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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 01 都落 第一章都落〔三九四〕 春霞靉靆き初めて山々の花は匂へど百鳥の 声は長閑に歌へども父と母とに別れたる その悲しさに掻雲る心の空も烏羽玉の 闇夜を辿る思ひなり世は紫陽花の七変り 昨日や今日と飛鳥川淵瀬とかはる人の身の 誰にかよらむヨルダンの水永久に流るれど 長き憂ひに沈みつつ此世の憂をみはしらの 姫の心ぞいぢらしき父と母との懐を 浮世の風に煽られていたいけ盛りの女子が 淋しき冬の心地して父に会ふ日を松代姫 松の緑のすくすくと栄えて春も呉竹の 直ぐなる心の竹野姫露に綻ぶ梅ケ香の 姫の命の唇を開いて語る言の葉は 降る春雨の湿り声恵も深き垂乳根の 母は此世を後にして黄泉路の旅に出でましぬ 娘心の淋しさに色も香もある桃上彦の 父の命の只一人国の八十国八十島の 何処の果てにいますとも恋しき父に廻り会ひ 探ねむものと三柱の皇大神を祀りたる 名残も惜しきヱルサレム都を後に旅衣 草鞋に足をくはれつつ山野を越えて遥々と 目あてもなつの空かけて進み行くこそ哀れなり 主人の君によく仕へ忠実なりし下男 心も清き照彦は姫の姿の何時となく 珍の館に消えしより心も騒ぎ吹く風に 桜の花の散る如く右や左や北南 探ね廻れど音沙汰もなくなく通ふ松風の 雨戸を叩くばかりなり月にも紛ふ顔の 常磐の松に宿りたる心も清き松代姫 雪に撓みしなよ竹の繊弱き姿の竹野姫 何処をあてとゆきの肌出でましぬるか照彦の 心の空も掻曇る浮世の暗に芳ばしき 只一輪の梅ケ香姫の行方を探し求めむと ホーホケキヨーの鶯の声に送られ山河を 徒歩々々渡る手弱女の杖や柱と頼みてし 頼みの綱も夢の間の夢か現か五月空 暗に紛れてわが父の行方は何処か白浪の 大海原を乗り越えて常世の国に出でますか 嗚呼いかにせむ雛鳥の尋ぬる由もなくばかり 昔はときめく天使長高天原の守護神 勢並ぶものもなく空行く雲もはばかりし 神の命の貴の子の蝶よ花よと育くまれ 隙間の風にもあてられぬ繊弱き娘の三人連れ 黄金山を後にして踏みも慣はぬ旅の空 何処の果てか白雲の靉靆き渡るウヅの国 父の命のましますと夢に夢みし梅ケ香姫 花をたづぬる鶯のほう法華経のくちびるを 初めて開く白梅の二八の春のやさ姿 二九十八の竹野姫よはたち昇る月影の 梢に澄める松代姫松のミロクの御代までも 恋しき父に淡路島つたひつたひて三柱の 姫の命の後を追ふ心の空ぞ哀れなり 心の色ぞ麗しき。 松、竹、梅の三人の娘は、やうやうエデンの渡場に辿りつきぬ。此処に五人の里人は、月雪花にも勝る手弱女の、此方に向つて徐々と歩み来る姿を眺めて囁き合へり。 甲『オイ、来たぞ来たぞ、お出でたぞ』 乙『何がお出でたのだ』 甲『此エデンの河は本当に妙な河だよ。昔は南天王様が、此河上から大きな亀に乗つてお出でになつたのだ。此河をどんどん上つて行くと天の川に連絡して居るのだ。南天王様は其後は日の出神さまとかになつて、吾々共を捨てて鬼武彦さまを後に置いて天に帰られたと云ふ事は貴様も聞いて居るだらう。その時にも八島姫、春日姫と云ふ、それはそれは綺麗な天女が降つて来たよ。世界の洪水があつてから、この顕恩郷のものは方舟に乗つて、誰も彼も地教の山に救はれた。其時だつて地教の山には高照姫、言霊姫、竜世姫、真澄姫、其他沢山の、それはそれは美しい雨後の海棠のやうな艶つぽい女神たちに会うた事がある。あれを見い、今其処へお出でになる三人の姫神様は、地教の山から、天の河原に棹さしてお降り遊ばした天女だらうよ。早く船の用意をして顕恩郷へ寄つて貰つたらどうだ』 丙『五人の男に三人の姫様とは、ちと勘定が合はぬじやないか。もう二人あると恰度都合がよいのだがなあ』 乙『また貴様デレて居よるなあ。貴様の顔は何だ。すつくり紐が解けて仕舞つて居るよ。嫌らしい目遣ひをしよつて、貴様のやうな蟹面に、アンナ立派な女神がどうして見かへつて呉れるものか。あまり高望みをするな。とぼけない、貴様、春の日永に夢でも見て居よるのだな』 丙『夢ぢやなからうかい。開闢以来アンナ美しい女神は見た事がないからなあ』 甲『決つた事だ。お前達には分らぬが、あの御方は棚機姫の神様だ。一年に一度夫に御面会をなさると云ふ事だが、其お婿さまの日の出神様が、あまりお気が多いので、此頃また、天の川を下つて世界中を宣伝歌とやらを歌つて廻られたと云ふ噂だから、大方この辺を探したら会へるかも知れないと思つてお出でになつたのだよ』 乙『日の出神さまも余程の、目カ一ゝゝの十(助平)だな。欲の深い、三人もあのやうな奥さまを持つてゐらつしやるのか。俺だつたら一人でも辛抱するがなあ』 かく雑談に耽る折しも、眉目清秀なる二十四五歳と覚しき男、浅黄の被布を纏ひ、襷を十字に綾取り、息急ききつて此方に向つて「オーイ、オーイ」と呼ばはりながら進み来る。 (大正一一・二・一二旧一・一六加藤明子録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 24 言向和 第二四章言向和〔四五四〕 善と悪とを立別る遠き神代の大峠 黄泉の島の戦ひに弱りきつたる美山別 国玉姫の部下たちは朝日輝く日の出神の 味方の軍に艱まされ天地に轟く言霊の 貴の力に這々の体悶え苦しむ折からに 黒雲塞がる大空を轟かしつつ舞ひ降る 磐樟船の刻々に地上に向つて降り来る 大国姫を神伊邪那美大神と敵や味方を偽りて 日頃企みし枉業を遂げむとするぞ浅ましき。 神軍の言霊に魂を抜かし、胆を挫かれ、腰を抜かした醜女探女の悪神等は、泥に酔うたる鮒の如く、毒酒に酔うた猩々の如く、骨も筋も菎蒻然と悶え苦しむ其処へ、常世の国の総大将、神伊邪那美神の御出陣と聞いて、再び元気を盛り返し、八種の雷神を始めとし、百千万の魔軍は一度にどつと鬨をつくつて、黄泉比良坂指して破竹の如くに攻め登る。 「ウロー、ウロー」の叫び声、天地も震撼するばかりにて、天津御空は黒雲益々濃厚となり、雷霆鳴り轟き、大地は震動し、海嘯は山の中央までも襲ひ来り、黄泉の国か、根の国か、底の判らぬ無残の光景に、美山別、国玉姫は、 美山別、国玉姫『常世の国の興亡此一挙にあり』 と、部下の魔軍を励まして、 美山別、国玉姫『進め進め』 と下知すれば、命知らずの魔軍は、醜女探女を先頭に、心の闇に迷ひつつ、力限りに戦ひける。 爆弾の響き、砲の音、矢の通ふ音は、暴風の声と相和して益々凄じくなり来る。 此の時日の出神は比良坂の坂の上に立ちて、攻め登り来る数万の魔軍に向ひ、 日の出神『神伊邪那岐大神、神伊邪那美大神、守らせ給へ。常世の国より疎び荒び来る黄泉神、大国姫の伊邪那美命に一泡吹かせ、心の曲を払ひ去り、皇大神の神嘉言の声に邪の心を照させ給へ。一二三四五六七八九十百千万の神等よ、日の出神の一つ炬を、天地に照すは今この時ぞ。許させ給へ』 と云ふより早く、姿は消えて巨大なる大火球と変じ、魔軍の頭上に向つて唸りを立て、前後左右に飛び廻るにぞ、数多の魔軍は、神光に照されて眼眩み、炬の唸りに頭痛み、耳痺れ、身体忽ち強直して化石の如く、幾万の立像は大地の砂の数の如くに現はれける。 正鹿山津見は涼しき声を張りあげて、 正鹿山津見『神が表に現はれて善と悪とを立別る 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過失は宣り直せ黄泉の島は善悪の 道を隔つる大峠言問ひわたす神々の 誠の道を千代八千代定むる世界の大峠 鬼も大蛇も曲津見も言問ひ和す言問岩 此坂の上に塞りたる千引の岩は神の世と 邪曲世を隔つる八重の垣出雲八重垣妻ごみに 八重垣造る神の国ソモ伊邪那美の大神と 詐り来る曲神の大国姫よ国姫よ 汝が命は幽界の黄泉醜女を悉く 言向け和せ現世をあとに見捨てて帰り行く 百の霊魂を守れかし黄泉の国に出でまして 一日に千人八千人の落ち行く魂を和めつつ 現の国に来らじと黄泉の鉄門をよく守れ 神伊邪那岐の大神の生成化育の御徳に 日の出神と現はれて一日に千五百の人草や 万民草を大空の星の如くに生み殖やし 神の御国を開くべし那岐と那美との二柱 互に呼吸を合せまし国の八十国八十の嶋 青人草や諸々の活ける物らを生みなして 堅磐常磐に神の世を樹てさせ給へ常世国 ロッキー山をふり捨てて心をしづめ幽界の 黄泉の神と現れませよ黄泉の神と現れませよ』 大国姫はこの歌に感じてや、千引の岩の前に現はれて、 大国姫『吾は常世の神司神伊邪那美の大神と 百の神人詐りて日に夜に枉を行ひつ 心を曇らせ悩ませてあらぬ月日を送りしが 神の御稜威も明けき日の出神や諸神の 清き心に照されて胸に一つ炬輝きぬ 輝きわたる村肝の心の空は美はしき 誠の月日現れましぬ嗚呼天地を固めたる 神伊邪那美の大神の吾は黄泉に身をひそめ 醜の枉霊の醜みたま醜女探女を悉く 神の御教に導きて霊魂を洗ひ清めさせ 再び生きて現世の神の柱と生れしめむ 美し神世に住みながら曲業たくむ醜神を 一日に千人迎へ取り根底の国に連れ行きて 百の責苦を与へつつきたなき魂を清むべし あゝ皇神よ皇神よ常世の暗の黄泉国 暗を照して日月の底ひも知れぬ根の国や 底の国まで隅もなく照させ給へ朝日照る 夕日輝く一つ炬の日の出神よいざさらば 百の神等いざさらば』 と歌つて改心の誠を現はし、黄泉の大神となつて幽政を支配する事を誓ひ給ひたるぞ畏けれ。ここに伊邪那岐神の神言以ちて、日の出神その他の諸神将卒は、刃に衂らず、言霊の威力によつて、黄泉軍を言向け和し、神の守護の下に天教山に向つて凱旋されたり。 数多の曲津神は悔い改めて、生きながら善道に立帰るもあり、霊魂となりて悔い改むるもあり、或は根底の国に落ち行きて黄泉大神の戒めを受け、長年月の間苦しみて、その心を改め霊魂を清め、現界に向つて生れ来り、神業に参加する神々も少からずとの神言なりけり。 (大正一一・二・二五旧一・二九井上留五郎録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 32 土竜 第三二章土竜〔四六二〕 海月なす漂ふ国を真細さに固め成したる伊邪那岐の 皇大神は日の国の元津御座に帰りまし 神伊邪那美の大神は月の御国に帰りまし 速須佐之男の大神は大海原の主宰神と定め給ひて 伊都能売の神の霊の木之花姫日の出神に現界、幽界、神の界を 守らせ給ひ天地は良く治まりて日月は 清く照り渡り風爽かに雨の順序も程々に 栄えミロクの御代となり天津神等八百万 国津神等八百万百の民草千万の 草木獣に至るまで恵みの露に潤ひて 歓ぎ喜ぶ其声は高天原に鳴り響く 芽出度き神世となりにけり黄泉軍の戦争に 八十の曲津は消え失せて此世を造りし神直日 心も広き大直日直日に見直し聞き直し 互に睦み親しみて天の下には争闘も 疾病も老も死も無くて治まりけるも束の間の 隙行く駒の此処彼処荒振る神の曲津見は 八岐大蛇や醜の鬼醜の狐の曲業の おこり来りて千早振る神の御国を撹き乱し 世人の心漸くにあらぬ方にと傾きて 乱れ騒ぐぞ由々しけれ恵みも深き皇神の 誠の光に照らされて常世の国の自在天 大国彦や大国姫の命は畏くも魂の真柱樹て直し 任のまにまに黄泉国常世の国に留まりて 四方の神人守れども常世の彦や常世姫 神の末裔なるウラル彦ウラルの姫は懲りずまに 盤古神王と詐りてウラルの山の麓なる アーメニヤの野に都を構へ探女醜女と諸々の 八十の曲津を引寄せて又もや此世を乱し行くこそ是非なけれ。 闇を照す東雲別の宣伝使、東彦は石凝姥神となつて、アルタイ山の麓の原野に進み行く。ここには可なり大きな川が流れて居る。之を宇智川と謂ふ。此川を渡るもの、百人の中ほとんど九十九人まで生命をとらるるので、一名死の川又は魔の川と称へて居る。石凝姥神はアーメニヤに宣伝を試みむとし、アルタイ山を越え、クスの原野を渉り、アカシの湖、ビワの海を渡つてコーカス山の南麓を通り、アーメニヤに行かむと行を急ぎける。 石凝姥神は漸う此魔の川の辺に着いた。橋も無ければ舟も無い。加ふるに濁流が漲つて居る。偶上流より巨大なる材木が続々として流れ来り、川に横たはり、自然に浮橋が出来た。この時四五の男は川辺に立ち此光景を眺めて話に耽り居たり。 甲『此川は何時も泥水が流れ通しで、向ふへ渡らうと思へば誰も彼も川の真中で皆生命をとられて仕舞ふのだが、今日は又珍らしい材木が沢山に流れて来よつて、自然の橋が出来たがどうだらう。吾々も三年前にあの橋が出来て、こちらに良い果物があるのを幸ひに漸う渡つたと思へば橋は流れて仕舞ひ、帰る事は出来なくなつて、もう一生川向ふの吾家には帰る事はあるまいと覚悟して居たのに、今日は又如何した事か、橋が架かつた。此機を幸ひに帰らうぢやないか』 乙『まア待て、一つ思案せなくてはならぬ。大切な、一つより無い生命だ。魔の川の藻屑になつても困るからのう』 丙『何、構ふものかい。恋しい女房や兄弟が心配して待つてゐるから、運を天に任して一つ渡つて見ようかい』 丁『何でも此水上にウラル彦の家来の悪神が居つて、三五教の宣伝使とやらが此川を渡らぬ様に魔神が守護して居ると云ふ事だよ。吾々はウラル教でもなければ、三五教でもない。いろいろの神さまが現はれて、両方から喧嘩をなさるものだから、吾々の迷惑此の上なしだよ』 甲『オー、其三五教で想ひ起したが、ウラル彦の神とやらが、三五教の宣伝使が来たら、引攫へてアルタイ山の砦まで引立てて来い。さうすれば此川に橋を架けてやる。そして沢山の褒美を与るとの事だから、こんな処へ三五教の宣伝使が来よつたら、それこそ引捉まへて一つ手柄をしようぢやないか』 乙『そんな都合の良い事があれば結構だが、吾々の様な賓頭盧型では、到底思ひも寄らぬ事だ。三年も斯うして川を隔てて、棚機さまでさへも年に一度の逢瀬はあるに、永い間川を隔てて互に顔を見乍ら、侭ならぬ憂目に遭うて居る様な不運な者だから、そんな事はまア孫の代位には会ふかも知れぬよ』 斯く語り合ふ処へ何気なく石凝姥神は、三五教の宣伝歌を歌ひ乍ら進み来る。一同は此声に耳をすませ頸を傾け、 甲『オー、噂をすれば影とやら、呼ぶより誹れとは此事だ。三五教の宣伝使の歌らしい。オイオイ皆の奴、此川辺の砂の中へ体躯をスツカリ匿して首だけ出して、様子を考へて見ようかい』 一同は灰の様な軽い柔かい砂の中へ、首から下をスツカリ隠して仕舞ひ、俯伏になつて宣伝歌を聞いて居る。石凝姥神は何気なく此川辺に進み来り、川の面を見れば、沢山の材木が横倒れになつて自然の橋を架けてゐる。 石凝姥神『ホー、神様の御恵と言ふものは結構なものだナア。実は此宇智川は死の川とか魔の川とか謂つて到底渡る事が出来ない。此川を首尾克く渡るものは百人に一人より無いと云ふ事を聞いて居たが、今日は又、何と云ふ都合の好い事だらう。之も全く三五教の神の御守護だ。アヽ之を思へば前途の光明は赫々として輝き渡る様な思ひがするワイ。何は兎もあれ広大無辺の神恩を感謝する為めに、此処で一つ神言を奏上し、宣伝歌を潔く歌つて渡る事にしよう』 と独語ち乍ら神言を奏上し始むる。 日は西山に傾いて川水に光を投げて居る。祝詞の声始まると共に、附近の川辺から呻き声聞え来る不思議さ。 石凝姥神は不図声する方を眺むれば、四五の黒い円いものが何だかウンウンと呻いてゐる。 石凝姥神『ホー、此奴はウラル彦の部下の魔神の所作だナア。大方悪魔が化けてゐるのだらう。何だ西瓜畑の様に……黒い、円いものがウンウンと呻き出したぞ。どれ一つ正体を見届けてやらうか』 と膝を没する柔かき砂原に足を向け、黒い円い塊を掴んで見れば、土人の首である。見れば眼をギヨロギヨロさせ口を開けて、 土人の一人『アヽヽア、お前は三五教の宣伝使か、此川は魔の川と謂つて渡るものは皆生命が無くなるのだ。三五教がある為めに此土地の人民はどれだけ苦労するか知れやしない。之から吾々が寄つてたかつて、お前を引捉まへてアルタイ山の魔神の砦に連れて行くから覚悟をせい。斯う橋が架つた様に見えても此橋は化物だ。吾々も向ふ岸に帰りたいのだが土産が無ければ渡る事は出来ぬ。オイ皆の者、出て此奴を引捉まへて呉れ。俺の頭の毛を引掴へよつて離さうとしよらぬので如何する事も出来やしない』 此声に四人の頭は俄に砂よりムツクと姿を現し、前後左右より石凝姥を取り囲む。 一同『ヤア、待ちに待つたる三五教の宣伝使、さア尋常に手を廻せ』 石凝姥神『貴様等は一体何だ、砂の中に住居を致す人間か。オチヨボ虫かベンベコ虫の様な奴だなア。斯んな馬鹿な態をすな。此方は三五教の宣伝使だ。此川を渡つてアーメニヤに進み、ウラル彦の悪神を平げてお前等の難儀を救うてやるのだ。心配致すな』 一同『板すなも糞もあるものかい、砂の中を自由自在に潜る此方だ。弱い奴は引捉まへてウラル彦の神に奉り御褒美を頂戴致す積りだが、万々一お前が手に負へぬ剛の者なら、俺等は砂の中を潜つて隠れるから、如何する事も出来やせぬぞ』 石凝姥神『何だ、貴様は土竜か、火鼠か、蚯蚓の様な奴だな。砂を潜る、それは面白い。一遍その芸当を旅の慰めに見せて呉れないか。素直に砂くぐりを致せ。やり損なひはすな』 一同『洒落やがるない。貴様こそ素直に手を廻せ、取り損なひを致して後で、後悔すな』 と言ひ乍ら砂を掴んで石凝姥神の両眼めがけて一生懸命に投げつける。石凝姥神は目を閉ぎ乍ら思はず一人の男を手放した。五人は一度に立ち上り、 五人『さア、斯うなつてはもう大丈夫だ。早く此方の申す通りに致さぬか』 石凝姥『一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万』 五人『ヤア、こいつは堪まらぬ。頭が痛い、目が眩む、潜れ、潜れ』 と土竜の様に砂をムクムクさせ乍ら全身を隠して走り行くのが浪の様に見えて居る。石凝姥は砂を両手に握つて団子を拵へ息をふつかけると、忽ち凝結して石の玉となりける。その玉を砂の浪を目がけて、ポンポンと投げつくれば、一同の土人は堪まり兼ねてか、砂まぶれの体躯をヌツと現はし、両手を合せ、 五人『カヽヽヽ勘忍々々』 と砂上に平伏して謝り入る。 石凝姥神『オイ、土竜、許してやるから俺の前へ出て来い。何を怕ぢ怕ぢとして居るか。少しも恐い事はないぞ』 五人『ハイ、本当に、タヽヽヽ助けて貰へますか』 石凝姥神『仮りにも三五教の宣伝使たるもの、嘘偽りは少しも申さぬ。素直に此方の前に集まり来れ。良い事を聞かして与らう』 土人は恐る恐る前に集まり来り、俯伏せになり半泣きになつて居る。石凝姥は又もや宣伝歌を声爽かに歌ひ始めたり。 石凝姥神『吾は石凝姥の神ウラルの神の曲津見を 言向け和し三五の神の教に救はむと 東雲の空別け昇る東の彦の宣伝使 心も固き石凝姥神の命と現はれて 数多悪魔もアルタイの山の砦を清めむと 夜を日に次いで道の為め世人を救ふ真心に 宇智の川辺に来て見れば瓜の畑を見る如く 円い頭の此処彼処これ枉神の曲業と 川辺に下り立ち髪の毛を一寸握つて眺むれば 烏の様な黒い顔美事、目鼻も口耳も 眉毛も額も出来てゐる頭ばかりの人間が 如何して此処に住まうかと思案にくるる折柄に 土竜の様にムクムクと砂もち上げて現はれし 黒さも黒し鍋墨の様な体躯は化物か 大馬鹿者か知らねども三五教の宣伝使 召捕り呉れむと四方より吾に向つて攻め来る その有様の可笑しさに天の数歌宣りつれば 頭を抑へ目を顰め堪へ兼ねたる体たらく 吾行く道は三五の教なれどもお前等は 穴有り教か忽ちに土竜の様に穴あけて 砂に波をば立たせゐるあな面白や面白や 一つ嚇して見ようとて砂を握つて固めおき 神の御息を吹き掛けて石凝姥の玉となし 前後左右に投げやればこりや堪まらぬと各自が 生命惜しさに我を折つて素直に吾に従ひし 心の神の助け神もう之からは慎みて 決して馬鹿な真似はすな素直に心を改めよ 素直に心を改めよ』 と滑稽交りに宣伝歌を歌ひければ、五人は一斉に顔を上げ、 五人『アヽヽア、有難う御座います。もう之からスツカリと改心を致します。すなと仰有つた事はすなほに廃めまする。オイオイ皆の奴、これから素直になれよ』 石凝姥『貴様もよく洒落る奴だな、さア之から此橋を渡るのだ。お前達も俺に跟いて来い。俺が宣伝歌を歌ふ後から一緒に歌ふのだ。さうすれば無事安全に渡れるから』 甲『可愛い嬶に久し振りに御面会が叶ひますかなア』 乙『又嬶の事を言ひよるワ。渡つた上の事だ。一寸先は暗の世だよ』 石凝姥『貴様はウラル教だな』 乙『滅相な、ウラメシ教です。もう之から私も三五教になります。然し私の女房だけはあなない教にして貰つては困ります』 丙『三五教でも心配するな。矢つ張り、あな有難やアルタイ山だ』 としやれながら、石凝姥神の後に跟いて浮木の橋を西に向つて漸く渡り終りぬ。 (大正一一・二・二七旧二・一北村隆光録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 07 布留野原 第七章布留野原〔五三三〕 誠の神の言霊に雲霧開く日の出別 珎の御言の宣伝使天教山を立出でて 遠き海原うち渡りいよいよここにフサの海 タルの港に上陸し心も漸つとシヅの森 木蔭に憩ふ折柄に闇に聞ゆる人の声 眠覚ませば岩彦が部下に仕ふる宣伝使 一二三四五つ六つむつみ合うたる其仲も 時に浪風立騒ぎ黒白も分ぬ暗まぎれ 闘ふ間に日の出別神の真道を言別けて 漸く一同シヅの森岩に等しき岩彦の 固き心をなごめつつ一度に開く梅ケ香の 神の教に服従はせ音に名高きフル野原 さやる魔神を言向けて亀の齢の何時までも 動かぬ神代を築かむと心の駒に鞭ちて 雀の群に翔け下る鷹の勢勇ましく 草生ひ茂る広野原タルの大河右に見て 北へ北へと進み行く。 一行七人は脚に任せてフル野ケ原を奥深く進み入る。又もや真黒の暗の帳はおろされて、四辺暗澹たる光景となりて来たりぬ。東北の風はヒユーヒユーと草野を撫でて吹き来り小雨さへ混り居る。 鷹彦『昨夜は、シヅの森で、乱痴気騒ぎをおつぱじめ、日の出別の宣伝使の居中調停の効果によりて、まづ平和克復の曙光を認め、今日は天地にかはる大変動、三五教を仇敵の如く見做して居た、ウラル教のヘボ宣伝使は、今日は同行七人の三五教、変れば替るものだワイ。サア今晩は、このフル野ケ原の草を衾に、平和の夢を結ばうぢやないか。モシモシ日の出別の宣伝使様、此フル野ケ原は、一時雨が降つては、また一時晴れるといふ芸当を繰返すのですから漫然安眠も出来ますまいが、蓑笠を被つて、一夜を明かす事に致しませうか』 日の出別『アヽそれも宜からう。先づ今晩はゆつくりと足を伸ばして寝ませう』 岩彦『それは有難い、併し乍らこのフル野ケ原は、妖怪変化の隠顕出没常ならざる、魔窟ケ原であるから、あまり安眠も出来ますまい。併しコンパスを休養させる為に、横に立てつて、空の黒雲と睨みつこでも致しませうか』 梅彦『アヽモウ草臥れた。タルの河の河縁を伝うて来たお蔭で、草鞋に泥埃の寄生虫が群生して、十足ぶりの重みを感じた。アーア疲労れた時に休む程楽なものはない。可愛い子には旅をさせとやら、本当に、風吹き荒ぶ埃道を、目的場所もなしにテクツク位苦しい事はない。其苦しみを癒やす為に、足を伸ばして休む時の楽しさ、少々小雨が降つた位はナンの苦にもなるものでないわ』 亀彦『わしも一つ島から長い間、船に揺られて、サツパリ足の魂が、どつかへ移住したと見えて、ナンダか、他人の足の様な心持がして仕方がない。マアゆつくりと今夜は此処で休息さして貰はう』 日の出別『サアサア皆の者、休眠まうぢやないか』 と言ひ乍ら、日の出別は雑草の上にコロリと横たはり、鼾声雷の如く、忽ち華胥の国に遊楽するものの如くなりけり。 鷹彦『アア、何と罪のない豪胆な宣伝使だらう。昨日まで極力反対して居た吾々を側に置いて、何の懸念もなく、率先して他念もなく寝に就く。其度量の大きいのには、吾々も舌を巻かねばならぬ。人間は斯うなくてはならない、猜疑心や、嫉妬心や、疑惑があると、つひ他人の事が気になつて、安心の出来ぬものだ。疑心暗鬼を生ずと言つて、人は自分の心で自分を苦めるのだ。ウラル教は六人連で旅をしても、夜中に何が襲来するか知れないと云つて、交代で一人宛、其傍に哨兵を立たせて置く。之れを思へば、実に三五教は淡泊なものだ。博愛の教だ。……オイ貴様達も安心して寝たがよからう』 駒彦『ソラさうだ、昨日の敵は今日の味方、鬼の囁き、虎の嘯きと聞えしは、松吹く風となりにけりだ。サアサア皆一同に心のキルクを抜いて、今日は一蓮托生、枕を並べて討死……オツトドツコイ打揃ひ寝に就かうぢやないか』 岩彦『サアお前達は皆寝め、この岩彦は日の出別の宣伝使の保護の任にあたらねばならぬ。是が俺の真心だから……』 鷹彦『真心とは真赤な詐りだらう。マ心のマは悪魔の魔だらう。貴様はまだ安心が出来ないと見えて、熟睡して居る間に、日の出別命に喉笛でもかかれはせぬかといふ猜疑心があるのだよ』 岩彦『ナニ決して決して、さうではないよ。此フル野ケ原には、沢山の大蛇が居るといふ事だ。人の匂がすれば嗅ぎつけて、何時やつて来るか知れぬ。それだから拙者が保護の任に当るのだよ』 鷹彦『ナニソンナ心配は要らぬ。早く寝んだがよからうぞ』 梅彦『オイオイ、大変だ大変だ』 鷹彦『何が大変だ』 梅彦『日の出別の宣伝使のお姿が見えぬぢやないか』 此一言に『アツ』と言ひ乍ら、附近を見れば影もない。 岩彦『それ見ろ、やつぱりフル野ケ原は妖怪窟だ。日の出別の宣伝使を、大蛇の奴、忍術を使つて、そつと呑んで仕舞よつたのだらうも知れぬぞ』 鷹彦『ナーニ、ソンナ事があるものか。あの方は神様の化身だから、変幻出没自由自在だ。吾々の様な罪悪の凝結とは違つて、浄化して御座るのだから、透つて見えないのだらう』 此時何とも知れぬ血腥き、湿潤ある、蒸暑い風がサツと吹いて来た。 音彦『ヤア此風はナンダ、怪体な調子だぞ。どうしてもフル野ケ原式だ』 鷹彦『恐怖心に駆られて、全身細かく、ブルブルブル野ケ原の野宿といふ体裁だ。アハヽヽヽ、臆病風がソロソロ吹き出したワイ』 音彦『向うから悪魔の奴、魔風を吹かしよるから、此方も負けぬ気になつて、言霊の一二三四五六七八九十百千万億病風だ』 鷹彦『何を洒落るのだ、それそれ又雨だ』 音彦『あめが下に住居する吾々が、雨が怖くて此世に居れるか。雨より恐いは、アーメニヤのウラル彦様だ。吾々が斯うして、飛行宣伝中に宙返をうつたと云ふことが聞えたら、それこそ大変だ。到底旧のアーメニヤの城内に、格納して貰ふ事は最大難事だよ』 鷹彦『まだ貴様は、アーメニヤが恋しいのか』 音彦『ナーニ、アーメニヤが恋しいのぢやない、肝腎の力に思うた日の出別神様が、雲煙となつて磨滅して了つたものだから、心細くなつて来たのだ。それで今度はアーメニヤの盤古神王のお咎が恐ろしくなつて来たのだ。俺だつて日の出別の宣伝使にしやツついてさへ居れば、心が大丈夫だが、コンナ魔窟に放擲されて、チツトは愚痴も出ようまいものでもなからうぢやないか』 亀彦『さうぢや、同感々々、誰だつて人の心は九合八合だ。今此処で捨てられたら、それこそ一升の恨だ。オイオイ一斗の者、一石も早く在処を探ねて見ようぢやないか。桝々斗り知られぬ宣伝使の変幻出没、こりやマア、どうしたら宜からうかな』 此時ボンヤリとした、薄暗い、生茂る茅の中から、ズズ黒い大きな顔がヌツと現はれて、 化物『キエーヘヽヽヽ、キヤーハヽヽヽ、キヨーホヽヽヽ、キューヽヽヽヽ』 音彦『音高し音高し、静かにめされ化物殿』 化物『キヤーヽヽヽヽ、キユーヽヽヽヽ』 音彦『オイオイ皆の奴、呪文を唱へるのだ。向うがキユーキユーだから、此方は窮々如律令だ。サア言うたり言うたり』 一同声を揃へて、 一同『窮々如律令、窮々如律令』 化物『ワハヽヽヽ、苦しいか、恐ろしいか、キユーキユー言つてゐよるナア。キヤヽヽヽヽ、キヤハヽヽヽヽキヨホヽヽヽ』 岩彦『ナーンダ、脱線だらけの鵺的言霊を陳列しよつて、……ソンナものは何時迄置いといても、売約済の札は付かんぞ。モツト舶来の精巧無比、天下一品といふ言霊を陳列せぬかい』 化物『ウーン、ウンウン』 梅彦『ナアーンダ、屈みよつたな』 岩彦『どうだ、俺の言霊には、化チヤン往生しただらう。それだから此方が、ウラル教の宣伝使長に選ばれたのだ。ウラル彦の眼力は実に天晴れなものだらう』 音彦『あまり吹くない。何時だつて尻の約りが合うた事が、一度でもあるかい。貴様の言霊で化物が閉息したと思へば当が違うぞ。あの声を聞いたか、ウンウンウンといつただらう、萱ん穂の中で、団尻を引捲つて、ウンと瓦斯や残滓物を放出して、それから第二の作戦計画にかからうと云ふ手段だよ』 岩彦『何程ウンウン言つたつて、運は天に在りだ、一つ是から運比べをやるのだ』 と言ひ乍ら、岩彦は尻ひきまくり、化物の屈んだ方に向つて、 岩彦『ヤア、折悪しくウンの持合せがない、仕方がないワ、此方の臀肉を喰へ、お尻が呆れるワ』 と三つ四つ叩いて見せる。 音、梅『アハヽヽヽ、こいつあ面白い、洒落てけつかるワイ』 草原より再び化物はニユーツと首を出し、 化物『ヤア岩彦、有難い、お前の尻を是から頂戴する。そこ動くな』 岩彦『ヤア、バババケ公、嘘だ嘘だ、一寸愛想に行つて見たのだ。お前はウンウンと言つて糞をこいたが、俺は嘘をこいたのだ。コンナ事を、真面目に聞く不風流な奴があるかい。お前もよつぽど原始的な化チヤンだナア』 化物『オ……オ……俺は原始的だから、お前の様な風流の持合せはないワイ。何事も神の道は正直が一番だ。お前も苟くも天下の宣伝使、滅多に戯談や嘘偽を云ふ筈はあるまい。言行一致だ。サアサア宣言を履行して貰はうかい』 鷹彦『アハヽヽヽ、此化州、あぢな事を言ひよる。オイオイ化州、コンナ岩公の様な分らずやに相手になるな、見逃せ見逃せ』 化物『それでも岩公の奴、確に尻をまくつて、喰へと言つたのだ。お前たちの耳にも新なる所、斯く的確な意思表示をやつた以上は、何処までも強制執行をやるのだ』 岩彦『執行とはナンダ、執拗ぢやないか、良い加減に砕けぬかい』 化物『砕ける砕ける、お前の骨が、木葉微塵に砕けるぞ。当つて砕けと云ふことがあるぢやないか、お前も立派な一人前の男だらう。当つて砕けたらどうだい』 岩彦『イヤ俺は一人前ぢやない、四人前だ』 化物『四人前なら猶更の事だ、余人はいざ知らず、汝一人に限つて絶対的に実行をするのだ。そこ動くな』 岩彦『動けと云つたつて、動くものかい。岩サンは其名の如く、恬として動からざる事、磐石の如しだ』 化物『さうだらう、腰を抜かしよつて、減らず口を叩くない』 鷹彦『アーア、此睡たいのに、気楽な化奴がやつて来よつて、種々の余興をやるものだから可笑しくつて、碌に眠る事も出来やしないワ』 岩彦『オイオイ鷹彦、何が余興だ。俺の身にも一つなつて見い』 鷹彦『アハヽヽヽ、貴様あまり頑固だつたから、一寸神様に釘を打たれて居るのだ。ナアモシ、化神さま……』 化物『さうだ、鷹彦の仰有る通、俺の聞く通りだ。