| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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241 (3060) |
霊界物語 | 70_酉_トルマン国の国政改革 | 04 共倒れ | 第四章共倒れ〔一七七一〕 太子のチウインは妹のチンレイ及び、右守の娘ハリスと共に初めてキユーバーが談判に来た時、ソツと物蔭より様子を聞き、容易ならざる大事件となし、ガーデン王や左守には内密にて、妹のチンレイ及び右守の娘ハリスと夜中諜し合せ、王命と佯り全国の兵員を召集すべく、腹心の部下に命を下した。 一方ガーデン王、左守は城内五百の兵に武装をさせ乍ら、敵軍押し寄せ来らば、唯一戦に粉砕し呉れむと部下を督励して、士気の皷舞に全力を注いで居た。大足別将軍は三千の兵を率ゐて、城下迄押し寄せて来たが、キユーバーを守りたる数十騎の注進により、殿内深くキユーバーの入り込みし事を知り、徒に戦端を開き、キユーバーの生命を失つては大変だ、大黒主に如何なるお目玉を頂戴するかも知れない。古今無双の英雄豪傑キユーバーには、何か深い策略があつて、唯一人城内に入り込み、樽爼折衝の間に円満解決の曙光を認むべく活動して居るのだらう。先づキユーバーの命令の来る迄、総攻撃をしてはならぬ、……と部下を厳重に戒め、キユーバー警護の意味にて三日三夜滞陣して居た。ガーデン王、左守は、千草姫の姿が見え無くなつたのは、右守の最後を聞き、禍の身に及ばむ事を恐れて逃げ出したのだらう……位に考へ、軍備の方に全心を集注し、千草姫が秘術を尽しての善戦善闘も気がつかなかつた。扨てキユーバーは半時許りして息を吹き返し、団栗眼をぎろつかせ千草姫の顔を見て、 『ヤア、お前は千草姫ぢやないか。かよわい腕をしながら俺の脈処を折悪く掴みよつて、ど甚い目に会したぢやないか。俺は暫くの間、幽冥旅行をやつて居たよ。掴むと云つても余りひどいぢやないか』 千草姫『ハイ、妾どんなに心配したか知れませぬわ。貴方の御命令を遵奉し、力一杯握りましたら、貴方はウンといつた切り、何と云つても返事して下さらないのですもの。大変怒つて返事して下さらないと思ひ、早速バラモンの神様に水垢離取つて御祈願した処、やつと物云つて下さつたのですもの。幽冥旅行したのなんのと本当に腹の悪いお方よ。半時許りも妾に怒つて物を云ふて下さらないのですもの』 キユ『いや、本当に気絶して居たに違ひない。決して嘘は云はない。これから手を握るのなら指の先を握つてくれ。脈処を握られると困るからな』 千草『世界の救世主様が妾の細腕に握られて気絶なさると云ふやうな道理がどこに御座います。嘘許り仰有います。ホヽヽヽヽヽ』 キユ『本当にそれやさうぢや。実は気絶したのぢやないよ。お前の心底を考へる為にあんな真似をして居たのぢや。何を云つても三千世界の救世主だ。そんなへどろい事でどうならう』 千草『ホヽヽヽヽヽ、ほんとに甚いお方、人の気を揉ましてひどいわ』 と又手首を握らうとする。 キユーバーは吃驚して手を引き、 『ヤ、もう手は一度握つたらよいものだ。それよりも今度は俺が握つてやらう、サア手を出したり手を出したり』 千草『どうか息が切れる処迄握つて頂戴な。一ぺん八衢の状況を見て来る処迄……。さうして冥官に会ひ貴方と妾と永久に暮すべき蓮座を教へて貰つて来たう御座いますわ。天国の満員にならない中に、特等席を予約して置きたう御座いますから』 キユ『ハヽヽヽヽヽ、おい姫さま、このキユーバーの手がお前の手に触るな否や本当に気絶して了ふよ。それでもよいか』 千草『よろしう御座いますとも、仮令殺されても私の体ぢや御座いませぬ。貴方に捧げたもので御座いますもの、貴方の命も同様ですわ』 キユーバーは心の中にて……この女仲々手がよく利いて居る。柔術の極意に達して居るらしい。俺も力一杯握つて気絶させ、八衢を覗いて来る処迄やつておかねば、将来威張られちや耐らない。夫の権式がさつぱりゼロになつて了ふ。よし、また力一杯急所を握り俺の腕前を見せておかねば将来嬶天下になり、褌の紐で縛られるやうになるかも知れない。ここが千騎一騎の恋のかけひきだ……と、毛だらけの手をぬつと突出し、姫の真白のなま竹のやうな手を骨も砕けとヒン握つた。千草姫はキユーバーの心の底迄直覚して居るので、何程キユーバーが力をこめて握つても痛くも何ともない、真綿が触つたやうな気がして居る、見かけによらぬ剛の者であつた。併しわざと気絶した体を装ひ握られた刹那、ウーンと顔を顰めて其場に倒れて了つた。 キユーバー『ハヽヽヽヽヽ、遉は女だな。たうとう屁古垂れて了ひよつた。かうして半時許り幽冥界を覗かしておけば、気がついてから俺の神力に感服し、ぞつこん惚れ込むだらう。エヘヽヽヽヽヽ、これだけ俺に惚れ込んで居るのだから、大足別の軍勢に一時この城を屠らせ、ガーデン王や、左守、右守を征伐し、太子や其他の重臣を重刑に処し、このキユーバーが取つて代つてトルマン国の浄行兼刹帝利となり、天下無双の姫を女房となし、数千万の財産を横奪して天晴城主となり、大黒主の向ふを張つて、七千余国の覇者となつてやらう。あゝ面白い面白い、開運の時節到来、智謀絶倫にして其胆力は神の如く、鬼の如しとは俺の事だわい、エヘヽヽヽヽヽ。ヤ何だ大変な物音ぢや、どうれ一つ外へ出て様子を考へよう』 と、ドアを外さむとしたが、秘密の錠が卸してあるので、千草姫でなければ開ける事が出来ない。遉のキユーバーも当惑して居る。外には暫く城内と城外との小糶合ひがあつたが、用心深い大足別はキユーバーが城内に潜入し居る事を聞き、戦を中止して、キユーバーの様子を偵察せむと焦慮して居た。それ故戦は半時足らずに止んで了つた。大足別は三千の軍隊を以てトルマン城を十重二十重に取りまいて居る。ガーデン王もこの敵の大兵を遠く眺めて、打つて出づる勇気もなく援兵の来る迄差控へむと矛を磨いて警戒して居た。此の時チウイン太子の近侍が、王の傍に来たり、恭しく敬礼し乍ら、 『太子様より殿下に奉れよとの御命令にて、お預り申して居りました此御書面、お受取り下さいませ』 と差出す。 王『何、太子がこの書面を余に渡せたと云つたか。余り周章狼狽の結果、太子の事を忘れて居た』 と云ひ乍ら慌しく封押し切りながむれば、左の如き文面が墨痕淋漓として認めてあつた。 一つ今夕、父を訪問致したるキユーバーなるものは、大足別将軍と諜し合せ、本城を占領し、吾王家を覆へさむと謀るものに候へば、此際一刻の猶予も相成らず候。小子は父及び左守に協議致すも、到底六ケ敷かしからむと存じ、妹チンレイ、及び右守の娘ハリスと諜し合せ、国内の総動員をなすべく、吾が臣下を諸方に派遣し、小子も亦出城して大足別の軍を後方より攻撃致すべく準備に取かかり申し候。故に小子が総司令官となつて軍隊を編成し、城下に帰り候迄、決して敵と戦端を開き給ふべからず。一時たりとも時間を延ばし、吾軍の至るを待たせ給ふやう、偏に懇願仕り候。 国難救援軍総大将トルマン国太子チウイン 御父ガーデン王様、左守、右守殿 と記してあつた。 ガーデン王は、此書面を読み終るや、さも満足の色を現はし、左守に向ひ、言葉も勇ましく、 『アイヤ左守殿、喜んで呉れ。太子は已に兵を召集し、近く帰つて来る様子だ。それ迄は戦ひを開くなとの事。遉は俺の悴だけあつて、軍略にかけたら旨いものだらうがな』 左守『成程允文允武に渡らせらるる太子様、老臣も恐れ入つて御座います。太子様の神軍が城下に近づくを待ち、城内より一斉に打ち出し、大足別を挟撃いたせば勝利を得る事磐石をもつて、卵を砕くに等しからむと存じます。あゝ勇ましや勇ましや』 と老臣の左守は王の手を執つて雄健びし、部下又此様子を見て士気俄に振ふ。斯かる所へ千草姫の侍女は一通の封書を携へ、王の前に恭しく捧げた。此密書は千草姫、キユーバーの手を握り気絶させおき、其間に認めたものである。王は訝かり乍ら、 『何、千草姫の手紙とな、彼は既に右守の難を聞き城内を脱出せしものと思ひしに、ハテ不思議』 と手早く封押し切つて見れば、左の如き文面が水茎の跡麗しく記されてあつた。 重大なる御疑を受けし千草姫より一大事を申上げます。何卒々々心を落着けてお読み下さいませ。スコブツエンのキユーバーなる者、一ケ月前より本城を屠らむと大足別と諜し合せ、種々劃策を廻らして居りました事は、右守のスマンヂー軍事探偵の報告により之を前知し、太子チウイン、王女チンレイ、右守の娘ハリスと共に千草姫も加はり、応戦の準備に取かかるべく国内の調査を密々始めて居りました処、兵役に立ち得べきものは漸く二千五百名。万一の時の用意にと国内一般に王の命と称し、軍隊教育を施し置きました処、弥々戦はねばならなくなつて参りました。併し乍ら大足別の大軍は既に城下に迫り居りますれば、今日彼と戦ふは不利の最も甚だしきものと存じ、大黒主の信任最も厚く、大足別の謀主と仰ぐキユーバーを或手段を以て捕へおきました。やがて太子は全軍を率ゐて城下に迫る事と存じます。それ迄キユーバーを私にお任せおき下さいませ。大足別が未だ砲火を開かざるも、要するにキユーバーの消息を案じての事で御座いますれば、彼さへ吾城内に閉ぢ込みおけば、短兵急に攻寄せて来る憂ひはありますまい。この所賢明なる王様、左守殿よくお考へ下さるやう偏に懇願し奉ります。 軍務所に於てトルマン国王妃千草姫 ガーデン王様 御机下 王『ヤ、左守殿、右守は可哀さうな事をしたわい。可惜忠臣を自ら殺すとは残念至極だ。千草姫も矢張天下国家を思ふ純良なる妻であつた。ヤ、疑つて済まなかつた。ヤ、千草姫許して呉れい』 と落涙し差俯向く。 左守『全く老臣が不明の致す処、千草姫様に対し申訳が御座いませぬ。又右守に対しても気の毒で御座います』 と流涕しつつ恐れ入る。何となく城内の士気は大に揮ひ、既に大足別を打ち滅ぼしたるが如き戦勝気分が漂ふて居た。 ◎ 話は元へ復る。千草姫はキユーバーの独語をすつかり聞き終り、ウンと一声蘇つたやうな顔をして息苦しさうに、 『ヤ貴方は恋しき恋しきキユーバー様で御座いましたか。私は妙な所を旅行して居るやうな夢を見て居りました。併し乍ら貴方と二人が手を引いて愉快に愉快に天国の旅をしたやうに思ひます。百花爛漫と咲き乱れ馥郁たる香気は四辺に満ち、何処も彼処も透き通り、何とも彼とも云へぬ麗しさで御座いましたよ』 キユーバー『ハヽヽヽヽヽ。それやお前、俺の手で手首を握られ、気絶してお前の精霊が霊界へ飛び出して居たのだ。ほんの一寸許り触つたやうに思つたが、何分俺の腕に力が剰つて居るものだから、お前を気絶さして了ひ、大変心配致したが、バラモン自在天の御加護によつて、やつと息吹き返したのだ。もうこれからは握手だけはやらない事にせうかい』 千草姫は可笑しくて耐らず、吹き出す許り思はるるを耐へ忍んで、態とに吃驚した様な顔をし乍ら、 千草『まあまあ嫌だわ、キユーバーさまとした事が、私を活かしたり、殺したり丸切手品師の様な事をなさるのだもの。本当に甚いわ。何程命を上げますと云つたつて、一夜の枕も交さぬ先に葬られて仕舞つては耐りませぬからね。本当に貴方は憎らしい人だわ。もう是から握手の交換は止めて呉れなんて、そんな事は嫌ですよ。気絶しない程度にそつと握手させて下さいな』 キユ『よし、そんならお前は俺の左の手を握れ。俺もお前の左の手を握つてやらう』 と云ひ乍ら両方から一度にグツと握り締めた。キユーバーは姫に厳しく左の手首を握られ、目が眩ひさうになつたので死物狂になつて、姫の手をグツと握つた。途端双方共一時に気絶し其場に倒れて仕舞つた。 デカタン高原の名物風は四辺の樹木の梢を叩いて何となく物騒がしい。 (大正一四・八・二三旧七・四於由良海岸秋田別荘加藤明子録) |
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霊界物語 | 70_酉_トルマン国の国政改革 | 11 血臭姫 | 第一一章血臭姫〔一七七八〕 千草姫は満座をキヨロキヨロ見まはし乍ら、瞋恚にもゆる胸の火をジツと抑へ、わざと笑顔を造り、特に慇懃に両手をつかへて、首を二つ三つ左右に振り乍ら、屈んだ儘顔を上げ、額と腮とを殆んど平行線にし乍ら、 『これはこれは吾夫ガーデン王様を始め、智謀絶倫の勇士チウイン太子、野武士の蛮勇ジヤンクの爺さま、三五教の宣伝使雲国別オツト違つたピカ国別、又違つたデルクイ別とか云ふ神司、其他のお歴々の方々へ今日の御祝儀、目出たう御祝申しまする。いよいよ之にてトルマン国は天下泰平、万代不易の基礎が定まることと慶賀に堪へませぬ。時にスコブツエン宗の名僧トルマン国の救ひ主、キユーバー殿は如何致されたか。チウイン太子に対し、此母が恐れ乍ら一言訊問に及びまする。何と云つても親と子の仲、決して遠慮は要りませぬ。サ、早く実状を述べさせられよ』 此言葉にチウイン太子は言句も出でず、ハアハアと云つたきり俯むひて了つた。 千草『ホヽヽヽヽヽ、これ悴チウイン殿、最前もいふ通り、親と子の仲、隔てがあつては家内睦まじう治まりませぬ。其方は此母に対し、必ず必ず不孝の振舞は御座いますまいな』 チウイン太子は益々言句に詰り、『ハ、ハ』と云つたきり、俯むひて了つた。ガーデン王はキリリと目を釣上げ、 『ヤ、千草姫、倅に問ふ迄もなく余が逐一説明しよう、トクと聞け。彼れキユーバーなる者は不敵の曲者、神聖無比なる大神の祭典に際し、照国別様の大切な御冠に手をかけ、群衆の前にて赤恥をかかさむとしたる乱暴者、余は其場に於いて切つて捨てむかと思ひしか共、何をいつても大神の御前、血を以て聖場を汚すも恐れ多し、時を待つて誅伐せむと控えをる折しも、キユーバーが不敵の行動益々甚だしく、口を極めて宣伝使を罵詈讒謗し、両手を拡げて行列の妨害をなすなど、言語に絶したる其振舞、見るに見かねてチウイン太子はジヤンクに命じ、キユーバーを捕縛し、獄に投じておいたのだ。城内の安寧秩序を保つ為、最も時宜に適した処置と余は心得てゐる』 千草『ホヽヽヽヽヽ、如何にも乱暴者を縛り上げ、獄に投じ玉ふは国法の定むる所、之について千草姫一言も異存は御座いませぬが、彼れキユーバーだつて、もとより悪人でもなく、狂乱者でもなからうと存じます。彼としてかかる暴挙に出でしめたるに就いては、何か深き原因がなければなりませぬ。軽卒に外面的行動のみをみて、一応の取調もなく、所もあらうに大神の御前に於て、不遜極まる罪人を出し玉ふとは千草姫心得ませぬ。刹帝利様、愚鈍なる妾の得心が行く迄御説明を願ひませう』 王『喧しう云ふな、汝の知る所でない。余は余としての考へがある。女の出しやばる幕でない。サ、トツトと汝が居間に立返れよ』 千草『ホヽヽヽヽヽ女の出しやばる場合でないとは刹帝利様、ソラ何といふ暴言で御座います。王様は国民の父、王妃は国民の母で御座いますよ。昔の神代に於ても伊弉諾命伊弉冊命二柱、天の御柱を巡り合ひ、なり余れる所と、なり合はざる所を抱擁帰一遊ばし、天下の神人を生み玉ふたでは御座いませぬか。男子は外を守る者、女子は内を守る者、何と仰有つても此城内の出来事、千草姫の権限に御座いますよ。もし妾を排斥遊ばすならば、トルマンの国家は風前の灯火、何程立派な国王様だとて王妃の内助なくして、一日も国が保たれまするか。能く能く御考へなされませ。それにも拘らず、ウラルの神様の御祭典に当り、ウラルの宣伝使を一人も用ひ玉はず、大神の忌みきらひ玉ふ曲神の教を奉ずる三五教の宣伝使を抜擢して斎主となし玉ふは、実に天地の道理を紊したりといふもの。私かに承はれば彼れ照国別はウラル教の謀叛人、中途に於て三五の邪教に沈溺せし者、益々神の御怒りは甚だしかるべく、何時如何なる災の、神罰に仍つて突発するかも知れますまい。又ウラル教以外の異教徒を以て、斎主となすの已むを得ざる場合ありとせば、何故国難を救ひたる彼れキユーバーを重用し、斎主を御命じなされませぬか。邪臣を賞し[※「邪臣を賞し」は「忠臣を賞し」の誤字か?]、逆臣を戒むるは政治の要訣、霊界さへも天国地獄が御座いまするぞ。今度の戦ひに於ける第一の勲功者を除外し、神の御前に於て彼れに恥を与へしを以て、彼れキユーバーは悲憤の余り、かかる暴挙に出でたものと考へるより外余地はありますまい。否決して決してキユーバーの意志ではなく、ウラル教の大神、盤古神王の彼の体を藉つての御戒めに相違御座いますまい。かかる忠臣義士を牢獄に投ずるとは以ての外、千草姫一向合点が参り申しませぬ。キユーバーを牢獄に投じ玉ふに先立ち、何故照国別一派を投獄なさりませぬか。かかる明白な理由を無視し、一国の王者で依怙の沙汰を遊ばすに於ては、之より賞罰の道乱れ、刑政行はれず、国家は再び混乱の巷となるで御座いませう。照国別は実に微弱なる教派の一宣伝使、キユーバーは大黒主の御覚目出たしといふスコブツエン宗の大教祖で御座いませぬか。万々一吾国運衰へ、再び大黒主、此度の戦争の恥辱を雪がむと、数万の兵を引つれ押よせ来らば何となされます。其時に当つて最も必要なる人物は、キユーバーを措いて外には御座いますまい。それ故妾は飽く迄も彼を懐柔し、まさかの時の用意にと、平素より歓心を買ひおき、国難を救ふべく取計らひをるので御座います。かかる妾が深遠なる神謀鬼策も御存じなく、勢に任せて、照国別の肩をもち、キユーバーを獄に投ずるとは、何といふ拙い遣り方で御座いませうか。妾は仮令キユーバーに少々の欠点ありとて、邪悪分子ありとて、左様な些細な点迄詮索する必要はありますまい。彼さへ薬籠中の者として優待に優待を重ねて城内に止めおかば、大黒主なりとて、さうムザムザと本城へ攻めても来られますまい。仮令不幸にして国難勃発する共、大黒主の御覚めでたきキユーバーを派遣せば、何の苦もなく平和に治まる道理ぢや御座いませぬか。トルマン国永遠平和の為にはキユーバーを獄より引出し、刹帝利を始めチウイン太子、ジヤンク等、九拝百拝して其罪を謝し、照国別を面前に於て縛りあげ、キユーバーの遺恨をはらし玉はねば、吾国家の為に由々しき大事で御座りまするぞ。又ウラル教と三五教の聯合は国策上最も不利益千万で御座います。速に此聯合を破壊し、スコブツエン宗と聯合提携するに於ては、ハルナの都の大黒主の怒りも解け、吾国家は安穏に国民挙つて平和の夢を貪ることを得るで御座いませう。千草姫の言葉に之れでも異存が御座いまするか』 王『だまれ、千草姫、国家の危急を救ひ玉ひし照国別御一行に対し、無礼極まる其雑言、最早聞捨ならぬぞ』 千草『ホヽヽヽヽヽ、青瓢箪や干瓢や西瓜の様な干からびた青い頭を並べて、お歴々の御相談、よくマア国家を亡ぼす為の立派な御行動を、此千草姫遥に眺めて実にカンチン仕りますワイ。刹帝利様は老齢のこととて聊か精神御悩みあり、一々仰せらるることは正鵠を欠き玉ふは無理なけれ共、倅チウインの如きは血気の若者、斯やうな道理が分らずして、どうして此国家を保つことが出来ようぞ。いざ之よりは王様に退隠を願ひ、憚り乍ら千草姫女帝となつてトルマン国を治めるで御座いませう。まだ口のはたに乳の臭がしてゐるチウイン如きは、到底妾の相談相手にはあきたらない、ホヽヽヽヽヽ』 チウ『母上に申し上ます。父ガーデン王があつてこそ貴女は王妃の位置に就いて、国の母として政治に干与遊ばし玉ふことを得るのでは御座いませぬか。父王が退隠されるとならば、母君は政治に干与する権利は御座いませぬぞ。そこをトクと御考へなさいませ』 千草『ホヽヽヽヽヽ小賢しい、コレ悴、何といふ分らぬことを申すのだ。女が政治の主権者となることが出来ぬとは、ソリヤ誰に教はつたのだい。能く考へて御覧なさい。天照大神様は女神でいらつしやるぢやないか。英国の皇帝はエリザベスといふ女帝が太陽の没するを知らぬ迄の大版図の主権者となつてゐられたでないか。子の分際として母に口答へするとは不孝此上もなし。其方も此上一言でも云つてみなさい。母の職権を以て牢獄に投込みますぞ』 といひ乍ら、ツと立上り、畳ざわりも荒々しく吾居間さして帰り行く。 刹帝利は余りの腹立たしさと、照国別に対する義理から、千草姫を手討にせむとまで覚悟をきめてゐたが、又思ひ直して、グツと胸を抑へ、歯をくひしばり慄ひつつあつた。チウイン太子も父の様子の常ならぬを見てとり、いよいよとならば、父の両腕に取縋つて千草姫を助けむものと、心中に覚悟をきめてゐた。刹帝利は漸く口を開き、 『照国別の宣伝使様、彼れ千草姫は、先日来の戦争に脳漿を絞つた結果、精神に異状を来してをりますれば、何卒神直日大直日に見直し聞直し寛大に御宥しの程願奉りまする。穴でもあらば潜り込みたくなりました』 と気の毒さうにいふ。照国別は平然として、 『刹帝利様、其御心配は御無用で御座います。決して千草姫様の御本心から仰せられたのでは御座いませぬ。之には少し理由が御座いまするが、今日は申し上ぐる訳には行きませぬ。