🏠 トップページへ

📖 キーワード検索

番号
(No.)
書籍 内容
81

(1582)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 02 波斯の海 第二章波斯の海〔五二八〕 世は常暗となり果てて山川どよみ草木枯れ 叢雲四方に塞がりて黒白も分かぬ暗の夜を 隈なく照す朝日子の日の出の別の神の御子 天教山に現れませる木花姫の御教を 曲津の猛ぶ小亜細亜噂に高きアーメニヤの 醜の魔神の巣くひたる都の空を照さむと 神の御言を畏みて天に坐す神地にます 神の教に真名井河目無堅間の船に乗り 西へ西へと印度洋浪を渡りて鶴の島 鶴の港を後にして波斯の海にぞ着きにける。 鶴の湊よりは、数十人の乗客が加はつた。黄泉島の沈没に依りて、波斯の海面は、俄に水量まさり、海辺の低地は殆ど沈没の厄に会ひたりと云ふ。 日の出丸より乗替へたる鶴山丸の船中には日の出別命を初め、ウラル教の宣伝使数名これに乗込んで居る。昼とも夜とも区別の付かぬ薄暗い海面を、船脚遅くなめくぢの如く進み行く。 甲(岩彦)『吾々は斯うやつて、ウラル教の宣伝使として竜宮の一つ島に渡り、殆ど三年になつた。併し乍ら一つ島の守護神なる飯依彦は、中々信神堅固な宣伝使であるから、吾々の折角の目的も、殆ど黄泉島のやうに水の泡と消えて了つた。アーメニヤへ帰つて、どう復命したら宜からうか、それ計りが心配になつて、乾を指して帰るのも、何とはなしに影の薄い様な気分がするではないか』 乙『吾々はウラル教の宣伝使としての力限りベストを尽したのだから、この上何と言つたつて仕方がないではないか』 甲(岩彦)『仕方がないと云つた所で、敵国に使して、君命を辱ると云ふ事は、人としてのあまり名誉でもあるまい。况んや特命を受けて、しかも吾々六人、東西南北より一つ島を包囲攻撃して、唯一人の飯依彦に、旗を捲いて、予定の退却をすると云ふ事は、あまり立派な成功でもあるまい。こりや、何とかして一つの土産を持つて帰らなくては、ウラル彦様に対して申訳がないぢやないか』 丙『オイ岩彦、お前はアーメニヤを出立する時には、どうだつたい。岩より堅い岩彦が、言霊を以て黄泉島を瞬く間に、言向和すと、傍若無人に言挙し、非常にメートルを上げて居つたぢやないか、その時に吾輩が、貴様の不成功は俺の天眼通で明かにメートルと云つたのを覚えてるだろう』 岩彦『ソンナ死んだ子の年を算る様な事を言つて、愚痴るない。過越苦労は、三五教ぢやないが、大々的禁物だ。よく考へて見よ、数百日の間、天の戸はビシヤツと閉つて、昼夜暗黒と云つてもよい位だ。日の出、日の入の区別も分らず、吾々がアーメニヤを出発した時は、朝は清鮮の気漂ひ、東天には五色の幔幕が飾られて、そこから金覆輪の太陽が現はれ、夕方になれば、瑪瑙の様な雲の連峯が西天に輝き、昼夜の区別も実に判然したものであつた。然るに一つ島に上陸した頃から、日々雲とも霧とも靄ともたとへ方なき陰鬱なものが、天地を閉塞して、時を構はず地は震ひ、悪魔は出没し、如何にウラル教の体主霊従の宣伝使でも、一歩否百歩を譲らねばならないと言ふ惨酷な世の中に、どうして完全な宣伝が出来るものか、如何に智仁勇兼備の勇将でも時節の力には到底叶はない、ナア梅彦………』 斯く話す折しも、俄に吹き来る颶風の響、虎吟じ竜躍るが如く、激浪怒濤は白き鬘を揮つて、船体に噛みつき始めた、船は上下左右に怪しき物音を立て、動揺烈しく、浪と波との山岳の谷間を、浮つ沈みつ、漂ひながら西北指して進み行く。暗の帳は下されて、黒白も分かぬ真の暗、忽ち暗中より暴風怒濤の声を圧して、宣伝歌が聞え来たりぬ。 日の出別命『神が表に現はれて善と悪とを立別ける ウラルの彦やウラル姫コーカス山に現はれて この世を欺く神の宮太敷立てて三柱の 皇大神を斎きしは昔の夢となりはてて 今は僅に美山彦国照姫の曲神を 守護の神となぞらへ常世の国に打渡り 随従の神を海原の浪に漂ふ一つ島 宝の島に出立たせ山の尾上や川の瀬を 隈なくあさりてウラル教神の教を悉く 敷き弘めむと村肝の心をつくしの甲斐もなく 黄泉の島のその如く泡と消えたる憐れさよ 高天原に現れませる神伊弉諾の大神の 神言のままに花蓮草教を開く天教山の 神の聖地を後にして日の出の御船に身を任せ 津軽海峡後にして天の真名井の波を分け やうやう茲に印度の海深き恵をかかぶりつ 名さへ芽出度き鶴の島松の神代に因みたる 鶴の港を船出していよいよここに波斯湾 進み来れる折柄に思ひもかけぬウラル彦 神の教の宣伝使岩彦梅彦あと四人 如何なる神の経綸か鶴山丸の客となり 一蓮托生波の上なみなみならぬ大神の 心の空は掻き曇るあゝ岩彦よ梅彦よ 天教山に現れませる木花姫の御教を 四方に伝ふる宣伝使日の出神の分霊 豊栄昇る朝日子の日の出の別の神司 愈フサの国指して進むもしらに退くも はや白波のこの首途天津御空を眺むれば 墨を流せる如くなり大海原を眺むれば 泥を流せる如くなるこの浪の上にめぐり合ふ 厳の霊の宣伝使岩彦梅彦初めとし 此処に会うたは優曇華の花咲く春の引合せ 皇大神の神言もて日の出の別が詳細に 詔る言霊のその呼吸に汝が霊を洗へかし 天真名井に五十鈴の言霊洗ひ都牟刈の 太刀を清めて曲津見を蹶え放らかし打きため 神の心に復りなば如何に浪風猛くとも 醜の猛びの荒くとも何か恐れむ神の国 あゝ岩彦よ梅彦よ心の雲霧吹払ひ 天の岩の戸押開き直日に見直せ聞直せ この世を紊す曲神の醜の言霊詔り直せ この天地は国の祖国治立のしろしめす 珍の御国ぞ楽園ぞ神の御国に住む人の いかで心を汚さむや瀬織津姫の大神に 汚穢も曲事も能く清め塩の八百路の八潮路の 秋津の姫に許々多久の罪や穢を可々呑みて 曇りを晴らせ天地の神の心に叶へかし あゝ惟神々々御霊幸倍坐世よ 嗚呼惟神々々御霊幸倍坐世よ』 と歌ひ終るや、さしもに猛き暴風激浪も、拭ふが如くに静まり、海面は畳の如く、魚鱗の波を浮ぶるに至りけり。 船中の人々は、この声に驚いて一言も発し得ず、日の出別命の神徳に驚嘆の目を眸るのみ。岩彦は小声にて、 岩彦『オイ梅彦、音彦、亀彦、大変ぢやないか、エライ奴が乗つて居て、吾々に非常な鉄槌を喰はしよつたぢやないか、向ふは一人、此方は宣伝使の半打も居つて、衆人環視の前でコンナ神力を見せられては、ウラル教も薩張り顔色なしだよ。ナントか一つ、復讐を行らなくては、失敗の上の失敗ぢやないか。日の出別とか云ふ三五教の宣伝使が、フサの国へでも上つたが最後、あの勢でアーメニヤの神都へ進撃されようものなら大変だぞ』 亀彦『さうだなア、コラこの儘に放任して置く訳には行かない。お前は吾々一行の中での、チャーチャー(教師先生の意)だから、何とか良い御託宣でも宣示して呉れさうなものだ』 岩彦『訳も知らずに、燕の親方のやうにチャーチャ言ふものじやないワ。マアこの先生の妙案奇策を聴聞しろ』 亀彦『ヘン、えらさうに仰有りますワイ、目玉を白黒さしてその容子は何だ。蟹の様な泡を吹いて、大苦悶のていたらく、身魂の基礎がグラついて居るから、どうして妙案奇策が出るものかい。何分に戦ひは、将を選ぶと云つて、吾々万卒が骨を枯らしても、一将功成れば未だしもだが、貴様の大将は魂に白蟻が這入つてゐるから、統率その宜しきを得ず、万卒骨を枯らし、一将功ならず、一しようの恥を曝して帰らねばならぬのだ。コンナ大将に統率されて、どうして神業の完成が望まれよう、バベルの塔ぢやないが何時までかかりても、成功する気遣ひはない。ピサの塔のやうに斜になつて、何時ピサリと倒れるか分つたものぢやない。猫に逐はれた鼠のやうな面をして、アーメニヤに帰つた所でウラル彦さまに「貴様何をして居つた」と、いきなり横つ面をピサの塔とお見舞申され、これはこれは誠にハヤ恐れ入りバベルの塔と、たう惑顔するのは目に見るやうだ。引かれ者の小唄の様な、負惜みは止めて、どうだ一層のこと、日の出別の部下となつて三五教に急転直下、沈没したらどうだらう』 岩彦『チト言霊を慎まぬか、船の上は縁起を祝ふものだ、沈没なぞと、気分の悪い事を言うな。黄泉島ぢやあるまいし………』 梅彦『さうだ、亀彦の言ふ通り、あまりウラル教の神力がないのか、大将の画策宜しきを得ないのか知らんが、コンナ馬鹿な目に会つた事はない。二つ目には時世時節ぢやと、岩彦はいはんすけれど、ソンナ事はアーメニヤヘ帰つては通用しない。どうだ、梅彦の外交的手腕を揮つて、日の出別の宣伝使に、今此処で交渉して見ようかい。交渉委員長になつて、どうしよう交渉と談判をやるのだナア』 岩彦『喧しいワイ』 梅彦『やかましからう、イヤ耳が痛からう、良い加減に言霊の停電がして欲しからう。アハヽヽヽヽ』 岩彦『鮨に糞蝿が集つたやうに、本当に五月蝿い奴だ。さう云ふ事を喋くると、ウラル教の神様が立腹して、又もや暴風雨の御襲来だ。さういふ事は、神様の忌憚に触れる、貴様の言行に対しては、飽くまで吾々は忌避的行動を取るのだ。何ほど貴様が挑戦的態度を執つても、寛仁大度の権化とも言ふべき岩彦は、岩石として応ぜないから、さう思つて幾許でも喋舌つたが宜からうよ。……ナンだその面は、最前からの時化で、半泣きになつて居るぢやないか、見つともない』 梅彦『半泣きになつて居るとは誰の事だい。貴様こそ率先して泣いて居るぢやないか。涙こそ澪して居らぬが、俺の天眼通から見れば唯々泣き面をソツト保留してる丈のものだよ、貴様に共鳴する者は、烏か、千鳥位なものだらう』 岩彦『馬鹿ツ、いはしておけば傍若無人の雑言無礼、了見せぬぞ』 亀彦『オイ梅公、行つた行つた。ヲツシヲツシ………』 岩彦『オイ、犬と間違つちや困るよ』 梅彦『犬ぢやないか、ウラル教の番犬だ』 岩彦『いぬも帰なぬもあつたものかい、吾々はアーメニヤへいぬより往く所はないのぢや』 亀彦『兎も角、ここで一つ思案せなくてはならぬ。三五教は唯一人、此方の宣伝使は半打も居るのだから、強行的態度に出でて、三五教の宣伝使を降服させるか、但は吾々が柔かに出て、ウラル教を開城するか、二つに一つの決定を与へねばなるまい』 岩彦『岩より堅い岩彦は、如何なる難局に処しても、初心を曲げない。善悪共に、初心を貫徹するが、男子の本分だ。貴様、ソンナ女々しい弱音を吹くならば、アーメニヤへ帰つて、逐一盤古神王に奏聞するから、さう覚悟をせい』 亀彦『敗軍の将は兵を語らずだ、何の顔容あつて盤古神王に大失敗の一伍一什を奏聞することが出来ようか、貴様は統率者を笠に着て、吾々五人の者を威喝するのだな、今になつて何れほど威張つたところで、アルコールの脱けた甘酒の腐つたやうなものだ、鑑定人もなければ、飲手もなし、ソンナ嚇しを喰ふ奴が、何処にあるかい、あまり馬鹿にするなよ。それそれ向ふに見えるはフサの国だ。船が着くのには、モウ間もあるまい、この船の中で、一つ交渉を始めなくては、日の出別が上陸したが最後、どうすることも出来やしない。問題を一括して、今此処で秘密会議を開いて、和戦何れにか決せねばなるまいぞ』 又もや以前の如き暴風忽然として吹き来り、鶴山丸の運命は旦夕に迫り来たる。嗚呼この結果は如何。 (大正一一・三・一六旧二・一八松村真澄録)
82

(1583)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 03 波の音 第三章波の音〔五二九〕 颶風は忽ち西北に変じ、鶴山丸は逆流して再び元来し海路に漂ひにける。 猛り狂ふ飛沫に、寿司詰になつた船中の人々は頭上より塩水を浴び、誕生の釈迦像の様になつて了つた。ウラル教の宣伝使、音彦は猛り狂ふ海を眺めて、 音彦『それ見ろ、岩公が偉さうに大将面を振り廻し頑張るものだから、再び天道様の御機嫌を損ねて二度驚愕しやつくりな目に合ふのだよ。貴様の改心が足らぬから皆の者が御招伴をさされるのだ。御馳走の御招伴なら宜いが命からがら此通り、何時船は奈落の底に落ち込むか分らない危急存亡のこの場合だ。はやく改心して日の出別命にお詫をせい。時化の景物に頭から塩水を浴びせられて、辛い目に合つて苦しむのは貴様計りぢやない、一同の迷惑だよ』 岩彦『改心せいと云つた処でこの頃は手元不如意で改心の原料が無いのだ。何うなるも斯うなるも船のまにまに行く処まで行かな仕方がないわ』 音彦『音に名高い、波斯の荒海だ。都合よく何れの湊かに漂着すれば宜いが、海底の竜宮へでもやられて見よ、何うする事も出来やしない』 岩彦『ソンナ取越苦労はすな。寸善尺魔、この瞬間が吾々の自由意志を発揮する時だ。一尺先の事が分るものか。それだからウラル教の宣伝歌に「一寸先は闇よ」と云ふのだ。 「波よ騒げよ一寸先は闇よ、波の中から月が出る」 と云ふのだ。たとへ船が沈没して竜宮へ行つた処で淤縢山津見の様に暫らく雌伏して居ると、待てば海路の風が吹く、そこへ日の出神が現はれて、吾々を助けて呉れると云ふ段取だ。莫迦らしい、日の出別なんてソンナ偽者にこの尊い頭を安売して堪るかい』 梅彦『オイオイ岩彦、お前がさう頑張る為に一同の迷惑だ。現当利益を現はした日の出別の宣伝使に兜を脱いで、今一度助けて貰つたら何うだ』 岩彦『三五教の宣伝歌ぢやないが、 「たとへ大地は沈むとも誠の力は世を救ふ」 吾々はウラル教の宣伝使となつて誠一つを立て通して来たものだ。たとヘウラル教が善にせよ悪にせよ、白鷺の子は白い、烏の子は黒いと定まつて居る。ウラル教が烏なら烏で宜い。身魂の因縁に依つて、烏に生れた者だから遽に白鷺にならうたつて、なれさうな事はない。下らぬ心配するよりも、宣伝歌でも歌つた方がよからう』 音彦『いくら云つてもこの大将は駄目だ。エヽ仕方がない。一寸先は闇だから心残りのない様に持合せの酒でも飲んだらどうだい』 亀彦『下地は好きなり、御意は良し。何も彼も忘れる為めに酒でも沢山飲んで新規蒔直しの管でも巻かうかい』 音彦『アヽアヽ五月蝿奴だナア。之丈けものの解らぬ宣伝使では竜宮の一つ島でも言向け和せないのは道理だ』 岩彦『貴様は落着きのない奴だ。これ位の時化が恐くてどうして天下の宣伝使が勤まらうかい』 梅彦『貴様でも勤まつたと思ふか。頻りに作戦の領分を拡張する計りで、腮の先計りで吾々を指揮したつて罰は目の前、頭が廻らな尾が廻らぬと云ふ事がある。よく考へて見よ。帰つて盤古神王にお目玉を頂戴するより此処で直に、日の出別命に謝罪つて助かる方が利巧なやり方だぞ』 とウラル教の宣伝使一行は、大恐怖落胆の御面相、ザツト半打斗りも陳列して居る。風は益々激しくなつて来た。船頭は声を張り上げて、 船頭『オイオイ皆のお客たち、最う駄目だぞ。用意をなされ』 岩彦『オイ船頭、用意をなされと云つたつて何を用意するのだい』 船頭『叶はぬ時の神頼みだ。この風に向つて負けず劣らず言霊を発射するのだよ。サアサア俺の後に付いて力一杯呶鳴るのだ』 と云ひながら、船頭は櫂や艪の手を止めて、臍下丹田に息を詰め、 船頭『アー、オー、ウー、エー、イー、』 と呶鳴り出したれば、船客一同は怖さに震ひながら声を揃へてアヽオヽウヽエヽイヽと複数的に言霊を発射するのであつた。岩彦は盥伏せに合つた泥棒猫の様な狡猾な面を薄暗い闇に曝して目玉をギヨロギヨロさせ何となく不安の面色にて手足をヂタバタさせて居る。 音彦『オイ大将、その狼狽へ加減は何だ。強さうな事を云つても、矢張まさかの時になれば弱い者だなア』 岩彦『斯うなつては吾々の刹那の権利と云ふものは只煩悶苦悩の自由を有するのみだ。自分の権利を充分自由に発揮して居るのに、貴様が干渉する権利があるか。オイ貴様等モウ駄目だ、俺は覚悟がある。たとへ海の藻屑になるとも三五教には降伏せない。よく考へて見よ、鶴山丸が沈没すれば、三五教の日の出別も矢張共に溺死する丈けの可能性は充分に具備して居るのだよ。放つとけ放つとけ。自分が怖かつたら神様に願つて波風を止めるだらう。吾々はその景物をソツト占領すればよいのだ』 梅彦『さうだな。船が沈没すれば三五教の宣伝使も沈没せずには居るまい。貴様の今云つた言葉は真に天来の妙音だ』 岩彦『何を云つた処で仕方が無い。空を仰いで見よ、真黒けな顔をして今にも泣き出しさうな暗澹至極の御面相だ。世の終りと云ふものは、天の力も如何共する事が出来ないと見える。船頭の奴、吾々にまで言霊の発射を強圧的に勧めよつて、発言機関を虐使するものだから言霊の停電を来して声も何もかすれて了つた。折角胃の腑に格納して置いた酒迄が逆流して、八百屋店を開店する。本当にこれくらゐ雑閙を極めた事はありやしない。貴様等ソレ船が沈むとか、死ぬとか、弱音を吹きよつたが何うだい、時節と云ふものは偉いものだらう。風の神、余程弱つたと見えて沈黙しかけたぢやないか。モウ心配するな。さしもに猛き荒の神も「ヤア長々お気を揉ませました、ウラル教の宣伝使様、また御縁があつたら陸上でお目に掛りませう、アリヨース」と云つて、尻に帆かけて、スタコラヨイヤサと、アーメニヤの都をさして予定の御退却だ。何うだ俺の刹那心には閉口しただらう』 亀彦『さうだ、余りの偉い時化で咫尺暗澹、吾身の進路を誤つて居たが、最う斯うなる上は何を苦しむで三五教に降伏する必要があるか。すんでの事で鶴山丸が大タンクになる処だつた。サア皆の奴勇気を鼓して、こちらは六人向ふは一人だ。宣伝歌を歌つてやらうかい。今の風ぢやないが、吹いて吹いて吹き廻し、三五教の宣伝使の胆玉を転宅させるのだよ。風力七十五メートルの勢いでナ』 一同は、 一同『面白い面白い』 と喉元過ぐれば熱さ忘れるとかや、妙な処へ刹那心を発揮して声調も整はぬ複数的のシドロモドロの宣伝歌を歌ひ始めたり。 一同『波よ騒げよ一寸先や闇よ闇の後には月が出る 月は月ぢやが盃ぢや飲んで酔へ酔へ酔うたら踊れ 酔へと云つても船には酔ふな踊れと云つても波の奴 船のかへる様な踊りをするなアンナ悪戯ちよこちよこやると 俺等の胸迄踊り出す飲めよ飲め飲め心地よく飲めよ 飲めと云つても船ではないぞ日の出の別の宣伝使を 波の鬘ふり立ててグツト一口飲んで了へ 俺はウラル教の宣伝使仮令大地は暗くとも 命の親の酒飲めば顔の色まで赤くなる 曇つた顔して天道様難かし顔して睨むより 飲めば栄えるこの酒を一寸一杯食召せ 酒と女は世の宝酒でなければ夜が明けぬ 酒でなければ夜が明けぬ酒から日が出る月が出る 酒から日が出る月が出る』 とシドロモドロの歌を歌ひ宣伝歌を潰して了つた。 斯くする中、船は漸く波斯の海岸タルの湊に安着したりける。 (大正一一・三・一六旧二・一八藤津久子録)
83

(1585)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 05 同志打 第五章同志打〔五三一〕 天の戸押し開いて半円の月は稍西天にかすかに輝き初めた。一同の顔は誰彼の区別のつくまで判明して来た。 岩彦『オー、久し振りでお月様のお顔を拝観することが出来た。是れだから時節は待たねばならぬものだと何時も云ふのだよ』 梅彦『今日は妙な日だ、鶴山丸で日の出別の宣伝使に逢ふ。今晩はまた月の顔を久しぶりで見る。竜宮の一つ島に渡つてから、日月揃うて見たのは珍らしいことだ』 岩彦『オイ、何だか俺は胸騒ぎがする様だ。皆起きて坐らぬかい。一つ臨時議会を開会するから』 音彦『ナニ、岩彦議長の提案は一体何だい。吾々はあまり長い間海に浮んで居た揚句、大陸を強行的にテクツて来たものだから、足は棒の如になつてしまつた。横になつたまま開会をしてもらへないかな』 岩彦『横でもかまはないが、然し是れには一寸曰く因縁があるのだ。まさかの時になつたら、貴様の不利益だらう。只今より愈月の出たのを幸い、マラソン競走の選手となつて、フサの都まで速力倍加で突貫するのだよ』 亀彦『ソラ何だ、余りの緊急動議ぢやないか』 岩彦『大きな声で云ふない、その向ふの木の株をそつと覗いて見よ。居るぞ居るぞ。大きな声で咆哮すると覚醒状態になられては大変だ。それ今そこに居る奴は船の中で見た日の出別の宣伝使だ。此奴が目を覚まさぬ間に尻に帆をかけて、急速力で進行するか、但しは停船のまま四方八方より包囲攻撃をやるか、二つに一つの議案だ。サア即決だ』 鷹彦『マア、ソンナ事は即時否決だ。否決の序に本当の敵に対する秘訣を吾輩が提出するから、汝等夫れ審議を鄭重にするのだ。とても吾々半ダースの人間が一斉射撃をやつた処で、クルップ砲に火縄銃を以て対ふ様なものだ。勝敗の数既に決す、寧ろ白旗を掲げて降伏と出掛ける方が安全で好からう。くだらぬ事に貴重な生命を落すのは馬鹿の骨頂だ。誰も夫れ丈け戦つた所で彼奴は職務に忠実な奴感心だと云うて共鳴するものは、この暗がりの時節に一人も半人もあるものぢやない。共鳴するのは墓の団子でも泥棒しようと思つて烏が鳴く位だ。それも哀悼の意味でなくて自分の食料を得た嬉し鳴きだから、ホントウにつまらないぢやないか』 岩彦『不相変弱音を吹く奴だなア。人間と云ふものは神様の模型ぢやないか、神様はソンナ決して弱音を吹くものぢやないよ』 鷹彦『又もや月が隠れたぢやないか。遁ようと言つたつて此曇天に足許の泥溝もはつきりと判らず、丁度灰色の茅の中を道中するやうな有様だから、何時足をさらはれるか分つたものぢやない。思ひ切りの悪い奴だナア。アーメニヤヘ一体帰つた所で、盤古神王のウラル彦が居られるか居られぬか心許ないではないか』 亀彦『ウン、俺もソンナ夢を見たよ、心配だ。然し岩彦の宣伝使長は、お化物の舌の上に乗せられて居つて、噛んだり、吐いたり、イヤもう目茶苦茶な目に逢はされて居よつた。夢にも色々あつて神夢、霊夢、正夢、凶夢、雑夢と云ふ事があるから当にはならないが、どうせ頑固一片の男だからあの夢が霊夢になるかも知れぬ。気の毒なものだワイ』 一同『ウン俺達もその夢を見たのだ。斯うして四人が同じ夢を一度に見ると云ふのは、屹度霊夢だよ。オイオイ愚図々々して居ると内裏に敵が侵入潜伏して居るかも知れないぞ』 岩彦『吾々一行六人の中に三五教の奴が交つて居ると云ふのか。ソンナ馬鹿な事があるものかい』 音彦『ヤー何とも言はれぬよ』 鷹彦『オツト高い声では言はれぬが、ナンデも羽が生えて宙を飛ぶ様な名の男が、三五教の間諜で俺達の仲間に這入つて居ると云ふ事だよ。現に夢の中に「俺はかうして貴様と一緒にウラル教に入つて、その実は三五教だ。一つ島の宣伝が不成功に終つたのも飯依彦と気脈を通じて遣つたからだ」と、夢の中に自白し居つた奴があるのだもの』 三人『俺等も夢でその通り聞いて居る。サア行掛の駄賃に此奴をやつつけておいて、それからマラソン競走だ』 音彦『コラ鷹公、白々しい、貴様は何だ。悪の企の露顕れ口、のつ引ならぬ夢の告、どうぢや白状致して降参するか、逃げようと言つたつて、もう駄目だぞ。吾々五人の閉塞隊が港口を固く封鎖した以上は、潜水隊だつて無事に脱出する事は出来やしないぞ。サア白状せないか』 鷹彦『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 一同『何だ、夢の中の化物の如うな声を出しよつて』 鷹彦『盲の宣伝使、馬鹿と云つても貴様等の様な奴は珍しい。天下一品、秀逸の馬鹿だ。俺は貴様の云ふごとく実は三五教の宣伝使だ。瀬戸の海の一つ島に永らく居つたものだが、手段を以て貴様等の仲間に藻繰込み、総ての計画を熟知し居るこの方、俺位のものが看破出来ぬ様なものではウラル教も駄目だ。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、イヒヽヽヽ、イヽ面の皮だ、いぢらしいものだナア』 岩彦『言はして置けば悪言暴語の乱射、もう此上は不言実行だ。オイ皆の奴、打ちのめせ、大将軍の命令だ』 一同『ヨシ』 と答へて一同は拳を固め鷹彦の面上目がけて力限りに打下せば、鷹彦はヒラリと体をかはした。 梅彦『アイタタアイタタ、コラコラ鷹彦、おれをどうするのだ。此奴中々ひどい事をしよるぞ。アイタタアイタタ』 暗がりまぎれに鉄拳の雨を降らして居る。鷹彦は二三間はなれた所より、 鷹彦『アハヽヽヽ、盲同志の同志打ち、ドシドシと喧嘩をやれ、この方は高処で見物だ』 梅彦『オイオイ皆の奴、俺の頭を惨い目になぐりよつて、チツト心得ぬかい。味方を打つと云ふ事があるものかい』 音彦『千騎一騎の戦場に向つて鎬を削るに、誰彼の用捨があらうか。当るを幸ひ、なぐり、張倒し、勝鬨あぐるは瞬く間』 鷹彦『アハヽヽヽ、面白い面白い、悪神のする事は皆ソンナものだよ。もつとやれもつとやれ』 音彦『エーかもふない、今に仇を打つてやる。オイ皆の者、何でも後の方に声がしたぞ。突喊々々』 ワーツと鬨を作つて声する方に進撃する。茂みの森の木の幹に前額部を衝突させパチン、 音彦『アイタタ、イヽヽイータイ、ヤー鷹彦の奴、中々固い体をしてゐよる。何だ此奴は木の幹だ、大木だ』 鷹彦は体をすくめながら、暗にすかして五人の蠢動するのを見済まし杖を以て頭と思ふ処を目がけてそつと叩く。 音彦『ヤア居る居るオイ、此処だ此処だ』 一同『ヤアさうか』 と四人は声する方を目あてに鉄拳を乱下した。音公は四人の荒男に身体一面乱打されて、 音彦『アイタタアイタタ、アヤマツタ、待て待て、違ふぞ違ふぞ』 一同『違ふも糞もあつたものか。この期に及んで卑怯未練な逃げ口上、放すな皆の奴、のばせのばせ』 音彦『音ぢや音ぢや』 一同『音がする程叩けとぬかすのか、ヨシ御註文通りなぐつてやらう』 鉄拳の音は一層激烈となつて来た。鷹彦は二三間傍にヌツと立つて、 鷹彦『アハヽヽ、オホヽヽ、イヒヽヽ、鷹チヤンは此処だよ。同志打ちの先生、盲先生、今の世の中は丁度ソンナものだよ。互に味方同士、兄弟同士、親類同士、同士打ちをやつて居る。貴様等もウラル教の精神を遺憾なく発揮して満足だらう。昔の常世会議で武装制限が行はれて、羽翼を取られて退化した人間が、アベコベに羽翼が無くなつて不自由の身体になつて、それを進化したと云つて喜ぶやうな代物だから不便なものだ。オイこの鷹チヤンはその名の如く羽翼が在つて鷹の通り空中は自由自在だ。一つ飛んで見せて遣らうかい』 と云ひながら、一丈もある翼を拡げてバタバタと羽ばたきをして見せる。 一同『ヤア此奴は天狗の化物だ。モシモシ天狗様、偉い見損ひを致しましたが、天狗様、どうぞ生命計りはお助け下さいませ』 鷹彦『三五教の宣伝歌を歌ふか』 一同『ハイハイ、教へて下されば歌ひます』 鷹彦『ウラル教は止めるか』 一同『やめますやめます』 この時暗中より何人とも知れず、涼しき宣伝歌が暗を縫うて、傍の木の茂みより聞え来たりけり。 (大正一一・三・一六旧二・一八谷村真友録)
84

(1594)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 14 蛙船 第一四章蛙船〔五四〇〕 神の御稜威も高照姫の神の命の常永に 鎮まりまして木の花の姫の命の御教を 三十三相に身を変じ醜の窟のそれよりも 玉の礎弥堅く築き固めて暗の世の 神の経綸の宝庫を拓かむとする時もあれ 八十の猛びの強くして道にさやりて神言を 一言さへも磐船の雲に隠れて今は唯 布留野ケ原の深霧に包まれけるぞ是非なけれ 天空轟く雷に胸を打たれて起上り 四辺を見ればこは如何に荒野をわたる俄雨 身はびしよ濡れの釈迦の像。 音彦『オイ亀公、駒公、日の出別の宣伝使に迎へられ、九天の上まで上りつめて居つた筈だのに、何時の間にか又もや此の茫々たる草原に雨風に曝され眠つてゐたとは、何う考へても腑に落ぬぢやないか。それにしても鷹彦、岩彦、梅彦は如何なつただらう』 亀彦『自分の事が自分に判らない吾々、他人の事を考へる余裕があるものか。これや何うしても腹帯を締ねばなるまい』 駒彦『吾々三人は天の鳥船から、知らぬ間に振り落されたのだ。それにしても余り日の出別神も莫迦にして居るぢやないか。此処はタカオ山脈の手前だ。此の下辺りを醜の巌窟が貫通して居るのぢやが、斯う外へ抛り出されて了つては、最早探険も何もあつたものぢやない。エー仕方がない、西北指して星の光を目標に進んで行けば、終にはフサの都に着くであらう。吾々も此の辺りは幼少い時に一度通つたことがあるのだから、運を天に任して徒歩ることにしようかい』 音彦『タカオ山脈の近くになると大変大きな蟇蛙が居ると云ふことだ。何だか足も草臥れたし、蛙が出居つたら飛行機の代りに、それにでも乗つてアーメニヤ方面指して、かへると云ふことにしようかな』 亀彦『ヤー大変だ。音公、駒公、向方を見よ、夜目に確乎とはわからぬが、何でも沼か、池のやうなものがあつて吾々の進路を拘塞してゐるやうに見ゆるぢやないか』 駒彦『マア行く所まで行進を続けるのだナア』 一行は仄暗き原野を足に任せて、西北指して進み行く。 音彦『ヤー妙な泣き声がするぞ。大方例の先生が出たのだらう』 と云つて居る処へ牛のやうな蟇蛙、ノサリノサリと這ひ出で一行の前に塞がり、斗箕のやうな口を開けてパクついて居る。 音彦『ヨー天道は人を殺さずぢや。好い乗物が出来た。鳥船から蛙船に乗り替ると云ふ洒落だ。此船はモーかへる心配は要らない。初からかへるだから』 亀彦『この魔の原野には何が化て居るか分つたものぢやない、先づ神言を奏上して正体を現はし、果して真の蛙先生なれば乗つてもよからうが、又しても蛙然とするやうなことが無いやうに注意せねばいかないぞ』 音彦『ナニ構ふものか。馬には乗つて見よ、蛙には跨つて見いだ』 と言ひ乍ら、音公は蛙の背にヒラリと飛び乗り、 音彦『ヤア大変乗心地がよい。亀、駒、貴様等も乗つたら何うだい』 亀、駒『吾々は経験が無いから、マア暫らく執行猶予をして貰はうかい』 音彦『気の弱い奴だな。それでは音サンが御先へ失敬を致しませう。オイ蛙先生。音彦だというても、おとしちやいかぬよ。おとさぬやうにして大切にのたくるのだ。蛙の行列向ふ見ずと云ふことがあるから、充分注意して行つて呉れ給へ。賃銭は又追加をするから』 大蛙『ハイハイ承知致しました。吾々の背中に乗つて居れば、坐ながらにして故郷へかへるだ。のんこの洒蛙つく洒蛙々々然と鼻唄でも歌つて此行を賑して下さい。日の出別命には捨てられても、亦此通り救ける神が現はれるものだ。捨てる神もあれば拾ふ蛙もあるアハヽヽヽ』 と蛙は口から欠伸と共に、ノサリノサリと進み行く。 亀彦『ヤア、音公の奴、うまいことをしよつた。オイオイ蛙サン。一寸待つた一寸待つた。音公ばつかり先へ往つたところで、吾々二人が随いて往かねば、ナンニもなりはしない。乗せるのが嫌ならモツト徐々歩いて呉れないか』 大蛙『この先には大変な広い古池がございます。其処を渡つてから、あなた方を乗せて上げませうかい』 駒彦『ヤーその池を渡るために蛙の行列向ふ見ずだから、みづの上を船の代りになつて貰ひ度いのだ』 音彦『亀は池の中が得意だらう。駒公も水馬と云つて水の中は上手に違ひ無い。水の中に困るのは音サンばかりだ。古池や蛙飛び込む水の音サンといふことを、知つてゐるかい』 亀彦『アハヽヽヽ、うまいことを云ひよる、ナア駒公、屹度彼奴は失策つて巌窟の中の亀サンのやうな目に会はねばよいがな』 蛙は一生懸命そくを出して一足飛びにホイホイと跳び始めた。忽ちドブンと水煙が立つた。 亀彦『ヤア蟇蛙の奴、到頭闇の池に飛び込んで了ひよつた。思つたよりは深い池だ。此池の周囲は草ばつかりかと思へば、断巌絶壁で囲まれてゐる。音公の奴蛙と共に沈没し居つたな』 駒彦『オーイオーイ、音公ヤーイ』 亀彦『オイ音公、未だ池の底に沈澱するのは早いぞ』 蛙は音公を乗せたまま水面にポカリと浮き上つた。 亀彦『ヤー音公、醜態を見やがれ。それだから蛙の行列向ふ見ずと云ふのだ。モー斯うなつては高処から見物だ』 音彦『危急存亡一命にもかかはる此場合に、何を安閑として居るのか、早くデレツクでも用意して音サン蛙サンを釣り上げぬかい』 駒彦『デレツクとは何だい。グレンのことだらう。此処は陸上だぞ。陸上で釣れるのはグレンだ。グレンと音立ててひつくりかへるの此の憐れさ。眼なつとグレングレンと剥いて居れ。さうすれば何時の間にか、よい風が吹くだらう』 音彦『ソンナ議論は如何でも好い。デレツクであらうが、グレンであらうが問ふ所に非ずだ。貴様もよつぽど融通の利かぬ奴だ』 亀彦『所変れば品代る、御家変れば風代る、嬶ア代れば顔変る。浪速の葦も伊勢の浜荻、貴様のやうに八釜敷囀る百千鳥も都へ行けば粋に代つて都鳥。マア悠々と蛙の背で遊山でもしたらよからう。吾々もこれからお前の沈澱するまで、悠々と休息でもして、それから起重機を措置して救けてやると好いけれど、生憎便利が悪くつて仕方が無い。マアマア蛙と共にグレンとやるのぢやな』 大蛙『モシモシ亀よ、亀サンよ。駒よ、駒サンよ。くだらぬ喧嘩を買はずと大人しく、友達甲斐に救けて上げて下さいや』 亀彦『サテモ気楽な奴だナア。奈落の底へ落ち込んで踊つて居る奴があるものかい。音公貴様も今迄の罪悪の決算期が来たのだ。何事も因縁づくぢやと諦めたがよからう。此の辛い時節にやすい賃銀で誰が就業するものがあるか。先づ労働争議の解決がつく迄、ゆつくりと待つてゐるがよからう』 音彦『オイオイ蛙公、モーアンナ奴に相手になつたところが、解決のつく筈はない。上に立つて居る奴と池の底へ落て苦しんで居る人間とだから、到底上の奴は彼の通り乱暴だから、百姓の蛙切りぢやないが、蛙と音サンとが悠然協議を開いて、労働同盟でもやつて自ら活路を求めるより仕方が無いわ、亀、駒、大きに憚りさまだ。モー貴様等の御厄介にはならぬ。自由行動を執るから、さう思へ』 亀、駒『アハヽヽヽ、強い者勝の世の中だ、上から下へ落ちるのは一足跳びに容易だが下から上に上るのは大変だぞ。上れるなら自由に上つて見よ』 大蛙『美事上つて見せう。アフンとするな』 と言ひ乍ら広き水面を浮游し、ある上陸地点を求めてガサガサと無事に這ひ上つた。 亀彦『ヤー音の奴、到頭無事着陸しよつた。オイ駒サン、吾々は何うして此古池を渡つたらよからうな』 駒彦『アーさうだつたな。渡るには恐し、渡らねば女房の国へは帰れないといふ場面だ。オイ音サン、迎ひに来り迎ひに来り』 音は目を剥き、舌を出し乍ら、 音彦『アカと云へ、アカと云つたら迎ひに往つてやる』 亀彦『エー仕方が無い。莫迦にしよる。これだからアカの他人は水臭いと云ふのだ。仕方が無い。背に腹は換へられぬ。言はうかい』 駒彦『アカ』 亀彦『アカ』 音彦(両手の指で臉を押へ乍ら)『ベー』 駒彦『大方コンナことだと思つて居つた。アカの言ひ損をしたワイ。これがアカの別れと云ふのだ。モー仕方がない、予定の退却だ』 音彦『オイオイ貴様早く来んかい。ソンナ処に何時まで愚図々々してゐるのだ』 駒彦『ヤーナアンだ。坦々たる大道が通じてゐるぢやないか』 亀彦『ヤー布留野ケ原のコンコンさまだな。アハヽヽヽ』 (大正一一・三・二〇旧二・二二外山豊二録) (昭和一〇・三・二八於吉野丸船室王仁校正)
85

