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(1429)
霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 02 エデンの渡 第二章エデンの渡〔三九五〕 松、竹、梅の三人の美人はエデンの渡し場に漸く辿り着きぬ。松代姫は五人の男に向ひ、豊な頬に紅の潮を漲らし、潤ひのある涼しき眼に緑の黒髪の乱れを繕ひながら、 松代姫『もし、貴方等はこのお里の方で御座いますか。何卒妾を向ふ岸へ渡して下さいませぬか』 甲『ヤ、天の川を下つて御出でなさつた棚機姫様で御座いますか。ハイハイ喜んでお供いたしませう。天の川のやうに深い事もありませぬ、又高いこともありませぬから、滅多に天へ落ちる筈はありませぬ、サアサ、天の棚機姫様御一同、私の宅へおいで下さいませ』 松代姫『イヤ、妾は天から来たのでは御座いませぬ。聖地エルサレムから一人の父を探ねて、ウヅの国へ参るもので御座います』 乙『アヽお前さまは矢張りさうすると人の子だなア。あまり美しいので天女の天降りか、棚機さまだらうかと、今も今とて五人の者が噂を致して居りました。アヽ一寸見れば年は二八か二九からぬ、十九か二十の花盛り、真実に惜しいものだね。そして今貴女は一人の父を探ねると仰有つたが、其お父さまと云ふのは何方様の事ですかい』 松代姫『ハイ、妾の父は聖地ヱルサレムの元の天使長でありました桃上彦命で御座います』 丙『ヤア何だい、極悪無道の桃上彦命の娘かい、何とまあ烏が鶴を生んだのか、鳶が鷹を生んだと云ふのか、世の中は変なものだなア。吾々の妹も桃上彦命の家来の奴に誘拐されて今に行衛も知れず、如何なつた事かと、毎日日日妹の在処を心にかけて忘れた遑はないのだ。思へば敵の端だ、ヤアもう今日は妙な心持になつて来た、何程綺麗な女でも敵の娘と聞けば、エー面黒くもない』 と黒い腕をヌツと出し、握り拳を三人の娘の前につき出しながら、 丙『ヤイ、貴様は神様だと思つて、チツトは俺等も面喰つて居た処だ。それに、そつちから吾と吾手に桃上彦の娘と名乗つた以上は、ヨモヤそれに相違はあるまい。サアかうなる以上は五人の荒くれ男に三人の孱弱い女だ。ジタバタしたつて、もうあかぬ。潔く俺らの女房となるか。嫌ぢやなどと貴様の白い首を横にでも振つて見よれ、この鉄拳が貴様の頭上にポカンと御見舞だぞ。サア返答はどうだ』 乙『ヤイヤイ、見れば見るほど美しい、惜しいものだ。いづれ貴様らも一篇は夫を持たねばなるまい、ドンナ男に添ふのも因縁だ。俺らの女房になる気はないか。ヤイ何、嫌と云ふのか、素直に首を縦に振つてアイと云はつしやい。お姫さま、之程恐く見えても矢張り男と女だ。女にかけたら涙脆いものだよ。一黒、二赤、三白といつて、黒い奴は味がよいものだ。どうだ、如何だい、返答聞かう』 松代姫『オホヽヽヽ、皆さま、こんな不束な女に対してお嬲りなさるのですか。冗談も良い加減にして下さいな。妾の父は貴方の仰有る通り悪い者で御座いましたか知りませぬが、妾には何の罪咎もない。幸ひ女の身の姉妹三人、旅は道伴れ世は情、世界に鬼はないと聞きました。何卒妾にそんな事仰有らずにこの河を渡して下さいませ』 丙『何卒妾にソンナ事仰有らずに渡して下さいませ、ソリヤ、何吐しよるのだ。此渡しを渡して下さいませ、なんて、此方が石のやうに硬く出れば綿のやうに柔かく出よつて、イヤモウ優しい面をして酢でも菎蒻でもゆく奴ではないワイ。オイ皆のもの、掛合ふも面倒臭い。此奴ら三人の奴をこの船に乗せて、河の真中に連れて退引きさせぬ談判をやるのだ。兎に角、船に乗せた上は此方のものだ。河の真中に船をとめてゆつくりと談判をやるに限る。女の一心、岩をも徹すと云ふが、男の一心は一口、半句もいはいでも徹すのだ。河の中へ伴れて行けば、変り易きは女の心、乗りかけた船だ、アヽア仕方がない、それなら貴方等の仰有る通りに致します。此エデンの河の様に、深くふかくかはいがつて下さいと仰有るのは目のあたりだ。淵瀬と変る人の行末、昨日や今日の飛鳥川、明日をも知れぬ生命だ、一寸さきは暗の世だ。たとへ一息の間でもコンナ綺麗な女と添ふ事が出来たら一生の光栄だ。イヤ三人のお方、船に乗つて下さい、乗せませう。その代りに、吾々ものせて貰はなならぬからな、宜しいかな。親切を尽して助け助けられ、世の中はまはり持ちだ。浮世の船に棹さして激しき河の瀬を渡るも何かの因縁だらう。此処は三途の川ぢやない、花は麗しく果物豊かな顕恩郷だ、イヤ貴女等も顕恩郷の花となつて睦じく暮すのだよ。さうなれば妹の仇も何も此エデンの河へサツパリ流れ勘定だ。流れ川で尻を洗つたやうにすつかり打ち解けて、清い清い水も洩らさぬ顕恩郷の恵みを楽しむのだな。売言葉に買ひ言葉、魚心あれば水心あり、斯う見えても真実に優しい男だよ。人には添うてみい、馬には跨つて見い、船には乗つて見いだ。さあ早く乗つたり乗つたり』 竹野姫はためらいながら、 竹野姫『姉さま、妹、如何致しませう。妾恐ろしいワ』 梅ケ香姫『姉さま、やめませうか、もう帰りませう、生れてからコンナ恐い目に遇つた事はありませぬ。アヽ誰ぞ助けに来て呉れるものはありますまいかね』 と梅ケ香姫は憂ひを浮べて涙を袖に拭ふ。 甲『さあ早く乗らぬかい、何を愚図々々してるのだ。乗せて呉れえと頼んだぢやないか。吾々は色々と評議をして、到頭お前たちを乗せてやることになつたのだ。人の親切を無にして乗らぬと云ふのか。この場になつて乗るの乗らぬのと、そんな馬鹿なことがあつたものかい、乗らぬなら乗らぬで宜い、男の一心いはいでも徹す、フン縛つてでも乗せてやるのだ』 と云ひながら五人の男は、今や三人の美人に向つて乱暴に及ばむとする。此時浅黄の被布に襷を綾取つた男、息せききつて此場に現はれ、 男(照彦)『ヤアヤア、待つた待つた、待てと申さば待つが宜からうぞ』 甲『ナヽヽ、ナヽヽ何邪魔をするのだ、唐変木奴が。九分九厘と云ふ処へやつて来よつて、待つも待たぬもあつたものかい、邪魔をひろぐと生命がないぞ』 一人の男はカラカラと打笑ひ、 男(照彦)『吾こそは地教の山に鎮まる大天狗だ。愚図々々吐すと、腕をむしり股を引裂き、エデンの河に投込んでやらうか』 一同は、 一同『何、その広言は後にせよ』 と、各自に拳骨を固めて四方より打つてかかるを、一人の男は縦横無尽に五人の間を駆廻り、襟髪とつてドツとばかりエデンの流れに向つて投げつけ、また来る奴を首筋掴んで、以前の如くドツとばかりに投り込む早業。残る三人は捻鉢巻をしながら又もや武者振りつくを、 男(照彦)『エイ面倒』 と足をあげてポンと蹴る途端に、ヨロヨロヨロとよろめき大地に大の字に倒れ伏す。残る二人は雲を霞と韋駄天走り……。松、竹、梅の三人は地獄で仏に会うたる心地して、一人の男の前に現はれ両手をつき、 松代姫『何処の方かは知りませぬが、危き処をお助け下さいまして……』 と云はむとすれば、男は大地に平伏して、 男(照彦)『イヤ勿体ない、お姫様、私は照彦で御座います。一足の事で大変で御座いました。九分九厘で神様がお助け下さつたのでせう。私も今日に限つて思はぬ力が出ました。これ全く国治立大神の御神徳の然らしむるところ、此処で一同揃うて神様に御礼を致しませう』 松代姫『アヽ、汝は照彦、ようまア、いい処へ来て呉れました。妾ら姉妹はお前に黙つて来て済まなかつたが、お前に旅の苦労をさすのが可愛さうだと思つて、姉妹三人牒し合せ、此処まで来るは来たものの、虎、狼、獅子、大蛇の荒び猛ぶ山の尾踏み越え、心淋しき折柄に、此渡し場にヤツト一息する間もなく、又もや荒くれ男の無理難題、進退谷まつた其の刹那、お前に会うたのは全く神様のお引合せ、何卒、父上の国まで送つて下さらぬか』 照彦は、 照彦『ハイ』 と答へて平伏する。二人の妹は嬉しさうに、 竹野姫、梅ケ香姫『アヽ、照彦、能う来て下さつた。サアサ一同、お祝詞を奏上げませう』 茲に四人の主従は路傍の芝生に端坐し、拍手をうつて天津祝詞を奏上し、神恩を感謝しぬ。 (大正一一・二・一二旧一・一六北村隆光録)
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(1435)
霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 08 再生の思 第八章再生の思〔四〇一〕 珍の都の桃上彦命は、巴留の都に出でまして、敵の鋭き槍に突き刺され、沙漠の露と消え給ひしと、聞くに驚く三柱の姫はワツと絶え入るばかり、船底に喰ひついて、声を忍びに泣き入るにぞ、照彦は当惑の息を漏らしながら、 照彦『これはしたりお三方様、御父上の亡くなられたといふことは、決して確なものではありませぬ。察する処、吾々に酒代が欲しさに、斯様なことを申して吾らの心を動かせ、目的を達せむとした悪者の悪企みにかかつたのでせう。必ず必ず御心配下さいますな。行く処へ行つて見なくては実否は判るものではありませぬ。道聴途説に誤られて、肝腎な時になり、小さき女の胸を痛め、若しも御身にささはりでも出来たならば、この家来の照彦は、どうして御父上様に申訳が立ちませうか。冥途にござる母の君へも済みませぬ。どうかお三人様、気を確に持つて下さい、屹度この照彦が御主人様にお会はせ申しませう』 松代姫は涙を拭ひながら、 松代姫『あゝ照彦、よく言うて呉れました。お前の親切は身に沁み渡つて嬉しいが、嘘とは思へぬ客人の咄、まさかの時には妾は何うしようぞ。折角長の海山を越え、孱弱き妹を伴れて、やうやうここに着きは着いたものの、お父上の訃音を聞いて、天にも地にもない一人の親、妾はどうして忍ばれませうぞ』 竹野姫『姉様、どうなり行くも因縁づく、万々一お父さまがお隠れになつたとすれば、力と頼むは姉さまばかり、何卒しつかりして下されませ。梅ケ香姫はやうやう十六歳、花の蕾の開かぬうちから、こんな憂き目に出会ふとは、何たる因果のことでありませう』 照彦『モシモシお三人様、決して決して御心配下さいますな、ここは名に負ふ智利の国、あれ御覧なさいませ、今日の日輪様は殊更麗しい、御機嫌のよい顔をしてにこにこと笑つてゐられます。若しもお父さまが此世に御座らぬやうな事なれば、どうして日天様があのやうな麗しいお顔で吾々を照して下されませうぞ。要らざる取越苦労を止めて、先を楽しんで参りませう。一歩々々珍の都へ近寄るのですから、サアサア上陸致しませう』 此時船の一隅より、中肉中背の色浅黒き男、四人の前に現はれ来り、 男(大蛇彦)『私は恐ろしい名のついた、大蛇彦といふ男でございます。これから珍の国へ帰りますから丁度よい道伴、都近くまで御供いたしませう、御安心なされませ。今承はれば、貴女様は珍の都に其御名も高き桃上彦命様の御娘子とやら、今は正鹿山津見神といふ立派な神様になつて、御無事でゐらつしやいます。決して決して御心配なく、私と共にまゐりませう』 松代姫は飛び立つばかり嬉しげに、 松代姫『それはそれはよい事を聞かして貰ひました。有難うございます』 竹野姫、梅ケ香姫は俄に顔色麗しく、冴え渡りし声にて、 竹野姫『お姉さま、嬉しいワ』 松代姫『アヽ嬉しかろ嬉しかろ、姉さまも嬉しい、心が冴え冴えして来ました』 照彦『ヤア、大蛇彦さま、あなたは珍の国の御方、イヤモウ、よいことを聞かして下さりました。吾々もこれで安心いたします。足も何となく軽いやうな気分になつて来ました。どうかお頼みですから、ひとつ道伴れになつて下さいませ』 大蛇彦『ハイ、宜しう御座います。私が道案内を致しませう』 三笠丸を乗り棄て、ここに一同は智利の港の町をあとに、南を指して心もいそいそと進み行く。 大蛇彦は先に立ち、 大蛇彦『ここは高砂智利の国竜世の姫の鎮まりて 守り給へる神の島御空に高く月照彦の 貴の命の神魂鏡の池に現れまして 日に夜に詔らす言霊の恵も深き智利の国 珍の都に現れませる桃上彦の神司は 名さへ目出度き宣伝使正鹿山津見神となり 珍山峠を乗り越えて巴留の都を救はむと 出でます折しも曲神の鷹取別の僕人に とり囲まれて玉の緒の一度は息も切れたれど 木の花姫に救はれて再びここに蘇り 珍の都に帰りまし花を欺く手弱女の 心も清き宣伝使五月の姫を妻となし 淤縢山津見や駒山彦の神の命の宣伝使 珍山彦と諸共に千歳を契る妹と背の 今日は祝ひの宴の庭喜びたまへ三柱の 姫の命よ千代八千代変らぬ松の色深く 心のたけのすくすくと開く梅ケ香芳ばしも 月日は空に照彦の御供の神と諸共に 大蛇の船に乗せられてはやくもここに着きにけり はやくもここに着きにけり』 と歌ひ終るよと見れば、大蛇彦の姿は煙と消えて、呼べど叫べど何の応へもなく、樹々の梢を渡る松風の音、颯々と耳に響くばかりなり。 さしもに嶮しき遠き山路も瞬間に送られて、ここに主従四人は正鹿山津見神の門前近くに現はれける。 (大正一一・二・一二旧一・一六河津雄録)
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(1442)
霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 15 団子理屈 第一五章団子理屈〔四〇八〕 三五の月は昇れども、山と山との谷間は、黒白も分かぬ真の暗、空せまく地狭き谷底に、三人の宣伝使は端坐し、首ばかり動かし居る折柄、何処ともなく虎狼の唸るやうな声、木霊を響かせ聞え来る。 声『ウーオー』 駒山彦『イヤー虎か狼か、どえらい声が聞えて来た。淤縢山津見さま、神言でも上げませうか』 淤縢山津見『ヤー、仕方がない、神言を奏上しませう』 照彦『カヽヽ神を松魚節に致す宣伝使、かなはぬ時の神頼み、「神言でも」とは何だ。それでも宣伝使か、でも宣伝使。稜威輝くてるの国、珍はてるてるはる山曇る、オツトドツコイ淤縢山くもる、駒山彦は雨降らす、雨は雨だが涙の雨だ。かなしさうな其面つき、仮令からだは八つ裂になつても、神のためなら、チツトもかまはないと言ふ覚悟がなくて、誠の道が開けるか、カラ魂のさかしら魂、神の心も推量して呉れても宜からう。少しの艱難辛苦に遭うても、尻を捲つて雲をかすみと逃げ行く宣伝使、からすのやうな黒い魂で誠の神をかついで、勝手なねつを吹き歩くがとう虫奴が。かてて加へて蟹が行く横さの道を歩みながら、吾程誠の者はない、誠一つが世の宝、誠をつくせ、真心になれと、かたる計りの宣伝使。 からすのやうに喧ましい蚊々虎さまの素性も知らず、軽い男と侮つて、汗かき、耻かき、頭かき、かばちの高い、カラ威張りの上手な神の使ひ、カラと日本の戦があるとは、汝らが御魂の立替へ立直し、今までのカラ魂を、オツ放り出して、水晶の生粋の日本魂に立替へいと申すことだ。喧しいばかりが宣伝使でないぞ。改心いたせばよし、どこまでも分らねば、神はモウ一限りに致すぞよ。何程気の長い神でも、愛想が尽きて、欠伸が出るぞよ』 駒山彦『カヽヽ叶はぬ叶はぬ、勘忍して下さいな。是から改心致しますから、モウ吾々の事に構ひ立てはして下さるなよ。かいて走るやうな掴まへ処のない意見を聞かされて、アヽ好い面の皮だ』 照彦『キヽヽ貴様は余程しぶとい奴、此方の申すことが気に入らぬか。奇怪千万な駄法螺を吹き廻つて、良い気になつて気楽さうに、宣伝歌を歌ひ、気まぐれ半分に、天下を廻る狼狽者、気抜け面して、気が利かぬも程がある。鬼門の金神現はれて善と悪とを立別る。鬼畜のやうな、気違ひ魂の宣伝使は、世の切り替にキツパリと取払ひ、根から葉から切つて了ふぞよ。貴様の気に入らぬは尤もだ。ひどい気強い鬼神のやうな言葉と思ふであらうが、よく気を付けて味はうて見よ。きくらげのやうな耳では神の誠の言葉は聞き取れまい。気が気でならぬ神の胸、いつまでも諾かねば諾くやうに致して諾かして見せうぞよ。汚ない心をさつぱり放かして、誠の神心になり、万事に対して機転を利かし、心配り、気配りの出来ぬやうな事では、気の利いた御用は到底勤まらぬぞよ。きなきな思はず気に入らいでも、歯に衣を着せぬ神の言葉、是から気張つて気分を改め、気不性な心を立直し、気随気儘をさらりと放かし、神と君とに誠を尽し、気六ツかしさうな面をやはらげ、心を決めて荒胆を練り、キヤキヤ思はずキユウキユウ苦しまず、心を清め身を浄め、誠の神に従へば気楽に道が拡まるぞよ。キチリキチリと箱さした様に行くぞよ。神を笠に着るなよ。抜刀や刃物の中に立つて居る様な心持になつて、油断を致すな。窮まりもなき神の恩、万の罪咎も神の光りに消え失せて、身魂は穏かに改まり、さうした上で始めて三五教の宣伝使だ。どうだ、分つたか』 駒山彦『キヽヽ気が付きました。気張つて気張つて是から早く改心を致します。此気味の悪い谷底で、奇妙奇天烈な目に逢うて気を揉まされて、何たるマア気の利かぬ事だらう。神の気勘に叶うた積で、気張つて気張つて心配り気配りして、此処まで勤めて来たのに、思ひがけなき気遣ひをさされた。サア、もうキリキリと決りをつけて、来た道へ帰らうかい。淤縢山津見さまも何だ、一体気の小さい、おどおどとして顫うて居るぢやないか。ナント膽玉の弱い男だな。こんな所に長居をすると、猿の小便ぢやないが、先のことが気にかかるワ』 淤縢山津見『きまりの悪い、不気味な態でキツウ膏を搾られました。際どいとこまで素破抜かれて、アー俺も気が気ぢやないワ。ドウデ吾々は神様の気に入るやうな宣伝はできては居らぬからなア』 照彦『クヽヽ苦労なしの、心の暗い暗雲の宣伝使』 駒山彦『モシモシ、クヽ暗がりにそんな下らぬ事を、モヽモウ是位で止めて下さい』 照彦『苦しいか、苦面が悪いか、臭い物に蓋をしたやうに隠し立てしても、何程クスネようと思うても、四十八癖のあらむ限りは改めてやるぞ。下らぬ理屈を口から出放題、グヅグヅグデグデとクドイ理屈を捏並べ、一つ違へばクナクナ腰になつて、一寸した事でも苦にするなり、委しき事も知らずに、喰ひ違つた御託を並べ立て、九分九厘で覆るの覆らぬの、一厘の仕組をくまなく悟つたの、汲み取つたのと、そりや何の囈語、汲めども尽きぬ神の教、大空の雲を掴むやうな掴まへ所のない、駄法螺を吹いたその酬い、悔し残念をコバリコバリ、今までの取違ひを悔ひ改め、クヨクヨ思はずに神の光を顕はし、闇黒の世を照し、また来る春の梅の花、開く時を呉々も待つがよいぞよ。クレンと返る神の仕組、苦労の花の開く神の道、委しいことが知りたくば、悔い改めて神心になれ。噛んでくくめるやうに知らして置くぞよ』 駒山彦『クヽヽクドクドしいお説教、モヽ分りました分りました、結構で御座います。決して決してモウ此上は取違ひは致しませぬ。何卒これで止めて下さいませ、さうして吾々三人の身体を自由になるやうにして下さい』 照彦『ケヽヽ結構々々とは何が結構だ。毛筋の横巾も違はぬ神の教だ。決心が第一だ。道を汚してはならぬから、神が気もない中から気を付けるのだ。怪体な心を取直し、ケチケチ致さず、神心になつて居らぬと、獣の身魂に欺されて、尻の毛まで一本もないやうにしられるぞよ。嶮しき山を上り下りしながら、毛を吹いて疵を求めるやうな其行り方、従者を連れたり、女を伴れたり、そんな事で神の教が拡まるか、毛虫よりも劣つた宣伝使』 駒山彦『ケヽヽ怪体なことを言ふ神だな。淤縢山さま、如何しよう。耳が痛くつて、面白くもない、コンナ目に遇はされやうと思うたら、宣伝に廻つて来るぢやなかつたに、アヽ何と宣伝使は辛いものぢやなア。毛色の変つた照彦のやうな男が来るものだから、コンな怪体な谷底で、眉毛を読れ、鼻毛を抜かれ、尻の毛まで抜かれるやうな、怪しからぬ目に遇うて、谷底へ蹴落されて、けがしたよりも余程つまらぬ目に遇ふのか。お前さまは頭が坊主だから、けがなくてよからうが、駒山彦は二進も三進もならぬ目に遇うて、困り切つてゐるワイ』 照彦『コヽヽ駒山彦、何を言ふか、乞食芝居のやうに、男女七人連にてゴテゴテと、此処彼処ゴロツキ廻る宣伝使、神は勘忍袋が破れるぞよ。此世の鬼を往生さして、神、仏事、人民を悦ばす神の心、耐へ忍びのない心の定まらぬ、破れ宣伝使が何になるか。梢に来て鳴く鶯でも、春夏秋冬はよく知つて居るに、応へたか、此方の云ふ事が分つたか。コツコツと角張つたもの言ひをしたり、ゴテゴテと小理屈を捏ねたり、事に触れ物に接し、下らぬ理屈を捏ね廻し、人の好まぬ事を無理に勧め、怖がられて強い物には媚び諂ひ、後先真暗の神を困らす駒山彦の宣伝使、米喰ふ虫の製糞器、菰を被つた乞食のやうに、一寸の苦労に弱音を吹き、泣き声をしぼり、モウこいつあ叶はぬ、宣伝はコリコリだと弱気を出したり、怖い顔して威張つて歩く狼狽者の得手勝手なねつを吹くお取次ぎとは、おどましいぞよ。鬼も大蛇も狼も恐れて、尾を振つて跣足で逃げる、イヤ逃げぬ、心の小こい腰の弱い困り者の駒山彦の宣伝使』 駒山彦『サヽヽ囀るない、サツパリ分らぬ事を喋り散らしよつて、態が悪いワイ。逆捻に俺の方からちつと囀つてやらうか、余り喋ると逆トンボリを打たねばならぬぞよ。先にある事を世界に知らす、三五教の悟りのよい流石は宣伝使だ』 照彦『サヽヽ騒がしいワイ』 駒山彦『アヽヽ五月蝿いなア、サツパリ油を搾つて了ひよつた。さてもさても残念なことぢや』 照彦『サアサアサア是からだ。賽の河原で石を積む、積んでは崩す積んでは崩す気の毒な尻の結べぬ宣伝使。