決して私は千草姫様のお言葉に対し、毛頭意に介して居りませぬ。どうか御安心下さいませ』 王『ヤ、それ承はつて安心致しました。何卒々々末永く御指導を願ひ奉ります。時に照国別様、如何で御座いませうか、彼れキユーバーを厳罰に処して、禍根を断たむと存じまするが』 照国『私は人を助くる宣伝使、仮令鬼でも蛇でも悪魔でも赤心を以て臨み、誠の限を尽し、誠の道に帰順させるが神の道、刑罰などは不必要かと存じます。人は何れも神の精霊を宿したもの、人間で人間を審くなどとは僣上至極な行方、一刻も早くキユーバーを御助けなさるが可からうかと存じます。さすれば千草姫様の心も和らぎ、家庭円満の曙光を認むるに至るで御座いませう』 王『成程、一応御尤もかと存じます。チウイン、其方は何う考へるか』 太子『ハイ、私は天にも地にも替へがたい吾母の意志に反き、彼れキユーバーを国民の面前に於て捕縛致しました。之に就いては非常な決心を持つて居ります。彼が再び城内に入り、母と結託して権威を揮ふに於ては、吾王室は風前の灯火も同様で御座いませう。宣伝使の御言葉なれど、之許りは即答する訳には参りませぬ』 ジヤンク『恐れ乍ら、王様を始め太子様に申し上げます。何は兎も有れ、千草姫様の御心を汲取り、彼れキユーバーをお免しなさつたが可からうかと存じます。万々一再び脱線的行動を取るに於ては、容赦なく再び投獄すれば可いぢや御座いませぬか。及ばず乍ら、此ジヤンク、余生を王室に捧げ、一身を賭して国家を守る考へで御座いますから』 王『イヤ、それを聞いて安心致した。左守右守の両柱共に、此度の戦ひに於て他界なし、棟梁の臣なきを心私かに歎いてゐた矢先、智勇絶倫なる汝が、一身を賭して都に止まり、吾国家を守つてくれるとあらば何をか云はむ。キユーバーの処置は汝に一任する。能きに取計らへよ』 ジヤ『早速の御承知、有難う存じまする。太子様、ジヤンクの此処置に就いては、チツと許りお気に入りますまいが、ここは少時此老臣に御任せ下さいませ』 チウ『余は此問題に就ては何も言はない。余は余としての一つの考へを持つてゐる』 照国別は立上り、音吐朗々として歌ひ出した。 『神が表に現はれて善悪邪正を立分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 世の過ちは宣り直せ三千世界の梅の花 一度に開く神の国開いて散りて実を結ぶ 月日と土の恩を知れ此世を救ふ生神は 高天原に神集ふあゝ惟神々々 御霊幸ひましませよ旭は照とも曇る共 月は盈つ共虧くる共仮令大地は沈む共 誠の力は世を救ふ誠の力は世を救ふ あゝ惟神々々御霊幸ひましませよ』 と謡ひ了り、舞ひをさめた。此言霊に一同は勇み立ち、何事も神のまにまに任すこととなり、此宴席を無事閉づることとなつた。 (大正一四・八・二四旧七・五於丹後由良秋田別荘松村真澄録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 02 生臭坊 | 第二章生臭坊〔一七九一〕 オーラの山に立籠り天来唯一の救世主 天帝の化身と触れこみて女盗賊ヨリコ姫 シーゴーの二人と共謀し三千人の賊徒等を 四方八方に間配りて七千余国の月の国 占領せむと大陰謀企らみゐたる折もあれ 三五教に名も高き梅公さまに踏み込まれ 常磐堅磐の岩窟を打破られて降伏し ヨリコの姫やシーゴーは誠の道に帰順して 天下公共の其為に余生を捧げ奉らむと 真心尽すに引き換へて一旦帰順を粧ひし 売僧坊主の玄真はハルの湖横断し スガの港の富豪と世に聞えたる薬屋の 娘ダリヤに恋着し言葉たくみに誘惑し タニグク谷の山奥に左守の司のシヤカンナが 数多の手下を従へて籠りゐるよと聞くよりも 又も一旗あげむとてさも鷹揚な面付で ダリヤの手をば携へつ一夜を明かし振舞の 酒に舌をばもつらせつグツと寝入つた其隙に ダリヤの姫は泥棒のバルギーと共に踪跡を 晦ましたるぞ可笑しけれ天帝の化身と誤魔化せる 玄真坊は矢も楯も堪りかねてかシヤカンナの 二百の部下を借用し姫の後をば尋ねむと 小才の利いたコブライを引具し谷道トントンと 喘ぎ喘ぎて立岩の麓にズツポリ日は暮れぬ 闇の陥穽におち入りて淋しき一夜を送りつつ 藤の蔓をば辿りつつ漸く虎口を免れて 草茫々と生え茂る羊腸の小径を辿りつつ 交尾期の出て来た犬猫が牝のお尻を嗅ぐやうに 夢路を辿る憐れさよ暗の扉は上げられて 東の空は茜刺し草葉の露はキラキラと 七宝の光輝けるその真中を二人連れ ダリヤダリヤと一筋に岩の根木の根踏みさくみ 汗をタラタラ流しつつ苦き坂を苦にもせず 心を先に上り行く。 天真坊『オイ、もう余程テクツて来たやうだから、一つ此見晴らしのよい処で暫時休養しようぢやないか。この山頂から四方の連山を見渡す景色と云つたら、まるで夢の国を辿つてゐるやうだのう』 コブライ『本当に夢見たやうですな、昨夜だつて、ダリヤさまの夢を見て深い陥穽へなだれ込んだ時なんざ、ホントに生きた心地もなく、これが夢だつたらなアと、このやうに思ひましたよ。あの時ア、ホントに、どうなる事やらと、チツト許り心配致しましたワイ』 天『夢の建築者は皆人間だからな、夢がなければ人生は淋しいものだ。人生の虹は夢だからな、かうして夢想郷に遊んでゐる間が人間は花だ。春の若葉に銀風のそよぐ如きダリヤ姫の風情、見るもスガスガしい思ひがするぢやないか。その艶な姿にあこがれてゐる間が、人生の花だ、夢の建築だ、人生の虹だ』 コ『成程、さうすると、此世の中は何も彼もサツパリ夢と解すれば可いのですか』 天『尤もだ、夢の浮世と云ふぢやないか、併し乍ら夢にも忘れられないのは、ヤツパリ、ダリヤ姫だ。 夢になりとも会ひ度いものは 小判千両とダリヤ姫 だ、アツハヽヽヽヽ』 コ『これ丈け四方開展した山の上で、それ丈けタツプリお惚気を拝聴する吾等は、実に光栄でも何でも、ありませぬわい。アツタケツタ糞の悪いとも何とも申しませぬ、さぞ山の神さま等は涎をくつて貴方の清いお姿を拝顔してる事でせう』 天『ウツフヽヽヽ天下の幸福を一身に集めて天帝の化身、天来の救世主、玄真坊の又の御名天真坊様だもの、泥棒仲間の貴様とは、チツト許りクラスが違ふのだからなア』 コ『ヘン、ヒ、ヒーンだ』 天『ヒ、ヒーンとは何だ、まるで馬のやうな事を云ふぢやないか』 コ『ヒ、ヒーン、ボトボト馬の糞だ、牛の穴の天真坊さまとは、いい相棒でせう、イツヒヽヽヽヒ』 天『何でもいいわ、何処かここらにダリヤの花が咲いてゐさうなものだなア、風が持てくるダリヤの香気が鼻について、何とも知れぬ床しみを感ずるやうだ。これから先は、クダリヤ阪だ、足も軽いだらうよ、ウツフヽヽヽフ』 コ『モシモシ電信棒さま、この山道は昔から有名な腥草の名所で秋になると随分楽い旅が出来ますよ。泥棒稼ぎを行つて居た吾々同類も、此辺を通過する時には優美なデリケートななま臭の咲き匂ふ花を見て悪徒が善人に墜落した様な心持ちに成りましたよ』 玄『そりや何ンと云ふ脱線振だ。俺の名は電信棒ぢや無い、天帝の化身天来の救世主玄真坊と申すのだ。天帝の天の一字と玄真坊の真の一字を取つて天真坊と云ふのだ。そして今お前は腥臭が咲き匂ふ山道だと云つたが夫れも又脱線だよ。七草と云ふて秋の日の景色を添へたり種々の薬品になる重宝な草花だ』 コ『天真坊さまコンナ山道に生へる草花が薬になると仰有つたが、一体全体何の病に利きますかい。惚薬にでもなりませぬかな』 玄『七草と云へば萩に葛に尾花に撫子に女郎花に桔梗に藤袴、これで七種ある、それ故七草と云ふのだ。秋の山野と云ふものは極めて詩的なもので、懐ろに哀愁の念を感ずるものだ。釣瓶落しに暮れて行く夕日を浴びた路傍の草花は淋しき秋の名残りとし人の心を傷ましめ且つ慰むるものだ。薬用植物としても仲々の効力があるものだ』 コ『萩は何の薬になりますか』 玄『萩は秋の七草の書出しで、莢果植物亜属の胡蝶花科で、一名荳科植物の一種だ。この葉を摘んで日光で乾かし茶の代用品とするのだ。余り興奮もせないので小供や老人の飲料には極めて理想的だ。お前の様な青春の血に燃えて居る性悪男子は、平素情欲鎮圧薬として、毎日服用したが可からうよ、アハヽヽヽ』 コ『天真さま、貴方チツト服用されたら如何ですか。眼の色が血走つて居ますよ、イヒヽヽヽ。それから葛の効能を教へて下さいな』 天『又しても葛々と訳もない質問を発する奴ぢやなア。アタ邪魔臭い、然し乍ら天帝の化身とも云ふべき天真坊さまが、七草位の説明が出来ぬと思はれちや、神の威厳にも関する大問題だから、チツト許り解明の労を採つてやらうかい、アーン』 コ『葛の解釈ぐらゐにサウ前置詞が多いのでは実に閉口ですワイ。併し乍ら後学の為に大切な耳を暫時貸しませうかい』 天『アハヽヽヽ随分負惜みの強い野郎だなア。抑葛は萩と同じく荳科植物の一種で、昔から葛根と云つて盛んに漢方医の山井養仙などに使用されて来たものだ。発汗剤、下熱剤として使用したり、胃腸の粘滑剤として使用し、又は諸薬の配剤として調法なものだ。葛は葛根より搾取したもので最上等の澱粉だ。色々の料理や、夏季に於ける汗打粉としての材料となる。それだから美人には無くてならない好植物だ』 コ『又しても美人が曳き合ひに出ましたな。一層のこと葛を澱粉に製造して、ダリヤ姫女帝の土産物となし、その歓心を買つたら如何でせう。これが女帝の心を動かす唯一無二の秘策でせう、エヘヽヽヽ』 天『クヅクヅ云ふな。サア是から一ツいやらしい奴を説明してやらう。幽霊に因縁の深い尾花だ。……幽霊の正体見たり枯尾花……と云つて随分ゾツとする代物だ。直ちに石塔の裏を思ひ出す奴だ、アハヽヽヽ』 コ『エヽ天真さま、モウ止めて下さい。こんな山道で気分が悪いぢやありませぬか。ヒユードロドロと化けて出られちや堪りませぬわ。モツト真面目に云つて下さいな』 天『ヨシヨシ俺も余り心持が良くないのだ。尾花は禾本科植物で、こいつの穂を集め、日光で乾燥すると立派な綿の様なものが出来る。この綿は軽い擦過傷や、切傷の口にふりかけると血止め薬になる。夜具にでも使用すると軽くて暖かくて大変に工合の良いものだ』 コ『ダリヤ姫さまとの結婚式に御使用になるお考へですか、エヘヽヽヽ』 天『エヽ一ツ一ツ何とか彼とか云つてダリヤ姫に喰付けようと致すのだなア』 コ『ヘンお気に入りませぬかな、夫れよりもモツトモツト優美な撫子の説明をして下はいな、一寸撫子なんて乙な名前でせう』 天『エヘン、撫子は石竹科の一種で、日光に全草を乾燥させ、一日に四五匁ばかりを煎じて利尿剤となし、第一腎臓病、脚気、水腫なぞの他の難病に用ゆると特効が顕はれるものだ』 コ『いやはや感心々々大に感心致しました。今度は最も粋な名の付いた女郎花の効能の説明を願ひます』 天『女郎花は茜草植物亜属の敗醤科の一種で、其根を秋季に採取し水に能く洗ひ、日光に乾かして貯へておき、用に臨んで一日に四五匁許りを煎じて服用と、婦人の血の道の順血薬として特効ありと云ふことだ。婦人に趣味を持つ男子は如何しても女郎花許りは気をつけて平素から用意しておく可きものだ、アハヽヽヽ』 コ『エヘヽヽヽ流石は女殺しの後家欺しの天真坊さま、何事にも抜目はありませぬな。益々このコブライ奴感珍致しましたわい。サア是から桔梗の効能を説明して頂きませう』 天『桔梗は桔梗科の植物で、その根を秋季に掘り日光に乾燥したものを桔梗根と云ふ。風邪の時、鎮咳去痰薬として用ゆると効がある。一日に四五匁を水に煎じて飲むと良い、エヘン。血液を溶解するサボニンが含まれて居るのだ。その根から近時フストールやヱバニンと云ふ新薬が製造されるのだ。序に藤袴も説明しておくが、是は菊科植物の一種で、この葉を日光に乾燥して煎じて飲めば、撫子と同じく利尿剤として効能があるのだ。貴様の如うな痳病の問屋さまは秋が来ら忘れずに採取しておくが可からうよ、アハヽヽヽ』 コ『ウフヽヽヽ、小便のタンク奴破裂しさうだ。天真さま、御免下さい』 と云ひ乍ら、オチコを立ててジヤアジヤアと行り出した。 二人は漸く下り阪となつたので足許も速く、やや展開した野村へ出た。此処には二三十戸の百姓家が淋しげに立つてゐる。二三人の腕白小僧が小川に竿を垂れ小魚を釣り乍ら歌つてゐる。 『水はサラサラ野は青い 長い堤の木の影で今日は朝から小魚釣り 晴れた空には何処やらで雲雀でも鳴いてゐるやうな 時折聞える眠さうな牛の呻きも午后 ○ 流れサラサラ野は青い つれない竿を投げ出して 眺めてゐれば水すまし水をすまして舞ふばかり』 そこへ天真坊が頭をテカテカ日光に輝かし乍らコブライを従へやつて来ると、腕白小僧は遠慮会釈もなく、頭の光つてるのを怪しみ乍ら歌ひ出した。 『モシモシ禿よ禿さんよ世界の中でお前ほど 光の薄いものはないどうしてそんなに暗いのか ○ ナーンと仰有る電気さんそんならお前と光りつこ 向ふの小山に太陽が出たらどちらがよけいにピカつくか ○ どんなに禿をみがいてもどうで僕より暗いだろ ここらで一寸一休みブラブラブラブラブーラブラ ○ これはしまつた夜が明けたピカピカピカピカピーカピカ あんまり暗い電気さんサツキの自慢はどうしたね』 天真坊は此歌を聞いて、ヤヤ悄気気味になり、錫杖をガチヤンガチヤンと、ワザとに手荒くゆり乍ら、 『コーラ、我太郎、今云つたこと、ま一度云つて見い、場合によつては承知せないぞ。餓鬼大将奴が』 小供『アツハヽヽヽ、オイ坊主、此村はなア、昔から三五教の占有地だ、そんな怪体な風をした化物は一寸も入れる事は出来ないのだよ。どつかへ早く姿をかくさないと線香を立てるぞ』 天『チエ、青大将が座敷へ這入り込んだやうな事ぬかしやがる、小供だつて油断のならぬものだ。小供、オイ、坊主、ここを美しい女が、通らなかつたかのう』 子供『通つたよ。一人の奴さんを連れて、互に背中を叩いたり、頬辺をつめつたり、イチヤつきもつて、ツイ今先き、ここを通りよつた筈だ。俺を今、坊主と云つたが俺ヤ坊主ぢやないよ、お前こそ坊主ぢやないか。俺はなア神谷村の庄屋の息子で、神の子と云ふ神童だ。世界の事なら何でも俺に聞いて見よ。何でも彼でも掌を指す如くに知らしてやるよ。お前はオーラ山に立籠つて大山子をやつてゐた玄真坊のなれの果だらうがな。スガの港のダリヤ姫に恋着し、うまく誤魔化してタニグク山の岩窟につれ込み、寝てゐる間に顔を草紙にされ、トカゲ面の男と一緒に逃げられて泡を吹き、昨夜は立岩の側で人造化物に誑され、深い陥穽へおち込んで向脛をすりむき泣き泣き山上迄辿りつき、七草の講釈を豪相におつ初め、それから、ここ迄ダリヤの後をおつてやつて来たのだらう。どうだ違ふかな』 天『ウンー、いかにも、お前の云ふ通り、俺の聞く通り、森で烏の鳴く通り、受取は右の通り、その通りだ、アツハヽヽヽ』 神の子『オイ、禿チヤン、もう諦めたがよからうぞ。ダリヤ姫なんて、お前の性に適はないや。今の間に改心して俺の尻拭になれ、さうすりや又浮ぶ瀬もあらうぞ。いつ迄も悪業をつづけてゐると八万地獄の釜の焦おこしに落されて了ふぞ』 天『オイ子供、そのダリヤ姫は、お前の家にかくしてあるのと違ふか』 神の子『ウン、隠してある、確に、かくまつてあるのだ』 天『そりや、どこに隠してあるのだ。一寸云つて貰へまいかな』 神の子『バカを云ふない、かくしたものを云ふ阿呆があるかい。隠した以上は、どこ迄もかくすのが本当だ』 コブライ『もしもし天真坊さま、この子供は本当に神様見たやうな子供ですな。貴方ももういい加減に兜を脱いだらどうですか。ダリヤさまを諦めては如何ですか。貴方の額には悪相が現はれてゐますがな、改心するのは今の時ですよ。私はここ迄ついて来ましたが、貴方が改心するとせないとに拘らず、もう此処でお暇を貰つて此の神さまのやうな子供にお尻拭にでも使つて貰ひますよ』 神の子『神の子は神に仕ふる清きもの 誰が泥棒に尻を拭かすか』 コブライ『これはしたり失礼な事を云ひました 泥棒の身をも弁へずして』 天『小賢しく神の子らしく申すとも 天真坊にはトテも敵ふまい。 それよりもダリヤの姫の在所をば 早く知らせよお銭やるから』 神の子『尻喰へ観音さまの化身ぞや 嘘をこくなよ玄真の枉』 と云ひ乍らプスツと象が屁をこいたやうな音を立て白い煙となつて了つた。つれの子供も影も形もなくなつて了つた。 (大正一四・一一・七旧九・二一北村隆光録) |
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霊界物語 | 71_戌_玄真坊と千種の高姫 | 07 夢の道 | 第七章夢の道〔一七九六〕 空一面に漲つた灰色の雲は所々綻びて落ちさうな紅い雲が、所斑ら覗いてゐる。山下の破れ寺の軒には槻の大木が凩に吹かれて、一枚々々羽衣を剥がれ慄ふてゐる。白黒斑の烏が二三羽、縁起の悪相なダミ声でガアガアとほえてゐる。赤茶気になつた瓦や壁の落ちた高い塔が、あたりの全景を独占してゐる。諸行無常を告ぐる梵鐘の声は、此寺からとも見えず遠く遠く響いてゐる。霜柱の立つた半ば朽ちたる木造りの土橋をトボトボ渡る一人の男、青竹の杖をつき乍ら、腰を屈めて、「頼も頼も」と力なげに呼はつてゐる。破れ障子をサラリと引あけ、ニユツと面を出したのは、形相の凄じい尼僧であつた。尼僧は汚な相に面をしかめ乍ら、 『お前は何処の者だい、何用あつて此処へふん迷ふて来たのだ。お前さまの来る処ぢやない、とつとと帰つて下さい』 男『私はバルギーと申しまして、チツと許り名の知られた男です。お尋ねしたい者があつて此処迄やつて参りました。玄真坊といふ和尚は此寺に参つて居りませぬか』 尼『そんな方は知りませぬよ。とつとと帰つて下さい。お前さまは此処を何処だと思つてゐるか、尼許りの住んでゐるお寺で、男禁制の場処だ。男子不可入と立札が立つてゐるのに気が付かないのかい』 バル『あゝ左様で御座いましたか、つい、日の暮まぐれに、慌てたものですから、つい見当りませず、失礼な事を致しました。然し乍ら斯様に日は暮れはて、あたりに人家はなし、男禁制かは存じませぬが、どうかお庭のスミでも宜しいから、一夜の宿を願ひたいもので御座います』 尼『絶対になりませぬ。男子にものを云つてさへも仏の冥罰を被りますから、お前さまの目には何う見えるか知らぬが、此処は極楽の浄土寺といふ立派なお寺で御座いますよ、サアサア早くお皈りなさいませ』 と云ひ乍ら、ピシヤリと破れ障子をしめ、プンプンとして姿を隠した。バルギーは又もや橋を渡り、力なげに何処を当ともなく、ヒヨロリヒヨロリと歩んでゆく。半時許り北へ北へと進んだと思ふ時、後の方から「オーイオーイ」と皺枯声を張上げ乍ら、髪をサンバラに振り乱し、八十許りの黒い面した婆アが飛んで来る。バルギーはツと立止り、怪訝な面をし乍ら、 バル『私を呼んだのはお前さまかな、何用あつて呼び止められたか』 婆『私はあの薮の畔に、グレ宿をしてゐるお熊といふ婆アだ。どうか今晩は私の所へ来て泊つて下さる訳には行こまいかな』 バル『ヤア其奴ア有難い、併しお婆さま、小さいと云つても宿屋をしてる以上は、二間や三間はあるのだらうな』 婆『御心配なさるな、小さいと云つても木賃ホテルだ。お前の一人や二人は、どこの隅でも泊めて上げる』 バル『宿賃は幾らだな』 婆『幾らでも可いから、お前のやろうと思ふだけ下され、別に欲なこた言はないからな』 バル『ヤア、そんなら、宿屋がなくて困つてた所だ、泊めて頂かう』 と婆アの後について、雑草茂るシクシク原を四五丁許り従いて行くと、家のぐるりには牛馬の糞が堆く積み上げられ、臭気紛々として鼻をついて来る。 バル『婆さま、どうも臭い家だな。牛馬もゐないのに、なぜ此様に沢山牛糞や馬糞がたまつてゐるのだい』 婆『毎日泊らつしやるお客さまが、牛糞や馬糞をドツサリたれて帰るものだから、これ此通り……塵も積れば山となる……といつて、糞の山が出来たのだよ』 バル『フヽン、此奴ア妙だ、人間が牛グソをたれ馬糞をたれるとは聞き初だ。そんな人間の面が見たいものだなア』 婆『今の人間は皆獣だよ、それだから狐グソもたれる、馬糞もたれる、狸のタメ糞も裏の方に沢山放りたれてあるから、何なら御案内せうかな』 バル『イヤお婆さま、モウ結構です。兎に角雨露さへ凌がして頂けば結構だから、どうか門の戸をあけて下さいな』 婆『ヨシヨシあけて上げよう、ビツクリをしなさるなや』 と破れ戸をガタつかせ、パツと開けた。見れば牛頭馬頭の妖怪が何十とも知れず、庭一面に荒蓆を敷き、胡座をかき、人間の太腿や腕の血のたれる奴を甘相に齧つてゐる。此奴アたまらぬと、バルギーは逃げ出さうとすると、お熊は俄に真黒けの大熊となり、黒い太い爪でバルギーの頭をグツと握り、 熊『コリヤコリヤ泥棒、逃げようと云つたつて、いつかないつかな、逃がしはせぬぞ。汝も味の悪いやせつぽしだけれど、まだチツと許り血が通ふて居るやうだから、ここで一つ荒料理をして食つてやろ。