(1595)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 15 蓮花開 第一五章蓮花開〔五四一〕 音、亀、駒の三人は、荒野ケ原を西北指して進み行く。傍の丈なす草原の中より現はれ出でたる五六人の怪しの男、大手を拡げて四方を取囲み、 男『ヤイ、何処の奴か知らぬが、此処を何と思つて踏ん迷うて来たか、サア所有物一切を悉皆此処へ、おつ放り出して赤裸になれ。さうすれば生命丈は助けてやらう』 音彦『何吐しよるのだ、泥棒奴が、情ない奴だナア。大きな図体をしよつて、人の物を盗らねば生活が出来ないとは、何といふ因果の生れ付だ。一体貴様は何と云ふ奴だい』 男『俺は蟒の野呂公さまだい』 音彦『道理で、のろのろしてけつかるワイ、この辛い時節に労働もせずに、遊んで食ふと云ふ様な悪い了見を出すな』 野呂公『何を古い事を言ふのだ。是でも当世向の新しい男だぞ。今の人間に泥棒根性の無い奴が、一匹でも半匹でもあるかい、鬼と賊との世の中だ。ナンダ貴様は、宣伝使面をしよつて、偽善者の骨頂奴が。馬の顔にハンモックを附けた様な長いシヤツ面をしよつて………貴様もやつぱり顔ばつかりぢやない、手も足も長い、手長彦や長髄彦の眷属だらう』 音彦『何を吐しよるのだ、マア俺の宣伝歌を、落着いて聴聞しろ』 野呂公『貴様は、神だとか、道だとか、善だとか、悪だとかほざきよつて、世界の人間を圧制に廻る宣伝使だらう。チツト頭脳が古いぞ、是程民衆運動の盛んな世の中に、守旧的な事を言つても、通用せないぞ。吾々は、貴様のやうな奴を、ケープスタンぢやないが、片つ端から一所へ巻き寄せて、ガタガタと片付ける積りだ。通常の泥棒だと思ふな。斯う見えても選を異にして居るのだぞ』 音彦『ア、ナント危ない原野だ。全然浮流水雷の濫設した中を、超努級艦が航海してる様なものだ。………ヤイ浮流水雷!、こちらも探海船があるぞ。爆発さしてやらうか』 野呂公『ヘン何を吐しよるのだい。ベンチレータの様な鼻をしよつて、鼻々以て不恰好千万な、鼻息ばつかり荒くても、石油の空缶ぢやないが、風が吹いても散る様なビクビク腰で……ナアンだ、蟇に池の底へ放り込まれよつて…………』 音彦『ナニ、蟇に抛り込まれた?、貴様どうして知つてるのだ』 野呂公『アハヽヽヽヽ、それだから貴様の宣伝使は零点と云ふのだ』 音彦『ソンナら貴様は一体何者だ』 野呂公『蟇の現実化したのが、蟒の野呂さまだよ』 音彦『オーさうか、貴様蛙なら、裸体で暮して居ればよいのだ。何故に此方の御衣服が必要なのだ、………オイ亀公、駒公、しつかりしよらぬかい。俺ばつかりに交渉させよつて、貴様はそれでいいのか、冷淡至極な奴だなア』 亀、駒『オイ音サン、お前は身魂の因縁で、難局に当らなならぬ役に生れて来て居るのだよ。吾輩は、後の烏が先になる、先を見て居て下されよだ。最後の神業に参加して、抜群の功名手柄を現はすのだよ』 音彦『二十世紀の三五教の宣伝使の様な事を言うて居やがる、なまくらな奴だナ。何時まで待つても、棚から牡丹餅は落ちては来ないぞ、天地間の真相を能く考へて見よ。霜雪を凌いで苦労をすればこそ、春になつて梅の花が咲くのだ。花が咲くから実を結ぶのだ。苦労なしに誠の花が咲くと思ふか』 野呂公『オイオイ、喧嘩の宿替は困るよ。俺をどうするのだ、俺の方から解決をつけぬかい』 音彦『八釜敷い言ふない。暫く中立を厳守して居れ』 野呂公『俺等の一部隊は六人だ、貴様の一行は僅に三人、三人を裸にした所で、帯に短し襷に長し、エー仕方がない、今回に限りて、見逃してやらう。以後はキツト心得て、改心を致すがよからう。アハヽヽヽヽ』 音彦『アハヽヽヽ、洒落やがるない。こちらが言ふ事を、泥棒の方から云つてゐよるワ』 野呂公『先んずれば人を制す、貴様の守護神が俺に憑つて言つたのだよ』 音彦『合点のいかぬ代者だ。一体全体貴様は何者だ』 野呂公『ハテ執拗い奴だナ。のろはのろぢや、貴様のやうな気楽な奴、世界を吾物の様に思つて居る体主霊従的人間をノロウのろさんだよ』 音彦『何だかサツパリ訳が分らぬ様になつて来た。兎も角、仮りに俺を資本家として、お前達を労働者とし、労資協調会議でも、この原野の中央で開いたらどうだ。原野の案だからキツト原案通過は請合だ、………アーア世の中は能うしたものだ、日の出別さまや、鷹公、梅公、岩公に棄てられたと思へば、また新しい六人の耄碌連が殖えて来た』 野呂公『アハヽヽヽ、盲ばかりの宣伝使だな、俺の正体が分らぬ様な事では、所詮駄目だ。醜の岩窟の中での探険は、到底不可能ぢやワイ』 音彦『コラ野呂公、何れ貴様は普通の奴ぢやない、何でも変つた化物だらうが、不幸にして岩窟の探険を中止するの已むを得ざる、不可抗力が加はつたものだから、中途に計画をガラリと転覆させて了つたのだ。帰つて土産がないから、貴様化者なら詳しいだらう。どうだ、俺に限つて話して呉れないか』 野呂公『話すとも話すとも、一体此処は何処だと思つてるのだい』 音彦『定つた事だい、布留野ケ原のタカオ山脈の手前ぢやないか』 野呂公『サア、それだから馬鹿だよ、此処はやつぱり、醜の岩窟の中心点だぞ』 音公は眼を擦り、能く能く四辺を見れば、岩窟が四方八方に開展して居る。 音彦『オイ亀公、駒公、貴様どう見える』 亀彦『さうだなア、何だか、岩窟の中のやうな気もするワイ』 駒彦『ホンに、睡とぼけて居たらしい、夢ではなからうかナア』 野呂公『左様なら……』 と云ふかと見れば、野呂公外五人の姿は消えて巌窟は白煙に全然包まれて了つた。忽ちボーとした円い光が現はれた。 駒彦『ヨー変なものが顕現したぞ、用心せよ。是から先に、ドンナ不思議な事が続出するか測定し難い、先づ身魂の土台をぐらつかせぬ様に、天の御柱を確乎立てて進む事にしようかい』 音彦『貴様は神経過敏だから、直にさう云ふ深案じをするのだ、何事も惟神だ、刹那心だ。行く所まで行かねば分るものぢやない。取越苦労は禁物だ』 駒彦『ヤアヤアあれを見よ、何だか彼の玉の中には、綺麗な顔が見えるぢやないか、全然木花姫の様な御面相だぞ』 音彦『ヨー、本当に、容色端麗、桜花爛漫たるが如しだ。最前出現した野呂公に比ぶれば何となく気持が良いワ』 美女の影は瞬く間に、全身を露はし、手招きし乍ら、三人を一瞥して、足早に何処ともなく走り行く。 音彦『ヤア、此奴は素的だ。白煙に包まれて、たうとう姿を見失つたが、吾々はどうでも其踪跡を探索し、モ一度面会して、事の実否を糺したいものだ』 亀彦『美人だと思つて居ると、当が違つて、四つ目小僧のお化かも知れぬぞ。そこになつてから……ヤアやつぱり是は別嬪ではナイスなんて云つた所で、ガブリとやられてからはどうも仕方がない。慎重の態度を以て漸進的に進む事だ。サアサア足許に注意し、この処徐行区域だ』 音彦『それでも吾輩に向つて手招きをし、あの美しい柳の眉の涼しき電波を送つた時は、何とも云へぬ電気に打たれた様な恍惚たる次第なりけりだ。阿片煙草に熟酔した時の様な気分に襲はれたよ』 亀彦『電波といふ事があるかい、秋波の間違だらう』 音彦『秋波と云ふのは、それは古い奴の言ふ事だ。二十一世紀の人間は気が早いから、電波は一秒時間に地球を七回半すると云ふ速力で、以心電心「ネー音サン」とも何とも云はずに往つた時の容子と云つたら、有つたものぢやない。あの涼しい眼をジヤイロコンパスの様にクルクルと廻して、目は口程に物を言ひ……とか云つて、二十世紀の人間の様に、口で物言ふ様な古めかしい事はやらない、流石は文明的だ。一分間に八千回転といふ恋の速力だから、最も破天荒のレコード破り……アーア色男になると煩さいものだワイ』 駒彦『アハヽヽヽ、何寝言を言つて居るのだ、頭から冷水でも被せてやらうか、チト春先でボヤボヤするものだから、逆上して居よるのだナ』 音彦『それでも、事実は事実だから、如何ともする事が出来ぬぢやないか。恋に苦労した事のない貴様は、門外漢だ、マア黙つて居るがよからう。近代思潮に触れない、旧思想人間に、恋が語れるものかい。恋には上下貧富美醜善悪の区別がないものだ、エツヘン』 亀彦『アハヽヽヽ、コンナ訳の分らぬ魔窟へ入つて来て、ソンナ能い気な事を言つてる所ぢやあるまいぞ。寸善尺魔だ、何が出て来るか知れやしない。チツトたしなんだが宜からう』 音彦『アー、何だか没分暁漢ばかりと旅行して居ると、気分が悪くなつて、頭に脚気が起り、足に血の道が起つて来て、足は頭痛がする、頭は腹痛がする、実に不快千万だ。マアマア世の中は酒と女だ、女の事を言つてる間にでも、コンパスが進むのだ。長い道中に、堅苦しい事ばかり言つて居つて、御用が勤まるかい』 亀彦『苟くも宣伝使たる者は、女だの、酒だのと言ふ事は、仮りにも口にすべきものでない、穢らはしいワイ。モチツト真面目にならないか、世間の奴に誤解される虞があるぞ』 音彦『それは杞憂だ。寛厳宜しきを得、伸縮自在、変幻出没極まりなくして、始めて神業が完成するのだ。路端に涎掛を何十枚も首に掛て居る様な、無情無血漢では、混濁せる社会の人心を救済する事は、到底不可能だ。操縦与奪其権我に有りと云ふ態度を以て、衆生を済度するのが、三五教の御主意だ。枯木寒巌に凭る、三冬暖気無しと言ふ様な、偽善的頑迷不霊の有苗輩では、どうして完全に神業が勤まると思ふか。貴様の堅い亀の甲をもぎ取つて、少しく軟化せなくつては、勤まりつこはないぞ。竜宮の一つ島の宣伝の様な失敗だらけに終らねばなるまい』 この時白煙は俄に消散し、広き隧道内は、又もや明るくなつて来た。 音彦『ヤア、女ならでは夜の明けぬ国、天の岩戸も、音サンの言霊で、サラリと開いた、開いた開いた菜の花が開いた、蓮草の花も開いた、天明開天だ、アハヽヽヽ』 (大正一一・三・二〇旧二・二二松村真澄録)
86

(1597)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 17 臥竜姫 第一七章臥竜姫〔五四三〕 三人は又もや進み行く。何所ともなく微妙な琵琶の音が聞えて来た。 音彦『ヤア妖怪窟の探険丈けあつて種々雑多の余興を見聞させられるワイ。之が吾々の役徳と云ふ物だ。何とも知れぬ微妙な音楽ぢやないか。要するに、察するに、つらつら鑑るに………』 駒彦『何だ、同じ様な論法を陳列しよつて、此処は博覧会とは違ふぞ』 音彦『枕言葉なしに開陳する事は、少しく勿体ない気分が漂ふのだ。こいつは的切白煙の中から、玉となつて現はれたやや神経質な、ナイスが弾ずるのに相違は無いわ。小督の局の所在は何処ぢやと、行衛を尋ねた罪な男ぢやないが、峰の嵐か松風か、恋しき人の琴の音か、駒と亀とが腰を下して聞くからに、爪音しるき想夫憐と云ふ調子だ。此音サンの眉目清秀なる好男子を、チラと一瞥して、ニタリと微笑を浮べ、新月の眉の下から緑滴る涼しき眼を、ジヤイロコンパスの様に急速力を以て廻転し電波を発射し、この音サンをチャームした天女に間違ないぞ、この琵琶の音は、音が違うのだ、音と云ふ字は音サンの音だ、一言も聞きおとさぬ様に聴聞したがよからうぞ』 駒彦『何を吐しよるのだ、己惚の強いにも程がある。長茄子にハンモツクを着せた様な面をしよつて、美人も糞もあつたものかい、宣伝使は宣伝使の務めさへすれば宜いのだ』 亀彦『アハヽヽヽヽ、自称好男子、色々の下馬評を否熱望的気焔を上げて見た処で磯の鮑の片思ひだ、長持の蓋だ、こちらはあいても、向ふはあかぬとけつかるワイ』 音彦『貴様は黙つて伏艇して居れば宜いのだよ。ウカウカと水面に浮上すると、浮流水雷に掛つて爆発するぞ』 亀彦『ハヽア、たうとう桜島ぢやないが、疳癪玉を破裂させよつた。憤怨万丈近付く可からずと云ふ音公サンの物凄い権幕、女の話をしても直に真赤になつて、鼻息荒く、御機嫌斜なりだから困つたものだ。アハヽヽ』 琵琶の音は益々冴えて来る。三人は無駄口を言ひ乍ら、三叉路に停立して、息を休め旁興味がつて聞いて居る。突然曲り角よりやつて来て、ドンと行き当つた荒男、勢余つてどつと尻餅をつき、 弥次彦『ヤア何処の何奴か知らね共、此醜の窟に無断に侵入して来よつて、道路神の様に立つて居て俺を刎飛ばしよつた。オイ、奴盲目奴が、尠と注意を払はぬかい』 音彦『ヤア何処の奴か知らないが、吾輩の胸板に衝突しよつて無礼千万な、何故早速に謝罪を致さぬか』 弥次彦『何だい、人を突き飛ばして置き乍ら謝罪も糞もあつたものかい。俺を何誰と心得て居るか、醜の窟の御守護神、弥次彦サンとは俺の事だ。オイ与太彦、貴様何をして居る、此奴を一つ打撲つて呉れ。如何に世が変るとはいへ、被害者が加害者に御詑をすると云ふ現行法律が何処にあるものか』 音彦『アハヽヽヽ、此奴なかなか威張りよる。一寸容易には、我の強い奴だから、三五教の宣伝使に対しても閉口頓死をやり腐らぬワイ』 弥次彦『エヽ縁起の悪い、閉口頓死と云ふ事があるものか、トンチキ野郎奴』 与太彦『何だか善悪の標準がトント分らぬ様になつて来たワイ、突き飛し得の、突き飛され損ぢや。ヤア弥次、これが時代思潮だ。神も時節には叶はぬから、マア泣き寝入りにする方が無難で宜からう、時勢に逆行すると第一〇〇主義だと云はれるからな』 弥次彦『宣伝使といふ立派な保護色に包まれた御方を相手にしたつて仕方がない。それよりも、なんとか云つて暴利る事を考へ様ぢやないか。突き飛されても自分で転たと思へば総ての問題は自然消滅だ。モシモシ宣伝使さま、いま迄の事は互に川へ流しませう。然し面白い事が有りますぜ』 音彦『ヤア早速の解決、流石は醜の窟の守護神丈あつて良く捌けたものだ。ドンナ事があるのだ、云つて貰へまいか』 弥次彦『それは大変にぼろい事ですよ、木に餅が実ると云はうか、瓜の蔓に小判がガチヤガチヤ、処狭き迄実つて居るのを、ずらりと占領した様なぼろい事です。結構な宝を、地に委して、放して居るのも余り気が利かない。吾々も尠と其分配を受けたいものだが其宝を拾ふ人間が無いので待つて居るのだ。お前さまの様な立派な英雄豪傑なら屹度ばつがあふだらう。何分吾々は天来の醜男だから、こちらから何程速射砲的電波を直射しても、先方の受電機が悪いのか、こちらの機械が不完全なのか、一向要領を得ない。お前サンならば第一押し尻も強いし、一寸人間らしい面付きもしてゐるから、天下一品の臥竜姫も、猫に鰹節を見せた様に、咽を鳴して飛び付く事は、請合ではない事はないワイ』 音彦『その臥竜姫と云ふのは一体何者だ』 弥次彦『その正体が分る位なら吾々も今迄苦労はしないのだ。然し何でも、エルサレムとかの立派な神様の娘御だと云ふ事だ』 音彦『さうして其姫の所在は何処だ』 弥次彦『それを云つては吾々の暴利る種が無くなる、先づ第一要領を得さして貰はうかい。要領を得ない内は、私だつて要領を得させる訳にはいかないのだ』 亀彦『オイオイ男[※この「男」とは弥次彦ではなく音彦を指している。]、貴様の面は何だ。目迄細くしよつて、コンナ奴に関係つて居る時機ぢやあるまい、ナア駒公』 駒彦『オーさうぢやさうぢや、音公では到底不合格だ。宜い加減に前進する事にしよう。兎も角、あの琵琶の音を合図に行けば好いのだ。吾々が行つたら屹度、臥竜姫は秋波を送るよ。何となしに吾輩の魂に電流が通じて来た様だ』 弥次彦『モシモシ、お前サンの様な、不完全な御粗末な、糸瓜の様な長たらしいお顔では、鰻でも愛想を尽かして、ヌラヌラと滑つて逃げるのは当然ですよ。アハヽヽヽ』 駒彦『構ふない先陣の功名は俺が一番槍だ』 と云ひ乍ら、大手を振つて元気好く、音を的に、四股踏み乍ら進み行く。 弥次彦『ヤア御一統サン、此処が即ち、所謂、取りも直さず、臥竜姫の隠家で御座います。それはそれは奇妙奇天烈、不思議千万な妖怪窟ですから、其お積りで不覚を取らぬ様になさるが宜からう』 音彦『ヨー、この窟に似合はぬ立派な構へだ。エルサレムの何誰様の娘か知らぬが一つ探険して見ようかい』 (大正一一・三・二〇旧二・二二藤津久子録)
87

(1605)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 信天翁(三) 信天翁(三) 神がおもてに現はれて善神邪神を立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 世の過失は詔り直す吾神国の御教は 顕幽神の三界の過去と未来と現在に 一貫したる真象をうまらに具らに説き明かす 三五教の御ン教神の御言をかしこみて 朝な夕なに述べて行く清き霊界物語 種々雑多と批難して智者や学者と自認せる 或種の人は口々に山子上手の瑞月が 百科全書を読破してそれを種とし神言と 偽り作りしものなりと中傷するこそ賤らしき 心ねぢけし人々の如何でか尊き大神の 神慮を悟り得らるべき慢神するも程がある 百科全書を抜いたとはどこを押したらソンナこと 言はれるだろか世の人を盲者にしたる曲つ神 呆れて物が言はれないたとへ霊界物語 神の作りしもので無くこの瑞月が頭から ひねり出したり百科全書暗記して居て諄々と 述べたとすれば神よりもこの瑞月は偉いだろ 釈迦も孔子も基督もそのほか諸々の宗祖等が 成し遂げ得ざりし大著述一千二百五十頁 僅三日に述べ終るこの速力が如何にして 古今の著者に出来ようか解らないにも程がある 変性女子の調べたる大本神諭は大開祖 書かせたまへる綾錦光も強き絹糸に 紡績糸も混入し劣等糸とせしものぞ 元の筆先調べむと鼻たかだかとうごめかし それの実地に突当り錦の糸の原料は 桑葉なりしに胆潰しアフンとしたる其上に 変性男子の筆先も女子の作つた神諭も 薩張あてに成らないで信用せないが良からうと 自己の不明を触れあるく珍らし人の言葉だろ アヽ惟神々々御霊幸ひましまして 一日も早く片時も疾く速やけく迷雲を 晴らして真如の日月を迷へる人の心天に 照させ玉へ惟神神の御前に願ぎ奉る アヽ惟神々々御霊幸ひましませよ 今大本にあらはれた変性女子は似而非ものだ 誠の女子が現はれてやがて尻尾が見えるだろ 女子の身魂を立直し根本改造せなくては 誠の道はいつ迄も開く由なしさればとて それに優りし候補者を物色しても見当らぬ 時節を待つて居たならばいづれ現はれ来るだろ みのか尾張の国の中変性女子が分りたら モウ大本も駄目だらう前途を見こして尻からげ 一足お先に参りませう皆さまあとから緩くりと 目がさめたなら出て来なよ盲目千人のその中の 一人の目明きが気を付けるなぞと慢神してござる 王仁はこの言聴くにつけお気の毒にてたまらない こんな判らぬ奴ばかり盲目斗りがささやけり ○ この歌を各自の事に誤解して 罪を重ぬる曲人もあり (昭和一〇・三・三〇王仁校正)
88

(1612)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 02 銅木像 第二章銅木像〔五五二〕 音彦、弥次彦、与太彦、源五郎の一行四人は、三途川の脱衣婆に別れを告げて、際限もなき雑草の原野を西へ西へと進み行き、ピタツと行き当つた禿山、三方山に囲まれ進路を失ひ当惑の態、 音『サア、ピタツと行き詰つた、これで冥土の旅も行き詰りだ、何とか一つ考へねばなるまい』 弥『宣伝使さま、サア天津祝詞の言霊だ、斯う云ふ時に使用するのが言霊の活用ぢやありませぬか』 音彦『アヽさうだつたナア』 と手を拍ち、声厳かに天津祝詞を奏上する。忽ち行当つた禿山は雲の如く数十里の彼方に急速度を以て遁走した。 弥『アヽ言霊の威力と云ふものは偉いものだナア。信仰の力は山をも動かすと云ふことを聞いて居る、流石は宣伝使だ、貴方の信仰の威力は確かなものだ。もうかういふ経験を得た以上は、焦熱地獄であらうが、八寒地獄であらうが、何の恐るる所あらむやだ。地獄のドン底まで浸入して、吾々一行は幽政の大改革を断行するのだなア』 音『オイ余り油断をするな、油断すると知らず識らずに慢心が出て思はぬ失敗を演ぜないとも限らぬ。隅々までも気を付けて進まねばならぬぞ』 斯く云ふ中忽然として見上ぐる許りの銅木像が地中よりヌツと現はれて来た。 弥『イヨー出よつたなア、矢張り幽界は幽界だ。一つの特徴があるワイ。オイコラ幽界の化物、吾々の通路を遮る不届きもの、スツコメスツコメ。現界の化物とは違つて幽界の化物はよつぽど形式が違つて居るワイ。コラ化物返答せぬかい、銅木像奴が』 銅木像『グワツハヽヽヽー、グウツフヽヽヽー、ギエツヘヽヽヽー、ギヰツヒヽヽヽー』 弥次彦『ナンダ、ガヽヽ、ギヽヽと、濁音のみを使ひよつて、吾々を何と心得て居るのだい、三途川の脱衣婆でさへも、ヘコまして来た弥次彦さまだぞ』 銅木像『俺は銅と木とで造つた機械な化物だ。愚図々々吐すと頭から呑みてやらうか』 弥『アハヽヽヽ、貴様は大蛇の化物だな、呑ましてやりたいが、生憎何にもないワイ、田子の宿のお竹の家で飲まされた小便茶なと呑まして遣らうか』 銅『イヤ俺は茶は呑みたくない。裸の奴が呑みたいのだ』 弥『ウンさうか、よしよし御註文通り此処にウラル教の源五郎といふ奴が、真裸になつて来て居るワイ、これが呑みたいのだらう』 銅『ガーバー』 弥『ホンに、御機嫌の好いお顔だことわいのう。サア源チヤン、御苦労ながら一つ呑みて貰ひ給へ』 源五郎『裸はお前の事だよ、その着物は皆俺の着物だ。モシモシ銅木像さま、弥次彦、与太彦は小鹿峠の手前で、真裸になりました。裸の道中を続けて来た経験のある奴です。俺は三途の川の渡場で此奴等二人に泥棒されたのですから、之等二人をとつくりと呑みて遣つて下さいませ』 銅『ギヰツヒヽヽヽ、オーさうだらう、弥次彦、与太彦が味が好ささうだのう』 弥『コラ源公、貴様は真正の真裸だ、俺は脱衣婆の承認を得て着物を着て居るのだよ。モシモシ銅木像さま、それはお考へ違ひぢやありませぬか』 銅木像『俺は機械だ、モウこれ切りで物は言はぬ。お前たち勝手に俺の腹へ這入つて機械を使ふたが好からう。腹へ這入れば色々の機械の装置が完備して居るから、一々使用法が記してある。その綱をひくと此銅木像が大活動を演ずるのだ、ガハヽヽヽヽ』 弥『ヤア此奴面白いぞ、吾々が十万億土の旅をすると思つて、閻魔の奴退屈ざましにコンナ副産物を拵へて置いたのだらう。ヤアもう文明の空気と云ふものは何処までも行き渡つたものだワイ、一つ俺が這入つてこの機械を使つて見やうかなア』 源『お前等は俺の着物を追剥をしたのだから、罪が加重して居る、到底この機械を使用する権利はなからう。俺は裸だから着物の代りにこの銅木像の中へ潜入して、一つ使つて見るから、お前等は力一杯相手になつて見たらどうだ。ウラル教の大目付役と、三五教の宣伝使や信者との問答も面白いかも知れないぞ』 与『オイ弥次彦、源五郎の云ふ通りにさして見たらどうだ。ナア音彦さま、それが好いぢやありませぬか』 音『好からう、ソンナラ源チヤン、あなた這入つて下さいナ』 源『コレは有難い、一つ操つり人形の様に自由自在に動かして見ませうかい。ヤア入口は何処だ、アハア大きな鼻の孔を開けて居よる、此処から一つガサガサと這入つてやらうか』 と言つて銅木像の身体を杣人が山にでも登るやうに杖をつきながら登り行く。 弥『イヨー面白いな。まるで牛に蝿がたかつたやうに小さく見える。よつぽど大きな銅木像だワイ』 源五郎はとうとう鼻の孔から這入つて了つた。 与『ヤア、とうとう這入つて了ひよつた、これから面白いのだ、オイ早く芸当を始めぬかい』 銅『ウヽヽヽヽ、ウラル教の大目付役鷲掴の源五郎とは俺の事だ。サアサア三五教の豆宣伝使、モウかうなる以上は大丈夫だ、銅木像の合羽を被つた源五郎だ。ウーフヽヽヽ』 弥『ヤア怪体な銅木像だ、源五郎気取りになりよつて怪しからぬ。ヤイ銅木像、洒落た事をするない』 銅『洒落たも洒落ぬもあつたものかい』 とグルグルグルと蛇の目傘の如き目玉を急速度を以て廻転させる。 弥『ヤア乙な事をやりよるワ。多寡が機械だ、輪転機でも使ひよつて目玉を廻転させて居るのだらう。コラ余り目玉を剥くと目がモーターになつてへコ垂れるぞ』 銅『この目が恐いか、冥途の旅ぢや、お前たちの目を醒まして遣る為めに先づ俺から目を剥いて見せたのだ、序に鼻を剥いて遣らうか』 弥『剥いて見よ、俺は此処で緩りと春風に吹かれて花見見物をやつて遣らう。ヨウ小山のやうな鼻をピコツカせよるぞ、無恰好な鼻だなア。ヤア剥いた剥いた、何だベンチレーターのやうな鼻をしよつて、天井を嗅ぐやうな調子で鼻の孔を上向けて居やがる。天井が燻香したと思ひ違へよつたなア、オイ化像、チツト勘考して見い』 銅『俺の鼻息で吹き散らしてやろうか、このベンチレーターは猛烈に噴煙を吐くから用意を致せ』 与『アハヽヽヽ、変れば変るものだ、機械が物云ふ時節だから、これも形式の変つた蓄音器だなア。オイ蓄音器先生、レコードが破れぬ様に静かに廻して見よ、余り虐使すると使用期間を短縮するぞ』 化像は右の手をガタガタガタガタと動かし、機械的に指を以て一方の小鼻を押へ、左の直径一丈位の大鼻孔より黒煙を頻りに噴出し、四辺は真暗闇になつて了つた。 弥『コラコラ化像、程度を知らぬかい、治安妨害だぞ。モ少しソツと吹かぬか』 銅『吹かいでかい吹かいでかい、吹いて吹いて吹き捲つてやるのだ』 弥『此奴は思ひ違ひだ、意想外だ。モシモシ宣伝使さま、言霊だ言霊だ』 音『弥次彦さま、緩りなさいませ、吹く丈け吹いたら原料が無くなるから大丈夫だ、何ほど大きいと云つたつて、さう無尽蔵に続くものぢやないからナア』 化像は又もや左の腕をガタガタガタガタと音をさせ、機械的に左の小鼻を押へ、右の手を元の位置にチント直し、招き猫のやうな恰好にし、今度は右の孔から吹くわ吹くわ滅茶やたらに、二百十日の暴雨のやうにブウブウ粘つたミヅバナを四方八方に吹散らす。 弥『アーア、コリヤたまらぬ、涕だらけだ、何処もかもニチヤニチヤになつてしまつた。まるで紙雛を噛みて吐き出したやうな御面相になつたワイ、オイ化像、もう好い加減に中止せぬかい、しぶとい奴ぢやなア』 銅『俺はしぶとい、貴様の様な淡泊な人間とは違ふ、粘着性を持つて居るのだ、まだまだまだまだ粘つく奴を噴出するぞ。宿が無くてお竹の家に泊めて貰つて、結構な握飯を頂戴して婆の鼻汁が混つたの、混らぬのと小言をほざきよつたその報い、身体中を鼻啖でこね廻して遣るのだぞ』 弥『コレコレ音彦様、イヤ宣伝使さま、コンナ時こそ、それ科戸の風の天の八重雲を吹放つ事の如く、大津辺に居る大船を屁こき放ち糞こき放ちて、大和田の原に鼻垂れる事の如く、払ひ給へ清め給へをやつて下さいな、かう汚れてはどうにも、こうにも仕方がない』 音『マヽじつくりとするのだよ。芸者でさへも花が欲しいと云ふて眠ぶた目をこすりながら、ボンボラ三味線を弾きよる。何もせないで此丈け沢山のはなを頂戴すれば結構だ。お化さま又来て頂戴、はなの切れ目が縁の切れ目、おはなを沢山持つて又来て下さい………ナンテ云つて背中をポンと叩いた。さうすると弥次彦が蒟蒻の様になつてグニヤグニヤとなるまでには大分資本が要る、コンナに沢山はなを頂戴して、不足を言ふ所か』 弥『モシモシ宣伝使さま、貴方はどうかして居ますなア、芸者の花代と混線して居やしませぬか』 音『天混線を空うする勿れ、時に鼻汁の泣面に当るを、アハヽヽヽヽ』 弥『ドウモ、尾籠な事だワイ、鼻振、紙也、屁の雨だ、ヤアもう結構々々、花見だと思つて居つたに落花狼籍、開闢以来の粘ンばりとした花見遊山だ。オイ源公、イヽ加減に悪戯を止めたらどうだい』 銅『今度は小便の竜吐水だ、田子の宿に於て土瓶の中に小便を垂れたを覚えて居るだらう。折悪く土瓶の持ち合せがないから貴様の薬鑵頭を、土瓶代用として注入してやらう、チツト熱い小便茶だぞ』 与『是れはこれはめつそうな、沢山お花を頂戴いたしまして其上に、結構なお茶を頂戴しましては、却てお気の毒さまで御座います、私も迷惑いたします、どうぞお茶丈はまた外のお客に振れ舞つて下さい。生憎裸に一旦されたものだからお茶代も御座いませぬからお茶の出し損、それでは商売の資本が続きますまい。閻魔の庁から執達吏がやつて来て、破産申請をやられては却てお家の迷惑、後はさつぱり家計紊乱共に苦辛の為体、マアマアお茶丈はお引き下さつたが好ろしからう』 銅『この芸者は茶を引く事は大々々々の嫌ひで御座んす。お茶位はエヽ遠慮なしにあがつて下さい。本当の番茶なら宜いが小便茶で、あまり原料も要りませぬ。茶つとおあがりなさい。サ薬鑵の蓋を開けて下さい』 与『イヤもう沢山、此方の薬鑵も茶を沸して居りますから、この上頂いた所で塔の上に塔を積むやうなもの、倹約流行の世の中、無駄な費用を省いて、それを社会事業にでも投資した方が何ほど娑婆の人間が喜ぶ事か分りませぬぞ』 銅『ヤアそれでも、もうすでに準備が出来て居ます』 と大竜吐水の如く小便茶を虹のやうに吐き出した。 与『コリヤ、熱い熱い、何程厚い志と言つても、コー茶にされては有難くもないワ、然し一利あれば一害あり、鼻だらけの身体の洗濯には持つて来いぢや、腹も立つが茶腹も立つ、然し小便丈は閉口だ』 銅『それは見本だ、本物は之れから幾何でも大洪水が出たほど御馳走して上げませう』 弥『お香水なら結構だが、この見本ではねつから気に入らぬ、破約だ。もう此方からこの代物は小便しますワ』 銅『アハヽヽヽヽ』 弥『オイオイ源五郎のサツク奴が、好い加減に悪戯を止めたらどうだい』 銅『貴様は脱衣婆の上前をハネよつて、源五郎の着物を無理に掠奪した怪しからぬ奴だ、今此処で裸になれ。その着物をすつかりと源五郎さまに返上するのだ』 弥『エヽ穢苦しい、鼻汁だらけの小便茶の浸みたコンナ着物は、誰が着たいものかい。サア何時でも返してやるワ』 銅『洗濯をして元の通りに綺麗に乾かして返すのだぞ』 弥、与『洗濯せえと言つたつて河もなし婆ぢやあるまいし、ソンナ無理な註文はするものぢやないワ、返してやつたら結構だ』 とムクムクと裸になり、 二人『サアこれでスイとした生れ赤子だ』 銅『ウワハヽヽヽヽ、見事裸になりよつたなア、これから俺の口から万本針を吐いて遣らう、貴様の身体に皆ささつて毛がはへた様にしてやるワ、キツヒヽヽヽ』 弥『エヽ仕様もない針合のない事だ、愚図々々抜かすとハリ倒すぞ。モシモシ宣伝使さま何して御座る、吾々二人が之れほど苦しみて居るのに、貴方は傍観して居つて、それで人を助ける宣伝使と言へますか』 音『ヨー結構な花見だ。桜花爛漫として雲の如く、そこへ日光七色の映じた虹の麗しさ、後から針の様な霧雨ビシヨビシヨと降つて来るこの風情と言つたら、何とも譬へ様のない気候、与太彦、弥次彦の二人は花見踊をして見せるし、操り人形は色々の曲芸を演じて観覧に供すると云ふ体裁だから面白くて堪らぬワイ。霊界物語の第一巻にあつた通り、苦中楽あり、楽中苦ありだ。天国と云つても苦しみあり、地獄と云つても楽みがあると云ふは能く言つたものだ、心の持ちやう一つで地獄となり、極楽となる。嗚呼有難いものだ』 弥『アヽ薩張り駄目だ。力に思ふ宣伝使はこの通り知覚神経が麻痺しちまつて、コンナ苦しい場面が極楽浄土に見えるとは何とした事だらう』 銅『サア是からだ、右の足で俺が一つ四股を踏みたら小鹿峠がガタガタガタガタ、左の足をウンと踏みたら貴様等は天上目がけてプリンプリン、泥田の中へ真逆様にヅドンキューの一言冥土の旅路、アハヽヽヽ』 弥『何だ、小鹿峠の事まで並べよつて、オイ源五郎、好い加減に出て来ぬかい、今度ア俺の番だ』 銅木像はムクムクと立ち上り四股をドンドンと踏みながら、さしも高い禿山を一足に跨げ、のそりのそりと歩み出し、 銅木像『ヤアヤア太陽が余り低いものだから、頭に行き当りよつて仕方がないワ、あすこにも月がぶら下つて居る、腰でもしやがめて通つてやらうかい』 と雷のやうに咆え呶鳴りつつ西の方へと進み行く。 弥『ヤアヤア化像の奴、源五郎も一緒に腹の中に入れて何処へか往つてしまひよつた、アヽ仕方がない、真裸だ、誰か来ぬかいな、着物の用意をせなくちや閻魔の庁へ行く迄に、ポリスに出会つたらまた監禁だ』 与『オイオイ向ふを見よ、日の出別の宣伝使が先に立ち鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦の面々が遣つて来るぢやないか、祝詞の声が聞え出したぞ』 弥『ヤア来た来た、彼の宣伝使も何処へ往つたかと思へば、矢張り大蛇に飲まれて冥土の旅をやつてゐるのだなア、然しまア道連が出来て賑やかで好いワイ』 日の出別の一行は馬の蹄の音カツカツと此方に向つて進み来る。 弥『モシモシ、私の頭は小便だらけだ、水でも吹いて清めて下さいませぬか』 日『ヤア鷹彦サン、岩彦サン、貴方がた一同は谷川の水でも、汲みてかけてやつて下さい』 鷹、岩『畏まりました』 と谷に下りて口に水を含み三人の顔に向つて伊吹をした。ウヽーンと唸ると共にハツと気が付けば、小鹿峠の麓の河辺に三人は気絶して居たるなり。 日『ヤー結構々々、吾々の来るのが少し遅かつたら、とうとう冥土の旅をする所だつたなア、マア命があつて何より結構、サア是れからフサの都へ着いて、それからコーカス山に進む事にしよう』 (大正一一・三・二三旧二・二五谷村真友録)
89

