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霊界物語 78_巳_朝香比女の神の物語(葦原新国) 01 浜辺の訣別 第一章浜辺の訣別〔一九五七〕 万里の大海原に浮びたる万里の島ケ根は、その面積約八千方里にして、豊葦原の瑞穂の国の発祥地なりければ、土地殊に肥え、春夏秋冬の四季の順序正しく、万物の発育又極めて良好なりければ、味よき果物や美しき花に害虫の好んで簇生するが如く、八十曲津見は千代の棲処と此処に暴威を振ひ居たりけるが、八十柱の御樋代神の一柱とまします田族比女の神は、主の大神の神宣を畏み給ひ、十柱の女男の神将を率ゐて此島ケ根に降臨し、生言霊の剣を抜き持ちて、荒ぶる神等を山の尾ごとに追伏せ河の瀬ごとに追攘ひて打ち譴責め給ひ、心安く心楽しき神国と定め給ひける。折しもあれ高地秀の宮居に親しく仕へ給ひし八柱御樋代神の中にても最も美はしく最も面勝神と射向ふ神なる朝香比女の神が、女男四柱の神を従へ、しばし此土に御跡をとどめ給ひしより俄に国形新まり、其威光を日に月に加へ給ひけるこそ目出度けれ。加ふるに曲神の最も忌み恐るる真火を切り出づるべき燧石を、此国土の御宝として朝香比女の神御手づから授け給ひしより、日日に国土治まり、総ての国津神等は其恩恵に浴し、火食の道を盛んに行ひにける。主の大神の生み給ひし八十国八十島の中にて、最も早く火食の道を始めたるは狭野の里なれども、国内一般に火食の道を開きたるは、この万里の島をもつて濫觴となす。故に一名火の国とも称へける。 是より程経て朝香比女の神の勧めにより、太元顕津男の神は西方の国土を治め、朝香比女の神に国魂神の養育を任せおき、照男の神をして西方の国土を守らしめ置き、潮の八百路を渡りて万里ケ島に天降り給ひ、茲に田族比女の神に御水火を合せ給ひ、左右りの大神業を終へて国魂神を生ませ給ひ、国土の基礎定まるを見すまして再び高照山北面の稚国原を修理固成すべく進ませ給ひしなり。本巻に於て其経緯を略序せむと欲す。 朝香比女の神及び女男四柱の神々が、万里ケ島を立ち去らむとし給ふや、田族比女の神は十柱の神々を率ゐて御来矢の浜辺まで馬上豊に見送らせ給ひ、訣別の御歌を互に交し給ひける。 茲に朝香比女の神は御舟に乗らせ給はむとして駒を下り、田族比女の神に対して御歌詠ませ給ふ。 『新しき国土の栄えを祈りつつ 別れてゆかむ西方の国土へ 田族比女御樋代神は平けく 安らけくませ国魂生ますと 四方八方の雲霧晴れて月日稚き 国土の栄の思はるるかな 顕津男の神にしあへば汝が神の 功を審さに語り伝へむ 美はしく雄々しくいます田族比女の 神の真心伝へまつらな 短かけれどこの新国土に留まりて 吾が魂線は足らひけるかな 御樋代神手づからたまひし宝石を 清き御魂と朝夕仰ぐも 曲津神荒び狂はむ事あらば 真火の力に追ひそけたまへ 海原の雲霧晴れて浪の秀は 天津日光にかがやき渡るも 別れゆく今日の名残は惜しめども 留まるよしなき吾なりにけり』 田族比女の神は酬の御歌詠ませ給ふ。 『雄々しくて優しくいます朝香比女の 神に別ると思へば悲しも 顕津男の神に吾事まつぶさに 宣らすと言ひし公に感謝す 此国土の千代の固めの宝なる 燧石をたまひし嬉しさに泣く 何よりの貴の宝よ燧石もて 治まる国土に曲神はなし 公が御行天津日光も祝ぎまして 大海原を晴らさせたまへり 朝宵に公の御幸を祈りつつ 神の御前に仕へまつらむ 万里ケ丘に公が記念と美はしき 宮居造りて仕へまつるも 八柱の御樋代神の天降りましし 此の島ケ根は特に尊し 万世に伝へ伝へて朝香比女の 御魂を祀り守り神とせむ 火の神と御名を称へて朝香比女の 大宮柱太しく仕へむ 永久に公が御魂を止めおきて この新国土を守らせたまへよ 千早振る神世も聞かず朝香比女の 八柱神のいでまし尊し 今日よりは御空の月日も光清く 照り渡るらむ公の御稜威に』 霊山比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『御来矢の浜辺に公を見送りて 名残惜しさに涙こぼるる 如何にしても止めむよしなき朝香比女の 神のいでたち惜しまるるかな 永久にこの新国土に御魂を 止めて吾等を守らせたまへ 新しき国土の宝を賜ひつつ 旅に立たすよ光の神は いざさらば潮の八百路も恙なく 進ませたまへ面勝の神』 輪守比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『天晴れ天晴れ光の神は帰りますかと 思へば惜しき今日の別れよ 田族比女神に賜ひし燧石は 公の光と千代を照らさむ 天地に又なき宝を賜ひつつ 出で立たす公を送る淋しさ 曲神は如何に伊猛り狂ふとも 光賜ひし国土はやすけむ 曲津見の伊猛り狂ふ暁は 焼き滅さむ山に火をかけて 百万の曲の猛びも何かあらむ ただ一点の真火の光りに』 若春比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『国土稚く春の陽気の漂へる 国土に仕ふる若春の神 若春の神も悲しくなりにけり 朝香の比女の旅立ち送りて 瑞御霊一日も早く天降りませと 伝へたまはれ面勝の神よ かくのごと雄々しく優しく美はしき 女神に別ると思へば悲しも 惟神また時あらば此の島に 天降らせたまへ光の女神よ』 保宗比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『天地の一度に晴れし思ひせし 公帰らすと思へば淋し 田族比女神に賜ひし御宝に 吾は仕へむ公と仰ぎて 万里の島の生の命の燧石こそ 千代万代の宝なりけり 国向の鋒にもまして尊きは 公の賜ひし燧石なりける』 直道比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『久方の御空はさやかに晴るれども 吾魂線は曇らひにけり 幾千代も万里の島根におはしませと 祈りし心も夢となりしか 尊かる八柱神の天降りましし 万里の国原は輝きにけり 此の島の森羅万象おしなべて 今日の別れを惜しみつつなく 許しあればせめて西方の国境まで 御樋代神を送りたきかな 田族比女神の功は尊けれど 一入貴き公が御光 万世の記念と公が賜はりし 燧石は国土の光なるかも』 田族比女の神は朝香比女の神に向ひて御歌詠ませ給ふ。 『朝香比女神の神言よ直道比古の 願ひをつばらに許させたまへ 直道比古神の御供に仕ふるは 吾御手代と思し召しまして』 朝香比女の神は酬の御歌詠ませ給ふ。 『雄々しかる直道比古の真心を 吾嘉すれど許すすべなし 惟神神の定めし十柱の 万里の島根の柱ならずや 束の間も十柱神の欠くるあらば 万里の島根は又も動かむ 四柱の神を従へ出でてゆく 吾には何の艱みなければ 十柱の神を手足と朝夕を 国土生みの神業に使はせ給へ 御樋代神の御言葉否むにあらねども 万里の新国土思ふが故なり』 田族比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『明らけき公の言葉に照らされて 答の言葉吾なかりけり 御教を畏みまつり十柱の 神と諸共国土を拓かむ 直道比古の神よ心を落ち付けて 公の御教に従ひまつれよ』 直道比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『二柱の女神の神言畏みて 高鳴る胸の火を鎮めなむ 万里の海は到る処に曲津棲めば 心し行きませ朝香比女の御神』 正道比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『浪の音はいやさやさやに響かへど 心の海に浪たち騒ぐも 公が御舟かくるるまでも佇みて 見送る外にすべなかるべし 浪の上潮の八百路も安かれと 吾真心に祈るのみなる 果しなき広き稚国土万里ケ島の 記念と賜ひし燧石はも 田族比女神の御言葉をかしこみて 公が宮居を仕へまつらむ』 雲川比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『顕津男の神に会はすと出でたたす 公が旅路の遥けくもあるか 八潮路の潮の八百路も恙なく 進ませたまへ朝香比女の神 四柱の御供の神等おはしませば 心やすけく御舟を送るも をりをりは思ひ出して万里ケ島に 清き御魂を通はせたまはれ』 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『田族比女神の神言の真心に 別れの涙止めあへぬも 朝香比女神の神言の御尾前を 守り進まむ御心安かれ いろいろと生言霊のもてなしに わが魂線はよみがへりつつ なつかしき万里の島ケ根を後にして 潮の八百路を進みてゆかむ 此島は紫微天界の真秀良場と 千代に八千代に栄えますらむ 朝香比女の神に仕へて美はしき 万里ケ島根の国形見しはや いざさらば名残は尽きじ吾公の 御尾前守りて神国に別れむ』 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『幾年もこの島ケ根に村肝の 心清けく住ままく思ひし 吾公の御供なれば村肝の 心に任せぬ吾なりにけり 牛頭ケ峰白馬ケ岳に立つ雲を 遠行く舟に仰ぎて偲ばむ 霊幸はふ神世の初めの田族国と 吾は思ひぬ万里の島根を 雲霧を吹き払ひたる万里ケ島は 光にみつる貴の国原よ 吾は今光の国土を後にして 光の公と海原進まむ 田族比女神は光の神とまして 万里の新国土を照らさせたまへ』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『新しき国土の光を見ながらに 吾は御供に仕へて行くも 鳥獣草木の端に至るまで なつかしく思ふ万里の島根は 森羅万象皆吾友と親しみし この新国土に別れむとすも 主の神の許しありせば吾も亦 この新国土に再び来らむ 田族比女神の神言の顔を いや永久に若く守らむ この島の別れにのぞみ田族比女の 神の優しさ若さを守らむ 十柱の神の御姿永久に いや若かれと吾は祈るも』 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『田族比女の神十柱の神いざさらば 名残を惜しみて今や別れむ 心若く永久にましませ万里ケ島の 守りの神と光らせたまひつ』 かく互に歌もて訣別の辞を述べたまひ、朝香比女の神初め四柱の神は駒諸共に磐楠舟にひらりと移らせたまへば、春とも初夏とも知れぬ陽気にみてる清しき風は忽ち吹き来り、艪櫂を用ひたまはぬに御舟は波上静に動き出でにける。 (昭和八・一二・二〇旧一一・四於大阪分院蒼雲閣加藤明子謹録)
