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書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 19 流調 | 第一九章流調〔一四〇五〕 治国別は謡ふ。 治国別(謡曲調)『久方の天の八重雲掻きわけて名さへ目出度きフサの国 ビクトル山の頂上の上つ岩根を搗きこらし 下つ岩根に搗固め礎固く敷き並べ 金銀瑪瑙瑠璃硨磲琥珀や玻璃に擬ふべき ライオン川の清き真砂を上つ岩根に敷き詰めて 大峡小峡の幹を切り本と末とは山口の 皇大神に献り置きて神の御稜威も三つ栗の 中つ幹を忌斧忌鋤もて心を籠めて削りたて 飛弾の工の業もあざやかに御代の光を現はす真木柱 つきたて木組も細やかに 天の御蔭日の御蔭と大屋根をしつらへ 桧の皮のいと厚く葺きつめ給ひしこの社 高天原の天国の皇大神の御舎を 天津風時津風吹き捲るまにまに茲に現世の 国の守りと定めつつ霊国にありては月の大神と現はれまし 天国にありては日の大神と現れませる大国常立の大神の 珍の御舎つかへまつり国王の君を初めとし后の宮や 世継の御子左守右守の宮司をはじめ 百の司も悦びて今日の御祭祝ぎ奉り 天津御空の極みなく底つ岩根の果てもなく 澄み渡りたる大空や紫の浪漂ふ大海原の如くいや高く いや深き大御恵を喜びて治国別を初めとし 三五教の神司今日の喜び永久に 神の賜ひし村肝の心に銘じ忘れまじ ああ斯る目出度き聖代に扇の御代の末広く 国の要と現れませる神に等しき聖の君 五風十雨の序よく山河は清くさやけく 百の種物はよく実り万民鼓腹撃壤の 至幸至楽の境涯を全く神と国王の御徳と 仰ぎ奉らむ今日の御典の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 大空渡る月影は或は盈ち或は虧くるとも 金砂銀砂を布きつめし天の河原の星の数 浜の真砂の数多き蒼生の身の上を 恵ませ給へ皇大神ミロクの御代を来たさむと 朝な夕なに仕へたる闇夜も清く治国別の 神の使常磐の松の松彦や 世は永久に竜彦の司の悦びは云ふも更 亀の齢の万公が今日の盛典を心より 歓ぎ喜び祝ぎ奉るああ惟神々々 御霊の恩頼を祈り奉る御霊の恩頼を祈り奉る』 と謡ひ終り元の座についた。タルマンは前ウラル教の宣伝使たりしが、此度治国別の弟子となり、三五教の御教や儀式を教へられ、宮司となつて長く仕へ、王家を初め国家の安泰を祈るべき職掌となつた。タルマンは宮司として祝意を表すべく立ち上り謡ひ始めた。 タルマン(謡曲調)『赤玉は緒冴へ光れど白玉の君がよそひし尊くもあるかな 抑もビクの国は天地開闢の初めより ビクトリヤ家の遠つ御祖国の国王と現はれまして 上は神を崇め奉り下万民を慈み 五日の風や十日の雨もほどほどに与へられ 御国は栄え民はとみ天国浄土の有様を いや永久に伝へたる珍の御国も時ありて 曲の醜風吹き荒び千代の住所と定めたる ビクトリヤの城も既に傾かむとする所へ 天の八重雲掻きわけて天降りましたる神司 此世の闇をすくすくに治国別の神人を 初め三人の神司下り給ひし尊さよ タルマン司は云ふも更国王の君も后の宮も 左守右守の宮司も迷ひの雲を吹き払ひ 御空に輝く日月の光に擬ふ三五の 教の道に照らされて誠の道をよく悟り 愛善の徳に住し信真の光を浴び ビクトル山の下つ岩根に大宮柱太しき建てて 皇大神を斎ひまつり天下泰平国土成就 万民安堵の祈願を凝らし賤しき身をも顧みず 吾師の君や国王の君の任けのまにまに おほけなくも此玉の宮の神司と仕へ奉り 朝な夕なに身を清め汚れを避けて只管に 誠を尽すタルマンが心を諾ひ給へかし 天津御空の日影は或は照り或は雲り 月は盈ち或は虧くる夜ありとも誠一つの三五の 神の教を力としライオン川の水永久に 絶ゆる事なく涸るる事なき赤心のあらむ限りは 骨を砕き身を粉にし神の御為君の為め 御国の為に尽すべしああ畏くも此世をば 統べ守り給ふ大国常立の大神を初め奉り 天地八百万の大神従ひ給ふ百神達の御前に 謹み敬ひ願ぎ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ御霊幸倍ましませよ』 松彦は又歌ふ。 松彦『千代万代も色かへぬ常磐の松の松彦が いや永久のビクの国いや永久にいつ迄も 栄えませよと大神の御前にひれ伏し朝夕に 赤心籠めて祈りしが皇大神は速に 吾等が願を聞召し百日百夜の其中に かく麗しき御舎を造らせ給ひし嬉しさよ 抑ビクの神国は神の守りのいや厚く 恵み給ひし国なればビクトル山の岩のごと いや永久に動くまじ斯かる目出度き神国の 国王の君は三五の教を悟り給ひてゆ いよいよ国は盤石の礎清く固まりて 松の緑の青々と果てしも知らず栄ゆべし 抑此国は四方の山見渡す限り松林 木々の木の間にちらちらと見ゆるは樫の大木か 但しは樟の霊木か千代に八千代にかたらかに 命も長く朽もせず枯るるためしもなき霊樹 これに因みてビクの国ビクとも動かぬ瑞祥と 遥に四方を打ちながめ心に浮かみし其儘を 茲に写して惟神神の宮居の御祭りを 祝ぎつかへ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 左守は老躯を起して嬉しげに歌ふ。 左守『ああ有難し有難し神の恵は目の当り 傾きかけしビクの城立直します神の息 三五教を守ります厳の御霊や瑞御霊 皇大神は云ふも更斎苑の館を後にして 天降りましたる神司治国別の一行が 鳩の如くに下りまし吾大君を初めとし 百の司や国人の難みを救ひ給ひたる 大御恵はいつの世かいかで忘れむ大空の 限りも知らぬ星のかげ忽ちおつる事あるも 浜の真砂の尽くるとも誠の神の御恵は いや永久に忘れまじ抑国を治むるは まづ第一に天地の尊き神を寿ぎ奉り 神の教に従ひて下国民に相臨み 国の司と現れませる模範を示し詳細に 民の心をやはらげて世を永久に治むべき 誠の道を悟りけり左守の司も今迄は 霊の光暗くして心を政治に焦ちつつ 現世に心傾けて元つ御祖の神様を 次になしたる愚さよ知らず知らずに神の前 幾多の罪を重ねたる吾をも懲めたまはずに 広き心に見直して許させ給ふのみならず 左守の司の職掌を元の如くにおほせられ いと重大な任務をば任けさせ給ひし有難さ お礼の言葉は尽されずいざこれよりはキユービツトも 心を研き身を清め先づ第一に大神を 祈り奉りて君の為めいと麗しき政治 助けまつらむ吾心諾ひ給へ惟神 御前に謹み願ぎまつる』 と歌ひ座についた。右守のエクスは又歌ふ。 エクス『ビクの御国の刹帝利ビクトリヤ王の重臣と 仕へまつりし右守司エクスは茲に謹みて 皇大神の御高恩治国別の御恵 畏み畏み赤心を捧げて感謝し奉る 此世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せかくも尊き御教を 授けられたる上からは孫子の代に至るまで 畏れ慎み三五の誠の教を遵奉し 右守の司の職掌を一心不乱に相守り 神と君との御為に心の限り尽すべし ああ惟神々々一度は醜の魔軍の バラモン軍に囲まれて社稷危く見えけるが 仁慈無限の大神は仁徳高き吾君の 其窮状を憐みて救はせ給ひし有難さ 唯何事も世の中は神の御旨に従ひて 如何なる小さき事とても決して我意を主張せず 神のまにまに行へばキタリキタリと恙なく 箱さすやうに行くものと初めて覚りし神の道 ああ惟神々々皇大神よ永久に 此聖代を守りまし御国を栄え給へかし ああ惟神々々神の御前に願ぎまつる』 と歌ひ終り悠然として座についた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 58_酉_イヅミの国1(猩々島) | 06 茶袋 | 第六章茶袋〔一四八一〕 三千彦は先に立ちテルモン山の中腹を南へ南へと下り行く。比較的嶮峻な坂道で足許に少しも目放しが出来ぬ。金剛杖を力に指の先に全身の重味を集中し乍ら拍子をとつて下り行く。 三千彦『三五教の宣伝使如何なる敵も恐れねど 板を立てたる坂道のヌルリヌルリと辷るのは 誠に閉口仕る玉国別の師の君よ デビスの姫よ気をつけて転倒せぬ様になされませ 月の都に立向ふ神力無双の宣伝使 其首途に過つてもしも転倒したならば それこそ前途が気にかかる御幣を担ぐぢやなけれども 今日は大切の出陣も変らぬ様な旅の空 天津御空に目をやらず暫らく足の爪先に 眼を注ぎ気を配りウントコドツコイ、ズウズウズウ 云ふより早く足滑りドスンと搗いた尻餅は 吾等が前途を祝すべく空に輝く望月の 瑞の御霊の御守り前途必ず吉祥と 直日に見直し宣り直し足もワナワナ下り坂 面白をかしく脛笑ふ今日の旅出の勇ましさ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 梢に蝉は吠るとも汗は何程出るとても 頭の上からカンカンと日の大神が照らすとも 神に任せし此体岩より固い魂は 常磐の松の岩の上に生茂りたる如くなり ウントコドツコイドツコイシヨよくまあ辷る坂だなア 赭土許りがピカピカと光つた上に湿りをば 帯て居るのでよく辷る誰が通つたか知らないが こりや又えらい磨けよう流石のスマートさまでさへ 四つの足を持ち乍らあれ、あの通りチガチガと 体を斜に構へつつ下つて行くのを眺むれば 余程きつい坂道だこれから先はテルモンの 音に名高き湖だ吾等一行宣伝使 この湖を渡らねば月の御国にや行かれない ウントコドツコイ、ズウズウズウほんに危険な辷り坂 坊主頭を瓢箪で撫でてる様な足具合 うつかりすると転倒し天狗の面やお多福の 玉の御舟を雨曝しせなくちやならぬ恐い道 気をつけなされ皆さまよウントコドツコイドツコイシヨ どうやら坂が緩うなつたここで油断をしちやならぬ バラモン教の悪神が吾等一行の前途をば 擁して待ちさうな処だぞ何程敵が来るとも 腕に覚えのある上は決して怯まぬ大和魂 ああ惟神々々神のまにまに下り行く』 真純彦は亦歌ふ。 『テルモン山の南坂鰻の様に辷る道 三千彦さまが先に立ち吾師の君と若草の 妻の命のデビス姫二人の名をば呼び乍ら 真純彦とも伊太公とも仰有らないのは何事だ ほんにお前は水臭い玉国別の師の君の 御名を呼んで親切に注意をしたのは表向き 実地誠の腹の中新婚旅行のデビス姫 その身の上が気にかかり義理か妬くかで師の君の お名を呼んだに違ひないアハハハハツハ、アハハハハ 現銀至極の男だなそれだによつて宣伝の 途中に於て若者に女房を持たすと魂が 砕けて誠の間に合はぬ女に心引かされて 大切の大切の使命をば怠る事があるものだ さはさり乍ら三千彦の神の使は格別だ 案ずる事はなけれども第一女に気をとられ 魂は中有に飛び散りて肝腎要の足許が 目につかないか二度三度スウスウスウと辷りよつた 肝腎要の先に立つ道案内の三千彦が 辷つて転けて吾々が無事に此坂下るのは 何か一つの原因がなければならぬ道理ぞや 省み玉へ三千彦よああ惟神々々 神に代りて気をつける』 伊太彦は亦歌ふ。 伊太彦『ウントコドツコイドツコイシヨ悪魔は出るとも逃ぐるとも 憑物皆駆け出すも此坂道になつたなら どうしても体が草臥るさはさり乍ら最愛の 女房を連れた三千彦は嘸や楽しい事だらう 元気日頃に百倍し意気揚々と肱を張り 六方を踏んで坂道を八王神歩みそのままに エンヤラエンヤラエンヤラとそのスタイルは蟷螂か 但は蛙の手踊か又も違ふたら山猿の ステテコ踊りと云ふ様なさても怪しきスタイルだ アハハハハツハ、ズウズウズウオツトドツコイ足辷り お尻をドンと打ちました天狗の面も茶袋も 神の御蔭で御安全二つの玉は完全に お腹の中へ舞ひ上り大急行で洋行した ああ惟神々々目玉のとび出るきつい坂 土蟹ぢやないが横歩き正面に足が運べない 三千彦さまの御夫婦は転けよと倒れよと構はぬが 吾師の君よ真純彦よ何卒用心遊ばして 此坂無事に下りませ夏の木立に鳴く蝉の 声はミンミン眠たげに寝言交りに歌ふて居る そんな陽気な事かいな此坂道は命懸け どうして之が眠られよか足のこぶらがブクブクと 酒徳利の様になつたズウズウズウズウアイタタツタ ヤツパリ坂を下るのは口を噤へて俯向いて 下らにやならぬと云ふ事を初めて体得致しました 三千彦司が先に立ちくだらぬ歌を喋る故 真純の彦も伊太彦もつひ釣り出されウツカリと 退屈紛れに喋つたがそれが吾身の仇となり デツカイお尻を打ちましたああ惟神々々 こんな事だと知つたならワックスさまが馬場にて 笞刑を受けた時のやうに銅盥を尻につけ 下つて来れば宜かつたに下司の知識は後からと 人が云ふのも無理は無いああ惟神々々 これこれデビスのお姫さまお前も一つ附合ひに 此坂道を下りつつ下坂の歌を歌ひませ 三千彦さまの機嫌のみとらず吾々一行の チツとは心を慰めて平和の女神の本領を 発揮し玉へ惟神神の使の宣伝使 伊太彦さまが頼みますああ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 デビス姫『妾は三千彦宣伝使夫に持つたデビス姫 神のお道に仕ふ身は夫婦ありては肝腎の 御用が出来ぬと聞きました兎は云ふものの玉の緒の 命を助け下さつた大恩深き神司 悪魔の猛り狂ふなる荒野ケ原を打渉り 雲霞の如き敵軍の中に向つて進み行く その雄々しさを思ひ出し女乍らもジツとして どうして館に居られませう婦は夫に従ひて 力を尽し身を庇ひマサカの時が出て来たら 命を的に吾夫の使命を全く遂げさせて 女の道を尽さねば済まぬ事だと覚悟して 住み心地よき吾館後に眺めて遥々と 踏みも習はぬ旅枕苦労を覚悟で行きまする 陽気浮気で斯んな事どうして繊弱き女の身 出来そな事がありませうか揶揄ひなさるも程がある 妾の心は真剣だ人が笑ふが譏らうが 一旦夫に魂も体も共に任したら 決して中途に怯まない女乍らも天晴と 貴方に劣らぬ功績を立てて御目にかけまする 玉国別の師の君よ真純の彦の神司 伊太彦司も諸共に妾の心の清きをば 真面目に覚らせ玉へかし決して色や恋のため 菊石の出来た宣伝使三千彦さまに惚れませう 何程顔は醜ても肝腎要の魂は 三五の月の姿より百倍増して美しく 心の鏡に映りしゆ神の御為世の為に かかる健気な武士と一度腕に撚かけて 世界の為に尽さむと思ふばかりの真心が 凝り固まりし今日の旅笑はせ玉ふ事もなく 繊弱き女の身なれども許させ玉へ何処迄も 吾等夫婦を従へて進ませ玉へ惟神 神の御前に誠心を誓ひて告白仕る ああ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了り流石の坂道も賑々しく笑ひ興じ乍ら、揶揄ひ半分に下り行く。漸くにして下り三里の急坂を越えテルモン湖の辺に着いた。坂道で絞つた汗は湖面を吹く涼風に吹き払はれ、得も云はれぬ爽快の気分に漂ふた。東西百里南北二百里の大湖水は金銀色の魚鱗の波を湛へ、洋々として静かに横たはつて居る。 (大正一二・三・二八旧二・一二於皆生温泉浜屋北村隆光録) |
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霊界物語 | 61_子_讃美歌1 | 04 神田 | 第四章神田〔一五五四〕 第三四 一 暗につつみしこの世の中を いづのみたまは隈なくてらす みひかり。 (折返) いときよけき神の御祖 あめと地とを清めまもらす 御はしら。 二 夕べにかへる田人のごとく ただしきたまを招かせ玉へ 御前に。 三 あまの川原をよく打ちながめ たかくながるる御姿見れば かしこし。 四 つみにかすめる眼を照らし 瑞のすがたををがませ玉へ みかみよ。 第三五 一 聖きたふとき国の御祖大国常立大神は 三千世界の大宇宙完全に具足に造りまし 天の御中主大神と現り大元霊の真神として 聖き御姿見えねども天地万有に普遍して 総てのものを守り玉ふ高天原の霊国に 月の大神と現れ玉ひまた天国に到りては 日の大神と現はれて顕幽神の三界を 守りたまふぞ畏けれ仰ぎ敬へ伊都御魂 この世の大本大御神。 二 上無き権威ある人も学びの道の司等も 御祖の神の御まへに冠を捨てて伏しをがむ この世の御祖伊都御霊吾等は謹みあさ夕に 真心尽して仕へ奉らむ。 三 伊都の大神日の御霊美都の大神月の御霊 夜の御守り日のまもり青人草をあはれみて 罪より浄め助けむと天津御神の御こと以て 綾の高天に降りましこの世にありとしある罪を 神の伊吹に吹き払ひ安の河原にあひすすぎ 清め玉ひて人草を神の御国に生かさむと 神慮配らせ玉ふこそ畏き尊き神業なれ 仰ぎ敬へ神の恵み。 四 淤能碁呂嶋は神の国珍の経綸の真秀良場ぞ 照る日の下に住む民は神の選りたる珍の民 神にすべてを打ち任せ神国を地上に来さむと おもひは胸に三千年の諸のなやみや虐げを 忍びて仕ふる尊さよ。 五 瑞の御魂の神ばしら誠一つの神の子と 再び現世に現はれて千座の置戸を負ひながら 世人のために身を砕き心をなやまし道を伝ふ そのいさをしぞ畏けれ。 六 天津御神のおん父と瑞の御魂の貴の子と 聖き神霊の天使一つになりて世に降り 三ツの御魂と現はれてマイトレーヤの神業を 開かせたまひし畏さよ仰ぎ敬へ三ツ御魂 伊都の御魂の神の徳あゝ惟神々々 神の教ぞいと清し。 第三六 一 宇宙万有一切を堅磐常磐に知食す 元津御祖の伊都の神空蝉なせる人の世の 暗を晴らして浄めむと教御祖に降りまし 貴の御教をねもごろに普く地上に布きたまふ その御心をいときよく汲み上げ玉ひ世に広く 流し伝ふる瑞の神諸の譏やしひたげを その身一つに負はせつつウヅンバラ・チャンドラと諸共に いそしみたまふぞ有難きあゝ惟神々々 神の御いづを称へまつれ。 第三七 一 宇宙の祖とあれませる真の独り神柱 伊都の御霊は永久に顕幽神の世界を知召し 山海河野くさぐさの物皆造り育みて 栄光と平安を賜ひつつわれ等を生かし楽しませ 幸ひ玉ふ御恵をよろこび感謝したてまつる。 二 瑞の御魂の月の神はこの世を生かし清めむと 卑しき人の子と生れ神の使とえらまれて 言霊つるぎ振りかざし天津御国の権威もて 醜の曲霊をことごとく言向和し地の上に 奇しき楽しき神の国を建てて万有に生魂の 瑞の栄光をあたへむと朝な夕なに真心の 限りをつくし身を尽しいそしみたまふぞ畏けれ 仰ぎ敬へ伊都御霊慕ひまつれよ美都御霊。 三 綾に畏き瑞の神伊都の御神の御命もて 総てのものに歓喜と栄光と平安を降しつつ 青人草のたましひを静かに治めしめ玉へ 御神を慕ふ吾々をいや永久に万代に 守り幸はへたまへかし謹みかしこみ願ぎまつる。 四 三つに神業を別ちつつ天と地とを只ひとり うしはぎ玉ふ元津御祖真の神のみさかえを いやとこしへに賞めたたへ仕へまつらむ真心もちて。 第三八 一 御稜威かがやく高天原の貴の宝座にマヅラスバラ ボーヂーサットヷの声の如カラビンセラビン勇ぎよく 常世の春をうたふなり実にも尊き天津国の 司とあれます大神の大御さかえは天地に 溢れて充ちつつ叫びつつ。 二 瑞の御魂の御使が神の御教をいさぎよく うたへばももの草も木も皆まつろひてうたふなり 神の御つかひ貴の御子天にも地にもみ栄光あれと。 三 あめつち百の神人や山海川野も声そろへ 神のみいづをうたふなりあな尊きかな伊都の神 この世を浄むる美都御魂天にも地にも御栄光あれと。 第三九 一 永久に坐ます元津御祖神奇しきみいづの輝きて 天津御使集ひまし玉の小琴を掻き鳴らし マヅラスヷラやマノーヂニヤガンダルヷをかなでつつ 貴のみめぐみに報いむと勤しみ仕ふる芽出度さよ 神の大道に生かされしわれ等は神国のこのすがた はるかに拝み御栄光を畏み嬉しみ祝ぎまつる。 二 神の造りし神の世にみたまのふゆを蒙りて 生れ出でたる民草はしこの嵐にもまれつつ きたなき罪の身となりぬあゝ罪ふかき人の身は 元津御国へ如何にして安々還り得らるべき 底なき地獄におちいりて永久の苦みにふるふ身を 瑞の御神は友となり力となりてねもごろに 仁慈の御手を伸ばしつついとなつかしきかんばせを われらに向けさせ玉ひつつ天津御国へみちびきて 栄光と平安とよろこびを授けたまふぞ尊けれ あゝなつかしき瑞御魂あゝしたはしき月の神。 三 伊都の御魂や美都御魂塵に染まりし吾からだ いとはせ玉はず宮として鎮まり坐しまし諸々の 光をさづけ楽しみに酔はせ身魂を弥遠に 生かせたまふぞ嬉しけれ。 四 霊と力と身体の三ツの大元を一つとし 現れたまひし伊都の神大国常立の大神は 天地百の身魂をば完全に具足に造り了へ 始め終りの主としてスメール山に腰を据ゑ 三千世界を隈もなく守らせたまふ御いさをを われ人ともに勇ましくたたへ奉らむ大前に あゝ惟神々々神のいさをぞ尊けれ。 第四〇 一 われらが崇むる真の神は嶋の八十嶋八十の国 海川山野の草も木も禽獣に至るまで みいづを称へぬものぞなきよろこび称へよ人の子よ ほめよ称へよ人の子よ。 二 貴き稜威は天地四方の国々嶋々隈なく照りぬ 大地も御稜威を仰ぎ見てその崇高さに打ちふるふ ほめよ称へよ神のいづ。 三 誰かは否まむ神の御神業を誰かは拒まむ神の御むねを。 四 すべてのぬしなる御神に従へまことの権力は天にこそあれ。 五 天津御空も地の上も称への御歌聞ゆなり 厳と瑞とはまことの神よと。 第四一 一 ちからの主とあれませる元津御神の宣り言は 山川草木も打ち伏して御旨のままに従はむ 伊都の言霊清くして天津空なる月も日も 歩みを止めて大前に寄りて仕ふる尊さよ。 二 山と寄せくる荒浪も地震雷鳴火の雨も 来らば来れ寄せ来れ神は吾等と倶にあり 天地経綸の主宰者なる人は神の子神の宮 神と親しくある身魂は如何なるなやみも恐れむや 吾等も神の子神の宮神は吾等と倶にあり。 三 いかに荒ぶる夜嵐も虎狼や獅子熊の 伊猛り狂ふ暗の夜も神の恵のある上は 犯す術なき神の国人は神の子神の宮 神に習ひて世にあらば醜の曲霊も露と消え 嵐も和ぎて天津国の清けき安き花園と 易るぞ目出度き珍の御国ほめよたたへよ神のその うたへよ舞へよ神の子等。 四 尊き厳の御声は天津御空に雷のごと 鳴り轟きて聞えけり綾の高天の聖き場に 進め進めと宣りたまふあゝ有難し神の声 あゝかむながら神の声。 五 陸地の上に生出でし御子よ伊都の御霊の御前に かしこみ鰭伏し貴の御名を称へよ祝へよ真心こめて 粟生すつかさも跪づきて御名を称ふる時来るらむ。 |
