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霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 附録 第一回高熊山参拝紀行歌 附録第一回高熊山参拝紀行歌 王仁 高熊山参拝者名簿 (大正十年十二月三日) 千引の岩石打破る日本男子の大丈夫と(石破馨) 色香も馨る女丈夫が世界をま森国々の(森国幹造) 助けの幹を造らむと東や西や北南 日出る国のまめ人が善男善女を誘ひて(西出善竜) 竜宮城に参集ひ浦保国を永遠の 珍の住処と歓びて神の啓示を次々に(保住啓次郎) 宣べ伝へ行く言霊は円満晴朗澄の江の 天竜藤に登る如我日の本の権威なる(藤本十三郎) 一と二三四五つと六ゆ七八九つ十り三年 今よりきよく田なびかむ村雲四方にかき別けて(今きよ) 六合兼太る我国土真奈井の海の洋々と(田村兼太郎) 渡も静かに浦靖の国の栄えも九重の(土井靖都) 玉の都や小都会深山の奥も押並べて(小山貞之) 忠勇仁義孝貞之道明らけく治まれる 三十一年如月の梅ケ香匂ふ九日の 月をば西に高熊の神山に深くわけ井りて(高井寿三郎) 聖寿万歳祈らんと三ツ葉つつじの其上に 村肝清く端坐しつ言霊彦の神教を(上村清彦) 耳を澄ませてマツの下吹き来る風もいとひなく(同マツ) 岩窟の前に寛ぎつ心の中の村雲も(同寛) かすみと共に消え行きて稍清新の魂となり(中村新吉) 神の恵みに浴しける今日は如何なる吉日ぞ 吉や屍を原野に曝すとも国常立の大神や(吉原常三郎) 三ツの御魂の教ならなどや厭はむ鈴木野や(鈴木延吉) 深山に足を延ばすとも心持吉き岩清水(水戸富治) 戸閉さぬ国と賑はしく富みて治まる君ケ御代 五十鈴の流れ清くして大川口や小川口(大川ロトク) 水は溢れてトク川の泥にまみれし幕政も 茲に亡びて大小名名主庄司に至るまで(庄司キツ) なキツ倒れつ四方に散るその状実に憐れなり かかる例しも在原の丑寅金神太元に(在原丑太郎) 現はれまして前の世の神と田美との有様を(前田美千香) 説き教へたる三千年の一度に香ふ白梅の 花咲く春の山の根に菊太に目出度神言を(山根菊太郎) 天地の神に奏上し三千世界の改造を チカへ玉ひし雄々しさよ四尾と本宮の山の根に(山根チカヘ) 経と緯との神の機錦の糸の絹枝姫(同絹枝子) 神の助けの有が田や鶴九皐に高く鳴き(有田九皐) 岸に登りし緑毛の亀のよはひの長のとし(高岸としゑ) ゑびす大黒福の神真奈井の上に舞ひ遊ぶ(井上あや) あやに尊き神の苑海の内外別ちなく 山野河海の神々の介けの道も昭々と(外山介昭) 植ゑ拡め行く道芝の盛りの花も隆々と(植芝盛隆) 薫る常磐の神の森良きも悪しきも仁愛の(森良仁) 神の恵みは変りなく竹の御園の下斯芸琉(竹下斯芸琉) 御国の誉れ照妙の綾の高天に北東の(東尾吉雄) 神尾伊都吉て雄々しくも教は広瀬の仁義邦(広瀬義邦) 昇る旭は高橋のその勢ひも常永に(高橋常祥) 開き行く世ぞ祥たけれ誉れもたかき瑞祥の やかたに基いを固めつつ遠津御国も近村も(津村藤太郎) すさぶ曲津を藤太郎秋津島根の田広路に(島田頴) 千頴八百頴実のりゆく稲木の村の中心に(木村研一郎) 霊魂研きを第一と教へ導く白藤の(藤井健弘) 井や栄え行く健げさよ誠の教を遠近に 弘むる時や北の空村雲四方に掻き別けて(北村隆光) 隆々のぼる日の光本宮山や玉の井の(宮井懿子) 空に映え行く御懿徳に浴する魂ぞ浦山し(浦山専一) 霊魂修行を専一と深山の奥に分け入りて 佐とり了ふせし高熊のイワ屋の内も賑はしく(山佐イワ) 朝日夕日を笠として祝詞奏上や神の詩を(日笠吟三) 吟じて進む三ツ御魂藤の仙人芙蓉坊が 穴太の村に伊智はやく現はれ来たりて大神之(藤村伊之吉) 吉き音信を宣り伝へ石より固き信仰を(石井孝三郎) 井や益々も励みつつ忠孝敬神愛国の 三ツの綱領怠らず加たく御魂に納めつつ(加納録平) 心に録して平けくたとへ野山の奥の奥(山口佐太郎) 率土の浜も宣べ伝へ口佐賀あしき悪太郎が そしり嘲り山ぬ内布教伝道厭トイなく(山内トイ) 四方の国中大日本日高の村の佐男鹿の(中村鹿三) 妻呼ぶ如き有様に世人を思ふ三千年の 神の光りは西東村雲四方にかき理けて(西村理) 大海原も平けく波も鎮まる八洲国(海原平八) 神須佐之男の神魂沢田の姫が現はれて(佐沢広臣) 教を広く君臣の中を執持つ一条の(中条勝治郎) 至誠に勝るものはなし明治の廿五年より 佐藤りの開く大善の艮神の四郎し召す(佐藤善四郎) 梅花の開く神の世は老も若きもおしなべて 五六七の御世の活動を汗と油をしぼりつつ 山田の果ても伊藤ひなくくさきり耕やせ三伏の(伊藤耕三郎) 暑さも涼し高野原円く治まる太平の(高野円太) 風に黒雲吹き払ひ四方の沢ぎも静まりて(黒沢春松) さながら春の如くなり常磐の松や白梅の 枝にて造りし神の杖菅野小笠に身を包み(菅野義衛) 仁義の教衛らむと京都をさして谷波より(京谷朝太郎) 出口の教祖は朝まだき綾の太元立出でて 海潮純子諸共に昨日や京屋明日の旅(京屋フク) 風フク山路をすくすくと字司朗も見ずに足早に(同司朗) 飛田つ如く進まるる豊かなそのの梅香り(飛田豊子) 五六七の御代に逢坂のキミの恵みに報いむと(同香) 鞍馬をさして出でて行く出口の守の雄々しさは(逢坂キミ) 日本魂の鏡なり月に村雲花に風(村松タミ) 浮世の常と聞きつれど松の神世のタミ草の 心はいつも春の空深山の奥も仁愛の(山崎珉平) 花崎にほひ王民のなか平けく安らけく 上野おこなひ下ならひ国は豊かに足御代は(上野豊) 業務を伊藤ものも無く正しき男の子女子が(伊藤正男) 大内山の御栄えを春かに祝ひよろこびつ(大山春子) 君に捧ぐる真心の強きは波田野国人の(波田野菊次郎) 菊もまれなる次第なり澆季末法の世の瀬戸に(瀬戸幸次郎) 現はれ玉ひし艮の神の御幸は次々に いやちこまして国民は同じ心のきみが御よ(同きみよ) 四方の山々内外の風も静かに笹川の(山内静) 水にも神光煕り渡る雄々しき清き葦原の(笹川煕雄) 神の御国ぞたふとけれ日本御魂の大丈夫が 勇気も古井現し世の濁りを清め市村野(古井清市) 戸口も佐和に佐和佐和に五六七の御世を松の色(野口佐七) 本つ御魂も幸ひて長閑な春の政事(松本春政) 国常立の分御魂仁義の道を一と筋に(国分義一) 守るや洋の西東山の尾の上に出入る月(西山勝) 光り勝れし大御代に立て直さむと昔より 水野御魂の大御神貞めなき世を弌らんと(水野貞弌) 道も飯田の神の詔千代の松ケ枝澄み渡り(飯田千代松) 昇る月影高橋の夜の守りとありがたき(高橋守) 御代に太田の楽もしや神の御国に伝はりし(太田伝九郎) 九つ花の咲き匂ふ深山の奥の寒村も(奥村芳夫) 大和心の芳ばしき大丈夫須佐の大神を 斎ひ藤とみ惟神御霊幸ひて吉祥の(斎藤幸吉) 聖の御代ぞたふとけれ 道の蘊奥を塞ぎ居る村雲四方にかきわけて(奥村友夫) 心も清き友の夫が至誠を内外に長谷川の(長谷川清一) 清きながれも一と筋に久米ども尽きぬ川水に(米川太介) 濁世を洗ひ太介んと田庭綾辺の政雄等が(田辺政雄) 神の御声をいや高き雲井に告げよほととぎす(雲井恒右衛門) 恒の誠のおこなひはこの右衛門なき神の笑み その身の佐賀も康正の実にも鈴し木忠と孝(佐賀康正) 慈悲を三つ楯戸して田助澄まして国の祖(鈴木孝三郎) 古き昔の神代より高き神徳次ぎつぎに(戸田澄国) かくれて御世を守りつつ忍び玉ひし大神を(古高徳次郎) 斎きまつるぞ藤とけれ吉きもあしきも三吉野の(斎藤吉三) 花と散りしく大八嶋長き平和の夢さめて(大島長和) 西洋の国原見渡せば神を敬ふ人もなし(西原敬昌) 物質文明昌ふとも心の花は散りにけり 谷波の国にあらはれし出口の神の御教は(谷口清満) 清く天地に満ちぬらむ桧杉原かきわけて(杉原佐久) 梅佐久そのを杉の山見当てに進む日本一(杉山当一) 長閑けき風も福の井の大精神は平らかに(福井精平) 神の林に著二郎く鳴り渡るなり高倉の(林二郎) 高き厳に八重むぐら青き苔蒸し小田牧野(林八重子) 蔓さえ光る万世の亀の歓吉て岩の上(牧野亀吉) 鶴さへ巣ぐふ高倉の三ツ葉つつじ之御助に(上倉三之助) 小野が御田間を研きつつ生れ赤子と若がへり(小野田若次郎) 次第々々にたましひを石とかためて世を渡り(石渡たみ) 四方のたみ草同一に神の真道に進ましめ(同進) 御代の栄えを内外に照らすは神の大本ぞ 谷波の国は狭くとも広く賢こき神の道(谷広賢) 雲井の上も海原も神武と仁徳かがやきて(井上武仁) 神の守りの金城は所在神の守りにて(城所守息) 神々安息遂げたまふその聖世美馬ほしと(美馬邦二) 心の清き神人が御邦二つくす真心は 大小高下の差こそあれ林のナカの下木まで(小林ナカ) よろこび祝ふ細し矛千田琉の国の神の徳(細田徳治) 円く平穏に治まりて身椙の元も二三太郎(椙元二三太郎) 広き新道進むより神の大道踏める身は 笹原義登と悉後藤くいと康らか仁進み行く(笹原義登) 無事平安の神の道達るは神の温たかき(後藤康仁) あまき乳房にすがる児の太郎次郎の生命の(安達房次郎) 親の光りと松の御代上田の家に生れたる(松田文一郎) 三文奴の只一人神の御前にぬかづきて(前田茂寿) 世人を田すけ守らんと昼はひねもす夜茂寿がら 愛宕の山の片ほとりつづきが岡のふもとなる(片岡幸次郎) 小幡神社の幸ひに祈願の効もいち次郎く 大河口や小川口教を日々にトク人の(大河口トク) 心の丈けは庄司きにシウジウの苦辛を耐へつつ(庄司シウ) 安く達せん大神の心は清き白ユキの(安達ユキ) 黄金の世界銀世界真鯉の上る滝津瀬の(上滝美祐) さま美はしき神祐に心の垢を洗ひつつ 西山林谷の道作り治めて登り行く(西谷作治) 四十八個の宝座ある高倉山に崎にほふ(山崎耕作) 三ツ葉つつじの花の下耕し作る田男の 中にも邨で新しき由緒を知れる由松の(中邨新助) 道の手引に助けられ万寿神苑立出でて 詣づる信者二百人出口の海潮を先導に 田舎の村の小幡橋金神竜神一同に(村橋金一郎) 渡り田所は宮垣内鹿蔵住むなる松林(田所鹿蔵) 紅葉は散れど青々と茂る木の葉のうるはしき 豊かな冬の木の本に四方の景色を覚めつつも(豊本景介) 婦人子供に至るまで介々しくも谷川を(谷前貞義) 飛び越え前み貞勇き義近藤初めて修業場と(近藤貞二) 神の貞めに一同は第二霊地と感謝しつ 祝詞の声も晴やかに木魂に響く床しさよ 勝又五六七の神政に水野御魂があらはれて(勝又六郎) 久米ども尽きぬ真清水のかはく事なき吉祥の(水野久米吉) 命の親の神心仰ぐも高し田加倉の(高田権四郎) 神の権威は四ツの海珍の国土も井や広に(土井理平) 摂理は届く公平のうましき御世は北村の 人は勇みて神寿ぎの祭祀の道も庄太郎(北村庄太郎) 日本の国は松の国浦安国と日五郎より(松浦国五郎) 御三木清めし神の国善一と筋の世の元の(三木善建) 神の建てたる御国なり外国人に惑はされ 御国の精華も白石の五倫五常の道忘れ(白石倫城) 難攻不落の堅城と神の造りし無比の園(比村中) 心にかかる村雲を払ふて清め腹の中 神の授けし御魂をば汚さむ事を鴛海つつ(鴛海政彦) 国家の政り家政り彦と夜毎にいそしみて たとへ悪魔の襲ふとも少しも鎌はず田力男(鎌田徴) 日本心を微かに照して見せよ三日月の 敏鎌の光り鋤の跡稲田も茂る八百頴野(鎌田茂頴) 間田なき秋にアイの空瑞穂の国の中国の(野間田アイ子) 誉れを西洋までノブエ姫姫氏の国の豊の年(中西ノブヱ) 稔も吉田の花ぞサク清き水穂にフク風の(吉田サク子) 薫りは外に比類なき富貴の草香村肝の(清水フク子) 心の美佐尾芳ばしく続鎌ほしや曇りたる(比村美佐尾) 世を田貞か江て神の世になれば曲事かくろひて(鎌田貞江) 吉きこと斗り村幸の雲間を照らす神のトク(吉村トク) まコトを那須の神人は神にすがりツヤはらぎつ(同コト子) 吾身のことを打捨てて多田道のためクニのため(那須ツヤ子) つくしの果の人々も海河こえて田庭路の(多田クニ) 神の御親の膝元に直子の刀自の跡慕ひ(河田親直) 滋しげ通ふ楽もしさ小柴田間萩米躅躑(同滋子) 茂れる山路ふみ別けて同じ心の一隊は(柴田米子) 神の恵與と勇みつつ清水湧き出る宮垣内(同一與) 上田の家も市々に立出で田渡る野山路(内田市子) 心せきセキヨぢ登る新池馬場を一斉に(田渡セキヨ) 進めば砂止山の神祠の跡を右に見て(馬場斉) 谷の村杉潜りぬけ真の道の友垣は(谷村真友) 山奥見かけ村々と貞めの場所雄さして行く(奥村貞雄) 黄昏近く湯ふ浅の空に出口の王仁が(湯浅仁斎) 岩屋の神を斎ひつつ降雨も知らぬ森の中(雨森松吉) 松葉の露の一雫味はひ吉しと喜びて 呑みし昔の思ひ出に水の冥加を藤とみつ(加藤明子) 天地神明の洪徳を感謝しまつる此一行 折も吉野のときつ風吹かれて顔の湯煙りも(吉野とき子) 御空になびく浅曇り霊魂を研く三柱の(湯浅研三) 神の宝座の大前に東尾さして神吉詞(東尾吉三郎) 拍手三拝上々の坂えの声をきくの年(上坂きく) 山の尾の上を崎わけて昇る旭日のあけの空(山崎あけ子) 小男鹿妻恋ふ高熊の見るも勇まし一つ岩(小高一栄) 栄え久しき神国の牧の柱とまめ人の(牧慎平) 慎み仕え大前に低頭平身祈りつつ 松のお千葉もいと清く月も見五郎の十五日(千葉清五郎) 大山小山の中道をおのが寿美家へ雄々しくも(大山寿美雄) 松岡神使に誘はれて本の古巣へ帰りける(岡本尚市) 尚き教へを市早く上田の炉辺に宣ぶる時(田辺林三郎) 小松林の神憑り三ツの御魂が現はれて 近藤二度目の立替は御国を思兼の神(近藤兼堂) 現はれまして堂々と小畠の宮の山の跡(畠山彦久) 本宮神宮の聖邑に国武彦の大神は 世も久方の天津神月見の神や天照す(佐藤かめ) 皇大神の神言もて世人を佐藤し身をたかめ(平野千代子) 天下太平野千代の基佐藤りて三よしの花の春(佐藤よし) お土の井とく水の恩正しき御木の宮柱(土井とく) 千本高知りてきんぎんや珠玉を飾る三体の(正木きん) 神の御舎殿荘厳に大宮小宮建て並べ(小宮きゑ) 深きゑにしを説き諭す高天原の神の道(原竹蔵) 松のみさをは神の国竹蔵即ち外国に たとへて東尾日の本とさきはひ玉ふぞ尊とけれ(東尾さき) 板り尽せしあがなひの千倉の置戸を負ふ神の(板倉寛太郎) 寛仁太度の胸の内同じ教も寛々と(同寛文) 文化の魁け梅の花御空は清く山青く(青野都秀) 野村も都会も秀れたる神の大道に従ひて 日東帝国安らけく日五郎の信仰現はれて(東安五郎) 安全無事の世の中に到達せしめ聖哲の(安達哲也) 教は四方に響く也同じ天地に生ひ立ちし(同佐右衛門) 草木で佐右衛門色艶を増して歓こぶ君が御代 世は古川の水絶えず万寿の苑は亀岡の(古川亀市) 市中に高く聳えつつ曇れる社会を照らし行く 神の仕組の万寿苑瑞祥閣の芽出度けれ。 ○  教の花の桜井愛子中野祝子の太祝詞(桜井愛子) 同じく作郎青年も巌の上田に参ゐ詣で(中野祝子) 各自気分も由松の前駈し田るは十四夜の(同作郎) 稲田を照らす月の影風も清けき秋の末(上田由松) 此一行廿二人巻尾に記して証となす。(前田満稲) (以上)
