| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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1 (100) |
ひふみ神示 | 3_富士の巻 | 第20帖 | 今のうちに草木の根や葉を日に干して貯へておけよ、保持の神様お怒りざから、九十四は五分位しか食べ物とれんから、その積りで用意して置いて呉れよ。神は気もない時から知らして置くから、この神示よく読んで居れよ。一握りの米に泣くことあると知らしてあろがな、米ばかりでないぞ、何もかも臣民もなくなるところまで行かねばならんのぞ、臣民ばかりでないぞ、神々様さへ今度は無くなる方あるぞ。臣民と云ふものは目の先ばかりより見えんから、呑気なものであるが、いざとなりての改心は間に合はんから、くどう気つけてあるのぞ。日本ばかりでないぞ、世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあろうがな、神にすがりて神の申す通りにするより他には道ないぞ、それで神々様を祀りて上の御方からも下々からも朝に夕に言霊がこの国に満つ世になりたら神の力現はすのぞ。江戸に先ず神まつれと、くどう申してあることよく分かるであろがな。八月の二十七日、 |
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2 (358) |
ひふみ神示 | 14_風の巻 | 第7帖 | 神にすがり居りたればこそぢゃと云ふとき、眼の前に来てゐるぞ。まだ疑うてゐる臣民人民気の毒ぢゃ、我恨むより方法ないぞ。神の致すこと、人民の致すこと、神人共に致すこと、それぞれに間違ひない様に心配りなされよ。慢心鼻ポキンぞ、神示よく読んで居らんと、みるみる変って、人民心ではどうにもならん、見当取れん事になるのざぞ、神示はじめからよく読み直して下されよ、読みかた足らんぞ、天の神も地の神もなきものにいたして、好き勝手な世に致して、偽者の天の神、地の神つくりてわれがよけらよいと申して、我よしの世にしてしまふてゐた事少しは判って来たであらうがな。愈々のまことの先祖の、世の元からの生神、生き通しの神々様、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神ぞ、スクリと現れなさりて、生き通しの荒神様引連れて御活動に移ったのであるから、もうちともまたれん事になったぞ、神示に出したら直ぐに出て来るぞ、終りの始の神示ざぞ、夢々おろそかするでないぞ、キの神示ぢゃ、くどい様なれどあまり見せるでないぞ。二月十六日、ひつぐの |
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3 (441) |
ひふみ神示 | 20_梅の巻 | 第14帖 | 日本には五穀、海のもの、野のもの、山のもの、皆人民の食ひて生くべき物、作らしてあるのぢゃぞ、日本人には肉類禁物ぢゃぞ。今に食物の騒動激しくなると申してあること忘れるなよ、今度は共喰となるから、共喰ならんから、今から心鍛へて食物大切にせよ、食物おろがむ所へ食物集まるのぢゃぞ。ひたすらに神にすがりてお詑びせよ、それより他に今は道なし。外国を日本の地面にせなならん、日本とにほんと取違ひすな。何事も神第一ぞ、神よそになすこと云ふことスコタンばかりぢゃ。分け隔てあると思ふは我が心に分け隔てあるからぢゃぞ、世界中のそれぞれの国、皆、氏神様、産土様、愈々天の命令通りにかかり下されよ、もう待たれん事に時節参りて居るぞ、世界の人民皆泥海の中に住んでゐるのぢゃぞ、元の水流して清めてやらねばならんなり、泥水を泥水と知らずに喜んでゐるので始末に困るぞ、清い水に住めん魚は誠の魚ではないのぢゃぞ。つらい役は因縁のミタマに致さすぞ。心得なされるがよいぞ。十一月十七日、ひつ九のかミ。 |
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4 (479) |
ひふみ神示 | 22_青葉の巻 | 第10帖 | よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげるのぢゃ、人になんと云はれても腹の立つ様では御用六ヶ敷いぞ、腹立つのは慢心ぢゃと申してあろがな。仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあるのぢゃ、其処に一厘の仕組、火水の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあるのぢゃ。仕組変り変りて人民には判らんなり、よき世と致すのぢゃ、いくら智あっても人間心では出来ん仕組ぞ、智捨てて神にすがりて来ねば分らん仕組ぢゃ、と云ふて人間世界は人間の智いるのぢゃ、智でない智を神が与へるぞ、神人共にと申してあろがな、つとめ上げたら他にない結構な御用。八月三日、ひつ九 |
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5 (1103) |
霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 附録 第一回高熊山参拝紀行歌 | 附録第一回高熊山参拝紀行歌 王仁 高熊山参拝者名簿 (大正十年十二月三日) 千引の岩石打破る日本男子の大丈夫と(石破馨) 色香も馨る女丈夫が世界をま森国々の(森国幹造) 助けの幹を造らむと東や西や北南 日出る国のまめ人が善男善女を誘ひて(西出善竜) 竜宮城に参集ひ浦保国を永遠の 珍の住処と歓びて神の啓示を次々に(保住啓次郎) 宣べ伝へ行く言霊は円満晴朗澄の江の 天竜藤に登る如我日の本の権威なる(藤本十三郎) 一と二三四五つと六ゆ七八九つ十り三年 今よりきよく田なびかむ村雲四方にかき別けて(今きよ) 六合兼太る我国土真奈井の海の洋々と(田村兼太郎) 渡も静かに浦靖の国の栄えも九重の(土井靖都) 玉の都や小都会深山の奥も押並べて(小山貞之) 忠勇仁義孝貞之道明らけく治まれる 三十一年如月の梅ケ香匂ふ九日の 月をば西に高熊の神山に深くわけ井りて(高井寿三郎) 聖寿万歳祈らんと三ツ葉つつじの其上に 村肝清く端坐しつ言霊彦の神教を(上村清彦) 耳を澄ませてマツの下吹き来る風もいとひなく(同マツ) 岩窟の前に寛ぎつ心の中の村雲も(同寛) かすみと共に消え行きて稍清新の魂となり(中村新吉) 神の恵みに浴しける今日は如何なる吉日ぞ 吉や屍を原野に曝すとも国常立の大神や(吉原常三郎) 三ツの御魂の教ならなどや厭はむ鈴木野や(鈴木延吉) 深山に足を延ばすとも心持吉き岩清水(水戸富治) 戸閉さぬ国と賑はしく富みて治まる君ケ御代 五十鈴の流れ清くして大川口や小川口(大川ロトク) 水は溢れてトク川の泥にまみれし幕政も 茲に亡びて大小名名主庄司に至るまで(庄司キツ) なキツ倒れつ四方に散るその状実に憐れなり かかる例しも在原の丑寅金神太元に(在原丑太郎) 現はれまして前の世の神と田美との有様を(前田美千香) 説き教へたる三千年の一度に香ふ白梅の 花咲く春の山の根に菊太に目出度神言を(山根菊太郎) 天地の神に奏上し三千世界の改造を チカへ玉ひし雄々しさよ四尾と本宮の山の根に(山根チカヘ) 経と緯との神の機錦の糸の絹枝姫(同絹枝子) 神の助けの有が田や鶴九皐に高く鳴き(有田九皐) 岸に登りし緑毛の亀のよはひの長のとし(高岸としゑ) ゑびす大黒福の神真奈井の上に舞ひ遊ぶ(井上あや) あやに尊き神の苑海の内外別ちなく 山野河海の神々の介けの道も昭々と(外山介昭) 植ゑ拡め行く道芝の盛りの花も隆々と(植芝盛隆) 