(1613)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 03 鷹彦還元 第三章鷹彦還元〔五五三〕 鷹彦、梅彦、亀彦は心の堅き岩彦の改心を喜びて、駒彦諸共、駒に鞭打ち堂々と小鹿峠を登り行く。爪先上りの山道を神の教に夜の道、早頂上に登り着いた。 鷹『御蔭で、小鹿峠を見極めました。ご一同ここで馬を休息させて参りませうか』 と一同は鷹彦の提議に満場一致賛意を表はし馬よりヒラリと飛び下りた。 岩『何れも方、余りの急坂でお疲れでしたらう。然し、音彦の宣伝使は居ませんなア』 梅『アヽさうですな、どうしたのでせう。途中に馬でもへたつたのではありますまいか、真逆あれほど大きな声で呼んだのだから聞えぬ筈もなからうし、目の醒めない道理も無い。之は的切り落馬されたのではありますまいか。弥次、与太の二人も居ませぬなア』 岩『ナニ大丈夫ですよ。一人なれば心配もして見なくてはならぬが、三人連だから滅多に紛失する心配もありませぬワ、アハヽヽヽ』 亀『何だか私は気懸りでなりませぬワ、途中でウラル教の目付役に打つかつて苦戦して居られるのではありますまいか。音彦の宣伝使は温順で胆力があるから、如何なる難関も容易に切り抜けられませうが、新参者の弥次彦、与太彦が要らぬ空元気を出して一悶着やつて居るのではあるまいかと気が気でなりませぬ』 駒『亀サン貴方もさう思ふか、私も同感だ、何だか気懸りでなりませぬワ。なんでもこの辺はウラル教の根拠地だと云ふ事です。ウラル山アーメニヤの驍将共は大分フサの国に集まつてゐると云ふ事ですから油断は出来ませぬよ。鷹彦サン、御苦労だが貴方の特能を現はして、一寸鷹に還元して、偵察をして下さるまいか。大丈夫と云つても充分の安心は出来ませぬからナア』 鷹『承知致しました。暫く待つて下さい』 と忽ち霊鷹と変じ中天高く姿を隠した。 後に四人は此処に神言を奏上し、過来し方の物語りに時の移るのも知らなかつた。東の空は茜晒して、日の大神の影、タカオ山脈の頂より登りたまふ。 岩『アヽもう夜が明けた。鷹彦さまはどうだらう。木乃伊取りが木乃伊になつたのではあるまいかなア』 梅『真逆ソンナ事はあるまい。音サンの事だから今に何とか音づれがありませう』 駒『本当に音サンの連がないのは音づれないのと同じ事、道中が淋しい様な気がする』 斯る処へ、四人の男覆面のまま峠を西方より登り来たり、 甲『ヤア居るぞ居るぞ、而も三五教の宣伝使が四人だ。オイ八公、貴様は早く源五郎の大将に報告して沢山の捕手を差し向ける様にして呉れ。吾々はそれ迄此処に彼奴等の遁げない様に監視をして居るから』 と小声に囁いて居る。 岩『オイ其処へ来るのはウラル教の捕手ぢやないか、皆サンお早うから御苦労様だなア、緩り一服なとしなさい。海山の話しを致しませうよ』 梅『斯う峠の頂きから四方を見晴らしもつて、世間話をするのも余り悪くはありませぬよ。さう恟々として落着かない態度をせずに、吾々と一所にどつかと腰を下して御一服なさいませ』 甲『ヤアその方等は紛ふ方なき三五教の宣伝使だなア。吾々は汝等の察する如く、ウラル教の捕手の役人だ。最う斯うなる以上は百年目だ、たとへ神変不可思議の術を使つて天を翔り地を潜る共、此方にはまた此方の不可思議力がある、サア神妙に手を廻せ』 岩『アハヽヽヽヽ、仰有ります哩。鉛で拵へた仁王サンのやうに四角四面な顔をして、さう頑張るものぢあない。同じ天の神様の氏子だ、持ちつ持たれつ、互に助け助けられ、この世に生きて栄えて、誠の神の御用を致す尊い人間同志だ、マア緩りと一服なさるがよかろう』 乙『この期に及んで要らざる繰言、聞く耳持たぬぞ。貴様は三五教といふ邪教を天下に宣伝する曲津神だ、それ丈の悟りがあるなら何故そのやうな教を信ずるのだ。巧言令色致らざるなく、乞食の虱ぢやないが口で殺さうと思つたつて、ソンナ事に迂濶々々乗る六サンぢやないぞ。エヽグヅグヅ吐さずと従順に手を廻せ、ウラル山の砦に拘引してやらうか』 駒『アハハヽヽヽ、マアマア、マアこの日の長いのに朝つぱらから、さう発動をなさると草臥れますよ。マア鎮まつて一服しなさい。吾々が丁寧に鎮魂でもして上げませう』 六『ナヽ何を吐しよるのだ、その鎮魂が気に食はぬのだ。グヅグヅ吐すと貴様の命は瞬く間に沈没だぞ』 亀『何とウラル教といふ教は荒い言葉を使ふ教理だな、恰で雲助サンと間違へられますよ。言霊の幸はふ世の中、尠とは丁寧な言葉をお使ひなさつたら如何ですか』 六『喧しい哩。貴様の様に表は蚤も殺さぬ様な態度を装ふて、鬼か大蛇か狼か獅子か山犬かといふ様な表裏反対の教とは雲泥の相違があるのだ。温和い顔をして悪念を包蔵する奴程、この世の中に危険な者はない。外面如菩薩、内心如夜叉、悪鬼羅刹の化の皮今にヒン剥いてやるから覚悟を致せ。吾々ウラル教の御方は上から見れば荒削りの仁王サンの様だが、心の綺麗な事は竜宮の乙姫サンか天教山の木の花姫が素足で逃げ出す様な綺麗な御霊の持主計りだぞ。余り見違ひをして貰ふまいかい』 岩『それはそれは結構な教ですな、しかしながら霊肉一致といつて心の色が外に表はれるものだ。心が和ぎ美しければ其人の言行はやつぱり柔かく美しくなくてはならぬ。黄金の玉を襤褸で包むと云ふ道理は無い筈だ』 六『エヽ好うツベコベ団子理窟を捏ねる奴だナ。今の世の中の奴は、口許り発達しやがつて、男までが女のやうな言葉を使ひ、髪に油をつけ洒落る時節だ。俺らの様な、天真爛漫素地その儘の人間が鉦や太鼓で探し廻つた処でさう沢山はありはせぬぞ、悪魔は善の仮面を被つて好う誑らかすものだ。貴様等もその伝だらう、言ふべくして行ふべからざるものは教の道だ。グヅグヅ云はずに、もう斯うなつちや仕方が無い、因縁づくぢやと諦めてこの方の仰せに服従致せ』 岩『アハヽヽヽヽ、ウラル教は随分理窟は極めて巧妙に仰有りますな、否、聞いて見なくては分からぬものだ、誰も世の中の人間は食はず嫌ひが多くて困る。お前の云ふのが本当なら吾々もウラル教を信ずるのだ。然し乍らウラル教は言行相反する邪教だ。実の事を云へば吾々は元はウラル教の宣伝使だ、竜宮の一つ島に渡つて宣伝をし乍らつい一月前までウラル教の宣伝使を勤めて居たのだ。然し乍ら吾々は三五教を聞いてウラル教と比較して見れば実に天地霄壤の差ある事を心の底より悟つたのだ。要するに何程教が立派でも行ひが出来なくては却て社会に害毒を流す様になる。三五教は不言実行の教だよ。何ほど立派な教でも宣伝使にその人を得ざれば、折角の金玉を泥濘に埋没した様なものだ。お前たちもどうだ、今から三五教に帰順して了つたが後生の為だらう否この身このまま無限の安心と光栄に浴する事が出来るであらう。三五教は現当利益の教理だよ』 六『ヤイヤイ皆の奴、どう仕様かな。この四人の宣伝使は元はウラル教の宣伝使だと云ふ事だ。吾々も茲に到つて沈思黙考の余地は充分に存するではないか』 甲『今更らしい事を云つたつて仕方がないぢやないか。今に八公の報告に依つて、源五郎の大将が数多の部下を引連れ押し寄せて来るといふ手筈になつて居るのだ。コンナ処で、三五教になろうものなら、それこそ大変だぞ。何、構ふものか、弱音を吹くな、たとヘウラル教が悪の教であらうと、毒食はば皿まで嘗ぶれといふ事がある、行く処まで行くのだよ』 六『アヽ此処はサル山峠の頂上だ、此処へ降る雨は紙一枚の違ひで、一方は東へ流れ落ちる、一方は西へ流れ落ちる、善悪正邪の分水嶺だ。吾々も一つ此処で向背を決せねばなるまい』 この時、天空より舞ひ下つた一羽の霊鷹は見る見る身体膨張し、一丈許りの羽を拡げてバタバタ羽ばたきした。 岩『アヽ鷹様か、音彦の様子は如何に』 鷹彦は羽を納め元の姿となり汗を拭き乍ら、 鷹彦『御連中、大変ですよ。音彦の宣伝使はウラル教の大目付、鷲掴の源五郎の為に包囲攻撃をされ、命からがら小鹿峠の方面に遁れ去つたといふ事です。而うして源五郎は自分の馬の下敷となつて腹を破り悶死したさうです。八といふ男が一隊を引き連れて音彦様の後を追跡したと云ふ事です』 六『そりや大変だ、八といふ名は沢山にあるが源五郎といふ大将の名は一人だ、そうすれば吾々の大将は討死したのか、エヽ残念ぢやない哩、残念なのは源五郎御自身だ。常平生からウラル彦の大将を笠に着よつて、虎の威を藉る古狐に罰は覿面、死様にも種々あるに、自分の乗つた馬の背中に押へられ死ぬとはよくよく因果な者だナア。ヤア最う安心だ、何時もいつも吾々を圧迫しよつた報いだ。モシモシウラル教の元の宣伝使、三五教の新米のヌクヌクの宣伝使の御歴々さま、私も三五教に帰順いたしますワ』 岩『要らぬ事を沢山云ふものぢやない。旧だの新だのホヤホヤだのと、それだからウラル教は口が悪いと云ふのだ。帰順するならするで、ベンベンダラリと前口上を並べなくても好いぢやないか。モシモシ鷹彦さま、この男は今お聞きの通り帰順すると言ひました。貴方のお留守中にコンナ勝利品を得ました、ホンの一服休みに一人の帰順者を得たのですから随分豪勢なものでせう』 鷹『相変らず、喇叭吹きがお上手ですなア』 六『オイオイ皆の奴、小頭の六サンが帰順したのだから、貴様たちも俺に殉死だぞ。異議はあるまいな』 一同『あーりーがー度く存じませぬワイ』 六『なんだ、曖昧ぢやないか、しつかり云はぬかい』 辰『お前の云ふ通り、善悪正邪の分水嶺だ、一雨降るまで待つて呉れ。決着が着かぬ哩』 六『執着心の深い奴だナア、置け置け。人間は淡白とするものだ。三五教の宣伝使の音彦や二人の伴のやうに、吾々に両方から包囲攻撃されて深い谷間に身を躍らして飛び込み冥土の旅をした事を思へば屁でもない事だ。牛を馬に乗り換へる丈の事だ。とかく人間は諦めが肝腎だよ。断の一字は男子たるものの必要欠くべからざる宝だからのう』 岩『モシ六サンとやら、音彦が谷へ飛び込んで死んだと云ふのは、そりや本当かい』 六『私も三五教に帰順した以上は、何、嘘を申しませうか、誠も誠、現に私が実地を目撃したのですもの』 駒『そりや大変だ、こりや斯うして居られぬ哩』 六『モシモシ三五教は刹那心ですよ。過ぎ越し苦労はお止しなさい。もう今頃は三途の川の婆アに着物を強請られて渡す着物は無し当惑して居る最中ですだらう。何ほど泣いても悔んでも、一旦死んだ人は呼べど叫べど何の答へもないぢやくり、泣いて明石の浜千鳥』 岩『オイオイ六、ろくでも無いことを云ふな、冗談処ではないワ』 六『六道の辻で六サンが………と云ふ所ですワイ』 岩『エヽソンナ冗談処かい、神言を奏上してせめては音彦一同の冥福を祈り、幽界宣伝の加勢をして上げねばなるまい。……頓生菩提音彦、弥次彦、与太彦の御魂、神の御国に幸あれよ。アーメン、ソーメン、ドツコイ南無妙法蓮、陀仏、遠神笑みため、惟神祓給へ助け給へ、妙々』 鷹『アハヽヽヽヽ、岩彦サン、ソンナ混雑した祝詞がありますか』 岩『イヤもう親密なる友人の訃を聞いて心も心ならず、何れの神様を祈つたら音彦の御魂サンを守つて下さらうかと一寸麻胡つきました。然し乍ら之が人間の真心ですワ』 亀『岩彦サンは好う麻胡つく方だなア、シヅの窟で私たちの骨なと肉なと拾ふてやろうと仰有つた時のお麻胡つき方そつくりだワ』 岩『アハヽヽヽヽ、一寸余興に洒落て見ました』 駒『これは怪しからぬ、友人の訃を聞いてそれ程可笑しいですか』 岩『アハヽヽヽ、可笑しい可笑しい、苟くも三五教の宣伝使たるもの、尊き神の御守りある以上敵に包囲攻撃されたと云つて、自ら谷へ飛び込んで自殺を遂げると云ふ事がどうしてありませう。屹度助かつて居ると、吾々の何だか琴線に触れる様な心持ちがして来ましたアハヽヽヽ』 遽に聞ゆる人馬の物音、五人の宣伝使は一斉に立ち上り音する方を眺むれば、数百人のウラル教の捕手の役人、各自に柄物を携へて此方に向つて登り来る。 岩『ヨー、お出たお出た』 六公『サア面白い、一行の宣伝使様、此処で六公が三五教に帰順しました心底を現はして見せませう』 と捻鉢巻をしながら、六公は峠の真ん中に大手を拡げ大音声、 六公『其方は悪逆無道の鷲掴の源五郎か、自分の馬に押し潰されて死んだ奴めが。未だ娑婆が恋しいと見えて数多の亡者を引き連れて、三五教の宣伝使を召し捕むとは片腹痛い。サアこれから六サンが三五教に寝返り打つた初陣の活動、吾が言霊の神力に往生いたせ。アーオーウーエーイー』 この声終ると共に、大将源五郎の騎馬の姿も、数多の軍卒の影も忽ち煙の如く消え失せて、後には、尾の上を渡る松風の音が聞ゆるのみ。 六『アハヽヽヽヽ、何と源五郎の奴、執念深い奴だ。亡者になつても未だやつて来よる。しかし乍ら、三五教のお蔭で亡者隊は、モジヤモジヤと煙となつて消え失せたり。ヤア宣伝使御一同様、何卒これを証拠に貴方のお弟子にして下さいませ。お荷物でも持たして頂きませう』 岩『自分の荷物は自分が持つべき物だ。吾々は人の力を借りるといふ事は絶対に出来ない。六サンは六サンの荷物を持つて随いて来なさい』 六『御存じの通り、私の荷物は此の槍一つで御座ります。もう斯うなる以上は槍の必要もござりませぬ。コンナ物は谷底へやり放しにして、是れから大いに、神様の宣伝をやりませう。やり繰上手の六サンは一つ足らぬ許りで何時も七つやの御厄介、是からは、三五教の御厄介になりませう』 岩『アハヽヽヽヽ、滑稽諧謔口を突いて出ると云ふ風流人だナ、面白い面白い。お前の荷物と云ふのは外でもない、まだ一匹残つてゐる、四足の副守護神だよ』 六『エエソンナ物が居りますか』 岩『居るとも居るとも、その副サンが滑稽諧謔の主だ。然し乍らお正月言葉許り使つて居る宣伝使中には、時に取つては副サンも必要だ。或る時機までは大切に背負つて行きなさい』 六『六の身体から一つ取つたら五つになります。五ツの御霊の宣伝使にして下さいな』 岩『宜しい宜しい、もう暫らく副サンを保留して置くんだよ』 遽に一陣の強風吹き来ると見る間に、馬の蹄の音、何処ともなく響いて、木の間に現はれた眉目清秀の宣伝使あり。 鷹『貴方は、日の出別の宣伝使様、能う来て下さいました。一同の者がどれ丈け、憧憬れて居つた事ぢやか知れませぬワ』 日『ホー皆サンご苦労でした。しかし音彦、外二人は、コシカ峠においてウラル教の捕手の為めに包囲攻撃されて、進退維谷まり、千仭の谷間に身を投じて気絶をしてゐます。時遅れては一大事、サアサア皆サン早くお支度をなされ、一鞭当ててコシカ峠の溪間に、宣伝使を救ひに参りませう』 一同『ヨーそれは大変』 と云ふより早くヒラリと馬に跨り、九十九折のサル山峠の坂道さして『ヤア六サン来れ』と一目散に日の出別の神に従ひ走り行く。 (大正一一・三・二三旧二・二五藤津久子録)
90

(1616)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 06 楽隠居 第六章楽隠居〔五五六〕 弥次、与太、六公の三人は、怪訝な顔して小鹿峠を登つて行く。十七八丁も来たと思ふ頃、路傍に可なり大きな巌窟のあるのに目がついた。 六『弥次サン、与太サン、非常な狭い途になつたものだナア、一方は断巌絶壁、眼下の谷川は激流飛沫を飛ばし実に物凄き光景、一瞥するも肌に粟を生ずるやうだ。そのまた狭い途に大変な巌窟が衝き立つてゐるぢやないか。彼奴はナンデも可笑しい奴だ。ウラル教の奴がこの難所に、吾々を待ち受けして居るのぢやあるまいか』 弥『ヤーホントに馬の背中のやうな細い途に、巌窟がヌツト突き出てゐよるワイ。此奴は些とをかしいぞ。一つここらから石でも抛つて瀬踏して見やうかい』 与『よかろう、一つ測量だ』 と云ひ乍ら、手頃の石を掴んで三人一度に速射砲的に、巌窟目蒐けてパチパチパチと打ちつける。巌窟の中より、 (岩窟の中より)『ヤーイ危ないわい。何をテンゴするのだい』 弥『これほど岩を以て固めた洞穴に石が当つたつて応へるものか。一寸眠りを醒してやつたのだよ。一体そこに居る奴は何者だ』 巌窟の中より『俺だ俺だ。貴様は誰だい』 弥『俺も俺だ。矢つ張り人間だ』 巌窟の中より『貴様はウラル教か、三五教か』 弥『三五教のお方だよ』 巌窟の中より『オーさうか。間違ひはないか。俺も三五教だ、ウラル教の奴に捉へられて、コンナ処へ閉ぢ込められたのだ。助けて呉れないか』 与『オイオイ弥次公、気を付けないといかないぞ。悪神の奴、ドンナ計略をやつてゐよるか分つたものぢやないワ。オイ巌窟の中の代物、貴様は本当に三五教ならば何といふ名だ、言挙げせぬかい』 巌窟の中より『貴様から名を聞かして呉れ。若もウラル教だと駄目だからのう』 与『ハー矢つ張り此奴は三五教らしいぞ。中々語気が確かりしてゐる哩。コンナ穴へ閉ぢ込められて彼れだけの元気のある奴は三五教式だ。ウラル教の奴ならきつと泣声を出しよつて、「モーシモーシ、上り下りのお客サン、何卒憐れと思召し、難儀な難儀な私の境遇を憐れみ下さいませ。モーシモーシ、通り掛りのお旦那様、難儀な盲目でございます」と機械的に乞食もどきに吐かすのだけれど、何処となく言霊に強味があるやうだ。不自由な巌窟の中に閉ぢ込められて居つてさへ、あれ丈けの元気だから、仮令ウラル教にしても少しは気骨のある奴だ。一つ外から揶揄て見やうかい』 弥『それも面白からう。オイオイ巌窟の中のご隠居サン、嘸や御退屈でございませうナ』 巌窟の中より『エー滅相な、小さい穴が前の方に開いて居りますから、時々外部を覗きますと、小鹿川の緑紅こき混ぜて、春色豊に飛沫を飛ばす川の流れ、実に天下の絶景ですよ。お前サンも年が寄つて隠居をするのならコンナ所を選んで、常磐堅磐に鎮座するのだな』 弥『此奴は面白い奴だ。オイオイご隠居サン、お前の年齢は幾つだ』 巌窟の男『俺かい、どうやら斯うやら数へ年の三十だよ』 弥『それはあまり若隠居ぢやないか。人間も三十といへば元気盛りだ。これから五十万年の未来に於て、支那に丘とか孟とか云ふ奴が現はれて、三十にして立つとか吐くぢやないか。今から隠居するのはチト勿体ないぞ。一体お前は何と云ふ男だい』 巌窟の中より『俺は元はウラル教の信者であつたが石凝姥の宣伝使がコーカス山へ往く時に、孔雀姫の館に巡り会ふて、それから改心を致し三五教になつたのだが、神様に対して一つの功もよう立てないので、ナントカ御用に立たねばならぬと、また元のウラル教へ表面復帰して捕手の役に加はつて居つたのだ。さうした所が三五教の宣伝使が二人の供を伴れて関所に迷ひ込んで来た。俺たちの同僚は血のついた出刃を以て猪を料理して居つた所、三五教の奴が来たので、いつそのこと荒料理をしてやらうかと、側の奴が吐すので俺も堪らぬやうになり、三五教の宣伝使に一寸目配せしたら、押戸を開けて一目散に遁げて了つた。サア、さうすると同僚の奴、貴様は変な奴だ。やつぱり三五教の臭味が脱けぬと見えて、何だか妙な合図をしよつた。懲戒のために無期限に此処に蟄居せよと吐しよつて、昨日から押し込められたのだ。俺は三五教の勝公といふ男だよ。早く天の岩戸を開けて俺を救ひ出して呉れないか』 弥『待て待て、今天の岩戸開きをやつてやらう。オイ与太彦、貴様は大麻を以て祓ふ役だ。俺は天津祝詞を奏上する、六公は何も供物が無いから木の葉でもむしつて御供物にするのだよ』 勝『エー洒落どころちやないワ。早く開けて呉れないか』 弥『定つたことよ。あけたらくれるのは毎日定つてゐる。あけてはくれあけてはくれ、その日その日が暮れるのだ。アハヽヽヽ』 勝『エー辛気くさい。可い加減にじらして置け』 弥『じらすとも、貴様はコンナ所に窮窟な目をして、可憐らしい奴だから此方も意地でじらしてやるのだ。アハヽヽヽ』 与『オイオイ弥次彦、ソンナ与太を云ふな。早く開けてやらぬかい』 弥『開けて悔しい玉手箱、後でコンナことだと知つたなら開けぬが優であつたものを、会ひたい見たいと明暮に、ナンテ芝居もどきに、愁歎場を見せつけられては困るからなア』 六『エー碌でもないことを云ふ人だナア。綺麗さつぱりと開放して上げなさい』 弥『アヽさうださうだ、開けて上げませう。ヤー偉い錠を下してゐやがる哩。折悪く合鍵の持合せがないから、オイ勝サンとやら、仕方がないワ。まあ悠くりと時節が来るまで御逗留遊ばせ』 勝『そこらに在る手頃の石を以て錠前を砕いて出して呉れ』 弥『コンナ立派な錠前をむざむざと潰すのは勿体ないぢやないか』 勝『勿体ないも糞もあつたものか。ウラル教の錠前だ、木葉微塵に砕いて出して呉れ』 弥『待て待て、折角出来たものを破壊するといふことは、一寸考へ物だ。過激主義のやうになつては、天道様へ申訳がない。何とか完全に原形を存して、開ける工夫があるまいかな』 六『もし此処にコンナものがある。これは屹度何かの合図でせうで』 と言ひ乍ら小指のやうな形をした巌壁の細長き巌片をグツと押した途端に、岩の戸は苦もなくパツと開いた。 弥、与『アハヽヽヽ、ナアンダ、鼻糞で的を貼つたやうなことしよつて、何処までもウラル教式だワイ。オイ勝サン、早く出ないか』 勝『この日の長いのに、さう狼狽るものぢやない。まア、悠くりと皆サンも此処へ這入りなさい。持寄り話でもして春の日長を暮しませうかい』 弥『ヨー此奴はまた法外れの呑気者だ。類を以て集まるとは、よく云つたものだナア。馬は馬連れ、牛は牛連れだ。いよいよ此処に四魂揃つたりだ。オー勝サン、どうぞ御昵懇に願ひますよ。私は弥次彦と云ふ剽軽な生れ付き、此奴は天下一品の与太だから与太彦と云ふ名がついてゐます。モー一匹の奴はあまり碌な奴ぢやないから六と云ひますよ。アハヽヽヽ』 勝『アヽよい所へ来て下さつた。御かげで密室監禁の憂目を免れました。お前サンは何処かで見たことのあるやうな顔だな』 弥、与『有るとも有るとも、彼の出刃の災難に遭はうとした時、目で知らして呉れたのはお前だつたよ。敵の中にも味方があると云つて非常に感謝して居つたのだ。その時の恩人はお前だつたか、妙なものだな。お前に助けられて又此処で助けられた俺達が、お前を助けるとは不思議なことだ。これだから人間は善いことをして人を助けねばならない。神様の実地教育を受けたのだ。あゝ有難い有難い、四人一同揃つて神言を奏上しませうか』 と巌窟前の細道を向方へ渡りやや広き道に出で、四人はコーカス山の方に向つて、恭しく祝詞を奏上した。 弥『此処はウラル教の奴等の勢力範囲ともいふべき区域だから、一つ元気を出し宣伝歌でも謳つて行きませうかい。音頭取りは私が致しませう』 一同『神が表に現はれて善と悪とを立別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは詔り直せ三五教の神の道 音に名高き音彦の神の司と諸共に 猿山峠を右に見て荒野ケ原を駆めぐり 見ても危き丸木橋やつと渡つて川岸に 憩む折しも傍の草のしげみを掻き分けて 現はれ出でし黒頭巾三五教の宣伝使 その他の奴輩一々に何の容赦も荒縄の 縛つてくれむと雄健びのその見幕に怖け立ち 力限りに遁げ出せば豈図らむや突き当る 途の真中に醜が住む関所の中に迷ひ込み 如何はせむと思ふ折花も実も有る勝彦が 深き情に救はれて虎口をのがれ息急きと 駆出す途端に道の辺の泥田の中に辷り込み 二人諸共泥まぶれ後より敵は襲ひ来る 何の容赦も荒肝を取られて泥田を這ひ上り 一行三人一筋の田圃の道を遁げ出せば 怪しき奴が唯一人目をばぎよろぎよろ睨み居る 此奴的切りウラル教目付の奴と全身の 力をこめて傍の泥田の中へ突き落し 後をも見ずにトントンと小鹿峠に来て見れば 思ひもかけぬ三人の鬼をも欺く荒男 前と後に数百のウラルの彦の捕手共 雲霞の如く攻め来る進退茲に谷まりて 忽ち谷間へ三人は空中滑走の曲芸を 演じて河中に着陸しウンと一声気絶して 十万億土の幽界の三途の川の渡場で 怪体な婆アに出会して何ぢや彼ぢやとかけ合ひの 其の最中に珍らしやウラルの彦の目付役 源五郎奴がやつて来て要らざる繰言吐きつつ ここにいよいよ真裸川と見えたる荒野原 トントントンと進み行く行けば程なく禿山の 麓にぴたりと行き当り行手を塞がれ是非も無く 天津祝詞を声清く奏上するや忽ちに 地から湧き出た銅木像からくり人形の曲芸を 一寸演じたご愛嬌煤を吐くやらミヅバナを 頻りに浴びせかけるやら茶色のやうな小便の 虹の雨やら針の雨こりや堪らぬと思ふ折 日の出の別の宣伝使数多の弟子をば引連れて やつて来たかと思ひきや冥土の旅は嘘の皮 流れも清き小鹿川川の真砂に横臥して 夢の中にも夢を見る怪体な幕を切り上げて 木株を力に元の道登つて見れば数百の 馬が出て来る牛が来る馬と牛との夢を見る やつと此処まで来て見れば思ひも寄らぬ巌窟に 三五教の宣伝使負ても名だけは勝サンが 三十男の楽隠居神の恵みに巡り合ひ 互に見合はす顔と顔善と善との引合せ コンナ嬉しいことあろか善と悪とを立別ける 神の教のわれわれは前途益々有望だ 進めよ進めいざ進め四魂揃つて堂々と 曲の砦に立向ひウラルの彦の目付等を 片つ端から打ちのめし勝鬨挙げて高架索山の 神の御前に復り言申すも左まで遠からじ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも三五教には離れなよ ウラルの教に迷ふなよ進めよ進めいざ進め 悪魔の軍勢の滅ぶまで曲津の神の失するまで』 と倒け徳利の様に口から出放題の宣伝歌を謳ひ乍ら、小鹿峠を勢ひよく脚踏み鳴らして進み行く。 (大正一一・三・二三旧二・二五外山豊二録)
91

