🏠 トップページへ

📖 キーワード検索

番号
(No.)
書籍 内容
221

(2286)
霊界物語 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 04 右守館 第四章右守館〔一一〇八〕 右守の司カールチンは妻のテーナと共に酒汲み交しながら、夜の更くる迄、ホロ酔機嫌になつて、セーラン王追放の奸策を謀つてゐる。 テーナ姫『旦那様、今度こそは大黒主様も御承知下さるでせうなア。セーラン王様は、大黒主様の最も御嫌な鬼熊別の一派だと云ふ事を、あれ丈何回も虚実交々取交ぜて内通しておいたのですから』 カールチン『今度こそは本望成就の時が来たのだ。いよいよ願望成就する上は、吾々夫婦は入那の刹帝利となるのだから、長生きはせにやならないものだ。今までサマリー姫を犠牲にして后に上げてゐたが、どうやら王は俺達の企みを悟つたらしく、サマリー姫に対して、大変にキツく当るので、姫は泣きもつて逃げて帰つて来よつた。グヅグヅしてゐると悪の企みの現はれ口だ。先んずれば人を制すと云ふから、姫が帰つたのをキツカケに早馬使をハルナの都へ遣はしたのだから、キツトこちらの使が、先に到着してるに違ひない。セーラン王が使をやつた所で、最早あとのまつり、何と俺のやり方は敏捷なものだらう。アハヽヽヽ』 テーナ姫『旦那様は何時とても機をみるに敏なる方ですから、私も貴郎のやうな夫に添うたのは何程幸福だか知れませぬワ。時に可哀相なのはサマリー姫ぢや厶いませぬか。娘にトツクリと言ひ含めて、セーラン王の后に上げたのだけれど、今ではどうやら親の意思は忘却し、王様に恋着心を持つてゐるやうな塩梅だ。実に罪な事をしたものですなア。あゝして帰つては来て居るものの、私が考へて居れば、寝言に迄王を慕うてゐるのだから困つたものです。さうだから如何に吾生んだ娘だと云つて、此計略を、今日となつては娘の前では云ふ訳には行かず、万一娘が聞かうものなら、王に内通をするかも知れませぬからなア』 カールチン『そんな不心得な事を致し、親に反くやうな奴は、埒よく手討ちに致せばいいぢやないか。こんな大望を抱いてる吾々夫婦が、子の一人二人犠牲にするのは前以て覚悟して居なくてはならぬではないか』 テーナ姫『それは又、余り胴欲ぢや厶りませぬか。何程吾々夫婦が出世をしたとて、肝腎の後を継ぐ子がなくては、何にもなりますまい。千年も万年も生きられるものではなし、子が可愛いばかりに、こんな心配をして居るのぢやありませぬか』 カールチン『さう云へばさうだが、諺にも言ふぢやないか、子を捨てる藪はあつても吾身を捨てる藪はないと。まさかになつたら子をすてて自分の命を全うするのが当世だ…………イヤ人情だ。俺だつて立派に目的を達し、吾子に後を継がしたいのは山々だが、その子のために陰謀露顕して、吾々夫婦の命をとられるやうなことが出来致したら、それこそ大変ぢやないか』 テーナ姫『あなたは吾子に対し、左様な水臭い御考へですか。私は自分の命は如何ならうとも、吾子さへ立派になつてくれれば、それで満足を致します』 カールチン『馬鹿だなア、それだから母親は甘いと云ふのだ。吾子だと云つても、体を分けた以上は他人ぢやないか。其証拠には吾子が何程大病で苦しんで居つても、親の体にチツとも痛痒を感じないではないか』 テーナ姫『何とマアあなたはどこ迄も無慈悲な方ですなア。私は娘が大病になつた時、自分の体が苦しくなつて寝られず、出来る事なら、娘に代つて患うてやりたいと迄思ひましたよ』 カールチン『俺だつてチツとばかりは娘の苦しんでるのを見た時は体にこたへたが、併し娘の苦痛に比ぶれば、二十分の一位な苦しさだつた。ヤツパリ自分が苦しむのは辛いから、如何しても秘密がばれるとあれば、娘を手討にしてでも、夫婦の命を助からねばならない。親の云ふ事をきかぬ奴は不孝者だから、親が手討にするのが、何それが悪い。アカの他人でさへも吾々の秘密をもらし、規則を破つたならば、大根を切るやうにヅボリヅボリと首を切り捨てるぢやないか。切られた奴だつて、ヤツパリ親も兄弟も子もあるのだから、苦しいのは同じ事だ。そんな事を言つてゐたら、到底此世に立派に暮して行くことは出来ない。自己を守るのが第一だよ』 テーナ姫『其筆法で参りますと、あなたは自分の命を助ける為に、私の命を取らねばならぬ時が来たら、私を殺しますか』 カールチン『きまつた事だ。夫の為に女房が代理となつて殺され、夫の命を救ふのは、名誉ぢやないか。後世迄貞女の鑑として謳はれるのだから、殺された女房の方が何程光栄だか知れないぞ』 テーナ姫『貴郎はハルナの都へお参りになつてから、大変に冷酷になられましたなア。大方八岐の大蛇が憑依してるのではありますまいか』 カールチン『上のなす所下之に倣ふと云ふ、川上の水はキツと川下へ流れて来るものだ。俺も大黒主様のお気に入るやうになつた位だから、大功は細瑾を顧みず、チツとばかりの犠牲位は春風が面を吹く位にも思つてゐないのだ』 テーナ姫『さうすると、貴郎は大黒主様が鬼雲姫様を追出し遊ばした様に、外に立派な女があつたら、追ひ出すのでせうなア』 カールチン『オイ、そこ迄追窮するな、水臭くなるからなア』 テーナ姫『ヘン、よう仰有いますワイ。親子は一世、夫婦は二世と云つて、切つても切れぬ親子をば、自己保全の為には殺しても差支ないと云ふ主義の貴郎が、何時でも取替へこの出来る女房に対し、離縁する位は朝飯前のことでせう。本当にここ迄思想も悪化すれば申分はありますまい』 カールチン『コリヤ、人のことだと思ふと、吾事だぞ。貴様もセーラン王を廃する事に就いて、俺と始終相談をした悪人ぢやないか。其発頭人は貴様だらうがな。貴様が何時も右守となつてクーリンスの下役になつてゐるのは腑甲斐ない男だと、口癖のやうに悔んだものだから、元から善人でもない俺が、つい貴様に感染してこんな善くもない、自分としては悪くもない企みを始めたのぢやないか』 テーナ姫『オホヽヽヽようマアそんな白々しいことを仰有りますワイ、流石は大黒主様のお気に入り丈あつて、エライ事を仰有りますなア』 カールチン『夫婦喧嘩はいい加減に切上げようぢやないか。サマリー姫の耳へ這入つたら大変だからのう』 テーナ姫『ナアニ、這入つたつて構ひますものか。貴郎はマサカ違へば一人よりない娘を殺し、私を鬼雲姫様の二の舞にするといふ残酷な御精神だから、そんなこと思ふと阿呆らしくて、こんな危ない芸当は出来ませぬワ。サマリー姫だつて貴郎一人の子ではなし、私の腹を痛めて出来た娘、そんな水臭いことを仰有ると、私が承知しませぬぞや』 と話す所へサマリー姫は目を腫しながら、恐さうに現はれ来り、 サマリー姫『お父さま、お母アさま、モウお寝みになつたら如何で厶いますか』 カールチンは打驚き、 カールチン『お前はサマリー姫、何故今頃にこんな所へ出て来るのだ。いい加減に寝間へ行つて寝まないか。大方二人の話を立聞したのだらう』 サマリー姫『ハイ、委細の様子残らず承はりました。どうぞ私を御存分に遊ばして下さいませ。鬼の親を持つたと思うて諦めますから………』 カールチン『コリヤ娘、何と云ふ事を申すか、鬼の親とは何だ』 サマリー姫『オホヽヽヽ此サマリー姫は王様と争論をしてカールチンの館へ帰つて来ては居るものの、実際を言へば王の后、サマリー姫だよ。親とは云ひながら、汝は臣下の身分だ。不届な事を申すと了簡は致さぬぞや。サア存分にして貰ひませう』 と身をすりよせ、カールチンの前に投出す。 カールチン『ヨシ、最早陰謀露はれた上は、到底許しておくべき汝でない。主従もクソもあつたものかい。サア覚悟を致せ』 と立上り、刀を掴み引抜かむとするを、テーナはグツと其手を握り、 テーナ姫『コレ、カールチン殿、滅多な事をしてはなりませぬぞや』 カールチン『今となつてはサマリー姫を殺し、陰謀の露顕を防ぐよりほかに途はない。サア覚悟を致せ』 と又もや柄に手をかけるを、テーナは後より力限りに抱き止め、声を限りに、 テーナ姫『サマリー姫殿、早く逃げさせられよ』 と促すを、サマリー姫は平然としてビクとも動かず、 サマリー姫『ホツホヽヽ、カールチン殿も随分耄碌しましたねえ。妾一人の命を取つて、それで此陰謀が現はれないと思つてゐますか。最早王様のお耳に入つた以上は駄目ですよ。何程大黒主様の御威勢が強くても、数百里を隔てたハルナの都から、さう早速に御加勢は出来ますまい。又王様には忠誠無比の家来も沢山に従いて居りますれば、貴郎が何程あせつても駄目でせう。妾はこれよりカールチンの首を取り、王様にお土産となし、疑を晴し、元の如く可愛がつて頂きますから、夫婦共、其処に、姫の命令だ、お坐り召され。入那の国王の后サマリー姫、キツと申付ける』 テーナ『コレコレ姫様、そんな没義道なことがありますか。海山の恩を受けたる両親を刃にかくるとは、人間にあるまじき仕業では厶らぬか』 サマリー姫『親の教育が祟つたのだから、仕方がありますまい。吾身の為には子の命でも取ると、只今仰有つたでせう。骨肉相食む、無道の教をなさつた貴方、已むを得ますまい。サア覚悟をなされ』 カールチン『イヤ姫様、暫くお待ち下さいませ。つい酒の上で女房を揶揄つてゐたまでで厶います。決して決して勿体ない。仮令吾子といひながら、王の后とおなり遊ばした貴方に対し如何して不義の刃が当てられませうか』 サマリー姫『貴方は既に王様に対し、無形の刃を当てがつて居るではありませぬか。大それた野心を起し、自分が王位に取つて代らうとは、人道にあるまじき悪業、大自在天様に畏れは厶いませぬか。貴方は、妾を陰謀の犠牲になさつたのでせう。これ位残酷なことは厶いますまい。妾の朝夕の心遣ひと云ふものは一通り二通りでは厶いませぬぞ。王様に対し、お気の毒でなりませぬから、何時とはなしに王様に同情をする様になり、今では恋ひしくなつて参りました。然るに王様は左守様のお娘ヤスダラ姫様に、寝ても起きても心を寄せ給ひ、妾に対しては極めて冷淡な御扱ひ、これといふのも両親の心が善くないから、何とはなしに王様の心に叶はないのでせう。どうか一日も早く御改心を願ひます。さうでなければサマリー姫、改めて両人を手討に致す、覚悟めされ』 と懐剣をスラリと引抜けば、カールチンは自棄糞になり、 カールチン『ナアニ、猪口才千万な、不孝娘』 と云ひながら、手早く懐剣を奪ひ取り、グツと後手に縛り上げ、地下室へ姫を閉ぢ込めて了つた。 姫は無念の歯を喰ひしばり、声を限りにカールチンの無道を罵りながら大自在天大国彦命守り給へ幸はひ給へ……と一生懸命に祈願を凝らして居る。 カールチンはヤツと胸を撫でおろし、 カールチン『あゝコレで一安心だ。世の中は思ふ様に行かぬものだなア。体は生みつけても、魂は生みつけられぬとは此処の事だ。オイ、テーナ、お前の腹から出た娘ながら、随分義の固い立派な者だなア。彼奴の言ふ事は真に道理に叶つてゐる。併しながら今となつては如何する事も出来ない。可哀相ながら暫く牢獄に放り込んで置くより途はない。陰謀露顕の虞があるからのう……』 テーナ姫『今サマリー姫の言葉に依れば、吾々の陰謀は最早王様や其他の人々に分つてゐるやうですから、サマリー姫只一人位暗室へ放り込んだ所で、何の効もありますまい。吾耳を抑へて鈴を盗むやうな話ぢやありませぬか』 カールチン『アハヽヽヽ、女童の分際として英雄の心事や智謀が分るものかい。女は女らしく神妙に夫の命令に服従すれば良いのだ。四の五の申すと、貴様も姫の如くに牢獄にブチ込んで了ふぞ』 と稍声を高めて睨めつけ叱り付くる。 テーナ姫『オホヽヽヽ怖い事怖い事、モウこれきり、何も申しますまい』 カールチン『女は沈黙が第一だ。牝鶏暁を告げる家には凶事多しといふ。今後は俺のする事に就いて一口でも容喙しようものなら、了簡は致さぬぞ。合点致したか』 と駄目を押してゐる。テーナは顔色青ざめて稍怒りを帯び、夫の顔を恨めしげに眺めてゐる。そこへ慌しくやつて来たのは、カールチンが股肱と頼むマンモスである。カールチン、テーナは素知らぬ風を装ひ、 カールチン『イヤ、マンモス、何か急用でも起つたのかな』 マンモス『ハイ、少しく申上げ度き事が厶いまして……』 (大正一一・一一・一〇旧九・二二松村真澄録)
222

(2288)
霊界物語 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 06 誤解 第六章誤解〔一一一〇〕 セーラン王の左守の司と仕へたるクーリンスの家老職テームスの奥座敷にはレーブ、カルの両人と妻のベリス姫四人が車座となつて私々話を始めて居る。テームスはベリス姫を遠ざけ、いよいよ熟談に取りかかつた。注意深きテームスは最も信用するわが女房でさへも秘密の他に洩れむ事を恐れて態とに遠ざけたのである。ベリス姫は夫の言葉に是非もなく立つてわが居間に行く。後に三人は首を鳩め密々話に耽り出した。 テームス『実の所はセーラン王様のお館には悪人はびこり、右守の司のカールチンは大棟梁大黒主に甘く取り入り、吾々が主人左守の司なるクーリンス様を初め、王様迄も排斥せむと企んで居るのだ。さうなつちや大変だから、何とかしてこの難関を切り抜け、悪人を懲らしめてやらむと考へて見た処が、別に之と云ふ好い方法も考案も出て来ない。それからこれは到底吾々の考へでは往かない、神様にお願ひするより途はないとクーリンス様が三七日の間梵天王様の祠に立籠り御神勅を乞はれた処、豈計らむや「三五教の宣伝使黄金姫、清照姫がやがてイルナの都をお通りになるから、甘く両人に頼み込んで此解決をつけて貰へよ」とのお諭し、左守の司も合点行かずと幾度もお伺ひになつたところ、依然として神様のお告は変らない。そこで左守の司様はこのテームスを私かに招き、お二人様のお出を途にお待ち受け申し城内に連れ帰り、この解決を付けて貰はうと七八人の部下をつれ関所迄立ち出で、土中の洞に身をひそめ窺ひ居れば、貴方等お二人の道々の話、時こそ来れと、洞穴を這ひ出し、お二人の様子を聞かむとした処、貴方等は、王様の前で話すと云はれたが、さうしては却て敵に悟られてはならないから、どうぞ吾々に其所在を知らして頂く事は出来まいかなア』 カル『ハイ、実はイルナの森迄お供をして来たのだが、俄に狼の群がやつて来て、お二人様を何処かへ、くはへて往つて了つたのだから、ほんとの詳しい事は、吾々は分りませぬわい』 テームス『そりや困りましたなア。そんな事なら態々こんな処迄来て貰ふのぢやなかつたに』 レーブ『いや御心配なさいますな。カルは新米で何も知らぬのです。私は一伍一什を知つて居ます。実の所はお二人は狼を眷族にお使ひになつて居ます。危急存亡の時には、いつも二人をお助けする事になつて居ますから、御両人様が眷族に殺されるやうな事は決してありませぬ。神様は貴方等が七八人の部下を連れて洞穴に待つて居られる事を前知せられ、狼を出して外の方面へお隠しなさつたのです』 テームス『さうすると、このテームスはお二人様の敵と見られたのでせうか。さうなると仮令お二人様の所在が分つても、容易に吾々の願ひはお聞き下さいますまい。はて、困つた事ぢやな』 レーブ『イエイエ決して決して左様な道理はありませぬ。貴方のお引き連れになつた八人の中には半分以上カールチンの部下が混つて居ますから、態とにお外しなさつたのですよ。此レーブも其事を感付いたので、あのやうな不得要領な訳の分らぬ事を態とに申し上げたのです。きつと一両日の中には数多の狼を引きつれ悪人を調伏せむとお越しになるでせう。あの方は神通力を持つて居られますから、レーブ、カルの両人が何処に居ると云ふ事を御存じですから、キツと見えます。此大事な臣を振りまいて勝手に往くと云ふやうな水臭い御主人では厶いませぬからなア』 カルは、 カル『さうかなア』 とやや首を傾けて不安の色を浮べてゐる。 表門には二人の門番、大欠伸をしながら睡た目を擦つて、下らぬ話に耽つて居る。 門番の一人(シャール)『オイ、ピー州、もう何時だらうなア、イイ加減に就寝の振鈴が聞えさうなものぢやないか』 ピー州『さうだなア、もう二十三時、百十五分位なものだよ。もう五分間待て……さうすれば就寝の振鈴が鳴るだらう。監督が廻つて来ると面倒だから、もチツと目を擦つて辛抱するのだなア』 シャール『モウいい加減に監督が廻つて来て呉れぬと俺達も睡たくなつて仕方がないわ。併し家の大将が妙な男を二人連れて帰つたぢやないか。あれは大方右守の司の諜者か知れやしないがなア。家の大将は人が好いから又騙されやしないかと思うてそれが心配で耐らないわ』 ピー州『こりやシヤール、何をおつシヤールのだ。門番位がピーピー云つたとて何になるかい。何事も御主人様の胸にあるのだから、俺達は神妙に門番さへして居ればよいのだ。こんな事を喋つて右守の司の親類にでも聞かれようものなら大変だぞ』 斯く話す所へ館の監督エムが足音高く現はれ来り、 エム『コリヤコリヤ、ピー、シヤールの両人、今何を云つて居つたか』 ピー『ハイ此頃はよう日和の続くことだ。お月様は下弦になりなさつたけれど、冬の初の月は又格別なものだとピーから切りまで賞めて居りました』 エム『貴様、家の中から月が拝めるか、馬鹿な事を申せ、エーム』 ピー州『今此武者窓から覗いて見た所で厶います、なあシヤール、好い月だつたなア』 エム『馬鹿を申せ、まだ月は昇つてゐないぢやないか。貴様大方門番を怠り、夢でも見て居たのだらう。何故振鈴の鳴る迄起きて居ないのか。貴様はいつもサボる癖があるから駄目だ。明日限り御主人に申上げて暇を遣はすぞ』 ピー州『イエ昨日の月の話をして居たので厶います。何卒今晩はお見逃し下さいませ』 エム『それなら今日は旦那様に報告をするのを止めてやらう。よく気をつけよ。未だ半時ばかり振鈴が鳴るには間があるから、それ迄はキツト勤めるのだぞ。睡たければ目を出せ。唐辛子の粉でも塗つてやらう』 ピー州『メヽ滅相な、そんな事をしられて耐りますか。目が腫れ上つて了ひます』 エム『オイ、シヤール、其方は唐辛子のお見舞はどうぢや。大分睡たさうな顔をして居るぢやないか』 シャール『イヤ別に睡たいことはありませぬ。私の目はピーのやうな柔かい目とは違ひます。かたいかたい目で厶います。只時々上瞼と下瞼とが集会をしたり、結婚をするだけのもので厶います』 エム『サア其集会が不可ぬのぢや、目はぢきでもかけて団栗眼をむいて居ろよ。好いか、アーン』 シャール『それでも、この間も目つけ役と目つけ役が集会をして居られましたぜ。どうぞ大目に見て下さいな。旦那様に何時もサボつて居るなどと報告をせられては、私のみか女房子までがめい惑を致しますから』 エムは「ウン」と横柄な返事をしながら棒千切を打ちふり打ちふり暗に姿をかくした。暫くすると東の空を分けて下弦の月、利鎌のやうな影を地上に投げて昇り始めた。門口に女の声、 女(セーリス姫)『モシモシ門番さまえ、余り遅くて済みませぬが、一寸様子あつてテームス殿にお目に懸りに参つたもの、どうぞ通して下さい』 ピー州『オイオイシヤール、今頃に女がやつて来たぞ。此奴は迂濶相手になれないぞ。狐か狸が化けて居やがるのだ。日の暮の十八時過ぎたら女は歩くものぢやない。それに今頃あんな優しい声を出しやがつて、此門戸を叩くものはキツトばの字にけの字だ。知らぬ顔をして居るが一番よい』 門外から、 女(セーリス姫)『もしもし門番さま、早く開けて下さい』 とトントンと小さく叩く。 ピー州『オイオイ来たぞ来たぞ。あの門の叩きやうを見い。狐が化けやがつて尻尾で門の戸を叩いて居やがるのだよ、のうシヤール』 シャール『それでもありやきつと人間だぞ。どんな秘密の御用でどんな方がお出になつたのか知れやしないぞ。開けて見たらどうだ。もし怪しいものと見たら此棒で撲り付けて正体を現はしさへすりやよいぢやないか。もし狐ででもあつて見い。その肉を剥焼にして酒の肴にすりや大変美味いぞ』 ピー州『それなら開けてやらうか。シヤール、貴様も棍棒を放すな。俺も怪しいと見たら撲りつけてやるのだから』 と片手に棒を握り片手で門を開いた。女は待ち兼ねたやうに細く開いた所から転けるが如く飛び込んだ。女の白い顔、美しき衣の色は、折から昇る月に輝いて恰も天女の如く見えて来た。二人は此奴テツキリ化物と、双方より棍棒をもつて打つてかかるを、女もしれもの引き外し、小股を掬つて大地にドツと二人を投げつけ、平然として後振り向き、 女(セーリス姫)『ホヽヽヽヽ危険い事』 と云ひながら、スタスタと奥を目蒐けて進み往く。二人は女の強力に投げつけられ胆を潰して声を震はせ、 ピー州『オイ、シヤールよ』 シャール『オイ、ピー………よ』 ピー州『薩張だなア、シヤール』 シャール『ウン薩張だ。これだから門番は気に喰はぬと云ふのだ。キツト明日は免職だよ。門番もかうなつては面色無しだから免職されても仕方がないわ。アヽ大変に大腿骨を打つたと見えて、チヨツくらチヨツとには動けないわ。ピー、貴様はどうだい』 ピー州『俺だつて矢張大地に投げ付けられたのだもの、大抵定つたものだよ』 斯く話す折しも四辺に響く振鈴の声、 二人『ヤアヤア有難い、これから暫く俺の天下だ』 と二人は四這になつて門番部屋に這込み、足腰の痛さを耐へながら寝につくのであつた。 ベリス姫は夫に相談の場所から退去を命ぜられ、心の中で「水臭い夫だ、秘密が洩れると云つたつて一生連れ添ふ女房に云はれぬ秘密がどこにあるものか。キツト自分に隠して綺麗な女をどこかに囲つて居るのだらう。それでなくては女房が傍に居られぬ筈がない。レーブ、カルの両人はきつとナイスを取りもち、終の果には此ベリスを追ひ出し大黒主様の二の舞をさするのかも知れない。エヽ気分の悪い。男と云ふものは油断のならぬものだ。斯うなつて来ると世の中が厭になつて来た」と呟きながら睡りもならず玄関口にヒヨロリヒヨロリとやつて来た。玄関口には妙齢の美人が月に照らされて細き涼しき声にて、 女(セーリス姫)『もしもし、テームス様に至急の用事が厶いますから、一寸取り次いで下さいませ』 と云つて居る。ベリス姫はむつとして、 ベリス姫『どこの魔性の女か知りませぬが、夜夜中に大それた男の名を呼んでかい出しに来るものが何処にあるかえ。テームスにはベリスと云ふ立派な家内が厶りますぞや。お前達に夫の名を呼んで貰ふ必要はありませぬ、とつとと帰つて下さい』 女(セーリス姫)『貴女が、ベリス姫様で厶いましたか。御壮健でお目出度う厶います。テームス様は御在宅で厶いますか』 ベリス姫『ハイ、居るか居らぬか早速お答へは出来ませぬわい。貴女もテームスと永らくの御関係、私の死ぬのを待つて居られましたらうが、憎まれ子世に覇張るとか……これこの通りピチピチと千年も万年も生きるやうな此体、あまり御壮健で貴女の身に取つて余りお目出度うは厶いますまい』 女(セーリス姫)『一寸急に申しあげ度い事が厶いまして参つたので厶いますから、お疑ひ遊ばさずに、どうぞ奥へお取り次を願ひます』 ベリス姫『オホヽヽヽ、何とまあ家の旦那をチヨロまかすだけの腕前をもつて居られると見え、甘い事を仰有いますわい。此ベリス姫はそんな馬鹿ではありませぬ。用があるなら昼来て下さい。今頃出て来るものにどうで碌なものはない。断じて取次は致しませぬ。いつ迄なと其処に待つて居らつしやい。お気の毒様、アバよ』 と頤を二つ三つしやくつて奥深く姿をかくした。此女は左守の司クーリンスの娘セーリス姫である。ユーフテスの口より聞いた一切の秘密を今夜の中にテームスに知らせ、其準備に取りかからせむ為に人目を忍んでソツとやつて来たのである。ベリス姫は面を膨らし畳触り荒々しくテームスの部屋に駆け込み、レーブ、カルの両人をカツと睨め付け、声を震はせ地団駄を踏みながら、 ベリス姫『こりや、レーブ、カルの悪人共、ようまア旦那様を煽てあげ魔性の女を世話致したな。家を乱す大悪人、了簡致さぬぞや。これ旦那様、私を今迄よくお騙しなさいました。貴方のお腕前には此ベリスも感心致しました。何も男の御器量でなさる事だもの、私に包み隠しをせずに、何故公然と女を引き入れ大黒主様のやうに私を放逐なさらぬのか、余り遣方が姑息ぢやありませぬか。エヽ残念や口惜しやなア』 と其辺にあつた小道具を狂気の如く投げつけ狂ひ廻る。レーブ、カルの両人は合点往かず、唖然としてベリス姫の乱暴を打ち見守つて居る。テームスは声を尖らし、 テームス『こりやベリス姫、其方は狂気致したか。このテームスに女があるとは以ての外の事、何を証拠に左様なことを申すか。証拠なくして大切なお客様の前で左様な事を申すと、第一夫の名折れ、教の道に傷がつく。サア返答を致せ』 ベリス姫は恨めし気に涙を拭ひながら、 ベリス姫『オホヽヽヽ何とまア白々しい事を仰有いますわい。証拠がなくて何そんな事を申しませうぞ。貴方の名誉を思ひ、教を大切だと思へばこそ私が気を揉むのぢや厶いませぬか。よう此処の所を聞分けて下さい。貴方の改心が出来ねば、私は此場で自殺致します。何卒それを見て御改心を願ひます』 と早くも懐剣抜き放ち喉に突き立てむとするを、レーブは慌てて其手を握り短刀を引つたくり、 レーブ『コレコレ奥様、誤解なさつては困りますよ。此方の旦那様に限つてそんな事をなさる気遣ひはありませぬ。そりや何かの間違ひでせう。キツト私が保証致しますから御安心なさいませ』 ベリスは冷笑を浮べながら、 ベリス姫『オホヽヽヽ措いて下さいませ。そんな巧妙な辞令を百万遍お並べなさつても、そんな事に胡麻化されるやうなベリスではありませぬ。よい加減に人を馬鹿にしておきなさい。レーブとカルが、家のテームスと腹を合せたる同じ穴の貉でせう。どこを押へたら、そんな素々しい事がよく言はれるものですかなア。オホヽヽヽ』 テームス、レーブ、カルの三人は一向合点往かず、両手を組んで思案に暮れて居る。其処へ監督のエムが、セーリス姫を伴ひ現はれ来り恭しく両手をついて、 エム『旦那様、只今、左守の司様の御息女、セーリス姫様が、至急の御用があつて、夜中にも拘らず何か御用が出来たと見えてお越しになりましたから、此処迄御案内を致しました』 テームスはセーリス姫の来訪と聞き、ハツと驚き叮嚀に首を畳に擦り付けながら、 テームス『これはこれはセーリス姫様、よくまア夜中にも拘らず此破家をお訪ね下さいました。何か変つた御用で厶いますか』 セーリス姫『ハイ、今晩是非申し上げねばならぬ事が出来ましたので、夜中お驚かせ申しまして誠にすみませぬ』 ベリス姫は、セーリス姫と聞きて今更の如く打ち驚き、鯱鉾立になつて頭をペコペコ打ちつけながら、 ベリス姫『これはこれは尊き尊きセーリス姫様で御座いましたか。存ぜぬ事とて重々の御無礼、どうぞお赦し下さいませ』 セーリス姫は何気なき体にて、 セーリス姫『オホヽヽヽ、誠に夜中に参りまして強い誤解をさせました。定めしテームス様の情婦が出て来たと誤解をおさせしたと思うて居ました。あの時お名乗をすればよかつたのですが、天に口、壁に耳と言ふ事がありますから申上げませぬでした。どうぞテームス様に対して、怪しき関係を持つて居る女ぢや厶いませぬから、御安心下さいませ』 ベリス姫は、 ベリス姫『ハイハイ』 と恐れ入り頭も得上げず、顔を真紅にして畏縮してゐる。 テームス『ベリス姫、毎度云つてお前の気を揉ますか知らぬが、一寸秘密の御用があるさうだから席を外して居て呉れ』 ベリスは、 ベリス姫『ヘー』 と長返事しながら、少しく不安心の面持にて、不承々々に挨拶もせず次の間に立つて行く。テームスはセーリス姫に対して気の毒でならず心を痛めながら、 テームス『セーリス姫様、御存じの通りの困つた女房ですから、どうぞお気に触へられないやうに願ひます』 セーリス姫『そんなお心遣ひは御無用にして下さいませ。夫のある方に対し、若い女が尋ねて来るのが元来間違つて居ます。併しながら、そんなことを言つて居られないのでお訪ね致しました。時にこのお二人の方は此処に居られても差支へ厶いますまいかなア。何だか申上げ悪うて困ります』 レーブ『イヤ、私も長らく座談に時を費やし尻も痛くなりましたから一寸外へ出て月でも賞めて来ませう。サア、カルさま、暫く屋外の空気を吸うて来ようぢやありませぬか』 と云ひながら早くも立つて外に出でて往く。カルも従つて屋外に姿を現はした。無心の月は、皎々として遺憾なく万物を照臨してゐる。奥の一間にはテームスとセーリス姫との間に重要なる問答が交換された様子である。 (大正一一・一一・一〇旧九・二二加藤明子録)
223

