| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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21 (1853) |
霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 13 治安内教 | 第一三章治安内教〔七四三〕 大海原に漂へる黄金花咲く竜宮の 一つの島に上陸し厳の都の城門を 潜りて高姫蜈蚣姫黄竜姫に面会し 梅子の姫や宇豆姫の高き功績に舌を巻き 天狗の鼻の高姫は高山彦や黒姫と 諜し合せて玉能姫初稚姫や玉治の 別命は海原を遠く渡りて自転倒の 島に帰りしものとなし俄に船を操りつ 東を指して出でて行く玉治別や玉能姫 初稚姫の一行は厳の都の城門を 後に眺めて竜王山峰を伝うてシトシトと 谷を飛び越え岩間をくぐりネルソン山の山頂に 汗をタラタラ流しつつ炎暑と戦ひやうやうに 息継ぎあへず登り行く折柄吹き来る涼風に 払ひ落した玉の汗厳の都を顧みて 山又山に連なりし雄大無限の絶景を 心行くまでも観賞し各祝詞を奏上し 天津御神や国津神国魂神の大前に 拍手の声も勇ましく竜宮島の宣伝を 無事に済まさせ玉へよと祈る折しも山腹より 俄に湧き来る濃雲に一行十人忽ちに 暗に包まれ足許も碌々見えずなりにける 斯かる所へ黒雲を押し分け来る大蛇の群 焔の舌を吐き乍ら一行目蒐けて攻め来る スマートボールは驚いて闇の中をば駆めぐり ネルソン山の頂上より足踏みはづし万丈の 谷間に忽ち顛落し続いて貫州武公や 久助お民も各自に行方も知れずなりにけり 玉治別や玉能姫初稚姫は手をつなぎ 暗祈黙祷の折柄に忽ち吹き来る大嵐 本島一の高山の尾の上を渡る荒風は 一入強く三人は木の葉の如く中空に 巻きあげられて悲しくも各行方は白雲の 包む谷間に落ちにけり神が表に現はれて 善と悪とを立別ける此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直し聞直し世の過ちを宣り直す 三五教の皇神の教に任せし一行は 唯何事も惟神御霊幸はひましませと 心の中に祈りつつ底ひも知れぬ谷底に 生命からがら墜落し谷の木霊を響かせつ 天津祝詞をスラスラと奏上するこそ健気なれ。 ○ 厳の城より舁出され谷間の岩上に墜落し 腰を打ちたる友彦も[※第11章末を参照]神の守りの著く ハツと心を取直しあたりを見れば人影の 無きを幸ひ森林の草を分けつつやうやうに 木の実を喰ひ谷水に喉を潤しネルソンの 山の尾の上に着きにける又もや吹き来る烈風に 友彦の身は煽られて高山数多飛び越えつ ジヤンナの谷間に墜落し前後不覚になりにける あゝ惟神々々御霊幸はひましますか 九死一生の友彦もジヤンナイ教の信徒に 担ぎこまれて照姫の教の館に着きにける。 此島はネルソン山の山脈を以て東西に区劃され、東は黄竜姫が三五教を宣布し、其勢力範囲となつて居た。されどネルソン山以西は住民も少く、猛獣、毒蛇、大蛇の群無数に棲息して、東半部の人民は此山脈を西に越えた者はなかつた。然るにネルソン山以西にも相当に人類棲息して秘密郷の如くなつて居た。極めて獰猛勇敢なる人種にして、男子は身の丈八九尺、女子と雖も七八尺を下る者はない、巨人の棲息地である。男子も女子も残らず顔面に文身をなし、一見して男女の区別判じ難き位である。木の葉を編みて腰の周囲を蔽ひ、其他全部赤裸にして、赤銅の如き皮膚を有し居れり。 色の黒い顔に青い文身をなし居る事とて、実に何とも云へぬ恐ろしき容貌計りなりき。猛獣、大蛇の怖れて近寄らざる様との注意より、斯くの如く文身をなしゐるなり。故に此地に美男子と云へば最も獰猛醜悪なる面貌の持主にして、酋長たるべき者は一見して鬼の如くなり。頭部には諸獣の角を付着し、手には石造りの槍を携へ、旅行する時は少くとも五六人の同伴が無ければ、一歩も外へ出ないと云ふ風習である。住宅は主に山腹に穴を穿ち、芭蕉の如き大なる木の葉を敷き詰めて褥となし、食物は木の実、山の芋、松の実等を以て常食となしゐるなり。山間の地は魚類は実に珍味にして、一生の間に一二回口にするを得ば、実に豪奢の生活と言はるる位なり。谷川に上り来るミースと云ふ五寸許りの魚、時あつて捕獲するのみにして、魚類の姿を見る事は甚だ稀なり。兎、山犬、山猫などを捕獲し、之れを最上の珍味とし居たるなり。 されどジヤンナイ教の教理は、動物の肉を食ふ事を厳禁しあるを以て、若し此禁を破る者は、焦熱地獄に陥るとの信仰を抱き、容易に食ふ事を忌み居れり。一度肉食を犯せし者は、其群より放逐され、谷川の畔に追ひやらるる事となれり。此肉食を犯し追ひ退はれたる者は、ネルソン山の西麓の広き谷間に集まり来り、神に罪を謝する為に酋長の娘照姫を教主と仰ぎ、ジヤンナイ教を樹て、醜穢の罪人計りに対し、謝罪の道を教へ居たりける。肉食せざる者は何れも山の中腹以上に住居を構へ、豊富なる木の実を常食となし、安楽なる月日を送りゐたり。谷底には猛獣、大蛇、毒蛇多く集まり、実に危険極まる湿地なりけり。 此谷底に照姫を教主とせるジヤンナイ教の本山は建てられ、数多の信徒は朝夕に祈願を凝らしつつあつた。ジヤンナイ教の信条は………我等はアールの神の禁を犯せし罪人なれば、死後は必ず根底の国の苦みを受くる者なれば、神に祈りて罪を謝し、来世の苦を逃るべきもの……と固く信じてゐたるなり。さうして……頓て鼻頭の赤き神、此地に降臨する事あらむ。是れ我等の救世主にして、天より我等の信仰を憐れみ天降し玉ふものなり……と、照姫の教を固く信じ、時の来るを待ちつつありける。さうして鼻赤き生神はオーストラリヤ全島を支配し、霊肉共に、我等を救ふ者との信念を保持して、救世主の降るを旱天の雲霓を望むが如く待ち居たりしなり。 斯かる所へネルソン山上のレコード破りの強風に吹きまくられ、高山の頂きを数多越えて今此ジヤンナの広き谷間に墜落したれば、怪しき人物の降り来れるものかなと、折から来合せたる十数人の男女は、友彦の人事不省となれる肉体を藤蔓を以て編みたる寝台に載せ、ジヤンナイ教の本山に担ぎ込みぬ。数多の信徒は物珍しげに集り来り、水を飲ませ、撫でさすり、手を曲げ、足を動かしなどして、やうやうに蘇生せしめたり。 友彦は此時は既に失心し、血液循環も殆ど休止し、全身蒼白色に変り居たり。照姫の一の弟子と聞えたるチーチヤーボールは、勝れて大の男にして、口は頬の半まで引裂け、鼻は大きく、白目勝の大なる眼の所有者なりき。教主照姫は少しの文身もなさず、比較的色白く、稍赤味を帯びたる美人なりき。ジヤンナイ教の教主たる者は、天然自然の肉体を染めざるを以て教の本旨となし、数多の信者より特別の待遇を受け、尊敬の的とせられ居たるなり。 友彦は漸くにして正気づき、四辺を見れば、何とも知れぬ恐ろしき、男女区別も分らぬ人種の、十重二十重に我周囲を取巻きゐるに驚き、如何はせむと首を傾げ思案に暮れ居たり。顔色は漸く元に復し、身体一面に血色よくなると共に、鼻の先はいやが上にも赤くなり来たりぬ。 チーチヤーボールは大勢に向ひ、 チーチヤーボール『オーレンス、サーチライス』 と云ひける。此意味は『吾々の救世主なり』と云ふ意味なり。一同は腰を屈め、両手を合せ、友彦に向つてしきりに何事か口々に叫び乍ら、落涙しゐる。チーチヤーボールは、 チーチヤーボール『オーレンス、サーチライス』 と繰返し繰返し言ふ。友彦は合点往かねども、此土人等は決して吾を虐待するものにあらず、珍らしげに吾を天降人種と誤信し、感涙に咽ぶものならむと思ひ、日頃の山師気を発揮し、右の手を握り人差指を立て、天を指して、 友彦『ウツポツポー、ウツポツポー』 と二声叫びてみたり。チーチヤーボールを初め一同は其声に応じて、 一同『ウツポツポー、ウツポツポー、オーレンス、サーチライス』 と声を揃へて叫び出しぬ。其声は谷の木霊に響き、向ふ側の谷にも山彦が同じ様に言霊を応酬する。土人は又もや声する方に向つて前の言葉を繰返しける。 友彦は稍安心したるが、此ジヤンナの郷の言語が通じないに聊か当惑を感じたり。されど頓智のよい友彦は……何、却て天降人種は地上の言葉に通ぜざるが一層尊貴の観念を与ふるならむと決心し、 友彦『アオウエイ、カコクケキ、サソスセシ、……』 と五十音を繰返し繰返し唱へ出したり。老若男女一同は友彦の言葉に従いて『アオウエイ』と異口同音に唱へ出す。友彦は漸く空腹を感じ、 友彦『我れに食を与へよ』 と云ふ。されど郷人の耳には一人として了解するものなく、呆然として友彦の顔を心配げに打眺めてゐたり。友彦は自分の口を右の手で押へてみするに、一同は同じく自分の手で各自の口を抑へゐる。友彦は、 友彦『何か食ふ物があれば持つて来いツ』 と云ふ。又一同は、 一同『何か食ふ物があれば持つて来いツ』 と妙な訛で叫ぶ。 此時大勢の声の尋常ならぬに不審を起し、二三の侍女を伴ひ現はれ来りしは、ジヤンナイ教主テールス姫(照姫)なりき。友彦の顔を見るより忽ち堪へ切れぬ様な笑を含み、友彦の手を握りぬ。友彦は鬼の様な人間の群の中にも、斯かる麗はしき女性のあるかと驚き乍ら、彼女がなす儘に任せ居たり。テールス姫は侍女に何事か命令したるに、三人の侍女は左右の手を執り、一人は腰を押し、テールス姫は先に立ち、穴居民族に似ず、蔦葛を以て縛りつけたる木造の広き家に導きける。友彦は意気揚々として、天下の色男気取りになりて、奥の間深く導かれ行く。 奥の間には立派な斎殿が設けられてあり、名も知れぬ麗はしき果物、小山の如く積み重ね供へられありぬ。テールス姫は其中の紅色の果物を一つ取出し、侍女に命じ、石の包丁を以て二つに割らしめ、さうして一つは自分が食ひ、一つは友彦に食へと、仕方をして見せたり。友彦は喜び空腹の事とて、かぶり付く様に瞬く間に平げにける。これはコーズと云ふ果物の実で、此郷に唯一本より無き大切なる樹の果物なりき。二年目或は三年目に僅かに一つ二つ実る位のものにして、此コーズの実の稔りたる年は必ず此郷に芽出度き事ありと伝へられ居たり。そしてテールス姫が二つに割つて友彦に食はしたるは、要するに結婚の儀式なりけり。数多の男女は雪崩の如く追々此家に集まり来り「ウローウロー」と嬉しさうに叫び、手を拍ち躍り狂ひゐる。是れは救世主の降臨を祝しテールス姫の結婚を喜ぶ声なりけり。 テールス姫は救世主の降臨と夫婦結婚の盛典を祝する為に立つて歌ひ初めたり。その歌、 テールス姫『オーレンス、サーチライスウツポツポ、ウツポツポ テールスナイス、テーナイステーリスネース、テーネース ウツパツパ、ウツパツパパークパーク、ホースホース、エーリンス カーチライト、トーマースタリヤタラーリヤ、トータラリ タラリータラリー、リートーリートー、ユーカシンジヤン、ジヤンジヤ、ベース ヘース、ヘースク、ツーターリンスイーリクイーリク、イーエンス ジヤイロパーリストポーポー、パーリスク ターウーインス、エーリツクチヤーリンスク、パーパー』 と唄ひける。友彦は何の事だか合点行かず、されど決して悪い事ではない、祝の言葉だと心に思ひぬ。此意味を総括して言へば、 『天来の救世主現はれ玉ひ、人間としても実に立派な英雄豪傑なり。吾れは此郷の信仰の中心人物、さうして実に女として恥かしからぬ准救世主である。汝が降り来るを首を長くして神に祈り待つて居りました。最早此谷間の郷は如何なる大蛇が来ても猛獣が来ても、如何なる悪魔でも、決して恐るるに足りない。私は立派な夫を持ち此上の喜びはない。暗夜に灯火を点じたやうな心持になつて来た。今日の老若男女は誰彼も貴方の御降臨を見て、手の舞ひ足の踏む所を知らず喜んでゐます。どうぞ千年も万年も此郷に御鎮まり下さいまして、末永く夫婦の契を結び、此郷の救ひ主となつて人民を守つて下さい。アヽ有難い、嬉しい。天の岩戸が開けた様な……否全く岩戸が開けました。我々一同は是より安心して月日を送ります。お前の鼻の頭の赤いのが日の神の国から御降りなされた証拠だ。どうぞ末永く妾を初め一同の者を可愛がつて下さい』 と云ふ意味の感謝の辞なりけり。友彦は返答せずには居られないと、負けぬ気腰になりて……天降人種気取りで分らぬ事を言つてやる方が却て有難がるだらう、土人の言語も知らずに、憖ひに真似をして却て軽蔑さるるも不利益だ……と心に思ひ定め、さも応揚な態度で、 友彦『……アーメンス、ヨーリンスフーララリンス、サーチライス スーツクスーツク、ダーインコーウンスカーブーランス、ネーギーネーブーカー ナーハーネース、エンモース水菜に嫁菜に蒲公英セーリンス ナヅナ、ヤーマンス、ノンインモードンジヨー、ウナーギー、フーナモロコ、 コーイ、ナマヅ、タコドービンヒツサゲタ、ナイス、ネース、ローマンス、 ホートーホートー、ローレンスピーツク、ピーツク、ヒーバーリース』 と唄ひ済まし込み居たり。一同は何の事だか訳が分らぬ。されど天より降りし救世主の言葉と有難がり、随喜の涙を零し居たりける。 此時又もや十数人の土人に担がれて、此場へ来たりしは玉治別なりき。玉治別は友彦が言葉を半分ばかり聞いて可笑しさに吹き出し「プーツプーツ」と唾を飛ばしける。一同は同じく「プーツプーツ」と言つて友彦目蒐けて唾液を吹つ掛ける。友彦は唾液の夕立に会うた様になつて、 友彦『誰かと思へば玉治別さま、あまりぢやないか、馬鹿にしなさるな』 玉治別『オイ友彦さま、随分好遇たものだなア。コンナナイスを女房に持ち、無鳥郷の蝙蝠で暮して居れば、マア無事だらうよ』 友彦『玉治別さま、チツト気を利かして下さいな。折角ここの大将が此赤い鼻に惚れて、コンナ面白い夢を見て居るのに、しようもない事を言うて下さると、サツパリ化けが現はれるぢやないか』 玉治別『ナアニ、言語の通じない所だ。何を言つたつて構ふものか。わしも一つ言霊をやつて見ようかな』 友彦『やるのも宜しいが、なまかぢりに此郷の言葉を使つちや可けませぬよ』 玉治別『ソンナこたア玉さま百も承知だ。笑つちや可けないよ』 友彦『ナニ笑ふものかい、やつて見玉へ。わしは最早此郷の御大将だから、あまり心安さうに言つて呉れては困るよ。第一お前の態度から直して、わしの家来の様な風をして見せて呉れよ』 玉治別は、 玉治別『ヨシ面白い』 と言ひ乍ら言語の通ぜざるを幸ひ、 玉治別『ジヤンナの郷人よ、玉治別が今申す事をよつく聞けよ。此友彦と云ふ男はメソポタミヤの顕恩郷に於て、バラモン教の副棟梁鬼熊別が娘小糸姫(十五才)を巧言を以てチヨロまかし……』 友彦『コレコレ玉さま、あまりぢやないか』 玉治別『何でも好いぢやないか。分らぬ事だから、マア黙つて聞かうよ……それから錫蘭の島へ随徳寺をきめ込み、一年ばかり暮して居たが、赤鼻の出歯の鰐口に、流石の小糸姫も愛想をつかし、黒ン坊のチヤンキー、モンキーを雇ひ、船に乗つて一つ島まで逃げて来た。……話が元へ戻つて友彦と云ふ奴、浪速の里に於て三百両の詐欺を致し、次に淡路の洲本の酋長東助が不在を窺ひ、女房の前に偽神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を致し、陰謀忽ち露見して雪隠の穴より逃げ出し……』 友彦『コラコラ好い加減に止めて呉れぬかい。あまりぢやないか』 玉治別『ナアニ、構ふ事があるものか。あれを見よ。有難がつて涙を流して聞いてるぢやないか。………マダマダ奥はありますけれど、先づ今晩は是れにて止めをき、又明晩ゆーるゆるとお聞きに達しまする。皆さま、吶弁の吾々が此物語、よくも神妙にお聞き下さいました。併し乍ら用心なさらぬと、此友彦は険難ですよ。……テールス姫さま、此奴は女子惚けの後家盗人、グヅグヅしてると、そこらの侍女を皆チヨロまかし、あなたに蛸の揚壺を喰はす事は火を睹るより明かですよ。アツハヽヽヽ』 と大口を開けて笑ひ転ける。友彦は仕方がなしに自分もワザと笑ひゐる。チーチヤーボールは此場にヌツと現はれ………「神様が大変な御機嫌だ。併し今お出でになつた神は余程立派な方だが、併し家来に違ない。其証拠には鼻の先がチツトも赤くない。さうして余り口が小さすぎる」……と稍下目に見下し、友彦と同じ座に着いて居る玉治別の手を取つて、一段下の席に導き、 チーチヤーボール『ウツポツポウツポツポ、サーチライス、シーリスシーリス』 と合掌する。他の者も一同に、 一同『シーリスシーリス』 と云ふ。これは「救世主のお脇立……御家来」と云ふ意味なり。玉治別は其意を悟り、 玉治別『オイ友、馬鹿にしよるな。俺を眷属だと言ひよつて、貴様それで大将面して居つて気分が良いのか』 友彦『何だか奥歯に物がこまつた様な気もするし、尻に糞を挟んどる様な心持もするのだ、マアここはお前も辛抱して家来になつて呉れ』 玉治別は嘲弄半分に、 玉治別『オイ友、其方は俺の一段下につけ。貴様は天来の救世主と、鼻の赤いお蔭で信ぜられてるのだから、俺が上へ上つた処で貴様が下だとは思ひはせまい。さうしたら、貴様の位は落ちず、俺はモ一つ上の神様と信じられて、面白い芝居が出来るから、一遍俺の方を向いて拝みて見よ』 友彦『さうだと云つて、まさかテールス姫の前で、ソンナ不態の事が出来るものか。そこはチツト忍耐して呉れぬと困るよ』 玉治別『それならそれでよし、俺には考へがある。貴様の旧悪を此郷の言葉で素破抜いてやらうか』 友彦『ヘン、偉さうに言ふない。此郷の言葉がさう急に分るものか。何なと言へ、分りつこないワ』 玉治別『ヨシ、俺は今神様から言葉を習つたのだ……オーレンス、サーチライス、ウツポツポウツポツポ、イーエスイーエス、エツポツポエツポツポ、エツパツパ……』 友彦はあわてて、 友彦『コラコラ、しようもない事を言うて呉れるない。何時の間に覚えよつたのだらう。モウ此上は治安妨害だから、弁士中止を命じます』 玉治別『とうとう弱りよつたなア。サア俺に合掌するのだ。下座に坐れ』 友彦はモヂモヂし乍ら、尻に糞を挟んだ様な調子で、青い顔して佇み居る。テールス姫は何と思つたか、友彦の手を取り、柴で造つた押戸を開け、奥の間へ姿を隠しける。 玉治別『エー到頭養子になりよつたなア。淡路島で養子になり損つて面を曝されよつたが、熱心と云ふものは偉いものだナア。到頭鼻赤のお蔭でコンナ所へ来依つて、怪態の悪い、テールス姫と手に手を取つて済ましこみて這入りよつた。併し乍ら彼奴も可憐相だ。モウこれぎりで嘲弄ふ事は止めてやらう』 チーチヤーボールは玉治別の前に来て、 チーチヤーボール『オーレンス、サーチライス、シーリスシーリス』 と云ひ乍ら、手を取つて次の間に導き、果物の酒を注いで玉治別に進めける。玉治別は右の手を高く差し上げ、 玉治別『アマアマ』 と云ひつつ太陽を指し示したり。ここは次の第三番目の間で、屋根は無く、唯石盤の様な石が奇麗に敷き詰めてある露天の座敷なり。鬱蒼たる樹木が天然の屋根をなし居たり。チーチヤーボールは此樹上に登れと命じたと早合点し、猿の如く樹上に駆け登り、テールス姫が寵愛の取つときのコーズの実の二つ計り残つて居るのを、一つむしり懐に捻こみたり。懐と云つても、粗い粗い蔓で編みし形ばかりの着物なり。コーズは着物の目を抜けてバサリと落ちたる途端に、玉治別の面部にポカンと当りぬ。玉治別は「アツ」と叫んで俯向けに倒れ、鼻を健か打ち、涙をこぼし気張り居る。チーチヤーボールは驚いて樹上を下り来り、玉治別の前に犬突這となりて無礼を拝謝するものの如く、 チーチヤーボール『ワークワーク、ユーリンスユーリンス』 と泣声になり合掌し居たり。暫くして玉治別は顔をあげたるに、鼻は少しく腫あがり、友彦以上の赤鼻と急変したり。チーチヤーボールは驚いて飛びあがり、 チーチヤーボール『ウツポツポウツポツポ、オーレンス、サーチライス、アーリンスアーリンス』 と叫び出しぬ。其意味は、 『今テールス姫の夫となつた救世主より一層立派な救世主だ。縁談を結ぶ時に用ふる果実が当つて、斯の如き立派な鼻になつたのは、全く神様の思召であらう』 と無理無体に玉治別の手を取つてテールス姫の居間へ迎へ入れたり。見れば友彦は立派なる冠を着せられ、蔓で編みたる衣服を着流し、木の葉の褌を締め、傲然と構へ居たり。側にテールス姫はジヤンナイ教の神文を、 テールス姫『タータータラリ、タータラリ、トータラリ、リートーリートートータラリ』 と唱へ居る。神文が終るを待つて、チーチヤーボールはテールス姫に向ひ、 チーチヤーボール『オーレンス、サーチライス、アーリンスアーリンス』 と言葉をかけたり。此声にテールス姫は後振り向き、玉治別の赤い鼻を見て打驚き……「アヽ今日は何たる立派なる神様がお出で遊ばす日だらう。それにしても後からお降りになつた神様の方が余程立派だワ。同じ夫に持つのなら立派な方を持たなくては、神様に申訳がない。少しく口は小さいなり、身長は低いけれど、何とはなしに虫の好く御方だ」……と穴のあく程、玉治別の顔に見惚れ、心の中にさげ比べをなし居たりけり。 玉治別『オイ友、どうだ、俺の鼻を見い、貴様は余程此処へ来て鼻高になりよつたが、俺は正真正銘の鼻赤だ。貴様の赤さは……実の所を云へば……安物の染料で染めた様に大変色が薄くなつて居るぞ。俺の鼻はまるで赤林檎の肌の様だ。サア鼻比べをしようかい。赤いハナには目が付くと云つて、子供でさへも喜ぶんだぞ。俺の鼻の色が百点とすれば、貴様の鼻はマア四十点スウスウだ。今にテールス姫さまが審神をして下さるから、マア楽んで居たがよからう。キツト団扇は俺の方へあがるこたア、請合の西瓜だ。中までマツカイケだ……たーかい、やーまかーら、谷底見ればなア、うーりやなあすびイイの、ハナ、あかいな、アラどんどんどん、コラどんどんどん、……どんどんでテールス姫の花婿さまは、玉治別に九分九厘定つて居るワ。それだから、此鬼の様な立派な面をして、チーチヤーボールさんとやらが貴様が結婚したにも拘はらず、俺を導いて此室へ連て来て呉れたのだ。エツヘン』 と鼻の先に握拳を二つ重ねて、キリキリツと二三遍廻つて見せたりける。 友彦『洒落も良い加減にして置かぬかい。何程美しうても、塗つた鼻は直剥げて了ふぞ。此暑い国に汗を一二度かいて見よ。忽ち化が現はれるワ。俺の鼻は生れつき、地の底から生えぬきの赤鼻だ。ヘン、自転倒島や其他では……鼻赤々々……と馬鹿にしられて、あちらの女にも此方の女にも鼻あかされて来たが、どんなものだい。貴様の鼻はたつた今化が露はれて、お払ひ箱に会ふのだ』 玉治別『馬鹿言へ、ナンボ拭いても拭いても、落ちぬのだ。俺は俄に天の神様が御降臨遊ばして御憑りなさつた、コノハナ赤や姫の御化身だぞ。貴様があまり詐欺や泥棒して、行く所が無くなり、又斯様な所で温情しい土人をチヨロまかさうと致すから、天の大神様が、可憐相だから、本当のコノハナ赤や姫は玉治別だと云ふ事を証明する為に、此通り赤くして下さつたのだ。嘘と思ふなら貴様来て一寸拭いて見よ。中まで真赤けだ』 友彦『ソンナ真赤な嘘を言ふものぢやない』 玉治別はヌツと腮を突出し、舌を出し、 玉治別『アヽさうでオマツカ、ハナハナ以て赤恥をかかし済みませぬなア』 テールス姫はツト立ち、玉治別の左の手を自分の右手でグツと握り、二三遍揺つた上今度は手を離し左の手で玉治別の右の手を握り、右の頬を玉治別の右の頬に擦りつけ、恋慕の情を十二分に示した。充分尊敬の極、愛慕の極に達した時は、相手の左の手を自分の右の手に握るのが方式である。さうして頬をすりつけるのは、最も気に入つたと云ふ表証であつた。友彦は劫を煮やし、ツカツカと此場に進み寄り、テールス姫の右の手を鷲掴みにグツと握り、二つ三つ横にしやくつた。姫は顔をしかめて、腰を屈め、そこに平太らうとした。玉治別も友彦も、期せずして握つた手を放した。友彦は自分の頬をテールス姫の頬に当てようと身に寄り添うた。テールス姫は、 テールス姫『イーエス』 と云ひ乍ら、力限りに友彦を突き飛ばした。友彦はヨロヨロとよろめき、ドスンと尻餅を搗き、マ一つひつくり覆つて、居室の柱に厭と云ふ程後頭部を打つけ、「キヤツ」と云つて其場にフン伸びて了つた。玉治別、テールス姫、チーチヤーボールは驚いて、水を汲み来り、頭から何杯も何杯も誕生の釈迦の様に、目、鼻、口の区別もなく注ぎ掛けた。友彦は「ウン、ブー、ブルブルブル」と息を吹いた拍子に、鼻汁を垂らし、鼻から薄い毬の様な玉が三つ四つ、串団子の様に吹き出した。テールス姫は顔を背向けて俯ぶいて了つた。 そろそろ玉治別の赤い鼻は血がヨドンだと見え、紫色になり、終局には真黒けになつて了つた。されど玉治別はヤツパリ鮮紅色の鼻の持主だと信じて居た。友彦は玉治別の鼻の色の変つたのにヤツと安心し、テールス姫の手をグツと握り、左の手で玉治別の鼻を指し示した。テールス姫は怪訝な顔して玉治別を眺めて居る。玉治別はモ一つ悪戯つてやらうと、ツカツカと前に進み、テールス姫の手をグツと握り、頬を当てようとした。テールス姫は、 テールス姫『イーエスイーエス』 と云ひつつ力に任せて、玉治別をドツと押した。玉治別は後の低い段々を押されて、友彦同様タヂタヂと逡巡ぎ乍ら、一の字に長くなつて倒れた。友彦は手を拍つて、 友彦『アツハヽヽヽ』 チーチヤーボール『エツポツポエツポツポ、エツパーエツパー、イーエスイーエス』 と云ひ乍ら、玉治別を引起し、次の間に押出して行く。 (大正一一・七・五旧閏五・一一松村真澄録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 13 握手の涙 | 第一三章握手の涙〔七五九〕 天恩豊な地恩城春秋冬も夏景色 木々の木の葉は麗しく果物豊に実りつつ 衣食の道に身をもがく難みも要らぬ一つ島 顕恩郷を立ち出でて錫蘭島に立て籠り 閨の友彦後にして大海原を渡り来る 小糸の姫の行先を鵜の目鷹の目つけ狙ひ 三十路に余る男の頃の島に渡りて彼方此方と 行方求めてバラモンの道を開きし友彦が 時の力に助けられ蜈蚣の姫に邂逅ひ 命の瀬戸の海中に堅磐常磐に浮びたる 小豆が島に名も高き国城山の岩窟に 遇ふた嬉しさ恐ろしさ洲本の庄の酋長が 捕手の者に縛られて何の言ひ訳淡路島 東助夫婦の情にて犯せし罪もうたかたの 水泡と消えて釣小舟清武鶴の三人と 馬関の関の浪を越え千引の岩に船をあて 命危ふき折からに三五教の神司 玉治別の一行に惜しき命を救はれて 蜈蚣の姫や高姫の漂着したるアンボイナ 南洋一の竜宮に上陸すればコハ如何に 小糸の姫の生の母蜈蚣の姫に再会し 何の云ひ訳荒波を乗り切り乗り切り沓島や オーストラリヤの浮島に蜈蚣の姫の一行と 命からがら上陸し小糸の姫の住ひたる 地恩の城に来て見れば情を知らぬ国人に 手も無く叩き出だされて傍の林に潜みつつ 黄竜姫の宿の夫嬉し嬉しの再会を 悦ぶ間もなく夢醒めて四辺を見れば岩の上 腰の骨さへ打ち砕き身動きならぬ悲しさに 漸く息を休めつつ三五教の神言を 赤心籠めて宣りつれば神の恵は忽ちに 身もすくすくと風荒き尾の上を伝ひてネルソンの 峰の頂上に辿り着き後振り返り眺むれば 一望千里の雲の奥地恩の城は何処ぞと 眼を見はりつつ憧憬るる時しもあれや烈風に 吹き捲くられて友彦は風にゆられて鷹鳶の 翼無き身は如何にせむジヤンナの郷に墜落し 人事不省の折柄に此地に住める郷人は 不思議と傍に立ち寄りてよくよく見れば昔より 待ち焦れたる救世主曲りながらも赤鼻に 喜び勇み雀躍りしジヤンナイ教の本山に 担ぎ帰りし面白さジヤンナイ教の神司 テールス(照子)姫に思はれてここに夫婦の新枕 月日を重ね往くうちに三五教の感化力 ジヤンナの郷にゆき渡り三五の月の御教は 朝日の昇る勢で四方に拡がり栄え行く 友彦夫婦は意を決し地恩の城に神徳の 花を開かす黄竜姫御許に到り其昔 蜈蚣の姫や小糸姫母娘の者を悩ませし 深き罪をば詫びむとてテールス姫に来し方の 事情細かに物語り漸く妻の諒解を 得たる嬉しさ夫婦連れジヤンナの郷の人々に 暫しの暇を告げながら供をも連れず入り来る 其真心ぞ雄々しけれあゝ惟神々々 神の御幸を蒙りて前非を悔いし友彦が 母娘の前に手をつきて心の曇を晴らしつつ 三五教の柱石と仕へまつりし古き世の 清き尊き物語神と神との御水火より 組み立てられし瑞御霊神の使の瑞月が 粗製濫造の蓄音器把手に撚をかけながら 不整調なるレコードの又もや廻転始めける あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 黄竜姫や友彦の搦みあうたるローマンス 恋の縺れの糸口をサラリサラリと淀みなく 宣らせ給へよ天津神国津御神や大八洲彦 神の命の御前に慎み敬ひ願ぎまつる。 ○ 友彦夫婦は、小糸姫に誘はれ奥殿深く進み入る。友彦の来訪を聞いて胸踊らせた蜈蚣姫、スマートボールや其他の一同は、珍らしさと忌はしさの混乱したる如き面持にて、中腰になりながら出迎ふ。黄竜姫は友彦の手を固く握り、二三回揺ぶり、 黄竜姫『ジヤンナーサール、ウツポツポ、サーチライス、友彦、テールス、テールスヘーム、タープリンスタープリンス、ケーリスタン、イジアン、ノールマン、シールンパーユエーギエル、シユライト』 と宣る。 『ジヤンナの郷に天降りました友彦の救世主よ、妻のテールス姫殿、御無事で御神業によく仕へて下さいました。妾も貴方が今迄の態度を改め、誠の道に御活動遊ばすを仄に聞き、愛慕の念に堪へず、何とかしてお便りを聞き度いものだ、又神様のお許しあれば一度会見をして今迄の御無礼を謝し、互に了解を得て御神業に参加したく思つて居りました。能くマア御遠方の処遥々お入来下さいました』 との意味であつた。(これから解り易いやう日本語を用ふ) 友彦『ハイ有難う御座います。鬼熊別様、蜈蚣姫様の御両親に対し、若気の至りとは申しながら、天にも地にも一粒種の貴方様を、悪魔の為に吾精神を魅せられ、あのやうな不都合な事を致しました私の罪を、お咎めも下されず、唯今の御親切なる打ち解けたる御挨拶、実に痛み入りました。私は過ぎ来し方の御無礼を思ひ出す度に神の光に照らされて、五体をぐたぐたに神様から斬り虐まれるやうな苦痛を感じ、寝ても覚めても居られないので、恥を忍び直接女王様に拝顔を得、心ゆく迄お詫を申上げ、且つお恨みのありたけを酬うて貰ひ、さうして自分の罪を赦され、至粋至純な元の御魂に立ち帰り、安心して御神務に奉仕したく存じまして、女房にも事情を打ち明け、態とに供人も召し連れず、昔の友彦となつてお詫びに参りました。何卒今迄の御無礼を、神直日大直日に見直し聞き直し、お赦し下さらむ事を、偏にお願ひ致します』 と涙をハラハラと流し、真心より詫び入る。黄竜姫は、 黄竜姫『ハイ有難う御座います。罪は却つて私に御座います。お慈悲深い神様に何事もお任せ致しまして、正しき清き御交際をお願ひ申上げます』 と心の底より打ち解ける其殊勝さ。友彦は一同に向ひ歌を詠んで挨拶に代へた。 友彦『沖に浮かべる一つ島地恩の城に現れませる 神威輝き天地の恵も開く梅子姫 三千世界に神徳を隈なく照らす黄竜姫 神の命を始めとし母とまします蜈蚣姫 泥にまみれし世の中をスマートボールや宇豆の姫 千歳祝ぐ松の世の梢に巣ぐふ鶴公の 右守の神の御前に神の教の友彦が 赤き心を打ち明けて居並びたまふ三五の 司の前に敬ひて言解き詫し奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の道は何時迄も 変るためしもあら尊と教の御子と選まれて ミロクの神の神業に仕ふる吾等の頼もしさ 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す神の尊き言霊の 底ひも知れぬ御恵吾人共に大前に 広大無辺の神恩を畏み感謝し奉る あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 地恩の城は永久に朝日の豊栄登るごと 栄え栄えて果も無く輝き渡る天津日の 御蔭蒙りネルソンの山の彼方の国人を 一人も残さず三五の神の恵に救ひ上げ 野蛮未開の魔の郷を開きて進む神の徳 東と西に分れたるネルソン山の頂きに 立たせ給ひて黄竜の姫は雄々しく此島の 救ひの神と現れませよ吾は友彦テールス姫と 力を一つに合せつつ汝が命の神業を 助けまつりて永久に国治立大神の 仁慈無限の御心に酬いまつらむ村肝の 心撓まぬ桑の弓射貫かにや止まぬ鉄石の 胸打ち明けていつ迄も固き心を誓ひ置く あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 梅子姫は総代的に立ち上つて祝歌を歌つた。 梅子姫『無限絶対無始無終仰ぐも高き大宇宙 𪫧怜に委曲に造りたる国治立大神は 仁慈無限の御心を三千世界の万有に 残る隈なく与へむと遠き神代の昔より 心を千々に配らせつ天津神達国津神 百の神達千万の青人草や海川や 草の片葉や鳥獣昆虫の末に至る迄 心を配り給ひつつ大海原に漂へる 泥の世界を清めむと清き御魂を幸はひて 高天原のエルサレム此処を聖地と定めつつ 三五教の御教を四方に開かせ給ひけり 神の最初の出現は珍の都のエルサレム 人の歴史の初まりは埃及国を元となし オリバス神を礼拝し印度の国はクリシユーナ 波斯の国ではミスラスの神を伊仕へ南米の 高砂島の国人はクエルザコールを礼拝す 神の初めのエルサレムは国治立大神を 祀ると云へど其元は清き流れのイスラエル 自転倒島に現れませる神の教も皆一つ バラモン教やウラル教ウラナイ教やジヤンナイの 教と云へど人の世の風土や人情に画されて 其名を異にするのみぞ黄竜姫も友彦も 過ぎし昔はバラモンの神に仕へし身なれども 其根本に立ち帰り此世を造りし神直日 心も広き大直日国治立や豊国姫 神の命の霊の裔埴安彦や埴安姫 貴の命と現はれて教を四方に開きます いとも尊き御恵に如何で隔てのあるべきや いよいよここに三五の神の教に天が下 四方の国々島々を残る隈なく統一し 此世を救ふキリストの神業清くミロク神 十字の架を背に負ひてノアの方舟操りつ 天教地教の山の上に世人を救ふ神の業 其神徳の一滴此処に滴り竜宮の 名に負ふ珍の一つ島メソポタミヤの顕恩郷 聖地に比すべき地恩郷青垣山を繞らして 珍の真秀良場永久に治め給へる黄竜姫 教の御子の友彦が心の底より打ち解けて 東と西を隔てたるネルソン山の青垣を 苦もなくここに打ち払ひ名詮自称の一つ島 一つ心に真実を籠めて仕ふる神の道 三千世界に隈もなく一度に開く梅子姫 心も勇み身も勇み父大神が三五の 清き御旨に叶ひつつ教の道の永久に 開け行くこそ尊けれあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして天は地となり地は天と 変る艱難の来るとも地恩の郷に三五の 厳の御柱弥高に瑞の御柱永久に 顕幽揃うて立つ上は如何で揺がむ国治立の 神の尊の御仰せ心清めて朝夕に 仕へまつれよ諸人よ神の恵は天地と 共永久に変らまじあゝ惟神々々 御霊の幸を賜へかし』 茲に目出度く友彦は黄竜姫と再会し、麻柱の至誠を捧げ、東西相和し相助け、友彦は黄竜姫の忠実なる部下となつて大神の大道を、全島に力の限り拡充する事となつた。いよいよ一同打ち揃ひ、神前に例の如く祝詞を奏上し、宣伝歌を歌ひ終り、十二分の歓喜に満たされて一旦各自の館に帰り、友彦夫婦は貴賓として鄭重なる待遇を受け、数日城内に滞留する事となつた。 (大正一一・七・一一旧閏五・一七加藤明子録) |
