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ひふみ神示 22_青葉の巻 第12帖 御神示通りにすれば、神の云ふ事聞けば、神が守るから人民の目からは危ない様に見へるなれど、やがては結構になるのざぞ、疑ふから途中からガラリと変るのざぞ。折角縁ありて来た人民ぢゃ、神はおかげやりたくてうづうづざぞ、手を出せばすぐとれるのに何故手を出さんのぢゃ、大き器持ちて来んのぢゃ。神示聞きて居ると身魂太るぞ、身魂磨けるぞ。下に居て働けよ、下で土台となれよ。此処は始めて来た人には見当とれん様になってゐるのぢゃ、人の悪口此の方聞きとうないぞ、まして神の悪口。八月四日、ひつ九の
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(493)
ひふみ神示 23_海の巻 第1帖 海の巻書きしらすぞ、五つに咲いた桜花、五つに咲いた梅の花、皆始めは結構であったが段々と時経るに従って役員が集まってワヤにいたしたのぢゃ、気の毒ぞ、神の名汚しておるぞ。大日月と現はれたら、何かの事キビシクなって来て、建替の守護と建直しの守護に廻るから、その覚悟よいか。間違った心で信心すれば、信心せんより、も一つキビシクえらい事がみちはじめみつようになるぞ。今に此処の悪口申してふれ歩く人出て来るぞ、悪口云われだしたら結構近づいたのざと申してあろ、悪口は悪の白旗ざぞ。飛んで来て上にとまってゐる小鳥、風吹く度にびくびくぢゃ、大嵐来ん前にねぐらに帰って下されよ、大嵐目の前。此処は先づ苦労、その苦労に勝ちたら、己に克ちたら魂磨けるぞ、段々と楽になって嬉し嬉しとなるぞ、結構な仕組、知らしたら邪魔入るなり、知らさんので判らんなり、心でとりてくれよ、世界の民の会なせばなる、なさねば後悔ぞ。八月十三日、一二
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ひふみ神示 24_黄金の巻 第19帖 己の行出来て居らんと、人の悪口云はなならんことになるぞ。己の心日々夜々改めねばならん。心とは身と心のことぞ。元の活神が直接の、直々の守護を致す時来たぞ。気つけおくぞ。国々、所々、村々、家々、皆何なりとしてめぐりだけの借銭済し致しくれよ。大峠ぞ。早合点するなよ。小さい容れもの間に合はん。かのととり。一二十
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(1075)
霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 23 竜世姫の奇智 第二三章竜世姫の奇智〔七三〕 小島別、竹島彦は、言霊別命の輿をかつぎながら、猿が渋柿を喰つたやうに、子供が苦い陀羅助を呑んだやうな面構へして嫌々ながらかついでゆく。心中の不平不満は察するにあまりがあつた。やうやく嶮しい坂に差しかかつた。ふたりは汗水垂らして登りゆく。松代姫は竹島彦の後棒を押しながら助けてゆく。竜世姫は滑稽諧謔の神司である。後からこの状態を見、手を打ちつつ笑ひ、いろいろの面白き手まね、足踏みしながら、 『言霊別の神さんはこしの常世へ使ひして 道に倒れて腰を折り輿に乗せられ腰痛む こしの国でも腰抜かし腰抜け神と笑はれる 他の事なら何ともないこしやかまやせぬ、かまやせぬ』 と声を放つてからかふ。 小島別以下の一行は、登り坂にあたつて苦しみつつある際、この歌を聞きて吹きだし、笑ひこけ、足まで捲るくなつて一歩も進めず、ここらに立往生をなし、つひには腰をまげ腹を抱へて笑ふのであつた。輿の中よりは、言霊別命の声としてさも愉快げに、 『こいでこいでと松代は来いで末法の世がきて駕籠をかく 小島、竹島お気の毒さぞやお腰が痛からう お腹が竜世が倒れうが他のことなら何ともない こしや構やせぬ、かまやせぬ』 と歌つた。小島別、竹島彦はその歌を聞くなり大いに怒つて輿をそのまま谷底へ投げ棄てた。 輿は転々として谷底に落ち木葉微塵に砕けてしまつた。小島別らは手をうつて快哉を叫び舞ひをどつてゐた。 言霊別命は懐中に持てる、種々物の領巾の神力により、少しの負傷だもなく、悠然として谷を登り、小島別一行の立てる前に現はれた。竜世姫は口をきはめて言霊別命を熱罵した。ここに二神のあひだに大争論がはじまり、つひには掴みあひとなつた。この争論は全く両神の八百長である。真意を知らざる小島別、竹島彦らは、竜世姫に怪我させじと仲に分けいり、言霊別命を双方より乱打した。それより竜世姫、言霊別命は後になり先になり悪口の限りをつくし、犬猿もただならざる様子を示した。一行はおひおひ常世の都に近づいた。常世姫はあまたの神司をして言霊別命の一行を迎へしめた。そして二台の輿がきた。一台には言霊別命これに乗り、一台には竜世姫がこれに乗つた。小島別、竹島彦は迎への神司に命じ、言霊別命の輿を前後左右に揺りまはし、あるひは高く頭上に上げ、ときどきは低く地上に落とし苦しめた。命はほとんど眩暈するばかりであつた。常世姫の宮殿に着いたときは、言霊別命は劇烈なる動揺のため疲労し、咽喉をかわかせ、急ぎ水を求めた。常世姫の侍者は黄金の器に水を盛り、渇ける命に捧呈した。このとき竜世姫は輿より降り、この様をみて、 『かかる尊き玉水を腰抜神に呑ますの必要なし。われは大いに渇きたり。この水はわが呑むべき水なり。腰抜神は泥水にて充分なり』 といひながらその水を横合よりやにはに奪ひ、松代姫の神を目がけて打かけた。松代姫の袖よりは火煙を発し、熱さに悶えつつ濠に飛込み火を消し、辛うじて這ひ上つてきた。諸神司は驚いて松代姫の方に走り新しき衣を着替へさせこれを労はり慰めた。言霊別命は竜世姫の剛情我慢を詰つた。竜世姫はしきりに「腰ぬけ、腰ぬけ」と嘲笑した。言霊別命は憤懣の色をあらはし、剣の柄に手をかけ切つて捨てむと竜世姫に迫つた。小島別、竹島彦は二神人の仲に割つていり、百方弁をつくして仲裁の労をとり、この紛争は無事に治まつたのである。この争ひは竜世姫が言霊別命の毒殺されむとするを救ふための深慮に出でたる一場の狂言であつた。 (大正一〇・一一・一旧一〇・二[※戦前の二版・校定版・愛世版では旧10月3日になっているが、大正10年(1921年)11月1日は旧暦10月2日が正しい。他の章では旧10月2日と記してあるので、ここも旧10月2日に直した。]加藤明子録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 05 抔盤狼藉 第五章抔盤狼藉〔二五五〕 俄に館の大広間は陽気立ち騰り、酒や果物は沢山に運ばれ、木葉奴の端に至るまでずらりと席に列し、大樽や甕を中央に据ゑ、竹を輪切にした杓にて、酌みては呑み、酌みては呑み、一生懸命に謡ひ始めたり。しかして酔が廻るに連れて杓の引奪り合ひが始まり、頭を杓でこつりとこづかれ、禿頭の爺は面部と頭部とに沢山の出店を出し、次第々々に舌は縺れ、泣く奴、笑ふ奴、怒る奴、様々なり。 甲『ヤイ、皆の奴ら、けつたいが悪いぢやないか。美山彦が大将面しよつて、毎日々々、俺らを敵の末か何かのやうに扱き使ひよつて、自分ばかり酒を喰ひよつて、春日姫の膝枕に身も魂もとろかしよつて、お負けに足を揉め、手を揉めと人に嬉しいところを見せつけ、自分ばかり酒を喰つて、己らには一口でも呑めと云ひよつた事はありやしない。俺りや、いつも器を片付けるときに盃を一つ一つ舐つて香を嗅いで満足しとつたのだ。今日は春日姫にや、痩せ馬が荷を顛倒すやうにして厭やがられて居たのが、どうした風の吹き廻しやら、尼つちよの方から結婚してくれと、ぬかしよつたとか云つて、吝ン坊の美山彦が、地獄の釜の一足飛びをするやうな気に到頭なりよつて、腐りかけた酒を俺達に鱈腹呑めと云ひよるのだ、実に業腹だ。甘く見よつて馬鹿にするにも程があるぢやないか』 と腕を捲つて、自分の腹を二つ三つ拳で叩きながら、面ふくらして云ふ。 乙『大きな声で云ふな、皆の前だ。また杓で一杯も舐らして貰はうと思ひよつて、貴様の今云つた悪口を大将に告げる奴があつたらどうする』 甲『どうするも、かうするも俺らの知つた事ぢやない。春日姫は美山彦の大将が、どうかするのだらう。俺らはどうするあてもありやしないし、マア腐つた酒でも呑ンでおとなしく寝る事だよ』 丙『オイあまり座が淋しくなつたやうだ、一つ謡つたらどうだ。あのウラル彦の神さまの宣伝歌は俺らには天国の福音だ。呑めや騒げや一寸先は闇よ、闇の後には月がでるなンて甘く云ひやあがらア、俺らは酒さへありや、嬶も何も要らぬ』 丁『お前何ほど天来の福音でも、呑めぬ酒に酔へるかい。酒は百薬の長だとか、生命の水だとか云ふけれど、呑みたい酒もよう呑まずに、毎日扱き使はれて、ナイヤガラの赤い水を酒だと思ふて呑みて居ても、ねつからとつくりと酔はぬぢやないか、これを思へば悲しい浮世だ』 とそろそろ泣きだす可笑しさ。 戊『オイ、こんな目出度い場所で、メソメソ泣くやつがあるかイ』 丁『泣かいでか、今夜は美山彦が春日姫としつぽり泣きよるのだ。俺らはその乾児だ、泣くのがあたり前よ』 戊『貴様の泣くのと、春日姫の泣くのとは泣きやうが異ふ。丁度鶯の梅が枝にとまつて陽気な春を迎へて鳴くのと、鶏が首を捻られ毛を抜かれ絶命の声を張り上げて泣くのと程の相違があるのだ』 甲『この間も仇けつたいの悪い天教山の癲狂人が、そこらうちを歩き廻りよつて、照るとか、曇るとか、浮くとか死ぬとか、時鳥がどうとか、触れ歩くものだから、毎日々々地響きは仕出す、雨はべそべそと貴様の涙のやうに降りしきる。谷間の水は赤泥となつて、水もろくに呑まれやせないぢやないか、あんな奴は一時も早くどうかして、ナイヤガラの滝にでも打ち込みて仕舞ひ度いものだなア』 乙『ウン、その宣伝使か、それや今夜出てきをつた。奥の間に鯱固張て大きな目玉をむいて、生命のもはや尽きとる彦とか月照とか云ふ奴と、腹がすいて、ひだる彦とか云ふ奴が、美山彦の計略にかかつて、今はほとんど籠の鳥、あれさへやつて仕舞へば、雨も止むだらうし、地響も止まるだらう。縁起糞の悪い事をふれ廻るものだから、天気がだんだん悪くなるばかり、俺りや、彼奴たちの囀る歌を聞くと妙に頭ががんがん吐かして、胸を竹槍で突かれるやうな気がするのだよ』 戊『そこが美山彦は偉いのだ。お前達がその宣伝歌とやらを聞いて苦しむのを助けてやらうと云ふ大慈悲心から、その宣伝使をこの館に甘く引つ張り込みて、今夜は荒料理する事となつて居るのだ。マアそれでも肴に寛くり酒を呑みて夜明かしでもしようぢやないか』 と何れの奴も皆へべれけに酔ひつぶれ、碌に腰の立つものも無き有様なりける。 奥の一間には、美山彦、春日姫は今日をかぎりと盛装を凝らし、結婚の式を挙げつつあつた。そして容色麗しき春姫が酌を勤めつつあつた。春日姫は力かぎり媚を呈して美山彦に無理やりに、面白き歌を謡ひながら酒を勧むる。美山彦は春日姫の勧むるままに酒杯を重ね、遂には酩酊の極、頭が痛み眩暈すると云ひつつ其場[※御校正本、愛世版では「其場(そば)」、校定版では「その場」]にドツと倒れ、雷のごとき鼾声をあげて正体もなく寝入つて仕舞つた。春姫は立ち上るとたんに長き高き酒樽に衝突し、樽は転けて美山彦の頭上に酒を滝のごとく濺いだ。美山彦は両手にて虚空を探るごとき手つきして寝返りをうち、苦しげに呻つて居る。 春日姫は春姫を伴ひ奥殿に進みいり、月照彦天使に委細を物語り、春姫をして一室に控へたる足真彦を招かしめ、男女四柱はここに緊急会議を開きける。アヽこの会議の結果や如何。 (大正一一・一・一六旧大正一〇・一二・一九加藤明子録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 47 二王と観音 第四七章二王と観音〔二九七〕 広道別天使は、この大男に岩彦といふ名を与へ、例の宣伝歌を謡ひながら、ローマの都の中心に進んで行つた。今日は元照別天使の誕生祭とかで、家々に紅や、白や、青の旗を掲げ、祝意を表しゐたりける。 而て数千の群集は、白捩鉢巻に紫の襷を十文字に綾取り、石や茶碗や、鉦や錻力鑵のやうなものを叩いて、ワツシヨワツシヨと列を作つて走つてくる。さうして一同はウラル彦の宣伝歌を謡ひながら、勢凄じく海嘯のやうに此方を目がけて突進しきたる。広道別天使は、 『神が表に現はれて善と悪とを立別ける』 と謡ひながら進まむとするを、群集の中の頭らしき男は、この歌を謡つてゐる宣伝使の横面めがけて拳骨を固め、首も飛べよと言はぬばかりに擲りつけた。宣伝使は素知らぬ顔して、又もや歌を謡ひはじめたり。 男『こいつしぶとい奴。未だほざくか』 と蠑螺のやうな拳骨を固めて、処かまはず打ち伏せた。岩彦は仁王のやうな体躯を控へ、握り拳を固めて歯を食ひしばり、地団太を踏んだ。されど宣伝歌の「直日に見直せ、詔り直せ」といふ神言を思ひ出し、かつ宣伝使の命令が無いので大道に仁王立ちとなりしまま、歯を食ひしばるのみなりき。 群集はこの男の姿を見て驚きしか、途中に立ち止りて一歩も進まず居る。後列の弥次馬は、 『ヤーヤイ。どうしてるのだ。進まぬか進まぬか』 と呶鳴りゐる。宣伝使は打ち据ゑられ叩かれながら、悠々として宣伝歌を小声で謡ひ、かつ天津祝詞を奏上した。たちまち大の男は拳を握り頭上に振り上げた刹那、全身強直して銅像のやうになつてしまひ、目ばかりギヨロギヨロと廻転させるのみであつた。こちらは岩彦の大男が、眼を怒らし、面をふくらし、口をへの字に結んで握り拳を固めて振り上げたまま、直立不動の態である。一方は拳骨を固め振り上げたまま、口を開けたまま強直して、たちまちローマの十字街頭には、阿吽の仁王様が現はれたる如くなりき。群集の中からは、 『仁王さまぢや仁王さまぢや』 と叫ぶものあり、それに続いて群集は又もや口を揃へて、 『仁王ぢや仁王ぢや、ようマア似合うた仁王さまぢや』 と無駄口を叩きはじめたり。 このとき横合より美しい女の宣伝使が、又もや、 『この世を造りし神直日御霊も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ』 と謡ひながら、この場に現はれたり。 群集は口々に、 『オーイ、見よ見よ、立派な仁王さまができたと思ふたら、今度は三十三相揃うた大慈大悲の観世音菩薩だ。拝め拝め』 と異口同音に叫び出だしたり。 『ヨーヨー』 と数千の群集は、前後左右を取り巻き、さしもに広き都大路の十字街頭も、すし詰となつて、風の通る隙間も無いやうになつて来た。女宣伝使は、宣伝歌を謡ひ出したるに、群集の中には罵詈雑言を逞しうする弥次馬さえ、沢山現はれ来たりぬ。 女宣伝使は、細き、白き手を上げて、左右左に振つた。悪口雑言をほざいた群集は、口を開いたなり、閉ぢることもできず強直して、アーアと言ひながら涎を垂らすもの、彼方此方に現はれたり。 このとき前方より、行列厳めしく立派な乗物に乗り来るものあり。乗物の前後には、沢山の伴人が警護して人払ひしながら、おひおひと十字街頭に向つて進み来るあり。これはローマの城主元照別天使が、誕生の祝ひを兼ね、地中海の一つ島に参拝する途中の行列なりける。 群集は四方八方に散つて了つた。仁王さまは、依然として十字街頭に二柱相並んで、阿吽の息を凝らして佇立してゐる。先払ひは仁王にむかひ、 『右へ右へ』 と声をかけた。仁王はウンとも、スンとも言はず、十字街頭に鯱虎張つてゐる。広道別天使は路傍の或家の軒先に立つて、この光景を眺めゐたり。 先払『この無礼者。右へと言つたら、なぜ右へ行かぬか。何と心得ゐるか。勿体なくもローマの城主元照別天使の御通行だ。速かに右へ寄れ』 といひつつ、あまり巨大なる男の握り拳を固めて立つて居るに、やや驚きしと見え慄ひ声で呶鳴りをる。 輿は段々と進んでくる。仁王はどうしても微躯ともせぬ。先払ひの甲乙丙は、恐々前に寄つてこの大男を仰ぎ視た。見れば動いてゐるものは目ばかりなり。 甲『ハヽーこいつは造り物だな。ローマの人民は今日は御城主の御通りだと思つて、アーチの代りにこんな所に、仁王立ちを拵へて立てときよつたらしい。しかしもつと距離を開けとかぬと、これでは通れはせぬワイ。気の利かぬ奴だな』 乙『イヤ、此奴は人間だぞ。それ見い、目を剥いてらア。ど偉い目玉を剥きよつて俺等を嚇かさうといふ駄洒落だな。ヤイ、退かぬか。どかぬと目を突いてやるぞ』 丙『無茶するない、もし神さまが化けとるのぢやつたら、如何する、罰が当るぞ』 甲『神さまなら、一つ頼んで見ようかい。モシモシ渋紙さま』 乙『渋紙さまてあるものかい』 甲『それでも渋紙見たやうな色してるぢやないかい』 乙『渋紙さまなら貴様の事だい。食ひものに渋い、仕事に鈍い、そこで死に損なひの合せて六分を除つて、後の残りの渋紙の貧乏神つたら、貴様のことだ。この間も貴様のとこの嬶に貧乏神と、ぼやかられよつて、猿が渋柿喰つたやうな顔をさらして、渋々出て行きよつたぢやないか』 甲『しぶとい奴ぢや。こんな大道の真中で、他人の所の内の棚卸しまで止めて貰はふかい。そんなこと吐かすと仁王さまに取掴まるぞ。それそれあのお顔を見い、御機嫌斜なりだ。あの振り上げた鉄拳が、今貴様の頭上にくるぞ』 乙『馬鹿言へ、造り物だ、造り物だ』 後の方よりは、 『進め、進め』 と号令がかかる。このとき一方の仁王は大手を拡げて、 『通ること罷りならぬ』 と怒鳴りゐる。 丙『オー化物が物を言うた。ヤイ貴様は昼の白昼に、こンな所へ出て化けたつてあかぬぞー。仁王の幽霊奴が』 又もや後の方より、 『進め、進め』 の声が頻りに聞えきたる。 (大正一一・一・二四旧大正一〇・一二・二七外山豊二録)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 38 雲天焼 第三八章雲天焼〔三三八〕 春の山辺は緑の顔を天に晒して打ち笑ひ、芳しき花は黄紫赤白と処々に咲き乱れて木の間を綴り、百鳥は長閑な声を張り上げてこの世を謳ふ。春山の霞を別けて下り来る心も清き宣伝使、身装も軽き簑笠の、鎧冑を取り付けて、草鞋脚絆の小手脛当、勢込ンで進みくる。潺々として流れも清き谷川の傍に腰打ち掛け、雑談に耽る四五人の杣人ありけり。 甲『オイ、貴様ら聞いたか、この間から艮の方に当つて、五色の雲が立ち昇つただらう。アレヤ、一体何ンだと思つて居るか』 乙『乞食の雲つて何ンだい、それや貴様らの親類だらう。乞食の雲助が立ち昇つた、艮で無うても此の山道には、何日も雲が籠を舁いだり乞食が徘徊するじやないか』 甲『馬鹿、貴様はド聾だな。五色の雲が立ち昇つたのだと云ふのだよ』 と乙の耳の傍に口を寄せて大声に呶鳴る。 乙『そンな大きな声を為なくてもよう聞えて居るのだ。乞食と雲助が何うしたと云ふのだい』 甲『ハヽヽヽヽ面白い面白い、金挺子だね、こンな聾に話をして居ると日が暮れてしまふわ。オイ八公、五色の雲の理由を聞かして呉れ』 八は威丈高に成り、 八公『何ンでも肥の国に虎転別とか、雲天焼とか、妙な名の悪神がをつてな。焼島別とかいふ宣伝使の館に火を点けよつたが、その煙が天へ舞ひ昇つて、空の雲が焼けて、それで雲天焼と云ふのだよ。さうして結構な宣伝使の館が、スツカリ焼けて島つた別といふのだ。何れ焼けて島つた別は居る所がないので、この峠を越して出て来るかも知れないぞ。又あンな奴が豊の国に逃げて来よつて、肩の凝るやうな歌を歌ひよると、豊の国にも腰抜けばかりは居やしないから、第二の雲天焼が現はれるに定つてゐる、物騒な事だワイ』 乙『その雲天焼とかいふ奴はこの広い豊の国には何れ居るだらうね』 八公『居らいでかい、居らいで耐らうかい。俺がその雲天焼に成るのだもの』 乙『貴様雲天焼に成つて何うするのだい』 八公『そンな奴が来よつたら焼糞になつて焼いてこますのだ』 乙『それや貴様、焼糞に成つたら雲天焼ではないよ。糞天焼だよ』 と、馬鹿口を叩いてをる。そこへ微に聞えて来た宣伝歌の声。 八公『ヤア、怖いぞ肩の凝る声が聞え出した。長居は恐れだ、逃げろ逃げろ』 乙『態見やがれ、大法螺計り吹きよつて、宣伝歌の声か水の音か風の響か分りもせぬのに、日の暮まぎれに茅の穂を見て幽霊だと思つて腰を抜かした奴のやうに、見つとも無いじやないか』 八公『喧しう言ふない。頭が痛いわ、逃げろ逃げろ』 乙は一目散に駆け出さうとする。 八公『一寸待つてくれ俺も一緒に連れて逃げぬかい』 乙『貴様足が有るだらう。貴様勝手に歩かぬかい』 八公『何うやら俺は胴が据つたと見えてビクともできぬわい』 乙『貴様臆病者奴、腰を抜かしよつたな』 宣伝歌は益々近く聞え来たる。 日の出神ら宣伝使『神が表に現はれて善と悪とを立別る 日の出神や三柱が今下り行く豊の国 四方の草木も神風に靡き伏しけむ醜草は 神の御息に散り果てむ散りたる後に実を結ぶ 神の教の豊の国豊日の別と現はれて 四方に拡むる宣伝歌』 と近辺を響かせながら一声々々と近寄り来る。四五人の杣人は頭を抱へ呼吸を詰めて谷道に横たはりブルブル震へゐる。中に一人の勝れて大の男泰然自若として首を傾け、その宣伝歌を愉快気に聴き入りぬ。 声は刻々に近づくと共に益々高く聞え出し、大の男は立上り声する方に向つて歌ひ始めたり。 大男(熊公)『此処は亜弗利加豊の国広い沙漠の連りし 不毛の土地ぞ荒野原神の御国の宣伝使 何ほど力が有るとても荒野が原の荒風に 吹かれて体は砂まぶれ頭の髪はテカテカと 光の強い禿頭何ンな神なと出てうせよ 豊日の別の神の国豊日の別の神国は 荒ぶる神や曲津神曲つた心の八公や 虎公のやうな奴が居る』 八公『ヤイ何を言ふのだい、宣伝使が来ると思つて貴様一人が助かり度いと思ふのか、俺の悪口まで歌ひよつて怪しからぬ奴だ。覚えて居ろ』 大男(熊公)『八公、熊公[※御校正本・校定版・愛世版すべて「熊公」になっている。しかしこの大男の名前が「熊公」なので、「虎公」の方が妥当であろう。]、ここ迄ござれ、ドツコイシヨドツコイシヨ』 と、舌を出し、手を振りながら、八公を嘲弄しつつ、宣伝使の声のする方に向つて走り行く。 日出神『お前は豊の国の者か』 大男『ハイ私は豊の国の熊といふ野郎です。能う来て下さいました。しかし、この国は七分どほり沙漠で毎日日日風が吹きます。それはそれはえらい砂烟で目も鼻も開けて居る事は出来ませぬ。それで彼方此方の木草の繁つた山を撰ンで、木の実を食つたり兎や猪を生捕て生活をして居る惨目な国であります。