(2294)
霊界物語 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 12 都入り 第一二章都入り〔一一一六〕 黄金姫、清照姫は、三人の一行を高照山に遣はし、肩の重荷を卸すやうな心持になつて、さしもに嶮しき急坂をエチエチと登り行く。漸くにして頂上に辿りついた。此処にはユーフテスと云ふ右守司の家老を勤めて居る不誠忠無比の男が、二三人の家の子を引きつれ、神の告によつて黄金姫母娘の来ることを知り、案内と迎へを兼ねて登つて来た。ユーフテスは、二人の峠の頂上に佇み、四方の景色を眺め息をやすめて居るその側に、恭しく頭を下げながら進み寄り、 ユーフテス『一寸ものをお尋ね申しますが、私はイルナの都の右守司の館に家老職を勤めて居りますユーフテスと申すもので厶いますが、若しや貴女様は三五教の宣伝使黄金姫様、清照姫様の御一行では御座いませぬか。イルナの都はバラモン教の教をもつて民を治むる国で御座いますれば、三五教の貴女様をお迎へ申すと申上げては、怪しく思召さるるで御座いませうが、決して汚き心で、お迎へに参つたのでは御座いませぬ。何卒お名乗り下さいませぬか』 黄金『ホー、其方はイルナの国の右守司の館に仕ふるユーフテス殿か、それは御苦労。お察しの通り、私は黄金姫、清照姫の母娘で御座います。王様の御身辺は、どうで御座いますかな』 ユーフテス『ハイ、有難う、唯今の処では先づ御無事で御座いますが、何時大風一過、有名なるイルナ城も破壊するかも分らない危機に瀕して居ります。実にイルナの都は暗雲低迷、豪雨臻らむとして、先づ其窓を鎖すべき真人が御座いませぬので、王様は申すも更なり、忠義にはやる真人等は夜も碌々に寝られず、心を痛めて居ります。右守司の放つた探偵は縦横無尽に横行闊歩し、大きな声で物も碌に云へないと云ふ有様で御座います。何卒御推量下さいまして、貴女の神力によつてイルナの国の危難をお救ひ下さいませ』 黄金姫『反間苦肉の策を弄し、大それた野望を遂げむとする悪人輩の巣窟なれば、うつかり高い声で物を言ふ訳にも往きませぬ。此処は山の頂なれども、矢張悪神の霊は吾等一行を遠く巻いて居りますれば、込み入つた事は申されませぬ。何事も私の胸にあれば御安心なさいませ』 清照姫はしとやかに、 清照姫『貴方がユーフテスさまで厶いましたか。御苦労でしたなア、これから都まではまだ余程の道程がありますか』 ユーフテス『ハイ、もはや十里足らずで御座りますれば、些しく急ぎますれば、今晩の四つ時までには到着出来るでせう。丁度夜中に御入城下さる方が安全で厶いませう』 斯く話す処へ「オーイオーイ」と坂の下から呼ばはりながら登り来る五人の騎馬隊がある。三人は何事ならむと訝りながら、峠の傍の石に腰打ちかけ、くだらぬ世間話を態と交換して居た。ユーフテスは節面白く唄ひながら踊つて居る。 ユーフテス『高い山から谷の底見ればかぼちやや茄子の花盛り とは云ふもののこりや嘘ぢや今は紅葉の秋の末 冬の境となり果てて木々の梢はバラバラと 散り敷く木の葉は雨のごと高照山の紅葉も 衣を脱ぎて丸裸体老木も若木もぶるぶると 慄ひ戦く哀れさよ照山峠と云ふけれど 木の葉は雨に叩かれて一つも残らず真裸体 照山峠は忽ちになきやま峠となりました ドツコイドツコイドツコイシヨ』 と唄つて居る。其処へ五人の騎馬隊が登つて来て三人を眼下に見下しながら、 騎士『其方は何者なるか』 と大喝すると、ユーフテスは態と空呆惚けて手を耳にあてがひ首を傾け、 ユーフテス『ヘイ何と仰せられますか。此下り坂は酷いかとお尋ねですか。それはそれは随分きつい坂で厶いますよ』 騎士『その方は察する所聾と見える。エヽ仕方がない。それなる女に尋ねるが、今此処へ妙齢の美人と一人の下男が通らなかつたか』 黄金姫は態と阿呆げた顔をして、 黄金姫『ハイ、此峠の少し手前で何とも云へぬ美しい女が三人、男が一人に出会ひましたが、私を見るなり、あゝ汚い乞食だと罵りながら此坂を一目散に登つて往きました。何程落魄れた乞食だつて矢張同じ人間ですもの、そんなに軽蔑したものぢやありませぬなア』 騎士『ナニ女が三人、男が一人とは合点が行かぬ。確に女一人、男一人通つた筈だ。嘘を申して居るのではないか』 黄金姫『嘘と思ふなら勝手に思はつしやい。此婆の目には確に女が三人、男が一人だ。併も素敵な別嬪だつた。一体お前は何処から何処に行かしやるのだ。大変景気のよい駒に乗つて、あのまあ強さうな事わいのう』 清照姫『あのお母さま、今往つた綺麗な女の方は、ヤスだとかダラだとか云つていらつしやつたやうですな』 騎士『何、ヤスと云つて居たか、そりや確にヤスダラ姫に相違あるまい。踪跡を暗ますために、何処かで乞食女でも雇つて来よつたのだなア。ヤア女共、よう云つて呉れた。サア皆の者、一鞭あてて下らうではないか、シヤール様に、これで申訳が立つと云ふものだ』 と下り坂を馬に跨つたまま進まうとする。ユーフテスは、 ユーフテス『あゝもしもし、こんな下り坂を馬に乗つて通らうものなら、それこそ忽ちですぞ。命の惜しくないものは乗つて往かつしやい』 騎士『何これしきの急坂が苦になるか、騎馬の達人の顔揃ひだ。下り坂になつて馬を下りるやうで、どうして此使命が果されるか、サア往かう』 と云ひながら手綱を引き締め、ハイハイハイと矢声をあびせながら下り往く。 清照姫『お母さま、神様は都合よくして下さいますなア、もう少しの事でヤスダラ姫様は彼等一行に捕へられなさる処で厶いました。マアお仕合せのお方ですこと』 黄金姫『アヽさうだなア、これだから神様の御神力は尊くて忘れられぬのだよ』 ユーフテス『ヤスダラ姫様にお会ひになりましたか、どうして姫様がこんな処へお出になつたのでせう。テルマン国のシヤールと云ふ富豪の家に嫁いで居られますのだから、お帰りになるなら沢山のお供がついて居なければならぬ筈、何か変事でも起つたのでは厶りますまいか』 黄金『何れこれには訳のあることです。併し乍ら高照山の岩窟に御案内をして置きましたから、狼が守つて居ます故、御心配は要りますまい』 ユーフテス『何と仰有います。人々の恐れて寄りつかない高照山の狼の巣窟にヤスダラ姫様を御案内なさるとは約り殺しにおやりなさつたのですか』 黄金姫『オホヽヽヽ、苟くも人を助くる宣伝使の身として、そんな事があつて堪りますか。狼だつて誠をもつて向へば至極柔順なもの、私にも、かうして居るものの、一つ手を叩けば五十や百の狼はすぐ此処へ現はれて来ますからなア。オホヽヽヽ』 ユーフテスは顔色をサツと変へ、足をワナワナさせながら、 ユーフテス『ナヽヽヽ何と仰有います、貴女は狼をお使ひ遊ばすのですか』 黄金姫『オホヽヽヽ、大層慄うて居りますな。私は狼婆と狼娘の一行だから、お前も此世が厭になつて死にたいと思はしやつたら、ちつとも心配はない、狼に喰はして上げる程に喜びなさいよ』 と態と作り声をして憎さげに云つて見せる。 清照姫『オホヽヽヽ、お母さまとした事が、これ程臆病な人をつかまへて威嚇すものぢやありませぬよ、貴女も余程腹が悪うなりましたなア』 黄金姫『実は今通つた騎士共が此谷口で吾々三人の行路を要してキツト待つて居るから、其時手を打つて百匹許り狼を呼びあつめ追つ払つてやる積りだ。其時このユーフテスさまが、腰でも抜かしては大変だから、今の中にビツクリの修業をさして居るのだ。これこれユーフテス様、何がそれ程恐いのぢや、お前様は王様のためには不惜身命の活動をすると何時も云つて居るだらう。命の惜しくないものが何故そんなに慄ふのだろう。不惜身命もあまり当にはなりませぬぞや。口ではどんな甘い事も云へますが、イザ鎌倉となると皆逃腰になるのだから困つたものだよ』 ユーフテス『君のため、世のために命を捨つるのなら捨て甲斐がありますが、狼などに、バリバリやられては、それこそ犬死、いや狼死ですからたまりませぬわ。同じ事なら君のため、世のため、人間の手にかかつて死ぬ方が何程幸福だか分りませぬからなア』 黄金姫『私も人間だから、それなら御注文通り、一つ殺して見て上げませうかな。それならお前も得心だらう。オホヽヽヽ』 ユーフテス『アヽア、イルナの都の助け神さまかと思へば、何だ狼婆アさまだつたのか。エヽ曲津の神に騙されたか、残念だ。もう此上は破れかぶれ、窮鼠却て猫を食むの譬の通り、此ユーフテスがいまはの際の死物狂ひの手並を見て置けよ』 と短剣をスラリと引き抜き黄金姫に向つて突いてかかる。忽ち後の叢よりオーン、オーンと狼の唸る声しきりに聞え来る。ユーフテスは短刀をパタリと地に落し、慄ひ戦き其場にバタリと倒れて了つた。 黄金『君のため道のためなら命まで 捨つると云ひし人ぞをかしき。 狼の嘯く声に驚きて 腰を抜かせしやさ男もあり。 口ばかりめでたき事を云ひながら まさかの時に肝をつぶしつ。 照山の峠に会ひし二人連れを 狼使ひと聞き驚くも。 ユーフテスの神の司よ村肝の 心を強め起き上りませ』 清照姫は、 清照姫『吾母はユーフテス司に打ち向ひ 醜の言霊放ちたまひぬ。 さりながらユーフテス司聞し召せ 汝が身魂の御試しなれば。 この先に醜の司がかくれ居て 吾等三人を捕へむと待つも。 其時に汝が命は驚きて 迷はせまじと母の計らひ。 必ずも悪しくな思ひたまふまじ 汝が身魂鍛えむと思へばこそ。 惟神神に仕へし吾なれば いかでか人の命とるべき。 世の人を普く救ふ宣伝使 汝に限りて救はであるべき』 ユーフテスは二人の歌を聞いてやつと安心し、フナフナ腰にウンと力を入れ杖を力に立ち上り、 ユーフテス『肝玉がどつかの国へ宿替し 今は藻抜の殻となりぬる。 腰抜かし肝玉とられユーフテスは どうして道を歩み往かむか。 これ程に恐いお方と知つたなら 遥々迎ひに来るぢやなかつたに。 逃げようとあせれど脛腰立たぬ身の 詮術さへもなき涙かな』 黄金姫はユーフテスの腰を二三回撫で擦り、天津祝詞を奏上し、天の数歌を二三回唱へ上げた。不思議やユーフテスの腰は俄に強くなり、足の慄ひもとまり、今は神霊の感応によつて、百万の敵も恐れざる程の勇猛心が臍下丹田からむらむらと湧いて来た。ユーフテスは初めて黄金姫の心を悟り、幾回となく頭を下げ両手を合せ其親切を感謝し、元気百倍し二人の後に従ひ、急坂を下りながら一足々々拍子を取り歌ひ出す。 ユーフテス『右守の司のカールチンテーナの姫の喉元へ 甘く喰ひ込み一家老と鰻登りに登つたる カールチン司の家の子と仕へまつりしユーフテス 朝な夕なに身を尽し心を尽し主のため 勤むる折しも朝夕に慕ひまつりしセーリス姫の 貴の命の来訪に心は忽ち一変し 右守の司に表向き忠実らしく仕へつつ 心はやつぱり裏表セーリス姫の父上と 現はれ給ふ神司左守の司のクーリンス 助けにやならぬと内々に右守の司を佯つて 恋の犠牲と知りながらやつて来たのは「ウントコシヨ」 「ヤツトコドツコイ」恥かしいこれこれ右守の司どの うつかり油断をなさるなよ此坂路を下るよに どこに悪魔が潜むやら何時クレリツと変るやら 人の心は分らないこれを思へば世の中に 恐ろしものは女ぞや女の魂一つにて 古今無双の豪傑も智者と聞えしユーフテスも 忽ち「ドツコイ」落城したほんに恐ろし恋の道 とは云ふものの「ドツコイシヨ」今となつては及ばない 改心するのが「ドツコイシヨ」善いか悪いか「ウントコシヨ」 見当が取れなくなつて来たつらつら思ひ廻らせば 国の柱と現れませるセーラン王に刃向ふは 矢張り悪に違ひないさうすりや右守の神司 背いた処で「ドツコイシヨ」バラモン神の神罰が 俺等に当る筈がないさう考へりや安心だ これこれもうし二人様足許気をつけなさいませ 照山峠は国中で最も嶮しい坂道だ 獅子さへ越さぬ難所ぞと世に聞えたる「ドツコイシヨ」 行くに行かれぬ困り場所道の案内知らずして 偉そに馬腹に鞭をうちテルマン国よりやつて来た 五人の騎士は今頃は馬諸共に千仭の 谷間に「ドツコイ」転落し頭を摧き肱を折り ウンウンうめいて居るだらう思へば思へば気の毒ぢや バラモン教の神様よ彼等に罪はありませぬ 此先吾等に「ドツコイシヨ」敵対ひ来る其時は 助けてやつて下さるな私が些つと困るから 「ウントコドツコイドツコイシヨ」今行つた騎士の五人連れ 黄金姫のお言葉に此山口に身をかくし 吾等を待つてゐると聞く「ウントコドツコイ」猪口才な そのよな事を致したら神力受けたユーフテス 生言霊を発射して一人も残らず打ちきため 根底の国の旅立を「ウントコドツコイ」さしてやる もしも敵対せぬならば助けてやつて下しやんせ 梵天帝釈自在天オツトドツコイ国治立の 神の命の御前に慎み敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひながら母娘の後に従ひ、漸くにして照山峠を南に下りついた。五人の騎士は黄金姫の予言の如く馬の頭を立て直し、やや広き谷間に三人を待ち伏せ、弓を満月の如く絞り、矢を番へ、今や遅しと待つて居る。黄金姫は宣伝歌を歌ひながら、つかつかと騎士の傍近く進み寄つた刹那、忽ち聞ゆる狼群の唸り声、如何はしけむ五人の騎士は弓を満月の如く引き絞つたまま、身体強直しデクの棒の如くなつて居る。斯かる処へ、テームスやレーブ、カルの三人は駒に跨り、三頭の副馬を従へて蹄の音戞々と進み来る勇ましさ。黄金姫は、三人の引き連れ来りし駒に跨り、清照姫と共に五人轡を並べ、勢込んでイルナの都のセーラン王が館をさして駆り往く。闇の帳はおろされ、入城には最も適当の刻限である。あゝ黄金姫一行の今後の活動は如何に開展するだらうか。 因に取り残されたユーフテスは黄金姫の囁きによつて五人の騎士に鎮魂を施し、元の如く身体自由を得せしめ、表面右守司の従臣なるを幸ひ、五人の騎士と共に右守の館をさして一目散に帰り行く。ユーフテスの今後の活動も亦一つの見物であらう。 (大正一一・一一・一一旧九・二三加藤明子録)
224

(2300)
霊界物語 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 18 替へ玉 第一八章替へ玉〔一一二二〕 イルナ城の奥の間には黄金姫、清照姫、セーリス姫の三人が首を鳩めて姦しく喋々喃々と論戦を戦はして居る。 セーリス『あのまア、清照姫様のお美しい事、ヤスダラ姫様そつくりですわ。ようまアお顔も御覧になつたことがないのに、それ程似るやうに造れましたねえ』 清照姫『照山峠の麓でお目にかかつたのですよ。其時のお顔を記憶に止めて居て作つたのですから、写真に取つたやうなものですわ。何事も新しい女の覇張る世の中ですから、清照姫もどうやら新しいヤスダラ姫様になつて仕舞ひました。オホヽヽヽヽ』 セーリス姫『併し、新しい世の中が建設されるとか、されたとか、三五教では仰有るぢや厶いませぬか』 黄金姫はしたり顔にて答ふ。 黄金姫『新しき天と新しき地とが今度は三五教の神力によつて現はれるのですよ。今迄の天と今迄の地は既に過ぎ去つた今日です。是から聖城なる新しきヱルサレムが地に下り、国治立尊が降り給うて天下万民も亦新しく生き返らせ給ふ時代に近づいたのです。ヱルサレムの城は四方になつて居て長さと幅と同一です。木花姫命様が天教山より出雲姫命を遣はし給うて、竿を以てエルサレムの城を測量させられた所が一万二千フアーロングあるといふことです。城の長さも広さも高さも皆相等しく、其石垣は百四十四キユーピツトあつて、碧玉にて石垣を築き、其城は清らかな玻璃の如き純金で造り、城の石垣の礎は各様々の宝石で飾られてあります。十二の門は十二の真珠で造られ、透き徹る様な黄金造りの建物ばかりで目も眩ゆきばかりであります』 セーリス姫は驚いて、 セーリス姫『新しい天や新しい地が現はれるとはソリヤ大変な事ぢやありませぬか。地異天変も爰に到つて極まれりと謂ふべしですな』 黄金姫『新しき天地とは新しき教会のことで、要するに埴安彦、埴安姫の神様が三五教の道場をお開き遊ばしたことを指して謂ふのですワ』 セーリス姫『天より下り来るエルサレム城といふことは全体何をいふのでせうか』 黄金姫『救世主神埴安彦の神の示し給ふ所の天地の誠、三五教の教説のことであります』 セーリス姫『その長さ広さ高さ相等しくして各一万二千フアーロングあると仰有つたのは、如何なる意味で厶いますか』 黄金姫『三五教の教説中の真と善と美とを合一して言つたのです。又城の石垣といふのは此教を守護し宣伝する神司のことです。百四十四キユーピツトあるとは三五教の真と善と美の三相を悉く挙げて称讃したもので、宣伝使たるものの純良なる性相を言つたのです。又真珠より成つた十二の門とは能道の真を言つたのです。宝石より成れる石垣の礎といふのも彼の説教を聞いて立つ所の諸々の知識を云ふのであります。城を造れる清く透れる玻璃に似たる黄金とは至仁至愛の徳を指して言つたのです。教説と其真と善と美は愛の力に由つて倍々透明となるものですからなア』 セーリス姫『さうすると「天地が逆様になるぞよ」といふ三五教の御神諭も矢張右の式で解釈すれば宜いのですかなア』 黄金姫『三五教の宣伝使や幹部の中には今でも天と地とが現実的に顛覆するやうに思つて居る人々もあり、御経綸の霊地に真珠の十二の門が現実的に建つ様に思つて居る人々があるのだから、それで困るのですよ。セーリス姫様も矢張さう思つて居られませうなア』 セーリス姫『ヘイヘイ、最も現実に立派な宮が建つたり、お城が築造されるものだと、思つて居ましたワ』 黄金姫『現実的にソンナ立派な宮を建てようものなら、忽ちウラルやバラモンから睨まれて叩き潰されて了ひますぞや。オホヽヽヽ』 セーリス姫『オホヽヽヽ』 清照姫『本当に神様の教といふものは六ケ敷いもののやうな易いものですなア。何故コンナ事が肝腎の幹部の連中さまに解らなかつたのでせうかなア、お母さま』 黄金姫『是も時世時節だから仕方がありませぬわ、アーアー』 セーリス姫『かうして、清照姫様のヤスダラ姫は出来上りましたが、右守はもう来さうなものですなア。ユーフテスも何を愚図々々して居るのでせうか』 斯く話す折しも廊下に聞ゆる足音、黄金姫はツと立つて王の籠りし室に身を隠し、中より錠を下して了つた。清照姫、セーリス姫は煙草盆を前に置きスパスパと煙を吐いて居る。 そこへユーフテスの案内で足音高くやつて来たのは、カールチン、マンモスの両人である。清照姫は、ヤスダラ姫の声を一度聞き覚えて居るのを幸ひ、作り声をして、 ヤスダラ姫(実は清照姫)『オヽ其方は右守の司カールチン殿、先づ御無事で重畳々々、ヤスダラ姫も其方の壮健の姿を見て安心致したぞや』 カールチンは周章てて、 カールチン『イヤ、姫様のお帰りと承はり早速お伺ひに参るところで厶いましたが、あまり突然の事で信ずる訳にもゆかず、ユーフテスをして実否を伺はせました処、正しく姫様のお帰りと聞き、取るものも取敢へず伺ひました。先づ御壮健で何よりお目出度う厶います』 と気乗らぬ声で嫌さうな挨拶をして居る。 ヤスダラ姫(実は清照姫)『コレ右守殿、其方の言葉には極めて冷淡の色が現はれて居ますぞや。御叮嚀にテーナ姫を遥々とテルマン国まで使者にお立て下さいまして、罪もない妾をシヤールに牢獄を作らして投げ込んで下さつた御親切は決して忘れはしませぬぞや。弱い女と見えても左守の血統を享けた刹帝利の女、如何なる鉄牢でも、この細腕で一つ押せば、何の雑作もありませぬ。鼻糞で的をはつたやうな牢獄に繋がれて苦しんで居るやうな女だつたら、さつぱり駄目ですよ』 カールチン『これは異なことを承はります。テーナ姫は、二三ケ月の間、館の門を潜つたことはありませぬ。そりや何かの間違ひか、但は何者かの計画で厭テーナ姫が貴女を苦しめるべく参つたのでせう。左様なことを仰せらるるからは、キツト貴女も此右守がテーナと腹を合せ、善からぬ事を企んで居ると思はれるでせう。これはこれは近頃大変な迷惑、どうぞ神直日に見直し聞直し、疑を晴らして下さいませ』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『あの白々しい右守殿の言葉、妾はテーナ殿の顔をよく見知つて居るから、疑が晴らしたくば此処へテーナ殿を連れて来なさい』 カールチン『ハイ、何時でも連れて参るのが本意で御座いますが、昨夜より急病が起り大変苦しんで居るから、本復次第お目に懸らせませう』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『妾は其方に対し厚くお礼を申上げねばならぬ事がある。右守殿、決してお忘れではありますまいなア』 カールチン『これは又、合点の行かぬお言葉、貴女様にお礼を云うて頂くやうな事は致した覚えは厶いませぬがなア』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『オホヽヽヽ、右守殿も年が寄つたと見えて健忘症になられましたなア。妾は親と親との許嫁でセーラン王様と夫婦と定つて居たのを、其方は御親切にも妾をテルマン国の毘舎の館へ無理に追ひやり、吾娘サマリー様を王の妃に押しつけなさいましたでせう。其時の妾の嬉しさ、否腹立しさ、これがどうして寝ても醒めても忘れられませうぞいなア』 と甲声を張り上げて呶鳴りつけた。 カールチン『貴女は、一切の経緯を御存じないから、左様な御立腹をなさいますが、これには深い様子のあることで厶います。セーラン王様や左守の司クーリンスは大黒主の神様に内々反対なされ、鬼熊別様の御贔屓ばかり遊ばすと云ふことがハルナの都に知れ渡り、この右守に対して厳しい御質問、お家の一大事を思ひ、イルナの国を救ふべく、また王様を安全に守るべく、貴女にはお気の毒ながら、あゝいふ手段を取つたのです。さうして吾娘サマリー姫を妃に差し上げたのも、大黒主様に安心させる為の安全弁、何卒この右守の胸中を御推察あらむ事を希望致します』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『あゝさうだつたかなア。右守司の六韜三略の兵法をも知らず、貴方を今迄恨んで居たのは誠にもつて恥かしい、女の身の浅薄さ、それでは妾も是から再び此処を立ち出で、サマリー姫様のお邪魔をしないやうに致しますから、御安心なさいませ』 カールチン『貴女はこれからテルマン国のシヤールの館へ帰つて下さいますか。さう願へれば大変結構で厶いますが』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『そりや真平御免蒙りませう。又してもギス籠の中へ投込まれますと、叩き潰して出て来ねばなりませぬからなア、ホヽヽヽヽ』 カールチン『キツト此右守が保護致しまして左様な不心得な事は、シヤールに厳命して致させませぬから、どうぞお帰り遊ばして下さい。さうして貴女は王様にお会ひになりましたか』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『折角お目にかからうと思ひ、遥々虎口を遁れ、ここう迄やつて来ました所、拍子の悪い時には悪いものです。王様は俄の大病でお引き籠り遊ばし、何人にも面会せないとのこと、妾の心もちつとは推量して下さいませ、右守殿』 と態とに泣声を出して芝居をして見せた。 カールチンは威丈高になり、 カールチン『王様が御面会せぬと仰有るのに、貴女は御命令に背き、たつて会はうと遊ばすのか、何と云ふ不届きな御心で厶る。今日は右守の司、王様に代つてヤスダラ姫を放逐致すから、サ早くお立ち召され』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『セーラン王の許嫁の誠の妻ヤスダラ姫、今日より汝右守に対して退職を命ずる。エヽ汚らはしい、一刻も早く退城召され』 カールチン『これはしたり、ヤスダラ姫は狂気召されたなア。狂人をお館へ置くは危険千万、火の用心の程も案ぜらるる。イヤ、マンモス、ユーフテス、速にヤスダラ姫を捕縛して座敷牢にぶち込み御静養をさせ奉れ。彼様な事が外部に洩れては王様の御信用に関する一大事だから』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『アイヤ、ヤスダラ姫が命令する。ユーフテス、マンモス、セーリス姫、速にカールチンを高手小手に縛め牢獄に投入せよ。主に向つて無礼千万の行り方、容赦はならぬぞ。セーラン王に代り固く申しつくる』 マンモスは途方に暮れながら、 マンモス『オイ、ユーフテス、どちらを聞いたらよいのだらうかなア』 セーリス姫は、 セーリス姫『オホヽヽヽ。一層の事どちらも牢獄に投げ込んだらどうでせう。喧嘩両成敗と云ふから、まさか片手落ちの処置も取れますまい』 カールチン『マンモス、ユーフテス、主人カールチンの命令を聞かぬか』 マンモス『ハイハイ、聞かぬ訳では厶いませぬ、一寸暫くお待ち下さいませ。マンモスは俄に便所へ行きたくなりましたから』 カールチン『ユーフテス、早く捕縛せぬか』 ユーフテス『ハイ、捕縛致しませう、併し一つ考へさして下さいませ。セーリス姫様に篤と相談を致しますから』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『オホヽヽヽ、このヤスダラ姫に指一本でも触へるなら触へて御覧、面白い活劇が演ぜられ、手足首胴所を異にし、小児のお玩具箱の人形のやうになりますよ。それでも構はねば何人に限らず手向ひして御覧』 右守の司は眼を瞋らし、清照姫を睨めつけて居る。マンモスはブルブルブルと地震の孫宜しく慄へて居る。セーリス姫、ユーフテスは平然として沈黙を続けてゐる。其処へスタスタ駆つて来たのはサマリー姫である。 カールチン『ヤアお前はサマリー姫、こんな処へ来るものでない、控へて居なさい。何故家に居ないのか、誰人に聞いてやつて来たのだ』 サマリー姫『父上、そんな気楽なことが云うて居れますか。王様は御大病、妻の私として、どうして知らぬ顔がして居られませう』 カールチン『其方は此間から夫婦喧嘩をおつ始め、未だ其和解も出来て居ないのだから、話のつく迄早く吾館へ帰つて待つて居るがよからうぞよ』 ヤスダラ姫(実は清照姫)『ヤア珍らしや其方はサマリー姫殿、妾は其方の為に許嫁の夫に添ふ事も出来ず、テルマンの国に追ひやられたヤスダラ姫で厶いますぞ。日頃の恨を晴らすは今此時、よい処へ出て厶つた。サア覚悟なされ』 と襷十字に綾取つて見せた。サマリー姫は打ち驚き、カールチンの腰に喰ひつき、ぶるぶる慄へながら、 サマリー姫『もしもしお父様、どうしませう、助けて下さいませな』 カールチン『ウン今に待て、ヤスダラ姫をふん縛つて、其方の邪魔を除いてやるから』 と云ひつつ、懐中より呼子の笛を取り出し、ヒユウヒユウと吹き立つれば、忽ち十数人の捕手、バラバラバラと此場に現はれ来り、清照姫に向つて武者振りつくを、清照姫は両手を拡げ四股を踏みしめながら、 ヤスダラ姫(実は清照姫)『イヤ面白し面白し、ヤスダラ姫が武勇の現はし時、木端武者共、一人も残らず懲してくれむ。サア来い来れ』 と身構へする。美人の雄々しき権幕に捕手は茫然として手出しもせず遠巻に巻いて居る。次の間より戸を隔ててセーラン王の声、 セーラン王(実は黄金姫)『アイヤ右守の司、吾はセーラン王なるぞ。サマリー姫静かにせよ。ヤスダラ姫に向つて手向ひ致せば、最早吾は許さぬぞよ。サマリー姫、吾言を用ひずば唯今限り夫婦の縁を切る。それでもよいか』 と呶鳴つたのは、云ふまでもなく、隣室に隠れて居た黄金姫の作り声である。カールチンは王の声としては少し年が寄つて居るやうである。併し病気のため体が弱り声が慄うて居るのであらうと心にきめて了ひ、俄に言葉を柔げて、 カールチン『御病気中をお気を揉ましまして誠に済みませぬ。何卒お許しを願ひます』 サマリー姫『王様、どうぞ許して下さいませ』 とサマリー姫は泣きすする。 ヤスダラ姫(実は清照姫)『王様、妾はテルマン国から貴方を慕ひ申し遥々参りました許嫁の妻、ヤスダラ姫で厶います。何卒サマリー姫との縁を切り、私を貴方の妻として下さいませ。さうしてどうぞ一度尊きお顔を拝まして下さいませ』 と態と涙を流しさし俯く。 次の間より又もや王の作り声にて、 セーラン王(実は黄金姫)『バラモン教の大棟梁大黒主様は、一夫多妻主義だ。先の妻を逐出して第二の石生能姫を本妻に遊ばし、吾々に手本をお示し下さつた以上は何も憚る事はない。サマリー姫を元の如く本妻と致し、ヤスダラ姫は第二夫人として上女中の取締りに使うてやるから安心を致せ。右守の司も、これに違背はあるまいがなア』 カールチン『ハイ、理義明白なる御仰せ、決して違背は致しませぬ。サマリー姫をどこ迄も本妻として愛してやつて下さいますか』 次の間より王の声、 セーラン王(実は黄金姫)『サマリー姫の心次第だ。次では右守の司の改心次第だ。最早余も刹帝利の職に飽き果てたから、ここ一二ケ月の間に吾位を汝に譲る程に、早くサマリー姫を連れ帰り、余が本復を待つて改めて登城致すがよからう。又ヤスダラ姫も、サマリー姫に余が面会するまでは面会は許さぬぞ。さう心得たらよからう。コンコンコン、あゝ苦しい、余は咳に悩んで居るから、病気本復する迄神殿に籠り御祈願を凝らすによつて、右守殿、余が後を継ぐ用意を万事万端館に帰つて整へたがよからうぞ』 右守は此言葉を聞いて雀躍しながら、 カールチン『ハイ何分宜敷くお願ひ申します。然らばサマリー姫を一先づ吾家に連れ帰り本復を待つて登城致させませう。何卒一日も早く御本復あらむ事をお願ひ申します。サア、サマリー姫、マンモス、是より館へ帰らう。ヤア者共、余を館へ送つて参れ。ユーフテス、汝はセーリス姫と共に此処に止まり万事に気をつけ召され』 と云ひ捨て意気揚々と己が館をさしてドヤドヤと帰り往く。 其後へ黄金姫は戸を排して現はれ来り、清照姫、セーリス姫、ユーフテスと顔を見合せ、 四人『オホヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ、アハヽヽヽ』 と笑ひ倒ける。日は漸く西天に姿を没し、双樹の枝に止つた九官鳥は大口を開けて、阿呆々々と鳴き立てて居る。 (大正一一・一一・一二旧九・二四加藤明子録)
225

