第一六章暗夜(やみよ)の歌(うた)〔九三一〕 斯(か)く話(はな)す中(うち)、日(ひ)は西海(せいかい)の波(なみ)に没(ぼつ)し、暗(やみ)の帳(とばり)は刻々(こくこく)に辺(あた)りを包(つつ)んで来(き)た。船客(せんきやく)は何(いづ)れも誰(たれ)彼(かれ)の区別(くべつ)を知(し)らず、各自(かくじ)に頬杖(ほほづゑ)をつき眠(ねむ)りについた。暗(やみ)の中(なか)より女(をんな)の声(こゑ)として一種(いつしゆ)の歌(うた)が聞(きこ)えて来(き)た。其(その)歌(うた)、 高姫(たかひめ)『思(おも)ひまはせば去年(こぞ)の夏(なつ)金剛(こんがう)不壊(ふゑ)の如意(によい)宝珠(ほつしゆ) 麻邇(まに)の宝(たから)に村肝(むらきも)の心(こころ)を曇(くも)らせ高姫(たかひめ)は 言依別(ことよりわけ)の後(あと)を追(お)ひ瀬戸(せと)の海(うみ)をば船出(ふなで)して 波(なみ)に泛(うか)べる大小(だいせう)の島根(しまね)を尋(たづ)ねて宝玉(ほうぎよく)の 所在(ありか)を探(さぐ)り索(もと)めつつ棚無(たなな)し舟(ぶね)に身(み)を任(まか)せ 常彦(つねひこ)、春彦(はるひこ)諸共(もろとも)に高砂島(たかさごじま)の近(ちか)くまで 来(きた)る折(を)りしも過(あやま)ちて岩(いは)に御舟(みふね)を砕(くだ)きつつ 進退(しんたい)谷(きは)まる時(とき)もあれ高島丸(たかしままる)の船長(せんちやう)に 救(すく)ひ上(あ)げられ漸(やうや)くにテルの国(くに)まで安着(あんちやく)し 言依別(ことよりわけ)や宝玉(ほうぎよく)の所在(ありか)を捜(さが)し索(もと)めつつ 鏡(かがみ)の池(いけ)や荒野原(あらのはら)時雨(しぐれ)の森(もり)に立向(たちむか)ひ 心(こころ)を配(くば)り身(み)を砕(くだ)きウヅの都(みやこ)に立向(たちむか)ひ 国依別(くによりわけ)や末子姫(すゑこひめ)妹背(いもせ)の縁(えにし)を結(むす)び昆布(こぶ) 其(その)宴席(えんせき)に列(つら)なりて神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の 尊(たふと)き姿(すがた)に拝謁(はいえつ)し茲(ここ)に一行(いつかう)六(ろく)人(にん)は ウヅの都(みやこ)を後(あと)にしてテル山峠(やまたうげ)の峻坂(しゆんぱん)を 漸(やうや)く登(のぼ)り息(いき)休(やす)め西(にし)へ西(にし)へと降(くだ)り行(ゆ)く 音(おと)に名高(なだか)き大瀑布(だいばくふ)乾(いぬゐ)の滝(たき)に立向(たちむか)ひ 御禊(みそぎ)をなさむと飛込(とびこ)めば底(そこ)ひの水(みづ)に流(なが)されて 波(なみ)漂(ただよ)へる玉(たま)の池(いけ)いつの間(ま)にやら流(なが)れ行(ゆ)く 心(こころ)の空(そら)もうとくなり途方(とはう)に暮(く)るる折(を)りもあれ 清子(きよこ)の姫(ひめ)や照子姫(てるこひめ)ここに現(あら)はれましまして 吾(われ)をば救(すく)ひ玉(たま)ひつつ乾(いぬゐ)の滝(たき)の麓(ふもと)まで 送(おく)り玉(たま)ひし嬉(うれ)しさよあゝ惟神(かむながら)々々(かむながら) 神(かみ)の恵(めぐみ)は目(ま)のあたり鷹依姫(たかよりひめ)の一行(いつかう)と 無事(ぶじ)の対面(たいめん)し乍(なが)らも心(こころ)いそいそ峻坂(しゆんぱん)を 下(くだ)りてハラの港(みなと)まで到(いた)りて見(み)れば折(をり)よくも 高島丸(たかしままる)は今(いま)すでに出帆(しゆつぱん)せむとする処(ところ) 神(かみ)の恵(めぐみ)と雀躍(こをど)りし一行(いつかう)これに乗込(のりこ)めば 