(1617)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 07 難風 第七章難風〔五五七〕 小鹿峠の急阪を、弥次彦、与太彦、勝彦、六公の一行は、岩根に躓き、木の根に足を掻き、右に倒れ左に転けどつくりの口から出任せ、野趣満々たる俄作りの宣伝歌を謳ひ乍ら、爪先上りの雨に曝され掘れたる路を、千鳥の足の覚束なくも、喘ぎに喘ぎ上り行く。塵も積れば山となる、一尺一尺跨げた足も、始終休まぬ四十八坂を、心ばかりの勝彦が、自慢お箱の十八番の阪の上に、やつと上つて、鼈に蓼を噛ました様な荒息を継ぎ乍ら親も居らぬにハア(母)ハアと息をはづませ辿り行く。 勝『皆サン、此見晴らしの佳い所で、暫くコンパスの停車をして、浩然の気を養つたらどうですか』 弥『サア誰に遠慮会釈もありませぬワ、公然と休養致しませう、天洪然を空しうする勿れだ。しかし休養序に一つ石炭の積込をやりませうかい、斯う云ふ適当な港口は、この先には滅多に有りますまい、どうやら機関の油が涸れさうになつて来ました』 勝『何分アンナ堅い所へ格納されて居たものだから、サツパリ倉庫は空虚になつて了つた、何をパクついて可いか、肝腎の原料はないのだから仕方がありませぬワ、腹の虫が咽喉部まで突喊して来て、切りに汽笛を吹きます、せめて給水なりとやつて、芥を濁したいが、生憎谷は深し、起臥進退維谷まると云ふ腹具合ですワイ、何とか良い腹案はありますまいかな』 弥『オー此処にお粗末な、火にも掛けぬのに焦げた様な色のした握飯が、〆て二個ありますワイ、三途川の鬼婆アサンから記念の為に貰つて来た、形而上の弁当だ、噛む世話も要らねば、五臓六腑にお世話になる面倒も無い。これなつと食つて、唾液でも呑み込んで、食つた気分になりませうかい』 与『オイオイ弥次彦、あた汚い、貴様はまだ娑婆の妄執………オツトドツコイ幽界の妄執が除れぬと見えて、婆アだの、ハナ飯だのと、不潔い事を囀る奴だ、可い加減に思ひ切つたらどうだい』 弥『山に伐る木は沢山あれど、思ひ切るきは更にない………あの婆アサンの、厭らしい顔をして、歯糞だらけのくすぼつた歯を、ニユーツと突出し「親譲りの着物をこつちやへ渡せ」と吐しよつた時の面付を、どうして思ひ切る事が出来るか、飯食ふたびに握り飯のことを思ひ出して、ムカムカして来るワイ』 与『どこまでも弥次式だな、夫れほど恐ろしい婆アに、なぜ貴様は一蓮托生だとか、半座を分けて待つて居るとか、ハンナリとせぬ、変則的なローマンスをやりよつたのだ、得体の知れぬ唐変木だなア』 弥『そこは、外交的手腕を揮つたのだよ。燕雀何ぞ大鵬の志を知らむやだ、至聖大賢の心事が、朦昧無智の人獣に分つてたまるものかい』 与『人獣とは何だ、俺が人獣なら貴様は人鬼だ』 弥『定つた事だよ、天下一品の人気男だもの、それだから、閻魔サンでさへも跣足で逃げる様な、あの鬼婆アが、俺にかけたら、蛸か、豆腐のやうに骨無しになつて仕舞ひよつて目まで細くして、ミヅバナの混つた涎を垂れよつた位だもの………貴様は俺の人気男を実地目撃した正確な保証人だ、勝彦や、六公にも吹聴せぬかい、俺の戦功を報告するのは貴様の使命だ、縁の下の舞と埋没されては、吾々が苦心惨憺の神妙鬼策も何時の日か天下に現はれむやだ』 与『アハヽヽヽ、貴様どこまでも弥次式だな』 弥『定つた事だ、シキだよ、天下一品の色魔だよ。老若男女、貴賎貧富の区別なく、猫も杓子も、鼬も鼈も、蝸牛もなめくぢりも、牛も馬も、この弥次サンに向つては皆駄目だ。アヽ人気男と言ふものは随分気の揉めるものだ。冥土へ行けば行くで、優しうもない脱衣婆アまでが、強烈なる電波を向けるのだから、人気男の色男といふ者は変つたものだよ、古今にその類例を絶つと云ふチーチヤーだ、チーチヤー貴様もこの弥次彦にあやかつたらどうだ』 勝『アハヽヽヽ、ナント面白い人足………オツトドツコイ人気男に出会したものだナア』 弥『ヤア勝サン、お前は私の知己だ、英雄の心事を知る者は、君たつた一人だよ。人気応変、活殺自在、神変不思議の、赤門出のチヤキチヤキのチーチヤアだからネ』 与『アハヽヽヽ、開いた口が塞がらぬワイ』 弥『開いた口が塞がるまい、牛糞が天下を取るぞよ、コンナお粗末な弥次の弥次馬でも、馬糞の天下を取る時節が来るのだから、あまり軽蔑して貰ふまいかい、アンナものがコンナものになつたと云ふ仕組であるぞよ』 与『イヤー吹いたりな吹いたりな、三百十日の大風のやうだのう』 弥『三百十日と云ふ事があるかい、二百十日だらう』 与『馬鹿言へ、貴様は三百代言をやつておつた男だ、十人十日口だと吐して、その日暮しの貧苦の生活に苦しみ、三つ違の兄サン………と云ふて暮して居るうちに』 弥『何を吐しよるのだ、そりや貴様の事だよ、俺ん所は人も知る如く、高取村の豪農だ、下女の一人も使ひ、僕の半人も使つた門閥家だぞ』 与『アハヽヽヽ、半人の僕とは、そらナンダイ』 弥『きまつたことよ、允請ポリスを置いた事だよ』 与『ポリスでも判任官か……判任官の目下ぢやないか』 弥『その点はしつかりと判任せぬワイ、マアどうでも好いワ、貴様も一人前の人間になるのだ。一人一党主義で、快活に誰憚る所もなく、無限の天地に活躍するのが人間の本分だ』 与『エーソンナ雑談は中止解散を命じます』 弥『聴衆一時に立ち、喧々囂々収拾す可らずと云ふ幕だな、アハヽヽヽ』 勝『何と云つても、吾々は米喰ふ虫だ、腹が減つては戦が出来ない、何とか兵糧を工面せなくてはなりますまい』 六『御心配なされますな、今日の兵站部は私が担任致しませう、お粗末な物であなた方等のお口には合ひますまいが、大事なければ、召あがつて下さいませ』 と背中の風呂敷から固パンを出した。 勝『アー有難い、腹がカツカツして殆ど渇命にも及ばむとする所だつたよ』 弥『コラコラ六でもない事を言ふない、六公、人様に物を上げるのに、粗末だとか、お口に合ひますまいとか、そら何んだ、チツト言霊を慎まないか。これは美味しいから献げませう、うまいから食つて見て下さいと言ふのが礼儀ぢやないか……、ナンダ失敬な、食はれぬ様な物や、粗末なものを人に進上するといふ事があるかい。神様に物を献げるのにも、蜜柑の五つ位のピラミツドを拵へて、蕪や大根人参位をあしらひ、千切や昆布、和布、果実、小鮎、ジヤコ位をチヨンビリ奉つて、海河山野種々の美味物を、八足の机代に横山の如く置足らはして奉る状を、平けく安らけく聞し召せ、ポンポン………とやるぢやないか』 六『ハイハイ、あなたの御趣意は徹底しました。併し乍ら私の本心は、この麺包は美味しい結構なものだと思つて居るのだが、一寸遠慮をして、お粗末だとか、お口に合ふまいと言つたのですワ』 弥『口と心の違ふ横道者だナア、虚偽虚飾パノラマ式の生活を続けて、得々然として居るとは、何と云ふ心得ちがひだ。ソンナ事を言ふ奴は、五十万年未来の十九世紀から二十世紀の初期にかけて生れた、人三化七の吐く巧妙な辞令だ、チツト確乎せぬかい』 六『益々以て不可解千万、合点の虫がどうしても検定済みにして呉れませぬワイ』 弥『まだ貴様は分らないのか』 六『日本や支那の道徳を混乱して言つたつて和漢乱は当然ぢやないか、神様は正直と誠実の行ひをお喜びなさるのに、ナンダ、お粗末の物を、ホンの後家婆アの世帯ほど八百万の神様に奉つて、相嘗めに聞し召せとか、海河山野の種々の美味物だとか、横山の如く置足らはしてとか、現幽一致に御透見遊ばす神様の前に、虚偽を垂れて、商売繁昌、家運長久、子孫繁栄、無病息災、願望成就、天下泰平、国土成就、五穀豊穣なぞと、斎官共が吐すぢやないか、一体全体この点が腑に落ちないのだよ』 弥『分らぬ奴だなア、この天地は言霊の幸はふ国だ、悪い物でも善く詔直すのだ。少い物でも沢山なやうに宣り直すのだ、貴様の様に、善い物を悪いと言ひ、美味い物をまづいと云ふのは、言霊の法則を破壊すると云ふものだ。世は禁厭と言つて、勇んで暮せば勇む事が、とつかけ引つかけ現はれて来る、悔めば悔むほど悔み事が続発するものだ、それだから人間は、言霊を清くせなくてはならないのだよ』 六『モシモシ弥次彦サン、チツトの物を沢山だと言ひ、味無い物を美味い物と云ふのは、いはゆる羊頭を掲げて狗肉を売るといふものぢやないか。ソンナ事をすると、現行刑法第何条に依つて詐欺取財の告発を為られますよ。訳の分らぬ盲ばつかりの人間が集つてたかつて拵へた法律でさへも、是丈に条理整然として居るのだ、况して尊厳無比なる神様の御前に、詐欺をやつて良い気で済まして居れると思ふのか、無感覚にも程が有るぢやないか』 弥『定つた事だい、人間は神様の水火から生れた神の子だ、少しでも間隔があつて堪らうかい、無かんかくが当然だよ』 六『ヤア妙な所へ脱線しよつたな、本当に脱線もない………』 弥『脱線は流行ものだい、工事請負人と○○と結托して○○をやるものだから、広軌鉄道であらうが、電鉄だらうが、直に脱線転覆する世の中だ、善人は悪人と見做され、悪人は脱線して善人になると云ふ暗がりの世の中だ、吁脱線なる哉脱線なる哉だ、アハヽヽ』 勝『広軌鉄道とか電鉄とか云ふものは、それや何処に敷設されてるものですか』 弥『ヤア此れから数十万年後の、餓鬼道の世の中の、文明の利器と云ふ名の付く化物のことだよ。アハヽヽヽ』 六『随分あなたの滑車は能く運転しますな、万丈の気焔を吐いて、我々を煙に巻き、雲煙糢糊として四辺を包む態の鼻息、イヤモウ恐縮軍縮の至りですよ』 与『随分巨大なクルツプ砲が装置されて有ると見えますワイ、ホー砲、砲、砲、ホー』 弥『定つた事だよ、与太公や六公の様な、与太六とはチツト原料が違ふのだ、特別大極上等の、豊富なる原料を以て、鍛錬に鍛錬を加へ、製造したる至貴至重なる身魂の持主だ、古今に類例を絶つと云ふ逸物だから、何と言つたつて、弥次彦の足型をも踏めさうな事はないのだ』 勝『モシモシ弥次彦サン、あなたは余程自尊心の旺盛強烈なる御人格者ですネー、自分を称して弥次彦サンと敬語を使ひ、友人に対しては、与太公だの、六公だのと、恰も君王が僕に対する様な傲慢不遜の御態度、三五教の信者にも似合はぬお振舞、どこで勘定が違つたのでせう。これもやつぱり脱線の世の中の感化をお受けになつたのぢやありますまいかな』 弥『ソンナラ是から与太彦サン、六公サンと詔り直しますが、しかしよく考へて見なさい、神を敬する如く人を敬し、我身を敬すべしと云ふ信条が三五教の何処に有つたやうに思ひます。我々は無限絶対力の至貴至尊の大神様の水火を以て生れ出で、天地経綸の司宰者たる特権を賦与されて居る者ではありませぬか、人は神なり、神は人なり、神人合一して茲に無限の権力を発揮するのでせう。吾々の霊肉共に決して私有物ではありませぬ、みな神様の預り物です、さうだから、弥次彦サンと云つたつて別に少しの矛盾も撞着もないぢやありませぬか。神素盞嗚尊様は、大蛇を退治て、串稲田姫と芽出度く偕老同穴の契を結び給ふた時に、自分の胸を抑へて「あが御心すがすがし」と、自分が自分の心を敬はせ給ひ、天照大神様は「われは天照大神なり」と自ら敬語をお使ひになつた。昔の帝様は葛城山に狩猟をなされた時にも、その御腕に虻が食ひ付いた、その時に「あが御腕虻かきつき」と詔らせ給ふたぢやありませぬか、これを見ても敬語と云ふものは、どこまでも使用せなくてはなりませぬよ、決して等閑に附すべき問題ではなからうと拝察するのです。今の奴は、君主でもない友人に対して、君とか、賢兄とか言ひ、僕でもないのに僕だとか拙者だとか云つて、虚偽の生活を送り得意がつて居る逆様の世の中だ、自分の父ほど賢い者は無い、母ほど偉い者は無いと心の中で褒めて居乍ら、愚父だとか、愚母だとか言ひ、自分の息子は悧巧だ、他家の息子は馬鹿だ、天保銭だと心に思ひ乍ら、自分の子を称して、愚息だとか、拙息だとか豚児だとか吐き、他人の馬鹿息子や、鼻垂小僧を御賢息だとか、御令息だとか言つて、嘘で固めてゐる世の中だ。本当に冠履転倒とはこの事だ。女郎の言ひ分ぢやないが、「口で悪う言ふて心で褒めて、蔭ののろけが聞かしたい」と云ふ様な、娼婦的奴根性の人間許りだから、世の中は逆様ばつかり出来るのだ。一日も早く三五教の教理を天下に宣明して、第一着手として、この言霊の詔直しを始めなくては、何時までも五六七の神政は樹立さるるものではありませぬワイ』 勝『イヤア是は是は結構な御託宣を承はりました、斯う云ふお話は度々教へて下さいませ。私も宣伝使となつて、この通り変幻出没、自由自在の活動を続けて来ましたが未だその点に気が付いて居なかつたのです…………吁、何処にドンナ人が隠れて居るやら、何時神様が口を藉つて、戒めて下さるやら、分つたものぢやない。アヽ有難い有難い、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 与『コレコレ弥次彦サン、お前は又、日頃の言行にも似ず、今日に限つて何故ソンナ深遠な教理を説いたのだい』 弥『ナニ、ナンダカ口が辷つて、中から何者かが言ひよつたのだい、弥次彦の知つた事かい、アハヽヽヽ』 勝『ヤア六サン、結構なお弁当を沢山頂戴いたしました、これで元気も快復しました。サア徐々御一同様、テクル事に致しませうかな』 弥『コレコレ勝彦サン、表は表、裏は裏だ、この道中にソンナ几帳面な挨拶は免除して下さいな、互に無駄口の叩き合で、われ、俺で行きませうかい、何だか肩が凝つて疲労の度を増す様だから…………のう勝公、与太六』 与『与太六とはあまり酷いちやないか』 弥『面倒臭いから、与太公と六公とを併合したのだ、会社でもチツト左前になると併合するものだよ』 与『今俺はパンを鱈腹食つたのだ、空腹前所か、これ見い、この通りの太つ腹だ』 弥『ホンにホンに、全然鰒の横飛見たやうな土手つ腹だな、蟇の行列か、鰒の陳列会か、イヤモウ何んともかとも形容の出来ないお姿だ、コンナ所を三面記者にでも見つけられた位なら、直に新聞の材料だよ。アハヽヽヽ』 折から小鹿山の山颪、木も倒れ岩も飛べよと許りに吹き来る。 弥『ヨー風の神、一寸洒落てゐよるなア。吹くなら吹け、大砲の弥次彦がご通行だ、反対に吹飛ばしてやらうか』 与『アハヽヽヽ、偉い元気だのう、しかし何ほど弥次サンが黄糞をこいて、金の目を剥いて気張つた所で、的サンは洒々落々、風馬牛といふ御態度だから、如何ともする事は出来まいかい』 弥『ヨーヨーこれや意外の強風だぞ、二人づつ肩と肩とをから組んで進まうかい…………与太六、貴様は一組だ、弥次彦は勝公と手を組んで、単梯陣を張つて、驀地に進軍だ。小舟に乗つて大海を渡る時にも、暴風怒濤に出会つた時には、舟と舟と二艘一所に合はして連結んで置くと、容易に顛覆せないものだ。舟じやないけれど、吾々は風に対する風船玉の難を避ける為に、連結んで風の波を漕ぎ渡る事とせうかい。グヅグヅして居ると小鹿峠の渓谷へ顛覆沈没の厄に遭ふかも知れない。サアサア早く早く、連結んだ連結んだ』 四人は二人づつ肩と肩とを組み合せ、風に向つて強圧的に、前方三十五度の傾斜体で坂路を跋渉する。 与『イヨー此奴ア猛烈だ、今日に限つて風の神の奴、どう予算を狂はせよつたのか、勿体なくも、天地経綸の司宰者たる人間様が御通行遊ばすのに、恐れ気もなく前途を抗塞するとは、不都合千万だ。ヤア六公、しつかりせぬかい、吹き飛ばされるぞ』 六『これ位な風に吹飛ばされる気遣はないが、弥次彦サンの気焔には随分吹飛ばされさうだ。アハヽヽヽ』 弥『コラコラ、貴様何をグヅグヅ言つて居よるのだい、この烈風に確乎勇気を出して進まないと、内閣の乗取は不可能だぞ、グヅグヅしてると、九分九厘行つた所で流産内閣になつて了ふかも知れないぞ』 与『エー八釜しう言ふない、如何に神出鬼没の勇将でも、ハヤこの風に向つて、どうして突喊が出来るものかい、千引の岩でさへも中空に巻きあげると云ふ様な風の神の鼻息だ、チツト風の神も、聞直して呉れさうなものだな、この谷間へでも落ちて見よれ、又候幽界の旅行をやらねばならぬぞ』 弥『そら何を幽界、悲観するな、モツト愉快になつて、風を突いて突進するのだ』 与『何と云つても貴様のやうな無茶な事は、俺には到底不可能だ。如何に人間が賢いと云つてもコンナ記録破りの暴風に出会しては、人間としては到底不可抗力だ、………オイ一寸そこらで一服したらどうだい』 弥『三五教に退却の二字はないぞ、どこ迄も唯進むの一事あるのみだ。一度に開く梅の花、何時までも風の神だつて、さう資本が続くものぢやない。グヅグヅ吐かすと足手纏ひになるから、貴様と俺とは最早国交断絶だ、旅券を交附してやるから、サツサと本国へ引返したが宜からうぞ』 与『アーア仕方のない頓馬助だナア……オイ六公、マア見とれ、向意気ばつかり強いが、タツタ今風に煽られて、再幽冥界の探険と出かけるのが落だぞ』 この時山岳も崩れ、蒼天墜落するかと思はるる許りの音響と共に、最大強烈なる暴風吹き来るよと見る間に、弥次彦の羽織袴の袂に風を含んで、勝彦と手を組んだまま、中空に吹あげられ、空中飛行の曲芸を演じつつ、風に追はれて谷間の彼方に、悠々として姿を隠した。不思議や烈風は、嘘をついた様にケロリと歇んだ。 与『ヤア大変だ、意地の悪い風だないか、弥次彦を吹飛ばして置きよつて、それを合図にピタリと休戦の喇叭をふきよつた様なものだ』 六『あまり弥次公は大法螺をふくものだから、風の神の奴、一つ懲しめてやらうと思つて、何でも早うから作戦計画をやつて居つたのに違ないぞ、何だか夜前から雲行が悪いと思つて居つた。ヤア夫れにしても吾々はこの儘に放任して置く訳には行かず、滅多に天上した気遣はなからうから、吾々両人は此処で一つ捜索をせなければなるまいぞ』 与『ナアニ、彼奴ア風に乗つて、コーカス山へお先へ失礼とも何とも言はずに、参詣しよつたのだらうよ。アハヽヽヽ』 六『ソンナ気楽な事を言ふて居る場合じやあるまい、是から両人協心戮力して、両人が在処を探さうじやないか』 与『探すもよいが、拙劣に間誤つくと、冥土の道伴にならねばならないかも知れないぞ、俺はモウ冥土の旅は一度経験を積んだのだから、余り苦しいとも思はぬが、貴様は初旅だから勝手も分らず、随分困るだらうよ』 六『エーろくでもない事を言ふものじやないワ、言霊の幸はふ世の中だのに』 与『風玉の災する世の中だ、アハヽヽヽ』 二人は弥次彦、勝彦の散りて行つた方面を指して、顔の色を変へ乍ら、急いで元来し道に引返し、二人の所在を捜索することとなつた。吁、二人の行衛はどうなつたであらう。 (大正一一・三・二四旧二・二六松村真澄録)
92

(1618)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 08 泥の川 第八章泥の川〔五五八〕 果しも知れぬ枯野原、神の恵も嵐吹く、濁り切りたる川の辺に、二人は漸く着きにける。 弥『ヤ、何だい、又もや幽界へ逆転旅行だな、オウ此処は三途の川だ。勝公、ナンデもこの辺に俺のなじみの頗る別嬪が、楽隠居をやつて居る筈だがナア』 勝『弥次彦サン、此処はどうやら娑婆気の離れた処のやうですなア、小鹿峠を暴風に梳づり、突貫の最中何だか気が変になつたと思つたが最後、局面忽ち一変して草茫々たる枯野原になつて居る、別に飛行機に乗つた覚えもないのに、何時の間にコンナ処に来ただらう、哲学者たら云ふ奴の好く云ふ夢中遊行でも遣つたのぢやあるまいか。誰か催眠術の上手な奴を連れて来て、早く覚醒でもさして呉れないと、まかり間違へば幽界旅行となるかも知れないなア』 弥『知れないも何もあつたものか、正に幽界旅行だ、此処は三途の川の渡場だよ』 勝『それにしては、婆アが居らぬじやないか』 弥『この頃は物価騰貴で収支償はぬと見えて、廃業しよつたのだらうよ、それよりもマア俺の昔なじみの別嬪が囲つて在るのだ、それに面会さして遣らうかい』 勝『貴様は何処までも弥次式だな、処もあらうに怪態の悪い、三途の川の傍に妾宅を構へると云ふ事があるものかい』 弥『それでも向ふが妾宅したのだから仕方がないさ。新月の眉濃やかに、緑したたる眼の光り、鼻の恰好から口の恰好、ホンノリとした桃色の頬、それはそれは何ともかとも云へぬ逸品だよ』 勝『ヨウ、ソンナ逸品があるのか、俺にもいつぴん見せて呉れぬかい』 弥『洒落ない、これから千騎一騎だよ、青、黒、赤、白、橄欖、種々雑多の百鬼千鬼万鬼と格闘をせなければならないのだ。アハヽヽヽヽ』 勝『何者が現はれ来るとも、神変不可思議の言霊の武器を使用すれば大丈夫だ、夫よりも早くその逸品とやらを、御高覧に供へ奉らぬかい』 弥『よしよし驚くな、随分別嬪だぞ、一度お顔を拝んだが最後、万劫末代五六七の代までも忘れることの出来ないやうな、すごい様な恐ろしい別嬪だ。一寸俺に随いて来い、それ其処に見越しの松といふ小ちんまりとした、妾宅があると思つたのは夢だ、茅葺の雪隠小屋のやうな中に、今頃はビイビイチヨンだ』 勝『怪体な言を云ふぢやないか、何がビイビイチヨンだい』 弥次彦は藁小屋の戸の隙より一寸覗いて、 弥『ヤー御機嫌だなア、また遣つて来ました、オツトドツコイ女房の脱衣場のお婆アサン、二世の夫天下一品の色黒い男、弥次彦サンだ、早う戸を開けぬかい』 藁小屋の中より、 婆『エーエーまた来たのか、よう踏み迷ふて来る餓鬼だな、この川は一遍渡つたら渡る事の出来ぬ三途の川だのに、何しに娑婆から冥土に踏み迷ふて来るのだい、娑婆の幽霊奴が』 弥『コラコラ夫婦と云ふものは、ソンナ水臭いものぢやないぞ、三途の川と云ふからは三度までは、渡るのは当り前だ。飯でも一日に三度は食はねばその日が暮れぬのだ、娑婆の幽霊とはそれや何をぬかしよるのだい』 婆『お前は娑婆の幽霊だよ、幽霊会社に首を突き出したり、幽霊株を振り廻したり、これやちつと有利得の株だと云へば、欲の皮を突つ張つて、身魂を汚し、女房子供に苦労をさせ、世間の奴に迷惑をかけ、どうして娑婆に立つて行けやうかなぞと、腰から足の無い奴の様に、藻掻きよつて宙ぶらりの影の薄い代物だ。娑婆の幽霊と云ふたのが何が不思議だい。幽冥界には貴様のやうな亡者は一人も居らないぞ、学亡者の親方奴が』 弥『コリヤ婆ア、それや何ぬかしよるのだ、女房が老爺をぼろ糞に言ふと云ふ事があるものか、貞操と云ふ事を知つて居るか、不貞腐れ婆奴が』 婆『不貞腐とは何だ、女ばかりが不貞腐れぢやない、男の奴にも沢山不貞腐れがあるぢやないか。貴様は何だ、娑婆に居つて彼方へ小便ひつかけ、此方へ糞をひつかけ、隣の嬶をチョロマカシ、近所の娘を誑かし、嬶アが古くなつたと云つては、博労が馬か牛を入れ替する様に、人間を畜生か機械の様な扱をしよつて、不貞腐れの張本奴が。この婆は斯う見えても地獄開設以来、この川端で規則を守つて職務忠実に勤めて居るのぢや、貴様のやうに月給が高いの安いの、此処は辛度いの楽だのと、猫の目のやうにクレクレと変りよつて落着きのない我楽多人間とは、チート訳が違ふのだよ。又しても又しても、この婆に厄介をかけよつて、モウ好い加減に退却せい、貴様の来るのはモチツト早いワ。此処へ来るのは、娑婆の罪を亡ぼした奴の来る所だ。貴様は罪悪の借金を沢山積んで居るから、モツトモツト苦しい目をしてから出て来るのだ。罪悪の借金を娑婆へ残して、コンナ処へ逃げて来るとは、余り狡いぢやないか、薄志弱行にも程があるワ、この三途の川はドンナ所だと思つて居るか、貴様の身魂を洗濯する所かい、天で言へば天の安河も同様な処ぢやぞ』 弥『エー八釜敷い、口の好い嬶だ、女賢しうて牛売りそこなふと云ふ事がある、折角夫婦になつてやつたが、今日限り三くだり半をやるから覚悟せい、夫婦喧嘩は犬でも喰はぬと云ふが、この弥次彦サンはソンナ執着心のある男ぢやないぞ』 婆『誰が弥次彦の女房になると云つたか、貴様が勝手に此前に踏み迷ふて来た時に、わしの名は弥次彦だから、お前の老爺彦だと言ひよつて、自分一人できめたのでないか、正式結婚でもなけりや、自由結婚でもない、貴様の方は何ほど縁談を申込んでも、此方の方から真平御免だ、肱鉄だ。この広い幽冥世界に貴様の女房になる奴は、半人でも四半人でも在ると思ふか、余り自惚するない、罪悪に満ちた娑婆でさへも、愛想をつかされた結果、コンナ結構な地獄に出て来よつて、女房ぢやの、ヘツたくれぢやのと、何を劫託云ふのぢや、此処に釘抜きがあるから、舌でも抜いてやらうかい』 弥『コラ古婆、それや何を吐しよるのだ、貴様は世間見ずだから、ソンナ馬鹿な事を言ふのだ。廿四世紀の今日に、原始時代のやうな、古い頭を持つてゐるから判らぬのだ、今日の娑婆を何と考へて居る、天国浄土の完成時代だ。中空を翔ける飛行機飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣と云ふ精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走つて一時間に五百哩といふ速力だ、蓮華の花は所狭きまで咲き乱れ、何ともかとも知れない黄金世界が現出して居るのだ。それに貴様は開闢の昔から涎掛を沢山首にかけて道端にチヨコナンと、番卒の役を勤めて居る奴の様に、コンナちつぽけな雪隠小屋に焦附きよつて、娑婆が何うだの斯うだのと云ふ資格があるか、廿四世紀の兄サンだぞ』 婆『さうかいやい、それほど娑婆が結構なら、なぜ娑婆に居つて苦業をせぬのかい、ナンボ開けたと言つても、日輪様が二つも三つも出てをる筈もなからう、何時も何時も満月許りと云ふ訳にも行くまい、五十六億七千万年の昔から変らぬものは誠許りだ。どうだ貴様は物質的の欲望とか、文明とか云ふ奴に眩惑されよつて、視力を失つたのだらう、資力がなくては娑婆に居つたとて、会社の一つも立ちはせぬぞ、株券買ふと云つたつて、株の一枚も買へはしまい、貴様は二十四世紀だと云ふて威張つて居るが、十五万年ほど昔の過去となつて居るのが分らないか、今は一万八千世紀だぞ、古い奴だなア』 弥『オイ婆アサン、一寸待つて呉れ、俺は紀元前五十万年の昔に、娑婆に現はれて大活動を続け、ついたつた今、小鹿峠を宣伝歌を謳つて通つた様に思ふが、何だ、それから十万年も暮れたとは、一寸合点が行かぬワイ』 婆『光陰は矢の如しだと、十八世紀の豆人間が吐き居つたが、光陰の立つのはソンナ遅いものぢやない、ヂヤイロコンパスが一分間に八千回転を廻る様に、世の中は貴様の様な分らぬ奴には頓着なしに、ドシドシと進行して行くのだ。貴様も罪の決算期が来るまで、まア一度娑婆へ帰つて、苦労をして来るが可からうぞ。一時でも早く帰つて民衆運動でもやつて、ポリスの御厄介にでもなつて来い、さうせないと貴様の罪は重いから、この三途の川を渡るが最後石仏を放り込んだ様にブルブルとも何とも言はずに寂滅為楽だよ』 弥『オツト待つた、一旦亡者になつたものが、また川へはまつて、寂滅為楽と云ふ事があつてたまるかい、訳の分らぬ婆だなア』 婆『貴様は分らぬ訳だ、娑婆の奴は二重転売と吐かして、一遍売りよつて二度売つたり仕様もない六〇六号の御厄介にならねばならぬ様な腐れ女に、涎を垂らしながら揚句の果てには二次会とか三次会とか吐かして騒ぐぢやないか。それさへあるに一夫一婦の天則を破り、第一夫人第二夫人だの、第一妾宅だの第二第三、何々妾宅だのと洒落よつて、体主霊従のありつ丈けを尽して居る虫けらの如うな人間許りだらう。現界の事は直に幽界に写るのだ、一遍死んだ位ぢや死太い身魂が、仲々改心いたさぬから今一遍出直し、それでも改心せずば三遍四遍と何遍でも焼き滅すのだ。貴様は娑婆で廿世紀頃に始まつた三五教の教を聞いてゐるだらう、改心をいたさねば何遍でも、身魂を焼いて遣るぞよと云ふことがあるだらう、今の娑婆の奴は一度死んだら、二度は死なないと、多寡をくくつて居やがるが、一度あつた事は、二度も三度もあるものだぞ、何遍でも死なねばならないぞ』 弥『ヤア、文明の風がコンナ所まで吹いて来よつて、婆の奴この前に旅行した時とは、よほど娑婆気のある事を吐かしよる、かうして見ると時代の力は偉いものだ、幽界までも支配すると見えるワイ』 婆『それや何を幽界、貴様は小鹿峠を通る時に、一方の男の間抜面を見込んで、肩を組み合せ、屁の如うな風に吹き散らされよつて、冥土の道連れに勝公を幽界に誘拐して来よつた奴だ、愚図々々ぬかさずと、もう一遍甦生りて一苦労して来い。まだまだ地獄に出て来る丈け資格が具備して居ないワ、孰れ一度や二度はこの川を渡る丈けの権利は、登記簿にチヤンと附けて、確に保留して置いてやるワ、どうだ嬉しいか』 弥『エヽ、ツベコベと能う吐かす婆ぢやないか、碌な事は一寸も言ひよらぬワイ。道理ぢや、老婆心で吐かすことだから、これもあまり誅究するのは可愛想だ。オイオイ勝公、貴様は何故沈黙を守つて居るのだ、チツト位砲門を開いて砲撃をやつたらどうだい、敵は間近く押寄せたりだ、なにほど堅牢な船だと云つたつて艦齢の過ぎた老朽艦のしかもたつた一隻だよ』 勝『オイ弥次公、場所柄を弁へぬかい、何と云ふたつて此処へ来たらお婆サンの勢力範囲だ、従順に服従するより仕方がないじやないか、魚心あれば水心だ、なアお婆アサン、なんぼ悪道なお役だと言つても矢張血もあり涙もあるだらう、この弥次公は御存じの通り生れつきの弥次的一片の男ですから、お気にさえられず神直日、大直日に見直し聞直して、許してやつて下さいませ』 婆『何と云つてもこの男はこれだから………今度から、先の地獄にやりたいのだけれども、閻魔サマから、何の為めに貴様は、川番をして居つたのぢや、コンナヤンチヤを通過さすと云ふ事があるものか、何で娑婆へ追返さないのかと、免職を喰ふか分らない。サヽ一時も早く尻引つからげて足許の明るい内にいんだりいんだり』 弥『アハヽヽヽ、とうとう婆の奴、本音を吹きよつたな、ヤア面白い面白い、エーこの三途の川をばサンばサンと向ふに渡つて、青黒白赤と種々雑多の鬼共を、片つ端から鷲掴、香物桶の中にブチ込んで、上からグツと千引岩のおもしをかけ味噌漬にして、朝夕の副食物にしてやるのだ、娑婆に居たつて堅パンを一つか三つばかりパクついて、甘いの味ないのと言ふて居るよりも、温く温くの鬼味噌漬だ、稀代の珍味佳肴だ、吾々の前途は有望だ、オツトドツコイ幽霊だ、サアババサン緩りと、水の流れを見て暮シヤンセ、人間は老少不定だ、必ず達者にして暮せよ、アハヽヽヽヽ』 婆『エーエ八釜敷いワイ、渡ろと云ふたつて渡しては遣らないぞ』 弥『何、渡さむと仰有つても渡しは渡しの考へで此渡しを渡つて見せますワイ、渡しの御神徳を川の端から指を食へて見て居て下さいや、お婆アサン左様なら』 婆『オツト待つた待つた、待てと申せば待つたが好からうぞ』 弥『何を吐しよるのだい、春先になるとそろそろ逆上しよつて、三途の川の婆奴、三途のない奴だ、然しながら此川は大変濁つて居るぢやないか、この前に旅行した時とは天地の相違だ』 婆『定つた事よ、娑婆の奴が毎日、日にち汚い事ばつかりしやがつて、結構な水神の御守護遊ばす溝川へ、糞滓、小便を垂流して、一等旅館だの、特等旅館だとか吐いて、そこら中を糞まぶれに汚すなり、サツカリンの這入つた腐つた酒を、ガブガブ飲みよつて肺臓を痛め、そこら中に血を吐き散らすものだから、雨が降る度に皆この三途の川に流れ込むのだ、それだからこの通り川が濁つてしもうのだ、この川の中には貴様の糞も小便も交つて居るワイ、一杯喉が乾いたら飲んだらどうだい』 弥『何を吐かしよるのだ、コンナ物が飲めるかいやい、ソンナ事を聞くとこの川を渡るのが嫌になつて来た、婆の云ふ通イヤだけど、再び娑婆へ引返さうかな』 婆『お前達は糞や小便や血や啖のこの川が汚いのか、お前の身体は何だ、糞よりも小便よりも、鼻啖よりも、もつと穢苦しいぞ、糞の身体が糞水に浸つて糞水を飲むのが、それが、何が汚いのぢや、共飲みぢや遠慮はいらぬ、貴様の物を、貴様が飲むのぢやないかい』 弥『これは怪しからぬ、共食共飲みとは天地の神様に大違反の罪悪だ、人が人を喰ひ、猫が猫を食ふと云ふ事があつて耐らうかい』 婆『吐かすな吐かすな、貴様は親の脛を噛ぢつて食い足らないで、山を飲み家を飲み、まだ喰ひ足らずに蔵を喰ひよつて、揚句の果には可愛い子まで鬼の様に売つて喰ふて、それでもまだ足らいで友達を食ひ、世間のおとなしい人間の汗や脂を搾つて舐ぶり、餓鬼のやうな奴ぢや、余り大きい顔して頬げたを叩くものぢやないぞ』 弥『ヤアこの婆仲々ヒラけてゐよるワイ、一寸談せる奴だ』 勝『定つた事よ、毎日日にち世界中のいはゆる文明亡者が、此処を通過するのだから、門前の雀経を読むとか云ふてな、聞き覚え見覚えて居るのだ、貴様は小学校出、俺は赤門出のチヤーチヤー大先生だと吹きよつたが、このお婆アサンは赤門どころか、よつぽど黒門だ。早稲田大学出身の大博士だ、洋行婆アサンだぞ、うつかりして居ると赤門先生赤恥を掻いてアフンと致さねばならぬぞよ』 弥『コラ、カカ勝公、横槍を入れない、尋常学校の落第生奴が』 勝『今の学校を卒業したつて何になるのだ、碌でもない事ばつかり教へられよつて、尋常の間が本当の教育だ、それ以上になると薩張り四足身魂の教育だ、余り学者振るな、学者の覇の利いた時代は廿世紀の初頭だ、二十四世紀になつて居るのに学のナンノと、学が聞いてあきれるワ』 弥『それでも矢張り形式を踏まねば、ナンボ二十四世紀だとてあまり買手がないぞ、赤門出と云へばアカンモンでも威張つて直に買手が付くし、卒業早々立派な会社の予約済みに成れるのだ』 勝『まるで人間を貨物と間違へてゐる世の中だから仕方がないワイ、時世時節の力には神もかなはぬと仰有るのだから、俺も時勢に逆行する様な、馬鹿でないからまア一寸此処らで切上げて置かうかい。なア赤門先生』 弥『何と云つたつて赤門出は貨物だらうが、物品だらうが、価が好いから、仕様がないワ、この婆アサンのやうに何程大学を卒業したつて、黒門(苦労者)出で何ぼ立派でも使ひ手がないのだ、それだからカンカ不遇で何時も川端柳を見てクヨクヨと、脱衣婆の境遇に甘んぜねばならないのだよ。アヽ私はどうして赤門に這入らなかつたらう、鈍なアカンモンでも赤門出なればドント出世は出来るが、私は又どうして黒門(苦労者)になつただらうといくら悔んでも後の祭りだ、何時の世にも蔓と云ふものをたぐらねば出世は出来はしないぞ。あの芋を見よ、蔓にぶら下つてなつて居るのぢや、それだから游泳術の上手な奴をみんな芋蔓と云ふのだよ』 勝『エヽ訳の分らぬ事を云ふな、まるで薩摩の芋屁でも放つた様な臭い臭い理窟を伸べよつて鼻持ちがならぬワイ。ヤアお婆アサン、長らく御面倒いたしました、末長う宜しうお頼み申します、オツトドツコイ三途の川のお婆アサンにお頼みするやうでは、六な事ぢやない、末長うお頼み申しませぬワ、アハヽヽヽ』 婆『ア、さうださうだ、私の厄介になるやうな奴は、どうで碌な奴ぢやないワ、それよりもお前の連の与太や六が心配をして目を爛らして探して居る。早く帰つてやりなさいよ』 弥『オーさうだつた、ウツカリ婆アサンとの外交談判に貴重な光陰を夢中になつて消費して居つたものだから、二人の奴、俺の記憶から消滅して仕舞つて居つた、消滅地獄に落ちたやうだ。今頃はさぞ心身を焦がして居るであらう程に、もうしもうし勝五郎サンエ、勝チヤンえ、此処らあたりは山家故、オツトドツコイ川べり故、嘸寒かつたで御座んしようなア[※浄瑠璃の『箱根霊験躄仇討』のシャレ。]』 勝『オイしつかりせぬかい、此処は箱根山ぢやないぞ、俺を躄と間違へて貰つては迷惑千万だ』 婆『ヤレこの障子開けまいぞ開けまいぞ、そも三浦が帰りしとは坂本の城に帰りしか、よも此処へのめのめと迷ふて出て来る弥次彦ぢやあるまい、そりや人違ひ、若し又それが諚なれば、コーカス山、アーメニヤ分け目の大事の戦ひに参加もせずに戻つて来る不届者この茅屋根の家は婆が城廓、その臆れた魂でこの藁戸一重破らるるならサヽヽ破つて見よと[※浄瑠璃の『鎌倉三代記』の「三浦別の段」のシャレ。]』 弥『百筋千筋の理を分けて、引つかづいたるあばらやの内、チヤンチヤンぢや』 勝『ハハアそのお言葉を忘れねばこそ、故郷を出て今日まで一度の便りも致さねど、お命も危しと聞くより風に吹き飛ばされ、玉は碎け胸は痛み、眼眩んで三五の道を忘れし不調法、真平御免下されかし、いで戦場へ駆向ひ、華々しき功名して、コーカス山におつつけ凱陣仕らむ』 弥『アハヽヽヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽヽ、もう御しばいだよ』 (大正一一・三・二四旧二・二六谷村真友録)
93