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霊界物語 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 余白歌 余白歌 夢ならばいつかは醒めむ夢の世の夢物語聞いて目さませ〈序前〉 古へゆ今に変らぬ神の世の活物語するぞうれしき〈序前〉 天地のあらむ限りは人の世の光とならむこの物語〈序前〉 浮き沈み憂きを美山の彦神と化けおふせたる棒振彦の神〈第2章(初版)〉 苦にならぬ国照姫の名をかたる鼻高虎の醜の曲津見〈第2章(初版)〉 奸策を種々さまざまに振りまはす棒振彦の汚れたる身は〈第2章(初版)〉 高虎の醜女の神はロツキーの山の鼻高姫を使いつ〈第2章(初版)〉 顕はれて間なく隠るる二日月〈第4章〉 四日月を三日月と見る二日酔〈第4章〉 空海も必ず筆を選むなり〈第4章〉 美山彦国照姫は名を替へて言霊別や言霊姫となりぬ〈第5章〉 病神どこへうせたか春の風〈第5章〉 神徳は山より高し天真坊〈第6章(初版)〉 天地の律法を正す天道坊〈第6章(初版)〉 尻尾まで別れて逃げる古狐〈第8章(初版)〉 春霞棚引きそめて久方の高天原の教の花咲く〈第8章(初版)〉 久恵彦の足は行かねど天の下世の悉々は覚りましけり〈第8章(初版)〉 人皆の夢にも知らぬ幽事を覚すは神の教なりけり〈第8章(初版)〉 惟神道の奥処に別け入れば心の罪の恐ろしきかな〈第8章(初版)〉 冠を足にはきつつよろこびて沓をかしらにかぶる世の中〈第9章(初版)〉 良き人はしいたげられて曲者のもてはやさるる暗の世の中〈第9章(初版)〉 毒よりも気の毒としれ曲つ神〈第10章(初版)〉 毒々し曲津の毒の巧みごと〈第10章(初版)〉 気を付けよ味方の中に敵潜む〈第10章(初版)〉 虎よりもおそろしき口を人は持ち〈第11章〉 しこめとは我大神をおしこめしからの身魂の使なりけり〈第12章(初版)〉 まごころを貫きとほす槍の穂に常世の鬼も逃げうせにけり〈第13章〉 蜂かこむ室屋を出て大巳貴須世理の姫の比礼に免れつ〈第13章〉 烏羽玉の暗き天地照らさむと雲押し別けて月は出でけり〈第13章〉 惟神宇宙の外に身をおきて日に夜に月の光あらはすも〈第13章〉 炉の傍に居ても寒けき冬の夜の御空に澄める月もありけり〈第13章〉 いつはりの無き世なりせば斯くばかり心も身をも砕かざらまし〈第14章(初版)〉 初めてぞ神の恵みの知られけり苦しき坂を登り終ふせて〈第15章〉 病む時は神の御前に平伏して心の罪の在所たづねよ〈第15章〉 梟や宵になく声朝のこゑ〈第16章(初版)〉 登りゆく神路の山の山松に神の恵の露の玉散る〈第17章〉 八島国島の悉々照り渡る神の威徳に隈蔭もなし〈第17章〉 大空にきらめき渡る星かげものぼる旭にかくろひにけり〈第19章〉 一切のことに疑問を抱く内はまだ小人の境を脱せず〈第22章〉 世の中の総ては区々の感情の争ひなりせば神に在れ人〈第22章〉 幸福は家内揃うて睦まじく暮すにまさる歓びはなし〈第23章〉 産業の外の事業の一切は皆空業と覚るべきなり〈第23章〉 現し世の濁りに濁り乱るるはみな黄金の禍ひなりけり〈第25章〉 神界の真の神業は産業にあらねど唯一の実業と知れ〈第25章〉 奇魂智慧の光は村肝の心の暗を照り明すなり〈第26章〉 奇魂智の道の程々に世の物事を裁く義しさ〈第26章〉 世を救ひ国を開きて曲津まですくふ言霊別の雄々しさ〈第28章〉 国々に御名を変へさせ玉ひつつ救ひの為に降ります主〈第29章〉 天のはて地のきはみもおつるなく照らす光と現はれし救主〈第29章〉 老人も若きも男子女子も上る神路の山は変らじ〈第30章〉 あし原の中つ御国は異人の夢にも知らぬ宝ありけり〈第30章〉 教とは人の覚りの及ばざる神の言葉の御告なりけり〈第30章〉 躊躇の心打ち捨て勇ましく思ひし善事遂ぐるは義し〈第34章〉 国人を幸ふために身を忘れ難みに殉ふ心義しさ〈第34章〉 一家内和合なければ自棄自暴遂には離散の憂目見るべし〈第36章〉 咲く花の散り行く見ればいとど猶身の果敢なきを忍ばるるかな〈第37章〉 身体はよし死るとも霊魂は幾千代までも生きて栄ゆる〈第37章〉 みづみづしをしへの主の御姿は空照り渡る月のかんばせ〈第40章〉 春の朝露にほころぶ白梅の花にもまして美しき救主〈第40章〉 万有に通ずる真の神力は自信の光に如くものは無し〈第42章〉 わが祈る誠を愛でて惟神奇しき力を授け玉へよ〈第44章〉 天照神の教は神国の人のふむべき大道なりけり〈第44章〉 釈迦孔子や外の聖の唱へたる教も一つは善き節もあり〈第44章〉 今の世は神の職の多けれど神の真教を知る人まれなり〈第44章〉 時つ風吹き荒ぶとも真木柱立てし初めの心ゆるめな〈第49章〉 醜草を薙ぎて放りて神国の日本魂の松の種蒔け〈第49章〉 いろいろと世は紫陽花の七変り変らぬ道は天津日の道〈第49章〉 道のため書き記したる教典の千代万代に栄えとぞ思ふ〈第50章〉 この道の光も知らぬ人草は醜の魔風に靡き伏しつつ〈第50章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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霊界物語 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 余白歌 余白歌 愛善の花咲き充つる神の代は人の心も華やかなるらむ〈序〉 我国は徳主法従神国なれば理屈ばかりで治まらぬ国〈序〉 大日本の国は更なり地の上の凡てに道を明かす斯道〈序〉 善きにつけ悪しきにつけてうれしきは神に任せし心なりけり〈総説(初版)〉 天も地も清め澄して大本の神の教を布かむとぞ思ふ〈総説(初版)〉 我魂汚なき物と思ふかな研けば光ることを忘れて〈総説(初版)〉 今日の日は暮果てたれど今更に業怠りし事をしぞくゆ〈総説(初版)〉 量り無き教の玉と成なんと朝夕心研きこそすれ〈総説(初版)〉 真寸鏡見むと思へば外国の醜の教の塵をはらへよ〈第1章〉 何事も神の御教に任すこそ罪を清むる便りなりけれ〈第2章〉 ヒマラヤの山より高き神教は高天原に昇るかけはし〈第2章〉 刈ごもの乱れたる世を治めむと本つ教を説きひろめたり〈第3章〉 親々の立てたる教をひと筋に守るはおのが願ひなりけり〈第3章〉 日も月も天津御神の造られし物と思へばわが物は無し〈第4章〉 親しきは常のことなり皇神の直なる御法曲ぐるべしやは〈第6章〉 世の人の口の車に乗せられな悪魔は人の口を借るなり〈第6章〉 踏て行く神の正道広けれど心せざればつまづきぞする〈第6章〉 五十鈴川澄み渡りたるひと筋の清き流れは世を洗ふなり〈第7章〉 神といへば皆かしこくや思ふらむ鬼をろちあり曲津霊もあり〈第8章〉 我こそは神の教の御柱と誇りたかぶる醜のとりつぎ〈第8章〉 勇ましく事はなすとも恥づること知らずば遂に争とならむ〈第9章〉 真心をこめて御教をとく舌の剣に亡ぶ曲津霊の神〈第9章〉 選まれて教の柱と生れたるひとの言霊世を活かすなり〈第12章〉 大方の世人の眠りさましたる人は現世の木鐸なりけり〈第12章〉 神つ代の神の御典を明めて本津大道に世人を導け〈第13章〉 二世契る夫婦の間も踏みて行く道し違へば憎み争ふ〈第14章〉 博愛の神の教を聞かずして身を亡ぼすは己が為す罪〈第14章〉 神言を正しく説きたるひとつ火の光は闇世の灯台なりけり〈第14章〉 君のため御国のために尽したる人をなやむる暗世忌々しき〈第14章〉 奇魂曽富戸の神と生れたる人は現世の導師なりけり〈第14章〉 蹴落され踏みにじられて世のためにつくせしひとは真の神なる〈第16章〉 斯の道の蘊奥を深く究めたる人のひらきし三五の教〈第17章〉 逆しまの世に悩みたる人草を生かさむとして天降りし神子はも〈第17章〉 天津空ゆ地上のために降りたるひとの子独り世を偲び泣く〈第17章〉 神殿に神は在ねど人々の斎かむたびに天降ますかも〈第18章〉 皇神の恩頼に報いむと直心かけて拝む斎庭〈第18章〉 国々の神の政を知食す生国魂の御勲功著きも〈第19章〉 敷島の道開きたるひとの声は天地四方に鳴り渡るなり〈第21章〉 皇国のために誠を尽したる人の子攻むる世こそ歎てき〈第21章〉 背に腹を替へて斯の世に降りたる人の子攻むる世こそ歎てき〈第22章〉 形ある宝に眼くらみなば罪に汚れし身となりぬべし〈第22章〉 人を愛で慈しむとも天地におそるるなくば道にさからふ〈第22章〉 味気なき舌の剣や大砲は万のあだを招き集むる〈第22章〉 久方の天津御神の御心は人の魂の基なりけり〈第23章〉 肝向ふ人の心は天地の神のまにまに動きこそすれ〈第23章〉 軒ゆがみ壁の落ちたる人の家に産声あげし瑞御魂かも〈第24章〉 反きたる人も吾が子の如くして神は恵みに活かせたまはむ〈第26章〉 高天原紫微の宮より降りたるひとつの魂ぞ世の光なれ〈第27章〉 千早振神の任さしに天降りたる人の御魂は顕幽に照る〈第27章〉 苦しみて数多の人に使はれて始めて人を使ふの道知る〈第29章〉 命まで道に捧ぐる心あらば如何なる事も叶はざらめや〈第29章〉 天津神依さし給ひし真心も省みせずば曲津霊とならむ〈第31章〉 年若き時より神と呼ばれたる人の世に立つ五六七の神代かな〈第32章〉 何もかも知りつくしたる人の子の出づる五六七の御代ぞ待たるる〈第32章〉 和妙の綾の聖地に召されたる人は伊都能売みたまなりけり〈第33章〉 奴婆玉の闇に御魂を汚したるひとを清むと伊都能売の神〈第33章〉 根底までおちたる人を救はむとミカエルとなり現れし伊都能売〈第34章〉 腹借りて賎ケ伏家に産声をあげたるひとの神の子珍らし〈第36章〉 王仁といふ韓の物識皇国にそぐはぬ教を伝へけるかな〈第37章〉 同じ名の出口の王仁は日の本の本つ教を開き初めけり〈第37章〉 足曳の山路を夜半にたどる身は月の神こそ力なりけり〈第39章〉 石の上古事記は神つ代の神のいさをのしるべなりけり〈第39章〉 素盞嗚の神の命の作らしし三十一文字は言霊の本よ〈第39章〉 敷島の歌の調べは知らねども世人のために作りそめけり〈第39章〉 知らずして知り顔なすは曲霊の神に魅れし人にぞありける〈第40章〉 吾こそは神の霊の宮居ぞと世人を欺く曲津霊の神〈第40章〉 越国の雪より清き大道も世は白妙のとく人もなし〈第41章〉 千早振神の教をかしこみて駒立てなほす元の住処へ〈第42章〉 言霊の幸ふ国に生れきて神の御声を聞かぬ人あり〈第43章〉 千早振神ぞあらはれきたのそらの綾の高天に教伝へますも〈第43章〉 烏羽玉の世を晴さむとあらがねの地の御祖は現れましにけり〈第43章〉 言霊の天照る国の尊とさは神の御声を居ながらに聞く〈第45章〉 恥かしく無きまで心洗へかし身魂の審判はじめかくれば〈第46章〉 何事がありとも世びと心せよ罪ある限り祓ひ清むる〈第46章〉 久方の天津空より降りたるひとつの御魂は神の楯なる〈第48章〉 不思議なる赤縄の糸のからみたる人の子つひに世に勝てるなり〈第48章〉 現し世の総ての人に幽世の様教へむと神現れましぬ〈第49章〉 隔たりし天と地との結びより生れ出でたる人の子神の子〈第49章〉 幽世の事はなほ更現し世の事さへ知らぬ神の子うたてき〈第49章〉 如何にして知らさむ由もなきじやくり神の心は山時鳥〈第49章〉 霊交活力体因出燃地成弥疑足諸血夜出の神の功績〈第50章〉 隠身而形も見えず声もなきまことの神は御中主なり〈第50章〉 元の神人の初まりつばらかに知りたる者は神の外無し〈第50章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 総説 総説 吾人が朝夕神前に拝跪して奏上したてまつる神言の本文には、 『高天原に神集ります、皇親神漏岐神漏美の神言以て八百万の神等を神集へに集へたまひ、神議りに議り玉ひて、吾皇御孫命は豊葦原の瑞穂の国を安国と平けく知食せと言依さし奉りき。かく依さし奉りし国中に荒ぶる神どもをば、神問はしに問はし玉ひ、神払ひに払ひ玉ひて言問ひし岩根木根立草の片葉をも言止めて、天の磐位放ち天の八重雲を伊都の千別に千別て聞食さむ云々』 と天児屋根命以来皇国に伝はつた神言のごとく、神々は天の八洲の河原に八百万の神を集めて、神界の一大事を協議されたることは明白な活きたる事実であります。 約幹伝首章には、 『太初に道あり道は神なり、神は道と倶にありき。万物之に依りて造らる、造られたるもの之に依らざるはなし云々』 とあるごとく、真正の神はアオウエイの五大父音とカサタナハマヤラワの九大母音とをもつて、宇宙万有を生成化育したまふたのであります。ゆゑに凡ての神々は言葉をもつて神の生命活力となしたまふのであつて、神界の混乱紛糾を鎮定するために高天原の天の安の河原に神集ひを遊ばしたのであります。 そして各神の意志を表白するために、第一の生命ともいふべき言霊の神器を極力応用されたのであります。現代のごとく自由だとか、平等だとか言つて誰もかれも祝詞に所謂「草の片葉に至るまで言問」すなはち論議するやうになつては神界現界ともに平安に治まるといふことは、望まれないのであります。 本巻は主として、常世国の常世城における太古の神人の会議についての物語が、その大部分を占めてをります。八百万の神人の種々の意見や論争が述べてありますが、ある一部の人士は、「神様といふものは議論ばかりしてをるものだなあ」と怪訝の念にかられた方があるやうですが、すべて神様は前述のごとく言葉(道)をもつて生命となしたまふものであるから、言霊の幸はふ国、言霊の生ける国、言霊の助くる国、言霊の清き国、言霊の天照国と古来いはれてあるのであります。ゆゑに本巻の大半は常世会議の大要と、神人らの侃々諤々の大議論で埋まつてをるといつてよいくらゐであります。 宇宙万有一切を無限絶対、無始無終の全能力をもつて創造したまひし独一真神なる大国治立尊は、最初に五大父音と九大母音を形成して天業を開始されし以来、今日にいたるまで一秒時といへども、その言霊の活動を休止されたことはないのである。万々一、一分間にてもその活動を休止したまふことあらば、宇宙はたちまち潰滅し、天日も、太陰も、大地も、列星もたちまちその中心を失ひ、つひには大宇宙の破壊を来すのである。宇宙には常住不断的にアオウエイの五大父音が、巨大なる音響をたてて、とどろき渡つてゐるのであります。されど諺にいふごとく「大声は耳裡に入らず」人間の聴覚にはあまりに巨大にして、却て感覚せないのであります。巨大なる音響と、微細なる音響は人間の耳に入らないのは、音響学の精神である。されど人もし大宇宙の五大父音を聞かむとせば、両手の指をもつて耳の穴をふさぎみよ、轟々たる音響を聞くことを得む。これぞ大宇宙に不断とどろき渡れる声音そのままである。今日文明の利器たる諸々の機械といへども、その運転活動するあひだは各自に相当の音響を発してをる。かかる無生機物の器械といへども、音響の休止したときは、すなわち機関の休止した時である。况むや宇宙の大機関の運転に於てをやである。宇宙のアオウエイの五大父音は、すなはち造物主なる真の神の生ける御声であつて、真神は絶えず言語を発して宇宙の進化と運行と保持に努力されつつあるのであります。 その真神の分霊、分力、分体を受けたる神人は、言語のもつとも多きは当然である。世人は神といへば常に沈黙を永遠に続けてゐるものと考へ、黙々として天答へず、寂として地語らずなどといつて、唐人の寝言を信じてゐるものの多いのは、実に天地の真理と、その無限の神力を悟らない迂愚の極であります。 常世会議における神人らの議論の百出したるも、神人の会議としては実に止むを得ないのである。王仁は常世会議の神人らの論説を、一々詳細に記せば数千頁を費すも足りないから、ただその一部分を述べたにすぎませぬ。恰も九牛の一毛、大海の一滴にも及ばない量であります。 『至聖大賢斯民所称、神眼視之未尽全美、況乎其他哉、故先霊不能守後魂必矣』[※これは本田親徳・著『道の大原』の中の一節である。『神霊界』大正8年(1919年)9月1日号(道の大原号)に、「出口王仁和訳」が収録されているが、そこの訳文は「至聖大賢斯民の称する所、神眼之を視る、未だ善美を尽さず。況んや其他に於てをや。故に先霊後魂を守る能はざるや必せり。」] と先師本田言霊彦命[※「言霊彦命」は本田親徳の神名。]の喝破されたるごとく、現代の人間の眼から見た聖賢者、哲人も神の眼より見そなはしたまへば、不完全きはまるものである。また同師著、『道の大原』にも、 『万物之中也者有形之中也。其中可測、神界之中也者無形之中也。其中不可測。勿混語。』[※同じく『道の大原』の一節。王仁三郎の訳文は「万物の中は有形の中なり、其中測る可し。神界の中は無形の中なり、其中測る可からず、混じて語ること勿れ。」] とあり。また、 『漢人所謂中庸中和大中、其中者与神府之中迥別、勿同視』[※同じく『道の大原』の一節。王仁三郎の訳文は「漢人の所謂中庸、中和、大中、其中は、神府の中と逈に別なり。同視する勿れ。」] と示されてある。人心小智のたうてい神界の真相を究むること能はざるは必然である。ゆゑにこの物語を読ンで怪乱狂妄とみる人あるも、人間としては、あながち咎むべきものにあらず。ただその域に達せざるがためなることを憐み寛容せねばならぬのであります。 玉鉾百首[※『玉鉾百首』は「本居宣長の歌集。1787年(天明7)刊。1巻。日本の成立や惟神かむながらの道を、百首の和歌で表したもの」〔広辞苑〕]にも、 あやしきはこれの天地うべなうべな[※「うべなうべな」は「宜な、宜な」で「もっとも、もっとも」の意]、神代にことに異しきものを。 おほけなく人のいやしき心もて神のなすわざ争ひえめや。 天地を創造したまひし独一の真神およびその他の神々の御行為の怪異なる到底現代人の知識学説をもつて窺知し得べきものでないことを覚らねば、神界のことは信じられないものであります。
