尻尾の先の鋭利なる剣をふり立てふりすごき 二人に向つて攻め来る進退茲に谷まりし マール、ボールは胸を据ゑ天をば拝し地を拝し 力限りに太祝詞天の数歌一二三つ 四つ五つ六つ七つ八つ九つ十百千万 心を砕いて祈り居るモールバンドは容赦なく 尻尾に力を集中し二人を打たむとする所へ 俄に聞ゆる宣伝歌次第次第に近付けば 流石獰猛な怪も次第次第に萎縮して 鉾をば戢め尾を縮め頭をさげてノタノタと あたりの林に身を隠し後白雲となりにけり。 マール、ボールの両人は九死一生の此場合 助け玉ひし生神は何神なるぞと近よりて 両手を合せ跪き涙と共に伺へば 三五教の宣伝使鷹依姫や竜国別の 神の司を始めとしテーリスタンやカーリンス 四人の珍の神司茲に二人は平伏し 救命謝恩の辞を述べて鷹依姫の弟子となり 此滝水に身を浸し朝な夕なに大神を 祈りてここに詣で来る数多の人を救ひつつ 楽き月日を送りしがいよいよ今日は玉の緒の 命拾ひし一年目命の親の恩人を 虐げまつりし高姫をここに待受け鷹依姫の 教の司の仇を討ち万分一の恩報じ 仕へまつりて天地の神の御前に赤誠を 現はし呉れむと待ちゐたる時しもあれや高姫は 常彦、春彦始めとしヨブを引きつれ悠々と 天祥山を指さして進んで来る四人連れ マール、ボールの両人はこれこそ的切り高姫と 九寸五分をば振翳し右と左に突きつける 流石の高姫身をかはし飛鳥の如く飛び退けば カーリン島のヨブさまは二人の中に割つて入り まづまづ待てよ両人よお前はマール、ボールの両人か 如何してお前はここへ来た様子を聞かせと呼ばはれば ヨブと聞くより両人は驚き周章手をつかへ 心の鬼に責められてあやまり入るぞ健気なれ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 因縁者の寄合で此街道に神の道 うまらにつばらに説きあかし鷹依姫や高姫の 雪より清き胸の内輝き渡るぞ尊けれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 マール、ボールの両人は、高姫、ヨブの訓戒に依り、釈然として吾考への誤れることを悟り、天祥山のハンドの滝迄案内者として進み行く事となつた。 茲に一行六人は途々勇ましく宣伝歌を唄ひ乍ら、路傍の大蜥蜴や虻蜂などを脅威しつつ、早くも天祥山の山口に差かかつた。ハンドの滝迄は、まだ十四五丁の距離がある。され共ナイヤガラの瀑布に次いでの名高き大滝、淙々たる滝の音は手に取る如く聞えて来た。油蝉や蜩の鳴く声は、耳を聾せむ許り鳴き立てる。流石熱国のブラジルの此地域、二三里の間は天祥山より吹き颪す涼風に、恰も内地の秋の如く、滝に近付くに従ひ肌寒く、歯さへガチガチと鳴り出して来た。 常彦『随分涼しい所ですなア。高砂島へ渡つて以来、斯様な涼しい目に会うた事は初めてです。此山には種々と恐ろしい猛が棲んでゐると云ふことを、船中の客より聞きましたが、実に物凄い光景ぢやありませぬか』 マール『此山には獅子、山犬、虎、熊などの猛が出没致しまして、夜な夜な里に現はれ来り、年老りや子供に害を与へますから、吾々は三五教の神様を此瀑布の傍にお祭りいたし、朝夕人民安全の為に、御祈念をこらして居ります。其御神徳にや此頃は猛の影も余程減つて来ました。二年以前に比ぶれば、二十分の一位より居らなくなりました。そしてモウ一つ恐ろしいモールバンドと云ふ怪が時々やつて来ます。其は象を十匹も寄せた様な胴体をし、水掻きのある爪の長い四本足で、鰐の様な尻尾の先に鋭利な剣がついてゐて、すべての猛を其尾でしばき斃し、食つて居る恐ろしき動物が居ります。此頃は猛が少くなつたので、モールバンドも滅多に参りませぬが、若しも彼の目に止まつたが最後、人間だろが、だらうが、容赦なく片つぱしから尾で叩き殺し、皆食つて了うと云ふ恐ろしい奴ですから随分気を付けねばなりますまい。時々暑くなるとハンドの滝に横たはつて滝水を浴び、グウグウと鼾をかいて寝てゐることがあります。私も昨年来四五回見つけました。さういふ時にはソーツと足を忍ばせて近よらない方が得策です。鷹依姫の宣伝使の様に御神徳があれば言霊を以て追ひ散らす事が出来ますが、到底吾々如き神徳のなき者は近寄らぬのが一番ですよ。併し今日は私があの滝に於いて鷹依姫さまに命を拾つて貰つた記念日ですから、これからあの滝の下で祭典を行ひ、天地の大神様に御礼を申上げねばなりませぬ。幸ひあなた方は宣伝使で居らせられますから、一つ此祭典を賑々しく御手伝ひ下さいませぬか』 高姫『それは何より好都合です』 と云ひ乍ら早くも滝の側近く辿り着いた。 大瀑布の飛沫はあたりに散つて霧の如く濛々とそこらの樹木を包んでゐる。互の姿さへもハツキリ見えぬ迄に深き霧が立ちこめて居た。 (大正一一・八・一三旧六・二一松村真澄録)
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(1974)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 19 生霊の頼 第一九章生霊の頼〔八四一〕 名に負ふ大瀑布の前に一行六人は、霧雨を冒して進み寄り、高姫は背の石像をおろし、滝の傍に木の葉や笹で箒を拵へ、掃き清め、滝壺に曬された小砂利を各自に手にすくひ、其跡に布き並べ、石像を安置して、あたりの木の実をむしり、之れを供へ、且つ槲の枝を玉串として、一々供へ、天津祝詞を奏上し終つて、滝壺に身を躍らせ、禊を修した。禊の業も漸く終り、再び石像の前に端坐して、幽斎の修業に差かかつた。 マールの依頼によつて、彼を神主となし、美はしき小砂の上に坐せしめ、高姫は自ら審神者の役を奉仕した。 