神にすがり
居りたればこそぢゃと
云ふとき、
眼の
前に
来てゐるぞ。まだ
疑うてゐる
臣民人民気の
毒ぢゃ、
我恨むより
方法ないぞ。
神の
致すこと、
人民の
致すこと、
神人共に
致すこと、それぞれに
間違ひない
様に
心配りなされよ。
慢心鼻ポキンぞ、
神示よく
読んで
居らんと、みるみる
変って、
人民心ではどうにもならん、
見当取れん
事になるのざぞ、
神示はじめからよく
読み
直して
下されよ、
読みかた
足らんぞ、
天の
神も
地の
神もなきものにいたして、
好き
勝手な
世に
致して、
偽者の
天の
神、
地の
神つくりてわれがよけらよいと
申して、
我よしの
世にしてしまふてゐた
事少しは
判って
来たであらうがな。
愈々のまことの
先祖の、
世の
元からの
生神、
生き
通しの
神々様、
雨の
神、
風の
神、
岩の
神、
荒の
神、
地震の
神ぞ、スクリと
現れなさりて、
生き
通しの
荒神様引連れて
御活動に
移ったのであるから、もうちともまたれん
事になったぞ、
神示に
出したら
直ぐに
出て
来るぞ、
終りの
始の
神示ざぞ、
夢々おろそかするでないぞ、キの
神示ぢゃ、くどい
様なれどあまり
見せるでないぞ。
二月十六日、ひつぐの

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No.: 358