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霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 16 善言美辞 第一六章善言美辞〔一六六〕 出雲姫は口演に代へ優雅と、皮肉との混交歌を歌つて、自己の憤怒と、所信とを遺憾なく、諸神の前に訴へたるにぞ、常世彦、常世姫は心中甚だ面白からず、冷然として出雲姫の歌を聞くともなしに聞き入りにける。 凡て歌は天地神明の聖慮を和げ、万有に陽気を与へ、神人の心魂を照り明かす言霊の精華なり。ゆゑに常世彦もこれに向つて憤怒を発し、叱責するの余地無かりしなり。 現代の人間同士の会議は、すべて言論のみを用ゐ、決して歌なぞの風雅の声に耳を藉すものはなく、却つてこれを禁止するにいたれり。それゆゑに現代の会議は何事にも口角泡を飛ばし、眼を釣り争論の花を散らせ、鎬をけづりて快哉を叫び、如何なる問題に関しても言葉冷たく尖どく不平不満の間に優勝劣敗的多数決てふ、衆愚本位の議決に甘ンじ居らざるべからず。秋津嶋浦安国の神国の遠き昔は言霊の幸ひ、助け、天照り渡り生ける国にして、善言美詞をもつて相終始したりしに、最早この時代は、天地神明の大道なる言霊の応用も乱れ乱れてつひにはその跡を絶つに至れり。今日にては神人が優雅にして高潔なる歌をもつて、その意志を述ぶるもの甚だ尠く、ただ上位の神人の間にわづかに行はれ居たりける。ゆゑに今回の常世の会議においても、神人の自由にまかせ、直接の言辞によるものと、単に歌のみに依つて意志を表白するものと、言辞と歌とを混合して口演するものとありしなり。言霊の清く朗かなる神人は、凡て和歌によりて難問題を解決せむと努力したりける。 ここに常世姫は、出雲姫の意見表示の歌にたいして、答歌を歌はねばならぬ破目となりければ、常世姫は長袖を壇上に曳摺りながら、声音清く滑かにその主張を歌ひける。その歌、 『天地を造りかためし大御祖国治立の大神の 千々の恵に生れし国国とふ国は多けれど 神とふ神は沢ませど真の神は一はしら 神の造りて神の住む常磐の松の生ひ茂り 色香妙なる白梅の咲きて賑ふ神国は 常世の国を余所にして尊き国はあらざらめ 常世の国はとこしへに開け栄えて天の下 四方の国々嶋々も東の空ゆきらきらと 輝き昇る朝日子の光と共に明けく 治る国は天地のその真秀良場や常世国 常世の国の空高くそそり立ちたるロッキーの 山よりたかきそのほまれ空行く雲も憚りて 避くる斗りの大稜威常永に照る日の常世彦 心は清く身も清く雪より清き常世姫 常夜の暗を照らさむと赤き心をふり起し 世の叢雲を払ひつつ千々に思ひを筑紫潟 深き恵も不知火の波に漂ふ神人の 苦しみ叫ぶ声あはれあはれを余所に見捨かね ここに八王の大神は山より高く海よりも 深き恵の神の露諸々の千草にそそがむと 神と親との心もて開きたまひしこの集ひ 集ひたまひし山と野のつかさと居ます八王の 神に仕ふる八頭国魂神や百の神 集まる数は八百柱八十八柱の真心を 一つに協せ活力を一つに固めて天の下 四方の醜草薙ぎ払ひはらひ清めて天に坐す 天の御柱神の前国治立の知ろしめす 豊葦原の瑞穂国いや常永に平けく 安く治めて浦安の神の御国を守らむと 常世の城の神集ひ先づ八王の聖職をば 科戸の風の朝なさな霊霧四方に吹きはらひ 天明けく地清く高き低きの差別無く 親と児のごと親しみて神の恵を嬉しみつ 治まる御代を松ばかり時じく薫る白梅の 世は照妙の神の国開く常世の神集ひ かくも尊き神人の清き集ひを怪しみて きたなき心と言挙し心にかかる黄昏の 空に湧き立つ出雲姫暗き御魂の戸を開き 常世の神の赤心を諾ひ神と国のため うたがふ胸の雲霧と暗の戸張を引上げて 神の定めしこの度の集ひの功すくすくと 言問ひ和ごめ天津神国の御祖と坐しませる 国治立のみこころに叶ひ奉れよ百の神 叶ひ奉れよ百の神これぞ常世の願なり これぞ常世の願なり』 斯くうたひて列座の神司に一礼し、 『今回の八王大神の救世的提案に奮つて賛成されむことを望む』 と優しき花の唇を閉ぢ、壇上なる己が設けの席におもむろに着きにける。 (大正一〇・一二・一九旧一一・二一出口瑞月)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 総説 総説 太古の神霊界における政治の大要を述べて見ようと思ふ。固より数百万年以前の事であつて、吾々人間としては、その真偽を的確に判別する事は到底不可能であります。然し王仁の述ぶるところは、臆説や想像ではない。また創作物でもない。高熊山における霊学修行中に、見聞したる有りのままを、覚束なき記憶より呼び出して、僅かにその片鱗を吐露したばかりであります。 現代文明の空気に触れたる、天文地文学者や国学者および宗教家、哲学者などの、深遠なる知識から、この物語を見るならば、実に欠点だらけで、中には抱腹絶倒、批判の価値なきものと、断定さるるでありませう。しかし王仁の物語は、寓意的の教訓でもなければ、また虚構でもない、有りのままの見聞談である。 総て霊界の話は現界とは異つて、率直で簡明であり、濃厚複雑等の説話は、神の最も忌み玉ふところ、女にも子供にも、どんな無知識階級にも、なるべく解り易く、平易簡単にして、明瞭なるを主眼とするが故である。 本巻は、いよいよ天津神の命により諾冊の二尊が、天照大御神の御魂の大御柱を中心に、天より降り、天の浮橋に立ちて、海月なす漂へる国を修理固成し玉ひ、現代の我日本国即ち豊葦原の瑞穂の中津国を胞衣となし、かつ神実として、地上のあらゆる世界を修理固成し玉うた神界経綸の大略を述べたものであります。それゆゑ舞台は、地球上一般の神人界に渉つた出来事であつて、区々たる極東我神国のみの神話を写したものでない事は勿論である。 ○ 総て太古の御神政は神祭を第一とし、次に神政を行ひ、国々に国魂神があり、国魂神は、その国々の神王、又は八王などと云つて八尋殿を建てられ、殿内の至聖処に祭壇を設け、造化三神を鎮祭し、神王および八王は、同殿同床にて神明に奉仕された。さうして神政は左守神又は右守神(或は八頭神とも云ふ)に神示を伝へ神政を司掌らしめ玉うたのであります。さうして国治立命御神政の時代は、[※御校正本・愛世版では「国治立命御隠退の時代」だが、天使長という聖職があったのは国祖隠退後ではなく、国祖神政中であり、意味がおかしくなる。そのため霊界物語ネットでは校定版・八幡版に準じて「隠退」を「神政」に直した]天使長と云ふ聖職があつて、国祖の神慮を奉じ、各地の国魂たる八王神を統轄せしめつつあつたのが、諾冊二尊の、淤能碁呂嶋へ御降臨ありし後は、伊弉諾の大神、八尋殿を造りて、これに造化の三神を祭り玉ひ、同殿同床の制を布き、伊弉冊尊を、国の御柱神として、地上神政の主管者たらしめ玉うたのであります。しかるに地上の世界は、日に月に、体主霊従の邪気漲り、物質的文明の進歩と共に、地上神人の精神は、その反比例に悪化し、大蛇、鬼、悪狐の邪霊は天地に充満して有らゆる災害をなし、収拾すべからざるに立ち致つた。そこで神界の神人の最も下層社会より、所謂糞に成り坐すてふ埴安彦神が現はれて、大神の神政を輔佐し奉るべく、天地の洪徳を汎く世界に説示するために教を立て、宣伝使を天下に派遣さるる事となつたのである。 また国祖国治立命は天教山に隠れ、世界の大峠を免るることを汎く地上の神人に告げ諭し、大難を免れしめむとして、宣伝使神を任命し、地上の世界に派遣せしめ玉うた。これが神代における、治教的宣伝の濫觴であつたのである。さうして宣伝使神の任にあたる神は多芸多能にして、礼、楽、射、御、書、数の六芸に通達してゐた神人ばかりである。さうして一身を神に捧げ、衆生救済の天職に喜びて従事されたのである。 それより後、埴安彦、埴安姫の二神司が地上に顕現して麻柱教を説き、宣伝使を任じて世界を覚醒し、神人の御魂の救済に尽さしめた。その宣伝使もまた、士、農、工、商の道に通達し、天則を守り忍耐を唯一の武器として労苦を惜まず、有らゆる迫害を甘受してその任務を尽したのである。現今の各教各宗の宣教師の、安逸遊惰なる生活に比すれば、実に天地霄壤の差があるのである。 総て神の福音を述べ伝ふる宣伝使の聖職に在るものは、神代の宣伝使神の心を以て心とし、克く堪え忍び以て神格を保持し、世人の模範とならねばならぬのである。 ○ 太古の人民の生活状態は、今日のごとく安全なる生活は到底望まれ得なかつた。家屋と云つても、木と木とを組み合せ、杭を地上に打ち、藤蔓の蔓を以てこれを縛り、茅や笹の葉や木の葉を以て屋根を覆ひ、纔に雨露を凌ぐものもあり、岩窟の中に住むもの、山腹に穴を穿ち、草を敷きて住むもの、巨岩を畳み、洞穴を造つてこれに住むものなどで、衣服のごときも、一般の人民は獣皮を身に纏ひ、或は木の葉を編み、草を編み、麻の衣を着るものは人民の中でも最も上等の部である。また絹布を纏へるは最も高貴なる神人のみであつた。 夫れでも古代の人間は天地の大恩を感謝し、生活を楽しみ、和気靄々として楽しくその日を暮して居つたのである。さうして村々には酋長の如きものがあつて、これを各自に統一してゐた。遂には地上に人間の数の殖えるに従つて、争奪をはじめ、生存競争の悪社会を馴致し、弱肉強食の修羅場と化するに至つた。その人心を善導すべく、神の大御心に依つて教なるものが興り、宣伝使の必要を招来するに至つたのであります。 大正十一年一月二十五日旧十年十二月二十八日 出口王仁三郎
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 21 真木柱 第二一章真木柱〔二七一〕 伊弉諾大神の又の御名を、天の御柱の神といひ、伊弉冊大神の又の御名を、国の御柱の神といひ、天照大神の又の御名を、撞の御柱の神といふ。 この三柱の神は、天教山の青木ケ原に出でまして、撞の御柱の神を真木柱とし、八尋殿を見立て給ひて、天津神祖の大神を祭り、月照彦神を斎主とし、足真彦、少名彦[※校正本では「少彦」]、弘子彦、高照姫、真澄姫、言霊姫、竜世姫、祝部、岩戸別その他諸々の神人たちを集へて、天津祝詞の太祝詞を詔らせ給へば、久方の天津御空も、大海原に漂ふ葦原の瑞穂の国も、清く明く澄み渡りて、祓戸四柱の神の千々の身魂の活力に復び美はしき神の御国は建てられたるなり。 ここに伊弉諾神は撞の御柱を中に置き、左より此の御柱を行き廻り給ひ、伊弉冊神は右より廻り合ひ給ひて、ここに天地を造り固めなし給ひ、国生み、島生み、神生み、人生み、山河百の草木の神を生み成し給ふ善言美詞を謡はせ給ひける。その御歌、 伊弉諾神『限り無く果てしも知らぬ大空のその大空の本津空 天津御空の果てのはて九山八海の火燃輝のアオウエイの アオウエイの五柱カサタナハマヤラワ この九つの御柱の父と母との言霊に 鳴り出る息はキシチニヒミイリヰ クスツヌフムユルウケセテネヘメエレヱ コソトノホモヨロヲこれに続いて ガゴグゲギザゾズゼジ ダドヅデヂバボブベビ パポプペピ七十五声生みなして 果てしも知らぬ天地を造り給ひし大御祖 国治立の大神の左守の神と在れませる 其の霊主体従の霊高き高皇産霊の大御神 瑞の身魂の本津神神皇産霊の大神の 御息は凝りて天の原大海原を永遠に 搗き固めたる神の代と寄し給へる高天原の 神の祖の詔畏み仕へまつりつつ 常磐堅磐につき立てし撞の御柱左より い行きて廻りさむらへば照る日の影も明らかに 月の光もさやさやに輝き渡る青木原 大海原も諸共に清く治まる神の国 清く治まる神の国好哉えー神の国 あなにやしえー神の園』 と謡ひながら、撞の御柱を左より廻り始め給ひける。 このとき撞の御柱を右よりい行き廻りて、茲に二柱神は、双方より出会給ひ、国の御柱の神は、男神の美はしき、雄々しき御姿をながめ給ひて喜びに堪へず御歌を詠ませ給ひぬ。その御歌、 『久方の天津空より天降りまし黄金の橋のその上に 月と撞との二柱二神のつまに手をひかれ 天の浮橋度会の月雪花の神祭り 斎ひ治めて伊弉諾の神の命は畏くも 撞の御柱行き廻りめぐりめぐりて今ここに 嬉しき君に相生の千代万代も動きなく 松の神代の礎を築き固めたる宮柱 うつしき神代を五六七の世仁愛三会の鐘の音も 鳴り響きたる青木原御腹の胞衣は美はしく 生ひ立ち侍り天の下山川木草もろもろの 人を生みまし鳥獣昆虫魚に至るまで 天津御空の星の如生みふやします其の稜威 見れども飽かぬ御姿の清きは真澄の鏡かな 清きは真澄の鏡かも月日と光をあらそひて 月日の神と生れませる神の御霊やあなにやし 愛ー男や、愛ー男斯る芽出度き夫神の 天をば翔り地駆けり何処の果を求むとも 求め得ざらめあら尊天の御柱夫神の 雄々しき姿あなにやし愛ー男や、おとこやと 今日の祭りに嬉しくも善言美詞ほぎ奉る 七十五声鈴の音もすべて芽出度き天の原 皇御国と鳴り響く皇御国と鳴り響く 一二三四五六七八九十百千万の神嘉言 一二三四五六七八九十百千万の神嘉言 百代も千代も変らずに百代も千代も変らずに 汝と吾とは天地の鏡とならめ永遠に 神祖とならめ永遠に』 と祝し給ひて、淡島を生ませ給ひぬ。この淡島は少名彦神、国魂神として任けられたまひぬ。されどこの島は御子の数に入らず、少名彦神は野立彦神の御跡を慕ひて、幽界の探険に発足さるる事とはなりける。 (大正一一・一・二〇旧大正一〇・一二・二三外山豊二録) (第二一章昭和一〇・二・一〇於勝浦支部王仁校正)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 38 黄金の宮 第三八章黄金の宮〔二八八〕 高彦天使は、雲掴の改心の情現れしより、一同の霊縛を、一イ二ウ三ツと唱へながら解いた。一同は一時に身体の自由を得、涙を流して各々柄物を大地に投げ捨て、宣伝使の前に群がり来りて跪きその無礼を陳謝し、雲掴は涙片手に逐一その真相を語りける。 『当山は貴下の知らるる如く、古より国治立命の命によりて黄金の玉を祭り、玉守彦、玉守姫の二神が、宮司として之を保護し奉りて居りました。さうして神澄彦が八王神となりて、当山一帯の地を御守護遊ばされ、吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]は神政を管掌されつつあつたのでありましたが、八王神の神澄彦様は、大洪水の前に、宣伝使となつて、聖地ヱルサレムへ御出になり、それからは吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]の独舞台となつてをりました。然るにこの度、常世彦の御子なるウラル彦が、アーメニヤの聖地に神都を開かれ、宣伝使を諸方に派遣され、先年その宣伝使たる鬼掴と云ふ力の強き使が、当山にきたりて吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]と談判の末、つひに吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]は鬼掴に降伏し、アーメニヤの神都に帰順された。