月は御空に冴え渡れども、心は暗き谷の底、足許は真暗がりで谷底へ逆トンボリを打たねばならぬぞよ。神の申すことを逆様に取るとはソリヤ何の事、先へ先へと知らす神の教、先の知れぬ宣伝使が、神を審神するといふ探女のやうな、御魂の暗い奴、酒と女に魂を腐らし、やうやう改心致して俄宣伝使になつたとて、サヽそれが何豪い。差添の種ぢやと威張つて居るが、何も彼も差出の神か、イヤ狸だ。流石の其方も神の申す今の言葉、指一本指す事は出来まい。早速開いた口は閉まろまいぞよ、沙汰の限りぢや。サタン悪魔の虜となつても、サツチもない事を触れ歩き、偖も偖も悟りの悪い二人の宣伝使、蚕のサナギのやうに、一寸の事にもプリンプリン尾を振り頭を振り、盲目滅法の審神を致し、本守護神だ、正副守護神だと騒ぎ廻り、日本御魂の両刃の剣はサツパリ錆刀。探り審神者の向ふ見ず、様々の曲津に欺かれ、えらい目にあはされながら、まだ目が醒めぬか。之でも未だ未だ我を張るか。偖もさもしい心だのう。塞ります黄泉彦神の曲の使を信じ、よくもよくも呆けたものだ。今からさらりと我を折りて、慢心心を洗ひ去り、各自に吾身を省みて、猿の尻笑ひを致すでないぞ。耻を曝されて頭を掻くより、褌でもしつかりとかけ。騒ぐな、囀るな、冴えた心の望の月、サアサア淤縢山津見、駒山彦、神の申す事がチツトは腹に入つたか』 駒山彦『シヽヽヽしぶいワイ。うかうか聞いてをれば面白くもない、こんな谷底でアイウエオ、カキクケコの言霊の練習をしよつて、余り馬鹿にするない。言霊なら俺も天下の宣伝使ぢや、負けはせぬぞ。言ふ事はどんな立派な事を言つても、行ひは照彦ぢやで、さう註文通りには行くものぢやない。スカ屁を放つた様な事を吐しよつて、せんぐりせんぐりと、ソヽヽそろそろと棚おろしをしやがつて、チヽちつとも応へぬのぢや。ツヽ詰らぬ事を、テヽヽ手柄さうに、トヽヽ呆けやがつて、ナヽヽ何を吐しやがるのだ。ニヽヽ憎つたらしい、ヌヽヽ抜けたやうな声で、ネヽヽ根も葉もないやうな事を、ノヽヽ述べ立て、ハヽヽ腹が承知せぬワイ。ヒヽヽ昼ならよいがコンナ暗の夜に、フヽヽ悪戯た事を、ヘヽヽ屁のやうに、ホヽヽ吐きよつて、マヽヽ曲津神奴が、ミヽヽみみず奴が、ムヽヽ虫ケラ奴が、メヽヽ盲目奴が、モヽヽ百舌の親方奴が、ヤヽヽ八ケ間しい、ややこしい、イヽヽ嫌な事をユヽヽ云ひよつて、エヽヽ得体の知れぬ、ヨヽヽ黄泉神奴が、ラヽヽ埒もない、リヽヽ理屈を捏ねよつて、ルヽヽ類を以て曲津を集めよつて、レヽヽ連発する、ロヽヽ碌でなしの世迷言、ワヽヽ分りもせぬ、イヽヽいやらしい、イケ好かない事を、ウヽヽ呻り立て、エヽヽエー、モー恐ろしい処か、をかしいワイ。お化の大蛇の神憑奴が』 照彦『シヽヽ』 駒山彦『またシーやつてけつかる。縛つてやらうか、虱の守護神奴が』 照彦『シヽヽ思案して見よ、虱の親方、人の血を吸ふ毛虫の駒山彦、執念深い宣伝使、修羅の巷に踏み迷ひ、後先見ずの困つた駒山彦。叱られる事が苦しいか、叱る神も随分苦しいぞ。シカと正念を据ゑてシツカリ聞け。敷島の大和の国の神の教に、シヽヽ如くものはないぞ。醜の曲津に誑らかされ、汝が仕態は何事ぞ。獅子、狼の様な心をもつて、世界の人間が助けられるか、至粋至純の水晶の心になれ。下の者を大切に致せよ。しち難かしい説教を致すな。シツカリと胸に手をあて考へて見よ。一度は死なねばならぬ人の身、死んでも生き通しの霊魂を研けよ。屡々神は諭せども、あまり分らぬから神も痺をきらして居るぞよ。しぶといと言うてもあんまりだ。終ひには往生致さねばならぬぞよ。シミジミと神の教を考へて見よ。腹帯をシツカリ締めて掛れよ。霜を踏み雪を分けて世人を救ふ宣伝使、知らぬ事を知つた顔して、白々しい嘘言を吐くな。尻から剥げるやうな法螺を吹くな。知ると言ふ事は神より外にないぞよ。天地の事は如何な事でも説き明すとは、何のシレ言、困つた代物ぢや。嗄れ声を振り立てて神言を奏上したとて、天地の神は感動致さぬぞよ。身魂を研けよ、身魂さへ研けたなら、円満清朗な声音が湧いて来るぞよ。強ひて嫌なものに勧めるな。因縁なきものは時節が来ねば耳へ入らぬ。修身斉家、治国平天下の大道だと偉さうに申して居れど、吾身一つが治まらぬ、仕様もない宣伝使、何が苦しうてシホシホと憔悴れて居るか。荒魂の勇みを振り起して、モツト勇気を出さぬかい』 駒山彦『シヽヽシツカリ致します。奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の、声聞く時は哀れなりけり、だ。えらい鹿に出会してしかられたものだい』 淤縢山津見『ヤア、拙者は脚が起つた、身体が自由になつた、大分に魂が研けたと見えるワイ。いやもう何れの神様か存じませぬが、よくもまあ結構な教訓を垂れさせられました。屹度之から心を入れ替へて、御神慮のある処を謹しんで遵奉致します』 駒山彦『ヤア淤縢山さま、脚が起ちましたか、アヽそれは結構だ。吾々はまだビクとも致しませぬ、胴が据つたものですな』 淤縢山津見『貴方は最前から聞いて居れば一々神様に口答へをなさる、貴方は発根からまだ改心は出来て居ない。改心さへ出来たならば吾々の様に、神様は脚を起たして下さいませう。何卒早く屁理屈を止めて改心して下さい』 駒山彦『カヽヽ改心と言つたて、照彦の様な奴さまに憑つて来る様な守護神の言ふ事が、如何して聞かれるものか、神霊は正邪賢愚に応じて憑依されるものだ。大抵此肉体を標準としたら、神の高下は分るでせう』 照彦『スヽヽ直様、淤縢山津見は脚が起つたをきりとして、カルの国に進んで行け。道伴れは決してならぬ』 淤縢山津見『仰せに従ひ改心の上、直様参ります。今まではえらい考へ違ひを致して居りました』 照彦『一時も早く、片時も速に此場を立去れ』 駒山彦『アヽ淤縢山さま、それはあまり得手勝手だ。自分は脚が起つてよからうが、吾々の様な脚の起たぬ者を見捨てて行つても、神の道に叶ひませうか。朋友の難儀を見捨てて何処へ行くのです。神の道は、親切が一等だと聞きました。それでは道が違ひませう』 照彦『駒山彦の小理屈は聞くに及ばぬ、早く起つて行け。駒山彦の改心が出来るまで、此方が膏を搾つてやらうかい』 淤縢山津見は徐々と此場を立ち去らむとする時、三五の明月は山頂に昇り、細き谷間を皎々と照せり。淤縢山津見は此月光に力を得、宣伝歌を歌ひながら谷道を伝ひて、もと来し道を下り行く。 (大正一一・二・一四旧一・一八森良仁録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 07 思はぬ光栄 第七章思はぬ光栄〔四三七〕 ロッキー山の山颪篠つく雨に百川は 漲り溢れ轟々と西北指して流れ行く その水音も高野川常世の国の神人の 心も騒ぐ荒波に常世神王始めとし 鼻の潰れた鷹取別や激しき憂目を美山別 立帰つたるその後に 中依別は門番の蟹彦、赤熊を庭前に呼出し、 中依別『ヤア、蟹彦、赤熊、その方は門番として今日の不体裁、照彦を取遁がせし罪に依つて、唯今より暇を遣はす。一時も早くこの場を立去れ』 竹山彦『これはこれは、中依別殿の御言葉とも覚えぬ。今日の不始末は、些々たる門番の知る所にあらず。大切の玉を取遁がせしは、監督の任に当らるる貴下中依別にあらずや。蟹彦、赤熊が如き門番に当り散らさるるは、吾々として一円合点ゆかず。貴下は先ず良心あらば責任をもつて自ら退職せられよ』 蟹彦『イヤア、偉いえらい、流石は竹山彦の御大将、それでこそ人民の水上に立ち、人を治むる寛仁大度の御仁徳、蟹彦実に恐れ入る。ヤアヤア中依別、良心あらば貴下先づ責任を以て退職せられよ』 竹山彦『コラコラ蟹彦、門番の分際として声名高き中依別の上役に向つて無礼であろうぞよ』 蟹彦『これはこれは竹山彦の御大将様、中依別は常世城に、大勢上役の坐します中より別て、イヤハヤもう話にも、杭にもかからぬ奴でござる。どうぞ公明正大なる御判断のほど願ひ奉ります』 竹山彦『門番に似合はぬ面白いことを申す奴、併しながら今迄は、頭を振り、尾を掉り、喪家の狗の如く、唯々諾々として上長と仰ぎし中依別に対し、余りと云へば余りの現金ではないか』 蟹彦『ヤア、何も彼も世の中は時の天下に随へといふ事があります。旗色の好き方につくのが当世、もはや竹山彦の一声にて日ごろ傲慢不遜なる中依別が退職となりしは、この蟹彦一人ではござらぬ、城内一同の下役共は一人も残らず手を拍つて喜ぶことと存じます。イヤもう気味のよい事で、余り麦飯……ドツコイ……むぎ道な事をいたした罰で、あは喰つて貴方様に一時も早くいねだとか米だとか言はれたその時の面付、見られたざまぢやありませぬわ。そばに見て居る私は、イヤもううどんでも呑み込んだ様に、つるつると咽の溜飲が下りました。何時迄も驕る何たらは久しからずとかや。是も世間のみせしめ、中々以てよりによつた中依別のがらくた役人、籾から米を取つた後の粕役人、この蟹彦が一つ鼻息したら十間先へペロペロペロと散るやうなざまになりました。どうぞ竹山彦の御大将、一時も早く御英断を願ひます。私一人が喜ぶのではなく、城中もこれからは皆の役人共が喜んで勇んで、寝転んで、ころこんで、滑つて跳ねて、尻餅搗いて、涎をくつて……』 竹山彦『コラコラ、止度もなく何をべらべら囀るか。控へて居らう』 蟹彦『ハイハイ、かにして下さいませ。あまり逆上て、蟹が一寸泡を吹いたのでございます。泡に就て思ひ出した。あは喰つたのは中依別、哀れなものぢや。こんな毒性な目に遇はぬ昔がまだよかつたに、アンポンタンの真黒気の黒焼奴が、案外はやく失策つた。昼行灯の餡ころ餅、暗夜に間に合ふのは提燈、行灯の明り。常世の城に昼行灯は、イヤもう一寸も御用はありますまい。イヽヽ因縁か因果か、いんちき野郎が陰気陰鬱なその陰険な陰謀を企んだ因縁に依つて、今この通り夢にも知らぬ大鉄槌を頭上から痛々しくも下され、これ迄の位置をすつかりと返上し、何時にない曲けた顔していとしいことだ。早く帰して下さいな。古も今も悪人の栄えた例はない。猪武者の中依別、一時も早く家に帰つて隠居でもしたがよからう。いらざる事に肝煎致したその罰で、居るに居られぬこの場の仕儀、曲津の容器、色は真黒けの黒助』 竹山彦『アハヽヽヽ、よう貴様は泡を吹く奴だ。よしよし、中依別も唯今限り常世城の規則に照し、退職を命ずる。就てはその部下の蟹彦も罪は同然』 蟹彦『モシモシ、そりやちつと違ひは致しませぬか。オイ赤熊、俺が御払ひ箱となつたら貴様も同然だぞ』 赤熊『チヨツ、何を吐しよるのだ、受売ばつかりしよつて、偽物を売つたつて買手がないぞ。ウヽヽ運の悪い貴様だ。動きのとれぬ御仰せ、うぢうぢ致さず早く帰れ。常世城の鉄門はこの方一人で大丈夫だ。貴様のやうな泡吹き野郎がけつかると、俺までが、しまひにはいねと云はれて、そば杖を喰はねばならぬ。エヽヽきびの悪い。早く帰るがよからうぞよ』 蟹彦『オイ、そんな偉さうなことを申すと、もう斯うなつては友達でもない、赤の他人だ。エヽヽ遠慮会釈があるものか。貴様の腸を抉つてえらい目に遇はしてやるのだ。今まで偉さうな面構をして居つたが、もう叶ふまい。高野川にでも身を投げて死んで了へ』 竹山彦『コラコラ両人、此処を何と心得て居る、勿体なくも常世城の常暗の御城内だ。面黒い事を吐かずに早く狐の尾を下げて、コンコン今後はきつと慎みます、クワイクワイ改心改良仕ると四這になつて謝れ。然らば竹山彦が暫らくの猶予を与へる。その間によつく胸に手を当てて去就を決するがよからう。不届きな奴、門番を免職さして中依別の後釜に据ゑてやらうか。常世神王の御側附に致してやらうか』 蟹彦『あゝモシモシ、竹山彦の御大将、ソヽヽそれは本当でございますか。叱られて上の役になると云ふことは、根つから葉つから蕪から訳が解りませぬ。今後はもつともつと不都合を致してドツサリ叱らるることですな。私が今日より中依別、ヤア、有難いありがたい、夢に牡丹餅食つたやうだ』 赤熊『コラコラ、貴様は改心致さぬと今後は赦さぬぞ。中依別の後釜に赤熊を命ずるぞよ』 蟹彦『ナヽヽ何を吐しやがる。自分のことを自分が命ずる奴が何処にあるか。コン畜生、貴様狐に魅まれてそんなうさ言を吐きやがるのだな。俺が一言云つたつて、さうきつう根にもつて、コンコン吐すに及ばぬではないか』 竹山彦『矢釜敷いワイ。ぐづぐづ吐すと常世神王の御脇立にして了ふぞ。中依別の後の役を仰付けるぞ』 蟹彦『ナンダか狐に魅まれたやうだな。斯んな結構なやうな、怪体なやうな、こんがらがつた、混沌としたことが又と世にあらうか』 竹山彦『何はともあれ、両人は元の如く赤門に退つて門番を致せ。追つて沙汰を致す』 二人は、 赤熊、蟹彦『ハイハイ、しやちこばりました。しやつちけのうございます』 と云ひながら、元の門番の溜り所に腑に落ちぬやうな面構をして帰り行く。門外にはかに騒がしく、人馬の物音手に取る如く聞え来る。 蟹彦『オイオイ又だ。照彦の奴、蒸返しに来やがつたのだらう。豪い勢だ。今度は沢山の手下を伴れて居るらしい。一つ貴様と俺と、とつときの智慧と力を放り出して、照彦をふん縛つて神王様の前へ突き出したら、御褒美が頂けようも知れぬぞよ』 赤熊『オケオケ、そんなことしたら何時迄も門番だ。貴様は門番に適当な奴だ。貴様に限ると一口言はれたが最後、門附になつて一代浮ぶ瀬はありはしないぞ。こんな失敗があつた御蔭で、中依別は気の毒だが、吾々は常世神王の御側附、一段下つた所で中依別の後釜だ。傘屋の丁稚ぢやないが、骨折つて叱られるより優しだ。貴様も割とは気の利かぬ奴ぢや。とつくりと思案をしたがよからうぞ』 この時門外より声高く、 遠山別『ヤアヤア遠山別、月、雪、花を召伴れ立帰つたり。一時も早くこの門開け』 と呼はる声に両人、 赤熊、蟹彦『何が何だか一寸も聞えはしない。戸を開けだとか、遠山あけだとか、何の事だい、遠の昔に俺の耳は遠山別になつて了つた』 門を叩き、 遠山別『開けよあけよ』 と叫ぶ声、ますます激しくなり来る。 蟹彦『豆腐屋でも遠山でも、左官でも構ふものかい。この門開けて堪らうかい。この方は勿体なくも常世神王の御脇立だ。中依別の後継ぎだ。遠山が何だ、豆腐のやうな腰しよつて偉さうに云ふない。御役が違ふぞ。仕損ふな』 中門の方より、馬鹿役人の粕熊馳せ来り、 粕熊『ヤア、ギヤアイ、赤よ、蟹よ、竹山さまが赤蟹にちよつと来いて仰有るぞ』 二人(赤熊、蟹彦)『赤蟹なんて莫迦にしやがる。まるで二つ一だ。オイ粕熊の粕野郎、そら何吐す。常世神王の御脇立様に向つて、一寸来いだの赤蟹だのと、貴様は狐にでも魅まれよつたな』 折しも六時を報ずる常世城の鐘の音は、コーンコーンコーン、コンコンコンと響き渡る。 (大正一一・二・二一旧一・二五外山豊二録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 18 常世馬場 第一八章常世馬場〔四四八〕 春日に照れる常世城、霞棚引く天守閣、ロッキー山とロッキー城、常世の城の三つ葵、日の出神の自在天、大国彦の疑ひ受けしとは露白旗の、ばたばた風に翻へる、様子も知らぬ門番は広き馬場の芝生の上に、身を横たへて雑談に耽り居る。高彦は、 高彦『オイ倉彦、去年の冬だつたかねえ、松、竹、梅の天女のやうな宣伝使がやつて来て、常世神王さまが、ほくほくもので、終には逆上つて門番の縮尻つた奴を重役にしたり、一生懸命に働いた立派なお役人を門番に昇級さしたり、照彦といふ化物が出て来て荒れ廻す、月、雪、花と云ふ途方途轍もない別嬪がやつて来て、この広い常世の城は、日々百花爛漫たる弥生の陽気に満ちて、糸竹管絃の響きに、吾々も耳の穴の掃除をしたものだが、コロリ転変の世の中、城の中だと思うて居たら、神王さまを始め、吾々迄が、この馬場だつたね、夜露に曝されて馬鹿を見たことがある。狐の声が、彼方にも此方にもコンコン、クワイクワイ聞えると思へば、駕籠に乗つて来た照彦も、六人の娘も煙になつて消えてしまふなり、怪体な事があつたものだ。横歩きの上手な蟹彦奴が、豪さうに竹島彦と名乗つて、沢山の軍隊を引率して黄泉島へ出陣する、まるで世の中はクラリ転変だ。又あんな事があると、門番だつて馬鹿にならぬワ。待てば海路の風があると云ふ事だ。ロッキー山も常世城も皆出陣して仕舞つて、後に人物が払底と来て居るのだから、きつと選抜されて高彦が鷹取別におなり遊ばすかも知れないよ』 倉彦『貴様、日が永いので夢でも見て居るのか。高彦が鷹取別になつて、化物の火の玉に鼻を挫かれて、鼻ビシヤゲ彦となるも面白からう』 高彦『何、鼻位べしやげたつて構ふものか、鷹取別は矢張り鷹取別ぢや。三軍の将として威風堂々四辺を払ひ、黄泉島に数多の軍を引率して出た美々しい姿は、この高彦の目から見ても実に羨望の至りだつたよ』 倉彦『欲の熊高彦、股裂けると云ふ事を知つて居るかい』 高彦『めくらの、ぼんくらの、なまくら彦、何を吐しよるのだ。人の出世は運にあるのだ。俺の運が貴様に分るか』 倉彦『貴様のウンを知らぬものがあるかい。この間も雪隠に行くのが邪魔くさいと云ひよつて、橋の袂で行灯のかきたて坊子のやうな形をした、どえらい左巻を垂れたぢやないか。沢山の金蠅が出て来よつて、ブンブンと黒くなるほどたかつて居た。貴様は鷹取別ぢやないはへたかり彦の糞野郎だなア』 高彦『困つた奴だなア。運と云ふ事はそんなものぢやないワイ』 倉彦『それなら何だ』 高彦『運と云うたら、雲の上まで出世をする事だ。それにどんな望みでも、ここの大将の常世神王さまが諾と云つたら最後、あの横歩きの糞垂腰の蟹彦でも上役になつたぢやないか。どうだ分つたか、運の因縁が』 倉彦『あゝさうか、ウンと云へば出世が出来るのだな。それなら貴様を常世神王の上役、脇立にしてやらう、ウン、ウン、ウン』 高彦『何だ、雪隠に這入つて跨げたやうな声を出しよつて、そんな運が何になるか』 かく雑談に耽る折しも、数十騎の馬に跨り、此方に向つて勢よく進み来る者あり。 二人『イヨー、ロッキー城から又何だか上使がやつて来たぞ。かうしては居られない、早く這入つて門を閉めるのだ』 と二人は狼狽てて門の内に飛び込み、閂をがたりと入れ、 高彦『サア、運の開け口だ。この門開けといつたが最後、ウンと云うて開くのだよ』 倉彦『オイオイ、さう心易く開いちや価値がないぞ。蟹彦のやうに出世をしようと思へば、力一ぱい、頑張つて見るのだ』 かかる所へ、逆国別は数多の部下を引き連れ門前に現はれ、 逆国別『ロッキー山の館の姫神伊諾冊大神、ロッキー城の御大将日の出神の御上使逆国別、常世神王に急用あり、一時も早くこの門を開け』 二人『ヤア、お出でたお出でた、いよいよ運の開け口、これだから辛い門番も辛抱せいと云ふのだ。犬も歩けば棒に当る』 と訳も知らずに喜んで居る。門外よりは声高く、 逆国別『ヤア、何故この門開けぬか、門番は眠つて居るのか』 高彦『オー、ロッキー山の上使とかや、大切なる役目を蒙るこの門番、昼の日中に眠る奴があつて耐らうか。何程立派な御上使でも、此門の開け閉ては、門番の権利だ。頭ごなしに呶鳴り立てな、駄目だぞ』 倉彦『オイ、もつとカスリ声を出さぬか。そんな間抜けた、竹筒を吹いたやうな声では、おちこぼれがないぞ。底抜け野郎』 門外より、 逆国別『早く開けよ、時が迫つた』 と頻りに叩く。両人は、 二人『オイ、兎も角開けての上の御分別だ』 と閂を外し、左右にパツと表門を開く。逆国別は乗馬の侭門を潜り入り、 逆国別『ホー、皆の者、常世城の東西南北の鉄門を警護致せ。一人たりとも見のがしてはならぬぞ』 と云ひ捨て、ドシドシ中門に向つて進み入る。高、倉は後追つかけ、一生懸命に馬の尻尾に縋りつき、 高彦『モシモシ、逆国別さま、みだりに中門を潜る事は出来ませぬ』 逆国別『上使に向つて不都合千万、退れツ』 馬『ヒンヒン、ブウブウブウ』 倉彦『ヤア、馬鹿にしやがる、臭い屁を嗅がしよつて、日に三升のくづ豆喰ひ、十六文で二足の履穿きよつて、この倉彦さまに屁をくらはし、音高彦さまとは洒落てけつかる。モシモシ御上使、物を註文する時には前金が要りますぜ。あなたが中門を開けと仰有るなら、此方にも註文がある』 かくする内、中門はサラリと開いた。逆国別は乗馬のまま中門を潜らむとする。高彦、倉彦は頓狂な声を出して、 二人『ヤア、この門みだりに入るべからず。下馬下乗だツ、下れツ』 と呶鳴りつけるを、逆国別は数人の家来と共に、委細かまはず奥へ奥へと進み入る。 高彦『たうとう我慢の強い、這入つて仕舞ひよつた』 倉彦『門番の権威もよい加減なものだなア。貴様の云ふ通り、倉彦が照山彦で、貴様が鷹取別になるかも知れないぞ。まア、そんな心配らしい顔をすな。ヨウヨウ、門を閉め置かないものだから、吾々に無断で駕籠が三つも這入つて来よる。また昨年の冬のやうに、松、竹、梅の化物かも知れないぞ』 高彦『これが出世の導きだ。昨年もさうだつたらう。三人の女が来て、次に強い照彦がやつて来て暴れよつて、その後へまた三人の綺麗な女が這入つて来ただろう。その時の騒動のお蔭で、蟹彦の奴、今は立派な三軍の将となりよつたのだ。うまいうまい』 と云ひながら門をぴしやりと閉め、閂をおろし、 高彦『サアサア、これから次の幕だ。また強い奴が破つて這入つて来るまで、開けてはならないぞ』 この時何処ともなく、破鐘のやうな声がして、 声『天狗の鼻高彦、心の目倉彦、今に運が開かぬぞよ。