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霊界物語 | 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 | 12 秋の色 | 第一二章秋の色〔七七七〕 松の神世の礎は目出度く立ちて足曳の 山と山との奥深く紅葉踏み分け鳴く鹿の 声爽かに佐保姫の錦織りなす秋の空 雲井の空もいと高く和知の流は淙々と 言霊鼓打ちながら神世を祝ふ尊さよ 天地開けし始めより金竜銀竜二柱 海月の如く漂へる泥の海原練固め 海と陸とも立別けて山川草木生ましつつ 完全に委曲に現世を開き給ひし国治立の 神の命に引添うて豊国姫大御神 厳と瑞との三五の錦の機を織らせつつ いと安らけく平けく神世を開き給ふ折 エデンの園に現はれし天足の彦や胞場姫の 体主霊従の醜業に魂は乱れて日に月に 弱り果てたる其隙を八岐大蛇や醜狐 曲鬼共が忍び入り常世の国の天地を 曇らせ乱す常世彦常世の姫の二柱 塩長彦を推戴し豊葦原の瑞穂国 醜の魔の手に握らむと心を尽し身を尽し 権謀術数限りなく醜の荒びを不知火の 地上に生れし百神は仁慈無限の大御神 国治立大神の開き給ひし神政に 向つて醜の鉾を向け常世の彦を謀主とし 力限りに攻め来り天地暗澹曲津霊の 荒ぶる世とは成り果てぬ国治立大神は 天津御空の神国の日の若宮に登りまし 大海原に瀰れる醜の雄猛び詳細に 詔らせ給ひて天の下百の罪咎残りなく 償ひ玉ひて天教の山の火口に身を投げて 世人の為めに根の国や底の国まで遍歴し 野立の彦と名を変へて忍び忍びに世の中を 守らせ給ふ尊さよ豊国姫も夫神の 後を慕うて波の上阿波の鳴門の底深く 沈み給ひて根の国や底の国まで到りまし 野立の姫と身を変じ再び地上に現はれて 夫婦の水火を合せつつ仁慈無限の御心に 百の神人救はむと黄金山下に現はれて 埴安彦や埴安姫の瑞の命の御経綸 種々雑多と身を変じ珍の都を後にして 波に浮べる神の島自転倒島の中心地 青山四方に繞らせる下津岩根の霊場に 尊き御姿隠しつつ此世の曲を払はむと 百千万の苦みを忍び給ひて松の世の 安けき神世を待ち給ふ桶伏山の蓮華台 橄欖山になぞらへし四尾の峰の山麓に 国武彦と身を変じ言依別と現はれて 綾の錦の貴機を織らせ給へる時もあれ 青雲山より送り来し黄金の玉を始めとし 国治立大神の沓になります沖の島 秘め置かれたる貴宝金剛不壊の如意宝珠 又もや聖地に現はれて神徳日々に栄え行く 高春山にアルプスの教を楯に籠りたる 鷹依姫が守れりし紫色の宝玉も 神のまにまに集まりて高天原の御宝 霊力体の三つ御霊此処に揃ひて神界の 尊き経綸の開け口天地の神も勇み立ち 百千万の民草も厳の恵みに浴しつつ 神の立てたる三五の教は日々に栄え行く 錦の宮はキラキラと旭に輝く美はしさ 又も竜宮の一つ島諏訪の湖底深く 秘め置かれたる麻邇の玉玉依姫の計らひに 目出度く聖地に納まりて神徳輝く四尾の 峰も黄金の色添ひて機の仕組も明かに 現はれたりと言依別の瑞の命を始めとし 錦の宮に並びたる八尋の殿に集まれる 信徒達も勇み立ち老若男女の別ちなく 綾の聖地に堵列して玉を迎ふる勇ましさ あゝ惟神々々尊き神の御計らひ 麻邇の宝珠は恙なく清く正しき人々に 前後左右を守られて八尋の殿に造られし 宝座にこそは入り給ふかかる例は久方の 天の岩戸の開けてゆ今に至るもあら尊と 世界を治むる神国の瑞兆とこそ知られけり あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 ○ 錦の宮の神司月日も清く玉照彦の 厳の命や玉照姫の瑞の命は欣々と お玉の方に導かれ八尋の殿に出でまして 梅子の姫や初稚姫の貴の命の一行が 黄金の島より遥々と麻邇の宝珠を奉迎し 聖地に送り来りたる其功績を賞せむと 聖顔殊に麗しく所狭き迄立ち並ぶ 老若男女を掻き分けて一段高き段上に 相並ばして立ち給ふ其神姿の崇高さよ 三つの御玉や五つ御玉其宝玉と相並び 光争ふ玉照彦の伊都の命や玉照姫の 瑞の命の神司お玉の方を差し加へ 愈此処に三つ御魂玉治別や玉能姫 加へて此処に五つ御魂三五の月の神教は 世界隈なく冴え渡り常世の暗を晴らすなる 尊き厳の神業は九月八日の秋の空 澄み渡りたる明かさ手に取る如く思はれぬ あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 経と緯との機織の錦の宮の神柱 玉照彦の美はしく玉照姫のいと清き 厳の御霊は天地に輝き渡り紅葉の 赤き心は葦原の瑞穂の国に隈もなく 伊照り渡らす尊さよ二人の玉照神司 送り来れる玉の輿サツと開いて麻邇の玉 深く包める柳筥弥次々に取り出し 言依別の玉の手に渡し給へば謹みて 一々玉筥奥殿に斎かせ給ふ尊さよ 天地の神は勇み立ち百の信徒歓ぎ合ひ 御空は高く風清く人の心は靉々と 平和の女神の如くなり愈此処に納玉の 式も目出度く終了し言依別の神言もて 玉照彦を始めとし麻邇の宝珠に仕へたる 神の司は云ふも更三五教のピユリタンは 老も若きも隔てなく男女の差別なく 皇大神に供へたる珍の神酒御食美味物 山野海河取揃へ心も開く直会の 宴の蓆賑しく此瑞祥を祝ぎて 歓び歌ひ舞ひ踊り聖地の秋は天国の 開き初めたる如くなりあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして此歓びは永久に 外へはやらじと勇み立ち金扇銀扇打開き 天の数歌うたひ上げ金蝶銀蝶の春の野に 戯れ狂ふ其状は絵にも描かれぬ景色なり。 由良の港の秋山彦の館より、御船に奉安し迎へ来りし、五個の麻邇宝珠は玉照彦、玉照姫、お玉の方の介添へにて教主に渡し給へば、言依別命は恭しく推戴き、錦の宮の奥殿に一つづつ納め給ふ事となつた。それより神饌に供したる山野河海の美味物を拝戴し、酒肴其他種々の馳走をこしらへ、一同之を頂き十二分の歓喜を尽し、大神の御神徳を讃美しながら、各吾住家に引返すのであつた。 (大正一一・七・一九旧閏五・二五谷村真友録) |
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霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 04 教主殿 | 第四章教主殿〔七八六〕 松の老木、梅林楓の紅葉、百日紅 木斛、木犀、樅、多羅樹や緑紅こきまぜて 幽邃閑雅の神苑地魚鱗の波を湛へたる 金竜池に影映す言霊閣は雲表に 聳りて下界を睥睨し神威は四方に赫々と 轟き亘る三五の神の教の教主殿 八咫の広間に寄り集ふ梅子の姫を始めとし 神の大道に朝夕にいそしみ仕ふる五十子姫 闇をはらして英子姫万代寿ぐ亀彦や 五十鈴の滝の音彦や心も光る玉能姫 玉治別を始めとし初稚姫や杢助は 言依別と諸共に奥の広間に座を占めて 玉依姫の賜ひたる麻邇の宝珠の処置につき 互に協議を凝らし居る時しもあれや玄関に 現はれ来る三人連れ御免々々と訪へば 玉治別は出迎へ一目見るより慇懃に 笑顔を作り腰屈め高姫さまか黒姫か 高山彦の神司ようこそお入来下さつた 言依別の神司其他数多のお歴々 今朝からひどう御待兼ねサアサア御通りなさいませ 高姫軽く会釈してそれは皆さまお待兼ね 奥へ案内願ひませう黒姫さまや高山彦の 神の司のお二方サアサア共に参りませう 黒姫夫婦は黙々とものをも言はず足摺りし 静々あとに従うて奥の間さして進み入る。 高姫『ヤア是は是は言依別様を始め、英子姫様其他のお歴々様方の御前も憚らず、賤しき高姫、恐れ気もなく御伺ひ致しまして、さぞ御居間を汚すことで御座いませう。何事も神直日大直日に広き御心に見直し聞直しまして、此老骨をお咎めなく可愛がつて下さいませ』 一同は一時に手をついて、礼を施した。 言依別『高姫様、そこは端近、ここにあなた方お三人様のお席が拵へて御座います。どうぞこちらへお坐り下さいませ』 高姫『何分にも身魂の研けぬ、偽日の出神の生宮や、体主霊従の身魂計りで御座いまするから、そんな正座につきますのは畏れ多う御座います。庭の隅つこで結構で御座いますが、御言葉に甘えて、お歴々様の末席を汚さして頂くことになりました。どうぞ左様な御心配は下さいますな』 玉能姫『高姫様、さういふ御遠慮には及びますまい。教主様の御言葉、どうぞお三人様共快くお坐り下さいませ』 高姫『コレお節、御歴々様の中も憚らず、何をツベコベと……女のかしましい……口出しなさるのだ。チツと御慎み遊ばせ。もう少し神様の感化に依りて淑女におなりなさつたかと思へば、ヤツパリお里は争はれぬもの、平助やお楢の娘のお節丈あつて、名は立派な玉能姫さまでも、ヤツパリ落付きがないので、かういふ時には醜態もない。高姫がかう申すと、猜疑心か、意地悪かの様に思ふでせうが、決して私はそんな心は毛頭も持ちませぬ。お前さまの身魂を立派なものに研き上げて、神業に参加なさつた手前、恥しくない様に、終始一貫した神司にして上げたい計り、お気に障る様なことを申しますワイ。必ず必ず三五教の教は、悪意に取つてはなりませぬぞ。序に初稚姫にも云うておきますが、お前もチツとは我慢が強い。何程杢が総務ぢやと云つて、親を笠に被り年端も行かぬ癖に肩で風を切り、横柄面を曝してはなりませぬぞ。金剛不壊の如意宝珠を何々したと思つて慢心すると、又後戻りを致さねばなりませぬから、慈母の愛を以て行末永きお前さまに注意を与へます』 玉能姫『ハイ何から何まで御心をこめられし御教訓、猜疑心などは少しも持ちませぬ。此上、何事も万事足らはぬ玉能姫、御指導を御願ひ致します』 高姫『お前さまはそれだから可かぬのだ。ヘン、言依別の教主さまから、紫の玉の御用を仰せつけられ、何々へ何々したと思つて、鼻にかけ、玉能姫なんて、傲慢不遜にも程があるぢやありませぬか。そんな保護色は綺麗サツパリと払拭し去り、何故お節と仰有らぬのだ。かう申すと又お前さまは平助でもない、お楢でもない様な、お節介ぢやと御立腹なさるだらうが、人は謙遜と云ふ事が肝腎ですよ。今後はキツと玉能姫なぞと大それた事は御遠慮なさつたがよからう。何から何まで、酢につけ味噌につけ、八当りに当つて根性悪を高姫さまがなさるなぞと思つちや大間違ですよ。……これお節さま、わたしの申すことに点の打ち所がありますかなア』 玉能姫『ハイ、実に聖者のお言葉、名論卓説、玉能姫……エー否々お節、誠に感服仕りました。其剛情……イエイエ御意見には少しも仇は御座いませぬ、併し乍ら個人としてはお節でも、お尻でも少しも構ひませぬが、神様の御用を致します時は、教主様から賜はつた玉能姫の職掌に奉仕せねばなりませぬから、公の席に於ては、どうぞ玉能姫と申すことをお許し下さいませ』 高姫『女と云ふ者はさう表に立つて、堂々と神業に参加するものではありませぬ。オツトドツコイ……それはエー、ある人の言ふ事、私とても女宣伝使、女でなくちや、天の岩戸の初から夜の明けぬ国、言依別の教主様もヤツパリ女に……綺麗な女の言葉は受取易いと見えますワイ。オツホヽヽヽ、もう斯う皺が寄つて醜うなると、到底若い教主様のお気に入らないのは尤もで御座います。こんなことを申すと、又高姫鉄道の脱線だと仰有るかも知れませぬが、決して脱線でも転覆でも御座いませぬぞ。皆日の出神さまが私の口を借つての御託宣、冷静に聞き流されては高姫聊か迷惑を致します。お節計りでない、お初も其通り、初稚姫なぞと大それたことを言つちやなりませぬぞ。本末自他公私を明かにせなならぬお道、神第一、人事第二ぢやありませぬか。私は系統の身魂、四魂の中の一人、日の出神の生宮、言依別さまが何程偉くても人間さまぢや。人間の言ふことを聞いて、此生神の言葉を冷やかな耳で聞き流すとは、主客転倒、天地転覆も甚しいと云はねばなりませぬぞえ。……コレ田吾作、お前も余程偉者になつたなア。竜宮の一つ島へ行つて、玉依姫様に玉を頂き乍ら、スレツからしの黄竜姫に渡したぢやないか。ヤツパリ田吾作はどこ迄も田吾作ぢや、どこともなく目尻が下つて居る。何程顔が美しくても……其声で蜴喰ふか時鳥……、心の奥の奥まで、なぜ見抜きなさらぬ。そんな黄竜姫の様な若い方に渡すのならば、なぜスツと持つて帰つて、立派な生宮にお渡しせぬのぢやい。お節だつて、お初だつて、皆量見が間違つて居るぢやないか。あんまり甚しい矛盾で、開いた口が塞がりませぬワイな。……コレコレ英子姫さま、梅子姫さま、五十子姫さま、お前さまは変性女子の系統、天の岩戸を閉めた身魂の血筋だから、よほど遠慮をなさらぬと可けませぬぞえ。人がチヤホヤ言うと、つい好い気になるものだ。何程立派な賢い人間でも、悪くいはれるのは気の好くないもの、寄つてかかつて持上げられると、つい好い気になり、馬鹿にしられますぞえ。表で持上げておいて、蔭でソツと舌を出す世の中で御座いますからな』 英子姫『ハイ、有難う御座います。御懇切な御注意、今後の神界に奉仕する上に於ても、あなたのお言葉は私の為には貴重なる羅針盤で御座います。併し乍ら面従腹背的の人間は、此質朴なる今の時代には御座いますまい。善は善、悪は悪とハツキリ区劃が立つて居りまする。左様な瓢鯰的の行動をとる人間は、三十万年未来の二十世紀とか云ふ世の中に行はれる人間同志の腹の中でせう』 高姫『過去現在未来一貫の真理、そんな好い気な事を思つて居らつしやるから、無調法が出来ますのだ。エ、併し大した……あなた方に不調法は出来て居らないから、先づ安心だが、併し三五教は肝腎要の日の出神の生宮は誰、竜宮の乙姫即ち玉依姫の生宮は誰だと云ふ事が分らなければ、どこまでも御神業は成就致しませぬぞ。それが分らねば駄目ですから、今後は私の云ふ事を聞きますかな』 玉治別『モシ英子姫様、決して何事も高姫さまが系統だと云つて、一々迎合盲従は出来ませぬぞ。婆心乍ら一寸一言申上げておきます』 英子姫『ハイ有難う御座います』 高姫『コレ田吾、お前の出る幕とは違ひますぞ。日の出神が命令する。此場を速に退席なされ』 玉治別『ここは言依別様の御館、御主人側より退席せよと仰せになる迄は、一寸も動きませぬ。我々は神様の因縁はチツとも存じませぬ。只言依別の教主に盲従否明従して居るのですから、御気の毒乍ら貴女の要求には応じかねます。何分頻々として註文が殺到して居る、今が日の出の店で御座いますから、アハヽヽヽ』 高姫『コレ黒姫さま、高山彦さま、お前さまは借つて来た狆の様に、何を怖ぢ怖ぢしてるのだ。日頃の鬱憤………イヤイヤ蘊蓄を吐露して、お前さまの真心を皆さまの前に披瀝し、諒解を得ておかねば今後の目的……否神業が完全に勤まりますまい』 黒姫『あまり貴女の……とつかけ引つかけ、流暢な御弁舌で、私が一言半句も申上げる余地がなかつたので御座います』 高姫『アヽさうだつたか、オホヽヽヽ。余り話に実が入つて気がつきませなんだ。そんなら黒姫さま、発言権を貴女にお渡し致します』 黒姫『ハイ有難う御座います。私としては別にこれと云ふ意見も御座いませぬが、只皆様に御了解を願つておきたいのは、竜宮の乙姫様即ち玉依姫様の肉のお宮は、黒姫だと云ふことを心の底より御了解願ひたいので御座います』 杢助『アハヽヽヽ』 黒姫『コレ杢さま、何が可笑しいのですか。チト失敬ぢやありませぬか』 と舌鋒を向けかける。 杢助『黙して語らず……杢助の今日の態度、さぞ貴女にも飽き足らないでせう。杢助は総務として、責任の地位に立つて居る以上、成行きを見た上で、何とか申上げませう』 黒姫『コレ玉治別さま、玉能姫さま、一番お偉い初稚姫さま、お前さまはあの玉を誰に貰つたと思うて居ますか』 初稚姫『ハイ、竜の宮居の玉依姫様から……』 玉能姫『竜宮の乙姫さまから………』 黒姫『そらさうに違ひありますまい。そんなら私を何とお考へですか』 初稚姫『あなたは怖いお婆アさまの黒姫さまだと思ひます。違ひますかな』 玉能姫『竜宮の乙姫様の生宮だと聞いて居りまする』 黒姫『さうか、お前さまはヤツパリ年とつとる丈で、どこともなしに確りして居る。併し乍ら聞いた計りで、信じなければ何にもなりませぬぞ。信じて居られますか、居られませぬか、それが根本問題です』 玉能姫『ハイ、帝国憲法第二十八条に依つて、信仰の自由を許されて居りますから、信ずるも信じないも、私の心の中にあるのですから……』 黒姫『成るべくはハツキリと言つて貰ひたいものですな』 玉能姫『ハツキリ言はない方が花でせう。……ナア初稚姫さま、あなた如何思ひますか』 初稚姫『私は黒姫さまを厚く信じます。併し乙姫様の生宮問題に就ては不明だと信ずるのです』 黒姫『誰も彼も歯切れのせぬ御答弁だな。女童の分る所でない、神界の御経綸、どんな人にどんな御用がさせてあるか分らぬぞよ……とお筆に出て居ります。マアそこまで分れば結構だ。……コレコレ玉治別さま、お前さまの御意見はどうだな』 玉治別『私の御意見ですか。私の御意見はヤツパリ御意見ですな。灰吹から蛇が出たと申さうか、藪から棒と申さうか、何が何だかテンと要領を得ませぬワイ』 黒姫『さうだろさうだろ、分らな分らぬでよい。分つてたまる事か。広大無辺の神界のお仕組を、田吾作さま上りでは分らぬのが本当だ。これから私が神界の事を噛んで啣める様に教へて上げるから、チツと勉強なされ』 玉治別『お前さまに教へて貰ひますと、竹生島の弁天の床下に隠してある三つの宝玉が出て来ますかな。私も其所在さへつきとめたら、竜宮の乙姫の生宮だと云つて、羽振を利かすのだけれどなア。序に日の出神にも成り澄すのだが、……黒姫さま教へて下さいますか』 高姫『コレコレ黒、黒、黒姫さま、タヽ田吾に相手になんなさんな。……コレ田吾さま、お前さまは我々を嘲弄するのですか』 玉治別『滅相もない、神様から御神徳をタマハルワケを聞かして下さいと言つて居るのですよ。何分私の身魂が黒姫で、慢心が強うて、鼻が高姫で、おまけに頭が高うて、福禄寿の様に延長し、神界の御用だと思つて一生懸命になつてお邪魔を致して居りまする田吾作で御座いますから、どうぞ宜しく執着心の取れますよう、慢心の鼻が折れますやう、守り玉へ幸ひ玉へ、アヽ惟神霊幸倍坐世』 高姫『ヘン仰有るワイ。黒姫さま、高山彦さま、サア帰りませう。アタ阿呆らしい。お節やお初、田吾や杢に馬鹿にせられて、日の出神様も、竜宮の乙姫さまも、涙をこぼして居やはりますぞえ。何と云つても優勝劣敗、弱肉強食だ。善の分るのは遅いぞよ、其代り立派な花が咲くぞよとお筆に出て居ります。皆さま、アフンとなさるなツ。是から是からサア是れから獅子奮迅の勢を以て、三五教を根本から立替いたすから、あとで吠面かわかぬようになされませや。ヒン阿呆らしい』 と座を立つて帰らうとする。英子姫は、 英子姫『モシモシ高姫様、一寸お待ち下さいませ。それは余りの御短慮と申すもの、十人十色と申しまして、各自に解釈が違つて居りまするが神様は一つで御座います。さうお腹を立てずに、分らぬ我々、充分納得のゆく様にお示し下さいませ。誠の事ならばどこまでも服従いたします』 高姫はニヤリと笑ひ乍ら、俄に機嫌をなほし、 高姫『流石は八乙女の随一英子姫様、お前さま丈だ。目のキリツとした所から口元の締つた所、ホンにお賢い立派な淑女の鏡だ。お前さまならば、此高姫の申すことの分るだけの素養はありさうだ。そんならモ一度坐り直して、トツクリと御意見を伺ひませう』 と一旦立つた膝を、又元の座にキチンと帰つた。 英子姫『私は御存じの通り、まだ世の中に経験少き不束者、どうぞ何から何まで御指導をお願ひ致します。就きましては御聞き及びでも御座いませうが、此度竜宮の一つ島、諏訪の湖より五色の貴重なる麻邇の宝珠が無事御到着になりまして、言依別様が兎も角お預り遊ばして、一般の信徒等に拝観をさせ、それから一々役を拵へ、大切に保管をいたさねばなりませぬ。何分……貴女始め黒姫さま、高山彦さまの肝腎の御方が御不在でありましたので、今日まで拝観を延期して居りました次第で御座います。先づ第一に其玉の御点検を、高姫様、黒姫様に御願ひ致しまして、それぞれ保管者を定めて頂かねばなりませぬ。……今日は言依別様始め皆様と御協議で御足労を煩はした様な次第で御座いますから、どうぞ日をお定め下さいまして、御点検を願ひ、其上で保管者をお定め願はねばなりませぬ』 高姫ニツコと笑ひ、 高姫『流石は英子姫さま、言依別さまも大分によく分つて来ました。併し乍ら、梅子姫様、五十子姫、杢助さまの御意見は……』 英子姫『何れも私と同意見で御座います』 高姫『それならば頂上の事、日の出神の生宮が先づ麻邇の宝珠を受取り、竜宮の乙姫の生宮が玉を検めて、其上、各自日の出神、竜宮の乙姫の指図に従つて一切万事取行ふことと致しませう。此玉が無事に納まつたのも、此高姫が神界の命に依つて、黒姫さまを一つ島へ遣はしたのが第一の原因、次に黒姫は高山彦さまと共に竜宮島の御守護を遊ばされ、肝腎要の結構な玉を他に取られない様に、其身魂をお分け遊ばして玉依姫命となし、此玉を大切に保管しておかれたからだ』 英子姫『ハイ………』 玉治別『黒姫さまの分霊は又大変に立派なものだなア。其神格と云ひ、御精神といひ、容色と云ひ、御動作と云ひ、実に天地霄壤の相違があつた。これが本当なら、雀が鷹を生んだと云はうか、途方途徹もない事件だ。此玉治別も竜宮の玉依姫様から玉を受取つた時の心持、一目拝んだ時の気分と云ふものは、中々以て黒姫さまの前へ行つた時とは、月と鼈ほど違つた感じが致しましたよ』 高姫『コレ田吾さま、黙つて居なさい。新米者の分る事ですかいな』 玉治別『さうだと云つて、其玉に直接に関係のあるのは私ですからなア』 五十子姫『玉治別さま、何事もお年のめしたお方の仰有ることに従ひなさる方が宜しからう』 玉治別『ヘーエ、そらさうですな』 と煮え切らぬ返事をし乍ら頭をかいて居る。 梅子姫『今迄の経緯は何事もスツパリと川へ流し、和気靄々として御神業に奉仕することに致しませう。……高姫様、黒姫様、高山彦様、従前の障壁を除つて、層一層神界のため、親密な御交際をお願ひ致します』 高姫『ヨシヨシ、結構々々』 黒姫『お前さまも少々話せる方だ』 玉治別『何だか根つからよく分りました。何は兎も有れ、日をきめて頂きませう。信者一般に報告する都合がありますから……』 言依別は杢助の方を看守つた。杢助は厳然として立上り、 杢助『かくも双方平穏無事に了解が出来ました以上は、来る二十三日を以て、麻邇の宝珠を一般に拝観させることに定めたら如何でせう。先づ第一に高姫様、黒姫様の御意見を承はりたう御座います』 高姫ニコニコし乍ら立上り、 高姫『何事も此件に付ては、杢助さまの総務に一任致しませう』 黒姫『私も同様で御座います』 高山彦『どちらなりとも御都合に願ひます』 杢助『左様ならば愈九月二十三日と決定致します。皆さま、御異存あらば今の内に御遠慮なく仰有つて下さい』 一同『賛成々々』 と言葉を揃へる。折柄吹き来る秋風に十二分の涼味を浴び乍ら各自に退場する事となつた。アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・二三旧閏五・二九松村真澄録) |
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25 (1919) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 12 湖上の怪物 | 第一二章湖上の怪物〔七九四〕 言依別は若彦と共に、途中に国依別の身に対し、斯かる変事ありとは夢にも知らず一心不乱に神言を奏上し乍ら、千畳敷の岩石、彼方此方に伍列する谷間に、漸く辿り着き、目を放てば紺碧の淵、際限もなく山と山との谷間に押し拡がり、風も無きに波高く立ち騒いで居る。一見して実に凄惨の気に襲はるる如くである。言依別は後振り返り、 言依別『若彦さま、ここは琉と球との宝玉を持つて居る竜神の棲処でせう』 若彦『ハイ左様で御座います。今日は大変に浪が荒れて居ります。屹度途中に於て国依別、常楠が、何か神慮に叶はぬ事を行つたのではあるまいかと、気に掛つてなりませぬ。………アレアレ御覧なさいませ。此無風地帯に浪は増々荒くなつて来たではありませぬか。アレアレ山の如き波が立つて来ました』 言依別『成程、此湖水は余程趣きが違つて居ります。此波の立つ様子から考へても、貴き竜神が潜伏して居られるのは明かであります。併し乍ら国依別や常楠其他の方々は、如何なつたのでせうか。大変に遅いぢやありませぬか』 若彦『途中に於て、竜神の守護すると云ふ太平柿が、枝もたわわに実のつて居りましたが、大方彼の柿でも国依別さまが取つて喰ひ、竜神の怒りに触れて、一騒動をオツ始めて居るのではありますまいかと気が気でなりませぬ』 言依別『あの男は茶目式で、揶揄専門より外に芸能のない男だ。然し淡白で正直で面白い奴だから、人の恐れる柿を取つて見ようなぞと、痩我慢を出したのかも知れませぬよ。常楠翁は実に真面目な人だから、矢張国依別の巧い口に乗せられて、犠牲を喰つて居るのでせう。何は兎もあれ一同無事な様に此処で祈願を致しませう』 と両手を合せ、湖面に向つて両人は天津祝詞を奏上し、天の数歌を唄ひ上げて稍時を費やした。 木の間を漏れて笠が揺ついて来る。よくよく見れば常楠は只一人、息せききつて登り来り、二人の前に手を突いて、 常楠『ドウも御待たせ致しました。嘸御退屈で居らせられたでせう。これには少し訳が御座いますので、ツイ時間を潰しました。どうぞ御赦しを願ひたう御座います』 言依別『大方国依別が、竜神の柿を採つて喰つたのぢやありませぬか』 常楠『ハイ其為めに大変な珍事突発致し、イヤもう気を揉みましたが、稍安心する事が出来ましたので、取るものも取り敢ず、此処迄急いで登つて参りました』 と息をつぎつぎ苦しさうに物語る。言依別は膝を進め猶も次から次へと、詳細に尋ねた。常楠は有りし事ども一切包まず隠さず物語つた。 三人は又もや国依別の無事を祝し、再び感謝祈願の祝詞を奏上しつつあつた。其処へ以前の歌を歌ひ乍ら、意気揚々として国依別は、チヤール、ベース外五人を引き連れ、三人の前に現はれ、頭を掻き乍ら、 国依別『イヤどうも、長らく御待たせ申して申訳が御座いませぬ。様子は残らず常楠翁から御聞取の事と存じますれば、何も申上げませぬ。これにて私も副守護神の茶目坊が悉皆退散致しまして、本当に真摯な、率直な、清廉な、潔白な、勇壮活溌な人物に生れ代りました』 若彦『アハヽヽヽ、国依別さま、茶目坊は……益々猛烈なつたぢやありませぬか』 国依別『灯火の滅せんとするや其光殊に強し……とか云つて、副守の奴、今や滅亡の断末魔の悲痛の叫びで御座います。実に悲痛こい守護神で、国依別も誠に迷惑千万。チヤール、ベースの両人も、鰒の如く腹膨れ、臨月の女房が三ツ児腹を抱へた様な体裁、ウンウンキヤアキヤア唸り通し、揚句にや皮癬掻いて、おまけに疳瘡で、陰金たむしで………』 若彦『国依別さま、又脱線しましたぞ。好い加減に茶目坊を追ひ出しなさらぬか』 国依別『何程チヤール、ベース坊を追ひ出さうと思うても、私に引付いて生命の親ぢやと思うて、副守が放れぬのですから仕方がありませぬ……なア、チヤール、ベース、若彦さまの仰有る通り、モウ私の副守護神になる必要はないから、トツトと離れて下さい』 常楠『オホヽヽヽ、何とまア、戦場に臨んで気楽な事を言うて居る方だ事』 国依別『強敵を前に控へて横笛を吹き、悠揚迫らざる其態度、これで無くては本当の言霊戦に参加し、大勝利を羸ち得る事は不可能でせう。アハヽヽヽ』 此時一陣の暴風水面より吹き起り、巨大なる岩石迄空中に巻き上げる勢となつて来た。「コリヤ大変」と国依別は、大木の幹に抱付き、一生懸命に声迄震はせて祈念して居る。何故か言依別、若彦、常楠其他一同は、さしもの暴風に裾さへも吹かれず依然として其場に端坐して居た。 言依別『国依別さま、強敵を前に控へて、余裕綽々たる貴下の態度、実に感じ入りました』 若彦可笑しさを耐へて「キユーキユーキユープー」と吹き出して居る。常楠は真面目な顔をして控へて居る。 国依別『綽々として根つから余裕は有りませぬ。神直日、大直日に見直し聞直して下さいませ。どうぞ此烈風を止まるやうに御祈念して下さい。あのやうな大岩石が頭上に落下しようものなら、それこそ五体は微塵になりませう。何だか体躯の筋肉が細密に活動し初めました』 若彦『国依別さま、何処に烈風が吹いて居りますか。少し風が欲しい位だ。余り暑いからなア……貴下の目には風が吹くやうに見えますか』 国依別『アヽどうしても……コリヤ……私はどうかして居るワイ。ほんに矢張風は吹いて居りませぬなア。大方過去か未来の烈風の惨状が時間空間を超越して、私の目に映つたのでせう』 若彦『何処迄も徹底した何々ですな、アハヽヽヽ』 と笑ふ。 言依別命は厳然として、 言依別『サア、国依別さま、是からが正念場だ。今晩は此谷間の湖水を眺めて祈願を凝らし、竜神の宝玉を受取らねばならない、大切な用でありますぞ。是限り真面目になつて善言美詞の一点張り、気を付けなされませ』 国依別『ハイ』 と淑やかに夢から覚めたる如く、両手を突き真面目くさつて、頭を下げて居る。一同は三間計り距離を隔てて、谷川の湖辺に伍列する岩影に身を忍ばせ、暗祈黙祷し乍ら時の移るを待つ事とした。 夜は追々と更けて来る。西から東から延長した、山と山との谷間は、二十三夜の利鎌の様な月、漸く雲を押し分けて昇つて来た。一同は月光に向つて祈願を凝らし居る際、礫の雨、まばらにパラパラと石を撒くやうに降つて来た。湖面を見れば幾つともなく、水鉢を並べた様に水面に凹みを印し、円き波紋は互に重なり重なりて、時計の蓋の生地の様に見えて来た。暫くにして大粒の雨は止まつた。湖底に得も言はれぬ蜒々たる火柱の如きもの横たはり輝き初めた。一同は声を潜めて、此光景を見守つて居る。微妙の音楽に引かへ、四辺の谷々山々より何とも云へぬ殺風景な怪音が一時に響いて来た。大地は唸りを立てて震動し、一同の体迄がビリビリと響き出した。忽ち四辺は暗澹として咫尺を弁ぜざるに立至つた。 其時忽然として波の上を歩み乍ら、此方に向つて進み来る白色の長大なる怪物がある。近づくに従つてよくよく見れば、頭髪飽迄白く背後に垂れ、髯は臍の辺まで垂らし、顔は紅の如く目は鏡の如く、金色燦然たる二本の角四五寸許りのもの、額の左右に行儀よく並立し、耳迄引裂けたる鰐口に金色の牙を剥き出し、何とも言へぬ妙な石原薬鑵声で、 怪物『我こそはハーリス山の竜神、大竜別命、大竜姫命の一の眷属、竜若彦神であるぞよ。其方事聖地に於て、玉照彦、玉照姫命より神命を奉じ、琉、球の宝玉を大竜別命、大竜姫命より受取らんと、遥々此処に来れる事、大神様に於ても止むを得ずとして、御満足遊ばして御座る。併し乍ら言依別命の幕下に仕ふる、国依別命、竜神の柿を盗み喰ひし其為めに、我眷属共大に立腹致し、斯かる天地の道理を弁へざる家来を持つ言依別に渡す事は、一つ考へねばならぬと大変な大評定で御座る。も一度聖地へ帰り、出直して修行を一から行り替へ、改めて二つの宝玉を御迎ひに参つたがよからうぞ』 若彦『それ見よ、国依別さま、お前一人で皆の者が総崩れになつたぢやないか。それだから一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂うと云ふのだ』 国依別『八釜敷う云ふな。俺が竜若彦に直接談判をやつて、見ん事受取つて帰る。……コラコラ竜若彦とやら、汝は三五教の宣伝使に向つて、礼儀を知らず不届きな奴だ。種々と化様もあらうに、其方の失敬千万なる顔は一体何だ。人に対する時は最も美はしき顔色を以て、笑顔を十二分に湛え、挨拶するが神の礼儀なるに、鬼面人を驚かすと云ふ、其方の遣り方、国依別中々承知仕らぬぞ。これに返答有らば承はらう。……又竜神の柿を採り喰ひしを、汝は非常に罪悪の如く今申したが、彼の柿なるもの、竜神の平素食す可きものなるや返答聞かう。柿は人間の喰うべきもの、人間に次いでは猿、烏の食す可き物だ。人にも喰はさず、棚にも置かず、あたら天与の珍味を毎年木に腐らし、天恵を無視する大逆無道、国依別…サアこれより言霊の神力を以て、汝等は申すに及ばず、大竜別命、大竜姫命を言向け和し、天晴、琉、球の玉を奉らせ呉れん。此方の言に向つて一言の弁解あるか……一二三四五六七八九十百千万………』 と国依別は自暴自棄になり、背水の陣を張つて力限りに言霊を奏上した。竜若彦命と称する怪物は、次第々々に容積を減じ、遂には豆の如くになつて消えて了つた。国依別は、 国依別『アハヽヽヽ、コレ若彦さま、御心配御無用になされませ。これより国依別、飽迄も言霊を以て奮戦し、目的の琉、球の宝玉を受取つて見せませう。最早吾々に渡す可き時機が到来したのだ。さうでなくては大神の直司なる、玉照彦様、玉照姫様が何しに教主に御命令あるものか。此竜神執着心未だ晴れやらず、小さき事にかこ付けて、すつた揉んだと一日なりとも永く手に持たんと、吝嗇な奴根性から申して居たのである。………ヤアヤア湖底にある竜神、よつく聞け。三五教の神の司言依別命、国依別命、若彦、常楠の四魂揃うて玉受取りに向うたり。時節には叶ふまい、速かに我前に持来り目出度く授受を終れツ』 と大喝した。此時の国依別の顔面は、四辺を射るが如く崇高なる権威に、何処となく充されて居つた。 (大正一一・七・二五旧六・二谷村真友録) |