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霊界物語 | 63_寅_伊太彦の物語 | 04 山上訓 | 第四章山上訓〔一六一一〕 玉国別の一行はスダルマ山の麓にて 伊太彦徒弟に立別れ焦つく如き炎天の 音の名高き急坂を汗をたらたら絞りつつ 迦陵嚬伽の鳴く声に慰められつ登り行く 見渡す限り野も山も緑彩どる夏景色 眺めも飽かず頂上に黄昏ちかき夕の空 漸く辿りつきにけり。 真純『お蔭によつて此急坂を漸く無事に登つて参りました。今夜は月を枕に草の褥、蒼空の蒲団を被つて安けき夢を結びませう。天空快濶一点の暗雲もなく、星は稀に月の光は吾等一行を照らし守らせたまふ有難さ愉快さ、旅をすればこそ、こんな結構な恵の露に霑ふ事が出来るのですなア』 三千『本当に愉快だ。スダルマ山の峠の頂上に月の光を浴びて寝ると云ふ事は、実に爽快の気分に漂はされる。四方の山野は宏く遠く展開し、西南方に当つてスーラヤの湖は鏡の如く月に輝き恰も天国のやうだなア。先生是からは下り阪、今晩は此処で寝む事に致しませうか』 玉国『本当に有難い事だ。此処で一夜の雨宿り、恵の露を浴びて霊肉共に天国に進まう。併し乍ら先づ第一に吾々の務めを果し、神様に感謝の言葉を奏上し、それから悠りと話でも交換して華胥の国に入らうぢやないか』 三千『さう願へば実に有難いです』 と茲に一同は声も高らかに、スダルマ山の谷々の木魂を響かせ天津祝詞を奏上し、終つて蓮の実を懐より出し夜食にかへ四方八方の話に時を移し、且つ歌など詠んで楽しんで居る。 玉国別『大空に輝く月も安々と 傾きたまへば軈て明けなむ。 此景色天津御国か楽園か 何に譬へむ術もなければ』 真純彦『スダルマの山の尾上に来て見れば いよいよ高き月の輝く。 真澄空星はまばらに輝けど 月のみ独り世を知し召す』 三千彦『大空に星はみちけり三五の 月の光も天地にみちぬ。 みちみちし神の御稜威を只一人 頂きにけり三千彦の胸に。 さりながら天津御空に照り渡る 玉国別の恵忘れじ』 治道『三五の神の司と諸共に 伊都のみやこに行くぞ楽しき。 村肝の心に宿る曲神も 逃げ散りにけり月の光に』 デビス姫『師の君の御跡慕ひて背の君と 漸く登りぬ恋の山路を。 見渡せば吾故郷は霞みけり テルモン山の雪のみ見えて』 治道『ベル、バット軍の司は今いづこ 早や泥棒となり果てし彼』 三千彦『吾が寝ねし隙を窺ひ抜足に 近よりバット首を掻かなむ。 心して今宵一夜は眠るべし ベルとバットの曲のありせば』 玉国別『ベル、バット如何に力は強くとも 吾には神の守りありけり。 身の外の仇に心を焦すより 吾身の中の仇を恐れよ』 デビス姫『皇神と吾師の君の在す上は 何か恐れむ露の夜の宿も』 真純彦『いざ来れベルもバットも曲津見も 生言霊に服へて見む。 大空に輝く月の影見れば 吾心根の恥かしくなりぬ』 斯く互に歌ひ終り、蓑を敷き雑談に耽つた。 治道『拙者の部下に使つて居たベル、バット其外の連中が軍隊を放れて猛悪な泥坊となり、四方に放浪して数多の人間を苦しめるのを思へば、早や私は立ても居ても居られないやうな苦しい思ひが致します。どうしても人間は境遇に左右せらるるものと見えますなア。吾々は自分の罪は申すも更なり、部下一同の罪を贖ふために将軍職を廃し、治国別様の御教によりて三五教の教の子となり、比丘となりてビクトル山に根拠を構へ同僚三人と共に交る交る天下を遍歴して居ますが、思へば思へば神様に対し恥かしい事です。かう云ふ部下が出来たのも全く私の罪で厶います』 と述懐を述べ、吐息をついて涙に沈む。玉国別は気の毒さに堪へやらぬ面持にて言葉静かに、 『治道居士様、必ず御心配なさいますな。現在親子の間でも、体は生んでも魂は生みつけぬと云ふ譬が厶います。決して貴方の罪では厶いませぬ。其人々の心の垢によつて種々と迷ふのですよ。吾々人間の精神といふものは、いつも健全なものでは無い。時々一時的の変調異常が起るものでこの異常には五つの型があるやうです。 先づ 第一は利欲に迷ふた時だ。利欲に迷ふた時は誰人も冷静な判断と周密な考慮を失ひ易いものだから、利を以て釣らるる事が多いものだ。たとへば他人の物品を預かつて居るやうな場合にフト「是が自分のもので在つたらなア」と云ふやうな心が浮ぶと、責任観念などが無くなり、それを自分が使つた場合の状態などに眩惑されて自分のものに為たり、また平生から欲しい欲しいと思つて居るものが眼の前にあると前後を考へる暇がなくなつて万引をしたりするやうに成る、これは言ふまでも無く副守先生の発動で、利益のために理智を塞がれ健全なる働きをせないといふ事に原因するものです。 第二の型は、強い強い刺戟に接した時だ。単純な蔭口位ゐ聞いても心を乱さない様な人間でも、面と向つて手酷しく痛罵されると、吾身を忘れて予期しなかつた行為をしたり、また普通の異性に対しては普通の態度が保たれ得る人間が、美しく化粧した異性の誘惑的な嬌態に接すると日頃の平静を破られやすいと云ふ様に同じ刺戟でもその程度によつて精神に異常な影響を与へる事がある。無論是等はその人間の先天的性質や後天的教養によつて程度の差が在ることは云ふまでもないが、副守先生の活動に原因する事が最も多いのである。又異常なる強烈な刺戟が人間の精神を異常ならしむると云ふ事は間違ひの無い事実だ。 第三の型は、焦心したり狼狽した時に起る精神の状態だ。こんな時には精神の活動が安静を欠いで居るので精神的の作業にしても、又肉体的の作業にしても過失や失敗を招き易いものだ。少々許りの失策を隠さうと為たために却て、その失策を大きくしたり、又少々の損失に狼狽した結果、大損失を招くやうな事をした事実は、能く世にあることだ。こんな時には副守先生の最も煩悶を続けて居た際である。 第四の型は、失意の時と得意の時だ。失意の時には精神の能率が減退して因循になり、消極的になつて努力を厭ふやうな傾きになり、得意の時には其反対に精神の能率が増進して快活になり、積極的になつて努力を惜まぬやうになるものです。従つて事業の成功と身体の健康慰安のある時と無い時、名誉を得た時と恥を受けた時とは其精神に及ぼす影響は全く正反対だ。そして精神が極端に沮喪した時は余り消極的になる結果、次第々々に社会生活の敗残者となり、極端に精神を発揚した時は積極に進み過ぎた結果、実力以上に仕事をするやうに成つて冒険的や独断的に走るやうに成るものだ。これも副守先生の活動の結果と云つても良い位なものです。 第五は迷信に陥つた時に起る精神状態だ。不健全なる信仰を持て居る人間は其他の方面の事物に就ては普通の判断を誤ることが無いにも拘らず、信仰の方面になると著しい誤解を来たすものです。従つてそれが難病治癒に関する場合であつても又利欲に関して居る場合であつても、冷静な判断や、前後の考へも廻らす余裕がなくなつて遂に、幼者を誘拐したり、死体を発掘したり、或は七夕の夕に七軒の家から物を盗む様になるのです。以上の外に婦人が妊娠、月経などの生理的原因に基いて、一時的に精神に異常を来すことは言ふまでも無いことです。それだから凡ての人間は狂人の未製品だ予備品だ、と言つたのだ。伊都の教祖や美都の教主而己が突発性狂人では無い。本正副守護神さまの容器たる人間は実に不可思議なものです』 治道『有難う御座います。貴師の御説に由つて拙者も漸く安心致しました。人間と云ふものは実に困つたものですなア』 三千『治道様、貴方も先生のお説で御安心なさつたでせう。私も一寸得心致しました。併し乍ら突張の無い蒼雲の天井の下に寝るのですから、何時頭の上に月が落ちて来て目を醒ますか、ベル、バットがやつて来て、玉を取るか分りますまいが、そこは惟神にまかして寝みませうか。比丘さまは経が大事、拙者は明日が大事だ』 治道『アハヽヽヽ。然らば御免蒙つて寝みませう』 茲に一同はスダルマ山の峠の頂上に、河も無きに白河夜船を漕いで眠つて仕舞つた。一塊の黒雲天の一方に起るよと見るまに忽ち満天に急速力をもつて拡がり、今迄皎々と照り輝いて居た月も星も皆呑んで仕舞つた。かかる所へ峠をスタスタと登つて来た二人の覆面頭巾の男があつた。此男は云ふ迄もなく、ベル、バットの泥棒である。二人は鼾の声を聞きつけ小声になつて、 ベル『オイ、バット、何だか暗がりに、フゴフゴと云つたり、粥を炊くやうにグツグツグツグツと云ふやつがあるぢやないか、こんな所に畚売りも登つて来る筈もなし、お粥を炊く婆も居る道理が無い。一体何だらうな、余りバットせぬぢやないか』 バット『これや、ベル、大きな声でシヤーベルない、バットせないのが俺達の豊年だ。此奴はどうしても人間の鼾だよ。一つそつと枕探しでもやつてボロつたらどうだ。こんなよい機会は又とあるまいぞ』 ベル『枕探しと云つても、こんな山の上に枕をして寝て居る奴も無いぢやないか、探さうと云つても真暗で一寸先も分りやしない。どうしたらよからうかなア』 バット『真暗の中を探すからまつくら探しだ、暗がりに仕事が出来ないやうな泥棒が何になるかい』 治道居士は横になつた儘一目も寝ず、玉国別一行の保護の任に当つて居た。夫故ベル、バットの囁き声を残らず聞いて居る。そんな事とは知らぬ両人は声低に尚も囁きを続けて居る。 バット『オイ、鬼治別将軍も、随分耄碌したものぢやないか。あれだけ権要な地位を放り出して身窄しい比丘となり、昨夜も昨夜とて祠の森に寝て居たぢやないか。いい馬鹿だなア。大方彼奴は発狂したのかも知れないねえ』 ベル『そんな事は云ふだけ野暮だよ。喇叭を法螺貝にかへ三千の部下を棄て、只一人墨染の衣を身に纒ひ殊勝らしく乞食に廻ると云ふのだから大抵極つて居るわ。あいつは治国別と云ふ極道宣伝使に霊をぬかれ、呆けて仕舞つたのだよ』 治道居士は一つ喝かしてやろうと、法螺貝を口に当て、ブウブウと吹き立てた。寝耳に水の法螺の声に二人は驚きドスンと其場に尻餅をつき慄い戦いて居る。治道居士は闇の中から細い作り声をしながら、 『諸行無常是生滅法、生滅滅已寂滅為楽』 と称へてみた。 バット『オイ、ベル彼奴は法螺の化者だ、俺達にわざをしようと思うてあんな事を吐きやがる。一つ此方にも武器があるのぢやから対抗せなくてはなるまい。かう云ふ時には悪事災難除けに大自在天大国彦命様のお助けを蒙るために陀羅尼を称へるに限つて居る』 ベル『泥棒が陀羅尼を称へても神様は聞いて呉れるだらうかなア』 バット『きまつた事だ。是から俺が化物に対抗して見るつもりだ。 イテイメーイテイメーイテイメー イテイメーイテイメーニメー ニメーニメーニメー ニメールヘールヘー ルヘールヘースッヘー スッヘースッヘースッヘー スッヘースヷーハー』 ベル『そりや何と云ふことだい。妙なことを吐くぢやないか。痛いわい痛いわい痛いわいなアんて』 バット『これは陀羅尼品の文言だ。是を義訳すれば、「是に於て斯に於て爾に於て氏に於て極甚に我無く吾無く身も無く所無し倶に同じくす己に興し己に生じ己に成じ而して住し而して立ち亦住す嗟嘆亦非ず消頭大疾加害を得る無し」と謂つて有難い御経だ。大病にも罹らず一切の難を受けないと云ふ呪文だ。今の比丘比丘尼どもは、「いでいび、いでいびん、いでいび、あでいび、いでいび、でび、でび、でび、でび、でび、ろけい、ろけい、ろけい、ろけい、たけい、たけい、たけい、とけい、とけい」と囀つて居るのだ。恰度油蝉が樹上に鳴いて居る様に聞こえるから、サンスクリットで唱えたのだ。アハヽヽヽ』 附記註解 陀羅尼品 経語義訳梵語 伊提履(於是)イテイメー 伊提泯(於斯)イテイメー 伊提履(於爾)イテイメー 阿提履(於氏)イテイメー 伊提履(極甚)イテイメー 泥履(無我)ニメー 泥履(無吾)ニメー 泥履(無身)ニメー 泥履(無所)ニメー 泥履(倶同)ニメー 楼醘(己興)ルヘー 楼醘(己生)ルヘー 楼醘(己成)ルヘー 楼醘(而住)ルヘー 多醘(而立)スッヘー 多醘(亦住)スッヘー 多醘(嗟嘆)スッヘー 兜醘(亦非)スッヘー №兜(消頭大疾無得加害)スッヘースヷハー ○ 法螺貝の声は益々高くなつて来る。玉国別外一同は直に夢を破られバットが称ふる陀羅尼の声を興味をもつて聞いて居た。治道居士頓に大きな声で、 『拙者は月の国ハルナの都に名も高き、バラモン教の神司、大黒主の神の幕下、鬼春別将軍のなれの果、今は三五教の信者治道居士と申す比丘であるぞよ。汝ベル、バットの両人早く心を入れ替へ、神の正道につけ』 と厳かに呼ばはれば、二人何となく其言霊に打たれて、『ハイ』と僅かに云つたきり其場に跼んで仕舞つた。黒雲の帳をやぶつて大空の月はパツと覗かせたまふた。一同の姿は昼の如く見えて来た。 治道『黒雲に包まれたまひし月影も 誠の光あらはしたまひぬ。 ベルバット心の雲を押し除けて 玉の光を研き照らせよ』 と詠みかけた。二人は恐る恐る慄ひ声にて、 バット『村肝の心の闇を照らすため 神の恵の燈火ともさむ。 今迄の深き罪咎赦せかし 元津御霊にかへる吾身を』 ベル『盗みする心は露もなけれども 醜の鬼奴に使はれけるかな。 鬼春別軍の君の御前に 拝む吾を赦させたまへ。 三五の清き教の神司 吾を許せよ神のまにまに』 治道『村肝の心の暗の晴れぬれば その身も明かく清まりぬべし』 玉国別『ベル、バット二人の男子に言告げむ 神は誠の恵なるぞや』 バット『有難し司の君の御言葉に 胸は晴れけり心澄みけり。 吾心バット明るくなりにけり 神の教の燈火に遇ひて』 ベル『大空の月に心を照らされて 心恥かしくなりにけるかな。 今迄は醜の曲霊にさやられて 黒白も分かず踏み迷ひけり』 治道『大空に輝く月の御姿を 心となして世を渡れかし』 三千彦『スダルマの山の尾上に仮寝して 今日はうれしき夢を見しかな』 真純彦『村肝の心の空は真純彦 かかるくもなき今宵の嬉しさ』 デビス姫『あら尊月の恵の輝きて 二人の御子の蘇生りぬる』 斯く話す所へ天空に嚠喨たる音楽聞え、月を笠に被りながら一行が前に雲押し分けて悠々と下りたまうた大神人がある。玉国別一同はこの神姿を見るより忽ち大地に平伏し感涙に咽んで居る。この神人は月の御国の大神に在しまして産土山の神館に跡を垂れたまひし、三千世界の救世主、神素盞嗚の大神であつた。大神は一同の前に四柱の従神と共に輝きたまひ、声も涼しく神訓を垂れたまうた。一同は拝跪して感謝の涙に暮れながら一言も漏らさじと謹聴して居た。 神素盞嗚の大神が山上の神訓 一、無限絶対無始無終に坐しまして霊力体の大元霊と現はれたまふ真の神は只一柱在す而已。之を真の神又は宇宙の主神と云ふ。 汝等、この大神を真の父となし母と為して敬愛し奉るべし。天之御中主大神と奉称し、又大国常立大神と奉称す。 一、厳の御霊日の大神、瑞の御魂月の大神は、主の神即ち大国常立大神の神霊の御顕現にして、高天原の天国にては日の大神と顕はれ給ひ、高天原の霊国にては月の大神と顕はれ給ふ。 一、愛善の徳に住するものは天国に昇り、信真の光徳に住するものは霊国に昇るものぞ。 一、此外天津神八百万坐しませども、皆天使と知るべし。真の神は大国常立大神、又の名は天照皇大神、只一柱坐します而己ぞ。 一、国津神八百万坐しませども皆現界に於ける宣伝使や正しき誠の司と知るべし。 一、真の神は、天之御中主大神只一柱のみ。故に幽の幽と称え奉る。 一、真の神の変現したまひし神を、幽の顕と称へ奉る、天国に於ける日の大神、霊国に於ける月の大神は何れも幽の顕神なり。 一、一旦人の肉体を保ちて霊界に入り給ひし神を顕の幽と称え奉る。大国主之大神及び諸々の天使及び天人の類を云ふ。 一、顕界に肉体を保ちて、神の大道を伝え、又現界諸種の事業を司宰する人間を称して顕の顕神と称へ奉る。 而して真に敬愛し尊敬し依信すべき根本の大神は幽の幽に坐します一柱の大神而已。其他の八百万の神々は、主神の命に依りて各その神務を分掌し給ふものぞ。 一、愛善の徳に住し信真の光に住し、神を愛し神を信じ神の為に尽すものは天界の住民となり、悪と虚偽とに浸りて魂を曇らすものは地獄に自ら堕落するものぞ。 斯く宣り終へたまひて以前の従神を率ゐて紫の雲に乗り大空高く月と共に昇らせたまふた。 玉国別『素盞嗚の瑞の御霊の御恵に 教の泉湧き出でにけり。 昔よりためしも聞かぬ御教を 居ながらに聞く事の尊さ』 治道『水火の中をかい潜り求ぎて往くべき道芝の 恵の露に濡れながらスダルマ山の頂上に 聞くも嬉しき御教あゝ惟神々々 神の恵を赤心に留めて感謝し奉る』 三千彦『大空ゆ瑞の御霊の下りまして 生命の清水与へたまひぬ』 デビス『夜の露うけて寝らう身の上に 注がせたまひし恵の御露』 真純彦『大空の雲押し分けて輝きつ 真澄の水の教を賜ひぬ』 治道『あら尊誠の神の御姿に 謁見まつりし吾ぞ嬉しき』 ベル『村肝の心の闇の晴れ往きて 誠の神の光に遇ひぬ』 バット『限りなき神の恵を悟りけり 悔改めて正道に入らむ』 茲にベル、バットの両人は心の底より悔改め、玉国別一行に従ひて聖地エルサレムを指して進む事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・五・一八旧四・三於教主殿二階加藤明子録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 20 困客 | 第二〇章困客〔一八〇九〕 『瑞魂の大神が勅命を畏みフサの国 ウブスナ山の霊場ゆ月の神国に蟠まる 大黒主の悪身魂言向和し天国の 神園に救ひ助けむと照国別の宣伝使 一行四人は河鹿山烈しき風に吹かれつつ 祠の森や山口や怪しの森を乗り越えて 彼方此方と駆けめぐり神の誠の御教を 国人達に宣り伝へ病めるを癒し貧しきを 救ひ助けて今此所に百の神業仕へつつ トルマン国の危難をば救ひて此所迄来りけり あゝ惟神々々神の身魂の幸ひて 吾等が使命を詳細に遂げさせ玉へと願ぎ奉る 大日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くる共 仮令大地は沈むとも曲津の神は猛ぶとも 誠の神の御力吾身に浴びし其上は 如何なる曲も恐れむや進めや進めいざ進め 吾等は神の子神の宮虎狼や獅子熊や 鬼や大蛇の曲神が如何程猛り狂ふとも 何か恐れむ敷島の大和男子の宣伝使 勝利の都に至る迄いつかな怯ぬ雄心の 大和心を振り起し進みて行かむ大野原 地獄は忽ち天国と吾言霊に宣り直し 上は王侯貴人より下旃陀羅に至るまで 神の救ひの手を伸べて一蓮托生救ひ上げ 瑞の霊の神力を現はしまつる吾使命 遂げさせ玉へ惟神皇大神の御前に 畏み畏み願ぎ奉る三千世界の梅の花 一度に開く神の国開いて散りて実を結ぶ 日の大神や月の神大地を守らす荒金の 司とゐます瑞魂神素盞嗚の大神の 深き恵は忘れまじ尊き勲功は忘れまじ 進めよ進めいざ進め悪魔の砦に立向ひ 摂受の剣を抜き持ちて言向和すは案の内 アヽ勇ましや勇ましや神の使命を身に受けし 名さへ尊き宣伝使到る所に敵はなし バラモン教やウラル教如何程刃向ひ来るとも 皇大神の賜ひてし厳言霊の光にて 暗夜を照らし神徳を月の御国に輝かし 照らさにやおかぬ吾使命守らせ玉へと願ぎ奉る アヽ惟神々々霊幸ひましませよ』 斯く歌ひ乍ら入江の村近き田圃道まで、やつて来たのは照国別、照公、梅公別の三人であつた。 照公『モシ、先生、モウ日も暮れ近くなりましたが今晩は入江の村で宿をとり、緩り休息を致しまして、明日は船でスガの港へ行かうぢやありませぬか』 照国別『成程、大分に疲れたやうだ、先づ此所で一服しよう。モウあの村へは遠くはあるまいから』 梅公別『先生、今晩は是非入江村で泊りませう。浜屋と云ふ景色よい宿屋が御座いますから是非そこへ泊つて、明日スガの港に着く事に致しませう。スガの港にはアリスと云ふ薬屋の長者がありまして、その息子には、イルク、娘にはダリヤ姫と云ふ熱心な三五教の信者が居ります。キツト待つて居るに違ひありませぬから』 照国『さうだ、梅公別さまは一度お泊りになつた事があるさうだから、心安くてよからう』 照『四方八方の景色を遠く見渡せば コバルト色に遠山かすめり』 照国『薄墨にぼかしたやうな山影は スガの里なる高山ならむ』 梅『夏草の生ひ茂りたる広野原 進み行く身の楽しくもある哉。 今日の日も早や暮れむとす草枕 旅の疲れを宿に癒さむ』 三人が休んでゐる後の草の中から何だか、ウンウンと呻り声が聞えて来る。梅公別は耳敏くも之を聞き、ツカツカと叢の中の呻き声を尋ねて近づき見れば、醜い賤しい面をした坊主が一人半死半生の態で倒れて居る。梅公別は直様天の数歌を奏上するや、倒れ人はムクムクと起き上り、 『何方か知りませぬが、よくまア助けて下さいました。拙僧はバラモン教の修験者で天真坊と申します』 梅公別は、どこか見覚えのある顔だなア……とよくよく念入りに調べて見ると、オーラ山に立籠つて大望を企んでゐた妖僧の玄真坊なる事を知り、 『やアお前は玄真坊ぢやないか、オーラ山で改心をすると云ひ乍ら、再び悪に復つて三百の手下を引率れ、各地に押入強盗をやつて居ると云ふ噂であつたが、天罰は恐ろしいものだ。何人に、お前は虐げられて、こんな所へ倒れて居たのだ。察する処持前のデレ根性を起し、女に一物を締つけられ、息の根の止まつたのを幸ひ、かやうな淋しき原野に遺棄されたのだらう、扨も扨も憐れな代物だな』 玄『これはこれは恐れ入りました。私はお察しの通り、女に睾丸を締めつけられ、三万両の金をぼつたくられ、かやうな所へ、ほかされたもので御座います。只今限り悪事は止めまする。さうして女等には、キツト今後目をくれませぬから、何卒私をお荷物持にでも構ひませぬ、お伴に連れて行つて下さいませぬか』 梅『やア、俺にはお師匠様がある。俺一人の一量見では如何する事も出来ぬ。先づお師匠様の御意見を聞いた上の事にしよう』 照国別は最前から二人の問答を聞き終り様子を知つて居るので、梅公別の言葉も待たず、 『ヤ、玄真坊とやら、最早や日の暮にも近いから、緩りと宿屋にでも行つて話を承はらう。之から吾々は入江村の浜屋旅館に一泊するつもりだ。お前も一緒に行かうぢやないか』 玄『へ、何と仰有います、浜屋旅館にお泊りで御座いますか。あの家はお客があまり沢山で、どさくつてゐますから、少し景色は悪う御座いますが、玉屋と云ふ立派な宿屋がありますから、其処へお泊りになつては如何で御座いませう。私もお伴をさせて頂きますから』 梅『ヤ、一旦浜屋旅館と相談が定つた上は是非とも浜屋へ行かう。吾々の精霊は已に浜屋に納まつて居るのだから』 玄『そら、さうで御座いませうが、ならう事なら待遇も良し、夜具も上等なり、家も新しう御座いますから、玉屋になさつたら如何で御座いませうかな』 梅『ハヽヽヽヽ、此男は十日許り浜屋旅館に泊つてゐたのだらう。越後獅子に小ぴどくこみ割られ、捕手にフン込まれた鬼門の場所だから、浜屋は厭だらう。ヤ、それは無理もない。然し吾々がついてゐる以上は大丈夫だ。ソツと後から跟いて来い。お前の身柄は引受けてやるから、その代り今迄のやうな心では一日だつて安心に世を暮す事は出来ぬぞ。心の底から悔い改めるか、どうぢや』 玄『ハイ、生れ赤子になつてお仕へ致します。何卒お助け下さいませ』 梅『ウン、ヨシ、先生、今斯様に申してゐますが、然し乍ら此奴の悪事は芝を被らねば直らない奴で御座いますが、私も何とかして、改心をさして遣り度う御座いますから、お伴をさせて下さいませ。梅公別が無調法のないやうに引き受けますから』 照国『兎も角、二三日間連れて見よう。如何してもいかなけりや、突放す迄の事だ。さア日も暮れかかつた、急いで行かう』 と又もや声も涼しく宣伝歌を歌ひ乍ら入江村の浜屋をさして進み行く。 浜屋の表口にさしかかると客引の女が、二三人門口に立つて、 女『もしお客さま、どちらにお出で御座います。明日の船の都合も宜しう御座いますから此方にお泊り下さいませ。十分丁寧に、待遇も致しますから。さうして、加減のいい潮湯も沸いてゐますから、何卒当家でお泊りを願ひます』 梅『ヤ、お前がさう云はなくても、此方の方からお世話になりたいと思つて来たのだ。一行四人だ、よい居間があるかな』 女『ハイ、裏に離棟が御座いまして、そのお座敷からはハルの海の鏡が居乍らに見えまする。何なら二三日御逗留下さいますれば、真帆片帆の行き交ふ景色は、まるで胡蝶が春の野辺に飛び交ふやうで御座います』 梅『もし先生、さアお這入り下さい』 照国『そんなら御免蒙らうか』 と先に立つて縄暖簾をくぐる。玄真坊はビクビク慄ひ乍ら、照国別の後になり小さくなつて跟いて行く。次に照公、梅公別は亭主や下女に愛嬌を振り撒き乍ら、奥の離棟に進み行く。 先づ入浴を済ませ夕食を終り、四人は浴衣がけになつて、団扇片手に罪のない話に耽つて居ると、表の二階の間に、なまめかしい声が聞えて来る。梅公別は不思議さうに首を傾け聞いてゐる。 照『これ梅公別さま、何思案をして居るのだい。ありや何処の女が客とふざけて居るのだい』 梅『いや、どうも合点の行かぬ声だ。千草の高姫ぢやあるまいかな』 照『ヘン、馬鹿を云ふない、千草の高姫が、こんな所へ泊るものか。彼奴は屹度何処かの王城へ忍び入り、又もや刹帝利の后に化け込んでゐやがるだらう』 梅『ヤ、どうも怪しいぞ。一つ照公、お前調べて見てくれぬか』 玄真坊は小さい声で、 玄『モシお三人さま、あの声は千草の高姫に間違ひ御座いませぬ。私の睾丸を締めつけ、三万両の金をぼつたくつた大悪人で御座います。何卒彼奴をとつちめ、三万両を取り返して下さい。さうすりや一万両宛、お前さま等に進上致しまする』 梅『馬鹿を云ふな、吾々は金なんか必要はない。況して左守の館でぼつたくつた金ぢやないか』 玄『ハイ、お察しの通りで御座います』 梅『どうやら千草の高姫の相客は人間ぢやないらしいぞ。先生、之から私が正体を見届けて来ます。何卒暫く此処に待つて居て下さいや』 照国『人さまの居間へ飛び込んで調べると云ふ失礼な事はないぢやないか、そんな事せずとも自然に分つて来るよ』 斯く話す時しも二階の障子をサツと開けて離れ座敷を覗いたのは千草の高姫であつた、梅公の顔と高姫の顔はピツタリと合つた。千草の高姫は梅公の顔をパツと見るより、恋しいやら怖ろしいやら、顔を真蒼にしてピリピリと慄ふた。妖幻坊の杢助は高姫の様子の只ならぬに不審を起し、 『オイ、高チヤン、お前は様子が変ぢやないか、何をオヂオヂして居るのだ』 千『杢助さま、あれ御覧なさいませ、三五教の照国別、照公、梅公別の三宣伝使が離棟の居間に泊つて居ます。そして玄真坊が横にゐますのを見れば、三万両の金を取り返す為に、息をふきかへして来たものと思はれます』 杢『やアそりや大変だ、三五教の奴と聞けば俺もチツト虫が好かない、何とかしてお前と二人、此所を逃げ出さうぢやないか』 千『杢助さま、貴方も気の弱い事を仰有いますな、斎苑の館で彼奴等を家来扱をして居つたぢやありませぬか。一つ貴方の大きな声で、呶鳴つて下されば照国別等と云ふへぼ宣伝使は、一たまりもなく逃げ出すぢやありませぬか』 杢『ウン、それもさうだが、今荒立てては事が面倒になる。俺にも一つの考へがあるからのう』 千『智謀絶倫と聞えた貴方の事ですから、滅多に如才はありますまい。それで何も彼も貴方にお任せ致して置きます』 杢『ウン、今夜の処置は俺に任しておけ。俺に計略があるから、さア千草の高姫、此方へおじや』 と云ひ乍ら二階の段梯子をトントントンと下り、表へ出て番頭に小判を一枚握らせ、 杢『一寸月を賞して半時ばかり経てば帰つて来るから、表戸開けて置いてくれよ』 と、巧く誤魔化し高姫と共に浜辺に駆け出し、一艘の舟を盗んで[※第72巻第2章では高砂丸という客船に乗り込んだことになっている。]