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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 総説嵐の跡 総説嵐の跡 畏くも国祖国治立命は、逆神常世彦以下の不従を征するにも、天地の律法を厳守し、仁慈の矛を振ひて奇策神謀を用ひたまはず、後世湯王の桀を放ち、武王の紂を征誅するごとき殺伐の兵法をもつて、乱虐を鎮定することを好みたまはなかつた。 これに反し常世彦命らは、邪神に使役され、後世いはゆる八門遁甲の陣を張り、国祖をして弁疏するの余地なからしめ、つひに御隠退の止むなきに至らしめた。 狼獺の不仁なるも、また時としては神恩を感謝して獣魚を供へ、天神を祀り、雛鴉の悪食なるも猶ほ反哺の孝あり、しかるに永年国祖大神の仁慈に浴し、殊恩を蒙りたる諸神の神恩を捨て、邪神の六韜三略の奸計に乗せられ、旗色の可なる方にむかつて怒濤のごとく流れ従ひ、国祖をして所謂『独神而隠身也』の悲境に陥らしめた。 常世城の会議における森鷹彦に変装せる大江山の鬼武彦をはじめ、大道別、行成彦および高倉、旭の奇策を弄し、邪神の奸策を根底より覆へしたるごとき変現出没自在の活動は、決して国祖の関知したまふところに非ずして、聖地の神人の敵にたいする臨機応変的妙案奇策にして、よくその功を奏したりといへども、天地の律法には『欺く勿れ』の厳戒あり、神聖至厳なる神人の用ふべからざる行為なれば、その責はひいて国祖大神の御位置と神格を傷つけた。現に大道別、森鷹彦、鬼武彦らの神策鬼謀は、国祖の直命にあらず、国祖は至仁至直の言霊をもつて邪神らを悔い改めしめ、言向和さむとの御聖意より外なかつた。しかるに血気に逸り、忠義に厚き聖地の神々は、律法の如何を顧みるに遑なく、暴に対するに暴を以てし、逆に対するに逆を以てし、不知不識のあひだに各自の神格を損ひ、国祖の大御心を忖度し得なかつたためである。アヽされど国祖の仁愛無限にして責任観念の強大なる、部下諸神の罪悪を一身に引受け、一言半句の弁解がましきことをなし給はず、雄々しくも自ら顕要の地位を捨て、隠退せられたるは、実に尊さのかぎりである。吾人は国祖の大御心を平素奉戴して、ある人々の言行の不穏と誤解の結果、吾身の災厄に遭遇することしばしばである。されど、心は常に洋々として海のごとく、毅然として山のごとく、動かず騒がず、すべての罪責を一身に引受け、もつて本懐としてゐるのである。すべて人に将たるものは、よく人を知り、人を信じ、人に任じ、その正邪と賢愚を推知して各自その処を得せしめねばならぬのである。しかるに部下の選任を余儀なくして、誤らしめられたるは、自己の無知識と薄志弱行の欠点たるを省み、一言もつぶやかず、大神の仁慈の鞭として感謝する次第である。 アヽ尊きかな、千座の置戸を負ひ、十字架の贖罪的犠牲の行動に於てをや。吾人は常に惟神霊幸倍坐世を口唱す。無明暗黒の現代を救ふの愉快なる神業に於てをやである。天下に二難事あり、その一は天に昇ること、その二は人を求むることである。アヽ国祖大神の天国を地上に建設したまはむとして艱難辛苦をつくされ、神人を得むとして、その棟梁に最適任の神を得たまはざりしごとく、吾人またその例に洩れないのである。国祖大神は、聖地に清き高き美はしき宮殿を造り、至治太平の神政を樹立し、天下八百万の神人の安住する祥代をながめて、歓喜に充せたまうたのも僅に数百年、つひに善神も年と共に悪化して邪神の容器となり、国祖が最初の大目的を破滅せしめたるは、たとへば小高き山上に美はしき家をたて、その座敷から四方の風景を眺めて、その雄大にして雅趣に富めるを歓びつつありしを、家屋の周辺に樹木の尠く、風あたりの激しきを防がむために、種々の必要なる木を植付けたるに、一時は木も短くして、風景の眺望に少しも障害なかりしもの、年を経るにしたがひ、追々と成長して枝葉繁茂し、何時しか遠景の目に入らぬやうになつたのみならず、つひにはその大木に風をふくんで、その木は屋上に倒れ、家を壊し、主人までも傷つけたやうなものである。世の成功者といはるる人々にも、これに酷似した事実は沢山にあらうと思ふ。現に吾人は、家の周囲に植付けられた種々の樹木のために、遠望を妨げられ、暗黒につつまれ、つひにはその家もろともに倒されて重傷を負うたやうな夢を見たのである。されどふたたび悪夢は醒めて、さらに立派な家屋を平地に建て直す機会の到来することを確信するものである。国祖大神の時節を待つて再臨されしごとく、たとへ三度や五度失敗を重ぬるとも、機会を逸するとも、七転八起は、神または人たるものの通常わたるべき道程であるから、幾たび失敗したつて決して機会を逸したとは思はない。至誠神明に祈願し、天下国家のために最善の努力をつくすまでである。現代の人々は、吾身の失敗をことごとく棚の上に祭りこみ、惟神だとか、社会組織の欠陥そのものの然らしむる、自然の結果なりと思ふなぞの詭弁に依帰してしまつて、自己の責任については、少しも反省し自覚するものがない。宗教家の中には『御国を来らせたまへ」とか「神国成就五六七神政』とかいふことを、地上に立派な形体完備せる天国を立てることだとのみ考へてゐるものが多い。そして地上の天国は、各人がまづ自己の霊魂を研き、水晶の魂に建替るといふことを知らぬものが沢山にある。各自の霊魂中に天国を建て、[※御校正本・愛世版では「天国を建てるのは」だが、それでは前後の文脈がおかしくなる。霊界物語ネットでは校定版・八幡版と同様に「るのは」を外して「天国を建て」に直した。]天国の住民として愧かしからぬ清き、正しき、雄々しき人間ばかりとならねば、地上に立派な霊体一致の完全な天国は樹立せないのである。 アヽされど一方より考ふれば、これまた神界の御経綸の一端とも考へられる。暗黒もまた清明光輝に向ふの径路である。雛鳥に歌を教へるには、暗き箱の中に入れておき、外面より声の美はしき親鳥の歌ふ声を聞かしめると同様に、一時大本の経綸も、雛鳥を暗き箱に入れて、外より親鳥のうるはしき声を聞かしむる大神の御仕組かとも思はれぬこともないのである。ゆゑに吾人は大逆境に陥つて暗黒の中にある思ひをするとき、かならず前途の光明を認め得るのは、まつたく神の尊き御仁慈であると思ふ。いかなる苦痛も、困窮も、勇んで神明の聖慮仁恵の鞭として甘受するときは、神霊ここに活気凛々として吾にきたり、苦痛も困窮も、却て神の恩寵となつてしまふ。たとへば籠の中に入れられてゐる鳥でも、平気で歌つてゐる鳥は、最早とらはれてゐるのではない。暢気に天国楽園に春を迎へたやうなものである。これに反して、天地を自由に翺翔する百鳥も、日々の餌食に苦しみ、かつ敵の襲来にたいして寸時も油断することができないのは、籠の鳥の、人に飼はれて食を求むるの心労なく、敵の襲来に備ふる苦心なきは、苦中楽あり楽中苦ありてふ苦楽不二の真理である。牢獄の囚人の苦痛に比して、自由人の却て是に数倍せる苦痛あるも、みな執着心の強きに因るのである。名誉に、財産に、地位情欲等に執着して、修羅の争闘に日夜鎬をけづる人間の境遇も、神の公平なる眼より視たまへば、実に憐れなものである。 神諭にも、 『人は心の持ちやう一つで、その日からどんな苦しいことでも、喜び勇んで暮される』 と示されたのは、じつに至言であると思ふ。一点の心燈暗ければ、天地万有一切暗く、心天明けく真如の日月輝く時は、宇宙万有一切清明である。吾人は平素心天の光明に照らされ、行くとして歌あらざるはない。吾人の心魂神恩を謳ふとき、万物みな謳ひ、あたかも天国浄土の思ひに楽しむ。アヽ『天国は近づけり、悔い改めよ』の聖者の教示、今さらのごとく、さながら基督の肉身に接侍するがごとく、崇敬畏愛の念に堪へない。 アヽ末世澆季の今日、オレゴン星座より現はれきたるキリストは、今や何処に出現せむとするか。その再誕再臨の聖地は、はたして何処に定められしぞ。左右の掌指の節々に、釘の跡を印し、背部にオレゴン星座の移写的印点を有して降誕したる救世主の出現して、衆生に安息を与ふる日は、はたして何れの日ぞ。金剛石も汚穢の身体を有する蟇蛙の頭部より出づることあり、金銀いかに尊貴なりとて、糞尿の植物を肥すに及ばむや。高山の頂かならずしも良材なく、渓間低く暗きところ、かへつて良材を産するものである。平地軟土に成長したる大樹、またいかに合抱長直なりと雖も、少しの風に撓みやすく、折れやすし。宇宙間の万物一として苦闘に依らずして、尊貴の位置に進むものはない。しかるに、天地経綸の大司宰たる天職を天地に負へる人間にして、決して例外たることを得ない。アヽ人生における、すべての美はしきもの、尊きものは、千辛万苦、至善のために苦闘して得なくてはならぬと思ふ。 神諭に曰ふ、 『苦労の塊の花の咲く大本であるぞよ、苦労なしには真正の花は咲かぬから、苦労いたす程、尊いことはないぞよ云々』 吾人はこの神諭を拝する毎に、国祖が永年の御艱苦に省み、慙愧の情に堪へないのである。 ここに八王大神常世彦命は、多年の宿望成就して、天津神の命を受け、盤古大神塩長彦を奉じて、地上神界の総統神と仰ぎ、自らは八王大神として、地上の神人を指揮することになつた。しかるに聖地ヱルサレムは、新に自己の神政を布くについては、種々の困難なる事情あるを慮り、常世姫をして竜宮城の主管者として守らしめ、聖地を捨て、アーメニヤに神都を遷し、天下の諸神人を率ゐて世を治めむとした。一方常世城を守れる大鷹別は、大自在天大国彦を奉じて総統神となし、アーメニヤの神都にたいして反抗を試み、またもや地上の神界は混乱に混乱をかさね、邪神の横行はなはだしく、已むを得ず、諾冊二神の自転倒嶋に降りたまひて、海月如す漂へる国を修理固成せむとして、国生み、嶋生み、神生みの神業を始めたまひし神代の物語は、本巻によつて明らかになることと思ふ。 神ながら宇宙の外に身をおきて 日に夜に月ぬ物語する 王仁は、第一巻において天地剖判の章に致り、金や銀の棒が表現して云々と述べたるにたいし、人を馬鹿にすると言つて、コンナ馬鹿な説は聞くだけの価値なきものだと、一笑に附して顧みないのみならず、他人の研究までも中止せしめむとしてゐる立派な学者があるさうだ。 神諭にも、 『図抜けた学者でないと、途中の鼻高には、神の申す事はお気に入らぬぞよ云々』 と示されてある。宇宙間の森羅万象、一として形体を具ふるもの、金、銀、銅、鉄等の鉱物を包含せないものはない。人間を初め、動植物と雖ども、剛体すなはち玉留魂の守護によらぬはない。金銀等の金気の大徳によつて現出したる宇宙間の森羅万象は、悉皆、鉱物玉留魂の神力を保持してゐるのであるから、金の棒や銀の棒から天地万物が発生し凝固したと言つたとて、別に非科学的でも何でもない。神の言には俗人のごとき七面倒くさきことは仰せられぬ。すべて抽象的、表徴的で、一二言にて宇宙の真理を漏らされるものである。 それで神諭にも、 『一を聞いて十百を悟る身魂でないと、誠の神の御用は勤まらぬぞよ』 と示されてある。半可通的学者の鈍才浅智をもつて、無限絶対無始無終の神界の事柄にたいして喃々するは、竿を以て蒼空の星をがらち落さむとする様なものである。洪大無限の神の力に比べては、虱の眉毛に巣くふ虫、その虫のまた眉毛に巣くふ虫、そのまた虫の眉毛に巣くふ虫の放つた糞に生いた虫が、またその放つた糞に生いた虫の、またその虫の放つた糞に生いた虫の糞の中の虫よりも、小さいものである。 ソンナ比較にもならぬ虫の分際として、洪大無辺の神界の大経綸が判つて耐るものでない。それでも人間は万物の長であつて、天地経綸の司宰者だとは、どこで勘定が合ふであらうか。されど、神の容器たるべき活動力を有する万物の長たる人間が、宇宙間に絶無とは神は仰せられぬのは、いはゆる神界にては無形に視、無声に聴き、無算に数へたまふてふ、道の大原の聖句に由るのであらうと思ふ。 蚤虱蚊にもひとしき人の身の 神の為すわざ争ひ得めや 大正十一年一月三日旧十年十二月六日
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霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 46 油断大敵 第四六章油断大敵〔二四六〕 アーメニヤの野に神都を開きたるウラル彦は大蛇の身魂の猛威を借り、ウラル姫は金狐の悪霊の使嗾によつて天下の神人を帰従せしめ、一時衰退に帰したる神政は日に月に降盛の域に達した。 世の終りに近づきしこの際、かくも勢力頓に加はるのは、恰も燈火の滅せむとする時その光却て強く輝きわたるやうなものである。 アーメニヤを中心として集まり来る数多の神々は、孰れも体主霊従の行動を取り、自由を鼓吹し天地の神明を無視し、利己一遍に傾き、ここに天地の律法は全たく破壊されて了つた。 ウラル彦は勢を得て、遂に氷炭相容れざる盤古神王をウラル山上より駆逐せむとし、暗夜に乗じて八方より短兵急に攻め寄た。 然るに盤古神王は天地の大恩を悟り律法を遵守し、敵の襲来に対して天運と諦め、少しも抵抗しなかつた。 元来ウラル彦は盤古神王の肉身の子なる常世彦の子にして、云はば神王の孫に当るのである。されど大蛇の霊に左右せられたるウラル彦は五倫五常の大道を忘却し、心神常暗となつて、遂に天位の欲に絡まれ、かくの如き悪逆無道の行為に出でたのである。実に邪神位恐ろしきものは世にないのである。如何に善良なる神と雖も、その心身に空隙または油断あるときは、たちまち邪霊襲来して非行を遂行せしめ、大罪を犯さしむるものである。 傀儡師胸にかけたる人形箱 鬼を出したり仏出したり 善になるも悪に復るも皆精神の持方一つにあるを思へば、精神位恐ろしきものはない。 ここに盤古神王は覚悟を定め、ウラル彦の蹂躙に一任し、無抵抗主義をとることとなり、天を拝し地を拝し、一切の結果を大神の命に一任し奉つた。 奥殿に賓客として留まり居たる宣伝使日の出神は、盤古神王を励まし、塩長姫および塩治姫と共に夜陰に紛れてウラルの深林に隠れ、辛うじて聖地ヱルサレムに難を逃れ、荒れ果たる聖地に形ばかりの仮殿を造り、ここに天地神明を祀り、世界の混乱鎮定の祈願に余念なかつた。 天上の星は常規を逸して運行し、地は絶えず震動して轟々たる音響を立て、空行く諸鳥は残らず地に落下し、日月は光褪せ、雨頻りに降り来つて諸川氾濫し、地上の神人は日夜塗炭の苦しみを嘗むるに至りぬ。 (大正一一・一・一四旧大正一〇・一二・一七井上留五郎録)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 36 豊日別 第三六章豊日別〔三三六〕 日の出神、八島別宣使は、虎転別の心よりの改心を喜び、神前に御饌御酒種々の物を供へ足はし、祝詞を奏上し互に心を打明けて兄弟の如く睦び合ひける。虎転別は、日の出神に向ひ、 虎転別『お蔭を以て我が身に憑依せる八岐の大蛇の悪霊は、貴下の神力に依つて残らず脱出しました。今となつては何となく精神清々しく身も軽き心地が致します。今まで私は悪神の虜となり、数多の国人を唆かし、畏れ多くも神の教を宣べ伝ふ宣伝使を責め悩めむとしたる重々深き我身の罪、何卒見直し宣り直して下さいませ』 と涙と共に詫入るにぞ、日の出神は憐れを催ほして、 日の出神『人間は総て神様の分霊であります。生れつき悪人は一人も無い。唯心の弛みより種々の悪魔に左右されて、悪行を為すのであつて、決して肉体の所作ではない。肉体は皆その悪神に使はれるのであるから、そこで神様は直日に見直し、聞き直し、宣り直し給ふのである。又その悪魔と雖も、心を改むればきつと御許しになるのである。况して神の分霊たる人間の貴方、必ず御心配あるな』 と懇に教理を説き諭せば、虎転別は且つ喜び且つ覚り、 虎転別『あゝ辱なき御言葉、私は斯うしては居られませぬ。数多の群衆に向つて、今までの曲事を宣り直さねばなりませぬ。斯う申す間も心が急ぐ。暫時御許し下されよ』 と云ひながら、韋駄天走りに門を立ち出で、十重二十重に群がる群衆に向つて、声を張上げ、 虎転別『神が表に現はれて善と悪とを立別る この世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せ虎転別の曲事は 今宣り直す神直日今宣り直す大直日 これに群がる人々よわれに做つて宣り直し 悪しき心を立替へよ荒らき言葉を立直せ 一二三四五六七八九十百千万』 と歌へば、群衆は口々に藪から棒の虎転別の言霊に、アフンとして口を開き、 一同『ヤヽヤイ何だい。一体薩張こンだ。テンツクテンだ、テンテラテンだ、テンプクだ、天狗だ、天界だ、回天だ。てンと訳が分らぬぢやないか』 虎転別は、なほも言葉を継いで、 虎転別『悪の中にも善がある善と思ふても悪がある 俺は今まで悪だつた八島別宣使さまや 日の出神の御教に悪が復つて善となり 今は心も清々し善に復れよ皆の者 悪を放せよ皆の者』 と大音声に呼ばはりければ、今まで猛り切つて此館を攻め囲んでゐた群衆は、この言葉に拍子抜けがし口々に呟きながら、各々家路に帰り行く。ここに八島別は、純世姫命の神霊を祀り、肥の国の守護神となり、建日向別[※御校正本・愛世版では「建日別」になっているが、校定版・八幡版では「建日向別」に直されている。ストーリー上は「建日向別」が正しい。第35巻第8章では、八島別は火の国に降り「建日向別」になったと記されている。「建日別」は熊襲の国の守護職である(第7巻第25章、第28章を参照)。]となり、また虎転別は心を改めて、豊の国の守護職となり、豊日別となりにける。 (大正一一・二・一旧一・五外山豊二録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 01 都落 第一章都落〔三九四〕 春霞靉靆き初めて山々の花は匂へど百鳥の 声は長閑に歌へども父と母とに別れたる その悲しさに掻雲る心の空も烏羽玉の 闇夜を辿る思ひなり世は紫陽花の七変り 昨日や今日と飛鳥川淵瀬とかはる人の身の 誰にかよらむヨルダンの水永久に流るれど 長き憂ひに沈みつつ此世の憂をみはしらの 姫の心ぞいぢらしき父と母との懐を 浮世の風に煽られていたいけ盛りの女子が 淋しき冬の心地して父に会ふ日を松代姫 松の緑のすくすくと栄えて春も呉竹の 直ぐなる心の竹野姫露に綻ぶ梅ケ香の 姫の命の唇を開いて語る言の葉は 降る春雨の湿り声恵も深き垂乳根の 母は此世を後にして黄泉路の旅に出でましぬ 娘心の淋しさに色も香もある桃上彦の 父の命の只一人国の八十国八十島の 何処の果てにいますとも恋しき父に廻り会ひ 探ねむものと三柱の皇大神を祀りたる 名残も惜しきヱルサレム都を後に旅衣 草鞋に足をくはれつつ山野を越えて遥々と 目あてもなつの空かけて進み行くこそ哀れなり 主人の君によく仕へ忠実なりし下男 心も清き照彦は姫の姿の何時となく 珍の館に消えしより心も騒ぎ吹く風に 桜の花の散る如く右や左や北南 探ね廻れど音沙汰もなくなく通ふ松風の 雨戸を叩くばかりなり月にも紛ふ顔の 常磐の松に宿りたる心も清き松代姫 雪に撓みしなよ竹の繊弱き姿の竹野姫 何処をあてとゆきの肌出でましぬるか照彦の 心の空も掻曇る浮世の暗に芳ばしき 只一輪の梅ケ香姫の行方を探し求めむと ホーホケキヨーの鶯の声に送られ山河を 徒歩々々渡る手弱女の杖や柱と頼みてし 頼みの綱も夢の間の夢か現か五月空 暗に紛れてわが父の行方は何処か白浪の 大海原を乗り越えて常世の国に出でますか 嗚呼いかにせむ雛鳥の尋ぬる由もなくばかり 昔はときめく天使長高天原の守護神 勢並ぶものもなく空行く雲もはばかりし 神の命の貴の子の蝶よ花よと育くまれ 隙間の風にもあてられぬ繊弱き娘の三人連れ 黄金山を後にして踏みも慣はぬ旅の空 何処の果てか白雲の靉靆き渡るウヅの国 父の命のましますと夢に夢みし梅ケ香姫 花をたづぬる鶯のほう法華経のくちびるを 初めて開く白梅の二八の春のやさ姿 二九十八の竹野姫よはたち昇る月影の 梢に澄める松代姫松のミロクの御代までも 恋しき父に淡路島つたひつたひて三柱の 姫の命の後を追ふ心の空ぞ哀れなり 心の色ぞ麗しき。 松、竹、梅の三人の娘は、やうやうエデンの渡場に辿りつきぬ。此処に五人の里人は、月雪花にも勝る手弱女の、此方に向つて徐々と歩み来る姿を眺めて囁き合へり。 甲『オイ、来たぞ来たぞ、お出でたぞ』 乙『何がお出でたのだ』 甲『此エデンの河は本当に妙な河だよ。昔は南天王様が、此河上から大きな亀に乗つてお出でになつたのだ。此河をどんどん上つて行くと天の川に連絡して居るのだ。南天王様は其後は日の出神さまとかになつて、吾々共を捨てて鬼武彦さまを後に置いて天に帰られたと云ふ事は貴様も聞いて居るだらう。その時にも八島姫、春日姫と云ふ、それはそれは綺麗な天女が降つて来たよ。世界の洪水があつてから、この顕恩郷のものは方舟に乗つて、誰も彼も地教の山に救はれた。其時だつて地教の山には高照姫、言霊姫、竜世姫、真澄姫、其他沢山の、それはそれは美しい雨後の海棠のやうな艶つぽい女神たちに会うた事がある。あれを見い、今其処へお出でになる三人の姫神様は、地教の山から、天の河原に棹さしてお降り遊ばした天女だらうよ。早く船の用意をして顕恩郷へ寄つて貰つたらどうだ』 丙『五人の男に三人の姫様とは、ちと勘定が合はぬじやないか。もう二人あると恰度都合がよいのだがなあ』 乙『また貴様デレて居よるなあ。貴様の顔は何だ。すつくり紐が解けて仕舞つて居るよ。嫌らしい目遣ひをしよつて、貴様のやうな蟹面に、アンナ立派な女神がどうして見かへつて呉れるものか。あまり高望みをするな。とぼけない、貴様、春の日永に夢でも見て居よるのだな』 丙『夢ぢやなからうかい。開闢以来アンナ美しい女神は見た事がないからなあ』 甲『決つた事だ。お前達には分らぬが、あの御方は棚機姫の神様だ。一年に一度夫に御面会をなさると云ふ事だが、其お婿さまの日の出神様が、あまりお気が多いので、此頃また、天の川を下つて世界中を宣伝歌とやらを歌つて廻られたと云ふ噂だから、大方この辺を探したら会へるかも知れないと思つてお出でになつたのだよ』 乙『日の出神さまも余程の、目カ一ゝゝの十(助平)だな。欲の深い、三人もあのやうな奥さまを持つてゐらつしやるのか。俺だつたら一人でも辛抱するがなあ』 かく雑談に耽る折しも、眉目清秀なる二十四五歳と覚しき男、浅黄の被布を纏ひ、襷を十字に綾取り、息急ききつて此方に向つて「オーイ、オーイ」と呼ばはりながら進み来る。 (大正一一・二・一二旧一・一六加藤明子録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 32 一絃琴 第三二章一絃琴〔四二五〕 空に轟く磐船の響きは何時か消え失せて 冬樹を渡る木枯の声も寂しく聞ゆなる 冬の初めとなりぬれど春めき渡る春山彦の 神の屋敷に神寿の言霊清き一絃琴 天地に通ずる一条のその声清き琴糸の 捌の音色もサヤサヤに五臓六腑を洗ふなり 折りから門前に佇む男片手を耳にあてながら 木枯荒ぶ初冬の峰の嵐か松風か 訪ぬる人の琴の音か心の駒山彦の神 とどめて聴くも縁の端心に通ふ琴の音は 常磐の松の松代姫思ひの竹野著く 戸外に響く床しさよ一度に開く梅ケ香姫の 貴の命の御すさび何処とはなしに潤ひの 声をしるべに独言。 駒山彦『合点のゆかぬこの館の様子、梅ケ香姫の日頃奏でさせ給ふ一絃琴のその音色、様子ありげな春山彦のこの館、進み入つて事の実否を探らむと、心の駒は逸れども、人目の垣に隔てられ、何とせむ方冬の日の、心短き門番に怒鳴りつけられ、追つ払はれなば如何にせむ。虫が知らすか何となく、立ち去り兼ねしこの門口、神の誠の教を以て叩かば開く胸の裡、叩いて見むか待て暫し、ここは春山の郷の司、ウラル彦の教を奉ずる曲神の住所、言向け和すは易けれど、大事の前の一小事、くだらぬ事に暇をとり大切なる吾が使命を仕損じなば、天地の神に対し奉り、何と言訳あるべきぞ。嗚呼恨めしやウラル彦、開けて入らうか、開けずに居らうか、開けて口惜しき玉手箱』 魂の御柱搗き固め、心の駒に鞭うちて、思ひきつたる大音声。 駒山彦『三五教の宣伝使駒山彦とは吾事なり。悪逆無道の鷹取別が魔神に組する春山彦、この門開け』 と右手に拳を固めつつ、割れむ許りに門の扉を打叩く。声に驚き松代姫は、何となく聞き覚えある門の声、 松代姫『竹野姫、梅ケ香姫、そなたは御苦労ながら門口に出で、いかなる人か、調べて給も』 竹野姫、梅ケ香姫『ハイ』 と答へて両人は徐々と起つて門の口。 竹野姫『何方なれば門戸を叩きたまふぞ。何となく床しき、聞き覚えのある御声、名告らせたまへ』 と声かくれば、駒山彦は門外より、 駒山彦『ヤアさう聞く声は竹野姫殿、梅ケ香姫殿、吾こそは智利の国にて別れたる駒山彦の宣伝使にて候。三五教の宣伝使たる身を以て、而も御二方様、悪逆無道の鷹取別が幕下の春山彦、ウラル教を奉ずる曲神の館に忍ばせ給ふは何故ぞ。これには深き様子もあらむ、委細包まず述べられたし』 竹野姫『これには深き仔細のござれば、先づまづお這入り下さいませ』 と門の閂をとり外し、左右に開いて現はれ出で、駒山彦の手をとつて奥へ奥へと進み行く。二人の娘は手を支へ、 竹野姫、梅ケ香姫『アヽこれはこれは駒山彦の宣伝使様、魔神の猛る荒野原、さぞお困りでございませう。先づまづお這入り下さいませ』 と門の戸ガラリと押し開く。駒山彦は、 駒山彦『然らば御免』 と言ひつつズツと座敷に通れば、思ひがけなき松代姫、春山彦が家内の各々、皇大神の御前に山野河海の供物を献じ、神を慰むる真最中、駒山彦は不審の面色にて、 駒山彦『思ひ掛なき松代姫殿、この家の御主人春山彦殿、貴下はウラル教を奉じ鷹取別に媚び諛ふ春山の、郷の司と聞きしに拘はらず、神前恭しく三五教の奉ずる皇大神を祀り、神慮を慰め居給ふこの場の光景、合点ゆかず、包み隠さず委細物語られたし』 と迫るにぞ、松代姫は、 松代姫『貴神は駒山彦殿、一別以来何の消息もなく、雨、風、霜の憂き節に、心にかかる汝が身の上、ようマア無事に居て下さいました。妾姉妹三人は、実に愧かしき事ながら、鷹取別の計略にかかり、一命すでに危き処、情も深き春山彦の夫婦の神に助けられ、今やこの場を立ち去らむとするきはどい処、貴神にお目に懸つたのも測り知られぬ神様の御思召、どうぞ御夫婦に、妾に代つて厚く御礼申して下さい』 駒山彦『久振りの対面と云ひ、春山彦の帰順と云ひ、案に相違の神様の御引き合はせ。アヽこれは御夫婦様、よくもよくも御親切に御世話下さいました、有難う存じます』 と、遉剛毅の駒山彦も嬉し涙の袖をしぼる。 春山彦は初めて口を開き、 春山彦『神の造りしこの国は、恵みの花のパラダイス、何処の空にも神柱、太敷く立てて守ります、その御柱と選ばれし、春山彦が親子夫婦の嬉しさ。御礼は却つて恐れ入る、幾久しくも変りなく、吾らの心を護らせ給へ、四柱の宣伝使殿』 妻夏姫を始めとし月、雪、花の三人は紅葉の如き手を合はせ、嬉し涙にかきくれて駒山彦の英姿をば伏拝むこそ殊勝なれ。嬉し涙に掻曇る、心の空を霽さむと、駒山彦は衝立ち上り、 駒山彦『雪に輝く高白の山に攻め来る御軍の 言霊別の司をば撃つて捨てむと常世彦 常世の姫の仰せにて数多の神軍引率し 攻むる折しも大空を轟き来る磐船や 鳥船よりは投げ下す激しき弾に砕かれて 何かは堪らむ玉の緒の生命消えなむ折柄に この世を救ふ皇神の情の網に掬はれて 惜き生命をながらへつ三笠の丸の船中に 光り輝く朝日子の日の出神に助けられ この世を救ふ宣伝使羽山津見の神となり 深山の奥に捨てられて心も闇き谷底の 百日百夜の苦しみを凌ぎて此処に村肝の 心も智利の国を越え足に任せて秘露の国 夜の旅路を重ねつつ千座の罪もカルの空 北へ北へと進み来るハザマの森を乗り越えて 松竹梅の宣伝使如何ならむと煩ひつ 縁の糸に操られ冬とは言へど春山の 館に立ちて門内の様子窺ふ折柄に 耳に馴染の一絃琴その言霊も澄み渡り 琴の音色も清々と縋る思ひの門の口 佇む折柄竹野姫梅ケ香姫の御姿 思ひもかけぬ今日の日の神の許しのこの対面 春山彦よ夏姫よ月雪花の三娘よ 栄え久しき松の代を松竹梅の永久に 教も開く神の前嬉しし嬉し喜ばし 御恵み深き野立彦野立の姫や木の花姫の 神の命の御高恩遥に感謝し奉る』 と始め終りの物語、勇みに勇む駒山彦のその顔、他所の見る目も勇ましき。 (大正一一・二・一七旧一・二一北村隆光録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 09 正夢 第九章正夢〔五〇五〕 常夜ゆく暗を晴らして皇神の珍の御子たち助けむと 稜威も高き高光彦や神より受けし伊都能売の 玉光彦の玉も照り大海原に漂ひて 海月なす国光彦のみづの身魂の三柱は イホの都の町はづれ老樹茂れる森の下 露を厭ひて仮枕国魂神を祀りたる 祠の後に身を隠しまどろむ折しも何処よりか 集まり来る人の影神灯神酒を奉り 常夜の様を歎きたるイホの都の酋長が 世人助くる手段さへ夏山彦の神司 神の御前に太祝詞唱ふる声もいと清く 心の闇も春公の倉あけ渡し食物を 神に誓ひて夫れぞれに配り与へ饑渇き 救ふはいとど易けれど霊の餌と充つるべき 教の餌に苦みつ神の御前に諸人を 集めて諭す神の教食物着物住む家と 酒より外に心なき醜の身魂を如何にして 神を敬ひ長上に尊び仕へ真心の 本霊にことごとく立直さしめ天地の 神の御子たる務をば各も各もに尽させて 神の怒も淡雪の溶けて嬉しき春の日の 花咲き匂ひ百鳥の歌ふ嬉しき神の代の 日月空に輝きて鬼も探女もナイル河 滝に洗ひしその如く清めむものと酋長が 心筑紫の白瀬川世人を思ふ真心の 涙は滝の如くなり夢か現蚊取別けて 言霊清き宣伝歌暗を透して鳴り渡る 時しもあれや初公が醜の雄健び踏たけび 狂ふ折しも宣伝使双手を組みし言霊の 其一声に肝打たれ魂研かれて各が 恵みも深き皇神の心を悟り服従ひし その嬉しさに胸躍り心勇みて四柱の 神の命の宣伝使初めて会ひし初公を 伴ひ進む闇の路四方に塞がる村雲の 空も愈春公や青葉も茂る夏山彦の 館を指して出て行く途中睡気を催して ここに五人の一行は露をも置かぬ草の上 腰打掛けて憩ふうち何時か睡魔に襲はれて 脆くも此処に横はり夜の更け行くも白瀬川 ナイルの滝の森林に黎明を待ちて秋月の 滝の魔神を一々に六つの滝まで清めむと 暗の木下に憩ふ折一つ火忽ち現はれて 一行五人が心をば照させ給ふ夢の跡 大蛇の背より飛下りて腰を抜かせし束の間に つかつか来る夏山彦が率ゆる人数の足音は いと高々と聞え来る。 蚊取別『ヤア、エライ恐ろしい夢を見たものだナア。余り知らず識らずの間に慢心して、大蛇の背中に乗せられ、雲の上まで引張り上げられて了つて居た。盲蛇に怖ぢずと云ふ事があるが、本当に目明の積りで、我こそは天下の宣伝使、世界の盲聾の目をあけてやらうナンテ偉さうに言つて歩いて居つたが、エライ怖い夢を見たものだ。コリヤきつと霊夢であらう、アーア慢心はし易いものだナア。慢心は大怪我の本だと、何時も口癖の様に云ひながら、箕売り笠でひると云うたとへは自分等の事だ。人が悪いとか馬鹿だとか思うてゐると皆自分のことだ、これから一つ魂の焼直しをして掛らねばならぬワイ。吁神様有難う御座います。能く気をつけて下さいました』 高光彦『蚊取別さま、どんな夢を御覧になりました。我々も恐ろしい夢を見ました。四方八方真暗がりで、秋月の滝の前だと思へば、大蛇の背に乗せられて、エライ所へ鰻上りではなうて蛇上りに上つてきつい戒めに遭ひ、中天から飛びおりて、腰をぬかし本当に妙な夢を見ましたよ』 蚊取別『ハア、我々の夢と同一ですワ』 と声をかすませ、首を捻る。玉光彦、国光彦、初公も異口同音に、 玉光彦、国光彦、初公『私も其通りそのとおり』 と胸を轟かせ乍ら、小声になつて首を頻りに傾けて居る。