駱駝は沢山に居りますが、彼奴馬鹿な奴で大きな図体をしよつて何も役に立たず、時々虎や狼に追はれて吾々人間の居る処へ妙な声を出して押寄せて来るなり、その時には吾々の歩く場も無いやうな目に会せます。貴下はこの国に折角御出で下さつたが、もう御帰りになつたが宜しからう。世界は広いのにこンな悪い国に御出でになつたつて仕方が有りませぬ。肥の国の八島別のやうに又虎転別とか云ふ悪者が出てきて惨い目に会はされては御気の毒ですから、もうこれ限りこの山を引き返して熊襲の国にでも御出でなさいませ。私は決して悪いことは申しませぬ。貴下の歌はつしやる宣伝歌は誠に結構ですが、この国の人間の耳には余り立派過ぎて這入りませぬ』 と虎転別の豊日別が現在眼の前に居るのも知らずに喋り立てゐる。 豊日別『俺はその悪者の虎転別だよ。今は日の出神の御取計らひに依つて此の豊の国の守護職と成つたのだ。お前らは豊の国の都へ吾々一同を案内いたせ』 大の男熟々と豊日別の顔を見て、 大男『イヤー、肥の国の虎転別といふ奴は頭の禿げた悪者だといふ事だのに、それにお前さまは毛が生えて居るでは無いか、結構な宣伝使様だらう。それに何ぞや鬼のやうな人の嫌ふ悪の強い虎転別じやなンて戯言にも程がある、本当の名を仰言つて下さい』 豊日別『そりや実際だ。何は兎もあれ、豊の国の都へ案内してくれ』 大の男は、不承無精ながら先に立つて、豊の国の都へ、四人の宣伝使を導き行く。八公その他四五の杣人は路傍に腰を抜かしたるまま、 八公『オイオイ熊公貴様どこへ行く。豊の都にでもそンな奴を案内したら、この国は大変だぞ。俺一人でも雲天焼に成つてやるぞ』 と叫ぶ。 熊公『八公の腰抜け、喧しう云ふない、善か悪か未だ知れやしない。馬には乗つて見い、人には添うて見いだ。貴様も早く腰を癒して後から俺の処を探ねて来い』 と云ひながら都を指してドンドンと急ぎ行く。 四人の宣伝使は又もや宣伝歌を歌ひつつ進み行く。 (大正一一・二・二旧一・六谷川常清録) (第三三章~第三八章昭和一〇・二・二五於天恩郷透明殿王仁校正)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 02 五十韻 第二章五十韻〔三五二〕 日の出神は雑談を床しげに、世道人心の傾向を探る羅針盤として耳を澄まして船の小隅に屈み、素知らぬ振りに聞き流しゐたり。清彦の自称宣伝使は諄々として三五教の宣伝歌を歌ひ始めたり。 駒山彦、猿世彦はウラル彦の宣伝歌を歌うて混ぜ返しに全力を注ぐ。されど船中の人々は何故か三五教の清彦に同情し、清彦の説教を頻りに求めて止まざりける。 清彦は得意満面に溢れて矛盾脱線だらけの講釈を始め且つ鼻高々と、 『世の中の事は一切万事この方の心の鏡に照り渡つてゐる。大は宇宙の根本より小は虱の腹の中までよく透き通つてゐる。三五教の宣伝使清彦とは吾事である。何を問はれても知らぬといふ事はない。三五教の一つも欠点のない、いはゆる穴の無い宣伝使だ』 と大法螺を吹き立てける。 甲『貴郎は小野の小町の再来か、穴が無いと仰有つたが大小便はどうなさりますか』 清彦『夫れは穴ではない、筒と洞とだ。筒と洞とはあつても穴は無い』 猿世彦『筒ツ洞を吹くない。貴様の耳、鼻、口はそりや何だい。夫れでも穴が無いのか。さうだらう、麝香と屁の臭とを一緒にしたり、酒と泥水の味を一緒にしたり、鬼の叫び声と天人の音楽とをごつちや混ぜにする宣伝使だから穴が塞がつて、三五教だらうよ。イヒヽヽヽ』 清彦『黙つて此方の宣伝を聴け、酒喰ひ教奴が。ウラル彦の唱へだした大中教の奴は、何時も酒に酔つたやうな、支離滅裂な説教を吹き立てよつて人を困らす駒山彦、人真似の上手な猿の尻笑ひの猿世彦だよ』 猿、駒二人は烈火の如く怒つて清彦に飛びつくを、清彦は、 『何を小癪なツ』 と云ひながら拳骨を固めて二人の頭をぽかりとブンなぐる。二人は左右の手を確と握り、 『コラ、清彦、三五教は直日に見直せ聞き直せ、といふ教ださうな。俺が貴様をブン擲つても、真に三五教の信者なら見直すのぢやぞよ』 と云ひながら、 『この腰抜野郎』 と又もや拳骨を固めてポカツと打つ。 猿世彦『コラ清彦、三五教は聞き直すのだぞ。馬鹿野郎と云はれても聞き直せ。腰抜野郎、穴探し野郎』 駒山彦『三五教は宣り直すのだ。今まで俺等の欠点を大勢の中で吹き立てよつて、これも今此処で宣り直さぬか。自分の悪いことは棚から降してすつかりここで白状するのだ。さうして俺等の悪口を云つたことを残らず嘘言でございましたと船客一同に嘘言吐きのお詫をするのだ。貴様が今ここで大耻をかくのも三五教の教理からいへば惟神だ、御経綸だ』 清彦『エヘン、オホン、アハン、ウフン、イヒン』 駒山彦『ソンナ事を云つて分るかい』 清彦『カンカン』 猿世彦『カンカンぢやない、堪忍して呉れと云へ』 清彦『キンキンだ』 猿世彦『謹慎すると云ふのか』 清彦『謹聴せい、この方の天来の大福音を。ケン、ケン、喧嘩なら何処迄も行くぞ、コンコンさまに抓まれよつて、クンクンと苦しんで吠面かわいてサツサツと鬼城山を逃げ出し、シヽヽ死物狂ひになつて、スヽヽ凄い目にあつて煤煙のやうな黒い顔をして、セヽヽ雪隠虫奴が糞垂れ腰になつて、ソヽヽ其処らあたりを、タヽヽ立ちん坊の乞食姿となり……』 猿世彦『貴様何を吐かす。大勢の前で人に恥を掻かせよつてちつとは前後を考へぬか』 清彦『チヽヽちつとは貴様も考へて見い。恥辱と思ふならもちつと智慧を光らして、人の欠点をなぜ包まぬか。人を呪へば穴二つだ。三五教には穴は無いぞ。ツヽヽ聾の奴盲人の大中教とは、訳が違ふのだ。テヽヽ天然棒の星当り、手癖の悪い猿駒の、トヽヽ徹底どんづまりは栃麺棒の頓珍漢の蜻蛉返りの……』 猿世彦『コラ清彦、口に関所が無いと思つてあまり馬鹿にすな。何を吐かしよるのだ』 清彦『ナヽヽ何も彼も吐かしよるので情なからう。情なくとも何ほど難儀でも泣面かわいても、情容赦があつて堪まらうかい、スペリオル湖の木乃伊先生が。ニヽヽ憎まれ子世に覇張る。憎まれても睨らまれても、二進も三進も口の開ぬやうにしてやるのだよ、ウフヽヽヽ』 猿世彦『清彦、貴様あまりぢやないか』 とまたボカンとなぐる。 猿世彦『サー吐かすなら吐かして見い、また拳骨のお見舞だぞ』 清彦『ヌヽヽ吐かさいでかい。糠に釘、豆腐に鎹、盗人猛々しいとは貴様の事だ。人の家へヌーと這入よつて、人の物を何しよつて、スーと出て来よる手癖の悪いヌースー人奴が、ネヽヽ捻け曲つた奴根性、ノヽヽ野太い野良猫奴が、ソコラぢうをのさばり歩きよつて、ハヽヽあまりをかしうて笑ひが止まらぬ。恥を知れ、薄情者、禿頭、腹が立つたらもつともつと擲れ、俺の頭は鉄で作つてある。終には貴様の手が痺れるだけだ。ヒヽヽ非道い目に遇ふぞ。僻み根性の非常識のヒンダのかす、蟇蛙の放尻腰のヒンガラ眼、フヽヽ不思議な猿のやうな、面をふくらしよつて、不足さうに梟鳥の宵企み、昼目の見えぬ盲ども、ヘヽヽ屁なと吸はしてやらうか、屁古垂れ奴。返答はどうだ、閉口したか。ホヽヽ呆け野郎、ほろ年寄つて若い者の尻を追ひまはして肱鉄を喰ひよつて、マヽヽ真赤な恥を柿のへた、下手なことばかりして見つけられ大地に屁太張つて屁古垂腰で、閉口さらした猿世彦、マヽヽ間男好の駒山彦、困つた腰抜け困りもの、ミヽヽ身の上知らずの蚯蚓虫、腐つた土の中から這ひ出しよつて、大地を我物顔にのたくり廻り、酷い日光に照されて、体は干乾のカンピンタン、駒山彦のカンピンタンに猿世彦の木乃伊とはよく揃つたものだワイ』 猿、駒、一時に拳骨を固めて、 『エヽやかましいワイ、もつと拳骨をお見舞申さうかい』 と又もや打ちかかる。 清彦『ムヽヽむかづくか、無念なか、むかつ腹が立つか、俺のいふことを無理と見るか、虫けら同様の駒猿奴、メヽヽ眼を剥きよつて其態は何だ。迷惑さうな面を曝しよつて面目玉を全潰しにされて、めそめそと泣きだしさうな其態、面喰つたか盲ども、モヽもうこれで許してやらうと思つたが盲目同様の貴様たちは物が分らぬから、もつと揉んでやらう。揉んでやらうといつても按摩ぢやないぞ』 猿、駒『人を馬鹿にするない、黙つて聞いてをりや言霊の練習をしよつて、ヤヤヽ喧しいワイ、イヽヽ何時までもウヽヽ迂闊者の狼狽者の嘘言吐きの言霊もウンザリしてしまふワイ。エヽヽ偉さうに三五教の宣伝使ぢやなんて、オヽヽ大きな法螺ばかり吹きよつてお尻が呆れるわ』 清彦『コラ貴様らは何時の間にか俺のお株を占領しよつて。ヤイ貴様は真似した心組だが、ヤイウエオといふことが何処にある。俺の云ふことをもう一度聞け、ヤヽヽやいやい吐かすな八岐大蛇の乾児奴。イヽヽ鼬に最後屁をひつかけられたやうな面つきをしよつて、ユヽヽ言ひ損なひばかりしよつて、エヽヽえい加減に恥を知つたがよからう。ヨヽヽようソンナ馬鹿気たことが云へたものだ、ラヽヽ』 猿、駒『もうこれで耐へてやるから後は止めてくれ。云はしておけば終にはドンナことを吐しよるか分つたものぢやないワイ』 清彦『ラヽヽ埒もない、リヽヽ理屈を並べよつて、ルヽヽ留守の家ばかり狙つて歩きよつて、レヽヽ連子窓を暗の夜に覗いて廻りよつて、女の臭い尻をつけ狙ふ、ロヽヽ碌でなし奴が、論にも杭にもかかつた代物ぢやないぞ。許すの許さぬのつてワヽヽ笑はしやがる、己のことを棚に上げて威張り散らして、ヰヽヽ井戸の底の蠑螈奴がウヽヽ五月蠅いで、もう止めてやらうか、ヱヽヽ遠慮しといてやらうか、ヱー加減に甚う俺も疲れたからな、ヲヽヽ終りだ』 猿、駒『もう貴様そこまで五十韻を並べよつたら得心だらうかい、それだけ欠点を探したらもう探がさうたつて有りはせまい。さつぱり穴無教だ、南無三五教の宣伝使様、アハヽヽヽイヒヽヽヽウフヽヽヽエヘヽヽヽオホヽヽヽ』 (大正一一・二・六旧一・一〇加藤明子録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 07 蛸入道 第七章蛸入道〔三五七〕 忽ち暗の中に光明赫灼たる神姿を現したる清彦は、絶対無限の神格備はり、仰ぎ見るに眼も眩むばかりに全身輝き渡りけり。 猿世彦、駒山彦は、此姿に慴伏して屢し息を凝らしゐたるに、清彦の姿は、パツタリ消えうせ、暗の中より耳を裂く如き大なる声聞え来たる。 『猿世彦、駒山彦、よく聞けよ。吾は汝の知る如く、今までは八頭八尾の大蛇の霊魂に誑かされ、曲事のあらむ限りを尽くしたることは、汝らの熟知する通りなり。然れど吾は三五教の大慈悲の神の教を聞きてより、今までの吾身の為し来りし事が恐ろしく且つ恥しくなり、日の出神の後を追ひ、真人間に成つて今までの悪に引かへ、善一筋の行ひをなさむ、悪も改心すれば此通りといふ模範を、天下に示すべく日夜、神に祈りゐたるに、神の恵みは目の当り、不思議にも名さへ目出度き朝日丸に乗り込み、日の出神様に廻り会ひ、結構な教訓を賜りてより、吾霊魂は、神直日大直日に見直し聞き直され、今は清き清彦が霊魂になつて世界の暗を照す日の出神の御名代、汝ら二人は吾改心を手本として、一時も早く片時も速かに悪を悔い、善に立帰り、世界の鏡と謳はれて、黄泉比良坂の神業に参加せよ。汝の改心次第によつて、吾は再会することあらむ。汝らが心の雲に隔てられ、遺憾ながら、吾姿を汝らの目に現はすことは出来なくなりしぞ。駒山彦、猿世彦、さらば』 と云ふより早く、又もや四辺を照す大火光となりて中空に舞上り、智利の都を指して中空をかすめ飛去りける。 猿世彦『オイ駒公、本当に清彦は日の出神となりよつたな。もうこれから清彦の悪口は止めにしようかい。吾々を山の奥へ連れて行きよつて、放とけ捨を喰はした腹立まぎれに心を鬼にして、何処までも邪魔をしてやらうと思つたが、たうてい悪は永続きはせないよ。お前と俺とが船の中で、あれだけ拳骨を喰はしてやつても、俺の体は鉄じやといひよつて、痛いのを辛抱して馬鹿口を叩いて笑ひに紛らして居たのは、一通りの忍耐力ではないよ。思へば馬鹿な事を吾々はしたものだナ。日の出神様はあの時に俺らの行ひを見て、何と端たない奴だ、訳の判らぬ馬鹿者だと心の中で思つて御座つたぢやらう。俺はソンナ事を思ひだすと情無くなつて消えたい様になつて来るわ』 駒山彦『それならこれから何うすると云ふのだイ』 猿世彦『まあ、改心より仕方が無いな。清彦のやうにああ云ふ立派な日の出神になれなくても、せめて曲りなりにでも宣伝使になつて、今までの罪を贖ひ、身魂を研いて、黄泉比良坂の神業に参加したいものだ。どうでトコトンの改心は出来はしないが、せめて悪口なと云はないやうにして、世界を助けに廻らうじやないか。而して一つの功が立たら又清彦の日の出神が会うてくれるだらう。その時には立派な宣伝使だ、天の御柱の神の片腕に成つて働かうと儘だよ。是から各自に一人宛宣伝する事にしようかい』 駒山彦『よからうよからう』 と二人は茲に袂を別ち、何処とも無く足に任せて宣伝歌を覚束無げに歌ひながら、進み行く。夜は仄々と白み初めぬ。猿世彦は南へ、駒山彦は北へ北へと進み行く。 猿世彦は光つた頭から湯気を立てながら、力一ぱい癇声を振搾つて海辺の村々を歌つて行く。ある漁夫町に着きけるに、四五人の漁夫は猿世彦の奇妙な姿を見て、 甲『オイ、此間からの風の塩梅で漁が無い無いと云つて、お前たちは悔みてゐるが、天道は人を殺さずだ。あれ見よ、大きな章魚が一疋歩いて来るわ。あれでも生捕つて料理をしたら何うだらうかナア』 乙『シーツ、高うは云はれぬ、聞いて居るぞ。聞えたら逃げるぞ逃げるぞ』 甲『章魚に聞えてたまるかい。なんぼ云ふても聞かぬ奴は、彼奴は耳が蛸になつたと云ふだろ、かまはぬかまはぬ大きな声で話せ話せ。オイ、そこへ来る蛸入道、俺はな、此村の漁夫だが、此間から漁が無くて困つて居たのだ。貴様の蛸のやうな頭を俺に呉れないかイ』 猿世彦『あゝあなた方は此処の漁夫さまですか。蛸は上げたいは山々ですが、一つよりかけがへの無いこの蛸頭、残念ながら御上げ申す訳には行きませぬ』 丙『なにをぐづぐづ云ふのだイ。聞かな聞かぬで好い、与れな与れぬで好い。皆寄つてたかつて、蛸を釣つてやるぞ』 猿世彦『それは結構です。各自に御釣りなさい。蛸が釣れるやうに祈つて上げますから』 甲『お前さまが祈る。これ丈とれぬ蛸が釣れますかい』 猿世彦『釣れいでか、そこが神さまだ。釣るのが邪魔臭ければ、お前さまも、わしの云ふやうに、声を合して宣伝歌を歌ひなさい。蛸はヌラヌラと海から勝手に這上つて、お前さまの持つて居る笊の中に這入つて呉れる。そこを蓋を閉て家へ持つて帰るのだ』 猿世彦は、口から出まかせに、コンナ事を云つてしまひける。 乙『おい、蛸の親方、本当にお前の云ふ通りにすれば、蛸は上つて来るかい』 甲『そら、きまつた事だよ。何分親分が云はつしやるのだもの、乾児が出て来ぬ事があるかい。夫れだから貴様達もこの親分の云ふ事を聞けと云ふのだ。俺が呼んでも来たり来なかつたり、貴様らは不心得な奴だぞ。もしもし蛸の親方、蛸を呼んで下さいな』 猿世彦は海面に向ひ、疳声を搾りながら、宣伝歌を歌ひ始めた。漁夫はその後について合唱した。海面には処々に丸い渦を描いて、蛸入道の頭がポコポコと顕はれて来た。猿世彦は、 『来れ来れ』 と蛸に向かつて麾いた。蛸はその声の終ると共に、笊の中に数限りなく飛び込みけり。このこと漁夫仲間の評判と成りて、猿世彦を日の出神と尊敬する事となりぬ。それより此漁村は、蛸取村と名付けられたり。 蛸取村より数十町西方に当つて、アリナの滝と云ふ大瀑布あり。猿世彦は其処に小さき庵を結び、この地方の人々に三五教の教理を宣伝する事となりける。 (大正一一・二・六旧一・一〇有田九皐録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 17 敵味方 第一七章敵味方〔三六七〕 山頂の木を捻倒す如き暴風もピタリと止みて、頭上は酷熱の太陽輝き始めたり。淤縢山津見は、蚊々虎と共にこの山を西へ西へと下りつつ、 淤縢山津見『オイ蚊々虎、足はどうだイ。ちつと軽くなつたか』 蚊々虎『ハイもう大丈夫です、この調子なれば如何な嶮しき山でも岩壁でも、たとへ千万里の道程でも行ける様な心持になつて来ましたワ』 淤縢山津見『お前はしつかりせぬと曲津に取り憑かれる恐れがある。何と云つてもまだ改心が足らぬから、ちつとも臍下丹田に魂が据わつて居ないので、種々の曲津に憑かれるのだよ。それで足が重くなつたり、苦みたり弱音を吹いたりするのだ。曲津は我々のこの山を越えて巴留の国へ行くのを大変に恐れて居るのだよ。それで腹の据わらぬお前に憑つて弱音を吹かすのだ。魂さへしつかりすれば、たとへ億兆の邪神が来たとて指一本さへられるものではないよ』 蚊々虎『ほんたうにさうですな、イヤこれからしつかり致しませう。随分私も貴下の悪口を言ひましたが、赦して下さいますか』 淤縢山津見『赦すも赦さぬもあつたものか、皆お前に憑依した副守が言つたのだ。お前の言つたのぢやないワ』 蚊々虎『三五教は甘い抜道がありますな。あれ丈私が貴下のことをぼろ糞に云つたつもりだのに、それでもやつぱり副守が言つたのですか』 淤縢山津見『さうだ。邪神か四足の言葉だよ』 蚊々虎『それでも現に私が確に云つた事を、記憶して居ますがなあ』 淤縢山津見『サア記憶して居る奴が四足だもの、虎の本守護神は奥の方にすつこみて、副守がアンナ下らぬ事を云ふのだ。蚊々虎も副守も、まあ似た様なものだねー』 蚊々虎『さうすると私が副守の四足ですか、そりやあまり非道いぢやありませぬか。一体貴下のおつしやる事は何が何だか判らなくなりましたよ』 淤縢山津見『人間の云ふことならちつとは、こつちも怒つても見たり、理屈を云うて見るのだけれども、何分理屈を言うだけの価値がないからなー』 蚊々虎『へー妙ですなー。テンで合点の虫が承知しませぬわい』 淤縢山津見『まあ好い。俺の言ふ通りにさへすればよいのだ。その内に身魂が研けて本守護神が発動するよ』 二人はコンナ話しに旅の疲労を忘れて、ドンドンと雑木の茂る、山道を下り行く。傍に可なり大きな瀑布が、飛沫を飛ばして懸つてゐる。見れば四五人の荒くれ男が瀑布の前に腰打掛けて、何か面白さうに囁いてゐた。二人はその前を過らむとする時、その中の一人の男が大手を拡げて谷道に立塞がり、 男(荒熊)『オイ暫く待つた。お前は何処のものだ。ここは巴留の国だぞ。鷹取別の司の御守護遊ばす御領地だ。他国の者はこの滝より一人も前へ進む事を許さぬのだ。速かに後に引帰せ』 と睨み付ける。蚊々虎は腕を捲り捻鉢巻をしながら、 蚊々虎『巴留の国が何だ。鷹取別がどうしたと言ふのだ。勿体なくも三五教の大宣伝使淤縢山津見のお通りだ。邪魔を致すと利益にならぬぞ』 途に立塞がつた男、 男(荒熊)『俺は巴留の国の関所を守る荒熊といふ者だ。此方の申す事を聞かずに通るなら通つて見よ。利益にならぬぞ』 蚊々虎『よう吐かしよつたな。俺が為にならぬと云へば、猿の人真似をしよつて為にならぬと吐きよる。ウンそれも判つて居る。人に物を貰つて返しにお返礼を出す事がある。オツトドツコイ貰ひ言葉に返し言葉、しやれるない。俺を一体何と心得てをる。俺は貴様のやうな副守の容器になつた四足魂とは訳が違ふのだ。本守護神様の御発動なされる正味生粋の蚊々虎の狼だぞ。下におれ下におれ。神様のお通りに邪魔ひろぐと貴様の為にならぬぞ。コラ荒熊もうお返礼は要らぬぞよ』 荒熊『此奴は執拗い奴ぢや。オイ皆の者来ぬか来ぬか。五人寄つてこの黒ん坊を倒ばしてしまへ』 蚊々虎『アハヽヽヽ、蚊々虎は流石に虎さまだ。俺一人に五人も掛らねば、どうする事も出来ぬとは、貴様らが弱いのか、俺が強いのか、根つから葉つから分らぬ。ヤイ荒熊の五つ一美事掛るなら掛つて見よ』 と拳を握り、腕をニユツと前に突き出し、黒い目をグルグルと剥いて見せる。 荒熊『ヤイ貴様あ、何処の馬の骨か、牛の骨か知らぬが、偉う威張る奴だナ。もうそれ丈か、もつと目を剥け、鼻を剥け、口を開け、お化奴が』 蚊々虎『言はして置けば何を吐かすか判りやしない。愚図々々吐かすとこの鉄拳で貴様の横面を、カンカンと蚊々虎さまが巴留の国だぞ』 荒熊『オイオイ掛れ掛れ。伸ばせ伸ばせ』 と荒熊が下知するを、蚊々虎は両方の手に唾しながら、 蚊々虎『サア来い、五つ一、一匹二匹は面倒だ。一同五人の奴、束になつて束て一度にかかれ』 荒熊『何だ、割木か、柴のやうに束になつてかかれと、その広言は後にせえ。吠面かわくな、後の後悔は間に合はぬぞ』 と前後左右より蚊々虎に武者振りつく。 蚊々虎『ヤー、わりとは手対へのある奴だ。もしもし、センセン宣伝使様、鎮魂だ、鎮魂だ、ウンと一つやつて下さいな』 淤縢山津見『マー充分揉れたがよからうよ。あまり貴様は腮が達者だから、鼻の一つも捻ぢ折つて貰へ。アハヽヽヽ』 蚊々虎『そりやあまり胴欲ぢや、聞えませぬ。コンナ時に助けて下さるのが宣伝使ぢやないか、人を見殺しになさるのか。もしもし、もうそれそれ今腕を抜かれる。イヽヽヽイツターイ腕が抜ける。コラ荒熊、荒い事するな。柔かに喧嘩せぬかい』 荒熊『喧嘩するに固いも柔かいもあるか。この鉄拳を喰へ』 と云ふより早くポカリと打つ。四人は蚊々虎の左右の手足に確りと、獅噛付きゐる。 荒熊『オイ四人の者共それを放すな。これからこの蚊々虎の身体を突かうと殴らうと俺の勝手だ』 蚊々虎『オイ突くのも撲ぐるのもよいが、あまり酷いことをするなよ。ちつと負けとけ、割引せい』 荒熊『俺は負けと云つたつて、喧嘩に負けるのは嫌ひだ。木挽なら何の様にも割挽くが俺や止めた、嫌だ。貴様の生首をこれから捻ぢ切つてやるのだ。アー面白いドツコイ、貴様の面ぢや面黒いワイ。ワハヽヽヽ』 と笑ふ途端に崖から谷底目がけてヅデンドウと落込みける。四人は驚いて掴まへた手足を放したれば、蚊々虎は元気づき、 蚊々虎『さあ大丈夫だ。貴様らもこの谷底へみんな葬つてやらう』 四人は慄ひ戦き、岩に獅噛付いて居る。 蚊々虎『アハヽヽ、俺の真正面に来よつて、この方の霊光に打たれたと見えて、荒熊奴が仰向けに谷底にひつくり返つた。オイ荒熊の乾児共、面を上ぬかい。俺の霊光にひつくり返してやらうかい。もう大丈夫だ。もしもし宣伝使様、貴方はあまり卑怯ぢやないですか。味方の味方をせずに敵の味方をするとはよつぽど好い唐変木ですよ。それだから貴方はおーどーやーまーづーみーと云ふのだ。この蚊々虎の御神力に恐れ入つたらう。これからは荷物持ちになれ』 と云つて大法螺を吹きながら四辺を見れば、宣伝使の影は煙と消えて見えざりけり。 