ブラジル国に名も高き雲を圧してそそり立つ 天祥山より落ちかかる幾千丈の白滝に 高姫一行六人は心を清め身を浄め 禊払へば清涼の空気はあたりに充ちわたり 常世の春の梅の花四辺に薫る心地して 幽斎修業を始めける高姫司を審神者とし マールを砂庭に端坐させいよいよ神人感合の 行事に仕へ奉りける。マールは身体震動し 両手を組んだ其儘に右に左に振りまはし 両手を上げ下げなし乍らウンウンウンと唸り出す 獅子狼か野天狗か金毛九尾か曲鬼か 但野狐野狸か姿勢の悪い神憑り 此奴はチツと怪しいと団栗眼を剥き乍ら 歯並の悪い口あけて高姫さまがする審神 マールの体は中天に高くあがりて落ち来る 此有様に常彦はこれこそ的切り曲神の 憑依したるに違ない言向け和し神界の 誠の道を諭さむと高姫司の側に立ち 双手を組んで鎮魂の姿勢を執りつつ神主の 体に向つて霊かける漸う漸うマールは鎮静し 汗をタラタラ流しつつ口をへの字に相結び 口を切らむと焦せれ共容易に出でぬ言霊に ワアワアワア私はアヽヽ三五の 神の教の宣伝使タヽヽヽ鷹依の 姫の命やタタタ竜国別やテヽヽ テーリスタンやカヽヽカーリンスの一行と クヽヽヽ黒姫が黄金の玉を紛失し タヽヽヽ高姫にメヽヽヽ目を剥かれ スヽヽヽ住み慣れし綾の聖地を後にして 大海原を打渡り玉の在処を探らむと クヽヽヽ黒姫や高山彦の夫婦連れ ワヽヽヽ和田中の竜宮島に行かしやつた 鷹依姫は三人の神の司と諸共に タヽヽヽ高砂の秘密の島に打渡り 黄金の玉を探らむとテルの街道を南進し アヽヽヽ足痛め漸く茲にターターター 蛸取村に安着し昔の昔の其昔 日の出神に従ひて三五教の御教を 開き玉ひしサヽヽ狭依の彦の旧蹟地 アリナの滝に身を打たれ鏡の池の傍に 庵を結びタヽヽ鷹依姫は岩窟に タヽヽヽ竹筒を携へ乍ら忍び入り 月照彦と瞞着しタヽヽヽ竹筒を ハヽヽヽ歯の脱けた口に喰はへてフーフーと 竹筒通して作り声月照彦大神が 再び茲に現はれて高砂島の人々よ 福徳寿命が欲しければ玉を供へに来るがよい 必ず広き神徳を渡してやらうとテー、カーの 言触れ神を遣はして旭もテルやヒルの国 花咲き匂ふハルの国出で行く足もカルの国 宇都の国まで跋渉し鏡の池にダヽヽ 大事の玉を供へたらキツと御神徳が有るぞやと あちらこちらと宣伝し其効空しからずして 数多の玉は集り来り眼光らし一々に 尋ねまはれど肝腎の黄金の玉は現はれぬ コヽヽヽこんな事何時迄やつて居つたとて 肝腎要の黄金の珍の神宝はデヽヽ 出て来ないとテ、カがブツブツ小言を称へ出す 竜国別の神司二人を宥めて待て暫し これ丈沢山いろいろの玉がやうやう寄つて来る 肝腎要の瑞宝はキツと一番後押へ モウ暫くの辛抱と宥めすかしつ待つ間に 木の間にひらめく白旗にオヽヽヽ黄金の 玉献上と記しつつ大勢の人数に送られて 御輿をかつぎ登り来る之を眺めたタヽヽ 鷹依姫は雀躍し岩窟内に忍び込み 様子如何にと窺へばテーナの里の酋長が 玉の御輿をかつぎ込み池の畔の石の上に 按置し乍らタヽヽ竜国別に打向ひ 私が宅の重宝で先祖代々伝はりし 黄金の玉を神様に献らむと夫婦連れ はるばる詣でマヽヽ参りましたカヽヽ 神主様よ一時も早く検め宝玉を 受取り神にオヽヽ御供へなさつて下されと 聞いたる時の嬉しさよテー、カー二人は宝玉を 入れたる筥を手に捧げ余りの事の嬉しさに 心は空に足許は真暗がりの岩角に 躓き倒れてドンブリと鏡の池に墜落し ソヽヽヽ其機みタヽヽヽ玉筥は 鷹依姫が隠れたる岩窟内の足許に 折よく飛んで来た故に月照彦神さまに 化けてゐたのを胴忘れ思はず外に飛び出せば 竜国別は肝潰しコレコレまうしお母アさま 今出られては仕様がないサツパリ化が現はれる 肝腎要の性念場ヘヽヽヽ拙劣なこと してお呉れたと口の中囁く胸の苦しさよ 正直一途の酋長は幸ひタヽヽヽ鷹依の 姫の姿を生神と一も二もなく信頼し 玉を渡して呉れた故カヽヽヽヽ神様に 対して誠に済まないが生神様の気取りにて 酋長夫婦に打向ひお前の身魂は清けれど モ少し垢が残つてる一日一夜滝水に 体を浄めて来るがよいさうしておいて酋長が アリナの滝へ往た後で瑪瑙の玉を取出し 黄金の玉とすりかへて悪い事とは知り乍ら 三千世界の人々を助ける為の御神宝 タヽヽヽ大功は小々々々小瑾を 顧みずと云ふ事もあるではないかと一行が 黄金の玉を引掴み錦の袋に納めつつ アリナの峰を打渡りアルゼンチンの大原野 ポプラ繁れる木の蔭に一夜を明かし待つ中に レコード破りの風が吹きテーリスタンも宝玉も 中空高く舞ひ上り玉は梢にブラ下がり テーリスタンは逆様に唸りを立てて落来り 人事不省の為態カヽヽヽカーリンス 竜国別も木の下に進み寄るよと見る中に ウンと一声顛倒し人事不省となりにける 鷹依姫は唯一人三人の男の介抱を 致せば漸く息を吹く草の庵を結びつつ ポプラの幹を包みたる蜈蚣や蛇の厭らしき 影消ゆる迄根比べ自然に玉の落つる迄 待つて居ろかと言ひ乍ら草の庵に立入りて 一夜を明かす折柄にケラケラケラと笑ひ声 妖怪変化と驚いて三人の男は泡を吹き 慄ひ居るこそ可笑しけれ鷹依姫は立出でて 怪しき声に打向ひ談判すれば此は如何に 尊き神の現はれて執着心をサヽヽ サツパリ放かせと諭さるる鷹依姫も我を折つて 生れ赤児と成り変り罪亡ぼしに四方の国 誠の道を開かむと櫟ケ原の草を分け 苺に喉をうるほせつ玉の湖水の傍に 繁れる椰子樹の雨宿り神に任せし此体 何時か如何なる災の迫り来るやも計られず 記念の為に一行の姿を刻みおかうかと 竜国別が心をばこめて作りし石の像 後に残してアル湊四人は此処に船に乗り 北へ北へと進む折吾れは誤り海中に 陥り水底フヽヽヽ深く沈みてありけるが 竜国別は吾母の危難を救ひ助けむと 身を躍らして飛込みぬ続いてテー、カー両人も 吾等親子を助けむと飛込みたるぞ健気なれ 大道別の分霊琴平別の亀の背に 四人は無事に助けられ波に泛びてやうやうに ゼムの湊に送られて茲に四人は天祥の 山にかかれる大滝に心の垢を浄めむと 進みよる折マール、ボール二人の男が怪に 悩まされむとする所天津祝詞を奏上し 危き所を救ひやりそれより山河伝ひつつ チンの湊に安着し船を造りて真帆をあげ アマゾン川を溯り広袤千里の玉の森 モールバンドを言霊の力に言向け和さむと 四人はやうやう森の中探り探りて奥深く 今は迷ひの最中ぞタヽヽヽ高姫よ 一時も早く玉の森現はれまして吾々が コヽヽヽ此度の神業を助け玉へかし あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて マールの身魂に神懸り鷹依姫の生霊 ここに現はれ願ぎまつるウンウンウンと飛びあがり 跳ねまはりつつ元の如マールは正気に復しけり。 