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霊界物語 78_巳_朝香比女の神の物語(葦原新国) 03 グロスの島 第三章グロスの島〔一九五九〕 紫微天界は未だ国土稚く、国形も完全には端々に到りては定まらざりければ、あちこちの稚国原には妖邪の気凝り固まりて種々の動植物を生み、特に異様の動物数多棲息して妖邪の気を四方に飛散せしめ、森羅万象の発育を妨ぐるも是非なき次第なりける。 ここに主の大神は完全無欠の神の国を開設し給はむとして、天之道立の神、太元顕津男の神の二柱に霊界現界の神業を委任し給ひければ、天之道立の神は惟神の大道を宣布し、日夜倦ませ給はず、顕津男の神は国土を治むべき司神を造らむとして、国土のあちこちを経廻り給ひ、主の神の生ませ配り置き給ひし御樋代神と見合ひまして、国魂神生みの神業にいそしみ給ふ神定めとはなりける。 邪神の中には数箇の頭をもてる竜あり、大蛇あり、又翼の生えし虎あり、狼、熊等ありて島の中に棲息し、水陸両方面を兼ねて棲まへるなどありて、容易に正しき神の日々の経綸を許さざりける。故に主の大神はこの妖魔を根底的に言向けやはし、征服し、全滅せしめむとして英雄的素質を持たせる神々を紫微天界の四方に派遣し給へるなりける。 御樋代の神は総て女神にましませども、いづれも優美なる容姿に似ず、勇猛剛直にして神代の英雄神のみを選まし給ひければ、その御行動の雄々しくましますことは自然の道理におはしましけるぞ畏けれ。 万里の島根を永久に基礎を固むる御樋代の 八柱神と生れませる朝香比女神は雄々しくも 長の旅路に立ち給ひ百の艱みをしのびつつ あなたこなたの国形を𪫧怜に委曲に固めつつ 狭野の島ケ根生み終へて天中比古を司とし いよいよ進んで万里の島この稚国土を固めむと 御樋代神に迎へられ万里ケ丘なる聖所に 生言霊をとり交し国土の宝と燧石 田族の比女に贈らせつ七日七夜の逗留を 漸く終へて御来矢の浜より舟に乗らせつつ 永久の別れを惜しみまし万里の海原静々と 波路を分けて進みますああ惟神々々 神の言霊幸はひて朝香の比女の恙なく 瑞の御霊の現れませる雲霧深き西方の 国土に出でます物語𪫧怜に委曲に落ちもなく 述べさせ給へと瑞月が蒼雲閣に端坐して 生言霊の幸はひを大本皇大神の 御前に畏み願ぎ奉るうすき冬陽の輝ける 蒼雲閣の清庭に吾立ち居れば大空を 轟かせつつ三台の飛行機来りて舞ひ狂ひ 非常時日本の光景をしみじみ吾に思はせり ああ惟神々々わが述べてゆく物語 生言霊の幸はひて非常時日本を救ふべき よすがとなれば道の為御国の為の幸はひと 謹み敬ひ述べてゆく吾言霊に幸あれよ 吾言霊に生命あれ。 朝香比女の神の乗らせ給へる磐楠舟は、大小の島々を右に左に縫ひながら日の黄昏るる頃、曲神の集まると聞えたるグロスの島に近より給へば、名にし負ふ曲神の島は俄に黒烟を四方に吐き散らし、海面を闇に包みて御舟さへ見えずなりにける。 このグロスの島には、ゴロスと言ふ猛悪なる大蛇の神棲息して、数多の醜神を使役し、隙あらば総ての島々を侵さむとしつつ待ちかまへ居たるに、今ぞ御樋代神の御舟、この島に近づきければ、グロスの島の曲津神グロノス、ゴロスの二巨頭は、あらゆる曲神を呼び集め、必死となりて御舟の近づくを妨害せむと伊猛り狂ひける。 朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『二百浬吾渡り来て黄昏れつ グロスの島に近づきしはや 此島にグロノス、ゴロスの曲津神 潜むと聞きて舟よせにける 曲津見はここを先途と黒烟を 吐き散らしつつ四方を包めり 言霊の水火の光りと鋭敏鳴出の 神のたまひし燧石にかためむ 曲神の勢如何に猛くとも 火をもて焼かば容易に滅びむ 曲神は如何に勢強くとも 真言の力なきものぞかし 黄昏の闇に戦ふ不便さに 波にうかびて朝を待たばや』 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『比女神の神言畏し曲神は 朝日を待ちて滅すぞよき 天界にさやる曲津の種をたやし 安き神国と定め奉らむ 黄昏の闇は海原悉く 包めど吾には火をもてりけり 御舟に真火を照らして明方を 静に待たむ魔の島近く 面白き海路の旅よ曲神の 百のいたづら見つつ進むも』 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『狭野の島の魔神もここに集まりて 行手にさやると伊猛るならむ 黒雲の幕に包めど吾舟は 真火の光りに安かりにけり 明け方を待ちていよいよ魔の島を 焼き滅すと思へば楽しき 曲神よ吾上陸に先き立ちて 服従ひ来れしからば許さむ 比女神に汝等が生命乞ひうけて 真言の道に救ひ助けむ 一夜の生命と思へば曲神の 身こそあはれになりにけるかな』 グロスの島より湧き立つ黒雲は、次第々々に雲の峰の湧く如くふくれ上り、拡ごり、四辺の海面を真の闇と包み、青白き火団は御舟の周囲を螢合戦の如く飛び交ひ狂ひめぐり、凄惨の気闇と共に漂ひにける。 朝香比女の神は少しも驚き給はず、平然として曲神の種々の業を御覧しながら、御歌詠ませ給ふ。 『面白き曲神なるかも闇の海に 青白き火となりて飛べるも 曲神の火は青白く光りなし 鬼火か陰火か熱からぬかな 火の玉と見れども光らず熱からず 海月の如くただよへるかも 明日さらばグロノス、ゴロスを言向けて この魔の島を清めむと思ふ 八潮路の長き旅路に疲れはてて 曲津のすさびを見るは楽しき 百千万の火団となりて猛り狂ふ 状面白く舟の上に見つ 吾が舟は波に浮べど動かざり 生言霊の錨につなげば』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『炎々と御空の月をかくしつつ 魔の島ケ根ゆ黒雲立ちたつ 曲神は黒雲起しおく深く しのびつ怖ぢつ狂ふなるらむ 曲神の数多集へるグロスの島を 今日珍しく黄昏れて見つ 黄昏の海にうつらぬ火の玉は 正しく陰火のしるしなりけり 真火なれば波の底まで輝かむを 青白きのみ光りだになし 言霊の生ける光に照らされて グロノス、ゴロスも滅び失すべし 御樋代の神の出でましに魔の島は 清きすがしき国土と生れむ』 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『吾こそは御供に仕ふる天晴の 比女神なるよ御空晴らさむ 一二三四五六七八九十 百千万の神集ひませ 大空の月を照らして魔の島の 曲津見の頭を現はさむかも』 斯く歌ひ給ふや、魔の島の上空を包みし黒雲は次第々々に科戸の風に吹き散らされて、天空明く清く円満清朗の月影は浮ばせ給ひ、波の底深く輝き給ひける。 ここにグロノス、ゴロスの曲津神は夜の明くるまでに御舟の神等を滅しくれむと死力を尽し一百有余旬の竜蛇の姿を現し、数頭の頭には各自太刀の如き角をかざしながら、頻りに御舟に向つて火焔を吹く光景はもの凄きまでに見えにける。 朝香比女の神は平然として微笑みながら御歌詠ませ給ふ。 『勇ましやグロノス、ゴロスの雄猛びは 吾行く旅をなぐさめにける 火を吐けど角はふれども眼は光れど 吾には何の艱み覚えず 力限り雄猛び狂ふ曲神の 心思へばあはれなるかも 兎も角も暁まではこの舟に 吾休らはむ心安けく』 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『一夜の生命と思へば曲神も 最後の荒びあはれなるかな 常闇をうすら照らして曲神は あまたの口より焔を吐くも 光にぶき松明と思へば面白し 月は御空に輝き給へど 月読の光りますますさやかにて 魔の島ケ根の雲はあせたり ところどころ魔神の吐き出す黒雲は 次第々々にうすらぎしはや 斯くの如浅き奸計の曲神の 雄猛び見れば雄心わくも 明日さればこの島ケ根を悉く 焼き清むべし曲神退け』 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『海中に永久に浮べる魔の島の 雲は晴れけり月の光りに 月冴ゆる万里の海原に浮びたる グロスの島は全く現れけり この島も思ひしよりは広くして あまたの曲神騒ぎ廻れり この島も主の大神の生みませる 生島なれば清め奉らむ 日並べて神の神業に仕へつつ 又も楽しき明日を迎へつ』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『黒雲は島のあちこちに太く高く 立てども明日は跡形もなけむ 黒雲を時じく起して天地の 水火を濁せる曲神の島かも この島の曲神ことごと言向けて 稚き国原生むは楽しも この島に御樋代神の籠らすと 聞きしは夢か黒雲立ちたつ 御樋代の神も悪魔の雄猛びに 暫し御姿をかくし給ふか』 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『天も地も生言霊の御光りに 照らして稚き国土を生まばや 天晴比女神の御供に仕へつつ この島ケ根の雲を晴らさむ』 各神々はグロスの島に向つて明日の征途を楽しみながら御歌詠ませつつ、一目も眠らせ給はず磐楠舟の上に安坐して、種々のことを面白可笑しく語り合ひつつ夜の明方を静に待たせ給ひけるぞ畏けれ。 (昭和八・一二・二〇旧一一・四於大阪分院蒼雲閣谷前清子謹録)