折柄の物音に前方を見れば、提灯の光瞬き、数十人の人声此方に向つて進み来る。 初公『あの提灯の印は丸に十、たしかに夏山彦の酋長が手下の者共、愈初公さまを召捕に来よつたな。ヨーシ、今迄の初公さまと思つて居るか、あまり我は、偉い偉いと思うて居るとスコタン喰うぞよ。足許は真暗がり、闇に烏のまつ黒々助、夏山彦の家来の奴共、片つ端から「ウウーン、ウーン」と阿吽の言霊、開くや否や四方八方に、蜘蛛の子を散らすが如く、チリチリバツト、花に嵐の其如く、皆散り散りに逃げて行く………』 蚊取別『コラコラ、何寝呆けてるのだ。あまりウーンに慢心をすると、今の様な怖い夢を見せられて、お警告を受けるのだぞ。ウーンも好い加減に使つて………乱用するとまた夢を見せられるぞ』 初公『モシ蚊取別さま、あれは夢だが、今そこへ来るのは現実ですよ』 蚊取別『幻術でも、妖術でも、神術でも無暗に使ふものぢやないよ』 初公『それでも、短兵急に押しよせて来た、この敵にムザムザと虜にしられようものなら、それこそ最早ウーンの尽だ。運の尽きる迄一つ、ウンウンを行つて行つて行り倒し、運を一時に決せむだ。サア来い勝負………』 高光彦『アハヽヽヽ』 初公『笑う所か大変ですぜ。あの提灯を御覧、丸に十だ』 高光彦『丸に十なら結構ぢやありませぬか、三五教の裏紋だからな』 初公『裏紋教でも、表教でも、大本でも、かうなつては最早百年目、自由行動と出ますから、あなた方四人の御方はジツトして、この初公のハツ人芸を御覧なさい。一人でハツ人ぢや、初夢の初功名、神力ハツ展の初舞台だ』 蚊取別『コラコラ、さうハツやぐものぢや無い、ハツかしい事が後になりて出て来るぞよ。神の申す間に聞かぬと、我で致したら失敗るぞよ』 斯かる所へ早くも夏山彦の一隊は徐々と現はれ来たる。 初公『ヤア、寄せたり寄せやがつたりな。我れこそはイホの都に隠れなき初公さまだ。召捕るなら美事召捕つて見よ。小癪に構ふ汝等が振舞、儘になるなら、麦飯、稗飯、粟飯、五もく飯、米の飯、サア勝手にメシ取つて見よ』 蚊取別『アハヽヽヽ』 三人『ワツハヽヽヽ』 群衆中より立派な姿をした二人の男、蚊取別の前に悠々と現はれ、 夏山彦、春彦『ヤ、あなたは蚊取別の宣伝使様、………御一同様、私等は夏山彦、春彦でございます。どうか此駕籠に御召し下さいまして我々が矮屋に一夜御逗留を御願申したく、態々御迎へに参りました』 初公『ヤア、ナーンだ、天が地となり、地が天となる、変れば変る世の中だ。オイオイ其駕籠は大蛇の背中とは違ふか』 夏山彦『ヤア、お前は初公か、我々は蚊取別その他三人の宣伝使様に御挨拶申上げて居るのだ。横間から喧しう申さずに、暫く待つて居て呉れ』 初公『ヨーシ承知した。併し駕籠は四台よりないぢやないか、初公さまの駕籠は後から来るのかい』 春彦『生憎四台よりありませぬので一台………』 初公『オイオイ、四台よりない?………何と情なきシダイなりけりだ。一だいのテレ臭い恥曝しだワイウフヽヽヽ』 蚊取別『折角の思召無にするも何となく心許なく思ひますが、我々はさ様な贅沢な駕籠などに乗ることは出来ませぬ』 初公『ヤア今あまり調子に乗つて、ウンウン気張ると云つて、ウンが増長して高い高いコクウンの中までおつぽり上げられ、スツテンドウと地上に真逆様に墜ちて、腰を折つた夢を見よつたものだから………そんな俄に殊勝らしい事を仰せられるのだ。恰度それならそれで都合が良いわ。三人の宣伝使様と此初公さまと四人乗せて貰はう』 玉光彦『私は駕籠は平に御免蒙ります』 国光彦『我々もその通り』 初公『拙者も同様、駕籠は平にお断り申す』 群衆の中より、 群衆の一人『コラ初公、貴様がお断り所か、頼んだつてコチラからお断りだよ』 夏山彦『折角の志、どうぞお召し下さいませ』 蚊取別『イヤ又尾の先から振落ちねばならぬと困るから、乗物は平にお断り申します』 初公『モシモシ蚊取別さま、どうやら此処も大蛇の背ぢやあるまいか、足許がツルツルするぢやないか。夏山彦の宅で御馳走を戴いたと思へば、牛糞か馬糞か、訳の分らぬ物を食はされて、舌鼓を打つた夢を見た連中だから、この夏山彦も夢の中ぢやあるまいかナア』 蚊取別『夢でも何でもよいぢやないか。天は暗く月の光は無く、何れ悪魔の跋扈跳梁する世の中だ。斯う暗黒になつて来ると、誠の物は一つもないと思つたら落度はない。マア夢でも化物でも何でも構はぬ。刹那心だ、行く所迄行かうかい』 と一行五人は夏山彦以下群衆に迎へられて、今度は愈夢でもない、幻でもない、曲神の館でもない、正真正銘の夏山彦の館へ着いたのである。 正門は左右に開放され、門内は薄暗けれど、塵一本なき迄に清く箒目正しく、掃除が行届いて居る様子である。表門の入口より一間巾程の麗しき真砂は敷詰められ、一行を歓迎した酋長の真心は此砂路にも現はれ居たりける。 初公『ヤア是は一遍通つた。門と云ひ門番の貫公、徹公[※第5章では「鉄公」]の朧ながらも顔と言ひ、玄関の様子、一分一厘間違ひのない仕組だ。コラ又夢だらう、………オイオイ蚊取別さま、一寸私の頬べた捻つて見て呉れぬか、自分がひねつたのでは、夢か夢ぢやないか明瞭せない………アイタヽヽヽあまり酷い事すな、鼻を捻上げよつて………』 蚊取別『捻つて呉れと云ふから、註文通り捻つてやつたのだ。貴様の鼻はあまり低いのと横つチヨに着いとるものだから、頬辺だと思つて捻つたのだ。はなはなもつて見当の取れぬ面付だなア』 初公『本当にさうだ、ケントウがとれぬワイ。提灯は取れても、軒灯は高い所に吊つてあるから、俺の様な背の低い者では、一寸取り難いなア』 蚊取別『今度は夢ぢやない、本当だ』 初公『本当か嘘か、蚊取別さまのお言葉もあまり当にはなりませぬワイ。一つ此処で一か八かぢや、真偽を確めて見よう』 と言ひ乍ら、初公は腕を振り、ドシドシと奥の間に進み入り、 初公『ヤア、拙者は今日迄イホ村の侠客権太郎の初公と云つたは世を忍ぶ仮の名、元を糺せば聖地エルサレムに於て、行成彦の従神たりし行平別命、汝夏山彦八岐の大蛇の片腕となり、白瀬川の大蛇となり、此イホの都に尻尾を現はし、我々に立派な館と見せかけ、牛糞馬糞を馳走と見せかけて食はさうと致す其計略は、前以て承知の拙者、サア尋常に白状致せばよし、白状致さぬに於ては、十握の宝剣を以て寸断にするぞ』 と大音声に呼はつて居る。夏山彦は此声に驚きて此場に走り来り、 夏山彦『ヤア、誰かと思へば初公ぢやないか、何だ大きな声を出して………』 初公『大きな声は俺の地声だ。大蛇の化物ツ』 夏山彦『モシモシ宣伝使様、この男はどうかして居るのでせうな』 蚊取別『イヤどうもして居りませぬ。一寸副守護神が乗り憑つて、訳もない事を吐ざくのですよ』 初公『ナニ、副守護神だ!馬鹿にするない。フクはフクだが世界の福を守護する七福守護神だぞ』 蚊取別『雑巾持たしたらそこらをフク守護神、雪隠へ行つても、碌に尻丈は拭かぬ守護神、法螺ばつかり吹く守護神だ。蟹の様に泡を吹く守護神、熱も吹く守護神だ。アハヽヽ』 夏山彦『御一同様、お疲労で御座いませう。どうぞ緩り、日の出の頃まで未だ夜が御座います。此頃は日の出と言つても、日輪様のお姿は雲に包まれて拝めませぬが、ここに一つ灯を点して置きますから、ゆつくり御飯でも召上つて、今晩はお休み下さいませ。明日ゆつくりお目にかかりませう』 初公『それ見よ蚊取別さま、初公の目は黒いものだ、やつぱり大蛇の背だ。日の出神だとか日の出だとか、一つ火とか言うたぢやないか』 蚊取別『此奴まだ夢見てゐる、困つた奴だナア』 とまた鼻を力限りに捻ぢ上げる。 初公『イヽヽヽイツタイ、蚊取別、フニヤフニヤフニヤ、ヘタイヘタイヘタイヘタイ、ハヤセハヤセハヤセハヤセ』 蚊取別『アハヽヽヽ』 初公『あまり人を馬鹿にすな。此好い男つ振を鼻を引延ばしよつて……天狗の様になつたぢやないか』 蚊取別『ヤ、是でへつこむだ鼻が延びて調和が取れた。ハナの都の初花姫の様な、立派な顔になつたよ』 この時奥の間より、嚠喨たる一絃琴の音幽かに聞え、女神の歌ふ声、蚊取別の耳に特に浸み込む様であつた。蚊取別は首を傾け乍ら手を組み、 蚊取別『ハテなア』 (大正一一・三・九旧二・一一松村真澄録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 25 琴平丸 第二五章琴平丸〔五二一〕 高光彦、玉光彦の宣伝使は時置師神と共に橘島を立出て、呉の港に上陸し、宣伝歌を歌ひながら、天地暗澹たる大野原を進み進みて琵琶の湖の辺に着きぬ。折しも浪高く風烈しく出船を待つこと七日七夜の久しきに亘り、船客は出船待つ間の無駄話に耽り居る。 甲(鶴公)『随分困つた世の中になつたものぢやないか。この琵琶の湖は何時も穏かな湖面で、天女が琵琶を弾ずる様な浪音を立てて、船の往来をして居る安全第一と言はれた湖だのにこの頃の湖の荒れ様、今日で五日も六日も船が出ないと云ふ様な事は、昔からあつた事はない、どうしたものだらう』 乙『定つた事だ。天も暗く地も闇いこの頃、草木も色を失ひ、悪魔は天下に横行濶歩する常暗の世の中だ。琵琶の湖だつてやつぱり天地の間にあるのだもの、チツト位荒れるのは当然だよ。それよりも瀬戸の海の大戦があつた事を聞いて居るか』 甲(鶴公)『イヤ未だ聞いた事はない。どんな戦があつたのだ』 乙『なンでも大きな喧嘩があつたと云ふ事だ。喧嘩の大きなのは戦だ』 甲(鶴公)『そンな事言つたつて、訳を話さな分るかい』 乙『分るも分らんもあるか、戦は戦だ。貴様が何時も女房と嫉妬喧嘩をするやうなものだ。貴様が嬶の横つ面をピシヤリと擲る、嬶が怒つて貴様の腕に咬り付く。「コラ嬶、何を為やがるのだ。放さぬか、放さなドタマをかち割るぞ」と拳骨を振りあげる。女房の奴、腕にかぶりついた儘で、オンオンと泣声を出して、「殺すなら殺せ、殺されても此腕は放さぬ」と云つて一悶着をやる。隣の八公が出て来て「コラコラ鶴公、お亀さま、何を喧嘩するのだ。鶴は千年亀は万年、夫婦喧嘩は犬も喰はぬ。千年も万年も仲好う暮さなならぬ夫婦の間柄で、何と云ふ不心得な事をするのだ」と挨拶に出る。さうすると鶴公………貴様が「イヤ八さま、放つといて下さい。此奴は虫が得心せぬ、今日限り暇を遣るのだ」と力味返る。貴様の女房お亀の奴、四這になりよつて「モシモシ八さま、何卒放つといて下さい。この人には愛想が尽きたのだ。酒を喰ひ博奕をうつ、すべた女の尻を追かける。一寸も取得の無いガラクタ爺だ。これが幸妾は不縁にして貰ひます。今は斯うして別れても、三年先には子供の二人も拵へて、立派な男と手を引いて、モウシモウシ鶴さまへ、三年前にはエライお世話になりました。お蔭でこんな結構な夫を持ち、立派な良い児が出来ました。阿呆なおやぢに連添うて居ると、妾までが阿呆になる。折角子を生むでも、間抜た面した天保銭のやうな小忰より出来やしない。ヨウ別れて下さつた」と言つて礼に来る様なものだよ。兎も角夫婦喧嘩だといふ事だ。イヅとかミヅとかいづもみづ臭い、神様でさへも戦があつたと云ふことだよ』 甲(鶴公)『貴様の云ふ事は、黙つて聞いて居れば、俺ンとこの事まで、大勢の中に曝け出しよつて、怪しからぬ奴だナ』 乙『それでも神島とか、お亀島とか云ふ島の喧嘩だもの、何れ貴様の山の神と喧嘩したことを連想せずには居れぬぢやないかい』 丙『貴様等は良い加減な事を聞囓つて、大勢の中で見つともない。そンな話を今時知らぬ者があるかい』 乙『偉さうに言うな、それなら貴様逐一言つてみい』 丙『目から、鼻から、耳から、口まで能う抜けた此方だ。何も彼も透き通つた新煙管のやうな此方だよ』 鶴公『さらぎせるテ何だい』 丙『よう通つた男と云ふ事だよ』 鶴公『何を吐しよるのだい。サツパリ新煙管なら、詰らぬ男と言ふ事だらう。アハヽヽヽ』 乙『こンな新煙管に聞いた所が、こつちが詰らぬ。誰か詳しい事を知つて居る者が在りさうなものだなア』 丁『万人の中に一人位はあるものだよ。掃溜にも鶴が降りると云ふ事があるから、併し此鶴さまは嬶取られの鶴さまだから例外だよ』 丙『それなら、その掃溜の鶴と云ふのは誰のことだい』 丁『定つた事だ、大抵顔の色を見ても分りさうなものじやないか。口許の凛とした、目の涼やかな、鼻筋の通つた男だ』 と自分の鼻を押へ乍ら、 丁『真面目に云ふから、真面目に聴けよ。抑もコーカス山には大気津姫命と云ふお尻の大い神様があつた。その神様が多数の八王とかビツコスとか云ふ奴を沢山寄せて、何でも、偉い偉い神様を祀つて都を拵へて居つた所が、そこへ松茸とか椎茸とか干瓢とか何でも美味さうな名のつく小便使が遣つて来て、大尻姫の尻ぢやないが、そこら中に小便やら糞を放かけさがして、流石の大尻姫も大尻に帆をかけて、アーメニヤヘスタコラヨイヤサと逃出したり。後に松茸、椎茸、干瓢さまが酒の燗を須佐之男命とか云ふ、酒の好な神さまを祀り込むで、ツル……ギとかカメとかを御神体にして居つた。さうして月とか鼈とか、花とか、何ぢや六つかしい女の神がお宮のお給仕を勤めて居たが、世が段々曇つて来たので、コーカス山も厭になつたと見え、三人の娘神は、巨きな大蛇となつて、雲を起して天に舞上り、一疋の大蛇は呉の海の橘島に巣を構へ、綺麗な別嬪に化けて居ると云ふ事、モ一つは此琵琶の湖の竹島に大蛇となつて降りて来たといふ事だ。それからモ一つの鼈とか、雪とか云ふ女神は是また白蛇となつて、瀬戸の海の一つ島に住居をして、素的な別嬪と現はれ、多数の家来を連れて住むで居つた。そこへ天教山から変性男子のお使で、天菩比命とやらが、ドツサリと強そな家来を連れて、サルヂニヤの嶋を攻め囲み、火をつけて焼滅して了つたさうだ。ナント偉い事が出来たものじやないか』 鶴公『馬鹿云ふな、サルヂニヤは喧嘩ぢやない、男の方は喧嘩腰で、乱暴な事を行りよつたが、女神の方は沢山な御馳走を拵へて、これはこれはよう来て下さいました。何も御座いませぬがお酒なつと充分に召しあがれと云つて、相手にならなかつたのだ。一方が相手にならねば喧嘩ぢやない』 丁『理窟を言ふな、それでも半分喧嘩だ』 鶴公『男が多数の家来を連れて、女に喧嘩を吹きかけに往つても、一方が相手にならねば間の抜けたものだ。暖簾と腕押しするやうなもので、力の抜けた事だらう』 斯く話す傍に、目を塞いで静に聴いて居た石凝姥神は、 石凝姥神『オー、是は大変だ、道聴途説とは言ひ乍ら匹夫の言にも信ずべき事ありだ。いよいよ厳霊と瑞霊の誓約が始まつたらしい、まさか違へば天の岩戸隠れにならうも知れない。ヤア時置師神殿、行平別殿、此処でお別れ申す。我は是よりアルプス山に上り日の像の八咫鏡を鍛たねばならぬ。天の目一箇神も大方出かけて居るであらう。貴神は是より竹島に渡つて、秋月姫の安否を探り給へ。さらば……』 と云ひ棄てて、雲を霞とアルプス山目蒐けて進み行く。 時置師『ヤア、石凝姥の宣伝使も、重大な使命を帯びて居られるのだから仕方がない。何だか此処で別れるのは、物足らぬ様だが、これも御神業の一部と思へば結構だ。サア初さま、船が出さうだ、船の中で又ゆつくりと話さうかい』 と云ひ乍ら船に向つて進み行く。百数十人の乗客は、先を争うて琴平丸に乗込んだ。船は真帆に風を孕ませ乍ら、凪ぎ渡つたる湖原を、船底に浪の琴を弾じつつ、東北指して一目散に辷り行く。 船の一方に座を占めたる小賢しき四五人の男、車座になつて四方八方の話に耽つて居る。時置師、行平別の宣伝使も何喰はぬ顔にて、その傍に雑談を聴き居たり。 甲『この間もあまり世の中が悪くなつて治まらぬと云ふので、善い神様は皆天に上り、竜宮に集まり、地上は魔神計りの暗黒界、どうする事も出来なくなつたと云つて、コーカス山の素盞嗚尊様が高天原とかへ、お越し遊ばしてからと云ふものは、彼方にも此方にも、地震が揺る、海嘯が起る、悪い病は蔓延する、河は干る、草木は枯れる五穀は実らず、大変な事になつて来た。そこで天の高天原の撞の御柱の神様が、素盞嗚尊様に何でも悪い心があるとか言つて、大変御立腹なされ、弓矢を用意し、剣や鉾を設け備へて、素盞嗚尊様を討滅さうとなさつたさうだ。そこで、素盞嗚神さまは「私は決して決してその様な汚穢い卑劣しい心は持ちませぬ。モウ此地の上が厭になりましたから、母神の御座る月の国へ帰りたい。それ迄に姉神様に一目お目に掛りたさに来たのだ」と仰有つても、姉神様はお疑が深うて、容易に納得遊ばさず、たうとう、安の河原(太平洋)を中において、天の真名井(日本海)に霊審判とか誓約とか遊ばすので、此頃は大変な事だ。サルヂニヤの一つ島に、素盞嗚尊様の瑞霊の一柱、深雪姫様が多紀理姫神となりて、この世の為に神様をお斎り遊ばして御座つた所が、姉神様はこれを疑ひ、自分の御珠に感じてお生れになつた天菩比命とか云ふ血染焼尽の神様を遣はして、全島を焼滅ぼし、最後になつて、深雪姫様は案に相違の美しき瑞霊の神様であつたと云ふ事が分り、アフンとして帰られたといふ事だ。この湖の竹の島にも、秋月姫と言ふ瑞霊の中の一人の綺麗な神様が鎮まつて居られるのを今度は天津彦根命と云ふ、菩比命の弟神が現はれて、竹の島の宮殿を破壊したり、人民を悪者と見做し、虱殺に屠り殺すと云つて行かれたさうだ。又サルヂニヤの深雪姫様のやうに柔かく出られて、アフンとして帰られるだらう』 乙『それは妙な事だなア、神様でもそンな酷い喧嘩をなさるのか。さうすれば我々が夫婦喧嘩をするのは当然だなア。一体この辺は何の神様がお守護ひ遊ばすのだ』 甲『きまつた事だよ。天の真名井から此方の大陸は残らず、素盞嗚尊の御支配、天教山の自転倒島から常世国、黄泉島、高砂島は姉神様がお構になつて居るのだ。それにも拘らず、姉神様は地教山も、黄金山も、コーカス山も全部自分のものにしようと遊ばして、種々と画策をめぐらされるんだから、弟神様も姉に敵対もならず、進退維れ谷まつて此地の上を棄てて月の世界へ行かうと遊ばし、高天原に上られて、今や誓約とかの最中ださうぢや。姉神様の方には、珠の御徳から現はれた立派な五柱の吾勝命、天菩比命、天津彦根命、活津彦根命、熊野久須毘命といふ、それはそれは表面は美しい女の様な優しい神様で、心は武勇絶倫、勇猛突進、殺戮征伐等の荒い事を為さる神様が現はれて、善と悪との立別を、天の真名井で御霊審判をして御座る最中だと云ふ事ぢや、姉神様は玉の如く玲瓏として透き通り愛の女神の様だが、その肝腎の御霊から現はれた神様は、変性男子の霊で、随分烈しい我の強い神さまだと云ふ事だ。弟神様の方は、見るも恐ろしい鋭利な十握の剣の霊からお生れになつたのだが、仁慈無限の女神様で、瑞霊といふ事だ。此処で天の安河原を中に置いて、真名井の水に其玉と剣をふり滌いで善悪の立別けが出来ると云ふ事だよ。それだから、三五教が昔から、「神が表に現はれて善と悪とを立別ける、此世を造りし神直日」とかナンとか言つて居るのだ』 時置師『一寸皆さまにお尋ね致しますが、御姉弟の神様が、誓約なさると云ふ事は、何処でお聞になりましたか』 甲『イヤどこでも聞きませぬ、何だか最前から頭が重くなつたと思へば知らず識らずに、私の口からあンな事を喋つたのですよ。怪体な事があればあるものですなア』 乙『オイ貴様。現に貴様の口から云つたぢやないか。何だ、しらじらしい。とぼけよつて、正直な貴様に似合はぬ、何故そンな無責任な事を言ふのだ』 甲『それだと言つて仕方がないわ。俺の心にもない事を言ふのだもの……』 丙『モシモシお客さま、此奴はこの頃の陽気で、どうかして居ります。何申すか分りませぬから、どうぞ取上げて下さいますな』 時置師『イヤ結構です、大変に参考になりました。全く此方が言はれたのでありますまい、神様の我々に対するお示しでせう』 丙『ヘーン、貴方も一寸、云うと済まぬが、どうかして居やしませぬか。こンな気違の言ふ事を一も二もなく鵜呑にして、あまり軽卒ではありますまいか』 甲『わしは秋月姫命の使神である。その方は我言葉を気違と申したが、尤もだ。汝はウラル教の間諜だから、我直言がきつく耳に障ると見えるワイ』 丙『コラ、何を呆けよるのだ、良い加減に馬鹿な真似をしておけ』 斯く話す折しも、船はチクチクと竹の島に近づき居る。忽ち起る矢叫びの声、鬨の声、阿鼻叫喚、地獄の惨状を見るが如き、竹島の磯端に激烈なる惨劇が演ぜられつつある光景、手に取る如く見え来たる。 (大正一一・三・一一旧二・一三松村真澄録)
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(1574)
霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 28 三柱の貴子 第二八章三柱の貴子〔五二四〕 神代の太古、伊邪那岐命よりお産れ遊ばした天照大御神様、この神様は日の大神様と申上げて、本部綾部に御祀りしてあります所の神様であります。このへんから申上げます。 伊邪那岐命が 『筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐ケ原に於て禊身し玉ふ時、左の御目を洗ひ給ひて成りませる神の御名は天照大御神、次に右の御目を洗ひ給ひて成りませる神の御名は月読命』 といふことが書いて御座います。目といふものは吾々肉体から申しますると、右と左と両方に持ちて居りまして物を視るといふことの上に最も大切なものであります計りか、眼は心の窓と申します位重要なもので御座います。所が一歩進んで考へて見ますと、総てこの宇宙間に形を持つて居るものは森羅万象残らず目すなはち眼目といふものがなくてはならぬ。実際凡ゆるものに眼目があると云ふ事は吾人は常に之を認め得るのであります。姿こそ人間のやうな姿ではないけれど、他の動物に於てもこの眼をもつて居ります。禽獣虫魚草木の類に至るまで此眼のないものはありませぬ。また一つの文章を読みましても、この中にも必ず眼目といふものがあります。御勅語の中にも眼があります。 『皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ、汝臣民克ク忠ニ克ク孝ニ』 これが教育勅語の眼目であります。また戊申詔書には、 『淬礪ノ誠ヲ輸サバ国運発展ノ本近ク斯ニ在リ』 これが詰り眼になつて居る。その通り初め天地をお造りになるに当つても、この宇宙を治める為にはどうしても、眼といふものが必要であるといふので、そこで伊邪那岐命は天地の主をお創めになつたのであります。すなはち伊邪那岐命は、先づ天の主をこしらへたい、この霊界の主宰者をこしらへたいと思召しになりまして左の目を洗ひ給うた、この左の目といふのは日であります。太陽神であつて上である。右の目といふのが太陰神であつて下であります。言霊の天則から申しますと左は男、右は女と、これは既に神様の御代から定まつた掟である。然るにこの左の目を洗うてお生れになつたのが日の大神、天照大御神であつて、右の目を洗うてお生れになつたのが月読命、さうすると目からお生れになつたのは、変性男子女子でありました。左の目をお洗ひになつて直ぐお生れになつたのが変性男子の天照大御神でありました。これで詰り左を宇宙霊界とし、右を地球として、天上天下の君をお生みになつた訳であります。 『次に御鼻を洗ひ給ひしときに成りませる神の御名は建速須佐之男命』 はなは初めに成るの意義で即ち初めである。物質の元であります。花が咲いて而して後から実を結びます。人間の身体が出来るにつきましても、先づ胎内に於て人間の形の出来る初めは鼻である。それから眼が出来る。絵師が人間の絵を描きましても、その輪廓を描くのに何より先に鼻を描く、鼻は真中である。鼻を先へ描いて然る後に目を描き口を描いてそこで都合好く絵が出来るのである。この初めて出来た統治の位地にお立ちになるのが須佐之男命であります。俗に何でも物の完成したことを眼鼻がついたと申します。神様も此世界をお造りになつて、さうしてそこに初めて眼鼻をおつけになつたのであります。 『此時伊邪那岐命太く歓喜して詔り給はく』 愈天地が完全に出来たから、神様は非常にお喜びになつた。これまでに神様は随分沢山な御子達をお産みになつて居りますが衝立船戸の神様から十二柱ありました。その次に三柱お生れになつてをるので都合十五柱であります。男神様は我はかやうに沢山の子を産むだが、しかし今度の様な眼鼻になる所の子は初めてである。 『吾は御子生みて、生みの果に三柱の貴子得たり』 と仰せられまして、やがて、 『其御頸珠の玉の緒母由良に取りゆらかして』 即ちむかしの勾玉と申したやうな、高貴な人が飾りとしてかけて居つた頸珠であります。丁度今で申しますと大勲位章とか、大綬章とか、一等勲章とか云ふ意味の、曲玉のやうなのを掛けて居られたかと思はれます。 そこでこの玉を自分からお取り脱しになつて天照大御神にお渡しになつた。母由良にとりゆらかしてといふことは何でも非常に喜んで物を渡すときには、自然に手や身体が揺れる。一面から云へば揺つて渡す。頂くときにも亦揺つて頂く、今は然う云ふやうなことでは御座いませぬけれども、本当に嬉しいときには然うなつて来るのであります。さて之を揺りよい音鳴りをさせながら天照大御神に賜ひまして詔給はく、 『汝が命は高天の原を知らせ』 と高天原を主宰せよと仰せになつて珠をお授けになつたのであります。 『かれ其御頸珠の名を御倉板挙之神と申す』 此の御倉板挙之神といふことは、言霊学上から見ても、神様の方で申されまする暦――此世界には恒天暦、太陽暦、太陰暦の三つの暦が常に運行循環して居るのであります。で、此御頸珠をお授けになつたといふのは、所謂御倉板挙之神、即ち恒天暦、太陽暦、太陰暦をお授けになつたのであります。 『次に月読命に詔給はく「汝が命は夜の食国を知らせ」と事依さし給ひき』 右の眼よりお生れになつた月読命に夜の主宰をせよと仰せられた。知らせといふことは、大事に守護り能く治めよといふ意味で、太陰の世界を主宰せよと仰有つた。高天原は全大宇宙である。夜の食国は昼の従である。それで月読命はどこまでも天照大御神を扶けて宇宙の経綸に当れと、斯う云ふ詔であります。 『次に建速須佐之男命に詔給はく「汝が命は海原を知らせ」と事依さし給ひき』 須佐之男命は鼻からお生れになつた方であります。海原といふのは此地球上のことであります。地球は陸が三分の一しかありませぬ、三分の二といふものは海であります。で地球を総称して大海原と申すのであります。斯うして伊邪那岐命様は深いお考へから夫々其知ろしめす所を、各々にお分けになつて、汝は高天原を、汝は夜の食国を、汝は地球上即ち大海原を知ろしめせと、御神勅になつたのであります。今日は天照大御神の三代の日子番能邇々芸命が、どうも此お国が治まらぬといふので天から大神の神勅を奉じて御降臨になつて、地球上をお治め遊ばして、さうして我皇室の御先祖となり、其後万世一系に此国をお治めになつてあるのでありますが、それより以前に於きましては、古事記によりますと須佐之男神が此国を知召されたといふことは前の大神の神勅を見ても明白な事実であります。 『故各々依し給へる御言の随に、知らしめす中に、速須佐之男命、依さし給へる国を知らさずて、八拳髯胸前に至るまで啼いさちき』 須佐之男命は大神の仰に随つて地上に降臨遊ばされた。地上を治める為めに、お降りになりましたけれども、その時この地上は乱れて居つて、神代にも丁度今日のやうな世があつたものと見えます。で今日のやうに政治であらうが、宗教であらうが、教育であらうが、何から何まで一切のものが行き詰つて了うて、もう行きも戻りも上げも下しも出来ぬ様になつて居つた。それで須佐之男命様は、この世の中を安らけく平けく治めて大神を安堵させ奉る事が出来ないから非常にお歎きになつて、『八拳髯胸前に至るまで』長く長く髯が延びて胸前の所まで下つて来るまで御心配をなすつた。人といふものは髯を拵へたり髪を整へたり、いろいろのことをして、容貌を整へなくてはならぬけれども、此国を治めようといふ事に、余り御心配を遊ばしたのでありますから、知らぬ間にこの髯が八拳に長く伸びて居つたのであります。 『泣きいさちき』 といふのは、世の中の一切悉くのものが、もうどうしても、これから進むで行くとか、開けて行くとか、どうしたらよいかといふ方法がない、手のつけやうがないといふまでに非常に行き詰つて了つた状態を、お歎きになるさまに形容したのであります。 『其泣き給ふ状は』 どういふ工合であつたかといふと、 『青山を枯山なす泣き枯らし』 今まで山などの草木が青々と生ひ繁つて居たのに、世が行き詰つた為に枯れて了うた。枯らして了うた。山がすつかり一変して枯山となつてしまうた。これは今日の状態によつく似て居るではありませぬか。今まで十年計画、百年計画といふやうな風にいろいろな事業が企てられた。何会社が立つの、或は何事業が起されたと、無茶苦茶に四五年前から本年の春までは偉い勢で、好景気を謳歌して、青々とした山の如くに有頂天になつて居りましたが、青山がいつまでも天空につかへないが如くに、なんぼ木が伸びたつて天につかへる気遣ひのないやうに、一朝行きつまれば最早さう云ふ勢はすつくり枯れて了ふ。今年の春からこの方、元も子もなくなつて、青山は枯山になつた。どうしても伸びる方法もない、火の消えたるが如き有様になつて了つたのであります。 『河海は悉に泣き乾しき』 山が枯山となつたと同じく、河も海も悉く乾いて了うて、一滴の水もなくなつたといふのであります。今日の世の中に譬へて申しますれば、郵船会社とか、商船会社とか其他いろいろの海運業も追々と仕事がなくなつて二進も三進も行かなくなつた。すると此海河の労働仕事に従事して居るものは、稼殖の途のなくなるのは勿論、稼業に離れる、職に離れるといふことになつて来ると一家は子供に至るまで、悉く泣き乾しになる。最早や食ふ道がないやうになると、もう乾干になるより仕様がない。総て海に稼いで居る者も、河に従事して居る者も、其他一切のことに従事して居る者も、みんな泣き乾しになつて了うたのである。 『是を以て悪神の音なひ、狭蠅なす皆沸き、万の物の妖悉に発りき』 神代に於ても世が行き詰つて来れば、そこにいろいろの不祥なる事件が起つて来たものと見えます。 畏くも明治天皇陛下が、 『之ヲ古今ニ通ジテ謬ラズ之ヲ中外ニ施シテ悖ラズ』[※教育勅語の一節] と仰せられましたやうに、真理といふものは何れの時代にも適応するので御座います。既に古事記の明文にある所で御座います。今日の状態を考へて見れば、丁度此岩戸開き前の状態と克く似て居る。世がどん底に行き詰つて労働しようにも仕事がない、仕事がなければ妻子眷族を養ふことが出来ない。生活といふことが出来なくなるとそこで悪神の音なひとなり、いろいろの騒動が起つて来る、人間の心が荒んで来る。衣食足つて礼節を知る、今まで善い魂を持つて居つたものも、だんだん悪い魂の力に押へられて悪化して了ふ。食ふか食はぬか、死ぬか生きるか、喰うて死ぬか食はずに死ぬか、斯う云ふ苦しい立場になりますと、人心は日増しに悪化して善くないことが往々始まる。甚だしきは警察へ行つて御厄介になつた方が楽で、養なつて呉れて安全だといふものが出来る。監獄に入れば食はして呉れる、金銭はなくても可いといふ具合に自暴自棄的に悪神の音なひが始まる。此音なひといふのは、神様の御真意に背いた所の、いろいろの論説が出て来るといふので、あちらからも此方からも異端邪説が叢り起ることであります。然うした結果が、うるさい所の五月蠅のやうにブンブンブンといろいろの事が湧いて、 『万の物の妖悉に発りき』 一切のものに災禍が起つて来る。外交の上に於きましても、内治の上に於きましても、商工業の上にも、一切万事、何も彼にも、世の中のありと凡ゆるものに向つて、みな災禍が起つて来るのであります。