(1622)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 12 復縁談 第一二章復縁談〔五六二〕 勝彦の宣伝使を始め、弥次彦、与太彦、六公の一行は、烏勘三郎の一軍を言向和し、意気揚々として峠の幾つかを越えて、又もや一つの部落に着いた。 此処は二三十軒斗り彼方此方に家の散在せる小部落で小山村と云ふ。 弥『ヤーまた此処にも一小天地が形造られてあるワイ。どこにか都合の好い家を探して休息をさして貰はうかい』 と先に立つてキヨロキヨロと適当の家を探してゐる。小さき草葺の家の門口に一人の婆アが立つてゐる。 弥『モシモシお婆アサン、どうぞ一服さして下さるまいか』 婆『わしは盲目だから、どなただかお顔が分らない。お前サンは一体何処へ行く旅人だい、伴の衆は有るのかい』 弥『ハイハイ、伴の者は一行四人、山坂をいくつも跋つて来たのだから、脚が棒のやうになつて知覚精神は何処やらへ転宅したと見え、チツトも吾々の命令に足の奴服従せないやうになつて来ました。どうぞ此縁側を一寸貸して下さらぬか。儂はこれからコーカス山へ参拝するものですから』 婆『アーさうかな。それは能う御信心が出来ます。私もコーカス山の神様を信心して居る信者の一人だ。ウラル教なら平に御断りだが、コーカス参りをする方なら、きつと三五教だらう。マア悠くりと休んでゐて下さい』 弥『三五教も三五教、チヤキチヤキだ』 勝『モシモシお婆アサン、私は三五教の勝彦と云ふ宣伝使でございます』 与『私は与太彦と云ふ信者でございます。どうぞ宜しう御願ひ致します』 婆『今お前サン等四人と云はつしやつたが、お声は三人ぢやないか。モウ一人の方は何処へ行かれたのだい』 六は作り声して、 六『わたくしはロークと申す吝な野郎でごんす程に、どうぞよろしう御見知り置かれまするやうに』 婆『見知り置けと云つても私は盲目だ。お声を聞知り置くより仕方がないワ。アハヽヽヽヽ』 弥『比較的広い家にお婆アサン、たつた一人かい』 婆『ナニ老爺ドンは中風に罹つて、裏の離棟で今年で三年振り、床に就いたきり困つて居ります』 弥『お婆アサン、お子サンは無いのかい』 婆『子は二人あるが、兄は此間から女房を伴れて私の眼が癒るやうにと、コーカス詣りをしたのだ。モウ二三日したら帰つて来ませう。それに一人の妹があるのだが彼奴は運が悪うて、一旦嫁いた亭主が俄にウラル教の捕手の役人になり、酒を喰ふ賭博を打つ、女にはづぼる、どうにも斯うにも仕方が無い男だ。そこで私の娘のお竹と云ふのを嫁にやつてあつたけれども、お竹は三五教の信者なり、何時も家内がゴテゴテして到頭夜中に逃出して帰つて来よつたのだ。何程勤めてもアンナ極道亭主の所へは仮令死んでも帰らぬと云ふて頑張るものだから、仕方無しに十九番坂の麓の山田村の松屋といふ家へ奉公にやつたのだ。年が寄つてから彼奴の為に偉い苦労をしとるのだ。お前サンも三五教の宣伝使サンなら、一つ神様に祈つて下さらぬか』 弥『ハイハイ承知致しました。御祈念さして貰ひませう。さうしてその娘は年でも切つたのか、ホンの当座奉公か、何方だい』 婆『縁談があれば何処か嫁けねばならぬから、年は切つては居らぬのだ。お前サンもさうして世界を歩きなさるのなら適当な所があつたら世話してやつて下さい。親の口から褒めるぢやないが、お竹と云ふ奴は、夫は信心の強い正直な気の優しい女だ。私もお竹の婿がきまる迄は爺サンも共に死んでも死なれぬと云ふて居るのだ。どうぞ良い縁の有るやうに神様に、とつくりと祈念して下さい』 与『お竹サンの今迄の婿サンと云ふのは、何と云ふ人だな』 婆『それはそれは意地の悪さうな顔をした根性の曲つた六と云ふ男だ。碌でも無い奴だと見える。どうした因縁か、アンナ心の良いお竹が、げぢげぢのやうに嫌はれて居る碌でなしの六助に縁付くとは、神サンもチト胴欲ぢやと、毎日日日爺と婆とが悔んで居るのだ。アーア今頃はお竹はどうして居るか知らぬが、可愛想に、アーンアーン、アンアン』 弥次彦は六の顔を一寸見て、顋をしやくり、 弥『オイ、ロークサン、どうだい。チツトお前も御祈念して上げぬかい』 六『ハーイ、ゴーキネンシテ、アゲマシヨカイ』 弥『アハヽヽヽ、妙な声だ』 婆『お竹の奴は亭主マンが悪うて、其の六公の前にも一度嫁いだのぢやが、其奴がまた酒喰ひで、しかも大泥坊で村ばねに会ふたものだから、泣きの涙で帰つて来て悲しい月日を送つて居つた。其処へ仲人が出て来て、盲目の私にツベコベと、木に餅がなるやうなことを云つて六公の家へ嫁にやつたのだが、その六公が最前も言つた通り、棒にも箸にもかからぬ仕方の無い奴だから、娘も可愛想なものだ。三五教の教には二度迄は縁付きは止むを得ぬから神は大目に見るが、三度になれば天の御規則に戻るとかと云つて、それは八釜敷い教だから可愛想に娘も若後家を立てると云ふて決心はして居るものの、親の心として仮令天の御規則は破れても、モー一遍私の生命を捨ててでも好い夫を持たしてやり度いと思ふのが一心ぢや。お前サンも三五教のお方ぢやさうながどうだらうなア。一遍神様に伺つて下さいますまいか』 弥『ヤアこれは難題だ。吾々には到底解決が付かない。モシモシ勝彦の宣伝使様、何とか解決を与へて下さいな』 勝『三五教の教に親子は一世、夫婦は二世と教へてある。此事に就て随分信者の中にも迷ふ人があるが、之を明瞭と解釈すれば、夫婦といふものは、夫でも女房でも二度より替へられないのが不文律だ』 婆『さうすると先の夫なり、女房なりの片一方が死ぬ。止むを得ないから又後の夫なり、女房を迎へる。さうなると死んでからは夫が二人あつたり、女房が二人あつたりするやうなことが出来るぢやないか。それでは何うも神界へ行つて何方の女房と一所に暮したら本当だか判らぬと云ふて、皆のものがいろいろと評議をして居るのだが、お前サンは如何思ひますか』 勝『夫婦と云ふものは無論身魂の因縁で結ばれるものではあるが、身魂と云ふものは、いくらにも分れて此世へ生れて来て居るものだ。併し余程神力の有る神の身魂なれば四魂と云つて四つにも分れて此世に生れて来るものだが、一通りの人間は先づ荒魂とか和魂とか二魂が現はれて来るのが普通だ。それだから二度迄は同じ身魂の因縁の夫婦が神の引合はせで、不知不識に縁を結ぶ事となる。それだから三人目の夫や、女房は身魂が合はぬから、どうしても御神業が勤まらないのみならず、神界の秩序を紊し身魂の混乱を来す事になるから厳禁されて居るのだ。また霊界に行つた夫婦は肉体欲がチツトも無い、心と心の夫婦だから幽体はあつても此世の人間のやうな行ひは、チツトもする必要も無く、欲望も起らぬから綺麗なものだ。中には執着心の強い身魂は此世に息ある動物を使ふて、ナントか、かとか云ふてわざをする奴がある。けれどもコンナのは例外だ。恰度幽界へ行つてからの夫婦と云ふものは、仲の好い兄弟のやうなものだ。肉体の夫婦は肉体の系統を繋ぐための御用なり、神界の身魂の夫婦は神界に於ける経と緯との御用をするのが夫婦の身魂の神業だ』 婆『コレハコレハ御親切によく教へて下さいました。アヽさうすればあのお竹は最早縁付くことは出来ませぬか。アヽ可愛想に可愛想に、オンオンオン』 勝『ヤアお婆アサン、御心配なされますな。その六とやらの精神を、全然焼き直して、三五教の信者にさせ、酒も、賭博も、道楽も全然止めさして元の通りの夫婦に請合つてして上げやうか。改心すればお前サンも娘の婿にするのは不服ではあるまいな』 婆『アンナ真極道は芝を被らな到底治りつこはないと、お竹が云ふて居りました。それでも神様の御諭しで立派な人間になりませうか。煎豆に花咲く時節も来ると云ふことだから、何とも知れぬけれど迚も迚もあきますまい』 勝『悪に強いものは善にも強いものだ。生れ赤子の真人間に、其の六公サンがなつたらお前どうする考へぢや』 婆『ソンナ結構なことがあれば、爺も婆も兄も喜んで大賛成を致します』 勝『お婆アサン、その六公サンは此頃は三五教の信者となつて、それはそれは立派な人間になつて居ますよ。どうです、私に仲人をさして元の鞘に収めさして下さらぬか。さうすれば三世の夫に嫁いで天則を破る必要も無いのだから』 婆『エーそれは本当ですか』 勝『苟くも神の教を伝ふる宣伝使、なにしに嘘偽りを曰ひませうか』 婆『どうぞさうして下さい、頼みます』 勝『実はその六サンを改心させて、此処へ伴れて来たのだ』 婆『ヤーナンダか聞き覚えのある声だと思ふたが、六、お前来て居るのか。ソンナら夫れで何故早く名乗つて呉れないのだ』 六『お母サン、誠に心配をかけて済みませぬ。今は全然改心を致しまして三五教の宣伝使のお伴を致し、コーカス詣りの途中でございます。山田村の松屋で一寸一服した時に、お竹に思はず一寸出会ひましたが、お竹は私の面を見るなり、裏口ヘ遁げ出しました』 婆『アヽさうであつたか、併し六、心配して呉れな。お竹もお前の改心したことが分つたら、どれ位喜ぶことか知れたものぢやない。善は急げだ、早く誰か使を立てお竹を呼んで来て、まア一度改めて祝言の杯をさし度いものだ』 六『有り難うございます。誠に合す顔もございませぬ。偉い悪魔にとつつかれて居りました。モウ此後はチツトモ御心配はかけませぬから安心して下さい』 婆『アヽ六、よう言ふて呉れた。その一言を聞いたら私はモウ何時国替へしても、この世に残ることは無い、安心して高天原へ行きます』 勝『早速の和談まとまつて重畳々々、併し乍ら此処の息子サンもコーカス詣りの留守中なり、お竹サンも奉公の身の上、吾々も六サンもコーカス詣りの道中、一度参拝を終つてから悠くりと婚礼をしたらどうでせうか』 婆『ハイハイ有り難う。一日や二日に何うといふことは有りませぬ。六サンの精神さへきまれば、それでモウ何も彼も落着だ。どうぞ早く機嫌よく参詣を了つて一日も早く帰つて下さい』 一同『めでたいめでたい、ウローウロー』 (大正一一・三・二四旧二・二六外山豊二録) (昭和一〇・三・一六於台南高雄港口官舎王仁校正)
94

(1623)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 13 山上幽斎 第一三章山上幽斎〔五六三〕 醜の魔風や様々の、世の誘惑に勝彦の、神の使の宣伝使は、弥次彦、与太彦、六公の三人を伴なひ、小山の郷を打過ぎて、二十の坂を三つ越えし、峠の頂きに漸く登り着いた。 この峠の頂きは今迄過来し各峠の頂上に引換へて大変に広い高原になつて居る。小鹿川の流れは眼下の山麓を、白布を晒した如く、岩と岩とにせかれて飛沫を飛ばして居る。山腹は殆んど岩を以て蔽はれ、灌木の其処彼処に青々として、岩と岩の配合を、優美に高尚に色彩つて居る。 弥『小鹿峠も漸く二十三坂を跋渉したが、この頂上くらゐ広い所は無かつた。東西南北の遠近の山、茫漠たる原野は一望の下に横たはり、風は清く、何となく春の気分が漂ふて来た。此処で吾々はゆつくりと休養して参る事に致しませうか』 勝『アヽそれは宜からう、この頂上より四方を眺めた時の気分は、実に雄渾快濶にして、宇宙を我手に握つたやうな按配式だ。ゆるゆると神界の話でもさして頂かうか、斯う云ふ清い所では、何程神界の秘密を話した所で、滅多に曲津神の襲来する虞もなからう』 と言ひ乍ら、青芝の上に腰を下した。三人も同じく、芝生の上に横たはつた。 与『アヽ良い気分だ。何時見ても、頂上を極めた時の心持はまた格別だが、今日は殊更に気分が良い。斯う云ふ時に一つ幽斎の修業を始めたら、キツト善い神様が感合して下さるでせう、………もし宣伝使様、一同此処で三五教の鎮魂帰神の神法を施して下さいませぬか』 勝『それは結構だが、生憎高地の事とて、水も無し、手を洗ひ口をすすぎ、水を被ると云ふ事が出来ないから……第一此れには閉口だ』 弥『神様の教にも、「身の垢は風呂の湯槽に洗へ共、洗ひ切れぬは魂の垢なり」と示されてある、たとへ水が無くとも、神様に一つ御免を蒙つて、身魂の洗濯をして貰ふ訳にはゆきますまいか。水は肉体の垢を洗ひ落す丈のもの、鎮魂は精神の垢を落すものですから、今日は肉体は已を得ずとして、霊丈の洗濯をして貰ひませうか……ナア与太彦、六公』 与『それも一つの真理だ……もしもし勝彦の宣伝使、あなたは古参者だ、吾々は新参者、どうぞ一つ鎮魂を願つて下さいな』 勝『霊肉一致、現幽一本だから、理屈を云へば、別に水行をせなくつても、霊さへ洗へば良いと云ふ様なものだが、矢張汚い肉体には美しい霊の神が憑る事は、到底不可能だらう。コンナ所で漫然と幽斎でもやらうものなら、ウラル教の守護を致して居る悪神が、何時憑依するかも知れたものでない。此頃は霊界に於て、往昔国治立の大神、その他の神々に対し、極力反抗を試み、遂には大神をして退隠の已むなきに至らしめたと云ふ大逆無道の常世姫や木常姫、口子姫、八十枉彦の邪霊連中が、少しでも名望のある肉体に憑依し、再び神界混乱の陰謀を企てて居るのだから、愚図々々して居ると、何時憑依されるか分つたものでない。宇宙一切は大国治立尊の御支配だから、到る所として正しき神の神霊は、充満し給ふとは云ふものの、また盤古系統、自在天系統の邪神も天地に充満して居るから、此方の霊をよほど清浄潔白にして掛らねば、神聖の神の降臨を受けるといふ事は、到底不可能なが原則だ。水が一滴もないのだから、肉体を清める訳にも行かないから、また滝壷の在る所か、清き流れの水に禊をするとかして、その上で幽斎の修業にかかつたが宜しからう』 弥『アヽ融通の利かぬものだな、全智全能の根本の神様でも、ソンナ窮屈な意見を以て居られるのだらうか。善悪相混じ、美醜互に交はつて、天地一切の万物は、茲に初めて力を生じ、各自の活動を開始するのでは有りませぬか。世の中には絶対の善もなければ、また絶対の悪もない。如何に水晶の身魂だと云つても、大半腐敗せる臭気に包まれた人間の体に宿らねばならぬのだから、何程表面を水位で洗つた所で、五臓六腑まで洗濯しきれるものでない、物を深く考へれば、手も足も出せなくなつて了ふ。何事も神直日大直日に見直し聞直し詔直して、ここで一つ神聖なる幽斎の修業を、是非々々開始して下さい。ナンダカ神経が興奮して、神懸の修業がしたくつて、仕方がなくなつて来た』 勝『幽斎の修業は心身を清浄にする為、第一の要件として、清潔なる衣服を纏ひ、身体を湯水に清めて掛らねばならぬのだが、さう言へば仕方がない、神様に御免を蒙つて幽斎の修業をさして頂く事にしやうかなア』 弥『イヤー有難いありがたい……ナア与太彦、六公、貴様は今迄まだ神懸の経験がないのだから、この弥次彦サンの神懸を、能つく拝め、心を清め、肝を錬れ、……サア勝彦の宣伝使様、早く審神をして下さい。ナンダカ気がイソイソとして堪まらなくなつて来ました、……ウンウンウンウン、ウーウー』 と忽ち惟神的に両手は組まれ、身体忽ち前後左右に動揺し始めた。 与『ヨー弥次彦の奴、独り芝居を始め出したナ、ナンダ、妙な恰好だな、目を塞ぎよつて両手を組み、坐つたなりに飛上がり、宙にまいまいの芸当を始め出した。大方松の大木から滑走しよつた時の亡霊が、まだ体のどつかに残留して居つたと見える……オイ六公、面白いぢやないか、……コレコレ勝彦サン、今日はモウ口上丈はやめて下さい、頼みますぜ』 勝『アハヽヽヽ』 弥次彦は夢中になつて、汗をブルブル垂らし乍ら、蚋が空中に餅搗した様に、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始して居る。神懸に関しては素人の与太彦、六公の二人は、口アングリとして大地に倒れた儘、 与、六『アーアー、ヤルヤル、妙だ妙だ、オイ弥次彦、貴様はそれ丈の隠し芸を持つて居つたのか、重宝な奴だ、宙吊りの芸当は珍らしい。ワハヽヽヽ、モシモシ宣伝使さま、どうとかして、御神力で弥次彦の体を、猿廻しの様に使つて見せて下さいな』 勝彦は両手を組み、天津祝詞を声も緩やかに奏上し終り、一二三四五六七八九十百千万と、天の数歌を歌ひ終り、右の食指の指頭より五色の霊光を発射し、弥次彦の身体に向つて、空中に円を描いた。弥次彦の身体は勝彦の指の廻転に伴れて、空中に円を描き、指の向ふ方向に、彼が身体は回転する。勝彦は、今度は思ひ切つて腕を延べ、中天に向つてブンマワシの如くに円を描き、弥次彦の体は勝彦の指さす中空に向つて舞上り舞ひ下り、また舞ひ上り舞下り、空中遊行の大活劇を演ずる面白さ。 与『オイ六公、あれを見い、弥次彦の奴、漸々熱練しよつて、体が小さくなつて、見えぬやうな高い所まで、空中を滑走し、上つたり下りたり、上になつたり下になつたり、大変な大技能を発揮しよるぢやないか、……モシモシ宣伝使さま、あなたの指の動く通りに、弥次彦の奴、動きますなア。あれなら軽業師になつても大丈夫食へますナ』 勝『アハヽヽヽ、あれは霊線の力に操られて、体を自由に使はれて居るのだ。俺の指の通りになるであらうがな』 与『ハハア、さうすると弥次彦が偉いのじやなくて、あなたの指が偉い神力を具備して居るのだなア……あなたはヤツパリ魔法使だ、恐ろしい油断のならぬ宣伝使ぢや、私丈はアンナ曲芸は、どうぞ遣らさぬ様に願ひますで、喃六公、アンナ事をやられたら、息も何も切れて了うワ』 六『アヽ恐ろしい事だのう』 斯く云ふ中、弥次彦の身はスーと空気を分ける音と共に、三人の前に下つて来た。勝彦は又もや両手を組んで、『許す』と一声、弥次彦は常態に復し、目をギロつかせ乍ら、 弥『アヽやつぱり二十三峠の頂上だつた、ヤア怖い夢を見たよ、天へ上がるかと思へば地へ下つて、地へ下つたと思へば又天へ引上げられる、目はまわる、何ともかとも知れぬほど苦しかつた、アヽやつぱり夢だ夢だ』 与、六『エ、なアに、夢所か実地誠の正味正真だ。現に俺達は今ここで貴様の大発明の軽業を、無料観覧した所だ。貴様もよつぽど妙な病気があると見える、親のある間に治療をして置かないと、親が無くなつたら、到底一生病だ。不治の難症と筍医者に宣告されるが最後、芝を被つて来ない限り、迚も此世では駄目だぞ、……モシモシ勝彦さま、コラ一体何の業ですか』 勝『弥次彦には、悪逆無道の木常姫と云ふ奴が、タツタ今油断を見すまして、くつつきよつたのだ。そこで私が鎮魂の力を以て木常姫の悪霊を縛つたのだ。悪霊は私の指の指揮に従つて、あの通り容器と一所に、宙を舞ひ狂うたのだよ、モウ今の所では、木常姫の邪霊も往生致して逃げよつたから、弥次彦も旧の通り、常態になつたのだ、ウツカリして居ると、貴様等も亦何時邪霊の一派に襲はれるか知れやしないぞ。夫れだから、至貴至重至厳なる幽斎の修業は、肉体を浄めもせず、汗だらけの、垢の付いた衣服を纏ふて奉仕する事は出来ないと、私が説諭したのだ。それにも拘はらず、私の言葉を無にして聞かないものだから、修業も始めない中から、邪霊に誑惑され、忽ち木常姫の容器となりよつたのだ、……オイ弥次彦、しつかりせないと、又もや邪神が襲来するぞ』 弥『智覚精神を殆んど忘却して居ましたから、何が何だか私としては、明瞭を欠きますが、仮令邪神にもせよ、宙を駆けるナンテ、偉い力のあるものですなア』 勝『馬鹿を言ふな、胴体なしの凧といふ事がある。悪魔と云ふ者は、大体が表面ばかりで、実地の身がないから、恰度、言へば風の様なものだ。その邪霊が人間の肉体へ這入つたが最後、人間の体は風船玉が人間を宙にひつぱり上げる様な具合になつて、体が飛び上がるのだ。人間は大地を歩む者、鳥かなんぞの様に、宙を翔つ奴は、最早人間としての資格はゼロだ、貴様たちも中空が翔つて見たいのか』 与、六『ヘイヘイ邪神だらうが、何だらうが、人間として天空を翔ると云ふ様な事が出来るのなら、私は一寸一遍、ソンナ目に会ふて見たいですな。世界の人間は驚いて……「ヤア与太彦、六公の奴、偉い神力を貰ひよつた、生神さまになりよつた」と云つて、尊敬して呉れるでせう。そうなると、「ヤア彼奴は三五教の信者だ、三五教は神力の強い神だ、俺も三五教に帰依する」と云ふて、世界中の人間が一遍に改心するのは請合です。神様も吾々にアンナ神力を与へて、世界の奴をアツと言はして下さつたら一遍にお道が開けて、世界の有象無象が改心するのだけれどなア』 勝『正法に不思議なし、奇蹟を以て人を導かむとする者は、いはゆる悪魔の好んで執る所の手段だ。吾々は神様の貴重な生宮だ、充分に自重して、肉の宮に重みを付け、少々の風にまで飛あがり、宙をかける様な事になつては、最早天地経綸の司宰者たる資格はゼロになつたのだ。何処までも吾々はお土の上に足をピツタリと付け居るのが法則だ』 与『それでも、鷹彦の宣伝使は宙を翔つぢやありませぬか』 勝『鷹彦は半鳥半人の境遇に居るエンゼルだ。彼は時あつて空中を飛行し、神業に参加すべき使命を持つて居るのだから、羽翼が与へられてあるのだよ。羽翼は空中を飛翔するための道具だ。羽もない人間が、今弥次彦の様な事を行るのは変則だ、悪魔の翫弄物にせられて居るのだよ』 六『さうすると、悪魔の方がよつぽど偉い様ですな。誠の神様は土に親しみ、悪魔は天空を翔るとは、実に天地転倒の世の中とは言ひ乍ら、コラ又あまり矛盾ぢやありませぬか。仮令邪神でも何でも構はぬ、一遍アンナ離れ業を演じて見たいワ』 勝『コラコラ六公、言霊の幸はふ国だ、ソンナ事を言ふと、貴様には、竜宮城から鬼城山に使ひした、一旦大神に叛いた口子姫の霊が、貴様の身辺を狙つて居るぞ、シツカリ致せ』 六『ヤアそいつは一寸乙でげすな、何時も憑り通しにされては困るが、一遍位は憑つて呉れても御愛嬌だ、……ヤイ口子姫とやら、俺の肉体を貸して与るから、一遍アツサリと憑つて呉れぬかい』 弥次彦口をきつて 弥次彦『クヽヽヽチヽヽヽコヽヽヽヒヽヽヽメヽヽヽ口子…口子…ヒヒメメメメ口子姫命只今より六公の肉体を守護致すぞよ』 六『有難う御座います』 と云ふや否や、身体を上下左右に動揺し始めた。地上より四五尺許りの所を、上りつ下りつ、石搗の曲芸を演じ始めた。遂には足は地上を離れ、最低地上を距ること一尺余、最高二三丈の空中を上下し、廻転し始めた。 弥『ヤア六公の奴、偉い神力を貰ひよつたぞ、羨りい事だ、俺も一遍アンナ事が有つて見たい。俺にアヽ言ふ実地が現はれたら、それこそ一も二もなく神の存在を、心底から承認するのだが、どうしても俺には、霊が曇つて居ると見えて、神が憑つて呉れぬワイ』 与『オイ弥次公、貴様ア、アンナ事所かい、殆ど日天様の所へ行きよつたかと思ふほど高う、空中をクルクルクルと廻転しよつて、まるで鳥位小さく見える所まで……貴様は現に大曲芸を演じよつたのだよ、それを貴様は記憶して居らぬか』 弥『アヽさうか、ナンダかソンナ夢を見たやうな記憶が朧げに残つて居る様だ。ヤアヤア六公の奴、追々と熟練しよつて、ハア上るワ上るワ……殆ど体が小さく見える所まで上りよつたナ、……モシモシ勝彦さま、アラ一体全体どうなるのですか』 勝『あまり慢心をすると、体の重量がスツカリ無くなつて、邪神の容器となり、風船玉のやうに吹き散らされるのだ、幸に今は無風だから好いが、一昨日の様な風でも吹いた位なら、夫れこそ、どこへ散つて仕舞ふか分りやしないぞ。それだから俺が此処では幽斎の修業は行られぬと云ふたのだ、……吁、困つた病人が二人も出来よつた、愚図々々して居ると、与太公、貴様にも伝染の兆候が見えて居る、病菌の潜伏期だ。何とかして、免疫法を講じたいものだが、此附近には避病院もなし、消毒薬も無し、困つた事だワイ』 与『消毒薬とは何ですか』 勝『生粋の清浄なお水だ、お水で体を清めて、神様の霊光の火で、黴菌を焼き亡ぼすのだ。吁、困つた事だ、……オイ与太公、しつかりせぬか、貴様には八十枉彦が附け狙ふて居るぞ、……何だ其態度は……またガタガタと震ひ出したぢやないか』 与『強度の帰神状態で、……イヤもう神人感合の妙境に達するのも、余り遠くはありますまい、……南無八十枉彦大明神、何卒々々この与太彦が肉体にどこどこまでもお見捨てなく、神懸り下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 勝『また伝染しよつた、病毒の伝播と云ふものは、実に迅速なものだ、アヽ仕方がない、此奴等は皆奇蹟を好んで神を認めやうとする偽信者だから、谷底へ落ちて目を覚ますまで打遣つて置かうかなア。大火事の中へ、一本や二本のポンプを向けた所で仕方がないワ。エ、ままよ、これ丈熱くなつて燃え来つた火柱の様な、周章魂は、最早救ふの余地はない、……吁、国治立の大神様、木花姫の神様、日の出神様、モウ此上は貴神の御心の儘になさつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 勝彦の祈り終るや、六公は上下動を休止し、芝生の上にキチンと双手を組んだ儘端坐し、真赤な顔をし乍ら、汗をタラタラと垂らして居る。与太公は又もや唸り出した。法外れの大声で、 与太彦『ヤヤヤヤヤア、ヤソ、ヤソヤソヤソ、ママママ、ガヽヽヽ、マガマガマガ、ヒヒ、ココ、ヒコヒコ、八十枉彦だア……腐り切つたる魂で、三五教の宣伝使とは能くも言ふたり、勝彦の奴、……俺の審神が出来るなら、サア、サアサアサア、美事行つて見よ……』 勝『ナニツ、此世を乱す悪神、退却致せ』 と双手を組んで霊線を発射した。 八『アハヽヽヽヽ、ワツハヽヽヽヽ、可笑しいワイ、イヤ面白いワイ、小鹿峠の二十三坂の上に於て、審神者面を致した其酬い、数多の魔神を引きつれて、貴様の肉体を八裂に致してやらう、覚悟を致せ、……ヤツ…ヤツ…』 と矢声を出し乍ら、勝彦が端坐せる頭上を、前後左右に飛びまわり出した。勝彦は全身の力と霊を籠めて、右の食指より霊光を、八十枉彦の憑れる与太彦の前額部目掛けて発射した。 八『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、猪口才な腰抜審神者、吾々を審判するとは片腹痛い。サアこれよりは其方の素つ首を引き抜いてやらう、覚悟を致せ』 と猿臂を延ばして掴みかかる。勝彦は『ウン』と一声言霊の発射に、与太彦の身体は翻筋斗うつてクルクルと七八廻転し乍ら、傍の木の茂みに転げ込んだ。又もや弥次彦は容色変じ、目を怒らせ、歯をキリキリと轢る音、……暫くあつて大口を開き、 弥次彦『コヽヽヽツヽヽヽネヽヽヽヒヽヽヽヒメ、コツコツコツ、ネヽヽヽヒヒヒ、メメメメ、コツコツ、コツネヒメのミコト、……其方は三五教の宣伝使と申し、変性男子埴安彦の神、変性女子埴安姫の神の神政を楯に取り、吾々の天下を騒がす腰抜野郎、この二十三峠は、吾々が屈強の関所だ。二十三坂、二十四坂の間は、ウラル彦の神に守護いたす、八岐の大蛇や、金狐、悪鬼の縄張地点、此処へ来たは汝が運の尽き、これから其方の霊肉共に木葉微塵にうち亡ぼし呉れむ、カカ覚悟をせよ』 と弥次彦の肉体は、拳骨を固めて、勝彦目がけて迫つて来る。勝彦は又もや『ウン』と一声言霊の水火を発射した。弥次彦の肉体は二三間後に飛び下がり、大口を開けて、 弥次彦『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイホーイホーイ』 と云ふかと見れば、ゾツと身に沁む怪しの風、縦横無尽に吹き来り、四辺陰鬱の気に閉され、数十万の厭らしき泣き声、笑ひ声、叫び声、得も言はれぬ惨澹たる光景となつて来た。勝彦は最早これ迄と、一生懸命、両眼を閉ぢ、天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ始めた。与太彦の身体は前後左右に脱兎の如く、駆け廻り始めた。続いて弥次彦の身体は四つ這となつて猛虎の荒れ狂ふが如く、口より猛火を吐きつつ、勝彦の居所を中心に猛り狂ひ飛廻る。六公は忽ち頭上の中空に跳上がり、勝彦が頭上を前後左右に駆けめぐり、何とも譬難き悪臭を放ち始めた。四辺は刻々に暗黒の度を増した。最早勝彦の身辺は烏羽玉の闇に包まれて了つた。 (弥次彦)『八十枉彦、木常姫、口子姫の神の神力には恐れ入つたか、イヤ恐れ入らずに居られうまい、ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、ホツホヽヽヽ』 と暗がりより、怪体な声切りに響き渡る。虎嘯くか、獅子吼ゆるか、竜吟ずるか、但しは暴風怒濤の声か、響か、四辺暗澹、荒涼、魔神の諸声は五月蝿の如く響き渡る。怪また怪に包まれたる勝彦は、一生懸命、滝の如き汗を絞り乍ら、神言を生命の綱に、声の続く限り奏上しかけた。この時闇を照して、中空より、馬に跨り下り来る四五の生神があつた。見る見る此場に現はれ、金幣を打振り打振り、前後左右に馬を躍らせ、駆け巡れば、流石の邪神も度を失ひ、先を争ふて二十四坂の方面指して、ドツと許り動揺めき渡り、怪しき声と共に煙の如く逃げ散つた。与太彦、弥次彦、六公は忽ち元の覚醒状態に復帰した。 勝『アヽ有難し有難し、悪魔の襲来を払ひ清め給ひし、大神の御神徳有難く感謝仕ります』 と大地に頭をすりつけて、嬉し涙に咽ぶ。弥次彦、与太彦、六公の三人も、同じく芝生に頭を着け、何となく驚異の念に駆られ、一生懸命に神言を奏上して居る。四人の身体は虹の如き鮮麗なる霊衣に包まれた。芳香馥郁として四辺に薫り、嚠喨たる音楽の響は、四人の身魂に沁み込むが如く聞ゆるのであつた。四人は漸く首を挙げて眺むれば、こはそも如何に、日の出別の宣伝使は、鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦と共に、馬上豊に此場に立つて居る。 勝『ヤア是れは是れは日の出別の神様、能くも御加勢下さいました。思はぬ不調法を致しまして、重々の罪御宥し下さいませ。此上は決して決して、斯かる不規律なる幽斎の修業は断じて行ひませぬ。何事も、我々が不覚無智の致す所、知らず識らずに慢心仕り、お詫の申様も御座いませぬ』 日の出別の神は一言も発せず、首を二三回肯かせ乍ら、一行の宣伝使を引連れ、再び天馬空を駆つて、雲上高く姿を隠した。無数の光輝に冴えたる霊線は、虹の如く彗星の如く、一行の後に稍暫く姿を存しける。 峰の尾の上を吹き亘る春風の声は、淑やかに聞えて来た。百鳥の春を唄ふ声は長閑に四人が耳に音楽の如く聞え始めた。 弥『モシ勝彦の宣伝使さま、大変な大騒動がおつぱじまつて、天の岩戸隠れの幕が下りましたな、あの時の私の苦しさと云つたら、沢山な青面、赤面、黒面の兎や、虎や、狼、大蛇が一時に遣つて来て、足にかぶり付く、髪の毛を引つぱる、耳を引く、腕をひく、擲る、それはそれは随分苦しい目に逢はされました。イヤもう神懸は懲り懲りでした。咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、苦しいと云つても譬様のない、えぐい、痛い、辛い、臭いイヤもう惨々なきつい目に会ひました。その時に…アヽ宣伝使様がウンと一つ行つて下さると好いのだけれど、あなたは霊眼が疎いと見えて、敵の居ない方ばつかり、一生懸命に鎮魂をやるものだから、鼻糞で的貼つた程も効能は無く、聾ほども言霊の神力は利かず、イヤモウ迷惑千万な事でしたよ』 勝『アヽさうだつたか、そらさうだらう、何分曇り切つた肉体で、俄審神者を強ひられて無理に行つたものだから、審神者の肉体に神様が完全に宿つて下さらぬものだから失敗をやつたのだ。然しチツトは鎮魂も効能が現はれただらう』 弥『千遍に一度位まぐれ当りに、私を責めて居る悪霊の方に霊光が発射したのは確かです。イヤモウ脱線だらけで、必要な所へはチツトも霊の光線が発射せないものだから、悪魔の奴益々付け込んで、武者振りつき、えらい苦みをしました。アーア斯うなると立派な大将が欲しくなつて来たワイ』 勝『惟神霊幸倍坐世』 与『私もえらい目に遭はされた、人の首を真黒けの縄で、悪魔の奴、幾筋ともなく縛りよつて、古池の水を両方から、釣瓶の綱をつけて替揚げる様に、空中を自由自在に振り廻しよつた時の苦さと言つたら、何遍息が絶えたと思つたか分りませぬ、アヽコンナ苦い責苦に会ふのなら、一層の事、一思ひに殺して欲しいと思ひましたよ。熱いと思へば又冷たい谷底へ体を吊り下ろされ、今度は又焦つく様な熱い所へ吊り上げられ、夏と冬とが瞬間に交代をするのだから、体の健康は台なしになるなり、手足は散り散りバラバラになつて了つた様な苦みを感じた。その時に審神者の勝彦サンは、どうして御座るか、ここらでこそ助けて呉れさうなものだと思つて、あなたの方を眺めて見れば、あなたの背後には、常世姫の悪霊が、貧乏団扇をふつて、悪霊の指揮命令をやつて居る、お前さまは、その常世姫の手の動く通りに、操り人形の様に活動し………否蠢動して居るものだから、却てそれが此方の助け所か、邪魔になつて、益々苦しさを加へ、イヤモウ言語に絶する煩悶苦悩、目の球が一丁ほど先へ飛出すやうな悲惨な目に遇はされました』 勝『それだから、コンナ所で幽斎の修業は廃せと言ふのに、貴様が勝手に悪魔の方へ行きよつたのだ。仮令邪神でも、あの弥次彦の様に、空中滑走がしたいの曲芸が演じたいのと、熱望的気焔を吐くものだから、魔神の奴得たり賢し、御註文通り何でも御用を承はります、私の好物、手具脛引いて待つて居ました、何のこれしきの芸当に手間もへツチヤクレも要るものか、遠慮会釈にや及ばぬ、悪神の容器には持つて来いして来いぢや、ヤツトコドツコイして来いナ、権兵衛も来れ、太郎兵衝も来れ、黒も来い、赤も来い、大蛇も来い、序に狐も、狸も、野天狗も、幽霊も、あらゆる四つ足霊もやつて来いと、八十枉彦の号令の下に集まり来つた数万の魔軍、千変万化の魔術を尽して攻め来る仰々しさ、目ざましかりける次第なりけりだ。アツハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦の宣伝使さま、あまり法螺を吹いて貰ひますまいか、………イヤ法螺ぢやない業託を並べて嘲弄して貰ひますまいかい。この天地は言霊の幸はふ国ぢやありませぬか、ソンナ事を言つて居ると、又もや私の様に、軽業の標本に、魔神の奴から使役されますぜ。労銀値上の八釜しい今の世の中に、破天荒の………否廻転動天の軽業を生命からがら、無報酬で強制され、汗や脂を搾られて、墓原の骨左衛門か骨皮の痩右衝門の様な、我利々々亡者の痩餓鬼にならねばなりますまい、チツト改心なされ』 勝『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 六『コレコレ立派な審神者の勝彦さま、あなたの御神力には往生致しましたよ、イヒヽヽヽ』 勝『みなが寄つて、さう俺を包囲攻撃しても困るぢやないか。俺だつて誠心誠意、有らむ限りのベストを尽したのだ。これ以上吾々に望むのは、予算超過と云ふものだ。国庫支弁の方法に差支へて了ふ。又復増税なんて、人の嫌がる事を言はねばならぬ。お前等はさう言つて、吾々当局の審神者を攻撃するが、当局者の身にもチツトはなりて見るが宜い。国家多事多難のこの際ぢや、金の要るのは底知れず、増税、徴募あらゆる手段を尽して膏血を絞り、有らむ限りの智慧味噌の臨時支出までして、ヤツトこの場を切抜けたのだ。さう八釜しく責め立ると、勝彦内閣も瓦解の已むを得ざる悲運に立到らねばならなくなる。さうなれば、貴様等も一蓮托生、連袂辞職と出かけねばなるまい。今度の責任を俺一人に負担させやうと云ふのは、あまり虫が好過ぎるワイ。共通的の責任を持つのが、いはゆる一蓮托生主義だよ、アハヽヽヽ』 弥『イヤ仰る通りだ、御尤もだ、モチだ。スツテの事で勝彦内閣も崩解するとこだつた。併し乍ら、人間は老少不定、何時冥土の鬼に迎へられて、欠員が出来るか知れたものぢやない、その時には、弥次彦が後釜に坐つて、この弥次喜多内閣でも組織し、お前サンの政綱を維持して行く、つまり連鎖内閣でも成立させて、居すわる積りだから、後に心を残さず、白紙の三角帽を頭に戴いて、未練残さず旅立なされ。何れ新顔の一人や二人は入れても構はぬ、居坐り内閣をやつて居る方が、党勢維持上都合が好いから、アハヽヽヽ。併しコンナ所に長居は恐れだ、グズグズしとると、冥土から角の生えた鬼族院がやつて来られちや、一寸閉口だ。これや一つ、研究会でも開いて、熟議をこらすが道だけれど、余り同じ処にくつついて居るのも気が利かない。二十四番峠も踏破し、二十五番の峠の上で、善後策をゆつくり講究致しませうか、アハヽヽヽ』 一同『ワハヽヽヽ』 勝『まだ笑ふ所へは行かないぞ、何時瓦解の虞があるかも知れやしない。常世姫命が、遠く海の彼方に逃げ去つて、盛に空中無線電信で合図をして居るから、一寸の隙も有つたものぢやない、気を付けツ、進めツおいち二三四ツ』 と道なき路をアルコールに酔ふた猩々の如く、無闇矢鱈に二十五番峠の上まで、漸く辿り着いた。 勝『アーア、ヤレヤレ危ない事だつた、中空に高き一本の丸木橋を渡つて来るやうな心持だつた』 弥『地獄の釜の一足飛といふ曲芸も、首尾能く成功致しました。皆様、お気に入りましたら、一同揃ふて拍手喝采を希望いたします』 勝『ヤア賛成者は少いなア、……、ヤア一つも拍手する奴がない、全然反対だと見えるワイ』 与『それでも勝彦さま、あなたの身の内に簇生して居る寄生虫は、ソツと拍手して居ましたよ。その声が……ブン……と云つて、裏門から放出しました。イヤもう鼻持のならぬ臭い事だつた、ワハヽヽヽ』 この時忽然として、東北の天より黒雲起り、暴風忽ち吹き来つて、峠の上に立てる四人の体は中空に舞ひ上り、底ひも知れぬ谷間目がけて天上より、岩をぶつつけた如く、一瀉千里の勢を以て、青み立つたる淵に向つて、真逆様にザンブと落込んだ。 その途端に夢は破られ附近を見れば瑞月が近隣の三四人の男、藪医者を招いて脈を執らせて居る。 藪医者は、一寸首を捻つて、 医者『アー此奴ア、強度の催眠状態に陥つて居る、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなからう……非常な麻痺だ、痙攣だ……』 と宣告を下し居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七松村真澄録)
95