薫る常磐の神の森良きも悪しきも仁愛の(森良仁) 神の恵みは変りなく竹の御園の下斯芸琉(竹下斯芸琉) 御国の誉れ照妙の綾の高天に北東の(東尾吉雄) 神尾伊都吉て雄々しくも教は広瀬の仁義邦(広瀬義邦) 昇る旭は高橋のその勢ひも常永に(高橋常祥) 開き行く世ぞ祥たけれ誉れもたかき瑞祥の やかたに基いを固めつつ遠津御国も近村も(津村藤太郎) すさぶ曲津を藤太郎秋津島根の田広路に(島田頴) 千頴八百頴実のりゆく稲木の村の中心に(木村研一郎) 霊魂研きを第一と教へ導く白藤の(藤井健弘) 井や栄え行く健げさよ誠の教を遠近に 弘むる時や北の空村雲四方に掻き別けて(北村隆光) 隆々のぼる日の光本宮山や玉の井の(宮井懿子) 空に映え行く御懿徳に浴する魂ぞ浦山し(浦山専一) 霊魂修行を専一と深山の奥に分け入りて 佐とり了ふせし高熊のイワ屋の内も賑はしく(山佐イワ) 朝日夕日を笠として祝詞奏上や神の詩を(日笠吟三) 吟じて進む三ツ御魂藤の仙人芙蓉坊が 穴太の村に伊智はやく現はれ来たりて大神之(藤村伊之吉) 吉き音信を宣り伝へ石より固き信仰を(石井孝三郎) 井や益々も励みつつ忠孝敬神愛国の 三ツの綱領怠らず加たく御魂に納めつつ(加納録平) 心に録して平けくたとへ野山の奥の奥(山口佐太郎) 率土の浜も宣べ伝へ口佐賀あしき悪太郎が そしり嘲り山ぬ内布教伝道厭トイなく(山内トイ) 四方の国中大日本日高の村の佐男鹿の(中村鹿三) 妻呼ぶ如き有様に世人を思ふ三千年の 神の光りは西東村雲四方にかき理けて(西村理) 大海原も平けく波も鎮まる八洲国(海原平八) 神須佐之男の神魂沢田の姫が現はれて(佐沢広臣) 教を広く君臣の中を執持つ一条の(中条勝治郎) 至誠に勝るものはなし明治の廿五年より 佐藤りの開く大善の艮神の四郎し召す(佐藤善四郎) 梅花の開く神の世は老も若きもおしなべて 五六七の御世の活動を汗と油をしぼりつつ 山田の果ても伊藤ひなくくさきり耕やせ三伏の(伊藤耕三郎) 暑さも涼し高野原円く治まる太平の(高野円太) 風に黒雲吹き払ひ四方の沢ぎも静まりて(黒沢春松) さながら春の如くなり常磐の松や白梅の 枝にて造りし神の杖菅野小笠に身を包み(菅野義衛) 仁義の教衛らむと京都をさして谷波より(京谷朝太郎) 出口の教祖は朝まだき綾の太元立出でて 海潮純子諸共に昨日や京屋明日の旅(京屋フク) 風フク山路をすくすくと字司朗も見ずに足早に(同司朗) 飛田つ如く進まるる豊かなそのの梅香り(飛田豊子) 五六七の御代に逢坂のキミの恵みに報いむと(同香) 鞍馬をさして出でて行く出口の守の雄々しさは(逢坂キミ) 日本魂の鏡なり月に村雲花に風(村松タミ) 浮世の常と聞きつれど松の神世のタミ草の 心はいつも春の空深山の奥も仁愛の(山崎珉平) 花崎にほひ王民のなか平けく安らけく 上野おこなひ下ならひ国は豊かに足御代は(上野豊) 業務を伊藤ものも無く正しき男の子女子が(伊藤正男) 大内山の御栄えを春かに祝ひよろこびつ(大山春子) 君に捧ぐる真心の強きは波田野国人の(波田野菊次郎) 菊もまれなる次第なり澆季末法の世の瀬戸に(瀬戸幸次郎) 現はれ玉ひし艮の神の御幸は次々に いやちこまして国民は同じ心のきみが御よ(同きみよ) 四方の山々内外の風も静かに笹川の(山内静) 水にも神光煕り渡る雄々しき清き葦原の(笹川煕雄) 神の御国ぞたふとけれ日本御魂の大丈夫が 勇気も古井現し世の濁りを清め市村野(古井清市) 戸口も佐和に佐和佐和に五六七の御世を松の色(野口佐七) 本つ御魂も幸ひて長閑な春の政事(松本春政) 国常立の分御魂仁義の道を一と筋に(国分義一) 守るや洋の西東山の尾の上に出入る月(西山勝) 光り勝れし大御代に立て直さむと昔より 水野御魂の大御神貞めなき世を弌らんと(水野貞弌) 道も飯田の神の詔千代の松ケ枝澄み渡り(飯田千代松) 昇る月影高橋の夜の守りとありがたき(高橋守) 御代に太田の楽もしや神の御国に伝はりし(太田伝九郎) 九つ花の咲き匂ふ深山の奥の寒村も(奥村芳夫) 大和心の芳ばしき大丈夫須佐の大神を 斎ひ藤とみ惟神御霊幸ひて吉祥の(斎藤幸吉) 聖の御代ぞたふとけれ 道の蘊奥を塞ぎ居る村雲四方にかきわけて(奥村友夫) 心も清き友の夫が至誠を内外に長谷川の(長谷川清一) 清きながれも一と筋に久米ども尽きぬ川水に(米川太介) 濁世を洗ひ太介んと田庭綾辺の政雄等が(田辺政雄) 神の御声をいや高き雲井に告げよほととぎす(雲井恒右衛門) 恒の誠のおこなひはこの右衛門なき神の笑み その身の佐賀も康正の実にも鈴し木忠と孝(佐賀康正) 慈悲を三つ楯戸して田助澄まして国の祖(鈴木孝三郎) 古き昔の神代より高き神徳次ぎつぎに(戸田澄国) かくれて御世を守りつつ忍び玉ひし大神を(古高徳次郎) 斎きまつるぞ藤とけれ吉きもあしきも三吉野の(斎藤吉三) 花と散りしく大八嶋長き平和の夢さめて(大島長和) 西洋の国原見渡せば神を敬ふ人もなし(西原敬昌) 物質文明昌ふとも心の花は散りにけり 谷波の国にあらはれし出口の神の御教は(谷口清満) 清く天地に満ちぬらむ桧杉原かきわけて(杉原佐久) 梅佐久そのを杉の山見当てに進む日本一(杉山当一) 長閑けき風も福の井の大精神は平らかに(福井精平) 神の林に著二郎く鳴り渡るなり高倉の(林二郎) 高き厳に八重むぐら青き苔蒸し小田牧野(林八重子) 蔓さえ光る万世の亀の歓吉て岩の上(牧野亀吉) 鶴さへ巣ぐふ高倉の三ツ葉つつじ之御助に(上倉三之助) 小野が御田間を研きつつ生れ赤子と若がへり(小野田若次郎) 次第々々にたましひを石とかためて世を渡り(石渡たみ) 四方のたみ草同一に神の真道に進ましめ(同進) 御代の栄えを内外に照らすは神の大本ぞ 谷波の国は狭くとも広く賢こき神の道(谷広賢) 雲井の上も海原も神武と仁徳かがやきて(井上武仁) 神の守りの金城は所在神の守りにて(城所守息) 神々安息遂げたまふその聖世美馬ほしと(美馬邦二) 心の清き神人が御邦二つくす真心は 大小高下の差こそあれ林のナカの下木まで(小林ナカ) よろこび祝ふ細し矛千田琉の国の神の徳(細田徳治) 円く平穏に治まりて身椙の元も二三太郎(椙元二三太郎) 広き新道進むより神の大道踏める身は 笹原義登と悉後藤くいと康らか仁進み行く(笹原義登) 無事平安の神の道達るは神の温たかき(後藤康仁) あまき乳房にすがる児の太郎次郎の生命の(安達房次郎) 親の光りと松の御代上田の家に生れたる(松田文一郎) 三文奴の只一人神の御前にぬかづきて(前田茂寿) 世人を田すけ守らんと昼はひねもす夜茂寿がら 愛宕の山の片ほとりつづきが岡のふもとなる(片岡幸次郎) 小幡神社の幸ひに祈願の効もいち次郎く 大河口や小川口教を日々にトク人の(大河口トク) 心の丈けは庄司きにシウジウの苦辛を耐へつつ(庄司シウ) 安く達せん大神の心は清き白ユキの(安達ユキ) 黄金の世界銀世界真鯉の上る滝津瀬の(上滝美祐) さま美はしき神祐に心の垢を洗ひつつ 西山林谷の道作り治めて登り行く(西谷作治) 四十八個の宝座ある高倉山に崎にほふ(山崎耕作) 三ツ葉つつじの花の下耕し作る田男の 中にも邨で新しき由緒を知れる由松の(中邨新助) 道の手引に助けられ万寿神苑立出でて 詣づる信者二百人出口の海潮を先導に 田舎の村の小幡橋金神竜神一同に(村橋金一郎) 渡り田所は宮垣内鹿蔵住むなる松林(田所鹿蔵) 紅葉は散れど青々と茂る木の葉のうるはしき 豊かな冬の木の本に四方の景色を覚めつつも(豊本景介) 婦人子供に至るまで介々しくも谷川を(谷前貞義) 飛び越え前み貞勇き義近藤初めて修業場と(近藤貞二) 神の貞めに一同は第二霊地と感謝しつ 祝詞の声も晴やかに木魂に響く床しさよ 勝又五六七の神政に水野御魂があらはれて(勝又六郎) 久米ども尽きぬ真清水のかはく事なき吉祥の(水野久米吉) 命の親の神心仰ぐも高し田加倉の(高田権四郎) 