これより高姫はマール、ボールに暇を告げ、天祥山の麓を巡り、夜を日に継いでチンの湊に出で、それより船を求めて鷹依姫の迷ひ苦む玉の森に四人を救ひ出すべく進み行く。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一三旧六・二一松村真澄録)
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(1981)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 02 乾の滝 第二章乾の滝〔八四四〕 シーナは何となく恐怖心に駆られて、慄ひ戦いて居た。最前から五人の話を寝乍ら私かに聞いて居た末子姫、捨子姫は、バラモン教の石熊の部下、自分等を捉へむとしてここに来りし者なる事を悟り、上衣を脱ぎ、両人はひそかに諜し合せて白衣となり、髪をおどろに乱して、ダラリと下げ乍ら、二人一度に白い手を前に出し、 末子姫、捨子姫『恨めしやなア、高照山の谷間に於て……』 と細い悲しい声でやりかけた。シーナは此姿をチラリと見て、イサクを揺り起し、 シーナ『オイオイ……イサク起きてくれ……皆の奴、タツタツ大変だー、出た出た、出たワイのう』 と慄ひおののいて居る。チールは此声に驚き、あたりを見れば、木の茂みの中よりいやらしき姿の白衣を着けた幽霊、ボーツと浮いた様に現はれて居る。 チール『ヤア此奴ア大変だー。逃げろ逃げろ』 と先を争ひ、イサク、シーナ、チールの三人は転けつ、まろびつ、命カラガラ何処ともなく逃げ散つて了つた。カール、ネロの両人は少しも騒がず泰然として、二つの怪しき姿を暫く見守つて居た。 カール『失礼乍ら……貴女様は顕恩城を立出て、固彦の為に捉へられ、ここへ漂着遊ばした、神素盞嗚大神様の末子、末子姫様、侍女の捨子姫様の御両所では御座いませぬか?私は実の所は珍の都の松若彦様に仕へて居ります三五教のプロパガンデイースト(宣伝使)で御座います、一人の男はネロと申しまして、これもヤツパリ三五の道の信者で御座いますが、此頃高照山にバラモン教の一派石熊なる者現はれ、珍の都へいろいろと間者を入り込ませ、転覆の計画をめぐらして居りますれば、吾々は教主松若彦様の内命を奉じ、バラモン教の様子を探るべく、バラモンの信者となつて、今日迄暮れて来ました。然るに石熊の大将の言葉に、貴女方が今明日の内に、海原を渡りハラの港へ御上陸遊ばし、珍の国へお越しになるに相違ない。もしも珍の都へ両人が乗込んだが最後バラモン教に対し、大変なる強敵が出来るやうなものだから、テル山峠に見張りをして、両人を引捉へ、高照山に連れ帰れとの命令、日頃の吾々両人が神様に御奉公するのは、今此時と喜び勇んで、一行の中に加はり此処迄やつて来ました者で御座います』 ネロ『私も貴女方御一行の此処にお休みと云ふことを、ゆくりなくも月にてらして悟りました故、ワザとシーナの旧悪を知悉してゐるのを幸ひ、おどして逃がさむかと考へ、いろいろの話を貴女様に聞えよがしに申上げました。早速の貴女様の頓智によりて、三人の者共は、あの通り逃げ失せまして御座います。最早一安心で御座います。サア是からカールさまと此峠を今の内に、お疲労でせうが、仮令少しでも構ひませぬから、御登り下さいませ。私は今逃げ去つた三人の男が、もしや後返りをして来ましては、都合が悪う御座いますから、是から彼等の後を追ひ、無事にお二人様が珍の都へ御到着遊ばす様に、牽制運動を致しませう』 末子『あゝ、あなたは三五教の御方で御座いますか?能うマア御親切に有難う御座います。仮令十人や二十人、押寄せ来る共、妾に於ては別に心配でも御座いませぬが、いらぬ殺生を致すよりも、無事に目的地へ参れましたならば自他共に是程結構な事は御座いませぬ』 捨子『私は姫様の侍女捨子姫で御座います。何分不束な者故、宜しく御指導を御願申します』 ネロ『左様ならばこれで暫く御別れ致し、後日改めて御目にかかりませう』 と云ふより早く此場を立去つた。 カール『お二方様、モウ大丈夫です。サア私が御案内を致しませう』 二女『ハイ有難う』 と茲に三人は足を早めて、夜露したたるテル山峠を、足に任せて登り行く。 登り八里、降り八里のテル山峠の中央にまで登り着いた。夜は漸く明け放れたと見え、小鳥の声盛に聞えて来る。太陽はすでに地平線下を出でて、稍高く昇り玉へ共、東にテル山の峰を控へたることとて、其円満な御姿を拝むことは出来なかつた。風の吹きまはしに依つて、轟々と響き来る滝の音に、末子姫は耳を欹て、 末子『カールさま、大変な涼し相な音が聞えて来たぢやありませぬか?どこぞ此近くに瀑布でも懸つて居るのではありますまいか』 カール『ハイ、二三丁計り北へ寄りますと、乾の滝と云つて、テル山の谷々から集まる、大なる池が山の中央に在り、其滝から落下する大瀑布が布を曬したる如くに懸つて居ります』 末子『ズイ分長らく潮風に吹かれ、又大変な汗を掻きましたから、一つ道寄をして、お瀑にかかつて見たら如何でせう?