一生懸命にハルの湖の波を分けてスガの港へ向け漕いで行く。 照国別の一行は一夜を此所に明かし、あくる日の朝早くより一艘の船を誂へ、之亦スガの港をさして進み行く事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一五・二・一旧一四・一二・一九於月光閣北村隆光録) (昭和一〇・六・二四王仁校正) |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治36年旧1月3日 | 明治三十六年旧正月三日 今度お役に立るのは、水晶魂の選り抜きばかり、神がうつりて参るぞよ。八百八光の金神どの、出雲の大社様は、日本をおかまいなさる金神、かねの神、竜宮能音霊女さまも御出で遊ばすぞよ。今迄霊魂を落して在りたが、世の変り目に神の御役に立てるぞよ。昔の神代に復すぞよ。外国印度も一つにするぞよ。一つの王で治めるぞよ。日の大神様と月の大神様の御差図で、鬼門の金神が此世の世話をいたすぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正元年旧3月8日 | 大正元年旧三月八日 大国常立尊変性男子の御魂が出口の大神と現はれて申して在る通り世界の実地を致して身魂の善し悪しを分けて見せて与らんと改心は出来んから、其処まで致すのは可愛想に思うて知らすなれど知らして与りて何時まで同じ事を致して居りてもチットも反響が無いから実地の生神が実地を始めて、此の世はどういふ事で茲までの事が出来たのじゃと言ふ事を判けて見せて与るぞよ。皆元の先祖の骨折りで茲までの事が成りて来たので在るのに、此の世を建造へた元を無いやうに為て、他の苦労で出来た此の世を、我が物にしてまた悪を強く致して人の精神をモウ一つ男も女も子供も悪賢う致して行りて行かうとの世界中の目的で在らうがな。今までは賊の世で在りたから、天地の神は見て見ん振りを致して居りたなれど、モウ程なく神力を現はして悪の陰謀は天地から許さんぞよ。此の世は悪では一寸も行けんといふ事を実地を仕て見せて与るぞよ。永い間の仕組が開けるので在るから、ソウ着々とには行かねども、申して在る通り何れは世界中が成りて来るぞよ。此の世が来るから明治二十五年から出口直の身魂は因縁ある身魂であるから、初発から激い行業を命せて、他から見ると純狂者で有りたのは誰一人見判ける人民が無い故に大きな声で呼号らすから、皆が怖がりて大分騒動を為せたなれど、此の狂者に云はした事も書かした事も皆天地の先祖が使うて致させたので在るからチットも違ひは無いぞよ。腹の中の塵芥を薩張り出して了うても是れで良いと言ふ事はないから、充分改心を致して居りて下されよ。世界の事が何も一度に開く梅の花と成ると言ふ事が毎度申して知らして在らうがな。外国には余り王が沢山で今の体裁、司配者が沢山在ると世界には口舌が絶えんぞよ。王と言ふものは彼方にも此方にも在ると苦説の基で在る、昔から我れが王に成らうと致して此の世が治まろまいがな。王といふものはソンナ容易簡便ものでは無いぞよ。我れには苦労無しに、他の苦労で盗みた世を持ちて見ても、今のやうなもので在るぞよ。此の世の王は日本の元からの王より外にはさう安廉と世の元から任命ては無いぞよ。今度二度目の世の立替を致さねば、末代の世の事は外国の王ではナカナカ整頓完備がつきは致さんぞよ。余り大望な事で取違ひも在る筈なれど、大きな取り違ひが有るから、暗黒の世の中に出来て居りて、神は此世に無いもの、無くとも良いといふやうな精神の人民斗りで、改心の仕掛けが出来さうな事が無いが、今の人民には皆世に出て居れる方の守護神で在るから、言うて与ると、何ぞ山師でも致して糊口に致すやうに思うて本真に聞くものが無い非道いもので在るぞよ。 天の御先祖様が世の始まりの御水の御守護遊ばしなされたミロク様が天の御先祖様で、つきの大神様で在りて、三宝金神として、へつい金神と、お竃の上に小さいお厨子で祭りて在る家も在りたなれど、無い勝ちで在りたぞよ。又此の火を御守護遊ばすのが天の御三体の日の大神様で在るぞよ。慈親金神と申して泉庭に祭るのには金神と申して形が祭りて在る家斗りは無りたぞよ。地震金神と申して在りたのが、世界中の御土を固めしめた地の先祖が大国常立尊で在るぞよ。此の三体の神が昼夜の守護致さん事には、此の世の息あるものが、一寸の間も此の世に生活安存が出来んので在るが、其処までの事の判りた守護神が無い故に、元の御先祖様が充分の苦労艱難、口惜し残念を隠忍りて居いで遊ばしても何とも思へんので在るぞよ。世の元の根本からの天地の実地の因縁が是迄には判らずに在りたから、神は要らんものじゃと言ふやうな悪で、何処までも登れるやうに成りて、守護神が悪賢うて悪い事を謀策たら強悪非道に上へ上りて出世が出来て、我れ良しの強者万能の末法の世に成りて居ったので在るぞよ。元の神力の光りの出る時節が迫りて来て、悪の霊は好きな事も悪い事も出来んやうに天地から平らげて了うて是迄の行り方法律をスックリ変更へて了うて洗ひ更への新つの善一つの世で末代の世を立てるぞよ。今迄は逆様に天地の経綸が覆りて居りて、人民の仕て居る事が逆様斗りで在りたから、本様に世を立替致すので在るぞよ。元の神世に世を復元すと、是迄の事は上から下まで何事も薩張り切り変へに新つのいの字から致して、ミロク様の教示通りの世の持ち方に改めるぞよ。天地の先祖の神王を外国の王と同じ事に致して居るが、此れが此の世の悪の始まりで在るぞよ。天地の経綸が違ふから何も逆様斗りより出来んので在るぞよ。天地の王の先祖が此先きの世を松の世と致して、末代善一つの天地の王で治めるので在るぞよ。天地の大神が此の世を建造たので在るから、此の世のものは何も一切天地の王神の物で在るから、其他の身魂には天地を自由には為せる身魂は、一方も無いぞよ。万の神に目論まれて押込められて独り身に成りてドンナ行業も為せて貰うた御蔭で、此の先きの世を松の代に構ふ時節が参りて来たので在るぞよ。末代の世を持ちて行く身魂に成ると、一と通りの行業では勤まらん事で有るぞよ。此の世は末代潰す事は成らんから、誰もよう為ん事の、他の守護神では出来ん事のやう隠忍ん事を身を落して門に立つとこまでの行業を仕て来んと、一通りの身魂では出来ん大望な事斗りで在るぞよ。 世の立替と申すのは身魂の事で在るぞよ。身魂が総ぐもりに成りて了うて暗黒の世の中を、夫れ夫れに身魂を目鼻を着けて、此の先きではモウ世の立替といふ事は無いやうに致さな成らんから、今度の事はコンナ大望な事はモウ無いぞよ。是れ丈けの大望な事を知りた守護神が他の神に無いと言ふやうな酷い事に経綸が乱れて了うて、斯う成る事は皆世の元から見え透いて居りた故に、根本からの事が仕組が仕て有るから、何処から何を問ひに来てもドンナ弁解でも出来る世界の大本で有るから、此の大本に永く這入りて居りて何も判らいでは世界へ耻かしき事が遠からん中に出来るぞよ。心に誠といふ一心の在る身魂で無いと綾部の大本は一寸には判らん所で在ぞよ。 余り尊う過ぎて、皆思いが違ふて居るから、実地の事を。実地正真の生神が、一厘の経綸で、誰もやう為ん事を致して、九分九厘の終いと成りた所で、手の掌を覆して見せんと、未だ今に誠に致さんから、結構なお蔭をやう取らんのは、腹の中に誠といふ一心が無いからで在るぞよ。 言ふても判らず、お蔭の取らせやうが無いなれど、実地の生神が世界中へ一厘の経綸を判けて見せたら、一度に判りて、其処へ成りたら、ドンナ悪い身魂でも、改心が出来るなれど、其の経綸を申したら、此のくもりた世の中の悪い身魂斗りが出て来て、昔からの天の御先祖様の永くの御艱難を、水の泡に仕て了ふやうな守護神が出て来て、無茶に致すから、此の大本の誠の、初発の御用の出来る身塊は無いと申して在ろうがな。 綾部の大本は、今ではまだ実地の事が判らんから、まだ守護神が頑張りて居るなれど、実地の元の誠斗かりを貫行いて来た、天と地との先祖で在るから、是迄の様な嘘偽で固くねた世とは違ふから、一言申した事も実地の事斗り、嘘といふやうな事は、毛筋の横巾も申して無いぞよ。 誠一つの凝りで開く大本で在るから、此の中に置いて貰ふて居りて、嘘と言ふやうな事を申す霊魂に使はれて居る肉体は、よく精神が見届けて在るから、良い御用が出来んぞよ。 此の方は不動して居りて、人の腹の中まで能く見る神で在るから、此の神に嘘を申すやうな何も判らん守護霊の容人は、神が嫌ふから、充分の神恵は無いぞよ。 世の元からの正真の、日本魂の守護神を使役ふて、何も一度に判然るやうに埒良く致さねば、人民ではやう開らかんぞよ。 他の教会のやうな小さい事で無いから、小規模的て布教に出た位には、此の大望な神業の実地をやう判けるやうな身魂が無いし、ながたらしふ掛りて居りたら、薩張り上から下まで総損ひとなりて、両方の国も建ちて行かんやうに、難渋な事に成りては成らんから、早く実地を世界中へ出現はせて、一度の改心を致させやうより、モウ仕様が無いとこまで差迫りて居るぞよ。 二度目の世の立替を致さな成らんといふ事は、此の世の元から熟く判りて居りたから、世に落されたのも、何も皆都合の事で在るぞよ。此れ位な事を致して置かんと、二度目の世の立替の折には、チト違ふた行業を仕て置かんと、立替致したら後は良い世に成るなれど、変り目に陽気や気楽な事を致して置いたら、後が良く成らんから、自由放逸な行り方で行りて来た守護神は、此の転換期の辛棒が辛て、忍れん守護神が沢山在るから、此の大峠が凌げるやうの神徳を貰ふて、行業を致すが結構で在るぞよ。 知らして与りても聞き入れの無い守護神は、止むを得ずの事が在りても、何処も恨む所は無いぞよ。 其処に成りてからの改心は、急速の改心で在るから、一度の改心は実地の間に合はんから、気も無い中から知らすなれど、改心どころか大きな思い違いの守護神人民斗り、埒やう立替を始めんと、後の立つ様に致さな成らんから、罪障の非道い所から始めると申して在るぞよ。 今迄の世が余り贅沢過ぎて、薩張り絶頂りて了ふて、抜け道の無いやうに詰りて了ふて居るから、延すほど悪く成りて、モウ一寸も延すことが出来んから、神を恨めなよ。 知らして在るやうに成りて来るのじゃから、何にも無しに立替は出来んから、改心の出来ん身魂は、肉体在っては到底も魂性の磨けることは出来んから、言ふ事を聞かん御魂の肉体は、出直しに致さねば、神界の革新は成らんから、どうぞ改心を為せて、其の儘で置いて、何なりと出来る事を為せてと思うても、神の心を汲みとるやうな、日本の御魂の性来が、一寸も無いやうに成りて居るから、何れ始めると非道いぞよ。 霊魂を早く良く致して、光華明彩の世に致さねば、此の世が悪く成る斗りで在るから、此の世に置いて欲しいなら、改心さえ致せば善の世へ立ち帰らして、其の場から嬉悦満円なりて、善の霊を入れ換え致して与りて、末代善い名を残すやうに成るなれど、是程日々申しても、改心の出来る身魂が無いから、出来な為るやうにして、霊魂を整備するぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正元年旧7月30日 | 大正元年旧七月三十日 大国常立尊変性男子の御魂が、出口の神と現はれて、三千世界の事、何彼の此の世一切の事を経綸ふ時節が参りて来たから、今迄の事は皆限り換えと致して、昔の根本のミロク様の世と致して、是迄の事は用ひんやうに変るぞよ。 世の変り目の辛い御用の出来るやうに、皆の守護神人民よ、心得て居りて下されよ。 何彼の事が一度に破裂致した時に、間に合ふ様に、充分揃ふて身魂を磨いて置いて下されよ。 一厘の経綸の開ける時節が回りて来たので在るから、身魂さえ磨けたら、此の方が使ふて、楽に御用が勤まるやうの力を附けて与るから、左程辛いと思はずに、結構な御用が出来るぞよ。 是迄は一厘の経綸は申さなんだなれど、此の先きは何彼の事、世界の事が一度に成りて来るから、何を申さいでも、実地を為て見せて、世の元の一厘の経綸の身魂を御苦労に成りて致すから、始まりたら早いぞよ。 末代の事を経綸致すのは、綾部の大本より外には無いので在るのに、今迄上へ上りて、末代の仕組みを仕て居りた上の守護神に余り大きな間違いで、日本の経綸は早速には見当が取れようまい。何も判らん守護神が、外国の方が文明見えて、肝腎の本源を下に見下して、日本の国をえらい見損いを致して居るぞよ。 今に実地を為て見せたら、余り大きな間違ひで、言語も言へんやうに成ると申して在るぞよ。 何時も三四月八九月と申して在るが、世界には遅し速しは何れは在るなれど、何も違ひは致さんぞよ。 末代の事の判りて居る、此の世のエンマとも言はれる、地の世界の先祖であるから、水の洩れるやうな、屁弱い経綸は致して無いぞよ。 此の方の行り方が辛いと申して、押込めて、暫時の間は楽に、好きな様に行けるなれど、永ふは続かふまいがな。 天地の冥加で盗みた世で、楽を致さうとは、そんなうまい事は無いぞよ。 悪の行り方は、我れが楽をして他の苦労で、出世致さうと致すから、強い者勝ちの暗がりの世に成りて、薩張り梟烏の宵だくみと成りて、末代の世が、途中で持ちも卸しも出来んやうに成って了ふので在るぞよ。 それで今度の世の立替は、苦労致した丈けの神徳より貰へんので在るぞよ。 此の世は末代続かして行かねば、途中で潰す事は成らん、天祖国祖の世界で在るから、天のミロク様が、地の先祖の御魂は、世の元からこしらえて御いで成さるので在るから、外の御魂の手には合はん、煮ても焼いてもたたき潰しても、ビクリとも致さん御魂、此の御魂が幽界の世を持たねば、世は何時までも治まりは致さんぞよ。 艮へ落されて、陰からでも守護致して居りた故に、今まで世が続いて来たので在るぞよ。 天地の先祖がチットでも守護はねば、此の世は国がじりじりと無くなるより仕様は無いぞよ。 今度は天晴れと表に成りて、三千世界の艮めを刺すので在るぞよ。 コンナ世界に口舌の絶えん行り方を、何時限り無しに、人の殺し合ひといふやうな、ツマラン事を何時まで致して居りても、何の効能も無しに、金は無くなるし、間に合ふ人民は無いやうに成って、何方の国も、ひしと行けん事に成るが、そんな陰謀を仕て居ると、長い陰謀が水の泡と成るぞよ。 モチトらしい仕組を致して居らんと、心の事より出来んから、早く往生致して、服がふて来るが、おぬしの徳で有るぞよ。 誠ほど強いものは他には無いから、日本の霊主体従の日本魂の性来で有りたら、数は要らんぞよ。 正実の無いカラの身魂の翻弄物には、モウ此の先きでは、天の御先祖様、日の大神様、天照皇大神宮様へ恐れの程が勿体ないぞよ。 悪では此の先きは霊が利かんのが、世が変るので在るから、此の世を持つのは、末代の事が判りて居らんと持てんから、天地の先祖は何も末代の事を仕組て居るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧7月12日 | 大正四年旧七月十二日 大国常立尊が天晴表面に成りて、天からは御三体の大神様が竜宮館の本の宮に降りなされて、御加勢があるから、此の大本には一日増しに厳しくなるから、心間違ひのある人民は居り度くても居れん如うになるのは、神の御心に叶はんのであるぞよ。三体の大神が地に降り昇りを致すと言ふ事が、筆先に書いて知らしてあらうがな。皆実現て来るぞよ。此の方は是迄は皆を気を引きて見て居るが、此度二度目の世の立替は、太古から無い神事を致して、是迄の世は悪魔の世でありたから、何を致しても世が逆様に顛覆て居りたから、良いと思うて為る事が逆様斗りで、神の所期に叶はん事ばかりでありたから何かの事を薩張り行り方を変へるから、是迄の心の持ち方を変へて貰はんと、真実の事は出来んぞよ。心は是迄は神とは反対であるから、人民とは心が合はんから、実地の神の守護が無いから目的が外れるのざ。此の世を保たねば世が立て行かん、世の太元の実地の天と地との先祖を此の世には要らん神と致して、世を保たれん悪神の天地の大盗賊に、此の世を自由に致さして、日本の霊の本の天地の大神を、要らん如うに為てありたから、是が時節であるなれど、精神の悪い身魂程上昇りて、出世を致して、霊主体従の身魂は酷い事になりて、薩張り下に堕ちて仕舞て居りたなれど、何彼の時節が廻りて来て、善の身魂で無いと世が立ちて行かん世が参りて、天地の違ひに世が変りて、上昇がりて居りた身魂が、逆立になりてと言ふ事が、大国常立尊が世界中に詳細、世に出て居れる方の守護神人民の耳に蛸の出来る程、筆先で知らしてあるぞよ。外国の先祖の計画が、余り大きな企図を為て居るから、九分九厘の守護神が此の現状で深遠周到、悪の経綸で、此の前途が甘い事に、是れ迄とはモ一ツ結構に行けると思うて居る事が、薩張り思ひが違ふて、是迄の悪の霊は毫末も利かん様になりて、至仁至愛様の世になると、是迄の遣り方は毫末も用ゐられん、太古の根本の神世に世が戻るのであるから、末法の世の守護神人民は辛くなるから、是迄の遣り方は毫末も用ゐん世に変るから、明治二十五年から、五六七様の世になる迄に、心魂の持方を改へて居りて下されと、是程詳細徹底的判明る如うに書いて知らして在る通りに、吾の心魂之状態の違ふ人は辛いぞよ。誠の心魂の真心の、太古の根本の天地の至仁至愛大神様の教に改へて居る人は、何とした良い世に成りただらうと悦こぶなり、末法の世の遣り方の、良い守護神に使はれて居る人民は、心情が違ふから、是迄の遣り方は最早一寸も用ゐん世に改はるから、是迄の行り方は体主霊従の遣り方であるから、此の先は至仁至愛大神様の教の遣り方に改るから、速う五六七様の教の遣り方に改へて居りたら、大変楽に行けるなれど、毫末でも敵対う心情がありたら、一寸も思ふ如うに行けんのが世が変るのであるぞよ。今が世の変り目で辛いなれど、立替を致して後の立直しが中々大望であるなれど、立直しに成りたら御用が楽にあるぞよ。立替致す迄は寸分も気許しがならんから、抜身の中に立ちて居る如うに思ふて居らんと、間隙を見て邪魔を致さうと、悪の方から考へ澄まして居るから、貧乏動ぎもならんから、判からん身魂は左程に無いなれど、此の方が昼夜に厳しき守護があるから、他人からは判らんなれど、直と直澄殿の肉体に大変感応へて、食物は甘くなし、辛い目に会はせるなれど、他には補助さす身魂が無い大望な御用であるから、日に増に判るが近くなるから、余り無理に心配を致さんと御用為て下されよ。変性女子の霊縁が判かりて来ると、世界の物事速うなりて、至仁至愛大神様の御神徳が現はれるから、此処迄に信仰して居る人は結構ざが、是から俄か信心致す人は、何彼の事が遅延れて来るぞよ。此の大本に来て居りても、太元の天地の先祖の、此処迄為て来て居る事が、チト判かりて居らんと、真実の神徳は無いぞよ。此の大本に居りたら苦しむ時節が参りて来て、下の下司の身魂とが、此の先は如何為ようにも無い事になりて、苦しみて逆立になりて御詫に大本に詣りて来ても、御詫びは叶はんぞよ。薩張り天地の大神が顕現て守護致し出したら、恐くて是迄の心の守護神では、此の内部、今の如うな事はさせて置かんぞよ。男も女も大和魂の性来でないと、此の大本の辛棒は、今の様な自堕落な事では、世の大本の天地の大神が表面になると、何も薩張り立別て清浄に致さんと、是迄は神の道が薩張り潰れて仕舞て居るから、人民の道が無い如うになりて、人民の心が自堕落で、心が見苦しくて、実地の神からは見られん見苦しさ。天地の根本の先祖が速う表面で守護致さんと、是れ迄の末法の世の守護神に使はれて居りた肉体が、俄に改心は出来ず、此の内部は激しうなりて、此の内部から何かの行儀行状を為て見せなならん、世界の大本に成る尊とい所になる所であるから、何であらうと一度直に言はしたり、筆先に出してある神言を、一度で聴ける守護神に使はれて居らんと、辛くなりて逃げて去ぬ如うな事の無い如うに為て居らんと、一ツの辛棒を忍耐んと、太元の日本の霊主体従に立帰る尊い霊地であるから、余程の行を為て置かんと、未だ是れから辛くなるぞよ。今の如うに楽な事でないぞよ。身体が楽なら気苦労があるし、初発は肉体の苦労、肉体の苦労が済みたら気苦労があるぞよ。此の大本は世界の亀鑑の出る所であるから、直の身魂の苦労は特別であるなれど、肉体でも中々の苦労が命してあるが、良い御用を致す身魂程苦労致さな、苦労無しの事は、誠の事は出来は致さんぞよ。二度目の世の立替は、末代に一度ほか無いと言ふ様な、太古から無い大望な神業であるから、何も判らずに綾部の大本に良い事斗りに目を附けて来て貰うと、天の神王の事から、地の王の事から、一切の事が判りて来るのを、ビックリ箱が開くのであるから、余り大きな間違ひで、腰が抜けると申して、度々知して居るのざぞよ。此の先は何も一切変へるぞよ。是迄の世は外国に上がりて居る悪の先祖が大盗賊ざ。悪の仕組で、天地の大本の根本の、天地の根本の善一トツの誠の道の、天と地の先祖を無い様に致して、煮たり焼いたり、身体の筋まで茹でて食ったり、身体は叩き漬いて、食って仕舞ふたと申して歓びて居りたが、其様事の感える神ざと思うて居るから、此の度は大きな間違ひが出来て来るのだぞよ。 モ一度ケンビキが凝り出すであらう。余り大きな取違ひを為て居るので、ケンビキがこたえるであらう。悪の企画で此処迄はトントン拍手に、面白い程昇れた悪の輪止りとなりて、世界中の大きな難渋であるぞよ。上昇りて居る身魂の、利己主義の行方で、吾の系統斗りを大事にして、悪で末代立てて行こうとの目的なれど、悪の世の切り替へで、世界中の混雑となりて、何も一度に来るから、大本の内部は男も女も皆揃ふて、行儀行状を替えて居らんと、何も一度になりて来ると、筆先の腹に充分入りて居る人は、胴が据るなれど、筆先の判りて居らん人は、揺動くから、確乎と腹帯を締めて居らんと、永く日々知らしてある通りになりて来るのざから、女でも筆先の判りて居る人は、ソレ来た、出て来たと申して、腹の中に胴が据るなれど、太古から無いことが世界には実現から、筆先を充分拝読て置くが良いぞよ。世界の出来事が一度に成りて来ると、余程の胴の据りた人民でないと、能う忍耐らんぞよ。直は天の御三体の大神様の御守護が、夜昼に御側を離れずに御守護あるから、国常立尊は離れずに昼夜に守護致すなり、乙姫様の御守護なり、御夫婦御揃ひになりて世界の御守護遊ばすなり、是丈けで無い、荒神様の御守護で、大丈夫といふ事が判りて居るから、申す神言を真実に致して、申してある如うに為て居れば、サア今といふ折になりたら、此の世の根本の純粋の開発統一楽天清浄魂の大本の活神が揃ふて、天地から守護致し出すと、数は要らんぞよ。未だあるぞよ。稚日女岐美命の御近侍が、六合大立命殿となりて、根本の正真正銘の大和魂の御種であるぞよ。未だあるぞよ。禁闕要大神殿は大地の金神であるぞよ。まだ戦争の御手伝いは、何程でも乙姫殿の御眷族があるぞよ。正真正銘の御手伝なさるのは、金神の中で選抜いて御苦労になるなり、御加勢は何程でもあるから、立替は一気に出来ても、後の立直の準備を立て置かねば、立替致した後が末代立つ様の、二度目の世の立替であるから、是程下拵いに時間が要りたのであるぞよ。何も知らん眷属が天地の御恩と云ふことも知らずに、今に無茶で、吾れの出世をすること斗りに目を着けて、是程大望な神業許りが経綸てありて、勿体なくも太元の天地の大神様の、御苦労様な御手伝の在ることも判りて居るまいがな。太古から無いことと申して、筆先で知らして、是程実地の御手伝がありても、見えもせず、此の正真正銘を為て、日々昼夜に離れずに守護あるぞよ。今此の神事を申しても、直実には致しはせんから、筆先に書くのは、国常立尊が出口直の手で書いて置くぞよ。正真正銘の天と地との先祖と、日の大神殿天照皇大神宮殿、如何御守護も、このさきはなさるぞよ。是迄の不規則放縦な性来を、皆揃うて穢ない身魂は、洗濯に掛らんから、霊魂を引き抜いて仕舞ふて、此の前途の末代世を主宰て行く天地の大神の霊魂が、世の根本の純粋の根本の初りの大和魂であるから、此度の二度目の世の立替を致したら、末代日本の国の霊魂に同じ霊魂に致さんと、暮れて行きよると霊魂に不純が出来て、如斯いう難渋な世が参るから、此の先きで世の立替は、最う出来んのであるから、此度の二度目の世の立替は、何につけても天地の大神が実行すのであるから、純粋の世に致して、末代曇らん如うに、水晶に磨きたてて、大元の根本の世よりも、モ一ツ純粋の世に致して、御霊続の霊魂の性来と、附々の根本の肉体を天地から拵えて、末代御霊統の霊魂の性来に致して治るのであるぞよ。