一分一厘間違のない話だ』 岩彦『オイ鷹彦、岩いでもよい事を言ふな、貴様は化の奴に共鳴しよつて、本当に怪しからぬ奴ぢや』 鷹彦『アハヽヽヽ、貴様又昨夜の様に夢でも見とるのぢやないか』 岩彦『さうかなア、夢なら結構だが……ヤアどうしても夢の様に思はれぬぞ。起きてはテクテクと曠野を渉り、寝てはコンナ恐ろしい夢を見せられては堪つたものぢやないワ』 化物『ヤア岩チヤン、永々お邪魔を致しました。夢でもない、現でもない、本当のフル野ケ原の化チヤンだ。ユメユメ疑ふこと勿れ、アリヨース』 と云つた限り、『ブスツ』と屁の様な怪しき音と共に消えて了つた。 音彦『ヤアヤア怪つ体な事があつたものだ。今の出よつたお化は、ナンデも雪隠のお化と見える。糞を垂れる終局の果てには鼬の最期屁ぢやないが、ブスツと音をさせて屁古垂れよつた』 岩彦『ワハヽヽヽ、妙なものだ。俺の腰もモウ大丈夫だ。オイどうだ、貴様、俺が腰を抜かしたと本当に思うて居つたのだらう、ソンナ弱い事で宣伝使が勤まるかい。キヤハヽヽヽ、キユフヽヽヽ、キヨホヽヽヽ』 鷹彦『オイオイ岩公、ソンナ言霊を使うと、第二の妖怪変化のお見舞だぞ』 岩彦『ようかいも神界もあつたものかい。吾輩の勢力範囲内に立入つて、何をようかい(容喙)するのぢや、権利侵害罪で起訴するぞ』 鷹彦『起訴するとは、奇想天外だ、天涯万里の雨がフル野ケ原、どうで碌な事はないからマアマア楽んで、ゆつくりと夜を日に継いで旅行するのだなア』 此時何処ともなく、化物の声にて、 化物『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 化物此処に現はれて嘘と糞とを立別ける 嘘で固めた岩公の岩より固い頑固者 荒肝取られて腰打つて骨を一々刻まれた 様な苦しい思ひして涙をソツと押隠し 泰平楽の減らず口此行先の荒屋に 又もや俺が待受けてどつと脂を搾つてやろか アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、イヒヽヽヽ』 岩彦『エヽ、五月蝿い、又しても又しても。併し今度の笑方は正式だ、最前の様な、キューキューキューと吐かしよると気持が悪い……オイ化チヤン、笑ふなら、今の流儀だよ』 再び中空より、化物の声、 化物『岩に松さへ生えるぢやないか、喰つて喰はれぬ事はない。アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ、マハヽヽヽ、イヒヽヽヽ』 鷹彦『オイ岩公、喜べ、あの笑声は何と思ふ、アーウマイ、アウマイと笑つただらう、巧妙いこと吐かしよるナア』 岩彦『アーア、ウン……ウン、マーマ、イーイ、イーワイ』 (大正一一・三・一七旧二・一九松村真澄録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 18 石門開 第一八章石門開〔五四四〕 巌窟内に、有り得べからざるやうな立派な石壁をもつて囲まれたる邸宅の前に、一行五人は到着した。 音彦『ヨー、立派な構へだ、而も堅牢な石をもつて城壁を繞らし、門扉迄が石造と来て居るワイ。これは容易に侵入する事は出来なからう、琵琶の音の主はてつきり此処だ。恋女の隠棲せる処と思へば心臓の鼓動が激しくなつたやうだ』 亀彦『何を吐くのだ。未通息子か未通娘のやうに、好い年をして心臓の鼓動が激しくなつたもあつたものかい、摺枯しの阿婆摺男めが』 音彦『オイオイ、亀サン、ちつと場所柄を考へて呉れぬと困るぢやないか、想思の女の館の前に来てさう色男をボロクソに云ふものぢやないよ』 駒彦『アハヽヽ、困つたやつだ。又持病が再発したと見えるワイ、気が付くやうに拳骨の頓服剤でも盛つてやらうか』 音彦『ヤアヤア、石門をもつて四辺を築固めたるこれの棲み家、てつきり曲津の巣窟と覚えたり。吾等は三五教の宣伝使、敬神愛民の大道を天下に宣布し、善を勧め悪を懲す神司なるぞ。尋ね問ふべき仔細あり、一時も早く此門開けよ』 と大音声に呼はつた。門内には何の応答もなく森閑と静まり返つて居る。只幽に琵琶の音の漏れ来るのみである。 弥次彦『モシモシ、宣伝使さま、この館の人間は、何れも之も皆聾神さまばかりですから呼んだつてあきませぬよ。そこは此弥次サンでなくては、この神秘の門扉を開く事は不可能だ』 音彦『如何して開くのだ、云つて呉れないか』 弥次彦『最前も云つた通り、要領を得なくては要領を得させないのですから』 音彦『何だか不得要領な事を云ふ男だ。金でも呉れと云ふのか』 弥次彦『マアソンナものかい、お前さまは狡い人だから。要領を得度いと云へば大抵極つたものだ。聾の真似をして居るから、それがホントの金聾と云ふのだ』 音彦『あまり馬鹿らしいから止めとかうかい、如何なつと工夫をすれば開くであらう。聾の神と云よつたからには、大方竜神だらう、聾と云ふ字は龍の耳と書くから、これやてつきり長さまに相違はない、ヨシヨシ、かう分つた以上は弥次サンのお世話にはなりますまい』 この時門内より大声に、 (野呂公)『吾門前に来つてブツブツ囁く奴は何者だ』 音彦『ヤアその方は、聾神の竜神か、耳が聞えねば目で聞け、某は三五教の宣伝使音彦、亀彦、駒彦の一行だ。直に門戸を開いて吾々を歓迎致せ』 門内より、 (野呂公)『アハヽヽヽ、ウラル教のヘボ宣伝使、竜宮の一つ島に三年の間宣伝を試み、櫛風沐雨の苦心惨憺的活動も残らず水泡に帰し、アーメニヤに向つて心細くも帰らむとする途中颶風に遇ひ、又もや森林の中に一夜を明かし、肝玉を押潰され、しよう事なしに、三五教に帰順した、垢の抜けぬ宣伝使の音、亀、駒の三人か。よくも、ノメノメと出て来たなア、盲目蛇に怖ずとは汝の事だ。アハヽヽヽ』 音彦『エイ、矢釜敷いワイ。一時も早く此門を開かぬか、此方にも考へがあるぞ』 門内より、 (野呂公)『アハヽヽヽ、分らぬ奴だ。神秘の門は汝自ら汝の力をもつて開くべきものだ。少しの労を惜み、他人に開門させむとは狡猾至極の汝の挙動、神秘の鍵を持ち忘れたか』 音彦『ヤア、此奴中々洒落た事を云ふワイ、オヽさうだ。これ位の石門が開けないやうな事で、どうして天の岩戸開きの神業が勤まらうか、さうだ、さうだ。余り開門ばかりに精神を傾注して肝腎の神言を忘れて居た。ヤア尤も千万なお言葉だ。サア亀公、駒公、神言だ』 と云ひながら神言を奏上する。祝詞が終ると共に、さしも堅牢なる石門は音もなく易々と左右に開いた。 音彦『アヽ祝詞の通りだ。如此宣らば、天津神は天の磐戸を推披きて、天の八重雲を伊頭の千別に千別て所聞召さむ、国津神は高山の末短山の末に上り坐て、高山の伊保理短山の伊保理を掻分て所聞召さむと云ふ神言の実現だ。サアこれで一切の秘訣を悟つた。一にも祝詞、二にも祝詞だ。なア亀サン、駒サン』 亀、駒無言の儘俯向く。音彦は門内に佇む大男の姿を見て、 音彦『ヤアお前は夢にみた蠎の野呂公ぢやないか、どうして此処に居たのだ』 野呂公『夢と云へば夢、現と云へば現、どうせ今の人間は誰も彼も夢の浮世に夢を見て居るのだ。確りした奴は目薬にする程もあるものぢやない。それでも三五教の宣伝使だと思へば仏壇の底ぬけぢやないが、悲しうて目から阿弥陀が落ちるワイ、アハヽヽヽ』 音彦『何は兎もあれ、臥竜姫に先刻お目にかかつた色男の音彦サンが御来臨ぢやと、報告して呉れ』 野呂公『エヽ仕方がない、今直に申上て来るから、御返事のある迄は此処に神妙に立つて居るのだ。一寸でも許しの無いに此方に這入つてはいかないぞ』 と云ひながら野呂公は姿を隠した。 亀彦『野呂公の奴いつ迄かかつて居るのだらう。何ほど奥が深いと云つても知れたものだが、随分じらしよるぢやないか。ヤア弥次彦、与太彦大に憚りさまだつた。お蔭で門はお手のもので開きました』 弥次彦『門は開いても、開かぬのはお前の心だ。可憐さうなものだよ』 亀彦『無形的精神の門戸が開けたか、開けぬか、ソンナ事がどうして観測出来るか、精神上の事が、体主霊従的人物に分つて耐らうかい。二言目には要領だとか、何とか云つて手を出し、物質欲に憂身を窶す代物に吾々の思想上の明暗が分らう筈がない。余計な無駄口を叩くな』 弥次彦『アハヽヽヽ、さつぱり分らぬ宣伝使だ。弥次彦、与太彦の御両人さまは如何なるお方と心得て居るか。後で吃驚して泡を吹くなよ』 と云ひながら、忽ち赤白の二つの玉となつてブーンと唸りをたてて何処ともなくかけ去つた。 音彦『ヤア何だ。彼奴は唯の代物では無かつたやうだ。それにしても野呂公の奴、何時迄のろのろと埒の明かぬ事だらう、アーア何事も自分がやらねば人頼りにしては埒が明かぬものだ。オイ亀公、駒公、何も躊躇逡巡するに及ばない。此方から出かけて行かうぢやないか。如何なる秘密が包蔵されてあるか知れないから、十分気をつけて進む事にしよう。この臥竜姫の正体を見届けた者が、金鵄勲章功一級、勲一等だ。サアサア構ふ事はない、前進々々、突喊々々』 と、足を揃へて玄関目蒐けて掛登つた。目も届かぬばかりの長い廊下を九十九折に曲りながら、足音荒くドンドンと進み行く。 音彦『ヤア何だ、誰も居ないぢやないか、ピタツと岩に行き詰つて了つた。マアマア此処に寛くり気を落つけて第二の策戦計画に移らうぢやないか』 音(空を仰いで) 音彦『ヤア巌窟に似合ぬ非常に高い天井だ。ヤアヤア日の出別の宣伝使が天の鳥船に乗つて推進機の音高く、航空して居るぢやないか』 この時前方より柔しき女の宣伝歌が聞え来たる。 亀彦『ヤア駒公、これや大変だ、野天ぢやないか』 駒彦『ホンニホンニ、路傍の岩の上だ。合点の行かぬ事だなア』 女宣伝使は、チヨクチヨクと三人の前に進み来り、 女『ヤア貴方は三五教の宣伝使様で御座いますか、只今日の出別の宣伝使様が三人の男女の宣伝使と共に、コシの峠の麓に馬の用意をしてお待ち受けです』 音彦『ヤアこれは合点の行かぬ、テツキリ巌窟の中だと思つて居たのに、果しもなき荒野原。さう云ふ貴女は何れの神様か』 女『ハイ、私は聖地エルサレムの者で、黄金山の埴安彦の神様の教を伝ふる三五教の宣伝使出雲姫と申すもの、長途の宣伝ご苦労で御座いました。サアどうぞ妾に随て此方へお越し下さいまし、寛くり休息の上海山のお話を交換いたしませう。左様ならばお先に失礼』 と云ひながら先に立つて草生茂る野路をトボトボと歩み行く。三人はその後について怪訝の念に駆られつつ進み行く。 (大正一一・三・二〇旧二・二二加藤明子録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 20 宣替 第二〇章宣替〔五四六〕 音彦、亀彦、駒彦の三人は、臥竜姫の館を後に見て、又もや巌窟内の探険に出かけた。九十九折の或は広く、或は狭く、或は天井高く、或は低き石径を宣伝歌を歌ひ乍ら、勇ましく進み行く。 音、亀、駒『神が表に現はれて善と悪とを立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは詔り直せ醜の窟の曲神を 吾等三人の宣伝使言向和し神の世を 堅磐常磐に立てむとて進み来りし其の間に 何時か誇りの雲覆ひ心は暗き闇の道 誠の道を踏み迷ひ夢に夢見る心地して 心たかぶる其の儘に磐樟船に乗せられて 九天高く昇りつめやつと安心する間なく 喜び消えて夢の間の荒野ケ原に踏み迷ひ 得体の知れぬ野呂サンに寂しき野辺に廻り合ひ 荒き言葉のその中に神の恵みの玉の声 含みあるとは知らずして肩臂怒らし進み行く わが身の程も恥しき夢か現か幻か 心の暗きわれわれは黒白もわかぬ闇黒の 再び窟の人となり醜の身魂の数多く 前後左右に飛び廻る中を切り抜けやうやうに 光を三叉の道の角思ひがけなく衝当る 痛さは痛し胸の闇得体の知れぬ弥次彦や 酒も飲まぬに与太彦の二人の男に出会して 開き兼たる石の門天津祝詞の言霊に さつと開いて眺むれば果しも知らぬ長廊下 一目散に進み行く行けども行けど果しなく 心の駒の逸る間に行き詰りたる岩壁に はつと気がつき眺むればこは抑も如何に大空に きらめく星の数多く怪しみゐたる折柄に 玉をあざむく優姿いづくの方か出雲姫 フサの都に進まむと先に立ちてぞ出て行く 吾等三人の宣伝使コシの峠の麓まで 到りて見ればこは如何に日の出の別の宣伝使 鷹彦岩彦梅彦の四人千引の岩の上に 白河夜船の夢結ぶあゝ嬉しやと思ふ間も あらしの音に目を醒しよくよく見ればこは如何に 臥竜の姫の住ひたる奥の一間に端坐して 蜥蜴蚯蚓や蛇蛙見るも穢きなめくぢり 蚯蚓の馳走を与へむと貴の女神にすすめられ 遠慮会釈の折柄に三人の身体は鉄縛り 手足も自由にならぬ身のいよいよ生命を捨鉢の 決心したる折柄に臥竜の姫は忽ちに 優しき笑顔を現はしつ水も漏さぬ善言美詞 宣り聞されし嬉しさに衿の夢も何処へやら 直日の身魂輝きてここに館をいづのめの 神の身魂となりそめし三五教の宣伝使 そしり言の葉吹き払ひみやび言葉の神嘉言 詔り直し行く勇ましさ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるともたとへ大地は沈むとも 窟の曲津多くとも神の賜ひし言霊に 言向和し三五の神の教を縦横の 錦の機の此の仕組仕へまつらむ宣伝使 あゝ面白し面白し心は勇む岩の道 岩より堅き鋭心の大和心を振り起し 伊都の雄健び踏健び進みて行かむ神の道 進みて行かむ神の道』 と歌ひながら、岩窟内の十字路に着いた。この時前方より現はれたる三人の男、 岩彦『オー貴様は音公に亀公、駒公、何処にまごついて居よつたのだい。馬鹿野郎だな。俺たち三人は貴様の行方を探して、幾度この八衢の隧道を廻つたことか知れやしない。一体何をぐづついとつたのだい』 音彦『ハイ、コレハコレハ岩彦サンでございますか。誠に誠に御心配をかけまして済みませぬ。私は日の出別命様の磐船に、あなた方と一同に乗せられて雲の上に上げられ、ヤレ嬉しやと思つて居りましたが、豈図らむや何時の間にか草茫々と生え茂る荒野ケ原に、吾々三人は振り落されてゐました。あなた様三人は何うして居られますかと、今の今まで心配をして居りましたが、マアマア御無事な御一行の御顔を拝しまして、これ位嬉しいことはございませぬ。これも三五教の神様の全くの御引合せ有り難うございます』 岩彦『ナアンダ。俄に御丁寧な言葉を使ひよつて馬鹿にするない。礼に過ぐれば却て無礼だといふことを知らぬか。打つて変つた貴様の態度、気が狂つたのか、但は化物か、合点の行かぬ奴だ。ナア梅公、此奴はチト変痴奇珍だぞ』 梅彦『アーさうだ。三人の奴の面を見い。営養不良、色蒼白め、身体骨立餓鬼の如しだ。巌窟内の瓦斯に酔はされよつて精神に異状を来したのだらう』 音彦『コレハコレハ岩サン、梅サン、決して御心配下さいますな。精神に異状を来したでも、何でもございませぬ。私は三五教の宣伝使でございますから、ナー亀サン、駒サン、些も気が狂つてはゐませぬなア』 亀彦『左様々々、岩サン梅サンは大変心配をして下さるさうですが、決して異状はありませぬ、御安心して下さいませ』 岩彦『オイ梅公、鷹公、ますます変だ。女郎の腐つたやうに俄に糞丁寧になりよつたぢやないか。オイ音公、亀公、駒公、貴様等は人を嘲弄するのか。あまり馬鹿にするない』 亀彦『イエイエ滅相なこと仰有いませ。決して勿体ない三五教の宣伝使様を嘲弄ナンカしてどうして神様に申訳が立ちませう。私たちは三五教を天下に宣伝する神の僕でございます』 岩彦『ますます可笑しい奴だ。なぜ貴様はさう俄に女性的になつたのだ。モ少し勇壮活溌な男性的の精神を発揮して、ベランメー口調でも使つて勇ましく噪がぬかい。勇気がなくては大事は遂行することは出来ないぞ。お正月言葉を使ひよつて、ナンダ。俄に気分が悪いやうな御丁寧な言霊を使ひよるのか』 音彦『ハイ、吾々三人は仔細あつて改心を致しました』 岩彦『改心をすれば、さう女々しくなるものぢやない。何事も神様の御保護の下に、活機臨々として天下に雄飛活躍せなくてはならないのだ。貴様は惟神中毒をしよつて、雨が降つたというては胸を躍らせ、風が吹くというては胆を潰し、灯心の幽霊のやうな細い細い精神になりよつて、ナンダ、その女々しい言霊は。ちつと確りせぬか。元気がつくやうに二つ三つ拳骨をお見舞ひしてやらうか。これも貴様等を鞭撻するための情の鞭だ』 と云ひながら、蠑螺の如き拳骨を固め三人の頭をボカボカと急速度をもつて擲りつけた。 音彦『ご親切によう思つて下さいました。何卒これからは、幾度もご注意をして下さいませ』 岩彦『アハーやつぱり此奴どうかして居よる。オイ音公、確りせぬかい。貴様は魔に犯されたのだらう。ナンダその態度は』 亀彦『岩サンのご意見は御尤もでございます。決して無理とは申しませぬ。併し乍ら私等三人は以前に数十倍の力と強味が出来ました。如何なる難事に際会しても、少しも驚かぬやうになりました。如何なる敵に向つても怯めず臆せず、善戦善闘するだけの神力を与へられました』 岩彦『オイ鷹公、梅公、一体合点が行かぬぢやないか。此奴の態度と云つたら丸で処女の如しだ。辛気臭くて、長い長い口上を列べ立てよつて、干瓢でもたぐるやうに、あた辛気臭い。骨無しの力も無い、女々しい言霊、エーゲン糞の悪い』 鷹彦『ヤア感心です。音サン、亀サン、駒サン、よう其処まで魂を研き、強うなつて下さいました。今までの三人サンとは違つて勇気も百倍いたしました。嗚呼それでこそ如何なる敵にも打克つことが出来ませう。よい修業をなさいましたなア』 音彦『ご親切に能く言つて下さいました。貴方こそ本当の宣伝使様でございます。以後は何卒お見捨なくお世話下さいますやう御願ひ致します』 鷹彦『何う致しまして、お三人様お芽出度うございます。お互様に宜しく手を曳き合うて神の道に参りませう。貴方の方からもお見捨てなく』 岩彦『ナンダ。鷹公洒落ない。人が一生懸命に力を付けてやらうと思つて居るのに、貴様は横車を押しよつて人を嘲弄するのか。愈もつて怪しからぬ醜の巌窟式だ。ナア梅公、一体合点が行かぬぢやないか』 梅彦『岩サン、それは貴方のお考へ違ひでございませう』 岩彦『オツト待つた待つた。梅の奴、貴様までが逆上して何うするのだ。これだから精神の弱い奴は間に合はぬのだ。醜の窟の半分くらゐ探険してこれだから、全部探検する迄にはすつかり軟化して章魚のやうに、骨も何も無くなつて了ふかも知れやせぬぞ。オイ皆の奴、しつかりせぬか。腰抜け野郎奴が。あゝコンナ腰抜け野郎を五疋も伴れて、この岩サン一人が奮戦苦闘強敵に当らねばならぬかと思へば、心細くなつて来るワイ。エー何奴も此奴も好い腰抜けの揃つたものだな』 鷹彦『岩サン、貴方モー少し強くなつて下されや。外ばつかり強く見えても、肝腎の魂が落ついて居らねば、まさかの時の御間には合ひませぬからナア』 岩彦『エー腰抜け奴が、自分の目にある柱は見えぬでも人の目の埃はよう分るとは、貴様等のことだ。弱味噌奴が。何を吐かしよるのだい。天が地となり地が天となる。変れば変つたものだ。弱い者を称して強者といひ、強い者を称して弱者といふ。如何に逆様の世の中だと云つても、見直し、聞き直し、詔り直しを宣伝する神の使が、さう道理を逆転させては何うして此のお道がひらけると思ふか。しつかりせぬかい。何を呆けてゐるのだ。アヽ情無いわ。エライ厄介ものを背負はされたものだワイ』 音彦『アヽ私も岩サンのやうに空威張りの上手な心の弱い御方を、神様もナント思召してか知りませぬが、背負はして下さつたものだ。これも吾々の身魂研きの為に、弱い方の標本をお示し下さつたのだらうか』 岩彦『骨無しの腰抜け、何を吐しよるのだ。女郎の腐つたやうな弱音を吹きよつて情なくなつて来たワイ。オイ鷹公、梅公、貴様も一つ、ポカンと目醒しをくれてやらうか』 鷹、梅『ハイハイ何卒よろしうお願ひ申します。どつさりと気のつくまで叩いて下さいませ』 岩彦『ハテ合点の行かぬ五人の男、此奴ア狐にいかれよつたな。コンナ弱虫を引率して悪魔との戦闘は、たうてい継続されるものぢやない。ヤーヤー困つた事になつて来た。俺も一つ思案をせなくちやなるまい。オーさうだ。解つた。今まで俺は強い強いと思つてゐたが、人を杖について助太刀を頼むと云ふ心が悪かつたのだ。その点が俺の欠点であつた。これは神様が貴様一人で活動せエ。大勢の奴を力にしても駄目だ。まさかの時になつたら此の通りだ。何奴も此奴も腰抜け野郎だ。力と頼むは自分の守護神ばつかりだ。イヤイヤ吾身を守護し給ふ元の大神様ばかりだ。人に頼るな、師匠を杖につくなといふ教があつたワイ。サア俺はモ一つ強うなつて神業に参加せなくてはなるまい。それにつけても今まで寝食を共にして来た五人連れ、俺でさへも神様から弱いと云つて戒められて居るのだから、コンナ弱味噌を吾々として見棄てて置く訳にも行かない。アヽどうかして強くしてやりたいものだ。コンナ腰抜人足を世の中へ出したならば、これほど悪魔の蔓る荒野ケ原であるから、自分一身を保護することも出来やしない。アヽ情無いことだ。大国治立の大神様、どうぞ此の五人のものを憐れみ下さいまして、貴方のお力を分配してやつて下さいませ。九分九厘といふ所で、十中の八九まで大抵の宣伝使は腰を抜かして、屁古垂れるものだが、今ここに陳列してある五人の蛸宣伝使は、目的の半途にも達せずして殆ど崩壊して了ひさうだ。せめて九分九厘といふ所までなりと、活動さしてやつて下さいませ。国治立の大神憐れみ玉へ、助け玉へ。臆病神を払はせ玉へ、清め玉へ、岩彦が真心を籠めての一生の願ひでございます。惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 音彦『アヽ岩サンのご親切、何時の世にかは忘れませう。流石は三五教の宣伝使様、よくも吾々をそこまで思つて下さいます』 亀彦『ご親切に有り難う。骨身に応へます、嬉しうございます』 駒彦『性は善なり、人には添うて見よ、馬には乗つて見よとは、よく云つたことだ。岩サンの真心が現はれて大神様の直接の慈言のやうに、嬉しう辱なう存じます』 岩彦『アヽさつぱり駄目だ。モウ何ほど祈つたつて零点だ。アヽ止みぬる哉止みぬる哉。アヽ何とせむ方泣く涙、余りのことで涙さへ出ぬワイヤイ』 鷹彦『岩サンのお心遺ひ、われわれ一統満足を致しました』 梅彦『本当に心の色が現はれて、コンナ嬉しいことは無い。やつぱり神様に選ばれた宣伝使様だけあつて、ご親切に報ゆるために吾々も、彼の弱い岩サンをモ一つ強くして上げねばなりませぬ』 岩彦『コラ梅公、貴様そら何を云ふのだ。貴様より弱くなつて堪らうかい。今では俺が一番気が確だ。ここは醜の窟だ。気を張りつめて元気を出さぬか。何がやつて来るか知れやしないぞ。せめて自分だけの保護だけ位はやつて呉れぬと、俺も十分に奮闘が出来はしないワイ』 斯る所へ何処ともなく百雷の一時に落下する如き大音響と共に、巨大なる大火光は一同の前に落下した途端、爆発して四方八方に火矢を飛ばした。 岩公はアツと言うて、その場に昏倒した。五人は依然として両手を合せ、神言を奏上しつつありける。 (大正一一・三・二一旧二・二三外山豊二録) (第一五章~第二〇章昭和一〇・三・二九於吉野丸船室王仁校正)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 01 三途川 第一章三途川〔五五一〕 大海原に漂へる宝の島と聞えたる 竜宮海の一つ島宝の数もオセアニヤ ウラルの彦の神勅を奉じて来る六人が 信神堅固の守護神元は竜宮に仕へたる 神の力を田依彦魂を研いて飯依彦の 神の司と現はれて善言美詞の言霊に 言向和す勢はウラルの教の宣伝使 三年の苦労も水の泡何の土産もアルパニー 港を後に千万の浮島原を乗越えて 航路も長き鶴の国鶴の港を立出でて フサの海まで帰り来る時しもあれや東北の 風に煽られフサの海三五教の宣伝使 日の出の別に巡り合ひタルの港に上陸し 足さへダルの河の辺を徐々進むシヅの森 神の光に照されて茲に心を翻し 忽ち変る三五の教司に伴なはれ フル野ケ原を打渡り醜の岩窟を探険し コシの峠もいつしかにわたりて茲に猿山の 峠の麓に一同はまどろむ折しも音彦が 眠を醒して眺むれば月は木の間に輝きて 茲に五人の宣伝使影も姿も長の旅 弥次彦与太彦伴なひて寄せ来る敵に追はれつつ 荒野を渡り河を越え曲の関所を乗り越えて 泥田に落ちし裸身の足も軽げに小鹿山 四十八坂に来かかりし時こそあれや前後 数多の敵の襲来に衆寡敵せず音彦は 弥次彦与太彦諸共に千尋の谷間に飛込みて 谷間流るる速川の水の藻屑となりひびく 谷間を渡る荒風は実に凄じき許りなり。 弥『世の中は能くしたものですな。一方には断巌屹立したる山腹を控へ、一方には千仭の谷間、かてて加へて前後より数多の敵に取囲まれ、衆寡敵せず、命を的に溪川目がけて、ザンブと許り飛込みた時の心持と云つたら、何ともかとも知れぬ苦しさであつたが、エーままよ、神様に捧げた生命、一寸先は神の御手にあるのだと覚悟をきわめ、飛込み見れば、都合の好い青々とした淵、素より裸の吾々両人は、水泳には誂へ向だ。宣伝使はドツサリと、ベラベラした装束を身に纏つて居られたものだから、水中へ陥つた時には、大変なお苦みでしたな。幸ひ吾々両人が真裸になつて居つたものだから、溺死もせずに助かつたと云ふもの、斯うなると親譲りの裘で無一物の方が、千騎一騎の時には何ほど楽だか知れぬ。それだから神様が持物を軽くせいと仰有るのだ。裸で物を遺失さぬと云ふ事がある。裸くらゐ結構なものはない。ナア与太公……』 与太彦『ウンさうだなア、泥田へ落ちて赤裸になつた時には、裸で道中がなるものか、アー情ない事だ、せめて褌丈なつと欲しいものだと、執着心が離れなかつたが、斯う言ふ時には生れ赤児の赤裸が一番都合が好い。これも神様のお蔭だ。三人が三人共重い着物を着けて居つたなれば、誰も彼も助からずに、幽界とやらへ旅立をする所であつたにナア』 音公は、 音彦『ソレモさうだ、神の道に荷物は不要ぬ。併し乍ら何とかして、木の葉でも編んで着物を拵へなくちや、この先旅する訳にも行かぬ。風俗壊乱でポリス先生に科料でも取られちや見つともない。ぢやと云つて泥棒する訳にもゆかず、困つたものだ。草でも編みて、一つ着物でも作つたらどうだらう、のう弥次公』 弥次彦『ウン折角裸にして貰つたのだから、これも惟神だ。逆転は御免だ。ナーニ構うものか、面の皮の慣はせとか云つて、何ほど寒くつても、面の皮には薄着一枚着せた事はない、慣れて了へば真裸でも、寒くも暑くも何ともない、身は身で通る裸ん坊だ、裸の道中も面白いよ、音彦君』 音彦『それだと云つて、どうも不恰好だ。吾輩の衣類を分配して、一人は羽織、一人は袴、一人は着物と云ふ風にやつたらどうだらうかナア弥次公』 弥次彦『ヤアそいちア、尚々恰好が悪い、それこそ化物の行列みたやうだ。エー構はぬ、行きませうかい。与太公ドウダイ』 与太彦『日が暮れたと見えて、非常に暗くなつたぢやないか。暗い所を歩くのは、裸でも何でも構はぬ、見つとも良いも、見つとも悪いも有つたものぢやない。一つ大手を拡げてコンパスの続く限り前進せうかい』 と三人は暗の路を当途もなく足に任せて進み行く。音公は、 音彦『ヤア、俄に明くなつて来たぞ。一体此処は何処だらう、大変な大河が南北に流れて居るぢやないか、河向ふには得も言はれぬ金殿玉楼が、雲に浮いた様に見えて来出した。ナンダか気がいそいそとして、一刻も早く行きたい様な心持になつて来たワイ』 弥次、与太両人は、 弥次彦、与太彦『ホンにホンに、立派な建築物が見えますな、是を見ると勝利の都に近付いた様な心持がして来ました、………ヤア有難い有難い、進退維谷まつて、九死一生の谷間に飛込みの芸当をやつたと思へば、豈図らむや、コンナ結構な都に近付いた。是だから怖い所へ行かねば熟柿は食へぬと云ふのだ。有難い有難い、それにしても、鷹公、梅公、岩公、駒公一同は、どうして御座るであらう、猿山峠の急坂を、痩馬の尻を叩いて行軍の真最中だらうか。是だから先へ行つた者が手柄をするとも、後れた者が手柄をするとも分らぬものだ、何事も神のまにまに任すほど安心な事はないなア』 と語りつつ、三人は漸く河幅広き水底深き青々とした流れ岸に着いた。弥次は驚いて、 弥次彦『ヤアこの河は立派な河だナア。大抵の河は、通常は河原ばつかりで、横の方を帯の様に、青い水がホンの形式的に、お条目の様に流れて居るものだが、この河はまた例外だよ、河一面の流れで、しかも青味立つた清水が流れて居る。大抵の河は、河一面に水の流れる時は大雨の時で、泥々の真赤な水だが、コラまた稀代に立派な河だワイ』 与太彦は、 与太彦『河は立派だが、何時まで褒めちぎつて居た所で、橋も無ければ、舟も無いぢやないか、どうして渡つたがよからうかな。これや一つ、何とか工夫をせねばならないぞ』 弥次彦『ナニ、吾々は幸ひ真赤裸だ。水泳の妙を得とるのだから、対岸へ流れ渡りに渡れば良いのだ。斯う言ふ時には、裸一貫の無一物は、大変に都合が好いワイ、唯困るのは音彦の宣伝使様だけだ……………もしもし宣伝使様、一層の事あなたの御衣服を全部この河へ投り込んで、三人共裸になつたらどうですか、牛の子でも附合を致しますで…………』 音彦『それもさうだが、お前はまだ普通の人だ。吾々は三五教の宣伝使といふ重荷を持つて居る。この被面布も大切に致さねばならず、法服を棄てる訳には行かない。アヽこうなると、責任の地位に立つ者は辛い者だ、窮屈不便利至極だわい』 弥次彦『あなたは、宣伝使の法服だとか、被面布だとかに執着心があるから可けないのだ。保護色に包まれて居るから、自由自在の活動が出来ないのだ。裸になれば又裸で立行くものです。カメリオンの様に、青い草に交れば青くなり、赤い葉に止れば赤くなり、白い木にとまれば白くなると云ふ、変幻出没自由の活動を執るのが、宣伝使の寧ろ執るべき手段ではありますまいか。大歳の神は、宣伝使の服を脱いで俄百姓となり、農夫の服を着て農業を手伝ひ、立派に宣伝使の本分を尽されたと云ふ事ですよ。河を渡るのには裸でなくちや駄目だと弥次彦は思ふがナア』 音『さう云へばさうだが、せめてコーカス山にお参詣する迄音彦は、この服は離したくない』 弥次彦『あなたはさうすると、何時迄も此処に、河端柳ぢやないが、水の流れをクヨクヨと見て暮すと云ふ方針ですかい』 音彦『ヤア進退維谷まつた。音彦もどうしたら可からうかなア』 と双手を組み思案に暮れて居る。傍に藁を以て屋根を葺いた小さい家が目に着いた。 弥『ヤア此処に、〆て一戸、村落があるワイ、あまり小さいので、見落して居つた。先づ先づあの館へでも侵入して、ユツクリと河端会議でも開催しませうか』 と先に立つて弥次彦は、藁小屋の中に進み入る。 弥次彦『ヤアこの藁小屋の中には、ナンダか生物が居るぞ。コンコンと咳払をやつて居るワイ、もしもし宣伝使さま、これは後家婆アの隠れ家と見える、マア一服さして貰ひませうかい………』 小屋の中より皺枯れた婆の声で、 婆『誰だ誰だ、この河辺に立つて何を囁いて居るか。此処はどこぢやと思ふて居る、三途の河の縁だぞ』 と聞くより弥次彦は婆々を睨み乍ら、 弥次彦『ナニツ、三途の河の縁だと?