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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 05 零敗の苦 第五章零敗の苦〔六五〇〕 炎熱火房に坐するが如く、釜中に在るが如き酷暑の空、雲路を別けて降り来る一隻の飛行船は、フサの国北山村のウラナイ教が本山の広庭に無事着陸したり。魔我彦、蠑螈別の二人は此音に驚き、高姫の御帰館なりと、取るものも取敢ず、表に駆け出し見れば、高姫は眼釣り、得も謂はれぬ凄じき形相し乍ら、鶴、亀の両人を伴ひ、船より出で来り、 高姫『アヽ蠑螈別さま、留守中大儀で御座いました。別に変つた事は有りませなンだかな』 蠑螈別『ハイ、たいした変りは有りませぬが、二三日以前より、何とも知れぬ太白星の様な光を発した光玉、夜半の頃になると、大音響を立て、庭前に落下する事屡で有ります』 高姫『それは大変な吉祥だ。併し其玉はどうなさつたか』 魔我彦は丁重に首を下げ、 魔我彦『毎朝早くより、綿密に調べて見ましたが、別に此れと云ふものも落て居らず、又何の形跡も残つて居ませぬ』 高姫『それは不思議な事だ。いづれ何か結構な事が有るでせう』 蠑螈別『紫の雲の出所は分りましたか。定めて良結果を得られたでせう。万事抜目も無いあなたの事ですから、大成功疑なしと、館内一同の者は貴方の御帰りを今か今かと首を長くして待つて居ました。どうぞ早く奥へお這入り下さいまして、結構な御土産話を、一同に聞かして下さいませ』 高姫『………』 魔我彦『コレコレ蠑螈別さま、大切な神界の御経綸、玄関口で尋ねると云ふ事があるものか、高姫様が沈黙なさるも当然だ』 蠑螈別『ア、それもさうでした。高姫さま、サア奥へ御案内致しませう』 高姫は奥に入る。一同は俄に上を下へと、バタバタ歓迎の準備に多忙を極め居る。 高姫『今日は無事に墜落もせず、遥々と帰つて来たのだから、御神前にお神酒を沢山に献上し、種々の御馳走をお供へ申し、ゆつくり直会の宴でも張つて下さい。あまり急速力で帰つて来ましたので、妾は少し許り頭痛気味だから、奥へ往つて二三日ユツクリ休息を致します』 蠑螈別『ア、それはさうでせう。併し乍ら御休みになれば、お尋ね申す訳にもゆかず、一寸端緒なりと、一口仰有つて下さいませいナ』 高姫『神界の御経綸、秘密は何処までも秘密ぢや。今は御神命に依りて言ふ事が出来ませぬ……コレ鶴に、亀、お前も休みなさい。種々の事を言ふではないよ』 鶴公『私はチツトも疲労して居りませぬ。別に休む必要も御座いませぬから、ゆつくりと貴方に代つて、亀と二人が交る交る、一切の大失敗……ウン……オツトドツコイ顛末を演説致しませうか』 高姫『コレコレ鶴、亀、鶴は千年、亀は万年と云ふ事が有るぢやないか。鶴には千年の間箝口令を布く。亀には一万年が間箝口令を布く…』 鶴公『モシ高姫さま、千年も箝口令を布かれては、唖も同様ですから、そればつかりは取消を願ひます』 高姫『イヤ、今度の事に関してのみ箝口令を布くのだよ。其外の事はお前の勝手だ。紫の雲に関した秘密の件だけは言うてはならない。時節が来たならば、高姫が皆に披露するから、サア鶴、亀、お前も永らくお供をして呉れて、辛かつただらう。二三日、誰も居らぬ所へ往つてユツクリと遊びて来なさい、又いろいろの事を喋舌ると煩雑いからな。……蠑螈別さま、魔我彦さま、それなら失礼致します。どうぞユツクリ酒でも飲み、皆さまと仲よく、神恩を感謝して下さい。妾は何だか頭痛がして、モウこれつきり暫く言ひませぬから』 と襖を引開け奥の間に力無げに進み入り、中より固く鍵をかけて了ひけり。 蠑螈別『サア皆さま、これから祭典を執行し、終つて直会の宴だ。今日は酒の飲み満足だ。併し酒を飲むのはいいが、酒に呑まれない様にして下さいよ』 甲『蠑螈別の大将、あなたこそ何時も酒に呑まれるでせう。今日はあなたから十分の御警戒を願ひますで。何分高姫様が頭痛を起してお休みになつて居るのだから、あまり大きな声を出しては、お体に障つちやなりませぬからなア』 蠑螈別『きまつた事だ。ソンナ事に抜かりの有る私だと思つて居るか』 祭典は型の如く厳粛に行ひ了り、一同は別殿に進み入り、直会の宴に現を抜かし、そろそろ酒の酔が廻るにつれて、喧騒を極め出したり。 甲『オイ鶴、随分愉快だつたらうなア。お羨ましい。吾々もアヽ云ふお供がして見たいワ』 鶴公『何を云うても、大飛行船に乗つて、地上の森羅万象を眼下に見くだし、空中征服の勇者になつて、自転倒島へ渡るのだもの、実に愉々快々、筆紙の尽すべき限りでは無かつたよ』 甲『立派に目的は達しただらうな』 鶴公『勿論の事、途中に墜落もなく、立派に目的地に到達したのだ』 甲『それは定まつて居るが、モ一つの肝腎要の紫の雲だ。それはどうなつたのだい』 鶴公『紫の雲に関する事は千年間の箝口令が布かれてあるから、紫だけは言つて呉れな。其代りに玉照姫の一件は、事に依つたら報告してやらう。併し乍らモウ少し酒が廻らぬと、巧く言霊が運転しないワイ。一つ滑車に油を注ぐのだな』 亀公『コラコラ鶴公、紫の雲に関する事と云へば、玉照姫の事だつて言はれぬぢやないか、箝口令を厳守せぬかい』 鶴公『ナーニ、紫の雲の事さへ言はなかつたら良いぢやないか。皆の御連中が証人ぢや、ナア蠑螈別さま、高姫さまはそう仰有つただらう』 蠑螈別『兎も角、成功話を言つて下さい。皆の者が待ちに待つて居つたのだ』 亀公『コラコラ鶴、滅多の事を言うではないぞ』 鶴公『貴様は酒を喰はぬから、生真面目で仕方がない。融通の利かぬ奴だ。高姫様のお口からは、アンナ事がどうしても言はれぬものだから、俺達に代つて、言うではないぞと仰有つたのは、要するに言へと云ふ事だよ。別に俺の口で俺が喋べるのに、資本金が要るのでもなし、国税を納める心配も要らぬのだから……俺は俺の自由の権を発揮するのだ』 亀公『ソンナラお前の勝手にしたがよいワイ。俺だけは何処までも沈黙を守るから…』 鶴は酒にグタグタに酔ひ、傲然として肱を張り、 鶴公『今日の鶴公は、要するに高姫様の代言者ぢや。さう心得て謹聴しなさい、エヘン、 フサの国をば後にして雲井の空を高姫が 翼ひろげて鶴亀の二人の勇士を伴ひつ 高山短山下に見て大海原を打渡り 自転倒島にゆらゆらと降り着いたは由良湊 魔窟ケ原へテクテクと三人駒を並べつつ 黒姫館に立入りて委細の様子を尋ぬれば 弥仙の山の裾野原賤が伏家に世を忍ぶ 豊彦夫婦の館より色も芽出度き訝かしの 雲立ち昇り玉照姫の神の命の神人が 現はれました事の由聞いたる時の嬉しさよ 黒姫司は逸早く千変万化の手を尽し 紫姫や青彦の二人の勇士に一任し 玉照姫をウラナイの教の道の本山に 迎へむものと気を配り心を尽す妙案奇策 どうした拍子の瓢箪かガラリと外れて三五の 神の教の間諜紫姫や青彦は 手の掌返す情無さ高姫司は青筋を 立ててカツカと怒り出す高山彦や黒姫は ソロソロ喧嘩を始め出す此有様を見る俺は 立つても坐ても居られない気の毒さまと申さうか 愛想が尽きたと申さうか言ふに謂はれぬ為体 これから奥は有るけれど此れより先は神界の 秘密ぢや程にどうしても紫姫や青彦の 誠の様子は話せないアヽ惟神々々 高山彦や黒姫はさぞ今頃はブクブクと 面を膨らし燻つて互に顔を睨み鯛 目を釣り腮釣り蛸釣つて一悶錯の最中だらう モウモウコンナ物語飲みし酒迄冷えて来る 三五教は日に月に旭の豊栄昇るごと 玉照姫の神力で宇内へ輝き渡るだらう それに引換へウラナイの神の教はゴテゴテと 貧乏世帯の夕日影段々影が薄くなり 終局に闇となるで有らうアヽ惟神々々 叶はぬ時の神頼み鶴公司の報告は 先づ先づザツと此通り』 蠑螈別『オイ鶴公、真面目に報告をせないか。ソンナ馬鹿な事が有つて堪るものかい』 鶴公『堪つても堪らいでも、事実は事実だ』 蠑螈別『仕方がないなア』 鶴公『エーもう此鶴公は、千年の箝口令を布かれて居るが、俺の副守護神に対しては言論自由だ。……オイ副守の奴、チツと酒ばつかり喰うて居らずに発動せぬかい。責任は副守が負ふのだよ。……副守護神が現はれて何から何迄包まず隠さず知らすのであるから、鶴公司は何にも知らず、高姫殿、必ず必ず鶴公を恨めて下さるなよだ、ヒヽン』 魔我彦『サア副守先生、細かく仰有つて下さいませ』 鶴公『ウーン、ウンウン、此方は鶴公の肉体を守護致す副守護神のズル公であるぞよ。併し乍ら大体の要領は、鶴公の肉体が申した通り、今回の事件は全部高姫さん一派の零敗だ。大当違の大失策だ。それだから頭痛もせないのに頭痛がすると言つて、此不利益極まる報告を避けたのだ。何れ早晩分る事実だから、隠したつて仕方がない。モウ、ウラナイ教は駄目だ。バラモン教は間近まで教線を張り、猛烈な勢でやつて来る。ウラル教は又もや蘇生した様に、此フサの国を中心として押寄せて来て居る。三五教も其通り。三方から敵を受けて、どうして此教が、拡張所か現状維持も難かしい。日向に氷だ。風前の灯火だ。アツハヽヽヽ、良い気味だ。世界一の黍団子、何程キビキビした高姫の智嚢でも、最早底叩きだ。底抜けの大失策だ。底抜け序に自棄酒でも飲み、底抜け騒ぎをやつたがよからうぞよ。ウーン、ウン、もうズル公はこれで引取るぞよ。蠑螈別、魔我彦、好な酒でもズルズルベツタリに飲みたが宜からうぞよ』 とグレンと体をかわし、汗をブルブルかいて正気に返つた様な姿を装ひ、 鶴公『何だか副守護神が仰有つたやうですな。何と言はれました。自分の口で言つて自分の耳へ聞えぬのだから、大変に不便利だ。知覚精神を忘却し、大死一番の境に立ち、感覚を蕩尽し、意念を断滅して、仮死状態になつて居たものだから、言うた事がトンと分らない。…鶴公は何も知らぬぞよ。高姫の先生殿、屹度鶴公を叱つて下さるなよ。守護神が口を借つた許りであるぞよ』 甲『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、貴様は知らな知らぬでよいワ。副守護神の奴、鶴公が全部言つた通りだと証明したよ。ヤツパリ鶴公の肉体に責任があるのだ。…モシモシ蠑螈別さま、一寸先や暗の夜だ。飲めよ騒げよと、ウラル教もどきに乱痴気騒ぎでもやりませうかい。チツト位乱暴したつて、劫腹癒やしだ。今日に限つて、高姫さまだつて、失敗して帰つて来て、吾々に荘重な口調を以て、戒告を与へる事は出来ますまい』 亀公『今鶴公の肉体の言つた事も、ズル公の副守の言つた事も、全然反対だ。お前達を驚かさうと思つて、アンナ芝居をやりよつたのだ。鶴位の知つた事かい。本当の事は此亀公が脳裡に秘め隠してあるのだ。鶴と云ふ奴ア、ツルツルと口が辷るから本当の事は知らしてないのだよ。屹度一道の光明がウラナイ教の上に輝いて居るのだから、さう気投げをするものぢやない。千秋万歳楽の鶴亀の齢と共に、天の岩戸は立派に開けて日の出神様の御守護の世となるのだ。闇の後には月が出る。夜が過ぐれば日の出となるのは、天地の真理だ。暗中明あり、明中暗あり、明暗交々代り行くは、所謂神の摂理だ。人は得意の時に屹度失望落胆の種を蒔き、不遇の境遇に有る時、屹度光明幸福の因を培ひ養ふものだ。何時も昼ばつかり有るものぢやない、又暗黒な夜ばかりでもない。善悪不二、吉凶同根、明暗一如、禍福一途、大楽観の中に大苦観あり、大苦観の中に大楽観あり、天国に地獄交はり、地獄に天国現はる。有耶無耶の世の中だ。マアマア心配するな。コンナ結構な事は無いのだよ。人は心の持様一つだ。ドンナ苦しい事でも、観念一つで大歓楽と忽ち一変する世の中だ。吁惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と拍手し、祈願を凝らして居る。高姫は此場に手拭にて鉢巻し乍ら、ノコノコと現はれ来り、 高姫『ヤア皆さま、お元気な事、親の心は子知らず、神の心は人間知らず。あなた方は実に羨ましいお身分だ。妾も半時なりとあなた方の様な気分になつて見たいワ』 魔我彦『何分に重大なる責任を負担して御座る貴女の事ですから、御心中を御察し申します。今回の遠路の御旅行、さぞさぞお疲れで御座いませう。それに就いても言ふに謂はれぬ御苦心が有つた様です。玉照姫は到頭三五教に取られて了つた様ですなア』 高姫『エー、それは誰れが言つたのかなア』 魔我彦『ズル公が詳細に報告を致しました。併し乍ら失敗は成功の基、失敗が無くては経験が積みませぬ。即ち万世に残る大偉業は七転び八起きと云うて、幾度も失敗を重ね、鍛へ上げねば駄目ですよ。イヤもう御心中お察し申します』 高姫『ヤアこれだけ沢山な宣伝使や信者がある中に、妾の苦衷を察して呉れる者はお前だけだ、アヽ妾もこれで死ンでも得心だ。千歳の後に一人の知己を得れば満足だと覚悟して居たが、現在此処に一人の知己を得たか、アヽ有難や、これと云ふのもウラナイ教の神様のお蔭…』 鶴公『知己を得ましたか。千歳の後で無くて今チキに妙チキチンのチンチキチン、心の曲つた魔我彦が共鳴しましたのは、実に上下一致天地合体の象徴でせう。併しこれは鶴公の肉体に守護致すズル公の託宣ですから、決して鶴公に怒つては下さるなよ。…神は物は言はなンだが、時節参りて鶴公の口を藉りて委細の事を説いて聞かすぞよ。ウンウンウン、ドスン……アーア又何だか憑依しよつたな。イヤ副守の奴発動したと見える。飛行機に乗つて空中を征服し乍ら、意気揚々とやつて居つたと思へば、俄の暴風に翼を煽られ、地上目蒐けて真つ逆様に顛落せしと思ひきや、ウラナイ教の本山、八咫の大広間の酒宴の場席、アーア助かつた助かつた』 高姫『コレコレ鶴公、ソンナ偽神術をやつたつて、此高姫はチヤンと審神をして居ますよ。お前は余程卑怯者だ。残らず責任を副守護神に転嫁せうとするのだナ』 鶴公『イエイエ決して決して、臍下丹田に割拠する副守の発動です。どうぞ此副守を何とかして追ひ出して下さいな』 高姫『蠑螈別さま、魔我彦さま、鶴公の臍下丹田に割拠する副守の奴、此短刀を貸してあげるから、剔り出してやつて下さい。鶴公の願ひだから……ナア鶴公、チツトは痛くつても辛抱するのだよ。苦の後には楽がある。死ぬのは生れるのだ。生れるのは墓場へ近寄るのだ。仮令死ンだ所で、やがて新しくなるのだからナア、ヒヽヽヽ』 鶴公『モシモシ高姫さま、そンなことせなくつても、副守は飛ンで出ますよ。ウンウンウン……ソレ、もう飛ンで出ました。ア、もう此ズル公は鶴公の肉体には居らぬぞよ』 魔我彦『馬鹿にするない。飛ンで出たと言つてからまだ……此肉体には居らぬぞよ……とは誰が言つたのだ。ヤツパリ副守が居つて貴様の口を使つたのだらう。肉体を離れた奴が貴様の肉体を使つて腹の中から声を出すと云ふ理由が有るか』 鶴公『これは副守護神の言霊の惰力だ。どうぞ半時ばかり待つて居て下さい』 斯かる所へ又もや一隻の飛行船天を轟かし、庭前に下り来る。 鶴公『あの物音は敵か、味方か。紫姫、青彦、玉照姫を捧持してウラナイ教に献納に来たのか。但は高山彦、黒姫、悄然として泣き面かわき帰つて来たのか。……ヤアヤア者共、一刻も早く表へ駆け出し、実否を調べて参れ。世界見え透く日の出神が、鶴公の肉体を借りて申付けるぞよ』 亀公『何を言うのだ。日の出神様は世界中見え透き遊ばすのだが、門口へ出て来た者が敵か味方か分らぬと云ふ様な、日の出神が有るものかい』 鶴公『ウラナイ教に憑依する日の出神は、先づ此位な程度だよ、イヒヽヽヽ』 亀公『誠の日の出神の生宮の高姫さまの御前だぞ。チツトは遠慮を致さぬかい』 鶴公『モシモシ本当の日の出神の生宮、高姫さま、貴女はジツとして、世界中の事が見え透く御身霊、表へ下つて来た飛行船の主は敵で御座いますか、味方で御座いますか、どうぞお知らせ下さいませ。これがよい審神のし時ぢや。これが分らぬよな事では、日の出神さまも良い加減なものですよ。貴女の信用を回復し……否御威徳を顕彰するのは、今を措いて他にありませぬ。サア此一瞬間が貴女に対し、ウラナイ教に対し、国家興亡の分るる所、明かに命中させて、一同の胆玉を取り挫ぎ、疑惑を晴らしてやつて下さい』 高姫『コレコレ鶴公、一歩出れば分る事ぢやないか。お前は大それた、神を審神せうとするのかい。ソンナ逆様事が何処に有るものか。恰度学校の生徒が校長の学力を試験するよなものだ。ソンナ天地の転倒つた事が何処に有りますか。心得なされツ』 鶴公『これは誠に済みませぬ。併し乍ら、私も実は今回の貴女の大失敗を回復させ、帰依心を増さしめむが為の、血涙を呑みての忠告ですから、悪く思つて下さつてはなりませぬ』 高姫、心の中に、 高姫『今来た人は何して居るのかなア、早く此処へ来て呉れれば良いのに……』 鶴公『高姫さま、スツタ揉ンだと掛合つとる間に、やがて誰か這入つて来ませう。さうすればヤツと胸撫でおろし、虎口を遁れたと、一安心する人が、どつかに一人現はれさうですよ』 高姫チツトでも暇をいれようと考へて居る。外には高山彦、黒姫、寅若、菊若、富彦の五人連れ、傷持つ足の何となく屋内に進みかね、モヂモヂとして入りがてに居る。 黒姫『アヽ誰か来て呉れさうなものだなア。何時もの様に堂々と……何だか今日は閾が高くて這入れない様な気がする……オイ寅若、お前這入つて下さいな』 寅若『此奴ア一つ低気圧が襲来しますよ。ウツカリ這入らうものなら、暴風雨の為に何処へ吹き散らされるか分つたものぢや有りませぬ。私の様に横平たい図体の者は、風が能く当つて散り易いから、斯う云ふ時にはお誂ひ向の細長い、風を啣まぬ、帆柱竹の様な高山彦さまが適任でせう』 黒姫『エー一寸も自由にならぬ人だな。なぜお前はそれ程師匠の言ふ事を用ひぬのだい』 寅若『ヘン、師匠なぞと、殊勝らしい事を仰有いますワイ。失笑せざるを得ませぬワ。今までは乞食の虱の様に口で殺して御座つたが、今度の失敗はどうです。吾々の顔までが、何ともなしに痩せた様な気が致しますワイ。これと云ふも全く、お前さまが出しやばるからだ。それだから牝鶏の唄ふ家は碌な事が出来ぬと言ひませうがな。此役目は大責任の地位に立たせられる黒姫さまの直接任務だ。外の事なら二つ返辞で承はりませうが、こればつかりは真つ平御免だ。お生憎様……』 と白い歯を喰ひ締め、腮をしやくつて見せたり。 黒姫『エー剛情な男だナア。一旦師匠と仰いだら、何でも彼でも盲従するのが弟子の道だ。師匠や親は無理を云ふものだと思ひなされと、常々云うて聞かして有るぢやないか。何事に依らず、絶対服従を誓つたお前ぢやないか。モウお前は今日限り、師弟の縁を切るから、さう思ひなさい』 寅若『トラ、ワカらぬ事を仰有いますな。宇治の橋姫ぢやないが、二つ目には縁を切るの、封を切るのと、口癖の様に……馬鹿々々しい。実の所は此方から切りたい位だ。アツハヽヽヽ』 菊若『モシモシ黒姫さま、私は何時も申す通り、善悪邪正の外に超越し、絶対信仰を以て貴女の仰せは、徹頭徹尾キク若だ。オイ富彦、俺と一緒に出て来い。何時まで閾が高いと言つて、物貰ひの様に門口に立つて居たところで、解決がつかない。常よりも大股に跨げて這入らうぢやないか、黒姫さまばつかりの失敗ぢやない。総監督の任に当る高姫さまも、其責を負ふべきものだ。先んずれば人を制すだ。ナニ構ふものか、堂々と這入つてやらうかい』 と菊若はワザと大きな咳払をなし、富彦を従へ、大手を揮つて、人声のする八咫の大広間へ向つて進み行く。 菊若『これはこれは高姫様、御無事で御帰館遊ばされまして、お芽出たう存じます』 高姫『此日の出神が霊眼で見た通り、お前は黒姫のお使で、飛行船に乗つて遠方ご苦労だつたなア。あア見えても高山彦、黒姫さまも大抵ぢやない。非常な御苦心だ。何事も時節には敵はぬから、お前が帰つたら、どうぞ慰めて上げて下さいよ。妾もつい腹が立つて、怒つて帰るは帰つたものの、何だか黒姫さまの事が気になつて、後ろ髪曳かるる様な気がしてならなかつた。アヽ可哀相に……魔窟ケ原の陰気な岩窟で、黒姫さまも第二の作戦計画をして御座るであらう』 菊若『イエ、黒姫さま始め、高山彦、寅若も、今門前へ飛来致しまして、余り貴方に会はす顔がないので、門口にモガモガと手持無沙汰で、這入るにも這入られず、帰るにも帰られぬと言つて、煩悶苦悩の自由権利を極端に発揮して居られます』 高姫『アヽさうだらうさうだらう、妾の見たのは黒姫さまの本守護神だつた。本守護神は依然として岩窟に止まつて居られる。副守の先生肉体をひつぱつて来たのだな。何分顕幽を超越して居る天眼通だから、ツイ軽率に見誤つたのだ。霊眼と云ふものは余程注意をせなならぬものだ、ホツホヽヽヽ』 鶴公『高姫さま、貴方の霊眼は実に重宝ですなア。活殺自在、実に一分一厘の隙も有りませぬワ。さうなくては一方の将として、多数を率ゐる事は出来ませぬワイ。イヤもう貴方の神智神識には……否邪智頑識には、実に感服の外なしで御座います』 高姫『エーつべこべ何理屈を仰有る。神界の事が物質かぶれのお前に分つて堪るものか。斯うして幾十年も神界の為に尽して居る妾でさへも、あまり奥が深うてまだ其蘊奥を究めて居ない位だのに、僅か十年足らずの入信者が分つてたまるものか……誠が分りたら、口をつまへて黙りて居つて、改心致さなならぬ様になるぞよ。ゴテゴテと喋舌りたい間は、誠の改心が出来て居らぬのであるぞよ。一時も早く改心致して、うぶの心になりて、誠の御用を致して下されよ……と変性男子のお筆先にチヤンと書いて有るぢやないか。筆先の読みよが足らぬと、そンな屁理屈を言はねばならぬ。神の道は理屈では可けませぬぞエ。絶対服従、帰依心、帰依道、帰依師でなければ信仰の鍵は握れませぬぞエ』 鶴公『二つ目にはよい避難所を見つけられますなア。鍵が握れぬなぞと、うまく仰有いますワイ。鶴公の名論卓説を握り潰すと云ふ心算でせう』 高姫『きまつた事だ。古参者の吾々に、新参のお前たちが、太刀打しようと思つたつてそりや駄目だ。駄目の事は言はぬが宜しい。あつたら口に風引かすよなものだ。何時までもツルツルと理屈を仰有るなら、モウ神のツルを切らうか』 鶴公『ツルなつと、カメなつと、縁なつとお切りなさい。三五教もウラナイ教も奉斎主神は同じ事だもの。私は神さまと直接交渉致します。人を力にするな、師匠を杖につくなと、三五教もどきに貴女も始終仰有つたぢやありませぬか。嘘を吐く師匠を杖に突くと云ふ事は、熟々考へて見ればみる程厭になつて来ましたワイ。何れ私が脱退すれば、千匹猿の様に、喧し屋の革新派が従いて来るでせう。さうすればウラナイ教もシーンとして、世間から見て、大きな館で沢山人が居る様だがナンした静かな所ぢやと、世間から申す様になるぞよ。さうでなければ誠が開けぬぞよと日の出神のお筆先にも出て居る通り、貴方も御本望でせう。筆先の実地証明が出来て、日の出神の生宮の御威勢は益々揚り、旭日昇天のウラナイ教となりませう』 高姫『コレ鶴公、よう物を考へて見なさいや、ソンナ浅薄な仕組ぢや有りませぬぞエ。お前はチツトばかり青表紙や、蟹文字を噛つて居るから、仕末にをへぬ。マアマア時節を待ちなさい。枯木にも花咲く時が来る。後になつて、アーアあの時に短気を起さなかつたらよかつたにと、地団駄踏みてジリジリ悶えをしてもあきませぬぞエ。よう胸に手を当て心と相談をして見なさい』 鶴公『ヤツパリ、私の様なプロテスタントにも未練がかかりますかなア』 高姫『プロテスタント派だから余計可愛のだ。敵を愛せよと神様は仰有る。改心の出来ぬ悪人程、妾は可愛いのだ。不具な子程親は余計憐れみを加へたがる様に、神様の御慈愛と云ふものは、親が子を思ふと同じ事だ』 鶴公『アヽ仕方がない。流石は高姫さまだ。チツトも攻撃の出来ない様に、何時の間にか鉄条網を張つて了つた』 高姫『早く黒姫さまを此方へお迎へして来ないか。コレコレ亀公、黒姫さま一同にどうぞお這入りなさいませと言つて、御案内を申してお出で……』 亀公『承知致しました』 鶴公『オイ亀公、鶴と亀とは配合物だ。俺も従いて往かう』 亀公『ヤアお前が来ると又難問題が突発すると仲裁に困るから、マア控へとつて呉れ』 鶴公『ナーニ、鶴と亀と揃うてゆけば、鶴亀凛々だ。活機臨々として高姫の御威勢は、天より高く輝き亘り、大空に塞がる黒姫……オツトドツコイ黒雲は、高山彦のイホリを掻き分けて、天津日の出神の御守護となるに定つて居る。それは此鶴公が鶴証するよ。アハヽヽヽ』 高姫『コレコレ鶴公、お前は此処に待つて居なさい。亀公一人で結構だ』 鶴公『これは高姫さまのお言葉とも覚えませぬ。折角遠方からお出でになつたのに、亀公一人を出しては、チツト不待遇ぢや有りませぬか。鶴亀の揃はぬのは、あまりお芽出たうは有りますまいぞ。併し乍ら高姫様は芽出たい様にと、鶴亀の両人を連れてお出でになつたが、ヤツパリ……ヤツパリだから、御案じ遊ばすのも無理は御座いますまい。……エー仕方が有りませぬ。大譲歩を致しまして、鶴公は本陣に扣へて居りませう。……オイ亀公、一人御苦労だが、鶴公は奥にハシヤいで居ます……と黒姫さま一行に伝言をするのだよ』 亀公『勝手に、何なと吐けツ』 と足を早めて表へ駆け出したり。黒姫の一行は亀公に案内され、喪家の犬の様に悄気返つて、コソコソと足音までソツと、薄氷を踏む様な体裁で此場に現はれたり。 高姫『アヽ黒姫さま、高山彦さま、ようマア帰つて下さつた。今も今とて霊眼で貴方の御心労を拝観して居ました。お前さまは副守護神の容器だらう。黒姫さまや、高山彦さまの本守護神は屹度アンナ利巧な事はなさいますまい』 黒姫『ハイ誠に申訳の有り……もせぬ事を致しまして、何分副守護神が此頃は権幕が強いものですから、黒姫の本守護神も持て余して居られますワイ。高山彦さまの本守護神も第二の作戦計画をやつて居られます。此処に参上たのはヤツパリお察しの通り副守護神の容器で御座います』 高姫『それはそれは副守護神どの、遠路の所御苦労で御座いました。サアサアどうぞ妾の居間へお出で下さいませ。副守護神同志、何かの相談を致しませう』 ハイと答へて、黒姫、高山彦は、高姫の後に従ひ、ホツと一息つき乍ら、奥の間指してシホシホと進み行く。後には魔我彦、蠑螈別、鶴公、亀公、寅若、菊若、富彦、甲乙丙丁戊己其他数十人の者、酒に酔ひ潰れ、喧々囂々、遂には打つ、蹴る、擲る、泣く、笑ふ、怒るの一大修羅場が現出されウラナイ教の本山は鼎の沸くが如く大乱脈の幕に包まれにける。 (大正一一・五・七旧四・一一松村真澄録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 06 和合と謝罪 第六章和合と謝罪〔六五一〕 一葉落ちて天下の秋を知るとかや。神の教も不相応ぬフサの国、北山村の本山ウラナイ教の頭株、心も驕る高姫が、執着心の胸の闇、鼻高山彦や黒姫は、奥の一間に差し籠もり、ウラナイ教の前途に就いて、コソコソ協議を凝らし居る。 高姫『栄枯盛衰、会者定離は人生の常とは云ひ乍ら、よくも是だけウラナイ教は、庭先の紅葉の風に散る如く凋落したものだ。彼れ程熱心に活動して居つた蠑螈別は煙の如く此本山から消えて了ひ、数多の部下や信徒は四方に散乱し、全で蟹の手足をもがれた様な敗残のウラナイ教、何とか回復の道を講ぜねばなりますまいよ』 黒姫『日の出神さまも此際、ちつとどうかして居らつしやるのではありますまいかなア』 高姫『日の出神様は外国での御守護、世界の隅々迄も調べに往つて御座るのだから今はお留守だ。何れお帰りになれば、日の出の守護になるのは定つて居りますが、さうだと云つて此儘放任して置けば此本山は、孤城落日、土崩瓦解の憂目に会ねばなりませぬワ。それよりも黒姫さま、竜宮の乙姫様は此頃はどうして御座るのでせう。随分気の利かぬ神様ですねエ。コンナ時に御活動下されば宜しいのに』 黒姫『竜宮の乙姫様は貴方もお筆先で御存じの通り、日の出神様に引添うて一所に外国で御守護して居られるに定つて居るぢやありませぬか。高姫様は、玉照姫の一件から何処ともなしに、ボーとなさいましたなア』 高姫『黒姫さまも御同様ぢやありませぬか。貴女は、高山彦さまが、あちらにお出でになつてから、日増に、ボンヤリなされましたさうですよ。御自分の事は御自分には分りますまいが、寅若がそう云つてましたぞえ』 黒姫『何を仰有います。そう人を見損なつて貰つては困ります。高山さまがお出でになつて以来といふものは、層一層活動しました。それよりも高姫さま、斯う云うとお気に障るか知れませぬが、蠑螈別さまが此本山から姿を隠されてより、層一層気抜けがなさつた様な、燗ざましの酒を十日も放つて置いて飲みた様な塩梅式ですよ。お互に気を取直して確りと仕様ではありませぬか。あの三五教を御覧なさい。旭日昇天の勢、まるでウラナイ教なぞとは比較物になりませぬワ』 高姫『憎まれ子世に覇張る、と云つて、悪が栄える世の中だ、その悪の世に栄ゆる教だから大概分つて居りますよ。併し九分九厘迄悪の身魂は世に覇張る、善の身魂は落ちて居ても一厘でグレンと覆ると日の出神様が仰有る。三五教は何程沢山集まつて居ても烏合の衆ですよ。何れ内裏から内閣瓦解の運命が萌しかけて居ります。ウラナイ教は少数でも、善一筋の誠生粋の大和魂の堅実な信仰の団体だ。万卒は得易く一将は得難しと云つてな、少数なのは結構ですよ。余り瓦落多人足がガラガラ寄つて居ると、遂に虫がわきまして水晶の水が臭くなり、孑孑がわいて鼻持ちならぬ臭がし出し、終局には此孑孑に羽が生えて飛散し、遂には人の頭に留まつて生血を絞る様になります哩。必ず必ず御心配なさいますな。日の出の守護になれば一度にグレンと覆るお仕組がして御座います』 黒姫『さうすると善許り選り抜いて、身魂の曇つた者は一人も寄せないと云ふ神様の御方針ですかな』 高姫『其処は惟神ですよ。無理に引張に行つた処で寄らなきや仕方がありませぬワ。又何程引留めたつて綱を付けて縛つて置く訳にもゆかず、脱退する者は是も惟神に任して、自由行動を取らして置くのですな。来る者は拒まず、去る者は追はずと云ふのが神様の思召だ。無理に引張りに行つて下さるなよ、時節参りたら神が誠の者を引寄せて誠の御用をさすぞよ。と仰有るのだから、そうヤキモキ心配するには及びませぬ哩』 黒姫『それでも玉照姫さまを無理に引張て来いと御命令をなさつたぢやありませぬか』 高姫『それはあなたの量見違だ。無理に引つぱらうとするから、取り逃したのだ。向うの方から何卒玉照姫様をお預り下さいと云つて来る様に、上手に仕向けぬから、そンな事にかけては抜目のない素盞嗚尊は甘い事をやつたぢやないか。お前さまも随分賢いお方ぢやが、千慮の一失とか云つて、此度あの件に限つては黒姫さまの失敗でしたよ』 黒姫『そうだと云つて、愚図々々して居れば三五教に八九分取られて了ふ様になつて居たのだから、ソンナ廻り遠い事をして居つては、六菖十菊の悔いを残さねばならぬと思つたから非常手段をやつただけの事です。勝敗は時の運、今になつて死ンだ児の年を数へたつて仕方がありませぬワ。貴方も余程愚痴つぽくなつて、取返しのつかぬ愚痴な事を言ひなさいますな』 高姫は眉をキリリとつり上げ、ドシンと四股を踏み、畳を鳴らしプリンと尻を向け、次の間に姿を隠したり。 高山彦『コレコレ黒姫さま、お前は何と云ふ御無礼な事を仰有るのだい。大将や師匠は無理を云ふものだと思へと何時も部下の者に云つて聞かせて居乍ら、何故一つ一つ口答へをしたり、言ひ込めたりなさるのだ。仲に立つた柱の私は何とも挨拶の仕様が無いではないか』 黒姫は目に角立てて、 黒姫『コレお前さま、以前由良の川を渡つた時に、何でも彼でも絶対服従すると云つたぢやないか、草履取にでもして呉れと云つたではないか。今良い亭主面をして竜宮の乙姫様の生宮の云ふ事に一々干渉なさるのか。黙つて引込みて居なさい、お前さまが首を突き出して出しやばる幕ぢやないのだ。余り差出口をしなさると箝口令を励行しますぞ』 高山彦『ハイハイ竜宮様の御逆鱗、もう是れからは沈黙を守りますワイ』 黒姫『何程黒姫が砲弾を発射しても、高山砲台は沈黙を守つて決して応戦してはなりませぬぞや。二〇三高地の性念場になつて居るのに傍から敵の援軍が来て堪るものか』 高山彦『ハイハイ仕方がありませぬ。どつか、渤海湾の海底にでも伏艇して形勢観望と出かけませう。併し乍ら黒船が敵弾を受けて苦戦の最中を見て居る私は、どうしても中立的態度は取れませぬワ。何とか応援を致し度い様な気が致します』 黒姫は稍機嫌を直し、 黒姫『アヽさうかいなア、それが真心の現はれと云ふものだ。矢張り気になるかいなア、夫婦となれば気にかかると見える。矢張黒姫のハズバンドとして相当の資格を保有して御座る。元は赤の他人でも夫婦の愛情と云ふものは又格別なものだ』 と又ニコニコ笑ひ出すおかしさよ。 