(2301)
霊界物語 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 19 当て飲み 第一九章当て飲み〔一一二三〕 イルナ川の清流の一部をとり込んだ泉水の中に瀟洒たる茶室が建つている。これは右守の館で、今朝は早朝よりカールチン、テーナ姫、マンモス、サモア姫、ユーフテスの幹部連、願望成就の前祝として盛に酒酌み交し浩然の気を養つてゐる。カールチンはテーナ姫、サモア姫に盛り潰され、王者気取りになつて豪然と腹の中の泥を人もなげに吹き立て出した。 カールチンはまはらぬ舌を、顔を顰めて無理に使ひながら、 (酔泥口調)『オイ婆アさま……ではない、昔の別嬪のテーナ姫、此方の智略は偉いものだらう。まるで久延毘古神か思兼神の様な神智鬼策が臍下丹田から湧いて来るのだからのう、エーン、此神は足は歩かねども天ケ下の事は悉く知る神なり、奇魂千憑彦の命の再来とは此方の事だ、エーン。今に入那の国、テルマン国を併合して、大王国を建設し、テーナ姫でなくてテーナ妃と改名さしてやる。何と婆アさま、嬉しいだらうなア。エーン』 テーナ姫『あまり悲しいことも厶りませぬ。併し乍ら、さうなると私は却て悲しうなるかも知れませぬ。一層今の身の上の方が夫婦睦じく暮せますから、何程結構だか分りますまい。又大黒主の神様の真似をして糟糠の妻を無残におつ放り出し、ヤスダラ姫の様な美人を後釜に据ゑられちや、まるつきり鳶に揚豆腐を浚はれた様なものですからなア。旦那様は性が悪いから案じられてなりませぬわ』 カールチン『そりや何を吐すのだ。いやしくもバラモン教の道を奉ずる善一筋の此方、そんな没義道な事を致しては其方に済まぬじやないか。いや其方ばかりぢやない、此方の心も頓と済まないから、滅多にそんな事はないから安心をしたが宜からうぞ、エーン。折角酒がうまく廻つた所へ、そんな取越苦労を云つてくれると、サツパリ興が醒めて了ふぢやないか。エーン』 テーナ姫『それ聞いてチツトばかり安心を致しました。貴方に限つて、そんな事をなさる筈はありませぬわネー。初めて会うた時、あなたは何と仰有いました。よもや忘れては居られますまい』 カールチン『こりやこりや、何を云ふか。そんな事を喋るとユーフテスやマンモス、サモアが気を揉んで嫉妬をやき居るから、昔のローマンスはここらで、うまく切りとしたら如何だ。エーン』 テーナ姫『若い時の蜜の様な恋を時々思ひ出すのも、あまり気の悪いものじや厶りませぬぜ。人間の楽しみは若い時のローマンスを時々思ひ出す位愉快なものはありませぬ。それを忘れちや人生の趣味も何もあつたものぢやありませぬわ』 とテーナ姫も酒に酔ひ潰れた勢で、四辺構はず昔の恋を喋り立てようとする。 ユーフテス『何とまア、旦那様、奥様も面白い時があつたのですな。一遍聞かして下さいませな。私もセーリス姫と云ふ恋しい女が出来て居るのですから、研究のために聞かして貰へば大変都合が宜しいがな。あゝあ、二夫婦に一人鰥か、セーリス姫も気が利かないわい。ほんの一寸でいいから顔なつとつき出してくれると、ユーフテスの肩身も広くなるのだけれど、まだ公然の夫婦でないから仕方ない。先の楽しみとしようかな、エーン』 カールチン『こりやこりやユーフテス、エーンとは何ぢや。俺のお株を占領しやがつて、誰に断つて其エーンを盗んだか、エーン』 ユーフテス『別に盗んだのぢや厶いませぬ。あまり沢山に旦那様がエーンを落しなさるものですから、一寸私が拾つたので厶りますよ。一時も早くセーリス姫とエーンを結びたう厶りますわい、エーン』 テーナ姫『オホヽヽヽヽ、エーンエーンの掛合だなア。チツトはエーン慮したら如何だい。エーンと月日は待つがよいと云ふぢやありませぬか。エーンはテーナ』 ユーフテス『何と云つても、恋の情火にこがされて、胸に焔がエーンエーンと燃え立ちますわい。貴方たちは、さうして夫婦仲よく笑つたり、意茶ついたりして居ながら、まだ未婚者のユーフテスを気の毒なとも、可愛相なとも思はず、「お前のエーン談等は吾不関エーン」と云ふやうな態度でゐらつしやいますから、つい私もエーン世主義になりかけは………しませぬわい』 マンモス『何は兎もあれ、こんな目出度い事はないぢやありませぬか。マンモスは一日も早く成功の日を見たいもので厶りますなア』 ユーフテス『成功の日は已に見えてゐるぢやないか。現にセーラン王様が右守さまに位を譲つてやらうと仰有つたぢやないか。王者の言葉に決して二言はあるまい。これと云ふのもヤツパリ旦那様が器量の佳い賢明なお娘様をお持ちなさつたからだ。あゝあ、持つべきものは娘なりけりだ。ユーフテスも早くセーリス姫と結婚して美しい傾国の娘を生み、老後を楽しみたいものだわい、アーン』 マンモス『こりやこりやユーフテス、アーンなんて吐すとサツパリ貴様の縁談はアーンになつて了ふぞ、アーン』 ユーフテス『こりやマンモス、茶々を入れるのか、入れるなら入れて見い。俺にも了簡があるぞ』 ユーフテス『この国は茶々が名物だ。碾茶なつと煎茶なつと盛つてやらうか。チヤチヤヤートコセ、ママチートコセ、セーリス姫さまに、うまくちよろまかされて、終ひの果てには肱鉄砲、日頃の思ひも滅茶苦茶、蜥蜴の様な面をして、あんなシヤンに秋波を送るなんて、チヤンチヤラをかしい。しまひの果てにやチヤツチヤ、ムチヤに此縁談は揉み潰されて了ふぞ。そんな事は此マンモスの天眼通でチヤーンと分つて居るのだ、エーン』 サモア『オホヽヽヽヽ今日はまア、何とした面白い日でせう』 カールチン『おい、貴様達、今日は右守の祝宴だから、何なつと喋つたが宜いが、もう一二ケ月すると俺は刹帝利様だから、こんな気楽な事は出来ないぞ。其位の事は貴様も弁へて居るだらうな、エーン』 ユーフテス『そりや弁へて居ますとも、このユーフテスは。併し貴方だつて、あまり良くない事を考へてゐなさるのだから、何れどちらへなりと埒がつきませうかい、アーン』 カールチン『こりやこりや、善くない事とは何だ。チツと無礼ではないか、エーン』 ユーフテス『貴方は寡欲恬淡な、チツとも欲のないお方と云つたのですよ。凡て世の中は捉まへやうとすれば、捉へられぬものです。旦那様は万事にかけて抜け目なく、よくない方だから王様の方から昨日の様にあんな結構なことを仰有るので厶りますわい。これを思へば時節は待たねばならぬものですな。(都々逸)「時世時節の力と云へど、よくないお方が王となる」あゝヨイトセヨイトセぢや。おいマンモス、貴様も一つ前祝に歌はぬかい。大蛇の子のやうにグイグイ飲んでばかり居やがつて、何の態だ。チとコケコーでも唄つたら如何だい、アーン』 マンモスは鹿爪らしく、 マンモス『飲む時には飲む、遊ぶ時には遊ぶ。然り而うして聊か以て唄ふべき時には唄ふのだ。俺も若い時や、千軍万馬の中を往来して来た英雄豪傑……ではない、其英雄豪傑の……伝記を読んで、チツとばかり感化力を養ふ……たと云ふチーチヤーさまだからな、エーン。貴様の如き燕雀輩の敢て窺知する所に非ずだ。(詩吟)「月は中空に皎々として輝き渡り、マンモスは悠々として酒杯に浸る。月影映す杯洗の中、絶世の美人吾傍に在り」とは如何だ、うまいだらう。俺の詩歌は而も特別誂へだからなア、エーン』 ユーフテス『貴様の詩歌はカイローカイローと紅葉林で四足の女房を呼ぶ先生の声によく似て居るわ。オツとそのカイローで思ひ出した、俺も早くセーチヤンと偕老同穴の契を結びたいものだ。貴様のやうなシヤツチもない詩歌を呻ると気分が悪うなつてくるわい。シカのシは死人の死だらうよ。もつと生命のある歌を歌つたら如何だい、アーン』 マンモスは咳一つしながら、 マンモス『詩歌の詩の字は言扁に寺と云ふ字を書くぢやないか。死人の納まる所は寺だよ』 ユーフテス『ヘーン、うまいこと云ふ寺あ、墓々死いことをユーフテスぢやないか、マンモス奴』 かく管を巻く処へスタスタとやつて来た一人の男、一通の手紙を差出し、 男『旦那様、ハルナの都から急ぎの使が此手紙を持つて参りました』 と恭しく差出すを、カールチンは酔眼をカツと見開き、手紙を手早く受取り封を押切つて文面に目をそそぎ、 カールチン『エ、何、むつかしい文字が書いてあるぞ、何だかよく動く文面だなア。二筋にも三筋にも、素麺の行列のやうに文字が活躍してゐるわい。こりやヤツパリ大黒主様の御筆蹟と見える、活神様のお筆は違つたものだ。ようよう益々活動し出したぞ』 と目をちらつかせ手を震はせ、読まうとすれども如何しても読む事が出来ない。 カールチン『おい、テーナ姫、貴様一つ読んで呉れないか。非常に墨痕淋漓として竜の走するが如き活きた文字だから何処かへ逃げさうだ、エーン』 テーナ姫『ホヽヽヽヽ、どれ妾が読んで見ませう』 と手紙を受取り、 テーナ姫『エヽ……此度汝の願により騎馬の軍卒二千騎派遣致すべき所、隣国のセイナに暴動起り、これを急々鎮定すべく、アルマンをして之を率ゐしめ征討に向はせたれば、汝が請願に応じ難し。併し乍ら何時擾乱鎮定すとも量り難ければ、五百騎を急々汝が許に派遣すべければ、万事万端の用意あつて然るべし。右守の司カールチンへ、大黒主宣示……』 カールチン『よしよし、それで解つた。併しながら、隣国に騒動が起つて居るにも拘らず、五百騎を派遣下さるとは、よくもよくも吾々を信用して下さつたものだ、実に有難い、併しながら最早セーラン王の口から、あゝ言つたのだから、戦ひの必要もあるまい。併し何時悪智慧をかふ奴があつて変心されるかも知れない。其時の用意に五百騎の勇者があれば何事も都合よく行くと云ふもの、まア謹んでお受けをする事に致さうかなア。おい、ユーフテス、お前は大黒主様の使者に会つて宜しくお礼を申上げて呉れ。俺が直接にお目にかかるのが本意なれども、斯う気楽さうに酔ひ潰れた処を使者に見られたら大変だ。大黒主様の信用を落してはならないからなア』 と稍酔ひも醒め、少しく真面目になつて宣示した。 ユーフテス『委細承知致しました。使者に接見するのは、此ユーフテスを措いて、外に適当な人物は憚りながら厶いますまい。左様なれば、特命全権公使として接見仕らう。いや吾々一人では全権公使の貫目が足らぬ。マンモス、お供を致せ、アーン』 マンモス『エー、馬鹿にしやがるない。誰が貴様の下について行く奴があるかい。此マンモスは、これから出世をせにやならぬ体だ。使者に顔を見られ……マンモスはユーフテスの下役ぢや……と思はれちや、将来のため大変な不利益だから、利害の打算上から見て、まア止めて置かうかい、エーン』 カールチンは、 カールチン『あゝ酔うた酔うた、こんなヨタンボで如何して使者に接見が出来ようか。大自在天大国彦命、守り給へ幸へ給へ、ゲーウツプ、ガラガラガラガラ。余り俄のお使で腹の虫奴が清潔法を始めやがつて、飲んだ酒までが逆流しだした。あゝ苦しい事だ。苦しい中にも楽しみありだ。あゝあ、ユーフテス、うまく使者に会うたら内兜を見透かされぬ様にユーフテスとやるのだよ、エーン』 ユーフテス『旦那様、左様ならば今日は貴方の代理として使者に接見して参ります。宜しう厶りますかな』 カールチン『よしよし、貴様に全権を委任するから、そこはうまくやつて来い』 ユーフテス『左様ならば、これより得意の外交的手腕を揮つて見せませう』 と云ひすててバタバタと表へ駆け出した。ユーフテスは他の四人の様に酔ひ潰れては居なかつた。セーリス姫の注意によつてカールチン夫婦の凡ての行動を視察するのが第一の目的だつたからである。ユーフテスは表へ出で態とにヒヨロリヒヨロリと千鳥足になりながら、 (酔ひどれ口調)『ハルナの国の大黒主の神様のお使はドヽヽヽ何処にケヽヽヽけつかるのだ。特命………全権公使の………俺はユーフテスさまだぞ。早く此処へ………俺の前へ出て来ぬか、アーン』 門番のケールは此態を見て走り来り、 ケール『もしもし、御家老様、ハルナの国のお使はあの手紙を渡したきり、これからカルマタ国へお使に行くと云つて「一寸お待ち下され」と云ふのも聞かずに馬に鞭韃ち一目散に帰つて了はれました。そんな足許で追掛けても駄目ですよ』 ユーフテス『ナヽヽヽ何だ、サツパリ後の祭で持ちも卸しも出来なくなつた。併し乍ら、これも何かの神様の御都合だらう』 と云ひながらヒヨロリヒヨロリと足許危ふく奥を目がけて帰り行く。 (大正一一・一一・一二旧九・二四北村隆光録)
226

(2303)
霊界物語 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 21 長舌 第二一章長舌〔一一二五〕 右守司のカールチンは唯一人奥の間に端坐して、やがて二カ月の末には日頃の願望成就し、刹帝利の地位に進むだらう、さうすれば城内の大改革を施さねばなるまい。先ず第一着手として何から始めようかなどと、猿猴が水の月を掴むやうな虫のよい考へに耽つて居た。其処へユーフテスは慌しく入り来り、 ユーフテス『モシモシ旦那様、お喜びなされませ。イヒヽヽヽヽ、お目出度う御座います。貴方は本当に偉い方ですなア、偉大の人格者ですよ。ヤスダラ姫様が此間貴方のお顔を一寸拝み遊ばしてから、俄に病気になられましてブラブラとして居られます。何卒一遍見舞に往つてあげて下さいませな。ドクトル・オブ・メヂチーネでもイルナの湯でも、どうしてもかうしても治癒らないと云ふ御病気になられまして、朝から晩までウンウンと唸り通し、それはそれは気の毒で目を開けて見ては居られませぬ。そこでセーリス姫様が大変御心配遊ばして、其病源をお探り遊ばしたところ、ヤスダラ姫様は、エヽヽヽヽと細い細い柳の葉の様な目をして「妾の病は気の病だ、ウヽヽモヽヽリヽヽ』と云つて俯むいて後は何も仰有いませぬ。そこで呑み込みのよいセーリス姫様が「ハヽアこれは右守さまにホの字とレの字だな。これは到底旦那様のお顔を見せねば本復は出来まい」とちやんと心の中で裁判して、ヤスダラ姫様に向ひ言葉淑やかに「モシ姉上様、何か心に秘密があるのでせう。妹の私に云はれない事はありますまいから、仰有つて下さいませ。どんな事でも姉様の事なら御用を承はりませう」と鶯か鈴虫のやうな声で尋ねられた処、ヤスダラ姫様はやうやう涙の顔を上げ「あゝ妹、よう親切に尋ねて下さつた。お前の心は嬉しいが、余り恥かしうて口籠り何も云へませぬ。もう私は生きて此世に望みのない身の上だから、潔う死にます」と、とつけもない事を仰有るのでセーリス姫様は益々御心配なされ、いろいろと手を変へ品を替へ探つて見なされた処、姉計らむや妹計らむや、立派な奥様のある旦那様に恋慕して厶ると云ふ事がハツキリと分りました。エヘヽヽヽ、お目出度う厶います。お浦山吹で厶いますわい』 カールチンは忽ち目を細うし涎をくりながら、 カールチン『ウツフン、そんな事があつたら、それこそ天地がひつくり返るぢやないか。若い者なら兎も角も、こんな年寄つた五十男にそんな事がありやうがないぢやないか。腹の悪い、そんなに人を煽てるものぢやないわ』 ユーフテス『イエイエ決して決して旦那様にそんな嘘を申上げて済みますか。恋と云ふものは老若上下の区別はありませぬ。又女と云ふものは虚栄心の強いもので厶いますから、旦那様がやがて刹帝利におなり遊ばすのを聞いて益々恋が募つたものと見えます。併し乍ら、貴方様には立派な奥様がおありなさるのですから、そんな事を云うては済まないと、セーリス姫様が懇々と説諭をなさつたさうですけれど、ヤスダラ姫様はどうしてもお聞き遊ばさず「此恋が叶はねば淵川に身を投げて死ぬから後の弔ひを頼むぞや」と、それはそれはエライ御決心、どうにもかうにも、手に合ひませぬ。どうぞ一度姫様の館へ、助けると思うて奥様へ内証で行つて上げて下さいませ。さうして貴方から篤くりと説諭して下さいましたら、恋の夢も醒めるでせう』 カールチンは目を細くしながら、 カールチン『何と困つた事が出来たものだなア。どれどれそれなら是からヤスダラ姫に会ひ、篤くり道理を説き聞かし思ひ切らしてやらう』 といそいそとして座を立つ。ユーフテスは後を向いて舌を出し、再び向き直つて顔を元の如くキチンと整理し、 ユーフテス『色男様、オツトドツコイ、大切な旦那様、左様ならばユーフテスがお供致しませう。万々一情約締契が調ふやうな事が厶いましたら、貴方は私の相婿のお兄様、なるべくお兄様と云はれるやうになつて貰ひたいものですな。エヘヽヽヽヽ』 カールチン『ユーフテス、矢釜しいぞ、女房に悟られちや大変だからなア』 ユーフテス『奥様に気兼なさる処を見ると矢張ちつとは脈がありますなア。イヤお目出度う、お祝ひ申します』 カールチンは押へ切れぬやうな嬉しさうな顔を晒しつつ、 カールチン『オイ、ユーフテス、しようもない事を云ふものでないぞ。エヘヽヽヽヽ』 と思はず知らず笑をこぼし城内指して進み行く。ユーフテスも後に従ひ、舌を出しながら跟いて行く。カールチンはフト走りながら後を見ると、ユーフテスが長い舌を出して頤をシヤクつて走つて来るのが目についた。 カールチン『こりや、ユーフテス、何だ長い舌を出して人を馬鹿にするない』 ユーフテス『余りお目出度いので、きつと結婚の時にはどつさり御馳走をして下さると思ひ、今から舌なめずりをしたので厶います。これは誠に失敬しました、エヘヽヽヽヽ』 カールチン『こりやこりやユーフテス、先へ往け、貴様が後から来ると何だか小忙しくつて仕方がないわい』 ユーフテスは、 ユーフテス『それなら旦那様、お先に御免蒙ります』 と云ふより早く先に立ち、もうかうなつちや後に目鼻はついて居ない、何程舌を出したつて見とがめらるる心配はないと、力一杯長い舌を出し頤をしやくりながら、とんとんとんと駆け出す途端、高い石につまづいてバタリと倒れる機に舌を噛み、ウンと其場に血を吐いて打ち倒れた。カールチンはヤスダラ姫の事のみに現になつて、ユーフテスの舌を噛んで倒れて居るのに気がつかず、其体に躓いて三間ばかり前の方にドスンと打ち倒れ「アイタヽヽヽ」と膝頭を撫でながら、まだ気がつかず、 カールチン『ユーフテスの奴何だ、俺が倒れて居るのも知らずに、主人を後にして雲を霞と何処かへ行きやがつた。何と脚の早い奴ぢやなア』 と呟きながら、とんとんとんと道端のイトドやキリギリスを驚かせて城内指して一目散に走り行く。 (大正一一・一一・一二旧九・二四加藤明子録)
227

(2311)
霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 05 恋の罠 第五章恋の罠〔一一三〇〕 イルナの都の神館の奥の間には、黄金姫、清照姫、セーリス姫の三人鼎坐して、ヒソビソ話に耽つてゐる。 黄金姫『ユーフテスが甘く使命を果して帰るだらうかなア。カールチンの姿を見る迄は、何とはなしに心許ない感じが致します。清照姫、大丈夫だらうかなア』 清照姫『お母アさま、そんな御心配は要りませぬ、キツと右守司は宙を飛んでやつて来ますよ。前以て怪しき秋波を私に送つてゐましたもの、メツタに外れつこありませぬワ、オホヽヽ』 黄金姫『さうだらうかな、何時そんな微細な所迄看破しておいたのですか、まだ一度より御会ひになつてゐないぢやないか』 清照姫『一度会うても二度会うても、カールチンの顔には変化はありますまい。どうも怪しい目付でしたよ。余程いいデレ助ですわ、オツホヽヽ』 黄金姫『油断のならぬ娘だなア。そんなことを云つて本当にお前の方から何々してるのではあるまいかな。年頃の娘を持つと、親も気が揉めますワイ。オホヽヽヽ』 と吹き出して笑ふ。 清照姫『お母アさま、私だつて女ですワ、異性の匂ひを嗅いでみたい様な心もたまには……起りませぬワ、オホヽヽ』 セーリス姫『何とマア貴女等母子は気楽な方ですな、娘が母親を掴まへて惚気るといふ事がありますか、前代未聞ですワ。清照姫様はさうすると、貰ひ子と見えますなア』 黄金姫『ハイお察しの通り、竜宮の一つ島で拾うて来ましたお転婆娘で厶いますよ。今こそ斯うして宣伝使になつて真面目な顔をして居りますが、随分拾つた時分は、此育ての親を手古摺らしたものですよ。蛇が食ひたいの、蛙が食ひたいのと申しましてなア、丸で雉子の様な娘ですワ』 清照姫『雉子だの、友彦だのと、それ丈は言はぬやうにして下さい、顔が赤うなりますワ』 黄金姫『顔が赤うなる丈、まだどこか見込がありますなア。母もそれ聞いてチツとばかり安心しましたよ。カールチンも定めて、お前さまの口車にキツと乗るでせう。早うやつて来ると面白いのだがなア』 セーリス『ユーフテスを使にやつたのですから、キツと直に見えますよ。あの男も中々抜目のない人物ですからなア』 黄金『あなたもユーフテスさまに余程執着があると見えますな。どうぞ本当にならぬやうに願ひますよ。様子を考へてると、何だか怪くてたまりませぬワ』 セーリス姫『あなたの慧眼にさへ怪しく見える位でなければ、あの男が如何して擒になりませう。私も随分凄い腕を持つて居りませうがなア。神様に何だかすまないやうな気が致しますけれど、之も忠義の為だから、許して下さるでせう』 清照『セーリス姫様の上手な行方には、私も感服して居ります。到底私なんぞは足許へも寄れませぬ。爪の垢でも煎じて頂きたいものですな』 かく一生懸命になつて馬鹿話に耽つてゐる。そこへチガチガと跛をひきながらやつて来たのは右守司であつた。セーリス姫は何とも言へぬ優しみを面に浮べ、優しい声で、 セーリス姫『アヽ貴方は右守司様、よう来て下さいました。大変お待ち申して居りましたよ』 カールチン『承はれば、ヤスダラ姫様は少しく御気分が悪いとのこと、其後の経過は如何で厶います』 セーリス姫『ハイ有難う。御覧の通り、此様に元気にお成り遊ばしました。貴方がお越し下さるに相違ないと、覚束ながら独合点して、姉さまに申上げた所、不思議なことには大病はケロリと忘れた様な顔をして、ニコニコと何が嬉しいのか知りませぬが、勇んでゐらつしやるのですよ』 カールチン『それは何より結構でござる。イヤ、ヤスダラ姫様、先日は偉い御無礼を致しました。どうぞお心易う御願致します。少しくおかげんが悪かつたさうですな』 清照(ヤスダラ姫に化けている清照姫)『ハイ、有難う厶います。何だか知りませぬが、貴方のことを一寸思ふと一寸悪くなり、ヤツと思ふとヤツと悪くなり、或は一寸よくなつたり、又大変によくなつたり致しますのですよ。私の身魂はどうやら貴方の身魂と合つてる様な心持が致します。本当に妙な塩梅ですワ』 カールチン『ヒヨツとしたら、前世に於て身魂の夫婦だつたかも分りませぬな。私も何だか貴女のことを思ひ出すと、気が変になつて堪りませぬワ。エツヘヽヽヽ』 セーリス『モシ右守さま、ハンケチをお使ひなさいませ、何だかおチヨボ口の横の方から、瑠璃の玉のやうな物がしたたつてゐるぢやありませぬか』 カールチン『これは私に取つては非常な神聖にして且貴重な物ですよ。私のヤスダラ姫さまに対する隠しても隠しきれぬ喜びの露ですからなア。エヘヽヽヽ』 と目を細くし、現在其場に黄金姫が六ケしい顔をして控へてゐるのも気がつかず、清照姫にのみ視線を集注してゐた。黄金姫は右守司の視線を避けて漸く次の間に姿をかくし、ヤツと胸を撫でおろした。 セーリス姫『モシ姉さま、私がここに居つても御邪魔にはなりますまいかな』 清照姫『姉の処に妹が居るのに、何が邪魔になりませう。姉妹同士だから、他人に言へないことでも、気を許して話せるぢやありませぬか』 セーリス姫『さうですね。さう云つて下されば、私だつて嬉しいですワ。併し貴女、右守司様と何か秘密の話がおありでせう。一寸気を利かしませうか、あの粋を利かして別席致しませうかなア』 カールチン『決して決してお気遣ひ下さいますな。秘密のあらう道理はございませぬから、私も申上げたい事は赤裸々に申上げますから、ヤスダラ姫様もどうぞ遠慮なく御心中をお話し下さいませ』 清照姫はワザとツーンとして、 清照姫『私は別に右守さまに何も申上げる事は厶いませぬワ。女の身を以て奥さまのある御方に、内証話をしては済みませぬからなア』 セーリス姫は思ひ切りジラしてやらうと思ひ、 セーリス姫『さうだつて姉さま、あなた心と口と違つてゐるでせう。私がゐますと又大病が起ると互の迷惑ですから、暫らく御免を蒙ります』 清照姫『ホヽヽ甘いこと仰有いますこと、ユーフテスさまがあなたの居間に待つてゐられるものだから、気が気でないのでせう』 セーリス姫『あなただつて、私がここにゐると気が気ぢやありますまい。思へば同じ女気の、男恋しき秋の空、顔に紅葉の唐紅、とめてとまらぬ紅葉の、色……とか云ひましてなア、言ふに云はれぬ、誰だつて秘密はありますワ。それなら姉さま、一寸往つて来ます。どうぞシツポリとお楽しみ遊ばせ。なア右守さま、あまり御気分の悪なる話ぢや御座りますまい、オホヽヽヽ』 カールチンは鼻をビコつかせながら、 カールチン『左様々々、客と白鷺、立つが美事、暫くユーフテスさまと、郊外の散歩でもなさつたら面白いでせう』 セーリス姫『右守さまのイヤなこと、そんな粋を利かして貰はなくても宜しいワ。何と云つても自由結婚の流行する世の中ですもの、そんな事は如才のある私ぢや御座いませぬ。なア姉さま、古い道徳に捉はれてゐる連中の様に、吾身の一生一代に関する夫婦問題まで、無理解な親に干渉されちや堪りませぬからなア。それなら右守さま、ユーフテス……イエイエ自分の居間へ暫く下りますから、ゆつくりとお話を遊ばしませや。そしてよい結果を齎して、私にお目出度うといふ様にして下さいませ』 カールチン『兎も角、惟神ですからなア』 斯く云ふ所へユーフテスは舌を切り、鰓の辺りまで膨らせながら走り来り、 ユーフテス『あゝゝあなたは、う右守さまでせう、あゝ余りぢや厶いませぬか。人をふみこかして先へ出て来るとは。コヽコレ、セーリス姫……どの、こんな無情な人は、末が恐ろしいから、姉さまが何と仰有つても、あんたが水を注さねば……なりませぬぞや。清……オツトドツコイ、ヤスダラ姫様にお気の毒ですから』 セーリス『ユーフテス様、其お顔はどうなさいました。チツと変ぢやありませぬか』 ユーフテス『ミヽ道でぶつ倒れ、シヽ舌をかんで、コヽ此通り、ハヽ腫れました、イヽ痛くて堪りませぬ』 カールチン『コリヤ、ユーフテス、何と云ふ無礼なことを申すか。俺が、そして何時貴様を踏んだか』 ユーフテス『誠にスヽ済みませなんだ。セーリス姫は、私の予約済だから、滅多に秋波を送るやうなことはなさらぬでせうな。何だかチツと様子が変だから……ワヽ私もキヽ気が揉めますワイ』 カールチン『ワハヽヽヽ』 清照『オホヽヽヽ』 セーリス姫『マアいやなこと、ユーフテスさま、サア私の居間へおいでなさいませ。私が介抱して直して上げませう、嬉しいでせう』 とワザとに意茶ついて、右守の恋を沸きたてようとしてゐる。ユーフテスはいい気になり、姫の肩に凭れかかり、ヒヨロリヒヨロリとこの場を立つて、セーリス姫の居間へ伴はれ行つてしまつた。 後にカールチン、清照姫は互に顔を見合せ、手持無沙汰な様子で黙り込んで了つた。カールチンは姫の発言を何時迄待つても口切りがないので、とうとう劫を煮やし、矢庭に飛付く様にして、顔をそむけながら、清照姫の柔かい手を岩のやうな固い手でグツと握つた。清照姫は、 清照姫『エー』 と一声ふりはなす途端に、ヒヨロヒヨロヒヨロとカールチンは一間ばかり、後に尻餅をつき、 カールチン『あゝコレコレ、ヤスダラ姫殿、女の身のあられもない、そんな乱暴なことをするものぢやありませぬぞ』 清照姫は恥かしさうな風をして、 清照姫『それでも恥かしうてたまりませぬワ、モウこらへて下さいな、お頼みですから』 カールチン『ワハヽヽヽ、流石は女だなア、そこが尊い所だ。矢張ウブなものだワイ。生れが違ふとどこともなしに床しい所がおありなさる、ウフヽヽヽ』 と言ひながら、今度は姫の背後より両手をグツと肩にかけ、抱き締めようとするのを、清照姫は、カールチンの両腕をグツと取り、ウンと力を入れた拍子に体をすくめた。カールチンは負投を喰つて一間ばかり向ふへ飛び、床柱に後頭部をカチンと打ち、 カールチン『アイタヽヽヽ、コレコレ姫さま、何といふ手荒いことをなさるのだ。何時の間に柔術を覚えましたかな、天晴な御手際だ。ヤア感心々々』 清照姫『余り無礼な事をなさいますと、私は承知致しませぬぞや』 カールチン『何と偉いヒステリツクだなア。如何したら御機嫌がとれるかなア。まてまて、姫の心の奥底を測量もせずに無暗に相手になつて、はねるのは当然だ。惚切つた男にからかはれると、却て嬉し驚きに肱鉄砲をかまし、後から後悔する女が、間々あるものだ。姫もヤツパリ其伝だなア』 と思はず知らず小声で囁く。清照姫は可笑しさを怺へて、 清照姫『右守さま、何と仰有います。私は決してヒステリツクぢやありませぬよ。此通り、ビチビチ肥えとるぢやありませぬか。何だか知らないが、身魂が合はないと見えまして、守護神が怒つて仕様が厶いませぬワ。チツと此守護神に鎮魂でもして帰順するやうに言ひきかして下さいませな。本当に私困つちまひますワ』 カールチン『あゝそれでよく分りました。さうすると貴女の肉体はカールチンに対し、別に嫌忌の情をお持ちになつてるのぢやありませぬなア』 清照姫『ハイ』 カールチン『本人の肉体さへ承知なら、守護神位、何と言つた所で、物の数でもありませぬワイ』 と言ひながら、又もや姫の手をグツと握る。清照姫はワザと声を尖らし、 清照姫『妾はヤスダラ姫の副守護神、三五教の宣伝使清照姫で厶るぞよ。汝苟くも右守司となり、万民を導く身でゐながら其卑しき振舞は何事ぞや。容赦は致さぬぞ。今其方を投げつけたのは、此清照姫の霊がしたのぢや。決してヤスダラ姫の所為ではない程に、誤解をせぬやうにしたがよからう。清照姫は最早此肉体を立去る程に、後は其方の自由に致したが宜からうぞや。ウンウン』 ドスンと飛上り、清照姫はおこりのおちたやうなケロリとした顔をして、カールチンの顔を打眺め、 清照姫『ヤア貴方は恋しい慕はしい右守さまで御座いましたか、能うマア御多忙な職務をすてて、妾の願を叶へて御出で下さいました、あゝ嬉しう御座います。どうぞ不束な私、お見捨なく末永く可愛がつて下さいませ』 と右守の膝に頭をなげつけ、首を左右にふつて嬉し泣の真似をして見せる。カールチンは悦に入り、 カールチン『ウツフヽヽヽ、イヤ姫、心配なさるな。其方の事なら、如何なることでも吾力に叶ふことならば、叶へて進ぜませう。どうぞカールチンも今の心で何時迄も愛して下さいや』 となまめかしい声で、目を細くして喋り出した。どこともなく、桶の輪がゆるんだやうな言葉遣ひである。 清照姫『ハイ有難う厶います。それなら此ヤスダラ姫の願は何でも聞いて下さいますか』 カールチン『申すに及ばず、どんな事でも聞いて上げるから言つて見なさい』 清照姫『それなら申上げますが、決してお腹を立てて下さいますなや。貴方も御存じの通り、セーラン王様は茲一ケ月の後には万事の準備を整へて、貴方様に後をお譲り遊ばすことに内定して居りますのは確です。さうすれば貴方は右守司ではなくて、入那の都の刹帝利様、さう御出世を遊ばした時は、こんな卑しき女は体面に係はると仰有つて、キツと妾をお捨て遊ばすでせう。貴方が本当に私を愛して下さるのならば、ここで一つどこまでも捨てないと云ふ書付を書いて下さいませぬか』 カールチン『如何なる難問題かと思へば、そんな事か。ヨシヨシ、書いてやらう。何と書けばいいのだなア』 清照姫『私の要求は到底貴方には聞入れられますまい。いざと云ふ場合になれば、キツと拒絶なさるにきまつて居りますワ』 カールチン『武士の言葉に二言はない。女の一人位誑かつて何になるか。早く其要求の次第を細々と言つて見なさい』 清照姫『貴方が刹帝利にお成り遊ばした暁は、キツと妾を正妃にして下さるでせうなア』 カールチン『ウーン、そりや、せぬでもないが、私にはテーナ姫といふ女房があるぢやないか』 清照姫『其テーナさまは、貴方が右守司としての奥さまでせう。決して刹帝利の奥さまでは厶いますまい。刹帝利の奥さまには誰をお選みですか。ヤツパリ依然として古いのを御使用遊ばしますか。それでは折角貴方が一切の規則を革新しようとなさつても、城内の空気を新しくする事は出来ますまい。能う考へて御覧なさい。バラモン教の大教主大黒主の神柱は、永らく共に苦労を遊ばした糟糠の妻を放逐し、新規蒔き直しの若い美はしい石生能姫様を正妃と遊ばしたぢや厶いませぬか。大黒主様でさへも遊ばしたことを、貴方が出来ない道理はありますまい。サア何卒これからきめて下さい。おイヤですかな。おイヤならばお厭とキツパリ言つて下さい。私にも一つ覚悟がありますから』 カールチン『成程さう聞けばそれも尤もだ。それなら貴女を正妃とすることを固く約しませう』 清照姫『有難う厶います、それなら今日から私はあなた様の誠の妻ですなア』 となまめかしい声を出し、満面に笑を湛へて凭れかかつた。其しをらしさにカールチンは骨も魂も抜けた如くグニヤグニヤとなつて了ひ、顔の相好を崩して平素のさがり目を一入下げ、声の調子まで狂はしながら、 カールチン『ウンウンよしよし、お前の云ふことなら、命でもやらう。ホンに可愛い奴だなア、エヘヽヽヽ』 清照姫『それなら妾に一つの願が厶います。御存じの通り、最早刹帝利の授受は円満解決の曙光を認めてゐるのですから、大黒主様の軍隊を借用するのはお止めになつたら如何ですか、何程円満解決とは言ひながら、カールチンは刹帝利の位を奪はむ為に、大黒主様の軍隊を借用して脅迫したといはれては末代までの不名誉、又国民一般に対しても治政上大変な障害となるぢやありませぬか。どうぞ妾の御願ですから、一時も早く早馬使をハルナの都にさし向け、軍隊の派遣を断つて下さいませ。大黒主様だつて、近国に動乱が起つてゐるのですから、大変な御迷惑でせう。一層の事、貴方の軍隊を全部応援の為お差向けになつたならば、貴方の武勇は天下に轟き又大黒主様のお覚えはますます目出度く、遂にはハルナの都の後継にお成りなさる端緒を開くといふものです。これ位の決断がなくては到底駄目ですからなア』 カールチン『成程さう聞けばさうだなア。それなら一先づ吾館へ立帰り、早馬使を走らせて、軍隊の派遺を御辞退申上げ、味方の勇士をして、残らず大黒主様の為に応援させよう。ヤア、ヤスダラ姫、又ゆつくりとお目にかからう。キツと明日は早朝から登城するから、安心して待つてゐるがよい。左守殿へも其方から宜しく言つて下さい。私から云ふのは何だか都合が悪い様だから』 清照姫『父の左守は最早妾の切なる恋を看破し、夜前も厳しく膝詰談判を致しました故、命をかけて、いろいろと陳弁しました所、ヤツと得心して呉れまして……流石は俺の娘だ。よい所へ気がついた、お前がさうなつてくれれば、右守司との暗闘もこれでサツパリ解けるだらう……と喜び勇んで別れた位ですから、父の方は決して御心配くださいますなや』 カールチン『ヤスダラ姫殿、お名残惜しいが、明日又お目にかからう』 と云ひながら、滴る涎をソツとたぐり、イソイソとして己が館へ立帰るのであつた。後に清照姫は帰り行く姿を、首を伸ばして眺めてゐたが、何時の間にやら姫の首は三つ四つ縦に動き、赤い舌まではみ出して居た。 (大正一一・一一・一四旧九・二六松村真澄録)
228

