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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 27 月光照梅 第二七章月光照梅〔四二〇〕 夜を日についでひるの国虎伏す野辺や獅子大蛇 曲津の声に送られて大川小川を打渡り やつれ果てたる蓑笠の身装も軽きカルの国 花の蕾の梅ケ香姫の君の命はただ一人 女心の淋し気に神を力に誠を杖に 草鞋脚絆のいでたちは実に勇ましの限りなり 梅ケ香薫る春の日も何時しか過ぎて新緑の 滴る山野は冬の空嵐の風に吹かれつつ 秋の紅葉も散りはててふみも習はぬ常世国を 行き疲れたる雪の道太平洋の波高く 大西洋に包まれし高砂島と常世国 陸地と陸地、海と海つなぐはざまの地峡国 梅ケ香姫はやうやうにはざまの森に着きにけり。 木枯の風は雪さへ交へて、獅子の吼るやうに唸り立つてゐる。太平洋の波を照らして、十六夜の月は海面に姿を現はしたり。梅ケ香姫は只一人、浪を分けて昇る月影に向つて、 梅ケ香姫『あゝ今日は十六夜のお月さま、何時見ても美はしい御顔。妾も同じ十六歳の女の一人旅、変れば変る世の中ぢやなア。想ひ廻せば、時は弥生の三月三日、花の都と聞えたる聖地ヱルサレムを主従四人立出でて、踏みも習はぬ旅枕、千万の艱みを凌ぎしのぎて遠き海原を渡り、神の恵みの有難くも恋しき父に廻り会ひ、親子の対面、やれやれと喜ぶ間もなく妾姉妹は、神様のため、世人のために尊き宣伝使となつて、又もや山坂を越え荒海を渡り、あらゆる艱難と戦ひ、ここに力と頼む主従四人は、珍山彦の神の誡めに依つて東西南北に袂を別ち、四鳥の悲しみ、釣魚の涙、乾く間もなき五月の空、珍の都を後にして、便りも夏の荒野を渉り、秋も何時しか暮果てて、はやくも冬の初めとなつたるか。神のため、世のためとは言ひながら、さてもさても淋しいこと、神様を力に誠を杖に、やうやう此処まで来るは来たものの、もう一歩も進まれぬ。疲労れ果てたるこの身体、あゝ何とせむ』 と袖に涙を拭ふ折しも、前方より二三の老若この場に現はれ、 甲『オイオイあのはざまの森蔭を見よ、出たぞ出たぞ』 乙『何が出たのだ』 甲『出たの出んのつて、それ霊ぢや霊ぢや』 乙『霊とはなんだい』 甲『今夜のやうな風の吹く晩には、得てして出る奴ぢや。蒼白い痩せた面をして眼をギロツと剥いて、髪をさんばらに垂らしてお出る御方だ。霊は霊ぢやが、霊の上に幽がつくのだよ。それ見い、木枯がヒユウヒユウと呻つてゐる。オツツケ其処らからドロドロだ』 丙『何を威嚇しよるのだ。幽霊も何もあつたものか。何ぢや貴様達は、ビリビリ慄ひよつて、声まで怪しいぢやないか』 甲『慄ふとるのぢやないワイ。何だか身体が細かく動いとるのぢや』 丙『何は兎もあれ、何だか独語を言つてゐるやうだ。そつと行つて偵察をして見やうかい』 甲『貴様、先へ行け』 丙『ハハア恐いのだな。気の弱い奴ぢや、そんな事で吾々の探偵が勤まるか。鷹取別の神さまより、三五教の女宣伝使がはざまの国を渡つて常世の国へ行くと云ふことだから、女宣伝使を見つけたらふん縛つて連れて来いと云つて、吾々は結構なお手当を頂いて夜昼かうして廻つて居るのぢやないか。若も彼んな奴が、その中の一人ででもあつて見よ、吾々は結構な御褒美をドツサリ頂戴して、親子が一生遊んで暮さるるのだ。恐い処へ行かねば熟柿は食へぬぞ、虎穴に入らずむば虎児を獲ずだ。一つ肝玉を出して、貴様から先へ偵察をして来い』 甲『アヽそれもさうだが、何だか気味が悪いな。ヤーそれなら三人手を繋いで、一緒に行かうかい。宣伝使と云ふ事が判れば、別に恐い事も何ともありやしないワ。一人の女に三人の男だ。磐石を以て卵を破るよりも易い仕事だ。併しながら幽の字と霊の字であつたら貴様はどうするか』 乙『幽霊でも何でも三人居れば大丈夫だ。しつかり手を繋いで行つて見ようかい』 と甲乙丙は、梅ケ香姫の休息する森蔭に現はれ来り、 甲『ヤイ、その方は何者ぢや。生あるものか、生なきものか、ユヽヽヽ幽霊か、バヽヽ化物か』 乙『セヽヽヽ宣伝使か、宣伝使なれば鷹取別の神様に……』 丙『シツ、何を云ふのだ。馬鹿な奴だな。モシモシお女中、一寸物をお訊ね致します。貴女は吾々の信ずる尊き有難き三五教の宣伝使で御座いませう。何卒ハツキリと御名告り下さいませ』 木枯の風はヒユウヒユウと吹き捲つてゐる。浪の音はドンドンと響いて来た。梅ケ香姫は雪のやうな白き、細き手をぬつと前に出し、 梅ケ香姫『あゝ怨めしやな、妾は嶮しき山坂を越え……』 甲乙丙『ヤア、這奴はたまらぬ。矢張り霊ぢや霊ぢや、霊の上に幽の附く代物だよ。遁げろい遁げろい』 と尻をひつからげ雲を霞と遁げ去つたり。梅ケ香姫は、悄然として独言。 梅ケ香姫『水も洩らさぬ悪神の仕組、鷹取別は妾姉妹の行方を探ね苦しめむと企つると聞く。繊弱き女の一人旅、アヽせめて照彦でも居て呉れたならば、こんな時には力になつて呉れるであらうに、アー、イヤイヤ師匠を杖につくな、人を力にするな。神は汝と倶にありとの三五教の教、アヽ迷ひぬるか、女心のあさましさよ。たとへ如何なる強き敵の現はれ来るとも、誠一つの言霊の力に、百千万の曲津見を言向け和さねばならぬ神の使だ。アヽ神様許して下さいませ』 と大地に平伏し、木の間洩る月に向つて、声低に感謝の祝詞を奏上する折しも、最前現はれし三人の中の一人、丙は突然としてこの場に現はれ、 丙(春山彦)『ヤア貴女は三五教の宣伝使、昔はヱルサレムの天使長桃上彦命の御娘と承はつて居りました。ここは鷹取別の神の警戒激しく、貴女様三人の御姉妹を召捕るべく四方八方に探女を遣はし、蜘蛛の巣の如き警戒網を張つて居ります。私も実はその役人の一人、今三人連れで様子を窺へば、まさしく宣伝使の一人と悟つた故、二人の同役を威喝して、まき散らして私は忍んで参りました。私の家は実にむさ苦しい荒屋で御座いまするが、暫らく警戒の弛むまで、わが家にお忍び下さいますれば有難う御座います。この国はウラル彦の教の盛んな所で、三五教のアの字を言つても、酷い成敗に遇はねばならぬ危い所でございます。私も元はウラル教を信じて居りましたが、貴女様一行がてるの国からアタルの港へお渡りになるその船の中に於て、三五教の尊き教理を知り、心私かに信仰致して居りますもの、私の妻も熱心なる三五教の信者でございます。かういふ処に長居は恐れ、又もや探偵の眼にとまれば一大事、どうぞ一時も早く、私の家へ御越し下さいませぬか』 梅ケ香姫『アヽ世界に鬼はない、御親切は有難う御座います。併しながら何事も惟神に任したこの身、たとへ鷹取別の前に曳き出され、嬲殺しに遇はうとも、苟くも宣伝使たる身を以て、人の情にほだされて、たとへ三日でも五日でも空しく月日が過されませうか。神を力に誠を杖に、飽くまでも宣伝歌を唱へて行く処まで参ります。また貴方様に捕へられて、鷹取別の面前に曳出さるるとも、これも何かの神様のお仕組、御親切は有難うございますが、貴方の家へ忍び隠るることだけは許して下さいませ』 丙(春山彦)『イヤ如何にも感じ入りたるお言葉、理義明白なる仰せには、返す言葉もございませぬ。併しながら、袖振り合ふも多生の縁、これも何かの神様のお引合せでございませう。アヽ然らば私の家へ隠れ忍ぶと云ふ事はなさらずに、何卒一晩私の家へ御出で下さいまして、女房に尊き三五教の教を聴かしてやつて下さいますれば有難うございます』 梅ケ香姫『アヽ然らば不束ながら神様の教を伝へさして頂きませう』 丙(春山彦)『早速の御承知、有難う御座います』 と先に立つて行く。又もや後の方に当つて、騒がしき人声聞え来る。 見れば、鷹取別の紋の入つた提燈の光が木蔭に揺らぎつつ、足早に此方に向ひ来たる模様なり。 (大正一一・二・一六旧一・二〇外山豊二録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 附録 第三回高熊山参拝紀行歌(二) 附録第三回高熊山参拝紀行歌(二) 王仁作 高熊山参拝者名簿(二) (大正十一年四月十三日旧三月十七日) (三) 頃は弥生の三の月十七日の未明より(日笠吟三) 神の恵を笠に着て各自に神歌を吟じつつ(志摩泰司) 三志摩ひ調へ泰然と神の教の司人(佐藤くめ) 道を佐藤りし信徒等くめども尽きぬ清新の(新井真子) 御井に湧き出す瑞真魂皇大神の教子が(亀田親光) 亀岡さして田どり行く御親の神の御光に(大場徳次郎) 皆照らされて大道場神徳殊に著次郎く(氏家力雄) 永井の氏は家内中誠の道に信仰の(同しげ) 力雄合せ茅しげる深山の霊地に武勇の士(同武勇) 植芝柔術六段に負はれてふみこむ大本の(同ふみこ) 出口瑞月始めとし一行勇み登り行く 湯浅仁斎先導にエチエチ上る胸突の(湯浅仁斎) 目まで窪んだ老人や純雄塗った様な黒い面(上窪純雄) 白い化粧の淑女たち極上品な御園白粉(上園あい) 実にあいらしき美人まで高天原野はるるごと(高野はる) よろこび雨に瓜生身もいとはず高く秀太郎(瓜生秀太郎) 神山さして大木のふも戸掻き別けぐさぐさと(大木戸さと) 四辺美馬はし邦の祖元つ御神二まかせつつ(美馬邦二) 上りて谷底ながむれば瓜や茄子は生えねども(瓜生さち) 溢るる斗りの神のさち魔神は藤井の善太郎氏(藤井善太郎) 遠き国より北村の花咲く山の八重桜(北村八重) 山本惣勢元気吉く小松林や杉林(山本惣吉) 神の祐けに百千太郎家庭赤山小幡川(小林祐太郎) うしとらよりの穴太までやうやう現はれ北の村(赤川とらよ) イラ力も光る祥たさよ高山低山立並ぶ(北村光祥) 景色四方八方朗らかに眼に入るぞ床しけれ(高山八朗) (四) 竹の林に包まれた田舎の村に細々と(竹田たつえ) 静かな煙たつえ並土を力に井そしみて(土井三郎) 太郎次郎や三郎が安く楽しくいと達者(安達儀一郎) 礼儀は一つも知らねども家庭を衛る藤とさよ(衛藤寛治) 心は寛かに治まりて岩城の如き田人等が(岩城由雄) 由りて仕ふる雄々しさよ田中に聞ゆる雅楽の声(田中雅楽治) 治まる御代の尊とさに東の空に朝日子の(東良俊) 光も別けて良俊や月も同じく照り渡る(同佐多之) 世は日佐加多之末長く日々に新に進みゆく(新島船良) 島漕ぎ渡る大船も良とあしとの難波潟(同のし子) 八重のしほ路を乗り子えて加良国迄も開きゆく(加まち) まちに待ったる関森の神と仕へし茂頴が(関森茂) 梅花も薫る宮垣地生れついての馬鹿太郎(宮地鹿太郎) 腕白小僧と世に高く名をたたへ岸太平の(高岸平八) 御代の恵みは八方に潤ひ都も稲村も(稲村寿美) 寿美きり晴れて永遠野千代万代を幸吉と(永野万吉) 祝ひ暮らすも神界に尽せしための報いかな(同ため) 雲霧四方に達麿や枉津の猛ぶ暗の世を(同達麿) 明圭て介くる神の道永いねがひもやうやくに(同圭介・同いね) 叶ひて今日は高熊の神の御山へれい参り(同れい) 心も加藤明らかに前むも嬉し沢々に(加藤明子) 信徒伴なひ治郎右衛門大き小さき山こえて(前沢治郎右衛門) 神の貞め之神霊地ながめ吉野の桜木も(小山貞之) 殊更めでたく光る俊穴太西条の村外れ(吉野光俊) 心の色も新らしく三葉ツツジの謎の山(西村新三郎) 雲井の上に亮かに秀でて高き神の前(井上亮) 沢田の姫の現はれし元の由縁を菊子連れ(前沢菊子) 村々々と多人数亀岡道場あとにして(村岡卯市) 卯市々々と進み来る人も幸村文治郎(幸村文治郎) 深き神慮は白石の善男善女は野辺の道(白石みちき) あれを先にとみちきたる浦安国の太元の(安元務) 誠の道の務ぞと東西南北遠近尾(東尾吉雄) 通じて三百五十人吉き事のみ雄求めつつ 青野ケ原を邦もせず秀た神山の森さして(青野邦秀) 良き仁ばかり詣で行く(森良仁) (五) 世界の浄土と聞えたる天の真奈井の神の園(土井靖都) 浦靖都の中心地世の大本と賀ざまつる(大賀亀太郎) 亀の齢の浦島太郎再びこの世に現はれて 清けき水の魂となり誠心のあり竹を(清水竹次郎) 世にいち次郎くそそぎ行く池沢沼も草原も(池沢原治郎) 原始の神世に克く治め日本御魂の荘園を(本荘宰甫) 神のまにまに宰しつつ教の道を甫めたる 皇大神は押並べて近き藤きの隔なく(近藤桃三) 桃花もかをる三月三日万の苦難も伊藤ひなく(伊藤孫四郎) 孫心尽して四郎しめす黄金世界の和知の川(金川善作) 善の御魂を作らむと四方の村霧吹岡し(村岡つね) 教へつねがひつ鈴木野を開いて輝す吉祥日(鈴木輝吉) 川入れ火弥吉万の罪を払ひて美はしき(同弥吉) 生命のつなを延ばしつつ体主霊従の行動を(同延吉) 互に戒め吉田中心の丈雄打明けて(田中丈雄) 山成す思ひ円次郎大本塚んだ御利益は(山成円次郎) 惣次て世人の夢にだも知らぬ尊とき限りなり(大塚利惣次) (六) 敏鎌の月は中空に田真をかざして日光に(鎌田喜惣治) 光を喜惣ひ治山の高根に上る神人の(山根菊太郎) 珍の声をば菊太郎四方の国まで三五の(四方国達) 教を広く達せむと西洋の村雲かきわけて(西村隆男) 隆々輝く桂男の露にうるほふ村野人(村野滝洲) 落つる滝水洲々と岩石起伏の草原や(石原繁) 木立繁れる山中の森の下蔭つたひつつ(中森篤正) 信仰篤き正人の咽さへ樋々川かせつ(樋川徳太郎) 神徳太かき神の前清郎至浄の春風も 涼しく吹いて北村の隆熊山の花も光る(北村隆光) 伊豆のま森の義一が誠一つの御教を(森義一) 馬鹿西田とて神直日心も広く直詔し(西田直太郎) 聞直し太郎神の道腹も竜田の紅葉の(竜田富太郎) 都は如何に富太郎かも大山小山すみ寿美の(大山寿美雄) 花雄かざして神の世に成田る春は常永に(成田常衛) 清きま衛のさくくしろ五十鈴の滝の稜威たかく(同さく) 鳴り渡り岸神の国八島の彦の三ツ御魂(岸彦三郎) 小松林の現はれて世を安静に治めむと(小林静子) 道も勝れし神人は又もや進む神のいき(勝又いき子) 山の尾ノ上に崎匂ふ花の一りん手折らむと(山崎りん) 勇気を古い汗の川流してことこと登り行く(古川こと) 市間人形の産心克く謙り二心なく(市間謙二郎) 神と道とに誓田中清き人々次々に(田中清次郎) 固き石井の胸の内藤吉加喜の隔てなく(石井藤吉) 心の合うた信徒が神の御徳を御田村の(御田村たく) 目出たく爰に山路を伊藤ことなく正直に(伊藤正男) 男々しく彼岸に渡辺のしづかに同じ道子行く(渡辺しづ) 神は此世に真島して我等を守らせ給ふなり(同道子) 良弥神なき世なりとも心の奥の村雲を(真島良弥) 宮比古とばに詔り直し御国も人も押なべて(奥村宮古・同よしの) 運気よしのの神の国一つ心に城かため(一城溪三) 溪波の国に現はれし三ツの御魂のとう藤井教へ(藤井ちよの) ちよの礎つき固め一同勇み合ふ田中(同勇) 恵の露も沢々二頂く我等は日の本の(田中沢二・同すゑの) 神の御すゑの珍の御子高天原の大橋を(高橋守) 守る誠の神柱峻し木山も健かに(木山健三郎) 三の御魂に誘はれて菅の小笠はなけれども(小笠原のぶ) 青野ケ原にしのぶ身のつまつ田所は神のさと(田所さと) 輔佐する人も沢々に集まり来り末広く(佐沢広臣) 君と臣との大道をちから限りに神の子が(同ちか) こころいそいそ石の上古事記を川水の(同神子) 流るることく説き諭す三ツ葉ツツジの肉の宅(古川こと・三宅たけ) 国たけ彦の大神の伊都の御楯藤村肝の(藤村伊之吉) 伊之知限りに吉々と生井の内の浅吉まで(井の内浅吉) 汲みて呑み込む原の中田寿けの道をたどりゆく(原田寿道) 同じ心のともききて尊き神の御教を(同ともき) 雲井の上までまき上げて天地の真理をはつ揚し(井上まき・同はつ) 谷の川水常永に清く流るる土井の川(谷川常清) 世界を洗ひ限りなき神の御幸雄四方の国(土井幸雄) 鈴木の原や鹿ぞ住む三山の奥の奥までも(鈴木鹿三郎) 世界改造の神界の経綸の由夫開きゆく(同由夫) (以下次巻)
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霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 総説歌 総説歌 世は常暗となり果てて再び天の岩屋戸を 開く由なき今の世は心も天の手力男 神の御出まし松虫の鳴く音も細き秋の空 世の憂事を菊月の十まり八つの朝より 述べ始めたる霊界の奇しき神代の物語 三つの御魂に因みたる三筋の糸に曳かれつつ 二度目の岩戸を開き行く一度に開く木の花の 色香目出たき神嘉言常世の国の自在天 高く輝く城頭の三ツ葉葵の紋所 科戸の風に吹きなびき思想の洪水氾濫し ヒマラヤ山頂浸せども明の烏はまだ啼かず 長鳴鳥も現はれず橄欖山の嫩葉をば 啣みし鳩の影もなし天地曇りて混沌と 妖邪の空気充ち充ちて人の心は腐りはて 高天原に現はれしノアの方舟尋ね佗び 百の神人泣きさけぶ阿鼻叫喚の惨状を 救ひ助くる手力男の神は何れにましますぞ 天の宇受売の俳優の歌舞音曲は開けども 五つ伴緒はいつの日か現はれ給ふことぞかし つらつら思ひめぐらせば天の手力男坐しませど 手を下すべき余地もなく鈿目舞曲を奏しつつ 独り狂へる悲惨さよ三五教の御諭しは 最後の光明艮めなりナザレの聖者キリストは 神を楯としパンを説きマルクス麺麭もて神を説く 月照彦の霊の裔印度の釈迦の方便は 其侭真如実相か般若心経を宗とする 竜樹菩薩の空々はこれまた真理か実相か 物理に根ざせる哲学者アインスタインの唱へたる 相対性の原理説は絶対真理の究明か 宗教学者の主張せる死神死仏を葬りて 最後の光は墓を蹴り蘇へらすは五六七神 胎蔵されし天地の根本改造の大光明 尽十方無碍光如来なり菩提樹の下聖者をば 起たしめたるは暁の天明閃く太白星 東の方の博士をば馬槽に導く怪星も 否定の闇を打破る大統一の太陽も 舎身供養の炎まで残らず五六七の顕現ぞ 精神上の迷信に根ざす宗教は云ふも更 物質的の迷信に根ざせる科学を焼き尽し 迷へる魂を神国に復し助くる導火線と 秘かに密かに唯一人二人の真の吾知己に 注がむ為の熱血か自暴自爆の懺悔火か 吾は知らずに惟神神のまにまに述べ伝ふ 心も十の物語はつはつ爰に口車 坂の麓にとどめおくあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 ○  三箇の桃と現はれし松、竹、梅の姉妹が 獅子奮迅の大活動智仁勇をば万世に 残す尊き言の葉のいや永久に茂りつつ 八洲の国の礎を造り固めしその如く 数多の人を大神の誠の道に誘ひて 雄々しき魂となさしめよ黄泉比良坂大峠 昔も今も同じこと三つの御魂に神習ひ 三月三日の桃の花五月五日の桃の実と なりて御国に尽せかし神は汝と倶にあり 御仁慈深き大神の御手に曳かれて黄泉国 うとび来らむ曲神を誠の教の剣もて 善言美辞に打払ひその身その侭神となり 皇御国の御為に力限りに尽せよや 神を離れて神に就き道に離れて道守る 誠一つの三五教の月の心を心とし 尽す真人ぞ頼母しきあゝ惟神々々 御霊の幸を賜へかし。 大正十一年二月廿七日旧二月一日 於竜宮館王仁識