そこで天から伊邪那岐大神が之を御覧になつて、 『速須佐之男命に詔給はく』 仰有るのには、 『何とかも、いましは、事依させる国を治さずて泣きいさちる』 そなたは、此大海原の国を治めよと言うてあるのに、何故それを治めぬのか、世の中を斯う云ふ難局に陥らせたのか、何うして騒がしい世の中として了うたのか、と大変にお責になつたのであります。すると須佐之男命は、誠に相済まぬ事であります。兎も角これは私に力が足らぬからであります。私が悪いのでありますとお答へになつた。併し斯うなつて来ては如何なる人が出て来ても、此時節には敵はない。治まるときには治めなくても治まるが、治まらぬときに之を治めるといふ事は難かしいものであります。人盛んなれば天に勝ち、天定まつて人を制す、悪運の強い時には如何なる神もこれを何うも斯うもする事が出来ない。艮の金神様も此時節の勢には敵はぬと仰せられて、それで三千年間あの世に隠れて、今日の神政成就の時節を待つて、現在に顕はれ天の大神様の御命令を奉じて、三千世界の立替立直しをなさらうといふのであります。大神様でさへもさう仰せに成るのでありますから、況して須佐之男命が大変に行き詰つた地上を治めようとなさつてもどうして治まらう筈がありませう。然らば何故須佐之男命御一人では治まらないのであるかと申せば、それは今日文武百官がありまして、亦た政党政派が互に相争ひ、一方が斯うすれば一方が苦情を持ち出して思ふやうにならぬ如く前に申しましたやうに既にいろいろの神様達が沢山あつて、其神々様が各自に天津神の御心を取り違へて、所謂体主霊従に陥つて居られたので、一人の須佐之男命がどれ程誠の途を開かうとなすつた所で、更に耳に入れるものがない、各自に勝手な真似をなさる。丁度強情な盲と聾との寄合のやうであります。そこに千仭の谷があつても盲は顛覆へるまでは知らぬ顔をしてをる。どれ程雷が鳴つても聾は足下に落ちるまでは平気である。それに強情を張つて誰が何と注意しても聴かない。神代の人もそのやうに体主霊従で、どうしても命の命令を聴かなかつた。それで須佐之男命は、これは取りも直さず自分の責任である、自分の不徳の致す所である、到底自分の力では及ばないのであると、自らをお責めになつて、 『あは妣の国、根の堅洲国に罷らんと思ふが故に泣く』 私はもうお暇を頂いて、母の国に帰らうと仰せられたのであります。根の堅洲国と申すのは母神の伊邪那美命がおいでになつてゐる所であります。尤もこれまでの或る国学者達は根の堅洲国といふのは地下の国であると云つて居りますが、併し一番に此伊邪那美命は月読命と同じく月界に御出でになつたのでありますから、月界を根の堅洲国と言つたのであります。で須佐之男命は自分の力が足らないのである、不徳の致す所であるからして自ら身を引いて、根の堅洲の国へ行かうと仰有つて、一言も部下の神々の不心得や、其悪い行状を仰せられなかつた。如何にも男らしい潔白なお方で御座います。所が伊邪那岐命は非常に御立腹になつた。 『然らばみまし此国にはな住みそ』 其方のやうな此海原を治める力量の無いものならば、二度と此国に住むではならぬ。勝手に根の堅洲国へ行つたがよからう。一時でも居つてはならぬぞとお叱りになつたけれども、伊邪那岐命は須佐之男命の心中は疾くに克く御存知である。自分の子がどうして此国を治める事が出来ないか、どうして自分の珍の児の言ふことを万の神々が聴かぬか、腹の底では充分に御存知でありますが、それを彼此仰有らない。心の中には千万無量のお悲しみを持つて居られまするけれども、他に多くの神々に傷をつけるといふことは考へ物である。それで須佐之男命に刑罰を与へて罪人としたならば、その他の八百万の神、これに随いて居る所の神等はそれを見て皆改心するであらう、その悪かつたことを悟るであらうと思召して大神様は自分の子を罰せられたのでありまして、普通の者の出来難いことで御座います。その広大なるお情深い御心は、誠に勿体ない次第でありませぬか。此須佐之男命を罪に問うたならば、あれこそ吾々の為めに罪せられたのである、誠に済まないことであるから、吾々は悔い改めて本当の政治をしなければならぬ、改心を早く致して命の罪を赦されむ事を八百万の神々が思ふであらうと思召して伊邪那岐命は此処置をお取り遊ばしたのであるが、矢張体主霊従に陥られた八百万の神達は容易にそれがお解りにならず、あれは当然である、政治の主権をあんな者が握つて居つては国の治まらう筈がない、あれが居なくなれば又善い神様が来るに違ひない、否吾々の力で充分に世を治めようといふやうな頗る冷淡な間違つた考へを有つて居つたのであります。寔にこんな世の中を治めようとするには並大抵の事ではないので御座います。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・五再録谷村真友録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 30 天の岩戸 第三〇章天の岩戸〔五二六〕 今迄耐へに耐へておいでになつた天照大御神は、余りの事に驚き且お怒り遊ばして是ではもう堪らぬといふので、天の岩屋戸を建てて直様その中にお入りになり、戸を堅く閉してお籠りになつて了つた。是も亦形容でありまして、小さく譬て見ますれば、この東京市は市長が治めて居る。然るに到底私の力では東京は治まらない、仕方がないと言つて辞職して了ふ。市役所に出て来ない様になる。一国に就て言へば総理大臣が私の力でこの国は治まらないからと言つて辞職して了ふ。一国にしても一市にしても、主宰者が居らぬでは外の者にはどうする事も出来ないと云ふ其人に辞職されて了うたなら其国なり其市なりはどうでせう。詰り此只今でいふ辞職といふのが、天の岩屋戸へ天照大御神がお籠りになつたと同じ様なことであります。 『即ち高天原皆暗く葦原の中津国悉に闇し』 真暗闇では何うしようにも方針がつかない、葦原の中津国の大政府が仆れた為に其所在地たる高天原を初め全国が火の消えたる如くになつて了つた。下の方の者では施政の方針は分らない。どうもかうも手のつけ様がない。 『茲に万の神のおとなひは、五月蠅なす皆湧き、万の妖悉に発りき』 今度はもう昼も夜もない真暗がりぢや。斯うなつて来ると世の中はどうなり行くか、丁度今日に就て考へて見ると面白い。政治は勿論教育も経済も、内治も外交も滅茶苦茶である。一切万事真暗がりの世になつてゐる。どこにどうしようにも見当がつかない。斯うなつて来ると、此に発して来るのは各階級の風俗の紊乱であります。不良人民が殖ゑ窃盗が横行し、強盗が顔を出す、神代に於ても、万の妖が総ての事に、彼方にも此方にも五月の蠅の如くに発生して来たのである。之を天の岩屋戸隠れと申すのでありますけれども、今日の世態を考へますと、恰も神代に於ける岩屋戸の閉てられた時と同じやうに思はれます。 『是を以て八百万の神』 はどうする事も出来ないから、 『天の安河原に神集ひに集ひて』 相談をなされた。之を高天原即ち天上の議場に集まつたのだと云ふ人もあります。平等なる神々様が、物を洗ふ、流すと云ふ意味の公平無私なる土地に集まつたのであります。安ということは安全と云ふことで、この安らかなる地点即ち風水火なり饑病戦なりその他総ての禍災を防ぐことの出来る、然も何等圧迫を被ることのない場所であります。さうしてこの清らかな場所へは、上下貴賤の区別なく総ての人々が、国を憂ひ、国家を救はなくてはならぬと云ふ、潔らかな精神を以て集まつて来たのであります。 『高御産巣日の神の御子、思兼の神に思はしめて』 この思兼の神は今日でいうと枢密院の議長といふ様な役目であります。一番思慮の深い人、さうして神の教を受けた人、この人に天の岩屋戸を開き天下を救ふべき方法を尋ねまして、その結果、 『常夜の長鳴鳥を集へて鳴かしめて』 常夜といふのは常闇の世の事であります。即ち永遠無窮に日月と共に、国事に就て憂ひ活動をして居る神、此等の神等を集めて泣かせるといふのは各自に意見を吐かせると云ふ事である。その結果、 『天の安の河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鉄を取りて、鍛人、天津麻羅を求ぎて、伊斯許理度売の命に科せて鏡を作らしめ』 この堅い石を取るといふことは、皇化万世動かぬ岩に松といふ、天から下つた所の教を取るといふことである。天の金山の鉄を取るといふことはどちらもカネである。鍛人、これは鍛冶屋といふ意味でありますけれども、総て世を治めるに必要なる道具、一切の武器などを拵へたのであります。次に鏡を造らしめる。鏡は人物の反映である。霊能の反映である。故に歴代の天皇は之を御祀りになつて居る。鏡は皇室の宝物になつて居るのであります。鏡は神であります。さうして言霊であります。言霊七十五音を真澄の鏡と申します。三種の神器の一を八咫の鏡と申すのは即ち七十五声の言霊であります。それから言霊が日本人のは非常に円満清朗であるといふのは、是は日本の国に金の徳があるからであります。地の中に金といふものが多い、外国と違うて黄金の精が多い。故に日本人の音声は清いのであります。鳴物でも金が入つて居ると善い音が出ます。金の多いと云ふ事の為に天の金山の鉄を取りてと出て居るのであります。それから伊斯許理度売命に鏡を作らしめるとは、伊斯許理度売命の伊は発音であつて、斯許理といふのは熱中することで、一生懸命に国の為に奔走する神、さういふ神を寄せて言霊の鏡を作らせたのであります。次に、 『珠を作らしめ』 又 『天の香山の真男鹿』 の角を取つて占なはしめることになつた。天の香山といふのは鼻成山と云ふ意義で、神人を生かす山の事であります。此 『天の香山の真男鹿の肩を打抜きに抜きて』 さうして何ういふことをしたらよいか神勅を乞はれたのであります。今の神占は殆どそんなことはありませぬが、昔は鹿の骨を火に焼いて、その割目で吉凶を占うた。実際八百万の神が集まつて、種々雑多なことをして国の為めにどうしたらよいかと考へた。其中には易を見る神もあつたので御座います。易を見て方針を決めたり、其他いろいろに考へ、四方八方から考へて行つた結果、そこで初めて、岩屋戸を開くに就ては祭典をして天神地祇を祭らなくてはいかぬといふことに決つた。先づ、 『真賢木を、根抜に掘て、上枝に八咫の勾珠の、五百津の御統麻琉の玉を取り著け、中枝には、八咫鏡を取りかけ、下枝に、白丹寸手、青丹寸手を取り垂でて』 つまりこれは今日で言ふ神楽であります。伊勢神宮では昔から十二組の大神楽がありますが、これは岩屋戸開きの事をお示しになつて居るのであります。 前にも申上げましたやうに現代の世態を考へますると今日は所謂世界の大神楽を奏しなくてはならぬときであります。あのお神楽のときに出て参りまする翁獅子、あれは既に大きなおそろしい面をした獅子を被つて、刀を口にくはへ毛を下らして居る。この形は何であるか。眼は金、鼻の孔も金、歯も金、而も其口を動かして、本当に恐ろしいやうであるけれど、真中には人が入つて操つて居るばかりか、頭の方こそ立派だが後の方には尾も何もない。だんだらの条のやうなものが入つてゐる布に過ぎない。そこにも人が隠れて居て前の者と調子を合せて操つて居る。これが獅子舞の真相であります。所で今日の世界の外交術は皆この獅子舞であります。表面は非常に大きないはゆる獅子口を開けて、今にも噛みつきさうにして、怖ろしいやうであるが、中に入つて見ると、人が獅子の口を開けて舞うてゐるのである。ちやうど今日は神楽をあげてゐるのである。それから大神楽のときに芸人が鞠を上げたり、下したりする。これは霊の上り下りを示して居るのである。また一尺位の両端に布切れの付いた妙な棒のやうなものを上げたり下したりする。これは世の中の柱が、上のものは下敷となり下のものは上になりて行く、即ち立替をするといふことを示してあるのである。それから盆の上や傘の背に一文銭を転がせて一生懸命きりきり廻して居る。これは何をして居るのであるかといふと、今日の世の中は金融が逼迫して、一文の金も一生懸命に走り廻つてゐる。千円の財産でもつて一万円も二万円もの仕事をしてゐる。だから一朝経済界の変調が起るとポツツリ運転が止つて了ふ。そう云ふ工合に金融が切迫してゐると云ふ事を表してゐる。次に剣の舞をやつて居る。頭を地につけて反り身になつて一生懸命にやつてゐる。これはいはゆる危険な相互傷き倒れると云ふ戦争をして居る意味である。それから茶碗に水をつぎ込み長い細い竹の先にのせて、下から芸人がキリキリ廻して居る。あの通り危い。茶碗が落ちたらポカンと割れる。無論水はこぼれる。所が落ちないのはこのキリキリ廻して居る竹の所が要であるからで、すなはち要を握つて居るからであります。要と云ふものは中心である。いはゆる神であるからして引つくり覆らぬ。又おやまの道中と云ふ事をやりますが神楽が出来て、獅子舞姿でおやまの道中をして居る真似をする。ちやうど今日の世の中の様に男の頭の上に女が上つて居るやうな工合になつて居る。それから獅子の後持といふのがある。さうしておやまの道中には傘をさして妙な獅子舞を致しますが、今日の世の中に於きましても男が下になり女が上になつて之を使つてるのと同じ事でありますが、またこの獅子舞は達磨大師の真似をして見せる。足を下にして大の字になつたり、逆様にひつくり返つたりして見せる。上になつたり下になつたりキリキリ舞をしてゐる。後持が大の字になつて見せたり逆様になつて見せたりする。上のも大の字、中のも大の字、あとのも大の字逆様ぢやと申して一生懸命やつてゐる。一方では大神楽の親父と云ふのがあつて、片方で芸人の真似をしては邪魔をしたり、いらぬ口を叩いたりして、頭をポンと敲かれたり、突かれたりしてお客さまを笑はせる。笑はせる丈ならよいが大変な邪魔をする。この親父は唖や聾の真似をして舞もせずに邪魔をする。今日の世の中にもかう云ふ獅子舞の親父がゐる。元老とか何とか言うて、若い屈強盛りの者が一生懸命に芸当をやつてゐる所へ口嘴を出したり、邪魔をしたりする、時には頭をポンとやられる。さうして一番しまひに弐円なり五円なりの金をせしめる、芸をすませて、親父はアバババと言うて帰つてしまふ。このアバババは言霊から申しますと、総ての物の終り、大船が海上で沈没をした時や、開いた口が閉がらぬ様な困つて失望したとき、どうもこうも出来ぬやうな苦境に陥つてしまつたと云ふ時の表示であります。兎に角、今日の世の中は大神楽を廻して居る時であります。神代の岩戸開きの神楽と、今日の世の神楽とは余程変つて居りますけれども、その大精神に於ては同一であります。 神楽舞の時に囃子が太鼓を打つのは大砲や小銃弾や爆裂弾の響き渡る形容であり笛を吹くのはラツパを吹き立てる形容であり、銅鉢を左右の手に持つてチヤンチヤン鳴らし立てるのは、世界が両方に別れて互に打合ふといふ事の暗示であります。 そこで、 『天の宇受売命、天の香山の天の蘿を、手次に繋けて、天の真析を鬘として、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、天の岩屋戸に空槽伏せて』 いろいろの葉を頭につけたり、葛を襷にかけたりして、岩屋戸の前へ行つて、起きたり逆様になつたり、足拍子を取つてどんどんどんどんやつた。 『踏み動響し、神懸して、胸乳を掻き出で、裳紐を陰上に押し垂れき』 岩屋戸を開く為に、宇受売の命が起きたり、逆様になつたり、一生懸命に神懸りをやつた。神懸りに就いてはここには省略する。これはその人一人の事ではありませぬ。宇受売と云ふのは、女の事を申しますが、俗に男女と言はれる女であつて、男のやうな強い人をオスメまたはオスシと言ひます。これは宇受売から初まつたのである。女は女らしくしなければならないので御座いますけれども、然し乍ら、天の岩屋戸の閉つたと言ふ様な国の大事の際には、女だとて女らしくして居られない場合があります。男も女も神様がなされました様に一生懸命になつて国事に奔走せなければならぬ。総て女と云ふ者は人の心を柔げる所の天職を有つて居ります。今誰も彼も、皆の者が岩戸開きの為に心配をしてゐる。顔をしかめて考へ込んでゐるその際に、宇受売命、すなはち男勝りの女が出て来て、とんだり、跳ねたり、腹匐うたり、面白い事をして見せたり、いはゆる国家的大活動をした為に、 『かれ高天原、動りて八百万の神、共に咲ひき』 一度にどつと笑つた。非常に元気づいて国家の一大難局を談笑快楽の中に治めて了つたのであります。現代に於ても女の方も活動して下されまして岩屋戸の開く様にせなければならぬと存じます。昔もさうでありました。 『ここに、天照大御神、怪しと思ほして、天の岩屋戸を細目に開きて、内より告り給へるは』 岩屋戸に隠れてゐられました大神様は、今私は岩屋戸に隠れて了つた以上は、葦原の中つ国も、天地も共に真闇になつて、さぞ神々は困つてゐるであらう、と思ふに何故か岩屋戸の外で、太鼓を打つ、鐘を叩く、笛を吹く、どんどん足拍子がする、宇受売の命が嬉しさうに噪ぐ、八百万の神たちが一緒になつてどつと笑ひ楽ぶ。余り不思議に思はれて中から仰せになつた。 『吾が隠れますに因りて、天の原自ら闇く、葦原の中津国も皆闇けむと思ふを、何故天宇受売は楽びし、亦八百万の神、諸々笑ふぞ』 何故そんなにをかしいか。すると天宇受売命が、 『汝が命に益りて、貴き神坐すが故に、歓咲ぎ楽ぶと申しき』 何でもその国に大国難が出来たときは皆なの顔色は変るものである。お筆先にも『信仰がないと正勝のときには大方顔色が土のやうになるぞよ』とあります。信仰が出来て神諭の精神が解り神の御心に叶へばやれ来たそれ来たと、勇むで大国難を談笑遊楽の間に処理する事が出来るのである。私は永年間御神諭を拝し、かつ御神意を少し許り了解さして頂いただけでも、心中平素に安く楽しき思ひに充ち、如何なる難事に出会しても左迄難事とも思はず、何事も神の思召と信じて、人力のあらむ限りを安々と尽さして頂いて居ります。凡て事業は大事業だとか、大難事だとか思ふやうでは、回天の神業は勤まらない。三千世界の立替立直しに対しても夫れが完成は浄瑠璃一切り稽古する位により思つて居らないのですから、実に平気の平左で日夜神業に面白く楽しく奉仕して居ります。然う云ふ工合に、総ての神様が信仰の下に、喜び勇んで元気よく活動されたのであります。それで何故、諸々笑ふぞとお尋ねになつた。そこで、あなたに優つた偉い神様がおいでになつたから喜び勇んで居りますと答へられた。 すでにその前に天の児屋根命、これは祭祀のことを掌つた神様、後には中臣となつて国政を料理した藤原家の先祖であります。この神様がその時天神地祇にお供へをしたり、太玉命が太玉串を奉つて神勅を受け、一方占の道によつて、万事万端、ちやんと手筈が整つてあつたので御座います。所へ案の如く天照大御神様は、 『愈奇しと思ほして』 そつと細目に戸をお開けになつた。するとそれがパツと鏡に映つたので、 『天の手力男神、其手を取りて引き出しまつりき』 其間に布刀玉命が注連縄をその後に引き渡して、此処より中にはもうお入り下さいますなと申した。これで天地は照明になつた。この鏡に天照大御神の御姿が映つたとありますのは、つまりは言霊で御座います。八咫の鏡は今は器物にして祀られて天照大御神の御神体でありますが、太古は七十五声の言霊であります。各々に七十五声を揃へて来た。すなはち八百万の誠の神たちがよつて来て言霊を上げたから岩屋戸が開いたのであります。天津神の霊をこめたる言霊によつて再び天上天下が明かになつたのであります。決して鏡に映つたから自分でのこのこ御出ましになつたと言ふやうな訳ではありませぬ。つまり献饌し祝詞を上げて鎮魂帰神の霊法に合致して、一つの大きな言霊と為して天照大御神を、見事言霊にお寄せになつたのであります。それから注連縄、これは七五三と書きます。その通り、この言霊と云ふものは総て七五三の波を打つて行くものであります。さうして注連縄を引き渡してもう一辺岩屋戸が開いた以上は、再び此が閉がらぬやうにと申上げた。 『かれ、天照大御神、出で坐せる時に、高天原も葦原の中津国も自ら照り明りき』 言霊の鏡に天照大御神の御姿が映つて、総ての災禍はなくなり、愈本当のみろくの世に岩屋戸が開いたのであります。そこで岩屋戸開きが立派に終つて、天地照明、万神自ら楽しむやうになつたけれども、今度は岩屋戸を閉めさせた発頭人をどうかしなければならぬ。天は賞罰を明かにすとは此処で御座います。が岩屋戸を閉めたものは三人や五人ではない、殆ど世界全体の神々が閉めるやうにしたのである。で岩屋戸が開いたときに、之を罰しないでは神の法に逆らふのである。併し罪するとすれば総ての者を罪しなければならぬ。総てのものを罰するとすれば、世界は潰れて了ふ。そこで一つの贖罪者を立てねばならぬ。総てのものの発頭人である、贖主である。仏教でも基督教でも斯う云ふので御座いますが、とにかく他の総ての罪ある神は自分等の不善なりし行動を顧みず、勿体なくも大神の珍の御子なる建速須佐之男命御一柱に罪を負はして、鬚を斬り、手足の爪をも抜き取りて根の堅洲国へ追ひ退けたのであります。要するに大本の教は変性男子と変性女子との徳を説くのであります。変性男子の役目と云ふものは総て世の中が治まつたならば余り六ケ敷い用は無い、統治さへ遊ばしたら良いのであります。之に反して変性女子の役はこの世の続く限り罪人の為めに何処までも犠牲になる所の役をせねばならぬので御座います。岩屋戸開きに就てはこれからさきに申し上げますと尚いろいろのことがありますけれども、今日はまづ岩屋戸が開いて結末がついた所まで申上げておきます。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・七旧二・九再録高熊山御入山二十五年記念日松村真澄谷村真友録) (昭和九・一二・九王仁校正)
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(1660)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 総説歌 総説歌 廿五年の時つ風待ちに待つたる三月三日 梅は散れども桃李の花香も馥郁と天地の 神の集まる園の内物は言はねどおのづから 小径をなして集ひ来る民は豊に豊国姫の 貴の命の分霊瑞の御魂の開け口 深き恵は大八洲彦神の司の遠近に 輝き亘る三五の月の教は五六七殿 神代を明かす物語清く伝へて末の世の 鑑となさむ礎を修理固成し瑞霊 厳の霊を経となし緯機織りなす瑞月が 過去と未来と現在に亘りて述ぶる言の葉も 栄ゆる天の橋立や文珠の智慧の神心 身は虚空蔵の空に置き妙音菩薩、最勝妙如来 三十三相の観世音大日如来と現はれし 日の出神の御活動木の花四方に咲耶姫 松の神世の開くまで深き経綸は弥仙山 曲津の荒ぶ世の中に心を配り気を配り 此世を渡す地蔵尊神も悪魔も助け行く 大慈大悲の弥勒神現はれ出でて治す世は 亀の齢の瑞祥閣御空に高く舞鶴の 神代の幸を冠島畏き御代に大島や 人に踏まるる沓島の小島の果に至る迄 あら有難や荒波に漂ふ世人を助けむと 綾の高天原に現はれて教を流す和知の川 金竜銀竜舞ひ遊ぶ綾と錦の錦水亭 言霊閣は大空に雲を圧して聳ゆれど 暗に迷へる人の目は神の光も三重の塔 梅さく苑や常磐木の小松茂れる竜宮館 春の嵐に吹かれつつ教御祖を祀りたる 珍の御舎ふしをがみ身を横たへて神霊の 厳しき鞭に打たれつつ横に立てりて述べてゆく 神素盞嗚の大神が生ませ給ひし八柱の 心優しき乙女子がメソポタミヤの楽園を 後に眺めて四方の国父の尊の遭難を 風の便りに聞きしより豊葦原の八洲国 西や東や北南国の八十国八十の島 隈なく尋来て大神に廻り会はむと御跡を 慕ふ心の矢も楯も堪りかねてぞ種々に 姿をやつし出で給ふ悲しき神代の経緯を 三月三日に因みたる瑞の御魂の和魂 畏き御代に大八洲彦神の司の神実を 高天原に神集ふ教司や信徒が 赤き心の花開く神の都の五六七殿 斎き祀りて演芸の守りの神と斎ひつつ 誠一つの教子は神と君とに二心 吾あらめやと仕へ行く三四の栄は五までも 六び栄えよ七の国神徳かをる大八洲 九つ花の咲き出でて常夜の闇を照らし行く 十曜の神紋きらきらと輝く棟を眺めつつ 玉の御柱つき固め栄ゆる御代を松村や(松村仙造) 御国の先祖(仙造)と現れませる国常立の大神の 教を開き北村や隆々光る神の教(北村隆光) 外山の霞かきわけて豊二昇る朝日影(外山豊二) 山の尾の上を照らしつつ百花千花は馥郁と(山上郁太郎) 輝き渡り澄みわたり薫るもゆかし教の花 遠つ(藤津)神代の昔より幾億年の末迄も(藤津久子) 見きはめ尽す久方の神の御言をいや加藤(加藤明月) 項に受けて説き明かす三五の月の数みちて 四四十六の菊の巻九月八日の神界の 錦の機の糸口を結ぶも嬉し道の友 栄五六七の末迄も堅磐常磐に宣り伝ふ 口の車や筆の梶果しもあらず進み行く 今日の生日ぞ芽出たけれあゝ惟神々々 霊幸倍坐世よ。 (大正一一・四・五旧三・九松村真澄録)
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霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 04 四尾山 第四章四尾山〔六三二〕 天と地との神の水火うまらにつばらに大八洲 天の沼矛の一雫自転倒島の真秀良場や 青垣山を繞らせる下津岩根の貴の苑 此世を治むる丸山の神の稜威は世継王山 力隠して桶伏の丸き姿の神の丘 黄金の玉の隠されし貴の聖地の永久に 動かぬ御代の神柱国武彦の常永に 鎮まりまして天翔り国かけります神力を 潜めて茲に弥仙山木の花姫の生御魂 埴安彦や埴安姫の神の命の建てましし 神の都の何時しかに開けて栄ゆる梅の花 薫り床しき松の世の弥勒の御代に老松の 茂る川辺や小雲川清き流れの底深く 四方の神々人々の霊魂を洗ふ白瀬川 神の仕組に由良のほまれを流す生田川 イクタの悩み凌ぎつつ神素盞嗚大神は 天と地との神柱堅磐常磐に建て給ふ 暗を晴らして英子姫万代寿ぐ亀彦が 鶴の巣籠る松ケ枝に千代の礎固めつつ 此世を紊す曲津神鬼雲彦を言向けて 四方に塞がる叢雲を神の伊吹に吹払ひ 清めにや山家の肥後の橋神子坂橋の手前まで スタスタ来る宣伝使朧にかかる月影を 透して向ふを眺むれば虫が知らすか何となく 心にかかる春霞シカと見えねど陽炎の 瞬く間もなく宣伝歌耳さす如く聞え来る ツと立止まり道の辺に様子窺ふ折もあれ 夜目にシカとは分らねどどこやら気分が悦子姫 床しき影とおとなへば案にたがはぬ麻柱の 神の司の悦子姫川瀬も響く音彦や まだシーズンは来らねど名は夏彦や加米彦の 随従の影は四人連れ情無き浮世に揉まれたる 心の底のつれづれを徒然草を褥とし 互にあかす物語神徳照らす一イ二ウ三四 五の御霊の六人連れ七度八度九十 百度千度万度亀と加米との呼吸合せ 顕幽二界に出没し五六七の御代を来すまで 心の帯を堅く締め尽くさにや山家の道の辺に 深き思ひを残しつつ東と西へ別れ路の 積る願ひの山坂をさらばさらばの声共に 別れ行くこそ雄々しけれ悦子の姫はスタスタと 三人の益良夫伴ひて胸突坂を辿りつつ 心の空に浮かぶ雲英子の姫の御言葉 由縁ありげに味はひつ霞を辿る心地して いと勇ましくかけて行く山の老樹は大空を 封じて月日を隠しつつ深き仕組を包むなる 躑躅の花のここかしこ胸もいろいろ乱れ咲く 咲耶の姫を祀りたる木の花匂ふ神の山 恵も高き須弥仙の山の麓に来て見れば アヽ天国か楽園か山と山とに挟まれし 青麦畑菜種花紫雲英の花も咲きみちて 心持よき花むしろ蝶舞ひ遊ぶ神苑に 心も赤き丹頂の鶴の下りたる如くなる 景色眺めて賤の屋の細き煙も豊彦が 雪を欺く白髯を折柄吹き来る春風に いぢらせ乍らコツコツとあかざの杖にすがりつつ 神の使ひか真人かやつれし人に似もやらず 威風備はる翁どの頼むとかけし言の葉の 刹那の風に煽られて心もそよぐ悦子姫 神にひかるる思ひにて伏屋の前に来て見れば 三月三日の菱餅に擬ふべらなる門の戸に 驚き乍ら何気なう表戸開く音彦が 悦子の姫を伴なひてしけこき小屋の上り口 休らふ折しも老夫婦蝶よ花よと育みし 生命と頼む掌中の娘のお玉が病気の 心にかかる物語うまらにつばらに宣りつれば 慈愛の権化の悦子姫真玉手玉手さし延べて 娘のお玉を撫でさすり首を傾けとつおいつ 老の夫婦に打向ひ豊彦豊姫お玉さま 必ず心配遊ばすな一生癒らぬ脹れ病 生命にかかる気遣ひはないた涙を晴らしませ 厳の御霊の大神が五六七の御代の礎と 神の水火をば固めましお玉の方の体を藉り 三つの御霊の睦み合ひ宿りましたる神の御子 人の呼吸にて固めたる曇りの多き魂でない 水晶玉のミツ御霊厳の御霊を兼ねませる 三五の月の大神の教を守る神人の 今日は嬉しき誕生日黒白も分かぬ暗の夜も 愈開き春の空アヽ惟神々々 御霊幸はひましませと祈る折しも忽ちに ホギヤアホギヤアと産の声爺と姿アは云ふも更 おつたま消たるお玉まで妊娠がしてから十八月 神の恵に恙なく生み落したる音彦や 万代祝ふ加米彦が手の舞足の踏む所 知らぬ許りに雀躍し芽出度い芽出度いお芽出たい 千代に八千代に伊勢蝦の曲つた腰の夏彦が 百の齢を重ねつつピンピンシヤンと跳ねまはる 此瑞祥のミツ御霊悦子の姫の計らひに 玉照姫と命名し述ぶる挨拶そこそこに 口籠りたる涙声涙の雨を凌ぎつつ 門口出づる四つの笠四ツつの杖は地を叩き 春の霞に包まれて笠は空中に揺ぎ行く 夜は烏羽玉と暮れ果てて一夜を明かす森の中 鴉の声と諸共に又もや進む四つの杖 弥仙の山の絶頂に四足の草蛙に恙なく 七尺余りの身を乗せて神の御声を笠の内 厳の御前のいと清く鬼も大蛇もコンパスの 谷間を指して下り行く茲に四人の一行は 峰の嵐に送られて老木茂る谷路を 流れに沿ひて逸早く進み進みて檜山 神の恵の木の花も一度に開く梅迫や 道も直なる上杉の郷を後に味方原 深き仕組は白瀬川浪音高き音彦が 加米と夏とを伴なひて悦子の姫を守りつつ 綾の聖地に上り来る珍の御言を蒙りし 悦子の姫の胸の内うちあけかねし苦みは 神より外に世の人の計り知られぬ仕組なり アヽ惟神々々御霊幸はひましませよ。 悦子姫は、世継王山の麓に、神の大命を被りて、加米彦、夏彦、音彦に命じ、些やかなる家を作らしめ、ここに国治立命、豊国姫命の二神を鎮祭し、加米彦、夏彦をして之を守らしめ、自らは音彦を伴なひ、神素盞嗚大神の隠れ給ふ近江の竹生島に出立せむとする折しも、悦子姫の在処を尋ねて来る四人の男女、日は漸く西山に没れし黄昏時、門の戸を叩いて、 女『モシモシお尋ね申します。此お家は悦子姫様のお館では御座いませぬか』 と優しき女の声。 加米彦『ヤアどこやらで聞いた事の有る様な声だ……おい夏彦、表を開けて見よ』 夏彦『此木の生え茂つた山の裾の一軒家、薄暗くなつてから、女の声を出して尋ねて来るよな者は、どうせ本物であるまい……加米彦、御苦労だが開けて下さらぬか。私は又弥仙山の様な声がすると困るからなア』 加米彦『エー気の弱い男だなア。昼になるとビチビチはしやいで、夜になると悄気て了ふ加米彦……オツトドツコイ夏彦の様な男だなア』 夏彦『ハヽヽヽ、オイ加米彦、チツト勘定が違ひはしませぬか、ソンナ計算をやつて居ると、一年も経たずに破産の運命に陥り、身代限りの処分を受けますぞ』 加米彦『ナーニ、一寸神霊術に依つて、人格交換をやつたのだ。お前の肉体には加米彦が憑り、加米彦の肉体にはお前の霊が憑つて居るのだから、所謂、お前が戸を開けるのは畢竟加米彦が開けるのだ。……オイ加米彦の代表者、夏彦が命令する、……早く開けないか』 夏彦『エー何とかかとか言つて、責任を忌避する事ばつかり考へて居やがる。……アヽ仕方がない、ソンナラ准加米彦が戸を開けてやらうかい』 と小声に囁き乍ら、ガラリと開けた。 夏彦『ヤアあなたは紫姫様、……ヤア青彦さま、馬さま、鹿さま、久し振だ。