| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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41 (1644) |
霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 12 一人旅 | 第一二章一人旅〔五七九〕 天津神達八百万国津神達八百万 百の罪咎身一つに負ひてしとしと濡れ鼠 猫に追はれし心地して凩荒ぶ冬の野を 母の命に遇はむとて出ます姿ぞ不愍しき 天の岩戸も明放れ一度清き神の代と 輝き渡るひまもなく天足の彦や胞場姫の 醜の霊魂の荒び来る山の尾上や河の瀬は 風腥く土腐り河は濁水満ち溢れ 雨は日に夜に降り続き流れ流れて進む身の 蓑もなければ笠もなくとある家路に立ち寄りて 一夜の宿を訪へばはつと答へて出で来る 荒くれ男の顔みればこは抑も如何にこは如何に 鬼雲彦の夫婦づれ地教の山の山の下 奇石怪巌立ち並ぶ谷の辺に細々と 立つる煙も幽かなる奥に聞ゆる唸り声 神素盞嗚の大神は物をも云はず戸を開き つかつか立ち寄り見給へば八岐大蛇の蜿蜒と 室一面に蟠まり赤き血潮は全身に 洫み渉りて凄じく命を見るより驚愕し 忽ち毒気を吹きかくる鬼雲彦と思ひしは 全く大蛇の化身にて鬼雲姫と思ひしは 大蛇に従ふ金毛の白面九尾の古狐 裏口あけてトントンと後振り返り振り返り 深山をさして逃げて往く神素盞嗚の大神は 天津祝詞の太祝詞声爽かに宣りあげて この曲津霊を言霊の御息に和め助けむと 心を籠めて数歌の一二三四五つ六つ 七八九十の数百千万の言霊に さしもに太き八つ岐の大蛇も煙と消えて行く あゝ訝かしと大神は眼を据ゑて見たまへば 家と見えしは草野原跡方もなき虫の声 不審の雲に蔽はれつ地教の山を目標とし 息もせきせき登ります折柄吹き来る山颪 八握の髯のぼうぼうと風に吹かれて散り果つる 木々の梢の紅葉も命が赤き誠心を 照らしあかすぞ殊勝なる。 素盞嗚尊は、地教山の中腹なる道の辺の巌に腰打ち掛け、高天原に於ける磐戸隠れの顛末を追懐し、無念の涙にくれ居たまふ時こそあれ、忽ち山上より岩石も割るるばかりの音響陸続として聞え来る。 怪しの物音は刻々に近づき来たる。素盞嗚尊は又もや大蛇の悪神襲来せるかと、ツト立ち上り、剣の握に手をかけて身構へしつつ待ち居たまへば、雲突く許りの大男四五十人の手下と共に、尊の前に大手を拡げて立ち塞がり、 男『ヤア、其方は天教山の高天原に於て、天の岩戸に、皇大神を閉ぢ込めまつりたる悪魔の張本、建速素盞嗚尊ならむ。一寸たりともこの山に登る事罷りならぬ』 と呶鳴りつくるを、尊は言葉優しく、 素盞嗚尊『吾は汝が言ふ如く、高天原を神退ひに退はれたる、素盞嗚尊なり。さりながらこの地教の山には、吾母の永久に鎮まり居ませば、一度拝顔を得て、身の進退を決せむと思ひ、遥々此処に来れるものぞ。汝物の哀れを知るならば、一度は此道を開きて、吾を母に会はせかし』 と下から出ればつけ上り、大の男は鼻息荒く仁王の如き腕をニウツと前に出し、 男『男子の言葉に二言は無いぞ、罷りならぬと云へば絶対に罷りならぬ。仮令天地は上下にかへるとも、ミロクの世が来るとも、いつかな、いつかな、吾々が守護する限りは、一分一寸たりとも当山に登る事は許さぬ。たつて登山せむと思はば此方の腕を捻ぢて登れ、此方は天教山に坐し在す大神の命を奉じ、素盞嗚尊万一此山に登り来らば都牟刈の太刀をもつて斬りはふれ、との厳しき御仰せ、万々一其方を此岩より一歩たりとも登すが最後、吾々一族は天地間に居る事は出来ないのだ。汝も元は葦原の国の主宰ならずや、物の道理も分つて居らう、下れ下れ、一時も早く此場を立ち去らぬか』 素盞嗚尊『アヽ是非に及ばぬ、然らば汝の勝手に邪魔ひろげ、吾は母に面会のため、たつて登山致す』 と群がる人々の中を悠然として登り往かむとしたまふを、大の男はぐつと猿臂を延ばし、 男『コラコラコラ、俺を誰方と思うて居るか、実の事を白状すれば、バラモン教の大棟梁、鬼雲彦のお脇立と聞えたる、鬼掴なるぞ』 と云ひながら尊の胸倉をぐつと取りぬ。尊はエヽ面倒と云ひながら、片足をあげてポンと蹴り玉ひし拍子に、鬼掴の体は四五間ばかり空中滑走をしながら片辺の林の中に、ドスンと倒れさまに着陸し、頭蓋骨を打つてウンウンと唸り居る。尊は委細構はず大手を振つて急坂をとぼとぼ登りたまへば、数多の家来は此勢に辟易し、蜘蛛の子を散らすが如く四辺の森林に姿を隠したりけり。 尊は猶も足を速めて急坂を登りたまふ時しもあれ、傍の木の茂みより、又ツト頭を出したる滅法界巨大なる大蛇の姿路上に横はり、尊の通路を妨げて動かず。 尊は大蛇に遮られ、稍当惑の体にて暫し思案に暮れたまふ時、山上より嚠喨たる音楽響き来り、数多の美はしき神人列を正し此場に現はれ給ひ、中に優れて高尚優美なる一柱の女神は、素盞嗚尊に向ひ、 女神『ヤヨ、愛らしき素盞嗚尊よ、妾は汝が母伊邪冊命なるぞ、汝が心の清き事は高天原に日月の如く照り輝けり。さりながら大八洲国になり出づる、数多の神人の罪汚れを救ふは汝の天賦の職責なれば、千座の置戸を負ひて洽く世界を遍歴し、所在艱難辛苦を嘗め、天地に蟠まる鬼、大蛇、悪狐、醜女、曲津見の心を清め、善を助け悪を和め、八岐の大蛇を十握の剣をもつて切りはふり、彼が所持せる叢雲の剣を得て天教山に坐し在す天照大神に奉るまでは、唯今限り妾は汝が母に非ず、汝又妾が子に非ず、片時も早く当山を去れよ、再び汝に会ふ事あらむ、曲津の猛び狂ふ葦原の国、随分心を配らせられよ』 と宣らせ給ふと見れば、姿は煙と消えて後には地教山の峰吹き渡る松風の音のみにして、道に障碍りたる大蛇の影も何時しか見えずなりぬ。 素盞嗚尊は止むを得ず此処より踵をかへし、急坂を下らせたまへば、以前の男、鬼掴は大地に平伏し尊に向つて帰順の意を表し、 鬼掴『私は実を申せば鬼雲彦の家来とは偽り、高天原の或尊き神様より内命を受け、貴神の当山に登らせたまふを道にて遮断せよとの厳命を頂きしもの、嗚呼併しながら此度の天の岩戸の変は貴神の罪に非ず、罪は却つて天津神の方にあり、何れの神も御心中御察し申上げ居る方々のみ。吾は之より心を改め貴神の境遇に満腔の同情を表し奉り労苦を共にせむと欲す、何卒々々世界万民の為に吾が願を許させ給へ』 と誠心表に現はれ涙を流して歎願したりける。尊は、 素盞嗚尊『其方は頭の傷は如何なせしや』 と尋ね玉ふに、鬼掴は畏みながら、 鬼掴『ハイ、お蔭様にて思はず知らず、神素盞嗚の大神様と御名を称へまつりし其刹那より、さしも激烈なる痛みも忘れたる如くに止まり、割れたる頭も元の如くに全快致したり。瑞霊の御神徳には恐れ入り奉る』 と両手を合して涙をホロホロ流し居る。素盞嗚尊は大に喜びたまひ、 素盞嗚尊『吾れ、高天原を退はれしより、時雨の中の一人旅、実に淋しい思ひを致したるが、世の中は妙なものかな、一人の同情者を得たり。いざ之より汝と吾とは生の兄弟となりて大八洲の国に蟠まる悪魔を滅し、万民を救ひ天下に吾等が至誠を現はさむ、鬼掴来れ』 と先に立ち、柴笛を吹きながら足を速めて何処ともなく天の数歌を歌ひつつ、西南指して進みたまふ。 (大正一一・四・二旧三・六加藤明子録) (昭和一〇・三・二〇於彰化神聖会支部王仁校正) |
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42 (1652) |
霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 20 五十世紀 | 第二〇章五十世紀〔五八七〕 松彦の天使に伴はれた一行三人は、鏡の岩にピタリと行当り、如何にして此関所を突破せむかと首を傾けて、胸に問ひ心に掛け、首を上下左右に静かに振り乍ら、やや当惑の体にて幾何かの時間を費やしゐたり。 玉彦『吾々は現界に於ても、心の鏡が曇つてゐる為に、万事に付け往き当り勝ちだ、神界へ来ても矢張往き当る身魂の性来と見える哩。アヽ、どうしたら宜からうな。見す見す引返す訳にも往かず、何とか本守護神も好い智慧を出して呉れさうなものだなア』 松彦『貴方はそれだから不可ないのですよ。自分の垢を本守護神に塗付けるといふ事がありますか』 玉彦『吾々は常に聞いて居ります。本守護神が善であれば、肉体もそれに連れて感化され、霊肉共に清浄潔白になり天国に救はれると云ふ事を固く信じてゐました。斯う九分九厘で最上天国に行けぬと云ふことは吾々の本守護神もどうやら怪しいものだ。コラコラ本守護神、臍下丹田から出て来て、此の肉の宮を何故保護をせないのか、それでは本守護神の職責が尽せぬでは無いか。肉体天国へ行けば本守護神もが行ける道理だ。別に玉彦の徳許りでない、矢張本守護神の徳にもなるのだ。何をグヅグヅして居るのかい』 と握り拳を固めて臍の辺をポンポン叩く。 松彦『アハヽヽヽ、面白い面白い』 玉彦『之は怪しからぬ、千思万慮を尽し、如何にして此鉄壁を通過せむかと思案にくるるのを見て、可笑しさうに吾々を嘲笑なさるのか、貴方も余程吝な守護神が伏在して居ますな』 松彦『天国には恨みも無ければ悲しみも無い。亦嘲りもありませぬ。私の笑つたのは貴方の守護神が私の体を籍つて言はれたのですよ』 玉彦『さう聞けば、さうかも知れませぬな。これこれ厳彦サン、楠彦サン、貴方がたの本守護神は何と仰有いますかな』 楠、厳『アア未だに何とも御宣示がありませぬ。茲暫らく御沈黙の為体と見えます哩。斯うなると実に恥しいものだ。吾々の背後には立派な女神の守護神が鏡に写るのが見える、有難い、吾々は何と云つても矢張身魂が立派だから、守護神もあの通り立派なと思う刹那、パツと消えて了つて後には霊衣さへ見えなくなつて了つた。アヽ心の油断といふものは恐ろしいものだナア』 松彦『貴方がたは何か一つ落して来たものはありませぬか』 三人『最早娑婆の執着心を捨てた以上は、落すも落さぬもありませぬワ。強つて落したと云へば執着心位のものでせうよ』 松彦『イーエ、ソンナものぢやありませぬ。貴方がたに取つて、高天原の関門を通過すれば容易に通過が出来ます』 玉彦『コレコレ楠サン、厳サン、お前たち何か落した物が思ひ出せないか』 厳彦『オー思ひ出した。河鹿峠を下る時に、大切な馬一匹と自分の肉体を一つ落して来た様に記憶が浮んで来る。落したと云つたら、マアソンナ物だらう。もしもし松彦サン、馬の死骸や人間の死骸を拾つて来なくては此処が通過出来ないのですか』 松彦『さうです。馬の死骸と人間の死骸を拾つて来なさい。さうすれば容易に通過が出来ませう』 玉彦『一寸待つて下さい。貴方の仰有る事は少し脱線ぢやありますまいか。斯の如き四面玲瓏たる天国に左様な穢苦しい死骸を持つて来てどうして関門が通過出来ませうか。清きが上にも清き天国に、死んだ馬を引ずつて来た処で乗る訳にも往かず、一足も歩く訳にも往くまいし、ハテ訳の分らぬ事を仰有ります哩』 松彦『サア其落した馬と人間の死骸を生かしさへすれば、立派に通過が出来るのだ。マア一寸本守護神と篤り御相談をなさいませ。私はそれまで此処に待つて居ます』 玉彦『ヤア御忙しいのに済みませぬな』 厳彦(横手を打ち)『ヤア分つた分つた、本守護神の囁きに依つて、一切万事解決が着いた。馬を落したと云ふ事は、心の駒の手綱が緩んで何処かへ逸走して了つたと云ふ事だつた。死骸を落したと云ふ事は吾々の身魂が天国の美はしき光景に憧憬れ魂を宙に飛ばして了つたといふ謎であつた。さうして最も一つ大事なのは、神界旅行に必要なる天津祝詞の奏上や神言の合奏であつた。箕売が笠でひるとは此事だ。現界に居る時は一生懸命に、宣伝歌を称へ、天津祝詞の言霊を朝夕奏上したものだ。其言霊の奏上も、天国に自分も救はれ、数多の人を救はむが為であつた。然るに其の目的たる天国に舞ひ上り乍ら、肝腎の宣伝使の身魂を何時の間にやら遺失して了ひ、心の駒は有頂天となつて空中に飛散して了つて居た。アヽ天国と云ふ処は、油断のならぬ処だな、結構な処の気遣ひの処で怖い処だ。サアサア御一同様、天津祝詞を此鏡岩に向つて奏上致しませう』 と一同は夜の明けたる心地して、勇み立ち、天津祝詞を一心不乱になつて百度計り奏上した。鏡の岩は自然と左右に開かれ、坦々たる花を以て飾られたる、清き大道が現はれて来た。三人は声を揃へて、 三人『ヤア松彦様、有難う御座いました。御蔭様で難関も無事に通過致しました。何分に馴れぬ神界の旅行、勝手も存じませぬから、何とぞ宜しく御世話下さいませ』 松彦『否々、貴方の事は貴方がおやりなさい。現界に於て貴方がたは、常に、人を杖に突くな、師匠を便りにするなと云つて廻つて居られたでせう』 三人は、 三人『アハヽヽヽ、余り好い景色で気分が良くなつて何も彼も忘れて了つた。さうすると矢張り執着心も必要だ』 松彦『それは決して執着心ではありませぬ。貴方がたの身魂を守る生命の綱ですよ。ヤア急いで参りませう』 向ふの方より、身の丈二尺ばかりの男女五人連、手を繋ぎ乍ら、ヒヨロヒヨロと此方に向つて進み来るあり。 玉彦『ヤア小さいお方が御出でたぞ。此処は小人島の様だな。天国にはコンナ小さい人間が住まつて居るのですか。ナア松彦サン』 松彦『何、神界許りか、現界も此通りですよ。一番図抜けて大男と云はれるのが三尺内外一尺八寸もあれば一人前の人間だ。顕幽一致、現界に住まつてゐる人間の霊体が此高天原に遊びに来てゐるのだ。ああやつて手を繋いで歩かないと、鶴が出て来て、高い処へ持つて上るから、其難を防ぐ為、ああやつて手を繋いで歩いて居るのだ』 玉彦『ハテ益々合点が往かなくなつて来た。吾々三人は、常世の国を振出しに、世界各国を股にかけ、現界は大抵跋渉した積りだが、何程小さき人間だと云つても六尺より低い男女は無かつた。赤ん坊だつてあれ位の背丈は、現界の人間なれば持つてゐますよ。貴方、何かの間違ひではありますまいか』 松彦『六尺以上の人間の住まつて居つたのは、今より殆ど三十五万年の昔の事だ。貴方が河鹿峠で帰幽してからは、最早三十五万年を経過して居るのだ。現界は二十世紀といふ、魂の小さい人間が住まつて居た時代を超過し、既に三千年暮れてゐる。現界で云へば、キリストが現はれてから五十世紀の今日だ。世は漸次開けるに伴れて、地上の人間は労苦を厭ひ、歩くのにも電車だとか、自動車、汽車、風車、羽車等に乗つて天地間を往来し、少しも手足を使はないものだから、身体は追ひ追ひと虚弱になつて最早五十世紀の今日では、コンナ弱々しい人間になつて了つたのだ。併し乍ら、十九世紀の終りから二十世紀にかけて芽を吹き出した、三五教の教を信じ不言実行に勉め、労苦を楽しみとしてゐる人間の系統に限つて、夫れと反対に六尺以上の体躯を保ち、現幽神界に於て、神の生宮として活動してゐるミロク人種もありますよ』 三人『吾々は昨夜、河鹿峠で落命したと思つて居るのに、最早三十五万年も暮れたのでせうか。如何に神界に時間が無いと云つても之は又余り早いぢやありませぬか』 松彦『サアお話は聖地に到着の上ゆつくりと致しませう。神様がお待兼ね、ぼつぼつ参りませう』 と先に立つて歩み出した。三人は松彦の後にいそいそと随ひ行く。忽ち眼前に展開せる湖水の岸に着いた。金波銀波洋々として魚鱗の如く日光に映じ、其壮観譬ふるに物なき程である。七宝珠玉を以て飾られたる目無堅間の御船は、幾十艘とも無く浮んでゐる。松彦は、其中最も美はしき、新しき船にヒラリと飛び乗り、三人に同乗を勧め、自ら櫓を操り乍ら、西南を指して波上豊に揺れ行く。湖面は日光七色の波を以て彩どられたる如き波紋を描きつつ、船唄勇ましく聖地の高天原を指して、勇み漕ぎ行く。波の彼方に、霞の上に浮いてゐる黄金の瓦、銀の柱、真珠、瑪瑙、珊瑚、瑠璃、琥珀、硨磲等の七宝を鏤めたる金殿玉楼は太陽の光に瞬きて、六合を照す許りの荘麗を示してゐる。漸くにして船は一つの島に着いた。地上一面に敷かれたる金銀真珠の清庭がある。東の門は巨大なる真珠を以て固められ、西には瑪瑙の神門、南は瑠璃の神門、北には硨磲の神門を以て囲まれ、東北には白金の門、西南には白銀の門、西北には黄金の門、東南には瑪瑙の門を造られ、其他に、八の潜り門は各珍らしき宝玉を鏤められ、其壮観美麗なる事、筆舌の能く尽す処ではない。松彦は先づ東門より三人を伴ひ、静々と進み入る。入口には眉目美はしき男女の天使、満面に笑を湛へて一行を歓迎しつつありき。松彦は是等の美はしき天使に目礼し乍ら、三人と共に奥へ奥へと進み行く。 (大正一一・四・四旧三・八藤津久子録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 06 石槍の雨 | 第六章石槍の雨〔五九六〕 大空碧く澄み渡り山河清くさやかにて 静かに流るる和知の川枝も鳴らさぬ音無瀬の 川の流れは緩やかに幾千丈の青絹を 流すが如くゆらゆらと水瀬も深き由良の川 神代も廻り北の風真帆を膨らせ登り来る 深き恵を河守駅や河の中央に立ち岩の 関所を越えて漸うに足許早き長谷の川 水の落合右左左手に向ひ舵をとり 上る河路も長砂や幾多の村の瀬を越えて 此処は聖地と白瀬橋下を潜つて上り来る 臥竜の松の川水に枝を浸して魚躍り 月は梢に澄み渡る向方に見ゆるは稲山か 丹波の富士と聞えたる弥仙の山は雲表に 聳えて立てる雄々しさよ敵も無ければ味方郷 味方平に船留めて四方の国形眺むれば 青垣山を繞らせる下津岩根の竜宮館 此処は名におふ小亜細亜地上の高天と聞えたる 昔の聖地ヱルサレム橄欖山や由良の 景色に勝る聖地なり。 神素盞嗚大神、国武彦命其他三人は、桶伏山の蓮華台上に登らせ給ひ、天神地祇八百万の神を神集へに集へ給へば、命の清き言霊に先を争ひ寄り来る百の神等、処狭きまで集まりて、皇大神の出でましを、祝ひ寿ぐ有様は、蓮花の一時に、開き初めたる如くなり。 神素盞嗚大神は、国武彦命に何事か、密に依さし給ひ、ミロク神政の暁迄三十五万年の其後に再会を約し、忽ち来る丹頂の鶴にヒラリと跨り、中空高く東を指して飛び去り給ふ。国武彦命は亀彦を始め、英子姫、悦子姫に何事か囁き乍ら万司に向ひ厳格なる神示を与へ、茲に別れて只一柱、四王の峰の彼方に雄々しき姿を隠したまひける。 後に残されし一男二女の宣伝使は二神の依さしの神言を心の底に秘め置きて、又もや此処を立ち出でて、大江の山を目蒐けて、いそいそ進み行く。嗟此の山上の五柱は、如何なる神策を提議されしぞ。神界の秘密容易に窺知すべからず、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ、誠の神が出現し再びミロクの御代となり、世界悉く其堵に安むじて、天地の神の恵みを寿ぎ、喜び、勇む尊き神代の来るまで、云うてはならぬ神の道、言ふに言はれぬ此仕組、坊子頭か、禿頭、頭かくして尻尾の先を些し許り述べて置く。もとより物語する王仁も、筆執る人も聞く人も、何だか拍子の抜けたやうな心いぶせき物語、今は包みてかく言ふになむ。 秋山彦の門前に数多の魔人を引連れて、現はれ出でたる鬼彦は、第一着に秋山彦の口に石を捻込み、猿轡を箝ませ、高手小手に縛め置き、尚も進みて奥殿深く、神素盞嗚の大神を始め、国武彦、紅葉姫、英子姫、亀彦諸共、高手小手に踏ン縛り、勝鬨あげて悠々と大江山の本城を指して勇み帰り行く。 千歳の老松生茂れる山道を、網代の駕籠を舁つぎながら、川を飛び越え岩間を伝ひ、やつと出て来た魔窟ケ原、一同網代の駕籠を下ろし周囲の岩に腰打ち掛け、息を休めながら雑談に耽る。 甲(熊鷹)『オイ鬼虎、貴様は竜灯松の根本に於て、さしも強敵なる二人の女にちやつちや、もちやくにせられ、鬼雲彦の御大将に目から火の出るやうなお目玉を頂戴致して真青になり、縮上つて居よつたが、何うだい、今日は大きな顔をして帰れるだらう、帰つたら一つ奢らにやなるまいぞ』 鬼虎『オヽさうだ、熊鷹、貴様らも同じ事だ、あの時の態つたら見られたものぢやなかつたよ。何分此方様の御命令通り服従せないものだから、ハーモニイ的行動を欠いだ為めに思はぬ失敗を演じたのだ。それにしても慎むべきは酒ではないか、あの時に吾々は酒さへ飲みて居なかつたら、アンナ失敗は演じなかつたのだよ』 熊鷹『ナニ、決して失敗でもない、二人の女を取り逃がした為に却て素盞嗚尊の所在が分り、禍転じて幸となつたやうなものだ。何事も世の中は人間万事塞翁が馬の糞だ、併し今日は鬼彦の指揮宜しきを得たる為に、かういう効果を齎したのだ、何事も戦ひは上下一致ノーマル的の活動でなくては駄目だワイ、何程ジヤンジヤヒエールが沢山揃つて居たところで総ての行動に統一を欠いだならば失敗は目前だ。総て何事も大将の注意周到なる指揮命令と、吾々が大将に対する忠実至誠のベストを尽すにあるのだ、サテ鬼彦の御大将、今日の御成功お祝ひ申す、之で鬼雲彦の御大将も御安心貴方も安心皆の者も安心、共に吾々も御安心だ、アハヽヽヽ』 此時頭上の松の茂みよりポトリポトリと石の団子が雨の如く降り来り、鬼彦始め、鬼虎、熊鷹其他一同の体に向つて叩きつけるやうに落ち来たり。一同はアイタヽ、コイタヽ、イヽイタイと逃げようとすれども、石雨の槍襖に隔てられ、些しも身動きならず頭部面部に団瘤を幾つとなく拵へけり。石熊は頭上を仰ぐ途端に鼻柱にパチツと当つた拳骨大の石に鼻をへしやがれ、血をたらたらと流し、目をしかめ、ウンと其場に倒れたり。網代駕籠の中に囚はれたる神々は、金城鉄壁極めて安全無事、此光景を眺めて思はず一度に高笑ひ、アハヽヽヽ、オヽホヽヽヽ。 石の雨はピタリとやみぬ。神素盞嗚尊を始め、一同七人はヌツと此場に現はれたりと見れば猿轡も縛の縄も何時の間にか解かれ居たりける。 悦子姫『オー皆様気の毒な事が出来ましたナア。此峻嶮の難路を吾々を駕籠に乗せて、命辛々汗水垂らして送つて来て呉れました博愛無限な人足を、頭部面部の嫌ひなく、支店を開業して団子販売営業を盛に奨励致して居ります。何うか皆さま腹も減いたでせう、あの出店の団瘤を一つ宛買つてやつて下さい、アハヽヽヽ』 亀彦『吾々も大変腹が減きました。支店の売品では面白くない、一層の事本店の背から上の目鼻の附いた団瘤を捩ちぎつて頂戴致しませうか。アハヽヽヽ』 一同『ホヽヽヽヽ』 鬼虎は顔を顰めながら、 鬼虎『ヤイヤイ皆の奴確りせぬかい、石の雨が降つたつてさう屁古垂れるものぢやない。俺は除外例だが、貴様達は早く元気をつけて此奴を踏ン縛つて仕舞はねば、ドンナ事が出来致すも分らぬぞ。エイ、何奴も此奴も腰抜けばかりだナア、鬼掴の奴、敵と味方と感違ひを仕よつて、味方の頭上に石弾を降らしよつたのだ。敵の石弾に打たれたと云ふのならまだしもだが、味方の石弾に打たれてこの谷川の露と消えるかと思へば、俺ア死ンでも死なれぬ哩。アヽヽ何うやら息が切れさうだ、オイ貴様達、俺の女房を呼ンで来て呉れ、最後の際に唯一目会うて死にたい顔見たい、そればつかりが黄泉の迷ひだ。アンアンアン』 熊鷹『ヤイヤイ何奴も此奴も確りせぬかい、何ぢや、地獄から火を取りに来たやうな真青な顔をしよつて、ソンナ弱い事でこの役目が勤まらうか、確りせぬかい、アイタヽヽ、矢張り俺も苦しい哩、苦しい時の鬼頼みだ、南無鬼雲彦大明神様、吾等が精忠無比の真心を憐れみ給ひ、一時も早く痛みを止め、其反対に素盞嗚一派の奴の頭の上に鋼鉾の雨でも降らして滅ぼし給へ。それも矢張貴方の為ぢや、一挙両得自分が助かりや家来も助かる、コンナ好い事が何処にあるものか、エヽナンボ頼みても聞き分けのないバラモン教の大神様だワイ』 此時又もや鋭利なる切尖の付いた矢は雨の如く降り来り、鬼彦以下の魔神の身体に遠慮会釈もなく突き立ちにける。 熊鷹(か?)『アヽまたか、大神様は感違をなされたか、敵はあの通り無事、味方には激しき征矢の集注、好く間違へば間違ふものだなア、アイタヽヽヽ耐らぬ真実に此度は息が切れるぞ、仕方が無い死ンだら最後地獄の鬼となつて此奴共の来るのを待ち受け、返報がへしをしてこます、ヤイ素盞嗚尊、其他の奴等覚えて居れ、貴様が死ンだら目が潰れるやうに、口が利けぬやうに、びくとも動けぬやうにしてやるぞや』 亀彦『アハヽヽヽ、吐くな吐くな、目が潰れる口が利けぬ、体が動かぬやうにしてやらうとは好くも言へたものだワイ、天下一品の珍言妙語だ、モシモシ英子姫さま、悦子姫さま、舞でも舞うたらどうでせう、コンナ面白い光景は滅多に、大江山でなくては見られませぬよ』 英子姫、悦子姫『ホヽヽヽヽ』 秋山彦は両手を組み、声も涼しく一二三四と天の数歌を唱ふるや、一同の魔神の創所は忽ち拭ふが如くに癒え来たり、彼方にも此方にも喜びの声、充ち充ちにける。 『アヽ助かつた』 『妙だ』 『不思議だ』 『怪体の事があるものだワイ』 と囁き始めたり。秋山彦は一同に向ひ声も涼しく宣伝歌を謡ふ。 秋山彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 鬼雲彦は強くとも大江の山は深くとも 数多の部下はあるとても虱の如き弱虫の 人の生血を朝夕に漁りて喰ふ奴ばかり 沢山絞つて蓄へた身体の中の生血をば 吐き出すための神の業頭を砕く石の雨 血を絞り出す征矢の先潮の如く流れ出でぬ 吾は此世を救ふてふ人子の司三五の 神の教のまめ人ぞ鬼や悪魔となり果てし 汝が身魂を谷川の清き流れに禊して 天津御神のたまひたるもとの身魂に立て直し 今迄犯せし罪咎を直日に見直し聞き直し 百千万の過ちを直日の御霊に宣り直す 神素盞嗚の大神の恵も深き御教 胆に銘じて忘れなよ石熊、熊鷹、鬼虎よ 心猛しき鬼彦も此処で心を取り直せ 如何なる敵も敵とせず救ひ助くる神の道 誠の力は身を救ふ救ひの神に従ふか 曲津の神に心服ふか善と悪との国境 栄え久しき天国の神の御魂となり変はり 誠一つの三五の教にかへれ百人よ 元は天地の分霊善もなければ悪もない 善悪邪正を超越し生れ赤子の気になりて 天地の法則に従へば鬼や大蛇の荒ぶなる 魔窟ケ原も忽ちにメソポタミヤの顕恩郷 栄えの花は永久に木の実は熟し味もよく 心を砕いて世の人を苦しめ悩め吾身亦 苦しむ事は要らぬものサア諸人よ諸人よ 心の底より改めて真の道に帰るなら 神は救の御手を延べ栄に充てる永久の 高天に救ひ玉ふべし応は如何にサア如何に 心を定めて返り言声も涼しく宣れよかし 神は汝の身に添ひて厚く守らせ給ふらむ あゝ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終れば、鬼彦始め一同は大地にはたと身を伏せて、感謝の涙に咽びつつ山岳も揺ぐばかりに声を放つて泣き叫びける。 (大正一一・四・一四旧三・一八加藤明子録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 17 谷の水 | 第一七章谷の水〔六〇七〕 剣尖山の山麓に現はれ出でたる青彦は ウラナイ教を開かむと麓を流るる谷川の 岸に穿てる産盥片方に一つ産釜の 縁由も深き清泉に禊し乍ら遠近の 老若男女を救ひつつウラナイ教を宣べ伝ふ 時しもあれや亀彦は日も黄昏れし闇の空 人押し分けて入り来り森の茂みに佇みて 様子如何にと聞き居れば姿隠して悦子姫 暗の中より三五の神の教を宣べ伝ふ 老若男女は青彦の殊更濁れる言霊に 驚き呆れ怪しみつ由来を聞かむと焦慮る折 皇大神の神懸り清く涼しき言霊に 青彦までも驚きて燧石取り出しカチカチと 火を切り出だし手探りに枯木枯葉を掻き集め 火を点ずれば忽ちに四辺は真昼の如くなり 火光を目蒐けて集まれる数多の蜂に身を刺され 呻吟苦悶の最中に現はれ出たる英子姫 亀彦諸共常磐木の松の小枝を打折りて 俄作りの大麻と代用しつつ村肝の 心を籠めて左右左に打振り打振り許々多久の 勢猛き熊蜂を闇の彼方に追ひのけて 青息吐息の青彦が危難を救ふ神の業 青彦漸う顔をあげ四辺キヨロキヨロ見廻して 三五教の宣伝使名さへ目出度き亀彦や 英子の姫の出現に感謝の涙拭ひつつ 前非を悔いて只管に謝り入るこそ健気なれ 悦子の姫も現はれて天の数歌打ち揃ひ 一二三四五つ六つ七八九つ十百千 万代祝ぐ亀彦が人に勝れし神業を 褒め称へつつ皇神の御言畏み岩の上に 美頭の御舎つかへむと上津岩根に搗き凝らし 下津岩根に搗き固め忌鋤忌斧取り寄せて 大峡小峡の樹を伐りつ百日百夜が其間 此谷川に禊斎して此世を救ふ柱立 晴れて嬉しき棟上や千草百草何やかや 萱刈り集め屋根となし千木勝男木も勇ましく 仕へ奉るぞ目出度けれ魔窟ケ原に現はれて 心の岩戸を押し開き誠一つの三五の 道に服ひまつりたる鬼雲彦が懐の 刀と聞えし鬼虎や鬼彦、石熊、熊鷹の ヒーロー豪傑始めとしそれに従ふ百人は 前非を悔いて勇ましく之の谷間に現はれて 帰順しきつたる青彦を匠の神と仰ぎつつ 夜と昼との際目なくいと健やかに働きて 千代の礎万代のミロクの基礎をつき固め 皇大神の神霊招き迎へて厳かに 斎き奉るぞ尊けれ光り輝く元伊勢の 谷を流るる五十鈴川天の真名井の水鏡 清き神姿を後の世に写すも嬉し霊界の 尊き神代の物語四魂揃うて十六の 巻物語瑞祥の閣に身をば横たへて 直日に見直し聞直し現、神、幽を一貫し 過去と未来と現在を超越したる不可解の 幽玄微妙の言の葉は一度に開く白梅の 薫り床しく春風に散り行く後に実を結ぶ 花も実もある物語真名井ケ岳や曽我部郷 登由気の神や素盞嗚の遠き神代の御経綸 大き正しき十あまり一つの年の弥生空 月の光も宵暗の空を霽して昇り来る 玉兎の光に照されて腹より出る口車 筆の舵をば取り乍らあてども知らずスクスクと 横に車を押して行く縦と横との十字街 辻褄あはぬと世の人の百の誹を顧みず 八岐大蛇の長々と右や左へ蜿りつつ 彼方此方と飛び飛びに蛙の行列向ふ見ず 瑞の霊の本性を一皮剥いて述べて置く ホンに分らぬ物語アヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ。 