神の権威は四ツの海珍の国土も井や広に(土井理平) 摂理は届く公平のうましき御世は北村の 人は勇みて神寿ぎの祭祀の道も庄太郎(北村庄太郎) 日本の国は松の国浦安国と日五郎より(松浦国五郎) 御三木清めし神の国善一と筋の世の元の(三木善建) 神の建てたる御国なり外国人に惑はされ 御国の精華も白石の五倫五常の道忘れ(白石倫城) 難攻不落の堅城と神の造りし無比の園(比村中) 心にかかる村雲を払ふて清め腹の中 神の授けし御魂をば汚さむ事を鴛海つつ(鴛海政彦) 国家の政り家政り彦と夜毎にいそしみて たとへ悪魔の襲ふとも少しも鎌はず田力男(鎌田徴) 日本心を微かに照して見せよ三日月の 敏鎌の光り鋤の跡稲田も茂る八百頴野(鎌田茂頴) 間田なき秋にアイの空瑞穂の国の中国の(野間田アイ子) 誉れを西洋までノブエ姫姫氏の国の豊の年(中西ノブヱ) 稔も吉田の花ぞサク清き水穂にフク風の(吉田サク子) 薫りは外に比類なき富貴の草香村肝の(清水フク子) 心の美佐尾芳ばしく続鎌ほしや曇りたる(比村美佐尾) 世を田貞か江て神の世になれば曲事かくろひて(鎌田貞江) 吉きこと斗り村幸の雲間を照らす神のトク(吉村トク) まコトを那須の神人は神にすがりツヤはらぎつ(同コト子) 吾身のことを打捨てて多田道のためクニのため(那須ツヤ子) つくしの果の人々も海河こえて田庭路の(多田クニ) 神の御親の膝元に直子の刀自の跡慕ひ(河田親直) 滋しげ通ふ楽もしさ小柴田間萩米躅躑(同滋子) 茂れる山路ふみ別けて同じ心の一隊は(柴田米子) 神の恵與と勇みつつ清水湧き出る宮垣内(同一與) 上田の家も市々に立出で田渡る野山路(内田市子) 心せきセキヨぢ登る新池馬場を一斉に(田渡セキヨ) 進めば砂止山の神祠の跡を右に見て(馬場斉) 谷の村杉潜りぬけ真の道の友垣は(谷村真友) 山奥見かけ村々と貞めの場所雄さして行く(奥村貞雄) 黄昏近く湯ふ浅の空に出口の王仁が(湯浅仁斎) 岩屋の神を斎ひつつ降雨も知らぬ森の中(雨森松吉) 松葉の露の一雫味はひ吉しと喜びて 呑みし昔の思ひ出に水の冥加を藤とみつ(加藤明子) 天地神明の洪徳を感謝しまつる此一行 折も吉野のときつ風吹かれて顔の湯煙りも(吉野とき子) 御空になびく浅曇り霊魂を研く三柱の(湯浅研三) 神の宝座の大前に東尾さして神吉詞(東尾吉三郎) 拍手三拝上々の坂えの声をきくの年(上坂きく) 山の尾の上を崎わけて昇る旭日のあけの空(山崎あけ子) 小男鹿妻恋ふ高熊の見るも勇まし一つ岩(小高一栄) 栄え久しき神国の牧の柱とまめ人の(牧慎平) 慎み仕え大前に低頭平身祈りつつ 松のお千葉もいと清く月も見五郎の十五日(千葉清五郎) 大山小山の中道をおのが寿美家へ雄々しくも(大山寿美雄) 松岡神使に誘はれて本の古巣へ帰りける(岡本尚市) 尚き教へを市早く上田の炉辺に宣ぶる時(田辺林三郎) 小松林の神憑り三ツの御魂が現はれて 近藤二度目の立替は御国を思兼の神(近藤兼堂) 現はれまして堂々と小畠の宮の山の跡(畠山彦久) 本宮神宮の聖邑に国武彦の大神は 世も久方の天津神月見の神や天照す(佐藤かめ) 皇大神の神言もて世人を佐藤し身をたかめ(平野千代子) 天下太平野千代の基佐藤りて三よしの花の春(佐藤よし) お土の井とく水の恩正しき御木の宮柱(土井とく) 千本高知りてきんぎんや珠玉を飾る三体の(正木きん) 神の御舎殿荘厳に大宮小宮建て並べ(小宮きゑ) 深きゑにしを説き諭す高天原の神の道(原竹蔵) 松のみさをは神の国竹蔵即ち外国に たとへて東尾日の本とさきはひ玉ふぞ尊とけれ(東尾さき) 板り尽せしあがなひの千倉の置戸を負ふ神の(板倉寛太郎) 寛仁太度の胸の内同じ教も寛々と(同寛文) 文化の魁け梅の花御空は清く山青く(青野都秀) 野村も都会も秀れたる神の大道に従ひて 日東帝国安らけく日五郎の信仰現はれて(東安五郎) 安全無事の世の中に到達せしめ聖哲の(安達哲也) 教は四方に響く也同じ天地に生ひ立ちし(同佐右衛門) 草木で佐右衛門色艶を増して歓こぶ君が御代 世は古川の水絶えず万寿の苑は亀岡の(古川亀市) 市中に高く聳えつつ曇れる社会を照らし行く 神の仕組の万寿苑瑞祥閣の芽出度けれ。 ○ 教の花の桜井愛子中野祝子の太祝詞(桜井愛子) 同じく作郎青年も巌の上田に参ゐ詣で(中野祝子) 各自気分も由松の前駈し田るは十四夜の(同作郎) 稲田を照らす月の影風も清けき秋の末(上田由松) 此一行廿二人巻尾に記して証となす。(前田満稲) (以上) |
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霊界物語 | 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 | 余白歌 | 余白歌 むつかしき世とはなりけり上も下も重鎮となるべき石のなければ〈モノログ(再版)〉 日の本は神のひらきし神の国神の出でずば治まらぬ国〈モノログ(再版)〉 今の世に吾が大本の道なくばこの行く先はあやふかるべし〈モノログ(再版)〉 神様に仕へぬうちぞ神心神にすがりて曲となるあり〈第1章〉 立替を世人のことと思ふなよ立替へするは己が身魂ぞ〈第1章〉 鬨の声あげつつ迫る曲神をやらひつ霊界物語あみし〈第2章(再版)〉 国々にわがあみおきし物語の言霊ひびく時とはなりけり〈第2章(再版)〉 何事もわがなす業は神業ぞ天地とともに栄えはてなし〈第2章(再版)〉 天地の神の御子とあれし身のむなしく暮すは罪と思へり〈第6章(再版)〉 一刻も休みたまはぬ天地の神にならひてわれはいそしむ〈第6章(再版)〉 天地の恵の露に神の子と生れたる身を嬉しみいそしむ〈第6章(再版)〉 人の身は神をはなれて一日だも世に栄ゆべき道なきを知る〈第7章(再版)〉 生きいきて生きの限りを天地の道にいそしめ神の御子たち〈第7章(再版)〉 予言のみ好きな信者は兎もすれば妖言過言に脱線するなり〈第8章〉 現世の事業さへ全で出来ぬ身の神の御業に仕へ得べきや〈第9章〉 神様を喰ひものにする曲津見の心の曲を直したきもの〈第10章〉 天津神国津御神の造らししこの地の上は徳にをさまる〈第13章(再版)〉 徳育を忘れて智育におぼれたる報いは地上の乱れとなりけり〈第13章(再版)〉 たまちはふ神の心は垂乳根の親の心と一つなりけり〈第13章(再版)〉 そこ此処に抜け穴ばかり漏れて行く尻の締りの付かぬものしり〈第14章〉 にらみつつ人を見下す鬼瓦暑さ寒さも知らず顔なる〈第15章〉 神の道雲井の空を輝しつつ動かぬ君が御世を守りつ〈第16章〉 奇魂智慧の鏡の明ければ来る世の事も写るなりけり〈第21章〉 さながらに春の弥生の姿かな神の教につどふ人々〈第21章〉 夢の世に夢を見るてふ人の世も神の御声に醒めざるはなし〈第23章〉 しづたまき数にも入らぬ身にしあれどあつき守りの添はる嬉しさ〈第23章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 | 24 三五神諭(その五) | 第二四章三五神諭その五〔一五四九〕 大正四年旧十一月二十六日 大国常立尊が三千世界の、上中下と三段に分けてある霊魂を、それぞれに目鼻を付けて、皆を喜ぶやうに致すのは、根本の此世を創造へるよりも何程気骨の折れる事ぢや、人民では分らん事であるぞよ。初発の悪の霊魂は悪の事なら何んな事でも出来るから、茲まで世界中を悪で搦みて了ふて、善と云ふ道は通らぬやうに致して来た悪神の、頭を露はして、トコトン往生を為せて、又次に中の守護神を改信さして、下の守護神も続いて改信させねば神世には成らんぞよ。下の守護神が一番に何彼のことが解らんなれど、改信を致さねば、何うしても改信いたすやうに、喜ばして改信させねば、叱る計りでは改信の出来ぬ守護神も在るなり、何も解らん守護神の如何にも成らぬドウクヅは天地の規則通りに致して、埒宜く致さねば仕様はモウ無いぞよ。