そこでいよいよアーメニヤの神都に、黄金の国魂を祭るべく、黄金の宮をアーメニヤに遷される事となり、やがてウラル彦は、数多の供人を引き伴れ、当山へその玉を受取りに御出になるので、吾々は吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]の厳命によりて、山道の開鑿に昼夜間断なく従事してをりました。しかるに尊き貴下の御出になり、有難き神様の教を聞かして頂きましてより、どうやら私らの心の中に潜める大蛇の悪霊も逃げ出したやうで実に天地開明の心持となり、今迄の吾々の慢心誤解を省みれば、実に耻かしくつて穴でもあらば這入りたいやうな気が致します』 と真心を面に現はして述べたてにける。宣伝使は打ち首肯き、 『汝の詐らざる告白によつて、総ての疑団は氷解した。それに就いても当山の守護神吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]は今何処に在るぞ』 との尋ねに、雲掴は、 『ハイ、この頃は黄金の宮の御神体をアーメニヤに遷す準備のために、昼夜断食の行を為して居られます。然るに肝腎の宮司なる玉守彦天使は、この御宮をアーメニヤに遷すことは、御神慮に適はないと云つて、大変に反対をされて居るさうであります。肝腎の御宮守が御承知なければ、如何に当山の守護職なる吾妻彦命[※校正本では「吾妻別命」]も、どうする事も出来ず、さりとて一旦ウラル彦に約束なされた以上は、これを履行せなくてはならず、万々一今となつて違背される様な事があるとすれば、当山はウラル彦のために焼き亡ぼされるは火を睹るより明かなりと云ふので、玉守彦天使様の御承知が行く様にと、一方に準備すると共に、一方は断食の行をせられて居るのであります。私は実は雲掴と申して、賤しき人夫の頭領を致してをりますが、実際は吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]の補佐の神司で、雲別と申す者であります。それゆえ当山の事ならば、何事も詳しく存じて居りますが、今日のところ吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]は実に板挟みとなりて、苦しみ悶えて居られます。誠に見るも御気の毒の至りであります』 と顔色を曇らせ、吐息を吐きつつ述べ立つる。 高彦天使は、雲別に向つて、 『御心配はいりませぬ、当山の禍を救ふは、唯天津祝詞と言霊の力と、宣伝歌の功徳のみであります。また黄金の宮は決してアーメニヤには遷りませぬ。これは黄金山に遷せば宜しい。黄金山には仁慈無限の神様が現はれて、立派な教を立てられて居りますから、一時もはやく之を黄金山に遷し奉り、高天原に坐します神伊邪那岐命の御神政御守護の御魂とすべきものであります。それゆゑ吾々は当山に宣伝使となつて参りしなり』 と、初めて自分の使命を物語りける。この高彦天使は、後に天照大御神様が岩戸隠れを遊ばした時、岩屋戸の前で天津祝詞を奏上し玉ひし天児屋根命の前身なり。 是より雲別の案内にて山頂に登り、吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]、玉守彦天使に面会し、三五教の教理や伊邪那岐の大神の御神徳を詳細に説き示し、つひに吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]は、伊邪那岐命に帰順し忠誠を擢ンでたりける。而して黄金の宮は、玉と共にヱルサレムの聖地に遷座さるる事となりにける。 (大正一一・一・二三旧大正一〇・一二・二六藤原勇造録)
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霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 42 途上の邂逅 第四二章途上の邂逅〔二九二〕 東や西に立つ雲の、雲路を分けて進みくる、三五教の宣伝使、黄金山を立ち出でて、久方彦のまたの御名、雲路別の天使は、夜を日に継いで遥々と、宣伝歌を謡ひながら、進み来たるは羅馬の都、心も清き元照別の守ります、伊太利亜さして進みける。 路傍の石に腰打ちかけ、空を眺めて行く雲の、変る姿を見るにつけ、変り果てたる吾身の姿、可憐しき妻子を振り捨てて、何処を宛とも長の旅、長き吐息を漏らす折柄に、 『この世を造りし神直日御魂も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過は宣り直せ』 と声も涼しく謡ひくる宣伝使ありけり。雲路別天使は耳を欹立て、その声を懐かしげに聞き入りぬ。 『天教山に現はれて撞の御柱廻り合ひ 天の御柱大御神国の御柱大御神 この世の闇を照らさむと思ひは胸に三つ栗の 中津御国を胞衣として国土造り神を生み 青人草や草や木や万の物に御恵みの 乳房を哺ませ永久に照らさせ給ふ三柱の 神の御稜威は天が下四方の国々三葉彦 神の御勅を畏みて三五教を開かむと 心筑紫の蓑笠や草鞋脚絆の扮装に 広道別と改めて神の教の道広く 塩の八百路の八塩路を渡り難みて白雲の 向伏す限り青雲の靉靆く極み雲路別 貴の御勅の宣伝使今は何処に漂らひの 旅を続かせ玉ふらむここは伊太利の国境 羅馬の都も近づけど元照別の神司 ウラルの神に服従うと聞きし日よりも村肝の 心の空は掻き曇る雨の繁しげ降る中を 広道別の今日の旅神と国との其ために 黄金山を立ち出でて歩みも慣れぬ長旅に 疲れ果てたる吾姿疲れ果てたる吾姿 空行く鳥を眺むれば各々家路に帰り行く 空飛ぶ鳥も繁りたる梢に宿を求めつつ 親子諸共睦び合ひ心も安く楽しまむ 頼み難きは人の世の明日をも知れぬ吾命 故郷に捨てし妻や子の心を思ひ廻らせば 進むも知らに退くも知られぬ国の暮の空 あゝさりながらさりながら神の恵に生ひ立てる 吾らは尊き神の御子神はわが父わが母ぞ 夕暮淋しき独身の旅にはあらで御恵の いとも厚けき大神の御魂と共に進むなる 尊き聖き宣伝使過ぎにしかたの罪咎を 直日に見直し聞き直し宣り直します埴安の 彦の命ぞ尊けれ彦の命ぞ尊けれ』 と謡ひながら黄昏の空を、とぼとぼと進みきたる。雲路別天使は広道別天使の姿を見て大に喜び、 『ヤア、広道別天使よ』 と声をかくれば、宣伝使は藪から棒のこの言葉に驚き、熟々眺むれば、雲路別の宣伝使なりき。二神司は茲に相携へて羅馬に入り、元照別天使を帰順せしめ、伊弉諾命の神政に奉仕せしめたりける。 広道別天使は、天照大御神、天の岩戸に隠れ給ひ、六合暗黒となりし時、岩戸の前に太玉串を捧げ、神慮を慰めたる太玉命の前身なり。 (大正一一・一・二三旧大正一〇・一二・二六加藤明子録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 26 貴の御児 第二六章貴の御児〔四五六〕 神の御稜威も弥高く、恵みも深き和田の原、抜き出て立てる不二の山、雲を摩したる九山八海の、神の集まる青木ケ原に、黄泉軍を言向けて、凱旋したる神伊弉諾大神は、上瀬は瀬速し、下瀬は瀬弱しと詔り玉ひ、初めて中瀬に降潜きて、美はしき身魂を滌ぎ、選り分け各々の司の神を定め給へり。 大国彦を八十禍津日神に命じ、美山別、国玉姫、広国別、広国姫をして、八十禍津日神の神業を分掌せしめ給ひ、次に淤縢山津見をして大禍津日神に任じ、志芸山津見、竹島彦、鷹取別、中依別をして、各その神業を分掌せしめ給ひぬ。大禍津日神は悪鬼邪霊を監督し或は誅伐を加ふる神となり、八十禍津日神も亦各地に分遣されて、小区域の禍津神を監督し、誅伐を加ふる神となりぬ。(詳しき事は言霊解を読めば解ります) 次に豊国姫を神直日神に任じ、月照彦神、足真彦神、少彦名神、弘子彦神をして其の神業を分担せしめ給ひ、国直姫をして大直日神に任じ、高照姫、真澄姫、純世姫、竜世姫、言霊姫をして其の神業を分掌せしめ給ふ。何れも皆霊的主宰の神に坐しける。 次に木の花姫神、日の出神をして、伊豆能売神に任じ給ひぬ。(言霊解を見る可し)総て神人の身魂は、其の霊能の活用如何に依りて優劣の差別あり。之を上中下の三段に大別され、猶も細別をすれば、正神界も邪神界も各百八十一の階級となる。邪神は常に正神を圧迫し誑惑し、邪道に陥れむと昼夜間断なく隙を窺ひつつあるものにして、第三段の身魂の垢を洗はむが為に、底津綿津見神、底筒之男神を任じ給ひ、第二段の身魂を洗ひ清むる為に、中津綿津見神、中筒之男神を任じ給ひ、第一段の身魂を洗ひ清むる為に、上津綿津見神、上筒之男神を任じ給へり。何れも瑞の御魂の活動にして、大和田原の汐となりて世界を還り、雨となり、雪となりて、物質界の穢れをも洗ひ清め生気を与ふる御職掌なり。 斯くの如く分掌の神を任け給ひ、いやはてに左の御眼を洗ひ給ひて、天照大御神を生ませ給ひ、太陽界の主宰となし給ふ。次に右の御眼を洗ひ給ひて、月読命を生み給ひ、太陰界の主宰となし給ひ、いやはてに陰陽の火水を放ち給ひて、豊国姫の身魂を神格化して神素盞嗚尊と名づけ、大海原の司に任じ給ふ。豊国姫命より神格化せる神素盞嗚尊の又の御名を本巻にては国大立命といふ。国大立命は四魂を分ちて、月照彦神、足真彦神、少彦名神、弘子彦神となり、現、神、幽の三界に跨りて神業に参加し給ひつつあることは前巻既に述べたる所なり。 (大正一一・二・二六旧一・三〇外山豊二録)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 30 言霊解四 第三〇章言霊解四〔四六〇〕 『次に水底に滌ぎ玉ふ時に成りませる神の御名は、底津綿津見神、次に底筒之男命、中に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、中津綿津見神、次に中筒之男命、水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、上津綿津見神、次に上筒之男命、此三柱の綿津見神は阿曇の連等が祖神ともち斎く神なり、故阿曇の連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金拆命の子孫なり。其底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命、三柱の神は墨江の三前の大神なり』 水底の言霊を一々解釈する時は、 ミは形体具足成就也。充実也。天真也。道の大本也。肉体玉也。 ナは万を兼統る也。水素の全体也。思兼神也。顕を以て幽を知る也。行き届き居る也。 ソは心の海也。金剛空也。臍也。⦿を包み居る也。無限清澄也。 コは天津誠の精髄也。全く要むる也。一切の真元と成る也。親の元素也。劣り負くる也。 要するに水底は、海の底とか河の底、池の底なぞで、水の集合したる場所である。水は総てのものを養ひ育て、生成の功を為し、且つ又一切の汚物と混交して少しも厭はず、万物の汚穢を洗滌し、以て清浄ならしむるものは水ばかりである。又水は低きに向つて流れ、凹所に集まり、方円の器に従ひ、以て利用厚生の活用を為すもので、宇宙間に於て最も重要なる神器であります。火の熱にあへば、蒸発して天に昇り、雲雨となりて地上一切を哺育す。斯の如き活用ある神霊を称へて、水の御魂と申上げるのである。 ミは形体具足成就して、一点の空隙なく、随所に充満し、天真の侭にして少しも争はず、生成化育の大本をなし、人身を養ひ育て、玉と成るの特性を保ち、ナは万物を統御し、有形を以て無形の神界を探知し、思兼の神となりて世を開き治め、上中下共に完全に行き届き、ソは精神の海となりて神智妙能を発揮し、臍下丹田よく整ひて事物に動ぜず、限りなく澄み切りて一片の野望なく、利己的の行動を為さず、⦿の尊厳を発揮し、コは天津誠の真理を顕彰して[※御校正本・愛世版では「ミは形体具足成就して(中略)万物を統御し(中略)精神の海となりて(中略)天津誠の真理を顕彰して」になっている。校定版・八幡版ではナ、ソ、コを付加して「ミは形体具足成就して(中略)ナは万物を統御し(中略)ソは精神の海となりて(中略)コは天津誠の真理を顕彰して」になっている。その方が意味が分かりやすいので、霊界物語ネットでもそのように直した。]親たるの位を惟神に保ち、生類一切の真元と成りて、全地球を要むるの神力霊能を具有するも、和光同塵、以て時の致るを待ちて、天にのぼる蛟竜の如く、時非なる時は努めて自己の霊能を隠伏し、劣者愚者弱者にも、譲りて下位に立ち、寸毫も心意に介せざる大真人の潜居せる低所を指して水底と云ふのであります。アヽ海よりも深く山よりも高き、水の御魂の一日も速く出現して、無明常暗の天地を洗滌し、以て天国極楽浄土の出現せむ事を待つ間の長き鶴の首、亀も所を得て水底より浮び上るの祥瑞を希求するの時代であります。 綿津見の神の言霊解 ワは輪にして筒の体である。紋理の起りである。親子である。世を知り初むる言霊である。物の起りにして人の起りである。締寄する言霊である。順々に世を保つ言霊である。子の世にして親の位を践む言霊であります。 タは対照力である。東は西に対し、南は北に対し、天は地に対し、生は死に対する如きを対照力と云ふのであります。 ツは大金剛力である。強く続き、実相真如、之をツと言ふのである。又応照応対力対偶力であり、産霊の大元であり、平均力の極であり、霊々神々赫々として間断なく、大造化の力にして、機臨の大元であり、速力の極であります。 ミは水であり、身であり、充ち満つるの意にして、惟神大道のミチであります。 以上の四言霊を以て思考する時は、実に無限の神力を具備し、円満充全にして、天下の妖邪神を一掃し、所在罪悪醜穢を洗滌し玉ふ威徳兼備の勇猛なる五六七の大神の御活動ある神である事が分明するのであります。 筒之男命 ツツノオの言霊は、大金剛力を具有し、以て正邪理非を決断し、水の元質を発揮して、一切の悪事を洗ひ清め、霊主体従日本魂の身魂に、復帰せしめ玉ふてふ神名であります。茲に底中上の神と命とが区別して載せられて在るのは、大に意味のある事である。古典は霊を称して神と言ひ、体を称して命と言ふ。神とは幽体、隠身、即ちカミであつて、命とは体異、体別、即ち身殊の意味である。後世の古学を研究するもの、無智蒙昧にして、古義を知らずに神と命を混用し、幽顕を同称するが故に、古典の真義は何時まで研究しても、分つて来ないのであります。又底とは最も下級の神界及び社会であり、中とは中流の神界及び社会であり、上とは上流の神界及び社会を指すのである。故に綿津見神は底中上の三段に分れて、神界の大革正を断行し玉ひ、筒之男命は、同じく三段に分れて、現社会の大革正を断行し玉ふ御神事であります。大本神諭に『神の世と人の世との立替立直しを致すぞよ』とあり、亦『神、仏儒人民なぞの身魂の建替建直しを致す時節が参りたから、艮の金神大国常立尊が、出口の神と現れて、天の御三体の大神の御命令通りに、大洗濯大掃除を致して、松の世五六七の結構な世にして上中下三段の身魂が揃うて、三千世界を神国に致すぞよ』と示されてあるのも、斯の三柱の神と、命との御活動に外ならぬのであります。 現代の如く世界の隅々まで面白からぬ思想が勃興し、人心は日に月に悪化し、暴動や爆弾騒ぎが相次いで起り天下は実に乱麻の如き状態である。斯かる醜めき穢き国になり果てたる以上は、どうしても禊身祓の大々的御神業が開始されなくては、到底人間の智力、学力、武力などで治めると云ふことは不可能であります。八十曲津神、大曲津神の征服は絶対無限の金剛力を具有し玉ふ神剣の発動、即ち神界の大祓行事に待たなくば、障子一枚侭ならぬ眼を有て居る如うな人間が何程焦慮して見た所で、百日の説法屁一つの力も現れないのである。是はどうしても神界の一大権威を以て大祓を遂行され、日本国体の崇高至厳を根本的に顕彰すべき時機であつて、実に古今一轍の神典の御遺訓の、絶対的神書なるに驚くのであります。 神界の権威なる、宇宙の大修祓は人間としては不可抗力である。