サア這入つて下さい。……オイオイ夏彦の代理、紫姫様の御光来だ。悦子姫様に御取次を申さぬか』 加米彦『モウ人格変換だ。併し悦子姫様に申上げるのは、矢張加米彦の特権だ』 と一間に入り、 加米彦『モシモシ悦子姫さま、紫姫さま一行が見えました』 悦子姫『それは良い所へ来て下さつた。実は夜前から、一寸、神界の御用があるので、鎮魂をかけて置いたのです。青彦、馬公、鹿公さんも来ましたでせう』 加米彦『ヤアあなたは変な事を仰有いますネ』 悦子姫『天眼通、自他神通の妙法を以て、人の霊魂を自由自在に使うたのです、ホヽヽヽ』 加米彦『ヤアそンな事があなたに出来るとは、今迄思はなかつた。人は見掛に依らぬものですネー』 悦子姫『紫姫さまを一時も早く、私の居間へお連れ申して下さい』 加米彦『承知致しました』 と加米彦は、次の間に下り、 加米彦『アヽやつぱり女は女連れだ。モシモシ紫姫さま、悦子姫様が特別待遇を以てあなた一人に限り、拝謁を許すと仰せられます。どうぞ奥へお通り下さい』 紫姫『ハイ有難う御座います』 と奥の一間に姿を隠したり。 悦子姫『コレ音彦さま、加米彦さま、あなた暫く、妾の声の聞えぬ所に居て下さい。少し御相談がありますから……』 加米彦『女は曲者とはよく言つたものだ、ナア音彦さま、今迄は音彦々々と仰有つたが、紫姫さまがお出でになるが早いか、一寸相談があるから、聞えぬ所へ往て下さい……なンテ本当に馬鹿にされますなア』 音彦『何は兎も角、皆さま、暫く林の中へでも往つて、面白い話でも致しませう。何時吾々は斯うやつて居つても、悦子姫女王から、ドンナ御命令が下つて、何処へ出張を命ぜられるやら分つたものぢやない。今の内に一つゆつくりと、芝生の上で打解けて話を致しませうかい。青彦さま、馬さま、鹿さま、サア参りませう』 と音彦は先に立ち、半丁許り離れたる木下闇に、探り探り進み行く。 加米彦『アヽ暗い暗い、丸で弥仙山に野宿した時の様だ』 夏彦『キヤツキヤツ、ザアザア、ウンウン、バチバチ、ガラガラ……ガ、サアこれから幕開きと御座い』 加米彦『エーしやうもない事言ふな。言霊の幸はふ国だ。併し乍ら夏彦、貴様は紫姫さまに電波を、チヨイチヨイ送つて居るが、長持の蓋だ、片一方はアイても、片一方はアク気遣ひはないワ。モウ今日限り、執着心を棄てたが宜からうぞ』 夏彦『何を言ひよるのだ。蛙は口から、……それや貴様の事だよ』 加米彦『ナーニ、貴様の霊が俺の肉体に始終出入しよつて、ソンナ心を出しよるのだ。貴様の霊が憑依した時の恋の猛烈さ……と云つたら、九寸五分式だ、まだも違へば軋死式、首吊り式、暴風雨地震式の恋の雲が包ンで来よつて、暗澹咫尺を弁ぜずと云ふ……時々幕が下りるのだよ。もう良い加減に改心をして、俺の肉体を離れて呉れ。其代りに小豆飯を三升三合、油揚を三十三枚買つて、四辻まで送つてやる、斯れでモウさつぱりと諦めるのだよ』 夏彦『何を言やがるのだ。勝手な熱ばつかり吹きよつて、……弥仙山の極秘を、音彦さまの前で暴露しようか』 加米彦『どうなつと勝手にしたが宜いワい。大胆不敵の加米彦は梟鳥式だ。斯う云ふ暗夜になればなる程、元気旺盛となつて来るのだ。弥仙山に野宿した時は、貴様の副守護神が俺の肉体に憑依しよつて、臆病な態を見せたぢやないか。他人の事ぢやと思うて居れば、皆吾が事であるぞよ、改心なされ……』 夏彦『どこまでも厳重な鉄条網を張りよつて、攻撃する余地がなくなつた。まつ四角な顔に四角い肩を聳やかし、四角四面な、冗談一つ言はぬ様な風を装うて居乍ら、ぬらりくらりと、まるで蛸入道の様な代物だなア。カメと云ふ奴ア、六角の甲を着て居る奴だが、此奴は二角程落して来よつた。カメと鼈との混血児だなア。……オーさうさう混血児で思ひ出した。コンコン鳴く奴ア、やつぱり、ケツだ。小豆飯に油揚式の霊魂だ。其勢か、能く口が滑らかに辷る哩』 音彦『オイ加米彦、充分に今日は気焔を吐いて聞かして呉れ。明日はお別れせにやならぬかも分らないからなア』 加米彦『エーそれや音彦さま、本当ですか』 音彦『どうやらソンナ気配がする様だ。どうも悦子姫さまのお顔色に現はれて居る様だ』 加米彦『アハー、あなたは、間がな隙がな、あの美しい別嬪を見詰めて御座る丈あつて違つてますなア。男を怪しい笑靨の中に巻き込みて了ふ丈の魔力を保有して御座る女王さまだから、何時の間にか音彦さまも恋縛を受けなさつたと見えるワイ……ヤアお芽出たう、おウラ山吹さま、……併し乍ら道心堅固の悦子姫様だ。太田道灌ぢやないが「七重八重花は咲けども山吹の、実の一つだになきぞ悲しき」とウツカリ秋波でも送らうものなら、三十珊の巨弾で撃退されて了ふよ。自惚と梅毒気の無い者は滅多にないから、音彦さま、能う気を付けなさい』 音彦『アハヽヽヽ、加米彦さま、それは、例の人格交換ぢや有りませぬか。音彦でなくて実際は加米彦さまの事でせう。お芽出たいお方ですネ』 一同大声を挙げて笑ふ。 加米彦『モウ密談も済みただらう。宜い加減に気を利かして帰りませうか、コンナ暗がりへ放り込まれて、夜分に目の見えぬ人間は、聊か迷惑だ。斯う云ふ暗い晩に得意な奴はアマ夏彦一匹位なものだ、ワツハヽヽヽ』 と仇笑ひつつ先に立ち帰つて行く。加米彦、門口より、 加米彦『モシモシ悦子姫様、モウ御安産は済みましたかな、男でしたか女でしたか、……何と云ふお名をおつけになりました。……玉照彦ですか……』 悦子姫『ホヽヽヽ、加米さまですか。エライ失礼を致しました。サア皆さまと一緒にお這入り下さいませ』 加米彦『お役目なれば、罷り通るツ。悦子姫殿、紫姫殿、許させられえ』 とワザと体を角立て、紙雛の様なスタイルで、稍反り気味になつて、悦子姫の居間にズーツと通る。 悦子姫『加米さま、冗談も良い加減にして置きなさらぬか。妾は明早朝、音彦さまと此処を立出で、或る所へ参ります。加米彦さまと夏彦さま、どうぞ留守をシツカリ頼みます』 加米彦『ヘー、ヤツパリ……ヤツパリですなア』 悦子姫『エツ、何ですと』 加米彦『ヤア、何でも有りませぬ。ヤツパリあなたは神界の大切な御用をなさるお方、到底吾々ヘツポコの計り知る可らざる御経綸が有ると見えますワイ』 悦子姫『ホヽヽヽ』 紫姫『ホヽヽヽ』 音彦『唯今承はれば、私はあなたと共に、どつかへ参るのですか』 悦子姫『ハイ御苦労様乍ら、どうぞ妾に従いて来て下さいませ』 音彦『ハイ承知仕りました。どこまでも、神様の為ならば、お伴致しませう』 加米彦『ヤア音彦の命、万歳々々』 と、度拍子の抜けた大声で呶鳴り立てる。 音彦『加米彦さま、永らく御昵懇になりましたが、暫くお別れせなくてはなりませぬ。どうぞ機嫌よく留守をして居て下さいませや』 加米彦『ハイハイ畏まりました。あなたも、悦子姫さまと御機嫌よく、相提携して、極秘的神業に御参加下されませ』 と意味有りげに、ニタリと笑ふ。 夏彦『悦子姫様、私はお伴は叶ひませぬか』 悦子姫『ハイ有難う御座います。併し乍ら神様の御命令で、あなたは暫く、妾の帰るまで、加米彦さまと留守をして居て下さいませ』 加米彦『アハヽヽヽ、態を見い、サア明日からは此加米彦の、何事も指揮命令に服従するのだぞ。……モシモシ悦子姫さま、どうぞあなたのお留守中は、夏彦が吾々の命令に服従致します様に、厳しく命令を下しておいて下さい。上下の区別がついて居ませぬと、凡ての点に於て矛盾撞着、政治上の統一を紊しますから……』 悦子姫『加米彦さま、あなたお年は幾歳でしたかネー』 加米彦『ハイ私はザツト二十才で御座います』 悦子姫『違ひませう……』 加米彦『イエ別に……さう沢山も違ひませぬが……精神上から申せば、先づ二十才……現界に肉体を現はしてからは三十三年になります』 悦子姫『それは大変な違算ぢやありませぬか』 加米彦『何分亡父が貧乏暮しをして居たものですから、素寒貧で、十三(仰山)な遺産も御座いませぬ、アハヽヽヽ』 悦子姫『夏彦さまは幾才ですか』 夏彦『ハイ私は見た割とは、ひね南瓜で御座います。精神は兎も角も、肉体は四十八になりました』 悦子姫『アヽそれなら年長者を以て上役と定めます。加米彦さま、妾が此家を出立するが最後、何事も夏彦さまの指揮命令に従つて、神妙に留守をして下さいや』 加米彦『ヘエ………』 悦子姫、稍顔色を変へ、 悦子姫『加米彦さま、お嫌ですか』 加米彦『イヤイヤ滅相もない、何事もあなたの御命令に従ひます』 悦子姫『夏彦さまの命令は即ち妾の命令、どうぞ宜しうお頼み申します』 とワザと両手をついて叮嚀に下から出る。 加米彦『エー実の所は、夏彦の下に従くのは虫が好きませぬが、其処まで仰有つて下さいますれば、謹みてお受致します。……悦子姫様のお代理夏彦様、どうぞ宜しう、何事も御指導下さいませ』 夏彦『お互様に宜しうお願致します』 悦子姫『どうぞお二人さま、公私混同せない様に頼みますで……』 二人一度に、 夏彦、加米彦『ハイハイ承知致しました』 と両手を突き、今度は真面目になつてお受をする。 紫姫『青彦さま、馬さま、鹿さま、これから妾は、悦子姫様の神様より重大なる使命を蒙りました。明朝未明に此処を立出で、妾の行く所へ、御苦労乍ら従いて来て下さい。さうして青彦さまと云ふお名は、一寸都合の悪い事が有りますから、今日限り名を改めて、日の出神様より若彦とお改へになりましたから、其お積もりで居て下さいや』 青彦『ハイ承知致しました。何だか天の稚彦命様に能く似たよな名ですなア。嬉しい様でもあり、悲しい様な気持も致します。併し乍ら、何事も神命のまにまに、絶対服従を致します。どうぞ宜しう……』 紫姫『ハイ、不束な妾、どうぞ宜しう御指導を仰ぎます。……まだ夜明けまでには間が御座いますれば、皆さま一休眠致しませう』 音彦『それや結構です。サア皆さま、お休眠なさいませ。お先へ失礼』 と横になつて、早くも高鼾をかく。 加米彦『ナント罪のない男だなア。今物を言つて居つたかと思えば、早高鼾だ。人間も茲まで総てに超越すれば、モウ占たものだ、悦子姫様の眼力も偉いワイ』 夏彦『コレコレ加米彦さま、皆様のお就寝の御邪魔になります。あなたも早く、おとなしくお睡眠なさい』 加米彦『コレハコレハ上官の御命令、確に遵守し奉る、恐惶頓首、アツハヽヽヽ』 と笑ひ転けた儘、呼吸不整調な高鼾をかく。一同は之れに倣うて、残らず寝に就きたり。 鶏の声に目をさまし、悦子姫は音彦を伴ひ、綾の大橋打渡り、山家方面を指して進み行く。紫姫は、由良川の川辺伝ひに、西北指して三人の男を伴ひ、行先をも告げずトボトボと下り行く。嗚呼、紫姫は今後如何なる活動をなすならむか。 (大正一一・四・二五旧三・二九松村真澄録) (昭和一〇・六・一王仁校正)
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(1716)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 05 赤鳥居 第五章赤鳥居〔六三三〕 天火水地と結びたる青赤白黄をこき交ぜて 緑滴る足曳の山と山とに包まれし 由良の流れに沿ひ乍ら彼方に立てる紫の 煙目あてに進み行く紫姫の宣伝使 草木も萠ゆる若彦や馬に鞭鞭つ膝栗毛 鹿と踏み締めテクテクと肩も斑鳩、飛ぶ空を 笠西坂の頂上に四人は漸く着きにけり。 若彦『紫姫様、此風景の佳い地点で四方の景色を観望して息を休めませうか』 紫姫『妾もさう思つて居ました、弥仙のお山は紫のお容姿を現はし給ひ、連峰を圧して高く雲表に頭を突出して、実に何とも云へぬ雄大さで御座いますね』 若彦『左様です、春の弥仙山は又格別ですな、彼方に見ゆる四尾の神山、コンモリした木の繁茂、桶伏山もちらりと見えて居ます、実に遠方から見た四尾山は一層の崇高味を増すやうですな、昨夜あの山麓の悦子姫様のお館を訪ねた時は、その様に立派な山ぢやと思ひませなンだが、矢張大きなものは近寄つて見るよりも、遠見の方が余程真相に触れる様ですな』 紫姫『アヽ佳い景色にうたれ、思はず時間を費やしました、そろそろ出掛ませうか』 馬公『もう些と休みていつたら如何です、之から奥へ行けば山と山と、双方から圧搾した様な殺風景な難路許りですよ、充分聖地を此処から憧憬して名残を惜しみ、四尾山に袂別の挨拶を終つて行かうではありませぬか、随分此先は急坂がありますから………』 紫姫『サア、も少し休みませうか』 鹿公『アヽ、さうなさいませ、充分英気を養つて参りませう、一歩々々大江山に接近するのですから、…此安全地帯で充分に浩然の気を養つて行く事に致しませう。然し乍ら最早大江山の鬼雲彦は遁走し、後には鬼武彦の御眷属が御守護して居られるなり、三嶽の岩窟は滅茶々々となり、鬼ケ城亦鬼熊別の敗走以来、敵の影を留めて居ないぢやありませぬか、それに又貴女は吾々を此方面へ用向も仰有らずに引き連れておいでになつたのは、少しく合点が参りませぬ、一体全体如何遊ばす積りですか。少し位お洩らし下さつても滅多に口外は致しませぬがな』 紫姫『いいえ、悦子姫様を通じて大神様の「一切秘密を守れ」との御神命なれば、仮令貴方と妾の仲でも之ばかりは発表する事は出来ませぬ、軈て真相が分るでせう』 鹿公『紫姫様は、吾々二人は元来貴女の従僕、さう叮嚀なお言葉をお使ひ下さつては実に恐れ入ります、何卒今後は鹿、馬と仰有つて下さいませ』 紫姫『いえいえ、今迄の妾なれば極端なる階級制度の習慣で主人気取りになるでせうが、三五教に救はれてより上下の隔壁を念頭よりすつかり散逸させて仕舞ひました。人間の作つた不合理的な階級制度を墨守するは、却て大神様の御神慮に違反する事となりませう。元は一株の同じ神様の分霊ですからな』 鹿公『ハイ、有難う御座います。左様ならば今後は主従の障壁を撤去し、私交上に於ては平等的交際を指して頂きませう。然し乍ら教理の上の事に就いては矢張師弟の関係を何処迄も維持して行き度う御座います、何卒之だけはお認め置きをお願ひ申します』 紫姫『何だか妾がお前さまの師匠なぞと云はれると、足の裏までくすぐつたい様な気がしてなりませぬ』 鹿公『今後は其積りでお願ひ致します、然し乍ら貴女は花の都へは帰り度うは御座いませぬか』 紫姫『それは人間ですもの、故郷に帰り度いは山々ですが、神様の御命令を完全に果さなくてはなりませぬ、それ迄は妾は故郷の事はすつかり念頭から分離して居ます、何卒今後は故郷の事は云つて下さいますな……、サア若彦さま、参りませう』 と潔く駆出す。 紫姫の一行は厳の霊や瑞霊 神の恵を河守駅ややすやす渉る船岡の 深山[※京都府福知山市大江町の豊受大神社が鎮座している船岡山のこと]を左手に眺めつつ人の心のあか鳥居 鬼武彦が眷属の旭明神祀りたる 祠の前に立ちどまり行く手の幸を祈りつつ 又もや北へ行かむとす頃しもあれや山林に 悲しき女の叫び声鳥の啼く音か猿の声か 合点ゆかぬと立ちとまり頭を傾け聞き居れば 助けて呉れいと手弱女の正しく叫びの声なりき。 若彦は此声に引きつけらるる如き面持にて前後を忘れ耳をすまし居る。 馬公『モシモシ若彦さま、何を茫然として居なさる、あの声は如何ですか、悲し相な乙女の救援を求むる声ぢやありませぬか』 若彦『何とも合点のゆかぬ声だ』 叫び声は益々烈しく聞え来る。 紫姫『皆さま、御苦労ですが妾は此祠の前で御祈念を致して待つて居ますから、道は暗う御座いますが気を注け乍ら、あの声を尋ねて実否を調べて来て下さいませぬか』 若彦『ハイ、畏まりました、貴女お一人此処にお待たせしても済みませぬから、鹿公を添へて置きませう』 紫姫『いえいえ、決して御心配下さいますな、妾は之より宣伝使となつて如何なる魔神の中にも単騎進撃をやらねばならない者で御座います、何卒お構ひなく一刻も早くあの声の方に向つてお進み下さいませ』 若彦『委細承知致しました、戦況は時々刻々に報告致させます、サアサア馬公、鹿公、サア出陣だ』 馬公『ここに馬が居ります、千里の名馬、御跨り下さいませ、敵に向つて天晴れ名将の武者振りを発揮するも一寸妙ですぜ』 鹿公『馬でお気に入らねば鹿も居ります、児屋根の命さまは鹿にお乗り遊ばしたぢやありませぬか、成る可くは私に恩命を下し給はらば結構ですが……』 若彦『馬公、鹿公、馬鹿口たたく猶予があるか、サア早く行きませう』 馬、鹿『エー、馬鹿々々しい、突貫々々、お一二お一二』 と暗がりの道を声をあげて進み行く。以前の声はピタリと止まりぬ。三人は暗夜に方向を失ひ当惑に暮るる折しも暗中に人の声、 甲(滝公)『サア、もう之で大丈夫だ、ああして松の下に猿轡を箝めて引括つて置けば逃げる気遣ひはない哩、マアゆつくりと暗がりを幸ひ休息でも遊ばさうぢやないか』 乙(板公)『休息しようと云つたつて俄に暗くなつて寸魔尺哭ぢや、まるで釜を被つた様ぢやないか』 甲(滝公)『釜を被れば空の星は見えない筈だ、あれ見よ、雲の綻びからチラホラと星の光が幽に瞬いて居るぢやないか』 乙(板公)『何、何処もかも天地暗澹、星一つだに見えぬ悲しさだ』 甲(滝公)『之程立派に星が見えて居るのに貴様は又何処を向いて居るのだ、アハヽヽヽ、やられ居つたな、八畳敷に』 乙(板公)『八畳敷て何だい』 甲(滝公)『大方狸に睾丸でも被されよつたのだらう』 乙(板公)『何、ソンナ気遣ひがあるものか、ヤア方角を間違つて居つた。下ばつかり見て居つたものだから、星が見えなかつたのだ、ホンに彼方此方に星の金米糖が光つて居る哩』 甲(滝公)『それこそ方角が天と地がつて居つたのだ』 乙(板公)『何、地と違つた丈だよ、アハヽヽヽ。然し貴様と俺と二人では彼の女を此暗がりに舁いで行く訳にもゆかず、道で又三五教の宣伝使にでも出会つたら大変だからなア』 甲(滝公)『ちつたア出世しようと思へば之位な苦労はせなくちや成らないよ。何時も黒姫さまが苦労は出世の基ぢやと仰しやるぢやないか、ソンナ弱い事を言はずに、サア之から棒片にでも括りつけて、貴様と俺とが舁いで魔窟ケ原の岩窟へ帰るとしよう。さうすれば富彦だつて虎若だつて、俺達に対し今迄の様に無暗に威張らなくなるよ。吾々は殊勲者として黒姫さまの信任益々厚く、鼻高々と高山彦の御大将以上に待遇されるかも知れないよ、アハヽヽヽ』 鹿は俄に女の作り声を出して、 鹿公『コレコレ、滝公、板公、俺は黒姫ぢや、その女を大切に踏縛つて早く舁いで、此黒姫の後に跟いて御座れ、愚図々々して居ると三五教に寝返りを打つた青彦が馬公や鹿公の古今無双の英雄豪傑を引率れ、お前達の首を捻切るかも知れぬ。サアサ早く用意をなされ、コンナ処で愚図々々して居ると云ふ事があるものかいのう』 甲(滝公)『ヤ、呼ぶより誹れとは此処の事か、今の今とて、…へ…一寸……貴女様のお噂を致して居りました。イヤもう骨の折れた事で御座いました。お節の阿魔女随分手が利いて居ましたよ』 鹿公『ア、さうぢやらうさうぢやらう、彼奴は仲々手の利いた奴ぢや、強情な女ぢや、サアサア早く月の出ぬ間に用意をなされ』 甲、乙(滝公、板公)『ハイ、畏まりました、暫時お待ち下さいませ』 鹿公『そのお節は何処に置いてあるのだい』 乙(板公)『ハイハイ、此処から十間許り先方の松の木の麓に猿轡を箝ませ、手足を縛つて根元に確り括つて置きました』 鹿公『それはお骨折ぢやつた、然し息の絶える様な事はして無からうな』 乙(板公)『何、貴女、何うせ連れて帰つて殺すか、此処で殺すか、手間は同じ事ですもの、あの通り猿轡を箝めた以上は、もう今頃はコロリといつて居るかも知れませぬ』 甲(滝公)『イエイエ、滅多に死ンでは居りますまい、此滝公が息の絶れない様に、声を出さない様に、そこは注意周到な者です、大丈夫ですよ』 鹿公『俺も一寸調べがてらにお前の後に跟いて行かうかな』 甲(滝公)『サアサ黒姫様、御実検下さいませ、貴女に実地を見て貰へばお馬の前の功名も同然、いやもう無上の光栄で御座います』 鹿公『それはお手柄お手柄、サア早く見せて下さい』 板公『随分険難な暗がり道で御座いますから、私がお手を把つて上げませう』 鹿公『イヤイヤ、滅相な、年は寄つても未だお前の様な若いお方に助けられる程、耄碌はして居りませぬ哩、手を握られると発覚の……どつこい……八角の糞をこめて気張つても……お節の手を握つて妙な事をするでないぞ』 板公『阿呆らしい、何を仰しやいます、ソンナラ私の後から足音をたよつて来て下さいませ、アヽ暗い暗い』 と探り足に歩き出す。三人は息を凝らし闇を幸ひ跟いて行く。 滝公『オイ、板公、何の辺だつたいな、あまり暗くつて鼻抓まれても分らぬ様だ、テント方向がとれぬぢやないか』 板公『ヤ、此処だ此処だ、オイお節、これから魔窟ケ原の結構な処へ送つてやるのだ、満足だらう。オイお節、返事をせぬか』 滝公『馬鹿云うない、声をたてぬ様に猿轡を箝めて置いた者が返事をするものかい、狼狽へた事を云ふな』 板公『オヽ、さうだつたな、サアサアお節、解いてやらう、ヤア偉い猿轡だ、息を絶らしては面白くない、ちつと緩めてやらう、ヤア暖いぞ暖いぞ、確に此耆婆扁鵲の診察に依れば極めて安心だ。恢復の見込たしかだ。予後良だ』 馬、妙な声を出して、 馬公『ヒユー、ドロドロドロ、怨めしやア、仮令生命はとらるるとも、魂魄此土に留まりて、滝公、板公の素首引き抜かいでやむべきか……』 滝、板は、 滝公、板公『ヤア、出やがつた、こいつア堪らぬ』 と無茶苦茶に駆け出す。過つて傍の谷川へザンブと二人は陥ち込みたり。 馬公は手早く綱を解き猿轡を外し、 馬公『ヤアお節さま、しつかり成さいませ、もう大丈夫です』 お節は初めて気が付いたと見え、 お節『何、汝悪神の家来共、もう斯うなる上はお節が死物狂、目に物見せて呉れむ』 馬公『ヤア、それは違ひます、私は三五教の馬と申すもの、貴女のお声を尋ねてお助けに来たのです、御安心なさいませ。今二人の悪者共は驚いて逃行く途端に、此谷川へ落ち込みました。あまり暗いので如何なつたか知りませぬが、吾々は決して悪者では御座いませぬ。サア鹿公、若彦さま、此お節さまの手を引いて広い道まで連れて行つてあげませうか』 お節は初めて安心の態、 お節『これはこれは危い処をようこそお助け下さいました。アヽ神様有難う御座います』 と天に向つて合掌し感謝する折しも、山を覗いて出る半円の月、忽ち道は判然と見え出しにける。 馬公『アヽ有難いものだ、これで安心だ、サア早く、紫姫さまがお待ちかね、参りませう』 とお節の手を把り、四人は紫姫の暗祈黙祷を凝らす祠の前にやつと帰り来たりぬ。 鹿公『紫姫様、鹿の野郎が功名手柄、お褒め下さいませよ。目的物は首尾よく手に入りました』 紫姫『ア、それはそれは、御苦労様、何処のお方だつたか知らぬが危い処で御座いましたな』 お節『ハイ、有難う御座います、力と頼むお爺さまには死に別れ、お婆アさまにも亦死別れ、今は頼りなき女の一人暮し、許婚の妾が夫の後を慕ひ、聖地に向つて進み来る折しも、道に踏み迷ひ魔窟ケ原を通りました。所が後より「オーイオーイ」と男の声、何は兎もあれ、怪しき奴と一生懸命に長い道を此処まで逃げて参りました、折あしく道中の岩石に躓きバタリと転けて倒れた所を、追ひかけて来た二人の男、折り重なつて妾を高手小手に縛り、松の木の麓に連れて行つて、打つ蹴る殴るの乱暴狼藉、妾は力の限り何れの方かお通りあらばお助け下さるであらうと、女々しくも声をたてました。さうすると二人の悪者は妾の口に箝ます猿轡、最早叶はぬと観念の目を睜り、気も鈍くなりまする際、思はぬお助けに預かりました。此御恩は死すとも忘れませぬ、皆様能くお助け下さいました』 と嬉し涙に泣き伏しける。 鹿公『モシ若彦さま、察する処貴方のれこぢやありませぬか』 若彦『ハイ……』 と云つたきり若彦は俯向き居る。 鹿公『アハヽヽヽ、これはこれは、お恥しう御座るか、久し振りの恋女房の対面、柔和しい言葉の一つも掛けておあげなさつては如何ですか、吾々が居ると思つて云ひ度い事も能う云はず、泣き度うても能う泣かず、吾と吾心を詐つて居らつしやるのでせう。吾々であつたなればソンナ虚偽な事は致しませぬワ、「ア、お前は女房か、能うマア無事に居て呉れた、これと云ふも神様のお蔭、会ひたかつた会ひたかつた」としつかと抱きしめ嬉し涙に暮れにけり……と云ふ場面だ。吾々は暫く退却を致さう、ナア若彦さま、お節さまとゆつくり程経し思ひ出の物語、しつぽりとなされませや、ずつしりとお泣き遊ばせ、紫姫さま、馬公、暫く気を利かせませう』 若彦『イヤ有難う御座います、皆様のお蔭、斯様な処でお節殿に会ふのも神様のお摂理で御座いませう。モシモシお節どの、私を覚えて居ますか、青彦ですよ』 お節『ア、貴方が青彦さま、お懐しう御座います。能うマア無事で居て下さいました』 と嬉しさに前後を忘れ、青彦の手に獅噛み付く様に身体をもだえ泣き叫ぶ。 鹿公『カチカチ、観客の皆さま、これで幕切と致します。今後の成行は又明晩続き物として演じまする、何卒不相変御贔屓を以て賑々しく御入来あらむ事を偏に希ひ上げ奉ります、アハヽヽヽ』 紫姫『オホヽヽヽ、鹿公、時と場合に依ります、洒落もいい加減にしなさいや』 馬公『オイ鹿、何を云ふのだ、サアサア皆さま、月も出ました、もう一息だ、天の岩戸まで急ぎませう』 (大正一一・四・二五旧三・二九北村隆光録)
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(1723)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 12 大当違 第一二章大当違〔六四〇〕 月傾いて山を慕ひ人老て妄りに道を説くとかや 弥仙の山の麓なる賤が伏家の豊彦は 三五教の宣伝使悦子の姫の一行に 娘のお玉を助けられ世にも優れし初孫の 顔を眺めて老夫婦蝶よ花よと労はりつ 神の教を説き諭す此事四方に何時となく 風のまにまに伝はりて於与岐の郷の爺さまは 弥仙の山と諸共に其名も高くなりにける 老若男女は絡繹と蟻の甘きに集ふが如く 豊彦老爺の教示をば神の如くに敬ひて 昼は終日夜は終夜救ひを求めて詣り来る。 中に目立つて三人の大男、宣伝使の服を着けながら、 男『御免なさいませ。私は富彦、寅若、菊若と申す者、此度弥仙山のお宮に参拝を致し、神勅に依りて承はれば、此山麓の一つ家に豊彦と云ふ方現はれ、誠の教を伝ふる故、汝等三人は帰路に立寄り、彼れ豊彦をウラナイ教に誘ひ帰れ、娘のお玉及び今度生れた玉照姫を本山に迎ひ帰れ……との、有り有りとの御神示、神様のお言葉は疑はれずと、弥仙の山麓を彼方此方と探す内、道行く人に承はれば於与岐の森の彼方の一つ家こそ、豊彦さまの住宅と聞いた故、御神勅により出張仕りました』 と門口に立つた儘呶鳴つて居る。幸ひ今日は参詣者もなく、老夫婦と娘、孫の四人、弥仙の神霊を祀りたる霊前に、拝跪黙祷する最中であつた。豊彦は拝礼を終へ、門口近く進み来り、 豊彦『どなたか知らぬが、門口に何か尋ぬる人が有るらしい、何れの方か、先づ戸を開けてお這入りなされませ』 寅若『ハイ有難う』 と斜交になつた雨戸をガラリと開け、 寅若『ヤア随分立派な家だなア……オイ富彦、菊若、這入れ、……汚い家に不似合な綺麗な娘さまが御座るなア、下水に咲いた杜若と云はうか、谷底の山桜、これはどつか良い所へ植替へたならば、随分立派な者になるだろう』 豊彦『コレコレお前さまの仰有る通りムサ苦しい茅屋なれど、これでも私の唯一の休養場ぢや、……あまり失礼ぢやありませぬか』 と足音荒く、破れ畳を威喝し乍ら、上り口に下りて来て、ジロジロと三人の顔を睨みつけて居る。 寅若『ヤアこれはお爺さま、誠に失言を致しました。決して悪く申したのぢや御座いませぬ。少しも飾りのない、正直正銘な、心に映じた儘を申上げたのだから、お悪く思つて下さいますな、歪みかかつた家を、立派な家だと云つた方が却つて嘲弄した事になりませう。お多福を掴まへて、お前は別嬪だと言へば、お多福は馬鹿にしたと言つて怒る様なもので、兎も角も神の道に仕へて居る者は、チツとも斟酌とか巧言とかが有りませぬ、お気に障りましたら、どうぞ宥して下さいませ』 豊彦『ソレヤお前の言ふ通りぢやが、併し碌に挨拶もせないで、イキナリ吾々の住宅を非難すると云ふのは、あまり此方も気の良いものぢやない。お前も宣伝使だと仰有つたが、斯う云うたら人が感情を害するか、害せないか位は分りさうなものだなア』 寅若『只今申したのは決して寅若では有りませぬ。弥仙山に鎮まります大神の眷属、寅若天狗が言つたのです。天狗と云ふ奴は世に落ちぶれて、神様の下働きばつかりやつて居ますから、行儀も無ければ、作法も知らず、酒呑みの極道天狗もあり、どうぞお赦し下さいませ。何分身魂が研け過ぎて居るものだから、感じ易うて直に憑られて困ります、アハヽヽヽ』 豊彦『さうして御神勅の趣はどう云ふ事だ、早く聞かして貰ひませう』 寅若『御存じの通り、私はあまり素直な身魂で、種々の神が憑依致しますから、余程審神をせねばなりませぬが、此富彦と云ふ宣伝使は、それはそれは立派な者で御座います。実は富彦に御神勅が有つたのです。サア富彦さま、御神勅の次第をお爺さまにお知らせなされ』 富彦、両手を組み、威丈高になり、 富彦『コヽヽ此方は、弥仙山に守護致す木花咲耶姫であるぞよ。此度汝が家に、木花姫の御霊、玉照姫を遣はしたのは、深き仕組の有る事ぢや、何事も皆神からさせられて居るのだから、吾子であつて、吾子ではないぞよ。体内に宿つて十ケ月目に生れ出でたる此玉照姫は、神のお役に立てる為に、昔から因縁の身魂を探して、其方が娘に御用をさせたのであるぞよ。サア是れからは其玉照姫を神の御用に立てるが良いぞよ。神の申す事を諾かねば諾く様に致して諾かしてやるぞよ。返答はどうぢや、豊彦、承はらう』 豊彦、平気な顔でニタリと笑ひ、三人の顔をギヨロギヨロ眺め、 豊彦『ハヽヽヽヽ、お前達、巧妙い事を行りますなア。田舎の老爺ぢやと思うて、一杯欺けようと企んで来ても、斯う見えても此爺はナカナカ、酢でも蒟蒻でも行く奴ぢやない。お前達とは役者が七八枚も上だから、其手は喰ひませぬワイ、アツハヽヽヽ、なる程人間の子は十月で生れるだらうが、此方の子はそんな仕入とはチツと種が違ふのだ。神さまもタヨリ無いものだなア。実際お前様に大神が懸つて仕組まれたのならば、此玉照姫は何時宿つて、何ケ月目に分娩したか、又何と云ふ方が取上げて下さつたか分つて居る筈だ。サアそれを聞かして下さい』 富彦、汗をタラタラ出し、真青な顔をして、 富彦『ヤア大神と云つたのは実は眷属だ。……ケヽヽ眷属はモウ引取る。今度は本当の大神様がお憑りなさるから、御無礼を致してはならぬぞ。ウーム』 と言つた限り、パタリと倒れ、又もや手を振つて、姿勢を直し、 富彦『今度こそは真正の神だ。頭が高い、下れ下れ下り居らう……』 豊彦『ヘン、又かいな、どうで碌な神ぢやあるまい。大方羽の無い天狗か、尾の無い狐なんかだらう。随分此暑いのに、そんな芸当を無報酬でやつて見せて下さるのも大抵ぢやない。あんたは慈悲心の深い人ぢや、其点丈は此爺も大いに感謝する。今朝も二三人参つて来よつたが、お前の様な野天狗憑がやつて来て、法螺を吹くの吹かんのつて、随分面白かつた。お前もウラナイ教の宣伝使なら、モ一つ修業をなされ。其様な事で衆生済度なぞとは、思ひも寄りませぬぞい』 富彦『大神に向つて無礼千万な、其方は此神を嘲弄致すか。量見ならぬぞ』 豊彦『ハヽヽヽヽ、此方から量見ならぬ。サア一つ審神してやらう。……娘のお玉の妊娠の日は何時ぢや。何ケ月孕んで居つた、ハツキリ云うて見よ。十月位で出来た様な普通の粗製濫造品とはチツと違ふのだ。特別神界から念に念を入れて、鍛錬に鍛錬を加へ調製された玉照姫だよ。サアサア当てて御覧なさい』 富彦『十二ケ月だ。間違ひなからう。此お玉は牛の綱を跨げたに依つて、十二ケ月掛つたのぢや。どうぢや恐れ入つたか』 豊彦『アハヽヽヽ、これ富彦さんとやら、良い加減に、そんな芸当はお止めなさい。