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霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 29 子生の誓 第二九章子生の誓〔五二五〕 そこで須佐之男命がお父さんの伊邪那岐命に申上げられましたのには、然らば私は根の堅洲国に参ります。併しそれにつきましては、高天原に坐す姉君の天照大御神に一度お暇乞ひを致して参り度と存じます。高天原に上りますと申されて、 『乃ち天に参上りますときに、山川悉く動み、国土皆震りき』 天にお上りになるといふ此天は大本で言へば高天原で、今日に譬へて見たならば国の政治の中心で現代日本の高天原は東京であります。神界にも政治の中心が高天原にあつたのは当然で御座います。そこでいよいよ高天原に上り給はむとするとき山も川も悉く動いた。国土皆震ひ出しました。即ち物質界の上にも精神界の上にも、大地震があつたのであります。併しこれは形容であつて、社会万民総てのものが今更のやうに驚き、国土の神々が一度に震駭した。今日の言葉で言へば内乱が起つたといふやうな意味で非常な騒ぎであります。須佐之男命がこれから根の堅洲国においでになるに就ては、今度お暇乞ひの為に高天原にお上りになるといふので、国中非常な大騒ぎで、終に騒乱が起つたのであります。一方天照大御神様は、今度須佐之男命が天に上るに就て、国中大騒ぎであるといふことを聞し召されて、大いにお驚きになつて、 『あが汝兄の命の上り来ます由は、必ず美しき心ならじ、我が国を奪はむと欲すにこそ』 と詔り給うて弟の須佐之男命が海原を治さずして、高天原に上つて来るといふことであるが、これは必ず美しい心ではなからう。我此主宰する所の高天原を占領に来るのであらうと仰せになつて、 『御髪を解き御美髪に纏かして』 男の髪のやうに結ひ直して大丈夫の装束をして数多の部下を整列せしめ、戦ひの用意をなさつたのであります。元来変性男子の霊性はお疑が深いもので、わしの国を奪りに来る、或は自分の自由にする心算であらう、斯う御心配になつたのであります。丁度これに似たことが、明治二十五年以来のお筆先に非常に沢山書いてあります。変性女子が高天原へ来て潰して了うと云つて、変性女子の行動に対して非常に圧迫を加へられる。また女子が大本全体を破壊して了うといふやうなことが、お筆先に現れて居ります。それで教主初め役員一同、教祖の教の通りに此皇国の為め、霊主体従の神教を説いて日夜務めて居るので御座いますが、併し大本教祖も変性男子の霊魂であつて矢張疑が深いといふ点もあります。天照大御神様は、疑ひ深くも弟の美しい心を、これは悪い心を以て来たのではあるまいかとお疑になつたのであります。教祖もさう云ふ工合に変性男子の神界の型が出来て居るのであります。さうして、 『左右の御美髪にも御鬘にも、左右の御手にも、各八坂の勾玉の五百津の御統真琉の珠を纏き持たして、背には千入の靱を負ひ』 矢筒や弓をお持ちになりて、 『伊都の竹鞆を取り佩して弓腹を振り立てて』 弓を一生懸命に、ギユツト満月の如く引き絞つて、 『堅庭は向股に踏みなづみ、沫雪なす蹶散かして、伊都の男健び踏み健びて待ち問ひ給はく』 男健びといふのは、角力取りが土俵に上つてドンドンと四股を踏んで、全身の勇気を出す有様であつて、弟が軍勢を引き連れて来たならば一撃の下に討ち亡ぼして了うて遣らうと、高天原の軍勢を御呼び集めになつたのであります。 如何にも女神の勇ましさと、偉い勢を形容してあります。弟の須佐之男命が上つて来るのは、高天原を攻め落さうと思つて来るのではないかと、非常に御心配になつてそれに対する用意をしてお待ちになつたのであります。今日世人や新聞雑誌記者や既成宗教家や学者などが、大本が何か妙なことを考へて居るのではあるまいかと、変な所へ気を廻して居るのと同じことであります。そこで、 『何故上来ませると問ひ給ひき』 汝は海原を治めて居ればよいのである。然るに今頃何が為めに高天原へ出て来たかとお問ひになつた。すると須佐之男命が答へられた。私が今来て見れば、大変な防備がしてある。大変な軍備がして有りますが、これは私に対する備へでせうが、私は決して然う云ふ穢い考へは持つて居りませぬ。ただ父君伊邪那岐命が何故その方は泣くかとお尋ねになりましたから、実状を申上げるのはどうも辛う御座いますし、親様に心配をかけるのは畏れ多いと思つて、私は母の国に参らうと思ひますと申し上げました所が、父の大御神は以ての外のお怒りで、此国を治めるだけの力無きものなら、勝手に行けと仰有つて、手足の爪を抜き、鬚をぬき、髪の毛を一本もないやうに、こんな風にせられました。で私はこれから母の国に参りますといふことを姉上に申上げに参つたのであります。然うしますると天照大御神様は、果して然らば、汝は何によつてその心の綺麗なことを証明するか、証拠を見せて貰ひ度いと仰せられた。そこで須佐之男命は、 『各誓ひて御子生まな』 誓ひといふことは、誓約のことであります。若しも私が悪かつたならば斯々、善かつたならば斯々といふ誓ひであります。 『故爾に各天の安河を中に置きて誓ふときに』 天の安河といふのは、非常に清浄な所を意味するのであります。総て河の流れのやうに、少しも滞らない留まらない所は綺麗であります。物を溜るといふことは腐敗を意味します。この綺麗な清らかな、公平無私な所を、天の安河といふのであります。それを真中にして、本当の公平無私なる鏡を茲に立てて、さうして両方から誓約をせられました。どう云ふ誓約であるかといふに、須佐之男命は十拳の剣を持つて居られた。剣といふものは男の魂であります。昔から我国では刀を武士の魂又は大和魂と申して居ります。女の魂は鏡であります。乃ちお前の魂である所の剣を渡せと天照大御神が仰せられたから、それをお渡しになると、天照大御神は三つに折つて、 『天の真名井に振り滌ぎてさ嚼みに嚼みて吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は』 第一番にお生れになつた神は多紀理姫命、次に市寸嶋比売命、次に多気津姫命の三女神で現に竹生嶋に祀つてあります。安芸の宮嶋に祀つてありますのは市杵島姫命であります。次に多紀理姫命、多岐津比売命、この三人の女神がお生れになつた。今度は須佐之男命、この神様は非常に怖い、絵で見る鐘馗さんみたいな暴悪無類の神様のやうに見える、おまけに剣まで佩ひて居られる、その剣をお調べになると、三人の綺麗な姫様がお生れになつて居るのである。この三女神は竹生島その他の神社に祀つてあります。三女神の神名を言霊上より解釈すれば『多紀理姫命は尚武勇健の神』『市寸島姫は稜威直進、正義純直の神』『多気津姫命は突進的勢力迅速の神様』で是が真正の瑞の御魂の霊性であります。この竹生島とは竹生と書きまして昔から武器の神様としてあります。即ち武器といふのは、竹が初まりであつて、先づ竹槍を造つた。そして竹で箭を造り、弓を拵へることを発明したといふやうな工合に、今の武器の初めは竹であつた故に武の字をタケと読むのであります。そこで今建速須佐之男命の持つて居られました剣、つまり須佐之男命様の御霊である所の刀からは三人の姫神がお生れになつた。刀を持つて居るから建速と申すとも言ひます。多紀理比売は手切姫で斬る。多岐都比売は手で突くといふ意味にもなります。伊突姫も突刺す意味である。すると槍とか剣とかは伊突き、手切り、手断突の働きになつて居ります。兎に角立派な綺麗な極従順な鏡の如き姫神様でありました。それで之れを瑞の霊とも、三人の瑞の霊[※御校正本・愛世版では「三人の瑞の霊」だが、校定版・八幡版では「三人の霊」に直している。]とも申します。三月三日の節句を女の節句として祝ひますのも然う云ふ所から出て居ります。それから今度は須佐之男命が天照大御神の御用ゐになつて居ります珠、平和の象徴たる所の飾りの八坂の勾瓊を御受けになつて、天の真名井の綺麗な水にお滌ぎになつて、 『さがみにかみて吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は』 玉と云ふものは元来清く美しい光り輝く真善美のものであつて、刀の如くに斬つたり突いたりするものではありませぬ。実に平和に見えるものであります。これは左とか右りとか沢山ありますけれども長くなりますから委しく申上げませぬ。而して気吹の狭霧になりませるとありますのは、此処はつまり鎮魂であります。初め先づ鎮魂して各自の霊を調べるのであります。吾々の静坐瞑目して致して居ります所の鎮魂と同じ意味であります。如何なる守護神が現はれてゐるか、霊魂の集中を審めて見るので御座います。そこでお生れになりましたのが、正勝吾勝勝速日天の忍穂耳命、不撓不屈勝利光栄の神、次に鎮魂してお生れになつたのが天の菩卑能命、血染焼尽の神。次が天津日子根の命、破壊屠戮の神。次に活津彦根命、打撃攻撃電撃の神。次が熊野久須毘命、両刃長剣の神。都合五柱の男の命がお生れになつたのであります。天照大御神は姿は女である。女の肉体をお有ちであつたので御座いますが、その霊は以上述べた如く実に勇壮無比の男神でありました。鎮魂の結果お生れ遊ばしたのは五柱の男の神様の霊性が現はれた、それで姿は女であつて男の御霊を備へて居られますから、天照大御神を変性男子と申し、厳の御魂と申し、須佐之男命は姿は男であつても女の霊をおもちであつたから変性女子と謂ひ瑞の御魂といふので御座います。而して前の三女の霊に対して、この五柱の命を五男の霊とも申します。之を仏教では八大竜王と唱へまして、京都の祇園では八王子というて御祭りになつて在ります。 茲で初めて須佐之男命は表面怖い暴逆な神様であるけれども実は極く優美しい、善い心の神様であるといふことが解り、これに引きかへ天照大御神は極くお優しい、鏡からぬけ出たやうな玲瓏たるお方でありますけれども、前の言霊解の如き御霊があつたのであります。 ここで一つよく考へなければならぬ事は天照大御神のお言葉に、 『言向け和はせ』 と書いてありますが、言葉を以て世界を治めよといふことになります。さうしますと天照大御神は外交の難しい事について御子孫にお示しになつたのでありまして、どこまでも此珠を以て充分に平和を旨として治めて行かなくてはいかぬといふ御心でありました。然るに須佐之男命は根の堅洲国へ行くについても、武備を非常に盛んにして軍艦を沢山に拵へ、大砲を沢山造るといふ、所謂武装的平和のお心である。斯う考へますと、今の外国の主義が須佐之男命のと同じである。体主霊従である。天照大御神は日本国になつて居るといつてもよいと思ひます。日本人の心の中には武備がある。大和魂がある。けれども表面には武装がないのである。いざといふ場合には稜威の雄健び、踏健びをしなくてはならぬがその間には常に極く平和に落着いて居る。然るに外国は始終刀を有てゐる。外に向つて十拳の剣を握つてゐるけれども、愈戦ふとなれば、あちらは三人の女の神様であるのに反して、表面弱い如くに見えても五人の男の神様の霊性が出て来るのである。この霊および身魂のことに就てはお筆先にも出て居ります。身魂の善悪を改めると申されてあります。 『是に天照大御神、須佐之男命に告り給はく』 後から生れた所の五柱の神はわしの有つて居る珠から出て来たものであるから自分の子である。所謂自分の魂から出た男神はみな自分の子である。それから先刻生れた姫御児はその種が汝が魂十拳の剣から出たのだからこれは汝の子であると仰有つた。これで身魂の立て分けが出来た。須佐之男命は変性女子で、天照大御神は変性男子であるといふことが明かになつた。所が須佐之男命は、姉天照大御神は今迄は私の心を疑うて御座つたが、これで私の清明潔白な事は証拠立てられた。私の心の綺麗な事は私の魂から生れた手弱女によつて解りませう。あの弱々しい女子では戦をする事は出来ますまい。斯う考へたならば最前あなたは、私が高天原を奪りに来たらうと仰られたがあれは間違ひでせう。私の言ふことが本当でせう。 『これによりて言さば自ら我勝ぬと言ひて、勝さびに天照大御神の営田の畔離ち、溝埋め、亦其の大嘗聞し召す殿に屎まり散らしき』 この言葉は少いけれども、この意味は、当時須佐之男命様にも尚ほ沢山の臣下が在つた。茲に須佐之男命に反対するものと、味方するものとが出来て来たので迷ひが起つたのであります。須佐之男命がお勝になつて、増長なさつたといふよりも寧ろ、私の綺麗な心は解つた筈である。然るに尚悪いと仰せになるのは心地が悪い、不快であるといふので終に自暴自棄に陥つたのであります。やけくそを起した結果が、田の畦を壊したり、溝を埋めたり、御食事をなさる所へ糞をやり散らして、いろいろ乱暴のあらむ限りを、須佐之男命に味方する系統の者が行つたのであります。天照大御神は此状態を御覧になり、弟は決してあの多量の糞をまいたりする筈はない、酒に酔つて何か吐いたのであらう。畔を離ちたり、溝を埋めるのは、丁度今でいふ耕地整理のやうなもので、いらぬ畔や溝を潰して沢山米が出来るようにする為めだらうと、所謂直日に見直し詔り直して、一切のことを総て善意に御解釈されて所謂詔り直し給うたのであります。何でも善い方に解して行けば波瀾は少いもので御座います。天照大御神も善意に解して居られましたけれども、御神意を悟らぬ神等の乱暴は愈長じて遣り方が余りに酷くなる。八百万の神様方がどうしてもお鎮まりがない。世の中が大騒ぎになつた。彼方でも此方でも暴動が起る。無茶苦茶な有様になつた。そのうちに、 『天照大御神、忌服屋に坐まして、神御衣織らしめ給ふときに、其の服屋の頂を穿ちて、天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて堕し入るるときに、天の御衣織女、見驚きて梭に陰上を衝きて死せき』 斯う云ふ事件が起つたので御座います。ここで機を織るといふことは、世界の経綸といふことであります。経と緯との仕組をして頂いて居つたのであります。すると此経綸を妨げた。天の斑馬暴れ馬の皮を逆剥にして、上からどつと放したので、機を織つて居た稚比売の命は大変に驚いた。驚いた途端に梭に秀処を刺し亡くなつてお了ひになつたのであります。さあ大変な騒動になつて来た。 (大正九・一〇・一五講演筆録) (大正一一・三・六旧二・八谷村真友再録)
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(1660)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 総説歌 総説歌 廿五年の時つ風待ちに待つたる三月三日 梅は散れども桃李の花香も馥郁と天地の 神の集まる園の内物は言はねどおのづから 小径をなして集ひ来る民は豊に豊国姫の 貴の命の分霊瑞の御魂の開け口 深き恵は大八洲彦神の司の遠近に 輝き亘る三五の月の教は五六七殿 神代を明かす物語清く伝へて末の世の 鑑となさむ礎を修理固成し瑞霊 厳の霊を経となし緯機織りなす瑞月が 過去と未来と現在に亘りて述ぶる言の葉も 栄ゆる天の橋立や文珠の智慧の神心 身は虚空蔵の空に置き妙音菩薩、最勝妙如来 三十三相の観世音大日如来と現はれし 日の出神の御活動木の花四方に咲耶姫 松の神世の開くまで深き経綸は弥仙山 曲津の荒ぶ世の中に心を配り気を配り 此世を渡す地蔵尊神も悪魔も助け行く 大慈大悲の弥勒神現はれ出でて治す世は 亀の齢の瑞祥閣御空に高く舞鶴の 神代の幸を冠島畏き御代に大島や 人に踏まるる沓島の小島の果に至る迄 あら有難や荒波に漂ふ世人を助けむと 綾の高天原に現はれて教を流す和知の川 金竜銀竜舞ひ遊ぶ綾と錦の錦水亭 言霊閣は大空に雲を圧して聳ゆれど 暗に迷へる人の目は神の光も三重の塔 梅さく苑や常磐木の小松茂れる竜宮館 春の嵐に吹かれつつ教御祖を祀りたる 珍の御舎ふしをがみ身を横たへて神霊の 厳しき鞭に打たれつつ横に立てりて述べてゆく 神素盞嗚の大神が生ませ給ひし八柱の 心優しき乙女子がメソポタミヤの楽園を 後に眺めて四方の国父の尊の遭難を 風の便りに聞きしより豊葦原の八洲国 西や東や北南国の八十国八十の島 隈なく尋来て大神に廻り会はむと御跡を 慕ふ心の矢も楯も堪りかねてぞ種々に 姿をやつし出で給ふ悲しき神代の経緯を 三月三日に因みたる瑞の御魂の和魂 畏き御代に大八洲彦神の司の神実を 高天原に神集ふ教司や信徒が 赤き心の花開く神の都の五六七殿 斎き祀りて演芸の守りの神と斎ひつつ 誠一つの教子は神と君とに二心 吾あらめやと仕へ行く三四の栄は五までも 六び栄えよ七の国神徳かをる大八洲 九つ花の咲き出でて常夜の闇を照らし行く 十曜の神紋きらきらと輝く棟を眺めつつ 玉の御柱つき固め栄ゆる御代を松村や(松村仙造) 御国の先祖(仙造)と現れませる国常立の大神の 教を開き北村や隆々光る神の教(北村隆光) 外山の霞かきわけて豊二昇る朝日影(外山豊二) 山の尾の上を照らしつつ百花千花は馥郁と(山上郁太郎) 輝き渡り澄みわたり薫るもゆかし教の花 遠つ(藤津)神代の昔より幾億年の末迄も(藤津久子) 見きはめ尽す久方の神の御言をいや加藤(加藤明月) 項に受けて説き明かす三五の月の数みちて 四四十六の菊の巻九月八日の神界の 錦の機の糸口を結ぶも嬉し道の友 栄五六七の末迄も堅磐常磐に宣り伝ふ 口の車や筆の梶果しもあらず進み行く 今日の生日ぞ芽出たけれあゝ惟神々々 霊幸倍坐世よ。 (大正一一・四・五旧三・九松村真澄録)