思(おも)ひも寄(よ)らぬ松(まつ)さまが国依別(くによりわけ)や松若(まつわか)の 彦(ひこ)の司(つかさ)の内命(ないめい)で此(この)高姫(たかひめ)が行動(かうどう)を 監視(かんし)遊(あそ)ばすけなげさよ乾(いぬゐ)の滝(たき)に研(みが)きたる 此(この)高姫(たかひめ)の神身魂(かむみたま)月日(つきひ)の如(ごと)く輝(かがや)きて 塵(ちり)も芥(あくた)も雲霧(くもきり)も払拭(ふつしき)したる今日(けふ)の空(そら) 心(こころ)を配(くば)らせ玉(たま)ふまじあゝ惟神(かむながら)々々(かむながら) 尊(たふと)き神(かみ)の御光(みひかり)に照(て)らされ帰(かへ)るテルの国(くに) ハラの港(みなと)を後(あと)にして汐(しほ)の八百路(やほぢ)を打渡(うちわた)り 自凝島(おのころじま)の中心地(ちうしんち)錦(にしき)の宮(みや)を祀(まつ)りたる 綾(あや)の聖地(せいち)へ帰(かへ)り行(ゆ)く吾(わが)身(み)の上(うへ)ぞ楽(たの)しけれ 吾(わが)身(み)の上(うへ)ぞ楽(たの)しけれ朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも 月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも 三五教(あななひけう)の神(かみ)の道(みち)清(きよ)く悟(さと)りし高姫(たかひめ)は いかで心(こころ)の変(かは)らむや研(みが)きすました此(この)身魂(みたま) 金剛(こんがう)不壊(ふゑ)の宝珠(ほつしゆ)より麻邇(まに)の玉(たま)よりいちじるく 閃(ひらめ)きわたる今日(けふ)の空(そら)数多(あまた)の星(ほし)のピカピカと 照(てら)すはおのが心(こころ)かな神(かみ)は吾(われ)等(ら)と倶(とも)にあり 吾(われ)は神(かみ)の子(こ)神(かみ)の宮(みや)高天原(たかあまはら)に千木(ちぎ)高(たか)く 大宮柱(おほみやばしら)太(ふと)しりて仕(つか)へ玉(たま)ひし玉照彦(たまてるひこ)の 貴(うづ)の命(みこと)や玉照姫(たまてるひめ)や其(その)外(ほか)数多(あまた)の神司(かむつかさ) 教(をしへ)の御子(みこ)を初(はじ)めとし心(こころ)汚(きたな)き高姫(たかひめ)が 今(いま)まで作(つく)りし罪科(つみとが)を神(かみ)の御前(みまへ)や人(ひと)の前(まへ) さらけ出(いだ)して許々多久(ここたく)の罪(つみ)や汚(けが)れを払(はら)ふべし あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)高島丸(たかしままる)の船(ふね)の上(うへ) 遠(とほ)く御空(みそら)を伏拝(ふしをが)み深(ふか)く海底(うなぞこ)拝(をが)みつつ 心(こころ)の中(なか)の誠(まこと)をばここに現(あら)はし奉(たてまつ)る あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』 と改心(かいしん)の歌(うた)を歌(うた)つてゐる。此(この)歌(うた)を聞(き)いた松彦(まつひこ)は又(また)もや暗(やみ)の中(なか)より歌(うた)ひ始(はじ)めたり。 