あの通り沢山なお客さまが泊つて御座るけれど、まだ一人前足らぬので、あれあの通り、大きな口をパクつかせて待つてゐらつしやる、汝がよい餌食だ、イヒヽヽヽ、何とマア、バカ野郎だな、尼寺では突き出され、木賃宿へ泊つたと思へば体を食はれる、何と云ふお前は頓馬だろう、憐な代物だらう、然し乍らここにゐる牛頭馬頭のお客さまは何れも汝に金と命を奪られ、畜生道へおち込んで、行く所へも行けず飢渇に迫り、此木賃宿で虱だらけになつて逗留して御座るのだ。かうなるも皆汝が作つた罪業の報いだから、誰に不足はあらうまい』 バル『モシモシお熊さま、そんな殺生な事を云はずに、どうぞ見逃して下さいな。一生のお願ですから、キツと御恩は酬いますから』 熊『バカを云ふない、泥棒をするやうな奴に、そんな徳義心があつてたまらうかい。お前はスガの里のダリヤ姫に恋慕の心を起した揚句、彼が歓心を得むとして、杢兵衛の家へ泥棒に入り込み、家内中をふん縛り、有金を残らずひつ攫へ、門口の深井戸へ落ち込み、袋叩きに会ふて、追放された代物だらうがな。そんな奴は万古末代助ける訳には行かぬのだ。此婆がそんな事をせうものなら、悪魔の大王様よりヒドいお目玉を頂戴せなくちやならないのだ』 バル『いかにも、せぬとは申しませぬ、泥棒に入りました。併し乍ら盗つた物はすつかり返したのですから、返した後迄罰せられちや耐りませぬワ、返せば元々ぢやありませぬか』 熊『此問題は問題として、汝は之迄随分沢山な女を強姦し、人を殺し、金を盗つたであらうがな、あの牛頭馬頭のお客さまをみよ、皆覚えがあらうがな。ここは汝の作つた地獄だから観念したが可からうぞや』 牛の如うな角を生やした真黒けの毛だらけの男、のそりのそりと、お熊、バルギーの前ににじり来り、カラカラカラと大口をあけて打笑ひ、 男『コーリヤ、バルギー、俺の面を見知つてゐるか、ヨモヤ忘れは致そまいがな。二十三夜の月待の夜、俺の大事の娘を二三人の小盗人と共に奪ひ取りにふん込んだ矢先へ、俺は娘を渡さじと力限り抵抗したら、汝は牛刀を引抜いて、俺の腹をグサツとつき、苦む俺を尻目にかけ、悪口を叩いて帰つた事があらうがな。サ、可い所へ来た。これから俺が其恨をはらす為に嬲殺にした上、肉も骨も叩いて、此牛腹に葬つてやる積だ。俺も折角人間と生れて、汝の為に命を奪られ、其怨恨が重なつて、牛頭の魔王とまで成り下つたのだ、修羅の妄執をはらすのは今此時だ。イヤイヤ俺許りでない、此処にゐる連中は、どれもこれも汝の毒手にかかつた憐れな人間の成の果許りだ。ジタバタしても、モウ逃れつこはないぞ、念仏でも唱へて覚悟をしたが可からう。てもさても小気味のよい事だな、アハヽヽヽ』 と一同の牛頭馬頭の怪物は声を揃へて、天地もわれむ許りに鯨波の声をあげた。 バルギーは進退維谷まり、一生懸命にダリヤ姫から聞覚えた三五教の数歌を、細いかすつた声を絞つて、一二三四五六七八九十百千万と、やつとの事で唱へ上げた。牛頭馬頭及びお熊等、一同の妖怪は次第々々に影うすくなり、遂には跡型もなく消失せた。あたりをみれば、枯草生え茂る細路の傍に自分は着衣を泥まぶれにして倒れてゐた。バルギーは漸くにして立上り、 『ヤーア、大変な夢を見たものだ、コラ一体何処だろう、暗さは暗し、斯様なシクシク原にねる訳にも行かず、道通る者はなし、困つたものだな。エー仕方がない、コンパスの続く所まで行つてみよう。又此様な所に横はつてゐて、あんな恐しい夢を見ては仕方がない』 と呟き乍ら屠所に曳かるる羊の如くヨボヨボとコンパスの運転を始めかけた。道の傍に以前古寺で出会つた尼僧が只一人、青黒い面をニユツと枯草の中から現はし乍ら、 『モシモシ』 と呼んでゐる。バルギーはギヨツとし乍ら、 『ヤア、お前さまは最前お目にかかつた尼僧ぢやないか、こんな所に何して御座るのだい』 尼『私ですかいな、貴下よく御存じでせう、ダリヤ姫で御座いますよ』 バル『ヘーン、馬鹿にしなさんな、ダリヤさまはそんな青黒いしなびたお面ぢやありませぬわ。お前さまは大方豆狸だらう、最前の尼僧に化けてゐるのだらう』 尼『イエイエ、決して決して、私は豆狸でも何でも御座いませぬ。タニグク谷の泥棒の岩窟に玄真坊が為におびき出され、其急場を遁れむと鬼心を出して、自分の美貌を楯に、お前さまに惚たと見せかけ、吾家迄送らさうとした悪念の強い、私は副守の霊で御座います。どうぞ一言許してやると仰有つて下さい。さうでないと私は浮ばれませぬから、神様の世界はチツとの不公平も御座いませぬ、貴方を欺いた丈の罪はどうしても償はねばなりませぬので、斯様な所にウロついて居りまする』 バル『いかにも、よくよく見ればどつか似た所がある様だ。ヤ、私も貴女に対しては実に済まない無礼な事を申しました。然し乍ら許すも赦さぬもありませぬ、どうぞ安心して下さいませ』 尼『妾は貴下をウマウマと騙した上、畏れ多くも罪の身を有ち乍ら、貴下に御意見を申す積で神様の宿り玉ふお頭を三つ許り叩いたで御座いませう、其罪で頭は此通り禿テコとなり、かやうな所にウロついて居るので御座います。頭を打つべき資格なくして頭を打つたのが大変な罪となつたので御座います』 バル『何とマア、神様の規則といふ者は難しいものですな、そんなら畏れ乍ら、私に加へた無礼の罪を、更めて赦しませう』 尼『ハイ有難う御座います。どうぞ貴下のお手で此扇子を以て私の頭を三つ打つて下さい』 バル『ヤア、これはこれは御均等さまに、左様ならば仰せに従ひ御免を蒙りませう』 といひ乍ら、軽くポンポンポンと扇子の胸で三度打つた。これつきり尼僧の姿はパツと煙の如く消えて了つた。「オーイオーイ」と向方の山の端から吾名を呼とめる者がある。其声に何となく聞覚があるので、バルギーは引ずらるる如き心地し乍ら、声する方に何時とはなしに進んで行つた。忽ち天を焦して東方より一大火光が現はれ、バルギーの面前に落下し、ドンと地響うつて爆発した途端に気がつけば、自分はハル山峠の麓の草原に雁字搦に縛られて倒れてゐた事が分つた。バルギーは縛められた儘、漸くにして身を起し、草の上に胡座をかき、空ゆく雲を眺めてゐると、そこへスタスタとやつて来たのは、ダリヤ姫、玉清別、及び数人の村人であつた。 ダリ『オヤ、バルギー様、おいとしや、何者にさう縛られたので御座いますか、サアサア皆さま、早く縛めを解いて上げて下さい』 バル『ハイ有難う御座います、思はぬ奴と諍ひをやり、何分腰骨を打つて弱つてゐたものですから、脆くも敵にくくられ、気を取失つて居たやうです、ようマアー来て下さいました』 ダリ『バルギーさま、貴方は本当に義の固い方ですね、玉清別の神司に神素盞嗚大神降らせ玉ひ、ハル山峠の麓に於て、玄真坊其他の者に責られ、妾の在所を詰問され乍ら、命を的にお隠し下さつた其義侠心、神様も大変おほめ遊ばし、一時も早く助けに行けよとの御宣示、取るものも取り敢ずお助けに参りました。どうか御安心下さいませ』 バル『イヤ、これはこれは恐入りまする。御礼の申し上様も御座いませぬ。只此通りで御座います』 と落涙し乍ら合掌する。 玉清『バルギー様、貴方の男気には感心致しました。どうか私の家へ引き返し、腰の傷が癒る迄御養生なさつたら如何ですか、今に駕が参りますから』 バル『私のやうな悪人をそこ迄思ふて下さいますか、ヤ、モウ之限り悪い事は致しませぬ。天性の善人に返り、社会の為お道の為に一生を捧げる考へで御座います。何分宜しう御願申ます』 之よりバルギーは村人に担がれ、ダリヤ姫と共に玉清別の神館に病を養ひ、ダリヤ姫の手厚き介抱を受け乍ら、一ケ月許り逗留する事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一四・一一・七旧九・二一於祥明館松村真澄録) |
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霊界物語 | 72_亥_スガの港(宗教問答所) | 08 街宣 | 第八章街宣〔一八一七〕 スガの港に名も高く百万長者と聞えたる 薬種問屋の主人のアリス金と血気に任せつつ 強欲非道のありたけを尽して人の生血をば 絞らむ許りの悪逆に遠き近きの隔てなく 老若男女は声々に鬼よ大蛇よ悪魔よと 譏らぬ者こそなかりけり金と塵とは沢山に 積れば汚くなる譬へ出すことなれば手も舌も 只では出さぬ強欲さ取込む事なら牛の骨 犬のそれでもかまやせぬ人の恨みの金ばかり 積んで山なす塵の峰親爺の罪が子に報い 終にはダリヤの行衛さへ分らずなりて遉にも 親子の情のいや深く忘れ兼ねてか煩悶の 吐息つくづく病床に呻吟する身となりにけり 二男のイルクは妹の所在を求めて遠方近方と 探ね廻りし折もあれ船の中にて出会し 三五教の神司梅公別に助けられ 初めて神の道を聞き妹引きつれ宣伝使 一行と共に吾家路いそいそ指して帰り来る 待ちに待ちたる父アリス娘の無事を聞くよりも 喜び勇み狂ひ立ち手の舞ひ足の踏む処 知らず白髪の首ふりて悲喜交々の為態 梅公別の懇篤な教の道の宣伝に 鬼のアリスも改心し財産全部を大神に 捧げ奉りてスガ山の老木茂れる聖場に 天地の神の鎮座ます大宮柱太知りて 今迄犯せし罪科の贖ひとなし一つには 所在世界の民草が悪魔の教に惑され 憂瀬に落ちて苦しめるその惨状を救はむと 決心したるぞ殊勝なれ梅公別は一夜の 仮の宿りをなさむとて夕飯を終りし折もあれ タラハン城の空高く雲を焦して燃え上る 大火の模様を見るよりも後をヨリコや花香姫 二人に任せおきながら栗毛の駒に鞍おいて 威風凛々大野原駒の嘶き鈴の音 ヒンヒンシヤンシヤンドウドウと雲を霞と駆けて行く あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ 神の教にヨリコ姫瑞の霊の花香る 月と花との二人連れ梅公別の旨を受け スガの町々辻々を白妙の衣纒ひつつ 連銭葦毛の駒に乗り法螺貝吹き立て人集め やさしき花の唇を静に開き手をあげて 鞍上にすつくと立上り ヨリコ『スガの港に住みたまふ老若男女の皆様よ 三千世界の救世主神素盞嗚の大神の 瑞の霊の御教を女ながらもお取次 致しますれば村肝の心静に聞し召せ 抑も此世は天地の元津祖なる生神が 唯一柱坐し在して日月火水木金土 森羅万象創造しかつ人間を神様と 同じ形に造りまし厳と瑞との精霊を 各自に宿しまし天と地との経綸に 仕へしめむとなし給ふ人の体は斯の如 実にも尊きものですよそれをも知らず人間は 此世に生れ来た上は飲めよ歌へよ寝よ起きよ お金があれば酒飲んで歌舞音曲に戯れる これより外に人生の目的更にないものと 誤解して居る哀れさよこれで人生の本分が 尽しをへたと云ふならば人は獣類と同じこと 万の物の霊長とどうして名附けられませうか 人は神の子神の宮尊き神の宿として 造らせ玉ひしものなれば衣食住居其外に 尊き務がなけれやならぬその又尊き神業は 如何と云はば人間は天地の神の御為に 有らむ限りの赤心を尽し奉りて道の為め 天国浄土の円満をはからむ為めに霊魂の 魂をば研き開かせつ此世に住める同胞を 八衢地獄の境遇より救ひ出して天国の 常磐堅磐の花園に導き渡す宣伝使 御伴に仕へ奉りつつ其神業の一端に 仕へ奉るぞ人として最大一の務なり あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 世の過は宣り直せこれぞ全く三五の 神の教の御言葉ぞ敬ひ奉れ百の人 諾ひ奉れよ惟神神の教に嘘は無い 一二三つ四つ五つ六つ七八九つ十百千 万の国の民草を一人も残らず三五の 神の教に導きて天地にかはる大業を 尽さにやおかぬ神の御子ヨリコの姫や花香姫 今迄犯せし罪科のその贖の一端に 仕へむ為の宣伝歌心平らに安らかに 聞かせたまへよ人々よ偏に祈りおきまする』 シヤンコシヤンコシヤンシヤンシヤンコシヤンコシヤンシヤン 馬の蹄も戞々と手綱引き締め鞭をあて 隣の町を指して行く梅公別に救はれし 梅の花香の宣伝使未だ称号は無けれども 世人を導き救はむと思ふ心は紅の 紅葉の照れる如くなりヨリコの姉に従ひて 馬上豊かにスガの町上から下迄和妙の 美々しき宣伝服着けて本町通りの十字街 駒を留めて鞍上にスツクと立ちしスタイルは 三十二相を具備したる聖観音の生姿 知らず識らずに町人は両手を合せ伏し拝み 生神様の御出現如来の来降と喜びて 二人の前に寄り集ひ蟻の這ひ出る隙もなく 人山築きし勇ましさ花香は優しき声を上げ 飽迄白き白魚の優しき右手をさし上げて 花香『あゝ惟神々々神が表に現はれて 誠の道を説き諭す朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 曲津は如何に荒ぶとも誠の力は世を救ふ あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ 三五教の宣伝使梅公別の神司 雲の如くに降りまし吾等二人の姉妹に いとも尊き福音を伝へ玉ひし嬉しさに 曇りし霊も澄み渡り央身失せし魂は 高天原に甦り再び花の咲く春に 遇へる心地の今日の旅此嬉しさは言の葉に かけて語らむ術もなしかくも尊き御教を 一人の物となさずして数多集へる皆様に 千別に千別き奉り其喜びと楽しみを 共にせむとの吾願ひいと平らけく安らけく 聞し召さへと宣り奉るバラモン軍に名も高き 大足別の軍勢がトルマン城下に押し寄せて 民を塗炭の苦しみにおとし入れむとする最中 見るに見兼ねて背の君の梅公別の宣伝使 駒に鞭ち大野原進ませ玉ひし留守の中 不束ながら女身をかりて雨風苦にもせず 世人の為めに宣伝の道に上つた次第です 詳き事が聞き度ばスガの目抜の薬屋の アリスの宅にお出でなさいあゝ惟神々々 恩頼を賜へかし』ハイハイドウドウ、ヒンヒンシヤンコシヤンコ 駒の嘶き鈴の音いと勇ましく大道を 緩歩し乍らスガの町目抜の場所と聞えたる 百万長者の薬屋の表を指して帰り行く あゝ惟神々々御霊幸倍まし坐世よ。 (大正一五・六・三〇旧五・二一於天之橋立なかや旅館加藤明子録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 05 心の奥 | 第五章心の奥 日出雄は唐国別の談を聞いて暫く俯いて考へ込んだ。日出雄の心天に忽ち大光明が輝いた。満州や蒙古に活動して居る馬賊といつても、決して一般人の考へて居るやうな兇悪乱暴の者計りでもあるまい。中古我国の元亀天正の頃の群雄が割拠して居たやうなもので、規律整然たるものであらう。決して人の財宝を掠奪したり、殺人強姦などを行ふものではあるまい。兎に角徳を以て馴づけたなら虎でも狼でも心の底より帰順するものだ。殊に蒙古の馬賊に至つては、弱者を助け狂暴なる者を誡め、社会の弱き人民を保護する任に当ると聞いて居る。政治の行届かない蒙古の広野では馬賊も一つの政治的機関だ。今日満州王をもつて自任して居る東三省の保安総司令である張作霖[※底本(全集)では「張作相」。張作霖より6歳ほど年下で東三省保安総司令部の高官を務めているが、ここの文脈上は張作霖が正しいと思われる。校定版や愛善世界社版では張作霖に修正している。霊界物語ネットでも張作霖に直した。]だつて、張宗昌だつて、其他の名ある督軍達は皆馬賊から出て居るのだ。これを考へても馬賊は決して日本の山賊や泥棒のやうなものではあるまい。一層のこと盧占魁と提携して蒙古に新彊に王国を建設し、日本魂の本領を世界に輝かすのも男子として面白い事業だ。併し馬賊といつても種々の種類があつて掠奪のみを以て事とする小トルの団体もある。善悪正邪の混淆して居る世の中だ、天下の大事と思へば小さいことに齷齪して居る訳には行かぬ。盧占魁の如き天下に驍名を馳せた馬賊の頭目は、決して人民を苦しめるやうなことはせないだらう。彼と宗教家とが提携したつて別に不都合はあるまい。大神業の御経綸に奉仕する一歩としては止むを得ない今日の場合だ。広大なる地域を有する蒙古に一大王国を建設すると云ふ計画は、事の成否は別として、日本男子としては実に壮快極まる試みだ、宗教家だと云つて神前に拍手し祝詞のみを上げて居るが芸でもあるまい。万有愛の主義から是非決行して見よう。心境を一変し、宗教的に世界の統一を図り地上に天国を建設する準備として先づ新王国を作り、東亜の聯盟を計るのが順序だらう。あゝ思へば実に壮快だ。腕が鳴り血が踊るやうだ。言語学の上から見ても、古事記の本文から見ても、蒙古は東亜の根元地であり、経綸地である。日本人は昔から、義勇の民が開国以来未だ一寸の地も外敵に侵されないと云つて自慢して居るものがあるが、併し吾々の祖先は蒙古軍の為めに拭ふべからざる大国辱を受けて居るのだ。元寇の役はどうだつた。国内上下挙つて蒙古襲来の声に震駭し、恐怖し、其度を失ひ、畏多くも亀山上皇は身を以て国難に当らむことを岩清水八幡に祈願し給ふた結果、全国の各大社には奇瑞続出して遂に伊勢の神風となり、蒙古は十万の軍を西海の浪に沈めた事は元明史略其他の史実にも明記され、生命を全ふして帰り得たるもの僅に三人といふことだ。併し乍ら我国は是をもつて日本男子の武勇を誇る事は出来まい。日本を守りたまふ神明の加護と畏多くも亀山上皇の宸襟を悩まされたその結果である。日本は神国、神の守りたまふ国で、決して外敵の窺ふことの出来ない磯輪垣の秀津間の国、細矛千足の国と誇つて居るが、今日の日本の現状は外敵に対しさう楽観して居られるだらうか、軍器の改良された今日では、少々の神風位で敵艦を覆すと云ふ事は到底不可能であらう。又そんな神頼み計りやつて居て実行せないならば、到底国を保つ事は出来ないだらう。扨て吾々の祖先が蒙古十万の大軍に脅かされた末代の大国辱を回復し、建国の精神と国威をどうしても一度中外に発揚して我歴史の汚点を拭はねばなるまい。宗教的、平和的に蒙古を統一し東亜聯盟実現の基礎を立て見たいものだ。自分は今日黒雲のかかつた、世人から疑を受けて居る身の上である。此際グヅグヅせず思ひ切つて驚天動地の大活動をやつて見たいものだ。盧占魁に会つたらば屹度自分の意志を受け入れるであらう。自分は今裁判の事件中だが弁護士の話によると、本問題は神霊問題だから二年や三年の中には到底解決がつくまいとのことだ。これの解決を待つて居ようものなら、我民族は日に月に窮地に陥るばかりだ。世界到る所排日問題は勃起し外交は殆ど孤立して居る。今の中に我同胞の為に新植民地でも造つておかねば我同胞は遂に亡ぶより外はない。併し乍ら大本信徒にこんな事を云はふものならそれこそ大騒動だ。併し面白い、ひとつやつて見よう乗るか反るかぢや、元より身命を神に捧げた自分だと大覚悟を究めたのである。 大本は野火の燃え立つ如くなり風吹く度に拡がりてゆく この度の深き経綸は惟神只一息の人心なし 神の世の審判に今や逢坂の人は知らずに日を送りつつ いつ迄も醜の曲神の荒びなば危ふからまし葦原の国 世の中の移らふ状をながめては起つべき時の来るを悟る 排他的既成宗教はあとにして開き行かなむ海の外まで 吹かば吹け醜の木枯強くともわれには春の備へこそあれ 白妙の衣の袖をしぼりつつ世を歎くかな隠れたる身も 思ひきや御国の為に尽す身をあしさまに云ふ醜のたぶれら 身も魂も囚へられたる吾なれど心は広し天国の春 機の緯織る身魂こそ苦しけれ一つ通せば一つ打たれつ 神業をなすのが原の玉草は踏まれ蹂られ乍ら花咲く 天地の神に仕へて日の御子に赤き心を尽し奉らむ 身はよしや虎伏す野辺に果つるとも御国の為に命惜まず 故郷にのこせし母を思ふ間もなくなく尽す神国の為 月は今地平線下に潜みつつ世の黎明を待つぞ床しき 惟神真の神の定めてし人の出でずば国は危ふし 花見むと出でしにあらず野の桜吾衣手に香をな送りそ 言霊の助け天照る日の本はすべての国を知らす神国 天津日も只一つなり地の上も一つの王で治まりて行く 皆人の眠りにつける真夜中にさめよと来鳴く山郭公 郭公声は御空に鳴きかれて月の影のみあとにふるへる 国のため尽す谷間の真人を雲井に告げよ山郭公 心のみ誠の道にかなふとも行ひせずば神は守らじ 言挙げの条は数々ありながら暗夜をおしのわれぞ甲斐なき 君の為御国の為に真心を尽して後は津見に問はれぬ 吾を知る人こそ数多ありぬれど我魂を知る人は世になし 西東南も北も天地も荷なうて立てる神の御柱 世の為に尽す心の数々を誰も白波の立ちさわぐなり 現し世に生るも神の御心ぞまかるも神の恵とぞ知れ そよと吹く風にも声のあるものを神の御声の聞えざらめや 夜な夜なに詣うでてあつき涙しぬ神座山の荒されし跡に わが涙こりては霖雨雪となり泉となりて御代を清めむ 神の御名を世界に広く現はして永久に生きなむ律に死すとも 古のエスキリストも甞めまじきその苦しみを我に見る哉 足乳根の老います母を偲びつつ出で行く吾は涙こぼるる 濡衣のひる由もなき悲しさに霧島山の火こそ恋しき 月一つ御空にふるひ地に一人友なくふるふ我ぞわびしき 退きも進みもならぬ今の世は神のみ独り力なりけり (大正一四、八、一五、加藤明子筆録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 15 公爺府入 | 第一五章公爺府入 日出雄と守高は平馬氏の宅に暴風を避け、真澄別以下五人は猪野敏夫氏の春山医院に陣取つていろいろの豪傑話に耽り、守高は柔術の実習や講演をやつて、大にメートルを上げてゐる。