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 18 遷宅婆 | 第一八章遷宅婆〔六〇八〕 百日百夜の一同が苦辛惨憺の結果、漸く建ち上りし白木の宮殿、鎮祭式も無事に済み一同直会の宴にうつる。今日は正月十五日、雪は鵞毛と降りしきり、見渡す限り一面の銀世界、天津日の影は地上に光を投げ、玲瓏として乾坤一点の塵埃も留めず、実に美はしき天国の御園も斯くやと思はるる許りなり。 英子姫は神霊鎮祭の斎主を奉仕し悠々として階段を降り来るや、忽ち神霊に感じ神々しき姿は弥が上に威厳備はり徐に口を開いて宣り給ふやう、 英子姫に懸かった天照御神『我は天照大神の和魂なり、抑も当所は綾の聖地に次げる神聖の霊場にして天神地祇の集まり給ふ神界火水の経綸場なり、神界に於ける天の霊の川の源泉にして宇宙の邪気を洗ひ清め百の身魂を神国に救ふ至厳至聖の神域なり。又この東北に当つて大江山あり、此処は神界の芥川と称し邪霊の集合湧出する源泉なれば霊の川の霊泉を以て世界に氾濫せむとする濁悪汚穢の泥水を清むべき使命の地なり。此濁流の彼方に天の真名井ケ岳あり、此処は清濁併せ呑む天地の経綸を司る瑞の御霊の神々の集まる源泉なり。豊国姫の分霊、真名井ケ岳に天降りミロク神政の経綸に任じ給ひつつあり、されども曲神の勢力旺盛にして千変万化の妖術を以て豊国姫が経綸を妨碍せむとしつつあり。汝悦子姫、之より大江山の濁流を渡り真名井ケ岳に打向ひ百の曲霊を言向和し追ひ払ひ吹き清めよ。又亀彦、英子姫には神界に於て特別の使命あれば之より聖地に向へ、其上改めて汝に特別使命を与ふべし』 と言葉厳かに言挙げし給ひ忽ち聞ゆる微妙の音楽と共に引きとらせ給ひぬ。アヽ尊き哉皇大神の御神勅よ。 茲に亀彦、英子姫は神勅を奉じ、熊鷹、石熊両人を始め数十人の供人と共に、聖地に向ふ事となりぬ。又悦子姫、青彦は、鬼彦、鬼虎の二人に、四五の従者を伴ひ谷川に禊を修し宣伝歌を唱へ乍ら大江山の魔窟ケ原を打越え真名井ケ岳に向つて進む事になりける。 悦子姫は宮川の渓流を溯り、険しき谷間を右に跳び、左に渉り漸くにして魔窟ケ原の中央に進み入り、衣懸松の傍に立ち止まり見れば、百日前に焼け失せたる高姫の隠家は又もや蔦葛を結び、新しく同じ場所に仮小屋が建てられありたり。 悦子姫『此間妾が高姫に招かれて此松の下へ来ると、間もなく火煙濛々と立昇り、小屋の四方八方より猛烈に紅蓮の舌を吐いて瞬く内に舐尽し、高姫さま始め此青彦さまも火鼠の様に、彼の丸木橋から青淵へ目蒐けて飛び込まれた時の光景は実にお気の毒なりし。その時妾は高姫さまの水に溺れて苦しみ藻掻き居られるのを、真裸になりて救ひ上げた時、高姫さまに非常に怒られた事あり、「妾が勝手に心地よく水泳をやつて居るのに、真裸で飛ンで来て妾の手を引ン握り、ひつ張り上げるとは怪しからぬ」と反対に生命を助けて怒られた事あり、あの一本橋を見ると其時の光景が今見る様な』 と述懐を漏したり。 青彦『さうでしたな、あの時に私も亀彦さまが居なかつたら土左衛門になる処でした。真実に生命の親だと思つて心の底から感謝して居ました。それに高姫さまは私がお礼を申さうとすれば目を縦にして睨むものですから、つひお礼を申し上げず心の裡に済まぬ事ぢやと思つて居ました、真実に負惜みの強い方ですな』 鬼彦『ウラナイ教の奴は皆アンナ者だよ、向ふ意気の強い、負ず嫌ひばかりが寄つて居るから負た事や弱つた事は知らぬ奴だ、悪と云ふ事も知らず本当に片意地な教だ、負た事を知らぬものに勝負も無ければ、恥を知らぬものに恥はない、人間もああなれば強いものだ、否気楽なものだ、自分のする事は何事も皆善ときめてかかつて居るのだから身魂の立て直し様がありませぬ哩』 青彦『ヤア私も高姫の強情なには呆れて物が言はれませぬ、沓島で岩蓋をせられた時にも私は消え入る様な思ひがして、泣くにも泣かれず慄うて居ましたが、高姫は豪気なものです、反対に窮鼠却て猫を咬む様な談判をやるのですから呆れざるを得ぬぢやありませぬか、漸く田辺に着いたと思へば暗に紛れてドロンと消え失せ、間もなく月の光に発見されて鬼武彦に素首を掴まれ、提げられて長い道中を秋山彦の館まで連れ行かれ、苦しいの、苦しうないのつて、息が切れさうでしたよ、それでも減らず口を叩いて太平楽を並べると云ふ意地の悪い女だから、何処迄押し尻が強いか分つたものぢやない。如意宝珠の玉を大勢の目の前で平気の平左で自分の腹の中に呑み込みて仕舞ひ、終には煙の様に天井窓から逃出すと云ふ放れ業をやるのだから、化物だか、神様だか、魔だか、素性の知れぬ痴者だ、そして随分口先の達者な事と言つたら燕か雀の親方の様だ、人には交際つてみねば分らぬが、あの剛腹の態度と弁ちやらとに掛つたら、大抵の男女は十人が九人迄やられて仕舞ふ、本当に巧な者だ、其処へ又、も一つ弁舌の上手な黒姫と言ふのが始終後について居つて応援をするものだから、口八丁手八丁悪八丁と言ふ豪の者に作りあげて仕舞つたのだ。然しチヤンと此焼け跡に又もや新しい小屋が建つて居る、大方黒姫の奴、後追つかけて来よつて焼け跡に小屋を建てて隠れて居るのではあるまいか、何処までも執念深いのはウラナイ教の宣伝使だからな』 鬼虎『一つ調べてやりませうかい』 鬼彦『若し黒姫が居つたら貴様何うする、又舌の先でチヨロチヨロと舐られてグニヤグニヤとなりやせぬかな』 鬼虎『何、大丈夫だよ、鬼虎には鬼虎の虎の巻がある、俺の十一七番を御目に懸けてやるから悠りと見物をせい』 一同は路傍の恰好の石に腰掛けて休息し乍ら雑談に耽つて居る。鬼虎は七八間許り稍傾斜の道を下り衣懸の松の麓の藁小屋を外からソツと覗き、 鬼虎『ヤア、居るぞ居るぞ、婆が一匹、男が二匹だ、オイ婆ア、貴様は何だ、バラモン教か、ウラナイ教か、ウラル教か、返答致せ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『エー、八釜しい哩、何処の穀潰しか知らぬが新宅の成功祝で、グツスリ酒を飲みて暖い夢を見て居た処だ、大きな声で目を覚まさしよつてチツト人情を知らぬかい。安眠妨害で告発するぞ』 鬼虎『ヤア、一寸洒落て居やがる、よう牛の様にツベコベと寝乍らねちねちと口を動かす奴だ、丸で高姫か黒姫みたいな餓鬼だ、改心せぬと又それ紅蓮の舌に舐められて、藁小屋は祝融子に見舞はれ全部烏有に帰し、頭の毛や着衣に火が延焼して一本橋から身を投げて寂滅為楽、十万億土の旅立をせにやならぬ様になるぞ』 小屋の中より、 婆(黒姫)『何処の奴か知らぬが俺は貴様の今言うた黒姫だよ、名は黒姫でも顔の色はそれ今其処らに降つてる雪の様に白い雪ン婆の様な心の綺麗なウラナイ教の宣伝使ぢや、此沢山な雫を掻き別けて寒い寒い山道をうろつく奴は余程ゆきつまつたしろ物と見える哩。今日らの日に彷徨ふ奴は家の無いもののする事ぢや、田螺でも蝸牛虫でも一つは家を持つて居る、家無しのド乞食奴が、何とか、彼とか言ひよつて人の処の家へ泊めて貰はうと思つても……さうは往かぬぞ、然し魚心あれば水心ありぢや、俺の言ふ事を聞くのなら泊めてやらぬ事は無いわ、それ程寒相に歯の根も合はぬ程、カツカツ慄ふよりも如何ぢや、俺の結構な話を聞いて暖い火にあたつて、味の良い濁酒でも鱈腹飲みた方がましだらう、世の中は馬鹿者が多いので此雪の降つてピユウピユウと顔の皮が剥ける様な風が吹くのに、下らぬ宣伝歌を涙交りに謡ひよつても誰が集まつて聞くものかい、後から後から此雪の様に冷かされる一方だ、一つ冷静に酒の燗ドツコイ考へて見たが宜からうぞ』 鬼虎『アハヽヽヽ、オイ鬼彦、一寸来い、大分に能うツベコベ吐す奴ぢや、高姫の二代目が居りよる哩。白姫とか赤姫とか吐す中年増の婆ぢや、一つ此奴を、真名井ケ岳に行く途中の先登として言向け和したら面白からうぞ』 鬼彦『ヤ、さうか、何でも婆の潜みて居さうな藁小屋ぢやと思つた。ドレドレ之から鬼彦が応援に出掛け様かい』 雪の中をザクザクと音させ乍ら小屋の側に寄り添ひソツと中を覗き、 鬼彦『ヤア、居る居る、此奴は何時やら見た事のある奴ぢや。随分八釜しい婆ぢやぞ、鈴の化物見た様な奴ぢや』 鬼虎『鈴か煤か知らぬが何でも黒い名のつくババイババイ婆宣伝使だ。オイ、婆ア、一つ貴様の得意の雄弁を振つて天下分け目の舌鋒戦でも開始したら如何だ、面白いぞ』 婆(黒姫)『オイ、音、勘、酒に喰ひ酔うて何時迄寝て居るのだ、外には貴様に合うたり叶うたりの荷担うたら棒が折れる様なヒヨツトコ男が来よつて、百舌鳥の様に囀つて居る、貴様一つ出て舌戦をやらぬかいナ』 音、勘『ムヽヽヽ、ムニヤムニヤムニヤ、アヽア、アー』(寝惚け声で) 婆(黒姫)『エー、じれつたい、欠伸許りして夜中の夢でも見てるのかい、もう午時ぢや、早く起きぬか』 音公『午時か猫時か知らぬが二人がグツスリと猫を釣つて、甘い物をドツサリ喰つた夢を見てる時に、アヽ偉い損をした、十七八の頗るのナイスが現はれて、細い白い柔かい手で目を細うして「音さま、一杯」と盃をさして呉れた最中に起されて、エーエ怪つ体の悪い、一生取り返しのならぬ大損害だ、生れてから見た事もない様なナイスにお給仕をして貰ふ時の心持と言つたら天国浄土に行つても、夢でなくては有りさうもない、アヽア、嬉しかつた嬉しかつた』 婆(黒姫)『オイ、音、何をお前は惚けて居るのだい、チツト確りしなさらぬか、戸を開けて外を見なさい、沢山の耄碌がやつて来て今此黒姫の舌鋒に刺されて、ウラナイ教に帰順せむとする準備の最中だ、サアサア勘公も起きたり起きたり』 婆はノソリノソリと小屋を立ち出で、 婆(黒姫)『ヤア誰かと思へば青彦も其処に居るのか、コレヤ、マア如何したのだ、何時の間に三五教に這入りよつたのだ、宣伝使の服が変つて居るぢやないか、サア早く脱ぎ捨ててウラナイ教の教服と更へるのだよ』 青彦『これはこれは黒姫先生、憚り乍ら今日の青彦は最早百日前の青彦とは趣が違つて居ますから、その積りで物を言つて貰ひませぬと、某聊か迷惑の至りだよ』 婆(黒姫)『オホヽヽヽ、猫の眼の玉の様に、能う変る灰猫野郎だな、そこに居る女宣伝使は此間来た悦子姫と言ふ破れ宣伝使だらう、ソンナ者に従いて歩いて何になるか、チツトお前も物の道理を考へて利害得失を弁へたが宜からうぞ、オホヽヽヽ』 勘公『皆さま、ソンナ処へ腰掛けて居らずに、トツトとお這入りなさいませ、内はホラホラ外はスウスウぢや、随分広い間がありますよ』 婆(黒姫)『コレヤ、勘公よ、能う勘考してものを言はぬかい、主人の黒姫にも応へずに僕の分際として勝手にお這入り下さいとはソレヤ何を言ふのか、アンナ者を一緒に入れたら丸で爆弾を詰めた様なものぢや、何処から破裂致すやら分つたものぢやないぞ』 勘公『爆弾でも何でも宜いぢやありませぬか、先方の爆弾をソツと此方へ占領して使ふのが妙案奇策、敵の糧を以て敵を制する六韜三略の兵法で御座る、アハヽヽヽ』 婆(黒姫)『お前の兵法は矢張屁の様な物だ、匂ひも無ければ音もこたへず、音公と同じ様な掴まへ所の無い人三化七ぢや』 音公『これこれ、黒姫のチヤアチヤアさま、音公の様な者とは、ソレヤ何を証拠に言ふのだ、チヤアチヤア吐すと量見せぬぞ、世界一目に見え透く竜宮の乙姫ぢやぞと、明けても暮れても口癖の様に自慢して居るが、現在足許に居る此音さまを誰だと思つて居るのか、明き盲目だな、三五教の宣伝使音彦司とは此方の事だぞ』 婆(黒姫)『音に名高い音彦の宣伝使と言ふのはお前の事か、オツト、ドツコイ、音に聞いた程も無い見劣りした腰抜け野郎だ、水の中でおとした屁の様な男(音公)だな、斯ンなガラクタ男が三五教の宣伝使だなぞと本当におとましい哩、生るる時に母親の腹の中で肝腎な、目に見えぬものをおとして来た様な間抜けた顔付をしよつて、宣伝使の何のつて、雪隠虫が聞いて呆れますぞえ、宣伝使ぢや無うて雪隠虫ぢやらう、オホヽヽヽ』 音彦『エー、仕方のない剛情な婆ばかりウラナイ教には寄つて居やがるな』 婆(黒姫)『きまつた事ぢや、お前も余つ程の馬鹿人足だな、今頃に瘧が落ちた様な顔しよつて、「剛情な奴ばかりウラナイ教は寄つて居やがるな」なぞとソンナ迂い気の利かぬ事でウラナイ教の間者に這入つたつて何が成功するものか、此黒姫は此奴一癖ある間抜けだと思つて、知らぬ顔で居れば良い気になりよつて何を言ふのだ、貴様の面を見い、世界一の大馬鹿者、三五教の腰抜け野郎と貴様の寝てる間に此黒姫司が墨黒々と書いて置いた、それも知らずに偉相に言ふな、鍋の尻の様な面になりよつて、お前も余つ程くろう好きぢやと見える、「心からとて吾郷離れ、知らぬ他国で苦労する」とはお前の様な馬鹿者の境遇を剔抉して余蘊なしだ、ホヽヽヽ、それに付けても青彦の奴、何の態ぢや、日蔭に育つた瓢箪の様な面をして結構なウラナイ教の神様に屁をかがしたか、かかさぬか、…………ド拍子の抜けたシヤツ面を此寒空に曝し、瑞の霊と言ふ冷たい名の付いた奴の教を有難相に聞きよつて、蒟蒻の化物の様にビリビリ慄ひ歩く地震の化物奴、チツと胸に手を当てて自身の心を考へて見よ』 青彦『大きに憚り様、何うせ青彦と黒姫は名からして色彩が違ふから反が合ませぬ哩。黒い黒い顔に石灰釜の鼬見たように、ドツサリと白粉をコテコテ塗りたて、丸で此処にある焼杭木に雪が積つた様なものだ。五十の尻を作りよつて白髪を染めたり、顔を塗つたりしたつて皺は隠れはせぬぞ、若い者の真似をして若相に見せ様と思つても雪隠の洪水で糞浮きぢや、汚いばかりぢや、良い加減に改心せぬかい』 婆(黒姫)『俺が顔に白粉をつけて居るのが何が可笑しい、何事も隅から隅まで前にも気をつけおしろいにも手を廻して抜目の無い教と言ふ印に白粉をつけて居るのだ、貴様は尾白い狐に魅まれよつてウロウロとうろついてるのだな、娑婆幽霊の死損なひ奴が』 青彦『娑婆幽霊の死損なひとは貴様の事だよ、人生は僅か五十年、五十の坂を越えよつて白粉をつけて俏した処で地獄の鬼は惚れては呉れはせぬぞ、三途川の鬼婆の姉妹と取り違へられて、冥土に行つても又大々的排斥をせらるるのは判を捺した様なものだ、本当に困つた婆だな、執着心の強い粘着の深い、着いたら離れぬと言ふ牛蝨の様な代物だ、如何ぞして結構な三五教に救うてやり度いと思つて居るのだが、もう斯うなりては駄目かな、耳は蛸になり目は木の節穴の様に硬化して仕舞ひ、口ばつかり無病健全と言ふ代物だから、如何しても見込みがつかぬ哩』 婆(黒姫)『エー、ツベコベと世迷ひ言を能う囀る男だ、初めには三五教が結構だと言つて涙を零し、洟まで垂らして有難がり、次には三五教は薩張り駄目だ、瑞の霊の不可解な行動が腑に落ちぬ、もうもう愛想がつきた、三五教のあの字を聞いても胸が悪いと言ひよつて、此黒姫の紹介でウラナイ教にヤツと拾ひ上げ、もう何うなり斯うなり一人歩きが出来る様になつたと思へば又もや変心病を出しよつて、「矢張りウラナイ教は駄目だ、先の嬶は嘘はつかぬ哩、三五教の御神力が強い」と、萍の様な心になつて、風が東から吹けば西に漂ひ、西から吹けば東の岸に漂着すると言ふ漂着者だ、ソンナ事で神様の御蔭が貰へるか、終始一貫、不変不動、岩をも射抜く梓弓、行きて帰らぬ強き信仰を以て神に仕ふるのが万物の霊長たる人間の意気だよ、能うフラフラと変る瓢六玉だ、アヽ可憐相な者だ、ヤア哀なものだなア、オホヽヽヽ』 青彦『何を言ひよるのだ、コラ黒姫、貴様だつて三五教は結構だ、広い世界にコンナ誠の教があらうかと言ひよつて、今迄信じて居たバラモン教を弊履を捨つるが如く念頭より放棄し、今又ウラナイ教の高姫の参謀になりよつたと思つて、偉相な事を言ふない。お猿の尻笑ひと言ふのは貴様の事ぢや、オヽそれそれ猿で思ひ出した、猿と言ふ奴はかく事の上手な奴ぢや、貴様は高姫の筆先だとか、何とか折れ釘の行列の様な、柿のへたの様なものを毎日、日にち写しよつて、それを唯一の武器と恃み、鬼の首を篦でかき切つた様な心持になつて、世界中の誠の信者の信仰をかき廻すと言ふ、さるとはさるとは困つた代物だよ、猿が餅搗くお亀がまぜると言ふ事がある、コラ猿婆貴様の舌端に火を吐いて言向け和した信者の持ち場を、青彦の宣伝使が之からかき廻すのだから、マアマア精出して活動するが良い哩、貴様は三五教の先走りだ、イヤ、もう御苦労のお役だ、霊魂の因縁に依つて悪の御用に廻されたと思へば寧ろお気の毒に堪へぬワイ、アヽ惟神霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、アハヽヽヽ』 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 02 魔の窟 | 第二章魔の窟〔六一三〕 平助親子三人に声かけられて鬼彦、鬼虎、岩、勘、櫟の一同は、フト気がつけば野中の汚き雪隠を中央に両手を合せ、一生懸命に祝詞を奏上し居たりける。 鬼彦『アヽ、馬鹿らしい、大きな顔して日中に歩けた態ぢやない哩。これと云ふも全く大江山の鬼雲彦に加担し、所在悪を尽して来た天罰が報うて来たのでせう。身魂の借銭済しと思へば結構だが、何時の間にやら五人が五人とも生れ赤子のやうに真裸になり、褌一つ持たぬ無一物となつて仕舞ひました。男は裸百貫だ、サアこれから男としての真剣の力を試す時だ、精神さへ確りして居れば少々の雪だつて感応へるものか、力士は寒中でも真裸だ、サアサア皆さま往きませう』 と鬼彦は先に立つ。 岩公『何とマア、裸の行列と云ふものは、見つともないものだ。それにつけても鬼彦は叮嚀な言葉を使ふかと思へば忽ち荒つぽい言葉になる、何ちらにか定めて貰はないと吾々が応対するについても方針が定まらないからなア』 鬼彦『本守護神や、正守護神や、副守護神の言葉が混合して出るから仕方がありませぬわいやい。オイ岩公、今暫く辛抱なされませ、此鬼彦も些と許り精神が落着を欠いで居るからなア』 と云ひつつ大股に雪路を跨げ山深く進みゆく。正月二十八日の太陽は晃々として輝き、徐々雪は解け初め、真名井ケ嶽より転げ落つる雪崩の大塊は、幾十ともなく囂々と音を立て落下する其剣呑さ。忽ち落下し来る大雪塊に押潰され、お節は首から上を出して悲鳴をあげ、 お節『お助けお助け』 と声限りに叫び泣く。 鬼彦『オイ鬼虎、去年はお節さまを苦しめた、其お詫にあの雪塊を取り除けて命を助け、お詫をしやうぢやないか』 鬼虎『さうぢや、お詫をするのは今ぢや、今を措いてコンナ機会があるものか。モシモシお節さま、今私がお助け致します、暫く待つて下さい。エイエイ固い雪塊だ、冷い奴だなア』 お節首を左右に振り、 お節『いゑいゑ仮令死すとも鬼彦や鬼虎のお世話にはなりませぬ、どうぞ外のお方、出てきて助けて下さいませ』 鬼彦『エヽ、何処迄も執念深いお節さまだナア、危急存亡の場合人嫌どころぢやあるまい。サア鬼虎貴様と二人、今がお詫のし時だ、サア来い一二三つ』 と雪塊にむかひ真裸の体を打つける。さしもの大塊突けども押せどもビクともしない。 平助お楢は泣き声を振り絞り、 平助『アヽ、私達程因果なものが三千世界に又とあらうか、折角機嫌のよい姿を見てやつと蘇生の思ひをしたと思へば、一日経つや経たずの間に、又もや不慮の災難何うして之が生て居られう。オイお楢、お前も私も是から娘と共に十万億土の旅に出かけませう。サア用意ぢや、よいか』 お楢『ハイハイ私も女の端くれ、親子三人此場で潔く命を果し、神界とやらに参りませう。コレお節、婆は一足先へ行く程にどうぞ悠くり後から来て下さい、六道の辻で婆と爺とが待つて居ます、オンオンオン』 平助『これやこれやお楢、何事も運命の綱に操られて居るのだ。此期に及んで涙は禁物だ、サア潔く』 と云ふより早く懐剣抜く手も見せず、吾と吾腹にぐつと突き立てむとする。鬼彦は驚いて平助の利き腕を確と握り、 鬼彦『ヤア、お爺さま待つた待つた、死ぬのは早いぞ、死んで花実が咲くものか、此世で安心をせずにどうして彼の世で安心が出来ると思ふか、マアマア待つた待つた、短気は損気だ』 お楢『平助どのさらば』 と又もや短刀を抜くより早く喉に突き刺さむとする一刹那、鬼虎は吾を忘れてお楢の利き腕グツと握り、 鬼虎『お婆アさま待つた待つた』 お楢『ヤア誰かと思へば大江山の鬼雲彦の乾児であつた鬼虎だな、エヽ汚らはしい、構つて下さるな、婆の命を婆が捨てるのだ。お前に厘毛の損害を掛けるのでない、放つて置いて下さい、入らぬお世話だ、あた汚らはしい、お前のやうな悪人に助けられて何うしてノメノメ此世に生て居られるものか、エヽ放つて置いて下さい』 鬼虎、涙声になつて、 鬼虎『お楢さま何うしても私の罪は赦して下さいませぬか』 お楢『定つた事だ、死んでも許しやせぬ、仮令ミロクの世が来てもお前の恨は忘れるものか』 鬼虎『お楢さま、ソンナラ貴女の手にかけて、私を思ふ存分弄り殺しにして下さい。さうしたら貴女の恨は些とは晴れませう、さうして私の罪を忘れて下さいませ』 平助大声に泣きながら、 平助『コラコラお楢、もう好い加減に愚痴を云うて置かぬかい、是丈前非を悔い善の魂に立ち復つた鬼彦、鬼虎の両人、此上愚痴を零すと却つて此方が深い罪になるぞ。夫よりも潔く娘と共に神界の旅を致さうぢやないか、娑婆に執着を些とも残さぬやうにして呉れ、アヽ鬼彦、鬼虎両人さま、貴方方の真心は頑固一辺の平助も骨身に徹へました。決して決してもう此上は貴方を恨みませぬ、どうぞ手を放して下さい』 鬼彦『どうしてどうして貴方方を見殺しにしてなるものか、短気を起さずに、も一度思ひ直して下さい、オイ鬼虎、お楢さまの腕を放すぢやないぞ、確り掴まへて居て呉れ、これやこれや岩公、勘、櫟、早くお節さまを救ひ出さぬか、何を愚図々々致して居るのぢや』 岩公『最前から吾々三人が此通り雪塊除けに尽して居るのが分らぬか、サアサアお節さま、もう大分に軽くなつたらう、一寸動いて見て下さい』 お節『ハイハイ有難う御座います、息が切れさうにありましたが、追々とお蔭様で楽になつて来ました、も些し取り除けて下されば大丈夫助かりませう、モシモシお爺さま、お婆アさま、どうぞ確りして下さいませ、節はどうやら助けて貰へさうで御座います』 平助、お楢一時に、 平助、お楢『ヤアヤアお節助かるか、それは何よりぢや、お前が此世に生て居るのなれば、爺や婆は、どうして此世を去つてなるものか、もう皆さま安心して下さい、死ねと仰有つても死ぬものぢやない、お前さまも鬼彦、鬼虎と云つて随分悪人だつたが、好うそこまで改心が出来た。サアサア神様にお礼を申ませう』 岩公『モシモシ、お爺さま、お婆アさま、それや結構だがまだ此雪塊は容易にとれないのだ、お前さま等は祝詞を上げて下さい、これやこれや鬼彦、鬼虎、もはやお爺さまお婆アさまの方は安心だ、此方へ加勢だ加勢だ』 鬼彦『おうさうだ』 と鬼彦、鬼虎は雪塊除けに全力を尽して居る。漸くにして雪塊は取り除けられ、お節はむくむくと起き上り、嫌らしき笑ひ声、舌を四五寸許りノロノロと出し、 お節『キヤアツキヤアツキヤアツキヤハヽヽヽ』 と尻を引き捲くり、トントントンと山奥さして姿を隠したりける。 五人の男は肝を潰し腰を抜かさむ許りに、嫌らしさと寒さに慄うて居る。平助お楢の二人は皺嗄声を張上げながら、 平助、お楢『オイお節、オーイオーイ、爺と婆とは此処に居るぞ、待つて呉れ待つて呉れ』 と呶鳴りながら、雪崩の落下する谷道を危険を忘れて杖を力に倒けつ転びつ上り行く。五人の裸男は二人の後を慕ひ、 五人『爺さま婆さま危ない危ない、待つた待つた、お節さまと見えたのは化物だつた、命あつての物種だ、危ない危ない』 と声を限りに後から追つかける。爺サンと婆サンは一生懸命無我夢中になつてお節の後を追つて行く。 お節は或谷川を左右に猿の如く飛び交ひながら、とある行き当つた岩石の前にピタリと倒れ、其儘姿は白煙、雪解けの雫の音は雨の如く梢よりポトリポトリと落ち下る。平助夫婦はハツと許り此場に打ち倒れ、前後も知らず泣き沈む。五人の裸男此場に現はれ、気絶して居る平助お楢に其辺の雪を口に含ませ、一生懸命に神霊注射を行ひければ、老夫婦は漸くウンと息吹き返し、又もや『お節お節』と泣き叫ぶ。 鬼虎『ヤア此処は魔の巌窟だ、去年の今頃だつたな、鬼雲彦の命によつて此巌窟にお節さまを押し込め、固く出入出来ないやうにして置いたのは俺だ。其後鬼雲彦の大将チヨコチヨコとやつて来る筈だつたが、お節の事を念頭から遺失して居たのか、未だ一回も此岩を接触つた痕跡がない、一年位の食料として勝栗が沢山入れてあれば滅多に飢死して居る筈も無からうし、水も天然に湧き出て居るから寿命さへあれば生て居るのだらう、最前のお節と思うたのは何でも妖怪変化であつた。サアサア爺さま婆アさま、此鬼彦、鬼虎が改心の証拠に真実のお節さまに遇はして上げやう。何卒これで日頃の恨を晴らして下さい』 平助『真実の娘に遇はして下さるか、娘さへ無事に生て居れば、今迄の恨も何もすつかり忘れて了ひませう、ナアお楢、さうぢやないか』 お楢『どうぞ早う助けて下さい、真実の娘が見たい哩なア、オーンオーンオーン』 と泣きそそる。鬼虎、鬼彦は四辺の手ごろの石を拾ひ、一イ二ウ三つと合図しながら岩壁を一度に力限り撲つた。岩の戸は内に開いて中には真暗の道がついて居る。 鬼彦『サア開きました、誰も這入らないと見えて随分エライ蜘蛛の巣だ、オイ岩公、其辺の木の枝を折つて来い、さうして貴様蜘蛛の巣払ひだ』 岩公『妙な巌窟もあつたものだ、よし来た』 と傍の常磐木の枝を折り取り、左右左と振りながら暗き巌窟の奥を目蒐けて進み入る。鬼虎は後振り返り、 鬼虎『お爺イさま、お婆アさま、巌窟の中は大変に危険で御座います、暫く此処に待つて居て下さい、お節さまを立派にお連れ申て帰つて来ます』 お楢『ハイハイ有難う、何卒一時も早う会はして下され』 平助『何卒皆さま頼みます』 鬼虎『承知しました』 と段々と奥へ進みつつ鬼彦に向ひ小さい声で、 鬼虎『オイ鬼彦、此処へ押込めてからもう一年になるが、鬼雲彦の大将其後一度も此処に来て居ないやうだ、万々一お節さまが死んで了つて居つたら、老人夫婦にどうして云ひ訳をしたら好からうなア、屹度夫婦は又喉突き騒ぎをやるに極つて居る。ハテ心配な事ぢやないか』 鬼彦『ナニ心配するにや及ぶまい、屹度神様が守つて居て下さるだらう。ソンナ入らざる取越苦労をするよりも、一刻も早う前進して安否を探ることにしようぢやないか。もし万々一お節さまが死んで居たら、吾々も罪滅しに潔く割腹したらよいぢやないか』 岩公『オイ勘公、櫟公、何だか今日は怪体な日ぢやないか、彼方にも此方にも死ぬだの割腹だの国替だのと縁起の悪い事許り云ひよつて、俺達も何だか大変気にかかり、穴へでも這入り度いやうになつて仕舞つた』 勘公『既に吾々は穴へ這入つて居るぢやないか、穴阿呆らしい』 一同『アハヽヽヽ、向ふに明かるい影が見えるぞ。大方彼処の辺りだらう、ナア鬼彦、あの辺がお節さまの隠してある処でせう』 鬼彦『ウンさうだ、もう其処だ、急げ急げ』 と一行五人は岩彦を先頭に巌穴の幽かな光を目当てに進み行く。 (大正一一・四・二一旧三・二五加藤明子録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 06 瑞の宝座 | 第六章瑞の宝座〔六一七〕 樹木鬱蒼として生茂れる四方山に包まれたる清浄の境域に、水晶の如き水は潺々として流れ、処々に青み立ちたる清泉幾つとなく散在して居る。中空には容色麗しき天津乙女の七八人、微妙の音楽につれて右往左往に舞ひ狂ひ、迦陵頻伽、鳳凰、孔雀の瑞鳥相交はりて前後左右に飛び交ふ様は、天国浄土の大祭日も斯くやと思はるる許りの壮観なりき。苔生す美はしき巌の上に容色端麗にして威儀儼然たる一人の女性、日の丸の扇を両手に持ちて唄ひ居れり。 女神『自転倒島は松の国堅磐常磐に揺ぎなく 御代は平らに安らかに国も豊に治まりて 天下泰平国土成就五穀成熟山青く 水清く実に豊国姫の神の命の知らす世は 天津御空の神国か常世の春の永久に 栄え久しき松の御代天津神たち国津神 万の神等始めとし百の民草押し並べて 歓ぎ賑ふミロクの世天津乙女は天上に 錦の袖を翻し鳥は万代囀ひ舞ふ 天と地との水鏡真如の月を浮べつつ 神素盞嗚の大神の此世を清め洗ひます 瑞の霊は弥赫耀に輝き渡る大御代の 誉目出度き三五の神の教の遠近に 真名井ケ原と鳴り響く豊国姫の神霊 神素盞嗚の瑞霊野立の彦や野立姫 暗夜を照らす日の出別一度に開く木の花の 咲耶の姫の御神姿青雲高き富士の山 轟き鳴戸瀬戸の海深き恵みの神の露 潤ふ世こそ楽しけれ潤ふ世こそ楽しけれ 春とは言へど尚寒き四方の山々樹々の雪 纒ひて謳ふ君が御代君と臣とは睦び合ひ 青人草も服ひて世は永久に栄え行く 国治立の大神の表に現はれ知らす世を 松竹梅の永久に待つ間の長き鶴の首 万代祝ぐ緑毛の亀の齢の限りなく 三五教の神の教千代に栄えよ永久に 幾億年の末迄も動かぬ御代と進み行け 変はらぬ御代と開け行け教の道は開け行く 御代の扇の末広く神の御風に靡く世を 来たさせ給へ惟神霊幸倍坐し坐世よ アヽ惟神惟神霊の幸を永久に 世人の上に悉く蒙らせ給へ大御神 豊国姫の神霊千代に八千代に祈ぎ奉る』 と自ら謡ひ自ら舞ひつつあるのは三五教の宣伝使悦子姫なりき。