ウワハヽヽヽ』 二人は思はず声する方に向つて仰天したり。 (大正一一・二・二三旧一・二七加藤明子録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 35 アルタイ窟 第三五章アルタイ窟〔四六五〕 石凝姥神、梅ケ香姫二人の宣伝歌に、酋長鉄彦を始め一同の者は、やつと安心の胸を撫でおろし、梅ケ香姫の意見を容れ、清姫の身代りをこしらへ、梅ケ香姫を唐櫃の中に納めて、石凝姥神と時公の門番は唐櫃を舁ぎ、数百人の老若男女に送られて、アルタイ山の山口にさしかかれば、忽ち一天深黒に彩られ、烈しき山颪は岩石も飛ばさむ許りに吹き荒んで来た。一同は風に逆らひながら、漸くにして山寨の前に進み着き、梅ケ香姫を納めたる唐櫃を岩窟の前に静に据ゑ、村人は先を争うて倒けつ輾びつ闇の山路を下り行く。 石凝姥神、時公の二人は、間近の茂みの中に身を横たへて、様子如何にと窺ひ居る。暫くあつてアルタイ山の一面に、大空の星の如く青き火光が瞬き始め、中より一層大なる松火の如き火は、ブウンブウンと唸りを立てて唐櫃の上空を、前後左右に駆け廻り駆け廻る事ほとんど一時ばかり、唐櫃の中よりは幽かなる宣伝歌響いて居る。この声に恐れてや、大なる火光は上空を廻るのみにて、容易に下りて来ない。 数百千の山の青白き火は追々に消え失せ、咫尺も弁ぜざる闇黒と変じ、松火の火は追々と光薄く小さくなり行く。宣伝歌は唐櫃の中より次第々々と声高く聞え来る。一塊の火は忽ち上空に舞ひ昇り、西南の天を指して帯を引きつつ逃げて行く。 石凝姥神はこの態を見て腕を組み、 石凝姥神『オイ、時公、今の火を見たか、随分立派なものだのう。到底アルタイ山でなければ、コンナ立派な火を見る事は出来ないぞ』 時公『ハイ、ドウも恐ろしい事で御座いました。何だか身体が縮かむ様で、手も足も動きませぬ』 石凝姥神『気の弱い奴だなア。貴様一寸声を当に、御苦労だが唐櫃のそばへ寄つて、梅ケ香姫はどうして居るか、調べて来て呉れぬか』 時公『ヘイ、イイエ、滅相な、ドウして足が立ちますものか』 石凝姥神『ソレナラ俺が行つて来るから、貴様はここに隠れて居れ』 と云つて立上らむとするを時公は、 時公『モシモシ、私も一緒に連れて行つて下さい。コンナ処に一人放つとけぼりを喰はされては堪まりませぬワ』 石凝姥『貴様、手も足も動かぬと云つたぢやないか。連れて行けと云つた処で、此闇がりに負うてやる訳にも行かず、仕方がない。マア神妙に待つて居るがよい』 時公『イヤ、ソレナラ、立つて御供を致します』 石凝姥神『ナンダ、なまくらな奴だ、臆病者だな、サア来い』 と手を引いて、唐櫃の前に探りさぐり進み行く。宣伝歌の声は唐櫃の外に洩れ聞えてゐる。 石凝姥『オー、梅ケ香姫殿、悪神は逃げ去つた様です』 と云ひながら、唐櫃の蓋をパツと取れば、梅ケ香姫は白装束の侭髪振り乱し、双刃の剣を闇にピカつかせながらスツクと起ち上り、 梅ケ香姫『ヤアー、アルタイ山に巣を構へ、人の命を奪ふ悪神蛇掴、思ひ知れよ』 と矢庭に声する方に向つて迫り来る其権幕に、時公はキヤツと叫びてその場に倒れ伏す。 石凝姥神『ホー、梅ケ香姫殿、お鎮まりなさい、拙者は石凝姥です。悪魔は最早西南の天に向つて火の玉となり逃げ去りました』 梅ケ香姫『ヤー、蛇掴、汝は吾宣伝歌に恐れ、再び計略を以て三五教の宣伝使石凝姥神と佯り、吾を籠絡せむとするか。思ひ知れよ』 と剣を抜き放つて、前後左右に振り立て振り立て迫り来る。石凝姥は後しざりしながら、 石凝姥神『マアマア、待つた待つた、本物だ』 梅ケ香姫『此期に及んで小賢しき其云ひ訳、聞く耳持たぬ』 と白装束の侭、石凝姥に向つて斬つてかかる。石凝姥は已むを得ず、闇中に幽かに見ゆる白き唐櫃の蓋を取つて梅ケ香姫の刃を受け止め、 石凝姥神『石凝姥だ石凝姥だ』 と頻りに叫ぶ。梅ケ香姫は岩角に躓きバタリとその場に倒れたるが、あたかも時公の倒れたる一尺ばかり傍なりしかば、時公は又もやキヤツと声立て、 時公『ヘヽ蛇掴様、ワヽ私は時公と云ふ男で御座います。貴方のお好きな餌食を御供へに来た者、どうぞ命ばかりは御助け下さいませ。お気に入らぬか知りませぬが、実の処を白状致しますれば、清姫ではなくて、なんでも酸い酸い名のついた風来者の乞食姫で御座います。併し食つてみな味は分りませぬ。お気に入らねば、又明日の晩に本真物を持つて来ます。是でよければ、どうぞ辛抱して、私はお助け下さいなー』 石凝姥は暗中より、 石凝姥神『ホー、時公の奴、不埒千万な、其方は清姫の身代りを持つて来たなア。身代りで済むものなら、男でも女でもかまはぬ。この梅ケ香姫はスツぱくて此方の口に合はぬ。貴様の肉はポツテリ肥えてウマさうだから、これから貴様を御馳走にならうかい』 時公『ソヽヽヽヽそれは違ひます、そんな約束ぢやなかつたに、マヽ待つて下さいませ。食はれる此身は厭はねども、内に残つた女房が嘸歎く事で御座いませう。命ばかりはお助け下さいませ。アヽ、こんな事になると知つたら、三五教の奴乞食の様な、石凝姥とやらの云ふ事を聞くぢやなかつたのに、是から彼奴を私が平げて、貴方の恨を晴らしますから、どうぞお助けを願ひます』 梅ケ香姫闇がりより、 梅ケ香姫『ホヽホヽホヽ』 時公『なんだ、アタいやらしい。ホヽホヽ処かい、今食はれかけて居るとこぢや。お前は替玉で、蛇掴様のお気に入らぬとて、助かつて嬉しからうが、俺の身にもなつて見たがよい。千騎一騎の背中に腹の替へられぬ、苦しい場合になつて居るのに、人を助ける宣伝使が笑ふと云ふ事があるものか。馬鹿にするない。もう斯うなつては破れかぶれだ。俺が食はれる前に貴様の命を取つて腹癒せをしてやらう』 梅ケ香姫『ホヽホヽホヽ、時公さま、貴方口ばつかり御達者ですなア、御手足が動きますか』 時公『ウヽ動かいでかい、動かして見せてやらう、かう見えても、もとは時野川と云つて、小角力の一つもとつた者だ。乞食女の阿魔女奴が何を吐しよるのだ。それにつけても石凝姥の奴、偉さうな法螺ばかり吹きよつて雲を霞と逃げて仕舞ひよつた。どうせ三五教の宣伝使に碌な奴があるものか。ほんたうにドエライ目に遭はせよつたワイ』 石凝姥作り声をして、 石凝姥神『コラコラ時公、頬桁が過ぎるぞ。舌から抜かうか』 時公『下からも上からもありませぬ。私の様な骨の硬い味のないものを食つた処で、胸が悪くなるばかりです。梅ケ香姫よりもう一段酸い酸い、粋な男と内の嬶が申します』 石凝姥神『その酸い奴が喰つて見たいのだ』 時公『矢張り嘘です、酸い奴は梅ケ香姫』 石凝姥は元の声になつて、 石凝姥神『オイ時公、随分俺の悪口をよく囀つたなア。とうの昔に蛇掴はアーメニヤの方へ逃げて仕舞つたよ。最前から蛇掴と云つたのは、暗がりを幸ひ、俺が一つ貴様の肝と心の善悪を調べて見たのだ。貴様はまだまだ改心が出来て居らぬワイ』 時公『ハイハイ、ほんま物ですか。ほんま物なら今から改心いたしますから赦して下さいな』 石凝姥神『蛇掴の肉体は逃げ去つたが、其霊が俺に憑つて、貴様を喰へと云ふのだ。必ず石凝姥を鬼の様な奴と恨めて呉れなよ。俺に憑つた副守護神が、貴様をこれから喰ふのだよ』 時公『あなた、そんな殺生な副守護神を去して下され』 梅ケ香姫『ホヽホヽホヽ』 時公『コレコレ梅ケ香さま、旅は道連れ世は情だ。かうして三人この深山に出て来たのも深い因縁があつての事でせう。貴女宣伝使なら、あの副とか守とか云ふものを去して下さいな』 梅ケ香姫『ホヽホヽホヽ』 石凝姥『アハヽヽヽヽ、嘘だ嘘だ』 時公『ウヽ、ウヽソウですか』 石凝姥神『洒落処でないワイ。もう夜が明ける、サアサア支度だ支度だ。梅ケ香様、貴女は女の事だから、此唐櫃にお這入りなさい。私と時公と舁いで帰ります』 時公『舁げと云つたつて腰が抜けて舁げませぬ』 かくする中、東雲の空紅を潮し、あたりはホンノリと明け放れた。見れば辺りには大小の鬼の形したる岩石が、そこら一面に散乱して居る。石凝姥神は辺りの手頃の細長き岩片を拾ひ、之に息を吹きかけ頭槌を作り、鬼の化石を片つ端より頭を目がけて叩き割れば、不思議や、其石よりは霧の如く、血煙盛んに噴出す。幾十百とも限りなき鬼の化石を一つも残らず首を斬り、ここに三人は悠々として山を下り、再び鉄谷村の酋長鉄彦の家居をさして悠然として凱歌をあげて帰り来る。 (大正一一・二・二七旧二・一岩田久太郎録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 15 大気津姫の段(一) 第一五章大気津姫の段(一)〔四八二〕 『於是、八百万の神共に議りて、速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、神追ひに追ひき』 爰に天照大神と速須佐之男命の天の真奈井の誓約によりて、清明無垢の素尊の御魂、三女神が現はれ玉ひしより、素尊部下の諸神等の不平勃発し、終に天の岩戸の大事変を湧起せしめ、一時は天津神国も、葦原の中津国も常暗の世となり、次で八百万の神等が天の安河原の神集ひに集ひて、神議りに議り玉ひ、結局大海原の主神たりし速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、天上より神追ひに追ひ玉ふの止むを得ざるに立到つたのであります。 『千位の置戸を負はせて』と云ふ意義は、一天万乗の位で、群臣、百僚、百官の上に立つ高御座を負はせ即ち放棄させてと云ふ事であります。父伊邪那岐大神より、大海原なる大地球の統治権を附与されて、天下に君臨し玉ふべき素尊でありますけれ共、高天原に於ける天の岩戸の変の大責任を負ひて、衆議の結果千万の神の上に立つ千位の置戸を捨て玉ふに致つたのであります。凡て万神万有の一切の罪科を一身に負担して、自ら罪人となつて、天地の神明へ潔白なる心性を表示されたのであります。斯の温順善美なる命の御精霊を称して瑞の御魂と謂ふのである。基督が十字架に釘付けられて万民の罪を贖ふと云ふのも、要するに千位の置戸を負うたと同じ意味であります。世界一切の万類を救う為に身を犠牲に供する事は、即ち千位の置戸を負ふのである。現今の如く罪穢に充ち、腐敗の極に達せる地上も亦、至仁至愛なる瑞の御魂の神の贖罪ある為に、大難も小難と成り、小難も消失するのである。アヽ一日も早く、片時も速かに、天下国家の為に犠牲となる可き、瑞の御魂の守護ある真人の各所に出現して、既に倒壊せむとする世界の現状を救済せむことを希望して止まぬ次第である。 『亦鬚を切り』と云ふ意義は、 ヒは、霊であり、日の御子の朝に仕へて政治を照す言霊であり、 ゲは実名職掌である。 即ち自分が官吏ならば官職を辞し、会社の重役を辞すと云ふ事を、ヒゲを抜くと云ふのである。俗に何も知らずに高い処へ止まつてエラサウに吐すと、鬚を抜いてやらうかなぞと言ふのも、不信任を表白した言葉である。高位高官の人や、大会社の重役や、大教育家なぞが大本の教義でなくては天下国家を救ふ事が出来ない事を心底より承認し乍ら、未だ充分の決心がつかずして現在の地位に恋々として、自己の名利栄達にのみ腐心して、大本の教を人眼を忍んで遠くより研究し、世人に知られる事を憚つて居る如うな立派な人士が沢山に在るが、斯の如き人は至忠思君思国の日本魂を振起して、公然大本の信者と名乗り、現代の高い位地なり、名望を眼中に置かず、止むを得ざれば現位地を擲つて、天下国家の為に、大本の主義を天下に実行する様になつた時が、所謂鬚を切つて、真個神明と大君と社会とに奉仕の出来る時であります。 『手足の爪まで抜かしめて、神追ひに追ひ玉ひき』と云ふ意義は、 手足の爪とは私有財産の事である。手の爪は現代の所謂動産物で足の爪は不動産物である。要するに一切の地位を擲ち、一切の財産を顧みず、物質的欲望を捨てて神明の道を天下に宣伝する事が、神追ひに追ひきと云ふ事になるのである。従来の俗界を離れて、至聖、至美、至直なる大神の道に仕へ奉る事を神やらひと謂ふのである。 ヤラヒの言霊を調べる時は、 ヤは天地自然の大道に帰り、世界の親たる覚悟を以て万民を教へ導き、八方の事物を明かに指示する事である。 ラは、俗より真に反りて、従来の体主霊従的行動を翻然として改め、無量寿にして生死の外に超然として産霊の大道を実行し、霊系高皇産霊神の神業を翼賛し、極乎として間断なく惟神の大道を天下に宣伝し、実行して、寸暇無き神業奉仕者となる事である。 ヒは、天理人道を明かにし、神妙不可測の神機に透徹し、過去、現在、未来を明かに了知し、達観し、天地経綸の大司宰者たる人の本能霊徳を顕はし、以て⦿の根底を結び護り、無上の尊厳を保つ事である。 故に神追ひは、神様を追放したり、退去させたりすると云ふ意義では無い。追の漢字と退の漢字の区別ある事を能く反省すべきである。この点は古事記撰録者の最も意を用ゐたる点にして、実に其の親切と周到なる注意とは感謝すべき事であります。 『神追ひ』と云ふ事を大本に写して見る時は、第一に各役員の如きは、総て鬚を切り手足の爪まで抜きて大本へ神追ひに追はれ玉うた人々であります。併し乍ら現今の社会の総てが右諸子の如くに神追ひに追はれ、且又鬚を切り手足の爪まで抜かしめられては却つて天下の政治を乱し、産業の発達を阻止し、国力を弱める事になりますから、神様は神業に直接奉仕すべき身魂の因縁ある真人のみに綱を掛けて、大本に御引寄せに成つたのであります。故に身魂に因縁の無い人々は、最初から何程熱心に神業に奉仕せむとしても、神様から御使ひに成らぬから、何等かの機会に不平を起して脱退せなくてはならぬ様な破目に陥り、終には某々氏等の如く犬糞的に悪胴を据ゑて、一生懸命に大本の攻撃を始める様に成るのであります。亦深い因縁の有る人士で、鬚を切り兼ね、手足の爪を抜き兼ねて、遠くから奉仕されて居る人々もまだまだ沢山にあります。大本の神業に直接奉仕する真人と、又間接に神業に奉仕されて居る人士とがあります。是は鬚を切ると切らないとの差異でありますが、因縁ある人士は勇猛果断一日も早く、神業に直接参加せられたいものであります。さうで無ければ天下に跳梁跋扈せる八岐の大蛇を亡ぼし、天の下を至治泰平ならしむる神業を完全に遂行する事が出来ないのであります。世の中には小官小吏が鬚計り蓄へて尊大振り真意も了解出来ぬ癖に、鰌や鯰の如うな貧乏鬚を揉みながら、大本は淫祠だの邪教だのと、大きな口を開けて泥を吹き、田螺や蛙を脅かして、大本へ入信せむとする可憐な純良な同胞の精神を濁さむとして居るのが沢山ある。亦世の中には、手足の爪を抜くどころか、爪の先に火を点して利己主義一遍の人物があつて日に夜に爪を研ぎすまし、鷹が雀を狙ふ様に、我れよしに浮身をやつして居る厄介な現代である。亦現代の如き詰込み主義の教育法は常に精神の自由を束縛し、自然の良智良能の発達を妨害して居るのであるから、床の間の飾物に成る鉢植の面白い珍木は出来るが、家の柱となる良材は到底出来るものでない。天才教育を閑却し無理無態に枝を伐つたり曲げたり、細い銅線で縛り付けたり、突介棒をかうたり、葉を断つたり、捻つたり、四方八方へ曲げまはして、小さい樹を拵へて、高価に売り付ける植木商と同じ教育の行り方であるから、到底碌な人材は産れ出づるものでない。一日も早くこの爪を抜き除つて了はねば、帝国の前途は実に風前の灯火であります。現代は個人有つて国家あるを忘れ、自党ありて他党あるを忘れて居る。他党と雖も亦国家社会の一部で、同じく是れ人間の儔侶たるものであるが、全く之を知らざるが如き状況である。故に朋党内に相鬩ぎ、外環境の虎視耽々[※一般的には虎視「眈々」と書くが「耽々」でも意味は似ているのでこのままにしておく。]として間隙に乗ぜむとするの危きに備ふるの道を知らず、実に国家の前途を憂へざらむとするも能はざる次第である。アヽ今の時に於て大偉人の出現し、以て国家国民の惨状を救ふもの無くんば帝国の前途は実に暗澹たりと謂ふべきである。世には絶対の平等も無ければ、亦絶対の差別も無い、平等の中に差別あり、差別の中に平等があるのである。蒼々として高きは天である。茫々として広きは地である。斯の如くにして既に上下あり、何人か炭を白しと言ひ雪を黒しと言ふものがあらう乎。政治家も、宗教家も、教育家も此時此際、差別的平等なる天理天則を覚知し、以て天下万民の為に、汝の蓄ふる高慢なる城壁を除き、以て其大切に思ふ処の鬚を切れ。其の暴力に用ゆる手足の爪を抜き去り、以て不惜身命、天下の為に意義ある真の生活に入れ。斯の如くにして始めて、御国を永遠に保全し、祖先の遺風を顕彰し、以て神国神民の天職を全うする事が出来るのである。 『又食物を大気津比売の神に乞ひたまひき』 食物の言霊返しは、イである。イは命であり、出づる息である。即ち生命の元となるのが食物である。またクイ物のクイはキと約る。衣服も亦、キモノと云ふのである。キは生なり、草也、気なりの活用あり。故に衣と食とは、生命を保持する上に最も必要なものである。故に人はオシ物のイとクイ物のキとに因つて、イキて居るのである。又人の住居をイヘと云ふ。イヘの霊返しは、エとなる。エは即ち餌であり、胞である。要するに、衣食住の三種を総称して、食物と云ひ、エと云ひケと言ふのであります。 大気津姫といふ言霊は、要するに、物質文明の極点に達したる為、天下挙つて美衣美食し大廈高楼に安臥して所在贅沢を尽し、体主霊従の頂上に達したる事を、大気津姫と云ふのであります。糧食[※「りやうしよく」の霊返しは「ケ」にはならない。RyousyokUで「ル」になる。校定版・八幡版では「糧食」の直後に括弧書きで「(かて)」という言葉を挿入しているが、KatEなら「ケ」になる。その次の「被衣(かぶと)」(「かづき」とも読む)の霊返しも「ケ」にはならず、KabutOなので「コ」である。「家居(かくれ)」はKakurEで「ケ」になる。]の霊返しは、ケとなり、被衣の霊返しはケと成り、家居の霊返しは亦ケとなる。故に衣食住の大に発達し、且つ非常なる驕奢に、世界中が揃うてなつて来たことを大気津姫と云ふのであります。 『乞ひ玉ひき』と云ふのは、コは細やかの言霊、ヒは明かの言霊である。要するに、素盞嗚尊は八百万の神に対して、正衣正食し、清居すべき道を、お諭しになつたのを『乞ひ玉ひき』と、言霊学上謂ふのであつて、決して乞食非人が食物を哀求する様な意味では無いのであります。 『爾に大気津比売、鼻、口及尻より、種々の味物を取出で、種々作り具へて進る』 鼻と云ふ事は、華やかなるの意義であつて、立派な高価な衣服のことである。口と云ふ事は食餌を意味する。尻と云ふ事は、尻を落着けて起臥する、家居を意味するのである。『種々の味物』とは、色々な臭気紛々たる獣肉や虫類の事である。亦『種々作り具へて進る』と云ふ事は、獣類の毛皮を被たり、骨を櫛や笄[※髪をとめるかんざしのこと]や、其他の道具に愛用したり、鳥や虫の毛や皮で、日用品を造つたり、人間の住居する家の中に便所を造つたり、天則を破つて人の住居を作るに檜材を用ゐたり、屋根を葺くにも檜皮で、恰も神社の如うに、分に過ぎた事を為したりする事を、種々作り具へて進ると云ふのである。奉ると云ふのは、下から上位の方へ上ることであるが、此の御本文の進ると云ふ意味は、進歩すると云ふことである。要するに物質文明の発達進歩せる結果、国風に合致せざる、衣食住の進歩せる悪風潮を指して、クサグサ進ると云ふのであります。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 29 千秋楽 第二九章千秋楽〔四九六〕 顕国玉の宮の祭典は、恙なく神霊鎮座せられ、次で男女三組の結婚式は行はれた。石凝姥神は此祭典慶事を祝すべく立つて歌ひ始めたり。 石凝姥神『東雲の空別昇る朝日子の光眩ゆき神の道 西北南東彦石凝姥の宣伝使 黄金山を立出でて栗毛の駒にウチの河 鞭ち渡る膝栗毛クス野ケ原や明志湖 雪積む野辺を踏みさくみ言霊清き琵琶の湖 渡りて此処に梅ケ香の姫の命や説明可笑 神の命と諸共に雲に抜き出たコーカスの 山の砦に来て見れば大気津姫と現れませる 喰物着物住む家に奢り極めし此深山 ウラルの姫に服従ひし百の八王ヒツコスや 酒の神まで寄り集ひ顕の国の宮の前 三柱神を斎ひつつ饗宴の酒に酔痴れて 節も乱れし酒歌を唄ひ狂へる折柄に 松竹梅の宣伝使天之児屋根や太玉の 神の命を始めとし月雪花や目一箇の 神諸共に宮の前来りて詔れる言霊に ウラルの姫は雲霞後を暗ましアーメニヤ 大空高く逃げて行く此処に再び大宮の 庭を清めて厳かに三柱神の祭典 仕へ奉りて太祝詞称へ奉りて頼母しく 直会神酒に村肝の心を洗ひ清めつつ 歓び尽す折柄に神素盞嗚の大神の 許しの儘に松竹の姫の命の御慶事 天之児屋根や太玉や天之目一箇神司 永遠に結びし妹と背の珍の御儀式ぞ畏けれ アヽ三夫婦の神達よ神の恵みをコーカスの 山より高く琵琶明志湖の底より猶深く 授かりまして幾千代も色は褪せざれ万代も 色はさめざれ押並べて五六七の御代の楽しさを 三夫婦共に松代姫心も開く梅ケ香の 姫の命や世に猛き曲言向けし竹野姫 北光神や高彦の神の御稜威を天が下 四方に広道別の神此世を包む烏羽玉の 雲霧四方に掻分けて神の教を中津国 海の内外に弘めかし神が表に現はれて 須弥仙山に腰を掛け此世を守り給ふごと 心の駒の手綱執り神の御教を過たず 安の河原の永久に流れて清き玉の湖 海より深き父母の恵みに勝る神の恩 山より高き神の稜威コーカス山はまだ愚 天教地教の山よりも功績を高く現はして 神の御国の太柱千木高知りて仕へませ 日は照る光る月は盈つみづの身魂の三巴 甍も清く照る如く遠き近きの国原を 救うて通れ汝が命我れは石凝姥の神 堅磐常盤に村肝の心固めて皇神の 御稜威を広く増鏡鏡の面を見はるかし 三人夫婦の行末を守らせ給へ百の神 心尽しの有丈を傾け願ひ奉る 百代も千代も万代も松の操の色褪せず 枯れて松葉の二人連力をあはせ村肝の 心を神に任せつつ仮令山川どよむとも 天津国土揺ぐとも青山萎れ海河は 涸れ干す事のあるとても永遠に変るな妹と脊の 産霊の道の何時までも鴛鴦の契の何処までも 百年千年万歳万の花に魁けて 薫る梅ケ香姫の如色香ゆかしく語りませ 色香ゆかしく渡りませ恋しき妻に手を引かれ 黄金の橋を渡会の松竹梅の姉妹が 揃ひも揃ふ今日の宵宵に結し喜悦は 神の守護の弥深き千尋の海の底までも 届かざらめや何処迄も神の恵みの尊けれ 神の恵みの尊けれ』 と歌ひ終つて元の座に就きぬ。 