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(1715)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 04 四尾山 第四章四尾山〔六三二〕 天と地との神の水火うまらにつばらに大八洲 天の沼矛の一雫自転倒島の真秀良場や 青垣山を繞らせる下津岩根の貴の苑 此世を治むる丸山の神の稜威は世継王山 力隠して桶伏の丸き姿の神の丘 黄金の玉の隠されし貴の聖地の永久に 動かぬ御代の神柱国武彦の常永に 鎮まりまして天翔り国かけります神力を 潜めて茲に弥仙山木の花姫の生御魂 埴安彦や埴安姫の神の命の建てましし 神の都の何時しかに開けて栄ゆる梅の花 薫り床しき松の世の弥勒の御代に老松の 茂る川辺や小雲川清き流れの底深く 四方の神々人々の霊魂を洗ふ白瀬川 神の仕組に由良のほまれを流す生田川 イクタの悩み凌ぎつつ神素盞嗚大神は 天と地との神柱堅磐常磐に建て給ふ 暗を晴らして英子姫万代寿ぐ亀彦が 鶴の巣籠る松ケ枝に千代の礎固めつつ 此世を紊す曲津神鬼雲彦を言向けて 四方に塞がる叢雲を神の伊吹に吹払ひ 清めにや山家の肥後の橋神子坂橋の手前まで スタスタ来る宣伝使朧にかかる月影を 透して向ふを眺むれば虫が知らすか何となく 心にかかる春霞シカと見えねど陽炎の 瞬く間もなく宣伝歌耳さす如く聞え来る ツと立止まり道の辺に様子窺ふ折もあれ 夜目にシカとは分らねどどこやら気分が悦子姫 床しき影とおとなへば案にたがはぬ麻柱の 神の司の悦子姫川瀬も響く音彦や まだシーズンは来らねど名は夏彦や加米彦の 随従の影は四人連れ情無き浮世に揉まれたる 心の底のつれづれを徒然草を褥とし 互にあかす物語神徳照らす一イ二ウ三四 五の御霊の六人連れ七度八度九十 百度千度万度亀と加米との呼吸合せ 顕幽二界に出没し五六七の御代を来すまで 心の帯を堅く締め尽くさにや山家の道の辺に 深き思ひを残しつつ東と西へ別れ路の 積る願ひの山坂をさらばさらばの声共に 別れ行くこそ雄々しけれ悦子の姫はスタスタと 三人の益良夫伴ひて胸突坂を辿りつつ 心の空に浮かぶ雲英子の姫の御言葉 由縁ありげに味はひつ霞を辿る心地して いと勇ましくかけて行く山の老樹は大空を 封じて月日を隠しつつ深き仕組を包むなる 躑躅の花のここかしこ胸もいろいろ乱れ咲く 咲耶の姫を祀りたる木の花匂ふ神の山 恵も高き須弥仙の山の麓に来て見れば アヽ天国か楽園か山と山とに挟まれし 青麦畑菜種花紫雲英の花も咲きみちて 心持よき花むしろ蝶舞ひ遊ぶ神苑に 心も赤き丹頂の鶴の下りたる如くなる 景色眺めて賤の屋の細き煙も豊彦が 雪を欺く白髯を折柄吹き来る春風に いぢらせ乍らコツコツとあかざの杖にすがりつつ 神の使ひか真人かやつれし人に似もやらず 威風備はる翁どの頼むとかけし言の葉の 刹那の風に煽られて心もそよぐ悦子姫 神にひかるる思ひにて伏屋の前に来て見れば 三月三日の菱餅に擬ふべらなる門の戸に 驚き乍ら何気なう表戸開く音彦が 悦子の姫を伴なひてしけこき小屋の上り口 休らふ折しも老夫婦蝶よ花よと育みし 生命と頼む掌中の娘のお玉が病気の 心にかかる物語うまらにつばらに宣りつれば 慈愛の権化の悦子姫真玉手玉手さし延べて 娘のお玉を撫でさすり首を傾けとつおいつ 老の夫婦に打向ひ豊彦豊姫お玉さま 必ず心配遊ばすな一生癒らぬ脹れ病 生命にかかる気遣ひはないた涙を晴らしませ 厳の御霊の大神が五六七の御代の礎と 神の水火をば固めましお玉の方の体を藉り 三つの御霊の睦み合ひ宿りましたる神の御子 人の呼吸にて固めたる曇りの多き魂でない 水晶玉のミツ御霊厳の御霊を兼ねませる 三五の月の大神の教を守る神人の 今日は嬉しき誕生日黒白も分かぬ暗の夜も 愈開き春の空アヽ惟神々々 御霊幸はひましませと祈る折しも忽ちに ホギヤアホギヤアと産の声爺と姿アは云ふも更 おつたま消たるお玉まで妊娠がしてから十八月 神の恵に恙なく生み落したる音彦や 万代祝ふ加米彦が手の舞足の踏む所 知らぬ許りに雀躍し芽出度い芽出度いお芽出たい 千代に八千代に伊勢蝦の曲つた腰の夏彦が 百の齢を重ねつつピンピンシヤンと跳ねまはる 此瑞祥のミツ御霊悦子の姫の計らひに 玉照姫と命名し述ぶる挨拶そこそこに 口籠りたる涙声涙の雨を凌ぎつつ 門口出づる四つの笠四ツつの杖は地を叩き 春の霞に包まれて笠は空中に揺ぎ行く 夜は烏羽玉と暮れ果てて一夜を明かす森の中 鴉の声と諸共に又もや進む四つの杖 弥仙の山の絶頂に四足の草蛙に恙なく 七尺余りの身を乗せて神の御声を笠の内 厳の御前のいと清く鬼も大蛇もコンパスの 谷間を指して下り行く茲に四人の一行は 峰の嵐に送られて老木茂る谷路を 流れに沿ひて逸早く進み進みて檜山 神の恵の木の花も一度に開く梅迫や 道も直なる上杉の郷を後に味方原 深き仕組は白瀬川浪音高き音彦が 加米と夏とを伴なひて悦子の姫を守りつつ 綾の聖地に上り来る珍の御言を蒙りし 悦子の姫の胸の内うちあけかねし苦みは 神より外に世の人の計り知られぬ仕組なり アヽ惟神々々御霊幸はひましませよ。 悦子姫は、世継王山の麓に、神の大命を被りて、加米彦、夏彦、音彦に命じ、些やかなる家を作らしめ、ここに国治立命、豊国姫命の二神を鎮祭し、加米彦、夏彦をして之を守らしめ、自らは音彦を伴なひ、神素盞嗚大神の隠れ給ふ近江の竹生島に出立せむとする折しも、悦子姫の在処を尋ねて来る四人の男女、日は漸く西山に没れし黄昏時、門の戸を叩いて、 女『モシモシお尋ね申します。此お家は悦子姫様のお館では御座いませぬか』 と優しき女の声。 加米彦『ヤアどこやらで聞いた事の有る様な声だ……おい夏彦、表を開けて見よ』 夏彦『此木の生え茂つた山の裾の一軒家、薄暗くなつてから、女の声を出して尋ねて来るよな者は、どうせ本物であるまい……加米彦、御苦労だが開けて下さらぬか。私は又弥仙山の様な声がすると困るからなア』 加米彦『エー気の弱い男だなア。昼になるとビチビチはしやいで、夜になると悄気て了ふ加米彦……オツトドツコイ夏彦の様な男だなア』 夏彦『ハヽヽヽ、オイ加米彦、チツト勘定が違ひはしませぬか、ソンナ計算をやつて居ると、一年も経たずに破産の運命に陥り、身代限りの処分を受けますぞ』 加米彦『ナーニ、一寸神霊術に依つて、人格交換をやつたのだ。お前の肉体には加米彦が憑り、加米彦の肉体にはお前の霊が憑つて居るのだから、所謂、お前が戸を開けるのは畢竟加米彦が開けるのだ。……オイ加米彦の代表者、夏彦が命令する、……早く開けないか』 夏彦『エー何とかかとか言つて、責任を忌避する事ばつかり考へて居やがる。……アヽ仕方がない、ソンナラ准加米彦が戸を開けてやらうかい』 と小声に囁き乍ら、ガラリと開けた。 夏彦『ヤアあなたは紫姫様、……ヤア青彦さま、馬さま、鹿さま、久し振だ。サア這入つて下さい。……オイオイ夏彦の代理、紫姫様の御光来だ。悦子姫様に御取次を申さぬか』 加米彦『モウ人格変換だ。併し悦子姫様に申上げるのは、矢張加米彦の特権だ』 と一間に入り、 加米彦『モシモシ悦子姫さま、紫姫さま一行が見えました』 悦子姫『それは良い所へ来て下さつた。実は夜前から、一寸、神界の御用があるので、鎮魂をかけて置いたのです。青彦、馬公、鹿公さんも来ましたでせう』 加米彦『ヤアあなたは変な事を仰有いますネ』 悦子姫『天眼通、自他神通の妙法を以て、人の霊魂を自由自在に使うたのです、ホヽヽヽ』 加米彦『ヤアそンな事があなたに出来るとは、今迄思はなかつた。人は見掛に依らぬものですネー』 悦子姫『紫姫さまを一時も早く、私の居間へお連れ申して下さい』 加米彦『承知致しました』 と加米彦は、次の間に下り、 加米彦『アヽやつぱり女は女連れだ。モシモシ紫姫さま、悦子姫様が特別待遇を以てあなた一人に限り、拝謁を許すと仰せられます。どうぞ奥へお通り下さい』 紫姫『ハイ有難う御座います』 と奥の一間に姿を隠したり。 悦子姫『コレ音彦さま、加米彦さま、あなた暫く、妾の声の聞えぬ所に居て下さい。少し御相談がありますから……』 加米彦『女は曲者とはよく言つたものだ、ナア音彦さま、今迄は音彦々々と仰有つたが、紫姫さまがお出でになるが早いか、一寸相談があるから、聞えぬ所へ往て下さい……なンテ本当に馬鹿にされますなア』 音彦『何は兎も角、皆さま、暫く林の中へでも往つて、面白い話でも致しませう。何時吾々は斯うやつて居つても、悦子姫女王から、ドンナ御命令が下つて、何処へ出張を命ぜられるやら分つたものぢやない。今の内に一つゆつくりと、芝生の上で打解けて話を致しませうかい。青彦さま、馬さま、鹿さま、サア参りませう』 と音彦は先に立ち、半丁許り離れたる木下闇に、探り探り進み行く。 加米彦『アヽ暗い暗い、丸で弥仙山に野宿した時の様だ』 夏彦『キヤツキヤツ、ザアザア、ウンウン、バチバチ、ガラガラ……ガ、サアこれから幕開きと御座い』 加米彦『エーしやうもない事言ふな。言霊の幸はふ国だ。併し乍ら夏彦、貴様は紫姫さまに電波を、チヨイチヨイ送つて居るが、長持の蓋だ、片一方はアイても、片一方はアク気遣ひはないワ。モウ今日限り、執着心を棄てたが宜からうぞ』 夏彦『何を言ひよるのだ。蛙は口から、……それや貴様の事だよ』 加米彦『ナーニ、貴様の霊が俺の肉体に始終出入しよつて、ソンナ心を出しよるのだ。貴様の霊が憑依した時の恋の猛烈さ……と云つたら、九寸五分式だ、まだも違へば軋死式、首吊り式、暴風雨地震式の恋の雲が包ンで来よつて、暗澹咫尺を弁ぜずと云ふ……時々幕が下りるのだよ。もう良い加減に改心をして、俺の肉体を離れて呉れ。其代りに小豆飯を三升三合、油揚を三十三枚買つて、四辻まで送つてやる、斯れでモウさつぱりと諦めるのだよ』 夏彦『何を言やがるのだ。勝手な熱ばつかり吹きよつて、……弥仙山の極秘を、音彦さまの前で暴露しようか』 加米彦『どうなつと勝手にしたが宜いワい。大胆不敵の加米彦は梟鳥式だ。斯う云ふ暗夜になればなる程、元気旺盛となつて来るのだ。弥仙山に野宿した時は、貴様の副守護神が俺の肉体に憑依しよつて、臆病な態を見せたぢやないか。他人の事ぢやと思うて居れば、皆吾が事であるぞよ、改心なされ……』 夏彦『どこまでも厳重な鉄条網を張りよつて、攻撃する余地がなくなつた。まつ四角な顔に四角い肩を聳やかし、四角四面な、冗談一つ言はぬ様な風を装うて居乍ら、ぬらりくらりと、まるで蛸入道の様な代物だなア。カメと云ふ奴ア、六角の甲を着て居る奴だが、此奴は二角程落して来よつた。カメと鼈との混血児だなア。……オーさうさう混血児で思ひ出した。コンコン鳴く奴ア、やつぱり、ケツだ。小豆飯に油揚式の霊魂だ。其勢か、能く口が滑らかに辷る哩』 音彦『オイ加米彦、充分に今日は気焔を吐いて聞かして呉れ。明日はお別れせにやならぬかも分らないからなア』 加米彦『エーそれや音彦さま、本当ですか』 音彦『どうやらソンナ気配がする様だ。どうも悦子姫さまのお顔色に現はれて居る様だ』 加米彦『アハー、あなたは、間がな隙がな、あの美しい別嬪を見詰めて御座る丈あつて違つてますなア。男を怪しい笑靨の中に巻き込みて了ふ丈の魔力を保有して御座る女王さまだから、何時の間にか音彦さまも恋縛を受けなさつたと見えるワイ……ヤアお芽出たう、おウラ山吹さま、……併し乍ら道心堅固の悦子姫様だ。太田道灌ぢやないが「七重八重花は咲けども山吹の、実の一つだになきぞ悲しき」とウツカリ秋波でも送らうものなら、三十珊の巨弾で撃退されて了ふよ。自惚と梅毒気の無い者は滅多にないから、音彦さま、能う気を付けなさい』 音彦『アハヽヽヽ、加米彦さま、それは、例の人格交換ぢや有りませぬか。音彦でなくて実際は加米彦さまの事でせう。お芽出たいお方ですネ』 一同大声を挙げて笑ふ。 加米彦『モウ密談も済みただらう。宜い加減に気を利かして帰りませうか、コンナ暗がりへ放り込まれて、夜分に目の見えぬ人間は、聊か迷惑だ。斯う云ふ暗い晩に得意な奴はアマ夏彦一匹位なものだ、ワツハヽヽヽ』 と仇笑ひつつ先に立ち帰つて行く。加米彦、門口より、 加米彦『モシモシ悦子姫様、モウ御安産は済みましたかな、男でしたか女でしたか、……何と云ふお名をおつけになりました。……玉照彦ですか……』 悦子姫『ホヽヽヽ、加米さまですか。エライ失礼を致しました。サア皆さまと一緒にお這入り下さいませ』 加米彦『お役目なれば、罷り通るツ。悦子姫殿、紫姫殿、許させられえ』 とワザと体を角立て、紙雛の様なスタイルで、稍反り気味になつて、悦子姫の居間にズーツと通る。 悦子姫『加米さま、冗談も良い加減にして置きなさらぬか。妾は明早朝、音彦さまと此処を立出で、或る所へ参ります。加米彦さまと夏彦さま、どうぞ留守をシツカリ頼みます』 加米彦『ヘー、ヤツパリ……ヤツパリですなア』 悦子姫『エツ、何ですと』 加米彦『ヤア、何でも有りませぬ。ヤツパリあなたは神界の大切な御用をなさるお方、到底吾々ヘツポコの計り知る可らざる御経綸が有ると見えますワイ』 悦子姫『ホヽヽヽ』 紫姫『ホヽヽヽ』 音彦『唯今承はれば、私はあなたと共に、どつかへ参るのですか』 悦子姫『ハイ御苦労様乍ら、どうぞ妾に従いて来て下さいませ』 音彦『ハイ承知仕りました。どこまでも、神様の為ならば、お伴致しませう』 加米彦『ヤア音彦の命、万歳々々』 と、度拍子の抜けた大声で呶鳴り立てる。 音彦『加米彦さま、永らく御昵懇になりましたが、暫くお別れせなくてはなりませぬ。どうぞ機嫌よく留守をして居て下さいませや』 加米彦『ハイハイ畏まりました。あなたも、悦子姫さまと御機嫌よく、相提携して、極秘的神業に御参加下されませ』 と意味有りげに、ニタリと笑ふ。 夏彦『悦子姫様、私はお伴は叶ひませぬか』 悦子姫『ハイ有難う御座います。併し乍ら神様の御命令で、あなたは暫く、妾の帰るまで、加米彦さまと留守をして居て下さいませ』 加米彦『アハヽヽヽ、態を見い、サア明日からは此加米彦の、何事も指揮命令に服従するのだぞ。……モシモシ悦子姫さま、どうぞあなたのお留守中は、夏彦が吾々の命令に服従致します様に、厳しく命令を下しておいて下さい。上下の区別がついて居ませぬと、凡ての点に於て矛盾撞着、政治上の統一を紊しますから……』 悦子姫『加米彦さま、あなたお年は幾歳でしたかネー』 加米彦『ハイ私はザツト二十才で御座います』 悦子姫『違ひませう……』 加米彦『イエ別に……さう沢山も違ひませぬが……精神上から申せば、先づ二十才……現界に肉体を現はしてからは三十三年になります』 悦子姫『それは大変な違算ぢやありませぬか』 加米彦『何分亡父が貧乏暮しをして居たものですから、素寒貧で、十三(仰山)な遺産も御座いませぬ、アハヽヽヽ』 悦子姫『夏彦さまは幾才ですか』 夏彦『ハイ私は見た割とは、ひね南瓜で御座います。精神は兎も角も、肉体は四十八になりました』 悦子姫『アヽそれなら年長者を以て上役と定めます。加米彦さま、妾が此家を出立するが最後、何事も夏彦さまの指揮命令に従つて、神妙に留守をして下さいや』 加米彦『ヘエ………』 悦子姫、稍顔色を変へ、 悦子姫『加米彦さま、お嫌ですか』 加米彦『イヤイヤ滅相もない、何事もあなたの御命令に従ひます』 悦子姫『夏彦さまの命令は即ち妾の命令、どうぞ宜しうお頼み申します』 とワザと両手をついて叮嚀に下から出る。 加米彦『エー実の所は、夏彦の下に従くのは虫が好きませぬが、其処まで仰有つて下さいますれば、謹みてお受致します。……悦子姫様のお代理夏彦様、どうぞ宜しう、何事も御指導下さいませ』 夏彦『お互様に宜しうお願致します』 悦子姫『どうぞお二人さま、公私混同せない様に頼みますで……』 二人一度に、 夏彦、加米彦『ハイハイ承知致しました』 と両手を突き、今度は真面目になつてお受をする。 紫姫『青彦さま、馬さま、鹿さま、これから妾は、悦子姫様の神様より重大なる使命を蒙りました。明朝未明に此処を立出で、妾の行く所へ、御苦労乍ら従いて来て下さい。さうして青彦さまと云ふお名は、一寸都合の悪い事が有りますから、今日限り名を改めて、日の出神様より若彦とお改へになりましたから、其お積もりで居て下さいや』 青彦『ハイ承知致しました。何だか天の稚彦命様に能く似たよな名ですなア。嬉しい様でもあり、悲しい様な気持も致します。併し乍ら、何事も神命のまにまに、絶対服従を致します。どうぞ宜しう……』 紫姫『ハイ、不束な妾、どうぞ宜しう御指導を仰ぎます。……まだ夜明けまでには間が御座いますれば、皆さま一休眠致しませう』 音彦『それや結構です。サア皆さま、お休眠なさいませ。お先へ失礼』 と横になつて、早くも高鼾をかく。 加米彦『ナント罪のない男だなア。今物を言つて居つたかと思えば、早高鼾だ。人間も茲まで総てに超越すれば、モウ占たものだ、悦子姫様の眼力も偉いワイ』 夏彦『コレコレ加米彦さま、皆様のお就寝の御邪魔になります。あなたも早く、おとなしくお睡眠なさい』 加米彦『コレハコレハ上官の御命令、確に遵守し奉る、恐惶頓首、アツハヽヽヽ』 と笑ひ転けた儘、呼吸不整調な高鼾をかく。一同は之れに倣うて、残らず寝に就きたり。 鶏の声に目をさまし、悦子姫は音彦を伴ひ、綾の大橋打渡り、山家方面を指して進み行く。紫姫は、由良川の川辺伝ひに、西北指して三人の男を伴ひ、行先をも告げずトボトボと下り行く。嗚呼、紫姫は今後如何なる活動をなすならむか。 (大正一一・四・二五旧三・二九松村真澄録) (昭和一〇・六・一王仁校正)