なア捨子姫さま』 捨子『サ、それは願うてもない事で御座います。カール様に御案内を願ひませうか』 カール『サア……一寸考へ物で御座いますなア。あの乾の滝の上の戌亥の池には、大変な大蛇が潜んで居ります。さうして大蛇の子が始終滝の辺りに徘徊を致し、人に憑いたり、或は咬付いたり致しますので、三五教の信者は、彼処を魔神の滝と申し、誰も立寄つた者は御座いませぬ。時々バラモン教の教主石熊宣伝使が私かに一人、伴をも連れず、滝にかかりに行かれると云ふ大評判で御座います。バラモン教は一時、火の消えた様な寂寥を来して居りましたが、石熊の教主が時々乾の滝に御修行にお出でになると云ふのが呼物になつて、数多の人々が其神徳に感じ、此頃は余程勢力を盛り返し、進んで珍の都近く迄、教館を張り、数多の間者を都に入れ、珍の館の松若彦様を往生させ、自教の勢力範囲に入れようとして、いろいろの計画をして居るので御座いますから、もしや石熊の大将が滝に浸るべく来て居つたならば、却て面倒が起りますから、今度は兎も角も此儘道寄りをせず、珍の都迄直行なさつたら、どんなもので御座いませう。それの方が第一に安全で御座いませう』 末子『それもさうで御座いませうが、妾は何となくあの滝の音が耳に入つてから、どうしても一度滝が見たくなつてたまりませぬ。一寸見る丈でも宜しいから、立寄らうぢやありませぬか』 捨子『カール様、何と云つても神力無双の神素盞嗚尊様の御血の流れの末子姫様の事ですから、決して御案じには及びますまい。どうぞ案内して下さいませぬか』 カール『さう強つて仰有るならば、これも惟神でせう。……サア御案内申します』 と先に立つて、大木の茂る林の中を斜に北へ北へと進んで行く。見れば幾十丈とも知れぬ大岩石の中央を銀河を縦にした様な大瀑布が真直に懸り、青み立つた滝壺には白い泡が濛々として浮き立ち、実に涼味津々として夏の暑さはどこへやら、俄に身体緊張し爽快の思ひに充たされた。能く能く見れば、滝の傍に大の男只一人、両手を合せた儘、顔は真青になり、唇は紫色に変り、目計りキヨロつかせ、直立不動の姿勢を執つて居る。カールは目敏くも之を見て、『アツ』と計りに驚いたが、轟く胸を自ら抑へ、末子姫の耳に口を寄せ、 カール『モシ、あれを御覧なさいませ。あそこに直立不動の姿勢をとつてる大の男が居りませう。あれが最前申した、高照山のバラモンの教主、石熊の大将で御座います。あの滝の上から瞰下してゐる大蛇の恐ろしい眼……キツと大蛇に魅入れられ、身体が動けなくなつて居るのでせう。こんな所に長居は恐れです。吾々もあのやうな目に会はされては大変ですから、足許の明るい内にここを立去らうぢやありませぬか?又魅入れられたら大変ですよ!』 末子姫は頭を左右に振り乍ら、 末子『イエイエ、妾も神素盞嗚尊の娘、敵を見て退却すると云ふ事は到底忍びませぬ。最早乗かけた船、大蛇を言向和し、石熊さまとやらを助けて上げたら、如何でせう。是が吾々宣伝使の職務だと思ひます』 捨子『素盞嗚尊様は八岐の大蛇を退治の為、世界中を御廻り遊ばす御神務、就いてはお一人にては此広い世界、お手が廻らないから、自分のいたいけな御娘子を、世界へお遣はし遊ばす御経綸を惟神的に御始めなさつて居られるのですから、たかが知れたあれ位の大蛇を恐れるやうな事では、到底アマゾン河のモールバンドや、醜大蛇を言霊を以て退治することは出来ますまい。斯様な所へ吾々がお伴をして参つたのも、神様の御引合せ……三五教には敵を見て、退却すると云ふ事は許されませぬ。ひとつ誠一つの言霊を以て戦つて見やうぢやありませぬか』 カール『ぢやと申してそれは余り無謀では御座いますまいか?何程御神力があればとて、こちらは人間の身体……向うは畜生、人間の言葉が分る道理もありますまい。又外の人ならば兎も角も、極悪無道のバラモン教の石熊の如き者をお助けになつた所で何の功能もありますまい。天下に害毒を流し、人民を虐げる悪人を助けようものなら、それこそ天下は紛乱の止む時なく、遂には珍の都まで蹂躙し、良民を虐げ苦しむるは目のあたり、今大蛇に魅せられて、あの通り身体強直し、今や蛇腹に葬られむとしてゐるのも神の御心で御座いませう。サアサア、早く此場を立去らうぢやありませぬか?』 末子『如何なる悪人と雖も元は同じ神様の分心分体、天が下に敵もなければ、吾々は仇もないと深く存じて居ります。此惨状を見棄てて、如何して吾々宣伝使が帰ることが出来ませう。神様に対しても恥かしくてなりませぬ。是より言霊を発射し、大蛇を帰順させ、石熊の命を助けてやつたら、キツと善道に立返るでせう。情は人の為ならずとか申しまして、人を助けておけば、又自分も神様の御恵に依つて、九死一生の場合、誰かの手を通して助けられるものです。吾々が幸ひ、此処に立現はれたのも全く仁慈無限の神様の御摂理でせう』 捨子『姫様の仰せ御尤も……カールさま!決して御心配は要りませぬ。キツと御安心させますから、此場は妾等にお任し下さいませ』 カール『左様なればお言葉に従ひませう』 茲に末子姫は滝に横たはつて、崖下の石熊の身体を睨みつめ、今や大口を開けて一呑みにせむとする勢を示してゐる大蛇に向つて、宣伝歌を歌ひ聞かした。 