(2315)
霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 09 狐狸窟 第九章狐狸窟〔一一三四〕 ユーフテスは外から呼んだ女の声に不審の念晴れやらず、腕を組んで暫く「ウーン」と溜息をついてゐる。外より以前の女の声、 外の女(別のセーリス姫)『もしもしユーフテス様、セーリス姫で厶います。這入りましてもお差支は厶いませぬかな』 ユーフテス『差支がないとは申さぬ。二人もセーリス姫があつて堪るかい。ばヽヽヽ化物奴、早く退却せい。ユーフテスには腕があるぞ』 外の女『オホヽヽヽ御両人さまが密約御成立の間際に、白首が参りましては、嘸御迷惑でせう。然しながら、あたえは本当のセーリスですから、何と仰有つても侵入致しますよ』 ユーフテス『主人の許可もないのに無断で闖入すると、治警法嘘八百条によつて告発してやるぞ。それでも承知なら、闖入なつと乱入なつと、やつたら宜からう。アーン、オホン』 セーリス姫『何方か知りませぬが、何卒お這入り下さいませ。あなたも矢張セーリス姫さまで厶いますか。妙な事もあるものですな』 外の女『ハイ、有難う厶います。同名同人のセーリス姫ですよ』 ユーフテス『こりやこりや女房、オツトセーの俺に答へもなく、勝手に女を吾居間へ引き入れると云ふ事があるか。婦人道徳をチツトは考へたがよからうぞ』 セーリス姫『オホヽヽヽヽようそんな事仰有いますな。女の居間へ女が来るのが、何がそれ程悪いのですか。貴郎如何です、私一人の女の居間へ何時もニヨコニヨコやつて来るぢやありませぬか。外のセーリス姫さまが御入来になるのが不道徳ならば、貴郎の方が余程不道徳ですわ、あゝもう貴郎の御面相が俄に怪体になつて来て、私は兎も角、腹の虫が排日運動をやりかけました。国際問題の起らぬうちに早く退却して下さい。ねえ、オツトセーのユーフテスさま』 ユーフテス『こりやこりや女房、何と云ふ暴言を吐くのだ。千年も万年も添うて呉れと云つたぢやないか。心機一転と云ふも実に甚だしい』 セーリス姫『手を翻せば雨となり、手を覆へせば風となる、君見ずや管鮑貧時の交、此道近人すてて土の如し、オホヽヽヽヽ』 ユーフテス『女と云ふものは本当に分らぬものだな。八尺の男子を三寸の舌鋒で、肉を剔り骨を挫き、血を搾るやうな目に遇はしやがる。貴様は大方化州だらう。アーン』 セーリス姫『ホヽヽヽヽ貴郎も余程頓馬ですな、開闢以来女は化物と云ふぢやありませぬか。そんな訳の分らぬ様な野呂作では、婦人に対し彼是云ふ資格はありますまい。ねえ外からお出でやしたセーリス姫さま、どつちが化物だか分つたものぢやありませぬねえ』 外の女『どうせ化物ばかりの跳梁跋扈する世の中ですもの、このユーフテスさまだつてヤハリ化物ですわ。恋と云ふ曲者の魔の手に誑惑されて、三代相恩の主人の陰謀を残らず相手方へ密告なさる様な世の中ですもの、百鬼昼行は現代の世相だから、如何ともする事は出来ますまい。是から二人の女が両方から膏を搾つてあげませうか。女と云ふ字を二つ書いて真中に男の字をはさむと嫐られるとか読むさうですな。オホヽヽヽヽ』 セーリス姫『男の字を二つ並べて女を一字はさめると嬲るとか読むさうですわ。何れ恋とか鮒とかに嫐られてゐる天下の色男だから、嬲るのも嫐られるのも光栄でせう。サア遠慮は要りませぬ。外のセーリス姫さま、お這入り下さい』 ユーフテス『何が何だか狐に魅されてる様だ。ハテ、如何したら此真偽が分るだらうかな』 と頻りに首を捻る。其間に外の女は襖をガラリと引き開け、転け込む様にしてユーフテスの前にドスンと音を立てて坐り込んだ。其反動でユーフテスは一尺ばかり大の図体を撥ね上げられ、惰力が余つて二つ三つ餅搗きの演習をやつてゐる。 女『これ、ユーフテスさま、お怪我は如何ですか。あてえ、本当に心配しましたわ』 ユーフテス『こりやこりや女、何を吐かしやがる、セーリス姫の真似をしやがつて、馬鹿にするな。そんな事でちよろまかされる様なユーさまぢやないぞ』 女『ホヽヽヽヽ已に已に騙されてゐるぢやありませぬか。ユーさまの舌が俄に直つたのは何とお考へです。本当の人間なれば、さう即座に神言を称へたつて直るものぢやありますまい。セーリス姫ぢやと思うて居なさるのは、其実は狐々さまですよ。ねえセーリス姫さま、さうでせう』 セーリス姫『お察しの通り狐々さまかも知れませぬ。あたい何だか肌に薄い毛がモシヤモシヤ生え出した様な気が致しますわ。オホヽヽヽヽ、イヤらしいわいの。こんな毛の生えたものを、それでも女房にしてくれると仰有る、涙もろい慈悲深い頓馬野郎があるのですからね。まるつきり女でも捨てたものぢやありませぬわ。イヒヽヽヽ』 ユーフテス『こりやこりや、セーリス、到頭貴様は発狂しよつたな。オイ、ちつとシツカリして呉れぬかい』 セーリス姫『あなた、チツとシツカリなさいませや。あてえ今までセーリスさまになつて化けてゐたのよ。ユーさまの睫の毛が何本あると云ふ事も、みんな知つてゐますわ。そして気の毒ながら、お尻の毛は一本もない様に頂戴しておきました。ウフヽヽヽヽ』 ユーフテスは俄に懐から手を伸し、尻に手をあて、尻毛の有無を調べて見、指でクツと毛を引つ張つて見て、 ユーフテス『アイタヽヽヤツパリ毛は依然として蓬々たりだ。オイ、セーリス姫、憚りながら一本だつて紛失はして居ないぞ』 セーリス姫『オツホヽヽヽ、いつも肛門から糞出さして御座るぢやありませぬか。フヽーン』 ユーフテス『えー糞面白うもない。糞慨の至りだ。オイ、外から来た女、貴様は早く去んでくれ、俺の家内が貴様の邪気にうたれてサツパリ発狂して了つた。アーン、さあ早く去なぬかい』 女は涙をホロホロと流し、悲しさうな声で、 女『これ旦那さま、否オツトセー様、チツト確りして下さいませ。あたいは本当のセーリス姫ですよ』 セーリス姫『これ旦那様、チツト確りして下さいや。あてえこそ本当のセーリス姫よ』 と右左よりユーフテスの袖に取りすがり、両手を一本づつ握つて「ヤイノヤイノ」と言ひながら変つた方面へ力限りに引張る。ユーフテスの腕は関節の骨が如何かなつたと見えて、パチンと怪しき音を立てた。 ユーフテス『アイタヽヽヽ待つた待つた、さう両方から腕を引張られちや男が立たぬぢやないか、いや俺の体が立たぬぢやないか。許せ許せ、色男と云ふものは叶はぬものぢや。何故かう女に惚れられる様に生れて来たのだらう。二人の美人に攻められて、判別も付かず、烏の雌雄を何うして識別し得むやだ。五里霧中に彷徨するとはこんな事をいふのかな』 セーリス姫『ホヽヽヽ、五里霧中所か無理夢中ですわ。それも一理ありませう。エヘヽヽヽ、さあ後のセーリスさま、力一杯可愛い男を引張つて下さい。あたいも引張りますから……』 ユーフテス『アヽヽアイタツタヽヽ待つた待つた、待てと申さば、二人の女房、暫らく待ちやいのう』 女『もしユーさま、両手に花、右と左に月と雪、貴郎も今が花ですよ。男と生れたからは一度はこんな事もなくては、この世に生れた甲斐がないぢやありませぬか』 ユーフテス『何程、甲斐があると云つても、さう引張られちや腕がなくなるぢやないか。もうもう女は懲り懲りだ。只今限り綺麗サツパリと断念する。さう心得たがよからうぞよ』 セーリス姫『オホヽヽヽ、何と気の弱い男だこと。僅か二人や三人の女に嫐られて弱音を吹くとは見下げはてたる瓢六玉だな。さうだと云つて、一旦思ひ詰めたユーさまを如何して思ひきる事が出来ませうぞ。ねえ、後から御出でたセーリスさま、さうぢやありませぬか』 女『本当に意志の薄弱なユーさまには、あたいも唖然と致しましたよ。女にかけたら男と云ふ奴ア話にならぬ程弱いものですな。私だつて一旦約束したユーさまには如何しても離れませぬわ。今更別れる様な事なら、潔う睾丸噛んで死んで了ひますよ。オホヽヽヽ、これユーさま、此中で一人は本真物、一人は化物だが、どつちが本真物か調べて下さい』 ユーフテス『どちらを見ても何処一つ変つた点がないのだから、俺は実は、その真偽判別に苦しんでゐるのだ』 女『それなら、その真偽の分る方法を教へてあげませう。貴郎の頬辺を二人の女に抓らして御覧、痛さのひどい方が本物ですわ。何程よく似たと云つても、ヤハリ妖怪は妖怪、肝腎の時に力がありませぬからね』 ユーフテス『うん、そりやさうだ。よい事を聞かして下さつた。それなら両方の頬辺を一時に抓つて見い』 女『力一杯あてえも抓りますから、セーリス姫さまも抓つておあげやす。一二三つ』 と云ひながら二人の女はユーフテスの両方の頬を力一杯捻ぢる。 ユーフテス『おー随分痛いものだな。あんまり痛くて度が分らぬわい。どちらも同じ様な痛さだよ。オイも一つ気張つて抓つて見い』 二人は顔見合せながら、又グツと抓る。 ユーフテス『いゝゝゝ痛いわい。あゝゝゝゝもういゝもういゝ、さつぱり分らぬ。意地の悪い、どつちも同じやうに痛いわい。こりやヤツパリ、先の嬶嘘つかぬと云ふから、前のが本当だらう。オイ後の奴、今日から暇をくれてやるからトツトと帰れ』 女『いえいえ、何と仰有つても、これが如何して帰られませうか。姉のヤスダラ姫様に対しても合す顔がありませぬ。お父様の前にも大きな顔して帰られませぬ。それなら何卒あなたの手にかけて殺して下さい。それがせめても貴方の御親切で厶います。オホヽヽヽヽ』 ユーフテス『益々分らぬ様になつて来よつた。オイ一寸待つてくれ、両人、之から手水を使つて来て、沈思黙考せなくちや真偽の審神が出来ないわ』 セーリス『あなた今まで活動なさつた事に就て最善を尽したと思つて居ますか。或は横道を通つたとお考へにはなりませぬの。それを一寸聞かして下さいな』 ユーフテス『縦横無尽に活動するのが智者の道だ。縦も横もあつたものかい。正邪不二、明暗一如だ。兎も角善の目的を達しさへすれば、それが神様へ対して孝行となるのだ。此ユーフテスは悪逆無道の右守の司の陰謀を探査して、王様の為に獅子奮迅の活動をやつてゐるのだから、決して悪い行動をとつたとは微塵も思つて居ないよ。忠臣の鑑と云ふのは、天下広しと雖も此ユーフテスより外にはないからな。是から三十万年の未来になると、晋の予譲だとか、楠正成とか大石凡蔵之助とかが現はれて、忠臣の名を擅にする時代が来るが、今日では正に俺一人だ。此忠臣を夫に持つセーリス姫は余程の果報者だ。(義太夫)「女房喜べユーフテスは王様のお役に立つたぞや…………とズツと通るは松王丸、源蔵夫婦は二度ビツクリ、夢現か夫婦かと呆れはてたるばかりなり」と云ふ次第柄だ。ウツフヽヽヽ』 セーリス姫はユーフテスの横面を平手でピシヤピシヤと殴りながら、 セーリス姫『これユーさま、おきやんせいな。何をユーフテスのだい。好かぬたらしい』 女『イツヒヽヽヽ、それなら化物のセーリスさまは一先づ化を現はして退却致します。ユーフテスさま、目を開けて御覧、あてえ、こんな者ですよ』 と花も羞らふ様な美人が忽ちクレツと尻を捲り、ユーフテスの目の前につき出した。見れば真白の毛が密生し、太い白い尻尾がブラ下つてゐる。ユーフテスは「アツ」と叫んで其場に顛倒した。女は忽ち巨大なる白狐と化し、セーリス姫に叮嚀に辞儀をしながら、ノソリノソリと此場を立つて何処ともなく姿を隠した。 セーリス姫『オホヽヽヽ、まアまア旭さまのお化の上手な事、斯うなると自分も白狐になつて見たいわ。どれどれユーフテスの倒れてる間に、一つ化けて見ようかな』 と云ひながら俄に鏡台の前に坐り、狐の顔に作り変へ、ユーフテスの面部に清水を吹きかけた。ユーフテスはウンウンと呻くと共に起き上り、目をパチつかせてゐる。セーリス姫は狐に作つた顔をニユツと出し、 セーリス姫『これユーさま、気がつきましたか。ホヽヽヽヽ』 ユーフテスはセーリス姫の姿を見て二度ビツクリし、 ユーフテス『やあ此奴あ堪らぬ』 とノタノタノタと自分も狐の様に這ひ出し、長廊下をさして己が館へ逃げて行く。 (大正一一・一一・一五旧九・二七北村隆光録)
229

(2317)
霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 11 河底の怪 第一一章河底の怪〔一一三六〕 墓場に迷ひ込み、怪物に荒肝をとられて二度ビツクリをしながら、息を喘ませ、イルナ城のヤスダラ姫に会はむものと、宵暗の路を駆け出した。十五夜の満月は、ソロソロ地上に光を投げ始めた。カールチンは月の光に漸く安心し、立止まつて、両手を合せ、月神を拝しながら独言、 カールチン『あゝあ、恋の闇が何うやら明るくなつて来たやうだ。むすびの神は月下氷人とか言ふさうだから、恋路の暗を照らすお月様は、俺にとつては助け神のやうなものだ。あゝ月なる哉月なる哉。これからヤスダラ姫の居間にツキ、いろいろ雑多と意茶ツキ、粘りツキ、武者ぶりツキ、終ひには悋気の角を生やして咬みツキ、食ひツキといふ段取になるかも知れないぞ。エヘヽヽヽ』 と涎をたぐりつつ入那川の橋詰迄やつて来た。不思議や深さ一丈余りもある川底が水晶の如く透き通り、月夜にも拘らず、小魚の泳ぐの迄がハツキリと見えて来た。カールチンは、 カールチン『不思議な事があるものだ。昼でさへも此川はうす濁りで底の見えた事はないのに、今日は又何うしたものだらう、透きとほつた水晶の水が流れてゐるワイ。ヤツパリ之も月の大神様が、俺達の恋の前途を祝して下さるのだらう』 と独言ちつつ、覗き込んでゐる。そこへ水底をもがきながら、流れて来たのがテーナ姫であつた。 カールチン『ヤア、テーナの奴、この川上で落馬して川へはまり、此処まで流れて来よつたと見えるワイ。何だか、まだ川の底で動いてゐるやうだ。ヤア、此処で、とうとう沈澱するらしいぞ』 どこともなく声ありて、 (ユーフテス)『テーナ姫は其方の女房ではないか。なぜ命を的に河中に飛込み救うてやらぬのか。ホンに水臭い男だなア』 と叫ぶ者がある。後ふり返り見れば、ユーフテスであつた。 カールチン『コリヤ、ユーフテス、どこから来たのだい。救はうと救ふまいと、俺の女房だ。貴様等の敢て干渉する範囲ぢやないわい。黙つて居よう』 テーナ姫は川底に坐り込み、何だか手をあげて救ひを叫ぶ。其声は残らず水の泡となつて、ブクブクブクと屁の玉が風呂の中で行列して浮き上る様になつて居る。 ユーフテス『旦那さま、あんた俄に水臭くなりましたなア。何程恋の邪魔になると云つても、女房を見殺しにするのは、チツト不道徳ぢやありませぬか』 カールチン『どうで不道徳だらうよ、併し事の成行ならば仕方がないぢやないか』 かく話してゐる所へ、又もや川底をゴロリゴロリと流れて来る女の姿が手に取るやうに見える。二人は目を見はつて、よくよく見れば、妙齢の美人ヤスダラ姫が綺麗な着物を着飾つた儘、髪を垂らして流れて来た。そしてテーナ姫の沈んでゐる所へ折よく沈澱した。 カールチン『ヤア、此奴ア大変だ、肝腎の目的物が身投をしたと見える。此奴ア、助けにやなるまい』 と赤裸にならうとするのを、ユーフテスは其手をグツと握り、 ユーフテス『モシモシ旦那さま、危ない危ない、こんな所へ飛び込まうものなら、それこそテーナ姫さまと情死するやうなものだ。おきなさいな』 カールチン『ナーニ、俺はヤスダラ姫と心中するのだ。かもてくれない』 と赤裸になり、飛込まうとするのを、グツと襟髪をつかみ、 ユーフテス『待てと申さば、先づ先づお待ちなさいませ』 カールチン『エヽ邪魔ひろぐな、グヅグヅしてると、ヤスダラ姫の息の根が切れてしまふぢやないか』 川の底では二人の女が、組んづ組まれつ、力限りに格闘を始め出した。カールチンは、 カールチン『コラ、テーナ姫、何をする、俺が了簡せぬぞ』 と云ふより早く、着物を着たまま、ザンブと飛込んだ途端に、ブルブルブルと石を投込んだ様に沈んで了つた。橋の袂には凩が笛を吹いて通つてゐる。ユーフテスと見えた男は忽ち巨大な白狐となり、のそりのそりと橋を渡つてイルナ城さして進み行く。 テーナ姫の出陣の後、館の守備に任ぜられ、ハルナの応援軍から取残された大男、ハルマンは此頃カールチンの挙動の常ならぬのに不審を起し、日が暮れても主人の帰りなきを案じて橋詰迄やつて来た。川の面は月の光でキラキラと光つてゐる。忽ちムクムクと川底から浮上つた黒い影がある。ハルマンは透かし見て、 ハルマン『ヤアやこれは誰かが川へはまつて死にかけてゐるのだ。助けにやならぬ』 と衣類を脱ぎ捨て、身を躍らしてザンブとばかり飛込み、黒い影を矢庭に引掴み、抜き手を切つて一方の手で水をかき分け、泳いで岸に取りつき、救ひ上げ、いろいろと介抱して呼び生かし、よくよく見れば右守司のカールチンであつた。ハルマンは二度ビツクリ、言葉もせはしく、 ハルマン『ヤア、貴方は旦那様ぢや厶いませぬか。危ないこつて厶いました。チと確かりして下さいませ』 カールチンは漸くにして気が付き、 カールチン『あゝお前はヤスダラ姫か、危ない事だつた。俺も一生懸命にお前の命を助けてやらうと思うて飛込んだのだ、マアよかつた。サア之から城内へ行かう、こんな所にグヅグヅして居つて、人に見付けられちや大変だから』 ハルマン『モシモシ旦那様、確りなさいませ。ここは何処だと思つて厶るのですか』 カールチン『ここは入那川の堤ぢやないか、サア早く行かう。ヨモヤ又目を剥いたり、妙な手付をして俺をおどかす狸村喜平ぢやあろまいな、エーン』 ハルマン『モシモシ旦那様、私はヤスダラ姫ぢや厶いませぬよ、家来のハルマンですがな。チと確かりして下さいな』 カールチン『ヤスダラ姫の命は助かつたか、何うだ。早く様子を聞かしてくれないか』 ハルマン『そんな人は如何なつたか、私や分りませぬ。只貴方さへ助ければ私の役がすむのぢやありませぬか。ヤスダラ姫なんて、テルマン国から逃げて来たやうなアバズレ女に構ふことがあるものですか。あんな奴ア、死なうと生きようと放つときやいいのですよ。貴方もヤスダラ姫を大変に憎んで居らつしやつたぢやありませぬか。サマリー姫様が此頃の貴方の御精神が変つて、如何やらヤスダラ姫を王様の女房にしさうだと云つて、大変に疳を立てて泣いてばかりゐられますよ。私はそれが気の毒で見て居れないので、かうして捜しに来たのです。何で又こんな川へ、盲でもないのに落込みなさつたのですか』 カールチン『今は何時だ、テンと訳が分らぬやうになつて来たワイ』 ハルマン『夜の五つ時、あの通りお月様が東の空へお上りになつてるぢやありませぬか。サア、私がお供して帰りませう。お召物もズクズクになり、風に当つてお風邪でも召したら大変です』 と言ひながら、無理にカールチンを引抱へ、大力無双のハルマンは右守司の館を指して、トントントンと地響させながら帰つて行く。 (大正一一・一一・一六旧九・二八松村真澄録)
230

(2318)
霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 12 心の色々 第一二章心の色々〔一一三七〕 カールチンの奥の間にはハルマン、サマリー姫と主人の三人が鼎坐となりて、ヒソビソ話に夜の明くるのも知らず、耽つてゐる。 ハルマン『旦那さま、貴方はお昼前から、館をソツとお立出でになり、お帰りが夜になつてもないので、若しや御城内で、お酒でもおすごし遊ばし、クダを巻いて皆の者を、いつものやうに困らせて厶るのではあるまいかと心配でならず、ソツと城内を窺うて見た所が、門番の話にも、今日は右守さまのお姿は見なかつたと言ひ、女中共に聞いて見ても、お越しがないと言つて居ましたので、そこら中を捜しまはつて居りました所、入那川の水面に怪しい音がするので、ハテ不思議と立止まり様子を考へてゐると、大きな狐がノソノソと橋を渡つて北の方へ行く。此奴ア変だと水面を眺めてると、パツと浮上つた黒い影、命カラガラ飛込んで救ひ上げ、よくよく見れば旦那様、取止めもないことを仰有つて、本当に此ハルマンも如何なる事かと気を揉みました。奥様の御不在中に、若しもの事があつたら、此ハルマンは申訳がありませぬからなア、マアマア結構で厶いました』 サマリー姫『お父さま、此頃はお母アさまの不在中ですから、何卒どつこへも行かずに内に居つて下さい。心配でなりませぬ。もし御登城遊ばすなら、何時ものやうに二三人の家来を伴れて行つて下さい。苟くも右守司の職掌でありながら、一人歩きをなさるとは、余り軽々しいではありませぬか』 カールチン『ナアニ、一人歩くのにも、之には言ふに云はれぬ秘密があるのだ。俺の神謀鬼策は女童の知る所でない。マア俺のする様に任しておいたが宜からうぞ』 ハルマン『日中ならばソリヤお一人でも宜しからうが、今夜の様な事があつては大変ですから、何卒日の暮れない内に之からお帰り遊ばす様に願ひます。若い男が恋女の後を追ふ様に、夜分にコソコソと一人歩きするのは、何卒心得て下さいませ。姫さまも大変に御心配遊ばしますから……』 カールチン『イヤ実の所は、お前の知つてる通り、女房が出陣をしたのだから、先づ第一に大自在天様に御祈願を凝らし、御先祖の墓へも参り、女房の武勇を発揮するやう祈つて居つたのだ。そした所が、御先祖様の石塔の後から、テーナ姫の顔其儘の怪物が現はれ、恨めしの冷飯の……と吐きやがつて、怪体な手付を致し、終焉の果にや、毬のやうな目を剥きよつた。そこへ又一人の化物がやつて来て、傘のやうな目玉を剥きよつたものだから、流石の俺も一寸おつたまげて、わが家を指して逃帰る途中、誤つて入那川へ陥没したのだ。そこを貴様が折よく通つて助けてくれたのだ、マア有難い、御礼を申さねばなるまい。併しながら、エー……ン、彼奴の命は如何なつたか知らぬてな』 ハルマン『彼奴の命も此奴の命もあつたものですか。貴方は大変に、ヤスダラヤスダラと仰有いましたが、ヤスダラ姫に対し、何かお考へがあるのですか』 カールチン『何、別に之といふ考へもあるのぢやない、彼奴の生死に就いて、少しばかり気にかかつてならないのだ』 サマリー姫『私もヤスダラ姫さまの事が気に係つてならないのですよ。噂に聞けば、テルマン国からお帰りになつたといふ事、若しや王様と御夫婦にでもなられようものなら、私は如何しようかと、そればかりが心配でなりませぬワ』 カールチン『コリヤ娘、そんな心配は少しも要らない。お前はどこまでもセーラン王の妃だ。俺がキツと保証して添はしてやるから安心せい。併しながら、若しも俺の女房が、今度の戦ひで命を奪られるやうな事があつたら、お前何と思ふか』 サマリー姫『それは申すまでもなく、悲しう厶います。お父さまも矢張り悲しいでせう』 カールチン『そりや俺だつて、悲しい……のは当り前だ。併しながらウーン……』 サマリー姫『お父さま、其後を言つて下さい。如何なさると仰有るのですか』 カールチン『マア刹那心を楽しむのだな。其時や其時の又風が吹くだらうから』 ハルマン『モシ姫さま、御心配なさいますな、旦那さまの心の中には、行先の事までチヤンと成案があるのですから……それはそれは抜目のない旦那さまですから、流石は貴女のお父さまだけあつて、よく注意の行届いたものです。ヤスダラ山の春風が吹いて、此お館は軈て百花爛漫、天国の花園と変るかも知れませぬ』 サマリー姫『お父さま、貴方は此頃、大変にヤスダラ姫さまを御贔屓遊ばすさうですが、ヨモヤ、セーラン王様の御妃になさる御考へぢやありますまいな。さうなりや、私はどうしたら良いのですか』 カールチン『すべて人間は、何事も十分といふ事はいかぬものだ。恋を得むと欲すれば位を捨てなくてはならず、位を得むと欲すれば恋そのものを放擲せなくてはならぬ。両方良いのは頬被りと○○だけだ。それさへお前に合点が行けば、お前の恋は永遠に継続させてやるが、どうだ、此間からお前に相談しようと思うてゐたが、丁度今日は好い機会だから聞いて見るのだ』 サマリー姫『妙なことを仰有います。私はイルナの国では最高級のセーラン王の妃、又国内第一の立派な夫に恋してゐるのです。それをどちらか捨てねばならぬとは、ヤツパリさうすると、貴方は王様を退隠させ、自分が年来の野心を遂げるといふ、面白からぬ御考へでせう』 カールチン『イヤ、俺の方から無理に迫るのぢやない。今までは武力に訴へてでも目的を達しようと思つてゐたのだが、お前の知つてゐる通り、大黒主様の応援軍迄お断り申し、部下の武士迄残らず遠征の途に上らせた位だから、何事も円満解決のつく見込が十分立つてゐるのだ。王様の口から仰有つたのだから、お前が何程頑張つた所で、王様の御決心は動かす事は出来まい。さうだから、位をすてて恋を選めといつたのだ。お前の夫が刹帝利になるのも、親がなるのも、お前としては別に差支がないぢやないか。チツとは親の養育の恩も考へて呉れたらどうだ』 サマリー姫『オホヽヽヽ、何とマア虫のよいお考へですこと。あの王様に限つて、そんなこと仰有る筈がありませぬワ。そりや貴方の独合点でせう。さうでなくば、城内の悪者共にチヨロまかされ、油断をさされて厶るのでせう。あゝ困つた事をなさいましたなア。あゝ併しながら、これで安心しました。貴方に軍隊を抱へさしておくと、勢に任せて脱線をなさるから気が気でありませなんだ。これで王様、一安心なさりませう。キツと貴方は翼剥がれた鳥のやうなものだから、叛逆人として入那の牢獄にブチ込まれるにきまつてゐます。それは私が気の毒でなりませぬ。併しながら海山の養育の恩に酬ゆる為、命に代へてでも貴方を助ける様に王様へ願ひますから、どうぞ之からは、悪い考へを出さないやうにして下さい。そしてヤスダラ姫様に、どうぞ接近しないやうに心得て下さい。頼みますから………』 カールチン『実の所は、何もかもブチあけて言ふが、ヤスダラ姫は最早俺の女房だ。いろいろと悪魔が邪魔をしやがつて、恋の妨害を致しよる、お前がゴテゴテいふのも、決してお前の本心からではあるまい。副守の奴、お前の口を借つて、俺の金剛心を鈍らさうとかかつて居るだらう。モウ斯うなつては俺も命がけだ。誰が何と云つても、梃子でも棒でも動くやうなチヨロい決心ぢやないから、モウ下らぬ意見は止めてくれ。ハルマン、貴様も俺が出世をすれば一緒について昇るのだから、邪魔を致しては後日の為にならないぞ、よいか。賢明な主人の本心がチツとは分つたか』 ハルマン『ハイ、分つたでもなし、分らぬでもありませぬ。併しながら、国家の為に自重せなくてはならない大切な御身の上、今後は私がどこへお出でになるにも、お供を致しますから、どうぞお一人で館を出ないやうに願ひます』 カールチン『エヽ小ざかしし、ツベコベと主人の行動に就て干渉するのか。今日限りグヅグヅぬかすと、暇を遣はすから、トツトと出て行け。サマリー姫、其方も、俺のする事に喙を入れるのならば、最早了簡は致さぬぞ。何だ偉さうに、夫に嫌はれて、のめのめと親の内へ逃帰り、世話になつてゐながら、何時までも親に対し、主人気取りで居るとは何の事だ。いゝ加減に慢心しておくがよからうぞ。最早俺は入那の国の刹帝利だ。国中に於て俺に一口でも逆らふ者があつたら、忽ち追放だから、さう思へ。エーン』 斯かる所へ慌しくやつて来たのは例のユーフテスであつた。三人はユーフテスの落着かぬ姿を見て、稍怪しみながら、ハルマンは膝を立て直し、 ハルマン『ヤア其方はユーフテス殿、いつもに変る今日の御様子、何か城内に変つたことが起つたのぢやありませぬか』 と言葉せはしく問ひかける。ユーフテスは真青な顔をしながら、 ユーフテス『城内には大変な事が突発しましたぞ。グヅグヅしてゐると、何時目玉が飛出るか、尾が下るか知れませぬ、気をつけなさいませ。旦那様も御注意をなさらぬと、馬鹿を見られちやお気の毒だと思つて御注進に参りました。私は大変にやられて来ました。前車の覆へるは後車の戒め、私のやうな失敗を旦那様にさしちや申訳がないと思ひ、忠義の心抑へ難く取る物も取敢ず、痛い足を引摺つて参つたので厶います』 ハルマン『テンと貴方のお言葉は要領を得ぬぢやありませぬか。その頬べたは如何なさいました。紫色に腫れ上つてるぢやありませぬか』 ユーフテス『天下無双の美人が両ホウから私の両ホホを、可愛さ余つて憎らしいと云つて、抓りよつたのです。ズイ分痛い同情に預かつて来ました。モシ旦那様、何卒ここ四五日は登城なさらぬやうに心得て下さい。又頬ベタを抓られちや堪りませぬからなア』 カールチン『美人に頬を抓られたのを、お自慢で俺に見せに来たのだろ。随分気分がよかつたらうのう』 ユーフテス『ハイ、宜かつたり、悪かつたり、嬉しかつたり、怖かつたり、つまり喜怒哀楽愛憎欲の七情が遺憾なく発露致しました。立派なセーリス姫だと思へば、其奴が大きな白狐になつてノソノソと歩き出す。一人は本当のセーリス姫だと思へば、其奴が又目がつり上り口が尖り、忽ち狐の御面相になつて了ふ。イヤもう入那の城内は、此頃はサーパリ妖怪変化窟となつて了ひました。何とかして本当のセーリス姫を発見しなくてはなりませぬ。旦那様も今お出でになつたら、キツと私の二の舞をやつて馬鹿を見せられるに違ひありませぬ。さうだから四五日は御見合せを願ひたいと言つてるのですよ』 カールチン『アハヽヽヽ面白い面白い、狐でも狸でも何でも構はぬ。そこを看破するのが天眼通力だ。貴様は恋の為に眼がくらんでゐるから、そんな目に遇ふのだ。そこは流石のカールチンさまだ。城内の妖怪を残らず看破して、至治泰平の天国を築き上げるのが此方の役だから、先づ黙つて俺の御手際を見てゐるがよからう。ハルマン、貴様も今が思案のし時だ。ここで改心致し、主人の自由行動を妨げないといふ誓ひを立てるなら、従前の通り、家来に使つてやらう。オイ、娘、貴様もその通りだ。今日の場合、神力無双、旭日昇天の御威勢高き俺に向つて、ツベコベ横槍を入れると、親子の縁も今日限りだ。どうだ、分つたか、エーン』 ハルマンはヤツと胸を撫で下し、兎も角も放り出されちや大変と、ワザとに嬉しさうな顔をして、 ハルマン『ハイ有難う厶いました。今後は決して何も申しませぬ。絶対服従を誓ひますから、どうぞ末永く可愛がつて使つて下さいませ』 カールチン『ウン、ヨシヨシ、それさへ慎まば、俺だつて貴様に暇をやりたいことはないのだ』 ハルマン『時にユーフテスさま、実際そんな不思議が城内に突発してるのか、チツと合点が行かぬぢやないか』 ユーフテス『ウン、本当に不可思議千万だ』 サマリー『それなら、カールチン殿、暫く妾は沈黙して、時の移るを待つであらう、さらば』 と言ひ棄て、裾をゾロリゾロリと引摺りながら、奥の間指して進み入る。ハルマンも、ユーフテスも続いて、自分の家路へ指して一先づ立帰る事となつた。カールチンは、 カールチン『ヤレヤレ邪魔物が払はれた』 と打喜び、化粧室に入つて、いろいろと顔の整理を終り、美はしき衣服を身に纒ひ、裏門よりニコニコとして、城内指して又もや進み行くのであつた。 (大正一一・一一・一六旧九・二八松村真澄録)
231