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(1754)
霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 凡例 凡例 ストーナー夫人は言つてゐる。『総ての子供は生れながら、第六の感覚──諧謔の感じを持つてゐる。しかし多くの者は、その育つ環境のためにこの感覚を鈍らされ、或は夙くから失つてしまふものである。楽しいものを見ても、笑ふ──心の底から笑ふことが出来ず、苦笑ひや忍び笑ひすら出来ない人間ほど哀れに思はれるものはない。顔面筋肉の痙攣のために、冷笑したやうな表情に苦しむ人の如く、絶えず歯を露はしてゐる必要は少しもない。が小さい時から愛とほほゑみに取りまかれて育つた子供は、実に自然に笑ひ、またユーモアに敏感である。彼は苦悩の真中に在つても、あらゆる事物の面白い半面を眺めることが出来る。彼は常に楽天家である。そしてこの事は、世の中で成功する男も女も、楽天家であるといふ事実を証明するものである。真の厭世家が勝利を得ることは決してない』と。実際夫人の言つてゐるやうに『笑ひ』位人間生活にとつて貴いものはない。『笑ひ』は人間の本能である。殊に日本人は一般に諧謔好き、喜び好きで悲しみが嫌ひだといはれる。我々は何時までもペシミズムの暗い室の中にうめいてゐる必要はない。『霊界物語』の読者は、このストーナー夫人の言を味はつて見る必要がある。『物語』を読んで笑ふことの出来る人は幸福である。馬鹿らしいと感ずる人は、きつと不幸な人に相違ない。 大正十二年三月三日編者識
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(1755)
霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 総説歌 総説歌 待ちに待ちたる三月三日弥生の春も夢と過ぎ 若葉の色も濃厚に彩る初夏の風清き 松雲閣や教祖殿奥の一間に王仁始め 三男一女の筆将は共に神助を蒙りつ 五つの身魂睦まじく五六七の神の永久に 尽せぬ長き物語西と東に立別れ 錦の機のおりおりに瑞雲たなびく大御空 八千代の君が瑞光を心の空に輝かし 現はれ出口の瑞月が卯月の中の六日より 数へて三日の光陰を呑んで吐き出す言糸の 粗製濫造の譏り走りも元より覚悟の夢物語 神のまにまに伝へ侍りぬ。 大正十一年旧四月十八日於錦水亭王仁
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(1794)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 凡例 凡例 一、昨年十月十八日より始められました霊界物語の口述筆録も、本年五月廿八日を以て二十二巻を完了し、ほつと一息した次第であります。其間の日数二百二十三日、大祭とか、節分祭其他休むだに日数を加へて、恰度十日に一冊の割合であります。左に各巻の口述日数を表示して御覧に供します。 巻口述日数口述場所備考 第一八日[※口述日は10月18~26日なので日数は9日の間違いではないか?]松雲閣本巻に限り第十三章以後の日数とす 第二十三日右同本巻第一章(通章第五十一章)口述の夜毒松茸にあてられ閉口す 第三十四日瑞祥閣竜宮館前半は亀岡の瑞祥閣にて後半は教主殿竜宮館にて口述さる 第四十五日竜宮館口述者自ら筆録されし箇所は本巻に最も多し 第五十日竜宮館岩井温泉口述筆録の方が主か入湯の方が主か分らんやうな生活をしながら、五、六の二巻を完了す 第六八日岩井温泉 第七四日錦水亭岩井温泉より帰綾後節分祭までの四日間に完結す 第八五日瑞祥閣高熊山に参拝せし後口述筆録にとりかかる 第九六日右同巻中身代りを立てる箇所を口述さるるや天候険悪となり風雨強かりき 第十七日右同錦水亭口述筆録に妨害を受けしは、本巻を第一とす 第十一四日松雲閣 第十二五日右同本巻口述中蓄音器に祝詞と宣伝歌を吹き込まる 第十三五日右同 第十四三日松雲閣本巻は総章数十七より成り通章五百六十七章を末尾とす 第十五五日錦水亭天国楽土の状況廿一世紀以後の有様を口述しあり 第十六四日錦水亭瑞祥閣本巻より始めて今の日本国に起れる事を説き十里四方宮の内の三十五万年前を口述しあり 第十七三日右同 第十八四日右同弥仙山の因縁が口述されあり 第十九五日松雲閣 第二十三日右同錦水亭 第廿一五日松雲閣 第廿二五日右同本巻完了の日霊鷹五六七殿内を飛び廻ること三回 (註)第一巻、第二巻、第十一巻、第十二巻、第廿二巻を松雲閣に於て口述されし事と、本年旧三月三日迄に五六七大神に因める第十四巻第五百六十七章の口述を終られし事と旧五月五日までに口述者瑞月大先生の誕生日なる旧七月十二日に因縁ある第廿二巻第七百十二章迄を口述されし事と総体の筆録者数が三十三名なりしは惟神的とはいへ、実に不思議と謂はねばなりません。 [※初版にはここに次の一文が記されている。「一、本篇を特別篇として第十篇に先立ち刊行しましたのも、本年旧五月五日迄の成績を公表せんがためでありまして、神界経綸の虎の巻であるとか、旧五月五日の瑞祥が本篇に在るとか、二十二人の生魂に因めるが故ばかりではありません。」(注・当時は「巻」ではなく「篇」と呼んでいた)この一文は三版以降は削除されている(二版は未調査)。] 一、本巻には各巻中でも、最も執着心を取除くことに努むるのが肝腎であると口述され、又第一巻に示されたる地獄や鬼は、皆心の執着から生れ出づるもので、決して今の行刑所や押丁の様に備はつて居るのではないと口述されてありますから、一応読者に御注意を促して置きます。 一、本巻は前巻までを順序よく読まなくとも、全然要領を得られぬといふやうな事は無く、本巻を読んだだけでも解り易く完結されてあります。 一、本巻の原稿紙は千二百二十三枚でありましたが、不思議にも五百六十七枚目に五六七大神の御出現(黄金像)と、其の貴重なる御教示が始まつたのであります。 アヽ月光菩薩は五十二歳にして、其の胎蔵されし苦集滅道を説き、娑婆即寂光浄土の真諦を述べ、道法礼節を遺憾なく開示して居られるのであります。 大正十一年五月廿八日綾部並松和知川畔松雲閣にて 編者識
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(1795)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 総説 総説 天の下に生きとし生ける万物の中にありて、最も身魂の勝れたる人間には、天より上中下三段の御霊を授けて、各自の御霊相応に世界経綸の神業を負はしめ給ひ、天国の状態を地上に移してそれぞれ身魂の階級を立別けられてあるけれども、今の世は身魂の位置顛倒して霊肉一致の大道破れ、八頭八尾の邪霊や金毛九尾の悪狐の霊や邪鬼の霊魂なぞ人類の精神を誑惑し、終には地上の世界を体主霊従、弱肉強食の暗黒界と化せしめたるため、今の世界の惨状である。是だけ混乱した社会を何とも思はぬやうに成つたのも、地上の人類が皆邪神の霊魂に感染し切つて居るからである。 天下経綸の神業に奉仕すべき人類の御魂が全然脱退て了ひ、九分九厘まで獣畜の心に堕落して世界は上げも下しも成らぬやうになり、彼方の大空より此方の空へ電火のひらめくが如き急変事の突発せずとも断定しがたい。世界の人類は一日も早く眼を覚し、誠一つの麻柱の道によりて霊魂を研き、神心に立帰らねばならぬ。 真心とは天地の先祖の大神の大精神に合致したる清浄心である。至仁至愛にして万事に心を配り意を注ぎ、善事に遭ふも凶事に遇ふも、大山の泰然として動かざるが如く、微躯つかず、焦慮らず、物質欲に淡白く、心神を安静に保ち、何事も天意を以て本となし、人と争はず能く耐へ忍び、宇宙万有一切を我身魂の所有となし、春夏秋冬、昼夜風雨雷電霜雪、何れも言霊の御稜威に服従するまでに到らば、始めて神心を発揚し得たのである。又小三災の饑病戦、大三災の風水火に攻められ、如何なる艱苦の淵に沈む時ありとも介意せず、幸運に向ふも油断せず、生死一如と心得、生死に対しては昼夜の往来を見るが如く、世事一切を神明の御心に任せ、好みなく憎みなく、義を見ては進み、利を見て心を悩まさず、心魂常に安静にして人事を見る事、流水の如く天地の自然を楽しみ、小我を棄て大我に合し、才智に頼らず、天の時に応じ、神意に随ひ、天下公共の為に舎身の活動を為し、万難に撓まず屈せず、善を思ひ、善を言ひ、善を行ひ、奇魂の真智を照らして大人の行ひを備へ、物を以て物を見極め、他人の自己に等しからむことを欲せず、心中常に蒼空の如く、海洋の如く二六時中意思内にのみ向ひ、自己の独り知る所を慎み、その力量才覚を人に知られむことを望まず、天地の大道に従つて世に処し、善言美辞を用ゐ、光風霽月少しの遅滞なく神明の代表者たる品位を保ち、自然にして世界を輝かし、心神虚しくして一点の私心なき時は、その胸中に永遠無窮の神国あり、至善至美至真の行動を励み、善者又は老者を友とし、之を尊み敬まひ、悪人愚者劣者を憐み、精神上に将又物質上に恵み救ひ、富貴を羨まず貧賤を厭はず侮らず、天分に安んじ社会のために焦慮して最善を竭し、富貴に処しては神国のために心魂を傾け、貧に処しては簡易なる生活に感謝し、我欲貪欲心を戒め、他を害せず傷つけず、失敗来るも自暴自棄せず、天命を楽しみ、人たるの天職を尽し、自己の生業を励み、天下修斎の大神業に参加する時と雖も、頭脳を冷静に治めて周章ず騒がず、心魂洋々として大海の如く、天の空しうして百鳥の飛翔するに任せ、海の広大にして魚族の遊踊するに任すが如く不動にして、寛仁大度の精神を養ひ、神政成就の神業を輔佐し、仮令善事と見るも神界の律法に照合して悪ければ断じて之を為さず、天意に従つて一々最善の行動を採り、昆虫と雖も妄りに傷害せず、至仁至愛の真情を以て万有を守る。又乱世に乗じて野望を起さず、至公至平の精神を持するの人格具はりたる時は、即ち神人にしてその心魂は即ち真心であり神心である。 利害得失のために精神を左右にし、暗黒の淵に沈み良心を傷め、些少の事変に際して狼狽し、忽ち顔色を変へ、体主霊従、利己主義を専らとするものは、小人の魔心より来るのである。内心頑空妄慮にして、小事に心身を傷り乍ら表面を飾り、人の前に剛胆らしく、殊勝らしく見せむとするは、小人の好んで行ふ所である。霊界を無視し万世生き通し生死往来の神理を知らず、現世の外に神界幽界の儼存せる事を弁へず、故に神明を畏れず、祖先を拝せず、単に物質上の欲望に駆られて、天下国家のために身命を捧ぐる真人を罵り嘲り、死を恐れ肉体欲に耽り、肝腎の天より使命を受けたる神の生宮たることを忘却する小人数多現はれ来る時は、世界は日に月に災害と悪事続発し、天下益々混乱し、薄志弱行の徒のみとなり天命を畏れず、誠を忘れ利欲に走り、義を弁へず富貴を羨み嫉み、貧賤を侮り己より勝れたる人を見れば、従つて学び且つ教へらるることを為さず、却つて之を譏り嘲り己れの足らざる点を補ふことを為さず、善にもあれ悪にもあれ、己を賞め己に随従するものを親友となし、遂に一身上の災禍を招き、忽ち怨恨の炎を燃やすもの、是魔心の結実である。執着心強くして解脱し能はず、自ら地獄道を造り出し邪気を生み、自ら苦しむもの天下に充満し、阿鼻叫喚の惨状を露出する社会の惨状を見たまひて至仁至愛の大神は坐視するに耐へず、娑婆即寂光土の真諦を説き、人生をして意義あらしめむとの大慈悲心より、胎蔵せし苦集滅道を説き、道法礼節を開示したまひたるは、此の物語であります。非は理に克たず、理は法に克たず、法は権に克たず、権は天に克たず、天定まつて人を制するてふ真諦を、神のまにまに二十二巻まで口述し了りました。神諭に曰ふ、 『三月三日、五月五日は変性女子に取りて結構な日柄である云々』 と、いよいよ大正十年九月八日に神命降り十日間の斎戒沐浴を了つて、同十八日より口述を始め、大正十一年壬戌の旧三月三日迄に五六七の神に因みたる五百六十七章を述べ了へ、続いて五月五日までに瑞月王仁に因みたる七百十二章を惟神的に述べ了りたるも、又神界の御経綸の毫も違算なきに驚歎する次第であります。本年五十二歳の瑞月が、本書を口述し始むるや、パリサイ人の批難攻撃相当に現はれ、随分編輯者以下筆録者も甚だしく苦しまれたのですが、神助の下に辛ふじて本巻まで口述筆記を終り、神竜の片鱗を爰に開示し得たるを、大教祖の神霊に謹んで感謝し奉り、外山豊二を始め加藤女史、松村真澄、谷村真友、近藤貞二、谷口雅治[※「雅治」は底本通り。正しくは「正治」または「雅春」。]、桜井重雄、北村隆光、山上女史その他本書関係の諸氏が渾身の努力を、茲に謹んで感謝する次第であります。 大正十一年五月二十八日旧五月二日於松雲閣
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(2008)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 序歌 序歌 綾部の聖地を後にして(綾部)吾家を伊豆の温泉場 幽邃閑雅の山家村(山家)狩野の流れに臨みたる 湯ケ島温泉湯本館何に利く加和知らね共(和知) 一度は来たれと信徒が送る玉章細胡麻と(胡麻) 見るも嬉しき吾思ひ教主殿をば田ち出でて(殿田) 松村真澄、佐賀伊佐男園ほか一部の伊豆信者(園部) 杉山当一林弥生八木つく様な夏空を(八木) 静かに進む汽車の上寿も長き亀岡の(亀岡) 瑞祥祝ふこの旅行嵯峨しあてたる好避暑地(嵯峨) 言葉の花や教の園を(花園)二人の幹部と諸共に 只一と条に勇み行く(二条) ○ 丹波綾部に名も高き出口の神の御教を(丹波口) 京都、大阪、東京の(京都)三大都市を始めとし 山科里に至るまで(山科)皇大神の大道を 津多へ拡むる神司(大津)堅き心は石山の(石山) 月照り渡る如く也 ○ 青人草を津々がなく(草津)守りたまへと祈りつつ(守山) 山野を州々みて篠すすき(野州)露野が原も乗りこえて(篠原) いつかは日の出の神の代に近江の国や八幡宮(近江八幡) 厳の御前にぬかづきて浦安土の心やすく(安土) 守り玉へと太能里登宣る言霊は速川の(能登川) 水瀬の音と聞ゆ也 ○ 稲穂は栄枝て黄金の(稲枝)波漂はす河の瀬や(河瀬) 国の御祖の永遠に守り玉へる豊秋津 根別の国の八百米は高天原に天照らす(米原) 皇大神のみことのり天の下なる人草の 食ひて生くべきものなりとその神勅をひるも夜も 尊み眼も醒ケ井の(醒ケ井)神の恵みに近江路や 御代長かれと祝ふなる亀のよはひの亀岡に(近江長岡) 教の庭を開きつつ打つ柏手の音も清く 高天原と鳴り渡る(柏原)神と鬼との関ケ原(関ケ原) 恵の露も垂井駅(垂井) ○ 世の大本は青垣の(大垣)山をば四方に廻らして 神の鎮まる霊場と数多の人々我一に 先を争ひ木曽川や(木曽川)神の光に仰岐阜し(岐阜) 尾張に近き暗の世を救ひ玉へと真心を 一つに固めて本宮山(尾張一ノ宮)遠き山路も稲みなく いと沢々に寄り来る(稲沢)神の経綸ぞ畏けれ ○ 天の真奈井の枇杷の湖(枇杷島)竹生の島に顕れませる 神の猛びを名古めつつ(名古屋)屋間登御魂の神人が 熱き心を田向け行く(熱田)神徳大くいや高き(大高) 皇大神の生れまして清き神府と定めてし(大府) 世の大元は爰婆刈豊葦原の中国谷(刈谷) 安全地帯ぞ金城と(安城)尊み敬ひ許々太久の 岡せし罪を悔い乍ら御霊崎はへ坐しませと(岡崎) 赤き心のまめ人が幸願ぎ奉り田のむ也(幸田) ○ 蒲の乱れの郡集を(蒲郡)皇大神の御仁慈の 清き油を濺がれて(御油)豊に渡る神の橋(豊橋) 二川三河の水清く(二川)小雲の川や玉水に 身そぎ祓ひて神徳を信徒たちが鷲津神(鷲津) 旧きを捨てず新しく居所を定むる神の町(新居町) 心も勇みて弁天の(弁天島)女神の前に真心を つく島つりし音楽や舞曲も清くさはやかに(舞阪) 御代の阪えむ瑞祥を浜の松風音もなく(浜松) 世は平らけく天竜の勢強く川登り(天竜川) 心の中に霊泉の(中泉)甘露は尽きず湧き出でて 神代を祝ふぞ尊けれ ○ 袋井首に掛川の(袋井・掛川)貧しき人も神の道 悟りて欲を堀ノ内(堀ノ内)誠の教を守りなば 富貴も権威も金谷せぬ(金谷)神の御教を敷島の(島田) 大和心を田鶴ぬれば薫り目出度き白梅の 花藤答枝よ惟神(藤枝)醜の仇草焼鎌の(焼津) 敏がまや津留岐ぬき用て(用宗)宗打ち払ひ静々と 風雨雷電岡しつつ(静岡)誠の道江一散に 尻に帆かけて進み行く(江尻)あゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ ○ 昔の元の大神が現はれまして太元の 救ひの道を興し津々(興津)由比所の深き蒲生の原(由比・蒲原) 開きて根本霊場を岩秀の如く弥固く 淵なす深き経綸を(岩淵)富士の御山のいや高く(富士) 立てて天地の神人が生言霊の鳴り渡る 五十鈴の川の川水に(鈴川)原ひ清めて朝露の(原) 干沼の池に照る津岐の(沼津)影も涼しく神の世を 開き玉ふぞ尊けれ ○ 三月三日の桃の花五月五日の桃実に 比すべき霊界物語故郷の土産と瑞月が(桃郷) 心も清く住の江ノ浦安国の神宝と(江ノ浦) 語る出口野神の教(口野)天皇山に祭りたる(天皇山) 皇大神の御守りを嬉しみ尊み神勅を 北条南条畏みて(北条・南条)田舎男や京わらべ(田京) 遠き耳にも入り易く解き明かしたる神の書 迎への人の親切も酒の泉の吉田郷(吉田) 車を止めて杉原家殊更厚き待遇に 三伏の暑を打忘れ心も深き真清水の 湯槽に浸り汗水を流して西瓜の腹つづみ 誠の信徒も大仁や(大仁)瓜生野の里も打過ぎて(瓜生野) 堅と横との五十鈴川(横瀬)言霊車瀬を速み 国常立野大神が(立野・大平)平和の御世を松ケ瀬や(松ケ瀬) 青羽の根配りいや広く(青羽根)茂る稲田の富貴草 出口の王仁の一行は(出口)早くも伊豆に月ケ瀬や(月ケ瀬) 天津御空の神門野開け行くてふ玉の原(門野原) 天の八重雲掻き分けて救ひの神も嵯峨沢の(嵯峨沢) 今日の旅行ぞ楽しけれ木々に囀る蝉の声 市なす山の片ほとり(市山)東西南北風清く(西平) 平和の里と湯ケ島の(湯ケ島)狩野の流れに浴み乍ら 漸く安藤の宅につき(安藤)心よりなるもてなしに 歓び勇み湯浴してまたもや例の物語 口述如来の瑞月が安全椅子によりかかり 浄写菩薩の松村氏腕に撚かけスラスラと 『海洋万里』午の巻いよいよ爰に述べ写す あゝ惟神霊幸倍坐世 『海洋万里』卯の巻四日間、同辰の巻三日、同巳の巻三日、前後合せて十日間。述べつ写しつ、暑さに堪えし休養日を幸ひ、筆のすさびのいと永々と記しおく。 大正十一年八月十七日於湯ケ島温泉口述著者