そして守高は摩利支天、名田彦は一億円、真澄別は泰然自若、岡崎は霞ケ関と云ふ仇名をつけられた。猪野は鄭家屯の日本坊主を殴つた話や、大川金作のローマンスの追懐談に花が咲いて居る。そして東三省一の美人と云ふ支那芸者が猪野に秋波を送つた事などを気楽さうに喋舌り立て、春の陽気を漂はしてゐる。朝から晩まで摩利支天に一億円、山田に王元祺等の豪傑連が柔道の練習をやつてゐたが、日出雄が行くと直ぐに中止して了つた。副官の秦宣はオチコの棒に吹出物が発生し、膿汁を拭いた手も洗はずに食器をいぢるので病毒が感染する等と云つて日本人側に嫌はれてゐた。 愈公爺府入りが定まり、順路の地図を、支那の某将校から借り来り、王府まで二百支里、最高山の北だなどと、頻りに地図に眼を注いだ。眼鬼将軍の岡崎は佐々木や大倉のやり方について大変な不平を洩らし、 岡崎『先生を中途まで送りとどけた上、一度奉天へ帰つて彼等二人のやり方を調査する積りだ。万一彼奴等がようやらぬのなら、自分は北京へ行つて呉佩孚や趙倜と会つて此大事業を成功させる……』 等と捨鉢を云つてゐる。時々風の吹廻しが悪いと変な事を云ふので日出雄も困つてゐた。 葛根廟には馬賊の根拠地があつて大集団をなしてゐるさうだ。近日の中に女の隊長が洮南に向つて襲来するとの急報に、支那の官憲や駐屯軍が驚いて、騒々しく動揺し初めた。 三月二十二日の午後四時頃、王天海は蒙古の隊長張貴林や公爺府の協理老印君と共に着洮した。そして愈奥地入りの準備にとりかかつた。張貴林は日出雄に向つて云ふ。 張貴林『此先には数千の馬賊団が横行してゐますが、何れも自分の部下許りだから、決して先生に害を与へませぬ。私は今回自治軍の旅団長に選まれましたから、安心して下さい。蒙古男子の一言は金鉄より堅う御座います。先生の為には一つよりない生命を擲うつてゐるのですから』 等と云つて勇ましく腕を撫してゐる。 暫らくすると佐々木、大倉の両人が日出雄の奥地入りを送るべく、遥々奉天からやつて来た。さうして岡崎と議論の衝突を来たし、岡崎の機嫌がグレツと一変し、 岡崎『俺はこれから奉天へ帰つて張作霖を叱りつけ、自由行動を採つて見せる……』 と頑張り、サツサと停車場を指して出て行つた。佐々木が驚いて停車場へ駆けつけ、危機一発の発車間隙に漸く岡崎を和め、連れて帰つて来たので一同は漸く安心した。 (日出雄)『乾坤一擲の大事業を策し乍ら、今から内輪揉めが出来ては到底駄目だ。満州浪人は大和魂が欠けてゐる。あゝ自転倒島では思慮浅きものの為に過られて身の置所なき破目に陥り、今又蒙古の野に来て日本人の為に過られ、千仭の功を一簣に欠くやうな形勢になつて来たのも、小人物の小胆と高慢心と自己本位の衝突からである。少し位の残念口惜しさが隠忍出来得ない様な事で、何うして此大事業が成功するか。真澄別もあまり泰然自若すぎはせぬか。此際両方の調停を計らねばなるまい……』 と日出雄は吾知らず呟いた。真澄別の仲裁によつて同志の間は、もとの平和に帰し、岡崎も再び駒の首を立直し、奉天帰りを思ひ切り蒙古の奥地へ侵入する事をやつと承諾したのである。 待ち佗びし吉き日は今や来りけりいざ起ち行かむ蒙古の奥へ 日出雄が洮南在留中沢山の詩歌を詠んだ。その中の数首を左に 十二日過ぎてゆ陽気一変し春立ち初めし心地しにけり 洮南は安全地帯と思ひきや馬賊の横行いとも烈しき 総司令一日も早く来れかし汝を待つ間の我ぞ淋しき 十四夜の月照る下の蒙古野に円を描いて小便をひる 国人に一目見せばや蒙古地を照らす御空の珍の月影 山も海も見えねど蒙古の大野原行く身は独り魂躍る 天か地か海かとばかり疑はる蒙古の広野にひとり月澄む 月見れば心の空も晴れ渡り天国にある心地こそすれ スバル星西に傾き初めてより早や地の上に霜は降りける ドンヨリと曇りし空に日は鈍し小鳥の声も頓に静まる 支那蒙古日本の人も我為に心砕きて守る嬉しさ 三月廿五日の早朝、支那旅宿義和粮棧から老印君、日出雄、岡崎、守高、王通訳は三台の轎車に分乗し洮南北門より馳走し、洮児河の橋を渡つて北へ北へと進み行く。寒風烈しく吹き来り轎車は顛覆しさうな危険を感じて来た。副官温長興は数名の兵士と共に騎馬にて前後を守り行く。途中守高の乗つてゐる轎車が路傍の溝の中へ顛覆し、守高、王通訳は溝の中へ投げ落され、馬夫と共に轎車を道路へ引き上げてゐる。其日の午前十一時に六十支里を経た三十戸村に着き、此処にて昼飯を為す事とした。ここには支那の警察もあり、兵営も建つてゐる。旅宿の家の柱には『莫談国政』と云ふ赤紙が貼りつけてある。之も専制政治の遺物だらう……。此処まで来る途上、轎車の中で日出雄はセスセーナ(放尿)を煙草の空罐になし、車外に捨てようとして、岡崎の支那服の上に零した。あまり寒気が酷しいので、忽ち膝の上で凍つて了つた。岡崎は小便の氷を手に掴んでゲラゲラ笑ひ乍ら道路に投げ捨てた。旅宿に着いて雲天井の大便所へ行くと、毛の荒い汚い豚の子が半ダース許りも集まつて来て肥取人足の役をつとめ、遂には尻まで嘗めあげる。その可笑しさに日出雄はゲラゲラ吹き出してゐる。午後十二時四十分再び乗車、何十間とも知れぬ広い幅の大道を愉快さうに進んで行くと、茫漠たる大荒原の前方に当つて黒ずんだ一の山が見えた。之は北清山と云ふ、さうして此辺には半坪か一坪許りの神仏の館が、彼方此方に建つてゐる。之は蒙古人が信仰の表徴となつてゐるのだと云ふ。 同日午後五時、七十戸村の催家店と云ふ牛馬宿に足を停めた。洮南からは百二十支里を離れてゐる。沢山の支那人の合客が泊つてゐて喋々喃々として賭博をやつて居る。翌三月二十六日朝五時出発の予定であつたが、二十支里ほど前方に当つて官兵と馬賊との戦ひがあり、連長が戦死した場所であるから、朝早く出立するのは極めて危険だとの宿の主人の注意に依つて、八時に此処を出発する事とした。 正午前八十支里を馳駆して王爺廟の張文海の宅に着いた。王爺廟の喇嘛僧は三百人許り居る。珍らしき日本の喇嘛僧来れりとて三百の喇嘛が、一人も残らず日出雄に挨拶に出て来る。そして里人や子供が珍らしげに集まつて来た。日出雄は携帯して来た飴を一粒づつ与へた。喇嘛も里人も地上に跪いて之を受けた。大喇嘛は部下に命じ洮児河の鯉を漁らせ、七八寸から一尺五六寸位のものを八尾許り持つて来て日出雄に進呈した。是れが本年に入つて初めての漁獲だと云ふ事である。 午後二時日出雄が王爺廟を出発せむと轎車に乗つてゐると、大喇嘛が牛乳の煎餅十枚許り持つて来て日出雄に贈つた。釈迦が出立の時、若い女に牛乳を貰つて飲んだ事を思ひ出し、日出雄は蒙古の奥地へ来て直ぐに喇嘛から牛乳の煎餅を貰つた事を非常に奇縁として喜んだ。此時日出雄の左の掌から釘の聖痕が現はれ、盛んに出血し淋漓として腕に滴つた。然し日出雄は少しの痛痒も感じなかつた。 洮児河の氷は処々解け初め、其の上を轎車が通過する危険さは実に名状すべからざるものがあつたが、何の故障もなく天佑の下に無事通過し、王爺廟の兵士や張桂林の馬隊に送られ且つ張文海の弟の部下に騎馬にて公爺府まで見送られた。王爺廟以東は赤旗を戸々に立て、以西は白旗を戸々に立ててゐる。公爺府は已に白旗区域である。ここは鎮国公、巴彦那木爾と云ふ王様が二百名の兵士を抱へて守つてゐる所である。日出雄一行が公爺府の近く迄行くと、公爺府の兵士が二十人許り捧げ銃の礼をして慇懃に迎へてゐた。日出雄一行は公爺府の傍なる老印君の館に午後六時頃無事に着いた。 (大正一四、八、筆録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 19 仮司令部 | 第一九章仮司令部 寒風吹き荒ぶ黄塵万丈の蒙古の住居は、実に惨澹たるものであつた。洮南以来二十日間も湯に入らないので、顔は鍋墨の如く、鼻の穴や耳の穴は細かい土埃に埋まつて居る。日出雄一行のみならず、蒙古人の顔は年が年中入浴しないのだから、実に垢まみれになつて醜しい。蒙古人は生れた時一度水で身体を洗つたきり、終身湯水で体を洗ふと云ふ事はない。夏になると暑さ凌ぎに河中に唯の一回位飛び込むこともあるが、決して体の垢を落さうとはしないのである。蒙古の婦人の歩行する様は何れも外輪に大手を振つて歩き、遠方から見てゐると男女の区別が判らない。唯耳に環が下つて居るのと頭に宝石が光つてゐるので、其女たるを知るのみである。或時日出雄が屋外に出て望遠鏡をもつて曠原を望んでゐると、二町許り向ふから五十許りの色の黒い、ポロを下げた蒙古婦人が日出雄の方に向つて進んで来た。日出雄は男か女か老人か、但しは妙齢の美人かと一生懸命にのぞいてゐると、其女は日出雄の望遠鏡でもつて覗いてゐるとは少しも気がつかず、忽ち裾を捲つてウツトコを現し、無造作に道の中央でシエスアンテイナをやりプイプイと二三度尻を振つて着衣の裾でウツトコをこすり、平然として日出雄の前にやつて来た。日出雄が望遠鏡で覗いてゐる時真澄別が傍へやつて来て、『一寸其望遠鏡を私に貸して下さい』と頼む、日出雄は笑ひ乍ら『ナニ今が肝心要の正念場だ。蒙古婦人のウツトコを実見してゐるのだ、こんな機会は又とないから先づ御免蒙りませう』と云つてゐる間にシエスアンテイナの行事は済んで了つた。後で日出雄と松村は大声を上げて芝草の上に倒れて笑つた。 公爺府の鎮国公から日本の大先生にと云つて、大きな豚を一頭割つて其肉を贈つて来た。日出雄一行は其厚意を謝し、直様之を煮て食膳に上した。所が公爺府の豚は梅毒患者のひつた糞を食つてゐるので豚までが梅毒性になつてゐると見え、日出雄は其毒に当てられて面部を除くの外身体一面に泡のやうな痒疣が発生し、夜も昼もガシガシとかいて苦しんだ。二先生の真澄別も亦豚の毒にあてられ顔一面に疣が発生した。其かはりに日出雄とは反対に首から下はどつこも犯されなかつた。あまり痒いのでガシガシと爪で掻きむしつたから堪らない、忽ち顔面脹れあがり、澄みきつた液汁がボトボトと雨の如くに落ちるやうになつた。さうして日出雄が鎮魂して癒さうとすれども、真澄別は寝てゐる間に知らず識らず顔を掻くので、益々顔が破れただれ、牡丹餅のやうな面相になつて了つた。されど真澄別は何事も神の御心だといつて意に介せず自然に任してゐた。漸く一ケ月の後に元の如く綺麗な顔になつたのは幸である。一時は到底元のものにならないだらうといつて、盧占魁初め日本人側も非常に心配したのである。 公爺府の天空には数百の鶴の群が前後左右に舞ひ遊び、雪の原野を飛び交ひ妙な声を出して鳴き渡つてゐる。到底内地ではこんな事は見られないだらうと云つて、日出雄は其前途の幸運を祝した。此辺は楊柳の木や錦木及び杏の木などが、山や野に沢山生えてゐる。雀はチユンチユンと鳴き、鶏は澄み切つた声でコケコツコーと長く謳ひ、牛はモウモウ、馬はヒンヒン、猫はニヤンニヤン、犬はワンワン、日本並に声を放つて鳴いてゐる。名田彦はこれを聞いて『鳥、獣は偉いものだ、蒙古の奴は日本語を些とも知らないが、鳥、獣は日本語を使つてゐる』と云つて笑つた。 日出雄は公爺府滞在中、記憶便法和蒙作歌字典の著作に着手し、数千の蒙古語交りの和歌を作つた。さうして其外に数百の述懐歌を詠んだ。左に其一部を紹介する。 ○ 容貌は日人に似て逞ましき人の住むなる蒙古楽しき 冬籠りのみに月日を送るより外にすべなき蒙古人かな 十年の知己に遇ひたる心地してきよく交はる蒙古人かな 牛馬や犬豚驢馬の糞攻めに遇ひて一日を今日も送りぬ 朝戸出に四方の山々見渡せばいづれも雪の薄絹よそふ 今日も亦つめたき粉雪ちらちらとふりつつ吾顔なめてとほるも 人見れば三つ四つ五つ寄り来りしきりに吠ゆる蒙古犬かな 蒙古犬吠ゆる声きき朝まだき窓をのぞけば騎馬兵来る 公爺府のしげこき小屋にラハンテルハ破れしを敷きて一人寝しかな 蒙古女耳にかけたるスイハ(耳環)見れば印度の国の昔偲ばゆ 蒙古路に日は照り渡り真白なる山野の雪はとけそめにけり ○ 奉天から坂本広一が轎車に乗り手紙を持つてやつて来た。それは総ての計画の進行を報告の為である。坂本は熱心な日蓮宗の信者であつた。一時は僧籍に入り満州に日蓮宗の宣伝を企てた男である。坂本は暗夜に日出雄の身体から黄金色の光が放射してゐたのを霊眼で認めて、日出雄の神格を知り、俄に大本信者となつた。彼は佐々木や大倉等の総ての行動を熟知してゐるので邪魔者扱ひをされ、唐国別の口を通じて唯一人入蒙を命ぜられたのである。次で永らく支那、満州、西比利亜方面に或事業の為め活躍して居た井上兼吉が奉天からやつて来た。此男は盧占魁の命によつて、危険を冒し、綏遠や張家口方面に哥老会の楊成業其他馬賊の頭目に密旨を伝へに行つた剛胆な男である。支那の革命戦争等にも加はり、巴布札布の戦争にも参加して其名を轟かし、満州や蒙古の馬賊の頭目に沢山の知己を持つてゐる。彼は盧占魁の仮司令部に入つて金銭出納係を勤める事となつた。 老印君から洮児河で捕獲した、トーラボーと云ふ長さ二尺許りの魚を四尾送つて来た。名田彦の巧妙な料理法で一同は舌鼓を打ち賞玩した。今年に入つて初めての魚獲だから、先づ第一に日出雄に進呈したのであつた。 四月十三日馬隊の頭目賈孟卿と云ふ男が日出雄を訪うた。彼は二千人の部下を有してゐるが、盧占魁の義軍に参加すべく単身此地まで忍んでやつて来たのである。彼は新しい思想の男で、其論旨も極めて明晰である。背の高い逞しい男で、年齢二十九歳である。 四月十五日張作霖の副官、張華宣がやつて来て盧占魁を伴ひ日出雄の住居を訪うた。彼は支那人で明治三十八年東京の早稲田大学を卒業した男で日本語を良くするので、大変話が面白かつた。元の蒙古王曼陀汗も訪ねて来て蒙古独立の人気の良い話を交換して二人司令部へかへつていつた。日出雄が奉天を自動車で出発の際、何くれと世話をして見送り守つて呉れた楊巨芳氏が来訪し、種々面白き話を交換して居ると、前方原野に当つて牛車、馬車数十台に食糧、寝具等を積み込み、数十人の騎馬の兵卒が前後を守つて来るのが見えた。さうして弥々本日十連発のモーゼル銃や機関銃が洮南を発すると云ふ報告があつた。日出雄が渡満以来僅か二ケ月許りにして軍の編成の端緒を開くに至つたのも全く人間業ではないと云つて喜んだ。日夜四方の山々に山火事があり、雲の焼けてゐる光景は実に壮観である。日出雄は毎夜戸外に出で楊の枝を地上に敷き、横臥して大きな声で音頭を取りながら、蒙古の真赤な月を眺めてゐる。 老印君は支那の将校馬鵬挙と共に日出雄の住宅を訪ひ、『先日は誤解より不行届の事を致しました。私もこれから総司令に従つて索倫に参りますから、何分にも宜敷願ひます。今迄の無礼をお詫びに参りました』と打つてかはつた挨拶をした。日出雄が神軍の初陣に当つて公爺府最高将官、協理、老印君を従はしたのは実に幸先がよいと云つて喜び、神明に感謝の辞を捧げた。 盧総司令が公爺府に着いてからは日々夕方になると口令が発布された。これは敵味方を暗夜に悟るべき合言葉であつて、軍探警戒の為である。 四月二十日神勅により、日出雄、真澄別は左記の如き蒙古人名を与へられた。 出口王仁三郎源日出雄 弥勒下生達頼喇嘛 素尊汗(言霊別命) 『蒙古姓名』 那爾薩林喀斉拉額都 松村仙造源真澄 班善喇嘛 真澄別治国別命 伊忽薩林伯勒額羅斯 (大正一四、八、筆録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 22 木局収ケ原 | 第二二章木局収ケ原 王仁(日出雄)、松村(真澄別)、矢野(唐国別)、植芝(守高)、名田音吉(名田彦)、佐々木(榊)、大石(大倉) 日出雄は軍の編成後、護衛長馮巨臣以下十数名の兵卒を伴ひ、北方の野山に兎狩を催し、或時は野生の韮や蒜を採集し、枯草の芒々たる原野に向つてテンムリチエブナをなし、愉快に索倫の日を送つて居た。岡崎鉄首、萩原敏明、猪野敏夫の三名は数十人の兵士に送られ馬に跨りて途中馬賊や官兵の囲を衝いて無事日出雄の許に着いた。名田彦は日出雄及盧の命に依つて数名の衛兵を従へ軍使として奉天の水也商会へ引き返した。 蒙古の家屋は前述の通り極めて不潔で、南京虫の横行甚だしく、加之に幾十日も湯を使はない為めに衣服には虱発生し、一行は日々南京虫と虱退治に日を費し、南京虫の予防の為めにとて、いやな香のする蒜を顔をしかめて食事毎に喰つて居た。日出雄も蒜を喰ひ慣れて遂には、葱や野菜の生を平気で嗜食するやうになつた。温長興は日出雄一行の炊事長となり、王瓚璋は馬夫長となり、王盛明は随従長、守高は近侍長、名田彦は近侍となつて日出雄の身辺の凡ての用務に仕へ、真澄別は一切の代理権を行使する事となつた。又萩原敏明は写真係、坂本広一は近侍、外に李連長以下二十名の兵士が直接保護の任に当つて居た。総ての制度がせせこましかつた国から十六倍の面積を有すると云ふ蒙古へ出て来て、沢山の兵士や畜類を相手に自由自在に勝手な事をして飛び廻るのは、生れて以来五十四年間未だ嘗て経験した事のない愉快さ呑気さだ。大丈夫たるもの現世に生れて狭い国で強い圧迫を受けて居るよりも、勝手気儘に知らぬ外国の空で、外国人と面白く遊ぶのは実に壮快だと日出雄は喜んでゐた。 索倫山の本営には馬隊の頭目が日々二百人三百人と部下を率ゐて、喇叭の声も勇ましく参加し軍気大いに振つた。盧総司令は五月一日日出雄の館に出で来り、 盧占魁『大庫倫に進出せむとすれば、此処より二百支里を隔てたる興安嶺の或地点に赤軍七千人駐屯し、警戒なかなか厳重なる事が斥候に依つて判明致しました。それ故、貴下の命に従つて、此儘大庫倫へ直進するは、兵を損じ弾薬を消費するばかりで、且つ熱、察、綏三区域の我が数万の参加軍の到達するは、道遠くして容易でない。それ故、貴下の意に背くかは知りませぬが、軍事の経験上、熱、察、綏の特別区域に進出し、本年は此区域に於て冬籠りをなし、完全な兵備を整へ諸王を招撫し、来春を待つて大庫倫に進み赤軍と交渉を開始し、若し和議成らざれば止むを得ず開戦の挙に出づるを可とすべく、大庫倫には約一万の赤兵駐屯し、戒厳令を布き居れば、小数の軍隊にては容易に目的を達すべからず、来春にならば些なくとも十万の兵が麾下に集まるは確なる事実でありますから、其上にて大庫倫入を為し、茲に根拠を定め、勢に乗じて新彊を合せ、西比利亜の赤軍を帰順させ、飽迄も人類愛の為め、貴下の為め、一身を捧げ、此上如何になり行くとも神の思召と信じ蒙古男子の初志を貫徹さす考へです。此目的を達した暁は支那四百余州は言ふに及ばず、東三省も必ず貴下の命に服するでせう』 と誠意を面に現はして軍の行動につき命令を乞うた。 日出雄は遠く故国を去つて不知案内の奥蒙の地、しかも言語不通の支蒙人を相手に開闢以来の大神業に従事する──彼の得意は果して如何であつただらう。各地の王や馬隊の頭目、活仏などよりは見舞として、豚や野羊、炒米などを日出雄及び盧総司令に送つて来る。日出雄は盧と共に日々感謝の生活を送つて居た。万有愛護の教を立てて居る日出雄も、かかる国へ来ては否でも応でも豚や羊、鶏肉などを喰はねばならなかつた。真澄別はヌール、チヤカンナ、マチナ(顔面の吹腫物)に苦み、守高は出国以来の風邪未だ癒えず、坂本も亦風邪の気味にて全身痛み、日出雄は南京虫に攻められて居た。一日、蒙秘書長来り、支那語を以て左の如く談じた。 蒙秘書長『昨天到来、二百槍馬完全今日送給肥猪両口肥羊二隻、不出五日又来隊伍六百槍馬完全的。司令近非常歓喜所愁的款項無有的又苦於告貸将来隊伍均到来的無款的怎麼必実在投法子。 閣下不愁不遇現状況難一点的事作到張作霖必能付給款項俟将隊伍招斉款就不困難了』 要するにその主旨は兵備が整つた上は張作霖より相当の軍資金及び武器を送つて来るが、それ迄は仕方が無い、暫く辛抱してくれと云ふ意味である。さうして今日も武器を携帯して参加兵が二百名豚や羊を送つて来た。又五日の後には六百の馬隊が此処に到着するとも云うた。 広大無辺の肥えた原野を雑草の生ふるに任せ乍ら、而も他国人の入り来るを嫌ひ、怖れて外国人と見れば直に銃を以て打ち殺すと云ふ、蒙古人ともつかず支那人ともつかぬ又露西亜人でも無いチヨロマン人種が、十年以前迄此地に割拠して居たが、今は数百支里の北方の森林に退却して居る。兎や雉などは此方面は特に多く、幾抱えもあるやうな楊、柳、楡の大木は山野に繁茂し、洮児川の曹達を含んだ清流はゆるやかに流れ、天然の恩恵は無限に遺棄されて居る稀有の宝庫である。日出雄は日本の当局や政治家が、何故此地に目をつけないのであらうかと怪しんだ。オンクス、アルテチ、ウンヌルテー(放屁臭)など云つて蒙古人を相手に日出雄が戯れて居ると、盧占魁は御機嫌伺ひだと云つて、洮南から送つて来た珍らしい菓子や果物などを持つて来た。さうして盧の話に依れば、成吉思汗が蒙古の原野に兵を挙げてから六百六十六年となり、頭字の三つ揃うたのを見れば、愈々本年は三六の年だと言つて勇んで居た。 春の野にコルギーホアラ(野生福寿草)あちこちとボルンガチチク(紫色の花)咲き出でにけり 五月の上旬でありながら、蒙古の奥地では野生の福寿草が白や紫に咲き誇つて、殆んど花莚を敷き詰めた如く美しい。日出雄は此花莚の中に馬を縦横無尽に鞭ちながら、数多の支蒙兵を指揮して野遊を試みた。ケンケンと雉子の声が彼方此方の枯草の中から聞えて来る、其所へ三匹の山兎が飛び出した。蒙古兵は直ちにモーゼル銃を擬し、ポンポンポンと三発続け打ちに三匹の兎を頭許り撃つて捕獲した。総て蒙古人は楊の枝で弓を拵へ、細いので矢を造り、矢の先に石を縛付けて荒き麻の縄を弦となし、空立つ鳥を撃つに滅多に外れた事がない。支那や露西亜で廃物になつたやうな銃器でも、蒙古人が使ふと一々命中するのは実に不思議な程である。殆んど神様ではないかと思ふ程、天性的射術の技能が備はつてゐる。一日、日出雄が喇嘛服を着けた儘司令部の遥か前方で、パサパーナ(吐糞)をやつて居るとシーゴーと云ふ蒙古名物の猛犬がパサを食はむとして七八頭も集つて来た。このシーゴーは蒙古犬と狼との混血児で、非常に強く如何なる猛獣と雖も噛み殺すと云ふ牧畜国の蒙古にあつては天与の貴獣である。日出雄がポホラを捲つてウンウンと気張つてゐると、シーゴーがやつて来た。草原の穴の中に住んでゐた大眼子(チヨロマ)がパサの臭を嗅いで穴から首をつき出した所、嗅覚の鋭いシーゴーが直様四方八方から其穴を前足で掘り、見る見るチヨロマを捕獲して了つた。其の敏捷こい事は実に驚歎に価する。 スルト折柄蒙古名物の大風が吹いて来た。萩原や坂本が馬に遠乗して原野に火を放つたので、火は風に煽られ一瀉千里の勢で黒煙濛々と日出雄の身辺迄迫つて来た。茫々たる枯草の中到底逃れる事は出来ぬ。シーゴーは盛んに吠え立てる。日出雄は昔日本武尊が東夷征伐の時駿河の焼津で賊軍の計略にかかり火に包まれ、燧を取り出して向へ火をつけ、且叢雲の神剣にて草を薙ぎ払ひ大勝利を得られた故事を思ひ出し、直に佩刀を抜き放ち身辺の草を薙ぎ懐中よりマツチを取出して向ひ火をつけ、さうして天の数歌を奏上した。不思議にも風は俄かに南方に変じ、日出雄も兵士も焼死の難を免かれた。蒙古の野に火を放つて遊ぶのは実に剣呑である。 (大正一四、八、筆録) |