松彦『松若彦(まつわかひこ)の家(いへ)の子(こ)と仕(つか)へまつれる松彦(まつひこ)が 高姫(たかひめ)さまの歌(うた)を聞(き)き感謝(かんしや)の余(あま)り今(いま)ここに 委細(ゐさい)を白状(はくじやう)致(いた)します言依別(ことよりわけ)の神(かみ)様(さま)の 仰(あふ)せられたるお言葉(ことば)に高姫(たかひめ)さまは何(ど)うしても 玉(たま)に執着(しふちやく)強(つよ)くして到底(たうてい)、改心(かいしん)むつかしい 言依別(ことよりわけ)もそればかり日夜(にちや)に心配(しんぱい)致(いた)し居(を)る 高姫(たかひめ)さまが此(この)砌(みぎり)自凝島(おのころじま)へ帰(かへ)りなば 麻邇(まに)の宝珠(ほつしゆ)の所在(ありか)をば知(し)らせて手柄(てがら)をさせたいと 心(こころ)は千々(ちぢ)に逸(はや)れども安心(あんしん)ならぬ高姫(たかひめ)が 心(こころ)を包(つつ)みし八重曇(やへぐも)り晴(は)らさむ由(よし)もなき儘(まま)に 神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の御後(みあと)に従(したが)ひフサの国(くに) 斎苑(イソ)の館(やかた)に進(すす)み行(ゆ)く汝(なんぢ)松彦(まつひこ)慎(つつし)みて 高姫(たかひめ)さまの乗(の)りませる高島丸(たかしままる)に身(み)を任(まか)せ 其(その)行動(かうどう)を監視(かんし)していよいよ無垢(むく)の精神(せいしん)に 返(かへ)られたりと見(み)た上(うへ)は由良(ゆら)の港(みなと)に立向(たちむか)ひ 秋山彦(あきやまひこ)に言依別(ことよりわけ)の神(かみ)の司(つかさ)の言伝(ことづて)を 完全(うまら)に詳細(つばら)に物語(ものがた)り宣(の)らせ玉(たま)ひし言(こと)の葉(は)を 諾(うべな)ひまつり今(いま)ここに高島丸(たかしままる)に打乗(うちの)りて 来(きた)りて見(み)れば高姫(たかひめ)が心(こころ)の底(そこ)より改(あらた)めて 罪(つみ)をわびたる健(けな)げさよあゝ惟神(かむながら)々々(かむながら) 高姫(たかひめ)さまが真心(まごころ)に復(かへ)り玉(たま)へば世(よ)の中(なか)は 雲霧(くもきり)四方(よも)に吹散(ふきち)りて五六七(みろく)の御世(みよ)は明(あきら)かに 堅磐(かきは)常磐(ときは)に立(た)つならむさはさり乍(なが)ら言依別(ことよりわけ)の 神(かみ)の司(つかさ)の御教(みをしへ)は固(かた)く守(まも)りてどこ迄(まで)も 自凝島(おのころじま)に至(いた)る迄(まで)明(あか)しかねたる吾(わが)秘密(ひみつ) テーリスタンの神司(かむつかさ)何程(なにほど)勧(すす)め玉(たま)ふとも ただ一厘(いちりん)の此(この)秘密(ひみつ)まだまだ明(あ)かすこた出来(でき)ぬ あゝ高姫(たかひめ)よ高姫(たかひめ)よ今(いま)の心(こころ)を永久(とこしへ)に 変(かは)らず動(うご)かず守(まも)りまし松(まつ)の神世(かみよ)の太柱(ふとばしら) 清(きよ)きほまれを身(み)に負(お)ひて神(かみ)の御(おん)為(ため)世(よ)の為(ため)に 身魂(みたま)を研(みが)かせ玉(たま)へかし松彦(まつひこ)、鶴彦(つるひこ)両人(りやうにん)は 汝(な)が身(み)の後(あと)に付添(つきそ)ひて高姫(たかひめ)さまの使命(しめい)をば 果(は)たさせ奉(まつ)る吾(わが)覚悟(かくご)悪(あ)しく思(おも)はせ玉(たま)ふまじ あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)高島丸(たかしままる)の船(ふね)の上(うへ) 心(こころ)の丈(たけ)を打(うち)あけて神(かみ)に誓(ちか)ひて宣(の)り上(あ)ぐる 神(かみ)に誓(ちか)ひて宣(の)り伝(つた)ふあゝ惟神(かむながら)々々(かむながら) 御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』 又(また)もや暗中(あんちう)より歌(うた)聞(きこ)えて来(き)たりぬ。 