音彦は立ち上り、 音彦『高天原を追はれて地教の山に伊邪那美の 尊に会はせ給ひつつ名も高国別と現はれし 活津彦根と諸共に山河渡り野路を越え 高山四方に廻らせる西蔵国を言向けて フサの国をば横断しウブスナ山の頂に 斎苑の宮居を建て給ひ熊野樟日の命をば 守護の神と定めつつ神素盞嗚の大神は 八洲の国を悉く廻り給ひて今此処に 自転倒島に渡りまし由良の港の国司 秋山彦の神館に暫時息をば休ませつ 聖地を指して出で給ひ国武彦の大神に 神政成就の経綸を神議りに議らせつ 東を指して出で給ふ後に残りし英子姫 万代祝ふ亀彦の神の命は大江山 曲の猛びを鎮めむと悦子の姫を伴ひて 剣尖山の谷の底由緒も深き霊泉に 魂を清めて皇神の珍の御舎仕へまし 悦子の姫は青彦を伴なひ再び大江山の 魔窟ケ原に来て見れば心汚き黒姫の 辻褄合はぬ繰言に言向け兼ねて進み来る 心も清き雪の道天の橋立後に見て 駒に鞭つ膝栗毛此音彦も諸共に 悦子の姫の後を追ひ真名井ケ原に来て見れば 聞きしに勝る神の園天の真名井と名にし負ふ 清き流れに身禊して瑞の霊となり代り 四方の国々島々に羽振りを利かす曲神を 言むけ向和し神国の守護の神と現はれて 瑞の霊に神習ひ御代永久に守るべし アヽ勇ましし吾心アヽ美はしき神の庭 神より生れし神の子の務めを尽すは此時ぞ 神の力を世に広く輝き照らすは此時ぞ アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神の大道は変へざらめ 誠の道は外さざれ容も貌も悦子姫 聖の御代に青彦や万代祝ふ加米彦の 身魂照らすは今なるぞ勇み進みて皇神の 珍の御業に仕へなむ珍の御業に仕へなむ アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 音彦の此歌に悦子姫を始め一同は勇み立ち、豊国姫の時々神姿を現はし給うてふ、中央の石の宝座に向つて天津祝詞を奏上し、宣伝歌を謡ひ終る。折しも息せききつて走り来る加米彦は、 加米彦『ハー悦子姫様、音彦さま、青彦さま、その他の御連中様、御用心なされませ、只今ウラナイ教の魔神の大将株なる黒姫は、何時の間にやら数多の眷族を駆り集め、此地に向つて攻め寄せ、貴方等を十重二十重に取捲き、霊肉ともに殲滅せしめむとの計略整へ、時ならず此場に向つて進撃し来る形勢歴然たるもので御座いますれば、別条はありますまいが其お考えで居て下さい。仮令黒姫幾千万の曲神を引率れ押寄せ来るとも、此加米彦が円満清朗なる言霊の発射に依つて、一人も残らず言向け和すは案の内、必ず共に御油断あるな』 と息を喘ませ物語る。 音彦『アハヽヽヽ、黒姫の奴、百計尽きて今度は死物狂ひになりよつたな、小人窮すれば乱すとかや。ヤア之は面白い面白い、それに就いても俄に偉い元気になつたものだナア』 加米彦『承はれば高姫の肝煎りにて、フサの国より高山彦と云ふ勇将、数多の軍勢を引き率れ来り、黒姫と結婚の式を挙げ勢力を合して大団体を作り、一挙に素盞嗚尊の根拠地たる、真名井ケ原を攻略せむとの彼等が計画と承はる、必ず必ず御油断あるな』 音彦『アハヽヽヽ、又しても又しても、飛んで火に入る夏の虫か、憐れな者だな。青彦、汝は加米彦と共に、言霊を以て寄せ来る敵を言向け和せ、吾は悦子姫様と共に豊国姫の降臨を仰ぎ神勅を乞はむ』 青彦『委細承知仕りました。吾々二人ある限り仮令雲霞の如き大軍一時に攻め寄せ来るとも、言霊の速射砲を以て鏖殺しに仕らむ、アヽ面白し面白し』 と勇み喜ぶその健気さ。悦子姫は声を掛け、 悦子姫『ヤア加米彦殿、青彦殿、妾は皇大神の深き御威霊を賜り、最早神変自由の神業を修得したれば、天下に恐るるものは何物もなし。汝等妾に心惹かれず力限り言霊を以て奮戦せよ』 加米彦、青彦一度に頭を下げ地上に両手をつき、 加米彦、青彦『委細承知仕りました、何分宜敷御願ひ申す』 と勇み進みて此場を立退かむとする。時しもあれ、加米彦の急報に違はず近づき来たる黒姫が軍勢、高山彦を先頭に旗鼓堂々と此方に向つて進み来る物々しさ。 加米彦、青彦は寄せ来る高山彦の軍勢に向ひ、 加米彦、青彦『ヤア高山彦、御参なれ、身の程知らぬ馬鹿者共、某が言霊の速射砲にかかつて斃るな』 高山彦は馬背に跨り乍ら、 高山彦『ヤア汝は噂に聞く木端武者の加米彦とやら、その広言は後に致せ、ヤアヤア者共、加米彦、青彦に向つて進撃せよ』 常彦、菊若、夏彦、富彦、岩高の大将株は高山彦の指図の許に、各々数多の部下を引率れ、二人の周囲をバラバラと取り囲み、 常彦ら『サア加米彦、青彦、其他の奴輩、もう斯うなつては叶ふまい、此方が刃の錆とならむよりは、一時も早く心を改め素盞嗚尊の邪教を捨ててウラナイ教の誠の道に帰順致すか、神は汝等を憐れみ給ふぞ、我を折り降参致せば、如何に反対せし悪の身魂も赦して遣はす、サア返答は如何じや、如何に汝勇猛なりとて多勢に無勢、最早汝が運の尽、返答如何に覚悟は如何ぢや』 と四方八方より抜刀を揃へ攻めかかる、加米彦、青彦は一度に高笑ひ、 加米彦、青彦『アハヽヽヽ、心も黒い色も真黒々の黒助の黒姫に加担致す馬鹿者共、仮令幾万人攻め来る共蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふにも等しき奴輩、吾言霊の神力を見よ』 と云ふより早く双手を組み一生懸命に神霊の注射をサーチライトの如く指頭より発射し、右に左に向つて振り廻せば、数多の寄せ手は俄に頭痛み、眩暈ひ、舌つり、身体或は強直し或は痳痺し、ウンウンと呻声を立てて此場にバタリと倒れたり。黒姫は此体を見て高山彦の馬に跨り、馬上に二人抱き合ひ乍ら雲を霞と逃げ行く可笑しさ。加米彦は打笑ひ、 加米彦『アハヽヽヽ、青彦殿、扨ても扨ても愉快な事では御座らぬか、吾々誠の神の教を伝ふる宣伝使に向ひ、傍若無人にも凶器を携へ攻め来り、脆くも吾言霊の発射にザツクバラン、身体竦み忽ち地上に倒れて藻掻く可笑しさ、それに付けても一層面白きは黒姫、高山彦の両人、味方を見捨て逃げ行く狼狽へさ加減、何と愉快では御座らぬか』 青彦『アハヽヽヽ、実に愉快ですな、矢張三五教は違ひますよ』 加米彦『貴方も、もう高姫のウラナイ教には、よもや後戻りは成されますまいなア』 青彦『仮令大地が覆へるとも変つてなりませうか』 加米彦『サア、何とも分らぬ、まだお前さまの言霊には少し許り濁りがある、その濁りの分がまだウラナイ教に執着心があるのだ』 青彦『殺生な事を言つて下さるな、其濁りはウラナイ教の信仰の惰力でせう。もう暫らくお待ち下さらば本当の言霊が出る様になりませう』 加米彦『それは兎も角、悦子姫様、音彦さまがお待ち兼ねでせう、サアサア早く霊場へ引き返しませう』 と先に立つて行く。悦子姫は音彦の審神の許に豊国姫の神の御降臨の最中なりける。 音彦『只今悦子姫の肉の宮に懸らせ給ふ大神は何れの神に坐しますぞ、仰ぎ願はくば御名を名乗らせ給へ、某は三五教の宣伝使音彦の審神者に御座います、神界の思召、何卒委細に吾等に仰せ聞けられ下されますれば有難う御座います』 神懸者(悦子姫)『我は豊雲野尊、又の御名豊国姫の神なるぞ、国治立の大神と共に一旦地底の国に身を潜め、再び地教の山に現はれて、大海原に漂へる国土を修理固成なしつつ時の至るを待ち居たりしに、天運循環して天津神より此聖地を我鎮座所と神定め給ひたり。我は此地に霊魂を止め自転倒島はいふも更なり、大八洲の国々島々に我霊魂を配り置きて世を永久に守らむ。汝は之より鬼雲彦を使役しつつありし八岐大蛇の片割れ鬼ケ城山に姿を隠し時を窺ひ、聖地を蹂躙せむとしつつあれば一日も早く此場を立ち去り、加米彦、青彦を引率れ此比治山の峰伝ひに鬼ケ城山に向へよ、我は汝が影身に添ひ、太しき功勲を永久に立てさせむ、必ず必ず案じ煩ふな、仮令幾千万の曲神攻め来るとも屈するな、恐るるな、神を力に誠を杖に善く戦へ、誠の鉾を執つて敵を言向け和せよ、又此聖地は我霊魂永久に守りあれば後に心を残す事なく一刻も早く此処を立ち出でよ。加米彦、青彦、汝等も音彦と共に鬼ケ城に向つて進撃せよ』 音彦『委細承知仕りました、いざ之よりは悦子姫様を先頭に吾々一同時を移さず、八岐大蛇の退治に立ち向ひませう、何卒々々御守護を仰ぎ奉る』 豊国姫『何事も神に任せ汝等が力のあらむ限り誠を尽せよ』 と云ひ残し神あがり給ひければ、悦子姫は初めて正気に復り、 悦子姫『アヽ有難し有難し、大神の御降臨、サア音彦殿、その他御一同様、鬼ケ城に時を移さず神勅のまにまに向ひませう』 音彦、青彦『委細承知仕りました、左様ならば之より参りませう』 加米彦『サア平助、お楢、お節どの、御苦労でありました、之でお別れ致しませう』 平助『私達は之から貴方等に別れて後は如何致しませう、只今の如く数多の軍勢押し寄せ来らば、吾々は如何とも防ぎ戦ふ事は出来ませぬ、何卒吾々も一緒に連れて行つて下さいませぬかナア』 音彦『ヤ、それはなりませぬ、然し乍ら如何なる敵も御心配遊ばすな、叶はぬ時は三五教の祝詞を奏上し宣伝歌をお謡ひなさい。さすれば如何なる強敵も雲を霞と逃げ去つて仕舞ひます、之が神歌の功力であります。左様なら、親爺どの、婆アさま娘子、御縁があらば又御目に懸らう』 と左右に分れ比治山の嶺伝ひに南を指して宣伝歌を謡ひつつ一行四人は進み行く。平助親子三人は名残を惜みつつ、トボトボと家路を指して帰り行く。 (大正一一・四・二一旧三・二五北村隆光録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 08 蚯蚓の囁 | 第八章蚯蚓の囁〔六一九〕 黒姫、高山彦の発議により、愈真名井ケ原の瑞の宝座を蹂躙し、あはよくば占領せむとの計画は定まつた。黒姫夫婦は婚礼の後片付に忙殺を極めて居る。三軍の将と定つた夏彦、常彦、岩高、菊若の四人は入口の間に胡坐をかき、出発に先だち種々の不平談に花を咲かし居たりける。 常彦『人間と云ふものは身勝手のものぢやないか、石部金吉金兜押しても突いても此信仰は動かぬ、神政成就する迄は男のやうなものは傍へも寄せぬ、三十珊の大砲で男と云ふ男は片端から肱鉄砲を喰はすのだ、お前達も神政成就迄は若いと云うても決して女などに目を呉れてはならぬぞ、若い者が女に目を呉れるやうな事では神界の経綸が成就せぬと、明けても暮れても口癖のやうに、長い煙管をポンと叩いて皺苦茶面をして、厳しいお説教を始めて御座つたが、昨夜の態つたら見られたものぢやない、雪達磨がお天道様の光に解けたやうに、相好を崩しよつて、「モシ高山彦の吾夫様」ナンテ、団栗眼を細うしよつて何を吐しよつたやら、訳の分つたものぢやない、俺やもう嫌になつて仕舞つたワ』 岩高『定つた事ぢや、女に男はつきものだ。茶碗に箸、鑿に槌、杵に臼、何と云つたつて此世の中は男女が揃はねば物事成就せぬのだ、二本の手と二本の足とがあつて人間は自由自在に働けるやうなものだ、三十後家は立つても四十後家は立たぬと云ふ事があるぢやないか』 常彦『四十後家なら仕方が無いが彼奴は五十後家ぢやないか、コレコレ常さま、お前は因縁の身霊ぢやによつて、何うしても三十になるまで女房を持つてはいけませぬぞえ、人間は三十にして立つと云ふ事があるなぞと云よるが、此時節に三十にして立つ奴は碌なものぢやない、俺等は既に既に十六七から立つて居るのぢや、今思うと立つものは腹ばかりぢや』 夏彦『貴様等は何を下らぬ事を云うて居るのだ、高姫さまだつて余り大きな声では云はれぬが、何々と何々し、又○○と○○し、夫は夫は口でこそ立派に道心堅固のやうに云うて居るが、口と心と行ひの揃つた奴はウラナイ教には一匹もありやしないワ、俺も魔我彦や、蠑螈別や高姫に限つてソンナ事はあるまい、言行心一致だと初の程は信じて居たが、此の頃は何うやら怪しくなつて来たやうだ、本当に気張る精も無くなつて了つた。今迄は二つ目には黒姫の奴、夏彦何うせう、常彦何うせう、岩高、菊若、斯うしたら好からうかなアと吐しよつて、一から十迄、ピンからキリ迄相談をかけたものだが、昨日から天候激変、ケロリと吾々を念頭から磨滅しよつて、箸の倒けた事まで、ナアもし高山さま、これもしこちの人、何うしませう、斯うした方が宜敷くは御座いますまいかと、皺面にペツタリコと白いものをつけよつて、田螺のやうな歯を剥き出し、酒許り飲ひよつて、俺達には一つ飲めとも云ひよりやせむ、かう天候が激変すると何時俺達の頭の上に雷鳴が轟き、暴風が襲来するか分つたものぢやない、俺はホトホトウラナイ教の真相が分つて愛想が尽きたよ。今更三五教へ入信うと云つた所で、力一ぱい高姫や黒姫の言葉の尻について、素盞嗚尊の悪口雑言をふれ廻して来たものだから、どうせ三五教の連中の耳へ入つて居るに違ひない、さうすれば三五教へ入信る訳にも行かず、ウラナイ教に居ても面白くはなし、厄介者扱のやうな態度を見せられ、苦しい方へ許り廻されて本当に珠算盤があはぬぢやないか、何時迄もコンナ事をして居ると身魂の身代限をしなくてはならぬやうになつて了ふ、今の中に各自に身魂の土台を確り固めて置かうではないか。よい程扱き使はれて肝腎の時になつてから、お前は何うしても改心が出来ぬ、身魂の因縁が悪いナンテ勝手な理屈を云つてお払ひ箱にせられては約らぬぢやないか』 常彦『それやさうだ。高姫は変性男子の系統ぢやと聞いた許りに、変性女子の身魂より余程立派な宣伝使日の出神の生宮だと思うて今迄ついて来たのだ。併し日の出神もよい加減なものだ。各自ウラナイ教脱退の覚悟をしやうではないか』 菊若『オイ、ソンナ大きな声で云うと奥へ聞えるぞ、静にせぬかい』 夏彦『ナニ、今日は何程大きな声で云つたところで俺達の声は黒姫の耳に入るものか、耳へ入るものは高山彦の声許りだ、俺達の声が耳に入る程注意を払つて呉れる程親切があるなら、もとよりコンナ問題は提起しないのぢや、乞食の虱ぢやないが口の先で俺達を旨く殺しよつて、今迄旨く使つて居たのだ、随分気に入つたと見え、枯れて松葉の二人連、虱の卵ぢやないが彼奴ア死ンでも離れつこは無いぞ、アハヽヽヽ』 岩高『併し、そろそろ真名井ケ嶽に出発の時刻が近よつて来たが、お前達は出陣する考へか』 夏彦『否と云つたつて仕方が無いぢやないか、ウラナイ教に居る以上は否でも応でも出陣せねばなるまい、併しながら根つから葉つから気乗がしなくなつて来た、仕方が無いから形式的に出陣し、態と三五教に負けて逃げてやらうぢやないか、さうすれば黒姫は申すに及ばず、高姫もちつとは胸に手を当てて考へるだらう、高山彦だつて愛想をつかして黒姫を捨てて去ぬかも知れぬぞ。今こそ花婿が来たのだと思つて上品ぶつて、大きな鰐口を無理におちよぼ口をしやがつて、高尚らしく見せて居るが、暫くすると地金を出して、又女だてら大勢の中で、サイダーやビールの喇叭飲みをやらかすやうになるのは定つてゐる。鍍金した金属が何時迄も剥げぬ道理はない、俺達もウラナイ教の信者と云ふ鍍金を今迄塗つて居たが、もう耐らなくなつて、そろそろ剥げかけたぢやないか、アハヽヽヽ』 斯る所へ虎若と富彦の両人現はれ来り、 虎、富『ヤア四天王の大将方、高山彦、黒姫様の御命令で御座る、一時も早く真名井ケ原に向つて出陣の用意めされ』 と云ひ捨てて此場を急ぎ立ち去りにけり。 夏彦『エヽ何だ、馬鹿にしてゐる。昨日来た許りの虎若、富彦を使つて吾々に命令を伝へるナンテ、あまり吾々を軽蔑し過ぎて居るぢやないか、如何に気に入つた高山彦の連れて来た家来ぢやと云つて、古参者の吾々を放つて置き勝手に新参者に命令を下し、吾々を一段下に下しよつたな、これだから好い加減に見切らねばならぬと云ふのだよ』 常彦『アヽ、仕方がない、兎も角も形式なりと出陣する事にしやうかい』 黒姫は突然此場に現はれて、 黒姫『これこれ夏彦、常彦、お前今何を云つてゐらしたの』 常彦『ハイ、真名井ケ嶽に出陣の用意をしやうと申て居りました』 黒姫『それは御苦労ぢやつたが、其次を聞かして下さい、其次は何と仰つた』 常彦『ハイハイ、次は矢張其次で御座いますナ』 黒姫『天に口あり、壁に耳と云ふ事をお前達は知らぬか、最前から四人の話を初めから終迄、次の間に隠れて聞いて居りました。随分高山さまや黒姫の事を褒めて下さつたな』 四人一時に頭を掻いて、 四人『イヤ何滅相も御座いませぬ、つい酒に酔うて口が辷りました、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『お前酔うたと云ふが、何時酒を飲みたのだい』 夏彦『ハイ、酒を飲みたのは貴女と高山さまと祝言の杯をなされました時……ぢやから其為に酔が廻つてつい脱線致しました』 黒姫『馬鹿な事を云ひなさるな、酒も飲まぬに酔が廻り、管捲く奴が何処にあるものか、それやお前達、本真剣で云つたのだらう、サアサアウラナイ教はお前さま達のやうな没分暁漢に居て貰へば邪魔になる、サアサア今日限り何処へなりと行つて下さい。エイエイ、お前達のしやつ面を見るのも汚らはしい』 夏彦『そらさうでせう、好きな顔が目の前にちらついて来たものだから、吾々のしやつ面は見るのも嫌になりましただらう』 黒姫『エヽ入らぬ事を云ひなさるな、サアとつとと去んだり去んだり、ウラナイ教では暇を出され、三五教では肱鉄を食はされ、野良犬のやうに彼方にうろうろ、此方にうろうろ、終には棍棒で頭の一つも撲はされて、キヤンキヤンと云うて又元のウラナイ教に尾を振つて帰つて来ねばならぬやうにならねばならぬ事は見え透いて居るわ、ウラナイ教の太元の大橋越えてまだ先に行方分らず後戻り、慢心すると其通り、白米に籾の混つたやうに、謝罪つて帰つて来ても隅の方に小さくなつて居るのを見るのが気の毒ぢや、今の中に改心をしてこの黒姫の云ふ事を聞きなされ、黒姫は口でかう厳しく云つても、心の中は、花も実もある誠一途の情深い性来ぢや、誠生粋の水晶玉の選り抜きの日本魂の持主ぢやぞえ、サアどうぢや、確り返答しなさい、夏彦の昨夜の歌は何ぢや、目出度い時だと思うて辛抱して居れば好い気になつて悪口たらだら、大抵の者だつたらあの時に摘み出して仕舞ふのぢやけれど、神様のお道の誠の奥を悟つた此黒姫は、心が広いから松吹く風と聞き流して許して居たのだ、それに又もや四人の大将株が燕の親方のやうに知らぬ者の半分も知らぬ癖に何を云ふのだい。お前達に誠の神の大御心が分つて耐るものか、知らにや知らぬで黙言つて居なさい』 夏彦『ハイハイ、誠に申訳がありませぬ、何卒今度に限り見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『此度に限つて許して置く、此後に於て、一口でも半口でも、高山さまや黒姫の事を云はうものなら、夫こそ叩き払にするからさう思ひなさい、サアサア常彦、菊若、岩高愈出陣の用意だ、高山彦の御大将はもはや出陣の準備が整うたぞへ』 四人一度に、 四人『ハイ確に承知仕りました』 茲に黒姫、高山彦は一族郎党を集め、旗鼓堂々と真名井ケ原に向つて進撃したが、加米彦、青彦の言霊に脆くも打ち破られ、蜘蛛の子を散らすが如く四方に散乱したりけり。 ウラナイ教の鍵鑰を握つて居た黒姫の部下四天王と頼みたる夏彦、岩高、菊若、常彦の閣僚は黒姫結婚以来上下の統一を欠ぎ、自然三五教に向つて其思想は暗遷黙移しつつありき。其の為め、折角の真名井ケ原の攻撃も味方の四天王より故意と崩解し、黒姫が神力を籠めたる神算鬼謀の作戦計画も殆ど画餅に帰し終りたるなりき。嗚呼人心を収攪せむとするの難き、到底巧言令色権謀術数等の虚偽行動をもつて左右すべからざるを知るに足る。之に反して三五教は一つの包蔵もなく手段もなく、唯々至誠至実をもつて神業に奉仕し、ミロクの精神を惟神的に発揮するのみ。されば人心は期せずして三五教に集まり、日に夜に其数を増加し、何時とはなしに天下の大勢力となりぬ。ウラナイ教は広い大八洲国に於て直接に信徒を集めたるもの唯一人もなく、唯々三五教に帰順したる未熟の信者に対し、巧言令色をもつて誘引し、且つ変性男子の系統より出でたる高姫を唯一の看板となし世を欺くのみにして、根底の弱き事、砂上に建てたる楼閣の如く、其剥脱し易き事炭団に着せたる金箔の如く、豆腐の如く、一つの要もなく唯弁に任し表面を糊塗するのみ、其説く所恰も売薬屋の効能書の如く、名のみあつて其実なく、有名無実、有害無益の贅物とは、所謂ウラナイ教の代名詞であらうと迄取沙汰されけり。されど執拗なる高姫、黒姫は少しも屈せず……女の一心岩でも突貫く、非が邪でも邪が非でも仮令太陽西天より昇る世ありとも、一旦思ひ詰めたる心の中の決心は、幾千万度生れ代り死代り生死往来の旅を重ぬるとも、いつかないつかな摧けてならうか……との大磐石心、固まりきつた女の片意地、張合もなき次第なり。 黒姫は力と頼む青彦の三五教に帰順せし事を日夜に惜み、如何にもして再びウラナイ教の謀主たらしめむと、千思万慮の結果、フサの国より高山彦に従ひ来れる虎若、富彦に命じ、青彦が日夜に念頭を離れざるお節を説きつけ、お節より青彦が信仰を落させむものと肝胆を砕きつつありける。 (大正一一・四・二二旧三・二六加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 10 赤面黒面 | 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 15 遠来の客 | 第一五章遠来の客〔六四三〕 米価の騰貴る糠雨が、赤い蛇腹を空に見せて居る。八岐大蛇に憑依されしウラナイ教の頭株、鼻高々と高姫が、天空高く天の磐船轟かしつつフサの国をば後にして、大海原を乗越えて、由良の港に着陸し、二人の伴を引き連れて、大江の山の程近き、魔窟ケ原に黒姫が、教の射場を立てて居る、要心堅固の岩窟に勢込んでかけ来る。 梅公は目敏く高姫の姿を見て、叮嚀に会釈しながら、 梅公『ヤア、これはこれは高姫様、お達者でしたか、遠方の所ようこそ御飛来下さいました。黒姫様がお喜びで御座いませう、サアずつと奥へお通り下さいませ』 高姫は四辺きよろきよろ見廻しながら、 高姫『嗚呼大変に其辺あたりが変りましたね、これと云うのもお前さま達の日頃の丹精が現はれて、何処も彼もよく掃除が行届き、清潔な事』 梅公『エヽ、滅相な、さう褒めて頂いては実に汗顔の至りで御座います、サア奥へ御案内致しませう』 高姫『黒姫さまは在宅ですかな』 梅公『ハイ高山さまも、御両人とも朝から晩迄それはそれは羨ましい程お睦まじうお暮しで御座います』 斯る処へ黒姫はヌツと現はれ、 黒姫『マア高姫様、ようこそお出下さいました。何卒悠くりお休み下さいませ』 高姫『黒姫さま、久し振りでしたねえ、高山彦さまも御機嫌宜敷いさうでお目出度う御座います』 黒姫『ハイ、有難う御座います、頑固なお方で困つて居ります』 高姫『ヤア、人間は頑固でなければいけませぬ、兎角正直者は頑固なものですよ、変性男子式の身霊でなくては到底神業は成就致しませぬからな。時に黒姫さま、貴女は日々この自転倒島の大江山の近くに、紫の雲が立ち昇り、神聖なる偉人の出現して居る事は御存じでせうね』 黒姫『ハイハイ委細承知して居ります』 高姫『承知はして居ても又抜かりなく、其玉照姫とやらをウラナイ教に引き入れる手筈は調うて居ますか』 黒姫『仰しやる迄もなく、一切万事羽織の紐で、黒姫の胸にチヤンと置いて御座います。オホヽヽヽ』 高姫『ヤアそれで安心しました、愚図々々して居ると、また素盞嗚尊の方へ取られ仕舞つては耐りませぬからなア、私は夫れ許りが気にかかつて、忙しい中を飛行機を飛ばして態々やつて来ました。そうして肝腎の目的物はもう手に入りましたか』 黒姫『イヤ、今着々と歩を進めて居る最中なんです。それについては斯様斯様こうこうの手段で』 と耳に口寄せて、綾彦夫婦の人質に使用する事も打ち明けて、得意の顔を輝かす。 高姫『善は急げだ。如才はあるまいが一日も早くやらねばなりませぬぞえ、私もそれが成功する迄は気が気ぢやありませぬ、私も此処で待つて居ませう、玉照姫が手に入るや否や、飛行機に乗せてフサの国に帰りませう』 黒姫『高姫さま、お喜び下さいませ、一旦三五教に堕落して居た青彦が、神様の御神力に往生して帰つて来ました』 高姫『何と仰有る、あの青彦が帰りましたか、それはマアマアよい事をなさいました。遉は千軍万馬の功を経た貴女、いやもうお骨が折れたでせう、貴女の敏腕家には日の出神も感服致しました。時に夏彦、常彦は何うなりましたか、なんだか居ないやうですな』 黒姫『ヘイ、彼奴はたうとう三五教に眈溺して仕舞ひました。併し乍ら之も時間の問題です、きつと呼び帰して見せます。何か神界のお仕組でせう、ああして三五教に這入り、帰りには青彦のやうに沢山の従者を連れて帰るかも知れませぬ』 高姫『さう楽観も出来ますまいが、艮の金神様は何から何迄抜け目のない神様だから屹度深い深いお仕組があるのでせう』 黒姫『貴女にお目にかけ度い方が一人あります、それはそれは行儀と云ひ、器量と云ひ、知識と云ひ、言葉遣ひと云ひ、何から何まで穴のない三十三相揃うた観自在天のやうな淑女が信者になられまして、今は宣伝使の仕込み中で御座います、何うか立派な宣伝使に仕立てあげて、貴女様に喜んで頂かうと思つて日々骨を折つて居ります、まア一遍会うて見て下さい、幸ひ其方も青彦も、青彦の連れて来た鹿公も、馬公と云ふそれはそれは実に男らしい人物も来て居ります、真実に掘出しものです、きつとウラナイ教の柱石になる人物ですなア』 高姫『それは何より結構です』 と話す折しも高山彦は、羽織袴の扮装、此場に現はれて、 高山彦『ヤア高姫さま、久し振りで御座いました、ようマア遥々と御入来、御疲労で御座いませう、サアどうぞ悠くりして下さいませ』 高姫『ヤア高山彦さま、貴方は幾歳でしたいなア、大変にお若く見えますよ、奥さまの待遇が好いので自然にお若くなられますなア、私は此通り年が寄り、歯が抜けてもうしやつちもない婆アですが、貴方とした事わいなア、フサの国に居らした時よりも余程お元気な、お顔の色が若々として、私でも知らず識らずに電波を送るやうになりましたワ。オホヽヽヽ』 高山彦『高姫さま、何うぞ冷やかさずに置いて下さい、若い者ぢやあるまいし、いやもう斯う見えても年と云ふものは嘘を吐かぬ者で、気許り達者で体が何となしに無精になります』 高姫『余り奥さまの御待遇が好いので、いつも家に許り居らつしやるものだから、自然に体が重くなるのでせう、私も貴方のやうな気楽な身になつて見度う御座いますワ、オホヽヽヽ』 黒姫『今日は遠方からの高姫さまのお越し、それについては青彦、紫姫、其他一同の者を集めて貴女の歓迎会やら祝を兼ねて、お神酒一盃頂く事にしませうか』 高姫『何うぞお構ひ下さいますな、併し私の参つた印に皆さまにお神酒を上げて貰へば尚更結構です』 黒姫はツト立つて「梅梅」と呼んだ。 此声に梅公は慌ただしく走り来り、 梅公『何御用で御座いますか』 黒姫『今日は高姫様の久し振のお越しですから、皆々お神酒を頂くのだから、其用意をして下さい』 梅公『ハイ畏まりました、嘸皆の者が喜ぶことでせう』 といそいそとして納戸の方に姿を隠した。紫姫は青彦と共に此場に現はれ、叮嚀に手をつかへ、 紫姫『これはこれは高姫様で御座いますか、貴い御身をもつて能くも遠方の所入来られました。私は都の者、元伊勢様へ二人の下僕を連れて参拝致します折、黒姫さまの熱心なる御信仰の状態を目撃しまして、それから俄に有難うなり、三五教の信仰を止め、お世話になつて居ます。何うぞ今後は御見捨てなく宜敷く御指導をお願ひ致します』 青彦『私は御存じの青彦で御座います、誠に不調法許り致しまして、大恩ある貴女のお言葉を忘れ、三五教に眈溺致し、大神様へ重々の罪を重ね、何となく神界が恐ろしくなりましたので、再び黒姫様にお詫を申し、帰参を叶へさして頂きました、何うぞ宜敷くお願ひ致します』 高姫『ヤア紫姫さまに青彦さま、皆因縁づくぢやから、もう此上は精神をかへては不可ませぬぞえ、貴女は黒姫さまに聞けば、立派な淑女ぢやと仰有いましたが、如何にも聞きしに勝る立派な人格、日の出神の生宮も、全く感服致しました』 紫姫『さうお褒め下さいましては不束かな妾、お恥かしうて穴でもあれば這入り度くなりますワ』 高姫『滅相な、何を仰有います、貴女は身魂がよいから、もう此上御修業なさるには及びますまい、貴女は此支社に置いておくのは勿体ない、私と一緒に北山村の本山へ来て貰つて、本山の牛耳を執つて貰はねばなりませぬ。これこれ青彦、お前も確りして今度は私について来なさい、此処に長らく置いておくと剣呑だ、大江山の悪霊が何時憑依して又もや身魂を濁らすかも知れないから、今度は或一つの目的が成就したら、高姫と一緒にフサの国の本山に行くのだよ』 青彦『アヽそれは何より有難う御座います、私の変心したのをお咎めもなく、本山迄連れて帰つてやらうとは、何とした御仁慈のお言葉、もう此上は貴女の御高恩に報ゆるため、粉骨砕身犬馬の労を厭ひませぬ』 高姫『アヽ人間はさうなくては叶はぬ、空に輝く日月でさへも、時あつて黒雲に包まれる事がある。つまり貴方の心の月に三五教の変性女子の黒雲が懸つて居たのだ。迷ひの雲が晴るれば真如の日月が出るのぢや、アヽ目出度い目出度い、これと云ふのも黒姫さまのお骨折り』 と高姫は一生懸命に褒めそやして居る。かかる処へ、 梅公『モシモシ、準備が出来ました。皆の者が待つて居ます、何うぞ皆さま奥の広間へお越し下さいませ』 黒姫『ヤア、それは御苦労であつた。サア高姫さま、紫姫さま、高山さま、青彦さま参りませう』 と先に立つ。高姫は鷹の羽ばたきしたやうな恰好しながら、いそいそと奥に入る。一同は高姫導師の下に神殿に向ひ天津祝詞を奏上し、続いて日の出神の筆先の朗読を終り弥々直会の宴に移つた、高姫は歌を謡つた。 