末子姫『神が表に現はれて善と悪とを立分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何物も天地の神の尊き御水火より 現はれ出でし者なれば四方の神人始めとし 山河草木云ふも更禽虫魚に至る迄 切つても切れぬ同胞よ数多同胞ある中に 天地の神の経綸を受けて生れし人の身は 秀れて尊きものぞかしあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして乾の池に潜むなる これの大蛇の魂に尊き神の御水火をば かけさせ玉ひて天地の守りの神と逸早く 神徳充たせ玉はれよ瑞の御霊と現れませる 神素盞嗚大神は豊葦原の国中に さやれる八岐の大蛇をば誠の剣抜き持たし 恵の玉を光らせて大蛇の霊を悉く 服従ひ和し玉ふなり瑞の御霊の末の子と 現はれ出でたる末子姫顕恩郷を立出でて 大海原を漕ぎ渡り漸くここに来て見れば バラモン教の神司御稜威も高き高照の 山の麓に宮柱太しく立てて神の道 伝へ玉へる石熊の尊き清き神の宮 仮令教理は変る共世人を思ふ真心は 吾等の胸に違ふまじ旭は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共仮令大地は沈む共 世界を思ふ真心にいかでか差別あらざらむ 万の物の霊長と生れ出でたる人の身を 大蛇の神の現はれて呑まむとするは何事ぞ 森羅万象悉く完美に委曲に守ります 皇大神の御心に叶はぬ汝が振舞を わが言霊を聞分けて一時も早く改めよ 神は汝の身辺を朝な夕なに守ります 其神恩を知らずして神の宮居の石熊を 只一口に呑まむとは天地許さぬ醜業ぞ 大蛇の神よ長神よ今日は汝の玉の緒の 生命の亡ぶ瀬戸際ぞ吾言霊に服従ひて 天地の道理を正覚し醜の身体を脱出し うつしき女神の体となり高天原に昇りませ 吾れは神の子末子姫天に代りて天津神 依さし玉ひし言霊を汝の為に宣り伝ふ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終れば、今迄形相凄じく、石熊を一呑みにせむと身構へ居たりし大蛇は、両眼より玉の如き涙を流し、幾度となく末子姫に向つて頭を下げ、感謝の意を表しつつ、巨大なる姿を滝の中に隠して了つた。 今迄大蛇に魅入れられ、身体強直して身動きもならなかつた石熊は直に身体の自由を得、嬉し涙を両眼に垂らしつつ、三人の前に手をついて救命の大恩を感謝するのであつた。 (大正一一・八・一四旧六・二二松村真澄録)
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(1982)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 03 清めの滝 第三章清めの滝〔八四五〕 高照山に本拠を固めたるバラモン教の石熊は、末子姫、其他に感謝の意を表し、歌を以て所感を述べたり。その歌、 石熊『常世の国に現れませる常世神王自在天 大国彦の樹てられしバラモン教の神司 深き恵も高砂の宝の島に現はれて 高照山を根拠とし心も固き石熊が 信心堅固に守りつつ教の法を遵奉し 服従ひ来る信徒に何の容赦も荒行の 火渡り剣の橋を越え水底くぐり茨室 赤裸にて飛び込ませ釘の打ちたる足駄はき 神より受けし肉体を損ひ破りて血を出し 神に対する贄と思ひ詰めたる神司 神の怒りを和げて天国浄土に助けられ 未来の苦をば逃れむと迷ひ切つたるバラモンの 誠の道に違へるを今や漸く悟りけり あゝ惟神々々仁慈無限の大神は 青人草を始めとし禽虫魚造らしし 誠の親と三五の神の教の末子姫 宣らせ玉ひし言の葉を聞くより吾等は村肝の 心の空は冴えわたりげにも尊き言霊の 御稜威に魂をてらしつつ大蛇の魔神に魅せられて 動きもならぬ身体をかばひ乍らも胸の内 悔悟の言霊宣りつれば忽ち開く胸の暗 末子の姫の言霊に流石の大蛇も感歎し 熱き涙をこぼしつつ吾を呑まむと狙ひたる 心の駒を立直し修羅の亡執忽ちに 晴れて姿を水煙心の垢もおち滝津 速川の瀬に現れませる瀬織津姫の幸はひて 仇悉く消えにけるあゝ惟神々々 御霊の幸を蒙ぶりて心佞けし石熊も 末子の姫の御恵に救ひ出され今は早 三五教の皇神の光に深く照されぬ 神が表に現はれて善と悪とを立わける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過は宣り直せ誠一つの言霊に 世人を救ふ三五の神の教の尊とさよ 仮令天地は変る共神に誓ひし吾心 いかで変らむ高砂の国に鎮まる竜世姫 国魂神の御前に真心こめて只管に 誓ひまつらむバラモンの神に仕へし宣伝使 高照山に築きたる教館を今日よりは 三五教に献り此世を造り玉ひたる 世の大本の皇神に麻柱まつり世の為に 力の限り身の限り仕へまつらむ惟神 神の御末の末子姫曲も穢れも捨子姫 罪もカールの御前に罪科重き石熊が 心を尽し祈ぎ奉るあゝ惟神々々 神の心に見直して珍の都にこれよりは 吾等を伴ひ給へかし珍の館の人々に 今迄与へし虐げの罪を陳謝し奉り 従僕となりて永久に珍の都の門番に 仕へまつりて赤誠を現はしまつる吾心 許させ給へ瑞御霊厳の御霊の御前に 謹み敬ひ願ぎ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 捨子姫は又歌ひ出したり。其歌、 捨子姫『天の河原を縦として眺めし如き此瀑布 瑞の御霊の珍の子と現れ出でませる末子姫 此世の泥を滌がむと流れも清きエデン河 身魂を清め足洗ひ心の垢を捨子姫 従僕の神を召連れて汐の八百路の八汐路を 秋津の姫の御守りに漸う渡りテルの国 ハラの港に上陸しテルの国をば横断し テル山峠の山麓に進み来りて月の宵 芝生の上に横たはり来し方行く末案じつつ 眠りにつきし折柄に俄に聞ゆる人の声 何人なるかと目を醒まし話の様子を伺へば バラモン教の神司信徒共に五人連れ 妾のいねし傍に腰打かけて無駄話 高照山の石熊が神の言葉に従ひて 顕恩郷より渡り来る三五教の宣伝使 末子の姫や捨子姫ハラの港に上陸し テル山峠を乗越えて珍の都に進み行く それの途中を待伏せて二人の女神引つ捉へ 高照山の館まで連れ帰れよとの石熊の お指図なれど連日の疲れに足も早痛み 