一天黒雲漲り暴風吹き起り雷鳴轟くかと思ひきや、高山彦の円滑なる言霊の伊吹によつて黒雲忽ち四方に飛散し、明皎々たる満月の光、中天に綺羅星の現はれたる如き天候と一変したりける。 黒姫『コレコレ高山彦さま、お前さまは見掛けに依らぬ親切な人だつた。其親切を吐露して高姫さまの御機嫌を直して来て下さい。併し親切を尽くすと云つても程度がありますよ』 高山彦『随分難かしい御註文ですなア。其程度が一寸分りませぬ、何処迄と云ふ制限を与へて下さいな』 黒姫『エヽ不粋な人だなア。そこはそれ、不離不即の間に立つて円満解決を計るのだ。電波を送るなぞは絶対に禁物ですからな』 高山彦『誰がアンナ婆アさまに電波を送つて堪るものか、安心なさい』 黒姫『婆アさまに電波を送らぬと仰有つたが、高姫さまが婆アさまなら、私はもう一つ婆アさまだ、そうするとお前は余程険呑な人だナア。これだから折角出て来たお民を、巧い事を云つて高城山迄放り出したのだ。コレ高山さま、ソンナ事に抜け目のある様な、素人とは違ひますよ。此道にかけたら、世界一の経験者だから、お前の様な雛子とは違ひますよ、確りとやつて来なさい。これからは婆アと云ふ事は云つて貰ひますまい。年は取つても心は二八の花盛り、霊主体従の仕組と云つて心に重きを置くのだよ』 高山彦『同じ、婆アどつこい、昔の娘でも貴方は又格別ぢや、どことは無しに、良い処があります哩』 黒姫『それはそうだらう、七尺の男子を手鞠の様に飜弄すると云ふ黒姫の腕前だから、何程高山さまが、地団太踏んだつて、足許へも寄り付けるものか。然し乍ら、良く気を付けて、昔の娘の高姫さまに旨く取り入つて御機嫌を回復して来るのだ。呉れ呉れも送つてはなりませぬぞや』 高山彦は迷惑相な顔付で高姫の居間を訪れた。高姫は、夜着を頭迄グツスリ被つて、捨鉢気味になつて横たはつて居る。 高山彦『モシモシ高姫さま、高山で御座います』 高姫『コレお前さま、戸惑ひをして居るのかな、私は黒姫さまぢやありませぬよ。貴方のお出でになる処は方角違ですよ。サアサアトツトとあつちへ往つて下さい、黒姫さまに痛くも無い腹を探られちやお互の迷惑だからなア』 高山彦『イエイエ決して決して御心配下さいますな。山の神様の公然認可を得て参りました。実の処、黒姫がお詫に参りますので御座いますが、どうも余り失礼な事を物の機で申上げ、貴方に合す顔がないところから、私に代つて旨く御機嫌をドツコイ、十分に御得心の往く様にお詫をして来いと仰有いました。何卒黒姫さまの脱線振りは、神直日大直日に見直し聞直し不調法は宣り直して上げて下さいませ』 高姫『コレコレお前さまは、何時の間にやら下鶏になつて了つた。何故それ程主人のクセに奥様に敬語を使ふのだい』 高山彦『ハイハイこれには、曰く因縁が御座います』 高姫『因縁があるか何だか知らぬが、貴方がさう御丁寧な言霊を使ひなさると、自然に夫婦仲が良くなつてお目出度い。それだから嬶大明神で、高山彦さまはお目出度いと人が云ひますよ。ホヽヽヽヽ』 高山彦『何でも結構です。何卒貴方も御機嫌を直して下さい。さうすれば此お目出度い男が尚お目出度くなりますから、和合して下さい』 高姫『和合して下さいとはそれは何を云ひなさる。一方の大将と大将の争ひを平和にするのは和合だが、何と云つても、私と黒姫さまとは師弟の間柄ぢやないか。師匠の私に和合して呉れなぞとチツと僣越ぢやありませぬか。今迄のお気に障つた処は何卒お許し下さいませと謝罪するのが当然だ、それをソンナ傲慢不遜の態度では、高姫の腹の虫が容易にチヤキチヤキと承諾致しませぬよ』 高山彦『御説御尤も、夫婦の仲と師弟の間を混同して居ました。これは黒姫と私との間に用ゆる言葉で御座います。高姫のチヤチヤ様、何卒黒姫の御無礼、寛大な大御心に見直し聞直し許してやつて下さいませ』 高姫『アヽさうかいな、さう物が分かれば、元より根のない喧嘩だ。どちらも神を思ひお道を思うての争ひなのだから、私人としての恨みはチツとも無いのだ。どうぞ黒姫さまに早く此処に来て貰つて下さい』 高山彦『承知致しました。黒姫さまも嘸お喜びになる事で御座いませう』 高姫『ソレ又々、貴方は奥さまに対して敬語を使ひなさる。余り見つともよくない、慎みなさいや』 高山彦『ハイハイ以後は慎みます』 と此場を立ち、 高山彦『アヽ敬語を使はねば、黒姫さまには叱られるなり、困つた事だ』 と呟きつつ黒姫の居間に帰り来り、高山彦は怖さうに、襖をスーツと開き、半分逃げ腰になつて、顔許り突出し、形勢観望の態度を取つて居る。黒姫は目敏くこれを眺めて、 黒姫『コレコレお前は高山さまぢやないか。其態度は一体どうしたのだい』 と震ひ声で呶鳴り付けた。 高山彦『ハイ、ドドドーモ致しませぬ』 と云ひつつびつくりして閾の外にドスンと尻餅を搗きアイタヽヽヽ、 黒姫『コレ高山さま、何をしとるのだい。這入つて来て早く注進なさらぬかい』 高山彦はもぢもぢし乍ら、云ひ難さうに、 高山彦『高姫さまがそれはそれは御機嫌麗はしく、和合は和合、謝罪は謝罪、そこで和謝何も彼も中立と合罪』 黒姫『何だか歯切れのせぬ返事だな。何は兎もあれ、高姫さまのお居間にお伺ひしよう、何時迄兄弟牆に鬩ぐ様な内輪喧嘩を継続して居ても、お互の不利益だ。どれ、これから和合して来ませう』 高山彦『モシモシ黒姫さま、和合はいけませぬよ』 黒姫『何、和合が不可と、喧嘩をせいと云ひなさるのか』 高山彦は周章気味で、 高山彦『イエ高姫さまが、喧嘩株式会社を創立なさつて、株券を募集したり、社債(謝罪)を起したりするとか何とか云つてましたよ。何でも些細な間違ひで、いつ迄も蝸牛角上の争闘を続けて居るのは、国家の内乱も同様だから可成く平和の解決を致します』 黒姫は委細かまはず、ドスンドスンと床を響かせ乍ら、高姫の居間をさして進み入り、 黒姫『高姫様、御機嫌は如何で御座います。御無礼の段は平にお詫を致します』 高姫『イヤ御無礼はお互様で、何卒これからは感情の衝突は一掃し車の両輪となつて、神国成就の為めに活動致さうぢやありませぬか』 黒姫『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します』 高姫『時に黒姫さま、自転倒島の魔窟ケ原に残してある梅公、其他の宣伝使の方々は、愚図々々して居ると、又もや三五教に、青彦や常彦、夏彦の様に沈没すると困りますから、今の内に本山に迎へ取つたらどうでせうか』 黒姫『ハア御意見通り、黒姫も賛成致します。飛行船を二艘許り、鶴、亀の両人に操縦さして迎へて帰つてはどうでせうか』 高姫『それは至極適任でせう。コレコレ鶴公、亀公』 と高姫は金切声を出して呼び立て居る。軈て鶴、亀の二人は、二艘の飛行船を操縦して四五の随員と共に天空を轟かして進み行く。 (大正一一・五・七旧四・一一藤津久子録)
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(1815)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 20 三の魂 第二〇章三の魂〔七一二〕 時置師神は、神の仕組の時津風、吹き渡る初夏の青葉の薫りを身に浴び乍ら窓外を眺め居る。時しも森の木蔭より玉能姫は初稚姫の手を携へ、二人の荒男と共に欣然として帰り来る。杢助は窓を引き開け拍手して之を迎へて居る。二三日前より此家に訪ね来りし高姫、国依別は、杢助と教理を闘はし乍ら此処に逗留して居た。 高姫『杢助さま、貴方は今東の窓から手を拍ちましたが、日天様は西の方へ廻つて居られますよ』 杢助『いや、今此処へ日天様や、月天様が御いでになりましたから』 国依別『国依別には日天月天の往かぬ事を仰有いますな』 と云ひながら窓を覗き、 国依別『ヤア、お帰りになりました。杢助さま、お目出度う、今迄御心配でしたらう』 杢助『ハイ、杢助も一寸心配して居りましたよ』 高姫は妙な顔しながら、 高姫『貴方は口では平気で言つて居らつしやるが、矢張り初稚姫様の事が気に懸ると見えますなア』 杢助『別に初稚姫様の事に就ては、神様がついて御座るから心配は致しませぬが、大切な御用を巧く勤めあげたか知らぬと思つて居つたので……然しあの顔色で見れば、巧く御用が出来たらしいですよ』 高姫『大切の御用とは………それや又どんな事で御座いますか。高姫にも聞かして下さいな』 杢助はニコニコ笑ひながら、 杢助『ハイ言依別命様から大切な秘密の御用を……玉能姫、初稚姫の御両人が承はりましたのですよ』 高姫『妾の様な日の出神の生宮を差措き、あの様な子供や若彦の女房に大切な御用を仰せ付けるとは……言依別も些と聞えませぬ。それだから人を使ふ目が無いと言ふのだ。困つたハイカラの教主だなア』 杢助は、 杢助『アハヽヽヽ』 と嬉しさうに笑ふ。国依別は門の戸を押し開き、丁寧に出迎へ、 国依別『皆さま、御苦労で御座いました。無事に納まりましたかな』 二人は顔に笑を湛へながら一言も発せず、丁寧に腰を屈め、二人の男と共に欣々と這入つて来た。杢助は見るより、 杢助『初稚姫様、玉能姫様、谷丸さま、滝公さま、御苦労で御座いました』 谷丸『私は言依別命様より佐田彦の宣伝使と名を賜はりました。滝公さまは波留彦の宣伝使と名を賜はりましたから、何卒今後は、其お心組で呼んで下さい。お節………いやいや玉能姫様、初稚姫様のお伴を致しまして神島………ではない、神様の御用に参つて来ました。いやもう大変な結構な事で御座いましたわ』 杢助『何は兎もあれ、神様に御礼を申し上げ、お祝の御神酒を頂戴する事に致しませう』 高姫『アヽ、それは結構で御座いますな。然し如何な御用で御出でになさつたのか、高姫にも様子を聞かして下さいませ。これ玉能姫さま』 玉能姫『此事ばかりは三十五万年の間、申し上げる事は出来ませぬ。何れ未来でお分りになるでせう』 高姫『何と……マア遠い……気の長い事だなア』 杢助『何処の地点に納めたと云ふ事は申し上げ難いが、実際は貴方の一旦呑んで居た金剛不壊の如意宝珠と紫の宝玉が三五教の教主の手に返り、其御用を仰せ付かつて或る霊地へ埋蔵の御用に行つたのですよ。黄金の玉は言依別の教主自ら何処かの霊地へ埋蔵されたさうだ。これで三つの御玉が揃ひまして……高姫さま、お喜びなさいませ』 高姫、怪訝な顔して舌を捲き目を剥き、 高姫『ヘエ、ケヽヽヽ結構ですなア』 と云つたきり、嬉しい様な、悲しい様な、不興くさい様な顔して俯向く。国依別、手を拍つて笑ひ、 国依別『ハヽヽヽヽ、日の出神の生宮も薩張り往生遊ばしたか、誠にお気の毒の至り。然し乍ら矢張り高姫さまも喜ばねばなりますまい。もう之で貴方の副守護神の断念が出来るでせう。是から一意専心、教主の意見に従つて、神界の御用をなさいませ』 高姫『ハイ、如何も神様は皮肉な事をなさいますな。寝ても醒めても玉の行方を探し、神政成就の御用を勤めあげむと、千騎一騎の活動を致して居る此高姫をアフンと致さして、思ひも寄らぬ人達に、肝腎な一厘の経綸を吩咐けるとは……妙な神様も……いや教主もあるものだ。教主のきやうは獣扁に王さまだらう、オホヽヽヽヽ』 佐田彦『是は聞き捨ならぬ高姫の言葉、その脱線振りは何事で御座るか。今迄の谷丸ならば黙つて居るが、最早教主より命ぜられたる宣伝使だ。宣り直しなさねば承知せぬ』 波留彦『佐田彦宣伝使の言はれた通り、速に宣り直しなさるが宜からうと、波留彦は思ひます』 高姫『高姫鉄道の終点、アフンの駅に着いたのだから、脱線の余地も無く、のり直し様もなく、乗り替へも何の駅もないぢやありませぬか。オホヽヽヽヽ』 ○ 因に言依別命は、一旦高熊山の霊地に神秘の経綸を遂行し、聖地に帰りて神業に参じ、錦の宮の神司玉照彦命、玉照姫命の神示を海外にまで弘布し、八岐大蛇の征服に従事する数多の神人を教養し、其名を天下に轟かした神代の英雄神である。また杢助は元の時置師神と現はれ、聖地の八尋殿に於て教主を助け、初稚姫と共に忠実に奉仕し、三五教の柱石と呼ばれる事となつた。玉能姫は生田の森に止り、或神命を帯びて稚桜姫命の神霊を祀り、五六七神政の魁を勤めた。 若彦は自転倒島全体を巡歴し、終に神界の命によりて玉能姫と共に神霊に奉仕する事となつた。国依別は兄の真浦が波斯の国へ出で行きしを以て、已むを得ず宇都山郷の武志の宮に仕へて神教を伝へ、父の松鷹彦に孝養を尽した。 高姫は聖地にあつて錦の宮に仕へつつありしが、黒姫のあとを追うて海外に渡り、真正の日の出神に出会し、初めて自己の守護神の素性を悟り、悔い改めて大車輪の活動を続けた。佐田彦、波留彦は言依別命の膝下にあつて、神業を輔佐することとなつた。 ○ 大正壬戌の年卯月の二十八日に 二十二人の生魂三つの御玉の隠し所 述べ終りたる今日の日は楽しき神世を五六七殿 日の神、月の大御神天照皇大神や 此世の祖神と現れませる国常立之大御神 豊国主の大御神大本教を守ります 百千万の神々の貴の御前に飛び降る 神の使の霊鷹は生田の森や再度山の 峰の尾の上の御仕組鷹鳥姫の改心の 瑞祥祝ふ其為めに三度舞ひ来る鷹津神 さしもに広き殿内を右や左と翔び交ひて 画竜の額に翼休め仮設劇場の梁に 悠々翼を休めたる今日の生日の足日こそ 瑞の御魂の生れたる生日に因みて七百と 十二の章も面白く松雲閣の奥の間に 今日は珍し身を起し神の教を敷島の 筆者を烟に巻き乍ら遠き神代の物語 今に写して眺むるも少しも変らぬ言の葉の 栄ゆる御代を松村氏天津御空も海原も 心真澄の玉鏡海の内外の隔てなく 諸越山も乗り越えて豊九二主の分霊 瑞の神徳天地に輝く時も北村の 空澄み渡り隆々と光り普き神の道 亜細亜、亜弗利加、欧羅巴亜米利加藤く高砂の 島の果まで説き明す近藤の霊界物語 道も貞か二成り行きて山の尾の上や野の末も 教の花の馥郁と薫も床しき佐賀の奥 神の伊佐男は遠近に秀妻の国を初めとし 自転倒島の中心地野山も青く茂りつつ 神代を祝ふ今日の空神世の秘密洩らさじと 御空を隠す雲の戸を開いて此処に松の雲 松雲閣の奥の室で初夏の風をばあびながら 二十二巻の物語目出たくここに述べをはる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ (大正一一・五・二八旧五・二北村隆光録) (昭和一〇・六・五王仁校正)
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(1822)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 04 長高説 第四章長高説〔七一六〕 杢助は魔我彦、竹彦二人と共に窃に聖地に帰り、表戸を閉し暫らく外出せず、聖地の様子を窺つて居た。玉治別、若彦、国依別の三宣伝使も密に聖地に帰り、国依別が館に深く忍び、高姫一派の陰謀を偵察しつつあつた。神ならぬ身の高姫は此事は夢にも知らず、鬼の来ぬ間の洗濯するは今此時と、私かに聖地の役員信徒の宅に布令を廻し、緊急事件突発せりと触れ込んで、錦の宮の八尋殿に集めた。 此日は風烈しく急雨盆を覆へす如く、雷鳴さへも天の東西南北に巻舌を使つてゴロツキ出した。斯かる烈しき風雨雷電にも屈せず、緊急事件と聞いて爺も婆も猫も杓子も、脛腰の立つ者は満場立錐の余地なきまでに寄り集まつた。此時高姫は烏帽子、狩衣厳めしく神殿に進み、言依別の教主、尻でも喰へと言ふ鼻息にて斎主を勤め、型の如く祭典を済ませ、アトラスの様な曼陀羅の面を講座の上に曝し、満座の一同に向ひ、鬼の首を篦で掻き斬つた様に得意気に壇上に肩を揺り、腮を上下にしやくり乍ら、 高姫『皆さま、今日は斯くの如き結構なお日和にも拘らず、残らず御参集下さいまして、日の出神の生宮も満足に存じます。言依別の教主は先日より少しく病気の態にて引き籠られ、又杢助の総務殿は何れへかお出でになり、此三五教の本山は首の無い人間の様だ、二進も三進も動きが取れないと、大勢様の中には御心配遊ばしたお方があつた様ですが、日の出神の御神徳は偉いものです。教主が出勤せなくても、杢助其他の幹部宣伝使が居なくても、御神力に依つて、斯くの如く一人も残らず参集して下さつたと言ふのは、未だ天道様は此高姫を捨て給はざる証で御座いませう。杢助総務の召集でも言依別の教主の召集でも、此八尋殿の建設以来、是だけ立錐の余地なき迄お集まりになつた事は御座いませぬ。それだから神力が強いか、学力が強いか、神力と学力との力競べを致さうと神様が仰有るのです。論より証拠、実地を見て御改心なさるが一等です。時に緊急事件と申しまするのは外でも御座らぬ。我々日の出神の生宮、而も変性男子の系統の肉体、及び錚々たる幹部の御連中を差措き、たかの知れたお節の成り上りの玉能姫や、杢助の娘お初の如き者に、ハイカラの教主が大切なる御神業をソツと命令し、吾々始め幹部の御歴々にスツパヌケを喰はすと言ふ事は、如何に御神業とは言へ、吾々一同を侮辱したる仕打ちでは御座りますまいか。幹部役員は申すも更なり此処にお集まりの方々は何れも熱心なる三五教の信者様計りで御座りませう、神様のお仕組の御用を各々に致し度いばつかりで、地位財産を捨てて此処へ来乍ら、訳の分らぬ杢助一派の者に蹂躙されて、指を啣へてアフンとして見て居ると言ふ事がありませうか。斯う見渡す所、大分立派な男さまも居られますが、貴方等は睾丸を提げて居られますか。実に心外千万ではありますまいかな』 加米彦は満座の中よりヌツと立ち上り、 加米彦『高姫さまに質問があります、何事も神界の御経綸は我々人間の容喙すべき所ではありますまい。如何に日の出神の生宮ぢやと仰有つても、神様が高姫さまの命令に服従せよとは、何処の筆先にも書いてはありませぬ。日の出神呼ばはりは廃めて貰ひ度い。貴女こそ聖地及び神界の御経綸を混乱顛覆させる魔神の容器でせう』 高姫は講座より地団駄を踏み、目を釣りあげ、 高姫『誰かと思へば汝は秋山彦の門番加米彦ではないか。世界の大門開きを致す此高姫の申す事、たかが知れた一軒の家の門番が容喙すべき限りでない。すつ込つで居なされ』 と一口に叩きつけ様とする。加米彦は負ず気になり、高姫の立てる壇上に現はれて一同を見渡し、 加米彦『皆さま、私は今高姫さまの仰せられた如く、秋山彦の門番を致して居りました加米彦で御座いますが、然し乍ら高姫さまも大門の番人ぢやと只今自白されたではありませぬか。門番の分際として大奥の事が如何して分りませう。それに就いても私は秋山彦の館、即ち神素盞嗚大神、国武彦命様の御隠れ館の門番を致して居つた者、其時に冠島、沓島の鍵を応答なく盗んで行つて玉を呑み込んだ人があると言ふ事は、私が今申し上げずとも、皆さんは既に已に御承知の事と存じます。斯様なる権謀術数到らざるなき生宮さまの言葉が、如何して真剣に真面目に信ぜられませうか。皆様冷静によく御考へを願ひます』 座中より『尤も尤も』『賛成々々』『ヒヤヒヤ』『ノウノウ』の声交々起つて来る。 高姫は烈火の如く、 高姫『今「ノウノウ」と言つたお方は此日の出神の前に出て来て下さい。吾党の士と考へます。サア早く此処へお越しなされ』 加米彦『恐らく一人もありますまい、私の説に対し「ノウノウ」と言つたお方は賛成の意味を間違つて言はれたのでせう。皆さま、失礼な申し分で御座いますが、中には老人や子供衆も居られますから、一寸説明を致します。「ヒヤヒヤ」と言へば私の説に賛成したと言ふ事、「ノウノウ」と言へば賛成せないと言ふ事です。如何です。尚一度宣り直して貰ひませう。さうして不賛成のお方は「ノウノウ」と言つて下さい』 場の四隅よりは『ヒヤヒヤ』の声計りである。殊更大きな声で『ノウノウ、然し高姫の説にはノウノウだ』と付け加へた。高姫は口角泡を吹き乍ら、 高姫『皆さま、今となつて分らぬと言うても余りぢやありませぬか、大切なるお宝を隠されて、よう平気で居られますな。第一言依別のドハイカラの教主は、杢助の様な奴にチヨロまかされ、系統の生宮の高姫を疎外し、さうして其宝をば何処かへ隠して仕舞つた。皆さまはそんな章魚の揚壺を喰はされた様な目に遇ひ乍ら、平気で御座るとは無神経にも程があるぢやありませぬか。何程言依別の教主が偉くても、杢助の力が強くても、神界の事が学や智慧で分りますか。昔からの根本の因縁、大先祖は如何なる事を致して居つたか、如何なる因縁で此世へ生れて来たか、日の出神の誠のお活動は如何なものか、竜宮の乙姫様の御正体は如何かと言ふ明瞭な答へが出来ますか。モウ是からは錦の宮を始め此八尋殿は、及ばず乍ら此高姫が総監致します。玉能姫や初稚姫の女を選んで、大切な御用をさせると言ふ訳の分からぬ教主に、随喜渇仰して居る方々の気が知れませぬ。チツと皆さん、耳の穴を掃除して日の出神の託宣を聞き、活眼を開いて実地の行ひをよくお調べなされ。根本の要を掴んだ日の出神の生宮を差措いて、枝の神の憑つた肉体に何が分りますか。ここは一つ……誰の事でも無い、皆お前さん等の一身上に関する大問題、否国家の大問題です』 加米彦『只今高姫さまのお言葉に就いて異議のある方は起立を願ひます』 一同は残らず起立し『異議あり異議あり』と叫んだ。 加米彦『皆さまの御精神は分りました。私の申した事に御賛成のお方は何卒尚一度起立を願ひます』 高姫は隼の如き目を睜り、各人の行動を監視して居る。壇下の信者は高姫に顔を睨まれ、起立もせず坐りもせず、中腰で居るものも沢山あつた。 加米彦『皆さまに伺ひますが、教主が神界の御命令に拠つて、玉能姫さま、初稚姫さまに御用を仰せ付けられたのが悪いとすれば、まだまだ横暴極まる悪い事が此処に一つある様に思ひます』 聴衆の中より『有る有る、沢山にある』と呶鳴る者がある。 加米彦『その職に非ざる身を以て、神勅も伺はず、教主の承諾も得ず、部下の役員を任免黜陟すると言ふ事は、少しく横暴ではありますまいか。黒姫様、鷹依姫様、竜国別様、テーリスタン、カーリンスを聖地より追出したのは、果して何人の所為だと思ひますか』 此時高姫は肩を斜に聳やかし乍ら、 高姫『加米彦、そりや何を言ひなさる。系統の生宮、日の出神が命令をなさつて、黒姫以下を海外諸国へ玉探しにお遣り遊ばしたのだ。何程言依別や初稚姫が偉いと言つても、日の出神には叶ひますまい。学や智慧で定めた規則が何になるか。そんな屁理屈は神界には通りませぬぞや』 加米彦『これ高姫さま、お前さまは二つ目には日の出神だと仰有るが、そんな立派な神様なら何故宝玉を隠されて、それを知らずに居りましたか。それの分らぬ様な日の出神なら我々は信頼する丈けの価値がありませぬ』 一同は『ヒヤヒヤ』と叫ぶ。中には『加米彦さま、確り頼みます』と弥次る者もあつた。 高姫『誰が何と言つても日の出神に間違ひはない。そんな小さい事に齷齪して居る様な日の出神なれば、如何して此三千世界の御用が勤まりますか。物が分らぬにも程がある。仮令此高姫一人になつたとて此事仕遂げねば措きませぬぞ』 加米彦『高姫さま、一人になつてもと今言はれましたな。此通り沢山の方々が見えて居つても、只一人も貴女の説に賛成する者が無いのを見れば、既に已に一人になつて居るのではありませぬか』 場の四隅より『妙々』『賛成々々』『しつかり頼む』『孤城落日』等の弥次り声が聞えて来た。 高姫『盲目千人、目明一人の世の中とはよくも言つた者だ。神様の御心中をお察し申す。あゝあ、斯んな分らぬ身魂の曇つた人民計りを、根の国、底の国の苦しみから助けてやらうと思召す大神様や、日の出神様の広大無辺のお心がおいとしい』 と涙を拭ふ。 加米彦『高姫さま、貴女の誠心は我々も認めて居りますが、然し乍ら根本的に大誤解があるのを我々は遺憾に存じます。貴女の肉体は変性男子の系統だから曲津神が抱込んで、国治立大神のおでましを妨害し、再び悪魔の世界にしやうとして居るのですから、ちつとは省みなさつたが宜しからう、我々の様な肉体に憑つた処で悪魔の目的は達しない。断つても断れぬ系統の肉体を応用して日の出神だと誤魔化すのですから御用心なさらぬと、遂には貴女の身の破滅は言ふに及ばず、大神様の御経綸を妨害し天下に大害毒を流す様になりますから、此処は一つ冷静にお考へを願ひたい。寄ると触ると幹部を始め数多の信者は、此事計りに頭を悩めて居りますが、然し貴女が変性男子の系統でもあり、断つても断れぬお方ぢやと言ふので皆遠慮して居るのです。此加米彦なればこそ、職を賭して斯かる苦言を申し上げるのです。決して貴女を排斥しようとか、除け者にしようとの悪い心は少しもありませぬ。第一貴女のお身の上を案じ、大神様の御経綸を完全に成就して頂き、世界の人民もミロクの神政を謳歌し、一時も早く松の世をつくり上げ度いとの熱心から御忠告を申し上げるのです。何卒よくお考へを願ひます』 高姫『秋山彦の門番、加米彦、そりや何を言ふか。ヤツとの事で宣伝使の末席に加へられたと思つて、ようツベコベと其んな屁理屈が言へたものだ。系統を抱き込んで目的を立てると言ふ事は、それは言依別命の事だ。此高姫は正真正銘の変性男子よりも早い神様の御降臨、云はば変性男子よりも高姫の方が先輩と云つても異論はありますまい。打割つて言へば、変性男子よりも此日の出神の生宮が教祖とならねばならぬ者だ。変性男子の肉体は最早昇天されたのだから、後は高姫が教祖の御用をするのが神界の経綸上当然の帰結であります。然し乍ら一歩を譲つて変性女子の言依別を教主にしてやつて置いてあるのは、皆此高姫が黙つて居るからだ。然し最早斯うなつては勘忍袋の緒がきれて来た。日の出神が加米彦の宣伝使を今日限り免職させ、杢助の総務役を解き、言依別命を放逐し、玉治別、国依別の没分暁漢も今日限り免職させるから、今後ノソノソ帰つて来ても皆さまは相手になつてはなりませぬぞ』 加米彦『アハヽヽヽ、何程高姫さまが地団駄踏んで呶鳴らつしやつても、少しも我々に於ては痛痒を感じませぬ。お前に任命されたのではない。言依別神様に任ぜられたのだから、要らぬ御心配をして下さいますな』 高姫『お前等の知つた事ぢや無い。善一筋の誠正直を立て通す妾の仕込んだ魔我彦、竹彦両人こそ、本当に立派な宣伝使だ。是から誰が何と言つても魔我彦を総務にし、竹彦を副総務に神が致すから左様心得なされ。嫌なお方は退いて下され。此錦の宮は高姫が誰が何と言つても総監致すのだから』 此時佐田彦、波留彦の両人は壇上に駆上り、 佐田彦『吾々は言依別命様より或特別の使命を帯び、御神宝の御用を勤めた者であります。何と言つても高姫さまは其隠し場所が分らなくては駄目ですよ。大勢の者が如何しても貴女に畏服するのは、貴方が天眼力で玉の所在を言ひ当なくては日の出神も通りませぬ』 高姫は目を瞋らせ、 高姫『エヽ、又しても門掃の成上りがツベコベと何を言ふのだ。玉の所在が分らぬ様な事で、斯んな啖呵がきれますか。屹度時節が来たなれば現して見せて上げよう』 佐田彦『日の出神も時節には叶ひませぬかな』 波留彦『吾々の心の裡にチヤンと仕舞ひ込んであるのだが、常平生から人の心が見え透くと仰有る日の出神さまに、此胸の中を一寸透視して貰ひませうか』 と襟を両方に開け、胸板を出して稍反身になり、握り拳を固めてウンウンと殴つて見せた。 高姫『ツベコベと神に向つて理屈を言ふ間は駄目だ。誰が何と言つても魔我彦、竹彦位立派な者はありませぬワイ。妾の言ふことが気に喰はぬ人はトツトと尻からげて帰つて下さい。お筆先に此大本は大勢は要らぬ。誠の者が三人さへあれば立派に御用が勤めあがると、変性男子のお筆にチヤンと出て居る。今が立替立直しの時期ぢや、サアサア早う各自に覚悟を成さいませ。此処は大勢は要りませぬ。大勢あるとゴテついて、肝腎の御用の邪魔になる。日の出神の生宮が天晴れ神政成就さして見せるから、其時には又集まつて御座れ。神は我子、他人の子の隔ては致さぬから、其時になつたら、「高姫様始め魔我彦、竹彦の宣伝使、エライ取違ひを致して居りましたから、何卒御勘弁下さりませ」と逆トンボリになつてお詫に来なされ。気好う赦して上げるから、今は御神業の邪魔になるからトツトと帰つて下され。帰るのが嫌なら高姫の言ふ事を聞いて、改心をなさるが宜からう』 斯かる所へ杢助は魔我彦、竹彦両人を従へ、ノソリノソリと人を分けてやつて来た。群集は三人の姿を見て思はず雨霰と拍手した。杢助一行は一同に目礼し乍ら講座に上り、 杢助『アヽ是は是は高姫様、御演説御苦労で御座いました。嘸お疲れでせう。貴女の御信任厚き魔我彦、竹彦の立派な宣伝使が見えました。是から貴女に代つて演説なさるさうです。私も大変に両人さんのお説には感服致しました』 高姫は百万の援軍を得たる如き得意面を曝し、肩を聳やかし稍仰向き乍ら、 高姫『杢助殿、アヽそれは御苦労であつた。よう其処迄改心が出来て結構だ。是から何事も高姫の申す事を聞きなさるか、イヤ改心をなさるか』 杢助『改心の徹底迄いつたものは、最早改心する余地がありませぬ。貴女の様に改心から後戻りをして慢心が出来ると、又改心する機会がありまするが、吾々の如き者は、融通の利かぬ困つた者です。貴女の様に慢心しては改心し、改心しては慢心し、慢心改心、改心慢心と自由自在の芸当は、到底吾々の様な朴訥な人間では不可能事です、アツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。群集は手を拍つて笑ふ。 高姫『アヽ魔我彦、竹彦、好い処へ帰つて御座つた。皆さまに合点の往く様に此処で改心の話を聞かして下さい。さうすれば此高姫の日頃教育した力も現はるるなり、お前さまの善一筋の一分一厘歪はぬ日本魂の生粋が証明されるのだから、サア早うチヤツと皆さまに大々的訓戒を与へて下さい。これこれ加米彦、佐田彦、波留彦、余り沢山に講座に居ると窮屈でいかぬ。暫らく下へおりて、魔我彦や、竹彦の大宣伝使の御説教を聞くのだよ。さうすれば、チツトはお前さまの我も折れて宜からう』 と得意満面に溢れ肩を揺りイソイソといきつて居る。魔我彦は大勢に向ひ、 魔我彦『皆さま、私は高姫様の神様に御熱心なる御態度に心の底から感銘致しまして、如何かして高姫様の思惑を立てさし度いと思ひ、御心中を忖度致しまして紀伊の国に罷り出で、実の処は若彦を巧く誑かし聖地へ連れ帰り、杢助さま、言依別の教主を或難題を塗りつけ放逐しやうと企みつつ、大台ケ原の峰続き青山峠までスタスタやつて往つた所、玉治別、国依別の両宣伝使が谷の風景を眺めて、休息して居られました。そこで高姫様の一番お邪魔になるのは言依別命、それについで命の信任厚き玉治別、国依別の両人を、何とかして葬り去らうと思ひ進んで行つた所、折よくも日の暮前両人に出会し、二人の隙を覗ひ千仭の谷間へ突落し、高姫様の邪魔ものを除かむものと考へて居りました。万々一都合よく行けば、あとに残つた言依別命位は最早物の数でもないと、忽ち悪心を起し、思ひきつて谷底へ突き込みました。両人は五体が滅茶々々になつて斃死つただらうと思つて居ましたが、あに計らむや妹図らむや、若彦の館に於て杢助様始め玉、国両宣伝使に出会した時のその苦しさ怖さ、屹度復讎を討たれるに相違ないと思つて心配を致し、生きた心地も無くガタガタ慄へ乍ら、矢庭に庭先の松の樹に駆上り、神憑りの言を信じ雲に乗つて逃げ出さうと思ひ、過つて二人共樹上より大地に向つて真逆様に墜落し、人事不省に陥つて居る所を、玉、国の両宣伝使の手厚き御保護を受け、さうして鵜の毛の露ほども怨み給はず、却て神様から結構な教訓を受けたと喜んで下さつた時の吾々の心、到底高姫さまの教へられる事とは天地雲泥の違ひで御座いました。そこで私は何故此様な善のお方を悪く思つたか知らぬと、懺悔の念に堪へず考へ込んで居りましたが、矢張言依別の教主の教理を聞いて御座るお蔭で、斯んな立派な人格になられたのであらうと深く感じました。又私があの様な悪心を起したのも、矢張高姫さまの感化力がさせた事だとホトホト恐ろしくなりました。如何しても人間は師匠を選ばねばなりませぬ。水は方円の器に随ふとか申しまして、教はる師匠、交はる友によつて善にもなり、悪にもなるものと堅く信じます。私は皆さまに今日迄の取違を此処にお詫致します』 高姫『コレコレ魔我彦、誰がそんな乱暴な事をせいと言ひましたか、それは大方言依別の霊が憑つたのだらう』 竹彦『イヽエ、言依別さまの身魂は余り尊く清らかで、我々の様な小さい曇つた鏡にはおうつりに成りませぬ。全く高姫さまや、黒姫さまの生霊が憑りましてな』 聴衆は手を拍つてドヨメキ渡る。杢助は又もや口を開き、 杢助『皆さま、私は言依別の教主より内命を奉じ、十津川の谷間へ急行せよとの仰せにより行つて見れば、谷川に似合はぬ大滝の下に立派な青い淵がありました。そこで水行して居ると上から二人の男が突然降り来り、ザンブとばかり淵へ落ち込んだ。日の暮紛れに何人か分らねども見逃す訳にも行かぬ、直に淵へとび込んで救ひ上げ色々と介抱した所、二人の男は漸く息を吹き返しました。よくよく見れば、玉治別、国依別の宣伝使で御座いました。それより両人に向ひ如何して斯んな所へ落ち込んだのですかと尋ねて見ましたが、御両人は他人に瑕瑾をつけまいと言ふ誠心から、現在此魔我彦、竹彦につき落された事を一言も発せず隠して居られました。さうして二人に対して毛頭怨みを抱いて居られないのには私も感服致しました。是と言ふのも全く瑞の御霊の大精神を体得して居られるからだと、流石の杢助も感涙に咽び、それより三人は道を急いで若彦の館に行つて見れば、魔我彦、竹彦の両人が何事か善からぬ虚言を構へ若彦を唆かし大陰謀を企まむとして居る所でありました。然し乍ら流石の悪人も誠の心に感じ斯くの如く改心を致して、自分の罪状を逐一皆さまの前に曝け出し真心を示して居られます。之でも言依別様の教が悪と言はれませうか。高姫さまの教は果して完全なもので御座いませうか』 と釘をさされて高姫はグツとつまり、壇上を蹴散らす如き勢で肩を斜に首を左右に振り乍ら、己が館へ足早に帰り行く。 斯かる所へ言依別の教主は莞爾として現はれ、一場の演説を試みた。玉治別、国依別、若彦の三人は此場に悠然として現はれ来り、一同に会釈し、神殿に向ひ天津祝詞を奏上し終つて一同解散したり。今後の高姫は如何なる行動を執るならむか。 (大正一一・六・一〇旧五・一五北村隆光録)