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霊界物語 78_巳_朝香比女の神の物語(葦原新国) 16 天降地上 第一六章天降地上〔一九七二〕 葦原比女の神の一行は、朝香比女の神の一行を送りまゐらせつつ、忍ケ丘の山麓に春の永日は黄昏れければ、ここに一夜の露の宿りを定めまし、常磐樹生へる丘の上に各自登らせ給ひ、葭葦をもて国津神の編み作りたる清畳を、いやさやさやに敷き並べ、御空の月のさやけさに溶け入りながら、各自に生言霊を宣り、或は御歌を詠ませつつ暁の至るを待たせ給ひける。 天の一方を眺むれば、一塊の雲片もなき紺青の空に、上弦の月は下界を照し給ひ、月舟の右下方に金星附着して燦爛と輝き渡り、月舟の右上方三寸ばかりの処に土星の光薄く光れるを打ち眺めつつ、三千年に一度来る天の奇現象にして稀有の事なりと、神々は各自御空を仰ぎ、葦原の国土の改革すべき時の到れるを感知し給ひつつ、御歌詠ませ給ふ。 葦原比女の神の御歌。 『澄みきらふ御空の海を照らしつつ 月の御舟は静かに懸れり よく見れば月の真下にきらきらと 光の強き金星懸れり 月舟の右りの上方に光薄く 輝く土星の光のさみしも 天界にかかる異変のあるといふは 葦原の動くしるしなるべし 光り薄き土星は天津神にして 金星即ち国津神なり 上に立つ土星の光は光り薄し 月の光に遮られにつつ 下に照る金星の光はいと強し 月の御舟の光支へて 葦原の国土に天降りし天津神の 心をただす時は近めり 朝香比女神の神言よ月と星の 今宵の状を言解き給はれ』 朝香比女の神は御歌もて詠ませ給ふ。 『天津神の言霊濁り水火濁り 光の褪せし土星なりけり 国津神の中より光り現はれて 世を守るてふ金星の光よ 月舟の清き光は葦原比女の 神の御魂の光りなるぞや 此処にます天津神等心せよ 朝な夕なに神を斎きて 天津神は神を認めず国津神は 真言の神を斎きまつれる 千早振る神は光に在しませば 神にかなへる魂はかがよふ 神を背にし信仰の道欠くならば 神魂の光り次ぎ次ぎに失せむ』 葦原比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『有難し光の神の神宣を 宜よとわれは頷かれける 二十年を曲津の神に艱みしも 神に離れし報いなりける 主の宮居に仕ふる天津神等は 心を清め魂を磨けよ 主の神は天津御空に奇なる 兆を見せて警め給ふも』 真以比古の神は驚きて御歌詠ませ給ふ。 『知らず識らず心傲りて主の神に 仕ふる道を怠りにけり 朝香比女神の神言の御教に わが魂線は戦きにけり 国津神の艱みを思ひて朝夕に 主の大神に祈りまつらむ 葦原比女神の御魂は御空行く 月の光と輝き給へる かくの如輝き給ふ葦原比女の 神とは知らず過ぎにけらしな 光薄き土星の魂を持ちながら 月の光の上にのぼりつ 貴身小身の道を乱しし報いかも 今まで曲津の猛びたりしは 葦原の国土の守りの吾にして 御樋代司をうとみけるかも 御樋代神よ許させ給へ今日よりは 真言をもちて仕へまつらむ』 御樋代神は御歌もて答へ給ふ。 『汝こそは真言をもちて大前に 仕へまつらむ御名なりにけり 曲津見に清き御魂を曇らされ 土星の如く薄らぎて居り とにかくに土星の光出づるまで 地に降りて世に尽せかし 金星は国津神等の仰ぎつる 野槌の彦の御魂なりける 今日よりは野槌彦をば天津神の 列に加へて司と為さむ 真以比古其他の神々悉く 地に降りて魂を清めよ 野槌彦は今日より其の名を改めて 野槌の神と仕へまつれよ』 野槌彦は答ふ。 『国津神賤しき吾は如何にして 国土の宮居に仕へ得べきや 如何に吾金星の光保つとも 一柱もて仕へむ術なし』 葦原比女の神はこれに答へて、御歌詠ませ給ふ。 『天津神の野槌の神よわが宣れる 言霊謹み国土に仕へよ 国津神の清き正しき魂選りて 天津神業を言依さすべし 葦原の国土のことごとまぎ求め 清き御魂を選びて用ひむ』 朝香比女の神は、葦原比女の神の大英断に感じて御歌詠ませ給ふ。 『葦原比女神の神言の雄々しさよ 天と地とを立替へ給ひぬ 光なくば黒雲包む葦原は 黒白も分かぬ闇の世なるよ 常世ゆく万の災群起きるも 曇れる神のたてばなりけり 御樋代神の上に輝く神々の 土星の御魂を浄めさせ給へ 今すぐに金星の如光らねど 倦まずば遂に御楯とならむ 久方の空に奇瑞の現はれしは 我国土生かさむ御神慮なりける』 成山比古の神は驚きて御歌詠ませ給ふ。 『桜ケ丘の宮居に二十年仕へ来て わが魂線は世を濁らせる 今となりうら恥づかしく思ふかな 御空に魂の性現はれつ 御樋代の神の言葉を畏みて 吾今日よりは地に降らむ 国津神の列に加はり斎鋤を 持ちて田畑を耕し生きむ 葦原の国土に涌き立ちし黒雲も 吾等が為めと思へば恐ろし 天地の神の御恵深くして わが過を許させ給ひぬ』 霊生比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『吾も亦土星の魂となり果てて この国原を乱しけるかも これよりは土星の性にふさはしき 地に降りて田畑を拓かむ 地の性持てる賤しき魂線の 如何で御空に光るべしやは 今迄は真言の天津神なりと 心傲りつつ年を経にけり わが魂の曇りは土星と現はれて 忍ケ丘の地に墜ちける 御樋代の神の言葉は主の神の 御水火なりせば背かむ由なし 国津神の照れる御魂を引き上げて 豊葦原の国土守りませ 御供に仕へまつるも畏しと 思へばわが身戦き止まずも 久方の天津空より荒金の 地に降りし今宵の吾かも 知らず識らず御魂曇りて天津神の 位置は地上にうつらひにけり』 栄春比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『栄春比女神と仕へて朝夕に 御樋代神の御魂汚せし 主の神の尊き御前を知らず識らず 礼なく仕へしわが罪恐ろし 鷹巣山に雲わき立ちて葦原の この稚国土は風荒びたり 野槌比古神の清しき魂線は 御樋代神の司となりませり 今日よりは野槌の神の御光の 隈なく照らむ葦原の国土に 曇り果て乱れ果てたる国原を 救ふは野槌の神の功よ』 八栄比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『東の国土の果てなる桜ケ丘に 仕へし吾の終りは来にけり おほけなくも女神の身ながら宮居の辺に 仕へまつりし事を悔ゆるも 今となりて何を歎かむ村肝の 心の曇りの報いなりせば 朝夕に神の供前に太祝詞 吾怠りつ今に及べり 主の神の御水火になりし葦原比女の 神さげしみし罪を恐るる 吾なくば葦原の国土は治まらじと 思ひけるかな愚心に 愛善の神は今までわが罪を 許させ給ひし事のかしこさ 畏しと宣る言の葉も口籠り わが胸の火は燃え盛るなり 今宵限り天津神なる位置を捨てて 野に降りつつ田畑を拓かむ』 朝香比女の神は又もや御歌詠ませ給ふ。 『天の時地の時到りて葦原の 国土の光は現はれにけり 葦原の国土の標章と今日よりは ⦿の玉の旗を翻しませ ⦿の玉を並べ足らはし十と為し 真言の国土の標章と定めよ』 葦原比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『有難し国土の始めの旗標まで 賜ひし公の功は貴し 万世に吾は伝へてこの旗を 国土の生命と祀らせまつらむ 天津神の野槌の神は国の柱 定めて吾に奉れかし』 野槌比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『有難し葦原比女の神宣 吾選ぶべし四柱の神を 天津神の列に加はる神柱は 高照清晴彦を選ばむ』 葦原比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『高彦を高比古の神照彦を 照比古の神と名を改めよ 清彦は清比古の神晴彦は 晴比古の神と名乗り仕へよ』 野槌比古の神は感謝しながら御歌詠ませ給ふ。 『有難し天津神の位置に選まれし 吾等五柱は身をもて仕へむ 今宵すぐに駿馬使を馳せにつつ 四柱神を招き仕へむ』 葦原比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『一時も早く此の場に招き寄せて この葦原の神柱たてよ』 かくして、四柱の神は小夜更くる頃、駿馬に鞭うたせつつ、此処に集り来り、葦原比女の神の宣示のもとに、かしこまり天津神の列に加はり給ひぬ。 夜は森々と更け渡り、暁近く百鳥の声は爽かに響き、春野を渡る風は、かむばしき梅ケ香を送り田鶴は九皐に瑞祥をうたひ、鵲は常磐の松の梢に黎明を告げて寿ぐが如し。 ああ惟神恩頼ぞ畏けれ。 (昭和八・一二・二二旧一一・六於大阪分院蒼雲閣林弥生謹録)