竜国別『自凝島(おのころじま)の聖地(せいち)をば竜国別(たつくにわけ)の宣伝使(せんでんし) 鷹依姫(たかよりひめ)と諸共(もろとも)に高姫(たかひめ)さまに疑(うたが)はれ 親子(おやこ)は疑団(ぎだん)を晴(は)らさむと大海原(おほうなばら)を打(うち)わたり 難行(なんぎやう)苦行(くぎやう)の末(すゑ)遂(つひ)に高砂島(たかさごじま)に漂着(へうちやく)し いろいろ雑多(ざつた)と気(き)をもみて玉(たま)の所在(ありか)を尋(たづ)ねつつ アマゾン河(がは)に打向(うちむか)ひ神(かみ)の恵(めぐみ)をまつぶさに 禽獣(きんじう)虫魚(ちうぎよ)に注(そそ)ぎつつ又(また)もや此処(ここ)を立出(たちい)でて ウヅの都(みやこ)に立向(たちむか)ひ神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)や 末子(すゑこ)の姫(ひめ)に拝謁(はいえつ)し目出(めで)たき席(せき)に列(つら)ねられ 高姫(たかひめ)さまと諸共(もろとも)に山野(さんや)を渡(わた)り河(かは)を越(こ)え 乾(いぬゐ)の滝(たき)に立寄(たちよ)りて互(たがひ)に魂(たま)を洗(あら)ひつつ 漸(やうや)くハラの港(みなと)まで一行(いつかう)六(ろく)人(にん)辿(たど)りつき 高島丸(たかしままる)に乗(の)せられて自凝島(おのころじま)へ帰(かへ)り行(ゆ)く 此(この)船中(せんちう)にはしなくも松彦(まつひこ)さまが乗(の)りあはし 鷹依姫(たかよりひめ)や高姫(たかひめ)の噂(うはさ)をなさる不思議(ふしぎ)さに 耳(みみ)をすまして聞(き)き居(を)れば言依別(ことよりわけ)の神司(かむつかさ) 深(ふか)き思(おも)ひをめぐらして遣(つか)はし玉(たま)ひし松彦(まつひこ)の 神(かみ)の司(つかさ)と聞(き)きしより心(こころ)も勇(いさ)み気(き)も勇(いさ)み 名乗(なの)り上(あ)げむとする時(とき)に夜(よる)の帳(とばり)はおろされて 黒白(あやめ)も分(わ)かぬ真(しん)の暗(やみ)忽(たちま)ち聞(きこ)ゆる高姫(たかひめ)の 詐(いつは)りのなき物語(ものがたり)歌(うた)に装(よそ)ひて宣(の)り玉(たま)ふ あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)神(かみ)の御霊(みたま)の幸(さち)はひて 高姫(たかひめ)さまの真心(まごころ)を初(はじ)めて聞(き)きし心地(ここち)して 其(その)嬉(うれ)しさは限(かぎ)りなく御空(みそら)を拝(はい)し地(ち)を拝(はい)し 感謝(かんしや)の涙(なみだ)せきあへずここに言霊(ことたま)宣(の)りあぐる あゝ高姫(たかひめ)よ高姫(たかひめ)よ今(いま)の心(こころ)を永久(とこしへ)に 動(うご)かず違(たが)へず三五(あななひ)の誠(まこと)の道(みち)にまつろひて 五六七(みろく)の御代(みよ)の神柱(かむばしら)広(ひろ)く太(ふと)しく立(た)てませよ 竜国別(たつくにわけ)が真心(まごころ)をこめてぞ祈(いの)り奉(たてまつ)る あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』 と歌(うた)ひつつ船(ふね)は暗(やみ)の海面(かいめん)を、帆(ほ)を孕(はら)ませ数多(あまた)の船客(せんきやく)の鼾(いびき)を乗(の)せて西(にし)へ西(にし)へと辷(すべ)り行(ゆ)く。 (大正一一・八・二八旧七・六松村真澄録) 『本日大正日々新聞社長床次正広氏湯ケ島へ来訪即日帰阪す。 大本二代教主渡辺淳一氏を伴ひ帰綾す』