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 12 西王母 第一二章西王母〔一二六六〕 高天原の総統神即ち大主宰神は大国常立尊である。又の御名は天之御中主大神と称へ奉り、其霊徳の完全に発揮し給ふ御状態を称して天照皇大神と称へ奉るのである。そして此大神様は厳霊と申し奉る。厳と云ふ意義は至厳至貴至尊にして過去、現在、未来に一貫し、無限絶対無始無終に坐ます神の意義である。さうして愛と信との源泉と現れます至聖至高の御神格である。さうして或時には瑞霊と現はれ現界、幽界、神界の三方面に出没して一切万有に永遠の生命を与へ歓喜悦楽を下し給ふ神様である。瑞と云ふ意義は水々しと云ふ事であつて至善至美至愛至真に坐まし且円満具足の大光明と云ふ事になる。又霊力体の三大元に関聯して守護し給ふ故に三の御魂と称へ奉り、或は現界、幽界(地獄界)、神界の三界を守り給ふが故に三の御魂とも称へ奉るのである。要するに神は宇宙に只一柱坐ますのみなれども、其御神格の情動によつて万神と化現し給ふものである。さうして厳霊は経の御霊と申し上げ神格の本体とならせ給ひ、瑞霊は実地の活動力に在しまして御神格の目的即ち用を為し給ふべく現はれ給うたのである。故に言霊学上之を豊国主尊と申し奉り又神素盞嗚尊とも称へ奉るのである。さうして厳霊は高天原の太陽と現はれ給ひ、瑞霊は高天原の月と現はれ給ふ。故にミロクの大神を月の大神と申上ぐるのである。ミロクと云ふ意味は至仁至愛の意である。さうして其仁愛と信真によつて、宇宙の改造に直接当らせ給ふ故に、弥勒と漢字に書いて弥々革むる力とあるのを見ても、此神の御神業の如何なるかを知る事を得らるるのである。善悪不二、正邪一如と云ふ如きも、自然界の法則を基礎としては到底其真相は分るものでない。善悪不二、正邪一如の言葉は自然界の人間が云ふべき資格はない、只神の大慈大悲の御目より見給ひて仰せられる言葉であつて、神は善悪正邪の区別に依つて其大愛に厚き薄きの区別なき意味を善悪不二、正邪一如と仰せらるるのである。併しながら自然界の事物に就ても亦善悪混淆し美醜互に交はつて一切の万物が成育し、一切の順序が成立つのである。故に人は霊主体従と云つて自然界に身を置くとも、凡て何事も神を先にし、愛の善と信の智を主として世に立たねばならないのである。然るに霊的事物の何たるを見る事の出来ない様になつた現代人は、如何しても不可見の霊界を徹底的に信じ得ず、稍霊的観念を有するものと雖も、要するに暗中模索の域を脱する事が出来ない。それ故に人は何うしても体を重んじ、霊を軽んじ物質的欲念に駆られ易く地獄に落ち易きものである。かかる現界の不備欠点を補はむが為に大神は自ら地に降り其神格に依つて精霊を充し、予言者に向つて地上の蒼生に天界の福音を宣伝し給ふに至つたのである。凡て人間が現実界に生れて来たのは、云はば天人の胞衣の如きものである。さうして又天人の養成器となり苗代となり又霊子の温鳥となり、天人の苗を育つる農夫ともなり得ると共に、人間は天人其ものであり又在天国の天人は人間が善徳の発達したものである。さうして天人は愛善と信真に依つて永遠の生命を保持し得るものである。故に人間は現界の生を終へ天国に復活し、現界人と相似せる生涯を永遠に送り、天国の円満をして益々円満ならしむべく活動せしむる為に、大神の目的に依つて造りなされたものである。故に高天原に於ける天国及び霊国の天人は一人として人間より来らないものはない。大神様を除く外、一個の天人たりとも天国に於て生れたものはないのである。必ず神格の内流は終極点たる人間の肉体に来り、此処に留まつて其霊性を発達せしめ、而して後天国へ復活し、茲に初めて天国各団体を構成するに至るものである。故に人は天地経綸の司宰者と云ひ、又天地の花と云ひ、神の生宮と称ふる所以である。愚昧なる古今の宗教家や伝教者は概ね此理を弁へず、天人と云へば、元より天国に在つて特別の神の恩恵に依つて天国に生れたるものの如く考へ、又地獄にある悪鬼どもは元より地獄に発生せしものの如く考へ、其地獄の邪鬼が人間の堕落したる霊魂を制御し或は苦しむるものとのみ考へてゐたのである。之は大なる誤解であつて、数多の人間を迷はす事、実に大なりと云ふべしである。茲に於て神は時機を考へ、弥勒を世に降し、全天界の一切を其腹中に胎蔵せしめ、之を地上の万民に諭し、天国の福音を完全に詳細に示させ給ふ仁慈の御代が到来したのである。されど大神は予言者の想念中に入り給ひ、其記憶を基礎として伝へ給ふが故に、日本人の肉体に降り給ふ時は即ち日本の言葉を以て現はし給ふものである。科学的頭脳に魅せられたる現代の学者又は小賢しき人間は「神は全智全能なるべきものだ。然るに何故に各国の民に分り易く、地上到る所の言語を用ひて示し給はざるや」と云つて批判を試み、神の遣はしたる予言者の言を以て怪乱狂妄と罵り、或は無学者の言とか或は不徹底の言説とか何とかケチをつけたがる盲が多いのは、神の予言者も大に迷惑を感ずる所である。 高天原と天界は至大なる一形式を備へたる一個人である。さうして高天原に構成されたる天国の各団体は之に次げる所の大なる形式を備へたる一個人の様なものである。さうして天人は又其至小なる一個人である。人間も亦天界の模型であり、小天地である事は屡述べた所である。神は此一個人なる高天原の頭脳となつて其中に住し給ひ、万有一切を統御し給ふ故に、又地獄界も統御し給ふは自然の道理である。人間も亦其形体中に天国の小団体たる諸官能を備へ種々の機関を蔵し、而して天国地獄を包含してゐるものである。 扨て高天原の如き極めて円満具足せる形式を有するものには、各分体に全般の面影があり又全般に各分体の面影がある。其理由は高天原は一個の結社の様なものであつて、其一切の所有を衆と共に相分ち、衆は又一切の其所有を結社より受領して生涯を送る故である。かくの如く天界の天人は一切の天的事物の受領者なるによつて、彼は又一個の天界の極めて小なるものとなすのである。現界の人間と雖も、其身の中に高天原の善を摂受する限り、天人の如き受領者ともなり、一個の天界ともなり、又一個の天人ともなるのである。 治国別、竜公両人は言霊別命の案内によつて第一天国の或個所に漸く着いた。此処には得も云はれぬ荘厳を極めた宮殿が立つてゐる。これは日の大神の永久に鎮まります都率天の天国紫微宮であつて、神道家の所謂日の若宮である。智慧と証覚と愛の善と信の真に充されたる数多の天人は此宮殿の前の広庭に列をなし、言霊別一行の上り来るを歓喜の情を以て迎へて居たのである。言霊別命は遥か此方より此光景を指さし、 言霊別『治国別様、あの前に金色燦然として輝いてゐるのは、エルサレムで厶ります。さうしてあの通り巨大なる石垣を以て造り固められ、数百キユーピツトの城壁を囲らしてあるのを御覧なさいませ』 治国別『ハイ、有難う厶ります、如何したものか吾々は円満の度が欠けて居りまするために、エルサレムは何処だか、石垣は何処にあるか、城壁の高さも分りませぬ。只私の目に映ずるのは赫灼たる光と天人の姿が幽かに見ゆるばかりです。さうしてエルサレムとか仰有りましたが、それは小亜細亜の土耳古にある聖地では厶りませぬか』 言霊別『エルサレムの宮とは大神様の御教を伝ふる聖場の意味であります。又高き処の意味であつて即ち最高天界の中心を云ふのです。石垣と申すのは即ち虚偽と罪悪との襲来を防ぐ為の神真其ものであります。度と申すのは性相其ものであつて、聖言に云ふ、人とは凡ての真と善徳とを悉く具有するものの謂であります。即ち人間の内分に天界を有するものを人と云ひ、天界を有せないものを人獣と云ふのです。ここには決して人なる天人はあつても現界の如き人獣は居りませぬ。然し私が今人獣と云つたのは霊的方面から云つたのです。凡て神の坐します聖場及び其御教を伝ふる聖場を指して貴の都と云ひ、或はエルサレムの宮と云ふのです』 治国別『さう致しますと、現界に於けるウブスナ山の斎苑館を始め、黄金山、霊鷲山、綾の聖地及び天教山、地教山、万寿山其他の聖地は凡て天国であり、エルサレムの宮と云ふのですか』 言霊別『さうです、実に神格によつて円満なる団体の作られたものは凡てエルサレムとも云ひ、地上に於ては地の高天原と称ふべきものです。地上の世界は要するに高天原の移写ですから、地上にある中に高天原の団体に籍をおいておかなくては、霊相応の道理順序に背いては、死後天国の生涯を送る事は出来ませぬ。サア之より最奥天国の中心点、大神の御舎に御案内致しませう』 と先に立つて歩み出した。二人は足の裏がこそばゆい様な気分に打たれ、いと恥かし気に従ひ行く。路傍に堵列せる数多の天人は『ウオーウオー』と手を拍つて叫び、愛善の意の表示をなしてゐる。二人は言霊別命の背後に従ひ、被面布を冠りながら心落ち着き、静々と日の若宮の表門を潜り入る。 言霊別命は二人を門内に待たせ置き悠々として奥深く入り給うた。二人は門内に佇み園内に繁茂せる果樹の美しきを眺めやり、舌うちしながら頭を傾け『アーア』と驚きに打たれ吐息を洩らしてゐる。暫くすると庭園の一方より目も眩むばかりの光を放ち悠々と入り来り給ふ妙齢の天女があつた。二人は思はずハツと大地に踞み敬礼を表した。此女神は西王母と云つて伊邪那美尊の御分身、坤の金神であつた。西王母と云ふも同身異名である。女神は二人の手をとりながら言霊別命の奥殿より帰り来る間、庭園を巡覧させむと桃畑に導き給うた。二人は恐る恐る手を曳かれながら芳しき桃樹の園に導かれ行く。此処には三千株の桃の樹が行儀よく繁茂してゐる。さうして前園、中園、後園と区劃され、前園には一千株の桃樹があつて美はしき花が咲き且一方には美はしき実を結んだのも尠なくはない。此前園の桃園は花も小さく又其実も小さい。さうして三千年に一度花咲き熟して、之を食ふものは最高天国の天人の列に加へらるるものである。さうして此桃の実は余程神の御心に叶つたものでなければ与へられないものである。西王母は二人に一々此桃の実の説明をしながら中園に足を踏み入れた。ここにも亦一千株の桃の樹があり、美はしき八重の花が咲き充ち又甘さうな実がなつて居る。之は六千年に一度花咲き実り、之を食ふものは天地と共に長生し、如何なる場合にも不老不死の生命を続けると云ふ美はしき果物である。西王母は又もや詳細に桃畑の因縁を説き諭し、終つて後園に足を入れ給うた。此処にも亦一千株の桃樹が行儀よく立ち並び、大いなる花が咲き匂ひ、実も非常に大きなのが枝も折れむばかりに実つてゐる。此桃の樹は九千年に一度花咲き実り、之を食ふものは天地日月と共に生命を等しうすると云ふ重宝至極な神果である。西王母は此因縁を最も詳細に治国別に諭し給うた。然し此桃の密意については容易に発表を許されない、然しながら桃は三月三日に地上に於ては花咲き、五月五日に完全に熟するものなる事は、此物語に於て示されたる所である。之によつて此桃に如何なる御経綸のあるかは略推知し得らるるであらう。西王母は一度地上に降臨して黄錦の御衣を着し、数多のエンゼルと共に之を地上の神権者に献げ給ふ時機ある事は、現在流行する謡曲によつても略推知さるるであらう。 却説、西王母は桃園の案内を終り、二人の手を引きながら元の門口に送り来り、 西王母『治国別殿、竜公殿、之にてお別れ申す』 と云ふより早く桃園内に神姿を隠し給うた。二人は其後姿を伏し拝み、王母が説明によつて神界経綸の深遠微妙なる密意を悟り、思はず合掌して感涙に咽びつつあつた。 かかる所へ紫微宮の黄金の中門を開いて現はれ来る美はしき天女、五色の光輝に充ちた羽衣を着しながら出で来る其荘厳さ、天国の天人は何れも美はしく円満の相を具備すれども、未だ嘗て斯の如き円満なる妙相を備へたる神人を見るのは二人とも天国巡覧以来初めてであつた。 因に羽衣とは決して謡曲にある如き中空を翔ける空想的のものでない。最も美はしき袖は手より数尺長く、裾は一二丈も後に垂れてゐる神衣の事である。 扨て十二人の天女は、無言の儘二人を指し招き、前に六人、後に六人、二人を守りながら黄金の中門を潜つて迎へ入れるのであつた。此時今まで聞いた事もない様な微妙な音楽四方より起り、芳香馥郁として薫じ、二人は吾身の何処にあるやも忘るるばかり歓喜に充されながら、微の声にて天津祝詞を奏上しつつ欣々として進み入る。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七北村隆光録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 18 糞奴使 第一八章糞奴使〔一三三三〕 ガリヤ『文明花発三千国 道術元通九万天。 時節花明三月雨 風流酒洗百年塵。 黙然坐通古今 天地人共進退。 片々霊碁一局 家々灯天下花。 北玄武従亥去 東青竜自子来。 去者去来者来 有限時万邦春』[※読み下し例:文明の花は三千国に発(ひら)く/道術の元は九万の天に通ず/時節の花は三月の雨に明らかなり/風流の酒は百年の塵に洗ふ/黙然と坐して古今に通じ/天地人共に進退す/片々の霊碁一局/家々の灯り天下の花/北の玄武亥より去り/東の青竜子より来たる/去る者は去り来たる者は来たる/有限の時万邦の春] と救世教主の詠んだ詩を吟じながら朧月夜の光を浴びて、草鞋脚絆に身を固め、蓑笠金剛杖の扮装にてやつて来たのは、ランチ将軍の副官たりしガリヤであつた。道の傍に新しき墓が沢山に並んでゐる。ガリヤは陣中に於て浮木の森のマリーと云ふ妙齢の美人に慕はれ、滞陣中は間がな隙がな密会を続けて居た。マリーとの関係がついたのは、ランチ将軍が命令を下して、四辺の女は老幼の区別なく残らず引捕へて陣中に連れ行き、炊事其外の軍務に就かしめむためであつた。此時ガリヤは其役目に当つて、マリーの家にふみ込み来り老人夫婦に、 ガリヤ『此村の女は残らず軍務に徴集さるべし。就いては炊事のみならず、数多の猛悪なる兵士に凌辱を受くる惧あれば、今宵の中に女は残らず逃げ去れ』 と親切に云つて呉れた。マリーの父は此村の里庄であつた。直ちに村に其由を内通し、勝手覚えし山道を辿り、或は小北山又は思ひ思ひにパンを負うて山林に身を隠したのである。マリーは、ガリヤの親切な計らひによつて、村中の女は危難を救はれたのだ、自分は、 (マリー)『村中の女を代表し人身御供に上つても構はぬ。況んやバラモンの軍人とは云へ、之位やさしき武士が何処にあらうか。自分も夫を持つならば斯様な武士と添ひ度いものだ……』 と妙な処へ同情を起し、早くバラモン軍が自分を捕縛に来てくれまいかと、両親の止めるのも諾かず只一人家に待つてゐたのである。そして幸ひに此マリーの家はガリヤの宿所と定められたのである。ガリヤは他の同僚が一人も女を連れてゐないのに、自分のみ女を侍らして居つては将軍の手前は如何と気遣ひ、倉の中に忍ばせて隙ある毎に密会を続けてゐたのである。然るにマリーは身体日に日に痩衰へ、遂には鬼籍に入つた。そこでガリヤは夜密かにマリーの死骸を此墓所に葬り、目標を建てて置いたのである。俄に適当な目標もないので外の墓の石を逆様に立て、何時か時を見て立派に祀つてやらうと思つてゐる矢先、治国別に帰順したのである。