(1624)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 14 一途川 第一四章一途川〔五六四〕 小鹿峠の四十八坂をば、一行四人はやつと打越え、見渡す限り茫々たる雑草茂る広野原、足にまかせて進み行く。ピタリと行当つた、水勢轟々として飛沫を飛ばし、渦まき流るる谷川の傍に辿り着いた。 弥『アヽ吾々はやうやうにして、小鹿峠の四十八坂を越え、此処の広野原を一行四人連れ、てくついて来たが、此処にピタリと行詰まつた、偉い川が横はつて居るワイ。これからフサの都へ渡り、コーカス山に行く迄は、随分長い道程だが、それまでには沢山の難所が在るだらう。それにしても絡繹として続く日々の老若男女の参詣者は、一体何処を通つて行くのだらう。この頃街道は雑沓だと云ふ事だのに、吾々の通過する処は人の子一匹居らぬぢやないか。ナンデも之れは小鹿峠の下り終ひから行手に踏み迷ひ、反対の方向に進んで来たのではあるまいかなア』 与『何だか、ご気分の冴えぬ天候と云ひ四辺の状況と云ひ、まるで幽界旅行の様だ。いつやら谷底に落ちて魂が宙に迷ひ、とうとう六道の辻まで行つて銅木像に逢つた時の様な按配式だぞ。どうやら此川も三途の川の兄弟分ぢやあるまいか、何だか変な風が吹いて来るぞ。アヽ此奴は不思議だ、今の今まで泰然自若乙に構へこみて居た山岳の奴、知らぬ間に何処かへ消えて仕舞ひよつた、まるで三途の川のやうな按配式だ、ナア弥次彦、貴様はどう思ふか』 弥『吾々の言霊の御神力に恐縮しよつて、山の奴雲を霞と逃げ散りよつたなア。随分三五教の吾々は豪勢なものだワイ』 勝『オイ此処は冥土を流るる三途の川ぢやなからうかな。何だか娑婆の川に比べて調子が違ふやうだ』 弥『調子が違つたつて御心配なさいますな、この弥次サンはドンドンながらポンポンながら、カンカンながら、前後〆めて弐回までも、幽界探険の実地経験を持つて居るお兄サン。最初与太公と遣つて来た時には、三途の川は実に綺麗な水だつた、それが第二回目に来た時には何とも知れぬ、臭気紛々たる川風が鼻を突くやう、小便大便黒血鼻啖の混合したやうな、汚くるしい物が流水代用の芸当を静かにやつて居た。その時三途の川の渡守兼脱衣婆奴が、世の中の奴が汚れた事をしをるから、この清い川がコンナに汚くなつたと云ひよつた。どうせコンナ汚い娑婆が、さう俄に清潔になるものぢやないから矢張冥土にある三途の川なら、依然として汚濁の水が永久に満ち流れて居る筈だ。之はまた素敵滅法界な清流だ、これを思へば三途の川とは、どうしても受取れないワ』 六『モシモシ皆サン、彼処の枝振の洒落た松の根許に小さい家が現はれて居るぢやありませぬか、あれやきつと三途の川の鬼婆の本宅かも知れませぬぜ』 弥『ナーニ、あれや瓦葺だ。婆の御館と云ふものは、それはそれは立派なものだ。どうしても比較にはならない黄金蔵の様だよ』 与『黄金蔵つて何だい、この前に貴様と旅行した時には見すぼらしい雪隠小屋の様な庵じやなかつたかい』 弥『アハヽヽヽ、頭の悪い奴だナ、雪隠小屋の様だから、当世流に黄金蔵と言霊を詔り直したのだよ』 与『何を吐しよるのだ、然しどうも臭いぞ。一つドンナ奴が居るか訪ふて見やうかい』 弥『マア待て一つ考へものだ。熟思黙考の余地は十二分に存する』 与『ヤア構はぬ当つて砕けだ。一つ善か悪か虚か実か爺か媼か、絶世の美人かおかめか、検非違使の別当与太衛門尉無手勝公が首実検に及ばうかい』 弥『アハヽヽ、又そろそろはつしやぎ出したなア、それほどはつしやぐと、日輪様が御出ましになつたら、貴様の細腕が燻ぼつてしもうぞ』 与『何を言ふのだ、燻つて来たら、この川にザンブと浸れば好いのだ。採長補短、水欠水補だ、ソンナ事に心配するな。自由自在の天地を跋渉する、三五教の宣伝使の候補者だ』 と云ひながら小屋の傍にツツと立寄り妙な腰付きをして、両手を蟷螂の様に構へたまま膝をくの字に曲げ、尻を振りながら、一軒屋の無双窓を覗き、 与太彦『モウシモウシお媼サン一夜の宿を願ひます それはお易い事ながらこれなる部屋を開けまいぞ それは誠に有難う今宵は此処にゆつくりと 足を伸ばして寝るであらうお婆は口を尖らして これなる居間を開けまいぞ言ひつつお婆は谷川に 手桶をさげて水汲みに後に与太彦只一人 今なるお婆の云ふたにはこれなる部屋を開けなとは てつきりおむすの添伏しか何は兎もあれ開けて見よ 左手に襖カラリ開けつらつら見ればこは如何に あちらの隅には手があるこちらの隅には足がある 今宵この家にとまりなば手足も骨もグダグダに 出刄で料理つて塩つけておほかたお婆が喰ふであろ これやたまらぬと泡を吹き裏口指して尻からげ スタコラヨイサノ、ドツコイシヨドツコイサノエツサツサノ、エンサノサ エツササノエササ、エササノサツサイ アハヽヽヽ』 弥『コラこの大馬鹿、何を洒落るのだ、此処はどうやら三途の川だぞ。まごまごして居ると本当に三途の川の鬼婆が、又着物をすつくり取り上げて、親譲りの洋服まで渡せと吐しよるぞ、君子危きに近づかずだ、早くこちらへ逃げてこぬかい』 与『エヽ今回も前回もあつたものかい、カイツクカイのカイカイカイだ。オーイ三途の川の鬼婆、先達来た与太公が又来たぞ。モウ何時ぢやと思ふて居るのだ、好い加減に起きぬかい』 家の中より、中婆の声として、 婆『誰れぢや誰れぢや、折角夜中の夢を見て居るのに、門口であた八釜しい吐す奴は何奴ぢやい』 与『誰でもないワイ、俺様ぢや』 婆『俺様と言つたつて名を言はな分るかい、貴様も智慧の足らぬ奴ぢやなア、目に見えぬ肝腎なものを落として来よつたと見えるワイ』 与『コラコラ三途の川の鬼婆奴、何を愚図々々と言つて居るのだい。早く手水をつかつて与太サンの一行に、渋茶でも汲まないかい』 婆『八釜しい言ふな、病人があるのに病気に障るワイ、ゲンの悪いことを言ふて呉れな、冥土か何ぞの様に三途の川ぢやのと、此処は一途の川ぢやぞ』 与『ヤア時節柄物価下落の影響を受けて、ドツと踏張りよつて二途を引き下げたな、サヽ投げ売り投げ売り、只より安い買ふたり買ふたり。このカリカリ糖は食べれやおいしい、食や美味い、ボロリボロリと歯脆うて歯につかぬ、湿る例しもなし、雨が降つてもカーリカリだ、アハヽヽヽ』 婆『エヽー、アタ八釜しい、お前は何処の奴乞食じや。ソンナ芸位いしたつて一文もやらせぬぞよ』 与『一門残らず討死と、聞く悲しさは嵯峨の奥、泣いてばつかり暮せしに、一途の川の乞食小屋とやらに、鬼婆がお坐しますと、一行四人は手に手を取つて、此処まで来たのがおみの仇、思へば思へばこの与太は、去年の秋の病気に、一層死んでしもうたら、斯うした歎きは在るまいもの、娑婆塞ぎになるとは知りながら、半時なりと生き長らへたいと思ふて来たのが吾身の仇、今の思ひに較ぶれば、なぜに三年も先にこの川へ、エーマ身を投げて死ななんだであらう、アヽヽヽチヤチヤチヤンチヤンチヤンチヤンチヤぢや』 弥『また演劇気分になつて居よるナ、門附芸者の様な、見つともない。洒落は止めたがよからうぞ』 婆『何処の奴乞食か知らぬが、表の戸をプリンと押して這入つて来なさい。田子の宿で飲んだ様な小便茶なと汲んで上げやうかい』 与『オイオイ弥次公、何を怕々して居るのだ、婆アサンが結構な茶をヨンデやらうと云ふて居るぞ。早う来て一杯グツと頂戴せぬかい』 弥『モシ宣伝使様、どうしませうかな』 勝『兎も角這入つて見ませうか』 三人は与太彦の後に随いて門口を跨げた。這入つて見れば外から見たよりは、比較的広き二間造りの座敷に、この家の主人と見え中年増の婆が横はつて居る。その傍に少し若さうな一人の婆が、何かと病人の世話をして居る。 勝『ヤア見れば当家には御病人が、おありなさると見える。是れは是れは御取込みの中に大勢のものが御邪魔を致しました』 婆『ハイハイ、ようマア立寄つて下さつた。此処は一途の川と云つて、お前サン等の身魂の洗濯をする処だ。二人の婆がかたみ代りに、往来の人の身魂の皮を脱がして洗濯をする処だ。サア此処へ来たが幸ひ、真裸にして親譲りの皮を脱がして上げやう。お前の顔は蕪の千枚漬ぢやないか、随分厚い皮だ。サア一枚々々隙がいつても仕様がない、年寄に苦労を掛けて困つた人だな、これもウラル彦の神様の御命令ぢやから仕方がないワ。お前等は三五教の宣伝使や信者であらう、アヽ三五教と云ふやつは、男子ぢやとか女子ぢやとか吐して、俺達の世の中を奪うとする奴ぢや。お前もその乾児だからエーイ出刄でも持つて来て、その厚い皮を剥いて遣らうかい。男子の方はまだしもだが女子と云ふ奴は瑞の御魂で、カメリオンの様な代物だ。アンナ奴の立てた教に呆けて、まだそこら中に開きに往くとは不都合千万、エーイ腰の痛い事だワイ』 と右手に出刄を持ち左手を握り、腰の辺を三つ四つポンポン打ちながら、 婆『アーエーイ、腰の痛いこつちや』 弥『オイ貴様はウラル教の悪神の乾児だな。道理で星の紋の付いた布団を着たり、羽織まで星の紋を着けてゐよるワイ、コラ婆アサン貴様こそ改心したらどうだい』 婆『エーイ八釜しいワイ、常世姫命様のお台サンが病気で寝て御座るのに、何をガアガアと騒ぐのだ。神妙にせぬと十万億土と云ふ処へ、送り届けて万劫末代この世へ上がれぬ様にして遣らうか』 与『何だ出刄を提げよつて、強圧的に矢張りウラル教はウラル式だ、奥州安達ケ原の鬼婆見た様な奴だなア。貴様はかうして此川辺に巣を構へよつて、三五教の宣伝使や信者の身魂を引抜く奴ぢやな。コレヤ、その手は喰はぬぞ、貴様の身魂をこなサンが引抜いてやらうか』 婆『何ほど八釜しく、じたばたしても恟とも動くものかい。俺は善の仮面を被つてヱルサレムの宮に、出入をして居つた常世姫命の一の家来の、木常姫の生れ替りだぞ、酢でも蒟蒻でも往く婆でないぞ』 弥『貴様は木常姫の生れ替りだな、木常姫と云ふ奴は仕方のない奴だ』 婆『仕方がなからう、小鹿峠の二十三峠の上で、この婆が貴様を苦しめた事を覚えて居るだらう、恐かつたか恐れ入つたか』 弥『エー何だか俺の背に虻がとまつたかと思つたら、貴様だつたなア。何をへらず口叩きよるのだ、愚図々々吐すと言霊の発射だぞ』 木『オホヽヽ、仰有るワイ仰有るワイ、あの時に日の出別と云ふ我楽多神が出て来よつて、いらぬチヨツカイを出しよるものだから、戦ひ利あらず、時非なりと断念して、茲に第二の作戦計画を立て、手具脛引いて待つて居たのだ。モウ斯うなつては此方のものだ、袋の鼠も同様、これや此出歯の言霊で霊なしにしてやらうか』 弥『アハヽヽヽヽ、婆の癖に剛情な奴だなア。貴様のやうな奴は屹度死んだら、三途の川の脱衣婆の後任者となつて、終身官に任ぜられる代物だナ』 婆『オホヽヽヽ、脱衣婆の役は俺の姉さまの役だよ、わしは其妹だ、酢でも蒟蒻でも梃でも棒でも、いつかないつかな恟ともせぬ、我の強い岩より堅いカンカンの鬼婆だ。如何に三五教の宣伝使でも此婆には敵ふまい。一遍に行かねば、二度でも三度でも、仮令十年百年千年かかつても、貴様の身魂を抜き取らな置くものかい』 弥『何と執念深い婆ぢやないか、早く修羅の妄執を晴らしよらぬかい。天国に往くのが好いか、地獄に行くのが好いか、此処は一つ思案の仕処ちやぞ』 婆『俺は天国は大嫌ひぢや。天国へ往かうとする奴を片つ端から、霊を抜いて地の底へ送るのが、俺の役だ。偽の変性男子だぞ。此処に寝て居る常世姫の懸る肉体は、偽の日の出神ぢや、竜宮の乙姫もタンマには憑つて来るぞ。三五教の奴は、日の出神を地に致して竜宮の乙姫殿のお活動で、この世を水晶に致すとぬかしよつて威張つてをるが、この世が水晶になつて耐るかい。日の出の世になつたら、俺達の居る処は無くなつてしまうワ、それだから貴様等のやうな馬鹿正直な頓痴気野郎や、腰抜け女を鼠が餅を引くやうに、チヨビリチヨビリと引張り込んで、日の出の神は此処ぢや、竜宮の乙姫も此処に現はれて居ると、三五教の奴を誑かして、女子の霊魂を困らしてやるのだ。アハヽヽヽ、気分の好い事ぢや、心地が好いワイ、イヒヽヽヽ』 勝『ヨウ貴様等は不届至極な婆達ぢや、最早貴様の口から自白致した以上は、弁解の辞はあるまい。曲津と云ふ奴は賢い様でも馬鹿だなア、蛙は口から吾と吾手に白状致し居つた。アハヽヽヽ』 婆『ドウセ貴様は只で帰す奴ぢやないから、俺達の企みを隠す必要もなし、因果腰を定めて、貴様の霊を一々手渡しせい。愚図々々吐すと俺が手づから、貴様の土手腹へ此奴をグサリと突つ込み、一抉りに抉つて取つてやるぞ』 弥『何を吐すのだ。顋太許り叩きよつて、脅したりすかしたり貴様の奥の手は好く分つて居るぞ』 婆『貴様達は三五の月の御教だと吐して居るが、その月は運の尽ぢや、片割月ぢや、ソンナ月が間に合ふか。 十五夜に片割月はなきものを 雲に隠れて此処に半分 と云ふ事を貴様は知つて居るか、本当の真如の月は、此処に半分どころか、丸で隠れて居るのだ、切れてばらばら扇の要だ。三五教は自在天と盤古大神の系統の神に、ばらばらに骨を抜かれよつたぢやないか、肝腎の要は此処に握つて居るのぢや。神の奥には奥があり、その又奥には奥がある、その又奥に奥がある、昔々去る昔、ま一つ昔の其昔、その又昔の大昔から、この世を自由に致さうと思うて、八頭八尾の大神様や、金毛九毛のお稲荷様、酒呑童子のお身魂様が、この一途の川の片傍に、仕組を致して居るのを知らぬか。好い加減に目を醒まして、魂をこちらへ潔く渡して、生れ赤子になつて悪神の眷族にならぬかい』 弥『アハヽヽ、コラ二人の婆、何を劫託ほざきよるのだ。勿体なくも五六七大神様が地の高天原に顕現なされた以上は、何程貴様等が火になり蛇になり猿になり狼になり狸になり、或は大蛇、狐、鬼になつて、黄糞をこいて藻掻いたつて駄目だぞ。一日も早く改心を致したがよからう』 婆『イヤイヤ、誰が何と言うても、仮令百遍や二百遍、生命がなくなつても、誠の道は嫌ひだ。誠の道と見せ掛けて悪を働くのが俺達の身魂の性来だ。金は何処までも金ぢや、瓦は何処迄も瓦ぢや。俺達は善の仮面を被つて、高い処へとまつて、熱さ寒さも知らず顔に、世界の奴を睨み下ろして居る鬼瓦ぢやぞ』 与『こりや鬼婆、イヤ鬼瓦、道理で冷酷な奴ぢやと思うて居つた』 婆『定つた事だ、俺達の眷属や系統のものが世界の奴の霊をスツクリ引抜いて、鬼瓦の霊と入替へをして置いたから、世の中の奴は皆冷酷無残な動物霊になつて、餓鬼修羅畜生の境遇になり、優勝劣敗、弱肉強食の体主霊従的非行を盛んに続けて居るのだ。最早三千世界は九分九厘まで、俺の心の儘に曇つて来居つたが、困るのはモウ一輪の所だ。変性男子の身魂はどうなつとして、チヨロマカして来たが、歯切れのせぬのは金勝要の神魂だ。そこへ我の強い変性女子の御魂や、木の花咲耶姫の御魂が出しやばりよつて、俺達の仕組の邪魔をさらすものだから、多勢の者の難儀と云ふたら、口で言ふやうなものでないワイ。貴様等も変性女子やら木の花姫の、霊主体従の教を開きに廻つて、俺等の邪魔をする奴ぢや。何と云つても貴様の霊を引抜かねば、常世姫命に対して申訳が立たず、第一盤古大神や自在天様に申訳がないワイ。婆アの一心岩をも突貫く、いい加減に因果腰を据ゑたが好からうぞ。イヒヽヽヽヽ』 勝『ヤアこの婆、貴様はよつぽど因縁の悪い奴だ。本当にこの世界がほしいか、執着心のきつい奴だ』 婆『ほしいワほしいワ、欲しい印に星の紋が附けてあるのも知らぬかい。星の紋は米の紋ぢやぞ。それが欲しいばつかりに夜昼なしにやきやきして居るのぢや、オーンオーンアーンアーン、何でもかでも欲しいワイ欲しいワイ。三五教はどうしてもやめてほしい、此方の方へ魂を渡して欲しい、是丈け梅干婆にほしいほしいが重なつて、目にまで星が這入つたワイ。蛙の干乾の様な痩た身体になつても、それでもまだ欲しいワイ。欲に呆けた為に俺の着物も梅雨が来て、アチラコチラに星が入つて来た、早う土用が来てほしいワイ、土用干でもせな星がとれぬワイ』 弥『コラ婆アサン、その星を取つたが好いのか、とらぬが好いか、どつちやか返答が一寸きかしてほしいワイ』 婆『着物の星は取つてほしいが、俺のほしいは取つてはならぬワイ』 与『イヤア此婆、五右衛門風呂の蓋のやうな事を吐きよるな、入るときに要らぬ、入らぬときに要る風呂の蓋だ。オイ風呂蓋婆、梅干婆、貴様も棺桶に片足突込んで居つて、好い加減に我を折つたらどうだい。ほしい、おしい、可愛い、憎い、欲に高慢、恨めしい、苦しい八つの埃と吐かす十九世紀の転理数のやうな奴だな』 婆『エーエー言はして置けば止め度なく、痢病患者のやうにビリビリとよう垂れる奴ぢや。くだらぬ理屈を管々しく垂れ流してエヽ汚苦しいワイ。何も彼も綺麗さつぱり御塵払ひをして、この婆に根こそげ奉納しよらぬかい。愚図々々して居ると、俺の方から行動を開始するぞ。コレコレ常世姫の神、もう起きてもよかろう、サア早く起きて下さい、二人寄つて此奴等四人を真裸にして、ソツと猫糞をキメやうかいな』 伏婆むくむくと起き上り、 婆(常世姫)『ヤア最前から病人と詐はり、様子を考へて居れば、ようマア理屈を垂れる娑婆亡者、此処は三五教の女子の系統の魂がほしさに、寝ても起きても一途の川の脱衣婆アサンぢや、車の両輪、飯食ふ箸、人間の二本のコンパス、両方からばばとばばが狹み打ちをしてやる、サアどうぢや』 四人一度に身構へをなし、 四人『ヤア何と吐いた、サア来い勝負』 と手に唾し、グツと睨み付けた。婆は手に手に出刄をひらめかし、突いて掛るを四人は汗みどろになつて、前後左右に身を躱し、奮戦格闘すること殆ど半時ばかり、勝彦は常世姫の出刄に、腰骨をグサリと突かれた途端に目を覚ませば、豈図らむや一行四人は二十五峠の麓の谷底に風に吹かれて落ちこみ居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七谷村真友録)
96

(1625)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 15 丸木橋 第一五章丸木橋〔五六五〕 二十五番峠の頂上より強烈なる烈風に吹き払はれ、谷間に陥りし勝公一行は、息吹き返し起き上り、互に顔を見合せて、 勝『ヤア、此処はコシカ峠の谷底だ。一途の川とやら云ふ並木の松の茂つた一つ家に於て、常世姫や木常姫の悪霊と格闘をやつて居た積りだに、これは矢張り夢だつたかいなア』 弥『アヽ宣伝使様、貴方もソンナ夢を見たのですか、私も見ましたよ、エグイ顔をした婆アだつたねー。目の周囲から鼻の辺りと云ふものは紫色に腫上つて、随分見つともよくない常世姫の寝姿、一目見るよりゾツとした。それに又、星の紋のついた水色の羽織を着た中婆の嫌らしい顔つたら、今思つても身体中がゾクゾクするやうですワ。それに与太公の奴、一つ家の窓を覗いて、芝居がかりに手踊をやるをかしさ、可笑しいやら、恐ろしいやら、気分が悪いやら、腹が立つやら、疳が立つやら、イヤもう三五教の精神も何処かへ行つて仕舞うて、見直し聞き直し、宣り直しと云ふ余裕がなかつた。オイ与太公、六公、貴様は如何だつた。夢の中の一人だつたぞ』 与『俺もチヨボチヨボだ、一途の川だとか、欲しい一図だとか、婆が吐いて居たよ。余程よい血迷ひ婆アだワイ』 六『鬼婆が出刄をもつて、突つかかつて来よつた時にや、この方は無手だ、先方は獲物を持つて居るのだから一寸ハラハラした途端、目が醒めたのだ。アヽ嫌らしい夢を見たものだ。夢の浮世と云ふからには、何処かにかう云ふ事実があるかも知れないよ』 弥『夢と云ふものは神聖なものだ。吾々が社会的の総ての羈絆を脱して、他愛もなく本守護神の発動に一任した時だから、夢の中の事実はきつと過去か、現在か、未来のうちには実現するものだよ』 六『さうだらうかなア、過去の事だらうか、未来の事だらうかな』 勝『それは、この夢の実現は数十万年未来の事だ。二十世紀と云ふ悪魔横行の時代が来た時、八尾八頭や金毛九尾の悪霊が再び発動しよつて、常世姫や木常姫の霊魂の憑り易い肉体を使つて、行りよる事だよ。天眼通力によつて調べて見ると、何でもこれから艮の方に当つて、神さまの公園地に、夢の中の男子とか女子とかが現はれて、ミロクの世の活動を開始されるのを、何でも変性男子の系統の肉体に懸り、善の仮面を被つて教への子を食ひ殺し、玉取りをやる事の知らせであらう。アヽ二十世紀と云ふ世の中の人間は実に可憐さうだ。それにつけても、厳霊、瑞霊や金勝要の神、木花姫の呑剣断腸の御苦しみが思ひやられる哩。嗚呼惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 与『吾々は過去現在未来の衆生済度のため、この清らかな川辺に落ち込んだのを幸ひに、御禊を修し、神言を奏上してミロク神政の建設の太柱、男子女子をはじめ、金勝要の神、木花姫の霊の鎮まりたまふ肉の宮の為に、祈りませうか。この世の中が万劫末代維持していけるやうに、善ばかりの花の咲くやうに』 勝『大賛成です、皆サン与太彦サンの提案に従つて即時決行致しませう』 弥、六『吾々も賛成です』 と云ひ乍ら、着衣を川辺に脱ぎ捨て、谷川にザンブとばかり飛込んだ。四人は一度に水に浸り身体を清めて居る際、ブルブルブルと音を立てて、六公は水底に姿を隠して仕舞つた。勝公を初め三人は一生懸命に両手を合せ川上に向つて天津祝詞を奏上し終つてフト傍を見れば六公の姿が見えぬ。 勝『ヤア六サンは何処へ行つた。オーイ六サン何処だ』 と呼べど叫べど何の応へもなく、激潭飛沫の音轟々と聞ゆるのみ。弥次彦は、 弥次彦『ヤア大変だ、六公が何処かへ沈没しよつたな、これや斯うしては居られぬ哩、何とかして捜索をせなくてはならぬ、愚図々々して居ると沢山の水を呑んで縡れては取返しがつかぬ。オイ与太公どうせうかなア』 与『どうせうたつて仕方がないサ、大方六公の奴、潜水艇気取りで何処かの水底に暫時伏艇して居るのだらう。彼奴は水練に妙を得た奴だから、決して溺れるやうな気遣ひはないよ。貴様が松の枝に引つ懸つて居た時も、あの着物のまま谷川を泳ぎ渡つて平気で居る奴だから大丈夫だ。吾々を一寸驚かしてやらうと思うて洒落て居るのだよ』 弥『なにほど水泳の達人だと云つても油断は出来ない、さう楽観する訳にもいかない、諺にも、好く泳ぐものは好く溺る、と云ふ事がある。此奴はどうしても俺の考へでは名替をしよつたに相違ない』 与『名替つて何だい、流れの間違ひだらう』 弥『馬鹿云ふな、川底土左衛門と改名したらうと云ふのだ』 与『土左衛門とは怪しからぬ、真に大変だ。それだから道中に四人連はいかないと云ふのだ。オイ六公、生きて居るのか死んで居るか、ハツキリ返事をせぬかい』 弥『死んで居るものが返事をするかい、気を落着けないか』 与『一息を争ふ水の中だ、愚図々々して居る間に息が切れたらどうするのだ。コンナ時に落着き払つて居る奴は非人道的の骨頂だ。これがどうして周章狼狽せずに居られうかい。オーイオーイ、六公、六道の辻を通るのは未だ早いぞ、コーカス参りの途中ぢやないか、早く浮かばぬか浮かばぬか、何処に踏み迷ふとるのだ。オーイオーイ』 勝『エヽ仕方がない、滅多にこの激流を潜つて上る筈もなし、大方渦に巻込まれて流れたのかも知れませぬよ、谷川伝ひに此処を下つて探して見ませうか』 弥『探さうと云つたつて、アレあの通り碧潭激流、何うする事も出来ぬぢやありませぬか。コンナ時に鷹彦サンが居て呉れば捜索隊になつて貰ふのに大変都合が好いけれどなア、追々日も暮れて来る、困つた事だ。愚図々々して居ると吾々迄がドンナ災難に遇ふかも知れぬ、マア六公は六公で仕方がないとして、吾々三人は神様の大事なお使ひ道具だ。あまり足許の暗くならない間に頂上まで、駆けつけませう』 と先に立つて谷辺を駆け登る。二人も後に従ひ辛うじて黄昏頃、二十五番峠の頂上の山道に辿り着いた。 弥『サア宣伝使様、漸く吾々三人は無事に元の地点に凱旋しましたが、六公の奴困つたものですなア。小山村のお婆アサンが聞いたら、嘸歎く事でせう、老爺サンも中風なり、あれ程喜んで居たものを、アヽ世の中と云ふものは残酷なものだ。本当に煩悶苦悩の娑婆世界だ。何とかして万有一切どこ迄も不老不死で悪魔の襲来や不時の過ちの無い完全なる世界を作りたいものですなア』 与『アヽ人間を老少不定とはよく云つたものだ。無常迅速の感益々深しだワイ』 勝『泣いても悔んでもモウ仕方がない、暮れる時が来れば日は暮れる、人間も死ぬ時節が来たら死なねばならない、桜の花は永久に梢に止まらず、頭の髪は何時迄も黒い艶を保つ事が出来ないのは世の中の習はせだ。アーアもう過ぎ越し苦労はサラリと谷川へ流して刹那心を楽しまうかい』 与『実に切ない刹那心だナア。過越し苦労をせまいと思つても、今の今迄ピンピンと噪いで居つた六公の事がどうして忘れる事が出来やうぞ。一昨日も六公と、お前サン等二人の行方を捜した時には六公の美しい心が現はれて居た。見かけによらぬ親切な男だつた。それはそれは宣伝使様、貴方達のお姿が見えなかつた時には、あの男はどれだけ心配をしよつたか知れませぬぜ。二人の友達がもし国替をして居るのなら、私も一緒に川へ身を投げてお伴をしたいと迄云つた位だ。アヽ可憐さうな事をした。僅一日道連になつても十年の知己のやうに親切を尽す六公の心の麗しさ、これを思へば吾々も六公の道連になつてやりたいやうだ。アヽもう此世では彼奴の顔を見る事が出来ぬのか、情ない可憐さうだ』 と涙含み、身の置処なきさまに大地に身を投げた。 弥『コラコラ与太公、しつかりせぬか、失望落胆するのは貴様ばかりぢやない、俺だつて同じ事だよ』 と、又もや涙をハラハラと澪し顔に袖をあて、道の上にべたりと倒れ、身を揺つて遂には両人声をあげて泣き叫ぶ。勝公も涙の目を瞬たたきながら、 勝『コレコレ弥次彦サン、与太彦サン、さう気投げをするものぢやない、チト確りせぬか。男と云ふものは仮りにも涙を澪すものぢやない、あまり女々しいぢやないか』 と自分も亦落つる涙を袖にて拭ふ。 愁歎の幕は漸く神直日大直日に見直し聞き直し幽かに巻上げられた。短き夜は既に明け離れ足許は仄と明かくなつて来た。一同は六公の身の上が矢張り気に懸ると見え東天に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、次で六公の無事生存せむ事を祈り、終つて又もや急坂を西北さして下り往く。 足並早き下り坂にもいつしか暇を告げて、又もや茫々たる原野を走り行くこと数百丁、丸木橋のかけられた辺に辿りついた。 弥『宣伝使様。大分足も草臥れました。此処に腰をおろして一休み致しませうか』 勝『オヽこの川だつた、六公はこの水上で見失ひ、残念な事をしたが、今頃はどうなつて居るだらう』 与太彦は忽ちウンウンと唸り出し、両手を組んで身体を動揺し始めた。 弥『ヤア又しても神憑りになりよつた。モウ悪魔の襲来は懲り懲りだ。オイ与太公の体に憑依つて居る悪霊共、速に退散致さぬか』 与『ロヽヽヽヽクヽヽヽヽ六ぢや六ぢや』 弥『エヽ碌でもない六の奴、貴様土左衛門になりよつて幽世の人間となりながら未だ娑婆が恋しうて迷うて来たか。好い加減に執着心を去つて、一時も早く霊神になれ。貴様はお竹を残して死んだのだから残り惜からう。残念なのは尤もだが、モウ斯うなつては仕方がない、早く神界へとつとと往つてお竹の場所を拵へて待つて居るがよからう。俺だとて三百年か千年の後かは知らぬが、何れ一度は行くのだから、景色のよい場所を取つて置いて呉れ。閻魔さまと相談して俺の場所だけには、契約済の札を立てて置くのだぞ。その代り俺は娑婆に居て、朝晩貴様のため冥福を祈つてやる。三途の川の鬼婆に出遇つたら、俺の云ふ事は何でも聞くのだから、何なら紹介状を書いてやらうか』 与『オヽヽヽレヽヽヽワヽヽシヽヽ、死んで居らぬ』 弥『定つた事よ、死んだものは娑婆に居らぬのは当然だ。居らぬ筈の貴様が何故コンナ処へ踏み迷ふて来るのだ』 与『オヽレヽヽワヽヽマヽダヽイヽ生て居る、決して決して死んで居らぬぞ、今に肉体を引つ張つて来て見せてやらう』 弥『ハア死んで居らぬと云つたのか、よく分つた、さうすると六の生霊だな、今何処に魔胡ついとるのか』 与『イヽ今に判る、此処で半時ばかり三人とも待つて居て呉れ。烏勘三郎に助けられて命は完全に助かつた。安心してくれ』 弥『ヤアそれや本当か、本当なら俺も嬉しい哩。これこれ宣伝使さま、余り甘い話だが、此奴は邪神が誑かして居るのではあるまいか、貴方一つ審神をして見て下さいな』 勝『神に間違ひはありますまい、軈て六サンの肉体に遇はれませう。暫く此処に坐つて神言を奏上し、神様にお礼を申しませう。モシモシ、六サンとやら、モウ判りました、お引き取りを願ひます。一二三四五六七八九十百千万、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 六公の生霊は忽ち肉体を離れた。与太彦は元の如くケロリとしながら、 与『アヽ、矢張り六公は生て居ますなア、とうとう憑依つて来よつて、アンナ事を云ひよつた。余り六公々々と思ひ詰めて居たものだから、此方の一心が届いて六の生霊に感応したと見える、私の口を借つて云つた事が本当なら嬉しいがなア』 三人が橋の袂に端坐して稍沈黙に耽る折しも一人の男を背負うて川から上り、ノソリノソリと上つて来る大男がある。後よりガヤガヤと囁きながら十数人の荒くれ男がついて来る。三人は怪訝な顔をして此男を凝視て居る。 男『ヤア貴方は三五教の宣伝使様』 三人『ヤアお前は烏勘三郎だないか』 烏『ハイ左様で御座います、六サンを連れて参りました』 弥『夫は夫は有難い、御苦労だつた。六サンは物言ひますかな、イヤ未だ生て居りますか』 烏『物も言はず動きもしませぬが、身体の一部に温味がありますので、火でも焚いてあたらしたら、此方のものにならうも知れぬと考へて、ブカブカと流れて来るのを吾々一同が命を的に川へ飛び込み拾つて来ました』 勝『それは有難い、唯今の先、六公が此処にやつて来てタツタ今、お目に懸ると云つて居ました』 烏『妙ですなア、先程此処へ来たとは合点が往かぬ。さうすると此奴は六サンぢやないのかなア、大方化物だらう。エヽ偉い苦労をさせよつて、呶狸奴が、打ちつけて蹂躙つてやらうか』 弥『マアマア待つた待つた、ソンナ手荒い事をしてどうなるものか、夫こそ本当に死んで仕舞はア。そつと其辺におろして呉れ、これから霊よびの神業だ』 烏『アヽ何だかテント、訳が分らぬやうになつて来たワイ。マア仕方がない、下さうかい』 と芝生の上にそつと下した。 弥『オヽ六公、貴様は仕合せものだ、待て待て今に魂返しをやつてやらう。サア宣伝使様、天の数歌を始めませうか』 勝彦は無言つて、首肯きながら拍手を打ち声も細く静に落着き払つて、一二三四五六七八九十百千万と二回繰かへした。六公の体はムクムクと動き出し、直に起上り三人の顔をキヨロキヨロと眺め、 六『アヽお前は弥次公、与太公か、ヤア宣伝使様妙な処で遇ひました。三途の川を渡り損ねてスツテの事で二度目の国替をするところだつたが、烏勘三郎と云ふ男、十数人の弟子と共に身を躍らして川に飛び込み私を救ひ上げ、背に負ふて何処ともなしにトントン走り出したと思つたら丸木橋の袂、お前サンはやはり幽界の旅をして居なさるのか、今度は自分一人だと思つて居たのに何処までも交際のよい御親切なお方だ。持つべきものは朋友なりけりだ。アヽ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 弥次彦は六公の背を平手で三つ四つ、力を籠めて擲りつけた。 六『アイタヽヽヽ貴様は何をするのだい。驚いたな、娑婆に居る時から乱暴な奴だと思うて居たが、貴様未だ冥途に来ても改心出来ぬか』 弥『此処は冥途ぢやないぞ、二十五番峠を下つて数百丁来たところだ。お前は谷川に溺れて一旦縡れて居つたのだ。それを神様のお引き合せで勘三郎サンの親内の者に助けられ、此処に来たのだ。確りして呉れ』 六公は目を擦りながら今更のやうな顔をして四辺を念入りに見廻し、 六公『ヤア、矢張どうやら娑婆らしい、ヤ、皆サン、偉い御心配をかけました、有難う。これはこれは烏勘三郎サン、その他親内の御一同、よう助けて下さいました。命の親だと思ふてこの御恩は生涯忘れませぬ』 烏『ヤア気がついて何より結構でした。神様にお礼を申しませう』 茲に一同は神言を奏上し、宣伝歌を歌ひ、又もや四人の一行は勘三郎その他に厚く礼を述べ、丸木橋を渡つて二十六番峠を指して進み行く。 (大正一一・三・二五旧二・二七加藤明子録) (昭和一〇・三・一六於嘉義市嘉義ホテル王仁校正)
97