此の先で何時迄も改信の出来ぬ悪魔に永う掛りて居りて、岩戸開きの出来んやうな邪魔を致した守護神は、気の毒が今に出来致すぞよ。是丈け気を附けて知らして居るのに、改信の出来ん悪魔に成り切りて居る霊魂の宿りた肉体は、可哀想でも天地から定まりた規則通りの成敗に致すぞよ。もう何時までも解らんやうな守護神を助けて置いたら、世界が総損害に成りて、茲まで神が苦労いたした骨折が水の泡に成りて了ふぞよ。夫れでは永らく神が苦労いたした甲斐が無くなりて、天の大神様へ申訳が立たんなり、神は守護神人民を助けたいのは、胸に一杯であるから、もう一度気を附けて置くから、何事が出て来ても神に不足は申されまいぞよ。是からは悪神の守護神の好きな事も、悪き事も出来んやうに、天地から埒を附けるから、何処を恨む事も出来ず、自己の心を恨める事も出来んやうになるぞよ。天地の先祖の神は、善の守護神も悪の守護神も皆を喜ばしたいと思ふて、色々と永らく気を附けたなれど、ドウクヅの蛆虫同様の醜しき聞解の無いものは、一処へ集して固めて灰にして了ふから、悪いものに悩められて生命を取られるやうな肉体は、蛆虫同様、悪神の眷族と、も一つ下な豆狸といふやうな論にも杭にもかからんものに弄びに遇うて居るのは、肝腎の神の綱の切れて居る身魂であるぞよ。こんな守護神の宿りて居る肉体は取払ひに為て了ふて此世界の大掃除を初めるぞよ。 天地の先祖の苦労の解らん身魂は、蛆虫同様であるから、斯んな身魂は世の汚穢と成るから、神界の経綸通りに致して埒能く岩戸を開かな、後の立直しが中々大望であるから経綸通りにして見せるぞよ。さう致すと神は善一つなれど、何も解らん世界の人民が悪の守護神に引かされて、矢張り艮金神は悪神でありたと申すぞよ。細工は流々仕上が肝腎であるぞよ。天地の神の御恩も判らぬやうな、畜生より劣りた、名の附けやうの無いものは、末代の邪魔になるから、天地の規則通り規めるから、悪の守護神の中でも改信の出来たのは、今度の岩戸開きに焼払ひになる所を救けてやるぞよ。蛆虫の中からでも救かるべき身魂が在れば択出して善の方へ廻して遣るぞよ。 天の大神様が、いよいよ諸国の神に、命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が総大将となりて、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷属を使ふと、一旦は激しいから、可成は鎮まりて世界の守護を為せるなれど、昔の生粋の神国魂の活神の守護と成りたら、此中へ来て居る身魂に申附けてある事を、皆覚えて居るであらうが、一度申した事は其様に致すから、神の申す事を一度で聞く身魂でないと、充分の事は無いぞよ。もう神からは此の上人民に知らせる事は無いから、大峠が出て来てから、如何様でも改信をしますで赦して下されと何程申しても、赦す事は出来んぞよ。是程大望な昔からの仕組を今になりて変へる様な事を致して居りたら、二度目の天の岩戸開きの大きな経綸が成就致さんぞよ。根本から大洗濯を致して、末代世界の口舌が無いやうに致して、神界の害をする霊魂が、学で此世を暗闇にして了ふて、正味のない教やら、やりかたは、世の大本からの教でないから、途中から出来たものは、末代の世の遣り方には用ゐんぞよ。 今の上に立ちて居る守護神は科学ほど結構なものは無いと申して、渡りて来られん霊魂が、神を抱込みて、好き寸法に致して、此先をモ一つ悪を強くして、悪で末代建てて行かうとのエライ目的でありたなれど、もう悪の霊や学の世の終りと成りたぞよ。本の神世へ戻りて、天と地との先祖が末代の世を持たねば、他の霊魂では此世は続かん、口舌の絶えると云ふ事は無いぞよ。 大国常立尊が変性男子の霊魂の宿りて居る肉体を借りて、末代の世を受取りて、世の本の生粋の誠の生神ばかりが表に現はれて、天地の先祖の御手伝ひで、数は尠いなれど神力は御一柱の生神の御手伝ひが在り出しても、霊魂の神が何程沢山でも、本の生神の力には敵はんから、同じ様な事を申して細々と今に続いて知らして居るなれど、途中に出来た枝の神やら、渡りて来て居る修業なしの利己主義の遣方の守護神では、肝腎の事は解りは致さんぞよ。誠の事の解る大本へ出て来て、いろはからの勉強を致さねば、学は金を入れた丈の力は出るなれど、天から貰うた霊魂に附いた生来の力でないから、物質の世の間は結構でありたなれど、もう物質の世の終りとなりたから、今迄の学では二度目の天の岩戸開きには些少も間に合はんぞよ。 ○ 大正四年旧十二月二日 大国常立尊変性男子の霊魂が現はれて、三千世界の三段に別けて在る御魂を、夫れ夫れに立替へ立別けて、目鼻を附けて、先づ是で楽ぢやと申すやうに成るのは、大事業であるぞよ。二度目の天の岩戸開は、戦争と天災とで済むやうに思ふて、今の人民はエライ取違ひを致して居るなれど、戦争と天災とで人の心が直るのなら、埒能う出来るなれど、今度の天の岩戸開は、其んな容易い事でないぞよ。昔からたてかへは在りたなれど、臭い物に蓋をした様な事ばかりが仕て有りたので、根本からの動きの取れんたてかへは、致して無いから、これ迄のやりかたは、身魂は尚悪くなりて、総曇りに成りて居るから、今度は一番に、霊魂界の岩戸開であるから、何に付けても大望であるぞよ。是程曇り切りて居る、三千世界の身魂を水晶の世に致して、モウ此の后は、曇りの懸らんやうに、万古末代、世を持ちて行かねば成らんから、中々骨の折れる事であるぞよ。 天地の大神の思ひと、人民の思ひとは、大きな違ひであるから、何に付けても、今度の仕組は、人民では汲み取れんぞよ。人民一人を改信させるのにも、中々に骨が折れようがな。今度の二度目の天の岩戸開は、昔の初まりから出来て居る、霊魂の立替立直しで在るから、悪い霊魂を絶滅して了ふてするなら、容易く出来るなれど、悪の霊魂を善へ立替へて、此世一切の事の行り方を替へて、神法をかへて、新つの世の純粋の元の水晶魂にして了ふのであるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の大違ひであるから、毎度筆先で気を附けてあるぞよ。 あやべの大本の中には、世界の人民の心の通りが、皆に仕て見せてあるぞよ。世界の鏡の出る所であるから、世界に在る実地正末が、皆にさして見せて在るから、色々と心配をいたして居るなれど、何んなかがみも仕て見せて在るから、世界が良くなる程、この大本は善くなるぞよ。今ではモチツト、何事も思ふやうに無いのであるぞよ。 世界の事が、皆大本に写るから、夫れで、此中から行状を善く致さんと、世界の大本となる、尊い所であるから、何事も筆先通りに為て行かねばならんぞよ。是までの世のやりかたは、神の国では用ゐられん、邪神の極悪のやり方に、変りて了ふて居るのを、盲者聾者のやうな世界の人民は、知らず知らずに、させられて居りたのであるから、分らんのは尤もの事であるぞよ。誠の神が抱込まれて、神の精神が狂ふて居るのであるから、人民が悪う成るのは当然であるぞよ。 モ一つ此の先を悪を強く致して、この現状で世を建てて行くどいらい仕組をして居るなれど、モウ悪の霊の利かん時節が循環てきて、悪神の降服いたす世になりて来たから、吾の口から吾が企みて居りた事を、全然白状いたす世になりたぞよ。 世界の御魂が、九分まで悪に化りて、今まで世を持ち荒して来た守護神に、改信の出来かけが、何の様にも出来んから、神も堪忍袋を切らして、一作に致せば八九分の霊魂が悪く成るし、改信致さす暇が、モウ無いし、是程この世に大望な事は、昔から未だ無い、困難な二度目の天の岩戸開であるのに、何も分らぬ厄雑神に使はれて居ると、何も判らんやうになるぞよ。 