蚊々虎『あゝ弱い宣伝使だな。此奴もまた谷底に放られたのか知らぬ、あゝ気の毒なことだ。袖振り合ふも多生の縁、躓く石も縁の端、折角ここまでやつて来たものの、荒熊と一緒に谷底に放られてしまうたか、エー気の毒ぢや、アー人間と云ふものは判らぬものだナア。今まで偉さうに蚊々虎々々々だのと昔のかばちを出しよつて、偉さうに言つて居たのが、この悲惨な態は何の事かい。昔は昔、今は今ぢや』 と調子に乗つて四人の男を前に据ゑ、一人御託を並べて居る。そこへ流暢な声で、 宣伝使(淤縢山津見)『神が表に現はれて善と悪とを立別る この世を造りし神直日』 と云ふ宣伝歌聞え来たりぬ。 蚊々虎『ヨウまた宣伝使か、誰だらう。谷底へ嵌つた幽霊の声にしては、何んとなしに力がある。ハテナ、怪体な事があれば有るものぢや』 と独語を云つてゐると、そこへ淤縢山津見は谷底に落ちたる荒熊を、背に負ひ労り乍ら宣伝歌を歌ひつつ上り来たり。 蚊々虎『ヤヤバヽ化け者が、よう化けよつたナア』 淤縢山津見『オイオイ蚊々虎、俺だよ。化物でも何でもない真実者だ。宣伝使は善と悪とを立別る役だ。貴様があまり御託を並べるから同情は出来ない。却つて俺は荒熊に同情してこの危難を助けたのだ。神の道には敵も味方もあるものか。三五教の御主旨は味方の中に敵が居り、敵の中にも味方が在ると教へられてある。貴様は俺の味方でありながら神様の御心を取違ひ致して、却て敵になるのだ。この荒熊さまは吾々に対して無茶なことを云ひ、吾々の通路を妨げる敵の様だが、敵を敵とせず、敵が却て味方となる教だ。どうだ合点が行つたか』 蚊々虎は怪訝な顔して、 蚊々虎『へー』 と味のない味噌を喰つた様な顔をして、首を傾け指をくはへ、アフンとして山道に佇立しゐたり。 (大正一一・二・八旧一・一二谷村真友録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 34 烏天狗 第三四章烏天狗〔三八四〕 月は中空に輝き、星稀なる大御空、雲を散らして吹く松風の音に、五月姫は目を醒まし淤縢山津見の顔に目を注ぎ、 五月姫『これはこれは淤縢山津見さまも、ああして歩いて居れば、立派な男らしい神さまのやうな御顔だが、一切万事を忘れ、御寝になつた時の御顔は悪相に見える。是も矢張り心の色かいなー。正鹿山津見様の此の御鼻は何として是ほど赤いのだらう。鼻筋の通つた、綺麗な男前だと思うたに、此のまた鼻は何事ぞ、甚だ醜くい御顔立。ヤアヤア蚊々虎さまの御顔にも妙な色が顕はれて居る、蚊々虎さま、「世界第一の色男」と書いてある。ホヽヽヽヽ、罪の無ささうな御顔。本当に此の御顔は神様のやうだわ。ヤー嫌な事、「五月姫に惚れて、よう妬く男」アヽ嫌な事、駒山さまたら何と妙な御顔に成られたでせう。ホヽヽヽヽ』 蚊々虎は五月姫の声を聞きながら、可笑しさを耐へて歯を喰締り、クークーと口の中で笑うて居る。 駒山彦は五月姫の声にムツクと起き上り、五月姫の襟髪をグツと握つて、 駒山彦『コラ素平太、何を吐かしよるのだい。淤縢山津見の顔は悪相だの、正鹿山津見の顔が赤いの、好きだの嫌ひのと吐ざきよつて、剰けに「世界一の色男だ」なんて、俺が知らずと寝て居るに余りだ。駒山彦は「五月姫に惚れて、よう妬く男」なんて馬鹿にするな、女旱のない世の中だ。世界に男の数が四分、女の数が六分、何だ其シヤツ面は。貴様のやうな女は、此の高砂島には、笊で量る程ごろついて居るのだ。ヘン天上眉毛を附けよつて、馬鹿にするない。人が知らぬと寝て居るかと思うて、蚊々虎の顔を穴の明くほど覗きよつて、世界一の色男だと、何を吐ざきよるのだ。惚れた貴様の目からは菊石も靨、鼻の取れたのも、腰の曲つたのも、優らしう見えるだらう。月は皎々として天空高く輝き渡れども、お前の胸は恋の暗だ。味噌も糞も一所雑多にしよつて、誰がお前のやうな端女に惚れるの妬くのと余り馬鹿にするない』 蚊々虎『クヽヽヽヽヽ、ウハヽヽヽヽ、面白い面白い。おつとどつこい、クヽヽ桑の実で顔を彩られ、面赤いワイ。ウハヽヽヽ』 此笑ひ声に、淤縢山津見、正鹿山津見の二人は、ムツクと起き上り、 淤縢山津見『あゝよく寝入つて居たのにあた喧しい、折角の面白い夢を破られて了うた。貴様らは困つた奴ぢやなー。夜明けに間もあるまい。モー一と寝入りせなくちやならないから、お前達も黙つて寝たら宜からう』 駒山彦『ヤー淤縢山津見さま、貴方の顔はソラ何んだ。正鹿山津見さま、其鼻は何うした。チト変だぜ』 淤縢山津見『変でも何でも宜い。やつぱり顔は顔ぢや』 正鹿山津見『鼻は鼻だよ。アヽ喧しい奴だ』 蚊々虎『ウハヽヽヽ』 五月姫『ホヽヽヽヽ』 駒山彦『馬鹿々々しい、笑ひ所か、人の顔の棚下しをしよつて、素平太の癖になア』 淤縢山津見『コレコレ駒山彦、三五教だ。宣り直さぬかい』 駒山彦『ハイハイ』 さう斯うする間に月の色は漸く褪せて、其処ら一面ホンノリと明くなり来たりぬ。諸鳥は言ひ合したるやうに、木々の梢に囀り始めた。数十羽の烏は、五人が安臥せる上空をアホウアホウと鳴きわたる。 蚊々虎『オイ、阿呆共、起きぬかい。烏までアホウアホウと言うてるよ。お天道さまに、いい面曝しだ。お前たちの顔は何んだい』 一同はムツクと起上り互ひに顔を見合せ、 一同『ヤーヤー、ヨーヨー、誰だい、コンナ悪戯をしよつたのは』 駒山彦『蚊々虎だ、決まつてるわ』 蚊々虎『お前たちの面を熟々考ふるに、之は矢張り烏の仕業だなア。烏が最前も大きな声でカアカアカアカア蚊々虎かも知れぬと鳴いて居たよ。察する所、要するに即ち、天狗の悪戯だよ。天狗といふ奴はなア、黒い顔しよつて腰の曲つてる癖に、悪戯をする奴だ』 駒山彦は吹き出し、 駒山彦『たうとう白状しやがつたなア。ヤー貴様の顔には「世界第一の色男」だて、馬鹿にしよるわ。俺も何だか顔が鬱陶敷、顔の皮が、引つ張るやうだ。正鹿山津見さま、一寸私の顔を見て下さいナ』 とニウと突き出す。 正鹿山津見『ヨー書いたりな書いたりな、しかも赤字で、五月姫に惚れて能う妬く男ハヽヽヽヽ』 駒山彦『ヤー夫れで読めた。五月姫さま、済まなかつた、宣り直しますよ。貴方私の顔の字を見たのだなア。私はまたお前さまが私の悪口を云うたのだと思うて一寸愛想に怒つてみた。心の底から決して決して怒つては居ないよ。量見して下さい』 蚊々虎『涙弱い奴ぢやなア、直に女とみたら目を細くしよつて、結構な男の頭をピヨコピヨコ下る腰抜男奴、ハヽヽヽヽ』 五月姫『皆さまのお顔に何だか赤いものが附いて居ますよ。妾の顔にも何か附いて居やしませぬか』 一同は手を打ちて、 一同『ヨー秀逸だ、天上眉毛だ。それで幾層倍神格が上つたかも知れやしないワ』 五月姫は、 五月姫『ホヽヽヽヽ』 と笑ひながら袖にて顔を隠す。淤縢山津見は襟を正し、容を改め儼然として、 淤縢山津見『コラコラ蚊々虎、悪戯をするにも程があるぞよ。何だ、吾々一同の顔を知らぬ間に彩りよつて、吾々の顔は草紙でないぞ、ノートブツクとは違ふぞ』 蚊々虎『私もチヨボチヨボだ。誰か腰の曲つた烏天狗でもやつて来て、悪戯をしたのでせう。 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せ』 駒山彦『勝手な奴ぢやなア、都合が悪いと直に宣伝歌を歌ひよる。ホントに困つた男だ』 蚊々虎『実際の悪戯者はよう判明つて居る。いま此方さまが指の先で此人だとハツキリ指してやるから、此方さまの指の先の落ちて行く先を見て居るがよいワイ。今の今の悪戯小僧は何処から来たか、東から来たか、西から来たか、南から来たか、きたかきたか矢張り北ぢや、乾の隅の腰の屈んだ烏天狗のやうな、世界で一の色男、蚊々虎さまが皆書いた、この鼻さまぢや』 と、自分の鼻を押へて見せる。駒山彦も、 駒山彦『俺も一つ書いてやろ、蚊々虎そこに寝ぬか』 蚊々虎『後は明晩に悠然と伺ひませう』 駒山彦『何故そんな悪戯をするのか』 蚊々虎は腕を捲り肩を怒らしながら、 蚊々虎『是には深い仔細がある。是から先の大蛇峠を越える時に、胴の周囲が嘘八百八十八丈、身体の長は八百八十八万里、尨大い大蛇に出会すのだ。夫で淤縢山津見は怖い顔して見せる、正鹿山津見は赤い鼻をニユーと突き出して大蛇を笑はせ転ばすためだ。蚊々虎は天下一の色男はコンナものぢやと大蛇の奴に見惚れさすのぢや。駒山彦はデレ助と云ふものはアンナシヤツ面かと、大蛇に穴の明くほど見詰めさすのだ。さうして天女のやうな五月姫を、何とまあ別嬪も有るものぢやと見詰めさすのぢや。つまり魅を入れさすのぢや。大蛇に魅を入れられたら五月姫さまは助かりつこは無いワ』 駒山彦『アヽ顔を洗うと云うたつて、水も何も有りやしない。御一同このまま水のある所まで行きませうか』 一同『仕方が無いなア、サア参りませう』 と草鞋脚絆に身を固め、さしもに嶮しき大蛇峠に向つて足を運びける。 (大正一一・二・一〇旧一・一四森良仁録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 35 アルタイ窟 第三五章アルタイ窟〔四六五〕 石凝姥神、梅ケ香姫二人の宣伝歌に、酋長鉄彦を始め一同の者は、やつと安心の胸を撫でおろし、梅ケ香姫の意見を容れ、清姫の身代りをこしらへ、梅ケ香姫を唐櫃の中に納めて、石凝姥神と時公の門番は唐櫃を舁ぎ、数百人の老若男女に送られて、アルタイ山の山口にさしかかれば、忽ち一天深黒に彩られ、烈しき山颪は岩石も飛ばさむ許りに吹き荒んで来た。一同は風に逆らひながら、漸くにして山寨の前に進み着き、梅ケ香姫を納めたる唐櫃を岩窟の前に静に据ゑ、村人は先を争うて倒けつ輾びつ闇の山路を下り行く。 石凝姥神、時公の二人は、間近の茂みの中に身を横たへて、様子如何にと窺ひ居る。暫くあつてアルタイ山の一面に、大空の星の如く青き火光が瞬き始め、中より一層大なる松火の如き火は、ブウンブウンと唸りを立てて唐櫃の上空を、前後左右に駆け廻り駆け廻る事ほとんど一時ばかり、唐櫃の中よりは幽かなる宣伝歌響いて居る。この声に恐れてや、大なる火光は上空を廻るのみにて、容易に下りて来ない。 数百千の山の青白き火は追々に消え失せ、咫尺も弁ぜざる闇黒と変じ、松火の火は追々と光薄く小さくなり行く。宣伝歌は唐櫃の中より次第々々と声高く聞え来る。一塊の火は忽ち上空に舞ひ昇り、西南の天を指して帯を引きつつ逃げて行く。 石凝姥神はこの態を見て腕を組み、 石凝姥神『オイ、時公、今の火を見たか、随分立派なものだのう。到底アルタイ山でなければ、コンナ立派な火を見る事は出来ないぞ』 時公『ハイ、ドウも恐ろしい事で御座いました。何だか身体が縮かむ様で、手も足も動きませぬ』 石凝姥神『気の弱い奴だなア。貴様一寸声を当に、御苦労だが唐櫃のそばへ寄つて、梅ケ香姫はどうして居るか、調べて来て呉れぬか』 時公『ヘイ、イイエ、滅相な、ドウして足が立ちますものか』 石凝姥神『ソレナラ俺が行つて来るから、貴様はここに隠れて居れ』 と云つて立上らむとするを時公は、 時公『モシモシ、私も一緒に連れて行つて下さい。コンナ処に一人放つとけぼりを喰はされては堪まりませぬワ』 石凝姥『貴様、手も足も動かぬと云つたぢやないか。連れて行けと云つた処で、此闇がりに負うてやる訳にも行かず、仕方がない。マア神妙に待つて居るがよい』 時公『イヤ、ソレナラ、立つて御供を致します』 石凝姥神『ナンダ、なまくらな奴だ、臆病者だな、サア来い』 と手を引いて、唐櫃の前に探りさぐり進み行く。宣伝歌の声は唐櫃の外に洩れ聞えてゐる。 石凝姥『オー、梅ケ香姫殿、悪神は逃げ去つた様です』 と云ひながら、唐櫃の蓋をパツと取れば、梅ケ香姫は白装束の侭髪振り乱し、双刃の剣を闇にピカつかせながらスツクと起ち上り、 梅ケ香姫『ヤアー、アルタイ山に巣を構へ、人の命を奪ふ悪神蛇掴、思ひ知れよ』 と矢庭に声する方に向つて迫り来る其権幕に、時公はキヤツと叫びてその場に倒れ伏す。 石凝姥神『ホー、梅ケ香姫殿、お鎮まりなさい、拙者は石凝姥です。悪魔は最早西南の天に向つて火の玉となり逃げ去りました』 梅ケ香姫『ヤー、蛇掴、汝は吾宣伝歌に恐れ、再び計略を以て三五教の宣伝使石凝姥神と佯り、吾を籠絡せむとするか。思ひ知れよ』 と剣を抜き放つて、前後左右に振り立て振り立て迫り来る。石凝姥は後しざりしながら、 石凝姥神『マアマア、待つた待つた、本物だ』 梅ケ香姫『此期に及んで小賢しき其云ひ訳、聞く耳持たぬ』 と白装束の侭、石凝姥に向つて斬つてかかる。石凝姥は已むを得ず、闇中に幽かに見ゆる白き唐櫃の蓋を取つて梅ケ香姫の刃を受け止め、 石凝姥神『石凝姥だ石凝姥だ』 と頻りに叫ぶ。梅ケ香姫は岩角に躓きバタリとその場に倒れたるが、あたかも時公の倒れたる一尺ばかり傍なりしかば、時公は又もやキヤツと声立て、 時公『ヘヽ蛇掴様、ワヽ私は時公と云ふ男で御座います。貴方のお好きな餌食を御供へに来た者、どうぞ命ばかりは御助け下さいませ。お気に入らぬか知りませぬが、実の処を白状致しますれば、清姫ではなくて、なんでも酸い酸い名のついた風来者の乞食姫で御座います。併し食つてみな味は分りませぬ。お気に入らねば、又明日の晩に本真物を持つて来ます。是でよければ、どうぞ辛抱して、私はお助け下さいなー』 石凝姥は暗中より、 石凝姥神『ホー、時公の奴、不埒千万な、其方は清姫の身代りを持つて来たなア。身代りで済むものなら、男でも女でもかまはぬ。この梅ケ香姫はスツぱくて此方の口に合はぬ。貴様の肉はポツテリ肥えてウマさうだから、これから貴様を御馳走にならうかい』 時公『ソヽヽヽヽそれは違ひます、そんな約束ぢやなかつたに、マヽ待つて下さいませ。食はれる此身は厭はねども、内に残つた女房が嘸歎く事で御座いませう。命ばかりはお助け下さいませ。アヽ、こんな事になると知つたら、三五教の奴乞食の様な、石凝姥とやらの云ふ事を聞くぢやなかつたのに、是から彼奴を私が平げて、貴方の恨を晴らしますから、どうぞお助けを願ひます』 梅ケ香姫闇がりより、 梅ケ香姫『ホヽホヽホヽ』 時公『なんだ、アタいやらしい。ホヽホヽ処かい、今食はれかけて居るとこぢや。お前は替玉で、蛇掴様のお気に入らぬとて、助かつて嬉しからうが、俺の身にもなつて見たがよい。千騎一騎の背中に腹の替へられぬ、苦しい場合になつて居るのに、人を助ける宣伝使が笑ふと云ふ事があるものか。馬鹿にするない。もう斯うなつては破れかぶれだ。俺が食はれる前に貴様の命を取つて腹癒せをしてやらう』 梅ケ香姫『ホヽホヽホヽ、時公さま、貴方口ばつかり御達者ですなア、御手足が動きますか』 時公『ウヽ動かいでかい、動かして見せてやらう、かう見えても、もとは時野川と云つて、小角力の一つもとつた者だ。乞食女の阿魔女奴が何を吐しよるのだ。それにつけても石凝姥の奴、偉さうな法螺ばかり吹きよつて雲を霞と逃げて仕舞ひよつた。どうせ三五教の宣伝使に碌な奴があるものか。ほんたうにドエライ目に遭はせよつたワイ』 石凝姥作り声をして、 石凝姥神『コラコラ時公、頬桁が過ぎるぞ。舌から抜かうか』 時公『下からも上からもありませぬ。私の様な骨の硬い味のないものを食つた処で、胸が悪くなるばかりです。梅ケ香姫よりもう一段酸い酸い、粋な男と内の嬶が申します』 石凝姥神『その酸い奴が喰つて見たいのだ』 時公『矢張り嘘です、酸い奴は梅ケ香姫』 石凝姥は元の声になつて、 石凝姥神『オイ時公、随分俺の悪口をよく囀つたなア。とうの昔に蛇掴はアーメニヤの方へ逃げて仕舞つたよ。最前から蛇掴と云つたのは、暗がりを幸ひ、俺が一つ貴様の肝と心の善悪を調べて見たのだ。貴様はまだまだ改心が出来て居らぬワイ』 時公『ハイハイ、ほんま物ですか。ほんま物なら今から改心いたしますから赦して下さいな』 石凝姥神『蛇掴の肉体は逃げ去つたが、其霊が俺に憑つて、貴様を喰へと云ふのだ。必ず石凝姥を鬼の様な奴と恨めて呉れなよ。俺に憑つた副守護神が、貴様をこれから喰ふのだよ』 時公『あなた、そんな殺生な副守護神を去して下され』 梅ケ香姫『ホヽホヽホヽ』 時公『コレコレ梅ケ香さま、旅は道連れ世は情だ。かうして三人この深山に出て来たのも深い因縁があつての事でせう。貴女宣伝使なら、あの副とか守とか云ふものを去して下さいな』 梅ケ香姫『ホヽホヽホヽ』 石凝姥『アハヽヽヽヽ、嘘だ嘘だ』 時公『ウヽ、ウヽソウですか』 石凝姥神『洒落処でないワイ。もう夜が明ける、サアサア支度だ支度だ。梅ケ香様、貴女は女の事だから、此唐櫃にお這入りなさい。私と時公と舁いで帰ります』 時公『舁げと云つたつて腰が抜けて舁げませぬ』 かくする中、東雲の空紅を潮し、あたりはホンノリと明け放れた。見れば辺りには大小の鬼の形したる岩石が、そこら一面に散乱して居る。石凝姥神は辺りの手頃の細長き岩片を拾ひ、之に息を吹きかけ頭槌を作り、鬼の化石を片つ端より頭を目がけて叩き割れば、不思議や、其石よりは霧の如く、血煙盛んに噴出す。幾十百とも限りなき鬼の化石を一つも残らず首を斬り、ここに三人は悠々として山を下り、再び鉄谷村の酋長鉄彦の家居をさして悠然として凱歌をあげて帰り来る。 (大正一一・二・二七旧二・一岩田久太郎録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 13 転腹 第一三章転腹〔四八〇〕 松代姫が、妹の梅ケ香姫に面会したる嬉しさに歌を歌つて居る真最中、表門に現はれたる黒頭巾を被つて手に十手を持つた男、門内の様子を窺ひながら、 甲『オイ俺達もアーメニヤのウラル彦の盤古神王から命令を受けて此処に捕手に向つたのだが、どうも内の様子が怪しいぞ。ぐじやぐじや一人ぢやないらしい、何でも五六人の声がして居る。一人のぐじやぐじや姫でさへも、こんな荒男が五人も出て来な手に合はぬのに、五六人も居るとすれば一寸容易に手出しは出来ない、なんぼぐじやぐじや姫でも一寸ぐじやりとは仕居らぬかも知れぬ』 乙『貴様何を吐すのぢや、ぐじやぐじや姫ぢやと云ふ事があるか、くしやくしや姫だ』 丙『馬鹿云ふな、九尺姫と云ふのだ、貴様のとこの嬶も九尺二間の破れ家に、棟つづき小屋に暮して、九尺々々吐かして居るが、マアあンなものだらうかい』 丁『さあ、くしやくしやと悪口を云うと、今頃にや、貴様のところのお鍋が、くしやんくしやんと、くしやみ姫になつて居るかも知れないぞ』 戌『分らぬ奴だなあ、杓姫と云ふのだ、杓子のやうな顔をして居るから杓姫だよ、さてもさても汲み取りの悪い奴だ。貴様の様な奴に相手になつて居ると癪に触つて仕様がない、いづれ何処かの飯盛女でもやとつて来て嬶にしやがつたのか、誰やらの作つた川柳にも「飯盛りをしてるお鍋の杓子顔」と云ふ事がある、マアそんな代物だらう』 甲『馬鹿言へ、ぐじやぐじや姫は天下の美人だと云ふ事だ。其奴に睨まれたが最後、どんな奴でも、ぐじやぐじやになつて仕舞ふ。それで、ぐじやぐじや姫と云ふのだ。オイオイ一寸聞いて見ろ、三杯酢にするとか、茹でて喰ふとか、美味からうとか、言つて居やがるぞ。貴様愚図々々しとると、ぐじやぐじや姫の化女に喰はれて仕舞ふか分らぬぞ』 丙『オイ、臆病風に誘はれて、大事の使命を果せない様な事が出来たら、それこそ帰つて上役に何と言つて噛みつかれるか分りやせぬ』 丁『此方で噛みつかれるか、帰んで噛みつかれるか、どちらにしても助かりつこはない、前門の狼、後門の虎だ。一つ肝玉を出して乱入に及ぶとしようかい』 戌『オイ、乱入は結構だが、彼奴ぐにやぐにや姫だから、ニユーだぞ』 甲『何がニユーだい』 戌『それでもニユーはニユーだ。古狸の化入道だ。八畳敷の睾丸を投網をうつたやうにパーツと被せやがつたら、それこそたまつたものぢやない。直喰はれて仕舞つて白骨になつて曝されるのだ。それだからよく言ふ事だ。晨の睾丸夕の白骨だ』 乙『厚顔は貴様の事だ。本当に鉄面皮な奴だから、かういふ時にや貴様先導にや都合がよい。愚図々々せぬと、サアサア貴様から這入つたり這入つたり。オイ松公、梅公、何を愚図々々しやがるのだ。オヂオヂして居ると今度は竹さまが拳骨をお見舞申すぞ』 門内にて時公は此声を聞き、 時公『何だ、失敬な奴だ。松代姫さまを松公だの、梅ケ香姫さまを梅公だの、竹公だのと馬鹿にして居やがる。愚図々々吐かすと摘み潰してやるぞ』 梅ケ香姫『コレコレ時さま、お前さまはそれだから困る。二言目には摘み出すなぞと、そんな乱暴はやめて下さい。人が鼻摘みして厭がります』 時公『鼻摘みしたつてあんな事言はして置いて男甲斐もない、黙つて居るのが詮らぬぢやありませぬか。つまり、要するに、即ち、狐に魅まれたやうなものですな。兎も角一寸門口を覗いて来てやりませうか』 梅ケ香姫『覗いて来るのも宜敷いが、温順しくして相手にならぬやうにしなさいや。神様のやうに誠の道の方へ摘み上げてやるのは宜敷いが、鷲が雀を抓んだやうな乱暴な事をしてはいけませぬぜ』 時公『ハイハイ、承知致しました。摘み上げてやります、かみさまの方へ』 と云ひながら肩を揺つて門口に向つた。 時公『サア、梅ケ香様のお許しだ。摘み上げるなら、かみの方へだと云ふ事だ。俺の髪の上まで掴み上げてやらうかい。最前から腕が鳴つてりうりういつてた所だ。マアこれで溜飲が下がると言ふものだ』 と独語ながら門をガラリと開けた。五人の捕手は十手を握つた儘、不意の開門に鳩が豆鉄砲をくつたやうな面構へして、時公の巨大な姿を凝視めて居る。 時公『ヤイヤイ、古今独歩、天下無類、絶世の美人孔雀姫様が御門前に立つて、愚図々々吐かすは何奴なるぞ。その方はウラル教の捕手と見える。其十手は何だツ。此処へ持つて来い。そんな苧殻のやうな細い奴を持ちやがつて、百本でも千本でも一緒にかためてぽきぽきと折つて仕舞つて遣らうか。オイコラ、蛇掴みのやうに貴様も掴み上げてやらうか』 松公『ヤア、この方は貴様の云ふ通り、ウラル教の捕手の役人だ。尋常に手を廻せ』 時公『この方は、アルタイ山の蛇掴みの親分、大蛇掴みだ。サア尋常に目をまはせ。ヤア、言はんさきに目を眩しやがつて、倒れて居やがる。腰の弱い奴、いや目の弱い奴だ。改心致さぬとまさかの時にキリキリ舞を致して眩暈が来るぞよ』 かかる所へまたもや勝公がやつて来た。 勝公『オヤ、此奴ア面白い、黒ン坊、屁古垂れ、猪口才な、貴様は捕手の役人らしいが、早く捕へて帰らぬかい。愚図々々致すと神の道へ掴み上げるぞ。こんな弱い奴には、俺のやうな豪傑は喰ひ足らぬ。八公と鴨公に茹で上げさせて噛んで喰はしてやろかい。