時置師神と現れたる鉄谷村の時公[※後の杢助。第26巻第8章参照]は、又もや立つて祝ひの歌を詠み始めたり。その歌、 時公『三五教の宣伝使松竹梅の三柱は 花の春をば仇に越え夏の真中となりし身の 花は散れども遅桜山は青々葉桜の いよいよ開く返り咲三五教と聞いた時 縁の遅いは当然嫁ぎの道は何時迄も なさらぬ方と思て居た人は見かけに依らぬもの 色よき夫を松代姫永き月日の浮節に 待ちに待つたる縁の糸今日は愈結び昆布 摘み肴の切鯣名さへ粋なる梅ケ香の 姫の命の肝玉は此処に現はれ高彦の 神の命の妻となりいよいよ三人の姉妹は 神に貰うた雨に濡れ水も漏さぬ蒸衾 小夜具が下にたくづぬの白きただむき玉の手を 互に抱きさし巻きていをしましませ腿長に 豊の神酒をばきこし召しいよいよ今日から二柱 神の祝の餅搗いて子餅もたんと拵へて 天つ国土轟かし天に輝く星の如 浜の真砂の数多く青人草の種をまけ 三夫婦揃うた世の中に東雲別の東彦 石凝姥の宣伝使時公さまや八彦や 鴨彦さまの顔の色峠の下の小僧の様に 上り下りの客人の姿眺めて指噛むで 蜥蜴の様な面をして恨めし相に眺めいる ホンに芽出たいお目出度い心をかがみの時さまは 鏡餅ではなけれども滅多に妬きはせぬ程に 必ず案じて下さるな牛は牛連れ馬は馬 八公は八公鴨は鴨八つの足をばさし巻いて キウと吸いつく蛸坊主チンチン鴨の神楽舞 上を下へと戦して神に仕ふる時も来る アヽ三柱の夫婦神石凝姥の石の如 堅く誓ひて離れざれ時公八公鴨公の 真心籠めて神の前偏に祈り奉る 偏に祈り奉る』 と歌ひ終り、大口を開けて 時公『アツハヽヽヽヽ』 と笑ひ転ける。一同は時置師神の手つき身振の可笑しさに、天地も揺ぐ許り笑ひ崩れけり。秋月姫はスツクと立つて、長袖しとやかに祝歌を歌ひ舞ふ。 秋月姫『天と地とに三五の道を教ふる宣伝使 三五の月の澄み渡る秋月姫の空清く 今日の喜び幾千代も松竹梅の何時までも 心に掛けて忘れまじ松は千歳の色深く 竹の姿の末永く梅の莟の香しく 一度に開く神の舞鶴は千歳と舞納め 亀は万代歌ふなり千歳の鶴や万代の 亀の齢を保ちつつ天地と共に永久に 月日と共に限りなく此世の続く其限り 夫婦の中は睦じく心を協せ神国に 尽させ給へや三柱の神の命の夫婦連 秋月姫のいと円く家も治まり身も魂も 治まり清く照り渡り神の御水火を受継ぎて 御子沢々に生みなして神の柱を経緯の 錦の機の神の教宣るも涼しき神嘉言 三柱神の大前に君が千歳を寿ぎまつる 君が千とせを寿ぎまつる』 と歌つて元の座に就きぬ。深雪姫は又もや立上り長袖しとやかに歌ひ舞ふ。 深雪姫『三柱神の三つ身魂棟に輝く三つ巴 三夫婦揃ふ今日の宵見ても見飽かぬ妖艶姿 三葉の彦の又の御名天の太玉神司 青雲別の高彦が天之児屋根と現はれて 白雲別けて北光の天の目一箇神司 鴛鴦の契を今此処に結の莚深雪姫 夫婦の仲も睦じく互に心を相生の 松も深雪の友白髪尉と姥との末永く 高砂島にあらねども御稜威も高きコーカスの 山に鎮まる三柱の神の御前に妹と背の 契を結ぶ金の神神の恵みの幸はひて 撞の御柱右左巡り会ひつつ愛男 愛女よと宣らせつつ鶺鴒の教畏みて 学ばせ給ふゆかしさよ芽出度儀式を深雪姫 黄金世界銀世界月日は清く照り亘る 神の光を身に浴びて千代も八千代も栄えませ 幾千代までも松竹の色香も褪せず咲匂ふ 梅ケ香姫のあだ姿月の鏡に美はしく 尊き御子を望月の百千万に生みなして 神の御水火の神業に仕へましませ三柱の 妹背の仲は吉野川流れも清きみづ身魂 神素盞嗚の大神の恵みの露にうるほひて 色も褪せざれ変らざれたとへ天地は変るとも 夫婦の仲は何時迄も弥次々に栂の木の 孫子の世迄栄えませ孫子の世迄栄えませ 深雪の姫が真心を神の御前に捧げつつ 三柱神の行末を畏み畏み寿ぎまつる 畏み畏み祝ぎまつる』 と歌ひ終り元の座に就く。橘姫は又もや立上り、声も涼しく祝歌を歌ふ。其の歌、 橘姫『秋月姫の空晴れて深雪も積る銀世界 春山彦の珍の子と生れ出でたる姉妹は 恋しき父の館をば橘姫の姉妹が 三五教を開かむと神のまにまに進み来る 雪積む野辺を右左寒けき風に梳り 山河越えてコーカスの三柱神の御前に 橘姫の喜びは色も目出度き松代姫 薫ゆかしき梅ケ香姫の貴の命や竹野姫 神の詔勅を畏みて人目の関の隔てなく 妹背の契結びます芽出度き今日の新莚 神酒は甕の瓶高しりて饗宴の蓆賑しく 夜は更けわたる戌の刻亥の刻過て腿長に 各も各もの子の刻や丑寅神の御守護 嬉し嬉しの花も咲く心の卯さも辰の刻 巳ぢかき春の夢醒めて午く納まる此縁 瑞の身魂の未申互に盃取り交はし 悪魔もいぬや亥の時刻夜半の嵐も収まりて 宿世行末物語り睦ばせ給ふ間もあらず 青垣山に鳴く烏雉子は動よむ鶏は鳴く 雉子どよむな鶏鳴くな今朝は烏も唖となれ 鴛鴦の衾の楽し夜を遮る勿れ今日の朝 東の山に日は昇り昼より明かくなるとても 今日一日は烏羽玉の闇にてあれや暗となれ 暗の岩戸を押開き互に含笑む顔と顔 岩戸の前に橘の姫の命の太祝詞 聞ゆる迄は三柱の神も眠を覚まさまじ 明けて悔しき今日の日は竜の宮居の姫神の 御手より受し玉手箱アヽ恨めしや浦島の 年も取らずに何時までも若やぐ胸をすだ抱きて 夫婦の中は睦び合ひ真玉手玉手携へて 神の御業を務めよや結びの神と聞えたる 金勝要の大御神山河動よみ国土揺り 海は涸れ干す世ありとも夫婦の中は何時までも 月日と共に変らざれ月日と共に永久に 栄えましませ何時迄も橘姫が真心を こめて御前に鰭伏しつ畏れ慎み願ぎまつる 畏れかしこみ寿ぎまつる』 と歌つて元の座に就きぬ。 時公『サアサア、芽出度く婚姻の式も済み、三夫婦の濃艶なる宣詞も聞かして貰つた。加ふるに月雪花の三柱神の祝ひの詞、時さまも一寸仲間入りをさして貰つた。石凝姥神様の御祝歌は一寸感心した。サアサア八さま、鴨さま、神酒ばつかり頂いて居ても、芸無し猿では巾が利かない。何でも構はぬ、芽出たい事を歌つたり歌つたり』 八公『時さま、何でもええか』 時公『芽出度い事を歌つたがよかろう』 八公『笑うて呉れな、わしの歌は拙劣だから』 と云ひ乍ら、ヌツと立つて歌ひ始めた。 八公『今日は如何なる吉日か大気津姫は逃げて行く コーカス山の貴の宮三柱神のお祭に みんな揃うて酒に酔ひヨイヨイヨイと舞狂ふ 松竹梅の宣伝使月雪花の乙女達 北光神や高彦や心の太い太玉の 神の命がヒヨイと来て夢に牡丹餅食た様に 松竹梅の宣伝使女房に持つて嬉しかろ この八さまも嬉しいぞヤツトコドツコイ、ドツコイナ それに引替へ気の毒な石凝姥の宣伝使 身体の大きい時さまはほつとけぼりを喰はされて 見るも憐れな鰥鳥とりつく島もないじやくり 時さま許りか八さまも鴨さままでが指銜へ 青い顔して淋しそにこんな馬鹿気た事はない 大勢の前でてらされて茹蛸見たよな顔をして 妬きはせないが日に焦けた黒い顔してくすぶつて 勘定に合はぬ此仕末俺も男ぢや何時か又 綺麗な女房を持つてやる其ときや皆さま見てお呉れ 小野の小町か照手の姫か天津乙女か乙姫さまが 跣で逃げ出す素的な奴を貰ふか貰はぬかそら知らぬ 知らぬが仏神心何時かはカミの厄介に なつて喜ぶ時も来るオイ時公よ鴨公よ 俺の胸先トキトキと何ぢや知らぬが轟いた 足は知らぬに鴨々と震ひあがつて気に喰はぬ 淡白焼いた蛤の美味い汁吸ふ時は何時 何時か何時かと松代姫松かひあつて太玉の 神の命の妻となり角を隠した綿帽子 姿かくして鳴く鳥は山時鳥丈ぢやない 此処にも一人や三人は泣いて居るかも知れはせぬ 千秋万歳末永う松竹梅のお姫さま 夫婦仲良く暮しやんせ心の堅き宣伝使 夫を持つて忽ちに心緩みて神の道 必ず粗末にせぬがよいそれ丈わたしが頼み置く アヽ三柱の神さまへ此三人の夫婦仲 水も漏らさず末永う添はしてやつて下さンせ これが八公の願なりこれが八公の願なり』 時公は大口を開けて、 時公『アハヽヽヽヽ』と、又もや笑ひ転けて腹を抱へる。 八公『オイ時公、何で笑ふか、人をあまり馬鹿にしよまいぞ。お前は拙劣でもよいと云つただらう、拙な歌が却つて面白いのだ。併し乍らお前の歌もあまり立派な作ではなかつた。担うたら棒が折れる様なものだ』 時公『コラコラ、棒が折れるとは何だ。宣り直さぬか』 八公『それでも、是丈歌ふのには棒所か、随分骨が折れたのだよ。アハヽヽヽ』 時公『サア鴨公の番だ。どうせ碌な事は云やせまいが、貴様の偽らぬ心を歌つて見よ』 鴨公『ヨシヨシ、俺も男だ。気張つてフーフーと息継ぎ乍らやつて見る。良かつたら、メヨト喝采するのだぞ』 時公『ヨシヨシ、よしと云つても養子婿ぢやないぞ』 鴨公の歌、 鴨公『明志の湖から従いて来て雪の路をばザクザクと 黒野ケ原に行つて来た孔雀の姫が人喰うと 聞いてビツクリ会うて見りや十五の月の様な顔 案に相違の松代姫ウラルの教を振棄てて 三五教に寝返りを打つて又もや琵琶の湖 烈しき風に曝されて汐干の丸の潮を浴び 牛馬鹿虎四人の目附の神に送られて コーカス山に来て見れば思ひがけなき神祭 八王ヒツコス酒の神祝の酒に酔潰れ 何処も彼処も泥まぶれウラルの姫も泥の衣 心の泥を吐き出してうまい事づくめに神の前 ツベコベほざく其時に松竹梅を始めとし 鴨彦さまも共々に三五教の宣伝歌 歌つて見ればアラ不思議忽ち鬼女となり変り 黒雲起して逃げ去つた後に尊き神祭 祝の酒をグツと呑み酔がまはつた最中に 皇大神の神勅松竹梅の三柱に 婿を貰へと仰せられ開いたる口に牡丹餅を 詰めたる様に一口にウンと呑み込む男方 三人揃うて妹と背の芽出度い盃三々九度 何方も此方も歌を詠み品姿能く踊り舞ひ狂ふ 我れは素より芸無し猿何んにも知らぬヨウせぬと 断る訳には行かないで猿の人真似やつて見よう 猿が三疋飛ンで来て婚礼したのはサル昔 昔々の大昔その又昔の昔から 神の結ンだ因縁で夫婦になつたに違ない 夫婦は天地にたとへられ山と海とに比べられ 神生み国生み島生みの道を開きし伊弉諾の 神の命の初めてし美斗能麻具波比妹背の 今日の芽出度い此祝ひ此喜びはここよりは 外へはやらじやらざれと祈る真心神の前 金勝要の大御神国治立の大御神 神素盞嗚の大御神三夫婦揃うて縁結ぶ こんな芽出度い事はないどうぞわたしも一日も 早く結ンで下さンせ家をば治め国治め 心治まる夫婦中落ちて離れぬ枯松葉 二人の水火は相生の待ちに待つたる嫁貰ひ 貰ひ喜び貰ひ泣きないて明志や琵琶の湖 深き契を何時までも続かせられよ三柱の 聞くも芽出度い夫婦仲仲善く暮せ何時迄も 天に輝く星の如浜の真砂の数多く 御子を生め生め地の上に所狭き迄生みおとせ 落ちて松葉の二人連れ三人四人夫婦仲 三人四人鰥仲盈つれば虧くる世の慣ひ 御空の月の影を見よ何時も満月キラキラと 明るく暮せ夫婦連れ連添ふ妻を振棄てな 妻も夫に尻ふるな神の恵みの雨に濡れ 何時も青々稚翠若やぐ姿永久に 年は取るなよ皺よせな寄せては返す荒浪の 濤も凪げ凪げ春の海生み落したる子宝は 養み育て天地の神の御用に立てて呉れ くれぐれ頼む鴨公の是が一生の願ぞやと 願掛巻神の前神の恵みの幸はひて 夫婦の仲は睦じく八千代の春の玉椿 栄えに栄えよ松代姫梅ケ香姫よ竹野姫 天之目一箇太玉や天之児屋根の神司 神の御前に太祝詞称へ奉るぞ尊けれ 称へ奉るぞ畏けれ畏き神の御教を 夫婦力を協せ合ひ海の内外に隈もなく 輝き渡せ神の道輝き渡せ神の教』 と歌ひ終り座に着きぬ。コーカス山の神祭、瑞の身魂に因縁ある三柱神の婚姻は茲に芽出度く千秋楽を告げにける。 (大正一一・三・四旧二・六松村真澄録) (昭和一〇・二・一九王仁校正)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 序文 序文 教祖御筆先と霊界物語に就て、少しく所感を述べて置きます。 抑も教祖の手を通して書かれた筆先は、到底現代人の智識や学力で之を解釈する事は出来ぬものであります。如何となれば、筆先は教祖が霊眼に映じた瞬間の過現未の現象や、又は神々の言霊の断片を惟神的に録したものですから、一言一句と雖もその言語の出所と時と位置とを霊眼を開いて洞観せなくては、其真相は判るものではありませぬ。之を今日の演劇に譬て見れば、艮の金神の筆先の名の許に、塩谷判官高貞の言語もあれば、高野師直、大星由良之介、大野九太夫、千崎弥五郎、早野勘平、お軽、大野定九郎、加古川本蔵、桃井若狭之介などの役者が各自に台詞を使ふのを、由良之介は由良之介一人に対する台詞、九太夫は九太夫一人のみの台詞を集めたのが、教祖の筆先であります。所謂芝居の下稽古の時に、各役者が自分の扮すべき役目の台詞のみを読み覚ゆるための抜書のやうなものであります。故に、実際の霊界にある神劇を目撃したものでなければ、筆先を批評する事は出来ませぬ。例へば大星由良之介の台詞の筆先を見れば、実に感心も為し忠臣義士の模範とする事も出来ますが、之に反して九太夫の台詞を記した筆先を見る時は、実に嘔吐を催す而已ならず、実に怪しからぬ筆先に見えるのであります。故に神様は、三千世界の大芝居であるぞよと、筆先に書いて居られます。其各自の台詞書を集めて、一つの芝居を仕組むのが緯の役であります。故に霊界物語は筆先の断片的なるに反し、忠臣蔵の全脚本とも云ふべきものであります。筆先の中にも、智恵や学では此筆先は到底判るもので無い、因縁の霊魂に神界の実地が見せてあるから、其者と直とでなければ筆先の精神は判らぬぞよ、と記してあるのを見ても判りませう。又時と処と位置とに因りて、筆先の文句に異同あるのも当然である。軽々しく筆先は人間の論評すべきものではありませぬ。筆先は決して純然たる教典ではありませぬ。 要するに、太古の神々の活動を始め、現在未来の神界の活劇を、断片的に示した台詞書きに過ぎませぬ。之を一つに取まつめてその真相を劇化して、完全に世人に示す様にするのが霊界物語編纂の大使命なのであります。右様の性質の筆先を一所に集めて、神劇の真相を世に発表せむと努力する緯役の苦心をも覚らずに、緯役が完全な筆先をワヤに作りかへたなぞと批評する人は、筆先の真の価値なり又神の御意志を以て、自分の意志と同一に見做した人々の誤りであります。教祖の書かれた筆先(台詞書)の九太夫の巻を見た人は、キツト艮の金神の教は悪であると云ふであらう。由良之介の台詞書を見た人は、定めて艮の金神の教を立派な結構な教であると云ふでありませう。この台詞書を整理して立派な神劇を組立てた上、始めて平民教育の芝居ともなり、バイブルともなるのであります。九太夫一人の台詞を見たり、由良之介一人の台詞書のみを見て、善だの悪だの忠だの不忠だのと批評するのは、批評する人が間違つて居るのであります。故に緯役は大正十年旧九月十八日、教祖の神霊の御請求に由つて、病躯を忍び臥床の儘霊界物語を口述することと致しました。然るに霊界物語は簡明を欠くとか、冗長にして捕捉する事が出来ないとか、複雑之を読むの煩に堪へないとか、神劇としても俗化して居て神威を冒涜するものだとか、甚だしきは緯役の精神そのものの発露だとか、種々雑多の小言を聞きますが、緯役として霊界物語を口述し始めたのは、今迄の信徒の方々が筆先の台詞書而も九太夫の台詞を真の神の教の如く軽信された結果、昨春の様な事件を突発する様になつたのだから、過失を再びせざらしめむとして、病中を忍び本物語を著述する事に成つたのであります。決して道楽や物好きでコンナ事が出来ませうか。 馬琴は二十八年間を費して八犬伝を作りました。この霊界物語は、僅かに一年足らずの間にて口述日数は百五十日、而も八犬伝の三倍を超過して居る大部なものであります。何れも人間の頭脳の産物でない事は、少し著述に経験ある文士なれば一目瞭然たるべきものだと考へます。又中には、霊界物語は神幽現三界の歴史であつて、家庭の宝典たる教化的価値なきものだと云つて居る布教師があるさうですが、未だ霊界物語を読了せないからの誤りであります。第一巻より第四巻迄位を読むだ人は、教訓的よりも歴史的方面の多いものと思惟されるのは寧ろ当然だろうと思ひます。併し霊界物語は歴史でもあり、教訓でもあり、教祖の筆先の解説書であり、確言書であり、大神劇の脚本であります。この物語に依らなければ、教祖の筆先の断片的(台詞書)のみにては、到底神界の御経綸と御意志は判るものでは無いのであります。 霊界物語の文句の中に、一旦帰幽した神人が時代不相応の後世まで生きて居て種々の活動をしたり、又ヱルサレムの都が現今の小亜細亜の土耳古であつたりするなどは、現代人の尤も疑ひの種を蒔くものと予期して居ます。併し何を謂つても数十万年前の物語であり、又霊界を主として口述したのですから、不審の点は沢山にあるでせう。口述者自身に於ても不審、不可解の点は沢山ありませう。筆先と霊界物語とは経緯不離の関係にある事を考へて貰ひたい。また今まで発表した神諭は、由良之介や千崎弥五郎の台詞のみを教訓として発表したものであります。たまに九太夫の台詞のやうに人に依つて感じられる点がある様なのは、其人が神劇の全体を見て居ないから起る誤解であります。由良之介でも七段目の茶屋場あたりでは、一寸見ると九太夫式の言辞を弄してゐる。されど彼の心中は決して悪ではない。緯役として今まで発表した神諭を、九太夫式の点がある様に解するのは、霊界の真相が解らないからであります。何れも緯役として解決の着かない様なものや、悪言的の筆先は決して発表はして居ませぬ。精神のゆがみたる人が見たら悪く見えるであらうが、緯役として神界の実地に触れ根拠ある点のみを選抜して神諭とした迄であります。悪く見ゆるのは神霊の活劇を見ないからであります。故にその蒙を啓くために、本書を発表する事となつたのであります。 中には『筆先は一字も直すことは成らぬぞよ』とあるのを楯に採り、緯役が直したのが不都合だと謂つて居る人がある。是も一を聞いて二を知らぬ人の誤りである。変性女子は緯役だから書き放題に出口直に書かしてあるから、女子がよく調べて直して出して下さいと示してある。是が緯役としての使命である。『一字も直す事は成らぬぞよ』と示されたる意義は、変性女子以下の当時の筆記者に対して示された筆先の詞である。之と混同して緯役を云々するのは少し早計でありませう。