まことの行も致さずに、天地の先祖を無視して、悪のやりかたで世界の頭になりて、此先を悪をモ一つ強く致して、まぜこぜで行りて行ことの初発の目的通りに此所まではとんとん拍子に面白い程上り来たなれど、此神国には深い経綸が世の元から致して在りて、九分九厘まで来たぞよ。 悪神の仕組も、九分九厘までは来たなれど、モウ輪止りとなりて、前へ行く事も出来ず、後へ戻る事も出来んのが、現今の事であるぞよ。仕放題の利己主義の行方で、末代の世を悪で建てて行くことの目的が、今までは面白い程のぼれたなれど。 神の国には、チツト外の御魂には判らん経綸が為てあるから、人も善、吾も善、上下揃ふて行かねば、国の奪り合ひを為るやうな、見苦敷性来では、世は永久は続かんぞよと申して、筆先に出して、気を附けてあるぞよ。 斯世は善と悪とが有りて、何方でこの世が立つかと言ふことを末代続かせねば成らん世であるから、何事も天地から為してあるのであるぞよ。吾が為て居るのなら、何事も思ふたやうに行けんならんのに、何うしても行けんのが、神から皆為せられて居る証拠であるぞよ。善の道は、苦労が永いなれど、此の先は末代の世を続かすので中々念に念が入るぞよ。 善の行は永いなれど、善の方には、現界幽界に何一つ知らん事の無い様に、世の元から行が為してあるから、此先は、悪の仕放題に行無しに出て来た守護神が辛くなるぞよ。如何な事も為ておくと、何事も堪れるなれど、行無しの守護神に使はれて居ると、世の終ひの初まりの御用は勤まらんぞよ。 善と悪との変り目であるから、悪の守護神はヂリヂリ悶える様になるから、一日も早く改信致して、善の道に立帰らねば、モウこれからは貧乏動きも為さんぞよ。善の守護神は数は尠いなれど、何んな行も為してあるから、サア今と云ふ様に成りて来た折には、何程烈しきことの中でも、気楽に神界の御用が出来るから、一厘の御手伝で、神の本には、肝腎の時に間に合ふ守護神が拵へてありて、世界の止めを刺すのであるぞよ。神の国は小さうても、大きな国にも負は致さんぞよ。神国は世界から見れば、小さい国であれど、天と地との、神力の強い本の先祖の神が、三千世界へ天晴と現はれて、御加勢あるから、数は少うても、正味の御魂ばかりで、何んな事でも致すぞよ。何程人数が多くても、何の役にも立たぬ蛆虫計りで、善い事は一つも能う為ずに、邪魔計りを致すから、世界の物事が遅くなりて、世界中の困難であるが、未だ気の附く守護神が無い故に、何時までも筆先で知らすのであるぞよ。 天地の御恩も知らずに、利己主義で茲まで昇りつめて来た悪の守護神に、改信の為せかけが出来んので、何事も遅くなりて、総損害に、上から下までの難渋となるから、明治廿五年から、今ぢや早ぢやと申して、引掛戻しに致して、気附く様に知らしても、元からの思ひが大間違で在るから、世界の岩戸開の九分九厘と成りた所で、ジリジリ舞ふ事が見え透いて居るから、気を附けるぞよ。 天地の先祖の、思ひの判りて居る守護神と人民は、今に無いぞよ。是程暗がりの世の中へ、世の元の正真の水火神が揃ふて表はれても、恐い計りで、腰の抜けるものやら、顎が外れて早速に物も能う言はん様な守護神や、人民が沢山出来る許りで、神の目からは間に合ひさうに無いぞよ。 判りた御魂の宿りて居る肉体でありたら、何んな神徳でも授けるから、此神徳を受ける御魂に使はれて居りたら、一荷に持てん程、神徳を渡すから、其貰ふた神徳に光りを出して呉れる人民で無いと、持切りにしては天地へ申訳が無いぞよ。 ○ 大正五年旧十一月八日 あまり此世に大きな運否があるから、口舌が絶えんから、世界中を桝掛を引いて、世界の大本を創造た、天と地との先祖の誠で、万古末代善一つの道で世を治めて、口舌の無い様に致すぞよ。天は至仁至愛真神の神の王なり、地の世界は根本の国常立尊の守護で、神国の、万古末代動かぬ神の道で治めるぞよ。吾好しの行り方では、此世は何時までも立たんぞよ。この世界は一つの神で治めん事には、人民では治まりは致さんぞよ。悪神の仕組は世が段々と乱れる計りで、人民は日に増に、難渋を致すものが殖える許りで、誠の神からは目を明けて見て居られんから、天からは御三体の大神様なり、地は国常立尊の守護で、竜宮様の御加勢で、元の昔の神の経綸通りの松の世に立替致して、世界中を助けるのであるから、中々骨が折れるぞよ。モウ時節が近よりたぞよ。用意をなされよ。脚下から鳥が立つぞよ。天地の先祖の神々を粗略に致して、神は此世に無い同様にして東北へ押込めて置いて、世界の大将に成りて、悪の血統と眷属の何も知らぬ悪魔を使ふて末代世を立て様と思ふて、エライ経綸をして居れど、世の本からの天地を創らへた、其儘で肉体の続いてある、煮ても焼いても引裂いても、ビクともならん生神が、天からと地からと両鏡で、世界の事を帳面に附け止めてある同様に、判りて居るから、モウ神界には動かぬ仕組が致してあるから、世界の人民は一人なりと、一日も早く大本へ参りて、神の御用を致して、世界中を神国に致す差添へに成りて下されよ。上下揃ふて神国の世に世界中を平均すぞよ。 今の世界の人民は、現世に神は要らんものに致して、神を下に見降し、人民よりエライものは無き様に思ふて居るが見て御座れよ、岩戸開の真最中に成りて来ると、智慧でも学でも、金銀を何程積みて居りても、今度は神にすがりて、誠の神力でないと大峠が越せんぞよ。今度は神が此世に有るか無いかを、解けて見せて遣るから、悪に覆りて居る身魂でも善へ立ち返らな、神の造りた陸地の上には、居れん様になるから、改信を致して身魂を能く研いて居らんと、何彼の時節が迫りて来たから、万古末代取戻しの成らん事が出来致すから、今に続いてクドウ気を附けるのであるぞよ。是丈けに気を附けて居るのに聞かずして、吾と吾身を苦しめて最後で改信を致してもモウ遅いぞよ。厭な苦しい根の国底の国へ落されるから、さう成りてから地団太踏みてジリジリ悶えても、そんなら赦してやると云ふ事は出来んから、十分に落度の無いやうに、神がいやになりても、人民を助けたい一心であるから、何と云はれても今に気を附けるぞよ。 これからは筆先通りが、世界に現はれて来るから、心と口と行ひと三つ揃ふた誠でないと、今度神から持たす荷物は重いから、高天原から貰ふた荷が持てん様な事では、余所から人が沢山出て来だすから、其時に恥かしう無いやうに、腹帯を確り締めて居らんと、肝腎の宝を取外す事が出来るぞよ。今度は此大本に立寄る人民に、神からの重荷を持たすから、各々に身魂を十分に研いて置いて下されよ。ドンナ神徳でも渡して、世界の鑑に成る様に力を附けてやるぞよ。改信と申すのは何事に由らず、人間心を捨てて了ふて、知識や学を便りに致さず、神の申す事を一つも疑はずに生れ赤子の様になりて、神の教を守る事であるぞよ。霊魂を研くと申すのは、天から授けて貰ふた元の霊魂の命令に従ふて、肉体の心を捨て、本心に立返りて、神の申す事を何一つ背かん様に致すのであるぞよ。学や知識や金を力に致す内は、誠の霊魂は研けて居らんぞよ。 この天の岩戸開を致すには、学でも、悧巧でも、知識でも、金銀でも、法律でも、行かんぞよ。兵隊計りの力でも行かず、今の政治の行り方では、猶行かず、今迄の色々の宗教でも猶行かず、今の学校の教でも行かず、根本の天の岩戸開であるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の相違であるから、世界の人民が誠にいたさんから神は骨が折れるのであるぞよ。天地の間の只の一輪咲いた梅の花の経綸で、万古末代世を続かすのであるから、人民には判らんのも尤もの事であるぞよ。 九つ花が咲きかけたぞよ。九つ花が十曜に成りて咲く時は、万古末代しほれぬ神国の誠の花であるぞよ。心の善きもの、神の御役に立てて、末代神に祭りて此世の守護神といたすぞよ。此世初まりてから、前にも後にも末代に一度より無い、大謨な天の岩戸開であるから、一つなりとも神の御用を勤めたら、勤め徳であるぞよ。それも其人の心次第であるぞよ。神は無理に引張りは致さんぞよ。 是だけ蔓りた悪の世を治めて、善一つの神世に致すのであるから、此の変り目に辛い身魂が多人数あるから改信々々と一点張りに申して、知らしたのであるぞよ。早い改信は結構なれど、遅い改信は苦しみが永い許りで、何にも間に合はん事になるぞよ。艮金神で仕組致して、国常立尊と現はれて、善一つの道へ立替るのであるから、経綸通りが世界から出て来だすと、物事が早くなるから、身魂を磨いて居らんと、結構な事が出て来ても、錦の旗の模様が、判らんやうな事では成らんぞよ。今迄苦労いたした事が、水の泡になりてはつまらんから、大本の辛い行を勇んでいたす人民でありたら、神が何程でも神力を授けるから、ドウゾ取違ひをせぬやう慢心の出ぬ様に心得て居りて下されよ。世界の神、仏、耶、人民の為に、神が永らく苦労を致して居るぞよ。 (大正一二・四・二七旧三・一二於竜宮館北村隆光再録) |