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霊界物語 | 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 | 24 陥穽 | 第二四章陥穽〔八六六〕 アナン、ユーズの領袖連はヘベレケに酔ひ、足も碌に立たず、舌もまはらぬ連中を数多引率し、石門のふちに現はれ、 アナン『其方は昨夜、丸木橋の畔に於て吾々に抵抗至した三五教の奴だらう。サア、良い所へ来やがつた。今貴様と戦争したおかげで凱旋祝の酒宴を催うし、俺達は酔が廻つて気分が好い最中だ。何用があつて来たのか知らぬが、そんなむづかしい顔をしないで、酒でもくらつてゆつくりと談判をせうぢやないか?固苦しいこと許り言つてると命が縮まるワ。たまには命の洗濯や睾玉の皺伸ばしをやらないと、人間の様な気持がせぬワイ。そんな野暮な顔しないで、トツトと中へ這入つて機嫌よく一杯やらぬかい』 キジ『昨夜は脆くも泡を食つて逃げ失せ、到底正面の戦ひにては、われわれを如何ともすることが出来ないと思ひ、毒酒を呑まして俺達をよわらせる猾き考へだらう。そんな策に乗る此方ぢやないぞ。ゴテゴテ吐かさずに、其方等が押込めて居る宣伝使のエスを牢獄から出して、俺たちに渡せ!グヅグヅ吐かすと、岩屋退治を始めようか』 マチ『サア、アナン、ユーズ其他の奴原、早くエスを此処へ連れて来い!』 アナン『ヤイヤイ喧かましう言ふない。そんなことどこかい。今日は貴様に負たおかげで、結構な酒を鱈腹のんで、精神恍惚とし、何にもかも忘れて了つて、極愉快になつてる所だ。天が下に酒さへあれば、別に敵だの味方だのと、せせこましいことは要らない。酒程親密なものはない。マア一杯這入つてやらぬかい。どんなエライ喧嘩でも和睦には酒だい。人と交際するのに小むつかしい牆壁を設けるものぢやない。世界同胞主義を盛に称へられる今日だ。マア、エスはエスでエスとしておいて、奥へトツトと通つて呉れ』 キジ『貴様はどこまでもヅーヅーしい奴だなア。余程俺達二人が恐ろしいと見えるな』 アナン『そりやヅイ分恐ろしいよ。閻魔が亡者の帳面を繰るよな面付をして、やつて来るのだからなア。オイ、キジ公とやら、何と云ふ七六つかしいシヤツ面をして居るのだ。今の内に美顔術でも施しておかぬと、年が老つて皮が固くなり、皺が深くなつてからは駄目だぞ』 キジ『エヽ、要らぬことを云ふな。これから俺が岩窟内へふみ込んで直接にエスの所在を調べてやらう。邪魔いたすと為にならぬぞ。サア来い、マチ公!』 と云ひ乍ら、アナン、ユーズを始め、其他の者共を押分け、突倒し、窟内深く進み入り、遂には教主ブールの居間に侵入し、ブルブル慄ひて居るブールの素首をグツと握り、 キジ『サア、モウ斯うなつては駄目だ。何をブールブール慄うてゐるのだ。早く宣伝使のエスをここへ出さぬか』 マチ『ウラル教の親方、グヅグヅして居ると生首を引抜かれて了うぞ。お前は何時も此娑婆を穢土だと云ひ、霊の国を天国浄土と云つて、憧憬してゐるのだから、今首を引抜かれて霊になり、天国へ行くのは満足だらうが、何程天国でも、首がなくては駄目だ。サア早くエスの所在を白状せぬか』 ブールは慄ひ乍ら、 ブール『ハイ今出させますから、一寸待つて下さい』 マチ『早く出せ、出し次第天国へ褒美として、昇れる様にしてやらう。どうだ首を持つたなり、天国へ死んで行くのは嬉しかろ、アハヽヽヽ。何と妙な教だなア。人には死んでからの世界が結構だと云ひ乍ら、サア自分が死ぬと云ふ段取りになると、ヤツパリ厭だと見えて、ビリビリ慄うて厶るワイ。さうすりやヤツパリ、口と心と裏表のことを言つてゐるんだなア。俺達も今迄はウラル教の熱心な信者であり、二度もここへ参り、お前をこんな腰抜とは知らずに、活神さまだと思つて跪き拝んで居つたかと思へば、馬鹿らしうなつて来た。サア俺達の案内をしてエスの所在を知らせ。隠し立てをすると最早了見はならぬぞ。俺達二人に夜前の様に数百人もやつて来て泡を吹き逃げ散る様な弱虫計り、幾万人連れて居つたつて、何なるか。どれもこれも酒にヘベレケに酔ひ、今のザマは何だ。肝腎のアナンやユーズ迄が碌に舌も廻らず、腰はフラフラになつて、ひよろついてるぢやないか。こんな事で、三五教の吾々に対し、挑戦するとは片腹痛い』 ブール『仕方がありませぬ。吾々の命さへ助けて下さらば、エスを渡しませう』 と先に立つて行く。二人はブールを見失はじと飛耳張目十二分の注意を払つて岩窟内を進んで行く。向うよりアナン、ユーズの両人はヒヨロヒヨロし乍ら巻舌になり、アナンはキジ公に、ユーズはマチ公にワザとにぶつかつた。其途端に、二足三足ヒヨロヒヨロとひよろつき、深き企みの陥穽に脆くも落込んで了つた。 『サア失敗つた!』とキジ、マチの二人は陥穽の中で無念の歯がみをなし、一生懸命に神言を唱へて居る。ブールは陥穽を覗き込み、さも愉快げに、 ブール『アハヽヽヽ、気の毒乍ら、万劫末代、穴の底で木乃伊になる所まで辛抱したがよからう』 アナン、ユーズの両人は二人の落ちた穴を互に覗き込み、 アナン、ユーズ『ワハヽヽヽ、ても心地よいことだなア』 と罵詈嘲笑を逞しくして居る。エスを始めキジ、マチの三人の運命は果して如何なり行くならむか。 (大正一一・八・一六旧六・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 05 神寿言 | 第五章神寿言〔九二〇〕 末子姫、国依別の結婚問題も、高姫の不同意的了解を得て、漸く執行はるる事となつた。珍の館の大広前に於て祭壇を設け、言依別命は斎主となり、松若彦、竜国別は其他の神務に奉仕し、茲に芽出度く、神前結婚の祭典は済んだ。愈直会の宴に移り、十二分の歓喜を尽し、各歌を唄ひ、舞ひ、踊りなどして、今日の慶事を祝することとなつた。 言依別命は恭しく神殿に拝礼し、礼服を着けたる儘、声淑やかに歌ひ始めたり。 言依別命『仰[※ルビ「おほ」は原文通り。オニペディア「霊界物語第33巻の諸本相違点」参照。]げば高し久方の天の八重雲かき分けて 筑紫の日向の立花の青木ケ原に天降りまし 撞の御柱巡り合ひ妹背の契を結びたる 神伊弉諾大御神神伊弉冊大神の 其古事に神ならひ瑞の御霊と現れませる 神素盞嗚大神の御子とあれます末子姫 心の色も紅の誠一つの神司 珍の御国に天降りまし神の教を楯となし 四方の民草安らかに治め玉ひし功績は 皇大神の御心に叶ひまつれるものぞかし 三五教の神司言依別は自凝の 秀妻の国を後にして心も清き宣伝使 国依別と諸共に神の教を開かむと 波かき分けてテルの国高砂島に名も高き テル山峠を乗越えてウヅの都に来て見れば 五風十雨の序よく五穀は稔り果物は 豊に熟する神の国あゝ惟神々々 神の恵の幸はひて末子の姫の御神力 月日と共に輝きぬかかる折しも素盞嗚の 神尊ははるばるとウブスナ峠の斎苑館 立出でここに来りまし末子の姫に巡り会ひ 喜び勇み玉ふ折言依別の伴ひし 国依別を見そなはし末子の姫の夫となし 此神国を守れよと宣らせ玉ひし尊さよ 言依別は畏みて松若彦や捨子姫 其外数多の人々に皇大神の言の葉を 宣べ伝ふれば悉く喜び勇み此度の 慶事をあななひ玉ひけり。あゝ惟神々々 結びの神の引合せ魂と魂との睦び合ひ 魂の納まる肉宮に尊卑高下はありとても その源を尋ぬれば同じ御神の分霊 時世時節につれられて高くも生れ又低く 生るる事は神界の幽玄微妙の御経綸 霊魂と霊魂の系統を分け清く結びし此縁 千代も八千代も限りなく高砂島のいつ迄も 栄え尽きせぬ松の世の色も褪せざれ永久に 波も静かに二柱鴛鴦の衾の暖かに 浮びて進む和田の原深きは民の心かな 深きは神の御恵みぞ月日は清く明かに 空澄み渡る今日の宵心も勇み身も勇み 此慶びは此処よりは外へはやらじと真心を 神の御前に誓ひつつ嬉しみ尊み祝ぎまつる 嬉しみ尊み祝ぎまつる』 と歌ひ終り、元の座に着きぬ。松若彦は立上り、銀扇を開いて祝歌を歌ひ且つ自ら舞ひ踊りける。 松若彦『豊葦原の瑞穂国島の八十島八十の国 隈なく巡り救ひます神素盞嗚大神の 末の御子と生れませる末子の姫のくはし女に 浮瀬に沈みて悩み居る世人を普く救ひ行く 三五教の宣伝使国依別の神司 汐の八百路を打渡り奇しき功績を遠近に 現はし玉ひて今ここにウヅの都に出で玉ひ 神素盞嗚大神の御言畏みましまして 末子の姫と妹と背の契を結ぶ今日の宵 天津御空に照りわたる日影は明かく月清く 星の影さへキラキラといつもに変る空の色 天祥地瑞の吉祥日言依別の神司 斎主となりて神前に結婚式を挙行し いよいよ茲に妹と背の道を結びて永久に 此神国を守ります今日は初めとなりにけり いよいよこれよりウヅ館月日並びて皓々と 輝き玉ふ高砂の常磐の御世となりぬべし あゝ惟神々々松若彦が真心を 述べて芽出度き今日の日を寿ぎまつり瑞御霊 神素盞嗚大神の千代の齢を祈りつつ 夫婦が幸を皇神の御前に祈り奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つ共虧くる共 国依別や末子姫さかし女くはし夫相並び 現はれゐます上からは高砂島は何時までも 珍の御国と称へられ常世の春の永久に 花咲き乱れ鳥歌ひ山川清く風清く 野は青々と茂り合ひ青人草は大空の 星の如くに生み殖えて栄え久しき松の世の 嬉しき姿を瑞御霊神の御前に言霊の 清き限りを捧げつつ畏み畏み願ぎまつる 畏み畏み願ぎまつる』 と歌ひ了つて座に着いた。捨子の姫は立上り、銀扇を開いて自ら歌ひ自ら舞ひ、今日の慶事を祝ぎ奉りける。其歌、 捨子姫『久方の高天原を出でまして四方の国々巡りまし 八岐大蛇や醜神の伊猛り狂ひ民草を 苦しめ悩ます曲津見を仁慈無限の大神は 生言霊の神力に言向け和し玉ひつつ 百の悩みを嘗め玉ひ心も辛き潮沫の 凝りて成るてふ島々を巡らせ玉ひ御恵の 露をば与へ玉ひつつ草木も靡く御威勢に 高天原の空清く大海原の底あかく 波に泛べる国土は清くさやけく茂り合ひ 三千世界の万有は君の威徳を畏みて 仕へまつれる尊さよかかる目出度き大神の 珍の御子と生れませる八人乙女の末子姫 年端も行かぬ中よりも神の御為世の為に 神の誠の御恵を草の片葉に至るまで うるほはせむと思召し顕恩郷に現れまして バラモン教の鬼雲彦が館に入らせ玉ひつつ 醜の魔人の惟神誠の道に服従ふを 待たせ玉へる折柄に太玉神の現れまして 鬼雲彦は逸早く雲を起して逃げ去りぬ 末子の姫は是非もなく姉の命と諸共に 流れも清きエデン川渡りて四方に神の道 開かせ玉ふ折もあれ鬼雲彦が部下共に 嗅ぎつけられて妾まで半朽ちたる釣舟に 乗せてすげなく和田の原つき放されし苦しさよ 神素盞嗚大神の雄々しき清き霊をば 受けさせ玉ふ末子姫少しも驚き玉はずて 妾の心を励ませつ荒波猛る海原を かいくぐりつつ漸くに神の御稜威もテルの国 ハラの港に上陸しテル山峠を乗越えて 御霊の力を現はしつバラモン教の神司 石熊カールの両人を言向和せ急坂を 登りつ下りつ人々の命を狙ふ曲神を 稜威の言霊宣り玉ひ言向和してウヅの国 神の館に出でましぬ妾も姫に従ひて ここに現はれ来る身の嬉しさ楽しさ如何許り 国の司となり玉ひ世人を導き玉ふ折 三五教の神司言依別の神人が 雲霧分けて降りまし此処に止まり玉ひつつ 教を開き玉ひしが神素盞嗚大神の 瑞の御霊は捨子姫此現身にかからせて アマゾン河に向ひたる鷹依姫や高姫の 危難を救ひ言霊の御稜威に百の曲神を 言向和せと宣り玉ふ言依別の神人は 其神言を畏みて時を移さず供人を 従へ都を立出でて帽子ケ岳に向ひまし アマゾン河を見下して微笑み玉ふ折柄に 国依別の宣伝使仕組の糸に引かされて 四人の供を従へつここに登りて来ましける。 琉と球との宝玉の御稜威に充てる両人は アマゾン河の南北に展開したる森林の 醜の曲津を射てらせば神の御稜威は目のあたり 鷹依姫や高姫も光を慕ひて屏風山 帽子ケ岳に集まりぬかくも尊き神徳を 負はせ玉へる宣伝使国依別の真人が ウヅの都に現れまして末子の姫の夫となり 幾久しくも末永く契を結ばせ玉ふこそ 実にも尊き限りなれ。加之瑞御霊 神素盞嗚大神は遠く波路を打わたり これの慶事に臨みまし親子夫婦の契をば 依さし玉へる有難さあゝ惟神々々 神の恵は目のあたり永く仕へし捨子姫 やうやう心もおちつきて雪積む山の冬の木の 花咲く春に会ふ心地あゝ惟神々々 結ぶの神のいつ迄も二人の仲は睦じく 変ることなくましまして神の御稜威も高砂の 尾の上の松の色深く千年の鶴の末永く 亀の齢の万世もいと平けく安らけく 鎮まりゐませ二柱捨子の姫は今よりは 尚も心を励まして力の続く其限り 誠一つを楯となし神と君とに仕へなむ あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 と歌ひ了り、悠々として吾座に着きける。 (大正一一・八・二六旧七・四松村真澄録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 10 空縁 | 第一〇章空縁〔九五一〕 建野ケ原の神館は、風景よき小丘の上に小薩張として新しく建てられて居る。千年の老樹、鬱蒼として境内を包み、実に神々しき地点である。前は激潭飛沫を飛ばす深谷川が横ぎつて居る。朝から晩迄信徒の参集する者踵を接し、神の神徳は四方に輝き渡つて居た。 館の奥の間には建国別の宣伝使脇息に凭れ乍ら深き吐息をついて居る。襖をそつと引き開け、湯を盆にもつて淑やかに入つて来た絶世の美人は建能姫であつた。 建能姫『吾夫様、お早う御座います。お湯が沸きました、どうぞ一つ召し上り下さいませ』 と差出す。建能姫の声にも気がつかぬと見え、目を塞ぎ黙念として何か冥想に耽つて居る。建能姫は少しく声を高め、 建能姫『モシモシ吾夫様、お湯が沸きました、召し上り下さいませ』 此声にハツと気が付いたやうな面持にて、 建国別『ヤア其方は建能姫、お湯が沸きましたかな、有難う頂戴致しませう』 建能姫『吾夫様、貴方は妾の家にお越し下さいましてから、恰度今日で満一年になります。然るに唯の一度も妾に対し御機嫌のよいお顔を見せて下さつた事は御座いませぬ。妾も初の間は不束なもの故お気に召さぬかと存じ色々と気を揉みましたが、貴方様はいつも妾を可愛がつて下さいますので合点が行かず、何か深い秘密がお有りなさるのであらうと、常々に済まぬ事ながら御様子を伺つて居りました。然る処或夜のお寝言に……父上母上に一目遇ひ度い……と仰有つた事が妾の耳に今に残つて居ります。何卒女房の妾に何の遠慮もいりませぬから、ハツキリと仰有つて下さいませ』 と恐る恐る問ひかけたるに、建国別は、 建国別『女房の其方に隠して居つて誠に済まなかつた。水臭い夫と恨んで下さいますな。貴女は由緒ある建日別命様の御息女、此建国別は父母両親の所在も分らず、況して素性は如何なるものか些とも見当が取れませぬ。今は建日別命様の後をつぎ、建国別と云ふ立派な名を頂き、尊き神様にお仕へをして居りますが、私の幼時は金太郎と云つて姓も知れず、人に拾はれ他人の情によつて、漸く三十五の今日迄成人して来ました。私の父母はもう今頃は此世に生て居られるか、或は彼世の人になつて居られるか、何だか知らぬが、両親に遇ひ度い遇ひ度いと云ふ執着心がムクムクと腹の底より起つて来て、いつも知らず識らず顔がふくれ、不機嫌な顔をお前に見せました。何卒気を悪くして下さるな』 建能姫『勿体ない何を仰せられます。今日は夫の吾家に入らせられてより満一年の吉日、何卒機嫌をお直し下さつて、夫婦揃うて神様にお礼を申上げ、心祝ひに皆の役員信者に御神酒でも饗応申しませうか。神様のお蔭で貴方も御両親にキツトお遇ひなさる事が何れは御座いませう。何卒その様に落胆せずに、潔く暮して下さいませ』 建国別『ハイ有難う、そんなら今日は機嫌よう神様にお礼を致しませう。さうして役員信者に御神酒を頂かしませう』 建能姫は嬉し気に、いそいそとして酒宴の用意を役員の建彦に命ずべく此場を下つて仕舞つた。 後に建国別は双手を組み、両親の身の上及び建能姫の親切なる言葉に感謝の涙止め難く、教服の袖に時ならぬ夕立の雨を降らして居る。建能姫は襖を静に開き丁寧に両手をつき、言葉静に、 建能姫『吾夫様、建彦に今日の祝宴は一切命じて置きました。サア、妾と二人これから神前へお礼に上りませう』 建国別は建能姫のやさしき言葉に満足の面を照しながら神殿深く進み入り、感謝祈願の祝詞を奏上するのであつた。玉を転す如き建能姫の声、音吐朗々たる建国別の祝詞の声と琴瑟相調和して、得も云はれぬ風韻が境内に隈なく響き渡り、神々しき光景が溢れてゐる。 建彦以下の幹部役員を初め、数多の老若男女は早朝より詰めかけ、今日の祝宴に列すべく和気靄々として、境内の各所に三々五々群をなし、建国別夫婦の高徳を口々に讃歎して居る。上下一致相和楽して恰も天国浄土の趣が館の内外に十二分に溢れて居る。かかる処へ表門を叩いて入り来る男女二人の道者があつた。 女『モシモシ、一寸此門を開けて下さいませぬか。妾は自転倒島より参りました黒姫と申す者で御座います。火の国の高山彦の宣伝使が女房だと仰有つて下されば、建国別様はキツとお会ひ下さるでせうから……』 門番の幾公は高山彦の女房と云ふ声に驚き慌てて表門をサツと開いた。数多の参詣者の出入する門は横の方にある。此門は唯建国別個人としての住宅の門であつた。黒姫は、 黒姫『御苦労さま』 と云ひ乍ら此門内に慌しく進み入る。幾公は一人の男の顔を見て、 幾公『アヽお前は玉さまぢやないか。どうして又このお方の御案内をして来たのだ』 玉公『チツと合点の行かぬ事があるのだ。ひよつとしたら建国別様の此方はお母アさまかも知れないよ。夫で兎も角も御案内申したのだ』 と、耳の辺に口を寄せ他聞を憚るやうな面持にて囁いて居る。 幾公『それや大変だ。今日は建国別様のおこし遊ばしてから満一年の祝宴が開かれてゐる処だ。こんな芽出度い場所へお母さまがお越になるとは益々もつて芽出度い事だ。オイ玉公お前何卒暫く俺に代つて門番をして居て呉れ。俺はこれから建国別様にこの吉報を注進して来るから……』 と云ひ捨て黒姫に追ひつき行く。 幾公『モシモシ建国別のお母さま、ボツボツ来て下さい。私が先に御主人に御注進申上げ、お迎へに参ります。何卒この中門の傍に御苦労乍ら暫く立つて待つて居て下さいませ』 と早くも慌者の幾公は、建国別の母親と固く信じて仕舞ひ、不遠慮に奥の間さして慌ただしくかけ込んだ。 奥の一間には建国別夫婦、向ひ合ひとなつて祝の酒を汲み交はして居る。 建能姫『吾夫様、今日位気の何となく嬉しい時は御座いませぬなア。それについても貴方の御両親様が此席にお出になり、親子夫婦が斯うして睦じう直会のお神酒を頂くのならば、何程嬉しい事で御座いませう』 建国別『あゝさうですなア。併し私は今神前に御祈願の最中、フツと妙な考へが起りました。私の両親はキツト此世に生きて居て神様の為に立派な宣伝使となり、活動して居られるやうな感が致しました。そうして今日は何となしに両親に会ふ手蔓が出来るやうな気分が浮いて来て、酒の味も一層よくなりました』 建能姫『夫は夫は何よりも嬉しい事で御座います。キツト神様のお引き合せで誠さへ積んで居れば、御両親様に御対面が出来ませう。妾も一昨年両親に別れ力と頼むは唯吾背の命ばかり、そこへ御両親様がお見えにならうものなら、どれ程嬉しい事で御座いませう。妾はキツト生の父母と思ひ、力限り孝養を尽しますから何卒御安心下さいませ』 と涙ぐむ。建国別は、 建国別『ハイ有難う』 と云つたきり感謝の涙に咽び、無言の儘俯向いて居る。 その処へ足音高く慌ただしく入り来るは門番の幾公であつた。ガラリと襖を無造作に引きあけ、片膝を立てたまま手をついて、ハアハアと息をはづませ、 幾公『もしもし御主人様、大変な事が出来ました。天が地となり、地が天になるやうな突発事件で御座いますよ』 建国別は稍気色ばみ、忽ち立膝となり、 建国別『お前は門番の幾公、大変事が突発したとは何事だ。早く云つて呉れないか』 幾公『ハイ、大変も大変地異天変、手の舞ひ足の踏む所を知らずと云ふ喜びが降つて来ました。お目出度う御座います。御夫婦様お喜びなさいませ。あゝ嬉しい嬉しい目出度い目出度いおめでたい』 と手を拍つて立ち上り、キリキリと舞うて見せた。夫婦は合点ゆかず、ヂツと幾公の乱舞を見詰めて居る。 幾公『これはこれは御主人様、余り嬉しうて肝腎の申上げる事を忘れました。目出度い時には目出度事が重なるものですなア、貴方のお母さまが、建国別の館は此処か、一度会ひたいと仰有つて、今、村の玉公の案内でお見えになりました。中門の口に待つて居られますから、何卒御夫婦様機嫌よくお出迎へ下さいませ。嘸お母さまもお喜びで御座いませう』 建国別は、 建国別『ハテナア』 と云つたきり双手を組み又もや思案に沈む。幾公は焦慮さうに、 幾公『これはしたり御主人様、ハテナも何もあつたものですか。愚図々々して居られますと、お母さまが怒つて帰られたら、それこそつまりませぬ。喜びも一緒に帰つて仕舞ひます。何卒早くお出迎ひなさつて下さいませ。中門の口に立つて居られますから……』 建能姫『御主人様、兎も角も貴方は此処に居て下さいませ。妾が実否を検べて参ります』 建国別『御苦労だが貴方往つて来て下さい、仮令真偽は分らなくとも御丁寧に奥へお通し申しゆつくりと話を承はりませう。可成人の耳に入らないやうにして下さい』 建能姫『ハイ承知致しました。それなら妾がお迎ひに参ります……これ幾公や、お前此事は真偽の分る迄誰人にも云つてはなりませぬよ』 幾公は頭を掻きながら、 幾公『ハイ併し乍ら、あまり嬉しいので四五人の連中に喋つて了ひました。もう今頃は建彦の幹部にも耳に入り、やがてお祝にテクテク詰めかけるでせう。今更口留する訳にもゆきませず、どうしませうかなア』 建能姫『何とまア気の早い男だなア、万一人違ひで、真実のお母さまで無かつた時はお前どうなさる積りかえ』 幾公『真実でも嘘でもお母さまはお母さまですよ。此幾公だつてお母さまが無いのだもの、烏がカアカア云ふ声を聞いても懐かしくなるのだから、嘘でも真実でも構ひませぬ。お母さまと聞いてこれがどうしてヂツとして居れませうか』 建国別『ハヽヽ困つた男だなア。これ幾公、お湯を一つ汲んでおくれ』 幾公『お湯を汲んでお母さまに上げるのですか。余り門口では失礼ぢやありませぬか。折角探ねてお出になつたお母さまに、乞食か何ぞのやうに門口でお湯を上げるなんて些と失礼ぢや御座いませぬか』 建国別『分らぬ男だなア。お湯を私に汲んでくれと云ふのだよ』 幾公『一寸お待ちなさいませ。親より先へお湯を頂くと云ふ、そんな不道理な事がありますか。今までは御両親の行方が分らないものだから、此家の大将で貴方が一番先にお湯なり御飯なりお食り遊ばしたのだが、もう今日となつては長上をさし置いて貴方が先へお茶を飲むと云ふ道理はありますまい。そんな事で三五教の宣伝使が勤まりますか』 建国別『ヤア、長々とお前のお説教で私も感心した。そんならお湯を頂く事だけは暫く見合して置かう』 幾公『遉は三五教の宣伝使建国別命様、物の道理がよく分ります哩。さうだから此幾公も貴方の抱擁力の偉大なるに平素から感服して、門番を甘んじて勤めて居るのです。これから御免蒙りまして、お母さまをお迎ひに参つて来ます……サア建能姫様、早くお出でなさいませ。お母様が門の外で痺を切らして待つて被居いますよ』 建能姫『左様ならば吾夫様、一寸お迎へに行つて来ます。幾公、あまり喋らないやうにして下さいや』 幾公『ハイハイ委細承知致しました。サア参りませう』 と建能姫をつき出すやうに捉しながら中門のそば迄やつて来た。幾公は中門を無造作にパツと開き、 幾公『お母さま、長らくお待たせ致しました。サア何卒お入り下さいませ。これは建能姫と云ふ女房で御座います。何卒実の吾子のやうに可愛がつてやつて下さいませ。建能姫も一寸聞いて居ましたら、建国別様の御両親が見えたら、生の父母のやうに思うて孝養を尽くすと云うてくれました。何卒気兼は入らぬから吾子の家へ帰つたと思うて、気楽にお入り下さいませ』 建能姫『これこれ幾公、お前それは何を云ふのですか』 幾公『ハイ、私は御主人の代りに参つたのですから、一寸代弁を致しました。これ建能姫殿、早くお母さまに御挨拶をしやいのう』 建能姫『ホヽヽヽヽ、仕方のない男だなア……もしもし旅のお方様、よう此破家をお訪ね下さいました。内密にお伺ひしたい事が御座いますから、何卒お入り下さいませ』 黒姫『ハイ有難う御座います。私も筑紫ケ岳の高山峠の頂きで、一寸此方の御主人の事を承はり、些し許り心に当る事が御座いまして、火の国の都に参ります途中、此村の玉公と云ふお方に案内されてお邪魔を致しました。左様なら遠慮なう通らして頂きませう』 と建能姫に従つて奥に姿をかくす。 幾公『まア何と上流社会の挨拶と云ふものは七面倒臭いものだなア。俺だつたら出遇ひ頭に……ヤアお前は、ヤア、貴方は吾夫建国別さまのお母さまであつたか、ヤアお前は嫁御であつたか、思はぬ所で遇ひました。お母さま、嫁女などと手つ取り早く名乗つて了ふのだがなア。まだこれから奥へいつて徳利に詰めた味噌を剔りだすやうな辛気臭い掛合が初まるのであらう、繁文縟礼を忌み簡明を尊ぶ世の中に、サテモサテモ上流の家庭と云ふものはどこ迄も旧套を脱し得ないものと見える哩』 (大正一一・九・一三旧七・二二加藤明子録) |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 13 恵の花 | 第一三章恵の花〔一〇〇一〕 無住居士と自称する白髪の老人が蒼惶として立去りたる後に、テーリスは腕を組み、さし俯向いて何事か考へ込んで居る。今の今まで勇壮活溌にして孤骸胡羯を呑む的武勇の気に満たされたるテーリスの耳にも「ヤー、エー、トー」と打ち合ふ竹刀の音、何となく物憂げに響くやうになつて来た。広大無辺の神の力に比ぶれば、一人対一人の撃剣術に対し何となく力なく、自ら軽侮の念の漂はざるを得なかつた。テーリスは四辺を見廻し人無きを見て独言。 テーリス『アヽ今此処に飄然として現はれたまひし宣伝使と称する白髪の老人は、果して何神の化身であつたか。但は何教の有力なる宣伝使であつたか。実に其教訓は大神の示現の如くに感じられた……思へば思へば吾は今まで、何と云ふ誤解をして居たのであらう。幼年の頃より無抵抗主義の三五教の道を聞きながら、神の大御心を忘却し、暴に対するに暴をもつてし、悪魔の憑依せる竜雲を討伐せむとしたる吾心の愚さよ、否無残さや。兵は所謂凶器である。先頃も一挙にして彼竜雲を討伐せむとし、数多の部下に武装を凝らさせ、神地城の表門より闖入し、敵を打ち悩まさむとして却て味方を傷つけ殺したる事、返す返すも迂愚の骨頂、拙の拙なるもの、悔いても及ばぬ殺生をしたものだ。如斯部下の人命を損し、天地の神の愛児を殺したる大罪人、如何でか彼竜雲を討伐する事を得む。竜雲如何に無道なればとてタールチン、キングス姫其他の人々を牢獄に投じ苦しめたれども、相当の飲食を与へ、且つ身体に危害を及ぼさざりしは実に見上げたやり方である。吾は彼に勝りて豺狼の心深く、王を思ひ、彼を憎むの余り、竜雲に従ふ悪人どもを片端より鏖殺し国家の禍を絶たむとして、却つて敵の一人をも傷つくる事を得ず、味方の三分迄死傷を生じたるは全く天の誡めならむ。神が表に現はれて善と悪とを立て別けたまふとは此事であらう。竜雲も亦天地容れざる大罪人なれども吾も亦彼に劣らざる大罪人なり。然るに忠臣義士と自任して討伐を企てたる吾心の浅はかさよ。彼老人の言葉の中に自負心を脱却せよ!と力を込め教へられたのは此事であらう。神は一片の依怙贔屓もない。総て世界の人類を初め、森羅万象を平等的に愛したまふ、斯かる仁慈の大御心を悟らず、自分免許の誠を楯に、竜雲にも劣る罪悪を行はむとし、得々として兵を養ひ武を練り居たる此恥かしさ。サガレン王を初め、吾等にして真に神の大御心を悟り、神に叶へる誠を尽さば、無限絶対力の神は如何でか是を助けたまはざらむや。アヽ誤れり誤れり……国の大御祖国治立大神、豊国姫大神、神素盞嗚大神、許させたまへ!惟神霊幸はへませ……』 と涙にかき暮れながら祈願に時を移す。 斯かる処へエームスは危険極まる岩壁を伝ひ、サガレン王に従ひ、此館の前にいそいそとして入り来り、四辺をキヨロキヨロ見廻し、以前の老人の姿の見えざるに不審を抱きながらテーリスに向ひ、 エームス『オー、テーリス殿、王様をお迎へ申して参つた。彼の老人はどこに居られますかな』 テーリスは今迄万感交々胸に浮んで悔悟の涙にくれ、吾身の此処にあるをも殆ど忘れて居たが、エームスの此声に、ハツと気が付いたやうに四辺を見廻し、サガレン王を見て恭しく頭を下げ一礼し終つて、 テーリス『サガレン王様、アーよくこそ御光臨下さいました。異様の老人飄然として此処に現はれ、種々と尊き教訓を垂れさせられ、テーリスも今迄の愚を今更の如く悔悟致しました……唯今王様が御出臨になるから、しばらく待つて下さい……と百方礼を尽してお願ひ致しましたが、無住居士と名乗る老人は……吾は天下の宣伝使だから、一刻のタイムも空費する訳には往かない……と云つて、何程お止め申してもお聞き入れなく、袖を払つて電光石火の如く立ち帰つて仕舞はれました。折角此処迄お越し下さいまして、誠に申上げやうもなき不都合なれども、何卒お許しを願ひ上げまする』 サガレン王『老人の言葉に汝は得る処があつたか、参考のためわれに詳細を伝へて呉れないか』 テーリス『お言葉迄も御座いませぬ』 と、以前の老人の教を諄々として、一言も漏らさず王の前に上申するに、王は頭を傾け腕を組み、しばし思案に暮れけるが、漸くにして頭を上下に幾度となくふり、 サガレン王『成る程!成る程!』 と云ひながら、落涙滂沱として腮辺に伝ふ。 エームス『吾等は老人の教を聞いて、心の底より悔悟せし上は、もはや物々しき武術の修練も必要なし。唯天地惟神の大道に則り、皇神の仁慈無限なる大御心に神倣ひ、愛と誠とを第一の武器として戦はむ。テーリス殿、如何思召さるるや』 テーリス『王様にして御同意下さらば、唯今限り武術の練習を廃止し、先ず第一着手として御魂磨きにかかりませう』 と憮然として語る。サガレン王は莞爾としてエームスを伴ひ、再び元の岩窟の間に帰り往く。 後にテーリスは、武術修練場に立ち現はれ、稍高き処に直立して一同に向ひ、 テーリス『今日唯今より武術の修練を全廃すべし。汝等は王の命に従ひ、今日唯今より心を清め、身を清め、仁慈無限の大神の大御心を拝戴し、誠一つの修業をなせ!』 と厳然として云ひ渡したるに、一同の中より最も撃剣に上達したる、チールと云ふ男、テーリスの前に現はれ来り、 チール『これはこれは、お師匠様のお言葉とも覚えず、大敵を前に控へながら、肝腎要の武術を廃止したまふは何故ぞ。武術はもつて国を守るもの、国家の実力は武術をもつて第一とす。然るに何を血迷つてか、斯の如き命令を発せらるるや』 と、息を喘ませ、些しく怒気を帯びて言葉せはしく詰め寄つた。テーリスは冷然として答ふるやう、 テーリス『つらつら考ふれば、天の下には敵もなければ味方もなし。総ての敵は皆吾々の心より発生し、次第に成長して遂には吾身を亡ぼすに至るものである。心に慈悲の日月輝き渡る時は、天地清明にして一点の暗雲もなければ混濁もない。凡て敵と云ひ味方と云ふも、心の迷ひから生ずるのだ』 と事も無げに云ひ放つを、チールは、 チール『仰せの如く個人としての敵は、心の持ちやう一つに依つて自然と消滅するでせう。さりながら、恐れ多くも神地の都の神司、サガレン王に向つて反逆を企てたる大悪人竜雲なるものは、王の敵ではありませぬか。吾々は王の忠良なる臣下として、どうして是を看過する事が出来ませうか。何卒御再考をお願ひ致します』 テーリス『成る程汝の云ふ如く、竜雲は実に悪逆無道の曲者にして、主君の為には大の仇敵だ。臣下の分際として之を看過するは所謂臣の道に背くものである。とは云へ、如何に竜雲暴悪非道なりとは雖も、此方より大慈大悲の至誠をもつて彼に当らむか、必ずやその仁慈の鞭に打たれて、心の底より王に服ひまつり、今迄の罪を謝し忠実なる臣下となりて仕ふるは決して難事ではない。