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 10 深夜の琴 第一〇章深夜の琴〔五〇六〕 夏山彦は一同に向ひ、 夏山彦『最早夜も深更に及びましたれば、緩りと御寝み下さいませ。また明朝、緩々と御話を承はりませう』 と一同に会釈し一間に姿を隠した。 初公『蚊取別さま、この度は夢ぢやなからうなア。アイタヽヽヽ』 蚊取別『アハヽヽヽ、矢張り痛いか、痛けりや本当だ。安心して寝むだら宜からう』 初公『あの一絃琴の音はどうだ。小督の局が居るのぢやなからうかな。 「峰の嵐か松風か、恋しき人の琴の音か、駒を留めて聞くからに、爪音しるき想夫憐」 と云つた奴だナア』 蚊取別『馬鹿云ふな。夫れは何十万年未来の世の出来事だ。今は天の岩戸隠れの神代だぞ』 初公『過去現在未来を一貫し、時間空間を超越するのが神界の経綸ぢやないか。己が斯うして夏山彦の館に一絃琴を聞いて彼是噂して居た事を何十万年の未来の世の狂人が、霊界物語だと云つて喋べる様になるのだ。是も神界の仕組だよ。さうだから、ちつとでも今の間に善い事をして未来の人間に持て囃される様にならねば困る。天の岩戸開きの神業に奉仕するのは、末代名の残る事だ。それを思うと一分間でも無駄に光陰を費やすと云ふ事は出来ないワ』 蚊取別『喧しう云はずに寝る時分には寝るものだ。最早子の刻だ。三人の宣伝使が御疲れだから、貴様一人寝るのが厭なら、門へ出て其辺を迂路付いて来い』 初公『子の刻だから寝ると云ふのか、妙なコヂツケだな』 蚊取別『コヂ付けでも何でもない。開闢の初めから定まり切つた言霊の規則だよ。戌の刻限は、人間のいぬる時だ。ぬるの言霊は寝るのだ。亥の刻限にはゐと云うて休む時なのだ。ゐも又寝るのだ。子の刻にはねるものだ。戌亥子の三時は人間が一日の疲れをすつかり休めて華胥の国に遊楽する刻限だ、即ち寝る時だよ。十分体が休まつて、ウーシとなると明日の働く元気が身体一面に、ウーと張り切りシーと緊り、トーと尖つて芽をふき、ラーと左旋運動を起す。それが寅の刻だ。丑寅の刻に元気を付けて、ウーと太陽が卯の方に上る時に人間も起き出で、日天様を拝し顔を洗ひ嗽ひをし、身魂を清めてそれから飯を食ひ、辰の刻が来れば立つて働く。巳の刻が来れば、霊魂にも体にも、みが入つて一日中の大活動時機となる。午の刻になれば日天様は中天に上られ、人間の体も完全に霊と体との活用がウマク行はれるのだ。未になれば火の辻と云うて、火と水との境目だ。それから段々下ると申の刻、そこら一面に水気が下つて来る。酉の刻になれば一日の仕事を取り纏べて、其辺中を取片付け、御飯をとり込んでまた神様にお礼を申し、皆揃うて戌の刻になるといぬるのだよ』 初公『お前は割とは難かしい事を知つて居る宣伝使だねえ』 蚊取別『根ツから葉ツから蕪から菜種迄、宇宙一切万事万端解決が着かねば、宣伝使にはなれないのだよ。牛の尻ぢやないが、牛の尻にならぬと世界を助け廻る事は出来ぬ。兎も角宣伝使が尤も慎むべき寅の刻、オツトドツコイ、虎の巻は何事も省ると云ふ事が一等だ、卯の刻ではない、己惚心を出してはならぬぞ。自分は足らはぬ者ぢや、力の弱い者だ、心の汚れた者だ、罪の塊だと、始終心に恥ぢ、悔い、畏れ、覚り、省みる様にならなくては神様の御用は出来ない。辰と緯との機の仕組、神の因縁を良く諒解し、一方に偏らず、其真ん中の道を歩み、巳の刻ではない、身魂を磨き身を慎み、身贔屓身勝手は捨て改め、猥りに人を審判かず、心は穏かに春の如く、午の刻、否うまく調和を取つて神に等しき言霊を使ふのが本当の神の使だよ』 初公『蚊取別さまの御話で大体甲子(昨日)から随いて歩いて、漸く十二分の干支九(会得)が出来た。然し一絃琴の音が益々冴えて来たぢやないか。寝よと云つたつて、琴の音に耳を澄まされ子る事は出来はしない。ことの外真夜中過ての一絃琴だ。一言禁止する訳には行こうまいかな』 蚊取別『ハテナ、あの琴の音はどうやら、秘密が潜むで居るワイ。此処に来たのも何か神様の一つの絃に操られて来たのだらう』 一絃琴の音はピタリと止むだ。高光彦を始め初公は漸く眠りに就いた。蚊取別は一絃琴の耳に入りしより何となく胸騒ぎ、心落着かず眠り兼ね寝床の上に双手を組むで思案に暮れて居た。又もや微に聞ゆる琴の音、微かに歌ふ声、蚊取別は眠られぬ儘に、琴の爪音を探りさぐり近付いて襖の外に息を殺し静かに聞き入つた。一室に女の歌ふ声、 祝姫『世は烏羽玉の暗くして黒白もわかぬ人心 此世の曲を天地の神の伊吹きに祝姫 山の尾の上や川の瀬に威猛り狂ふ曲神を 言向け和し宣り和め神の恵みを四方の国 百人千人に白瀬川言の葉車の滝津瀬と 逸れど曇る世の中は何の効果もナイル河 滝の涙も涸れ果てて緑の色も褪せにけり 夏山彦の神館百日百夜のもてなしも 早秋月の滝の水乾くよしなき今の身は 生きて甲斐なき宣伝使北光彦の媒介に 蚊取の別の妻となり比翼連理の片袖も 今は湿りて濡衣の乾くよしなき浅猿しさ シナイ山より落ちかかる秋月滝に身を打たれ 醜の魔神にさやられて神に受けたる玉の緒の 息も絶えなむ時もあれ情も深き夏山彦の 貴の命に助けられ病き悩む現身を これの館に横たへて朝な夕なの慈み 身も健かになりぬれば愈此家を立ち出でて 天が下をば駆巡り三五教の御教に 常夜の暗の戸をあけて荒振る神や醜神の 魂照さむと思ふ間思ひがけなき夏山彦の 貴の命の横恋慕夫ある身も白瀬川 流す浮名の恐ろしく操破らぬ祝姫 アヽさりながらさりながら世人の口の怖ろしく 戸もたてられぬ我思ひ義理と情にほだされて 操の松も萎れ行く嗚呼如何にせむ蚊取別 夫の命が此噂聞し召しなば如何にせむ 夏山彦は名にし負ふ心目出度き貴の司 神ならぬ身の祝姫夫持つ吾と知らずして 恋の小田巻繰返し返し重ねて朝夕に 心の丈を割りなくも口説き給ふぞ悲しけれ 此の世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞き直し 世の過ちを宣り直す三五教の守り神 百の神たち我胸の暗き帳を引きあけて 心を晴らせ八重雲を伊吹き祓ひて日月の 光照らさせ給へかし蚊取別てふ背の君は 今は何処に荒野原独り苦しき漂浪の 旅を続かせ給ふらむ逢ひたさ見たさ身の詰り 只一言の言霊の夫の命に通へよや 峰の嵐や松風に寄せて妾が琴の音を 夫の命に送れかし夫の命に送れかし』 と静かに歌つて居る。蚊取別は思はず、ウンウンと溜息つきながら足音高く我居間に立帰り、四人と共に床の上にコロリと伏し、夜の明くるを今や遅しと待ち居たりける。 (大正一一・三・九旧二・一一藤津久子録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 12 化身 第一二章化身〔五〇八〕 夏山彦と共に此場に現はれた祝姫は、轟く胸を撫で擦り乍ら、 祝姫『これはこれは御一同様、御苦労様で御座いました。妾は三五教の宣伝使祝姫と申すもの、白瀬川の魔神を言向和さむと難処を伝ひ漸く秋月の滝に着く折しも、魔神の為めに悩まされ生命危き折柄、イホの酋長即ち此処に在します夏山彦様に助けられ救はれて当家にお世話となり、漸く病労の身を元に復し、これより世の為めに神様の御用に立ち出でむと思つて居た処で御座います。アヽ貴神は我夫、蚊取別の宣伝使、ようマア御無事で居て下さいました』 と涙と共に語る。 蚊取別は儼然として容を更め襟を正し、祝姫をグツと睨み乍ら、 蚊取別『今日より都合によつて汝を離縁する』 祝姫『エ、それは又、如何した理由』 蚊取別『我は女房を持てぬ因縁があるのだ。夫故汝と結婚の約を結ぶは結んだものの、未だ一度も枕を共にした事は無い。実に二人の仲は清浄潔白、汚しも穢されもせぬ仲、今日限り離縁を致す。斯くなる上は従前の通り押しも押されもせぬ互に三五教の宣伝使だ。サア祝姫さま、その覚悟で交際つて下さい』 祝姫『これは心得ぬ貴方の御言葉、妾が貞操の点について何か御心に触へられたるには非ざるか、心許なし、包まず隠さず宣らせ玉へ』 と涙を袖に拭ひつつ其場にワツと倒れ伏しける。 蚊取別『祝姫殿、切なるお心はお察しする。貴女の潔白なる心は私は十分諒解して居る。この蚊取別は、もと大自在天の臣下たりし蚊取別に姿を変じ居れ共、実は贋物である。我はある尊き神の命を受け、宣伝使の養成に全力を注いで居るもの、実際の処を言へば大化物だ。安心して何卒夏山彦と結婚して下さい』 祝姫『エ、貴神は何れの神様』 蚊取別『それを明かす事丈は待つて貰ひ度い』 初公『ヤア蚊取別、なヽヽヽ何だ、ばヽヽヽ化物見た様な男だな。夜前お前が忍び足に聞きに行きよつたのが、不思議だと思つて居つたら、天にも地にも無い最愛の女房だつたのだな。それは無理もない、尤もだ。然し乍ら今聞けば一回も枕を並べた事も無いと言ふ事だが、随分素気ない男だなア。さうして夏山彦の酋長の女房になれとは何が何やら訳が分らぬ。オイ、も一遍俺の鼻を捻つて見て呉れないか。根つから葉つから目から口から鼻から合点の虫が承知せぬワイ』 蚊取別『アハヽヽヽヽ』 高光彦は蚊取別の顔を穴のあく程ながめ乍ら、 高光彦『貴神は初めてお目にかかつた時から、何だか不思議な宣伝使だと思つてゐました。いやもう感心致しました。夏山彦さま、蚊取別の宣伝使はこれや屹度三十三相に身を変じて御座る神様ですよ、仰の通り祝姫さまと御結婚を遊ばしませ。神様の結むだ結構な縁だから祝姫さまも決心をして、此方の仰有る通りなさるが宜しからう。夏山彦さまもよもや嫌ひな仲ではありますまい。是で貴神の心の暗も杜鵑もをさまりませう』 夏山彦『アヽ勿体ない、如何してどうして祝姫さまを女房に持つことが出来ませうか。今承はれば蚊取別の宣伝使の奥さまとやら、聞いて驚愕致しました。私の今迄の心を打ち割つて申せば、初めは三五の教に帰依し次に神様に帰依し、遂には宣伝使に帰依する様になり、それが重なつて恋の病におち、煩悶苦悩を続けて居りました。人民の頭となり乍ら実にお恥しい心で御座います。私も因縁が恐ろしくなつて来ました。何卒このこと計りは許して下さいませ、今迄の恋愛心をスツカリ捨てて仕舞ひますから』 蚊取別『それはいけませぬ。帰依した宣伝使を忘るれば従つて道を忘れ、神を忘れる事になつて来る。帰依心、帰依道、帰依師だ。凡て信仰は恋慕の心を持たねばならぬ。サアサ、私がこれから媒酌を致しますから、御心配なく結婚の式を一時も早く挙げて下さい。神が許した夫婦の縁、誰に憚る事もない、御両人共、少しも蚊取別に遠慮して貰つては困る』 玉光彦『ヤア、これで私の夢も実現した。矢張正夢であつたか』 国光彦『不思議な事ですな。兄さまの夢に迄チヤンと分つて居るのだから、これや屹度神の許された縁でせう。御主人様、蚊取別の神様の仰しやる通り、素直に結婚の式を挙げたが宜しからう』 初公『イヤ、もう昨晩の夢と言ひトンと訳が分らぬ様になつて来たワイ。斯う百日も月日の御光が拝めぬ様になつた世の中だから、何れ種々の化物が現はれるのだらう。こいつは矢張怪しいものだ』 蚊取別の媒酌によつて此処に二人は結婚の式を挙げ、祝姫は一行五人と共に白瀬川の魔神を言向和すべく、館を後に六人連れ宣伝歌を歌ひ乍ら、朧月夜の如き春の日をシナイ山の山麓指して進み行く。 (大正一一・三・九旧二・一一北村隆光録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 15 宣直し 第一五章宣直し〔五一一〕 峰の嵐や松風の音高熊山の岩の前 霊より覚めし瑞月は神の使に十四夜の 御空を仰ぎ眺むれば星の瞬きやうやうに 霞みて月も弥仙山峰の後にかくろひて 鶏鳴間もなき朝嵐冷たき風に吹かれつつ 又もや霊は悠々と果しもあらぬ神界の 方へと息せき進み行く水音高きナイル河 春の初と言ひ乍ら名は秋月の大瀑布 八岐大蛇の片割なる醜の大蛇を言向けて 此世の曲を祝姫蚊取の別や三光の 神の使ひの宣伝使高熊ならぬ高光彦 神の霊の玉光彦御稜威も高き国光彦 風にちらつく行平別の茲に六人の神司 深雪の滝の曲神を善言美詞の神言に 吹き払はむと進み行く夢の中なる物語。 行平別『サア今度は深雪の滝だ。皆さま一緒に前後左右より言霊を以て攻め掛ませうか、また秋月の滝の様に私一人に一任されては困りますよ』 蚊取別『イヤ、深雪の滝は一人で結構だ。行平別の宣伝使に頼むでおかう。祝姫さま、あなたの弔ひ合戦も是で帳消だ。今後は夏山彦の奥さまだから、今迄の様に天下を自由自在に濶歩する事は出来ない。夫唱婦随の天則に従つて家庭を守らねばならぬ。人は一代名は末代、夏山彦の奥さまは、秋月の滝の悪魔を退治に往つて悪神の為に苦められ、大失敗を演じ、夏山彦に助けられ、その情に絆されて夫婦になつた、宣伝使を失敗つた、有終の美を全うする事が出来なかつたと、末代の語草になつては詰らないから結婚をされた後ではあれども、宣伝使の務めを全うさせたい為に、秋月の滝にあなたを連れて来たのだ。最早秋月の滝の征服も無事に片付いた以上は、宣伝使としての責任も、完全に果されたと云ふものだ。サア是から夏山彦の館に帰り、賢妻良母となつて、イホの都に善政を布く夫の神業を内助するのだ。最早宣伝使の役も神界より免除された。サアサア早く還りませう』 祝姫『折角秋月の滝迄来たのですから、モウ私も宣伝使の年の明、花々しく残りの滝の魔神を征伐する迄待つて下さいますまいか』 蚊取別『それはいけませぬ、何事も八分といふ所が良いのだ。十分手柄をしてやらうと思へば、却て失敗の基となる。たとへ失敗せずとも、白瀬川の悪魔は全部我々が征服したのだと云ふ慢心が起るから其慢心が貴女の婦徳を傷つける基となるから、これで打切にするが宜しい』 行平別『さうだなア、蚊取別の仰有る通りだ。祝姫さま、此方は斯う見えても、普通の宣伝使ではない、天教山より現はれたる尊い天使に間違ない、天使の命令だ。素直にお聞なさるが良からう』 祝姫『アヽ仕方がありませぬ、今迄は山野河海を跋渉し、種々の苦心惨怛たる辛い目も味はひ、また愉快な事にも会つて来ましたが、今日から最早宣伝使が出来ないかと思へば何だか心残りがある様です。矢張り妾は温き家庭に蟄居して安楽に暮すよりも、貴神方と共に命懸の苦労をする方が、何程愉快だか分りませぬ。アヽどうして男に生れて来なかつただらう』 蚊取別『執着心をサラリと抛つて、夏山彦の奥様となり、三五教の神を尊敬し、且その教を管轄下の人民に懇切に説き諭して神業を助けなさい。サア私が送つて上げませう。目を塞ぎなさい、途中に目を開けると大変ですから、蚊取別がサア目を開けなさいと云ふ迄開けてはなりませぬよ』 祝姫『ハイ』 と答へて従順に瞑目する。この時何処ともなく四辺を照す大火光が現はれ来たり、一行の頭上を四五回ブウブウと音を立てて循環し、轟然たる大音響と共に、白煙となつて消え失せた。見れば蚊取別、祝姫の姿は最早この場に見えずなりにける。 附言 夫婦となるべき霊、親子となるべき霊魂、主従師弟となるべき身魂は、固より一定不変のものである。併し乍ら世の中の義理とか、何とか種々の事情の為に已むを得ず、不相応の身魂と結婚をしたり、師弟の約を結んだりする事がある。但し霊と霊との因縁なき時は、中途にして破れるものである。蚊取別の天使は、祝姫の霊の夫婦に巡り会ふまで、他の異りたる霊と結婚をなし、天分使命を中途にして過たむ事を恐れ、種々と工夫を凝らし、一旦自分の妻神と名付け、時機の来るのを待たせつつあつたのは、神の大慈大悲の御守護であつた。故に人は結婚に先立ち、産土の神の認許を受け神示を蒙つた上にて結婚せざれば、地位財産名望義理人情恋愛等の体主霊従的境遇に支配されて、一生不愉快なる夫婦の生涯を送る様な事が出来てはならぬから、人倫の大本たる夫婦の道は、神の許しを受け、妄りに軽々しく結婚してはならないものである。中には二度目の妻、所謂二世の妻を持たねばならぬ様な場合があるが、これは第一世の妻と霊が合はなかつたり、或は合つてゐても肉体が霊に添はずして、夭死したりするものである。併し乍ら愛情と言ひ、家庭の切廻しと云ひ、どうしても第一世の妻に比ぶれば、第二世の妻は劣つて居るものである。要するに、二世の妻は、妻といふ名はあつても、大抵は一世の妻の代理たるべき者であるからである。また中には第一世の妻より二世の妻の方が、何かに付けて優つたのもある。それは第一世の妻は夫婦の霊が合うて居なかつたので、第二世の妻が本当の霊の合うた夫婦の場合である。二回とも霊の合はぬ夫婦となり、中途にしてどちらかが欠げ、第三回目に霊の合うた者が発見されても、最早三世の妻は持つ事が出来ないのが、神界の不文律である。 祝姫も斯る過失に陥らざる様と蚊取別の天使は、今日まで姫の身辺を保護すべく夫婦の名を附して居たのである。 蚊取別祝姫は、白煙となつて此場に姿を隠した跡に四人は茫然として白煙立上る雲の彼方を見て、感歎稍久しうし、 高光彦『ヤア今まで蚊取別の宣伝使は変つた人だと思つて居たが、神様と云ふものは実に何処までも行届いたものだナア。唯一人の祝姫の一生を守るべく、種々の手段を以て操縦された其御神業、小さい事にも大きい事にも気のつくものだ。我々も細心の注意を払つて世の中に立たねばならぬ。况して今日の如き常暗の世の中に、蚊取別の様な人は目薬にしたいと思つてもあるものでない。サア之から我々も知らず知らずの慢心を省みて本当の神心にならねば、五つの滝の曲神を征服どころか却て征服されて了はねばならぬ。アー何だか蚊取別さまの帰られた後は、鳥も通はぬ離島に唯一人棄てられた様な心持になつて来た』 玉光彦『さうですナ、各自に腹帯を締めて掛らねばなりませぬ。人は背水の陣を張らねば何事も成功しませぬ。勇断果決、獅子奮迅の勢を以て、先づ自分の霊に憑依せる悪魔を追出し、清浄潔白の霊になつた上悪魔を征服する資格が初て出来るのだ。大瀑布に悪魔が居ると思へば、豈図らむや、自分の心の奥に白瀬川の大瀑布が懸り、そこに大蛇の悪魔が巣ぐうて居るのだ。身外の敵は容易に征服出来るが心内の敵は退治が出来難い。先づ深雪の滝の悪魔に突撃するまでに、各自の悪魔を征服し、或は帰順せしめて後に掛りませうか』 高光彦『アーさうだ。悪魔に対ふのは、恰度的に向つて弓を射る様なものだ。弓を射る者は其身を正しうして、一分一厘の隙間もなく、阿吽の呼吸の合つた時始めて、弓を満月の如くに引絞り、私の心を加へず秋の木の葉の風もなきに、自然に落つるが如き無我無心の境に入りて、自然に矢が弦を離れる。さすれば其矢は的の中心に当る様なものだ。先づ己の霊を正しうするのが肝腎だ』 国光彦『敵は本能寺にあり、我身の敵は我心に潜む。心の敵を滅せば、如何に常暗の世の中とは云へ、我に取りては悪魔も大蛇もナイル河、尊き神代を深雪の滝、速河の瀬に失ひ流す、神司麻柱の宣伝使、深雪の滝に向ふに先立ちて先づ自己の霊の洗濯にかかりませう』 行平別『アヽ、万寿山の御兄弟の深刻なるお話に依りて、私の心の岩戸も、サラリと開けました。アレ御覧なさいませ、天津御空には喜悦の太陽晃々として輝き始めました。これ果して何の祥瑞でせうか』 高光彦『世の中に鬼も大蛇も悪魔も有るものでない、ある様に見えるのだ。各自の心に誠の日月が照り輝き、神の慈愛の心の鏡に映つたならば、天地清明安養浄土、サアサア皆さま、打揃うて天津祝詞を奏上致しませう』 四人は茲に端坐し、天津祝詞を奏上し終つて宣伝歌を高唱する。 三光、行平別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 善悪不二の神の道善を思へば善となり 悪を思へば悪となる舌の剣の切先に 鬼も悪魔も曲霊も先を争ひ出で来る この世曇るも舌の為争ひ起るも舌のため 敵に悩むも舌のためこの世を照すも舌の為 人を救ふも舌のため天国浄土も舌の為 地獄極楽舌のため世のことごとは押並べて 舌の毒より湧き出づる舌の奥には心あり 鬼が出づるも心から大蛇探女も心から 神も仏も心から心の持様唯一つ 心に花の開くとき天地四方に花開く 心に凩荒ぶとき世界に凩吹きまくる 人を殺すも村肝の心の呼吸の舌の先 人を救ふも舌の先神となるのも舌の先 鬼となるのも舌の先人は第一言霊の 天の瓊矛と称へたる舌の剣を慎みて 慈愛の鞘によく納め妄りに抜くな放つなよ 善言美詞の神嘉言使ふは舌の役目ぞや 善言美詞は天地の醜の悪魔を吹き払ふ 生言霊の剣ぞやアヽ惟神々々 霊幸倍坐世言霊の舌の剣を穏かに 使はせ給へ天津神国津神たち百の神 神代を開く言霊の清き御水火に曲津見の 醜の霊は消え失せむ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞直せ身の過ちは詔り直せ』 と歌ひ終るや、百日百夜暗黒に鎖されたる天地は、茲に豁然として夜の明けたる如く、日は晃々として天に輝き、今迄騒然たる瀑布の響はピタリと止まり、虎狼獅子大蛇鬼の叫びも瞬く間、若葉を渡る春風の響とこそはなりにける。 (大正一一・三・一〇旧二・一二松村真澄録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 16 国武丸 第一六章国武丸〔五一二〕 天に月日の光なく、地に村雲ふさがりて、奇しき神代も呉の海、国武丸に帆を揚げて水夫の操る櫂の音は、波に蛇紋を画きつつ、コーカス山の麓を指して進み行く。 風も無く、油を流したやうな静かな、淋みのある海面を船脚遅く、波掻き分けて北東指して進む。此の海上に漂ふこと旬日、数十人の船客は四方山の話に耽り居るのみ。 甲『斯う毎日日日天は曇り、地は言ふに言はれぬ鼻もむしられるやうな臭気がして来る。若い者の頭までが白髪になる。年も寄らぬに禿頭が彼方にも此方にも殖ゑて来る。五穀は実らず、果物は熟せず、病気は起る、獅子や、虎や、狼や大蛇は所々に現はれて人を害する、困つた世の中になつたものだナア。斯うなつて来ると人間も弱いものだ。吾々を救ふ誠の神様が果して世の中に御一柱でもあるとすれば、斯んな世の中を一日も早く立替へて下さりさうなものだな』 乙『それや神様は屹度有るよ。誠の神様は広い世界に唯一柱より無いのだ。何程偉い神さまだとて一柱では、さう隅から隅まで手が廻りさうなことは無いぢやないか。神様が一方で救け持て往かつしやる後から、又悪魔がドンドンと魅入つて往くのだから仕方が無い。各自に心得て魂を研くより仕様がないわ。さう神さまばかりに凭れて居つても自分から改心せなくては、神様がお出になつても、アー斯んな穢れた奴は屑の方に入れてやれと云つて、屑籠の中へ投り込まれて了ふかも知れない。他力信神も結構だが、他力の中に自力信神が無ければならぬよ』 丙『自力で救かるのなれば別に神様は無くても好いぢやないか』 乙『自力の中に他力が有り、他力の中に自力が有る。神様と人間とは持つ持れつ呼吸が合ねば、御神徳は現はれて来ぬのだ。人間は神様に救けられて世の中に活躍し、神は人間に敬はれて御神徳を現はし給ふのだ。毎日手を束ねて他力ばかりを待つて居た所でさう易々と棚から牡丹餅が落ちて来る様な訳には行かない。人間は尽す可き道を尽し、心を尽し、身を尽し、もう是で自分の力の尽しやうが無いと云ふ所まで行つたとこで、神様が力を添へて下さるのだ。偸安姑息自分許り為べき事もせず楽な方へ楽な方へと、身勝手なことばかり考へて居る奴に、神さまだつてナニ護つて下さるものか。