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霊界物語 79_午_葭原の国土の竜神族の物語 07 相聞(一) 第七章相聞(一)〔一九八八〕 万里の海原に浮びたる葭原の国土の真秀良場なる 玉耶湖水の中心に御空をついてそばだてる 大地の鼻ともたとふべき伊吹の山の後方は 高光山に相次ぐの名山なり此山の南端に突出せる 万木万草豊なる珊瑚礁を以て凝まりし 風光明媚の島ケ根を竜宮島と称ふなり 此島ケ根はまだ新しく人面竜身の竜族数多住居して 神仙郷の思ひあり稍進歩せる竜神の 頭部と両腕は漸く国津神の姿に似たれども 其他は未だ完全なる人体ならず肩部より下は 残らず鱗を以て人体を包まれたる異様の獣族なり かかる新しき島ケ根に捕はれ来りし麗子姫 容姿は艶麗にして天人の如く竜神族は忽ち神と尊敬し 竜神の王たる大竜身彦も麗子姫を妻としながら 神の王と仰ぎ日に夜に真心の限りをつくして 仕へまつりけるかかるところへ麗子姫の兄なる 艶男の来りしより此島ケ根の若き女たちは 旱天の驟雨を得たるが如く随喜渇仰して一目なりとも 天人の顔を拝まむと先を争ひ集り来る 竜神の中にも眉目形うるはしき乙女は 大竜身彦の神殿に朝夕仕へ侍りて 艶男の端麗なる容姿を目引き袖引き眺めつつ 笑みを湛へ居たりける侍女神の重なる神は 桔梗、山吹、女郎花萩に撫子、藤袴 白菊、山菊、百合の花椿、桜に燕子花 あやめ、石竹などと華やかなる名の持主なりける これらの女神はいづれも竜体なりとはいへ その容貌は端麗にして容易に犯すべからず見えにける。 山吹は恐る恐る艶男の側近く、裲襠姿にて寄り来り、心の丈を歌ふ。 『久方の天津国より降りましし 神にあらずや君のよそほひ われは今伊吹の山の山峡に 雨に萎るる山吹の花よ 山吹の花は咲けども匂へども 手折る人なきわれぞ淋しき 君が手に触れてこぼるる山吹の 露はづかしきおもひなりけり はてしなきおもひ抱きてわれは今 尊き君の前にはぢらふ 竜神の館に天降りし君こそは わが身の為の生命なるかも 玉の緒の生命捨つるも惜しまむじ 君の御手にふるる山吹 山吹の花は情のつゆあびて ほのかに笑みつ打伏す夏なり 水上の山より下りし君許に ただ一夜さの露ぞ願はし 汝が君の情のつゆのなかりせば あれは山吹咲くよしもなし 湖の面に姿を写す山吹の 花の心を君は知らずや 七重八重花咲くわが身山吹も 吾のすがたに及ばざらめや 時じくに七重八重咲く山吹は 竜宮の島の花にぞありける われはまだ年若けれど君おもふ 心はあかし山吹の花 黄金色に咲く山吹の君許に 立ちてし見れば面あからむも 山吹のあかき心をみそなはし 情のつゆを降らさせ給へ』 艶男はこれに答へて、 『山吹の姫の心はさとれども 手折る術なきわが身なりけり 人の子の情をさとるわれながら 花にかこまれ動くよしなし 百千花匂ふ竜宮の島ケ根に 思はぬ花の色を見るかな いろいろと花は匂へど手折るべき 力なき身をわれ如何にせむ 伊吹山尾根にかがよふ月かげを 見れば恥かし艶男曇る 村肝の心曇りてわれは今 あやめもわかずなりにけらしな 花に酔ひ恋に酔ひつつ此島に さまよふわれの心いぶかし 如何にして君が心に叶はむと 思へど詮なし男の子一人に よしやよし山吹の花を手折るとも 仇花なれや実を結ばねば』 山吹はこれに答へて、 『わがおもふ心の丈を君許に 明しまつりし事の恥かし 兎にもあれ角にもあれや竜宮の 庭に匂へる花を手折らせよ』 艶男は答ふ。 『兎にもあれ角にもあれや今暫し わが返し事待たせ給はれ』 と言ひつつ、悠然として庭の白砂を踏みながら、曲玉池の木かげに向つて進み行く。 此処には、侍女神の白菊が物憂げに立つて居る。その優姿、海棠の雨に萎れてうつぶせるが如き風情あり。 艶男はこれを見て歌ふ。 『曲玉の池の汀に咲く花は いづれの花か聞かまほしさよ 池の底に清しく写る御姿は 世にも稀なるよそほひなるかな』 白菊は歌ふ。 『わが心いづらに行くかしら菊の 水鏡見る朝なりにけり 君こそは天津国人此の島に 天降らす日より打ち仰ぎつつ 仰ぎ見れば月の顔花の色 此島ケ根に稀なる艶人よ 艶人の上をおもひて朝なさな われは祈るも曲玉の池に 曲玉の水は底まで澄みきれど われは曇れり心の水底 いや深きおもひの底を打明けて 君に見せたき一つのものあり 白菊のかげのうつらふ玉水を 君は汲まずや掬び給はずや 賤しかる身体をもてど人を恋ふる 清き心に隔てあるべき 島ケ根に咲く白菊の花の露 掬ばせ給へ一夜の枕を』 艶男は歌ふ。 『竜宮の島根に計らず渡り来て 情のつゆの雨にあふかな われこそは水上山の国津御祖 神の家継ぐ彦遅なるぞや 永久に住むべき島にあらざれば 手折る術さへしら菊の花』 白菊は歌ふ。 『恥かしきわが身なるかな汝が君の 袖にはぢかれ花散らむとすも わが心いづらに行きしかしら菊の 花はづかしき朝なりにけり うちつけにわが放ちたる言霊は 巌にあたりてはね返されぬ 朝夕の乙女心のかなしさを 汲まさぬ君ぞつれなかりけり いざさらば暫し別れて恥かしの 森の木かげにわれ休らはむ』 と歌ひつつ、袖に面を覆ひながら、貴の乙女のしをしをと、小暗き木下闇を潜りて、何処ともなく出で行きにける。 艶男は太き息を洩しながら、 『ああわれは迷ひにけりな麗子の 後を慕ひてここに悩めるか 今となり麗子姫の心根を ひしと悟りて涙ぐましも 竜神の王なれども竜の身に 抱かるる身は淋しかるらむ 麗子の後を尋ねて来しわれは 情の雨になやまされける かくの如恋は苦しきものなるか 玉の生命の死なまく思ふ 死なまくは思へど故郷に垂乳根の いますが故に心に任せず 水火土の神に救はれわれは今 同じなやみに悶えぬるかな 竜神の眼なければひそやかに 船をかざして帰らむものを 村肝の心にそぐはぬ竜神の 乙女の姿見るもいやらし さりながら其おもざしを眺むれば 涙ぐましき乙女のみなる 乙女子の清きなさけの露あびて 心悲しくなりにけらしな 女神のみ数多住まへる此島に 男の子一人の如何に堪ふべき 一枝折らば百花千花押なべて 手折らにやならぬ破目となるべし われは今一つの生命保ちつつ 百の生命を如何に支へむ』 斯く歌ふ折もあれ、前方の森林より七人の乙女、白衣の直垂に緋の長袴を穿ち、各自に水晶の壺を抱きながら、曲玉池の水を汲まむとや、しとしとと入り来る。 艶男はまた見付かつては大変と、忽ち踵をかへし、伊吹の山の中腹なる鏡湖のかたへの樹蔭を目がけ、急ぎ逃げて行く。 艶男は樹蔭に憩ひながら歌ふ。 『漸くにわれは遁れて来りけり いざ休らはむ桂木のかげ 女神のみ数多住まへる此島に 心いぶかしくわれは悩むも 今暫し心安らけく保てども やがて襲はむ恋の嵐は 翼あらば水上の山に夜の間に 逃げ帰らむと悩めるわれかも 麗子の恋しき君のいます島に 翼はがれし裸鳥われは 伊吹山尾根を包める白雲の 晴るるひまなきわが思ひかな』 (昭和九・七・一七旧六・六於関東別院南風閣白石恵子謹録)
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霊界物語 80_未_予讃の国の水奔鬼の物語 23 野火の壮観 第二三章野火の壮観〔二〇二七〕 高光山の聖場は、御樋代神朝香比女の神の降臨に俄かに輝き漲り、青木ケ原の神苑は瑞雲棚引き、新生の気四辺に漂ふ。 朝霧比女の神は、八尋殿に朝香比女の神一行を招じ、心の限り歓待を尽し、高光山の名物たる、露も滴らむばかりの熟れたる杏の実を山の如く積み、木瓜もて造りたる美酒を献り、ここに大御照の神以下の重臣はじめ百の神々集りて、大宴会は開かれにける。 朝霧比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『八柱の御樋代神の出でましに これの神苑は蘇りたり。 はろばろと波路を渡り雲を分けて 朝香の比女は出でましにけり。 高光の館に仕ふる神々も 朝香の比女の御稜威讃へよ。 八柱の御樋代神の中にして 勝れ給へる朝香比女神よ。 朝香比女の神の神言に物白す 美味果物御酒を召しませ。 此酒は木瓜にて造りこの杏は 高光山の誉なりけり。 山高く清水とぼしき此山に 尊きものは果物なりけり』 朝香比女の神はこれに答へて、 『いろいろの心尽しのうましもの 辱なみてよろこび食まむ。 草枕旅を重ねてうるはしき 今日の宴にあひにけらしな。 神々の清き心の味はひと 喜び吾は戴かむかも。 四方の国見晴らすこれの聖所の 宴に臨む吾は嬉しき。 鳥船のいさをによりて遠き道 嶮しき山を安く来つるも』 大御照の神は歌ふ。 『御樋代の神に仕へて朝夕を 言霊宣れる大御照われは。 大御照神の名告りはありながら 心のくらき吾恥かしも。 百日日の禊重ねて漸くに 心の光照り初めにけり』 初頭比古の神は歌ふ。 『思ひきや高光の山の尾根高く かかる宴にわれあはむとは。 神々の心づくしの御酒に酔ひて 吾身体は赤らみにけり。 身体もみたまも清く蘇る 此御酒御饌は神の賜物。 豊御酒を赤丹の穂にと聞食し 勇み給へよ朝香比女の神』 朝空男の神は歌ふ。 『はろばろと雲路を分けて迎へてし 朝香の比女の光り尊し。 御光の神は神苑に天降りましぬ 今より葭原の闇は晴れなむ。 四柱の御供の神の此苑に 天降りいまして御酒召しますも。 今日の如めでたき吉き日なかるらむ 御樋代神を迎へ奉りて』 起立比古の神は歌ふ。 『見はるかす四方の国原天津日に 輝きにけり錦映えつつ。 葭草か水奔草か知らねども 尾の上より見る野辺は錦よ。 兎に角にめでたき事の限りかな 御樋代神の二神いませば。 芳ばしき御酒御饌に飽きて吾は今 蘇りけり身体みたまも』 国生男の神は歌ふ。 『かかる世にかかるめでたき例ありと 吾は夢にも思はざりしよ。 雲路分けて迎へ奉りし神々と これの清殿にいむかひ居るかも。 今日よりは葭原の国土隈もなく 御樋代神のいさをに開けむ。 神々よ御酒聞食せ御饌を召せ 面ほてるまで腹ふとるまで』 立世比女の神は歌ふ。 『女神吾も御供に仕へて高光の 山の尾の上にのぼりけるかな。 高光の山の聖所に導かれ 貴の眺めに解け入りにけり。 果てしなき遠の広野を見渡せば 神の力のいみじきを思ふ』 子心比女の神は歌ふ。 『懐に御子を抱ける吾なれど 許させ給へ子心比女の神を。 此御子は水上の山の国津神の 美し御子なりわれ育くみつ。 めでたかる今日の祝ひの狭蓆に 仕へて楽し女神の吾も』 再び朝香比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『朝霧比女の厚き心のもてなしに ゐやひの言葉吾なかりける。 葭原の国土の宝とまゐらせむ 火種を保つ此燧石を。 此宝一つありせば葭原の 国土清まりて永久に開けむ』 朝霧比女の神は雀踊りしながら満面に笑みを湛へ、御歌詠ませ給ふ。 『ありがたし国土の宝と燧石 吾に賜ふか朝香比女の神。 火炎山火種を得むと村肝の 心を長く砕き来にけり。 鬼大蛇火炎の火口を守りつつ 国に火種を取らせざりけり。 火炎山陥没なして湖となり 火種の失せし淋しき国なりき。 朝香比女の神の賜ひし燧石は 此葭原の永久の宝ぞ』 茲に朝霧比女の神は、燧石を恵まれたる嬉しさに、大御照の神に命じ、諸々の神等を従へ、天の鳥船に搭乗させ、燧石をもちて地上に降らしめ、風に乗じて葭原に火を放たしめ給ひければ、折から吹き来る旋風に、火は四方八方に燃え拡がり、猛獣毒蛇、水奔草、葭草などの原野は忽ち火の海となり、其壮観譬ふるに物なかりけり。 