随分エライ汗だ』 富彦『大神は折角結構な事を言うて聞かしてやらうと思ひ、因縁の身魂に憑つて知らしてやれ共、此爺は我が強うて、少しも改心致さぬから、神は已むを得ず、帳を切つて引取るより仕方はないぞよ。後で後悔致さぬ様に気を付けて置くぞよ』 豊彦『ヘエヘエ有難う御座んす。お狸さまか、お狐さまか知らぬが、斯う見えても、此家は神様の立派なお宮だ。エー四足の這入る所ぢやない。穢らはしい、出て下さい、玉照姫様が大変御機嫌が悪い。サアサア帰なつしやい帰なつしやい』 と箒を把つて掃き立てる。富彦は手持無沙汰に、手拭で顔を拭いて居る。 寅若『オイ爺さま、あまりぢやないか。人を埃か何ぞの様に、箒で掃き出すと云ふ法があるか。よい年して居つて、チツと位行儀作法を心得たらどうだい』 豊彦『エーエー神様のお宮の中へ、ノコノコ這入つて来る四足に、行儀も何も要るものかい、行儀と云ふものは人間同士、又は人間か、より以上の神様に対してこそ必要だ。グヅグヅ吐すと、此箒が頭の上まで参るぞ』 菊若は爺の振り上げた箒をクワツと掴み、 菊若『モシモシお爺さま、お静まり下さい。短気は損気だ。さうお前の様に神懸をけなしては話が出来ぬ。マア静まつた静まつた』 豊彦『お前達に説教を聴く耳持たぬ。斯う見えても、此豊彦は神様の御神徳を頂いて、何処の教にもつかず、独立独歩で、神様直接の御用を致して居るのだ。人を助けるのは神の道だから、お前さへ改心して、低うなつて来れば、どんな結構な事でも教へてやるが、そんな態度では一息の間も置く事は出来ぬ。サアサア帰つた帰つた』 お玉『お爺さま、あまり酷い事を言はぬが宜しい』 豊彦『コレコレお玉、お前は黙つて居なさい。又こんな奴に因縁を附けられては煩雑いから……』 寅若『ヤアお玉さま、話せる、さうなくては女ではない。ヤツパリ社交界の花は女だ。挨拶は時の氏神、そこを巧く斡旋の労を取つて下さい。お前さま所の床の置物を御覧なされ。私等が此処の門を潜るや否や、能うお出やす……と云つて、あの長い頭をうちつけて、福禄寿の像が叮嚀に挨拶をして居るぢやないか。あんな無心の福禄寿さまでも、吾々の御威勢には……いや神格には感応して、畏まつて御座る。それに此お爺さまはあまり剛情が過ぎる。私達が言つても、中々年寄りの片意地で諾かつしやるまいから……娘にかけたら目も鼻も無い爺さまに、お玉さまからトツクリと気の軟らぐ様に言つて下さい』 お玉『ホヽヽヽヽ』 豊彦『エー帰ねと言つたら帰なぬか』 と床が落ちる程四股を踏む。三人は、 三人『エーお爺さま、又お目にかかります。今日は大変天候が悪いから……又日和を考へてお邪魔に参ります』 豊彦『エーグヅグヅ言はずに、早く帰んで呉れ、玉照姫様の御機嫌が悪くなると困るから……オイ婆ア、塩持つて来い。そこらを一つ浄めないと、何だか四足の香がして仕方がないワ、アハヽヽヽ』 三人は突出される様に怪訝な顔して此家を立出で、スタスタと弥仙山の急坂にさしかかる。 菊若『オイ此処らで一つ、一服しやうぢやないか』 寅若『あまり怪体が悪くつて、黒姫さまに会はす顔がない。休む気にもならぬぢやないか。そこらの蝶々や糞蛙まで、俺達の顔を見て、馬鹿にして居やがる様な心持がする。どつか、蛙や蝶の居らぬ所へ行つて一服しやうかい』 と胸突坂を後から追手にでも追ひかけられる様な、慌てた姿で、三本桧の麓までやつて来た。 三人『アヽ此処に良い休息所がある。清水も湧いて居る。水でも飲んで、ゆつくりと第二の作戦計画に着手する事としやうかい』 三人は樹下に涼風を入れ乍ら、雑談に時を移した。 菊若『これ程名高くなつた豊彦と云ふ爺も、あの玉照姫と云ふ赤ん坊が出来て、それがイロイロの事を知らすと云ふのが呼びものになつて、毎日日日、桃李物言はずして小径をなす様に、あちらこちらから、信者が集まるのだ。黒姫さまが毎朝起きて、行水をなさると東の天に当つて紫の雲が靉靆くから、何でも弥仙山の方面に違ひないから一遍偵察に行て来いと言はれ、此間、俺一人此山麓まで来て見ると、大変な人気だ。紫の雲の出所は、どうしても、あの茅屋に間違ひない。そして毎晩東の天に当つて大変な綺麗な星が輝き始めた。偉人の出現には、キツと天に明星が現はれると云ふ事だが、テツキリそれに間違ないと、直に立帰つて報告をした所、黒姫さまは……「マア待て、一週間水行をして、ハツキリと神勅を受ける」と仰有つて、夜、丑の刻から起き出でて、皆の知らぬ間に、何百杯とも知れぬ水行を遊ばした結果、イヨイヨそれに間違ない。グツグツして居ると、三五教の奴に取られて了ふから、お前達早く外の者に秘密で、其子供を貰つて来い……との御仰せ、あんな茅屋の娘、二つ返事でウラナイ教に、熨斗を付けて献上するかと思ひきや、今日の鼻息、到底一通りや二通りでは、梃子に合はぬ。それに寅若の先生、最初からヘマな神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]を行つて爺に睨まれ、第二線として現はれた富彦は、老爺の審神に睨まれ、ヨロヨロと受太刀になり……これはヤツパリ野天狗で御座いました……と出直した所は巧いものだが、今度又大神と、太う出やがつて、零敗を喰はされ、最早回復の見込みなく、終局の果てにや、箒で掃出された無態さ……斯んな事を、怪我の端にでも、黒姫さまや外の連中に聞かれようものなら、馬鹿らしくつて、外も歩けやしない。何とか一つ智慧を絞り出して、会稽の恥を雪がねばなるまい。何ぞよい考へはなからうか』 寅若『別に方法手段もないが、先づ梅公式だなア。それが最後の手段だ』 富彦『梅公式を行り損なうと、滝板式になり、終局におつ放り出されにやならぬ様な事になると大変だ。此奴ア一つ、熟思熟考の余地は充分に存するぞ』 寅若『ナーニ、目的は手段を選ばずだ。善の為にするのだから、別に罪になると云ふ事もあるまい。一つ決行しやうぢやないか』 菊若『アヽ結構々々、結構毛だらけ、猫灰だらけだ。弥仙山の大神さまは、猫が使者だと云ふ事だ、何でも今度は猫を被つて、梅滝流を行らうぢやないか』 富彦『梅滝流とはソラ何だ』 菊若『其正中を行くのだ。普甲峠の梅公の行り口は、味方八人も居つたものだから、大変に都合が好かつた。船岡山の近所で行つた滝板の芝居は、何分役者が少いものだから、バレて了つたのだよ。併し吾々三人では、どうする事も出来ぬぢやないか、三人寄れば文珠の智慧と云つても、程よい考案が浮んで来ない。ハテ困つた事だなア』 寅若『噂に聞けば、明日はお玉が七十五日の忌明で、弥仙山へお参りするさうだ。どうぢや。吾々三人は一つ、体一面に日蔭葛でも被つて、お玉の参詣路を脅かし、グツと括つて猿轡を箝め、山伝ひに連れ帰り、さうして外の連中を爺の家へ差し向け、「お前さまの家は、大事のお玉さまを悪者の為に拐かされたさうぢや。気の毒なが、何と吾々が力一杯骨を折つて探して来るから、其褒美に玉照姫さまを、三日でも、四日でもよいから、貸して下さらぬか」……と云つて、チヨロまかすより外に途は有るまい、どうだ賛成かなア』 菊若、富彦『ヤアあまり名案でもないが、斯うなれば仕方が無い。マアそれ位な事で辛抱しやうかい。併し巧くいかうかな』 寅若『何は兎も角一遍都合よくいく様に、お空の大神様へ参拝をして来う。今晩中三人が一生懸命に、木花姫様の御分霊の前で、祈つて祈つて祈り倒すのだ、さうすれば神さまだつて……終局にや五月蠅いから……エー仕方がない、一遍は諾いてやらう……と仰有るに違ひない。さうでなくちや、どうしてウラナイ教へ帰る事が出来ようか。青彦さまや、紫姫さまに恥かしいぞ』 と云ひ乍ら、山上目蒐けて進み行く。一夜は頂上の社前に夜を明かし、一生懸命に願望成就の祈願を凝らし居る。果して大神様は御聴許遊ばすであらうか。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 09 身魂の浄化 第九章身魂の浄化〔六五四〕 心の暗の空晴れて、世界に鬼は梨の木の、峠の巌に腰打掛け、雪雲の空を眺めて、雑談に耽る二人の男あり。 荒鷹『アヽ思ひまはせば今年の春の初、鬼熊別の部下となつて、三岳山の岩窟に数多の手下を引連れ、善からぬ事計りを得意になつて、自己保存は人生の本領だと思ひ詰め、利己主義の行動を以て金科玉条として居たが、まだ天道様は吾々を捨て給はざりしか、音彦、加米彦、悦子姫様の一行に救はれ、飜然と悟り、三五教に入信さして頂き、鬼熊別の本城に逆襲し、言向和さむと心力を尽して見たが、まだ鬼熊別の大将は、神の救ひのお綱が掛つて居なかつたと見え、吾々の熱誠なる言霊の忠告を馬耳東風と聞き流し、終には鬼雲彦の後を追うて何処ともなく遁走して了つた。仮令三日でも同じ鍋はだの飯を食つた間柄だから、我々としては何処までも、誠の道に救はねばならないのだが、何処へお出でになつたか行衛は知れず、三五教へ這入つてから、此れと云ふ様な神様に御奉仕も出来ず、困つたものだ。竹生島へ行つて見れば、英子姫様は神業を完成遊ばして、素盞嗚大神様と共に、フサの国斎苑の御住居へお帰り遊ばした後なり、三五教の方々には、散り散りバラになつて別れて了ひ、殆ど方向に迷ふ今日の有様、せめては高城山の松姫でも言向和して、一つ功を立てねばなるまい………ナア鬼鷹』 鬼鷹『オーそうだ。此処も所は違ふが、ヤツパリ大枝山だ。あの向うに見えるは確かに高城山だ。何時も悪神の邪気に依つて黒雲が山の頂を包んで居たが、今日は又どうしたものだ。何時にない立派な雲が棚引いて居るではないか。何でも三五教の誰かが征服して、結構な神様を祀り、神徳が現はれて居るのではなからうかな。万一さうであるとすれば、結構は結構だが、吾々はモウ此自転倒島に於いて活動する所が無くなつた様なものだ。兎も角高城山を一度踏査して実否を探り、万々一三五教に帰順して居たとすれば、モウ仕方がない。どつと張り込んで此海を渡り、竜宮の一つ島へでも往つて、一働きしようぢやないか』 荒鷹『オウそれが上分別だ。併し第一着手として、高城山の探険と出かけやうぢやないか』 鬼鷹『高城山に立派な雲が棚引いて居るが、あれ見よ、真西に当つて又もや弥仙山の麓の様に紫の雲が靉靆いて居るぢやないか。玉照姫様に匹敵した男神様が御出現遊ばしたのではあるまいかなア。併し何は兎も角高城山へ打向ひ、其次に紫の雲の出処を調べる事としようかい。サアサア行かう』 と板を立てた様な坂道を下り、西へ西へと駆出した。満目蕭然として地は一面の薄雪の白布を被つて居る。仁王の様な足型を印し乍ら、高城山の山麓、千代川の郷、鳴石の傍までやつて来た。 荒鷹『一方は樹木鬱蒼とした箱庭式の小山に、卯の花の咲いた様に、白雪が梢に止まり、時ならぬ花を咲かせ、前は何とも知れぬ綺麓な水の流れた大堰川、こんな佳い景色は大枝の坂を越えてこのかた、見た事も無い。一つ此辺で休息した上、ボツボツと高城山に向ふ事にしようかい』 鬼鷹『何だか妙な声がし出したぢやないか。別に人間らしい者も居らず、獣とても居ないやうだ。狐や狸の足型は薄雪の上に残つて居るが、併し狐の声でもなし、人間の声でもなし、合点のいかぬ響きがするぢやないか。兎も角此処に大きな岩がある。どこもかも薄雪だらけだが、此岩に限つて一片の雪もたまつて居ない、さうして又カラカラに乾いて居る。幸ひ此岩の上で、楊柳観音ぢやないが、一つ瞑目静坐し心胆を錬つて見たらどうだ』 荒鷹は打首肯き乍ら、平坦な巌の上にドツカと坐つた。 荒鷹『オイ兄弟、大変此岩は温かいぞ。お前も一寸此処に坐つて見よ』 鬼鷹『ヤア本当に温かい岩だなア。地上一面冷たい雪が降り、冷酷な世界の人情は此通りと、天地から鑑を出して、俺達に示して御座るのに、こりや又どうしたものだ。僅か一坪ばかりの此岩の上許りは、冷酷な雪もたまらず、春の様な暖かみを帯びて居る。是れを見ても、どつかに暖かい人間も、チツとは残つて居ると云ふ神様の暗示だらうよ』 忽ち膝下の平面岩は鳴動を始め、刻々に音響強大猛烈の度を加へて来た。二人は驚いて足早に飛び下り、七八間此方に引き返し、岩石を見詰めて居た。忽ち岩石は白煙を吐き出した。続いて紫の雲細く長く、白煙の中に棹を立てた様に天に冲し、蕨が握り拳を固めたやうな恰好になつては、二三十間中空に消え、又同じく現はれては消え、幾回となく紫の円柱が立昇り、生々滅々して居る。二人は『ヤアヤア』と声を張り上げ驚くばかりであつた。猛烈なる大爆音は次第々々に低声となり、遂にピタリと止まつた。白煙は依然として盛に立昇つて居る。此時金の冠を戴き、種々の宝玉を以て造られたる瓔珞を身体一面に着飾り、白き薄衣を着したる、白面豊頬の女神、眉目の位置と謂ひ、鼻の附具合と云ひ、唇の色紅を呈し、雪の如き歯を少しく見せ、ニヤリと笑ひ乍ら現はれ給うた。 荒鷹『ヤア音に名高い川堰の鳴石であつたか。それとは知らずに御無礼千万にも、吾々の汚れた体で踏みにじり、誠に申訳のない事を致したワイ。キツと鳴石の霊が現はれて、何か吾々に対して厳しい御託宣を下されるのであらう。何はともあれお詫をするより仕方がない』 と荒鷹は薄雪の積もる大地にペタリと平太張つて、謝罪の意を表した。鬼鷹も同じく大地に鰭伏し慄うて居る。忽ち虚空に音楽聞え、蓮の葉の様な大花弁がパラパラと降つて来た。四辺はえも云はれぬ芳香に包まれた。荒鷹は頭を地に附け乍ら、少しく首を曲げ、一方の目にて恐る恐る岩上の女神を眺めた。女神は二人の美しき稚児を左右に侍らせ、例の白烟の中に莞爾として立現はれ、白に稍桃色を帯びたる繊手を差し延べて、此方の両人に向ひ手招きして居る。 荒鷹『オイ鬼鷹、ソウツと頭を上げてあの女神を拝んで見よ。何だか吾々両人に対して御用が有りそうだぞ』 此声に鬼鷹はコワゴワ乍ら、女神の方に眼を注いだ刹那、鬼鷹は『アツ』と叫んで、又もや大地に頭を摺付けた。何時の間にやら両人の体は何者にか引きずらるる様な心地し、以前の平岩の前に安着して居た。女神は淑やかに、 女神『荒鷹どの、鬼鷹どの、しばらくで御座つたなア』 此声に両人は一度に頭を擡げ、熟々と女神の姿を打眺め、腑に落ちぬ面色にて頭を掻いて居る。女神は二人の稚児に、懐より麗しき玉を持たせ、何事か目配せした。二人の稚児は両人の前に進みより、小さき紫の玉を両人の額に当て、コンコンと打ち込んだ。二人は『アイタタ』と云ふ間もなく、痛みは止まつた。二人の稚児は忽ち女神の両脇に復帰し、さも愉快げに笑つて居る。此時より荒鷹、鬼鷹の二人は何となく心穏かに春の様な気分が漂うた。 女神は静に、 女神『唯今より荒鷹、鬼鷹では有りませぬ。隆靖彦、隆光彦と名を与へます。どうぞ今後は誠の神人となつて、神業に参加して下さい。妾の顔を覚えて居ますか』 荒鷹はやつと安堵の態、 荒鷹『隆靖彦の名を賜はり、有難き、身に取つての光栄で御座います』 隆光彦『私の如き曇り切つた身魂に対し、隆光彦と御名を下さいましたのは、何ともお礼の申様が御座いませぬ。失礼乍ら貴神様は吾々と共に三岳山の岩窟にお住居遊ばした丹州様では御座いませぬか』 女神は莞爾として首肯く。 隆靖彦『アヽ是れで世界晴れが致しました。モウ此上は高城山の松姫を言向け和し、瑞の御霊の大神様の御神業に奉仕し、天地に蟠まる八岐の大蛇を言向け和す御神力は、十分に与へられた様な心持になりました。有難う御座います』 隆光彦も無言の儘、頭を下げ感謝の意を表示する。 隆靖彦『あなた様は今まで丹州と身を変じ、吾々の身魂を研く為に、種々雑多と御苦労を遊ばした神様、どうぞ御名を現はし下さいませ』 女神『今は我名を現はすべき時にあらず。自然に貴方等の身魂に感得し得る所まで磨いて下さい。妾の素性が明瞭お分りになつた其時は、貴方等の身魂は天晴れの神人となられた時です。それまでは、あなた方の為に懸案として暫く留保して置きませう』 と云ふかと見れば、三柱の姿は煙となつて消えて了つた。鳴石は依然として小さき唸りを立てて居る。 隆靖彦『なんと不思議な事が有つたもんですなア。吾々に不思議な女神さまが現はれて、隆靖彦だとか、隆光彦だとか、身分不相応の神名を下さつたが、実際に於て責任を尽す事が出来るであらうかと、又一つ心配が殖えて来たやうだ』 隆光彦『そうだ、私も同感だ。併しあの女神様は何処となく丹州さまにソツくりだつた。お前もさう思つただらう』 隆靖彦『ヤア私はあまり勿体なくて、とつくりと顔を、ヨウ拝まなんだよ。何とはなしに目がマクマクして、面を向ける事が出来なかつた。そうして何だか心の底から恥しくつて、自分の今迄の罪悪を照される様な気がして、随分苦しかつた。是れはヒヨツとしたら夢ぢや有るまいかなア』 隆光彦『ナニ、夢所か本当に顕はれ給うたのだ。斯うなつた以上は、層一層言行を慎んで立派な宣伝使にならなくちや、今の女神様に対して申訳が無からう。併し乍ら此の鳴石は依然として唸つて居るぢやないか。又々どんな神様が出現遊ばすか分らないよ。モウ暫く此処に祝詞を奏上して待つて居たらどうだらう』 隆靖彦『ヤア此上立派な神様に出られてたまるものかい。モウ此れで結構だ。恥かしくつて仕方がない。サアサア早く高城山へ行かう』 二人は鳴石に恭しく礼拝し、足早に大川の堤を伝つて上り行く。忽ちドンと突き当つた二人の男、驚いて、 二人『ヤアこれはこれは誠に無調法致しました。あまり俯むいて道を急いで居ましたので、女神様の御通りとも知らず、衝突を致しまして、申訳が御座いませぬ。どうぞお許し下さいませ』 隆靖彦『ヤアお前は、馬公に鹿公ぢやないか。エライ勢ひで何処へ行く積りぢや』 馬公『ハイ吾々の大将、紫姫、青彦の両人さま、大失敗を演じ、聖地にも居れないと云ふ立場になつて苦んで居られます。私等両人はあまりお気の毒で、見て居る訳にも行かず、そつと館を飛び出し、江州の竹生島へ参つて、英子姫様にお目にかかり、お情を以て、素盞嗚大神様に両人のお詫をして頂かうと思ひ、取る物も取敢ず参りました。どうぞ丹州さま、何とか、あなたもお力添をして下さいませぬか、お頼み申します』 隆靖彦『私は丹州さまぢやない。お前さんと一緒に、鬼ケ城の言霊戦に向つた大悪人たりし、荒鷹で御座いますよ』 馬公『モシモシ丹州さま、ソラ何を仰有います。眉目清秀、厳として冒す可らざるあなたの御容貌、女神の姿に化けて居らつしやるが、適切りあなたは擬ふ方なき丹州様、そんな意地の悪い事を仰有らずに、気を許して、打解けて下さいな』 鹿公『ヤア不思議だ。此処にも丹州さまそつくりの方が又現はれた。一目見た時から変つたお方ぢやと思つて居たが、ヤツパリ神様の化身で御座いましたか。どうぞ唯今申した通りの始末ですから、宜しく御神力を以てお助け下さいませ』 隆光彦『イエイエ決して決して、私は丹州さまでは御座いませぬ。荒鷹の兄弟分鬼鷹と云ふ、三岳山の岩窟に於て、悪ばかり働いて居つた男で御座いますよ』 馬、鹿『なんと仰有つても、鬼鷹、荒鷹の様な粗雑な容貌ぢや有りませぬワ。彼奴ア、一旦改心はしよつたが、又地金を出して、どつかへ迂路つき、此頃は鬼雲彦や鬼熊別の後を追うて、悪の道へ逆転旅行をやつて居るだらうと、吾々仲間の評定に上つて居る位な男です。そんな善悪不可解の筒井式の男の名を騙つたりなさらずに、本当の事を言つて下さい。私達は千騎一騎の場合で御座います』 隆靖彦『世間の眼識は違はぬものだなア。何程改心してもヤツパリどつかに、副守が割拠して居つたと見えて、三五教の御連中からは、今、馬公、鹿公の言つた様に見られて居つたのだなア。アーア仕方のないものだ。どうぞしてあの時の姿になつて、此両人の疑を晴らしたいものだ。斯うなると、麗しき容貌になつたのが、却て有難迷惑だ。ナア鬼鷹否々、隆光彦さま…』 隆光彦『アヽさうですなア。併し、馬公さま、鹿公さまにまで疑はれる程、霊魂が向上し、体の相貌までが変つて来たと云ふ事は、実に尊いものだ。ヤツパリ人間は霊魂が第一だ。……モシモシ馬さま鹿さま、決して嘘は申しませぬ。たつた今、何とも知れぬ立派な女神様から、玉を頂いたが最後、斯んなに変化して了つたのだ。名も隆靖彦、隆光彦と頂いたのだが、つい今の先まで依然として、荒鷹、鬼鷹の姿で居つたのだ。どうぞ疑を晴らして下さい』 馬、鹿の二人は疑団の雲に包まれ、両人の姿を頭の上から足の爪先まで、念入りに見詰めて居る。 隆靖彦(荒鷹)・隆光彦(鬼鷹)『バラモン教の総大将鬼雲彦の部下となり 三岳の山の岩窟に心も荒き荒鷹や 生血を絞る鬼鷹と現はれ出でて四方八方の 老若男女を拐はかし無慈悲の限りを尽したる 鬼熊別と諸共に大江の山や鬼ケ城 三岳の山に山砦を構へて住まへる折もあれ 天津御空の雲別けて降りましたか地を掘りて 現はれましたか知らねども何とはなしに威厳ある 丹州さまがやつて来て俺の乾児にして呉れと 頭を下げて頼まれる二人は素より神ならぬ 身の悲しさに丹州を奴隷の如く酷き使ひ 紫姫の主従をウマウマ岩窟に騙し込み 馬公、鹿公二人をば地獄に等しき岩穴へ 情容赦も荒縄に縛つてヤツと放り込みし 天地容れざる大悪の罪をも憎まず三五の 神の教の宣伝使音彦、加米彦現はれて 悦子の姫を守りつつ深き罪をば差し赦し 神の教に導きて忽ち変る神心 人を悩める鬼ケ城悪魔の砦に立向ひ 聞くも芽出たき言霊の清き戦に参加して 神の尊き事を知り三五教の神の道 四方の国々弘めむと心を配る折柄に 弥仙の山の山麓に神の知らせか紫の 雲立昇る麗しさ吾々二人は何となく 雲に引かるる心地して木の花姫の斎りたる 御山の麓に来て見れば豈計らむや丹州の 威厳備はる御姿に再び驚き畏みて 踵を返し須知山の峠の上に来て見れば 常彦さまや滝、板の二人の姿に驚きつ 一言二言云ひかはし丹州さまの仰せをば 畏み仕へ東路を指して山坂打渉り 荒波猛る琵琶の湖英子の姫の隠れます 竹生の島に往て見れば藻抜けの殻の果敢なさに 駒の首を立て直し彼方此方と彷徨ひつ 吾信仰も堅木原足並揃へて沓掛の 郷を踏み越え懺悔坂漸く登り梨の木の 峠に立ちて眺むれば遥に見ゆる西の空 高城山の頂きに五色の雲の棚引きし 其光景に憧憬れつ薄雪踏み締め来て見れば 風の音高く鳴石の上より昇る白煙 また立昇る紫の雲に心を奪はれつ 両手を合せ拝む内煙の中より現はれし 荘厳無比の女神さま二人の稚児を伴ひて 吾れにうつしき宝玉を授け給うと見る間に 鬼をも欺く醜体の二人は忽ち此通り 白衣の袖に包まれて容貌忽ち一変し 隆靖彦や隆光彦の教の司と名付けられ やうやう此処に来て見れば顔見覚えた馬公や 鹿公二人に巡り会ひ俄に変る吾姿 如何程言葉を尽すとも諾なひまさぬは道理なれ アヽ然り乍ら然り乍ら吾れはヤツパリ荒鷹に 鬼鷹二人の向上身どうぞ疑晴らしませ 人は心が第一よ霊魂研けば忽ちに 鬼も変じて神となり心一つの持方で 神も忽ち鬼となるさは然り乍ら人の身の 如何に霊魂を研くとも神の力に依らざれば 徹底的に魂は清まるものに有らざらむ 自力信仰もよけれども唯何事も人の世は 他力の神に身を任せ心を任せ皇神の 救ひを得るより途はない人の賢しき利巧もて 誠の道を究めむと思うた事の誤りを 今漸くに悟りけり吁馬公よ鹿公よ 人間心を振棄てて唯何事も惟神 神の他力に打任せ誠の信仰積むがよい 吾れは是れより高城の山の麓に現はれし ウラナイ教の宣伝使松姫さまを言向けて 誠の道に救はむと思ひ定めて進み行く 紫姫や若彦の二人の心は察すれど 人間心の如何にして救ふ手段がありませうか 魂を研いて今は唯花咲く春を待てばよい 神素盞嗚大神の無量無限のお慈悲心 如何でか見捨て給はむやアヽ惟神々々 御霊幸はひましまして紫姫や若彦に 如何なる罪の有りとても心平らに安らかに 直日に見直し聞直し宣り直しませ素盞嗚の 大神様に祈ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの麻柱の道を貫く吾々は 神の救ひは目の前必ずともに二人共 心を痛め給ふまじ女神の姿と現はれし 吾々二人は先頭に高城山に向ひ行く 馬公、鹿公両人よ執着心を振り棄てて 吾等と共に言霊の清き戦に加はりて 太しき功績を立て給へいざいざさらば、いざさらば 一時も早く片時も疾く速けく参りませう 神は汝と倶にあり神の恵は海よりも 深しと聞けば高城の山は如何程嶮しとも 悪魔の勢強くとも神の光を身に受けて 常世の暗を照し行く三五教の吾々が 身の上こそは楽しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひ坐しませよ』 と宣伝歌を歌ひつつ、一行四人は一歩々々、ウラナイ教の松姫が館を指して近付きぬ。 馬公『モシモシ最前のお歌に依つて、私達もスツカリと信仰の妙味と効果が、心底から諒解出来ました。併し乍ら吾々両人は、紫姫様のお供を致し、比沼の真奈井の貴の宝座へ参拝の途中、あなた方に拐はかされ、其お蔭にて尊き三五教の信者となり、御主人の紫姫様は、世にも尊き宣伝使とまでお成り遊ばし、吾々両人は昼夜感涙に咽び……アーア吾々主従は何とした果報者だ……と喜んで居りましたが、計らずも紫姫様は若彦さまと共に、大神様の御不興を蒙り、少しの取違より、今は三五教を除名され、神様に対しては申訳なく、其罪万死に値すると言つて、日夜紫姫様のお歎き、家来の吾々両人、これがどうして見て居られませう。そこで吾々は紫姫様にお暇を願ひ、一つの功名を立て、大神様に誠を現はし、其功に依りて御主人の罪を赦して戴かうと思ひ、それとはなしにお願致しましたが、どうしても紫姫様は吾々に暇を下さらないので、血を吐くやうな思ひをして、心にも有らぬ主人に対し罵詈雑言を逞しうし、ヤツと勘当されて此処までやつて来ました。モウ斯うなる上は、仮令失敗を致さうとも、御主人の御身には何の関係も及ぼさないなり、万々一吾々が功名手柄を現はした時には御主人様に帰参をお願致し、さうして紫姫様の名誉を回復したいばつかりで、両人申合せ、何とか良い御用をして見たいと思つて、此処まで参りました。併し乍らあなたは既に高城山を言向け和さむと御決心なされた以上は、吾々はお供の身の上、仮令成功を致しましても、それが御主人様のお詫の材料にはなりませぬ。あなたは既に其れだけの御神徳をお頂きになつたのだから、此言霊戦はどうぞ、私に譲つて下さいますまいか』 鹿公『いま馬公の申した通りの事情で御座います。どうぞ、吾々の切なる胸中をお察し下さいまして、今回は吾々にお任せ下さいませ。万々一失敗を致しました時は、第二軍として、あなた方御両人が、弔戦をやつて下さいませぬか』 と涙をハラハラと流し、真心を面に現はして頼みゐる。 隆靖彦『吾々も入信以来、一つの功労もなく、せめては頑強なる松姫を言向け和し、神様にお目にかけたいと思つてやつて来たが、武士は相身互だ。それだけの事情を聞いた以上は、強つて断る訳にも行かぬ。ナア隆光彦さま、此言霊戦は馬公、鹿公に手柄を譲りませうか。己の欲する所は人に施せとの御神勅を思ひ出せば、無情に撥ねつける訳にもゆきますまい』 隆光彦『あなたの仰有る通りです。馬公、鹿公、御苦労乍ら華々しくやつて見て下さい。私は彼の川縁の景色の佳い所で、あなたの武者振を拝見致します』 馬、鹿『それは早速の御承諾、有難う御座います。何分身魂の磨けぬ吾々の言霊戦、蔭乍ら御保護を御願ひ致します』 隆靖彦『天晴れ功名手柄を現はして下さい』 隆光彦『大勝利を祈ります』 馬、鹿の両人は『有難う』と感謝の意を表し、二人に別れ、松姫の館を指してイソイソ進み行く。 (大正一一・五・八旧四・一二松村真澄録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 01 武志の宮 第一章武志の宮〔六六三〕 常世の暗を晴らさむと神の御稜威も高熊の 静の岩窟の奥深き恵の露の雨となり 雪ともなりて空蝉の醜世を洗ひ照さむと 空に輝く旭子の光も強き玉照彦の 伊豆の命を奉按し言照姫の神霊や 数多の神に送られて五六七の神代を松姫が 心イソイソ山坂を渉りて来る玉鉾の 道も広らに世継王山東表面の峰続き 紅葉の色も照山の麓に立てる仮の殿 神の御言を畏みて悦子の姫が守りたる 珍の宮居に木の花の姫の命の御水火より 出でし玉照彦の神勇み進んで送り来る 天火水地と結びたる紫姫や若彦は 喜び勇み彦神を迎へ奉りて玉照の 姫の命の夫神と称へまつらむ真心の 限りを尽し仕へ居る神素盞嗚の大神は 英子の姫を遣はして五六七の神代の礎の 百の仕組に仕へしめ国治立の大神が 国武彦と現はれて曇り果てたる末の世を 照し清むる先駆と姿隠して桶伏山 黄金の玉と諸共に御稜威は四方に輝きぬ 言依別の宣伝使斎苑の館を立出でて 雲路押分け遥々と綾の聖地に着き玉ひ 心の空に玉照彦の神の命や姫命 経と緯との皇神の分の御霊と嬉しみて 三五教を弥固にいや遠永に宣り伝ふ。 言依別命は、神素盞嗚大神の命を奉じ、照山と桶伏山の山間に、国治立の大神、豊国姫の大神の、貴の御舎を仕へまつりて、其威霊を鎮祭し、玉照彦、玉照姫をして宮仕へとなし、世界経綸の神業の基礎を樹立せむとしたまひ、遠近の山野の木を伐り、瑞の御舎を仕へまつつた。神人等の道を思ひ、世を思ふ真心凝結して、荘厳無比の瑞の御舎は瞬く中に建造された。称して錦の宮と云ふ。玉照彦、玉照姫は幼時より数多の神人に秀で、神徳高く、神格勝れ、神代に於ける救世主として、天下万民の尊敬を集めたまふに到りけり。 言依別命は、素盞嗚大神の命を奉じ、錦の宮を背景として、自転倒島に於ける三五教の総統権を握り、コーカス山、斎苑の館と相俟つて、天下修斎の神業を宇内に拡張し給ふ事となつた。三五教の宣伝使は云ふも更なり、ウラナイ教を樹て、瑞之御霊に極力反抗したる高姫、黒姫、松姫は、夢の覚めたる如く心を翻し、身命を三五教に奉じ、自転倒島を始め、海外諸国を跋渉して、神徳を拡充することとなつた。茲に元照彦の御霊の再来、天の真浦は、大台ケ原の山麓に生れ、木樵を業となし其日を送り居たるが、綾の高天に錦の宮の建造され、神徳四方に光り輝くと聞きて、樵夫の業を廃し、遥々聖地に訪ね来り、言依別命に謁し、新に宣伝使となることを得た。天の真浦は大に喜び、昼夜の区引なく宣伝歌を謡ひ乍ら、先づ自転倒島に向つて、神徳宣布の神業を試みむとし、聖地を後に唯一人、霧の海原押分けて風のまにまに、人の尾峠の西麓に着いた。道行く人も見えぬ許りの粉雪、滝の如くに降り来り、見る見る一尺許りも地上に積もり、日は黄昏れて、道いよいよ遠く、真浦は行手に迷ひ、進みもならず、退きもならず、蓑笠を着けたる儘、路上に佇立して、声低に天津祝詞を幾度となく繰返しつつあつた。怪しき獣の影幾十となく隊をなして、山上より降り来る。されど真浦は滝と降り来る雪に眼を遮られ、足許に進み来るまで知らざりき。唯何となく雪踏み砕く何者かの足音、追々近づく声のみ耳に入る。真浦は独言、 真浦『今迄暖かい国に育ち、此様な深雪は見た事がなかつた。始めて神様のお道に入り、百日百夜の修行を積み、漸く許されて今茲に宣伝使補となり、足に任せて進みて来たが……アヽゆき詰つたものだ。言依別命様より「汝は是れより人の尾峠を越え、河水清き宇都の郷に初宣伝を試みよ」と仰せられた。併し乍ら、斯う降り積る大雪、況して樹木茂れる此谷間、日は暮かかる……アーア宣伝使も辛いものだ。追々積る雪の量、罷り違へば我身は雪に埋まつて、冷たくなつて了うであらう。進退惟谷まるとは此事だなア』 と心細げに呟く折しも、最前の足音追々近づき来る。見れば数十頭の熊の群、真浦が足許を勢込んで走り行く。真浦は驚いて雪の中に路を避けた。熊の群は何の遠慮もなくスタスタと列を組んで、西方さして走り行く。 真浦はホツと息をつき、 真浦『アヽ、有難い、沢山の熊が現はれて雪路を踏み分けて、立派な通路を開いて呉れた。是れも全く神様の御神徳であらう…………有難し有難し』 と感謝しながら、熊の足跡を踏み分け上り行く。道の傍に一軒の茅屋が有ることが目に付いた。屋内には幽かな火影が瞬いて居る。風が持て来る雪しばき益々烈しく、熊の折角開いて呉れた雪の新道も、瞬く間に閉塞して了つた。屋内には気楽さうに笑ひさざめく声。