全然冥途の旅の様だ。ソンナラ大方着物を脱がす婆ぢやないか。ヤアナンダか気分が悪いワイ。モシモシ宣伝使さま、何をグズグズして居るのだい、早く来て鎮魂をして下さいな、怪しからぬ事を云ふ老婆が居りますで……』 音彦『弥次彦お前は、何を怖さうに言ふのだ。乞食婆アだよ、放つときなさい』 婆『乞食婆とは何だ、三途河の鬼婆だぞ。サアサア娑婆の執着をスツクリ流す為に、真裸にしてやらうかい』 と藁で編みたる押戸を開けて、白髪頭をヌツと出し、渋紙面を曝して現はれて来た。 弥次彦は、 弥次彦『ヤアナント背の高い、小面憎い面をした老婆だな………オイ糞婆、貴様は良い加減に改心をせぬかい。よい年しよつて、何時までも欲の皮をひつぱると、死んだら地獄に落ちるぞ』 婆『わしはお前達の着物を脱がす役だよ。サア綺麗サツパリと脱いで行かつしやれ』 弥次彦『何を吐しよるのだ。貴様は他人の着物を脱がして、沢山に箪笥の中へ仕舞込み置いても、末の短い貴様が、死んだならば冥土とやらへ行かねばなるまい。その時に三途河の鬼婆が、みな脱がして了ふと云ふ事だぞ。あまり欲をかわくない』 婆『その三途川の鬼婆が此方さまだ。愚図々々言はずに脱がぬかい』 弥次彦『ヤア此奴ア盲婆だな、裸の俺に着物を脱げつて吐しよる、良いケレマタ婆も有れば有るものだナ。ワツハヽヽヽ』 婆『お前は先祖譲りの洋服を着とるぢやないか、兎の皮を剥いたやうに、頭からクレクレと剥いてやるのだ。弥次彦覚悟は良いか』 弥次彦『これは裘だぞツ』 婆『河の縁で脱がすのだから、裘は尚結構だよ』 弥次彦『エー洒落ない、婆の癖して………オイ与太公、宣伝使さま、チツト来て下さらぬか、思ひの外シブトい婆だから』 音彦『ヤア、弥次さま、どうやら此処は三途の河らしいぞ。小鹿峠から谷川へ飛込んだ時に、気絶した途端に、どうやら幽界の旅行と急転したらしい、どうも空気が変だ。ナア与太彦、お前はどう思ふか』 与太彦『宣伝使のお考へは違ひますまい。私も何だか、四辺の状況が娑婆とは違ふ様な気が致しますワ………』 婆『コラコラ、お前たち三人の奴は、俺を誰だと思ふて居る、俺の面を見よ』 弥次彦は顎をシヤクリ乍ら、 弥次彦『ツラツラ考ふるに、何とも早、形容の出来ない怪体な面付だナア。ひよつとしたら、宣伝使のお言葉の通り、三途川の鬼婆かも知れぬワイ』 婆『合点が行つたか、親重代の宝物たる黒い土瓶の中へ小便を垂れる様な、汚れた身魂の人足だから、此処で赤裸にして霊の洗濯を為てやるのだよ』 弥次彦『ヤア合点の行かぬ婆アだ。土瓶の事まで吐しよる、貴様はお竹の母親か』 婆『お竹の母親か、父親か、よう考へて見ろ。弥次彦のガラクタ奴』 弥次彦『黒い黒い手で握飯を握りよつて、手鼻汁をかみ、洟を落した握飯を拵へた汚い老婆に比べると、モ一つ汚穢い奴だ。俺の霊が汚いから洗濯せいと言ひよるが、マア貴様の汚い顔から洗濯せい………霊魂を洗濯せい、美しうなれと、口ばつかり他人に言ひよつて、自分の汚い事は知らぬ顔の半兵衛でけつかる。困つた者だなア、自分の尻糞は目に着かぬと見えるワイ。全然三五教の宣伝使の様な事を吐す奴だ。アハヽヽヽヽヽ』 婆『ババはババいから婆と云ふのだ。ヂヂはヂヂムサイから老爺と云ふのだよ。糞は汚い、痰は汚い、花は美しいと、開闢以来定つとるぞ。俺の様な汚い所へ落ちた者は、汚なうして居ればよいのだよ。貴様のやうに、表は立派な、三五教の宣伝使だとか、信者とか言ひよつて羊頭を掲げて狗肉を売る様な罪悪人は、何処までも洗濯をせな可かない。腹の底まで洗濯をしてやるのだ。チツト苦しうても辛抱せい。親譲りの着物を是から脱がして、この老婆が洗濯をして着替さしてやらうかい、コラ弥次彦のガラ奴』 弥次彦『ヤア、此処ア洗濯婆アだな、鬼の来ぬ間に洗濯バタバタ早く身魂を洗ふて下されよ、改心が一等だぞよ、今までの塵芥、流れ川ヘサツパリ流して、水晶の身魂になつて下されよ……といふ筆法だな。ソンナ事は三五教の教祖の教にチヤンと出て居るのだ。事新しく三途河の縁まで来て、言つて貰はいでも、遠の昔に御存じだ。大学卒業生だぞツ。骨董品の様な古い頭をしよつて、文明人種の吾々に意見をするのは、釈迦に経を説く様なものだよ』 婆『お前達は口ばつかり立派な信者だ。舌と耳とは極楽へ遣つて、その外はみな地獄行だ。舌と耳とを俺が預つて、是から高天原へ小包郵便で送つてやらう。マア裘を脱ぐより、第一着手として舌を出せ、舌と耳とを切つてやらうかい、弥次の奴』 弥次彦『エー何処までも婆は婆らしい事を吐しよるワイ。舌切雀の話の様に、舌を切つてやらうの、桃太郎の話の様に、洗濯をするのと、らしい事を言ひよるワイ、アハヽヽヽ。オイ婆、この河には随分桃が流れて来るだらう。二つや三つは貯へて居るだらうから、一つ俺に招伴させぬかい、腹が空つて聊か迷惑の態だ』 婆『お前の食ふのは此処に預つてある、サアサア是なと食つて着物を渡すのだよ』 と真つ黒けの握飯を二つ出す。 弥次彦『ヤア此奴ア、お竹の宅の柴屋で見た握飯だ。コンナ垢の着いた、鼻水だらけの握飯が仮令餓えて死んでも食はれるものかい、渇しても盗泉の水を呑まぬ俺だぞ』 婆『どうしても食はねば、貴様を此鬼婆が代りに食つて了ふがよいか………勿体ない、粒々辛苦になつた結構なお米で拵へた握飯を、黒いの汚いのとは何の事だ。たとへ鼻水が入つて居らうが、百分の一位なものだ、何ほど綺麗な人間でも、百分の八九十までは汚い分子が含蓄して居る。貴様の肉体つたら、九分九厘まで真つ黒けの鼻水握飯の様なものだぞ。俺が辛抱して食てやると言ふのだから、これが冥途の食納め、喜んで食はぬかい』 弥次彦は首を傾けて 弥次彦『オイ与太公、サツパリ訳が分らぬぢやないか、貴様の食ひ残しだ。おれや元から一つも食はないのだから、貴様が食つたらよからう』 与太彦『私はあなた様の分まで頂戴致しまして、スツカリ食べるのは、あまり礼を失すると思ひ、二つ丈残して置きました。決して汚いから残したのぢやありませぬ、此れは弥次彦の領分だと思つて遠慮したのです………もしもしお婆アさま、私は腹一杯頂戴したので、それ以上は食へなかつたのと、弥次彦に愛想に残してやつたのですから、決して決して、汚いの何のといふ、ソンナ冥加の悪い心で残したのでは御座いませぬ。これは弥次彦の食ふべきもので御座います』 弥次彦『エーエー、与太彦までが怪しからぬ議案を出しよつた。河端会議だから握り潰しといふ訳にも行くまい。三途の河へ一瀉千里の勢で、否決流会だ』 と握飯を握つて河に棄てむとするを、婆はその手をグツと握りたり。弥次彦は、 弥次彦『ヤア冷たい冷たい、氷のやうな手をしよつて………手が痺れて了ふワイ』 婆『ヤア不思議だワイ、お前の霊は、遠の昔に痺れて了ふて免疫性の無感覚だと思つたに、冷たいのが分るか、それではチート何処かにまだ息があるワイ、コンナ所へ来るのはチト早いのだけれど、修業の為に、我を折る様に、この河を渡れ、裘を剥ぐ丈は免除してやらう。随分冷たい河だぞ、この河が冷たくなくして渡れる様ならモウ駄目だ。冷たければチツトはまだ人間の息が、霊に通ふて居るのだよ』 弥次彦『オイ婆アさま、お前も随分屁理窟を言ふがそれ丈理窟が分つて居れば、この弥次彦は寒うて困つとるのを、チツトは同情するだらう。亡者の着物を毎日追剥しよつて、沢山に蓄めとるだらうが、俺に似合ふ様な着物を一枚分配して呉れぬか、どうで老若男女色々と風も違ふだらうから、俺に打つて附けた様な着物もあるだらうにのう』 婆『エヽ附上りのした男だなア、お前に着せる様な着物は一枚もありやしないよ。みな河へ脱がしては流し、脱がしては流し、今ここに五枚ある丈だ。それもみな子供の着物だ。一枚は俺が着にやならぬし、五枚の着物を貴様に一枚やれば、モウあとは四枚だよ』 弥次彦『ヤアこの婆、なかなか洒落てけつかる、風流婆アだなア』 婆『定つた事だ、何事も執着心を棄てて、風流で胸の垢を洗濯婆アだ。お前も早う身魂の洗濯をせないと云ふと、腹の中に毛虫がわいて、弥次身中の虫となつて、お前の肉体を亡ぼす様になるぞ』 弥次彦『婆さま、オツト待つた、俺は亡者じやないか、一旦亡びた者が復亡びるといふ事があるかい』 婆『顕幽一致、生死不二だよ。今の娑婆に居る奴は、肉体は生きて居るが、霊はみな死にたり、腐つたり、亡びて了つて居るのだ。併し乍ら、貴様は感心な事には、肉体は亡びたが、まだ霊に生命があるワイ』 弥次彦『定つた事だい、せいめい無垢の生粋の大和魂だもの。万劫末代朽つる事なく亡ぶ事なき霊主体従の弥次彦さまの本守護神は、永世不滅の神の分霊、万劫末代生通しだ。肉体は亡びても、吾々の霊は至極健全だ。これから三途の河を横渡りをして、心の鬼も地獄の鬼も片ツ端から言向和し、地獄を化して天国とする覚悟だ。オイ婆ア、貴様もコンナ所に弱い者苛めをして、亡者に対し剥取強盗をするよりも、早く改心を致して俺のお伴をせないかエーン』 与太彦は、 与太彦『オイ弥次彦、しやうもない事を言ふない。地獄開設以来、三途川の鬼婆と云つて、この河に備へ付の常置品だよ。ソンナ者でも閻魔の庁へ連れて行つたが最後、天則………ドツコイ地獄則違反者だ………と云つて、罪に罪を重ねる様なものだよ』 弥次彦『さうだな、出雲姫の様な美人を連れて、閻魔の庁へ出立するのは気分が良いが、斯う苔の生えた枯木の様になつた骨董品を伴れて行くのは、弥次彦もチツト迷惑だ。……オイ婆ア、お前何時までも此川辺に、コンナ事をやつとるのが面白いのかい』 婆『何が面白からう、これも仕方がないワ、木蓮尊者の母親ぢやないが、罪の塊で、因果が廻り来て、コンナ人の厭がる役を、よい年してやらされて居るのだよ。俺はモウ駄目だ、終身官だから、辞職する訳には行かぬワイ』 弥次彦『それを聞けば、何だかチツト、哀憐の心が起つて来たワイ。一層の事、一思ひにこの川へ、バサンと投げ込みてやらうか。さうすれば、地獄の苦を逃れて、お前も幸福だらうに』 婆『婆サンとやつたつて駄目だよ。善の道を破産した俺だから、到底救はれる予算が立たぬワイ』 弥次彦『アヽ三途がないなア、かはいさうな者だ。ナント詮術なきの川水、ミヅバナ垂らして握飯に固めて、ムスメのお世話になつた御主人様に、有らう事か有るまい事か、食べさそうと致し、おまけに小便茶をも勧めた天罰は覿面に廻り来つて、三途川の鬼婆とまで成り果てしか、アヽ思へば思へばいぢらしや、弥次彦同情の涙に暮にけりだ』 音彦『アハヽヽヽ、面白い面白い、弥次喜多道中は、冥土へ来てもヤツパリ、五十三次気分がするワイ、音彦はまるで大井川の川縁に着いた様な心持がするワイ』 弥次彦『大井川なら、この婆を大井に川いがつてやるのですな、アハヽヽヽ』 この時いかめしい装束をした一人の男、金剛杖をつき乍ら、トボトボと歩み来たりぬ。能く能く見れば、ウラル教の大目付、源五郎なりける。弥次彦は見るより、 弥次彦『ヤア貴様はウラル教の源五郎だナ、俺が猿山峠の麓の森林で、華胥の国に遊楽する折しも、しやうもない夢をば、与太公に見せよつて、驚かしよつた腰抜野郎だらう。馬からひつくり返つて、四足に圧搾されて、背中に腹は替へられぬぢやない、馬の背中で腹を抉られて、蛙をぶつけた様に、目をクルクルと剥きよつて死ばつた代物だらう。サア好い所へ来よつた。こちらは三人貴様は一人だ。娑婆に居つた時は此方は三人貴様の味方は五十人、五十人でさへも敗北した様な腰抜だから、到底叶ふまい。貴様の着物を一切脱ぎ取るのだ、サアサア脱いだり脱いだり』 音彦は、 音彦『オイオイ弥次、婆アサンの職権まで蹂躙すると云ふ事があるかい』 弥次彦『モシモシ、お婆アサン、此所ちよつと代理権を執行致しますから、事後承諾を願ひます』 婆『ハーイハイ、宜しき様に………お前に一任致すぞや』 弥『音彦さま、サアどうだ、是からこの弥次彦が、お婆アサンの代理だ。脱衣婆アといふ職権ができた。婆アサンの片相手は、お弥次サンに定つてるよハヽヽヽ。オイ源五郎、婆アサンのおやぢだ。娑婆に居つた時は弥次彦だが、今は三途川の鬼おやぢだ。キリキリチヤツト脱いで了ヘツ』 源五郎は、 源五郎『ヤア、仕方がない、ソンナラ脱ぎませう。一枚でこらへて下さいや』 弥次彦『エー執着心を持つな、真裸になれ』 源五郎『それでもまだ此先、十万億土も旅をせにやならぬのだから、お慈悲に一枚は残して下さいナ』 弥次彦『エツ一枚脱ぐも三枚脱ぐも、脱ぐのに違ふた事があるか、生れ赤子になるのだよ』 源五郎『ナント、お前さまはエライ権利を持つてますなア』 弥次彦『定つた事だよ、泥棒権利の執行者だ。キリキリチヤツト、裸になつたり裸になつたり』 源『アヽもう斯うなつては源五郎もサツパリ源助だ、娑婆に居る時には、立つ鳥も落す勢であつたが、可愛い女房には別れ、生命より大事と蓄めた財産は弊履の如く打棄てて、身軽になつて此処へ来たと思へば、この薄い着物まで剥がれて了ふのか、アヽ仕方がない。どうしたら宜からうかナア』 弥次彦『エー女々しいワイ、郷に入つては郷に従へだ。娑婆の理窟は冥土には通用せぬぞ。泥棒にも三分の理窟があるのだ。脱衣爺の命令は全部服従……否盲従するのだ。亡者が亡者に従ふのは所謂亡従だよ。アハヽヽヽ』 源五郎『アヽ仕方がありませぬ、脱がして戴きます』 弥次彦『貴様が脱いだ後は、俺も裸で困つて居るのだから、右から左へスツと着替へるのだ。…………オイ与太公、此奴ア、大分沢山に着て居よるから、貴様と分配して、着々歩を進めるのだよ』 源五郎『お前さまも、裸の辛い事は御存じでせう。自分の苦しみにつまされて、私を不憫とは思ひませぬか』 弥次彦『エー八釜しいワイ、暗がりの世の中だ。一々目をあけて居つたならば、一日も生活が出来るものかい。何事も人の憐れは、見ざる、聞かざる、言はざるで…………自分の一身一族を保護するのが当世だよ。まだまだ是では済まぬぞ、貴様の持物をみな脱いで了へ』 源五郎『これ丈褌まで脱いで了つたぢやありませぬか、この上何を脱ぐのですかい……』 弥次彦『定つた事だよ、親譲りの………貴様はまだ洋服を着て居る。靴も、手袋も、頭巾も、何もかも、みな脱ぐのだ。貴様は娑婆に居る時から、彼奴は鉄面皮だと言はれて居つたぢやらう。その鉄面皮を此処で脱がしてやらう。舌も千枚舌だと言ふ事だから、一枚は助けてやるが、九百九十九枚まで此処で抜き取るのだ。コレコレ婆アサン、釘抜を貸しテンかいナ』 婆『ハイハイ、おやぢ彦の言ふ事なら、何でも聞きませう。釘抜がチツト錆びて居るけれど、此奴の舌も錆びてゐるから、合ふたり、叶ふたりだ、ワハヽヽヽ』 弥次彦『ヤア気の利いた婆アだ、流石俺の女房丈あるワイ、………オイ源公、千枚舌を出せ…………口を開け…………』 源五郎『アーア仕方がない、冥途の法律に従はねばならぬか。ソンナラどうぞ、ヤンワリと抜いて下さい』 弥次彦『よしよし』 と云ひつつ、釘抜を以て源公を大地に仰向けに寝させ、右の足を頭にグツと乗せ、 弥次彦『イヨー沢山な舌だワイ………此舌は放蕩を舌、一枚……オイオイ与太公、貴様は勘定役だ。音彦は受取つて下さい。……この舌は違約を舌……オツト二枚……こいつは間女房を舌……オツト三枚……こいつは讒言を舌、オツト四枚だよ、……こいつは失敗を舌、オツト五枚だ………こいつはアフンと舌、オツト六枚………こいつはインチキを舌……道傍でウンコを舌……遠慮を舌……ドツコイ遠慮会釈もなしに乱暴を舌……強欲を舌……ウツカリ舌……スベタに現を抜か舌……姦通を舌……人を監禁舌……苦面を舌……喧嘩を舌……善悪を混同舌……散財を舌……要らぬ心配を舌……狡猾い事を舌……民衆運動を煽動舌……探偵を舌……損を舌……畜生を殺舌……掴まへ損なひを舌……而も三五教の宣伝使を……手癖の悪いことを舌……遁亡を舌……難儀を舌……物に窮迫舌……人を見殺しに舌……憎まれ口を叩いた舌だ……盗みも舌……猫婆も舌……無報酬の飲食を舌……神に反対を舌……貧乏を舌奴を圧迫舌……憤慨も舌……変改も舌……人の金で漫遊を舌……無理も舌……斤量の目盗みも舌……悶着も舌……魂の宿替も舌……それは良心の転宅だ……隠険なことも舌……嘘つきも舌……縁談の妨害も舌……欲な企みも舌……乱痴気騒ぎも舌……悋気も舌……不在の宅を狙つて○○を舌……猟師をして沢山な畜生も捕獲舌……論にも杭にもかからぬ様な議論も舌……忘八苦も舌……意地の悪い事も舌……エー閻魔さまの眼鏡に叶はぬ様な事も沢山舌……人をおど舌……霊界物語の邪魔も舌……俺もモウウンザリ舌…是でまだ六十枚だがモウ良い加減に止めに舌がよからうかアツハヽヽヽ』 音彦『随分沢山な舌ですネー、音彦感心しま舌、ワアツハヽヽヽ』 弥次彦『此奴は、何時も数多の人間を顎で使ひよつて、舌長に物を吐かす舌たか者だから、舌の根も随分強くつて、この三途川の鬼爺も、大変な苦労を舌、アーア舌抜き商売も、懲々舌わい、ワツハヽヽヽ』 婆『これはこれはおやぢ彦、偉い苦労をかけま舌、これで一寸源五郎の制敗も一部落着いた舌と云ふものだ』 源五郎『アーア辛い目に逢ふたものだ。三味線の糸ほど引締められて、撥を当てられ、お前のお好きに紫檀棹、源五郎も是で無罪放免にして貰ひませうか』 婆『まだまだ……此処はこれでよい、この河を渡つて向ふへ行つたら、今度はお前の腕を抜くのだよ』 与太彦は面白さうに、 与太彦『アヽそうかいな、痛いかいな、苦しいかいな』 弥次彦『コラ与太公、ソンナ陽気な事を言ふとる場合ぢやないぞ、改心をせぬか、緊張せぬかい、お弥次彦が舌を抜いてやらうか』 与太彦『オイ弥次彦、よい加減にコンナ殺生な商売は辞職したらどうだい』 弥次彦『八釜し云ふない、モウ少し勤めさして呉れ、……恩給年限が満つるまで……』 与『貴様はどこまでも、徹底的に欲な奴だナ、欲々の体主霊従の性来ぢやと見えるワイ。世の中で他人がよく云はぬのも当然だ』 婆『サアサア弥次彦サン永々お世話だつた。只今限り解職する、速くこの河を渡りしやれ』 弥次彦『ヤア何だ、何時の間にか河が無くなつて了つた。かわい女房に生別れと云ふ場面だナ。オイ婆ア、折角な綺麗な河を何処ヘスツ込めて了つたのだい』 婆『お前の罪が薄らいだから、河はモウ流して了つたのだよ』 弥次彦『河を流すとは妙だな、ヤツパリ現界とはすべての光景が河つて居るワイ……ヤア面白い、茫々たる原野と俄に早替り、活動写真を見とる様だ……是れは是れはお婆アサン、永らく御厄介に与りました。頭の一つもおなぐり惜いが、私も先が急きますから、これで垢の別れを致しませう。これから爺は三人の亡者を連れて、あの世の旅をする程に、おばば、後の供養をしつかり頼むぞや。極楽と言ふ立派な所へ行つて半座を分けて待つて居る、一時もはやく、第二の娑婆を振り棄てて、おやぢの側へやつて来て呉れ、万劫末代、一蓮托生、必ず忘れて呉れるなよ』 与太彦は吹き出して、 与太彦『アハヽヽヽ、何を吐しよるのだ、アンナ老婆と一蓮托生になつて堪るかい』 弥次彦『それでも袖振合ふも他生の縁よ「ヤアおやぢサン、ばばア……」と仮令半時でも縁を結んだ以上は、夫婦には違ない、夫婦の情は門外漢の窺知すべき所でない、色気の無い唐変木の容喙すべき限りにあらずだ』 音彦、与太彦、源五郎も一度にふき出し、 音、与、源『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 (大正一一・三・二三旧二・二五松村真澄録)
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(1613)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 03 鷹彦還元 第三章鷹彦還元〔五五三〕 鷹彦、梅彦、亀彦は心の堅き岩彦の改心を喜びて、駒彦諸共、駒に鞭打ち堂々と小鹿峠を登り行く。爪先上りの山道を神の教に夜の道、早頂上に登り着いた。 鷹『御蔭で、小鹿峠を見極めました。ご一同ここで馬を休息させて参りませうか』 と一同は鷹彦の提議に満場一致賛意を表はし馬よりヒラリと飛び下りた。 岩『何れも方、余りの急坂でお疲れでしたらう。然し、音彦の宣伝使は居ませんなア』 梅『アヽさうですな、どうしたのでせう。途中に馬でもへたつたのではありますまいか、真逆あれほど大きな声で呼んだのだから聞えぬ筈もなからうし、目の醒めない道理も無い。之は的切り落馬されたのではありますまいか。弥次、与太の二人も居ませぬなア』 岩『ナニ大丈夫ですよ。一人なれば心配もして見なくてはならぬが、三人連だから滅多に紛失する心配もありませぬワ、アハヽヽヽ』 亀『何だか私は気懸りでなりませぬワ、途中でウラル教の目付役に打つかつて苦戦して居られるのではありますまいか。音彦の宣伝使は温順で胆力があるから、如何なる難関も容易に切り抜けられませうが、新参者の弥次彦、与太彦が要らぬ空元気を出して一悶着やつて居るのではあるまいかと気が気でなりませぬ』 駒『亀サン貴方もさう思ふか、私も同感だ、何だか気懸りでなりませぬワ。なんでもこの辺はウラル教の根拠地だと云ふ事です。ウラル山アーメニヤの驍将共は大分フサの国に集まつてゐると云ふ事ですから油断は出来ませぬよ。鷹彦サン、御苦労だが貴方の特能を現はして、一寸鷹に還元して、偵察をして下さるまいか。大丈夫と云つても充分の安心は出来ませぬからナア』 鷹『承知致しました。暫く待つて下さい』 と忽ち霊鷹と変じ中天高く姿を隠した。 後に四人は此処に神言を奏上し、過来し方の物語りに時の移るのも知らなかつた。東の空は茜晒して、日の大神の影、タカオ山脈の頂より登りたまふ。 岩『アヽもう夜が明けた。鷹彦さまはどうだらう。木乃伊取りが木乃伊になつたのではあるまいかなア』 梅『真逆ソンナ事はあるまい。音サンの事だから今に何とか音づれがありませう』 駒『本当に音サンの連がないのは音づれないのと同じ事、道中が淋しい様な気がする』 斯る処へ、四人の男覆面のまま峠を西方より登り来たり、 甲『ヤア居るぞ居るぞ、而も三五教の宣伝使が四人だ。オイ八公、貴様は早く源五郎の大将に報告して沢山の捕手を差し向ける様にして呉れ。吾々はそれ迄此処に彼奴等の遁げない様に監視をして居るから』 と小声に囁いて居る。 岩『オイ其処へ来るのはウラル教の捕手ぢやないか、皆サンお早うから御苦労様だなア、緩り一服なとしなさい。海山の話しを致しませうよ』 梅『斯う峠の頂きから四方を見晴らしもつて、世間話をするのも余り悪くはありませぬよ。さう恟々として落着かない態度をせずに、吾々と一所にどつかと腰を下して御一服なさいませ』 甲『ヤアその方等は紛ふ方なき三五教の宣伝使だなア。吾々は汝等の察する如く、ウラル教の捕手の役人だ。最う斯うなる以上は百年目だ、たとへ神変不可思議の術を使つて天を翔り地を潜る共、此方にはまた此方の不可思議力がある、サア神妙に手を廻せ』 岩『アハヽヽヽヽ、仰有ります哩。鉛で拵へた仁王サンのやうに四角四面な顔をして、さう頑張るものぢあない。同じ天の神様の氏子だ、持ちつ持たれつ、互に助け助けられ、この世に生きて栄えて、誠の神の御用を致す尊い人間同志だ、マア緩りと一服なさるがよかろう』 乙『この期に及んで要らざる繰言、聞く耳持たぬぞ。貴様は三五教といふ邪教を天下に宣伝する曲津神だ、それ丈の悟りがあるなら何故そのやうな教を信ずるのだ。巧言令色致らざるなく、乞食の虱ぢやないが口で殺さうと思つたつて、ソンナ事に迂濶々々乗る六サンぢやないぞ。エヽグヅグヅ吐さずと従順に手を廻せ、ウラル山の砦に拘引してやらうか』 駒『アハハヽヽヽ、マアマア、マアこの日の長いのに朝つぱらから、さう発動をなさると草臥れますよ。マア鎮まつて一服しなさい。吾々が丁寧に鎮魂でもして上げませう』 六『ナヽ何を吐しよるのだ、その鎮魂が気に食はぬのだ。グヅグヅ吐すと貴様の命は瞬く間に沈没だぞ』 亀『何とウラル教といふ教は荒い言葉を使ふ教理だな、恰で雲助サンと間違へられますよ。言霊の幸はふ世の中、尠とは丁寧な言葉をお使ひなさつたら如何ですか』 六『喧しい哩。貴様の様に表は蚤も殺さぬ様な態度を装ふて、鬼か大蛇か狼か獅子か山犬かといふ様な表裏反対の教とは雲泥の相違があるのだ。温和い顔をして悪念を包蔵する奴程、この世の中に危険な者はない。外面如菩薩、内心如夜叉、悪鬼羅刹の化の皮今にヒン剥いてやるから覚悟を致せ。吾々ウラル教の御方は上から見れば荒削りの仁王サンの様だが、心の綺麗な事は竜宮の乙姫サンか天教山の木の花姫が素足で逃げ出す様な綺麗な御霊の持主計りだぞ。余り見違ひをして貰ふまいかい』 岩『それはそれは結構な教ですな、しかしながら霊肉一致といつて心の色が外に表はれるものだ。心が和ぎ美しければ其人の言行はやつぱり柔かく美しくなくてはならぬ。黄金の玉を襤褸で包むと云ふ道理は無い筈だ』 六『エヽ好うツベコベ団子理窟を捏ねる奴だナ。今の世の中の奴は、口許り発達しやがつて、男までが女のやうな言葉を使ひ、髪に油をつけ洒落る時節だ。俺らの様な、天真爛漫素地その儘の人間が鉦や太鼓で探し廻つた処でさう沢山はありはせぬぞ、悪魔は善の仮面を被つて好う誑らかすものだ。貴様等もその伝だらう、言ふべくして行ふべからざるものは教の道だ。グヅグヅ云はずに、もう斯うなつちや仕方が無い、因縁づくぢやと諦めてこの方の仰せに服従致せ』 岩『アハヽヽヽヽ、ウラル教は随分理窟は極めて巧妙に仰有りますな、否、聞いて見なくては分からぬものだ、誰も世の中の人間は食はず嫌ひが多くて困る。お前の云ふのが本当なら吾々もウラル教を信ずるのだ。然し乍らウラル教は言行相反する邪教だ。実の事を云へば吾々は元はウラル教の宣伝使だ、竜宮の一つ島に渡つて宣伝をし乍らつい一月前までウラル教の宣伝使を勤めて居たのだ。然し乍ら吾々は三五教を聞いてウラル教と比較して見れば実に天地霄壤の差ある事を心の底より悟つたのだ。要するに何程教が立派でも行ひが出来なくては却て社会に害毒を流す様になる。三五教は不言実行の教だよ。何ほど立派な教でも宣伝使にその人を得ざれば、折角の金玉を泥濘に埋没した様なものだ。お前たちもどうだ、今から三五教に帰順して了つたが後生の為だらう否この身このまま無限の安心と光栄に浴する事が出来るであらう。三五教は現当利益の教理だよ』 六『ヤイヤイ皆の奴、どう仕様かな。この四人の宣伝使は元はウラル教の宣伝使だと云ふ事だ。吾々も茲に到つて沈思黙考の余地は充分に存するではないか』 甲『今更らしい事を云つたつて仕方がないぢやないか。今に八公の報告に依つて、源五郎の大将が数多の部下を引連れ押し寄せて来るといふ手筈になつて居るのだ。コンナ処で、三五教になろうものなら、それこそ大変だぞ。何、構ふものか、弱音を吹くな、たとヘウラル教が悪の教であらうと、毒食はば皿まで嘗ぶれといふ事がある、行く処まで行くのだよ』 六『アヽ此処はサル山峠の頂上だ、此処へ降る雨は紙一枚の違ひで、一方は東へ流れ落ちる、一方は西へ流れ落ちる、善悪正邪の分水嶺だ。吾々も一つ此処で向背を決せねばなるまい』 この時、天空より舞ひ下つた一羽の霊鷹は見る見る身体膨張し、一丈許りの羽を拡げてバタバタ羽ばたきした。 岩『アヽ鷹様か、音彦の様子は如何に』 鷹彦は羽を納め元の姿となり汗を拭き乍ら、 鷹彦『御連中、大変ですよ。音彦の宣伝使はウラル教の大目付、鷲掴の源五郎の為に包囲攻撃をされ、命からがら小鹿峠の方面に遁れ去つたといふ事です。而うして源五郎は自分の馬の下敷となつて腹を破り悶死したさうです。八といふ男が一隊を引き連れて音彦様の後を追跡したと云ふ事です』 六『そりや大変だ、八といふ名は沢山にあるが源五郎といふ大将の名は一人だ、そうすれば吾々の大将は討死したのか、エヽ残念ぢやない哩、残念なのは源五郎御自身だ。常平生からウラル彦の大将を笠に着よつて、虎の威を藉る古狐に罰は覿面、死様にも種々あるに、自分の乗つた馬の背中に押へられ死ぬとはよくよく因果な者だナア。ヤア最う安心だ、何時もいつも吾々を圧迫しよつた報いだ。モシモシウラル教の元の宣伝使、三五教の新米のヌクヌクの宣伝使の御歴々さま、私も三五教に帰順いたしますワ』 岩『要らぬ事を沢山云ふものぢやない。旧だの新だのホヤホヤだのと、それだからウラル教は口が悪いと云ふのだ。帰順するならするで、ベンベンダラリと前口上を並べなくても好いぢやないか。モシモシ鷹彦さま、この男は今お聞きの通り帰順すると言ひました。貴方のお留守中にコンナ勝利品を得ました、ホンの一服休みに一人の帰順者を得たのですから随分豪勢なものでせう』 鷹『相変らず、喇叭吹きがお上手ですなア』 六『オイオイ皆の奴、小頭の六サンが帰順したのだから、貴様たちも俺に殉死だぞ。異議はあるまいな』 一同『あーりーがー度く存じませぬワイ』 六『なんだ、曖昧ぢやないか、しつかり云はぬかい』 辰『お前の云ふ通り、善悪正邪の分水嶺だ、一雨降るまで待つて呉れ。決着が着かぬ哩』 六『執着心の深い奴だナア、置け置け。人間は淡白とするものだ。三五教の宣伝使の音彦や二人の伴のやうに、吾々に両方から包囲攻撃されて深い谷間に身を躍らして飛び込み冥土の旅をした事を思へば屁でもない事だ。牛を馬に乗り換へる丈の事だ。とかく人間は諦めが肝腎だよ。断の一字は男子たるものの必要欠くべからざる宝だからのう』 岩『モシ六サンとやら、音彦が谷へ飛び込んで死んだと云ふのは、そりや本当かい』 六『私も三五教に帰順した以上は、何、嘘を申しませうか、誠も誠、現に私が実地を目撃したのですもの』 駒『そりや大変だ、こりや斯うして居られぬ哩』 六『モシモシ三五教は刹那心ですよ。過ぎ越し苦労はお止しなさい。もう今頃は三途の川の婆アに着物を強請られて渡す着物は無し当惑して居る最中ですだらう。何ほど泣いても悔んでも、一旦死んだ人は呼べど叫べど何の答へもないぢやくり、泣いて明石の浜千鳥』 岩『オイオイ六、ろくでも無いことを云ふな、冗談処ではないワ』 六『六道の辻で六サンが………と云ふ所ですワイ』 岩『エヽソンナ冗談処かい、神言を奏上してせめては音彦一同の冥福を祈り、幽界宣伝の加勢をして上げねばなるまい。……頓生菩提音彦、弥次彦、与太彦の御魂、神の御国に幸あれよ。アーメン、ソーメン、ドツコイ南無妙法蓮、陀仏、遠神笑みため、惟神祓給へ助け給へ、妙々』 鷹『アハヽヽヽヽ、岩彦サン、ソンナ混雑した祝詞がありますか』 岩『イヤもう親密なる友人の訃を聞いて心も心ならず、何れの神様を祈つたら音彦の御魂サンを守つて下さらうかと一寸麻胡つきました。然し乍ら之が人間の真心ですワ』 亀『岩彦サンは好う麻胡つく方だなア、シヅの窟で私たちの骨なと肉なと拾ふてやろうと仰有つた時のお麻胡つき方そつくりだワ』 岩『アハヽヽヽヽ、一寸余興に洒落て見ました』 駒『これは怪しからぬ、友人の訃を聞いてそれ程可笑しいですか』 岩『アハヽヽヽ、可笑しい可笑しい、苟くも三五教の宣伝使たるもの、尊き神の御守りある以上敵に包囲攻撃されたと云つて、自ら谷へ飛び込んで自殺を遂げると云ふ事がどうしてありませう。