大分豪い寒じでさむがつて居るのだから、茹でて、天麩羅にして喰つたら、ちつとは暖まるかも知れぬなア。時さま、序に一人づつ摘み上げて、孔雀姫様にお目にかけたらどうだらう』 時公『それや面白い。俺は四人の奴を両の手で掴んで、かみの方へ掴み上げるから、貴様一人だけ摘み上げて来い』 と言ひながら、強力無双の時公は四人を一時に両手に握り、頭上高く捧げながら、 時公『ヤア、門が邪魔になる。困つたもんだ、小さい門だ、低い門だ、おまけに此奴は弱いもんだなア』 と言ひながら、ピシヤリと門を閉めた。閉めた拍子にガタリと枢はおりた。勝公は外から、 勝公『オイオイ、開けぬか開けぬか。此奴は中々手強い奴だ。オイオイ、助け船だ』 時公『オイオイ、八、鴨、勝公が外で泡を吹いて居る。お前も加勢に往つて来い』 八、鴨『よし来た』 と二人は枢を開けて表門に駆け出した。やつとの事で一人の捕手を担いで這入つて来た。 時公『サアサア、捕手のお方、躓く石も縁の端だ。マア一杯御神酒を頂戴なさい。決して毒は入つて居はしない、私が毒味をして見せる』 と言ひながら、神前の神酒をおろし、 時公『お先に失礼』 と云ひながら、自分が一杯ぐつとやり、 時公『サア、この通りだ。頂いた頂いた』 松公『これはこれは思ひがけない。殺されるかと思つたら、御神酒を頂くのか。何より好物だ』 竹公『夢に牡丹餅だ』 梅公『地獄で酒だ。サア春公、秋公、貴様も一杯頂戴せい』 松公『ヤア、これはこれは酌姫様』 鴨公『お生憎此処には酌姫は居ない、この鴨さまがついで上げませうかい。鴨の肴で一杯飲つて、後は宣伝歌の珍しい歌を聞かして貰ふのだ』 竹公『思ひがけない御馳走に預かり、命を助けて貰つて有難う御座います。ヤア、もう捕手の役人では気が利かない、今日からすつかり廃業しませう』 時公『捕手の役人はお前の天職だ。それをやめたら何をする積りだ』 竹公『私は元来の芸無し、これと云ふ仕事もありませぬ』 時公『さうだらう、此世の中に何もせず暮す奴は穀潰しだ、娑婆塞ぎだ。捕手の役人はお前の天職だからやめてはいかぬ。俺をアーメニヤ迄連れて帰つて、お前の手柄にせい』 松公『メヽ滅相な。貴方のやうなお方を連れて帰らうものなら、それこそ大騒動が起ります』 時公『ハヽヽヽヽ、何と弱い捕手だなア』 梅公『アヽ、何と仰有つても捕手の役は嫌になつた。何時命が無くなるか分つたものぢやない。仕事の多いのに人の厭がる捕手の役人になるとは、何たる因果の生れつきだ』 とそろそろ酒が廻つて泣き出す。 勝公『ウハヽヽ、面白い面白い。泣き上戸が現はれた』 時公『今お前は命が危いから、捕手の役を止めると云つたが、さう無茶苦茶に死ぬものではない。生くるも死ぬるも皆神様の思召だ。なんぼ死なうと思つても神様のお許しが無ければ死ぬ事は出来ぬ。死ぬまい死ぬまいと思つても神様が幽界へ連れて行くと仰有つたら酒を呑みながらでも死なねばならぬぞ。飯食ふ間もどうなるか分らぬ人の命だ。何事も神様にお任せして其日の勤めを神妙に勤めるがよからう』 茲に五人の捕手は意外の饗応に感じ、いづれも三五教の熱心なる信者となつた。 松代姫の一行は寒風に梳られながら、喜び勇んで雪の道を、ザクザクと進み行くのであつた。 (大正一一・三・一旧二・三加藤明子録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 04 羽化登仙 第四章羽化登仙〔六一五〕 名さへ恐ろしき魔の岩窟よりお節を救ひ出し、鬼彦一行五人は裸のまま、比治山颪に吹かれ、震ひ震ひ平助親子を先に立て、雪解の山坂を登り行く。 岩公『アヽ平助さま、お楢さま、年寄りの身で、此山坂をお上りになるのは、大抵の事ぢや有りますまい。お節さまも永い間、岩の中に押し込められ、足も弱つたでせう。どうぞ、吾々は若い者、あなた方を負はして下さいませぬかナア』 平助『イエイエ滅相な、ソンナ事をすると、参詣つたが参詣つたになりませぬ。人様のお世話になつて行く位なら、婆アと二人が炬燵の中から拝みて居りますわ』 岩公『これはしたり平助さま、それもさうだが、吾々を助けると思つて、負はれて下さい。実の事を云へば、赤裸で風に当られ、何程元気な私達でも、辛抱が出来ませぬ、負はして下さらば、体も暖くなり、又お前さま等も楽に参れると云ふものだ。此れが一挙両得、私も喜び、あなた方も楽に参れると云ふものぢや。神様は好んで苦労をせよとは仰有らぬ。チツとでも楽に信神が出来るのを、お喜びなさるのだから、どうぞ痩馬に乗ると思つて、私の背中にとまつて下さいな』 平助『お前の背中は宿屋ぢやあるまいし、………鳥かなぞの様にトマル事が出来るかい。あまり人を馬鹿にするものぢやない』 岩公『ヤア是れは是れは失言致しました。どうぞ三人さま共、御馬の御用を仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 平助『コレコレお楢、お節、大分キツイ坂ぢや。裸馬に乗ると思うて、乗つてやらうかい』 お楢『アハヽヽヽ、二本足の馬に乗るのはお爺サン、ちつと剣呑ぢやないかい』 平助『ナアニ、此奴ア六本足だ。本当の馬より大丈夫かも知れぬ』 岩公『おぢいさま、六本足とはソラどう言ふものだ。三人一緒に勘定しられては、チツと困るデ……』 平助『ナニお前、三人寄れば十八本だ。お前一人で六本ぢや。肉体の足が二本と、副守護神の四足と合はしたら、六本になるぢやないかい』 鬼彦『アハヽヽヽ、馬鹿にしよる。俺達を獣類扱にするのだなア』 平助『定まつた事だよ。狐とも、狸とも、鬼とも分らぬ代物だ。六本足と言うて貰うのはまだ結構ぢや』 鬼彦『エツ、寒いのに仕様もない事を言つて、冷かして呉れないツ………ナア鬼虎、寒いぢやないか』 鬼虎『ウン、大分に能く感じますなア、………もしもしおぢいさま、お婆アさま、どうぞ吾々を助けると思うて、背中に乗つて下さい………アヽ寒いさむい、お助けだ』 平助『アヽそれならば、お楢や、お節、乗つてやらうかい。大分寒さうぢや。チツと汗を掻かしてやつたら、温もつてよからう。これも神様参りの善根ぢやと思うて、少々苦しいても辛抱してやらう。其代りにお前達、落す事はならぬぞ、落したが最後神罰が当るから、鄭重にお伴するが良いワ』 鬼彦、鬼虎『ヤア早速のお聞届け、鬼彦、鬼虎、身に取り、歓喜雀躍の至りで御座います』 平助『コレ、彦に、虎、誰がお前の様な、意地癖の悪いジヤジヤ馬に乗るものか、わしの乗るのは岩馬ぢや。婆アは勘馬の背中に、お節は櫟馬の背中に乗つて往くのだよ。大きに、御親切有難う』 鬼虎、鬼彦『どうしても吾々には、御思召が御座いませぬか』 平助『エー、何程金を呉れたつて、お前等の様な者に乗つて堪るかい。体が汚れますワイ。一寸の虫も五分の魂だ。酷い目に遇はされて、負うて貰つた位で、恨みを晴らす様な腰抜があつてたまるものか。何処までも、お前の御世話にやなりませぬワイナ』 鬼虎『アーア、執心の深いお老爺さまだ。併しこれも身から出た錆だ。………エー仕方がない、寒い寒い、体も何も氷結しさうだ。比治山峠に於て、首尾能く凍死するのかなア……オイ鬼彦、一つ……モウ仕方がないから、裸を幸ひ、相撲でも取つて、体でも温めやうぢやないか』 鬼彦『オウさうぢや。良い所へ気が付いた』 と二人は少し広い所に佇み、両方から力を籠めて、押合ひを始め出した。あまり力を入れすぎ、ヨロヨロと、鬼彦が蹌跟く途端に、二人は真裸の儘、雑木茂れる急坂をかすり乍ら、谷底へ落ち込みにける。平助は背中に負はれ乍ら、 平助『アーア罰は目の前じや。あまり悪党な事をすると、アンナものぢや。神様は正直ぢやなア。……オイ岩公、貴様も彼奴等の……もとは乾児ぢやつたらう。今日は俺のお蔭で温い目に会はして貰うて、さぞ満足ぢやらう。アハヽヽヽ』 岩公『コレコレぢいさま、お前さまも好い加減に打解けたらどうだイ。あれ丈鬼彦や、鬼虎の哥兄が改心して、一生懸命に謝罪つて居るのに、お前さまはどこまでも好い気になつて、苦めようとするのか……イヤ恥をかかすのか。斯うなると、此岩公も却て二人の方に同情したくなつて来た。エー平助ヂイ奴がツ……谷底へ放り込みてやらうか。好い気になりよつて、あまりだ。傲慢不遜な糞老爺奴が……』 平助『コラコラ岩公、滅多な事を致すまいぞ。コンナ所へ放られようものなら、それこそ一たまりもない、俺の生命は風前の灯火だ。気を附けて行かぬかい。……第一貴様の足は長短があつて、乗心地が悪い。其跛馬に乗つてやつて居るのに、何ぢや、其恩を忘れよつて、御託吐すと云ふ事が有るものか。グヅグヅ云うと、鬢の毛をひつぱつてやらうか』 岩公『アイタヽヽ、コラぢいさま、ソンナ所を引つ張られると、痛いワイ』 平助『痛い様に引つ張るのだ。サアしつかりと上らぬか、………モツとひつぱらうか』 岩公『オイ勘公、櫟公、どうぢや、大変都合が好い所が有る。三人一度に此処から転げたろか。あまり劫腹ぢやないか、此糞老爺奴、馬鹿にしやがる。裸一貫の荒男を掴まへて、爺、婆アや阿魔女に、コミワラれて堪まるものかい。此処まで、吾々も善を尽し、親切を尽して来たのだ。最早勘忍袋の緒が切れた。鬼彦、鬼虎の哥兄は今頃は谷底に落ちて、ドンナ目に遭つてるか知れやしないぞ。此奴等三人を一緒こたに谷底へ放り込んで、俺等も一緒に、哥兄と心中しやうぢやないか』 勘公『オウさうぢや、俺もモウむかついて来た。此坂を婆アを背中に乗せて、御苦労さまとも言うて貰はずに、恩に着せられ、おまけに悪口までつかれて堪つたものぢや無い、いつその事、一イ二ウ三ツでやつたろかい………アイタヽヽ……コラコラ婆アさま、酷い事をするない。鬢の毛を無茶苦茶にひつぱりよつて……』 お楢『曳かいでかい曳かいでかい、此馬は手綱が無いから、手綱の代りに、鬢なと引かねば、どうして馬が動くものか。シイ、シーツ……ドード……ハイハイ』 勘公『エーツ、怪体の悪い……愈四足扱ひにしられて了つた。……オイ櫟公、貴様はどうだ。一イ二ウ三ツで、谷底へゴロンとやらうぢやないか。貴様も賛成ぢやらう』 櫟公『どうしてどうして、是れが放されるものか。寒うて堪らない所を温かうして貰つて、汗の出るのも三人のお蔭だ。ソンナ事を言うと冥加に尽きるぞ。罰が当らうぞい……』 勘公『アヽ貴様はよつ程目カ一ヽヽの十ぢやな。お節の若い娘に跨つて貰ひ、気分が良からうが、俺は皺苦茶だらけの、骨の堅い婆アを背中に負うて、温い事も、なんにも有りやしないワ。喃、岩公……』 岩公『オウさうぢや、まだ貴様等は婆アでも女だから好いが、俺の身になつて見い、堅い堅いコンパスを、ニユウと前の方へ突出しよつて、前高の山路、歩けたものぢやないワ。エー、大分に体も温うなつた。……オイ老爺に、婆ア、モウ下りて貰ひませうかイ』 平助『アヽもう下して下さるか。それは有難い。酷い所はモウ済みたし、此からは平地なり、前下がり路だ。目を塞いどつても、モウ往ける……アー苦しい事ぢやつた。其代りお前達は又寒いぞ。昔の地金を出して、俺達の着物を追剥でもしやせぬかな』 岩公『アヽ老爺さま、情無い事を言つて呉れな。改心した以上は、塵片一本だつて、他人の物を盗る様な根性が出るものかいナ』 平助『それでもなア、婆ア、此奴等の改心と云ふものは、当にならぬものぢや。婆ア、しつかりして居れよ』 お楢『さうともさうとも、老爺さまお前も確りしなさい、コレコレお節や、お前も気を附けぬと云うと、何時追剥に早変りするかも知れたものぢやない。背に腹は替へられぬと云つて、年寄りや、女子を幸ひに、追剥をするかも分つたものぢやないワ』 此時、鬼虎、鬼彦は、谷の底からガサガサと這ひ上がり来たり、 岩公『ヤア彦に虎か、貴様は谷底で、今頃は五体ズタズタに破壊して了つたぢやらうと思うて居たのに、まだ死なずに帰つて来たか、マア結構々々、サア祝ひに此処で一服でもしやうかい』 鬼彦、鬼虎『一服も可いが、斯う風のある所では、寒うて休む気にもならぬ。体さへ動かして居れば暖かいから、ボツボツ行くことにしやうかい』 此時何処ともなく微妙の音楽聞え来たり。一行八人は思はず耳を倚て聞き入る。忽ち空中に声あり、 声『岩公、勘公、櫟公、真裸で嘸寒いであらう、今天より暖かき衣裳を与へてやらう。之を身に着けて、潔く真名井ケ原の奥に進むが宜からう』 鬼彦、鬼虎一度に、 鬼彦、鬼虎『モシモシ、空中の声の神様、吾々二人も真裸で御座います。どうぞお見落しなさらぬ様に……同じ事なら、モウ二人分与へて下さいませ』 空中の声『鬼虎、鬼彦の衣裳は、追つて詮議の上、………与へるとも、与へぬとも、決定せない。今暫く辛抱致すが良からう』 何処ともなく、立派なる宣伝使の服三着、此場に風に揺られて下り来り、三人の身体に惟神的に密着した。 岩公『ヤア有難い有難い、時節は待たねばならぬものぢや。……オイ勘に、櫟よ、立派な服ぢやないか。これさへ有れば、宙でも翔てる様になるだらう、天から降つた天の羽衣では有るまいかなア。……もしもし平助さま、お婆アさま、お節さま、偉う御心配をかけました。お蔭様で、此通り立派な天の羽衣を頂戴致しました』 平助『お前等は、悪人ぢや悪人ぢやと思うて居つたが、……ホンに立派な衣裳を神様から貰ひなさつた。モウこれから、決して決してお前さまに口応へは致さぬ。どうぞ赦して下され』 三人の着けたる装束は、見る見る羽衣の如くに変化し、岩、勘、櫟の顔は忽ち天女の姿となり、空中を前後左右に飛びまわり乍ら、真名井ケ原の奥を目蒐けて、悠々と翔り行く。鬼彦、鬼虎、平助、お楢、お節の五人は、此光景を打仰ぎ、呆然として控へ居る。暫くあつて、お節は声を揚げて泣き出したれば、平助、お楢は驚いて、 平助、お楢『コレヤコレヤお節、どうしたどうした、腹でも痛いのか。何を泣く……』 と左右より、老爺と婆アとは獅噛み付き、顔色変へて問ひかける。お節は涙を拭ひ乍ら、 お節『お祖父さま、お祖母さま、どうぞ改心して下さいませ。あの様な荒くれ男の岩さま、勘さま、櫟さまは大神様の御心に叶ひ、あの立派な平和の女神となつて、神様の御用にお立ちなさつた。妾は女の身であり乍ら、改心が足らぬと見えて、神様の御用に立てて下さらぬ。どうぞ、あなた二人は、今迄の執拗な心をサラリと払ひ捨て惟神の心になつて下さい。さうでなければ、妾は神様にお仕へする事が出来ませぬ』 と又もや『ワツ』と許りに泣き沈む。此時天上に声あり、 声『鬼彦、鬼虎、今天より下す羽衣を汝に与ふ。汝が改心の誠は、愈天に通じたり』 鬼彦、鬼虎は飛び立つ許り打喜び、両人大地に平伏し、 鬼彦、鬼虎『ハハア、ハツ』 と言つた限り、嬉し涙に掻き暮れて居る。二人は不図顔をあぐれば、えも謂はれぬ麗しき羽衣、地上一二尺離れた所に浮游して居る。手早く拾ひ上げむとする刹那、ピタリと二人の体に密着した。追々羽衣は拡大し、自然に身体は浮上り、二人は空中を前後左右に飛揚しながら、 鬼彦、鬼虎『平助さま、お楢さま、お節さま、左様ならお先へ参ります』 と空中を悠々として、真名井ケ岳の霊地に向つて翔り行く。後に三人は呆然として、此光景を物をも言はずに見詰め居たりけり。 平助『アーア人間と云ふ者は、訳の分らぬものぢやなア、俺の様な善人は、斯うして山の上で寒い風に曝され、娘は痩衰へ、親子三人やうやう此処まで出て来る事は来たが、五人の大江山の眷属共は又、どうしたものぢや。アンナ立派な衣裳を天から頂きよつて、羽化登仙、自由自在の身となりよつた。神様もあまりぢやあまりぢや、アンナ男が天人に成れるのなら、俺達親子三人も、立派な天人にして下さつたら良かりさうなものぢやないか。アーア此れもヤツパリ、身魂の因縁性来で、何時までも出世が出来ぬのかなア』 お楢『おやぢドン何事も神様の思召通りより行くものぢやない。人間の目から悪に見えても善の身魂もあり、人間が勝手に善ぢや善ぢやと思うて、自惚て居ると、何時の間にやら邪道に落ちて苦しむと云ふ事ぢや、去年お節を奪られてから、二人が泣きの涙に暮らしたのも、若い間から欲ばつかりして、金を蓄め、人を泣かして来た報いで、金はぼつたくられ、一年の間も泣いて暮したのぢや。今迄の事を、胸に手を当てて考へて見れば、人こそ、形の上で殺さぬが、藪医者の様に、無慈悲な事をして、何程人の心を殺して来たか、分つたものぢやない、おやぢどの、お前も若い中から、鬼の平助、渋柿の平助と言はれて来たのぢやから、コンナ憂目に遭うのは当然だよ。親の罰が子に報うて、可愛いお節が、一年が間、コンナ目に遭うたのぢや。誰を恨める事も無い。みな自分の罪障が報うて来たのじや、アンアンアン』 平助『俺が常平生、食ふ物も食はず、欲に金を蓄めたのも、みなお節が可愛いばつかりぢや、どうぞしてお節を一生楽に暮さしてやりたいと思うた為に、チツとは無慈悲な事も行つて来たが、それぢやと云うて、別に俺が美味い物一遍食つたのでもなし、身欲と云ふ事は一つもして居らぬぢやないか』 お楢『それでも、おやぢドン、ヤツパリ身欲になるのぢや。他人の子には辛く当り、団子一片与るでもなし、何も彼も、お節お節と、身贔屓ばつかりしとつて、天罰で一年の苦しみを受けたのぢや。そこで神様が此通り、善と悪との鑑を見せて下さつたのぢや。これから綺麗サツパリと心を容れ替へて下されや、婆アも唯今限り改心をする。親の甘茶が毒になつて、お節の体もあまり丈夫ではない。コンナ繊弱い体を此世に遺して、年取つて夫婦が幽界とやらへ行く時に、後に心が残る様な事では行く所へも行けない。今の間に改心し、お節の身体が丈夫になる様に、真名井の神様へ、心から誓ひをして来ませう』 と三人は、雪積む路をボツボツと、真名井ケ原の豊国姫命が出現場指して、杖を力に進み行く。 因に、鬼彦、鬼虎、其他三人の羽化登仙せしは、其実肉体にては、徹底的改心も出来ず、且又神業に参加する資格無ければ、神界の御慈悲に依り、国替(凍死)せしめ、天国に救ひ神業に参加せしめ給ひたるなり。五人の肉の宮は、神の御慈悲に依つて、平助親子の知らぬ間に、或土中へ深く埋められ、雪崩に圧せられ、鬼彦、鬼虎に救ひ出されたお節は、其実鬼武彦の眷属の白狐が所為なりき。又夜中お節を送つて来た悦子姫は其実は、白狐旭明神の化身なりき。お節を隠したる岩窟は、鬼彦、鬼虎の両人ならでは、救ひ出す事が出来なかつたのである。それは岩窟を開くに就て、一つの目標を知つて居る者は、此両人と鬼雲彦より外になかつたから、鬼武彦の計らひに依つて、此処まで両人を引寄せ、お節を救ひ出さしめ給うたのである。又途中に五人の男を裸にした娘のおコンは、白狐旭の眷属神の化身であつた。曩に文珠堂にて別れたる悦子姫、及び平助の門口にて別れたる音彦、青彦、加米彦は真名井ケ岳の聖地に既に到着し居たりしなり。 (大正一一・四・二一旧三・二五松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 07 枯尾花 第七章枯尾花〔六一八〕 味方の人数も大江山魔窟ケ原に穿ちたる 岩窟の中に黒姫は五十路の坂を越え乍ら 歯さへ落ちたる秋の野の梢淋しき返り咲き 此世にアキの霜の髪コテコテ塗つた黒漆 俄作りの夕鴉カワイカワイと皺枯れた 声張り上げてウラナイの道を伝ふる空元気 天狗の鼻の高山彦を三世の夫と定めてゆ 流石女の恥かしげに顔に紅葉を散らしつつ 黒地に白粉ペツタリと生地を秘した曲津面 口喧しき燕や朝な夕なにチユウチユウと 雀百まで牡鳥を忘れかねてか婿欲しと あこがれ居たる片相手星を頂月を踏み 日にち毎日山坂を駆け廻りつつ通ひ来る 男の数は限りなく蓼喰ふ虫も好き好きと 酷い婆アの皺面に惚けて出て来る浅間しさ 広い様でも狭いは世間色は真黒黒姫の 心に叶うた高山彦のタカか鳶か知らね共 烏の婿と選まれて怪しき名に負ふ大江山 魔窟ケ原の穴覗き奥へ奥へと進み入る 一コク二コクと迫り来る三国一の花婿を 取つた祝ひの黒姫が嬉しき便りを菊若や 心頑固な岩高や人の爺を寅若の 情容赦も夏彦や富彦、常彦諸共に 飲めよ騒げの大酒宴岩屋の中は蜂の巣の 一度に破れし如くなり。 黒姫は皺苦茶だらけの垢黒い顔に、白い物をコテコテに塗り、鉄倉の上塗みた様な、真白な厚化粧、白髪は烏の濡羽色に染め、梅の花を散らした派手な襠衣を羽織り、三国一の婿の来るを、今や遅しと、太い短い首筋を細長く延ばして、蜥蜴が天井を覗いた様なスタイルで、入口の岩窟を覗き込み、年の寄つた嗄れ声に色を附け、ワザと音曲に慣れた若い声を出し、 黒姫『コレコレ夏彦、常彦、まだお客さまは見えぬかな。お前は御苦労だが、一寸そこまで迎へに往つて来て下さらぬか。由良の湊までは、フサの国から、天の鳥船に乗つてお越しなのだから、轟々と音が聞えたら、それが高山彦さまの一行だ。空に気をつけ足許にも気を付けて往て来て下さい』 夏彦『ハイハイ承知致しました。遠方の事とは云ひ乍ら、随分暇の要る事ですなア。サア常彦、お迎へに行つて来うぢやないか』 常彦『黒姫さま、今日はお芽出度う。ソンナラ往て来ませうか』 黒姫『何ぢや常彦、改まつて、お芽出度うもあつたものか。あまり年寄りが婿を貰うと思うて冷やかすものぢやない。サアサアトツトと往て来なさい』 常彦『ソンナラ、何と言つて挨拶をしたら好いのですか。今日は芽出たいのぢやありませぬか』 黒姫『芽出たいと云へば芽出たいのぢやが、ナニもう妾は、五十の坂を越えて、誰が好みて婿を貰うたりするものか。これと云ふのも、神様の教を拡げる為に、此黒姫の体を犠牲にして、天下国家の為に尽すのだよ。お芽出たうと云ふ代りに御苦労様と言ひなされ』 常彦『これはこれは五苦労の四苦労、真黒々助の黒姫様、十苦労さまで御座います』 黒姫『エーエーお前は此黒姫を馬鹿にするのかい。十苦労と云ふ事があるものか。あまりヒヨトくりなさるな』 常彦『イエ滅相な、あなたも天下の為に犠牲に御成りなさるのは五苦労さまぢや。又此常彦が三国一の婿さまを、斯う日の暮になつてから、細い山路を迎ひに行くのも、ヤツパリ五苦労さまぢや。お前さまの五苦労と私の五苦労と、日韓併合して十苦労様と云うたのですよ。アハヽヽヽ』 夏彦『常彦、行かうかい』 と、岩穴をニユツと覗き、 夏彦『ヤア占た占た、モウ行かいでも可い』 常彦『行かでも良いとは、ソラ何だい、高山彦さまが見えたのかい』 夏彦『きまつた事だ。モシモシ黒姫さま、お喜びなさいませ。偉い勢で沢山な家来を伴れて見えましたよ』 黒姫『それはそれは御苦労な事ぢや。どうぞ穴の口まで迎ひに行て下され。あまり這入り口が小さいので、行過されてはお困りだからなア』 夏彦は肩から上をニユツと出し、高山彦の一行の近付き来るを待ち居たる。 