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霊界物語 | 61_子_讃美歌1 | 20 神郷 | 第二〇章神郷〔一五七〇〕 第一九二 一 皇神の早く来れと召し玉ふ 愛の御声を恐れ逃げ行く。 二 永久に栄え目出度き故郷に 生かさむとする神ぞ尊き。 三 現世の業みな終へて故郷に 早く帰れと召し玉ふ主。 四 八衢に行き悩みたる旅人の 愛の御声に耳をすまさむ。 五 皇神の厳の御門に入るならば 休ませ玉はむ重荷おろして。 六 御恵の充ち溢れたる吾神は 罪ある魂も招き玉ひぬ。 七 罪科を身に負ひしまま故郷に 帰る者さへ恵ませ玉ふ。 八 我神の恵の奥は限りなし 善と悪とにとらはれ玉はず。 九 我神の永久に在す御殿こそ いとも楽しき珍の御舎。 一〇 とく来よと御門を開き待ち玉ふ 瑞の御魂の御前にすがれ。 一一 いと清くやさしき御声聞く毎に 心の悩みうち忘れける。 第一九三 一 麻柱の命の道を疑ふな 愛の御神の教なりせば。 二 とく来れ罪も穢れも打捨てて 生命を得よと招かせ玉ふ。 三 常世行く暗の中にも我神の 深き恵は輝きわたる。 四 八千座の置戸を負ひし我神の 愛と力をたのめ罪人。 五 我神を措いて誰をか頼まむや 罪を償ふ神しなければ。 六 神の子と生れ玉ひし瑞御魂 岐美より外に世に力なし。 第一九四 一 疾く来よと玉の御手をばさし伸べて 暗路に迷ふ魂を招ぎます。 二 招かれて吾故郷に帰る時 近き審判を見守らせ玉ふ。 三 八衢の厳の審判を和めむと 誠の道を示し玉ひぬ。 四 身も魂も主に任して進み行け 醜の嵐に遭ふ例なし。 第一九五 一 我前に早く憩へと宣らす声 疲れし身魂の耳にこそ入れ。 二 数ならぬ吾身魂をも憐みて 守らせ玉ふ主ぞ畏し。 三 八束髯生血と共に抜かれたる 瑞の御魂は天地の岐美。 四 八洲河の誓約になれる真清水は 罪てふ罪を洗ひ清むる。 五 由良川の流に立ちて溺れ来る 世人の罪を洗ひます主。 六 天地はよし崩るるも我主の 御側は安し厳の御守護。 第一九六 一 急ぎて来れ諸人よ五六七の御代は近づきぬ。 二 暗と悩みに取囲まれて亡びぬ前に早来れ。 三 天津御空は掻き曇り氷雨は降りて風の音 いと凄じく襲ひ来る神は吾等の力なり。 四 死の波高く打寄せてやがて焔は降り来る 暫しの間に恐ろしや背きし国は亡び行く 神の使の導くままに身魂任せて走り行け。 五 後ふり返り形ある宝に心迷はさず 急ぎに急げよ諸人よ此世の亡ぶる時来れば。 第一九七 一 海の果て山の奥にも吾魂の 休らひぬべき花園はなし。 二 厳御魂瑞の御魂の現はれし 聖地ぞ千代の住所なりけり。 三 浮き沈みしげき此世に何ものも 頼みとすべきものはあらじな。 四 只神にすがりて誠尽すより 吾身を救ふ力だになし。 五 死するとも魂は必ず霊界に ありて御神と共に栄行く。 六 空蝉の身はよし永く保つとも 霊魂の生命なき人もあり。 七 年老いず死る事なき神の国は 永遠の生命の住所なりけり。 八 罪の身は朝の露と消ゆるとも 魂は残りて永遠に苦しむ。 九 永久の生命も愛も我神の 抱かせ玉ふ力なりけり。 第一九八 一 明日の日も知れぬ果敢なき人の身は 急ぎて来れ神の御前に。 二 明日の日を思ひまはせば安々と 世を渡るべき心起らじ。 三 束の間も死の魔はあたり附け狙ふ とくとく来れ神の教に。 四 大神の御許に早く立帰れ 露の生命の消え失せぬ間に。 五 我主の恵幸ひはや受けよ 思はぬ時に亡び来らむ。 第一九九 一 門の戸を打叩きつつ我神は 心静かに訪ひ玉ふ。 二 幾度も表に立ちて御栄えの 珍の御声を放ち玉ひぬ。 三 仇さへも生かさむ為に朝夕に 門に立たせる主ぞ尊き。 四 吾魂の力ともなり友となる 命の主を慕ひまつれよ。 五 いろいろと心の空を包みたる 迷ひの雲を晴らす我主。 六 許々多久の罪の寝所を掃き清め 珍の御園と開かせ玉ふ。 七 身も魂も命の主に捧げつつ 慕ふ心は生命なりけり。 八 永久の生命の基とあれませし 清めの主を夢な忘れそ。 第二〇〇 一 久方の天津使の讃め称ふ 栄光の主を寿ぎまつれ。 二 暗を晴らし朝日の如く輝ける 光りの主の御後慕へよ。 三 吾罪も歎きも払ふ瑞御魂 臨ませ玉へと祈れ信徒。 四 八洲河の誓約の水は吾罪を 祓ひ清むる瑞御魂なる。 五 千万の罪を一つに引受けて さすらひ玉ふ神ぞ尊し。 第二〇一 一 思ひまはせば恐ろしや厳の御魂や瑞御魂 命の神の御許を遠く離れて踏み迷ひ あとなき夢の後を追ひ空しき道を楽しみし 今日の吾身ぞ悲しけれ大橋越えてまだ先へ 行衛分らぬ後戻り皆慢心の罪ぞかし 赦させ玉へ惟神御前に祈り奉る。 二 珍の聖地を後にして習はぬ業の牧場守 朝夕の起臥によくふり返り世の中を 心鎮めて眺むれば人の情の薄衣 身に沁む浮世の荒風を凌ぐ術なき苦しさよ 赦させ玉へ惟神悔い改めて大前に 慎み敬ひ願ぎ奉る。 三 綾の聖地を打捨てて後白雲の国のはて さまよひ巡りて村肝の心を痛め魂曇り 破れし袂におく露も神の恵みを偲ばせて 無明の闇も明けぬべし一日も早く故郷の 綾の聖地に安らかにかへさせ玉へと天地に 平伏し祈り奉れあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 (大正一二・五・八旧三・二三北村隆光録) |
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霊界物語 | 62_丑_讃美歌2 | 07 神降 | 第七章神降〔一五八二〕 第三一二(エルサレムは至聖地の意なり) 一 浮世の闇にさまよひて身も魂も疲れたる 悲しき人よとく来れ救ひの神は日の下の 神のよさしのエルサレム自転倒島の聖場に 雨の如くに天降りませり。 二 高天原の神国の厳の住居はいと広し 常世の春の楽みは花咲き匂ひ鳥歌ひ 玉の小琴は時じくに床しく響き天人の 清き御歌の声すなり。 三 類も知らぬ天津国厳の御園は現世に 見し事もなき花薫り栄光歓喜充ち溢れ 生命の清水は永久に泉の如く湧き立てり あゝ美はしき神の国あゝたのもしき神の園。 第三一三 一 故郷の高天原を眺むれば 憂愁に曇る目も晴れ渡る。 二 限りなき醜の仇ものよく防ぎ 飛び来る火矢も怯ぢなく立たむ。 三 わが悩み波とも打たば打てよかし 恵の真帆をかけて渡らむ。 四 わが憂愁雨とも降らば降れよかし 恵の傘を開き進まむ。 五 故郷の清き家路に帰り行く 身は恐れむや百の艱難を。 六 疲れたるわが魂を永久に 休むる神国に吹く嵐なし。 第三一四 一 何事も神に任せて身の幸を 賜へかしとは祈りまつらじ。 二 わが負へる罪の重荷を取りてよと 祈らずとても守らせたまへる。 三 さりながら祈りにまさる宝なし 夢な迷ひそ祈りの道を。 四 我神は麻柱まつる魂を 花咲く道に進ませ玉ふ。 