屹度助かつて居ると、吾々の何だか琴線に触れる様な心持ちがして来ましたアハヽヽヽ』 遽に聞ゆる人馬の物音、五人の宣伝使は一斉に立ち上り音する方を眺むれば、数百人のウラル教の捕手の役人、各自に柄物を携へて此方に向つて登り来る。 岩『ヨー、お出たお出た』 六公『サア面白い、一行の宣伝使様、此処で六公が三五教に帰順しました心底を現はして見せませう』 と捻鉢巻をしながら、六公は峠の真ん中に大手を拡げ大音声、 六公『其方は悪逆無道の鷲掴の源五郎か、自分の馬に押し潰されて死んだ奴めが。未だ娑婆が恋しいと見えて数多の亡者を引き連れて、三五教の宣伝使を召し捕むとは片腹痛い。サアこれから六サンが三五教に寝返り打つた初陣の活動、吾が言霊の神力に往生いたせ。アーオーウーエーイー』 この声終ると共に、大将源五郎の騎馬の姿も、数多の軍卒の影も忽ち煙の如く消え失せて、後には、尾の上を渡る松風の音が聞ゆるのみ。 六『アハヽヽヽヽ、何と源五郎の奴、執念深い奴だ。亡者になつても未だやつて来よる。しかし乍ら、三五教のお蔭で亡者隊は、モジヤモジヤと煙となつて消え失せたり。ヤア宣伝使御一同様、何卒これを証拠に貴方のお弟子にして下さいませ。お荷物でも持たして頂きませう』 岩『自分の荷物は自分が持つべき物だ。吾々は人の力を借りるといふ事は絶対に出来ない。六サンは六サンの荷物を持つて随いて来なさい』 六『御存じの通り、私の荷物は此の槍一つで御座ります。もう斯うなる以上は槍の必要もござりませぬ。コンナ物は谷底へやり放しにして、是れから大いに、神様の宣伝をやりませう。やり繰上手の六サンは一つ足らぬ許りで何時も七つやの御厄介、是からは、三五教の御厄介になりませう』 岩『アハヽヽヽヽ、滑稽諧謔口を突いて出ると云ふ風流人だナ、面白い面白い。お前の荷物と云ふのは外でもない、まだ一匹残つてゐる、四足の副守護神だよ』 六『エエソンナ物が居りますか』 岩『居るとも居るとも、その副サンが滑稽諧謔の主だ。然し乍らお正月言葉許り使つて居る宣伝使中には、時に取つては副サンも必要だ。或る時機までは大切に背負つて行きなさい』 六『六の身体から一つ取つたら五つになります。五ツの御霊の宣伝使にして下さいな』 岩『宜しい宜しい、もう暫らく副サンを保留して置くんだよ』 遽に一陣の強風吹き来ると見る間に、馬の蹄の音、何処ともなく響いて、木の間に現はれた眉目清秀の宣伝使あり。 鷹『貴方は、日の出別の宣伝使様、能う来て下さいました。一同の者がどれ丈け、憧憬れて居つた事ぢやか知れませぬワ』 日『ホー皆サンご苦労でした。しかし音彦、外二人は、コシカ峠においてウラル教の捕手の為めに包囲攻撃されて、進退維谷まり、千仭の谷間に身を投じて気絶をしてゐます。時遅れては一大事、サアサア皆サン早くお支度をなされ、一鞭当ててコシカ峠の溪間に、宣伝使を救ひに参りませう』 一同『ヨーそれは大変』 と云ふより早くヒラリと馬に跨り、九十九折のサル山峠の坂道さして『ヤア六サン来れ』と一目散に日の出別の神に従ひ走り行く。 (大正一一・三・二三旧二・二五藤津久子録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 04 馬詈 第四章馬詈〔五五四〕 日の出別神は、サル山峠の頂上に憩へる五人の宣伝使と六公の一行を率つれ、コシカ峠の谷底に蹄の音も勇ましく、轡を連らねて現はれたり。 茲に音彦、弥次彦、与太彦の三人は、谷底の真砂の上に枕を並べて気絶して居る。一同の宣伝使は交る交る河水を掬ひ口にふくんで三人の面部に濺ぎかけた。音彦はウンと一声起き上がり、 音『オイ此処は何処だつたかなア、三途の川を渡つて天の八衢に進んだ積りだに、この川は何時出来たのか、また三途の川が此処へ転宅をしたのではあるまいか』 岩『これこれ音彦サン、あなた気絶して居たのですよ。ここはコシカ峠の谷底です、チト確りして下さい』 音『ウンさうだつたかなア、すつての事で幽界旅行地獄探険をやるところでした。ようまア助けに来て下さいました。未だ未だ現界にご用があると見えますなア』 岩『あるともあるとも、今斯様なところに国替して耐るものか、確りして下さい。之から遥々フサの都に到着してコーカス山に進まねばならぬ。途中に斃られては吾々は幸先が悪いですからなア』 音彦は目を擦りながら、 音『ハア日の出別の神様その他御一同、妙な処でお目に掛りました。イヤお助けに預りました』 岩『音彦サンは、やつとの事で蘇生をして下さつたが、二人の方はまだ魂がへしが出来て居ない。皆さま一斉に魂呼びを致しませう』 一同は声を揃へて一二三四五六七八九十百千万を四五回繰返せば、弥次彦、与太彦はムクムクと動き出したり。 音『ヨー弥次彦サン、気を付けたり。与太彦サン目を開けたり』 弥『銅木像奴が、また手を換へ品を換へ瞞さうと云つたつて、その手に乗るものかい。これ源五郎のサツク奴、三途川の鬼婆の代理を勤めたこの弥次サンだぞ。好い加減に改心せぬかい』 岩『これこれ弥次サン、確りせぬか』 (岩)『これこれ与太サン、確りせぬか』 与『何吐しよるのだ。源五郎のお化奴が』 音『オイオイ、弥次彦、与太彦の両人、此処は冥土ぢやないぞ、コシカ峠の谷底だよ』 弥『ヘン、馬鹿にするない、コシカ峠は疾の昔に空中滑走をやつて首尾よく帰幽したのだ。それから三途の川を渡つて天の八衢の銅木像を今遁走させた処だ。如何に亡者になつたとて、娑婆へ舞ひ戻る奴があるかい、俺は刹那心だ。一足も後戻りは、嫌ひだよ』 音『アヽ困つたものだなア、やつぱり亡者気分で居ると見える。コレコレ弥次サン、与太サン死んで居るのぢやないよ、生て帰つたのだよ』 弥『馬鹿を云ふな、死んだ者が二度死ぬ前例があるかい。生き返るも跳ねかへるもあるものかい、お前の修羅の妄執をサラリと捨てて、十万億土の旅をするのだ。顕幽境を異にしたこの幽界で幾何娑婆が恋しうても一旦往くところ迄往かねばならぬのだ。今は中有だ。やがて生有が来るであらう、それまでは幽界の規則を遵奉して神妙に旅行するのだ、ノウ与太公』 与『エヽ弥次サン、些と変ぢやないか、何だか娑婆臭くなつて来たやうだよ。日の出別の神様もお見えになつて居る。沢山の宣伝使も御列席だ。好い加減に目を醒まさぬかい』 弥『馬鹿云ふな、日の出別の一行は俺等よりも先に幽界旅行だ。銅木像の化の奴が日天様に頭を打ちよつて遁走した後へ現はれて来られたぢやないか』 岩『彼奴は一つ水の吹きやうが足らぬ、いつその事、身体ぐち此川へドブヅケ茄子とやつたらどうだらう』 与太彦は泣き声を出して、 与『モシモシ宣伝使様、折角助かつたものを、ソンナ事をして貰つたら土左衛門になります。それだけは何卒許してやつて下さいませ。アーア弥次彦はなぜコンナに分らぬのだらうか、可愛さ余つて憎らしうなつて来たワイ』 と与太彦は力限り鼻を捻上げる。 弥『アイタヽヽ、冥土へ来ても未だ改心をせずに俺の鼻を捻ぢよつて、貴様きつと地獄の鼻責に遇はされるぞよ』 一同『アハヽヽヽ』 弥『何だ、人が鼻を摘まれて苦しんで居るのに、敬神の道を伝ふる宣伝使たるものが、可笑しさうに笑ふと云ふ事があるものか。冥土の道連に貴様の命も奪つてやるのだけれど既に死んだ奴だから奪る命もなく、エヽ残念な事だ。鬼にでも遇つたら全部告発してやるからさう思へ』 与『エヽ仕方の無い奴だナア。此奴甦りそこねよつて、身魂の転宅をやらかし発狂しよつたな』 と拳骨を固めて横面をポカンと撲る。その勢に弥次彦はヒヨロヒヨロとひよろつき、石に躓きばたりと倒けた。 弥『アイタヽヽ、やつぱり痛い事が分る哩、さうすると未だ娑婆に居つたのかいなア。ヤア日の出別さま、鷹サン、岩サン、梅サン、駒サンに音サン、与太彦に、もう一匹のお方』 音『アーア、お前はそれだから困るのだ。性念がつくと直他のお方を捉へて一匹だなんて口の悪い男だナア』 弥『ヤア矢張本当だ。コシカ峠の谷底だつたワイ』 一同『気が付いた、気が付いた。サア祝に祝詞の奏上だ』 と一同は真裸となつて川に飛び込み、御禊を修し天津祝詞を奏上する。 日『オー思はぬ時間を費やした。コーカス山の神務が忙しい。吾々はお先に失敬する、皆様悠り後から来て下さい』 と云ひながら馬の手綱を掻い繰り空中目蒐けて鈴の音、轡の音勇ましく、シヤンコシヤンコと空中指して昇り行く。 岩『ヨー遉は日の出別の神さま、天馬空を行くと云ふ離れ業は、吾々の如き力の無い宣伝使では到底望まれない。皆サンこれからフサの都に急ぎませう。弥次彦、与太彦、モ一人のお方、悠り後から来て下さい』 六人の宣伝使は轡を並べて駆け出さむとする。弥次彦は馬の轡をぐつと握り、 弥『マア待つた待つた、二人の裸人はどうして下さるのだ』 岩『みな一枚づつ脱いで借して上げませうか』 一同『宜敷からう』 と上着を一枚づつ脱ぎ、 一同『三人様、後から悠り来て下さい。貴方は二本足、吾々は四本足に乗つて居るのだから、到底追つけない。フサの都で待つて居ます』 と駿馬に鞭ち雲を霞とかけ去りにける。 弥『アア世の中は妙なものだワイ、三途川の鬼婆が、裸体の吾々を捉へて衣服が無ければ親譲りの皮衣を出しよらぬかと吐しよつたに、遉は三五教の宣伝使、立派な着物を脱ぎ捨てて惜し気もなく二人に与へて往つてしまつた。オイ与太、羽織ばかり貰つたところで、仕方が無いぢやないか、帯もなし、袴もなし、生憎針も糸も持つて居ないから、仕立直すわけにも行かず、アヽこれだから独身生活は困ると云ふのだ。青瓢箪のやうな嬶はあつても、高取村まで帰らねばお目に懸る訳にも行かず、電話でもあつたら掛けて呼び寄せるのだけれど、仕方がないなア』 与『良い事がある、羽織を倒まにして袖に両足を突込めば立派な袴が出来る。さうして上に羽織を着るのだ、もう一枚の羽織を前後にして着さへすれば好い、何と妙案だらう』 弥『妙案々々、しかし帯は如何するのだい』 与『帯は其辺の蔓をむしつて臨時代用だ。これを着て久し振り女房の家へ帰り、門口に立つて、女房喜べ、背中がお腹になつたぞよ、とかますのだ。そこで女房の奴、一つ逃れて又一つ』 弥『オイオイソンナ滑稽を云つて居る場合ぢやないぞ、ソンナ事は五十万年後未来の十九世紀とか云ふ時の、ガラクタ人間の近松とか出雲とか何とか云ふ坊主上りが作る文句だ。今は天孫降臨前の原始時代だ。未来の夢を見る奴があるかい』 与、六『ウフヽヽヽ』 弥『お前は何処から降つて来たのだ、何といふ男だい』 六『ハイ、私は六といふ男でございます』 弥『何うせろくでも無い奴だと思つて居つた。ろくろくに挨拶もしよらぬと何だい、その六ケしい顔は』 六『どうぞ以後お見知り置かれまして、お六つまじう末長く御交際を願ひます』 与『アハヽ此奴は面白い、三人世の元だ、いよいよ之からコシカ峠の四十八坂を跋渉し、ウラル教の奴輩を片端から言向け和し、フサの都に凱旋をするのだ。何時迄もコンナ谷底に呆け顔してウヨウヨして居るのも気が利かない。さあさあ馬丁、馬の用意だ』 六『馬ア何処に居りますか』 弥『何、膝栗毛だ。心の駒に鞭打つて敵の牙城に突撃を試むるのだ。一二三四、全隊進めツ』 与『オイオイ弥次公、四とは何だ、三人より居ないぢやないか』 弥『馬鹿云ふな、守護神がついとるぞ、サア詔直して今度は一人二人で勘定だ。俺が一つ標本を出してやらう、俺が、一人二人三人四人五匹六匹七人八匹九匹十人十一匹十二匹、と斯う云ふのだよ』 与『怪体な勘定だな、何故ソンナ人と匹とを混合するのだい』 弥『極つたことよ、人間が三人に守護神が三人、四つ足が六匹だ、貴様等の守護神は一匹二匹で沢山だよ』 与『馬鹿にしよる、エヽ仕方がない、一匹でも連が多い方が道中は賑やかだ、オイ六人六匹突喊々々』 と馬鹿口を叩きながら絶壁を、木の株を力に坂道まで漸く辿り着いた。 弥『アヽ此処だ此処だ、ウラル教の奴、数百人をもつて吾々を囲みよつた所だ。弥次サン与太サンの古戦場だ。亡魂が此辺に迷ふて居るかも知れぬ。記念碑でも建ててやらうかい』 与『アハヽヽ、好く洒落る奴だナア』 六『之から先には四十八坂と云ふ大変な峻い坂がありますぜ、まア悠りと此処で休息して行きませう、大分に長途の旅で疲れましたからなア』 弥『馬鹿にするない、長途の旅か一寸の旅か知らないが、今此処の谷川から漸く此処まで登つて来たばかりぢやないか』 六『私は宣伝使のお伴をしてサル山峠の頂上から七八里の道をテクツて来ました、足が草臥れて居ます、一寸一服さして下さいな』 弥『何だ、八里や十里歩いたつてそれ程苦しいか、俺たちは今十万億土の旅をして来たところだ。それでも俺のコンパスはコンナものだい。アハヽヽヽ』 かく雑談に耽る折しも、数千頭の野馬群をなして此方に向つて駆け来る。 六『ヤア有難いものだ。天の与へた野馬に乗つて往く事にせう、鞍もなし裸馬に乗るのは野馬なものだが、仕方がないワ、もしも野馬と一緒にこの渓谷に辷り落ちて又もや弥次サンや、与太サンのやうに冥土の旅をするやうになつたら後世の人間が此処は六道の辻の六公の終焉地だ。野馬の落ちた処や、野馬渓だと記念碑でも建てて名所にするかも知れぬぞ。オイ、野馬公の奴、六サンの仰せだ、馬匹点検だ、全隊止まれ。ヤアこの野良馬奴、吾輩の言霊を馬耳東風と聞き流しよるナ、余り馬鹿にするない』 馬『モシモシ三人の足弱サン、私に御用ですか、賃金は幾何出します』 六『ヨー此奴、勘定の高い奴だナ、ウラル教だな。世が曇つて来ると馬までが化けよつて人語を使ふやうになつて来る哩、もう世の終りだ』 馬『馬でも物を言ひますとも、狐でも狸でも物を云つてるぢやないか』 弥『何処に狐や狸が物を云つてるかい』 馬『お前サンの腹の中から副守護神とか云つて喋つて居るよ。狐が物言ふのに馬が物云はれぬと云ふ規則があるか、お前も聞いて居るだらう「馬が物云ふた鈴鹿の坂で、お三女郎なら乗せうと云た」この馬サンも女なら乗せたいのだけれど、ソンナ欠杭の化け物見たやうな唐変木を乗せるのは些と背が痛い。しかしお三の変りに狐三匹乗せてやらうか、お前のやうな奴は、世間から「狐を馬に乗せたやうな奴」だと云はれて居るから名実相伴ふ、言行一致三五教の教理の実現だ。どうだ、この馬サンのヒンヒン、ヒントは外れはせまい』 六『馬いこと吐しよる、馬鹿々々しいが、今日は弥次彦、与太彦サンの御命日オツトどつこい再生日だから、お慈悲で乗つてやらうかい、貴様もこれで後の世には人間に生れて来られるワ、宣伝使を乗せた御利益と云ふものは偉いものだぞ』 馬『人間を乗せるのなら有難いけれど、狐や狸の容器を乗せるかと思へば情なくなつて来た。ヒンヒンヒン、貧ほど辛いものがあらうか、四百四病の病より、辛いのは狐狸に使はれる事だ。アヽ慈善的に四十八坂を渡つて野馬渓の実現でもやつて、末代名を残さうかな』 弥『こりや怪しからぬ、迂濶乗れたものぢやないぞ』 馬『人には添ふて見い、馬には乗つて見いだ、サア早く乗らぬかい、貴様は毎時真つ暗な処へ嬶アの目をちよろまかして、金を盗んで、行灯部屋に放り込まれ、終には馬をつれて帰る代物だよ。馬に送つて貰ふのは、一寸願つたり叶つたりだ、ヒンヒンヒン』 三人『エヽ八釜しい哩、それほど頼めば乗つてやらう』 と、数十の馬を目蒐けて飛びついた。 弥『ヤア此奴は宛が違つた、睾丸のある奴だ。同じ乗るのなら牝の方に乗り換へてやらうか、身の過失はのり直せだ』 馬『ドツコイ、さうは行かぬぞ、乗りかけた船ぢやない馬だ。もうかうなつては此方の者だ、鷲掴の源五郎のやうに、急阪になつたら前足を上げてデングリ返つて背で腹を潰してやるのだ。ヤア面白いおもしろい』 与『俺のは牝だ、此奴は些と温順しいらしいぞ』 六『俺のも牝ぢや』 弥『ヤイ八釜敷いわい、馬がヒンヒン吐してビン棒籤を抽いて困つて居るのに、貴様迄が同じにヒンヒンと吐すな、ヒンの悪い』 数多の馬声を揃へて、 馬『ヒンヒンヒン、ヒンヒンヒン』 (大正一一・三・二三旧二・二五加藤明子録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 05 風馬牛 第五章風馬牛〔五五五〕 三人は駻馬に跨り放屁の砲撃を受けながら小鹿峠の急阪を一目散に登り行く。 弥『長鞭馬腹に及ばずだ、エー邪魔臭い、鞭は無用だ』 と馬上より惜し気もなく鞭を投げ捨てた。 馬『無智な奴の、人三化七に鞭の必要があるものかい、牛飲馬食の大将奴、もう此処らで一つ直立してやらうかい』 弥『馬公の奴、減らず口をたたくな。古今無双の乗馬の達人、弥次彦サンを知らないか、愚図々々吐すと胴腹を締めて息を止めてやらうか』 馬『ヒヽヽヽヽヒンヒン、可笑しい哩、蚊の一匹も留つたやうな感覚も起らぬワ、狐の容器奴が』 弥『オイ、畜生、口が過ぎるぞ。主人に向つて無礼であらうぞ』 馬『ヒヽヽヽヽヒン、美ん事仰有る哩、轡も嵌めずに馬に乗る奴があるかい、余程いい頓馬だな』 弥『頓馬とは貴様の事だよ』 馬『弥次彦の馬鹿者奴、お竹の宿で小便を飲まされよつて、此奴は馬の小便ぢや無からうかと馬首を傾けて思案した時の可笑しさ、屁馬ばつかりやる奴だな。それだから馬抜野郎と言ふのだ』 弥『エー、能く囀る頓馬野郎だ、轡は無し一寸困つたな』 馬『轡が無けりや乗るない、貴様は木馬で結構だ。何でも今の奴は金の轡さへ嵌めさへすれば温柔しくなるのだよ、如何だ、金を持つとるかい』 弥『俺も貴様のやうな頓馬だから此頃は手許不如意でヒンヒン(貧々)だ。オイ与太彦、貴様の馬は如何だ』 与『乗心地が良いワ。女偏に馬の字に跨つた様な気分だよ』 弥『エー仕方が無いワ、コンナジヤジヤ馬に乗り合したのが災難だ。オイ六サン、お前は如何だい』 六『俺もチヨボチヨボだ、乗心地が良いよ、何とも言へぬ良い気持だ。丁度金竜、銀竜に乗つとる様な股倉加減だよ』 弥『エー、異馬々々しい、貧乏籤を抽いたものだワイ』 馬『オイ弥次サン、お前は弥次馬だから仕方が無いよ。マア馬の俺の背中から空中滑走をやつて着陸して頭をポカンと割つて、ま一遍十万億土へ行つて来い、さうすれば立派な馬に乗れまいものでも無いワ』 弥『エー、能う口答をする馬鹿野郎だナア』 馬、鬘を振り立て目を瞋らし口を開けてガブツと腕を噛みかけやうとする。 弥『コラ、何をしやがるのだい、ジヤジヤ馬奴が、貴様等に噛まれて堪るかい』 馬『直立しやうか、貴様は四足の容器だから一遍ぐらゐ人間らしう直立した馬に乗つて見るも良からう』 弥『コラ、馬は馬らしうせぬかい、四足が立つて歩くといふことは天則違反だぞ』 馬『ヒンヒンヒン、それは貴様の事だ。四足身魂が偉相に、立つて歩くのが何が不思議だい、ヒンヒンヒン』 弥『エー仕様の無い奴だ、もう暇を遣はす、これから親ゆづりの膝栗毛に乗つて歩かうかい、胴柄ばかり大きくて、屁ばつかり達者な頓馬野郎奴、止まれ止まれ、下りてやらう』 馬『下さぬぞ下さぬぞ、下す所が違ふワ。も少し待つて居れ、この先に大変な断巌絶壁があつて、谷底には猿捉茨が一面生えてゐる、そこまで行つて下してやらぬと根つから興味が薄い哩』 弥『此奴は聊か迷惑千万馬の、閉口頓首ぢや』 馬『今に閉口頓死だよ』 弥『何を吐しやがるのだ、落すなら落して見よ。貴様の鬘に喰ひついて居るから貴様も一所に猿捉茨の中に埋没だ。死んだ馬につけたら能う動かぬほど、其処になつたらドツサリと賃銀をはりこんで与る哩』 馬『サア之からだ、一ン二ン三ンツ』 弥『コラ、暴れるな、静にせないかい、俺は貴様が暴れると喰ひついて血を吸ふてやるぞ、それでも可いかエーン』 馬『何だか、チツポイ人間だと思つたら貴様は蚤の如うな奴だ。馬偏に蚤といふ奴は騒ぐに定つてる。ヨシ之から一騒ぎだ、覚悟せい』 弥『もう仕方が無い、馬上悠かに此世の名残りに飲食でもやらうかい。馬よ騒げよ、一寸先や闇だ、蚤が食ひついて飲食だ、これが牛飲馬食だ、チツト噛つて遣らうかい』 馬『ヒンヒンヒン、貧相な奴だな、品格の悪い』 弥『何だ、宣伝使の人格を品等すると言ふ事が畜生の分際としてあるものかい』 馬『ヤア、もう斯うなつたら破れかぶれだ、ジヤジヤ馬だ』 と言ふより早く鬘を震つて直立し、前後左右に二三間ばかり空中に跳び上り狂ひ廻るにぞ、 弥『コラコラ静にせないか、目が廻るわい、目どころか、山も道もみんな廻り出したワイ、ジヤイロコンパスの様に、そこらが廻転し出した哩、いい加減に静まらないか』 馬『何、貴様が落ちる所まで暴れるのだ。今に冥土に送つてやるのだ』 弥『鳴動も爆発もあつたものかい、これだけクルクル廻る地球上は俺も嫌になつた哩、何でも世の立替が急速度を以て開展して行くと見えるわい。アーア、能く廻る世の中だ』 馬『輪廻に迷ふ浅間しさ、回天動地の神業に参加すると貴様は毎時も吐いてゐるが如何だい、回天動地の大事業は馬サンの活動に勝るものはあるまい、一分間に八千回、回転するジヤイロコンパスよりも早い俺の放れ業には感心したか』 弥『恐れ入つた、もう耐へて呉れえ』 馬『醜態見やがれ、一体俺を誰だと思つてるのだ』 弥『畜生の馬公ぢやないか』 馬『馬鹿だな、俺は木花姫の分霊だ、罵倒観音だ。すなはち馬頭観音様だよ』 弥『これはこれは、失礼いたしました、何卒許して下さいませ』 馬ブウブウブスと音を立てて屁のやうに消えて仕舞つた。 弥『アヽア、大変だつた、恐い目に遭はされた。オー与太公、六公、貴様、馬は如何したのだ』 与、六『馬を如何したつて、誰が馬に乗つたのだい』 弥『貴様、今いい気でヒン馬に跨つて此処まで来たのぢやないか』 二人『馬鹿言ふない、俺たちは親譲りの交通機関でてくつて来たのだ、貴様も矢張り何だか妙な面をしよつて目を塞いだまま歩いて居つたぢやないか、歩きもつて夢を見よつたのだな、気楽な奴だ、アヽコンナ奴と道連れになるのも頼りない事だナア』 弥『ハテ、面妖な、合点の往かぬこの場の光景、何物の仕業なるぞ』 与『アハヽヽヽ、何だ、大きな目を剥きよつてコンナ処で芝居をやつたとて誰も観客は出て来はせないぞ。ど拍子の抜けた銅羅声を出しよつて、団栗眼を廻転させて大根役者奴が、何の真似だい、チツト春さきで逆上せよつたな、アハヽヽヽヽ』 弥『そうすると矢張り夢だつたかいな』 与『一遍手洗を使はむかい、恍け人足奴、貴様は図体ばかり仁王の荒削り見たいな奴だが、大男総身に智慧が廻りかねか、独活の大木、胴柄倒し、困つた奴だナア。この与太サンは身体は小さくても山椒小粒でもヒリリツと辛いと言ふ哥兄サンだぞ』 弥『チヤチヤ吐すない、鶏は跣足だ』 与『馬は大きうてもふりまらだ、チツト褌でも締めて、しつかりせむかい、アハヽヽヽ』 弥『この小鹿峠はやつぱり噂の通り化物峠だ、しつかりせむとお三狐にちよろまかされるぞ』 与『アハヽヽヽ、吐したりな吐したりな、自分がちよろまかされよつて憚りさまだ、この与太サンはチツト身魂の製造法が違ふのだ。貴様のやうな粗製濫造とは聊か選を異にしてゐるのだぞ、喃う六公』 六『恰で弥次サンは六道の辻に亡者が迷ふた様な人ですな』 与『オイオイ、亡者の序に向ふを見よ、沢山の亡者が来るぢやないか』 弥『貴様こそ恍けて居よる、彼奴は牛じやないか』 与『牛だからもうじや』 弥『何を吐しやがる、コンナ処で口合ひを出しやがつて』 六『くちあいものには蝿が集るか、アハヽヽヽヽ』 弥『真実に沢山なもう公ぢや、オイ如何だ与太公、馬を牛に乗り換へたら』 与『乗り換へるも乗り換へぬもあつたものかい、馬に乗つた覚えがないぢやないか』 牛の群ドシドシと三人の前に突進し来たる。 与『牛公の奴、貴様の喧嘩ぢやないが天地間は、もちつ、もたれつぢや。如何だ、附合に俺を一つ乗せて行かないか、附合ぢやと言つても俺を突いては困るよ』 牛『もう止めておこかい、もう昧頑固なもう碌を乗せたつてもうからぬからな』 与『此奴、洒落た事を言ひよる、一寸談せる哩、乗つてやらうか』 牛『乗るなら乗れ、その代りに牛々言ふ目に遇はされるぞ』 与『何を吐しよるのだ、ソンナ不心得の事をしよつたが最後、貴様のどたまをトン骨とやつて肉は喰ひ皮は太鼓に張つてやるのだ』 牛『マア兎も角、乗つたが良からう』 与『ヨー有難い、牛に引かれて善光寺詣りと言ふ事は聞いて居るが、牛に乗つてコーカス詣りか。合ふたり、適ふたり、開いた口に牡丹餅、三口にしんこ、四つ口に羊羹、○○に踵、ピツタリコだ。水も漏らさぬ仲となつてコーカス詣でだ』 牛『オイ与太公、俺の朋輩は百人、貴様の連れは三匹だ、この中から選挙して何れなつと乗るが宜からう』 弥『サアサア選挙権の所有者は三人だ、被選挙権者も三匹だ、如何だ、普通選挙でやらうかな』 牛『如何でも宜いワ、早くやらないか』 与『一人一票だ、俺は赤の牝だ』 牛『貴様、矢張り牝が好きだな、余程あかだと見える哩』 六『俺は白の牝だ』 牛『白い牛に烏のやうな男が乗ると似合はないぞ、一層黒にして乗つてやれ』 六『俺は牛に乗るのはしろ人だから白にするのだ。黒に乗つて、苦労するのは困るからのう』 弥『俺は選挙権の棄却だ』 牛『神聖な一票の選挙権を放棄すると言ふ事があるものか、立憲政治を何と心得てゐる』 弥『俺は馬に乗つた夢を見て、懲り懲りした、もうもう乗り物は廃止だ。これからボツボツとてくる事にしやう、乗つた所で牛の奴、足が遅いから却てテクが良い訳だ』 与『ソンナラ俺は乗せて貰はう。オイ六公、貴様も乗つたり』 六『乗らいでか、ロハで乗せてやらうと言ふのだもの、コンナ安価い乗り物があるかい、サア白サン、赤サン、歩いたり歩いたり』 赤、白『ヤア当選の光栄を得まして有難うございます』 与『極つた事だ、一騎当千の英雄豪傑が乗つて居るのだもの、当選するのは当然だ、サア進んだり進んだり』 赤『オイ、与太サン、この先へ行くと峻い阪がある、その阪まで行つたら直立するから覚悟してお呉れや』 与『よしよし直立せい、俺は貴様の角に喰ひ付いて居るから大丈夫だよ』 白『これこれ六サン、俺もチヨボチヨボだ、この先へ行くと羊腸の小径がある、そこを通る時は如何しても直立せねばならぬから、しつかりなさいよ、千人の者が九百九十九人まで落ちて死ぬ処だから……』 六『ヤアソンナ処があるのかい、ソンナラもう此処で破約だ、小便だ、下して呉れ』 白『下して堪るか、喃、赤公』 赤『極つた事だ、下すのはまだ早い、断巌絶壁で振り落してやらうかい』 与『ヤア此奴洒落た事を吐いてゐよる、エー、仕方が無い、思ひ切つて空中滑走だ。一、二、三つ、ドスン、アイタヽヽヽ』 弥『オイオイ貴様、何だ、二人とも道を歩きもつて跳び上りよつて地べたにへたつて、アイタタもあつたものかい、しつかりせぬか』 与『オレは、もうもう、牛々云ふ目に遭はされちやつた』 弥『如何したと言ふのだ、夢を見たのぢや無いか、歩きもつて夢を見る奴が何処にあるかい』 与『何を吐しよるのだ、歩きもつて夢見るのは貴様が教祖ぢやないか、俺も競争して夢を見てやつたのだ、ナア六公、貴様も碌でもない夢を見たのだらう』 弥『アハヽヽヽヽ、神様は偉いものだ、俺が夢を見たと言つて襤褸糞に笑ひよるものだから罰は覿面、貴様も同じ様に歩きもつて夢を見せられよつたな。これだからアルコールの脱けた甘酒のやうな低脳児と同行するのは困ると言ふのだ』 この時山岳も崩るる許りの怪音が聞えて来た。三人は驚いて目を醒せば豈図らむや小鹿峠の道端にコクリコクリと居睡つて居た。 三人『アーア偉い夢を見た喃、夢の中に夢を見たり、何が何だか有名無実、曖昧朦朧、アア小鹿峠だ、こしつかりと腹帯でも締めて行かうかい』 (大正一一・三・二三旧二・二五北村隆光録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 13 山上幽斎 第一三章山上幽斎〔五六三〕 醜の魔風や様々の、世の誘惑に勝彦の、神の使の宣伝使は、弥次彦、与太彦、六公の三人を伴なひ、小山の郷を打過ぎて、二十の坂を三つ越えし、峠の頂きに漸く登り着いた。 この峠の頂きは今迄過来し各峠の頂上に引換へて大変に広い高原になつて居る。小鹿川の流れは眼下の山麓を、白布を晒した如く、岩と岩とにせかれて飛沫を飛ばして居る。山腹は殆んど岩を以て蔽はれ、灌木の其処彼処に青々として、岩と岩の配合を、優美に高尚に色彩つて居る。 弥『小鹿峠も漸く二十三坂を跋渉したが、この頂上くらゐ広い所は無かつた。東西南北の遠近の山、茫漠たる原野は一望の下に横たはり、風は清く、何となく春の気分が漂ふて来た。此処で吾々はゆつくりと休養して参る事に致しませうか』 勝『アヽそれは宜からう、この頂上より四方を眺めた時の気分は、実に雄渾快濶にして、宇宙を我手に握つたやうな按配式だ。ゆるゆると神界の話でもさして頂かうか、斯う云ふ清い所では、何程神界の秘密を話した所で、滅多に曲津神の襲来する虞もなからう』 と言ひ乍ら、青芝の上に腰を下した。三人も同じく、芝生の上に横たはつた。 与『アヽ良い気分だ。何時見ても、頂上を極めた時の心持はまた格別だが、今日は殊更に気分が良い。斯う云ふ時に一つ幽斎の修業を始めたら、キツト善い神様が感合して下さるでせう、………もし宣伝使様、一同此処で三五教の鎮魂帰神の神法を施して下さいませぬか』 勝『それは結構だが、生憎高地の事とて、水も無し、手を洗ひ口をすすぎ、水を被ると云ふ事が出来ないから……第一此れには閉口だ』 弥『神様の教にも、「身の垢は風呂の湯槽に洗へ共、洗ひ切れぬは魂の垢なり」と示されてある、たとへ水が無くとも、神様に一つ御免を蒙つて、身魂の洗濯をして貰ふ訳にはゆきますまいか。水は肉体の垢を洗ひ落す丈のもの、鎮魂は精神の垢を落すものですから、今日は肉体は已を得ずとして、霊丈の洗濯をして貰ひませうか……ナア与太彦、六公』 与『それも一つの真理だ……もしもし勝彦の宣伝使、あなたは古参者だ、吾々は新参者、どうぞ一つ鎮魂を願つて下さいな』 勝『霊肉一致、現幽一本だから、理屈を云へば、別に水行をせなくつても、霊さへ洗へば良いと云ふ様なものだが、矢張汚い肉体には美しい霊の神が憑る事は、到底不可能だらう。コンナ所で漫然と幽斎でもやらうものなら、ウラル教の守護を致して居る悪神が、何時憑依するかも知れたものでない。此頃は霊界に於て、往昔国治立の大神、その他の神々に対し、極力反抗を試み、遂には大神をして退隠の已むなきに至らしめたと云ふ大逆無道の常世姫や木常姫、口子姫、八十枉彦の邪霊連中が、少しでも名望のある肉体に憑依し、再び神界混乱の陰謀を企てて居るのだから、愚図々々して居ると、何時憑依されるか分つたものでない。宇宙一切は大国治立尊の御支配だから、到る所として正しき神の神霊は、充満し給ふとは云ふものの、また盤古系統、自在天系統の邪神も天地に充満して居るから、此方の霊をよほど清浄潔白にして掛らねば、神聖の神の降臨を受けるといふ事は、到底不可能なが原則だ。水が一滴もないのだから、肉体を清める訳にも行かないから、また滝壷の在る所か、清き流れの水に禊をするとかして、その上で幽斎の修業にかかつたが宜しからう』 弥『アヽ融通の利かぬものだな、全智全能の根本の神様でも、ソンナ窮屈な意見を以て居られるのだらうか。善悪相混じ、美醜互に交はつて、天地一切の万物は、茲に初めて力を生じ、各自の活動を開始するのでは有りませぬか。世の中には絶対の善もなければ、また絶対の悪もない。