高山彦『此処は黒姫の住家と聞えたる魔窟ケ原ぢやないか。モウ誰か迎ひに来て居さうなものだに、何をして居るのだらうな』 虎若『ヤア御大将様、此魔窟ケ原は随分広い所と聞きました。何れ先方から遣つて来られませうが、何分予定とは早く着いたものですから、先方も如才なく準備はやつて居られませうが、つい遅くなつたのでせう。御馳走一つ拵へるにも斯う云ふ不便な土地、何事も三五教ぢやないが、見直し聞直し、御機嫌を直してモウ一息お進み下さいませ』 高山彦『それはさうだが、如何に黒姫、部下が無いと云つても、二十人や三十人は有りさうなものだ。三人や五人迎ひに来したつて良いぢやないか。縁談は飯炊く間にも冷ると云ふ事が有る。あまり寒いので、冷たのぢやあるまいか、ナア虎若』 虎若『トラ、ワカりませぬ。何分此通り、あちらにも此方にも雪が溜つて居りますから随分冷る事でせう。私も何だか体が寒くなつて来た。フサの国を出た時は随分暖かであつたが、空中を航行した時の寒さ、それに又此自転倒島へ着いてからの寒さと云つたら、骨身に徹えますワ』 高山彦は苦虫を喰つた様な不機嫌な顔をし乍ら、爪先上りの雪路を進み来る。雪の一面に積つた地の中から、夏彦は首丈を出して、 夏彦『コレハコレハ高山彦のお出で、サアサアお這入り下さいませ。黒姫さまが大変にお待兼で御座います。あなたも遥々と国家の為に犠牲になつて下さいまして有難う御座います』 虎若『ヤア何だ、コンナ所に首が一つ落ちて、物言つて居やがる。……ハヽア此奴ア、大江山の化州だな……オイ化州、這入れと言つても、蚯蚓ぢやあるまいし、何処から這入るのぢやい。入口が無いぢやないか。貴様の体は如何したのぢや。松露か何ぞの様に頭ばつかりで活てる筈もあるまいし、怪体な代物ぢやなア』 夏彦『黒姫さまは高山彦さまに、お惚け遊ばして首つ丈陥つて御座るが、此夏彦は首は外へ出して、体丈はまつて御座るのだ。サアサア不都合な這入口の様だが、中は立派な御座敷、用心の為にワザと入口が細うしてある。高山彦さま、どうぞお這入り下さいませ。一人づつ這入つて貰へば、何程大きな男でも引つ掛らずに這入れます』 と言ふより早く夏彦は窟内に姿を隠しける。 虎若『ヤア妙だ。見た割とは大きな洞が開いて居る。ヤア階段もついて居る。サア高山彦さま、御案内致しませう』 虎若を先頭に、高山彦は数多の従者と共に、ゾロゾロと岩窟の中に潜り入る。黒姫は此時既に奥の間に忍び込み、鏡の前で口を開けたり、目を剥いたり、鼻を摘ンで見たり、顔の整理に余念なかりける。夏彦は此場に走り来り、 夏彦『モシモシ、高山彦の御大将が見えました。どうぞ早く此方へお越し下さいませ』 黒姫『エー気の利かぬ事ぢやなア。何とか云つて、お茶でも出して、口の間で休まして置くのだよ。それまでに化粧をチヤンと整へて、型ばかりの祝言をせなくてはならぬ。菊若、岩高は何をして居るのだ。料理の用意は出来たか。お茶でも献げて世間話でもして待つて貰ふのだよ』 夏彦『今日は芽出度い婚礼、それにお茶をあげては、茶々無茶苦になりやしませぬか。今日はお水を進げたらどうでせう』 黒姫『エー茶ア茶ア言ひなさるな。茶が良いのだ。水をあげると水臭くなると可かぬから……』 夏彦『ハヽア、茶ア茶アと茶ツつく積りで、茶を呑ませと仰有るのかなア……茶、承知致しました』 黒姫『エーグヅグヅ言はずに、あちらへ行つて、高山彦様御一同のお相手になるのだよ。こつちの準備が出来たら、祝言の盃にかかる様にして置きなさい。……アーア人を使へば苦を使ふとは、能う言つたものだ。男ばつかりで、女手の無いのも……ア困つたものだ。清サン、照サンと云ふ二人の若い女は有つたけれども、これは真名井ケ原の隠れ家に置いてあるなり、斯う云ふ時に女が居らぬと便利が悪い。お酒の酌一つするにも、男ばつかりでは角ばつて面白くない。併し乍ら清サン、照サンは十人並優れた美しい女、折角貰うた婿どのを横取しられちや大変だと思つて、伴れて来なかつたが、安心な代りには便利が悪いワイ。サアサアこれで若うなつて来た。化粧と云ふものは偉いものだナア。昔から女は化物だと云ふが……われと吾手に見惚れる様になつた。如何に色男の高山彦でも、此姿を見たら飛び付くであらう。現在女の自分でさへも、自分の姿に見惚れるのだもの……ヤツパリ霊魂が良いと見える。アーア惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。………コレコレ常彦……オツトドツコイ、コンナ年の寄つた婆声を出しては愛想を尽かされてはならぬ。端唄や浄瑠璃で鍛へて置いた十七八の娘の声を使はねばなるまい、……コレコレ夏彦、用意が出来たよ。これ夏彦、一寸此方へお越し』 夏彦『エツ、何だ、妙な声がするぞ。黒姫さま、何時の間にか若い照サン、清サンを引ぱつて来たと見える。アンナ別嬪を連れて来たら、婿を横取りに仕られて了うがな……』 黒姫『コレコレ夏彦サン、早う来なさらぬかいな』 夏彦『婆アと違うて、娘の声は何処ともなしに気分が好いワイ。今晩黒姫と高山彦の婆組が婚礼をする。後は照サンと夏彦サンの婚礼だ。これ丈沢山に男も居るのに、あの優しい声で夏彦サンと言ひやがるのは、余つ程思召が有ると見えるワイ。どうれ、一つ、襟でも直して、お目に掛らうかい』 目を擦り、鼻をほぜくり、唇を舐め、襟の合せ目をキチンとし、帯から袴まで検め、 夏彦『ヤアこれで天晴れ色男だ……エツヘン』 足音を変へ乍ら、稍反り返りて、色男然と澄まし顔、一間の障子をガラリと開け、 夏彦『今お呼びとめになつたのは、照サンで御座いますか、何用で御座います……』 黒姫『お前は夏彦ぢやないか。何ぢや其済ました顔は……照サンぢやないかテ…夜も昼も照サンに……照の女に現を抜かしよつて、わしの云うた事が耳へ這入らぬのか』 夏彦『それでも若い女の声がしましたもの、若い女と言へば、今の所では照サン、清サンより無いぢやありませぬか』 黒姫『照や清は真名井ケ岳の隠れ家に置いてあるぢやないか。何をとぼけて居るのぢや。黒姫が呼びたのですよ』 夏彦『ヘエー、何と若い声が出るものですな』 黒姫『きまつた事ぢや。言霊の練習がしてあるから、老爺の声でも、婆の声でも、十七八の女の声でも、赤児の声でも、鳶でも、烏でも、猫でも、鼠でも、自由自在の言霊が使へるのですよ』 夏彦『ア、ハハー、さうですか、さうすると今晩は、鼠の鳴声を聞かして貰はうと儘ですな、アハヽヽヽ』 黒姫『エーエー喧しいワイ。早うお客さまのお相手をして、それからソレ……レイの用意をするのよ』 夏彦『レイの用意だつて……何の事だか分りませぬがなア』 黒姫『レイの上にコンが付くのぢや。アタ恥しい。良い加減に気を利かしたらどうぢや』 夏彦『霜降り頭に黒ン坊を着けて、鍋墨の様な顔に白粉を附けて、華美な着物を着ると、ヤツパリ浦若い娘の様な気になつて、恥かしうなるものかいなア。恥かしい事と言つたら知らぬ黒姫ぢやと思うて居つたのに、流石は女だ。恥かしいと仰有る、アツハヽヽヽ』 其処へ常彦現はれ来り、 常彦『黒姫様、万事万端用意が整ひました。サアどうぞお越し下さいませ』 黒姫はつと立ちあがり、姿見鏡の前に、腰を揺り、尻を叩き、羽ばたきし乍ら、稍空向気味になり、すまし込み、仕舞でも舞う様な足附で、ソロリソロリと婚礼の間に進み行く。 黒姫、高山彦の結婚式は無事に終結した。三々九度の盃、神前結婚の模様等は略しておきます。 黒姫は結婚を祝する為、長袖淑やかに、自ら歌ひ自ら舞ふ。日頃鍛へし腕前、声調と云ひ、身振りと云ひ、足の辷り方、手の操り方、実に巧妙を極め、出色のものなりける。 黒姫『色は匂へど散りぬるを吾が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて浅き夢見しゑひもせず 昨日やきやう(京)の飛鳥川清く流れて行末は 善も悪きも浪速江の綿帽子隠したツノ国の 春の景色に紛ふなる花の容顔月の眉 年は幾つか白雲の二八の春の優姿 皺は寄つても村肝の心の色は稚桜姫 神の命の御教を朝な夕なに畏みて 仕へ奉りし甲斐ありて色香つつしむ一昔 花は紅、葉は緑手折り難きは高山彦の 空に咲きたる梅の花時節は待たにやならぬもの 天は変りて地となり地は上りて天となる さしもに高き高山彦の吾背の命の遅ざくら 手折る今日こそ芽出度けれ疳声高き高姫の 朝な夕なに口角を磨きすまして泡飛ばし 宣る言霊も水の泡アワぬ昔は兎も角も 会うた此世の嬉しさは仮令天地が変るとも 替へてはならぬ妹と背の嬉しき道の此旅出 旅は憂いもの辛いもの辛いと言つても夫婦連 凩荒ぶ山路も霜の剣を抜きかざす 浅茅ケ原も何のその夫婦手に手を取りかわし 互に睦ぶ二人仲二世の夫とは誰が言うた 五百世までも夫婦ぞと世の諺に言ふものを 坊ツチヤン育ちの緯役が世間をミヅの御霊とて 訳の分らぬ事を言ふ表は表、裏は裏 仮令雪隠の水つきと分らぬ奴が吐くとも 斯うなる上は是非もない雪隠千年万年も 浮世に浮いて瓢箪の胸の辺りに締めくくり 縁の糸をしつかりと呼吸を合して結び昆布 骨も砕けし蛸入道烏賊に世人は騒ぐとも 登り詰めたは吾恋路成就鯣の今日の宵 善いも悪いも門外漢の容喙すべき事でない 高山彦の吾夫よ千軍万馬の功を経し 苦労に苦労を重ねたるすべての道にクロトなる 此黒姫と末永く世帯駿河の富士の山 解けて嬉しき夏の雪白き肌を露はして 薫り初めたる兄の花の一度に開く楽しみは 神伊弉諾の大神が妹の命と諸共に 天の瓊矛をかき下しコヲロコヲロに掻き鳴して 山河草木百の神生み出でませし其如く 汝は左へ妾は右右と左の呼吸合せ 明かす誠に裏は無いウラナイ教の神の道 国治立の大神の開き給ひし三五の 神の教も今は早瑞の御霊の混ぜ返し 穴有り教となりにける愈是れから比治山の 峰の続きの比沼真名井豊国姫の現はれし 珍の宝座を蹂躙し誠一つのウラナイの 神の教を永久に夫婦の呼吸を合せつつ 立てねば置かぬ経の教稚桜姫の神さへも 花の色香に踏み迷ひ心を紊して散り給ふ 其古事に神習ひ此黒姫も慎みて 神の御跡を追ひまつる五十路の坂を越え乍ら 浮いた婆アと笑ふ奴世間知らずの間抜者 さはさり乍ら夏彦よ岩高彦よ常彦よ 色々話を菊若よ妾に習つて過つな 年を老つての夫持つ妾は深い因縁の 綱にからまれ是非もなく神の御為国の為 ウラナイ教の御為に心にもなき夫を持つ 陽気浮気で黒姫がコンナ騒ぎをするものか 直日に見直し聞直し善言美詞に宣り直し 必ず悪口言ふでない後になつたら皆判明る 神の奥には奥が有る其又奥には奥がある 昔の昔のさる昔マ一つ昔のまだ昔 まだも昔の大昔神の定めた因縁の 魂と魂との真釣り合ひ晴れて扇の末広く 仰げよ仰げ神心心一つの持ちやうで 此黒姫の言ふ事は善に見えたり又悪に 見えて居るかも知れないが身魂の曇つた人間が 心驕ぶりツベコベと構ひ立てをばするでない 総て細工は流々ぢや仕上げた所を見てお呉れ 身魂の因縁性来の大根本の根本を 知つたる神は外に無い日の出神の生宮と 定まりきつた高姫や永らく海の底の国 お住居なされた竜宮の乙姫さまの肉の宮 此黒姫と唯二人要らぬ屁理屈言はぬもの 心も清きモチヅキの音に耳をば澄ましつつ 三五の月の清らかな心の鏡をみがきあげ ウラナイ教の御仕組何も言はずに見て御座れ 今は言ふべき時でない言はぬは云ふに弥勝る 高山彦や黒姫の婚礼したのも理由がある 人間心で因縁がどうして分らう筈はない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此因縁は人の身の 窺ひ知らるる事でない今に五六七の世が来れば 唯一厘の神界の仕組をあけて見せてやる それ迄喧しう言ふでない口を慎み、ギユツと締め 瑞の御霊にとぼけたる訳の分らぬ人民は 高山彦や黒姫の此結婚を彼此と 口を極めて誹るだらう譏らば誹れ、言はば言へ 妾の心は神ぞ知る神の御為国の為 お道の為に黒姫が尽す誠を逸早く 世界の者に知らせたい吁、惟神々々 御霊幸倍ましませよアヽ、惟神々々 そろうて酒をば飲むがヨイヨイヨイヨイトサア ヨイトサノサツサ』 黒姫は調子に乗つて踊り狂ひ、汗をタラタラ流し、白粉をはがし、顔一面縄暖簾を下げたる如くなりにける。高山彦は立ちあがり、祝歌を唄ふ。 高山彦『フサの都に生れ出で浮世の風に揉まれつつ 妻子を捨てて遥々とウラナイ教の大元の 北山村に来て見れば鼻高々と高姫が 天地の道理を説き聞かす支離滅裂の繰言を 厭な事ぢやと耳押へ三日四日と経つ内に 腹の虫奴が何時の間かグレツと変つてウラナイの 神の教が面白く聞けば聴く程味が出る 牛に牽かれて善光寺爺サン婆サンが参る様に 何時の間にやらウラナイの教の擒と成り果てて 朝な夕なの水垢離蛙の様な行をして 嬉し嬉しの日を送る盲聾の集まりし ウラナイ教の大元は目あき一人の高山彦が 天津空より降り来し天女の様に敬はれ 持て囃されて高姫の鋭き眼鏡に叶うたか 抜擢されて黒姫が夫となれとの御託宣 断りするも何とやら枯木に花も咲くためし 地獄の上を飛ぶ様に胆力据ゑて高姫に 承知の旨を答ふれば高姫さまも雀躍りし これで妾も安心と数多の家来を差しまわし み空を翔ける磐船を数多準備ひフサの国ゆ 唸りを立てて中空に思ひがけなき高上り 高山彦や低山の空を掠めて渡り来る 大海原の島々も数多越えつつ悠々と 風に揺られて下り来る由良の湊の広野原 イヨイヨ無事に着陸し虎若富彦伴ひて 大江の山を探りつつ魔窟ケ原に来て見れば 見渡す限り銀世界妻の住家は何処ぞと 眼白黒黒姫の岩戸を守る夏彦が 首から先を突出してヤア婿さまか婿さまか 黒姫さまのお待兼ね遠慮は要らぬサア早く お這入りなされと先に立ち頭を隠して段階 ヒヨコリヒヨコリと下り行く虎若、富彦先に立ち 高山彦を伴なひて内はホラホラ岩窟に 潜りて見れば此は如何に名は黒姫と聞きつれど 聞きしに違ふ白い顔夢に牡丹餅食た様な 嬉しき契の今日の宵年は二八か二九からぬ 姿優しき此ナイス幾久しくも末永く 鴛鴦の衾の睦び合ひ浮きつ沈みつ世を渡る 今日の結縁ぞ楽しけれ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高山彦と黒姫の 妹背の中は何時までもいや常永に変らざれ 八洲の国は広くとも女の数は多くとも 女房にするは唯一人神の結びし此縁 睦び親しむ玉椿八千代の春を迎へつつ ウラナイ教の神の憲四方の国々宣り伝へ 神政成就の神業に仕へ奉りて麗しき 尊き御代を弥勒の世弥勒三会の暁の 鐘は鳴るとも破れるとも二人の中は変らまじ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡つて、大きな図体をドスンとおろした其機会に、盃も、徳利も、一二尺飛び上り、俄に舞踏を演じ、思はぬ余興を添へにける。夏彦は、くの字に曲つた腰を、三つ四つ握り拳にて打ち乍ら、土盃を右手に捧げ、オツチヨコチヨイのチヨイ腰になつて、自ら謡ひ、自ら踊り始めける。 夏彦『アヽ芽出たい芽出たいお芽出たい年は老つても色の道 忘れられぬと見えまする娘や孫のある中に 田舎の雪隠の水漬かババアが浮いてうき散らし 顔に白粉コテコテと雀のお宿のお婆アさま 高い山から雄ン鳥を言葉巧に誘て来て 言ふな言ふなと吾々の舌切雀のお芽出たさ 夜さりも昼もチヨンチヨンと皺のよつたる機を織る ハタの見る目は堪らない雀百までをンどりを 忘れぬ例は聞いて居る私も男のはしぢやもの 相手が欲しい欲しいわいナ恋路に迷うと云ふ事は 可愛い男に米辵かけた事ぢやげな 図蟹が泡を福の神恵比須大黒ニコニコと 腹を抱へて踊り出す弁天さまの真似をして 顔コテコテと撫塗り立て月が重なりや布袋腹 膨れて困るは目のあたりそれでも私は黙つてる 長い頭の寿老人さま高山彦を婿に持ち まるビシヤモンを叩き付け上を下への大戦 大洪水に流されて天変地妖の大騒動 黒白も分かぬ暗の夜に思はぬ地震が揺るであろ 地震雷火の車変れば変る世の中ぢや 娘や孫のある人が烏の婿に鷹を取り 目を光らして是からは天が下なる有象無象を 何の容赦も荒鷹の勢猛き山の神 苦労重なる黒姫の行末こそはお芽出たい あゝなつかしや夏彦の夢寐にも忘れぬ照さまは どうして御座るか比治山の黒姫さまの隠家に 肱を枕に寝て御座ろアヽなつかしやなつかしや 高山彦や黒姫の今日の慶事を見るにつけ 心にかかるは照さまの比治山峠の独寝ぢや コンナ所を見せられて羨なり涙がポロポロと 私は零れて来たわいナアヽ惟神々々 ホンに叶はぬ事ぢやわい叶はぬ時の神頼み 比沼の真名井の神さまに一つ願ひを掛けて見よう ウラナイ教に入つてより早十年になるけれど 神の教の信徒は女に眼呉れなよと 高姫さまや黒姫の何時も厳しきお警告 それに何ぞや今日は又黒姫さまが身を扮装し 天女の様に化けかはり返り咲きとは何の事 黒姫さまが口癖に裏と表がある教 奥の奥には奥があると言うて居たのは此事か 俺はあンまり神さまに呆けて居つて馬鹿を見た 馬鹿正直の夏彦もこれから心を改悪し 今まで堪へた恋の道土手を切らしてやつて見る サア常彦よ岩高よ何時も話を菊若の 若い奴等は俺の後を慕うて出て来ひ比治山の 照さま、清さま潜む家に肱鉄砲を覚悟して 訪ねて行かうサア行かう高山彦や黒姫の 今日の結婚済みたなら私はお暇を頂かう グヅグヅしてると年が老る若い盛りは二度とない 皺苦茶爺イになつてから如何に女房を探しても 適当な奴は有りはせぬ時遅れては一大事 花の盛りの吾々は今から心を取直し 女房持つて潔く体主霊従の有丈を 尽して暮すが一生の各自の得ぢやトツクリと 思案定めて行かうかいのサアサ往かうではないかいナ ドツコイシヨウドツコイシヨウウントコドツコイ黒姫さま ヤツトコドツコイ高山彦の長い頭のゲホウさま ドツコイシヨのドツコイシヨ』 と自暴自棄になつて、一生懸命に不平を漏らし躍り狂ふ。常彦、岩高、菊若も、夏彦の唄に同意を表し、杯を投げ、燗徳利を破り、什器を踏み砕き、酔にまぎらし乱痴気騒ぎに其夜を徹かしけるが、流石の黒姫も結婚の祝ひの夜とて一言もツブやかず、夏彦等が乱暴をなす儘に任せ居たりける。 明くれば正月二十七日、黒姫は、高山彦其他の面々を一間に招き、比沼の真名井の豊国姫が出現場なる、瑞の宝座を占領せむことを提議し、満場一致可決の結果、猫も杓子も脛腰の立つ者全部を引連れ、高山彦は駒に跨り、真名井ケ原指して驀地に進撃し、茲に正月二十八日の大攻撃を開始し、青彦、加米彦が言霊に、散々な目に会ひ散り散りバラバラに、再び魔窟ケ原の岩窟に引返し、第二の作戦計画に着手したりける。嗚呼、黒姫一派は如何なる手段を以て、真名井ケ原の聖場を占領せむとするにや。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 08 蚯蚓の囁 第八章蚯蚓の囁〔六一九〕 黒姫、高山彦の発議により、愈真名井ケ原の瑞の宝座を蹂躙し、あはよくば占領せむとの計画は定まつた。黒姫夫婦は婚礼の後片付に忙殺を極めて居る。三軍の将と定つた夏彦、常彦、岩高、菊若の四人は入口の間に胡坐をかき、出発に先だち種々の不平談に花を咲かし居たりける。 常彦『人間と云ふものは身勝手のものぢやないか、石部金吉金兜押しても突いても此信仰は動かぬ、神政成就する迄は男のやうなものは傍へも寄せぬ、三十珊の大砲で男と云ふ男は片端から肱鉄砲を喰はすのだ、お前達も神政成就迄は若いと云うても決して女などに目を呉れてはならぬぞ、若い者が女に目を呉れるやうな事では神界の経綸が成就せぬと、明けても暮れても口癖のやうに、長い煙管をポンと叩いて皺苦茶面をして、厳しいお説教を始めて御座つたが、昨夜の態つたら見られたものぢやない、雪達磨がお天道様の光に解けたやうに、相好を崩しよつて、「モシ高山彦の吾夫様」ナンテ、団栗眼を細うしよつて何を吐しよつたやら、訳の分つたものぢやない、俺やもう嫌になつて仕舞つたワ』 岩高『定つた事ぢや、女に男はつきものだ。茶碗に箸、鑿に槌、杵に臼、何と云つたつて此世の中は男女が揃はねば物事成就せぬのだ、二本の手と二本の足とがあつて人間は自由自在に働けるやうなものだ、三十後家は立つても四十後家は立たぬと云ふ事があるぢやないか』 常彦『四十後家なら仕方が無いが彼奴は五十後家ぢやないか、コレコレ常さま、お前は因縁の身霊ぢやによつて、何うしても三十になるまで女房を持つてはいけませぬぞえ、人間は三十にして立つと云ふ事があるなぞと云よるが、此時節に三十にして立つ奴は碌なものぢやない、俺等は既に既に十六七から立つて居るのぢや、今思うと立つものは腹ばかりぢや』 夏彦『貴様等は何を下らぬ事を云うて居るのだ、高姫さまだつて余り大きな声では云はれぬが、何々と何々し、又○○と○○し、夫は夫は口でこそ立派に道心堅固のやうに云うて居るが、口と心と行ひの揃つた奴はウラナイ教には一匹もありやしないワ、俺も魔我彦や、蠑螈別や高姫に限つてソンナ事はあるまい、言行心一致だと初の程は信じて居たが、此の頃は何うやら怪しくなつて来たやうだ、本当に気張る精も無くなつて了つた。今迄は二つ目には黒姫の奴、夏彦何うせう、常彦何うせう、岩高、菊若、斯うしたら好からうかなアと吐しよつて、一から十迄、ピンからキリ迄相談をかけたものだが、昨日から天候激変、ケロリと吾々を念頭から磨滅しよつて、箸の倒けた事まで、ナアもし高山さま、これもしこちの人、何うしませう、斯うした方が宜敷くは御座いますまいかと、皺面にペツタリコと白いものをつけよつて、田螺のやうな歯を剥き出し、酒許り飲ひよつて、俺達には一つ飲めとも云ひよりやせむ、かう天候が激変すると何時俺達の頭の上に雷鳴が轟き、暴風が襲来するか分つたものぢやない、俺はホトホトウラナイ教の真相が分つて愛想が尽きたよ。今更三五教へ入信うと云つた所で、力一ぱい高姫や黒姫の言葉の尻について、素盞嗚尊の悪口雑言をふれ廻して来たものだから、どうせ三五教の連中の耳へ入つて居るに違ひない、さうすれば三五教へ入信る訳にも行かず、ウラナイ教に居ても面白くはなし、厄介者扱のやうな態度を見せられ、苦しい方へ許り廻されて本当に珠算盤があはぬぢやないか、何時迄もコンナ事をして居ると身魂の身代限をしなくてはならぬやうになつて了ふ、今の中に各自に身魂の土台を確り固めて置かうではないか。よい程扱き使はれて肝腎の時になつてから、お前は何うしても改心が出来ぬ、身魂の因縁が悪いナンテ勝手な理屈を云つてお払ひ箱にせられては約らぬぢやないか』 常彦『それやさうだ。