五 紅の花咲き薫る鬼薊 手折らむとする風流男もなし。 六 鬼薊花咲かずともわが教主は 床の飾りと愛でさせ玉ふ。 七 皇神の恵の露は隈もなく 百の草木を潤はせ玉ふ。 八 皇神の珍の光に導きて 暗き心を照させ玉へ。 九 足曳の山にも野にも皇神の 恵の露は濺ぎ充ちぬる。 一〇 夜の初めさやかに知らす曙の星の 清き姿を仰ぐ嬉しさ。 一一 現世は暮れやすけれど天津国は 空澄み渡る東雲に似たり。 一二 静かなる朝の景色眺むれば 神の御国の偲ばるるかな。 第三一五 一 神によりしわが言の葉も為す業も 皆喜びのおとづれとなる。 二 襲ひ来る醜の仇草薙ぎ払ひ 神の御前に勝鬨あげむ。 三 許々多久の妬み汚れを打棄てて 誠の道に進み入りてむ。 四 神の代の現れ来る日を待たむ 厳の御言葉力となして。 第三一六 一 麻柱の救ひの道を遠近に 神に習ひて開かせたまへ。 二 許々多久の罪や穢れに沈みたる 世人を救ふ瑞の大神。 三 たのもしき家に波風起すものは 皆悉く罪の鬼なり。 四 いと猛く強き悪魔に勝鬨を あげて進まむ神のまにまに。 五 御恵の鎧甲を身につけて 曲言向くる神の御使。 六 永久に荒び騒ぎし戦ひの 日も暮れ果てて朝日輝よふ。 七 矢叫びの声は御歌と変りけり 瑞の御霊の清き御名にて。 第三一七 一 試錬に勝つ度毎に強くならむ 恵の鎧身にまとひつつ。 二 攻め来る仇を雄々しく防ぎつつ 平和の国に進ませ玉へ。 三 御恵をたえず求むる信徒の 心に宿る厳の大神。 四 ねぢけたる心の友に交らで 神の教を友とし敬へ。 五 真心の矛たづさへて道の為 進む行く手にさやる枉なし。 六 皇神に習ふ武士一度は 倒れ伏すともやがて起たなむ。 七 神軍に従ひ勇み戦へば 木の葉の如く仇は散り行く。 第三一八 一 春の花よ蝶よと愛でしいとし子を 後に残して上る苦しさ。 二 たのみなき浮世の旅にさまよひて 花散る暮に会ふは悲しき。 三 心ゆくばかり御前に平伏して わが子の為に幸を祈りぬ。 四 大空をひた翔り行く雁に わが子の便り聞かまほしかな。 五 大空の天津御国に上りたる 子は如何にぞと歎き悲しむ。 六 皇神の御使と見しいとし子の 今は夜なき国に上りぬ。 七 現世の父と母とを後にして 弥永久の親に会ひけむ。 八 雪の朝雨の夕べに思ふかな 逝きしわが子の魂や如何にと。 第三一九 一 夜深き獄舎に眠る瑞御霊を 照し玉へる厳の大神。 二 万代の齢を保つ御使に 鉄の門も安く開けり。 三 鉄の垣根の内に鬼はなし 外にさまよふ人鬼多きも。 四 欲の川に溺れ苦しむ友垣を 瑞の御国へ上らせ玉へ。 五 恐ろしき獄舎の夢も覚めにけり 日出の神の光仰ぎて。 第三二〇 一 誰も彼も千代の栄光を望まざる されど波風荒き世なれば。 二 足はなえ手は折るるとも皇神の めぐみの光わが身を守らす。 三 永久の誠の親にまみゆべき 五六七の御世は近づきにけり。 四 世の中にいとも弱きは人にこそ 神にすがりて神力を得よ。 五 わが弱き心をつなぐ鎖まで 断ち切らむとする枉忌々しかり。 第三二一 一 焦げやすき黄泉を走る火の車 乗り行く人の声悲しかり。 二 御教への舟に棹し罪の海に 溺るる人を救ふ御使。 三 荒波に溺るる友の声聞けば 投げむと思ふ救ひの綱を。 四 罪の海に浮きつ沈みつ叫ぶ友を 救ふは誠の人なりにけり。 五 常暗の夜は来るとも御光の 充ち足らひたる神は助くる。 六 厳御霊投げさせ玉ふ御綱こそ 生命をつなぐ力なりけり。 (大正一二・五・一一旧三・二六於竜宮館隆光録) |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治32年旧6月(日不明) | 明治三十二年旧六月 上田喜三郎殿よう大望な御用を仕て下さりたぞよ。其方が綾部へ参りたのは、神の仕組が致して在る事、何事が出来るのも皆天で調査が致して在る事で在るぞよ。九曜の紋を一ツ加増したのは都合の有る事で在るぞよ。今は言はれぬ事、成就致したら御礼に結構を致すぞよ。艮の金神の初発の世話を致して下さるのは、誠の人が出て来ねば納まらぬと申して在ろうがな。此の人が誠の世話を致して下さるのじゃぞよ。艮の金神の世話を致して下さりた御ン方は、何なりと一ツの功能を命て見せるぞよ。何なりと万劫末代残る事を致さすぞよ。 時節が参りて、煎豆にも花が咲きて、金光大神殿の御ン蔭で表へ出して貰ひながら、チョットの処が成就致して居らんから、表に成りて居らんから、因縁ある出口直に苦労を命して出して貰はな、此の事は成就致さんのじゃぞよ。夫れに付いては上田喜三郎殿、深い因縁ありて、上田殿に大望な御用を致さして………。此の神業扶翼は、神は皆一ツで在るから、稲荷でも何でもチットも構はぬぞよ。この神業が成就致したら、諸国の神の御ン大将に成るので在るから………。此の世の立替と致して新まりての世の元の御ン世話で在るから、皆元の御世話掛りよ、仲良く和合致して御用を聞いて下されよ。何処へ行きても世界に外では判らん事の判る大本で在るから、仲良く致して下さらぬと神の威勢が出んぞよ。今度御役に立てるのは、水晶魂の撰りぬき斗りに神が憑りて参るぞよ。人は調べて在るぞよ。国会開きは人民が何時までかかりても、神が開かな開けんぞよ。開いて見せう。神では、月も日限もチンと致して在るぞよ。根に葉の在るは雪舌草、上下揃ふて花が咲く世に成りたぞよ。モウ一ト戦ひで世を開くぞよ。神にすがりたら日本は不思議な助けを致すぞよ。 出口直、上田喜三郎(教主旧名)どのと二人を世の調査改善を致さすぞよ。艮の金神万の神が、出口直上田喜三郎に憑りて参るぞよ。此の直は病気癒して、御供物を貰ふて、養ふて行く直で無いぞよ。此の事が判て来たら、世界の病ひが治癒るので在るぞよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 明治33年旧8月6日 | 明治三十三年旧八月六日 艮の金神の筆先、末代名の残る筆先であるぞよ。昔からの因縁、化けて世界へ聞して与るが、是れ丈日本の国が悪く為るのを、誰一人気の附くものが無いやうな事に成るのは、外国人に自由に服りて居るからで在るぞよ。日本の国が悪く化りて、神の住居が出来ぬやうな畜類の世、強いものが覇張りて、我れさえ好けりや親兄弟とでも公事を致すやうな、悪道な世に成りて居るが、此んな世で万劫末代続きは致さんが、此れと申すのも此の世を持ちて行かねば成らぬ神を、押込めて了ふて居るからであるぞよ。神が蔭から見て居れば、内地雑居と云ふやうな許可を制定して、神が苦労を致してこしらへた国を、畜生の自由に為られて、尻の毛まで引き貫かれて、行きも戻りも成らぬ事が出来るが、此難渋が出て来る事が判りて居るか。先の戦争も今度の戦ひも、日本の人民の力で何も出来たやうに思ふて居るのか。コレが判らんやうな事では、神が許さんぞよ。先戦も勝ち今度も勝ちて、エライ御手柄で結構で在るが、ドウして此の小さい国が人民の力で勝ちたと思ふて居るか。何程幸運が良くても神が守護な、此の小さい国は、人民同志で外国と戦ひ致しても一コロじゃ。ソレが判らんようでは、是れからの戦ひは、一旦は日本の国が危ぶない所迄行く程きつく成るぞよ。神の手伝ひが判らんと、日本の兵は気の毒が在るぞよ。戦争中には変な人が手伝ふて御座ろうがな。人の力ばかりと思ふて居ると、目覚しの為の戦、ドコへ飛沫が致さうも知れんぞよ。人民は今さえ好けりゃ、何時迄も平和が続く様に思ふて、先途の事は何も見えぬ、世界は今治まった様でも、仕組が致して在る事で在るから、ナンドキ何が起ろうやら判らんから、神界の消息の判りた御方から、其の用意を致して下されよ。先途の見え透く、申した事の違はん艮の金神、世界救助の為に気を附けるぞよ。屠裂れたとて、タタキ潰されたとて、微躯とも致さん神、世界から何と申しても、一寸も応へは致さんぞよ。