真浦は此愉快気に笑ふ声を聞き、 真浦『ホンに羨ましい事だなア。我れは神命とは言ひ乍ら、此雪路に悩み、玉の緒さへも切れなむとする極寒の苦しみ、血管を流るる血潮も凝結せむとする辛さに引替へ、此家の内の面白さうな笑ひ声、…………実に人の境遇位運否のあるものはない。併し乍ら我れも神の道を伝ふる宣伝使の初陣、斯の如き雪に恐れ、人の家に這入つて、一夜の宿を請はんとするも、何となくウラ恥かしい、アヽ如何にせむか』 と躊躇ふ折しも、屋内より男の声、 男『オイ、どこの乞食だか知らぬが、此雪の降るのに、何を愚図々々して居るのだ。チツと俺の宅へでも這入つて休んだらどうだ。あつたかい湯も沸いてある。沢山な火も焚いてあるぞ』 真浦『ハイ有難う御座います。併し乍ら私はどうしても此峠を越さねばなりませぬ。御志は有難う御座いますが……』 男『ナニ、俺の宅で休むのは厭だと云ふのか、馬鹿な奴だなア。俺は此辺の杣人だ。少しの雪はチツとも苦にならない男だが、流石山猿の俺でさへも、一歩も今日の雪には歩む事は出来ない。どうして此坂が登れると思ふのか。マアそんな馬鹿な事を言はずに旅は道連れ世は情だ。一樹の蔭の雨宿り、一河の流れを汲む人も、深い縁の有るものだ。サア遠慮は要らぬ、這入つて休息したがいい』 真浦は其言葉に稍心動き、 真浦『どなたか知りませぬが、御親切に有難う御座います。左様ならば暫く休息をさせて頂きませう』 男『アヽそれが良い。サアサアお這入りなさい』 と真浦の手を取り引き入れ、斜に歪んだ雨戸をピシヤツと閉めた。 男『大変な大雪で、倒けかかつた家が益々怪しくなつて来た。愚図々々して居ると雪の重みで、此家も平太つて了ふかも知れないぞ。………オイ駒公、お客さまだ。どつさりと薪木を燻べて御馳走するのだぞ。寒い時には火が一番御馳走だ』 駒公『馬鹿言ふな。どこの馬の骨か、鹿の骨か分りもせぬ代物を、物好きにも駒さんの承諾も得ず、引き摺り込みやがつて、火を焚けも有つたものかい。貴様は何でも取込む事ばつかり考へて居やがる。チツと執着心を脱却せぬかい。取り込むことなら犬の葬式でも喜んで引張り込むと云ふ代物だから困つて了ふ。そんな事で此の立派な家が、どうして立つて行くと思ふのか、秋公の不経済家には俺も本当にアキが来た。寒い時に俄に体を火に近づけると、却て凍傷を起すものだ。どこの奴か知らぬが、赤裸にして頭から冷水でも、ドツサリ御馳走してやるのだなア。貴様と二人斯うして雪に閉されて居つても、チツとも面白味がない。此奴の衣服万端を奪ひ取り、其上赤裸にして水をかけ、それを肴に一杯やつたら面白からう』 真浦『なんだ、其方らは甘言を以て此方をひつぱり込み、泥棒を致すのか』 秋彦『アハヽヽヽ、好い頓馬だなア。そんな事を尋ねるのが馬鹿だ。俺も今日が泥棒の初陣だ。此家は実は吾々の物ではない。老爺と婆アとが居つたのだが、凄い文句を並べてやつた所、昨日の日の暮頃、どつかへ逃げて行きよつた。彼奴は雪爺に雪婆だつたと見えて俄にこんな大雪が降つて来た。サア皮を剥いてやらう』 と真浦の身に着けたる衣服を剥奪せむとする。 真浦『それは、あまりぢや。一寸待つて呉れ』 秋彦『松も檜も有つたものか。袋の鼠、どうしたつて剥かねば置かぬ』 真浦『此家を立去る時に脱ぎませう。それまで此衣服を私に貸して下さいませぬか』 駒彦『オイ秋公、仕方がない、貸してやれ。……オイ何程借賃を出す?それから約束して置かねば喰逃げされては、泥棒商売も棒が折れるからなア。ワハヽヽヽ』 真浦『自分の着物に利息をつけて貸して貰ふとは、又妙な規則の出来たものですなア』 駒彦『愚図々々言ふない。郷に入つては郷に従へだ。是れが泥棒社会の規則だ』 真浦『貴様達は丸でバラモン教みたやうな奴だなア』 駒彦『きまつた事だ。鬼雲彦様の乾児だよ。秋、駒と云つたら、それは本当に翔つ鳥も落すやうなバラモン教の有名な宣伝使だぞ。貴様は三五教の宣伝使、無抵抗主義を標榜して居る腰抜教の奴だから、指一本俺に触へても、抗言一つ致しても、抵抗した事になる。頭をカチ割られようが、黙つて辛抱するのだぞ』 真浦『アーア困つた事になつたもんだワイ。三五教には噂に聞けば、もとは馬、鹿と云ふ紫姫様の家来があつて、それが高城山の松姫さまを帰順させ、駒彦、秋彦と云ふ名を貰つたさうだが、お前の名は秋と云ひ、駒と云ひ、能く似て居る。何か因縁の糸が結ばれて居る様だ。もしや三五教の駒彦、秋彦ではなからうかなア』 秋彦『そんな腰抜の秋彦や、駒彦とはチト相場が違ふのだぞ。俺は三五教の宣伝使真浦と云ふ新米者が宇都山の郷へ初陣に往くので、言依別の神様から……』 駒彦『オイ秋公、何を言ふのだ。ウツカリした事を言ふものでないぞ』 真浦『アハヽヽヽ、大方そんな事だと思つた。言依別の神様が俺の信仰力を試す為に、貴様を此処へ廻しおき、そうして此道を通れと仰有つたのだなア……オイ秋彦、駒彦、モウ駄目だぞ。泥棒でも、バラモンでも、ベラボウでもない、貴様の襟の印は何だ』 駒、秋『アハヽヽヽ、到頭陰謀発覚したか。エヽ仕方がない。そんなら事実をスツカリ白状致して遣はす』 真浦『イヤもう沢山だ。何も承はる必要は有りませぬワイ』 駒公『先づ宣伝使の点数六十五点だ。速に言依別の神様に成績表を書留郵便で送つて置かう。夜が明ける迄三人鼎坐してお神酒を戴いて御日待をしようではないか』 真浦『またそんな事言つて、点数を減らすのではないか』 秋彦『心配するな。一旦認めた以上は減点は決してしない。其代り俺の事もよく報告するのだぞ』 真浦『能く報告してやらう。コンミツシヨンとしてモウ四十五点あげて呉れ』 秋彦『六十五点に四十五点を加へると満点以上になつて了ふ。それでは試験官として報告の仕方がないワ』 真浦『俺の改心は百点以上だ。其代り貴様は百八十点に俺から報告してやらう。併し二人合計してだから……』 と他愛なき雑談に一夜を明かしたりける。 天の真浦の宣伝使秋彦駒彦諸共に 神の教を伝へむと人の尾峠の急坂を 雪かき分けて登り行く地は一面の銀世界 金烏の光りキラキラとまたたき初めて大空は 拭ふが如く晴れ渡り茲に三人は勇ましく 谷の流れに沿ひ乍ら足踏みなづみ進み行く 旭輝く雪は照る神の恵も白妙の 雪に包まる宇都の郷武志の宮を祀りたる 浮木の里に辿り着く又もや降り来る雪しばき 茲に三人は大宮の脇に建ちたる社務所に 雪を凌いで車座になつて暖をば採り乍ら 携へ持てる握り飯ムシヤリムシヤリと平げて 四方の話に耽る折雪かき分けて登り来る 怪しの翁唯一人覚束無げに杖を突き 宮の階段登り来る真浦秋彦駒彦は 眼を据ゑて眺むれば怪しの翁は神前に やうやう近づき拍手の音も涼しく太祝詞 称ふる声の麗しく三人の耳に透きとほる 神の使か真人か但は悪魔の化身かと 怪しみ乍ら秋彦は此場を立ちてザクザクと 雪踏み鳴らし神前に額づく翁に打向ひ 汝は何処の何人ぞ人里離れし此森に 雪を冒して参来たり祈願するは何故ぞ 聞かまほしやと尋ぬれば翁は漸く顔を上げ 胸に垂れたる白鬚を二つの手にて撫で乍ら 四辺キヨロキヨロ見廻して武志の宮の神司 朝な夕なに真心を尽して仕へ奉る 吾れは松鷹彦の司汝は何処の何人ぞ 訝かしさよと問ひ返す其容貌のどことなく 得も言はれざる気高さに秋彦思はず手を突いて 三五教の宣伝使心の色も紅葉の 錦の宮に仕へたる秋彦駒彦二人連れ 天の真浦も諸共に宇都山郷に現はれし バラモン教の曲神を言向け和す鹿島立ち 雪を冒してやうやうに此処まで進み来りしぞ 雪に埋まる山里の家並も見えぬ淋しさに 武志の宮の社務所を借りて休らひ居たりけり 綾の高天に現はれし玉照彦や玉照姫の 宇豆の命の仕へます三五教の司神 言依別の御言もてあもり来りし三人連れ 汝松鷹彦の司吾等三人を宇都山の バラモン館に伴なひて太しき功績を建てませよ 応答如何と詰め寄れば松鷹彦は畏みて 老の歩みもトボトボと雪の階段降りつつ 天の真浦や駒彦が前に現はれ会釈なし 先頭に立たむと誘へば三人は勇み喜びつ 翁の後に従ひて武志の宮に一礼し 東を指して進み行く。 松鷹彦は雪路を杖を突き乍ら先頭に立ちて、バラモン教の宣伝使と聞えたる友彦館に案内すべく進み行く。真浦は翁の後に七八尺遅れて、一歩々々深雪の中の足跡を目標に進む折しも、秋彦、駒彦は物をも云はず、真浦を引抱へ、数丈の崖下に突落した。突落された真浦は何の負傷もせず、高く積もれる雪の上にニコニコと安坐して三人の姿を仰ぎ見て居る。 秋彦『モシ真浦さま、どうだ、御気分は宜しいかな。どこもお怪我は御座いませぬか』 真浦『ハイ有難う、無事着陸致しました』 駒彦『サア六十五点に三十五点を加へて百点だ。肉体は高所から落第したが、御霊はいよいよ立派な宣伝使に及第したのだから喜び給へ』 松鷹彦、目を円くし、 松鷹彦『コレコレお前達は何と云ふ乱暴な事をするのだい。世界の人民を助けて天国へ救ふ役であり乍ら、地獄のやうな断崖から突落すと云ふ事が有るものか、グヅグヅして居ると此老人まで、どんな事をするか分つたものぢやない』 秋彦『お爺さま御心配下さいますな。身魂調べの為に、吾々両人は言依別様の御命令に依りて、あの男の修業をさせに来たのです。ここで腹を立てる様な事では、宣伝使の資格がないのだから、謂はば我々は宣伝使の試験委員だ。是れであの男も立派な宣伝使になりました』 松鷹彦『こんな絶壁から落されては、どうする事も出来ない。何とか工夫をして此処まで救ひ上げて来なさらねばなりますまい』 秋彦『何も御心配は要りませぬよ。獅子は児を産んで三日目に谷底へ棄て、上つて来た奴を又突落し、三遍目に上がつた奴を、始めて自分の子にすると云ふ事だ。こんな所から一遍や二遍突落されて屁古垂れる様な者なら、到底駄目だ。悪魔の栄ゆる世の中の宣伝使にはなれませぬ。上つて来よつたら、又突き落す積りです』 松鷹彦『それだと言つて、それはあまり残酷ぢやないか。早く助けてお上げなさい』 秋彦『そんな宋襄の仁は却つてあの男を憎む様なものだ。可愛いから此断崕から突き落してやつたのです』 松鷹彦『なんと妙な可愛がり様も有つたものだなア。私も此年をして居るが、そんな愛は聞いた事が無い』 と不思議さうに覗き込んで居る。 駒彦『お爺さま、お前も一つ可愛がつてあげようか』 松鷹彦『イヤもう結構々々、お前等に可愛がられようものなら、生命も何も無くなつて了ふ。若い者は兎も角も、此老人がどうなるものか。恐ろしい人達だなア』 と蒼惶として走り去る。 駒彦『アハヽヽヽ、到頭老爺さま肝を潰して逃げて了ひよつた。サア秋彦、モウ用が済んだ。是れから各自手分けをして、命ぜられた方面へ行く事にしよう。…コレコレ真浦さま、マアゆつくりと雪の上でお鎮魂でもなさいませ。これでお暇致します。其代りに百点だよ』 と両手を拡げて見せ、雪路を一生懸命に何処ともなく左右に別れて走り行く。真浦は苦心惨憺の結果、漸く廻り路を見出して、元の所に駆上り、四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 真浦『アヽ誰も彼も皆どつかへ埋没して了つた。エヽ仕方がない、足型を便りに後追つかけよう』 と独語しつつ雪に印した草鞋の跡を、犬が鋭利な嗅覚で猪の後を逐ふ様な調子で進んで行く。雪は鵞毛と降り頻り、足跡の窪みは殆ど埋没して了つた。見渡す限りの白雪の野を、一歩々々探る様にして、遂には大川の畔に辿り着いた。河の堤に細い烟の破風口より立昇る小さき茅屋が淋しげに立つて居る。真浦は『御免』と押戸を開けて入り見れば以前の老爺が、婆アと二人茶を啜つて居る。 松鷹彦『ヤアお前は最前の宣伝使だつたなア。能う来て下さつた。随分乱暴な男も有つたものだ。あれは大方バラモンの残党であらう。お前気を付けないと、どんな目に遭はされるか知れませぬぞや』 真浦『ハイ有難う御座います。実は人の尾峠の西麓に於て、盗賊に出会ひました。それから其盗賊さまに武志の宮まで送つて頂いたのです』 松鷹彦『何か盗られましたかなア』 真浦『イエ別に……盗られる処か結構な物を沢山頂戴致しました。盗難品は唯の一点も無く、貰つたものは前後二回で百点ばかりです。実に結構な御神徳を頂きました。最前もアノ絶壁から突き落され、其時にも三十五点呉れましたよ』 松鷹彦『ハテ合点のゆかぬ事を仰有る。その代物はどこに御所持なさるかなア』 真浦『ハイ残らず私の腹の中にしまつてあります。要するに無形の宝ですよ』 松鷹彦、両手を拍ち、打諾づき乍ら、 松鷹彦『ハヽヽヽ、年を老つて、わしも余程耄碌したと見えるワイ、ホンにそうだ。わしもお前さまから宝を四五十点頂戴した。実に忍耐と云ふ宝は結構なものだ。さうでなくては誠の道は拡まりますまい。バラモン教は随分荒行を致しますが……私も元は三五教を奉じて居りました。それから三五教の宣伝使の行方があまり脱線だらけで、愛想が尽き、同じ事なら大勢の者の信ずるバラモン教の方が処世上の便利だと思ひ、一旦は入信しましたが、これ亦どうしても私の腑に落ちない点が沢山ある。そうかうして居る間にバラモン教の一部を採り、ウラル教の或点を加味し、三五教を加へて、新に起つたウラナイ教と云ふ新しき教が出て来たので、又もやウラナイ教に間男をしました。そうして神様を武志の宮にお祀りした処が、その夕から夫婦の者が俄に病気付き大変な発熱で、幾度も死ぬ様な目に遭ひ……コリヤやつぱり元の神様にすがらねばなるまい……と夫婦の者が三五教の大神に謝罪をした処、不思議にも其時より熱が段々に降り、婆アは二三日の後ケロリと嘘を吐いた様に全快して了つた。私は此れから一里許りある下の村の者から選まれて、武志の宮の神主をして居る者だが、村人にさう幾度も幾度も神様を出したり入れたりすると思はれては、信用がないから、ソツとウラナイ教の高姫さまが祀つて呉れた御神号を河に流し、今では三五教の神様をお祀りしたいのだが、一旦御神号を流して了つたので、戴く訳にもゆかず、空の宮を……今日も今日とて謝罪旁拝みに行きました。今日で此雪路を三七廿一日、毎日通ひましたが、不思議な事には、あなた方に宮様の前でお目にかかつたのは、全く神様の御引き合せで御座いませう。併し詳しい教理は存じませぬが、三五教の宣伝使はみな貴方の様に忍耐が強い方ばかりですか』 真浦『昔の三五教は随分乱暴な宣伝使もあり脱線者も沢山出たさうです。併し此頃は玉照彦、玉照姫と云ふ立派な神様の生れ替はりが、聖地に現はれ玉うてより、誰も彼も、緊張気分になり、忍耐を第一として天下に宣伝を始めて居ります。恥かし乍ら私は大台ケ原山麓の暖かい所に生れ、楽に育つて来た報いで、此雪国へ始めて宣伝に参り、余程苦みました。さうして今日が宣伝の初陣です。僅かの時日、神様の教を聞かして頂き、言依別の教主様から許されて、宣伝に参つた者ですから、詳細しい事はまだ存じませぬ』 松鷹彦『さうすると、あなたは今日が始めてですか。それはそれは本当に結構です。宣伝使は分らぬ間こそ却て神徳もあり、人徳も備はるものだ。少し物が分ると知らず識らずに慢心が出て、終には信仰に苔が生え、又元の邪道に逆転するものだ。私もさう云ふ初心な宣伝使に一度会ひたいと思うて居つた。どうぞ貴方はこれから私の茅屋に逗留し、武志の宮の御神体を斎つて下さい。さうして村の者にも教を伝へ、バラモン教を改めさせたいものです』 真浦『神様を祀ると云つても、私の様なものでは、到底それだけの資格が有りませぬ。時を得て聖地にあなたも参拝し、言依別命様に面会して、御神体を奉迎してお帰りなさいませ。それが何より結構でせう。我々は宣伝をするばかりの役、神様の御神体を扱ふ事は出来ませぬ』 松鷹彦『如何にも、さう聞けばさうです。物品か何かの様に軽々しう扱ふ事は出来ますまい。時機をみて御願ひする事に致しませう。さうして三五教の教の樹て方は、大体どう云ふ事が眼目になつて居りますか』 真浦『あなたは最前も、三五教に入信て居たと仰有つた。私よりは、謂はば古参者、能くお分りでせう』 松鷹彦『唯々世界統一の神様だと信じ、此曇つた世の中を早う安楽な、潔白な世にしたい許りに信仰を続けて居たのみで、言はば徹底せない信仰で有りました。それ故あちら此方と迂路付いて見たのだが、どうしても三五教が斎る神様に御神力がある様だ。何とはなしに恋しくなつて来ました』 真浦『私が知つて居る事の大体だけを簡単に申しますれば、……世界を神の慈愛の教に依りて、道義的に統一し、世の立替立直しを断行する事。能ふ限り神様の道を宣揚し、体主霊従の物質的教に心酔せざる様教ふる事。如何なる事も神様にお任せ申し、自分の我を出さずに能ふ限り道に依りて力を尽す事。天地神明の鴻恩を悟り、造次にも顛沛にも、感謝祈願の道を忘れざる事。常に謙譲の徳を養ふ事。如何なる難儀に遇うとも、誠の道の為ならば少しも恐れず、誠を以て切り抜ける事。社会の為に全力を尽し、天下救済の神業に奉仕する事なぞを以て、吾々は宣伝使の尽すべき職務と確信して居ります。併し乍ら、中々思つた様に行ひが出来ないので、神様に対して何時も恥入つて居る次第で御座います』 松鷹彦『オウ、それで大体の御主意が分りました。今までの三五教の宣伝使は、三五教には退却の二字は無いと云つて、随分乱暴な喧嘩もしたものです。然るに今日あなたの御説の通り、三五教自身に立替が出来た以上は、最早天下何者をか恐れむやである。其実行さへ出来れば、此宇都山の里人も残らず帰順するでせう。どうぞ武志の宮の社務所にお止まり下さつて、不言実行の手本を見せて下さい。それが第一の宣伝です』 真浦『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します。私の初陣として、あなたの御病気の全快を神様に祈らして下さいませぬか』 松鷹彦『それは是非共頼まねばならぬ。併し乍ら不言実行だ。お前さまが私の宅へ来て間もなく、私の病気が知らぬ間に癒る様になさらぬか。願はして呉れ……なぞと仰有るのが間違つて居る。まだお前さまはチツと許り名誉欲の魔が憑いて居ますな』 真浦『ハイ恐れ入りました。それならモウ決して祈りませぬ。あなたの病気には無関係ですから、さう思つて下さい』 松鷹彦『ハイハイ分つた分つた。御互に神様の御子ぢや。右の手より施す物を左の手が、知らぬ様にするのが、誠の不言実行、三五の教だ』 真浦『あなたは何も彼も能く知つて居て、私を実地教育して下さるのだなア。有難う御座います。アヽ神様は人の口を藉つて、イロイロと修業をさして下さるか、思へば思へば有難い、勿体ない』 と涙を袖に拭ふ。 松鷹彦『わしは何にも知らない。唯お前さまと話をして居る際、俄に体が変になつて、あんな失礼な事を言ひました。どうぞ気に止めて下さるな……アヽ有難い、今迄ヅキヅキとウヅいて居つた私の足が、何時の間にかスツカリ癒つて了つた』 と拍手再拝、真浦を神の如くに手を合して拝み立てる。 雪に閉され四五日真浦は、老夫婦の親切にほだされて、教話を説き乍ら冬の日を消した。 松鷹彦『此処は御存じの通り、山と山とに囲まれて不便の土地、御馳走も一度上げたいと思へども、斯う雪に閉されては、どうする事も出来ぬ。幸ひ此川の淵には、沢山な小魚が居つて、つい其処の淵には、冬の寒さで一所に籠つて居る。これを掬うて来て、お前さまの御馳走にして上げませう』 真浦『ア、それは有難う』 と言ひつつ、後は小声で、 真浦『不言実行が肝腎だなかつたかなア』 と幽かに呟いた。老爺さまは玉網を担げ、雪掻き分けて川縁に行つた。そうして玉網を淵に突つ込み、荐りに骨を折つて居る。此家の座敷から能く見える距離である。婆アさまと真浦は、爺さんの川漁を面白げに眺めて居た。松鷹彦はどうした動機か、誤つてドブンと川に落込み、チツとも浮いて来ない。婆アさまは素知らぬ顔して眺めて居る。真浦は驚いて、 真浦『ヤアお爺さまが川へ落ち込んだ。助けてあげねばなるまい』 と立ちあがる。婆アさまは初めて口を開き、 婆(お竹)『不言実行だ』 真浦『恐れ入りました。これから私もお前さまに代つてあの青淵目蒐けて、バサンと飛び込み、ヂイさまを救はう』 婆(お竹)『お手並拝見の後御礼を申しませう。何は兎も有れ不言実行ですからなあ』 真浦は尻ひつからげ雪の中を倒けつ転びつ飛んで行く。爺イは此時柳の木に取り付き、ムクムクと上つて来た。 真浦『お爺さま、結構でした。能う助かつて下さつた。実は私もビツクリして助けに来たのだ』 松鷹彦『あなたは有言不実行だ、アハヽヽヽ』 真浦は黙つて老爺さまの着物を搾りかけた。 松鷹彦『自分の着物は自分が絞る。モツと忘れたものがあるだらう』 真浦は黙つて引返し、矢庭に座敷の中をキヨロキヨロ見乍ら、おやぢさまの着替を見付け、小脇に抱へて飛出した。婆アは、 婆(お竹)『コレコレお前さま、それはおやぢの着物だ。老爺の陥つたのを幸ひ、大切な着替を不言実行して、どこへ浚へて行くのだ。……ホンにホンに油断のならぬ人だなア、オホヽヽヽ』 真浦『エー夫の危難を前に見乍ら、一言も頼みもせず、不言実行だなんテ、謎をかけやがつて、おまけに俺を盗人扱ひにして洒落て居やがる。此奴ア普通の狐……オツトドツコイ女ぢやあるまい。……早く行かぬと、爺が凍てて了ふ』 と裏口を跨げかける。婆アは、 婆(お竹)『真浦さま、早く早く、不言実行だ』 真浦は物をも言はず、爺の所に走り着いた。老爺は赤裸となりて真浦の持つて来た着物を、手早く身に着け『大きに』とも、『御苦労』とも言はず、黙つてスゴスゴと吾家に帰る。真浦は濡れた着物や網を引抱へ、 真浦『アヽ本当に不言実行歩と出よつたな。油断のならぬ化物爺だ。モウこれからは暫時唖の修業だ』 と独ごちつつ、爺の家に帰つて来た。 婆(お竹)『流石三五教の宣伝使ぢや。能う気が付いた。これでお前も又一点程点数が増えましたデ、ホヽヽヽヽ』 松鷹彦『アイタヽヽ、又しても痛くなつた。此奴ア病気が撥ね返るのではあるまいか。非常な激痛だ』 と顔を顰め、 松鷹彦『不言実行不言実行』 と呶鳴つて居る。婆アは、 婆(お竹)『折角御神徳を戴き乍ら……爺さま、お前は二口目には不言実行と仰有るが、取らぬ狸の皮算用をする様に、棚の牡丹餅をおろして喰ふ様に、慢心して、真浦さんに御馳走をしてあげようかなんテ、仰有るものだから、忽ち神様の御戒めを食つて、有言不実行になり、そんな土産を頂戴して苦むのだよ。チツと神様に謝罪をなさらぬか』 松鷹彦『俺は神様に対して不言実行、暗祈黙祷を行つて居るのだ。どつか其辺らに不言実行者が、モウ出さうなものだ。アイタヽヽ』 真浦は赤裸となり、裏の川にザンブと飛び込み、御禊をなし、一生懸命で何事か祈願し始めた。爺イの足の痛みは不思議にもピタリと止まつた。 松鷹彦『真浦様、有難う。御神徳を頂きました。サアどうぞ此方へ来て下さい。火を焚いてあたらしてあげませう』 真浦は川より這ひ上り、身体の露を拭ひ乍ら、 真浦『お老爺さま、火を焚くのもヤツパリ不言実行だ、アハヽヽヽ』 (大正一一・五・一二旧四・一六松村真澄録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 11 鬼婆 第一一章鬼婆〔六七三〕 夜は漸くに明け離れ、木の間に囀る諸鳥の声に送られて、三人は足に任せて進み行く。大岩窟を背景に茅葺き屋根の三四十、軒を並べて立つて居る。 田吾作『サア、とうとう三国ケ岳の鬼婆の大都会が見えて来た。戸数無慮三十余万、人口殆ど嘘八百万と云ふ、一大都会だ。大分に俺達も足が変になつたから、定めし都会には高架鉄道もあるだらうし、自動車、電車の設備も完全に出来て居るだらう、一つ乗つて見ようかなア』 原彦、田吾作の肩を揺り、 原彦『オイ、田吾作さま、これからが肝腎だ、今から呆けてどうするのだ、確りせぬかいな。片方は岩窟にたてかけた藁小屋が三四十並んで居るだけぢやないか、そんな狂気じみた事を云うて呉れると俺も淋しうなつて来た』 田吾作『アハヽヽヽ、此処は余つ程馬鹿だなア、一寸景気をつけるために、誇大的に広告して見たのだ。蛇喰ひや蛙喰ひの半獣半鬼の巣窟だ。これからもう馬鹿口は慎んで不言実行にかからう』 宗彦『お前たち二人はいよいよ戦場に向つたのだから確りしてくれないと困るよ。又決して乱暴な事はしてはならないから、慎んでくれ。頭の三つや四つ撲られた位で、目を釣り上げたり、口を歪めるやうでは、此度の御用は勤まらぬから、兎に角忍と云ふ字を心に離さぬやうにするのだ。忍と云ふ字は刃の下に心だ。敵の刃の下も誠の心で潜つて敵を改心させるのだから、くれぐれも心得てくれ』 田吾、原の両人は小声で『ハイハイ』と答へながら進んで行く。二百人許りの老若男女が一つの部落を作つて居る。さうして此処の人間はどれもこれも皆唖ばかりになつて居る。蜈蚣姫の鬼婆が計略で篏口令を布くかはりに、皆茶に毒を入れて呑まされたものばかりだ。恰度唖の国へ来たも同様である。田吾作は些しも此事情を知らず、一つの家に飛び込み、 田吾作『一寸、物を尋ねますが、婆アの館はどう往つたら宜敷いかな』 中より四五人の男女、ダラダラと戸口に走り出で、不思議な顔をして何れも口をポカンと開けて、アヽヽヽと唖のやうに云つて居る。田吾作は声を張上げて、 田吾作『婆アの所は何処だと問うてゐるのだ』 天賦の言霊器と聴声器を破壊された一同は、何の事だか少しも分らず、唯口を開けて、アヽヽヽと叫ぶのみである。 田吾作『モシ、宣伝使さま、何と言つても返事もせず、唯口を開けてアヽヽヽと云うて居る唖見たやうな奴許りですな、次の家へ行つて尋ねて見ませうか』 宗彦『お前に一任するから、何卒、私が当選するやうに戸別訪問をして、清き一票をと丁寧に、お辞儀に資本は要らぬから頼んでくれい』 田吾作『何ぼ資本が要らぬと云つても、さうペコペコ頭を下げては頭痛がします哩。投票もない事を仰有るな、人の選挙(疝気)を頭痛にやんで、耐りますかい。何程気張つたつて解散の命令が下つたら、それこそ元の黙阿弥ですよ』 宗彦『兎も角お前に一任する』 田吾作『承知致しました。在野党と思つて選挙干渉をやらぬやうにして下さいや。モシモシ此の家のお方、婆アのお住居は何処だ、知らしてくれないか、決して投票乞食ぢやないから安心して云つておくれ』 家の中から又もや四五人の男女、怪訝な顔して門口に立ち現はれ、口を開けてアヽヽヽと云ふばかり。あゝ此奴も駄目だと、田吾作はまた次へ行く。行つても行つても、アヽ責に遇はされて一向要領を得ない。とうとう一戸も残らず戸口調査を無事終了して仕舞つた。されど何の得る所もなく、婆アの姿も見当らなかつた。 三人は是非なく腰掛に都合の好い岩を探して、ドシンと尻を下ろし、暫く息を休める。赤ん坊を懐中に抱いた女、幾十人ともなく、不思議さうに三人の前に立ち現はれ、口を開けて、アヽヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 田吾作『エヽ怪つ体な所だな、矢張三国ケ岳の辺は野蛮未開の土地だから、言語が無いと見える哩』 と話して居る。其処へ容色優れたる一人の女が現はれ来り、宣伝使に会釈し、是亦アヽヽヽを連発しながら北の谷間を指ざし走り行く。この女は玉照姫の生母お玉であつた。婆の手下の者に誘拐され、この山奥に連れ込まれてゐたのである。 婆の考へとしては、玉照姫を占奪する手段として、先づ生母のお玉をうまうまと此処へ奪ひ帰つたのである。三人はお玉の顔を一度も見た事がないので、そんな秘密の伏在する事は夢にも知らず、お玉の跡を追つて、スタスタと駆出した。 四五丁ばかり谷に沿うて左へ進むと、壁を立てたやうな巨岩が幾つともなく谷間に碁列して居る。お玉は手招きしながら、岩窟の穴を潜つて姿を隠した。三人は其後から、ドンドンと足を速めて岩窟の中を五六間許り進む。此処が鬼ケ城山に割拠して居た鬼熊別の妻蜈蚣姫が自転倒島に於ける第二の作戦地であつた。蛇、蛙、山蟹、其他獣類の肉はよく乾燥さして岩窟の中に幾つともなく釣り下げられてある。 田吾作『アイ御免なさい、バラモン教の鬼婆アの住家は此処で御座いますか』 婆『此処が鬼婆蜈蚣姫の住家だよ』 田吾作『アヽ、左様で御座いましたか、これは失礼致しました。なんと立派なお館ですな、これでは風雨雷電、地震も大丈夫でせう。吾々もせめて半日なりと、こんな結構な館に暮したいものです哩』 婆『お前は一体何処の人ぢや、そして又二人も伴を連れて来て居るのかな』 田吾作『ハイ、実の所は三五教の予備宣伝使を拝命致しまして、今日が初陣で御座います。此通り、宗彦、原彦と云ふケチな野郎を連れて居ります。大変腹を減らして居るさうですから、蛙の干乾でも恵んでやつて下さいな』 婆『折角の御入来だから、大切な蛙ぢやけれど、饗応であげませう。この蛙は当山の名物お殿蛙と云つて、虫の薬にもなり、一切の病気の妙薬だ。田圃にヒヨコヒヨコ飛んで居る青蛙や糞蛙とは些と撰を異にして居るのだから、其積りで味はつて食がりなさい。お前さんは蛙飛ばしの蚯蚓切りだからなア』 田吾作『チヨツ、馬鹿にして居やがる哩』 原彦『オイオイ宣伝使の化サン、そんな事を言うてくれては困るぢやないか』 田吾作『困るやうにお願ひしたのだよ、昔、竹熊が竜宮城の使臣を招待した時には、百足や蜴蜥、なめくじなどの御馳走を食はした[※第1巻第41~42章「八尋殿の酒宴」のエピソード。]と云ふぢやないか、鰈か鯣だと思うて食ひさへすりやよいのだ。お前は食はず嫌ひだなくて、蛙嫌ひだから困る、アハヽヽヽ』 婆『三人ともそんな所に立つて居ずに、サアサア足を洗つてお上りなさい。今晩は悠くりと話しませう。お前は三五教の宣伝使が初陣だと云つたな』 田吾作『ハイ、申しました、全く其通りです』 婆『そんなら尚結構だ、なまりはんぢやくの、苔の生えた宣伝使は何うも強太うて改心が出来ぬ。お前はまだまだほやほやだから、十分の教理も聞いて居やせまい』 田吾作『私は郷里を立つて来たところですが、何と妙な事を仰有いますな』 婆『ハヽヽヽヽ、お前は余つ程無学者と見える哩、けうりと云ふ事は故郷の意味ぢやない、三五教の筋はどうだと問ふのだ』 田吾作『つい、きよりきよりして居ましたので筋も何も分りませぬ』 婆『アヽそうだらうそうだらう、筋が分つたら阿呆らしうて三五教に居れたものぢやない。筋が分らぬのが結構だ。サアこれから此処で百日ばかり無言の行をして、其上言霊を開いて、バラモン教の宣伝使になるのだよ。お前、此処へ来る道に沢山の家があつたらうがな、皆無言の行がさしてあるのだ』 田吾作『あの儘ものが言へなくなるのぢやないのですか、どうやら聾のやうですが』 婆『聾は尚更結構だ。モ一つ荒行をすれば目も見えぬやうになつて仕舞ふ。だけれど目だけは退けて置かぬと、不自由だと思つて大目に見てあるのだ。百日の行をして好いものもある、十日で好いものもある、修業さへ出来たら口も利けるやうに、耳も聞えるやうにチヤンとしてあるのだ』 田吾作『婆アサン、そりあ無言の行ぢやない、云はれぬから云はぬのだらう、云へる口を持つて居つて云はぬやうにし、聞える耳を持つて居て聞かぬやうにして居るのなら、行にもならうが、しよう事なしに云はざる聞かざるはあまり行にもならないぢやないか』 婆『そんな理屈を云ふものぢやない、信仰の道には理屈は禁物だ。人間の分際として、さうガラガラと鈴の化物のやうに小理屈を云ふものぢやない哩』 田吾作『ヘエ』 と首を傾ける。 宗彦『私は三五教の宣伝使です。今宣伝使と云つて居つた男はまだ卵ですから、何を云ふか分りませぬ』 婆『アヽさうだらうと思つた。何だか間拍子の抜けた理屈を捏ねる人だ。人間も大悟徹底すると、神様の広大無辺の御威徳が分つて、何とも云はれぬやうになつて仕舞うて黙つて居て改心するやうになるものぢや、流石にお前は偉い、最前から婆の云ふ事を耳を傾けて聞きなさつた。偉いものだ、言葉多ければ品少し、空虚なる器物は強大なる音響を発すと云うて、ガラガラドンドン云ふ男に限り、智慧もなければ信仰も無いものだ。