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(1902)
霊界物語 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 17 帰り路 第一七章帰り路〔七八二〕 執着心に煽られて玉の在処を執拗に 発見せむと再度の山の天狗の囈言に 心を焦ちて高姫が黒姫、高山彦を伴れ 思ひ思ひに竹生島古き社の床下に 三角石を取り除けて掘つても掘つても玉無しの 無駄働きに眼まで三角形に尖らせて 肩を四角に揺りつつ暗の帳を押分けて いよいよ茲に断念し屋根無し小舟に身を任せ 琵琶の湖水を横切りて大津の浜に安着し 高山彦や黒姫の魂ぬけ男女と諸共に アール、エースを引連れて力の抜けた旅の空 路傍に立てる柿の木に渋い顔して村鴉 高姫一行を頭上より瞰下しながら声限り アホーアホーと鳴き立てる高姫小癪にさへながら 空ふり向いて独り言あゝ馬鹿らしい馬鹿らしい 烏の奴まで笑ひやがるこれもヤツパリ黒姫が 気が利き過ぎて間がぬけた神策実行の報酬ぢや 偉い家来は欲しいものほしは星ぢやが夜這星 何処の空か暗雲に脱線するか分らない 高山低山数越えて足許危き老の坂 何の力も梨の木の愛想つかした胸の暗 王子暗がり宮の下明かして通る恥しさ 向ふに見えるは亀山か雲に聳えた森林の 中にキラキラ十曜の紋あれこそ確に月宮殿 あこには梅照彦司鹿爪らしい顔をして 扣へて居るに違ひない一寸立寄り高姫が 日の出神と現はれて三千世界の御仕組の 変性男子の御教旨を聞かして改心さしてやろ 道に迷うた亡者をば見すてて素通り出来はせぬ これも神業の一端だ黒姫さまはどう思ふ 高山彦の福禄寿さま御意見あらば今此処で 遠慮会釈は要りませぬ包まず隠さずサツパリと 意見をお吐きなされませ言へば黒姫肯いて 実に尤もぢや尤もぢや高姫さまのお言葉に 迎合盲従致します高山彦のハズバンド 貴方も一緒に参りませう三人世の元結構ぢや アール、エースは供の役これは身魂の数でない 三人寄れば昔から文殊の智慧が出ると聞く 弁天さまの床下で馬鹿にされたる腹いせに 文殊菩薩となりすまし普賢勢至の三人が 只一厘の御経綸真向上段に振りかざし 言依別に盲従する梅照彦を言向けて 聖地へ帰る案内の猿田彦神としてやらう あゝ惟神々々御霊幸はへましませと 徳利膝頭に大地をばドンドンドンと威喝させ 大道狭しと横柄面月宮殿の片ほとり 梅照彦の神館目指して進む可笑しさよ。 ○ 梅照彦の神館門に佇み高姫は もしもし此処を開けとくれ日の出神の御入来 竜宮海の乙姫が憑りなされた肉の宮 梅照彦は在宅かこんな結構な神人が 来訪あるのを知らずして奥に居るとは情ない 天眼通も此頃は曇つて来たと見えるわい 執着心に搦まれて吾身よかれの信心者 言依別にハイハイと迎合盲従した罰で 折角覚えた天眼通ゼロになつたか情ない 一時も早く村肝の胸の岩戸を押し開けて 日の出神を迎へ入れ空前絶後の神界の 誠の花咲くお仕組を聞かして貰はうとせないのか ホンに身魂の因縁は争はれないものぢやなア 梅照姫も亦さうぢやよくよく揃うた盲共 爺も爺嬶も嬶早う開けぬか開けぬかと 皺嗄れ声を張りあげて力限りに訪へば 仏頂面した門番は不承不性に現はれて 主人の不在の此家に門戸を叩くは何人か トツトと帰つて下さんせ聞くより高姫声をかけ お前は此家の門番か梅照彦は何処へ行た 日に日に神界切迫し千騎一騎の此場合 世界の難儀を他所に見て夫婦二人が気楽相に 紅葉見遊山に往たのだろ親の心は子知らずだ 神の心は人知らずそれも俗人ならばよい 宣伝使たる身を以て館を空にとび歩く これもヤツパリ言依別の醜の命のドハイカラ 深き感化の映像か不在なら不在で仕方ない 早く此門開けてくれ一度館を検めて 善か悪かを調べあげ神に報告せにやならぬ グヅグヅしてると日が暮れる日の暮神ではない程に 早く開けたが宜からうぞ開けよ開けよと急り立てる 中より門番尖り声どこの奴かは知らねども 無理に此門開けよとは礼儀を知らぬ馬鹿女 梅照彦の御夫婦はお前の言ふよな人でない 言依別神さまが竜宮の島の麻邇宝珠 立派な立派な五色のお宝物が納まつて 其お迎へやお祝を兼ねて一同参れよと 実にも目出度い御知らせに千騎一騎の神業に 仕へ奉るは此時と勇み進んで行かれたぞ それに就いても高姫や黒姫さまや高山彦の 長い福禄寿の神司三つの玉に魂抜かれ 阿呆が足らいで近江路の琵琶の湖水の竹生島 影も形もない玉を掴みに往つた其後で 肝腎要の神業が綾の聖地で行はれ 万事是にて鳧がつきアフンとするのは高姫や 黒姫さまぢやと云ふ事だお前は誰かは知らねども 長い道中する間に高姫さまに出会うたら 分りもせない玉探し心の底から思ひ切り 早く聖地へ帰れよと梅照彦の門番が 言づけしたと言うてくれあゝ惟神々々 私は叶はぬ秋の空飯が焦げつく気が紅葉 どれどれ早う奥へ行き梅照彦の不在事に ゆつくり御馳走食べませうあゝ惟神々々 叶はぬなれば立帰れこれで御免と門番は いそいそ奥へ隠れゆく。 ○ 梅照彦の門番が話を聞いて高姫は 電光石火雷の轟く如く胸躍り 心に荒浪立ち騒ぐ猪喰た犬の高姫は さあらぬ態に胸押へ言葉もいとど淑やかに 打つて変つた猫撫でのいやらし微笑を浮べつつ ホンに浮世は儘ならぬヤツパリ竜宮の御宝 時節参りて綾錦高天原に納まつて 神政成就待ち給ふそれに就いては竜宮の 乙姫さまの肉の宮ここでしつかりなされませ 天火水地と結びたる麻邇の宝珠は竜宮の 乙姫さまの御宝初稚姫や玉能姫 国依別が喜んで上を下へと立ちさわぎ 勇むはヤツパリ黒姫の身魂の御蔭である程に 日の出神は神としてこれからお前が片肌を 脱いで掛らにやなりませぬ肝腎要の性念場 三五教の黒姫の肉の宮にと納まつて 修業なされた玉依姫の貴の命はわしぢやぞえ 永らく竜宮の一つ島に住みて居たのは外でない 今日の慶事を前知してわしの身魂が活動し 五つの玉を授けたと甘く言ふのは今ぢやぞえ 肝腎要の性念場空前絶後の神業だ 必ず抜かつちやなりませぬ高山さまも其心算 四角い肩をなめらかに丸い目玉を細うして 険を隠した地蔵顔そこは体よくやるがよい 此高姫も一か八此手で行かねばあれの手で 早速の頓智やつて行くこれが全く朝日子の 日の出神の御働き只何事も神直日 心も広く大直日直日に見直し宣り直し 身の過ちは打消して正々堂々神の為 世人の為に少々の瑕瑾はうまく葬つて 空前絶後の神業を完成したる暁は それこそ誠の神柱四方に薫れる梅の花 かう宣り直し見直せば今迄嘗めた失敗も 琵琶の湖水の泡と消え伊吹の山の白雲と なつて煙散霧消する心一つの持ちやうで いつも気楽に暮される笑うて暮すも一生ぢや 悔んで暮すも亦一生人の手柄を横取し ずるい奴ぢやと言はれうが構うて居れない今の首尾 勝てば善なり負ければ悪ぢや勝つて甲の緒をしめりや あとは天下は泰平ぢやあゝ本当に本当に面白い 結構な智慧が湧いて来たこれも全く竜宮の 乙姫さまの御手伝ひ日の出神の御働き 天晴れ表に現はれたヤツパリ辛抱はせにやならぬ 誠の力のある神はトコトン迄も気を引くと 変性男子の筆先に立派に立派に書いてある 筆先活かして使ふのも心一つの使ひ方 筆先殺して使ふのはあつたら宝の山に入り 裸跣で怪我をして吠面かわいてメソメソと 帰つて来る馬鹿の所作ヤツパリ表の筆先を 真解するのはわしぢやぞえ変性女子のハイカラが どうしてお筆が解けますか日の出の守護と云ふ事は 日の出神の生宮が天晴れ高天に現はれて 何から何まで落ちもなく筆先通りに気を配り 指揮をせいと云ふ事ぢやここの道理をよく腹へ 締め込みおいて下されや聖地へ帰つてこんな事 ゆつくり話す暇はない道々誠の御仕組を お前の腹に詰めておくあゝ惟神々々 日の出の曙光が見えて来たいよいよ今日から高姫は 千人力の経の役瑞の御霊を頭から ウンと一口噛みつけて経のお筆をふりかざし 言向け和して神界の誠の御用をせにやならぬ 是を思へば何となく重たい足も軽うなり 沈んだ心も欣々と俄に浮いて来た様だ あゝ潔し潔し千軍万馬の功を経し 高姫司のある限り三五教は千代八千代 磐石の如動かない誠のお方が現はれて 誠の事を説いたなら体主霊従の身魂等が アフンと致して後へより指を啣へて見てをると 経のお筆に出してある尊きお筆が実現し 瑞の御霊が屁古垂れて日の出神の生宮が 天晴れ表に現はれる之を思へば頼もしい あゝ惟神々々御霊幸はへましませと 高姫一行勇み立ち足音高く大地をば 威喝させつつ帰り行く万代祝ふ亀山の 貴の館を後にして船井へ渡る千代川の 流れも清き川関や音に名高き鳴石の 旧趾を左手に眺めつつ猫を被つて虎天の 堰所を越えて松並木高城山に立寄りて ウラナイ教の松姫が幅を利かした表門 馬と鹿との両人が身魂の性来現はれて 四つ這姿で這ひ込んだ此処が名高い古戦場 平助、お楢の両人が腹から生れたお節奴が 玉能の姫と偉相に松姫さまの後をとり 坐つて居たのは憎らしいあゝ惟神々々 思へば胸が悪くなるサアサア早く帰りませう 八十八字の郷を過ぎ道の広瀬の川伝ひ 翼なければ鳥羽の宿小山松原縫ひながら 花の園部の大橋をスタスタ渡り桐の庄 観音峠の急坂を爪先上りの高姫が 一行五人汗垂らし錦染めなす四方の山 眺めもあかぬ此景色日の出神の生宮の 清き心は目のあたり山は錦の衣を着て 錦の宮に帰り行く吾等一行歓迎する 御空は清く澄み渡り大地は錦の山屏風 これぞ晴天白日の高姫さまの真心が 現はれました兆候ぞや黒姫続けと先に立ち 須知山峠をスタスタと下りて来る綾の口 小雲の川の松影に釣する男に目をつけて これこれお前は何処の人三五教に仕へたる 神の司ぢやあるまいか千騎一騎の此場合 日の出神の御帰りを余所に眺めて気楽相に 魚釣り三昧何の事そんな殺生はやめなさい 諸行無常是生滅法生滅滅已の理を 知らずに魚の命取り楽しみ暮らす悪神の 憑つた悪い守護神其肉体は何人ぞ あゝ忌はしやと側に寄り釣する男の笠を取り 顔を眺めて仰天し国依別か国州か 宗彦、お勝の其昔巡礼姿となり終せ 宇都山郷の川の辺で太公望気取の松鷹彦に 意見した事忘れたか曲つた針に餌をつけて 世界の亡者を釣らうとは余り虫がよすぎるぞ 改心なされ国さまよ再度山の山麓で 身魂の曇り切つたる野天狗に憑かれた時の面付は まだ消えやらぬありありとどこかの端に残つてる 吾等三人うまうまと欺して近江へ追ひ下し エライ憂目に遇はしたな此高姫をうまうまと 竹生の島へ追ひやれば万劫末代帰らぬと 思うて居たのが運の尽き高姫ぢやとて足がある 石の地蔵なら知らぬこと時節がくれば帰り来る サアサア早う帰りやんせお前に向つていろいろと 言はねばならぬ事があるサアサア帰のうと促せば 国依別は微笑して頭を軽く下げながら お前は高姫黒姫か高山彦かよう無事で 早く帰つて下さつたあなたが御帰り遊ばすと 国依別の天眼通早くも悟つて御馳走の 用意をしようと勇み立ち小雲の川に竿たれて 勢鋭き真鯉をばせめて四五尾釣りあげて 刺身にしたり煮〆あげお前等一行三人を 招待せむとの魚釣り悪くは思うて下さるな 国依別はお前から悪の身魂と見えるだろ 心の奥の其奥に誠の血潮が流れてる そこをば買つて貰はねば国さま立つ瀬がないわいな あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 頑迷不霊の高姫がスツパリ転迷開悟して 誠を悟り今日よりは憎まれ口を叩かずに 神前奉仕をさせてたべ東の空を眺むれば 瑞雲棚引き澄みわたる今日は菊月十五夜の 瑞月空に皎々と下界を照らす瑞光は 綾の聖地の瑞祥を寿ぎ給ふ如くなり 厳の御霊や瑞御霊三五の月の神教は 豊葦原の瑞穂国島の八十島八十の国 大海原の果てまでも輝き渡れ惟神 御霊幸はへましませよ。
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霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 02 清潔法 第二章清潔法〔七八四〕 西に円山東に小雲山と川とに挟まれし 並木の松の片傍り桧、松、杉、柏木の 丈余にあまる大木は天を封じて立ち並ぶ それの木蔭に瀟洒たる丸木柱に笹の屋根 青、白、赤の庭石もどことは無しに配置よく 敷き並べたる庭の奥幽かに聞ゆる話声 聞くともなしに友彦は思はず門をかい潜り 何かの綱に曳かれしごと何時の間にやら門の口 此処は高姫御館奥には幽かな人の声 何処の客かは知らねども何は兎もあれ戸を叩き 主人の様子を窺はんさうぢやさうぢやと独言 忽ち表戸打ち叩き『教の道の友彦が 久方振にお館へ帰り来ませる高姫に 敬意を表して御挨拶申さんものと取る物も 取らずに尋ね来ましたぞお構ひなくば表戸を 早く開けさせ給へかし』呼べば中より安公が 『折角乍ら友彦よお前は意地久根悪い故 高姫さまの気に合はぬ今も今とて国さまや 秋彦さまがやつて来て何ぢや彼んぢやと駄句りつつ 形勢不穏と見済まして尻を紮げて去にました お前も立派な男なら些とは考へなされませ 奥の一間に高姫や高山彦や黒姫が 夏彦、常彦前に置き秘密の話をして御座る 秘密は何処迄秘密ぢやと高姫さまの常套語 今日は風向悪い故去んだがお前の得だらう 男を下げて帰るより貞操深きテールスの 姫の命と親密に尊き神の御言葉を 調悟つた其上で喧嘩の材料を蓄へて 此場を出直し堂々と捲土重来するがよい 七尺男が高姫や黒姫さまに凹まされ 泡を吹くのも見ともないお前は私の好きな人 お鼻の赤い愛嬌者木花姫の再来と 勝公さまが云うて居た一度に開く蓮花 此処は聖地の蓮華台それの麓の神館 嘘か誠か知らねども系統の身魂に憑られし 日の出神が御座るぞや竜宮海の乙姫も 黒姫さまを機関とし天狗の身魂も引き添うて 高山彦の夫婦連れ三人世の元結構と 済ました顔で御座るのに赤鼻天狗がやつて来て 鼻と鼻とが衝突し又もや悶着起りなば 安公さまも勝公も何うして傍に居られよか 地震雷火の雨もさまで恐れぬ豪傑の 安公さまも高姫のその鼻息にや耐らない 男一匹助けると思うて帰つて下さんせ 肝腎要の性念場秘密話の最中に お前が来たと聞いたなら忽ち起る暴風雨 柱は倒れ屋根剥れ険難至極の修羅場裏 あゝ惟神々々御霊幸はへましまして 白い玉をば預かつたジヤンナの郷の救世主 此処では詮らぬ宣伝使神の上には上がある 口が悪いと腹立てて怒つて呉れなよ高姫が 今日も今日とて云うて居た俺が云うので無い程に 日の出神の生宮の御霊が憑つて説き明す 斯う云ふ中にも高姫のお耳に入れば大変だ 地異天変は目のあたり早く帰れ』と促せば 友彦フフンと鼻で息『魂ぬけ婆さまの高姫が 四股の雄健び踏み健び何程勢強くとも バラモン教の友彦と世に謳はれた俺だもの 高姫位が何怖い女の一人や十人が 怖くて此世に居られよか腰抜け野郎』と云ひながら 力の限り表戸を押し分け入らんとする所 『千騎一騎の此場合友彦如きに這入られて 何うして門番勤まろか後でゴテゴテ高姫の お小言聞くのが耐らない友彦お前は夫程に 物の道理が分らぬか荒浪凪いだ明朝 又出直して来てお呉れ其時こそは喜んで 𧘕𧘔つけて門口へ私が出迎へ致します 頼む頼む』と泣き声を放てば友彦立ち止まり 平地に浪を起すよな悪戯しても済まないと 心を柔げ声を変へ『お前の云ふのも尤もだ そんなら今日は帰ります高姫さまや黒姫に 友彦さまがやつて来て秘密の話があるさうぢや お邪魔をしてはならないと賢いお方の事なれば 先見つけて我館いそいそ帰つて往きました 万一明日来たなれば高姫さまも黒姫も 高山彦も安公も𧘕𧘔姿でお出迎ひ 必ず粗相あるまいぞ呉れ呉れ申て置く程に 沢山さうに友彦とお前は思うて居るだらう 黄金花咲く竜宮の一つ島にて名も高き ネルソン山の峰続きジヤンナの郷の救世主 小野の小町か衣通かネルソンパテイか楊貴妃か テールス姫かと云ふやうな古今無双のナイスをば 女房に持つた果報者必ず必ずこの言葉 忘れちやならぬぞ高姫に頭を低ふ尻高く 犬蹲踞に身構へし申伝へて呉れよかし 高姫さまも友彦の光来ありしと聞くならば 忽ち顔色青くして待ち兼ね山の友彦が 訪ねて来たのを素気なくも主人の我に無断にて 帰すと云ふ事あるものか気の利いた割に間の脱けた 安公の野郎と頭から雷さまが落ちるだろ 夫を思へば安公がお気の毒にて耐らない 減らず口ぢやと思ふなよ武士の言葉に二言ない 研き悟りし天眼通鏡に映したその如く 一切万事知れて居るあゝ惟神々々 御霊幸倍坐ませよ青垣山は裂けるとも 和知の流は涸れるとも友彦さまの云つた事 一分一厘違はない大地を狙つて打ち下ろす 此棍棒は外れても我一言は外れない 頤が外れて泡吹いて吠面かわいて梟鳥 夜食に外れた時のよな妙な面つきせぬやうに 親切心で友彦が一寸お前に気をつける 教の道の友達の好誼ぢや程に安公よ 決して仇に聞くでない天が下には敵も無く 一人も悪は無い程に心の隔ての柴垣を 早く取り除け世の中の人を残らず仁愛の ミロクの眼で見るならば尊き神の御子ばかり 高姫さまに此事を重ねて云うて置くがよい 別れに望んで友彦が一寸憎まれ口叩く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ乍ら夕焼の空を打ち仰ぎつつ、いそいそと我家をさして帰り往く。 友彦の帰り往く後姿の見えぬ迄見送つた安公は、 安公『アヽとんでも無い奴がやつて来やがつて、いらぬ気を揉ましやがつた。褒めて去なさうと思へば調子に乗つて這入らうとする。仕方が無いから悪く云つて帰さうと思へば、無理やりに戸を押し開けて這入らうとする。困つた奴だ。あんな男を此の結構な日の出神のお館へ入れやうものなら、又高姫さまが四足身魂が来たから、此辺が汚れたから、塩をふれ、水を撒け、其辺を掃けと矢釜しく仰有るに違ひない。此広い庭前を俺達二人が何程鯱んなつても、お気に入るやうな事は出来はしない。マアマア高姫さまに分らいで掃除だけは助かつた。友彦の奴減らず口を叩きやがつて、𧘕𧘔姿でお出迎ひせよと馬鹿にしやがる。併し俺が一寸其場逃れにお仕着せ言葉を使つたのが誤りだ。……何、変説改論の世の中、日進月歩だ。今日の哲学者の以つて真理となす所、必ずしも明日は真理でない。又夫以上の大真理が発見せられたら、今日の真理は三文の価値も無く社会から葬られて仕舞ふのだ。エヽそんな事考へて取越苦労をするのは馬鹿らしい。刹那心を楽しむのだ。あゝ今と云ふ此刹那の心配と云うたら有つたものでない。併しマア無事に帰つて呉れたので、俺も今晩は足を長うして寝られるワイ』 と口の中で呟いて居たが、いつしか声高になり、高姫が小便に往つた帰りがけ、フト耳に入り、 高姫『これこれ安公さま、お前今大きな声で何を云つて居たの』 安公『ハイ、眼下に瞳を放てば淙々たる小雲の清流老松の枝を浸し、清鮮溌溂たる魚は梢に躍る。実に天下の絶景だ。それにつけても此お庭先、勝公と安公さま両人の丹精により、実に清浄なものだ。実に一点の塵もなく汚れも無い。まるで御主人の身魂に好く似た綺麗な庭先だと、感歎して居た所で御座いますワイ』 高姫『友彦が何とか、……云うて居たぢやないか』 安公『ヘー、……ヘヽヽヽー、左様で御座います。舳解き放ち艫解き放ち、あの水面を漕ぎ渡る船の美しさ。兎も角も何ともかんとも云はれぬ、結構な眺めだと云つて居ましたのですよ』 高姫『これ安公さま、お前は掃除するのが嫌ひだらう』 安公『ハイ、決して決して、身魂の洗濯、心の掃除するために此聖地へ修業に参り、貴女のお館の掃除番をさして頂き、日々身魂を結構に研かして貰うて居ます』 高姫『何うも糞彦の匂ひがする。厠の穴から抜け出た男の友彦が来たのぢやないかな』 安公『何とまア貴女の鼻は能う利きますね。恰でワンワンさまのやうですわ』 高姫『私の云ふ事なれば聞いて下さるかな』 安公『ハイハイ如何なる事でも聞きまする。仮令貴女が死ねと仰有つても背かずに聞きまする』 高姫『耳だけ聞くのぢやないよ。聞くと云ふのは行ひをする事ぢや。サア是から屋敷中隅から隅まで箒で掃き浄め、塩をふり、水を一面に打つて下さい。さうして此雨戸にも何うやら四足の手で押したやうな臭がする、此戸の薄くなる程砂で磨いて擦つて置きなさい』 安公『それや……些と……ぢや御座いませぬか』 高姫『些とで不足なら座敷から厠の中迄掃除をさして上げやう。人間は苦労せなくては神様の事は分りませぬぞエ』 安公『チー……、チツト……、ムヽヽヽですな』 高姫『そんならとつとと今日限り帰つて下さい』 安公『勝公さまと二人で掃除をさして頂くのでせうなア』 高姫『勝公さまは炊事万端、座敷の用もあるし、一息の間も手が抜けませぬ。エヽ何だか汚い臭がする。是から夜が明けても構はぬ、掃除をするのだよ』 安公『アヽ掃除ですか』 と力無げに頸垂れる。 高姫『安公さま、間違無からうなア』 安公『ヘエー……』 と長返辞し乍ら水桶を持つて井戸端に、のそりのそりと進み行く。高姫は細い廊下を伝つて奥の間に姿を隠した。 安公はブツブツ云ひ乍ら、十三夜の月の光を幸に、さしもに広き庭の面に、深い井戸から撥釣瓶に汲み上げては手桶に移し、撒布しながら、小言を云つて居る。 安公『アヽ大変な事が起つて来た。天変地異よりも何よりも俺に取つては大問題だ。大国治立尊様が三千世界をお立替へ遊ばし、綺麗薩張水晶の世になさる以上の大神業だ。併し乍ら折角ちやんと掃除を済まし、高姫衛生委員長の試験にやつと合格して、やれやれと息を入れる時分に、又もや友彦が明日になるとやつて来よる。さうすりや又同じ事を繰返さねばなるまい。高姫も高姫じや、友彦も友彦ぢや、鷹とも鳶とも、鬼とも、蛇とも、馬鹿とも、何とも訳の分らぬ代者の寄合だ。さうぢやと云つて此儘掃除をせずに置く訳にも往かず、是非とも皆やらねばならぬ。旭は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、友彦の命のある限り、やつて来ぬとも分らない。困つたものだ。同じ神さまの道に居ながら、何故犬と猿のやうに仲が悪いのだらう。共に手を引き合うて往かねばならぬ神のお道、とも角も困つたものだなア、エヽ焼糞だツ。 (安公)『今日は九月の十三夜俺の副守よ能つく聞け 必ず忘れちやならないぞこんな苦しい目に遭ふも 鼻赤男の友彦が来やがつたばかりに肉体も お前も共に苦労する苦労するのがイヤなれば 俺の体を一寸放れ鼻赤天狗に憑依して 又しても友彦が来ぬやうに頭を痛め足痛め 鉄条網を張つて呉れ毎日日日来られては 俺の肉体がつづかないあゝ惟神々々 叶はん叶はん耐らない叶はん時の神頼み 同じ主人を持つならば言依別神さまや 杢助さまのやうな人神さま持たして下しやんせ 鼻高姫の頑固者偏狭な心を出しよつて 気に喰はぬ奴が来たと云ひ汚れて臭いとは何の事 我儘気儘も程がある人を使はうと思つたら 一度は使はれ見るがよい高姫さまのやうな人 弥嫌になつて来た是から此家を夜抜けして 国依別か秋彦の館を指して逃げ込まうか 宇都山郷の破屋の松鷹彦の真似をした 俺は矢張国さまの親の御霊か知れないぞ エヽエヽ思へば高姫が小癪に触つて耐らない 小癪に触つて耐らない小杓を握つた此手さへ びりびり震ひ出して来たエヽ邪魔くさい邪魔くさい』 云ふより早く水桶を頭上に高く差し上げて 庭に並んだ捨て石を睨んでどつと打ちつける 桶は忽ちめきめきと木つ端微塵に潰滅し 水は一度に飛び散つて高姫黒姫其外の 居間の障子に打つ突かる高姫驚き外面をば 眺める途端に安公は『お前は高姫黒姫か 長らくお世話になりましたお前のやうなえぐい人 誰がヘイヘイハイハイと粗末な粗末な椀給で 御用聞く奴がありませうか一先づ御免候へ』と 後を振り向き振り向いて月の光を浴びながら 黍畠深く隠れける。 高姫『エヽ仕方のないものだ。とうとう彼奴は国依別の悪霊に憑かれて仕舞つたな。是から国依別の館に行くと、独言を云うて居た。四つ足身魂が出て来ると、碌な事は一つも出来はしない。……なア黒姫さま、確りしないと貴方も何時悪神に憑依せられるか分りませぬぜ』 黒姫『オホヽヽヽ』 斯かる所へ勝公は、 勝公『もしもし御一同さま、大変に御飯が遅れて済みませぬ。どうぞ此窓を開けて、お月さまを見乍ら、悠くりとお食り下さいませ』 高姫『あゝ夫は御苦労だつた。お前も早う御飯をお食り、安公のやうに飛び出さぬやうにして下されや』 勝公『ヘエ、もう彼奴は飛び出しましたかな。ヤヽ仕舞つた。先立たれたか、残念だ』 高姫『これこれ勝公さま、お前は何を云ふのだ。高姫館が嫌になつたので、抜け出す積りで居たのだらう』 勝公『何だか聖地の方々に対しても肩身が狭いやうな気が致しましてなア。立寄れば大木の蔭とやら、何程此お館に大木が沢山あつても、箸と親分は丈夫なのがよいとか申しましてな。実は一寸思案をして居りますので御座いますワイ』 高姫『宜敷い、旗色のよい方につくのが当世だ。体主霊従の杢助さまにでも引き上げて貰ひなさい』 勝公『今日から此処を出されては実は困ります。何と云つても、○○の留守をして居つた奴だからと云つて、誰も彼も排斥して使つて呉れませぬから、止むを得ず貴方のお宅にお世話になつて居ました。よい口があれば誰がこんな所へ半時でも居りませうか。私の口が出来る迄一寸腰かけに置いて下さい』 高姫『エヽ汚らはしい。そんな心の人はトツトと去んで下さい、反吐が出る』 勝公『神様は反吐の出るやうな汚い者を集めて洗濯をなさるのぢやありませぬか。清らかな者計りなら、別に教を立てる必要はありますまい。高姫さまもよい洗濯の材料が出来たと思つて、も少し私の身魂を洗濯して下さいな』 高姫『もう洗濯屋は廃業しました。洗濯がして欲しければ一本木迄いつて来なさい。サアサアトツトと帰つた帰つた……とは云ふものの、明日から誰が飯を炊いて呉れるだらう。チヨツ、いまいましいが、そんなら暫く置いて上げよう』 勝公『何だか安公が出やがつてから俺も出たくなつた。何ぼう置いてやると云うても居る気もせず、あゝ仕方がないなア』 と小さい声に呟きながら、納戸の方に姿を隠した。 (大正一一・七・二二旧閏五・二八加藤明子録)
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霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 03 魚水心 第三章魚水心〔七八五〕 高姫、黒姫、高山彦、夏彦、常彦の五人は、四方山の話に耽り乍ら晩餐を済ませ、窓を開けて月を拝し乍ら、ヒソヒソ話に耽つてゐる。 高姫『夏彦、常彦さま、お前さまは言依別の教主に随いて、五色の御玉を御迎へに秋山彦の館まで往つたぢやありませぬか』 夏彦『ハイ行きました。それはそれは御立派な事で御座いましたよ。なんでも初稚姫、玉能姫、玉治別、久助、お民の五人さまが、竜宮の一つ島の諏訪の湖の竜の宮居とかで、乙姫さまから五色の結構な玉を御頂きなされ、それを自分の手柄にするのも勿体ないと云ふ御精神から、初稚姫さまは紫の玉を梅子姫様に御渡し遊ばされ、それに倣うて四人の御方は黄竜姫、蜈蚣姫、友彦、テールス姫にその玉を無言の儘渡されたといふ事です。人間も、アー云ふ工合に私を捨て譲り合つて行けば、何事も円満に行くのですがなア』 高姫『何ツ、黄竜姫や蜈蚣姫、彼の友彦にテールス姫、彼んな輩がそんな御用をしましたかい。何程人物払底だと云つても、あんまり酷いぢやありませぬか。さうしてその玉は今聖地に納まつてあるだらうな。竜宮の乙姫さまの肉の宮、黒姫さまが此処に御座るのだから、謂はば黒姫さまが二三年も竜宮の島に渡つて御仕組をして置かれたのだ。それも此の高姫が神様の御都合で、黒姫さまを聖地から追出したのが矢張御用になつて居るのだ。そんな事の分つた奴は一人も有りますまい。何を云つても杢助のやうな没分暁漢が総務さまだからね』 夏彦『それは誰もよく存じて居ります。これは全く日の出神さまや、竜宮の乙姫様の御蔭で授かつたのだと云つて居ますで』 高姫『それは定つて居るぢやないか。併し日の出神の肉の宮と、竜宮の乙姫さまの肉の宮は、何方ぢやと云ふ事が分つて居らねば駄目ですよ』 常彦『それは云はいでも定つてゐますがな。系統の肉体に憑らいで何処へ憑らはりませう。乙姫さまだつて、依然日の出神さまの生宮に引添うて御座る御方に定つとるぢやありませぬか。それで言依別神様が信者一同に玉を開けて一度拝まし度いのだけれど、肝腎の系統の生宮さまが御帰りになる迄、吾々は開ける事は出来ないと云つて、御自分で何処かへ御納めになりました。貴方が些とも言依別さまの御館へ顔出しをなさらぬものだから、待つてゐられるのですよ』 高姫『言依別も大分此頃は改心が出来たと見えますワイ。此の肉体が日の出神の生宮ぢやと云ふ事が徐々と気が付いたらしい。なア竜宮の乙姫さま、それに就いても、些と分らぬぢやありませぬか。吾々が訪ねに行かずとも、それが分つた以上は日の出神や竜宮の乙姫様へ御礼に来ねばならない筈だ。本末顛倒も実に甚しい』 夏彦『決して決して、言依別様はそんな御考へは些とも無いのですが、貴方は何時も言依別の奴灰殻だとか、四足身魂だとか仰有るものだから言依別様は、貴方の御宅を御訪ねなされ度いのは胸一杯になつて居らつしやるのですが、人手の少いのに、又々秋季大清潔法をなさらんならぬ様な事が起ると、御気の毒だと云つて控へて御座るのですよ』 高姫『そんな御心配は要りませぬわ。日の出神や竜宮の乙姫の生宮が分る丈の身魂なら、最早四足身魂は退散して居るに違ひないから、高姫、黒姫が待ちかねてゐるから一遍御出でなさいと云つて下さい。いろいろと言うて聞かしたい事もある。何程賢い教主だと云つても年の若い経験の無い社会大学を卒業せない人だから、言はねばならぬ事が山程あるのだけれど、又煩さがられると思うて今迄云はずに居つたのだよ。それが本当なら言依別も見上げたものぢや。オツホヽヽヽ』 夏彦『折角立派な御玉が納まつて皆の信者が拝観したいと云つて待つて居ります。何卒その玉を貴女の御手で開いて貰はなければ誰も開く事が出来ぬのですから、何卒早く御機嫌を直して錦の宮へ御参詣の上、言依別様と御相談して下さいな』 高姫『ソリヤ道が違ひませう。言依別は教主だと云つても、それは人間が定めたもの、誠生粋の日の出神様や竜宮の乙姫様の御鎮まり遊ばす肉の宮へ、一度の面会にも出て来ぬと云ふ失礼な事がありますかい』 夏彦は言ひ憎さうに一寸頭へ手を上げて、 夏彦『あなたの仰有る事も一応は御尤ものやうに考へますが、そこはさう四角張らずに、言依別様は言依別様として、教主と云ふ名に対し貴方から御訪問なさるが至当だと思ひます。それも亦直接に御会ひになつてはいけませぬ。何程御嫌ひになつても総務の杢助さまの手を経て御面会をなさいませ。それが至当だと此の夏彦は御神徳を頂いてゐます』 高姫『あんな杢助や国依別のやうな行儀知らずに、阿呆らしくて面会が出来ぬぢやありませぬか。二つ目には四足かなんぞのやうにゴロンと横になり、不作法な…生宮の前でも寝て話をすると云ふ代物だから、国依別までが同じ様に猿の人真似をしよつて、好いかと思つてグレンと仰向けになり応対をして居るから、この高姫が「些と心得なさい、失礼ぢや無いか」とたしなめてやれば、霊界物語でさへも仰向けになつて、足をピンピン上げ以て結構な神界の因縁を説かれるぢやないかと、屁理屈をこねる仕方の無い奴だ。そんな奴を又言依別さまも人間が好いものだから、悦んで使つてゐると云ふ御目出度さ。