何れは人民も減少なれど、日本の身魂と外国の身魂とを薩張り立別けて、是迄のやうな醜るしき身魂は、日本の国には末代立別けて、毛筋の横巾も混りの無い事に致して了ふぞよ。天の主宰神と地の主宰神の、末代其の儘の活神は、末代肉体があるから、末流の神やら、日本の国には渡りて来られん悪神が、天地の大本神を無い世に致して、枝の神と向ふの悪神とで、モ一ツ体主霊従を強く致して、日本の国の婦女子迄も、小供も、人民の心情をもっと悪く致して、末代悪で立てて行かうとの深大周密目的を立てて居るなれど、日本の国には、モ一ツ深い経綸がしてありて、永らくの苦労、悔しい残念を此処迄忍耐て来た苦労の固まりの花の開く時節が参りて来たのであるぞよ。万劫末代萎れぬ生花であるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正4年旧8月28日 | 大正四年旧八月二十八日 大国常立尊変生男子の身魂が、大出口の守と現はれて、世界の守護を致さねば成らん世が参りたから、何事も前に知らせるぞよ。何彼の事が天地の守護と成りて来たから、今出る筆先に書した事は速いから、直きの筆先を斯人と思ふ人には読まして置かんと、大神の守護になると、一日増しに烈しうなりて来て、是だけの筆先を見やうが足らんと、俄に忙しう成ると、間違いが出来るから、何彼の落度の無いやうに、此内部の事、行儀行為も、初発から神の精神に叶ふ行状の出来て居る人と、行ひの悪い守護神の肉体とは立別けが在るから、何んな行為して居りても、御用は出来ると言ふ事はないぞよ。天地の先祖の実地の御用を致すには、水晶の身魂でないと、大神の名を汚す如うな守護神の肉体には、誠の御用は出来んぞよ。 天の御先祖様は日の大神様なり、天照皇大神宮殿、地の世界の先祖が大国常立尊、龍宮の乙姫殿、日出の火水を御使い成されて、夫婦揃ふて、天地の大神の片腕に成りなされての、御活動であるぞよ。岩の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の大神殿、金神殿の行状の、何も揃ふて出来る御方、選り抜いて使ふぞよ。金神の中でも放縦不規なのは使はんぞよ。厳しく成るから爰に成るまでに皆が解りて居らんと、逆立に成りて困しまんならん、守護神が沢山出来るから、明治二十五年から、昼夜に皆の神々に気が注けて在りたぞよ。今度大神様が御揃ひに御成りなさるのに、間に合ふ守護神は世に出て居れる方には、チットモ無いと云ふやうな、惨い事に世が乱れて了ふて居るぞよ。斯うなる事は世の元から能く解りて居りての、何彼の大望である、斯んな惨い事に成りて居りても、実地の大神様の御苦労に成りて居りても、解らんと云ふ如うな時節に成りて了ふて、暗闇で何も解らん世界の守護神に、明治二十五年から知らしてありたが、道を二途拵えて、辛い道と楽な道と二筋こしらへて見て居れば、皆が楽な方へ就いて、楽な行り方で行きよるが、この道は少時するとトント行き当りて、行く先が無くなると云ふ事も、筆先で知らして在るが、知らした事は皆実現くるぞよ。遅し速しは在るなれど、皆出て来るぞよ。今出る筆先は早いぞよ。 昔から無い事が世界には出来て来て、人民からは出来上がりて了はんと、実地の事は感得んから、筆先に書すのは、天と地との言葉の代りに、先にある事を前日前月に書くのが、変生男子の御役であるぞよ。変生女子の御役も御苦労であるから、何方の御用も外の身魂では出来ん、大望な事であるぞよ。変生女子には斯世の是までの、乱れた方の事がさして在りて、澄子には世に出て居れた、天之宇受売命殿と摺替て在りたから、夫婦共に是迄の世の行り方がさして在りたから、○○○○○○○何彼の事が九分九厘と成りて来て、大神様の直接の御守護と成りてきたから、大本の内部の行り方を更て、男子は男子の行動、女子は女子の行状を為て貰はんと、此先は是迄の如うには為せんから、気は張弓、抜刀の中に居るやうに思ふて、心得て居らんと、肝腎の御用は出来んぞよ。善の御道一筋で行りて行かねば、世が立ちて行かんぞよ。斯世はエライ事に成りて居るから、何事も筆先に書いて知らせるから、一度申した事を素直に聞いて、其行いを致さな成らんから、一度で何事も聞く身魂で無いと、此大本へこの先は段々と、遠国からも近国からも人が出て来て、此中の行為に皆眼を着けるから、今迄の行状では、出て来る人が承知を致さんから、是だけ厳敷筆先で気が付て在るのじゃぞよ。神の威勢を出して貰ふのは、此大本から、此中の行動を見て、御蔭を感得て、人に御蔭を取らすやうに致さな成らんから、○○○○○神は何んな教も致し、何んな行いも致すなれど、人民は来た折は恐い如うに思ふなれど、腹の中から抜けんやうに持て居らんと是迄のやうには行かんから、この先は立分けが始まるから、大本の中も外も、天地の違いに一日増しに変るから、代りかけたら速いから、是迄の如うに思ふて居りた守護神が、逆立に成りて苦しむものが沢山あるから、其れを見るのが、此方も地王もイヤで在るから、是ほどクドウ気を付けたなれど、世に出て居れる守護神が、苦労知らずの、行も致さんと楽な行り方で、斯んな良い政治があるものかと申して、前後の見えん、前途は何うなる斯うなると云ふ事の、末代見透く火水神の申す事は用ゐずに、仕放題の我良しの守護神人民は、我に苦労が為てないから、人の苦しむのが面白いと云ふ如うな、悪魔に化り切りて居るなれど、此後は逆立に成りて苦しまねば成らん事が出て来るが、夫れを見るのが厭であるから、日々今に続いて気を付けたが、実地をして見せる世が参りて来て、モウ何程御詫を致しても叶はんやうに迫りて来て、実地を致して、選り分けて処置を付けな、何時まで言ひ聞かしても聞く守護神無いぞよ。新つの洗い替の世を拵へる方が仕宜いぞよ。向後は結構なれど、此変り目がイヤな事であるぞよ。今度は天地の先祖の申すやうに致して、日本の霊主国に残して貰ふた身魂は、末代結構であるぞよ。鬼の性来悪魔の御魂に成りて居る海外の国の眷属の狸の性来が、悪るシブトウて、天地の御恩の有難い事も知らず、恐い事も無し、斯性来が日本の国では一寸混りても、此後は焼払ひに致して、日本の大和魂斗りに揃えんと、一寸でも残りて居りたら、選り抜きて焼き亡ぼして了ふて、天と地との先祖が揃ふて、末代の世を続かせな成らん世が参りて来たから、是迄の善悪混交の世では、一寸も前へ行く事もならず、後へ還る事は猶ホ出来ず、往きも還りも成らんのが今の事であるが、是迄の世は四ツ足の世で在りたから、如何して居りても安楽な行り方で恐い事のない世でありたから、斯ういふ難渋な事が廻りて来るのも、皆時節であるぞよ。此時節の来るのも、元は大神様の付々の守護神の精神が、悪でありたからであるぞよ。 善一つの御先祖様の、一の番頭二の番頭が、表面から見ては善に見えて、心腹の中が極悪でありたからであるぞよ。何も彼も腹の中まで見え透く、天地の先祖の肉体の、今に其儘で居れる活神が、昔から根本の経綸が為てありての、今度の二度目の世の立替であるぞよ。ドチラの仕組も中々一通りの身魂では判る事ではない、大望な経綸であるぞよ。悪の方もエライ経綸を致して居るぞよ。善の方も見当は取れん経綸が為てあるぞよ。善の経綸も悪の経綸も、世の元から致してあるのであるぞよ。夫れで斯世には昔から、双方の国にも口舌が絶えなんだので在りたぞよ。善は苦労が永いぞよ。解るにも暇が要りたので在るぞよ。悪は苦労なしに為放題で、思ふやうにトントン拍子に昇れたなれど、悪の生命は短いぞよ。九分九厘で悪の世は平らげてしまふぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正6年旧9月30日 | 大正六年旧九月三十日 天の御先祖様が天御中主大神であるぞよ。全智全能神様であるぞよ。地の世界では天体之精、大霊魂球之主、一出現世と現はれて、隠れて守護致しなされたのを、世界の人民は何も知らずに、禅宗のダルマと混ぜ交ぜに致して、弄びにまで化りて、世に落されて御出遊ばした結構な神様を、今度世に表はして御神徳を拡めるのが、変性男子の御役であるぞよ。 形体具足成就、霊能完美、成付言霊の大神様は、弥勒菩薩と仏事に化りて御出遊ばしたなり、日の大神様は光明如来と化りて、仏事に落ちてお出遊ばしたのを、今度の世の立替で全部現はれて、御神力を御見せ成さる時節が循りて来たぞよ。天照皇大神宮殿も表面は神道で立て、奥の院は矢張り仏事が祭りて在りたぞよ。大国常立尊は余り力が強すぎたので、斯んな猛烈き神を斯世の大将に仕て貰ふたら、外の神は一柱も能う勤めむと、神々の心が一致して、天のミロクの大神様へ御願い在りたゆへ、夫れなれば一柱と多神とは代えられんと仰せありて、艮へ押込よとの御命令が下り、八百万の神に艮へ追退られて、艮能金神と名を付けられ、独神と成りて、日の本の大神が仏事の守護致して、茲までは来たなれど、何彼の時節が廻りて来て、仏事の世の終が末法の世と申して、未だ万年も続くので在りたのを、世を縮めて、艮の金神の世と致して、結構な神代に捻ぢ直すので在るぞよ。艮の金神は永らく世に押込られて、苦労艱難悔し残念を堪り詰て来た報で、太初からの経綸通りの世が循りて来たから、霊主体従の経綸通りになりて、善と悪との立別けを致す世に成りたから、悪の身魂は隠しても隠されず、我と我身に露はれて来るのが、天地の冥加に尽たので在るぞよ。天地の先祖の苦労で創造た斯世界を、悪魔と四ツ足との自由自在に致したが、茲まで斯世を持荒したら本望で在ろう。天地の先祖が悪の身魂を露はせずに、赦して遣りても、筆先には書いて置んと、斯んな事に成りて居るのに、知らずに居りたかと云はれては、天地の先祖も、元の御血筋も、威徳に傷が付くから、是非なく書残すぞよ。今迄で斯世を悪で搦て来た八頭、八尾の経綸も茲までの事より出来んぞよ。九分九厘で体主霊従の守護の輪止りと成りて○○○、この先は霊主体従の経綸の設備は致してあるぞよ。今迄善の方の御血統は、暗黒の世に成りて了ふて居りた世が、日の出の守護と成りて来たから、今度の二度目の世の立替を致すには、太元を拵らえた覚えの在る霊魂で無いと出来んぞよ。元のミロク様の世へ戻したら、悪の血筋は現世には無い様に、善一ツで世を立て行かねば、悪の性来が微塵程でも混りたら、斯世は立ては行かんぞよ。斯う成る事が世の元から能く判りて居るから、元から仕組が為てありた世が廻りて来たのであるから、国常立尊が奈袁の手で書きおくぞよ。口で申した丈では取遺しが在てはならんから、書しておくぞよ。世の立替を致したら末代の事が定りて、巌に松の世に成りて、天地の先祖が神界から世を構うから、中々激しき世と成るぞよ。斯世に判りた身魂が無いので、変性男子も変性女子も、中々骨の折れる事であるぞよ。今の人民は表面から見た丈により何事も見えんから、余り世に落して、結構な御用が命して在るから、筆先に書してある事が、世界から出て来ねば、誰も本真に致さんから、改心が出来いで、暇が要るのであるぞよ。天地の元の一輪の御血統の御手伝をなさる守護神を、三段に分けてあるから、三段の身魂に夫れ夫れの目鼻を附けねば世は治まらぬから、何に付ても大望斗りで在るぞよ。事の分らん強い斗りでは、世は治まらぬぞよ。斯世を持ちて行くのは、何の身魂でもと云ふ事には行かぬ、末代の事の判りて居る霊魂が、斯世を持ちて行かねば、世は途中に乱れて了ふて、往も還りも成らん事になると云ふ事が、筆先で知して在ろうがな。日本の国に経綸が為て無りたら、此先は世に出て居れる方の守護神には、末代の世を持ちて行く神は無いぞよ。有るなら申して出て下されよ。末代の規則を制定場所は、綾部の大本と末代きまりたので在るぞよ。天のミロクの大神様と、地の国常立尊が天地の王で、末代の規則を制定ぞよ。今迄は変化たり化したり致して、茲までの御用を命たが、世に出て居れる守護神人民に解らん事で在るから、暇が要るなれど、明治廿五年から書しておいた事は、皆出て来て居るぞよ。昔から無い事であると申して在ろうがな。無い事が皆出て来るから、筆先で先に知らして在るのじゃぞよ。元のミロク様の世の間は、誠に善き世で在りたなれど、呉て行くに従ひ、元の御血筋の行方では、辛うて能う堪らん神が出来て、終には多勢の神の自由に致して来たのであるぞよ………。斯世一切の事を致すには、何の身魂も拵えて置ねば成らんから、上の霊魂と下の霊魂と中の霊魂と、三段に立別けて在りたのが、暮て行く世に連れて、下の霊魂にエライ間違が出来て、上の霊魂を押込る如うに成り、上が下に、下が上に、大の字逆様の大きな間違が出来て来る事が、能く見えて居りたから、○に十を書して、白い所を二分、八分は真黒に致して、明治廿五年の初発に知らしてある通りに、世界が成りて居るぞよ。何事も物事が皆逆様に覆りて居る斯世を、本へ捻ぢ直さねば成らぬから、何に付ても大望ばかりで在るぞよ。日本の身魂が外国の身魂に化り切て了ふて居るから、皆四ツ足の精神であるぞよ。外国の四ツ足の頭が日本へ渡りて来て、外国よりも勝りて悪き行方に致して、今の体裁、日本の国の○○○自由に致して、畜生の毛を衣て、足には皮を履して、田舎へ連れ参りて…………昔には…………夫婦を○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○、御簾を揚げ○○○○○○○○○○○申た位で在りたのに、今の体裁、外国人に化されて、能うも茲までに汚されたものじゃ。悪の頭に自由自在に為られて、天地の大神様へ何う申訳が出来るか、申訳が出来る守護神が一方でも有るの乎。天地の畏で盲聾ばかりで在うがな。何も今に判ろまいがな。判らんのは外国の性来に化り切て居るから…………。日本の国の倭魂で在りたなら、天地の先祖が書して在る筆先が判りて、天地の御恩が判らん成らんぞよ。日本の人民が外国よりも下の身魂に化りて、余り惨い事であるから、顕はす事も出来ず、天地の大神を茲までに能くも致した。悪の頭に抱込れて、洋○○○○○○○○、そこら辺りをウロウロと○○共出て歩く所まで、四ツ足に自由に為られるのが、元の四ツ足の性来を露はせられて居るのが未だ判らんか。余りの事で末代遺す、世の本からの履歴を書き遺してあるぞよ。天地の先祖が此先の、末代の世を持て行ねば成らん、時節が廻りて来たぞよ。鬼でも蛇でも悪魔でも、時節には叶はんから、従ふ処へは従ふて行けば嬉しい事になりて、何とした結構な事に成りたと申して、上から下まで歓びて、善一つの道で、嬉し嬉しの生花が開くぞよ。今が大峠となる所で在るから、皆が辛いなれど、日本の人民に判りて来て、元の日本魂に成て来たら、元のミロク様の世と成て、人民の寿命も長くなり、神は烈敷なるなれど、人民は穏かに暮す如うに成るぞよ。人民が歓こべば上の大神の御歓こびと成るぞよ。是迄は上ばかりが得意時代で、下人民はヒシと行けなんだが、余り斯世に大きな運否運が在りて、好き者は好い斗り、貧窮者は不運斗りで、何時に成りても頭が上らず、可愛相で神が見て居れんぞよ。上の人民が贅沢なから、下までが見習ふて又贅沢を致すが、何時までも斯んな行方では続かんぞよ。天地の先祖の構ふ世に成れば、今迄の様な贅沢な行方を、根本から変えさせねば、此儘で行り放題にさして置たら、上も下も総潰れと成りて、斯世は立ん事に成るぞよ。是までの世の持方は、後前構はん利己主義の行方で在るから、強いもの勝で、弱い者は路頭に立ちたぞよ。上斗り宜くても下が立ねば、この世は治まらんから、上下揃ふて勇む神代に立替致して、天の御先祖様に御渡し申すぞよ。何程上を大事に思ふても、下が立て行ねば、上も何と無く淋[*ルビ「さぶ」は底本通り]しく成るぞよ。上に立つ神に何程力が在たとて、附々の一の眷属、二の眷属に豪神が無い事には、上は立ては行んぞよ。眷属の神が善く無りたら上の神も立んぞよ。初発のミロク様でも、彼れ位に御神力が在りても、地の先祖に何程神力が在ても、時節には何も叶はんぞよ。一の眷属二の眷属に謀反が在たら、何程大将が独り気張ても世は立んぞよ。是迄の世は附々にエライ謀反が在た故に、今の上の体裁、九分九厘で何彼の事が露はれて来て、善と悪との立替で、上る身魂と下る身魂とで、世界は大混雑に成るぞよ。悪の頭の仕組では悪る力は何程でも出るなれど、善の神の世に時節が成るので在から、悪の世の終の悪る力では、世は治まらんから、時節には叶はんから、素直に改心致すが宜いぞよ。素直な身魂から引立て、身魂相応の事を命して遣るから、其日から心が楽になりて、嬉し嬉しで暮る如うに成るなれど、何程気を注けて遣りても、我は豪いと慢心を為て居ると、皆が愛想を尽して了ふて、浪に取れた沖の船、何処へ取付く嶋も無く成ぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧3月15日 | 大正七年旧三月十五日 天の御先祖様が、此世には何うでも宜いといふやうな事に成りて居り、押し籠まれて居りた地の先祖が無いやうに成りて居りた故に、この世が闇雲に成りて了ふて現今の体裁、えらい事に成りたものであるぞよ。この時代が来る事が、世の元からよく分りて居りて、日本の霊の本には、一輪の仕組がしてありて、よく解るやうに、変生男子の手で大国常立尊が書いたり、言葉とで、爰へ成りた折には改心を致して、身魂を磨きて居るやうに、今に知らして居るなれど、人民には解らん筈、守護神に解らんから、肉体に解らなんだが、何彼の時節が参りて来たから、御筆先通りに何も一度に成りて来て、一度に開く梅の花、遅く成りて居る丈一度に開けるから、何彼の事が天地から見せてあるから、開け出したら迅いぞよ。天地の大神、元の活神は昼夜といふ事も無し、暑つい寒いといふ厭はないから、仕組通りに何彼の事が成りて来たから、一日増しに仕組みてある事が順に出現て来るぞよ。長う掛りて居りたら、何方の国も潰れて了ふから、九分九厘で悪の世の終末と成りて、二度目の世の立替を致して末代の事が決りて、従来の習慣制度を薩張変へて了ふから、申すやうに致さん身魂は為な為るやうに変さすぞよ。向后で慢心と従来の遣方を一寸でも致した守護神に使はれて居りたら、規則通りにして了ふぞよ。天地の相違に何事も変りて了ふぞよ。為損ひの無いやうに皆致されよ。爰まで口と手とで知らしたらこれに落度はよもやあるまい。この上は各自に自己の心を自己が審査めて、此大本は善いと悪との鑑が出るから、鑑を見て善い方へ写るやうに致さんと、悪い方へうつりたら、末代善い方へは上る事は出来ん規則が決るから、今の転換期に、充分取違ひをさせんやうに………。向后の規則は善の方も末代であるぞよ。悪も末代、底の国仕舞であるから、従来の心と遣方を変へて了はんと、悪の遣方致す守護神に使はれたら、向后未代嬉しい事の無い所へ落されるから、今に成りて居るのにまだ念を入れて書かして置くぞよ。善と悪との鑑を見て善の遣方へうつるやうに、心を持ちかへて貰はんと、向后は何彼の事が大間違が出来るぞよ。 時節には、何も敵はんと申してあるが、何彼の時節がまはりて来て、善悪の根本の事を説いて聞かせる時節が参りて来たから、上へあがりて居れる守護神に使はれて居れる肉体が、何となく心が寂しく成りて来るといふ事が、明治二十五年から世界中の事が、伊呂波四十八文字で書かしてある事が響へて来て、発根と改心を致す守護神は結構であるが、今に大きな目的のある守護神は可哀相なれど、余り大きな取違、何彼の事が近う成りて来て居るから、最う揃ふて解らんと、一度にキリキリ舞はな成らん事が出来て来て、何所へ取り附く島は無い、何う仕様も無い事が近うなりて来て居るぞよ。何彼の事が時節が来たぞよ。歓ぶ身魂と悲しみてキリキリ舞はな成らん身魂とが出来るから、申す事を疑はずと、発根の改心を致さんと、世の元の天地の先祖も爰へ成る事を待ちて居りたのであるぞよ。松の世を待ちた松の世が参りて来て、仕組みてある時節が廻はりて来たから、二度目の世の立替を致し、悪も善に立替て、向后は善一つの世に致して、皆手を引き合ふて行きたいのであるのに、取違があると、見る眼が厭であるぞよ。 爰までに致した世を水晶の世に立替るのであるから、中々骨の折れる事であるなれど、此世を造営へた天地の根源を造営へた覚えのある、肉体其儘で末代その儘で居り、爰までは蔭から守護をして居りた天の弥勒様と、地のお地の先祖とでないと、二度目の世の立替は他の身魂では何うして世の立替をするといふ事が解らんのであるから、世界中の守護神人民が末代掛りても出来んから、分散てある身魂を引き寄して、身魂の性来の御用さすから、従来は暗がりの世でありたから、何も解らなんだなれど、何彼の時節が参りて来て、日の出の守護と成りて来たから、解らなんだ事が解りて来て、向后は嬉し嬉しの末代凋落れん生花の咲く世が参りて来て、嬉し嬉しで御用が出来るから、従ふ所へは従ふて温順に致せば、其日から嬉し嬉しで暮して行ける時節が循りて来たぞよ。温順な守護神に使はれて居る肉体から良く致してやるから、一寸でも敵対て来る守護神は、自己の身体は我が自由に成りはせんぞよ。善と悪との鑑が出るから、善い鑑を見て改心を致されよ。お筆先通りの世が参りて来て、温順な守護神に使はれて居る肉体は大変良くなるが、敵対て見よれ、自己の身体がわが自由に成らんのが、自己が為て居ると思ふて居るのが、させられて居るのであるぞよ。向后は日の出の守護と成るから、何事もよく解るぞよ。爰までは暗がりの世でありたから何も解らなんだなれど、時節が参りて来て、日の出の守護となりて来たから、向后は物事が迅いぞよ。御筆に出してある事も、直の口で言はしてあることも、遅い事、速い事はあるなれど、皆出て来るぞよ。便りしやうにも伝言しやうにも、人に言はれん隠身であるから、日の出と成りて現はれるぞよ。乙姫殿の御働きは、世に出て居れる方の守護神では小指の真似も出来はせんから、昔から末代其儘の御姿のある、混ぜりなしの御手伝を遊ばす、元の生粋の一輪の大神のお手伝がありたなら、霊魂の神が何程集りて来ても、お一方のお働があり出したら、霊魂の神では今度の二度目の世の立替は、元の其儘のお姿のお働には到底敵はんから、今の内に気を附けて置くぞよ。従来の世は地の世界に大将無しに、世に出て居りた守護神が自己一力で狡猾ありたら上へあがりて出世が出来たなれど、二度目の世の立替を致したら、何彼の事が天地にかはるから、充分お筆先を見て置かんと、量見が違ふから、向后お筆先に出した事を用ひんと、自己の思ふやうに為やうと思ふても行きはせんぞよ。他人を見ても能く解るから、他人を見て改心を致されよ。外国見て日本の守護神が改心を致さな成らんやうに大変りが致すぞよ。外国の心を善いと思ふて、外国の真似を致して、日本の国が大きな取違をして居りて、世界中の大きな難渋であるから、日本の国の霊の元の大和魂に立返りて、元の弥勒様の教通りを致さんと世が立ちては行かんから、従来の守護神は俄に大変辛く成るから、長らく気を附けたのでありたが、今に分らん守護神が気の毒にあるなれど、最う此上に知らせやうが無いぞよ。 所々に宮柱を立てて先走りがさしてありたが、九分九厘まではよく分りて居るなれど、肝腎の一輪の仕組で、綾部の大本には大事業な仕組の元であるから、向后は遠方から開けて来て、近所の人が余り取違で、面目無うて、大きな声で物も言えん、アフンと致して見て居らな成らん様な事の無いやうに、爰まで知らしてやりて歓ばしたいのであるなれど、余り惨う分らんので、お蔭が後廻はしと成りて気の毒であるなれど、この御道は引っ張りには行かんから、気が附いて来たら出て御座れ。聴き度くば、何んな事でも説いて聴かせる世界の大本であるから、昔から言置きにも書置きにも、書物にも無い事………。元の根本の事から将来の事からを、伊呂波四十八文字で書いてある事が皆出て来るから、伊呂波の勉強は今では学者には阿呆らしいやうにあるなれど、伊呂波の勉強を為て置かんと、日本の大和魂に成れんぞよ。日本の国は伊呂波でない事には、真正の天地の大神の御用が出来んぞよ。何事も伊月波へ戻すのであるから、世界中の人民の思が余り大きな間違で、腰が抜けるやら、顎が外れて耻かしいやら面目無うて、大きな声で物も言えんやうな事になると云ふ事が毎度気が附けてあるぞよ。 男も女も大本へ早うから来て居りて、何をして居りたじゃと云ふやうな事の無いやうに、早うから来て居る人は些と効能が無いと、他に面目無いやうな事の無いやうに神徳を貰ふて居らんと、向后は段々善く分る人が参りて来て、アチラコチラに成りて、結構なお話を聴かして貰ふやうな事の無いやうに………。肚の中に誠といふ精神を有ちて居ると、善いお話が何となく耳へ入りて、結構が腹へ滲み込みて、他から見てあの人は違ふた人であるといふ事がよく分りて、他が崇めるし、神徳が受かるから人徳が出来るし、一つは各自の行為善くば神徳がよく分りて来るなり、従来とは違ふて、今度の二度目の世の立替は、さっぱり何彼の事、精神の持方を変へて貰はんと、従来の事は些とも用ゐられんから、守護神が辛くなるぞよ。