高姫『フサの御国の空高く鳥の磐樟船に乗り 雲井の空を轟かせ一瀉千里の勢ひで 西より東へ電の閃めく如くかけ来り 世人の胸を冷しつつ高山、低山乗り越えて 天の真名井も打ち渡り安の河原を下に見て 瞬くひまに皇神の日の出の守護の著く 由良の港に着陸し鶴亀二人を伴ひて 千秋万歳ウラナイの教の基礎を固めむと 東に輝く明星を求めて此処に来て見れば 神の経綸の奥深く凡夫の眼には弥仙山 山の彼方に現はれし玉照姫の厳霊 弥々此処に出現し三千年の御経綸 開く常磐の松の代を待つ甲斐あつて高姫が 日頃の思ひも晴れ渡る時は漸く近づきぬ アヽ惟神々々御霊幸倍坐し在して 誠の道にさやり来る頑固一つの瑞霊 変性女子が改心をする世とこそはなりにけり 月は盈つとも虧くるとも旭は照るとも曇るとも 仮令大地は沈むともウラナイ教の神の道 唯一厘の秘密をばグツと握つた高姫が 仕組の奥の蓋あけて腹に呑んだる如意宝珠 玉の光を鮮かに三千世界に輝かし 鬼や大蛇や曲津神三五教も立直し 金勝要の大神や木花姫の生宮を 徹底、改心さして置きグツと弱つた、しほどきに 此高姫が乗り込んでサアサア何うぢや、サアどうぢや 奥をつかんだ太柱弥改悟をすればよし 未だ分らねば帳切らうか変性男子の御血統 神の柱となりながらこんな事では、どうなるか 誠の事が分らねば早く陣引きするがよい 後は高姫、乗り込んで唯一厘の御仕組 天晴成就させて見せう斯うして女子を懲らすまで 一つ無くてはならぬもの弥仙の山に現はれた 玉照姫を手に入れて是をば種に攻寄れば 如何に頑固な緯役の変性女子も往生して 兜を脱ぐに違ひない一分一厘、毛筋程 間違ひ無いのが神の道三五教やウラナイ教 神の教と表面は二つに分れて居るけれど 元を糺せば一株ぢや雨や霰や雪氷 形変れど徹底の落ち行く先は同じ水 同じ谷をば流れ往く変性女子の御霊さへ グヅと往生させたなら後は金勝要の神 木花咲耶姫の神彦火々出見の神霊 帰順なさるは易い事邪魔になるのは緯役の 此世の乱れた守護神此奴ばかりが気にかかる アヽさりながらさりながら時は来にけり、来りけり 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し、宣り直す 三五教やウラナイの神の教の神勅 高天原に高姫が天晴れ表に現はれて 誠の道を説き明かしミロクの神の末長う 経のお役と立直し緯の守護を亡ぼして 常世の姫の生魂や世界の秘密を探り出し 日の出神や竜宮の乙姫さまの神力で 堅磐常磐の松の世を建つる時こそ来りけり アヽ惟神々々御霊幸倍坐ませよ』 黒姫も稍、微酔機嫌になつて低太い声を張り上げて謡ひ始めたり。 黒姫『遠き海山河野越え遥々此処に帰ります ウラナイ教の根本の要、掴んだ高姫さま よくもお出まし下されて昔の昔のさる昔 国治立の大神の仕組み給ひし大謨を 一日も早く成就させ世に落ちたまふ神々を 残らず此世に、あげまして三千世界の民草を 上下運否の無いやうに桝かけひいて相ならし 神政成就の大業をいよいよ進めたまはむと 出ます今日の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令、天地を探しても こんな結構なお肉体日の出神の生宮が 又と世界にあるものかまた竜宮の乙姫が 憑りたまひて艮の金神様のお経綸で 骨身、惜まぬお手伝いこんな誠の神様が 又と世界にあるものかアヽ惟神々々 今迄、種々態々に神のお道を彼是と 要らぬ心配して見たが時節参りて煎豆に 花咲き実る嬉しさよ』 と謡ふ折しも表の岩戸の方に当つて、消魂しい物音聞え来たる。 嗚呼鼻の高姫さまよ、お色の黒い黒姫さまの長たらしい腰曲り歌や、青彦の舌鼓、紫姫の淑やかな声、馬公、鹿公、梅、浅、幾、丑、寅、辰、鳶、鶴、亀その他沢山の酒に酔うた場面を霊眼に見せられて、余り霊肉両眼を虐使した天罰、俄に眠くなつて来た。一寸これで切つて置きます。 (大正一一・四・二八旧四・二加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 17 玉照姫 | 第一七章玉照姫〔六四五〕 自転倒島の第一の霊地と世にも鳴りひびく 世界に無二の神策地瑞の御霊の隠れ場所 青葉も、そよぐ夏彦が万世不動の瑞祥を 祝ふ加米彦、諸共に四つの手足を働かせ 朝な夕なに勉強みて主の留守を守り居る 世継王の山の夕嵐雨戸を敲く折からに 息もせきせき尋ね来る三五教の宣伝使 常に変りし常彦が顔に紅葉を散らしつつ 音もサワサワ滝公や心痛むる板公が これの庵を打叩き頼も頼もと訪なへば オウと答へて加米彦は雨戸ガラリと引開けて 此真夜中に一つ家を訪なふ神は何者ぞ 鬼か大蛇か曲神かまさか違へば木常彦 唯一言の言霊の愛想もコソも夕嵐 吹き払はむと夕月夜キツと透して眺むれば 何とは、なしに見覚えの姿に心和らげつ 林の中の一つ家訪なふ人は何人ぞ 御名を名乗らせ給へよといと慇懃に言霊を 宣り直すれば常彦は首をかたげ腰を曲げ 両手を膝の上に置き鬼ケ城にて別れたる 吾れは常彦宣伝使汝は加米彦、夏彦か 申上げたき仔細あり紫姫や青彦が 三五教にアキの空天津御空も黒姫が 醜の魔風に包まれて誠の道を取りはづし 悪魔の擒となりにける友の身魂を救はむと 夜を日についで遥々と茲まで訪ね来りしぞ。 加米彦はこれを聞くより、 加米彦『ナニ、紫姫、青彦がウラナイ教に沈没しましたか。それは大変、先づ先づお這入り下さいませ……ヤア見馴ぬ方が、しかもお二人』 滝、板一度に、 滝公、板公『私は常彦様のお伴を致して参りました新参者で御座います、何卒宜しうお願致します』 加米彦『アーよしよし、御互にお心安う願ひませう。……夏彦の御大将、何をグヅグヅして御座る。天変地妖の大事変が出来致しましたぞ』 夏彦は奥の間より、ノソノソ出で来り、 夏彦『ヤア常彦さま、暫くでしたネ、ようこそお出下さいました。マアマアお上り下さいませ。ユツクリと内開け話でも致しませうか』 加米彦『コレコレ夏彦の大将、そんな陽気な所ぢやありませぬワ』 夏彦『そう慌てずとも宜しいワイ。何事も皆神様のなさる事ぢや。ヤア常彦さま、決して決して御心配は要りませぬ。今に紫姫、青彦も、意気揚々として此家へ帰つて来ますよ』 常彦『そうかは存じませぬが、只今の所では非常な勢で御座います。私も青彦、紫姫の堕落を救はむ為に、ワザワザ敵の本城へ侵入し、忠告を加へてやりました。そうした所、青彦の人格はガラリと悪化し、終結の果てには乱暴狼藉、棍棒を以て吾々の身体を、所構はず滅多打ち、斯かる乱暴者は最早救ふべき手段なしと、取る物も取敢ず此二人を伴ひ、悦子姫様初めあなた方に、何とか良い智慧を借りたいと思つて、一先づ引返して来ました。そう楽観は出来ませぬ』 加米彦『ヤア其奴ア大変だ。悦子姫さまは竹生島へ、英子姫さまの後を追うてお出でになつた不在中、こんな突発事件を等閑に附して置くと云ふ事は、不忠実の極まりだ。サア常彦さま、時を移さず魔窟ケ原の黒姫の本陣へ乗込み、言霊戦の大攻撃を致しませう』 と早くも尻ひつからげ飛び出さむとする。 夏彦『アハヽヽヽ、よく慌てる奴だなア。これだから若い奴は困るのだ。マアゆるゆると久し振だ、お神酒でも戴いて、作戦計画をやらうぢやないか。急いては事を仕損ずる』 加米彦『急かねば事が間に合はぬ。芽出度凱旋した其上で、ゆるゆるお神酒をあがる事にせう。刻一刻と心の底に浸潤し来るウラナイ教が悪霊の誘拐の矢は日に日に烈しくなるであらう、老耄爺の夏彦の腰折れ、モウ俺は愛想が尽きた。悦子姫様の御命令だから、姫様に仕へると思つて、今迄は如何なる愚論拙策も、目を塞いで盲従して来たが、それは平安時の時の事だ。危急存亡の此場合、臨機応変の処置を執らねばならぬ。平和の時の宰相には、カナリ適当かは知らぬが国家興亡危機一髪の此際、仮令上官の夏彦が命令たりとも、服従すべき限りにあらずだ。サアサア常彦外両人加米彦に続かせられい……』 夏彦『アツハヽヽヽ、石亀の地団駄、何程騒いだ所で駄目だよ。マアゆつくりと落着いたが宜からう。俺は一寸紫姫様の御意中を以心伝心的に感得して居るから、滅多な事は無い。何か深いお考へが有つての事だ。万一紫姫を始め、青彦其他の者、一人にてもウラナイ教の黒姫に籠絡さるる様な事が実現したら、此夏彦が一つより無い首を、幾つでも加米彦、常彦さまに献上する』 加米彦『今日に限つて夏彦の大将、糞落ち着に落ち着いて御座るぢやないか。コラちと変だ黒姫の悪霊が憑依して居るのではなからうかなア。一つ厳重なる審神を施行するの余地充分あるワイ』 夏彦、二人の耳元に口を寄せ、何事か囁いた。 加米彦『アーさうか、ア、それなら安心だ。ナア常彦、肝腎の事を俺達に言つて呉れぬものだから、要らぬ気を揉んだぢやないか』 夏彦『身魂にチツとでも曇りの有る間は、神は今の今迄誠の仕組は申さぬぞよ。誠が聞きたくば、我を折りて生れ赤児の心になり、水晶の身魂に研いて下されよ。神は誠を聞かしてやりたいなれど、悪の身魂の混りて居る守護神には、実地正真の事が云うてやれぬぞよ……とお筆先に現はれて居りますぞ』 加米彦『ヤアさうすると常彦さま、吾々二人はまだ数に入つて居らぬのだ。なんとムツカしいものだなア』 夏彦『兎も角、神様にお礼を申上げ、此処で一日二日休養して下さい。其間にキツと紫姫様、青彦の消息が分るでせう』 加米彦『流石は御大将、イヤもう今日限り、何事も盲従致しませう。併し乍ら間違つたら、約束の通り、常彦と加米彦が、夏彦の御首頂戴仕るから……御覚悟は確でせうな』 夏彦『アハヽヽヽ、たしかだたしかだ』 斯く話に眈り乍ら、其夜は主客五人枕を並べて寝に就いた。 連日連夜曇り果てたる五月の空も、今日はカラリと日本晴の好天気、煎りつく様な大空に、朝鮮燕の幾十となく泥を含みて、前後左右に飛び交ふ有様を、夏彦外四人は窓を開いて愉快気に眺めて居る。 加米彦『随分よく活動をしたものだなア。我々も燕に傚つて、一層の雄飛活躍をやらねばなるまい。……ヤア向うの方へ、白い笠が揺らついて来たぞ』 と話す折しも、勢よく此方に向つて、青葉の中を波打たせつつ進み来れる饅頭笠、三本の金剛杖、黒い脚が二本、白い脚が四本。 加米彦『モシモシ夏彦の大将、青彦がどうやら凱旋と見えますワイ。一つ万歳を三唱しませうか。祝砲でも上げませうか』 と言ひも終らず「プツプツプウ」と放射する。 夏彦『アーア煙硝臭い、屋内で花火を揚げるのは険呑だ、外へ行つてやつて下さい』 加米彦『モウ裏の言霊は材料欠乏、これから表の言霊だ……ウローウロー』 と唯一人呶鳴つて居る。近づいた三人の男女、 三人(音彦、悦子姫、五十子姫)『ヤア加米彦さま、エライ元気だなア』 加米彦『サアエライ元気だ。紫姫に、青彦に、モ一人は……大方お節だらう。よう帰つて下さつた。サアサア奮戦の情況、委細に夏彦の御大将に言上遊ばせ』 男(音彦)『アハヽヽヽ』 と一人の男は笠を脱ぐ。 加米彦『ヤアお前は音彦様か。……アヽこれはしたり、悦子姫様……ア何だ、五十子姫様……ヤア音彦様、お芽出度う。悦子女王が居らせられなかつたら、大変御夫婦ご愉快で有りましただらうに……ヤアもう世の中は思う様に行かぬものですナア[※音彦と五十子姫は夫婦である。]』 悦子姫『オホヽヽヽ』 加米彦『中を隔つる悦子川かなア、可哀相に、焦れ焦れたコガの助、お顔見乍ら儘ならぬ……と云ふ、喜劇、悲劇の活動写真……ヤア兎も角お這入り下さいませ』 音彦『然らば許しめされよ』 加米彦『姫御前と道中を遊ばしたお蔭で、大変言霊が向上しました。……サア夏彦さま、今日限り吾々と同僚だ、何時までも女王の代りは出来ませぬぞ。……サア悦子姫女王、ズツと奥へお通り下さいませ』 悦子姫『加米彦さま、夏彦さま、よく神妙にお留守をして下さいました。あなた方の健実な事、よく気を附けて下さると見えて、風流な夏草が家の周囲に一杯生えて居ります。小蛇でも出そうに御座いますな。オホヽヽヽ』 加米彦、頭を掻き乍ら、 加米彦『イヤもう……エー外は惟神に任し、内は一生懸命に、内容の充実を主と致しました。これが所謂内主外従と云ふものです』 悦子姫『ホヽヽヽ、成程外には茫々と美しい草が御天道様のお蔭で繁茂して居ます。室内はザツクバラン、沢山に紙片が散乱して、まるで花見の庭の様です』 加米彦『イヤ此間から、夏彦の仮の大将、寝冷えを致し、風邪を引いたものですから、鼻紙をそこら中に散らして置いたのです。……一寸待つて下さい。箒で今掃いて除けます、ウツカリ踏んで貰へば、足の裏にニチヤツとひつつきます。……オイ夏彦鼻紙の大将、何をグヅグヅして居るのだ。此加米彦は何事も盲従して来たのだ。どうだ、此鼻紙を箒で掃き散らしても、お叱りは御座いませぬかなア』 夏彦『これはこれは悦子姫様、今煤掃の最中へお帰り下さいまして、誠に申訳が御座いませぬ。どうぞ暫く、裏の森林に美しい花も咲いて居ます、恰度菖蒲が真つ盛り、お三人共暫く御覧なし下さいませ。其間に夏季大清潔法を執行致します。……オイ加米彦、箒だ、水を汲め、采払だ……』 加米彦『貴様はジツとして手を出さずに、頤ばつかりで……そう一度に……千手観音様ぢやあるまいに、水を汲む、采払を使ふ、箒を使うと云ふ事が出来るものか。貴様も一つ活動せぬか。門外の燕の活動を、チツと傚へ』 夏彦『ハイハイ畏まりました』 と襷をかけ、 夏彦『わしはお家を掃除する。お前は庭を掃除して呉れ…』 俄にバタバタ、ガタガタ……、 夏彦『オイ常彦、板、滝、手伝ひして呉れぬか。……ヤアどつか往きやがつたなア』 と窓を覗き、 夏彦『ヤア一生懸命に草をひいて居るワイ』 半時ばかりかかつて大掃除を、吐血の起こつた様な騒ぎでやつてのけた。時を見計らひ悦子姫、音彦、五十子姫、ニコニコし乍ら、 音彦『ヤア俄に参りまして、エライ御雑作をかけました』 加米彦『ヤア有難う。斯う云ふ事が無ければ、モウ一月も経たぬ内に、此家は草の中に沈没する所でした。アハヽヽヽ』 音彦『身魂相応の御住宅で……』 悦子姫『オホヽヽヽ』 茲に八つの笠の台は、畳の上に二列に並列した。悦子姫を始め一同は、互に久濶を叙し、打解話に時を移す。折しも門口に現はれ来る馬公、鹿公、 馬公、鹿公『モシモシ夏彦さま、馬、鹿の両人です。御注進に参りました』 と門口より呶鳴り込んだ。 夏彦『ヤア馬公に鹿公、よう帰つて来た。併し今日は奥に珍らしいお客さまだ。御主人公の紫姫さま始め青彦はどうなつた』 馬公『只今結構な生神さまの玉子を奉迎して、これへお帰りになります。どうぞ座敷を片付けて、充分清潔にして待つて居て呉れいとの、青彦さまの御命令、宙を飛んで御報告に参りました。やがて御入来になりませう』 夏彦『アーそれはそれは御苦労でした。マア一服して下さい』 とイソイソとして奥に入り、 夏彦『悦子姫様、只今紫姫様、青彦がこれへ帰つて来るそうで御座います』 悦子姫『アーそうだらう。床の間もよく掃除して御待受けを致しませう。キツと玉照姫様の御光来でせう』 夏彦『そんな事が御座いませうかなア。どうして又それが分りますか』 悦子姫『何事も英子姫様の御経綸、キツと今にお越しになります』 斯く言ふ所へ、丹州を先頭に、お玉は玉照姫を恭しく捧持し、紫姫、青彦、お節の一行ゾロゾロと此一つ家に勢よく入り来る。加米彦、慌て飛んで出で、 加米彦『ヤア杏るより桃が安い。今日はモモだらけだ。モウモウ忙しうて忙しうて、嬉しいやら面白いやら、勇ましいやら、根つから、葉つから見当が取れなくなつた。改心致すとマサカの時に、嬉しうてキリキリ舞を致す身魂と、辛うてキリキリ舞致す身魂とが出来るぞよ……とは此事だ。サアサア皆さま、ズツと奥へ、キリキリ舞ひもつてお這入り下さいませ……ドツコイシヨのヤツトコシヨ…』 と面白い手つきをして踊つて居る。青彦、 青彦『コレコレ加米彦さま、早く玉照姫様を、悦子姫様に御紹介して下さい』 悦子姫は奥より走り来り、恭しく拍手し、嬉し涙をタラタラと流し乍ら、 悦子姫『玉照姫様、よくもお越し下さいました。これで愈神政成就疑なし。アヽ有難し、辱なし』 と言つた限り、嬉し涙に暮れて、顔さへあげず泣きいる。 加米彦『これはこれは悦子姫の女王様、何を此芽出度い時に、メソメソお泣き遊ばすのだ。ヤツパリ女は女だなア。涙脆いと見えるワイ。アヽ矢張り俺も何だか泣きたくなつて来た、アンアンアン』 青彦は歌ふ、 青彦『神素盞嗚大神の御言畏み曇りたる 世を照さむと英子姫神の仕組を奥山の 心に深く包みつつ隠して容易に弥仙山 万代祝ふ亀彦を伴ひ聖地を後にして 国の栄えも豊彦が娘のお玉に木花の 姫の命の分霊咲耶の姫を取り懸けて 後白雲と帰り行く心も春の山家道 折こそよけれ悦子姫音彦、加米彦、夏彦が 川辺の木蔭に立寄りて英子の姫の神界の それとはなしに秘事を以心伝心語りつつ 父に近江の竹生島足を速めて出で給ふ。 悦子の姫は急坂を三人の男と諸共に 辿りて、やうやう弥仙山麓に建てる豊彦が 賤の伏家に立寄りて俄産婆の神業に 思ひも寄らぬ貴の声お玉の腹を藉つて出た 玉照姫を取りあげてイソイソ帰る世継王の 山の麓に霊場を卜して庵を結びつつ 二人の男に留守をさせ紫姫に何事か 囁き合ひて右左り悦子の姫は近江路へ 紫姫や青彦は馬、鹿二人を伴ひて 西北指して進み行く船岡山の山麓に かかる折しも夕闇を透して聞ゆる叫び声 青彦、馬、鹿三人は声を尋ねて暗の路 進む折しもウラナイの道の教の滝、板が 一人の女を引捉へ松の古木に縛りつけ 権謀術数の最中を闇を幸ひ黒姫の 声色使ふ鹿公が早速の頓智、滝、板は おののき怖れ幽霊と思ひ誤り谷底に スツテンコロリと転落し腰骨打つてウンウンと 闇に苦む憐れさよ紫姫は三人の 男にお節を守らせつ進んで来る元伊勢の 稜威の御前に参拝し天津祝詞を奏上し 神示を仰ぐ時もあれ谷に聞ゆる言霊の 怪しき響に青彦は紫姫を伴ひて 剣先山の深谷を尋ねて行けば、こは如何に 顔色黒き黒姫が二人の男と諸共に 一心不乱に水垢離其熱烈な信仰に 何れも肝を冷しつつ紫姫や青彦は 何か心に諾きつ俄に変るウラナイの 神の教の宣伝使馬公、鹿公諸共に 魔窟ケ原に築きたる黒姫館に出て行く 高山彦や黒姫は相好崩してニコニコと 忽ち変る地蔵顔勝ち誇りたる会心の 笑にあたりの雰囲気は乾燥無味の岩窟も 忽ち春の花咲いて飲めよ騒げの賑はしさ 大洪水の氾濫し堤防崩した如くなる 乱痴気騒ぎの最中に阿修羅の如き勢で 現はれ来る常彦が滝公板公伴ひて 青彦さまが胸の内知らぬが仏の黒姫や 折柄来れる高姫に喰つてかかつた可笑しさよ 可哀相とは知り乍ら時を繕ふ青彦が 早速の頓智、棍棒を打ち振り打ち振り常彦が 体を目がけて滅多打地蟹の様に泡吹いて 涙を流す滝公や痛々しげに板公が 雲を霞と逃て行くこの振舞に高姫や 道に迷うた黒姫が始めてヤツと気を許し 紫姫や青彦に大事の大事の宝物 玉照姫の人質を何の気もなく吾々に 渡して呉れた其お蔭綾彦、お民を伴ひて 心イソイソ山坂を右に左に飛び越えつ 於与岐の里の豊彦が館に到りいろいろと 一伍一什を物語る紫姫の言霊に 豊彦夫婦は雀踊りしお玉を添へて玉照の 姫の命の貴の御子一も二もなく奉る 大願成就、大勝利長居は恐れ又御意の 変らぬ内に帰らむと丹州、お玉に送られて イヨイヨ聖地に来て見れば思ひかけぬは悦子姫 科戸の風の音彦や心いそいそ五十子姫 並ぶ五月の雛祭悠々然と構へ居る 此方の隅を眺むれば常に変つた常彦が むつかしい顔の紐を解き滝公、板公従へて 坐つて御座る勇ましさ剽軽者の加米彦が 主人の留守を幸ひになまくら、したる其酬ゐ 捻鉢巻に尻からげ庭を掃くやら采払ひ そこらバタバタ叩くやら戸口の外を眺むれば 蛙や蛇の巣窟となつた庭をば滝、板の 二人は忽ち頬かぶり汗をタラタラ流しつつ 狼狽へ騒ぐ草むしり蓬ケ原を掻き分けて 黄金花咲く今日の空黄金の峰に現はれし 木花姫の分霊咲耶の姫の再来と 仰ぐ玉照姫の神迎へ奉りて三五の 教を守る元津神国武彦の隠れます 世継王山の表口朝日輝く夕日照る これの聖地に永久に鎮まり居まして常闇の 天の岩戸を開きますミロクの御代の礎と 寿ぎまつる今日の空壬戌の閏五月 五日の宵の此仕組イツカは晴れて松の世の 栄を見るぞ目出度けれアヽ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と青彦は声も涼しく謡ひ終りぬ。十八バムの仮名に因みし松の神代の物語、松竹梅と祝ひ納むる。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) (昭和一〇・六・三王仁校正) |
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52 (1749) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 16 玉照彦 | 第一六章玉照彦〔六六一〕 来勿止神は、松姫、竹其他四人の男と共に機嫌よく湯を啜つて居る。 此処へ門番頭の勝は入り来り、 勝公『モシモシ神様、此間の奴が二人も新顔を連れ、都合四人やつて参りました』 来勿止神『アヽさうだらう、改心して謝罪つて居るだらうなア、大方谷丸、鬼丸、テルヂー、コロンボと云ふ人間だらう、早く此方へ案内をするが宜敷い』 勝公『承知致しました、併し松姫様にお詫がしたいと云うて居ます』 来勿止神『アヽさうかさうか、それなら尚更結構だ』 間もなく勝の案内に連れ、四人の男此場に現はれ怖さうに閾を跨たげて土間に平太り込み、頭を地につけて謝罪つて居る。 来勿止神『オヽお前は谷丸以下三人の男だなア、何うだ、神様の御神力には屈服したかな』 谷丸漸く首を上げ、 谷丸『イヤもう、重々御無礼を致しまして申訳も御座いませぬ、そちらに御座るは松姫様、何うで御座います、お体は痛みませぬか、つい心の中の悪魔に操られ、御無礼計り致しました。今日は四人連れ打ち揃ひ貴女のお跡を尋ね、お詫に参りました。重々の罪お赦し下さいませ』 と四人は一度に首を下げる。 松姫『イヽエ、何の何の、私こそ貴方等にお詫をせなくてはならないのです。貴方等のお蔭で結構な御神徳を頂きました』 来勿止神『皆様、其処は土間ぢや、冷えますから破屋なれど座敷へ上つて下さい』 谷丸『イエイエ何う致しまして畏多い、斯様な罪人が貴方様と同席が何うして出来ませう』 来勿止神『貴方はもはや罪より救はれたのだ、尊い神様の珍の御子だから、さう遠慮なさるに及ばぬ。遠慮は却つて神様に御無礼の基だから、私の云ふ通り素直にお上り下さい』 テルヂー『サア皆さま、折角のお志、上らせて頂きませう』 と一足跨げて先に上る。三人は、 コロンボ、谷丸、鬼丸『御免下さいませ』 と怖る怖る、座敷に上つた。竹は湯を汲んで四人に勧める。 谷丸『松姫様、貴女は是から玉照彦様をお迎ひにお出なさるのでせう』 松姫『エヽ』 谷丸『お隠しなさいますな、もはや吾々共は改心を致しました以上は、玉照彦様を奉迎したいなどと、左様な不都合な考へは持ちませぬ、ナア、一同さま』 テルヂー『左様で御座います、吾々も神様のお蔭に依つて左様な執着心は念頭からさらりと去りました。併し松姫様にお詫のため、高熊山の巌窟迄お伴致し、いろいろと能う限りの御用をさして頂き度う御座います』 来勿止神『皆々の赤心は良く分りましたが、此事は御助力を受けたとあつては松姫様のお手柄になりませぬ、松姫さまだけ御一人お出なさるが宜しからう、皆の人は此処に待つて居てお上げなさい、其間に種々と神様の結構なお話を交換致しませう』 一同は言葉を返す勇気もなく、承知の旨を答へ、松姫の無事の帰途を待つ事とした。松姫は心いそいそ勇み立ち、脚も何となく軽げに枯草蔽へる谷道を上り往く。前方より二人の男女、にこにこしながら出で来り、丁寧に会釈し、 神国守、国依姫『私は当山を守護致す、神国守、妾は国依姫で御座います。貴女は松姫さまぢや御座いませぬか』 松姫『仰せの通り、不束者で御座います、何分宜敷うお願ひ致します。玉照彦の神様は御機嫌麗しう在らせられますか、言照姫様は何うしておゐでなさいます』 神国守『ハイハイお二方共、御機嫌殊の外麗しく、今朝よりは特別の御機嫌で貴女のお出を大変に待つて居られるやうです。サア、私夫婦が御案内致しませう、随分茂つた嶮岨い山道で御座いますから、私がお手を把つて上げませう』 松姫『イエイエ何卒構うて下さいますな、神様に対して畏れ多い事で御座います。人様のお出遊ばす所へ私が往けない筈は御座いませぬ』 国依姫『左様なれば妾が先導を致しませう』 と夫婦は松姫を中にして静々と岩窟さして登り行く。 神国守『サア、此処が岩窟の入口で御座います、四十八の宝座の御前で御座います、一度礼拝致しまして、奥へ御案内する事にしませう』 松姫は嬉しさうにニタリと笑ひ、四十八の宝座を一々礼拝し、神国守夫婦に案内されて岩窟の奥深く忍び入る。 国依姫『此岩窟は上り下りが、所々に御座いますから、御用心なさいませ、十七八丁奥へ進みますと立派な岩窟のお館が築かれて御座います、此処が玉照彦様のお館』 松姫『有難う』 と簡単に礼を返し窟内の隧道を右に折れ左に曲り、上りつ下りつ漸く館の前に辿り着いた。館の前に一人の男が立ち現はれ松姫の到着を待つて居た。 松姫『ヤア、お前は熊公ぢやないか、何うして斯んな処へ来たのだい』 熊彦『ハイ、私は貴方が過日の夕間暮、お館を捨てて、御出奔なされたので、お跡を尋ね、お願ひ申して再び高城山の館へお帰りを願ひ度いと、取るものも取敢ず走り出でむとすれば、お節さまや竜若に無理に引き留られ、残念ながら肉体は館に残し、霊魂のみ貴方の行衛を尋ね、此処迄御案内を申して来たのです、堺峠に於て四人の奴に貴方がエライ目に遭はされなさつた時、私はどれだけ苦しんだか知れませぬ。貴女のお体に付纏ひ、私が代つて撲られました、御覧なさいませ、此通りまだ創傷が十分に癒つて居りませぬ』 松姫『アヽさうするとお前は肉の宮を館に残して置いて来たのだなア、跡は何うしなさつた』 熊彦『ハイ、肉の宮は千代彦と云ふ本守護神が守つて居ます』 松姫『アヽ、さうかな、それは御苦労だつた、早く帰つて下さい、もう大丈夫だから』 熊彦『もう暫くお伴さして下さい』 神国守『ヤア、さう聞くと貴方が或人の幽霊だな』 松姫『これは私の家に居りまする熊公と云ふ大変師匠思ひの男で、門番や受付をして居るので御座います、一心の誠が通つて霊魂が幽体を現じ、此処迄私を守つて来て呉れたのです』 国依姫『何と誠の強い、師匠思ひの方ですなア』 松姫は早くも何故か涙ぐんで居る。熊公の姿は煙の如く消えて仕舞つた。 忽然として館の戸は開かれ、中より言照姫の威厳に満ちた姿が現はれた。 言照姫『ヤア其方は松姫であつたか、妾は言照姫の命、様子あつて本名は今暫く名乗りませぬ、奥に寝ませらるる玉照彦様は遠き未来に於てミロク神政成就の神業に参加遊ばす尊き伊都能売之御霊、其方は大切に奉侍し、世継王山の麓に在す国武彦の命にお届けあれ、然らば其方は云ふに及ばず高姫、黒姫一派の、今迄瑞の御霊の大神に射向かひまつりし重大の罪を赦され、神界の御用に参加し、偉勲を建つる事を得む。神国守、国依姫は松姫と共に玉照彦の命を保護し奉り、綾の聖地に送らるべし』 と言葉終るや否や、言照姫の姿は忽然として消えて仕舞つた。松姫は畏み慎み、天の数歌を謡ひあげ、終つて言葉静かに、 松姫『妾は松姫と申すもの、唯今言照姫様の御命令を拝し、尊様をお迎へ申して綾の聖地に向ひます。何卒妾にこの尊き御用をお許し下さいませ』 と一心に祈願し終るや、玉照彦の命は立ち上り、小さき身体を揺りながら、松姫の膝に嬉しげに上らせられた。松姫は恭しく懐中に抱き奉り、神国守夫婦に守られ、漸く岩窟を立ち出て、再び宝座を伏し拝み、来勿止神の庵に漸く帰りついた。 来勿止神を始め、勝、竹、六、初、其他の門番及び谷丸、鬼丸、テルヂー、コロンボは門の内面に整列して奉迎しつつあつた。松姫は神国守夫婦を伴ひ、静々と目礼しながら門を出づれば豈図らむや、数多の白衣を着せる神人幾百人ともなく、道の左右に整列し、英子姫、悦子姫、亀彦、常彦、若彦、紫姫、其他三五教、ウラナイ教の宣伝使の肉体及び幽体相交はり、恭しく奉迎して居る。何処ともなく微妙の音楽四方に起り松姫は思はず足も進み出で、何時の間にか、世継王山麓の悦子姫の庵に着き居たり。茲に玉照彦、玉照姫の神人は二柱相並び給ひ、日に夜に神徳現はれ、昼夜の区別なく瑞雲棚引き渡り、ウラナイ教の高姫、黒姫其他も嬉々として集まり来たり、ミロク神政の基礎を固むる事となりにける。 (大正一一・五・九旧四・一三加藤明子録) (昭和一〇・六・四於透明殿王仁校正) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 17 言霊車 | 第一七章言霊車〔六六二〕 仰げば遠し其昔広大無辺の大宇宙 天地未だ定まらず陰陽未分の其時に 葦芽の如萠えあがり黄芽を含む一物は 忽ち化して神となるこれぞ天地の太元の 大国常立尊なり其御霊より別れたる 天地の祖と現れませる国治立の大神は 豊国主の姫神と力を協せ御心を 一つになして美はしき世界を造り玉ひつつ 七十五声の言霊をうみ出でまして千万の 身魂を造り国を生み青人草や山河を 𪫧怜に委曲に生み終へて神伊邪諾の大神や 神伊邪冊の大神に天の瓊矛を賜ひつつ 修理固成の大神業依さし給へる折柄に 現はれませる素盞嗚の神の尊は畏くも 大海原を治しめし国治立の大神や 豊国主の姫神の大御心を心とし 千々に御胸を砕かせつ千座の置戸を負ひ給ひ 八洲の国を治めむと心を配らせ給へども 天足の彦や胞場姫の醜の身魂に成り出でし 怪しき霊伊凝り居て八岐大蛇や醜狐 醜女探女や曲鬼の荒ぶる御代と成り果てて 体主霊従の雲蔽ひ世は常暗となり果てぬ 日の神国を治食しめす天照します大神は 此状態を畏みて岩屋戸深く差しこもり 戦き隠れ玉ひしゆ百の神たち驚きて 安の河原に神集ひ議り玉ひし其結果 神素盞嗚の大神を天地四方の神人の 百千万の罪科の贖罪主と定めまし 高天原を神追ひ追ひ玉へば素盞嗚の 神は是非なく久方の尊き位を振り棄てて 大海原に漂へる島の八十島百国の 山の尾の上の曲神を言向け和し麗しき 五六七の神代を始めむと百の悩みを忍びつつ 八洲の国を遠近と漂浪ひ給ふぞ尊けれ ○ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は転倒るとも天津神達国津神 百の神々百人を誠一つの言霊の 稜威の剣を抜き持ちて天地にさやる曲津神 八岐大蛇を言向けて此世の災禍払はむと 大和心の雄心を振起しつつ進み行く 神素盞嗚の大神はすべての罪を差し赦す 三五教を守りつつ心も広き神直日 大直日にと見直しつ肉の宮より現れませる 八の柱の姫御子に苦しき神命を下しつつ 斎苑の館に身を忍び日の出神や木の花の 姫の命と諸共に恵の露を天が下 四方の国々隈もなく注がせ玉ふ有難さ 埴安彦や埴安姫の神の命と現はれし 国治立や豊国の姫の命の分霊 黄金山下に現はれて暗き此世を照さむと 八千八声の時鳥血を吐く思ひの苦みを 永の年月重ねつつ五六七神政の礎を 常磐堅磐に固めまし豊葦原の瑞穂国 秋津の洲や筑紫島常世の国や高砂の 島にそれぞれ神司国魂神を定めつつ 天の岩戸もやうやうに開き初めて英子姫 教の花も悦子姫空に棚引く紫の 姫の命の現はれて自転倒島の中心地 錦の御機織りなせる四尾の峰の山麓に 幽玄微妙の神界の経と緯との経綸を うまらに委曲に固めつつ薫りゆかしき梅が香の 一度に開く御経綸松は千歳の色深く 心の色も丹波の綾の聖地に玉照彦の 神の命や玉照姫の神の命の二柱 時節を待ちて厳御霊瑞の御霊のいと清く 濁り果てたる天地の汚れを流す和知の川 並木の松の立並ぶ川辺に建てる松雲閣 奥の一間に横臥して五六七神政の神界の 尊き経緯を物語るアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 見渡す限り紺青のみ空に清く玉照彦の 神の命や玉照姫の神の命の現はれて 弥勒の御代に伊都能売の神の御霊の神業を 開始し玉ふ物語三五教を守ります 神素盞嗚の大神の仁慈無限の真心に 流石の曲霊も感銘し心の底より悔悟して ウラナイ教の神司本つ教に帰順せし 聞くも芽出度き高姫や高山彦や黒姫の 罪や穢れを贖ひし松の心の松姫が 高熊山の山麓に心の岩戸を開きつつ 最早悪魔も来勿止の神に魂をば鍛へられ 御稜威も高き高熊の岩窟の中に駆入りて 貴の御子をば奉迎し天が下をば平らけく いと安らけく治め行く神の仕組に参加せし 誠心は三千歳の花咲きいでて今茲に 五六七の神代の開け口松竹梅の宣伝使 月雪花を始めとし教を開く八島主 言依別の言霊に敵と味方の差別なく 誠一つの大本を世界に照す糸口を 手繰りて述ぶる物語筆執る人は松村氏松村 無尽意菩薩の山上氏頭も照す身も照す山上 月照彦の肉の宮言霊開く観自在 三十三相また四相妙音菩薩の神力を 愈現はす十九の巻永き春日に照されて 物語るこそ楽しけれ。 ○ 四方に塞がる雲霧を神の御水火に吹き払ひ 心も清く身も清く青き御空を五六七殿 本宮山の新緑は大本教の隆盛を 衣の色に現はして行手を祝ぐ如くなり 眼下に漂ふ金銀の波に浮べる大八洲 天の岩戸の其上に大宮柱太しりて 千木勝男木も弥高く朝日に輝く金光は 神の御稜威の十曜の紋冠島沓島や六合大の 常磐木茂る浮島は擬ふ方なき五大洲 言霊閣は雲表に黄金の冠戴きつ 聳えて下界を打まもる教御祖を斎りたる 甍輝く教祖殿金竜殿や教主殿 木々の梢も青々と春風そよぐ神の苑 水に浮べる錦水亭地水に輝く瑞月が 尽くる事なく物語る瑞の御霊の開け口 神の力も厳御霊五十鈴の滝の鼕々と 際涯も知らぬ神の代の奇しき尊き物語 高天原と鳴り亘る言霊閣のいや高に 声も涼しき神の風常磐堅磐に吹き送り 醜の草木を靡かせて世人の胸に塞がれる 雲を晴らして永久の花咲く春の神国に 導き救ふぞ雄々しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 月日並びて治まれる聖の御代の二十余り 五つの年の睦の月寒風荒ぶ真夜中に 本宮新宮坪の内遠き神代の昔より 貴の聖地と聞えたる竜門館の神屋敷に 現はれ給ひし艮の皇大神は三千歳の こらへ忍びの松の花手折る人なき賤の家に 住まはせ玉ふ未亡人出口直子の肉宮に 電の如懸りまし宣らせ給へる言霊は 三千世界の梅の花一度に開く時来り 須弥仙山に腰をかけ曲津の猛ぶ世の中を 神の御水火に言向けてミロクの御代を開かむと 厳の雄健び踏みたけび厳のころびを起しつつ 神の出口の口開き大本教の礎を 固め給ひし雄々しさよ賤が伏家の賤の女は 神の御声に目をさまし黒白も分ぬ暗の夜を 光眩き旭子の日の出の神代に還さむと 朝な夕なに命毛の御筆を執りて神言を 心一つに記しつつ二十七年が其間 唯一日の如くにて仕へ玉ひし言の葉は 国常立の大神の貴の御声と尊みて 集まり来る諸人は遠き近きの隔てなく 貴賤老幼おしなべて聖地をさして寄り来る 神の御稜威の赫灼に日々に栄えて大本は 朝日の豊栄昇るごと四方の国々照らし行く 変性男子と現れて錦の機の経糸を 仕組みて茲に七年の月日を重ねて待ち給ふ 時しもあれや三十余り一つの年の秋の頃 変性女子の生御魂神の教を蒙りて 穴太の郷を後にして変性男子の住所をば 訪ねし事の縁となり愈茲に緯糸の 機織姫と現はれて襷十字に掛巻も 畏き神の御教を稜威の仕組の新聞紙に 写して開く神霊界金言玉詞の神勅を 心も狭き智慧浅きパリサイ人が誤解して あらぬ言挙げなしければ清けき神の御教も 漸く雲に包まれて高天原の空暗く 黒白も分かぬ人心瑞の御霊は悲しみて 此雲霧を払はむと心痛むる折柄に 忽ち轟く雷の雲の上より落ち来り 身動きならぬ籠の鳥忠と囀る群雀 漸く声をひそめける瑞の御霊の神言もて パリサイ人や世の人を尊き神の御教に 眼を覚まさせ助けむと心を定めて病労の 身もたなしらに述べ立つる尊き神の御心 筆に写して松の世の栄えの本の物語 臥竜如来と現はれて松雲閣に横たはり 落葉を探す佐賀伊佐男(佐賀伊佐男)垢を清むる温泉の 湯浅清高両人を(湯浅清高)金剛童子や勢多迦の 二人の役になぞらへて倒れかかりし神柱 立直さむと真心の限りを尽し身を尽し 世人の覚醒を松村や外山豊二氏加藤明子(外山豊二) 藤津久子の筆の補助神代の巻の前宇城(加藤明子) 口に任せて信五郎なみなみならぬ並松の(藤津久子) 流れも深き物語空吹く風の颯々と(宇城信五郎) 心いそいそ言霊の車に乗りて勇み行く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ (大正一一・五・一〇旧四・一四松村真澄録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 04 六六六 | 第四章六六六〔六六六〕 鬼も十八、番茶も出花、蛇も廿なる巻物語、六六六の節に当つて少しく季節は早けれど、蚊蜻蛉然たる細長き、加藤如来に筆執らせ、横に臥しつつ瑞月が、古今を混同したる夢物語、ハートに浪もウツ山の、里に割拠せし、バラモン教の宣伝使、言霊濁るども彦が、天の真浦の言霊に、当りて逃出す一条、天井の棧を読みながら、布団を尻に敷島の煙と共に雲煙朦朧、捉まへ所のなき泣き述ぶるドモ彦物語、嗚呼惟神々々、辷る言霊口車、いやいやながら乗つて行く。 田吾作は鍬を杖につき、煮染めたやうな垢ついた手拭で頬被りをし乍ら、留公の側にツと寄り添ひ、石原を石油の空缶でも引ずり廻したやうなガラガラ声を振り上げて、お交際的に支離滅裂なる友彦征服歌を謡ひ始めたり。 田吾作『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 宇都山村の里人は朝な夕なに鍬担げ 婆も娘も野良仕事いそしみ励む其中へ どこから降つて出て来たか規律を乱すバラモンの 偽善一途の神柱おん友彦がやつて来て イの一番に留公を言向け和し次ぎにお春の若後家が 現を抜かした其日より二十余軒の里人は 野良の仕事も打忘れ朝から晩までバラモンの 訳も分らぬ経を読み随喜の涙流しつつ 今年で恰度満三年田畑は毎年荒れて行く こんな事ではどうなろと道に迷うた里人に ド偏屈よと笑はれつ麦を蒔つけ豆を植ゑ 芋の赤子を朝夕に肥料を与へて育みつ 其成人を楽みに朝から晩まで汗をかき 作る畑へ留公が三五教の守彦の 生言霊に怖ぢ恐れ野路を外して我畑に 踏み込み赤子を無残にも躙り殺してしもた故 俺もチツとは腹が立ち留公が宅へやつて来て 強談判と出て見れば留公の奴の言ひ草が どしても俺の腑に落ちぬ女国有の説もある 此世の中に芋にせよ赤子を踏まれて堪らうか 旧の通りにしてかやせバラモン教の御教は 天の恵を無残にも損ひ破つて良いものか 返答聞かむと詰め寄れば此留公は面をあげ 頻りに冷笑浮かべつつサンガー夫人がやつて来て 産児の制限までもする八釜し説を吐く時に 芋の赤子の二十三十潰してやるのは国の為 世人の為ぢやと逆理屈流石の俺も堪り兼ね 携へ持つた鍬の先留公の頭を的として 骨も砕けと打下ろす忽ち留公身をかはし 逃げる機みに三五の神の教の宣伝使 守彦さまが足の指思ひがけなく切り落し ビツクリ仰天地に這うて無礼を謝すれば守彦の 仁慈無限の真人は顔に笑をば湛へつつ 罪を赦して下さつたあゝ有難し有難し バラモン教の友彦が指であつたら何とせう 摺つた揉んだと苛められ忽ち衣を剥ぎ取られ 鳥もとまらぬ茨畔剣の橋や火渡りや 水底潜り荒行を五日十日と強ひられて 生命の程も計られぬ之を思へば三五の 神の教の尊さが心の底に浸み込んで 喜び勇んで入信の手続き終へた田吾作は 最早バラモン教でないサア友彦よ友彦よ 最早汝が運の尽き一日も早く改心の 実を示すかさもなくば大江の山の鬼雲彦が 館を指して帰り行けお前の様な悪神が 鳥なき里の蝙蝠と羽振りを利かしたシーズンは 昔の夢となつたぞよ田吾作ぢやとて馬鹿にすな 俺も天地の分霊仮令養子の身なりとて 家を嗣いだら主人ぢやぞ貴様は口に蜜含み 尻に剣持つ土蜂の女房子供に至るまで うまく騙してくれた故村中の内輪ゴテゴテと 宗旨争ひ絶間なくイカイ迷惑かけよつた さはさり乍ら今となり理屈を言ふは野暮なれど 腹の虫奴がをさまらぬ一日も早く兜脱ぎ 鉾逆様に旗捲いて降参するなら田吾作が 日頃の恨み解けようが何時まで渋とう威張るなら 堪忍袋の緒を切つて蛙飛ばしの蚯蚓切り どん百姓と云はれたる此田吾作が承知せぬ 返答聞かせ早聞かせ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ宣り直せよと皇神の 尊き教は聞きつれど何うしてこれが忘られよか 俺等一人の難儀でない宇都山村は云ふも更 ひいて世界の大難儀今の間に悪神の 根を断ち切つて葉を枯らし昔の元の秘密郷 宇都山村を立直し武志の宮の御前に お礼参りをせにやならぬさあ友彦よ友彦よ 早く改心致さぬか朝な夕なに清新の 同じ空気を吸うた俺お前の難儀を目のあたり 見逃す訳にも行きませぬ三五教の宣伝使 天の真浦が言霊を発射なさらぬ其間に 早く去就を決せよやお前の行末案じての 我忠告を馬鹿にして聞いてくれねば止むを得ず 神の御心に任すよりもはや仕方がない程に あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 道に迷ひし友彦が心を照らさせ給へかし 御魂を研かせ給へかしあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と揺ひ終つて、頬被をはづし、顔の汗を拭ひ鍬を担げて表へ飛び出した。友彦は閻魔大王が年末の会計検査をするやうな面構へで、口をへの字に結び、ビリビリと地震の神の神憑りをやつて居る。 真浦『天地を造り固めたる国治立の大神の 大御神命を畏みて豊国姫の分霊 ミロクの御代に大八洲彦神の命や大足彦の 教を開く宣伝使開くる御代も弘子彦の 神の命の生御霊宇宙万有統べ守る 七十五声の神の教言霊別の伊都能売の 神は尊き神界の大経綸を果さむと 天教山に現れませる木花姫や烏羽玉の 闇世を晴らす日の神の霊より現れし日の出神 神素盞嗚大神の瑞の御霊と諸共に 珍の聖地のヱルサレムコーカス山やウブスナの 御山続きの斎苑の山エデンの園を始めとし 自転倒島の中心地桶伏山の山麓に 大宮柱太しりて仕へ奉りし神の宮 伊都の仕組も三千歳の花咲く春に相生の 玉照彦や玉照姫の珍の命と現はれて 埴安彦の開きたる三五教を立直し 瑞の御霊に反抗ひしウラナイ教の神司 高姫黒姫松姫が心の底より悔悟して 神の御伴に馳参じ教を四方に伝へ行く 言霊天地に鳴り渡り太平洋を控へたる 大台ケ原の山麓に産声揚げし守彦が 霊夢に感じて杣人の業務棄てて照妙の 綾の高天に馳登り百日百夜の行を終へ 言依別の大神に差許されし宣伝使 雪踏み分けて人の尾の山の麓に来て見れば 忽ち雪の槍ぶすま進みもならず退くも 心に任せぬ雪の宵忽ち聞ゆる足音に 何物ならむと佇めば限り知られぬ黒影は 人か獣か曲神か但しは敵の襲来かと 雪に埋もり窺へば幽かに瞬く火の光 力の綱と近寄れば半ば破れし門の戸を サツと開いて出来る雲突く許りの荒男 お這入りなされと親切に顔に似気なき御挨拶 薄き氷を踏む心地進退ここに谷まりて 神のまにまに入り見れば又もや一人の荒男 囲炉裏の側に安坐かき厭らし眼付で睨めまはす あゝ山賊の棲み家かと怪しむ折しも向ふより 名乗り出でたる三五の神の教の宣伝使 秋彦駒彦両人と判つた時の嬉しさは 常世の春に会ふ心地明くるを待ちて三人は 人の尾峠の雪をふみこけつ転びつ浮木の里 武志の宮の御前に到りて祝詞を奏上し 暫し休らふ時もあれ杖を力に登り来る 白髪異様の老人は武志の宮の神司 松鷹彦の神参詣翁の後に従ひて 五尺有余も積りたる雪に半身没しつつ 見上ぐる許りの断崖にかかる折しも秋彦や 心のはやる駒彦が油断を見すまし我体 力限りに突きつれば空中滑走の離れ業 雪積む崖下に着陸し神の試錬と喜びて 感謝祈願をこらす折秋彦駒彦両人は 口を揃へて語るやう人の尾峠の山麓で 六十五点与へたり又もや此処に我々が 検定委員と現はれて汝が身魂試験せり いよいよ立派な宣伝使三十五点を与ふれば 天下晴れての神使御祝ひ申すと言ひ乍ら 姿は消えて白雪の足音さへもかくれ行く 鵞毛と降り来る白雪を冒して川辺の一つ家に 辿りて見ればこは如何に松鷹彦の老夫婦 囲炉裏の前に端坐して渋茶を啜る真最中 居ること此処に三四日翁は川に網を持ち 小魚を掬ひ守彦に饗応せむと出でて行く 忽ちバサンと水煙り驚き駆け付け救はむと 到りて見れば老人は川辺の柳に取り付いて ニコニコ笑ひ上り来る我れは忽ち駆せ帰り 不言実行の着替へ持ち再び川辺に駆せ付けて 翁に渡し濡れ衣絞りて伏屋に立帰る 老人夫婦は喜びて朝な夕なに神の教 問ひつ問はれつ語り合ひ雪積む春を明けの春 梅さへ散りて麦の穂の筆を含みし弥生空 バラモン教の友彦が使と称して入り来る 留公始め五人連れ門の戸口に顔を出し 爺さん婆さんに打ち向ひ何かヒソビソ語り合ふ 様子怪しと戸の破れ垣間見れば五人連 形勢不穏と見えしより始めて開く言霊の 車を押せば忽ちに踵を返して逃げて行く あゝ惟神々々御霊の幸を目のあたり 眺めて神の大御稜威うまらに委曲に讃へつつ そつと此家を脱け出でて豆麦茂る田圃路 進み来れる折柄に先に来りし留公が 一人の男と何事か芋の畑にいがみ合ふ おつとり鍬を振あげて芋の畑の赤ん坊を 踏んだ踏まぬと心まで捩鉢巻の大喧嘩 仲裁せむと立ち寄りて折を伺ふ一刹那 力限りに田吾作が打下したる鍬の尖 留公ヒラリと身をかはし勢余つて吾足に 力限りにかぶりつき小指を一本喰ひちぎる 周章ふためき手を延ばし親と頼みし小指をば ついで直せば裏表それより忽ち田吾作は 留公さんと手を握り平和談判締結し 目出度く進み来て見れば神の教の友彦が 悠々然と構へつつ天地に響く宣伝歌 耳をすまして聞くからにどことはなしに善悪の 差別も分かぬ言霊戦善悪正邪の判断に 苦み佇む時もあれ留公さんが進み出で 俺の腕には骨がある早返答と詰めかくる 其スタイルの可笑しさに済まぬ事とは知り乍ら 思はず知らず噴き出だす続いて進む田吾作が 心をこめた宣伝歌何れ劣らぬ花紅葉 実りはせねど紅葉の上に閃くプロペラの 右と左に別れたる支離滅裂の大虚空 空翔つ様な宣り言にバラモン教の宣伝使 神の教の友彦が不意を喰つた怪訝顔 館をめぐる陥穽これぞ金城鉄壁と 頼みし甲斐も荒男の子二人の男と友彦の 仲には深い陥穽の近寄り難い深溝が 忽ち茲に穿たれたあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして皇大神の御恵みの 深き尊き事の由友彦司の胸の奥 早く照らさせ玉へかし月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも天の真浦が真心は 救ひまつらにや置くべきか元は天地の分霊 三五教もバラモンも仕ふる人は神の御子 一日も早く御心を直させ玉へ神司 天の真浦が真心を茲に披陳し奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終るや友彦は此声に驚いてか、忽ち裏門より韋駄天走りに駆出し、川にザンブと飛び込み、対岸指して流れ渡りに打渡り老木の茂みに姿を没したり。桜を散らす山嵐、川の面を撫でて、魚鱗の波を描いて居る。茲に真浦は留公、田吾作を始め、数多の里人に歓迎され、武志の宮に寄り集ひて、一同感謝祈願を奏上し、次いで暫く松鷹彦が茅屋に足を留むる事となりける。 ○ 四方の山辺は新緑の衣着飾る初夏の風 釈迦の生れた卯の月の空晴れ渡る後の夜の 寒さに震ふ月の下窓引あけて眺むれば 新井すました如衣宝珠頂き照らす山の上新井如衣 郁太の山の高し郎に光も強く照り渡る山上郁太郎 和知の流れは淙々と波音高く自から 天津祝詞を奏上し山川草木一時に 天地自然のダンスをば春の名残と舞ひ暮す 山と山との谷村に真の友の寄り合ひて谷村真友 二十の巻の物語六六六の節までやうやうに 述べつ記して北村の筆の剣も隆光る北村隆光 出口の王仁が口車横に押すのを松村氏出口王仁三郎 心も真澄の大御空外山の頂き晴れ渡る松村真澄 豊かな春二教子が六六夜も寝ねもせで外山豊二 六六六の物語加藤結んだ松の心加藤明子 一度に開く梅が香の香りゆかしく説き明かす 時しもあれや汽車の音本宮山の麓をば 矢を射る如く辷り行く一潟千里の勢に 火車の車は走れども余り日永に草臥れて 辷りあぐみし口車いよいよここに留めおく あゝ惟神々々御霊幸はひ玉へかし。 (大正一一・五・一二旧四・一六加藤明子録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 07 再生の歓 | 第七章再生の歓〔六六九〕 松鷹彦はあかざの杖をつき、田吾作、お春の慌てて駆出した跡を気遣ひ、覚束ない足つきにて二人に留守を托しながら出て往つて仕舞つた。後には夫婦連れ、何れも喜びと驚きの涙に暮れて居る。 お勝『モシ宗彦さま、何卒私に暇を下さいませぬか』 宗彦『そりやお前、本当に欲しいのか』 お勝『何しに心にもない事を云ひませう、一寸感じた事が御座いますから、何卒今日限り縁を切つて下さい』 宗彦『ハハ分つた、お前は、私の父親は、もつと立派なものと思うて居たのだらう、あの爺さまが、私の親と云ふ事が分つたので俄に嫌になつたのだな』 お勝『イエイエどうしてどうして、嫌になりますものか、層一層懐しうなつて来ました』 宗彦『そんなら尚更の事、夫婦睦まじく暮して呉れたらどうだ。俺も折角お父さまに遇うて喜ぶ間もなく、女の方から暇を貰つてどうして親に合す顔があらうか、昨日迄なら止むを得ざれば切つてもやるが、今となつてそんな事が出来るものか、俺の心も些とは察して呉れたらどうだ』 お勝『それはさうで御座いますが、これには云ふに云はれぬ仔細があつて』 宗彦『遠慮会釈もない夫婦の仲、云はれぬ秘密があらう筈はない、サアその秘密を聞かして呉れ』 お勝『其秘密を申し上げたら貴方は吃驚をきつとなさいませう、是許りは死んでも申し上げられませぬ』 宗彦『ハヽア、さうするとお前は田吾作さまと、なんか俺に内証で契約でもしたのだらう、田吾作とお前の視線がどうも怪しかつた』 お勝『何と云ふ情ない事を仰しやるのですか、私の腹を切つてでも見せて上げたい、何れ死なねばならぬ罪の重いこの体』 と云ふより早く懐の懐剣を取り出し、帷子の薄衣の上からグサリと突き立てようとした。宗彦は驚いてぐつと其手を握り、 宗彦『待て待て』 お勝『イエイエ何うぞ留めて下さいますな、潔く死なして下さいませ、腹を切つて臨終の際に一言申し上げて、神様や貴方にお詫を申し上げます』 宗彦『生死を共にしようと云つて、山野河海を見窄らしい巡礼姿となり下がり、手に手を把つて此処迄互に父母の後を慕ひ来たのではないか、お前は大方私が親子の対面をしたので恨めしうなつたのだらう、イヤ失望落胆したのであらう、きつと遇ふ時節が来るから短気を起して呉れな、夫が妻に手をついて、サア此通りだ』 と片手にお勝の腕を握り、片手を目の前に突きつけて、涙と共にお勝を拝む。 お勝『アヽ勿体ない、そこ迄思うて下さるなれば死ぬのは止めませう、安心して下さいませ、その代り只今限り無条件でお暇を願ひたう御座います』 宗彦『暇をやらねば死ぬと云ふなり、暇をやれば親父に心配をかけるなり、嗚呼恩と恋との締木にかかつて、こんな苦い事が世にあらうか。これお勝、何卒暫くでいいから夫婦になつて居てくれ、又時をみてお前の望み通り、離縁をするから』 お勝『それが待たれるやうな事なれば、なぜ私がお願ひ致しませう、女房が夫に対し離縁を申込むなぞと云ふやうな、不合理な事が何処に御座いませう。貴方は嘸々不貞腐れの女だと思召すでせうが、私の胸の中は千万無量、焼鏝を当てるやうで御座います』 宗彦『アヽ何うしたら此苦みを逃れる事が出来ようかなア、暇をくれと云へば云ふ程心の中の恋と云ふ曲者が躍り出し、俺の体も焦熱地獄に陥ちたやうだ』 と太き息をつく。夫婦の間に得も云はれぬ悲惨な雲の幕が下りた。斯かる所へ松鷹彦はいそいそと帰り来り、 松鷹彦『ヤア宗彦、お勝、お前は泣いて居るのか、こんな目出度い時に夫婦が揃うて泣くと云ふ事があるものか、泣きたければ又夜中に悠くりと泣いて満足するがよい、今其処へ村の衆が出て御座るから、サアサア早う機嫌直して呉れ』 宗彦『お父さま、余り嬉しうて嬉し涙が溢れたのです、御心配下さいますな』 松鷹彦『アヽ、さうだらうさうだらう無理も無い、併しお勝も泣いて居たやうだ、目を腫らして居るぢやないか、これこれお勝、見つともない、泣いて呉れな』 と留めながら松鷹彦は自分も泣き出した。 宗彦『お父さま、申上げ悪い事ですが、女房が只今より暇が欲しいと云ふのです、それで実は二人が談判して居つたのです』 松鷹彦『若い者と云ふものは仕方がないものだな、私も覚えがある。天下御免だから犬も喰はぬ喧嘩を精出してやつて呉れ』 後は嬉し涙をしやくり上げる。 斯る所へ、天の真浦の宣伝使を始め、田吾作、留公、お春は四五の里人と共に、スタスタとやつて来た。 田吾作『モシモシ、お爺さま、お喜びなさいませ、真浦の宣伝使は確に左の腋の下に梅の紋が鮮かに現はれて居ります。屹度最前仰有つた、貴方の御長男松さまに間違ひありません。ナア真浦さま、さうでせう』 真浦『ハイ』 と云つたきり、何となく心落ち着かぬ返事をして居る。 松鷹彦『モシモシ真浦さま、失礼な事をお尋ね致しますが、あなたのお国は何所で御座いましたか』 真浦『ハイ、私は紀の国熊野の生れで御座います』 松鷹彦『お父さま、お母さまはお達者にして御座るでせうな』 真浦『イエ父も母も行方不明となり、三人の兄妹も何うなつたか、何分小さい時に分れたのものですから顔も知らず、全然世の中に親族も何もない一人ぼつちです。私の力とするのは唯もう仁慈無限の神様許り、度々夢を見ますが、私の父はどうも貴方に良く似て居るやうに思ひます。併しこれは夢の事ですから、あてにはなりませぬ。何卒お心にさへて下さいますな』 松鷹彦『お前さま左の腋に梅の花の痣があると云ふ事ぢやが、それは真実ですか、真実なら一寸見せて下さい。私の子供には兄弟とも兄は左に弟は右に、不思議な事には梅の紋の痣がついて居る、何でも是は神様の生れ変りと聞いて居る。一人の娘には臍の上に三角星のやうな黒子があつた』 真浦『是は妙な事を承はります、サア何うぞお調べ下さいませ』 と肌を脱ぐ。松鷹彦は眼を光らし、つくづくと眺めて、 松鷹彦『マヽ擬ふ方なき私の忰であつた。有難い有難い、これと云ふのも神様のお引き合せ、婆が生て居たらどれだけ喜ぶであらうに、可憐さうな事をした。婆と明け暮れ三人の子供の事を思ひ出しては泣き、云ひ出しては泣き、可憐さうに泣いて泣いて泣き暮し、終には自暴自棄になつて、河の魚を漁り、殺生ばかりして悶々の情を慰めて居た。アーア可憐さうだつた』 と流石妻を思ふ愛情の雲に包まれて其場に力なく泣き沈む。 田吾作『こんな目出度い時に何をベソベソ泣くのだ。男と云ふものは涙を目から外へ落すのは大変な恥だ、潔うなさいませ。歌でも謡つて祝ひの酒でも飲んで機嫌ようするのだなア、私も何だか陰気になつて来た。サア一つ歌つて見ようかな、ぢやと云うて酒も呑まずに何だか拍子抜がしたやうだ。お弓の奴、酒を買うて持つて往くと云ひながら、何をして居るのだらう。又爺といちやついて居るのだなからうかなア』 と態と潔う喋り立てる。留公は、 留公『モシモシ、真浦の宣伝使さま、何を俯向いて居るのだ。早くお父さまに久し振りの御対面の御挨拶をなさらぬか、何だか目出度い事だと思うて来たのに薩張座が湿つて仕舞ひ、五月雨の空のやうだ。ヤアお弓さんが酒を持つて来た。オイ田吾作、お前は酒好きだから、早く飲んで一つ踊つて此場の空気を一洗してくれ、俺は御馳走の用意にかかるから、追々村の者が出て来る時分ぢやから愚図々々しては居られぬぞや』 と足早に炊事場指して走り行く。 田吾作はお弓の持つて来た酒をグイと引つ手繰り、其儘口にあてて法螺貝飲みを始めて居る。松鷹彦、真浦、宗彦、お勝の四人は喜びと悲しさの雲に包まれ、黙念として傾首れて居る。田吾作は酒の機嫌で謡ひ出した。 田吾作『とうとうたらりやとうたらりたらりやたらりやとうたらり 天下泰平国土成就神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ身の過ちは宣り直す 三五教の神の道神の御稜威のいや高き 武志の宮の御前に親子夫婦の邂逅 三千世界の梅の花左の腕は厳御霊 右りの腕は瑞御霊厳と瑞との神の子が 弥此処に現はれて三五の月の御教を 四方に広むる常磐木の松鷹彦のお喜び 臍下丹田のその上に瑞の御霊の印ある 黒子の出来たお勝さま私ばかりは知つて居る さはさりながら皆の人必ず怪しみ給ふなよ わしとお勝さんの其仲は汚れた事は露もない 宇都の河原にお勝さま御禊せられた其時に 横から一寸見て置いた松鷹彦の先刻の 御物語を伺へばこれぞてつきり御兄妹 松竹梅の三人が弥揃うた神の前 皆さま喜びなさいませこんな目出度い事はない 仮令天地は変るとも親子の縁は変りやせぬ 親子は一世夫婦二世切るに切られぬ親と子が 長い間の生き別れ此処で遇うたは優曇華の 花咲く春の梅の花開いて散るな実を結べ 七重に八重に九重に十重に廿重に咲き匂ふ 神の教の瑞祥ぞアヽ惟神々々 御霊幸倍ましまして知らず知らずに犯したる 宗彦夫婦が身の罪を三五教の大御神 直日に見直しましまして罪も汚れもあら川の 淵瀬に流して清めませアヽ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と剽軽な男に似ず、今日に限つて真面目に謡ひ、真面目に舞うて見せた。この言霊に白けかかつた一座は俄に陽気だち、何れも顔色変へて春風に桜の綻ぶ如き笑顔を見せたり。 宗彦『アヽお勝、お前は合点の行かぬ事を俄に云うと思つて居たが、アヽ妹であつたか。なぜ遠慮をするのだ、素より兄妹と知つて天則を犯したのでもなし、知らず識らずの反則であるから神様も赦して下さるだらう。何うぞ心配してくれな、併し兄妹と分つた以上は、お前の望み通り暇を上げませう』 松鷹彦、真浦は打驚き、夢か現か、親か子か兄妹かと、目と目を見合し、呆れて言葉も泣く許り。天の真浦は立ち上り、 真浦『天と地との其中に生れ来りし人草の 中にも別けて我が親子運命の神に操られ 親子は四方に離散して行方も知らぬ旅の空 親は我子の行先を尋ねて風雨に身を曝らし 慈愛の涙そそぎつつ山河渡り荒野越え 我等が跡を老の身の憂を忘れてあちこちと 彷徨ひませる親心山より高く海よりも 深き尊き御恵み我等三人の兄妹は 親に離れし雛鳥の寄る辺渚の捨小舟 流れ漂ひあちこちと情なき人に虐まれ 百の艱みを凌ぎつつ我垂乳根の行先を 朝な夕なに当もなく探りし事の悲しさよ 天地に神のますならば悲しき我等がこの思ひ 晴らさせ給ひて片時も早く遇はさせ給へやと 神に祈りをかけまくも畏き御稜威幸はひて 思ひもかけぬ親と子が今日の対面何として 天地の神に礼代の言霊さへもなくばかり アヽ惟神々々御霊の幸を賜はりし 恵も深き三五の道を守らす大御神 神素盞嗚大神の瑞の光に照らされて 月満つ今日の邂逅父は此世にましませど 母は早くも娑婆世界後に見捨てて去りましぬ さはさりながら吾のみは恋しき母と知らずして お目にかかりし嬉しさよ此世に母のましまさば 如何に喜び給ふらむ嗚呼父上よ弟よ 日頃尋ねし妹よいざ是れよりは大神の 真の道に服従ひて生命の限り身の極み 誠一つの言霊に悪魔の猛ぶ現世を 洗ひ清めて母上の御心慰め奉り 父の誉を万代に伝へむものと励みませ 淵瀬と変る人の世は明日をも知らぬ身の上ぞ 嬉しき春に廻り遭ひ互に顔をみたり連れ 一度に開く梅の花三千世界の名を負ひし 三角星座の印ある名さへ目出度き梅子姫 常磐堅磐にいつ迄も松竹梅の勇ましく 生き長らへて吾が父に能ふ限りの孝養を 尽くすも嬉し兄妹の今日の喜び月照の ミロクの神の御前に喜び感謝し奉る アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と謡ひ終つて座についた。 