これ丈け世の中が曇つて来たのも、みんな神様の所行ぢやない。吾々人間の心得が悪いからだ。互に憎み、妬み、怨み、譏り、怒り、呪ひ、瞋恚の焔を燃して悪魔道のやうに、優勝劣敗、弱肉強食の悪心悪行が天地を包むで、自然に斯んな日月の光も見えぬ暗黒界が現はれたのだ。詮り人間の口から吹く邪気が凝つたのだよ。何うしても是は善言美詞の言霊を以て直日に見直し聞き直し宣り直し天津神言の伊吹きに依て、この天地の妖雲を払ひ清めねば、天日の光を仰ぐことは何時までも出来ぬ。雨も降らず、風も無し、地上に邪気は蔓延する。一体お前たちは此の世界は何うなると思つてゐるのか』 甲『何うなるつたつて、何うも仕方が無いぢやないか。一人や二人の言霊を清くした所で大海の一滴、何の役に立つものか。神様でさへも御一柱で手が廻らぬのに、况して人間の分際で一人や、半分、何程清い言霊を使つた所で何の足にもなりはせぬぢやないか』 乙『人間は神様の容器だ。神様が人間の身体に入つて下さらば、その身魂は日月の如く輝いて、斯んな暗黒な世の中でも薩張すつかりと浄まつて了ふのだが、何を言つても吾々の肉体には醜の曲津が巣を組んで居るから、神様が入つて下さる隙が無いのだよ。一日も早く心の曲津を投り出して、真如の日月を心の天に輝かすやうにならなくては駄目だ。塵芥の溜つた座敷には、貴いお客さんは据ゑることは出来ない。マアマア身魂の掃除が一等だな』 甲『この呉の海には大変な竜神さまが、この頃現はれたと云ふことだよ。その竜神が現はれた風評の立つた頃から、斯うして天地が真暗気になつたぢやないか』 乙『勿体ないことを云ふな。この呉の海は、昔は玉の井の湖と云ふ水晶の湖水があつて、そこに沢山の諸善竜神様がお住居をしてござつたのだ。その時代は此辺りは世界の楽土と言はれた所であつたが、その玉の井の湖を占領せむとして、大自在天の部下なる牛雲別、蟹雲別と云ふ悪神が、攻めよせ来たり、竜神さまと鬼神との戦ひがあつて、その時に玉の井の湖水は天へ舞ひ上り、二つに分れて出来たのがこの呉の海と、琵琶の湖だよ。さう云ふ因縁の有る此の海に何うして悪神さまが住居を為さるものかい。余り人間が悪賢うなつて悪が盛んになつたが為に、地上の諸善神は残らず天へ昇られ、竜神さまは何れも海の底、即ち竜宮の底へ、身を潜め給うたのだ。この地上には、誠の神様はみんな愛想をつかし見捨てて或は天に昇り、或は海の底に入らるるやうになつたものだから、恐い者無しの悪魔が横行濶歩するやうになつたのだよ』 甲『神様は全能ぢやとか、愛だとか言ふぢやないか。真に吾々を愛し給ふならば、何故飽迄も保護をして下さらぬのだ。斯うなつて見ると神の慈愛も疑はざるを得ぬではないか。要するに神と云ふものは美しい、綺麗なばかりで実力の無いものと見える。心穢き悪魔の跋扈に耐へ兼ねて天へ避けたり、海の底へ隠れるとは、なんと神様も不甲斐無いものだナア。吾々人間でさへも斯うして地上に依然と辛抱してゐるぢやないか』 乙『莫迦を云ふな。「人盛なれば天に勝ち、天定まつて人を制す」と曰ふことがある。何程神様が人間を照してやらうと思召しても、鏡が曇つて居るから神様の御神力が映る途が無いのだ。濁つた泥の池には清き月の影は映らぬ。曇つた鏡には姿は映らない、神様は清浄潔白、光だから斯う云ふ汚い人間には御うつりなさらうと思つてもうつることが出来ないのだよ』 甲『其処が神さまぢやないか。吾々の魂が曇つて居れば、何とかして勝手に磨いて、うつればよささうなものぢやないか。魂を研け、磨いた者には、うつつてやらう、護つてやらう、救けてやらう、磨けぬ者には、うつらぬ、護つてはやらぬ、救けぬと云ふのでは別に吾々と異つたことは無いぢやないか。吾々でも色の白い、年の若い、綺麗な別嬪には不知不識に目がうつり、心がうつり、気分がよくなるし、穢いお多福面の色の黒い、どて南瓜のやうな奴には、何となしに心持が悪くつて、そよそよと吹いて来る風も厭と云ふやうな気になる。其処が人間の心だ。仕方が無いが世界の人民は皆我が児だと仰有る神の親心から見たなれば、極道の児や不具の児は、親の心としてなほ可愛がつて呉れさうなものぢやないか。之を考へると余程吾々の方が慈悲心が深いやうだワイ』 乙『よう理窟を云ふ奴だな。神界の事は人間界の理窟で解るものかい。至大無外、至小無内、千変万化の神様の御働き、そんな人間を標準としての屁理窟を言つたつて、神様の大慈大悲の大御心が解るものかい。各自に身魂を研くが一等だ』 甲『さうすると此の海にござる竜神さまは、善の神と云ふのか。善の神なら一寸姿を現はして吾々に安心をさして下さつてもよかりさうなものだのにナア』 乙『何時でも現はして下さるよ。斯んなことは神様の自由自在だ。併し乍ら吾々のやうな穢苦しい身魂の人間が、竜神さまの頭の上を斯うして船に乗つて穢して渡つて居るのだから、何とも知れないよ。マゴマゴすると大変な御立腹を受けて荒波が立つて、船と一緒に竜宮行きをせにやならぬかも分らぬぞよ』 甲『たとへ船がひつくりかへつても、竜宮へ往けるならば結構ぢやないか。神様ばかり清らかな天や、海の底へ入つて地上の人間を斯んな悪魔の中に放つたらかして置くとは、ちつと量見が解り兼る。竜宮へ遣つて貰つて俺は一つ神様と談判をして地上の人間を守つて貰ふやうにしたいのだ』 乙『何程結構な竜宮へ往つた所で、自分の心の鏡が曇つて居れば、美しいことはないわ、鬼や、大蛇や、醜女、探女が四方八方から取囲むで苦しめに来るだけのものだよ。心相応に神様は現はれ給ふのだ。そこが千変万化の神の御働きだよ』 斯く話す折しも俄に一陣の颶風颯と吹き起つて船をキリキリ廻し、山岳の如き浪を立て数十人の生命を乗せたる国武丸は、今や海中に没せむとするの光景とはなりにける。 (大正一一・三・一〇旧二・一二外山豊二録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 19 呉の海原 第一九章呉の海原〔五一五〕 時置師神は牛公の投身したる海面に向ひて、暗祈黙祷しつつあつた。暫くあつて満面に笑を湛へ、悠々と元の席に返つて行くのであつた。馬公は小声になつて、 馬公『オイ鹿、虎、どうだ。三五教の宣伝使でさへも、牛公が海へ飛込むだのを見て、助けようともせず、愉快さうに、ニタリニタリと笑つて居つたぢやないか』 鹿公『ウン、さうだのう、偉さうに人を助ける宣伝使だと云つた処で、口許りだよ。どうでコンナ世の中になつて来れば……誠の者は薬にする程も無い……と云ふ神様の教通りぢや。大きな声で喋つて居ると、又どんな目に逢はせられるか知れやしないぞ。静にせい、静にせい、云ひたけら黙つてものを云ふのだよ』 馬公『黙つてものを云ふ事が出来るかい、手品師でもあるまいし』 虎公『出来いでかい、そこが以心伝心だ。目は口程にものを云ふと云ふ事がある。霊界物語にも耳で見て目で聞き鼻で物食うて口で嗅がねば物は分らぬ、と出て居る[※第1巻第24章の章末に記されている歌だが、そちらでは「物は」ではなく「神は」になっている。]ぢやないか』 馬公『そんな事はどうでも良いわ。マア静にしようかい。オイオイ時置師神が大きな目をむいて、ギロギロと見廻し出したぢやないか。どうやら御鉢が廻りさうだぞ』 と云ひ乍らクルクルと帯を解きかける。 鹿公『オイ馬公、貴様帯を解いてどうするつもりだ』 馬公『喧し云ふない、是には秘密があるのだ。手廻しだ』 虎公『手廻して何だい』 馬公『牛公の様に着物を着たなりで、飛び込むでもつまらぬから、時置師神が「コラツ」とやつて来よつたら、俺はチヤンと御先に此帯解き置かしの神様となつて、真裸のまま海の中へドブンだ。貴様等も用意せ、用意を』 時置師神は四辺キヨロキヨロ見廻しながら、三人の囁き話を聞き、 時置師『ヤアー、久しく逢はなかつた。御前等は牛公の同役、ウラル教の目附の馬、鹿、虎の三人ぢやないか』 虎公『トラ違ひます、シカと見て下さいませ、決してウマい事人を詐る様な、正直な男ぢや御座いませぬ』 時置師『アハヽヽヽヽ、其狼狽へ様は何だ、裸になつて居るぢやないか』 馬公『裸で物は落しませぬからなア。肝腎の一つより無い命を落しては約らぬから、まさかの時の用意に裸になつて置きませうかい。烈しい時津風が吹いて、舟が覆る様な事があつては耐りませぬから』 時置師『御前は確に牛公の連だらう、人間は正直にするものだぞ』 馬公『ハイハイ、ドウド許して下さいませ。正真の事を云つたら命がありませぬわ。今日の時節は、真実の事を云へば、悪い奴ぢやと云つて、酷い目に逢はされる世の中です。嘘が宝となる世の中、嘘から出た誠、誠から出た嘘、嘘か誠か、雨か風か、そこはそれ好い加減に操つて渡るのが当世の遣り方、決して決して此世の中に逆らう様な、悪い人間ぢや御座いませぬ。時世時節に従ふ善の遣り方、時さまに従ひます』 時置師『アハヽヽヽヽ、どこ迄もウラル教主義だなア』 鹿公『斯様斯う斯うシカジカの因縁によつて、しかも同じ国武丸に一蓮托生、袖振り合ふも他生の縁、躓く石も縁の端、団子食ふのも囲炉裡の框』 時置師『コラコラ何を云ふのだ、貴様の云ふ事は時々脱線するから困る』 鹿公『鹿り鹿り、時にとつての時さんへの御慰み、時世時節は恐いもの、この広い世の中、一つや二つ悪い事をしたつて、まさか時さまに遭遇すとは思はなかつた。アーアー広い様で狭いは此世の中だ、まだまだ狭いのは舟の中、も一つ狭いは腹の中』 時置師『ナカナカ能う囀る奴だなア』 鹿公『泣く鹿よりも泣かぬ螢が身を焦す』 時置師『シカタの無い奴だ。何だビリビリと震ひよつて』 鹿公『身体に憑いたる曲津神を震ひ落して居るのですよ。どうぞもう私の古い罪は、貴方もさつぱりと、是で見直し聞直し、都合がついたら、他の船にでも乗り直して下されば、大変に都合が好いのだがなア』 時置師『貴様は面白い奴だ、イヤ面黒い奴だ。まるで渋紙様の様な男だ。顔に渋味があつて一寸確りした目附役、捕手の役には持つて来いだ』 虎公『モシモシ時様、鹿公は最前から随分云うて居ましたぜ。それはそれは大変に云うてましたよ』 時置師『何を云うて居たのだ』 鹿公『ユフユフ自適、神様の有難い事を云うて居たのです。さうして三五教は結構な教立派な宣伝使が沢山ござる。中にも取り分けて御慈悲深い、神力の強い、男前のよい活神さまの様な宣伝使と云うたら、マー時さまの時置師神さまより外にはあるまい……と云うて御賞め申して居つたのですよ』 虎公『コラ鹿公、ユフユフ云ふない。モシモシ宣伝使様、鹿公のは嘘から出た誠でなくて誠から出た嘘ですよ』 鹿公『構ふない、虎の野郎、貴様は余程卑怯な奴だ。俺等二人はどうなつても好い、貴様一人助かりさへすれば好いと思ふのか。よし、それなら俺にも考へがある。モシモシ宣伝使様、この虎公と云ふ奴、コーカス山の八王から沢山の手当を貰ひよつて、実の処は貴方の後を追従て来よつたのです、其証拠には此奴懐に呑んでますぜ』 時置師『呑んで居らうが呑んで居るまいが、どうでも好いぢやないか』 虎公『モシモシ宣伝使様、私を能く了解して下さいませ』 鹿公『何を吐しよるのだ。そりや了解もして下さるだらう。宣伝使を何々しようと思うて、追従覘うて居る悪い奴だから、懐へ呑んで居ると云う事を、御了解して下さるワイ。蛙は口から、匕首が塞がらぬワイ』 かく話す折しも、舟の前面に見上げる許りの水柱立昇るよと見る間に、巨大なる亀の背に載せられて、牛公は嬉しさうに海面に浮むで来た。馬、鹿、虎一度に、 馬公、鹿公、虎公『ヤアー牛公が……助かつた』 (大正一一・三・一〇旧二・一二岩田久太郎録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 20 救ひ舟 第二〇章救ひ舟〔五一六〕 三五教の宣伝使時置師神の真心籠めし其祈りに、海の神も感じ給ひけむ、巨大なる大亀となり、海面に浮ばせ給うた。牛公は亀の背より時置師神に向つて、涙を流しながら合掌する。 時置師『アヽ、私のお祈りも、神様のお告の通り効験が顕はれて、命を助けられ帰つて来た。サア結構々々、早く此船に乗つたり乗つたり』 亀は船に向つて近づいて来る。時置師神は右手をグツと延ばし、牛公の背を猫を掴むやうな調子にてグツと掴むで船中に救ひ上げた。ゴボンゴボンと水音立てて亀は海中に姿を隠した。 時置師『牛公さま、竜宮が見度いと云つて居たが、見られたかな』 牛公『イヤ牛々見られる所か苦しくつて苦しくつて、二三遍も息の根が断れて了ひました。さうすると貴方様が海の底へ潜つて来て私の腰を確り握り、救ひ上げて下さつたと思へば亀の背、こんな有難い事は御座いませぬ。モウ牛牛公も今日限り二本の角を折りまする』 時置師『神様の有難い事が分つたら何より結構だ。オー、そこな鹿さま、馬さま、虎さま、お前達も一度竜宮へ往つて見たらどうだ。都合によつたら又俺が助けに往つてやらうも知れぬが、それは其時の都合だ。万一俺が助けに往かなくつても、因縁と思うて諦めるのだ。サア牛の次には馬かな』 と、グツと馬公の方に向つて猿臂を延ばす。 馬公『ウマウマウマ待つて下さいませ、それは余りで御座います。こんな事があらうと思つて、人の嫌がる目付役や捕手の役人をすつぱりと今日から辞めますと云つたのに、貴方はお前の天職だから辞めなと仰有つたぢや御座いませぬか。それだから私は捕手の役をして三五教の宣伝使を随分苦めたのですが、かう見えても従順な男、貴方の仰有る通り固く守つて来たものを、今更竜宮へやるとは胴欲だ。アンアンアン、オンオンオン』 時置師『アハヽア、此奴は妙な馬だ。世が変れば変るものだなア。ヒンヒンと云うて嘶く馬は沢山あるが、アンアンオンオンと云ふ馬の声は聞き初めだ。アハヽヽヽ、こんな嘶声をする馬は面白くないから、今度は同じ四つ足の鹿の番だ。鹿はカイロと啼くさうだ。かう見えても海には道がついて居る。海路があるのだ。鹿なれば海の中に放り込むでも滅多に困りはすまい。カイロウと思へば直ぐ帰れるから、船にさへも櫂艪がついて居る。サア鹿公、お前の番だぞ』 鹿公『馬は海馬と云つて海にでも棲むで居ます。虎は千里の藪でも飛び越えると云ふのですから、竜宮行は馬公か虎公が適任でせう。鹿と云ふ奴は山の奥に居る奴で、海は一向不調法で御座います。さうして今は春で御座います。春駒と云つて馬の時節、筍の出る春先は虎の時節、鹿は秋が時節、秋まで待つて貰ひませう。三五教の教にも、時世時節には神も叶はぬと仰有るぢや御座いませぬか。竜宮行をする者はシカクが違ひます』 時置師『アハヽヽ、面白い面白い、しかたがないなア、それなら思ひ切つて虎公かな』 虎公『モシモシ、私は不適任です。虎穴に入らずんば虎児を獲ずと云つて、山に穴を掘つて穴の中にこけついて居る代物ですから、竜宮行は性に合ひませぬ。ウミの父上母様は何処にどうして御座るやら、こけつ輾びつ探して見れば、人目に心奥山の、巌窟の中の佗住居、どうぞ許して下さいませ』 時置師『遉は虎公だ。名詮自称、とらまへどころのない事を云ふ奴だ。そんなら竜宮行はこれで免除してやらう。其代りに俺について来るのだ』 虎公『ハイハイ、竜宮行さへ止めさせて下されば、何処へでもお伴致します』 時置師『私の云ふ事は何でも諾くなア。張子の虎のやうにまさかの時になつて首を横に振りはせぬかな』 虎公『トラ御心配下さいますな、決して違背は致しませぬ』 時置師『これから橘島へ船が着いたら、あの島には大きな虎が棲居をして居る事は聞いて居るだらうなア』 虎公『トラもう昔の昔のトラ昔から聞いて居ります』 時置師『トラ昔と云ふ事があるか、去昔だらう』 虎公『十二の干支の寅の裏は申、丑のうらは未だから一寸表の方から申上げました』 時置師『橘島の虎の穴には大きな虎が二匹棲居をして居る。さうして此頃沢山の児を産むで居ると云ふ事だ。其児を捕まへに行くのが虎公の役だ。虎の児と虎公はいい釣合だ、虎穴に入らずんば虎児を獲ず、どうだ勤めるだらうなア』 虎公『トラ、モー、ニヤン、です、シカと、ウマくやれませぬワ』 月は西海に没し、久振にて東海の浪を割つて金色の太陽隆々と昇り来る。その光景は得も云はれぬ爽快と畏敬の念に打たれざるを得ざりしと云ふ。 宣伝使を初め船中の人々は、この太陽に向つて拍手再拝、口々に神恩を感謝する声天にも届くばかりなりける。 (大正一一・三・一〇旧二・一二加藤明子録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 03 波の音 第三章波の音〔五二九〕 颶風は忽ち西北に変じ、鶴山丸は逆流して再び元来し海路に漂ひにける。 猛り狂ふ飛沫に、寿司詰になつた船中の人々は頭上より塩水を浴び、誕生の釈迦像の様になつて了つた。ウラル教の宣伝使、音彦は猛り狂ふ海を眺めて、 音彦『それ見ろ、岩公が偉さうに大将面を振り廻し頑張るものだから、再び天道様の御機嫌を損ねて二度驚愕しやつくりな目に合ふのだよ。貴様の改心が足らぬから皆の者が御招伴をさされるのだ。御馳走の御招伴なら宜いが命からがら此通り、何時船は奈落の底に落ち込むか分らない危急存亡のこの場合だ。はやく改心して日の出別命にお詫をせい。時化の景物に頭から塩水を浴びせられて、辛い目に合つて苦しむのは貴様計りぢやない、一同の迷惑だよ』 岩彦『改心せいと云つた処でこの頃は手元不如意で改心の原料が無いのだ。何うなるも斯うなるも船のまにまに行く処まで行かな仕方がないわ』 音彦『音に名高い、波斯の荒海だ。都合よく何れの湊かに漂着すれば宜いが、海底の竜宮へでもやられて見よ、何うする事も出来やしない』 岩彦『ソンナ取越苦労はすな。寸善尺魔、この瞬間が吾々の自由意志を発揮する時だ。一尺先の事が分るものか。それだからウラル教の宣伝歌に「一寸先は闇よ」と云ふのだ。 「波よ騒げよ一寸先は闇よ、波の中から月が出る」 と云ふのだ。たとへ船が沈没して竜宮へ行つた処で淤縢山津見の様に暫らく雌伏して居ると、待てば海路の風が吹く、そこへ日の出神が現はれて、吾々を助けて呉れると云ふ段取だ。莫迦らしい、日の出別なんてソンナ偽者にこの尊い頭を安売して堪るかい』 梅彦『オイオイ岩彦、お前がさう頑張る為に一同の迷惑だ。現当利益を現はした日の出別の宣伝使に兜を脱いで、今一度助けて貰つたら何うだ』 岩彦『三五教の宣伝歌ぢやないが、 「たとへ大地は沈むとも誠の力は世を救ふ」 吾々はウラル教の宣伝使となつて誠一つを立て通して来たものだ。たとヘウラル教が善にせよ悪にせよ、白鷺の子は白い、烏の子は黒いと定まつて居る。ウラル教が烏なら烏で宜い。身魂の因縁に依つて、烏に生れた者だから遽に白鷺にならうたつて、なれさうな事はない。下らぬ心配するよりも、宣伝歌でも歌つた方がよからう』 音彦『いくら云つてもこの大将は駄目だ。エヽ仕方がない。一寸先は闇だから心残りのない様に持合せの酒でも飲んだらどうだい』 亀彦『下地は好きなり、御意は良し。何も彼も忘れる為めに酒でも沢山飲んで新規蒔直しの管でも巻かうかい』 音彦『アヽアヽ五月蝿奴だナア。之丈けものの解らぬ宣伝使では竜宮の一つ島でも言向け和せないのは道理だ』 岩彦『貴様は落着きのない奴だ。これ位の時化が恐くてどうして天下の宣伝使が勤まらうかい』 梅彦『貴様でも勤まつたと思ふか。頻りに作戦の領分を拡張する計りで、腮の先計りで吾々を指揮したつて罰は目の前、頭が廻らな尾が廻らぬと云ふ事がある。よく考へて見よ。帰つて盤古神王にお目玉を頂戴するより此処で直に、日の出別命に謝罪つて助かる方が利巧なやり方だぞ』 とウラル教の宣伝使一行は、大恐怖落胆の御面相、ザツト半打斗りも陳列して居る。風は益々激しくなつて来た。船頭は声を張り上げて、 船頭『オイオイ皆のお客たち、最う駄目だぞ。用意をなされ』 岩彦『オイ船頭、用意をなされと云つたつて何を用意するのだい』 船頭『叶はぬ時の神頼みだ。この風に向つて負けず劣らず言霊を発射するのだよ。サアサア俺の後に付いて力一杯呶鳴るのだ』 と云ひながら、船頭は櫂や艪の手を止めて、臍下丹田に息を詰め、 船頭『アー、オー、ウー、エー、イー、』 と呶鳴り出したれば、船客一同は怖さに震ひながら声を揃へてアヽオヽウヽエヽイヽと複数的に言霊を発射するのであつた。岩彦は盥伏せに合つた泥棒猫の様な狡猾な面を薄暗い闇に曝して目玉をギヨロギヨロさせ何となく不安の面色にて手足をヂタバタさせて居る。 音彦『オイ大将、その狼狽へ加減は何だ。強さうな事を云つても、矢張まさかの時になれば弱い者だなア』 岩彦『斯うなつては吾々の刹那の権利と云ふものは只煩悶苦悩の自由を有するのみだ。自分の権利を充分自由に発揮して居るのに、貴様が干渉する権利があるか。オイ貴様等モウ駄目だ、俺は覚悟がある。たとへ海の藻屑になるとも三五教には降伏せない。よく考へて見よ、鶴山丸が沈没すれば、三五教の日の出別も矢張共に溺死する丈けの可能性は充分に具備して居るのだよ。放つとけ放つとけ。自分が怖かつたら神様に願つて波風を止めるだらう。吾々はその景物をソツト占領すればよいのだ』 梅彦『さうだな。船が沈没すれば三五教の宣伝使も沈没せずには居るまい。貴様の今云つた言葉は真に天来の妙音だ』 岩彦『何を云つた処で仕方が無い。空を仰いで見よ、真黒けな顔をして今にも泣き出しさうな暗澹至極の御面相だ。