従来の遣り方は誠の無い、表面を飾る世でありたから、上から見て立派にありたら宜い世でありたなれど、二度目の世の立替で末代の事が決るのであるから、従来の心の持方を変へて、遣方を薩張変へさすから、今が転換期で誠に辛い所であるぞよ。辛いのが行であるぞよ。元の其儘で末代居る活神は、此世の来る事を世の根元から良く分りて居る故に、何んな苦労も為たり為せたりして居りて、爰迄の辛抱が出来たのである。世の根本から爰へ成る事が良く分りて居りて、世に押込まれるのも、何もよく承知で、爰までの行を為せて戴いたお蔭で………。爰までの行をして置かんと世が元へ戻るのであるから、何一と種知らんといふ事の無いやうに行をして置かんと、向后に成ると、何んな事でも新規の世に成るのであるから、問はれた事に弁解の出来んやうな事では、天の御先祖様の御威徳が分らんやうな事では、弥勒様のお傍附とは申されんぞよ。この世は天の御先祖様の弥勒様であるから、元を大事に致さんと、体主霊従にもせよ、爰まで開けた此世界を、元は天の弥勒様の御艱難で、鉄の棒が針に成る所までの御艱難を汲み取りて、誠に致す守護神が無い故に………。自己に苦労を為て来んと誠の事は分りはせんぞよ。苦労は出世の基であるぞよ。地の先祖には一と通りの守護神では勤まらんから、弥勒様が初発に造へ成さりてお出であそばす先祖を、力量が有り過ぎると申して、他の神の邪魔に成ると申して、弥勒様へお願遊ばしたら、弥勒様は、多勢と一人とは換へられんから、艮へ押込めいとの御命令が下りて、さあ甘い事じゃと皆の神に、一人も此方へ附いてくださる守護神が無りたが、押込められた御蔭で爰迄の行が出来たから、何事も弥勒様が為せなされたのであるぞよ。向后は最う世の立替は出来んのであるから、爰迄の行が出来て居らんと末代の世が続いては行かんから、弥勒様が為せなされたのであるぞよ。皆の守護神の御蔭で、今に成ると誠に結構でムります。一と通りでは爰迄の行は出来んなれど、弥勒様からの御神徳を戴いて爰い成りて誠に結構なれど、今に世に出て居れる守護神に大事の実地が分らんので、大きな間違出来ては成らんから、温順に皆為て貰ひ度いのが此方の願ひであるぞよ。慢心が大怪我の基であるから、無調法が出来るから、何彼の時節が参りて来て、大本へ遠国から分る守護神が追々と仕組通りに成りて来るが、お一方でも早く来て分けてくだされ。共々手を引き合ふて善の世へ立替れば、前途ほど広き善き道が造へてあるから、御用が勇みて出来るから、お一方でも綾部の仕組通りを開いてくだされよ。悪も善へ立返りて一つの心に成りて天地の御用を致せば、元の弥勒様の御歓びで、改心の出来た御守護神から天地の善い御用が出来るのであるから、守護神に分りたら肉体に分りて来て、うれしうれしで結構な御用が出来る世界の大本であるのに、上から下まで余り大きな間違で、向ふの国の今の体裁、気の毒なものであるなれど、行く所まで行かんと限が醒めんのであるが、悪へかへりて仕舞ふて居るから、何程実地を申しても結構を書いて見せても、自己の心が引っ繰りかへりて了ふて居るから耳へ這入らんが、雁も鳩も立ちて了ふてからそろそろ気が附いて気の毒なものなれど、それは国の御魂の借銭であるから、罪穢の甚い所には甚い事が有ると、皆お筆先に気がつけてあるなれど、何程気を附けても自己ほど偉いものは無いと思ふて居るから、気を附ける程悪う取りて、まだ今に逆様に取りて、聴く温順な身魂がないから、モー気の附けやうが無いぞよ。長い間の国同志の人の殺し合ひを致して何効能がある。まだえらい目的を立てて居るがまだ気が附かんが、今の精神では外国は気の毒なものであるぞよ。日本の国には大望な仕組がしてあるが、其事は外国の霊魂では分るまいがな。向うの国の仕組はドイライ仕組であるなれど、艮を刺すのは日本の霊の元でないと刺せんぞよ。気を附ける間に気が附かんと、何うしても聴かねば仕組通りの規則通りにして、悪の霊を平げて了ふて、国に口舌の無い様に、悪といふ醜しい霊は世界に無い様に致すのであるから、何につけても二度目の世の立替は大事業であると申して十分知らしてあるぞよ。お筆先に書かしたら天地の規則であるから、変へる事は出来ず、其通りを致さな成らんお筆先を、今沢山に出ると思ふて粗末に致したら、先へ行くほど心配が出来て取戻しの成らん事が出来るから、毎度お筆先で気が附けてあるぞよ。今度の二度目の世の立替は、太初の事から、天と地と世界中の事から、この世へ出てお出でる神の因縁から、守護神の将来の事から、何も一切の事を速やかに査めを致して、三段に別けてある霊魂の性来の事から、何彼の事、神界、仏界、人民、鳥類、畜類、餓鬼に成りて居るものまでも助けな成らん大望な二度目の立替であるから、何につけても大事望ばかりであるぞよ。この前途は何彼の事が早う成りて来るから申すやうに致されよ。世は持ち切りには致させんぞよ。世はグルグルと変るから、何も時節には敵はんから、従ふ所へは従ふて早う帰順を致さんと、後と廻しにしられたら敵はんぞよ。慢心を致して頑張りて居る程後廻はしと成るから、温順に致せば霊の入れ替をしてやりて、改心の出来た身魂から大本へ引寄して天地の御用を致せば、この世にこれ程結構な事はないぞよ。体主霊従では日本のお土の上には、一寸の場の上にも置いて貰へん時節がまはりて来たから、日本の内地に居り度くば、今の中に温順に致してくだされよ。天地の間に発生してある皆類の者である。破滅には為とも無いなれど、自己の心で破滅に成らんやうに致されよ。 従来の世の遣方は表面から見ては立派にありたなれど、余り贅沢過ぎて世が持って行けんから、金錢を只出来たやうに思ふて、衣類、道具を飾り立てて、天地へ冥加の程が恐ろしいから、従来は天地の御恩といふ事が些とも分りて居らなんだから、肝腎の弥勒様御夫婦様、天照皇太神宮殿、御三体の大神様の御神力といふ事を左程に思はずと、自己の力で何事もやりて行けるやうに思ふて居りた事が、何彼の事が大間違で、この世の息ある者は、何うして出来たといふ事も分ろまい。天地の大神様の御三体の大神様の日々の御心の分りた霊魂が無かりた故に、永い間の口惜しき事も分らず、地の世界の先祖を力量が有り過ぎてお邪魔に成ると申して押籠めて、爰迄は蔭の守護でありたなれど、蔭の守護では最う行けぬから、日の出の守護と相更はりて、向后はお三体の大神様の御威徳を、日本の霊の元の仕組通りに何彼の事を致して埒良う致して、日本の国の神徳と向ふの国の学力との力競べの、国と国と、神と神との大戦ひであるから、戦ちた方へ従はな成らん正念場であるぞよ。外国の七尾も八尾もある王を平げて、一つの王の元の天地の王で治めるぞよ。十分気が附けてあるから、最う気の附けやうが無いから、何彼の実知を始めるから、不足を申して呉れなよ。天と地との先祖が爰迄に何彼の事に気を附けて知らしてあるぞよ。まだ取違ひをして悪るい鑑に成らんやうにして下されよ。今度取違をして、悪るい鑑に成りたら、世界中へ面目無うて何言ふことも出来ず、悶死を致すより仕様無いぞよ。余り頑張らんと温順に致さんと、向后は従来格合には行かんぞよ。止めの大峠と成りてから、従来の事を何の様にでもお詫を致しますで恕して下されと申して来ても、モー其様な事には掛りて居れんぞよ。何もお筆先通りに世界が廻りて来たから、向后は各自に、吾身の心を考へて見て、心の事を自己が審判を致すやうに成らんと、お蔭は取れんぞよ。神は何程でもお蔭は渡すから、お蔭取るのは自己の心で取るのであるぞよ。肚の中に誠といふ何人が何う申しても、誠がありたらビクリとも致さんのが誠であるから、この世には誠ほど強い者が無いから、誠の心に持ちかへて、従来の心は大川へ流して了へと申して、お筆先で毎度知らしてある誠の心に持ちかへんと誠の御蔭が取れんから、誠、誠と申すのぢゃ。誠の生花が咲く世になりて来て居るのに、正味の無い灰穀の心では二度目の世の立替を致したら、従来の遣り方は些とも用ゐられんやうに大変りが致すぞよ。天地の大神様は今の習慣制度をお嫌ひ為さるから、日本の国は今の灰殻を誠にお嫌ひ遊ばすから、何彼の遣り方から心を、昔の根本の遣り方に程なく返さすから、今が転換期で何彼の事が六ケ敷なれど、向后は申してあるやうに何彼の事が一度に成りて来て、一度に開く梅の花、筆先通りに成りて来て、世界は一日増しに騒がしうなるぞよ。 これまでは天の大神様を此世には何うでも可い、自己が神であるといふやうな何も分らん利己主義の遣り方、御苦労致された天の御先祖様も、日の大神様も、天照皇大神殿も、地の世界の先祖も、元の大神、天の大神様の御艱難の思ひといふ事を知らずに、此世が自然的に出来たやうに思ふて、苦労無しの向ふの守護神が、余り大きな取違を今にして居りて、元の大神様の御恩を知りた守護神一人も無いといふやうな惨い事に世界中の守護神が成りて今の難渋、大神様の御守護で、爰までは結構に、天からは弥勒様は御水の御守護、日之大神様は火の御守護遊ばすのが、人民では分ろまいがな。分りた人民一人でもあるなら、改心致して身魂に些とも曇りの無いやうに、水晶に磨いて来たら、大本には事実があるから………。大本の内部には六年後から、明亮な勿体ない事がありて、一日増しに結構が出来るのに………。この事は二階に大神様をお祭りがしてある折に、勿体なくも天照皇大神宮様が大出口直にお憑り遊ばして、直が余り大望な御役であるから、三体の大神様が下へ降り上りを致して、手伝をしてやらんと、余り大望な御用であるとお言葉を戴いた事が、六年後から大本の内部にもお邸の内に実地のお姿が、彼方此方にお出でますなれど、余り曇りた世の中であるから、この内部お邸を余程清らかにして、男も女も生神ばかりの中に居るのであるぞよ。この大本は他の教会とは違ふから、世の元の実地の生神ばかりであるから、一と通りの事を思ふて居ると大間違が出来ては成らんから、その心でこの内部を清らかに致されよ。世の元の根本の大神は、天も構ひ地の世界も構ひ、御水と御火と、お土とで、この世が立ちて行くのであるぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正7年旧10月29日 | 大正七年旧十月二十九日 艮の金神国常立尊が、明治二十五年から永らく出口直の体内を借りて、若姫君の尊と引添ふて変性男子と成りて、三千世界の世の立替の経綸を、筆先に書して知らしたなれど、後の立直しの筆先は未だかかして無いから、変性女子の体内を籍りて是から時節に応じて書すぞよ。世の立替は世の元から経綸いたして在る事が、一分一厘違はん、皆出て来る時節が迫りたのであるから、此経綸は変りは致さんなれど、世の立直しは人民の肉体を使ふて致さねば成らぬ事であるから、人民の改心次第で速くも成り、亦遅れも致すから、是から変性女子と役員が確かり致して下さらんと、中々大事業であるから、一寸の油断も寸暸も無いぞよ。二代の御世継は澄子に命令は下りて居るなれど、モウ少し立直しの筆先をかかねば成らぬから、変性女子の体内を借りて筆先を出すから、今迄のやうな筆先の見やう致して居りたら大きな間違いが出来いたすぞよ。此筆先は国常立尊が変性女子の体内を借りて知らすのであるから、男子にかかした筆先とはチットは筆の使い方が違ふなれど、神の経綸は毛筋も間違いは致さんから、其の覚悟で筆先を読みて、腹帯を緩まんやうに致して下されよ。 明治二十五年から大出口直の手を借りて、三千世界の大芝居が始まるぞよと申して知らしておいたが、一番叟、二番叟、三番叟も相済みて、いよいよ是から初段が始まるぞよ。初段、二段の始りて居る間に、世界の大本は皆揃ふて霊魂を研いて、何彼の準備を致して、三段目の立役者となりて、此の乱れ切った世界を尉と姥とで掃除致して、昔の元の水晶の松の神代に立直さねば成らぬから、是からは段々と因縁の御魂を綾部の大本へ引寄して、御霊を研かして、今度の二度目の世の立直しの御用に使ふ、末代の仕組が致してあるから、此大本の肝心の役員は真心から親切に御取次ぎを致して下さらぬと、好き嫌い在るやうな事では、折角神が綱を掛けて引寄した身魂を取逃すやうな事が出来いたすぞよ。此の大本は何事に由らず神界の命令通りに致さねば、途中で経綸が変りたら今度の事は成就いたさんぞよ。今度世の立直しが出来致さなんだら、世界はモ一つ乱れて潰れるより仕様はないぞよ。此世界を立直す尊い経綸の判る所は、綾部の龍宮館、地の高天原より外には無いから、我も私もと申して是からは金銀持って、御用に使ふて下されと申して来るもの斗りであれども、神の赦しなき人民の宝は受取る事は成らぬぞよ。汚れたものが一分混りても、今度は水晶の神代に致すには大きな邪魔に成るから、役員の人は充分気を付けて下され。変性男子の御魂国常立尊が女子の手を借りて念を押しておくぞよ。 世界は九分九厘と成りて、昔からの生神の経綸は成就いたしたから、変性男子若姫岐美尊は天に上りて守護いたすから、日の大神、月の大神、天照皇大神御三体の大神は、地へ降りまして今度の御手伝を遊ばすなり、艮の金神国常立尊は天地を駆廻りて世界一切を構ふなり、坤の金神は弥々奥役となりて地の神界を主護いたして三千世界を一厘の経綸で立直す役となりたから、是から天地の様子も世界の一切も大変りが致すのが迅いから、何程自我の強い人民でも、悪の強い邪神でも、改心いたさな成らんやうに、一日増しに変りて来るぞよ。昔から斯世初りてから未だ無き事がセングリセングリ出来いたすぞよ。珍らしき事も出来るぞよ。 艮の金神が出口直の娘を王子と八木へ遣りてありたのは、神の経綸であると申して、男子の手と口とで知らして在りたが、王子の梨木峠で、昔からの因縁に由りて、本田親徳と変性女子との面会をさして、女子に霊学を授けるやうに致したのも、王子の産土暗りの宮を仲立に致しての事でありたぞよ。澄子も王子へ暫く遣りて、幼い年から色々と人の能ふせん辛い目をさして在りたが、其時から変性女子に面会さして綱が掛けてありたので在るから、肉体は二代と夫婦に致して、坤の金神の奥役を為してあるぞよ。是も人民には一寸見当の取れん仕組であるぞよ。八木へ久子を遣りてあるのも、深い経綸であると申したが、明治三十一年の紅葉の色の真盛りに、八木からの頼みで変性女子が参りたのであるぞよ。変性男子は人民に百日の水行を命して、身魂を研いて水晶に洗濯いたす御役なり、変性女子は霊を以て人民の身魂を研く御役に拵らへてあるぞよ。其霊魂の因縁に由って、男子の旅立には、何時も大空が曇りて雨が降りたなり、女子の旅立には何時も火の守護で在るから、曇りた空も直に晴天となりたので在るぞよ。変性男子は肉体が水、霊体が火であるなり、女子は肉体が火で霊体が水であるから、男子の旅立には水の守護なり、女子の出立には火の守護と成りたのであるぞよ。変性男子の霊魂は天の役、夫の役なり、女子の霊魂は地の役、妻の御用であるぞよ。火と水との守護で、天地を開く火水の経綸であるから此の先は天と地との神の働きが明白に判りて来るぞよ。変性女子の身魂を明治三十二年の六月二十三日に、龍宮館の高天原へ引寄して、色々と気苦労をさして、身魂の荒研きを致さしたが、女子も余り我が強かりたので、改心さすのに十年掛りたが、明治四十二年の七月十二日から坤の守護に致して、大本の経綸の御用を命して来たぞよ。それでも末だ世の立直しの御用さすには、余り混りが有りて間に合はぬから、大正七年の七月十二日女子の肉体の誕生日から、此世の荒衣を脱がすために、七十五日の肉体と霊魂の大洗濯を致さしたぞよ。出口直は十三日の間食物を取上げたなれど、女子の肉体は余り曇りが激しいから、四十八日の間食物を取上げて、身魂に苦労をさして二度目の世の立直しの御用に使ふので在るぞよ。何事も皆神からの命令でさせられるので在るぞよ。変性女子の身魂を〆木に掛て、汚ない分子を吐出さしておいて、五十日目から国常立尊が坤の金神と引添ふて、女子の霊魂を世界中連れ廻りて、世の立直しの守護がさして在るぞよ。七十五日の床縛りが済みて、二日の間肉体を休まして、三日目には大本変性男子の肉体の最後の大祭を致させ、四日目は祖霊社の祭りを済まさせ、五日目には変性女子の口を借りて、大本の立直しの厳しき教えを、大本の役員信者に申聞かしてあるから、チットも間違いの無いやうに、是から此大本の中は心配りを致して下さらぬと、肝心の仕組が遅れるから、天地の神々様に申訳のない事になりて了ふぞよ。翌けて六日目、旧十月の三日、新の十一月六日の五つ時、神界の経綸が成就いたして、今度の世界の大戦争を一寸止めさして置いて、其晩の四つ時(十時三十分)に、天からの御迎で出口直は若姫君尊の御魂と引添ふて天へ上りたぞよ。是からは天の様子も明白に判り出すぞよ。一旦出口直は天へ上りたなれど、直の御魂は三代の直霊に憑りて地の御用を致すぞよ。直の御魂は天にありては国常立尊と引添ふて、大国常立尊大出口神となりて世界の守護を致すなり、地に降りては変性女子の身魂に国常立尊が憑りて、立直しの御筆先をかかすなり、出口直の御魂は木花咲耶姫殿の宿りた身魂の三代直霊に憑りて、直霊主尊となりて、地の神界の御用を致さす経綸が成就いたしたから、是からの大本の中は是までとは大変りが致すぞよ。今一寸大本の内部静かにあるから、世界も一寸の間だけは静かにあれど、此節分が済みたる大本も世界も何彼の事が喧ましう忙しうなるから、今の静かな中に、何彼の準備をいたして置かねば、俄に橡面貌を振らねば成らんやうな事になるぞよ。 大正七年旧十月二十九日、新の十二月二日、変性女子に憑りてしるしをく。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正7年12月2日 | 大正七年一二月二日 艮の金神国常立尊が、明治廿五年から永らく出口直の体内を借りて、若姫君の尊と引添ふて変性男子と成りて、三千世界の世の立替の経綸を、筆先に書して知らしたなれど、後の立直しの筆先は未だかかして無いから、変性女子の体内を藉りて是から時節に応じて書すぞよ。世の立替は世の元から経綸いたして在る事が、一分一厘違はん、皆出て来る時節が迫りたのであるから、此経綸は変りは致さんなれど、世の立直しは人民の肉体を使ふて致さねば成らぬ事であるから、人民の改心次第で速くも成り、亦遅れも致すから、是から変性女子と役員が確かり致して下さらんと、中々大事業であるから、一寸の油断も寸隙も無いぞよ。二代の御世継は澄子に命令は下りて居るなれど、モウ少し立直しの筆先をかかねば成らぬから、変性女子の体内を借りて筆先を出すから、今迄のやうな筆先の見やう致して居りたら大きな間違いが出来いたすぞよ。此筆先は国常立尊が変性女子の体内を借りて知らすのであるから、男子にかかした筆先とはチツトは筆の使い方が違ふなれど、神の経綸は毛筋も間違いは致さんから、其の覚悟で筆先を読みて、腹帯を緩まんやうに致して下されよ。 明治廿五年から大出口直の手を借りて、三千世界の大芝居が始まるぞよと申して知らしておいたが、一番叟、二番叟、三番叟も相済みて、いよいよ是から初段が始まるぞよ。初段、二段の始りて居る間に、世界の大本は皆揃ふて霊魂を研いて、何彼の準備を致して、三段目の立役者となりて、此の乱れ切つた世界を尉と姥とで掃除致して、昔の元の水晶の松の神代に立直さねば成らぬから、是からは段々と因縁の御魂を綾部の大本へ引寄して、霊魂を研かして、今度の二度目の世の立直しの御用に使ふ、末代の仕組が致してあるから、此大本の肝心の役員は真心から親切に御取次ぎを致して下さらぬと、好き嫌いの在るやうな事では、折角神が綱を掛けて引寄した身魂を取遁すやうな事が出来いたすぞよ。此の大本は何事に由らず神界の命令通りに致さねば、途中で経綸が変りたら今度の事は成就いたさんぞよ。今度世の立直しが出来致さなんだら、世界はモ一つ乱れて潰れるより仕様はないぞよ。此世界を立直す尊い経綸の判る所は、綾部の竜宮館、地の高天原より外には無いから、我も私もと申して是からは金銀持つて、御用に使ふて下されと申して来るもの斗りであれども、神の赦しなき人民の宝は受取る事は成らぬぞよ。汚れたものが一分混りても、今度は水晶の神代に致すには大きな邪魔に成るから、役員の人は充分気を付けて下され。変性男子の御魂国常立尊が女子の手を借りて念を押しておくぞよ。 ◎ 世界は九分九厘と成りて、昔からの生神の経綸は成就いたしたから、変性男子若姫岐美尊は天に上りて守護いたすから、日の大神、月の大神、天照皇大神御三体の大神は、地へ降りまして今度の御手伝を遊ばすなり、艮の金神国常立尊は天地を駆廻りて世界一切を構ふなり、坤の金神は弥々奧役となりて地の神界を主護いたして三千世界を一厘の経綸で立直す役となりたから、是から天地の様子も世界の一切も大変りが致すのが迅いから、何程自我の強い人民でも、悪の強い邪神でも、改心いたさな成らんやうに、一日増しに変りて来るぞよ。昔から斯世初りてから未だ無き事がセングリセングリ出来いたすぞよ。珍らしき事も出来るぞよ。 ◎ 艮の金神が出口直の娘を王子と八木へ遣りてありたのは、神の経綸であると申して、男子の手と口とで知らして在りたが、王子の梨木峠で、昔からの因縁に由りて本田親徳と変性女子との面会をさして、女子に霊学を授けるやうに致したのも、王子の産土暗りの宮を仲立に致しての事でありたぞよ。澄子も王子へ暫く遣りて、幼い年から色々と人の能ふせん辛い目をさして在りたが、其時から変性女子に面会さして綱が掛けてありたので在るから、肉体は二代と夫婦に致して、坤の金神の奧役を為してあるぞよ。是も人民には一寸見当の取れん仕組であるぞよ。八木へ久子を遣りてあるのも、深い経綸であると申したが、明治三十一年の紅葉の色の真盛りに、八木からの頼みで変性女子が参りたのであるぞよ。変性男子は人民に百日の水行を命して、身魂を研いて水晶に洗濯いたす御役なり、変性女子は霊を以て人民の身魂を研く御役に拵らへてあるぞよ。其霊魂の因縁に由つて、男子の旅立には、何時も大空が曇りて雨が降りたなり、女子の旅立には何時も火の守護で在るから、曇りた空も直に晴天となりたので在るぞよ。変性男子は肉体が水、霊体が火であるなり、女子は肉体が火で霊体が水であるから、男子の旅立には水の守護なり、女子の出立には火の守護と成りたのであるぞよ。変性男子の霊魂は天の役、夫の役なり、女子の霊魂は地の役、妻の御用であるぞよ。火と水との守護で、天地を開く火水の経綸であるから此の先は天と地との神の働きが明白に判りて来るぞよ。変性女子の身魂を明治三十二年の六月廿三日に、竜宮館の高天原へ引寄して、色々と気苦労をさして、身魂の荒研きを致さしたが、女子も余り我が強かりたので、改心さすのに十年掛りたが、明治四十二年の七月十二日から坤の守護に致して、大本の経綸の御用を命して来たぞよ。それでも未だ世の立直しの御用さすには、余り混りが有りて間に合はぬから、大正七年の七月十二日女子の肉体の誕生日から、此世の荒衣を脱がすために、七十五日の肉体と霊魂の大洗濯を致さしたぞよ。出口直は十三日の間食物を取上げたなれど、女子の肉体は余り曇りが激しいから、四十八日の間食物を取上げて身魂に苦労をさして二度目の世の立直しの御用に使ふので在るぞよ。何事も皆神からの命令でさせられるので在るぞよ。変性女子の身魂を〆木に掛て、汚ない分子を吐出さしておいて、五十日目から国常立尊が坤の金神と引添ふて、女子の霊魂を世界中連れ廻りて、世の立直しの守護がさして在るぞよ。七十五日の床縛りが済みて、二日の間肉体を休まして、三日目には大本変性男子の肉体の最後の大祭を致させ、四日目は祖霊社の祭りを済まさせ、五日目には変性女子の口を借りて、大本の立直しの厳しき教えを、大本の役員信者に申聞かしてあるから、チツトも間違いの無いやうに、是から此大本の中は心配りを致して下さらぬと、肝腎の仕組が遅れるから、天地の神々様に申訳のない事になりて了ふぞよ。翌けて六日目、旧十月の三日、新の十一月六日の五つ時、神界の経綸が成就いたして、今度の世界の大戦争を一寸止めさして置いて、其晩の四つ時(十時三十分)に、天からの御迎で出口直は若姫君尊の御魂と引添ふて天へ上りたぞよ。是からは天の様子も明白に判り出すぞよ。一旦出口直は天へ上りたなれど、直の御魂は三代の直霊に憑りて地の御用を致すぞよ。直の御魂は天にありては国常立尊と引添ふて、大国常立尊大出口神となりて世界の守護を致すなり、地に降りては変性女子の身魂に国常立尊が憑りて、立直しの御筆先をかかすなり、出口直の御魂は木花咲耶姫殿の宿りた身魂の三代直霊に憑りて、直霊主尊となりて地の神界の御用を致さす経綸が成就いたしたから、是からの大本の中は是までとは大変りが致すぞよ。