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霊界物語 | □_特別編-入蒙記 | 24 木局の月 | 第二四章木局の月 五月十四日即ち王日午前九時上将盧占魁は太上将日出雄の陣営に来り、午前十時半、下木局収の兵営の出発を見送つた。轎車二台、大車一台に荷物を積み数多の兵士を前後に従へ、蜒蜿として大原野を流るる洮児河の激流を幾度となく騎馬にて渡り、午後三時半無事上木局収の仮殿に安着した。蒙古の馬は体躯日本の乗馬に比して稍小なれども、極寒極暑に耐へ且つ忍耐力強く柔順である。河水を見れば何れの馬も頭を振つて勇み立ち、青味だつた激流を平然として渡る様は殆ど平地を行くやうである。井上兼吉は馬賊の頭目曼陀汗等と旧くより交際して居ただけあつて、満蒙の事情によく通じて居た。彼は道々馬上にて日本馬賊の作つたと云ふ勇ましい歌を歌ひつつ進む。 嵐吹け吹けマーカツ颪雪の蒙古に日は暮れて 征鞍照らす月影に仰げば高し雁の群 吾には家なし妻もなし国を離れて十余年 家は有れ共岩の洞従ふ手下は二千余騎 馬上叱咤の戯れに鎗をしごけばスルスルと 延びて一丈の穂の光り電光閃く玉を為す 興安嶺のかくれ家に剣の小尻を鞭ちて 闇をすかせば二千人轡並べて忍び寄る 殺気立ちたる馬賊の群は何処で呑んだか酒臭い 無聊に苦しみ酒を呑む山と積みにし虎の肉 肌押し脱げば一面に日頃自慢の刀傷 今日の獲物は五万両明日は襲はむ蒙古の地 イザヤまどろまむ一時を取り出す枕は髑髏 ホンニ忘らりよか古郷の可愛稚児さんが目に躍る。 上木局収の仮殿なる日出雄を護衛の為め、僅か十五支里の間に三ケ所の兵営を設けられた。其配置は最前方即ち西北方には鄒団長が二百の兵を引きつれ警護し、中央には何団長又百数十名にて警固し、最後即ち東南方の営所には中将張彦三旅長として之を警固して居た。日出雄は此間を悠々として何の憚る所もなく部下の兵士と共に馳駆して馬術を錬つた。日出雄が各兵営を訪づるるや、各団長は兵を門外に整列させ、一斉に捧げ銃の礼を施こし、先頭に立つて兵営に入るのが常であつた。張旅長はモーゼル銃を自ら修繕する際、誤つて自分の脛を討ち、其の弾丸は骨に当つて肉深く残留し苦痛を訴へた。急報により日出雄は医務処長猪野大佐及び真澄別、守高其他を引きつれ、旅長の陣営に馳せつけ、局所に鎮魂を施し激痛を其場で止め、猪野大佐は直ちに刀を取つて弾丸の抉出に尽瘁した。されど弾丸は骨に深くうち込んで居るので抉出することは出来なかつたので、已むを得ず日出雄は其儘平癒すべく神に祈つた。所が不思議にも旅長は俄に苦痛を忘れ、平然として馬に跨り部下を指揮するを得たので、将卒一同は其の奇瑞に感歎の声を放つた。日本人側数名と白凌閣、温長興、大師文、康国宝等は或日兵営と兵営との間を馬をかけて居た所、何に驚いたか萩原敏明の馬は突然直立した刹那、萩原は大地へ真逆様に落され大の字になつて倒れた。萩原の乗馬は雲を霞と駆け出して了つた。後から来た日出雄は我脚下に萩原の倒れてゐるのを見て、俄に馬腹に鞭を加へ其上を一足飛びに飛んで馬蹄蹂躙の難をさけたが、今度は又もや白凌閣の馬は白を地上に投げすて雲を霞とかけ出す。数多の騎馬兵を四方に出して幸ひ両馬とも捕獲することを得た。二三日すると奉天に軍使に行つた名田彦が、支那兵数名と共に上木局収の仮殿に無事帰つて来た。名田彦は日出雄を見るより声をあげて懐かしさに泣いた。彼は幾度も途中危難に遭遇し漸くにして生命を全うして帰つて来た嬉しさが一時に込み上げて来たのである。守高と名田彦はそれより日々乗馬の練習に余念がなかつた。さうして守高は王連長や王参謀に暇ある毎に柔術を教授して居た。守高に柔術を学ぶものは支那将校の中四五名はあつた、併し大部分の将卒は柔術を蔑視して居た。彼等は云ふ『何程柔術が達者でも飛び道具には叶ふまい、今日の戦争は銃砲より外に力になるものはない、柔術など云ふものは一種の遊芸だ』と。守高は或は騎馬にて郊外を散策する時、例のシーゴーに吠えつかれ、乗馬が驚いて馳け出す途端に落馬したが、彼は落馬したのではない無事着陸したのだと不減口を云つて笑つて居た。名田彦も自ら乗馬の達人と称して居たが、これもシーゴー数十頭に取囲まれ馬が驚いて馳け出す途端に地上に遺棄され、驚いて起き上つた時分には、乗馬は影の見えない所迄遠く逃げ去つて居た。日出雄は此報告を聞くなり数名の士官や兵卒に命じ遁馬を捕獲すべく命じた。温少佐は六名の兵士と共に際限なき荒野を駆け廻り、日の暮るる頃漸く馬を捉へて帰つて来たので、日出雄は温以下の労苦を謝し種々と菓子や煙草などを与へて慰めた。さうして名田彦に向ひ、 日出雄『オイ、名田彦、乗馬の達人が落馬するとは何の事だい』と一本参つた、すると名田彦は頭をガシガシ掻き乍ら、 名田彦『ハイ、弘法も筆の誤りです』 と相変らずの負け惜みである。上木局収の仮殿にゐる日本人は何れも気楽なもので、 『オチココテノ、ウツトコハテナ、ボホラヌボ、オンクスアルテチ、ウンヌルテ、オホノトルテ、ピーシヤムツトルテ、マラカウンスナ、コトラアンテイナ、パサパーナ、シエスシエーナ』 などと他愛もない下がかつた話計りして暮して居た。日出雄は上木局収の仮殿に起臥して居る中、沢山の歌や俳句を詠んだが其中の一部を茲に紹介する。 国を出て四つの月をば重ねつつ吾生れたる月夜に会ふかな 夕暮の東の空を眺むれば神島に似し雲の浮べる 昨夜降りし雨の大空晴れ渡り十二日の月光目出度し 東方の空のみ村雲立ち昇るいかなる神の示しなるらむ 野雪隠掘りて日々パサパーナ為さむ為め守高鍬を手にする 温突の暖気を避けむと庭の面に今日改めて久土築きにけり 山火事と吾出発の写真をば仕上げの際に焦せし惜しさよ 静なる月の姿を見る毎にナラヌオロスの信徒思ふ ホイモール眼は弥々丸くなりて夕日の空に月は輝く 窓明けて月の面をば眺めつつ心静かに行末おもふ バラモンの醜の鋭鋒避けながら蒙古の空に月を眺むる 十二夜の月の光に照らされて樺の幹のみ山に光れる 司令部を駒に鞭ち立ち出でて今日上木局収の月を見るかな 忽ちに魚鱗の雲の塞がりて可惜月影呑まむとぞする 野の中に放ちやりたる馬の群れ寝屋に帰るを厭ひて走る 日の出づる国にて見たる月よりも蒙古の空は珍らしく見る 雨雲は空一面に塞がりぬ今宵の月の別れおしさよ 瑞月の雲かくれせしを守らむと十二夜の月かくれしならむ 浮雲の薄き衣をば通してゆほのかに見えし今の月かげ すがすがし祝詞の声の聞えけり守高のホラの雄たけびならむ 河辺に立出で団長等と共に騎馬の照相写し撮りけり 暫時は此地にありて外蒙に進まむ時の英気養ふ 林間に駒を並べて勇ましく涼しき風を受けつつすすむ 吾は今万里の原野を乗り越えて草野の小村に経綸を立つ 九十六の日を重ねつつ我は今蒙古の奥に駒に鞭打つ 時々に国の事など思ひ出でて今日の我身の幸をよろこぶ 蒙古語を学ばむとして今日も亦肩こらしつつペンを走らす 窓障子破れて風のあたるたび猶ペラペラと言ひさやぐかな 桃太郎誕生したる照相を馬飼が原に撮りし今日かな 大空の雲かき分けて三五の月の光もあきらかに照る 雲の戸を明けて今宵の月影は吾が賤の家を照したまひぬ 肩痛み腰張り頭痛鉢巻でペンを執りつつ窓の月見る トルコノロホルまで痛む今宵こそ曲神の吾を窺ふなるらむ ナルンオロス曲の関所を潜り来て又もや蒙古の曲に襲はる 背に肩脚腕までも痛みてゆ已むを得ずして昼寝せし哉 ○ 木局の野に駒嘶きて草萌ゆる 木局の野の初夏の夕べや杜鵑啼く 人心荒き木局収の宿営かな 無頼の徒集まりて住む木局収 陽は清く風暖かに草萌ゆる 豚の児に石を投げつつ野遊かな 食物に乏しき木局収の仮寝かな ハタハタと白旗の鳴る初夏の風 山低く雲また低し木局の野辺 牧草の乏しき木局収駒細り 駒止めて少時見入りぬ河の面 河水の音高々と夢に入る 身を忍び気力養ひ時を待ち コルギーホワラ、チチクさへ無き上木局収 オンクスアルテチ、ウンヌルテと鼻摘み 来客にモンタラパンナと席譲り 夜な夜なに啼く杜鵑気に懸り 雨雲や瞬く中に空塞ぎ 空に雲覆ひて忽ち風寒し イリチーカ最も悲しげな声搾り ガーガーとガーハイの声耳に立ち 喇嘛服に着替へて馬上の照相撮り 千万里荒野の奥の馬遊かな 寝そべりつ窓の側にてペンを執り ペン先は早くも坊主となりにけり 山も野も吾も坊主の蒙古かな ポロハナの力も薄き蒙古喇嘛 どの山も金字形なり上木局収 駒並べて軍の司来りけり 紅の夕日の空に月清し 夕日影山野をボルに染めにけり 紫の雲たなびきて入日近し 十四夜の月は日の内輝けり 窓明けて初夏の満月拝みけり 初夏の月初めて見たり蒙古地に 月清く星稀にして風寒し 吾友は今宵の月を吾と見む 月次の今日の祭りや月丸し 雪解けて河水日々に増りけり 草も木も青み出でけり初夏の雨 大空の月を包みし雲散りぬ 雪とけて三五の月空に照り 日人の夢にも知らぬ吾神業 (大正一四、八、筆録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 14 神の述懐歌(二) | 第一四章神の述懐歌(二)〔一八四五〕 香具の比女の神は、はるばる高地秀の山に鎮まります大宮に詣で、顕津男の神の御前に静に進みて御声も清々しく謡ひ給ふ。 『天なるや音橘の永久に 香具弥の比女は御歌まゐらす 岐美が女とさだまりてより幾月日 けながくなれど今だにさみしき 岐美こそは男神にませば雄々しくも 醜の言葉になやまざるべし 玉の緒の命を岐美に捧げつつ 死なまく思ふこの頃の吾 曲神の醜のささやきしげくとも われはおそれじ岐美と逢ふ日を 岐美を慕ふ心は兎もあれ角もあれ 神の神業の遅るるをおそる 吾こそは須勢理の比女にあらねども 神業かしこみ岐美に計るも 契りてしその生日より七八年 経ぬれど未だ音づれもなし 吾が思ひ夢か現か白雲の なかに迷へる橘の香よ 橘の香具の木の実の名を負ひし われは五月の雨にしをれつ わが心くませ給へば片時の 夢の枕を交せたまはれ 如何にして日頃の悩みはらさむと 思ひつつなほ曇るわが身よ 曇りたる世を照さむと岐美は今 小さき事に心ひかすな よしやよし百神達は計ゆとも おそれ給ふな惟神にて 惟神真の神の御言葉を 守るは司の務なるべし 花匂ふ春の桜も秋されば 梢のもみぢ葉散る世なりけり この儘に散らむは惜しき香具の比女 わが若き身を如何に思召すや 若き身を神の大道に任せつつ 悩みの淵に沈みぬるかな 何事も時の廻りとあきらめつ 苦しき心を忍びつつ生く わが命消えぬばかりに思ひつつ 愛恋の岐美を忘れかねつも 岐美こそは雄々しき男神よ吾はただ かよわき心抱きて涙す 神業を務めむとして務め得ぬ 醜の曲世のうらめしきかも』 ここに顕津男の神は、御歌もて答へ給はく、 『美しき香具弥の比女の心かも 男の身ながらも涙にくるる 汝が心汲まぬにあらねど今日の我は 神代を思ひて黙しゐるなり 村肝の心はやたけと逸れども 汝に報はむ術なきをかなしむ 時来れば花橘の香具の比女よ 我おほらかに手折らむと思ふ 男子われためらふ心あらねども この世を思ひて時を待つなり われこそは浦洲の鳥ぞちちと啼く 千鳥にも似て啼きさけぶなり やがて今朝日昇らば汝が心 明し照さむしばしを待ちませ』 香具の比女の神はまた謡ひ給ふ。 『青山に日が昇る世を待たせとは あまりにつれなき心ならずや 若き身をただ徒らに待ち佗ぶる こころは苦しき浜千鳥かも 青山に日の隠ひし世にしあれば 岐美がなさけの枕恋ほしも 神業の妨げなさじと忍びつつ また神業の後るるをおそる 世を守る尊き御子の生れずば 如何で神国の基たつべき 天界の基を建つる神業を おろそかにせし罪をおそるる よしやよし曲神達はさやぐとも 主の言の葉にそむくべきやは さりながら岐美の心に従ひて 吾おとなしく時を待つべし』 次に狭別の比女の神は、比古神の御前に立ちて御歌詠まし給ふ。 『主の神の依さしによりて神業に 仕へ奉ると岐美に誓ひし 契ひてし日より幾年経たれども 岐美のおとづれ無きぞ淋しき 八柱の比女の一つに数へられ 花の盛りをあだに過ぎけり 春すめば桜の花も散りぬべし 早手折りませうづの心を 吾にしてあやしき心持たねども 神に叛かむことの口惜しき 比古神の御樋代として仕へ居る われに楽しき日はなかりけり 天界は愛と善との国と聞くに たのしみ事を未だ知らなく 知らず知らず岐美に仕へて年さびぬ ほかに心を移さぬ吾は 若草の妻と御側に侍りつつ まだ一度の神業もなし 神業に仕へまつると主の神の みことかしこみ年古りにけり 不老不死の天津神国と聞き乍ら 年さびぬかとさびしまれける わが涙天に昇りて雲となり 凝り固まりて雨と降るなり 汝が岐美の情の雨の露うけず わが身の涙のつゆに濡れつつ』 顕津男の神は憮然として、返し歌詠ませ給ふ。 『汝が悩み我は知らぬにあらねども せむ方なさに忍び居るなり 醜草の言の葉しげき世なりせば 神のみ業をためらひて居り ためらひの心は真の主の神に 逆ふとも思ひつ未だ果し得ず 天界の万の業を任けられて 忙しき我を曲神議ゆも 美しき優しき汝が真心に われはほだされ夜々に涙す 一時の契さへなきつれなさを くやみ給ふな愛恋の比女 やがて今天の岩戸のあきらけく 開かむ時を楽しみ待たせよ』 狭別比女の神は御歌もて答へ給ふ。 『ありがたし勿体なしと思ひつつ 岐美の言葉のうらめしきかな ただ見れば雄々しき岐美の真心の 奥には降らむ涙の雨は わが涙神国の為になるならば 苦しき月日も喜び忍ばむ』 小夜子比女の神は、比古神の御前に立ちて静に謡ひ給ふ。その御歌、 『久方の天の峯火夫の神言もちて 神業のために岐美に仕へし 岐美がりに朝な夕なを仕ふるも 主の大神の神宣なればなり 百八十の日を忍びつつ岐美がりに 仕ふる心の恋しさ苦しさ 天界は愛と善との世界なれば 愛することの罪となるべきや 天界に厳の教を守らずば 心の悩みあらざらましを 年さびし岐美を守りて朝な夕な 仕へ奉るも神の御ため 主の神の国魂生みの神業を おろそかにせむ事の苦しき 朝夕に相見仕ふる吾なれば 心の悩み日々につのるも この悩み救はむものは汝が岐美の 雄々しき心の光とぞ思ふ 何故にためらひ給ふか主の神の 厳の言葉の神業なるを』 比古神はこれに答へて謡ひ給ふ。その御歌、 『小夜砧打つ術もなきわが身なり 醜のみかみの言葉しげくて 主の神にはばかる由はなけれども 醜の魔神の言葉うるさき 醜神のところを得たる天界に 真の仕組なすは苦しき われも亦ためらひにつつ神業に おくれむ事の口惜しく思ふ 一度の小夜の枕も交へざる わが悲しさを汲みとらせませ やがていま百神達を言むけて 神の依さしの神業に仕へむ 汝が心深くさとりて我は今 悩みの淵に沈みてぞ居る わが胸の焔はしきりに燃ゆれども 瑞の御霊の力に消しつつ 千万に月日を悩めるわが心 覚りて待てよ小夜子比女の神』 小夜子比女の神はまた謡ひ給ふ。その御歌、 『はしたなき吾の言葉を許しませ 恋しさ迫りて宣りし繰り言 この上は岐美を悩まし奉らじと こころの駒に鞭打ち忍ばむ あきらけき紫微天界のなかにして かかる歎きのありと知らざりき 何事も比古遅の神の御心に 任せて静に其の日を待たなむ』 斯く八柱の比女神は、日頃積り積りし思ひのたけを比古神の前に打明け給ひてより、心清々しく改まり大前に朝夕を仕へつつ、天の時到るを待たせ給ふぞ畏けれ。 (昭和八・一〇・一一旧八・二二於水明閣内崎照代謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 15 国生みの旅 | 第一五章国生みの旅〔一八四六〕 火は水の力によりて高く燃え立ち上り其熱と光を放ち、水は又火の力によりて横に流れ低きにつく、之を水火自然の活用と言ふ。火も水の力なき時は横に流れて立つ能はず、水は又火の力なき時は高く上りて直立不動となりて、其用をなさず。霧となり、雲となり、雨となりて、四方の国土を湿すも皆水の霊能なり。火を本性として現れ給ふ厳の御霊を天之道立の神と申すも此の原理より出づるなり。次に太元顕津男の神と称ふるも、水気の徳あらゆる万有に浸潤して其徳を顕すの意なり。故に天之道立の神は紫微の宮居に永久に鎮まりて経の教を宣り給ひ、太元顕津男の神は高地秀の宮に鎮まりまして、四方の神々を初めあらゆる国土を湿ほし給ふ御職掌なりける。故に主の大神は太元顕津男の神に対し、国生み神生みの神業を依さし給ひて、八十柱の比女神を御樋代として顕津男の神に降し給ひ、殊に才色勝れたる八柱の神を選りて御側近く仕へしめ給ひしは、天界経綸の基礎とこそ知られけり。 茲に顕津男の神は天理に暗き百神達の囁きに堪へ兼ね給ひて、尊き神業に躊躇し給ひけるが、主の神の大神宣黙し難く、紫微の宮居に参ひ詣で、天之道立の神に我もてる職掌を𪫧怜に委曲に宣り給ひしかども、素より火の本性を有たす神なれば、顕津男の神の神言を諾ひ給はず、紫微の宮居の百神達も言葉を極めて顕津男の神の行動を裁きまつりければ、茲に御神は深く心を定めつつ、高地秀の宮に帰らせ給ひ、一柱の侍神も伴はず、月光る夜半を独りとぼとぼ立出でまし給へば、白梅の香ゆかしく咲き香ふ栄城山横はる。茲に顕津男の神はほつと御息をつかせ給ひ、栄城山の頂に登りて、日月両神を拝し天津祝詞を奏上し、我神業の完成せむ事を𪫧怜に委曲に祈り給ひける。 顕津男の神は尾上に茂る常磐木の松を根こじにこじ、白梅の香る小枝を手折らせ給ひて松の梢にしばりまし、右手に手握り左手の掌に、夜光の玉を静に柔かに捧げ持たし、松梅の幣を左右左に打振り打振り御声爽かに祈り給ふ。其神言霊は忽ち天地に感動し、紫微天界の諸神は時を移さず神集ひに集ひまして、顕津男の神の太祝詞言を謹み畏み聴聞し給ふ。 『掛けまくも綾に畏き久方の、神国の基とあれませる天の峯火夫の神は、澄みきり澄みきり主の言霊の神水火をうけて、空高くあらはれ給ひ、心を浄め身を清め、いよいよ茲に紫微天界を初めとし、外に四層の天界を𪫧怜に委曲に生り出でましぬ。紫微天界の要天極紫微の宮を見たて給ひ、之を天の御柱の宮となづけ給ひて、天之道立の神に霊界のことを𪫧怜に委曲に任け給ひ、神の御代をば開かせ給へと、次ぎ次ぎ曇る天界の此有様を覧はし、我を東につかはして、高地秀山に下らせつ、茲に宮居を造るべく依さし給へば、ひたすらに畏みまつり、天津国の遠き近きに聳えます、山の尾上や谷々の、茂木の良き木を撰み立て、本打切り末打断ちて、貴の御柱削り終へ、高天原に千木高知りて、我は朝夕仕へまつりぬ。