お前は三五教の宣伝使なら、あの青彦、紫姫、常彦、亀彦、悦子姫と云ふ没分暁漢を知つて居るだらうなア』 宗彦『イエイエ私達三人は、宇都山村の者で御座いまして、唯一度聖地へ参り、暫く修業を致しましたが、そんなお方にはお目にかかつた事も御座いませぬ、何処か宣伝に廻つて御座るのでせう』 婆『どうぢや、お前も三五教を止めて、私の弟子になつたら』 宗彦『有難う御座いますが、各自に自分の宗旨は良く見えるものです。私は貴女に改心をして貰つて、三五教に帰順して頂かうと思ひ、遥々と参つたのですよ。何うです、私の云ふ事を一通りお聞き下さつて、其上で入信なさつたら』 婆『アヽ、いやいや誰人が三五教のやうな馬鹿な教に入る奴があるものか、改心をしてくれなんて、そりやお前、何を云ふのだい。是程澄み切つた塵一つない御霊の鬼婆だ、改心があつて耐るものか、改心するのはお前等の事だ』 宗彦は拍手し、天津祝詞を奏上し初める。婆は驚いて、 婆『コレコレ皆様、祝詞も結構だが折角拵へた蛙の御飯、お気に入らねば食べて貰はいでもよいが、せめて神様に供へたのだから、御神酒とお茶をお食り下さい、それで悠くりとお祝詞を上げなさい。私も一緒に上げさせて頂くから』 と無理に引き留る。 宗彦『弁当は此処にパンを所持して居ますからお茶を下さいませ』 婆『お神酒は好だらう、自然薯で醸造へた美味い酒がある。一つあがつたら何うだな』 宗彦『イヤ、茶さへ頂けば結構です』 田吾作『婆アさま、論戦は一先づ中止して、そんなら暖かいお茶をよんで下さい、今晩悠くりと言霊戦を負ず劣らず開始しませう。そして負た方が従ふと云ふ事に致しませうか』 婆『アヽ面白からう面白からう、そんならさう致しませう。バラモン教の神様は、御神徳が強いから、迂濶御無礼な事を云はうものなら罰が当つて口が利けなくなるから、心得て物を云ひなさいや。アヽどれどれ手づからお茶を温めて上げよう』 と次の間に立つて行く。暫くあつて婆アは土瓶に茶を沸騰らせ、 婆『サアサア茶が沸いた、皆さま沢山呑んで下さい、これも婆の寸志だ。バラモン教だつて、三五教だつて、神と云ふ字に二つはない。互に手を引合うて御神徳のある神様の方へ帰順するのだな。此婆も都合によつては三五教に帰順せぬものでもない、オホヽヽヽ』 三人は何の気も付かず、婆の注いだ茶を呑んではパンを食ひ、呑んでは食ひ、喉が乾いたと見えて土瓶に一杯の茶を残らず平らげて仕舞つた。 三人は俄に息苦しくなり、言語を発せむとすれども、一言も発する事が出来なくなつた。三人は顔を見合せ、アヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 婆『アハヽヽヽ……好いけれまたもあればあるものだ。とうとう婆の計略にかかりよつた。口も利けず、耳も聞えず、憐れなものだ。お玉を首尾好く手に入れ、又三五教の宣伝使や卵を三人収穫した。如何に頑強な三五教でも、玉照姫の親を取られ、又大切な宣伝使を取られ、黙つて居る事は出来まい。屹度謝罪つて返して貰ひに来るのだらう。其時には玉照姫と玉照彦とを此方へ受取り、其上に返してやつたらよいのだ。併し乍ら玉照姫が黄金なら、此奴は洋銀位なものだから先方も此位では往生致すまい。マア時節を待つて鼠が餅をひくやうに二人三人と引張込み、往生づくめで仮令玉照彦だけでも此方のものに仕度いものだ。鬼雲彦の大将は脆くも波斯の国に泡食つて逃げ帰つて仕舞はれた。併し乍ら私は女の一心岩でも突き貫くのだ。此処で斯うして時節を待ち、大江山、鬼ケ城を回復し、三五教の錦の宮も往生させて、バラモン教として仕舞ふ蜈蚣姫の計略は旨々と端緒が開けかけた。アヽ有難い事だ。一つ此処でお玉に酌でもさして酒でも飲まうかい、そして三人を肴にしてやらうかい。これこれお玉、お酒だよ。これ程呼んで居るに何故返事をせぬのか、オヽさうさう、耳の聾になる薬を呑まして置いた。聞えぬも無理はない。つい私も余り嬉しくて、精神車が何処かに脱線したと見える、オホヽヽヽ』 と独言を云ひながら笑壺に入つて居る。三人は無念の歯噛みをなし、躍り上がつて破れかぶれ、婆を叩き伸めしてやらうと心に定めて見たが、何うしたものか体がビクとも動けなくなつて居る。言霊を応用するにも肝腎の発生器の油が切れて、且つ筒口が閉塞して居るのだから、如何ともする事が出来ず、口は自然に紐が解どけて、頤と一緒に垂れ下り、ポカンと開いて来る。三人は一度に涎をタラタラ流し、顔を見合せ、首を振り、アヽヽヽと僅に声を発する許りであつた。 婆は愉快げに安坐をかき、長い煙管で煙草を燻べ、酒を呑み、 婆『オイこりや、阿呆宣伝使、俺の智慧はこんなものだぞ。蜘蛛が巣をかけて待つて居る処へ茅蝉が飛んで来て引かかるやうなものだ、動くなら動いて見い、言霊が使へるなら使つて見い、耳も聞えまい』 と長煙管の雁首で耳の穴をグツと突いて見る。宗彦は耳の穴を突かれてカツと怒り出した。されど何うする事も出来ぬ。此度は婆は煙草の吸殻を宗彦の口の中にフツと吹いて放り込み、 婆『熱からう、そりや些と熱い、火だからのう。加之にえぐいだらう、えぐいのはズだ。煙草のズに、えぐい婆の御馳走だから、序に此酒も飲ましてやろか。イヤイヤ待て待てこいつを飲ましてやると私の飲むのがそれだけ減る道理ぢや、マアマア斯うして二ケ月も三ケ月も固めて置けば大丈夫だ、若い奴が二三日したら大江山の方から帰つて来るだらうから、其時この生木像を穴庫へでも格納さしてもよい哩、マアマアそれ迄は頭を叩いたり、耳に煙管を突つ込んだりして、バラモン教の御規則通りの修業をさしてやるのだ。なんと心地好い事だ。是で八岐の大蛇さまもさぞ御満足だらう。嗚呼大蛇大明神様、喜びたまへ勇みたまへ。婆の腕前は此の通りで御座います、何うぞ此手柄により、鬼熊別の失敗の罪を赦して下さいませ。天にも地にも無い私の夫、神様の御用を縮尻つて、死んで神罰を蒙り、地獄の釜の焦起しにせられるのも女房として見て居られませぬ、何卒私と一緒に、今ぢや御座いませぬが、命数の尽きた時は天国にやつて下さい。南無八岐大蛇大明神様、ハズバンドの罪を許したまへ、払ひたまへ、清めたまへ、金毛九尾の命』 と祈願して居る。此時岩窟の口より、声も涼しく宣伝歌を謡ひ来る男があつた。 男『神が表に現はれて善と悪とを立て分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 綾の聖地に現れませる言依別命もて 三国ケ岳の曲津見を言向け和すそのために 三五教の宗彦が宇都の里をば後にして 足に任せてテクテクとこれの岩窟に来て見れば 悪にかけては抜け目なき鬼熊別が宿の妻 顔色黒き蜈蚣姫小智慧の廻る中年増 此岩窟に陣取りて四方の人々欺きつ 赤子の声を聞きつけて十里二十里三十里 遠き道をば厭ひなく手下の魔神を配り置き 此岩窟に連れ帰り朝な夕なにさいなみて 悪の限りを尽しつつ日に夜に酒に酔ひ狂ふ 宗彦、田吾作、原彦は婆が引き出す口車 知らず識らずに乗せられて毒茶をどつさり飲みまはし 口も利かねば耳利かず五体すくみて一寸も 動きの取れぬ破目となり眼ばかりきよろきよろきよろつかせ 其上ポカンと口あけて涎を流しアヽヽヽと 鳴りも合はざる言霊を連発する社いとしけれ 天の真浦の神司この留公の腹を知り 肝腎要の神策をそつと知らして下さつた 宗彦、原彦、田吾作は知らず識らずに魔が神の 罠に陥り今日の態助けてやらねば三五の 神の教が立ち兼ねるサアこれからは留公が 神に貰うた言霊の御稜威をかりて三人の 危難を救ひ玉照の姫の命を生みませる お玉の方を救ひ出し鬼のお婆を言向けて この岩窟を改良し三五教の皇神の 御霊を斎祀りつつミロクの御代の魁を 仕へまつらむ頼もしさ嗚呼惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と謡ひつつ三人が前に現はれ来たる。婆は身体竦み、身動きならず、目をぱちつかせ苦しみ居る。この時、岩窟の奥の方より涼しき女の声、 女(お玉)『神が表に現はれて善と悪とを立て別けて 誡め給ふ時は来ぬ四継王の山の聖麓に 錦の宮と仕へたる玉照姫の生みの母 お玉の方は妾なり桶伏山に隠されし 珍の宝を奪ひ取り逃げ行く姿を見るよりも 妾は驚き身を忘れ跡を追ひかけ山坂を 駆ける折しも木影より現はれ出でたる曲神の 手下の奴に見つけられ手足を縛ばりいろいろと 苦しき笞を受けながら憂をみくにの山の上 この岩窟に押し込まれ蜈蚣の姫てふ鬼婆に 茶を勧められ一時は息塞がりて言霊の 車も廻らぬ苦しさに朝な夕なに三五の 神の御前に黙祷し居たるに忽ち喉開き 胸は涼しく晴渡るされど妾は慎みて 唯一言も言挙げをなさず唖をば装ひつ 珍の宝の所在をば今迄探り居たりしぞ 神の恵の幸ひていよいよ茲に宗彦が 言依別のみことのり身に受けまして出でたまひ 顔を合せて居ながらも一面識もなき故か 悟り給はず吾配る眼に心留めまさず やみやみ毒茶を飲み玉ふその様見たる我が心 剣を呑むよりつらかりしあゝ惟神々々 神は此世に在さずやと女心の愚にも 愚痴の繰事繰返す時しもあれや表より 涼しく聞えし宣伝歌耳をすまして伺へば 三五教の教の声地獄で仏に遇ひしごと 心いそいそ今此処に現はれ来るお玉こそ 天の岩戸も一時に開くばかりの嬉しさよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 宗彦、田吾作、原彦の病を癒やし給へかし 悩みを助け給へかし』 と歌ひつつ此場に現はれたり。不思議や三人は俄に身体自由となり、耳も聞え、口も縦横無碍に動き出した。 田吾作『イヤ、留公さま、よう来てくれた。もう一足早ければこんな目に遇ふのだ無かつたに、しかし乍ら最前途中で見たお女中さまが、今聞けば玉照姫さまの御生母と云ふ事だ、何とマア神様の御経綸は分らぬものですなア』 お玉『皆さま、良い処へ来て下さいまして結構で御座いました。実はこの婆アの手下の者共が、ミロク神政成就の御宝を、桶伏山から盗み出し、此岩窟に秘蔵して居たのを、今朝になつて所在を知り、何とかして逃げ出さうと思つて居たのですが、婆アの監視が酷いので、どうする事も出来ず、誰人か助太刀に来て下さつたらと思うて居た矢先、貴方のお出で、こんな結構な事はありませぬ。サア一時も早くこのお宝を持つて聖地へ帰りませう』 と後は嬉し涙に声さへ曇る。 宗彦『アヽさうで御座いましたか、私は言依別命様より、是非共三国ケ岳へ行つて来いと仰せられて、魔神を征服せむと出て来たのです。貴方が此処に囚はれて御座る事も、今の今迄夢にも知らなかつた。サア是からこの婆アを言向け和はし、寛る寛ると凱旋致しませう』 お玉『到底婆アには改心の望みはありませぬ、自分から斯うして霊縛にかかつて居るのですから、これを幸ひに皆さん聖地へ帰りませう。此お宝は厳重に封をして置きました、私が捧持して帰ります。前後を警固して下さい。此婆アは半日許り霊縛の解けないやうに願ひ置けば、追ひかけて来る気遣ひもありませぬ。五六十人の手下の荒くれ男が、今日に限つて、何れも遠方へ出稼ぎに行つた留守の間、これ全く天の恵みたまふ時でせう。サアサア長居はおそれ』 とお玉の方は帰綾を促す。 宗彦を先頭にお玉、田吾作、留公、原彦と云ふ順序で、宣伝歌を高く謡ひ、四辺の木魂に響かせながら、聖地を指して目出度く凱旋することとはなりける。 岩窟の中には進退自由を失つた婆ア唯一人、谷の彼方には淋しげに閑古鳥が鳴いて居る。 (大正一一・五・一四旧四・一八加藤明子録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 06 小杉の森 第六章小杉の森〔六八〇〕 高春山の岩窟に巣を構へたる曲神の 鷹依姫を言向けて誠の神の御教に 靡かせ見むと三五の道の教の宣伝使 鼻も高姫黒姫が天の岩樟船に乗り 意気昇天の勢で高天原を後にして 天空高く飛んで行く三月経ちたる冬の空 何の便りも無き儘に言依別の神司 竜国別や国依別玉治別の三柱に 密かに旨を含ませつ高春山に向はしむ ここに三人の宣伝使草鞋脚袢に蓑笠や 軽き姿の扮装に万代寿ぐ亀山の 梅照彦が神館一夜を明かし高熊の 稜威の岩窟に参拝し神の御言を拝聴し 来勿止神に送られて善悪正邪の大峠 越えて漸う法貴谷戸隠岩の傍に 登りて見ればこは如何に行手に当りて四五人の 怪しき影は山賊の群と玉治別司 俄に変る三国岳蜈蚣の姫の片腕と 早速の頓智に山賊は一時は兜を脱ぎたれど 元来ねぢけた曲霊湯谷が峠の谷底の 木挽小屋なる杢助が家に立寄り金銀の 包みの光に目が眩み又もや元の曲津神 心の鬼に遮られ悪魔の道に逆転し 心秘かに六人は目と目を互に見合せつ 竜国別に従ひて津田の湖水の畔まで 素知らぬ顔を装ひつ三人の司と諸共に やうやう湖辺に着きにける。 三州『モシ玉治別さま、あなたは三五教の宣伝使と云つて居るが、実際は蜈蚣姫の乾児の玉公に間違ひはあるめい』 玉治別『馬鹿を言つては困るよ。汝はどうして、俺がそんな悪神に見えるのだ』 三州『論より証拠、泥棒の乾児を使つて、杢助の宅へ忍び入らせ、沢山の金銀を強奪しお前は赤児岩に待伏せして、乾児から受取つたのだらう。直接に盗らないと言つてもやはり人を使つて盗ませたのだから、要するに今回の強盗事件の張本人だよ』 玉治別『汝は今になつて、まだそんな事を言ふのか。俺の無実は既に杢助始め、大勢の者が氷解してゐるぢやないか』 三州『それでも戸隠岩の麓で、蜈蚣姫の片腕だと自白したぢやないか。ナア甲州、雲州汝が証拠人だ』 甲州『そらそうだ。蛙は口から、吾れと吾手に白状すると云ふ事がある。……オイ玉州モウ駄目だぞ。何と言つても自分の口から言つたのだから、竜州に国州、俺の観察は誤謬はあるまい。斯う大地に打おろす此杖は外れても、俺の言葉は外れよまいぞよ』 玉治別『アヽこれは聊か迷惑の至りだ。あの時は汝等を改心させる為に、三十三相の観自在天の真似をして方便を使つたのだ。これから高春山の曲神の征伐に向ふと云ふ真最中、内訌を起しては味方の不利益だから、そんな事は後に詳しく、合点の行く様に説明してやらう。今日は先づ沈黙を守るがよい』 三州『仮にも欺く勿れと云ふ宣伝使が、方便を使つたり、嘘を言つて良いものか。嘘から出た真でなくて、真から出た嘘を云ふお前は大泥棒だ』 遠州『コラ三州の野郎、尊き宣伝使に向つて、何と云ふ雑言無礼を吐くのだ。愚図々々吐すと此遠州が承知致さぬぞ』 三州『今迄は遠州の哥兄と尊敬して来たが、汝の様な泥棒心の俄に消滅する様な、腰抜は今日限り俺の方から縁を絶つてやらう。泥棒ならば徹底的になぜ泥棒で通さぬのだ、又改心するならば、本当の宣伝使に従つて誠の道へ這入るのなれば、俺だとてチツトも不服は称へないが、此玉に竜、国と云ふ代物は、どこまでもヅウヅウしく宣伝使だなぞと、仮面を被つて居やがるからムカツクのだよ』 遠州『オイ駿州、武州、汝はどう思ふ?俺はどうしても立派な宣伝使と観測して居るのだ』 駿州『俺もそうだ』 武州『定つた事だ。グヅグヅ吐すと、三甲雲の木端盗人、雁首を引抜いてやらうか』 三州『ナニ猪口才な』 と三州は俄作りの有合せの杖を以て、武州の向脛を擲りつけた。武州は『アイタヽ』と其場に顔を顰めて倒れた。続いて甲州、雲州の二人、遠州、駿州を目蒐け、向脛を厭と云ふ程擲りつける。脆くも三人は其場に踞んで顔を顰め、笑つたり、泣いたり、怒つたりして居る。 遠州『蟻も這はすなと云ふ大切な向脛を叩きやがつて、……覚えて居れ』 三州『杢助爺ぢやないが、肝腎のおアシをとられて苦しからう。おアシの沢山な蜈蚣姫さまの乾児共に修繕して貰へ。俺は最早汝等三人とは縁絶れだ。勿論玉、竜、国の奴盗人とも同様だ。こんな所に居るのは胸が悪い。これから先は善になるか悪になるか、我々三人の都合にする。汝等は鷹依姫に散々脂を搾られ、高姫、黒姫の様に岩窟の中へ閉ぢ込められて、木乃伊になるのが性に合うて居るワ……アバヨ』 と歯を剥き出し、腮をしやくり、尻を叩いて、あらゆる嘲笑を加へ、此場を棄て、湯谷ケ岳の方面指して駆けて行く。 三州、甲州、雲州の三人は津田の湖辺を後に、湯谷ケ岳の山麓に着いた。此処には少彦名神を祀りたる形ばかりの小さき祠がある。樫の大木は半ば枯れながら、皮ばかりになつて、若き枝より稠密な葉を出し、空を封じて居る。猿の声はキヤツキヤツと祠の背後の木の茂みに聞えて居る。 三州『オイ、ここまで漸く来るは来たが、玉治別以下の宣伝使はどうだらう。我々を此儘にして放任して置くだらうかな。彼奴は馬鹿正直者だから、「折角神の綱の懸つた三人、再び邪道へ逆転させては、大神様に申訳がない」とかなんとか云つて、俺達の後を追つかけて来はせまいかと、そればつかりが気にかかるよ』 甲州『向うにも現に三人の足を折られた連中が居るのだから、去る者は追はず、来る者は拒まずとか、何とか御都合の好い理屈を付けて、此アタ辛い山坂を、行方も知れぬ我々の後を追つかけて来さうな筈がない。マア安心したが宜からうぞ』 雲州『そんな心配は要らないよ。三人残してあるのだから、三人が三人の足にでも喰ひ付いて、何とか此方へ来ない様に工夫をするだらう。そんな取越苦労は止めたが良いワイ。彼奴等三人は足が痛いと云つて、キツと津田の湖を、玉治別と一緒に船に乗つて高春山の山麓に渡る手段をとり、湖水のまん中程で、俄に足痛が癒り、彼奴の懐の秘密書類を取り返し、ウマク目的を達するに定まつて居る。それよりも俺達は軍用金の調達が肝腎だから、自分の……これから作戦計画を進める事にしようぢやないか』 三州『何を言つても、百人力と云ふ豪傑の杢助だから、到底正面攻撃では目的を達する事は出来ない。幸ひに女房の葬式の手伝ひや、穴掘までしてやつたのだから、先方は気を許して俺達を歓迎するにきまつて居る。さうしてまだ女房の一七日は経たないのだから、彼奴も菩提心を出して、手荒い事はせないに定つて居るよ』 甲州『併し高春山に行くと云つて出たのだから、今更何と云つて、杢助をチヨロ魔化さうか、ウツカリ拙劣な事を云ふと、計略の裏をかかれて、取返しのならぬ大失敗に陥るかも知れない。爰は余程智慧袋を圧搾して、違算なき様に仕組んでいかねばなるまい。一つ此処で練習をやつて行かうではないか』 三州『オヽそれが宜からう』 甲州『三州、お前は杢助になるのだ。さうして俺と雲州がウマク化け込んで這入るのだ。其時の問答を、今から研究して置かねばならぬからのう』 三州『杢助の腹の中が分らぬぢやないか。それから観測せぬ事には此練習も駄目だぞ。……雲州、汝が一層の事、杢助になつたらどうだ。体も大きいなり、どこともなしにスタイルが似て居るからなア』 雲州『俺も俄に百人力の勇士になつたのかな。ヨシヨシ芝居をするにも、憎まれ役は引合はぬ。汝は小盗人役、此雲州が杢助だ。サア何なとウマく瞞して来い……雲州否杢助は智勇兼備の豪傑だから、借つて来た智慧や、一夜作りの考へではチヨロ魔化す事は到底駄目だぞ。此祠を杢助の館と仮定して、貴様等両人が金銀の小玉を、ウマく手に入れるべく言葉を尽して来るのだよ』 三州『定つた事だ。シツカリして肝腎の宝を、……杢助……どうして俺が盗るか、妙案奇策を出して来るから、今後の参考資料にするがよからう。泥棒学の及第点を貰ふか、貰へぬか、ここが成功不成功の分界線だ。サア甲州、二三丁出直して、改めて杢助館へ乗り込むとしようかい』 と二人は此場より姿を消した。 雲州『暫く此祠を拝借して、杢助館と仮定し、泥棒の襲来に備へねばなるまい。併し盗人は何時来るか分らないから、常に戸締りを厳重にして置くのだが、今度の盗人は予告して来るのだから、充分の用意が出来さうなものだが、さて差当つて防禦の方法が無い。本当の杢助なれば小盗人の五十や百は手玉に取つて振るのだが、此杢助はそう云ふ訳にも行かず、何とか工夫をせねばなるまい……オウさうだ。今持つて帰ると云ふ所へ、コラツと大喝一声腰を抜いてやるに限る。玉治別の宣伝使が何事も言霊で解決がつくと云ひよつた。一つ力一杯呶鳴つてやらう。併し此処に金銀の代りに砂利でも拾つて、褌に包んで、分らぬ様に置いとくのだなア』 と真黒の褌の包を祠の下にソツと隠した。 三州『オイ甲州、本当の杢助だないから、盗るのは容易だが、併しそれでは本当の練習にならぬ。何とか本真者と見做してゆかねば、本場になつてから当が外れ、首つ玉でも抜かれたら大変だからのう』 甲州『到底強盗は駄目だ。マア住込み泥棒の方法が安全第一だらう。彼奴は嬶アに死なれて困つて居る所、我々が親切に隠坊の役まで勤めてやつたのだから、巧妙く行つたら杢助も気を許して、俺達を泊めて呉れるに違ひはない……サア其覚悟で行くのだよ』 「ヨシヨシ」と三州は勢込んで行かうとする。甲州は袖をグツと握り、 甲州『オイオイそんな戦に行く様な調子で行つては駄目だ。涙でもドツサリと目に溜めて、如何にも同情に堪へないと云ふ態度を示して行かねば先方が気を許さぬぢやないか』 三州『まだ一二丁もあるから、ここで目に唾をつけても、到着までには風がスツカリ拭き取つて了ひよる。先方へ行つてから、ソツと唾を付けるのだ。忘れちや可かぬよ』 甲州『忘れるものかい』 とコソコソと足音を忍ばせ乍ら、 甲州『モシモシ杢助様、私は此間御宅で御世話になつたり、あんまり人の喜ばぬ隠坊までさして戴きました三州、甲州……モ一人は半鐘泥棒の雲州で御座います。併し雲州は其名の如く、どつかへウンでもやりに行つたと見えて遅れましたが、やがて後から来るでせう。あんな奴はどうでも良いのだ。折角盗つた宝を分配するのにも配当が少なくなるから、同じ事なら二人が成功すれば、それの方が余程結構だ』 三州『コラコラそんな腹の中を先へ言つて了ふとスツカリ落第だ。不成功疑なし。ここは杢助館ぢやないか』 甲州『杢助なれば又其考へも出るのだが、現在雲州が此処に居ると思へば、本気になつて泥棒の練習も出来ぬぢやないか』 三州『幸ひ、雲州の杢助がどつかへ行つて居ると見えて、不在だから良いものの、そんな事が聞えたら、サツパリ駄目だぞ』 甲州『さうだと云つて、我良心の詐らざる告白だもの』 三州『良心が聞いて呆れるワ。貴様の両親もエライ放蕩の子を持つたものぢや……と云つて泣きの涙で暮して居るだらう』 甲州『ヤア其涙で思ひ出した。早く唾を付けぬかい』 三州『そんな大きな声で言うと、発覚て了ふぞ。此方は何程目に唾を付けても、先方が音に聞えたツバ者だから、グヅグヅしてると、一も取らず二も取らず、アフンとせねばなるまいぞ。……モシモシ杢助さま、其後、よう御訪ねを致しませなんだが、御機嫌は宜しいかな、お嬢さまも御変りはありませぬか』 雲州『此真夜中にお前達は何しに来たのだ。折角改心し乍ら、俺の持つて居る金銀に眼が眩んで、魔道へ逆転して来たのだらう。モウ良い加減に改心をしたらどうだ。悪をする程世の中に馬鹿な奴はありませぬぞ。仮令人間は知らずとも、天知る地知る、自分の精霊たる本守護神も、副守護神も皆知つて居る。天網恢々疎にして漏らさず。良い加減に小盗人を廃めて、結構な無形の宝を手に入れる事を、何故心がけぬか。俺は女房がなくなつて非常に無情を感じて居るのだ。 白銀も黄金も玉も何かせん女房にます宝世にあらめやも 併し乍ら肉体のある限り、衣食住の必要がある。汝に慈善的に盗らしてやりたいのは山々であるが、さうウマくは問屋が卸さぬ。それよりも善心に立帰つたらどうだい』 三州『オイ雲州、しようも無い事を言ひよると、張合が抜けて泥棒が出来ないぢやないか。アーアーもう廃業したくなつた。併し乍ら遠州、駿州、武州に対しても、足まで叩き懲して仕組んだ狂言だから、不成功に終れば彼奴等に合はす顔がない。モウちつと変つた事を言つてくれ』 雲州『ヨシ、御註文通り変つた事を言つてやらう……其方はアルプス教の鬼婆の乾児であらうがな。改心したと見せかけ、目に唾を付け、俺の心に油断をさせ、金銀の小玉をウマくシテやらうと思つて来たのだらう。そんな事は俺の天眼通でチヤンと前に承知して居るのだ。此閾一足でも跨げるなら跨げて見よ。百人力の杢助だ。手足を引き千切つて、亡き女房の御供へにしてやらうか。狐鼠盗人奴』 三州『オイオイ雲州、さう出られては俺の施すべき手段がないぢやないか。女郎屋の二階で孔子の教を説く様な事を言ひよるものだから、拍子が抜けたワイ。強く出いと云へばそんな縁起の悪い事を言ひよつて、どうする積りだ。チツとは俺の立場になつて見よ』 雲州『サア勝手に持つて帰れ。貴様の執着心の懸つたこの金銀、長い浮世を短う太う暮さうと汝は思つて居るが、幽界へ行つて鬼に金の蔓で首を絞められ、逆様に吊られるのを覚悟して持つて帰れ』 甲州『コレヤ雲州の奴、しようも無い事を云ふない。そんな事を聞くと泥棒も出来ぬぢやないか』 雲州『さうだと云つて真理は依然真理だ。取りたい物は幾らでも取らしてやらう。其代りに俺も取つてやらう。汝の一つより無い生命を……金が大事か生命が大事か、事の大小軽重をよく考へて見い』 甲州『そんな事を考へて居つて、泥棒商売が出来るものかい』 雲州『泥棒商売が辛けれや働け。働くのが厭なら睾丸なつと銜へて死ぬるか、首でも吊つた方が良いワイ』 三州『ヤア此奴ア駄目だ。モウ練習も打切りにしようかい』 雲州『さうすると汝は最早断念したのか。腰抜野郎だなア。それだから天州の乾児になつて、ヘイヘイハイハイと箱根の坂を痩馬を追ふ様に言つて、いつ迄も頭が上がらないのだ。鉄槌の川流れとは汝の事だよ。何なつと持つて行かぬかい』 三州『持つて帰ねと言つた所で、何も無いぢやないか』 雲州『其処辺を探して見い。金銀の妄念が褌に包んであるかも知れぬ』 甲州『オイ三州、どうしよう。何でも好いから手に入れた摸擬をせぬ事には、練習にならぬぢやないか』 三州『さうだと云つて、プンプン臭気のする、斯んな褌が、どうして懐へ入れられるものか。屋根葺の褌を三年三月、鰯の糞壺の中へ突込んで置いた様な臭気がして居るワ……汝御苦労だが、懐へ入れてくれ。之でもヤツパリ金包だ、黄金色の新しい奴がそこらに付着して居るぞ。褌は古うても尻糞は新しい。早く処置を付けて、此奴の化物ぢやないが、カイた物がものを言ふ時節だ。併し書いた物と言へば、玉治別の懐にある一件書類を巧妙く遠州の奴、取返しよつたか知らぬて』 雲州『そんな外の話をする所ぢやない。一意専心、さしせまつた大問題を研究しなくてはなるまいが』 三州『杢助さま、私は真実改心致しました。玉治別の宣伝使の仰有るには……多寡が知れた高春山の鬼婆位に、お前達大勢をゴテゴテ連れて行くと見つともない。三人居れば大丈夫だ。それよりも早く杢助さまの宅へ行つて、亡くなられた奥さまの御霊前で祝詞を奏げて来い。何れ帰路には杢助さまのお宅へ寄るから、それまで毎日神妙にお前達三人は、故人の霊を慰めるのだ。又杢助さまも寂しいだらうから、話相手になつてあげるが良い。嬶アに死なれた時は何となく、世の中が寂寥になり、憂愁の涙に暮れるものだから、面白い話でもして、一呼吸の間でも、心を慰めてあげるが宜い。それが一番に亡者の精霊に対しても、杢助さまに対しても、最善の道だ……と斯う仰有つた。それで暫くの間お宅へ御厄介に参りました。決して金銀などを盗らうと思うて三人が相談して来たのぢやありませぬから、留守は私等三人が立派にしてあげます。サア暫く都会へでも出て遊んで来なさるか、友達の宅へでも行つて、酒でも飲んで来なさい。あなたの奥さまの霊が玉治別さまに姿を現はして、涙を零して頼まれたさうです。さうして金を見えぬ所へ隠して置くのは、金に対して殺生だ。妾の死骸を埋葬たも同然だから、よく分る所へ出し、さうして妾にも一遍見せる為に、霊前へ三四日供へて置いて下さい。さうすれば妾は天晴れ成仏致します…………と斯う仰有つたさうで、玉治別さまが……エー此亡者は執着心が強いと見えて、死んでからまでも金銀に目をくれるのか、身魂の因縁と云ふものは仕方のないものだ…………と仰有いました。どうぞ霊前へお供へになつても、我々三人が盗るのぢやありませぬ。万一無くなつたら、それはインヘルノの立派な旅館で宿泊る旅費に、奥さまが持つて行かれたのでせうから、惜気なく執着心を棄てて御出しなさる方が宜しからう……なア杢助さま』 雲州『此杢助は金なんかに執着はない。併し乍ら人間と云ふ者は宝を見るとつい悪心が起るものだから、折角改心したお前達に又罪を作らすは可哀相だによつて、マア金の在処は知らさぬがよい。強つて、それでも知りたければ知らしてやらぬ事は無い。嬶アの死骸の懐に持たして帰なしてあるのだから、玉治別の神さまの前へ現はれてそんな事を女房が言ふ筈がない。大方お前達が仕組んで来たのだらう。これから墓へいつて土を掘り起し、逆様に首を突込んで、懐の金を盗るなら取つて見い。女房は金に執着心の強い奴だから、キツト冷たい手で、お前達の素首にギユツと抱付き、頭を下にしられて、汝の尻の穴を花立に代用するかも知れやしないぞ。それでも承知なら墓へいつて掘つて行かつしやい』 三州『オイ雲州、モウ汝の杢助は駄目だ。臨機応変、兎も角杢助の住家へいつてから、当意即妙の知識を発揮する事にしよう。何事も俺の云ふ通りにするのだぞ。衆口金を溶かす……と云つて、大勢が喋舌ると、目的の金銀が溶けて無くなつて了うと困るから、総て俺に一任せいよ』 雲州『何だか雲でも無い様な気になつて了つた。杢助気分が漂うて、汝等が泥棒に見えて仕方が無いワ』 三州『汝も泥棒ぢやないかい』 雲州『モウ此計画は中止したらどうだ。何とはなしに大変な罪悪を犯す様な気がしてならないのだよ』 甲州『何れ善ではない。併し我々泥棒としては、巧妙く手に入れるのが最善の方法だ。善とか悪とか、そんな事に心を奪はれて、どうして此商売が発展するか。サア大分に夜も更けた、これからボツボツ行かう』 と十丁許り前方の杢助が館に、体を胴震ひさせ乍ら、萱の穂のそよぎにも胸を轟かせつつ心細々脚もワナワナガタガタ震ひで進んで行く。 (大正一一・五・一九旧四・二三松村真澄録)