村中の老若男女は残らず空家にして此場に馳集まり、飲めよ謡へよの大祝ひに夜を明かした。 天の真浦は永く武志の宮に留まりて父に孝養を尽し、お春を女房に持ち、父の後を継ぐ事となつた。お勝は留公の媒酌にて田吾作の妻となり、夫婦仲よく一生涯を送り、子孫繁栄して裕な身となつた。 宗彦及び田吾作の二人はこれより聖地に上り、言依別命に謁し、三五教の教理を体得し、自転倒島を始め、世界到る所に足跡を印し神業に参加し、遂には素盞嗚大神に見出されて立派なる大宣伝使となりにける。 (大正一一・五・一三旧四・一七加藤明子録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 09 童子教 | 第九章童子教〔六七一〕 九重の花の都の山背畏き神代に近江路や 色も若狭に丹波の三国に跨る三国ケ嶽 木立の茂みは大空の月日を封じて物凄く 昼さへ暗き大高峰鬼か大蛇か魔か人か 見るさへ凄き婆一人聳えて高き岩の根に 仮の庵を結びつつ蛇や蛙を捕喰ひ 其日を送る物凄さ此山麓に立並ぶ 形ばかりの破れ家の小さき棟も三四十 浮世離れし別世界老若男女は谷川の 蟹や蛙を漁りつつ餌食となして日を送る 鬼婆一人を棟梁と仰いで遠く夜に紛れ 山城丹波近江路や若狭能登まで手を延ばし 赤児の声を探しつつ隙さへあらば引捉へ 山の尾伝ひに逃げ帰り婆の餌食に奉る 此曲津見は何者か言向け和し世の中の 悩みを払ひ救はむと神素盞嗚大神の 御言畏み高天の原に現れます言依別は 聖地に上り来りたる心も清き宗彦に 依さし玉へば喜びて一も二もなく承諾し これぞ布教の初陣と親兄妹に暇乞 明石峠を乗越えて道の熊田の一つ家 病に悩む原彦が心の迷ひ吹き払ひ 奇しき御稜威を現はして里の老若男女をば 三五教の大道に一人も残らず帰順させ 少時足をば休めつつ原彦、田吾作、留公の 三人の信者を伴ひて青垣山を繞らせる 平野の里や山国の一本橋を打渡り 宮村、花瀬を後にして三国ケ嶽の山麓に 四人は漸く着きにける。 さしも三国に渡る大高山、杉の木立は鬱蒼として風を孕み、咆哮する声、数百千の獅子狼が一度に雄猛びする如く聞えて来る。夏とは言ひ乍ら何となく底冷たき空気漂ひ、谷川の音も何処となく物凄く、悪魔の囁くが如く耳を打つ。猿の群は梢を伝ひて、キヤツキヤツと鳴き叫ぶ。四人は山麓を流るる深谷川の畔にドツカと坐し、旅の疲れを休め乍ら、ヒソビソ話に耽つて居る。 留公『随分薄気味の悪い谷間だないか。山国の丸木橋を越えてからと云ふものは、人の子一人出会つた事もなし、時々左右の密林から怪しの声、どうしても此処は大江山以上の魔窟らしい。オイ田吾作、此処までは喜び勇んでやつて来たものの、首筋がゾウゾウとして、何んとも言へぬ気分になつて了つたぢやないか』 田吾作『宇都山村で、魚を漁つたり、麦畠に鍬杖ついて、雲雀の糞を頭から浴びせられて居るのとは、そりやチツとは骨が有るワイ。こんな山奥へ悪魔退治に来たのだもの、どうせ満足に生命を持つて帰れないのは、出発の際から定りきつた話だ。貴様宅を出る時の勢はどうだつた。鬼でも大蛇でも虎でも、狼でも、何でも来い。此留公の腕には骨が有ると、力味返つた時の事を考へて見よ。こんな所でそんな弱音を吹いて宣伝使のお伴が出来ると思ふか』 留公『そらそうだ。併し乍らモウ少し暖かい山ぢやと思うて居たに、夏の最中に斯う寒くつては耐れないぢやないか。斯んな事と知つたなら、袷の一枚も持つて来るのだつたが、薄い単衣一枚では堪へられない。俺は一つ、宇都山村まで引返して、着物を着替て出直して来るから、お前御苦労だが、宣伝使の御伴をしてボツボツ登りかけて呉れ』 田吾作『ハヽヽヽ、隣近所か何ぞの様に、さう着々と着替に帰ねるものか。巧い辞令を作つて、態よく遁走するつもりだらう。口程にもない代物だなア。ヨー今からビリビリ慄うて居よるなア』 留公『何程留めようと思つても、ガチガチと歯が拍子木を打つものだから仕方がないワ。モシモシ宣伝使様、私を此処から……実際の事言へば、帰らして貰ひたいのです』 宗彦『それだから伴れて行かぬと言ふのに、お前が無理に来たのぢやないか。宣伝使は一人旅、決して同伴はならぬのだ。私に相談は要らぬ、自由行動を取つたがよからう』 留公『ハイ有難う御座います。お蔭で命が助かりました。あなた方も、どうぞ無事で帰つて下さいませ。キツと、私は此処でお別れしても、あなたの事は忘れませぬ。お茶湯でも献げて冥福を祈ります』 田吾作『オイ留公、冥福を祈るとは何だ。死ぬに定つた様な事を言ひやがつて、吾々の首途を祝する事を措いて、貴様は弔ふのだな』 留公『弔ふのか、呪ふのか、祝ふのか、どつちか一つの内だ。エー長居は恐れ、こんな生臭い風が吹くからには、太い長い奴がノロノロと今にやつて来るだらう。宣伝使は一人と仰有つた。遠慮は要らぬ、原彦、お前は先へ行け。さうして田吾作は俺の尻に従いて帰るのだ。サアサア帰つたり帰つたり』 原彦『私は生命を助けて貰つた御恩返しに、御案内役となつて来たのですから、宣伝使の為に生命を棄てた所で、別に欠損にもなりませぬ。元々です。此場に及んで男らしくもない、帰れますものか』 留公『生命の安い奴は行つたが宜からう。……オイ田吾作、貴様は生命が大事だらう。お勝の事もチツとは思うてやれ』 田吾作『お勝がなんだ。神様の御用のお伴をするのに、そんなことを気に掛けて居つて勤まるものかい。貴様勝手にしたがよからう』 留公は、 留公『蛙の行列向う見ず、生命知らずの馬鹿者』 と口ぎたなく罵り乍ら、坂路指して韋駄天走りに、霧の中に姿を没した。 田吾作『ハヽヽヽ、宣伝使様、随分妙な活劇否悲劇が演ぜられましたなア。何れ彼奴は今言つた様な臆病者ぢやないから、先駆けの功名手柄をやらかさうと思つて、キツト単騎登山と道を変へて出かけやがつたのでせう。途中でアツと言はせる様な芸当を演ずるのかも知れませぬから、怪しき者が出たら油断をなさいますなや。キツト留公の化者に定つてゐます。彼奴は何時でもああ云ふ事をして喜ぶ癖があるのです。それで私も勝手に帰んだがよからうと、あなたの御言葉を幸ひに帰なしてやりました』 宗彦『面白い男ですな。何れ岩窟の附近まで往つたら、鬼婆の真似でもして現はれるのでせう。原彦さん、サア案内を頼みませう』 原彦『私も御案内とは申しましたが、実は初めての事で一向不案内です。併し私の通る所は貴方も通れるでせう。露払や蜘蛛の巣払に、先へ行きますから、従いて来て下さい』 と不案内の路を谷に沿うて、トントンと登り行く。二人は後を追ふ。前途に激潭飛沫の谷川が横たはつて居る。四五人の男女が熊の皮を洗ひ晒らして木の梢に架け渡し風を当てて乾かして居る。さうして何れも此れも皆、黒い熊の皮や、赤い猪の皮を身に纏うて立働いて居た。 原彦『オーイ、オイ、其処に居る五六人の御連中さま、三国ケ嶽の婆アの岩窟は、どつちやへ行つたら良いのかな』 川向ひの男、無言の儘、指先で……此谷川を渡り、東へ指して行け……と手真似で知して居る。 原彦『アヽ此奴ア唖と見えるワイ。併し乍ら此谷川を渡つて東の方へ行けと云うたのだらう。……モシモシ宣伝使様、私が一寸瀬踏みをして見ませう。大変流れも急なり、水量も多いから、万一私が死ぬ様な事があつたら、キツト渡らない様にして下さい。先づお毒見……否お水見を勤めませう』 と尻を捲つて早くも谷川を渡らうとする。 田吾作『オイ原彦、死ぬのはチツと惜しいぢやないか。お水試なんかせなくとも分つてる。どれ程水の達者な河童の兄弟分でも、此急流がどうして渡れるものか。マア危きに近寄らんがよからうぞ』 原彦『私は命を既に宣伝使様に差上げてあるのだから、運を天に任して渡つて見る』 と無理無体に川瀬を横ぎり、漸く辛うじて対岸に着いた。五人の男女は之を見て驚き、『ア、ア、アー』と声を立て、一目散に歩み慣れし山の細路を伝うて、霧の林に姿を没した。 原彦『ヤア有難い。沢山な熊の皮が並べてある。乾いた奴も相当に有るワイ。サア此奴を一つ身に纏うて登つてやらう。……オイオイ田吾作、早う渡つた渡つた。割とは浅かつた。大丈夫だよ』 田吾作『サア宗彦さま、お渡りなさいませ。私が後から従いて行きます。もしも誤つて水の藻屑にならしやつた所が、義理の兄弟の私が、決して棄てては置きませぬ。キツト死骸は拾つてあげます。サアあなたからお先へお渡りお渡り』 宗彦『そこまで徹底的に受合つて貰へば、私も安心だ』 と戯談半分に喋舌り乍ら、尻を捲つて漸く対岸に着いた。田吾作は手を拍つて、 田吾作『アハヽヽヽ、本当の登り路は此方にあるのだ。そんな方へ行かうものなら、近江の国へ往つて了ふぞ』 原彦は川の向うから大きな声を出して、 原彦『コレ田吾作、そんな事が分つて居るのなら何故早くに知らして下さらぬのだ』 田吾作『知らしてなるものか。俺のお土産に其猪の皮を全部ひつ抱へて此方へ渡るのだ。宣伝使様も四五枚掻攫へてお帰りなさい。其為に此田吾作が計略で、向ふへ渡らしたのだ』 宗彦『ハヽハア、一杯喰はされましたな。併し失敗が幸ひになるとは茲の事だ。何れ他人にも要るだらうし、原彦さま、お前と二人、持てる丈持つて向ふへ渡らうかな』 と大きな熊の皮をひん抱き谷川に足を入れる。原彦も体一面に熊の皮をくくりつけ、漸くにして再び谷川を渡り、田吾作の前に引返して来た。 田吾作『皆さま大い御苦労で御座いました。お土産に一番飛切の上等を頂戴致しませう』 原彦『イエイエ是れは私の分丈だ。生命も危ない此谷川を、どうして二人前も背負うて渡れるものか、お前の分はチヤンと向ふに、屑ばつかり残してある。人の苦労で徳を取るといふ事は、神様の大変に戒め玉ふ所だ。サアサア自分の物は自分で処置をつけるのだよ』 田吾作『そんな事は、遠の昔から御存じの田吾作だ。釈迦に経を説く様な事を言うて貰ふまいかい』 早くもザブザブと対岸へ渡り、洗ひ立ての選り残りのヅクヅクばつかり引抱へ、 田吾作『ヤア重い奴ばつかり除けて置きやがつた。併し己れの欲する所能く人に施せ。欲せざる所は人に施す勿れと云ふ事が有るなア』 とワザと大音声に呼はり乍ら、藤蔓に残らず縛りつけ、自分の腰に結ひ、ザアザアと引ずり乍ら帰つて来た。 田吾作『宣伝使さま、私の智慧は大したものでせう。神智神策、水も洩らさぬ所まで水を利用し、此通り沢山の獲物を占領して来ました。ヤツパリ役者が七八枚も上だ。千両役者だからなア』 と独り悦に入つて居る。 原彦『チツと絞つてあげませうか。こりや干さねば重たくて持つて往けますまい』 田吾作『不言実行だよ』 原彦『不言実行とは初めて聞きますが、どう云ふ意味ですか。言つて下さいな』 田吾作『言はないのに気がついて実行するのが不言実行だ。言つてやるとよいが、天機を洩らすと雨が降る。不言の教無為の化だ。マアマア考へて社会奉仕を励むが、御神徳の入口だな、アハヽヽヽ』 原彦『宣伝使様、不言実行の訳を聞かして下さいませぬか』 宗彦は黙々として、濡れた皮を取り上げ、一生懸命に絞つては木の枝に引つかける。原彦も黙つて見て居る訳にも行かず、同じく皮を絞つては懸け、絞つては懸けて風に乾かさうと、車輪の活動を行つて居る。田吾作は、 田吾作『アヽそれが不言実行だよ。分つたか』 原彦『まだ分りませぬ』 田吾作『分らなくても、実地さへ出来ればよいのだ。現今の奴は宣伝だけは立派だが少しも実行が伴はない。併しマアマア漸く及第点に達した。宗彦様は率先して不言実行をやられたから六十五点、お前は漸く四十五点だ。五点の事で落第点になる所だよ』 原彦『ますます分りませぬ』 田吾作『原の腹が暗くつて、胸が開けぬから、実地の事が目が有つても見えず、田吾作の立派な生きた教が耳へ這入らず、嗅出す事も出来ず、舌は有つても味はふ事が出来ないのだ。斯う思へば何にも知らずに実行する者位幸福な者はないワイ』 宗彦『有難う御座いました。お蔭で田吾作の宣伝使より六十五点頂戴しました。サア是れでモウ三十五点頂戴致しませうか』 と一番立派な熊の皮を選り出して、田吾作の背中に着せる。 田吾作『ヨシヨシ、モウ試験済だ。希望通り三十五点を与へる。これで満点だ。満天下に神教を宣伝しても恥ぢることなき大宣伝使だ。お芽出たう。銀のセコンドでも賞与に与りたいのだが、生憎持つて居ないから、親譲りのヘソンドで辛抱するのだなア、これでも十二時が来るとよく知つて居る』 原彦『私にも、せめて二十点下さいな』 と自分の攫へて来た中より、最も優れたる毛皮を取り出し、田吾作の背中に乗せる。 田吾作『ヨシヨシ、物品一点俺に呉れたから、一点を増してやらう。総計四十六点だ、アハヽヽヽ』 田吾作は原彦の顔を眺め乍ら、又もや、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 と節をつけて謡ふ様に繰返して居る。原彦は狼狽へて、彼方の皮をかやして見、此方の皮を嬲つて見、田吾作の背中を撫でて見るやら、宣伝使の足許の草鞋が切れて居るのではなからうかと、キリキリ舞ひをして居る。田吾作は一層大きな声で、節をつけて、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 を又もや繰返して居る。原彦はハツと膝を叩いて、片方に落ちてゐた棒の様な木切を拾ひ、毛皮を両端に括りつけ、肩に担いで、 原彦『サア私が不言実行のお伴を致します。不言菩薩に実行菩薩様、サアお出でなさいませ』 田吾作『普賢菩薩は聞いた事があるが、実行菩薩は聞き始めだ』 原彦『実行菩薩といへば、ミロク様の事だよ。瑞の御霊の大神さまだ。本当に月光(結構)な神さまと云ふ事だよ』 田吾作『アハー月光菩薩の洒落だな。洒落所かい、是から先は不言実行で勝つのだ。最前の五人の男女を見い。一口も言はず、不言実行の標本を示して、手早く逃げやがつたぢやないか。あれ位慈悲深い奴は有つたものぢやない。其お蔭で吾々は月光な恩恵に浴したのだ、アハヽヽヽ、ドレ田吾作も不言実行菩薩と出かけようかい』 と先に立ちて羊腸の小径を辿り辿り進んで行く。田吾作は歩み減らした細い路を、曲々と舞ひ乍ら、先に立ちて稍平坦な地点に着いた。 田吾作『アヽ不言実行組は何をして居るのか。足の遅い事だなア』 と呟いて居る。そこへ横合から三人の五六才と覚しき男の子、一人は赤裸となり顔に手を当てて泣いて居る。一人は裸の儘で面ふくらして怒つて居る。一人はニヤニヤと笑ふ。 田吾作『ヤア此奴ア三国ケ嶽の化物だな。こんな所で三人上戸が出て来やがつて、酒でも有つたら不言実行してやるのだが。生憎酒もなし……ハヽハ赤裸だ。ヨシヨシ考へがある。早く原彦の奴、毛皮を持つて来やがると良いのだけれどなア』 と云ふ折しもハアハアと息を喘ませ、両人は登つて来た。田吾作は物をも言はず、原彦の担いで居る荷をボツタクり、手早くほどいて、其中の小ささうな皮を選り別け出した。原彦は、 原彦『不言実行だつて、泥棒まで実行して良いのか』 と脹れる。田吾作は三人の童子を指し示した。宗彦、原彦は見るより『ヤア』と倒れむばかりに驚いた。よくよく見れば三人の童子の背後から五色の光明が輝き、麗しき霊衣に包まれて居る。田吾作は少しも気が付かず、慌てまはして、適当の毛皮を取り出し、三人に一々着せて廻つた。三人は黙つて毛皮を取り外し、大地にパツと敷いて、各自其上に行儀よくキチンと坐つた。 宗彦『これはこれは何神様かは知りませぬが、よくマア現はれて下さいました。私は是れより山頂の岩窟に割拠する鬼婆を言向け和す為に参ります。どうぞ御守護を御願ひ致します』 笑童子『アハヽヽヽ、七尺の男子が……而も宣伝使の肩書を持ち、岩窟の鬼婆を退治せむと、此処まで勇み進んで登り来乍ら、人の助けを借らうとするのか。ハツハツハ可笑しい可笑しい、依頼心の強い男だなア』 宗彦『恐れ入りました。モウ決して依頼は致しませぬ。何れの神様か知りませぬが、ついお頼み申すとか、御守護を願ひますとか云ふ事が、吾々の常套語になつて居ますので心にもなき卑怯な事を申したので御座います。どうぞ見直し聞直して下さいませ』 泣童子『アンアンアン、情無い宣伝使ぢやなア。三人も荒男が、たつた一人の婆アを当に出て来よつて、何の態ぢや。斯んな事でどうして三五教の神徳が現はれようぞ。思へば思へば厭になつて来た。これでは国治立大神様、素盞嗚尊様が何程骨を折り、心を砕かしやつても、こんなガラクタ宣伝使ばつかりでは、神政成就も覚束無いわいの、……オンオンオン』 宗彦『どうぞモウ見直し聞直し下さいませ。是からキツと勇猛心を発揮し、婆アの千匹や万匹は、善言美詞の言霊の神力に依つて吹き散らしますから、どうぞ泣いて下さいますな』 泣童子『捕らぬ狸の皮算用をしよつて、当もない事に威張つて居る……其心根が可憐らしい。一寸先は暗の世ぢや。なんにも知らぬ人民は、足許に火が燃えて来る迄分らないのか。アヽア可哀相なものぢや。どうして人間は是れ丈、物が分らぬのだらうな……オンオンオン』 宗彦『誠に汗顔の至りで御座います。さう仰しやれば……さうですが、何事も神様にお任せ致して進むので御座います』 怒つた顔の童子、面ふくらし目を剥き、 童子『惟神、惟神と口癖の様に言ひやがつて、難を避け易きに就き、自分の責任を神様に転嫁し、惟神中毒病を起し、大きな面をして天下を股にかけ、濁つた言霊の宣伝歌を謡ひ、折角の結構な世の中を濁す奴は貴様の様な代物だ。チツとも足元に目が付かず、尻が結べぬ馬鹿者だ。それでも誠の道の宣伝使かい。貴様の様な穀潰しが沢山に世の中に、ウヨウヨと発生やがるものだから、世界の人民が苦むのだ、エーエー腹立たしい。神を笠に着たり、杖に突いたり、尻敷にしたり、汚らはしい、盗んで来た熊の皮を俺達の背中に乗せよつて、ケツケツけがらはしいワイ。尻敷にしてやつてもまだ虫が承知せないのだ。コラ斯う小さい子供の様に見えても、至大無外、至小無内、千変万化の結構な神様のお使ひだぞ。貴様の量見次第で、閻魔ともなれば、鬼ともなり、大蛇ともなつて喰て了うてやらうか。イヤ背筋を立ち割り鉛の熱湯を流し込んで、制敗をしてやらうか。三国ケ岳に大蛇が居るの、鬼婆が居るのと吐して、言向け和すの、征服するのとは何の事だい。鬼婆も大蛇も、鬼も悪魔も、貴様の胸に割拠して居るのを知らぬのか。鬼婆を言向け和さうと思へば、貴様達の腹の中の鬼婆から先へ改心さして出て行きやがれ。大馬鹿者奴。ウーン』 と目を剥き出し、大きな口を開け、咬り付く様な勢で、突つ立ち上り、三人の顔をギヨロギヨロと睨めまはす。三人は一度に大地に頭を下げ、 三人『誠に取違ひを致して居りました。イヤもう結構な御神徳を戴きました。モウこれから改心を致します』 笑童子『アハヽヽヽ、一寸よいと得意がつて無暗に噪やぎ、一寸叱言を聞いては直に悄気返るカメリヲンの様な男だな。大きな図体をして、こんなチツポケな子供に叱られて、それが怖いのかい。神界にはそんな妙な弱い弱い人足は一人も居りはせぬぞや。神界の喜劇よりも、よつぽど面白い面白い。アハヽヽヽアハヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ転ける。 泣童子『アーア情無い事を見せられたものだ。これでも現界では選りに選つて選まれた特別選手ぢやさうなが、其他は推して知るべしだ。瑞の御霊の祖神様も嘸御骨の折れる事だらう。オイオイオイ。あまり悲しうて涙も出やせぬわいなア。宣伝使と云ふ者は、何とした腑甲斐ないものだらう。蛸の様に骨も何も有りやせぬワ。こんな事で、どうして八岐の大蛇が退治が出来るものか、世の中は益々悪鬼羅刹の横行濶歩を擅にさせるのみだ。どうして現界には誠らしい者が無いのだらうか、アンアンアン』 田吾作『モシモシ子供の神さま、さうお歎きなさいますな。広い世界には一人や二人は立派な者が無いとも言へませぬ。現に此処に唯一人有るぢやありませぬか。さう取越し苦労をして、泣くものぢやありませぬ。世の中は何事も善言美詞に宣り直すのが天地の御規則だ。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。結構な此世の中に、何が不足でメソメソと泣くのだ。わしは「悔み事と泣き事は大の嫌ひであるぞよ。勇んで暮して下されよ」と云ふ神様の教を守つて、世の中を大楽観して活動して居るのだ。お前さまもチツとは思ひ直して改心なさつたらどうだ。「悔めば悔む事が出来て来るぞよ」……と云ふ事を知つとりますか。ヤ、まだ子供だから分らぬのも無理はない』 泣童子『わしも朝から晩まで泣いて暮した事はない。今日初めて泣かねばならぬ事が出来たのだわいのう…アンアンアンアン…折角骨折つて、生命懸けで熊を捕り、皮を綺麗に洗ひ、爺さま婆アさまの着物にしようと思つて、楽しんで居つた人間の物品を、横奪した泥棒根性の宣伝使に説教を聞かされるかと思へば、残念で残念で、是が泣かずに居られようか。モウどうぞ今日限り泥棒根性はやめて下さい……アンアンアン…それに付けても言依別神様から、大切な御命令を受た宗彦のデモ宣伝使、二人の奴が盗人をするのに、なぜ黙つて居つたか、…イヤ自分から率先して泥棒の手本を見せよつたぢやないか。斯んな事でどうして誠の道が開けると思ふか。アーア日暮れて道遠しの感益々深しだ。どうしたら人間らしい人間が、一人でも出来るだらう。泥棒に聖山を汚されて取返しのならぬ事をした哩……アンアンアンアン』 宗彦『イヤ決して決して泥棒をすると云ふ様な考へはチツとも有りませぬ。あの様な所に棄てておいては、又泥棒が攫へて行つちやならない………それよりも吾々が暫く拝借して、又帰りがけにや、旧の所へ御返しをして帰る積りだつた。世の中は相身互だからと思つて、一寸借つたのですよ。心の底から泥棒する根性は有りませぬ』 怒童子『エーつべこべと此期に及んで卑怯未練な言ひ訳をするのが気に喰はぬワイ。貴様は女殺しの後家倒し、其上嬶泣かせの家潰し、沢山な人を泣かして来た揚句、不知不識とは云ひながら、平気の平三でお勝と〇〇になつて居た汚れた人足だ。何程言依別神様から大任を仰せ付けられたと言つて、一も二もなく御受けして来ると云ふ事が有るものか。貴様はそれでも清浄潔白な人間だと思うて居るのか。此の岩窟の鬼婆よりも、モ一つ悪い奴だ。心の底から改心すればよし、マゴマゴして居ると、天狗風を吹かして吹き飛ばしてやるぞ。天下の娑婆塞ぎ奴。ここを何処だと心得てゐる。貴様の目には悪神の巣窟と見えるであらうが、誠の神の目から見れば、どこもかしこも皆天国浄土だ。貴様の心に地獄が築かれ、鉄条網が張られ、鬼が巣を組んで居るのが分らぬか』 三人は頭を鉄槌にて打砕かるる様な心地し、一言も発し得ず、大地にピタリと鰭伏し、暫くは頭を得上げず、慄ひ戦いて居た。半時ばかり経ちしと思ふ頃、得も謂はれぬ美はしき天然の音楽耳を澄まして響きわたる。三人はフト頭を擡げ四辺を見れば、童子の影もなく又一枚の獣皮も無くなつて居る。 田吾作『神様から大変なお目玉を頂戴したものだ。原彦の奴率先して不言窃盗をやるものだから、斯んな目に遭つたのだよ。併し乍らマアマア結構な教訓を受けたものだ。先づ自分の心の中の鬼婆を征服して掛らねば、何程努力しても駄目だワイ』 原彦『三人の愁笑怒の神様が現はれて、噛んで呑む様に、詳細に堂々と教へて下さるのに、お前が口答へをするものだから、到頭怒鳴りつけられ、縮みあがつて、大きな七尺の男が斯んな馬鹿な態を見たのだ。チツト是れから言霊を控へて貰はねば、此先はどんな事が突発するか分つたものぢやありませぬワイ。ナア宗彦の宣伝使様』 宗彦『何事も神様のなさる事。惟神に我々は任すより仕方が有りませぬ』 田吾作『それ又覚えの悪い、今惟神と云つて怒られたぢやありませぬか。惟神中毒をすると、怒り神さんが又現はれますぞや。貴方こそ慎んで貰はねばなりませぬ』 宗彦『さうだと云つて、我々は惟神の道に仕へて居る者だ。惟神を言はなければ、宣伝も何も出来ぬぢやないか。鶏にコケコーと鳴くな、烏にカアカア囀るな、釣鐘になんぼ敲かれてもゴンゴンと鳴らずに沈黙せよと云ふ様な註文だないか。そんな天地不自然な事がどうして実行出来るものかい』 田吾作『惟神、不言実行さへすれば良のですよ。何事も心と行ひを惟神にして、口だけは暫く言はない方が宜しかろ。材木でもカンナがらをかけて見なさい、一遍々々細くなるぢやないか。あまり執拗うカンナがらを使つて居ると、結局にや糸の様になつて、結構な宣伝使神柱の資格が消滅して了ひますワ』 宗彦『ハヽヽヽ、余程怒り神様の御言が感応へたと見えるワイ。ありや一体どこから来た神様だと思つて居るのだ』 田吾作『神界の事は我々に分るものぢや有りませぬが、マア天から天降られたと云ふより仕方が有りますまい』 宗彦『馬鹿言ふな、あの怒り神さまは宗彦さまの本守護神だ。泣神さまが貴様の本守護神、笑ひ神さまが留公の守護神だ。チツト貴様改心せぬとあの通り守護神がベソを掻いて居るぢやないか』 田吾作『そりやチト違ひませう。笑つて居るのが私の守護神、怒つて居るのがあなたの守護神、泣いとる奴が留公の守護神に違ひありませぬワイ。結構な御用を仰せ付かり乍ら、お前さまはまだ腹の底に曇りがあると見えて、本守護神が怒つて居るのだ。良い加減に改心をしなさらぬと、どんな地異天変がおこつておこつて、おこりさがすか知れませぬぞ。お前さまの大将面して威張つて歩くのがあまり可笑しうて、田吾さんの本守護神が笑つて居るのだ』 宗彦『どうでも良いぢやないか。怒る神もあれば笑ひ神もあり、泣き神もある。実際のこたア、三柱の神共共通的に守護して御座るのだ』 原彦『モシモシ私丈は本守護神がどうなりました』 田吾作『お前の本守護神はまだ現はれる幕ぢやない、地平線下の身魂だから、土の上へ出る所へは往かぬ。併し乍ら孟宗竹でさへも土を割つてニユーと首を突出すのだから、どつか其辺に頭をあげかけてゐるかも分らぬぞ。チツト探して見たらどうだ』 原彦『アハヽヽヽ、身魂と筍と一つに見られちや、原彦も迷惑だ。丸でドクトルの身魂の様に、田吾さんが仰しやいますワイ。疑ふのぢやありませぬけれど、随分道理に違うた事を言ふお方ですな。 「竹の子の番人見れば藪にらみ」 アハヽヽヽ、オイ藪にらみの田吾竹さま』 田吾作『議論は後にせい。筍の身魂と云ふ事は、モウつい、日日薬で竹々と分つて来る。チクと身魂を練薬して、俺の言ふ事を膏薬(後学)の為に聞いて置くのだな。……エー何を薬々と笑ふのだい。薬価い(厄介)者奴、それよりも身魂の煎薬(洗濯)が一等だぞ』 原彦『これはこれはイカい(医界)お世話になりました。漸く医師(意思)が疎通しました。モウ此上決して、医(異)議は申しませぬ』 田吾作『キツト医薬(違約)をするでないぞ。俺の云ふ事を守れば、キツト薬九層倍の報いが出て来る。力一杯薬(約)を守つて、此上は口答へをしてはならぬぞ。俺の云ふ事はチツトは苦い事もある。併し良薬は口に苦しだ。薬(厄)雑魂を下痢させて、神霊の注射を為し、身体一面何の医(異)状もないとこまで清めて、是れから悪魔征伐に向ふのだ。心に煩ひのある時は病が起ると云ふ、其病の問屋が山の神を置去りにして、斯んな深い山い(病)あがつて来るものだから、到頭逆上して不健窃盗病が勃発するのだ、アハヽヽヽ』 宗彦『サアもう行こう。グヅグヅして居ると、中途で日が暮れて薬鑵が風を引いて了ふぞ』 二人は黙つて座を立ち、宗彦の後よりエチエチと小柴を分け、這ふ様にして胸突坂を掻きあがる。忽ち右方の谷間に当つて女の悲鳴が聞えて来た。 田吾作『イヨー怪しい声がするぞ。婆アの声にしては少し若い様だ。併し婆ア許りぢやない、沢山な女も居るであらうから、一つ声を当に実地検分と出かけたらどうでせう。ナア宗彦さま』 宗彦『追々と叫び声が高くなつて来るやうです。何か此には秘密が伏蔵されて居るでせう。私は此処に原彦さまと待つて居るから、一寸偵察して来て貰へませぬかなア』 田吾作『ハイ診察して参ります。探険家のオーソリチーの田吾作ですよ』 と早くも小柴の中に姿を隠した。宗彦は、 宗彦『アハヽヽヽ、口も達者な男だが、随分足も達者だ…ヨウヨウ、一人の声かと思へば大勢らしいぞ。こりや安閑としては居られない。私も行つて調べて見ようかな』 と首を傾げて居る。原彦は、 原彦『マア少時御待ちなさいませ。今に田吾さまが帰へつて来れば、様子が分りませうから、大方最前出た泣きの守護神が極端に泣きの本性を発揮してるのかも知れませぬぜ。最前の様なお叱言を頂戴すると困りますから、マアゆつくりと此処に待ちませうかい』 宗彦『そうだな。待つてもよいが、併し何だか気がイライラして来た。田吾作一人遣つて置くのも心許ない。………そんなら此処に待つて居るから、原さま、お前往つて来て呉れないか』 原彦『ハイ、そりやモウさうです。あまり何ですから、何となく気分が何しませぬ。ならう事なら、何々様と御一緒に願ひたいものですなア』 宗彦『分つたやうな分らぬやうな事を云ふぢやないか。ハツキリと言つたらどうだ』 原彦『現在私の心が、あなたには分りませぬか。天眼通、天耳通、漏尽通、宿命通、自他神通、感通に天言通、七神通の阿羅耶識を得たと云ふ宣伝使ぢやありませぬか、「一を聞いて十を知る身魂でないと、誠の御用は出来ぬぞよ」……と神様が仰有いませう。さうすれば貴方は最前の百点を返上なさらねばならぬ破目に陥りますよ』 宗彦『俺は天言通はお神徳を戴いて居るが、どうもまだ人語通は得て居ないのだ。況して曇つた身魂の囁きは尚更判別がつきかねる。何程近くに居つても、御神諭の通り「灯台下は真暗がり、遠国からわかりて来るぞよ」……と云ふのが本当だからなア』 原彦『左様か、左様ならばあなたも何々の割とは何々ですな。私は今迄チツト許り八丁笠を買ひ被つて居りました』 宗彦『さうだらう、御互様だ。お前もモウチツト勇気が有るかと思へば、実に脆いものだ、田吾作でさへも、一人で探険にいつたのに、わしの側にくつついて、慄うて居るとは実に見上げたものだ。生命を宣伝使に差上げると云つた癖に、ヤツパリ生命が惜いと見えるワイ。きつく俺も買ひ被つたものだワイ』 原彦『初めに言つたのは、アラ見本ですよ。見本通の物品を製造して輸出でもしようものなら、海関税を沢山取られて、今日の烈しい商業戦争に零敗を取りますワ』 宗彦『アハヽヽヽ、お前は口ばつかりの男だなア』 原彦『さうですとも、ハラから出口の神が表に現はれて、此世を悪に立直し、善の身魂を改心させるお役ですもの……』 宗彦『悪に立直し、善の身魂を改心さすとは、そら何を言ふのだ』 原彦『イヤ一寸違ひました。「ニ」と「ヲ」との配置を誤つたのです。悪を立直し、善の身魂に改心させるのです。上に付くか、下に付くか、「に」……にか、「を」にか、どつちやにせよ、チツト許りの間違ひだ。さう一字や二字配置が違つたと言つて、気の小さい事を言ふものぢやありませぬワ。アハヽヽヽ』 俄に傍の小柴の中よりガサガサと音を立て、現はれて来たのは田吾作であつた。 宗彦『ヤア田吾作か、様子はどうだなア』 田吾作『最早讐敵は攻め寄せて候へば、あなたに代つて一戦、御身は早く此場を遁れて下さりませ……と口には言へど御名残……チヽヽヽヽヽヽチンチンだ』 宗彦『ハヽヽヽヽ、そんな冗談言つてる所ぢやなからう。どんな事が起つて居つたか、早く聞かして呉れい』 田吾作『ハイ申上げます。一方の大将は大岩石を楯に取り、一丈有余の大木の小枝に甲冑を鎧ひ、一生懸命に阿修羅王の如く荒れ狂ひ、采配採つて号令をなすあり、此方の谷間よりは、又古今無双の豪傑樹上に陣取り、負ず劣らず声を限りにキヤツキヤツキヤツキヤツの言霊戦、勇ましかりける次第なり、ハアハアハアハアだ。ウツフツフツウツフツフツフウ』 宗彦『なアンだ、ちツとも分らぬぢやないか』 田吾作『ソラさうでせうとも。実地目撃した私でさへも、テンと了解の出来ない、猿芝居、否猿合戦ですもの……』 宗彦『ハヽヽヽヽ、千匹猿の喧嘩だつたのか。なアーンだ、しやうもない。……サアサア愚図々々しては居られまいぞ。此前途で又々大蛇の芝居か、熊のダンスでも開演されて居るだらう、面白い無料観覧と出かけよう』 (大正一一・五・一四旧四・一八松村真澄録) |