如何に水晶の身魂だと云つても、大半腐敗せる臭気に包まれた人間の体に宿らねばならぬのだから、何程表面を水位で洗つた所で、五臓六腑まで洗濯しきれるものでない、物を深く考へれば、手も足も出せなくなつて了ふ。何事も神直日大直日に見直し聞直し詔直して、ここで一つ神聖なる幽斎の修業を、是非々々開始して下さい。ナンダカ神経が興奮して、神懸の修業がしたくつて、仕方がなくなつて来た』 勝『幽斎の修業は心身を清浄にする為、第一の要件として、清潔なる衣服を纏ひ、身体を湯水に清めて掛らねばならぬのだが、さう言へば仕方がない、神様に御免を蒙つて幽斎の修業をさして頂く事にしやうかなア』 弥『イヤー有難いありがたい……ナア与太彦、六公、貴様は今迄まだ神懸の経験がないのだから、この弥次彦サンの神懸を、能つく拝め、心を清め、肝を錬れ、……サア勝彦の宣伝使様、早く審神をして下さい。ナンダカ気がイソイソとして堪まらなくなつて来ました、……ウンウンウンウン、ウーウー』 と忽ち惟神的に両手は組まれ、身体忽ち前後左右に動揺し始めた。 与『ヨー弥次彦の奴、独り芝居を始め出したナ、ナンダ、妙な恰好だな、目を塞ぎよつて両手を組み、坐つたなりに飛上がり、宙にまいまいの芸当を始め出した。大方松の大木から滑走しよつた時の亡霊が、まだ体のどつかに残留して居つたと見える……オイ六公、面白いぢやないか、……コレコレ勝彦サン、今日はモウ口上丈はやめて下さい、頼みますぜ』 勝『アハヽヽヽ』 弥次彦は夢中になつて、汗をブルブル垂らし乍ら、蚋が空中に餅搗した様に、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始して居る。神懸に関しては素人の与太彦、六公の二人は、口アングリとして大地に倒れた儘、 与、六『アーアー、ヤルヤル、妙だ妙だ、オイ弥次彦、貴様はそれ丈の隠し芸を持つて居つたのか、重宝な奴だ、宙吊りの芸当は珍らしい。ワハヽヽヽ、モシモシ宣伝使さま、どうとかして、御神力で弥次彦の体を、猿廻しの様に使つて見せて下さいな』 勝彦は両手を組み、天津祝詞を声も緩やかに奏上し終り、一二三四五六七八九十百千万と、天の数歌を歌ひ終り、右の食指の指頭より五色の霊光を発射し、弥次彦の身体に向つて、空中に円を描いた。弥次彦の身体は勝彦の指の廻転に伴れて、空中に円を描き、指の向ふ方向に、彼が身体は回転する。勝彦は、今度は思ひ切つて腕を延べ、中天に向つてブンマワシの如くに円を描き、弥次彦の体は勝彦の指さす中空に向つて舞上り舞ひ下り、また舞ひ上り舞下り、空中遊行の大活劇を演ずる面白さ。 与『オイ六公、あれを見い、弥次彦の奴、漸々熱練しよつて、体が小さくなつて、見えぬやうな高い所まで、空中を滑走し、上つたり下りたり、上になつたり下になつたり、大変な大技能を発揮しよるぢやないか、……モシモシ宣伝使さま、あなたの指の動く通りに、弥次彦の奴、動きますなア。あれなら軽業師になつても大丈夫食へますナ』 勝『アハヽヽヽ、あれは霊線の力に操られて、体を自由に使はれて居るのだ。俺の指の通りになるであらうがな』 与『ハハア、さうすると弥次彦が偉いのじやなくて、あなたの指が偉い神力を具備して居るのだなア……あなたはヤツパリ魔法使だ、恐ろしい油断のならぬ宣伝使ぢや、私丈はアンナ曲芸は、どうぞ遣らさぬ様に願ひますで、喃六公、アンナ事をやられたら、息も何も切れて了うワ』 六『アヽ恐ろしい事だのう』 斯く云ふ中、弥次彦の身はスーと空気を分ける音と共に、三人の前に下つて来た。勝彦は又もや両手を組んで、『許す』と一声、弥次彦は常態に復し、目をギロつかせ乍ら、 弥『アヽやつぱり二十三峠の頂上だつた、ヤア怖い夢を見たよ、天へ上がるかと思へば地へ下つて、地へ下つたと思へば又天へ引上げられる、目はまわる、何ともかとも知れぬほど苦しかつた、アヽやつぱり夢だ夢だ』 与、六『エ、なアに、夢所か実地誠の正味正真だ。現に俺達は今ここで貴様の大発明の軽業を、無料観覧した所だ。貴様もよつぽど妙な病気があると見える、親のある間に治療をして置かないと、親が無くなつたら、到底一生病だ。不治の難症と筍医者に宣告されるが最後、芝を被つて来ない限り、迚も此世では駄目だぞ、……モシモシ勝彦さま、コラ一体何の業ですか』 勝『弥次彦には、悪逆無道の木常姫と云ふ奴が、タツタ今油断を見すまして、くつつきよつたのだ。そこで私が鎮魂の力を以て木常姫の悪霊を縛つたのだ。悪霊は私の指の指揮に従つて、あの通り容器と一所に、宙を舞ひ狂うたのだよ、モウ今の所では、木常姫の邪霊も往生致して逃げよつたから、弥次彦も旧の通り、常態になつたのだ、ウツカリして居ると、貴様等も亦何時邪霊の一派に襲はれるか知れやしないぞ。夫れだから、至貴至重至厳なる幽斎の修業は、肉体を浄めもせず、汗だらけの、垢の付いた衣服を纏ふて奉仕する事は出来ないと、私が説諭したのだ。それにも拘はらず、私の言葉を無にして聞かないものだから、修業も始めない中から、邪霊に誑惑され、忽ち木常姫の容器となりよつたのだ、……オイ弥次彦、しつかりせないと、又もや邪神が襲来するぞ』 弥『智覚精神を殆んど忘却して居ましたから、何が何だか私としては、明瞭を欠きますが、仮令邪神にもせよ、宙を駆けるナンテ、偉い力のあるものですなア』 勝『馬鹿を言ふな、胴体なしの凧といふ事がある。悪魔と云ふ者は、大体が表面ばかりで、実地の身がないから、恰度、言へば風の様なものだ。その邪霊が人間の肉体へ這入つたが最後、人間の体は風船玉が人間を宙にひつぱり上げる様な具合になつて、体が飛び上がるのだ。人間は大地を歩む者、鳥かなんぞの様に、宙を翔つ奴は、最早人間としての資格はゼロだ、貴様たちも中空が翔つて見たいのか』 与、六『ヘイヘイ邪神だらうが、何だらうが、人間として天空を翔ると云ふ様な事が出来るのなら、私は一寸一遍、ソンナ目に会ふて見たいですな。世界の人間は驚いて……「ヤア与太彦、六公の奴、偉い神力を貰ひよつた、生神さまになりよつた」と云つて、尊敬して呉れるでせう。そうなると、「ヤア彼奴は三五教の信者だ、三五教は神力の強い神だ、俺も三五教に帰依する」と云ふて、世界中の人間が一遍に改心するのは請合です。神様も吾々にアンナ神力を与へて、世界の奴をアツと言はして下さつたら一遍にお道が開けて、世界の有象無象が改心するのだけれどなア』 勝『正法に不思議なし、奇蹟を以て人を導かむとする者は、いはゆる悪魔の好んで執る所の手段だ。吾々は神様の貴重な生宮だ、充分に自重して、肉の宮に重みを付け、少々の風にまで飛あがり、宙をかける様な事になつては、最早天地経綸の司宰者たる資格はゼロになつたのだ。何処までも吾々はお土の上に足をピツタリと付け居るのが法則だ』 与『それでも、鷹彦の宣伝使は宙を翔つぢやありませぬか』 勝『鷹彦は半鳥半人の境遇に居るエンゼルだ。彼は時あつて空中を飛行し、神業に参加すべき使命を持つて居るのだから、羽翼が与へられてあるのだよ。羽翼は空中を飛翔するための道具だ。羽もない人間が、今弥次彦の様な事を行るのは変則だ、悪魔の翫弄物にせられて居るのだよ』 六『さうすると、悪魔の方がよつぽど偉い様ですな。誠の神様は土に親しみ、悪魔は天空を翔るとは、実に天地転倒の世の中とは言ひ乍ら、コラ又あまり矛盾ぢやありませぬか。仮令邪神でも何でも構はぬ、一遍アンナ離れ業を演じて見たいワ』 勝『コラコラ六公、言霊の幸はふ国だ、ソンナ事を言ふと、貴様には、竜宮城から鬼城山に使ひした、一旦大神に叛いた口子姫の霊が、貴様の身辺を狙つて居るぞ、シツカリ致せ』 六『ヤアそいつは一寸乙でげすな、何時も憑り通しにされては困るが、一遍位は憑つて呉れても御愛嬌だ、……ヤイ口子姫とやら、俺の肉体を貸して与るから、一遍アツサリと憑つて呉れぬかい』 弥次彦口をきつて 弥次彦『クヽヽヽチヽヽヽコヽヽヽヒヽヽヽメヽヽヽ口子…口子…ヒヒメメメメ口子姫命只今より六公の肉体を守護致すぞよ』 六『有難う御座います』 と云ふや否や、身体を上下左右に動揺し始めた。地上より四五尺許りの所を、上りつ下りつ、石搗の曲芸を演じ始めた。遂には足は地上を離れ、最低地上を距ること一尺余、最高二三丈の空中を上下し、廻転し始めた。 弥『ヤア六公の奴、偉い神力を貰ひよつたぞ、羨りい事だ、俺も一遍アンナ事が有つて見たい。俺にアヽ言ふ実地が現はれたら、それこそ一も二もなく神の存在を、心底から承認するのだが、どうしても俺には、霊が曇つて居ると見えて、神が憑つて呉れぬワイ』 与『オイ弥次公、貴様ア、アンナ事所かい、殆ど日天様の所へ行きよつたかと思ふほど高う、空中をクルクルクルと廻転しよつて、まるで鳥位小さく見える所まで……貴様は現に大曲芸を演じよつたのだよ、それを貴様は記憶して居らぬか』 弥『アヽさうか、ナンダかソンナ夢を見たやうな記憶が朧げに残つて居る様だ。ヤアヤア六公の奴、追々と熟練しよつて、ハア上るワ上るワ……殆ど体が小さく見える所まで上りよつたナ、……モシモシ勝彦さま、アラ一体全体どうなるのですか』 勝『あまり慢心をすると、体の重量がスツカリ無くなつて、邪神の容器となり、風船玉のやうに吹き散らされるのだ、幸に今は無風だから好いが、一昨日の様な風でも吹いた位なら、夫れこそ、どこへ散つて仕舞ふか分りやしないぞ。それだから俺が此処では幽斎の修業は行られぬと云ふたのだ、……吁、困つた病人が二人も出来よつた、愚図々々して居ると、与太公、貴様にも伝染の兆候が見えて居る、病菌の潜伏期だ。何とかして、免疫法を講じたいものだが、此附近には避病院もなし、消毒薬も無し、困つた事だワイ』 与『消毒薬とは何ですか』 勝『生粋の清浄なお水だ、お水で体を清めて、神様の霊光の火で、黴菌を焼き亡ぼすのだ。吁、困つた事だ、……オイ与太公、しつかりせぬか、貴様には八十枉彦が附け狙ふて居るぞ、……何だ其態度は……またガタガタと震ひ出したぢやないか』 与『強度の帰神状態で、……イヤもう神人感合の妙境に達するのも、余り遠くはありますまい、……南無八十枉彦大明神、何卒々々この与太彦が肉体にどこどこまでもお見捨てなく、神懸り下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 勝『また伝染しよつた、病毒の伝播と云ふものは、実に迅速なものだ、アヽ仕方がない、此奴等は皆奇蹟を好んで神を認めやうとする偽信者だから、谷底へ落ちて目を覚ますまで打遣つて置かうかなア。大火事の中へ、一本や二本のポンプを向けた所で仕方がないワ。エ、ままよ、これ丈熱くなつて燃え来つた火柱の様な、周章魂は、最早救ふの余地はない、……吁、国治立の大神様、木花姫の神様、日の出神様、モウ此上は貴神の御心の儘になさつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 勝彦の祈り終るや、六公は上下動を休止し、芝生の上にキチンと双手を組んだ儘端坐し、真赤な顔をし乍ら、汗をタラタラと垂らして居る。与太公は又もや唸り出した。法外れの大声で、 与太彦『ヤヤヤヤヤア、ヤソ、ヤソヤソヤソ、ママママ、ガヽヽヽ、マガマガマガ、ヒヒ、ココ、ヒコヒコ、八十枉彦だア……腐り切つたる魂で、三五教の宣伝使とは能くも言ふたり、勝彦の奴、……俺の審神が出来るなら、サア、サアサアサア、美事行つて見よ……』 勝『ナニツ、此世を乱す悪神、退却致せ』 と双手を組んで霊線を発射した。 八『アハヽヽヽヽ、ワツハヽヽヽヽ、可笑しいワイ、イヤ面白いワイ、小鹿峠の二十三坂の上に於て、審神者面を致した其酬い、数多の魔神を引きつれて、貴様の肉体を八裂に致してやらう、覚悟を致せ、……ヤツ…ヤツ…』 と矢声を出し乍ら、勝彦が端坐せる頭上を、前後左右に飛びまわり出した。勝彦は全身の力と霊を籠めて、右の食指より霊光を、八十枉彦の憑れる与太彦の前額部目掛けて発射した。 八『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、猪口才な腰抜審神者、吾々を審判するとは片腹痛い。サアこれよりは其方の素つ首を引き抜いてやらう、覚悟を致せ』 と猿臂を延ばして掴みかかる。勝彦は『ウン』と一声言霊の発射に、与太彦の身体は翻筋斗うつてクルクルと七八廻転し乍ら、傍の木の茂みに転げ込んだ。又もや弥次彦は容色変じ、目を怒らせ、歯をキリキリと轢る音、……暫くあつて大口を開き、 弥次彦『コヽヽヽツヽヽヽネヽヽヽヒヽヽヽヒメ、コツコツコツ、ネヽヽヽヒヒヒ、メメメメ、コツコツ、コツネヒメのミコト、……其方は三五教の宣伝使と申し、変性男子埴安彦の神、変性女子埴安姫の神の神政を楯に取り、吾々の天下を騒がす腰抜野郎、この二十三峠は、吾々が屈強の関所だ。二十三坂、二十四坂の間は、ウラル彦の神に守護いたす、八岐の大蛇や、金狐、悪鬼の縄張地点、此処へ来たは汝が運の尽き、これから其方の霊肉共に木葉微塵にうち亡ぼし呉れむ、カカ覚悟をせよ』 と弥次彦の肉体は、拳骨を固めて、勝彦目がけて迫つて来る。勝彦は又もや『ウン』と一声言霊の水火を発射した。弥次彦の肉体は二三間後に飛び下がり、大口を開けて、 弥次彦『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイホーイホーイ』 と云ふかと見れば、ゾツと身に沁む怪しの風、縦横無尽に吹き来り、四辺陰鬱の気に閉され、数十万の厭らしき泣き声、笑ひ声、叫び声、得も言はれぬ惨澹たる光景となつて来た。勝彦は最早これ迄と、一生懸命、両眼を閉ぢ、天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ始めた。与太彦の身体は前後左右に脱兎の如く、駆け廻り始めた。続いて弥次彦の身体は四つ這となつて猛虎の荒れ狂ふが如く、口より猛火を吐きつつ、勝彦の居所を中心に猛り狂ひ飛廻る。六公は忽ち頭上の中空に跳上がり、勝彦が頭上を前後左右に駆けめぐり、何とも譬難き悪臭を放ち始めた。四辺は刻々に暗黒の度を増した。最早勝彦の身辺は烏羽玉の闇に包まれて了つた。 (弥次彦)『八十枉彦、木常姫、口子姫の神の神力には恐れ入つたか、イヤ恐れ入らずに居られうまい、ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、ホツホヽヽヽ』 と暗がりより、怪体な声切りに響き渡る。虎嘯くか、獅子吼ゆるか、竜吟ずるか、但しは暴風怒濤の声か、響か、四辺暗澹、荒涼、魔神の諸声は五月蝿の如く響き渡る。怪また怪に包まれたる勝彦は、一生懸命、滝の如き汗を絞り乍ら、神言を生命の綱に、声の続く限り奏上しかけた。この時闇を照して、中空より、馬に跨り下り来る四五の生神があつた。見る見る此場に現はれ、金幣を打振り打振り、前後左右に馬を躍らせ、駆け巡れば、流石の邪神も度を失ひ、先を争ふて二十四坂の方面指して、ドツと許り動揺めき渡り、怪しき声と共に煙の如く逃げ散つた。与太彦、弥次彦、六公は忽ち元の覚醒状態に復帰した。 勝『アヽ有難し有難し、悪魔の襲来を払ひ清め給ひし、大神の御神徳有難く感謝仕ります』 と大地に頭をすりつけて、嬉し涙に咽ぶ。弥次彦、与太彦、六公の三人も、同じく芝生に頭を着け、何となく驚異の念に駆られ、一生懸命に神言を奏上して居る。四人の身体は虹の如き鮮麗なる霊衣に包まれた。芳香馥郁として四辺に薫り、嚠喨たる音楽の響は、四人の身魂に沁み込むが如く聞ゆるのであつた。四人は漸く首を挙げて眺むれば、こはそも如何に、日の出別の宣伝使は、鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦と共に、馬上豊に此場に立つて居る。 勝『ヤア是れは是れは日の出別の神様、能くも御加勢下さいました。思はぬ不調法を致しまして、重々の罪御宥し下さいませ。此上は決して決して、斯かる不規律なる幽斎の修業は断じて行ひませぬ。何事も、我々が不覚無智の致す所、知らず識らずに慢心仕り、お詫の申様も御座いませぬ』 日の出別の神は一言も発せず、首を二三回肯かせ乍ら、一行の宣伝使を引連れ、再び天馬空を駆つて、雲上高く姿を隠した。無数の光輝に冴えたる霊線は、虹の如く彗星の如く、一行の後に稍暫く姿を存しける。 峰の尾の上を吹き亘る春風の声は、淑やかに聞えて来た。百鳥の春を唄ふ声は長閑に四人が耳に音楽の如く聞え始めた。 弥『モシ勝彦の宣伝使さま、大変な大騒動がおつぱじまつて、天の岩戸隠れの幕が下りましたな、あの時の私の苦しさと云つたら、沢山な青面、赤面、黒面の兎や、虎や、狼、大蛇が一時に遣つて来て、足にかぶり付く、髪の毛を引つぱる、耳を引く、腕をひく、擲る、それはそれは随分苦しい目に逢はされました。イヤもう神懸は懲り懲りでした。咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、苦しいと云つても譬様のない、えぐい、痛い、辛い、臭いイヤもう惨々なきつい目に会ひました。その時に…アヽ宣伝使様がウンと一つ行つて下さると好いのだけれど、あなたは霊眼が疎いと見えて、敵の居ない方ばつかり、一生懸命に鎮魂をやるものだから、鼻糞で的貼つた程も効能は無く、聾ほども言霊の神力は利かず、イヤモウ迷惑千万な事でしたよ』 勝『アヽさうだつたか、そらさうだらう、何分曇り切つた肉体で、俄審神者を強ひられて無理に行つたものだから、審神者の肉体に神様が完全に宿つて下さらぬものだから失敗をやつたのだ。然しチツトは鎮魂も効能が現はれただらう』 弥『千遍に一度位まぐれ当りに、私を責めて居る悪霊の方に霊光が発射したのは確かです。イヤモウ脱線だらけで、必要な所へはチツトも霊の光線が発射せないものだから、悪魔の奴益々付け込んで、武者振りつき、えらい苦みをしました。アーア斯うなると立派な大将が欲しくなつて来たワイ』 勝『惟神霊幸倍坐世』 与『私もえらい目に遭はされた、人の首を真黒けの縄で、悪魔の奴、幾筋ともなく縛りよつて、古池の水を両方から、釣瓶の綱をつけて替揚げる様に、空中を自由自在に振り廻しよつた時の苦さと言つたら、何遍息が絶えたと思つたか分りませぬ、アヽコンナ苦い責苦に会ふのなら、一層の事、一思ひに殺して欲しいと思ひましたよ。熱いと思へば又冷たい谷底へ体を吊り下ろされ、今度は又焦つく様な熱い所へ吊り上げられ、夏と冬とが瞬間に交代をするのだから、体の健康は台なしになるなり、手足は散り散りバラバラになつて了つた様な苦みを感じた。その時に審神者の勝彦サンは、どうして御座るか、ここらでこそ助けて呉れさうなものだと思つて、あなたの方を眺めて見れば、あなたの背後には、常世姫の悪霊が、貧乏団扇をふつて、悪霊の指揮命令をやつて居る、お前さまは、その常世姫の手の動く通りに、操り人形の様に活動し………否蠢動して居るものだから、却てそれが此方の助け所か、邪魔になつて、益々苦しさを加へ、イヤモウ言語に絶する煩悶苦悩、目の球が一丁ほど先へ飛出すやうな悲惨な目に遇はされました』 勝『それだから、コンナ所で幽斎の修業は廃せと言ふのに、貴様が勝手に悪魔の方へ行きよつたのだ。仮令邪神でも、あの弥次彦の様に、空中滑走がしたいの曲芸が演じたいのと、熱望的気焔を吐くものだから、魔神の奴得たり賢し、御註文通り何でも御用を承はります、私の好物、手具脛引いて待つて居ました、何のこれしきの芸当に手間もへツチヤクレも要るものか、遠慮会釈にや及ばぬ、悪神の容器には持つて来いして来いぢや、ヤツトコドツコイして来いナ、権兵衛も来れ、太郎兵衝も来れ、黒も来い、赤も来い、大蛇も来い、序に狐も、狸も、野天狗も、幽霊も、あらゆる四つ足霊もやつて来いと、八十枉彦の号令の下に集まり来つた数万の魔軍、千変万化の魔術を尽して攻め来る仰々しさ、目ざましかりける次第なりけりだ。アツハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦の宣伝使さま、あまり法螺を吹いて貰ひますまいか、………イヤ法螺ぢやない業託を並べて嘲弄して貰ひますまいかい。この天地は言霊の幸はふ国ぢやありませぬか、ソンナ事を言つて居ると、又もや私の様に、軽業の標本に、魔神の奴から使役されますぜ。労銀値上の八釜しい今の世の中に、破天荒の………否廻転動天の軽業を生命からがら、無報酬で強制され、汗や脂を搾られて、墓原の骨左衛門か骨皮の痩右衝門の様な、我利々々亡者の痩餓鬼にならねばなりますまい、チツト改心なされ』 勝『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 六『コレコレ立派な審神者の勝彦さま、あなたの御神力には往生致しましたよ、イヒヽヽヽ』 勝『みなが寄つて、さう俺を包囲攻撃しても困るぢやないか。俺だつて誠心誠意、有らむ限りのベストを尽したのだ。これ以上吾々に望むのは、予算超過と云ふものだ。国庫支弁の方法に差支へて了ふ。又復増税なんて、人の嫌がる事を言はねばならぬ。お前等はさう言つて、吾々当局の審神者を攻撃するが、当局者の身にもチツトはなりて見るが宜い。国家多事多難のこの際ぢや、金の要るのは底知れず、増税、徴募あらゆる手段を尽して膏血を絞り、有らむ限りの智慧味噌の臨時支出までして、ヤツトこの場を切抜けたのだ。さう八釜しく責め立ると、勝彦内閣も瓦解の已むを得ざる悲運に立到らねばならなくなる。さうなれば、貴様等も一蓮托生、連袂辞職と出かけねばなるまい。今度の責任を俺一人に負担させやうと云ふのは、あまり虫が好過ぎるワイ。共通的の責任を持つのが、いはゆる一蓮托生主義だよ、アハヽヽヽ』 弥『イヤ仰る通りだ、御尤もだ、モチだ。スツテの事で勝彦内閣も崩解するとこだつた。併し乍ら、人間は老少不定、何時冥土の鬼に迎へられて、欠員が出来るか知れたものぢやない、その時には、弥次彦が後釜に坐つて、この弥次喜多内閣でも組織し、お前サンの政綱を維持して行く、つまり連鎖内閣でも成立させて、居すわる積りだから、後に心を残さず、白紙の三角帽を頭に戴いて、未練残さず旅立なされ。何れ新顔の一人や二人は入れても構はぬ、居坐り内閣をやつて居る方が、党勢維持上都合が好いから、アハヽヽヽ。併しコンナ所に長居は恐れだ、グズグズしとると、冥土から角の生えた鬼族院がやつて来られちや、一寸閉口だ。これや一つ、研究会でも開いて、熟議をこらすが道だけれど、余り同じ処にくつついて居るのも気が利かない。二十四番峠も踏破し、二十五番の峠の上で、善後策をゆつくり講究致しませうか、アハヽヽヽ』 一同『ワハヽヽヽ』 勝『まだ笑ふ所へは行かないぞ、何時瓦解の虞があるかも知れやしない。常世姫命が、遠く海の彼方に逃げ去つて、盛に空中無線電信で合図をして居るから、一寸の隙も有つたものぢやない、気を付けツ、進めツおいち二三四ツ』 と道なき路をアルコールに酔ふた猩々の如く、無闇矢鱈に二十五番峠の上まで、漸く辿り着いた。 勝『アーア、ヤレヤレ危ない事だつた、中空に高き一本の丸木橋を渡つて来るやうな心持だつた』 弥『地獄の釜の一足飛といふ曲芸も、首尾能く成功致しました。皆様、お気に入りましたら、一同揃ふて拍手喝采を希望いたします』 勝『ヤア賛成者は少いなア、……、ヤア一つも拍手する奴がない、全然反対だと見えるワイ』 与『それでも勝彦さま、あなたの身の内に簇生して居る寄生虫は、ソツと拍手して居ましたよ。その声が……ブン……と云つて、裏門から放出しました。イヤもう鼻持のならぬ臭い事だつた、ワハヽヽヽ』 この時忽然として、東北の天より黒雲起り、暴風忽ち吹き来つて、峠の上に立てる四人の体は中空に舞ひ上り、底ひも知れぬ谷間目がけて天上より、岩をぶつつけた如く、一瀉千里の勢を以て、青み立つたる淵に向つて、真逆様にザンブと落込んだ。 その途端に夢は破られ附近を見れば瑞月が近隣の三四人の男、藪医者を招いて脈を執らせて居る。 藪医者は、一寸首を捻つて、 医者『アー此奴ア、強度の催眠状態に陥つて居る、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなからう……非常な麻痺だ、痙攣だ……』 と宣告を下し居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七松村真澄録)
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(1625)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 15 丸木橋 第一五章丸木橋〔五六五〕 二十五番峠の頂上より強烈なる烈風に吹き払はれ、谷間に陥りし勝公一行は、息吹き返し起き上り、互に顔を見合せて、 勝『ヤア、此処はコシカ峠の谷底だ。一途の川とやら云ふ並木の松の茂つた一つ家に於て、常世姫や木常姫の悪霊と格闘をやつて居た積りだに、これは矢張り夢だつたかいなア』 弥『アヽ宣伝使様、貴方もソンナ夢を見たのですか、私も見ましたよ、エグイ顔をした婆アだつたねー。目の周囲から鼻の辺りと云ふものは紫色に腫上つて、随分見つともよくない常世姫の寝姿、一目見るよりゾツとした。それに又、星の紋のついた水色の羽織を着た中婆の嫌らしい顔つたら、今思つても身体中がゾクゾクするやうですワ。それに与太公の奴、一つ家の窓を覗いて、芝居がかりに手踊をやるをかしさ、可笑しいやら、恐ろしいやら、気分が悪いやら、腹が立つやら、疳が立つやら、イヤもう三五教の精神も何処かへ行つて仕舞うて、見直し聞き直し、宣り直しと云ふ余裕がなかつた。オイ与太公、六公、貴様は如何だつた。夢の中の一人だつたぞ』 与『俺もチヨボチヨボだ、一途の川だとか、欲しい一図だとか、婆が吐いて居たよ。余程よい血迷ひ婆アだワイ』 六『鬼婆が出刄をもつて、突つかかつて来よつた時にや、この方は無手だ、先方は獲物を持つて居るのだから一寸ハラハラした途端、目が醒めたのだ。アヽ嫌らしい夢を見たものだ。夢の浮世と云ふからには、何処かにかう云ふ事実があるかも知れないよ』 弥『夢と云ふものは神聖なものだ。吾々が社会的の総ての羈絆を脱して、他愛もなく本守護神の発動に一任した時だから、夢の中の事実はきつと過去か、現在か、未来のうちには実現するものだよ』 六『さうだらうかなア、過去の事だらうか、未来の事だらうかな』 勝『それは、この夢の実現は数十万年未来の事だ。二十世紀と云ふ悪魔横行の時代が来た時、八尾八頭や金毛九尾の悪霊が再び発動しよつて、常世姫や木常姫の霊魂の憑り易い肉体を使つて、行りよる事だよ。天眼通力によつて調べて見ると、何でもこれから艮の方に当つて、神さまの公園地に、夢の中の男子とか女子とかが現はれて、ミロクの世の活動を開始されるのを、何でも変性男子の系統の肉体に懸り、善の仮面を被つて教への子を食ひ殺し、玉取りをやる事の知らせであらう。アヽ二十世紀と云ふ世の中の人間は実に可憐さうだ。それにつけても、厳霊、瑞霊や金勝要の神、木花姫の呑剣断腸の御苦しみが思ひやられる哩。嗚呼惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 与『吾々は過去現在未来の衆生済度のため、この清らかな川辺に落ち込んだのを幸ひに、御禊を修し、神言を奏上してミロク神政の建設の太柱、男子女子をはじめ、金勝要の神、木花姫の霊の鎮まりたまふ肉の宮の為に、祈りませうか。この世の中が万劫末代維持していけるやうに、善ばかりの花の咲くやうに』 勝『大賛成です、皆サン与太彦サンの提案に従つて即時決行致しませう』 弥、六『吾々も賛成です』 と云ひ乍ら、着衣を川辺に脱ぎ捨て、谷川にザンブとばかり飛込んだ。四人は一度に水に浸り身体を清めて居る際、ブルブルブルと音を立てて、六公は水底に姿を隠して仕舞つた。勝公を初め三人は一生懸命に両手を合せ川上に向つて天津祝詞を奏上し終つてフト傍を見れば六公の姿が見えぬ。 勝『ヤア六サンは何処へ行つた。オーイ六サン何処だ』 と呼べど叫べど何の応へもなく、激潭飛沫の音轟々と聞ゆるのみ。弥次彦は、 弥次彦『ヤア大変だ、六公が何処かへ沈没しよつたな、これや斯うしては居られぬ哩、何とかして捜索をせなくてはならぬ、愚図々々して居ると沢山の水を呑んで縡れては取返しがつかぬ。オイ与太公どうせうかなア』 与『どうせうたつて仕方がないサ、大方六公の奴、潜水艇気取りで何処かの水底に暫時伏艇して居るのだらう。彼奴は水練に妙を得た奴だから、決して溺れるやうな気遣ひはないよ。貴様が松の枝に引つ懸つて居た時も、あの着物のまま谷川を泳ぎ渡つて平気で居る奴だから大丈夫だ。吾々を一寸驚かしてやらうと思うて洒落て居るのだよ』 弥『なにほど水泳の達人だと云つても油断は出来ない、さう楽観する訳にもいかない、諺にも、好く泳ぐものは好く溺る、と云ふ事がある。此奴はどうしても俺の考へでは名替をしよつたに相違ない』 与『名替つて何だい、流れの間違ひだらう』 弥『馬鹿云ふな、川底土左衛門と改名したらうと云ふのだ』 与『土左衛門とは怪しからぬ、真に大変だ。それだから道中に四人連はいかないと云ふのだ。オイ六公、生きて居るのか死んで居るか、ハツキリ返事をせぬかい』 弥『死んで居るものが返事をするかい、気を落着けないか』 与『一息を争ふ水の中だ、愚図々々して居る間に息が切れたらどうするのだ。コンナ時に落着き払つて居る奴は非人道的の骨頂だ。これがどうして周章狼狽せずに居られうかい。オーイオーイ、六公、六道の辻を通るのは未だ早いぞ、コーカス参りの途中ぢやないか、早く浮かばぬか浮かばぬか、何処に踏み迷ふとるのだ。オーイオーイ』 勝『エヽ仕方がない、滅多にこの激流を潜つて上る筈もなし、大方渦に巻込まれて流れたのかも知れませぬよ、谷川伝ひに此処を下つて探して見ませうか』 弥『探さうと云つたつて、アレあの通り碧潭激流、何うする事も出来ぬぢやありませぬか。コンナ時に鷹彦サンが居て呉れば捜索隊になつて貰ふのに大変都合が好いけれどなア、追々日も暮れて来る、困つた事だ。愚図々々して居ると吾々迄がドンナ災難に遇ふかも知れぬ、マア六公は六公で仕方がないとして、吾々三人は神様の大事なお使ひ道具だ。あまり足許の暗くならない間に頂上まで、駆けつけませう』 と先に立つて谷辺を駆け登る。二人も後に従ひ辛うじて黄昏頃、二十五番峠の頂上の山道に辿り着いた。 弥『サア宣伝使様、漸く吾々三人は無事に元の地点に凱旋しましたが、六公の奴困つたものですなア。小山村のお婆アサンが聞いたら、嘸歎く事でせう、老爺サンも中風なり、あれ程喜んで居たものを、アヽ世の中と云ふものは残酷なものだ。本当に煩悶苦悩の娑婆世界だ。何とかして万有一切どこ迄も不老不死で悪魔の襲来や不時の過ちの無い完全なる世界を作りたいものですなア』 与『アヽ人間を老少不定とはよく云つたものだ。