第一これからが退けて了はなくちや、三五教も何時になつても駄目ですよ』 夏彦『あなたの御言葉は実に御尤もです。私も時々杢助さまが仰向けになつて、私達にいろいろの事を御指図をなさるので時々ムツとしてその訳を詰問すると杢助さまの言草が面白い。「今のやうな百鬼昼行の世の中の人間は、みんな鬼や蛇や悪魔が人間の真似をして立つて歩いて居るのだ。さうして蟹が行く横さの道計り平気でやつてゐるから耐らない。今日の世の中を革正しようと思へば、何うしても人のようせぬ事を致さねば立替、立直しは出来ない。今日の社会を見なさい、その潮流は滔々として横へ横へと流れてゐるぢやないか。それが所謂天地自然の道だ。川の水でも潮水でも横に流れて居るべきものだ。数多の人命を乗せて走る汽車も矢張横に長うなつてゐる。レールでさへもさうぢやないか。もしもレールがチヨコンと坐つたり、立てつて見なされ、汽車は忽ち転覆するぢやないか。横に流れて居る河川は洋々として少しも淹滞なく、又愛らしい雛を育てる牝鳥は翼の中へ大切に抱えて巣の中へ寝てゐます。卵を孵すのだつて寝て居らねば孵りはしない。ノアの方舟だつて矢張り水面を横に進んで流れてゐる、水平社の運動でも……」と仰有いましたよ』 高姫『そんな屁理屈がありますか。この庭先の松や篠竹を見なさい。皆地から真直に上へ向つて立つてるぢやありませぬか。横になつてる奴は幹が腐つて風に吹き倒された木許りぢや。又本打切り末打断ちて皮を剥かれた枯木の材木ばつかりだ。横になつてる奴に碌なものがありますか。さうだから杢助では駄目だと云ふのですよ』 と力をこめて握拳で閾を思はずポンと叩き、『アイタヽヽ』と云はんとしたが、『アイ……』と云つた限り顔を顰めて左の手でコツソリと撫でてゐるその気の毒さ。 常彦『なんと理屈は何方へでもつくものですな。火中水あり、水中火あり、火は水の力を借つて燃え上り、水は火の力に依つて動かされる道理で、何方から聞いても理屈は合ひますワイ。それで経が変性男子、緯が変性女子と神様が仰有るのでせう。経糸計りでは所詮駄目で、矢張り緯糸が無ければ錦の機は織る事は出来ませぬ』 高姫『その緯がいかぬのですよ。緯は梭が落ちたり、糸が切れたり致すから、それで変性女子の行方は駄目だと云ふのだよ…… 機の緯織る身魂こそ苦しけれ一つ通せば一つ打たれつ なんて弱音を吹いて居るやうな言依別に何が出来ますかいな。イヤイヤ矢張言依別は出来ぬとも限らぬ。此頃は大分に改心をしかけたから、変性男子の経糸に対して、私がサトクとなつて立派な機を織つて見せませう。緯糸になる緯役さへサトクの言ふ通り従いてくれば好いのだ。……ナア黒姫さま、さうぢやありませぬか』 黒姫『左様々々、貴方の仰有る通り一分一厘毛筋の横巾程も違ひはありませぬ。何卒一時も早う杢助さまが改心さへしてくるれば、何にも云ふ事はありませぬがなア』 常彦『杢助さまの方では何卒一日も早く高姫さまや黒姫が改心さへしてくれれば何も云ふ事はないがなア…と首を傾げて大変に考へてゐましたよ。国依別だつてあんたの敵対役に実際の所はこしらへてあるのですよ。此間もお肴だと云つて石を持つて来たでせう。それは大きな声では云へぬが全く言依別様の御指図ですよ』 高姫『ナニ、言依別が……あんまりぢやないか』 常彦『言依別様は深い思召しがあつて国依別にあーいふ事をさせて、お前さまが怒るか怒らないか、怒るやうでは玉の御用をさす時機がまだ来て居らぬのだし、それを耐へ忍ぶやうな高姫さまなら、モウ大丈夫だからと云つて気を御引きなさつたのですよ。お前さまは矢張腹が立ちませうね』 高姫『エー腹が立つといふやうな、そんな小つぽけな精神で、大和魂と云はれますかい。大海は塵を選まず、百川の濁流を呑んで濁らずと云ふ高姫の態度ですからなア。天の高くして諸鳥の飛翔するに任するが如く、海の濶く深くして魚鼈の躍るに任すが如しといふ広大無辺の大精神ですから……ヘン……あんまり見損ひをして貰ひますまいかい。妾を試すなんて猪口才過ぎる。矢張自分の心が小さいからだよ。自分の心の尺度を以て、生神様の大精神を測量しようと思ふのが、テンから間違つてゐる。併し乍らそこまで言依別もなつたか、ホンに可愛いものだ。……そんなら常彦さま、お前、言依別さまに逢つて、高姫さまは彼の位な事は、何処を風が吹くらんといふやうな態度で、余裕綽々、泰然自若として笑つて御座つたと、実地正真らしく……オツトドツコイ……実地正真の立派な態度を、よく腹へシメこんで置いて申上げるのだよ』 常彦『兎も角今日の有りの儘を申上げたら好いのですか。嘘は一寸も云はれぬ御道ですからなアー』 高姫『エー矢張モウ云うて下さるな。妾が直接に御目にかかつてその寛大振を見せて来るから、今日の事は何にも云ひつてはなりませぬぞ』 常彦『魚心あれば水心あり、打てば響くとやら……、ナア夏彦、さうぢやないか。チツトはコンミツシヨンとか、ボーナスとか有りさうなものだなア』 黒姫『オホヽヽヽ、何と現金なお方だこと』 常彦『何分此肉体は融通の利く人間ですが、三五教の誠の教を守護神の奴、腹中で、すつかりと聞き居つたものだから、相手の通り云ひたがつて仕様がありませぬ。この肉体は何も云ひませぬ。副守の奴に何か気をつけてやつて下さい。袂が重ければ重い程都合が宜しいで。少々の重味位乗せた所で、中々の強い奴ですからなア』 高姫『マアマア成功の後、御注文通りボーナス(棒茄子)なつと、ボーウリ(棒瓜)なつと、干瓢なつと上げませうかい』 常彦『そいつはなりませぬぞ。何事も前銭を出して註文して置かねば、何程変換されても仕方がありますまい。証拠金とか手付金とか先へ頂いて公証役場へ行つて、公正証書でも取つて置きませうかな。アハヽヽヽ』 高姫『コレ常彦さま、冗談もよい加減にしなさい。……千騎一騎の此場合ぢやありませぬか』 常彦『ソラさうでせう。あなたにとつては千騎一騎、吾々は及ばず乍ら麻邇宝珠の御迎へを御勤め申し、一寸休養を賜はつて居るところですから、極めて悠々閑々たるものです。兎も角他の苦労で徳をとらうと云ふのは、却て骨が折れるものですワイ。併しこれは世間の話しですよ。お前さまは気が早いから直に自分の事に取つて怒る癖があるから剣呑だ』 高姫『何を仰有る。それは大きな声で云はれぬが、言依別命の事でせうがなア』 常彦『あんたはさう思つてますか。それで安心だ……。なア夏彦さま』 夏彦『オホヽヽヽ、イヤモウ何うも感心いたしました』 斯かる処へ夜の閑寂を破つて宣伝歌の声が聞えて来た。 (亀彦)『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ頑迷不霊の高姫も 執着深き黒姫も天と地との御水火より 現はれませる神の御子神素盞嗚大神の 仁慈無限の御心を酌みとりまして言依別の 瑞の御魂は八尋殿麻邇の御珠を奥深く 納め給ひて高姫や黒姫さまの帰るまで 拝観する事ならないと言葉厳しく宣り伝へ 高姫さまの一行が聖地を指して帰り来る その吉日を待ち玉ふ思へば深し神の恩 仰げば高し御恵み露だも知らぬ高姫が 聖地に帰り来乍らも錦の宮の大前に 未だ詣でし状も無し玉照彦や玉照姫の 神の柱は言ふも更神素盞嗚大神の 珍の御子とあれませる五十子の姫や梅子姫 わけて尊き英子姫言依別の教主等に 未だ一度も挨拶の便りもきかぬうたてさよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 執着心と片意地にとりからまれし両人や 高山彦の身魂をば神の御稜威にさらさらと 清め玉ひて片時も疾く速けく大前に 詣で来りて神業に参加なさしめ玉へかし 如何に高姫黒姫が頑強不霊と云ひ乍ら 神の御裔の方々に無礼の罪を重ぬるは 実に悲しき事ぞかし教の道の友彦を 一度遣はし見たれども金門を守る安公に 追ひ退はれて減らず口叩いて館へ立帰り 面を膨らせブツブツと小言の限り列べ立て とりつく島もなき別れわれは亀彦宣伝使 英子の姫の御言もて高姫黒姫両人を 今や迎へに来りけり月は御空に皎々と 輝き渡り万有に恵みの露を賜へども 心の空の村雲に十重に二十重に包まれて 黒白も分かぬ胸の闇晴らし玉へよ天津神 国津神達八百万三五教を守ります 皇大神の御前に万代祝ふ亀彦が 謹み敬ひ祈ぎ奉るあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と歌ひつつ高姫館を指して次第々々に近づき来る。 亀彦は門の開きあるを幸ひ、つかつかと進み来り、 亀彦『モシモシ夜中にお邪魔を致しまするが、私は亀彦の宣伝使で御座りまする。江州の竹生島より英子姫様と同道にて聖地へ参つて居りまする。承はりますれば高姫様、黒姫様、高山彦と共にお帰り遊ばしたとのこと、御機嫌をお伺ひに参りました。お差支なくばお通し下さいませ』 高姫『ヤア貴方は亀彦さまか。よくマア竹生島に於て国依別さまと東西相応じ、御親切に何から何まで御注意下さいまして有難う御座います。私も一度英子姫様始め、貴方達にもお礼のためにお伺ひ致したいと思つて居ましたが、何とは無しに貧乏暇なしで御無礼を致して居りまする。併し乍ら今日は来客がありますので、失礼乍らお帰り下さいませ。只今の宣伝歌を拝聴いたしましたが、随分立派なお声でお節もお上手になられました。丁度竹生島の社の後に現はれ玉うた女神様のお声その儘でしたよ。オホヽヽヽ』 亀彦『御差支とあれば是非が御座いませぬ。左様ならば、お暇致しませう』 と云ひつつ月の光を浴び乍ら足早に帰り行く。後見送つて高姫は、 高姫『オホヽヽヽ、やつぱり気が咎めると見えますワイなア。……黒姫さま、高山彦さま、あの亀彦が恐相な帰り様、計略の裏をかかれて、コソコソと鼠のやうになつて逃げたぢやありませぬか』 黒姫『ウフヽヽヽ』 高山彦『アハヽヽヽ』 (大正一一・七・二二旧閏五・二八外山豊二録)
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(1949)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 21 喰へぬ女 第二一章喰へぬ女〔八二一〕 タルチールの船長室には、言依別命、国依別三人鼎座して、神界の経綸談に就いて、熱心に意見を戦はして居た。 船長『只今三五教の宣伝使高姫と申す者、甲板上にて、取りとめもなき事を申して居りましたが、如何にも教主様の御言葉の通り、執着心の深い偏狭な人物ですなア。何とかして彼を救うてやる訳には参りませぬか。何でもあなた様を非常に恨み且つ疑ひ、麻邇の宝珠を御両人が懐中にして、高砂島へ逃げたに違ひないから、どこまでも追つかけて取返さなならぬと、それはそれは大変な逆上方で御座いましたよ。あなたも良い加減に実を吐いて、あの高姫を安心さしておやりになつたら如何でせう』 言依別『麻邇宝珠の替玉事件は全く大神様の御経綸に出でさせられたものでありまして、吾々としては其一切を高姫に対し、明示することは出来ない事になつて居ります。又高姫は吾々の申すことは決して信ずる者ではありませぬ。何程誠の事を言ひ聞かしましても、心の底からひがみ切つて居りますから、到底本当には致しませぬ。どうも困つたものです』 船長『あなたで可かなければ、国依別様を通してお示しになつたら如何ですか』 言依別『到底物になりませぬ。国依別は随分高姫に対し、幾回となくからかひ、且つ玉の所在を知らせて失敗をさせた事がありますから、なほなほ聞く道理は御座いませぬ』 船長『其玉は一体如何なつてゐるのですか』 言依『何人にも口外することは出来ないのですが、あなたに限つて他言をして下さらねば申上げませう。如意宝珠の天火水地の宝玉は、自転倒島の中心地、冠島、沓島に大切に隠してあります。それを高姫が、吾々が持逃したものと思ひ、私の後を追うて此処までやつて来たのでせう。御存じの通り吾々両人は玉などは一個も所持してはゐませぬでせう』 船長『仰せの通り何も御持ちになつて居られませぬ。一層の事、高姫に直接御会ひになつて、これ此通り、吾々は玉なんか持つてゐない、と御示しになつたら如何でせう』 国依別『それは駄目ですよ。ここに持つてゐなくても、どつかに隠したのだらうと、どこどこ迄も疑つて、尚更手きびしき脅迫を致しますから、自然に気のつく迄棄てておく方が利益だと思ひます』 言依『吾々両人が何程誠を申しても、高姫に限つて信用してくれませぬから、あなた、誠に御苦労をかけますが、高姫をソツと何処かへ御招きになつて、高砂島には決して玉なんか隠してない、自転倒島を探せよ……と云つて貰つた方が、却て信用するかも知れませぬ。下らぬことに無駄骨折らすも、可哀相でたまりませぬから……実の所は其玉は高姫に探させ今迄の失敗を回復し、天晴れ聖地の神司として恥かしくない様にしてやりたいとの、神素盞嗚大神の思召に依り言依別が持逃したことに致し、私は犠牲となつて聖地を離れ、これより高砂島、常世国を宣伝し、遂にフサの国ウブスナ山脈の斎苑の館に参り、コーカス山に至る計画で御座います。どうぞあなたより、高姫に対して、無駄骨を折らない様に能く諭して下さいませぬか』 船長『ハイ、私もあなたより宣伝使の職を命ぜられたる上は、高姫さまに対し、宣伝の初陣を試みませう。もしも不成功に終つたならば、宣伝使を辞職せねばなりませぬか』 言依『そんな心配は御無用です。成るも成らぬも惟神ですから、成否を度外に置いて、一つ掛合つて見て下さい』 船長『ハイ左様ならば、一つ初陣をやつて見ませう』 茲に船長は、高姫を吾一室に招き、私かに高姫に向つて注意を与ふる事とした。 船長は繁忙なる事務を繰合せ、真心より顔色を和げ、言葉もしとやかに高姫に向つて話しかけた。 船長『高姫さま、先程は、誠に尊き御身の上とも知らず御無礼を致しました。今更めて御詫をいたします』 高姫『お前は高島丸の船長、それ位なことが気がつかねばならぬ筈だ。何故に今迄此日の出神の生宮が分らぬのだらうかと、実は不思議でたまらなかつた。併し賢明なるお前、滅多に分らぬ筈がないのだが、つまりお前にバラモン教の悪神が憑依してゐて、あのような下らぬ事を云はしたのですよ。日の出神がチヤンと一目睨んだら能う分つてゐます。流石の曲津神も、日の出神の威勢に恐れて、波を渡つて逃て了ひよつたのです。今のお前の顔と、最前の顔とは丸で閻魔と地蔵程違つてゐます。あなたも之れから此高姫の教を聞いて、三五教の信者におなりになさつたら、益々御神徳が現はれて立派な人格者におなり遊ばし、これから先、高砂島の国王にもなれまいものでも御座いませぬ。同じ一生を暮すなら、船頭になつて、日蔭者で了るよりも、チツとは気苦労もあれど、あの広い高砂島の国王になつて、名を万世に轟かしなさるが、何程結構ぢや分りますまい』 船長『ハイ有難う、私は御察しの通りバラモン教の信者で御座います』 とワザと空呆けて、言依別命より宣伝使の職名を与へられたことを絶対に包みかくしてゐる。 高姫『バラモン教なんて駄目ですよ。あんな邪教に首を突込んで何になりますか。あなたも立派な十人並秀れた男と生れ乍ら、その様な教にお這入りなさるとは、チト権衡がとれませぬ。早く三五教にお這入りなさい。キツと御出世が出来ますぞえ』 船長『私は国王なんかにならうとは夢にも思ひませぬ。船長は船長として最善の努力を尽し、吾使命を完全に遂行すれば、これに勝つた喜びはありませぬ、又三五教とか、バラモン教とか云ふやうな雅号に囚はれてゐては、本当の真理は分りますまい。雨霰雪や氷とへだつ共、おつれば同じ谷川の水……とやら、大海は細流を選ばずとか云つて、真理の光明は左様な区別や雅号に関係なく皎々と輝いて居ります。善とか、悪とか、三五とか、バラモンとかに囚はれて宗派心を極端に発揮してゐる間は、却て其教を狭め、其光を隠し、自ら獅子身中の虫となるものです。三五教は諸教大統一の大光明だとか聞いて居りました。然るに貴女は世界を輝きわたす三五教の宣伝使の中でも、一粒よりの系統の御身魂而も日の出神さまの生宮であり乍ら、偏狭な宗派心に駆られて他教を研究もせず、只一口に排斥し去らうとなさるのはチツと無謀ではありませぬか。猪を追ふ猟師は山を見ず……井中の蛙大海を知らず……富士へ来て富士を尋ねつ富士詣で……とか云ふ諺の通り、余り区別された一つの物に熱中すると、誠の本体を掴むことは出来ますまい。如何がなもので厶いませうか。併し私は未だバラモン教の教を全部究めたと云ふのでは厶いませぬ。未成品的信者の身分を以て、錚々たる宣伝使の貴女に斯様なことを申上ぐるは、恰も釈迦に向つて経文を説き、幼稚園に通ふ凸坊が大学の教頭に向つて教鞭を執る様な矛盾かは存じませぬ。どうぞ不都合な点は宜しく御諭し下さいまして御訂正を御願ひ致します』 と極めて円滑に言依別仕込みの雄弁を揮ひ、下から低う出て、高姫の心を改めしめむと努めて居る。 高姫『何とお前さまはお口の達者な方ですなア。丁度三五教にもあなたの様なことを申す、ドハイカラが厶いますワイ。其ドハイカラが而も教主となつてゐるのですから、幽玄微妙なる神界の御仕組を、智慧学や理屈で探らうと致すから、何時も細引の褌であちらへ外れ、こちらへ外れ、一つも成就は致しはせぬぞよと、変性男子のお筆に出てをる通り、失敗だらけになつて了らねばなりませぬぞや。お前もそんな小理屈を云はないやうになつたら、それこそ誠の信者ですよ。ツベコベと善悪の批評をしたり、日の出神の生宮に意見をするやうな慢神心では、誠の正真は分りませぬぞえ。智慧と学と理屈と嘘とで固めた世の中の身魂が、変性女子の言依別に映写して居る様に、お前も人間としては、実に立派なお方だが、神の方から見れば、丸で赤ん坊のやうな事を仰有る。人間の理解力で、如何して神界の真相が分りますか。妾の様に生れ赤子のうぶの心になつて、神さまの仰有る通りに致さねば、三五教の一厘の御仕組は到底分りはしませぬぞや』 船長『成程、言依別さまに……ウン……オツとドツコイ言依別さまと云ふ方は、私の様な理屈言ひで御座いますか。さぞお道の為にお困りでせうなア』 高姫『さうです共、言依別は有名な新しがりで、ドハイカラで、仕舞の果には大それた麻邇の玉迄チヨロまかし、今頃は高砂島で何か一つ謀叛を企んでゐるに違ひありませぬ。それだから言依別の思惑がチツとでも立たうものなら、それこそ世界は暗雲になつて了ひ、再び天の岩戸をしめねばなりませぬから、日の出神が活動して、言依別のなす事、一から十迄、百から千まで、茶々を入れて邪魔をしてやらねば世界の人民が助かりませぬ。ホンにホンに神界の御用位気の揉めたものは御座いませぬワイ』 船長『あなたは日の出神の生宮だと仰有いましたが、世界のことは居乍らにして、曽富登の神のやうに、天が下のことは悉くお知りで御座いませうなア』 高姫『三千世界のことなら、何なつと聞いて下され。昔の世の初まりの根本の、大先祖の因縁性来から、先の世のまだ先の世の事から、鏡にかけた様にハツキリと知らしてあげませう』 船長『さうすると、貴女の天眼通力で言依別命、国依別のお二方は今何処に御座ると云ふ事は御存じでせうなア』 高姫『ヘン、阿呆らしい事を仰有るな。モツトらしい事を御尋ねなされ。言依別は今テルの都に、国依別と二人、何か大それた謀叛を企んで、四つの玉を飾り、山子を始めて居りますよ』 船長『あゝ左様で御座いますか。実に日の出神様と云ふお方は偉いお方で御座いますなア。ソンならこれからテルの都へ私を連れて行つて下さいませ。そして、言依別命様に御会ひ申して、あなたの教を以て御意見を致して見ませう。キツト、テルの都に御座るに間違はありませぬなア』 高姫『神の言葉に二言ありませぬ。今日只今の所は、テルの都に居りますが、此船が向うにつく時分には又、向うも歩きますから、テルの都には居りますまい。こちらが歩く丈、向うも歩きますから、今どこに居ると云つた所で、会ふことは出来ませぬよ』 船長『そんなら神様の御神力で、言依別さまを、テルの都を御立ちなさらぬ様に守つて頂くことは出来ますまいか』 高姫『その位なことは、屁の御茶でもありませぬが、言依別は妾の嫌ひなドハイカラで厶いますから、どうも妾の霊が感じにくいので気分が悪うてなりませぬから、言依別や国依別に対しては例外と思うて下さいませ。あゝモウ此事は言つて下さいますな、胸が悪うなつて来ました。オツホヽヽヽ』 船長『あゝそれで分りました。言依別の教主に関する事は御気分が悪くなつて、身魂がお曇り遊ばし、何事も御分り憎いと仰有るのでせう。実の所は此少し前、私の船に図らずも、言依別さま、国依別さまが乗つて下さいまして、仰有るのには、実は此通り立派な麻邇の玉を四つ迄聖地から持出して来たが、どうも高姫と云ふ奴、執念深く附け狙ふので、高砂島へ往つても又追かけて来るだらうから、ヤツパリ自転倒島の冠島沓島へ隠しておかうと、慌だしく私の船から他の船へ乗替へ自転倒島へ引返されましたよ。キツと其処に隠してあるに違ありませぬぜ。お前さまも其玉を探す積りならば、高砂島へ御出でになつても駄目ですよ。それはそれは美しい、青赤白黄の四つの立派な、喉のかわく様な宝玉でした』 高姫『エヽ何と仰有る。言依別にお会ひになりましたか。そして本当に玉を持つてゐましたか』 船長『それはそれは立派な物でしたよ。現に此船に乗つてゐられたのですもの、モウ今頃は余程遠く台湾島附近を航海して居られるでせう』 高姫暫く首をかたげ、思案にくれてゐたが、俄に体をビリビリと振はし、 高姫『船長さま、あなた言依別に幾ら貰ひましたか。コン丈ですか』 と五本の指を出して見せる。 船長『言依別さまに別に口止め料を貰ふ必要もなし、只実地目撃した丈の事を、お前さまに親切上御知らせした迄の事だ。貰うのなら高姫さまから貰ふべきものだよ』 高姫は船長の顔を穴のあく程眺め、いやらしき笑を浮かべ乍ら、 高姫『何とマア悪神の仕組は、どこから何処まで、能う行届いたものだなア。言依別が自転倒島へ帰つたと見せかけ、外の船に乗替へ、キツと高砂島に渡つたに相違ない、どうも高姫の天眼通には彷彿として見えてゐる。……コレ船頭さま、イヽ加減になぶつておきなさい。外の者ならいざ知らず、日の出神の生宮がさう易々とチヨロまかされるものですかいな。そんなアザとい事を仰有ると、人が馬鹿に致しますで、ホヽヽヽヽ』 と首を肩の中に埋めて、頤をしやくり乍ら、両手を垂直に下げ、十本の指をパツと開いて腰を前後に揺り乍ら笑うて見せた。 船長『高姫さま、マアゆるりと貴女の御席へ帰つて休息して下さい。又後程ゆるゆると御話を承りませう』 高姫は舌を巻出し、目をキヨロツと剥いて、 高姫『ハーイ』 と云つた限り、チヨコチヨコ走りに船長室を出でて行く。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録)
49

(1961)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 06 玉の行衛 第六章玉の行衛〔八二八〕 高姫は言葉を軟らげ、 高姫『コレコレ常彦さま、ヤツパリお前は私が三五教の宣伝使の中でも、一番気の利いた立派な方だと思うて連れて来たが、……ヤツパリ此高姫の目は違ひませぬワイ。ようマア目敏くも、言依別や、国依別の船に乗つてるのが気がつきましたなア』 常彦『蛇の道は蛇ですからなア。どうも言依別や国依別の臭が船に乗つた時から、鼻について仕方がないものですから、一寸考へてゐましたが、いよいよ此奴ア変だと思うてかぎつけました』 春彦『まるで犬の様な鼻の利く男だなア。蛇の道は蛇でなくて、猪の道は犬ぢやないか。さうして本当に言依別さまや国依別が立派な玉を持つて御座つたのか』 常彦『貴様が海へ踊つて落込んだ時に、綱を投げて呉れた船客が国依別だつたのだ。つまりお前は国依別さまに生命を助けて貰うたのだよ』 春彦『アヽさうか、それは有難い。一つ御礼を言うぢやつたに、お前が云つて呉れぬものだから、つい御無礼をした。ヤツパリ国依別さまは親切だなア。二つ目には足手纏ひになるの、エヽ加減にまいて了はぬと、あんなヒヨツトコは邪魔になるとか仰有る生神もあるなり、世は種々だ。そして立派な玉をお前は拝見したのか』 常彦『天機洩らす可からずだ。大きな声で云ふない。そこに高姫さまが聞いて御座るぢやないか。高姫さまの御座らぬ所で、トツクリとお前丈に一厘の秘密を知らしてやるワ。オツと了うた、余り大きな声でウツカリ喋つて了つた。……モシ高姫さま、今私が何を言うたか聞えましたか。余りハツキリとは聞えては居やせぬだらうな。聞えたら大変ぢやからなア。アヽ桑原々々、慎むべきは言葉なりけりぢや、アハヽヽヽ』 高姫『コレ常彦さま、お前、そんなにイチヤつかすものぢやありませぬぞえ。トツトと有体に仰有い。そしたら此高姫は云ふに及ばず、錦の宮の教主となり、お前を総務にして立派な神業に使つて上げます。五六七の世でも出て来て見なさい。それはそれはあんな者がこんな者になつたと云ふ御仕組ですから、それで神には叶はぬと仰有るのぢやぞえ』 常彦『ハヽア、さうすると最前アンナ、カナンに化けたのも、強ち徒労ではありませぬな。私がアンナ、春彦はカナン、私はアンナ者がコンナ者になり、春彦は立派な人間になつて、高姫さまでも何人でも、到底カナンと云ふ立派な人間になると云ふ前兆ですか、ハツハヽヽヽ。これと云ふのも国依別さまが御親切に、玉の所在を決して他言はならぬと固く戒めて仰有つて下さつたのは、本当に有難い。よく私の魂を悟つて下さつた。士は己を知る者の為に死すとか云つて、自分の真心を見ぬいてくれた人位、有難く思ふものはない。私も男と見込まれて、大事の秘密の玉の所在を知らされ、実物迄拝見さして頂いたのだから、此首が仮令千切れても、国依別さまが云つてもよいと仰有る迄申されませぬワイ。アヽ云はな分らず、云うてはならず、六かしい仕組であるぞよ……とお筆先に神様が仰有つてゐるのは、大方こんな事だらう。お筆先の文句がキタリキタリと出て来て、身に滲みわたる様で御座いますワイ』 高姫『お前は言はねばならぬ人には隠して云はぬなり、言うて悪い人には言はうとするから、国依別さまが厳しく口止めをしたのだよ。よう考へて御覧なさい。私の供になつて来て居るお前に秘密を明かすと云ふ事は、つまり高姫に知らせよと云ふ謎ですよ。此事を詳しう高姫に伝へてくれと云つたら、却て心易う思ひ、忘れて了ふだらうから、言ふな……と云つておけば、大事な事と思ひ、お前が念頭にかけ、コッソリとお前が私に云うだらうと、先の先まで気をまはし、お前に言うたのだよ。国依別も中々偉いワイ。よう理窟を云ふ男だが、どこともなく香ばしい所のある男だと思うた。……コレコレ常彦、言ひなさい、キット後は私が引受けますから……』 常彦『メッサウな、そんな事言うてなりますかいな。お前さまは私を、甘くたらして云はさうと思ひ、巧言令色の限りを尽して、うまく誘導訊問をなさるが、マア止めておきませうかい。こんな所でお前さまに言はうものなら、あとは尻喰ひ観音、そこに居るかとも仰有らせないだらう。マア言はずにおけば常彦の御機嫌を損はぬ様に親切に目をかけてくれるに違ひない。言ひさへせなきや、桜花爛漫と常彦の身辺に咲き匂ふといふものだ。言うたが最後、明日ありと思ふ心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは……と忽ち高姫颪に吹きおろされ、ザックバランな目に遇はされるに定つてる。花は半開にして、長く梢に咲き匂ふ位な所で止めておきませうかい。イッヒヽヽヽ。アヽこんな愉快な事が又と再び三千世界にあらうかいな。三千世界一度に開く梅の花、開く時節が来たら秘密の倉を開けて見せて上げませう。それも一寸でも私の御機嫌を損ねたが最後駄目ですよ』 高姫『コレ常彦、情ない事を云うておくれな。なんぼ私だつてさう現金な女ぢやありませぬぞえ。今の人間は思惑さへ立ちや、後は見向きもせぬのが多いが、苟くも、善一筋の誠生粋の大和魂の根本の性来の、而も日の出神の生宮、変性男子の系統、これ丈何もかも資格の揃うた高姫がそんな人間臭い心を持ち、行ひを致さうものなら、第一神様のお道が潰れるぢやありませぬか。変性男子の身魂に対しても、お顔に泥を塗るやうなものなり、日の出神さまに対しても申訳がありませぬ。さうだから大丈夫ですよ。先で云ふも今云ふも同じことだ。さう出し惜みをせずと、お前の腹の痛む事ぢやなし、一口、かうだとお前の口に出して呉れたら良いぢやないか。サア常彦、ホンにお前は気の良い人だ。そんなにピンとすねずにチヤツと仰有つて下さいナ』 常彦『猫があれ程好な鼠を生捕にしても中々さうムシヤムシヤと食ひはしますまい。くはへては放り上げ、くはへては放り上げ、追ひかけたり押へたり、何遍も何遍もイチヤつかして、終局には嬲殺にして、楽んで食ふように、此話もさう直々に申上げると、大事件だから値打がなくなる。マア楽しんで私に従いて来なさい。其代りに或時期が来たら知らして上げますから、一つ約束をしておかねばなりませぬ。高姫さま、物を教へて貰ふ者が弟子で、教へる者が先生ですなア』 高姫『きまつた事だよ。教へる者が先生だ。さうだからお前達は私の弟子になつて居るぢやないか』 常彦『あゝそれで分りました。其御考へなれば、行く行くは玉の所在を教へて上げませう。其代り今日から私が先生でお前さまは弟子だよ。サア荷物を持つて従いて来なさい』 高姫『コレ常彦、おまへは何と云ふ事を云ふのだい。天地顛倒も甚しいぢやないか。誰がお前の弟子になる者があるものか。苟も日の出神の生宮ですよ。余り馬鹿にしなさるな』 常彦『これはこれは失礼な事を申し上げました。そんならどうぞ何もかも教へて下さいませ。私は教へる資格がありませぬから、モウ此れ限り何も申上げませぬ。教へて上げやうと云へばお目玉を頂戴するなり、其方が宜しい。モウ此れ限り、夜前あなたの仰有つた様に此国の人を弟子にして、半鐘泥棒や蜥蜴面の吾々に離れて活動して下さい。……なア春彦、半鐘泥棒や蜥蜴面が従いて居ると高姫さまのお邪魔になるから、これでお別れせうかい』 春彦『何が何だか、俺やモウサツパリ訳が分らぬ様になつて来たワイ。……オイ常彦、そんな意地の悪い事言はずに、男らしう薩張と高姫さまに申し上げたら如何だ』 高姫『コレコレ春彦、流石はお前は見上げたものだ。さうなくては宣伝使とは言へませぬワイ。……コレ常彦、言はな言はぬで宜しい。お前の行く所へ従いて行きさへすればキット分るのだから……』 常彦『ソラ分りませう。併し乍ら私は出直してくる共、お前さまの従いて厶る限りは、玉の在る方面へは決して足は向けませぬワ。そしたら如何なさる。オホヽヽヽ』 高姫『エヽ気色の悪い、しぶとい奴だなア。ヨシヨシ今に神界に奏上して、口も何も利けぬ様に金縛りをかけてやるから、それでも宜しいか』 常彦『どうぞ早うかけて下さい。お前さまに玉の所在を言へ言へと云うて迫られるのが、辛うてたまらぬから、物が言へぬようにして下されば、それで私の責任が逃れると云ふものだ。どうぞ早うかけて下さいな。不動の金縛りを……』 と云ひ乍ら、舌を一寸上下の唇の間に挟んで高姫の前に頤をしやくり、突き出して見せる。 高姫『エヽどうもかうも仕方のない、上げも下ろしもならぬ動物ぢやなア』 常彦『オイ春彦、駆足々々。高姫さまをまくのだよ』 と尻引まくり、一生懸命に地響きさせ乍ら、降り坂を駆出した。高姫は後より一生懸命に二人の姿を見失はじと追つかけて行く。 高姫は高い石に躓きパタリと大地に倒れ、額をしたたか打ち、血をタラタラ流し、且つ膝頭を打つて、頭を撫で足を撫で、身を藻掻いてゐる。二人は高姫が必ず追つかけ来るものと信じて、一生懸命に南へ南へと走り行く。 ここを通りかかつた四五人の男、高姫の疵を見て気の毒がり、傍の交り気のない土を水に溶かし、額と足とに塗りつける。高姫は、 高姫『何方か知りませぬが、ようマア助けて下さいました。これも全く日の出神さまのお神徳で厶います。貴方方も結構なお神徳を頂きなさつたな。高姫と云ふお方は、誠に結構な身魂であるから、此身魂に水一杯でも、茶一滴でも供養した者は、大神様のお喜びによつて、家は代々富貴繁昌、子孫長久、五穀豊饒、病気平癒、千客万来の瑞祥が出て参ります。皆さま、結構な御用をさして貰ひなさつた。サア、是から、三五教の神様に御礼をなさい。私も一緒に御礼をしてあげます』 甲『何と妙な事を言ふ婆アぢやのう。人に世話になつておいて、反対にお礼をせい、御礼をして上げるのと、訳が分らぬぢやないか。大方これはキ印かも知れぬぞ。うつかり相手にならうものなら大変だ。イヽ加減にして行かうぢやないか』 高姫『コレコレ若い衆、キ印ですよ。三千世界の大狂者の大化物の変性男子の系統の生神様ぢや』 乙『それ程エライ生神さまが、何で又道に倒れて怪我をなさるのだらう。此点が一寸合点が行かぬぢやないか』 高姫『そこが神様の御仕組だ。縁なき衆生は度し難しと云ふ事がある。日の出神様が、一寸此肉体を道に倒してみせて、ワザとお前等に世話をさせて、手柄をさして、因縁の綱を掛け、結構にして助けてやらうと遊ばすのだ。分りましたかなア』 乙『根つから分りませぬワイ。……オイ皆の連中、早く玉を御供へに往かうぢやないか。結構の玉を供へたら、結構にしてやらうと云ふ神があるから、早く何々迄急がうぢやないか』 丙『随分沢山にお参りだから、ヤツと玉もいろいろと寄つて居るだらうなア』 乙『ソリヤお前、一遍俺も参つて来たが、それはそれは立派な玉が山の如くに神さまの前に積んであつたよ。金剛不壊の如意宝珠に黄金の玉、竜宮の麻邇宝珠の玉とか云つて、紫、青、白、赤、黄、立派な玉が目醒しい程供へてあつたよ』 高姫『コレコレお前、其玉はどこに供へてあるのだ。一寸云つて下さらぬか』 乙『其玉の所在ですかいな。ソリヤ一寸何々して貰はぬと、何々に何々が納まつて居ると云ふ事は云はれませぬなア』 高姫『そんならお金を上げるから仰有つて下さい』 乙『私も実は貧乏で困つてをるのだ。金儲けになる事なら云つてあげようかな。ここに五人も居るけれど、玉の場所を知つた者は俺丈だから儲け放題だ。一口にナンボ金を出しますか』 高姫『一口に一両づつ上げよう。成る可く二口位に詳しう云つて下さいや』 乙『中々一口や二口には云ひませぬで、一口云うたら一両づつ引替に致しませう。それも先銭ですよ』 高姫『サア一両』 と突き出す。 乙『ア……』 高姫『後を言はぬかいな』 乙『モウ一両だけ、一口がとこ云つたぢやないか。モ一両下さい。其次を云うて上げよう』 高姫『あゝ仕方がない、……それ一両』 と又突き出す。 乙『リ……』 と云ひ乍ら、又一両を呉れと手を突き出す。 高姫『何と高い案内料ぢやなア。モチト長く言うてお呉れぬかいな』 乙『元からの約束だ、ア……と云へば一口かかる。リ……といへば又一口ぢやないか』 高姫『エヽ欲な男ぢや。……それ一両、今度はチト長く言うて呉れ』 乙は又一両懐にねぢ込み、 乙『今度は長く言ひますよ。……ナーー……』 かう云ふ調子に『アリナの滝の水上、鏡の池の前に沢山の宝玉が供へてある』と云ふ事を教へられ、高姫は勢込んでテルの国のアリナの滝を指して、一生懸命に駆けり行く。 道傍の木蔭に休んで居た常彦、春彦は、高姫の血相変へて行く姿を眺め、 常彦、春彦『オイオイ高姫さま、一寸待つて下さいなア』 と呼びかけた。高姫は後を一寸振向き、上下の歯を密着させ、ニユツと口から現はし、頤を二三遍しやくつて、 高姫『イヽヽ、大きに憚りさま。玉の所在は日の出神さまから知らして貰ひました。必ず従いて来て下さるなや』 と一生懸命に走り行く。常彦は、 常彦『本当に玉が此国に隠してあるのかな。こりや一つ高姫さまの後から従いて行つて、白玉でも黄玉でも、一つ拾はぬと、はるばる出て来た甲斐がないワ。……オイ春彦、急げ』 と尻ひつからげ大股にドンドン、髪振り乱し砂煙を立て乍ら、高姫の通つた後を一目散に走り行く。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録)