吾々にして彼竜雲如き悪人を言向け和し、悔悟せしむる事を得ずとすれば、これ全く誠の足らざるものである。如何なる悪魔といへども、大慈大悲の大神の御心を奉戴し、至誠至実を旨とし打ち向ふ時は、必ずや喜び勇んで、感謝とともに従ひまつるは、火を睹るよりも明かならむ。先づ先づ武術を思ひ止まり、一刻も早く魂を磨けよ』 と再び宣示した。 チール『何は兎もあれ、知識に暗き吾々、長者の言に従ふより道はありませぬ。何卒十二分の御注意をもつて、王の為に尽されむ事を希望致します』 テーリス『然らばいよいよ唯今限り、此道場は稽古を廃止して、御魂磨きの神聖なる道場と致します。ついては、今此列座の中に竜雲の密使として、王其他の有志を捕縛せむと表面帰順を装ひ来れるヨール、ビツト外三人に対し、今夜の子の刻を期して誅戮を加へむ計劃なりしも、至仁至愛の大神の大御心に神倣ひ、唯今限り其罪を許すべし。ヨール、ビツト以下三人、早く此場を立ち去つて神地の館に立帰れ』 と宣示するや、ヨール外四人はテーリスの前に恐る恐る現れ来り、大地に平伏し、 ヨール『唯今の無抵抗主義の御教、仁慈のお心に感じ、吾々はもはや竜雲に仕ふる事は断念致しました。罪深き悪人なれども、何卒広き心に見直し聞き直し下さいまして、貴方がたの弟子の中に御加へ下さらば、此上なき有難き仕合せに存じます。嗚呼何として吾々は斯る悪人に媚び諂ひ、恩顧を受けし王様に刃向はむとせしや。思へば思へば実に吾心の汚さが恥かしくなつて参りました。何卒今迄の御無礼はお許し下さいまして、お引き立ての程を偏に希ひ上奉ります』 と誠心を面に現して、涙ながらに懺悔する其しをらしさ。ヨールは立ち上り、一同の中に立つて述懐を謡ふ。 ヨール『神が表に現はれて善神邪神を委曲に 立て別けたまふ時は来ぬ邪非道の竜雲が お鬚の塵を払ひつつ身の栄達を一向に 急ぎし余り畏くも恩顧を受けし神司 サガレン王の御前に汚き心を現して 罪さへ深き谷道に行幸を待ちて捕へむと 勢ひこんで来りたる曲の心の恐ろしさ 斯かる尊き仁愛の神の司と知らずして 心汚き曲神に媚び諂ひし浅はかさ 万死に比すべき吾罪を罰めたまはず惟神 誠の道を説き示し許したまひし有難さ かかる尊きバラモンの神の司と現れませる 君をば捨てていづくんぞ曲津のかかりし竜雲に 従ひまつる事を得む神の司のテーリスよ 吾等五人は心より悔い改めてバラモンの 神の教に神倣ひサガレン王に真心の 限りを尽し身を尽し骨を粉にし身を砕き 此御君の為ならば仮令屍は風荒ぶ 荒野ケ原に曝[※愛世版「曝」]すとも海の藻屑となるとても などか厭はむ敷島の誠の心を現して 清く正しく仕ふべしあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして吾等に宿る曲神を 伊吹の狭霧に吹き払ひ救はせたまへ天津神 国津御神の御前に謹み拝み奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも皇大神の御道に 仁慈の君の御為に尽しまつらむ神の前 確に誓ひ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と謡ひ終り、テーリスに向つてわが改心の次第を述べ立てる。 テーリスはさも愉快げに、ヨール外四人に向ひ慇懃に誠の道を説き諭し、一同の部下に対しても一場の訓戒を垂れ、これより日夜魂磨きに浮身を窶し、神の救ひを求むる事となりぬ。 (大正一一・九・二二旧八・二加藤明子録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 01 富士山 | 第一章富士山〔一〇一三〕 ◎万葉集三の巻山部赤人望不尽山歌[※底本では「望」の直後に返り点の二点の記号が、「隙行く駒」に一点の記号が入る。]に 天地の分れし時ゆ神佐備て、高く貴き、駿河なる布士の高嶺を、天原、振放見れば度る日の、蔭も隠ろひ、照月の、光も見えず、白雲も伊去はばかり、時自久ぞ、雪は落ける、語つぎ、言継ゆかむ、不尽の高嶺は。 ◎反歌 田児の浦ゆ、打出で見れば真白にぞ、 不尽の高嶺に雪は零ける。 ◎万葉集、隆弁の歌に めに懸けて、いくかに成ぬ東道や、 三国をさかふ、ふじの芝山。 ◎夫木集、光俊朝臣の歌に こころ高き、かふひするがの中に出で、 四方に見えたる山は布士の根。[※鎌倉時代に成立した『夫木和歌抄』巻二十(雑二)に収録されている歌。「かふひ」は「甲斐」、「するが」は「駿河」のこと。/『国歌大系第21巻』(1930年)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1884175/334「こゝら高きかふひ駿河の中に出でて四方にみえたる山はふじのね」/日文研DBhttps://lapis.nichibun.ac.jp/waka/waka_i070.html「ここらたかきかふひするかのなかにいててよもにみえたるやまはふしのね」] ◎よみ人知らず 布士の山一つある物と思ひしに かひにも有りてふ、駿河にもありてふ ◎ 天雲も伊去はばかり飛ぶ鳥も翔も上らず燎火を雪もて減、落雪を火もて消つつ言ひも得ず、名も知らに霊くも座神かも。 ◎源光行の歌に 富士の嶺の風に漂ふ白雲を 天つ少女の袖かとぞ見る ◎万葉十四の駿河歌に 佐奴良久波多麻乃緒婆可里、古布良久波 布自能多可禰乃、奈流佐波能其登[※万葉集14歌番号3358「さ寝らくは玉の緒ばかり恋(こ)ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと」〔ウィキソース〕] ◎ 麻可奈思美、奴良久波思家良久、奈良久波 伊豆能多可禰能、奈流佐波奈須与[※万葉集14歌番号3358S1「ま愛(かな)しみ寝(ぬ)らくはしけらくさ鳴(な)らくは伊豆の高嶺の鳴沢なすよ」〔ウィキソース〕「奈良久波」の「奈(こう)」は間違っている。] ◎続古今集、後鳥羽院の歌 けぶり立、思ひも下や氷るらむ、 ふじの鳴沢、音むせぶ也 ◎新拾遺集、慈円の歌、 さみだるる、ふじのなる沢、水越て 音や煙に立まがふらむ ◎同権中納言公雅の歌 飛螢思ひはふじと鳴沢に うつる影こそ、もえばもゆらむ ◎伊勢家集に 人しれず思ひするがの富士のねは 我がごとやかく絶えず燃ゆらむ ◎ はては身の富士の山とも成りぬるか 燃ゆるなげきの煙たえねば ◎古今集に 人知れず思ひを常にするがなる 富士の山こそわがみなりけれ ◎同集に 君と云へばみまれ見ずまれ富士のねの めづらしげなく燃ゆるわが恋 ◎同集に 富士のねのならぬ思ひにもえばもえ 神だにけたぬむなし煙を[※古今集1028紀全子(きのぜんし)の歌「富士の嶺のならぬ思ひに燃えば燃え神だに消(け)たぬ空(むな)し煙を」] ◎能宣集に 草深みまだきつけたる蚊遣火と 見ゆるは不尽の烟なりけり ◎重之の集に 焼く人も有らじと思ふ富士の山 雪の中より烟こそたて ◎拾遺集に 千早ぶる神も思ひの有ればこそ 年経てふじの山も燃ゆらめ ◎大和物語に ふじのねの絶えぬ思ひも有る物を くゆるはつらき心なりけり ◎ 誰が於に靡き果ててか富士の根の 煙の末の見えず成るらむ ◎ 朽果てし名柄の橋を造らばや 富士の煙の立たずなりなば ◎十六夜日記に 立別れ富士の煙を見ても尚 心ぼそさのいかにそひけむ ◎其返し かりそめに立ち別れても子を思ふ おもひを富士の烟とぞ見し ◎ 問きつる富士の煙は空に消えて 雲になごりの面蔭ぞ立つ ◎西行の歌 風に靡く富士の煙の空に消えて 行く方も知らぬ我が心かな ◎源頼朝卿の歌 道すがら富士の煙もわかざりき 晴るるまもなき空のけしきに ◎ 時知らぬ富士の煙も秋の夜の 月の為にや立たずなりけむ ◎ 北になし南になして今日いくか 富士の麓を巡りきぬらむ ◎ みせばやな語らば更に言のはも 及ばぬふじの高ね成りけり ◎ 富士のねの烟の末は絶えにしを ふりける雪や消えせざるらむ ◎ きさらぎや今宵の月の影ながら 富士も霞に雲隠れして ◎尋常小学国語読本にも ふじの山 あたまを雲の上に出し 四方の山を見おろして かみなりさまを下にきく ふじは日本一の山 青空高くそびえたち からだに雪の着物着て 霞のすそを遠くひく ふじは日本一の山 以上の如く我富士山は古来各種の歌人に依つて其崇高雄大にして、日本国土に冠絶し、日本一の名高山と称され、天神地祇八百万の神の集り玉ふ聖場となり、特に木花咲耶姫命の御神霊と崇敬されて居る。三国一の富士の山と称へ、日本、唐土、天竺の三ケ国に於ける第一位の名山となつて居た。併し乍ら其富士山と云ふは、十数万年以前の富士山とは其高さに於て、又広さに於ても、非常な相違がある。現在の富士山は皇典に所謂高千穂の峰が僅に残つてゐるのである。昔天教山と云ひ、又天橋山と云つた頃は、西は現代の滋賀県、福井県に長く其裾を垂れ、北は富山県、新潟県、東は栃木、茨城、千葉、南は神奈川、静岡、愛知、三重の諸県より、ズツと南方百四五十里も裾野が曳いて居た。大地震の為に南方は陥落し、今や太平洋の一部となつて居る。 此地点を高天原と称され、其土地に住める神人を、高天原人種又は天孫民族と称へられた。現在の富士山は古来の富士地帯の八合目以上が残つて居るのである。周囲殆ど一千三百里の富士地帯は青木ケ原と総称し、世界最大の高地であつて、五風十雨の順序よく、五穀豊穣し、果実稔り、真に世界の楽土と称へられて居た。其為め、生存競争の弊害もなく、神の選民として天与の恩恵を楽みつつあつたのである。 近江の琵琶湖は富士地帯の陥落せし時、其亀裂より生じたものである。そして古代の富士山地帯は殆ど三合目四辺に現代の富士の頂上の如き高さを保ち雲が取巻いて居た。故に天孫民族は四合目以上の地帯に安住して居た。外の国々より見れば、殆ど雲を隔てて其上に住居して居たのである。皇孫瓊々杵命が天の八重雲を伊都の千別に千別て葦原の中津国に天降り玉ひきといふ古言は、即ち此世界最高の富士地帯より、低地の国々へ降つて来られた事を云ふのである。決して太陽の世界とか、金星の世界から御降りになつたのでない事は勿論である。 顕国の御玉延長して金銀銅の救の橋の架けられし時も、最高の金橋は富士山上に高さを等しうしてゐた。又ヒマラヤ山は今日では世界最高の山と謂はれてゐるが、其時代は地教山と言ひ又銀橋山とも云つて、古代の富士の高さに比ぶれば、二分の一にも及ばなかつたのである。現代の富士山は一万三千尺なれ共、古代の富士は六万尺も高さがあつたのである。仏者の所謂須弥仙山も此天教山を指したものである。 現代の清水湾及遠州灘の一部の如きは、富士山の八合目に広く展開せる大湖水であつて、筑紫の湖と称へられてゐた。又同じ富士山地帯の信州諏訪の湖は須佐の湖と云つたのである。筑紫の湖には金竜数多棲息して、大神に仕へ、風雨雷電を守護してゐた。又玉の湖には白竜数多棲息して、葦原の瑞穂国(全世界)の気候を順調ならしむべく守護してゐたのである。そして素盞嗚尊の神霊がこれを保護し玉ひ、富士地帯の二合目あたりに位地を占めてゐた。太古の大地震に依つて、此地帯は中心点程多く陥没し、周囲は比較的陥没の度が少かつた。其為現代の如く、高千穂の峰たる現富士を除く外、海抜の程度が殆ど平均を保つ事になつたのである。現代の山城、丹波などは、どちらかと云へば地球の傾斜の影響に依つて少しく上つた位である。 丹波は元田場と書き、天照大御神が青人草の食いて活くべき稲種を作り玉うた所である。故に五穀を守ると云ふ豊受姫神は、丹波国丹波郡丹波村比沼の真名井に鎮座ましまし、雄略天皇の御代に至りて、伊勢国山田に御遷宮になつたのである。御即位式の時、由紀田、主基田をお選みになるのも、現今の琵琶湖以西が五穀を作られた神代の因縁に基くからである。由紀といふ言霊は安国の霊反しであり、主基といふ言霊は知ろし召す国の霊反しである。之を見ても丹波の国には神代より深き因縁のある事が分るのである。 又小亜細亜のアーメニヤ及びコーカス山、エルサレム、メソポタミヤ及びペルシヤ、印度の一部は、富士地帯の如く高く雲上に突出してゐた。印度の如きも天竺と称へられて、其地方での最高地点であつたが、富士山の陥没と同時に、此地も亦今の如く陥落したのである。アーメニヤといふ事は天の意味又は高天原の意味である。エルサレムといふ神代の意義はウズの都、天国楽土の意味がある。茲に国祖国治立尊は始めて出現され、大八洲彦命の敵軍に囲まれ玉ひし時、国治立尊が蓮華台上より神力を発揮して、悪魔の拠れる天保山を陥落せしむると同時に天教山を現出せしめ玉うたことは、霊界物語第一巻に述ぶる通りである。又エルサレムは現今のエルサレムではない。アーメニヤの南方に当るヱルセルムであつた。そしてヨルダン河も、現今のヨルダン河とは違つてゐることは勿論である。死海の位置もメソポタミヤの東西を挟んで流れ落つる現今の波斯湾がそれであつた。 又現今の地中海は此物語に於て、古代の名を用ゐ、瀬戸の海と称へられてゐる。此瀬戸の海はアーメニヤの附近迄展開してゐた。併し乍らこれも震災の為に瀬戸の海の東部は陸地となつて了つたのである。故に此物語は地球最初の地理に依つて口述するものであるから、今日の地理学の上から見れば、非常に位置又は名義が変つてゐることを予め承知して読んで貰ひたいのである。 『舎身活躍』の最初に当りて、此富士山(太古の天教山)を述べたのは瑞月が入道の最初、富士の天使松岡神に霊魂を導かれ、此太古の状況を見せて貰ひ、其肉体は高熊山の岩窟に守られて居つた因縁に依つて、物語の始めに、富士山の大略を口述するのが順序だと思ふからである。 『舎身活躍』は瑞月が明治卅一年の五月、再び高熊山に神勅を奉じて二週間の修業を試み、霊眼に映じさせて頂きし事や、過、現、未の現幽神の三界を探険して、神々の御活動を目撃したる大略を口述する考へである。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・八旧八・一八松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 09 牛の糞 | 第九章牛の糞〔一〇二一〕 斎藤元市氏は大霜天狗の託宣のがらりと外れたのに愛想をつかし、修業場を貸すことを謝絶し、それきり自分の方へは見向きもせなくなつたのみならず、『大先生』と、暫く崇めてゐた喜楽に『泥狸、ド狸、野天狗、ド気違』と罵り始めた。そして自分の妻の妹のチンコの静子を、中村の修業場から引張帰り、園部の下司熊吉といふ博奕打の稲荷下げをする男の女房にやつて了つた。十三歳の高子の方は神懸りが面白いので、中村の多田亀の内で修業をして居た。宇一は爺の目を忍んで、そろそろ喜楽の宅へ出入りを始めた。そして神の道を覚束なげに研究してゐた。 奥山で失敗して帰つてから、五日目の夜さであつた。又もや大霜天狗サンが、五日間の沈黙を破つて、腹の中からグルグルと舞ひ上り、喉元へ来て呶なり始めた。喜楽はヤア又かと、迷惑してゐると、雷のやうな大きな声で、 大霜『此方は住吉の眷族大霜であるぞよ。男山の眷族小松林の命令に依つて、再びここに現はれ、其方に申渡すことがあるから、シツカリ聞くがよいぞ。宇一は暫く席を遠ざけたがよからう』 宇一は審神者気取りになり、 宇一『コレ大霜天狗サン、余り人を馬鹿にしなさるな。奥山に金が埋けてあるなんて、能うそんな出放題が言へましたなア、モウこれからお前の云ふことは一言も聞きませぬで……オイ喜楽、チとシツカリせぬと可かんぜ。お前の口から言ふのぢやないか、余程気を附けぬと気違になつて了うぞ。……オイ大霜、これでも神の申すことに二言がないといふか。八十万円なんて駄法螺を吹きやがつて、俺たち親子を馬鹿にしやがつたな』 大霜『八十万円でも八百万円でも其方の心次第で与へてやる。まだ改心が出来ぬから、誠のことが言うてやれぬのだ。金の欲が離れたら幾らでも金を与へてやる』 宇一『金の必要があるから欲しくなるのです。誰だつて必要のない物は欲しいことはありませぬ、欲しくない金なら要りませぬワイ。石瓦も同然だから、金を欲しがらぬ奴には金をやらう、欲しがる奴にはやらぬといふ意地の悪い神がどこにあるか、チツと考へなさい。審神者が気をつけます』 大霜『そんならこれから神も改心して、欲しがる奴にチツと計り与へてやらう』 宇一『ハイ、私は別に必要は厶いませぬが、内の爺は先祖からの財産を相場でスツクリ無くして了つたものですから、親類からはいろいろ攻撃せられ、あの養子はようしぢやない、わるうしだと人に言はれるのが残念ぢやと悔やんで居ります。余り欲な事は申しませぬから、元の身上になる所迄金を与へてやつて下さい。そしたら爺も喜んで信仰いたします。此頃は大霜サンが喜楽にうつつて騙しやがつたと云つて怒つてゐます。それ故私も爺に内証で、斯うして神さまの御用をさして貰はうと勉強して居るので厶います』 大霜『お前は親に似合はぬ殊勝な奴だ、それ丈の心掛があらば結構だ。そんならこれから金の所在を本当に知らしてやる、決して疑ふではないぞ。先に騙されたから今度も嘘だらうと、そんな疑を起さうものなら、又もや金銀の入つた財布が牛糞に化けるか知れぬぞ、よいか!』 宇一『決して神さまのお言を始めから疑うて居るのぢや厶いませぬが、此間の様に神様から間違はされると、又しても騙されるのぢやないかと、自然に心がひがみまして、一寸計り疑が起つて参ります』 大霜『それが大体悪いのだ。綺麗サツパリと改心をいたして、此方の申すことを一から十迄信ずるのだぞ』 宇一『ハイ、一点疑をさし挟みませぬから、お告げを願ひます』 大霜『そんなら言つてやらう、一万両でよいか』 宇一『ハイ、当分一万両あれば、さぞ爺が喜ぶこつて厶りませう』 大霜『其一万両を如何する積りだ。天狗の公園を先にするか、自分の目的の相場の方にかかるか、其先決問題からきめておかねば言うてやる事は出来ぬワイ』 宇一『ハイ、そこは神さまにお任せ致します。御命令通りになりますから……』 大霜『そんなら言つてやらう、よつく聞け!葦野山峠を二町許り西へ下りかけた所の道端の叢に、十万円這入つた大きな色の黒い財布がおちてゐる。それは鴻の池の番頭が京都の銀行から取出して、大阪へ帰る途中泥坊の用心にと、ワザと途を転じて葦野山峠を越えた所、泥坊の奴、チヤンと先廻りを致し、葦野山峠に待つてゐた。それとも知らず番頭は、百円札で一千枚都合十万円持つて、葦野山峠をスタスタと登り、夜の十二時頃通つた所を、泥棒が物をも云はず、後からグーイと引つたくり、持つて逃げ様と致すのを、此大天狗が大喝一声……曲者!……と樹の上から呶鳴りつけた所、泥棒は一生懸命に逃げ出す、番頭は生命カラガラ能勢の方面へ逃げて行く。アヽ大切な主人の金を泥棒に取られて、如何申訳があらう、一層池へ身を投げて申訳をせうと、今大きな池のふちにウロウロしてゐる所だ。それをどうぞして助けてやらうと、此方の眷族を間配つて守護致して居るから、先づ今晩は大丈夫だが、何れ彼奴は金が出ない以上は死ぬに違ひない、それ故其方が其金を拾ひ、其筋へ届けたなら規則として一割は貰へるのだ、一割でも一万円になる、サア早く行け!』 宇一『それは何時賊が出ましたので厶いますか?』 大霜『今晩の十二時頃に出たのだ』 宇一『一寸待つて下さい、まだ午後五時で御座います。日も暮れて居らぬのに、今晩の十二時に賊が出たとは、そら昨夜の間違ひと違ひますか?』 大霜『ナニ今晩に間違ない、神は過去、現在、未来一つに見え透くのだ。先に出て来る事を知らぬ様では神とは申さぬぞよ。サア早く行け、グヅグヅして居ると番頭の寿命がなくなるばかりか、十万円の金を又外の奴に拾はれて了へば、メツタに出て来る例しがない』 宇一『葦野山峠は僅に一里計りの所です。今から行きましたら六時には着きます。六時間も待つて居るのですか?』 大霜『オウそうぢや、お前は肉体を持つた現界の人間だ、神界と同じ調子には行かぬワイ、そんなら十二時に賊が出て金を取るのだから、余り早過ぎてもいかず、遅過ぎてもいかぬから、此処を十一時半に立つて行け、そうすれば丁度都合がよからう』 宇一『最前申した様に決して疑は致しませぬけれど、もし間違つたら如何して下さいますか?』 大霜『間違うと思ふなら行かぬがよかろ、後で不足を聞くのは面倒だから、一層の事喜楽一人行くがよい、一万円の謝金は其方の自由に使うたが宜からうぞ』 宇一『もし大霜さま、此間の様に喜楽丈が行きますと、不結果に了るかも知れませぬ。私も一緒に連らつて行つたら如何ですか?』 大霜『それも宜からう。それまでに水を三百三十三杯頭からかぶり神言を五十遍上げよ。そうすればこれから丁度十一時半迄時間がかかる、それから行つたがよからう。神は之から引取るぞよ』 ドスンと飛上り、畳を響かせ鎮まつて了つた。宇一は釣瓶に三百三十三杯の水をカブるのは苦痛で堪らず、小さい杓で、一杯の水を三しづく程酌んで『一つ二つ三つ……』と云つて三百三十三杯かぶる真似をしてゐた。祝詞も神言では長いと云つて、天津祝詞に代へて貰ひ、漸くにして五十遍早口に唱へて了ひ、 宇一『サア喜楽、ソロソロ行かうぢやないか。まだ九時過ぎだが、道々修行したりなんかしもつて行けば、丁度よい時間になるよ。遅いより早いがましだからな』 喜楽『モウおかうかい、おれは何だか本当のやうに思はぬワ。又此間の様な目に会はされると馬鹿らしいからな』 宇一『羹物にこりて膾を吹くとはお前の事だ、そう神さまだつて何遍も人を弄びになさる筈がない、疑ふのが一番悪い、何でも唯々諾々として是命維れ従ふと云ふのが、信仰の道だ。そんな事云はずに行かうぢやないか』 喜楽『余り人に分らぬよにしてをつてくれ。もし失策つたら又次郎松サンに村中触れ歩かれると困るからなア』 宇一は『ヨシヨシ』と諾き乍ら、早くも吾茅家を立出でる。喜楽も従いて、田圃路を辿り天川村を右に見て、出山を越え、上佐伯の御霊神社の森に辿りつき、森の杉の木の株に腰を打掛けて、夜のボヤボヤした春風を身に浴び乍ら、眠たいのを無理に辛抱して、時刻の到るのを待つてゐた。 愈十一時を社務所の時計が打出した。 宇一『アヽモウ十一時だ、早く行かう』 と宇一は先に立つ。喜楽は後からスタスタと険しき葦野山峠を、七八丁計り登つて行く。峠の茶屋に山田屋と云ふのがあつた。まだ時刻が早いので、一寸一服して行かうと、戸の隙から中を覗くと、此五六軒よりかない村の若い者が、まだ遊んでゐる。……コリヤ却て都合が悪い……と云ひ乍ら、峠の右側の松林に進み入り、暫く時刻の到るを待つてゐる間に、二人共グツスリ寝込んで了つた。 フツと先に目が開いたのは宇一であつた。 宇一『オイ喜楽、早う起きぬか、今一寸道の方を覗いて居りたら、神さまの云ふたやうに、一人の黒い男が、財布の様な者を担げて通りよつたぞ。又其後へ二人の男が一町ほど離れて行きよつた。ヤツパリ神様の仰しやる事は違はぬワ。丁度今財布をボツタクられてる所だ。余り早く行くと俺達が泥棒と間違へられて天狗さまに叱られては大変だから、ゆつくりして行かうだないか』 と小さい声で囁く。喜楽の心の中は、八分まで信ぜられない、如何してもウソの様な気がする。けれ共二分許り何とはなしに希望の糸につながれてるやうな気がした。 そこで両人は林の中から街道へ下り、峠を二町ばかり降つて見ると、一寸曲り途がある。ここに間違ひないとよく目を光らして見れば、財布の様なものが黒く落ちてゐる。二人は一イ二ウ三ツで其の黒い物に手をかけると、財布と思ふたのは牛の糞の段塚であつた。 二人は余り馬鹿らしいので、互に何とも云はず、まだ外に落ちてるに違ひないと、汚れた手をそこらの草にこすりつけ拭き取り乍らガザリガザリと草の中を捜して見た。ここは常から牛車の一服する場所で、路傍の草原に牛をつなぐ為、どこにもかしこにも牛糞だらけである。……コラ此処ではあるまい……と又一町許り降り、そこら中捜してみたが、何一つおちてゐない。念入りに葦野峠の西坂五六丁の間を捜してる間に、夜はガラリと明けて了つた。宇一は失望落胆の余り、 宇一『オイ喜楽、貴様の神懸りはサツパリ駄目だ。今度は糞を掴ましやがつただないか、クソ忌々しい、もうこんな事は誰にもいふなよ。お前は口が軽いから困る。そして今日限り神懸りは止めようぢやないか』 喜楽『グヅグヅして居ると金の財布が牛糞になると神さまが言ふたぢやないか。モウ仕方がない、これも修業ぢやと思うて諦めようかい』 宇一『サア早く帰なう、誰に出会うか知れやしない。余り見つともよくないから……』 と云ひ乍ら、力なげに両人は穴太へ帰つて来た。 斯の如くして神さまは天狗を使ひ、自分等の執着を根底より払拭し去り、真の神柱としてやらうと思召し、いろいろと工夫をおこらし下さつたのだと、二十年程経つて気がついた。それ迄は時々思ひ出して、馬鹿らしくつて堪らなかつたのである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・九旧八・一九松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 24 神助 | 第二四章神助〔一〇三六〕 金光教会の八木の支部長をして居る土田雄弘と云ふ人は、金光教の足立正信氏が金明会へ降服したと聞き、周章狼狽して上級教会所なる杉田政次郎氏と協議した上、金光教の大の熱心者なる八木の福島寅之助氏を従へ綾部へ駆付け、直に足立正信氏と面会し、 土田『金光教の本部から応援を乞ひ自分も極力応援の労をとる考へだから、金明会の下らぬ所を脱会し、何程辛くても暫らくだから孤軍奮闘をつづけられよ。訳の分らぬ霊学等に降服するのは、金光教師の本領ではない。折角今迄金光教で苦労をし乍ら、脆くも敵に甲を脱ぐとは不甲斐ない』 と熱涙を流して足立氏を激励した。乍併足立氏は已に金光教会の部下に対する酷薄無情なるに呆れ果て、出口教祖や喜楽の温情に漸く感激して居たる際なれば、熱心なる友人の忠告も只一言の下に撥ねつけ、且大本の教義の深遠霊妙なる事を口を極めて説き、遂に土田雄弘氏も金明会の布教師になつて了つた。 そこで喜楽は足立、土田、福島氏等と神殿の次の間で神様の話や幽斎の方法などを説明して居ると十数年間胃腸病に悩んで居た人が、大原から駕で二三の親類に連れられ病気平癒の祈願に来たので、喜楽は一寸神様に御祈願をなし、 喜楽『悪神立去れ!』 と只一言言霊を発射すれば、不思議にも多年の病は其場にて恢復し、喜び勇んで帰途は自ら歩行し、鼻唄等を唄つて帰る様になつた。又台頭と云ふ処から、片山卯之助と云ふ十五歳の男が足の立たぬ病となり、之も亦駕に乗つて来たが、足立、土田、福島氏の前で直に足が立つて了つた。 此現場を目撃した三人は非常に霊術の効顕に驚嘆して居た。忽ち福島寅之助は発動を始め、 福島『ウンウン』 と呻り出し、次で土田雄弘も霊感者となり、天眼通の一端を修得するに到つたのである。足立正信氏は今迄幽冥界の実状を知らなかつた金光教の布教師なりしを以て、神懸り状態を見るのは生れてから始めてなりし為め、非常に奇妙の思ひをし、之は屹度妖神の所業か、又は喜楽は魔法使ではないかと、そろそろと疑ひかけたが、現に友人の土田が霊感の神助を得てから、 土田『今迄の金光教会などはとるに足らぬものである。人間が寄つて集つて拵へた編輯教だから誠の神の教ぢやない』 と唱へ出し、今度は反対に足立氏を説服し、 土田『大本の教理は誠の神の御心に出でたるものなり』 と強く主張した。されど足立氏は依然として正邪真偽の審判に苦しんで居た様に見えて居た。 教祖様や役員等の懇望によつて、喜楽は茲に幽斎の修行者を養成する事となり、本町の中村竹造氏の宅にて、数日間布教の傍幽斎の修行を執行し、求道者もおひおひ増加し、本町の中村氏宅も狭くなり、本宮の東四つ辻、元金光教の広前に修行場を移した。福島寅之助の神懸り[※初版・愛世版では「神懸(かむがか)り」だが、校定版では「神憑(かむがか)り」になっている。福島寅之助に懸かるのは邪霊なので、校定版の編纂者が「神憑」に修正したのではないかと思われる。]は随分乱暴なもので、邪神界の先導者とも云ふべき霊であつて、大変に審神者や役員を手古摺らした。東隣には其時分には綾部の警察署があり、日々撃剣の稽古で幽斎の邪魔になり、且又沢山の参拝者のために思ふやうに修行が出来ず、そこで神界へ伺つた上、猿田彦神の御神勅で山家村の鷹栖へ修行場を移転する事となつた。其時の歌に、 大稜威高千穂山の鷹栖へ 導く神は猿田彦神 直に鷹栖の四方平蔵氏の宅へ修行場を移し、二三日の後再び同地の信者四方祐助氏方へ移転した。 修行者は何れも役員信者の弟子のみにて、福島寅之助、四方平蔵、四方祐助、四方熊蔵、同春蔵、同甚之丞、同すみ子、大槻とう、塩見せい子、中村菊子、田中つや子、四方久子、野崎篤三郎、西村まき子、西村こまつ、村上房之助、黒田きよ子、上仲義太郎、四方安蔵、四方藤太郎、中村竹造等の二十有余人の修行者が集まつて朝から晩までドンドンと幽斎の修行にかかつて居た。二十有余人が一時に発動するので床の根太が歪み出し、祐助氏の息子の勇一氏が非常に困つて、秘かに綾部の警察署へ、 四方勇一『喜楽や足立が、しやうもない事を教へて困るから追払つて下さい』 と願ふて出た。戸主の権利を以て謝絶すれば宜いものを、自分の卑怯さから、斯かる手段を採つたのである。喜楽は小松林の神様によつてこれを前知したので、即夜上谷の四方伊左衛門氏方へ修行者をつれて移転し、前方の谷間に不動尊を祀つた可なり大きな瀑布のあるを幸ひ、上谷を修行場と定めて幽斎に熱中した。さうした処案の定、警官が追払ひに来た。けれども神道の為め赤誠をこらして修業にかかつてる熱心者のみなれば、少しも怯まず頓着せずドシドシと修業を続行して居た。猿田彦の神は又もや神懸りとなつて、 神懸り雲の上谷輝きて 動かぬ君の御代を照らさむ と云ふ歌を与へられた。まだまだ其時に与へられた神歌は数百首に上つて居たが、今はハツキリ記憶して居ないのである。 扨幽斎修行の結果は極て良好であつて、数多の修行者の中に二三の変則的不成功者を出しただけで、其他は残らず神人感合の境に到達し、中には筆紙を用ひて世界動乱の予言をなす者あり、北清事変の神諭を言ふ者あり、日露戦争の予言をしたり世界戦争を予告したりする神が憑つて来た。天眼通、天耳通、宿命通、感通等の神術に上達する者も出来て来た。大に神道の尊厳無比を自覚した信者も尠からずあつた。中に最も不可思議なるは西村まき子と云ふ十八才の女、俗にいふ白痴であつたが彼は神懸りとなるや平素の言動は一変し、かの神世に於ける大気津姫の如く、自分の耳から粟を幾粒となく出し、鼻よりは小豆を出し、秀処よりは麦種抔を出したる奇蹟があつた。これを見ても我国の神典が非凡の真理を伝へたるものなる事を悟り得らるるのである。 幽斎の修行もおひおひ発達したので、留守中を四方藤太郎に預けおき、四方平蔵氏と共に静岡県富士見村の長沢雄楯先生の奉仕して居られる月見里神社へ参拝する事となつた。道すがら大神の御神徳の広大無辺なるを説きつつ、須知山峠を越え、大原、枯木峠を踏み越え十津川の山村にさしかかつた時、四方氏は俄に発動気味となり、身体震動甚しく、止むを得ず枯木峠の頂上へ休息して、喜楽は立つたまま四方に鎮魂を施して見た。四方には松岡神使が臨時憑依し、天眼通が層一層明かになつて来た。 喜楽は前に述べた通り長沢雄楯翁の霊学の門人となつて居たので、一度報告旁鈿女命を祀つた月見里神社へ参拝したのである。漸くにして無事に富士見村の下清水、長沢先生の館に到着した。さうして四方平蔵氏は、神懸りと俗間に行はれて居る稲荷下げとは其品位に於て又方法に於て雲泥の差のある事を一々例証を挙げて説明せられ、漸く霊学の趣旨を悟る様になり二昼夜滞在の上、惜き別れを告げ帰綾の途についた。 下清水より江尻迄二十丁ばかりの道を歩いて、午前一時の急行列車へ乗り込まうとする時、僅二分の短き停車、殊に列車はボギー式で、田舎の汽車の様に入口が沢山にない処へ、四方氏は生憎目が悪い、夜分は殆ど灯があつても見えぬ位だ。それに沢山の荷物を肩にひつかけて居る。喜楽も手一杯の荷物を下げて手早く乗車し、四方氏は如何かと昇降台を見れば、今片手をかけたばかりに汽車は動き出して居る。駅員は力一杯の声を出して『危ない危ない』と連呼して居る。 四方氏は其間に七八間も引きずられて居た。喜楽は金剛力を出して荷物諸共昇降台迄ひきあげた。此時の事を思ふと今でもゾツとする様だ。全く神の加護によつて危き怪我を救はれたのだと心の裡にて感謝し乍ら、翌日の午後一時頃京都駅に安着し、二人は東本願寺前のある飲食店に這入つて昼飯をすませ、それより七条通りを西行して西七条に至り、此処から乗合馬車の亀岡行の切符を買ひ発車の時刻を待つてゐた。四方氏は本願寺前の茶店で買ふて食つた蛸の中毒で俄に苦しみ出し、嘔いたり、下痢たり、十数回に及んだ。顔色は真蒼となり、其場に倒れて殆ど死人の様になつてゐる。馬車屋の主人は驚いて、 馬車屋の主人『お客サン、あんたは虎列剌病です。サア一刻も早く此場を退却して下され。警察へ知れたら何も彼も焼かれて了ひ、営業が出来なくなつて了ひます。そんな事にでもなれば家は大騒動だ。サア早く帰つて下さい』 と一旦受取つた金を返し切符を取上げて了つた。喜楽は教祖より授かつて来たお肌守を懐中より取り出し、四方氏の肩にかけてやり、又教祖様から頂いたおひねり二体を口に含ませ鎮魂を施した。御神徳は忽ち現はれ、四方氏は初めて言語も明白になり、元気も稍恢復して来た。