今は世の変り目で、善悪の境界の所で在るから、此の御用は誠に辛い事で在れども、変らぬ心で神にすがりて居りて下さりたら、誠の人は判るぞよ。今では世界が曇りて居るから、何結構な事を申して聞かしても、やう判けんから、出口直に筆先に書かせ置くから、前途に成りたら違ひ無く出て来るので在るぞよ。今の人民は我欲斗りで目の前の欲が強いから、思う事が皆罪ばかり、世界の事物が一ツも成就せずに、何時に成りても乱れ勝ちじゃぞよ。皆天地へのオソレで斯う成るので在るぞよ。天地の神の思ひが判らんと、世界に誠の事が出て来んから、夫れで世の立替の御用は、神の苦労が判る様に成らんと、誠の神の用には使はれんぞよ。教祖教主の気苦労を助[*底本では「たす」ではなく「す」]ける位ひでないと、誠の神徳は頂けんぞよ。神は心丈けの報酬より与らんぞよ。教親は喉から血の出る程気苦労を致して居るが、其の心も判らいで、まだ其の上に教親を悪く申してでも、自分さえ好れば良いと云ふ様な心では、ナカナカ此の神は腹の中まで見貫かぬと、誠の御用は為せんぞよ。一寸とした試金石に遭ふて信仰を止める様な浅い心の器は、到底力に成らんから、ソレじゃと申して今度は力に成る身魂を揃へねば成らんから、神も中々気苦労を致すぞよ。此の気苦労の判りたものが誠の力に成るのじゃぞよ。余り大望な事を用命せるので、出口、上田の胸の中は辛いぞよ。化かして御用を命せて居れば、教親を見下げて、教親に不調法がありたら、我が大将に成りたいと云ふ様な精神の者が在るが、ソンナ者は神が夫れだけの応酬を命すぞよ。教親を敬ふ心なれば結構が出来るし、初発から鏡が出して在るが、いづれは善し悪しの身魂を整理ぞよ。皆心得て下され、筆先に別けて見せるぞよ。誰一人失意逆境には落さぬ神、信心致せば夫れ夫れ霊徳丈けの天慶は与るぞよ。何と申すも、世の立替と云ふ大きな事であるから、取次役員にも判らん様な事であるから、皆御苦労で在れど、実地の神が何も知らすから、御安心して下されよ。 |
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大本神諭 | 神諭一覧 | 大正5年旧11月8日 | 大正五年旧十一月八日 あまり此世に大きな運否が在るから、何方の国にも口舌が絶えんのであるから、世界中を枡掛を引いて、世界の大本を創造た、天と地との先祖の誠の王で、万古末代善一つの神国の王で、世界を治めて、口舌の無い様に致すぞよ。天は至仁至愛真神の神の王なり、地の世界は根本の大国常立尊の守護で、日本の神国の万古末代動かぬ神の王で治めるぞよ。我好しの行り方では、此世は何時までも立たんぞよ。この世界は一つの神の王で治めん事には人民の王では治まりは致さんぞよ。日本の王は神の王であるぞよ。外国の王は人民の王であるから、世が段々と乱れる斗りで、人民は日に増しに難渋を致すものが殖える斗りで、誠の神からは目を明けて見て居れんから、天からは御三体の大神様なり、地は国常立尊の守護で、竜宮様の御加勢で、元の昔の神の経綸通りの、松の世に立替へ致して、世界中を助けるのであるから、中々骨が折れるぞよ。モウ時節が近よりたぞよ、用意をなされよ。脚下から鳥が立つぞよ。天地の先祖を人民の王より一段下に致して、神は此世に無い同様にして、東北へ押込めて、外国に上りて居る悪霊が、世界の大将に成りて、悪の血統と眷属の何にも知らぬ悪魔を使うて、末代世を立やうと思ふてエライ経綸をして居れど、世の本からの天地を創らえた、其儘で肉体の続いてある、煮ても焼いても引裂いてもビクともならん生神が、天からと地からと両鏡で、世界の事を帳面に付け止めてある同様に判りて居るから、モウ日本の国には動かぬ仕組が致してあるから、日本の人民よ一人なりと、一日も早く大本へ参りて、神の御用と国の御用を致して、世界中を神国に致す差添へになりて下されよ。今迄の世は王は十善、神は九善と申したが、神も十善王も十善の世に致して、上下揃ふて神国の世に世界中を平均すぞよ。 今の世界の人民は、現世に神は要んものに致して、神を下たに見降して、人民よりエライものは無き様に思ふて居るが、見て御座れよ、立替の真最中に成りて来ると、智慧でも学でも金銀を何程積みて居りても、今度は神にすがりて、誠の神力で無いと大峠が越せんぞよ。今度は神が此世に有るか無いかを、解けて見せて遣るから、悪に覆りて居る身魂でも善へ立返らな、此神の造りた陸地の上には、居れんやうになるから、改心を致して身魂を能く研いて居らんと、何彼の時節が迫りて来たから、万古末代取り戻しの成らん事が出来致すから、今に続いてクドウ気を付けるのであるぞよ。是丈けに気を付て居るのに聞かずして、我と我身が苦しみて、最後で改心を致してもモウ遅いぞよ。厭な苦しい根の国底の国へ落されるから、さう成りてから地団太踏みて、ヂリヂリ悶へても、そんなら赦してやると云ふ事は出来んから、十分に落度の無いやうに、神がいやに成りても、人民を助けたい一心であるから、何と云はれても今に気を付けるぞよ。 これからは、筆先通りが世界に現はれて来るから、心と口と行と三つ揃ふた誠でないと、今度神から持たす荷物は重いから、高天原から貰ふた荷が持てんやうな事では、余所から人が沢山出て来だすから、其時に恥かしう無いやうに、腹帯を確かり締て居らんと、肝腎の宝の山を取外す事が出来るぞよ。今度はこの大本に立寄る人民に、神からの重荷を持たすから、各自に身魂を十分に研いて置いて下されよ。ドンナ神徳でも渡して、世界の鏡に成る様に力を付けてやるぞよ。改心と申すのは、何事に由らず人間心を捨て了ふて、智慧や学を便りに致さず神の申す事を一つも疑がはずに、生れ児の様になりて、神の教を守る事であるぞよ。霊魂を研くと申すのは、天から授けて貰ふた、大元の霊魂の命令に従ふて、肉体の心を捨て了ふて、本心に立返りて、神の申す事を何一つ背かん様に致すのであるぞよ。学や智慧や仏を力に致す中は、誠の霊魂は研けて居らんぞよ。 この世の立替致すには、学でも、利巧でも、智慧でも、金銀でも、法律でも、行かんぞよ。兵隊斗りの力でも行かず、今の政治の行り方でば猶行かず、仏や外国の神の教でも猶行かず、今の学校の教でも行かず、根本の世の立替であるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の相違であるから、世界の人民が誠に致さぬから、神は骨が折れるのであるぞよ。日本の国に只の一輪咲いた梅の花の経綸で、万古末代世を続かすのであるから、人民には判らんのも最もの事であるぞよ。 九つ花が咲きかけたぞよ。九重の花が十重に成りて咲く時は、万古末代しほれぬ神国の誠の花であるぞよ。日本魂の実りの致す時節が来たぞよ。心の善きもの神の御役に立て、末代神に祭りて此世の守護神といたすぞよ。此世初りてから、前にも後にも末代に一度より無い、大望な世の立替、立直しであるから、一つなりとも神の御用を勤めたら、勤め徳であるぞよ。それも其人の心であるぞよ。神は無理に引張りはいたさんぞよ。是だけ蔓こりた悪の世を平らげて、善一つの神世に致すのであるから、此の変り目に辛い身魂が多人数あるから、改心改心と一点張りに申して、知らしたのであるぞよ。早い改心は結構なれど、遅い改心は苦しみが永い斗りで、何にも間に合はん事になるぞよ。艮金神で仕組致して、国常立尊と現はれて、善一つの道へ立替るので在るから、経綸どうりが世界から出て来だすと、物事が速くなるから、身魂を磨いて居らんと、結構な事が出て来ても、錦の旗の模様が、判らんやうな事では成らんぞよ。今迄苦労いたした事が、水の泡になりては約らんから、大本の辛い行を勇んでいたす人民でありたら、神が何程でも神力を授けるから、ドウゾ取違いをせぬやう慢心の出ぬ様に心得て居りて下されよ。世界の神、仏事、人民の為に、神が永らく苦労をいたして居るぞよ。 |