無常迅速の感益々深しだワイ』 勝『泣いても悔んでもモウ仕方がない、暮れる時が来れば日は暮れる、人間も死ぬ時節が来たら死なねばならない、桜の花は永久に梢に止まらず、頭の髪は何時迄も黒い艶を保つ事が出来ないのは世の中の習はせだ。アーアもう過ぎ越し苦労はサラリと谷川へ流して刹那心を楽しまうかい』 与『実に切ない刹那心だナア。過越し苦労をせまいと思つても、今の今迄ピンピンと噪いで居つた六公の事がどうして忘れる事が出来やうぞ。一昨日も六公と、お前サン等二人の行方を捜した時には六公の美しい心が現はれて居た。見かけによらぬ親切な男だつた。それはそれは宣伝使様、貴方達のお姿が見えなかつた時には、あの男はどれだけ心配をしよつたか知れませぬぜ。二人の友達がもし国替をして居るのなら、私も一緒に川へ身を投げてお伴をしたいと迄云つた位だ。アヽ可憐さうな事をした。僅一日道連になつても十年の知己のやうに親切を尽す六公の心の麗しさ、これを思へば吾々も六公の道連になつてやりたいやうだ。アヽもう此世では彼奴の顔を見る事が出来ぬのか、情ない可憐さうだ』 と涙含み、身の置処なきさまに大地に身を投げた。 弥『コラコラ与太公、しつかりせぬか、失望落胆するのは貴様ばかりぢやない、俺だつて同じ事だよ』 と、又もや涙をハラハラと澪し顔に袖をあて、道の上にべたりと倒れ、身を揺つて遂には両人声をあげて泣き叫ぶ。勝公も涙の目を瞬たたきながら、 勝『コレコレ弥次彦サン、与太彦サン、さう気投げをするものぢやない、チト確りせぬか。男と云ふものは仮りにも涙を澪すものぢやない、あまり女々しいぢやないか』 と自分も亦落つる涙を袖にて拭ふ。 愁歎の幕は漸く神直日大直日に見直し聞き直し幽かに巻上げられた。短き夜は既に明け離れ足許は仄と明かくなつて来た。一同は六公の身の上が矢張り気に懸ると見え東天に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、次で六公の無事生存せむ事を祈り、終つて又もや急坂を西北さして下り往く。 足並早き下り坂にもいつしか暇を告げて、又もや茫々たる原野を走り行くこと数百丁、丸木橋のかけられた辺に辿りついた。 弥『宣伝使様。大分足も草臥れました。此処に腰をおろして一休み致しませうか』 勝『オヽこの川だつた、六公はこの水上で見失ひ、残念な事をしたが、今頃はどうなつて居るだらう』 与太彦は忽ちウンウンと唸り出し、両手を組んで身体を動揺し始めた。 弥『ヤア又しても神憑りになりよつた。モウ悪魔の襲来は懲り懲りだ。オイ与太公の体に憑依つて居る悪霊共、速に退散致さぬか』 与『ロヽヽヽヽクヽヽヽヽ六ぢや六ぢや』 弥『エヽ碌でもない六の奴、貴様土左衛門になりよつて幽世の人間となりながら未だ娑婆が恋しうて迷うて来たか。好い加減に執着心を去つて、一時も早く霊神になれ。貴様はお竹を残して死んだのだから残り惜からう。残念なのは尤もだが、モウ斯うなつては仕方がない、早く神界へとつとと往つてお竹の場所を拵へて待つて居るがよからう。俺だとて三百年か千年の後かは知らぬが、何れ一度は行くのだから、景色のよい場所を取つて置いて呉れ。閻魔さまと相談して俺の場所だけには、契約済の札を立てて置くのだぞ。その代り俺は娑婆に居て、朝晩貴様のため冥福を祈つてやる。三途の川の鬼婆に出遇つたら、俺の云ふ事は何でも聞くのだから、何なら紹介状を書いてやらうか』 与『オヽヽヽレヽヽヽワヽヽシヽヽ、死んで居らぬ』 弥『定つた事よ、死んだものは娑婆に居らぬのは当然だ。居らぬ筈の貴様が何故コンナ処へ踏み迷ふて来るのだ』 与『オヽレヽヽワヽヽマヽダヽイヽ生て居る、決して決して死んで居らぬぞ、今に肉体を引つ張つて来て見せてやらう』 弥『ハア死んで居らぬと云つたのか、よく分つた、さうすると六の生霊だな、今何処に魔胡ついとるのか』 与『イヽ今に判る、此処で半時ばかり三人とも待つて居て呉れ。烏勘三郎に助けられて命は完全に助かつた。安心してくれ』 弥『ヤアそれや本当か、本当なら俺も嬉しい哩。これこれ宣伝使さま、余り甘い話だが、此奴は邪神が誑かして居るのではあるまいか、貴方一つ審神をして見て下さいな』 勝『神に間違ひはありますまい、軈て六サンの肉体に遇はれませう。暫く此処に坐つて神言を奏上し、神様にお礼を申しませう。モシモシ、六サンとやら、モウ判りました、お引き取りを願ひます。一二三四五六七八九十百千万、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 六公の生霊は忽ち肉体を離れた。与太彦は元の如くケロリとしながら、 与『アヽ、矢張り六公は生て居ますなア、とうとう憑依つて来よつて、アンナ事を云ひよつた。余り六公々々と思ひ詰めて居たものだから、此方の一心が届いて六の生霊に感応したと見える、私の口を借つて云つた事が本当なら嬉しいがなア』 三人が橋の袂に端坐して稍沈黙に耽る折しも一人の男を背負うて川から上り、ノソリノソリと上つて来る大男がある。後よりガヤガヤと囁きながら十数人の荒くれ男がついて来る。三人は怪訝な顔をして此男を凝視て居る。 男『ヤア貴方は三五教の宣伝使様』 三人『ヤアお前は烏勘三郎だないか』 烏『ハイ左様で御座います、六サンを連れて参りました』 弥『夫は夫は有難い、御苦労だつた。六サンは物言ひますかな、イヤ未だ生て居りますか』 烏『物も言はず動きもしませぬが、身体の一部に温味がありますので、火でも焚いてあたらしたら、此方のものにならうも知れぬと考へて、ブカブカと流れて来るのを吾々一同が命を的に川へ飛び込み拾つて来ました』 勝『それは有難い、唯今の先、六公が此処にやつて来てタツタ今、お目に懸ると云つて居ました』 烏『妙ですなア、先程此処へ来たとは合点が往かぬ。さうすると此奴は六サンぢやないのかなア、大方化物だらう。エヽ偉い苦労をさせよつて、呶狸奴が、打ちつけて蹂躙つてやらうか』 弥『マアマア待つた待つた、ソンナ手荒い事をしてどうなるものか、夫こそ本当に死んで仕舞はア。そつと其辺におろして呉れ、これから霊よびの神業だ』 烏『アヽ何だかテント、訳が分らぬやうになつて来たワイ。マア仕方がない、下さうかい』 と芝生の上にそつと下した。 弥『オヽ六公、貴様は仕合せものだ、待て待て今に魂返しをやつてやらう。サア宣伝使様、天の数歌を始めませうか』 勝彦は無言つて、首肯きながら拍手を打ち声も細く静に落着き払つて、一二三四五六七八九十百千万と二回繰かへした。六公の体はムクムクと動き出し、直に起上り三人の顔をキヨロキヨロと眺め、 六『アヽお前は弥次公、与太公か、ヤア宣伝使様妙な処で遇ひました。三途の川を渡り損ねてスツテの事で二度目の国替をするところだつたが、烏勘三郎と云ふ男、十数人の弟子と共に身を躍らして川に飛び込み私を救ひ上げ、背に負ふて何処ともなしにトントン走り出したと思つたら丸木橋の袂、お前サンはやはり幽界の旅をして居なさるのか、今度は自分一人だと思つて居たのに何処までも交際のよい御親切なお方だ。持つべきものは朋友なりけりだ。アヽ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 弥次彦は六公の背を平手で三つ四つ、力を籠めて擲りつけた。 六『アイタヽヽヽ貴様は何をするのだい。驚いたな、娑婆に居る時から乱暴な奴だと思うて居たが、貴様未だ冥途に来ても改心出来ぬか』 弥『此処は冥途ぢやないぞ、二十五番峠を下つて数百丁来たところだ。お前は谷川に溺れて一旦縡れて居つたのだ。それを神様のお引き合せで勘三郎サンの親内の者に助けられ、此処に来たのだ。確りして呉れ』 六公は目を擦りながら今更のやうな顔をして四辺を念入りに見廻し、 六公『ヤア、矢張どうやら娑婆らしい、ヤ、皆サン、偉い御心配をかけました、有難う。これはこれは烏勘三郎サン、その他親内の御一同、よう助けて下さいました。命の親だと思ふてこの御恩は生涯忘れませぬ』 烏『ヤア気がついて何より結構でした。神様にお礼を申しませう』 茲に一同は神言を奏上し、宣伝歌を歌ひ、又もや四人の一行は勘三郎その他に厚く礼を述べ、丸木橋を渡つて二十六番峠を指して進み行く。 (大正一一・三・二五旧二・二七加藤明子録) (昭和一〇・三・一六於嘉義市嘉義ホテル王仁校正)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 16 返り咲 第一六章返り咲〔五六六〕 三五教の宣伝使凡ての枉に勝彦は 三枚羽織に身をかため異様の姿トボトボと 十八坂を乗り越えて十九や二十の山坂を 気も若々と登り行く弥次彦、与太彦両人は 掴まへ所の無い様な屁理屈放りつつ痩馬の 足もワナワナブウブウブウ屁放り腰の怪しくも 口に法螺吹き尻からは太き喇叭の吹きつづけ 雷サンも驚いて跣足で逃げる二十山 峠に登つて一休息又も、のり出す膝栗毛 声も烏の勘三郎数多の手下引き連れて 三五教の勝公が四人連れの行く先に 怪しき姿の大声にドツコイやらじと手を拡げ 得物を執つて立ち対ふこちらは蛙の向ふ見ず 瑞の御霊の幸はひに稜威の言霊さやさやと 天地に向つて詔りつれば流石に猛き荒び男も 胆を潰して降参しこれや堪らぬと大道に 犬つく這ひの可笑しさよ負けても名だけは勝彦の 負けて堪ろか勝つづけ一同続けと先に立ち 峠の数も五つ越えしこけき小家に立寄つて 盲目の婆アサンに邂逅ひ椽に腰かけ一休息 爺サン婆サンの悲劇の幕を聞いて悟りし六公の 昔に負ふた古傷を曝け出されて六サンは 碌々答辞も泣く涙焼け木杭に又しても 火が付く様な縁談に爺サン婆サンは扨措いて 六公サンの喜びは天の岩戸の開けたる 思ひに一同勇み立ちコーカス山の参拝を 終つて再び元の鞘をさまる縁の目出度やと ここに暇を告げ乍ら登つて来たのが名にし負ふ 眺望絶佳の二十三番峠の上吹き来る風に煽られて 息もせきせき進みゆく二五番峠の頂に 佇む折しも忽ちにヘボ鎮魂の神憑り 乱痴気騒ぎの幕を開け谷間に陥り四人は 暫時気絶し幽界の一途の川の渡まで 急いで来て見れやこは如何に松の並樹の蒼々と 茂る根下の一軒家の怪しき窓を覗き込み 生れついたる与太助の与太公と婆の押問答 ブリンと押して中に入りすつたモンダの諍に 大口あけて出刄(出歯)を見せ三五教の身魂をば 抜いてやらうと力み立つ可笑しい面の二人婆 三途川原の鬼婆の俺は妹の木常姫 サア来い勝負と常世姫此奴も出刄を振り上げて 四人に対つて切りかかる茲に四人の宣伝使 飛鳥の如く翔け廻り丁々発止、丁発止 蝶の春野に狂ふ如汗を流して戦へば 流石の婆も立ち遅れアフンとしたと思ひきや 夢か、現か、幻かサツと聞ゆる水音に 眼を覚せば川の底底の分らぬ此不思議 泳ぎ自慢の六公が如何はしけむブルブルと 溺れて忽ち土左衛門後に残つた三人は 兎やせむ斯くや線香の煙手向ける術もなく 夜の帳は下ろされて黒白も分かぬ真の闇 是非なく此処に夜を明かし涙を押へシホシホと 大野ケ原を打渡り水音高き川の辺に 辿り着くなり与太彦が鼻息荒く身慄ひし ロヽヽクヽヽと口をきり六の生霊が出て来たと 吐いて一同の胆をとり寝言を吐く折柄に 現はれ出でたる大男能く能く見ればこは如何に 声も烏の勘三郎六の死骸を背に負うて 送つて来たのは不思議なる縁の糸の次々に 切れぬ証か言霊の力に忽ち息を吹き 四辺キヨロキヨロ見渡して勝彦サンか与太サンか お前は弥次彦屁放き虫此処は冥土か現界か 合点が往かぬと思案顔初めて気がつきまだ俺は 生きて居たかと勇み立ち勝彦サンに従うて 茲に四人は急坂を辿り辿りてフサの国 都を無事に打ち過ぎて名さへ目出度きコーカスの 神のお宮に参拝し喜び勇み小山村 お竹の家に引き返し勝彦サンの媒酌で 比翼連理の蒸し返し老爺も婆も六サンも 兄の松公夫婦の者もお竹と共に勇み立ち ここに愈合衾の式を行ふ物語 聞くも目出度き次第なり。 小山村のお竹の生家は春の屋と謂ふ。爺サンの名は鶴助、婆サンはお亀、息子の名は松公、女房はお梅と謂ふ。鶴亀松竹梅の一家族に婿を加へて六人暮し、名も六サンの婿入り祝ひ、媒酌の役は勝彦の宣伝使。弥次彦、与太彦二人は六サンの友人としてこの目出度き結婚の席に加はつた。三五教の誠一つの教を加へて此処に十曜の珍の身魂、目出度き酒宴一度に開く白梅の、薫り床しきお竹の姿、常磐の松の何処やらに、気品も高き松サン夫婦、鶴の千歳の末永く、亀の齢の万代も、五六七の世までも変らじと、結びの神の御前に、天津祝詞の太祝詞、言挙げ終つて酒杯の、数も芽出度き三々九度、此処に九人は勇み立ち、千代を寿ぐ酒宴の、真最中に勝彦は、千代を祝する結婚の、歌を涼しく歌ひける。 勝彦『世は久方の末長く常磐の松の千代八千代 治まる御代を鶴の首まつの神代の廻り来て 名さへ目出度きお亀サン九十九の坂を幾度も 上りつ下りつ安々と今より越えむ老の坂 春の野の如若やいで二組揃ふた若夫婦 常磐の松の色深くいつも変らぬ松サンや 花咲き匂ふお梅サン園のなよ竹末長く 睦みて暮せ六の名のついた男の六サンを 一、二、三四の五迄も六び親しみ七草の 千代に八千代に九重の御空の色に擬ふ如 清く涼しく青々と十つぎの道を何時迄も 百歳、千歳、万歳幾億万年の末までも 互に変るな変らじと親しみ暮せ神の道 直く正しくふみしめて天津御空の星の如 浜の真砂の数の如御子を生め生め餅を搗け 子餅をタント搗き並べ夫婦仲良く世帯もち 清きその名も大名持疳癪持ちは止めにして 婿持ち嫁持ち金を持ち宝を持ちて望の夜の 月の鏡の照ら照らと輝き渡れ若夫婦 千年万年暮れるとも今の姿で若々と 神の恵を味へよ恵の露に潤へよ アヽ惟神々々霊幸倍坐しませよ アヽ惟神々々霊幸倍坐しませよ』 と歌つて酒杯を六公にさした。六公は恭しく押し頂いてお竹に渡した。茲に親子夫婦の杯は無事に済みける。 弥『ヤアお目出度いお目出度い、サア之から六サンの番だ、一つ歌つて下さい』 六公『思ひ廻せば三年の昔恋に焦れたお竹サン 天と地とのその中にコンナ綺麗な娘子は 又とあるまいあるまいと慕うて通ふ坂道の 数重なりて漸うにヤツと願を掛巻くも 畏き神の引合せ比翼連理の楽みを 寝物語に喜びし日数もあらしの風強く 心の駒の狂ひ出し魂は荒びてウラル彦 神の教の道に入り飲めよ騒げよ一寸先は 闇の世界ぢやクヨクヨするな太う短う暮してやろと 悪胴据ゑて夜昼の区別も知らず深酒に 酔うて可愛いい女房を打つやら蹴るやら殴るやら 夜昼喧嘩の絶え間なくお竹の顔は生疵の 絶えた間もなき憐れさを屁とも思はず暮して来たが お竹は怒つて知らぬ間に吾家を出でて親里に 逃げて帰つて知らぬ顔ここに私も目が醒めて ま一度お竹に添ひ度いと心焦れど手も口も かかる由なく冷やかな肱鉄砲の続け打ち 男と生れた六公も女房の方から見捨てられ 何の顔あら男仕様事なさにウラル教 捕手の群に加はつて三五教の宣伝使 信者と見れば容赦なく片つ端から引捉へ ウラルの神の立て籠るウラルの山へ連れ行きて 褒美の金に腸も腐る許りに酒を飲み 調子にのつて此処彼処尋ねて廻る目付役 小鹿峠に来て見れば三五教の宣伝使 夢に牡丹餅食た様に心の裡に雀躍し 当つて見ればこは如何に神徳強き三五の 神の司の言霊にガラリと心を立直し 前非を悔いて神の道教司に伴はれ 此処に誠の教を知り二十峠を乗り越えて 山田の村の松の屋に牡丹餅食はうと立寄れば 思ひ掛けなきお竹奴にパツと出会はす顔と顔 お前はお竹と一言葉聞くより早く驚いて お竹は忽ち雲霞裏口さして逃げて行く アヽ残念や残念や又もお竹に嫌はれて 如何して男の顔が立つ勝彦サンや弥次与太の 二人の手前も恥しく一目散にトントンと 峠を指して立ち向ひ林の中に身を潜め 息をこらして待つ程に放つ屁問答の臭い仲 また三人に廻り会ひ鎮魂帰神の神術に 魂の洗濯サラサラと地獄の川まで進み出で 九死一生の目に会うて人の情に助けられ フサの都を乗り越えてコーカス山の参詣で 両手を合せて神前に額き祝詞の奏上し 何卒お竹と末永う親子夫婦は睦じう 暮させ給へと願をかけ目出度此処に立帰り 千代の契を結び昆布苦労するめや酒杯の 数を重ねて勇み立ち尉と姥との契をば 結ぶ今宵ぞ楽しけれアヽ惟神々々 霊幸倍ましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 親子夫婦のこの契千代も八千代も変らざれ この世を救ふ三五の神の教を畏みて 家門長久子孫の繁栄魂の生命の末永く 鶴と亀との勇ましく松、竹、梅の何処迄も 栄えに栄えよ神の国千秋万歳万々歳 千秋万歳万々歳』 と歌ひ終つて酒杯をとり勝彦に恭しく献した。お竹は起つて歌ひ始めた。 お竹『三五教の宣伝使醜の魔神を言向けて 誠の道も勝彦の神の恵も三つ栗の 仲とり役に救はれて今日は芽出度き望月の 虧けては盈つる吾思ひ思ひきつたる夫婦仲 枯木に花の咲き出でて又もや交す夢枕 夢ではないか現ではあるまいかなと思ふ程 喜び胸に迫り来て常世の闇も晴れ渡り 天の岩戸の忽ちに開けし如き今日の首尾 アヽ嬉しやな嬉しやな世は垂乳根の父母の 名さへ目出度き鶴と亀松と梅との兄夫婦 千代の睦びの六サンと心の丈けを語りつつ 強き悪魔に勝彦の神の恵に助けられ 会うて嬉しき相生の松の木蔭の尉と姥 幾久しくも末長く愛しき妻よ夫よと 勇む心の玉椿八千代の春に会ふ心地 花と匂へよ永久に色は褪せざれ何時迄も 心の色も紅の露の唇、月の眉 花咲き匂ふ花の山月日に擬ふ二つの目 手足もまめに健かに日々の生業励しみて 家富み栄え三五の神の教を四方の国 海の内外に輝かし天の岩戸の神業に 仕へまつらむ夫婦連れ神が表に現れまして 善と悪とを立別けるこの世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も今迄の 悪戯事は宣り直し善きに見直し聞直し 神の教に服従ひて幾千代までも真心を 神の御前に捧ぐべし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 千代に動かぬ夫婦仲何時も変らぬ常磐木の 松の操の青々と五六七の御代の来る迄 父と母との御生命男子女子の睦み合ひ 守らせ給へ三五の教を立つる大御神 百千万の神々の御前に頸根突抜きて 拝み仕へ奉るアヽ惟神々々 霊幸倍坐しませよアヽ惟神々々 霊幸倍坐しませよ』 と歌ひ終つた。ここに鶴亀の両親を始め、松、梅の兄夫婦および弥次彦、与太彦の祝の歌節面白く歌ひ終つて目出度く合衾の式も相済み、千代も八千代も変らじと神の御前にことほぎまつりぬ。 (大正一一・三・二五旧二・二七北村隆光録) (昭和一〇・三・一七於嘉義ホテル王仁校正)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 10 神楽舞 第一〇章神楽舞〔五七七〕 神素盞嗚尊の治食す大海原の国々島々は、国治立尊、野立彦の神と現はれて、埴安彦命に神言依さし、黄金山下に現はれて三五教を開き給ひ、豊国姫尊は野立姫神と現はれ、神素盞嗚尊の水火を合して、埴安姫命となり、三五教を経緯より天下に宣伝し、神人皆其徳に悦服し、天が下四方の国は一時は無事泰平の神国と治まりけるが、天足彦、胞場姫の霊の邪気より現はれ出でたる、八頭八尾の大蛇を始め、金狐、悪鬼諸々の醜女、探女は油の浸潤するが如く、忍び忍びに天下に拡がり、邪悪充ち、荒ぶる神の訪ふ声は、山岳も揺ぐ許り、河海殆ど涸れなむとす。 神素盞嗚大神は、大海原の国を治めかね、熱き涙に咽ばせ給ふ折しも、御父神なる神伊邪諾大神、尊の前に現はれ給ひ、 神伊邪諾大神『爾は何故に吾が依させる国を守らず、且女々しくも泣きつるか』 と言葉鋭く問はせ給ひければ、神素盞嗚大神は、 神素盞嗚大神『われ、大神の勅を奉じ、昼夜孜々として神政に心力を尽すと雖も、地上の悪魔盛にして、容易に帰順せしむ可らず。到底吾等の非力を以て、大海原の国を治むべきにあらず、吾は是より根の堅洲国に至らむ』 と答へ給ひぬ。此時父伊邪諾大神は、 伊邪諾大神『然らば汝が心の儘にせよ、この国には住む勿れ』 と言葉厳しく詔らせ給ひぬ。茲に素盞嗚尊は已むを得ず、母の坐します根の堅洲国に至らむと思はし、天教山の高天原に坐ます姉の大神に暇乞ひをなし、根の堅洲国に至らむと、雲霧押分けて、天教山に上らせ給ふ。その勢当るべくもあらざる如く見えければ、御姉の大神は、いたく驚かせ給ひ、 天照大御神『吾が弟神の此処に上り来ませるは、必ず美はしき心ならざらめ、此高天原を奪はむとの汚き心を持たせ給ふならむ』 と部下の神々に命じ、軍備を整へ、防戦の用意に掛らせ給ひける。 神素盞嗚尊は、姉大神の斯くも深き猜疑心に包まれ給うとは夢にも知らず、コーカス山を立出でて、天磐船に乗り、天空を翔りて、天教山に下らせ給ふ時、姉の大神は伊都の竹鞆を取佩ばして、弓腹振立て、堅庭に現はれ給ひ、淡雪の如く、土石を蹶散らし、勢猛く弟神に向ひ、高天原を占領するの野心ある事を厳しく詰問されたりける。 茲に神素盞嗚尊は、案に相違の顔色にて答へ給ふよう、 神素盞嗚尊『吾れは、貴神の思さるるが如き汚き心は露だにもなし、父大神の御言もちて、吾泣く有様を言問はせ給ふが故に、応へ難くて、吾れは母の坐します根の堅洲国に行かむと思ふ、恋しさの余り泣くなりと答ふれば、父大神は、然らば汝が心の儘にせよと仰せあり。母の国に行かむとするに先だち、姉大神に一目遭ひまつらむと思ひてこそ上り来つれ、決して怪しき心なし。願はくば姉の大神よ、吾が心の清き事を悟り給へ』 と涙と共に答へ給ひぬ。 茲に姉大神は、 天照大御神『然らば汝が心の清き事、何を以て証明せむ』 と詰り給へば、弟神は、 神素盞嗚尊『吾が持てる十握の剣を姉の命に奉らむ、姉の命は御身にまかせる八尺の曲玉を吾にわたさせ給へ』 と請ひ給へば、姉大神も諾かせ給ひて、玉と剣の交換の神業を始め給ひ、天の安河を中に置き各も各も天の真名井に振り滌ぎ、佐賀美にかみて吹き棄ち給へば、素盞嗚尊の神実なる十握の剣より三柱の女神現はれ給ひ、姉大神の纒せる八尺の曲玉より五柱の男神現はれ給へば、ここに神素盞嗚大神の清く、若く、優しき御心現はれ玉へり。姉大神は始めて覚り、 天照大御神『此三柱の女神は、汝が霊より現れませるやさしき瑞の霊なり。また五柱の男神は、あが霊より生れませる雄々しき男神なり』 と了解け給ひぬ。 ここに姉大神の疑は全く晴れたれども、未だ晴れやらぬは、神素盞嗚大神に仕へまつれる八十猛の神々の御心なりき。吁、八十猛の神の無謀なる振舞に依りて、天照大御神は、天の岩戸の奥深く隠れ給ひ、再び六合暗黒となり、昼夜咫尺を弁ぜず、万妖悉く起り、草の片葉に至る迄、言問ひさやぐ悪魔の世を現出したりける。茲に高天原に坐します、思慮分別最も深き神と聞えたる、金勝要の大神の分霊思兼神は、八百万神を天の安の河原辺に、神集へに集へ、神議りに議りて、再び日の大神の御出現を請ひ奉る其神業を行はせ玉ひける。 三五教の道を伝へたりし数多の宣伝使は、天の安の河原に集まり来り、尚も進んで天教山の天の岩戸の前に現はれ給ひ、五伴男の神、八十伴男の神を始め八百万の神達、天津神籬を立て、真榊を囲らし、鏡、玉、剣を飾り、出雲姫命は天の鈿女命と現はれて、岩戸の前に桶伏せて、一二三四五六七八九十との天の数歌うたひ上げ、舞ひ狂ひ給ひし其可笑しさに、八百万の神は思はず吹き出し、常暗の世の苦しさも忘れて、笑ひ興じ給へば、天照大神も岩戸を細目に押開き給ふ折しも、手力男神は岩戸を開き御手を取りて引出しまつり、六合の内、再び清明に輝きわたる事を得たり。ここに八百万の神は此度の事変を以て神素盞嗚尊の罪に帰し、手足の爪まで抜き取りて、高天原を神退ひに退ひ給ひしなり。是より神素盞嗚大神は、今迄海原の主宰神たる顕要の地位を棄て、心も細き一人旅、国の八十国、島の八十島にわだかまり、世人を損ふ八岐大蛇の悪神や、金狐、悪鬼の征服に向はせ給ひける。嗚呼、今後の素盞嗚大神の御身は如何になり行くならむか。 (大正一一・四・二旧三・六松村真澄録)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 12 一人旅 第一二章一人旅〔五七九〕 天津神達八百万国津神達八百万 百の罪咎身一つに負ひてしとしと濡れ鼠 猫に追はれし心地して凩荒ぶ冬の野を 母の命に遇はむとて出ます姿ぞ不愍しき 天の岩戸も明放れ一度清き神の代と 輝き渡るひまもなく天足の彦や胞場姫の 醜の霊魂の荒び来る山の尾上や河の瀬は 風腥く土腐り河は濁水満ち溢れ 雨は日に夜に降り続き流れ流れて進む身の 蓑もなければ笠もなくとある家路に立ち寄りて 一夜の宿を訪へばはつと答へて出で来る 荒くれ男の顔みればこは抑も如何にこは如何に 鬼雲彦の夫婦づれ地教の山の山の下 奇石怪巌立ち並ぶ谷の辺に細々と 立つる煙も幽かなる奥に聞ゆる唸り声 神素盞嗚の大神は物をも云はず戸を開き つかつか立ち寄り見給へば八岐大蛇の蜿蜒と 室一面に蟠まり赤き血潮は全身に 洫み渉りて凄じく命を見るより驚愕し 忽ち毒気を吹きかくる鬼雲彦と思ひしは 全く大蛇の化身にて鬼雲姫と思ひしは 大蛇に従ふ金毛の白面九尾の古狐 裏口あけてトントンと後振り返り振り返り 深山をさして逃げて往く神素盞嗚の大神は 天津祝詞の太祝詞声爽かに宣りあげて この曲津霊を言霊の御息に和め助けむと 心を籠めて数歌の一二三四五つ六つ 七八九十の数百千万の言霊に さしもに太き八つ岐の大蛇も煙と消えて行く あゝ訝かしと大神は眼を据ゑて見たまへば 家と見えしは草野原跡方もなき虫の声 不審の雲に蔽はれつ地教の山を目標とし 息もせきせき登ります折柄吹き来る山颪 八握の髯のぼうぼうと風に吹かれて散り果つる 木々の梢の紅葉も命が赤き誠心を 照らしあかすぞ殊勝なる。 素盞嗚尊は、地教山の中腹なる道の辺の巌に腰打ち掛け、高天原に於ける磐戸隠れの顛末を追懐し、無念の涙にくれ居たまふ時こそあれ、忽ち山上より岩石も割るるばかりの音響陸続として聞え来る。 怪しの物音は刻々に近づき来たる。素盞嗚尊は又もや大蛇の悪神襲来せるかと、ツト立ち上り、剣の握に手をかけて身構へしつつ待ち居たまへば、雲突く許りの大男四五十人の手下と共に、尊の前に大手を拡げて立ち塞がり、 男『ヤア、其方は天教山の高天原に於て、天の岩戸に、皇大神を閉ぢ込めまつりたる悪魔の張本、建速素盞嗚尊ならむ。一寸たりともこの山に登る事罷りならぬ』 と呶鳴りつくるを、尊は言葉優しく、 素盞嗚尊『吾は汝が言ふ如く、高天原を神退ひに退はれたる、素盞嗚尊なり。さりながらこの地教の山には、吾母の永久に鎮まり居ませば、一度拝顔を得て、身の進退を決せむと思ひ、遥々此処に来れるものぞ。汝物の哀れを知るならば、一度は此道を開きて、吾を母に会はせかし』 と下から出ればつけ上り、大の男は鼻息荒く仁王の如き腕をニウツと前に出し、 男『男子の言葉に二言は無いぞ、罷りならぬと云へば絶対に罷りならぬ。仮令天地は上下にかへるとも、ミロクの世が来るとも、いつかな、いつかな、吾々が守護する限りは、一分一寸たりとも当山に登る事は許さぬ。たつて登山せむと思はば此方の腕を捻ぢて登れ、此方は天教山に坐し在す大神の命を奉じ、素盞嗚尊万一此山に登り来らば都牟刈の太刀をもつて斬りはふれ、との厳しき御仰せ、万々一其方を此岩より一歩たりとも登すが最後、吾々一族は天地間に居る事は出来ないのだ。汝も元は葦原の国の主宰ならずや、物の道理も分つて居らう、下れ下れ、一時も早く此場を立ち去らぬか』 素盞嗚尊『アヽ是非に及ばぬ、然らば汝の勝手に邪魔ひろげ、吾は母に面会のため、たつて登山致す』 と群がる人々の中を悠然として登り往かむとしたまふを、大の男はぐつと猿臂を延ばし、 男『コラコラコラ、俺を誰方と思うて居るか、実の事を白状すれば、バラモン教の大棟梁、鬼雲彦のお脇立と聞えたる、鬼掴なるぞ』 と云ひながら尊の胸倉をぐつと取りぬ。尊はエヽ面倒と云ひながら、片足をあげてポンと蹴り玉ひし拍子に、鬼掴の体は四五間ばかり空中滑走をしながら片辺の林の中に、ドスンと倒れさまに着陸し、頭蓋骨を打つてウンウンと唸り居る。尊は委細構はず大手を振つて急坂をとぼとぼ登りたまへば、数多の家来は此勢に辟易し、蜘蛛の子を散らすが如く四辺の森林に姿を隠したりけり。 尊は猶も足を速めて急坂を登りたまふ時しもあれ、傍の木の茂みより、又ツト頭を出したる滅法界巨大なる大蛇の姿路上に横はり、尊の通路を妨げて動かず。 尊は大蛇に遮られ、稍当惑の体にて暫し思案に暮れたまふ時、山上より嚠喨たる音楽響き来り、数多の美はしき神人列を正し此場に現はれ給ひ、中に優れて高尚優美なる一柱の女神は、素盞嗚尊に向ひ、 女神『ヤヨ、愛らしき素盞嗚尊よ、妾は汝が母伊邪冊命なるぞ、汝が心の清き事は高天原に日月の如く照り輝けり。さりながら大八洲国になり出づる、数多の神人の罪汚れを救ふは汝の天賦の職責なれば、千座の置戸を負ひて洽く世界を遍歴し、所在艱難辛苦を嘗め、天地に蟠まる鬼、大蛇、悪狐、醜女、曲津見の心を清め、善を助け悪を和め、八岐の大蛇を十握の剣をもつて切りはふり、彼が所持せる叢雲の剣を得て天教山に坐し在す天照大神に奉るまでは、唯今限り妾は汝が母に非ず、汝又妾が子に非ず、片時も早く当山を去れよ、再び汝に会ふ事あらむ、曲津の猛び狂ふ葦原の国、随分心を配らせられよ』 と宣らせ給ふと見れば、姿は煙と消えて後には地教山の峰吹き渡る松風の音のみにして、道に障碍りたる大蛇の影も何時しか見えずなりぬ。 素盞嗚尊は止むを得ず此処より踵をかへし、急坂を下らせたまへば、以前の男、鬼掴は大地に平伏し尊に向つて帰順の意を表し、 鬼掴『私は実を申せば鬼雲彦の家来とは偽り、高天原の或尊き神様より内命を受け、貴神の当山に登らせたまふを道にて遮断せよとの厳命を頂きしもの、嗚呼併しながら此度の天の岩戸の変は貴神の罪に非ず、罪は却つて天津神の方にあり、何れの神も御心中御察し申上げ居る方々のみ。吾は之より心を改め貴神の境遇に満腔の同情を表し奉り労苦を共にせむと欲す、何卒々々世界万民の為に吾が願を許させ給へ』 と誠心表に現はれ涙を流して歎願したりける。尊は、 素盞嗚尊『其方は頭の傷は如何なせしや』 と尋ね玉ふに、鬼掴は畏みながら、 鬼掴『ハイ、お蔭様にて思はず知らず、神素盞嗚の大神様と御名を称へまつりし其刹那より、さしも激烈なる痛みも忘れたる如くに止まり、割れたる頭も元の如くに全快致したり。瑞霊の御神徳には恐れ入り奉る』 と両手を合して涙をホロホロ流し居る。素盞嗚尊は大に喜びたまひ、 素盞嗚尊『吾れ、高天原を退はれしより、時雨の中の一人旅、実に淋しい思ひを致したるが、世の中は妙なものかな、一人の同情者を得たり。いざ之より汝と吾とは生の兄弟となりて大八洲の国に蟠まる悪魔を滅し、万民を救ひ天下に吾等が至誠を現はさむ、鬼掴来れ』 と先に立ち、柴笛を吹きながら足を速めて何処ともなく天の数歌を歌ひつつ、西南指して進みたまふ。 (大正一一・四・二旧三・六加藤明子録) (昭和一〇・三・二〇於彰化神聖会支部王仁校正)