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(1815)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 20 三の魂 第二〇章三の魂〔七一二〕 時置師神は、神の仕組の時津風、吹き渡る初夏の青葉の薫りを身に浴び乍ら窓外を眺め居る。時しも森の木蔭より玉能姫は初稚姫の手を携へ、二人の荒男と共に欣然として帰り来る。杢助は窓を引き開け拍手して之を迎へて居る。二三日前より此家に訪ね来りし高姫、国依別は、杢助と教理を闘はし乍ら此処に逗留して居た。 高姫『杢助さま、貴方は今東の窓から手を拍ちましたが、日天様は西の方へ廻つて居られますよ』 杢助『いや、今此処へ日天様や、月天様が御いでになりましたから』 国依別『国依別には日天月天の往かぬ事を仰有いますな』 と云ひながら窓を覗き、 国依別『ヤア、お帰りになりました。杢助さま、お目出度う、今迄御心配でしたらう』 杢助『ハイ、杢助も一寸心配して居りましたよ』 高姫は妙な顔しながら、 高姫『貴方は口では平気で言つて居らつしやるが、矢張り初稚姫様の事が気に懸ると見えますなア』 杢助『別に初稚姫様の事に就ては、神様がついて御座るから心配は致しませぬが、大切な御用を巧く勤めあげたか知らぬと思つて居つたので……然しあの顔色で見れば、巧く御用が出来たらしいですよ』 高姫『大切の御用とは………それや又どんな事で御座いますか。高姫にも聞かして下さいな』 杢助はニコニコ笑ひながら、 杢助『ハイ言依別命様から大切な秘密の御用を……玉能姫、初稚姫の御両人が承はりましたのですよ』 高姫『妾の様な日の出神の生宮を差措き、あの様な子供や若彦の女房に大切な御用を仰せ付けるとは……言依別も些と聞えませぬ。それだから人を使ふ目が無いと言ふのだ。困つたハイカラの教主だなア』 杢助は、 杢助『アハヽヽヽ』 と嬉しさうに笑ふ。国依別は門の戸を押し開き、丁寧に出迎へ、 国依別『皆さま、御苦労で御座いました。無事に納まりましたかな』 二人は顔に笑を湛へながら一言も発せず、丁寧に腰を屈め、二人の男と共に欣々と這入つて来た。杢助は見るより、 杢助『初稚姫様、玉能姫様、谷丸さま、滝公さま、御苦労で御座いました』 谷丸『私は言依別命様より佐田彦の宣伝使と名を賜はりました。滝公さまは波留彦の宣伝使と名を賜はりましたから、何卒今後は、其お心組で呼んで下さい。お節………いやいや玉能姫様、初稚姫様のお伴を致しまして神島………ではない、神様の御用に参つて来ました。いやもう大変な結構な事で御座いましたわ』 杢助『何は兎もあれ、神様に御礼を申し上げ、お祝の御神酒を頂戴する事に致しませう』 高姫『アヽ、それは結構で御座いますな。然し如何な御用で御出でになさつたのか、高姫にも様子を聞かして下さいませ。これ玉能姫さま』 玉能姫『此事ばかりは三十五万年の間、申し上げる事は出来ませぬ。何れ未来でお分りになるでせう』 高姫『何と……マア遠い……気の長い事だなア』 杢助『何処の地点に納めたと云ふ事は申し上げ難いが、実際は貴方の一旦呑んで居た金剛不壊の如意宝珠と紫の宝玉が三五教の教主の手に返り、其御用を仰せ付かつて或る霊地へ埋蔵の御用に行つたのですよ。黄金の玉は言依別の教主自ら何処かの霊地へ埋蔵されたさうだ。これで三つの御玉が揃ひまして……高姫さま、お喜びなさいませ』 高姫、怪訝な顔して舌を捲き目を剥き、 高姫『ヘエ、ケヽヽヽ結構ですなア』 と云つたきり、嬉しい様な、悲しい様な、不興くさい様な顔して俯向く。国依別、手を拍つて笑ひ、 国依別『ハヽヽヽヽ、日の出神の生宮も薩張り往生遊ばしたか、誠にお気の毒の至り。然し乍ら矢張り高姫さまも喜ばねばなりますまい。もう之で貴方の副守護神の断念が出来るでせう。是から一意専心、教主の意見に従つて、神界の御用をなさいませ』 高姫『ハイ、如何も神様は皮肉な事をなさいますな。寝ても醒めても玉の行方を探し、神政成就の御用を勤めあげむと、千騎一騎の活動を致して居る此高姫をアフンと致さして、思ひも寄らぬ人達に、肝腎な一厘の経綸を吩咐けるとは……妙な神様も……いや教主もあるものだ。教主のきやうは獣扁に王さまだらう、オホヽヽヽヽ』 佐田彦『是は聞き捨ならぬ高姫の言葉、その脱線振りは何事で御座るか。今迄の谷丸ならば黙つて居るが、最早教主より命ぜられたる宣伝使だ。宣り直しなさねば承知せぬ』 波留彦『佐田彦宣伝使の言はれた通り、速に宣り直しなさるが宜からうと、波留彦は思ひます』 高姫『高姫鉄道の終点、アフンの駅に着いたのだから、脱線の余地も無く、のり直し様もなく、乗り替へも何の駅もないぢやありませぬか。オホヽヽヽヽ』 ○ 因に言依別命は、一旦高熊山の霊地に神秘の経綸を遂行し、聖地に帰りて神業に参じ、錦の宮の神司玉照彦命、玉照姫命の神示を海外にまで弘布し、八岐大蛇の征服に従事する数多の神人を教養し、其名を天下に轟かした神代の英雄神である。また杢助は元の時置師神と現はれ、聖地の八尋殿に於て教主を助け、初稚姫と共に忠実に奉仕し、三五教の柱石と呼ばれる事となつた。玉能姫は生田の森に止り、或神命を帯びて稚桜姫命の神霊を祀り、五六七神政の魁を勤めた。 若彦は自転倒島全体を巡歴し、終に神界の命によりて玉能姫と共に神霊に奉仕する事となつた。国依別は兄の真浦が波斯の国へ出で行きしを以て、已むを得ず宇都山郷の武志の宮に仕へて神教を伝へ、父の松鷹彦に孝養を尽した。 高姫は聖地にあつて錦の宮に仕へつつありしが、黒姫のあとを追うて海外に渡り、真正の日の出神に出会し、初めて自己の守護神の素性を悟り、悔い改めて大車輪の活動を続けた。佐田彦、波留彦は言依別命の膝下にあつて、神業を輔佐することとなつた。 ○ 大正壬戌の年卯月の二十八日に 二十二人の生魂三つの御玉の隠し所 述べ終りたる今日の日は楽しき神世を五六七殿 日の神、月の大御神天照皇大神や 此世の祖神と現れませる国常立之大御神 豊国主の大御神大本教を守ります 百千万の神々の貴の御前に飛び降る 神の使の霊鷹は生田の森や再度山の 峰の尾の上の御仕組鷹鳥姫の改心の 瑞祥祝ふ其為めに三度舞ひ来る鷹津神 さしもに広き殿内を右や左と翔び交ひて 画竜の額に翼休め仮設劇場の梁に 悠々翼を休めたる今日の生日の足日こそ 瑞の御魂の生れたる生日に因みて七百と 十二の章も面白く松雲閣の奥の間に 今日は珍し身を起し神の教を敷島の 筆者を烟に巻き乍ら遠き神代の物語 今に写して眺むるも少しも変らぬ言の葉の 栄ゆる御代を松村氏天津御空も海原も 心真澄の玉鏡海の内外の隔てなく 諸越山も乗り越えて豊九二主の分霊 瑞の神徳天地に輝く時も北村の 空澄み渡り隆々と光り普き神の道 亜細亜、亜弗利加、欧羅巴亜米利加藤く高砂の 島の果まで説き明す近藤の霊界物語 道も貞か二成り行きて山の尾の上や野の末も 教の花の馥郁と薫も床しき佐賀の奥 神の伊佐男は遠近に秀妻の国を初めとし 自転倒島の中心地野山も青く茂りつつ 神代を祝ふ今日の空神世の秘密洩らさじと 御空を隠す雲の戸を開いて此処に松の雲 松雲閣の奥の室で初夏の風をばあびながら 二十二巻の物語目出たくここに述べをはる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ (大正一一・五・二八旧五・二北村隆光録) (昭和一〇・六・五王仁校正)
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(1877)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 15 改心の実 第一五章改心の実〔七六一〕 黄竜姫、梅子姫、友彦、テールス姫、蜈蚣姫の五人は共に、地恩城を後に数百里、山路を越えて玉野原の諏訪の湖の竜宮城に進むこととなつた。後には左守、スマートボール夫婦を初め右守鶴公、貫州、武公、マール、ミユーズの幹部連をして留守師団長とし、草の蓑、竹の小笠の軽き扮装、タロの木の枝をつきながら、岩石起伏せる羊腸の小径を上りつ下りつ、谷を飛び越え谷間を伝ひ漸くにして、ジヤンナの友彦が割拠せし郷に着いた。 鬼の様な荒男、赤銅の様な顔に青い黥を、顔一面に彩りし者を先頭に、老若男女が六ケ敷い顔して黄竜姫の一行を『ウワーウワー』と鬨の声を挙げ乍ら歓迎した。昼尚暗き森林に包まれたる此郷は、一見鬼の様な人種計りであるが、至つて質朴で且つ正直で信仰心に富んで居た。曲つた鼻の赤い友彦を、天来の救世主と仰いで、尊敬した程の郷人は、天女の如き黄竜姫、梅子姫の玉を欺く清き姿を眺めて、天の河原よりネルソン山に鳥船に乗じ天降り給ひしを、ジヤンナの郷の救世主友彦夫婦が奉迎して帰りしものと固く信じ、一斉に砂糖屋の十能見た様な、大きな黒い手を拡げ、 土人『ウツポツポウツポツポ、オーレンス、サーチライス、ターレンス、チーターチーター』 と叫び乍ら歓迎の意を表した。此意味は、『神様か、天の御使か、但は吾等を救ふ光明の神か、実に立派な大救世主が、此郷に御降り遊ばした。吾々は最早絶対に悩みに遇ふこともなく、永遠無窮に天国浄土の楽みを味はうことが出来るであらう。木の実は豊に実り、鼓腹撃攘の恵みに浴することは火を睹るよりも明瞭だ。有難い、勿体ない、貴い、嬉しい。吾々郷人は力の限り心の極みを、此生神様に捧げませう』と言ふ事である。……ジヤンナの郷の救世主と仰がれたる友彦は、郷人に向ひ、 友彦『ターリスト、テールターイン、ハールエース、オーレンス、サーチライス、カーテル、ライド』 と叫ぶ。此声に一同は大地に平伏し嬉し涙を流して歓喜した。友彦は又もや、 友彦『ハールハール』 と手を挙げて叫ぶや、大勢の土人は一行を手車に乗せ、三五の神を祭りし稍広き館の中に、御輿を舁ぐ様な塩梅式で何事か分らぬ事を喋り乍ら奥深く送り行く。 黄竜姫一行は友彦の館の奥深く招かれ、色々珍らしき果物を饗応され、且つバナヽの味に舌鼓打ち乍ら、一二日此処に逗留し、郷人に対して黄竜姫、梅子姫よりバプテスマを施し、宣伝歌を教へた上、数十人の郷人に送られ、一行五人は漸くにして玉野ケ原の広場に無事安着することとなつた。 途々木の実を喰ひ、谷水を飲み、芭蕉の葉を褥となし乍ら、猛獣、大蛇の群に言霊を授け帰順悦服させつつ愈此処に金銀の砂輝く広野ケ原に辿りつく。一行は諏訪の湖の畔に建てたる小さき祠の前に端坐し、天津祝詞を奏上し、傍の椰子の樹の森に一夜を明かすこととなりぬ。 エスタン山の後方を覗いて現はれたる大太陽は、諏訪の湖水の魚鱗の波に映じ、金銀の蓆を敷き詰めたる如く、其麗しさ譬ふるにものなく、一行五人は湖水に身体を清め、七日七夜此処に禊を修し神恩を感謝せり。 早や夕陽も傾いて得も言はれぬ麗しき鳥の声、塒を求めて各密林に帰り行く。純白の翼の大鳥は暗を縫うて低く黄昏時より現はれ来り、湖面を縦横無尽に翺翔する。其数幾千万羽とも数へ難く、月無き夜半も明るき許りの光景なり。是は信天翁の祖先でアンボリーと言ふ大鳥なりける。 一行五人は椰子の樹下に身を潜め、天津祝詞を奏上し夜の明くるを待つ。夜明けに間近くなりたる時しも、頭上にバタバタと鳥の羽ばたき激しく聞え来たる。見れば両翼の長さ三丈許りのアンボリー、椰子の樹上にとまつて、一同の頭を被ふて居る、それが夜明けに間近くなつたので一時に立ち上つた音である。一同は鳥の飛び行く方面を目も放たず打看守れば、ほんのりと薄紅くうす白く大空を染めながら、際限もなき大原野を西北の空を指して、一羽も残らず飛去れり。 ○ ジヤンナの郷に三五の神を祀りし友彦が 館に一行夜を明かし一日二夜を逗留し タイヤ、ブースを初めとし数多の土人に皇神の 誠の道を説き諭し鎮魂やバプテスマ 一人も残らず施して昼なほ暗き森林の 小径を伝ひ郷人に賑々しくも送られて 漸くセムの谷間に辿り来れる折柄に 黄竜姫は皇神の珍の命の霊借りて 送り来りし郷人に厚く言葉をかけながら 東と西に別れつつ露の枕も数多く 重ねて此処に玉野原金銀輝く途の上 勇み進んで諏訪の湖の辺にやうやう安着し 祠の前に端坐して一行五人が安穏に 訪ね来りし神恩を感謝し終り清鮮の 湖水に身をば浸しつつ七日七夜の魂洗ひ 椰子樹の蔭に身を潜め夜明けを待てる折柄に 樹上に聞ゆる羽ばたきの音に驚き眺むれば 雪を欺く白翼のパツと開いた大鳥の 空を封じて数多く西北指して飛んで行く 一行五人は空中を仰ぎ見つむる折もあれ 黄金の翼に乗せられて此方に向つて飛び来る 四五の神人悠々と湖水を目蒐けて降り来る 其光景の崇高さに五人は思はず手を合せ 祝詞を唱へつ眺め居る黄金の鳥に乗せられし 男女五人の神人は波の上をばスレスレに 北に向つて進み行くこれぞ玉治別宣使 初稚姫や玉能姫久助お民の五人連 神の御言を畏みて貴の教を隈もなく 伝へ導く神の業𪫧怜に委曲に宣り了せ 玉依姫の御使の黄金色の霊鳥に 救はれ御空を翔りつつ帰り来れる生神の 通力得たる姿なり嗚呼惟神々々 神の教の尊さよ。 翼を一文字に拡げた金色の霊鳥は、神の使の八咫烏である。玉治別一行を乗せた五羽の八咫烏は、日光に照り輝きて中空にキラリキラリと光を投げながら、地上までも金光を反射させ、諏訪の湖辺に飛び来り、紺碧の波の上を辷つて際限もなき湖水を、北へ北へと進み行く。 梅子姫、黄竜姫は飛び立つばかり此姿を見て驚き且つ喜べり。一行の胸の裡は譬へがたなき崇高にして且壮快の思ひが漂うたからである。 友彦『黄竜姫様、梅子姫様、地恩城に於て園遊会の時、天空高く現はれた蜃気楼の光景、紺碧の湖水現はれ、四方を包む青山の崇高なる姿は、今此湖面を見ると寸分の差も無い様ですな、大方清公、チヤンキー、モンキー等の、女神に導かれ結構な御用を仰せつけられて居た所も、此聖地で御座いませうかなア』 黄竜姫『妾もそれに間違ひないやうな感じが致します。昔から人跡絶えしオセアニアの秘密郷、斯様な立派な湖があらうとは、夢にも知りませなんだ。何とかして神様の御力を借り、此湖水を渡つて見たいものですなア』 梅子姫『蜃気楼で拝見した時には純白な白帆が沢山に航行して居ましたが、船は一隻も見えないぢやありませぬか。大方アンボリーの飛交ふ影が船のやうに見えたのでせうかな』 友彦『サアさうかも知れませぬ。……黄竜姫様、船が無ければ渡る訳には行きませぬ。玉治別や初稚姫様の様に、黄金の鳥が迎ひに来て下さらば実に結構だが、船も無ければ鳥船もなく未だ吾々は御神慮に叶ふ所迄身魂が磨けて居ないのでせう』 黄竜姫『神様は一点の曇りなき水晶魂でなければ、肝腎の神業にはお使ひ下さいませぬ。折角此浜辺まで参つたものの、斯の如く三方は壁を立てた様な岩山、何程足の達者な者でも鳥類でない以上は越す事は出来ますまい。然しながら此処まで無事に着いたのも全く神様のお恵み、此処でもう一層徹底的の心の修業を励みませう。地恩城の女王だとか、ジヤンナの郷の救世主などと言はれて得意になつて居るのが、これが第一神様の御心に叶はないのでせう。同じ天地の恵に生れた人の子、善悪美醜の区別はあつても神様の愛には些つとも依怙贔屓はありますまい。こりやもう一つ身魂を立て直さなくては駄目でせうよ。勿体なくも神素盞嗚大神様の御娘御、梅子姫様を蔭の御守護とし、賤しき妾の身を以て地恩城の女王と呼ばれ、神司と言はれて、勿体なくも直々の御血筋の上位に立つて居たのは、恰度頭が下になり、足が上になつて居るやうな、矛盾撞着の遣り方であつた。……アヽ梅子姫様今までの御無礼を何卒お赦し下さいませ。決して貴女を押込め私が上に立つて覇張らうなどと云ふやうな、賤しい心はチツトも持つて居ませなんだ。然し乍ら名誉心に駆られ、本末自他公私の別を、不知不識の間に犯して居りました。貴女と吾々は天地霄壌の懸隔がございます。尊卑の別も弁へず甚だもつて不都合の至り、今改めてお詫を仕ります。さうして地恩城の女王たる地位を神様にお返し申し、生れ赤子の平の信者となつて御神業に奉仕し、貴女様を女王とも教主とも仰いで、忠実にお仕へ致しますから、不知不識の御無礼御気障、何卒神直日大直日に見直し聞直し下さいますように、黄竜姫が真心よりお詫仕ります』 と涙を滝の如く両眼より滴らし、悔悟の念に堪へざるものの如く涕泣嗚咽終に其場に泣き伏した。梅子姫は儼然として、 梅子姫『黄竜姫どの、貴方は結構な御神徳を頂きました。妾は神素盞嗚大神の生みの子と生れ、木の花姫の生宮として今日迄、貴方のお傍に身を下し、神業を輔佐して参りました。貴方の御言葉を今日只今迄、実の所は待つて居たのでございます』 と微笑を浮かべて曰りつれば、友彦は又もや両眼に涙を浮かべ乍ら、 友彦『私は生れついての狡猾者、到る所に悪事を働き、まぐれ当りに鼻の赤きを取得にてジヤンナの郷に持て囃され、救世主と呼ばれ乍ら好い気になり、心にも無き尊敬を受け、天来の救世主と化け済まして居た心の汚さ、イヤもう塵埃に等しき吾等の身魂、どうして肝腎要の御用にお使ひ下さいませう。……何卒々々梅子姫様、貴女様より大神様に重々の罪お赦し下さいます様お取成し願ひ上げ奉ります。又私は決して今後は、人様以上に結構な御用をさして頂かうとは夢にも思ひは致しませぬ。如何なる事にても構ひませぬから、どうぞ神様のお綱の切れぬ様に、大神様にお詫のお取次偏に希ひ上げ奉ります』 梅子姫『貴方の心の園の蓮花、転迷開悟の音を立て開き初めました。アヽいい所で改心して下さいました。これで梅子姫も父大神より命ぜられたる御用の一端が出来たと申すもの、私の方より貴方に対して感謝致します』 と嬉し涙を両眼に浮かべ、述べたつれば友彦は嬉しさ身に余り、大地にひれ伏し顔も得上げず、歓喜と悔悟の涙に咽び返つて居る。 蜈蚣姫は梅子姫の前に手をつかへて、 蜈蚣姫『梅子姫様、今迄の御無礼何卒々々お許し下さいませ。私は貴女様の御存じの通り悪逆無道の限りを尽した、鬼婆の様な悪人で御座いました。地恩城に参りまして娘の出世を見るにつけ、不知不識に高慢心が起り、且つ愛着の念に駆られ、肝腎の大神を第二に致し、且つ貴女様に対し、平素軽侮の目を以て向つて居りました心盲で御座います。地恩城に於て友彦が為め園遊会を開いた折、貴女様は紫の蓮華岩の上に立たせ給ひ、私の素性を歌つて下さつた時の私は、心の中にて非常な不満を抱きました。今思へばあの時のお言葉の中には、大神様の大慈大悲の救ひの御心……なぜ其時に私は気が附かなかつたでございませう。森羅万象に対し一切色盲の私、不調法ばかり致しまして神様に対し、又貴き貴女様に対してお詫申上げる言葉もございませぬ。どうぞ母子の者も憫み下さいまして、今迄大神様に敵対申した深い罪を、お詫下さいますようにお願ひ申します』 とワツとばかりに声をあげ泣き伏するにぞ、梅子姫は莞爾として、 梅子姫『アヽ蜈蚣姫様、貴女は今日只今初めて誠の神柱になられました、結構でございます。どうぞ此後とても妾と共に三五の大神様の御用に誠心誠意御尽力あらむことを希望致します。如何なる罪穢れ過も梅子姫が代りて千座の置き戸を負ひますれば御安心下さいませ』 蜈蚣姫は『有難うございます』と言うたきり、大地にかぶりつき有難涙に咽び入る。テールス姫は又もや梅子姫の前に両手をつき、 テールス姫『何分罪多き私、不知不識の御無礼お気障が何程ございませうとも、何卒お赦し下さる様、神界へお願ひ下さいませ』 と合掌して頼み入る。 梅子姫『貴女は此中でも最も罪軽き、身魂の清らかな神の子です。今日神界に対し差したる不調法もございませぬ。今後も今迄通り過ち無き様、神の御用に御奉仕あらむことを希望致します』 と答ふれば、テールス姫も梅子姫が慈愛の言葉に、有難涙をしぼるのみであつた。 梅子姫は湖面に向ひ合掌しながら何事か暗祈黙祷する事暫し、忽ち何処ともなく微妙の音楽聞え、西北の空を封じて、此方に向つて一瀉千里の勢にて飛び来る以前のアンボリー、幾百ともなく、翼を並べ、湖上目蒐けて飛び帰る其麗しさ、絵にも写せぬ眺めなり。 (大正一一・七・一一旧閏五・一七谷村真友録)
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(1888)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 03 真心の花(二) 第三章真心の花(二)〔七六八〕 玉治別は立上り銀扇を拡げて歌ひ舞ひ始めた。 玉治別『吾は玉治別司天と地との三五の 誠を諭す神使宇都山郷に現はれて 樵の業や野良仕事名も田吾作の賤の男が 天の真浦の宣伝使松鷹彦に三五の 誠の道を教へられ国依別と諸共に 三国ケ嶽にバラモンの教の館を構へたる 此処に在れます蜈蚣姫三五教の大道に 救はむものと老木の茂る山路を打ち渉り 岩窟の中に乗り込みてお玉の方に廻り会ひ 蜈蚣の姫の秘蔵せる黄金の玉を発見し 綾の高天原へ持ち帰り意気揚々と宣伝の 使となりて遠近を彷徨ひ歩く其中に バラモン教の其一派鷹依姫の神司 高春山に居を構へ体主霊従の御教を 四方に開くと聞きしより国依別や竜国別の 貴の命と諸共に心の駒に鞭韃ちて 進む折しも津田の湖敵の捕手に囲まれて 生命危き折柄に杢助司や初稚姫の 貴の命に助けられ高春山に立ち向ひ 廻り会うたる天の森竜国別と鬼娘 ヤツサモツサの問答も神の恵みの御光に 煙と消えて潔く神の御稜威を伏し拝み 鷹依姫の割拠せる岩窟の中に立ち入りて 高姫、黒姫両人を救ひ出して鷹依の 姫の命は忽ちにアルプス教を解散し 三五教の大道に仕へまつりて綾錦 高天原に連れ帰り黄金の玉の紛失に 思はぬ濡衣被せられ泣く泣く立つて和田の原 遥々越えて何処となく黄金の玉の在処をば 探らむ為に親と子が海の彼方に出でましぬ あゝ惟神々々神の恵みの幸はひて 一日も早く片時も疾く速けく親と子が 在処を知らせ給へよと玉治別の朝宵に 祈る心ぞ悲しけれ金剛不壊の如意宝珠 紫色の宝玉の在処探ねて高姫が 又もや神都を後にして海の内外の区別なく 探ねて廻る気の毒さ神の仕組を打ち明けて 当所も知らぬ玉探し諦めさせむと玉能姫 初稚姫と諸共に屋根無し小舟に身を任せ 遠き浪路を打ち渡り高姫一行の危難をば 救ひ守りつ竜宮島到りて見れば高姫は 高山彦や黒姫と暗に紛れて逸早く 後白浪となり果てぬあゝ惟神々々 御霊幸はへましまして高姫一行が執着の 心の雲を晴らせかし一日も早く真心に かへらせ給へと太祝詞となふる声も湿り勝ち 玉治別は是非もなく初稚姫と諸共に ネルソン山の高嶺をば西に渉りて山深み 谷底潜り種々と百の艱難に出会ひつつ 神の恵を力とし誠の道を杖として 石の枕に星の夜具猛獣哮ける大野原 夜を日に次いで進みつつ虎狼や大蛇まで 吾三五の言霊に言向け和し玉野原 一眸千里の草分けて諏訪の湖辺に辿り着き 社の前に額きて善言美詞の太祝詞 汗に穢れし身体を清き湖水に禊ぎつつ 拍手の声は中天に轟き渡る折柄に 浪を十字に引き分けて現はれ給ふ百の神 天火水地と結びつつ五づの身魂の御宝 携へ来る女神等吾等一行に立ち向ひ 竜宮海の麻邇の玉汝等五人に授けむと いと厳かに宣らせつつ身魂を研けと言ひ捨てて 後白浪と消え給ふ初稚姫や玉能姫 玉治別は伏し拝み諏訪の湖あとにして 西北指して進みつつ幾度となく皇神の 深き試錬に遇ひながらさしもに広き竜宮島 神の使の霊鳥に救はれ無事に国人を 言向け和し神業を略了へまつる折柄に 神の使の八咫烏黄金の翼拡げつつ 吾等一行五つ身魂其背に乗せて玉依姫の 貴の命の在れませる竜の宮居に送りけり あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 吾等五人は皇神の教の道に尽すより 外に一つの望みなし執着心の雲晴れて 輝き渡る日月は心の空に永久に 鎮まりいます心地して不言実行の神の業 竜の館に仕へつつ時の到るを待つ間に 梅子の姫を始めとし黄竜姫や蜈蚣姫 テールス姫や友彦が黄金の舟に浮びつつ 黄金の門を潜りぬけ現はれ来ます嬉しさに 互に見合はす顔と顔嬉し涙はせきあへず 言葉を掛くる術もなく無言の儘に奥殿に 進む折柄玉依姫の神の命は悠々と 青人草を救へよと露の滴る青の玉 ものをも言はず玉治別の神の司の掌に 授け給ひし嬉しさを喜び畏み村肝の 心の魂の照るままに黄竜姫の双の手に 漸く渡し胸を撫で不言実行の一端に 仕へまつりし折柄に玉依姫は奥深く 御神姿隠し給ひけり吾等一同勇み立ち 三つの御門を潜りぬけ黄金の浪の漂へる 諏訪の湖辺に来て見れば忽ち飛び来る八咫烏 吾等を乗せて白雲の御空を高く翔上り 翼の音も勇ましく漸く当館に帰りけり あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 三五教の御教は堅磐常磐に松の世の ミロク神政の基礎と仕へまつりて天地の 百の神等百人を浦安国の心安く 守らせ給へ惟神神の命の御前に 玉治別が真心を開いて細さに願ぎまつる 神素盞嗚大神や国治立の御分魂 国武彦大神よ三五教は言ふも更 島の八十島八十の国青雲棚引く其限り 天地百の生物に平安と栄光と歓喜を 与へ給へと願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と歌ひ終つて自席に着いた。 次に黄竜姫は立ち上り歌ひ始めた。 黄竜姫『大国彦の神霊堅磐常磐に祀りたる バラモン教は常世国大国別の神司 開き給ひし貴の道万里の波濤を乗り越えて イホの都に来りまし教の園を開く折 三五教の宣伝使夏山彦や祝姫 行平別の言霊に鬼雲彦の大棟梁 根城を抜かれ是非もなく数多の部下を引き率れて 天恵洽きエヂプトを見捨てて来る中津国 メソポタミヤの顕恩郷漸く此処に落ち付いて 堅磐常磐に根城をば固めて道を四方の国 布き弘めたる折柄に神素盞嗚大神の 肉の宮より生れませる神姿優しき八乙女が 心の色もいと清く誠の花を開かせて 教の園を作らむと忍び忍びに出で給ふ 鬼雲彦を始めとし鬼熊別や蜈蚣姫 吾足乳根はバラモンの教の道に勤しみて 心のたけを尽しつつ仕へ給へる折柄に 功績も太玉宣伝使現はれ況して言霊の 珍の剣を抜き放ち誠の鉾を振廻し 薙立て斬り立てバラモンの教の疵を正さむと 真心籠めて出で給ふその御心を白雲の 烟に巻かれて大棟梁鬼雲彦を始めとし 従ひ給ふ神司顕恩郷を後にして 波斯の御国へ出で給ふさはさりながら其以前 顕恩郷の神司幹部一同を従へて 花見の宴を開きまし饗応の酒に酔ひしれて エデンの川を渡る折御舟の傍に立ち居たる 十五の春の吾姿酔ひたる人に撥ねられて ザンブとばかりエデン川流れて底に白浪の 生命絶えむとする折に従僕の司の友彦は 身を躍らして川中を潜り潜りて漸くに 妾を抱きて救ひ上げ背に負ひつつ吾父の 館を指して帰りましぬあゝ惟神々々 神の恵みの浅からず二つなき身の生命をば 神の恵みと言ひながら助け呉れたる友彦に 心は移る恋の闇吾垂乳根の目を忍び 闇に紛れて顕恩郷をソツト脱け出で友彦と 手に手を取つて錫蘭の島深山の奥に身を潜め 一年ばかり経る中に妾が心機一転し 何の情もあら男後に残して逃げて行く 錫蘭の浜辺の里人のチヤンキー、モンキーの両人に 艪を操らせ限りなき大海原を打ち渡り 九死一生の苦みを五十子の姫や梅子姫 御供の神に助けられ長き浪路を渡りつつ 昼は終日終夜三五教の御教を 心の底の奥庭に植付けられてバラモンの 迷ひの夢も醒めにけり五十子の姫の一行に 推戴されて竜宮の黄金花咲く一つ島 地恩の郷に顕現しオーストラリヤの新女王 三五教の神司あらゆる名誉を身に負ひて 本末顛倒の境遇を知らず識らずに日を送る 心の中の浅間しさ高山彦や黒姫に 政務教務を打ち任せブランジー、クロンバー相並び 政教一致の神業を開いて国を守る折 三五教の高姫と共に来ませし蜈蚣姫 母の命に廻り会ひ嬉し涙にせきあへず 心を協せ身を尽し教は四方に輝きて 朝日の豊栄昇る如歓ぎ楽しむ折柄に 現はれ来る友彦が夫婦の神の来訪に 喜び驚き一時は心の海に荒浪の 立つ瀬なき迄狼狽し互に過去を語り合ひ ヤツと解けたる胸の裡園遊会になぞらへて 昔の交り温めつ東と西と相応じ 宝の島を治めむと心も勇む時もあれ ネルソン山の空高く現はれ出でし蜃気楼 如何なる事の天啓かよくよく仰ぎ眺むれば 紛ふ方なき諏訪の湖地恩の城に仕へたる 左守神の清公がチヤンキー、モンキー其外の 二人の供と諸共に荘厳美麗の玉の宮 玉依姫の御前に近く仕ふる有様は 手に取る如く見えにけりネルソン山の西の空 尊き神の坐しますと思ひ定めて梅子姫 蜈蚣の姫やテールスの姫の命と諸共に 友彦さまを先頭に旅の枕も数重ね 漸く来る玉野原金砂銀砂を敷きし如 漸く道を進みつつ諏訪の湖畔に建てられし 祠の前に辿り着き湖面に向つて再拝し 天津祝詞を奏上し愈此処に村肝の 心の帳も開け初め梅子の姫の御前に 知らず識らずに犯したる百の罪咎詫びぬれば 木花姫の懸らせて天火水地の大道を 諭し給へば小糸姫蜈蚣の姫や一同は 転迷開悟の蓮花一度に開く梅子姫 尊き神の御教を心の底より正覚し 感謝祈願の折柄に諏訪の湖面に浮びたる 浮島影を悠々と黄金の船に真帆を上げ 此方に向つて進み来るその気高さに驚きて 湖上を看守る折もあれ左守神の清公が 四人の供と諸共にものをも言はず手を挙げて 乗らせ給へと麾く妾一行五人連れ 直に船に打ち乗りて黄金の浪を辷りつつ 西北指して進み行く天国浄土か楽園か 青赤白黄紫の花は梢に咲き乱れ 大小無数の島嶼は彼方此方に永久に 浮べる中を心地よく勇み進んで玉依の 姫命の在れませる竜の宮居に行き見れば 月雪花の御姿に擬ふべらなる姫神の 十二の神姿立ち並び玉治別や初稚姫の 神の命や玉能姫久助お民も諸共に 吾等一行を迎へつつ奥殿深く進み入る 梅子の姫は奥の間の宝座に静に座を占めて 暗祈黙祷なし給ふ時しもあれや高御座 扉を開き悠々と現はれ給ふ貴姿 玉依姫の御神は数多の侍女を従へて 貴の玉器携へつ十曜の紋の十人連れ ものをも言はず目礼し微笑を浮べてそれぞれに 五色の玉を手づからに渡し給へば玉治の 別の命の神司青き玉をば授かりて 直に吾手に微笑みつ渡させ給ふ尊さよ 天火水地と結びたる麻邇の御玉の其一つ 授かり給ひし喜びを私せずに妾の手に 渡し給ひし功績を建てよと示す玉治別の 神の命の志玉を争ふ世の中に 執着心の影もなく月日の如く明けき 其の御身魂々々々感謝の涙せきあへず 感謝は忽ち村肝の心の海に浪起り 進みかねたる恋の海玉治別の真心は 天地の神も嘉すらむ妾は賤しき小糸姫 恵の露に潤ひて今は嬉しき宣伝使 神の司となりぬれど心汚き人の身の いかで誠を尽し得む斯る身魂も省みず 尊き玉の神業を惜しまず妾に譲りてし 清き心は又と世に何処の果を探ぬとも いかで例のあら涙漂ひ浮ぶ一つ島 夫なき身の独身者玉治別の神司よ 妾は切なき恋の闇玉の光の現はれて 照らさせ給へ妹と背の尊き道の誓言 神素盞嗚大神や国武彦大神の 尊き御前を顧みず心のたけを打ち明けて 幾重に願ひ奉る黄竜姫が授かりし 麻邇の御玉を妾のみ私なさず三五の 教司の高姫や高山彦や黒姫の 神の司も諸共に空前絶後の此度の 尊き神業に参加させ心の隔てを除き去り 三五教の御教を月日輝く地上に 照させ給へ厳魂瑞の魂の御前に 黄竜姫が真心を捧げて謹み願ぎ申す あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 神伊弉諾大御神神伊弉冊大神の 撞の御柱右左廻り給ひて千代八千代 誓ひ給ひし其如く妹背の契を結ばせて 神の教を四方の国夫婦の息を合せつつ 身もたなしらに仕ふべし許させ給へ玉治別の 神の司の宣伝使心の底を打ち明けて 完全に詳細に願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神の御前に誓ひたる妹背の道は永久に 変らざらまし松の世の尊き神の御心に 八千代を籠めて願ぎ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と祝賀と喜悦と恋慕とゴツチヤにして心のたけを歌ひ終り座に着いた。玉治別は聊か当惑し直に立つて黄竜姫の歌に答ふべく、再び銀扇を開いて言葉静かに歌ひ始めた。 玉治別『神の恵に助けられ玉治別と名を負ひて 今は尊き宣伝使三五教の御教を 天地四方に開かむと山の尾渉り川を越え 潮の八百路も厭ひなく進み進みて竜宮の 一つの島に上陸し心も清き諏訪の湖 玉依姫の御神に麻邇の御玉を賜はりて 地恩の城を治めます黄竜姫の玉の手に 渡して神の功績を高き低きの隔てなく 神の御前に現はして教の道を照さむと 心を尽す玉治が清き身魂を臠し 妹背の道を結ばむと語らひ給ふ尊さよ さはさりながら玉治の別の命は其昔 宇都山郷に現はれし国依別が妹なる お勝の姫を妻となし夫婦揃ひて睦まじく 神の神業に仕ふ身ぞ黄竜姫の真心は 己玉治別として無限の感謝に充ちぬれど 皇大神の定めたる一夫一婦の御規則 破らむ由もないじやくり国に残せし若草の 妻の命の心根を思へばいとど哀れなり 宇都山郷の田吾作と蔑まれたる時も時 卑しき身をも顧みず尊き神の御裔もて 吾に仕へし貴の妻吾身に一人ある事を 完全に詳細に聞こし召し此事のみは今日限り 心に放させ給へかし汝が身を思ひ妻の身を 思ふ玉治別神清き心を汲みとりて 必ず怒らせ給ふまじあゝ惟神々々 生命二つとあるならば汝をも娶り又もとの お勝の方と睦まじく仕へむものと吾心 汲ませ給へよ黄竜姫神素盞嗚大御神 国武彦の御前に真心明かし汝が身の 思ひを此処に情なくも科戸の風に打ち払ふ 黄竜姫の神司汝が切なる心根を 仇には捨てぬ玉治別の仇に思はぬ真心を 直日に見直し聞直し弥永久に宣り直し 吾に勝りていと清き夫の命を持たせまし あゝ惟神々々神の御前に玉治が 真心明かし奉る』 と妻のお勝の宇都山郷にありて神業に奉仕し居れば、貴嬢の御心は察すれども、到底夫婦たる事を得ずとの旨を神の前に表白したのである。黄竜姫は愈恋の雲晴れて熱心に神業に奉仕する事となつた。 (大正一一・七・一七旧閏五・二三北村隆光録)