(2322)
霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 16 失恋会議 第一六章失恋会議〔一一四一〕 右守の館の奥の一間には、サマリー姫とサモア姫の二人が、此頃右守司の行動の何となく遽として落着きのないのに心を痛めつつ、密々と前後策を攻究しつつあつた。 サマリー姫『サモア殿、其方は此頃の父上の御様子に就て、何か不思議に思ふ事はないか、私何ンだか心配になつて仕方がないのよ。母上がハルナ国へ御出陣になつてからは、家を外にして出歩き通し、家事一切は其方除けの有様、それに合点の行かぬは俄に髪を揃へたり髯をいぢつたり、男の癖に顔に白粉を塗つたり眉を揃へたり、衣服を毎日着替へたり、まるで若い男のする様な事ばかり為て居られるぢやありませぬか。大方ヤスダラ姫さまに口先でチヨロマカされて、アンナ狂気じみた事を為さるのぢやなからうかと、案じられて仕様がありませぬよ』 サモア姫『私の察する所では、旦那様はどうやらヤスダラ姫様に恋慕遊ばされ、現をぬかして居らつしやる様に思はれます。マンモスの話から考へて見ると、旦那には大変な悪魔が付けねらつて居る様ですわ。コリヤどうしても姫さまから一応御諫言をして戴かねば、到底私なぞが御諫め申上げてもダメですわ』 サマリー姫『困つた事がで来ましたなア。父は到底私どもの言ふ事は耳に入れる気遣ひはないから、旦那様の御信任厚きユーフテスから申上げる様にしたらドンなものだらうかな』 サモア姫『それは全然ダメでせうよ。ユーフテスが旦那様の精神を混乱させたのですもの』 サマリー姫『あのユーフテスが?そんな事を父上に勧めたのかい。何ンとマア悪い男だなア。これからユーフテスを呼び出して厳重に調べて見ませう。コレコレ、マンモス、其処に居ないか、一寸用事がある。早く来て下さい』 と呼ばはる声に襖を押開けて入り来るはマンモスであつた。彼は二人の密談を不道徳にも隣室に息を殺して立聞きして居たのであつた。 マンモス『姫さま、御呼びになつたのは私で御座りますか。何なりと、御用を仰せ付け下さりませ』 サマリー『アヽマンモス、偉う早いぢやないか。大方最前からの二人の談話をすつかり聞いて了つたのだらう』 マンモス『ハイ御推量に違はず、一切の経緯を残らず承はりました。実に困つた事になりましたねえ。是と云ふも全くユーフテスの為す行で、決して旦那様の心より出た事ではありませぬ。それだからマンモスが何時も旦那様や奥様始め姫様にも申上げたでせう。ユーフテスは実に右守家の爆裂弾だから、一時も早く放逐遊ばし、彼の代りに此マンモスを御採用下されと。私は決して私利私欲に駆られて人を落し、自分が出世をしようと思ふやうなケチな心ではありませぬ。只々お家の大事を思へばこそ、死を決して御忠告申上げたのです』 サマリー姫『兎も角もお前御苦労だが、父上の在処を一時も早く探つて連れ帰つてお呉れ。愚図々々しては居られないから』 マンモス『エヽ承知致しました。併しながら今日は貴女様の予ての御許しのサモア姫と改めて夫婦の結婚をなすべきマンモス一生の大事の日で厶りますから、何卒此御用はハルマンに申付けて下さいませ。私一生の祝日ですから、今日一日や二日に旦那様がドウカウといふ訳でありませぬからなア』 サマリー姫『コレコレマンモス、お前とそんな約束は私はした覚はない。神妙に忠義を竭した暁は、都合に依つたらサモア姫の様な美人をお前の女房にしてやらうと言つたまでだよ。斯う言ふと済まぬが、先達ての様に左守の邸宅へ忍術を以て忍び込み、下手をして捕へられ、男らしくもない、主人に頼まれた秘密まで悉皆敵方に打明けて、生命を惜み逃げ帰つて来る様な卑怯な男には、何程サモア姫だつて愛想を尽かさずには居られないぢやないかえ。モウそんな野望は思ひ切つたが宜からう。第一家筋からして段が違つてるのだから』 マンモス『ハイ宜敷う厶います。一寸の虫にも五分の魂、月夜ばかりぢやありませぬ。暗の夜もありますから、随分御注意なさいませ。サマリー姫様、サモア殿、左様なら』 と凄い文句を残してスタスタと足音荒く表を指して出て行つた。 後見送つて両人は、暫し茫然として居た。 サマリー姫『オホヽヽヽ何と男の恋に呆けたのは見つともないものだなア。サモア殿、あのスタイルを御覧になつたら、定めし満足でせうなア』 サモア姫『オホヽヽヽ、心の底から、属根嫌になつて了ひますわ。エヘヽヽヽ』 話変つて、マンモスは二人の女に手痛き肱鉄の言霊を浴びせられ、無念やる方なく、失恋者同士の応援を求めむため、犬猿も啻ならざりしユーフテスの館へさして、トントントントン駆けて行く。ユーフテスはマンモスの来訪に際し、一度も吾家の敷居を跨げた事がないマンモスが飛んで来たのは、唯事ではあるまいと、いつもなら塩振りかけて箒を立てる処だが、自分も失恋の結果、何となく心細くなつて居たので、いつもの敵も今日は強い味方が出来たやうな心持で門口に迎へに出で、 ユーフテス『ヤア、マンモス殿、其慌て方は何で厶るか。よもやサモア鉄道の脱線顛覆ではありませぬかなア』 マンモス『脱線も顛覆も通り越えて、メチヤメチヤに破壊してしまひましたよ。セーリス姫さまはどうなりましたか』 ユーフテス『どうなつたか、かうなつたか、サツパリ見当が付かないのですよ。彼奴は、ババ化物でした』 マンモス『ヘーン、あのセーリス姫が……どう云ふ意味の化物ですか。矢張りサモア姫のやうに貴方を今まで甘くチヨロまかし、最後の五分間になつて伏兵が現はれ、クリツプ砲で砲撃と出かけたのですか』 ユーフテス『何、それならまだ気が利いて居るが、セーリス姫と思つたのは大変な古狐でしたよ。大方狐の奴、本物のセーリス姫をいつの間にかバリバリとやつて了ひ、旨く化けて居やがつたと見えますわい、いやもう女には懲り懲りだ。今思ひ出してもゾツとするやうだ』 マンモス『何、そんな事があるものか。今朝もセーリス姫さまが本当に心配して「此頃ユーフテスさまのお顔が見えぬ」と云うて居たよ。併し彼奴もサモアの亜流だ。惚れられて居たと思ふと違ふから、まア断念するのだなア』 ユーフテス『如何にも断念(残念)至極だ。併しながら、右守の神様のレコはどうなつたらう、此間から舌を痛めたので外出もせず燻ぼつて居たので、一寸も御様子が分らぬが、キツト、アフンの幕が下りたに違ひなからうなア』 マンモス『サア其事について、大変サマリー姫とサモアとが御心配の体だ。俺もそれを思ふと大変気の毒で堪へられぬ……事はないわい。いや寧ろ小気味がよいやうだ』 かく話す処へ門口より、 (カールチン)『ユーフテスユーフテス』 と呼びながら入り来るは右守の司のカールチンであつた。ユーフテスは、其姿を見て口を尖らし、 ユーフテス『ヤア旦那様、血相変へて、何事で厶いますか』 カールチン『ヤア大変だ大変だ。王が二つもあり、ヤスダラ姫が二人も居るのだから、あんまり恐ろしくて居られた態ぢやない。スツテの事で……無事に命が助かるかと思つた城内は、どいつもこいつも化物ばかりだ。甘い事、柔しい事吐しやがつて俺達を安心させ、ソツと召しとらうといふ計劃だから、俺も強者、改心したやうな顔をして歌をよんで其場を誤魔化し、便所へ行くと云つて便所の穴からソツと逃げて帰つた所だ。何でも一人は本物で一人は化物だ。もうかう露顕した上はユーフテス、お前も助かるまい、俺もどうかせなけりやならないと、此処へ相談に来たのだ。ヤア、マンモス、貴様も此処へ来て居たのか、三人寄れば文珠の智慧だから、此処一つ相談をしようぢやないか』 ユーフテス『旦那様、あの奥の間から、セーラン王の声音を使つて居るのは、三五教の黄金姫と云ふ奴です。さうしてヤスダラ姫と名乗つて居る奴は、矢張贋者で三五教の宣伝使、清照姫と云ふ、鬼熊別様の妻子ですよ』 カールチン『そんな詳しい事を貴様は誰に聞いたのか』 ユーフテス『何と云うても蛇の道は蛇ですわ。或方法をもつてすつかり偵察しましたわい』 カールチン『そいつは大変だ。愚図々々して居ては俺達の命がなくなるかも知れないぞ。サア今晩のうちに吾々三人が城内に忍び込み、一人も残らず斬り殺して了はねば、枕を高うする事は出来まいぞ』 マンモス『こんどは忍術の奥の手を出しますから滅多に失敗は致しませぬ。サアお二人様、奥へお出なさいませ。私が秘密を教へます』 と奥の離室に進み入る。茲に三人は今夜の十二時を期して、黄金姫以下重なる幹部を殺害せむと、鳩首謀議をこらして居た。ユーフテスの家に仕へて居る下女のチールは三人の隠謀を残らず立聞きし、何食はぬ顔をして、そつと裏口をぬけ出し、右守の娘サマリー姫にその顛末をすつかり密告して了つた。サマリー姫は今後如何なる活動をなすであらうか。 (大正一一・一一・一七旧九・二九加藤明子録)
232

(2325)
霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 19 野襲 第一九章野襲〔一一四四〕 入那城の奥の一間には、黄金姫、清照姫、ヤスダラ姫、セーリス姫の四人は火鉢を中に囲みながら、神話に耽り、話は転じてカールチンの身の上に移つた。 黄金『右守司も種々雑多として刹帝利の位にならうと思ひ、工夫に工夫を廻らしてゐたが、とうとう清さまの美貌に迷ひ、欲と恋との二道を歩まむとして、一も取らず二も取らず、しまひの果には諦めたと見え………兵士をハルナの国へ遣はして、翼奪られしやもめ鳥あはれ………なぞと王様の前で泣言をいつて帰つて了つたが、併しあれは本気で改心をしたのではありますまい。キツと今晩あたり、失恋組を語らうてむし返しに来るかも知れませぬから、皆さま、決して油断はなりませぬぞや』 セーリス『左様な御心配は要りますまい。………かくならば最早右守の神司、君の御前に命捧げむ………と云つたのですから、ヨモヤそんな事は出来ますまい。三百騎の味方は既にハルナの国へ派遣し、武力は既に既に根底から削がれてゐるのだから、何程向ふ見ずの右守だつて、そんな馬鹿なことは致しますまいよ。………いざさらば命をめせよセーラン王、欲と恋とに迷ひし吾を………と云つて、命まで差出したのですからな』 清照『さう楽観は出来ますまいよ。恋の意地といふものは恐ろしいものですからなア。私がヤスダラ姫様になりすまして、力一杯翻弄したのだから、男の面を下げて、どうしてあのまま泣き寝入りが出来ますものか。お母アさまの仰有る通り、キツと今晩あたり、失恋組が暗殺隊を組織してやつて来るに違ひありませぬ………思はざる人に思はれ恋はれしと、思ひしことを悲しくぞ思ふ………と云つて、未練らしく愚痴をこぼしてゐましたもの、キツと此儘で泣き寝入りは致しますまい』 セーリス『それでも右守司は………今よりは生れ赤子になり変り、神と君とに誠捧げむ………と王様の前で言明したではありませぬか。あの時こそ私は右守司の心の底から出た言葉と感じました』 ヤスダラ『如何してマア此入那の城は暗闘が絶えないのでせう。昔から左守、右守は犬猫同様ぢやと聞いてゐました。仲の悪い者同志の標語は犬と猿とではなくて、入那城の左守、右守と云ふ用語迄出来てゐるではありませぬか。何とかしてかういふことのないやうに守つて貰ひたいものでありますなア』 黄金『ヤア是も誠の道の開ける径路かも知れませぬ。イヤ之が却て神様の尊き御守護ですよ。王者争臣五人あれば其位を失はず、諸侯争臣三人あれば其国を失はず、大夫争臣二人あれば其家を失はずとかいひまして、如何しても争ひといふものは根絶するものではありませぬ。又争ひの根絶した時は国家の亡ぶる時ですから、動中静あり、静中動ありといふ惟神の御経綸でせう。右守司の陰謀があつた為、セーラン王様も御威勢が天下に輝くのでせう。いつもかも平穏無事であれば、王様を始め人心弛緩して国家はますます衰頽し、政治を怠り、遂には国家自滅の悲運に陥るものです。これを思へば右守司だつてヤツパリ入那の国の柱石、心の企みは憎むべきであるが、彼が謀反を企んだ為に王の位置はますます鞏固となり、入那城の弛んで居つた箍は緊張し、国家百年の基礎を造つたやうなものですから、右守司にして改心した以上は、何処までも許してやらねばなりますまい。なア、ヤスダラ姫様、貴女は如何に思召しますか』 ヤスダラ姫『何事も善悪正邪は神様が御審判遊ばすのですから、吾々としては右守司の罪を糺弾することは出来ますまい。又自分に省みて見れば、罪に汚れた吾々同志が、如何にして人を審判く事が出来ませうぞ。只惟神に御任せするより仕方はありませぬ』 黄金姫『さうですなア。右守司だつて吾々と同じ神様の分霊、もとより悪人ではありませぬ。悪神に憑依されて、良心の許さぬ野心を遂行しようとしたのですから、其悪神を憐れみ肉体を憐れんで、善道に立帰るやうにせなくては、吾々宣伝使の職務が勤まりますまい。同じ神様の氏子だから、只の一人でもツツボにおとしては神界へ済みませぬ。右守司は春秋の筆法を以て論ずれば、右守司王位を守る入那城に忠勤を励むと見直し聞直すことも出来ませう。言はば入那城に対する救ひの神ですワ。あの鷹といふ鳥は、生餌ばかり食つて生きてる猛鳥だが、冬になると爪先が冷えて、吾身が持てないので、温め鳥といつて、小鳥を捕獲し、両足の爪でソツと握り、吾爪を温め、ソツと放してやるといふことだ。そして其小鳥の逃げて行つた方向をよく認めておいて、三日が間は其方面の小鳥を捕へないといふぢやありませぬか。鳥でさへもそれ丈の勘弁があるのだから、いはば王様は鷹で、右守司は温め鳥のやうなものだ。キツと賢明な王様は右守司の罪をお赦し遊ばすでせう。どうで今宵は夜襲に来るでせうが、大江山の眷族旭、月日、高倉明神様がお守りある以上は、キツと目的を得達せず、改心を致すでせう』 かく話す所へ、セーラン王は竜雲其他の忠実なる臣下を従へ現はれ来り、黄金姫に向ひ、 セーラン王『いろいろ雑多の御心配りに依つて、入那城も稍安泰の曙光を認めました。全く黄金姫様母子の御守護の賜物で厶います。返す返すも有難く存じます』 と感謝の意を述べ立てる。黄金姫は歌を以て之に答ふ。 黄金姫『月も日も入那の城に現はれて 三五の月の教照らせり。 三五の神の教を畏みて これの大道を守りませ君。 世の中に善しも悪しきも分ちなく 守らせ給ふ神の御稜威は』 セーラン『今となり神の教の尊さを 悟りし吾ぞ愚なりけり。 愚かなる心に智慧の御光を 照らさせ給ひし三五の神』 ヤスダラ『大君の御為国の御為と 思ひ悩みて神を忘れつ。 神なくて如何でか国の治まらむ われはこれより神に一筋。 神と君仰ぎまつりて国民に 誠を教へ諭し行かなむ』 竜雲『三五の大道を進む身なりせば 醜の曲津もさやるべきかは。 村肝の心ねぢけし竜雲も 神に照らされ真人となりぬ。 神を知り教を知るは人の身の 先づ第一の務めなるらむ』 清照『皇神の御稜威は空に清照姫の 神の司も心輝く。 今ははや入那の城を包みたる 雲霧払ひし心地こそすれ』 黄金『今しばし醜の雲霧包むとも 神の伊吹に払ひよけなむ。 セーランの王の命よきこしめせ 今宵は右守のすさびあるべき』 セーラン『よしやよし右守司の荒ぶとも 神の守りの繁き吾身ぞ。 惟神神の教に任してゆ 心にかかる村雲もなし。 悲しみも亦戦きも消え失せぬ 神の光に照らされし吾は』 セーリス『大君よ心ゆるさせ給ふまじ ひまゆく駒の繁き世なれば』 レーブ『われは今神の司に従ひて 高天原に住む心地なり。 さりながら高天原も苦しみの 交らふ世ぞと心許さず』 カル『かけまくも畏き神の御光を 仰ぎ敬ふ身こそ安けれ。 黄金姫貴の命に従ひて 入那の城に来りし嬉しさ』 テームス『照りわたる尊き神の御教に 常世の国の暗を照らさむ。 常世ゆく天の岩戸に隠れます 皇大神を引出しまつれ。 今は早天の岩戸の開け口 イルナの国もやがて栄えむ』 清照『大神と君と国との其為に 心尽しの果までゆかむ』 セーリス『よからざる事と知りつつユーフテスを あやつり来りし心恥し。 さはいへど神と君との為ならば 許させ給へ三五の神』 清照『われも亦よからぬ事と知りながら 右守の司をあやなしにけり。 カールチン右守の司よ赦せかし 清照姫のいたづら事を。 右守をばもとより憎しと思はねど 道の為には是非もなければ』 竜雲『何事も皇大神は許すべし 身欲の為のわざにあらねば』 かく歌ふ時しも、俄に玄関口の騒がしさに、レーブは一同の許しを受け、視察のために表へ駆け出した。レーブは息を凝らして外の様子を窺ひ見るに、右守司を始めユーフテス、マンモス其他十数人は、庭に敷物も敷かずドツカと坐し、携へ持つた瓢の酒をグビリグビリと呑みながら、手を拍つて切りに歌つてゐる。かと思へば、大刀を引抜き空を切り、右へ左へかけまはりつつ、バタリと倒れては起上り、一種異様の狂態を演じてゐる。レーブは不審晴れやらず、直に奥殿に引返し、王の前に復命した。 レーブ『申上げます、庭先の騒々しさに、命に依つて何事ならむと覗ひみれば、豈はからむや、右守司、門先に十数人の部下と共にドツカと坐し、酒を汲み交し、歌つて居るかと見れば、長刀を引抜き、前後左右に切り捲つて居りました。察する所、白狐さまに騙されて、月照る土の上によい気になつて酒宴を催してゐるのでせう。右守司は大変ないい声で詩吟をやつてゐました………月卿雲客或は長汀の月に策をあげ、或は曲浦の波に棹をさし給へば、巴猿一度叫んで舟を明月峡の辺に停め、胡馬忽ち嘶いて道を黄沙磧の裏に失ふ………なんて意気揚々と剣舞をやつてゐましたよ。あの詩から考へて見ますれば、畏くも王様を放逐し、あとの天下を握つた夢を見てゐるらしう厶います。実に乱痴気騒ぎといつたら見られたものぢや厶いませぬ』 セーラン王『軈て目が醒めるだらうから、明日の朝まで打ちやつておくがよからう。折角天下を取つた夢を見て喜んでゐるのに、中途に醒してやるのは気の毒だ。夢になりとも一度天下を取つて見たいといふ者がある世の中だから、一刻も長く目の醒めぬやうに楽ましてやるがよからう。アハヽヽヽ』 黄金『オホヽヽヽ王様も余程仁慈の心が発達しましたねえ。其御心でなくては、人の頭にはなれませぬぞ。サア皆さま、明日の朝まで、ゆつくりと就寝致しませう。明日は又面白い芝居が見られませうからなア』 清照姫『お母アさま、御願ですが、私だけ一寸其場へ出張させて頂く訳には行きませぬか。メツタに心機一転して、右守司様に秋波を送るやうなことは致しませぬから………』 黄金姫『オホヽヽヽ何と云つても剣呑で堪らないから、清さまは母の側を一寸も離れちやなりませぬ、猫に鰹節だからなア。オホヽヽ』 清照姫『お母アさまの御心配なさらぬやうに、セーリス姫様、貴女と二人参りませうかねえ。さうすりや、お母アさまだつて心配はなされますまい』 セーリス姫『イエイエ、それでも貴女はカールチンさまに、私はユーフテスさまに揶揄つた覚えがあるのだもの、袖ふり合ふも多生の縁と云つて、万更の他人ではありませぬからねえ。ヒヨツとして出来心が起つたら、又お母アさまに要らぬ気を揉ませねばなりますまい。モウやめませうか』 清照姫『だつて貴女、此儘寝るのも、何だか気が利きませぬワ』 黄金姫『コレ清さま、腹の悪い。又しても老人に気を揉まさうと思つて揶揄つてゐるのだなア。モウ何時だと思つてゐなさる。山河草木も眠る丑満の刻ですよ』 清照姫『王様の前だから………左様ならば、今晩はドツと譲歩しまして、お母アさまの提案に盲従致しませう。盲従組のお方は起立を願ひます。オホヽヽヽ』 セーラン王は微笑を泛べながら独り寝室に入る。黄金姫其他一同も微笑しながら、それぞれ設けられた寝室に入つて夜を明かす事となつた。 (大正一一・一一・二四旧一〇・六松村真澄録)
233

(2339)
霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 04 玉眼開 第四章玉眼開〔一一五五〕 伊太公『思ひきやきやきやきやと泣く猿に キヤツといふ目に会はされるとは』 道公『コリヤコリヤ伊太公、気楽相に狂歌所かい。宣伝使様が今日か明日か知らぬよな目に会はされて苦んで厶るのに、何を呆けてゐるのだ。サ、早く谷川へでも下りて清水を汲んで来い。俺は御介抱を申上げるから……』 伊太公『そんならお前達両人に、先生の御介抱を頼む事にしよう。俺はこれから谷水を汲んで来るワ』 といひ乍ら、水筒をブラブラブラ下げ、谷川さしておりて行く。 伊太公『ヤア此所に綺麗な水が流れてゐる。之を汲んで洗つて上げたらキツと癒るだろ。 山猿に掻きむしられて何もかも 水の御霊の救ひ求むる。 この水は神の恵の露なれば 今日は見えると言ひたくぞある。 谷川に落ち込み水を汲みに来た 深き心を汲ませ玉へよ。 此みづは眼ばかりか命まで 救ひ助くる恵の露ぞ。 惟神神の光の現はれて 玉国別の眼照らせよ。 みず知らず懐谷の山猿に 掻きむしられし事の悔しさ。 さり乍ら神の使命をおろそかに いたせし罪の報い来しにや。 時置師神の命が現はれて 心の眼開き玉へり。 待てしばしぐづぐづしてるとこぢやない 早く眼をあらはにやならぬ。 伊太公の目は大丈夫さり乍ら 師の君見る目いたいたしく思ふ』 と口ずさみ乍ら、清冽なる秋の谷水を水筒に盛り、一刻も早く玉国別を助けむと、小柴や茨を掻きわけ、息をはづませ登り行く。玉国別は両眼より血を垂らし乍ら、布にて血糊を拭き取り、手の掌を両眼にあてて痛さをこらへて俯いてゐる。道公、純公は、 道公、純公『サア大変々々』 と慌てふためき、うろたへ廻つて、チツとも間しやくに合はない。 玉国別『道公、水はまだか。伊太公はまだ帰らぬか』 道公『ハイ山路をタツタツタと下つて行たきり、今に至り姿を見せませぬ。先生が是程傷で困つて厶るのに……エヽ気の利かぬ奴ですワイ。オイ純公、貴様何をウロウロしてゐるのだ。早く伊太公の水の催促に伊太々々』 純公『エヽ洒落どころかい。大変な目に会うて吾々は進路に迷うてゐるのだ。一寸先は真暗やみだ。そんな気楽なことどこかいやい』 かかる所へ伊太公はフースーフースーと鼻息荒く登り来り、 伊太公『アヽ大変遅くなつてすみませぬ。一刻の間も早く帰りたいと思ひ、気をあせればあせる程、キツい坂で足がずり、漸くここ迄到着致しました』 道公『オイ早く水筒を出さぬかい。根つから持つてゐないぢやないか』 伊太公は腰のあたりを探り乍ら、『アツ』と一声打驚き、 伊太公『ヤア大変だ。余り慌てて、谷底へ水を汲んだなり忘れて来たのだ。オイ道公、貴様早く取つて来てくれぬかい。先生の痛みが気の毒だから、早く目を冷さぬと段々腫れて来ちや大変だ』 道公『エヽ慌者だなア、どこらに置いておいたのだ。それをスツカリ言はぬかい』 伊太公『谷川と云つたら、山の谷を流れる川だ。其水を汲んでチヤンと砂の上においてあるのだ。サア早く行かぬかい。一分間でも先生の苦痛を助けにやなるまいぞ』 純公『オイ伊太公、貴様が置いといたのだから、貴様が行かなグヅグヅ捜してゐる間がないぢやないか。本当に困つた奴だな。丸で雉子の直使だ。水を汲みに行つたつて、持つて帰らにや何になるものか』 伊太公『貴様、水を汲んで来いとぬかしたぢやないか。別に持つて帰れと迄は言はぬものだから忘れたつて仕方がないワイ。オイ純公、貴様も来てくれぬかい。実の所はどこで落したか分らぬのだ。二人よつて鵜の目鷹の目で、小柴の中や枯草の間を捜し求めて見つけて来うぢやないか、……モシモシ先生様、モウ暫くの御苦痛、どうぞ御辛抱下さいませ。誠に気の利かぬ男で厶いまして、御心中お察し申します。コラ、道公、何を呆けてゐるのだ、早く御介抱を申さぬかい』 道公『介抱せいと云つたつて、仕方がないぢやないか。俺やここで猿の再襲来を防禦してゐるから、貴様等両人、水筒捜しに行つて来い』 伊太公、純公両人はブツブツ呟き乍ら、小柴を分けて水筒の落ちた場所を探しに行く。漸くにして一丁ばかり下つた所に、水筒は落ちて居た。併し乍ら入口を下に尻を上に落したのだから、一滴も残らず吐き出して了ひ、空水筒となつて、天下太平気分で横はつてゐる。 伊太公『エヽ気の利かない水筒だな、落ちるのなら何故上向けに落ちないのだ。折角俺が呑ましてやつた水を、皆吐き出して……何と都合の悪い時にや、都合の悪いものだなア。オイ純公、仕方がない。マ一度谷底まで一走り行つて来うかい』 純公『さうだなア。水筒が見つかつた以上は貴様一人でいいのぢやけれど、元来が慌者だから、又道で落しよると何にもならぬ。俺が監視役として従いて行てやらう』 純公は水筒を懐にねぢ込み、急坂を小柴を分け、草に辷り乍ら、伊太公と共に深き谷底に下り立ち、清泉をドブドブドブと丸い泡を立てさせ、口まで満たした。 純公『すみ切りし此谷水を水筒に 呑ませて帰る身こそ嬉しき。 伊太公が折角汲んだ谷水は 水泡となりて消え失せにける』 伊太公『俺だとて落す心はなけれ共 目に見ぬ智慧を落したるらむ。 落したる瓶を拾うて音彦の 眼を洗ふわれおとましき』 純公『さア早う伊太公の奴よついて来い 眼伊太公と待つて厶るぞ』 と云ひ乍ら、又もや急坂を攀ぢ登り、漸くにして玉国別の傍に着き、水筒の水を手にすくひ、玉国別の両眼を念入りに洗滌した。 玉国別『アヽ有難い、これでスツカリ目の痛みが止まつたやうだ』 伊太公『先生、痛みが止まりましたか、それは何より嬉しい事で厶います。併し明りは見えますかな』 玉国別『イヤ痛みは余程軽減したやうだが、チツとも見えないワ』 道公『エヽ何と仰有います、お目が見えませぬか、コリヤ大変だ。大西洋の真中で蒸気船の機関が破裂したよなものだ、これから俺達は如何したら良からうかなア』 玉国別『心配してくれな。物のあいろは分らぬが、ボンヤリとそこら中が明く見えるやうだ。何れ熱が下つたら、元の通りになるだらう。これといふのも吾身の安全を第一として烈風に恐れ、肝腎の神様に祈願することや言霊を以て風神を駆逐することを忘れてゐた其罪が報うて来たのだ。実によい教訓を受けたものだ。せめて北光神様のやうに一眼なりと開かして下されば、結構だがなア』 道公はつくづくと玉国別の両眼を打ち眺め、 道公『ヨウこれは思つたよりも大疵だ。モシ先生、右の目はサツパリ潰れて了つてゐますよ。まだも見込のあるのは左の目ですよ』 玉国別『左の目は日の大神様、右の目は月の大神様だ。月の国へ魔神の征服に出陣の途中、月の大神に配すべき右の目を猿に取られたのは、全く神罰に違ない。まさしく坤の大神様が、吾目をお取上げになつたのだらう、あゝ惟神霊幸倍坐世』 道公『オイ伊太公、純公、コリヤ斯うしては居られまい、これから三人は谷底へ下つて一生懸命に水垢離を取り、先生の目の祈願をさして頂かうぢやないか』 斯く話す折しも、下の谷道を宣伝歌を歌ひつつ東北指して登り行く一隊があつた。これはケーリス、タークス、ポーロの一行が照国別の信書を携へ、斎苑館に修行に向ふのであつた。 道公『ヤアあの声は三五教の宣伝歌ぢやないか。モシ先生、キツとあれは吾々の味方に違ありませぬ。一つ後追つかけて、貴方の眼病を鎮魂して貰ひませうか』 玉国別『苟くも宣伝使の身を以て、山猿に眼を掻きむしられ、どうしてそんな事が、恥しうて頼めるものか。何事も神様にお任せするより道はないのだから、御親切は有難いが、それ丈はどうぞ止めてくれ』 道公『それだと申して、危急存亡の場合、そんな事が言うてゐられますか。今となつては恥も外聞もいつたものぢや厶いませぬ。何程神徳高き宣伝使でも、怪我は廻りものですからそれが恥になると云ふ事はありますまい。オイ伊太公、純公、何をグヅグヅしてるのだ。千危一機の此場合に泣く奴があるかい。早く宣伝歌の声を尋ねて頼んで来ぬか』 伊太公『それもさうだ。オイ純公、お前も御苦労だが、俺に従いて来てくれ』 純公『ヨーシ、合点だ。急かねばならぬ、急いては事を仕損ずる。気をおちつけて、ゆるゆる急いで行かう』 道公『何卒さうしてくれ。サアサア早う早う、手を合はして、今日は俺が頼むから』 玉国別『コリヤ三人、どうしても俺のいふ事を聞かぬのか、俺に恥をかかす積りか』 道公は頭を掻き乍ら、 道公『ダツて貴方、これが如何して安閑として居られませうか』 玉国別『神様の教に、人を杖につくな、身内を力にするな……といふ事がある。俺の目は俺が神様に祈つて何とかして貰ふから、どうぞそれ丈はやめてくれ、頼みだから』 道公『オイ伊太、純、どうも仕方がないぢやないか』 伊太公『俺達の先生だもの、俺達三人が神様に祈つて直して貰へばいいのだ。外の宣伝使に先生の恥を曝すのも済まないからなア』 玉国別は天に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、……国治立大神の神名を称へて、罪を謝した。其詞、 玉国別『高天原の主宰にして、一霊四魂三元八力の大元霊にまします大国治立大神様、私は貴神の尊き霊力体を賦与せられ、此地上に生れ来て、幼少の頃よりいろいろ雑多の善からぬ事のみ致しまして、世を汚し、道を損ひ、人を苦め、親を泣かせ、他人に迷惑をかけ、しまひの果にはウラル教の宣伝使となり、日の出別神様に救はれて一人前の宣伝使として頂きました。かかる罪深き吾々をも捨て玉はず、きため玉はず、広き厚き大御心に見直し聞直し詔直し下さいまして、尊き宣伝使にお使ひ下さいました事は、罪深き吾々に取つては、無上の光栄で厶います。かかる広大無辺なる御恩寵に浴し乍ら、知らず知らずの間に慢心を致し天下の宣伝使気分になつて、世の中の盲聾唖躄などを癒やし助けむと、勇み進んで此処迄参りました事を、誠に恥かしく存じます。今日只今山猿の手を借つて、吾々の両眼を刔出し、汚れたる心を清め、曇りたる心の眼を開かせ、身霊を明きに救ひ玉ひし其御恩徳を有難く感謝致します。人間の体は神様の生宮とある以上は何処迄も大切に此肉体を守らねばならないので厶いますが、自分の心の愚昧より大切なる肉の宮を損ひ破り、吾々の霊肉を与へ下さいました貴神様に対してお詫の申上げやうも厶いませぬ。誠にすまない無調法を致しました。仮令玉国別両眼の明を失する共、せめては心の眼を照らさせ下さいますれば神素盞嗚大神様より依さし玉ひし吾使命を飽迄も果たし、斎苑の館に復命をさして頂く考へで厶います。此上は御無理な願は決して致しませぬ。何卒々々惟神の御摂理に依りて、御心の儘にお取成し下さいます様に謹んで御願を申上げます』 と願ひ終り、両眼より雨の如く涙を流してゐる。三人も此有様を見て、思はず落涙にむせび、大地にかぶり付いて感謝の祈願を凝らしてゐる。玉国別は尚も一生懸命に、天地の大神に対し、懺悔の告白をなしつつあつた。不思議や左の目は俄に明くなり、四辺の状況は手に取る如く見えて来た。玉国別は嬉し涙に咽び乍ら、又もや拍手再拝して神恩を感謝する。 玉国別『イヤ道公、伊太公、純公、喜んでくれ。どうやら片眼が見え出したやうだ。神様は罪深き玉国別を助けて下さつた。あゝ有難し有難し』 と又もや合掌。三人は此言葉に驚喜し、 三人『あゝ有難し勿体なし』 と一斉に合掌し、勢込んで再び天津祝詞を奏上し始めた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一一・二六旧一〇・八松村真澄録)
234