百神達は紫微の宮居に対照して東の宮と呼ばはりつ、伊寄り集ひて大前に、朝な夕なの神嘉言宣り上げまつる折もあれ、主の大神は厳かに、東の宮居に下りまし、国の御柱の大宮と名を賜ひたる尊さよ。茲に主の神もろもろの大御経綸と任け給ひ、あらゆる国を治むべく国魂神を生ませよと、八十柱の比女神を我に下して、御空高く元津御座に帰りましましぬ。我はもとより瑞御霊、一所に留まるべきにあらねば、栄城山の上に今立ちて、四方の神々さし招き、職掌を委曲に、百の神々司神に今あらためて宣り告ぐる。百神達は主の神の、神言をうけし我言葉、𪫧怜に委曲に聞召し、厳の御霊は言ふも更、瑞の御霊の宣言も、浜の千鳥と聞きながさず、心の奥に納めおきて、我神業を救へかし。嗚呼惟神々々、天津真言の言霊もて心の丈を告げまつる』 かく謡ひ終り給へば、百神達は何の答へもなく鰭伏して合掌するのみ。時しもあれや主の神の主の言霊は四方に響き渡り、微妙の音楽非時聞えて、其荘厳さ愉快さ譬ふるにものなし。迦陵頻伽は満山の白梅に枝も撓に集り来りて美音を放ち、鳳凰は幾百千ともなく彼方此方の天より集り来り、栄城山の上空を悠々翔けまはる様、実に最奥天国の有様なりける。 ここに大御母の神は、数多の神々を従へ数百頭の麒麟を率ゐて此処に現れ給ひ、山頂の広場に整列して、顕津男の神の門出を祝し給ふ。茲に顕津男の神は大御母の神の奉りし麒麟に跨り山路を下り給へば、大御母の神を初め百神達は各も各もと麒麟の背に跨り、其他は鳳凰の翼に駕して従ひ給ふ。大太陽の光は益々強く、大太陰は慈光を放ち、清涼の気を送りて其炎熱を調和し給ひ、水火和合の祥徴実現して、紫微天界は忽ち浄土の光景を現じける。再拝。 (昭和八・一〇・一二旧八・二三於水明閣加藤明子謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 29 無花果 | 第二九章無花果〔一八六〇〕 茲に高日の宮の神司太元顕津男の神は、主の神の厳の言霊かかぶりて猛き心の駒立て直し、大御母の神、眼知男の神、味豊の神、輝夫の神を高照山の麓、高日の宮の神司と定め置きて、大物主の神、近見男の神、真澄の神、照男の神を伴ひ、天の白駒に跨がり、国魂神を生まばやと、心いそいそ出で給ふ。 茲に大御母の神は美玉姫の命を、主の大神の御霊と崇め奉り、朝な夕なに心をこめて育てはぐくみ仕へ奉り、其の成人を待ち給ひける。大御母の神は大御前に畏まり貴の言霊唱へ給ひて、八尋殿の清庭に降り、玉の御池に禊を修し給ひ、心も清く朗かに謡ひ給ふ。その御歌、 『久方の空を仰げばかぎりなく 高し広しも神のまにまに 限りなき広き天地に神と生りて われは小さき事をおもはめ 高照の山はいかほど高くとも 天の高さに及ばざるべし 高照の山は非時雲湧きて 水火の呼吸の風光るなり ときじくに花咲き実る高照の 山の姿の雄々しきろかも 屹然と天に聳ゆる高照の 山のいかしき心もたばや 瑞御霊これの聖地を立ち出でで いづれの国に神生ますらむ 謹みて美玉姫の命を育てむと 朝な夕なをおもへば楽しき 瑞御霊姫の命をあとにして 旅にたたせるその雄々しさよ 瑞御霊いまさぬこれの大宮を われは代りて朝夕守らむ 駒並めて瑞の御霊は出でましぬ み空の月の冴え渡る夜を 大前に祝詞白せば清しけれ 主の大神にまみゆる心地す 国を生み神を生ませる神業の 貴のはたらきおもへば畏し われは今心の駒を立て直し 瑞の御霊の神をうべなふ』 眼知男の神は清庭に立ち、禊ぎ終りて謡ひ給ふ。 『玉池の清き鏡に写りたる 月をし見れば岐美の偲ばゆ 天わたる月を写せし玉の池は 瑞の御霊の鏡なるらむ 朝夕を仕へ奉りし瑞御霊 今はいづくの果にますらむ 大御母神の功を今ぞしる 姫の命を育みましつつ みいさをも高日の宮の神司 大御母の神に仕へまつらむ 大御母神は高日の大宮の 貴の三柱けがさじとおもふ 厳御霊いづの教にかたよりて 瑞の御霊を無視せしを悔ゆ 今日よりは心のくもり吹き祓ひ あしたゆふべを神言宣らむ 言霊の幸ふ神の国なれば われ一日だも怠るべけむや 月も日も高照山の神奈備に 仕へて心くもらふべきやは 高照の山に湧き立つ紫の 雲こそ神の心なるらむ 朝夕に月日の光あび乍ら 高照山は紫雲たち立つ』 輝夫の神は謡ひ給ふ。 『朝夕をみたま輝夫の神ながら いつか心のくもらひを恥づ 瑞御霊いまさぬ今日を謹みて この大宮に仕へ奉らむ 清きあかき真の心をみがきつつ 仕へ奉らむ神のみ前に 一日だに厳言霊をおこたらば この国原はくもらひ乱れむ 言霊の力によりて生れし国よ 朝夕べの祈りわすれじ』 味豊の神はまた謡ひ給ふ。 『足曳の山野の木の実も味豊の 神のみ代こそめでたかりける 言霊の光によりて生れませる 天津国なり天津神なり 吾もまた主の神うしはぐ高天の アの言霊ゆ生れし神なり 天界に初めて命生れましぬ 瑞の御霊と比女神のなかに 美玉姫神の命はめづらしも この天界に身体もたせば 想念の世界もつぎつぎ物質と 化して栄えむ言霊の幸に』 天界の現象は意志想念の世界にして、愛の情動に満ちたれば、普く国土は清くすがしく美しく、七色の光彩四方に満ち、山は青く野は平らかに、所々に花爛漫と咲き匂ふ小山散在し、吹き来る風も清く、やはらかく、実に住みやすき境界なり。大御母の神は、眼知男の神、味豊の神を伴ひて、百花匂ふ野辺の遊びを始め給ひ、美玉姫の命を楽しく遊ばせ給ひぬ。美玉姫の命は其の性質怜悧温厚にして、艶美しく肌細やかに、あだかも鳥の玉子の如し。百神達はこの姫命を此の上なく慈しみ且つ敬ひ奉りて、種々の花など取り御手に握らせ奉り、姫命の喜び給ふ笑顔を見て楽しみ居りき。 味豊の神は、野辺に実れる無花果の実を、腕もたわわに毟り来りて、姫命の御前に横山の如く置き足はし、捧げ奉れば、姫の命は細き白き御手を伸ばさせ給ひ、その中の一つを掴みて忽ち口に入れ給ひしに、見る見る御背は長く伸びあがり、御身体は弥太りに太り、今までの幼かりし姫の命は俄に成人してその言霊さへも大人びつつ、側にある三柱の神達を驚かせ給ひしぞ不思議なれ。茲に大御母の神は、美玉姫の命の、見る見る成人し給ひし御姿に驚き給ひて、感嘆のあまり御歌詠まし給はく、 『天晴々々姫の命は無花果の 味豊かさに大くなりましぬ 味豊の神のいさをに無花果の 木の実は清く生れ出でにけり 斯くならば高日の宮の神司 姫の命よわれはゆづらむ 主の神の恵み著けし目のあたり 姫の命は生ひ立ちませり 喜びのかぎりなるかも美玉姫の 命の斯くまで生ひたたすとは』 味豊の神は喜びのあまり手を拍ち、足拍子をとり、花野の中に踊り狂ひつつ謡ひ給ふ。 『天晴々々 主の言霊ゆ生れませる 美玉の姫の命はや 高日の宮は今日の日を はじめとなして弥栄に 栄え奉らむ嬉しさに 手の舞ひ足の踏みどさへ 知らずに吾は踊るなり この神国にただ一人 からたま持たす姫命の 天降りまししは言霊の 厳の力を物質と化し 広き世界の神々を 安く住はせ給はむと 主の大神の神言もて 生れ出で給ひし嬉しさよ 吾は味豊神にして 百の果物五穀 甘き味はひもたさむと 朝夕のけぢめなく 貴の忌鋤忌鍬に この天界をひらきつつ 貴の木の実はややややに 実らひ満ちて果もなく 百の神達朝夕の 御饌たてまつる嬉しさよ とりわけ今日は姫命 わが生り出でし無花果の 木の実をとらせ給ひてゆ にはかに身丈伸び給ひ その顔も大人びて いよいよ宮の神柱と たたせ給はむ目出度さよ 得耐へぬ儘に手を拍ちて 吾は狂ひつ踊るなり 嗚呼惟神々々 恩頼の幸ひし 今日の花野の嬉しさよ 天の御空ゆ降ります 主の言霊に生り出でし 美玉の姫の命こそ これの神国の柱なれ 嗚呼惟神々々 御霊幸ひましませよ』 眼知男の神、御歌うたはせ給ふ。 『おもひきや姫の命は忽ちに 無花果召して伸び立ち給へり 無花果の香具の木の実のいさをしを われ今更にさとりけるかも 主の神の恵みの露のかたまりか この無花果に太り給ひぬ 天高く野辺また広し花の中に 遊ばす姫の命美し』 茲に美玉姫の命は異様の光を放ちながら、花野の中に儼然として立ち上り給ひ、御歌宣らせ給はく、 『吾はしも月の世界ゆ生れましし 神霊なりせば生ひたち早しも 月の露あみて太りし無花果は わが身体を生かす御饌なり 今よりは高日の宮に司とし 天津神国を安く守らむ 大御母神のいさをは天渡る 月の稜威に等しかるべし 味豊の神のいさをぞ畏けれ わがからたまを育み給へば あら尊と眼知男の神なれば これの清庭を見立て給ひし』 大御母の神は再び謡ひ給ふ。 『姫命宣らす言葉のかしこさに 嬉しき涙止めあへぬも 嬉しさに口ごもりつつ言の葉も 出でざるままに黙し居につつ』 味豊の神はまた謡ひ給ふ。 『今日よりは此の神国も安らけく ひらけゆかなむ命の稜威に』 眼知男の神は謡ひ給ふ。 『あら尊と眼知男の神吾は 答への言葉も出でざりにけり いざさらば高日の宮に帰らむと 前に立たせる姫の命よ』 (昭和八・一〇・一七旧八・二八於水明閣内崎照代謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 32 玉泉の月 | 第三二章玉泉の月〔一八六三〕 日向の河の向岸東南方に開けたる 大平原の中心に広くかまへし神館 玉泉郷に導かれ太元顕津男の神は 大物主神真澄神近見男の神照男神 久しき思ひも明晴の神を伴ひやうやくに 河守比女に導かれこれの館に出でたまひ 珍の景色にみとれつつ館の中に入りませば 八十比女神の一柱世司比女に廻り逢ひ 初めて見合す顔と顔互に面はほてりつつ 瑞の言霊のり交し神の依さしの神業に 心を浄め身を清め慎み畏み仕へます 神業ぞ実にも尊けれ此平原の一帯を 東雲郷と称へつつ世司比女と水火合せ 国魂神を生ませつつ鎮まり居ます大神業 𪫧怜に委曲に述べたつる嗚呼惟神々々 主の大神の御守りに古き神代の物語 漏れなく遺ちなく弥広に示させたまへと瑞月が 天恩郷の東なる水明閣に端坐して 畏み畏み願ぎまつる嗚呼惟神々々 霊幸倍おはしませ。 茲に顕津男の神は世司比女の神と共に、常磐木茂る玉泉郷の広き庭園を逍遥したまひつつ、東南隅に立てられし三層楼の高殿に、静々登りて四方の国形覧はせ御歌詠ませ給ふ。 『目路のかぎりこれの大野は紫の 瑞気漂ふ東雲の国よ 此国は土地肥えたれば五穀 ゆたに稔らむ美しの国 高照の山に湧き立つ紫の 雲をし見ればわが魂栄ゆも 見はるかす此国原は東雲の 御空にも似て清しかりけり 国造り神を生まむと立ち出でし 我はうれしも清所を得たり 西南の空に聳ゆる高照の 山にかかれる昼月の光 天渡る月は西より東の 空に進ます神代なりけり 我も亦月の御霊と現れて 国拓かむと東せしかも 天津日はこれの館を光らしつつ 御空の月は世を守ります 主の神の言霊清く凝り凝りて 空に月日は現れましにける わが霊世司比女と水火合せ いよいよ月は満たむとするも』 世司比女の神は欣然として御歌詠はせ給ふ。 『主の神の神言かしこみ此館に けながく待ちし女の子よ吾は 八十日日はあれども今日の佳日こそ 天地開くる喜びにみつ 淡雪の若やる胸をそだだきて 岐美と寝ねなむ夜の毎々を 此館は天の浮橋空高く 神の築きし天の御柱よ 東南に果てなく広く開けたる この東雲の国はさやけし 永久にこれの館に鎮まりて 国魂神を生ませ給へよ 見はるかす大野の果に膨れ膨れ 拡ごる常磐の森の清しも 目路遠く限りもしらぬ国原の 光となりて生れし岐美はも 一夜さの左り右りの契りにて 御子はわが身に宿らせ給へり 此上は赤き心を岐美の辺に 捧げて朝夕仕へまつらむ』 顕津男の神は御歌もて答へ給ふ。 『久方の月の恵の露うけて 早や孕すかいとこやの比女 栲綱の白きただむき淡雪の 若やる胸を抱きてしはや 股長に寝ねし一夜の夢さめて 今比女神とゐ向ひ立つも 東雲の神の国こそ目出たけれ 弥長々に栄ゆる常磐木 常磐木の松と樟との生ひ茂る みくにを彩る百花千花よ 白梅は非時香り無花果は 永久に実りて美し国原 高照の山の緑におくられて わが東雲の公に逢ふかな 浮橋に公と立たして見はるかす この東雲の国は果てなき 昼夜を慎み仕へて主の神の 御霊を守れ御子生まるまで』 世司比女の神は謡ひ給ふ。 『主の神の御霊を宿せし岐美こそは 永久にましませよこれの館に 久方の天の浮橋高殿に 岐美と吾とは国形見るも 村肝の心清めて国形を 見れば扇とひらきたるかも 日向河東北に流れ東雲の 国は東南に果てなく広し 西南に高照山は聳え立ち 日向の河は東北をかぎる 濠々と此国原は湯気立ちて 永久に生きたり勇ましの国よ いざさらば比古遅の神よ浮橋を 下りたまへよ夕近めば』 と先に立ちて、三層楼の高殿を下りつつ、二神は再び庭の清所に出で給ひ、玉泉の傍に立ちて、稍しばし安らひ給ふ。玉泉の清泉は女男二柱の御姿を清くすがしく其儘に写して、鏡の如く澄みきらふ。男神は、夕暮れこの清泉に円満清朗の月の御影浮べるを覧はして謡ひ給ふ。 『久方の御空の月も此水に 写りて清しく輝きいますも 大空をここに写して月夜見は 恵の露を湛へたまふか 仰ぎ見る月にあれども今を見る 月は眼下に輝きたまふ 久方の月の恵の露こそは 汝が御腹に宿りたまひぬ 月満ちてあれ出でし御子の顔は これの鏡に写る月はや いとこやの妹の御姿其ままに 泉の底に立つが清しも』 世司比女の神は謡ひ給ふ。 『水底も天津御空の光ありて 月日渡らふ玉泉かも 清々し岐美の姿の頭辺に 月は笑まひてかからせたまふ 仰ぎ見つうつむきて見つ大空の 月は清しも岐美と吾に似て 天も地も一つになりて月の露 ここに集めし玉泉かな 玉泉に清き姿を写しつつ 玉の神の子宿らせたまへり 高照のみ山のごとく厳めしく 日向の流れの清しき岐美はも』 斯く二神は玉泉の両側に立ちて、御子の宿らせ給ひし嬉しさを祝ぎ給ふ折もあれ、大物主の神は庭の真砂を静に囁かせながら進み来り、恭々しく声朗かに謡ひ給ふ。 『玉泉に立たせる神は月と月 天と地との御姿なるも 久方の御空の月を宿したる これの泉は世司比女よ 常磐木の梢うつして玉泉 かからす月はさやかなりけり 天渡る月も泉に下りまし 露を宿せる目出度き館はも 高照山高日の宮を立ち出でで 玉の泉の月を見るかな 二柱ここに鎮まりましまして 御子を生ませよ星の如くに 大空の星も下りて玉泉に 影漂はせ月を守らせり 吾こそは大物主の神司 この神国を永久に守らむ 比古神の御楯となりて此国に 永久に仕へむ大物主吾は』 顕津男の神は謡ひ給ふ。 『畏しや大物主の神宣 我にかなへり魂に響けり 神生みの業を遂げなば東雲の 国は栄えむ豊栄のぼりに 天津日の豊栄のぼる東雲の 国はさやけし常春の国よ 常春の国の司とまけられて ここに下らす大物主なれ』 大物主は謡ひ給ふ。 『御子生みの神業委曲に終へましし 神の御後をわれは守らむ』 世司比女の神は謡ひ給ふ。 『永久に月の恵の露あびて 御腹の御子を育みまつらむ』 かく各も各も玉泉の傍に立ちて述懐歌を謡ひ終り、静々と奥まりたる御殿に入らせ給ひぬ。 (昭和八・一〇・一八旧八・二九於水明閣加藤明子謹録) |
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霊界物語 | 73_子_太元顕津男の神の物語1 | 35 四鳥の別れ | 第三五章四鳥の別れ〔一八六六〕 茲に顕津男の神は、主の大御神の依さしの神業の其の一部の成りしをいたく喜び給ひ、世司比女の神、日向姫の命の神人を、大物主の神に頼みおき、且つ河守比女の神に厚く謝辞をのべ乍ら、名残惜しくも住みなれし此の館を立ち出でむとして、御歌詠まし給ふ。 『久方の天の高宮いや高に われは仰がむ神生み終へて わが心天津日の如晴れにけり 国魂神は安く生れまし 国魂の神の生れます今日よりは 依さしの神業またも仕へむ 世司比女神に別れてわれは今 南の国に進まむとすも 高照山南にひらく神国は あらぶる神の多しとぞ聞く この館久見ることはあたはじと おもへば寂しきわが思ひなり 日向姫の命よ汝はすくすくに 育ちて国の柱となりませ 日向姫命の御前を離るとも われは忘れじ愛ぐしみにつつ 世司の比女神われに別るとも 歎かせ給ひそ惟神なれば われこそは神国をひらき神を生む 司にしあれば留まり得ずも』 此の御歌を聞くより、世司比女の神は、追慕の念止みがたく、御声を曇らせ乍ら御歌うたひ給ふ。 『みづみづし瑞の御霊の神柱は 幾代ふるともわれ忘れめや 露の間の契と思へば悲しもよ 夜ごと夜ごとを如何に眠らむ 高照の峰より高き瑞御霊 神に別れて何たのしまむ 年月をけながく待ちて逢ひ初めし 岐美ははやくも別れ立たすか 凡神の身におはさねば出でましを 止むる術もわれなかりけり よしや岐美万里の外におはすとも 忘れ給ひそわれと御子とを 日向姫命を育て岐美の前に 捧げむよき日なきぞかなしき』 大物主の神は御歌うたはせ給ふ。 『二柱神の心をおしはかり われは涙にくれにけるかも 斯る世にかかる歎きのおはすとは 夢にもわれは思はざりしよ この上は御子を守りて比女神に 安く仕へむ岐美出でまさね 比女神のあつき心を知りながら 出でます岐美を雄々しとおもふ』 河守比女の神は謡ひ給ふ。 『この上は神の神業よ妨げじと 思ひ直しつ名残惜しまる 玉泉湧き立つ清水真清水は 岐美の姿を永久に浮べむ 二柱向ひ立たして御姿を うつし給ひしことを忘れじ 月も日も朝夕浮ぶ玉泉 忘れたまひそこれの真清水 大空の月も宿らす玉泉 岐美の姿のうつらであるべき 常磐木の松の梢の色ふかみ 岐美の御ゆきを送る今日かも 万年の齢たもてる大幹の 楠の梢は露垂らしつつ 楠の木の葉末の露は岐美を送る まことのしたたる涙なるかも』 顕津男の神は暗然として両眼に涙を湛え乍ら、ひらりと馬背に跨り御歌詠まし給ふ。 『足曳の山の百草八千草も 露にうなだる神代なりにけり 東雲の国は広けし比女神よ 心くばりて安くましませ 住みなれしこれの館に別れ行く 苦しき我の心をさとらせ 朝夕に御子の声聞きし楽しさも 今日より聞き得ず我は淋しも いざさらば名残は尽きじ神たちよ 国つくるべくわれは立たなむ』 と謡ひ給ひて、馬背に鞭ち神姿勇しく玉泉郷を立ち出で給ふ。世司比女の神は御後見送りながら、ハツとばかりに泣き伏し給ふ其の真心ぞあはれなりけり。大物主の神は御後遥かに見送りながら、 『天晴々々貴き瑞の御霊はや 只一柱大野を馳せます 紫の瑞気ただよふ東雲の 広き国原独り進ますも 瑞御霊これの館に現れまして 命生みませし事の畏き 千万のなやみに耐へて瑞御霊 国つくります神業尊し 百神の醜のさやぎをよそにして 国つくります雄々しき神よ 大空にかがやく月の光澄みて 玉の泉はかがやきにけり 瑞御霊これの館にまさずとも この玉泉を御霊と仰がむ 村肝の心淋しき夕ぐれは 玉の泉の月を仰がむ せめてもの岐美の名残と玉泉 夕べ夕べを仰ぎまつらな』 世司比女の神は、やうやう心をとり直し儼然として立ち上り、玉泉の前に近寄り御歌詠まし給ふ。 『永久に澄みきり漂ふこの泉は 瑞の御霊か月宿ります 比古神のこれの館にまさずとも 玉の泉はわれをなぐさむ 仰ぎ見れば空に月読俯して見れば 玉の泉にやどらす月かげ 久方の御空を渡る月読の 御霊にそひて御子を生みけり この御子はいたづら事に生れ出でし 命にあらず神の御霊よ 駿馬に鞭ち出でし比古神は 今やいづこを駆りますらむ わが霊は岐美の乗らせる駿馬に いそひて行くも月照る野辺を 夢現露のちぎりの岐美送る 今日の夕のはかなき思ひよ 村肝の心を洗ふ玉泉 うつらふ月はわが命かも』 河守比女は御歌詠ませ給ふ。 『雄々しくも神の御業に仕へむと 妻子をあとに岐美立ちにけり ただ一人果しも知らぬ国原に 鞭たす岐美の雄々しさおもふ 雄々しくも優しくませし瑞御霊 かたみと泉に月を浮かせり 今よりは日向の姫の命をば 育みまつり国を治めむ 大物主の神の御稜威に日向姫 国の柱と生ひ立ちまさむ』 いづれも述懐の歌詠み給ひつつ、主の立ち出でし館に神言を奏上し、其の夜は淋しく語り明し給ひけるが、比古神を恋ふる心の愈々深く悲しく、世司比女の神は東雲の空近く、三層楼の高殿に登り、南方を遥かに打ち見やりつつ御歌詠まし給ふ。 『天晴々々雲のあなたに出でましし 岐美はいづらぞ心もとなや むらさきの雲は南にたなびけり ああこの清しき紫の雲はや 東雲の国魂神を生みおきて 雄々しき岐美は立たせけるかも 恋ほしさの心は同じわが岐美の あつき心を愛しとおもふ ままならば瑞の御霊と諸共に いづくの果も照らさむものを 南の空にかがやき給ふべく 岐美ははろけく出でましにける かりごもの乱れ果てたる国原を 治めますらむ岐美の稜威は 岐美は今いづらの空を駈けますか われは恋しもあとに残りて 比古神に再び逢はむ術もなき わが身とおもへばひたに悲しも 愛善の光に満つる神代にして かかる歎きのありと知らざりき 村肝の心の駒をたて直し われは歎かじ神の御前に なげかへばひたに曇らむ国原と おもひあきらめ世に生きむかも 主の神よ瑞の御霊の行先に 幸あれかしと守り給ひね』 世司比女の神は、一切をあきらめ給ひ、高殿を降りて玉の泉に禊しつ、是より二柱の神と共に朝夕心を配り、力を合せ、御子を守り育て、東雲の国を千代に八千代に守り給ひしぞ畏けれ。 (昭和八・一〇・一八旧八・二九於水明閣内崎照代謹録) |