高姫は変性男子の系統ぢやと聞いた許りに、変性女子の身魂より余程立派な宣伝使日の出神の生宮だと思うて今迄ついて来たのだ。併し日の出神もよい加減なものだ。各自ウラナイ教脱退の覚悟をしやうではないか』 菊若『オイ、ソンナ大きな声で云うと奥へ聞えるぞ、静にせぬかい』 夏彦『ナニ、今日は何程大きな声で云つたところで俺達の声は黒姫の耳に入るものか、耳へ入るものは高山彦の声許りだ、俺達の声が耳に入る程注意を払つて呉れる程親切があるなら、もとよりコンナ問題は提起しないのぢや、乞食の虱ぢやないが口の先で俺達を旨く殺しよつて、今迄旨く使つて居たのだ、随分気に入つたと見え、枯れて松葉の二人連、虱の卵ぢやないが彼奴ア死ンでも離れつこは無いぞ、アハヽヽヽ』 岩高『併し、そろそろ真名井ケ嶽に出発の時刻が近よつて来たが、お前達は出陣する考へか』 夏彦『否と云つたつて仕方が無いぢやないか、ウラナイ教に居る以上は否でも応でも出陣せねばなるまい、併しながら根つから葉つから気乗がしなくなつて来た、仕方が無いから形式的に出陣し、態と三五教に負けて逃げてやらうぢやないか、さうすれば黒姫は申すに及ばず、高姫もちつとは胸に手を当てて考へるだらう、高山彦だつて愛想をつかして黒姫を捨てて去ぬかも知れぬぞ。今こそ花婿が来たのだと思つて上品ぶつて、大きな鰐口を無理におちよぼ口をしやがつて、高尚らしく見せて居るが、暫くすると地金を出して、又女だてら大勢の中で、サイダーやビールの喇叭飲みをやらかすやうになるのは定つてゐる。鍍金した金属が何時迄も剥げぬ道理はない、俺達もウラナイ教の信者と云ふ鍍金を今迄塗つて居たが、もう耐らなくなつて、そろそろ剥げかけたぢやないか、アハヽヽヽ』 斯る所へ虎若と富彦の両人現はれ来り、 虎、富『ヤア四天王の大将方、高山彦、黒姫様の御命令で御座る、一時も早く真名井ケ原に向つて出陣の用意めされ』 と云ひ捨てて此場を急ぎ立ち去りにけり。 夏彦『エヽ何だ、馬鹿にしてゐる。昨日来た許りの虎若、富彦を使つて吾々に命令を伝へるナンテ、あまり吾々を軽蔑し過ぎて居るぢやないか、如何に気に入つた高山彦の連れて来た家来ぢやと云つて、古参者の吾々を放つて置き勝手に新参者に命令を下し、吾々を一段下に下しよつたな、これだから好い加減に見切らねばならぬと云ふのだよ』 常彦『アヽ、仕方がない、兎も角も形式なりと出陣する事にしやうかい』 黒姫は突然此場に現はれて、 黒姫『これこれ夏彦、常彦、お前今何を云つてゐらしたの』 常彦『ハイ、真名井ケ嶽に出陣の用意をしやうと申て居りました』 黒姫『それは御苦労ぢやつたが、其次を聞かして下さい、其次は何と仰つた』 常彦『ハイハイ、次は矢張其次で御座いますナ』 黒姫『天に口あり、壁に耳と云ふ事をお前達は知らぬか、最前から四人の話を初めから終迄、次の間に隠れて聞いて居りました。随分高山さまや黒姫の事を褒めて下さつたな』 四人一時に頭を掻いて、 四人『イヤ何滅相も御座いませぬ、つい酒に酔うて口が辷りました、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『お前酔うたと云ふが、何時酒を飲みたのだい』 夏彦『ハイ、酒を飲みたのは貴女と高山さまと祝言の杯をなされました時……ぢやから其為に酔が廻つてつい脱線致しました』 黒姫『馬鹿な事を云ひなさるな、酒も飲まぬに酔が廻り、管捲く奴が何処にあるものか、それやお前達、本真剣で云つたのだらう、サアサアウラナイ教はお前さま達のやうな没分暁漢に居て貰へば邪魔になる、サアサア今日限り何処へなりと行つて下さい。エイエイ、お前達のしやつ面を見るのも汚らはしい』 夏彦『そらさうでせう、好きな顔が目の前にちらついて来たものだから、吾々のしやつ面は見るのも嫌になりましただらう』 黒姫『エヽ入らぬ事を云ひなさるな、サアとつとと去んだり去んだり、ウラナイ教では暇を出され、三五教では肱鉄を食はされ、野良犬のやうに彼方にうろうろ、此方にうろうろ、終には棍棒で頭の一つも撲はされて、キヤンキヤンと云うて又元のウラナイ教に尾を振つて帰つて来ねばならぬやうにならねばならぬ事は見え透いて居るわ、ウラナイ教の太元の大橋越えてまだ先に行方分らず後戻り、慢心すると其通り、白米に籾の混つたやうに、謝罪つて帰つて来ても隅の方に小さくなつて居るのを見るのが気の毒ぢや、今の中に改心をしてこの黒姫の云ふ事を聞きなされ、黒姫は口でかう厳しく云つても、心の中は、花も実もある誠一途の情深い性来ぢや、誠生粋の水晶玉の選り抜きの日本魂の持主ぢやぞえ、サアどうぢや、確り返答しなさい、夏彦の昨夜の歌は何ぢや、目出度い時だと思うて辛抱して居れば好い気になつて悪口たらだら、大抵の者だつたらあの時に摘み出して仕舞ふのぢやけれど、神様のお道の誠の奥を悟つた此黒姫は、心が広いから松吹く風と聞き流して許して居たのだ、それに又もや四人の大将株が燕の親方のやうに知らぬ者の半分も知らぬ癖に何を云ふのだい。お前達に誠の神の大御心が分つて耐るものか、知らにや知らぬで黙言つて居なさい』 夏彦『ハイハイ、誠に申訳がありませぬ、何卒今度に限り見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『此度に限つて許して置く、此後に於て、一口でも半口でも、高山さまや黒姫の事を云はうものなら、夫こそ叩き払にするからさう思ひなさい、サアサア常彦、菊若、岩高愈出陣の用意だ、高山彦の御大将はもはや出陣の準備が整うたぞへ』 四人一度に、 四人『ハイ確に承知仕りました』 茲に黒姫、高山彦は一族郎党を集め、旗鼓堂々と真名井ケ原に向つて進撃したが、加米彦、青彦の言霊に脆くも打ち破られ、蜘蛛の子を散らすが如く四方に散乱したりけり。 ウラナイ教の鍵鑰を握つて居た黒姫の部下四天王と頼みたる夏彦、岩高、菊若、常彦の閣僚は黒姫結婚以来上下の統一を欠ぎ、自然三五教に向つて其思想は暗遷黙移しつつありき。其の為め、折角の真名井ケ原の攻撃も味方の四天王より故意と崩解し、黒姫が神力を籠めたる神算鬼謀の作戦計画も殆ど画餅に帰し終りたるなりき。嗚呼人心を収攪せむとするの難き、到底巧言令色権謀術数等の虚偽行動をもつて左右すべからざるを知るに足る。之に反して三五教は一つの包蔵もなく手段もなく、唯々至誠至実をもつて神業に奉仕し、ミロクの精神を惟神的に発揮するのみ。されば人心は期せずして三五教に集まり、日に夜に其数を増加し、何時とはなしに天下の大勢力となりぬ。ウラナイ教は広い大八洲国に於て直接に信徒を集めたるもの唯一人もなく、唯々三五教に帰順したる未熟の信者に対し、巧言令色をもつて誘引し、且つ変性男子の系統より出でたる高姫を唯一の看板となし世を欺くのみにして、根底の弱き事、砂上に建てたる楼閣の如く、其剥脱し易き事炭団に着せたる金箔の如く、豆腐の如く、一つの要もなく唯弁に任し表面を糊塗するのみ、其説く所恰も売薬屋の効能書の如く、名のみあつて其実なく、有名無実、有害無益の贅物とは、所謂ウラナイ教の代名詞であらうと迄取沙汰されけり。されど執拗なる高姫、黒姫は少しも屈せず……女の一心岩でも突貫く、非が邪でも邪が非でも仮令太陽西天より昇る世ありとも、一旦思ひ詰めたる心の中の決心は、幾千万度生れ代り死代り生死往来の旅を重ぬるとも、いつかないつかな摧けてならうか……との大磐石心、固まりきつた女の片意地、張合もなき次第なり。 黒姫は力と頼む青彦の三五教に帰順せし事を日夜に惜み、如何にもして再びウラナイ教の謀主たらしめむと、千思万慮の結果、フサの国より高山彦に従ひ来れる虎若、富彦に命じ、青彦が日夜に念頭を離れざるお節を説きつけ、お節より青彦が信仰を落させむものと肝胆を砕きつつありける。 (大正一一・四・二二旧三・二六加藤明子録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 11 顕幽交通 第一一章顕幽交通〔六二二〕 空ドンヨリと、灰色の雲に包まれ、血腥さき風吹き荒む萱野ケ原を、痩た女の一人旅、三五教の宣伝歌を幽かに歌ひ乍ら、心ほそぼそ進み来る。凩すさぶ辻堂の側に立寄り眺むれば、堂の後の戸を開き、現はれ出でたる雲突く許りの裸体の男、歯をガチガチ言はせ乍ら、 男『オーお節か、能う出て来やがつた。比治山峠で赤裸になつた俺達を附け込み、四足扱をしやがつた事を覚えて居るだらう。俺は其時に癪に障り……エー谷底へ老爺も婆アも貴様も一緒に放り込みてやらうと思うては見たが、又思ひ直し、神様が怖ろしうなつて、忍耐へてやつた。間もなく肉体は寒さに凍え、血は動かなくなつて、已むを得ず、厭な冥土へ出て来たのだ。貴様の為に死ンだのではないが、あまり貴様たち親子が業託を言やがるので、むかついた、其時の妄念が今に遺つて此通り、貴様等親子三人の生命を取つてやらうと思ひ、五人の霊が四辻に待ち伏せて、お前達親子の者を地獄へ落してやらうと待つて居るのだ。サア此処へ来たのは運の尽き、首をひき千切つて恨みを晴らしてやらう』 お節『これはこれは皆さま、お腹が立つたでせう。併し乍ら頑固な爺の申した事、決して、妾があなた方を虐待したのではありませぬ。妾は櫟サンが負はして呉れいと仰有つたので負うて貰つた丈の事、どうか勘弁して下さいませ』 岩公『エーソンナ勘弁が出来る様な霊なら、コンナ地獄の八丁目にブラついてるものかい、此処はどこぢやと思うて居る、善悪の標準も無ければ、慈悲も情も無い、怨みと嫉みの荒野ケ原ぢや。エーグヅグヅ吐すな。オイオイ皆の者、此奴を叩き延ばせ、手足を引きむしれツ』 お節は進退惟谷まり、声を限りに、 お節『どなたか来て下さいなア。どうぞ繊弱き妾をお助け下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じ居る。此場に忽然と現はれた一人の色の青白い優男、いきなり五人の裸男に向ひ、大麻を左右左に打振れば、裸男は、 男『ヤア、飛ンでも無い奴が出て来やがつた。オイ勘公、櫟公、岩公、鬼虎、……鬼彦に続けツ』 と一生懸命に逃げ行かむとする。一人の男五人に向ひ『ウン』と霊縛を加へたるに、五人は足を踏ン張つた儘、化石の様になつて了ひ、目を剥き、舌をニヨロニヨロと出し、涙を滝の如く流してふるえ居る。 男『ホーあなたは丹波村のお節さまぢや有りませぬか。どうしてコンナ所へ踏ン迷うてお出でなさいました。私は三五教の青彦と申す宣伝使で御座います。大神様の命に依り、鬼ケ城の魔神に対し、言霊戦に出かけて居る最中で御座いますが、あなたが、惟神霊幸倍坐世と仰有つた声に曳かされ、体が引きつけられる様に、此処へ飛ンで来ました。サアサ、コンナ所に居つては大変です。早く現界へお帰りなさい』 お節『あなたは噂に聞いた三五教の青彦さまで御座いますか。あなたも亦幽界へ何時お越し遊ばしたの……』 青彦『イエイエ私の肉体は唯今、悦子姫様、加米彦、音彦等と共に大活動をやつて居ります。一寸肉体の休息の隙間に、和魂がやつて来たのですよ』 お節『アア左様で御座いますか。危ない所をお助け下さいまして有難う御座います。併しあの五人の裸さまを助けて上げて下さいナ』 青彦『アアお節さま、感心だ、あれ丈酷い目に会ひかけて居つた亡者を、助けてやつて呉れいと仰有るのか。その心なればこそ、再び現界へ帰る事が出来ますよ』 お節『あの五人の方も現界へ返して上げる訳にゆけませぬか』 青彦『あれは駄目ですよ。五人の男の本守護神は、既に立派な天人となつて昇天し、天の羽衣を身に着けて、真名井ケ原の豊国姫様のお側にご用をして居りますよ。彼奴はああ見えても、副守護神の鬼の霊だから、幽界でモウちつと業を曝し、瞋恚の心を消滅させねば、浮かぶ事は出来ない。併し乍ら霊縛は解いてやりませう』 青彦は五人に向ひ、声も涼しく、 青彦『一二三四五六七八九十百千万』 と数歌を二回繰返せば、五人の裸男は身体元の如くになり、青彦が前に犬突這となり、 五人『コレはコレは青彦様、能う助けて下さいました。結構な神歌をお聞かせ下さいまして是れで私の修羅の妄執もサラリと解けました。此後は決して決してお節さまの肉体に祟りは致しませぬ。私も是れから結構な神となりて、神界に救はれます』 と涙を垂らして泣き入るにぞ、青彦は、 青彦『アヽ結構だ。お前達は私と一緒に祝詞を奏上しなさい』 鬼『有難う御座います。オイオイ皆の連中、青彦の宣伝使について、祝詞をあげませうかい』 茲に青彦は神言を奏上し始めた。お節を始め五人の裸男は、両手を合せ、青彦と共に神言を奏上し終るや、五人の姿は見る見る麗しき牡丹の様な花と変じ、暖かき風に吹かれて、フワリフワリと、天上高く姿を隠したりける。 青彦『サアお節どの、あなたもお帰りなさい。又現界でお目にかかりませう』 と言葉を残し、青彦は麗しき光玉となりて、南方の天に姿を隠した。お節は今まで苦しかりし身体俄に爽快を覚え、えも言はれぬ音楽の響聞ゆると見る間に正気づき、四辺を見れば、婆アのお楢が枕許に坐つて、お節の手をシツカと握り締め、泣き居たりける。 お節『お婆アさまでは御座いませぬか』 お楢『ヤアお節、気が付いたか、嬉しい嬉しい。これと云ふも、全く神様のお蔭、ウラナイ教の黒姫といふ婆アが遣つて来て、筆先とやらを読みて聞かし、宣伝歌とやらを唄ふが最後、お前の病気は漸々と悪くなり、到頭縡切れて了ひ、妾も気が気でならず、又気を取り直し、真名井ケ原の豊国姫の神様、素盞嗚神様を一生懸命に念じて居ました。さうすると、段々冷たうなつて居たお前の体に温みが出来て来、青白い顔は追々に赤味を増し、細い息をしだすかと見れば、お蔭で物を言ふ様になつて呉れた。アヽ有難い有難い、真名井ケ原に現はれませる大神様……』 と婆アは嬉し泣きに泣き入りぬ。お節は日一日と快方に向い、四五日過ぎて、炊事万端の手伝ひを健々しく立働かるる迄になり、モウ二三日経てば、婆アさまと共に、真名井ケ原の宝座にお礼参詣をなさむと、親子相談の最中、門の戸を押開けて、中を覗き込む二三人の人影有り、よく見れば黒姫、夏彦、常彦の三人なりける。 黒姫『ヤアお婆アさま、何故、娘が全快したら、御礼参詣に出て来ぬのだい』 お楢『お前は黒姫ぢやないか。お節の病気を癒してやるなぞと、偉相な頬桁を叩きよつて、どうぢやつたい。長たらしい訳の分らぬ筆先とやら云ふものを勿体振つて読み、其上に若い娘の口から千遍歌とか、万遍歌とかいふものを耳が痛い程囀つて、娘は見る見る様子が悪うなるばつかり、虫の息になつて、何時死ぬか知れぬと云ふ所を見済まし、神界に御用が有るの何のと言つてコソコソと逃げたぢやないか、あまり偉相な事を言ふものぢやないワイ。矢張り、ウラナイ教の神は、ガラクタ神の、貧乏神の、死神の、腰抜け神ぢや。モウモウ死ンだつて、ウラナイ教を信仰するものかい。……エーエ汚らはしい、病神、早う、帰りて呉れ帰りて呉れ。折角快うなつたお節が又悪なると困る。サア早う早う、帰りたり帰りたり』 黒姫『コレコレ婆アさま、お前ソレヤ大変な取違ぢや。妾が御祈念をしてやつたお蔭で助かつたのぢやないか。其時にはチツと悪うても……悪うなるのが、快うなる兆ぢや。峠を一つ越えるのにも、苦しい目をして、登り詰めたら、後は降り坂ぢや。何時までも、蛇の生殺の様に、お節ドンを苦しめて置くのは可哀相ぢやから、此黒姫が神力で峠まで送つてやつたから、其お蔭でお節さまが危ない生命を助かつたのぢやないか。生命を助けて貰うて小言を云ふと、又罰が当らうぞい』 お楢『巧い事言ふない、ソンナ瞞しを喰ふ様な婆アぢやないぞ。あンまり甘う見て貰うまいかイ。若い時は鬼娘のお楢とまで言はれた、酢いも甘いも、人の心の奥底まで、一目見たら知つて居る此お楢ぢやぞえ』 黒姫『婆アさま、お前チツと逆上せて居るのぢやないかいナ。マア能う気を落ち着けて、妾の言ふ事を一通り聞いて下されや』 お楢『アア五月蠅いツ、聞かぬ聞かぬ。トツトと帰りて下され。…お節ウ、箒を貸し………あの婆アを掃き出してやるのだ。黒いとも、白いとも分らぬ様な面をしやがつて、力も無い癖に、口先で誤魔化さうと思うても、ソンナ事に誤魔化されるお楢婆アぢやないぞや』 黒姫『お楢さま、能う聞いて下さいや。時計が一つ潰れても、根本から直さうと思へば、一旦中の機械をスツパリ解体して了ひ、それから修繕をせねば、完全に直るものぢやない。恰度大病になると其通りぢや。お節さまの体の中の機械を、神様が一遍引き抜いて、更に組立てて下さつたのぢや。訳を知らぬ素人は、時計の機械を解体するとバラバラになるものだから、其時計が以前より悪うなつた様に思うて怒るものぢやが、一旦バラバラに為なくては完全な修繕は出来ぬ様なもので、大病になるとスツカリ機械の入れ替を、神様がなさるのぢや。其時はチツト容態が悪うなるのは当然ぢや。そこをお前さまが眺めて、却て悪うなつた様に思つて居るのが根本の間違ぢや。悪うなつたお蔭で、今の様なピンピンした体になつたのぢや。罰の当つた………何を叱言を云ふのぢやい。ウラナイ教の神様に、お節さまも一緒に御礼を申しなされ』 お節『黒姫さまとやら、御親切に仰有つて下さいますが、妾はどう考へても、ウラナイ教は虫が好きませぬ。ウの字を聞いても、頭が痛うなります。それよりも三五教の青彦さまと云ふ宣伝使に、半日なりと御説教が聴かして欲しいワイナ』 黒姫『三五教の青彦と云ふ奴は、妾の弟子ぢや。彼奴は妾の片腕ぢやが、此頃三五教へ間者となつて妾が入れておいたのぢや。青彦が偉いなら其大将の妾は尚の事、神徳が沢山有る筈ぢや。サアサアま一遍拝みてあげよう』 お楢、お節、一時に、 お楢、お節『イヤイヤ一時も早う帰つて下さい』 黒姫『ハヽヽヽ、盲と云ふ者は仕方の無いものぢや。何程現当利益を神様がお見せなさつても、お神徳をお神徳と思はぬ盲聾にかけたら、取り付く島も有つたものぢやない。……コレコレ夏彦、常彦、お前チツと言はぬかいなア。唖か何ぞの様に、此黒姫ばつかりに骨を折らして、知らぬ顔の半兵衛をきめ込むとは、何の態ぢや。チト確りしなさらぬか』 夏彦『誰に説教をして宜いか、サツパリ見当が取れませぬワイ』 黒姫『見当が取れぬとは、ソラ何を言ふのぢや。折角お神徳を貰うた此家の娘のお節や、お楢婆アさまを捉まへて、言向和せと云ふのぢやないか。何をグヅグヅして居なさる』 常彦『私は最前から、両方の話を、中立地帯に身を置いて、観望して居れば、どうやら黒姫さまの方が、道理が間違つとる様な気が致しますので、お気の毒で、あなたに恥をかかす訳にもゆかず、沈黙を守つて居る方が、双方の安全だと思つて扣へて居りました』 黒姫『エー二人共訳の分らぬ代物ぢやなア』 夏彦『神の裏には裏があり、奥には奥が有る位ならば、耳が蛸になる程聞いて居りますワイ。今までは何でも彼でも、あなたの仰有る通り盲従して来ましたが、今日の様に民衆運動が盛ンになつて来ては、今迄の様な厳格な階級制度は駄目ですよ。今日のウラナイ教で、あなたの言ふ事を本当に信じ、本当に実行する者は、高山彦さまタツタ一人、又高山彦さまの命令に服従する者は、黒姫さまタツタ一人と云ふ今日のウラナイ教の形勢、何でも彼でも盲従して居ると、同僚の奴に馬鹿にしられますワイ。私も今日限りお暇を頂きます。……お前さまと手を切つた上は、師匠でもなければ弟子でもない。アカの他人も同様ぢや。吾々二人は、今のお言葉で、心の底から愛想が尽きました。どうぞ御免下さいませ』 黒姫『ソレヤ、夏彦、常彦、藪から棒を突出した様に、何を言ふのだい。暇を呉れなら、やらぬ事もないが、今迄の黒姫とは違ひますぞゑ。勿体なくも高山彦の命の奥方、女と思ひ侮つての雑言無礼、容赦は致さぬぞや』 斯く争ふ所へ、宣伝歌を謡ひ乍ら入り来たるは、青彦なりける。黒姫は青彦を見るなり、胸倉をグツと取り、 黒姫『コレヤお前は青彦ぢやないか。何の事ぢや。結構なウラナイ教を棄てて、嘘で固めた三五教の宣伝使になりよつて、わし達の邪魔ばつかりして居るぢやないか。サア改心すれば良いし、グヅグヅ言ひなさると、女乍らも、鍛へあげたる此腕が承知をしませぬぞや』 青彦『アハヽヽヽ、アヽお前は黒姫さまか。老い年して居つて、良い加減に我を折りなさつたらどうぢや。棺桶へ片足突つ込みて居り乍ら、千年も万年も活る様に、何時まではしやぐのぢや。チツと年と相談をして見たらよからうに』 夏、常二人は拍手して、 夏彦、常彦『ヒヤヒヤ、青彦の宣伝使、シツカリやり給へ』 黒姫『コラ夏彦、常彦、何の事ぢや。悪人の青彦に加担すると云ふ事があるものか、お前は気が狂うたか、血迷うたのか』 常彦『只今迄はウラナイ教の身内の者、只今縁を断つた以上は、三五教にならうと、バラモン教にならうと、常彦の勝手ぢや。ナア夏彦、さうぢやないか』 夏彦『オウさうともさうとも、……モシモシ青彦さま、あなたも元はウラナイ教のお方ぢやつたさうですなア。私は矢張りウラナイ教ぢや。併し乍らあまり此婆アの言心行が一致せないので、誰も彼れも愛想を尽かし、晨に一人、夕に三人と、各自に後足で砂をかけて、脱退する者ばつかり、私も疾うから、ウラナイ教は面白くないから、三五教になりたいと思つて、朝夕念じて居りましたが、一旦黒姫や高姫に瞞されて、一生懸命に三五教の神様の悪口を広告れて歩いたものだから、今更閾が高うて、三五教に兜を脱ぐ訳にも行かないし、宙ブラリで困つて居りました。どうぞ青彦さま私等二人の境遇を御推察の上、どうぞ宜しく御執り成しをお願申します』 青彦『ハア宜しい承知致しました。御安心なされ。……オイ黒姫、人の胸倉を取りよつて何の態ぢや。放さぬかい』 黒姫『寝ても起きても、お前の事ばつかり思うて居るのぢや。大事のお前を三五教に取られたと思へば、残念で残念で堪らぬワイ。常彦や夏彦のガラクタとは違うて、お前はチツト見込があると思うて居つた。今はウラナイ教も追々改良して、三五教以上の結構な教が立ち、御神力も赫灼だから、どうぢや一つ、元の巣へ返つて、黒姫と一緒に活動する気はないか』 夏彦『モシモシ青彦さま、嘘だ嘘だ。改良所か、日に日に改悪するばつかりだ。此間もフサの国から、ゲホウの様な頭をした高山彦と云ふ男が出て来て、黒姫の婿になり、天下を吾物顔に振れ舞ふものだから、誰れもかれも愛想をつかし、毎日日日脱退者は踵を接すると云ふ有様、四天王の一人と呼ばれた吾々でさへも、愛想が尽きたのだ。黒姫の口車に乗らぬ様にして下さい』 黒姫『コラ夏、常、要らぬ事を言ふない。貴様ア厭なら厭で、勝手に退いたら宜い。