今一寸大本の内部が静かにあるから、世界も一寸の間だけは静かにあれど、此節分が済みたる大本も世界も何彼の事が喧ましう忙しうなるから、今の静かな中に、何彼の準備をいたして置かねば、俄に橡面貌を振らねば成らんやうな事になるぞよ。 大正七年旧十月廿九日、新の十二月二日、変性女子に憑りてしるしをく。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正7年12月22日 | 大正七年一二月二二日 艮の金神国常立の尊の御魂が、竜宮館の高天原に現はれて、世の立替立直しの筆先を書きおくぞよ。三千世界の立替の御用致さす為に、変性男子の身魂大出口直に永らく苦労をさしてあるぞよ。天保七年十二月十六日、天照皇太神宮殿の御誕生日に斯世へ出してから二十七年の間、直は結構に気楽に暮さしてあるぞよ。さう申しても世間並の気楽さでは無いぞよ。中々いろいろと肉体に就て人に変りた事がさしてありたぞよ。二十八歳の冬から五十七歳まで三十年の間、人民界では誰も能う堪らん艱難苦労をさして、現世の衣を脱がして御用に立てたぞよ。五十七歳の正月元日から、艮の金神が体内へ這入りて、今年で二十七年の間神界の経綸で筆先を書かせ、口で世の立替を知らしたぞよ。何時も三十年で世の立替と致すと申して知らした事が、モウ一分になりて、跡三年残りたなれど、水も漏らさぬ仕組であるから、三年の間は変性女子の手を借りて立替立直しの御用を致すから、是からは一日ましに世界から判りて来るから、何程の鼻高でも成程と往生をいたすやうになりて了ふぞよ。変性女子は神界の経綸で明治四年の七月の十二日に斯世へ出して、二十七年の間は是も普通の人民では出来ぬ苦労を致させ、二十八歳の二月九日から、神が高熊山へ連れ参りて、身魂を研かして、世の立直しの御用の経綸が致してあるぞよ。二十八の歳から此の大本へ引寄して、有るにあられん気苦労を致さして、いよいよ身魂が研きかけたから、三十九歳からボツボツと大本の経綸にかからしてあるが、此の先まだ十年の気苦労を致さすから、其積りで居りて下されよ。三年さきになりたら余程気を付けて下さらぬと、ドエライ悪魔が魅を入れるぞよ。辛の酉の年は、変性女子に取りては、後にも前にも無いやうな変りた事が出来て来るから、前に気を付けて置くぞよ。外国から今に六ケ敷難題が持かけて来るが、今の番頭の弱腰では到底能う貫ぬかんぞよ。是も時節であるから、何程智慧学がありても今度は一文の価値も無いから、日本の人民が揃ふて改心いたせば良し、到底改心が出来ぬなら止むを得ず気の毒が出来いたすぞよ。世界の九分九厘が近よりて来たぞよ。一厘の仕組で三千世界を立直すのは、綾部の大本より外には無いぞよ。今この仕組が日本の人民に判りたら、三千年の神界の仕組が成就いたさんから、今の今までは誠の元の一厘の所は申さんから、疑ふ人民は未だ未だ有るぞよ。 富士と鳴戸の昔からの経綸が判りて来たら、世界は激しく成りて、外国が薩張り帰順いたして日本へ末代従ふやうに成るぞよ。東京の経綸はミノヲハリ、尾張の経綸は世の終り、伊勢は丹波に丹波は神都、みやこの経綸は万古末代つづくぞよ。続く血筋は世の本の天と地との直系の日の大神と地の神、天地揃ふて水晶の誠一とつの末永き結構な神代に致すぞよ。神代に成りたら人民の身魂にも御光が刺すぞよ。暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しくなるぞよと、今迄出口直の筆先に知らして置いたが、今が其時節であるぞよ。未だ未だ世界は安心な所へは行かぬぞよ。是からが彦火々出見の初りであるぞよ。目無堅間の神船はこれから出て来るぞよ。水火地の大名は何処に現れて居るか、これを知りた人民今に一人も無いが、燈台元暗の誓えの通りの世であるぞよ。 艮の金神が明治二十五年に、竜宮館に出口の守と現はれた折の初発に、竜宮の乙姫殿が御越なされて、今日の御祝儀お目出度存じますると仰しやつて、今まで海の底に溜めて置かれた御宝を、陸の竜宮館の高天原へ持運びて、艮の金神様にお渡し申すと仰せになりたが、海の中には金は幾何程でもあるから、竜宮様の御改心で今度はいよいよ受取りて、新つの金を吹く時節が参りたぞよ。斯世一切の事は皆神の自由であるから、何程人民が智慧や学で考えても、神の許し無き事には、肝腎の艮めを差すといふ事は、何時になりても出来は致さんぞよ。竜宮の乙姫殿は誠に欲の深い御神様で在りたなれど、今度の二度目の世の立替のある事を、世の初発から能く御存知であるから、第一番に御改心が出来て、艮の金神の片腕となりて御働き遊ばすから、是からはこの大本の内部も、世界を日増に大変りを致すぞよ。三千世界の宝は皆国常立尊の拵らえたもの斗りで在るから、世が元へ戻りて、何も彼も艮の金神が自由に致す時節が参りたから、今迄の事を思ふて頑張りて居るとスコタンを喰ふ事になりたぞよ。人民の力で行れるなら我を出して何なりと行りて見よれ、初めはチト良きやうに在るが、先へ行く程つまりて途が無くなりて、行きも帰りも成らぬやうに致されるぞよ。是が今迄の世とは違ふと申すのであるぞよ。珍らしき事を致して、三千世界の善の鏡と悪の鏡とを出す世界の大本は、何彼の事が厳しくなるぞよと申してあろうがな。キカねばキクやうにして改心さすと申してあるが、今が大事の性念場であるから、心に当る人民は一日も早く我の欲を捨て、神界の御用第一に致すか結構であるぞよ。神は困まらねど其人が可愛さうなから、神がクドウ気を付けておくぞよ。今の人民は永らく体主霊従の中に染り切りて居りたから、容易一寸には改心が出来にくいなれど、モウ時節が来たから、改心さす間が無いから、今までの学や智慧を横へ遣りておいて、只一心に神の申すやうに致されよ。考へたり研究いたしたりするやうな気楽な時では無いぞよ。モウ二進も三進も成らぬ所まで世が差迫りて来て居るぞよ。何程道の為じや御国の為じやと申しても、誠生粋の道思ひ国思ひの人民は尠ないから、人民の申す事は嘘が多いから、神も中々油断が出来ぬやうに成りて来たぞよ。今の人民の盲目聾の欲に抜目の無いのには、神も閉口いたして居るぞよ。利己主義の行り方ばかり致して居ると、夫れが世が代りて居るから、自滅自亡の種になる二度目の世の立替であるぞよ。此の大本の行り方と世界とを比べて見たら善と悪との鏡が出して在るから、改心せずには居れぬ事に仕てあるぞよ。世の立替が初りたら、世界は上り下りで騒がしくなると申してありたが、外国の王の今の有様、まだまだ斯んなチヨロコイ事ではないぞよ。何処へ飛火が致さうも知れんぞよ。夫れで永らくの間艮の金神が出口直の身魂を使ふて、脚下へ火が燃えるぞよ。鳥がたつぞよ気を付けよと申して知らしたが、日本の人民は上から下まで欲斗りで目が眩みて了ふて居るから、今に判りて居る人民が何程も無いが、今に成りてからバタ付ても、モウ守護神人民の力では到底叶はんから、艮の金神の申すやうに、今迄のやうな利己主義の精神を立直して、水晶の生れ赤子の心に成つて、今度の肝腎の御用を勤めたなら、末代名の残る結構な事が出来るなり、今までの心で行りて行くなら、十人並のお出直し誠に気の毒な事が出来いたすぞよ。神の申す事毛筋も間違は無ぞよ。 東京で経綸をするが身の終りと申して知らしてありたが、キモがアノ通りの失敗をいたし、次にイヤが真似してアノ通り、カカが金を掘り出すと申して失敗り、マサがまた思はく立たず、是だけ鏡を出して見せても未だキカねばキクやうに為て改心させるなれど、其処へ成りての改心はモウ遅いから、一日も早く今の内に行方を薩張り替えて下され、取返しのならん事が出来いたして、世間へ顔出しのならん事に成るぞよ。今大本の教えを拡め行くと申して、ソハのそはそはしひ遣り方、斯んな弱ひ誠の無い精神で、三千世界の大神の御用が勤まると思ふて居るか。大慢神も大間違いも程があるぞよ。トモもモウ少し筆先を調べて下さらぬと、抜きも差しも出来ぬやうな事になるぞよ。大本の役員信者一同に気を付けるが、今が何より肝腎要めの性念場であるぞよ。早く眼を覚して下されよ。外国の体主霊従金銀為本之政策で、何時までも世が続くやうに思ふて、一生懸命に四脚の守護神が操掻いで御座るが、モウ世が済みたから、何程骨を折りて見た所で、百日の説法屁一つにも成らぬぞよ。猿も狐も狗も蛙も皆奥山に隠れて了ふて、今の体主霊従の経綸の真最中であるが、気の毒ながら日本の神国の行方は四脚の手には合はぬから、要らぬ御心配は止めて下されよ。武蔵野に今は狸の腹鼓たたいて鳴らして、八畳敷まで拡げた○○の跡の始末は何ふする積りか。人民では斯終局は就くまいぞよ。日本の神国を茲まで四脚が曇らして置いて、未だ飽き足らひで今日の世の持方、神はモウ肝忍袋の緒が切れたぞよ。日本の上に立ちて外国の下を働らく四足の守護神よ、気の毒ながら、神の申す間に聞かぬと、昔からの経綸通りに気の毒でも致さねば、神界の永らくの大神業の邪魔に成るから、其仕組の蓋を開けるから、跡から神に不足は申して下さるなよ。神は気を付けた上にも気を注けて在るぞよ。 斯大本の役員も余程確り致さぬと、未だ肝腎の仕組が解りて居らんから、俄にバタ付かねば成らん事になるが、夫れで大本の役員と申しても世界へ申訳の無い事が出来いたすぞよ。出口直が上天いたしてからは、斯大本は一段に厳しく成るから、其覚悟で居らぬと、トチメンボウを振らねばならぬ事になるぞよ。筆先を充分腹へ入れて能く消化して居らぬと、筆先が間に合はぬから、モ一度念を押して置くぞよ。 艮の金神は是から暫時の間は、大出口直の代りに変性女子の身魂を籍りて、色々と化かして御用致さすから、余程気を付けて居らぬと大きな取違いを致して、跡で愧かしき事が出来いたすぞよ。三千世界の大化物じやと申して、是までの大出口直の筆先に毎度出さして在ろうがな。此の大化物が全部世界へ現はれる時節が近ふなりて来たぞよ。神が一度筆先に出したら何時になりても違ひは致さぬぞよ。斯の大化物は三千世界の晒し物であるから、今の普通の人民では見当が取れんやうに致して在るが、今に何も彼も皆判りて来て、日本の人民がアフンと致して、眼舞いが来る者が沢山に現はれて来るぞよ。珍らしき事の判る世界の大本で在るぞよ。世は持切りには致させんと申すのは、今度明白に判りて来るぞよ。外国の八尾八頭の守護神が、渡りて来られん筈の日本の神国へ渡りて来て、日本の女を自由に致して、今では機械同様、神は誠に残念なぞよ。是でも見て居ざれよ、今に善悪の身魂の審判が始まるぞよ。天王台の神庭会議が始りたら、何如な守護神でも薩張尾を出して、化けの皮を表はすやうに成るぞよ。そうなりては可愛想なから、其所に成るまでに改心をさして、化けを表はさずに此儘で続いて行らしたいと思へども、余りの事で改心の為せやうが無いぞよ。思ひの違ふ人民斗りが現はれて、世界は開いた口が塞がらぬ事斗り出来するぞよ、是の判りた人民今に無いぞよ。 艮の金神国常立之尊が三千年の経綸いたして、待ちに待ち兼た松の代五六七の神代が廻りて来たから、今年からは何彼の経綸の蓋が開いて、何も知らぬ世界の人民がアフンと致すやうな大事業が完成て来るぞよ。一番に斯大本へ世界の宝を竜宮殿の御手伝で世に上げて、三千世界を鳴らすぞよ。松の老木に鶴が巣を組む時節が来たぞよ。鶴と亀とが此の大本へ舞ひ下るぞよ。人民には今では判らねども、跡に成りたら判りて来るぞよ。十二の卵を産み並べ、名も高砂の尉と姥、夫婦揃ふて大地の掃除を致したら、跡は結構な云ふに言はれぬ楽もしき世となるぞよ。アとスとの御用は誠に結構であるぞよ。夫れに就けてはキの御用御苦労であるぞよ。神の経綸の開く初発の肝腎の五六七の御用であるぞよ。この大本は因縁の身魂でないと、何事も肝腎の御用は致させんぞよ。二十七年も此の大本へ立寄りて居るテハの身魂は、昔から悪に強い身魂の性来で、元の生神を艮へ押込めた身魂であるから、元からの性来は一寸やソツトには直らぬから、今に成りても陰になり陽になり、大本へ這入りて邪魔斗り致す事を考へて居るが、是も神から鏡に出してあるのであるから、改心いたせば助けて遣るなれど、何時までも改心出来ねば、天地の規則通りに致して了ふぞよ。気の毒でも身魂に改心が出来ねば、天地の規則はナンボ神でも変えると云ふ事は出来んから、助け様が無いから、神が気苦労致せども、守護神と其人の心とは世の元の神の心と正反対であるから、何う致す事も出来ぬぞよ。 暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しく成るぞよと申して、毎度警告して置いたが、世界の大戦争が一寸片付いて、是から世界の人民は安神に暮せると思ふて居れど、是から先きは段々と約りて来て世界は淋しく、一旦は火の消えたやうになるとの神言でありたぞよ。戦争は是で済みたのでは無いぞよ。戦争と申しても殺合ひの喧嘩斗りでないぞよ。何に就けても大戦争であるぞよ。少しでも食物の用意を致さねば、後で地団太蹈んでも追付かぬ事になるぞよ。四足の餌の奪り合ひが始まりて来るぞよ。未と申とが腹を減らして惨たらしい酉やいが初まるぞよ。今迄世界の人民の苦しむ大戦争を喜こんで、結構な事に成りて金銀を積んで高振つて居りた人民は気の毒ながら、真逆様に地獄のドン底に落ちて苦しむぞよ。我欲本意の行方では永うは続かんと知らして在りた事の実地を神から為て見せてやるぞよ。是を見て世界の人民は一時も早く改心を致されよ。我の所有は天地の間に木の葉一枚も無いぞよ。頭の毛一筋でも下駄の裏に付いた砂一つでも、神が造りたもので在るぞよ。今の人民は余り結構すぎて冥加と云ふ事を知らぬから、世の立替の折には、天地からの戒めに逢ふて驚愕いたして、頭を下に致して歩行かねば成らぬやうに今に成りて来るから、艮の金神は夫れを見る眼が辛いから、明治廿五年から大出口直の体内を借りて色々と苦労をさして、世界の守護神と人民とに気を付けたので在りたぞよ、今この大本へ色々と世界の心になりて居りた体主霊従の守護神を、神から引寄せて居るから、大本の役員は御苦労であれども昔の事から後の世の事まで説き聞かして改心さして、神世の柱を研かねばならぬから、第一に役員から水晶に成りて下さらんと、一寸でも濁りが在りたら、世界から出て来る守護神人民を改心さして、神の柱に用ふ事が出来んから、片時の間も早く誠を覚りて下されよ。判りたと思ふても未だ未だ中々誠の事は解りては居らんぞよ。茲で役員が誤解を致すと、三千年の永らくの経綸が遅れて来て、世界は遅れた丈けは永らく苦しまねばならぬぞよ。斯大本は世界へも移り世界からも移りて来るから、大本の中からキチンと立替立直しを致して、アレでならこそ世界の立直の大本じやと、世間の人民が申すやうに成る所まで、各自に身魂を研ひて下されよ。モウ時節が迫りて来て、改心の間がないぞよ。大地の上は邪神の眷属やら四ツ足の守護神に脚一本置く所も無いまで汚されて了ふて、昔の天地の元の生神の居る所も無いやうになりたから、綾部の大本は昔から神の経綸で隠して在りた結構な所であるから天地の神が昇降を致して今度の二度目の天の岩戸を開く地場であるから、塵一本でも無いやうに清らかに致して下され。今までは誠の元の生神は、丹后の男島女島と播磨の神島とに隠れて、三千世界の守護いたして居りたぞよ。時節参りて天の大神様の御命令を頂きて、竜宮館の高天原に現はれて、水晶の世の御用を致すのであるから、人民は猶更この大本へ引寄せて貰ふた人民は、余程心を清らかに持ちて、善の道へ立帰らぬとウカウカ大本へ参りて致して居りたら、御神徳いただく所で無い恐い事が出来て来るぞよ。是からは神は日増に烈敷くなるぞよ。人民も改心せずには居られんやうに成るぞよ。この大本は誠に結構な所の恐ろしい所であるぞよ。大化物が隠くして在るぞよ。この化け物は普通の化け物でないから、現はれたら心の悪るき守護神人民は腰が抜けて了ふて、四ツ這ひに成つて苦しむぞよ。 この大本には三千世界の大気違いやら大化物が表はれて、世の立替立直しの神界の御用を致して居るから、普通の人民の眼からは見当は一寸取れ難いなれど、世界の大本に現はれた気違いが申した事は、一分一厘間違いのない、チト実のある気違いであるぞよ。神から見れば今の日本の人民は真正の狂人斗りで、言ふ事も為る事も皆間違ひだらけであるぞょ。それで今の人民の致す事はチツトも尻が結べて居らぬから、何時も縮尻るので在るぞよ。毎日毎夜嘘つく事ばかり勉強いたして、是が文明開化世の行方と申して居るが、今の人民の致した事は、政治に因らず教育に由らず、何一つも碌な事は出来ては居ろまいがな。夫れで日本神国の人民と申されやうか、判らぬと申しても盲目と申しても余りであるぞよ。外国人に自由自在に致され、眉毛の数まで読まれて居りても、未だ気が付かず、ケツのケまでも抜かれて了ふて居り乍ら、未だ眼尻を下げて歓こんで居ると云ふ、今の日本の○○○○の体裁、開いた口が塞がらぬと申すのは、此所の事であるぞよ。今に脚下から唐土の烏がたつが判ろまいがな。○○の○○と申しても余りで無いか。一日も早く○○いたして下されよ。梅で開いて松で治める、竹は外国の守護と致して、万古末代世界中を泰平に治める経綸の致してある、神国の○○と人民が何も判らむとは、惨い事に曇り切りたものであるぞよ。是から三千年の経綸、竜宮館の玉手箱を明けのカラスと致して、日の出の守護に掛るから、日本の守護神の内にも大分慮見の違ふ御方が出来るぞよ。明治二十五年から艮の金神が無間の鐘を掘り出して、地の高天原で変性男子と女子の身魂が力限り根かぎり打ち鳴らして、世界の守護神人民に警告せ共、聾か生倉か一人も誠の者が無りたなれど、大正五年の五月に、五六七の大神様が大本へ御降臨あそばしてから、余程判る人民が大本へボツボツ参りて来るやうになりて、今では世界の大本と申しても、余り耻かしう無い様なれど、神から見れば未だ未だいろはのいの片方までも判りては居らんぞよ。この節分を堺といたして、ソロソロと経綸の玉手箱を開けるから、浦島太郎の日本男子よ、腹帯を確りと〆て御座れよ。今迄一生懸命に成りて善と思ふて歓こんで致して来た事が、薩張煙と成つて消えて了ふから、了見の違ふ守護神人民が大多数出現ぞよ。今の人民の精神の持方では、余程改心致さんと、日本男子の桃太郎殿も、何程かしこい猿智慧でも、何程強い犬を使ふても、雉子長泣女の先導でも、鬼が島の征伐が六ケ敷いぞよ。正反対に鬼に征服れるやうな事になるぞよ。変性男子と変性女子の尉と姥の申す事が、耳へ這入らぬやうな事では、日本の神国は到底も立ちては行かぬから、神は昔から斯世が来るのが能く判りて居りての、三千年の永い経綸であるから、攻めては大本の教を一口なりと聞いた守護神は、其覚悟を致して、神界の御助けを致して下され。神は取りもぎには致さんぞよ。今度日本が潰れたら世界中が暗黒となりて、悪神の自由になるから、斯の暗き世を、天照す皇大御神の神の子が、日本の国の光を現はして世界を照さねば、天地の祖神様へ申訳が立たぬ事になるぞよ。日本の人民は天の大神様の分霊なり。肉体は国常立之尊の守護であるから、人民は神と同じ事であるぞよ。この結構な神の御宮の玉を追出して、薩張り悪神やら四足の住宅に致されて居るのであるから、今の人民の所作柄と申す者は、サツパリ鬼か蛇か畜生にも劣りて居るぞよ。夫れで今の人民の致す事は、逆様斗りより出来は致さんので在るぞよ。それで今度は天と地とを拵らえた元の生神が、綾部本宮の世の本の地場に現はれて、今度の世界を構ふて遣らねば、何時までも天下泰平には成らんから、経と緯との機織の仕組が世の元から致してありたのじやぞよ。 機の初り丹波の綾部、あやの神戸にあるわいなと、昔から歌が遺してありたのは今度の世界の立替立直しに就ての譬であるぞよ。経糸はモウ出来上りて天へ上りたから、是から先は変性女子が御苦労なれど、緯糸をかけて棚機姫殿の御用を致さすのであるぞよ。珍らしき機の仕組であるぞよ。 二十七年に渡りて、艮の金神が出口直の手と口とで知らして置いた事の実地が今年から判りて来るから、此の大本は何彼の事が忙はしく成りて、目の廻る如くに成るから、モチト役員しつかり致して、神界の忙がしいやうに、人間界も急いで御用いたして下されよ。一日が愚かでないぞよ。片時も早く人間界で出来る丈けの仕組にかかりて下されよ。今の大本の立廻りの人民余り気楽過ぎるぞよ。斯んな事で神界の御用には成らんぞよ。我一と骨を折りて勤め上げねば今の立廻り心が緩みて居るぞよ。怠惰な人民が一人でも居ると何彼の一切の邪魔になるから、可愛相でも暫らく成就する迄控えさして下されよ。大本の上の枝に頼むぞよ。今の大本には外国の御魂は寄せられんぞよ。十日も大本に居りて、未だ神の事が解らいで疑ふやうな人民は帰らすがよいぞよ。却て神界の仕組の邪魔に成るぞよ。一寸でも邪魔が這入りた丈は、神界の経綸世の立直しが遅れるから、一日でも遅れただけは世界が苦しまねば成らぬから、大本の上の枝になりた役員は遠慮は要らぬから、ビシビシと筆先通りに致して下され。今が一大事の時であるぞよ。出口直の神影は金銀取りては下げられんぞよ。神界に伺ふて許可を請けてからで無いと、売物に致したら厳しき戒があるから、一寸気を付けて置くぞよ。出口直の神影には人民の名を出す事は相成らんぞよ。是は変性女子の御用であるから、神影は神が憑りて書すなれど、女子の身魂は日増に忙がしう成るから、因縁の在る身魂に御手伝いを許すぞよ。神の姿は何程大事の役員でも妄りに筆を執られんぞよ。能く心得て居りて下され。教監役員に気を付けて置くぞよ。 大正七年十二月二十二日、旧十一月の二十日、竜宮館に女子の体内を借りて国常立尊が書きおくぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年2月18日 | 大正八年二月一八日 大正八年二月十八日旧正月の十八日 艮の金神国常立之尊が世界の中心田庭の国の神屋敷、神宮本宮坪の内、竜宮やかたの地の高天原に現はれて、瑞の御魂の宿りて居る言霊幸彦命の手を借りて、世の根本からの大略の因縁を書いて置くぞよ。恋しくば尋ね来て見よ丹波の、山と山との畳並べる綾部の里の谷間の、世の大本に咲く花の薫る在所を。 二度目の世の立替改造は、天の在る限り地の在る極み、根底の国のドン底までも、説いて聞かせる綾部の大本であるぞよ。変性男子と変性女子の身魂が現はれて、世界の改造を致して居る事は、此の節分からは明白に成りて来て居ろうがな。明治二十五年から三十年で世の立替立直しを致すと申して、出口直の手と口とで知らした事の実地が、誰の眼にも付く如うになりて来て居るのに、肝心の大本へ這入りて永らく筆先を読みて居る人民に何も判らぬので、神界の経綸は世界から一日ましに実現するなり、膝下はアフンと致して結構な神徳を後の烏に奪つて帰られるからと、毎度気を付けてありたから、今に成りて元の役員は何程地団駄踏んで悔しがりても追付かぬから、素直に致して何なりと身に合ふた御用を、一生懸命に勤めて下されよ。今迄は元の役員は皆慢神いたして瑞の御魂の五六七の世の御用の邪魔計り致して居りたから、大変な神界の御気障り、世界改造の御用が十年も後れて居るから、明治二十五年に三十年の間に全部世界改造を遂功て、結構な神界に致そうと思ふた仕組を、元の役員が女子の御用の邪魔計り致して、十年余り後れさして居るから、余程御詫を致して、十分の活動を致さんと天地から御許しがないぞよ。毎時出口直の手で、変性女子は大化物であるから、取違いを致すなと申して知らしてあれど、余り慢神の強い、訳の分らぬ身魂で在るから、力一杯変性女子の御用の邪魔を致して置いて、大変な結構な御用を致して来た様に思ふて、今に大きな取違い計り致して居るぞよ。此の大本は元の役員が在りたならこそ、茲まで発達したのぢやと云ふやうな心で居るが、それがヱライ慢神取違いであるぞよ。元の役員が覇張らずに控えて居りたなら、モウ十年早く物事が運びて、世界の人民も早く助かり、神界もモチト早ふ満足して戴けるので在りたなれど、十二人の役員の慢神取違いが今に響ひて来て、世界の事が大変に後れて了ふて、神も迷惑を致して居るぞよ。早く大本の中の元からの役員の身魂の改正を致さねば、神界の経綸の邪魔に成る計りで在るから、今の中に改心が出来れば良し、堂しても改心が出来ねば、可愛想でも世界の万民と少しの人民とは代えられんから、小の虫を殺してでも大の虫を助けねば成らぬから、重ねて気を付けるぞよ。後から参りた役員も未だ時日が浅いから、判らぬのも無理はないから、余り八釜敷うは申さぬなれど、世界の物事が絶命の所まで迫りて居るから、神界も急ぐから、一日も早く身魂を研いて、誠の日本魂を発揮して下され。油断はチツトも出来ぬ世界の大本であるぞよ。 いよいよ三千年の神界の経綸の時節が来たぞよ。三千年と申しても、百を三十重ねた意味では無いぞよ。数十万年の永き神の世一代を指して申す事であるぞよ。