(2344)
霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 09 輸入品 第九章輸入品〔一一六〇〕 月照り渡る森の木蔭に小声で話し合つて居る二人があつた。これは玉国別、純公の二人なる事は云ふ迄もない。今迄銅色の雲の衣をかぶつて居た円満具足の望の月は心ありげに二人の対話を窺くものの如くであつた。数十間隔たつた祠の森の辺りには二三人の男の笑ひ声が聞えて来た。 純公『先生、此殺風景な魔軍の通つた後に、何とも知れぬ砕けたやうなあの笑ひ声、修羅道の後へ歓楽郷が開けた様な光景ぢやありませぬか。極端と極端ですなア』 玉国別『ウン、窮すれば達す、悲しみの極は喜びだ。喜びの極みは又悲しみだ。祠を中心に何か喜劇が演ぜられて居ると見える。あの笑ひ声を聞くと私の頭痛も拭ふが如く消え散つて仕舞つたやうだ。凡て病に悩む時は笑ふのが一番ぢや。大口をあけて他愛もなく笑ひ興ずるその瞬間こそ無上天国の境涯ぢや。ヤア私も何となく面白くなつて来た。アハヽヽヽ』 純公『ヤア初めて麗しき月の大神様のお顔を拝したかと思へば又もや先生の玲瓏玉の如き温顔に笑ひを湛へられた所を拝みました。何だか私も嬉しく勇んで参りました。アハヽヽヽ』 玉国別『あの大きな笑ひ声は、どうやら道公の声のやうだつたなア』 純公『似たやうな声でしたな。あの男があれだけ大きな声で笑つたのは今が聞初めです。併し、なぜ貴方の御命令通り手を拍たないのでせうか。察する処バラモン教の奴、酒にでも酔つぱらつて凱旋気分になり哄笑して居るのぢやありますまいかな』 玉国別『さうではあるまい。道公も矢張笑ひの渦中に投じて居るのだらう』 純公『かう平和の風が祠の近辺に吹いて居るのに、いつ迄此処に楽隠居して居た処で仕方がありますまい。バラモン教の軍隊が治国別様の言霊に打たれて遁走して来るのにもう間もありますまい。兎も角もあの祠を指して参りませうか。ヤア手が鳴りました。あれはキツと道公の合図でせう。サア参りませう』 玉国別『そんなら行かう』 と立ち上り、二つの笠は空中に二本の杖は白く月に照り乍ら地を叩いて下つて往く。 祠の前には、ニコニコした顔を月光に曝し、道公が唯一人踞んで居る。 純公『オイ道公さま、お前一人だつたか』 道公『ウン合計〆て一人だ。何も居ないよ。あいさに木の葉がそよ風に吹かれて何だか訳の分らぬ事を、舌を出してペラペラと喋つて居よるが、俺の耳には植物の声はトンと聞えないわ』 純公『お前一人で二人も三人もの声を一時に出したのか、余程器用な男だねえ、先生様のお越しだ。挨拶をせぬか』 道公『今其処で別れた計りぢやないか。師弟の間柄、十間や二十間分れたつて七六ケ敷う挨拶が要るものか。そんな繁文縟礼の事をやつて居ると埒は明かないぞ。先生、貴師は私の心を御存じでせうね』 玉国別『ウンよく分つて居る。時に道公誰も居なかつたか、二人計り居つただらう』 道公『ハイ、猿の子孫が〆て二人計り祠の前に犬踞ひになつて唸り合つて居りましたよ。私の神力で、とうとう笑ひ散らしてやりました。アハヽヽヽ』 玉国別『アヽ月の光を浴び乍ら此祠の御前を借用して敵軍の帰り来るのを待つ事にしよう』 と云ひながら祠前の恰好の石に腰打ちかけた。 道公『オイ、今二人の奴の話を聞けば伊太公はどうやら敵の捕虜になつたらしいよ。併し乍ら、今となつては悔んでも及ばぬ事だ。此後吾々は伊太公を救ふため、友人の義務を尽さうではないか』 純公『さうだなア、仕方がないなア。神様が伊太公にも御守護を遊ばすからさう悲観するにも及ぶまい』 道公『これから半時以上も、こんな所でチヨコナンとして狛犬然と待つて居るのも気が利かぬぢやないか。月の光を浴びながら、谷川へ下りて水でもいぢつて来るか、さうでなければ昔話でもして時の到るを待つたらどうだ』 純公『それでも先生様が沈黙を守れと堅く仰有つたぢやないか』 道公『モシ先生、あんまり黙言て居ますと、口の中で蜘蛛の巣が張ります。又耳の穴にも棚蜘蛛が巣をかけますから蜘蛛払ひのために少し昔話でもさして下さいな。手なと足なと、口なつと赤坊のやうに始終動かして居らねば虫の納まらない厄介の奴だから、どうか広き心に見直し聞直し、ここは一つ宣り直しを願ひます』 玉国別『ウンそれも差支へはない。併し言霊戦の準備は整うて居るかな』 道公『プロペラーも、余り長らく使用しないと錆がついて思ふやうに円滑に回転しませぬから、言霊戦の予行演習だと思つてチツと発声機関を使用さして下さい』 玉国別『ウンよしよし、もう暫くすれば実戦期に入るのだから夫れ迄何なりと話したがよからうぞ』 道公『オイ純公、忽ち願ひ済みだ。サア最早誰人に遠慮も要らぬ、天下唯一の雄弁家道公さまが布婁那の弁を縦横無尽にまくし立てるから、聞き役になつて呉れ。そして間さには、ウンとか、なる程とか、其次はどうなつたとか云うて呉れなくては旨く話の結末がつかないから頼むよ。先づ俺の若い時のローマンスでも陳列してお慰みにお耳に入れることにしよう』 純公『オイ、道公、お前のやうな青瓢箪に目鼻をつけたやうな男でも矢つ張りローマンスはあるのか、妙だねえ』 道公『余り馬鹿にして貰ふまいか、蛇の道は蛇の道の道公様だ。種々の素晴しい歯の浮く様な道行話が胸中に満ち溢れて居るのだ。俺計り宝の持ち腐りをして居ても天下国家のためにならないから、一つ此処で祠の森の神様に奉納の積りで余興に昔語りをやつて見るから謹んで拝聴せよ。エヘン抑此道公さまの御年十八才の頃、俺の生れ在所にホールと云ふ素的滅法界の美人があつたのだ。そした所が、其ホールさまが、乳母と一緒にオペラパツクを細い腕にプリンと提げ、シヨールに蝙蝠傘を携へ裾模様に梅の花を散らした素晴しい衣装をお召しになり桜見物にお出なさつたのだ。その時俺はまだ十八の色盛り顔の艶も好く、ブラリブラリと公休日を幸ひ片手を懐に入れ握り睾丸をしながら桜のステツキの乙に曲つたやつを小脇に挟みやつて行つたと思ひ給へ。さうすると彼方にも此方にも、瓢箪酒を呑んで居る三人五人七人の団隊があつたと思ひ給へ。ウラル教の奴も、バラモン教の奴も沢山居たと見えて「飲めよ騒げよ一寸先は闇よ、闇の後には月が出る。月は月でも縁のつき」だなんてぬかしやがつて、ヘベレケに酔つて居る。そこへホールさまが花も恥らふ優姿、乳母に手を曳かれ天教山の木花姫様のやうなスラリとした姿でお出なさつた。そこへ又道公さまが最前いつた様な意気な姿でブラついて居た様は実に詩的だつたネー。まるで画中の人のやうだつたよ。ホールさまは、何奴も此奴も妙な顔をして酒に酔ひ喰つて居るのを打ち眺め、梅花の露に綻ぶやうな優しい口許で「ホヽヽヽヽ」と笑ひたまうたと思ひたまへ。さうすると酒喰ひの奴、そろそろお嬢さまを見て喰つてかかつたのだ』 純公は道公の話に釣り込まれ、思はず知らず膝を寄せ目を丸くしながら、 純公『エ、それから其後はどうなつたのだ、早く云はないか』 道公『この先は天機漏らすべからずだ。これからが肝腎要の正念場だからな。オイ袖の下の流行する世の中だ。こんな神秘的の話を聞かうと思ふなら、些酒代をはり込め、ハルナの大劇場だつてこんな実歴談は聞く事は出来ないぞ』 玉国別『アツハヽヽヽ』 純公『サア早く次を云はぬかい。もどかしいぢやないか』 道公『後はどうなりますか。又明晩のお楽しみと云ふべき処だが、どつと張り込んでこの後を漏らさうかなア、エヘヽヽヽヽあゝ涎の奴、主人公の許しも得ずに自由自在に迸出せむとする不届きの奴だ。エヘヽヽヽもう云ふまいかな。イヤイヤ矢張祠の森の神様に奉納すると云うたから出惜みをしては済むまい。エヘヽヽヽ然り而うして泥酔者の中から顔一面に熊襲髯を生し、目と鼻とのぐるり計り赤黒い肌を現はした大男がムツクと立ち上り、姫様の首筋をぐつと鷲掴み「コリヤ阿魔つちよ、何だ失礼な、此方が折角機嫌よく酩酊して居るのに何がをかしいのだ、エーン俺の面を見て笑うたが笑ふに付けては何か訳があらう。サア貴様の手で俺に一杯酒をつげ」とかう大きく出やがつたのだ。ホールさまは忽ち顔色を変へ「アレ恐い乳母どうしようか」とおろおろ声を出して狼狽廻つて厶るのだ。大の男は益々威猛高になり「俺を誰だと思つて居る。おれこそは月の国にても名の売れた色の黒い純公だぞ、繊弱い阿魔つちよに嘲弄されてどうして男が立つか。サア神妙に酌をせい」と吐かすのぢや、ホールさまは一生懸命「アレ恐い助けて助けて」と悲しさうな声を出して叫ばれたのだ。さうすると其辺中に酒に酔つて居た泥酔者が「ヤ何だ何だ、喧嘩だ喧嘩だ」と姫様と純公の廻りを取り巻く、其光景と云つたら実に物々しいものだつた。殆ど蟻の這ひ出る隙もない迄に、寄つたりな、寄つたりな、人の山。そこで此道公は「まつたまつた、暫く待つた」と大手を拡げ、捻鉢巻をグツと締め、二人の中に割つて入る。純公は怒り立ち「どこの何者か知らないが、邪魔をするとお為にならないぞ」と白浪言葉で睨めつける。俺もさる者日頃覚えた柔道百段の腕前で純公の素つ首引とらへ、空中目蒐けて、プリンプリンプリンと投げやれば、遉の大男も草原へドスンと転落し、痛いとも何とも云はず、恨めしげに後を眺めてスゴスゴと帰つて往つた愉快さ、心地よさ。今思うてもなぜあんな力が出たかと不思議のやうだ。そこでホールさまはどうして厶るかと四辺を見れば、乳母に手を引かれ人込を押わけサツサと逃げて往かれる。後姿を見て俺も何となく、人の居るのも構はず、指を銜へ伸びあがつて見て居たよ』 純公『アハヽヽヽ、骨折り損の疲労儲けと云ふ幕が下りたのだな。大方そんな事だらうと思うて居た。お気の毒様、ウフヽヽヽ俺だつたら、も一つ進んで優しい姫様の口からお礼を云はすのだが、お前は矢張気が弱いと見えるのう。ウフヽヽヽ』 道公『何これで終極ぢやないよ、これからが正念場だ。エヘヽヽヽ、それからな、俺も何となく聊か恋慕の心が起り、も一度天女のやうなホールさまのお顔が見たいと、どれだけ気を揉んだか分らない。併し名に負ふ富豪、隙間の風にさへ当てられないで育つて居るお嬢さまだからどうしても遇ふことは出来はしない。いろいろと考へた結果俺はそこの風呂焚に入つたのだ。即ち三助に入り込んだのだ。さうすればいつか姫様のお顔を拝する事が出来るであらうと思うたから、エーン』 純公『何と気の弱い奴だな。俺だつたら、「先日は甚いお危ない事で厶いましたね。別にお身体にお障りは厶いませぬか。花見の時お嬢様が悪漢にお遇ひなされた時お助け申した私は道公だ」と両親に名乗り優しい姫様の手からお茶の一杯も汲んで貰つて来るのだに、貴様は薄惚だから殆ど掌中の玉を失うて来たのだ。そんな失恋話は好い加減に切り上げぬかい。徒に時間を空費する計りぢや』 玉国別『オツホヽヽヽ』 道公『是からが三段目だ。確かり聞かうよ。風呂焚きの三助に入り込んで丸に十字のついた法被を着用に及び、姫様が今日は入浴か、明日は入浴かと待つて居たが、豈図らむやその風呂は上女中の入る風呂で、姫様は根つから覗きもしない。其時の俺の失望と云つたらあつたものぢやない。エーン』 純公『アハヽヽヽ、梟の宵企み、夜食に外れたと云ふ光景だな。ウフヽヽヽ』 道公『コリヤ、あまり軽蔑すな、まだ先があるのだ。斯の如くにして、三助を勤むる事満一年に及んだ暁、お嬢様は隣国のペンチ国の或富豪の家へお嫁入りと云ふ事になつたのだ。「アヽしまつた。こんな事なら一年も三助をするのぢやなかつたに、お声も聞かねばお姿も見ず杜鵑よりも酷い」と歎き悲しんだのも夢の間、番頭のテンプラ奴が「一寸三助お前に用があるから此方へ来い」と云うて来よつた。何事ならむと稍望みを抱きながら、恐る恐るテンプラの前に罷りつん出ると思ひも掛けなく、「お嬢様のお嫁入りだから貴様駕籠舁にいつて呉れないか」とお出なさつた。「ヤレ嬉しや、願望成就時到れり」と二十遍も首を縦に振り「御用を承はりませう」と云つた処、其翌日いよいよお嫁入りの段となつた。駕籠にお這りの時のお姿を見た時は魂奪はれ、魄消えむと思ふばかり、殆ど卒倒しかけたよ。それからお姫様の駕籠を相棒の奴と舁ぎながら歌うて見たのだ。その歌がまた奇抜だつたよ。 俺は十八お嬢さまは十七の花盛り一人の乳母に手を曳かれ 梅を散らした裾模様黒縮緬の扮装で ぞろぞろぞろと桜見にお越しなさつた其時に 彼方に五人此方には又七人と酒を呑み 呑めよ騒げよ一寸先暗夜闇の後には月が出る 月はつきだが縁のつきウントコドツコイドツコイシヨ 髯武者男の純公が花も恥らふお嬢さまを とつ捕まへて酌せいと駄々を捏ねたる最中に 飛んで出たのは俺だつた純公の奴めが腹を立て 武者振りつくのをとつかまへ習ひ覚えた柔道で ウンと一声なげやつた空中二三度回転し 命辛々逃げて往く後振りかへり眺むれば ホールの姫は逸早く乳母にお手を引かれつつ 館をさして帰り往くあれ程美しいお姫さま も一度お顔が拝みたい何とか工夫はないものか 手蔓を求めて三助となつて月日を待つ中に 思ひも掛けぬ御結婚あゝ是非もなし是非もなし 爺が鳶に油揚もつていなれた心地して せめては駕籠の御供をさして貰つたを幸ひと 此処迄ウントコついて来たウントコドツコイドツコイシヨ と足に合せて唄つたら、駕籠の中から細い涼しいホールさまの声として、「この駕籠一寸待つた。俄にお腹が痛み出したから、今日の結婚嫌だ嫌だ帰る」と仰有つてお聞きにならぬ。サア大変だ、結婚の途中お姫様が引返したのだから、どつちの家も大騒動、それからとうとう駕籠は家に帰り、奥の間にサツサとお姫さまは腹痛も忘れて入つて仕舞つた。よくよく聞けば「あの駕籠舁きと夫婦にして呉れねば妾は死ぬ」と駄々を捏ねたと思ひ給へ。サアこれからがボロイのだ。とうとう俺はホールさまの座敷に呼び入れられ、山野河海の珍肴、姫の細い白い手でお酌をして貰ひ、初めて結婚の式を挙げて夫婦となり、沢山の財産を与へて貰ふ事になつたのだ。さうすると、月に村雲花に嵐、姫様と俺と盃を交はして居る所へ、阿修羅王の荒れ狂ふが如く入つて来たのは純公だつた。サア此方の襖は叩き毀す、火鉢をなげつける。乱暴狼藉、そこで俺も、も一度姫に吾手並を見せておく必要があると思ひ、「サア来い来れ」と手を拡げた途端、目が醒めたら、何の事だ、破れ小屋の二畳敷で汗ビツシヨリかいて夢を見て居たのだつた、アハヽヽヽ』 玉国別『ウツフヽヽヽ』 純公『ワハヽヽヽ、馬鹿にするない』 道公『何、バラモン国から直輸入した計りの舶来品の卸し売りだ、アハヽヽヽ』 (大正一一・一一・二七旧一〇・九加藤明子録)
235

(2345)
霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 10 夜の昼 第一〇章夜の昼〔一一六一〕 斎苑の館に現れませる瑞の御魂の救主 神素盞嗚大神の神言畏み亀彦は 治国別と改めて万公晴公五三公の 三人の御供を従へつ神の教を菊子姫 妻の命に相別れ凩荒ぶ秋の野を 足に任せてテクテクと河鹿峠の山麓に 進み来れる折もあれ千引の岩も飛び散れと いはぬ計りに吹きつける科戸の風に面をば さらして漸く頂上に息をはづませ登りつき あたりの厳に腰をかけ四方の原野を見はらして 吾身のこし方行末を思ひまはすぞ床しけれ。 万公『先生様、何と佳い風景ぢやありませぬか。河鹿峠の頂上から四方を見はらす光景は何時も素的ですが、あれを御覧なさいませ。広大なる原野の果に、白雲の衣を被つて、頭をチヨツクリと出してる彼の高山は、何とも云へぬ正しい姿ぢやありませぬか。八合目以下は綿の衣に包まれ、頭の上は常磐木が鬱蒼と生え茂り、腰あたりに白雲の帯を引締めてゐる光景と言つたら、何とも云へない床しさ否、眺めですなア。斯う四方を見はらした山の上に立つてゐると、何だか第一天国へでも登りつめたやうな気分が漂ふぢやありませぬか。願はくはいつ迄も斯様な崇高な景色を眺めて、ここに千年も万年も粘着して居りたいものですなア』 治国別『さうだ、お前の言ふ通り、雄大な景色だなア。佐保姫もこれ丈の錦を、広大無辺の原野に一時に織なすといふのは、余程骨の折れる事だらう。これを思へば天然力否神の力は偉大なものだ。造化の妙機活動に比ぶれば、実に吾々の活動は九牛の一毛にも足らないやうな感じがして、実に神様へ対しお恥かしいやうだ。アヽかかる美はしき地上の天国に晏如として生を送らして頂く吾々神の子は何たる幸福なことであらう。神の造られし山河原野は俺達のやうに別に朝から晩まで喧しく言問ひせなくても、花の咲く時分には一切平等に花を咲かし、実を結ぶ時には統一的に実を結ぶ。実に神の力は絶大なものだ』 晴公『実に晴々とした光景ですなア。天か地か地か天か、殆ど判別がつかないやうな極楽の光景ぢやありませぬか。此無限絶大なる世界に生を禀け、自然の天恵を十二分に楽み、自由自在に一切万物を左右し得る権能を与へられ乍ら、小さい欲に捉はれて屋敷の堺を争うたり、田畑の畦を取合ひしたりしてゐる人間の心が分らぬぢやありませぬか。私は今となつて此景色を見るに付け、神様のお力の偉大なるに驚きました。ヤツパリ人間は低い所に齷齪して世間を見ずに暮してると、自然気が小さくなり、小利小欲に捉はれて、自ら苦悩の種を蒔くやうになるものですなア。あゝ惟神霊幸倍坐世』 治国別『併し乍ら大神様に承はれば、バラモン教の大黒主の軍勢が此峠を渉りて斎苑の館へ攻め来るとの事だ。吾々宣伝使を四組も五組も月の国へ御派遣遊ばしたのも、深き思召のあることだらう。ハルナの都などは黄金姫様の御一行がお出でになれば十分だ。要するに吾々は大黒主の軍隊に向つて言霊戦を開始すべく派遣されたのであらう。さうでなくては、何程勢力無限の大黒主だとて斎苑の館の宣伝使、殆ど総出といふやうな大袈裟なことは神様が遊ばす筈がない。お前達も其考へで居らなくてはならないぞ。月の国は名に負ふ大国五天竺といつて五州に大別され、七千余ケ国の刹帝利族が国王となつて、互に鎬を削り、此美はしき地上の天国に修羅道を現出してゐるのだから、仁慈無限の大神の心を奉戴し、吾々一行は如何しても五六七神政出現の為めに粉骨砕身的の活動を励まねばなるまい、実に重大なる使命を与へられたものだ。天地の大神様に十分に感謝をせなくてはならない。あゝ有難し有難し、惟神霊幸倍坐世』 と合掌し瞑目傾首してゐる。 五三公『モシ先生様、お話の通りならば、大黒主の軍隊はキツと途中で吾々と遭遇すでせうなア』 治国別『ウン、最早間もあるまい。各自に腹帯を確り締めておかねばなるまいぞ』 五三公『ハイ、それは斎苑館出立の時から、腹が瓢箪になる程細帯でしめて来ました。赤い筋がついて痛い位ですもの、大丈夫ですワ。併し少しく腹が減りましたから、ここでパンでも頂きますか。さうでなくては、マ一度締め直さなくちやズリさうになつて来ました』 治国別『アハヽヽヽ』 万公『オイ五三、分らぬ男だなア。そんな腹帯ぢやないワイ。心の腹帯をしめ……と仰有るのだ』 五三公『心の腹帯て、どんなものだい。無形の腹帯を如何して締めるのだ。そんな荒唐無稽のことをいふと、人心惑乱の罪で、バラモン署へ拘引されるぞ』 万公『アツハヽヽヽ徹底的に没分暁漢だなア。天の配剤宜しきを得たりといふべしだ。至聖大賢計りが斯う揃つてゐると、道中は固苦しくて根つから興味がないと思つてゐたが、五三公のやうなゴサゴサ人足が混入してゐるとは、面白いものだ。悪く言へば天の悪戯、よく言へば天の配剤だ。チツとばかり貴様がゐると虫の薬になるかも知れない。アハヽヽヽ』 五三公『コリヤ余り口が過ぎるぢやないか。何だ、結構な神の生宮さまを掴まへて竹の子医者か何ぞのやうに、天の配剤だとは、余りバカにするぢやないか』 万公『クスクスクス』 五三公『コリヤ、狸を青松葉で燻べた時のやうに、何をクスクス吐すのだ。チツと俺のいふことも能くせんやく(煎薬)して聞け、こうやく(膏薬)の為になるから、ヤクザ人足奴、そんな事でマサカの時のおやくに立つかい、エヽー』 万公『そんなこた、如何でもいゝワ。早くパンでも頂いて腹をドツシリと拵へ、敵の襲来に備へるのだ。グヅグヅしてはゐられないぞ』 五三公『敵に供へてやる丈のパンがあるかい。自分の生宮に鎮座まします喉の神様や仏様に供へる丈より持つてゐないのだから、余計な敵の世話迄やく必要があるか。敵に兵糧を与へる奴ア、馬鹿の骨頂だ』 万公『神様の道からいへば、敵も味方も決してあるものでない。三十万年未来に、自転倒島に謙信、信玄といふ大名があつて、戦争をやつた時に、一方の敵へ向けて塩を贈つたといふ美談があるさうだから、敵を仁慈を以て言向和すのには、恩威並び行はねば到底駄目だ。貴様の筆法で言へば丸切りウラル教式だ。自分さへよければ人はどうでもいいといふ邪神的主義精神だから、そんなことでは大任を双肩に担ひ玉ふ治国別先生のお供は叶はぬぞ。アーン』 治国別『オイ万公、五三公、いらざる兄弟喧嘩はやめたがよからうぞ。サア是からがお前達の活動舞台だ』 万公『敵の片影を見ず、今から捻鉢巻をして気張つた所で、マサカの時になつたら待ち草臥れて力が脱けて了ふぢやありませぬか』 治国別『イヤイヤ半時許り経てばキツと敵軍に出会するにきまつてゐる。玉国別と吾々とが坂の上下から言霊を打出して、誠の道に帰順せしむべき段取がチヤンとついてゐるのだ。能く心を落着けて、騒がない様にせなくちやならぬぞ。千載一遇の好機だ、之を逸しては、神の大前に勲功を現はす時期はないぞ』 万公『それ程敵は間近に押寄せて居りますか。さう承はらば吾々もウカウカしては居られませぬ。併し乍ら黄金姫様や照国別様の一行は大衝突をやられたでせうなア』 治国別『多少の衝突はあつたであらう。併し何れも御無事だ。あの方々と吾々とは使命が違ふのだから……丁度此下り坂を楯にとつて、言霊戦を開始すれば屈竟の地点だ』 五三公は、 五三公『ヤアそれは大変、時こそ到れり、敵は間近に押よせたり。吾こそは三五教の宣伝使治国別の幕下五三公命だ。バラモン教の奴原、サア来い来れ。一人二人は邪魔臭いイヤ面倒だ。百人千人束に結うて束ねて一度にかかれ。ウンウンウン』 と左右の拳を固め、稍反り気味になつて、胸の辺りをトントントンとなぐつてゐる。 治国別『アツハヽヽ五三公の武者振りは今始めて拝見した。何時迄も其勢を続けて貰ひたいものだなア』 万公『コリヤ五三の蔭弁慶、何だ今からさうはしやぐと、肝腎要の時になつて、精力消耗し、弱腰を抜かし、泣面を天日に曝さねばならぬやうになるぞ。モウ少し沈着に構へぬかい。狼狽者だなア』 五三公『敵の間近き襲来と聞いて、如何してこれが騒がずに居られようか。弓腹ふり立て堅庭に向股ふみなづみ、淡雪なせる蹴えちらし、厳の雄健びふみ健び、厳の嘖譲を起して、海往かば水潜屍、山往かば草生屍大神の辺にこそ死なめ、閑には死なじ、額に矢は立つ共背中に矢は立てじ、顧みは為じと、弥進みに進み、弥逼りに逼り、山の尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に追ひ散らし、服へ和し言向和す五三公さまの獅子奮迅の武者振だ。此位の勢がなくて、如何して大敵に当られるものかい』 万公『貴様は頻りに愚問を発するから、此奴ア、チト低能児だと思つてゐたが、比較的悧巧なことを並べ立てるぢやないか』 五三公『きまつたことだい。三五教の祝詞仕込だ。祝詞其ままだ。群りよせ来る敵を払ひ玉へ清め玉へと申すことの由を、平らけく安らけく聞し召せと申す。惟神霊幸倍坐世』 万公『アツハヽヽヽ此奴ア又偉い空威張りだなア、のう晴公、余程いゝ掘出し物ぢやないか。マサカの時になつたら、尻に帆かけてスタコラヨイサと逃げ出す代物だぜ』 晴公『ウツフヽヽヽ』 万公『一つ此処で風流気分を養つて参りませうか。大敵を前に控へ悠々として余裕綽々たりといふ益良男の一団ですからなア』 治国別『ウン、一つやつて見よ』 万公『見わたせば四方の山野は錦着て 吾一行を迎へゐる哉』 五三公『なあんだ、そんな怪体な歌があるかい、かう歌ふのだ、エヽー…… 見わたせば、山野の木々は枯れはてて 錦のやうに見えにける哉』 万公『ハツハヽヽヽ何と名歌だなア、柿本人麿が運上取りに来るぞ』 五三公『柿の本ぢやないワ、山上赤人だ。一つ足曳の山鳥の尾をやつてみようかな、エヽー』 万公『そりや面白からう。サアサア詠んだり詠んだり三十一文字を……』 五三公『山の上にあかん人こそ立ちにけり 万更馬鹿とは見えぬ万公』 万公『コリヤ五三、チツと御無礼ぢやないか。礼儀といふことを弁へてゐるか』 五三公『礼儀を知らぬ奴がどこにあるかい。擂鉢の中へ味噌を入れてする奴ぢやないか、エヽー。それが違うたら、売僧坊主が失敗の言訳に腹を切る真似する道具だ。エヽー』 万公『アハヽヽヽ此奴アいよいよ馬鹿だ。レンギと礼儀と間違へてゐやがる』 五三公『其位な間違は当然だよ、間違だらけの世の中だ。石屋と医者と間違へたり、役者と学者と混同したり、大鼓と大根とを一つにしたりする世の中だもの、当然だ。エヽー』 万公『ウツフヽヽヽだ、イツヒヽヽヽだ、アツハヽヽヽ阿呆らしいワイ。そんな馬鹿なことをいつてゐると、それ見ろ、鳶の奴、大きな口をあけて笑つてゐやがるワ』 五三公『きまつたことだよ。飛び放れた脱線振りを発揮してるのだもの。鳶だつて、笑つたり呆れたり舌を巻いたりするだらうかい』 治国別『三人ともパンを食つたかなア、まだなら早く食つておかないと、時期が切迫したやうだ』 五三公『ハイ時機切迫と仰有いましたが、畏まりました。ジキに切迫とパクついて腹でも拵へませう。ハラヒ玉へ清め玉へだ』 と無駄口を叩き乍ら、パンを取出し、パクつき始めた。 風がもて来る人馬の物音騒々しく手に取る如く耳に入る。 万公『ヤアお出たなア。コリヤア面白い。先生、一つ万公の活躍ぶりを御覧下さい、花々しき大飛躍を演じて見ませう』 治国別『心を落つけて三五教の精神を落さない様に一番槍の功名をやつて見たがよからう。サア行かう』 と蓑笠をつけ、杖を左手に握り、登り来る敵に向つて悠々迫らざる態度を持し、宣伝歌を歌ひ乍ら降つて行く。 治国別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし国の祖国治立の大神の 守り玉へる神の道朝な夕なに身を尽し 心を尽す三五の神の柱と現れませる 神素盞嗚大神の吾れこそ珍の神司 治国別の宣伝使万世祝ふ亀彦が 名さへ目出たき万公や暗夜を晴す晴公さま 三五の月の御教にゆかりの深き五三公の 三人の司と諸共に七千余国の月の国 天地を塞ぐ曲神を神の賜ひし言霊に 服ひ和し天国を地上に立てむ御神策 岩石崎嶇たる河鹿山烈しき風に吹かれつつ 苦もなく越えて来りけりあゝ惟神々々 御霊幸はひましましてハルナの都に蟠まる 八岐大蛇の化身なる大黒主の軍隊を これの難所に待ち受けて一人も残さず言霊に 打平げて斎苑館珍の御前に復り言 申さむ時こそ来りけりあゝ勇ましし勇ましし 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 嵐は如何に強くとも敵は幾万攻め来とも いかでか恐れむ生神の教を守る吾一行 朝日に露か春の雪脆くも消ゆる曲津日の 魂の行方ぞ憐れ也此世を造り玉ひたる 国治立大神は吾等一行の信徒に 広大無辺の神徳を下し玉ひて此度の 吾等が征途を照らしまし紅葉あやなす秋の野の 木々の梢に吹き当る醜の嵐に会ひし如 曲を千里に追ひ散らし敵を誠に言向けて 救ひやらむは目のあたり玉国別の一行は 神の御言を畏みて祠の森の木下蔭 月の光を浴び乍ら吾等の一行を待つならむ 上と下より挟み打神算鬼謀の此仕組 暗黒無明の魂持つ片彦久米彦将軍は 飛んで火に入る夏の虫袋の鼠も同じこと 思へば思へば気の毒や直日に見直し聞直し 詔直しつつ天地の教の道に救ひ行く 吾身の上ぞ楽しけれあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 万公は足の爪先に力を入れ、再び吹き来る夜嵐に面を向け乍ら、月照る道を歌ひつつ下りゆく。 万公『今宵の月は望の月昼の白昼の如くなり 河鹿の山の頂上に立ちて四方を見はらせば 大野ケ原は綾錦紅葉の園となり果てぬ 吾等一行四人連昼と夜とを間違へて 峠の上に佇立して四方を見はらす時もあれ 目下に聞ゆる鬨の声風がもて来る足音に つつ立ち上りウントコシヨバラモン教の魔軍の 攻め来りしと覚えたりいざいざさらばいざさらば 千変万化の言霊を打出し敵を悉く 天と地との正道に服ひ和し天国の 其楽しみを地の上に常磐堅磐に立てむとて さしもに嶮しき坂路を勢込んで下りゆく あゝ面白し面白し神に任せし吾々は 仮令数万の敵軍も如何でか恐れひるまむや あゝ惟神々々神の守りを蒙りて 晴公五三公二人ともシツカリ致せよ今や時 敵は間近に押よせたあれあれあの声聞いたかい 半死半生の叫び声兵児垂れよつた塩梅だ 駒に跨りハイハイと登つて来る声がする 俺等は坂のてつぺから生言霊を打出せば 不意を打たれし敵軍は面を喰つて忽ちに 潰走するは目のあたり面白うなつてお出でたな 旭は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも三五教はやめられぬ お道を守つてゐたおかげこんな勇壮活溌な 実地の戦が出来るのだ向ふは兇器数多く 槍の切先揃へ立て林の如く抜き翳し 迫り来るに引きかへて此方は神変不可思議の 無形の言霊潔くドンドンドンと打ち出し 上を下への大戦力を試す時は来ぬ ウントコドツコイドツコイシヨ今こそ大事の体ぞや 一人を以て幾百の魔神に当る貴重の身 指一つでも怪我したら大神様に済まないぞ あゝ惟神々々神の光を目のあたり 輝かし照らす時は来ぬ進めよ進めいざ進め 神は吾等と共にありアイタヽタツタ夜の道 目玉が狂うてしくじつたこれこれモウシ宣伝使 ここが適当の場所でせう敵の登るを待ち伏せて 不意に打出す言霊の大接戦をやりませうか』 治国別『余り慌てて下るにも及ぶまい。ここが屈竟の場所だ。先づ歌でも歌つて、敵の近付くのを待つ事にしよう。名に負ふ急坂だから、近くに見えてゐても容易に登つては来られまい』 万公『ハアさうですなア。先づ先づ敵の行列を拝見して徐に不意打を喰はしてやりませうかい。アハヽヽヽ』 (大正一一・一一・二七旧一〇・九松村真澄録)
236