世の終りと云ふものは、天の力も如何共する事が出来ないと見える。船頭の奴、吾々にまで言霊の発射を強圧的に勧めよつて、発言機関を虐使するものだから言霊の停電を来して声も何もかすれて了つた。折角胃の腑に格納して置いた酒迄が逆流して、八百屋店を開店する。本当にこれくらゐ雑閙を極めた事はありやしない。貴様等ソレ船が沈むとか、死ぬとか、弱音を吹きよつたが何うだい、時節と云ふものは偉いものだらう。風の神、余程弱つたと見えて沈黙しかけたぢやないか。モウ心配するな。さしもに猛き荒の神も「ヤア長々お気を揉ませました、ウラル教の宣伝使様、また御縁があつたら陸上でお目に掛りませう、アリヨース」と云つて、尻に帆かけて、スタコラヨイヤサと、アーメニヤの都をさして予定の御退却だ。何うだ俺の刹那心には閉口しただらう』 亀彦『さうだ、余りの偉い時化で咫尺暗澹、吾身の進路を誤つて居たが、最う斯うなる上は何を苦しむで三五教に降伏する必要があるか。すんでの事で鶴山丸が大タンクになる処だつた。サア皆の奴勇気を鼓して、こちらは六人向ふは一人だ。宣伝歌を歌つてやらうかい。今の風ぢやないが、吹いて吹いて吹き廻し、三五教の宣伝使の胆玉を転宅させるのだよ。風力七十五メートルの勢いでナ』 一同は、 一同『面白い面白い』 と喉元過ぐれば熱さ忘れるとかや、妙な処へ刹那心を発揮して声調も整はぬ複数的のシドロモドロの宣伝歌を歌ひ始めたり。 一同『波よ騒げよ一寸先や闇よ闇の後には月が出る 月は月ぢやが盃ぢや飲んで酔へ酔へ酔うたら踊れ 酔へと云つても船には酔ふな踊れと云つても波の奴 船のかへる様な踊りをするなアンナ悪戯ちよこちよこやると 俺等の胸迄踊り出す飲めよ飲め飲め心地よく飲めよ 飲めと云つても船ではないぞ日の出の別の宣伝使を 波の鬘ふり立ててグツト一口飲んで了へ 俺はウラル教の宣伝使仮令大地は暗くとも 命の親の酒飲めば顔の色まで赤くなる 曇つた顔して天道様難かし顔して睨むより 飲めば栄えるこの酒を一寸一杯食召せ 酒と女は世の宝酒でなければ夜が明けぬ 酒でなければ夜が明けぬ酒から日が出る月が出る 酒から日が出る月が出る』 とシドロモドロの歌を歌ひ宣伝歌を潰して了つた。 斯くする中、船は漸く波斯の海岸タルの湊に安着したりける。 (大正一一・三・一六旧二・一八藤津久子録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 05 同志打 第五章同志打〔五三一〕 天の戸押し開いて半円の月は稍西天にかすかに輝き初めた。一同の顔は誰彼の区別のつくまで判明して来た。 岩彦『オー、久し振りでお月様のお顔を拝観することが出来た。是れだから時節は待たねばならぬものだと何時も云ふのだよ』 梅彦『今日は妙な日だ、鶴山丸で日の出別の宣伝使に逢ふ。今晩はまた月の顔を久しぶりで見る。竜宮の一つ島に渡つてから、日月揃うて見たのは珍らしいことだ』 岩彦『オイ、何だか俺は胸騒ぎがする様だ。皆起きて坐らぬかい。一つ臨時議会を開会するから』 音彦『ナニ、岩彦議長の提案は一体何だい。吾々はあまり長い間海に浮んで居た揚句、大陸を強行的にテクツて来たものだから、足は棒の如になつてしまつた。横になつたまま開会をしてもらへないかな』 岩彦『横でもかまはないが、然し是れには一寸曰く因縁があるのだ。まさかの時になつたら、貴様の不利益だらう。只今より愈月の出たのを幸い、マラソン競走の選手となつて、フサの都まで速力倍加で突貫するのだよ』 亀彦『ソラ何だ、余りの緊急動議ぢやないか』 岩彦『大きな声で云ふない、その向ふの木の株をそつと覗いて見よ。居るぞ居るぞ。大きな声で咆哮すると覚醒状態になられては大変だ。それ今そこに居る奴は船の中で見た日の出別の宣伝使だ。此奴が目を覚まさぬ間に尻に帆をかけて、急速力で進行するか、但しは停船のまま四方八方より包囲攻撃をやるか、二つに一つの議案だ。サア即決だ』 鷹彦『マア、ソンナ事は即時否決だ。否決の序に本当の敵に対する秘訣を吾輩が提出するから、汝等夫れ審議を鄭重にするのだ。とても吾々半ダースの人間が一斉射撃をやつた処で、クルップ砲に火縄銃を以て対ふ様なものだ。勝敗の数既に決す、寧ろ白旗を掲げて降伏と出掛ける方が安全で好からう。くだらぬ事に貴重な生命を落すのは馬鹿の骨頂だ。誰も夫れ丈け戦つた所で彼奴は職務に忠実な奴感心だと云うて共鳴するものは、この暗がりの時節に一人も半人もあるものぢやない。共鳴するのは墓の団子でも泥棒しようと思つて烏が鳴く位だ。それも哀悼の意味でなくて自分の食料を得た嬉し鳴きだから、ホントウにつまらないぢやないか』 岩彦『不相変弱音を吹く奴だなア。人間と云ふものは神様の模型ぢやないか、神様はソンナ決して弱音を吹くものぢやないよ』 鷹彦『又もや月が隠れたぢやないか。遁ようと言つたつて此曇天に足許の泥溝もはつきりと判らず、丁度灰色の茅の中を道中するやうな有様だから、何時足をさらはれるか分つたものぢやない。思ひ切りの悪い奴だナア。アーメニヤヘ一体帰つた所で、盤古神王のウラル彦が居られるか居られぬか心許ないではないか』 亀彦『ウン、俺もソンナ夢を見たよ、心配だ。然し岩彦の宣伝使長は、お化物の舌の上に乗せられて居つて、噛んだり、吐いたり、イヤもう目茶苦茶な目に逢はされて居よつた。夢にも色々あつて神夢、霊夢、正夢、凶夢、雑夢と云ふ事があるから当にはならないが、どうせ頑固一片の男だからあの夢が霊夢になるかも知れぬ。気の毒なものだワイ』 一同『ウン俺達もその夢を見たのだ。斯うして四人が同じ夢を一度に見ると云ふのは、屹度霊夢だよ。オイオイ愚図々々して居ると内裏に敵が侵入潜伏して居るかも知れないぞ』 岩彦『吾々一行六人の中に三五教の奴が交つて居ると云ふのか。ソンナ馬鹿な事があるものかい』 音彦『ヤー何とも言はれぬよ』 鷹彦『オツト高い声では言はれぬが、ナンデも羽が生えて宙を飛ぶ様な名の男が、三五教の間諜で俺達の仲間に這入つて居ると云ふ事だよ。現に夢の中に「俺はかうして貴様と一緒にウラル教に入つて、その実は三五教だ。一つ島の宣伝が不成功に終つたのも飯依彦と気脈を通じて遣つたからだ」と、夢の中に自白し居つた奴があるのだもの』 三人『俺等も夢でその通り聞いて居る。サア行掛の駄賃に此奴をやつつけておいて、それからマラソン競走だ』 音彦『コラ鷹公、白々しい、貴様は何だ。悪の企の露顕れ口、のつ引ならぬ夢の告、どうぢや白状致して降参するか、逃げようと言つたつて、もう駄目だぞ。吾々五人の閉塞隊が港口を固く封鎖した以上は、潜水隊だつて無事に脱出する事は出来やしないぞ。サア白状せないか』 鷹彦『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 一同『何だ、夢の中の化物の如うな声を出しよつて』 鷹彦『盲の宣伝使、馬鹿と云つても貴様等の様な奴は珍しい。天下一品、秀逸の馬鹿だ。俺は貴様の云ふごとく実は三五教の宣伝使だ。瀬戸の海の一つ島に永らく居つたものだが、手段を以て貴様等の仲間に藻繰込み、総ての計画を熟知し居るこの方、俺位のものが看破出来ぬ様なものではウラル教も駄目だ。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、イヒヽヽヽ、イヽ面の皮だ、いぢらしいものだナア』 岩彦『言はして置けば悪言暴語の乱射、もう此上は不言実行だ。オイ皆の奴、打ちのめせ、大将軍の命令だ』 一同『ヨシ』 と答へて一同は拳を固め鷹彦の面上目がけて力限りに打下せば、鷹彦はヒラリと体をかはした。 梅彦『アイタタアイタタ、コラコラ鷹彦、おれをどうするのだ。此奴中々ひどい事をしよるぞ。アイタタアイタタ』 暗がりまぎれに鉄拳の雨を降らして居る。鷹彦は二三間はなれた所より、 鷹彦『アハヽヽヽ、盲同志の同志打ち、ドシドシと喧嘩をやれ、この方は高処で見物だ』 梅彦『オイオイ皆の奴、俺の頭を惨い目になぐりよつて、チツト心得ぬかい。味方を打つと云ふ事があるものかい』 音彦『千騎一騎の戦場に向つて鎬を削るに、誰彼の用捨があらうか。当るを幸ひ、なぐり、張倒し、勝鬨あぐるは瞬く間』 鷹彦『アハヽヽヽ、面白い面白い、悪神のする事は皆ソンナものだよ。もつとやれもつとやれ』 音彦『エーかもふない、今に仇を打つてやる。オイ皆の者、何でも後の方に声がしたぞ。突喊々々』 ワーツと鬨を作つて声する方に進撃する。茂みの森の木の幹に前額部を衝突させパチン、 音彦『アイタタ、イヽヽイータイ、ヤー鷹彦の奴、中々固い体をしてゐよる。何だ此奴は木の幹だ、大木だ』 鷹彦は体をすくめながら、暗にすかして五人の蠢動するのを見済まし杖を以て頭と思ふ処を目がけてそつと叩く。 音彦『ヤア居る居るオイ、此処だ此処だ』 一同『ヤアさうか』 と四人は声する方を目あてに鉄拳を乱下した。音公は四人の荒男に身体一面乱打されて、 音彦『アイタタアイタタ、アヤマツタ、待て待て、違ふぞ違ふぞ』 一同『違ふも糞もあつたものか。この期に及んで卑怯未練な逃げ口上、放すな皆の奴、のばせのばせ』 音彦『音ぢや音ぢや』 一同『音がする程叩けとぬかすのか、ヨシ御註文通りなぐつてやらう』 鉄拳の音は一層激烈となつて来た。鷹彦は二三間傍にヌツと立つて、 鷹彦『アハヽヽ、オホヽヽ、イヒヽヽ、鷹チヤンは此処だよ。同志打ちの先生、盲先生、今の世の中は丁度ソンナものだよ。互に味方同士、兄弟同士、親類同士、同士打ちをやつて居る。貴様等もウラル教の精神を遺憾なく発揮して満足だらう。昔の常世会議で武装制限が行はれて、羽翼を取られて退化した人間が、アベコベに羽翼が無くなつて不自由の身体になつて、それを進化したと云つて喜ぶやうな代物だから不便なものだ。オイこの鷹チヤンはその名の如く羽翼が在つて鷹の通り空中は自由自在だ。一つ飛んで見せて遣らうかい』 と云ひながら、一丈もある翼を拡げてバタバタと羽ばたきをして見せる。 一同『ヤア此奴は天狗の化物だ。モシモシ天狗様、偉い見損ひを致しましたが、天狗様、どうぞ生命計りはお助け下さいませ』 鷹彦『三五教の宣伝歌を歌ふか』 一同『ハイハイ、教へて下されば歌ひます』 鷹彦『ウラル教は止めるか』 一同『やめますやめます』 この時暗中より何人とも知れず、涼しき宣伝歌が暗を縫うて、傍の木の茂みより聞え来たりけり。 (大正一一・三・一六旧二・一八谷村真友録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 12 陥穽 第一二章陥穽〔五三八〕 日の出別神の出現に、形勢もつとも危かりし岩公は、俄に元気づき、 岩彦『サア妖怪変化の魔性の女、何と言つても、モウ駄目だ。三五教の宣伝使の大将が現はれた以上は、最早運の尽きだ。どうだ、神様の経綸と云ふものは、用意周到なものだぞ』 女『妾は、あなたの様な強いお方には尾を巻きます。モウ是で御免を蒙ります』 岩彦『態ア見やがれ、大蛇の化者奴が。尾を巻くと自白したぢやないか』 女『ヤア日の出別命様、能う迎へに来て下さいました。岩サンのやうな分らずやは、今後は決して、係り合はない様にして下さい。此方は優勝劣敗、弱肉強食、身勝手千万な、非人道的、デモ宣伝使ですから………』 岩彦『ヤイヤイ、馬鹿にするない、能いかと思つて…………、女に似合はぬ暴言を吐く奴だ』 女『さようなら、ゆつくりと御休息なさいませ』 と云ひ乍ら、岩壁の細い穴から、スツと烟の様に脱けて了つた。 岩彦『ヤア案に違はぬ妖怪変化の正体を顕はしよつて、アンナ首も這入らぬやうな穴から出て仕舞よつた。オイ鷹公、音公、梅公、亀、駒どうだ、俺の天眼通は偉いものだらう。鷹公の奴め、瞞されよつて、丁寧な言葉を使つて居たが斯うなる以上は貴様の眼力も底が見えた』 鷹彦『アハヽヽヽ、弥之助人形の空威張りはやめてくれ』 斯く云ふ中、ガクリと異様な音がした。 岩彦『ヤア変な音がしたぞ、一体コラどうだ』 女は外より白い顔を、岩壁の穴から、ニヨツと突出し、 女『岩サン、マアマア十日も二十日も百日も、緩りこの岩窟に御逗留遊ばして下さいませ入口はポンと戸を閉めてありますから、外から悪者の這入る気づかひもなければあなた方が脱けて出る気遣ひも有りませぬよ。ナンにも献げるものはありませぬから岩の油なつと舐つて、…………ネー……温順しく御修行をなさいませ。妾は日の出別命サンと、手に手を把つて…………オホヽヽヽヽ、ア嬉し、マアゆつくりお寛ぎ遊ばせ。アバヨ』 岩彦『ヤア大変だ、最前の音は、入口の戸を閉めよつたのだな。こりや斯うしては居られぬワイ』 女『居られなくつても、斯うして居らねば仕方がありませぬよ。イヤ出方がありませぬワ。お前サン等の出方に依りては、此方にも亦、何とか仕方が有りませう』 岩彦『イヤア、強圧的強談だ、人は見かけに依らぬ者、優しい顔をして、蚤一匹殺さぬやうな容子で、心の中は夜叉の様だ。オイ一統の者、入口があつたら、キツト出口が有るに違ひないぞ。この穴から一つ、手を掛て、引くなと、押すなとやつて見ようかい。六尺の男子が、繊弱き女の一人に監禁されて、どうぞ許して下さいなぞと、言はれた義理ぢやない。…………モシモシ日の出別命さま、貴神どうかして下さらないか』 日の出別『ヤア、岩サンマアゆつくり御休息なさいませ、……ヤア女のお方、是から天国へでも旅行致しませうか』 女『有難うございます、妾貴方と、たとへ半時でも、一緒に連つて歩かして貰へば、死んでも遺る事は有りませぬワ、ホヽヽヽ』 岩彦『ヤアまた吐かしたりな吐かしたりな、「妾アンタと半時でも一緒に歩く事が出来れば、死んでも得心だ」とかナンとか吐かしよつて、仕様もないローマンスを人の前に展開させよつて、馬鹿にしてけつかる。オヽもう何処やら往つて仕舞よつた。エー怪体の悪い』 鷹彦『ヤア折角俺の所有にしようと思つて居つたのに、外部から日の出別の宣伝使がやつて来て、サツパリ横領して了つた。エー自棄だ………と云つて、どうも仕方がないワ、俺も一つ、あの女ぢやないが、この穴から脱けてやらうかい』 と言ひ乍ら、鷹彦は、神変不思議の術を以て、身体を縮小し、小さい鷹となつてスツと脱け出した。 岩彦『ヤアまた出よつた、オイ鷹公、アヽ貴様は偉い奴だ。最前の石蓋を揚げて、吾々を旧の所へ歓迎するのだぞ』 鷹彦『コレコレ岩サン御一統様へ、妾は是より日の出別の宣伝使様と、手に手を執つて天国の旅行を致します。コンナローマンスをお目にかけて済まないが、是も因縁づくぢやと諦めて下しやンせ、オホヽヽヽヽ、アバヨ』 岩彦『ヤイヤイ鷹の奴、ナンだ、化女の真似をしよつて、ソンナ能い気な事かい。俺達の身にもなつて見よ』 鷹彦『(義太夫口調)「お前はお前、妾は妾、マアマアゆつくりと、十日も二十日も百日も、千年も万年も化石になる迄ゆつくり御逗留遊ばせや。千松ぢやないが、一年待つてもまだ見えぬ、二年待つてもまだ見えぬ、千年万年待つたとて、何の便りがあろかいな、と郷里に残つた、貴様たちの女房が嘸や嘆くであらう。思へば思へば気の毒やな、神や仏もなきものか、力に思ふ岩サンは、何処にどうして御座るやら、会ひたい見たいと明け暮に、こがれ慕ふて居るものを、何の便りも梨の礫、礫の様な涙こぼして、三千世界の世の中に妾ほど因果は世にあらうか、アーどうしようぞいなどうしようぞいなア……」と悲劇の幕が下りる、その種蒔だ。マア精出して、種でも蒔いて置くが能からう、千年ほど先へ行つた時に、この岩窟の中に岩公といふ岩固男が化石して…………と云つて、涎掛でも持つて参拝する奴があるかも知れやしないぞ。人は一代名は末代だ、是も良い話の種だ。種蒔いて苗が立ちたら出て行くぞよ、刈込みになりたら手柄をさして、元へ戻らすぞよ………と三五教の教にある通りだ。国治立の大神さまでさへ、永らく押込められて御座つた位だから、先づ神様にあやかつて、三千年の修行をなさるが、宣伝使各位の光栄だらう。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 岩彦『ナアンダ、一人居つて男と女の笑ひ様をしよつて、化物みたよな奴だナ』 鷹彦『定つた事だ、肉体は男で霊は女だ、変性女子の守護神だ』 岩彦『エー、変性女子も男子もあつたものかい。遍照金剛吐さずに、早く開岩せぬか…………オイ門番奴が、愚図々々いたして居ると、免職をさそか』 鷹彦『ホヽヽヽヽ、岩さま、免職さすとはソラ誰に、………あなたは岩戸に押込められて既に既に面色なしだ、終身官だな、終身此処に、晏如として、就職なさるが宜しからう』 岩彦『複雑なる問題は、一切総括して、兎も角この岩窟を開いて呉れたがよからうぞ』 鷹彦『イヤー、先が急く、モウ是丈イチヤつかして遺れば充分だ、エー仕方がない、開けてやらうかい』 岩彦『何時までもこの方を岩戸に押込めておくと、咫尺暗澹昼夜を弁ぜずだ。化の女を呼んで来て鈿女命の俳優技を見せて呉れぬか。さうでないと、容易にお出ましにならぬぞ』 鷹彦『減らず口を叩くない。サア手力男の神さまが、岩戸を開くから、サツサと出て来い。天照大神様のやうな奇麗な「あな面白や、あなさやけおけ」と言つた様な、愛の女神なれば、開きごたへがあるが、この岩戸開きは、五百羅漢の陳列会を見るよなシヤツ面の渋紙さま計りだから、開きごたへがないワ。併し乍ら、旅は道づれ世は情だ。情を以て開扉してやらう』 岩彦『オツト待つた、海河山野、種々の美味物を八足の机代に置足らはして、献つる事を忘れなよ…………出いと云つたつて、鏡もなければ劔もなし、五百津美須麻琉の珠も無くして、さう易々とお出ましになると思ふか。香具の果物でも、木机にピラミツドの様に横山の如く置足らはし、御供物の建築法を能く心得て、粗相のない様に、天津祝詞を奏上し、太玉串を奉れ』 鷹彦『何を吐しよるのだ。千手観音の様に、俺一人でソンナ八人芸が出来るかい。愚図々々いふと、千代に八千代に永久に、岩戸の中の閉門だぞ』 岩彦『ヤア、もうお供物は免除してやらう。兎も角、開けば良いのだ。貴様もコンナ魔窟に単身置かれては、大に寂寥を感ずるだらう』 鷹彦『エー仕方がない』 と言ひ乍ら、力を籠めて、岩壁をウンと押した。思つたよりも岩の戸は軽く、勢余つて鷹彦は、岩戸の中へ又もや飛込み、膝頭を打つて『アイタヽ』と撫で擦つて居る。その間に五人は、逸早く表に脱け出し、外より石門をピシヤツと閉ぢた。 岩彦『サア入れ替はりだ、今度は、太玉命も、児屋根命も、何もかも、五伴男揃うたのだ。オイ鷹津神さま、どうだ』 鷹彦『代れば変る世の中だ。サア貴様、岩戸の前に天津祝詞を畏み畏み奏上するのだぞ、アハヽヽヽ』 音彦『オイ岩公、コンナ洒落ばつかりに、貴重な光陰を濫費しては詰まらぬぢやないか。一時も早く前進だ』 亀彦『オイオイ音公待つた、この岩窟の中の鷹彦は、どうするのだ』 音彦『ナニ構ふものか、人間一人位、どうなつたつて放つとけ』 岩彦『アハ、面白い面白い』 と言ひ乍ら、以前の岩穴から、黒い顔をちよつと出し、 岩彦『ホヽヽヽヽ、モシモシ鷹サンとやら、妾は是より五人連この岩窟を探険し、お前さまの様な瓢箪面の曲津神を、片つ端から言向和し、勝利光栄の神となつて帰つて来る迄、千年でも万年でも此処に晏如として、堅磐常磐に鎮座ましませや、ホヽヽヽ』 鷹彦『アハヽヽ、何を吐しよるのだ。鷹さまは、貴様も最前見て居ただらう、針の穴からでもお出ましになる、不思議な神様だよ』 と云ひ乍ら、再び鷹となつて穴より飛出し、見る見る身体膨張し、一丈余りの羽を拡げて、バタバタと羽ばたきした。 岩彦『ヤア偉い元気だナア。オイオイ斯うなれば、鷹さまも話せるワイ。今の美人の後を一つ、空中滑走を行つて、捕獲して来て呉れないか。所有権は岩さまにあるのだから、都合によれば、賃貸借ぐらゐは許可してやるワ』 鷹彦『貴様は仕様もない事を云ひ、永らく洒落るものだから、肝腎の日の出別命さまに放つとけぼりを喰つたのだ。サーサ是から全速力を出して、岩窟内の駆歩だ、落伍せない様に…………気を付けツ、右へ廻れオイ、一二三……』 と鷹公は駆出した。五人は是非なく追跡する、ピタツと行当つた第二の岩壁、 鷹彦『ヨー、コラ大変だ。如何に行詰りの世の中だと云つても、斯う岩と行詰つては仕方がない。ナンとか一つ善後策を講究せなくてはなるまい』 岩彦『サア臨時議会の開会だツ』 亀彦『議会無用論の持上つた今日は、チツト遅臭いぞ。ソンナ珍聞漢な発議をする奴が、何処にあるかい。五十万年の将来の二十世紀とやらの人間の吐く様な事を云ふものぢやないワ』 駒彦『ヤア窮すれば達すと云ふ事がある。オイオイ貴様、一寸横の方を見い。坦々たる大道が開鑿されて有るぢやないか』 一同『ヨー有る有る、サア是からこの階段を上らうかい』 亀彦『マア待て待て、あまり高い所へ上ると、又落ちるぞ』 鷹彦『落ちたつて良いぢやないか、滅多に天に墜落する虞はないワ、貴様の様に、井戸に着水するのとは天地の相違だ。ヨー此処にも道がある、何方の道を行つたら宜からうかナア』 岩彦『いはいでも定つて居る。一目瞭然、広い道の明るい道へ行けば良いぢやないか』 亀彦『新道と旧道と二路拵へてあるぞよ。新道へ行けば、初めは楽な様なが、往き行つた所で道が無くなりて又元の所へ後戻りを致さねばならぬぞよ』 音彦『何を吐しよるのだ。