喜楽は四方氏の手をひき門へ出で、折柄空車をひいて来た二人の車夫を認め、天の与へと直に之に乗り、何喰はぬ顔にて一里半ばかり走らせ、桂の大橋にさしかかると、四方氏は全く旧の如くに元気づき、車の上から潔い声で四方山の話しをしたり、歌などを唄ひ出した。それから大枝阪、王子、篠村と疾走しつつ篠村八幡堂の少し手前迄帰つて来ると、四方氏の乗つた腕車は忽ち鉄の輪がガラリと外れ、グナグナと砕けて了ひ、四方氏は街路に真逆様に放り出されて了つたが、幸ひに擦傷一つせず無事であつた。 四方氏は余程運の強い人と見え、一日の間に三度まで汽車、馬車、人力車の危難に救はれるといふ事は、実に不思議である。これも神様の御神徳と考へるより外に判断はつかぬ。人間には一生の中には必ず一度や二度は幸運が向ふて来る。それと同様に又一度や二度は大難が来るものである。四方氏の信仰の力と大神様のお蔭で、斯る危ない所を九分九厘で助けられたのは、全く神様に一心に仕へて居たお蔭である。 (大正一一・一〇・一二旧八・二二北村隆光録) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 19 鞍馬山(二) | 第一九章鞍馬山(二)〔一〇五六〕 折節当夜は八木会合所の祭神及び会場移転式挙行日にて数多の会員参集し居たるに、不意に教祖一行の御立寄りと聞きて驚喜し俄に色めき立ちて上を下への大騒動、見るに見かねて教祖は之を制し慇懃に挨拶あり。畏くも大神の奉斎所を遷座する大切な御式を軽率に執行して神霊に非礼の罪を重ね、前以て詳細の報告も出願にも及ばざりし会員一同の不注意は今眼前に報うて来て気の毒であつた。幸ひにも教祖に祭主を懇願して移転式を完了し、次に教祖及び海潮の講話あり、午後十一時には各十二分の神徳を忝なみ会員一同退散した。印度坊主は経が大切、自分等は明日が大事、夜更しは身の障りと狭い座敷に雑魚寝をなし、翌九日、旭日東山の端に円顔を現はし給ふの頃、霧の流るる小川に手水を使ひ口嗽ぎ、恭しく神前に祈願を凝らし、行途の如何を占なひ奉る。時に皇神海潮の手を通じて教へ諭し給ふ様、 『世の中の人の心のくらま山 神の霊火に開くこの道』 と、此神詠によりて行途の城州鞍馬山なる事を窺ひ知り得たれば、心は五条橋の牛若丸の如く飛び立つばかり勇み立ち、午後一時福島氏に送られて八木停車場へと歩を運ぶ。折柄園部の上り列車、幸宜しと飛乗れば二分停車の忙しく渡る鉄橋寅天の、音轟々と大堰川、八木の城山跡に見て、二条の軌道を疾駆して、早くも亀岡に接近す。海潮が故郷なる曽我部の連山は殊の外眼に立ち、高熊山の霊峰は彼方ならむと思へば不知不識に拍手せられる。愛宕の神峰は群山重畳の其中央に巍然として聳え、教祖一行の出修を眺めて山霊行途の安全成功を暗祈黙祷せらるるの思ひがある。車中偶曽我部の里人某を見る。言葉を掛けむとすれば態と素知らぬ振りに背面し、時々横目に此方の身辺を覗ふ様、あまり心地良きものに非ず。彼は曾て海潮が故郷にありて国家の大勢に鑑み、憂国の至情を以て一身一家を抛ち、惟神の大道たる皇道霊学の教旗を翻したる時、陰に陽に極力妨害を加へたる枉津神なれば、今更面目なくて其鉄面皮も稍良心に呵責され、思はず背面せしならむかと思ひしに、豈図らむや、然は無くて彼は余等一行の旅装を注視し、乞食巡礼に零落せしものと誤認し、帰郷するや嗤笑して告げて曰く。 『上田は怪しき教に沈溺せし為め終に乞食に堕落したり。神道に熱中するもの宜しくこれを以て殷鑑とし、決して祖先伝来遵奉し来りし仏道を捨て神道に迷ふが如き愚挙を演ずる勿れ。彼れ上田は親族には絶交せられ、朋友には疎まれ、弟妹には見離され、吾住み馴れし恋しき故郷を捨てて是非もなくなく他所へ流浪し、今又養家の老母や妻を携へ、浮雲流水の身となり居れり』 などと、御苦労にも悪言醜語を遠近に触れまはし、余が郷里の一族も少からぬ迷惑を感じたと云ふことである。 日本神国に生を享け、神国の粟を喰み、神恩に浴し乍ら、報本反始の本義を忘れて、邪教に魅せられたる印度霊の小人の言葉程、迂愚頑迷にして斯道に害毒を流すものはない。 汽車は容赦なく山本、請田と進み行き、第一隧道を潜り抜け第二、三、四と貫く程に、流れも清き保津川の激潭、急流に散在する奇石怪岩面白く、読み尽されぬ書物岩、数へ尽せぬ算盤岩、激潭飛瀑の中に立ち並ぶ屏風岩、仏者の随喜渇仰する蓮華岩を川底に見降しつつ、渓間の鉄橋矢を射る如く、早くも嵐峡館の温泉場、感賞間もなく君が代を万代祝ふ亀山隧道、脱け出れば花より団子の嵯峨の駅、五分停車の其内に、右手の方を眺むれば、月雪花と楓の嵐山、秋季に花は無けれども、松の木の間を彩る錦、神の随々萠出でて、月照り渡る渡月橋、筏流るる桂川、お半長右衛門浮名を流す涙川、流れも清き天竜の巨刹は松年画伯の筆になる天竜と共に高く甍を雲表に現はし、峨山の禅風薫るあり。十三詣りの虚空蔵の祠、千歳栄ゆる松尾大社、神徳薫る梅の宮の森、千葉の葛野を眺むれば、百千足屋庭も見え、国の秀見ゆる勇ましさ。左手は撰歌に名高き定家卿の小倉山、花と紅葉の二尊院、仏祖を祀つた釈迦の堂、北は御室の仁和寺、五重の塔は雲を突く、此処に昇降する客の大半はこれに詣づる信徒なるべし。汽笛の声に動き出す。汽車は間もなく花園駅、車掌が明くる戸を待ち兼ねて一行は飛降り、禅宗の本山妙心寺を横手に眺めつつ、教祖は老の御足に似もやらず一行の先に立ちて進まれ、徒歩にて北野の鳥居前にと衝立つ梅松竹の杖。今日は陽暦廿五日当社の祭典にて神輿渡御の真最中、騎馬の神職は冠装束厳めしく劉喨たる音楽に連れて、神輿の前後を練り出る有様、最殊勝に見ゆる。数万の賽者は一時に容を改め襟を正して拍手するあり。社頭には千年の老松梅林、楓雑木も苔蒸して神さび立てる神々しさ。教祖は此処に歩を停め拍手再拝の後、余等一行に向ひ、 教祖『抑も当社の祭神は今より一千余年の昔、左大臣藤原時平が讒言に由つて時の帝王の逆鱗に触れ、無実の罪に問はせられ親子共に四方へ流謫の身となり、御無念やる方なく、 天の下乾ける程のなければや 着てし濡衣ひる由もなき と歎き給ひし菅原道真公の真心終に天地に貫徹し、鳴神とまで化けて神異霊徳を顕はし一陽来復の時至つて北野天神と祭られ後世までも斯くも手厚き官祭に与り給ふは、実に聖明の世の賜と云ふべし。然し乍らここに思ひ出されて忍び難きは吾等の奉仕する艮の大神国常立尊の御上である。大神は天地開闢の太初にあたり、海月なす漂へる国土を修理固成して豊葦原の瑞穂の国を建設し、以て神人安住の基礎を立て厳格なる神政を励行し給ふや、剛直峻正にして柔弱なる万神の忌憚する所となり、衆議の結果悪鬼邪神と貶せられ、千座の置戸を負ひて神域の外に神退ひに退はれて其尊身を隠し、千万の御無念、克く忍び克く堪へ天地の諸霊を守護し給へども、盲千人目明一人の現社会に誰ありて神名を称へ奉る者なく、神饌一回献ずる人無く、暗黒裡に血涙を呑み落武者の悲境に在せ給ひしに、時節到来、大神の至誠は天地に通じ、煎豆に花の咲き出でしが如く月日並びて治まれる、二十五年の正月元朝寅の刻、天津神の任しのまにまに、 「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を掛け丑寅の金神守るぞよ」 と大歓喜と大抱負とを以て目出度く産声を挙げ、再び現在の主宰とならせ給へり。あゝ斯くも至尊至貴至仁至愛なる大神の御心を察し奉りて一日も早く片時も速に、大神の仮宮なりとも造営し奉り我神洲神民として敬神愛民の至誠を養ひ神恩の忝けなきを覚悟せしめ、日本魂を錬磨修養せしめねば、邦家の前途は実に寒心に堪へず。瞬時も速かに大慈大悲の大神の御洪徳を宣伝し、悪鬼邪神との冤罪を雪ぎ奉るは吾等の大責任にして又畢生必ず決行せざるべからざる大願なり。今や北野の神の官祭を拝して大神の御上を追懐し、悲歎遣る瀬なし』 とて冴えたる御声は愈曇り光眼瞬く事切りと見受られ……草枕旅には厭ふ村時雨はらはらかかるを袖にうけつつ語り出でらるる其真情に絆されて、海潮も澄子も声をのみ、貰ひ泣きせし其顔を、菅の小笠に隠して同行五人杖を曳いて鞍馬を指して急ぎ行く。 鞍馬へ愈到着してより其夜は御宮の前にて御通夜する事とした。四方春三は寺前に備へありし御籤を頂きしに余程悪かりしと見え、思はず、 春三『オウ失敗つた』 などと口外する。其夜福林は旅の疲労にて前後不覚の体に寝入りしが、不図夜中の一時頃目を覚まし見れば、傍にありし四方春三の姿の見えざるに驚き、探し見るに外の方に当つて『起きて下さい』と頻りに呼はる声の聞ゆるままに耳をすませば確に四方の声である。福林は急ぎ外へ出て見れば、大いなる火の玉、お宮の前を行きつ戻りつ駆けめぐり、而も其火の玉の尾には正しく尋ねる四方春三の姿あるを認め、今の声の所在も始めてわかつた。薄気味悪く見守る内、火の玉は次第に先方へ行きし故恐る恐るも其方角へ行きて見れば四方は大きな焚火をして居た。福林は近づいて、 福林『一体如何したのか』 と聞けば四方は青い顔して震へ乍ら、 四方『オヽ恐い恐い、こんなに恐い事はない、今のを見て呉れたら何も云ふ事は無い』 と云ふのみにて打ち明けもせず泣いて居る。それから連れ立ちて御宮へ戻り再び寝に就き、夜明けてから更めて四方に夜半の出来事を尋ねたけれど、四方は何も知らぬと云ふ。念の為め昨夜焚火せる処へ行つて見たが其跡さへ無き不思議に福林は只驚くばかりであつた。海潮は教祖に向ひ今度鞍馬参りの神慮を伺ひしに、教祖は只、 教祖『先に行つたら分りませう』 と云はれしのみであつた。 帰途は京都より亀岡へ出で八木にて一泊せしが四方は終日蒼白な顔して悄気込み居たりし様見るも憐れであつた。同人は其夜園部まで二里の行程を走つて友人に会ひ、 四方『今度は死ぬやも知れぬ』 とて暇乞ひを成して帰れる由、教祖は此事を聞きて叱つてゐられた。 翌日綾部の役員信者は途中迄出迎ひに出て無事大広前に帰り着く。四方春三は始終太息を洩らし居たが上谷の宅より迎ひに来り、帰宅して後一ケ月ほど煩ひて帰幽して了つた。其より前、 四方『生前是非先生に一度来て貰はねば死ぬにも死なれぬ』 とて使ひが来たから海潮は見舞に行き、 海潮『許してやる』 と言へば安心して帰幽した。春三時に十八才、実に霊学に達したる男であつたが慢心取違ひの末、神罰を蒙りて一命を終はつたのは遺憾の事であつた。 或夜俄に大風吹きて広前の杉の樹、ゴウゴウと唸りし事がある。後教祖に伺ひしに、鞍馬山の大僧正来りて本宮山へ鎮まり又其眷族は馬場の大杉へ行つたが其後大杉には蜂の如く沢山の眷族が見えたと教祖は物語られた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 | 附録 大祓祝詞解 | 附録大祓祝詞解 (一) 大祓祝詞は中臣の祓とも称へ、毎年六月と十二月の晦日を以て大祓執行に際し、中臣が奏上する祭文で延喜式に載録されてある。 従来此祝詞の解説は無数に出て居るが、全部文章辞義の解釈のみに拘泥し、其中に籠れる深奥の真意義には殆ど一端にさへ触れて居ない。甚だしきは本文の中から『己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪』の件を削除するなどの愚劣を演じて居る。自己の浅薄卑近なる頭脳を標準としての軽挙妄動であるから、神界でも笑つて黙許に附せられて居るのであらうが、実は言語道断の所為と云はねばならぬ。大祓祝詞の真意義は古事記と同様に、大本言霊学の鍵で開かねば開き得られない。さもなければ古事記が一の幼稚なる神話としか見えぬと同様に、大祓祝詞も下らぬ罪悪の列挙、形容詞沢山の長文句位にしか見えない。所が一旦言霊の活用を以て其秘奥を開いて見ると、偉大と云はうか、深遠といはうか、ただただ驚嘆の外はないのである。我国体の精華が之によりて発揮せらるるは勿論のこと、天地の経綸、宇宙の神秘は精しきが上にも精しく説かれ、明かなる上にも明かに教へられて居る。之を要するに皇道の真髄は大祓祝詞一篇の裡に結晶して居るので、長短粗密の差異こそあれ、古事記、及び大本神諭と其内容は全然符節を合するものである。 言霊の活用が殆ど無尽蔵である如く、大祓祝詞の解釈法も無尽蔵に近く、主要なる解釈法丈でも十二通りあるが、成るべく平易簡単に、現時に適切と感ぜらるる解釈の一個をこれから試みやうと思ふ。時運は益々進展し、人としての資格の有無を問はるべき大審判の日は目前に迫つて居るから、心ある読者諸子は、これを読んで、真の理解と覚醒の途に就いて戴きたい。 (二) 『高天原に神つまります、皇親神漏岐、神漏美の命もちて、八百万の神等を神集へに集へ賜ひ神議りに議り玉ひて、我皇孫命は豊葦原の水穂の国を、安国と平けく所知食と事依し奉りき』 △高天原に『タカアマハラ』と読むべし、従来『タカマガハラ』又は『タカマノハラ』と読めるは誤りである。古事記巻頭の註に『訓高下天云阿麻』[※高(たか)の下の天(てん)の訓(くん)は「あま」と云う]と明白に指示されて居り乍ら従来何れの学者も之を無視して居たのは、殆ど不思議な程である。一音づつの意義を調ぶれば、タは対照力也、進む左也、火也、東北より鳴る声也、父也。又カは輝く也、退く右也、水也、西南より鳴る声也、母也。父を『タタ』といひ、母を『カカ』と唱ふるのもこれから出るのである。又アは現はれ出る言霊、マは球の言霊、ハは開く言霊、ラは螺旋の言霊。即ち『タカアマハラ』の全意義は全大宇宙の事である。尤も場合によりては全大宇宙の大中心地点をも高天原と云ふ。所謂宇宙に向つて号令する神界の中府所在地の意義で『地の高天原』と称するなどがそれである。この義を拡張して小高天原は沢山ある訳である。一家の小高天原は神床であり、一身の小高天原は、臍下丹田であらねばならぬ。ここでは後の意義ではなく、全大宇宙其物の意義である。之を従来は、地名であるかの如く想像して、地理的穿鑿を試みて居たのである。 △神つまりますかみは日月、陰陽、水火、霊体等の義也。陰陽、水火の二元相合して神となる。皇典に所謂産霊とは此正反対の二元の結合を指す。日月地星辰、神人其他宇宙万有一切の発生顕現は悉くこの神秘なる産霊の結果でないものはない。又つまりとは充実の義で、鎮坐の義ではない。ますはましますと同じ。 △皇親皇(スメラ)は澄すの義、全世界、全宇宙を清澄することを指す。親(ムツ)は『ムスビツラナル』の義で、即ち連綿として継承さるべき万世一系の御先祖の事である。 △神漏岐、神漏美神漏岐は霊系の祖神にして天に属し、神漏美は体系の祖神にして地に属す。即ち天地、陰陽二系の神々の義である。 △命もちて命(ミコト)は神言也、神命也。即ち水火の結合より成る所の五十音を指す。元来声音は「心の柄」の義にて、心の活用の生ずる限り、之を運用する声音が無ければならぬ。心(即ち霊魂)の活用を分類すれば、奇魂、荒魂、和魂、幸魂の四魂と之を統括する所の全霊に分ち得る。所謂一霊四魂であるが、此根源の一霊四魂を代表する声音はアオウエイの五大父音[※『神霊界』大正7年9月1日号(名義は「浅野和邇三郎」)では「アイウエオの五大母音」。初版では「アイウエオの五大父音」。校定版・愛世版では「アオウエイの五大父音」。霊界物語ネットでも「アオウエイの五大父音」に直した。次の箇所も同じ。]である。宇宙根本の造化作用は要するに至祖神の一霊四魂の運用の結果であるから、至祖神の御活動につれて必然的にアオウエイの五大父音が先づ全大宇宙間に発生し、そして其声音は今日といへども依然として虚空に充ち満ちて居るのだが、余りに大なる声音なので、余りに微細なる声音と同様に、普通人間の肉耳には感じないまでである。併し余り大ならざる中間音は間断なく吾人の耳朶に触れ、天音地籟一として五大父音に帰着せぬは無い。鎮魂して吾人の霊耳を開けば、聴こゆる範囲は更に更に拡大する。扨前にも述ぶるが如く、声音は心の柄、心の運用機関であるから天神の一霊四魂の活用が複雑に赴けば赴く丈け、声音の数も複雑に赴き停止する所はない。其中に在りて宇宙間に発生した清音のみを拾ひ集むれば四十五音(父母音を合せて)濁音、半濁音を合すれば七十五音である。これは声音研究者の熟知する所である。拗音、促音、鼻音等を合併すれば更に多数に上るが、要するに皆七十五音の変形で、あらゆる音声、あらゆる言語は根本の七十五声音の運用と結合との結果に外ならぬ。されば宇宙の森羅万象一切は是等無量無辺の音声即ち言霊の活用の結果と見て差支ない。これは人間の上に照して見ても其通りである事がよく分る。人間の心の活用のある限り、之を表現する言霊がある。『進め』と思ふ瞬間には其言霊は吾人の身体の中府から湧き、『退け』と思ふ瞬間にも、『寝よう』と思ふ瞬間にも、『行らう』と思ふ瞬間にも、其他如何なる場合にも、常に其言霊は吾人の中心から湧出する。即ち人間の一挙一動悉く言霊の力で左右されるというても宜しい。従つて言霊の活用の清純で、豊富な人程其の使命天職も高潔偉大でなければならぬ。 △八百万の神等八百のヤは人、ホは選良の義、万は沢山、多数の義である。 △神集へに云々神の集会で神廷会議を催すことである。 △我皇御孫之命五十音の中でアは天系に属し、ワは地系に属す。故に至上人に冠する時に我はワガと言はずしてアガといふ也。皇(スメ)は澄し治め、一切を見通す事、御(ミ)は充つる、円満具足の義、孫(マ)はマコトの子、直系を受けたる至貴の玉体。命は体異体別の義、即ち独立せる人格の義にして、前に出でたる命(神言)から発足せる第二義である。全体は単に『御子』といふ事である。元来霊も体も其根本に溯れば、皆祖神の賜、天地の賜である。故に皇典では常に敬称を附するを以て礼となし、人間に自他の区別は設けられてないのである。 △豊葦原の水穂国全世界即ち五大洲の事である。之を極東の或国の事とせるが従来の学者の謬見であつた。日本を指す時には、豊葦原の中津国、又は根別国などと立派に古事記にも区別して書いてある。 △所知食は衣食住の業を安全に示し教ふる事を云ふ。地球は祖神の御体であるから、人間としては土地の領有権は絶対に無い。例へば人体の表面に寄生する極微生物に人体占領の権能がないのと同様である。人間は神様から土地を預り、神様に代りて之を公平無私に使用する迄である。うしはぐ(領有)ものは天地の神で主治者は飽迄知ろしめすであらねばならぬ。国土の占領地所の独占等は、根本から天則違反行為である。神政成就の暁には独占は無くなつて了ふ。 (大意)全大宇宙間には陰陽二系の御神霊が実相充塞しそれは即ち一切万有の父であり又母である。陰陽二神の神秘的産霊の結果は先づ一切の原動力とも云ふべき言霊の発生となつた。所謂八百万の天津神の御出現であり、御完成である。天界主宰の大神は云ふまでもなく天照皇大神様であらせらるるが、其次ぎに起る問題は地の世界の統治権の確定である。是に於て神廷会議の開催となり其結果は天照大神様の御霊統を受けさせられた御方が全世界の救治に当らるる事に確定し、治国平天下の大道を執行監督さるべき天の使命を帯びさせらるる事になつたのである。無論人間の肉体は世に生死往来するを免れないが、其霊魂は昔も今も変ることなく千万世に亘りて無限の寿を保ちて活動さるるのである。 (三) かく依さし奉りし国中に荒振神等をば、神問はしに問はし玉ひ、神掃ひに掃ひ給ひて、語問ひし磐根樹根立草の片葉をも語止めて、天之磐座放ち、天之八重雲を伊頭の千別に千別て、天降し依さし奉りき。 △荒振神天界の御命令にまつろはぬ神、反抗神の意である。 △神問はしに云々神の御会議。罪あるものは神に向ひて百万遍祝詞を奏上すればとて、叩頭を続くればとてそれで何の効能があるのではない。況ンや身欲信心に至つては、言語道断である。神様に御厄介を懸けるばかり、碌な仕事もせぬ癖に、いざ大審判の開始されむとする今日、綾部を避難地でもあるが如くに考ふるやうな穿き違ひの偽信仰は、それ自身に於て大罪悪である。神は先づ其様な手合から問はせらるるに相違ない。 △神掃ひに云々掃ひ清むること、神諭の所謂大掃除大洗濯である。 △語問し諸々の罪の糾弾である。 △磐根樹立草の枕詞、即ち磐の根に立てる樹木の、その又根に立てる草の義。 △草の片葉草は青人草、人のこと、又片葉は下賤の人草の意である。 △語止めて議論なしに改悟せしむるの意である。 △天之磐座放ち磐座は高御座也、いはもくらも共に巌石の義。放ちは離ち也。古事記には、『離天之石位』とあり。 △八重雲弥が上にも重なりたる雲。 △伊頭の千別に云々伊頭は稜威也。即ち鋭き勢を以て道を別けに別けの義。 △天降し依さし奉りき『天降し……の件を依さし奉りき』の義にて中間に神秘あり。天降しは天孫をして降臨せしむる事、換言すれば天祖の御分霊を地に降し、八百万の国津神達の主宰として神胤が御発生ある事である。 (大意)既に地の神界の統治者は確定したが、何しろ宇宙の間は尚未製品時代に属するので、自由行動を執り、割拠争奪を事とする兇徒界が多い。これは最も露骨に大本開祖の御神諭に示されて居る所で、決して過去の事のみではない。小規模の救世主降臨は過去にあつたが、大規模の真の救世主降臨は現在である。『七王も八王も王が世界にあれば、此世に口舌が絶えぬから、神の王で治める経綸が致してあるぞよ』とあるなどは即ち之を喝破されたものである。其結果是等悪鬼邪神の大審判、大掃除、大洗濯が開始され所謂世の大立替の大渦中に突入する。さうなると批評も議論も疑義も反抗も全部中止となり稜威赫々として宇内を統治し玉ふ神の御子の世となるのである。 (四) 如此依さし奉りし四方の国中と大日本日高見之国を安国と定め奉りて、下津磐根に宮柱太敷立、高天原に千木多加知りて、皇御孫命の美頭の御舎仕へ奉りて、天の御蔭日の御蔭と隠り坐して、安国と平けく所知食む国中に成出でむ天の益人等が過ち犯しけむ雑々の罪事は。 △四方の国中宇宙の大中心。 △大日本日高見之国四方真秀、天津日の隈なく照り亘る国土を称へていふ。但宇宙の大修祓が済んでから初めて理想的になるのである。 △下津磐根地質が一大磐石の地で即ち神明の降臨ある霊域を指す。 『福知山、舞鶴は外囲ひ、十里四方は宮の内』とあるも亦下津磐根である。 △宮柱太敷立宮居の柱を立派に建てる事。 △千木多加知屋根の千木を虚空(高天原)に高く敷きの義。千木は垂木也。タリを約めてチといふ。 △美頭麗しき瑞々しき意。 △仕へ奉り御造営の義。 △天の御蔭云々天津神の御蔭、日の大神様の御蔭と自分の徳を隠したまふ義。神政成就、神人合一の時代に於ては人は悉く神の容器である。世界統一を実行すとて、其功績は之は天地の御恩に帰し奉るが道の真随で、忠孝仁義の大道は根源をここから発する。坐ながらにして其御威徳は宇内に光被し、世は自然と平けく安らけく治まるのである。 △天の益人天は敬称である。益人は世界の全人類を指す。マスラヲといふ時は男子のみを指す。マは完全、スは統治の義。又ヒは霊、トは留まる義。 △罪事ツミは積み也、又包み也。金銭、財宝、糧食等を山積私有するは個人本位、利己本位の行為で、天則に背反して居る。又物品を包み隠したり、邪心を包蔵したり、利用厚生の道の開発を怠つたりする事も堕落腐敗の源泉である。かく罪の語源から調べてかかれば罪の一語に含まるる範囲のいかに広いかが分る。法律臭い思想では其真意義はとても解し難い。 (大意)天祖の御依託によりて救世主が御降臨遊ばさるるに就きては、宇宙の中心、世界の中心たる国土を以て宇内経綸、世界統一の中府と定め給ひ、天地創造の際から特別製に造り上げてある神定の霊域に、崇厳無比の神殿を御造営遊ばされ、惟神の大道によりて天下を知ろしめされる事になる。神諭の所謂『神国の行ひを世界へ手本に出して万古末代動かぬ神の世で三千世界の陸地の上を守護』さるるのである。それに就きては直接天津神の手足となり、股肱となりて活動せねばならぬ責任が重い。いかなる事を為ねばならぬか、又如何なる事を為てはならぬか、明確なる観念を所有せねばならぬ。次節に列挙せらるる雑々の罪事といふのは悉く人として日夕服膺せねばならぬ重要事項のみである。 (五) 天津罪とは、畔放ち溝埋め、樋放ち頻蒔き串差し、生剥逆剥尿戸許々太久の罪を、天津罪と詔別けて、国津罪とは、生膚断、死膚断、白人胡久美、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪、昆虫の災、高津神の災、高津鳥の災、畜殪し蠱物せる罪、許々太久の罪出む。 △天津罪天然自然に賦与せられたる水力、火力、電磁力、地物、砿物、山物、動植物等の利用開発を怠る罪をいふ。前にも言へる如く、所謂積んで置く罪、包んで置く罪也。宝の持腐れをやる罪也。従来は文明だの進歩だのと云つた所が、全然穿き違の文明進歩で一ツ調子が狂へば忽ち饑餓に苦しむやうなやり方、現在世界各国の四苦八苦の有様を見ても、人間が如何に天津罪を犯して居るかが解る。神諭に『結構な田地に木苗を植たり、色々の花の苗を作りたり、大切な土地を要らぬ事に使ふたり致し人民の肝腎の生命の親の米、豆、粟を何とも思はず、米や豆や麦は何程でも外国から買へると申して居るが、何時までもさう行かぬ事があるから猫の居る場にも五穀を植付けねばならぬやうになりて来るぞよ。皆物質本位の教であるから、神の国には神国の世の行方に致さして、モーぼつぼつと木苗も掘り起させるぞよ』とあるなどは実に痛切骨に徹する御訓戒である。現在の神国人とても欧米人と同じく決して天津罪人の数には漏れぬ人間ばかりである。採鉱事業などになると今の人間は余程進歩して居る所存で居るが、試掘と分析位で地底に埋没せる金銀宝玉等が出るものではない。之に比べると、幾分霊覚を加味した佐藤信淵[※佐藤信淵は江戸後期の思想家、医師。]の金気観測法などの方が何れ丈か進歩して居る。神霊の御命令と御指示がなくんば、金銀其他は決して出ない。大本神諭に『五六七大神の御出ましにお成なさるるにつき、国常立尊が現はれるなり、国常立尊が現はれると、乙姫殿は次ぎに結構な大望な御用が出来て乙姫殿の御宝を上げて新規の金銀を綾部の大本に………。二度目の立替を致して、何も新規に成るのであるから、乙姫殿の御財宝を綾部の大本へ持運びて、新規の金銀を吹く準備を致さな成らぬから云々』とあるなどは時節到来と共に実現して、物質万能機械一点張りの連中を瞠若たらしむ事柄なのである。又現在人士は電力、火力、水力、其他の利用にかけて余程発達進歩を遂げた心算で居るが、一歩高所から達観すると、利用どころか悪用ばかり間接又は直接に人類の破滅、天然の破壊に使用されぬものが幾何かある。是等の点にかけて現在の人士は、所謂知識階級、学者階級ほど血迷ひ切つて居る、天津罪の犯罪者である。 △畔放ち天然力、自然力の開発利用の事。畔(ア)は当字にてアメを約めたもの也。田の畔を開つなどは単に表面の字義に囚はれたる卑近の解釈である。 △溝埋め水力の利用を指す。埋めには補足の義と生育の義とを包む。湯に水をうめる、根を土中にうめる、種子を地にうめる、孔をうめる、鶏が卵をうむなど参考すべし。 △樋放ち樋は火也。電気、磁気、蒸気、光力等天然の火力の開発利用を指す。 △頻蒔き山の奥までも耕作し不毛の地所などを作らぬ事。頻(シキ)は、敷地のシキ也、地所也。蒔きは捲き也、捲き収める也、席巻也、遊ばせて置かぬ也、遊猟地や、クリケツト、グラウンドなどに広大なる地所を遊ばせて、貴族風を吹かせて、傲然たりし某国の現状は果して如何。彼等が世界の土地を横領せる事の大なりし丈、彼等が頻蒔の天則を無視せる罪悪も蓋し世界随一であらう。併し其覚醒の時もモー接近した、これではならぬと衷心から覚る時はモー目前にある。イヤ半分はモー其時期が到着して居る。併しこれは程度の差違丈で、其罪は各国とも皆犯して居る。 △串差しカクシサガシの約にて、前人未発の秘奥を発見する事。 △生剥ぎ一般の生物の天職を開発利用する事。生物といふ生物は悉く相当の本務のあるもので、軽重大小の差異こそあれそれぞれ役目がある。鼠でも天井に棲みて人間に害を与ふる恙虫などを殺すので、絶対的有害無効の動物ではない。剥ぎは開く義、発揮せしむる義也。蚕をはぐなどの語を参考すべし。 △逆剥逆(サカ)は、栄えのサカ也。酒なども此栄えの意義から発生した語である。剥(ハギ)は生剥の剥と同じく開発の義。即ち全体の義は栄え開く事で、廃物をも利用し荒蕪の地を開墾し、豊満美麗の楽天地を現出せしむる事を指す。 △尿戸宇宙一切を整頓し、開発する義。クは組織経綸、ソは揃へる事、整頓する事、へは開発する事。 △許々太久其他種々雑多の義。 △天津罪と詔別て以上列挙せる天然力、自然物の利用開発を怠る事を、天津罪と教へ給ふ義也。 △国津罪天賦の国の徳、人の徳を傷つくる罪を指す。 △生膚断天賦の徳性を保ち居る活物の皮膚を切ること也。必要も無きに動物を害傷し、竹木を濫伐する事等は矢張罪悪である。霊気充満せる肉体に外科手術を施さずとも、立派に治癒する天賦の性能を有して居る。人工的に切断したり切開したりするのは天則違反で、徒に人体毀損の罪を積ぬる訳になる。 △死膚断刃物を以て生物一切を殺す罪。 △白人胡久美白昼姦淫の事。白日床組といふ醜穢文字を避け、態と当字を用ひたのである。淫欲は獣肉嗜好人種に随伴せる特徴で、支那、欧米の人士は概して此方面の弊害が多い。日本人も明治に入つてから大分其影響を受けて居るが、元来は此点に於ては世界中で最も淡白な人種である。淫欲の結果は肺病となり、又癩病となる故に白人胡久美を第二義に解釈すれば白人は肺病患者、又は白癩疾者を指し、胡久美は黒癩疾者を指す。 △己が母犯せる罪母の一字は、父、祖先、祖神等をも包含し、極めて広義を有するのである。大体に於て親といふ如し。犯すとは其本来の権能を無視する義也。換言すれば親、祖先、祖神に対して不孝の罪を重ぬる事である。 △己が子犯せる罪自己の子孫の権能を無視し、非道の虐待酷使を敢てする事。元来自分の子も、実は神からの預かり物で、人間が勝手に之を取扱ふ事は出来ない。それに矢鱈に親風を吹かせ、娘や伜などを自己の食ひ物にして顧みぬなどは甚だしき罪悪といふべきである。 △母と子と犯せる罪、子と母と云々上の二句『己が母犯せる罪、己が子犯せる罪』を更に畳句として繰返せる迄で別に意義はない。 △畜犯せる罪獣類の天賦の徳性を無視し、酷待したり、殺生したりする事。 △昆虫の災天則違反の罪をいふ。蝮、ムカデなどに刺されるのは皆偶然にあらず、犯せる罪があるにより天罰として刺されるのである。故にかかる場合には直に反省し、悔悟し、謹慎して、神様にお詫を申し上ぐべきである。 △高津神の災天災、地変、気候、風力等の不順は皆これ高津神の業にして罪過の甚い所に起るのである。災は業はひ也、所為也。鬼神から主観的に観れば一の所為であるが、人間から客観的に観れば災難である。今度の国祖の大立替に、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、其他八百万の眷属を使はるるのも祝詞の所謂高津神の災である。皆世界の守護神、人民の堕落が招ける神罰である。 △高津鳥の災鳥が穀物を荒す事などを指すので矢張り神罰である。 △畜殪し他家の牛馬鶏豚等を斃死せしむる事。一種のマジナヒ也。 △蠱物呪咀也、マジナヒ物也。丑の時参りだの、生木に釘を打つだのは皆罪悪である。 (大意)人間は神の容器として宇内経綸の天職がある。殊に日本人の使命は重大を極め世界の安否、時運の興廃、悉く其責任は日本人に係るのである。神諭に『日本は神の初発に修理へた国、元の祖国であるから、世界中を守護する役目であるぞよ。日本神国の人民なら、チトは神の心も推量致して、身魂を磨いて世界の御用に立ちて下されよ』とある通り、天賦の霊魂を磨き、天下独特の霊智霊覚によりて、天然造化力の利用開発に努めると同時に、他方に於ては天賦の国の徳、人の徳を発揮することに努め、そして立派な模範を世界中に示さねばならぬのである。然るに実際は大に之に反し、徒に物質文明の糟粕を嘗め、罪の上に罪を重ねて現在見るが如き世界の大擾乱となつて来た。無論日本人は此責任を免るる事は出来ない。併しこれは天地創造の際からの約束で、進化の道程として、蓋し免れ難き事柄には相違ない。されば此祝詞の中に『許々太久の罪出む』とあり、又国祖の神諭にも『斯うなるのは世の元から分つて居る』と仰せられて居る。要するに過去の事は今更悔むには及ばぬ。吾々は現在及び将来に向つて、いかなる態度を執り、いかなる処置を講ずれば宜いかを考究すべきである。次節に其要道を示されて居る。 (六) 如此出でば、天津宮言以て、天津金木を本打切末打断て、千座の置座に置足はして、天津菅曾を本苅絶末苅切て、八針に取裂きて天津祝詞の太祝詞言を宣れ、如此宣らば、天津神は天の磐戸を推披来て、天の八重雲を伊頭の千別に千別て所聞召む。国津神は高山の末短山の末に登り坐て、高山の伊保理短山の伊保理を掻分けて所聞召む。 △天津宮言宮言は『ミヤビノコトバ』の義也。正しき言霊也。宇宙の経綸は言霊の力によりて行はるる事は、前にも述べた。我天孫民族は世界の経綸を行ひ、天下を太平に治むべき、重大なる使命を帯びて居る。然るに現在は肝腎の日本人が、霊主体従の天則を誤り天津罪、国津罪、数々の罪を重ねて、其結果世界の大擾乱を来して居る。之を修祓し、整理するの途は、言霊を正し、大宇宙と同化するが根本である。換言すれば、肚の内部から芥塵を一掃し、心身共に浄化して、常に善言美詞のみを発するやうにせねばならぬ。