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霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 23 八日の月 第二三章八日の月〔五九〇〕 言依別命は、八島主の天使其他の天使と別れを告げ、後日の面会を約したまひぬ。 清き心の玉彦や月日の影は叢雲を 四方に掻き分け厳彦や神の御稜威も弥深く 高く奇しき楠彦の広き恵を三人連れ 神素盞嗚の大神の留守の館を後にして 千里の馬に跨がりつ轡の音も勇ましく 手綱掻い繰りシトシトと瑞の御魂の三つの坂 心の駒も乗る駒もいと勇ましくシヤンシヤンと 声も涼しき琵琶の湖浜辺を指して下り行く 浪も長閑な海原を駒諸共に船の中 浪を分けてぞ進みける折から吹き来る東南の 風に真帆をば掲げつつ船脚早くコウカスの 山の麓へ紀の港此処に御船を横たへて 又もや駒に打ち乗りてさしもに嶮しき嶮道を シヤンコシヤンコと登りつつ君の便りも松代姫 神の御前に平伏して祈る誠も麻柱の 神の教の宣伝使言依別を始めとし 玉彦厳彦楠彦の三つの御魂の神司 此場に漸く現はれて社の前の常磐木に 駒を繋ぎて静々と境内さして進み入り 四人一度に大前に頸根つきぬき畏まり 打つ拍手の音も清く詔る言霊はさやさやと 水の流るる如くなり折しも御前に額づきて 皇大神の身の上を守らせたまへ国治立の 神の命の大前に乞ひのみまつる姫神の 声も涼しき太祝詞清しく言霊宣り終へて 静々御階段を下り来る階下を見ればこは如何に 誠一つの麻柱の神の使の宣伝使 言依別の一行が此場にあるに心づき 慌てて御階段をかけ下り四人の前に平伏して 神素盞嗚の大神の御身の上は如何にぞと 問ふ言の葉も涙声心の闇ぞ哀れなる 言依別の宣伝使神素盞嗚の大神の 其消息を詳細に包まず隠さず宣りつれば 松代の姫は雀躍りし嗚呼有難し有難し 皇大神の御恵と又もや御階段を駆け上り 心静めて皇神の深き恵を嬉しみて 感謝するこそ殊勝なれ神が表に現はれて 善と悪とを立て分ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も現世は 直日に見直せ聞き直せ世の曲事は宣り直す 三五教の神の道四方の国々照り渡る 其功績ぞ尊けれ古き神代の物語 十五の巻を述べ終へし大正壬戌の春 陰暦弥生の上八日新の四月の上四日 神代を明かす言の葉も五百九十の節も今 緯機織なす瑞月が横に臥しつつ呉竹の 節さへ合はぬ七五調岩より加藤村肝の 心定めて千早振古き神代の因縁を 此処に新に説き明かす今日の生日ぞ尊けれ 今日の生日ぞ目出たけれ。 (大正一一・四・四旧三・八加藤明子録) (昭和一〇・三・二五王仁校正)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 19 文珠如来 第一九章文珠如来〔六〇九〕 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。 黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地の根本の道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教の為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、此山の中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居る様ぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサアトツトと前へ来なさい』 悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』 黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮の様に、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまが仰有るのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就の為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くのだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅迄調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすれば宜いのだらう。サアサア今日限り化物の様な奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾の様な口の端に乳の附いてる様な者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』 黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通りの雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機の様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』 悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』 鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』 黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすものか』 鬼虎『まるで蛇の様な奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』 黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙の様なものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』 鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』 黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬ様にするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』 黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒の様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教の様な阿呆ばつかりなら宜いが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何が夫程有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』 加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』 黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』 加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』 黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達の様な凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』 音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』 加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』 音彦『音彦だよ、北山村より此婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形の様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心の注意を怠らなかつたが、噂の様にない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』 黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。如何ぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』 青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』 黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』 魔窟ケ原の黒姫が伏屋の軒に暇乞ひ 日は西山に傾いて附近を陰に包めども 四方の景色は悦子姫松吹く風の音彦や 秋山彦の門番と身をやつしたる加米彦が 顔の色さへ青彦を伴なひ進む九十九折 鬼の棲処と聞えたる大江の本城左手に眺め 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れてさしも嶮しき坂路を 喘ぎ喘ぎて登り行く地は一面の銀世界 脛を没する雪路を転けつ転びつ汗水を 垂らして進む岩戸口折柄吹き来る雪しばき 面を向くべき由もなく笠を翳して下り行く 夜の帳はおろされて遠音に響く波の音 松の響も成相の空吹き渡る天の原 天の橋立下に見て雪路渉る一行は 勇気日頃に百倍し気焔万丈止め度なく 文珠の切戸に着きにけり。 青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』 悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまの仰有る通り、あのお堂の中で、兎も角休息致しませうか』 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。 鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜の様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令に依つて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』 鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦の為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食程の懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供と迄、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。 あひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末の為だ。アーアコンナ世迷言はヨウマイヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』 青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じ此竜灯の松の下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつた様なものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』 音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』 加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うて御座つた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸の儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広い様なものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、又あの様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難う御座います、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』 悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。 悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』 鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同の為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』 悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』 と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、 鬼虎『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人の能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』 とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。 鬼虎『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎の言霊は、マアざつと斯くの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。 鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様が仰有つた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスの様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。 鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、 女『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』 鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アの様な真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前の様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』 女『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣の様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』 鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』 女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前の様な山葵卸の様な剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』 鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』 女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾の様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。此雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』 鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』 と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。 悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』 鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢや御座いませぬ』 悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』 鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。 故郷の穴太の少し上小口ただぼうぼうと生えし叢 とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』 鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』 鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』 鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』 此の時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈許りの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神の変化なりしか。 (大正一一・四・一六旧三・二〇松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 11 顕幽交通 第一一章顕幽交通〔六二二〕 空ドンヨリと、灰色の雲に包まれ、血腥さき風吹き荒む萱野ケ原を、痩た女の一人旅、三五教の宣伝歌を幽かに歌ひ乍ら、心ほそぼそ進み来る。凩すさぶ辻堂の側に立寄り眺むれば、堂の後の戸を開き、現はれ出でたる雲突く許りの裸体の男、歯をガチガチ言はせ乍ら、 男『オーお節か、能う出て来やがつた。比治山峠で赤裸になつた俺達を附け込み、四足扱をしやがつた事を覚えて居るだらう。俺は其時に癪に障り……エー谷底へ老爺も婆アも貴様も一緒に放り込みてやらうと思うては見たが、又思ひ直し、神様が怖ろしうなつて、忍耐へてやつた。間もなく肉体は寒さに凍え、血は動かなくなつて、已むを得ず、厭な冥土へ出て来たのだ。貴様の為に死ンだのではないが、あまり貴様たち親子が業託を言やがるので、むかついた、其時の妄念が今に遺つて此通り、貴様等親子三人の生命を取つてやらうと思ひ、五人の霊が四辻に待ち伏せて、お前達親子の者を地獄へ落してやらうと待つて居るのだ。サア此処へ来たのは運の尽き、首をひき千切つて恨みを晴らしてやらう』 お節『これはこれは皆さま、お腹が立つたでせう。併し乍ら頑固な爺の申した事、決して、妾があなた方を虐待したのではありませぬ。妾は櫟サンが負はして呉れいと仰有つたので負うて貰つた丈の事、どうか勘弁して下さいませ』 岩公『エーソンナ勘弁が出来る様な霊なら、コンナ地獄の八丁目にブラついてるものかい、此処はどこぢやと思うて居る、善悪の標準も無ければ、慈悲も情も無い、怨みと嫉みの荒野ケ原ぢや。エーグヅグヅ吐すな。オイオイ皆の者、此奴を叩き延ばせ、手足を引きむしれツ』 お節は進退惟谷まり、声を限りに、 お節『どなたか来て下さいなア。どうぞ繊弱き妾をお助け下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じ居る。此場に忽然と現はれた一人の色の青白い優男、いきなり五人の裸男に向ひ、大麻を左右左に打振れば、裸男は、 男『ヤア、飛ンでも無い奴が出て来やがつた。オイ勘公、櫟公、岩公、鬼虎、……鬼彦に続けツ』 と一生懸命に逃げ行かむとする。一人の男五人に向ひ『ウン』と霊縛を加へたるに、五人は足を踏ン張つた儘、化石の様になつて了ひ、目を剥き、舌をニヨロニヨロと出し、涙を滝の如く流してふるえ居る。 男『ホーあなたは丹波村のお節さまぢや有りませぬか。どうしてコンナ所へ踏ン迷うてお出でなさいました。私は三五教の青彦と申す宣伝使で御座います。大神様の命に依り、鬼ケ城の魔神に対し、言霊戦に出かけて居る最中で御座いますが、あなたが、惟神霊幸倍坐世と仰有つた声に曳かされ、体が引きつけられる様に、此処へ飛ンで来ました。サアサ、コンナ所に居つては大変です。早く現界へお帰りなさい』 お節『あなたは噂に聞いた三五教の青彦さまで御座いますか。あなたも亦幽界へ何時お越し遊ばしたの……』 青彦『イエイエ私の肉体は唯今、悦子姫様、加米彦、音彦等と共に大活動をやつて居ります。一寸肉体の休息の隙間に、和魂がやつて来たのですよ』 お節『アア左様で御座いますか。危ない所をお助け下さいまして有難う御座います。併しあの五人の裸さまを助けて上げて下さいナ』 青彦『アアお節さま、感心だ、あれ丈酷い目に会ひかけて居つた亡者を、助けてやつて呉れいと仰有るのか。その心なればこそ、再び現界へ帰る事が出来ますよ』 お節『あの五人の方も現界へ返して上げる訳にゆけませぬか』 青彦『あれは駄目ですよ。五人の男の本守護神は、既に立派な天人となつて昇天し、天の羽衣を身に着けて、真名井ケ原の豊国姫様のお側にご用をして居りますよ。彼奴はああ見えても、副守護神の鬼の霊だから、幽界でモウちつと業を曝し、瞋恚の心を消滅させねば、浮かぶ事は出来ない。併し乍ら霊縛は解いてやりませう』 青彦は五人に向ひ、声も涼しく、 青彦『一二三四五六七八九十百千万』 と数歌を二回繰返せば、五人の裸男は身体元の如くになり、青彦が前に犬突這となり、 五人『コレはコレは青彦様、能う助けて下さいました。結構な神歌をお聞かせ下さいまして是れで私の修羅の妄執もサラリと解けました。此後は決して決してお節さまの肉体に祟りは致しませぬ。私も是れから結構な神となりて、神界に救はれます』 と涙を垂らして泣き入るにぞ、青彦は、 青彦『アヽ結構だ。お前達は私と一緒に祝詞を奏上しなさい』 鬼『有難う御座います。オイオイ皆の連中、青彦の宣伝使について、祝詞をあげませうかい』 茲に青彦は神言を奏上し始めた。お節を始め五人の裸男は、両手を合せ、青彦と共に神言を奏上し終るや、五人の姿は見る見る麗しき牡丹の様な花と変じ、暖かき風に吹かれて、フワリフワリと、天上高く姿を隠したりける。 青彦『サアお節どの、あなたもお帰りなさい。又現界でお目にかかりませう』 と言葉を残し、青彦は麗しき光玉となりて、南方の天に姿を隠した。お節は今まで苦しかりし身体俄に爽快を覚え、えも言はれぬ音楽の響聞ゆると見る間に正気づき、四辺を見れば、婆アのお楢が枕許に坐つて、お節の手をシツカと握り締め、泣き居たりける。 お節『お婆アさまでは御座いませぬか』 お楢『ヤアお節、気が付いたか、嬉しい嬉しい。これと云ふも、全く神様のお蔭、ウラナイ教の黒姫といふ婆アが遣つて来て、筆先とやらを読みて聞かし、宣伝歌とやらを唄ふが最後、お前の病気は漸々と悪くなり、到頭縡切れて了ひ、妾も気が気でならず、又気を取り直し、真名井ケ原の豊国姫の神様、素盞嗚神様を一生懸命に念じて居ました。さうすると、段々冷たうなつて居たお前の体に温みが出来て来、青白い顔は追々に赤味を増し、細い息をしだすかと見れば、お蔭で物を言ふ様になつて呉れた。アヽ有難い有難い、真名井ケ原に現はれませる大神様……』 と婆アは嬉し泣きに泣き入りぬ。お節は日一日と快方に向い、四五日過ぎて、炊事万端の手伝ひを健々しく立働かるる迄になり、モウ二三日経てば、婆アさまと共に、真名井ケ原の宝座にお礼参詣をなさむと、親子相談の最中、門の戸を押開けて、中を覗き込む二三人の人影有り、よく見れば黒姫、夏彦、常彦の三人なりける。 黒姫『ヤアお婆アさま、何故、娘が全快したら、御礼参詣に出て来ぬのだい』 お楢『お前は黒姫ぢやないか。お節の病気を癒してやるなぞと、偉相な頬桁を叩きよつて、どうぢやつたい。長たらしい訳の分らぬ筆先とやら云ふものを勿体振つて読み、其上に若い娘の口から千遍歌とか、万遍歌とかいふものを耳が痛い程囀つて、娘は見る見る様子が悪うなるばつかり、虫の息になつて、何時死ぬか知れぬと云ふ所を見済まし、神界に御用が有るの何のと言つてコソコソと逃げたぢやないか、あまり偉相な事を言ふものぢやないワイ。矢張り、ウラナイ教の神は、ガラクタ神の、貧乏神の、死神の、腰抜け神ぢや。モウモウ死ンだつて、ウラナイ教を信仰するものかい。……エーエ汚らはしい、病神、早う、帰りて呉れ帰りて呉れ。折角快うなつたお節が又悪なると困る。サア早う早う、帰りたり帰りたり』 黒姫『コレコレ婆アさま、お前ソレヤ大変な取違ぢや。妾が御祈念をしてやつたお蔭で助かつたのぢやないか。其時にはチツと悪うても……悪うなるのが、快うなる兆ぢや。峠を一つ越えるのにも、苦しい目をして、登り詰めたら、後は降り坂ぢや。何時までも、蛇の生殺の様に、お節ドンを苦しめて置くのは可哀相ぢやから、此黒姫が神力で峠まで送つてやつたから、其お蔭でお節さまが危ない生命を助かつたのぢやないか。生命を助けて貰うて小言を云ふと、又罰が当らうぞい』 お楢『巧い事言ふない、ソンナ瞞しを喰ふ様な婆アぢやないぞ。あンまり甘う見て貰うまいかイ。若い時は鬼娘のお楢とまで言はれた、酢いも甘いも、人の心の奥底まで、一目見たら知つて居る此お楢ぢやぞえ』 黒姫『婆アさま、お前チツと逆上せて居るのぢやないかいナ。マア能う気を落ち着けて、妾の言ふ事を一通り聞いて下されや』 お楢『アア五月蠅いツ、聞かぬ聞かぬ。トツトと帰りて下され。…お節ウ、箒を貸し………あの婆アを掃き出してやるのだ。黒いとも、白いとも分らぬ様な面をしやがつて、力も無い癖に、口先で誤魔化さうと思うても、ソンナ事に誤魔化されるお楢婆アぢやないぞや』 黒姫『お楢さま、能う聞いて下さいや。時計が一つ潰れても、根本から直さうと思へば、一旦中の機械をスツパリ解体して了ひ、それから修繕をせねば、完全に直るものぢやない。恰度大病になると其通りぢや。お節さまの体の中の機械を、神様が一遍引き抜いて、更に組立てて下さつたのぢや。訳を知らぬ素人は、時計の機械を解体するとバラバラになるものだから、其時計が以前より悪うなつた様に思うて怒るものぢやが、一旦バラバラに為なくては完全な修繕は出来ぬ様なもので、大病になるとスツカリ機械の入れ替を、神様がなさるのぢや。其時はチツト容態が悪うなるのは当然ぢや。そこをお前さまが眺めて、却て悪うなつた様に思つて居るのが根本の間違ぢや。悪うなつたお蔭で、今の様なピンピンした体になつたのぢや。罰の当つた………何を叱言を云ふのぢやい。ウラナイ教の神様に、お節さまも一緒に御礼を申しなされ』 お節『黒姫さまとやら、御親切に仰有つて下さいますが、妾はどう考へても、ウラナイ教は虫が好きませぬ。ウの字を聞いても、頭が痛うなります。それよりも三五教の青彦さまと云ふ宣伝使に、半日なりと御説教が聴かして欲しいワイナ』 黒姫『三五教の青彦と云ふ奴は、妾の弟子ぢや。彼奴は妾の片腕ぢやが、此頃三五教へ間者となつて妾が入れておいたのぢや。青彦が偉いなら其大将の妾は尚の事、神徳が沢山有る筈ぢや。サアサアま一遍拝みてあげよう』 お楢、お節、一時に、 お楢、お節『イヤイヤ一時も早う帰つて下さい』 黒姫『ハヽヽヽ、盲と云ふ者は仕方の無いものぢや。何程現当利益を神様がお見せなさつても、お神徳をお神徳と思はぬ盲聾にかけたら、取り付く島も有つたものぢやない。……コレコレ夏彦、常彦、お前チツと言はぬかいなア。唖か何ぞの様に、此黒姫ばつかりに骨を折らして、知らぬ顔の半兵衛をきめ込むとは、何の態ぢや。チト確りしなさらぬか』 夏彦『誰に説教をして宜いか、サツパリ見当が取れませぬワイ』 黒姫『見当が取れぬとは、ソラ何を言ふのぢや。折角お神徳を貰うた此家の娘のお節や、お楢婆アさまを捉まへて、言向和せと云ふのぢやないか。何をグヅグヅして居なさる』 常彦『私は最前から、両方の話を、中立地帯に身を置いて、観望して居れば、どうやら黒姫さまの方が、道理が間違つとる様な気が致しますので、お気の毒で、あなたに恥をかかす訳にもゆかず、沈黙を守つて居る方が、双方の安全だと思つて扣へて居りました』 黒姫『エー二人共訳の分らぬ代物ぢやなア』 夏彦『神の裏には裏があり、奥には奥が有る位ならば、耳が蛸になる程聞いて居りますワイ。今までは何でも彼でも、あなたの仰有る通り盲従して来ましたが、今日の様に民衆運動が盛ンになつて来ては、今迄の様な厳格な階級制度は駄目ですよ。今日のウラナイ教で、あなたの言ふ事を本当に信じ、本当に実行する者は、高山彦さまタツタ一人、又高山彦さまの命令に服従する者は、黒姫さまタツタ一人と云ふ今日のウラナイ教の形勢、何でも彼でも盲従して居ると、同僚の奴に馬鹿にしられますワイ。私も今日限りお暇を頂きます。……お前さまと手を切つた上は、師匠でもなければ弟子でもない。アカの他人も同様ぢや。吾々二人は、今のお言葉で、心の底から愛想が尽きました。どうぞ御免下さいませ』 黒姫『ソレヤ、夏彦、常彦、藪から棒を突出した様に、何を言ふのだい。暇を呉れなら、やらぬ事もないが、今迄の黒姫とは違ひますぞゑ。勿体なくも高山彦の命の奥方、女と思ひ侮つての雑言無礼、容赦は致さぬぞや』 斯く争ふ所へ、宣伝歌を謡ひ乍ら入り来たるは、青彦なりける。黒姫は青彦を見るなり、胸倉をグツと取り、 黒姫『コレヤお前は青彦ぢやないか。何の事ぢや。結構なウラナイ教を棄てて、嘘で固めた三五教の宣伝使になりよつて、わし達の邪魔ばつかりして居るぢやないか。サア改心すれば良いし、グヅグヅ言ひなさると、女乍らも、鍛へあげたる此腕が承知をしませぬぞや』 青彦『アハヽヽヽ、アヽお前は黒姫さまか。老い年して居つて、良い加減に我を折りなさつたらどうぢや。