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霊界物語 | 74_丑_太元顕津男の神の物語2 | 12 森の遠望 | 第一二章森の遠望〔一八八〇〕 ⦿の言霊に澄みきりし真鶴山の頂上に 顕津男の神はじめとし百神等は立たせつつ 遥かに遠き西の国輝き澄める玉野湖の 水にうつらふ日月の光は鏡の如くなる 其の光景を打ち眺め美しき国よと宣らしつつ 瑞の御霊を先頭に白馬に跨がりとうとうと 緩勾配の坂道を下らせ給ふぞ勇ましき 駒の嘶き蹄の音轡の響もがちやがちやと 風に頭髪梳り玉野湖さして進みけり。 顕津男の神は、馬上ゆたかに歌ひ給ふ。 『月日は天に輝きつ 国原隈なく照しまし 吹き来る風もかんばしく 梅の花香のただよひつ 進むも楽しき玉野森 真鶴山を後にして 神国をひらき神を生み 真鶴国を生かさむと 百神等に送られて 大野ケ原を進むなり 葭葦茂るこの国土は まだ地稚し言霊の 水火を合せてすがすがに 神の神業に仕ふべし。 見渡せば大野の奥に鏡なす 玉野湖水に月日浮べり こんもりと老樹の森の繁りたる 清庭に行かむ比女神いませば 生代比女心の曇り晴れにけむ わがゆく道は空晴れにつつ わが駒の蹄の音も勇ましく 美波志の神の幸に進むも 主の神の依さしの言葉そむかじと 国の八十国廻る旅なり』 遠見男の神は御歌うたひ給ふ。 『瑞御霊神の御供の清しさよ 玉野の鏡行手に横ふ 月も日も浮びて清き玉野湖は 岐美を待たせる比女神の心か 道遠み駒ははやれどすくすくに 進まぬ旅をもどかしみ思ふ いざさらば駒の手綱を引きしめて 一鞭あてて駆け出さむかな 瑞御霊岐美の姿の雄々しさは 常磐の松のよそほひなるも 真鶴の山は後にかすみたり 国中比古の神如何ますらむ 黒雲に包まれなやみし真鶴の 山に学びし言霊の幸を』 圓屋比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『月も日も圓屋の比古のまるまると 高く照らせり真鶴国原 進み行く玉野の森は遠けれど 駒の力に安くいたらむ 月も日も波間に浮ぶ玉野湖の 清きは岐美の姿なるかも 久方の月日のかげを浮べたる 湖水は瑞の御霊なるらむ 白梅の薫ゆかしき国原を 駒たて並べ進むたのしさ 真鶴の山はつぎつぎ影遠み わが目路さへもとどかずなりぬ 真鶴山遠くかすみて玉野森 つぎつぎわが目にしるくなりぬる 瑞御霊進ます道に幸あれと 吾は祈りぬ後姿拝みつ 駿馬の蹄の音も勇ましく 進む今日こそ国土生みの旅 国土生みの旅の門出を天地は 寿ぎ給ふか澄みきらひつつ 玉野比女見合ひます日の近づきて 吾も勇みぬ駒も勇みぬ 野辺を吹く風やはらかに瑞御霊 御髪を撫でて薫りゆくかも 葭葦の生い茂るなる国原を 出で立つ今日の旅はさやけし さらさらと葉末に渡る風の音も 岐美の旅立ち寿ぐがに聞ゆ 見の限り墜居向伏す白雲の 果さへ神の言霊生くるも』 多々久美の神は御歌うたひ給ふ。 『天地にタタの言霊組み合ひて 生り出でにけむ玉野の森は わが駒は勇みに勇みわが魂は 清みに清み心安き今日 瑞御霊旅に立たする今日の日は 天地清しく晴れ渡りぬる 清きあかき正しき神の言霊に 晴れ渡りけむこれの天地は つぎつぎに国土生み神を生ましつつ 荒野を拓かす岐美ぞ畏き 気永くも岐美を待たせし玉野比女は 今日の生日を寿ぎますらむ 吾は今駿馬の背に跨りて 葭葦茂る大野を走るも わが駒は言霊の水火に生れし駒 永久に疲れず進み行くなり』 宇礼志穂の神は御歌詠ませ給ふ。 『玉野森いやつぎつぎに近まりて 嬉しも吾は心浮き立つ 玉野湖に清く浮べる夕月は わが魂線を洗ひ清むる 日ならべて岐美の御供に仕へつつ 出でゆく旅のたのもしきかも 天地に如何なる曲のさやるとも 吾はくやまず宇礼志穂の神 歓びの天津国なり愛善の 紫微天界よ何を歎かむ わが駒は鬢振ひ勇むなり 嗚呼雄々しかる姿よ嬉しき 歓びの満ちあふれたる天界に 生れし幸を吾は嬉しむ 楽しみと喜びの果てぬ神の国に 吾は勇みて神業に仕へむ 大空は蒼く澄みきり国原は 花匂ひつつ吹く風涼しき 駿馬の脚早けれど出づる汗の 風にはらはれ清しく行くも こんもりと大野の奥に青みたる 玉野の森の眺めさやけし』 美波志比古の神は御歌うたひ給ふ。 『浮脂なすただよへる真鶴の 山を生ませる御稜威畏し 真鶴の山は離りて見えずなりぬ 道の隈手も遠く来にけむ 見はるかす国土の大野に鏡なして 光れる水は玉野湖はも 吾は今瑞の御霊に従ひて 心清しく進み行くなり 大野吹く風も穏いに薫りつつ 今日の旅路は楽しかりけり 久方の天清らけく澄みきらひ わが行く国土は風も清しき 叢に鳴き立つ虫の声聞けば 岐美の出で立ち寿ぎにつつ 真鶴は翼を天にうちながら わが行く頭上をかけめぐるかも 葭葦の狭間に白き鷺の群 わが駒の音に驚きて立つも 並び行く駒の脚並勇ましき 揃ひも揃ふ十一柱神よ 国土つくり神を生ますと出でませる 今日の御供は心清しも 村肝の心正しく清く持ちて 岐美に真言を捧げ奉らむ 大河をいくつ渡らひ荒野越え 今日は清しき森かげを見つ 月も日も星の光も冴えに冴え 澄みに澄みきる真鶴の国よ』 産玉の神は御歌うたひ給ふ。 『御子生みの神業助けむ産玉の 神の神言のあらむ限りは 国土を生み御子を生ませる神業を 産玉の神あななひ奉らむ 見渡せば四方の大野は清らけく 美しく広く限り知られじ ひろびろと果しも知らぬ稚き国土を つくらす岐美の功尊し 青雲の壁立つ極み白雲の 墜居向伏す限りは神国 天界の国魂神を生み給ふ 神に従ひわが来つるかも 神業は広し遥けし天界の 弥果までも御供仕へむ 顕津男の神の神姿後より 拝み奉れば光なりけり この稚き真鶴国の花となり 光となりて出でます岐美はも 国遠み荒ぶる神のささやきは 野の末までも響かひにけり 瑞御霊貴の言霊宣りまして 百の醜神まつろひ給へ 吾も亦瑞の御霊の御尾前に 仕へて瑞の言霊宣らむか わが駒は鬣高く振り乱し これの大野を勇み行くかも 百神も勇み給ひて言霊の 御歌詠ませる今日ぞ目出度き』 魂機張の神は御歌詠ませ給ふ。 『たまきはる生命保ちて今日の日の 御供に仕ふと思へば楽しも 永久の生命保ちて国土を生み 神生み給ふ神業守らむ 言霊の水火の命の幸ひて 紫微天界は永久に栄えむ 魂機張神の神言は玉野湖の 神を言向け和さむと思ふ 真鶴の山の黒雲晴らしつつ 生代の比女は湖水にひそめり 生代比女の潜める湖水も波凪ぎて 鏡の如く月日浮べり 常磐樹の空を封じてそそり立つ 玉野の森はいよいよ近し 玉野比女瑞の御霊の出でましを 湖畔に立ちて待たせ給はむ 駒の脚にはかに早くなりにけり 神の神業のいそぎけるにや』 結比合の神は御歌詠ませ給ふ。 『天地の神の御水火の結び合せ みもとに仕ふる今日ぞ嬉しき 玉野比女の清き御魂とわが岐美の 御霊を結び合せ守らむ 玉野湖の水底深く潜みたる 神を神国にのぼらせ救はむ 一きれの雲片も無き今日の空を 進む大野は風も清しき 勇ましき瑞の御霊の出でましに わが駿馬も勇み立つなり わが駒の蹄の音もかつかつと 聖所に進む今日の旅立ち 茅草の露をあびつつ一夜さを いねし思へば楽しき今日なり 夕されば玉野の森に宮柱 建たせる館に進まむ嬉しさ』 美味素の神は御歌詠ませ給ふ。 『黄昏にはや近づきてわが駒は 行手急ぐか勇み出でけり 玉野湖に写れる月日のかげさへも 光やはらぎ夕近みかも そよそよと科戸の風はわが面を 清しく吹きて黄昏れむとすも 夕近み草葉にすだく虫の音も 一入高く聞え来にけり 愛善の天津神国に生れあひて 永久に生く身は楽しかりけり』 真言厳の神は馬上より御歌うたひ給ふ。 『山鳥の尾のながながと野路越えて はや黄昏となりにけらしな 目路近く玉野湖横はり 水の面に浮く白鳥の影 白鳥は清しき影をさかしまに 写して遊ぶ夕暮の湖 空蒼く水また青きこの湖に 染まず浮べる白鳥のかげ この広き玉野湖水を渡り給ひて 進み行かむか玉野森まで 黄昏となれども御空の月かげは 弥ますますも輝き給へり』 茲に顕津男の神の一行は、長途の旅を続けたる夕、玉野湖畔にやうやく着き、息を休め、駒を休ませ、彼岸に青き森影を打ち見やり乍ら、清しく佇ませ給ふ。 (昭和八・一〇・二三旧九・五於水明閣内崎照代謹録) |
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霊界物語 | 74_丑_太元顕津男の神の物語2 | 26 総神登丘 | 第二六章総神登丘〔一八九四〕 顕津男の神、玉野比女の神等は、本津真言の神の化身に驚き給ひしが、又もや力充男の神の天の高鋒の神の天降りませる化身に驚きを新しくし給ひ、わが霊線のいたく曇りたるを恥ぢらひながら、玉の宮居の聖所にうづくまりつつ、御歌詠ませ給ふ。 顕津男の神の御歌。 『天晴れ天晴れ真鶴国を固めむと 二柱神天降りましぬる わが霊は曇らひにけるか二柱の 化身をしらですましゐたりき 毛筋程の隙間もあらぬ天界の 神の神業ぞ畏かりける 地稚きこの国原を固めむと 主の大神の天降りませしよ 有難し辱なしと申すより わが言の葉は出でざりにける 月も日も清く照らへる玉野丘に われ面はゆくなりにけるかも かくの如曇れる霊を持ち乍ら 国土生みの業をおぼつかなみ思ふ 主の神の功によりて真鶴の 国土固めばや霊を清めて かくまでも尊き神の経綸とは 悟らざりけり愚なる我は 今よりはわが霊線を練り直し 勇み進まむ国土生み神生みに 果てしなきこの国原を詳細に 固めむ業の難きをおもふ 畏しや本津真言の大神は 主の大神にましましにける 高鋒の神は聖所に天降りまして わが霊線を照らさせ給ひぬ 久方の御空は清く輝けり 仰げばわが霊恥づかしきかも 遠見男の神を見捨てて玉野丘に 登りし我の霊は曇れり 神々を丘の麓に残し置きし わが過をいま悔ゆるかも 今よりは心を清め身を清め 麓の神を導き来らむ』 玉野比女の神の御歌。 『本津真言の神の言葉を諾ひて 吾は百神を残し置きしはや 瑞御霊神の罪にはあらざらめ 本津真言の神の御心 二柱天津高空ゆ降りまして これの聖所を照らさせ給ひぬ 常磐樹の松にかかれる月光も 昼なりながら清しかりけり 天渡る日光も清く月光も 冴えにさえたり今日のいく日は 二柱神の神言を畏みて われ百神と国土造らばや 迦陵頻伽ときじくうたひ聖所の 鶴は神代を寿ぐ今日かも 白梅の薫り床しくそよ風に 送られ清し玉の宮居は 白梅は玉の宮居を封じつつ 松の樹蔭に神代を薫れり 草の蔭に虫の声々さえさえて 常世の春を迎はしむるも この丘に瑞の御霊の生れまして 輝き給ふ国土生み嬉しも』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『生代比女いくよの末も常磐樹の 松に誓ひて世を守るべし 底深き玉野湖水の心をば 岐美に捧げて御子を守らむ 真鶴の山は雲間に聳ゆれど 岐美の功に及ばざるらむ 瑞御霊生言霊に生り出でし 真鶴山に生れし吾はも 吾こそは瑞の御霊の言霊の 水火に生れし比女神なるぞや 国魂の御子を詳細に生み了へて 又真鶴の神となるべし 白砂を踏みさくみつつ白駒に 跨りて来し玉野森清し 玉野丘黄金の真砂踏みしめて 尊き神の御声聞きたり 主の神の深き恵にうるほひて 吾貴の御子孕みたるかも 目路の限り白雲霞む真鶴の 国をひろらに拓きませ岐美よ わが魂は真鶴山に鎮りて この神国を永遠に守らむ 吾は今気体なれども御子生まば 又霊体となりて仕へむ 御子生むと吾は気体の身と変じ 岐美を恋ひつつ仕へ来しはや 吾恋は幾万年の後までも 天地とともに亡びざるべし 愛善の紫微天界に生くる身も 恋故心の曇りこそすれ 恋故に心は光り恋故に 心曇るぞ浅ましの世や』 待合比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『神々の生言霊を清らかに 聞く今日の日は楽しかりける 久方の天津御空の神の声を 居ながらに聞きし幸をおもふも 智慧証覚足らはぬ吾も天津神の 神言ほのかに聞きし嬉しさ 三柱の女男の神等に従ひて われ永久に守り仕へむ』 かく御歌うたひ給ふ折しも、御空を封じて、幾千万とも限りなく、真鶴は玉野丘の空高く、左より右りに幾度となくめぐりめぐり、清しき声を張り上げて、神代の創立を寿ぎ乍ら、庭も狭きまで聖所の上に下り来つ、各も各も頭をもたげて、天津高宮を拝する如く見えにける。 玉野丘の麓には、遠見男の神を初め、圓屋比古の神等九柱は、己が魂線の曇りたるを悔い給ひて、玉の泉に身を清め、言霊の水火を磨き澄ませつつ、瑞の御霊の招き給ふ時を待ち給ひ、各も各もに御歌詠ませ給ひぬ。 遠見男の神の御歌。 『梅薫る玉野の丘に登りましし 岐美の音信聞かまほしけれ わが魂は曇りにくもり言霊は 濁りて神丘に登るよしなし 恥づかしきことの限りよ玉野丘の 麓に吾は捨てられにけむ 遠の旅御供に仕へて今となり 吾恥づかしき憂目に逢ひぬる 繋ぎ置きし駒にも心恥づかしく なりにけらしな言霊濁りて 玉泉に御魂ひたして洗へども 智慧の光の暗きをおそるる 真鶴は常磐の松の梢高く 長閑にうたふ玉野森はや 真鶴の翼ありせば吾も亦 この玉野丘に登らむものを 南方の国を治らせとわが岐美の よさしの言葉如何に仕へむ 生代比女神を魔神と思ひしに これの神丘に登りましける いぶかしも生代比女神のすたすたと 振り向きもせず登らせにける 生代比女の曇れる魂に比ぶれば なほわが魂の濁り深きか いや広き紫微天界の中にして 吾恥づかしく心をののく 世をおもふ清けき胸の高鳴りに もだへて夜半を泣きつ戦きつ 国土生みの御供に仕ふる道なくば 野辺吹く風となりて亡びむか 歎くとも詮術もなきわが身かな 瑞の御霊に遠ざかりつつ』 圓屋比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『遠見男の神よなげかせ給ふまじ 神の試練とわれは喜ぶ いと清く正しく広く真鶴の 国の司とならむ汝が身ぞ 汝こそは瑞の御霊のよさしたる この国原の司なるぞや 真鶴の国を𪫧怜に生み了へて 汝は永遠に鎮まるべき身よ 主の神の天降りましたる丘なれば 今しばらくを待つべかりける 主の神の御許あれば吾は直に この神丘に登らむと思ふ』 宇礼志穂の神は御歌詠ませ給ふ。 『とにもあれかくもあれかし玉野森に わが来しことを嬉しみおもふ 徳未だ全からぬを主の神を 拝まむ事の恐しとおもふ 月も日も御空に清く輝ける この神森にいねし嬉しさ 歓びの光に充つる玉野森を 吾嬉しみて魂をどるかも 嬉しさの極みなるかも玉野森の これの聖所に来りし幸よ』 美波志比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『瑞御霊神に別れて一夜を 月に照らされ心ときめきぬ やがて今主の大神の言霊に みはしかからむ玉野の丘に みはしなき山に登らむ術もなし 今しばらくを待たせよ百神 国土造る神の神業よ安々と この神丘に登り得べきや』 産玉の神は御歌詠ませ給ふ。 『やがて御子生れます日まで産玉の 神吾ここにひかへまつらな 真鶴の声高々と聞ゆなり 主の大神の帰りますにや 迦陵頻伽白梅の梢になきたつる 声は神代を寿ぐなるらむ 白梅の薫り床しきこの森は 主の大神の天降らす聖所か 月も日も松の繁みに閉ざされて 砂に描ける樹洩陽のかげ わが力未だ足らねば森かげに ひそみて待てとの神慮なるらめ』 魂機張の神は御歌詠ませ給ふ。 『たまきはる生命の神と現れて われは守らむ御子の生命を ここに来て心清しくなりにけり この神丘に登り得ねども この森は紫微天界の写しかも 見ることごとは輝きにけり』 結比合の神は御歌詠ませ給ふ。 『二夜の禊終りて吾は今 結び合せの神業に仕へむ 天と地と神と神とを睦じく 結び合せて神代を守らむ いや広く常磐樹繁る玉野森に 梅の香清し神います苑は 玉野比女神の鎮まるこの丘の 輝き強しわが目まばゆく この上は主の大神の御心に 任せまつりて時を待つべし 何事も神の心のままなれば われ一言も言挙げはせじ』 美味素の神は御歌詠ませ給ふ。 『美味素の高天原より下ります 主の大神の功尊き 主の神の霊の光に包まれて 夜も明るき玉野森はや 月光は御空に高く冴えにつつ 松を透して吾等を照らせり 白梅の花のよそほひ見るにつけ 玉野の比女の偲ばれにける』 真言厳の神は御歌詠ませ給ふ。 『はろばろと岐美に仕へて吾は今 玉野の森の月に照らさる 真鶴の国土を造ると言霊の 水火清めたり玉の泉に 主の神の天降り給ふと聞く丘に 真鶴の声高く聞ゆる 主の神の生言霊を畏みて 此処に来つるも国土造るとて 常磐樹の松苔むして天津空 閉せる森に歓びあれかし』 かく神々は述懐を歌ひ給ひ、時を待たせる折もあれ、太元顕津男の神は、玉野比女の神、生代比女の神、待合比古の神、其他数多の神々を従へて、悠々と丘を下り、諸神に敬意を表し給ひ、再び丘の上に一柱も残らず導き給ひ、いよいよここに国土生みの神業に、諸神力を合せて、従事し給ふ事とはなりぬ。ああ惟神霊幸倍坐世。 (昭和八・一〇・三一旧九・一三於水明閣林弥生謹録) |
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霊界物語 | 75_寅_太元顕津男の神の物語3 | 05 山上の祝辞 | 第五章山上の祝辞〔一八九九〕 顕津男の神、玉野比女の神を始め、百の神等は生言霊の功によりて、真鶴の国の広き国原豊けく膨れ上り、玉野湖水の底ひまで水乾きて、土地はいよいよ高く空に伸びたち、横に拡ごり膨れ膨れて果しなき光景を目撃しながら、喜びのあまり玉野宮居の聖所に立たせ給ひて、各自主の大神の洪徳を感謝しつつ、よろこびの御歌詠ませ給ふ。 顕津男の神の御歌。 『久方の天津高宮ゆ天降ります 神の功に国土うまれたり はしけやしこの国原を眺むれば 目路の限りは湯気立ちのぼる もやもやと湯気立ち昇り国原は かわき固まり栄えむとするも わが立ちし玉野の丘の聖所 膨れあがりて高根となりぬる 高照の山の高きに比ぶべき 玉藻の山の稚々しもよ 山稚く地柔かにありながら 常磐の松はみどりいやます 白梅の花のかをりの芳しさは 主の大神の御旨なるかも 真鶴の千歳の栄えを寿ぐか 九皐に鳴く鶴の音清しも 紫微の宮立ち出で吾は方々の 宮に侍りて細し国土生みぬ つぎつぎにわが言霊は清まりて うまし神国は生れたりける 国魂の神生む神業慎みて われは来つるもこれの聖所に 宮柱太しきたてて永遠に 鎮まりいます主の宮居はも 幾万劫の末の神世のかためぞと われ雄健びの禊せしはや 振魂の禊伊吹の禊まで 我は委曲に行ひしはや 雄詰の禊の神業に玉野丘の 霊は笑みて山となりぬる 鳥船の禊畏み玉泉に わが言霊を甦らせり 玉泉万丈の滝と落ちたぎつ 四方に響かふ言霊さやけし 言霊の天照り助け幸へる 国土となりけり稚き真鶴は 地稚き真鶴の国は言霊の 伊吹と禊にひろごりにける 有難し尊し天之峰火夫[※「峯火夫」という表記が多いが「峰火夫」という表記も第75巻以降に少し使われている。]の 神の功に国土造りをへぬ 久方の天津高宮の主の神は 天降りまして我を救ひませり 瑞御霊如何に言霊清くとも いかでなるべき此国原は 主の神の清き御稜威を蒙りて 我は正しく国土を生めりき 真言厳の神は正しく厳御霊 天之道立神におはせしか 厳と瑞の言霊の水火合はざれば この美国は生り出でざるべし 久方の天之道立神の功 隈なく悟りし今日ぞ嬉しき 千万里駒に跨り玉野森に 進みて永久の国土を生みしよ 真鶴の国は𪫧怜に生れましぬ いざ国魂の神よ出でませ』 真言厳の神は御歌詠ませ給ふ。 