人の事まで構ふ権利があるか。……サア青彦、返答はどうぢやな。返答聞くまで、仮令死ンでも、此腕がむしれても放しやせぬぞ』 青彦『エー執念深い婆アだナア。放さな放さぬで良いワ』 と云ふより早く、赤裸になつた。黒姫は着物ばかりを握つて、 黒姫『誰が何と言うても放すものかい。……ヤア何時の間にやら、スブ抜けを喰はしよつたナ、エーコンナ皮ばつかり掴みて居つても、なにもならぬ。忌ま忌ましい』 と言ひつつ着物を大地に投げつけるを夏彦は手早く拾ひあげ、常彦、青彦諸共にお節の家に飛び込み、中からピシヤリと戸を閉め、錠をおろしたり。黒姫は唯一人門口に取り残され、ブツブツつぶやき乍ら、比治山の方を指してスゴスゴと帰り行く。 お楢『ヤアヤアお前さまは、青彦さまか。能う来て下さつた。こないだの晩に泊つて貰はうと思つて居つたのに、泊つて欲しい人は泊つて呉れず、厭な奴ばつかりノソノソと泊り、執念深い……死ンでからも爺ドンの生命を取りに来、又聞けば、お節の生命まで亡霊となつて狙ひよつたさうぢや。お前さまが夢に現はれて、悪魔を改心させ娘を助けて下さつた夢を見たら、其日から不思議にも、お節が段々と快くなり、婆アも、お節も、毎日日日、青彦さま青彦さまと真名井の神様よりも尊敬して居りました。能う来て下さつた。サアサアむさくるしいが、ズーツと奥へお通り下され。……そこの二人は黒姫の弟子ではないか、エーエー黒姫の身内ぢやと思へば何だか気持が悪い。二人のお方は折角乍ら、トツトと帰りて下され』 青彦『お婆アさま、私も元は黒姫の弟子になつて居りましたが、あまりの身勝手な奴だから、愛想が尽きて三五教に籍を変へ、御神徳を戴いて今は御覧の通り、宣伝使になりました。此二人は、今日只今迄、常彦、夏彦と云うて、黒姫の四天王とまで謂はれて居つた豪者だが、此二人も私の様に、愛想をつかし、今此家の門口で師弟の縁を断り私の友達になつたのだから、さう気強い事を言はずに、大事にしてあげて下さい』 お楢『アアさうかいナさうかいナ。それとは知らずに偉い失礼な事を申しました。……コレコレお節、何恥かしさうにして居るのぢや。早うお客さまにお茶でも汲まぬかいナ』 お節は袖に顔を包み、稍俯むき気味になつて、 お節『これはこれは青彦様、能う来て下さいました』 と言つた限、俯伏になり震ひ居る。 お楢『アーア若い者と云ふ者は、仕方の無いものぢや。……モシモシ青彦さま、婆アの頼みぢやが、不束な娘で、お気には入りますまいが、どうぞお節の婿になつて下され。これが婆アの一生の頼みぢや。……コレコレお節、お前も頼まぬかいナ』 お節『………』 常彦『ナアーンと偉いローマンスを見せて頂きました。ナア夏彦、此の間は高山彦と黒姫のお安うない所を拝観さして貰ひ、今日は又一層濃厚なローマンスを目の前にブラ下げられて、……イヤもうお芽出たい事ぢや。……青彦さま、一杯奢りなされや』 青彦『お婆アさま、私の様な破れ宣伝使に大事の娘様の婿になつてくれいと仰有るのは、有難う御座いますが、私は今悦子姫様の御命令によりて、鬼ケ城の言霊戦に出陣せねばなりませぬ。又私一量見ではゆきませぬから、悦子姫様や、音彦さまのお許しを得て、ご返辞を致します。それ迄何卒待つて下さいませ。……かういふ内にも心が急けます。悦子姫様が、青彦はどこへ行つただらうと、お尋ね遊ばして御座るに違ひない。肝腎要の場合、女の愛にひかされてコンナ所へ舞ひ戻つて来たと思はれてはなりませぬから、兎も角御返辞は後に致しませう。左様なれば……御機嫌よう……お婆アさま、お節どの』 と言ひすてて門口へ急ぎ出でむとするをお楢は、 お楢『どうぞ、お節の事を忘れて下さるなや』 常彦『モシモシ青彦さま、どうぞ私も鬼ケ城へ連れて行つて下さい』 夏彦『私も、どうぞ、お伴をさして下さい』 青彦『悦子姫様の意見を聞かねば、何ともお答は出来かねますが、御都合が好ければ、私と一緒に参りませう』 二人『どうぞ宜しうお頼み申す。……婆アさま、お節さま、偉いお邪魔を致しました。御縁が有れば又お目にかかりませう』 お楢『左様なら……』 お節『御機嫌よう……』 と青彦は此家を後に、心いそいそ南を指して二人を伴ひ、韋駄天走りに走り行く。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録)
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(1741)
霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 08 大悟徹底 第八章大悟徹底〔六五三〕 紫姫、若彦、お玉は元伊勢の神殿に祈願を籠め終り、玉照姫を介抱しつつ、馬、鹿両人の復命如何にと待つて居た。 黄昏過ぐる頃神殿に向つて急ぎ来る二つの影。 馬公、鹿公『モシモシ紫姫さま、若彦さまは居られますか、馬、鹿の両人で御座います』 若彦『ヤア馬公に鹿公、御苦労だつたナア。様子は如何ぢや』 馬公『ハイまアまア上いきでした。黒姫はフサの国へ帰つて不在中だとかで、残りの十四五人の連中、酒に喰ひ酔つて大騒ぎの真最中、到頭吾々両人も引張り込まれ、酒に酔ひ潰され、敵味方の区別も無く互に歓を尽して居る最中へ、やつて来たのはフサの国の本山より高姫、黒姫の使として鶴公、亀公の両人、そこで吾々両人は貴女方の御意見を伝へますると、鶴公、亀公は一も二も無く承諾をしました。併し乍ら一寸フサの国まで伺つて来るから、確たる返答は後程するとの事でございました』 紫姫『アヽそれは御苦労でしたナ。左様ならば御返事のあるまで、一旦聖地へ引返しませうか』 若彦『それが御よろしうございませう。玉照姫様が元伊勢へ御参拝の御供を致したと思へば無駄にはなりませぬ。サアサア急ぎ帰りませう』 と一行五人は、玉照姫を恭しく捧持しつつ再び世継王山麓の館に立帰りける。峰の嵐に吹き散らされて満天の雲は何処ともなく姿を消し、上弦の月は東天に輝き初めた。夜明けに間もなき時なりける。 四五日過ぐる夜半頃、世継王山麓の玉照姫が庵を訪ねる数名の男女が現はれた。凩吹き荒ぶ真夜中頃、紫姫以下の家族は残らず寝に就て居た。門の戸を敲く男の声、 鶴公『モシモシ夜中に参りまして済みませぬが、私は御存知のフサの国のウラナイ教の本山から参りました鶴公でございます。先日馬公さま、鹿公さまに御聞き申したことを、直様高姫、黒姫様に御伝へ致しました所、殊の外御悦び遊ばして、唯今此所へ大勢伴れて御出でになりました』 馬公は此の声を聞き、家の中より、 馬公『ヤア擬ふ方なき鶴公さまの声、一寸待つて下さい。今直に紫姫様に申上げますから、オイ鹿公、起きぬか、大変だ大変だ』 鹿公はむつくと起き、 鹿公『ナヽヽ何が大変だ。大方フサの国から黒姫さま、高姫さまが殊の外御悦びで御出でになつたのだらう』 馬公『なまくらな奴だ、聞いてゐやがつたのだな』 鹿公『アハヽヽヽ、モシモシ紫姫さま、若彦さま、高姫、黒姫の御両人が御出でになりましたよ』 紫姫『アーそれは御遠方の所、よう来て下さつた。馬公や、早く表を開けて下さい。さうして受付で一寸御茶でも差上げて、此方の奥の片付くまで待つて居て貰うて下さい』 と欣々として寝床を片付け、掃除にかかる。若彦は寝巻を着替へ、慌て表に飛び出し、 若彦『ヤー黒姫さま、高姫さま、よう御出で下さいました。サアほんの仮小屋で貴方の御在遊ばす本山に比ぶれば、全で柴小屋の様なものでございますが、どうぞ御入り下さいませ』 高姫『青彦さま、何事も神界の御都合だから今迄の事は、全然水に流して仲好うするのだよ』 若彦『ハイハイ仰せの通り仲好うする程、結構なことはございませぬ』 黒姫『お前は矢張り私の眼識に違はず、屹度こんな好結果を齎すであらうと思つて居つた。私の眼は矢張り黒いワ。高姫さま如何でございます、間違ひはありますまい』 高姫『イヤどうも恐れ入りました。サアサア御免蒙りませう』 と一同はぞろぞろと閾を跨げて奥に進み入る。 紫姫『これはこれは皆様よくおはせられました。毎日日日首を伸ばして御返事如何にと御待ち申してゐました。こちらの方から御返事の有り次第伺ふつもりでしたのに、自ら御出張下さいますとは、実に有難いことでございます。どうぞ今迄の御無礼は御赦し下さいませ』 黒姫『モー斯うなれば親子も同然だ。決して御気遣ひ下さるな』 と奥の間の正座に一行七人ずらりと棚の布袋然として座を占る。 紫姫は心底より嬉々として、丁寧に遠来の客をもてなしてゐる。若彦、馬、鹿の三人は俄に襷掛けとなり、御馳走の献立に全力を尽してゐる。お玉は玉照姫の側を離れず大切に保護して居る。 黒姫『これ紫姫さま、貴女は本当に見上げた御方だ。この黒姫でさへも深遠霊妙なる貴女の秘策には気が付かなかつた。大事を遂行するものは、さうなくてはならぬものだ。現在上役の私さへも知らぬやうに、うまく芝居を仕組まれた其の腕前は、実に感服致しました。モシ高姫さま、それだから私が貴女に御目にかけた時、掘り出し物が手に入つたと言うたぢやありませぬか。黒姫の眼力も、あまり捨てたものぢやありますまい。エヘヽヽヽ』 と肩を揺る。 紫姫『イエイエもとより智慧の足らはぬ妾のことでございますから、実の処は若彦、元の名の青彦と二人、悦子姫さまの御指図に従つて、済まぬとは知り乍ら黒姫様を誑かつたのです。つまり貴女に揚げ壺を喰はし、玉照姫様を此方へ捧持して帰つた時は、それはそれは何とも知れぬ心持でございました。嬉しいやら又何ともなしに気持が悪いやら、貴女に対して御気の毒やら、何か心の奥の奥に一つの黒い影があるやうな心持でした、今日となつては実に一点の曇りも無き様になりまして、こんな嬉しいことはございませぬ』 黒姫は眼を丸うし、口を尖らし、 黒姫『さうすると矢張りお前等二人諜し合はして、私を抱き落しにかけたのだな。ほんにほんに油断ならぬ途方も無い腹の黒いお姫様だ。オホヽヽヽ』 高姫『これ黒姫さま、もう好いぢやありませぬか。改心さへなさつたら何も言ふことはありませぬワ。過ぎ去つたことを言うて互に気分を悪うするよりも、勇んで御用をするのが神様に対して孝行ぢや。もうそんな事は打切りに致して、打解けて是から神業に参加しようではありませぬか』 紫姫『有難うございます。これに就きましては種々と深い理由がございますが、軈て御膳の支度も出来ませうから、ゆつくりと召上つて其の後に、妾等の懺悔話を聞いて貰ひませう』 斯る処へ若彦は現はれ来り、 若彦『皆さま、御飯の用意が出来ました。もう夜も明けかけましたから、どうぞ御手水を使つて御飯を召上つて下さいませ』 黒姫『サア皆さま、身体を潔めて神様に御礼を申上げ、御飯を頂戴して、ゆるゆると御話を承はることにしませう』 此の言葉に一同は裏の谷川の清泉に口を嗽ぎ、手水を使ひ神前に祝詞を奏上し、終つて朝餉の膳に就いた。 黒姫『何から何まで心を籠めた結構な御馳走を頂戴致しました。青彦さまの真心が染み込んで、何となく美味く頂戴致しました。時に青彦さまに否紫姫さまに改めて御訊ね致しますが、それだけ仕組んで此の年寄をちよろまかし、茲まで成功して置き乍ら、何の為に今となつて玉照姫様を、私の方へ渡さうと言ふのだい。大方玉照姫様の御意に叶はずして何か恐ろしい夢でも毎晩二人の方が見せられ、責られるのが辛さに切羽詰つての今度の降参ぢやないか。素盞嗚尊の悪神の御用をするお前として、どうも不思議で堪らぬぢやないか。サアすつぱりと打明けて言ひなされ。事によつたら玉照姫様を受取つて上げぬこともない』 若彦『イエイエ滅相もない。玉照姫様は何時も大変な御機嫌でゐらせられ、御神徳は日々輝きまして、此の御方あるため三五教は大変な勢力になつて来ました』 黒姫『そんな結構な玉照姫様を何故又あれだけ秘術を尽して手に入れ乍ら、ウラナイ教へ受取つて下されと頼みに来たのだい』 若彦『実は剣尖山の麓の谷川で、貴女に御眼にかかつた時、紫姫様と吾々以心伝心的に詐つて、ウラナイ教に帰順と見せかけ、貴女の計略をすつかり探知し、うまく取り入つて重任を仰せ付けらるるところまで漕ぎつけ、これ幸ひと豊彦の家へ綾彦夫婦を引伴れ、玉照姫様、お玉さまを受取り、黒姫さまは今頃は欠伸をして待つてゐらつしやるだらう。エー好いことをした、痛快だと心欣々帰つて参り、日に夜に侍き仕へ奉り、その御かげで旭日昇天の三五教の勢ひとなり、素盞嗚大神様も嘸御悦びの事と思つて居りましたところ、或夜のこと大神様の御娘英子姫様に、大神様より非常な御意見を遊ばされた上、権謀術数的偽策を弄して貴き神様を手に入れるとは不都合千万だ、三五教に於て最も必要なる玉照姫なれば、ウラナイ教にも必要であらう。黒姫が全力を尽して手に入れようとしてゐるものを、無慈悲にも何故そんな掠奪的行動を執つたのだ。己の欲する所は他人に施せと云ふ神の心を知らぬか、一時も早く黒姫に玉照姫を御渡し申し、御詫を致せ。さうして其方等は三五教の宣伝使を止めよとの意外なる御不興、厳しき御命令でございました。それが為に紫姫様も、私も嗚呼縮尻つた。三五教の精神はそんなものぢやない。また素盞嗚大神様の大御心は、吾々のやうな半清半濁の魂ではない。誠一つの水晶の御魂と感じ入り、恐れ入つて気が気でならず、貴女が依然として魔窟ケ原の巌窟に御座ることと思ひ、玉照姫様が元伊勢様へ御参拝の御供を幸ひ、馬、鹿の両人を遣はして御詫にやつたところ、生憎本山へ御引上げの御留守中、幸ひにも本山より、鶴、亀の御両人が御出でになつたさうで、そこで馬、鹿の両人が吾々の意志を伝へて、貴女に御願ひしたやうな次第でございます。決して決して吾々両人が心からの改心で御渡し申さうと言ふのではございませぬ。全く大神様の御命令に拠つたのでございます』 紫姫『唯今若彦の申された通り、寸分の相違もございませぬ。どうぞ吾々の今迄の悪心を御赦し下さいまして、玉照姫様をウラナイ教へ御受取下さいませ。吾々一同がフサの国迄御供を致します。さうして吾々最早三五教を除名されたものでございますれば、どうぞ貴女の幕下に御使ひ下さいますように御願ひ申します』 黒姫『よしよし私の否ウラナイ教の立派な宣伝使にして上げませうよ。御心配なさるな。又玉照姫様もお玉さまも確に御受取り致しませう』 高姫『アヽ一寸黒姫さま、御待ち下さいませ。こりや吾々も一つ考へねばなりますまい。何程玉照姫様が結構な御方だと言つて、ハイ左様かと頂いて帰る訳には行きますまい』 黒姫『そりや又何故に、折角ここ迄に漕ぎつけたのに、神様の御神徳を受取らぬと仰有るのですか』 高姫『私は実に心の中のさもしさが今更の如く恥かしくなつて来ました。素盞嗚尊様は変性女子だ、悪役だと今の今まで思ひ詰め、こんな神の建てた教は絶対に根底から粉砕して了はねば世界は何時迄も闇黒だから、仮令私の生命は如何なつても、素盞嗚尊の悪神を打滅し、三五教を根底より替へて誠一つのウラナイの教で世界を水晶に致し、二度目の岩戸開きをせなならぬと、今の今迄一生懸命に活動して来ましたが、素盞嗚尊様は矢張り善であつた。大善は大悪に似たり、真の孝は不孝に似たり、誠の教は偽りの教に似たりと言ふ神様の御教示が、私の胸に釘さすやうに響いて来ました。アヽ瑞の御霊様、今迄の私の取違ひ、御無礼を何卒赦して下さいませ』 と両手を合せ、涙をハラハラと流し、身体を畳に打突けるやうに藻掻いて詫入るのであつた。 黒姫は狐につままれたやうな顔をして、一言も発せず、眼ばかりギヨロつかせて一同を眺めて居る。梟鳥の夜食に外れたと言はうか、鳩が豆鉄砲を喰つたと言はうか、何とも形容の出来ぬスタイルを遺憾なく暴露してゐる。紫姫は高姫に取縋り、涙乍らに、 紫姫『モシモシ高姫様、どうぞ許して下さいませ。貴女は其様な綺麗な御心とは知らず、今の今迄陰険な御方と疑つて居りました。何も彼も是にてすつかり御心中が氷解致しました。アー私は何としたさもしい根性でありましただらう。どうぞ私達を助けると思つて、玉照姫様を御受取り下さいませ』 高姫は漸々顔を上げ、涙を袖にて拭ひ乍ら鼻を啜つて、 高姫『イヤもう前世よりの深い罪業で、今が今迄瞋恚の雲に包まれ、執着心の悪魔に囚はれて、思はぬ恥を神様の前に晒しました。国治立の大神様、豊国姫の大神様、素盞嗚大神様も嘸端ない奴だと御笑ひでございませう。それに就けても茲迄素盞嗚大神様を敵として、有らむ限りの悪口を申上げ、神業の御邪魔を何彼につけて致して来ました。此の深い罪をも御咎めなく、大切な玉照姫様を私達に御遣はし下された上、大切な宣伝使まで懲戒のため除名をするとの御言葉、何たる公平無私な神様でございませう。アヽ勿体ない、どうぞ神様赦して下さいませ』 と又もや泣き伏しける。黒姫も何となく悲しさうに俯向いて、肩で息をして居る。 馬公『オイ鹿公、どうしても世継王山の麓はフモトぢや。全で狐を馬に乗せたやうな天変地変が勃発したぢやないか』 鹿公『そうだから一寸先は暗の世よ。何事も惟神に任せ、人間の分際で神の経綸は判らぬと仰有るのだ』 馬公『そうだと言つて、変ると言つても、あまりぢやないか。彼れ程両方から一生懸命になつて、狙つて居つた玉照姫様を貰つて呉れ、イヤ勿体ないなんて肝腎の玉照姫様を馬鹿にして居るぢやないか。此方で振られ、彼方で振られ、玉照姫さまだつて立つ所が無いぢやらう。俺はウラナイ教が伴れて帰らねば、お玉さまと一緒に手を携へて、玉照姫様を捧持し、何処かの山奥に行つて、一旗挙げて見ようと思ふが如何だらうな』 鹿公『何を吐すのだ。貴様等に玉照姫さまやお玉さまが随いて往かつしやると思ふか』 馬公『一寸先は暗の世だ。人間の知識の範囲でわかるものかい。何事も神様の御意思の儘だ。併しよく考へてみよ、高姫さまや、黒姫さまが泣いて受取らず、紫姫さまや、若彦が受取つて呉れと言ふ。何方にもゆき場がなくなつて、宙にブラリの玉照姫さまだ。白羽の矢は屹度俺にささらねば、ささるものがないぢやないか』 鹿公『アハヽヽヽ、取らぬ狸の皮算用だ、拾はぬ金子の分配話見たやうな惚けたことを言ふない。余程貴様もお目出度い奴だ。アハヽヽヽ』 若彦『こりや馬、鹿の両人、沈黙せぬか』 馬公、鹿公『ハイ沈黙致します。併しお前さま等のやうに涙をこぼしての沈黙とは違ひますから、玉石混淆されては困りますで』 若彦『要らぬ口をたたくものぢやない』 馬、鹿は目を細うし、舌をベロツと出し、腮をしやくつて蹲踞んで見せた。 高姫は涙を払ひ、 高姫『アヽ兎も角一旦フサの国の本山へ帰りまして、トツクリと思案を致しまして其上に御返事をさして貰ひませう。サア黒姫さま、御暇乞ひをしようではございませぬか』 黒姫『玉照姫さまの御身の上はどうなさる。序に鄭重に御迎ひ申して帰つたら如何でせう』 紫姫『どうぞさうなさつて下さいませ。ナアお玉さま、貴方行つて下さいますか』 お玉『ハイ何事も惟神に任した妾、どうぞ宜敷きやうに御願ひ致します』 高姫『なんと仰有つて下さいましても、心が恥かしくつて玉照姫様を御世話さして戴くだけの資格がないやうに、守護神が申します。どうぞ此場は、これ限りにして下さいませ』 若彦『どうしても御受取下さらぬのですか。又吾々の願ひを諾いてやらぬとの御了簡ですか。それはあまりぢやありませぬか』 高姫『なんと仰有つても暫らくの御猶予を頂きます。どうぞ大切に玉照姫様を御世話して上げて下さいませ。万々一素盞嗚大神様が此事に就て、貴方方をお咎めになるやうなことがあれば、此の高姫がどんな責任でも負して頂きます。アヽ玉照姫様どうぞ御機嫌よう三五教を御守り下さいませ。罪深き高姫、御言葉をおかけ申すも畏れ多うございますが、広き厚き大御心に見直し、聞直し下さいまして罪深き吾々どもを御許し下さいませ。左様ならば御暇致しますよ』 黒姫『もうお帰りですか』 高姫『サア貴方も帰りませう。玉照姫様にお暇乞ひをなさいませ。紫姫様、青彦様、其外御一同様、突然参りまして、エライ御造作をかけました。一先づ本山まで帰つて参ります。何分宜しうお願ひ申します』 紫姫『アヽ強つてさう仰有れば是非はございませぬ。これも全く妾等の行届かないからのこと、どうぞ悪からず思召し下さいまして、将来何分宜敷く御願ひ申します』 馬公『是非ともよろしう』 鹿公『私も同じく是非ともよろしう』 高姫『サア金公、八公、飛行船の用意だ』 高姫一行は二隻の飛行船に搭乗するや否や、円を描いて空中に駆け昇り、西天高く姿を隠したり。 アヽ高姫、黒姫は今後如何なる行動に出づるならむか。 (大正一一・五・七旧四・一一外山豊二録)