朝霧比女の神は、高光山の高殿より此光景をみそなはし、御歌詠ませ給ふ。 『朝香比女神の恵の燧石に わが国原はあらたまりゆく。 炎々と四方に拡ごる野火の煙の 赤きを見れば楽しかりけり。 曲鬼も醜の大蛇も醜草も 真火の力に亡び行くかも。 今日よりは真火の力に葭原の 国土を美しき聖所となさむ』 朝香比女の神は此光景を見、嬉しげに歌ひ給ふ。 『年を経て老い茂りたる葭原の 葭はもろくも焼かれけるかな。 濛々と立ちたつ煙見てあれば 国土の禍消ゆる楽しさ』 斯く歌ひ、互に野火の燃え拡がる光景を見て、神々はウオーウオーと歓声をあげ給ひける。 所へ数多の従神を残し置きて、大御照の神は、再び鳥船に乗り此場に帰らせ給ひ、真火のいさをしのいやちこなる事を𪫧怜に委曲に奏上し給ふ。 『葭原に真火を放てば風立ちて 見る見る醜草焼け失せにけり。 醜草の中に潜みし曲鬼も 獣大蛇も暑さに悶えし。 かくならば猛き獣も曲鬼も 大蛇も棲まず安く開けむ。 神々を四方に遣はし松明を つくりて真火を放たしめしはや。 見るうちに醜草原は焼け尽きて 目路の限りは灰の野となりぬ』 朝霧比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『ありがたし真火のいさをに葭原の 国土新らしく生きて栄えむ。 この燧石国の宝と永久に 主の大神の御殿に祀らむ。 土阿の国土も予讃の国原も今日よりは 曲神のかげを留めざるべし』 茲に山上の宴会は終了し、朝香比女の神の一行に厚き感謝の辞を述べ、松浦の港まで朝空男の神、国生男の神をして鳥船を操らせ、御樋代神の一行を安く送りける。 朝香比女の神は、雲路を分けて半日のコースを経て、安々と松浦の港に着き給ひ、御歌詠ませ給ふ。 『珍らしき船に乗せられ雲路はるか 渡りて安く此処に来つるも。 御樋代の朝霧比女にわが言葉 伝へ給へよ安く着きぬと』 『御樋代の神の御言葉まつぶさに 朝霧比女の神に伝へむ』 と朝空男の神は、国生男の神を後に残し、鳥船に乗り中空高く帰りける。 ここに朝霧比女の神は、朝香比女の神の好意に報いむとして、鳥船造りに功ある国生男の神を御供に仕ふべく遣はし給ひたるなり。 これより一行六神、駒諸共御舟に浮びて、西方の国土さして出で給ひける。 (昭和九・七・三一旧六・二〇於関東別院南風閣白石恵子謹録)
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大本神諭 神諭一覧 明治32年旧7月(日不明) 明治三十二年旧七月 出口直には世に落ちて御居でなされた神様や仏事の埋もりて御居でなされた御ン霊を、実権的守護に致して、人民を救済けて、畜類、鳥類、虫族、餓鬼までも皆安心立命る神が守護致して居るから、此の直に言はした事も書かした事も、皆世を経営つ神の言葉の代りで有るから、疑うて居りたり敵対うて来たらドエライ、スコタンを喰ふぞよ。今では何も判らんから、皆が疑ふのも尤もの事で在れども、この経綸が判りかけて来たら、世界は一度に目が舞ふ程忙しく成るから、今は皆ワザとに休息せて在るのじゃぞよ。一旦はドウ成るじゃろうと顔の色の変るやうな事も在るなれど、夫れは筆先きが腹へ納まりて居らぬからで在るから、神の云ふ通りに身魂を水晶に磨いて居りた人は神が致さすから、何も心配致さいでも楽に御用が勤まるので在るぞよ。艮の金神の仕組はチト大きな事が経綸て在るぞよ。三千世界を一つに丸めて、神国に致すので在るから、元の此世を修理固成た神力の在る誠の生神で無いと、此の事は成就致さんのじゃぞよ。中降に出来なされた神は皆枝で在るから、ドウしたら成就すると言ふ事が判んから、此方が表面へ表れたら皆眷属として使ふぞよ。直の氏神、福知山の一宮大明神でも、直の因縁御存知無くて、今では口惜しがりて御居でなさるぞよ。産土様でも御存知無い仕組、心得違ひのある神では判りかけが致さん、大望な事で在るぞよ。 ○ 何を申さいでも此直の行状を見て居りたら、独り改心の出来るやうに鏡に出して在るから、世界の守護神人民よ、皆是れ迄の悪の行り方を捨てて、善の神の手習ひ致されよ。神国が開ける時節が参りたから、今迄ドンナ覇張り良かりた人民でも、世が変はれば何も一から仕直して、六十の手習ひを皆が致さな成らんぞよ。是れから直には、艮の金神、御三体様が御憑り有るゆゑ、チト気遣ひに成るぞよ。其の心得で居りて下さらんと、今では落ぶれもので在るから、人民心であなずりて居りたら御無礼が出来るから、気を付て置くぞよ。艮の金神様が表面に成りなされて御守護成さるから、天の神地界へ降りて守護致す世に成りたぞよ。地底い落ちて居りなさる神様は上へお上りなされて御守護成さるぞよ。艮の金神は親任の執権者で在るぞよ。万の神は眷属に使役ぞよ。 ○ 艮の金神の経綸、敵対ふ力量ありて敵対うて来るなら御用に使ふから、チト敵対ふ位なものを待ちて居るから、力量無しに敵対うて見てもアカンぞよ。此の方世に出るに付いて布教師は何程でも要るから、改心出来たものから御用を命すぞよ。艮の金神表面に成りて守護致すに付いては、万の御ン神の持ちて居れる宝を自由に使ふぞよ。宝の持ち腐れと云ふ誓へが在らうがな。此の方が使はな光りは出んぞよ。皆世界の宝は陸の龍宮館へ納めねば、他に納まる処は無いぞよ。夫れに随いては万の神さん、今迄のやうに自我の任意行動には何も成就んぞよ。艮の金神に届け無き事には、此の世の事は叶はぬ事に成りたぞよ。斯う成るのも三千年世に隠忍ちて苦労致した神徳じゃぞよ。苦労が徳に成りたのじゃ。苦労無しには何も結構は出来んぞよ。神では艮の金神、人民では出口直、コレ程苦労致したものは先づは世界に無いぞよ。 神政成就天運循環に成れば改心程結構なものは無いぞよ。三千年も世に隠ちて居りた此の艮の金神でも、我を折て改心致したから、結構にも月日大神様の御指教を頂きて、三千世界を自由に致すやうに成りたぞよ。諸国の神様でも、艮の金神へ服従うて御出で遊ばさねば、此の世界には居れぬやうに成りたから、世界の人民が、何程自我を出して頑張りて見ても、改心を致さな此の世に居れぬ事に成りたぞよ。 艮の金神は此の世の事を一切叶へる神で有るから、不運者には致さぬから、此の神に届け出を致して出口直に御願ひ申せば、神界の罪障許可が出るのを知て、諸国の落ぶれ神が、此の綾部の大本へ出て来るぞよ。出て来る神の中には手に合はぬ神も在れど、何程高潔き神でも落人と成れば、神の品位も無く成りて、粗末に在るなれど、役員は深切に世話致して与りて下されよ。神縁を落さして神の威勢に傷が付くやうな事ありてはならんぞよ。此の出口直が在りたらこそ、今迄世に落ちて路頭に立ちて居れた神、改心次第で出世が出来て、喜び勇む世になりたので在るぞよ。此の御ン方と日の出の神を土台と致して、天の岩戸を開いて、世界を神国の世に改めるのじゃぞよ。人民を改心さして、足場を大丈夫に致してから、大事変と思うたなれど、何と申しても我が強うて聞き入れ無いから、人民の救助は後廻しと成りて、大事変を先と致すぞよ。何処も恨む事は出来んぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 明治41年旧10月15日 明治四十一年旧十月十五日 今度二度目の世の立替は、変性男子が天晴現はれて守護致さねば、従来は蔭からの守護でありたから、分るに隙がいりたなれども、この先きは、世に出て居れる方の守護神に大分わかり掛けたから、神に分りかけたら人民には早う分るから、人気の悪るい所から、惨い事があると申してあるが、何も一度に成りて来て、一度に開くぞよ。九分九厘行くと掌が覆すと申してあるが、其所まで行かんと、世界中は分らんから、何も知らん、悪の働きして居る利己主義の守護神が、まだ邪魔を致すなれど、分りて来るほど、何となく心が寂寥しく成りて来て、善の道には敵はんと、発根と往生致すやうに、日本の国の大和魂の種が、地の底へ落してありた、其種で、元の昔に立ちかへりて大和魂にねじ直すのであるから従来に仕放題にして居りた守護神は、大分辛いなれど世は持ち切りには致させんぞよ。 誠の道を立てるのは、我身を棄てて、我の体躯は砕けても、今度の大事業な御用を勤めあげて、元の活神が皆揃ふて、世に上るのであるから、それについては、我の事は棄て置いて、他を助ける心の人民でありたら、天晴表面に出るに近うなりたぞよ。今度は綾部の大本で御蔭を落して、他所で分る所が無いので、一旦御蔭を落して居りても、大本へ縋りて来ねばならんから、十分衆に気を附けて置くぞよ。温順な人民から善く成るから、これから先きは分るが迅いから、今に敵対て居る人民が可哀想なから、煩う気をつけて置くのぢゃぞよ。神が困るので無いぞよ。貰へる御蔭が後廻はしになるから、それが可哀想なから、今の今迄気をつけるのであるぞよ。綾部の大本で御蔭を落して、他所に分る所があるなら、斯様煩うは申さんなれど、他所の教会は皆先走りであるから、世界中を尋ねて歩いても、この綾部の仕組の分る所は何所にも無いぞよ。綾部の大本へ来て、筆先を見て居りて、他所へ参りて、此綾部を敵対て居りても、些との間は左程分りも致さねど、先きに成る程後悔が出来て来るから、後で出て来て悄々として居るのが、この方出口直の性来は厭な性来であるぞよ。誠を立てるのは、些とは違ふ所が無いと辛抱が出来んぞよ。誠の道を誠の活神が誠心誠意で、日本の大和魂に立て替へる世界の大本であるから、辛抱は痛苦いなれど、辛抱致さねば誠の道は立たんぞよ。 待ち焦れて居りた元の活神が揃ふて守護致し出すと、一旦世界はいろいろと、彼方此方に厭な事があるよって、鼻高さんも心が寂寥くなるから、分る所は綾部の大本より外には何所にも無いのぢゃから、寂寥うなる程大本は忙しうなるから、何彼の事を心得て居りて下されよ。出て来出すと何も一同に成りて来て、人が足らんやうに忙しく成るぞよ。