(1634)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 02 途上の変 第二章途上の変〔五六九〕 太玉命、安彦、国彦、道彦は河向ふの騒々しき物音に頭を傾け暫らく思案に暮れけるが、 太玉命『田加彦、百舌彦、その方は顕恩郷の様子を熟知するものならむ、彼の騒々しき物音は何物なるか、逐一陳弁せよ』 百舌彦『あの物音は察する処、顕恩郷の大将鬼雲彦の部下の軍勢、此方に向つて攻め来り、貴下等を召捕らむとの計画なるべし。一時も早く吾等を助け、此場を立ち退き給へ。三五教の神司ともあるべき御身が名もなき邪神に亡ぼされむは心許なし、早く此場を』 と頻りに促す。 道彦『ナニ、敵を看て矛を収め、旗を捲いておめおめと遁走するは男子の本分に非ず。吾等には退却の二字なし、只進の一字あるのみ。如何なる強敵現はれ来るとも吾等は神の愛護により怯めず臆せず、ステツプを進めて敵の牙城に進撃せむ。生死勝敗は問ふ処に非ず』 と勇みの顔色物凄し。 安彦『ヤア敵の先鋒隊は蟻の如く黒山を築き向ふ岸に現はれたり。サア之からは吾々が神力を試す時節の到来、田加彦、百舌彦、船の用意をせよ』 百舌彦『船の用意は何時でも出来て居ますが御覧の通りの大敵、仮令鬼神を挫ぐ神勇ありとも多勢に無勢、殊更味方は身に寸鉄を帯びず、敵は凡有精鋭の武器を持つて押し寄せ来る、勝敗の数戦はずして明かなり。時を移さば彼等は此濁流を渡り吾等を生捕にせむは火を睹るよりも瞭なり。退いて徐に策を講じ、捲土重来の期を待たせ給へ』 太玉命は大口を開けて高笑ひ、 太玉命『アハヽヽヽ、運は天にあり、吾は善言美詞の言霊の力を以て、寄せ来る敵を片つ端から言向和し、昔の顕恩郷に回復せむ。先んずれば人を制するとかや、此期に及んで躊躇逡巡するは御神慮に反す』 と言ふより早く身を躍らして船に跳び込んだ。五人は止むを得ず太玉命に従いて船中の人となつた。さしもに広きエデンの河の殆ど中流に進みし時、向岸より雨と降り来る急箭に百舌彦は胸を射抜かれ忽ち水中に顛落した。田加彦は此態を見て大に驚き、ザンブと許り水中に身を躍らして飛び込んだ。残り四人の宣伝使は此河の水心を知らず、船は忽ち流れのまにまに下方に向つて濁流に押されて矢を射る如く流れ行く。敵の矢は雨の如く注ぎ来る。忽ち船は河中の岩石に衝突し木葉微塵に粉砕された。 太玉命は辛うじて向岸に着いた。安彦、国彦、道彦は濁流に呑まれた儘行衛不明となつて仕舞つた。嗚呼三人の運命は如何に? 太玉命は濡れたる衣を絞り日に乾かし、悠々として宣伝歌を歌ひ顕恩郷の敵の巣窟に向つて単騎進入するのであつた。日は西山に傾いて黄昏の空暗く一点の星さへ見えぬ闇夜は刻々と身辺を包んで来た。宣伝歌の声は暗を縫うて遠近に響き渡る。此時天地も割るる許りの音響聞ゆると見る間に眼前に落下した大火光がある。不図見れば眉目清秀容貌端麗なる一柱の神人、身体より電光の如き火気を放出し乍ら太玉命に向ひ、 神人『吾は天照大神の第四の御子、活津彦根神なり。汝大胆にも唯一人悪逆無道の婆羅門が根拠に進入し来る事、無謀の極みなり。岩石を抱いて海中に投ずるよりも危し。一時も早く、もと来し道へ引返せよ』 太玉命『汝は活津彦根神とは全くの詐りならむ。鬼雲彦に憑依する八岐大蛇の変化か金毛九尾の変身か、悪鬼の変化ならむ。吾は苟くも大神の神使、この顕恩郷をして昔の天国楽土に復帰せしむるは吾大神より委託されたる一大使命なり。不幸にして神軍利有らずとも、そは天命なり、要らざる構ひ立て聞く耳持たぬ』 と暗の道を一目散に前進する。活津彦根神は、 活津彦根神『然らば汝の勝手にせよ』 と云ふかと見れば姿は忽ち消えて、山の尾上を渡る嵐の音のザワザワと聞ゆるのみなり。太玉命は漸く暗に慣れ、朧気乍らも探り探り進む事を得た。 この時雲の扉を開いて十三夜の月は輝き初めた。太玉命は敵の城砦を指して又もや宣伝歌を歌ひつつ進み行く。向ふの方より数十の黒き影現はれ来り、前後左右より一柱の太玉命を取り囲み、 鳶彦『ヤア我こそは大国別の命の従者にして、鳶彦と言ふ顕恩郷きつてのヒーロー豪傑、汝無謀にも唯一柱顕恩郷に進み来るとは生命知らずの大馬鹿者、サア尋常に手を廻せ』 と言ふより早く槍の切突を月光に閃かし乍ら四方よりつめ掛来る。進退維谷りし太玉命は懐中より柄の短き太玉串を取り出し、左右左と打ち振れば豈図らむや鳶彦以下の黒影は拭ふが如く消え失せて塵だにも留めざりける。 太玉命『アハヽヽヽ、何事も悪神の計画は斯くの如く脆きものだ、吾が所持する太玉串の神力に依つて斯くも消え失せたるか。アヽ有難い有難い、三五教の大神!』 と大地に平伏してその神恩を感謝するのであつた。太玉命は不図頭を上ぐれば此はそも如何に、コーカス山に残し置きたる妻、松代姫を始めエデンの園を守る最愛の一人娘、照妙姫は高手小手に縛しめられ猿轡を箝まされ、鬼の如き番卒数多に引き立てられ命の前を萎々と稍伏し目勝ちに通り過ぎむとす。太玉命はハツと驚き、二人の顔を息を凝らし目を見張り眺めて居た。松代姫、照妙姫は猿轡を箝められたる為めにや、此方に向つて目を瞬き、何事か訴ふるものの如くであつた。この時黒頭巾を被りたる大の男、田蠑の如き目を剥き出し、 男『ヤア其方は三五教の神司太玉命に非ずや、汝速に此河を渡り再び顕恩郷を窺はざるに於ては汝の妻子を赦し遣はさむ。之にも屈せず益々顕恩郷に向つて進入するに於ては、汝が最愛の妻子を今此場に於て嬲殺しにして呉れむ、返答如何に』 太玉命『サアそれは……』 男『サア、サア如何じや、返答聞かせ』 太玉命『サア、それは……』 男『サア、サアサア』 と掛合ふ。この時如何しけむ、松代姫の猿轡はサラリと解けた。 松代姫『ヤア貴方は吾夫太玉命に在さずや、妾は今やバラモン教の兇徒に捕へられ、無限の苦を受け今又斯くの如き憂目に会ふ。如何に夫にして勇猛絶倫に在せばとて、顕恩郷には鬼雲彦を始め、無数の強神綺羅星の如く固く守り居れば到底衆寡敵せず一時も早く自我心を折り、当郷を退却し妾母子の命を救はせ給へ』 とワツと許りに泣き伏しにける。照妙姫の猿轡も如何しけむバラバラと解けたりける。 照妙姫『アヽ恋しき父上様、妾は敵の為めに無限の苦を嘗め、譬へ方なき侮辱を受け悲哀に沈む今の境遇、何卒妻子をお救ひ下さいませ』 と又もや其場に泣き倒るるにぞ、太玉命は合点行かずと双手を組み稍少時思案に暮れて居た。松代姫、照妙姫は頻りに両手を合せ、 松代姫、照妙姫『吾夫よ、吾父よ、一時も早く貴方は我を折り、バラモン教の命に従ひ妾を助けて此顕恩郷を退かせ給へ』 と前後より命に取り縋り泣き叫びける。 男『サア、太玉命、汝が所持する太玉串を吾等に渡し降参致せば、汝が妻子の生命を助けて遣はす。如何じや、妻子は殺され吾身を捨てても神の道を進まむとするか、返答聞かせ』 と詰め掛る。太玉命は心に思ふ様、 太玉命『焼野の雉子、夜の鶴、子を憐まざるはなしと聞く、况して最愛の妻諸共に非業の最後を遂ぐるをみすみす見捨てて敵城に進むは如何に神命なればとて忍び難し。さりながら松代姫は斯くの如き悪魔にオメオメと捕縛せらるるが如き卑怯者に非ず。又吾が娘の照妙姫はかかる女々しき言を吐く娘に非ず、まさしく之妖怪変化の所為ならむ』 と又もや神言を奏上し、太玉串を懐中より取り出して左右左と打ち振つた。忽ち雷鳴轟き電光石火、四辺眩き以前の神人此場に下り来るよと見る間に松代姫、照妙姫を始め数多の敵の影は煙の如く消え失せ、野路を吹き渡る風の音のみザワザワと聞ゆるのであつた。 太玉命『アハヽヽヽ、又欺しやがつたな』 (大正一一・四・一旧三・五北村隆光録)
98

(1635)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 03 十六花 第三章十六花〔五七〇〕 太玉命は路傍の岩に腰打掛け、天津祝詞を声低に奏上しつつあつた。百鳥の声は遠近の林に聞え始めた。東の空はほんのりとして暁の色刻々さえて来た。数多の魔神の声は森の彼方にザワザワと聞え来る。油断ならじとキツト身構する折しもあれ、馬の蹄の音いと高く、岩彦、梅彦、音彦、亀彦、駒彦、鷹彦は矢を射る如く此場に馳来り、太玉命に向つて、 岩彦『ヤア貴下は太玉命の宣伝使、私等はフサの都に於て、日の出別神の命に依り、貴下と共に顕恩郷を言向和さむと、エデン河の濁流を渡り、漸く此処に走せ参じたり、一行の人々は如何なりしか』 太玉命『ヤア思ひも寄らぬ貴下等の御入来、いよいよこれより敵の牙城に唯一人進撃せむとする場合で御座る。斯の如き曲神の砦を言向け和すは吾一人にて充分なり。折角の御出馬なれど、貴下は速かにフサの都に引返し、夫々の神業に就かせられたし』 岩彦『それはあまり無謀の極と申すもの、吾々は折角山川を渡り漸く此処に立向ひ、目前に敵を見ながら空しく駒の頭を立て直すは、男子の本分にあらず。願はくは吾等を此神戦に参加させ給へ』 梅彦以下五人の宣伝使は、口を揃へて従軍せむことを強要した。 太玉命『然らば是非に及ばぬ、御苦労乍ら御加勢を願ふ』 岩彦一行六人『早速の御承知、有難し辱なし』 と一行六人は、太玉命の後に従いて、山深く進み入る。この場の光景は絵巻物を見る如くであつた。 進むこと一里半許り、此処には深き谷川が横たはつて居る。その幅殆ど十間許り、ピタツと行詰つた。七人の宣伝使は暫く此処に駒を繋ぎ、少憩し、如何にして此渓谷を対岸に渡らむかと協議を凝らしつつありき。谷の向側には、オベリスクの如うな帽子を被つた半鐘泥棒的ジヤイアントが七八人、巨眼を開き、大口開けてカラカラと打笑ひ、 巨人『ワハヽヽヽハア、どうぢや、何程肝の太玉の命でも、この谷川を渡ることは出来まい此川底を熟視せよ』 と指す。見れば川底には、空地なき程、二尺許りの鋭利なる鎗の穂先が、幾百千ともなく、土筆の生えてる様に直立して居る。此川に落ちるが最後、如何なる肉体も芋刺となつて亡びねばならぬシーンを現はして居る。太玉命はカラカラとうち笑ひ、 太玉命『これしきの谷川を恐れて、三五教の宣伝が出来ようか、美事渡つて見せうぞ』 と云ふより早く一同に目配せした。一同は心得たりと馬に跨り、太玉命は岩彦の背後に飛乗り、忽ち四五丁許り元来りし道に引返し、又もや馬首を転じ鞭をうちつつ、幅三間許りの谷合を勢に任せて一足飛に飛び越えた。巨大の男は驚き慌て、雲を霞と逃帰る。又もや続いて梅彦、鷹彦、亀彦、その他一同矢庭に駒に鞭つて、難なく此谷川を打渡り、後振返り見れば豈図らむや、谷川らしきものは一つもなく、草茫々と生え茂る平野であつた。 太玉命『アハヽヽヽ、又瞞しをつた、各方能く気を付けねばなりませぬぞ、此前途は仮令如何なる渓谷ありとも平気で渉ることに致しませうかい。神変不可思議の妖術を使ふ悪魔の巣窟ですから、最前も吾妻の松代姫、及び娘照妙姫と変じ、吾精神を鈍らさむと致せし魔神の計略、飽く迄も誑かられない様に気を付けて参りませう』 と先に立つて進み行く。一同は馬を傍の樹木に繋ぎ、山と山との渓道を、宣伝歌を歌ひ乍ら山深く進むのであつた。行く事数里にして、荘厳なる城壁の前にピタリと突当つた。朱欄碧瓦の宏壮なる大門は建てられ、方尖塔の如き冠を被りたる四五のジヤイアント門を堅く守つて居る。太玉命一行は忽ち門前に立現はれ、 太玉命一行『吾れこそは三五教の宣伝使、当国には八岐大蛇、金狐、悪鬼の邪霊に憑依されたる鬼雲彦夫妻立籠り、不公平極まる神政を布き、この顕恩郷をして殆ど地獄の境地と変ぜしめたるは、天恵を無視する大罪なれば、吾は是より鬼雲彦を善道に帰順せしめむため、大神の命を奉じて宣伝に向うたり。速かに此門扉を開けよ』 と言葉厳しく詰り寄る。門番は面喰ひながら、 門番『暫くお待ち下さいませ、あなた方のエデン河を御渡りありしより城内は上を下への大混雑、如何にして貴下等を満足せしめむやと、鬼雲彦の大将に於かせられても千辛万苦の御有様、やがて開門のシグナルの鐘が響き亘りますれば、それ迄ゆるゆる此処に御休息願ひたし。必ず必ず敵対申す者は一柱も居りませぬ。御安心下さいませ』 音彦『ヤア其方は何ぢや彼ぢやと暇取らせ、其間に戦闘の準備を整へ、吾々を鏖殺せむとするの計略ならむ。ソンナヨタリスクは聞く耳持たぬ、速に此門開けよ』 門番『これ程申上げてもお疑晴れずば、御自由に御這入り下さいませ』 と云ふより早く、潜り門を開いて、門内に姿を隠して了つた。 鷹彦『一つ吾々が還元の芸当をやつて、城内隈なく偵察をやつて見ませう』 と忽ち霊鷹と変じ、中空に舞上り、顕恩城の内外を隈なく偵察し、もとの大門に現はれ来り、中より閂を外し、門扉を左右に開いた。 鷹彦『サアサア是から吾々一同が活動のステージだ。轡を並べて七人がスパークを散らして、奮戦するの時や迫つた、ヤア面白し面白し、太玉命続かせ給へ』 と先に立つて進み行く。数多の敵は左右に、蟻の集ふが如く整列して、七人が通行を敵対もせず、歓迎もせぬと云ふ態度にて見まもつて居る。 岩彦『ヤア各方、あれ丈沢山の敵が吾々に抵抗も致さず、各自手槍を携へ乍ら目送しつつあるは、合点の行かぬ次第で御座る。余り軽々しく進み過ぎて、四方八方より取囲まれなば、如何とも出来ない様な破目に陥るかも知れませぬぞ、これは一つ考へねばなりますまい』 太玉命『ナニ躊躇逡巡は三五教の大禁物、生死も、勝敗も、皆神の手に握られあれば、運を天に任せ、行く所迄行つて見ませう』 と太玉命は先に立つて進み行く。鬼雲彦の御殿の前に近付く折しも、瀟洒たる白木の門をサラリと開いて悠々現はれ来る十数人の窈窕嬋研たる美人、スノーの如き繊手を揉み乍ら、 美人『これはこれは三五教の宣伝使様の御一行様、能うマア遥々お越し下さいました。鬼雲彦の御大将の御命令に依りて、妾一同はお迎へに参りました。訳の分らぬ者共が種々と御無礼を働きましたでせう、何事も足らはぬスレーブの為す業と、広き厚き大御心に見直し聞直し下さいまして、ゆるゆると奥殿にて御休息の上、尊き御話をお聞かせ下さいませ、御大将も定めて御満足の事と存じます』 と言葉スガスガしく、満面に笑を湛へて慇懃に挨拶する。太玉命以下の宣伝使は、張合抜けたる如き心地し乍ら、美人一行の後に伴いて、奥殿に悠々と進み入るのであつた。 宣伝使の一行は、顕恩城の奥殿に深く進み入つた。山海の珍味は整然として並べられてあつた。美人の中の最年長者と見ゆる、眼涼しく、背の高き愛子姫は溢るる許りの愛嬌を湛へ、 愛子姫『これはこれは宣伝使様、能うこそ遠路の所入らせられました。顕恩郷の名産、桃の果実を始め、種々の珍らしき物を以て馳走を拵へました、お腹が空いたで御座いませう、どうぞ御遠慮なくお召あがり下さいませ。果実の酒も沢山御座いますれば御遠慮なく……サアお酌をさして頂きませう』 と云ふより早く、杯を太玉命に献した。 太玉命『ヤア思ひがけなき山野河海の珍味、御芳志の段恐れ入りました。それに就いても当城の御大将鬼雲彦に面会の上、戴きませう』 愛子姫『御大将は只今御出席になります、それまでに御寛りと御酒を飲つてお待ち下さいませ』 岩彦、大口を開けて、 岩彦『アハヽヽヽ、どこ迄も脱かりのない悪神の計略、太玉命の御大将、迂濶り酒でも口に入れるものなら、それこそ大変だ。七転八倒、苦悶の結果、敢なき最期を遂げにけりだ。ナア梅彦サン、あなたはどう思ひますか』 梅彦『吾々は五里霧中に彷徨の為体だ、夢に牡丹餅、食つた牡丹餅はダイナマイトの御馳走か、何が何んだか、サツパリ不得要領だ。ナア鷹彦サン、あなたはどう思ふか』 鷹彦『先づ十六人の別嬪さまから、毒味をして頂きませう。其上でなくば到底安心が出来ない、ナア愛子姫さまとやら、さう願ひませうか』 愛子姫『オホヽヽヽ、御心配下さいますな、然らば妾がお先へ失礼致します』 と盃に酒を注いで、グツト飲んだ。 岩彦『妙々、これや心配は要らぬらしいぞ、ナア音サン、駒サン………百味の飲食を心持よく頂きませうか』 音彦、駒彦は頭を左右に打振り、黙然として俯むくのみであつた。奥の襖を引開けて悠々として現はれ来る鬼雲彦夫婦、目鼻が無かつたら、万金丹計量か、砂つ原の夕立か、山葵卸の様な不景気な面付に、所々色の変つたアドラスの様な、膨れ面をニユツと出しドス声になつて、 鬼雲彦夫婦『これはこれは三五教の宣伝使様、当城は御聞及の通、霊主体従を本義と致すバラモン教の教を立つる屈強の場所、三五教は予て聞く霊主体従の正教にして、ウラル教の如き体主霊従の邪教にあらず、バラモン教は茲に鑑る所あり、ウラル教を改造して、真正の霊主体従教を樹立せしもの、是れ全く天の時節の到来せるもの、謂はば三五教とバラモン教は切つても断れぬ、教理に於て、真のシスター教であります。どうぞ以後は互に胸襟を開いて、相提携されむ事を懇願致します』 と御面相にも似合はぬ、御叮嚀な挨拶をするのであつた。太玉命はこれに答へて、 太玉命『何分宜しく、今後はシスター教として提携致したい。夫れに就いては互に長を採り短を補ひ、正を取り偽を削り、神聖なる大神の御心に叶ふべき教理を立てたきもので御座います。吾々一行、当城に参る途中に於て、妖怪変化の数多出没するは何故ぞ。バラモン教は斯の如き妖術を以て世人を誑惑し、信仰の道に引き入れむとするや、其意の在る所承はりたし』 と稍語気を強めて詰問的に出た。鬼雲彦、事もなげに打笑ひ、 鬼雲彦『アハヽヽヽ、左様で御座いましたか、諺にも云ふ、正法に不思議無し、不思議有るは正法にあらず。此メソポタミヤは世界の天国楽土と聞えたれば、甘味多き果物に悪虫の簇生するが如く、天下の悪神此地に蝟集して、妖邪を行ふならむ、決して決して霊主体従のバラモン教の主意にあらず。正邪を混淆し、善悪を一視されては、聊か迷惑の至りで御座います。又中には教理を能く体得せざる者多く、或パートに依りては羊頭を掲げて狗肉を鬻る宣伝使の絶無を保証し難し。何教と雖も、創立の際は総て、ハーモニーを欠くもの、何卒時節の力を待つてバラモン教の真価を御覧下さい。創立間もなき吾教、到底ノーマルに適つた教理は、容易に完成し難いのは三五教の創立当初に於けると同様でありませう、アハヽヽヽ』 と腮をしやくり、稍空を向いて嘲笑的に笑ふのであつた。鬼雲姫は言葉優しく、 鬼雲姫『これはこれは三五教の宣伝使様、能くこそ御訪問下さいました。教の話になりますと自然堅苦しくなつて、お座が白けます、お話はゆつくりと後に承はることに致しませう。心許りの馳走、何卒御遠慮なくお食り下さいませ、決して毒などは入つては居りませぬから…………』 岩彦『これはこれは思ひがけなき御饗応、吾々の如き乞食宣伝使は、見た事も御座らぬ山野河海の珍味、有難く頂戴致しませう』 鬼雲彦は、愛子姫、幾代姫に向ひ、 鬼雲彦『ヤア愛子姫、幾代姫の両人、遠来の珍客を犒う為、汝等二人はアルマの役を勤め、舞曲を演じて御目に掛けよ』 愛子姫、幾代姫『アイ』 と答へて、両女は白扇を開き、春野の花に蝶の狂ふが如く、身も軽々しく長袖を翻して、前後左右に踊り狂ふた。顕恩城の上役、数十人は此場に現はれ、酒に酔ひて、或は舞ひ、或は歌ひ、遂には無礼講と変じ、赤裸になつて踊り狂ふ。七人の宣伝使は心許さず、表面酒に酔ひ潰れたる態を装ひ、他愛もなく腮の紐を解いて、或は笑ひ、或は歌ひ、余念なき体を装うて居た。不思議や数十人の顕恩城の上役の面々は、忽ち黒血を吐き、目を剥き、鼻水を垂らし、さしもに広き殿内を、呻吟の声と諸共に、のたうち廻り、顔色或は青く、或は黒く、赤く、苦悶の息を嵐の如く吹き立てた。十六人の美人は、てんでに襷を十文字にあやどりて、人々の介抱に従事した。七人の宣伝使もお附合に、苦悶の体を装ひ、縦横無尽に、 七人の宣伝使『苦しい苦しい』 と言ひ乍ら、跳廻るのであつた。此態を見て鬼雲彦夫妻は高笑ひ、 鬼雲彦夫婦『アハヽヽヽ、汝太玉命、吾計略にかかり、能くも斃ばつたな、口汚き宣伝使、毒と知らずに調子に乗つて、命を棄つる愚さよ。吁、さり乍ら味方の強者を数多殺すは残念なれど、斯の如き豪傑を倒すには、多少の犠牲は免れざる所、……ヤアヤア数多の家来共、汝等は毒酒に酔ひ今生命を棄つると雖も、バラモン教の神力に依つて、栄光と歓喜とに充てる天国に救はれ、永遠にバラモンの守り神となるべきステーヂなれば心残さず帰幽致せ、……ヤア三五教の宣伝使、予が身変不思議の神術には恐れ入つたか、最早叶はぬ全身に廻つた毒酒の勢、ワツハヽヽヽヽ苛しい者だなア』 此時愛子姫、幾代姫、五十子姫、梅子姫は、鬼雲彦に向ひ、柳眉を逆立て、懐剣を抜き放ち、四方より詰めかけながら、 愛子姫たち四人『ヤア汝こそは悪逆無道の鬼雲彦、前生に於ては竜宮城に仕へ、神国別の部下とならむとして、花森彦命に妨げられ、是非なく鬼城山の棒振彦が砦に参加し、神罰を蒙つて帰幽したる悪魔の再来、復び鬼雲彦と現はれて、この顕恩郷に城砦を構へ、天下を紊さむとする悪魔の帳本、思ひ知つたか、妾十六人の手弱女は、神素盞嗚の大神の密使として、汝が身辺に仕へ、時機を待ちつつありしを悟らざりしか、城内の豪の者は残らず、汝の計略の毒酒に酔ひて、最早命旦夕に迫る。七人の宣伝使には、清酒を与へ、元気益々旺盛となり、一騎当千のヒーロー豪傑、最早斯くなる上は遁るるに由なし、汝速に前非を悔いて三五教に従へよ……返答如何に』 と前後左右より、鬼雲彦夫婦に向つて詰めかけた。残り十二人の美人は、又もや手に手に懐剣スラリと引抜き、 十二人『サアサアサア鬼雲彦夫婦、返答如何に』 と詰めかくる。鬼雲彦は此は叶はじと、夫婦手に手を執り、高殿より眼下の掘を目がけて、ザンブと許り飛込んだ。パツと立ち上る水煙、見るも恐ろしき二匹の大蛇となつて雲を起し、雨を呼び、風に乗じ、東方波斯の天を目がけて、蜒々として空中を泳ぐが如く姿を隠した。 太玉命一行は、十六人の女神に向ひ、 一行『ハテ心得ぬ貴下等の振舞、これには深き様子のある事ならむ、逐一物語られたし』 と叮嚀に頭を下げ、両手をついて挨拶するを、愛子姫は言葉淑やかに、 愛子姫『妾はコーカス山に現れませる、神素盞嗚尊の娘、愛子姫、幾代姫、五十子姫、梅子姫、英子姫、菊子姫、君子姫、末子姫の八人姉妹にて侯、これなる八人の乙女は妾の侍女にして、浅子姫、岩子姫、今子姫、宇豆姫、悦子姫、岸子姫、清子姫、捨子姫と申す者、バラモン教の勢力旺盛にして、天下の人民を苦しめ、邪教を開き生成化育の惟神の大道を毀損する事、日に月に甚しきを以て、吾父素盞嗚大神は、妾八人の姉妹に命じ、各身を窶し、或は彼が部下に捕へられ、或は顕恩郷に踏迷ひたる如き装ひをなして此城内に運び入れられ、悪魔退治の時機を待ちつつありしに、天の時到りて太玉命は、父の命を奉じ当城に現はれ給ひしも、全く吾父の水も漏らさぬ御経綸、又八人の侍女は、今迄鬼雲彦の側近く仕へたるバラモン教の信徒なりしが、妾達が昼夜の感化に依りて、衷心より三五教の教を奉ずるに至りし者、最早変心するの虞なし。太玉命の宣伝使よ、彼等八人の侍女を妾の如く愛し給ひて、神業に参加せしめられよ』 と淀みなく述べ立つる。太玉命は首を傾け、感歎の声をもらし、 太玉命『吁、宏遠なるかな、大神の御経綸、吾等人心小智の窺知すべき所にあらず。大神は最愛の御娘子を顕恩郷に乗込ましめ置き乍ら、吾れに向つて一言も漏らし給はず、顕恩郷に進めと云ふ御託宣、今に及んで大神の御神慮は釈然として解けたり。吁、何事も人智を棄て、神の命のまにまに従ふべしとは此事なるか、アヽ有難し、辱なし』 とコーカス山の方に向つて、落涙し乍ら手を合せ神言を奏上しける。六人の宣伝使を始め、十六人の女性は、コーカス山に向つて両手を合し、太玉命と共に天津祝詞を奏上した。忽ち何処ともなく、馥郁たる芳香四辺を包み、百千の音楽嚠喨として響き渡り、紫の雲天空より此場に下り来り、容色端麗なる女神の姿、中空に忽然として現はれ、 女神『われは妙音菩薩なり、汝が行手を守らむ、益々勇気を励まし神業に参加せよ。また、安彦、国彦、道彦を始め、田加彦、百舌彦の五人は、一旦エデン河の濁流に溺れて帰幽せりと雖も、未だ宿世の因縁尽きず、イヅの河辺に於て、汝等に邂逅せば彼も亦再び神業に参加するを得む。一時も早く、太玉命は本城に留まり、愛子姫浅子姫は太玉命の身辺を保護し、其他の宣伝使と女人はエデン河を渡りて、イヅ河に向へ、ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 と云ふかと見れば、姿は掻き消す如く、百千の音楽は天に向つて追々と消えて行く。一同は声する方に向つて恭敬礼拝し、感謝の意を表したりける。 (大正一一・四・一旧三・五松村真澄録)
99