ガリヤはクルスの森で百日の薫陶を受け、それよりテームス峠に於て、又もや第二回の薫陶を授かり、治国別の添書を得て、ケースと共に斎苑の館へ修業に行く途中であつた。彼は一度マリーの墓に詣り弔つてやらねばならぬ、それにはケースと同道しては都合が悪いと思つたので、 ガリヤ『一寸其辺まで芋を埋けに行つて来る、君は一足先へ行つてくれ、何れ浮木の森で追付くから……』 とうまくケースをまいて自分は谷川に入り、水をいぢり或は蟹を追ひかけ等して日を暮し、東の空からボンヤリとした月の出たのを幸ひ、此処までやつて来たのである。ガリヤはマリーの墓に近づき、涙ながら述懐して云ふ。 ガリヤ『水色の月光は流れ 真青に墓は並び立つ ああされどマリーの君よ 君は情焔の人魚に非ず 死を願ひつつ墓を抱き 吾を見捨てて遠く行きましぬ 後に残りし吾身は 潛々と涙を濺ぐ 君の心の紅絹は ガリヤの心を巡り やがて桃色の雰囲気は あたりを包む されど青き墓は 地に影さへも動かさず 君の姿のみ幻の如く月にふるひぬ ああ花は半開にして散りぬ 惜しむべきかな桃色の頬 月の眉、雪の肌 一度見まく欲りすれど 一度君に会はまく欲りすれど 今は詮なし諸行無常 是生滅法生滅々已 寂滅為楽頓生菩提と 弔ふ吾を 仇には棄てな桃色の君よ』 と慨歎久しうし、形ばかりの墓場に涙を濺ぎ、残り惜しげに墓場を辞し、又もや宣伝歌を歌ひながら、風薫る朧夜の月を浴びて進み行く。 ガリヤ『四方の山々春めきて吹き来る風も暖かく 今を盛りと咲き匂ふマリーに似たる桃の花 三月三日の今日の宵瑞の御霊の御教を 頸に受けてトボトボと天津御空に照りもせず 曇りもやらぬ春の夜の朧月夜の風光に 如くものなしと誰が言うた吾は心もかき曇り 朧の月を眺むれば千々に物こそ思はるれ 嘆ち顔なる吾涙乾く暇なき夜の旅 定めなき世と云ひながら花を欺くマリー嬢 吾を見捨てて墓を越え幽冥界に旅立ちぬ 悔めど帰らぬ恋の仲神や仏は坐さぬかと 思はず知らず愚痴が出る汝をば慕ふ吾心 仇に聞くなよマリー嬢向ふに見ゆるは浮木の里か 印象益々深くして恋に逍ふ益良夫の 心の空は烏羽玉の暗夜とこそはなりにけり ああ惟神々々御霊幸はひましまして 惑ひ来りし恋雲を晴らさせ給へ三五の 皇大神の御前に謹み敬ひ祈ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 大地は仮令沈むとも星は空より落つるとも 神に任せし此体三五教の御為に 尽さにや置かぬ益良夫のひきて返らぬ桑の弓 弥猛心を何処までも貫き通す神の道 進ませ給へ惟神神の御前に願ぎまつる』 と歌ひながら椿の花咲く木蔭までスタスタやつて来た。 ガリヤは椿の下の天然の石のベンチに腰を打掛け、火打を取出し煙草を燻べながら、浮木の森の彼方を眺め感慨無量の息を洩らしてゐる。 ガリヤ『有為転変は世の習ひ、変れば変るものだな。僅か四ケ月以前にはバラツク式の陣営が沢山に建て並べられてあつたが、何時の間にやら、大なる城廓が建つてゐるやうだ。はて、何人の住宅であらうか。合点の行かぬ事だな』 と独語ちつつ目をつぶつて考へ込んでゐる。何だか間近の方から人声が聞えて来る。ガリヤはツと立つて人声を当に月に透かしながら探り寄つた。見れば三人の男が萱の茂つた中に真裸となつて四這となり、思ひ思ひの事を囀つてゐる。 ガリヤ『はて不思議だ。春とは云へど夜分はまだ寒い。それに何ぞや、斯様な萱草の中に荒男が而も三人、何をして居るのだらう。ハハア大方、浮木の森の豆狸につままれよつたのだらう。一つ気をつけてやらねばなるまい』 と思つたが、又思ひ直して、 ガリヤ『待て待て彼等三人の言ひ草を聞いてから、何者だと云ふ事の、凡その見当をつけてからでなくては、如何なる災難に遇ふかも知れない。まづ凡ての掛合は相手を知るが第一だ』 と思ひ直して杖にもたれて覗く様にして考へ込んでゐた。 裸の一(裸の男一)『おい、転田山、あの摩利支天と云ふ奴、口ほどにない弱味噌だな。俺の反にかかりやがつて、土俵のド中央にふん伸びた時の態と云つたらなかつたぢやないか』 裸の二(裸の男二)『貴様は負田山だと名乗つてゐるが妙に強かつたぢやないか。大方向ふが力負したのかも知れないのう』 裸の男一『馬鹿云へ。俺が強うて向ふが弱かつたのだ。弱いものが負けると云ふのは何万年経つたつてきまつた規則だ。然し、彼奴は吃驚しやがつて雲を霞と逃げたぢやないか』 裸の男二『ナーニ、そこに居るぢやないか。アー、臭い臭い貴様、屁を垂れやがつたな。俄に臭くなりやがつたぞ』 裸の男一『馬鹿云へ、貴様も臭いわ。最前から何だか臭いと思つたが、よう考へりや相撲に呆けて忘れて居たが、古狸に撮まれて糞壺へ貴様と俺とが落ち込み、椿の下の泉で衣服を洗ひ、木に掛けて乾かす間に、寒さ凌ぎに相撲を始めたぢやなかつたかね』 裸の男二『ウン、さう云ふと、そんな気も……する様だ。此体が臭いのは洗ひが足らなかつたのに違ひないぞ。何程雑兵だと云つても、こんなに臭い筈はないからな』 裸の三(裸の男三)『こりや、二人の奴、貴様は狸に騙されよつたのだな。馬鹿だな』 裸の一(裸の男一)『アハハハハハ、あれ程沢山の相撲取や見物が来て居つたのは皆狸だ。オイ何処の奴か知らぬが、弱相撲、貴様だつてヤツパリ騙されて居つたのだよ』 裸の三(裸の男三)『馬鹿云へ。俺は貴様と相撲とつたのだ。貴様こそ狸を相手に挑み合つてゐたのだよ。あれほど沢山居つたが、人間はただの三人より居なかつたと見える。本当に馬鹿の寄合ひだな。オイ、貴様の本名は何と云ふのか。負田山、転田山では、テーンと分らぬぢやないか』 裸の男一『俺の本名が聞きたくば、貴様から名告れ、そしたら云ひ聞かしてやらう』 裸の男三『俺の名を聞いて驚くな。バラモン軍のランチ将軍が副官ケースの君だぞ』 裸の男一『何だ、そんな肩書をふり廻したつて今時通用しないぞ。某こそは三五教の未来の宣伝使初公別命だ。もう一人は徳公別命だぞ』 ケース『お名を承はりまして初めて呆れ返りました。如何にも下賤愚劣のお方で厶るな』 初『きまつたことだ。神変不思議の力を有する、何うしても解せぬ男だらう。酒を飲めばグレツく事は天下の名人だ。小北山の初公と云ふより下賤愚劣と云つた方が、よく通つてるからな、アハハハハ』 ガリヤは、 ガリヤ『ハハア、ケースの奴、狸にチヨロまかされ相撲とりよつたのだな。そして糞壺へはまつた奴と取組みよつたと見える。何だか臭くなつて来たぞ。一つ大声を出して呶鳴り、眼を醒してやらなくちや駄目だ』 と云ひながら臍下丹田に息をつめ(大声)『ウー』と発声した。三人は猛獣の襲来かと早合点し、赤裸の儘ノタノタと這ひ出し、何れも云ひ合した様に椿の根元に集つて了つた。 ガリヤ『オイ、お前はケースぢやないか。拙者はガリヤだ。何だ、こんな処へ赤裸になりよつて……』 ケース『ウン、兄貴か、もう一足早く来ればよかつたにな。大変狸相撲がはづんでゐたよ、アハハハハ』 初『エヘヘヘヘ』 徳『臭い臭い臭い、ウツフフフフ、糞面白うもない。糞にされて了つた』 ケース『揃ひも揃つて臭い野郎だな』 ガリヤ『アハハハハ、ああもう夜が明けた』 三人は泥まぶれの顔をして其処等を見まはした。糞まぶれの着物は異様の臭気を放ち、傍の青木の枝に烏の死んだのを水に漬けた様な形になつてブラ下つて居る。椿の下の清泉は……と覗いて見れば臭気紛々たる肥壺であつた。金色の蠅がブンブンと四人の顔を目標に襲撃し、目をせせつたり鼻の穴へ潜伏したり、口の角などを頻りにいぢり出した。 『此奴ア堪らぬ』 とガリヤ及び三人の裸は一生懸命に北へ北へと逃げて行く。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一北村隆光録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 11 千代の菊 第一一章千代の菊〔一三四七〕 お菊は歌ふ。 お菊『三月三日の桃の花散り敷く庭の小北山 春めき渡り何となく小鳥の歌ふ声さへも いとど長閑に聞えくる四四十六の菊の花 一つ越えたる此お菊朝な夕なに大前に 清く仕へし文助の翁の祝に加はりて 此聖場に並びます多士済々の役員が 前をも怖ぢず一言の言霊奏で奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 地異天変は起るとも只一身を神様に 任して仕へまつりなば世に恐ろしきものはない 文助さまの甦り霊界土産の物語 聞くにつけても神様の広大無辺の御神徳 実に有難く拝します百の司よ信徒よ 此世の泥を雪がむと地上に降りて三五の 教を開き給ひたる国治立の大神や 豊国姫の大神の化身とあれます厳御魂 瑞の御霊の御教を朝な夕なに畏みて 心に悟り味はひつ其行ひを忠実に 尽して神の御心に酬いまつるは吾々の 最第一の務めぞや高姫司の開きたる ウラナイ教の神々は世に恐ろしき兇党界 醜の身魂の憑依して書きあらはせる醜道を 此上なく尊み敬いて世の人々を迷はせし 蠑螈別や魔我彦や母のお寅に至るまで 日に夜に深き罪重ね此世を曇らせまつれども 至仁至愛の神様は広き心に見直して 許し給はむ惟神神の心はありありと 手にとる如く知られけり文助さまがよい手本 ウラナイ教に惑溺し千座の置戸を負ひまして 汚れし此世を清めます神素盞嗚の大神を 悪鬼邪神と貶しつつ教を伝へ来りしゆ もし文助が世を去らば忽ち無限の地獄道 神に背きし罪科を冥官共に数へられ 無残の運命に陥らむ由々しき事よと恐れみて 蠑螈別や魔我彦や母の罪をば救はむと 朝な夕なに祈りけりさはさりながら大神の 心は吾等人々の如何でか図り知られむや 悔い改めて大道に甦りなば大神は 必ず許し給ふべく無限の楽土に導きて 円満具足の生涯を送らせ給ふ事の由 実に有難く悟りけりああ惟神々々 神の御為世の為に之より腹帯締め直し 災多き世の中の小さき欲を打忘れ 水に溺れず火に焼けず錆び朽ち腐らぬ宝をば 高天原の天国に貯へ置きて永遠の 死後の生涯送るべく決心したる此お菊 心の空も晴れ渡り月日は輝き綺羅星は 我霊身に閃きて愉絶快絶譬ふるに 物なき身とはなりにけりああ惟神々々 神の御前に吾々が犯し来りし罪科を 慎み敬ひ悔いまつる』 お千代は又歌ふ。 お千代『常世の春の気はひして四方の山々青々と 甦りたる現世界花咲き匂ひ蝶は舞ひ 小鳥は歌ふ楽しさよ小北の山の霊場も 一度は冬の凩に吹かれて法灯滅尽し 已に危くなりけるが松姫司が現はれて 朝な夕なに誠心を籠めさせ給ひ神の道 仕へまつりし折柄に蠑螈別や魔我彦の 踏み荒したる聖域も漸くここに返り咲き やや賑はしくなりにける此時松彦神司 五三公さまを始めとしアク、タク、テクや万公司 引連れ来り三五の教の道に立直し 世に恐ろしき兇党界醜の魔神を追ひ出し 誠一つの三五の正しき神を奉斎し 正しき清きいと赤き誠心を捧げつつ 仕へまつりし甲斐ありて今は漸く立春の 梅咲く季節も打過ぎて百の花咲く弥生空 草青々と生茂る常世の春となりにけり 蕪大根黒蛇や其外百の絵姿を 描きて四方の信徒に配り与へし文助も 漸くここに目をさまし厳の御霊と瑞御霊 経と緯との経綸を悟らせ給ひ今迄の 偏狭心を立直し四辺輝く朝日子の 日の出神や木花姫の神の教を真解し 義理天上と自称せる日の出神の贋神を 放逐したる雄々しさよウラナイ教の発起人 高姫司が現はれて妖幻坊の杢助と 此処に本拠を構へつつ一旗挙げむと企らみて 言葉巧に司等を言向けせむとする時に 皇大神の御光に曲の心を照破され アツと驚く其途端断岩上より墜落し 二人は傷を負ひながら魔法使の宝物 曲輪の玉を文助の内懐に捻ぢ込んで 後白浪と逃げて行く小さき欲に捉はれて 神に背きし初、徳の二人は後を慕ひつつ 八百長芝居がききすぎて尻を破られ血を出し 足の痛みを堪へつつテクテク後を追つて行く 後に残りし文助は吾懐に残りたる 曲輪の玉を打眺めブンブン玉よと恐れつつ 小箱に固く封じ込み守り居たりし折もあれ 初公、徳公帰り来て曲輪の玉を奪はむと 文助さまを殴りつけ倒れた隙を見すまして スタスタ逃げ行く憎らしさ文助さまは其日より 人事不省に陥りて訳の分らぬ囈言を 喋り出せしぞ悲しけれかかる所へ三五の 教の司イク、サール日の出神の賜ひてし 夜光の玉の神力を現はしまして文助を 全く生かし給ひけり文助さまは霊界に 彷徨ひ給ひ種々と現界人の夢にだも 悟り得ざりし秘密をば詳細に委曲に目撃し 吾等が前に概略を伝へ給ひし尊さよ 斯く明かに霊界の様子を悟る上からは 尚吾々は心をば洗ひ清めて日々の その行ひを改良し神の心にかなふべく 仕へまつらであるべきや思へば思へば人の世は 実に浅間しきものなれど必ず死後の生涯は 栄えに満てるパラダイス円満具足の天国に 救ひ上げられ永遠の清き正しき生涯を 送られ得べきものぞかし神を敬ひ且つ愛し 神の心に逆らはず世人の為めに善業を 勤め励みて神界の人を此世に下したる 其目的に叶ふべく仕へまつれよ百の人 吾等と共に大前に誓ひを立てて懇ろに 身の幸ひを祈るべしああ惟神々々 恩頼を賜へかし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも地異天変は起るとも 神の此世にます限り誠一つを通しなば 必ず救ひ給ふべし吾等は神の子神の宮 世の万物に勝れたる奇き尊きものなれば 神の順序を克く守り愛と信との全徳に 浸りて此世の花となり光ともなり塩となり 穢れを洗ひ魔を払ひ天地の花と謳はれて 人の人たる本分を尽すも嬉し神国に 生ひ立ち出でし吾々は実にも至幸のものぞかし 仰ぎ敬へ神の子よ勇み行へ善の道 ああ惟神々々御霊幸はひましませよ』 此外神の司等並に信徒の祝歌は数限りなくあれども此処には省略する。扨て文助は数多の人々に盃をさされ、折角の志を受けぬ訳にも行かぬので少しく頭の痛む身に、元来下戸の事とて忽ち酩酊し階段を踏み外して地上に顛落し、又もや人事不省に陥つた。ここに松姫外一同は忽ち祝酒の酔も醒め、河鹿川に禊して文助の病気平癒を祈る事となつた。数多の役員信者の熱心なる祈願の声は九天に響き山岳も揺ぐばかりに思はれた。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四北村隆光録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 総説歌 総説歌 待ちに待つたる三月三日三ツの御魂の開け口 大く正しき正月の中の六日の朝日影 東の空を彩りて書斎の窓を射照らしつ 奇しき尊き神ツ代の顕幽神の物語 守らせたまふ神の家言霊車の軋る音 只一言も漏らさじと息をこらして松村加藤 いよいよ五十と五の坂をスタスタ登り北村の 隆く光れる日の本の国の真秀良場畳並はる 青垣山に包まれし綾の聖地の竜宮館 四ツ尾の霊山桶伏の山を左右に眺めつつ 写すも嬉し印度の国ハルナの都に蟠まる 八岐大蛇の悪霊を神の稜威に守られて 言向和はす三五の神の教の宣伝使 治国別の亀彦が常磐の松の心より 五六七の御代を松彦や教を四方に竜彦の 珍の司の波斯の国猪倉山に割拠せる 婆羅門教の宣伝使軍の司を兼ね居たる 鬼春別や久米彦の醜のゼネラル始とし スパール、エミシのカーネルを神の誠の言霊に 助けて玉置の村司テームス首陀の愛娘 二人を救ひ救援に向ひて敵に捕はれし 道晴別やシーナまで救ひ出して立ち帰り 万公の徒弟にスガール姫配し姉のスミエルを シーナの妻と定めつつ茲に目出度結婚の 儀式をすませ一同に神の教を克く諭し 松彦竜彦従えて神のまにまに月の国 ハルナを差して進み行く後に残りしバラモンの マーシャル鬼春別司久米彦スパール、エミシ等が 悔悟の念に堪えかねて髪を剃して比丘となり ビクトル山の谷間に庵を結び三五の 珍の教に真心を捧げて清く仕えたる 尊き神代の物語述べ始めたる今日こそは 心楽もしき春の空四方の山辺も雪解けて 和知の流れも滔々と水量増るみづ御魂 心を洗ふ如くなりああ惟神々々 御魂幸倍ましませよ。 大正十二年三月三日旧正月十六日