由来天災地妖の如きは、人間の左右し得るもので無いと、現代の物質本能主義の学者や世俗は信じて居るが、併しその実際に於ては、天災地妖と人事とは、極めて密接の関係が有るのである。故に国家能く治平なる時は、天上地上倶に平穏無事にして、上下万民鼓腹撃壤の怡楽を享くるのは天理である。地上二十億の生民は、皆悉く御皇祖の神の御実体なる、大地に蕃殖するものであるが、この人間なるものは、地上を経営すべき本能を禀け得て生長するのである。然るに、万物の霊長とまで称ふる人間が吾の天職をも知らず、法則をも究めずして、日夜横暴無法なる醜行汚為を敢行しつつあるは、実に禽獣と何等択ぶ所は無いのである。全体宇宙は天之御中主神の御精霊体なる以上は、地上の生民等が横暴無法の行動によつて、精神界の順調も、亦乱れざるを得ない次第である。要するに天災地妖の原因結果は、所謂天に唾して自己の顔面に被るのと同一である。人間を始め動物や植物が、天賦の生命を保つ能はずして、夭死し或は病災病毒の為に、変死し枯朽する其の根本の原因は、要するに天則に違反し、矛盾せる国家経綸の結果にして、政弊腐敗の表徴である。現時の如く天下挙つて人生の天職を忘却し、天賦の衣食を争奪するが為に営々たるが如き、国家の経綸は実に矛盾背理の極である。皇国は世界を道義的に統一すべき、神明の国であつて、決して体主霊従的の経綸の如く、征服とか占領とかの、無法横暴を為す事を許さぬ神国である。皇典古事記の斯の御遺訓に由り奉りて、国政を革新し、以て皇道宣揚の基礎を確立し、以て皇祖天照大神の御神勅を仰ぎ、以て世界経綸の発展に着手すべきものなる事は、艮の金神国常立尊の終始一貫せる御神示であります。 (大正九・一・一五講演筆録谷村真友)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 31 言霊解五 第三一章言霊解五〔四六一〕 『墨江の三前の大神』 スミノエノミマヘの言霊を解説すると、 スは、真の中心也、本末を一轍に貫ぬく也、玉也、八咫に伸び極まる也、出入の息也、不至所無く不為所無き也、天球中の一切也、八極を統ぶる也、数の限り住む也、安息の色也、清澄也、自由自在也、素の侭也。 ミは、瑞也、満也、水也、体也。 ノは、助辞也。 エは、ヤ行のエにして心の結晶点也、集り来る也。胞衣也、悦び合ふ也、撰る也、大也。 ノは、助辞也。 ミは、三也、天地人の三也、太陰也、屈伸自在也、円也、人の住所也。 マは、一の位[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。ここを含め3ヶ所とも同じ(「一の位に当る也」「一の此世に出る也」「一の位を世に照し」)。校正本(三版を校正したもの。p280)では「一」にフリガナは無いが、校定版・愛世版では「いち」とフリガナが付いている。編者が数字の一だと勘違いしたのであろう。霊界物語ネットでは間違わないように「ア」とフリガナを付けた。]に当る也、一[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。041「一の位」の脚注参照。]の此世に出る也、全備也、円也、人の住所也。 ヘは、⦿の堅庭也、動き進む義也、部也、辺也、高天原の内に⦿を見る也。 以上の言霊を総括する時は、明皎々たる八咫の神鏡の如く澄極まり、顕幽を透徹し、真中真心の位に坐し、至らざる所無く、為さざる所無く、清き泉となり、一切の本末を明かにし現体を完全に治め、万物発育の本源となり、以て邪を退け正を撰み用ゐ、温厚円満にして月神の如く、各自の天賦を顕彰し、身魂の位を明かにし、一の位[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。041「一の位」の脚注参照。]を世に照し活動自在にして、地の高天原に八百万の神を集へ、以て⦿を守る三柱の大神と曰ふ事である。故に三柱の大神の御活動ある時は、風水火の大三災も無く、飢病戦の小三災も跡を絶ち、天祥地瑞重ねて来り、所謂松の世五六七の世、天国浄土を地上に現出して、終に天照大神、月読命、須佐之男命の三柱の貴の御子生れ給ひ、日、地、月各自其位に立ちて、全大宇宙を平けく安らけく治め給ふに至るのであります。故に神の御子と生れ天地経綸の司宰者として生れ出でたる人間は、一日も早く片時も速に、各自に身魂を研き清め、以て神人合一の境地に入り、宇内大禊祓の御神業に奉仕せなくては、人間と生れた効能が無く成るのであります。 宇都志日金拆命 宇都志日金拆命は、綿津見神の御子であつて、阿曇の連は其の子孫である。宇都志日金拆命の名義を言霊に照して解釈すると、 ウは、三世を了達するなり、艮の活動也。 ツは、大造化の極力也。平均力也、五六七の活動也。 シは、世の現在也、基也、台也、竜神の活動也。 ヒは、顕幽悉く貫徹する也、本末一貫也、太陽神活動の本元也。 カは、光り輝く也、弘り極まる也、禁闕要の大神、思兼神の活動也。 ナは、智能完備也、万物を兼結ぶ也、直霊主の活動也。 サは、水質也、水の精也、昇り極まる也、瑞の神霊の活動也。 クは、明暗の焼点也、成り付く言霊也、国常立の活動也。 以上の言霊活用に依り、命の御名義を総括する時は、知識明達にして大造化の極力を発揮し、天下の不安不穏を平定し、理想世界を樹立するの基礎となり、鎮台となりて、顕幽を悉皆達観し、一大真理に貫徹して一切事物の本末を糺明し、邪を破り正を顕はし無限絶対無始無終の神明の光徳を宇内に輝かし、皇徳を八紘に弘めて止まず、智能具足してよく万物を兼ね結び合せ国に戦乱なく疾病なく飢饉なく、暴風なく、洪水の氾濫する事なく、大火の災なく、万物を洗ひ清めて、瑞の御霊の心性を発揮し、明暗正邪の焼点に立ちて、能く之を裁断し、以て天国浄土を建設するの活用を具備し成就し給ふ御活動の命と曰ふ事である。即ち宇宙一切は、綿津見神の活動出現に依りて、艮の金神、五六七の大神、竜宮の姫神、太陽神の活動、禁闕要の大神、思兼神、直霊主、稚姫神、月読神、大国常立神等の出現活動に拠りて、万有一切は修理固成され清浄無垢の世界と成りて、終に三貴神を生み給ふ、原動力の位置に在る神と曰ふ意義であります。 阿曇の連 アヅミノムラジの名義は、天之御中主神の霊徳顕はれ出でて、至治泰平の大本源となり、初頭となり、大母公の仁徳を拡充し、大金剛力を発揮して、大造化の真元たる神霊威力を顕彰し、純一実相にして、無色透明天性その侭の位を定め、万民を愛護して、月の本能を実現する真人と曰ふことが、アヅミの活用である。 ムラジは、億兆を悉く強国不動に結び成して、凡ての暴逆無道を押し鎮め、本末能く親和して、産霊の大道たる惟神の教を克く遵守し、万民を能く統轄して、国家を富強ならしめ、一朝事あるときは、天津誠の神理を以て、神明鬼神を号令し、使役する神の御柱を称して、アヅミのムラジと謂ふのであります。アヽ伊邪那岐大神の心つくしの宇宙の大修祓の神功無くして、如何で神人の安息するを得むや。実に現代は大神の美曽岐の大神事の、大々的必要の時機に迫れる事を確信すると共に、国祖国常立尊、国直日主命、稚姫君命の神剣の御発動を期待し奉る次第であります。(完) 瑞の神歌 霊幸ふ神の心を高山の 雲霧分けて照せたきもの 日の光り昔も今も変らねど 東の空にかかる黒雲 この度の神の気吹の無かりせば 四方の雲霧誰か払はむ 葦原に生ひ繁りたる仇草を 薙払ふべき時は来にけり 霊主体従の教を四方に播磨潟 磯吹く風に世は清まらむ (大正九・一・一五講演筆録外山豊二)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 余白歌 余白歌 千早振る神の大道に尽す身は一入曲の猛び忌々しき〈総説歌〉 思ひきや御国の為に尽す身をあしざまに云ふ醜のたぶれら〈総説歌〉 大神の御霊の宿る肉の宮に曲津の神の巣ぐふべしやは〈総説歌〉 かむながらたふとき道を歩む身は高天原に清処を持つなり〈総説歌〉 生死の境を越えし神人は如何なる禍も恐れざるなり〈総説歌〉 曲神の伊猛り狂ふ闇の世は狐狸も天狗も白日を行く〈第2章(三版)〉 しるべすと宣らせたまひし其日より東の空を仰ぎ暮しつ〈第4章〉 乱れたる世を糺さむと吾はいま国のことごと人を求ぎつつ〈第4章(校正)〉 肝向ふ心の門を打明けて天地の神々迎へ奉らな〈第5章(三版)〉 久方の天の橋立高けれど君とのぼれば峻しくもあらず〈第7章〉 東なる伊都のたよりを菊の香の君待ちがてに世を思ふかな〈第8章〉 欲に目の無き国人の魂を神国に生かせ麻柱の教〈第10章(三版)〉 三五の神の教に黄泉国の曲は影をば地上に没せり〈第12章(三版)〉 足曳の山も動かす信仰の力に進むロツキーの山〈第12章(三版)〉 常夜往く闇を照らして神国の人生かさむと朝夕いそしむ〈第13章(三版)〉 言霊の誠をつくしの島ケ根に生かし照らさむ惟神吾は〈第17章(三版)〉 思ひきや常世神王ならずして頭を笠に威張れる笠取〈第19章(三版)〉 立花の小戸のあはぎが原と鳴るア声は君が御稜威なりけり〈第20章〉 瑞々し雲井の空に望の夜の月のみひとり光りさやけき〈第20章〉 桃の実の三柱女神は大神ゆ意富加牟豆美と名を貰ひける〈第21章(三版)〉 神軍を引率したる一つ炬は日の出の神の御稜威なりけり〈第21章(三版)〉 夜の国知召します素盞烏の神は世人の助け神なり〈第28章〉 豊国姫神格化して神素盞烏の神一名国大立の命と謂す〈第28章(三版)〉 千早振る神の大道を余所にして我日本の治まるべきやは〈第28章(三版)〉 言霊の天照国に生れあひていかで濁さむ清き霊魂を〈第30章(三版)〉 日の本の神守る国を汚しゆく曲神忌々し斬り放りてむ〈第32章(再版)〉 人々の心に澄める月影を隠すは欲と罪の雲なり〈第32章〉 曲神の醜のすさびに滅び行く人救はむと大道を宣る〈第33章(三版)〉 今の世に処して御国を泰山の安きにおかむは惟神の大道〈第33章(再版)〉 この道のもし我国に亡びなばこの地の上の国は乱れむ〈第33章(再版)〉 人道も政治も不安の現代は神の教に救ふのみなる〈(再版)〉 上中下三層階級おしなべて不安に充つるも神知らぬ国〈第34章〉 日の本の真の神を斎かずば世は何時までも安からざるべし〈第37章(再版)〉 魔の川も世を麻柱の神徳に安く渡りぬ神のまにまに〈第37章(三版)〉 日に月に我が日の本に迫り来る邪神忌々しも迷へる国人〈附録(再版)〉 吾々は秩序不安におびえ居る同胞のため道を開かむ〈附録(再版)〉 神代より栄え果はてなき神国を常久に守らへ大本信徒〈巻末(再版)〉 人の祖そのおやおやを尋ぬれば伊弉諾の神伊弉冊の神〈巻末(再版)〉 日の本に生れしもののその祖は諾冊二尊が基礎にぞありける〈巻末〉 (「校正」は昭和十年三月、王仁三郎が校正した時に挿入したもの。)[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 15 大気津姫の段(一) 第一五章大気津姫の段(一)〔四八二〕 『於是、八百万の神共に議りて、速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、神追ひに追ひき』 爰に天照大神と速須佐之男命の天の真奈井の誓約によりて、清明無垢の素尊の御魂、三女神が現はれ玉ひしより、素尊部下の諸神等の不平勃発し、終に天の岩戸の大事変を湧起せしめ、一時は天津神国も、葦原の中津国も常暗の世となり、次で八百万の神等が天の安河原の神集ひに集ひて、神議りに議り玉ひ、結局大海原の主神たりし速須佐之男命に千位の置戸を負はせ、亦鬚を切り、手足の爪をも抜かしめて、天上より神追ひに追ひ玉ふの止むを得ざるに立到つたのであります。 『千位の置戸を負はせて』と云ふ意義は、一天万乗の位で、群臣、百僚、百官の上に立つ高御座を負はせ即ち放棄させてと云ふ事であります。父伊邪那岐大神より、大海原なる大地球の統治権を附与されて、天下に君臨し玉ふべき素尊でありますけれ共、高天原に於ける天の岩戸の変の大責任を負ひて、衆議の結果千万の神の上に立つ千位の置戸を捨て玉ふに致つたのであります。凡て万神万有の一切の罪科を一身に負担して、自ら罪人となつて、天地の神明へ潔白なる心性を表示されたのであります。斯の温順善美なる命の御精霊を称して瑞の御魂と謂ふのである。基督が十字架に釘付けられて万民の罪を贖ふと云ふのも、要するに千位の置戸を負うたと同じ意味であります。世界一切の万類を救う為に身を犠牲に供する事は、即ち千位の置戸を負ふのである。現今の如く罪穢に充ち、腐敗の極に達せる地上も亦、至仁至愛なる瑞の御魂の神の贖罪ある為に、大難も小難と成り、小難も消失するのである。アヽ一日も早く、片時も速かに、天下国家の為に犠牲となる可き、瑞の御魂の守護ある真人の各所に出現して、既に倒壊せむとする世界の現状を救済せむことを希望して止まぬ次第である。 『亦鬚を切り』と云ふ意義は、 ヒは、霊であり、日の御子の朝に仕へて政治を照す言霊であり、 ゲは実名職掌である。 即ち自分が官吏ならば官職を辞し、会社の重役を辞すと云ふ事を、ヒゲを抜くと云ふのである。俗に何も知らずに高い処へ止まつてエラサウに吐すと、鬚を抜いてやらうかなぞと言ふのも、不信任を表白した言葉である。高位高官の人や、大会社の重役や、大教育家なぞが大本の教義でなくては天下国家を救ふ事が出来ない事を心底より承認し乍ら、未だ充分の決心がつかずして現在の地位に恋々として、自己の名利栄達にのみ腐心して、大本の教を人眼を忍んで遠くより研究し、世人に知られる事を憚つて居る如うな立派な人士が沢山に在るが、斯の如き人は至忠思君思国の日本魂を振起して、公然大本の信者と名乗り、現代の高い位地なり、名望を眼中に置かず、止むを得ざれば現位地を擲つて、天下国家の為に、大本の主義を天下に実行する様になつた時が、所謂鬚を切つて、真個神明と大君と社会とに奉仕の出来る時であります。 『手足の爪まで抜かしめて、神追ひに追ひ玉ひき』と云ふ意義は、 手足の爪とは私有財産の事である。手の爪は現代の所謂動産物で足の爪は不動産物である。要するに一切の地位を擲ち、一切の財産を顧みず、物質的欲望を捨てて神明の道を天下に宣伝する事が、神追ひに追ひきと云ふ事になるのである。従来の俗界を離れて、至聖、至美、至直なる大神の道に仕へ奉る事を神やらひと謂ふのである。 ヤラヒの言霊を調べる時は、 ヤは天地自然の大道に帰り、世界の親たる覚悟を以て万民を教へ導き、八方の事物を明かに指示する事である。 ラは、俗より真に反りて、従来の体主霊従的行動を翻然として改め、無量寿にして生死の外に超然として産霊の大道を実行し、霊系高皇産霊神の神業を翼賛し、極乎として間断なく惟神の大道を天下に宣伝し、実行して、寸暇無き神業奉仕者となる事である。 ヒは、天理人道を明かにし、神妙不可測の神機に透徹し、過去、現在、未来を明かに了知し、達観し、天地経綸の大司宰者たる人の本能霊徳を顕はし、以て⦿の根底を結び護り、無上の尊厳を保つ事である。 故に神追ひは、神様を追放したり、退去させたりすると云ふ意義では無い。追の漢字と退の漢字の区別ある事を能く反省すべきである。この点は古事記撰録者の最も意を用ゐたる点にして、実に其の親切と周到なる注意とは感謝すべき事であります。 『神追ひ』と云ふ事を大本に写して見る時は、第一に各役員の如きは、総て鬚を切り手足の爪まで抜きて大本へ神追ひに追はれ玉うた人々であります。併し乍ら現今の社会の総てが右諸子の如くに神追ひに追はれ、且又鬚を切り手足の爪まで抜かしめられては却つて天下の政治を乱し、産業の発達を阻止し、国力を弱める事になりますから、神様は神業に直接奉仕すべき身魂の因縁ある真人のみに綱を掛けて、大本に御引寄せに成つたのであります。故に身魂に因縁の無い人々は、最初から何程熱心に神業に奉仕せむとしても、神様から御使ひに成らぬから、何等かの機会に不平を起して脱退せなくてはならぬ様な破目に陥り、終には某々氏等の如く犬糞的に悪胴を据ゑて、一生懸命に大本の攻撃を始める様に成るのであります。