歩行も自由にならざればここに一夜を明かさむと 語り合ふこそ不思議なれ吾等二人は耳さとく 一伍一什を聞終り静に上衣をぬぎ捨てて 髪ふり乱し声を変へ珍姿怪体現はせば さて恐ろしや幽霊が現はれたりと吾れ先に 雪崩を打つて逃て行くカールとネロの両人は 少しも騒がず吾々に向つて言葉をかけて言ふ (これよりカール引継いで歌ふ) 珍の都に現ませる松若彦が神館 教に習ふカールなり二人の女神が今茲に 現はれますとバラモンの神の司や信徒が 中に交はり吾れも亦一味の中に加はりて 様子を伺ひ助けむと権謀術数皇神の 心に合はぬか知らね共二人を助けてやうやうに 乾の滝に来て見れば豈計らむや石熊の 教司は滝の辺に大蛇の魂に魅せられて 石の如くに立ち給ふあゝ惟神々々 神の冥罰忽ちに現はれ来りて石熊の 知死期の幕の下りしかと心の中に喜びつ 見棄ててゆかむと両人の神の司に述べつれば 末子の姫は首をふり仁慈無限の大神の 心の中を説き諭し四海同胞博愛の 御心持ちて天地の神に叶ひし太祝詞 宣らせ給へば此は如何に悪虐無道の大蛇まで 慈愛の言葉に感歎し熱き涙を流しつつ さも凄まじき形相は追つて優しく成り行きて 解脱の滝に身を投じ後白雲と消えて行く あゝ惟神々々神の御稜威ぞ尊けれ 神の御徳ぞ畏けれ』 かく歌ひ終り、石熊の請ひを容れて、一行五人[※末子姫、捨子姫、カール、石熊の四人では?]は、テル山峠を登り、珍の都を指して進み行く。 (大正一一・八・一四旧六・二二松村真澄録)
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(1990)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 11 言霊の妙 第一一章言霊の妙〔八五三〕 言霊の妙用は一声よく天地を震動し、一音よく風雨雷霆を駆使し叱咤する絶対無限の権力あれ共、之を使用する人々の正邪に依りて、非常なる径庭のあるものである。昨日迄バラモン教を開き、誤りたる信仰を続け、心は拗け、魂は曇り、言霊の曇りたる者は、如何に完全に、能弁に善言美詞を述べ立つればとて、万有一切に対し毫末も、其感動を与へざるは、実に神律の厳として冒す可らざる所以である。又魂よく研け慈愛に富み、心中常に寛容の徳ある捨子姫の言霊は、前者に比して極めて簡単なものであつた。されど暴悪無道の醜の大蛇も、厳として動かす可らざる捨子姫の清明無垢の臍下丹田より迸れる万有愛護の至誠より出でたる言霊には、如何に頑強なる邪神と雖も、到底之れに抵抗するの余地なく、漸く心和らぎ、浪静まり、雨は止みあたりを包む黒雲も次第に、言霊の権威に依つて払拭されて了つたのである。これにしても神界の最大重宝たる言霊の神器は、混濁せる身魂の容易に使用し得可からざる事を知らるるであらう。あゝ惟神霊幸倍坐世。 末子姫は厳然として立上り、漸く凪渡りし水面に向ひ言葉さわやかに歌ひ始めた。其歌、 末子姫『誠の神の造らしし此天地の不思議さよ 天津御空は青雲の底ひも知らぬ天の川 森羅万象睥睨し清く流れて果てしなく 星の光はキラキラと永遠に輝く美はしさ 天津日の神東天に昇りましては又西に 清き姿を隠しまし夜は又月の大御神 清き光を投げ玉ひ下界の万有一切に 恵の露を垂れ玉ふ月日は清く天渡り 浜の真砂の数の如光眩ゆき百星の 或は白く又赤く淡き濃き色取交ぜて 際涯も知らぬ大空を飾らせ玉ふ尊さよ 眼を転じて葦原の瑞穂の国を眺むれば 山野は青く茂り合ひ野辺の千草はまちまちに 青赤白黄紫と咲き乱れたる楽しさよ 河の流れはいと清く稲麦豆粟黍の類 所狭きまで稔りつつ味よき木実は野に山に 枝もたわわに香りけり天津御空の神国を 此土の上に相写し四方の神人木や草や 鳥や虫族の小さきものに至る迄 神の御水火をかけ玉ひ尊き霊を配らせて 天と地とは睦び合ひ影と日向は抱き合ひ 男子女子は相睦び上と下とは隔てなく 互に心を打明けて暮す此世は神の国 高天原の活映し天地の合せ鏡ぞや あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて 風吹渡り荒波の巽の池に現れませる 神の御水火に生れたる大蛇の神よ活神よ 汝は神の子神の宮吾れも神の子神の宮 汝と妾とのみならず山河木草鳥 大魚小魚虫族も神の恵に漏れざらめ 况して尊き汝が姿人の体にいや優り いよいよ太くいや長く陸にも棲めば水に棲み 雲にも乗りて大空を翔りて昇る神力を 生れ乍らに持たせつつ何故狭き此池に 鎮まりまして世の人に悪き災なし玉ふや 神素盞嗚大神が八洲の国に蟠る 八岐大蛇や醜神を稜威の言霊宣べ伝へ 伊吹の狭霧吹棄ててすべての物に安息を 与へ給はる大神業此神業の一つだも 補ひ奉り万有に恵の乳を含ませて 救はむものと末子姫捨子の姫を伴ひて まだ十六の莟の身をば雨に曬され荒風に 梳づりつつ霜をふみ雪を渉りてやうやうに 浜辺に着きて荒波に猛り狂へる和田の原 漸く越えてテルの国テル山峠の急坂を 登りつ下りつ膝栗毛鞭うち進む二人連れ かよわき女の身を持つて天涯万里の此島に 渡り来るも何故ぞ顕幽神の三界の 身魂を助け救ふ為あゝ惟神々々 神の水火より生れたる末子の姫の言霊を 完美に委曲にきこしめし一日も早く此池を 見すてて天に昇りませ如何なる罪のあるとても 千座の置戸を負ひ玉ふ神素盞嗚の贖ひに 忽ち消ゆる春の雪花は紅、葉は緑 吾言霊に汝が命感じ玉はば今直に 此れの古巣を振棄てて元つ御座に返りませ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つた。不思議や池水は左右にパツと開けて、白竜の姿忽然として現はれ、末子姫が側近く進み来り、感謝の涙をハラハラと流し、頭首を垂れ、暫しは身動きもせず俯伏しゐる。 稍あつて白竜は其体を縮小し、遂には目に止まらなくなつて了つた。──頭上に聞ゆる音楽の声、一同空を仰ぎ眺むれば、竜神解脱の喜びに数多の天人舞ひ下り来り、さも麗しき女神の姿と化したる巽の池の竜神を守りつつ、天空高く消えて行くのであつた。 (大正一一・八・一五旧六・二三松村真澄録)