神の方からも出て来出すぞよ。 世界にはいろいろ何れは困難があるよって、神に一心に縋りて居りたら、立別けて見せてやるから、今度の世の立替は、何程世界中の人民に霊魂の神が憑依りて、世の立替を致さうと思ふても、世に零落て居りた活神が、海の底の龍宮へ落ちて居りた活神が、皆揃ふて綾部の新宮本宮の元の宮の陸の龍宮館に、高天原が出現れて、世界の大神と現はれて、昔から無かりた事を致すのであるが、今の世界の人民は、学で出来た智慧であるから、吾に学があると鼻高に成りて、人を見下げて、下へ落ちて居る者を、脚で蹴飛ばさんばかりの世の中に成りて居るが、これが外国の霊魂の性来であるぞよ。露国の極悪神の性来を、日本の国へさッぱり映らして了ふて居るぞよ。此先きは日本と外国との大戦に成るから、日本の国の人民に大和魂の辛抱の善い身魂が無いやうに成りて居るから、向ふの国が強いと思たら外国へ附かうと致す人民が八九分あるぞよ。其身魂は矢張り外国の身魂に成り切りて居るのぢゃから、外国行が沢山あるといふことが、知らしてあるが、これ丈に気をつけて置いたら、何が出て来ても不足言ひには来もしまいなれど………。 世の元を造へるのは、これ一と色能う為んといふ事は出来んのであるから、霊魂の神では出来んと申すのであるぞよ。余り大事業な事であるが、今度の世の立替は元の肉体の其儘である国常立尊が現はれると、次ぎに龍宮の乙姫殿が、日之出の神をお使ひになりて居るから、引添ふて現はれなさる也。岩の神、風の神、荒の神、雨の神、地震の神、残らずの金神………。金神の中にても結構な金神と、酒飲みの道楽な御用には使へん道楽なのもあるよって、此方が使ふのは道楽な名の無いやうに成りて居る金神は、行儀品行をモ一度査べて使ふから、流浪に立つが厭なら今の中に行状も出来んやうな事では、戦争の手伝位は出来もするが、世を立替て天下太平に世を治めて、至仁至愛の世になると、従来のやうな行状はモー出来んぞよ。神の道も、さッぱり造りかへて了ふから、人民の道も造へて昔の元へ世を戻すのであるから、人民からは神を敬へば神力が強う成るから、人民を神が守護致すなり、持つもたれて、神の心に映りて行けばそれが神世と申すのであるから、さうなりたら人民も今の世ほどあせらいでも、穏和に行ける世になるのぢゃぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 明治43年旧8月7日 明治四十三年旧八月七日 艮の金神国常立尊出口の神と天晴れ世界へ表はれるぞよ。今度の二度目の世の立替は、世に出て居れる方の守護神では出来ん事であると申してあるぞよ。二度目の建替を致すには元の世界を創造た昔から肉体の其儘に在る生神の国常立尊の経綸で無いと、天下泰平に世を治めて、末代神政を続かせる事は出来んぞよ。斯ういふ大望な事は人民では何時まで骨を折りても出来ん大業であるから、何程智慧や学の有る人民でも、到底成就は致さんぞよ。 二度目の世の建替へは新ツに創造るよりも大業であるぞよ。今度の建替に就て御手伝のあるのは、竜宮の音姫殿が出口○○日の出の神と引き添ふて大望な御経綸補助を為さるのであるぞよ。国常立尊の今度の経綸のチカラに成りて下さるぞよ。出口直と出口○○とが人民界では真正の力で在るから、此二人の生き魂で無いと間に合んのであるぞよ。生神の中では竜宮の音姫殿が女体であれども、国常立尊の片腕に成りて働いて下さるので在るぞよ。人民の持って居る金銀位いでは今度の二度目の世の立替は成功いたさんぞよ。竜宮の乙姫どのの御宝物は出口直と出口○○殿の御尽力によりて本の国常立の尊が受取て斯世を自由に修理時節が参りて来たぞよ。万の金神どのの宝も国常立尊が受取りて、三千世界の地の大神と成りて、三千世界を桝掛曳均して、末代苦説の無いやうに、二度目の世の建替を致して、水晶の神政に治めな成らん大望な御役であるぞよ。三千世界を一ツに丸めて世界の大神となりて斯世を治めんと人民の王を七王も八王も拵らへて置くと、世界の小言が絶えは致さんぞよ。何時になりても○○の王で治めて置いたならば、天下泰平に治まると云ふ事が無いから、今度の神界の御用を奉勤のは、元の生粋の日本魂の直系の御神胤で無い事には勤め上りは致さんぞよ。斯神が世界を自由に致すと申すのは、世界中のものは何も彼も埋物一切を綾部の陸の竜宮館の高天原へ引寄せて、三千世界の宝比べを致すぞよ。出口が元で大島が入口で、昔の世の本の陸の竜宮館は元の生神が立帰りて、住居をいたす宮屋敷で在るから、明治二十五年から、出口直に書してある筆先通りに毛筋も違いは致さんから、神宮本宮の元の屋敷へ、太古の生神は皆揃ふて立帰りて居るなれど、この村は……………。 何彼の事が接近うなりて来て居るから、立替を致したら、後の立直しに掛らな成らんから、天の御三体の大神の一に御宮を建まして、天と地とが揃ふたら、神は天なり、地の世界が下であるから、上と下とが揃ふた御礼には、一時も早う立替をいたして安心をさせるぞよ。夫れで一時も早く御宮を建て後の修理固成の守護いたさねば成らんぞよ。筆先で知らして在るが、村の人、家を取除て貰はな成らん時節が参りたぞよ………。 斯世の守護神今に未だ分らいでは気の毒であるぞよ。解りた御方から良く成るので在るが、皆取違いが在るのは、心が見苦しいからであるから、身魂の洗濯を致さんと、取損いと慢神がありたら、大間違が出来るから、クドウ気を注けて居るので在るぞよ。早ふ解りた守護神から神界の御用に御働きなされ。今度は働きの在る心の良き守護神から速い出世が出来るのであるぞよ……………。 この筆先は、トコトンの場合へ行かんと開けるで無いぞよ。 今の人民の心では有利ことは申してやられん悪魔ばかりで、誠が無いから、斯の結構な筆先は見せられんぞよ。 是でも見せな成らん時節が来るぞよ。何彼の時節が迅うなるぞよ。時節には何でも叶はんぞよ。何も彼も一度に出現ぞよ。昔から待焦れた松の世に神界では成りて居るなり、人民には何も解らんが、モウ良き事もソロソロ解りて来るぞよ。世界には漸々厭な事も出て来るぞよ。日本の内にも人気の悪い処は、未だ未だ厳しき戒めが在るぞよ。是から日本が澄みたら、外国には明治二十八年の七月に書してある筆先通りが出て来るぞよ。 外国は地震雷火の雨を降らして罪障の深い人気の悪き所は平げて了はんと、戦争ばかりではナカナカ帰順いたさん極悪神の茲までの企み、今までは地の世界に誠の統一神が無りた故に、強いもの勝で、世の元からの悪の企みがトントン拍子に来たのであるぞよ。外国の極悪神がモウ一つの目的を成就さして、日本の国を一転に占領て了ふ仕組を致して居るぞよ。 日本の神国には九分九厘行た処で一厘の秘密(火水也言霊也)が有る手の掌を覆すと云ふ事が書いて在ろうがな。外国の悪神を帰順させて了ふぞよ。 で九ちなを七十五さい、めいぢし十さんねんの八がつのなぬか、しんの九がつの十いちにち。
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大本神諭 神諭一覧 大正4年旧7月12日 大正四年旧七月十二日 大国常立尊が天晴表面に成りて、天からは御三体の大神様が竜宮館の本の宮に降りなされて、御加勢があるから、此の大本には一日増しに厳しくなるから、心間違ひのある人民は居り度くても居れん如うになるのは、神の御心に叶はんのであるぞよ。三体の大神が地に降り昇りを致すと言ふ事が、筆先に書いて知らしてあらうがな。皆実現て来るぞよ。此の方は是迄は皆を気を引きて見て居るが、此度二度目の世の立替は、太古から無い神事を致して、是迄の世は悪魔の世でありたから、何を致しても世が逆様に顛覆て居りたから、良いと思うて為る事が逆様斗りで、神の所期に叶はん事ばかりでありたから何かの事を薩張り行り方を変へるから、是迄の心の持ち方を変へて貰はんと、真実の事は出来んぞよ。心は是迄は神とは反対であるから、人民とは心が合はんから、実地の神の守護が無いから目的が外れるのざ。此の世を保たねば世が立て行かん、世の太元の実地の天と地との先祖を此の世には要らん神と致して、世を保たれん悪神の天地の大盗賊に、此の世を自由に致さして、日本の霊の本の天地の大神を、要らん如うに為てありたから、是が時節であるなれど、精神の悪い身魂程上昇りて、出世を致して、霊主体従の身魂は酷い事になりて、薩張り下に堕ちて仕舞て居りたなれど、何彼の時節が廻りて来て、善の身魂で無いと世が立ちて行かん世が参りて、天地の違ひに世が変りて、上昇がりて居りた身魂が、逆立になりてと言ふ事が、大国常立尊が世界中に詳細、世に出て居れる方の守護神人民の耳に蛸の出来る程、筆先で知らしてあるぞよ。外国の先祖の計画が、余り大きな企図を為て居るから、九分九厘の守護神が此の現状で深遠周到、悪の経綸で、此の前途が甘い事に、是れ迄とはモ一ツ結構に行けると思うて居る事が、薩張り思ひが違ふて、是迄の悪の霊は毫末も利かん様になりて、至仁至愛様の世になると、是迄の遣り方は毫末も用ゐられん、太古の根本の神世に世が戻るのであるから、末法の世の守護神人民は辛くなるから、是迄の遣り方は毫末も用ゐん世に変るから、明治二十五年から、五六七様の世になる迄に、心魂の持方を改へて居りて下されと、是程詳細徹底的判明る如うに書いて知らして在る通りに、吾の心魂之状態の違ふ人は辛いぞよ。誠の心魂の真心の、太古の根本の天地の至仁至愛大神様の教に改へて居る人は、何とした良い世に成りただらうと悦こぶなり、末法の世の遣り方の、良い守護神に使はれて居る人民は、心情が違ふから、是迄の遣り方は最早一寸も用ゐん世に改はるから、是迄の行り方は体主霊従の遣り方であるから、此の先は至仁至愛大神様の教の遣り方に改るから、速う五六七様の教の遣り方に改へて居りたら、大変楽に行けるなれど、毫末でも敵対う心情がありたら、一寸も思ふ如うに行けんのが世が変るのであるぞよ。今が世の変り目で辛いなれど、立替を致して後の立直しが中々大望であるなれど、立直しに成りたら御用が楽にあるぞよ。