亦深い因縁の有る人士で、鬚を切り兼ね、手足の爪を抜き兼ねて、遠くから奉仕されて居る人々もまだまだ沢山にあります。大本の神業に直接奉仕する真人と、又間接に神業に奉仕されて居る人士とがあります。是は鬚を切ると切らないとの差異でありますが、因縁ある人士は勇猛果断一日も早く、神業に直接参加せられたいものであります。さうで無ければ天下に跳梁跋扈せる八岐の大蛇を亡ぼし、天の下を至治泰平ならしむる神業を完全に遂行する事が出来ないのであります。世の中には小官小吏が鬚計り蓄へて尊大振り真意も了解出来ぬ癖に、鰌や鯰の如うな貧乏鬚を揉みながら、大本は淫祠だの邪教だのと、大きな口を開けて泥を吹き、田螺や蛙を脅かして、大本へ入信せむとする可憐な純良な同胞の精神を濁さむとして居るのが沢山ある。亦世の中には、手足の爪を抜くどころか、爪の先に火を点して利己主義一遍の人物があつて日に夜に爪を研ぎすまし、鷹が雀を狙ふ様に、我れよしに浮身をやつして居る厄介な現代である。亦現代の如き詰込み主義の教育法は常に精神の自由を束縛し、自然の良智良能の発達を妨害して居るのであるから、床の間の飾物に成る鉢植の面白い珍木は出来るが、家の柱となる良材は到底出来るものでない。天才教育を閑却し無理無態に枝を伐つたり曲げたり、細い銅線で縛り付けたり、突介棒をかうたり、葉を断つたり、捻つたり、四方八方へ曲げまはして、小さい樹を拵へて、高価に売り付ける植木商と同じ教育の行り方であるから、到底碌な人材は産れ出づるものでない。一日も早くこの爪を抜き除つて了はねば、帝国の前途は実に風前の灯火であります。現代は個人有つて国家あるを忘れ、自党ありて他党あるを忘れて居る。他党と雖も亦国家社会の一部で、同じく是れ人間の儔侶たるものであるが、全く之を知らざるが如き状況である。故に朋党内に相鬩ぎ、外環境の虎視耽々[※一般的には虎視「眈々」と書くが「耽々」でも意味は似ているのでこのままにしておく。]として間隙に乗ぜむとするの危きに備ふるの道を知らず、実に国家の前途を憂へざらむとするも能はざる次第である。アヽ今の時に於て大偉人の出現し、以て国家国民の惨状を救ふもの無くんば帝国の前途は実に暗澹たりと謂ふべきである。世には絶対の平等も無ければ、亦絶対の差別も無い、平等の中に差別あり、差別の中に平等があるのである。蒼々として高きは天である。茫々として広きは地である。斯の如くにして既に上下あり、何人か炭を白しと言ひ雪を黒しと言ふものがあらう乎。政治家も、宗教家も、教育家も此時此際、差別的平等なる天理天則を覚知し、以て天下万民の為に、汝の蓄ふる高慢なる城壁を除き、以て其大切に思ふ処の鬚を切れ。其の暴力に用ゆる手足の爪を抜き去り、以て不惜身命、天下の為に意義ある真の生活に入れ。斯の如くにして始めて、御国を永遠に保全し、祖先の遺風を顕彰し、以て神国神民の天職を全うする事が出来るのである。 『又食物を大気津比売の神に乞ひたまひき』 食物の言霊返しは、イである。イは命であり、出づる息である。即ち生命の元となるのが食物である。またクイ物のクイはキと約る。衣服も亦、キモノと云ふのである。キは生なり、草也、気なりの活用あり。故に衣と食とは、生命を保持する上に最も必要なものである。故に人はオシ物のイとクイ物のキとに因つて、イキて居るのである。又人の住居をイヘと云ふ。イヘの霊返しは、エとなる。エは即ち餌であり、胞である。要するに、衣食住の三種を総称して、食物と云ひ、エと云ひケと言ふのであります。 大気津姫といふ言霊は、要するに、物質文明の極点に達したる為、天下挙つて美衣美食し大廈高楼に安臥して所在贅沢を尽し、体主霊従の頂上に達したる事を、大気津姫と云ふのであります。糧食[※「りやうしよく」の霊返しは「ケ」にはならない。RyousyokUで「ル」になる。校定版・八幡版では「糧食」の直後に括弧書きで「(かて)」という言葉を挿入しているが、KatEなら「ケ」になる。その次の「被衣(かぶと)」(「かづき」とも読む)の霊返しも「ケ」にはならず、KabutOなので「コ」である。「家居(かくれ)」はKakurEで「ケ」になる。]の霊返しは、ケとなり、被衣の霊返しはケと成り、家居の霊返しは亦ケとなる。故に衣食住の大に発達し、且つ非常なる驕奢に、世界中が揃うてなつて来たことを大気津姫と云ふのであります。 『乞ひ玉ひき』と云ふのは、コは細やかの言霊、ヒは明かの言霊である。要するに、素盞嗚尊は八百万の神に対して、正衣正食し、清居すべき道を、お諭しになつたのを『乞ひ玉ひき』と、言霊学上謂ふのであつて、決して乞食非人が食物を哀求する様な意味では無いのであります。 『爾に大気津比売、鼻、口及尻より、種々の味物を取出で、種々作り具へて進る』 鼻と云ふ事は、華やかなるの意義であつて、立派な高価な衣服のことである。口と云ふ事は食餌を意味する。尻と云ふ事は、尻を落着けて起臥する、家居を意味するのである。『種々の味物』とは、色々な臭気紛々たる獣肉や虫類の事である。亦『種々作り具へて進る』と云ふ事は、獣類の毛皮を被たり、骨を櫛や笄[※髪をとめるかんざしのこと]や、其他の道具に愛用したり、鳥や虫の毛や皮で、日用品を造つたり、人間の住居する家の中に便所を造つたり、天則を破つて人の住居を作るに檜材を用ゐたり、屋根を葺くにも檜皮で、恰も神社の如うに、分に過ぎた事を為したりする事を、種々作り具へて進ると云ふのである。奉ると云ふのは、下から上位の方へ上ることであるが、此の御本文の進ると云ふ意味は、進歩すると云ふことである。要するに物質文明の発達進歩せる結果、国風に合致せざる、衣食住の進歩せる悪風潮を指して、クサグサ進ると云ふのであります。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 20 醜の窟 第二〇章醜の窟〔四八七〕 梅ケ香姫は立上り、 梅ケ香姫『四方の山野を見渡せば雪の衣に包まれて 見るも清けき銀世界世界の曲や塵芥 蔽ひかくしてしらじらと表面の光る今の世は 何処も彼処もゆき詰る青きは海の浪ばかり 青木ケ原に現れませる神伊邪諾の大神や 木花姫の御教を照し行くなる宣伝使 乗りの友船人多く皆口々に囁きの 言の葉風に煽られて心も曇る胸の闇 闇夜を照す朝日子の日の出神の命もて 曲津の猛ぶコーカスの大気津姫のあれませる 雪積む山に向ひたる竹野の姫は如何にして 岩窟の中に捕はれし嗚呼我々は千早振 神の光を身に受けて黒白も分ぬ岩窟の 憂に曇る姉の君救ひまつらで置くべきか コーカス山の山颪何かあらむや神の道 踏み分け進む我一行時は来れり時は今 天の窟戸押し分けてコーカス山に集まれる 百の魔神を言向けむ言向和す皇神の 広き心の神直日恵の露も大直日 曲の身魂をスクスクに直日に見直し聞直し 宣り直させん宣伝使千変万化の神界の 神の御業を畏みて言霊清き琵琶の湖 渡りて進む五人連心竹野の姫の神 神を力に神嘉言讃美へて待てよ今暫し 暫し隠るる星影も雲たち退けば花の空 月は盈つとも虧くるとも虧けてはならぬ姉妹の 月雪花の桃の実は意富加牟豆美と顕はれて 黄泉戦に勲を建てたる如く今一度 天照神の御前に岩戸開きの神業を つかへまつらむそれ迄は虎狼や獅子熊の 醜の刃をかい潜り清き命を保つべく 守らせ玉へ金の神神須佐之男大御神 国治立の大御神三五教を守ります 百の神達八十の神松竹梅の行末を 厚く守れよ克く守れ下国民の血を絞り 膏を抜きて唯一人奢りを尽す大気津姫の 神の命と現はれしウラルの姫に附き纏ふ 八岐大蛇や醜狐醜の鬼神八十曲津 神の御息に悉く服ろへまつる今や時 アヽ時さまよ八さまよ牛馬鹿虎鴨さまよ 勇み進んでコーカスの山吹きまくる醜の風 皆一息に吹き払ひ祓ひ清むる神の国 神と国との御為に力を合せ身を尽し 鑿や鉋をふり捨てて神の道のみ歩みつつ 神の御魂の惟神霊の幸を受けよかし 進めよ進めいざ進め進めよ進めいざ進め』 と歌ひ了りぬ。 時公『八さま鴨さまどうだ。最前から随分噪いで居た大工さまの牛、馬、鹿、虎の四つ足、オツトドツコイ四人さまは、どうやら時さまの宣伝歌で帰順したらしいぞ。これも時の力と云ふものだ。貴様はいつも俺を、時々脱線する男だから時さまだナンテ、冷かしよつたがどうだ、時々功名を現はすたふとき尊とき時さまだぞ』 八公『何を偉さうに時めきやがる。たふときも尊ときも同じ事ちやないか。貴様クス野ケ原で梅ケ香姫のお洒落にかかつた時と、一つ目小僧に出逢つた時の状態は何だい。知らぬかと思つて法螺を吹いても、チヤンと此八さんは天眼通力で調べてあるのだ。八耳の八さまと云へば俺の事だ。この八さまにはどんな奴でも尾を捲くのだぞ』 時公『八はやつだが、負惜みの強い奴、悪い奴、法螺を吹く奴、困つた奴』 八公『コラコラ時さま、そらまだ八だない四つだ、八が四ツより無いぢやないか』 時公『八つ、四つと貴様の身魂が四つ足だからそれで合して八ツになるのだ。分らぬ奴だなア』 鴨公『アハヽヽヽ、コイツ気味が良い。胸がスツとした。何でもかでも、八かましうする奴だから、村の者が愛想を尽かして、厄介者扱ひにしとる位だから、コイツ余程酷い奴だ』 牛公『オイ、八さま、ギユウ牛云はされて居るな』 馬公『馬鹿野郎、状態見やがれ』 鹿公『シカられ通しにして居やがる』 虎公『トラれてばつかり居やがる、揚げ足と油を』 時公『時にとつての御愛嬌だ』 かく雑談に耽る折しも船は岸に着いた。船客一同は船を見捨てて思ひ思ひに雪の道を進み行く。松代姫の一行五人に牛、馬、鹿、虎を加へて九人連れ、宣伝歌を歌ひ乍らコーカス山目蒐け、人の往来の足跡をたよりに、谷間を指して進み行くのであつた。 満山一面の大雪にて、彼方の谷にも此方の谷にも雪の重さにポンポンと樹木の折れる音頻々と聞えて居る。 鴨公『ヤア、モーそろそろ日が暮る時分だ。そこら一面雪で明くなりやがつて、昼だと思つて居る間に、夜になつて仕舞ふのは雪の道だ。何処ぞこの辺に猪小屋でもあつたら一服して、都合がよければ一泊やらうかい』 八公『さうだ、俺も最前から宿屋を探して居るのだが、是から一里許り奥へ行けば、何百軒とも知れぬ、立派な家が建つて居るのだから、そこ迄無理に行く事にしよう』 時公『ヤア、待て待て、其処まで行つたら最早敵の縄張りだ。それ迄に一夜を明し、草臥を休めて、明日の元気を養ふのだ』 牛公『私は何時もこの辺を往来する者です。山の勝手は能く知つて居ますが、此谷は少しく右へ下りると岩窟がある。其処で一夜を明す事にしませうか』 時公『どうです松代姫さま』 松代姫『ハイ、宜敷からう、今晩は久し振で岩窟に逗留さして貰ひませうか』 と衆議一決して、牛公の案内につれ、小さい谷を目あてに進み行く。牛公の云つた通り二三十人は気楽に寝られる、立派な岩窟があつた。ここに一行は蓑を敷き、携へ持てる無花果を食つて、逗留する事になつた。 梅ケ香姫『アヽ都合のよい岩窟ですなア。此岩窟を見るにつけ、想ひ出すのは姉様の事、姉様が押し込められて居る岩窟と云つたら、こンなものでせうか』 牛公『滅相もない。コンナ結構な処ですか、この山奥には七穴と云つて、七ツの岩穴がある。さうしてその穴の中は、こンな平坦な座敷の様な処ぢやない。私も一ぺん這入つて見た事があるが、穴の中は真暗がりで、底が深くて、なんでも竜宮迄続いて居ると云ふ事で、あんな処へ入れられようものなら、ゆつくり腰を掛る事も出来やしない。両方が岩壁になつて居る。そこへ岩の尖に足を掛けて、細い穴を股を拡げて踏ン張るのだ。一寸居眠りでもしたが最後、底なき穴へ落込んで仕舞ふのだ』 時公『そんな穴が七つもあるのか』 牛公『さうです。此間も何ンでも淤縢山津見とか云ふ強い奴が出て来て、大気津姫を帰順さすとか云つて登つて来たところ、大勢の者が寄つてたかつて攻めかけたら、奴さま其穴の中へ隠れよつた。そこで大勢の者が寄つてたかつて岩蓋をピシヤーンとしめて、外から鍵を掛けた。それつきり百日許りになるのに何の音沙汰も無い。大方穴の底へ落つこつて死んで仕舞つたやらうとの噂だ。それから暫くすると、背のスラリと高い竹野姫とか云ふ小ン便使が、小ン便歌を歌つてやつて来た。そいつは日が暮て泊るところがないものだから、自分から穴の中へコソコソとはいつて行きよつた。馬鹿な奴もありや有るもんだなア』 馬公『オイオイ、さう口穢く云ふな。御姉妹が居られるぞ』 牛公『アヽさうだつたなア。その竹野姫と云ふ小ン便使様が、雪が降つてお困りと見えて、穴の中へコツソリとお這入遊ばした。さうすると大気津姫様の手下の悪神様が、「サア御出なさつた」と待ち構へて居らつしやつて、外からピシヤリと戸を御しめ遊ばした。竹野姫さまは中から金切声を立ててキヤーキヤー御ぬかし遊ばした。外からは悪神様が「サア斯うなつたら百年目だ、底無き穴へ落つこちて、クタバリ遊ばすか、飢ゑて御死に遊ばすか、二つに一つだ。是で吾々の御心配もとれて、マアマア御安心だ」と仰有つて………』 馬公『コラコラ、叮嚀に云ふもよいが、余り叮嚀過ぎるぢやないか。竹野姫様の事を御叮嚀に御話してもよいが、悪神の方は好い加減に区別せぬかい』 牛公『そンな融通の利く位ならカチ割り大工をやつたり、ウラル教の目付役をしとるものかい』 時公『牛さん随分現金な男だなア』 牛公『長い物には捲かれ、強いものには従ひ、甘い汁は吸へ、苦い汁は擲かせと云ふ世の中、人間は時世時節に従ふのが徳だからなア』 時公『お前等は今初めて聞いたが、ウラル教の目付役だと云つたね』 牛公『イーエ、ソラ違ひます。ホンの一寸口が滑つたのでモー牛上ました』 時公『イヤ、さうだなからう』 牛公『左様々々、さうだなからう』 松代姫『皆さま、モウ寝ませうか、サア、是から神言を奏上して、宣伝歌を一同揃つて上げませう』 時公『それは宜敷からう。併し今日は私に考へがありますから、籤引をして一に当つた者から、発声する事にさして下さい』 松代姫『時さまの御随意に……』 時公『サアサア、これから籤引だ。御婦人方は免除だ。男七人が籤引だ。一番長い奴を引いた者が発声するのだ』 と云ひながら草蓑の端を千切つて長短をこしらへ、 時公『サア、引いたり引いたり』 と六人の前へ突き出した。六人は争つて是を引いた。 時公『ヤア、牛公が一番長いのを引いたぞ。サア牛公、お前から宣伝歌の発声だ。アレ丈け船の中でも教へてあるなり、途々聞かしてあるから云へるだらう』 牛公『ハイハイ、確に云へます。一遍聞いたら忘れぬと云ふ地獄耳だから、何でもかでも皆覚えて居る。ソンナラ皆様今日は私が導師だ。後から附いて来るのだよ』 と云ひ乍ら牛公は宣伝歌を歌ひ始めた。 牛公『神が表に現はれて膳と茶碗を立て別ける この世で甘いは燗酒ぢや心持よき大御酒ぢや 唯何事も人の世は酒と女が一ツちよい 呑めよ騒げや一寸先や闇よ闇の後には月が出る』 一同『アハヽヽヽヽ』 鴨公『コラ牛公、貴様は矢張ウラル教だ。一寸先や闇だなんて吐きやがつて、宣り直せ。膳と椀とを立て分けるとは何だ。法螺事ばつかり云ひやがつて』 牛公『定つた事よ、大気津姫の家来だもの、食ふ事と、呑む事と、着る事より外には何もないのだ。その癖食つたり呑んだりする口から出るのだもの、食ふ事や飲む事を云ふのは当り前だ。サア、鴨とやら、もう一口云ふなら云つて見い。徳利の口ぢや、一口にやられるぞ。土瓶の口ぢや、二口と云ふなら云つて見い』 時公『エー、仕様のない奴だ。こんな処で洒落どころか、仕様がない、発起人の俺が導師になつて、宣伝歌を唱へるから、お前達や随いて来るのだ』 と云ひつつ宣伝歌を歌ひ始めた。一同は其あとに随いて歌つて居る。この時幾百人とも知れぬ足音が岩窟の外に聞えて来た。牛公は岩戸の隙間より一寸覗いて、 牛公『ヤア、御出た、御出た、是れ丈味方があれば何程時公が強うても大丈夫だ』 と口走つた。時公は、 時公『これは大変』 と牛公に当て身を喰はした。牛はウンとその場で倒れた。足音は次第々々に遠ざかり行くのであつた。 (大正一一・三・三旧二・五岩田久太郎録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 24 顕国宮 第二四章顕国宮〔四九一〕 春霞棚引き初めてコーカスの、山の尾の上や百の谷、大峡小峡の樹々の枝、黄紅白紫色々と、咲き乱れたる顕国、霊の御舎雲表に、千木高知りて聳え立ち、黄金の甍三つ巴、輝く旭日に反射して、遠き近きに照り渡る、神須佐之男の大神は、宮の主と現れまして、堅磐常盤に鎮まりて、大海原に漂へる、秋津島根を心安の、美しき神世に開かむと、瑞の御霊の三葉彦、神の教を広道別[※御校正本・愛世版では「広国別」だが、校定版・八幡版では「広道別」に修正している。太玉命と名を変へたのは広道別であり、広国別は別人である。したがって霊界物語ネットでも広道別に修正した。]の、三五教の宣伝使、太玉の命と名を変へて、栄え芽出度き松代姫、妹背の道を結ばせつ、天津御神や国津神、八百万在す神等に、太玉串を奉る、卜部の神と任け給ひ、顕国玉の宮の司となし給ふ。青雲別の其御稜威、高彦神の宣伝使、天の児屋根と改めて、天津祝詞の神嘉言、詔る言霊の守護神、顕国玉大宮の、祝の神と任け給ひ、梅ケ香姫と妹と背の、契を結ばせ給ひけり。白雲別の宣伝使、教を開き北光の、神の司の又の御名、天の目一つ神司、竹野の姫を娶はして、アルプス山に遣はしつ、石凝姥と諸共に、鏡、剣を鍛はしめ、国の御柱樹て給ふ、神縁微妙の神業を、四方の神達人草の、夢にも知らぬ久方の彦の命の雲道別、名も大歳の神司、五穀の食を葦原の、四方の国々植ゑ拡め、神の恵みも高倉や、月日も清く朝日子の、白狐の神の此処彼処、生命の苗を配りて、青人草の日に夜に、食ひて生くべき水田種子、守り給ふぞ尊けれ。 コーカス山の山上にウラル彦、ウラル姫の贅を尽し美を竭して建造したる顕国の宮殿には大地の神霊たる金勝要神、大地の霊力たる国治立命及び大地の霊体の守護神神須佐之男大神を鎮め奉り、荘厳なる祭典を行ひ三柱の神の神力に依つて、天ケ下を統御せむと体主霊従の根本神たる天足彦、胞場姫の再来、八岐の大蛇や悪狐、其他の邪鬼妖魅に天授の精魂を誑惑されて、ウラル彦、ウラル姫以下の曲神は、最後の経綸場としてコーカス山を選み、宮殿を造り八王神を数多集へて、アーメニヤにも劣らざる神都を開きつつありける。 斯かる処へ石凝姥命、天之目一箇神、天之児屋根命、正鹿山津見神の娘大神津見と現はれたる松代姫、竹野姫、梅ケ香姫、時置師神、八彦、鴨彦等の神現はれて、天津誠の神言を奏上し宣伝歌を唱へたれば、流石のウラル姫も以下の神々も天津誠の言霊に胆をうたれ、胸を挫がれ、全力を集注して経営したる可惜コーカス山を見捨てて、生命からがらウラル山、アーメニヤの根拠地に向つて遁走し、コーカス山は今は全く三五教の管掌する処となりにける。 茲に神須佐之男命は地教の山を後にして顕国の宮に入らせ給ひ、天之目一箇神をして十握の剣を鍛へしめ顕国の宮の神実となし、天下の曲神を掃蕩すべく天之児屋根命、太玉命をして昼夜祭祀の道に鞅掌せしめ給ひぬ。神須佐之男大神は十握の剣を数多作り供へて、曲神の襲来に備へむため天之目一箇神をアルプス山に遣はし、鋼鉄を掘らしめ数多の武器を作る事を命じ給へり。アルプス山はウラル彦、ウラル姫の一派の武器製造の原料を需めつつありし重要の鉱山なりき。これより天之目一箇神は竹野姫と共にアルプス山に向ふ事となり、淤縢山津見神、正鹿山津見神、月雪花の宣伝使はアーメニヤの神都に向つて魔神を征服すべく、神須佐之男大神の命を奉じてアーメニヤに向ひける。又アルプス山には石凝姥神を添へて、天之目一箇神、竹野姫と共に銅鉄を需めしむべく出発せしめ給ひける。 此事忽ち天上に在す天照皇大神の御疑ひを懐かせ給ふ種となり、遂に須佐之男命は、姉神に嫌疑を受け神追ひに追はれ給ふ悲境に陥り給ひたるなり。 (大正一一・三・四旧二・六北村隆光録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 25 巫の舞 第二五章巫の舞〔四九二〕 コーカス山の曲津神共を、天津誠の言霊の伊吹に伊吹き払ひ、今は邪気全く払拭され、風塵を留めざるに至りぬ。 茲に神素盞嗚大神は、両刃の剣を神実として神殿に華々しく鎮祭し、大地の霊魂なる金勝要大神、霊力なる国治立大神の二柱を祭り、荘厳なる祭典を行ひ給ひ、祭官としては、天之児屋根命天津祝詞を奏上し、太玉命太玉串を奉り、天之目一箇命はアルプス山の鋼鉄を以て両刃の剣を造り、之を神実として奉安し、石凝姥命は神饌長となり、時置師神、八彦、鴨彦は神饌を運び、大歳神は祓戸を修し、松竹梅の桃の実は御巫の聖職を仕へまつり、月雪花の三柱は茲に忽然として現はれ、歌を歌ひ舞を舞ひ、この祭典を賑したまひける。其時の秋月姫の歌、 秋月姫『此世を造りし元津祖国治立の大神が 根底の国に現はれて百の悩みを受けたまひ 闇に隠れて世を守る其功勲を助けむと 天津御神の御言もて天教山に現はれし 神伊弉諾の大御神其妻神と現れませる 神伊弉冊の大神の御霊幸はひましまして 神素盞嗚の大神の身体なり出でましましぬ 神伊弉諾の大神の貴の御鼻に生れませる 其神霊幸ひて命の御霊にかかりまし 大海原に漂へる豊葦原の瑞穂国 治め給へと言依さし給ひし貴の神言を 諾ひまして朝夕に心配らせ給へども 天足の彦や胞場姫の醜の霊魂になり出でし 八岐大蛇や醜狐悪き曲鬼八十曲津 疎び猛びて天の原大海原を掻き乱し 怪しき雲は天地に非時さやる暗の夜を 晴らして神の御心にこたへまさむと千万に 心砕かせ給ひしが黒白もわかぬコーカスの 山の岩戸も今日あけて心楽しき神祭り 祭り納むる珍の宮天津祝詞の声清く 珍玉串のいや高く神酒は甕高知りて 海河山野種々の珍の御幣帛奉り 天と地とは一時に光輝く美詞 堅磐常盤の松代姫春夏秋冬整ひて 節過またぬ竹野姫神の勲も一時に 開く梅ケ香姫の司淤縢山津見や正鹿山 津見の命の真心を空澄み渡る秋月の 光を此処に深雪姫誠の道も橘姫の 貴の命の宣伝使鋼鉄銅アルプスの 山の尾上のいと高く恵も深き琵琶の湖 山野海川おしなべて仕へまつらむ珍の宮 神の誠の言の葉のみやびの花ぞ尊けれ みやびの息ぞ畏けれ』 深雪姫は再び立つて祝歌を奏上したり。其歌、 深雪姫『青木が原に比ぶべきコーカス山に降り積る 深雪も晴れて今日の春御稜威も高く照り渡る 高天原に現れませる神の御舎千木高く 大宮柱太知りて仕へまつれるウラル彦 ウラルの姫が真心を天地かけて尽したる これの顕しき国の宮金勝要の大御神 国治立の大神の霊と力の御守りに 大海原の主宰神神素盞嗚の大神と 現はれまして永久に珍の宮居に鎮まりて 天津神人国津神百の草木に至るまで 恵の露の掛巻も畏き神の詔勅 詔り直すてふ麻柱の神の教の宣伝使 山川渡り荒野わけ雪を踏みわけ霜を浴び 寒けき風に梳り非時雨にゆれながら 治まる御代を深雪姫神のみゆきの今此処に 現はれ給ふぞ嬉しけれコーカス山の峰高く 天にます神国津神神の光を現はして 大海原に漂へる瑞穂の国を永久に いと平けく安らけく治めたまへや素盞嗚の 神の命の司神黒雲四方に塞がりて 世は常闇となるとても月日の水火より生れませる 我が皇神の神霊玉の剣を振り翳し 醜の村雲切り払ひ払ひ清めて天津日の 御国に在す天照皇大神の御前に 太じき勲を経緯の錦の旗を織りなして 御国を治めたまへかし千代も八千代も万代も 君の勲のいや高く君の齢のいや長く 幸多かれと祝ぎまつる』 と歌ひ終り淑やかに元の座につきにけり。 (大正一一・三・四旧二・六加藤明子録) (昭和一〇・二・一九於長浜住茂登旅館王仁校正)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 22 一島攻撃 第二二章一島攻撃〔五一八〕 大空に雲立ち塞ぎ海原に霧立ち籠めて四方の国 神の恵の露もなく山川草木泣き干して 黒白も分かぬ暗の夜を今や照さむ瀬戸の海 百の神たち百人を松の神代の末長く 救はむために素盞嗚の神の御言を畏みて 思ひは積る深雪姫解くるよしなき真心の 誠一つの一つ島熱き涙の多気理姫 コーカス山に現れませる十握の剣の威徳にて 雲霧四方に切り払ひ醜の曲津を除かむと 高杉別の籠りたるこの神島に宮柱 太敷立てて世を偲ぶ瑞霊の深雪姫 吹き来る風も腥く人馬の音は絶間なく 矢叫びの声鬨の声世は騒がしく群鳥の 群れ立つばかり沖つ鳥沖の鴎の声さへも いと佗しげに聞ゆなりここは名に負ふサルジニヤ 神の守りもアルプスの鋼、鉄取り出でて 百の兵器造りつつ珍の御魂と仕へたる 心も猛き兵士は雲の如くに集まれり。 コーカス山の珍の宮に、御巫子として仕へたる、月雪花の姉妹の一人、深雪姫は、尚武勇健の気質に富み、十握の剣の威徳に感じて、アルプス山の鋼鉄を掘出し、種々の武器を造り備へて、国家鎮護の神業に奉仕せむと、天下の英雄豪傑を此島に集め、悪魔征討の準備に備へつつあつた。 宮殿の屋根は千木、勝男木を高く、千木の先は鋭利なる両刃の剣を以て造り、勝男木もまた両端を剣の如く尖らせ、館の周囲には剣の垣を繞らし、曲津の侵入を許さず用心堅固の金城鉄壁なりける。 武勇の神は先を争うてこの一つ島に集まり来り、天下の邪神を掃蕩し、遍く神人を安堵せしめむと昼夜間断なく武術の稽古に余念なく、剣戟射御に勤む声は瀬戸の海を越えて、遠く天教山に鎮まります撞の御柱の神、天照大神の御許にも、手に取るが如く轟き渡りぬ。 天照大御神は、善言美詞をもつて世の曲業を、見直し聞き直し詔り直すべき天地惟神の大道を無視して、殺伐なる武器を造り武芸を励むは弟神素盞嗚命の高天原を占領せむとする、汚き心のあるならむと、内心日夜不快の念に駆られ給ひつつあらせられた。 四五の勇士は武術の稽古を終り、眺望よき一つ島の山巓に登り、諸々の木実を漁り、瓢の酒を傾けながら雑談に耽り居る。 甲『我々はかうして昼夜の区別なく太刀打の稽古、槍の稽古に体も骨もグダグダになつて仕舞つた。太刀と槍との稽古が済めば、また弓の稽古、馬乗りの稽古をと強られるのだ。敵も無いのに此離島で、これだけ武芸を励まされるのは何のためだらう』 乙『平和の時に武を練るのが武術の奥義だ。サア戦争が勃発したからと云つて、俄に慌てたところが、何の役にも立たない。武士は国を護るものだ。常から武術の鍛練が必要だから、それで日々稽古をさせられるのだよ』 丙『かう毎日日日空は曇り、地は霧とも靄とも知れぬ物が立ち籠めて、一間先が碌々見えぬやうになつて来たのだから、此世の中が物騒で、安心して暮されぬやうになつたので、各自護身のために、大慈大悲の神様が武術を奨励なさるのだよ』 甲『三五教の教には……神は言霊をもつて言向け和すのであるから、武器をもつて征伐を行つたり、侵略したり、他の国を併呑するやうな体主霊従的の教でない。道義的に世界を統一するのだ……と仰せられて居るではないか、何を苦しむで武備を整へ、平地に浪を起すやうな事をなさるのだらう。まるでウラル教のやうぢやないか』 乙『さうだなア、三五教の教理とは名実相反して居るやり方だ。大声では言はれぬが、これや何でも深雪姫の神様に八岐の大蛇か、鬼が憑いて為せるのだらうよ』 丙『実際それだつたら我々は実に約らぬものだ。一生懸命骨身を砕くやうな辛い稽古をさせられて、天則違反の大罪を重ねるやうでは約らぬじやないか』 丁『神様が武を練り、数多の武器を蓄へ給ふのは変事に際して天下万民を救うためだよ。大慈大悲の神様が何しに好むで殺伐な修業を遊ばすものかい。悪魔は剣の威徳に恐れ、武術の徳によつて心を改め、善道に帰順するものだ。如何に善言美詞の言霊と雖も、曇り切つたる悪神の耳には入るものでない、そこで神様が大慈大悲心を発揮して、眼にものを見せて、改心させると云ふお経綸だ。素盞嗚命様は一寸見たところでは、実に恐ろしい、猛しい戦好きの神様のやうだが、決して殺伐な事はお好みにはならぬ。それ故に此世に愛想を尽かして、円満具足温和なる月の大神の世界へ帰り度いと云つて、日夜御歎き遊ばし、慈愛の涙に暮れて居られると、そこへ御父神が天よりお降りになつて、お前のやうな気の弱い事ではどうして此世が治まるか、勇気絶倫の汝を選むで、悪魔の蔓る海原の国を修理固成せよと命令を下してあるに、その女々しいやり方は怪しからぬ、と云つて大変に御立腹遊ばしたので、素盞嗚命様は、姉君の天照大神にお暇乞のために、高天原にお上りになつたと云ふ事だ。其御魂を受け継いだる珍の御子深雪姫様は、尚武勇健なる女神に在す故にまさかの時の用意に武を練つて居らるるのであらうよ。武術は決して折伏のためではない、摂受のためだ。悪魔を払ひ万民を救ふ真心から出でさせられた御神策に違ひないワ』 甲『お前はよく詳しい事を知つて居るなア、一体何処から来たのだ。此道場へ来てから未だ間もないに、武術は中々立派なものだなア』 丁『俺か、俺は元は百姓だ。御年村の虎公と云ふ男だよ』 甲『ヤア、お前があの名高い自称艮の金神だな、道理で大きな男だと思つたよ』 虎公『アア、確に夫とは分らぬが、何だか館は騒動がおつ始まつたやうだ。サア皆の連中、愚図々々しては居れない。早く館へ駆けつけよう』 と虎さまを先頭に一同は丘を下り、館を指して一散走りに駆けり行く。 (大正一一・三・一一旧二・一三加藤明子録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 24 言霊の徳 第二四章言霊の徳〔五二〇〕 手力男神は正門に現れ、儼然として敵軍の襲来を心待に待つて居る。 天菩比命は数多の軍勢を引連れ、軍卒は手に手に松明を持ち、四辺に火をつけ焼き滅ぼしつつ進み来る。後よりは一隊の軍勢、血刀を振つて登り来る。その光景恰も地獄道の如く思はれけり。 菩比命は門前に現れ、手力男神に向ひて、 菩比命『オー、汝は何神なるか、速須佐之男の悪逆無道なる邪神に従ふ曲津神、我は天教山に在します撞の御柱神の神命を奉じ、汝等を征伐せむが為に立向うたり。最早この嶋は殆ど焼き尽し、汝等が部下の将卒は、大半刃の錆と消え失せたれば、最早抵抗するの余力もなかるべし。イザ尋常に此門を開き降伏せよ』 と馬上に跨つた儘、威丈高に呼はり居る。手力男神は莞爾として、門を左右にサツと開き、 手力男神『サアサア、門は斯の如く開放致しました。何卒御自由に御這入り下さいませ。数多の軍卒等に於ても、嘸お疲れで御座いませう。是丈の嶋に火を放つて焼きなさるのも並大抵の御苦労では御座いますまい。御蔭でこの嶋を荒す猛獣毒蛇も殆ンど全滅致しました。お腹が空いたでせう、喉がお乾きでせう。此処に沢山の握り飯、酒も用意がして御座います。何万人のお方が御上り下さつても恥を掻きませぬ。どうぞ緩りと御上り下さいませ。その様に恐い顔をして、肩臂怒らし、固くなつて居られては御肩が凝りませう。我々は善言美詞の言霊を以て、直日に見直し宣り直す、神須佐之男大神の御神慮を奉戴するもの、決して決して酒にも飯にも毒などは入れて居りませぬ、御緩りとお召し上り下さいます様に』 菩比命『ヤアー、汝は百計尽き、毒を以て、我等を全滅せむとの巧であらう。その手は食はぬぞ』 手力男神『是は是は、迷惑千万。然らば手力男が御毒見を致しませう』 と云ひ乍ら、酒樽に柄杓を突き込み、掬うては二三杯グツと飲み、握り飯を矢庭に五つ六つ頬張つて見せた。 菩比命『然らば暫く休息いたす。今の間に館内の者共、城明渡しの準備を致せ』 手力男神『マアマア、さう厳しく仰せられるに及びませぬ。同じ天地の神の水火より生れた人間同志、心一つの持様で敵もなければ味方もない、何れも神の水火より生れた我々、天下の喜びも天下の悲しみも皆一蓮托生で厶る』 菩比命『汝はこの場に望んで気楽千万な事を申す奴、何か深い秘密が包まれてあるに相違なからう。左様な事に欺かるる菩火ではないぞ』 手力男神『手力男の秘密と申せば七十五声の言霊、美言美詞の神嘉言の威徳に依つて、天地清明国土安穏、病無く争ひ無く、天下太平にこの世を治める、言霊の秘密より外には何物も御座いませむ』 高杉別はこの場に立現れ、 高杉別『オー、手力男殿、唯今奥殿に進み入り、深雪姫の御前に致つて、御神慮を伺ひ奉るに、瑞の御霊の御仰せ、言霊を以て荒ぶる神を言向け和せとの御戒め。