悪声を放ち蔭口をきき又は追従軽薄を並べるやうな人間はそれ丈で其人格の下劣邪悪な事が分る。世界の経綸どころか人として次ぎの新理想時代に生存すべき資格の有無さへ疑問である。日夕祝詞を奏上しても、斯んな肝要至極の点が、さつぱり実行が出来ぬでは仕方がない。お互に反省の上にも反省を加へねばならぬ事と思ふ。 △天津金木則神算木也。周易の算木に相当するものであるが、より以上に神聖で正確である。本来は長さ二尺の四寸角の檜材なのであるが、運用の便宜上、長さ二寸の四分角に縮製さる。其数三十二本を並べて、十六結を作製し、其象を観て、天地の経綸、人道政事一切の得失興廃等を察するのである。それは宇内統治の主が大事に際して運用すべきもので、普通人民が矢鱈に吉凶禍福などを卜するに使用すべきものではない。無意無心の器物を用ゐて神勅を受くるのであるから、ややもすれば肉体心の加味し勝ちな普通の神憑りよりも、一倍正確な事は云ふ迄もない。 △本打切末打断神算木を直方形に作製する仕方を述べたまでである。 △千座の置座云々無数の神算木台に後からズンズン置き並べる事。 △天津菅曾周易の筮竹に相当するが其数は七十五本である。これは七十五声を代表するのである。長さは一尺乃至一尺二寸、菅曾は俗称『ミソハギ』と称する灌木、茎細長にして三四尺に達す。之を本と末とを切り揃へて使用する也。 △八針に取裂て天津菅曾の運用法は先づ総数七十五本を二分し、それから八本づつ取り減らし其残数によりて神算木を配列するのである。 △天津祝詞の太祝詞即ち御禊祓の祝詞の事で、正式に奏上する場合には爰で天津祝詞を奏上するのである。大体に於て述べると、あの祝詞は天地間一切の大修祓を、天神地祇に向つて命ぜらるる重大な祝詞である。太(フト)は美称で、繰返して、天津祝詞を称へた迄である。 △宣れ神に向つて願事を奏上するの義也。 △天の磐戸天津神のまします宮門から御出動の義にて、人格的に写し出せるのである。 △伊頭の千別き云々前に出たから略す。 △国津神地の神界に属する神々、及び霊魂の神を以て成立し、各自の霊的階級に応じて大小高下、それぞれの分担権限を有す。 △高山の末云々末は頂上の義。 △伊保理隠棲也、隠れたる也。伊保理の伊保も、いぶかしのいぶも、烟などのいぶるも、皆通音で同意義である。 (大意)天津罪、国津罪の続発は悲しむべき不祥事ではあるが、出来た上は致方がない。よく治乱興廃、得失存亡の理を明かにし、そして整理修祓の法を講ぜねばならぬ。世界主宰の大君としては、天津金木を運用して宇内の現勢を察知し、そして正しき言霊を活用して天津祝詞を天津神と国津神とに宣り伝へて、其活動を促すべきである。これが根本の祭事であると同時に、又根本の政事であつて、祭と政とは決して別途に出るものではない。さうすると、天津神も国津神もよく之に応じて威力を発揮せられる。神諭の所謂『罪穢の甚い所には、それぞれの懲罰がある』又は『地震、雷、火の雨降らして体主霊従をつぶす』といふやうな神力の発動ともなるのである。 (七) 如此所聞食ては、罪といふ罪は不在と、科戸の風の天の八重雲を吹放つ事の如く、朝の御霧夕の御霧を、朝風夕風の吹掃ふ事の如く、大津辺に居大船を、舳解放ち艫解放ちて大海原に押放つ事の如く、彼方の繁木が本を、焼鎌の敏鎌以て打掃ふ事の如く、遺る罪は不在と、祓賜ひ清め玉ふ事を。 △かく所食てはきこしめすの意義は、単に耳に聴くといふよりも遥に広く深い。きくは利く也。腕が利く、鼻がきく、眼がきく、酒をきく、(酒の品位を飲み分けること)などのきくにて一般に活用を発揮し、威力を利用する義である。天津神、国津神達が整理修祓の命に応じて活動を開始する事を指していふ。 △罪といふ罪は不在と罪といふ限りの罪は一つも残さずの意。 △科戸の風の云々以下四聯句は修祓の形容で、要するに『遺る罪は不在と祓賜ひ清め賜ふ』事を麗しき文字で比喩的に描いたものである。科戸は風の枕詞、古事記に此神の名は志那都比古と出て居る。シは暴風(アラシ)のシと同じく風の事である。ナはノに同じく、トは処の義。 △朝の御霧云々御霧は深き霧の義。 △朝風夕風云々朝風は前の『朝の御霧』に掛り、夕風は『夕の御霧』に掛る。 △大津辺に居る云々地球に於て、肉体を具備されたる神の御出生ありしは、琵琶湖の竹生島からは、多紀理毘売命、市寸島比売命、狭依毘売命の三姫神、又蒲生からは天之菩卑能命、天津彦根命、天之忍穂耳命、活津日子根命、熊野久須毘命の五彦神が御出生に成つた。これが世界に於ける人類の始祖である。かく琵琶湖は神代史と密接の関係あるが故に、沿岸附近の地名が大祓祝詞中に数箇所出て居る。大津の地名も斯くして読み込まれたものである。 △舳解放云々泊居る時に舳艪を繋いで置くが、それを解き放つ意。 △大海原海洋也。 △繁木が下繁茂せる木の下。 △焼鎌の敏鎌焼鎌とは、鎌で焼きて造る故にいふ。敏鎌は利き鎌の義。 △遺る罪は不在と前に『罪といふ罪は不在』とあるのに、更に重ねてかく述ぶるは、徹底的に大修祓を行ふ事を力強く言ひなしたのであらう。 (大意)八百万の天津神と国津神との御活動開始となると、罪といふ罪、穢といふ穢は一つも残らず根本から一掃されて仕舞ふ。大は宇宙の修祓、国土の修祓から、小は一身一家の修祓に至るまで、神力の御発動が無ければ、到底出来るものではない。殊に現代の如く堕落し切つた世の中が、何うしても姑息的人為的の処分位で埒が附くものでない。清潔法執行の声は高くても、益々疾病は流行蔓延し、社会改良の工夫は種々に凝らされても、動揺不穏の空気はいよいよ瀰蔓するではないか。艮之金神国常立尊が御出動に相成り、世の立替立直しを断行さるるのも誠に万止むを得ざる話である。されば大祓祝詞は、無論何れの時代を通じても必要で、神人一致、罪と穢の累積を祓清むる様に努力せねばならぬのだが、殊に現在に於ては、それが痛切に必要である。自己の身体からも、家庭からも、国土からも、更に進んで全地球、全宇宙から一時も迅速に邪気妖気を掃蕩してうれしうれしの神代に為ねば、神に対して実に相済まぬ儀ではないか。 大修祓に際して、神の御活動は大別して四方面に分れる。所謂祓戸四柱の神々の御働きである。祓戸の神といふ修祓専門の神様が別に存在するのではない、正神界の神々が修祓を行ふ時には、此四方面に分れて御活動ある事を指すのである。以下末段迄は各方面の御分担を明記してある。 (八) 高山の末短山の末より、作久那太理に落、多岐つ速川の瀬に坐す瀬織津比売と云ふ神、大海原に持出なむ、如此持出往ば、荒塩の塩の八百道の八塩道の塩の八百会に坐す速秋津比売といふ神、持可々呑てむ。如此可々呑ては、気吹戸に坐す気吹戸主といふ神、根の国底の国に気吹放ちてむ。如此気吹放ちては、根の国底の国に坐す速佐須良比売といふ神、持佐須良比失ひてむ。如此失ひては、現身の身にも心にも罪と云ふ罪は不在と、祓給へ、清め給へと申す事を所聞食と恐み恐みも白す。 △高山の末云々高き山の頂、低き山の頂からの義。 △作久那太理に佐久は谷也、峡也。那太理はなだれ落つる義、山から水が急転直下し来る事の形容。 △落多岐つ逆巻き、湧き上りつつ落つる事。滝(タキ)、沸(タギル)等皆同一語源から出づ。 △速川急流也。 △瀬織津比売云々古事記の伊邪那岐命御禊の段に、『於是詔之上瀬者瀬速。下瀬者瀬弱而。初於中瀬降迦豆伎而。滌時。所成坐神名八十禍津日神、次大禍津日神。此二神者所到其穢繁国之時因汚垢而。所成之神者也』[※この漢文は御校正本ではフリガナはなく、返り点が付いている。霊界物語ネットでは戦後の版を参考にしてフリガナをつけた。また返り点は削除した。]と出て居るが、瀬織津の織は借字にて瀬下津の義、即ち於中瀬降迦豆伎たまふとある意の御名である。此神は即ち禍津日神である。世人は大概禍津日神と禍津神とを混同して居るが、実は大変な間違である。禍津神は邪神であるが、禍津日神は正神界の刑罰係である。現界で言へば判検事、警察官、又は軍人なぞの部類に属す。罪穢が発生した場合には、常に此修祓係、刑罰係たる禍津日神の活動を必要とする。修祓には大中小の区別がある。大は天上地上の潔斎、中は人道政事の潔斎、小は一身一家の潔斎である。若し地球に瀬織津比売の働きが無くんば、万の汚穢は地上に堆積して新陳代謝の働きが閉塞する。所が地の水分が間断なく蒸発して、それが雲となり、雨となり、其結果谷々の小川の水が流れ出て末は一つに成りて大海原に持出して呉れるから、天然自然に地の清潔が保たれるのである。現在は地の表面が極度に腐敗し切り、汚染し切り、邪霊小人時を得顔に跋扈して居る。神諭に『今の世界は服装ばかり立派に飾りて上から見れば結構な人民で、神も叶はぬやうに見えるなれど誠の神の眼から見れば、全部四つ足の守護に成りて居るから、頭に角が生えたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻計り高い化物の覇張る、闇雲の世に成りて居るぞよ』『余り穢うて眼を開けて見られぬぞよ』『能うも爰まで汚したものぢや。足片足踏み込む所もない』等と戒められて居る通りである。此際是非とも必要なるは、世界の大洗濯、大清潔法の施行であらねばならぬ。爰に於てか先づ瀬織津姫の大活動と成りて現はれる。七十五日も降りつづく大猛雨なぞは此神の分担に属する。到底お手柔な事では現世界の大汚穢の洗濯は出来さうも無いやうだ。神諭にも『罪穢の甚大い所には何があるやら知れぬぞよ』と繰返し繰返し警告されて居る。世界の表面を見れば、そろそろ瀬織津比売の御活動は始まりつつあるやうだ。足下に始まらなくては気が附かぬやうでは困つたものだ。 △荒塩の塩の八百道の云々全体は荒き潮の弥が上に数多寄り合ふ所の義。八は弥の意、八百道は多くの潮道の事、八塩道は上の塩の八百道を受け重ねていへる丈である。八百会は沢山の塩道の集まり合ふ所。 △速秋津比売古事記に『水戸神、名速秋津日子神。次妹秋津比売命』とあるが如く河海の要所を受持ちて働く神也。 △持可々呑てむ声立ててガブガブ呑むの義也。汚れたる世界の表面を洗滌する為には既に瀬織津比売の働きが起りて大雨などが降りしきるが、河海の水門々々に本拠を有する秋津比売が、次ぎに相呼応して活動を開始する。大洪水、大海嘯、大怒濤、此神にガブ呑みされては田園も山野も、町村も耐つたものではない。所謂桑田変じて碧海と成るのである。 △気吹戸近江の伊吹山は気象学上極めて重要な場所である。伊吹は息を吹く所の義で、地球上に伊吹戸は無数あるが、伊吹戸中の伊吹戸とも云ふべきは近江の伊吹山である。最近伊吹山に気象観測所が公設されたのは、新聞紙の伝ふる所であるが、大本では十年も二十年も以前から予知の事実である。 △気吹戸主大雨、洪水、海嘯等の活動に続いては、気象上の大活動が伴うて妖気邪気の掃蕩を行はねばならぬ。元寇の役に吹き起つた神風の如きも、無論この伊吹戸主の神の御活動の一端である。 △根の国底の国地球表面に於ては北極である。神諭に『今迄は世の元の神を、北へ北へ押籠めて置いて、北を悪いと世界の人民が申て居りたが、北は根の根、元の国であるから、北が一番善く成るぞよ………。人民は北が光ると申して不思議がりて、いろいろと学や智慧で考へて居りたが、誠の神が一処に集りて、神力の光を現はして居る事を知らなんだぞよ』とあるが、真に人間の智慧や学問では解釈の出来ない神秘は北に隠されて居る。北光、磁力は申すに及ばず、気流や、気象なども北極とは密接の関係がある。即ち地球の罪穢邪気は、悉く一旦北極に吹き放たれ、爰で遠大なる神力により処分されるのである。序に一言して置くが、罪を犯した者が根の国、底の国に落ちるのは、詰まり神罰で、これも一つの修祓法執行の意義である。別に根の国底の国といふ地獄めきたる国土が存在するのではない。何処に居ても神罰執行中は其処が根の国底の国である。 △速佐須良比売佐須良は摩擦(サスル)也、揉むこと也、空にありては雷、地にありては地震、皆これ佐須良比売の活動である。要するに全世界の大修祓法は、大雨で流し、洪水海嘯等で掃ひ、大風で吹き飛ばし、最後に地震雷で揺つて揺つて揺り滅すのである。それが即ち神諭の世界の大洗濯、大掃除、第二次の大立替である。『天の大神様がいよいよ諸国の神に、命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が総大将となりて雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷族を使ふと一旦は激しい』とあるのは、祓戸四柱の神々の活動を指すのである。詳しく言へば雨、荒、風、地震の神々がそれぞれ瀬織津比売、秋津比売、気吹戸主、佐須良比売の神々の働きをされるので、岩の神が統治の位置に立つのである。学問の末に囚はれた現代人士は、是等の自然力を科学の領分内に入れて解釈しようと試みて居るがそれは駄目だ。実は皆一定の規律と方針の下に行はるる所の神力の大発動である。その事は、今年よりは来年、来年よりは来々年といふ具合に、段々世界の人士が承服する事に成るであらう。 △所聞食と八百万の神達に宣り上ぐる言葉である。神々に向つて活動開始、威力発揮を祈願する言葉である。即ち天地の神々様も、此宣詞をしつかり腹に入れ、四方面に分れて、大修祓の為に活力を発揮し玉へと云ふ事である。我惟神の大道がいかに拝み信心、縋り信心と天地の相違あるかは、此辺の呼吸を観ても分るであらう。末段祓戸四柱神の解釈説明を下すに当り、自分は全体の統一を慮り、又大本神諭との一致を失はぬやう、主として地球全体世界全体経綸の見地から筆を下した。併しこれは、より大きくも、又より小さくも解釈が出来る事は前にも述べた通りである。宇宙の神人、万有一切の事は皆同一理法に支配せられ、宇宙に真なる事は地球にも真、地球に真なる事は一身一家にも又真である。参考の為めに爰に簡単に他の一二の解釈法を附記して置かう。個人潔斎の上から述べると瀬織津比売の働きは行水、沐浴等の事、秋津比売は合嗽の事、伊吹戸主は深呼吸などの事、佐須良比売は冷水摩擦、按摩等の事である。人身生理の上から述べると、瀬織津比売は口中にて食物咀嚼の機能、秋津比売は食道から胃腸に食物を運ぶ機能、気吹戸主は咀嚼して出た乳汁を肺臓に持ち出す機能、佐須良比売は肺臓にて空気に触れ、それから心臓に帰り、そして全身へ脈管で分布せらるる機能を指すのである。かくの如く大祓祝詞は大小に拘はらず、ありとあらゆる有機組織全部に必要なる新陳代謝の自然法を述べたものである。 (大意)さて地球の表面の清潔法施行のためには、先づ大小の河川を司どる瀬織津姫が御出動になり、いよいよとなれば、大雨を降らして苛くも汚れたものは家庫たると、人畜たるの区別なく大海へ一掃して了ふ。之に応じて速秋津姫の活動が起り、必要あれば逆に陸地までも押し寄せ、あらゆる物を鵜呑みにする。邪気妖気掃除の目的には気吹戸主神が控へて居り、最後の大仕上げには佐須良姫が待ち構へて、揉みに揉み砕き、揺りに揺り潰す。これでは如何に山積せる罪穢も此の世から一掃されて品切れになる。従来は大祓の祝詞は世に存在しても其意義すら分らず、従つて其実行が少しも出来て居なかつた。其大実行着手が国祖国常立尊の御出動である。神国人の責務は重いが上にも重い。天地の神々の御奮発と御加勢とを以て首尾克く此大経綸の衝に当り神業に奉仕するといふのが、これが大祓奏上者の覚悟であらねばならぬ。(完) |
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霊界物語 | 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 | 08 乱舌 | 第八章乱舌〔一一三三〕 (セーリス姫)『凩荒ぶ秋の空妻恋ふ鹿の鳴く声も 細りて早くも冬の空冷たき風は窓を吹き 錦飾りし野も山も木の葉の衣を脱ぎすてて 漸く裸となりにける時しもあれやユーフテス わが身を思ふ恋衣はいよいよ厚く重なりて 百度以上の上せ方冬と夏とを間違へて 猛り狂ふぞ浅猿しき誠の道にありながら 右守司に比ぶれば稍正直な男をば 詐り操る吾心げに恥かしく思へども セーラン王や国の為仮令地獄に堕つるとも 騙さにやならぬ此場合天地の神もセーリスが 心を諾ひ遊ばして曲行ひを惟神 直日に見直し聞直し宣り直されて此度の イルナの国の大変を未発に防がせ給へかし 騙され切つたユーフテスさぞ今頃は勇み立ち 舌をかみ切り腮をうち苦しい身をも打忘れ 吾身の事を一心に思ひこらしてスタスタと 家路を出でて大道を急ぎて進み来るらむ 又もや大道に顛倒し大きな怪我のなき様に 梵天帝釈自在天厚く守らせ給へかし ユーフもヤツパリ天地の神の御水火に生れたる 神の御子なり神の宮妾も憎しと思はねど セーラン王の御為に忠義の犠牲と心得て 心にもなき詐りを図々しくも白昼に 振舞ひ来るぞ悲しけれ天地の神よ百神よ セーリス姫の罪業を咎め給はず速かに 許させ給へ惟神神の御前にねぎ奉る』 と二絃琴に合はして淑やかに歌つてゐるのは、歌の文句に現はれたセーリス姫である。 廊下に足音を忍ばせながら、あたりを窺ひ、ソツと這入つて来たのはユーフテスである。痩犬が臭い乞食の飯を嗅ぎつけたやうなスタイルで、負傷した舌を五分ばかりニヨツと出し、下唇の上に大切さうにチヤンと載せ、腰と首と互ちがひに振りながら、少しく屈んで、左右の手を妙な恰好にパツと広げ、掌を上向けにして、乞食が物を貰ふ様な手つき可笑しく、 ユーフテス『モシ…………モシ…………姫さま』 と言ひ憎さうに口を切つた。セーリス姫は……あゝ又嫌な男がやつて来た、暫く虫を抑へて、一活動やらねばならぬ、何ほど嫌でも嫌さうな顔は出来ない。「いやなお客に笑うて見せて、ソツと泣き出す好きの膝」といふ事もある。ここは遺憾なく愛嬌を振りまくのが孫呉の兵法だ…………と敏くも心に決し、笑を十二分に湛へて、 セーリス姫『ユーフテス様、御怪我は如何で御座いますか、御用心して下さいませや。あたえ心配致しまして、昨夜も碌に寝なかつたのですよ。貴郎が此世の中に生存して居られなかつたら、あたえも最早社会に生存の希望はありませぬワ。ねえ貴郎、可愛いものでせう、オホヽヽヽおゝ恥し………』 ユーフテスは之を聞いて頭のぎりぎりまでザクザクさせ、自由のきかぬ舌の側面から止め度もなく涎を迸出しながら、慌てて袂で拭き取り、 ユーフテス『(言ひにくさうに言ふ)お姫さま………有難う………お蔭様で………大した事は………ありませぬから、マア、安心して下さい………至極………健全です。昨日は大変に痛みましたが、今日はお蔭で大ウヅキがとまり、気分も余程よくなりました』 セーリス姫『本当にそれ聞いて、あてえ嬉しいワ。そらさうでせうよ、終日終夜、大自在天様に御祈願をこらしてゐたのだもの、貴郎の為なら、仮令あたえの命がなくなつても、チツとも惜しくないワネエ』 ユーフテス『そりや………有難いなア………お姫さまの………御精神が………そこまで………熱誠だとは………夢にも思はなかつたですよ。始めの内は何か、気をひかれてゐるのぢやなからうかと、疑つてゐましたが………ヤツパリ疑ふのは………私の心が汚いからでした………どうぞ、お姫さま、こんなつまらぬ男でも、ここまでも解け合うたのですから、どうぞ末永う可愛がつて下さい………其代りに、貴女の為ならば鬼の巣窟へでも、獅子狼の岩窟へでも、飛込めと仰有れば飛込みます。猛獣の棲処は愚か、猛火の中でも水底へでも、御命令ならば………いやお頼みならば………何でも忠実に御用を承はりますワ』 セーリス姫『オホヽヽ、貴郎そんな叮嚀な事いつて下さると、あたえ、何だか他人行儀のやうになつて気が術なうてなりませぬワ。どうぞこれから、そんな虚偽の辞令は抜きにして、あたえを女房扱ひに呼んで下さいねえ。そしておくれやしたら、あたえ、何ぼ嬉しいか知れませぬワ。オホヽヽ』 ユーフテス『時にお姫さま、否セーリス姫、喜べ、偉い事が出来たぞ。天が地になり、地が天になる………と云ふ大事変だ。それもヤツパリ智謀絶倫のユーフテスとセーリス姫との方寸から捻りだした結果だから、剛勢なものだよ、オツホヽヽ。アイタヽヽ、余り笑ふと、ヤツパリ舌が痛いワイ。アーン』 セーリス姫『大変とは何ですか。早う言つて下さいな。あたえ、気にかかつて仕様がありませぬワ。吉か凶か、善か悪か、サ早う聞かして頂戴』 と、目を細うし首を傾け腮を前へ突き出し、舌を右の唇の縫目へニユツと出し、色目を使つて見せた。ユーフテスは益々得意になり、十分に手柄話を針小棒大にやつて見たいのは山々だが、思ふ様に舌が命令を聞かぬので、もどかしがり、目をしばしばさせながら、 ユーフテス『天地が変るといふのは………それ、お前の心配してゐた、大黒主様の御派遣遊ばす、五百騎をぼつ返す様になつたのだ』 セーリス姫『エヽいよいよ決行されましたかなア。さぞ清照姫さまも喜ばれる事でせう、清照姫さまはヤツパリ偉いですなア』 ユーフテス『そらさうですとも、セーリス姫さまの………ドツコイ、お前の贋の姉になるといふ腕前だからなア、偉いと云へば偉いものだが、併しながら其八九分迄の功績は、ヤツパリ、ユーフテスとセーリス姫にあるのだからなア。何程智慧があつても、器量がよくても、一人で芝居は出来ないから、吾々夫婦は千両役者と云つても………過言ではあるまい。アーン』 セーリス姫『オホヽヽ、正式結婚もせない内から、夫婦なんて言ふものぢやありませぬよ。もしも口さがなき京童の耳へでも這入らうものなら、ユーフテスの夫婦は自由結婚をやつたとか、セーリス姫はお転婆の標本だとか、新しい女だとか言はれちや、互の迷惑ですからなア』 ユーフテス『それなら何と言つたらいいのだ。夫婦と言はれても、余り気が悪くなる問題ぢやあるまい。アーン』 セーリス姫『そらさうですとも、一刻も早く、互に夫よ妻よと意茶ついて暮したいのは山々ですワ。余り嬉しうて、一寸すねて見たのですよ。オホヽヽ』 ユーフテス『エヽ肚の悪い女だなア。さう夫をジラすものぢやないワ』 セーリス姫『夫でも男でも、オツトセーでも、ナツトセーでも良いぢやありませぬか。本当の私のオツトセーになるのは、此広い世界に貴郎丈ですワネエ。なつと千匹に夫一匹と云ひまして、択捉島あたり沢山に棲息してゐる膃肭臍も、真実は千匹の中で真のオツトセーは只の一匹より居ないさうです。九百九十九匹迄は皆なつとせいださうですからな。アホツホヽヽ』 ユーフテス『なつとせい………なんて、そんな事は初耳だがなア、オツトセーとなつとせいと何処で区別がつくのだらうかな』 セーリス姫『そりや確に区別がありますワ。ナツトセーといふのは、人間でいへばやくざ男の事ですよ。婿えらみをした結果、どれを見ても帯には短し襷に長し、意中の夫が見つからない、さうかうする内に月日の駒は矢の如く進み、綻びかけた桜の花は、グヅグヅしてゐると既に梢を去らむとするやうになつて来る。そこで慌てて背となる人を俄にきめます。其時にどれを見ても、甲乙丙丁の区別がつかぬ、併し此男は鼻が高いとか、口元がしまつてるとか、目が涼しいとか、一つの気に入る点を掴まへ出し、コレナツと夫にしようか………と云つて、女の方からきめるのが、所謂ナツトセーですワ。オツホヽヽ』 ユーフテス『さうすると、俺はナツトセーの方かなア。それを聞くと余り有難くもないやうだ。アーンアーン』 セーリス姫『貴郎はオツトセーですよ。毛の皮は柔かいし、皮むいて首巻にしたつて大変な高貴なものなり、皮になつても、女の首丈はきつと、ホコホコするといふ大事の大事のオツトセーですワ。どの男を婿に持たうかと、あたえも永らく調べてゐましたが、あなたのやうな色の白い、目のパツチリとした、鼻筋の通つた、口元のリリしい、カイゼル髯の生えた、背のスラリと高い、肌の柔かい、しかも智謀絶倫と来てゐるのだから、オツトマカセに喰へ込んだのだから、オツト待つてましたといふ具合に、猫のやうに喉をゴロゴロならして飛付いたのですもの、真の誠のオツトセーですワ。オホヽヽ』 ユーフテス『アハヽヽ、アハヽ、アイタヽヽ、何だか笑ふと舌が痛い、困つた事だ。有難いなア』 セーリス姫『コレ丈恋慕うてゐる女房ですもの、あなただつて、何もかも腹蔵なく仰有つて下さいますわねえ。夫婦の間といふものは、本当に親しいもので、生んでくれた親にも見せない所まで見せたり、話さない事まで話すのですもの。夫婦は家庭の日月天地の花ですワ』 ユーフテス『俺はお前の事なら、何でも皆秘密を明かしてやる覚悟だ。時に何だよ………五百騎を差止めたばかりでなく、テーナ姫さまが三百余騎の強者を皆引率して、ハルナの国まで行つて了つたのだから、カールチンの部下は最早一人も残つてゐないのだ。もう斯うなつちや、何程謀叛を企まうたつて、駄目だからなア。後に残つてる奴ア、目ツかちや、跛や聾、間しやくに合はぬ奴ばかりウヨウヨしてるのだ。屈強盛りの豪傑連は、皆テーナ姫に従軍したのだから、之を一時も早く、清照さまに………報告して喜ばしたいものだ。アーン』 セーリス姫『ホヽヽ、そんな事ですかい。それなら夜前私の許へチヤンと無言霊話がかかりましたワ。清照姫様も既に既に御存じですよ。そんな遅い報告は駄目です。モチツト早く報告して貰はぬと、女房のあてえが清照姫様へ申上げて手柄にする訳には行かぬぢやありませぬか』 ユーフテス『何分舌を怪我したものだから、舌が遅れたのだよ。それは惜しい事をしたものだ。ウツフヽヽヽ、此奴ア一つガツカリした』 セーリス姫『オツホヽヽヽ時に右守は如何して居られますか、随分御機嫌が良いでせうなア』 ユーフテスは最前から余り舌を無暗に使つたので、チツとばかり腫れて来たと見え、 ユーフテス『アヽヽ』 と言ひながら、手を拡げて不恰好な仕方をして見せて居る。 セーリス姫『オホヽヽまるで蟷螂が踊つとる様だワ。モウ一つ違うたら米搗バツタの手踊みたやうですワ。あたえ、そんなスタイル見るの、嫌になつたワ。オツホヽヽヽ』 ユーフテス『アーンアーンアーン、ウーウーウー、シシ舌が、オオ思ふよに、きけなくなつた』 セーリス姫は両手を組み、鎮魂の姿勢を取り、心静かにユーフテスの舌に向つて、 セーリス姫『一二三四五六七八九十百千万』 と天の数歌を三四回繰返し祈願をこらした。不思議やユーフテスの舌は其場で腫が引き、痛みもとまり、又もや水車の如く運転し始めた。 ユーフテス『ヤア有難う、不思議の御神徳で輪転機の破損が全部修繕したと見え、運転が自由自在になつて来ました。サア是から三寸の舌鋒を縦横無尽にふりまはし、懸河の弁舌滔々と神算秘策を陳述する事としよう。女房喜べ、天の瓊矛は恢復したぞや、アハヽヽヽ』 セーリス姫『オホヽヽヽあの元気な事、わたしも之で一安心しました。イヒヽヽ』 かく云ふ所へやさしい女の声で、襖の外から、 別のセーリス姫『モシモシ、ユーフテス様、あてえはセーリスで厶います、どうぞ開けて下さいな』 ユーフテス『ハテ合点が行かぬ様になつて来たワイ。俺が今セーリス姫と話をしてゐるに、なアんだ。又チツトも違はぬ声を出しよつて………ユーフテスさま、開けて下さい………と吐しよる、ウーン、此奴はチツト変だぞ』 と首をかたげ、眉毛に唾をぬりつけ始めた。 セーリス『オホヽヽ』 襖の外から、同じ声色で、 別のセーリス姫『オホヽヽ』 (大正一一・一一・一五旧九・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 10 夜の昼 | 第一〇章夜の昼〔一一六一〕 斎苑の館に現れませる瑞の御魂の救主 神素盞嗚大神の神言畏み亀彦は 治国別と改めて万公晴公五三公の 三人の御供を従へつ神の教を菊子姫 妻の命に相別れ凩荒ぶ秋の野を 足に任せてテクテクと河鹿峠の山麓に 進み来れる折もあれ千引の岩も飛び散れと いはぬ計りに吹きつける科戸の風に面をば さらして漸く頂上に息をはづませ登りつき あたりの厳に腰をかけ四方の原野を見はらして 吾身のこし方行末を思ひまはすぞ床しけれ。 万公『先生様、何と佳い風景ぢやありませぬか。河鹿峠の頂上から四方を見はらす光景は何時も素的ですが、あれを御覧なさいませ。広大なる原野の果に、白雲の衣を被つて、頭をチヨツクリと出してる彼の高山は、何とも云へぬ正しい姿ぢやありませぬか。八合目以下は綿の衣に包まれ、頭の上は常磐木が鬱蒼と生え茂り、腰あたりに白雲の帯を引締めてゐる光景と言つたら、何とも云へない床しさ否、眺めですなア。斯う四方を見はらした山の上に立つてゐると、何だか第一天国へでも登りつめたやうな気分が漂ふぢやありませぬか。願はくはいつ迄も斯様な崇高な景色を眺めて、ここに千年も万年も粘着して居りたいものですなア』 治国別『さうだ、お前の言ふ通り、雄大な景色だなア。佐保姫もこれ丈の錦を、広大無辺の原野に一時に織なすといふのは、余程骨の折れる事だらう。これを思へば天然力否神の力は偉大なものだ。造化の妙機活動に比ぶれば、実に吾々の活動は九牛の一毛にも足らないやうな感じがして、実に神様へ対しお恥かしいやうだ。アヽかかる美はしき地上の天国に晏如として生を送らして頂く吾々神の子は何たる幸福なことであらう。神の造られし山河原野は俺達のやうに別に朝から晩まで喧しく言問ひせなくても、花の咲く時分には一切平等に花を咲かし、実を結ぶ時には統一的に実を結ぶ。実に神の力は絶大なものだ』 晴公『実に晴々とした光景ですなア。天か地か地か天か、殆ど判別がつかないやうな極楽の光景ぢやありませぬか。此無限絶大なる世界に生を禀け、自然の天恵を十二分に楽み、自由自在に一切万物を左右し得る権能を与へられ乍ら、小さい欲に捉はれて屋敷の堺を争うたり、田畑の畦を取合ひしたりしてゐる人間の心が分らぬぢやありませぬか。私は今となつて此景色を見るに付け、神様のお力の偉大なるに驚きました。ヤツパリ人間は低い所に齷齪して世間を見ずに暮してると、自然気が小さくなり、小利小欲に捉はれて、自ら苦悩の種を蒔くやうになるものですなア。あゝ惟神霊幸倍坐世』 治国別『併し乍ら大神様に承はれば、バラモン教の大黒主の軍勢が此峠を渉りて斎苑の館へ攻め来るとの事だ。吾々宣伝使を四組も五組も月の国へ御派遣遊ばしたのも、深き思召のあることだらう。ハルナの都などは黄金姫様の御一行がお出でになれば十分だ。要するに吾々は大黒主の軍隊に向つて言霊戦を開始すべく派遣されたのであらう。さうでなくては、何程勢力無限の大黒主だとて斎苑の館の宣伝使、殆ど総出といふやうな大袈裟なことは神様が遊ばす筈がない。お前達も其考へで居らなくてはならないぞ。月の国は名に負ふ大国五天竺といつて五州に大別され、七千余ケ国の刹帝利族が国王となつて、互に鎬を削り、此美はしき地上の天国に修羅道を現出してゐるのだから、仁慈無限の大神の心を奉戴し、吾々一行は如何しても五六七神政出現の為めに粉骨砕身的の活動を励まねばなるまい、実に重大なる使命を与へられたものだ。天地の大神様に十分に感謝をせなくてはならない。あゝ有難し有難し、惟神霊幸倍坐世』 と合掌し瞑目傾首してゐる。 五三公『モシ先生様、お話の通りならば、大黒主の軍隊はキツと途中で吾々と遭遇すでせうなア』 治国別『ウン、最早間もあるまい。各自に腹帯を確り締めておかねばなるまいぞ』 五三公『ハイ、それは斎苑館出立の時から、腹が瓢箪になる程細帯でしめて来ました。赤い筋がついて痛い位ですもの、大丈夫ですワ。併し少しく腹が減りましたから、ここでパンでも頂きますか。さうでなくては、マ一度締め直さなくちやズリさうになつて来ました』 治国別『アハヽヽヽ』 万公『オイ五三、分らぬ男だなア。そんな腹帯ぢやないワイ。心の腹帯をしめ……と仰有るのだ』 五三公『心の腹帯て、どんなものだい。無形の腹帯を如何して締めるのだ。そんな荒唐無稽のことをいふと、人心惑乱の罪で、バラモン署へ拘引されるぞ』 万公『アツハヽヽヽ徹底的に没分暁漢だなア。天の配剤宜しきを得たりといふべしだ。至聖大賢計りが斯う揃つてゐると、道中は固苦しくて根つから興味がないと思つてゐたが、五三公のやうなゴサゴサ人足が混入してゐるとは、面白いものだ。悪く言へば天の悪戯、よく言へば天の配剤だ。チツとばかり貴様がゐると虫の薬になるかも知れない。アハヽヽヽ』 五三公『コリヤ余り口が過ぎるぢやないか。何だ、結構な神の生宮さまを掴まへて竹の子医者か何ぞのやうに、天の配剤だとは、余りバカにするぢやないか』 万公『クスクスクス』 五三公『コリヤ、狸を青松葉で燻べた時のやうに、何をクスクス吐すのだ。チツと俺のいふことも能くせんやく(煎薬)して聞け、こうやく(膏薬)の為になるから、ヤクザ人足奴、そんな事でマサカの時のおやくに立つかい、エヽー』 万公『そんなこた、如何でもいゝワ。早くパンでも頂いて腹をドツシリと拵へ、敵の襲来に備へるのだ。グヅグヅしてはゐられないぞ』 五三公『敵に供へてやる丈のパンがあるかい。自分の生宮に鎮座まします喉の神様や仏様に供へる丈より持つてゐないのだから、余計な敵の世話迄やく必要があるか。敵に兵糧を与へる奴ア、馬鹿の骨頂だ』 万公『神様の道からいへば、敵も味方も決してあるものでない。三十万年未来に、自転倒島に謙信、信玄といふ大名があつて、戦争をやつた時に、一方の敵へ向けて塩を贈つたといふ美談があるさうだから、敵を仁慈を以て言向和すのには、恩威並び行はねば到底駄目だ。貴様の筆法で言へば丸切りウラル教式だ。自分さへよければ人はどうでもいいといふ邪神的主義精神だから、そんなことでは大任を双肩に担ひ玉ふ治国別先生のお供は叶はぬぞ。アーン』 治国別『オイ万公、五三公、いらざる兄弟喧嘩はやめたがよからうぞ。