(2348)
霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 13 軍談 第一三章軍談〔一一六四〕 数十年の雨風に弄ばれて、屋根は飛散り柱は歪み、見るかげもなき古祠の前に、薄雲を被つてボンヤリ輪廓を不明瞭に現はした月の光を浴び乍ら、話に耽る七人の男があつた。これは勿論治国別、玉国別の一行である。 玉国別『治国別さま、昨日来の大風には随分お艱みでしたらうなア。それに又バラモン教の軍勢がやつて来たので、一段と御骨の折れたことでせう』 治国別『河鹿峠を此方へ下る折しも片彦、久米彦の軍勢と出会し、兎も角も屈竟の難所に陣を構へ、徐に言霊を打出した所、昨日の暴風に木々の木の葉が散る如く、隊伍を乱し、這々の体で逃げ散つて了ひましたよ。貴方は此森蔭に於て、キツと敵の潰走を待受け、言霊を打出しなさるだらう、両方より言霊の挟み打も面白からうと考へて居りました。そしてさぞ祠の森の前には沢山な帰順者が居るだらうと、イヤもう楽んで参りました。敵は此谷道を通らなかつたですか』 玉国別『ヤアもう残念なことを致しました。神様に神罰を蒙り、大怪我を致し、心気沮喪したと見え、雪崩の如く逃げくる敵を無念乍らも、皆取逃がして了ひました』 治国別『それは何とも仕方がありませぬ。何事も神界の御都合でせう。併し乍ら大怪我をなさつたとは……』 玉国別『ハイ猿の奴に両眼をかきむしられ、一旦は失明致しましたが、有難き御神徳によつて漸く片目を救はれ、此森蔭に休息して頭痛や目の痛みの癒るのを待つて居りました』 治国別『それは誠に気の毒千万、月夜とはいへ、余りボンヤリとしてゐて、お顔が見えませなんだが、ドレ一寸見せて下さい』 と云ひ乍ら、玉国別の顔を覗き込んだ。 治国別『ヤア大変だ。目のまはりがただれて居ります。余程きつく掻いたものと見えますなア』 玉国別『吾々が心の油断より自ら災を招いたのです。実に宣伝使として顔がありませぬ』 治国別『ここでは何だかきまりが悪いやうですが、どこぞ良い場所でゆつくり話さうぢやありませぬか』 玉国別『一町許り此森を登つて行きますると、恰好な休息所があります。実の所は今宵も其森蔭で養生がてら、敵軍の進むのを眺めて居りました』 治国別『そんなら、其森蔭の休息所までお供を致しませう』 玉国別『何れ又敵の残党が通過するやら、再び蒸し返しに来るやら分りませぬから、此処に二人程見張をさしておいて参りませうかなア』 治国別『オイ五三公、お前御苦労だが、此祠の前で暫く関所守をやつてくれないか』 五三公『ハイ承知致しました。玉国別さまの部下の方を一人拝借したいものですなア。なることならば私と能く馬の合ふ伊太公と関守を勤めませう』 玉国別『残念ながら伊太公は貴方にお渡しする訳には参りませぬ』 五三公『誰だつて同じことぢやありませぬか。私の先生も斯うして一人留守番をお命じになつたのだから、貴方だつて、伊太公の一人位ここにお残しになつても宜かりさうなものですなア』 道公『実の所は伊太公の奴、敵の捕虜となつて了つたのだ。これから吾々両人は伊太公を取返しに敵中へ飛込まふと思つてゐるのだが、何分先生が目を痛め、頭を痛めて厶るものだから行くことも出来ず、気が気でないのだ』 五三公『ヤアさうか、そりや大変だ。俺も先生の許しさへあれば伊太公の所在を尋ねに行きたいものだなア』 治国別『ヤア、玉国別さま、伊太公が敵の捕虜になつたのですか』 玉国別『残念ながら……』 治国別『ヤアそりや困つたことが出来たものだ。マアマアゆつくりと森蔭で御相談を致しませう。そんなら五三公、御苦労だが、お前一人ここに関守をやつてゐてくれ』 五三公『ハイやらぬことはありませぬが、何だか私一人捨てられた様な気分になりますワ。どうぞ晴公なりと残して下さいなア』 玉国別『イヤ宜しい、純公を此処に残して置きませう。オイ純公、お前御苦労なれど、五三公さまと臨時関守を頼む』 純公『承知致しました。どうしても私は雑兵だとみえて、将校会議に参列は許されないのですなア、敵を遠くに追ひちらし、稍小康を得たる此場合、仕方がありませぬから、私は五三公さまと又別働隊を造つて、将校会議を開設致しませう。サア、両先生初め道公、晴公、万公、ゆつくりと休んでおいでなさいませ』 玉国別『確り頼む。変つたことがあれば手を拍つて合図をしてくれ』 純公『万事呑込んで居ります』 玉国別『そんなら宜しう頼む』 と玉国別は先に立つて、以前の森蔭に登つて行く。 両宣伝使及び三人は木の葉の堆く積んだ上に蓑を敷き、言霊戦の状況や、懐谷の遭難の顛末などを包まず隠さず互に打明けて談じ合うてゐる。 此方は古祠の前、純公、五三公は近い西山に隠れた月を見送り乍ら、 純公『ヤア月様もとうとうアリヨースとお帰り遊ばした。どうも俄に山影が襲うて来たと云ふものか、暗黒界になつたぢやないか』 五三公『どうせお月さまだつて、同じとこに止まつていらつしやる道理がない。やがて又夜計りぢやない、夜明けも近付いたのだから、暫くグツとここで横はり、バラモン征伐の夢でも見ようぢやないか』 純公『お前寝たけら寝てくれ、関守がそんなことぢや勤まらないから、俺は此処に目をあけて職務忠実に勤めてゐる。ヤア言霊戦で随分お前も疲労れただらう、無理もない俺の蓑も貸してやるから、サア寝たり寝たり』 五三公『お前の寝られないのは、モ一つ原因があるのだらう。伊太公の行方が気にかかつてゐるのだらうがなア』 純公『それが第一の心配だ。一秒間だつて彼奴の事を忘れやうたつて、忘れられるものか。俺は斯うして安閑とここに関守を勤めてゐるものの、伊太公はエラい責苦に会はされてゐるかと思へば、如何して眠ることが出来ようぞ』 五三公『アハヽヽヽそれ程苦になるか。人の一人位如何なつてもいいぢやないか、貴様さへ安全にあつたら何よりも大慶だらう。たつた今迄ピチピチして居つた人間が死といふ魔風に吹かれて、ウンと一声冥土へ旅立ちする奴もあるのだ。何程貴様がハートに波を立ててもがいた所で如何する事も出来ぬぢやないか。そんな人の疝気を頭痛に病むやうな馬鹿な事は思はぬが良いぞ。終ひにや貴様の体まで毀して了ふぢやないか』 純公『貴様は余程良い冷血漢だなア。何程吾身が大事だといつて、友の危難を平気で見遁すことが出来ようかい。それが朋友の義務だ。否義務どころか情ぢやないか』 五三公『さう心配するな。伊太公は決して嬲殺になつたり、虐待されたりするやうな男ぢやない。彼奴はじゆん才な男だから、そこは甘く合槌を打ち、敵でさへも可愛がるやうな交際振を発揮してゐるよ。キツと敵に同情を受けてゐるに定つて居るワ』 純公『さうだらうかなア、それが本当ならば、俺もチツと許り安心だ』 五三公『伊太公はまた如何して捕虜になりよつたのだ。其顛末をチツと聞かして呉れないか』 純公『ウーン、俺達が先生とあの森蔭で休息してゐると、バラモン教の軍勢が此祠の前で休息し人員点呼までやつてゐやがるぢやないか。そして素盞嗚大神様を征伐すると云つて、ヒドイ進軍歌を歌つてゐやがるのだ。それを聞いて吾々三五教の信者が如何して堪へて居ることが出来ようか。……不意に飛んで出て、一人も残らず打懲してやらうと思つたが、何分先生の目が悪いものだから、一息も離れる訳に行かず、切歯扼腕悲憤の涙を流してゐると伊太公の奴堪りかねて、金剛杖を縦横無尽に打振り、命を的に敵中へ只一人飛び込んだきり、帰つて来ないのだ。実に残念なことをしたワイ。先生様のお止めなさるのも聞かずに行つたものだから、神様の罰で敵に捕はれよつたのだ。アヽ思へば思へば又悲しくなつて来たワイ』 五三公『何とした向意気の強い男だらうなア、後前も考へず、匹夫の勇を揮ふと、そんな目に会はねばならぬ。何事も先生の命令さへ、神妙に聞いて居れば良いのだのになア』 純公『久方の空に消えたる月みれば 友の身の上慕はるる哉。 吾友は今やいづくの何人に 救はれゐるか心許なし』 五三公『惟神尊き神に仕へたる 神の子ならば安くいまさむ』 純公『アーア、余りの心配で、歌を詠んでみようと思うたが、歌もハツキリ出ては来ないワ。先生はあの通り目をわづらひ、頭を痛め、伊太公は行方不明となり、何とした俺達の一行は、運の悪いものだらう、神様に見離されたのぢやあるまいかなア』 五三公『そんな事は吾々にや分らないワイ。善悪正邪を区別するのは神ばかりだ。それだから神が表に現はれて、善と悪とを立別けると、基本歌に出て居るのだ。兎も角も伊太公の為に、何神の祠か知らぬが、ここで祈ることにしようかい』 純公『ヤアそりや有難い、伊太公の為に祈つてやらうと云ふのか』 と涙声を出し乍ら、手を合せて暗祈黙祷をなすこと稍暫し、漸くにして夜はカラリと明けた。 慌てて谷間に落ちた二三頭の馬、主人の所在を索めてノソリノソリと急坂を下つて来た。 純公『ヤア敵の馬が逃げそそくれたと見えて、今頃にやつて来よつた。ヤア此奴ア、何奴も此奴も足を痛めてゐる塩梅だ。畜生といひ乍ら可哀相だなア。一つ神様に願つて馬の脚を直してやらうかなア』 五三公『俄に獣医でも開業する積りかなア、免状を持つてゐるか。今の時節は何程技能があつても免状がなければ駄目だぞ。どんな筍医者でも、開業試験といふ関門を何うなり斯うなり通過さへしておけば、立派なドクトルだ。何を云つても規則づくめの杓子定規の行方だからなア』 純公『アヽ馬の奴……皆さまお早うとも何とも吐さずに、俺達の好意を無にして通過して了ひやがつた、ヤツパリ畜生は畜生だなア』 五三公『純公、馬も助けてやるのは良いが、馬よりも大切な者があるだろ』 純公『いかにも、馬も助けねばなるまいが、第一先生の御病気を癒す様に鎮魂をせなくてはならなかつたなア。併し俺は畜生の鎮魂位が性に合うてゐるのだ。到底先生の御病気を鎮魂で癒すといふやうなこたア出来やしないワ』 五三公『誠心さへ天に通じたら、先生の病気だつてキツと癒るよ』 純公『さう聞けばさうかも知れぬなア、何だか知らぬが、気が落ちつかないワイ。斯う夜がカラツと明けては、此の坂路は稍安心だが、併し乍ら昨夜逃去つた敵の集団が、此谷路に吾々の前途を閉塞して、一人も残らず、虜にせむと、待構へてゐるやうな気がしてならないワ』 五三公『そりやキツトさうだらうよ。面白いぢやないか、エヽー。これからが吾々の真剣の舞台となるのだ、そんな弱々したこと言はずにチツと確りせぬかい』 斯く話す時しも、馬から転落し、足を傷つけた逃げ遅れのバラモン教の男、槍を杖につき、二人連でヒヨクリヒヨクリと跛をひき乍ら、此処へ現はれて来た。此二人は片彦将軍の秘書役ともいふべき、マツ、タツの両人であつた。二人は純公、五三公の祠の前に狛犬然と坐つてゐるのに気が着き、馴々しく、 マツ公『ヤア三五教の大先生、お早うさまで厶います。夜前は大変御苦労で厶いましたなア。随分御疲労になつたでせう。私も大変お疲労になりました。これ御覧なさいませ、一方のコンパスがチツと許り破損致しまして、此手槍をコンパス代用に、無理槍にここ迄下つて来た所です、此処でゆつくりと休んで行かうと思つて楽んで参りました。良い所でお目にかかりました。世の中は相身互だから、貴方も赤十字班の衛生隊と思召して吾々両人の看護をして下さいな。見れば貴方のお召物には丸に十がついてゐる。キツと白十字社の救護班と思ひますが、違ひますかな』 五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い吾党の士だ。オイ、コンパスの破損先生、ドクトルが一つ診察をしてやらう』 マツ公『イヤ其奴ア有難い、何分宜しう頼みます。敵と云ひ味方といふのも、人間が勝手につけた名称で、ヤツパリ神様の目から見れば皆兄弟だからなア』 純公『ヤアま一人負傷者があるぢやないか』 マツ公『ハイこれはタツと言ひまして、片彦将軍の秘書役ですよ。私も一寸新米ではあるが、夏でもないのに、ヒシヨ(避暑)をやつて居ります。アハヽヽヽ、まだまだ七八人の負傷者が谷底に呻吟してゐますから、一つ担架隊でも出して、此処まで持ち運び、此祠を臨時野戦病院として、治療を与へてやつて貰ひたいものですなア。三五教は敵でも助けるといふ教だと聞いたから、此マツ公もスツカリと気を許し、親の側へ帰つて来たやうな気分になりました』 何程憎い敵でも悪人でも、向ふの方から打解け、開けつ放しでやつて来られると人間といふものは妙なもので、何となく贔屓がつき、吾身を忘れて助けてやりたくなるものである。バラモン教のマツ公、タツ公は流石に片彦将軍の秘書を勤むる丈あつて、先んずれば人を制するといふ筆法を能く呑込んでゐた。其実は酢でも蒟蒻でもいかぬしれ者なのだ。五三公、純公もそんなことを知らぬ様な馬鹿ではないが、敵の方から斯う出られると、知らず識らずの間に受太刀にならざるを得ないのであつた。 五三公『三五教独特の鎮魂の妙術を施してやるから、先づそこで横になつて見よ』 マツ公『イヤ有難う、三五教の信者はさうなくてはならぬ。如何にも良い教だなア。博愛主義だ。あゝ敵乍ら霊幸倍坐世、カタキ乍ら霊幸倍坐世』 五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い奴だ。遺憾乍ら霊幸倍坐世。イヤイヤ乍ら霊幸倍坐世。仕方がない霊幸倍坐世』 マツ公『アハヽヽヽアイタヽヽヽ、余り笑ふと、骨に響いて痛くて仕方がないワ。オイ、タツ公、貴様も一つ治療を受けないか、何程大治療を受けても薬礼も要らず、入院料も要らぬのだから、嬶の湯巻まで六一銀行へ無期徒刑にやる必要もなし、極めて安全なものだぞ』 タツ公『俺の傷は余程深いのだから、さう直に治らうかなア』 五三公『さう心配をするな。俺の技術を信用してくれ。白十字病院長、死学博士だ、千人の患者を扱つたら、九百九十九人までは皆霊壇へ直し、墓場へ送るのだから、死学博士といふのだよ、随分偉い者だらう。そして天国へ復活さしてやるのだ。生かさうと殺さうと自由自在、耆婆扁鵲も跣足で逃げるといふ大博士だからなア。ウツフヽヽヽ』 マツ公『いい加減に洒落をやめて、早く俺の苦痛を助けて呉れないか。白十字病院の金看板を掲げ乍ら俺の苦痛を外にみて、仁術者の身分としてクツクツと笑ふ奴があるかい、エーン、余程此医者は筍と見えるなア』 純公『副院長の俺がタツ公の治療をするから、五三公さま否院長さま、貴方はマツ公を受持つて、完全無欠なコンパスにしてやつて下さい。どちらが早く癒るか一つ競走をやつて見ませうかなア。有名な死学博士計りがよつて居るのだからなア、アハヽヽヽ』 マツ、タツ一度に『ウツフヽヽヽ、アイタヽヽヽ、アハヽヽヽ、アイタヽヽヽ』 マツ公『コリヤ余り笑はして呉れない』 純公『笑ふのは病気の薬だ。笑ふ門には恢復来るといつてな、俺は笑はすのが得意だ。それが医術の奥の手だよ。イヒヽヽヽ』 マツ公『モシモシ院長さま、どうぞ早う治療にかかつて下さいな』 五三公『貴様の内には家もあるだろ。田地も倉も林もあるだらうなア』 マツ公『俺だつて片彦将軍の秘書役を勤める位だから、相当の地位も名望も財産も持つてゐるわい』 五三公『ウンさうか、其奴ア掘出し者だ。早速癒すと俺の商売が干上つて了うワイ。コーツと、いつやらの話だ……或所に医者があつた、大変ようはやる医者で、山井養仙さまといつて名高いものだつた、其奴に一人の山井養洲といふ弟子があつた。そこへ土地の富豪が病気に罹り養仙の薬を服用してゐた。少し快くなると又悪くなる、又快くなる又悪くなる。三年許りもブラブラして、養仙の薬を神のやうに思つて服薬してゐた。或時養仙が二三日急用が出来て、他行した不在の間に、書生の養洲奴其男を留守師団長気分で診察し、薬をもり与へた所、三日目にスツカリ全快してお礼にやつて来よつた。四五日たつと、養仙先生が帰宅したので、書生の養洲奴、したり顔で……先生あの松兵衛を、貴方の不在中私が診察して薬をもりましたら、三日目にスツカリ全快し、最早薬に親しむ必要がないから、お礼に来ましたと云つて、薬価を勘定し、チツと許り菓子料を置いて帰りました。これが菓子料で厶いますと差出し、褒められるかと思ひの外養仙は目に角を立て……大馬鹿者ツ、貴様は医者の資格はない……と呶鳴りつけた。そこで養洲がむきになり……医者は仁術といつて、人の病気を助けるのが商売ぢやありませぬか、何故お叱り遊ばすか……といへば、養仙は一寸ダラ助をねぶつたやうな顔して……貴様は馬鹿だなア。松兵衛の内にはまだ倉もある、家も山林田畑も残つて居るぢやないか、エーン、さう早く癒して何うなるか、彼奴の財産が全部俺の懐へ這入るまでは癒されぬのだ、バカツ……と言つたさうだ、実に偉い医者だ。其心得がなくては、如何しても院長にはなれないワ。さうだから俺も其養仙さまに做つて、貴様の負傷を如何ともヨウセンのだ、アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ』 マツ公『エヘヽヽヽ、イヽイタイイタイイタイイタイ、ウツフヽヽアイタヽヽヽ』 タツ公『エヘヽヽヽアイタヽヽヽ』 純公『それ丈笑つたら、やがて本復するだらう。マア安心したがいいワ』 タツ公『オイ藪医先生、何時になつたら癒るだらうかなア』 純公『マアマア一寸予後不良だから、計算がつかぬワイ。すべて病には……エヘン……二大別がある。一を先天性疾病といひ、一を後天性疾病と云ふ。而して予後良あり不良あり、良不良を決し難きものありだ。治すべき病と、治すべからざる病と、治不治を決し難き病と、自然に放擲して置いて癒る病と四種類ある。それから内科外科産科と分れてゐる。又婦人科小児科といふのも此頃はふえて来た。そして薬には内服用外用と大別され、頓服剤も必要があり、食塩注射にモルヒネ注射、此頃は六〇六注射迄開けて来たのだ、エーン。随分医者になるのも学資が要るよ。(狂歌)千人を殺して医者になる奴は、己一人の口すぎもならず……といふのだから、俺だつて今まで九百九十九人まで殺してきたのだ。モ一人殺せば一人前の医者になるのだ。それだから丁度貴様を一人霊前に直す、有体にいへば殺すのだ。そこで始めて此純公も一人前のドクトルになるのだからなア。何とよい研究材料が出来たものだ。アハヽヽヽ』 マツ公『アハヽヽヽ何時の間にか俺の足痛は尻に帆かけて遁走したと見えるワイ。オイ、タツ公貴様もいい加減に癒つたら如何だ。イヒヽヽヽ』 五三公『コリヤなまくらな、足痛の真似をしてゐたのだな。仕方のない奴だ』 マツ公『さうだから、痛いか痛くないか診察してくれと云つたぢやないか。実の所は負傷者だといつて、お前達の同情を買ひ、ここを無事に通過する積りだつたが、余り貴様の言分が気にいつたから、何もかも白状するワ。実は全軍の逃走した後始末をつけて帰つて来たのだ。足はかうして繃帯で巻いてゐるが、チツとも怪我してゐないのだよ、のうタツ公、アハヽヽヽ』 五三公『アハヽヽこいつア誤診だつた』 マツ公『誤診か御親切か知らぬが、打診もないやうだつたね』 五三公『随分聴診にのつて大変な失敗をした。サア之から貴様も望診々々と行つたらどうだ。問診も道で片彦に会うたら、死学博士が宜しう言つて居たと言うて呉れ、アーン』 マツ公『オイオイ院長さま、なぜ鼻の下をさう撫でてゐるのだ。妙な恰好ぢやないか』 五三公『ウン之かい。髭はないけれど、気分だけは八の字髯を揉んでゐる積りだ。アハヽヽ』 純公『オイ、モウ病院遊びはやめにしようかい。そしてゆつくりと軍話でもしたらどうだ。随分面白いだらうよ』 マツ公『敗軍の将、兵を語る……かな。葬礼すんで医者話と同じ事だが、これも成行だ。ここで一つ物語をやつてみよう。随分潔いぞ、エツヘヽヽヽ』 五三公『何と気楽な奴が揃うたものだなア。丁度祠の前で四人打揃ひ、軍談を始めるのも面白からう。アヽ愉快だ愉快だ』 マツ公は講談師気取になつて長方形の岩の前に坐り、鉄扇にて岩をビシヤビシヤ叩き乍ら唸り出した。 マツ公『ハルナの都に名も高き、梵天帝釈自在天、大黒主といふ智勇兼備の勇将あり。それに従ふ英雄豪傑、綺羅星の如く立ち並び、中にもわけて大黒主の三羽烏と聞えたる鬼春別将軍、大足別将軍、マツ公将軍こそは英雄中の英雄なり。此度斎苑の館に天地に輝く神徳高き、酒の燗素盞嗚尊、数多の軍勢を引つれ、アブナイ教を組織して、大黒主の守らせ給ふ、天に輝く月の国、五天竺をば蹂躙し勢益々猖獗を極め天下は騒然として麻の如くに乱れ、人民塗炭の苦に陥りぬ。然る所へ、又もやデカタン高原の北方なるカルマタ国に、盤古神王塩長彦を奉じて現はれ出でたる、ウラル教の常暗彦が軍勢、雲霞の如く、地教山を背景とし、集まりゐる。今や天下は三分せむとするの勢なれば、何条以て大黒主の許し給ふべき、三羽烏を征夷大将軍に任じ、大足別はカルマタ国へ、鬼春別は斎苑館へ、テンデに部署を定め、進軍の真最中なり。秋は漸く深くして木々の梢はバラバラバラバラ、散りゆく無残の光景を心にもとめず、数多の軍勢率つれて、先鋒隊には片彦久米彦両将軍、あとから出て来る一部隊は、ランチ将軍、数千騎を率ゐ、最後の本隊は鬼春別将軍、全軍を指揮し、秋風に三つ葉葵の旗を林の如く翻し乍ら旗鼓堂々と攻め来る其物々しさ鬼神も驚く許り也。先陣に仕へし片彦将軍は今や河鹿峠の絶頂に、全軍を指揮し轡を並べ、蹄の音カツカツカツ、鈴の音シヤンコシヤンコと、威風堂々あたりを払ひ天地を圧して登り行く。百千万の阿修羅王が進軍も斯くやと思はれにける。然る所に豈計らむや、思ひがけなや、アタ恐や、三五教の宣伝使治国別、万公、晴公、五三公の木端武者を引つれ、一卒之を守れば万卒進む能はざる嶮路を扼し、神変不思議の言霊を速射砲の如く打かけ、向ひ来る其勢の凄じさ。不意を喰つて味方の軍卒、忽ち総体崩れ、狼狽へ騒いで、元来し道へと、馬を乗り棄て、風に木の葉の散る如く、バラバラバツと、群ゐる千鳥群千鳥、あはれ果敢なき次第也。無念の涙を押へ乍ら、バラモン軍の武運のつたなきを嘆き悲しみ、片彦将軍の秘書官、マツ公タツ公両人は、騒がず、焦らず悠々然として、戦場の後を片づけ、負傷者と詐つて、ここ迄やうやう帰りける。アハヽヽヽ、エー後は如何なりまするか、実地検分の上ボツーボツと講談仕りますれば、明晩は何卒十二分の御ヒイキを以て、賑々しく御来聴あらむことを希望いたします。チヨンチヨンチヨンだ』 五三公、純公、タツ公一度に大口をあけ、 五三公、純公、タツ公『アハヽヽヽ』 と腹を抱へ、転げて笑ふ。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇松村真澄録)
237