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(2017)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 08 人獣 第八章人〔八七四〕 国依別の宣伝使は紅裙隊を引率し ヒルの城下を立出でて数多の人の病を 鎮魂言霊の神術に救ひ助けつ漸くに ヒルの城下を後にしてアラシカ峠に差かかり 足並弱き紅井姫エリナの二人を伴ひつ 黄昏時に鬱蒼と樟の大木の茂りたる 神王の森に立寄りて夜露を凌ぎ一夜さを 明かさむものと三人が樟の根元に腰をかけ 息を休むる折柄に暗の中よりフウフウと 怪しの声は響き来る暗の帳は深くして 確にそれと分らなく山犬どものざれ合ひか 但は獅子のいがみ合ひ何か知らねど近よりて 調べて見むと星影にすかして見れば此は如何に 思ひも寄らぬ荒男揉みつもまれつ搦み合ひ 命カラガラ挑み合ふ国依別は諾づいて 吾れは御山の大天狗神王の森の守護神ぞ 不届き至極な聖場に来りて喧嘩をなぜ致す 何れの奴か知らね共首筋つかむで樟の枝に 股引裂いてかけてやろ覚悟致せと呼ばはれば 二人の男は驚いてパツと二つに立別れ 両手を土につき乍らヒルの館に仕へたる 秋山別と申す者私はモリスと申します 女房の選挙につきまして競走次第に激烈と なつた揚句が此通り誠に済まぬ事でした 是れ是れモウシ天狗さま紅井姫を私の 女房に与へて下さンせモリスの女房にやエリナ姫 これを与へて下さらば天下は忽ち太平に 家庭の円満目のあたり何卒宜しう願ひます 語ればモリスは首をふりイエイエもうし天狗さま こンな男に紅井姫のやうな美人は惚ませぬ どうぞ私に下さンせ彼にはエリナで十分だ 宜しく御さばき頼みますと一心不乱に手を合せ 頼み入るこそ可笑しけれ吹き出す計りの可笑しさを ヂツと怺へて国依別は又もや天狗の作り声 アラシカ峠を登り来る二人の女を競走して 勝つた者には呉れてやらう決勝点に先着の 勇士に紅井姫をやる敗けた奴にはエリナ姫 与へてやるから辛抱せよ国依別の神司は 俺が守護して望みの通り谷の底へと放つてやらう 一二三つ早行けと其掛声に両人は 先を争ひバラバラとこけつ転びつ降り行く 後に国依別は高笑ひアハヽヽヽアハヽヽヽ エリナ紅井お姫さま今宵は実に面白い 余興を見せて貰つたと笑へば姫は驚いて 妾は胸がドキドキと怖い思ひをしましたよ あなた如何して御座つたか本当に怖い天狗さま 先づ先づ無事で目出たいと未通娘の愛らしさ 国依別は両人を伴ひ此処を立出でて アラシカ山の山頂に漸く登り傍の 森林さして忍び入りここに一夜を明かしつつ 旭の光を浴び乍らアラシカ峠の急坂を 西南指して降り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 国依別は漸くにして日の暮るる頃、二人の足弱き女を労はり乍ら、日暮シ河の丸木橋の畔迄辿り着いた。大地震の為に橋はスツカリ墜落して了ひ、日暮シ河は滔々として濁水が流れて居る。止むを得ず、橋の袂の萱草の中に三人は一夜を明かす事となり、安々夢路を辿り居る。 夜中頃と覚しき頃、二人の女はふと目をさまし、ガサガサとそよぐ萱の葉音に戦き、目を据ゑて窺ひ見れば、二人の荒男あたりをウロウロ迂路つき乍ら、 男(秋山別)『オイ、モリス、あの天狗、とうとう俺等を馬鹿にしよつたぢやないか。あの時に天狗に魅まれさへしなかつたら、今頃には甘く追ひついて、此方の者にして居る所だつたのに、なア本当に馬鹿を見たぢやないか』 モリス『それでもあの時に天狗が現はれなかつたならば、俺かお前か、どちらか命がなくなつてゐるのだぞ。マアおかげで二人共命丈は助かり、安全に此処迄捜索に来られたのだが、こう暗くなつては最早進む事も出来ないワ。大方国依別外二人の女は、余り遠くは行つて居ろまい。日暮シ山の岩窟へは、何程コンパスに撚をかけても、足弱の二人の女が従いてをるのだから、到底到着して居る気遣はないワ。やがて一時計りしたら月が出るから、一足でも先へ進まうぢやないか。キツと此川堤を行きよつたに違ひないぞ』 秋山別『さうだらうかなア。併し足を痛めて、此辺にすつこみて居やせまいかな。何だか人臭いやうな気がするぢやないかい、モリ公』 モリス『そりやお前の神経作用だよ。決してこンな所に居るものかい』 秋山別『アノ国依別と云ふ奴、どこ迄も癪に障る代物だから、何とかこらしめてやりたいと思うのだが、直に鎮魂とか、言霊とか云よつて、非常な力を出しよるから、一通りでは駄目だぞ。今度は甘く尾をふつて降参の体を装ひ、誠にすまぬ事を致しました。今後はスツパリ改心致しまして姫様始め皆さまにお詫に出ましたと、下から低う出て油断をさせ、小股を掬うて、ドサンと引くりかへし、其上から土足でギユツギユツとふみチヤクリ、腸を破つて了うのだ。其後は此方の者だ。何と秋山別は妙案を出すだらう』 モリス『妙案々々キツとウラル教から、軍師として招聘しに来るだらうよ。併し乍ら此処で一つ選挙のしなをしをやらないと、又しても紛擾の種を蒔く様な事では互の不利益だからなア』 秋山別『モウ、モリス、選挙は止めにせうかい。成功せない中から定めておいた所が仕方がないぢやないか。それより願望成就の上、ヂヤンケン坊なつと、籤引なつと、或は御神籤なつと、どんな方法でもあるから、其上の事にせうかい。