(1643)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 11 大蛇退治の段 第一一章大蛇退治の段〔五七八〕 『故、退はれて、出雲の国の肥河上なる鳥髪の地に降りましき』(古事記の大蛇退治の段) 出雲国は何処諸の国と云ふ意義で、地球上一切の国土である。肥河上は、万世一系の皇統を保ちて、幽顕一致、神徳無窮にして皇朝の光り晴れ渡り、弘り、極まり、気形透明にして天体地体を霊的に保有し、支障なく神人充満し、以て協心戮力し、完全無欠の神政を樹立する至聖至厳至美至清の日本国といふ事なり。 鳥髪の地とは、十の神の顕現地と云ふ事にして、厳の御魂、瑞の御魂が経と緯との神業に従事し、天地を修斎し玉ふ神聖の経綸地といふことなり。要するに世界を大改良せむ為めに素盞嗚尊は普く天下を経歴し、終に地質学上の中心なる日本国の地の高天原なる至聖地に降臨し玉ひたるなり。明治三十一年の秋八月に、瑞の御魂の神代として高座山より神退ひに退はれて綾部の聖地に降りたるは、即ち素盞嗚尊が、一人の選まれたる神主に憑依し給ひて、神世開祖の出現地に参上りて神の経綸地たることを感知されたるも同様の意味なり。古事記の予言は古今一貫、毫末も変異なく、且つ謬りなき事を実証し得るなり。 『此時しも箸其の河より流れ下りき』 ハシの霊返しはヒなり。ヒは大慈大悲の極みなり。ハシの霊返しのヒなるもの、ヒノカハカミより流れ来たると云ふ明文は実に深遠なる意義の包含されあるものなり。又箸は凡てを一方に渡す活用あるものにして、川に架する橋も、食物を口内へ渡す箸もハシの意味に於ては同一なり。悪を去り善に遷らしむる神の教のハシなり。暗黒社会をして光明社会に改善せしむる神教もハシなり。故に御神諭にも、綾部の大本は世界の大橋であるから、此大橋を渡らねば、何も分りは致さむぞよ云々とあるも、改過遷善、立替立直しの神教の意味なり。その箸は肥の河より流れ下りきとは、斯る立派な蒼生救済の神教も、邪神の為に情無くも流し捨てられ、日に日に神威を降しゆく事の意味なり。是を大本の出来事に徴して見るに、去る明治三十一年に瑞の御魂の神代として十神の聖地に降りたる神柱を、某教会や信者が中を遮り、以て厳の御魂、瑞の御魂の合致的神業を妨害し、瑞霊の神代を追返し、彼等の徒党が教祖を看板として至厳至重なる神教を潜め隠し、某教会を開設したる如き状態を指して『ハシ其の河より流れ下りき』といふなり。 『於是須佐之男命其の河上に人有りけりとおもほして尋ね上りて往まししかば老夫と老女と二人在りて童女を中に置きて泣くなり』 茲に顕幽両界の救世主たる須佐之男命は、肥の河上なる日本国の中心、地の高天原に神人現はれ、世界経綸の本源地有りと御考へになり尋ねて御上りありしが、変性男子の身魂現はれて、国家の騒乱状態を治めむと血涙を吐き乍ら昼夜の区別なく、世人を教戒しつつありしなり。二人といふ事は、艮の金神様の男子の御魂と、教祖出口直子刀自の女子の身魂とが一つに合体して神業に従事し玉へると同じ意義なり。ヒトとは霊の帰宿する意義で人の肉体に宇宙の神霊憑宿して天地の経綸を遂行し玉ふ、神の生宮の意なり。老夫と老女と二人とあるは女姿男霊の神人、出口教祖の如き神人を意味するなり。 『童女を中に置きて泣なり』とはオトメは男と女の意味にして、世界中の老若男女を云ふ。又老と若ともなり、現在の世界の人民を称して老若男女と云ふ。霊界にては国常立大神、顕界にては神世開祖出口直子刀自の老夫と老女とが、世界の人民の身魂の、日に月に邪神の為に汚され亡ぼされむとするを見るに忍びず、手を尽して足を運びて救助せむと艱難辛苦を嘗めさせられ、天地の中に立ちて号泣し給ふことを、童女を中に置きて泣くなりと云ふなり。 亦神の御眼より御覧ある時は世界の凡ての人間は、神の童子なり女子なり。故に世界の人民は皆神の童女なる故、人民の親がその生みし子を思ふ如くに、神は人民の為に昼夜血を吐く思ひを致して心配を致して居るぞよ、と御神諭に示させ給へる所以なり。亦オトメの言霊を略解する時は、 オは親の位であり、親子一如にして、大地球を包む活用であり。 トは十全治平にして、終始一貫の活用であり。 メは世を透見し、内に勢力を蓄へて外面に露はさざる意義なり。 之を約むる時は、日本固有の日本魂の本能にして、花も実もある神人の意なり。 『汝等は誰ぞと問ひ賜へば、其の老夫僕は国津神大山津見神の子なり、僕が名は足名椎、妻が名は手名椎、女が名は櫛名田比売と謂すと答す』 明治三十一年の秋瑞の御魂の神代に須佐之男神神懸したまひて綾部の地の高天原に降りまし、老夫と老女の合体神なる出口教祖に対面して汝等は誰ぞと問ひたまひし時に、厳の御魂の神代なる教祖の口を藉りて僕は国津神の中心神にして大山住の神也。神の中の神にして天津神の足名椎となり手名椎となりて、天の下のオトメを平かに安らかに守り助けむとして、七年の昔より肥の河上に御禊の神事を仕へ奉れり。又この肉体の女の名は櫛名田姫と申し、本守護神は禁闕要の大神なりと謂し玉ひしは、以上の御本文の実現なり。クシナダの クシは神智赫々として万事に抜目なく一切の盤根錯節を料理し、快刀乱麻を断つの意義なり。 ナは、万物を兼ね統べ、能く行届きたる思ひ兼の神の活用なり。 ダは、麻柱の極府にして大造化の器であり、対偶力であり、主従師弟夫妻等の縁を結ぶ神なり。 要するに、櫛名田姫の守護厚き天壌無窮の神国、大日本国土の国魂神にして、神諭の所謂大地の金神なり。 『亦、汝の哭由は何ぞと問ひたまへば、吾が女は八稚女在りき。是に高志の八岐遠呂智なも、年毎に来て喫ふなる。今その来ぬべき時なるが故に泣くと答白す』 以上の御本文を言霊学の上より解約すると、吾が守護する大地球上に生息する、息女即ち男子や女子は、八男と女と云つて、種々の沢山な神の御子たる人種民族が有るが、年と共に人民の霊性は、鬼蛇の精神に悪化し来り至粋至醇の神の分霊を喫ひ破られて了つた。高志の八岐の遠呂智と云ふ悪神の口や舌の剣に懸つて歳月と共に天を畏れず地の恩恵を忘れ、不正無業の行動を為すものばかり、人民の八分迄は、皆悪神の容器に為れて、身体も霊魂も、酔生夢死体主霊従に落下し、猶も変じて八岐の遠呂智の尾となり盲従を続けて、天下の騒乱、国家の滅亡を来しつつ、最後に残る神国の人民の身魂までも、喫ひ破り亡ぼさむとする時機が迫つて来たので如何にしてか此の世界の惨状を救ひ助け、天津大神に申上げむと、心を千々に砕き天下国家の前途を思ひはかりて、泣き悲しむなりと答へ玉うたと曰ふことなり。 高志といふ意義は、遠き海を越した遠方の国であつて、日本からいへば支那や欧米各国のことなり。海外より種々雑多の悪思想が渡来する。手を替へ品を替へて、宗教なり、政治なり、教育なりが盛んに各時代を通じて、侵入して来り敬神尊皇報国の至誠を惟神的に具有する、日本魂を混乱し、滅絶せしめつつある状態を称して、高志の八岐の遠呂智の喫ふなると云ふなり。亦外国の天地は、数千年来此悪神の計画に誑らかされて、上下無限の混乱を来し、国家を亡ぼし来たりしが、彼今猶其計画を盛んに続行しつつ、遂に日本神国の土地まで侵入し、天津神の直裔なる日本オトメの身魂まで、全部喫ひ殺さむとする、それが最近に迫つて居る、只一つ神国固有の日本魂なるオトメが後に遺つた許りである。之を悪神の大邪霊に滅ぼされては、折角天祖国祖の開き玉へる大地球を救ふ事は出来ない。どうかして之を助けたいと思つて艱難辛苦を嘗めて居るのである。実に泣くにも泣かれぬ、天下の状態であると云つて、之を根本的に救ふ事は出来ない。どうして良いかと途方に暮れ、天地に向つて号泣して居りますとの、変性男子の身魂の御答へなりしなり。 『其の形は如何さまにかと問ひたまへば、彼が目は赤加賀知なして、身一つに頭八つ尾八つあり。亦其の身に苔、及び桧、すぎ生ひ、其の長さ渓八谷、峡八尾を渡りて、其の腹を見れば、悉に常血爛れたりと答白す。(此に赤加賀知といへるは、今のほほづきなり)』 そこで其形は如何さまにかと、問ひたまへばと云ふ意義は、八岐の遠呂智なす悪思想の影響は如何なる状態に形はれ居るやとの須佐之男命の御尋ねなり。 そこで変性男子の身魂なる老夫と老女は、彼悪神の経綸の事実上に顕現したる大眼目は、赤加賀知なして身一つに、頭八つ尾八つありと云つて、悪神の本体は一つであるが、その真意を汲んで、世界覆滅の陰謀に参加して居るものは、八人の頭株であつて、此の八つの頭株は、全地球の何処にも大々的に計画を進めてをるのである。政治に、経済に、教育に、宗教に、実業に、思想上に、其他の社会的事業に対して陰密の間に、一切の破壊を企てて居るのである。就ては、尾の位地にある、悪神の無数の配下等が、各方面に盲動して知らず識らずに、一人の頭目と、八つの頭の世界的大陰謀に参加し、終には既往五年に亘つた世界の大戦争などを惹起せしめ、清露其他の主権者を亡ぼし、労働者を煽動して、所在世界の各方面に、大惑乱を起しつつあるのである。赤加賀知とは砲煙弾雨、血河死山の惨状や、赤化運動の実現である。実に現代は八岐の大蛇が、いよいよ赤加賀知の大眼玉をムキ出した所であり、既に世界中の七オトメを喫ひ殺し、今や最後に肥の河なる、日本までも現界幽界一時に喫はむとしつつある処である。要するに八つ頭とは、英とか、米とか、露とか、仏とか、独とか、伊とかの強国に潜伏せる、現代的大勢力の有る、巨魁の意味であり、八つ尾とは、頭に盲従せる数多の部下の意である。頭も尾も寸断せなくては成らぬ時機となりつつあるなり。 『亦其身に苔及び桧すぎ生ひ、其長さ、渓八谷、峡八尾を渡りて其の腹を見れば、悉に常も血爛れりと答白す』といふ意味は地球上の各国は皆この悪神蛇神の為に、山の奥も水の末も暴され、不穏の状態に陥り、終には尼港事件の如く、暉春事件の如く、染血虐殺の憂目に人類が遇つて、苦悶して居ることの形容である。また苔と云ふ事は、世界各国の下層民の事であり桧と云ふ事は上流社会の人民であり、すぎと云ふ事は国家の中堅たる中流社会である。要するに上中下の三流の人民が常に不安の念に駆られて居る事であつて、実に六親眷属相争ひ、郷閭相鬩ぎ戦ふ、悲惨なる世界の現状を明答されたといふ事である。御神諭に、『今の人民は外国の、悪神の頭と眷属とに、神から貰うた結構な肉体と御魂を自由自在に汚されて了うて、畜生餓鬼の性来になりて居るから、欲に掛けたら、親とでも兄弟とでも、公事を致すやうな悪魔の世になりて居るが、是では世は続いては行かぬから、天からは御三体の大神様がお降り遊ばすなり、地からは、国常立尊が変性男子と現はれて、新つの世に立替立直して、松の五六七の世に致して、世界の人民を歓ばし、万劫末代勇んで暮す神国の世に替へて了はねばならぬから、艮の金神は、三千年の間長い経綸を致して、時節を待ちて居りたぞよ。八つ尾八つ頭の守護神を、今度はさつぱり往生いたさすぞよ』云々と明示されてあるのも、要はこの御本文の大精神に合致して居る一大事実である。 『爾、速須佐之男命、其の老夫に是汝の女ならば、吾に奉らむやと詔たまふに、恐けれど御名を覚らずと答白せば、吾は天照大御神の同母男なり。故今天より降り坐つと答へたまひき。爾に足名椎、手名椎、然坐さば恐し立奉らむと白しき』 右御本文の老夫にとあるは艮の金神国常立尊神霊に対しての御言である。また足名椎手名椎神と並び称せるは、肉体は出口直子であつて手名椎の神であり霊魂は国常立尊の足名椎の意である。 茲に天より降り給へる須佐之男命は、老夫なる国常立尊の神霊に対し玉ひて、是は汝の守護し愛育する所の、至粋至醇の神の御子たる優しき人民であるなれば、吾に是の女の如き可憐なる万民の救済を一任せずやと、御尋ねになつた事である。そこで国常立尊は実に恐縮の至りではありますが、貴方は如何なる地位と、御職掌の在す神で居らせらるるや。御地位と御職名とを覚らない以上は御一任する事は出来ませぬと白し給ひければ、大神は至極尤もなる御尋ねである。然らば吾が名を申し上げむ、吾は天津高御座に鎮まり坐ます、掛巻も畏き天照大御神の同母弟であつて、大海原を知食すべき職掌である。されば今世界の目下の惨状を黙視するに忍びず、万類救護の為に、地上に降り来たのである。故に国津神たる汝の治むる万類万民を救はむが為に、吾に其の職掌を一任されよ然らば汝と共に八岐の大蛇の害を除いて天下を安国と平けく進め開かむと仰せになつたのである。茲に変性男子の身魂は、大変に畏み歓び玉うて、左様に至尊の神様に坐ますならば吾女なる可憐なる人民を貴神に御預け申すと、仰せられたのである。是は去る明治三十一年の秋に変性男子と変性女子との身魂が二柱揃うて神懸りがあつた時の御言であつて、実に重大なる意義が含まれて在るのである。然し乍ら是は神と神との問答でありまして、人間の肉体上に関する問題ではないから、読者に誤解の無いやうに御注意願つておく次第である。 『爾速須佐之男命、乃ち、其の童女を湯津爪櫛に取成して、御角髪に刺して、其の足名椎、手名椎神に告りたまはく、汝等、八塩折の酒を醸み、且、垣を造り迴し、その垣に八つの門を造り、門毎に八つの棧敷を結ひ、その棧敷毎に酒船を置きて船毎にその八塩折の酒を盛りて、待ちてよと、のりたまひき』 湯津爪櫛の言霊を略解すれば、 ユは、天地、神人、顕幽、上下一切を真釣合せ、国家を安寧に、民心を正直に立直す大努力の意であり、 ツは、日の大神の御稜威を信じ、大金剛の至誠心を振り起し、言心行一致の貫徹を期し、以て神霊の極力を発揮するの意である。 ツは、生成化育の大本合致し、大決断力を発揮し、実相真如の神民たりとの意である。 マは、人種中の第一位たる資格を保ち、胸中常に明かにして無為円満なる意である。 グは、暗愚を去つて賢明に帰し、万事神助を得て意の如く物事成功するの意である。 シは、信仰堅く、敬神尊皇報国の忠良なる臣民の基台なりとの意である。 以上の六言霊を総合する時は、霊主体従の真の日本魂を発揮せる神の御子と立直し玉ふ、神の経綸を進むると謂ふことである。 御角髪の言霊を略解すれば、 ミは、形体具足成就して、日本神国の神民たる位を各自に顕はし定めて真実を極め、以て瑞の御魂に合一する意である。 ミは、⦿の御威徳を明かに覚知し、惟神の大道を遵奉し実行し、以て玲瓏たる玉の如き身魂と成るの意である。 ツは、神の分身分霊として天壌無窮に真の生命を保全し、肉体としては君国を守り、霊体としては神と人民とを助け守るの意である。 ラは、言心行の三事完全に実現し、本末一貫、霊主体従の臣民と成りて、自由自在に本能を発揮するの意である。 以上の四言霊を総合する時は、愈日本魂の実言実行者となりて、其の霊魂は神の御列に加はるべき真の御子と成りたる意である。 要するに、瑞の霊魂なる速須佐之男命は、二霊一体なる神政開祖の神人より、男と女の守護と化育とを一任され一大金剛力を発揮して、本来の日本魂に立替へ立直し、更に進んで其の実行者とし賜ふた事を『其のオトメをユツツマグシに取成して御角髪に刺して』と言ふのである。 斯の如く、天下の万民の身魂の改良を遊ばして、足名椎、手名椎の御魂に御渡しになるに就ては、相当の歳月を要したのである。或は神徳を以てし、或は物質力を以てし、或は自然力を以てし、或は教戒を以てし、慈愛を以てし、種々の御苦辛を嘗めさせ玉ふ其神恩を忘れては成らぬのである。そこで速須佐之男命は、足名椎手名椎なる変性男子の霊魂に対つて告り給ふた御言葉は左の通りである。幸ひ残れるオトメは斯の如く、湯津爪櫛に取成し、御角髪に刺て立派に日本魂を造り上げたと云ふ事は、全く天津神の御霊徳と、吾御魂の活動と、汝命の至誠の賜であるから、第一に天地八百万の神に、精選した立派な美味なる、所謂八塩折の神酒を醸造し、且つ汚穢を防ぐ為に清らかな瑞垣を四方に作り廻して、其の垣毎に祭壇を設け(八つ門)て、祭壇毎に祝詞座を拵へ、酒を甕の戸高知り甕の腹満て並べて神々に報恩謝徳の本義を尽すべく、詔りたまふたのである。凡て酒と云ふものは、大神に献る時は、第一に御神慮を和げ勇ませ歓ばせ奉る結構な供へ物であるが、体主霊従的の人間が之を飲むと決して碌な事は出来ないのである。同じ種類の酒でも、人間は御魂相応に、種々の反応を来すものであつて、悪霊の憑つた人間が呑めば直ちに言語や、動作や精神が悪の性来を現はし、且つ酔ひ且つ狂ひ乱れ暴れるものである。或は泣くもの、笑ふもの、怒るもの、妙な処へ行きたくなるものなぞ、種々雑多に変化して、身魂の本性は現はし、吐たり倒れたり苦しみ悶えたりするものである。常に至誠至実の人にして、心魂の下津岩根に安定したものは、仮令酒を常に得呑まぬ人でも、少々位時に臨んで戴いた所が、決して前後不覚になつたり、倒れたり苦しんだり、動作や言舌や精神の変乱するもので無く、心中益々壮快を覚え、笑み栄え勇気を増し、神智を発揮するものである。故に酒は神様に献る所の清浄なる美酒と雖も、心の醜悪なるものが呑む時は、忽ち身魂を毒し弱らしむるものである。同じ酒を甲は一合呑んで酔ひ潰れて了ふかと思へば、乙は一升呑んでも酔はず、丙は三升位呑まなくては少しも酔うた如うな心持がしないと、云ふ区別の附くのは、乃ち身魂の性質に依りて反応に差異ある事の証である。甲は呑んで笑ひ、乙は怒り、丙は泣くと云ふ如うに、同じ味のある同じ種類の酒でも、区別の附くと云ふのは、実に不思議なもので、是はどうしても身と魂との性来関係に依るものである。 『故、告りたまへる随にして、如此設け備へて待つ時に、其の八岐大蛇、信に言ひしが如来つ。乃ち、船毎に、己々頭を垂入て、その酒を飲みき、於是、飲み酔ひてみな伏寝たり。爾ち速須佐之男命、その御佩せる十拳剣を抜きて、その大蛇を切散りたまひしかば肥の河、血に変りて流れき』 そこで変性男子の身魂は命の随々芳醇なる神酒を造りて、天地の神明を招待し、以て歓喜を表し賜ひ、神恩を感謝し給うたのである。八岐の大蛇の霊に憑依された数多の悪神の頭目や眷族共が大神酒を飲んで了つた。丁度今日の世の中の人間は、酒の為に腸までも腐らせ、血液の循環を悪くし、頭は重くなり、フラフラとして行歩も自由ならぬ、地上に転倒して前後も弁知せず、醜婦に戯れ家を破り、知識を曇らせ、不治の病を起して悶え苦しんで居るのは、所謂「飲み酔ひて皆伏寝たり」と云ふことである。爾に於て瑞の御霊の大神は、世界人民の不行跡を見るに忍びず、神軍を起して、此の悪鬼蛇神の憑依せる、身魂を切り散らし、亡ぼし給うたのである。十拳剣を抜きてと云ふ事は遠津神の勅定を奉戴して破邪顕正の本能を発揮し給うたと云ふことである。そこで肥の河なる世界の祖国日の本の上下一般の人民は、心から改心をして、血の如き赤き真心となり、同じ血族の如く世界と共に、永遠無窮に平和に安穏に天下が治まつたと云ふ事を「肥の河血に変りて流れき」と云ふのである。流れると云ふ意義は幾万世に伝はる事である。古事記の序文に、後葉に流へんと欲すとあるも、同義である。 『故其の中の尾を切りたまふ時、御刀の刄毀けき。怪しと思ほして、御刀の端もて刺割きて見そなはししかば、都牟刈之太刀あり。故此太刀を取らして、怪異しき物ぞと思ほして天照大御神に白し上げたまひき。是は草薙太刀なり』 中の尾と云ふ事は、葦原の中津国の下層社会の臣民の事である。其臣民を裁断して、身魂を精細に解剖点検し玉ふ時に、実に立派な金剛力の神人を認められた状態を称して、御刀の刄毀けきと云ふのである。アヽ実に予想外の立派な救世主の身魂が、大蛇の中の尾なる社会の下層に隠れ居るわい。是は一つの掘り出しものだと謂つて、感激されたことを、怪しと思ほしてと云ふのである。御刀の端もてと云ふ事は、天祖の御遺訓の光に照し見てと云ふ事である。 『刺割きて見そなはししかば都牟刈之太刀あり』と云ふことは今迄の点検調査の方針を一変し、側面より仔細に御審査になると、四魂五情の活用全き大真人が、中の尾なる下層社会の一隅に、潜みつつあつたのを初めて発見されたと云ふことである。都牟刈之太刀とは言霊学上より解すれば三千世界の大救世主にして、伊都能売の身魂と云ふ事である。故、此太刀なる大救世主の霊魂を取り立て、異数の真人なりと驚歎され、直ちに天照大御神様、及びその表現神に大切なる御神器として、奉献されたのである。凡ての青人草を神風の吹きて靡かす如く、徳を以て万民を悦服せしむる一大真人、日本国の柱石にして世界治平の基たるべき、神器的真人を称して、草薙剣と云ふのである。八岐大蛇の暴狂ひて万民の身魂を絶滅せしめつつある今日、一日も早く草薙神剣の活用ある、真徳の大真人の出現せむことを、希望する次第である。 また草薙剣とは、我日本全国の別名である。この神国を背負つて立つ処の真人は、即ち草薙神剣の霊魂の活用者である。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友)
100

(1648)
霊界物語 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 16 水上の影 第一六章水上の影〔五八三〕 三男三女は神歌を謡ひ乍ら、潔く前進する。又もやトンと行当つた岩壁、 高国別『ヤア又しても岸壁だ、如何に一切万事行詰りの世の中だと云つても、此処まで行詰りの風が吹いて来て居るのか。吾々は誠の神力を以て此岩戸を開き、行詰りの世を開かねばなるまい。先づ先づ休息の上、ゆつくりと相談致しませう』 亀彦『臨時議会の開会はどうでせう』 梅彦『アハヽヽヽ、議会と聞けば、醜の岩窟を連想せずには居られない。歴史は繰返すとかや、一つゆるりと秘密会でも開催しませう』 と頃合の岩の上に腰打掛けた。三人の女性も同じく腰打かけ、 三女『アーア、有難い有難い、マア此処でゆつくりと休まして戴きませう』 高国別『エー、あなた方御一同はどうして此岩窟にお這入りになりましたか』 亀彦『吾々は神素盞嗚の大神が地教山を越え此西蔵の秘密郷にお出で遊ばしたと聞き、取る物も取り敢ず、お後を慕つて進み来る折しも、小さき雑草の丘の前に突当り、五人は息を休むる折しもあれ、何処よりともなく一人の女神現はれ来り、「此地底の岩窟には、活津彦根命御探険あれば、汝等は急ぎお跡を慕へ」との一言を残し、その儘姿は消えさせ給うた。傍を見れば暗き穴、ハテ訝かしやと覗き居る際、地盤はガタリと陥落し、七八間も地中に落込んだと思へば、此岩窟、……それより吾々一同はこの岩窟内を神歌を謡ひつつ、探り来る折しも、道に当つた古井戸、フト見れば何か怪しの物影、合点行かぬと思ふ折、井戸の底より貴下の声、……と云ふ様な来歴で御座いましたよ』 高国別『アヽそれは結構でございました。実は吾々が彼の井戸に陥りし刹那、失心致したと見え、広大なる原野を通過し、高山の頂きに登りつめ、五人の男女に巡り会ひしと思へば、ハツト気が付き、空を仰ぐ途端に、貴下ら一行のお姿………イヤもう実に不思議千万な事で御座います』 梅彦『吾々は昨夜の夢に、貴下にお目にかかりましたが、本日只今この岩窟内に斯うして休息して居る有様が、ありありと目に附きました。実に現幽一致、此世と云ふ所は不思議な所ですな』 俄に何処ともなく、阿鼻叫喚の声、響きわたる。高国別はツト立ち上り、 高国別『ヤア皆さま、何か此岩窟内には変事が起つて居ますよ。サアサア早く早く探険と出かけませうかい』 と云ひつつ、岩壁を力に任せてグツと押した。岩の戸はパツと開いた。見れば数十人の老若男女、何れも高手小手に縛しめられ、中央に朱の如き赤き面した鬼神四五人、鉄棒を提げ、足の先にてポンポンと男女を蹴り苦しめて居る。 高国別『ヤア各方、此処は冥土の地獄の様だ。ヤア何れも方、飛込んで救うてやりませう』 と身を躍らして先に立つた。五人はあとに引つ添ひ、声を揃へて言霊を奏上する。鬼の姿は追々に影うすく、遂には煙の如くなつて消え失せたり。数多の老若男女の姿を見れば、高手小手に縛められ居たりと見えしは、幻なりしか、各自に双手を合せ、岩窟の前に端坐して、 一同『神素盞嗚の大神、一時も早く地上に現はれ給ひて、吾等を救ひ給へ』 と一生懸命、側目もふらず拝んで居るのであつた。六人の姿を見るより、一同の老若男女は、此方に向き直り、合掌し乍ら、 一同『ヤア有難し有難し、勿体なし、あなた様は神素盞嗚の大神の御眷属様ならむ』 と嬉し涙に咽ぶ。 高国別『ヤア最前より様子を聞けば、汝等一同の者、神素盞嗚の大神の御出現を祈り居る有様、汝の至誠は天に通じ、只今カナンの家に尊は御逗留遊ばすぞ。一時も早く此岩窟を立出で、仁慈の大神の尊顔を拝せよ』 と宣示したれば、一同は此言葉を聞いて大に喜び、 一同『ヤア大神の御再臨、有難し辱なし』 と嬉し腰を脱かし、のたくり廻り、歓ぎ喜ぶ。高国別は一同に向ひ、天の数歌を称ふれば、今迄痩衰へたる数十人の老若男女は、俄に肉付き、顔色麗しく、元気恢復し、忽ちムクムクと立ち上り、手を拍つて、前後左右に踊り狂ひ、大神の再臨を心の底より感謝する。而て一同はイソイソとして、大麻を持てる男を先頭にゾロゾロと帰り行く。後見送つて高国別は、 高国別『アヽ可愛らしい者だ。これ丈の善男善女が心を一つにして、信仰を励むのを見れば、何とも彼とも知れぬ良い心持ちがする。尊に於かせられても、嘸御満足に思召すであらう。嗚呼、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 高国別一行は、奥へ奥へと進み行く。日は西山に没せしと見え、岩窟の中は俄に暗くなつて来た。六人は探り探り進み行くにぞ、傍に怪しき呻声が聞えゐる。耳ざとくも、愛子姫は其声を聞き、 愛子姫『もしもし皆さま、何だか怪しき声が聞えるではありませぬか』 亀彦『ヤアそれは、あなたの神経でせう。岩窟の中は音響のこもるものですから、大方最前の祝詞の声が内耳深く潜伏し、反響運動を開始して居るのでせう』 愛子姫『イエイエ祝詞の声ではありませぬ、苦悶を訴ふる、しかも女の声、悪神の巣窟たる此岩窟、如何なる惨事の行はれ居るやも図られませぬ。皆さま一同に立止まり、耳を澄ませて聞いて下さい。世界を救ふ神の使の吾々、苦悶の声を聞き逃し、ムザムザと通過も出来かねます』 亀彦『ヤア如何にも苦しさうな声だ。もしもし高国別様、暗さは暗し、余り軽々しく進むよりも、一つ此声を探り当てませうか』 高国別『ホンに如何にも妙な声が致しますな』 と言ひつつ、傍の岩壁をグツと押した途端に、不思議や、岩の戸は案外に軽くパツと開いた。能く能く見れば、白き影、岩窟内に横たはり苦しさうに唸つて居る。 亀彦『ヤア怪しいぞ怪しいぞ、此暗がりに、何だか削りたての材木の様な者が唸つて居る。これは大方、白蛇であらう』 梅彦『白蛇にしては、太さの割に余りに丈が短いではありませぬか』 亀彦『白蛇の奴、どつかで半身切られて来て、九死一生苦悶の態と云ふ場面だらう。……オイオイ白蛇の先生、どうしたどうした』 白き影『アーア恨めしやなア、妾は姫君様の御後を慕ひ、此処まで来るは来たものの、ウラナイ教の曲津神、蠑螈別が計略にかかり、手足を縛られ、岩窟の中へ押込まれ、逃れ出づる方策もなし、アヽ何とせう、恨めしやなア』 亀彦『ヨウ大蛇だと思へば、何だか分らぬ事をほざいて居るワ。もしもし高国別様、一寸調べて下さいな』 高国別『イヤあなた御苦労乍ら一寸探つて見て下さい、どうやら人間らしう御座いますよ』 亀彦『滅相な、あた嫌らしい、此暗がりに、コンナ白い者が、どうしてなぶられませうか……オイ梅サン、お前は平素より大胆な男だ。一つ此処らで侠気を出して、幾代姫様に英雄振をお目にかけたらどうだ』 梅彦『イヤ吾々も吾々だが、亀彦サンも亀彦サンだ。菊子姫様に英雄振をお見せになつたらどうでせう、余り厚かましう致すのも御無礼で御座る。あなたには先取権が御座る、どうぞ御遠慮なく、とつくりと、頭から足の先までお調べなさいませ。菊子姫様の手前も御座いまするぞ』 亀彦『アーア、偉い所へ尻平を持つて来られたものだ。ナニ、材木が動いて居るのだと思へば良い、……コラコラ材木、その方は何者だ』 白き影『アヽ恨めしや』 亀彦『ナヽ何だ、ウラナイ教か、幽霊か、何だか知らぬが、材木の幽霊は昔から聞いた事はないワイ。素盞嗚の大神が御退隠遊ばしてより、山川草木に至る迄、言問うと云ふ事だが、やつぱりこの材木も其選に漏れないと見えて、何だか言問ひをやつてゐる、……コラ材木、起きぬか起きぬか』 梅彦は、白き影を目当に、スウツと撫でまわし、 梅彦『ヤアこれは人間だ、しかも肌の柔かき美人と見える、高手小手に縛められて居る。おほかた悪神の奴に虐げられて、此岩窟に幽閉されたのであらう』 と言ひ乍ら、スラスラと縛を解いた。白き影はスツクと立ちあがり、懐剣逆手に持つより早く、 白き影『ヤア、ウラナイ教の悪神、蠑螈別の手下の者共、モウ斯うなる上は、妾が死物狂ひ覚悟を致せ』 と六人のほのかな影を目当に短刀をピカつかせ乍ら、前後左右に暴れ狂ふ。 亀彦『ヤア待つた待つた、吾々は三五教の宣伝使だよ』 白き影『ナニツ、三五教の宣伝使とは、まつかな偽り、浅子姫が死物狂ひの車輪の働き、思ひ知れよ』 と飛鳥の如くに飛び廻る。 高国別『ヤア汝浅子姫とは、顕恩郷に現はれたる愛子姫の腰元ならずや。吾は愛子姫の夫高国別なるぞ』 浅子姫『執念深き悪魔の計略、其手に乗つて堪らうか、浅子姫が手練の早業、思ひ知れよ』 と又もや短刀を暗に閃かし暴狂ふ。愛子姫は、 愛子姫『そなたは浅子姫に非ずや、先づ先づ静まりなさい、愛子姫に間違御座らぬ』 浅子姫『ヤアさう仰有るお声は、正しく愛子姫様』 愛子姫『そなたは擬ふ方なき浅子姫の声、夜目にもそれと知らるる其方の姿、嬉しや嬉しや、思はぬ所で会ひました』 浅子姫は稍落着きたる声にてハアハアと息をはづませ乍ら、 浅子姫『そ、そ、そう仰有るあなたは擬ふ方なき愛子姫様、お懐しう御座います』 とワツと許りに其場に泣き伏しぬ。此時何処よりともなく、一道の光明サツと輝き渡り、一同の顔は昼の如く明かになり来たりぬ。 浅子姫『これはこれは何れも様、不思議な所でお目にかかりました、能うマア危き所をお助け下さいました。是れと云ふも、全く木花姫の御守護の厚き所』 と合掌し、後は一言も得言はず、嬉し涙に掻き曇るのみ。勇みを附けんと高国別は、浅子姫の背中を、平手に三つ四つ打ち乍ら、 高国別『浅子姫殿、しつかりなさいませ。是には深き様子有らむ。吾々も此先に於て、大に覚悟せなくてはなりませぬ。あなたを斯くの如く岩窟に押込めし以上は、当岩窟には数多の悪神の巣窟あらむ、此処に立到られし仔細を詳さに物語られよ』 と声を励まして問ひかくれば、浅子姫はハツと心を取直し、 浅子姫『是れには深き仔細が御座いまする、一先づ妾が物語お聞き下さいませ。天の太玉命、顕恩郷に現はれ給ひ、バラモン教の大棟梁鬼雲彦を神退ひにやらひ給ひ、妾は愛子姫様と共に、顕恩城を守護しまつる折しも、天照大神様、天の岩戸に隠れ給ひしより、太玉命は急遽、天教山に登らせ給ひ、その不在中、愛子姫様と妾は城内を守る折しも咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、荒振神は五月蝿の如く群がり起り、鬼雲彦は又もや現はれ来りて、暗に紛れて暴威を逞しうし、妾主従は生命も危き所、闇に紛れて城内を逃れ出で、エデンの河を生命からがら打渡り、何の目的も時の途、進み行く折しも、暗を照して現はれ来たる日の出神にめぐり会ひ、愛子姫様、菊子姫様、幾代姫様は、神素盞嗚尊の御後を慕ひ、西蔵に難を遁れさせ給ひしと聞くより、妾は岸子姫、岩子姫と共に、夜を日に継いで、山野を渉り、大河を越え、漸くラサフの都に来て見れば、姫君様に奇の岩窟にて面会を得させむと、木花姫の夢のお告げ、妾三人は勇み進んで、小高き丘の入口より、岩窟に進み来る折しも、ウラナイ教の曲神蠑螈別、幾十ともなく数多の邪神を引き連れ、妾三人を前後左右に取囲み、後手に縛り上げ、此岩窟に押込めたり。嗚呼、岸子姫、岩子姫は、如何なりしぞ、心許なや』 と又もや涙の袖を絞る。 高国別『これにて略様子は判然致しました。……ヤア一同の方々、岸子姫、岩子姫の身の上心許なく御座れば、急ぎ在処を尋ね、救ひ出さねばなりますまい』 一同『然らば進みませう』 と、一同は四辺に耳を欹て、目を配り乍ら、急ぎもせず、遅れもせずと云ふ足許にて、奥深く進み行く。隧道は俄に前方低く、板を立てたる如き急坂になつて来た。一行七人は、一足一足力を入れ乍ら、アブト式然と、坂路の隧道を下つて行く。行く事七八丁と覚しき所に、比較的広き水溜りがある。薄暗がりに透かし見れば、何だか水面に人の首の様なものが漂うて居る。亀彦は目ざとくもこれに目を注ぎ、 亀彦『ヤア此奴ア又、変挺だ。岩窟の中に池があると思へば、円い顔の様な物が浮いて居る、鴛鴦にしては少しく大きいやうだ。ヤア目鼻が付いて居る。悪神の奴、酒に喰ひ酔つて、瓢箪に目鼻をつけ、此池に放り込みよつたのではあるまいか。瓢箪ばかりが浮物か、俺の心も浮いて来た。サアサア浮いたり浮いたりだ、アハヽヽヽヽ』 梅彦『亀サン、あれを能く御覧なさい、女の首ですよ。ナンダか、つぶやいて居るぢやありませぬか』 幾代姫『ヤア彼の顔は、岩子姫、岸子姫ではなからうか』 亀彦『エー何を仰有います、鴨かナンゾの様に、女が首ばつかりになつて、池の中に浮いて居ると云ふ事がありませうか。あなたは視神経の作用が、どうか変調を来して居るのでせう。腐り縄を見て蛇と思つて驚いたり、木の欠杭を見て化物と思ふ事が往々有るものです。マアマア気を附けてください、変視、幻視、妄視の精神作用でせう、コンナ所に棲息する者は、キツト河童か、鰐か、まかり間違へば人魚ですよ。人魚と云ふ奴は、能く人間に似て居るものだ、それで、人の形をした翫弄具を人形サンと云ふのだ。アハヽヽヽヽ』 池の中より女の首、苦しき声を絞り乍ら、 岩子姫、岸子姫『ヤア、あなたは幾代姫様、菊子姫様、愛子姫様では御座いませぬか。夜目にはしかと分りませぬが、お姿が能く似て居ります。妾は悪神に捉へられ、手足を縛られ、重き石錨をつけられて苦んで居ります、岩子姫、岸子姫の両人で御座います。どうぞお助けくださいませ』 亀彦『ヤア金毛九尾の同類奴、馬鹿にするない、何程化たつて、モウ駄目だ。手を替へ品を換へ、結局の果には池の中に姿を現はし、吾等を水中に引込まむとの水も洩らさぬ………否水責めの汝の計略、其手に乗つて堪らうかい』 岩子姫『イエイエ、決して決して妖怪変化では御座いませぬ、どうぞお助け下さいませ』 亀彦『もしもし高国別様、どうでせう、彼奴は本物でせうか。偽物の能く流行する時節ですから、ウツカリと油断はなりませぬぜ、………コラコラ化の奴、新意匠をこらし、レツテルを替へて、厄雑物を突付けても其手には乗らぬぞ、意匠登録法違反で告発をしてやらうか』 高国別『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、亀彦サン、高国別の厳命だ、あなた真裸となつて救うて来て下さい。高国別が神に代つて命令を致します』 亀彦『滅相な、どうしてどうして、是ばつかりは真つ平御免、アーメン素麺、トコロテン、ステテコテンのテンテコテン、テンデ話になりませぬワイ、テンと合点がゆきませぬ、是ればつかりは平に御断り申す。斯く申すは決して亀彦の肉体では御座らぬ。亀彦が守護神の申す事で御座る』 梅彦『アハヽヽヽ、巧い事を言ひよるワイ、融通の利く副守護神だ、斯うなると副守先生も重宝なものだなア』 亀彦『亀彦の守護神が、神素盞嗚の大神の命に依つて、梅彦に厳命する………梅彦、速かに真裸となり、水中にザンブと許り飛込んで、二人の妖怪を救ひ来れ。万々一、彼にして大蛇の変化なれば、汝は一呑みに蛇腹に葬られむ。然る時は、汝が霊を引抜き、至美至楽の天国に救ひ、百味の飲食を与へ遣はす、ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 梅彦『ウンウンウン』 亀彦『コラコラ、偽神懸は厳禁するぞ、亀サンの審神を暗まさうと思つても、天眼通、天耳通、宿命通、自他心通、感通、漏尽通の六大神通力を具備せる、古今無双の審神者のティーチヤーに向つて、誤魔化しは利かぬぞ、速かに飛込め』 池中に浮かべる二つの首は、苦痛を忘れて、思はず、『ホヽヽヽヽ』と笑ひ出せば、 亀彦『それ見たか、俺の天眼通はコンナものだ。此寒いのに池の中に投り込まれ、人間なら、何気楽さうに笑ふものか、とうとう化物の正体を現はしよつた。アツハヽヽヽ』 幾代姫『亀彦様、梅彦様、あなたは分らぬお方ですな、………アーアコンナ方を二世の夫に持つたと思へば恥かしいワ』 亀彦『コレコレ嬶左衛門殿、何と御意召さる。親子は一世、夫婦は二世で御座るぞ』 二女『夫婦二世と云ふ掟を幸ひ、あなたの様な、臆病神との契を解き、第二の夫を持ちませう。ネー愛子姫様、決して天則違反では御座いますまい』 亀彦、梅彦、両手を拡げて、 亀彦、梅彦『アヽ待つた待つた、如何に女権拡張の世の中ぢやとて、姫御前の有られもない其暴言、これだから、新しい女を女房に持つのは困ると言ふのだ。エー仕方がない、俺も男だ………サア梅サン………ヤア亀サン………一イ二ウ三ツだ』 と云ふより早く、真裸となり、ザンブと飛込んだ。 亀彦、梅彦『ヤア比較的浅い池だワイ………オイオイ二つの生首、かぶりついちや不可よ、俺一人ではない、俺には彼の通り立派な奥方がお二人も随いて御座るのだ。一度死んだから二度とは死なないから、吾々は生命位は何ともないが、後に残つた菊子姫、幾代姫の悲歎の程が思い遣られる……コラコラ助けてやるから生命の恩人だと思つて、かぶり付いてはならぬぞ』 と言ひつつ、コワゴワ頭髪をグツと握り締めた。 岩子姫『アイタタ、痛う御座んす、どうぞ、妾の腰の辺を探つて見て下さい』 亀彦『女の分際としてあられもない事を言ふな、立派な奥様が大きな目を剥いて監督をして御座るぞ、腰のあたりを触つて堪るものかい』 岸子姫『イエイエ、腰の辺りに、可なり大きい紐で大きい石が縛りつけて御座います。三つも四つも、重い石に繋がれて居ます、どうぞ其綱を切つて助けて下さい』 亀彦『アーア、偉い事になつて来たワイ、神が綱を掛たら放さぬぞよ、アハヽヽヽ』 岩子姫『冗談仰有らずに、どうぞ真面目にほどいて下さい』 二人は水中に手を下し、腰のあたりを探つて見て、 亀彦、梅彦『ヤア甚い事を行つて居る……やつぱり鱗でもなければ、羽でもない、人間の肌だ』 と云ひ乍ら、ほどかむとすれど、綱は膨れてどうする事も出来ぬ。 亀彦、梅彦『アーア仕方がない』 と再び岸に這ひ上り、双刃の剣を口に啣へ、バサバサと飛込み、プツツと綱を切り、二人を肩にひつ担ぎ乍ら上つて来た。高国別および三人の女性は、 四人『アーア結構結構、好い所で助かつたものだ』 浅子姫『岩子さま、岸子さま、あなたは酷い目に会ひましたな、妾も御主人様に救はれました……アヽ結構結構、これと云ふも、大神様の全く御守護で御座いませう』 と浅子姫は、今更の如く嬉し涙に暮れて水面に向つて合掌しゐたりける。 (大正一一・四・三旧三・七松村真澄録) (昭和一〇・三・二三於花蓮港支部王仁校正)