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(1964)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 09 俄狂言 第九章俄狂言〔八三一〕 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 過ちあれば宣り直す三五教の神の道 神の恵の大八洲彦命の又の御名 月照彦の神霊は随時随所に現はれて 三五教の神司信徒等は云ふも更 四方の民草悉く恵の露にうるほひつ 心の雲を吹き払ひ晴れ渡りたる大空に 天の御柱つき固め掃き浄めたる村肝の 心の土に惟神国の御柱つき固め 千代に八千代に神人の身魂を永遠に助けむと 現はれますぞ尊けれ。皇大神の御恵みも アリナの滝の上流に誠を映す鏡池 堅磐常磐の岩窟に神の御言を蒙りて 夜なきヒルの神の国テーナの里の酋長の 誠アールやアルナ姫桃上彦の昔より 三五教の御教を今に伝へて奉じたる 尊き血筋の酋長は家の宝と大切に 親の代より守り居る黄金の玉を取出し 鏡の池に納めむと数多の里人引率し 遠き山坂打渉り心も清き白旗に 玉献上と書き記し珍の御輿を新造し 黄金の玉を納めつつ縦笛横笛吹き鳴らし 天然自然の石の鉦磬盤法螺貝鳴らし立て 谷を飛び越え川渡り山鳥の尾のしだり尾の 長々しくもヒルの国テルの国をば跋渉し 漸く此処に安着し鷹依姫や竜国別の 神の司の目の前に恭しくも捧げつつ 誠か嘘か知らね共鷹依姫の神懸り 仰せの儘を畏みて正直一途の酋長は 国玉依別、玉竜姫の神の命と夫婦連 御名を賜はり千丈の滝の麓に御禊して 一日一夜を明かしつつアリナの滝を後にして 鏡の池に往て見れば豈図らむや鷹依姫の 神の命を始めとし三人の司は雲と消え 行方も白木の玉筥に種々様々神の旨 書きしるしたる嬉しさにアール、アルナの両人は 草の庵を永久の住家と定め池の辺に 朝な夕なに神言を声高らかに宣りつつも 四方の国より詣で来る善男善女を三五の 誠の道に導きつ神の御稜威も日に月に 輝き渡り身を容るる所なき迄諸人の 姿埋まる谷の底是非なく茲に信徒は 大峡小峡の木を伐りて山と山とに架け渡し 八尋の殿を築きあげ黄金の玉を奉斎し 国玉依別、玉竜姫の神の司は勇み立ち 懸橋御殿に現はれて教を開く折柄に 玉に心を奪られたる三五教の高姫が 自転倒嶋を後にして太平洋を打渡り テルの湊に安着し常彦、春彦伴ひて 金剛不壊の如意宝珠其他の玉の所在をば アリナの滝を目当とし現はれ来り村肝の 心の善悪映すてふ鏡の池の前に立ち 相も変らぬ減らず口傍若無人に罵れば 数千年の沈黙を破つて鳴りだす池の面 ブクブクブクと泡だしてウンウンウンと唸り声 月照彦の神霊と名乗らせ玉ひて五十韻 珍の言霊並べつつ高姫一同を訓戒し 身魂を救ひ助けむと計り玉ひし尊さよ 自負心強き高姫は持つて生れた能弁に 負ず劣らず五十韻アオウエイよりワヲウヱヰ 只一言も洩らさずに一々神に口答へ 月照彦とは詐りぞドン亀、鼈、蟹神と 頭ごなしにけなしつつ言葉の鉾を常彦や 春彦の上に相転じ生宮気取りで諄々と 脱線だらけの託宣をまくし立つれば池中の 声は益々高くなり大地の震動恐ろしく 流石頑固の高姫も色青ざめて慴伏し 歯をかみしめて黒血をば吐きつつ爰に平伏し 次第々々に息の根は細りて遂に玉の緒の 生命の糸も細り行く。あゝ惟神々々 善悪邪正を明かに心に映す鏡池 底ひも知れぬ神界の深き心ぞ尊とけれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 懸橋御殿の神前に朝な夕なに奉仕する三五教の神司、テーナの里の酋長アール、アルナの夫婦は、月照彦神より、国玉依別命、玉竜姫命と名を賜ひ、朝な夕なに真心を籠めて、教を伝へつつありしが、茲に三五教の高姫が鏡の池に現はれて、堆く供へ奉れる諸々の玉を持帰らむとするを、鏡の池及び狭依彦の宮に仕へたる国と玉との神主は驚いて、懸橋御殿に急報し、教主夫婦と諸共に此場に現はれ、高姫一行に向ひ、来意を尋ぬる折しも、傲慢不遜の高姫は、鏡の池の神霊が威力に打たれて打倒れ、殆ど人事不省となりければ、国、玉、竜、別などの神司と共に、常彦、春彦を伴ひ、懸橋御殿に担ぎ入れ、水よ薬よと介抱をなし、天津祝詞を奏上し、一二三四五六七八九十の神示の反魂歌を奏上し、漸くにして高姫は正気に復り、稍安心の胸を撫で下ろしたり。 因に云ふ。アール、アルナの夫婦は其実、鷹依姫、竜国別の故意を以て、月照彦の神示と偽り、国玉依別、玉竜姫の名を与へたれ共、やはり惟神の摂理に依つて神より斯の如く行はしめられたるものにして、決して鷹依姫、竜国別の悪戯にあらず、全く神意に依りて、両人は夫婦に神命[※校定版・八幡版では「神名」に直している。]を与へた事と、神界より見れば確かになつて居るのである。 高姫はキヨロキヨロと四辺を見まはし、木の香かをれる新しき殿内に吾身のある事を訝かり、首を切りに振り乍ら、元来の負惜み強き性質とて……ここは何処ぞ……と問ひ尋ぬる事を恥の様に思ひ、荐りに考へ込んで居る。常彦、春彦は高姫の左右に寄り添ひ、 常彦、春彦『モシ高姫さま、お気が付きましたか。余り貴女は自我を立通しなさるものだから、とうとう池の神様に戒められ、人事不省に陥り、殆ど息の根も絶えむとする所、御親切にも、此御殿の主人、国玉依別様、玉竜姫様の御介抱と御祈念に依り、生命を助けてお貰ひなされたのですから、サア早く神様と、お二人に御礼を申しなさいませ』 高姫『妾がいつ……人事不省などと、汚らはしい、死にかけました。そんな屁泥い高姫ぢや御座いませぬぞえ。お前は神界の事が分らぬから、日の出神の生宮が、池の底の神の正体を審神する為、肉の宮を一寸立出で、幽界探険に往て居つたのですよ。それだから、心の盲と云ふのですよ。ヘン……阿呆らしい。神の生宮は万劫末代生き通し、アタ汚らはしい、人事不省に陥つたなどと、お前等と同じように人間扱ひをして貰ふと、チツと困りますぞえ。コレコレお前は国依別、玉治別、竜国別と云つたぢやないか。何時の間にやらこんな所へ魁してやつて来て、世間をごまかさうと思つて、国と玉とが一つになつて国玉依別だとか、玉竜姫だのと、そんなカラクリをしたつて駄目です。キツとそんな名前がついてる以上は、此館に国、玉、竜の宣伝使が潜んでるに違ない。又言依別も隠れて居るだらう。モウ斯うなつたら百年目だ。サア女の一心岩でも通す。金剛不壊の如意宝珠其他の神宝を撿めて、自転倒嶋の聖地へ持つて帰らねばおきませぬぞえ。コレコレ国玉依別とやら、お前は国や玉や竜の、蔭から糸を引く操り人形だらう。そんなこたア、チヤンと、此高姫の黒い眼で睨んだら一分一厘間違ひはありませぬぞや。ここに三五教の神館を、お前さま等が寄つて集つて建てたやうに思つて居るが、国治立命の御指図で、日の出神が片腕となり、竜宮さまの御手伝ひで出来上つたのですよ。日の出神の生宮だからチヤンと分つてる。ここの神司はそれが分つて居ますかな』 常彦『ナント徹底的にどしぶとい婆だなア、これ丈お世話になつておき乍らヨーモヨーモ、こんな憎たれ口が叩けたものだ。喃春彦、穴でもあつたらモグリ込みたいやうな気がするぢやないか』 春彦『開いた口がすぼまりませぬワイ』 と云つた限り、余りの事に呆れ果ててポカンとしてゐる。 常彦『イヤもうし、国玉依別御夫婦様、かくの通りの没分暁漢で御座いますから、自転倒嶋の聖地に於ても、皆の者が腫物にさはるやうに取扱つて居るので御座います。吾々だつてこんな腫物に従いて来たい事は御座いませぬが、気違を一人おつ放しておきますと、どんな事を致すやら分りませぬ。虎を野に放つやうな危険で御座いますから、吾々両人は世界の為に犠牲となつて、精神病者看護人の積りで、はるばるとやつて参りました。何れ癲狂院代物ですから、必ず必ず御心にさえて下さいますな。何卒神直日大直日に見直し聞直し下さいまして、高姫の無礼をお赦し下さいませ』 と気の毒さうに述べ立てる。国玉依別は、 国玉依別『実にお気の毒ですなア。決して決して気にはかけて居りませぬ。あなた方こそ、本当に御苦労お察し申します』 高姫『コレ常、天教山より現れませる日の出神の生宮を、天教山代物とは何だい。余り無礼ぢやないか。宣り直しなさい』 常彦『癲狂院に現れませる、鼻高姫命か、天教山に現はれませる木の花姫神のお使、日の出神の生宮様か、但は二世か三代か、男か女か、凡夫の吾々にはテンと判断が付きませぬワイ。アハヽヽヽ』 高姫『アヽさうだらうさうだらう。テンと判断がつかぬと云ふのは道理ぢや。偽らざるお前の告白だ。此日の出神の正体が、お前達に分るやうな事なら、此高姫も万里の波を越えて、こんな所迄来は致しませぬわいな。お前のやうな没分暁漢が世界にウヨウヨして居るから、実地の行ひを見せて改心させる為に神の御用で来て居るのだぞえ。サアこれから肝腎要の言依別の盗み出した宝玉を受取つて帰りませう。お前もここ迄従いて来たのだから、玉のお供位はさしてあげるぞえ。有難く思ひなさい。……コレコレ茲の宮番夫婦、早く玉を渡す手続を一刻も早くしなされや。グヅグヅしてゐなさると、神界の規則に照し、根の国底の国の制敗に会はさねばなりませぬぞえ』 国玉依別は藪から棒の高姫の言葉に何が何やら合点行かず、 国玉依別『ヘー』 と云つたきり、穴のあく程、高姫の顔を打守つて居る。国、玉、竜、別、依の幹部を始め、常彦、春彦迄が高姫の顔をジツと打眺め舌を巻き居たりける。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録) (昭和一〇・六・八王仁校正)
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霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 21 神王の祠 第二一章神王の祠〔八六三〕 国依別一行は足に任せて、旭を浴び乍ら、東南に向ひ前方に突当つたアラシカ山の大峠をソロソロと登り始めた。此地点は最早今年の旱魃にも遭ず、極めて安全にして、山々の草木は色美はしく、旭に照り輝き、活々として居る。一行は心も勇み、何となく愉快げに此急坂を知らず知らずの間に半日を費やして、峠の頂上に達した。 東北を眺むれば、ヒルの都は細く長く帯の如く人家が並んで居る。戸数に於て殆ど二三千計りの、此時代に取つては大都会である。又西南を瞰下すれば、ウラル教のブールが立籠りたる日暮シ山は手に取る如く、青々と緑の衣を被り、八合目以上は雲に包まれてゐる。 キジは国依別に向ひ、 キジ『モシ、宣伝使様、あの未申の方向に当つて白雲の帽子を着てゐる高山が、例の日暮シ山で御座いますよ。随分景勝の地点を選んだものですなア。三方山に囲まれ、一方に日暮シ河の清流を控え、四神相応の地点だと云つて、ウラル教の連中が非常に誇つて居る所で御座いますよ。ヒルの都はあの通り、茫々たる原野の中に築かれてありますから、大変に便利は宜しいが、要害の点に於ては、日暮シ山に比ぶれば、非常に劣つて居る様ですなア』 国依『成程ウラル教も恰好な地点を見付け出したものだなア。併し此頃の様に肝心の日暮シ河があの通り涸切つて了つては、交通の点に於て最も不便であらう。何事も一利あれば一害ある世の中だから、吾々なれば矢張ヒルの都の方が余程気に入るよ』 マチ『気に入ると云つたら、此涼風、暑い坂を汗タラダラと流して登り詰め、山上に息を休めて四方の景色を見晴らし、浩然の気を養ふ吾々は、実に天国へ登りつめた様な心持になつて来ました。何と云つても人は高山に登り下界を見下すに限りますなア。コセコセと狭い谷間に潜んで、日々何とかかとか云つて騒いで居るよりも、時々は山登りも又愉快なものです』 国依別は、 国依別『サア皆さま、参りませうか』 とスタスタと坂路を降り行く。二人は『モウ少し休みたいなア……』と小声に囁き乍ら、已むを得ず後に従ひ、急坂を下りて行く。 見れば坂路の傍に一つの祠が建つて居る。樟の大木は二三本天を封じ此祠に対し、雨傘の役を勤めて居る。ふと見れば、面やつれのした妙齢の女、社前に跪き何事か切りに祈願をこめてゐる。マチ、キジの両人は早くも之を認め、 マチ、キジ『ヤア宣伝使様、アレ御覧なさいませ。あすこには常世神王を祀つた祠が御座います。さうして何だか一人の女が荐りに祈願して居るやうですが、一つ立寄つて様子を聞いて見ませう。此淋しい山路、若い女の身として、此祠へ参つて来るのは何か深い曰く因縁が無けねばなりますまい』 国依『アヽ成程、古い社が立つてゐるなア。実に立派な楠が栄えて居る。これ位な大木にならうと思へば数千年の星霜を経て居るであらう。吾々の様に二百歳や三百歳で死んで了う弱い人間と違つて、数千年の寿命を保ち、尚青々として枝葉を繁茂させ、所在暴風雨に対し依然として少しも騒がず、此高山に生活を続けて居る楠は、実に偉いものだ。これを思へば植物位偉いものはない様な気がするネ。樟の木に霊あり、且言語を発するならば、遠き神代の有様を聞かして貰ふのだけれど、併しそれも仕方がない』 マチ『モシモシそれはさうと、あの女を御覧なさい。随分痩衰へて居るぢやありませぬか?兎に角祠の前へ立寄つて調べて見たら如何でせう』 国依『兎も角神様に参詣した序に尋ねて見るもよからうよ』 と云ひ乍らツカツカと祠の前に進みよる。三人は祠の前に跪き拍手再拝、天津祝詞を清く涼しく奏上し終り、傍の長き石に腰打掛息を休めた。 キジは祠前に跪き何事か切りに、落涙と共に祈つて居る女の側近く寄り、いたいたしげに脊を撫でさすり乍ら、 キジ『モシモシ、何処の御方か知りませぬが、大変な御信仰で御座いますな。此お社は、常世神王様の御神霊が御祀り申してあると云ふことで御座いますれば、貴女がここへ御参りになつてることを思へば、大方ウラル教の御方でせうネ。かよわき女の只一人、此高山の祠に詣でて御祈りをなさるのは、何か深き御様子のある事と御察し申します。吾々の力に及ぶ事なれば、何とかして御相談に乗つてあげたいと思ひますが、どうか御差支なくば、大略丈なりとお話下さいませ。及ばず乍ら御力になりませう』 此同情のこもつたキジの言葉に、女は漸く顔をあげ、 女(エリナ)『ハイ、私はアラシカ山の山麓に住居いたすエリナと申す者で御座います。私の父は、ウラル教の宣伝使でエスと申しますが、一ケ月以前に三五教の宣伝使様が御立寄りになり、いろいろと尊きお話を父と共に、夜中遊ばした結果、父も非常に喜びまして、四五日の間其宣伝使を吾家に止めおき、ウラル教の信者にも三五教の美点を説き聞かせ、神様の御神徳を受けて、大変に喜び勇んで居りました。所が此事忽ち日暮シ山の岩窟に聖場を立ててウラル教をお開き遊ばす、云はばヒルの国に於けるウラル教の総大将、ブールの教主の耳に入り、至急吾父のエスに参れとの御使、父は喜び勇んで、其霊地へ参りましたが、其後は何の音沙汰もなく非常に母と共に心配を致して居りましたが、四五日前にウラル教の宣伝使が尋ねて来られ、エスさまは三五教の宣伝使を自宅に宿泊させ其上ウラル教の信者に対して三五教を説き勧めたと云つて、日暮シ山の岩窟内の暗き水牢に投げ込まれ、大変な苦しみを受けて居られる、お前達も妻子たる廉を以て、何時召捕りに来るかも知れないから、気を付けよと、秘密に知らして呉れた親切な方がありました。母はそれを聞くより忽ち癪気を起し、重き病の床に臥し、日に日に体は弱り果て、見る影もなく痩衰へ、一滴の水も食物も喉を越さず、此まま死を待つより外に途なき悲運に陥つて居ります。それ故私はウラル教の教祖常世神王様の祠に日々詣でまして、父の危難を救ひ、母の病気を助け玉へと、祈つて居るので御座います』 と涙片手に包まずかくさず事情を物語る。 キジ『それはそれは、承はれば実にお気の毒です。私も今迄ウラル教の信者で日暮シ山の霊場へは、二度計り参拝した事もある位で御座いますが、実にウラル教は、今となつて考へて見れば残虐な教ですよ。人の死ぬ事を何とも思はず、天国へ救はれるのだから、無上の光栄だなんて、訳の分らぬ事を教へるのですからたまりませぬワ。併し乍らあなたの御父上が三五教の宣伝使を四五日も御泊めになつたと云ふのは、ウラル教に愛想をつかし、三五教の美しい所をお悟りになつた結果でせう。コリヤ、キツと因縁があるに違ひない。こんな所でこんな御話を聞くのも、神様のお引合せに違ない。必ず必ず御心配なさいますな。キツと吾々が御父上や御母アさまを助けて上げませう』 エリナ『どこの御方か知りませぬが、初て会うた此私に、御親切によく云つて下さいます。何分にも憐な私の今日の境遇、どうぞ御助け下さいませ』 と手を合せて、涙乍らに頼む憐れさ。 国依『モシ、エリナさまとやら、必ず御心配なさいますな。吾々一同がキツとお父さまを、如何な水牢の中からでも、日ならずお助け申して、あなたの宅へ送り届けませう』 エリナ『ハイハイ、有難う御座います。何分宜しう御願致します。……あなたは、さうしてウラル教の宣伝使様で御座いますか』 国依『イエイエ、吾々は三五教の宣伝使国依別と申す者、今此処に居る両人は、チルの国の方で、キジ、マチと云ふ非常な豪傑ですよ。キツと助けて上げますから、機嫌を直して早く家路に帰り、お母アさまにも安心させて上げなさい』 エリナ『ハイ、有難う御座います』 と嬉し涙にくれ、地に伏して泣いて居る。 国依『キジ、マチの両人、御苦労だが、モ一度ウラル教の霊場へ引返し、モウ一戦を始め、エスさまを救ひ出して来ようぢやないか?』 キジ『ハイ、それは大変に面白いでせう。併し乍ら、たかの知れたブールやユーズにアナンの如き木端武者が大将株をして居る様なウラル教へ、宣伝使にワザワザ往つて貰ふのは実に畏れ多いぢやありませぬか。あんな者は吾々一人にて余つて居ります。どうぞ私一人を日暮シ山に差向けて下さい。さうしてマチはエリナさまに従いて行き、お母アさまの病気を鎮魂して直して上げる役となり、宣伝使様は之よりヒルの都へお越しになり、吾々が芽出たく凱旋して帰る迄、待つてゐて下さいませぬか?』 国依『随分偉い元気だが、必ず油断は出来ないぞ。夜前大勝利を得たからと云つて、何時迄も勝つ計りにきまつたものぢやない。随分気を付けて、両人共一時も早くエスさまを救ひ出す様に御苦労にならうかな。エリナさまは私がヒルの都へ行く途中だから、お宅迄送り届け、お母アさまの大病を治しておいて、ヒルの都へ行くことと致しませう』 キジはニタリと笑ひ乍ら、 キジ『宣伝使様、中々抜目がありませぬなア』 と心ありげに笑ふ。 マチ『きまつた事だ。神様のお道に一分一厘、毛筋の横巾も抜目があつて堪るかい。お前こそ今度は抜目なく、気を付けて行かないと、思はぬ失敗を演ずるぞよ』 国依『マチさまも是非同道を願ひますよ。どうもキジさま一人では心許ないからなア』 キジ『宣伝使様、余りひどいですな。高が知れたウラル教の霊場、私一人にて喰ひ足らぬ様な気分が致して居ります。マチの様な男、連れて行くのは何だか足手纏ひの様な気が致しますけれど、あなたの御命令とあらば伴れて行きます。……コレ、マチ、貴様は余程果報者だ。征夷大将軍キジ公の副将となつて行くのだから、さぞ光栄に思つてゐるだらうなア』 マチ『アハヽヽヽ何を吐かすのだ。余り調子に乗つて失敗をせぬ様にせよ。……そんなら宣伝使様、キジ公の後に従ひ、これより日暮シ山に立向ひ、ウラル教の大将ブール其他の奴原を片つ端から言向け和し、エスの宣伝使を救ひ出し、日ならず凱旋の上、ヒルの都の楓別命が御館に於て御面会申しませう。……サア、キジ公の大将、早く出立遊ばせよ』 と、からかひ乍ら、早くも此場を後に、先に立つて元来し坂路を帰り行く。 キジ『オイオイ大将を後にして、先へ行くと云ふ事があるものか。待つた待つた』 と呼はり乍ら、 キジ『宣伝使様、エリナ様、左様なら、後日お目にかかりませう』 と言葉を残し、マチの後を追つかけ行く。 これより国依別はエリナと共にアラシカ山の山麓エスの宅に至り、エリナの母テールの病を癒やさむと祈願し、数日逗留の後ヒルの都を指して進み行く。 (大正一一・八・一六旧六・二四松村真澄録)
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霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 09 誤神託 第九章誤神託〔八七五〕 秋山別、モリスの両人は、日暮シ河の南岸の萱野原に休息する折忽ち暗がりより怪しき声の聞え来りしに怖気付き、四這となつて其処を逃げ出し、二三丁計り引返し、やうやうここに胸を撫でおろし、それより再びアラシカ山を駆登り、神王の森に到着し、神勅を受て、紅井姫の行方を伺ふ事となしぬ。秋山別は、神主となり、モリスは審神者となつて、翌日の真夜中頃に神占を奉伺する事とはなりぬ。 古ぼけた祠の床の上に三四尺間隔を置いて、神主、審神者は向ひ合ひ、モリスは双手を組み、不整調な音調もて天の数歌を歌ひ上ぐる。 モリス『人、二人、見つけて、四るでも昼でも、五ちやつきまはし、六りやりに押さへつけて、七んでもかでも八り倒し、九ころに思ふ丈十く心する迄、百千万遍でも、思惑を立てさせ玉はねば、常世神王の森は離れませぬぞや』 秋山別『コラ、モリス、何を吐すのだ。そんな事で霊がかかるかい。馬鹿らしくつて、きばつて居れぬぢやないかい。モ一遍やり直せ』 モリス『専売特許の新規発明だ。特許意匠登録の手続き中だから、マア黙つて聞いて居らう。何でも新しい事が流行する時節だから、開闢の初から襲用して来た一二三四……も余り苔が生えて面白くないからなア。神様も今迄の数歌はモウ聞き飽いてゐらつしやるから、チツと珍らしい事を申し上げて、此方を向かすと云ふ俺の一厘の秘密だ』 秋山別『お前神主になれ、秋山別が審神者をしてやらう。お前の審神者では根つから気乗りがせぬワイ。審神者さへよければ、どンな立派な神でも憑り玉ふのだからなア。併し何ぼモリスだつて、モリ住居の烏の神懸りは御免だから、臍下丹田に心を納めて、無我の境遇に入らねば駄目だよ。先づ第一に一切の夢想を除去する事。身体衣服を清潔にする事。併し旅行中だから衣服を清潔にする事丈は免除しておかう。山の上で水行する所がないから、身体の清潔も已むを得ずとして、是も免除する。次に感覚を蕩尽し、意念を断滅する事、大死一番の境に入る事。姿勢を正しうして瞑目静座する事。次に審神者が何を尋ねるか……何ぞと云ふ様な疑惑を持たぬ事。取越苦労を致さぬ事。過越苦労を致さぬ事。刹那心を楽むこと。それから最も大切な心得は、紅井姫に対して少しも執着のなき事。これ丈の心得がなければ、正しい神が憑つて来て、正しい判断を与へてくれぬから、其積もりで心身を澄清にし、感触の為に乱れざる事を慎むべし……マアこンなものだ』 モリス『大変に六つかしい事を言うのだね。モツと平たく云うて呉れないか』 秋山別『俺だつて平たく言ふこた出来ぬワイ。現在どンな意味だと云ふ事は、俺も分らぬのだからな。楓別命さまが何時も仰有る事を無意識に腹へ詰め込みた丈だ。併し分らぬのが有難いのだよ。お経だつてさうぢやないか。唱へてる坊主でさへもテンデ何の事か分らず、聞いてる連中にも分らぬとこに有難味があるのだからのウ。 分つて見ての後の心に比ぶれば、分らぬ昔ぞ有難かりけり と云ふ様なものだな。サア早く瞑目静座せぬかい』 モリス『サア、どンなエライ神さまが、お憑りになるか知れぬぞ。ビツクリするなよ』 秋山別『何だ其スタイルは、無茶苦茶に肱を張りよつて、馬鹿に威張つとるぢやないか。丸で鉛の天神さま見たいに、見つともないぞ。モウちつと肩を下て、品のよい地蔵肩にせぬかい』 モリスは無性矢鱈に手を振り、首を揺り、口をパクパクさせ乍ら、歯糞だらけの不整律な田螺の様な歯を剥き出し、 モリス『ウーウーウー』 ドスンドスンドスンと床をふるはせ乍ら飛びあがり出した。秋山別は、随分烈しい神懸りだナアと小声に言ひ乍ら、ポンポンと二拍手し、恭しく頭を下げ、 秋山別『何れの神様で御座いますか?何卒御名を告げさせ玉へ。及ばず乍ら秋山別、審神者を仕りまする』 モリス『アハーアハーアハー、阿呆らしいワイ。アキもせぬ恋路にあくせくと致して、そこらあたりを歩き廻し、憐れな面を致して、姫に会ひたい会ひたいと憧憬歩く、安本丹、悪人の癖に女に対しては、随分涙脆い奴ぢやのう。此方は神王の森に、年古く守護致す悪魔大王と申す大天狗であるぞよ』 秋山別『アヽヽ余りぢや御座いませぬか。アタ悪性な人の欠点計り並べ立てて、あられもない事を仰有ります。余りのこつて、秋山別も呆れてものが言はれませぬワイ、アフンとして開いた口が早速には塞がりませぬ。悪魔大王様、モウちつと色よい御託宣をして下さつたら如何です』 モリス『イヒヽヽヽ色よい返事をせいと申すが、此大天狗は男であるぞよ。其方の色よい返事がして欲しいのは、紅井姫の口からであらう。いろいろと工夫を致し、手を廻し、足を働かせ、幾年掛つても意思互に疏通するまで行くのだ、さうすれば色よい返事が来るかも知れぬぞよ。いらつでないぞよ。勢に任して早く盛物に手をかけようと致すと、サツパリ可かぬぞよ。何事もイヽ因縁づくぢや。力一杯意茶つく様になるのは、一二年先かも知れぬぞよ。一日も早く添ひたくば、イモリの黒焼を拵へてふりかけたが、一番著しい偉効があるぞよ。要らぬことに何時までも心配を致すでないぞよ。いけすかない面をして、余り威張るものだから、厭がられて了ふのだ。俺の意見に異議があれば、どこ迄でも尋ねたがよいぞよ。委細の様子を一伍一什、説き諭してやるぞよ』 秋山別『イヽヽ意茶つかさずに、モツと一さくにとつとと言つて下さいませ。心が、いらいらして、意思が固まりませぬ。石よりも固い私の決心、いつかないつかな、何時になつても動く様なチヨロ臭い恋では御座いませぬ。意地づくでも目的を立てねば置かぬので御座いますが、一体此恋は何時になつたら成就するもので御座いませうかな。一年も二年も待てと仰有つても、到底さう永くは待てませぬワ』 モリス『ウフヽヽヽうるさがられて、肱鉄を乱射され乍ら、まだ目が醒めぬか。うろたへ者奴、紅井姫もお前の迂濶な智慧にはウンザリしてゐるぞよ。何程其方が秋波を送つても、膿んだ鼻が潰れたとも、言つて来る気遣ひはあるまい。うぶの心になつて神の誠の教を悟り、普く人を愛し、牛の様に俯むいて働きさへすれば、美しい女がうるさい程、ウザウザと其方の側へ集まつて来るぞよ。先づ第一運の循つて来る迄、誠を尽して待つて居るが良からう』 秋山別『ウヽヽうつかり聞いて居らうものなら、此天狗何を吐すか分つたものぢやないワ。モウ御引取り下さい……』 ポンポンと手を拍つ。 モリス『エツヘヽヽヽ、まだまだ言はねばならぬ事がある。縁と月日は待つがよいと云ふ事があらうがなア。併し乍ら其方と紅井姫との縁は余り遠方過ぎて、届き兼ねるから、其方から遠慮を致したが得だらう。絵にもかけない様な美人を、鳥羽絵の如うな面をした其方が、女房に選ぶとは、チツと提灯に釣鐘だ。閻魔の帳面を拝借して調べて見い、紅井姫はモリスの妻なりと、ハツキリと附け止めてあるぞよ』 秋山別『エヽ此奴ア偽神懸りをやつてやがるのだな。感覚を蕩尽し、意念を断滅した神懸りがモリスの都合の好い事を吐すと云ふのが怪しい……オイ、モリス、もう駄目だ。サツパリ化けが現はれたぞ。秋山別の審神者を瞞さうと思つても、此方の天眼通を欺く事は出来まい。頭到狐の尻尾を出しよつたぢやないか』 モリス『オツホヽヽヽ、尾を出したと申すが、其方に尾が見えるか、見えるなら一つ掴まへて見よ。横道者奴、大天狗を掴まへて狐などとは能くも大きな口で申したなア』 秋山別『オヽヽおきやがれ。脅し文句計り並べて、往生さそうと思つて、そンな事に尾を巻いて、ヘーヘー言ふ様な俺ぢやないワイ』 モリス『カツカツヽヽヽ烏の婿に孔雀の嫁とは、チツと釣合ぬぢやないか。能く考へて見い』 秋山別『カヽ構うない、俺の嬶の事まで干渉する権利がどこにあるか』 モリス『キツヽヽヽ貴様、それでも嬶の事に就いて神勅を伺ふと申し、モリスを神主として尋ねて居るのではないか。チツときまり悪うなり、気味が良くない事を吐す気にくはぬ、気障な大天狗だと思つて居るであらうのウ。 クヽヽ黒い面をして、雪の如うな姫に恋だの鮒だのと、何を洒落るのだ』 秋山別『ハテ、どうしても此奴ア怪しいぞ。オーイ、モリス、いい加減に止めたら如何だい。そンな偽神懸りをやつたつて、駄目だぞ』 モリス『ケツケツケツ怪つ体の悪い、とうとう尻尾を掴みよつたな、ヤツパリ俺はモリス大明神だ。烏一匹の霊も蜥蜴の霊も、実は懸つてゐないのだよ。何と云つても俺の霊が皆紅井姫にかかつてるものだから、サツパリ脱殻だ。受ける霊がないものだから、大天狗も懸る事が出来ぬぞよ。アツハヽヽヽ』 秋山別『コツコヽ斯んな事を言つて居つても、何時までも果てぬから、是から口占を行つて、吾々の進退をきめる事にせうかい、のう、モリ公』 モリス『モリスも同感だ、サヽヽ早速口占で決定て了はう。シヽヽ確りと腹帯を締めて掛らぬと、又国依別にスヽヽすつぱ抜を喰はされて了ふぞ。国依別の奴甘い事をしよつて、セヽヽ雪隠で饅頭食たよな面をしてゐやがるのが癪に障つて堪らぬぢやないか?』 