棺桶へ片足突つ込みて居り乍ら、千年も万年も活る様に、何時まではしやぐのぢや。チツと年と相談をして見たらよからうに』 夏、常二人は拍手して、 夏彦、常彦『ヒヤヒヤ、青彦の宣伝使、シツカリやり給へ』 黒姫『コラ夏彦、常彦、何の事ぢや。悪人の青彦に加担すると云ふ事があるものか、お前は気が狂うたか、血迷うたのか』 常彦『只今迄はウラナイ教の身内の者、只今縁を断つた以上は、三五教にならうと、バラモン教にならうと、常彦の勝手ぢや。ナア夏彦、さうぢやないか』 夏彦『オウさうともさうとも、……モシモシ青彦さま、あなたも元はウラナイ教のお方ぢやつたさうですなア。私は矢張りウラナイ教ぢや。併し乍らあまり此婆アの言心行が一致せないので、誰も彼れも愛想を尽かし、晨に一人、夕に三人と、各自に後足で砂をかけて、脱退する者ばつかり、私も疾うから、ウラナイ教は面白くないから、三五教になりたいと思つて、朝夕念じて居りましたが、一旦黒姫や高姫に瞞されて、一生懸命に三五教の神様の悪口を広告れて歩いたものだから、今更閾が高うて、三五教に兜を脱ぐ訳にも行かないし、宙ブラリで困つて居りました。どうぞ青彦さま私等二人の境遇を御推察の上、どうぞ宜しく御執り成しをお願申します』 青彦『ハア宜しい承知致しました。御安心なされ。……オイ黒姫、人の胸倉を取りよつて何の態ぢや。放さぬかい』 黒姫『寝ても起きても、お前の事ばつかり思うて居るのぢや。大事のお前を三五教に取られたと思へば、残念で残念で堪らぬワイ。常彦や夏彦のガラクタとは違うて、お前はチツト見込があると思うて居つた。今はウラナイ教も追々改良して、三五教以上の結構な教が立ち、御神力も赫灼だから、どうぢや一つ、元の巣へ返つて、黒姫と一緒に活動する気はないか』 夏彦『モシモシ青彦さま、嘘だ嘘だ。改良所か、日に日に改悪するばつかりだ。此間もフサの国から、ゲホウの様な頭をした高山彦と云ふ男が出て来て、黒姫の婿になり、天下を吾物顔に振れ舞ふものだから、誰れもかれも愛想をつかし、毎日日日脱退者は踵を接すると云ふ有様、四天王の一人と呼ばれた吾々でさへも、愛想が尽きたのだ。黒姫の口車に乗らぬ様にして下さい』 黒姫『コラ夏、常、要らぬ事を言ふない。貴様ア厭なら厭で、勝手に退いたら宜い。人の事まで構ふ権利があるか。……サア青彦、返答はどうぢやな。返答聞くまで、仮令死ンでも、此腕がむしれても放しやせぬぞ』 青彦『エー執念深い婆アだナア。放さな放さぬで良いワ』 と云ふより早く、赤裸になつた。黒姫は着物ばかりを握つて、 黒姫『誰が何と言うても放すものかい。……ヤア何時の間にやら、スブ抜けを喰はしよつたナ、エーコンナ皮ばつかり掴みて居つても、なにもならぬ。忌ま忌ましい』 と言ひつつ着物を大地に投げつけるを夏彦は手早く拾ひあげ、常彦、青彦諸共にお節の家に飛び込み、中からピシヤリと戸を閉め、錠をおろしたり。黒姫は唯一人門口に取り残され、ブツブツつぶやき乍ら、比治山の方を指してスゴスゴと帰り行く。 お楢『ヤアヤアお前さまは、青彦さまか。能う来て下さつた。こないだの晩に泊つて貰はうと思つて居つたのに、泊つて欲しい人は泊つて呉れず、厭な奴ばつかりノソノソと泊り、執念深い……死ンでからも爺ドンの生命を取りに来、又聞けば、お節の生命まで亡霊となつて狙ひよつたさうぢや。お前さまが夢に現はれて、悪魔を改心させ娘を助けて下さつた夢を見たら、其日から不思議にも、お節が段々と快くなり、婆アも、お節も、毎日日日、青彦さま青彦さまと真名井の神様よりも尊敬して居りました。能う来て下さつた。サアサアむさくるしいが、ズーツと奥へお通り下され。……そこの二人は黒姫の弟子ではないか、エーエー黒姫の身内ぢやと思へば何だか気持が悪い。二人のお方は折角乍ら、トツトと帰りて下され』 青彦『お婆アさま、私も元は黒姫の弟子になつて居りましたが、あまりの身勝手な奴だから、愛想が尽きて三五教に籍を変へ、御神徳を戴いて今は御覧の通り、宣伝使になりました。此二人は、今日只今迄、常彦、夏彦と云うて、黒姫の四天王とまで謂はれて居つた豪者だが、此二人も私の様に、愛想をつかし、今此家の門口で師弟の縁を断り私の友達になつたのだから、さう気強い事を言はずに、大事にしてあげて下さい』 お楢『アアさうかいナさうかいナ。それとは知らずに偉い失礼な事を申しました。……コレコレお節、何恥かしさうにして居るのぢや。早うお客さまにお茶でも汲まぬかいナ』 お節は袖に顔を包み、稍俯むき気味になつて、 お節『これはこれは青彦様、能う来て下さいました』 と言つた限、俯伏になり震ひ居る。 お楢『アーア若い者と云ふ者は、仕方の無いものぢや。……モシモシ青彦さま、婆アの頼みぢやが、不束な娘で、お気には入りますまいが、どうぞお節の婿になつて下され。これが婆アの一生の頼みぢや。……コレコレお節、お前も頼まぬかいナ』 お節『………』 常彦『ナアーンと偉いローマンスを見せて頂きました。ナア夏彦、此の間は高山彦と黒姫のお安うない所を拝観さして貰ひ、今日は又一層濃厚なローマンスを目の前にブラ下げられて、……イヤもうお芽出たい事ぢや。……青彦さま、一杯奢りなされや』 青彦『お婆アさま、私の様な破れ宣伝使に大事の娘様の婿になつてくれいと仰有るのは、有難う御座いますが、私は今悦子姫様の御命令によりて、鬼ケ城の言霊戦に出陣せねばなりませぬ。又私一量見ではゆきませぬから、悦子姫様や、音彦さまのお許しを得て、ご返辞を致します。それ迄何卒待つて下さいませ。……かういふ内にも心が急けます。悦子姫様が、青彦はどこへ行つただらうと、お尋ね遊ばして御座るに違ひない。肝腎要の場合、女の愛にひかされてコンナ所へ舞ひ戻つて来たと思はれてはなりませぬから、兎も角御返辞は後に致しませう。左様なれば……御機嫌よう……お婆アさま、お節どの』 と言ひすてて門口へ急ぎ出でむとするをお楢は、 お楢『どうぞ、お節の事を忘れて下さるなや』 常彦『モシモシ青彦さま、どうぞ私も鬼ケ城へ連れて行つて下さい』 夏彦『私も、どうぞ、お伴をさして下さい』 青彦『悦子姫様の意見を聞かねば、何ともお答は出来かねますが、御都合が好ければ、私と一緒に参りませう』 二人『どうぞ宜しうお頼み申す。……婆アさま、お節さま、偉いお邪魔を致しました。御縁が有れば又お目にかかりませう』 お楢『左様なら……』 お節『御機嫌よう……』 と青彦は此家を後に、心いそいそ南を指して二人を伴ひ、韋駄天走りに走り行く。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 13 紫姫 第一三章紫姫〔六二四〕 細い暗い穴を腰を屈めて二三十間進んで行くと、其処に明りのさした稍広き隧道が前方に貫通し居たり。 紫姫『サア之から天井も高う御座います、何卒お腰を伸ばしてお歩き下さいませ、此巌窟は長さ三丁許り縦横十文字に隧道が穿たれ、処々に四角い岩窟の室が御座います。荒鷹、鬼鷹の居ります場所は特に広く築いてあります』 加米彦『ヤア益々鬼の奴、洒落た事をやつて居よる哩、鬼ケ城へ行つて不在中で安心な様なものだが、若しひよつと愚図々々して居ると中途に帰つて来よつて、あの細い入口をピツタリ塞ぎよるか但は青松葉でも燻べられたら、それこそ大変だ、良い加減に探険したら斯様な危険地帯は退却するに限る、ナア音彦さま』 音彦『さうだなア、一方口を塞がれては袋の鼠も同然だ』 紫姫『イエイエ御心配下さいますな、二ケ所も三ケ所も非常口が開いて居ます、妾は能く承知して居りますから御安心して下さい』 加米彦『アヽさうですか、それなら安心だ』 と紫姫の後につき大手を振つて大股にフン張り行く。 加米彦『ヤア小鬼共が沢山寝て居よるワ。オイオイ、小鬼の奴、起きぬかい、三五教の宣伝使悦子姫一行の御臨検だ、サアサア之から簡閲点呼の始まり』 五六人の男吃驚して起き上り、 男『何方さまか知りませぬが生憎御大将は御不在、一向お構ひ出来ませぬ、何卒悠々とお休み下さいませ』 加米彦『休めと云はいでも休みてやる、然し乍ら貴様達は何の為に留守番を致して居るのぢや、鬼の上前を越す音彦や、加米彦がノソノソと奥深く進入し、此岩窟は最早陥落より外に道なき悲境に立ち到つて居るのに、大将の留守を窺ひ、秘蔵の酒に喰ひ酔ひ、鱶の様に愚助八兵衛と前後も知らず寝て居るとは不届き至極な代物だ、サア此加米彦が目に留まつた以上は容赦は致さぬ、鬼鷹、荒鷹の両人になり代り、今日只今より暇を遣はす、何へなりと勝手に出て行け』 小鬼『オイ丹州、金州、源州、遠州、播州、大変だぞ、只今限り免職だとえ』 丹州『それだから酒は飲むな、酒を飲んだら縮尻ると何時も云うとるのだ、俺もウラナイ教の黒姫の児分になつて二三年随いて廻つて居つたが、三五教には随分偉い豪傑が居つて神変不思議の術を使ひ、ドンナ処へでも生命構はずに出て来ると云ふ事を云つて居つたが、本当に油断のならぬ三五教ぢや、三五教は穴が無いのでコンナ鬼の穴まで探して取りに来るのだらうなア』 加米彦『コレコレ丹州とやら、何を申す、神妙に此方の申す通り退却致さぬか』 丹州『お前は三五教の宣伝使ぢやないか、ドンナ悪神でも悪人でも鬼でも餓鬼でも虫族までも助けると云ふお役だらう、仮令吾々は鬼の乾児になつて居つても、元は天地の大神様の結構な御分霊、指一本でも触へるなら触へて見なさい、天則違反の大罪で根の国、底の国へ真逆様に落されますぞえ』 加米彦『アハヽヽヽ、此奴、仲々理屈を云ひよる哩、オイ丹州、貴様は何処の出生ぢや』 丹州『俺かい、俺は云はいでも定つた事ぢや、国の生れだよ』 加米彦『国と云つても沢山あるぢやないか、何処の国だ』 丹州『エー、頭脳の悪い男だなア、ソンナ事で宣伝使が勤まるか、丹波の国に居て国の生れと云へば丹波に定つて居るではないか』 加米彦『アハヽヽヽ、そうして丹波の何処だ』 丹州『丹波の三嶽山ぢや』 加米彦『三嶽山は定つて居る、何と云ふ村の何と云ふ者から生れたのだ』 丹州『生れた処の村が分つたり、親が判る様なら誰がコンナ鬼の乾児になつて居るものかい、お前も余程訳の分らぬ事を云ふものぢやな』 音彦『サアサア加米彦、早く探険と出掛け様ぢやないか、愚図々々して居ると大将株が帰つて来よるかも知れないぞ』 加米彦『大将株の帰つて来るのを待つて居るのだ、盗賊の親方の居らぬ奴サン許りの処へ出て来て威張る訳にも往かぬ、張合が抜けて困つて居るのだ』 丹州『モシモシ加米サンとやら、御心配なさいますな。最前此丹州が鬼ケ城の方へ向けて合図をして置きました、たつた今雲霞の如き勇将猛卒を引率し、鬼熊別の御大将、旗鼓堂々と此方に向つて攻めて来ますよ、マアお前さまも暫時の生命だ、ゆつくりと法螺でも吹いて刹那心を楽しみなさい』 加米彦『ハツハヽヽヽ、何を吐しよるのだい、仮令悪神の千匹や万匹、やつて来た処で、三五教独特の神霊発射によつて忽ち消滅さしてやるのだ、一時も早く攻め寄せて来ないかいなア、アヽ待ち遠しいワイ』 丹州『アハヽヽヽ、力は何うだか知らぬが随分吹きますな』 加米彦『きまつた事だよ、二百十日と綽名を取つた加米彦だ、まごまごして居ると、俺の鼻息で貴様等の木端鬼共を中天へ捲き上げるぞ』 丹州『実の処私は真名井ケ原に現れました玉彦と申すもの、あまり悪神が跋扈するので豊国姫様の御命令を受け、小鬼と身を窶し、此岩窟に紛れ込み悪魔の状勢を探つて居たもので御座いますよ、紫姫様のお伴になつた二人の僕は、私の計企で或処に大切にして隠して置きました、やがてお目に掛けませう』 紫姫『ホー、其方は何と仰有る、あの僕を隠して置いたとな、ソンナラ何故二人の着物は血塗泥になつて居つたのですか、其理由を聞かして下さい』 丹州『アハヽヽヽ、それは此丹州が計企に依つて猪を獲つた其血で着物を染め、荒鷹、鬼鷹の大将に「此通り嬲殺しに致しました」と云つて見せたのだ、お疑ひとあらば今お目に掛けませう』 紫姫『何卒一時も早く会はして下さい』 丹州『オイ、皆の奴、何時も俺が云うて聞かしてある通り、何も彼も、服従するだらうなア』 甲乙丙丁、一度に頭を下げ、 甲乙丙丁『ハイハイ、承知致しました』 丹州『ヨシヨシ、それでこそ俺の家来だ、サア金州、遠州の両人、二人をこれへ連れて来い』 金州、遠州『畏まりました』 と金、遠の二人は急いで岩窟の彼方に姿を隠したるが、暫時ありて二人の男を伴ひ来り、 金州、遠州『サア親方、二人のお客さまを御案内して参りました』 紫姫『ヤアお前は鹿に馬、能うマア無事に居て下さつたナア』 鹿、馬一度に両手をつき嬉し涙に暮れて居る。 悦子姫『コレコレ丹州様とやら、其方は一目見た時から変つたお方ぢやと思つて居ましたが、豊国姫の神様の御命令で御越しになつたとは、それは真実で御座いますか』 丹州『ハイハイ、真実も真実、ずつと正真正銘の真実で御座います』 加米彦『悦子姫さま、音彦さま、何だか勢込ンで岩窟の探険と出て来るは来たものの、暗がりで屁を踏ンだ様な話ですな。もうコンナ処は張合がないから何処か抜け道を教へて貰つて、崎嶇たる山道を跋渉し鬼ケ城へ向つたら何うでせう、三五教には退却の二字は無いから元来た道に引き返す事もならず、何処の抜け穴でも見付かつたら脱出するのですなア』 丹州『此岩窟には三ケ所も抜け穴があります、一方は鬼ケ城へ行く道、一方は大江山へ行く道、一方は谷へ水を汲みに行く抜け穴、何方へ御案内を致しませうか』 加米彦『同じ事なら鬼ケ城の方へ案内して下さい』 丹州『承知致しました』 と先に立ちドンと突き当つた岩石を片手でグイと押す途端にガラリと開いた。見れば三嶽の山頂、四方八方見晴らしのよき場所なりける。 加米彦『サアもう大丈夫だ、皆さま此風景を眺めて一休み致しませうか、紫姫さまも如何です、一緒にお伴致しませう、此様な岩窟に何時迄も蟄居して居ても何の楽しみもありますまい、貴女のお好きな音彦さまと、ね……』 紫姫『ホヽヽヽ』 と袖で顔を隠し俯向く。 一同は山上の風景佳き処に腰打ち下ろし四方を眺め雑談に耽る。折しも西南の天に当り一塊の黒雲現はれ、見る見る拡大して満天墨を流せし如く四方暗黒に包まれ咫尺を弁ぜざるに立ち至りぬ。身をきる許りの寒風、岩石を飛ばし、樹木も倒れよと許り吹きつけ来る。金州、源州、遠州、播州の四人は『アツ』と云つたきり風に吹き捲くられて暗の谷底へ姿を隠したり。 音彦『ヤア大変な事になつて来たワイ、八岐の大蛇が襲来し相な形勢が現はれたぞ。紫姫さま、私が手を握つてあげませう、愚図々々して居ると吹き散らされて了ひますよ。ヤ、加米彦、お前は悦子姫さまの保護の任に当れ、丹州、お前は御苦労だが一人で随いて来て呉れ』 丹州『ハイハイ、委細承知致しました、然し乍ら、もう暫時此処に休息しなさつたら如何です、之から先は大変な断崖絶壁、暗がりに踏み外したら大変です』 加米彦『何、構うものかい、何うなるも斯うなるも神様の思召だ。之ばかしの風に屁古垂れて宣伝使が勤まるか』 丹州『偉い馬力ですな、然し足許が分りますか』 加米彦『それや一寸分らないよ、足に目が無いからなア』 黒雲は左右に別れてヌツと現はれた巨大の竜体、中央に半身を現はし大口を開き五人の頭上にブラ下り、一丈ばかりの紅い舌を出して舐かかる。 加米彦『ヤア、やりよつたな、面白い面白い、オイ八岐の大蛇、貴様の十八番はそれ位なものか、それ位の事で吾々観客は「やんや」と云はないぞ、もちつと変つた放れ業をやらないか、一二三四五六七八九十百千万』 と言霊の発射に大蛇の姿はおひおひ縮小し遂には雲に全身を没し終りける。 加米彦『アハヽヽヽ、加米彦さまの言霊の発射は見事なものだ、ナア音彦さま、此神力には流石の悦子姫さまも御感服遊ばすだらう』 悦子姫『ホヽヽヽ、加米サン、何故折角出て来た大蛇を去なして了つたの、捕擒に出来なかつたの』 加米彦『エ、荷物の多いのにあの様な嵩の高い、不恰好の奴を荷物にした処が棒にもならず、杖にもならず、帯には短し襷にや長し、邪魔になるから助けてやりました。アハヽヽ、東西々々、只今の芸当お目に留まりますれば次なる芸当お目に掛けます』 音彦『アハヽヽヽ、陽気な男だな、序にモ一つ立派な手品を見せて貰はうかい』 加米彦『八釜しう云ふない、今大蛇の奴が楽屋で厚化粧の最中だ、暫らく待つて下さい、今度は素敵滅法界の代物をお目にぶら下げます』 風はピタリと止み、満天の黒雲はさらりと霽渡り、日光は晃々と輝き始めたり。 加米彦『サアサア天の岩戸開きと御座い、皆さまお目に留まりますれば拍手喝采の代りに天津祝詞を奏上して下さい』 茲に悦子姫、音彦、加米彦、紫姫、丹州、鹿公、馬公の一同は、西天に向ひ両手を合せ天津祝詞を奏上し宣伝歌を謡ひ終つて、一行潔く南を指して山伝ひ、雲表に聳ゆる鬼ケ城を目蒐けて進み行く。 (大正一一・四・二三旧三・二七北村隆光録)
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(1705)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 17 有終の美 第一七章有終の美〔六二八〕 常彦『世は常暗と成り果てて鬼や大蛇や曲津神 天が下をば横行し吹き来る風は腥く 歎き悲しむ人の声鬼の棲むてふ大江山 憂を三嶽の岩窟に鬼熊別の片腕と 誇り顔なる鬼鷹や情容赦も荒鷹の 爪研ぎすまし世の人を見付け次第に引攫み 岩窟の中へと連れ帰り人を悩ます曲津神 それさへあるに鬼ケ城の数多の部下を従へて 天が下をば吾儘に振る舞ひ暮す曲霊 鬼熊別を始めとしそれに連れ添ふ蜈蚣姫 数多の魔神と諸共にバラモン教の教理をば 世人欺く種となし男、女の嫌ひなく 暇さへあれば引捕へ己が棲処へ連れ帰り 無理往生に部下となし日に日にまさる頭数 烏合の衆を駆り集め世を驚かす空威張り 山砦は立派に見ゆれどもその内実は反比例 風が吹いてもガタガタと障子は踊る戸は叫ぶ 柱はグキグキ泣き出す一寸の風にも屋根の皮 剥けて忽ち雨が漏るコンナ山砦を偉相に 難攻不落の鉄城と誇る奴等の気が知れぬ 鼻の糞にて的貼つた様な要害何になる 三五教の言霊に忽ち城は滅茶々々に 砕けて逃げ出す曲津共蜘蛛の子ちらす其の如く 四方八方に散乱し這うて逃行く可笑しさは 他所の見る目も哀れなりドツコイ待つたそれや先ぢや 今は鬼鷹荒鷹が死力を竭して防戦の 真最中のお気苦労遥に察し奉る もう良い加減に我を折つて運の尽きたる此城を 綺麗薩張引き渡せ花も実もある其間に 渡すが利巧なやり方ぞ人を助ける宣伝使 相互の為にならぬ様な下手な事をば申さない サアサア如何ぢや、さア如何ぢや返答聞かせ早う聞かせ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令千年かかるとも三五教の言霊の 続く限りは攻めかける水攻め火攻めはまだ愚 地震雷火の車大洪水は宵の口 それより怖ひ俺の口口惜しからうが我を折つて 素直に降参するが良い宵に企みた梟鳥 夜食に外れてつまらない顔を見るのが気の毒ぢや 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も三五の神の教の吾々は 直日に見直し聞直す深き恵に省みて 鬼熊別の家来ども胸の戸開いてさらさらと 醜の岩窟を明け渡せ渡る浮世に鬼は無い 泣いて暮すも一生ぢや怒つて暮すも一生ぢや 笑うて暮せ鬼ケ城笑ふ門には福が来る 鬼は仏と早変り仏は神と出世する 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世の立替立別の出て来る迄に逸早く 神の御子と生れたる鬼熊別の家来共 叶はぬ時の神頼みもう斯うなつては百年目 早く山砦を明け渡せ此常彦が気をつける アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 夏彦『何だ、常彦、俺の言霊を随分冷かしたが貴様の言霊は何だ、長い長い大蛇の様なぬるぬるとした、蜒りさがした骨無し歌ぢやないか』 常彦『きまつた事だ、先方が大蛇の身魂だから此方もぬるぬると長く攻かけたのだよ』 加米彦『何だか根つから能う分る言霊だつた、之には流石の鬼熊別も胆を潰して腹を抱へて笑ひ転けるであらう、アハヽヽヽ』 馬公は岩窟の高欄の上に立ち、怪しき身振りをし乍ら謡ひ初めた。 馬公『花の都を立ち出でて馬と鹿との二人連れ 紫姫のお伴して比沼の真名井に詣でむと 遥々やつて来た折にバラモン教の神の子と 現はれ出でたる鬼鷹や心の荒き荒鷹の 二人の奴にうまうまと口の車に乗せられて 馬と鹿との両人は馬鹿にしられて三嶽山 岩窟の中に放りこまれ泣いて怒つて暮す中 折も悦子のお姫さま音彦さまや加米彦の 二人の取次従へて岩窟の中に御入来 折よく私は助けられ忽ち変る三五の 神の教の信徒となつて嬉しき今日の日は 鬼の棲まへる鬼ケ城言霊戦に加はりて 鬼熊別の土手つ腹突いて突いて突き捲り オツトドツコイこら違うた心の裡は兎も角も 表は矢張鬼ケ城鬼の味方になり居れと 悦子の姫が仰有つたかねて定めた八百長の 此言霊の戦ひに敵と味方の区別なく 言向け和し三五の神の教を敷島の 大和島根はまだ愚豊葦原の瑞穂国 国の八十国八十の島一度に開く梅の花 開いてちりて実を結ぶ結ぶ誠の神の縁 鬼熊別の大頭お色の黒い蜈蚣姫 一時も早く村肝の心の鬼を追ひ出し 神に貰うた真心に早く復つて下されや 馬公が一生のお頼みぢや荒鷹改心するならば 敵も味方もありはせぬ天下泰平無事安穏 千秋万歳万々歳散らぬ萎れぬ花が咲く 誠一つの神の道朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神のお道は変らない誠の道は二つない 誠一つに立ち復り神の光に照されて 恵の露に潤へよ鬼熊別や蜈蚣姫 三五教の宣伝使音彦加米彦青彦よ お前も一寸我が強い序に言霊放し置く アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 鹿公『アハヽヽヽ、オイ馬、貴様は何方に向つて言霊戦をやつたのだ、貴様余程筒井式だな』 馬公『きまつた事だ、味方をつついたり、敵をつついたりするからつつい式だよ、旗色の良い方へつくのが当世の処世法だ、オツトドツコイ戦略だよ、ハヽヽヽ』 攻撃軍の青彦は敵城に向ひ、又もや立つて言霊の発射を開始する。 青彦『三五教の宣伝使誠の道を宣べ伝ふ 神の御子たる青彦が之の山砦の司神 鬼熊別や蜈蚣姫二人の君に物申す 天と地との其中に生とし生ける者皆は 皇大神の珍の御子青人草と称へられ 神の御業をそれぞれに御仕へまつる者ぞかし 汝が命も天地の神の霊魂を受け給ひ 此世に生れし者なれば人の憫れを顧みて 善と悪とを推し量り世人を救ふ其為めに 誠の道に立ち復れそれに従ふ人々よ バラモン教の神の教心一つに励しみて 仕へ給ふは良けれども神の心を取違へ 知らず識らずの其中に曲津の神の容器と 成らせ給ひて天地の神の御前に許々多久の 罪をば重ね世を穢し根底の国の苦みを 受けさせ給ふ事あらば吾等はいかでか忍びむや 天を父とし地を母と仰ぎ生れし人の子は 皆兄弟よ姉妹よ一日も早く神直日 心も広き大直日神の真道に立復り 誠の道にのりかへて今迄尽せし曲業を 神の御前に悔い給へ三五教は世を救ふ 神の誠の言の葉を四方に伝ふる天使 心の耳に安らかに吾言霊を聞し召せ アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と声淑やかに謡ひ終つた。荒鷹は又もや立ち上り青彦に向つて、言霊の砲弾を発射し始めた。 荒鷹『神の恵のあら尊心の荒き荒鷹も 心新に立直し世の荒浪に掉して 神の助けの船に乗り心改め行ひを 改め直し世を広く神の教を服ひて 誠の道を立て徹しバラモン教やウラナイの 神の教の長を採り短をば捨てて新玉の 春立ち返る初よりあな有難や三五の 神の教に身を任せ心の花も一時に 開いて薫る梅の花日の出神や木の花姫の 神の命に神習ひ野立の彦や野立姫 埴安彦や埴安姫の神の命の御心を うまらにつばらに推量りて神素盞嗚大神の 此世を洗ふ瑞霊厳の霊の御教 身もたなしらに励しみて仕へ守るぞ嬉しけれ 鬼熊別や蜈蚣姫今迄仕へし荒鷹が 今改めて願ぎ申す汝が尽せし許々多久の 邪悪の道を今よりは改めまして天地の 神の御言を謹みて朝な夕なに村肝の 心にかけて守りませ汝が命に真心を 尽しまつるは荒鷹が清き心の表現ぞ 必ず怒らせ給ふまじ回顧すれば荒鷹が バラモン教に仕へてゆ早や二十年になりたれど 天と地との神々や世の人々の身に対し 一つの功績立てしことまだ荒鷹の身の因果 赦し給はれ天津神国津神等百の神 偏に願ひ奉るアヽ惟神々々 霊幸倍坐世よ』 荒鷹は斯く謡ひ涙をはらはらと降らし鬼熊別、蜈蚣姫の端坐せる高楼の前に向つて合掌したり。三五教の宣伝使音彦はすつくと立ち敵城に向ひ、又もや言霊の速射砲を差し向けたり。その歌、 音彦『日本の国は松の国松吹く風の音彦が 音に名高き鬼ケ城司の神と現れませる 鬼熊別の御前に稜威の言霊宣り上げて 清き言の葉宣り伝ふ豊葦原の中津国 メソポタミヤの楽園に教開きしバラモンの 鬼雲彦が言の葉は霊主体従の御教 三五教も其通り之亦霊主体従を 珍の御旗と押し立てて四方の草木を靡かしつ 天が下をば吹き払ふ科戸の風の神司 松に声あり立つ波の音彦此処に現はれて 誠の道を宣べ伝ふ霊主体従と称へたる その名目は一なれど内容は変る雪と墨 白き黒きも弁へて汝が命は逸早く お伴の者と諸共に誠の神の開きたる 三五教の御教に一日も早く片時も 疾く速けくかへりませ元は天地の分霊 天が下には敵も無し相互に扶け助けられ 睦び親しみ世の中に茂り栄ゆる人の道 省み給へ蜈蚣姫鬼熊別の司神 三五教の音彦が真心籠めて宣り申す 吾言霊の一つだに汝が命の御耳に 響き渡りて行ひを直させ給へば我として 之に越えたる喜びは又と世界にあらざらめ アヽ惟神々々霊の復しを待ち奉る』 と謡ひ終つて岩石の上に腰を下ろしたり。鬼熊別の片腕と聞えたる鬼鷹は白扇を開いて衝つ立ち上り、攻撃軍に向ひ言霊の応戦を開始したりけり。 鬼鷹『神の身魂と生れ乍ら誠の道を踏み外し 心汚き鬼神の醜の曲津の群に入り 日に夜に募る許々多久の罪や穢に包まれて 此世からなる生地獄心に鬼が棲むのみか 鬼雲彦の曲津神鬼熊別や蜈蚣姫 醜の従僕となり果てて名も恐ろしき鬼鷹と 天地の御子と生れきて万の長と名を負ひつ 鬼畜生や鳥翼虫にも劣る醜魂の 此世を乱す曲業に心砕きし浅猿しさ かかる汚なき吾身にも慈愛の深き皇神は 恵の鞭を鞭たせつつ今日は嬉しき三五の 神の教に照されて心も広く蓮花 薫り床しき木の花の咲耶の姫の御仰せ 日の出神の御神力千座の置戸を負ひ給ひ 普く世人を救ひます神素盞嗚大神の 瑞の御霊と現はれて身魂も清き神の御子 神も仏もなき世かと日に夜に胸を痛めしが 時節待ちつる甲斐ありて悪を斥け善道に 忽ち復る今日の空霽れゆく雪の跡見れば 三五の月は皎々と己が頭を照らしつつ 恵の露をたれ給ふアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ仮令大地は沈むとも 月日西より昇るとも神に誓ひし吾心 幾世経ぬとも変らまじ変る浮世と云ひ乍ら 遠き神代の昔より誠の道に変りなし アヽ尊しや有難や三五教の神の教 喜び仰ぎ奉る曲津の集まる鬼ケ城 八岐大蛇の醜魂八握の剣抜き持たせ 五百美須麻琉の玉の緒に神の御水火を結びつつ 心の鏡照り渡る月照彦の大神や 足真の彦の大神の伝へ給ひし御教 埴安彦や埴安姫の神の命の現はれて 織り出でませる経緯の綾と錦の神機を 天津御風に飜し山の尾の上や河の瀬に 荒ぶる百の神等を草木の風に靡く如 言向け和し皇神の御水火も清く九十 十曜の神紋中空に靡かせ奉り皇神の 御稜威を四方に輝かし醜の山砦に進撃し 太き功績を永久に立てて心の真木柱 高天原に千木高く仕へまつらむ吾心 アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終り、天地に向つて合掌し嬉し涙に咽びつつ地上にドツと打ち倒れたり。鬼熊別が幕下の者共、感激の涙にうたれ、ものをも言はず大地に平伏し、落つる涙に大地を潤しける。紫姫は立ち上り声淑やかに宣伝歌を謡ひ初めたり。 紫姫『救ひの神と現れませる厳の御霊や瑞御霊 天教山や地教山名さへ目出度き万寿山 霊鷲山の三葉彦神の命の御教は 天地四方に拡ごりて世は永久に開け行く アヽ惟神々々御霊幸はひ坐しまして 醜の魔風も凪ぎ渡り荒き波風鎮まりて 御代は平らに安らかに常磐堅磐の松の世と 治め給ふぞ尊けれ妾は都に現はれて 紫姫と名乗りつつ恋しき父に生き別れ 悲しき月日を送る内心の色も悦子姫 嬉しき便りの音彦や名さへ目出度き加米彦の 教の御子に助けられ三五教の御柱と 仕へまつりし今日こそは千代も八千代も忘られぬ 生日足日と祝ひつつ心に住める曲津見を 禊ぎ祓ひて真澄空三五の月のいと円く 神の大道を力とし円く治めむ神の国 アヽ有りがたや尊しや三五教の神の恩 千代に八千代に永久に仕へまつりて忘れまじ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と謡ひ終り天地に向つて恭しく拝礼したり。三五教の宣伝使長悦子姫は立上り、鬼熊別の館に向つて声を張上げ宣伝歌を送りたり。 悦子姫『天の八重雲掻き別けて天降りましたる皇神の 珍の御子と現はれし神素盞嗚の瑞霊 木花姫の生御霊日の出神の厳霊 三五の月の御教を四方の国々隈もなく 月照彦の大神や金勝要の大御神 従ひ給ふ八百万神の使の宣伝使 教を開く八洲国誠の道にさやりたる 八岐大蛇や醜の鬼醜の狐や曲神の 曇りし御魂を照さむと心を千々に配りつつ 霜の剣や雪の空雨の襖に包まれて 尾羽打ち枯らしシトシトとあてども無しに進み行く 教伝ふる宣伝使夜な夜な変る石枕 草の褥に雪の夜着世人の為に身も窶れ 心も疲れ山河を数限りなく渡り来て 曲津の神にさいなまれ寒さを凌ぎ飢、渇 心を千々に尽しつつ救ひの綱に操られ 愈此処に鬼城山司の神と現はれし 鬼熊別や蜈蚣姫永久の棲処と聞えたる 魔窟の山に登り来て宣り足らはれし言霊の 稜威の力に許々多久の罪や穢を吹き払ひ 祓ひ清むる神の道世は紫陽花の変るとも 色香褪せざる兄の花の一度に開く神の教 宣り伝へ行く楽しさよアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ』 と言葉短に謡ひ終れる折しも高殿より、火煙濛々と立ち昇り阿鼻叫喚の声、耳朶を打つ。一同はハツと驚き見上ぐる途端に鬼熊別、蜈蚣姫の二人は高閣に納めたりし天の岩船にひらりと飛び乗り、プロペラの音轟々と中空を轟かせ乍ら東方の天を目蒐けて一目散に翔り行く。敵も味方も一度に声張上げて、 一同『三五教の宣伝使、万歳々々』 と三唱したりける。此声に驚き目覚むれば瑞月の身は宮垣内の賤の伏屋に横たわり、枕許には里鬼と綽名を取つた丸松が、真赤な顔をして二三人の隣人と共に酒をグビリグビリと傾け居たりける。 (大正一一・四・二三旧三・二七北村隆光録)