立替致す迄は寸分も気許しがならんから、抜身の中に立ちて居る如うに思ふて居らんと、間隙を見て邪魔を致さうと、悪の方から考へ澄まして居るから、貧乏動ぎもならんから、判からん身魂は左程に無いなれど、此の方が昼夜に厳しき守護があるから、他人からは判らんなれど、直と直澄殿の肉体に大変感応へて、食物は甘くなし、辛い目に会はせるなれど、他には補助さす身魂が無い大望な御用であるから、日に増に判るが近くなるから、余り無理に心配を致さんと御用為て下されよ。変性女子の霊縁が判かりて来ると、世界の物事速うなりて、至仁至愛大神様の御神徳が現はれるから、此処迄に信仰して居る人は結構ざが、是から俄か信心致す人は、何彼の事が遅延れて来るぞよ。此の大本に来て居りても、太元の天地の先祖の、此処迄為て来て居る事が、チト判かりて居らんと、真実の神徳は無いぞよ。此の大本に居りたら苦しむ時節が参りて来て、下の下司の身魂とが、此の先は如何為ようにも無い事になりて、苦しみて逆立になりて御詫に大本に詣りて来ても、御詫びは叶はんぞよ。薩張り天地の大神が顕現て守護致し出したら、恐くて是迄の心の守護神では、此の内部、今の如うな事はさせて置かんぞよ。男も女も大和魂の性来でないと、此の大本の辛棒は、今の様な自堕落な事では、世の大本の天地の大神が表面になると、何も薩張り立別て清浄に致さんと、是迄は神の道が薩張り潰れて仕舞て居るから、人民の道が無い如うになりて、人民の心が自堕落で、心が見苦しくて、実地の神からは見られん見苦しさ。天地の根本の先祖が速う表面で守護致さんと、是れ迄の末法の世の守護神に使はれて居りた肉体が、俄に改心は出来ず、此の内部は激しうなりて、此の内部から何かの行儀行状を為て見せなならん、世界の大本に成る尊とい所になる所であるから、何であらうと一度直に言はしたり、筆先に出してある神言を、一度で聴ける守護神に使はれて居らんと、辛くなりて逃げて去ぬ如うな事の無い如うに為て居らんと、一ツの辛棒を忍耐んと、太元の日本の霊主体従に立帰る尊い霊地であるから、余程の行を為て置かんと、未だ是れから辛くなるぞよ。今の如うに楽な事でないぞよ。身体が楽なら気苦労があるし、初発は肉体の苦労、肉体の苦労が済みたら気苦労があるぞよ。此の大本は世界の亀鑑の出る所であるから、直の身魂の苦労は特別であるなれど、肉体でも中々の苦労が命してあるが、良い御用を致す身魂程苦労致さな、苦労無しの事は、誠の事は出来は致さんぞよ。二度目の世の立替は、末代に一度ほか無いと言ふ様な、太古から無い大望な神業であるから、何も判らずに綾部の大本に良い事斗りに目を附けて来て貰うと、天の神王の事から、地の王の事から、一切の事が判りて来るのを、ビックリ箱が開くのであるから、余り大きな間違ひで、腰が抜けると申して、度々知して居るのざぞよ。此の先は何も一切変へるぞよ。是迄の世は外国に上がりて居る悪の先祖が大盗賊ざ。悪の仕組で、天地の大本の根本の、天地の根本の善一トツの誠の道の、天と地の先祖を無い様に致して、煮たり焼いたり、身体の筋まで茹でて食ったり、身体は叩き漬いて、食って仕舞ふたと申して歓びて居りたが、其様事の感える神ざと思うて居るから、此の度は大きな間違ひが出来て来るのだぞよ。 モ一度ケンビキが凝り出すであらう。余り大きな取違ひを為て居るので、ケンビキがこたえるであらう。悪の企画で此処迄はトントン拍手に、面白い程昇れた悪の輪止りとなりて、世界中の大きな難渋であるぞよ。上昇りて居る身魂の、利己主義の行方で、吾の系統斗りを大事にして、悪で末代立てて行こうとの目的なれど、悪の世の切り替へで、世界中の混雑となりて、何も一度に来るから、大本の内部は男も女も皆揃ふて、行儀行状を替えて居らんと、何も一度になりて来ると、筆先の腹に充分入りて居る人は、胴が据るなれど、筆先の判りて居らん人は、揺動くから、確乎と腹帯を締めて居らんと、永く日々知らしてある通りになりて来るのざから、女でも筆先の判りて居る人は、ソレ来た、出て来たと申して、腹の中に胴が据るなれど、太古から無いことが世界には実現から、筆先を充分拝読て置くが良いぞよ。世界の出来事が一度に成りて来ると、余程の胴の据りた人民でないと、能う忍耐らんぞよ。直は天の御三体の大神様の御守護が、夜昼に御側を離れずに御守護あるから、国常立尊は離れずに昼夜に守護致すなり、乙姫様の御守護なり、御夫婦御揃ひになりて世界の御守護遊ばすなり、是丈けで無い、荒神様の御守護で、大丈夫といふ事が判りて居るから、申す神言を真実に致して、申してある如うに為て居れば、サア今といふ折になりたら、此の世の根本の純粋の開発統一楽天清浄魂の大本の活神が揃ふて、天地から守護致し出すと、数は要らんぞよ。未だあるぞよ。稚日女岐美命の御近侍が、六合大立命殿となりて、根本の正真正銘の大和魂の御種であるぞよ。未だあるぞよ。禁闕要大神殿は大地の金神であるぞよ。まだ戦争の御手伝いは、何程でも乙姫殿の御眷族があるぞよ。正真正銘の御手伝なさるのは、金神の中で選抜いて御苦労になるなり、御加勢は何程でもあるから、立替は一気に出来ても、後の立直の準備を立て置かねば、立替致した後が末代立つ様の、二度目の世の立替であるから、是程下拵いに時間が要りたのであるぞよ。何も知らん眷属が天地の御恩と云ふことも知らずに、今に無茶で、吾れの出世をすること斗りに目を着けて、是程大望な神業許りが経綸てありて、勿体なくも太元の天地の大神様の、御苦労様な御手伝の在ることも判りて居るまいがな。太古から無いことと申して、筆先で知らして、是程実地の御手伝がありても、見えもせず、此の正真正銘を為て、日々昼夜に離れずに守護あるぞよ。今此の神事を申しても、直実には致しはせんから、筆先に書くのは、国常立尊が出口直の手で書いて置くぞよ。正真正銘の天と地との先祖と、日の大神殿天照皇大神宮殿、如何御守護も、このさきはなさるぞよ。是迄の不規則放縦な性来を、皆揃うて穢ない身魂は、洗濯に掛らんから、霊魂を引き抜いて仕舞ふて、此の前途の末代世を主宰て行く天地の大神の霊魂が、世の根本の純粋の根本の初りの大和魂であるから、此度の二度目の世の立替を致したら、末代日本の国の霊魂に同じ霊魂に致さんと、暮れて行きよると霊魂に不純が出来て、如斯いう難渋な世が参るから、此の先きで世の立替は、最う出来んのであるから、此度の二度目の世の立替は、何につけても天地の大神が実行すのであるから、純粋の世に致して、末代曇らん如うに、水晶に磨きたてて、大元の根本の世よりも、モ一ツ純粋の世に致して、御霊続の霊魂の性来と、附々の根本の肉体を天地から拵えて、末代御霊統の霊魂の性来に致して治るのであるぞよ。何れは人民も減少なれど、日本の身魂と外国の身魂とを薩張り立別けて、是迄のやうな醜るしき身魂は、日本の国には末代立別けて、毛筋の横巾も混りの無い事に致して了ふぞよ。天の主宰神と地の主宰神の、末代其の儘の活神は、末代肉体があるから、末流の神やら、日本の国には渡りて来られん悪神が、天地の大本神を無い世に致して、枝の神と向ふの悪神とで、モ一ツ体主霊従を強く致して、日本の国の婦女子迄も、小供も、人民の心情をもっと悪く致して、末代悪で立てて行かうとの深大周密目的を立てて居るなれど、日本の国には、モ一ツ深い経綸がしてありて、永らくの苦労、悔しい残念を此処迄忍耐て来た苦労の固まりの花の開く時節が参りて来たのであるぞよ。万劫末代萎れぬ生花であるぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正4年旧8月28日 大正四年旧八月二十八日 大国常立尊変生男子の身魂が、大出口の守と現はれて、世界の守護を致さねば成らん世が参りたから、何事も前に知らせるぞよ。何彼の事が天地の守護と成りて来たから、今出る筆先に書した事は速いから、直きの筆先を斯人と思ふ人には読まして置かんと、大神の守護になると、一日増しに烈しうなりて来て、是だけの筆先を見やうが足らんと、俄に忙しう成ると、間違いが出来るから、何彼の落度の無いやうに、此内部の事、行儀行為も、初発から神の精神に叶ふ行状の出来て居る人と、行ひの悪い守護神の肉体とは立別けが在るから、何んな行為して居りても、御用は出来ると言ふ事はないぞよ。天地の先祖の実地の御用を致すには、水晶の身魂でないと、大神の名を汚す如うな守護神の肉体には、誠の御用は出来んぞよ。 天の御先祖様は日の大神様なり、天照皇大神宮殿、地の世界の先祖が大国常立尊、龍宮の乙姫殿、日出の火水を御使い成されて、夫婦揃ふて、天地の大神の片腕に成りなされての、御活動であるぞよ。岩の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の大神殿、金神殿の行状の、何も揃ふて出来る御方、選り抜いて使ふぞよ。金神の中でも放縦不規なのは使はんぞよ。厳しく成るから爰に成るまでに皆が解りて居らんと、逆立に成りて困しまんならん、守護神が沢山出来るから、明治二十五年から、昼夜に皆の神々に気が注けて在りたぞよ。今度大神様が御揃ひに御成りなさるのに、間に合ふ守護神は世に出て居れる方には、チットモ無いと云ふやうな、惨い事に世が乱れて了ふて居るぞよ。斯うなる事は世の元から能く解りて居りての、何彼の大望である、斯んな惨い事に成りて居りても、実地の大神様の御苦労に成りて居りても、解らんと云ふ如うな時節に成りて了ふて、暗闇で何も解らん世界の守護神に、明治二十五年から知らしてありたが、道を二途拵えて、辛い道と楽な道と二筋こしらへて見て居れば、皆が楽な方へ就いて、楽な行り方で行きよるが、この道は少時するとトント行き当りて、行く先が無くなると云ふ事も、筆先で知らして在るが、知らした事は皆実現くるぞよ。遅し速しは在るなれど、皆出て来るぞよ。今出る筆先は早いぞよ。 昔から無い事が世界には出来て来て、人民からは出来上がりて了はんと、実地の事は感得んから、筆先に書すのは、天と地との言葉の代りに、先にある事を前日前月に書くのが、変生男子の御役であるぞよ。