秋山別『ソヽヽそらさうぢや。互にしつかりせぬと、タヽヽ忽ち……忽ちぢや。チヽヽ血道を分けて、ツヽヽ附き纒うた、テヽヽ、天女の様な御姫さまを、トヽヽ取られて了うて、ナヽヽ、情ないぢなないか。ニヽヽ二人共能い面曝て、月夜に釜を、ヌヽヽ抜かれて了ひ、ネヽヽ根つから葉つから、糞面白くもない。斯んな目に会うて、ノヽヽ呑気な顔しても居られぬワイ。ハヽヽ早う何とか良い智慧をめぐらし、ヒヽヽ秘密の奥を探り、妙を尽し、一時も早くフヽヽ夫婦になつて、ヘヽヽ平和な家庭を作り、姫をホヽヽホームの女王と仰ぎ奉り、マヽヽまめやかに、ミヽヽ身を粉にして、一言も背かず、女王さまのムヽヽ無理を無理と思はずに喜ンで参り、メヽヽ滅多に怒らぬ様にせなくては、折角モヽヽ貰うた奥さまもサツパリ駄目になつて了うかも知れないぞ』 モリスは又喋り出した。 モリス『ヤヽヽ喧しワイ、イヽヽいろいろとらつちもないことを、ユヽヽ言やがつて、エヽヽ縁起の悪い、ヨヽヽヨタリスクを、ラヽヽ乱発し、リヽヽ理窟にも合ぬ事を、ルヽヽ縷々数万言を並べ立て、レヽヽ廉恥心を一寸弁へぬか、ロヽヽ碌でなし奴、ワヽヽ笑はしやがる、ヰヽヽ何時迄も女の尻を、ウヽヽ迂路々々と、うろつき廻り、エヽヽエツパツパを喰はされても、オヽヽお前はまだ目が醒めぬのか、ガヽヽ餓鬼ぢやなア、我利我利亡者の、ギヽヽ義理知らず奴、グヽヽ愚にもつかぬ事を、何時迄もグヅグヅと、ゲヽヽげん糞の悪い、ゴヽヽ御託を並べ、ザヽヽザマが悪いぞ。ジヽヽジつと胸に手を当てて考へて見い、貴様の様なズヽヽづ法螺に誰がエリナだつて、ゼヽヽ膳を据ゑるものかい、ゾヽヽぞぞ髪が立つと云うて逃げ出すぞよ』 秋山別も又負ぬ気になり、 秋山別『ダヽヽ黙れ、矢釜しいワイ。ヂヽヽぢつとして聞いて居れば、ヅヽヽ図々しくも止め度もなく喋べり立てよつて、モウ俺もウンザリした。勝手に喋つておけ、デヽヽでんでん虫でさへも家を持つてるのに、宿無し坊奴が、ドヽヽどこまでも毒つきよつて、バヽヽ馬鹿にするも程があるワイ。此上何なつと吐いて見よ、ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬよに霊をかけて封じてやろか。ブヽヽ無細工な鯱面をし依つて、ベヽヽべらべらと色男気取で、何を吐くのだい、ボヽヽぼけの粕奴が』 モリスは又喋り出す。 モリス『パヽピヽプヽペヽポヽと庇をこいた様な庇理窟をやめて、是から二人の女を力一杯アイウエオだ。さうすれば向方だつて結局にはお前さま私に向つてナニヌネノなさると言はれまい。終ひの果にやサシスセソだ。彼奴の事思うと、何時も何だか知らぬが、タチツテトだ。暗がりに○○の○○へハヒフヘホして肱鉄をかまされ、恥をカキクケコやるよりも、あのナイスをワヰウヱヲにして了うのだなア。サア神懸りや口卜で伺つて居つても根つからマミムメモな事を知らして呉れないから、実地が一番早道だ。キツと日暮シ山の岩窟の中で陥穽に放り込まれ、誰か強い人が出て来て私を早く助けて紅井姫かなア……と青息吐息をついてるかも知れないよ。サア天狗の託宣ぢやないが、マラソン競争で決勝点を得た者が紅井姫のハズバンドだ。スヰートハートし切つたナイスを無下に見殺しにするのも、男の顔が立たない。都合よく陥つて居れば良いがなア、秋公』 秋山別『さうすれば此秋山別が、紅井姫さまをグツと抱上げ……これはこれはどなたかと思へば、ヒルの館の楓別命様の御妹の紅井の君で御座いましたか、誠に危いとこで御座いましたが、マアマア結構で御座います。是と云ふのも神様の御かげ、第一秋山別の舎身的活動の結果で御座いますワイ……と円滑に高飛車に言霊車を運転さす、さうすると姫様が玉の涙を泛べ給ひ……誰かと思へばお前は秋山別であつたか、これ程世の中に沢山の人があつても、妾に命がけの同情をして呉れる者はお前より無い、あゝ済まなかつた。そンな親切な男と知らずして、今まで飯の上の蠅を追うやうにすげなうしたのは、済まなかつた。秋山別、相変らず可愛がつて頂戴ね……なんて反対に紅井姫さまの方からラバーすると云ふ段取りだ。イヒヽヽヽウフヽヽヽエヘヽヽヽオホヽヽヽおゝ面白い面白いイヤお芽出たい。割なき仲となつて御互に面白く可笑しく此世を送るのだなア。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。アハヽヽヽ、モリ公、どうだい』 モリス『勝手に何なつと言つて、糠喜びをして居るが好いワ。サア一時も早く決勝点に達した者がハズバンドだ。誰が何と云つても、大天狗の御許しだから、……オイ、グヅグヅしてると、丸木橋のあたりで日でも暮れようものなら、例のホヽヽヽヽだよ。サア行かう』 と尻ひつからげ、神王の森を後に、二人は一生懸命に、又もや日暮シ山の岩窟さして進み行く。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録)
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霊界物語 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 07 試金玉 第七章試金玉〔八九八〕 金剛不壊の如意宝珠紫色の宝玉や 黄金の玉を紛失し心いらちて高姫が 鷹依姫や黒姫は言ふも更なり傍人に 向つて怒り八当り玉の在処を探らむと 海洋万里を乗越えて捜し廻れど影さへも なみの上をば徘徊ひつ再び聖地に立帰り 八尋の殿に黒姫と麻邇の宝珠の玉しらべ これ又案に相違して面を膨らせ泡をふき 言依別の教主奴が三つの宝や麻邇の玉 盗み隠して聖地をば後に見すてて高砂の 島に渡りしものなりと思ひつめたる一心の 心猿意馬の狂ふまで春彦、常彦伴ひて 高砂島に打渡りテルの島国振出しに 鏡の池に立寄りて架橋御殿に侵入し 減らず口のみ並べ立て皇大神の戒めを 受けてやかたを飛び出しアリナの山を乗越えて アルゼンチンの大野原木の花姫の化身なる 日の出姫に廻り会ひいよいよ茲に悔悟して 荒野をわたり河を越え夜を日についでアル港 ここより船に身を任せゼムの港に上陸し 天祥山を乗越えてチンの港に辿りつき 鷹依姫の一行を救はむものと真心の 駒に鞭うち進み行くアマゾン河に来て見れば 半濁流は滔々と目さへ届かぬ広河を 勢猛く流れ居る波のまにまにモールバンド 怪しき頭を擡げつつ吾物顔に荒び居る 流石の高姫仰天しアマゾン河の北岸に 命からがら辿りつき天津祝詞を奏上し 宣伝歌をば歌ひつつ森林深く進み入る 遠き神代の物語いよいよここに述べ立つる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 高姫は常彦、春彦、ヨブと共に漸くアマゾン河の大森林、時雨の森の北の林に安着せり。此処は東西殆ど三百里、南北四百里位の際限もなき大森林なり。 高姫は此森林に鷹依姫の一行が迷ひ居るものと深く信じ、一日も早く救ひ出さむものと、鬱蒼たる樹木の間を右にくぐり左に抜け、草を分け、身を没する許りの笹原をくぐり、時々猛獣に脅かされ、毒蛇に追はれ、稍広き樹木稀なる原野に出ることを得たり。 世界第一の大森林のこととて名も知れぬ大木、風を含んでごうごうと吼え猛り、見慣れぬ美はしき果物は所々に稔りつつあり。一行は樹木まばらなる此原野に酷熱の太陽の光を浴びながら物珍らしげに日光浴を恣にせり。 此時前方より得も言はれぬ美はしき一人の女、悠々として高姫一行が前に進み来る訝かしさ。四人は顔を見合せて、妖怪変化の出現ならむと、腹帯を締め肝を据ゑて、女の近寄るを待ち居たる。 女は声しとやかに高姫の前に来り、お辞儀しながら、少しく顔を赤らめ、 女『エヽ一寸お尋ね致しますが、あなたは三五教の宣伝使、玉捜しの高姫様一行では御座いませぬか?玉が御入用ならば金剛不壊の如意宝珠、紫色の玉、黄金の玉、麻邇の宝珠は、数限りなく妾の館に遠き神代の昔より、神政成就の宝として数多蓄へて御座いますれば、どうぞ、御検めの上御受け取り下さいますれば、実に有難き仕合せに存じ奉ります』 一旦玉の執着をはなれたる高姫は、又もや此言葉を聞いて持病再発したるものの如く、目を丸くし、顔を妙に緊張させながら、 高姫『エヽ何と仰せられます。金剛不壊の如意宝珠は世界に一つよりなきものと存じて居りますが、貴女の御宅にはそれ程沢山に御持ちで御座いますか。ソリヤ大方偽玉では御座いませぬか?金剛不壊の如意宝珠と云へば世界に一つよりなき筈で御座いますが……』 と半信半疑の目を見張り、あわよくば此玉を得て帰らむとの野心にみたされながら、心欣々として尋ね返した。美人は打笑ひ、 女『ホヽヽヽヽ、高姫様貴女は妾の申す事をお疑ひ遊ばすので御座いますか?論より証拠、妾が宅へお出で下さいますれば、お分りになるでせう。如意の宝珠は只一個とのみ思召すのは、失礼な申分ながら、井中の蛙大海を知らざる譬も同様で御座います。マア一寸妾の宅までお出で下さいまして、お査べなさいませ』 高姫『ナンと妙なことを仰せられます。さうして又昔から人の来たことのない此森林に貴女が住んで居られるとは合点が参らぬぢやありませぬか?何神様かの化身では御座いますまいか?人間の住むべき場所ぢや御座いますまい』 女『ホヽヽヽヽ、此森林に人間が住めない道理がどこに御座いませう。現に三五教の宣伝使、鷹依姫さまの一行が御住居になつてゐるぢやありませぬか』 高姫『アヽ其鷹依姫、竜国別一行の在処を捜すべく、それが第一の目的で御座います。玉などは最早断念して居ります。併し乍ら貴女のお宅に其尊い玉があつて、私に受取れとの事なれば、別に否みは致しませぬ。そんなら参りませう。どうぞ御宅まで案内して下さい』 女『一寸待つて下さいませ。つい其処に妾の住家が御座いますれば、俄にお越し下さいますと余り散らかつて居りますので済みませぬ。どうぞ此処でゆるゆると休んでゐて下さい。其中に又お迎へに参ります。又鷹依姫様一行の在処を御探ねならば、妾が存じてゐますから、ゆつくりと妾が案内致します。此広い森を五年や十年当所もなく御探ねになつたつて、分る道理がありませぬから……』 高姫『何から何まで御親切なる御言葉、神様のなさることは抜け目のないもので……あなたにお目にかかるも神様のお引合せです。 ほのぼのと出て行けど心淋しく思ふなよ 力になる人用意がしてあるぞよ とお筆に出て居る。一分一厘神様の御言葉は違ひはありませぬワイ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよと仰有るのだから、斯んな大丈夫なことは御座いませぬ。オホヽヽヽ』 女『暫く御免蒙ります。後してお迎へに……』 と云ひながら、足早にあたりの森林に消ゆるが如く姿をかくしける。 高姫は後見送つてニコニコ顔、 高姫『コレ常さま、春さま、ヨブさまえ、神さまと云ふ方はエライ力で御座いませうがなア。此様な東西南北果てしもなき大森林の中で、あんな美しき女に出会ふとは夢にも思はなかつたでせう。私でさへもこんな事があらうとは思はなんだのですよ。ついては改心位結構なものは御座いますまい。自転倒島に居つた時に、金剛不壊の一つの玉に現をぬかし、此宝がなければ神政成就は出来ない、又高姫が之を使用せなくては、神政成就は駄目だと思ひつめて、いろいろと心を砕きましたが、神様は有難い。苦労艱難を十分にさせておいて、こんな所で思ひがけなく如意宝珠の玉を下さるとは、何と有難いことぢや御座いませぬか。それだから魂を研いて改心なされと申すのだよ。コレ常さま、春さま、ヨブさまよ、お前は結構なお神徳を頂いて万劫末代名の残る御用が出来ますぞえ。これも全く日の出神の……オツトドツコイ、モウ日の出神は云はぬ筈だつた……神さま、うつかりと申しました、どうぞお許し下さいませ……高姫についてお出でたればこそ、こんな御用が出来ますぞえ。何を云うても変性男子の御系統……オツトドツコイ、之も云ふ筈ぢやなかつたが余りの嬉しさに、ツイこぼれました。ホヽヽヽヽ』 常彦『其玉が沢山手に入るからは、何程日の出神の生宮と仰有らうが、変性男子の系統と申されようが、差支はないぢやありませぬか。正々堂々と玉を携へて帰り、さすがは日の出神の生宮ぢや、変性男子の系統のなさることは、マアざつとこの通りだ。皆さま、ヘン済みませぬナ……と云ふやうな顔して帰つた所で、誰が何と云ふ者が御座いませうか。神さまだつて、これ丈の御用をあそばした高姫様に、少々の過ち位あつたとて、御咎め遊ばす道理も御座いますまい。イヤもう結構な事が到来致しました。お供に出て来た私さへ、余り嬉して嬉しうて、手が舞ひ、足が踊りますワイ。アハヽヽヽオホヽヽヽ』 と何が嬉しいのやら、手を拍つて踊りまはる其可笑しさ。春彦は余りすぐれぬ顔付にて、 春彦『モシモシ高姫さま、常彦さま、チツト御用心なされませや。あなたは又もや玉に執着心が出て来たやうな塩梅ですよ。今来た女は真の人間だと思うて居られますか。どうも私には腑におちぬ点が御座いますワ。能く能く見れば、あの娘の耳が時々ビリビリと動いたぢやありませぬか。人間の耳は不随意筋ですから、動く道理はありませぬ。獣に限つて随意筋が発達して、耳を手のやうに動かすものです。コリヤうつかりはして居られますまい』 高姫『人間の分際として、神さまの事が分るものですか。春さまは春さまらしうしてゐなさい……なア、ヨブさま、あなたどう思ひますか、あの御方を……』 ヨブ『左様ですなア。吾々にはちつとも見当が取れませぬ』 高姫『アヽさうだらうさうだらう、そこが正直な所だ。耳が動くの動かぬの、怪しいの怪しくないの、頭から疑つてかかつては神様の御仕組は分りませぬワイ。お前は余程悧巧な方だと思つたが、私の目はヤツパリ違ひませぬワイ、オホヽヽヽ』 春彦『そらさうかは知りませぬが、如何しても私には合点の虫が承認しませぬよ。よう考へて御覧なさい。こんな森林にあんな美しい女が住居して居る道理はないぢや御座いませぬか。そして又金剛不壊の如意宝珠の如き結構な宝が幾つもあつて、それを貰うてくれと云ふのが、それが第一理由が分らぬぢや御座いませぬか。又しても執着心を起して失敗なされましたら、今度は取返しが出来ませぬぞ。どうぞ胸に手を当ててトツクリと御思案なされませや』 高姫『コレ春さま、お前は年が若いから、何も知りさうな事がない。マア此高姫のすることを黙つて見て居なさい。年の効は豆の粉、豆の粉は黄ナ粉だ。浮世の波にさらはれて、千軍万馬の功を経た心の鏡の光明に映つた以上は、どうして間違ふ気遣ひが御座いませうかい。細工は流々仕上げを御覧じ、そんな分らぬ事を言ふと、たつた今アフンと致さねばなりませぬぞや。……コレ常彦、ヨブの両人さま、私の言ふことが違ひますかな』 ヨブ『違ふか違はぬか、そんなこと如何して分りませう』 高姫『お前もみかけによらぬ先の見えぬ御方ぢやなア。大概分りさうなものぢやないか。籔を見たら筍が生えて居る、池を見たら魚が住んで居る、果樹を見たら、コラ甘い果物がなつて居る位の事が分らねば、宣伝使になつて人を助けることは出来ませぬぞえ。お筆先には一を聞いて十を悟る身魂でないと、まさかの時の間に合はぬぞよと御示しになつてるぢやありませぬか』 ヨブ『さうだと云つて正直に告白してゐるのですよ。不可解の事を分つたとは申されませず、又断然分らぬとも云へぬぢやありませぬか。否定と肯定とのまん中に立つて御返事をしたので御座います。お気に障りましたら、真平御免下さいませ』 高姫『エヽ仕方のない御人足だな……コレコレ常彦、お前は余程悧巧さうな顔付だ。お前の考へは間違ひなからう、どう思ひますかなア』 常彦『誰が何と云つても、私は高姫さまの仰有ることを真と信じます。乍併あの娘の言つたことは実地に当らねば、愚鈍な私、確かな御返答は出来ませぬ』 高姫『扨も扨も困つた分らずや計り寄つたものだな。世界に此事を分ける者一人ありたら物事は立派に成就するものなれど、余り身魂が曇り切りて居るから、神も誠に骨が折れるぞよ……と大神様が仰有つた。思へば思へば大神様の御心がおいとしいわいのう……それはさうと、何故早くあの娘さまは出て来ないだらうか。余り広い座敷で御掃除に暇が要るのではなからうか』 春彦『高姫さまの天眼通で御覧になつたら、あの娘が何をしてゐる位は分らにやなりますまい』 高姫『千騎一騎の此場合、神政成就の御宝が手に入るか入らぬかと云ふ時に、そんな小理屈を言うておくれなや。さうだから大勢は入らぬ、大勢居ると邪魔が入りて物事は成就致さぬと御示しになつて居るぞえ』 春彦『そんなら私はこれからお暇申して帰りませうか』 高姫『肝腎の御用は一人ありたら勤まるのだから、勝手になさりませ』 ヨブ『今の御言葉によれば、一人ありたらよいとの事、そんなら私も春彦さまと一緒にお暇致しませうか、御邪魔をしては済みませぬからなア』 高姫『コレ気の早い、そら何を言はつしやるのだ。ヨブさまに帰つてくれとは申しませぬぞえ。春さまだとて、別に私が邪魔になると言つたのぢやない。神様の御言葉を参考の為に話して聞かした丈の事だよ。つまり誠のお道は大勢よりは一人の方が御用が出来よいものだと云ふ神様の御示しを話した丈ですから、今となつて、さう悪気をまはして貰つちや困りますワ。千騎一騎の此場合、如意宝珠の玉を何程欲に持つたとて、一人に三つ位より持てるものでない。そして四人居れば、三四十二の玉が手に入るぢやありませぬか。あゝ斯うなるとモ少しガラクタ人間でもよいから伴れて来るのだつたに、世の中は思ふやうに行かぬものだなア』 春彦『アハヽヽヽ、何とお口の達者な事、兎も角御手際拝見の上、お詫を致しませう』 常彦は口を尖らし、 常彦『コリヤ春彦、変性男子の御系統に、何と云ふ御無礼な事を申すか。日の出神の生宮ぢやぞよ』 春彦『ハイ恐れ入りました。乍併どうぞ不調法のないやうに、皆さま御願申します』 高姫『オホヽヽヽヽ、あのマア疑の深い事ワイのう』 斯く話す折しも、以前の娘、美々しき盛装をこらし、二人の侍女を従へて、悠々と此方に向ひ進み来る。 (大正一一・八・二二旧六・三〇松村真澄録)
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霊界物語 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 01 高論濁拙 第一章高論濁拙〔九一六〕 厳の御霊に由緒ある伊豆の神国田方の郡 湯ガ島温泉湯本館軒を流るる狩野川 連日連夜の大雨に水量まさり囂々と 伊猛り狂ふ水の音又もや降り来る大雨に 亜鉛板の屋根を轟かし耳さわがしき雨館 皇大神を斎りたる奥の一間に瑞月が 安全椅子に横臥して瑞の御霊に由緒ある 三十三巻物語完全に委曲に述べ立つる あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 待ちに待ちたる霊界の三十の三巻の物語 皇大神の道の為世人の為に三五の 教の蘊奥を説き諭す此真心を諾なひて 神の教は日に月に茂り栄えてどこ迄も 道の柱となさしめよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神の言葉は何時までも天地の続く其限り 月日と共に変らまじ天地開けし初めより 天津神達八百万国津神達八百万 中にも分けて国治立の神の命の御来歴 其外殊に御功績の著しきを選り集め 雲霧分けて瑞月が宇宙の外に立ち乍ら 松雲太夫に筆とらせとく物語永久に 五六七の御世の末までも照らさせ玉へ惟神 神の御前に願ぎまつる神の御前に願ぎまつる。 蒼空一点の雲影もなく天津日は東天に 高山の頂きを掠めて昇らせ玉ひ 平和の輝きを地上に投げ玉ひ 涼しき風は天然の音楽を奏し 山野の樹木は惟神的に競うて舞踏をなす 蝶は翩翻として心地よげに飛びまはり 魚は溌溂として清泉に躍る 実に名にし負ふ高砂島の瑞祥を、目の前り 天地四方に現はしぬ今日はしも神素盞嗚大神 天降り玉ひてアルゼンチンの珍の神館に 出でさせ玉ひ八人乙女の末の御子 末子の姫の花の春一度に開く木の花の 莟の上におく露もいとすがすがしげに見えにける。 三五教の神司竜の腮の球の玉 其神徳を身に受けて救ひの神と輝ける 国依別の神司を珍の都の主とし 末子の姫に娶はして千代に八千代に高砂の ほまれを四方に伝へむと心欣々大神は 今さし昇る天津日に向つて両手を合せつつ 祈り玉ふぞ尊けれ。 愈結婚の式は今宵と差迫り、松若彦、捨子姫は数多の神司を初め、信徒を使役して、今夜の慶事の準備万端に全力を注ぎ、何れも甲斐々々しく東奔西走して、喜色満面にあらはれ、上下一致、手の舞ひ足の踏む所を知らず、吾を忘れて大活動をなせる折柄、此慶事を少しも祝せざるのみか、体主霊従の限りを尽し来りし国依別が、瑞の御霊の生娘、末子姫に娶ひて、清き御魂を混濁し、折角ここ迄造り上げた高砂島の瑞祥を黒白も分ぬ暗の夜に覆へさむは目の前り、神の御為世の為に、飽く迄も之を拒み遮り破約せしめむと、夜叉の勢凄じく、彼方此方と駆巡り、目を釣り上げ、顔を赤らめ、口を尖らせて運ぶ歩みも荒々しく、今夜の準備に目のまはる程多忙をきはめ居たる松若彦が館を叩き、慌ただしく入り来るは例の高姫さまであつた。高姫は門口より尖つた声で、 高姫『御免なさいませ……私は皆さまに憎まれ者の名を取つた身魂の悪い高姫で御座います。急々お目にかかつて申上げたい事が御座いますから、どうぞ松若彦様に少時で宜しいから、御目にかかりたう御座います。どうぞ御取次を願ひます』 とエライ権幕で呼はつて居る。カールは此声に表へ駆出で、 カール『これはこれは、貴き高姫さまで御座いましたか。よくマア御入来、何の用かは存じませぬが、今日は貴方も御聞及びの通り、瑞月祥日と申しまして、アルゼンチン開けて以来、又とない結構な御日柄で御座います。御存じの通り、一片の雲影もなき青空に、天津日の大神様は赫々として輝かせ玉ひ、夜は三五の明月、銀玉を空に懸けたる如き瑞祥の今日、イヤもう目出たうて目出たうて、鶴は千年、亀は万年、東方朔は九千年、三浦の王統家五千歳[※「鶴は千年~三浦の王統家」は伊都能売神諭大正八年一月二七日の一節。]、三千年の御仕組の一厘の花も開きそめ、目出たいの目出たくないのつて、何を仰有つても、今日に限つてグサグサした言葉はテンと耳には這入りませぬ。御用があれば更めて明日承はりますから、どうぞ今日は早く御帰り遊ばし、貴方も御結婚の準備の御手伝に御殿へお上り下さいませ。さぞ末子姫様が御待ちかねで御座いませうぞえ』 高姫『コレコレ、カール殿、お前に話さうと思つて来たのぢやない。主人の松若彦に意見をしようと思うて来たのですよ。主人にも取次がず、僣越至極にも門前払ひをくらはすとはチト脱線ぢやありますまいか。又此高姫に対し、早く御殿へ上り、御手伝ひをせよと仰有つたやうだが、そんな命令を下すお前に、ヘン、権利がありますかい。グヅグヅして居ると、日が暮れます。さうすりやサツパリ後の祭り、サアもうお前さまに係り合つて居つては、事が遅れる。エヽそこ退つしやれ』 カール『コレコレ高姫さま、貴方は強行的家宅侵入をするのですか、法律を心得てゐますかなア』 高姫『エヽ小癪面をさげて、法律の糞のて、何を言ふのだ。法律は死物だ、生きた人間が之を使へば活きるが、お前のやうなデモ法律家が何を吐いたつて、三文の価値もありませぬぞや。それだから神様が法律を変へるぞよと仰有るのだよ』 カール『高姫さま余り馬鹿にして下さるな。これでも赤門出のチヤキチヤキの法学士、而も優等で出たカールさまだよ。余り馬鹿にして貰ひますまいかい。やがて博士の称号が下らむとしてゐる所だ』 高姫『博士が聞いて呆れますぞえ、お前のは博士でなうて、バカセだ。昔はハカセとよんだが今はハクシと読むのだよ。読方も知らぬような法学士が何になるか、法学士でなうて、方角知らずと云ふ馬鹿者だらう。薄志弱行の徒計りが集まつて居るから、今ではハクシといふのだ。白紙主義と云うて、白紙の様な清い精神なればまだしもだが、真黒々助の濁つた魂で、法学士も博士もあつたものかいな。法律を殺して皆墓へ埋めるのだから、ハカセと昔は云つたのだ。此頃は松若彦さまの庭先に立つて、箒を以て庭掃かせになるとこだと云つて威張つて居るのだらう。何程箒(法規)が立派でも、神様の自然の憲法には抵抗することは出来ますまい。法律と云ふものは其源を神界の憲法に発して居るのだ。其元を掴んだ日本魂の生粋の高姫に対し、何程弁護士もどきに滔々と懸河の弁を揮つても駄目ですよ。舌端火を吐き、炎を吹いて高姫を煙にまき、追ひ帰さうと思つても、いつかないつかな日の出神の…オツトドツコイ……日の出る様な勢でも、只一口ジユンと水を注したら、忽ち消滅して了ふ様な屁理屈を云ふものぢやありませぬぞえ。それだから、人間の作つた不完全な学問は駄目だと云ふのですよ。『学ありたとて、知慧ありたとて、神界の仕組は人民では分るものではないぞよ』と此世の根本を御造り遊ばした大先祖の国治立命様が仰られて御座るぢやありませぬか。其大神様の片腕となつて御手伝ひ申す身魂の云ふことを、揚げ面して聞くと云ふやうな不都合千万の罰当りが、どこにありますか。エーエ面倒臭い、家宅侵入だらうが、何だらうが、そんな事を構うてゐる暇がない、カールさますつこんでゐなさい』 斯く争ふ所へ、松若彦は慌ただしく、何事ならむと奥の間より走り来り、 松若彦『ヤア貴方は高姫様、何御用か存じませぬが、なることならば明日、どうぞ御訪ね下さいませ。万一御都合が悪ければ、私の方から明日更めて御伺ひ致す考へで御座いますから……』 高姫『間髪を容れざる危急存亡の今日の場合、そんな暢気な事を云つて居られませぬ。何でもかでも、お前が発頭人だから、ここで一つ生命に代へても往生させねばならぬ大問題が差迫つて来て居ります。後の後悔は間に合ひませぬからなア』 松若彦『これはこれは何の御用かと思へば、大変な急用との御話、そんなら私も結婚の準備に付いて、何かと繁忙をきはめ、只今言依別様の御館へ出仕する所で御座いましたが、僅五分間だけ繰合せまして御話を承はりませう』 高姫『別に五分間もかかりませぬ。お前さまが高姫の云ふことを……ウンさうか、御尤も……と首を縦に一つふりさへすれば、それで万事解決がつくのだ』 松若彦は言依別、国依別、竜国別より昨夜の高姫の妨害運動を早くも聞かされてゐたので、テツキリ、此事ならむと早合点し、 松若彦『高姫さま……如何にも御尤も、仰有る通りに致します……ウンウン……』 ガクリガクリと首を縦にふり、 松若彦『左様なら……』 と言つたきり、足早に裏口よりぬけ出し、言依別命の館を指して、雲を霞と逃げて行く。 高姫『コレ……松、ワヽ若、ヒヽ彦何をビコビコとしてゐるのだ。奥の間にかくれて居つても、埒はあきませぬぞえ。……ヤツパリ気が咎めると見えて、蒟蒻のやうにビリビリふるつて、奥の間に隠れたのだな。蚤が蒲団の縫目に頭計り隠して、尻を出しとるやうな、アザとい事をしたつて駄目ですよ。今日は奥の手の、とつときの日の出神様を現はして侵入しますぞ。今日は肉体の高姫では御座いませぬぞ。改めてカールさま、念押しておくから、後で刑法だの、民法だのと小言を云うて下さるなや』 と云ひながら奥の間さして足音高くかけ込んだ。見れば松若彦の影もない。 高姫『ハテ、どこへ隠れたか』 と言ひつつ、窓をガラリと開けて外面を眺むれば、松若彦は一生懸命、裏道を尻ひつからげて、どこかを指して走り行く姿が見えた。高姫は地団駄ふんで悔しがり、 高姫『エヽ卑怯未練な松若彦、彼奴を往生させねば此世はサツパリ泥海だ。千騎一騎の神界の御用だ』 と云ひながら、裏口あけて松若彦が後をトントントンと追つかけて行く。 (大正一一・八・二四旧七・二松村真澄録)
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霊界物語 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 16 暗夜の歌 第一六章暗夜の歌〔九三一〕 斯く話す中、日は西海の波に没し、暗の帳は刻々に辺りを包んで来た。船客は何れも誰彼の区別を知らず、各自に頬杖をつき眠りについた。暗の中より女の声として一種の歌が聞えて来た。其歌、 高姫『思ひまはせば去年の夏金剛不壊の如意宝珠 麻邇の宝に村肝の心を曇らせ高姫は 言依別の後を追ひ瀬戸の海をば船出して 波に泛べる大小の島根を尋ねて宝玉の 所在を探り索めつつ棚無し舟に身を任せ 常彦、春彦諸共に高砂島の近くまで 来る折りしも過ちて岩に御舟を砕きつつ 進退谷まる時もあれ高島丸の船長に 救ひ上げられ漸くにテルの国まで安着し 言依別や宝玉の所在を捜し索めつつ 鏡の池や荒野原時雨の森に立向ひ 心を配り身を砕きウヅの都に立向ひ 国依別や末子姫妹背の縁を結び昆布 其宴席に列なりて神素盞嗚大神の 尊き姿に拝謁し茲に一行六人は ウヅの都を後にしてテル山峠の峻坂を 漸く登り息休め西へ西へと降り行く 音に名高き大瀑布乾の滝に立向ひ 御禊をなさむと飛込めば底ひの水に流されて 波漂へる玉の池いつの間にやら流れ行く 心の空もうとくなり途方に暮るる折りもあれ 清子の姫や照子姫ここに現はれましまして 吾をば救ひ玉ひつつ乾の滝の麓まで 送り玉ひし嬉しさよあゝ惟神々々 神の恵は目のあたり鷹依姫の一行と 無事の対面し乍らも心いそいそ峻坂を 下りてハラの港まで到りて見れば折よくも 高島丸は今すでに出帆せむとする処 神の恵と雀躍りし一行これに乗込めば 思ひも寄らぬ松さまが国依別や松若の 彦の司の内命で此高姫が行動を 監視遊ばすけなげさよ乾の滝に研きたる 此高姫の神身魂月日の如く輝きて 塵も芥も雲霧も払拭したる今日の空 心を配らせ玉ふまじあゝ惟神々々 尊き神の御光に照らされ帰るテルの国 ハラの港を後にして汐の八百路を打渡り 自凝島の中心地錦の宮を祀りたる 綾の聖地へ帰り行く吾身の上ぞ楽しけれ 吾身の上ぞ楽しけれ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 三五教の神の道清く悟りし高姫は いかで心の変らむや研きすました此身魂 金剛不壊の宝珠より麻邇の玉よりいちじるく 閃きわたる今日の空数多の星のピカピカと 照すはおのが心かな神は吾等と倶にあり 吾は神の子神の宮高天原に千木高く 大宮柱太しりて仕へ玉ひし玉照彦の 貴の命や玉照姫や其外数多の神司 教の御子を初めとし心汚き高姫が 今まで作りし罪科を神の御前や人の前 さらけ出して許々多久の罪や汚れを払ふべし あゝ惟神々々高島丸の船の上 遠く御空を伏拝み深く海底拝みつつ 心の中の誠をばここに現はし奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と改心の歌を歌つてゐる。此歌を聞いた松彦は又もや暗の中より歌ひ始めたり。 松彦『松若彦の家の子と仕へまつれる松彦が 高姫さまの歌を聞き感謝の余り今ここに 委細を白状致します言依別の神様の 仰せられたるお言葉に高姫さまは何うしても 玉に執着強くして到底、改心むつかしい 言依別もそればかり日夜に心配致し居る 高姫さまが此砌自凝島へ帰りなば 麻邇の宝珠の所在をば知らせて手柄をさせたいと 心は千々に逸れども安心ならぬ高姫が 心を包みし八重曇り晴らさむ由もなき儘に 神素盞嗚大神の御後に従ひフサの国 斎苑の館に進み行く汝松彦慎みて 高姫さまの乗りませる高島丸に身を任せ 其行動を監視していよいよ無垢の精神に 返られたりと見た上は由良の港に立向ひ 秋山彦に言依別の神の司の言伝を 完全に詳細に物語り宣らせ玉ひし言の葉を 諾ひまつり今ここに高島丸に打乗りて 来りて見れば高姫が心の底より改めて 罪をわびたる健げさよあゝ惟神々々 高姫さまが真心に復り玉へば世の中は 雲霧四方に吹散りて五六七の御世は明かに 堅磐常磐に立つならむさはさり乍ら言依別の 神の司の御教は固く守りてどこ迄も 自凝島に至る迄明しかねたる吾秘密 テーリスタンの神司何程勧め玉ふとも ただ一厘の此秘密まだまだ明かすこた出来ぬ あゝ高姫よ高姫よ今の心を永久に 変らず動かず守りまし松の神世の太柱 清きほまれを身に負ひて神の御為世の為に 身魂を研かせ玉へかし松彦、鶴彦両人は 汝が身の後に付添ひて高姫さまの使命をば 果たさせ奉る吾覚悟悪しく思はせ玉ふまじ あゝ惟神々々高島丸の船の上 心の丈を打あけて神に誓ひて宣り上ぐる 神に誓ひて宣り伝ふあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 又もや暗中より歌聞えて来たりぬ。 竜国別『自凝島の聖地をば竜国別の宣伝使 鷹依姫と諸共に高姫さまに疑はれ 親子は疑団を晴らさむと大海原を打わたり 難行苦行の末遂に高砂島に漂着し いろいろ雑多と気をもみて玉の所在を尋ねつつ アマゾン河に打向ひ神の恵をまつぶさに 禽獣虫魚に注ぎつつ又もや此処を立出でて ウヅの都に立向ひ神素盞嗚大神や 末子の姫に拝謁し目出たき席に列ねられ 高姫さまと諸共に山野を渡り河を越え 乾の滝に立寄りて互に魂を洗ひつつ 漸くハラの港まで一行六人辿りつき 高島丸に乗せられて自凝島へ帰り行く 此船中にはしなくも松彦さまが乗りあはし 鷹依姫や高姫の噂をなさる不思議さに 耳をすまして聞き居れば言依別の神司 深き思ひをめぐらして遣はし玉ひし松彦の 神の司と聞きしより心も勇み気も勇み 名乗り上げむとする時に夜の帳はおろされて 黒白も分かぬ真の暗忽ち聞ゆる高姫の 詐りのなき物語歌に装ひて宣り玉ふ あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて 高姫さまの真心を初めて聞きし心地して 其嬉しさは限りなく御空を拝し地を拝し 感謝の涙せきあへずここに言霊宣りあぐる あゝ高姫よ高姫よ今の心を永久に 動かず違へず三五の誠の道にまつろひて 五六七の御代の神柱広く太しく立てませよ 竜国別が真心をこめてぞ祈り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひつつ船は暗の海面を、帆を孕ませ数多の船客の鼾を乗せて西へ西へと辷り行く。 (大正一一・八・二八旧七・六松村真澄録) 『本日大正日々新聞社長床次正広氏湯ケ島へ来訪即日帰阪す。 大本二代教主渡辺淳一氏を伴ひ帰綾す』