サア是からがお前達の活動舞台だ』 万公『敵の片影を見ず、今から捻鉢巻をして気張つた所で、マサカの時になつたら待ち草臥れて力が脱けて了ふぢやありませぬか』 治国別『イヤイヤ半時許り経てばキツと敵軍に出会するにきまつてゐる。玉国別と吾々とが坂の上下から言霊を打出して、誠の道に帰順せしむべき段取がチヤンとついてゐるのだ。能く心を落着けて、騒がない様にせなくちやならぬぞ。千載一遇の好機だ、之を逸しては、神の大前に勲功を現はす時期はないぞ』 万公『それ程敵は間近に押寄せて居りますか。さう承はらば吾々もウカウカしては居られませぬ。併し乍ら黄金姫様や照国別様の一行は大衝突をやられたでせうなア』 治国別『多少の衝突はあつたであらう。併し何れも御無事だ。あの方々と吾々とは使命が違ふのだから……丁度此下り坂を楯にとつて、言霊戦を開始すれば屈竟の地点だ』 五三公は、 五三公『ヤアそれは大変、時こそ到れり、敵は間近に押よせたり。吾こそは三五教の宣伝使治国別の幕下五三公命だ。バラモン教の奴原、サア来い来れ。一人二人は邪魔臭いイヤ面倒だ。百人千人束に結うて束ねて一度にかかれ。ウンウンウン』 と左右の拳を固め、稍反り気味になつて、胸の辺りをトントントンとなぐつてゐる。 治国別『アツハヽヽ五三公の武者振りは今始めて拝見した。何時迄も其勢を続けて貰ひたいものだなア』 万公『コリヤ五三の蔭弁慶、何だ今からさうはしやぐと、肝腎要の時になつて、精力消耗し、弱腰を抜かし、泣面を天日に曝さねばならぬやうになるぞ。モウ少し沈着に構へぬかい。狼狽者だなア』 五三公『敵の間近き襲来と聞いて、如何してこれが騒がずに居られようか。弓腹ふり立て堅庭に向股ふみなづみ、淡雪なせる蹴えちらし、厳の雄健びふみ健び、厳の嘖譲を起して、海往かば水潜屍、山往かば草生屍大神の辺にこそ死なめ、閑には死なじ、額に矢は立つ共背中に矢は立てじ、顧みは為じと、弥進みに進み、弥逼りに逼り、山の尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に追ひ散らし、服へ和し言向和す五三公さまの獅子奮迅の武者振だ。此位の勢がなくて、如何して大敵に当られるものかい』 万公『貴様は頻りに愚問を発するから、此奴ア、チト低能児だと思つてゐたが、比較的悧巧なことを並べ立てるぢやないか』 五三公『きまつたことだい。三五教の祝詞仕込だ。祝詞其ままだ。群りよせ来る敵を払ひ玉へ清め玉へと申すことの由を、平らけく安らけく聞し召せと申す。惟神霊幸倍坐世』 万公『アツハヽヽヽ此奴ア又偉い空威張りだなア、のう晴公、余程いゝ掘出し物ぢやないか。マサカの時になつたら、尻に帆かけてスタコラヨイサと逃げ出す代物だぜ』 晴公『ウツフヽヽヽ』 万公『一つ此処で風流気分を養つて参りませうか。大敵を前に控へ悠々として余裕綽々たりといふ益良男の一団ですからなア』 治国別『ウン、一つやつて見よ』 万公『見わたせば四方の山野は錦着て 吾一行を迎へゐる哉』 五三公『なあんだ、そんな怪体な歌があるかい、かう歌ふのだ、エヽー…… 見わたせば、山野の木々は枯れはてて 錦のやうに見えにける哉』 万公『ハツハヽヽヽ何と名歌だなア、柿本人麿が運上取りに来るぞ』 五三公『柿の本ぢやないワ、山上赤人だ。一つ足曳の山鳥の尾をやつてみようかな、エヽー』 万公『そりや面白からう。サアサア詠んだり詠んだり三十一文字を……』 五三公『山の上にあかん人こそ立ちにけり 万更馬鹿とは見えぬ万公』 万公『コリヤ五三、チツと御無礼ぢやないか。礼儀といふことを弁へてゐるか』 五三公『礼儀を知らぬ奴がどこにあるかい。擂鉢の中へ味噌を入れてする奴ぢやないか、エヽー。それが違うたら、売僧坊主が失敗の言訳に腹を切る真似する道具だ。エヽー』 万公『アハヽヽヽ此奴アいよいよ馬鹿だ。レンギと礼儀と間違へてゐやがる』 五三公『其位な間違は当然だよ、間違だらけの世の中だ。石屋と医者と間違へたり、役者と学者と混同したり、大鼓と大根とを一つにしたりする世の中だもの、当然だ。エヽー』 万公『ウツフヽヽヽだ、イツヒヽヽヽだ、アツハヽヽヽ阿呆らしいワイ。そんな馬鹿なことをいつてゐると、それ見ろ、鳶の奴、大きな口をあけて笑つてゐやがるワ』 五三公『きまつたことだよ。飛び放れた脱線振りを発揮してるのだもの。鳶だつて、笑つたり呆れたり舌を巻いたりするだらうかい』 治国別『三人ともパンを食つたかなア、まだなら早く食つておかないと、時期が切迫したやうだ』 五三公『ハイ時機切迫と仰有いましたが、畏まりました。ジキに切迫とパクついて腹でも拵へませう。ハラヒ玉へ清め玉へだ』 と無駄口を叩き乍ら、パンを取出し、パクつき始めた。 風がもて来る人馬の物音騒々しく手に取る如く耳に入る。 万公『ヤアお出たなア。コリヤア面白い。先生、一つ万公の活躍ぶりを御覧下さい、花々しき大飛躍を演じて見ませう』 治国別『心を落つけて三五教の精神を落さない様に一番槍の功名をやつて見たがよからう。サア行かう』 と蓑笠をつけ、杖を左手に握り、登り来る敵に向つて悠々迫らざる態度を持し、宣伝歌を歌ひ乍ら降つて行く。 治国別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし国の祖国治立の大神の 守り玉へる神の道朝な夕なに身を尽し 心を尽す三五の神の柱と現れませる 神素盞嗚大神の吾れこそ珍の神司 治国別の宣伝使万世祝ふ亀彦が 名さへ目出たき万公や暗夜を晴す晴公さま 三五の月の御教にゆかりの深き五三公の 三人の司と諸共に七千余国の月の国 天地を塞ぐ曲神を神の賜ひし言霊に 服ひ和し天国を地上に立てむ御神策 岩石崎嶇たる河鹿山烈しき風に吹かれつつ 苦もなく越えて来りけりあゝ惟神々々 御霊幸はひましましてハルナの都に蟠まる 八岐大蛇の化身なる大黒主の軍隊を これの難所に待ち受けて一人も残さず言霊に 打平げて斎苑館珍の御前に復り言 申さむ時こそ来りけりあゝ勇ましし勇ましし 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 嵐は如何に強くとも敵は幾万攻め来とも いかでか恐れむ生神の教を守る吾一行 朝日に露か春の雪脆くも消ゆる曲津日の 魂の行方ぞ憐れ也此世を造り玉ひたる 国治立大神は吾等一行の信徒に 広大無辺の神徳を下し玉ひて此度の 吾等が征途を照らしまし紅葉あやなす秋の野の 木々の梢に吹き当る醜の嵐に会ひし如 曲を千里に追ひ散らし敵を誠に言向けて 救ひやらむは目のあたり玉国別の一行は 神の御言を畏みて祠の森の木下蔭 月の光を浴び乍ら吾等の一行を待つならむ 上と下より挟み打神算鬼謀の此仕組 暗黒無明の魂持つ片彦久米彦将軍は 飛んで火に入る夏の虫袋の鼠も同じこと 思へば思へば気の毒や直日に見直し聞直し 詔直しつつ天地の教の道に救ひ行く 吾身の上ぞ楽しけれあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 万公は足の爪先に力を入れ、再び吹き来る夜嵐に面を向け乍ら、月照る道を歌ひつつ下りゆく。 万公『今宵の月は望の月昼の白昼の如くなり 河鹿の山の頂上に立ちて四方を見はらせば 大野ケ原は綾錦紅葉の園となり果てぬ 吾等一行四人連昼と夜とを間違へて 峠の上に佇立して四方を見はらす時もあれ 目下に聞ゆる鬨の声風がもて来る足音に つつ立ち上りウントコシヨバラモン教の魔軍の 攻め来りしと覚えたりいざいざさらばいざさらば 千変万化の言霊を打出し敵を悉く 天と地との正道に服ひ和し天国の 其楽しみを地の上に常磐堅磐に立てむとて さしもに嶮しき坂路を勢込んで下りゆく あゝ面白し面白し神に任せし吾々は 仮令数万の敵軍も如何でか恐れひるまむや あゝ惟神々々神の守りを蒙りて 晴公五三公二人ともシツカリ致せよ今や時 敵は間近に押よせたあれあれあの声聞いたかい 半死半生の叫び声兵児垂れよつた塩梅だ 駒に跨りハイハイと登つて来る声がする 俺等は坂のてつぺから生言霊を打出せば 不意を打たれし敵軍は面を喰つて忽ちに 潰走するは目のあたり面白うなつてお出でたな 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも三五教はやめられぬ お道を守つてゐたおかげこんな勇壮活溌な 実地の戦が出来るのだ向ふは兇器数多く 槍の切先揃へ立て林の如く抜き翳し 迫り来るに引きかへて此方は神変不可思議の 無形の言霊潔くドンドンドンと打ち出し 上を下への大戦力を試す時は来ぬ ウントコドツコイドツコイシヨ今こそ大事の体ぞや 一人を以て幾百の魔神に当る貴重の身 指一つでも怪我したら大神様に済まないぞ あゝ惟神々々神の光を目のあたり 輝かし照らす時は来ぬ進めよ進めいざ進め 神は吾等と共にありアイタヽタツタ夜の道 目玉が狂うてしくじつたこれこれモウシ宣伝使 ここが適当の場所でせう敵の登るを待ち伏せて 不意に打出す言霊の大接戦をやりませうか』 治国別『余り慌てて下るにも及ぶまい。ここが屈竟の場所だ。先づ歌でも歌つて、敵の近付くのを待つ事にしよう。名に負ふ急坂だから、近くに見えてゐても容易に登つては来られまい』 万公『ハアさうですなア。先づ先づ敵の行列を拝見して徐に不意打を喰はしてやりませうかい。アハヽヽヽ』 (大正一一・一一・二七旧一〇・九松村真澄録) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 13 軍談 | 第一三章軍談〔一一六四〕 数十年の雨風に弄ばれて、屋根は飛散り柱は歪み、見るかげもなき古祠の前に、薄雲を被つてボンヤリ輪廓を不明瞭に現はした月の光を浴び乍ら、話に耽る七人の男があつた。これは勿論治国別、玉国別の一行である。 玉国別『治国別さま、昨日来の大風には随分お艱みでしたらうなア。それに又バラモン教の軍勢がやつて来たので、一段と御骨の折れたことでせう』 治国別『河鹿峠を此方へ下る折しも片彦、久米彦の軍勢と出会し、兎も角も屈竟の難所に陣を構へ、徐に言霊を打出した所、昨日の暴風に木々の木の葉が散る如く、隊伍を乱し、這々の体で逃げ散つて了ひましたよ。貴方は此森蔭に於て、キツと敵の潰走を待受け、言霊を打出しなさるだらう、両方より言霊の挟み打も面白からうと考へて居りました。そしてさぞ祠の森の前には沢山な帰順者が居るだらうと、イヤもう楽んで参りました。敵は此谷道を通らなかつたですか』 玉国別『ヤアもう残念なことを致しました。神様に神罰を蒙り、大怪我を致し、心気沮喪したと見え、雪崩の如く逃げくる敵を無念乍らも、皆取逃がして了ひました』 治国別『それは何とも仕方がありませぬ。何事も神界の御都合でせう。併し乍ら大怪我をなさつたとは……』 玉国別『ハイ猿の奴に両眼をかきむしられ、一旦は失明致しましたが、有難き御神徳によつて漸く片目を救はれ、此森蔭に休息して頭痛や目の痛みの癒るのを待つて居りました』 治国別『それは誠に気の毒千万、月夜とはいへ、余りボンヤリとしてゐて、お顔が見えませなんだが、ドレ一寸見せて下さい』 と云ひ乍ら、玉国別の顔を覗き込んだ。 治国別『ヤア大変だ。目のまはりがただれて居ります。余程きつく掻いたものと見えますなア』 玉国別『吾々が心の油断より自ら災を招いたのです。実に宣伝使として顔がありませぬ』 治国別『ここでは何だかきまりが悪いやうですが、どこぞ良い場所でゆつくり話さうぢやありませぬか』 玉国別『一町許り此森を登つて行きますると、恰好な休息所があります。実の所は今宵も其森蔭で養生がてら、敵軍の進むのを眺めて居りました』 治国別『そんなら、其森蔭の休息所までお供を致しませう』 玉国別『何れ又敵の残党が通過するやら、再び蒸し返しに来るやら分りませぬから、此処に二人程見張をさしておいて参りませうかなア』 治国別『オイ五三公、お前御苦労だが、此祠の前で暫く関所守をやつてくれないか』 五三公『ハイ承知致しました。玉国別さまの部下の方を一人拝借したいものですなア。なることならば私と能く馬の合ふ伊太公と関守を勤めませう』 玉国別『残念ながら伊太公は貴方にお渡しする訳には参りませぬ』 五三公『誰だつて同じことぢやありませぬか。私の先生も斯うして一人留守番をお命じになつたのだから、貴方だつて、伊太公の一人位ここにお残しになつても宜かりさうなものですなア』 道公『実の所は伊太公の奴、敵の捕虜となつて了つたのだ。これから吾々両人は伊太公を取返しに敵中へ飛込まふと思つてゐるのだが、何分先生が目を痛め、頭を痛めて厶るものだから行くことも出来ず、気が気でないのだ』 五三公『ヤアさうか、そりや大変だ。俺も先生の許しさへあれば伊太公の所在を尋ねに行きたいものだなア』 治国別『ヤア、玉国別さま、伊太公が敵の捕虜になつたのですか』 玉国別『残念ながら……』 治国別『ヤアそりや困つたことが出来たものだ。マアマアゆつくりと森蔭で御相談を致しませう。そんなら五三公、御苦労だが、お前一人ここに関守をやつてゐてくれ』 五三公『ハイやらぬことはありませぬが、何だか私一人捨てられた様な気分になりますワ。どうぞ晴公なりと残して下さいなア』 玉国別『イヤ宜しい、純公を此処に残して置きませう。オイ純公、お前御苦労なれど、五三公さまと臨時関守を頼む』 純公『承知致しました。どうしても私は雑兵だとみえて、将校会議に参列は許されないのですなア、敵を遠くに追ひちらし、稍小康を得たる此場合、仕方がありませぬから、私は五三公さまと又別働隊を造つて、将校会議を開設致しませう。サア、両先生初め道公、晴公、万公、ゆつくりと休んでおいでなさいませ』 玉国別『確り頼む。変つたことがあれば手を拍つて合図をしてくれ』 純公『万事呑込んで居ります』 玉国別『そんなら宜しう頼む』 と玉国別は先に立つて、以前の森蔭に登つて行く。 両宣伝使及び三人は木の葉の堆く積んだ上に蓑を敷き、言霊戦の状況や、懐谷の遭難の顛末などを包まず隠さず互に打明けて談じ合うてゐる。 此方は古祠の前、純公、五三公は近い西山に隠れた月を見送り乍ら、 純公『ヤア月様もとうとうアリヨースとお帰り遊ばした。どうも俄に山影が襲うて来たと云ふものか、暗黒界になつたぢやないか』 五三公『どうせお月さまだつて、同じとこに止まつていらつしやる道理がない。やがて又夜計りぢやない、夜明けも近付いたのだから、暫くグツとここで横はり、バラモン征伐の夢でも見ようぢやないか』 純公『お前寝たけら寝てくれ、関守がそんなことぢや勤まらないから、俺は此処に目をあけて職務忠実に勤めてゐる。ヤア言霊戦で随分お前も疲労れただらう、無理もない俺の蓑も貸してやるから、サア寝たり寝たり』 五三公『お前の寝られないのは、モ一つ原因があるのだらう。伊太公の行方が気にかかつてゐるのだらうがなア』 純公『それが第一の心配だ。一秒間だつて彼奴の事を忘れやうたつて、忘れられるものか。俺は斯うして安閑とここに関守を勤めてゐるものの、伊太公はエラい責苦に会はされてゐるかと思へば、如何して眠ることが出来ようぞ』 五三公『アハヽヽヽそれ程苦になるか。人の一人位如何なつてもいいぢやないか、貴様さへ安全にあつたら何よりも大慶だらう。たつた今迄ピチピチして居つた人間が死といふ魔風に吹かれて、ウンと一声冥土へ旅立ちする奴もあるのだ。何程貴様がハートに波を立ててもがいた所で如何する事も出来ぬぢやないか。そんな人の疝気を頭痛に病むやうな馬鹿な事は思はぬが良いぞ。終ひにや貴様の体まで毀して了ふぢやないか』 純公『貴様は余程良い冷血漢だなア。何程吾身が大事だといつて、友の危難を平気で見遁すことが出来ようかい。それが朋友の義務だ。否義務どころか情ぢやないか』 五三公『さう心配するな。伊太公は決して嬲殺になつたり、虐待されたりするやうな男ぢやない。彼奴はじゆん才な男だから、そこは甘く合槌を打ち、敵でさへも可愛がるやうな交際振を発揮してゐるよ。キツと敵に同情を受けてゐるに定つて居るワ』 純公『さうだらうかなア、それが本当ならば、俺もチツと許り安心だ』 五三公『伊太公はまた如何して捕虜になりよつたのだ。其顛末をチツと聞かして呉れないか』 純公『ウーン、俺達が先生とあの森蔭で休息してゐると、バラモン教の軍勢が此祠の前で休息し人員点呼までやつてゐやがるぢやないか。そして素盞嗚大神様を征伐すると云つて、ヒドイ進軍歌を歌つてゐやがるのだ。それを聞いて吾々三五教の信者が如何して堪へて居ることが出来ようか。……不意に飛んで出て、一人も残らず打懲してやらうと思つたが、何分先生の目が悪いものだから、一息も離れる訳に行かず、切歯扼腕悲憤の涙を流してゐると伊太公の奴堪りかねて、金剛杖を縦横無尽に打振り、命を的に敵中へ只一人飛び込んだきり、帰つて来ないのだ。実に残念なことをしたワイ。先生様のお止めなさるのも聞かずに行つたものだから、神様の罰で敵に捕はれよつたのだ。アヽ思へば思へば又悲しくなつて来たワイ』 五三公『何とした向意気の強い男だらうなア、後前も考へず、匹夫の勇を揮ふと、そんな目に会はねばならぬ。何事も先生の命令さへ、神妙に聞いて居れば良いのだのになア』 純公『久方の空に消えたる月みれば 友の身の上慕はるる哉。 吾友は今やいづくの何人に 救はれゐるか心許なし』 五三公『惟神尊き神に仕へたる 神の子ならば安くいまさむ』 純公『アーア、余りの心配で、歌を詠んでみようと思うたが、歌もハツキリ出ては来ないワ。先生はあの通り目をわづらひ、頭を痛め、伊太公は行方不明となり、何とした俺達の一行は、運の悪いものだらう、神様に見離されたのぢやあるまいかなア』 五三公『そんな事は吾々にや分らないワイ。善悪正邪を区別するのは神ばかりだ。それだから神が表に現はれて、善と悪とを立別けると、基本歌に出て居るのだ。兎も角も伊太公の為に、何神の祠か知らぬが、ここで祈ることにしようかい』 純公『ヤアそりや有難い、伊太公の為に祈つてやらうと云ふのか』 と涙声を出し乍ら、手を合せて暗祈黙祷をなすこと稍暫し、漸くにして夜はカラリと明けた。 慌てて谷間に落ちた二三頭の馬、主人の所在を索めてノソリノソリと急坂を下つて来た。 純公『ヤア敵の馬が逃げそそくれたと見えて、今頃にやつて来よつた。ヤア此奴ア、何奴も此奴も足を痛めてゐる塩梅だ。畜生といひ乍ら可哀相だなア。一つ神様に願つて馬の脚を直してやらうかなア』 五三公『俄に獣医でも開業する積りかなア、免状を持つてゐるか。今の時節は何程技能があつても免状がなければ駄目だぞ。どんな筍医者でも、開業試験といふ関門を何うなり斯うなり通過さへしておけば、立派なドクトルだ。何を云つても規則づくめの杓子定規の行方だからなア』 純公『アヽ馬の奴……皆さまお早うとも何とも吐さずに、俺達の好意を無にして通過して了ひやがつた、ヤツパリ畜生は畜生だなア』 五三公『純公、馬も助けてやるのは良いが、馬よりも大切な者があるだろ』 純公『いかにも、馬も助けねばなるまいが、第一先生の御病気を癒す様に鎮魂をせなくてはならなかつたなア。併し俺は畜生の鎮魂位が性に合うてゐるのだ。到底先生の御病気を鎮魂で癒すといふやうなこたア出来やしないワ』 五三公『誠心さへ天に通じたら、先生の病気だつてキツと癒るよ』 純公『さう聞けばさうかも知れぬなア、何だか知らぬが、気が落ちつかないワイ。斯う夜がカラツと明けては、此の坂路は稍安心だが、併し乍ら昨夜逃去つた敵の集団が、此谷路に吾々の前途を閉塞して、一人も残らず、虜にせむと、待構へてゐるやうな気がしてならないワ』 五三公『そりやキツトさうだらうよ。面白いぢやないか、エヽー。これからが吾々の真剣の舞台となるのだ、そんな弱々したこと言はずにチツと確りせぬかい』 斯く話す時しも、馬から転落し、足を傷つけた逃げ遅れのバラモン教の男、槍を杖につき、二人連でヒヨクリヒヨクリと跛をひき乍ら、此処へ現はれて来た。此二人は片彦将軍の秘書役ともいふべき、マツ、タツの両人であつた。二人は純公、五三公の祠の前に狛犬然と坐つてゐるのに気が着き、馴々しく、 マツ公『ヤア三五教の大先生、お早うさまで厶います。夜前は大変御苦労で厶いましたなア。随分御疲労になつたでせう。私も大変お疲労になりました。これ御覧なさいませ、一方のコンパスがチツと許り破損致しまして、此手槍をコンパス代用に、無理槍にここ迄下つて来た所です、此処でゆつくりと休んで行かうと思つて楽んで参りました。良い所でお目にかかりました。世の中は相身互だから、貴方も赤十字班の衛生隊と思召して吾々両人の看護をして下さいな。見れば貴方のお召物には丸に十がついてゐる。キツと白十字社の救護班と思ひますが、違ひますかな』 五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い吾党の士だ。オイ、コンパスの破損先生、ドクトルが一つ診察をしてやらう』 マツ公『イヤ其奴ア有難い、何分宜しう頼みます。敵と云ひ味方といふのも、人間が勝手につけた名称で、ヤツパリ神様の目から見れば皆兄弟だからなア』 純公『ヤアま一人負傷者があるぢやないか』 マツ公『ハイこれはタツと言ひまして、片彦将軍の秘書役ですよ。私も一寸新米ではあるが、夏でもないのに、ヒシヨ(避暑)をやつて居ります。アハヽヽヽ、まだまだ七八人の負傷者が谷底に呻吟してゐますから、一つ担架隊でも出して、此処まで持ち運び、此祠を臨時野戦病院として、治療を与へてやつて貰ひたいものですなア。三五教は敵でも助けるといふ教だと聞いたから、此マツ公もスツカリと気を許し、親の側へ帰つて来たやうな気分になりました』 何程憎い敵でも悪人でも、向ふの方から打解け、開けつ放しでやつて来られると人間といふものは妙なもので、何となく贔屓がつき、吾身を忘れて助けてやりたくなるものである。バラモン教のマツ公、タツ公は流石に片彦将軍の秘書を勤むる丈あつて、先んずれば人を制するといふ筆法を能く呑込んでゐた。其実は酢でも蒟蒻でもいかぬしれ者なのだ。五三公、純公もそんなことを知らぬ様な馬鹿ではないが、敵の方から斯う出られると、知らず識らずの間に受太刀にならざるを得ないのであつた。 五三公『三五教独特の鎮魂の妙術を施してやるから、先づそこで横になつて見よ』 マツ公『イヤ有難う、三五教の信者はさうなくてはならぬ。如何にも良い教だなア。博愛主義だ。あゝ敵乍ら霊幸倍坐世、カタキ乍ら霊幸倍坐世』 五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い奴だ。遺憾乍ら霊幸倍坐世。イヤイヤ乍ら霊幸倍坐世。仕方がない霊幸倍坐世』 マツ公『アハヽヽヽアイタヽヽヽ、余り笑ふと、骨に響いて痛くて仕方がないワ。オイ、タツ公、貴様も一つ治療を受けないか、何程大治療を受けても薬礼も要らず、入院料も要らぬのだから、嬶の湯巻まで六一銀行へ無期徒刑にやる必要もなし、極めて安全なものだぞ』 タツ公『俺の傷は余程深いのだから、さう直に治らうかなア』 五三公『さう心配をするな。俺の技術を信用してくれ。白十字病院長、死学博士だ、千人の患者を扱つたら、九百九十九人までは皆霊壇へ直し、墓場へ送るのだから、死学博士といふのだよ、随分偉い者だらう。そして天国へ復活さしてやるのだ。生かさうと殺さうと自由自在、耆婆扁鵲も跣足で逃げるといふ大博士だからなア。ウツフヽヽヽ』 マツ公『いい加減に洒落をやめて、早く俺の苦痛を助けて呉れないか。白十字病院の金看板を掲げ乍ら俺の苦痛を外にみて、仁術者の身分としてクツクツと笑ふ奴があるかい、エーン、余程此医者は筍と見えるなア』 純公『副院長の俺がタツ公の治療をするから、五三公さま否院長さま、貴方はマツ公を受持つて、完全無欠なコンパスにしてやつて下さい。どちらが早く癒るか一つ競走をやつて見ませうかなア。有名な死学博士計りがよつて居るのだからなア、アハヽヽヽ』 マツ、タツ一度に『ウツフヽヽヽ、アイタヽヽヽ、アハヽヽヽ、アイタヽヽヽ』 マツ公『コリヤ余り笑はして呉れない』 純公『笑ふのは病気の薬だ。笑ふ門には恢復来るといつてな、俺は笑はすのが得意だ。それが医術の奥の手だよ。イヒヽヽヽ』 マツ公『モシモシ院長さま、どうぞ早う治療にかかつて下さいな』 五三公『貴様の内には家もあるだろ。田地も倉も林もあるだらうなア』 マツ公『俺だつて片彦将軍の秘書役を勤める位だから、相当の地位も名望も財産も持つてゐるわい』 五三公『ウンさうか、其奴ア掘出し者だ。早速癒すと俺の商売が干上つて了うワイ。コーツと、いつやらの話だ……或所に医者があつた、大変ようはやる医者で、山井養仙さまといつて名高いものだつた、其奴に一人の山井養洲といふ弟子があつた。そこへ土地の富豪が病気に罹り養仙の薬を服用してゐた。少し快くなると又悪くなる、又快くなる又悪くなる。三年許りもブラブラして、養仙の薬を神のやうに思つて服薬してゐた。或時養仙が二三日急用が出来て、他行した不在の間に、書生の養洲奴其男を留守師団長気分で診察し、薬をもり与へた所、三日目にスツカリ全快してお礼にやつて来よつた。四五日たつと、養仙先生が帰宅したので、書生の養洲奴、したり顔で……先生あの松兵衛を、貴方の不在中私が診察して薬をもりましたら、三日目にスツカリ全快し、最早薬に親しむ必要がないから、お礼に来ましたと云つて、薬価を勘定し、チツと許り菓子料を置いて帰りました。これが菓子料で厶いますと差出し、褒められるかと思ひの外養仙は目に角を立て……大馬鹿者ツ、貴様は医者の資格はない……と呶鳴りつけた。そこで養洲がむきになり……医者は仁術といつて、人の病気を助けるのが商売ぢやありませぬか、何故お叱り遊ばすか……といへば、養仙は一寸ダラ助をねぶつたやうな顔して……貴様は馬鹿だなア。松兵衛の内にはまだ倉もある、家も山林田畑も残つて居るぢやないか、エーン、さう早く癒して何うなるか、彼奴の財産が全部俺の懐へ這入るまでは癒されぬのだ、バカツ……と言つたさうだ、実に偉い医者だ。其心得がなくては、如何しても院長にはなれないワ。さうだから俺も其養仙さまに做つて、貴様の負傷を如何ともヨウセンのだ、アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ』 マツ公『エヘヽヽヽ、イヽイタイイタイイタイイタイ、ウツフヽヽアイタヽヽヽ』 タツ公『エヘヽヽヽアイタヽヽヽ』 純公『それ丈笑つたら、やがて本復するだらう。マア安心したがいいワ』 タツ公『オイ藪医先生、何時になつたら癒るだらうかなア』 純公『マアマア一寸予後不良だから、計算がつかぬワイ。すべて病には……エヘン……二大別がある。一を先天性疾病といひ、一を後天性疾病と云ふ。而して予後良あり不良あり、良不良を決し難きものありだ。治すべき病と、治すべからざる病と、治不治を決し難き病と、自然に放擲して置いて癒る病と四種類ある。それから内科外科産科と分れてゐる。又婦人科小児科といふのも此頃はふえて来た。そして薬には内服用外用と大別され、頓服剤も必要があり、食塩注射にモルヒネ注射、此頃は六〇六注射迄開けて来たのだ、エーン。随分医者になるのも学資が要るよ。(狂歌)千人を殺して医者になる奴は、己一人の口すぎもならず……といふのだから、俺だつて今まで九百九十九人まで殺してきたのだ。モ一人殺せば一人前の医者になるのだ。それだから丁度貴様を一人霊前に直す、有体にいへば殺すのだ。そこで始めて此純公も一人前のドクトルになるのだからなア。何とよい研究材料が出来たものだ。アハヽヽヽ』 マツ公『アハヽヽヽ何時の間にか俺の足痛は尻に帆かけて遁走したと見えるワイ。オイ、タツ公貴様もいい加減に癒つたら如何だ。イヒヽヽヽ』 五三公『コリヤなまくらな、足痛の真似をしてゐたのだな。仕方のない奴だ』 マツ公『さうだから、痛いか痛くないか診察してくれと云つたぢやないか。実の所は負傷者だといつて、お前達の同情を買ひ、ここを無事に通過する積りだつたが、余り貴様の言分が気にいつたから、何もかも白状するワ。実は全軍の逃走した後始末をつけて帰つて来たのだ。足はかうして繃帯で巻いてゐるが、チツとも怪我してゐないのだよ、のうタツ公、アハヽヽヽ』 五三公『アハヽヽこいつア誤診だつた』 マツ公『誤診か御親切か知らぬが、打診もないやうだつたね』 五三公『随分聴診にのつて大変な失敗をした。サア之から貴様も望診々々と行つたらどうだ。問診も道で片彦に会うたら、死学博士が宜しう言つて居たと言うて呉れ、アーン』 マツ公『オイオイ院長さま、なぜ鼻の下をさう撫でてゐるのだ。妙な恰好ぢやないか』 五三公『ウン之かい。髭はないけれど、気分だけは八の字髯を揉んでゐる積りだ。アハヽヽ』 純公『オイ、モウ病院遊びはやめにしようかい。そしてゆつくりと軍話でもしたらどうだ。随分面白いだらうよ』 マツ公『敗軍の将、兵を語る……かな。葬礼すんで医者話と同じ事だが、これも成行だ。ここで一つ物語をやつてみよう。随分潔いぞ、エツヘヽヽヽ』 五三公『何と気楽な奴が揃うたものだなア。丁度祠の前で四人打揃ひ、軍談を始めるのも面白からう。アヽ愉快だ愉快だ』 マツ公は講談師気取になつて長方形の岩の前に坐り、鉄扇にて岩をビシヤビシヤ叩き乍ら唸り出した。 マツ公『ハルナの都に名も高き、梵天帝釈自在天、大黒主といふ智勇兼備の勇将あり。それに従ふ英雄豪傑、綺羅星の如く立ち並び、中にもわけて大黒主の三羽烏と聞えたる鬼春別将軍、大足別将軍、マツ公将軍こそは英雄中の英雄なり。此度斎苑の館に天地に輝く神徳高き、酒の燗素盞嗚尊、数多の軍勢を引つれ、アブナイ教を組織して、大黒主の守らせ給ふ、天に輝く月の国、五天竺をば蹂躙し勢益々猖獗を極め天下は騒然として麻の如くに乱れ、人民塗炭の苦に陥りぬ。然る所へ、又もやデカタン高原の北方なるカルマタ国に、盤古神王塩長彦を奉じて現はれ出でたる、ウラル教の常暗彦が軍勢、雲霞の如く、地教山を背景とし、集まりゐる。今や天下は三分せむとするの勢なれば、何条以て大黒主の許し給ふべき、三羽烏を征夷大将軍に任じ、大足別はカルマタ国へ、鬼春別は斎苑館へ、テンデに部署を定め、進軍の真最中なり。秋は漸く深くして木々の梢はバラバラバラバラ、散りゆく無残の光景を心にもとめず、数多の軍勢率つれて、先鋒隊には片彦久米彦両将軍、あとから出て来る一部隊は、ランチ将軍、数千騎を率ゐ、最後の本隊は鬼春別将軍、全軍を指揮し、秋風に三つ葉葵の旗を林の如く翻し乍ら旗鼓堂々と攻め来る其物々しさ鬼神も驚く許り也。先陣に仕へし片彦将軍は今や河鹿峠の絶頂に、全軍を指揮し轡を並べ、蹄の音カツカツカツ、鈴の音シヤンコシヤンコと、威風堂々あたりを払ひ天地を圧して登り行く。百千万の阿修羅王が進軍も斯くやと思はれにける。然る所に豈計らむや、思ひがけなや、アタ恐や、三五教の宣伝使治国別、万公、晴公、五三公の木端武者を引つれ、一卒之を守れば万卒進む能はざる嶮路を扼し、神変不思議の言霊を速射砲の如く打かけ、向ひ来る其勢の凄じさ。不意を喰つて味方の軍卒、忽ち総体崩れ、狼狽へ騒いで、元来し道へと、馬を乗り棄て、風に木の葉の散る如く、バラバラバツと、群ゐる千鳥群千鳥、あはれ果敢なき次第也。無念の涙を押へ乍ら、バラモン軍の武運のつたなきを嘆き悲しみ、片彦将軍の秘書官、マツ公タツ公両人は、騒がず、焦らず悠々然として、戦場の後を片づけ、負傷者と詐つて、ここ迄やうやう帰りける。アハヽヽヽ、エー後は如何なりまするか、実地検分の上ボツーボツと講談仕りますれば、明晩は何卒十二分の御ヒイキを以て、賑々しく御来聴あらむことを希望いたします。チヨンチヨンチヨンだ』 五三公、純公、タツ公一度に大口をあけ、 五三公、純公、タツ公『アハヽヽヽ』 と腹を抱へ、転げて笑ふ。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 16 鰌鍋 | 第一六章鰌鍋〔一一六七〕 清春山の峻坂を歌を歌ひ乍ら登つて行く二人の男があつた。これは祠の森を立出でて伊太公を奪ひ返さむと進み行くバラモン教のマツ公、タツ公の両人である。マツ公は急坂を上り乍ら歌ひ出した。 