変生女子の御役も御苦労であるから、何方の御用も外の身魂では出来ん、大望な事であるぞよ。変生女子には斯世の是までの、乱れた方の事がさして在りて、澄子には世に出て居れた、天之宇受売命殿と摺替て在りたから、夫婦共に是迄の世の行り方がさして在りたから、○○○○○○○何彼の事が九分九厘と成りて来て、大神様の直接の御守護と成りてきたから、大本の内部の行り方を更て、男子は男子の行動、女子は女子の行状を為て貰はんと、此先は是迄の如うには為せんから、気は張弓、抜刀の中に居るやうに思ふて、心得て居らんと、肝腎の御用は出来んぞよ。善の御道一筋で行りて行かねば、世が立ちて行かんぞよ。斯世はエライ事に成りて居るから、何事も筆先に書いて知らせるから、一度申した事を素直に聞いて、其行いを致さな成らんから、一度で何事も聞く身魂で無いと、此大本へこの先は段々と、遠国からも近国からも人が出て来て、此中の行為に皆眼を着けるから、今迄の行状では、出て来る人が承知を致さんから、是だけ厳敷筆先で気が付て在るのじゃぞよ。神の威勢を出して貰ふのは、此大本から、此中の行動を見て、御蔭を感得て、人に御蔭を取らすやうに致さな成らんから、○○○○○神は何んな教も致し、何んな行いも致すなれど、人民は来た折は恐い如うに思ふなれど、腹の中から抜けんやうに持て居らんと是迄のやうには行かんから、この先は立分けが始まるから、大本の中も外も、天地の違いに一日増しに変るから、代りかけたら速いから、是迄の如うに思ふて居りた守護神が、逆立に成りて苦しむものが沢山あるから、其れを見るのが、此方も地王もイヤで在るから、是ほどクドウ気を付けたなれど、世に出て居れる守護神が、苦労知らずの、行も致さんと楽な行り方で、斯んな良い政治があるものかと申して、前後の見えん、前途は何うなる斯うなると云ふ事の、末代見透く火水神の申す事は用ゐずに、仕放題の我良しの守護神人民は、我に苦労が為てないから、人の苦しむのが面白いと云ふ如うな、悪魔に化り切りて居るなれど、此後は逆立に成りて苦しまねば成らん事が出て来るが、夫れを見るのが厭であるから、日々今に続いて気を付けたが、実地をして見せる世が参りて来て、モウ何程御詫を致しても叶はんやうに迫りて来て、実地を致して、選り分けて処置を付けな、何時まで言ひ聞かしても聞く守護神無いぞよ。新つの洗い替の世を拵へる方が仕宜いぞよ。向後は結構なれど、此変り目がイヤな事であるぞよ。今度は天地の先祖の申すやうに致して、日本の霊主国に残して貰ふた身魂は、末代結構であるぞよ。鬼の性来悪魔の御魂に成りて居る海外の国の眷属の狸の性来が、悪るシブトウて、天地の御恩の有難い事も知らず、恐い事も無し、斯性来が日本の国では一寸混りても、此後は焼払ひに致して、日本の大和魂斗りに揃えんと、一寸でも残りて居りたら、選り抜きて焼き亡ぼして了ふて、天と地との先祖が揃ふて、末代の世を続かせな成らん世が参りて来たから、是迄の善悪混交の世では、一寸も前へ行く事もならず、後へ還る事は猶ホ出来ず、往きも還りも成らんのが今の事であるが、是迄の世は四ツ足の世で在りたから、如何して居りても安楽な行り方で恐い事のない世でありたから、斯ういふ難渋な事が廻りて来るのも、皆時節であるぞよ。此時節の来るのも、元は大神様の付々の守護神の精神が、悪でありたからであるぞよ。 善一つの御先祖様の、一の番頭二の番頭が、表面から見ては善に見えて、心腹の中が極悪でありたからであるぞよ。何も彼も腹の中まで見え透く、天地の先祖の肉体の、今に其儘で居れる活神が、昔から根本の経綸が為てありての、今度の二度目の世の立替であるぞよ。ドチラの仕組も中々一通りの身魂では判る事ではない、大望な経綸であるぞよ。悪の方もエライ経綸を致して居るぞよ。善の方も見当は取れん経綸が為てあるぞよ。善の経綸も悪の経綸も、世の元から致してあるのであるぞよ。夫れで斯世には昔から、双方の国にも口舌が絶えなんだので在りたぞよ。善は苦労が永いぞよ。解るにも暇が要りたので在るぞよ。悪は苦労なしに為放題で、思ふやうにトントン拍子に昇れたなれど、悪の生命は短いぞよ。九分九厘で悪の世は平らげてしまふぞよ。
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大本神諭 神諭一覧 大正4年旧11月26日 大正四年旧十一月二十六日 大国常立尊が三千世界の、上中下と三段に分けてある霊魂を、夫れ夫れに目鼻を附けて、皆を喜ぶやうに致すのは、根本の此世を創造るよりも何程気骨の折る事じゃ、人民では分らん事であるぞよ。初発の悪の霊魂は、悪の事なら何んな事でも出来るから、茲まで世界中を悪で搦みて了ふて、善といふ道は通らぬやうに致して来た、悪神の頭を露はして、トコトン往生を為せて、亦次に中の守護神を改心さして、下の守護神も続いて改心させねば、神世には成らんぞよ。下の守護神が一番に何彼の事が解らんなれど、改心を致さねば何うしても改心いたすやうに喜こばして改心させねば、叱る斗りでは改心の出来ぬ守護神も在るなり、何も解らん四つ足の守護神の如何にも成らぬドウクズは、天の規則通りに致して、埒宜く致さねば仕様はモウ無いぞよ。此の先で何時迄も改心の出来ぬ、悪魔に永う掛りて居りて、世の立替出来んやうな邪魔を致した守護神は、気の毒が今に出来致すぞよ。是丈け気を付けて知らして居るのに、改心の出来ん悪魔に成り切りて居る、霊魂の宿りて居る肉体は、可愛想でも、天地から定まりた規則通りの制配に致すぞよ。モウ何時までも解らんやうな守護神を助けて置いたら、世界が総損害に成りて、茲まで神が苦労いたした骨折が水の泡に成りて了ふぞよ。夫れでは永らく神が苦労いたした甲斐が無くなりて、天の大神様へ申訳が立んなり、神は守護神人民を助けたいのは、胸に充満であるから、モウ一度気を付けて置くから、何事が出て来ても神に不足は申されまいぞよ。是からは悪神の守護神の好きな事も、悪るき事も出来んやうに、天地から埒を附るから、何処を恨む事も出来ず、自己の心を恨める事も出来んやうになるぞよ。天地の先祖の神は善の守護神も悪の守護神も、皆を喜ばしたいと思ふて、色々と永らく気を附たなれど、ドウクヅの蛆虫同様の、醜しき聞解の無いものは、一と処へ寄して固めて灰にして了ふから、悪いものに悩められて、生命を取られるやうな肉体には蛆虫同様、海外の悪い脊属と、モ一つ下たな豆狸といふやうに、論にも杭にもかからんものに弄びに合ふて居るのは、肝腎の神の綱を切れて居る身魂であるぞよ。こんな守護神の宿りて居る肉体は、取払ひに為て了ふて此世界の大掃除を始めるぞよ。 天地の先祖の苦労の解らん身魂は、蛆虫同様であるから、斯んな身魂を此世に置いたら、世の汚れと成るから、神界の経綸通りに致して埒能く建替を致して、後の建直しが中々大望であるから、経綸通りに致して見せるぞよ。そう致すと神は善一つなれど、何も分らん世界の人民が、悪の守護神に引かされて、矢張り艮の金神は悪神で在りたと申すぞよ。細工は流々仕上げが肝心であるぞよ。天地の神の御恩も判らぬやうな、畜生より劣りた名の附けやうの無いものは、末代の邪魔になるから、天地の規則どうりに規めるから、悪の守護神の中でも改心の出来たのは、今度の立替に焼払ひになる所を助けてやるぞよ。蛆虫の中からでも助かるべき身魂が在れば、撰り出して善の方へ廻してやるぞよ。 天の大神様がいよいよ諸国の加美に、立替の命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が、総大将となりて、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷属を使ふと、一旦は激しいから、可成は静まりて世界の守護を為せるなれど、昔の純粋の日本魂の活神の守護と成りたら、此中へ来て居る身魂に申附てある事を、みな覚えて居るであろうが、一度申した事は其様に致すから、神の申すことを一度で聞く身魂で無いと、十分の事は無いぞよ。モウ神からは此上人民に知らせる事はモウ無いから、大峠が出て来てから、如何様でも改心をしますで赦して下されと何程申しても、赦すことは出来んぞよ。是程大望な昔からの仕組を、今になりて変るやうな事を致して居りたら、二度目の世の立替の、大きな経綸が成就致さんぞよ。根本から大洗濯を致して、末代世界の苦舌が無いやうに致して、外国の害をする霊魂が、学で此世を暗黒にして了ふて、正味のないカラの教やら仏のやりかたは、世の大元からの教でない、途中から出来たものは末代の世の行り方には用いんぞよ。 今の日本の上に立て居る守護神は、外国の学ほど結構なものは無いと申して、日本へ渡りて来られん霊魂が、日本の神の御血筋を抱き込みて、好き寸法に致して、此先をモ一つ悪を強くして、悪で末代立て行うとの、エライ目的でありたなれど、モウ悪の霊や仏霊の世の終りと成りたぞよ。本の日本へ世が戻りて、天と地との先祖が末代の世を持たねば、外の霊魂では此世は続かん、口舌の絶えるといふ事は無いぞよ。外国の霊魂の守護神では、途中から世が乱れて、往きも還りも成らんのが、現今の事であるぞよ。大国常立尊が変生男子の霊魂の宿りて居る肉体を借りて、末代の世を受取りて、世の元の清浄の誠の生神ばかりが表に現はれて、天地の先祖の御手伝で、数は尠いなれど、神力は御一柱の生神の御手伝が在り出しても、霊魂の神が何程沢山でも、元の誠の生神の力には叶はんから、同じ様な事を申して、細々と今に続いて知らして居るなれど、途中に出来た枝の神やら、外国から渡りて来て居る、修行なしの利己主義の行り方の守護神では、日本の肝心の事は解りは致さんぞよ。誠の事の解る綾部の大本へ出て来て、いろはからの勉強を致さねば、学は金を入れた丈けの力は出るなれど、天から貰ふた霊魂に附いた、生れ付きの力でないから、仏事の世の間は結構で在りたなれど、モウ仏事の世の終りとなりたから、今迄の学では二度目の世の立替にはチットも間に合はんぞよ。