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霊界物語 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 03 瑞祥 第三章瑞祥〔一五二八〕 三千世界の梅の花蓮の花も一時に 開いて香る世となりぬ厳の霊の大御神 瑞の霊の大御神須弥仙山の頂に 現はれまして大宇宙一切万事を統べたまふ マイトレーヤ(弥勒)の世となりぬ抑須弥の頂は 梵語のメールクータなり妙高山と翻訳し 又もスメールと称ふなり其東方は黄金の 宝を蔵し南方は玻璃、西方は瑞御霊 白銀宝珠所成せり北方瑪瑙の宝成り 連山群峰圧しつつ大海中に突出し 雲を抜き出て其高さ三百三十六里あり 天地を造りたまひたる元津柱の大神の 常磐堅磐の御住所と天、人共に尊敬し 安明、妙光、金剛山好光山と称へらる 此をば翻訳する時は霊山会場の蓮華台 聖き丘陵の意味となるアヅモス山も三五の 尊き神を祭りてゆ須弥仙山と称へられ 百の神達勇みたち集ひたまへる霊場と 定まりたるぞ尊けれ神の恵に浴したる 此里人は村肝の心を清浄潔白に 濁り汚れの跡もなく霊耳を開きて天人が 現はれ来り舞遊ぶ三千世界の声を聞き 象馬牛車や鐘鈴の微妙の楽に耳澄ませ 琴瑟簫笛勇ましく清き涼しき歌の声 百人達の歓声は天地も揺るぐ許りなり 数多のエンゼル下り来て楽をば奏し玄妙の 唱歌の声は澄み渡る老若男女は云ふも更 海川山野谷々の空駆りゆく祥鳥は 迦陵頻伽か鳳凰孔雀鶴鷲鷹や鶯の 其啼声は天地に親和し来り天国を 地上に建てし如くなり地獄に起る大苦悶 阿鼻叫喚の声もなく餓鬼の飢渇の叫びなく 飲食求むる声もせず曲の阿修羅が大海の 傍に住みて自ら囁き呪ふ影も無し 皆一切に神の教喜び勇みて聴聞し 人と獣の分ちなく喜び勇むぞ尊けれ。 あゝ惟神々々真善美愛の神心 弥茲に顕現し天地に轟く音彦の 玉国別の神徳は三千世界の天使ぞと 仰がぬ者こそなかりけり朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも清浄無垢の御霊をば 照して渡る世の中に如何でか曲の襲はむや アヅモス山の聖場は須弥仙山の光景を 完全に委曲に現出し三千世界の鎮めぞと 八千万劫の末迄も照り輝くぞ目出度けれ あゝ惟神々々神の御言を蒙りて 須弥仙山に譬ふべき蓮華台上の存在地 綾の聖地を後にして神洲最初の鎮台と 言ひ伝へたる大山を救ひの船に乗りながら 眺めて茲に遠つ世の生物語述べて行く。 時しもあれや聖地より此世の泥を清むてふ 二代澄子と仁斎氏木花姫の御再来 御霊の守る肉の宮千代の固めの経綸に 遙々来る松林中に立ちたる温泉場 浜屋の二階に対坐して役員信徒諸々と 三月三日の瑞御霊五月五日の厳御霊 三五の月の光をばいと円満に照さむと 互に誠を語り合ひ誓ひを立てし目出度さよ 堅磐常磐に弥加藤いや明らけく日月の 恵を祝ふ神の書写すも尊き加藤明子 松の千年はまだ愚か万年筆も健かに 紫檀の机に打ち向かひ千秋万歳誌し置く あゝ惟神々々神の恵の尊さよ。 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも星は空より落つるとも 日本海は涸るるとも神の伝へし此聖書 千代も八千代も動かまじ厳の御霊の命令もて 空漕ぎ渡る方舟に心臓に鼓を打たせつつ 科戸の神や水分の神の弄のダンスをば 面白嬉しく眺めつつ心も清く平けく 神のまにまに進み行く。 ○ スメールの山の麓に二柱 並びて世をば開く今日かな。 世の人を皆生かすてふ温泉場 救ひの船に棹し進む。 天地の真純の彦の物語り 此世を澄子の司来れる。 マイトレーヤ御代早かれと松村の松村真澄 真澄の彦の笑み栄えつつ。 ミロクの世一日も早く北村の北村隆光 月日の隆き光待ちつつ。 いとた加き藤の御山の神霊加藤明子 明したまひぬ常闇の世を。 世を救ふ神の出口の瑞月が出口瑞月 真純の空に輝き渡る。 マハースターマブラーブタ(大勢至)マンヂュシュリ(文珠師利) アバローキテーシュヷラ(観世音)尊き。 スーラヤ(日天子)やチャンドラデーワブトラ(月天子)やサマンタガン 守らせ給へ瑞の御霊を。 ダルタラーストラ・マハーラーヂャ(東方持国天王)ヸルーダカ(南方増長天王) ヸルーバークサ(西方広目天王)ヷイスラワナ(北方多聞天王) 守らせ玉へこれの教を。 (大正一二・四・五旧二・二〇於皆生温泉浜屋加藤明子録) 附記 本日は暴風雨烈しく怒濤の声に妨げられ是にて口述中止せり。
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霊界物語 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 22 三五神諭(その三) 第二二章三五神諭その三〔一五四七〕 明治三十四年旧六月三日 斯世の行く先の解るのは、綾部の大本の竜門館でないと、何んぼ知識で考へても何程学がありたとて、学があるほど利口が出て、解りは致さんぞよ。永くかかりて仕組んだ此の大望、解りかけたら速いから、改信が一等であるぞよ。変性男子の因縁の解る世が参りて来たから、世界にある事を先繰に、前途の事を知らせる御役であるぞよ。今度は世に落ちておいでる神々を皆世に上げねばならん御役であるから、順に御上りに成るぞよ。それに就いては世に出て御いでます万の神様に、明治二十五年から申付けてあるが、是迄のやうな世の持方では行けんから、岩戸を開くに就いては、高処から見物では可けませんぞえと申して置いたが、時節が参りたから、一旦は世界に言ふに言はれん事が出来いたすぞよ。 ○ 明治三十五年旧七月十一日 永らく筆先に出して知らしてやりても、今の人民は疑強き故に真に致さぬから、此中に実地を為て見せてあるから、能く見て置かんと肝腎の折に何も咄しが無いぞよ。霊魂の調査いたして、因縁ある身魂を引寄して御用に使ふと申して、筆先に出してあらうがな。今度の二度目の天の岩戸開と申すのは、天の岩戸を閉める役と、開く役とが出来るのであるが、神の差添の種は、自己が充分苦労をして人を助ける心でないと、天地の岩戸は却々開けんぞよ。差添の種に成るのは、二十五年からの筆先を腹へ締込みて置いたら宜いのであるぞよ。此中の結構な経綸が判りて来かける程、世界から鼻高が出て来るから、筆先で何麼弁解も出来るやうに書してあるから、調戯心で参りて赤恥かいて帰るものも出来るし、又誠で出て来るものもあるぞよ。目的を立てようと思ふて出て来るものもあるし、世間に解る程忙しくなるから、此寂しく致して誠を細かう判るやうに書してあるから、他の教会とは精神が違ふと申すのぢやぞよ。世界の鏡の出る所であるから、是迄に何程云ふて聞かしたとて、余り出口を世に墜して御用が為してありたから、疑ふ者計りで、此中の行ひがチツトも出来んゆゑ、誠の教も未だ今にさして無きやうな事であるから、此の闇の世に夜の明ける教を致しても、誰も真に致さねど、もう夜の明けるに近うなりたぞよ。夜が明けると神の教通りに世界から何事も出て来るから、世界は一旦は悪なるから、喜ぶものと悲しむものとが出来るから、大本さへ信神致して居りたら善き事が出来るやうに思ふて、薩張り嘘ぢやつたと申してゐるなれど、出口の日々の願で、大難を小難にまつり替へた所で、何なりと神国の中にも夫々の見せしめは在るぞよ。是から先になりたら、斯様な事が在るのに何故知らせなんだと小言を申すなり、知らせねば不足を申すであらうし、亦知らせて遣れば色々と疑うて悪く申すし、人民の心が薩張り覆つてゐるから、善き事は悪く見えるし、悪きこと致すものは却つて今の時節は善く見えるが、全然世が逆さまであるぞよ。今の世界に立つ人は、一つも誠の善の事は致して居らんぞよ。艮金神が表に現はれて世界の洗ひ替をいたすから、是からは何事も神から露見れて来るぞよ。今の世界の落ちてゐる人民は、高い処へ土持計り致して、年が年中苦しみてゐるなり。上に立ちてゐる神は悪の守護であるから、気儘放題好き寸法。強い者勝の世の中でありたなれど見て御座れよ、是から従来の行方を根本から改正さして了ふて、刷新の世の行方に致すから、今迄に上に立ちて居りた神は大分辛う成りて来るから、初発から出口直の手と口とを藉りて、色々と世界の霊魂に申聞したら、近所の者が驚いて、出口を警察へ連れ参りた折に、警察で三千世界の大気違ひであると申してあるぞよ。それでも気違ひが何を申す位により取りては居らんぞよ。何でもない手に合ふ者ほか能う吟味を致さんのか、モチト大きな者を吟味いたして世の潰れんやうに致さねば、此儘で置いたら、警察の云ふ事共聞く者が無きやうになるぞよ。艮金神が現はれて守護をしてやらねば、神の国は此状態で置いたら、全部悪神に略取れて了ふぞよ。斯様な時節が参りてゐるに、上に立ちておる守護神が先が解らんから、岩戸を開いて先の判る世に致すから、自己の心から発根と改信を為るやうに成るぞよ。艮金神が表になると物事速いぞよ。 ○ 明治三十六年旧七月十三日 悪神の国から始まりて、大戦争が在ると申してあるが、彼方には深い大きな計画をいたして居るなれど、表面からは一寸も見えん、艮金神は日の下に経綸が致して在るぞよ。日の下は神国で結構な国ぢやと云ふ事は、判りて居れど、何を申しても国が小さいので、一呑に為ておるから、今の精神では、戦争が始まりたら神国魂が些とも無いから、狼狽て了ふぞよ。是から段々と世が迫りて来て、世界中の大戦争となりて、窮極まで行くと、悪魔が一つになりて、皆攻めて来た折には、兎ても敵はんといふ人民が、神から見ると九分まであるが、日の下はモウ敵はんと申す所で、神国魂の生神の本の性来を、出して見せて遣ると、神国魂は胸に詰りて呑めぬから悪神の守護神が、元の霊魂の力はエライものぢや、誠ほど恐いものは無いと申して、往生する所まで神国の人民は堪忍な、今度悪神が強いと見たら、皆それへ属いて了ふから、ソコデ此の本に仕組てある事を、神国の人民が能く腹へ入れて、御用を致さす身魂が二三分出来たら、其処で昔からの経綸の神が現はれて、世界を誠一つの神力で往生致さして、世界中の安心が出来るやうに致して、昔の元の神代に復すぞよ。邪神の侵略主義はモウ世が終結ぞよ。何程人民に智慧学力が在りても、兵隊が何程沢山ありても今度は人民同志の戦争でありたら、到底敵はんなれど、三千年余りての経綸の時節が来たので在るから、世界中から攻めて来ても、誠には敵はん仕組が為てあるなれど、艮金神、竜宮乙姫どの、日出の神が表はれんと、其処までの神力は見せんから、此の大本には揃ふて神力を積ておかんと如何為様にも激烈うて、傍へは寄附かれん様な事が出来てくるから、身魂を能く磨いておけと申すのであるぞよ。身欲信仰して居る人民、そこへ成りてから助けて呉れと申ても其様な人民は醜しいから、傍へは寄せ附けんぞよ。能く神の心を汲取らんと、大本は天地の誠一つの先祖の神の経綸の尊い場所で在るから、迂濶に出て来ても、チト異う所であるから、其処にならんと眼が覚めんから、眼醒しの在るまでに、腹の中の埃を出して置かんと、地部下に成るから、執念言ふて気を附るぞよ。 ○ 明治三十七年旧正月十日 艮金神稚日女岐美命が、出口の守と現はれて、変性男子の身魂が全部現れて、斯世を構ふと余り速に見透いて、出口の傍へは寄れん様に成ると申して在るが、何彼の時節が参りたから気遣ひに成るぞよ。水晶の身魂でありたら、岩戸開きの折にも安心で何も無いなれど、一寸でも身魂に曇りがありたり、違うた遣方いたしたり、混りがありたり致したら、直ぐその場で陶汰られて、ザマを晒されるぞよ。人民からは左程にないが、神の眼からは見苦しきぞよ。変性男子は大望な御役であるから、今度の御用をさす為に、神代一代の苦労がさしてありての事であるから何程でも此筆先は湧いて来るぞよ。岩戸開きの筆先と立直しの筆先とを、世が治まる迄書かすなり、斯世一切の事を皆書かせるから、何麼事も皆解りて来るから、誰も恥かしうなるから、改信いたせ、身魂の洗濯いたせよと、出口直の手で知らしてあるのを、疑うて居りた人民気の毒が出来て来るぞよ。斯世が末に成りて、一寸も前へ行けんやうになりて、変性男子と女子とが現はれて、二度目の天の岩戸を開く大望な御役であるぞよ。今迄の教は魔法の遣方で金輪際の悪き世の終りであるぞよ。 ○ 明治三十七年旧七月十二日 今の役員信者は、今度の戦争で世が根本から立替るやうに信じて、周章てゐるなれど、世界中の修斎であるから、さう着々とは行かんぞよ。今度の戦争は門口であるから、其覚悟で居らんと、後で小言を申したり、神に不足を申して、折角の神徳を取外す事が出来いたすぞよ。変性女子の筆先は信用せぬと申して、肝腎の役員が反対いたして、書いたものを残らず一所へ寄せて灰に致したり、悪魔の守護神ぢやと申して京、伏見、丹波、丹後などを言触に廻りて神の邪魔を致したり、悪神ぢやと申して力一杯反対いたして、四方から苦しめてゐるが、全然自己の眼の玉が眩んでゐるのであるから、自己の事を人の事と思うて、恥とも知らずに、狂人の真似をしたり、馬鹿の真似を致して一廉改信が出来たと申してゐるが、気の毒であるから、何時も女子に気を附けさすと、悪神奴が大本の中へ来て何を吐すのぢや、吾々は悪魔を平げるのが第一の役ぢやと申して、女子を獣類扱ひに致して、箒で叩いたり、塩を振掛けたり、啖唾を吐きかけたり、種々として無礼を致しておるぞよ。是でも神は、何も知らぬ盲聾の人民を改信さして、助けたい一杯であるから、温順しく致して誠を説いて聞かしてやるのを逆様に聞いて居れど、信者の者に言ひ聞かして邪魔を致すので、何時までも神の思惑成就いたさんから、是から皆の役員の目の醒める様に、変性女子の御魂の肉体を、神から大本を出して経綸を致すから、其覚悟で居るがよいぞよ。女子が出たら後は火の消えた如く、一人も立寄る人民無くなるぞよ。さうして見せんと此の中は思ふ様に行かんぞよ。明治四十二年までは神が外へ連れ参りて、経綸の橋掛をいたすから、後に恥かしくないやうに、今一度気を附けて置くぞよ。この大本の中の者が残らず改信いたして、女子の身上が解りて来たら、物事は箱差したやうに進むなれど、今のやうな慢心や誤解ばかりいたしておるもの許りでは、片輪車であるから、一寸も動きが取れん、骨折損の草臥儲けに成るより仕様は無いから、皆の役員の往生いたすまでは神が連出して、外で経綸をいたして見せるから、其時には又出て御出で成されよ、手を引き合ふて神界の御用をいたさすぞよ。今度の戦争で何も彼も埒が付いて、二三年の後には天下泰平に世が治まる様に申して、エライ力味やうであるが、其麼心易い事で天の岩戸開は出来いたさんぞよ。今の大本の中に唯の一人でも、神世に成りた折に間に合ふものがあるか。誤解するも自惚にも程があるぞよ。まだまだ世界は是から段々と迫りて来て、一寸も動きの取れんやうな事が出来するのであるから、其覚悟で居らんと、後でアフンとする事が今から見透いて居るぞよ。今一度変性女子の身魂を連出す土産に、前の事を概略書き残さして置くから、大切にいたして保存して置くが宜いぞよ。一分一厘違ひは無いぞよ。明治五十年を真中として前後十年の間が岩戸開きの正念場であるぞよ。それまでに神の経綸が急けるから、何と申しても今度は止めては下さるなよ。明治五十五年の三月三日五月五日は誠に結構な日であるから、それ迄はこの大本の中は辛いぞよ。明治四十二年になりたら、変性女子がボツボツと因縁の身魂を大本へ引寄して、神の仕組を始めるから、気の小さい役員は吃驚いたして、逃出すものが出来て来るぞよ。さうなりたら世界の善悪の鏡が出る大本で在るから、色々の守護神が肉体を連れ参りて、目的を立てやうといたして、又女子の身魂に反対いたすものが現はれて来るなれど、悪の企謀は九分九厘で掌が覆りて、赤恥かいて帰るものも沢山あるぞよ。今の役員は皆抱込まれて了ふて、又女子に反対をいたすやうになるなれど、到底敵はんから往生いたして改信[※三五神諭には約70ヶ所で「改信」が使われているが、校定版・愛世版では第20章a343と第22章a311の2ヶ所だけ「改心」になっている。初版では全て「改信」であり「改心」は使われていない。したがって誤字と判断し、霊界物語ネットでは「改信」に修正した。]いたしますから、御庭の掃除になりと使うて下されと、泣いて頼むやうになるぞよ。腹の底に誠意が無いと欲に迷ふて大きな取違をいたして、ヂリヂリ悶えをいたさな成らんから、今の内に胸に手を当てて考へて見るが宜いぞよ。もう是限り何も申さんから、此筆先も今度は焼捨てぬやうに後の証拠にするが宜いぞよ。何方が取違であつたか判るやうに書かして置くぞよ。盲目聾が目が明いた積り、心の聾が耳が聞える積りで居るのであるから、薩張り始末が附かんぞよ。力一杯神界の御用をいたした積りで、力一杯邪魔をいたしておるのであるから、何うも彼うも手の出し様が無いから、止むを得ず、余所へ暫くは連参りて、経綸をいたすぞよ。今の役員チリヂリバラバラに成るぞよ。 ○ 明治三十七年旧八月十日 天も地も世界中一つに丸め、桝掛ひいた如く、誰一人つづぼには落さぬぞよ。種蒔きて苗が立ちたら出て行くぞよ。苅込になりたら、手柄をさして元へ戻すぞよ。元の種、吟味致すは今度の事ぞよ。種が宜ければ、何んな事でも出来るぞよ。 (大正一二・四・二六旧三・一一於竜宮館北村隆光再録)