マツ公『大足別の神司難攻不落と頼みたる 清春山の岩窟も三五教の宣伝使 照国別の一行に不在を守りしポーロさま 其外一同悉く生言霊に打ぬかれ 忽ち心を翻し善か悪かは知らねども 三五教が結構だと部下を引つれ河鹿山 峠を越えて二三日以前にここを登りしと 聞いたる時の驚きは寝耳に水のやうだつた ウントコドツコイハーハーハー之から先はだんだんと 道は峻しくなつてくるタツ公さまよ気をつけよ 家来の奴に言ひつけてポーロの帰つた脱殻へ 三五教の伊太公を高手や小手にふん縛り 一先づ隠しておいたのをコリヤ又えらいドツコイシヨ 地異天変が勃発しおれが捕へた人物を 又もや俺がスタスタと息の切れるよな急坂を 登つてスツパリ取返し治国別の兄いさまに お返し申さにや如何しても水も洩らさぬ兄弟の ウントコドツコイドツコイシヨ名乗を天晴れしてくれぬ バラモン教に這入るよな俺は弟持たないと ダラ助ねぶつたやうな顔ウントコドツコイヤツトコシヨ なかなか縦に首ふらぬお前の知つて居る通り 一度兄貴に会ひたいとバラモン教の神様に 今日迄祈つた甲斐あつて思ひもよらぬ谷間で ベツタリコーと出会はしヤレヤレ嬉しとドツコイシヨ 喜んで見たのは水の泡梃でも棒でも受けつけぬ 三五教の宣伝使昔の兄ぢやと思うたら コリヤ又エライ変りやうさうぢやと言つてマツ公も 折角兄貴に会ひ乍ら此儘別れるこたいやだ 畏くも素盞嗚の神の館へ攻めよせる 魔神の軍に従つてやつて来たのもバラモンの 神の御為身を尽し其褒賞にウントコシヨ 恋しき兄に如何かして会はして貰はうと思うた故 天地の間にドツコイシヨますます坂がキツウなつた 転んで怪我をしてくれなモウ一人ともない両親に 先立たれたる淋しさに兄貴のことを思ひ出し ウラルの教の本山や所々の広前を 捜してみたれどウントコシヨドツコイドツコイヤツトコセー 影も形も見当らぬ兄貴は竜宮の離れ島 宣伝功を奏せずに此方の国へ帰り来て 大方死んだであらうかと観念してはみたものの 虫が知らすか如何しても諦め切れぬ身の因果 所もあらうに三五の斎苑の館に居つたとは 夢にも知らぬ驚きだあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして私が知らずに手にかけた 三五教の伊太公を家来の奴をチヨロまかし 四の五のなしに取返しお前と俺と両人が 治国別の兄の前ゾロリと出してやらなけりや 兄貴の顔も立つまいし俺も大きなドツコイシヨ 面をばさげて帰れないあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして此坂安く平けく 登り下りをさしてたべタツ公お前も宣伝歌 一つ歌つてドツコイシヨ岩窟の前まで行かうかい ウントコドツコイ、ハーハーハー息が苦しうて言霊の どうやら原料が切れさうだハー惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ドレ一服して行かうかい。寒い風は吹いてをつても、坂の上り下りは随分汗の出るものだなア。ここに丁度よい岩がある、気は急いて仕方がないが、チツとは体と相談しなくちや体も大切だからなア、ハーハーフーフー』 と息をはづませつつ言ふ。 タツ公『俺も一つ此処で一休みして、元気を付け、三人の奴がゴテゴテ吐したら、蹴り倒し、陥穽へ突込んでおいて、伊太公一人を連れ帰ることにしようかなア』 と云ひ乍ら、西の空を眺め、脚下の谷川の白布を晒したやうな泡立つ激流が木々の梢の間からチラついてゐるのを打ち眺め、愉快げに汗を入れてゐる。 タツ公は急坂を攀ぢ乍ら、細い声で千切れ千切れに歌ひ出した。ここからは一層道が嶮しくなり、団子石が狭い山路に無遠慮にころがつてる。 タツ公『清春山で第一の難所と聞えし蜈蚣坂 道の真中に団子石遠慮会釈も知らぬ顔 俺等を転倒そと待つてゐるホンに物騒な世の中だ チツとも油断は出来はせぬウントコドツコイ人の手に 持つてゐる物でも引つたくり吾懐を肥やさむと 何奴も此奴も企みゐる悪魔ばかりの世の中だ 折角口へ頬張つたパンでも隙があつたなら 食指を大に動かしてヤツトコドツコイ剔り出し 直様自分の口中へ捻込む様なウントコシヨ 悪逆無道の奴ばかりバラモン教の神司 大黒主こそ天地の神の心に叶うたる 誠のお方と思うた故ウントコドツコイ、マツ公が 入信したのを幸ひに俺も一寸出来心 這入つて見たが思うたより中身の悪いバラモン教 こんな事だと知つたならヤツパリ元の百姓で 暮して居つたがよかつたと後悔してもハーハーハー 後の祭で仕方ないジツと堪へて開運の 時節を待ちし其内に鬼春別に従ひて 俺等の主人の片彦が斎苑の館に堂々と 攻め行く時の秘書役に選まれたるを幸ひに 一角今度は手柄して頭を上げてみようかと 思うた事も水の泡河鹿峠の八合目 三五教の言霊を雨や霰と浴びせられ 脆くも逃行く片彦や久米彦さまの敗軍を 眺めた時の馬鹿らしさ俺等は愛想がつきた故 モウこれきりで御免をばヤツトコドツコイ蒙らうと お前と密にドツコイシヨ諜し合せてトボトボと 皆に遅れて坂道を下つてみればこれは又 思ひもよらぬ三五の神の司の御供たち 祠の前に端坐して何かは知らぬがブツブツと 分らぬことを話してるコリヤ堪らぬと思へ共 逃げ路のない一筋の此谷間が如何なろか 俄に剽軽者となり滑稽諧謔あり丈を 尽して相手を笑はせつ心を和げゐたる折 フトした事からマツ公の兄の亀彦ドツコイシヨ ヤツトコドツコイハーハーハー三五教に使はれて 世にもめでたき宣伝使治国別となつてゐた それをば聞いた俺の胸地異天変が一時に 起りし如き心地したこれもヤツパリ神様の 水も洩らさぬお仕組の何かの端であらうかと 轟く胸を撫で下ろしヤツと悲劇の幕を上げ 玉国別の御供なる伊太公さまを救ひ出し それを土産にマツ公の兄弟名乗を遂げさせて 俺もこれから三五の信者にならうと決心し 心イソイソやつて来たあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 話かはつて岩窟の中には伊太公を始め甲乙丙の三人が車座になつて、面白可笑しく打ち興じ乍ら、雑談をやつてゐる。ポーロの留守役が斎苑の館へ一同を引つれて出た跡は、生物と云つたら、蝙蝠がここ幸ひと吾物顔に出入を始めかけてゐた位であつた。そこへマツ公の家来に准ずべき三人の男、マツ公の命令で、伊太公を縛り上げ、此処迄送り来り監視の役を勤めてゐたのである。併し乍ら三人の男は伊太公の弁舌にチヨロまかされ、縛めの縄を解き、ポーロが残しおいた酒壺から残りの酒を汲み出し、チビリチビリと呑み乍ら、面白さうに他愛なく喋べつてゐる。 甲『エーもう今頃は先鋒隊の片彦、久米彦将軍は、首尾よく難関を突破し、斎苑の館へ着かれる時分だろ。斎苑の館に於ても随分心配だらうなア』 伊太公『アハヽヽヽ、斎苑の館には神変不思議の神術を備へてゐる生神ばかりだから、さう容易には行くまいぞ。俺だつて、事と品に依れば片彦将軍位は屁一つ放つたら、吹き飛ばすのは何でもないのだが、昨夜の様に谷底へ辷り落ち、向脛を打つて動けぬ所を括られちや、何程豪傑でもたまらないからのう』 甲『ソラさうだ。誰だつて寝鳥を締るやうな目に会はされちや叶ひつこはないワ。ナア伊太公さま、実ア俺も君に同情してゐるのだ。マツ公の………大将、厳しく牢獄へ放り込んでおけと言やがつたが、それでも俺はかうして君に同情をよせ、チツとも虐待はせないのだから、チツとは俺の心も買つてくれな困るよ』 伊太公『ソラさうだ、敵の中にも味方ありと云ふからなア、併しお前達は大黒主の神は本当に偉い神さまだと思つてゐるか』 甲『さうだなア、何を云つても化物の世の中だから、善悪正邪の、俺達に判断はつかないワ。………苔むす巌は変じて金殿玉楼となり、虎狼野干は化して卿相雲客となり、獅子は化して万乗の尊となり、王位の座に装ひを堆くし、袞竜の袖に薫香を散らす世の中だからなア。大黒主もキツと其選に洩れないだらうよ。昔は鬼雲彦とか云つたさうだから、どうせ立派な神様の系統ぢやあるまい。併し乍らこんな事はここ限りだ。ノウ乙丙、メツタに喋りやしようまいのう』 乙『そんな事喋らうものなら、俺の首がなくなるワイ、ナア丙、さうぢやないか』 丙『さうともさうとも、こんな話を聞いた以上は直様甲の首をチヨン切るか、後手にフン縛つて将軍様の前へ突き出すのが本当だ。それを看過しておくと云ふのはヤツパリ同罪だからなア。甲の云つたのは俺達が言うたやうなものだ。それだから言へと云つたつて言ふ気遣ひないワ。マア安心してくれ』 伊太公『併し大分酒がまはつたやうだが、モウいい加減に帰つたら如何だ。俺も実はお師匠さまが待つてゐるのだからなア』 甲『其奴ア一寸困る、何程親密なお前と俺との仲でも、お前を取逃がしたことが分れば、俺はサーツパリだからなア。どないでも大切にするから、一遍マツ公の大将が査べに来るまでここに斯うして居つてくれ。お前にや気の毒だけれど、俺だつてヤツパリ気の毒ぢやないか』 伊太公『さう言はれると俺も先生が大事だから帰りたいのだが、情誼に絆されて帰ることも出来なくなつた。何と人間と云ふものは気の弱いものだなア、自分乍ら自分がでに愛想がつきて来たわい』 岩窟の入口からマツ公の声、 マツ公『オーイ、イル、居るかなア』 イル『イルは此処に居ります』 マツ『三五教の○○は如何したツ』 イル『オイ、伊太公、頼みぢや、一寸暫く牢へ這入つとつて呉れぬか、こんな所みられちやそれこそサツパリだ。あれあの通り大将が臨検に来よつた。オイ乙、丙早く伊太公さまを、一寸の間でいいから、牢へ入れといてくれ、俺や出口まで行つて何とか彼とか云つて隠す時間を保つてゐるから、手早くやつてくれよ』 と云ひ乍ら、入口へ駆け出し、 イル『これはこれはマツ公の御大将、御臨検御苦労で厶います。貴方の仰せの通り、後手に縛り、どこもかも、雁字搦みにして石牢へブチ込み、昨日から叩いて叩いて、キヤアキヤア言はして苦めてやりました。モウあゝしておけばメツタに逃げる気遣ひありませぬ。御安心下さいませ。サア、斎苑館の方の戦が大変忙がしいでせう、どうぞ門を這入らずにトツトとお越し下さいませ。片彦将軍様がお待兼で厶いませう』 マツ公『逃げないやうに、此岩窟の中で貴様たち番をして居れと言つたのだが、そんな打擲を為いとは言はないぞ。本当に左様な目にあはしたのか、エーン』 イル『イエイエ滅相もない、誰がそんな残酷なことを致しますものか』 マツ公『そんなら、如何しておいたのだ』 イル『ヘー、実の所は………エヽ一寸相手に致しました、随分面白い奴で厶いますよ』 マツ公『何、一寸相手にした?随分手が利いてゐるだらうなア』 イル『ヘーヘー、中々好う利いてゐますワ、特に左が一番能う利きますよ。呑めよ騒げよ一寸先や暗よ………と申しましてなア、それはそれは面白いお相手で厶いますワ』 マツ公『ハヽヽヽヽさうすると、お酒でも出して大切に扱うてゐたのだなア』 イル『ヘー、マアざつと、そんなもので厶います』 マツ公『ウン、其奴ア偉いことをした。定めて満足して居るだらうなア』 イル『ヘイヘイ、十二分に満足して居ります。ソラ昨夜も賑やかう厶いましたよ。ステテコを踊つたり、舞をまうたり、賑かいこつて厶いました』 マツ公『ポーロの大将はどこに居るのだ。根つから人が居らぬやうぢやないか』 イル『ポーロですか、アリヤもう二三日前に斎苑の館へ行つて了ひましたよ』 マツ公『ナーニ、斎苑の館へ?………沢山連れて行つたのか』 イル『ヘーヘー何でも十五六人連れてゐたやうです、チヤンと遺書がして厶いました。而も三五教の信者になりましてなア』 マツ公『何は兎もあれ、伊太公さまに会はしてくれ。オイ、タツ公、サア這入らう』 と言ひ乍ら細き入口を潜つてイルの後に従ひ、奥へ奥へと進み入る。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 08 小蝶 | 第八章小蝶〔一一九八〕 松彦松姫両人はいとし盛りの吾娘 千代子と共に歌垣にたちて心の誠をば 語らひ居たる折もあれ突然起る笑ひ声 瓦をぶちあけた其如くガラガラガラといやらしく 聞え来れる其音色嫉妬嘲笑交り来て いとも不穏に聞えけり娘のお千代は門口を 引開け外を眺むれば豈図らむや魔我彦が 両手で耳を抑へつつ腰をくの字に曲げ乍ら 差足抜足逃げて行くお千代は後を顧みて やさしき声をふり絞り紅葉の様な手をふつて ホヽヽヽヽと笑ひ出すお千代の声に驚いて 後振返る魔我彦は真赤な顔に団栗の はぢけた様な目を剥いて舌を噛み出し腮しやくり イヒヽヽヽヽ、イヒヽヽヽ勝手な熱を吹きよつて しつぽり泣いたがよからうぞ之から俺は蠑螈別 お寅婆さまの前に出て一伍一什を物語り 二人の恋を何処までも妨害せなくちやおかないぞ 覚えてゐよと云ひ乍らお千代を睨めつけスタスタと 館をさして帰り行くお千代は又もや打笑ひ お千代『ホヽヽヽヽ魔我彦が曲つた心の恋衣 今は敢なく破れけり破れかぶれの負惜み 立派な夫のある人を神の教にあり乍ら 女房にしようとは何の事横恋慕も程がある 枉の憑つた魔我彦は恋に眼を晦ませて 善悪邪正の大道を踏み外したる浅間しさ 父と母とは昔から天下晴れての夫婦仲 誰に憚る事あろか笑へば笑へ誹るなら 何程なりとも誹れかし私と云ふものある上は 仮令蠑螈別さまが何と云はうとも構やせぬ ウラナイ教のお道から云うても父はユラリ彦 末代日の王天の神母の命は上義姫 誠の道から云うたなら戯けた話であるけれど ウラナイ教の道として何とか彼とか神の名を つけて喜んで居る上は仮令松彦父上が ユラリの彦となりすまし母の命は上義姫 神と神との夫婦ぢやと云つた処で何悪い 蠑螈別もお寅さまもとつくに承知の上ぢやないか 何程魔我さまがゴテゴテと曲つて来やうが矢も楯も 二人の仲にたつものかホヽヽヽヽあた可笑しい 父と母との久方の睦言葉を外面から 立聞きなして妬け起し悋気の焔に包まれて 外聞の悪い門口でカヽヽヽカツと笑ひ出す 一丈二尺の褌をば締めた男のすることか 恥を知らぬも程があるこんなお方が副教主 蠑螈別の片腕となつて厶ると思うたら 仏壇の底めげぢやないけれど阿弥陀が零れて来るぢやないか オホヽヽヽヽオホヽヽヽ魔我彦さまのスタイルは 何と仮令て宜からうか溝に落ちたる痩鼠 雪隠に落ちた鶏が尾羽打枯らし腰曲げて 犬の遠吠え卑怯にも笑つて逃げ行く浅間しさ オツトドツコイ惟神神のお道にあり乍ら 腹立ち紛れに魔我彦の知らず知らずに悪口を 子供の身として述べ立てた此世を造りし神直日 心も広き大直日道理を知らぬ年若の 娘の云つた世迷言直日に見直し聞直し 悪言暴語の罪科を何卒お許し下さんせ 父と母との身の上を思ひにあまつて思はざる 脱線振りを発揮した乙女心を憐れみて 許させ給へ三五の皇大神の御前に 慎み敬ひ詫奉る』 松彦『千代子は外へ出たきり、何だか謡つてゐる様だな。うつかりした事を云つて魔我彦さまの機嫌を損つてはならないがな』 松姫『お千代は何分有名な侠客に育てられ、小さい時からスレツからしに育て上げられたものだから、肝玉も太く、年に似合はぬ早熟くさりで随分偉い事を云ひますよ。時々脱線振りをやつて蠑螈別さまや魔我彦さまをアフンとさせ、ヤンチヤ娘の名を擅にして居ります。それ故私も名乗つてやり度かつたなれど、故意とに隠して居りました』 松彦『お千代には如何云ふ機でお前は会うたのだ』 松姫『あのお寅さまが連れて来たのですよ。同じ侠客同志で心安かつたと見えて、親も兄弟もない娘だから、ここで立派に育て上げ度いと云つて親切に連れて来たのです。それから私が様子を考へて居れば全く私の娘と云ふ事が分り、矢も楯も堪らず嬉しうなつて来ましたが、今名乗つては、あの子の為めによくないと思ひ、今日が日までも隠して居りました。本当に子供と云ふものは教育が大切ですな。親のない子が泥棒になつたり、大悪人になるのは世間に沢山ある習ひですから、これから十分に気をつけて教育をしてやらねばなりますまい。十二や三で婆の云ふ様な事云ふのですから困つて了ひますわ』 松彦『さうだな。子供は教育が肝腎だ。子供と云ふものは模倣性を持つてゐるから見聞した事を自分が直に実行したがるものだ。子供は親の真似をして遊びたがるものなり、大人は亦白い石や黒い石を並べて子供の真似をしたがるものだ。これもヤツパリ因碁だらうよ。アハヽヽヽヽ』 松姫『私だつて、貴郎だつて今こそ神様のお道に仕へて人に崇められて先生顔をして居りますが、あの子の出来た時分は随分なつて居ませぬでしたな。あの時の魂で宿つた子だもの、碌な子が生れさうな事がありませぬわ。まだまア不具に生れて来なんだのが、神様のお恵みですよ』 松彦『然しお千代は何時迄も外に立つて魔我彦だとか、何とか謡つてるぢやないか。困つたものだな。どれお千代を呼んで来う』 と云ひ乍ら松彦は立つて門口の戸を開き外を覗き込んだ。お千代はイーンイーンをしたり、目を剥いたり拳骨を固めて何だか人の頭でも殴る様な真似して、空中を殴つてゐる。 松彦『これこれお千代、お前、そりや何をして居るのだい』 千代『はい、これはこれは末代日の王天の大神様、上義姫との御再会を祝するためきつく姫が岩戸の外で神楽を奏げて居りますのよ。何ぼ娘だつて御夫婦の久し振りの御対面に御邪魔になつては、ならないと気を利かして居りますのよ。今の中にお母アさまと、とつくり泣いたり笑うたり、力一杯お芝居を成さいませ。お父さまやお母さまのお楽しみのお邪魔になつてはなりませぬからな』 松彦『何と呆れたお転婆だなア。これ、千代サン、そんな斟酌は要らない、とつとと入つておいで』 千代『もう暫くここで遊ばして下さいな』 松彦『遊ぶのはいいが魔我彦が何うだの斯うだのと憎まれ口を叩いちやいけないよ』 千代『だつてお父さま魔我彦さまは仕方のない男だもの。チツと位恥をかかしてやらねば後の為めになりませぬわ。男の癖に間がな隙がな、お母アさまの居間へやつて来て、味噌ばつかり摺るのですもの、好かぬたらしい。あたい腹が立つて堪らぬのよ。今日まで辛抱して居つたのだけれど、お父さまとお母さまが分つたからは、もう大丈夫。魔我彦位が何ぼ束でやつて来ても大丈夫ですわ。親の光は七里光ると云ふぢやありませぬか。永い間親なしぢや親なしぢやと云つて軽蔑され、悔し残念を今まで耐つて居つたのですよ。其中でも魔我が一番私を軽蔑したの。さうだから日頃の鬱憤が破裂して一人口から悪罵が破裂するのですもの。チツとは云はして下さいな。まだこれ位云つた処で三番叟ですわ』 松彦『お前の心になれば無理も無からうが、そこを辛抱するのが神様の道だ。さうズケズケと云ひたい事を云つて人に憎まれるものではない。子供は子供の様にして居ればいいのだよ』 千代『魔我彦に憎まれたつて構はぬぢやありませぬか。お父さまとお母さまに可愛がつて貰ひさへすれば宜しいわ、ねえ』 松彦『兎も角お母さまが待つてゐるからお這入りなさい』 お千代はニコニコとして松彦の後に従ひ這入つて来た。 松彦『お千代は随分スレツからしになつたものだ。困つた事だな』 松姫『本当に困りますよ。これが私の娘だと大きな声では云はれないのですもの。本当に困つちまいます。こんな子が成人したら又博奕打ちの親方にでもなりやせまいかと思へば末が恐ろしう厶いますわ』 千代『お母さま、私侠客になるつもりなのよ。弱きを助け、強きを挫き、大きな荒男を頤で使ひ女王気取りになり、姐貴姐貴と称へられて名を遠近に轟かすのが人生第一の望ですわ。お寅婆アさまを見なさい。侠客だつたお蔭で蠑螈別さまのお気に入りになつて居らつしやるぢやありませぬか』 松姫『これお千代、お前はお寅婆アさまの様になりたいのかい』 千代『あたい、お寅婆アさまの様な中途半の女侠客は嫌ひよ。波斯の国、月の国きつての大親分にならうと思つてゐるの』 松彦『困つたな、偉いものを生んだものだ。やつぱり種子は争はれぬものかいな』 千代『ホヽヽヽヽ茄子の種子は茄子、瓜の種を蒔けば瓜の苗が生えます。私はお父さま、お母さまのヤンチヤ身魂から此世に生れ、其上侠客の手に育てられたものだもの、斯んな心になるのは当然ですわ』 松彦『お前は神様の宣伝使になるのが宜いか、侠客になるのが宜いか』 千代『神様の宣伝使なんて気が利かぬじやありませぬか。訳の分らぬ婆嬶や時代遅れの老爺さまや、剛欲の人間や、盲や唖に、不具に病身者、一人だつて満足のものが神様の処へ寄つて来ますか。たまたま体の丈夫な男女が来たと思へば精神上に欠陥のある人間ばつかり、そんな人に崇められたとて何が面白う厶りませう。理解の上に崇められたのなら愉快ですが、無理解者から持て囃されたつて何が光栄ですか。本当に馬鹿らしく消え度くなつて了ひますわ。それよりも侠客になつて御覧なさい。裸百貫の荒男、霊肉ともに欠陥のない、男の中の男が集まつて来て義に勇み、誠を立て、悪人を懲し、まるで神様の様な欲のない、宵越しの銭を使はぬ綺麗薩張りした人間ばかりに姐貴々々とたてられて、此世を送るほど愉快な事がありますか。あたいは何処迄も女侠客になるのが望みです』 松彦『ハヽヽヽヽ困つたな。親は宣伝使、子は女侠客、どうも反が合はぬ様だ』 千代『お父さま、大工の子は大工を営み、医者の子は何処迄も医者をやらねばならぬと云ふ規則はありますまい。各自に人間には、それ相応の天才があつて凡ての事業に適不適があるものです。自分の天才を十二分に発揮するのが教育の精神でせう。圧迫教育を施して児童の本能を傷つけ、桝できり揃へた様な団栗の背競べの様な人間ばかり作り上げる様な現在の教育では大人物は出来ませぬぜ。植物だつて、枝を曲げたり、切つたり、針金で括つたり、いろいろと干渉教育を施すと、床の間の置物よりなりますまい。山の谷で自由自在に成育した樹木は成人して立派な柱になりませう。さうだから人間は如何しても天才を完全に発揮させる様に教育させなくては駄目ですわ』 松彦『松姫、お前の云つた通り、何とまアこましやくれた娘だな。随分社会教育を受けたと見えるな』 松姫『到底私の手には合はない娘ですよ』 松彦『さうだな。いや却て干渉せない方がよいかも知れない。一六ものだ。大変な善人になるか、悪人になるか、先を見て居らねば分るまい。到底親の力では駄目だ。神様にお任せするが一等だ』 千代『それが所謂惟神教育ですよ。貴方だつて、いつも惟神々々と仰有るのですもの』 松彦『アハヽヽヽヽ』 松姫『オホヽヽヽヽ』 千代『惟神神に任せば自ら 松の緑は千代に栄ゑむ 相生の松の下露日を受けて 生え出でにけり味良き茸は』 (大正一一・一二・一二旧一〇・二四北村隆光録) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 16 想曖 | 第一六章想曖〔一二二六〕 お寅婆さまは小北山開設以来の打つて変つた活々とした水々しい顔をしながら、身も軽々しく、棕櫚箒や采払を持ちて、パタパタパタパタ、スースースーと心の清潔法をすませ、室内の掃除に余念なかつた。そこへ寒さうに筒袖の中へ手を入れて、フーフーと冷たい空気を吹きながらやつて来たのは魔我彦であつた。殆ど失望落胆の極に達し、地獄の底から捕手の出て来たやうな、えも言はれぬ淋しい容貌を曝け出して入つて来た。 お寅『魔我彦さま、一寸鏡を見て御覧、お前の顔は年の若いにも似ず八十爺さまのやうな萎びやうだよ。チツト心の持方を変へなくちや駄目ですよ』 魔我『余り馬鹿らしくて、世の中が淋しくなり、何とはなしに不平の雲が襲つて来て、地の上に身をおく所もない様な思ひが致します。それにお寅さま、貴女は今日に限つて、大変水々しい愉快さうな顔をしてゐるぢやありませぬか。○○博士の若返り法でも研究なさつたのですか。但しはニコニコ雑誌でも耽読されたのですか。大変な変り様ですワ』 お寅『ニコニコ雑誌や若返り法位で、さう俄に元気が出るものですか。そんな人間の頭脳から捻り出した厄雑物で、何うしてこんな愉快な気分になれるものですか』 魔我彦『それなら何うすればよいのです。何だかそこら中がウヂウヂして来て、冬の冷たい日に雪隠の中へ突つ込まれたやうな、クソ面白くもない空気に襲はれて仕方がありませぬ』 お寅『お前さまは神様に対して、真の理解がないからだ。神様さへ理解すれば、すぐに私のやうに、地獄は忽ち化して天国の境域に進むことが出来るのだよ』 魔我彦『神を理解せよと云つたつて、人間の知慧には限りがあります。これだけウラナイの尊き教を信じ神々様を念じながら、狐につままれて馬鹿を見せられるのだから、私は神の存在を疑ひます』 お寅『神の存在を認めず、神の救ひを忘れた時は心身共に衰耗廃絶するものだ。そして神の愛と神の信とに直接触れ、真に理解した時は忽ち歓喜の夕立、吾全身を浸し、霊肉共に不老不死的に栄えるものだ。併しながらヘグレ神社や種物神社では駄目ですよ。お前さまもよい加減に、義理天上日の出神の雅号を返上しなさい、そして一個の罪人とおなりなさい。卑しき一個の下僕となり、乞食の靴を取る謙譲の徳を心の畠に培ひ養ひさへすれば、忽ち天国は開けますよ』 魔我彦『それだと云つて、今まで一生懸命に信仰して来たユラリ彦様やヘグレ神社、種物神社、大門神社の神々様を捨てる事は出来ませぬ。さうクレクレと此頃の空の様に変つては、誠が貫けますまい』 お寅『お前さまは神素盞嗚大神様の御仁慈を有難く思ひませぬか。救世主だといふ事が理解されませぬか』 魔我彦『何処迄も私は信じられませぬ。お寅さま、よく考へてごらん、素盞嗚尊を信ずるのならば、別にウラナイ教を立てたり、小北山の神殿を造営し、一派を立てる必要はないぢやありませぬか』 お寅『そこが改心といふものだ。間違つて居つたといふことが分れば、直様改めるのが人間の務めだ。何程魔我彦さまが神力が強うても、荒金の土を主管し給ふ瑞の御霊の御神徳に比べては大海の一滴、どうして比較になりませう。チツと胸に手を当てて御考へなさい』 魔我彦『お寅さま、貴女はさう生々として元気さうに言つてゐるのは、要するに三万両のお土産を蠑螈別から貰つたからだらう』 お寅『エヽあた汚い、お前さまはそれだから苦むのだ。吾と吾心に造つた鬼に責められてゐるのだよ。物質的の欲望なんか物の数でもありませぬワ。それよりも、モツトモツト尊い宝が、そこら中にブラついてゐることをお悟りなさい。夢の中で貰つた三万両は、物質的の宝としては使へばなくなるものだ。仮令それが現実の黄金にした所で、一つお宮を建てたら、それで仕舞ぢやないか。何程使つても使ひ切れぬ、使へば使ふ程殖える無限の宝がおちてゐるのだよ。それを拾ふのが神を信仰する者の余徳だ。その尊い神の御余光を毎日日日ふみつけてゐるのだから、駄目だよ。お金で譬へたら、幾十万億両とも知れぬお宝を、私は頂戴したのだ、つまり世界一の富者になつたのだ。それだから此通り若やいで活々としてゐるのだよ』 魔我彦『お寅さま、世の中に阿呆と気違位幸福な者はありませぬネ。お前さまは夜前狐につままれて、三万両の金を貰つたのでせう。そして蠑螈別さまとしつぽり会つたのでせう。それから二世も三世もといふお目出度い情約を締結し、批准交換がすんだと思つて喜んでゐるのでせう。そんな泡沫に等しき喜びは、霧の如く煙の如く、瞬く間に消滅して了ひますよ。其時にアフンとせないやうになさいませや』 お寅『お前も狐に騙され、お民さまと手に手を取つて、二十万両の持参金と共に小北山の教祖になると云つて、顎まで外して居つたぢやないか。なぜそんな目に遇つたのか、分つてゐますか』 魔我彦『三五教の曲津神が善の仮面を被り、六人もやつて来やがつて、いろいろと奇怪な事ばかり致し此聖場を蹂躙せむとして居るのですよ。私は昨日の事からスツカリ目が覚めました。お前さまはまだ年がよつて居るので、精神上の欠陥がヒドイと見えて、依然として狐につままれ、糞壺へ投込まれて結構な温泉へ入つたと思ひ、牛糞や馬糞をつきつけられて結構な牡丹餅と信じ、瓦かけを持たされて三万両の黄金だと思つてゐるのだから、本当にお目出度いものだ。一層の事、お前さまのやうに無知識に生れて来たら、此世を夢現で喜んで暮せるのだけれど、何と云つても知識の光が強いものだから、お前さまのやうな気にはなれませぬワイ。鑑別だとか、認識だとか、肯定だとか、否定だとか、いろいろの什器が心の宝庫に充実してるのだから、私の悲痛な思ひは、要するに将来の歓喜の源泉となるものだ。お前さまの歓喜は、丁度阿片煙草に熟睡して世事万端を忘れ、夢の世界に逍遥し恍惚とし霊肉を蕩かしてるやうなものだ。丁度田螺の母親が、自分の生んだ沢山な子に、体を餌食にされ、いつとはなしになめ尽されて、愉快な気になつてゐる間に、自分の肉体をスツカリ食ひ殺されてる様な愉快さだ。コレ寅さま、チツト気をつけないと駄目ですよ。変性女子の悪御霊が、全力をあげて小北山を滅亡せしめむとして千変万化の画策をめぐらしてゐるのだからなア。灯台下暗しと云ふからは、中々油断がなりませぬぞ。お前さまがそんな心で、何うして此小北山の本山が立つて行きますか。チツトしつかりして貰はないと、淋しくてたまらぬぢやありませぬか』 お寅『あゝ困つた男だなア、これ程言つても目が覚めぬのかなア』 魔我彦『あゝ困つた婆アさまだなア、何と云つても思想が単純だから、私の言ふ事が、充分魂に沁み込まないと見えるワイ。女子と小人は養ひ難しとは、あゝよく言つたものだ』 お寅『本当にお前と私と斯うして寝食を共にし、口の中に入れたものでも食ひ合ふやうにしてゐる親しい近い仲でも、心は千里の距離があるのだから、どうしても容易にバツが合はないのだ。これ魔我彦さま、一つ直日の霊に見直し聞直し、省みたら何うだい』 魔我彦『あゝお寅さまは、たうとう地獄の底へ落ちて了つたのだなア、本当に可哀さうだ。世界の人民も救うてやらねばならないが、肝腎要のお寅さまから救ひ助けておかねば、到底万民を助ける事は出来ない、困つた事になつて来たワイ』 お寅『魔我彦さま、お前は救はれてゐる積かい。貴方御自身が真の神の愛にふれ、真の信仰に接し、真の神を理解することが出来て、お前の魂も肉体も天国浄土の歓喜を味はふ事が出来ましたか。それから一つ聞かして貰ひたい』 魔我彦『始から何事も都合よく行くものぢやない、私は今煩悶苦悩の最中だよ。本当に此世が厭になることが幾度あるか知れない。そこを耐へ忍んで行きさへすれば、所謂天国の門が開かれるのだ。人間は悲境のドン底に沈んだ時に於て始めて幸の種を蒔くものだ。幸の時、得意満面の時に却つて地獄の種を蒔いてゐるのだ。お前は曲神に誑惑されて地獄に落ちながら、まだ目が覚めないのだよ、本当に可哀さうなものだなア。此魔我彦は今や天国の門を開かむとする首途にあるのだ。よい後は悪い、悪い後はよいと云つてなア、今の間に苦みをしておけば、永遠無窮の歓喜の園を開く事になるのだ。あゝ惟神霊幸倍坐世……どうぞお寅さまの曇り切つた魂が豁然として開けますやう、魔我彦がお願ひ致します。ユラリ彦の大神様、五六七成就の大神様……』 お寅『コレ魔我さま、ユラリ彦さまも、ヘグレ神社さまも、モウ言つておくれな、私は本当の信仰を握つたのだから。よく考へて御覧なさい。人間は永遠無窮に生き通しだよ。僅か二百年や三百年の肉体を受得する為に生れて来たのではない。天国浄土に於て永遠無窮に繁り栄え、天国の御用をする為に生れて来たのだ。吾々の意志も観念も記憶も正しい知識も一切残らず高天原の天国へ此儘留存して行くのだから、現肉体のある間に歓喜の雨にぬれ、此身此儘天国の住民となつておかねば、どうして死後の生涯が楽しく送れませうか。此世の中は神の造り給うたものだから悩み苦みなどのあるべき筈がない。豁然として神の真の愛にふれ、真の知慧にふれ、神様を理解する事が出来たならば、此世此儘最上天国だよ。悲痛な思ひをしたり些々たる欲望に心を悩めてゐるのは、所謂此世からなる地獄道に陥没してゐるのだ。お前さまは小智小欲が勝つてゐるから、自ら造つた地獄へ落ち、自ら築いた牢獄に呻吟してゐるのだ。一日でも此世に於て歓喜と感謝の生活を続け、仮令一息の間も悲観などしちや仁慈の神様へ対して大変な罪になりますぞや。人は心の持様一つだよ』 魔我彦『それでも、苦労を致せよ、苦労致さねば誠の花は咲かぬぞよ……と神様は仰有るぢやありませぬか。世の為、人の為、道の為に苦み且つ世を悲しむのは最善の人事ぢやありませぬか。吾身をすてて万民を救ふといふ事は善事中の善事でせう。それだから私は何うなつてもいい、人さへ助かれば、それで人間の本分が尽せるもの、神様に対して忠実な御奉公だと確く信じてゐるのだ』 お寅『ホツホヽヽヽ、何と分らぬ男だこと、どうにも斯うにも助け様がないワ。お前さま、自分が不幸悲哀の淵に沈み、涙の生活を送りながら、どうして人が救へると思つてゐますか、先づ自己を救ひ、自己を了解した上で、始めて世を救ひ、道を伝ふる完全な神力が備はるぢやありませぬか。よう考へて御覧なさい、ここに一人の川はまりがある。今已に溺れ死せむとしてゐる所を人が通る、モシ其人が盲であつたならば、救ひを求むる声は聞えても、決して救ふ事は出来ますまい。此時には水泳に達した人で、体の壮健な、目の見える人間でなければ、其溺没者を救ふといふ事は到底不可能でせう。それだからお前さまも、先づ自己を強くし、自己を照し、自己の神力を十二分に受けなくてはなりませぬ。神力さへ備はらば、自然に歓喜の悦楽が吾身辺を襲うて来るものだ。私も夜前から神の慈光に照されて、悲哀の極、遂に歓楽境に救はれたのだ。どうぞして、お前を私と同じ精神状態に救うてやりたいのだが、余り距離があるので、可哀さうながら救ふ事が出来ないのかな。併し乍ら私も第一着手としてお前を救ふ事が出来ないやうで、何うして万民を救ふ事が出来よう。あゝ私は、大変な神様から試験をうけてるやうだ。魔我彦峠を突破するのは中々容易ぢやないワイ。あゝ神様、あなたの御慈光に依つて、私に誠の光と誠の愛をお与へ下さいまして、魔我彦が心に潜む曲を照し、どうぞ天国浄土へ霊肉共に導かして下さいませ。偏に神の御恩寵を御願ひ申上げ奉ります』 魔我彦『あゝあ、どうしても駄目だなア、可哀さうなものだ。私も此お寅さまを第一着手として救はなくちや到底万民を救ふ事は出来ぬであらう。どうぞユラリ彦の神様、ヘグレ神社の大神様、あなたの栄光と権威と慈愛とに依りまして、可憐なるお寅婆アさま、魔我彦が最も敬愛する此老婦人の心に一道の光明を与へ下さいまして、あなたをよく信じ、あなたを理解し、あなたの愛を徹底的に悟る事が出来ますやうに、特別の御恩寵を此老婦人の上に垂れさせ給はむ事を、偏に希ひ上げ奉ります。あゝ惟神霊幸倍坐世、末代日の王天の神様、五六七成就の大神様、旭の豊栄昇り姫様、義理天上日の出神様、大広木正宗様、大将軍様、常世姫様、偏にお願ひ申上げ奉ります』 お寅『コレ魔我彦さま、モウ其神名は私の前で言つて下さるなといふに、訳の分らぬ人だなア、どしても目が覚めぬのかいなア、あゝ何うしたらよからうぞ、惟神霊幸倍坐世、国治立大神様……』 魔我彦『あゝ何うしたら、お寅さまの迷ひを解く事が出来るだらう、あゝ惟神霊幸倍坐世』 (大正一一・一二・一六旧一〇・二八松村真澄録) |