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57 (1766) |
霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 11 鬼婆 | 第一一章鬼婆〔六七三〕 夜は漸くに明け離れ、木の間に囀る諸鳥の声に送られて、三人は足に任せて進み行く。大岩窟を背景に茅葺き屋根の三四十、軒を並べて立つて居る。 田吾作『サア、とうとう三国ケ岳の鬼婆の大都会が見えて来た。戸数無慮三十余万、人口殆ど嘘八百万と云ふ、一大都会だ。大分に俺達も足が変になつたから、定めし都会には高架鉄道もあるだらうし、自動車、電車の設備も完全に出来て居るだらう、一つ乗つて見ようかなア』 原彦、田吾作の肩を揺り、 原彦『オイ、田吾作さま、これからが肝腎だ、今から呆けてどうするのだ、確りせぬかいな。片方は岩窟にたてかけた藁小屋が三四十並んで居るだけぢやないか、そんな狂気じみた事を云うて呉れると俺も淋しうなつて来た』 田吾作『アハヽヽヽ、此処は余つ程馬鹿だなア、一寸景気をつけるために、誇大的に広告して見たのだ。蛇喰ひや蛙喰ひの半獣半鬼の巣窟だ。これからもう馬鹿口は慎んで不言実行にかからう』 宗彦『お前たち二人はいよいよ戦場に向つたのだから確りしてくれないと困るよ。又決して乱暴な事はしてはならないから、慎んでくれ。頭の三つや四つ撲られた位で、目を釣り上げたり、口を歪めるやうでは、此度の御用は勤まらぬから、兎に角忍と云ふ字を心に離さぬやうにするのだ。忍と云ふ字は刃の下に心だ。敵の刃の下も誠の心で潜つて敵を改心させるのだから、くれぐれも心得てくれ』 田吾、原の両人は小声で『ハイハイ』と答へながら進んで行く。二百人許りの老若男女が一つの部落を作つて居る。さうして此処の人間はどれもこれも皆唖ばかりになつて居る。蜈蚣姫の鬼婆が計略で篏口令を布くかはりに、皆茶に毒を入れて呑まされたものばかりだ。恰度唖の国へ来たも同様である。田吾作は些しも此事情を知らず、一つの家に飛び込み、 田吾作『一寸、物を尋ねますが、婆アの館はどう往つたら宜敷いかな』 中より四五人の男女、ダラダラと戸口に走り出で、不思議な顔をして何れも口をポカンと開けて、アヽヽヽと唖のやうに云つて居る。田吾作は声を張上げて、 田吾作『婆アの所は何処だと問うてゐるのだ』 天賦の言霊器と聴声器を破壊された一同は、何の事だか少しも分らず、唯口を開けて、アヽヽヽと叫ぶのみである。 田吾作『モシ、宣伝使さま、何と言つても返事もせず、唯口を開けてアヽヽヽと云うて居る唖見たやうな奴許りですな、次の家へ行つて尋ねて見ませうか』 宗彦『お前に一任するから、何卒、私が当選するやうに戸別訪問をして、清き一票をと丁寧に、お辞儀に資本は要らぬから頼んでくれい』 田吾作『何ぼ資本が要らぬと云つても、さうペコペコ頭を下げては頭痛がします哩。投票もない事を仰有るな、人の選挙(疝気)を頭痛にやんで、耐りますかい。何程気張つたつて解散の命令が下つたら、それこそ元の黙阿弥ですよ』 宗彦『兎も角お前に一任する』 田吾作『承知致しました。在野党と思つて選挙干渉をやらぬやうにして下さいや。モシモシ此の家のお方、婆アのお住居は何処だ、知らしてくれないか、決して投票乞食ぢやないから安心して云つておくれ』 家の中から又もや四五人の男女、怪訝な顔して門口に立ち現はれ、口を開けてアヽヽヽと云ふばかり。あゝ此奴も駄目だと、田吾作はまた次へ行く。行つても行つても、アヽ責に遇はされて一向要領を得ない。とうとう一戸も残らず戸口調査を無事終了して仕舞つた。されど何の得る所もなく、婆アの姿も見当らなかつた。 三人は是非なく腰掛に都合の好い岩を探して、ドシンと尻を下ろし、暫く息を休める。赤ん坊を懐中に抱いた女、幾十人ともなく、不思議さうに三人の前に立ち現はれ、口を開けて、アヽヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 田吾作『エヽ怪つ体な所だな、矢張三国ケ岳の辺は野蛮未開の土地だから、言語が無いと見える哩』 と話して居る。其処へ容色優れたる一人の女が現はれ来り、宣伝使に会釈し、是亦アヽヽヽを連発しながら北の谷間を指ざし走り行く。この女は玉照姫の生母お玉であつた。婆の手下の者に誘拐され、この山奥に連れ込まれてゐたのである。 婆の考へとしては、玉照姫を占奪する手段として、先づ生母のお玉をうまうまと此処へ奪ひ帰つたのである。三人はお玉の顔を一度も見た事がないので、そんな秘密の伏在する事は夢にも知らず、お玉の跡を追つて、スタスタと駆出した。 四五丁ばかり谷に沿うて左へ進むと、壁を立てたやうな巨岩が幾つともなく谷間に碁列して居る。お玉は手招きしながら、岩窟の穴を潜つて姿を隠した。三人は其後から、ドンドンと足を速めて岩窟の中を五六間許り進む。此処が鬼ケ城山に割拠して居た鬼熊別の妻蜈蚣姫が自転倒島に於ける第二の作戦地であつた。蛇、蛙、山蟹、其他獣類の肉はよく乾燥さして岩窟の中に幾つともなく釣り下げられてある。 田吾作『アイ御免なさい、バラモン教の鬼婆アの住家は此処で御座いますか』 婆『此処が鬼婆蜈蚣姫の住家だよ』 田吾作『アヽ、左様で御座いましたか、これは失礼致しました。なんと立派なお館ですな、これでは風雨雷電、地震も大丈夫でせう。吾々もせめて半日なりと、こんな結構な館に暮したいものです哩』 婆『お前は一体何処の人ぢや、そして又二人も伴を連れて来て居るのかな』 田吾作『ハイ、実の所は三五教の予備宣伝使を拝命致しまして、今日が初陣で御座います。此通り、宗彦、原彦と云ふケチな野郎を連れて居ります。大変腹を減らして居るさうですから、蛙の干乾でも恵んでやつて下さいな』 婆『折角の御入来だから、大切な蛙ぢやけれど、饗応であげませう。この蛙は当山の名物お殿蛙と云つて、虫の薬にもなり、一切の病気の妙薬だ。田圃にヒヨコヒヨコ飛んで居る青蛙や糞蛙とは些と撰を異にして居るのだから、其積りで味はつて食がりなさい。お前さんは蛙飛ばしの蚯蚓切りだからなア』 田吾作『チヨツ、馬鹿にして居やがる哩』 原彦『オイオイ宣伝使の化サン、そんな事を言うてくれては困るぢやないか』 田吾作『困るやうにお願ひしたのだよ、昔、竹熊が竜宮城の使臣を招待した時には、百足や蜴蜥、なめくじなどの御馳走を食はした[※第1巻第41~42章「八尋殿の酒宴」のエピソード。]と云ふぢやないか、鰈か鯣だと思うて食ひさへすりやよいのだ。お前は食はず嫌ひだなくて、蛙嫌ひだから困る、アハヽヽヽ』 婆『三人ともそんな所に立つて居ずに、サアサア足を洗つてお上りなさい。今晩は悠くりと話しませう。お前は三五教の宣伝使が初陣だと云つたな』 田吾作『ハイ、申しました、全く其通りです』 婆『そんなら尚結構だ、なまりはんぢやくの、苔の生えた宣伝使は何うも強太うて改心が出来ぬ。お前はまだまだほやほやだから、十分の教理も聞いて居やせまい』 田吾作『私は郷里を立つて来たところですが、何と妙な事を仰有いますな』 婆『ハヽヽヽヽ、お前は余つ程無学者と見える哩、けうりと云ふ事は故郷の意味ぢやない、三五教の筋はどうだと問ふのだ』 田吾作『つい、きよりきよりして居ましたので筋も何も分りませぬ』 婆『アヽそうだらうそうだらう、筋が分つたら阿呆らしうて三五教に居れたものぢやない。筋が分らぬのが結構だ。サアこれから此処で百日ばかり無言の行をして、其上言霊を開いて、バラモン教の宣伝使になるのだよ。お前、此処へ来る道に沢山の家があつたらうがな、皆無言の行がさしてあるのだ』 田吾作『あの儘ものが言へなくなるのぢやないのですか、どうやら聾のやうですが』 婆『聾は尚更結構だ。モ一つ荒行をすれば目も見えぬやうになつて仕舞ふ。だけれど目だけは退けて置かぬと、不自由だと思つて大目に見てあるのだ。百日の行をして好いものもある、十日で好いものもある、修業さへ出来たら口も利けるやうに、耳も聞えるやうにチヤンとしてあるのだ』 田吾作『婆アサン、そりあ無言の行ぢやない、云はれぬから云はぬのだらう、云へる口を持つて居つて云はぬやうにし、聞える耳を持つて居て聞かぬやうにして居るのなら、行にもならうが、しよう事なしに云はざる聞かざるはあまり行にもならないぢやないか』 婆『そんな理屈を云ふものぢやない、信仰の道には理屈は禁物だ。人間の分際として、さうガラガラと鈴の化物のやうに小理屈を云ふものぢやない哩』 田吾作『ヘエ』 と首を傾ける。 宗彦『私は三五教の宣伝使です。今宣伝使と云つて居つた男はまだ卵ですから、何を云ふか分りませぬ』 婆『アヽさうだらうと思つた。何だか間拍子の抜けた理屈を捏ねる人だ。人間も大悟徹底すると、神様の広大無辺の御威徳が分つて、何とも云はれぬやうになつて仕舞うて黙つて居て改心するやうになるものぢや、流石にお前は偉い、最前から婆の云ふ事を耳を傾けて聞きなさつた。偉いものだ、言葉多ければ品少し、空虚なる器物は強大なる音響を発すと云うて、ガラガラドンドン云ふ男に限り、智慧もなければ信仰も無いものだ。お前は三五教の宣伝使なら、あの青彦、紫姫、常彦、亀彦、悦子姫と云ふ没分暁漢を知つて居るだらうなア』 宗彦『イエイエ私達三人は、宇都山村の者で御座いまして、唯一度聖地へ参り、暫く修業を致しましたが、そんなお方にはお目にかかつた事も御座いませぬ、何処か宣伝に廻つて御座るのでせう』 婆『どうぢや、お前も三五教を止めて、私の弟子になつたら』 宗彦『有難う御座いますが、各自に自分の宗旨は良く見えるものです。私は貴女に改心をして貰つて、三五教に帰順して頂かうと思ひ、遥々と参つたのですよ。何うです、私の云ふ事を一通りお聞き下さつて、其上で入信なさつたら』 婆『アヽ、いやいや誰人が三五教のやうな馬鹿な教に入る奴があるものか、改心をしてくれなんて、そりやお前、何を云ふのだい。是程澄み切つた塵一つない御霊の鬼婆だ、改心があつて耐るものか、改心するのはお前等の事だ』 宗彦は拍手し、天津祝詞を奏上し初める。婆は驚いて、 婆『コレコレ皆様、祝詞も結構だが折角拵へた蛙の御飯、お気に入らねば食べて貰はいでもよいが、せめて神様に供へたのだから、御神酒とお茶をお食り下さい、それで悠くりとお祝詞を上げなさい。私も一緒に上げさせて頂くから』 と無理に引き留る。 宗彦『弁当は此処にパンを所持して居ますからお茶を下さいませ』 婆『お神酒は好だらう、自然薯で醸造へた美味い酒がある。一つあがつたら何うだな』 宗彦『イヤ、茶さへ頂けば結構です』 田吾作『婆アさま、論戦は一先づ中止して、そんなら暖かいお茶をよんで下さい、今晩悠くりと言霊戦を負ず劣らず開始しませう。そして負た方が従ふと云ふ事に致しませうか』 婆『アヽ面白からう面白からう、そんならさう致しませう。バラモン教の神様は、御神徳が強いから、迂濶御無礼な事を云はうものなら罰が当つて口が利けなくなるから、心得て物を云ひなさいや。アヽどれどれ手づからお茶を温めて上げよう』 と次の間に立つて行く。暫くあつて婆アは土瓶に茶を沸騰らせ、 婆『サアサア茶が沸いた、皆さま沢山呑んで下さい、これも婆の寸志だ。バラモン教だつて、三五教だつて、神と云ふ字に二つはない。互に手を引合うて御神徳のある神様の方へ帰順するのだな。此婆も都合によつては三五教に帰順せぬものでもない、オホヽヽヽ』 三人は何の気も付かず、婆の注いだ茶を呑んではパンを食ひ、呑んでは食ひ、喉が乾いたと見えて土瓶に一杯の茶を残らず平らげて仕舞つた。 三人は俄に息苦しくなり、言語を発せむとすれども、一言も発する事が出来なくなつた。三人は顔を見合せ、アヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 婆『アハヽヽヽ……好いけれまたもあればあるものだ。とうとう婆の計略にかかりよつた。口も利けず、耳も聞えず、憐れなものだ。お玉を首尾好く手に入れ、又三五教の宣伝使や卵を三人収穫した。如何に頑強な三五教でも、玉照姫の親を取られ、又大切な宣伝使を取られ、黙つて居る事は出来まい。屹度謝罪つて返して貰ひに来るのだらう。其時には玉照姫と玉照彦とを此方へ受取り、其上に返してやつたらよいのだ。併し乍ら玉照姫が黄金なら、此奴は洋銀位なものだから先方も此位では往生致すまい。マア時節を待つて鼠が餅をひくやうに二人三人と引張込み、往生づくめで仮令玉照彦だけでも此方のものに仕度いものだ。鬼雲彦の大将は脆くも波斯の国に泡食つて逃げ帰つて仕舞はれた。併し乍ら私は女の一心岩でも突き貫くのだ。此処で斯うして時節を待ち、大江山、鬼ケ城を回復し、三五教の錦の宮も往生させて、バラモン教として仕舞ふ蜈蚣姫の計略は旨々と端緒が開けかけた。アヽ有難い事だ。一つ此処でお玉に酌でもさして酒でも飲まうかい、そして三人を肴にしてやらうかい。これこれお玉、お酒だよ。これ程呼んで居るに何故返事をせぬのか、オヽさうさう、耳の聾になる薬を呑まして置いた。聞えぬも無理はない。つい私も余り嬉しくて、精神車が何処かに脱線したと見える、オホヽヽヽ』 と独言を云ひながら笑壺に入つて居る。三人は無念の歯噛みをなし、躍り上がつて破れかぶれ、婆を叩き伸めしてやらうと心に定めて見たが、何うしたものか体がビクとも動けなくなつて居る。言霊を応用するにも肝腎の発生器の油が切れて、且つ筒口が閉塞して居るのだから、如何ともする事が出来ず、口は自然に紐が解どけて、頤と一緒に垂れ下り、ポカンと開いて来る。三人は一度に涎をタラタラ流し、顔を見合せ、首を振り、アヽヽヽと僅に声を発する許りであつた。 婆は愉快げに安坐をかき、長い煙管で煙草を燻べ、酒を呑み、 婆『オイこりや、阿呆宣伝使、俺の智慧はこんなものだぞ。蜘蛛が巣をかけて待つて居る処へ茅蝉が飛んで来て引かかるやうなものだ、動くなら動いて見い、言霊が使へるなら使つて見い、耳も聞えまい』 と長煙管の雁首で耳の穴をグツと突いて見る。宗彦は耳の穴を突かれてカツと怒り出した。されど何うする事も出来ぬ。此度は婆は煙草の吸殻を宗彦の口の中にフツと吹いて放り込み、 婆『熱からう、そりや些と熱い、火だからのう。加之にえぐいだらう、えぐいのはズだ。煙草のズに、えぐい婆の御馳走だから、序に此酒も飲ましてやろか。イヤイヤ待て待てこいつを飲ましてやると私の飲むのがそれだけ減る道理ぢや、マアマア斯うして二ケ月も三ケ月も固めて置けば大丈夫だ、若い奴が二三日したら大江山の方から帰つて来るだらうから、其時この生木像を穴庫へでも格納さしてもよい哩、マアマアそれ迄は頭を叩いたり、耳に煙管を突つ込んだりして、バラモン教の御規則通りの修業をさしてやるのだ。なんと心地好い事だ。是で八岐の大蛇さまもさぞ御満足だらう。嗚呼大蛇大明神様、喜びたまへ勇みたまへ。婆の腕前は此の通りで御座います、何うぞ此手柄により、鬼熊別の失敗の罪を赦して下さいませ。天にも地にも無い私の夫、神様の御用を縮尻つて、死んで神罰を蒙り、地獄の釜の焦起しにせられるのも女房として見て居られませぬ、何卒私と一緒に、今ぢや御座いませぬが、命数の尽きた時は天国にやつて下さい。南無八岐大蛇大明神様、ハズバンドの罪を許したまへ、払ひたまへ、清めたまへ、金毛九尾の命』 と祈願して居る。此時岩窟の口より、声も涼しく宣伝歌を謡ひ来る男があつた。 男『神が表に現はれて善と悪とを立て分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 綾の聖地に現れませる言依別命もて 三国ケ岳の曲津見を言向け和すそのために 三五教の宗彦が宇都の里をば後にして 足に任せてテクテクとこれの岩窟に来て見れば 悪にかけては抜け目なき鬼熊別が宿の妻 顔色黒き蜈蚣姫小智慧の廻る中年増 此岩窟に陣取りて四方の人々欺きつ 赤子の声を聞きつけて十里二十里三十里 遠き道をば厭ひなく手下の魔神を配り置き 此岩窟に連れ帰り朝な夕なにさいなみて 悪の限りを尽しつつ日に夜に酒に酔ひ狂ふ 宗彦、田吾作、原彦は婆が引き出す口車 知らず識らずに乗せられて毒茶をどつさり飲みまはし 口も利かねば耳利かず五体すくみて一寸も 動きの取れぬ破目となり眼ばかりきよろきよろきよろつかせ 其上ポカンと口あけて涎を流しアヽヽヽと 鳴りも合はざる言霊を連発する社いとしけれ 天の真浦の神司この留公の腹を知り 肝腎要の神策をそつと知らして下さつた 宗彦、原彦、田吾作は知らず識らずに魔が神の 罠に陥り今日の態助けてやらねば三五の 神の教が立ち兼ねるサアこれからは留公が 神に貰うた言霊の御稜威をかりて三人の 危難を救ひ玉照の姫の命を生みませる お玉の方を救ひ出し鬼のお婆を言向けて この岩窟を改良し三五教の皇神の 御霊を斎祀りつつミロクの御代の魁を 仕へまつらむ頼もしさ嗚呼惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と謡ひつつ三人が前に現はれ来たる。婆は身体竦み、身動きならず、目をぱちつかせ苦しみ居る。この時、岩窟の奥の方より涼しき女の声、 女(お玉)『神が表に現はれて善と悪とを立て別けて 誡め給ふ時は来ぬ四継王の山の聖麓に 錦の宮と仕へたる玉照姫の生みの母 お玉の方は妾なり桶伏山に隠されし 珍の宝を奪ひ取り逃げ行く姿を見るよりも 妾は驚き身を忘れ跡を追ひかけ山坂を 駆ける折しも木影より現はれ出でたる曲神の 手下の奴に見つけられ手足を縛ばりいろいろと 苦しき笞を受けながら憂をみくにの山の上 この岩窟に押し込まれ蜈蚣の姫てふ鬼婆に 茶を勧められ一時は息塞がりて言霊の 車も廻らぬ苦しさに朝な夕なに三五の 神の御前に黙祷し居たるに忽ち喉開き 胸は涼しく晴渡るされど妾は慎みて 唯一言も言挙げをなさず唖をば装ひつ 珍の宝の所在をば今迄探り居たりしぞ 神の恵の幸ひていよいよ茲に宗彦が 言依別のみことのり身に受けまして出でたまひ 顔を合せて居ながらも一面識もなき故か 悟り給はず吾配る眼に心留めまさず やみやみ毒茶を飲み玉ふその様見たる我が心 剣を呑むよりつらかりしあゝ惟神々々 神は此世に在さずやと女心の愚にも 愚痴の繰事繰返す時しもあれや表より 涼しく聞えし宣伝歌耳をすまして伺へば 三五教の教の声地獄で仏に遇ひしごと 心いそいそ今此処に現はれ来るお玉こそ 天の岩戸も一時に開くばかりの嬉しさよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 宗彦、田吾作、原彦の病を癒やし給へかし 悩みを助け給へかし』 と歌ひつつ此場に現はれたり。不思議や三人は俄に身体自由となり、耳も聞え、口も縦横無碍に動き出した。 田吾作『イヤ、留公さま、よう来てくれた。もう一足早ければこんな目に遇ふのだ無かつたに、しかし乍ら最前途中で見たお女中さまが、今聞けば玉照姫さまの御生母と云ふ事だ、何とマア神様の御経綸は分らぬものですなア』 お玉『皆さま、良い処へ来て下さいまして結構で御座いました。実はこの婆アの手下の者共が、ミロク神政成就の御宝を、桶伏山から盗み出し、此岩窟に秘蔵して居たのを、今朝になつて所在を知り、何とかして逃げ出さうと思つて居たのですが、婆アの監視が酷いので、どうする事も出来ず、誰人か助太刀に来て下さつたらと思うて居た矢先、貴方のお出で、こんな結構な事はありませぬ。サア一時も早くこのお宝を持つて聖地へ帰りませう』 と後は嬉し涙に声さへ曇る。 宗彦『アヽさうで御座いましたか、私は言依別命様より、是非共三国ケ岳へ行つて来いと仰せられて、魔神を征服せむと出て来たのです。貴方が此処に囚はれて御座る事も、今の今迄夢にも知らなかつた。サア是からこの婆アを言向け和はし、寛る寛ると凱旋致しませう』 お玉『到底婆アには改心の望みはありませぬ、自分から斯うして霊縛にかかつて居るのですから、これを幸ひに皆さん聖地へ帰りませう。此お宝は厳重に封をして置きました、私が捧持して帰ります。前後を警固して下さい。此婆アは半日許り霊縛の解けないやうに願ひ置けば、追ひかけて来る気遣ひもありませぬ。五六十人の手下の荒くれ男が、今日に限つて、何れも遠方へ出稼ぎに行つた留守の間、これ全く天の恵みたまふ時でせう。サアサア長居はおそれ』 とお玉の方は帰綾を促す。 宗彦を先頭にお玉、田吾作、留公、原彦と云ふ順序で、宣伝歌を高く謡ひ、四辺の木魂に響かせながら、聖地を指して目出度く凱旋することとはなりける。 岩窟の中には進退自由を失つた婆ア唯一人、谷の彼方には淋しげに閑古鳥が鳴いて居る。 (大正一一・五・一四旧四・一八加藤明子録) |
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58 (1796) |
霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 01 玉騒疑 | 第一章玉騒疑〔六九三〕 天と地との元津御祖、国治立大神は、醜の曲津の猛びに依りて是非なく豊国姫尊と共に、独身神となりまして御身を隠し給ひ、茲に大国治立尊の御子と坐します神伊弉諾大神、神伊弉冊大神の二柱、天津大神の御言を畏み、海月なす漂へる国を造り固め成さむとして、神勅を奉じ、天の浮橋に立ち、泥水漂ふ豊葦原の瑞穂国を、天の瓊矛を以て、シオコヲロ、コヲロに掻き鳴し給ひ、滴る矛の雫より成りしてふ自転倒島の天教山に下り立ち、天の御柱、国の御柱を搗き固め、撞の御柱を左右りより廻り会ひ再び豊葦原の中津国を、神代の本津国に復さむと、木花姫命、日の出神と言議り給ひて、心を協せ力を尽し、神国成就の為に竭し給ひしが、天足彦、胞場姫の霊より現はれ出でたる醜の曲津見、再び処を得て、縦横無尽に暴れ狂ひ、八百万の神人は又も心捩けて、あらぬ方にと赴きつ、復び世は常闇となりにけり。 茲に天照大御神、神素盞嗚大神は伊弉諾命の御子と現れまして天津神、国津神、八百万の神人に誠の道を説き諭し給ひしが、世は日に月に穢れ行きて、畔放ち溝埋め、樋放ち頻蒔き串差し、生剥ぎ逆剥ぎ、屎戸許々太久の罪、天地に充満し、生膚断、死膚断、白人胡久美、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪、昆虫の災、高津神の災、高津鳥の災、畜殪し蠱物せる罪、許々太久の罪出で来り、世は益々暗黒の雲に閉され黒白も分かずなり行きたれば、素盞嗚大神は葦原国を治め給ふ術もなく日夜に御心を砕かせ給ひ、泣き伊佐知給へば、茲に神伊弉諾命、天より降り給ひて、素盞嗚尊にその故由を問はせ給ひ、素盞嗚尊は地上の罪悪を一身に引受け、部下の神々又は八岐大蛇醜神の曲を隠し、我が一柱の言心行悪しき為なりと答へ給へば、伊弉諾大神は怒らせ給ひ、 伊弉諾大神『ここに汝は海原を知食すべき資格なければ、母の国に臻りませ』 と厳かに言宣り給へば、素盞嗚尊は姉の大神に事の由を委細に申し上げむと、高天原に上り給ふ。此時山川草木を守護せる神々驚きて動揺し、世はますます暗黒となりければ、姉大神は弟神に黒き心ありと言挙げし給ひ、茲に天の安河を中に置き、天の真奈井に御禊して、厳之御魂、瑞之御魂の証明し給ひ、姉大神は変性男子の御霊、弟神は変性女子の御霊なる事を宣り分け給ひぬ。 素盞嗚尊に従ひませる八十猛の神々は大に怒りて、 八十猛神『吾が仕へ奉る素盞嗚大神は清明無垢の瑞霊に坐しませり。然るに何を以て吾が大神に対し、黒き心ありと宣らせ給ひしか』 と怒り狂ひて、遂に姉大神をして天の岩戸に隠れ給ふの已むなきに到らしめたのは、実に素盞嗚尊の為に惜しむべき事である。 茲に素盞嗚大神はいよいよ千座の置戸を負ひ給ひ、吾が治せる国を姉大神に奉り、高天原を下りて、葦原の中津国に騒れる曲津神を言向け和し、八岐大蛇や醜狐、曲鬼、醜女、探女の霊を清め、誠の道に救ひ、完全無欠、至善至美なるミロクの神政を樹立せむとし、親ら漂浪の旅を続かせ給ふ事となつた。 大洪水以前はヱルサレムを中心として神業を開始し給ひしが、茲に国治立尊の分霊国武彦と現はれて、自転倒島に下りまし、神素盞嗚大神と共に五六七神政の基礎を築かせ給ふ事となつた。それより自転倒島は、いよいよ世界統一の神業地と定まつた。 顕国玉の精より現はれ出でたる如意宝珠を始め、黄金の玉、紫の玉は、神界における三種の神宝として、最も貴重なる物とせられて居る。此三つの玉を称して瑞の御霊と云ふ。此玉の納まる国は、豊葦原の瑞穂国を統一すべき神憲、惟神に備はつて居るのである。 茲に国治立命は天教山を出入口となし、豊国姫神は鳴門を出入口として、地上の経綸に任じ給ひ、永く世に隠れて、五六七神政成就の時機を待たせ給ひぬ。素盞嗚尊は其分霊言霊別命を地中に隠し、少彦名命として神業に参加せしめ給ひしが、今又言依別命と現はして、三種の神宝を保護せしめ給ふ事となつた。言依別命の神業に依りて、三種の神宝は錦の宮に納まり、いよいよ神政成就に着手し給はむとする時、国治立命と豊国姫命の命に依り、未だ時機尚早なれば、三千世界一度に開く梅の花の春を待ちて三箇の神宝を世に現はすべしとありければ、言依別命は私かに神命を奉じて、自転倒島の或地点に深く隠し給ひし御神業の由来を本巻に於て口述せむとす。有形にして無形、無形にして有形、無声にして有声、有声にして無声なる神変不可思議の神宝なれば、凡眼を以て見る事能はざるは固よりなり。 凩荒ぶ冬の夜の月の光を浴びながら 心にかかる黒雲の晴るる隙なき黒姫が 言依別命より言ひつけられて人知れず 納め置きたる黄金の玉の在処を調べむと 丑満時に起き出でて独りスゴスゴ四尾山 麓の一つ松が根に匿まひ置きし石櫃の そつと蓋をば開き見て思はずドツと打倒れ 吾責任も玉無しの藻脱の殻の悲しさに 如何はせむと起き直り思案に暮れて居たりしが 忽ち人の足音に気を取直し立ちあがり 木蔭を索めて帰り行く。 窺ひ寄つたる二人の男、松の根元に立寄りて、 甲(テーリスタン)『ヤア黒姫さまの様子が怪しいと思うて跟いて来たが、大方これは蜈蚣姫が占領して居つた黄金の玉を、言依別命から信任を得て、黒姫が隠して置きよつたのだなア』 乙(カーリンス)『併し黒姫さまは蓋を開けるが早いか吃驚して尻餅を搗いたぢやないか。大方紛失して居たのぢやあるまいかな。そんな事だつたら、黒姫もサツパリ駄目だがなア』 甲(テーリスタン)『あんまりの玉の光に驚いて、尻餅を搗いたのだらう、それに定つて居るよ。誰一人こんな所に隠して置いたつて、探知する者がないからな。肝腎の紫姫さまでさへも御存じない位だから………』 乙(カーリンス)『イヤどうも怪しい黒姫の姿、影が薄い様だ。一つそつと尋ねて見ようぢやないか。グヅグヅして居ると、姿が分らなくなつて了ふよ』 甲(テーリスタン)『サ、早く往かう。最早姿が見えなくなつたぢやないか』 とキヨロキヨロ其処らを見廻して居る。忽ち下手の溜池にバサリと人の飛び込む水音、二人は驚いて池の辺に駆けつけ見れば、何の影もなく、唯水面を波が円を描いて揺らいで居る。月の影さへも砕けて、串団子の様に長く重なり動いて居る。 甲(テーリスタン)『ヤア此処に履物が一足脱いである。こりやてつきり黒姫さまのだ。ヤア大変だ、カーリンス、貴様は早く帰つて言依別様に申し上げ、大勢の信者を引率して救援隊を繰出して呉れ。