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霊界物語 62_丑_讃美歌2 14 神幸 第一四章神幸〔一五八九〕 第三八二 一 三月三日の桃の花五月五日の桃の実や 菖蒲の花の咲き匂ふ厳の吉き日は来りけり 遠き神代の昔より弥永久に定まれる 神の光は妹と背の生代を契る神柱 祝の日とぞなりにける。 二 山と山との谷間を流るる水の底清く 菖蒲の花は朝夕に妙なる薫りを放ちつつ わが庭前の池の面に影をば映す水鏡 上と下とは紫の花と花との妹と背が 睦びし如く映ろへり。 三 此世の憂きも悩みをも又喜びも楽しみも 共におひつつ睦じく厳の栄光の神園をば 望みて進む妹と背の正しき道の楽しさよ。 四 八千代と寿ぐ百鳥の歌の調も長閑なり 神の御庭に集まりし珍の信徒睦び合ひ 花の莚に嬉しげにうごなはり居る有様は 天津使の如くにて妹背の幸を祈るなり あゝ惟神々々恩頼を願ぎ奉る。 第三八三 一 妹と背の道を開きし那岐那美の 神の御声は今尚聞ゆも。 二 厳御霊瑞の御霊の下り来て 今日の喜び幸はひ給はむ。 三 現し世に立ちて働くわが友を 与へ給はれ妹と背の道。 四 須勢理姫出雲の神とならばして 結び給ひぬ妹背の道を。 五 産土の神の恵のとりなしに 結び終りぬ妹背の道を。 六 幾千代も幸はひ給へ大御神 産土神と力協せて。 第三八四 一 元津神厳と瑞との二柱に 仕ふる家内は永久に楽しき。 二 兄弟も家族親族も親しみて 喜び分つ家の楽しさ。 三 朝夕に業勤しみて皇神の 御栄光あれと祈る朝宵。 四 霜枯れし浮世に住めど楽もしき 常世の春の心地するなり。 第三八五 一 天津国花の御園に建つ家は 黄金の薨四辺まばゆき。 二 火に焼かれ水に流るる現し世の 家居は夢の果敢なきを知れ。 三 八重葎門を鎖せし賤ケ家も 祝詞聞えて宮居となれり。 四 逸りてし己が心を笑ひつつ 今落ち着きぬ神の言葉に。 五 湧くままに野中の清水掬びつつ 瑞の御霊の恵さとりぬ。 六 玉の井に宿る月影いと清し 魂を研けと教へ給ふか。 第三八六 一 芝垣の一重の中も楽しけれ 神を讃へて世を渡る身は。 二 わが妹は花と笑みつついとし子は 鳥と歌ひて神を称へり。 三 円山に登りて四方を眺むれば 神の栄光は目のあたり見ゆ。 四 橄欖の花咲き匂ふ円山に 胸をどるかも瑞垣の跡。 五 皇神の珍の宮居の砕かれし 跡見る度に涙こぼるる。 六 八重葎茂れる賤ケ伏家にも 月は窓より覗かせ給ふ。 七 御恵の雨は枢を潤して 生命の水をそそがせ玉へり。 八 わが家は皇大神の御住居 珍の宮居と尊み守らへ。 第三八七 一 ほのぼのと東の空は明けにけり はや昇るらし待ちわびし日は。 二 大空にかすみし月も奇びなる 光を放つ夜とはなりぬる。 三 冬籠り春待ちわびし白梅の 神の御園に身をひそめ居つ。 四 声高く鶯雲雀野に叫ぶは 神の御稜威を謳ふなるらむ。 五 梅柳花橘の色清く 主の栄えを粧ひぬるかな。 六 皇神の同じ身魂を受くる身は 男女の区別あるなし。 七 珍らしき花匂ふなる庭の面に 導かれ行くも神のまにまに。 第三八八 一 時鳥深山の奥に身をかくし 瑞枝栄ゆる夏を待ちつつ。 二 時鳥泣く音に醒めて起き出づれば 有明の月かがやき渡らふ。 三 花蓮白梅の如薫りつつ 神の御旨を教へ示せり。 四 月涼し秋亦涼し野も山も 涼しき空に月は輝く。 五 旅人のなやむ真昼の夕立に 心の塵は洗はれにけり。 六 皇神の御稜威称ふる珍の声は 天津御空の神に通はむ。 第三八九 一 皇神の教に交らふ友垣は 兄弟よりも親しかりけり。 二 来ります主待ちわびて長月の 消息をきくの花莚かな。 三 麻柱の赤き心は紅葉の 奇き色香に通ひぬるかな。 四 永久の神の望みはさやかなる 御空の月にさも似たるかな。 五 田の面に稔る稲穂を鏡とし 謙遜りつつ御世を渡らへ。 六 秋の夜の虫の泣く音に合せつつ 小琴の調に御代を謳はむ。 第三九〇 一 日は流れ月は歩みて星移り 今年も余り尠くなりぬ。 二 御恵の深きも知らず白雪の 中にまよふも夢心地して。 三 野も山もはや冬枯れて見る目淋し 頼りとするは御光のみなる。 四 皇神の教の場の睦びこそ 花咲き匂ふ永久の春かも。 五 いと清き教の友の交らひは 後の世かけて変らざらまし。 六 埋火の深き心を知らずして 煙の如くさまよひ巡るも。 第三九一 一 豊栄昇る朝日影さすや迷ひの雲晴れて 天津御国に永久にあれます元津祖神の 御稜威は四方に輝きぬ神の御子なる人草の 打仰ぎつつ御空をば恋慕ふこそ床しけれ。 二 瑞の御霊の下します恵の露を身に受けて 罪や穢に萎れたる青人草に御栄光の 再び花を咲かしむる目出度き時は近づきぬ 仰ぎ敬へ神の徳。 三 神の御稜威を譬ふれば風も誘はぬ春の花 雲もかからぬ秋の月朝日の豊栄昇る如 いと明かに天地に弥永久に栄えます 仰ぎ敬へ大稜威慕ひまつれよ神の愛。 四 神の御前に集ひ来て瑞の御声を聞く時は 心の底より勇み立ち果てしも知らぬ嬉しさを 包む術なき薄衣畳むも惜しき心地かな 仰ぎ敬へ神の稜威慕ひまつれよ神の愛。 (大正一二・五・一二旧三・二七於竜宮館隆光録)
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霊界物語 □_特別編-入蒙記 10 奉天出発 第一〇章奉天出発 三月一日(中国暦の正月二十六日)盧公館に於て日出雄、盧占魁、真澄別、岡崎、揚巨芳、佐々木、大倉、唐国別、守高等の面々が打ち揃ひ蒙古経営談の花を咲かした。 大倉『先生、弥々張作霖から盧さんに対して西北自治軍総司令の内命が下りました。張作霖の意見に依れば先生の御計画の通り、先づ索倫山に於て兵を募集し、司令部を設けて活動せよとのことです。之に就ては岸少将も非常に骨を折つて呉れました。之れで一先づ安心です。佐々木さんも大変心配しましたが、愈々大願成就の曙光を認めましたから安心して下さい』 日出雄『それは大変にお骨折りでした。御神助に依つて意外にも早く話が纏つた事を喜びます。併し佐々木さん、随分此の交渉は困難でしただらう』 佐々木『ハイ、何と云つても支那と言ふ所は金で動く所ですから、張作霖の側近く仕へて居る連中に、金銭の轡をはめて反対しない様にして置きました。之れから私は軍備に着手致します。そして輸送も大連から洮南迄は非常に楽になりました。武器の輸送は張作霖が引き受けて送つて呉れる事になりましたから安心して下さい』 日出雄『さうなれば私は一歩先きに蒙古入りをして見ようと思ふ。君等は総ての準備を整へて後からやつて来て貰ひたい。王爺廟から三百計りの喇嘛僧が迎へに来ると云ふ事だから、グヅグヅしては居られますまいから』 佐々木『まあ二三日待つて下さい、さうすれば喇嘛服を誂へに行つた揚萃廷さんも北京から帰つて来ませうし、張作霖の護照も取れますから、其上になさつた方が安全でせう』 岡崎『何、護照が何になるか。僕は東三省の高等官だ、僕が先生のお供すれば護照もヘツタクレも要るものか。何事も神命に従つてやるのが吾等の趣旨だ。先生の言葉は神様の言葉だ。此間から洮南府迄沿道の視察をして来たが、行先々に日本人が居つて何彼の世話をして呉れる事に約束して置いたから、君達は後に残つて準備をしたがよい。僕は是非二三日の中に自動車を雇つて鄭家屯迄疾走する積りだ』 佐々木『奉天から汽車が通じて居るのに高い金を出して自動車に乗る必要があるか、三十人計りの護衛兵をつけるから、先生に奉天駅から御苦労になつたらどうだ、其が安全でよからうと思ふ』 岡崎『それもさうだが、神様に護衛兵などが要るものか、僕がお供すれば大盤石だ。未だ嘗て奉天から鄭家屯迄自動車を飛ばした者が無いのだから、自動車旅行も地理を知る上に於て面白からう。日本人はいつも満蒙視察をして来たと偉さうに言つて居るが、唯汽車に乗つて沿道を視察した位では駄目だ、是非共自動車で行つた方が面白いだらう』 佐々木『此の道の悪いのに、山や畑を突破し、遼河を渡らねばならぬ大危険がある。そんな危険の道を通る必要がどこにあるか。悪い事は云はないから、是非汽車旅行にして欲しいものだ。吾々も心配でならないからなあ』 日出雄『満州の事情も調べたいから、別に急ぐ旅でもなし、自動車旅行を試みたいものだ。人の通らない所を通つて見るのも面白いだらう』 岡崎『佐々木や大倉は臆病だから、そんな事を云ふが、何、心配要るものか、自動車旅行と決定しようじやないか』 佐々木『先生が其御意見なら仕方が無い、之から自動車屋に照会して見よう』 揚巨芳『私の知己で盧さんの恩顧を受けて居る王樹棠と云ふ、昔直隷軍の連長をして居た男が、城内に自動車会社をやつて居るから、それに云ひつけませう。彼は義侠心の強い剛胆な男ですから、少々の馬賊位出た所でこたえない奴ですから』 日出雄『それは好都合だ、そんならそれに定めて仕舞はう。愈々三月三日此地を出立しよう』 盧『一切万事先生の御意志に従ふ決心だからお望みの通り自動車を誂へませう』 かくの如く相談が纏つたので、日出雄は愈々奉天から鄭家屯に向つて自動車を駆る事となつた。さうして真澄別、大倉、名田彦の三名は奉天より汽車に乗つて蒙古の洮南府に先着し、洮南ホテルに於て諸般の準備を調へて待つ事に相談がまとまつた。 愈々三月三日(旧正月廿八日)午後四時から王樹棠の自動車二台に日出雄、岡崎、守高、王元祺の四名は分乗して奉天を出発する事となつた。自動車屋の主人王樹棠は道路の険悪なるを気づかひ自ら運転手となり三人の部下と共に随ふ事となつた。道路は極めて険悪にして運転意の如くならず、時々機関に損障を来し、一時間許り走ると又一時間許り停車して車の修繕を為し、昼夜の区別なく川の中や畑の中、小山などを無理やりに進む事となつた。寒気凛烈にして、手も足も殆んど知覚を失つて居る。奉天から鄭家屯迄の間は馬賊の横行が特に甚だしいので、自動車の停車中はヘツドライトを消し、懐中電燈を持つて修繕に着手する事とした。水が切れると其処辺の氷を割つて機関に詰め込むなど、いろいろの難苦をおかし、北へ北へと星の光を力に進んで行く。 幸に官兵や巡警、馬賊の網を突破して、鉄嶺の前方竜首山の麓なる遼河畔に進んだ。河辺の急坂を下つて自動車は将に遼河を横ぎらうとした時、運転手は『アツ』と驚きの声を発した。其刹那に不思議にも自動車は止つた。よくよく見れば一二尺前方には、さしもに厚い氷が解けて蒼味だつた水が漂うて居る、実に危険な場合であつた。此の自動車には通訳の王元祺と守高が乗つて居たが、何れも神明の御加護として神恩を謝した。此地点は西北に竜首山が高く聳え、且つ河の堤が非常に高かつた為め、西北の寒風を遮り、氷結して居なかつたためである。是非なく二三支里後へ戻つて人家を叩き起し、案内者を雇うて、小山の上や畑の中を危くも馳駆して大道に出た。満州広野を走る列車は、遥の遠方に細長く薄い光を放つて走つて居た。翌四日午前七時開原の城内に着いた。飲食店に入つて油濃い支那食を喫し、此処で一時間許りも車体の修繕をした。此地方では自動車の通行した事が無いので、妙な車が来たと云ふので次から次へ言ひ伝へ、老若男女が真黒に蝟集してワイワイと騒ぎ立てて居る。其間牛や驢馬などが四頭曳き、五頭曳きで大車を引いて通る。其混雑は到底筆紙に尽し難い。漸く修繕が済んだので、二台の自動車は、ブウブウと警笛を鳴らし、群集を押しわけ、大速力でかけ出し、午後一時頃には昌図府の手前迄安着した。一台の自動車は大破損を来たし運転不能となつて仕舞つたので、是非なく昌図府の木賃ホテル三号店に宿泊し、奉天へ人を派して機械を取り寄せる事にした。二百四十支里の高原を未だ何人も試みし事なき冒険的旅行をやつたのは、開闢以来の壮挙だ。源の義経の都落にも比して偉大なる放れ業だと、岡崎の気焔当るべからざるものがあつた。 (大正一四、八、筆録)
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霊界物語 □_特別編-入蒙記 12 焦頭爛額 第一二章焦頭爛額 翌五日の午前三時頃奉天から機械を持つて帰つて来たので、直様自動車の修繕に着手した。何分破損が甚だしいので容易に修繕が出来なかつた。日出雄と岡崎とは七時半一台の自動車を王樹棠に操縦させ乍ら、二十支里の地点なる昌図の北、大四家子の王昌紳の宅に安着し、自動車を門内深く入れおき、守高等の自動車を一時間許り待つてゐた。あまり遅いので自動車の荷物を全部下し、王樹棠は一名の運転手をつれて再び昌図三号の木賃ホテルに引返した。恰度大破損した自動車の修繕を全く終り、荷物を積み込んだ所へ日本領事館員が警官を二三名引連れて臨検に来た。そして王樹棠の自動車と共に三号店の門へ這入つた。日本官吏は直ちに三号店内に進み入り、調査して居る間に、王樹棠は全速力を出して自動車を駆け出し、日出雄が待つてゐる大四家子の館を指して驀地に二台ともやつて来た。 王昌紳の宅は十数人の大家族で何処となく気品の高い風貌をしてゐた。此処の家族は日本の救世主来れりと云つて、大いに歓待し、高粱や支那米のお粥や鶏卵等を煮て饗応した。一同は互に無事を喜び当家に別れを告げ、茫漠たる大荒原を十支里許り疾走すると二百名許りの支那兵の一隊に出会した。王樹棠は一切構はず兵隊の列を目あてに、一目散に駆り行く。殆んど三十分許り駆け出した時に、又もや機械の損傷を来し、一時間許り時間を費して修繕に取掛つた。 丘陵や畑や川の区別なく、西北の空を目あてに難路を進み行く豪胆不敵の行動に、旅行く人馬が驚いて右往左往に逃げ廻る。大車を曳いてゐる馬の群は驚いて溝の中に顛倒する。其中に次から次へ来る牛車や馬車が折重なつて顛倒する有様は、実に可笑しくもあれば気の毒でもある。車の動揺につれて日出雄等は幾度となく頭を打ち臀を打ち、時々後の自動車が、前の自動車に衝突したり、車体のガラスが破壊して守高は破片の雨を全面に浴び、眼辺に負傷し、ダラダラと血を流してゐる。かくして漸く旧四平街に安着したのは午後三時半頃であつた。自動車が再び大破損を為し、最早や動く事が出来ぬので、止むを得ず荷馬車二台を雇ひ寒風に曝され乍ら新四平街の貿易商奥村幹造氏の宅に安着したのは午後五時三十分頃であつた。 此処の宅で日出雄等は久し振りで日本食を饗せられ、鶏肉の鍋を囲んで舌鼓を打つた。途中開原で朝飯を食つたきり今日まで日出雄一行も車掌四人も昼夜の区別なく、碌に飯も食はなかつたが元気は益々旺盛であつた。当夜は奥村方に一泊し洮南府の日本居留民会長平馬慎太郎氏の案内で、四平街駅から鄭家屯に向ふ事と決つた。当家にて久々にて日本風呂に入浴し、汗や垢を落し翌早朝四平街より列車の客となつた。此日は非常に陽気暖かく支那服の上着を一枚二枚と次々に脱ぎ、窓を開けて茫々たる大原野の風に当りつつ進んで行く。午後六時五十分鄭家屯駅下車、山本熊之氏方に一泊する事となつた。岡崎、平馬、守高、王元祺の四人は、日本の東屋と云ふ料理店に於て牛飲馬食会を開き大変なメートルを上げ、お多福仲居や、豚芸者が盃盤の間を斡旋し、大いに豪傑振りを発揮したが、翌早朝日出雄が泊つて居る山本方に入り来り直ちに停車場へと駆けつけた。正に午前六時三十分である。 臥虎屯駅の西北の方に土饅頭形の宝裏山が、大原野の寂寞を破つて端然として立つて居る。饅頭を伏せた様な山で蒙古七山の一なりと云ふ事である。此洮南鉄道は去る一月初めて試運転を行ひ漸く鉄路が固まつた所で、殊にその汽車は満鉄の古物許りで途中機関に損傷を来たし、茂林駅の手前で七時間許りも立往生をした。岡崎は支那の将校四人を相手に談論風発盛んにメートルを挙げ、三蔵法師について行つた猪八戒式を発揮し、日出雄を煙に巻いた。蒙古名物の黄塵万丈も岡崎の鼻息には跣足で逃げ出しさうであつた。 汽車の途中停車を怪しんで、附近の村落より蒙古人の老若男女が数十人許り物珍らしさうに集まつて来た。そして呑気さうに長い煙管で煙草をパクついて居た。之を見ても日本の神代は斯くの如く呑気であつたらう等と、歴史を遡つて日出雄は冥想に耽つた。日出雄は車中に於て数十首の和歌を詠じた。その内の一部を左に録する。 際しなき大野ケ原を進み行く我魂の勇みけるかな 天も地も一つになりて国津神広野の蓆敷きて我待つ 漸くに安宅の関をくぐり抜け今は蒙古の広野を走る 早や已に蒙古の国を握りたる如き心地し意気天を衝く 風清く日はうららかに枯野原春めき立ちて陽炎燃ゆる 事ならば我同胞を招き寄せ新楽園に救ひ助けむ 五五と云ふ日数重ねて漸くに宝の国に入りし我かな 際限も知らぬ原野の真中に蒙古の人家チラチラ見ゆる 一点の曇りさへなき大空は地平線上に下りて見ゆる 木も草も見る事を得ぬ蒙古人は空の月星花と見るらむ 積む雪の凍れる上を日の照りて大野ケ原も大海と見ゆ 海の潮光ると許り疑はる大野ケ原の雪に日は照り 際限もなき大荒原の中に土室の如き人家がポツリポツリと建並び、車窓より眺れば陸の大洋に舟の浮んだ様である。遠く眼を放てば楊柳の立木が大原野の単調を破つて、コンモリと黒ずんだ森をなしてゐる。大平川駅にて又もや汽車は停車し、給水やなんかでゴテゴテと約一時間余を費した。岡崎は、 岡崎『エー、此ボロ汽車奴、まるで蛞蝓の江戸行見たやうだ』 と口角に泡を飛ばして怒り出した。日出雄は笑ひ乍ら、 日出雄『岡崎さん、汽車が動かなけりや仕方がないから気を利かして徒歩と出掛け、次の駅で汽車を待つて乗り換へたら、それ丈け早く洮南駅に着くだらう。アハヽヽヽ』 と馬鹿口をたたく、支那の商人が岡崎を見て、 商人『貴下は何処まで行かるるか、何の用があつて旅行されるのか』 と不思議さうに問ふ。 岡崎『馬鹿を云ふな、用のない者が汽車に乗つて旅をするか、余計な世話を焼くと張りとばすぞ、貴様のやうな俺は商人ではないぞ、金箔付の東三省の高等官だ』 とエライ馬力で叱り飛ばす。 (日出雄)『日本人は支那人に対し、凡てがこんな調子だから何程日支親善を叫んでも駄目だなア』 と日出雄は独語した。 洮南着の時間は午後四時二十分である。然るに汽車はまだ大平川駅に焦げついてゐる。 (守高)『真澄別一行は寒い停車場に自分等を阿呆待ちしてゐるだらう。僕は洮南着で初めて三日月を見る積りだから一寸まじないをして汽車を止めてゐるのだ、アハヽヽヽ』 と阿呆口を云つてゐるのは守高であつた。 通訳の王元祺は何処ともなく元気がない。青白い顔して横になり、鼻を掻き撫でてはウンウンと大声に唸り、暫くしては又キヨロリと目を開け、窓外を不足相な顔をして眺めてゐる。持病の睾丸炎が再発したからであつた。 太陽は地平線上に近づけどまだ洮南は遥かなりけり ぐづ汽車に乗りて荒原馳せ行けば欠伸の玉の連発となる 車上の懐古 汽車破壊昌図街危険刻々迫我隊 巡警兵士日警官窺間一行急遁晦 因に真澄別一行は、三月三日午後十一時十分奉天駅発長春行列車に搭乗し、四日午前五時半四平街着、植半旅館にて朝餐を喫し、同日午前八時半四平街発正午前鄭家屯着、ホテルに投宿した。そして三月五日午前六時半発列車にて洮南に向つた。中途三林駅を発し間もなく、機関車に故障を起し列車は荒野の真中に立往生した。係員は東奔西走して遂に鄭家屯より救援機関車を引張つて来て漸く進行し始めた。時に午後四時、沿道の馬賊の襲来に対する警戒物々しき中を列車は遅々として運転し、夜十二時を過ぐる二十分洮南駅に到着した。一行は洮南旅館のボーイに迎へられ支那馬車二台に分乗し、銃剣をつけたる兵隊に護られつつ特に開かれたる城門を潜つて洮南旅館に投じた。 (大正一四、八、筆録)