『久方の天津高宮の主の神の 神言のままにわれは天降りつ 瑞御霊国土生みの神業助けよと 神言かしこみ吾は来つるも 紫微天界開けし昔ゆかくの如 目出度き例はわれ聞かざりき 千代八千代万代までも栄えかし 常磐樹しげる真鶴の国は 瑞御霊来まさむ先に主の神の 神言のままに待ち居たるかも 目路はるか遠の国原見渡せば 瑞光輝き紫雲たなびくも 紫の雲のとばりを押し分けて 天津日の神かがやき給ひぬ 昼月のかげはさやかに大空に かかりて今日の喜び寿ぎませり 天地も揺り動きつつ真鶴の 国土は常磐に固められける アオウエイの生言霊の生みませる 伊吹の風の音の強しも サソスセシ生言霊の御稜威より 恵の雨は降りしきりたり パポプペピ生言霊は雷と なりて天地に響き渡れり 雷の厳の雄健び雄詰に 四方の醜雲散り失せにける 東より西に閃めく稲妻の いとはやばやと国土は生れし 見の限り葭と葦との茂りたる 国土は忽ち稲田となれかし 八束穂の稲種普く蒔き足らはして 神のいのちを永久につながむ 樛の木のいやつぎつぎに国土生みの 神業を仕へて神国を守らせむ』 玉野比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『久方の主の大神の神言もて われ玉野森に気永く仕へし 朝夕に生言霊は宣りつれど かかる例はあらざりにけり 二柱天津高宮ゆ降りまし 厳と瑞とに国土は生れけり 厳御霊瑞の御霊の水火合せ 生ませる国土の清しくもあるか 今日よりは真心の限りを主の神に 捧げまつりて国土造らむかも 水清き玉の泉に朝夕を 禊のわざに仕へ来しはや 朝夕に洗へど濯げどわが魂の 時じく曇るを恥づかしく思ふ 一日だも禊のわざをつとめずば ただちに曇る霊魂なりけり 時じくの香具の木の実の主の霊ゆ 生れし吾もにごるをりをり 大神の生言霊に生り出でし 天津祝詞の功たふとし 大前に朝な夕なを太祝詞 白せば清しわが玉の緒は 幾年もこの神国に生き生きて はてなき神業に仕へまつらむ 足引の山はあちこちに生れ出でぬ 地を固むる神の経綸に あらがねの地は総てのものの生命 永久に生ませる御手代なるも 見渡せば紫の雲たなびきて 神世の栄えを彩りにけり』 生代比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『真鶴の山に生れてわれは今 これの聖所に岐美と立つかも 惟神俄に恋しくなりしより 瑞の御霊に水火合せけり 水火と水火合せて御子を孕めども 怪しき心はつゆだに持たず 一柱御子生れませしあかつきは 真鶴山に一人住むべし 国中比古神の神業を朝夕に 助けまつりて神国を開かむ』 近見男の神は御歌詠ませ給ふ。 『顕津男の神の御尾前近く仕へ この喜びにあひにけらしな 南の国を知らせとのたまひし 瑞の御霊の言葉かしこし 真鶴の国生り出でし今日よりは 御子を助けて永久に仕へむ 玉野比女の心つくしの功績を 今目のあたり見るぞかしこき 生代比女の御腹にいます貴御子の 国魂神とならすたふとさ 真鶴山玉藻の山の神社に 天かけりつつ仕へまつらむ 天翔り地駆りつつ真鶴の 国土の栄えを永久に守らな 天界は愛善の国土よろこびに 満てる神国と漸く悟りぬ 曇りたるわが魂線は愛善の 国の光をおぼろげに見し おぼろげにわが見し紫微の天界は いよいよ明くきよく見えたり』 圓屋比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『玉野湖の百のなやみを乗り越えて 瑞の御霊は国土生ましませり 一時は如何になるかと危ぶみし 心づかひも夢となりける かくのごと深き経綸のあらむとは 圓屋比古われさとらざりける 高地秀の峰とひとしき高山の 尾の上に立ちて見る国土さやけし 玉藻山千条の滝のしろじろと 落ちたぎちつつ言霊響くも 玉藻山滝の水音響かひて 曲神たちは眼醒まさむ 五日目に風は吹けかし十日目に めぐみの雨は降れかし神国に 雨も風も神国の栄ゆる基ぞと 思へば尊し科戸辺水分の神』 宇礼志穂の神は御歌詠ませ給ふ。 『久方の雲井に高く聳えたる 玉藻の山は紫微の宮はも 玉藻山尾の上に建ちし大宮は 紫微の宮居に等しかるらむ 主の神の天降りますなる大宮は 雲井の上にそそりたつかも 玉野丘は次第々々に高まりて 今は雲井の上に立たせり 目の下に湧き立つ八重雲いとほして 下界に天津日かげはさせり 玉藻山尾の上に仰ぐ月かげは 一入さやけく思はるるかな 吾駒はいかがなしけむ森の外の 並木に永久に繋ぎ置きしを 言霊の水火に生れます白駒の 行方思ひて安からぬかも』 かく歌ひ給ふ折もあれ、玉野森の外廊遠く繋ぎ置きたる駒は、玉藻山の膨脹とともに大地膨れあがり、山の七合目あたりに清く嘶き居たりしが、宇礼志穂の神の生言霊に感じけむ、蹄の音もかつかつと、山の傾斜面を真白に染めて、単縦陣をつくり、神々の前に駆けのぼり来つ、新しき神国を祝する如く、声もさはやかに嘶きける。 宇礼志穂の神は再び御歌詠ませ給ふ。 『めづらしもわが言霊の澄みぬるか 言下に駒はあらはれにけり 駿馬の嘶き清し新しき 国土の生れを寿げるにや 主の神の七十五声のみいきより 生れし駒ぞたふとかりける』 (昭和八・一一・三旧九・一六於水明閣白石恵子謹録) |
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霊界物語 | 75_寅_太元顕津男の神の物語3 | 13 鶴の訣別(二) | 第一三章鶴の訣別(二)〔一九〇七〕 太元顕津男の神は白駒に跨り、西方の国土を指して、御子生みの神業に立たむとし給ふや、玉野比女の神は御馬の轡を片御手に採り、片御手に御盃を捧げて訣別を惜しみつつ、御歌詠ませ給ふ。 『天晴れ天晴れ岐美は今旅に立たすかも 玉藻の山の御前に仕へむ吾は淋しも 惟神神の経綸と思へども あまり本意なき今日の訣別よ 栄え行く国土の秀見つつ出で立たす 岐美の心を愛しとおもへり 立ち別れ出で行く岐美を懐かしみ 燃ゆる心を消すすべもなし 何事も主の大神の御心と 思へど苦しき訣別なるかも 白梅の花白々と匂へども 岐美なき春は淋しかるらむ 真清水に心清めて岐美が行く 道の隈手の幸を祈らむ 八洲国水火を凝らして国土を生み 御子生ます岐美の雄々しくもあるか 若草の妻は彼方此方岐美を待てど 忘れ給ふな玉野の比女を 生代比女神は国魂神の御子 育くみながら岐美慕ひまさむ 霧立ちて玉藻の山の中腹に 迷ふを見ればわれはかなしも 白雲の向伏す彼方の稚国土に 立たさむ岐美を思へば悲しも 千早振る神も諾ひ給ふらむ 今のかなしきわが心根を 西方の国土は曲神沢ありと 聞けば一入岐美をあやぶむ 昼も夜も岐美のみゆきに幸あれと 吾は祈らむ玉野宮居に 瑞御霊進まむ道に仇神は なしと思へど心もとなき 幾千代の末の末まで岐美の神業 幸くあれかし栄えあれかし 玉泉滝となる世のためしあり 再び会はむ日こそ待たれつ 美しく国土生み御子を生みをへて 岐美は立たすも西方の国土に 国土稚く国魂の神稚くして 旅に立たする岐美ぞ畏き 主の神の神言畏み片時も 心ゆるめぬ雄々しき岐美よ 月も日も岐美の行手を照らしつつ 貴の神業をたすけ給はむ 奴羽玉の闇迫るとも月読の 神は岐美の辺照らし給はむ 降る雨も雪霜霰も心せよ 国魂生ます岐美の旅路を むつまじく仕へ奉りし瑞御霊に 今は悲しき訣別となりぬる 夢うつつ幻のごと思ふかな 岐美に別るるこのたまゆらを 浮雲の空に聳ゆる玉藻山の 聖所に今日は心しづむも 縁あらばまた逢ふ事のあらむかと 頼りなき日を頼りにまつも 汚れたる心もたねど瑞御霊 岐美に別るる今日は悲しも 背に腹は代へられぬ世と覚りつつ 岐美の旅出を止めたく思ふ 手を合せ神の御前に祈れども 岐美の旅立止むる由なき 懇篤に教へ給ひし言霊の 光は吾に添はりてあるも 上もなき生言霊の清しさに 玉藻の山は高らみにけり めきめきと伸び拡ごれる玉藻山も 汝が言霊の水火のたまもの 神々は歓ぎ喜び万代の 端まで岐美が功をあがむ 選まれて神生みの神業仕へます 恋ふしき岐美と別るる悲しさ 畏しや訣別むとして今更に 恋ふしくなりぬ瑞御霊の岐美を 心より慕ひ奉りし岐美ゆゑに 今日の訣別は一入つらし いざさらば神酒きこしめせ永久の 訣別の涙ささげ奉らむ 常永に忘れ給ひそ御盃に 漂ふ神酒はわが涙ぞと この神酒を半ば飲ませて其半ば 吾に賜はれ恋ふしきの岐美 一夜の水火の契は交はさずも われは正しく汝が妻ぞや 茂久栄に栄えましませ万世の 終なき神世の果つる時まで 世を固め国土を治むる神業の 一方ならぬ岐美の旅はも 太元の顕津男の神瑞御霊 御名は心の永久の光よ』 生代比女の神は、訣別を惜みて御歌詠ませ給ふ。 『可惜も岐美ははろばろ今日の日を 限りに訣別れて旅に立たすも 悲しきは今日の訣別よ真鶴の 声もさびしく梢に鳴けり 冴え渡る御空はひたに曇らひつ 岐美が訣別を惜むがにみゆ たらちねの母はあれども父のなき 千代鶴姫の命愛しも 涙もて別るる岐美の御姿を 永久に偲びて吾は泣くなり 果しなき荒野が原を旅立たす 雄々しき岐美を思ひて涙す まめやかに生き栄えつつ国土生みの 神業いそしみ栄えませ岐美 八洲国国土のことごと御子生みて 主の大神に報い給はれ 若草の妻は彼方此方岐美行かす 吉日待ちつつ指折らすらむ いすくはし岐美の姿は永久に いのち死すまで忘れざるらむ 岐美坐さぬ真鶴山に淋しくも 鎮まり御子を吾は育てむ 白駒の嘶きさへも今日の日は 別れ惜むか悲しげなりけり 千早振る神の神国を固めむと 岐美は朝夕心なやますも 和衣の綾の薄衣まとひつつ 風に吹かるる岐美ぞいたまし 昼夜の差別もわかずなりにけり 訣別の涙に目はくもらひつ 瑞御霊今日の訣別を思召し 思ひ起せよ生代の比女を 五百鳴の鈴打ち振りて瑞御霊 今日の旅立ち送りまつらむ いざさらば踊り奉らむみそなはせ 生言霊の鈴の音の冴えを』 斯く歌ひ給ひて、生代比女の神は左手に鈴を持ち右手に榊葉を振り翳しながら、しとやかに歌ひ踊り舞ひ、瑞の御霊の旅立ちを慰め給ふ。 『美しの国土は生れし美しの 岐美は今日を旅立ち給ふ 国魂の神を生みをへ国魂の 又神生まむと出で立つ岐美はも 澄みきらふ御空も今日は曇りたり 訣別のなみだ雲とのぼりつ 月も日も隠るるまでに包みたる 御空の雲はわが思ひかも 奴羽玉の心は闇にあらねども 今日の訣別にふさがりにけり 吹く風も力なきまで弱りたり 岐美の旅だち惜しむなるらむ 生れ逢ひてかかる悲しき日に逢ふも 神の御為と思ひて慰む ゆるせかしわが繰言をとがめずに 女神のよわき心はかりて 憂きことの次ぎ次ぎ重なる神世なれや 紫微天界の貴の真秀良場にも 天地の縁の糸にむすばれて 瑞の御霊の御子生みにける 怪しき心永久に持たねど汝が岐美に 訣別る思へば涙あふるる せきあへぬ涙とどめて雄々しくも 旅立つ岐美を送る今日かな 手も足も動かぬまでにゆるぎたり 訣別るる今日を力おとしつ ねもごろなる言霊の水火凝り凝りて 国魂神はうまらに生れましぬ 隔てなき水火と水火との結び合せも 今日を終りと思へば悲しも 目に涙あらはさじものと思へども とどめあへぬかな滝津涙は 笑顔して訣別るる岐美の心根を 思へば一入悲しかりけり 永久の訣別と思へば悲しもよ 千代鶴姫を抱へしわが身は 大野原駒に跨り出で立たす 岐美のみゆきに御幸あれかし 越国の果に居ますも時折は 千代鶴姫をかへりみましませ そよと吹く風の響も心して 岐美の言霊とうかがひ奉らむ 遠き近き差別なけれど別れ行く 岐美の御姿悲しかりけり 野に山に百花千花匂へども 岐美なき春は楽しくもなし ほのぼのとあらはれ初めし真鶴の 山の尾の上は空に霞めり もろもろの生命を生ます言霊の 岐美に別るる今日とはなりぬ 世の中に斯かる悲しき例ありと 今の今までさとらざりしよ 大方の春はふけつつ白梅の 花も今日より散り初めにけり 晴れし空に雷轟く心地して 悲しきものは今日のおどろき 果しなき思ひ抱きて旅立たす 岐美のうしろで送る悲しさ 駿馬の脚許遅くあれかしと 思ふもわが身の誠なりけり 束の間も止まりませと祈るかな われ愚なる恋心より』 (昭和八・一一・二七旧一〇・一〇於水明閣森良仁謹録) |
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霊界物語 | 75_寅_太元顕津男の神の物語3 | 15 鶴の訣別(四) | 第一五章鶴の訣別(四)〔一九〇九〕 魂機張の神は名残の御歌詠ませ給ふ。 『はろばろも御供に仕へ今ここに 瑞の御霊と別るる惜しさよ あきたらず吾は思ふも岐美に仕へて 楽しかりしを今日別るとは 斯くあるはかねて覚りつ今更に 名残惜しくも別れがてに居る 栄えます岐美の御姿伏し拝み 別るる今日の名残惜しけれ 立ち別れ神の御為め国の為め 今日より淋しく仕へむと思ふ 嘆かじと思ひ諦め居る身にも 今は堪へがたくなりにけらしな はしけやし岐美の御姿今日よりは 懐しむよしもなかりけるはや 真鶴の国の生ひ先おもひつつ 岐美なき神世をかなしみ思ふ 八洲国生言霊の幸ひて 岐美の行手の安くあれかし 玉藻山後に別れて旅立たす 岐美を一入かなしみ思ふ 幾千代を経るとも吾は忘れまじ ゆたけき岐美に抱かれし日を 岐美まさぬ真鶴の国の山河は 草木の端までしをれこそすれ 白雲も今日ははばかり山裾に まよひて岐美のみゆきを送るも 八千草の色も変りて見ゆるかな 瑞の御霊の旅ゆかす今日は 西方の国ははろけし岐美が行く 道の隈手も恙なかれと思ふ 久方の天津高宮ゆ降りましし 岐美は今日より御姿見えずも 水清き千条の滝もとどろきを をさめて岐美を送るがに思ふ 五百鳴の鈴打ち振りて神も駒も 岐美のみゆきを送る今日なり いさぎよき岐美の姿を背に乗せて 天の駿馬勇みいななく 現世の総てのものを生みまして 国土つくりをへし岐美は畏し 国原は未だ稚けれど岐美が行く 蹄のあとは花咲きみのらむ 進み行く駒の蹄の音清く 鳴り響くらむ貴の言霊は 白雲の帳を開けて月読は 淡き姿をあらはし給へり 月読の御霊に生れし岐美なれば 奴羽玉の世は永久になからむ ふみてゆく稚国原の百千草 花をかざして岐美を待つらむ むしむして生ひ栄えたる足引の 山野の木草もしをれ顔なる 縁ある人に別れて旅立たす 岐美の心の雄々しさを思ふ 産玉の神に貴御子任せつつ 安く行きませ顕津男の神 草も木も葉末の色を変じつつ 嘆くが如し岐美の出で立ちを すずやかに尾の上を渡る松風の 音に鳴きたつ田鶴の数々 清庭に家鶏鳥なきて白梅の 花はこぼれぬ春の山風に 朝に夕に仕へ奉りしわが岐美に 別るる今日のおもひはろけし 久方の天にかへらす瑞御霊の 神の功をわれ祈るなり』 結比合の神は御歌詠ませ給ふ。 『あはれあはれ瑞の御霊は今日の日を 限りとなして旅に立たすか かけまくも畏き神の出でましを われは謹み寿ぎ奉るも さまざまの悩みに堪へて真鶴の 国土をつくりし岐美ぞ畏き 霊線の力のあらむその限り つくして神国を生ませし岐美はも 泣かむとも止むる術はなかりけり ただ勇ましく岐美を送らな 花匂ふ弥生の春も更けにつつ 岐美に別るる神山淋しも 迦陵頻伽の声はかすみて聞ゆなり 松吹く風もしのばひにつつ 山の上のこれの聖所に永久の 別れを告ぐる今日ぞかなしき まだ稚き千代鶴姫の生ひ先きを われは守らむ心安かれ いきいきて生きの果なき天界に いや栄えまさむ千代鶴の命は 岐美行かば真鶴の国は淋しからむ ただ生れし御子を力とたのむも 白妙の薄衣に朝夕包まれて 命は日々に生ひ立ちまさむ 千代鶴姫命の生ひ立ちを村肝の 心にかけず旅に立ちませ 吾も亦西方の国の境まで 駒をうたせて従ひ奉らむ 西方の国の境に日南河 広く流ると吾聞きしはや 滔々と流るる水瀬打ち渡り 山越え野越え行きます岐美はも 水火と水火稜威に結びし駒なれば 日南の河瀬も安く渡らむ いすくはし天の白駒に鞭うちて 渡らむ其の日の雄姿を思ふ 魚族も水の面に浮きて岐美が駒を 迎へ奉らむ日南の河に 国見すれば西方の国土雲の奥に かすみて見えず心はろけし 澄みきらひ澄みきらひたる大空は 岐美のみゆきにふさはしきかも 月も日も光冴えつつ玉藻山を 下らす岐美の御尾前照らせり 奴婆玉の闇を晴らして進みます 岐美は光の神にぞありける 葭葦の生ふる国原踏み別けて 進まむ道に恙あらすな 虫の音も道の左右に冴えにつつ 岐美のみゆきを寿ぎ奉らむ 行きゆきて日南の河の河岸に 立たさむ日こそ待たれけるかも 浮雲のあそべる彼方の大空の 下びに横たふ日南河はも 億万年の末まで国土を固めむと 心をくだき給ふ岐美はも 八雲立つ紫微天界は皇神国の 基とおもへば尊かりけり 主の神は億万年の末までも 永遠無窮に主の国守りますらむ 滔々と流るる日南の河の瀬を やがて渡らす岐美ぞいさまし よき事に曲事いつく神世なれば 心しづかに岐美進みませよ 森羅万象の稚き国原永久に 固めて生かす岐美の旅はや ふくれふくれ拡ごり果しなき国土を 固むる岐美の神業かしこし 目路の限り八雲たちたち曲神は 果なき国にむらがると聞く 永久の礎固むる国土生みの 神業仕ふる苦しかる岐美よ かかる世に生れあひたる嬉しさは 国土生みの神業に仕ふる吾なり 雄々しくもあれます岐美の御姿を 今日より拝まむ術なき神山よ 越国の果まで岐美の御功は かがやき渡らふ月日とともに 上も下も右も左も打ち揃ひ うら安国をひらかす岐美はも 永久の生言霊の生命もて 百の神たち守らす岐美なり 野も山も今日はことさら明るかり 岐美の旅立ち守らす月日に 万世のほまれとならむ瑞御霊の 今日の苦しき心づかひは 百鳥の声勇ましくなりにけり 岐美の出でましを諦めにけむ 夜昼の差別もしらに進みます 岐美の功は世の鏡なる 音にきく天津高宮の荘厳さを おもへば岐美の尊くなりぬ 天と地の水火をつばらに結び合せ あれますかもよ瑞の御霊は』 美味素の神は御歌詠ませ給ふ。 『うまし国元津神国を生みをへて 出でます岐美を止むる術なき 諦めてみむと思へど堪へやらぬ 今日の出で立ち吾はかなしも 輝ける岐美の面は曇らひぬ 今あらためて繰言宣らじ 玉野宮に常永に仕ふる玉野比女の たすけとならむ神ぞほしけれ 久方の御空は清く冴えにつつ 岐美の出でまし清しみ送るも 玉の緒の命の限り仕へむと 思ひし岐美は今やたたすも 永き世の末の末まで真心を 捧げて仕へむと思ひたりしよ 春たちて夏は漸く来向へど 何か淋しきわれなりにけり 西方の国土の境に横はる 日南の河まで送り奉らむ 松を吹く風の響も静なり 岐美の出でまし松も惜しむか 四方八方にふさがる雲霧吹き払ひ 月日照らして出でます岐美はも 若草の妻のみことを後におきて 旅に立たさむ岐美を偲ぶも 五百鈴の音は冴えにつつ駿馬は 早たたむとや勇み出でけり きぎす啼くこの高山の頂上に われは千歳をおもひてなみだす 白雲のたなびく遠き国原に 出でます岐美に別るる惜しさよ わが力とみに落ちたる心地して 岐美を送らむ国境まで 西方の国土は曲神沢ありと 聞けば一入こころわづらふ 滝津瀬の水の流れはさかしとも おそれ給はじ御稜威の岐美は 幾千代の末の末まで神々の かたらひ草とならむ今日の日は 生みの子のいや次ぎ次ぎに至るまで かたり伝へむ今日の別れを 奇びなる生言霊の幸ひに 真鶴の国土はうまらになりぬ 澄みきらふ瑞の言霊幸ひて 真鶴の国土は固まりにけり 罪穢れかげだにもなきわが岐美の 行く先き先きにさやるものなし 天と地の水火と水火とに温めて 瑞の御霊は御子を生ませり 二柱水火を合せて国魂の 神を生ませしことの尊さ 紫の雲は次ぎ次ぎ重りて 玉藻の山を包まひにけり 夢なれや瑞の御霊の現れましし 日より百日の日はたちにけり 美しき山となりけり玉野湖の 底はかわきて傾斜面となりぬ 斯の如尊き言霊もたす岐美の 功は天界の宝なりけり 葭葦を踏み別け進ますわが岐美の 旅はまさしく幸多からむ 吾も亦ウの言霊に生れ出でて 瑞の御霊に仕へ奉りし 天地の生みの司と任けられし 瑞の御霊の功美はし 瑞御霊七十五声の言霊に 真鶴国土を生みましにけり 地稚くふくれ上りし真鶴の 国土はやうやく固まり初めたり 目に見えぬ国土の果まで言霊の 幸にうるほふ神世は尊き 神々はゑらぎ楽しみ真鶴の 国土の千歳を祝ふなるらむ 斯くまでも固め給ひし真鶴の 国土汚さじと吾は仕へむ 惜しむとも詮術なけれ主の神の 御旨にしたがひたたす岐美なり 木も草も瑞の御霊の現れし日ゆ 光を増して栄え初めけり 栄えゆく神世寿ぐか真鶴も 常磐の松にさやかにうたふ 今ははや迦陵頻伽も真鶴も 家鶏鳥の鳴く音も冴え渡りけり 百鳥も岐美の出で立ちあきらめて 神国のためと勇むなるらむ 遠き近き国土のことごと守ります 岐美の功ぞたふとかりけり 長閑なる春の終りを旅立たす 岐美の行手に匂へ百花 万世のほまれなりけり玉藻山の 今日の別れは国土生みの為と 百鳥は千歳を歌ひ百千草は 神世寿ぎて風にそよげる 国土生みの神業の御供仕へつつ 今日は悲しき別れするかも 大空の雲かき別けて天津陽は 岐美が行手を照らさせ給へる』 顕津男の神は、馬上より諸神に向ひ御歌詠ませ給ふ。 『百神の心かしこしわれは今 今日の門出にかたじけなみ思ふ わが姿ここに見えねど霊線は 永久に鎮めて国土を守らむ 玉野宮に朝な夕なに仕へ奉る 神をくだして形見とやせむ 玉野比女心安かれ汝が為に たすくる神のいまや降らむ』 斯く歌ひ終り、諸神に名残を惜しみつつ駒に鞭うち、玉藻山の傾斜面を右に左に折れ曲りて静に下らせ給ふ。百神は各自国境まで御供に仕へむとして駒にまたがり、御尾前に仕へ給ふ。さり乍ら国中比古の神は生代比女の神を守りつつ、千代鶴姫の神を育くまむと駿馬に跨りかへらせ給ひ、玉野比女の神は玉藻山に残りて、大宮に親しく仕へ給ふぞ畏けれ。 (昭和八・一一・二七旧一〇・一〇於水明閣内崎照代謹録) |