俺はそれ迄此処に保護して居る』 カーリンス『馬鹿言ふない。グヅグヅして居る間に縡れて了ふぢやないか』 と云ふより早く、カーリンスは、薄氷の張りかけた池に、赤裸となつて飛び込み、水を潜つて黒姫を引抱へ、漸くにして救ひあげた。黒姫は最早虫の息となつて居る。 カーリンス『オイ、テーリスタン、誰にも此奴ア、様子を聞く迄極秘にして置かなくては、黒姫さまの為にはよくなからうぞ。兎も角俺も寒くて体が凍てさうだ。そつと此処で火を焚いて黒姫様の体を温めて息を吹き返さすのが第一だ。オイ貴様早く、そつと帰つて二人の着物を……何でも良いから持つて来て呉れ』 テーリスタン『ヨシ合点だツ』 とテーリスタンは黒姫の館へ駆けつけ、そつと衣服を二人前、小脇に抱い込み帰つて来た。其間に黒姫は息を吹き返して居た。テーリスタンは息を喘ませながら、 テーリスタン『サア漸く持つて来た。早く着て呉れ。寒かつただらう』 カーリンス『アヽそれは御苦労だつた。サア黒姫さま、兎も角これを着て下さい』 黒姫『お前はテー、カーの両人ぢやないか。なぜ妾の折角の投身を邪魔なさるのだい。どこまでも妾を苦しめる心算かい』 カーリンス『コレ黒姫さま、チツと確りなさらぬか。お前さまは精神に異状を来して居るのだらう。生命を助けて貰つて不足を云ふ者が何処にありますか。なア、テーリスタン。御苦労だつた位云つても、あんまり損はいくまいに………こんな怪体な事を聞いたことはないのう』 テーリスタン『コレ黒姫さま、お前さまが覚悟で陥つたのか、過つて陥つたのか………そら知らぬが、吾々二人は生命を的に、此寒いのにお前さまの生命を助けたのだ。なぜそんな不足さうな事を言ふのだい』 黒姫『妾はどうしても生きて居られぬ理由があるのだよ。どうぞ死なしてお呉れ』 と又もや駆け出さむとするを、カーリンスは大手を拡げ、 カーリンス『待つた待つた、死んで花実が咲く例しがない。仮令どんな事があつても、死んで言訳が立つものか。却て神界に於て薄志弱行者として冥罰を受けねばなるまい』 黒姫『何と云つても死なねばならぬ理由がある。どうぞ助けてお呉れ』 カーリンス『助けて上げたぢやないか』 黒姫『助けると云ふのは、妾の自由に為して呉れと云ふのだよ』 カーリンス『自由にするとは、そりや又どうすると云ふのだい。一日でも生きよう生きようとするのが人間の本能だ。死ぬのを助かるとはチツと道理に合はない。そこまでお前さまも覚悟をした以上は、どんな活動でも出来るだらう。生命を的に神界の為に活動し今迄の罪を贖ひし上、神様のお召しに依つて国替するのが本当だよ』 テーリスタン『此位な道理の分らぬ貴女ぢやないが、何故又さう分らぬのだらうかナア』 黒姫『何も彼もサツパリ分らぬ様になつて来ましたよ』 テーリスタン『お前さま、言依別命様より保管を命ぜられた、黄金の玉を紛失したのだらう』 黒姫『何ツ、それが如何してお前に分つたのか』 テーリスタン『私は貴女がチヨコチヨコ夜分になると、宅を出て往くので、此奴ア不思議だと、二人が何時も気を付けて居つたのだ。さうすると、四尾山の一本松の麓へ行つて居らつしやる。今日も今日とて不思議で堪らず、来て見れば、お前さまは松の木の根元で、唐櫃を開いて腰を抜かしなさつただらう。てつきり黄金の玉を誰かに盗まれ、其責を負うて自殺しようとしたのだらうがナ』 黒姫『何ツ、お前は何時も妾の行動を考へて居たのか。油断のならぬ男だ。そんなら其玉の盗賊はお前達両人に間違なからう……サア有態に仰有れ』 テーリスタン『これはしたり、黒姫さま。それは何と云ふ無理を仰有るのだ。能う考へて御覧なさい。吾々両人が其玉を仮りに盗んだとすれば、どうしてお前さまを助けるものかい。池へ陥つたのを幸に、素知らぬ顔をして居るぢやないか』 黒姫『兎も角、あの松の木の下へは、お前達二人、何時も来ると云ふぢやないか。玉の在処を知つた者が盗らいで誰が盗らう。何と云つても嫌疑のかかるのは当然ぢや。妾もあの玉に就ては生命懸に保護をして居るのだから、お前の生命を奪つてでも白状させねば置かぬのだよ』 とカーリンスの胸倉をグツと握り、首を締め、 黒姫『サア、カーリンス、玉の在処を白状しなさい』 テーリスタン『コレコレ黒姫さま、何をなさいます。あんまりぢや御座いませぬか』 黒姫『エー喧しい。お前も同類だ。白状せぬと、カーリンスの様に揉み潰して了はうか。二人が共謀して居るのだから、見せしめに此奴の息の根を止め、次にお前の番だから、其処一寸も動くこたアならぬぞえ』 カーリンス『アヽ苦しい苦しい。オイ、テ、テ、テーリスタン、婆アさまを退けて呉れ、息がト、ト止まる』 と声も絶え絶えに叫んで居る。テーリスタンは已むを得ず、黒姫の腰帯をグツと握り、力に任せて後へ引いた。黒姫は夜叉の如く、声も荒らかに、 黒姫『モウ此上は破れかぶれだ。汝等両人白状すれば可し、白状致さねば冥途の道伴にしてやらう』 と死物狂ひに両人に向つて飛び付き来る其の凄じさ。二人は、 テーリスタン、カーリンス『黒姫さま、待つた待つた。私ぢやない。さう疑はれては大変な迷惑を致しますよ』 黒姫『ナニ、貴様は高春山で悪い事ばかりやつて居た奴だから、また病気が再発したのだ。改心したと見せかけ、鷹依姫と諜し合はして、此玉を盗り、尚其上如意宝珠の玉を持つて逃げる計画に違ない。アヽさうなると、妾も今死ぬのは早い。お前達の計画をスツカリと素破抜いて、根底から覆へさねばならないのだ。サア如何ぢや、何処へ隠した。早く言はぬかい』 テー、カー両人は泣声になつて、 テーリスタン、カーリンス『モシモシ黒姫さま、それはあまり残酷ぢやありませぬか』 黒姫『ナニ、どちらが残酷だ。妾に是れ丈の失敗をさせて置いて、白々しく、知らぬ存ぜぬの一点張で貫き通さうと思つても、此黒姫が黒い眼でチヤンと睨んだら間違はないのだよ。斯う云ふ所で愚図々々して居ると人に見付かつては大変だ。サア妾の館までそつと出て来なさい。ユツクリと話をして互に打解けて、玉の在処をアツサリ聞かして貰ひませう。さうすれば妾も結構なり、お前も言依別命様にとりなして幹部に入れてあげる。何時までも妾の宅に門番をして居つても詰らぬからナア……』 テ、カ(テーリスタン、カーリンス)『ハイ、そんなら御言葉に従ひ、お宅へ参りませう』 黒姫『ア、それでヤツと安心した。素直に在処を白状するのだよ』 テーリスタン、カーリンス『ハテ、困つた事だなア』 と二人は思案に暮れてゐる。 (大正一一・五・二四旧四・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 07 囈語 | 第七章囈語〔六九九〕 高姫は一生懸命精神錯乱状態になつて、熱に浮かされ猛虎の如く、咆哮怒号の声屋外にビリビリと響いて来た。遠州、武州は驚いて奥へ駆け入つたり表へ出たり、手の施す所も知らず、 武州『オイ遠州、何うしよう。大変ぢやないか。大変々々』 と狼狽へ廻つて居る。 杢助はお初の手を引きながら門の戸をがらりと開け、悠々と入り来り、 杢助『オイ、遠州、武州、何を騒いでゐるのだ』 遠州『あの声を御聞きなさいませ、刻々と鳴動がきつくなります。浅間山が爆発するのか、高姫山が破裂するのか知りませぬが、大変な騒動が始まりかけて居ます。何処へ避難したらいいかと思つて、周章狼狽の体で御座います』 杢助『アハヽヽヽ、如何にも偉い鳴動ですな』 遠州『何と云つても三十八度と四十度の間を昇降してゐる熱ですから、随分偉い煙も吐き出します。側に居られた態ぢやありませぬ。何卒貴方、鎮めて下さいな』 杢助『この鳴動は大森博士[※「大森博士」とは当時の有名な地震学者・大森房吉(1868~1923年)のことだと思われる。]だつて、如何することも出来はしない。併し杢助が一つ鎮魂をして鎮めて見ませう』 とお初と共に高姫の病床に進み入つた。 高姫は金盥の底をガンガン叩きながら、起ちつ坐りつ捩鉢巻になつて暴れ狂うてゐる。杢助は両手を組み、一、二、三、四、……………と天の数歌を静かに唱へ、ウンと一声指頭より霊光を発射し、高姫の面を照した。高姫は漸く鎮静状態に復し、バタリと床の上に倒れ、肩で息をしながらウンウンと唸つてゐる。杢助は高姫の肩を撫で擦りながら声低に、 杢助『モシモシ高姫さま、大層御苦しみと見えますが、何事も神様のなさることでせうから、決して決して御心配のなきやうに、気を確に持つて下さい。言依別の教主様も至極平気で居られますから』 高姫は此声にムツクと立上り、杢助の胸倉を矢庭にグツと引掴み、肩をいからし声を震はし、歯ぎしりをキリキリと言はせながら眼を釣上げ、 高姫『お前は杢助ぢやないか、仮令言依別が何と云つても、大事の大事の結構な玉を紛失致したのは、神政成就の為には大変な大失策だ。これと言ふのも貴様がお初を伴れて来て、高姫の生宮から無理に引張り出さしたその為に、斯んな目に遇うたのだ。私もそれから何となく変になり、斯んな病気になつたのも、みんな杢助、お前の為だ。神政成就の妨害を致す大曲津奴が。大方八岐の大蛇が化けて居るのだらう。サア白状致して玉の在処を知らせよ。さうでなければ何処までも放しは致さぬぞや』 杢助『高姫さま、それは偉い迷惑、マア悠くりと気を落着けて冷静になつて下さい』 高姫『何ツ、迷惑と申すか。お前の迷惑は小さいことだ。大神様を始め世界万民の迷惑ぢや。第一この高姫が起つても坐ても居られぬ迷惑な目に遇うてゐる。サア、キリキリと白状致せ』 杢助は高姫の手を強力に任せグツと放した途端に、高姫はどんと仰向けに倒れ、口から蟹のやうに泡を吹き飛ばし、前歯の抜けた口を斜交に開いて、頻りに何事か言はむと上下の唇をたたいている。 お初『小母さま、決して御心配なさいますな。その玉は神様の御手に御預り遊ばして御座るから、神政成就の妨害にはなりませぬ。三個の玉は有形です、そのために皆様はモツト立派な無形の玉を一個宛頂きましたから、御安心なさいませ』 此声に高姫は気がつき、 高姫『ヤア、お前はお初ぢやな。小豆のやうな態をして、ようツベコベ囀る奴ぢや。私の玉を叩き出した曲者、サア、もう斯うなる上は此高姫が承知致さぬ』 と飛びかからうとする。お初は体をヒラリと躱し、 お初『小母さま、気を落着けなさい』 高姫『何ツ、猪口才な、ゴテゴテ言はずにすつこんで居れ。大方貴様が玉を盗んだのであらう。サア、日の出神の生宮が承知致さぬ』 と又もや飛びかかる。お初は右へ左へ胡蝶の飛び交ふ如く、ヒラリヒラリと高姫の鋭鋒を避けて居る。門口にはテルヂー、雲州の二人、高姫の病気危篤と聞いて見舞にやつて来たと見え、 テルヂー『これ遠州さま、一寸開けて下さい。テルヂー、雲州の両人だ』 遠州は此声にガラリと戸を引き開け、 遠州『ヤア、よく来て下さつた。大変に大将の病気が、変になつて来たので困つてゐるのだ』 雲州『変になつたとは何うだい。危篤と云ふのか』 遠州『時々高姫山が鳴動をするので危険でたまらないのだよ。人事不省の高姫山、うつかり踏査でもしようものなら、山と共に奈落の底まで陥落するか分つたものぢやない。今も玉治別さまがカーンとやられて、遁げ帰らしやつたとこだ。気がついたら又俺から篤りと云うて置くから、帰つたがよからうぞ』 テル『折角此処まで来たのだから、御顔だけでも拝見して帰らうか。なア、雲州』 雲州『危険区域だと云つて退却するのは男子の本分ではない。これも修行のためだ、一つ踏査することにしようかい』 と遠州の止むるをも聞かず、無理に奥の間に進み入つた。 高姫は火の如き顔色に眼を釣り、拳を固めて六歳のお初目蒐けて追ひかけてゐる。杢助は此の騒ぎを他所事のやうに煙草をくすべながら、師団演習の観戦でもしてゐるやうな調子で泰然と構へてゐる。二人の姿を見るより、高姫は、 高姫『ヤー、お前はテルヂーに雲州ぢやないか。貴様は元が小盗人だから、大方あの玉を盗みよつたのだらう。サア、了簡せぬ。早く此処へ玉を吐き出せ』 と雲州の素首をグツと捻ぢ、畳に摺つけ、 高姫『サア、吐け吐け』 と高春山でお初の玉吐せを見てゐた高姫は、同じ流儀に倣つて腰を滅多矢鱈に叩きつける。 雲州『アイタヽ、ウンウン。モシモシさう叩いて貰ひますと、尻からプン州や、ウン州が出ますワイなア。オイ、テルヂー、早う俺を助けて呉れぬかい』 高姫『貴様は身魂が悪いから尻から吐くのだらう。コラ、今デルジリと吐かしただらう。早く尻を出せ』 杢助は強力に任せ、高姫の素首をグツと握つて、猫を抓んだやうに引提げ、ポイと蒲団の上に抓み下した。 又もや高姫は発熱甚だしく、ウンウンと苦悶の声を上げながら、床上に力なくグタリと倒れて囈語を始めた。 高姫『三五教の変性男子様の結構な教を、変性女子がワヤに致して盗つて了はうとするので、これは何でも系統の高姫が、一つ腰を入れねばなるまいと黒姫を説き諭し、青彦や魔我彦に言ひ聞かして、到頭ウラナイ教を樹てて、神政成就の御用を致さうと思ひ、日の出神の生宮が現はれ、黒姫には竜宮の乙姫様が引添うて、御守護遊ばすなり、力一杯変性女子の悪の守護神に敵対うて見たところが、思うたよりは立派な身魂で、ミロクさまのやうな素盞嗚尊ぢやと感心して、それから心を改め三五教へ帰つて、手を引合うてやらうと思へば、奴灰殻の学と智慧とで固まつた言依別命が教主となり、又もや学と智慧とで此世をワヤに致さうと致すに依つて、アヽ三五教も駄目だ、私が三つの玉を呑み込んで、再びウラナイ教を樹てて見ようと、心の底で思つて居つた。それ故黒姫に黄金の玉の御守をさして置いたのに、彼奴は莫迦だから到頭八岐の大蛇の眷属に奪られて了ひよつた。アヽ残念ぢや。三つの御玉が一つ欠けた、何うしよう、斯うしようと気が気でならず、到頭黒姫を鞭撻つて玉探しに出したが、これでは雲を掴むやうな頼りのない話。併しながら此の高姫が保管して居る二つの玉さへあれば、何うなり、斯うなりと、神様に対して高姫が変性男子の御用継ぎを致せると思うて居つたら、其の二つの玉も大蛇の乾児に、何時の間にか盗られて了ひ、今は蟹の手足をぼがれたやうな悲惨な事になつて了つた。 これと云ふのも言依別命が、余り物喰ひがよいので、何でも彼でも塵芥を、此の聖らかな神様の御屋敷へ引張り込むものだから、斯んな縮尻が出来たのだ。エーもう仕方が無い。併し此の玉は遠くは行くまい。何れ未だ近くに隠してあるに違ひない。さうでなければ誰かが呑み込んでゐるのかも知れぬ。仮令死んでも、火になつても蛇になつても、此の三つの玉を取返さねば置くものか。エーエー残念や、口惜しや、ウンウンウン』 と千切れ千切れに自分の腹の底まで白状して了つた。 之を聞いた杢助、お初、テルヂー、遠州、雲州、武州は目と目を見合はし、高姫の腹の中の清からざりしに肝を潰してゐる。 高姫の大病と聞きつけて、次から次へと見舞客は踵を接し、門口は非常に雑沓を極めた。されど杢助は深く慮るところあり、高姫の囈語を大勢に聞かせては大変と、遠州、雲州に堅く言ひつけ面会を謝絶せしめつつあつた。此処へ国依別は駿州、三州を伴ひやつて来た。 国依別『コレコレ遠州さま、高姫さまの御病気は如何です。些とよい方ですか』 遠州『善とも悪とも、テンと見当がつきませぬ。善いと思へば悪い、悪いと思へば善い、到底凡夫の吾々、見当の取れぬ仕組と見えますワイ』 国依別『コレコレ遠州さま、今日は教理のことをたづねに来たのぢやない。御病気は如何と云ふのだよ』 遠州『病気ですかい。御病気は矢張身体の機械が、どつか破損したのですなア。随分奇怪千万な病気ですよ。何でも彼りや憑いてますなア』 国依別『誰がついて居るのだ。看護婦は何人位居るか』 遠州『何分日の出神さまの生宮ですから、神主もそれはそれは沢山居るでせう。人間の目には根つから見えませぬなア。死虱とか云つて、随分観音さまが沢山、御守護してゐらつしやいますワ』 国依別『莫迦云ふない。オイ、駿州、三州、斯んな奴に相手になつて居つても、とんと要領を得ない。サア、奥へ強行的進軍だ』 と行かむとする。遠州は両手を拡げ、 遠州『アヽ国さま、駿、三、マア待つて下さい。杢助さまが喧ましいから』 国依別『なに、杢助さまが来てゐるのか。そんなら猶の事、這入らねばなるまい』 遠州『今お前達が這入ると病気は益々危篤になると云つて、杢助さまが心配して御座つたので、軈て御臨終も近寄つただらう』 国依別『それほど危篤に陥つて御座るのなら尚更の事だ。何うしても御目にかからねばなるまい。其処除け、邪魔ひろぐな』 と突き除け刎ね除け進み入る。見れば高姫は、杢助に抱かれて、スヤスヤと睡つてゐる。 国依別『アヽお初さま、杢助さま、皆さま、大変に御苦労でした。御様子は何うですな』 杢助『ハイ、案じられた容態で困つてゐます。精神錯乱と見えて取止めもないことを口走るので、実のところは面会謝絶をしてゐたのです。併しよう来て下さつた。到底もう駄目でせう』 と絶望的悲調を帯びたカスリ声で、力なげに答へる。 お初はニコニコしながら、 お初『何れも方、御心配下さいますな。これには深い様子のあることでせう』 斯る処へ言依別命は、言依姫、お玉の方、言照姫、紫姫、若彦を伴ひ、病気見舞のために此処に現はれ、枕頭に座を占め、天津祝詞を奏上し、天の数歌を唱へて恢復を祈つた。 (大正一一・五・二五旧四・二九外山豊二録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 13 寂光土 | 第一三章寂光土〔七〇五〕 嵐のたけぶ魔谷ケ岳バラモン教に立籠る 蜈蚣の姫を教主とし朝な夕なに真心を 捧げて尽す金助も心の駒を立直し 神の御稜威も鷹鳥の山の谷間に湧き出づる 流れも清き清泉魂を洗ひて忽ちに 心の園に一輪の花の薫りを認めてゆ 直に開く大御空高天原に日月の 光隈なく照り渡り娑婆即寂光浄土の真諦を 悟るや忽ち黄金の衣に包まれ煌々と 輝き渡る神御霊紫磨黄金の膚清く 身の丈三丈三尺の三十三魂と成り変り 鷹鳥山の山頂に宇宙万有睥睨し 茲に弥勒の霊体を現じて四方を照しける 折しもあれや玉能姫鷹鳥姫は山上の 光を求めて岩ケ根の庵を後にエチエチと 近づき見れば金像は五丈六尺七寸の 巨体と変じ給ひつつ左右の御手に鷹鳥の 神の司や玉能姫物をも言はず鷲掴み 中天高く投げやれば翼なき身の鷹鳥の 姫の司は忽ちに元の庵に恙なく 投げ返されて胸をつき心鎮めて三五の 道の蘊奥を細々と奥の奥まで探り入る 玉能の姫は中天に玉の如くに廻転し 再度山の山麓に落ちて生田の森の中 木々の若芽も春風に薫る稚姫君の神 鎮まりいます聖場へ端なく下り着きにけり 遠き神代の昔より皇大神の定めてし 五六七神政の経綸地時節を待つて伊都能売の 貴の御霊の姫神と仕へて茲に時置師 此世を忍ぶ杢助が妻のお杉の腹を藉り 生れ出でませし初稚の姫の命と諸共に 清く仕ふる三つ御霊三五の月の皎々と 四海を照らす神徳を暫し隠して岩躑躅 花咲く春の先駆を仕組ませ給ふ尊さよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 鷹鳥山の頂に示現し給ひし弥勒神 深き経綸の蓋開けて輝き給ふ時待ちし 堅磐常磐の松の世の栄え目出度き神の苑 花は紅葉は緑天と地とは紫に 彩る神代の祥瑞に天津神等国津神 百の神々百人は雄島雌島の隔てなく 老木若木の差別なく栄ゆる御代に大八洲 樹てる小松のすくすくと天津御光月の水 受けて日に夜に伸ぶる如進む神代の物語 黄金閣の頂上に輝き渡る日地月 貴の瓢の永久に開くる御代の魁を 語るも嬉し神館月の桂を手折りつつ 言葉の花を翳しゆく醜の魔風の吹き荒び 朽ちよ果てよと迫り来る曲の嵐も何のその 松の操のどこまでも神の御業に仕へずば 固き心は山桜大和心のどこまでも ひきて返さぬ桑の弓言葉のツルを手繰りつつ 五六七の代まで伝へ行くミロ九の神代を松村が 心真澄のいと清く山の尾の上に馥郁と 咲き匂ひたる教の花太折りて語郎善美世は 開き始めて北村氏隆き御稜威も光りわたり 海の内外の山川も草木もなべて皇神の 豊の恵二浴しつつ神代を祝ふ神人の 稜威の身魂を照らさむと雪に撓める糸柳の いと軟らかに長々と二十二巻の小田巻の 錦の糸を繰返し心も加藤説き明す 鷹鳥山の高姫が娑婆即寂光浄土をば 心の底より正覚し国治立の神業に 仕へ奉りて素盞嗚の神の尊の神力を 悟り初めたる物語言の葉車欣々と 風のまにまに辷り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 鷹鳥姫は玉能姫を伴ひ、山上の光を目標に登り行つた後に、若彦は金助、銀公の両人に対し、三五教の教理を説き諭す折しも、如何はしけむ、金助、銀公の二人はキヤツと一声叫ぶと共に其の場に倒れ、人事不省に陥つて了つた。若彦は驚いて谷水を汲み来り、両人の面部に伊吹の狭霧を吹き掛け、甦らさむと焦る折しも、風を切つて頭上より降り来る鷹鳥姫の姿に二度ビツクリ、近寄り見れば、鷹鳥姫は庭前の青苔の上に仰向けとなり大の字になつて、 鷹鳥姫『ウン』 と云つたきり、ピリピリと手足を蠢動させて居る。若彦は周章狼狽為す所を知らず、右へ左へ水桶を提げた儘駆けまはる途端に、鷹鳥姫の足に躓き、スツテンドウと其の上に手桶と共に打倒れた。手桶の水は一滴も残らず大地に吸収されて了つた。若彦は如何したものか、挙措度を失ひし結果、立上る事が出来なくなつて了つた。庭前の苔の上にやうやう身を起し、坐禅の姿勢を取り、双手を組んで溜息吐息、思案に暮れて居る。 若彦『嗟、金、銀の両人と云ひ、力と頼む鷹鳥姫様は此の通り、介抱しようにも腰は立たず、加ふるに妻の玉能姫の消息はどうなつたであらう。神徳高き鷹鳥姫様でさへ斯の如き悲惨な目に遇ひ給うた位だから、吾妻も亦どつかの谷間に投げ棄てられ、木端微塵になつたかも知れない。あゝ、神も仏もないものか』 と稍信仰の箍が緩まうとした。時しもあれや、バラモン教のスマートボール、カナンボールを先頭に、鉄、熊、蜂其他数十人の荒男、竹槍を翳しながら此方を指して進み来り、此態を見て何と思つたか近寄りも得せず、垣を作つて佇み居る。神殿に参拝し居りし七八人の老若男女の信徒は、此惨状と寄せ来る敵の猛勢に肝を潰し、裏口よりコソコソと遁れ出で、這々の態にて山を駆登り、何処ともなく消散して了つた。 山桜は折柄吹き来る山嵐に打叩かれて、繽紛として散り乱れ、無常迅速の味気なき世の有様を遺憾なく暴露して居る。若彦は漸く吾に返り独語。 若彦『あゝ兵は強ければ亡び、木硬ければ折れ、革固ければ裂く。歯は舌よりも堅くして是れに先立ちて破るとかや。吾々はミロクの大神の大御心を誤解し、勝に乗じて猛進を続け、進むを知つて退き、直日に見直し聞直し、宣直す事を怠つて居た。日夜見直せ宣直せの聖言も、機械的無意識に口より出づる様になつては、モウ駄目だ。あゝ過つたり誤つたり。 積む雪に撓めど折れぬ柳こそやはらかき枝の力なりけり とは言依別命様の御宣示であつた。慈愛深き大神様は吾々に恵の鞭を加へさせ給うたのか、殆ど荒廃せむとする身魂を、再び練り直し給ひしか、あゝ有難し辱なし、神様、お赦し下さいませ。神や仏は無きものかと、今の今まで恨みの言葉を申し上げました。柔能く剛を制すの真理を、何故今迄悟らなかつたか。口には常に称へながら有言不実行の罪を重ねて来た吾々、実に天地に対し恥かしくなつて来ました。鷹鳥姫様が斯様な目にお遇ひなさつたのも、玉能姫の消息の分らないのも、吾脛腰の立たなくなつたのも此若彦が誤解の罪、実に神様は公平無私である。敵味方の区別を立つるは吾々人間の煩悩の鬼の為す業、慈愛深き神の御目より見給ふ時は、一視同仁、敵味方などの障壁はない。あゝ神様、あゝ、此世を造り給ひし大神様、心も広き厚き限りなき神直日大直日の神様、何卒々々、至らぬ愚者の吾々が罪、神直日大直日に見直し聞直し下さいませ。今迄の曲事は唯今限り宣り直します』 と声を曇らせ、バラモン教の一味の前に在る事も打忘れ、浩歎の声を洩らして居る。スマートボールは声も荒々しく、 スマートボール『ヤイ三五教の青瓢箪、若彦の宣伝使、態ア見やがれ。金助、銀公の二人を貴様の宅に捕虜にして居やがるのだらう。其天罰でバラモン教の御本尊大国別命様に睨み付けられ、鷹鳥姫は其態、貴様は又脛腰も立たず何をベソベソと吠面かわくのだ。俺達はバラモンの教の為に魔道を拡むる汝等一味を征伐せむが為に実行団を組織し此場に立向うたのだ。これから此スマートボールが汝等一味の奴輩を、芋刺し、串刺し、田楽刺し、山椒味噌を塗りつけて炙つて食つて了ふのだ。オイ泣き味噌、貴様も肝腎要の所で、大変な味噌を付けたものだなア。コリヤ鬼味噌、何を殊勝らしく祈つて居やがるのだ。天道様もテント御聞き遊ばす道理がないぞ。サアこれから顛覆だ』 と槍の穂先を揃へて前後左右よりバラバラと攻め掛る。悔悟の涙に暮れたる若彦は、最早心中豁然として梅花の咲き匂ふが如く、既に今迄の若彦ではなかつた。傲慢無礼のスマートボールが罵詈雑言も侮辱も、今は妙音菩薩の音楽か、弥勒如来の来迎かと響くばかりになつて居る。 若彦『アヽ有難い。われも北光の神様になるのかなア。どうぞ早く目を突いて欲しい。慗に肉眼を所有して居るために、宇宙の光を認むることが出来ないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に心中に暗祈黙祷を続けて居る。スマートボールは、 スマートボール『オイ、カナン、どうだ。これ丈勢込んでやつて来たのに、一つの応答もせず、又反抗的態度も行らない奴に向つて、攻撃するも馬鹿らしいぢやないか。如何したらよからう』 カナンボール『今こそ三五教を顛覆させるには千載一遇の好機だ、何躊躇逡巡する事があるか。一思ひにやつて了へよ、スマートボール』 スマートボール『併し乍ら、お前は屋内に駆入り、金、銀の在処を探して呉れよ。俺は是から此奴等に引導をわたさねばならぬ。……鷹鳥姫の婆、並びに若彦のヘボ宣伝使、よつく聞け。此世は大自在天大国別命の治しめす世の中だ。然るに何ぞ、天則違反の罪を負ひて、永遠無窮の根底の国に、神退ひに退はれた国治立命や、現在漂浪の旅を続けて居る素盞嗚尊の悪神を頭に戴き、猫を被つて、天下を混乱させむとは憎き奴共。天はバラモン教の蜈蚣姫が部下スマートボールの手を借りて汝を誅戮すべく此処に向はせ給うたのだ。サア此世の置土産、遺言あらば武士の情だ、聞いてやらう。娑婆に心を残さず、一時も早く幽界に旅立到せ。覚悟はよいか』 と部下に目配せしながら、竹槍をすごいてアワヤ一突にせむとする折しも、中空より急速力を以て降り来れる一塊の火弾、忽ち庭の敷石に衝突して爆発し、大音響と共に四面白煙に包まれ、咫尺を弁ぜざるに立到つた。中よりコンコンと白狐の鳴き声、谷の彼方此方に警鐘を乱打せし如く、頻りに聞えて来た。レコード破りの大音響に、失心して居た鷹鳥姫はハツと気が付き、頭を上げて眺むれば、四辺白煙に包まれ、身は空中にあるか地底にあるか、判別に苦しみつつ、独り頭を傾けて記憶の糸を手繰つて居る。金助、銀公両人もハツと気が付き、咫尺も弁ぜぬ白煙の中を腹這ひながら表に出で、若彦、鷹鳥姫の傍に知らず識らずに寄つて来た。忽ち空中より優美にして流暢な女神の声にて、 女神『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦の両人、よつく聞かれよ。取別けて鷹鳥姫は執着の念未だ去らず、教主言依別命の示諭を軽視し、執拗にも汝が意地を立てむとし、神業繁多の身を以て聖地を離れ、此鷹鳥山に居を構へ、大神を斎り、汝が失ひし二個の宝玉を如何にもして再び取返さむと、千々に心を砕く汝の熱心、嘉すべきには似たれども、未だ自負心の暗雲汝が心天を去らず、常に悶々として至善至美なる現天国を悪魔の世界と観じ、飽くまでも初心を貫徹せむと、迷ひに迷ふ其果敢なさよ。地上に天国を建設せむとせば、先づ汝の心に天国を建てよ。迷ひの雲に包まれて、今や汝は地獄、餓鬼、修羅、畜生の天地を生み出し、汝自ら苦む其憐れさ。片時も早く本心に立復り、自我心を滅却し、我情の雲を払拭し、明皓々たる真如の日月を心天心海に輝かし奉れ』 と厳かに神示を宣らせ給ひ、御姿は見えねども、空中を帰り給ふ其気配、目に見る如くに感じられた。鷹鳥姫は夢の覚めたる如く心に打諾き、 鷹鳥姫『アヽ謬れり謬れり、今迄吾々は神界の為、天下万民の為に最善の努力を尽し、不惜身命の大活動を継続し、五六七神政の御用に奉仕せしものと思ひしは、わが心の驕なりしか。アヽわれ如何に心力を尽すと雖も、無限絶対、無始無終の大神の大御心に比ぶれば、九牛の一毛だにも及び難し。慢心取違の………われは標本人なりしか、吁浅ましや浅ましや。慈愛深き誠の神様、何卒々々鷹鳥姫が不明を憐れみ給ひ、神業の一端に奉仕せしめられむことを懇願致します。唯今より心を悔い改め、誠の神の召使として微力の限りを尽させ下さいませ。神慮宏遠にして、吾等凡夫の如何でか窺知し奉るを得む。今まで犯せし天津罪国津罪は申すも更なり、知らず識らずに作りし許々多久の罪穢を恵の風に吹払ひ、助け給へ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、感謝の涙に咽びながら一心不乱に天地の神霊に謝罪と祈願を籠めて居る。四辺を包みし白煙は忽ち晴れて、四辺を見れば此は如何に、鷹鳥姫が庵の前の苔蒸す花園であつた。何処よりともなく三柱の美人、上枝姫、中枝姫、下枝姫は、玉の如き顔貌に、梅花の笑ふが如き装ひにて現はれ来り、鷹鳥姫、若彦、金助、銀公の手を取りて引起し、懐より幣を取出して四人が塵を打払ひ、労はり助けて庵の内に進み入る。スマートボール、カナンボール以下一同は如何はしけむ、身体強直し、立はだかつた儘此光景を不審げに目送して居る。谷の木霊に響く宣伝歌の声、雷の如く聞えて来た。 (大正一一・五・二七旧五・一松村真澄録) |