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霊界物語 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 09 玉の黒点 第九章玉の黒点〔九五〇〕 筑紫ケ岳の山脈の中心、高山峠の頂上に四五人の男、車座になつて何事か囁き乍ら、白黒の石を砂の上に並べ、烏鷺を争うてゐる。 甲(玉公)『どうも斯うも此黒がしぶとうて、邪魔んなつて仕方がない。此奴一つ殺して了ふと後は大勝利になるんだがなア』 乙(虎公)『馬鹿言へ、此世の中は苦労(黒)が肝腎だ。苦労なしに物事が成就すると思ふか』 甲(玉公)『すべての汚濁や曇りや、塵芥を除き去つた純白の此石は、丸で神様の御霊の様なものだ。能く見よ、中迄水晶の様に透き通つてゐるぢやないか。俺の爺は昔日の出神様が火の国へ御出でになつた時、御案内申した御礼として、水晶玉を下さつたが[※これは第7巻第32章「水晶玉」に出るエピソード]、今に俺ん所の家宝として、大切に保存してあるが、其水晶玉の前に行つて、何でも御尋ねすると、宇宙の森羅万象がスツカリ映るのだ。それに此頃は如何したものか、二三日前から水晶玉の一部に黒点が出来よつて、非常に見つともなくなり、九分九厘と云ふ所迄は何事も判然と分らして貰へるが、其一厘の黒点の為に遺憾乍ら、十分の判断がつかなくなつて了つたのだ。それだから黒は面白くない、殺して了へと云ふのだよ。黒い奴に碌なものがあるかい、三五教の黒姫とかいふ真黒けの婆アが、何でも此筑紫島へ渡つて来よつたに違ないのだ。さうでなければ、国玉とも譬ふべき水晶玉に黒点が現はれる筈がない。それで今此処でお前達と白黒の勝負を闘はしたのも、一つは水晶玉が如何なるか、黒姫が果して此国の邪魔をするか……と云ふ事を卜なつたのだ。どうしても此黒い石が邪魔になつて仕方がないワイ』 丙『此黒い石を殺すと云つたつて、元から鉱物だ。動植物と違つて、生命をとる訳にも行かず、斬り倒して枯らす訳にも行かぬぢやないか』 甲(玉公)『それよりも、建野ケ原の神館の建能姫さまは、此頃立派な婿様が出来たぢやないか。何でも建国別と云ふ立派な宣伝使だと聞いたがなア』 丙『建能姫さまは建日の岩窟に館を構へて御座つた建日別命の一人娘で、永らく神様の道を宣伝してゐられたが、余り男が沢山に参拝して酒に酔うた揚句、其美貌に現をぬかし、何だかだと言ひ寄つて、蒼蝿くて堪まらないから、独身主義を執つて居られた建能姫さまも、到頭決心なさつて、建野ケ原へ宿替へをなされたのだよ』 乙(虎公)『貴様も建能姫に肱鉄を喰はされた一人だらう……否一人でなくて猥褻行為犯人だらう、アハヽヽヽ』 丙『馬鹿を言ふない。建能姫さまは体中から何とも云へぬ水晶玉の様な光が絶えず放射してゐるのだから、到底吾々凡夫がお側へでも寄りつかうものなら、夫れこそ目が潰れて了ふワ。何でも色の黒い、鼻の曲がつた男が、水晶玉を懐に入れて行きよつてなア、建能姫さまに面会し……これは吾家に伝はる重宝で御座います、これを貴女に献上致します……としたり顔に差出した所、建能姫様は厭相な顔付し乍ら、ソツと手に受取り、クルクルと転がして見て……ハハー此水晶玉には恋慕と云ふ執着心の黒点が現はれてゐるから、折角乍ら御返し申します……と無下につき返された馬鹿者があると云ふ事だ。それで其男は玉の黒点が気になつて堪らず、何うぞして此黒点が除れたならば、建能姫様に献り、歓心を買うて、ソツと婿にならうと云ふ野心があるのだ。其野心が除れぬ間は、何程日の出神から頂いた水晶玉でも其黒点は除れはせないよ』 と言ひ乍ら、稍冷笑気味に甲の顔をグツと見上げる。甲は電気にでも打たれた様に胸を轟かせ乍ら、顔を赤らめて沈黙に入る。 丁『それで玉公が、黒姫がどうの斯うのと言つて居やがるのだな。白石が負けて黒石が勝つた時、掌中の玉を取られた様な顔色をしよつたと思うたら、そんな深遠な計略があつたのか、アハヽヽヽ、……忍ぶれど色に出にけり吾恋は、物や思うと人の問ふ迄……とか云ふ百人一首の歌そつくりだな』 乙(虎公)『オイ玉公、そんな曇りのある水晶玉は、貴様ん所の不吉だから、いい加減に川へでも投げ込んで了つたら如何だ。災の来る前にはキツト宝の表に黒い影がさすと云ふ事だ。人間の面体だつて、凶事の来る前は、どこともなしに、黒ずんだ斑点が現はれるのだからなア』 甲は力無げに、 玉公『捨てよといつた所で、爺の言ひ付け、どんな事があつても、此玉は吾家を出す事は出来ぬ。それ共尊き神様が現はれなさつたならば献上して良いが、決して人に売つたり譲つたり、捨てちやならぬと、死んだ爺の遺言だから、俺の自由にはならないのだ。建能姫様が御受取り下さらねば、もう仕方がない、此玉の黒点が除れる迄、御祈願をこらして身を慎むより、俺には方法がないのだ。併し俺の考ヘでは、如何しても此筑紫島へ黒姫がやつて来たに違ない、本当に困つた奴が来たものだ。日の出神様のやうな方がお出でになれば、此玉は益々光り輝くのだが、黒点が次第々々に拡がつて、此頃では半透明に曇つて了つた。あの玉の黒点から考へて見ると、どうしても黒姫と云ふ奴、今日此頃は此峠のあたりへ近付いて来る象徴が見える。それで実の所はお前達を無花果取りにかこつけて、ここ迄誘うて来たのだ。其序に、白黒石の勝負をやつて見たのだ。こりや如何しても黒が障つてゐる。黒姫を……否黒石を叩き割つて了はねば、此国はサツパリ駄目だよ。水晶玉の筑紫の島がサツパリ泥水になつちや堪らない。国魂の神様は此世を水晶に御澄し遊ばす純世姫命だ。俺ん所の秘蔵の水晶玉は、言はば純世姫様の国玉だ。どうかして黒と名のつく物は亡ぼして了はなくちや、国家の一大事だよ』 丁『そんな小ぽけな水晶玉に、広大無辺のアフリカの国魂神様が憑つて御座るとは、チと理屈が合ぬぢやないか』 玉公『馬鹿云ふな。伸縮自在の活動を遊ばすのが、所謂神様の御高徳だ。至大無外、至小無内、無遠近、無広狭、無明暗、過去、現在、未来を只一塊の水晶玉に集めて、俺達が掌で玉を転がす様に、自由自在になさるのが神様だ。其神様の御霊があの様に曇りかけたのだから、吾々筑紫島の人間はウカウカしては居られないのだ。お前達は直に建能姫様に俺が恋慕をして居る様に、妙な所へ凡夫心を発揮しよるが、そんな陽気な事ぢやない。今に地異天変が何時突発するか分つたものぢやないぞ。最前の暴風雨だつて、茲二十年や三十年、聞いた事がない荒れ方ぢやないか。大きな岩が木の葉の如くドンドンと降つて来る、大木は根から倒れる、木の枝は裂ける、無花果の様な雨が降る。よく考へて見よ。こりや決して只事ぢやないぞ』 斯く話す所へ、蓑笠草鞋脚絆に金剛杖の軽き扮装にて、コツンコツンと、坂路を叩き乍ら登つて来る一人の中婆アがあつた。此れは言はずと知れた三五教の黒姫である。 黒姫は漸く頂上に登り詰め、ヤツと一安心したものの如く、左の手に金剛杖を固く握り体をグツト支へ、右の手の拳を固めて、腰を三つ四つ打ち叩き、 黒姫『アーア』 と云ひ乍ら、グツと背伸びをした途端に、五人の男が車座になつて、何か囁いてゐるのに目がつき、黒姫は、 黒姫『モシモシそこに御座るお若い御方、一寸物をお尋ね致しますが、火の国には高山彦といふ尊い宣伝使が御見えになつてをると云ふことを、お聞きぢや御座いませぬか』 乙(虎公)『何処の婆アか知らぬが、此山路を大胆至極にも一人旅とは如何したものだ。高山彦様の身の上を尋ねて、お前は何とする考へだ』 丙『オイ虎公、余りぞんざいな物言ひをしちやならぬよ。高山彦様のお母アさまかも知れないからなア』 虎公『モシモシ貴女は御子息の所在を尋ねて、はるばる此処迄、御出でになつたのですか』 黒姫『イエイエ私は高山彦の妻で御座います。夫の後を慕うて此処迄参りました。高山彦さまは御無事でゐらつしやいますかな』 虎公『御無事も御無事、夫は夫は大変な勢ひだ。乍併、お前さまが高山彦様の女房とはチツと合点のゆかぬ話だ。愛子姫様といふ立派な奥様が御座るのに、お前の様な腰の曲りかけた婆アさまを女房にお持ちなさるとは、チツと可笑しいぢやないか、ソリヤ大方人違だらう。俺又そんな年老りが男の後を慕うて来ると云ふ事は、昔から聞いた事がない、息子の間違ぢやないかな』 黒姫『私も息子があつたのだけれど、若い時に世間の外聞が悪いと云つて、四辻に捨て、人に拾はしたのだ。其天罰で夫には別れる、吾子の行方は知れず、年は追々寄つてくる、自分の子はなし、力とするのは神様と高山彦の夫計りだ。其高山彦さまに若い女房があるとは、嘘ぢや御座いますまいかなア』 虎公『決して嘘は言ひませぬ。一言でも嘘を言はふものなら、国魂神様の罰が当つて、忽ち口が歪んで了ひます。此熊襲の国の人間に口が歪んだ奴の多いのは、皆嘘を言つて神罰を受けた奴計りですよ、なア新公』 新公『オウそうともそうとも、恐ろしいて、嘘のウの字も言はれたものぢやない』 黒姫『あゝそうですかなア。折角此処迄長の海山越え、やつて来た黒姫の心も知らずに、高山さまとした事が、若い女を女房に有つとは、余り没義道だ。チツとは私の心も推量してくれても能かりさうなものだのに。あゝ如何しようかな。進みもならず退きもならず、困つたことになつて来たワイ』 と涙をハラハラと流し、立つた儘、歎きに沈んで居る。 玉公『コレコレお婆アさま、お前さまは今、黒姫だと言ひましたねえ』 黒姫『ハイ、火の国の都にまします高山彦の宣伝使の真の女房で御座います』 玉公『ハテ困つた事が出来て来た。私は此黒姫を亡ぼしてやらねば、此国が泥海になつて了ふと、水晶玉の知らせに依つて此処迄やつて来て待つてゐたのだが、御神徳高き高山彦様の奥さまとあれば、如何することも出来ない。高山彦様は筑紫の島の生神様、親様と、国民全体が尊敬して居る立派な御方、其奥様を虐げる訳には行かない。さうすると黒姫さま、貴女は高山彦様の本当の奥様に間違ありませぬか』 黒姫『決して間違はありませぬ、愛子姫と云ふのは、つまり高山彦さまのお妾でせう。一夫一婦の掟の厳しい三五教の宣伝使が、二人も本妻を持つ道理は有りますまい』 玉公『ハテ合点のゆかぬ事だ。あれ丈立派な高山彦様が、妾を御持ちなさるとは、何たる矛盾であらう。何程恋は思案の外といつても、コリヤ又余りの脱線振だ。……モシモシ黒姫さま、貴女は一旦離縁されたのぢやありませぬか。斯う云うと失礼だが、あんな立派な宣伝使が、お前さまの様な黒い御方と夫婦にならつしやるのは、丁度月と鼈、鷺と烏が結婚した様なものだから、お前さま自転倒島とやらで、三行半を貰はしやつたのぢやありませぬか。さうでないと、如何しても高山彦さまの神格に照らし、合点の行かぬ節が沢山あるのだ』 虎公『モシ黒姫さま、最前お前さまは一人の子を捨てたと仰有つたが、其子は今生て居つたら幾つ位になつてゐられますかな』 黒姫『ハイ、今から三十五年前の事、今居つたならば三十五歳の血気盛りの立派な男になつて居るだろう。若い時は親の許さぬ男の子を拵へて、世間に外聞が悪いと思ひ、無残にも四辻へ捨てたのだが、今になつて考えて見れば実に残念なことを致しました』 と今更の如く涙をハラハラと流し憂ひに沈む。 虎公『建野ケ原の神館の建能姫様の御養子に見えたのは、今年卅五歳、建国別といふ立派な宣伝使だ。其お方も話に依れば、赤児の時に捨児をしられ、今に両親の行方が知れぬので、三五教の神様を信じ、一日も早く誠の父母に会はして下さいといつて、一心不乱に信仰を遊ばし、遂には尊い宣伝使にお成りなさつたといふ事です。今から丁度一年前だつた。火の国の館の高山彦様が御媒酌で建能姫様の御養子婿になられ、夫婦睦まじく、御神徳は日に夜に高く、それはそれは大変な勢で御座いますよ。よもやお前さまの捨てた御子さまではあろまいかなア』 黒姫『何、建国別の宣伝使が捨児だつたとなア。さうして其お年が卅五歳、ハテ合点のゆかぬ事だなア』 (大正一一・九・一三旧七・二二松村真澄録)
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霊界物語 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 17 霧の海 第一七章霧の海〔九八一〕 青葉は薫り、霞は迷ふ荒井ケ岳の絶頂に腰打かけて、四方を見はらし、雑談に耽つてゐる三人の男女がある。余り風はなけれども何となく朝の空気は涼しい。彼方此方に煙ともつかず、霧ともつかぬ靄が大地一面に閉ぢ込め、其中より浮き出た様にコバルト色の山岳が現はれてゐる。 徳公『モシモシ黒姫様、何といい絶景でせうか、日中は随分苦しいですが、斯う朝霧に包まれて、涼しい空気に当り、四方を見下す気分は、まるで地上の一切を掌握した王者の様な雄大なる気分が漂うて来るぢやありませぬか』 黒姫『実に雄大な景色ですなア。火の国の都はどの辺に当りますか』 徳公『これからズツと西に、うす黒く浮き出た様な山がありませう。それが火の国の都の西に聳えてゐる花見ケ岳と云つて火の国第一の名山で御座いますよ。あの東に見えるのが火の国ケ岳、其少し北へよつてゐる絶頂の少し浮いて見えるのが向日山、それからズツと北にうすく霧の中から覗いてゐるのが白山峠です。其外の山々は全部霧の海に沈没して居りますから見られませぬ。此霧がサラリと晴れようものなら、それこそ天下の壮観です。花頂山、天狗ケ岳、越の山、春山峠、志賀の山などと、随分立派な青山が点々してゐます。其間を縫うてゐる火の国川は、天の棚機姫が布を晒したやうに蜿々として火の国の原野を流れ、えも言はれぬ光景です。さうして西南に当つて竜の湖といふ随分大きな湖水がありますが、それも生憎霞の為に包まれてゐます。それから火の国都の名物、五重の塔が霧のない時は、うつすらと目に映ります。それを見る度に、何ともいへぬ気分になつて、眠たくなりますよ』 黒姫『徳公さま、随分あなたは地理に詳しい方ですなア。さう云ふお方に案内をして貰へば大丈夫ですなア』 徳公『乍併此荒井峠は其実、御代ケ岳といふのですが、いつも山賊が出て荒つぽい事をするので、誰いふとなく荒井峠と綽名がついたのです。一名は生首峠とも云つて、此峠には生首の絶えた事のないといふ危険区域です。此徳公は地理には精通し且豪胆者だといふことを、三公の親分が知つてゐますから、抜擢して御案内に立てと、命じたのですから、何事があらうとも、徳公のゐる限り大丈夫ですから御安心なさいませ。仮令泥棒の千匹万匹、束になつて押し寄せ来るとも、敵一倍の力を発揮し、縦横無尽に斬り立て薙ぎ立て追ひ散らし、敵を千里に郤けて、御身の御安泰を守ります』 黒姫『オホヽヽヽ、随分口の勇者ですなア』 徳公『ソラさうですとも、言霊の幸はひ助け生くる神の国ですもの、勇めば勇む事が出来てくる、悔めば悔むことが出来てくるのは天地の真理、言霊学上の本義ですから、力一杯強いことをいつて、荒井ケ岳の曲神を慴伏させる徳公が一厘の仕組、実に勇ましき次第なりけりと言ふ所ですわい、アハヽヽヽ』 黒姫『オホヽヽヽ、元気な徳公さまだこと』 久公『オイ徳、モウ夜が明けてゐるぞ。何寝言を云つてゐるのだ。一つ手水でも使つて来い』 徳公『オイ久公、貴様こそ寝言を云つてるのだらう。さうでなくちやそんな馬鹿な事が云へるかい。よく考へて見よ。こんな高山の絶頂に、手水を使へといつた所で水があるかい。それだから貴様は寝言を云つてると云ふのだ』 久公『形体ある水で使へと云ふのぢやないよ。無形の清水で手水を使へと云つたのだ。言霊の幸はひ助け生くる国だから、俺がかう云つたが最後、此山頂から俄に清水が滾々として湧き出すかも知れないのだ。余り茶々を入れて呉れない』 徳公『茶々を入れと云つたつて、わかす水もないぢやないかい』 久公『俺が一つ魔法瓶から茶々を出して呑ましてやらうか、それツ!』 といひ乍ら、前をまくつて、徳公の方に向つて竜頭水の如く塩水を噴出する。 徳公『エヽ汚ねえ事をすな。此親分にして此乾分あり。いつも下らぬ事ばかり見聞してゐよるものだから、そんな無作法な事を平気でするのだ。山には山の神さまがあるぞ。すべて山の頂きは人間に例へたら頭も同様だ。頭に小便をひりかけるとはチツと無道ぢやないか』 久公『俺のは小便ぢやない、バリと云ふのだ。余り貴様がイバリよるから、一つバリ水をさして温めてやらうと思つたのだ。余りメートルが上りすぎて居るからなア。バリの洗礼を施して貴様の心を、サツパリ荒井峠だ、ウツフヽヽヽ』 徳公『黒姫さま、常の習ひが他所で出るとか云ひまして、日常の教育が不用意の間に現はれるものですなア。本当に仕方のない奴です。虎公親分も斯んな代物を飼つて居るのは随分大抵ぢやありますめえ』 久公『コラ黙つて居れば、口に番所がないと思つて、非常にバリ嘲弄を恣にしよる。モウ承知せないぞ』 徳公『貴様は貴様の方からバリかけたぢやねえか。俺がバリするのは当然だ。これでも三公の身内に於ては、徳公と云つてバリバリ者だから、グヅグヅ吐すと笠の台が洋行するやうな目に会はしてやらうか』 久公『煩雑な議論をして居るよりも、手取早く自由行動だ。サア来い勝負!』 徳公『ハツハヽヽヽキウキウ取つつめられ、キウ策を案出して、キウに威張り出しよつたなア、マアちつと冷静にものを考へて見よ。親分同志は和解してゐるぢやねえか。ワカい者同志が斯んな所で喧嘩しちや済まねえぞ、此処に三五教の宣伝使が見て御座る。無抵抗主義を貴様は何と思つてゐるかい』 黒姫『モシモシお二人さま、どうぞ争ひはやめて下さい。見つともないぢやありませぬか』 徳公『徳別久行列車が黒姫オツトドツコイ、コリヤ失敬、黒煙を吐いて、火の国の大原野を疾走する所ですからなア、アハヽヽヽ』 久公『久々如律令、とうかみゑみため、払ひ玉へ清め玉へ、南無惟神霊幸倍坐世、一時も早く徳久列車が勝利の都へ安着致しまする様、帰命頂礼、願望成就、無上霊宝、珍妙如来、守り玉へ幸はひ玉へ、ウツフヽヽヽ』 斯かる所へ四五人の男、一人のかよわき女を伴ひ急坂を登り来る。 徳公『いよいよ泥公の御出現だ。 此山働く泥棒が長い大刀振りまはし オイオイ貴様は旅の奴お金をスツカリおれの前 出すか出さぬかコリヤどうぢや出さぬと云つたら此通り おどせば久公は泣き出し金を出せなら出しもする 供をせいなら供もする命ばかりはお助けと 云うても帰らぬ久公を憐れや泥棒がバツサリと 斬つてすてたる恐ろしさあゝ惟神々々 叶はぬならば久公よ一時も早く逃げ出せよ 三十六計の奥の手は逃げるにしくはない程に かけがひのない其命もしもバツサリやられたら 貴様の内のおなべ奴が吠面かわいて喧しう 近所に迷惑かけるだろアハヽヽヽ、アハヽヽヽ』 久公『コリヤ徳、何を吐きよるのだ。泥棒が怖くつて侠客が出来るかい。おれを誰だと思つてゐるのかい。蟒の久公と云つたら俺のことだぞ。昔は白山峠に岩屋戸を構へ、七十五人の乾児を引きつれ、往来の人間を真裸にし、経験をつんだ悪逆無道の蟒の久公の成れの果てだ……と云ふのは俺ではない。其久公の名をあやかつた新久公だから、チツとは泥的の匂ひ位は保留してるつもりだから、余りバカにして貰ふまいかい』 五人の男は久公の法螺を聞いて、本当の泥棒の出現と思ひ、顔色をサツと変へてゐる。一人の女は度を失ひ、 女『あゝ如何しませう、泥棒が出ました。兄さま助けて下さいな』 男(鉄公)『人間は覚悟が第一だ。荒井峠に山賊が出るから、モウ少し遅く、夜が明けてから登らうと云つたのに、貴様が喧しく急き立てて夜中立をして来たものだから、こんな怖い目に会ふのだ。これも自業自得とあきらめて真裸となり、命丈助けて貰ふやうにするのが第一の上分別だ。オイ皆裸になれ、泥公の方から請求されない間に綺麗サツパリとおつ放りだす方が得策だ。人の性は善だから、下着の一枚位は返してくれるかも知れぬからのう』 と小声に一同に向つて囁いてゐる。久公は此囁き声はチツとも耳に入らなかつた。余りの驚きに耳が鳴つてゐたからである。 男(鉄公)『私は火の国の者で御座いますが、俄に急用が出来まして、男女六人連れ、此坂を越えて参りました。どうぞ荒いことをせないやうに頼みます。其代りスツカリ着物を脱いで渡しますから……』 久公『お前は人の着物を脱がすのが商売だから無理もないが、どうぞ今日は日曜にしてくれ、頼みぢや。三五教の黒姫さまのお供をして火の国へ行くのだから、ここで真裸にせられちやア、本当に迷惑だからなア。一枚だつて渡すこたア出来ないから、どうぞ諦めて下さい。これでも男一匹の侠客だから、裸一貫の大男だから……』 男も亦驚きの為に耳もろくに聞えなくなつてゐた。 男(鉄公)『エヽ何と仰有います。一枚も渡さぬと仰有るのですか。せめて下着なつと下さいな、裸一貫とか二貫とか仰有いましたが、裸になつちや道中が出来ませぬ、又こんな孱弱い女も居るのですから、そこはお慈悲で見のがして下さいませ』 外五人の男女は目をふさぎ、耳をつめ坂路にふるひふるひ踞んでゐる。 徳公『アハヽヽヽ、臆病者同士の寄合ぢやなア………コレコレ旅の御方、吾々は決して泥棒ぢやありませぬよ。大蛇の三公の乾児で、弱きをくじき、強きを助けると云ふ都合の好い侠客だから、マアマア安心なさい。命を取つても着物迄取らうとは云はねえから安心しなせえ。今の人間は体よりも着物を大切がるから大切な着物の方を助けて上げやせう、アハヽヽヽ』 黒姫『コレコレ徳公、久公、冗談もいい加減にしておきなさい。旅のお方が本当の泥棒だと思つて、あの通り慄うてゐられるぢやありませぬか。そんな肚の悪いことを云ふものぢやありませぬよ』 徳公『いかにも御尤も千万、恐れ入谷の鬼子母神、呆れ蛙の面に水、つらつら思んみれば、見ず知らずの旅人を捉へ、いらざる嚇し文句を並べたて、誠に以て不都合千万、平に御容赦願上げ奉りまする……コレコレ旅のお方、吾々は決して泥棒ぢやありませぬ。三五教の信者だから安心して下さい。実は此方の方から、お前さま達を泥棒の群だと早合点して、雨蛙の胸元のやうに、ペコペコとハートに波を打たせてゐた余り強くない代物ですよ。疑心暗鬼を生ずとかや、互に心の縺れから、せいでもよい心配をしたり、させたり、らつちもねえことで御座んした』 旅の男は漸くにして胸撫でおろし、 男(鉄公)『あゝそれで落着きました……オイお前達、モウ心配するには及ばぬ、気を確に持て。こんな弱い事で荒井峠が越されると思ふか。仮令泥棒の千匹万匹押寄せ来るとも、此鉄公が鉄拳を揮つて、泥棒の群に縦横無尽に飛込んだが最後、さしも暴悪無道の泥棒の群も風に木の葉の散る如く先を争ひ、ムラムラパツと逃げ散つたり。逃げる奴には目はかけず、寄せくる奴は片つぱしからブンなぐり、素首ひきぬき、股をさき手をむしり、子供の人形箱のやうに致してくれむは案の内、ヤア面白し面白し。実に名にし負ふ荒井ケ岳の勇将と、名を万世に轟かす、比ひ稀なる豪傑なり………と云ふ様なものだ。マアマア木ツぱ共、否臆病者共、此鉄公さまに従ひ来れ、オツホーン』 黒姫『アハヽヽヽ又久公の二代目が出来ましたなア』 徳公『久公の副守護神が憑依したのですよ、アハヽヽヽ』 旅の男は五人の男女を差し招き、法螺を吹き、空威張りし乍ら、ヤツパリどこかに薄気味が悪いと見え、下り坂になつたを幸ひ、転けつまろびつ、立板に砂利をブチまけたやうに、バラバラと命カラガラ逃げて行く。 (大正一一・九・一七旧七・二六松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 07 火事蚊 第七章火事蚊〔一〇四四〕 人盛なれば天に勝ち、天定まつて人を制すとかや、喜楽は一身一家を抛つて、審神者の奉仕に全力を尽すと雖も、何を云つても廿余名の、元より常識の欠けた人物の修行者が発動したこととて、どうにも斯うにも鎮定の方法がつかない。正邪理非の分別もなく、金光教会の旧信者計りで、迷信と盲信との凝結であるから、到底審神者の云ふ事は聞入れないのである。又神懸といふ者は妙なもので、金光教の信者が修行すれば金光教の神が憑つて来る。どれもこれも皆金神と称へる。天理教の信者が修行すれば、十柱の神の名を名告つて現はれる。妙霊教会の信者が修行すれば、又妙霊教会の奉斎神の名を名告つて現はれて来る。其外宗旨々々で奉斎主神の神や仏の名を名告つて、いろいろの霊が現はれ来るものである。上谷の修行場では金光教の信者計りであつたから、牛人の金神だとか、巽の金神、天地の金神、土戸の金神、射析の金神などと、何れも金神の名を名告るのであつた。又竜宮の乙姫だとか、其他の竜神の名を以て現はれる副守護神も沢山なものであつた。 今日の大本へ修行に来る人間は、大部分中等や高等の教育を受けた人が多いから、此時のやうな余り脱線的低級な霊は憑つて来ない。が大本の最初、即ち明治卅二年頃の神懸といつたら、実に乱雑極まつたもので、丸で癲狂院其儘の状態であつた。其上邪神の奸計で、審神者たる者は屡危険の地位に陥る事があつて、到底筆や口で尽せるやうな事ではなかつた。幽界の事情を少しも知らない人々が此物語を読んでも、到底信じられない様な事許りであるが、それでも事実は事実として現はして置かねば、今後の斯道研究者の参考にならぬから、有りし儘を包まず隠さず、何人にも遠慮会釈なく、口述する事にしました。 頃は明治卅二年、秋色漸く濃やかな時、金明会の広間では、例の福島、村上、四方春三、塩見、黒田を先頭に、日夜間断なき邪神界の襲来で、教祖のいろいろの御諭しも、喜楽の審神者も少しも聞き入れぬのみか、却て教祖や喜楽を忌避して、福島氏の如きは別派となり、広前の奥の間を占領し、四方、塩見、黒田三人の修行者と共に、奇妙な神懸を続行して居る。 『お父サン、久しぶりでお目にかかりました』 『ヤア吾子であつたか、会いたかつた……見たかつた……ヤア其方は吾妻か……』 『吾夫で御座んすか、艮の金神さまが世にお落ち遊ばした時に、私も一所に落されて、親子兄弟がチリヂリバラバラ、時節参りて、艮の金神さまのおかげで、久し振りで夫婦親子兄弟の対面を許して貰ひました。あゝ有難い勿体ない、オーイオーイオーイアンアンアン』 と愁歎場を演出してゐる。余りの狂態に、平素から忍耐の強い教祖も、已むを得ず箒を以て、福島の神懸を掃出し、 教祖『お前は金光教を守護する霊であらう。此大本をかき紊す為に、福島の肉体を借つて居る事は、初発から能う知つて居る。モウ斯うなつては許す事は出来ぬから、一時も早く退散せい』 と厳しく叱りつけられ、半分肉体の交つた神懸の福島は、大いに立腹し、 福島『此誠の艮の大金神さまのお憑り遊ばした福島寅之助を、能う見分けぬやうな教祖が何になる。勿体なくも艮の金神の生宮を、箒で掃出したぞよ。又上田も小松林のやうなガラクタ神が憑つてゐるから、此結構な大神を能う見分けぬとは困つたものであるぞよ。何の為の審神者ぢや、分らぬといふても程があるぞよ。サアサア皆の神懸共、これから丑の年に生れた寅之助の、艮大金神が神力が強いか、出口と上田の神力が強いか、白い黒いを分けて見せてやるぞよ。此方の御伴致して上谷へ来いよ。もし寅之助が負たら従うてやるが、此方が勝ちたら出口直も上田も、誠の艮の金神に従はして、家来に使うてやるぞよ。今日が天晴れ勝負の瀬戸際であるぞよ。皆の神懸よ、一時も早く上谷へ行けよ。出口と上田の改心が出来ぬから、今目をさまし改心の為に、神が出口の家を灰にして了うぞよ。それから町中も其通りぢやぞよ。噫誠に気の毒なものぢやぞよ。人民が家一軒建てるのにも、中々並大抵の事ではないが、神も気の毒でたまらぬぞよ。これも出口直が我が強うて、上田の改心が出来ぬからぢやぞよ』 と四辺に響く大音声にて呶鳴り散らす。喜楽は何程福島に神懸の正邪を説明しても、聞かばこそ……、自分は誠の艮の金神ぢや、上田の審神者が何を知るものか……と、肩を怒らし、肘をはり、威丈高になつて、神懸や役員一統を引連れ、韋駄天走りに一里余りの道を、上谷の修行場さして行つて了つた。 出口教祖と喜楽と澄子の三人を広前に残して、役員も神懸も悉皆、福島にうつつた邪神の妄言を固く信じて、上谷へ行つて了つた。喜楽は教祖の命に依りて、二三時間程経つてから、中村竹造[※霊界物語における中村竹造の名前に「竹造」と表記している場合と「竹蔵」と表記している場合があるが、霊界物語ネットでは「竹造」に統一した。詳しくはオニペディアの「霊界物語第38巻の諸本相違点」を見よ]の妻の中村菊子と只二人で、上谷の四方伊左衛門といふ人の家の修行場へ出張して見ると、役員も神懸も村の人達も、老若男女の分ちなく、悉皆福島について、高い不動山の上へ上つて了ひ、あとには黒田清子と野崎篤三郎とが修行場の留守をしてゐた。そして黒田には悪狐の霊が憑つて、喜楽の行つたのも知らずに、何事か一人でベラベラと喋り立てつつあつた。野崎は其傍に両手をついて、おとなしく高麗狗然として畏まつてゐた。喜楽の顔を見るなり、野崎は驚いて、黒田清子に耳打をすると、黒田は忽ちに仰向けになつて、 黒田『上田来たか、よく聞けよ。此方は勿体なくも素盞嗚尊であるぞよ。お前が改心出来ぬ為めに、気の毒乍ら綾部の金明会は灰にして了うぞよ。お前は何しに来たのぢや、一時も早う綾部へ帰つて、火事の消防にかからぬか。グヅグヅして居る時ではないぞよ、千騎一騎の此場合でないか』 とベラベラと際限もなく喋り立てる。喜楽はいきなり、 喜楽『コラ野狐、何を吐すか。そんな事があつてたまらうか。コリヤ野狐、正体をあらはせ!』 と後から手を組んで『ウン』と霊をかけると、清子は忽ち四つ這になつて、 『コーンコン』 と鳴き乍ら、家の裏山へ一目散に駆け出した。野崎はビツクリして、後追つかけ、漸く三町許りの谷間で引捉へ連れて帰つて見ると、清子は正気になつたやうに見せて、 黒田『あゝ上田先生、誠にすまぬ事を致しました。モウこれからは、福島大先生の事は聞きませぬ。私は余り慢心をしてゐましたので、不動山の狐がついてゐました。あゝ恥かしい残念な』 と顔を袂で押しかくす。喜楽は、 喜楽『そんな事にたばかられるものか、詐りを云ふな、其場逃れの言ひ訳だ。審神者の眼で睨んだら間違ひはあるまい。四つ堂の古狐奴!』 とにらみつくれば、又もや、 『コンコン』 と鳴き乍ら、一目散に不動山を指して逃げて行く。暫くすると、例の祐助爺イサンが、喜楽の前に走せ来り、 祐助『上田先生、あんたは又しても神懸サンを叱りなさつたさうだ。今黒田サンに素盞嗚尊さまがおうつりになつて、山へ登つて来て大変に怒つてゐやはりますで。大広前が御神罰で焼けるのも、つまり先生の我が強いからで御座います。爺イも一生懸命になつて、大難を小難にまつり代へて下さいと、お詫を致して、艮の金神さまや神懸さまに御願申して居りますのに、先生とした事が、お三体の大神さまのお懸り遊ばした結構な神懸サンを、野狐だなんて仰有るから、大神さまが以ての外の御立腹、どうしても今度は許しは致さぬと仰有ります。先生、爺イが一生の頼みで御座りますから、黒田サンの神さまにお詫を、今直にして下さりませ。綾部の御広前や町中の大難になつてはたまりませぬから……』 とブルブル震ひ乍ら、泣き声で拝んで居る。