古き神世の有様を早く世界の人民に解いて聞かさんと、日本の神国の人民が、天地を経綸する主宰者で在りながら、外国の人民と同じ如うに成りて了ふて居るから、第一番に日本の人民が我身魂の天職を覚りて、日本魂に立帰りて、神世からの尊い因縁を覚りた上、世界の人民を助けて与らねば成らぬ、天来の大責任者であるぞよ。世界に大混雑が起るのも、悪い病が流行るのも、日本の人民の上下の身魂が曇りて、天までも曇らして、日本魂の活動が出来ぬからの事で在るぞよ。世界の小言の絶えぬのも、日本国の責任であるから、斯の地の世界を守護いたす、日本の守護神と人民が一番に改心を致して、天地の間を清浄に致さねば、何時までも天下泰平には治まらんぞよ。日本の人民は尊とき天地の神の宮に拵らへてあるので在るから、神の生き宮を余程清浄に致さんと、神が生きた宮に住みて、天地経綸の御用を勤める事は出来んから一日も早く今までの汚ない心や、小さい物欲を速川の瀬に流し捨てて、身禊の行を致して居らんと、肝腎要めの世界改造の御用が勤め上がらんぞよ。此の時代に生れて来た日本の人民は、特別に神界の仕組に仕ふやうに生れさして在るのであるから、今の日本の人民は、天地の使命が中昔の世の人民とは一層重大いのであるぞよ。同じ地の世界でも日本の国ぐらい結構な国はないぞよ。其の結構な日本の神国に生を享けた神民は、猶更この上もなき仕合せもので在るから、世界万国に対する責任が、外国の人民よりは何十倍も重いので在るから、自己本意の精神では日本の人民とは申されんぞよ。斯の結構な神国の神民が、霊主体従の行り方を薩張り忘れて了ふて、外国の体主霊従の世の持ち方に八分も九分も成りて了ふて居るのも、昔の神代に露国で育ちた八尾八頭の大蛇の悪霊に欺し込まれて、泥の世界に浸み切つて居るから、艮の金神が神世一代の苦労を致して、五六七の大神様の御加勢で、水晶の神世に立直す経綸であれども、永らくの間泥に浸みた守護神人民であるから、何程言ひ聞かしても耳へ這入らず、泥の世界から暗の世界へ落ち行うと致す、一寸先きの見えぬ盲目同様の身魂に成りて、今では外国人よりも劣りた人民が沢山出来て居るから、神も中々骨が折れるぞよ。今が世界の大峠の坂に掛りた所で危機一髪の場合であるから、攻めて因縁ありて引き寄せられた大本の役員信者が、一日も早く改心いたして、我身の荷物を軽くいたして、千騎一騎の活動を致して、千載一遇の神業に参加いたして、末代の晴れの舞台を踏みて下されよ。神は信心の旧い新しいは申さんから、判りた人から我一と神国成就の為に活動いたして、天地の祖神様の御神慮を安んじ奉るように致して下され。小さい物質の欲位いに心を曳かれて居るやうな事では、到底此度の大神業は勤まりは致さんぞよ。神の方には役員信者の区別は致さん、身魂の研けた人民から神徳を渡すから誰に由らず身魂次第で、神界から黙りて居りて御用を其人の知らぬ間に致さして居るから、其の覚悟を致してをらねば大間違いが出来るぞよ。神界は誰彼の区別はないから、身魂の研けた人民から其れ其れの御用に使ふてをるから、未だ此の大本の名も在所も何も知らぬ人民でも結構な御用が命して在るぞよ。其れで此の大本は外にも沢山に経綸の御用が致さして在るから、油断は一寸も出来んと申して、いつも筆先で気を注けてありたのじやぞよ。是から未だ未だ神界の経綸の良く解る、結構な御用の出来る守護神人民を、地の高天原へ引き寄せるから、大本の神霊界を充分に骨折りて世界へ拡めて下され、神が守護を致すから、未だ未だ経綸の人民が世に隠れてをるぞよ。其人を一日も早く引き寄して、経綸の御用に使はねば、神界が後れる計りで、世界の人民の困難が永く成る計りで在るぞよ。神の警告した筆先を見いでも、少しでも身魂の光りた守護神人民で在りたら、此後の世界の成行きの様子が見当が付かねば成らぬやうに、世の中の様子が変りて来て居るのに、体主霊従の外国の身魂に染み切りて居るから、先きが見えぬどころか、我身の脚下へ火が焼えて来て、身体が半分火傷する所まで気が付かぬやうな、動物よりも劣りた穀潰しの人民が、幾千万人居りた所で、何の役にも立ちは致さん。米喰虫の蛆虫同然、国が立うが立つまいが、外国に奪られようが何うなろうが、我身さへ気楽に食えさえしたら良いと云ふ今の世界の有様、今に人が人を喰ふやうに成るから、其う成りたら一旦この世界を根本から元の○○に致して、改造さねば成らぬから、可成は此儘で世界の人民を改心さして、世を立てたいのが艮の金神の一心であるから、後で取返しは成らんから、同じ事をクドウ申して知らすので在るから、日本の人民神の生き宮ならチツトは神の心も推量して下されよ。 艮の金神大国常立之尊が、天照彦之命の御魂の宿りて居る、坤の金神の生き宮、言霊幸彦命の手を借りて天地の開けた時からの世の成立から、神々の各自の御活動を書いて知らすぞよ。田庭の国は世界の始り、游能碁呂島の正中で、天地を造り固めた世の音の世の元、言霊の最初に鳴り出でし、天地経綸の霊地であるぞよ。出口の守と申すのも言霊の活用の事であるぞよ。夫れで綾部の大本へ出て来ねば、天地を一声の下に震動させ、雨風を自由に使い、雷神を駆使すると云ふ事は出来ぬので在るぞよ。天地経綸の神力なる言霊アオウエイ五大母音[※「母音」は底本通り。]は綾の高天原の神屋敷が大本であるぞよ。人体を備へた五男三女の神は、近江の国が始り、其他の生物は八木が始まりで在るぞよ。この言霊の初り、丹波綾部、竜宮館の地の高天原、神宮本宮の神屋敷に、伊都の身魂、瑞能身魂の二柱が表はれて、元の神世へ世を捻じ直す時節が来たのであるぞよ。式三番叟の歌にも、今日の三番叟、天下泰平、国土成就、日は照るとも曇るとも、鳴るは五十鈴の滝の水々々々、千秋万歳、処も富貴繁昌、この色の白き尉どのが治め参らせ候事は何よりも易き事にて候。元の屋敷へ御直り候と申す事は、今度の二度目の世の立替の、変性男子と女子との活動の事やら、綾部に二柱の神の立帰りて、天下泰平に世を治めて、万古末代続かすと云ふ事の神示が、神界から作りて在りたのじやぞよ。三千世界の立替の三番叟も恙なく相済みて、弥々初段が世界に初りたから、皆一日も早く改心致さぬと後の祭りに成りて、肝心の晴の舞台に登場出来んぞよ。 ◎ 世界の人民は皆天地の神の分霊分体であり、亦た神々の宿にて世界を開発く生き宮であるぞよ。中にも日本は豊葦原の中津国と申して在るが、其中津国に生れた人民は殊更上級の神々の生宮で在るから、神国の神民は上御一人の現人神を真の親とし主となし師と致して上下心を一に固めて、天地の経綸を行ふ可き天職の有る事を悟り、一日も早く今迄の誤まりた精神を立直して、二度目の天の岩戸を開ひて、常世往く黒白も分かぬ暗黒界を光り輝やく神世に致さねば、天地の神々様に申訳が立たぬぞよ。此の大本の教が真実に腹に納まりて、其行いが出来る人民でありたら夫れが誠の差添の種で在るぞよ。是から本の種を現はして善と悪とを分けて見せるぞよ。此の神の経綸は何程悪の種でも今度の際に改心さえ致したなら、元の胤を表はさずに善と悪との真釣合はせを致して御用を致さすから、此の金神の慈悲心が心の底に浸徹りたら、如何な悪魔も改心せずには居れぬやうに成りて、心から発根と改心いたすやうに成るから、第一番にこの大本の内部から充分身魂を清らかに致さんと、世界の神と守護神人民に押しが利かんぞよ。今が大本の千騎一騎の改心の時で在るぞよ。一日でも後れる程世界が永く苦しむぞよ。 この地の世界の初りは世界一体に泥海で在つて、光りも温みも何ものもなかりたぞよ。丁度譬へて曰へば朧月夜の二三層倍も暗い冷たい世界で、山も河も草木も何一種なかつたので在るぞよ。其泥の世界に身の丈けは五百丈ばかり、身の太さは三百丈程も在る蛇体の荒神が住居して居られたのが、御精神の良い大神様の前身で、是が五六七の大神様と御成り遊ばしたので在るぞよ。誠に長閑やかな御神姿で、鱗は一枚もなし、角も一本もなし、体の色は青水晶のやうな立派な神様で、天地の元の祖神と成られたので在るぞよ。斯世を創造して、天地を開く事に非常に苦心遊ばしましたのが、此の大神様が第一番で、ミロクの大神ともツキの大神とも申上げる御神様であるぞよ。世界を造るに就て非常に独神で御心配を遊ばして御座る所へ、同じく似たやうな御神姿の大蛇神が現はれたが、此の神には十六本の頭に角が生えて、其角の先から大変な光りが現はれて居る神様に、五六七の大神様が世界創造の御相談をお掛けになつたので在るぞよ。扨て其時の六六六の大神様の御言葉には、何時まで斯うして泥の世界の暗い所に住居を致して居つても、何一つの楽みもなし、何の功能もなし、沢山の眷属も有る事なり。何とか致して立派な天地を造り上げ、万の眷属の楽しく暮すやうに致したいのが、我の大望で在るが、其方様は我の片腕となりて天地を立別け、美はしき地上の世界を造る御心は有りませぬかと御尋ね遊ばしたら、日の大神の前身なる頭に十六本の光る角を生やした大蛇神様が御答には、我身は女体の事なり、且つ又た斯んな業の深い見苦しき姿で在りますから、貴神様の如うな御精神の良い、立派な神様の片腕に成ると云ふ事は、恐れ入りて御言葉に従ふ事が出来ませぬと、大変に謙だつて御辞退遊ばしたなれど、六六六の大神様が強いて御頼みに成り我の片腕に成るのは其方様より外にない、我が見込んで居るからとの仰せに、日の大神様も左様なれば御本望の遂ぐるまで我身の力一杯活動いたして見ます、去る代りに天地が立派に出来上りましたら、我を末代貴神様の女房役と致して下され私は女房役となりて万古末代世界を照しますとの御約束が地の高天原の竜宮館で結ばれたので在りたぞよ。其所へ艮の金神の前身国常立尊の荒神が現はれて、世界を造り遊ばす御手伝を命して下されと御願申上げたので在りたぞよ。そこで六六六の大神様が早速に御承知被下て仰せ遊ばすには、其方は見掛に由らぬ誠忠無比の神であるから世界の一切を委すから、落度のなきやうに致すが良かろうと仰せられ、其上に国常立之命に思兼の神と申す御名を下され、八百万の神様を天の山河澄の川原に集めて一人の眷属も残さず相談の中間え入れて大集会を遊ばしたので地の在る限りに住居いたして居れる蛇体の神々様が集り合ふて御協議の上、六六六様の仰せの通りに国常立之命を総体の局に選み下さりたのであるぞよ。 そこで八百万の神々の意見を聞き取りて、其の由を五六七の大神様へ申上げたら、日の大神伊邪那岐之尊様と月の大神五六七様との御弐体の大神様が更に集会あそばして、国常立之尊を地の造り主と致すぞよとの御命令が下りたので、此の方が地の主宰となりて多陀与弊流地面を修理固成いたしたのであるぞよ。天も水(六)中界も水(六)下界も水(六)で世界中の天地中界三才が水(六)計りで在りた世に一番の大将神の御位で御出遊ばしたので六(水)を三つ合せてミロクの大神と申すのであるが、天の水の(六)の中からヽの一霊が地に下りて五(火)と天が固まり地の六(水)にヽの一霊が加はりて地は七(地成)となりたから、世の元から申せばミロクは六六六なり、今の世の立直しの御用から申せばミロクは五六七と成るのであるから、六百六十六の守護は今までのミロクで、是からのミロクの御働きは五六七と成るので在るぞよ。国常立之尊が世の元を修理固成るに就て、天地中界の区別もなく、世界は一団の泥土泥水で手の付け様がなかりたので、堅いお土の種をミロクの大神様に御願い申し上げたら、大神様が直ぐに御承知になりて一生懸命に息を吹き懸けなされて一凝りの堅いお土が出来たのを国常立之尊の此方に御授けに成りたので其一団の御土を種に致して土と水とを立別け、山、川、原、野、海を拵らえたのが地の先祖の大国常立之尊であるぞよ。艮の金神大国常立之尊の姿は今まで筆先にも現はした事はなかりたなれど、畏れ多きミロクの大神様、日の大神さまの御神姿まで筆先に出して知らしたから、何時までも発表を見合はす事が出来ぬから、実地の姿を書き誌すぞよ。 大国常立之尊の元の誠の姿は頭に八本角の生えた鬼神の姿で、皆の神々が余り恐ろしいと申して寄り付かぬやうに致した位いの姿で在るから、今の人民に元の真の姿を見せたら、震い上りて眼を廻すぞよ。 月の大神に御成遊ばした五六七の大神様と日の大神様と、御二体の大神が(水火)を合はして天を固めに御上り遊ばした霊場が今の綾部の神宮本宮の坪の内、竜宮館の地の高天原であるぞよ。日本は世界の中心であり、綾部は日本の中心で在るから、天地の神々が世の元から昇り降りを致されたり集会を遊ばし坐て、天地を造られる折に御相談なされた結構な霊地であるから、其時分にはたつ鳥も落ちる勢いの場所で言霊の世の元でありたぞよ。其後に艮の金神が八百万の邪神に艮へ押込められてから、一旦は悉皆影も形もなきやうに亡びて了ふたが、時節参りて煎豆にも花が咲きて再び国常立之尊の世に世が戻りて来たから、変性男子と女子との身魂を借りて、世の元からの因縁を説いて聞かせる世界一の大本と成りたので在るぞよ。天の固まりたのは御弐体の大神様が天へ上りて各自に水火を合はしてキリキリと左右に三遍御舞い成されて伊吹の狭霧を遊ばすと、夫れで天が完全に固成たので在るぞよ。次に亦た吹き出し玉ふ伊吹の狭霧に由りて天に幾億万の星が出現したので在るぞよ。其星の数だけ地の世界に生物が育ちたら夫れで一旦世の洗い替に成るので在るぞよ。天は判然と造れたなれど、未だ地の世界が充分に固まりて居らなんだ際に、頭に十本の角の生へた大蛇神が我は地の世界の修理固成の加勢よりも天へ上りて天上から働き度いと申されて天で○○○○○○と成られたのであるが、大変な御神力が強いので御惣領に為てあるなれど、今の世界の人民の思ふて居る様な事とは神界の様子は又た大変な違いであるぞよ。それで先づ天の方は固まりて動かぬ事に成りたなれど、国常立之尊の主宰する地の世界は未だ充分の所へは行て居らんから、此方が先途に立ちて地の在らん限り方々の神に申付けて持場持場を固めさしたのが国々の国魂神で在るぞよ。其折には何れの神も心一つに素直に活動なされて、地の世界も程なく固まりて眼鼻が付く様に結構に成つたのであるが、今の露国の方面に八頭八尾の大蛇神が住居いたして居りたか、其蛇神の目的は綾部の高天原を中心として置いて、自身が天へ上りて天から末代地の世界を守護いたし度いと云ふ思わくで在りたなれど、夫れより先に天を造りたいと思ふて夫れ夫れ苦労を遊ばしたミロク様なり、一番に相談に乗つて供々に活動なされた日の大神様なり、地の世界は国常立之尊なり、世の元の根本の始りに天地三体の神が八百万の神を集めて天地を創造いたした其後へ八頭八尾の巨蛇神が現はれて、何程天地を自由に致そうと思ふても誰も相手に致すものがなかつたのであるぞよ。其の八頭八尾の蛇神が地の世界を充分乱らして置いて、我の自由に致す考えで種々と甘い事を申して誠の神まで手に入れて、此の神国の世を持荒らし、終には地の先祖の此方まで押込めるやうに企みて悪の目的が今まではトントン拍子に面白い程来たなれど、今度は艮へ押込められて居りた此方が時節で世に出て地の世界の一切を主宰するやうに成りたから、改心いたせば供々に手を曳合ふて神界の御用に立てて与るなり、改心出来ねば弥々艮めを刺して往生さすぞよ。 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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年2月20日 | 大正八年二月二〇日 大正八年二月二十日旧正月二十日 艮の金神国常立之命の御魂が瑞の御魂の宿りて居る言霊幸彦之命の手を藉りて世界の根本の成立を書きおくぞよ。天は日の大神月の大神様は御両神が御固め遊ばしで結構で在れど、地の世界は八百万の荒神を使ふて所々の持場をそれぞれに凝めたなれど、山にも野にも草木一本もなく、全然炮烙を伏せた如うな有様で在つたから、国常立之尊が一旦天へ登りて御両方の大神様に地上繁栄の御指示を御願申上げたら、天の御二方様が仰せには、世界の大体を固めるには勇猛な神力が要るから、○○の姿でなければ活動が出来ぬなれど、斯の通山川海野が出来上りた上は山野に草木を生やさねば成らぬから、天にも夫婦が水火を合して活動したので在るから、地にも夫婦と云ふ事を拵らえて陰陽を揃えねば成らぬとの御神言で在つたから、艮役の金神が女房を御授け下されたいと御願申上げると、天に坐ます御二方様が頭に角の四本ある○○のヒツジ姫命[*底本では「ヒツジ」ではなく「ヒツシ」になっているが誤字と思われる。]を女房に御授け下さりたから、艮の金神は未姫の神と夫婦と成り両神が水火を合して山に向つて、ウーとアーの言霊を産み出し、一生懸命に気吹を致すと山の上に雌松が一本生えたのが木の世界に現はれた根元であるぞよ。 松が一本限りでは種が出来ぬから、今度はヒツジ姫が一神で気吹放ちを致すと、又た雄松が一本出来たので、二本の松の水火から松傘が実のり種を生みして今の様な世界の良き土地に限りて、松が繁り栄えるやうに成りたので在るぞよ。松を木の公と申すのは世界に一番先きに出来たからで在るぞよ。綾部の大本は天地の初発の神が現はれて世界の経綸を致す霊地であるから、松の大本とも申すので在るぞよ。 天に坐ます日の大神伊邪那岐之尊様が九天の日向のアオウエイ五大母音のカサタナハマヤラワで禊身し給ひ、祓戸四柱の神様を生み遊ばし、最後に右の御眼を洗ひて月球を造り、左の御眼を洗ひて日球を造り、御鼻を洗ひ給ひて素盞嗚之命を生み遊ばし、御自分は天の日能若宮に鎮まり遊ばし、月の大神様は月界の御守護を遊ばす事に成り、天照大御神様は天上の御主宰と成られたが、素盞嗚命は海原を知召す可しと仰せられたので、天より御降りに成り海原の守護と成られたので在るぞよ。海原の守護と申す事は全地上の主宰であるが、艮の金神坤の金神が既に大体を修理固成いたした所へ大地の主宰神が御降りに成つたので、天にも御両方の神様が御固め遊ばした所を天照皇太神宮様が総主権を御持ち遊ばしたので在るから、地の世界も天に従ふて主権を素盞嗚尊に御譲り申上げ艮の金神坤の金神は地の上の一切の世話を致して時節を待つ事に致して居りたぞよ。此大神様は神代の英雄で何事もハキハキと万事を片付ける器量の在る神様で在れど、余り行り方が激しかつたので、地の上の守護神が色々と苦情を申して終には大神の御命令を一柱の神も聞かぬ如うに立到つたので、大神様も地の世界が厭に成り、月の大神様の守護遊ばす夜見の国へ行くと云ふ覚悟を遊ばしたのであるが、夫れまでに天に坐ます姉神の天照皇太神宮に暇乞を成さんと仰せられ、大変な御勢いで天へ御登りに成つたから、山川も国土も一度に震動して大変な事変に成つたので在る。そこで天上に坐ます天照大御神様が非常に驚きなされて、彼の如うな勢いで天へ上り来るのは此の高天原を弟神素盞嗚尊が占領する心算で在ろうと思召して、大変な戦いの用意を為して御待受けになり、天の八洲河原に於て互に誓約を遊ばし、御両神様の御魂から五男三女の八柱の神が御生れ遊ばしたので在るが、是が神が人間の肉体に成りた初りで在るぞよ。口で申せば短いなれど、此の誓約を遊ばして八柱の神を御生みに成る間と云ふものは数十万年の永い月日[*ママ]が掛りて居るぞよ。其間に艮の金神と坤の金神が相談いたして天照皇太神宮様の御妹神若日女君命を天から下げて戴き、地の世界の主宰神と仰ぎ奉り、世界経綸の機を織りつつ世界を治めて居りたので在るぞよ。若姫君之尊は三男五女神の八柱神を養育して立派に神代の政治を遊ばして居れた処へ元の素盞嗚之命様が又た地の世界へ降りて非常に御立腹遊ばして若姫君の命の生命を取り天も地も一度に震動させ再び常夜の暗となり、万の妖神が荒れ出し何うにも斯うにも始末が付かぬ如うに成りたので天に坐ます天照大御神様は終に地球之洞穴へ御隠れ遊ばし、天も地も真の暗みと成つて了ふたので、八百万の神々が地の高天原の竜宮館に神集ひして、艮の金神は思兼神となりて色々と苦心の末に天之岩戸を開き天地は再び照明に成つたので在るぞよ。 そこで神々様の協議の結果、素盞嗚尊に重き罪を負はせて外国へ神退いに退はれたので、素盞嗚尊は神妙に罪を負ひ贖罪の為に世界中の邪神を平定遊ばし終には八岐の大蛇を退治して、叢雲の剣を得之を天照皇大神に奉られたので在るぞよ。其時に退治された八頭八尾の大蛇の霊が近江の国の伊吹山に止まり、日本武命に危害を加へて置いて元の露国の古巣へ迯げ帰り、色々として世界を魔の国に致す企みを致して今度の世界の大戦争を初めたので在るぞよ。日本を一旦は覗ふたなれど、余り神力の強い国土であるから、海を渡りて支那や、印土を乱だし、露国までも潰ぶし、モ一とつ向ふの強い国の王まで世に落し、まだ飽き足らいで今度は一番大きな国へ渡り日本の神国を破りて魔の国に致す仕組を致して居るから、日本の人民は日本魂を研き上げて、一天万乗の大君を守り大神を敬まい誠を貫かねば、今の人民の如うに民主主義に精神を奪られて居るやうな事では、今度は八岐の大蛇に自由自在に潰されて了ふから、日本神国の人民は一日も早く改心致して下されと、クドウ神が申すので在るぞよ。 素盞嗚命は外国へ御出遊ばして一旦は陣曳を遊ばしたので、地の世界に肝心の主宰神がなく成りたから、撞の大神様が元の地の世界を締固めた国常立之尊に改めて守護致すやうにとの御命令が下りたので、夫婦揃ふて一旦潰れて了ふた同様の世界を守護いたして居りたなれど、余り厳しい固苦しい世の治方であるから、八百万の神々が心を合はして天の大神様へ艮の金神根の国へ退去するやうの御願いを成されたので、天の大神様は兎も角も時節の来るまで差控へよとの厳命でありた故に、神教の通り素直に艮へ退去いたしたので在りたぞよ。其時から艮の金神は悪神と云ふ名を八百万の神から付けられて悔し残念を堪り詰て来た御蔭で、一旦斯世が泥海に成る所を受取りて世の立替の後の立直しの御用を勤めさして頂くやうに成りたので在るから、何事も時節を待てば、煎豆にも枯木にも花の咲く事があるから、時節の力くらい恐いものの結構なものはないから、人民も物事を急かずに時節さえ待ちたら何事も結構が出て来るから、辛抱が肝要であるぞよ。 艮の金神が世の初りに地の世界を造り固め、次に夫婦が呼吸を合して、種々の樹木や草を生み出した其間が数万年、夫れから蛇体の神計りでは世界の隅々まで細やかに開く事が出来ぬから、八百万の神の知らぬ間に人間を作る事を考がえ終に夫婦の人間を水と火と土とで造りたのが永い間掛りて苦労致したので在るぞよ。五男三女の八柱神は竜体から変じて生れられたので在れど、普通の人間は土の中で蒸し湧したので在るぞよ。今は暗りでも人民が安々と出来るやうに世が開けて人民が腹に児を孕むやうに容易い事になりて居れども、矢張り艮坤の両神が守護いたさぬ事には猫の子一疋産むと云ふ事は出来ぬので在れども、今の人民は男と女と寄りさへすれば何時でも勝手に児が生れるやうに取違いを致して居るから、神の恩と云ふ事を一つも思はぬから、我児が我の自由に言ふ事を聞かぬ様に成るので在るぞよ。我の体内を借りて生れるから、仮に我児と名を付けさして在れど、実際は神が天地経綸の為に道具に使ふやうに生まして在るのじやぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年3月8日 | 大正八年三月八日 大正八年三月八日旧二月七日 天に坐ます日の大神様は、天地初発の時から、世界万物を造りて之を愛護し給ひ、永遠無窮に光りを与え、地の世界を照らして御守護遊ばすなり、五六七の大神様は人民よりも下たに降りて、地の在らむ限り、遺る隈なく、隠れて御守護下され、何一とつ自由と云ふ事も成さらずに、万物を養育遊ばして御座るなり。地の固成主なる国常立尊は、坤の根神[*「根神」は底本通り]豊雲野尊と水火を合はして、夫れ夫れの守護神に御苦労に成りて地を固め締め、一旦は地の世界の主宰者と成りたなれど、八百万の神の為に永らくの間神の世一代艮へ押込められて、隠から斯世を守護いたして居りた事の、誠の精神と行状が天地の大神様の御眼に留まりて、再び地の世界の神界を守護いたすやうになりたのは、誠に神は満足であれども、是だけに乱れた世の中を、善一とつの神代の神政に改造すのは、中々大業で在るから、昔の神代に艮の金神と共に世に落された神々を、今度の天之岩戸開きの御用いたさす為に、世に上げて神政成就の御用に使ふから、其神々の名を上から上から表はして置くぞよ。国常立尊の侍従長を勤めたのは、右が猿田彦命と猿田姫命の夫婦なり、右の侍従が八雲立命と出雲姫命の夫婦なり、左の侍従長が真心彦命と事足姫命の夫婦なり、左の侍従が国彦命と国比女命の夫婦の神でありたぞよ。其他に沢山の付々や眷属は在りたなれど、時節に応じ、手柄に由りて、次々に名を表はすぞよ。