イヤハヤ貴神の遣り方には高杉別も感服致した。大国別様も貴神と同様の御意見で御座る』 手力男神『左様で御座らう。オー、菩比命様、斯の如く当館は表は武器を以て飾り、勇敢決死の武士も数多養ひ居れども、御覧の如く、貴神が獅子奮迅の勢を以て、血染焼尽しの攻撃軍に向ひ、悠揚せまらず御覧の如く、剣は鞘に弓は袋に納まり返つた此場の光景、刃に血塗らずして敵を喜ばせ、敵を味方と見做して取扱ふは、仁慈の神の思召よくよく大神の御誠意を御認識の上、撞の御柱の大神に具さに言上あらむ事を望みます』 菩比命『案に相違の貴神らの振舞、今まで逸り切つたる勇気も、何処やらへ消え失せた様な心地で御座る。ヤアヤア部下の将卒共、菩比命が命令だ、直ちに甲冑を脱ぎ捨て、武器を放し、この場に一同集まつて休息を致せ』 此一言に、逸り切つたる数多の将卒は、武装を解き、この場に喜々として現れ来り、酒に酔ひ握り飯に腹を膨らせ、歓喜を尽して踊り舞ひ修羅は忽ち天国と化したり。 この時深雪姫命は大国別に導かれ、門内の広庭に、数多の軍卒及び部下将卒の他愛もなく酒酌み交し喜び戯るる前に現れ、声も涼しく歌ひ始め賜ふ。 深雪姫『コーカス山に現れませる瑞の御霊の御言もて 御山を遠くサルヂニヤこの神嶋に現れて 世の有様を深雪姫八十の曲津の猛びをば 鎮めむ為に言霊の珍の息吹を放てども 曇り切つたる曲津見の服らふ由もなきままに 神の御霊の現れませる十握の剣を数多く 造りそなへて世を守る神の心は徒らに 剣を以て世を治め弓矢を以て曲神を 言向け和す為ならず心の霊を固めむと 玉の剣を打たせつつ神世を開く神業を 天教山に現れませる撞の御柱大神は いよいよ怪しと思召し深くも厭はせ嫌ひまし 菩比命に言任けて此処に攻め寄せ玉ひしは 我等が心を白波の瀬戸の海よりいや深く 疑ひ玉ふ験なり七十五声の言霊に 世の悉は何事も直日に見直し聞直し 言向和し宣り直す誠一つの一つ島 天の真名井にふり滌ぎさ嚼に嚼みて吹き棄つる 気吹の狭霧に生れたる我は多紀理の毘売神 心平に安らかに神須佐之男大神の 赤き心を真具さに天に帰りて大神の 命の前に逸早く宣らせたまへや菩比の神 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 君に対して村肝の穢き心あるべきか 天津御神も見そなはせ国津御神も知ろしめせ 空に輝く朝日子の日の出神の一つ火に 照して神が真心を高天原に細やかに 宣らせ玉へよ菩比の神善と悪とを立別ける 神が表に現れて疑ひ深き空蝉の 心の闇の岩屋戸を開かせ玉へスクスクに 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 宣り直しませ天津神御空も清く天照らす 皇大神の御前に謹み敬ひ畏こみて 猛く雄々しく現れし十握の剣は姫神の 神言の剣いと清く光り輝く神御霊 瑞の御霊を大神の御前に捧げ奉る』 と歌ひ了れば、菩比命は思ひ掛無きこの場の光景に力脱け、懺悔の念に堪へ兼て、さしもに猛き勇将も、涙に暮るる計りなりける。 忽ち天空を轟かし、この場に舞ひ降る巨大の火光、彼我両軍の頭上を、前後左右に音響をたてて廻転し始めたり。神々は一斉に天を仰ぎ、この光景を見詰めつつあつた。火光はたちまち変じて麗しき男神となり、空中に佇立して一同の頭上を瞰下し玉ひつつありき。 この神は伊弉諾命の珍の御子日の出神であつた。正邪善悪の証明の為に天教山より神勅を奉じて、降り玉うたのである。 忽ち白煙となつて中空に消え玉ひ、後は嚠喨たる音楽聞え、次第々々に音楽の音も遠くなり行きぬ。いよいよ菩比命の降臨によつて、須佐之男命の麗しき御心判明し、命は直に高天原に此由を復命さるる事とはなりける。 (大正一一・三・一一旧二・一三岩田久太郎録)
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 27 航空船 第二七章航空船〔五二三〕 ウラル彦命、ウラル姫命は自ら盤古神王と称し、ウラル山、アーメニヤの二箇所に根拠を構へ、第二の策源地としてコーカス山に都を開き、権勢双ぶ者なき勢なりしが、三五教の宣伝使の為に、コーカス山の都を追はれ、再びウラル山、アーメニヤに向つて遁走し、数多の魔神を集めて捲土重来の神策を講じ居たりき。然るにアーメニヤに近きコーカス山に、神素盞嗚命武勇を輝かし、天下に君臨し給へば、流石の魔神も手を下すに由なく、美山彦、国照姫をしてアーメニヤを死守せしめ、自ら黄泉島に渡りて第二の作戦計画を廻らしつつありける。 ウラル彦、ウラル姫は、元来純直至誠の神であつたが、美はしき果実には、悪虫の襲ふが如く、少しの心の油断より八岐の大蛇、悪狐、悪鬼の憑依するところとなり、是等の悪神に使役されて、心にもなき邪道を辿りつつ、誠の神に向つて叛旗を翻すに至つたるなり。美山彦も一旦月照彦命、足真彦命の為めに言向け和され善道に立返りしが、再び邪神に憑依され、忽ち心魂くらみ国照姫の言を容れて、又もやウラル彦の部下となり、悪逆無道の行為を専らとするに至りたるなり。 茲にアーメニヤの神都には、表面美山彦はウラル彦命と称し、国照姫はウラル姫命と称して虚勢を張り、数多の魔神を集めてこの都を死守し、黄泉島と相待つて回天の事業を起さむと企て居たりき。 三五教の宣伝使、祝部神は月照彦神の化身と共に、黄金山を立出で筑紫の国のヨルの港を船出して、黄泉島の魔神を剿討すべく進み行く。此船は筑紫丸と名づくる大船なり。筑紫丸は竜宮島を経て黄泉島に沿ひ常世の国に通はむとするものなれば、常世の国に渡る船客がその大部分を占め居たり。祝部神は月照彦神と共に、筑紫丸の船客となり、数十日の海路を続くる。海中には種々の変異起り、島なき所に島現はれ、或は巨大なる岩石俄に海中に出没して天日暗く月光も無く、風は何となく腥く、得も言はれぬ不快極まる航路なりける。船中には色々の雑談が例の如く始まり来たる。 甲『モシモシ豊さま、貴方は何処まで行きますか、かう海上に変異が続出しては、余り遠乗りも危険ですよ。私も常世の国まで参る積りで出て来ましたが、この調子では先が険難でなりませぬ。竜宮島迄行つたら又次の船を待つて帰る事にしようと思つて居ますよ』 豊『さうですな、貴方は常世国へ何の為めにお越しになるのですか』 甲『実は家内も小供も一緒に乗つて居ますが、私はコーカス山の山麓の琵琶の湖の畔に住むもの、何だか世の中が変になつて来て何とも譬方のなき風が日夜吹き巻り、息がつまりさうになりますから、遠く常世の国へ移住でもしたらよからうと思つて参りましたが、もう斯うなれば何処に居るも世界中同じ事の様に思ひます』 豊『常世の国は数千里を隔てた、海の向ふの広い国、そこまで行けば日も照り月も輝き、立派な果物も実り、清鮮な空気も流通して居るでせう。私も豊の国の者ですが、豊の国には白瀬川の大瀑布があつて、魔神が棲居を致し、日夜毒気を吐き人民は残らず蒼白い顔になつて、コロリコロリと死ぬもの計り、あまり世の中が恐ろしくなつたので、黄泉島か、もつと足を伸ばして常世の島へ渡らうと思つて、一族を連れて来たのです。何でも黄泉島が此世の境と云ふのですから、黄泉島に渡れば昔のやうな清らかな海も、島も見られませう』 丙『私も常世の国へ遁げて行く者ですが、黄泉島はこのごろ大変な地震で、日々二三十間づつ地面が沈没しかかつて居るやうですな。人の噂に依れば、もう六分通り沈むで仕舞つたさうですよ』 甲『黄泉島でさへもさう云ふ按配だから、俄に海の中に無かつた大きな島が出来たり、岩が立つたり、大蛇が沢山に游ぎ廻るのは当然でせう。兎も角怪しい世の中になつて来たものだ。かうなつて来ると今まで馬鹿にして聞いて居た、三五教の教が恋しくなつて来る。たとへ大地は沈むとも誠の神は世を救ふとか云つて、宣伝使が廻つて来ましたが、我々は「何、馬鹿な、大地が沈むなぞと、そンな事があつたら、日天様が西からお出ましになる」と笑つて居ましたが、この頃は西からどころか、何処からもお昇りなさらず、黄泉島の様な大きな島まで六分まで沈むとは、本当に常世の国だつて我々のこの船が着く迄には、どうなつて居るか分つたものぢやない』 昼とも夜とも判別のつかぬ常暗の世の海面、船は海面に出没する大巌石を右に避け左にすかし、船脚もゆるやかに盲人の杖なくして荒野を行く如き有様、波のまにまに浮かび行く不安至極の航路なりける。 忽ち暴風吹き来り、山岳の如き波立ち来つて、筑紫丸を呑まむとする危険の状態に陥り、船客一同は互に手を合せ何事か頻りに小声に祈り、祝部神は立つて歌ひ初むる。 祝部神『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 朝日は隠れて光なく月は地に落ち影もなし 大海原に蟠る八岐大蛇や醜神の 醜の猛びを皇神の依さし給へる言霊に 伊吹き払へよ四方の国大海原の醜神も 言向和す三五の道を伝ふる宣伝使 世は常暗となるとても黄泉の島は沈むとも 常世の国は永遠に波の随々漂ひて 天照します大神や国治立の大神の 御霊の恩頼を蒙らむ神素盞嗚大神の 深き恵みを白浪の上に漂ふ民草は 黄泉の島の日に月に沈むが如く忽ちに 浮瀬に落ちて苦しまむ嗚呼諸人よ諸人よ 神の教にまつろひて直霊の御霊研き上げ 朝夕神の御前に祈れや祈れ善く祈れ 我はこの世を救ひ行く三五教の宣伝使 月照彦の守りにてこの世の曲を祝部の 神と現れ黄泉島その比良坂にさやりてし 八岐大蛇を言向けてこの世の曲を掃き清め 世人を助くる神司神が表に現はれて 善と悪とを立別けるこの世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直し聞直し身の過ちは詔直せ 神は汝を守るらむ嗚呼惟神々々 御霊幸はひましませよ』 不思議や暴風は俄に止みて、浪凪ぎ渡りし間もあらず、西北の風またもや吹き来つて筑紫丸は矢を射る如く黄泉島に向つて疾走せり。予期に反して早くも黄泉島は間近くなりぬ。忽ち黄泉島は轟然たる音響をたて、見る見る海中に沈まむとする恐ろしさに、船客一同はこの光景を見て、アレアレと驚きの目を睜る。 祝部神『ヤア船中の方々、吾々は最前歌つた如く三五教の宣伝使、たとへ黄泉島は沈むとも、言霊の神力を以て、再び元の如く海面に浮ばせ見む、信仰の力は実に尊きものである。皆の方々には我が祈りの霊験を見て心を改められよ』 甲『貴方は宣伝使様、如何に御力があるとは云へ、あの島が浮き上りませうか、若しも浮き上つたら吾々は三五教に一も二もなく帰依致します。どうぞ一つ浮して見て下さいませ』 祝部神『神力は偉大なものだ。サア御覧』 と云ひながら拍手をなし天津祝詞を奏上し、鎮魂の姿勢をとり、汗をダラダラ流して一生懸命に霊を送つて居る。黄泉島は益々巨大なる音響を出し速度を早め、海中に沈み行くのみなりける。 祝部神『ヤア、こりや神さまが聞き損ひをなさつたナ。今一度願つて見ませう』 とまたもや一心不乱に祈りかけた。黄泉島は何の頓着も無く、刻々に海中に沈み行く。船中の人々は一斉にドツと声を上げて嘲笑する。 祝部神『オイ皆のもの謹慎をせぬか。お前たちの量見が悪いものだから、俺の鎮魂がチツトも利かない。皆揃つて俺が神言を奏上するからその後に従いて来るのだ。神様を馬鹿にして居ると、思わぬとこへ暗礁が出来て、船が覆へつて仕舞ふぞ。この船には幸ひに月照彦神の御守り厚き祝部の宣伝使が乗つて居るものだから、どうなりと浮いて居るのだ。俺が黄泉島に上陸したが最後この船は危くなるぞ』 乙『何とマア小さい男に似ず大法螺を吹く奴だなア。この法螺には時化の神も吹きまくられて鎮まつてしまふ。アレアレ宣伝使の祈りは利き過ぎたと見えて、黄泉島は益々鳴動激しく急速度を以て沈むぢやないか』 祝部神『莫迦を云ふな、島が沈むのぢやない。海嘯が来て居るのだ。波が高くなつて居るのを気が付かぬか』 甲、乙『モシモシ宣伝使様、この広い海の中、盥か何ぞの様に高くなつた、低くなつたと云ふ見当はどうしてとれます。成程水が高くなれば島は沈むやうに見えるのは当然だ。然し俄にかう高くなる道理がないぢやありませぬか』 祝部神は、 祝部神『島が沈むか波が高くなつたか、二つに一つだ。アハヽヽヽヽ』 と気楽さうに笑つて居る。船は漸く黄泉の島近くになつた。 祝部神『サア船頭、黄泉島に船を着けて呉れないか』 船頭『メツサウもない。刻々に沈むで行くあの島、どうして船が着けられませう』 祝部神は 祝部神『エーイ気の弱い船頭だなア』 と云ひながら神を念じ神言を唱へつつ身を躍らしてザンブと許り海中に飛び込み、黄泉島目がけて游ぎ行く。 甲、乙、丙『ヤア、法螺を吹く丈け随分胆玉の太い宣伝使だ。信仰の力と云ふものは、エライものだなア。アレ丈け一生懸命に島を浮かして下さいと頼むのに、チヨツトも聞いて下さらぬ神様を信じて未だ信仰を止めず、危険極まる黄泉島に游いで行くとはあきれたものだ。生命知らずと云ふのは、マアああいふ人の事かい。ヤアヤア偉い速力ぢや。たうとう此長い海面を向ふへ着いてしまつたよ』 又もや颶風吹き来り波高く帆柱を折り、船はいやらしき物音を立てて、今や破壊せむとする。船頭も船客も一度に蚊の泣く如く、天に哭し地に歎き、刻々沈み行く船の上を前後左右に駆廻り、狼狽へ騒ぐ有様は目もあてられぬ悲惨の光景なりける。 祝部神は島陰に立つて言霊を力限りに宣り始めたり。アーオーウーエーイの声に連れて、今や沈没せむとする筑紫丸は、何物かに惹かるる如く急速力を以て、黄泉島に近づき来たる。祝部神は又もやアオウエイの言霊を宣り初めければ、不思議やほとんど沈没せむとする船は、ポカリと水音高く浮上り、何時の間にか浸水せし水は跡形もなく除かれ居たりける。 祝部神『ヤア、皆さま、御神徳が分つたかな』 甲乙丙を初め船客一同は嬉し涙に暮れ一言も発し得ず、両手を合せ祝部神に向つて生神の意を表し合掌するのみなりき。祝部神は又もやウンウンと力を込めたるにぞ、ウの声に黄泉島は静々と浮き上り始めたり。又もやウヽヽの声に連れて島はウヽヽと浮き上りたり。 祝部神『皆の人達、この島が浮上ると云うた時、笑つただらう。どうだこれで分つたか』 甲、乙、丙『イヤモウ確に分りました。今迄の御無礼どうぞ御赦し下さいませ』 祝部神『ヨシヨシ分つたらそれで可い、神様の御神徳を忘れてはならぬぞ。サア今の間に早く常世の国に往つたら可からう。愚図々々して居るとこの島は又もや沈没の恐れがある。曲津神の棲む黄泉島はどうしても、海中に沈めてしまはねばならぬのだ。何千里も廻つた此島、一度にドブンと沈ンだ時は、この海原でも天に冲する如き巨浪が立ち上る。さすれば如何に堅固な大船でも一たまりもあるまい。サア早くこの島の沈没せぬ間に風を送つてやるから、常世の国へ向つて走り行け』 東風俄に吹き来つて筑紫丸は帆を膨らせながら一瀉千里の勢にて波上を滑り行く。船中の人々は黄泉島の祝部神に別を惜み、手を拍ち笠を振り袖を振りなぞして姿の見えぬまで名残りを惜みけり。 島の曲津神は祝部神の言霊の息に恐れて、雲を霞と比良坂さして逃げて行く。祝部神は足を早めて飛鳥の如く、黄泉比良坂の坂の上に月照彦の冥護の下に登り行く。 坂の上には、日の出神の用ゐ給ひし千引の岩がある。この岩の上に端坐して神言を奏上する折しも、大音響と共にさしもに広き黄泉島は海中に忽然として没し、残るは千引の岩のみ。折から荒浪は千引の岩を洗ひ、祝部神の身体をも今やさらはむとする時、天空を轟かして此処に降り来る天の磐樟船あり。見れば日の出神の遣はし賜うたる堅牢無比の神船にして、正鹿山津見神が乗つて居られる。祝部神は、 祝部神『ヤア貴神は正鹿山津見神』 正鹿山津見神『ヤア貴神は祝部神で御座るか。サア早くこの御船に乗らせ給へ』 祝部神は、 祝部神『全く救ひの船だ、有難し忝なし』 と磐樟船にヒラリと身を托し、中空高くかすめて天教山を目蒐け、一瀉千里の勢にて天を轟かしつつ阿波岐原に漸く降り着きにける。 俄に聞ゆる松風の音に目を開けば、豈図らむや、十四日の月は西山に沈み、高熊山の霧立ち昇る巌窟の傍に瑞月の身は端坐し居たりける。 (大正一一・三・一一旧二・一三谷村真友録)