喜楽は、 喜楽『祐助サン、心配するな、決してそんな馬鹿な事があるものか。誠の神さまなら、そんな無茶な事はなさる筈がない。皆曲津神が出鱈目を言ふて居るのだ。万一綾部にそんな大変事があるものなら、自分が上谷へ来る筈がないぢやないか。ジツクリと物を考へて見よ』 と諭せば、爺イサンは少しは安心したと見え、始めて笑顔を見せた。喜楽は直に不動山へ登り、数多の神懸の狂態を演じて居るのを鎮定せむと、修行場を立出でた。爺イサン驚いて、喜楽の袖を控え、 祐助『先生、どうぞ山へ行くのはやめにして、これから直綾部へ帰つて下さい、案じられてなりませぬ。今先生が山へ登られたら、又々福島の神さまが、御立腹なさると大変で厶ります』 と無理に引止めようとする。喜楽は懇々と祐助をさとし、漸くの事で納得させ、中村菊子と同道にて、綾部へ立帰らしめ、喜楽は只一人雑木茂る叢をかきわけて不動山に登り、松の木蔭に隠れて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]連中の様子を覗つてゐた。 福島寅之助、四方平蔵、足立正信、其外一統の連中は、喜楽の間近に来てゐる事は夢にも知らず、一心不乱になつて、 『福島大先生さま、艮の大金神さま、一時も早く教祖さまの我が折れまして、上田が往生致しまして……綾部の戒めをお許し下さいませ、仮令私の命はなくなりましても、教祖さまが助かりなさりますように』 と一同が涙交りに頼んでゐる。四方春三の声で、 春三『皆の者よ、よく聞け。出口直は金光大神の反対役であるぞよ。上田のやうな悪い奴を引張り込んで、金光教会を潰したぞよ。あの御広間は元は金光の広間ぢやぞよ。それに出口と上田とがワヤに致したぞよ。誠の艮の金神が、今度は勘忍袋の緒が切れたから、上田の審神者を放り出さねば、何遍でも大広間は焼いて了ふぞよ。四方平蔵も又同類ぢや、出口直と相談を致して、上田をかくれて迎へに行きよつたぞよ。出口と上田と平蔵と三人が心を合して、金光の広間をつぶしたぞよ。今度は改心して、上田を穴太へ追ひかへせばよし、何時までも其儘に致してをるやうな事なら、此神が許さぬぞよ』 などと、もと金光教の信者計りが集まつて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の口で攻撃をやる。黒田きよ子が又口を切つて、 黒田『足立正信どの、其方は何と心得て居るのぞえ。金光教会の取次ではないか、今まで出口の神の側に二三年もついて居り乍ら、上田のやうなガラクタ審神者に、広間を占領しられて、金光どのへ何と申訳致すのか。上田の行状を見たかい。彼奴は、毎日々々朝寝は致す、昼前に起て来て、手水もつかはぬ、猫より劣つた奴ぢやぞよ。寝所の中から首丈出して飯を食つたり、茶を呑んだり、風呂へ這入つても顔一つ洗ふ事も知らず、あんな道楽な奴を、因縁の身魂ぢやから大切にしてやれ、と教祖が申すのは、チツと物が分らぬぞよ。教祖の目をさますのは、一番に上田を放り出すに限るぞよ。あとは金光教で足立正信殿が御用致せば立派に教が立つぞよ。あれあれ見やれよ、今綾部の金明会が焼けるぞよ。皆の者よ、あれを見やいのう』 と邪神が憑つて妄言を吐いてゐる。一同は目を遠く見はつて、綾部の方を覗く可笑しさ。折ふし綾部の上野に瓦屋があつて、窯に火を入れて居るのが、夕ぐれの暗を照して、チヨロチヨロと見え出した。さうすると、 黒田『サア大変ぢや大変ぢや、出口の神さまは誠に以てお気の毒ぢやぞよ。御心配をして御座るぞよ。今頃は上田の審神者が一生懸命になつて火傷をし乍ら火を消しにかかつて居るぞよ。大分にエライ火傷を致して居るから、今度こそは神罰で命を取られるぞよ。今出口の神が一生懸命に祈つてゐるぞよ、ぢやと申して此火は中々消えは致さぬぞよ。綾部の大火事となるぞよ。神の申す事は一分一厘違は致さぬぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。慢心は大怪我の元だぞよ。慢心致すと足許へ火がもえて来て……熱うなるまで気がつかぬぞよ。行けば行く程茨むろ、行きも戻りもならぬよになるぞよ。それそれあの火を見やいのう』 と三人の神懸[※校定版では「神がかり」]が口を切る。数多の村人も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も泣き声になり、 『福島大先生様、中村大先生様、四方大先生さま、足立大先生さま、どうぞお詫をして下さいませ』 と手を合して拝んでゐる。時正に一の暗み、瓦屋の火も見えなくなつた。 四方平蔵『火事にしては火が小さ過る。余り消えるのが早かつた。これは福島大先生さま、どういふ訳で御座いませうか……』 と尋ねて居るのは四方平蔵氏であつた。福島は横柄にかまへ乍ら、 福島『ウン、神の御仕組で広前を一軒丈犠牲に焼いたぞよ。皆の者よ綾部へ帰つて、出口の我を折らして、上田を放り出して了へよ。其後へ誠生粋の艮の金神が、福島寅之助大明神と現はれて、三千世界の立替を致すから、天下太平に世が治まりて、大難を小難にまつり代へて許してやるぞよ。何程人民がエライと申しても神には勝てぬぞよ。疑を晴らせよ。誠の丑寅の金神の申す事は、毛筋の横巾程も間違ひはないぞよ。改心致さぬと足許から鳥が立ちて、ビツクリ致して目まひがくるぞよ。改心するのは今ぢやぞよ』 と呶鳴り散らしてゐる。暗の帳はますます深く下りて来た。鼻をつままれても分らぬやうに暗い。提灯もなければ、上谷まで帰る事も出来ぬ真の暗になつた。村中の者が家を空にして、残らず此処へ登つて了つて居つたが、山を下りるにも下りられず、途方に暮れて『惟神霊幸倍坐世』と合掌してゐる。其処へ暗がりの中から、喜楽の声として、 喜楽『汝等一統の者、余り慢心強き故に邪神にたぶらかされ、上田の審神者の言も用ひず、極力反対せし結果は、今汝等の云ふ如く、足許から鳥が立つても分るまい。喜楽は数時間以前から、此松の木蔭に休息して、汝等の暴言暴動を残らず目撃してゐた。汝等に憑つた邪神は、現在此処に居る喜楽を見とめる事も出来ない盲神だ。又綾部の広前は決して焼けてはゐないぞ。最前見えた火の光は、稍大にして火事の卵に似たれども、あれは火事ではない、上野の瓦屋が窯に火を入れたのだ。汝等は今此処で目を醒まし、悔ゐ改めねば、神罰忽ち下るであらう。現に此山上にさまようて、帰路暗黒、一寸も進む能はざるは神の懲戒である。汝等一同の者、よく冷静に考へ見よ。万一広前が焼けるものと思へば、何故大神の御霊の鎮座ある、広前につめきつて保護せないのか。なぜ面白さうに火事見物をし、村中が弁当や茶などを携帯して、安閑と見下ろそうとしてゐるその有様は何の事か、これでも誠の神の行ひか、チツとは胸に手を当て考へてみよ』 と呶鳴りつけた。サアさうすると……上田は綾部に居ると固く信じてゐた一同の者は、藪から棒をつき出したやうに、喜楽が現はれたのと、其説諭に面食つて、泣く者、詫びる者、頼む者が出来て来た。暗き山路を下りつつ、躓き倒れてカスリ傷をするやら、茨に引つかかつて泣き叫ぶやら、ヤツとの事で不動山から、命カラガラ上谷の伊左衛門方の修行場へ帰つたのはその夜の十二時前であつた。 何れの人を見ても、顔や手足に茨がきの負傷せぬ者は一人もなかつた。四方平蔵は、喜楽に手を引かれて下山したので、目の悪いにも拘はらず、かき傷一つして居なかつた。喜楽は一同の者が邪神の神告の全然虚言であつたので、各自に迷ふてゐた事を悟つたであらうと思ひ、急ぎ綾部へ只一人帰つて来た。其あとで又々相変らず邪神の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を続行し、其結果一同鳩首会議を開き、其全権大使として足立氏と四方春三、中村竹造の三人が選まれた訳である。要するに甘く喜楽を追放するといふが大問題であつた。 審神者の役といふものは仲々骨の折れるもので、正神界の神は大変に審神者を愛されるが、之に反して邪神界の神は恐れて非常に忌み嫌ひ、陰に陽に審神者を排斥するものである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一五旧八・二五松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 22 難症 第二二章難症〔一〇五九〕 明治三十七八年頃は日露戦争の勃発で四方平蔵、中村竹造等十二人の所謂幹部役員は愈世の立替で、五六七の世になる、それまでに変性女子を改心をさしておかねばお仕組が遅れると、しやちになつて、信者の家を宣伝にまはり……会長が改心せず、又小松林の居る内は、門口の閾一つ跨げさす事はならぬ、大変な神罰が当ると一生懸命に一軒も残らず触れ歩いてゐる。そしてどんな立派な事を会長が言うても、一つも聞いてはならぬ、小松林が艮金神さまの御仕組を取りに来てるのだから……とふれまはした。信者は一人も残らず、熱心な十二人の活動で、彼等の云ふ事を固く信じて了ひ、且つ園部で狐の真似したのが大変に祟つて、信者一般から四ツ足の守護神と思ひこまれたからたまらぬ。此時喜楽の云ふ事を聞いて布教に従事してゐた者は西田元教と浅井はなといふ五十余りの婆アサン二人のみであつた。 西田と浅井とは代る代る園部を十二時頃に立つて三里計り日をくらして綾部へやつて来て、大槻鹿造の家で、夜中ソツと会長と会見し、教理を研究しては、又夜の間に園部へ帰り、園部を根拠として、細々と宣伝をやつて居た。喜楽は意を決して、園部迄夜の間に浅井に伴れられて、逃げのび、船井郡や北桑田郡の信者未開の地を宣伝して居た。 片山源之助といふ材木屋がふと園部の支部へ参拝して来て、教理を聞き、俄に信者となつて、幽斎の修行を始め、天眼通を修得し、旅順の要塞を透視したり、日露戦争の始末を予言したり、いろいろと不思議な事が実現したので、非常に沢山の信者が集まつて来た。さうすると又もや綾部の連中が嗅つけやつて来て、沢山の信者の前で、 『会長は小松林といふ四ツ足の守護神が憑いとるのだから、相手になつては可けませぬぞや、貧之神ですから』 と吹聴する。片山の天眼通が呼物となつて沢山の信者が集まつて来た。そこへ綾部から来て、会長の悪口雑言を並べ立てるので、訳も知らぬ信者は一も二もなく信じて了ひ、会長を軽蔑し、片山先生片山先生と尊敬して、遂には会長を邪魔者扱ひにするやうになつて了つた。西田は大変に憤慨していろいろと活動したけれ共、綾部の妨害が甚しいので、頽勢を挽回する事が出来なかつた。それから会長は再び綾部へ帰り、仮名計りの教典を作り、西田元教に持たせて宣伝に歩かすこととしてゐた。 再び綾部へ帰り、離れの六畳に蟄居して教典を書いてゐると、又もや四方中村の幹部がやつて来て、 中村『会長サン、行けば行く程茨室、神に反いて何なとして見よれ、一つも思惑は立ちは致さんぞよ、アフンとして青い顔をして、家のすまくらに引つ込んで、人に顔もよう会はせず、悄気てゐるのを見るがいやさに、神がくどう気をつけるぞよ……と現はしなさつた筆先を実地に御覧になつたでせうな。さうだからどつこへも行くでないと仰有るのに、小松林の四ツ足にチヨロまかされて、又しても又しても、綾部を飛出しなさるもんだから、こんなザマに会ふのです、モウこれからはどつこへも行かず、教祖さまの御命令を聞いて役員の言ふ通りになされ、世界の人民が苦みますから』 と中村がそれみたか……といふやうな冷笑を浮かべて喋り出した。会長は、 喜楽『ナニ、私は失敗したんでも何でもないワ、自分の心がお前に分るものか、細工は流々仕上げを見て貰はな分らぬワイ』 と言はせも果てず、中村は大きな声で、 中村『コラ小松林、まだ改心を致さぬか、ツツボにおとしてやろか、慢心は大怪我の元だぞよ』 と呶鳴りつける。四方平蔵は側から、 四方『会長サン、あんたの仰有る事も先になつたら又聞く時節が来ますから、今の所ではお気に入らいでも辛抱して御用聞いて下され、今年来年が世界の大峠、グヅグヅしてる時ぢや厶いませぬぞや、これ程御大望が差迫つて来て居るのに、大本の御用継ともある人が、そこらをウロウロとウロつきまはるとは何の事ですか、教祖さまが、又何時もの病が出て小松林がそこら中へつれて歩くから、役員気をつけよ……と厳しう仰有るのですから、こうして皆の者があなた一人の事に付いて心配して居るのに、お前サンは吾々役員が可哀相なとは思ひませぬか』 と詰りよる。会長は、 喜楽『お前らがトボけてるのが可哀相なから、早く目をさましてやろうと思うて、いろいろと気をつけるけれども、小松林の四ツ足が吐すのだなどといつて一口もきかず、目をさましてくれぬので、綾部に居つても用がないので、今の内に一つでも神界の御用をしておかうと思つて、そこら中を布教に歩くのだ。日露戦争が起つても、それ位で世界の立替が出来るものでない、まだまだ世界の大戦争があり、それから民族問題が起り、いろいろ雑多な事が世界に勃発して、最後にならねば立替は出て来るものぢやない、ここ十年や二十年で、そう着々と埒があくものか、今の内にチツと目をさましておかぬと、此戦争は済んで了ふなり、立替は出て来ぬなりすると、又虚言ぢやつたと言つて信者が一人も寄りつかなくなつて了ふ、つまりお前達は一生懸命になつて神さまのお道を潰さうとかかつてるやうなものだ』 といふのを皆まで聞かず、 『コレ会長サン、お前サン等が何程小賢しい理屈を並べても誰も聞く者はありませぬぞ、一分一厘違はぬお筆先だと仰有る神さまの御言が違うてたまりますか』 などと頑張つて、一言も聞入れぬのみか、益々四ツ足扱ひを始めて始末に了へぬので、澄子と相談の上、何事も沈黙を守り、一時の間も時間を惜んで、教典を書き現はすことに全力を尽して居た。 そうした所が西田が一ぺん北桑田へ来てくれと秘かに頼みに来たので、何とかして又もや綾部を脱け出さうと考へて居た。幸に八木の祭典に出張する事となり、前に述べた如く八木を夜ぬけして、園部へ走り、それから人尾峠を乗越へて、宇気といふ山里へ日の暮頃に落つき、安井清兵衛といふリウマチスで身体の自由を失ひ苦しんでゐる老爺サンの鎮魂をなし、其夜はそこで一泊する事となつた。西田が鎮魂をすると、爺イサンは其場で足が立ち、座敷中を歩いて見て、大変に喜び、それから熱心な信者となつたが元来が村中でも受けの悪い親類の財産を併合して、財産家になつたやうな爺だから、金銭の執着心が甚うてモ一つといふ改心が出来ぬので、僅に室内を歩くよにはして貰うたが、まだ外へ出て働くまでにはならなんだ。そこで爺イサンが西田に対して言ふには、 安井『どうぞ私が山へ行けるよにして下さつたら、内の林の杉や檜の屑をさがして切つて、それで神さまのお祭り場所を建て、教会を開き、私が隠居の代りにお守をさして貰ふ』 と虫のよい事を言ひ出した。そこで元教が大変に腹を立て、 西田『神さまの御祭り場所を建てるのに、屑をよつて建てるといふ様な事を云ふ爺イは嫌だ。一番よい木を上げるのが信神の道ぢやないか、そんな事言うとると、又元の通りいざりになつて、折角拵へた財産迄なくなつて了うぞ』 と云つたきり、サツサと安井の内を飛出し、それきり変屈人の西田は寄りつかぬやうになつて了うた。果して此爺は元の通りの難病になり、欲にためた財産も息子の縫之助が人にだまされて、一獲千金のボロ儲けをせうとして大失敗をなし、財産の九分通まで、三年ほどの間になくして了うた。 さて会長は西田と共に其時分これもリウマチで平太つて居た小西松元といふ男の内へ訪問して、暫く其家を根拠として布教に従事してゐた。此小西は園部の支部へ駕籠に乗つて出て来て、西田の鎮魂で即座に足が立ち、大変に喜んで、材木などを献納し、支部の拡張までやつた位な熱心家であつた。此小西は川漁が大変上手で寒中でも一寸出て来ると、三升や五升の川魚をとつて来る河童と仇名をつけられて居る酒飲み爺である。毎日三升位は平気で平げて、朝から晩まで女を相手に酒を呑んで居つた。西田が小西の病気を直した時今後は決して魚をとつてはいかぬ、そして酒を二三年呑まぬやうにせぬと今度はリウマチ所か中風になつて了ふと注意しておいたのも聞かずに、寒の内に網を持つて宇津の川原へ籠り魚を掬ひに行つて、柳のヌツと川へ出た、幹からふみ外し、川へドンブとおち込み、再び大熱を発し、元の通りにリウマチになり、昼夜間断なくウンウン唸つて苦んでゐた。そこで西田が再び鎮魂をして余程よくなつたが併し、足の痛みが止まつた丈で、行歩の自由が叶はぬ。そこで喜楽を綾部から引出し、小西の鎮魂をして貰ひ、病気を本復させて、神さまの御用に使はうとしたのであつた。喜楽は西田と二人で小西の内へ尋ねてゆくと、小西は宮村の内田官吉といふ弟の家に世話になり、薬風呂をわかして養生をし乍ら、神さまを念じてゐた。そこで会長が始めて小西に面会し、二日計り逗留の間に二三回鎮魂をしてやつた所、漸く全快し六里計りの道を徒歩で宇津へ帰り、一生懸命に神さまを念じてゐた。沢山の信者が諸方から集まつて来て毎日日日二三十円計りのお賽銭の収入があるので、小西がよい気になり、ソロソロ信者の女に手をかけたり、朝から晩まで酒を呑み始めた。其時喜楽は京都へ行つて皇典講究所へ通うてゐるので、西田に任して宇津の小西の広間の方は構う事が出来なんだ。さうすると小西がソロソロ慢心をし出して、西田のいふ事を聞かなくなつて来た。一人息子の増吉といふのが二十聯隊へ入営し、日露戦争に出征してゐた。そして朝から晩まで自分の息子の無事に帰る事計りを祈り乍ら、沢山の信者の鎮魂をやり、日に日に信者はふえて来る許りであつた。さうした所が俄に電報の間違で増吉が戦死したといふ知らせが、北桑田の郡役所から届いたので、松元とお末といふ夫婦が西田を前後より差挟んで、ソロソロ不足を言ひだした。其お末婆アサンの言はザツと左の通りである。 末『コレ元はん余りぢやないか、内の増吉は信心さへして居れば滅多に戦死する気遣ひはない、金鵄勲章を持つて帰らしてやるというたぢやないか、ソレに此電報は何のこつちや、奴狸奴が人をダマしやがつてサア早う出てゆけ、内の爺も爺ぢや、華を第一といふ法華経の信者が、綾部の狸にだまされて、仕様のない神をまつるもんだから、こんな目に会うたのだ。早う神さまを叩きつぶして川へ流しなされ、コラ元公早ういなんか』 と雪が二尺ほど積つてゐるのに無惨にも外へつき出した。西田は日の暮前に二尺程も積つてゐる雪の中へ放り出され、漸くにして半里許りの山路を登り、人尾峠の頂きまで登りつめると、風の吹きよせで雪が五六尺もつもり、身動きも出来ぬやうになり、其夜を泣きもつて明かした事もあつた。然るに小西増吉は幾回となく危険な場合を神さまに助けられ、同じ村から六人召集されて出征してゐた者が、五人まで負傷したり戦死したりしてゐるにも拘はらず、増吉丈は怪我一つせず、二十聯隊の全滅した時に僅か二人残つた其一人であつた。そして金鵄勲章を貰うて聯隊長の従卒となり楽に勤めて帰つて来たのである。それから小西がビツクリして西田に葉書をよこしあやまつて来て、 『どうぞ一ぺん遊びに来てくれ』 というので西田も再び小西の宅へ行き、一所に神の道を開いてゐたが、又もや衝突してそこを飛出して了うた。其時は会長はすでに別格官幣社建勲神社の主典をつとめてゐた。そこへ小西から手紙が来て、 『矢代といふ所に大変キツイ曲津が居るから、私の手にあはぬよつて、先生に助太刀に来て貰いたい』 といふので、公務を繰合はして宇津へはるばる行つて見ると、 『周山村の矢代といふ所に吉田竜次郎といふ人がありますが、其奥サンが此間から二度許り参つて来られますが、主人が如何しても博奕をやめぬから、やめるよに祈祷がして貰ひたいといふのですが、神さまに伺うてみると大変な曲津があこには巣くうてゐるから、お前の力ではどうせだめだから、会長サンに御願ひをせいと云はれましたから、一寸御手紙を上げました』 と云うてゐる。それから小西の信者に案内をして貰うて矢代へ行つた。丁度明治四十年の夏の始めで田植の最中であつた。それから吉田の宅へ行つて見ると、自分が行くのを知つて、曲津は早くも逃げ出し、何にも居らぬやうになつて居た。其家の主人の竜次郎氏はどつかへ行つて居つて不在であつたが、妻君のお鶴サンに面会し小西の言うたやうな事を聞かされ、そして曲津が居りますか……と尋ねるので、何も居りませぬと答へると、たよりない先生ぢやなアと言ふやうな顔をして、お礼だというて金二円包んでくれた。それから吉田家と懇意になり竜次郎氏は建勲神社へ二三回も尋ねて来て、いろいろと神勅を伺うたりし乍ら、妻君の熱心で何時とはなしに大本へ帰依するやうになつたのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録)
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霊界物語 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 05 急告 第五章急告〔一一〇九〕 セーラン王の館の玄関口にて出会つたのは右守のカールチンが右の腕と頼むマンモスとサモア姫である。 サモア姫『オー、マンモス様、今日は大変にお早い御登城で厶りますな。貴方の御出世の妨げになると何時も仰有るユーフテスの事に就いて、私が一つ確な証拠を握りましたから、何卒ソツと一寸私の居間まで来て下さいませぬか。ここでは人目がはげしう厶りますから、聞かれちや大変ですワ』 マンモスは声を潜めて、 マンモス『何、ユーフテスの何か欠点を見出だしたと云ふのか。よしよしそれなら行きませう』 サモア姫『何卒足音を忍ばせて妾の室まで来て下さいませ』 と四五間離れて先に立つて行く。 マンモスは姫の後から何喰はぬ顔して従ひつつ後姿を眺めて、 マンモス『何と好い女だなア。何処ともなしに気が利いてる奴だ。器量と云ひ、あの足の運び様と云ひ、何処に欠点のない女だ。俺も早く思惑を立ててサモア姫の歓心を買ひ、一日も早く結婚の式を挙げたいものだ。姫も姫で俺には特別の秘密を明して呉れるのだから占めたものだ。俺位幸福な者は此イルナの国には、も一人とあるまい。先方も俺にはチヨイ惚れなり俺の方からは大惚れと来て居るのだから堪らないわ、エヘヽヽヽ』 と独り笑ひ独り囁き、サモア姫の室に忍び入る。サモア姫は長煙管で煙草をつぎ一服吸ひつけて、吸口を着物の袖で拭きながら柳の葉の様な細い目をして、 サモア姫『さあマンモスさま、一服お上り』 と差出す。マンモスも亦団栗眼を無理に細くし、猫の様に喉をゴロゴロならせ、色男気取りですまし込んで、サモア姫の差出す煙管をソツと受取り、体を斜に構へスパスパと煙を輪に吹いて居る。サモア姫は小声になつて、 サモア姫『これ、マンモスさま、大変な事が見付かりましたよ。屹度貴方の御出世の種ですわ』 マンモス亦小声になり、 マンモス『サモアさま、何ですか、早く云つて下さいな』 サモア姫はツと立上り戸口を少しく開き、顔を外へつき出して四辺をキヨロキヨロ見廻し、幸ひ人無きにヤツと安心したものの如く、ピシヤリと戸を締め、中から固く錠を下し、マンモスの前に静に坐し、マンモスの左の手をグツと握り、二つ三つ左右に振り立て、 サモア姫『これマンモスさま、確かりなさいませ。ここが貴方の登竜門だ。ユーフテスさまが内証でクーリンスの娘セーリス姫のお居間へ忍び入り、カールチン様の凡ての計略を密々と洩らしてゐましたよ。屹度二人は情約締結が私と貴方の様に済んでゐると見えますワ。そしてセーラン王様に一切の秘密を打明ける考へらしう厶りましたよ』 マンモス『そりや本当の事ですか。本当ならば私と貴女にとつては大変な幸運が向いて来たやうなものです』 サモア姫『もしマンモスさま』 と耳に口をよせ何事か暫くの間囁いて居る。マンモスは幾度も打頷きながら、 マンモス『サモア姫殿、随分気をおつけなさい。私はこれからカールチン様の館に参つて注進を致し、ユーフテスの反逆を逐一申上げ、彼を制敗致して貰ひませう。さうすれば、吾々はカールチン様の一の家来となり、お前さまと安楽に立派に楽しい月日が送れますからな。何程セーラン王様が御威勢が高いと云つても、鬼熊別様の御系統だから決して恐るるには足りますまい。カールチン様は右守でも大黒主様のお気に入りだから大したものですよ。何と云つても旗色のよい方へつくが利口の人間のやり方ですからな』 と悪に抜目のないマンモスは一生懸命に城内を立ち出で、カールチンの館へ慌しく駆け込む。マンモスはカールチンの館の裏口から忍び入り、其儘奥に進み、カールチン、テーナ姫夫婦の前に両手をつき、 マンモス『旦那様、奥様、大変な事が起りました。御用心なされませ』 カールチンは此言葉に驚き立膝になつて、 カールチン『何、大変とは何事ぞ。早く委細を物語れ』 とせき立てる。マンモスは汗を拭ひ、 マンモス『はい、貴方の御信任遊ばすユーフテスの事で厶ります。貴方は彼を此上なき者と御信用遊ばして居られますが、彼はセーラン王の間者で厶りますから用心なさいませ。人もあらうにクーリンスの娘セーリス姫と情を通じ、一切の秘密をセーラン王やクーリンスの許へ報告致して居りまする。今の間に彼を御制敗遊ばされねば、貴方の御生命にも関はる一大事が何時起るかも知れませぬ。私はサモア姫に云ひ含めて様子を考へさして居りました所、確な証拠を握りましたから、今にも彼を呼び出して御制敗なさるのがお家のため、お身のためと恐れながら考へます』 カールチン『何、ユーフテスが左様な裏返り的な行動を採つて居るか。そりや怪しからぬ。此儘に捨ておく訳には行くまい』 テーナ姫『もし旦那様、ユーフテスは実に吾々に対し忠実な男で厶りますから、よもや、そんな事は致しますまい。人の云ふ事は直に信じてはなりませぬ。一応取調べた上でなくては是非の判断はつきますまい。これマンモス、お前は大変慌てて居る様子だが、トツクリ調べた上の事か。或は人の噂を聞いたのか』 マンモス『テーナ姫様、私も旦那様の御恩顧を受けて居る者で厶ります。何しに証拠なき事を申上げて御夫婦のお気を揉ませませうか。正真正銘の生中の掛値もない証拠が厶ります。何卒時を移さずユーフテスを召捕り遊ばしてお家の禍根をお除き下さいませ。何程事務が執れると云つても、あの男のする位の事は私でも致します。時おくれては一大事、さあ早く御決心を願ひます』 カールチンはマンモスの言葉を半信じ半疑つて居る。其理由はユーフテスは自分の最も信任する男であり、二人の中に地位の争ひが暗に起つてゐる事をよく承知して居たから、マンモスが斯んな事を捏造してユーフテスを陥れる考へではあるまいかとも思つてゐたのである。 カールチン『マンモス、其方の云ふ事は一分一厘間違ひはないか』 マンモス『決して決して嘘偽りは申しませぬ。愚図々々して居ればお館の一大事ですから、取る物も取り敢へず城内を駆け出し内報に参りました』 カールチン、テーナの二人は双手を組みマンモスの報告の虚実を判じかね、暫し黙然として考へこんで居る。そこへ何気なうやつて来たのはユーフテスである。ユーフテスは此場の様子の啻ならざると、マンモスの其場に居るに少しく不審を起し、 ユーフテス『旦那様、奥様、御機嫌宜しう厶りますか。ヤア其方はマンモス、吾々の許しもなく直接に旦那様に面会を願ふとは合点が参らぬ。何か急用な事でも起つたのか』 と少しく声に力を入れて詰る様に問ひつめる。マンモスは不意を打たれて俄の返答に困り、 マンモス『ハイ、いやもう貴方も御壮健で恐悦至極に存じます。旦那様もお達者で、まあまあ目出度い目出度い』 と上下の言葉使ひを取違へ、マゴついてゐる。 ユーフテス『何とも合点の行かぬマンモスの挙動、何か拙者の行動について旦那様に内通をしに来たのだらう。汝等下役の来るべき所でない、お下り召され』 カールチン『何は兎もあれ、ユーフテスに尋ね問ふべき仔細あれば、マンモス、其方は暫し居間へ下つて、此方の命令を待つがよかろうぞ』 と厳しき鶴の一声にマンモスは返す言葉もなく、手持無沙汰に後に心を残し、吾居間さして帰り行く。 カールチンは半信半疑の雲に包まれながら言葉厳かに、 カールチン『ユーフテス、お前に一つ尋ねたい事があるが、セーリス姫の居間へ行つたのは何用あつてか、その理由を包まず隠さず吾前に陳述せよ』 と語気を荒らげ問ひかけた。ユーフテスは平然として、 ユーフテス『実は其事に就いて旦那様に一伍一什を申上げむと、登城を済ませ、急いで御前へ罷り出でました所で厶ります。マンモスの奴、何か申上げたのでは厶りませぬか』 カールチン『うん』 テーナ姫『其方はセーリス姫と何か企んで居るのではありませぬか。セーリス姫は誰の娘だと思つて居ますか。お前さまの行動が怪しいと云ふので、今マンモスが注進に来た所だよ。旦那様の疑を晴らすために、何事も包まず隠さず云つたが宜かろうぞや』 ユーフテス『お尋ねまでもない一切万事の様子を申上げむと参上致しましたので厶ります。実はセーリス姫、私の男らしい処に属根惚れ込み、幾度となく艶書を送り来る可笑しさ。こいつはテツキリ、クーリンスの内命で自分の腹を探らして居るに違ひないと存じ、固造と仇名をとつた此ユーフテスは幾度となく肱鉄をかまし、昨日まで暮れて来ました所、女の一心と云ふものは偉いもので、セーリス姫が態々吾家に訪ねて参り、埒もない事を申して、恋しいの何のと口説き立て、いやもう手も足もつけやうなく、此上情なく致せば自害も致しかねまじき権幕、そこで私が思ふやうには、こりや決して廻し者ではない。恋に上下の隔てはないと考へ、態と軟かく出て見れば、姫は益々本性を現はし、ぞつこん私に惚きつて居ると云ふことが明白になりました。さうなれば彼を利用してセーラン王の動静を探り、且先方に計略あらば其裏を掻くには持つて来いと存じまして、旦那様には内証なれど、一寸此ユーフテスが気を利かしたので厶ります』 カールチン『あゝさうだつたか、お前の事だから如才はあるまいと思つてゐた。持つべきものは家来なりけりだ。そりや良いことをして呉れた。よい探偵の手蔓が出来たものだな。大自在天様も、まだ此カールチンを捨て給はぬと見えるわい。アハヽヽヽ、いやテーナ、安心致せよ』 テーナ姫『それ聞いてチツとばかり安心致しましたが、まだ十分気を許す所へは参りますまい。そしてユーフテス、何かよい事を探つて来たであらうな』 ユーフテス『ハイ、王様の信任を受けて居るセーリス姫の事ですから、何でもよく知つてゐます。女と云ふものは賢い様でもあだといものですワ。一伍一什私の口車にのつて皆喋つて了ひました』 カールチン『どんなことを言つて居たのかな』 ユーフテス『私もまだ一度会つたきりで十分のことは聞きませなんだ。そして又あまり追究致しますと怪しく思はれてはならぬと存じ、少しばかり、それとはなしに探つて見ました所が、王様は非常にサマリー姫様をお慕ひ遊ばし、姫と添ふのならば王位を棄てて、姫の父親カールチン様に後を継がせても宜いとのお考へで厶ります。あまり御夫婦の仲がいいものですから意茶づき喧嘩を遊ばし、到頭サマリー姫様は吾家へお帰りになつたので王様の御心配、口で申す様のことでは厶りませぬ』 テーナ姫『何、王様はサマリー姫をそれだけ愛して居られるのか、そらさうだらう。夫婦の情愛は又格別のものだからな』 と嬉しげにテーナはうなづく。 ユーフテス『姫様と旧の如く添はれるのならば、刹帝利の王位を棄てて右守の司様に後を継いで貰つても差支ないと時々お洩らしぢやさうです。もはや王様に於て其お心ある上は、一日も早くサマリー姫を王様の御許に返し、大黒主様の応援を断つて、円満解決の道を講じられる方が将来の為め、大変結構で厶りませう。国民に対しても信用上大変に都合が宜しいだらうと存じます』 カールチン『そりや果して真実か、それが真実とすれば此方も一つ考へねばなるまい。平地に波を起す必要もないからのう』 ユーフテス『そら、さうで厶いますとも。吾々だつて旦那様が刹帝利の位におつき遊ばす以上は左守の司に任じて頂けるのですから、一生懸命に、ここ迄探つたので厶ります。これ以上は又明日登城致しましてセーリス姫に篤と申し聞かせ、王の信任ある彼の口より、一日も早く王様の自決される様勧めませう』 と早くもユーフテスはセーリス姫の罠にかかり、カールチン夫婦をうまくチヨロまかして了つた。さうしてサマリー姫を獄舎より引き出し両親にお詫をさせ、盛装を整へ輿に打乗せて入那城へ送り届ける事となつた。マンモスはユーフテスの計らひにて忽ち牢獄に投げ込まれて了つた。 (大正一一・一一・一〇旧九・二二北村隆光録)