天の規則が破れた始りは、真心彦命の最も愛して居りた百照彦命に春子姫命と申す妻がありたが、真心彦命は愛情深き神で在つたが、終には百照彦の命の妻の春子姫に手が掛り、不調法が出来たので、天の大神様から役目を御取上げに成つたのであるぞよ。真心彦命は事足姫命と申す妻神が在りて、広心彦命、行成彦命と云ふ二柱の神子が出来てあるにも関はらず、情けに耽れて春子姫との間に怪しき行為が結ばれたので、天の大神様から天の規則破りの罪として、国常立尊の侍従長を退職されたので、真心彦命は自分の失態を愧ぢて終に国替を致されたので在るぞよ。そこで八百万の神々も其心事を気之毒に思召されて、種々と持てなしを成されて、長男の広心彦命が父神の後を継ぎて、左の侍従長と成り、仁愛を以て下を治め、一時は天下泰平に世が治まりて、国常立尊の威勢も揚りたので在りたぞよ。然る所に未亡神なる事足姫命は、夫神の御心情も察せずに、春永彦命と云ふ後の夫を持ちて、桃上彦命を生み、夫婦の神が仲良く暮して居りたが、是が大変に天の規則に照して面白く無き行為で在るぞよ。 桃上彦命は非常に下を憐む、精神の善き神でありたから、種違いの兄神の広心彦命も大変に安神いたして、自分の副神に任じて、神界の御用の祐けを為せて居りたが、桃上彦命は月日の経つに連れて、始めの善良なる精神が狂ひ出し、上の神の命令も聞かず、外神の難義も顧みず、終には慢神益々増長して、兄神の権利と地位を占領し、只管下斗りの機嫌を取る事に而巳心を碎きたるが故に、下の神々は恩に馴れて安楽な道ばかりに傾き誠の天則を守る神の教に反対いたし出し、神界の政治は上げも下ろしも成らぬ如うに成り果て、終には重立たる侍従神もチリチリ破乱々々に世に押込められて了ふて、国常立尊は枝葉を断られた大樹の如うに致されて了ふたので在るぞよ。是が此世に体主霊従と申す事の初りであるぞよ。 ◎ 真心彦命の未亡神なる事足姫命は、貞操を破りて春永彦命と云ふ後の夫神を持ち、其間に生れた桃上彦命で在るから、初めの間は大変に円満な神で在つたなれども、母の規則破り、不貞操の水火が伝はりて居るから、終には勝手気儘な精神が現はれて、野心を起し、天地の経綸を破りたので在るから、神は猶更、人民は神に次での結構な身魂であるから、夫婦の道を大切に守り、一夫一婦の規定を守らぬと、終には身を亡ぼし、家を破り国家に害毒を流して、天地の規則破りの大罪人に落ちて苦しまねば成らぬ事が出来いたすぞよ。事足姫命の不貞操な行状が元に成りて、神界が一旦乱れて了ひ、次に人民の世界が今の如うに乱れて来たので在るから、悪と云ふ行為は毛筋も今度は無きやうに、水晶の神世に立直すので在るから、皆の人民は互に気を注け合ふて心得て下されよ。取返しの成らん事が出来いたすぞよ。斯の天則を破りた二柱神の子の桃上彦命が、大野心を起して、下々の神に対し贔屓を取らんとして、八方美人主義を非常に発揮したる為、下は之に馴れて上の命令を一も聞かぬやうに成りたので、他の善神から大禍津美命と名を付けられたので在るぞよ。この桃上彦命は八十猛彦と百武留彦を殊の外寵愛し、両神を頤使て益々自己の野心を遂行いたし、自由自在に斯世を持荒らしたが為に、今に世界が体主霊従の身魂斗りに成りたので在るぞよ。それから国常立尊の左の侍従を勤めて居りた、国比古之命は侍従長の真心彦命の国替に由り、首長の無くなつたのに気を赦るし、自由自在に自己主義の行り方を致して世に現はれ、大権力を振り舞はし、終に世界を乱して了ふたので在るぞよ。国比古之命と国比女命夫婦の間に三柱の神子が生れて、長子を真道知彦命、次子を青森行成彦命、三子を梅ケ香彦命と申す名が付けてありたぞよ。此の三神の兄弟は、父母の神に似ぬ厳格にして、智仁勇兼備の善良な神で在るから、父母両神に度々兄弟が交る交る意見を致したなれど、少しも聞入れなき故に、何れも時節を待つて父母の改心を促がさんと、古き神代の昔より、堪え堪えて貯えし、誠の花の咲く世に成りたから、今度の二度目の天之岩戸開きに就て、国常立尊の大神業を輔け、父母の大罪を償はんと、一生懸命に兄弟の神が力を合はして活動いたして居れるぞよ。 ◎ 広心彦命と行成彦命は、真心彦命と事足姫命と夫婦の間の神子であるぞよ。桃上彦命は未亡神事足姫命と、後添の夫神春永彦命の間の神子であるぞよ。 ◎ 広心彦命は桃上彦命の為に、非常なる困難の地位に落ち、筆紙に尽されぬ程の艱難辛苦を致した神であるぞよ。其原因は父神の真心彦命が大罪を犯して天則を破り、侍従長重職を退き、且つ神去ましたので、忠孝仁義に厚き広心彦命は、昔から貯えた善の神力で、天地の神の稜威を輝やかし、天地万有を安きに救ひ、且つ父母両神の大罪を償はんと思召しての、御艱難を為て居れるぞよ。此神は至善至愛の身魂であれど、其温順なる身魂の性来として厳しき事を申すのが嫌で在つた為に、異父弟の桃上彦命の乱政を戒め、改めしめる事が出来なんだのが、此神の一生の失敗でありたぞよ。それで此の大本の教は、天の規則に外づれた事は、容赦なく厳しく申して戒める御道であるから、情義にからまれて天の規則を外す事は出来ぬぞよ。桃上彦命の行り方が天則に外づれて居りた斗りに、下々が段々と増長して、君、大臣、小臣、民の四階級を破壊して了ふたので、八百万の真の神々が忍び兼て各自に退職を致されたので、神界の政治は如何ともする事が出来ぬやうに成りたので在るぞよ。そこで広心彦命は弟神の行成彦命と力を合はせ、心を一にして天則を厳守し、回天の事業を起し、完全に神代を改造せんと焦慮せられたなれど、安逸なる放縱神政に馴れたる神々は一柱も賛成なく、天地は益々暗黒界と成り、上げも下ろしも出来ず、万妖億邪一度に突発したので、国常立尊の侍従の役を勤めた、猿田彦命の妻神なる猿田姫命と、八雲立命の妻神なる出雲姫命が、非常に心を配り身を竭し、神政改造の為に在るに在られん数十万年の永い間の御艱難を成されて、今に神界で大変な御活動に成つて居られるが、今に苦労の花の咲くやうに成りて来たから、今度は苦労の凝りで、万劫末代萎れぬ結構な生花が開くから、世界の人民は是を見て一日も早く改心致して、君国の為に出来るだけの苦労を勇んで致して、日本魂に立帰り、神国成就の為に真心を尽して下されよ。後にも先にも無き結構な天地の岩戸が開くのであるから、日本の人民は一人なりとも余計に改心して、岩戸開きの御用に身魂を捧げて下されよ。末代名の残る事であるぞよ。 猿田彦命と猿田姫命の間に三柱の神子が生れて、長女が杵築姫命、次女が朝子姫命、三女が猿子姫命と申すぞよ。天の規則が破れて、神政が潰滅た際に、猿田彦命は妻神の意見を聞かず、却つて大に立腹せられ、三柱の姫神を引連れて天上に昇りて了ふた、神政に冷淡なる神であるぞよ。茲に猿田姫命は思ひ掛けも無く夫神と三柱の大切な姫神とに生き別れの辛酸を甞められた、気の毒な神であるぞよ。猿田姫命は悲歎行る方なく、天を仰ぎ地に伏して、猿田彦命に天より降り玉ひて、此の乱れた神代を改造し給へと、一生懸命に歎願致されたなれど、一徹短慮の猿田彦命は妻神の言に耳を藉さず、三柱の姫神までも地へ降されなんだのであるぞよ。茲に広心彦命は猿田姫命の窮状を察し、一方の力に成らんと、弟神の行成彦命と相談の上、猿田姫命に向ひて申さるるには、斯の騒動は吾々にも大責任あり傍観する時に非ず、貴神の国土の為に心を碎きなさるのを御助け申上げたいからと、兄弟の神が心を一つに致して漸く苦心の結果、猿田姫命の一時の困難を助けた誠に至善なる神でありたぞよ。 ◎ 茲に猿田彦命は天上に昇りて、自由に神政の経綸を為さんとすれど、元より妻神を見捨られし位の気儘な神で在るから、真の日本魂が欠けて居る為に、事志と相違し、中界の魔神とまで成り果てたのであるが、高天原の岩戸が開けて後、皇孫二二岐命が豊葦原の水穂国に、天照皇大神の神勅を奉じて地上に降臨あらせらるるに際し、猿田彦大将軍と成りて、中界の魔軍を数多召び集へ、天の八衢[*底本は「八街(やまた)」]に出でで、皇孫降臨の途を塞がんと為したるを、神代の女傑神天宇受売命の為に矛を返して皇孫に帰順し、悪心を翻がへして忽ち善良の神となり、皇孫の御先導となりて、筑紫の国の櫛振の峰に送り仕え奉られたのであるぞよ。此の天宇受売命は元来は出雲姫命の変化の神でありたが、天の規則が破れた折に、何なりとも善を尽し義を立てて、神国の麻柱の道を立てんと焦心せられたなれど、何分にも肝腎の大本元が破壊されて在るのであるから、真実の神業は成功する事に至らずして、大正の御代の今日まで忍耐をいたして居れたが、此の神の誠の活動が成就するのは今後であるぞよ。広心彦命も非常に苦心致され、天の下を平けく安らけく治め玉ふ現人神の、隠から御守護を致して居れど、今に誠の事は成功致さず、小さい国の一つ位いでは未だ十分の満足が出来ぬので、科学の力を借りて三千世界を開かうと思召し、○○を用ゐる程益々体主霊従が盛んになりて来て、世界が段々と乱れる斗りで、上げも下ろしも成らぬやうに成りたなれど、昔の神代の時代から絶えずに国土を思ひ、神君を大切に思はれた誠の在る神であるから、今度の二度目の世の元の生き神が、揃ふて艮の金神の配下で艮の御用を致さるるに就て、神代からの順次を明白に立別けて御用に掛りて居れるぞよ。世界の人民の昔からの因縁の判る時節に成りたから、誰に由らず改心が一等ぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年3月10日 | 大正八年三月一一日 大正八年三月十一日旧二月十日 艮の金神大国常立尊変性男子の身魂が、竜宮館の地の高天原に現はれて、五六七の神政の御用を致さす、天照彦之命の憑りて居る、変性女子の身魂の言霊幸彦命の手を借りて、何彼の神示を書きおくぞよ。日本は豊葦原の中津国と申して、世の本の誠の天地の先祖が、初発に創造いたした結構な元の神国であるから、此の神国に生れた人民は、外国の人民よりは一層勝れた身魂が授けてあるなれど、世界が段々と降るに連れて、肝心の元の因縁を忘れて了ふて、今では外国人と同じやうな身魂に化り切て、後も前も解らぬ惨い状態に世が曇りて居るなれど、日本の人民に我天職が判る者が無いから、物質上の発明は皆外国人の専有物の如うに思ひ、外国ほど文明な国は無いと、大変に崇敬致して居るが、其れが八尾八頭の身魂に誑かされて居るので在るから、日本の人民も良い加減に眼を覚すが宜かろうぞよ。日本には外国人の末代かかりて考へても、何れ程骨を折りても真似の出来ぬ立派な教があるから、日本人の身魂が研けて水晶に立復りたら、ドンナ事でも神力で発明が出来るのであるぞよ。延喜式の祝詞にも天放ち水素利用、電気火力応用全土開拓云々と申して、天地を自由自在に開拓経綸いたす神業が現はして在るなれど、日本の人民の心が汚れ、言霊が曇りて了ふて居るから、枝の国の真似も出来ぬやうになりて了ふたので在るぞよ。世の初りは今の世界の如うに、日本と外国の区別は無く、極めて平和に世が治まりて居りたなれど、体主霊従の身魂が段々と増長いたして、国々が互に分離し、自己主義の人民斗りで、年中国の取り合い斗りを致すやうに成りて、世界の人民が皆な大蛇と鬼と四ツ足の容器に成り果て了ふて、今の世界の此の有様であるぞよ。何程人民が苦心いたしても、国際聯盟を叫んでも、九分九厘で手の掌が反へりて了ふて、劫て世が段々乱れる斗りであるから、日本の人民は今茲で腹帯を確り占めて、日の大神の御威光を背に負ふて、皇祖皇宗の御遺訓を遵奉いたして、日本神国の使命を全ふ致さねば、日本の人民と生れさして頂いた功能が一つも無いから、今の日本の人民の危急存亡の一大事の秋で在るぞよ。日本は世界の総宗国であるから、外国からも昔は東海の君子国と申し、万世一系の大君と、天壌無窮の皇道隆々たる神国で在るから、日本は世界中の国々の人民を愛護し、開発すべき天来の責任ある国で在るぞよ。今の外国の様に、侵略や征伐や併呑などは絶対に成らぬ、誠の神国であるから、日本の上下の人民は、至仁至愛至真至善至美の精神と行状を致して、天下に模範を垂れ、世界各国が日本の徳に悦服し、我大君に欣仰して仕え奉る可く、国民各自が努力いたさねば、斯世を此儘に致して置いたなれば、世界は益々畜生原に成りて了ふて、終には人間同士が肉を喰ひ合ふやうに成つて了ふから、誠の日本魂の光る人民を一人なりとも余計に育て上げて、世界平和の大神業に使ひ度いと思ふて、国常立之尊が明治廿五年から、出口の守の体内を借りて苦労艱難をいたし、変性女子の身魂を現はして、世界の人民に誠を説いて聞かして居るなれど、今の日本の人民は盲目が多いから、九分九厘の所まで判らぬので、何か悪い事でも致して居るやうに、種々と致して此の大本の誠の経綸の邪魔を致せども、大本には誠斗りで固めてあるから、人民が何程反対いたしても微躯とも致さんぞよ。世間から反対いたせば致す程、却てこの大本は開けて来て、神力が増す斗りであるぞよ。斯大本は外部からは如何なる悪魔が出て参りて、反対致しても、微躯とも致さぬ所で在れども、内部から慢神誤解いたす守護神が現はれて、大きな邪魔を致したり、斯の大本に因縁の深い身魂が慢神いたして居るから、其肉体へ金毛九尾白面の白狐の霊が憑りて、○○の直筆を持つて其所等中を迂路付いたり、大本の経綸を占領いたして、外で目的を立やうと致して、大本より外に出ぬ筈の筆先を書いて、我の守護神で無ければ天地の根本が判らぬと申して居るが、是が油断の成らぬ神で在るから、此の大本の外から出た筆先は、一つも信用いたす事は出来ぬぞよ。二代三代の眼を眩まさうと為て、一生懸命に骨折りて居るなれど、瑞の身魂の在る限りは厳重な審神者を致すから、到底思惑は立ちは致さんぞよ。二代の○○は誑しても○○○命の身魂は欺す事は出来ぬぞよ。○○○○○○○は日の出の守の守護では在れど、今の処では少しく慢神が出て居るから、守護を代えて天照彦命の御魂に日の出の神の御用を致さすぞよ。大正八年の旧二月十日から、日の出の守は肉体を代えて守護が致さして在るぞよ。変性男子と女子との筆先より他の筆先は信じては成らぬぞよ。外から出るのは皆受売りや入れ言斗りで、真偽相半ばして居るから、初めから目を通さぬが能いぞよ。大本の中にも参考の為じやと申して、隠れ忍んで写したり読んだり致して居るものが在れど、其んな事に骨を折るより、一枚なりと表と裏の筆先を腹へ入れるが結構で在るぞよ。悪魔と申す者は皆教祖の系統の中でも少しでも信用の在る熱心な肉体を利用いたして、目的を立てやうと致すから、充分に注意を致さんと、脚下から鳥が立つやうな事が出来いたすぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年4月23日 | 大正八年四月二三日 大正八年四月二十三日 艮の金神国常立の命の筆先であるぞよ。明治二十五年から、変性男子の御魂の宿りて居る、出口直の手を借り口を借りて警告た事実の実地が参りたぞよ。邪神界は一腹に成りて来ると申して在りたが、神が一度申した事はイツに成りても毛筋の横巾も間違いの無いのが、変性男子の一々万々確固不易経言であるぞよ。日本は神国で在るから、太古の神世からの固有の教を守りて御用を致せば何一つ邪神界の自由には出来ぬ神国であるなれど、今の日本の守護神人民は、肝腎の脚下にある結構な神宝を、我と我手に踏み付けて少しも顧みず、遠き遠き西の大空斗り眺めて、浮雲の天に御魂を取られて了ふて、日本の国の今の困難、跡にも先にも此世始りてから未だ無き事変が日増しに出て来て、国の大難が差迫つて来て居るのに、其日暮の今の守護神人民の行り方、何程智慧や学の力でも今度は到底間に合んから、神国は神国の行り方に一日も早く立替て、日輪様を背に負ひて、何彼の経綸を致さむと、今の行り方は日輪に向うて知らず知らずに戦かうて居るので在るから、邪神界に薩張り馬鹿に知られて、尻の毛まで一本も無き所まで曳抜かれて了ふて居るので在るから、今に成りて何程立派な事を申しても致しても四つ足の耳へは這入りは致さんぞよ。日本は結構な神国であり、天子は天照皇大神様の直系の生神様であるから、是位ひ立派な神国は、此の広い世界に外にモ一つは無いなれど、日本の国の守護神人民は全然四つ足の精神と日本魂とを摺替られて了ふて、今の人民の行状、是では到底神国の責任が果せぬから、永らく出口の手で充分に気を付けたので在るぞよ。 日本の国体を学理的に闡明して、世界の人文の発達に於ける、日本独特の使命を発揮すると申して、一生懸命に国家の為に骨を折つて居る大学者が在るが、日本の国体と申すものは、世界に類例の無い神の建てたる立派な国体であるから、今日の如うな不完全な幼稚な学理で解決の出来るやうな、ソンナ国体では無いから、今の体主霊従の精神を根本から立直して掛らぬと、到底見当は取れは致さんぞよ。敬神尊皇愛国の精神が、日本の天賦の日本魂で在れども、今の日本の学者は、神の建てた神国と言ふことを忘れてをるから、何程立派な尊王愛国論を唱導致しても、肝腎の皇祖の神が判らぬから、御魂が無いから、何程骨を折ても駄目であるぞよ。斯う云ふことを申すと又今の鼻高は、綾部の大本は世界の大勢に逆行する、危険な頑迷思想であると申して、力一杯反対いたすものが出て来るなれど、何程反対いたしても、ソンなことに往生いたす如うな神でありたら、三千年の永がい間の苦労をいたして、世の改造は仕組は致さむぞよ。一日も一刻も速に改心いたして、神国の行り方にいたさんと、今に上げも下ろしも成らん事が出来いたすから、日本の守護神人民に神から気を付けるぞよ。神は毫末も嘘は申さむから、日本の人民は早く改心致して、世界神国成就の準備に掛りて、日本の国民の天職を全う致して下されよ。神が今度は現はれて、天と地から守護いたすから、一旦は何が在ろうとも艮は刺すから、安神いたして早く身魂を研ひて下されよ。モウ愚図々々致してをる間が無いから、跡のカラスに追越されんやうに致して下されよ。大正七年の十一月に宿替いたした悪神の大将が、今化けの皮を現はしかけて来てをるが、中々日本の人民は油断が出来ぬぞよ。是れから艮の金神が悪神の正体を表はして、世界の人民に見せて与るから、九分九厘までは日本も心配いたす事がまだまだ湧いて来るなれど、人民の改心さえ出来たなれば、昔の神世の経綸通りに致すから、一厘の仕組で艮を刺して、三千世界を泰平に治めて、万劫末代動かぬ松の神代に建替えて了ふて、天地の神々の大宮を地の高天原に建て、世界一列勇んで暮すミロクの大神の美代と致すぞよ。 ◎ 艮の金神国常立尊が永らく世に落て、三千年の経綸致した事の実地が参りて、明治二十五年から変性男子の体内を借りて、三千年の現界の守護で、松の代五六七の神代に致して、天下泰平に世を治めて、国会開きを致す経綸でありたなれど、余り日本の人民の曇りが思ふたよりも激いので、国会開きの仕組が十年斗り延びたなれど世の立替は早く致さねば、日本も立たず世界も潰れるより仕様は無いから、脚下から始まるから、日本の人民は元の日本魂に立帰りて、艮めの折りの用意に御魂を研ひて、神国の為に一身を献げる覚悟を致さぬと、今迄のやうな気楽な考えを以てをりたら、国中がアフンと致さなならぬことが出来いたすぞよ。スとフとヨとの大戦ひは是からであるぞよ。一旦はフとヨの天下と成る所まで行くなれど、ナの御魂とノの御魂の和合一致が出来て、スの御魂が統一することに成るぞよ。それに就ては通力自在の大真人が底津巌根に埋めてあるから、此者を一日も早く世に挙げて御用に使はねば、ミロクの神代は成立たんのであるぞよ。此者は三千世界の大化物であるから、現はれたら此の地の上には、是迄の如うな惨酷な戦争も根を絶ち、悪るい病魔も消え失せ、世界に大きい困難も無く、盗人も出来ず、天災も地変も末代起らず、誠に結構な平穏な神代に成るので在るぞよ。禁闕金乃神と申す勝金木神が世界の艮に表はれて、三千世界の艮めを刺すのは、モウ暫くの間であるから、誠の真人は一日も早く身魂を研ひて、スの御用の輔けに成る如うに致されよ。万劫末代名の残る結構な御用であるぞよ。今の世界の有様を見てをりては、真の人民なればヂツトしてはをれよまいぞよ。是から段々と半日の間にも世界の様子が変りて来るぞよ。 ◎ 地の高天原、陸の竜宮館に八ツの社を建て、夫れ夫れに神力の在る生神を御祭り申して、今度の二度目の岩戸開きの御用を致させる経綸であれども、肝腎の御三体の御宮が出来上らぬので、経綸が後れるので在るから、一日も早く因縁の御魂が竜宮の乙姫殿の心に立帰りて下さらぬと、後れた丈けは世界のことが後れて、人民が永く苦しむから、今までの小さい心を早く改めて下されよ。神の言に二言は無いから、一言で聞く守護神人民でないと、今度の誠の御用に外れるぞよ。五六七の神代になるまでに、綾部の大本から、日本の内の大社大社へ、神の命令で参拜いたすことが在るが、此御用に立つ人民は身魂の研けたものから選り抜いて神が御用を申付けるぞよ。今ではモチト身魂が研けておらぬから御用が定まらんなれど、夫れが定まるやうになりたら、綾部の大本が世界へ天晴れ表はれて来て世界の人民が口を揃へて大本の教は昔から未だ聞たことの無い結構な教でありたと感心いたすやうになるから、夫れまでは此の大本の役員信者は御苦労であるぞよ。就ては変性女子の身魂と金勝兼の神の身魂に一層ヱライ気苦労があるから女子が何事を致しても神の経綸であるから、黙りて見ておりて下されよ。細工は流々あるから仕上げを見んと、何も判りは致さんぞよ。普腎菩薩の身魂が美濃の国に表はれて八咫鏡を説きをいて国替いたされたなれど、今では肉体が無くなりて居るから、跡を継ぐものも無し、其流れを汲むものが尾張にもあるなれど、肝腎の五六七の出現地が判り居らんから、世界の艮は刺せんから、色々の所へ首を突込むと終には何も解らぬ如うになりて跡で地団太踏んでヂリヂリ舞を致しても行かむ事になるぞよ。斯の大本の教は艮の教であるから大本の大橋を一旦渡りたものが外へ参りて何程結構な事を聞いても行けば行く程道が無くなりて跡戻り斗りになるから神が気を付けてやるぞよ。今は何処の教も表面は立派であれども誠の生神の守護が無くなりて人民の智慧や学で考へた事であるから、肝心の艮めは刺せんぞよ。誰に由らず此大本の筆先に背いて研究に行て見よれ、跡戻り斗りで一つも思ひは立たんぞよ。三千世界の艮を刺すのは艮の金神の大本より外には世界中探しても一所も無いぞよ。心の狹い腹の小さい誠の無いものは迯げて去ぬぞよと毎度申して筆先に出して在ろうがな。肝心の時になりて迯げ帰りて結構な神徳を落すものが沢山に出て来るぞよ。瑞の御魂は物事に移り易いと今に申して神諭を取違い致して居るものが在るが、何程瑞の御魂はうつり易いと申しても神界の経綸に就ては毛筋ほども違はさんから、其んな考で居ると一も取らず二も取らず、御蔭の段になりた折には指を喰はへてアフンと致さなならぬ事になりて来るぞよ。明治二十五年からの変性男子の筆先と大正元年からの女子の申した事や書いた筆先を熟と考えて見よれ、皆その通りに成りて来ておるぞよ。まだ斯後で実地が来る事も沢山にあるぞよ。日本の国は今が大峠に掛りた所であるから、守護神も人民も充分に腹帯を〆ておりて天地の神々を敬まひ大君を心の底から主、師、親と仰ぎ奉り、愛国心を養ふて置かぬと、天地の御先祖へ申訳の立たぬ事が出来いたすぞよ。 ◎ 鶏津鳥かけ鳴き騒ぎ立上り米の餌をば食飽きて、東の空に立向ふ、吾妻の空は茜刺す日の大神の守りまし常世の暗を照り返し、一度は晴るる葦原の中津御国の功績も、ヱベス大国現はれて、大土小土ふり廻はし猛ひ狂ひつ日に月に進み来るぞ恐ろしき。然れども霊主体従火水の国。三つ巴が表はれて、四つ尾の峰の弥高き稜威の御魂の神力に六の此世を平穏に治むる地成の年よりも、天に登りて稚日女の神の神言の弥尊く、九つ花の咲き匂ふ高天原の神屋敷。十方世界の艮めを刺して塵や埃をサルの年、万代朽ちぬ美はしき、高き与れをトリ年の、世の根の神は丑艮に光りかがやく目出度さよ。二十二人の生御魂、天地の神の宮殿の幹の柱[※ルビ「あしら」は底本通り]と鳴戸海、渦卷き来る国津神。国の礎千代八千代、動かぬ神代ぞ楽もしき。 ◎ 二つの入の入りかけた此品物を方々から、我の自由にせむものと、神の敏き目も顧みず、ヱベス大国大盗梁、仏さんまで捻鉢卷の大車輪、九分にイタりて迯げ出せば、西の御寺の和尚まで此場を引くとの権幕に、コリヤ惨酷じや堂しようと、ヱベスと仏が一思案、一時和尚の言前を立てやろかい又た跡は跡の考え合点か合点々々と額体合ひチント談は済んだなれど葉マキの煙草の一服休み、舞台換はれば大平の、夢を醒した海若の、その驚ろきや如何ばかり、トントン拍子の悪神も、鯨に鯱の戦いに果敢なき最后を酉の年、猛悪無道の獅子王も身中の小さき虫に仆さるる、昔のたとゑも目のあたり、日出の神の国の柱[※ルビ「あしら」は底本通り]は永遠に、四方の国々言向けて、名も高砂の千代の松、松の緑りの色深く神の恵を仰ぐなり。 |