ソンナ道の事ぢやないワ。神様は教の道の事を仰有るのだぞ。頭脳の悪い奴だナ』 亀彦『俺は少し暗くつても、細路の下道を進んで行かうと思ふ』 岩彦『勝手にせい。心の暗い奴は、暗い所に行きたがるものだ………オイ皆の連中、どちらにするか』 音、駒、鷹、梅一度に、 音、駒、鷹、梅『広い道広い道』 と五人は、岩路の階段を上つて行く、亀公は唯一人、やや暗き、低き路を宣伝歌を歌ひ乍ら、四五丁許り進み行くと、忽ち頭上より、黒い影四つ五つ落下し来り、暗黒なる陥穽にゾボゾボゾボと音を立てて落込んだ。 亀彦『ヤア何だ、上から獅子でも落ちて来よつたのかナ、コンナ岩窟のトンネルの中に又しても又しても、陥穽を拵へよつて………鷹公、岩公が此処に居つたら、また「議会の開会だ」などと洒落よるのだけれど、俺一人では、議会を開く訳にも行かず、困つた事だ。彼奴、何処へ行きよつたのか知らぬ。何は兎も有れ、何者だか一つトツクリと正体を見届けてやらう』 と首を伸ばして、足許に気を付け乍ら、怖さうに覗き込んだ。井戸の中より、 岩彦『ヤア貴様は亀公ぢやないか、俺を助けて呉れぬかい』 亀彦『さういふ声は岩公だナ』 岩彦『オーさうだ、岩サンに鷹サン、音サン梅サン、駒サンだ』 亀彦『助けて呉と言つたつて、どうにも斯うにも、手の着け様が無いぢやないか。マアさう喧し云はずに待つて居れ。今臨時議会を開いて見るから、開会の上で助けるか助けぬかが決定るのだ。アハヽヽヽ』 岩彦『馬鹿にしよるナ、最前の敵討ちをしようと思つてけつかるナ』 亀彦『さうだから、あまり高上りすると、逆様に地獄の底へ落されるのだよ。どうだ、是で慢神心をスツパリと取り去つて改心を致すか』 岩彦『改心致すも致さぬも有つたものかい。改心のし切つた者に改心が有つてたまるかい。改心と云ふ事は、貴様のやうな不完全な人間に必要な言葉だ。吾等に対しては、辞典から改心の二字を除去すべきものだ………大きに憚りさま、エライご心配を掛けました。此処にもどうやら、立派な段梯子が懸つて居ります。アハ……』 と言ひ乍ら、五人はゲラゲラ笑ひ笑ひ上つて来た。 亀彦『ナンダ、一寸も濡れて居らぬぢやないか』 鷹彦『きまつた事だい、井戸の底へ転落した時に、この鷹サンが、両翼をパツと開いて、井戸一面を閉塞したのだ。そこへ四匹の小雀が下りて来て、ポンと止まつたものだから濡れさうな筈があるかい』 岩彦『小雀とは、チト残酷ぢやないか。ナア梅、音、駒の御連中………』 鷹彦『それでも生命の親だ。ナント云はれたつて、チツト位は隠忍するのだ。忍耐は成功の基礎だから、アハヽヽ』 岩彦『第二の………これは陥穽だ。是から前途に、ドンナ事を悪神の奴、企んで居るか分つたものぢやない。うつかりと歩けたものぢやないワ。幸ひ此処に、鷹サンを飛行船にして、吾々五人が操縦する事にしたら、都合が良いぢやないか』 鷹彦『この飛行船は、日の出別様とあの女神様との御用だ。お気の毒さま、お生憎さまだ、アハヽヽヽ』 この時前方の薄暗き隧道の中より、怪しき宣伝歌の声聞え来たる。 一同『ヤア、聞き覚えのある宣伝歌だ、ハテナ』 (大正一一・三・一八旧二・二〇松村真澄録)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 14 蛙船 第一四章蛙船〔五四〇〕 神の御稜威も高照姫の神の命の常永に 鎮まりまして木の花の姫の命の御教を 三十三相に身を変じ醜の窟のそれよりも 玉の礎弥堅く築き固めて暗の世の 神の経綸の宝庫を拓かむとする時もあれ 八十の猛びの強くして道にさやりて神言を 一言さへも磐船の雲に隠れて今は唯 布留野ケ原の深霧に包まれけるぞ是非なけれ 天空轟く雷に胸を打たれて起上り 四辺を見ればこは如何に荒野をわたる俄雨 身はびしよ濡れの釈迦の像。 音彦『オイ亀公、駒公、日の出別の宣伝使に迎へられ、九天の上まで上りつめて居つた筈だのに、何時の間にか又もや此の茫々たる草原に雨風に曝され眠つてゐたとは、何う考へても腑に落ぬぢやないか。それにしても鷹彦、岩彦、梅彦は如何なつただらう』 亀彦『自分の事が自分に判らない吾々、他人の事を考へる余裕があるものか。これや何うしても腹帯を締ねばなるまい』 駒彦『吾々三人は天の鳥船から、知らぬ間に振り落されたのだ。それにしても余り日の出別神も莫迦にして居るぢやないか。此処はタカオ山脈の手前だ。此の下辺りを醜の巌窟が貫通して居るのぢやが、斯う外へ抛り出されて了つては、最早探険も何もあつたものぢやない。エー仕方がない、西北指して星の光を目標に進んで行けば、終にはフサの都に着くであらう。吾々も此の辺りは幼少い時に一度通つたことがあるのだから、運を天に任して徒歩ることにしようかい』 音彦『タカオ山脈の近くになると大変大きな蟇蛙が居ると云ふことだ。何だか足も草臥れたし、蛙が出居つたら飛行機の代りに、それにでも乗つてアーメニヤ方面指して、かへると云ふことにしようかな』 亀彦『ヤー大変だ。音公、駒公、向方を見よ、夜目に確乎とはわからぬが、何でも沼か、池のやうなものがあつて吾々の進路を拘塞してゐるやうに見ゆるぢやないか』 駒彦『マア行く所まで行進を続けるのだナア』 一行は仄暗き原野を足に任せて、西北指して進み行く。 音彦『ヤー妙な泣き声がするぞ。大方例の先生が出たのだらう』 と云つて居る処へ牛のやうな蟇蛙、ノサリノサリと這ひ出で一行の前に塞がり、斗箕のやうな口を開けてパクついて居る。 音彦『ヨー天道は人を殺さずぢや。好い乗物が出来た。鳥船から蛙船に乗り替ると云ふ洒落だ。此船はモーかへる心配は要らない。初からかへるだから』 亀彦『この魔の原野には何が化て居るか分つたものぢやない、先づ神言を奏上して正体を現はし、果して真の蛙先生なれば乗つてもよからうが、又しても蛙然とするやうなことが無いやうに注意せねばいかないぞ』 音彦『ナニ構ふものか。馬には乗つて見よ、蛙には跨つて見いだ』 と言ひ乍ら、音公は蛙の背にヒラリと飛び乗り、 音彦『ヤア大変乗心地がよい。亀、駒、貴様等も乗つたら何うだい』 亀、駒『吾々は経験が無いから、マア暫らく執行猶予をして貰はうかい』 音彦『気の弱い奴だな。それでは音サンが御先へ失敬を致しませう。オイ蛙先生。音彦だというても、おとしちやいかぬよ。おとさぬやうにして大切にのたくるのだ。蛙の行列向ふ見ずと云ふことがあるから、充分注意して行つて呉れ給へ。賃銭は又追加をするから』 大蛙『ハイハイ承知致しました。吾々の背中に乗つて居れば、坐ながらにして故郷へかへるだ。のんこの洒蛙つく洒蛙々々然と鼻唄でも歌つて此行を賑して下さい。日の出別命には捨てられても、亦此通り救ける神が現はれるものだ。捨てる神もあれば拾ふ蛙もあるアハヽヽヽ』 と蛙は口から欠伸と共に、ノサリノサリと進み行く。 亀彦『ヤア、音公の奴、うまいことをしよつた。オイオイ蛙サン。一寸待つた一寸待つた。音公ばつかり先へ往つたところで、吾々二人が随いて往かねば、ナンニもなりはしない。乗せるのが嫌ならモツト徐々歩いて呉れないか』 大蛙『この先には大変な広い古池がございます。其処を渡つてから、あなた方を乗せて上げませうかい』 駒彦『ヤーその池を渡るために蛙の行列向ふ見ずだから、みづの上を船の代りになつて貰ひ度いのだ』 音彦『亀は池の中が得意だらう。駒公も水馬と云つて水の中は上手に違ひ無い。水の中に困るのは音サンばかりだ。古池や蛙飛び込む水の音サンといふことを、知つてゐるかい』 亀彦『アハヽヽヽ、うまいことを云ひよる、ナア駒公、屹度彼奴は失策つて巌窟の中の亀サンのやうな目に会はねばよいがな』 蛙は一生懸命そくを出して一足飛びにホイホイと跳び始めた。忽ちドブンと水煙が立つた。 亀彦『ヤア蟇蛙の奴、到頭闇の池に飛び込んで了ひよつた。思つたよりは深い池だ。此池の周囲は草ばつかりかと思へば、断巌絶壁で囲まれてゐる。音公の奴蛙と共に沈没し居つたな』 駒彦『オーイオーイ、音公ヤーイ』 亀彦『オイ音公、未だ池の底に沈澱するのは早いぞ』 蛙は音公を乗せたまま水面にポカリと浮き上つた。 亀彦『ヤー音公、醜態を見やがれ。それだから蛙の行列向ふ見ずと云ふのだ。モー斯うなつては高処から見物だ』 音彦『危急存亡一命にもかかはる此場合に、何を安閑として居るのか、早くデレツクでも用意して音サン蛙サンを釣り上げぬかい』 駒彦『デレツクとは何だい。グレンのことだらう。此処は陸上だぞ。陸上で釣れるのはグレンだ。グレンと音立ててひつくりかへるの此の憐れさ。眼なつとグレングレンと剥いて居れ。さうすれば何時の間にか、よい風が吹くだらう』 音彦『ソンナ議論は如何でも好い。デレツクであらうが、グレンであらうが問ふ所に非ずだ。貴様もよつぽど融通の利かぬ奴だ』 亀彦『所変れば品代る、御家変れば風代る、嬶ア代れば顔変る。浪速の葦も伊勢の浜荻、貴様のやうに八釜敷囀る百千鳥も都へ行けば粋に代つて都鳥。マア悠々と蛙の背で遊山でもしたらよからう。吾々もこれからお前の沈澱するまで、悠々と休息でもして、それから起重機を措置して救けてやると好いけれど、生憎便利が悪くつて仕方が無い。マアマア蛙と共にグレンとやるのぢやな』 大蛙『モシモシ亀よ、亀サンよ。駒よ、駒サンよ。くだらぬ喧嘩を買はずと大人しく、友達甲斐に救けて上げて下さいや』 亀彦『サテモ気楽な奴だナア。奈落の底へ落ち込んで踊つて居る奴があるものかい。音公貴様も今迄の罪悪の決算期が来たのだ。何事も因縁づくぢやと諦めたがよからう。此の辛い時節にやすい賃銀で誰が就業するものがあるか。先づ労働争議の解決がつく迄、ゆつくりと待つてゐるがよからう』 音彦『オイオイ蛙公、モーアンナ奴に相手になつたところが、解決のつく筈はない。上に立つて居る奴と池の底へ落て苦しんで居る人間とだから、到底上の奴は彼の通り乱暴だから、百姓の蛙切りぢやないが、蛙と音サンとが悠然協議を開いて、労働同盟でもやつて自ら活路を求めるより仕方が無いわ、亀、駒、大きに憚りさまだ。モー貴様等の御厄介にはならぬ。自由行動を執るから、さう思へ』 亀、駒『アハヽヽヽ、強い者勝の世の中だ、上から下へ落ちるのは一足跳びに容易だが下から上に上るのは大変だぞ。上れるなら自由に上つて見よ』 大蛙『美事上つて見せう。アフンとするな』 と言ひ乍ら広き水面を浮游し、ある上陸地点を求めてガサガサと無事に這ひ上つた。 亀彦『ヤー音の奴、到頭無事着陸しよつた。オイ駒サン、吾々は何うして此古池を渡つたらよからうな』 駒彦『アーさうだつたな。渡るには恐し、渡らねば女房の国へは帰れないといふ場面だ。オイ音サン、迎ひに来り迎ひに来り』 音は目を剥き、舌を出し乍ら、 音彦『アカと云へ、アカと云つたら迎ひに往つてやる』 亀彦『エー仕方が無い。莫迦にしよる。これだからアカの他人は水臭いと云ふのだ。仕方が無い。背に腹は換へられぬ。言はうかい』 駒彦『アカ』 亀彦『アカ』 音彦(両手の指で臉を押へ乍ら)『ベー』 駒彦『大方コンナことだと思つて居つた。アカの言ひ損をしたワイ。これがアカの別れと云ふのだ。モー仕方がない、予定の退却だ』 音彦『オイオイ貴様早く来んかい。ソンナ処に何時まで愚図々々してゐるのだ』 駒彦『ヤーナアンだ。坦々たる大道が通じてゐるぢやないか』 亀彦『ヤー布留野ケ原のコンコンさまだな。アハヽヽヽ』 (大正一一・三・二〇旧二・二二外山豊二録) (昭和一〇・三・二八於吉野丸船室王仁校正)
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霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 15 蓮花開 第一五章蓮花開〔五四一〕 音、亀、駒の三人は、荒野ケ原を西北指して進み行く。傍の丈なす草原の中より現はれ出でたる五六人の怪しの男、大手を拡げて四方を取囲み、 男『ヤイ、何処の奴か知らぬが、此処を何と思つて踏ん迷うて来たか、サア所有物一切を悉皆此処へ、おつ放り出して赤裸になれ。さうすれば生命丈は助けてやらう』 音彦『何吐しよるのだ、泥棒奴が、情ない奴だナア。大きな図体をしよつて、人の物を盗らねば生活が出来ないとは、何といふ因果の生れ付だ。一体貴様は何と云ふ奴だい』 男『俺は蟒の野呂公さまだい』 音彦『道理で、のろのろしてけつかるワイ、この辛い時節に労働もせずに、遊んで食ふと云ふ様な悪い了見を出すな』 野呂公『何を古い事を言ふのだ。是でも当世向の新しい男だぞ。今の人間に泥棒根性の無い奴が、一匹でも半匹でもあるかい、鬼と賊との世の中だ。ナンダ貴様は、宣伝使面をしよつて、偽善者の骨頂奴が。馬の顔にハンモックを附けた様な長いシヤツ面をしよつて………貴様もやつぱり顔ばつかりぢやない、手も足も長い、手長彦や長髄彦の眷属だらう』 音彦『何を吐しよるのだ、マア俺の宣伝歌を、落着いて聴聞しろ』 野呂公『貴様は、神だとか、道だとか、善だとか、悪だとかほざきよつて、世界の人間を圧制に廻る宣伝使だらう。チツト頭脳が古いぞ、是程民衆運動の盛んな世の中に、守旧的な事を言つても、通用せないぞ。吾々は、貴様のやうな奴を、ケープスタンぢやないが、片つ端から一所へ巻き寄せて、ガタガタと片付ける積りだ。通常の泥棒だと思ふな。斯う見えても選を異にして居るのだぞ』 音彦『ア、ナント危ない原野だ。全然浮流水雷の濫設した中を、超努級艦が航海してる様なものだ。………ヤイ浮流水雷!、こちらも探海船があるぞ。爆発さしてやらうか』 野呂公『ヘン何を吐しよるのだい。ベンチレータの様な鼻をしよつて、鼻々以て不恰好千万な、鼻息ばつかり荒くても、石油の空缶ぢやないが、風が吹いても散る様なビクビク腰で……ナアンだ、蟇に池の底へ放り込まれよつて…………』 音彦『ナニ、蟇に抛り込まれた?、貴様どうして知つてるのだ』 野呂公『アハヽヽヽヽ、それだから貴様の宣伝使は零点と云ふのだ』 音彦『ソンナら貴様は一体何者だ』 野呂公『蟇の現実化したのが、蟒の野呂さまだよ』 音彦『オーさうか、貴様蛙なら、裸体で暮して居ればよいのだ。何故に此方の御衣服が必要なのだ、………オイ亀公、駒公、しつかりしよらぬかい。俺ばつかりに交渉させよつて、貴様はそれでいいのか、冷淡至極な奴だなア』 亀、駒『オイ音サン、お前は身魂の因縁で、難局に当らなならぬ役に生れて来て居るのだよ。吾輩は、後の烏が先になる、先を見て居て下されよだ。最後の神業に参加して、抜群の功名手柄を現はすのだよ』 音彦『二十世紀の三五教の宣伝使の様な事を言うて居やがる、なまくらな奴だナ。何時まで待つても、棚から牡丹餅は落ちては来ないぞ、天地間の真相を能く考へて見よ。霜雪を凌いで苦労をすればこそ、春になつて梅の花が咲くのだ。花が咲くから実を結ぶのだ。苦労なしに誠の花が咲くと思ふか』 野呂公『オイオイ、喧嘩の宿替は困るよ。俺をどうするのだ、俺の方から解決をつけぬかい』 音彦『八釜敷い言ふない。暫く中立を厳守して居れ』 野呂公『俺等の一部隊は六人だ、貴様の一行は僅に三人、三人を裸にした所で、帯に短し襷に長し、エー仕方がない、今回に限りて、見逃してやらう。以後はキツト心得て、改心を致すがよからう。アハヽヽヽヽ』 音彦『アハヽヽヽ、洒落やがるない。こちらが言ふ事を、泥棒の方から云つてゐよるワ』 野呂公『先んずれば人を制す、貴様の守護神が俺に憑つて言つたのだよ』 音彦『合点のいかぬ代者だ。一体全体貴様は何者だ』 野呂公『ハテ執拗い奴だナ。のろはのろぢや、貴様のやうな気楽な奴、世界を吾物の様に思つて居る体主霊従的人間をノロウのろさんだよ』 音彦『何だかサツパリ訳が分らぬ様になつて来た。兎も角、仮りに俺を資本家として、お前達を労働者とし、労資協調会議でも、この原野の中央で開いたらどうだ。原野の案だからキツト原案通過は請合だ、………アーア世の中は能うしたものだ、日の出別さまや、鷹公、梅公、岩公に棄てられたと思へば、また新しい六人の耄碌連が殖えて来た』 野呂公『アハヽヽヽ、盲ばかりの宣伝使だな、俺の正体が分らぬ様な事では、所詮駄目だ。醜の岩窟の中での探険は、到底不可能ぢやワイ』 音彦『コラ野呂公、何れ貴様は普通の奴ぢやない、何でも変つた化物だらうが、不幸にして岩窟の探険を中止するの已むを得ざる、不可抗力が加はつたものだから、中途に計画をガラリと転覆させて了つたのだ。帰つて土産がないから、貴様化者なら詳しいだらう。どうだ、俺に限つて話して呉れないか』 野呂公『話すとも話すとも、一体此処は何処だと思つてるのだい』 音彦『定つた事だい、布留野ケ原のタカオ山脈の手前ぢやないか』 野呂公『サア、それだから馬鹿だよ、此処はやつぱり、醜の岩窟の中心点だぞ』 音公は眼を擦り、能く能く四辺を見れば、岩窟が四方八方に開展して居る。 音彦『オイ亀公、駒公、貴様どう見える』 亀彦『さうだなア、何だか、岩窟の中のやうな気もするワイ』 駒彦『ホンに、睡とぼけて居たらしい、夢ではなからうかナア』 野呂公『左様なら……』 と云ふかと見れば、野呂公外五人の姿は消えて巌窟は白煙に全然包まれて了つた。忽ちボーとした円い光が現はれた。 駒彦『ヨー変なものが顕現したぞ、用心せよ。是から先に、ドンナ不思議な事が続出するか測定し難い、先づ身魂の土台をぐらつかせぬ様に、天の御柱を確乎立てて進む事にしようかい』 音彦『貴様は神経過敏だから、直にさう云ふ深案じをするのだ、何事も惟神だ、刹那心だ。行く所まで行かねば分るものぢやない。取越苦労は禁物だ』 駒彦『ヤアヤアあれを見よ、何だか彼の玉の中には、綺麗な顔が見えるぢやないか、全然木花姫の様な御面相だぞ』 音彦『ヨー、本当に、容色端麗、桜花爛漫たるが如しだ。最前出現した野呂公に比ぶれば何となく気持が良いワ』 美女の影は瞬く間に、全身を露はし、手招きし乍ら、三人を一瞥して、足早に何処ともなく走り行く。 音彦『ヤア、此奴は素的だ。白煙に包まれて、たうとう姿を見失つたが、吾々はどうでも其踪跡を探索し、モ一度面会して、事の実否を糺したいものだ』 亀彦『美人だと思つて居ると、当が違つて、四つ目小僧のお化かも知れぬぞ。そこになつてから……ヤアやつぱり是は別嬪ではナイスなんて云つた所で、ガブリとやられてからはどうも仕方がない。慎重の態度を以て漸進的に進む事だ。サアサア足許に注意し、この処徐行区域だ』 音彦『それでも吾輩に向つて手招きをし、あの美しい柳の眉の涼しき電波を送つた時は、何とも云へぬ電気に打たれた様な恍惚たる次第なりけりだ。阿片煙草に熟酔した時の様な気分に襲はれたよ』 亀彦『電波といふ事があるかい、秋波の間違だらう』 音彦『秋波と云ふのは、それは古い奴の言ふ事だ。二十一世紀の人間は気が早いから、電波は一秒時間に地球を七回半すると云ふ速力で、以心電心「ネー音サン」とも何とも云はずに往つた時の容子と云つたら、有つたものぢやない。あの涼しい眼をジヤイロコンパスの様にクルクルと廻して、目は口程に物を言ひ……とか云つて、二十世紀の人間の様に、口で物言ふ様な古めかしい事はやらない、流石は文明的だ。一分間に八千回転といふ恋の速力だから、最も破天荒のレコード破り……アーア色男になると煩さいものだワイ』 駒彦『アハヽヽヽ、何寝言を言つて居るのだ、頭から冷水でも被せてやらうか、チト春先でボヤボヤするものだから、逆上して居よるのだナ』 音彦『それでも、事実は事実だから、如何ともする事が出来ぬぢやないか。恋に苦労した事のない貴様は、門外漢だ、マア黙つて居るがよからう。近代思潮に触れない、旧思想人間に、恋が語れるものかい。恋には上下貧富美醜善悪の区別がないものだ、エツヘン』 亀彦『アハヽヽヽ、コンナ訳の分らぬ魔窟へ入つて来て、ソンナ能い気な事を言つてる所ぢやあるまいぞ。寸善尺魔だ、何が出て来るか知れやしない。チツトたしなんだが宜からう』 音彦『アー、何だか没分暁漢ばかりと旅行して居ると、気分が悪くなつて、頭に脚気が起り、足に血の道が起つて来て、足は頭痛がする、頭は腹痛がする、実に不快千万だ。マアマア世の中は酒と女だ、女の事を言つてる間にでも、コンパスが進むのだ。長い道中に、堅苦しい事ばかり言つて居つて、御用が勤まるかい』 亀彦『苟くも宣伝使たる者は、女だの、酒だのと言ふ事は、仮りにも口にすべきものでない、穢らはしいワイ。モチツト真面目にならないか、世間の奴に誤解される虞があるぞ』 音彦『それは杞憂だ。寛厳宜しきを得、伸縮自在、変幻出没極まりなくして、始めて神業が完成するのだ。路端に涎掛を何十枚も首に掛て居る様な、無情無血漢では、混濁せる社会の人心を救済する事は、到底不可能だ。操縦与奪其権我に有りと云ふ態度を以て、衆生を済度するのが、三五教の御主意だ。枯木寒巌に凭る、三冬暖気無しと言ふ様な、偽善的頑迷不霊の有苗輩では、どうして完全に神業が勤まると思ふか。貴様の堅い亀の甲をもぎ取つて、少しく軟化せなくつては、勤まりつこはないぞ。竜宮の一つ島の宣伝の様な失敗だらけに終らねばなるまい』 この時白煙は俄に消散し、広き隧道内は、又もや明るくなつて来た。 音彦『ヤア、女ならでは夜の明けぬ国、天の岩戸も、音サンの言霊で、サラリと開いた、開いた開いた菜の花が開いた、蓮草の花も開いた、天明開天だ、アハヽヽヽ』 (大正一一・三・二〇旧二・二二松村真澄録)