今きまつて了ふと、当選者の方は活動する楽みがあるが、負た方は張合が無うて命がけの活動は出来ぬからのウ』 紅井姫は二人の話を聞いて慄ひ上り、エリナの体に喰ひついて息をこらし居る。 エリナは俄に作り声をし乍ら、萱の繁みに身を隠し、 エリナ『ホツホヽヽヽ』 と力のない厭らしい声で笑ひ出したものが在る。[※元々は「笑ひ出した。」で終わっていた文章を、御校正本で「ものが在る」という文言を書き加えた。そのため文法的におかしな文章になっている。愛世版では「ものが在る」を加えているが、校定版・八幡版では削除している。]紅井姫はビツクリして、 紅井姫『モシモシ姉えさま、勘忍して下さいな』 と泣き声になる。 エリナ『姫さま、御心配なさいますなや。エリナが一寸化者の真似して、彼奴等二人を追ひちらしてやるのですから』 紅井姫『それでも、あなた、そンな声をお出しになると、妾怖うて堪りませぬワ。貴女が化者の様に思はれてなりませぬもの』 エリナ『心配しなさるな。怖いこたありませぬよ。向方を怖がらしてやりさへすれば良いのです。これからエリナは、チツと厭らしい事を云ひますから其積りで居て下さい。キツと怖い事はありませぬからなア』 紅井姫『それでもこンな怖い野原に寝てゐますのに、まだそンな声を聞かされては、髪の毛が縮むやうな気がして、怖くて堪りませぬワ』 エリナ『それ程怖ければ、エリナも止めておきませうかなア』 紅井姫『どうぞ御頼みですから、厭らしい声は出さぬやうにして下さい』 と慄うてゐる。秋山別は小声になつて、 秋山別『オイ、モリス、何だか妙な声がしたぢやないか。気分の悪い晩だなア。こンな所に鶯の鳴く筈もなし、ホヽヽヽほンまに俺は気分がカブラカブラして、足が大根々々したよ。どうやら肝つ玉が洋行しさうだ、本当に気味の悪い夜さだなア』 モリス『ナアニ心配すな、アリヤ鳩の爺イだよ。野鳩がこの辺に寝てゐるのだが、年がよつて歯が抜けたと見え、あンな声を出しよるのだよ』 国依別は最前から目をさまし、双方の様子を聞きゐたり。 国依別『ハテ面白い、此奴一つおどかして、帰なしてやらねば、未通育ちの姫さまが、又怖がつて仕方がない』 と小声に囁き乍ら、芒の株を力一杯、ガサガサガサと揺つて見せた。秋山別は肝をつぶしドスンと腰を下し、 秋山別『ギヤハヽヽ、抜けた抜けたア、一寸来て呉れやい』 モリス『何が抜けたのだ』 秋山別『腰だ腰だ、どうしても歩けないワ。何だか怪体な者が居よるぢやないか。昨夕の天狗なら一寸も怖い事ないが、あンな厭らしい声を出しよると厭らしくて仕方がないワ、モリ公、お前も怖からふ』 モリスは何となく心淋しくなり来たり、併し無理に空元気をつけて、震ひ声を出し、 モリス『オイ、アヽヽ秋山別、ナヽヽ何がそれ程怖いのだ。天下無双のヒーロー豪傑、ヂヤンヂヤヘールのモリスさまが、ゴヽ御座るぞよ。バヽ化者位、仮令千匹や万匹出て来た所で、チツとも怖くない事はないワイ、チヽヽチツとしつかりせぬかい』 国依別『ギヤツハヽヽヽ、ギユフヽヽヽ、ギヨツホヽヽヽ』 と国依別の怪声。 秋山別『モリス、それ又出よつたぞ。益々怪体な声を出すぢやないか』 モリス『さうだ、ギヤフアハヽヽなンて人をギヤフンとさす化者の計略だらう……ヤイ化者、ギヨホヽヽヽて何ぢやい、其位な事で此方はギヨツとはせぬぞよ。ギユフヽヽヽなンてそら何ぢや。ギユーと云はさうと思つたつて、そンな事がこたへる様な俺と思ふか。バヽ馬鹿らしい。今日は日が悪いから、又明日に出直せよ』 紅井姫小声で、 紅井姫『なア姉えさま、どうしましよう。あンな事姉さまが仰有るものだから、本まの……本まものが出たぢやありませぬか、妾怖いわ』 エリナ小声で、 エリナ『姫さま、心配なさいますな。ありや国依別さまがあんな事を言つてるのですよ。化者でも何でもありませぬから』 紅井姫『姉さま、どうぞ御頼みですから、国依別さまに、あンな事言はないやうに止めて下さいなア』 エリナ『マア良いぢやありませぬか。妾が斯うしつかりと抱へて上げますから、さう震はずに、気をしつかりなさいませ』 国依別萱をガサガサと揺り乍ら、怪しい作り声をして、 国依別『ホーホーホホホー、アホアホアホアホアホ、アヽヽホヽヽキヽヽホヽヽヤホヽヽマホヽヽワホヽヽケホヽヽホホホイケキヨ、モーホ、リーホ、スーホ、ホホホーホーケキヨ、ケツキヨケツキヨケツキヨ、ニヤーン、モウモウ、ワンワンウー、ヒンヒンヒン』 秋山別『オイ、モリス、いよいよ怪しからぬ事になつて来たぞ。鳥だと思へば猫の声を出しよる、猫かと思へば牛犬狼虎に馬、オイどうぞ頼みだ、俺を負うて逃げてくれぬかい。腰が立たぬワイ……』 モリス『オヽヽ俺だつて、腰が怪しくなつて来たワイ。足だつて細かう動き出すなり、お前所か、俺の身が持てぬのだイ』 秋山別『なんぼ利己主義が発達した世の中だとて、チツとは秋山別にも同情して呉れたら如何だ』 モリス『俺だつてシンパシーの涙に暮れては居るが、斯うなつては如何ともする事が出来ないぢやないか。心臓寺の和尚奴が無茶苦茶に早鐘をつきよつて、何所ぢやないワイ。俺やモウ人の事所ぢやない、四這になつて逃げ出すワイ』 とワナワナする足を、犬の様に四這となり、ガサガサと元来し道へ這ひ出した。秋山別も余りの怖さに、腰の痛いのを打ち忘れ、無理無体にモリスの後に従いて、無暗矢鱈に這ひ出し逃げ出す。 国依別『アハヽヽヽ、オイ秋山別、モリスの両人さま、アラシカ峠の大天狗又の御名は国依別命、紅井姫様のお伴をしてエリナさまと三人、此処に休息して居るから、チツと来たら如何だ。よい取持をしてやらうかなア』 両人は益々驚き、 秋山別、モリス『ヤアバヽ化者奴、国依別の声色を使ひよつた。コラ大変だ』 と無性矢鱈にガサガサガサガサと四這になつて、力限りに逃げ出して行く。 (大正一一・八・一八旧六・二六松村真澄録) (昭和九・一二・一七王仁校正)