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(1788)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 15 化地蔵 第一五章化地蔵〔六八九〕 バラモン教の其一派アルプス教を樹立して 高春山に巣窟を構へて住める鬼婆の 鷹依姫が悪業を言向け和し救はむと 三五教に名も高き高姫黒姫両人は 鳥の岩樟船に乗り意気揚々と中天に 雲押し開き分け上り高春山の麓まで 二人は無事に着陸し黄金の草の茂りたる 胸突坂を攀じ登り岩窟並ぶ天の森 祠の前に休らひて天の瓊矛を振り廻し 言霊戦の最中にテーリスタンやカーリンス 鷹依姫の両腕と頼む曲津に誘はれて 岩窟の中に引き行かれ音信も今に知れざれば 二人を救ひ出さむと言依別の神言もて 竜国別や玉治別の神の使と諸共に 遠き山路を打渉り漸う此処に津田の湖 竜国別は北の路玉治別は湖水をば 横断り乍ら進み行く国依別の宣伝使 鼓の滝を右に見て神と君とに真心を 尽くす誠の宝塚峰を伝ひて六甲の 御山を指して登り行く。 国依別は杖を力に巡礼姿の甲斐々々しく、六甲山の頂上目蒐けて登り行くに路の傍への枯草の中にスツクと立てる石地蔵がある。 国依別『アヽ大変にコンパスも疲労を訴へ出した。一つ此石地蔵を相手に一服しようかなア。……オイ地蔵さま、お前は何時も美しい顔をして慈悲の権化とも云ふ様に見せて御座るが、随分冷酷なものだなア。どこを撫でてもチツとも温味はありやしない。何程地蔵だと云つても斯う蒲鉾の様に石に半身をくつつけて、半分体を出した所は、まるで磔刑に遇うた様なものだよ。今の世界悪の映像は、恰度お前が好い代表者だ。外面如地蔵、内心如閻魔の世の中の型が映つて居るのだなア』 地蔵は石から離れて浮き出た様に、ヒヨコヒヨコと錫杖を突いて、一二間許り歩み出し、 地蔵『オイ国依別、イヤ女殺しの後家倒しの、宗彦の巡礼上りの宣伝使、貴様の翫弄した女達に、今此処で会はしてやらうか。俺の悪口を言ひよつたが、貴様も随分悪い奴だよ。貴様こそ心に鬼を沢山抱擁し、外面は三五教の宣伝使なぞと、チツとチヤンチヤラ可笑しいワイ。其様な者を言依別命が信任するとは、ヤツパリ暗がりの世は暗がりの世だ。盲目ばかりの暗黒世界だなア』 国依別『コレコレ石地蔵さま、否化地蔵さま、お前はチツト言霊が悪いぢやないか。大方幽界で高歩貸でも行つて居るのだらう。中々娑婆気があつて面白いワイ』 地蔵『今の社会の奴ア、追々と渋とうなつて来やがつて、俺の商売もサツパリ算用合うて銭足らず。あちらからも小便を掛け、こちらからも小便をかけ、まるで世界の奴ア、犬の様なものだよ。借る時にや尾を掉つて出て来るが、返せと言へば鬼権だとか何とか云つてかぶり付く、咬犬の様な奴ばつかりだ。俺も仕方がないで、高歩貸をフツツリと断念し、菩提心を起して石地蔵になり、世界の亡者を助けてやらうと思つて、終始一貫不動の精神を以て、路の辻に鯱こばつて居れば、俺に金を借つた奴、借る時の地蔵顔、済す時の閻魔顔、悪魔道に落ちた報ひで、情ない、犬に性を変じて再び娑婆に現はれ、又しても小便をかけて通りよる。本当に人間と云ふ奴は仕方のないものだ。お前は高歩貸は苦めなかつたが、女は随分苦めたものだのう。キツト貴様も其報いで、今度は猫に生れ変るのは、閻魔の帳面にチヤンと記いて居たぞ。国依別と云ふのは娑婆に居る間の雅号だ。貴様の名はヤツパリ竹公又の名は宗彦、右の腕に梅の花の斑紋があると云ふ事が記してある。どうだ間違ひか』 国依別『それはチツとも間違がない。併し冥土へ行けば美人は沢山居るだらうな』 地蔵『居らいでかい。しかし乍ら婦人同盟会が創立されて、第一、宗彦と云ふ奴が出て来たら、集つてかかつて、血の池へブチ込んでやらうと云ふ事に、チヤンと定まつて居るよ』 国依別『お前は一体男か女か』 地蔵『それを尋ねて何にするのだ。若し俺が女だと云ふ事が分つたら、又何か地金を出して註文でもするのだらう』 国依別『誰がそんな冷たい奴に秋波を送る馬鹿があるかい』 地蔵『幽界に居る女は、誰もかれも氷の様な冷たい体ばつかりだぞ』 国依別『お前は坤の金神の別名で、実に優しい神の権化ぢやと聞いて居つたが、違ふのか』 地蔵『地蔵にもイロイロの種類がある。俺は借る時の地蔵顔、済す時の閻魔顔と云つて善悪両面を兼ねた活仏だ。地獄の沙汰も金次第、俺がお前に対し、柔かく親切に持ちかけるのも辛く当るのも、みんなお前の心一つだ。善も悪も全部此地蔵の方寸にあるのだ。昔から地蔵(地頭)に法なしと云つて、天下は地蔵の自由だ。馬鹿正直な、善だの悪だのと、俄上人になつて迂路付くものぢやない。なぜ生地其儘の正体を現はさぬのか』 国依別『お前の様に人を三文もせぬ様に言つて了へばそれまでだが、これでも娑婆世界に於いては最優等の身魂を持つて居る神のお使だぞ』 地蔵『何は兎もあれ、俺を背中に負うて六甲山の頂上まで連れて往つて呉れ。俺もこんな谷底に何時までも立ん坊になつて居つては面白くない。そこらの景色も見飽いて了つた。チツと世間を広く見たいからなう……』 国依別『それや事と品によつたら、負うて行つてやらない事もない。併し地獄の沙汰も金次第だ、金を幾ら出すか』 地蔵『俺は貴様の実地目撃する通り石の地蔵だ、金があらう筈はないよ』 国依別『そんなら止めて置かうかい。アタ重たい。此山坂を自分の体丈でも持て余して居るのに、此上重量を追加しては堪つたものぢやないワ』 地蔵『貴様も割とは弱音を吹く奴だなア。そんな事で高春山の鷹依姫が帰順すると思ふのか。俺を山頂まで連れて行く丈の勇気がなければ、どうせ落第だ。貴様の連れの玉治別は津田の湖水で、遠州、駿州、武州の為に亡ぼされ、竜国別は鬼娘に喰はれて了つたぞ。後に残るは貴様一人だ。到底此言霊戦は駄目だから、俺を負うて上まで能う行かぬ位なら、寧ろ兜を脱いで、是から引返したがよからうぞ』 国依別『何ツ、竜国別は鬼娘に喰はれたと。それや本当かい』 地蔵『それや本当だ。地蔵(自業)自得だ』 国依別『コレヤ石地蔵、貴様は洒落てるのか。嘘だらう』 地蔵『誰が嘘の事を言つて、あつたら口に風を引かす馬鹿があるかい。玉治別は寂滅為楽の運命に陥り、頭に三角の霊衣を被つて、たつた今やつて来る。マア暫く待つて居るが宜からう』 国依別は「ハテナア」と手を組み大地にドツカと坐し、鎮魂を修し、自ら虚実の判断に心力を熱中して居る。 地蔵『ハヽヽヽヽ、何時まで考へたつて、一旦国替した者が帰る気遣ひはない。早く俺の要求を容れないか』 国依別『八釜しく云ふない。自分の体も自由にならぬ中風地蔵奴。負うて行つてやるも、やらぬも、俺の考へ一つだ。今臍下丹田、地の高天原に八百万の神を神集ひに集ひ、神議りに議らむとして、諸神を鎮魂にて招ぎまつり居る最中だ』 地蔵は何時の間にか、なまめかしい美人の姿と化して了つた。 女『サア国さまえ、妾はお前さまに娑婆で随分嬲られたお市ですよ』 国依別『ナニ、お市だ、馬鹿を言ふな。大方金毛九尾の奴狐め。俺を誑す積りだらうが、そんな事に誑される国依別と思つて居るかい』 女『妾は最早幽界の人間、お前も、何と思つてらつしやるか知らぬが、此処は六甲山ぢやない、六道の辻ぢやぞえ。よう考へて見なさい。そこらの光景が娑婆とはスツカリ違ひませうがな』 国依別『馬鹿を言ふない。何処に違つたとこがあるか。グツグツ吐すと、狐の正体を現はしてやらうか』 女『ホヽヽヽヽ、あの宗さまの気張りようわいなう。腹の底から恐ろしくなつて来たと見え、汗をブルブルかいて、あらむ限りの力を出して、空威張りして居らつしやるワ、そんなこつて、どうして鷹依姫が往生しますかい』 国依別『往生さす、ささぬは此方の自由の権だ。女だてら我々の行動を、喋々と容喙する権利があるか』 女『あつても無くても、妾は妖怪だから容喙するのが当然だ。お前さまは現界に居つた時から、沢山の女を誘拐しなさつただらう。それだから今度は幽界へ来て、反対に女から何も彼も容喙されるのは、過去の作つた罪業が酬うて来たのですよ、ホヽヽヽヽ、あのマア不快らぬさうなお顔……』 国依別『エー放つときやがれ』 女『放つとけと仰有つても、お前さまの様な悪党は何程気張つても仏にはなれませぬぞえ。鬼にもなれず、マア石地蔵に小便をかけて歩く犬位なものだ。けれども幽界では顔丈は人間たる事を許される。それだから人犬と云ふのだ。人犬番犬妻王の馬と云つて妾を今まで馬にして来たが、今度は妻王の馬にしてあげるのだ。サア其処に四這ひに這ひなさいよ』 国依別『どこまでも男をチヨン嬲るのか。男の腕には骨があるぞ』 女『女だつて骨はありますよ。細うても樫の木、お前の腕は太く見えても新米竹の様な、中が空虚でヘナヘナだ。娑婆では腕を振廻して、こけ嚇しが利いただらう。新米竹の竹さんと云つて、威張つて行けたが、幽界ではチツと様子が違ひますよ』 国依別『エー雀の親方見たいに、女と云ふ奴は娑婆でも囀るが、幽界へ来てもヤツパリ囀るのかなア。雀女奴が』 女『竹さんに雀は品よくとまる、とめて止まらぬ恋の道だ。あちらからも青い顔して細い手を出し、こちらからも細い手を出して、竹さん来い来いと招んで居る……あの厭らしい亡者の姿を御覧。それ芒原の彼方から、お前に翻弄された雀女が、沢山に頭を出してゐるぢやないか。チツとは思ひ知つただらう』 国依別『オモイ知るも、軽い知るもあつたものかい。女なら亡者であらうが、化物であらうが、ビクとも致さぬ竹さん兼宗彦兼国依別命様だ。サアお市、気の毒だが貴様ここへユウカイして来て呉れ。俺が一々因縁を説いて、諒解の行く様にしてやる。ワツハヽヽヽ。女と云ふ奴は化物でも気分の良いものだワイ』 お市『お前は娑婆で、石灰竈の鼬のやうにコテコテ塗つた魔性の女や、化女、売淫女、夜鷹なぞに、何時も現を抜かして、鼻毛を抜かれ、眉毛を数まれ、涎を垂らかし、骨まで蒟蒻の様に為られて来た代物だから、化物は好い配偶だ。どんな奴でも構はぬ物喰ひのよい助作だから、ヤツパリ幽界へ来ても其癖が止まぬと見える。娑婆から幽界へ、そんな糟を持越して貰つては、閻魔さまも聊か迷惑だらう。地蔵顔してお前の巾着ばつかり狙つて居る魔性の女は、幽界にも多数に居るから、御註文なら幾らでも召集して来ませうか』 国依別『オイ一寸待つた。物も相談ぢやが、貴様一旦暇をやつたのだが、今度は一つ焼き直し、ドント張り込んで焼木杭に火が点いた様に、旧交を暖めたらどうだ。さうすれば貴様も沢山な女を集めて来て、修羅を燃やし修羅道へ落ちる心配はないぞ』 お市『ホヽヽヽヽ、自惚も良い加減にしたがよいワイナ。誰がお前の様なヒヨツトコから暇を貰ふものかいナ。暇を貰ふ所までクツついとる馬鹿があるものかい。憚り乍ら、お市の方から肱鉄を喰はして、鼻毛を抜いてお暇を呉れたのだ。三行半は誰が書いたのだ。お前覚えがあるだらう』 国依別『幽界へ来てまで、そんな恥を曝すものぢやない。俺ばつかりの恥辱ぢやないぞ。女は温順なのが値打だ。一旦女房になつたら、仮令夫が馬鹿でもヒヨツトコでも、泥棒でも、どこまでも女としての貞操を尽すのが良妻賢母だ。それに滔々と女の方から暇をやつたなぞと、天則違反的行為を自ら曝け出すと云ふ不利益な事があるか。閻魔さまに聞えたら、キツト貴様は冥罰を蒙るに定つて居るぞ』 お市『ホヽヽヽヽ、ガンザカ箒の様な男が、どこを押したらそんな真面目くさつた言葉が出るのですかい。貴方はそんな事を云ふ丈の資格はありませぬよ』 国依別『アヽしようもない。石地蔵や亡者女に妨げられて、思はぬ光陰を空費した。サア是れから高春山へ出陣せねばならぬ、そこ退け』 女『退けと云つたつて、どうして退けませう。妾だつてアヽ云ふものの、ヤツパリ、仮令三年にもせよ、お前と、夫よ妻よと呼んで暮した仲だもの、チツとは同情心が残つて居るのだから、お前も酷い女だと思はずに、腹の底をよく考へて下さらぬと困りますよ。此位な事に怒る様では、人犬たる資格はありませぬぞえ。夫婦喧嘩は犬も食はぬと云ふぢやありませぬか。お前もあんまり夫婦喧嘩に角を立てて怒ると、外の人犬が見て馬鹿にしますよ。そこらの女に小便を掛けさがし高利を借つては糞を掛けさがしたか……そいつア知らぬが、後家倒しの婆喰ひの人犬ぢやないか。お前に喰はれた後家婆アも、臭い顔して随分沢山に色欲道の辻に待つて居りますぜ。これからがお前の性念場だ。マア楽しんで行かつしやい。妾は夫婦の交誼でこれ丈の注意を与へて置く。何と言つても地蔵(自業)自得だから諦めて行きなさい』 国依別『俺は何時の間に幽界に来たのだらうかなア。オイお市、俺にはテンと顕幽分離の時期が分らない。貴様は知つて居るだらう。言つて呉れないか』 女『オホヽヽヽ、分りますまい。お前がモウ此後七十年経つた未来に、斯うして妾に会ふのだよ』 国依別『なあんだ。それならまだ大丈夫だ』 女『お前は丙午の年だから、随分これから女を沢山に殺して、七十年後になれば今の何十倍と云ふ亡者が出来て、歓迎会でも開くだらうから、苦しんで待つて居るがよからう』 国依別『お構ひ御無用だ。俺は楽しんで待つて居る。楽天主義の統一主義の進展主義の清潔主義を標榜する三五教の宣伝使だ』 女『如何にもお前は畜生道へ落転主義だらう。さうして現界で高春山を征服し、鬼婆に糞をかけられ、天の真名井へ泣きもつて、吠面かわいて立帰り、他の宣伝使からドツサリ氷の様な冷たい水を打掛けられ、アヽこれで清潔主義の実行だと喜ぶのだらう。折角人犬になつた魂を曇らして、再び鼬となり、人に最後屁をひりかけ、業を経て貂に進む、進貂主義を実行なさいませ』 国依別『娑婆にある間は、どうしようと斯うしようと俺の腕にあるのだ。お構ひ御無用だ。亡者は亡者らしく石塔の下へ蟄伏して、時々風が吹いたら首を突出し、糠団子でも喰て居れば好いのだ、マア暫く楽しんで待つて居れ。七十年未来になれば、俺の殺した女亡者に限り、全部統一主義を実行し、幽冥界に一つの国依別王国を建設するから、それまでにイロイロと世の持方の研究をして置くのだよ。其時には貴様を伴食大臣に登庸してやる』 お市『誰が、お前の部下になるものが一人でもありますかい。エー娑婆臭い事を言ひなさるな』 斯かる所へ五六人の男、茨の杖を突き乍ら走せ来り、 男『オイ三五教の……貴様は宣伝使だらう。俺は高春山のテーリスタンの部下の者だ。早く起きぬかい』 国依別『ハハア、貴様は悪業充ちて幽界へ来せたのだなア。良い加減に改心せぬかい。貴様等は何奴も此奴も独身生活と見えるが、何程幽界へ来ても、女房は欲しいだらう。チツト使ひ古しでお気に入らぬか知らぬが、俺のお古が一寸十打程此処にあるのだ。一つ手を叩けば「アーイ」と言つてやつて来るのだ。「旦那さん、こんちは」と云つてお出でになるぞ。中にや随分素敵な奴もあるから、何れなつと選り取り見取りだ。一品が一銭九厘屋で御座い』 甲『オイ貴様は何寝惚けて居やがるのだ。辻地蔵の前に寝転びやがつて、シツカリさらさぬかい』 此声に国依別は四辺をキヨロキヨロ見まはし、 国依別『ハハア、なあんだ。夢を見て居つたのか……オイ貴様は何処の奴だい』 甲『俺は言はいでも知れた、高春山の鷹依姫様の御家来だ。貴様は唯一人高春山へ何しに行くのだ。此処は南の関所だぞ』 国依別『アヽさうだつたか。マアゆつくり一服せい。相談がある』 甲『貴様に相談をかけられるのは、碌な事ぢやあるまい』 国依別『其落ちつかぬ様子はなんだい。戦はぬ間から負けてるぢやないか、地震の神懸をしやがつて………チツと胴を据ゑないか』 甲『貴様は国依別のヘボ宣伝使だらう。サア白状せい』 国依別『アハヽヽヽ、天晴れ堂々たる天下の宣伝使だ。貴様の様な小童武者に、何隠す必要があるか。国依別命とは俺の事だ』 乙(常公)『ヤア貴様は竹公ぢやないか。何時やら俺の妹をチヨロまかした曲者奴』 国依別『ウンお前はお松の兄貴の常公だつたなア。言はば義理の兄貴だ。併し貴様もよく零落したものだなア。さうしてお松はどうなつたか』 常公『貴様余程迂濶者だなア。俺の妹のお松は生意気な奴で、俺と信仰を異にし、到頭ウラナイ教の高姫の乾児になりやがつて、高城山で松姫と名乗り、立派にやつてけつかるのだ。俺は心が合はないから行つた事がないが、中々俺の妹だけあつて善にもせよ、悪にもせよ、傑出した所があるワイ』 国依別『何ツ、あの松姫がお松だと云ふのか。其奴ア大変だ。さう云へば何だか合点がゆかぬと思つて居たのだ。松姫は中々俺達とは違うて、今は三五教の錚々たる宣伝使だ。ヤツパリ俺に秋波を送る様な奴だから、代物がどつか違つた所があるのだな、アハヽヽヽ』 丙『オイ斯んな所で惚気を聞かしやがつて、何だ、チツと確乎せぬかい』 国依別『羨ましいだらう。随分松姫は別嬪だぞ。知慧もあれば力もあり、愛嬌もあり、あんな奴ア、滅多にあつたものぢやない。俺もさう聞くと、松姫が一層崇高な人格者の様に見えて来たワイ』 一同は、 一同『ワツハヽヽヽ』 と笑ひ転ける。甲、乙、丙、丁、戊、己の六人は遂に国依別に言向け和され、心の底より国依別の洒脱なる気品に惚込み、信者となつて高春山へ筒井順慶式を発揮すべく、がやがや囁きながら進み行く。 (大正一一・五・二一旧四・二五松村真澄録)
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(1809)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 14 初稚姫 第一四章初稚姫〔七〇六〕 杢助『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の宣伝使 誠の道を踏み外し心鷹ぶる高姫が 小さき意地に囚はれて錦の宮を守ります 玉照彦や玉照の姫の命や言依の 別の命の御心を空吹く風のいと軽く 聞き流したる身の報い鷹鳥山の頂きに 現はれ給ひし黄金の神の化身が誡めの 礫に谷間へ顛落し苦しみ悶ゆる娑婆世界 心一つの持ちやうで神の造りし此国は 天国浄土地獄道自由自在に開けゆく 吾身の作りし修羅畜生心の中の枉鬼に 虐げられて高姫は清泉忽ち濁り水 湧きかへりたる胸の中聞くも無残な今日の春 花咲き匂ひ風薫り小鳥は歌ひ蝶は舞ふ 花と花とに包まれし常世の春も目のあたり 神の大道を白煙深く包まれ目も鼻も 口さへ利かぬ浅ましさそれに続いて若彦が 血気にはやる雄健びのたけび外して久方の 天津空より降り来る神の礫に身を打たれ 忽ち地上に倒れ伏し息絶え絶えの瞬間に 心の開く梅の花天国浄土の楽園を 初めて覚る胸の中今迄犯せし身の罪や 心の汚れ忽ちに悟りの風に吹き払ひ 初めて此処に麻柱の真の司となりにけり あゝ高姫よ若彦よ娑婆即寂光浄土ぞや 神も仏も枉鬼も大蛇醜女も狼も 心を焦つ針の山身を苦しむる火の車 忽ち消ゆる水の霊神素盞嗚大神の 千座置戸の勲に心の空の雲霧を 払はせたまふ神言を朝な夕なに嬉しみて 尊き恵を忘れなよ神は汝と倶にあり とは云ふものの拗けたる身魂の主に何として 正しき神の坐まさむやあゝ惟神々々 恩頼を蒙りて心の岩戸を押し開き 誠明石の浦風に真帆をあげつつ往く船の 浪のまにまに消ゆるごと一日も早く八千尋の 海より深き罪咎を祓戸四柱大御神 祓はせ給へ神の子と生れ出でたる高姫や 若彦つづいて玉能姫金助、銀公其他の バラモン教に仕へたるスマートボールを始めとし カナンボールや鉄、熊や其他数多の教子よ 早く身魂を立て直せ神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの神の道幾千代迄も変らまじ 変らぬ誠の一道に向ひまつりて松の世の 光ともなり花となり塩ともなりて世の中の 汚れを清め味をつけ神の柱とうたはれて 恥らふことのなき迄に磨き悟れよ神の子よ 神に仕へし杢助が赤き心を立て通し 初稚姫の命もて玉能の姫の神魂を 此処に伴ひ来りたり汝高姫、若彦よ 神の御声に目を醒ませ心にかかる村雲も 忽ち晴れて日月の光照らすは目のあたり あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひつつ時置師神の杢助は、初稚姫を背に負ひ、玉能姫と諸共に此場を指して現はれた。 此宣伝歌の声に鷹鳥姫、若彦、金、銀の四人は身体元の如く自由となりて立ち上り、杢助の前に嬉し涙に咽びながら両手を合せ、感謝の意を表し、恭しく首を垂れて居る。 杢助『皆さま、大変なおかげを頂きましたなア』 鷹鳥姫『ハイ、有難う御座います。余り吾々の偉い取違ひで、今迄開いた口のすぼめやうが御座いませぬ』 若彦『御神諭の通りアフンと致しました』 杢助『随分沢山な警護の役人が、竹槍を持つて御守護遊ばして居られますな。此方々は何時お出になつたのですか』 鷹鳥姫『ハイ、吾々の心に潜む悪魔を追出しに来て下さつた御恩の深いお方計りです』 若彦『此方々はバラモン教の蜈蚣姫さまの部下の方ださうです。厚いお世話になりました。何卒貴方から宜敷くお礼を云うて下さいませ』 体は棒のやうになつて強直したバラモン教の連中も、首から上は自由が利くので互に首を掉り、顔を見合せ、小声になつて、 スマート『オイ、カナン、嫌らしい事を云ふぢやないか。散々悪口をつかれ、危ない目に遇はされた俺達に向ひ、礼を云つて呉れと吐しやがる。この御礼は中々骨があるぞ。確りして居らぬと、中空より飛行機墜落惨死の幕が切つて落されるかも知れない。困つたものだなア』 カナン『何と云うても、この通り不動の金縛りを食うたのだから謝罪るより仕方がない。抵抗しようと云うた所で、こんな木像では何うする事も出来ぬぢやないか』 と囁いて居る。杢助の背から下された初稚姫は一同の前に立ち、忽ち神憑り[※三版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]状態になつて仕舞つた。一同は期せずして初稚姫に視線を向けた。初稚姫は言静に、 初稚姫『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦其他一同の人々よ、八岐大蛇の猛り狂ふ世の中、暗黒無道の娑婆世界とは云ひながら、汝等が心の岩戸開けし上は暗黒無明の此世も、もはや娑婆世界ではない、天国浄土である。娑婆即寂光浄土の、至歓至楽のパラダイスだ。汝等は八岐大蛇を言向け和し、ミロク神政の神業に参加せむと欲せば、先づ汝が心の娑婆世界をして天国浄土たらしめよ。この世界は汝が心によりて天国ともなり又地獄ともなるものぞ。風は清く山は青く、河悠久に流れ、木々の梢は緑の芽を吹き出し、花は笑ひ小鳥は歌ひ、蝶は舞ひ、自然の音楽は不断に聞え、森羅万象心地よげに舞踏し、吾等の目を楽しましめ、耳を喜ばせ、馨しき匂ひは鼻を養ふ。木の実は実り五穀は熟し、魚は跳ね、野菜は笑を含みて吾等が食ふを待つ。大道耽々として開け、鉄橋、石橋、木橋は架渡され、道往く旅人も夕になれば旅宿ありて叮寧に宿泊せしめ、湯を与へ食を与へ暖かき寝具を提供し、往くとして天国の状況ならざるはない。遠きに往かむとすれば汽車あり、電車あり、郵便電信の便あり、斯くの如き完全無欠の神国に生を託しながら、是をしも娑婆世界と観じ、暗黒無明の世と見るは何故ぞ、汝の心が暗きが故なり、身魂の汚れたる為なり。宣伝歌に云はずや「此世を造りし神直日、心もひろき大直日」と、あゝ斯の如き直日の神の神恩天の高くして百鳥の飛ぶに任すが如く、海の深く広くして魚鼈の踊るに任すが如き、直日の心を以て一切衆生に臨めば、何れも皆神の光ならざるはなく恵ならざるはなし。鬼もなければ仇もなし、暗もなければ汚れもなし。一日も早く真心に省み、一切に対して心静に見直せ聞き直せ、以前の誤解は速かに宣り直せよ。これ惟神なるミロクの万有に与へ給ふ大御恵なるぞよ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と云ひ終つて初稚姫は元に復し、再び杢助の背に愛らしき幼き姿を托した。 鷹鳥姫、若彦は一言も発し得ず地に噛りつき、感謝の涙止め度なく身を慄はして居た。今迄玉能姫と見えしは幽体にて、かき消す如く消え失せた。杢助父子の姿も、如何なりしか目にも止まらず、スマートボール以下の人々も何時しか消えて、白雲の漂ふ天津日は煌々として此光景を見下したまひつつあつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・二七旧五・一加藤明子録)