(2350)
霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 15 温愛 第一五章温愛〔一一六六〕 治国別は儼然としてマツ公に向ひ、 治国別『何処の何人の弟か知らぬが、まづまづ無事で目出たいなア。随分苦労をしたと見えて年の割りには窶れて居るぢやないか』 マツ公は飛びつくやうにして膝をにじり寄せ、 マツ公『貴方は私の兄様、亀彦さまで厶いませう。ようマア無事で居て下さいました。嬉しう厶います』 と早くも涙をハラハラと垂らして居る。 治国別『ヨウ、これは近頃迷惑、この治国別は其方のやうな弟は持つた覚えがない。何かの間違ひではあるまいか』 マツ公『それはあまり胴欲のお言葉、よく此顔を御覧下さいませ』 治国別『ちつとも覚えがない』 タツ公『モシ亀彦様、否三五教の宣伝使様、私はマツ公の女房の弟、タツと申します。縦から見ても横から見ても瓜二つ、御兄弟に間違ひはありますまい。そんなにじらさずに早く名乗つて下さいませ。義兄も気を揉んで居ますから』 治国別『三五教の宣伝使玉国別の供を虜にし剰つさへ畏くも斎苑の館の大神様を攻め滅ぼさむと致す、バラモン教の悪神の手先となるやうな弟は持つた覚えがない……かく申す治国別の胸中は千万無量、推量致せよ。バラモン教の神司、否軍人』 マツ公『イヤ、兄様ではない治国別命様、軽率に兄弟呼はりを致しまして、誠に御無礼で厶いました。何卒お咎めなくお見直し聞き直しを願ひ上げます』 玉国別『イヤ治国別さま、決して御遠慮には及びませぬ。折角の御対面……』 と云はむとするを、治国別は玉国別の口元を押へるやうな手つきして、 治国別『貴方の御親切は有難う厶いますが、是が如何して名乗られませうか。決して治国別は兄弟は持ちませぬ。マツ公とやら大神様の御前に三五の誠を現す気はないか』 マツ公『ハイ然らば是より私の真心を御覧に入れます。其上にて兄弟の名乗りをお願ひ申します』 と又もや泣き崩るる可憐らしさ。治国別は目を繁叩き、悲しさを耐へ黙然として居る。 タツ公『サア兄貴往かう、到底誠を表はさねば何程実の兄様だつて名乗つて下さる筈がない』 と涙声を絞りながら立ち上る。マツ公も立ち上り、 マツ公『宣伝使其他のお方々、暫時お別れ致します。明日はきつと此処でお目に懸りませう。此山口にはランチ将軍、片彦、久米彦初め鬼春別の大将が勢揃をして居りますれば、随分御用心なさいませ。今此処をお立ちなされては、如何に神力無双の宣伝使なればとて、剣呑で厶います。左様ならば』 と立ち別れ、両人は急坂を南へ下り行く。後見送つて治国別は涙を押隠し、 治国別『焦がれたる人に相見し今日の身は 昔にましていとも苦しき。 走り往く人の姿を眺むれば 知らず知らずに涙ぐまるる。 過を改め直し大神の 道にかへれよ二人往く人。 秋の日の淋しさ吾に迫りけり 思はぬ人を見るにつけても。 懐しき恋しき人は曲津見の 醜の司となり下りける。 吾とても心は鬼にあらねども 神の大道を外すよしなし。 吾身魂如何なる罪を造りしか 淋しさ身に沁む秋の山路。 不意なくめぐり遭ひたる愛人は 神の仇とぞ聞きし悲しさ』 玉国別『治国別神の御心思ひやり 吾も思はず涙おとしぬ。 やがて又花咲く春も来るらむ 冬籠りして待つ人の身は。 霜を踏み雪をかぶりて咲く花は 香めでたき庭の白梅』 治国別『有難し玉国別の言の葉よ 三月の木々の心地なしぬる。 吾は今悲しきヂレンマにかかりけり 誠と愛の枷に責められ』 道公『惟神神の心に任しませ やがて晴れゆく秋の大空』 万公『親となり子となり又も兄弟と 生るも神の仕組なるらむ。 さりながら生者必滅会者定離 浮世の様を如何にとやせむ』 晴公『師の君の深き心を思ひやり 晴の心も曇りけるかな』 五三公『師の君よ心安けく思召せ 頼りまつ身の花や開かむ。 清春の山に潜みし伊太公を 伴ひ帰るマツタツ二人。 マツタツの二人の友はやがて此処に 笑を湛へて帰り来るらむ』 玉国別『最前マツ公の話に聞けば、此山道には鬼春別の軍勢が数多待ち伏せ居る様子、吾々は別に急ぐ必要も、かうなつてはありますまい。暫く敵軍の此山道を通過する迄待つ事に致しませうか』 治国別『それも一つの神策でせう。仮令幾万の敵軍ありとも神に任せた吾々、些しも驚きは致しませぬが、敵を四方に追ひ散らした処が、飯の上の蠅を追ふやうなもの、再び斎苑館へ攻め来るは必然でせう。どうしても心の底より帰順さすか、但は此難所を扼して其進路を遮り留るより外、名案もありますまい』 玉国別『私は祠の前で暫く眼痛の軽減する迄祈りませう。何卒貴方はもとの場所へお出なさつて英気を養ひ捲土重来の敵に備へて下さいませ』 治国別『左様ならば暫く御免を蒙りませう。サアサア万公、晴公、往かう』 と先に立つ。後には玉国別、道公の両人が残つて居る。五三公、純公も治国別に従つて森蔭に身を没した。晩秋の風は又もや烈しく吹いて来た。半毀れし祠はギクギクと怪しき声を立て、鳴き出した。木々の梢はヒウヒウと笛を吹く。バラバラバラと枯葉が落ちる。冷たき雨さへ混つて、無雑作に目の悪い玉国別の頭を打ち叩く。二人は手早く蓑を被り、笠を確と結びつけ、祠の後に雨と風とを辛うじて避ける事を得た。 日は漸く西山に傾いて、塒定むる鳥の声彼方此方の谷間より喧しく聞え来る。薄衣の肌を冷やす風、時々降り来る村時雨、日の暮れると共に寂寥益々身に迫り来る。道公は玉国別の身体を後よりグツと抱いて体の暖を保つべく、吾身の寒さを忘れて労つて居る。発作的に出てくる頭の痛み、間歇的に出て来る眼の痛み、得も云はれぬ苦しみである。玉国別は私かに神に祈り、且つ身の罪を謝罪して居た。此時夕の谷間を圧して宣伝歌の声が聞えて来た。 (五十子姫)『至仁至愛の大神の大御心になりませる 三五教の御教を豊葦原の瑞穂国 くまなく開き照らさむと神素盞嗚大神の 神言畏み出でませる吾背の君の音彦は 今や何処にましますか斎苑の館の神殿に 額きまつり吾夫の功をたてさせ給へよと 祈る折しも摩訶不思議吾目にうつりし光景は 河鹿峠に名も高き懐谷に現れまして 子猿の群に十重二十重取り囲まれし其揚句 二つの眼を失ひて苦しみたまふ有様を 窺ひまつりし吾心何に譬へむすべもなし 心を定め肝を練り神の御前に額づきて 大神勅を伺へば皇大神の御言葉に 斎苑の館の五十子姫夫の難を救ふべく 今子の姫を従へて片時も早く出でませと 詔らせ給ひし有難さ天にも登る心地して 心いそいそ河鹿山渉りて此処まで来りけり あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 吾背の君の遭難を救ひたまひて三五の 神の依さしの神業を完全に委曲に成し遂げる 御稜威を与へ給へかし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神に仕へし吾夫の二つの眼は失するとも 如何でかひるみ給はむや遠き山野を打ち渡り 吾背の君の後追うて其神業を詳細に 補ひまつり五十子姫今子の姫と諸共に 此神業を果さねば仮令百年かかるとも 斎苑の館へ帰らじと盟ひまつりし悲しさよ あゝ惟神々々此急坂を吹きつける 醜の嵐の一時も早く静まり冬も過ぎ 花咲く春の来るごと吾背の君の眼病を 開かせたまへ惟神神の御前に願ぎまつる』 斯く歌つて下り来るのは歌の文句に現はれた玉国別の妻五十子姫であつた。 今子姫『玉国別の妻神と仕へたまひし五十子姫 夫の危難を救はむと神の御許し受けたまひ 孱弱き女の身をもつて荒風すさぶ荒野原 漸く越えて河鹿山淋しき山野を打ち渡り 又もや吹き来る烈風に髪梳り雨に濡れ 木の根に躓き足破り種々雑多と艱苦して 尋ね来ますぞ雄々しけれ今子の姫は今此処に 吾師の君の後を追ひ女ながらも皇神の 道にさやれる曲津見を厳の言霊打ち出して 言向け和し月の国四方にさやれる鬼大蛇 醜神司を払はむと岩の根木の根踏みさくみ 足にまかして進み来るあゝ惟神々々 吾等一行の出で立ちを憐れみたまひ逸早く 吾師の君の御前に進ませたまへ惟神 神の御前に今子姫誠心捧げ願ぎまつる 獅子狼は猛るとも如何に木枯強くとも 河鹿峠は嶮しともなどか恐れむ皇神の 恵を受けし此体勇み進んで何処までも 往かねばおかぬ吾思ひ遂げさせたまへ天地の 御親とまします大御神神素盞嗚大御神 日の出の神や木の花の姫の命の大前に 頸根突き抜き願ぎまつる』 と歌つて祠の森の前に向つて下り来るのが今子姫であつた。五十子姫、今子姫は、玉国別が此祠の後に雨風を凌ぎ居るとは夢にも知らず、 五十子姫『アヽ今子さま、やうやう祠の森迄参りました。お蔭で風も静まり雨もやみましたから、此処で御祈念をして暫く足をやすめる事に致しませう。かうスツポリと日が暮れては坂道は剣呑で厶いますからなア』 今子姫『ハイさう致しませう。何だか床しい森で厶います。私はどうしても此森に玉国別さまが居られるやうな気がしてなりませぬわ』 五十子姫『貴女もさう思ひますか。私も何となく、なつかしい森だと思ひます。サア此処で一服致しませう』 両人は拍手再拝、半破れし祠に向つて祈願を籠めて居る。 此時玉国別は道公に抱かれ心地よく睡について居たがフト目を醒まし、 玉国別『ヤア道公、御苦労だつた。吾を抱へて居つて呉れたのだなア。お蔭で温かく睡らして貰つた。頭の痛みも癒つた。眼の痛みも忘れたやうな気がする。アヽ有り難い、此嬉しさは何時までも忘れはせぬぞ』 道公『先生、そりや何を仰有います。弟子に礼を言ふといふ事がありますか。私だつて貴方を抱へさして頂いたお蔭で、真に暖かく知らず識らず安眠致しました。これも先生の御余光で厶います。礼を言はれては困ります。私の方からお礼を申上げねばなりませぬ』 玉国別『惟神なれが情のあつ衣 冷たき風を凌ぎけるかな』 道公『師の君の御身の温み身にうけて 蘇へりけり吾の魂』 玉国別『旅に出て人の情を悟りけり 神と道とに仕へゆく身は』 道公『毀れたる古宮なれど新しき 恵の露を下したまひぬ』 玉国別『治国の別の命の神司 夜風にさぞや苦しみたまはむ。 吾宿に残せし妻は嘸やさぞ 吾身の行く方尋ね居るらむ』 五十子姫、今子姫は敏くも、祠の後より幽かに漏れ来る歌を聞きて、飛び上るばかり打ち悦び「吾夫はここにましませしか」と轟く胸をぢつと抑へ、 五十子姫『懐しき吾背の君の声聞きて 冴え渡りけり胸の月影』 今子姫『懐しき吾師の君や皇神の 影に包まれ安くいませる』 道公は小声になり、 道公『モシ先生、あの歌をお聞きになりましたか、どうやら五十子姫様のやうで御座いますなア』 玉国別『ウン確に五十子姫だ。一人は今子姫に間違ひなからう』 道公『そんな事を仰有らずに、早くお会ひになつたらどうでせうか。五十子姫様は遥々此処迄お後を慕つてお出なさつたので厶います』 玉国別『ウン、会うてやり度いは山々だが、今会ふ事は出来ぬ。不愍ながら斎苑館へ追つ帰さねばなるまい』 五十子姫『モシ其処に居られますのは、吾夫玉国別様ぢや厶いませぬか。貴方は大変な怪我をなされましたと、神様に承はり心も心ならず、今子さまとお後を慕つて参りました。御容態は如何で厶いますか、どうぞお知らせ下さいませ』 玉国別『盲目たる心の眼開けけり 右りの目をば猿にとられて』 五十子姫『情なや吾背の君の御眼 剔り取りたる猿ぞ恨めし』 今子姫『兎も角も吾師の御君出でませよ 五十子の姫の心あはれみて』 玉国別『妻の君に一目会ひたく欲すれど 神の使命はおろそかならねば。 玉国の別の司は妻神に 助けられしと人に云はれむ。 恥かしき吾眼をば若草の 妻の命に如何でか会はさむ』 道公『モシ先生、そんな几帳面の事仰有らいでも宜しいぢやありませぬか。奥様がお出になつて居るのですから、誰が何と申しませう。そこが夫婦の情愛で厶いますから、サア祠の前迄参りませう』 玉国別『そんなら兎も角も出て見ようかなア』 と道公に手を曳かれ、杖を力に祠の前に出て行つた。五十子姫は十七夜の月の漸く山の端に上つた光に夫の顔を打ち眺め、 五十子姫『ヤア思つたよりも酷い掻き創、マアどうしたら宜しからうなア、今子姫さま』 今子姫『お気の毒な事で厶います、何と申し上げて宜しいやら、言の葉も出ませぬ。併し御心配なさいますな、キツト神様が癒して下さいませう』 五十子姫『モシ吾夫様、余り痛みは致しませぬか』 玉国別『ウン些ばかり痛むやうだ』 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇加藤明子録)
238

(2351)
霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 16 鰌鍋 第一六章鰌鍋〔一一六七〕 清春山の峻坂を歌を歌ひ乍ら登つて行く二人の男があつた。これは祠の森を立出でて伊太公を奪ひ返さむと進み行くバラモン教のマツ公、タツ公の両人である。マツ公は急坂を上り乍ら歌ひ出した。 マツ公『大足別の神司難攻不落と頼みたる 清春山の岩窟も三五教の宣伝使 照国別の一行に不在を守りしポーロさま 其外一同悉く生言霊に打ぬかれ 忽ち心を翻し善か悪かは知らねども 三五教が結構だと部下を引つれ河鹿山 峠を越えて二三日以前にここを登りしと 聞いたる時の驚きは寝耳に水のやうだつた ウントコドツコイハーハーハー之から先はだんだんと 道は峻しくなつてくるタツ公さまよ気をつけよ 家来の奴に言ひつけてポーロの帰つた脱殻へ 三五教の伊太公を高手や小手にふん縛り 一先づ隠しておいたのをコリヤ又えらいドツコイシヨ 地異天変が勃発しおれが捕へた人物を 又もや俺がスタスタと息の切れるよな急坂を 登つてスツパリ取返し治国別の兄いさまに お返し申さにや如何しても水も洩らさぬ兄弟の ウントコドツコイドツコイシヨ名乗を天晴れしてくれぬ バラモン教に這入るよな俺は弟持たないと ダラ助ねぶつたやうな顔ウントコドツコイヤツトコシヨ なかなか縦に首ふらぬお前の知つて居る通り 一度兄貴に会ひたいとバラモン教の神様に 今日迄祈つた甲斐あつて思ひもよらぬ谷間で ベツタリコーと出会はしヤレヤレ嬉しとドツコイシヨ 喜んで見たのは水の泡梃でも棒でも受けつけぬ 三五教の宣伝使昔の兄ぢやと思うたら コリヤ又エライ変りやうさうぢやと言つてマツ公も 折角兄貴に会ひ乍ら此儘別れるこたいやだ 畏くも素盞嗚の神の館へ攻めよせる 魔神の軍に従つてやつて来たのもバラモンの 神の御為身を尽し其褒賞にウントコシヨ 恋しき兄に如何かして会はして貰はうと思うた故 天地の間にドツコイシヨますます坂がキツウなつた 転んで怪我をしてくれなモウ一人ともない両親に 先立たれたる淋しさに兄貴のことを思ひ出し ウラルの教の本山や所々の広前を 捜してみたれどウントコシヨドツコイドツコイヤツトコセー 影も形も見当らぬ兄貴は竜宮の離れ島 宣伝功を奏せずに此方の国へ帰り来て 大方死んだであらうかと観念してはみたものの 虫が知らすか如何しても諦め切れぬ身の因果 所もあらうに三五の斎苑の館に居つたとは 夢にも知らぬ驚きだあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして私が知らずに手にかけた 三五教の伊太公を家来の奴をチヨロまかし 四の五のなしに取返しお前と俺と両人が 治国別の兄の前ゾロリと出してやらなけりや 兄貴の顔も立つまいし俺も大きなドツコイシヨ 面をばさげて帰れないあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして此坂安く平けく 登り下りをさしてたべタツ公お前も宣伝歌 一つ歌つてドツコイシヨ岩窟の前まで行かうかい ウントコドツコイ、ハーハーハー息が苦しうて言霊の どうやら原料が切れさうだハー惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ドレ一服して行かうかい。寒い風は吹いてをつても、坂の上り下りは随分汗の出るものだなア。ここに丁度よい岩がある、気は急いて仕方がないが、チツとは体と相談しなくちや体も大切だからなア、ハーハーフーフー』 と息をはづませつつ言ふ。 タツ公『俺も一つ此処で一休みして、元気を付け、三人の奴がゴテゴテ吐したら、蹴り倒し、陥穽へ突込んでおいて、伊太公一人を連れ帰ることにしようかなア』 と云ひ乍ら、西の空を眺め、脚下の谷川の白布を晒したやうな泡立つ激流が木々の梢の間からチラついてゐるのを打ち眺め、愉快げに汗を入れてゐる。 タツ公は急坂を攀ぢ乍ら、細い声で千切れ千切れに歌ひ出した。ここからは一層道が嶮しくなり、団子石が狭い山路に無遠慮にころがつてる。 タツ公『清春山で第一の難所と聞えし蜈蚣坂 道の真中に団子石遠慮会釈も知らぬ顔 俺等を転倒そと待つてゐるホンに物騒な世の中だ チツとも油断は出来はせぬウントコドツコイ人の手に 持つてゐる物でも引つたくり吾懐を肥やさむと 何奴も此奴も企みゐる悪魔ばかりの世の中だ 折角口へ頬張つたパンでも隙があつたなら 食指を大に動かしてヤツトコドツコイ剔り出し 直様自分の口中へ捻込む様なウントコシヨ 悪逆無道の奴ばかりバラモン教の神司 大黒主こそ天地の神の心に叶うたる 誠のお方と思うた故ウントコドツコイ、マツ公が 入信したのを幸ひに俺も一寸出来心 這入つて見たが思うたより中身の悪いバラモン教 こんな事だと知つたならヤツパリ元の百姓で 暮して居つたがよかつたと後悔してもハーハーハー 後の祭で仕方ないジツと堪へて開運の 時節を待ちし其内に鬼春別に従ひて 俺等の主人の片彦が斎苑の館に堂々と 攻め行く時の秘書役に選まれたるを幸ひに 一角今度は手柄して頭を上げてみようかと 思うた事も水の泡河鹿峠の八合目 三五教の言霊を雨や霰と浴びせられ 脆くも逃行く片彦や久米彦さまの敗軍を 眺めた時の馬鹿らしさ俺等は愛想がつきた故 モウこれきりで御免をばヤツトコドツコイ蒙らうと お前と密にドツコイシヨ諜し合せてトボトボと 皆に遅れて坂道を下つてみればこれは又 思ひもよらぬ三五の神の司の御供たち 祠の前に端坐して何かは知らぬがブツブツと 分らぬことを話してるコリヤ堪らぬと思へ共 逃げ路のない一筋の此谷間が如何なろか 俄に剽軽者となり滑稽諧謔あり丈を 尽して相手を笑はせつ心を和げゐたる折 フトした事からマツ公の兄の亀彦ドツコイシヨ ヤツトコドツコイハーハーハー三五教に使はれて 世にもめでたき宣伝使治国別となつてゐた それをば聞いた俺の胸地異天変が一時に 起りし如き心地したこれもヤツパリ神様の 水も洩らさぬお仕組の何かの端であらうかと 轟く胸を撫で下ろしヤツと悲劇の幕を上げ 玉国別の御供なる伊太公さまを救ひ出し それを土産にマツ公の兄弟名乗を遂げさせて 俺もこれから三五の信者にならうと決心し 心イソイソやつて来たあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 話かはつて岩窟の中には伊太公を始め甲乙丙の三人が車座になつて、面白可笑しく打ち興じ乍ら、雑談をやつてゐる。ポーロの留守役が斎苑の館へ一同を引つれて出た跡は、生物と云つたら、蝙蝠がここ幸ひと吾物顔に出入を始めかけてゐた位であつた。そこへマツ公の家来に准ずべき三人の男、マツ公の命令で、伊太公を縛り上げ、此処迄送り来り監視の役を勤めてゐたのである。併し乍ら三人の男は伊太公の弁舌にチヨロまかされ、縛めの縄を解き、ポーロが残しおいた酒壺から残りの酒を汲み出し、チビリチビリと呑み乍ら、面白さうに他愛なく喋べつてゐる。 甲『エーもう今頃は先鋒隊の片彦、久米彦将軍は、首尾よく難関を突破し、斎苑の館へ着かれる時分だろ。斎苑の館に於ても随分心配だらうなア』 伊太公『アハヽヽヽ、斎苑の館には神変不思議の神術を備へてゐる生神ばかりだから、さう容易には行くまいぞ。俺だつて、事と品に依れば片彦将軍位は屁一つ放つたら、吹き飛ばすのは何でもないのだが、昨夜の様に谷底へ辷り落ち、向脛を打つて動けぬ所を括られちや、何程豪傑でもたまらないからのう』 甲『ソラさうだ。誰だつて寝鳥を締るやうな目に会はされちや叶ひつこはないワ。ナア伊太公さま、実ア俺も君に同情してゐるのだ。マツ公の………大将、厳しく牢獄へ放り込んでおけと言やがつたが、それでも俺はかうして君に同情をよせ、チツとも虐待はせないのだから、チツとは俺の心も買つてくれな困るよ』 伊太公『ソラさうだ、敵の中にも味方ありと云ふからなア、併しお前達は大黒主の神は本当に偉い神さまだと思つてゐるか』 甲『さうだなア、何を云つても化物の世の中だから、善悪正邪の、俺達に判断はつかないワ。………苔むす巌は変じて金殿玉楼となり、虎狼野干は化して卿相雲客となり、獅子は化して万乗の尊となり、王位の座に装ひを堆くし、袞竜の袖に薫香を散らす世の中だからなア。大黒主もキツと其選に洩れないだらうよ。昔は鬼雲彦とか云つたさうだから、どうせ立派な神様の系統ぢやあるまい。併し乍らこんな事はここ限りだ。ノウ乙丙、メツタに喋りやしようまいのう』 乙『そんな事喋らうものなら、俺の首がなくなるワイ、ナア丙、さうぢやないか』 丙『さうともさうとも、こんな話を聞いた以上は直様甲の首をチヨン切るか、後手にフン縛つて将軍様の前へ突き出すのが本当だ。それを看過しておくと云ふのはヤツパリ同罪だからなア。甲の云つたのは俺達が言うたやうなものだ。それだから言へと云つたつて言ふ気遣ひないワ。マア安心してくれ』 伊太公『併し大分酒がまはつたやうだが、モウいい加減に帰つたら如何だ。俺も実はお師匠さまが待つてゐるのだからなア』 甲『其奴ア一寸困る、何程親密なお前と俺との仲でも、お前を取逃がしたことが分れば、俺はサーツパリだからなア。どないでも大切にするから、一遍マツ公の大将が査べに来るまでここに斯うして居つてくれ。お前にや気の毒だけれど、俺だつてヤツパリ気の毒ぢやないか』 伊太公『さう言はれると俺も先生が大事だから帰りたいのだが、情誼に絆されて帰ることも出来なくなつた。何と人間と云ふものは気の弱いものだなア、自分乍ら自分がでに愛想がつきて来たわい』 岩窟の入口からマツ公の声、 マツ公『オーイ、イル、居るかなア』 イル『イルは此処に居ります』 マツ『三五教の○○は如何したツ』 イル『オイ、伊太公、頼みぢや、一寸暫く牢へ這入つとつて呉れぬか、こんな所みられちやそれこそサツパリだ。あれあの通り大将が臨検に来よつた。オイ乙、丙早く伊太公さまを、一寸の間でいいから、牢へ入れといてくれ、俺や出口まで行つて何とか彼とか云つて隠す時間を保つてゐるから、手早くやつてくれよ』 と云ひ乍ら、入口へ駆け出し、 イル『これはこれはマツ公の御大将、御臨検御苦労で厶います。貴方の仰せの通り、後手に縛り、どこもかも、雁字搦みにして石牢へブチ込み、昨日から叩いて叩いて、キヤアキヤア言はして苦めてやりました。モウあゝしておけばメツタに逃げる気遣ひありませぬ。御安心下さいませ。サア、斎苑館の方の戦が大変忙がしいでせう、どうぞ門を這入らずにトツトとお越し下さいませ。片彦将軍様がお待兼で厶いませう』 マツ公『逃げないやうに、此岩窟の中で貴様たち番をして居れと言つたのだが、そんな打擲を為いとは言はないぞ。本当に左様な目にあはしたのか、エーン』 イル『イエイエ滅相もない、誰がそんな残酷なことを致しますものか』 マツ公『そんなら、如何しておいたのだ』 イル『ヘー、実の所は………エヽ一寸相手に致しました、随分面白い奴で厶いますよ』 マツ公『何、一寸相手にした?随分手が利いてゐるだらうなア』 イル『ヘーヘー、中々好う利いてゐますワ、特に左が一番能う利きますよ。呑めよ騒げよ一寸先や暗よ………と申しましてなア、それはそれは面白いお相手で厶いますワ』 マツ公『ハヽヽヽヽさうすると、お酒でも出して大切に扱うてゐたのだなア』 イル『ヘー、マアざつと、そんなもので厶います』 マツ公『ウン、其奴ア偉いことをした。定めて満足して居るだらうなア』 イル『ヘイヘイ、十二分に満足して居ります。ソラ昨夜も賑やかう厶いましたよ。ステテコを踊つたり、舞をまうたり、賑かいこつて厶いました』 マツ公『ポーロの大将はどこに居るのだ。根つから人が居らぬやうぢやないか』 イル『ポーロですか、アリヤもう二三日前に斎苑の館へ行つて了ひましたよ』 マツ公『ナーニ、斎苑の館へ?………沢山連れて行つたのか』 イル『ヘーヘー何でも十五六人連れてゐたやうです、チヤンと遺書がして厶いました。而も三五教の信者になりましてなア』 マツ公『何は兎もあれ、伊太公さまに会はしてくれ。オイ、タツ公、サア這入らう』 と言ひ乍ら細き入口を潜つてイルの後に従ひ、奥へ奥へと進み入る。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇松村真澄録)
239

(2353)
霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 18 石室 第一八章石室〔一一六九〕 谷の下り道、半分許りの所に七八人這入れる石室が穿たれてあつた。俄に吹き来る山颪、大粒の雨さへ混つてゐる。松公は、 松公『オイ、伊太公さま、其外一同の者、かう雨風が一度に襲来しては下りる事も出来ない。幸ひ此石室で雨風の過ぐるを待つ事にしようではないか』 竜公『そりや結構だなア、皆さま、一服しませうかい』 伊太公『大変に気もせきますが、仰せに随つて雨をまつ事に致しませう、別に吾々の体は紙で拵へたのではないから、少々の雨位構ひませぬが、皆様がお気の毒だからおつきあひに憩ませて貰ひませう』 入口の戸もない石室に侵入し、天然の岩椅子に各自腰をかけ、暫く足をやすめて居た。竜公は俄に顔色蒼め、冷汗をかき、ブルブルと慄ひ出した。一同は驚いて『ヤア何だ何だ竜公確りせぬか』と周囲からよつて集つて撫でさする。竜公は汗を滲ませながら歯をガチガチ云はせ、団栗眼をむき出した。 松公『ヤアこいつは困つた、とうとう瘧に襲はれやがつたなア、モシモシ伊太公さま、どうしたらよろしからう』 伊太公『困つた事になつたものだ、こりや瘧に違ひない。途中の事と云ひ、どうも仕方がない。瘧をおとすには病人の頭へ擂鉢をかぶせ、艾を一つかみ其上にのせて灸を据ゑると直落ちるのだけれど、擂鉢もなし、艾もなし困つたものだ』 松公『一体瘧と云ふのは何神の仕業でせうかなア』 伊太公『瘧は皆死霊の業だ。谷川へ陥つたり、池や沼に落ち込んだ奴の亡霊が憑依するのだ。硫黄温泉でもあれば、そこへ突込んでやれば直退散するのだけれど、困つたところで瘧をふるつたものだわい』 松公『温泉へ入れたら瘧が落ちますか、ヤアそりや聞き初めだ。幸ひこの谷道を一丁ばかり右へ下りると、昔から硫黄温泉が湧いて居るとの事です、そこへ浴れてやつたら何うでせうなア。貴方もお急きでせうが、どうせ玉国別さまも治国別さまも祠の森をお離れなさる気遣ひはないから、一寸そこ迄廻つて貰へますまいかなア』 伊太公『そりやお易い事です、人の苦しんで居るのを見捨てて行く訳にも行きませぬから』 松公『そりや有難い、そんなら御苦労になりませうかなア』 竜公は歯をキリキリと云はせながら目を怒らせ、 竜公『オヽ俺は決して死霊ではないぞ、瘧でもないぞ、大黒主に仕へ奉る八岐大蛇の片割だ。汝等五人の不届者奴、俺達の仲間を滅さむと計る、素盞嗚尊の手下、玉国別や治国別に甲を脱ぎ吾々に背くやつ、決して許しは致さぬぞ。此竜公が命を取り、次には松公が命をとり、イル、イク、サール三人の奴は申すに及ばず、伊太公迄もとり殺してやるのだから、其覚悟を致したらよからう』 松公は口を尖らし乍ら、 松公『伊太公さま、あんな事を云ひますわ、これでは温泉も駄目でせう、何とか工夫はありますまいかな』 伊太公『瘧でないと分れば、又方法もあります。サアこれから三五教独特の鎮魂を以て悪魔を見事退散さして見ませう』 松公『どうぞ宜しう願ひます。オイ三人のもの貴様も一つ祈つて呉れい』 茲に伊太公、外四人は一生懸命に両手を合せ、惟神霊幸倍坐世を十回許り唱へた後、伊太公はポンポンと手を拍ち天津祝詞を奏上し終つて天の数歌を二三回唱ひ上げた。大蛇の憑霊は、天の数歌に怯ぢ恐れ、竜公を其場に倒して逃げ去つて了つた。竜公はけろりとして汗をふきながら、 竜公『ヤア苦しい事だつた。ようマア伊太公さま助けて下さつた、何とマア三五教のお経はよく利きますねえ』 伊太公『マア何より結構でした。三五教ではお経とは申しませぬ、これは重要なる讃美歌で、天の数歌と云ひます。皆さまもこれから間があれば、この数歌をお唱ひなさい』 松公『イヤもう義弟の命を助けて頂き、此の御恩は忘れませぬ。サア雨も余程小降りになり、風も熄んだやうです。も一気張りですから、ポツポツ下りませうか』 と先に立ち、又もや足拍子をとつて歌ふ。 松公『清春山の下り路天下にまれなる難関所 下る折しも竜公が石室中に飛び込んで ガタガタブルブル慄ひ出すこれぞ正しく「ウントコシヨ」 「ヤツトコドツコイ六つかしい足踏み入れる所もない」 瘧のやつに違ひないと心をいため谷間に 滾々湧き出る硫黄の湯そいつへ入れて助けよと 評定して居る最中に竜公のやつが口をきり 俺は死霊ぢやない程に八岐大蛇の片割ぢや 俺等の仲間を倒さうと企んで居よる素盞嗚の 神の手下に帰順して「ヤツトコドツコイ」怪しからぬ 事をするから竜公の命を先に奪ひとり 松公さまや三人の大事の大事の命まで 取つてやらうと嚇しよる俺も些つとは「ドツコイシヨ」 吃驚せずには居られない狼狽へ騒ぎ居る中に 三五教の伊太公は神変不思議の鎮魂と 一二三ツ四ツ五ツ六ツ七八ツ九ツ十百千 万の曲を払はむと声も涼しく「ドツコイシヨ」 天の数歌歌ひあげ雄建びませば悪神は 其神力に怯ぢ恐れ雲を霞と逃げよつた あゝ惟神々々神の恵は目のあたり 俺もこれからバラモンの醜の教を思ひ切り 神徳高き三五の神の御教に従ひて 種々雑多と修業なし名さへ目出度き神司 松公別と名乗りつつ普く世人の悩みをば 助けにや置かぬ惟神兄の命とあれませる 治国別の宣伝使同じ腹から生れたる 「ウントコドツコイ」俺の身は兄貴の真似が出来ないと 云ふよな理屈はあるまいぞあゝ面白い面白い 前途の光明が見えて来た神徳高き素盞嗚の 誠の神に刃向ふは命知らずのする事だ 俺はこれから心境を根本的に改良し 神の御子と生れたる其天職を詳細に 神の御前に尽すべし竜公お前も神様に 苦しい所を助けられ尊き事が「ドツコイシヨ」 漸く分つたであらうぞや何程人が偉いとて 蠅一匹の寿命さへ一秒時間延ばす事 出来ないやうな身を以て神に刃向ひなるものか 思へば思へば人間は神の力に比ぶれば 塵か芥の如きものもうこれからは神様に 体も魂も打ち任せ一心不乱に善道を 進んで道の御為に力限りに尽さうか あゝ勇ましし勇ましし長い坂でもドンドンと 一足々々下りなば遂には麓につく如く 如何に小さい信仰も積れば遂に山となる 山より高く海よりも深き尊き神の恩 報いまつらで置くべきか此世計りか神界へ 国替へしても神様が矢張り構うて下される 真の親は神様だ恋しい親に死別れ 今迄悔んで居たけれどそれは此世の親様だ 万劫末代変らない吾身を救ふ親様は 神様よりは外に無い思へば思へば有難や 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神に任せた其上は 如何なる事か恐れむや地震雷火の車 大洪水の来るとも一旦覚悟をした上は 誠の神の立てませる三五教の御道は 決して決して捨てはせぬ「ウントコドツコイドツコイシヨ」 大分坂も下りて来たもう一気張りだ皆さまよ 足許用心するがよいここは悪魔の巣窟だ うかうかしとると大蛇奴が何時憑くか分らない 竜公の奴が好い手本御魂に気をつけ足許に 心を配つて下りませあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と節面白く歌ひつつ、玉国別の宣伝使が休息して居る祠の森をさして急ぎ行く。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇加藤明子録)
240

(2358)
霊界物語 44_未_玉国別と治国別2 02 月の影 第二章月の影〔一一七一〕 治国別は万公、晴公の他愛なき鼾声を聞き乍ら諸手を組み差俯向いてしばし冥想に耽りゐる。そこへ慌ただしく、息を喘ませ森の急坂を登り来たるものは五三公にぞありける。 五三公『もし、先生、奥さまが見えました。さア何卒早く祠の前迄お下り下さいませ』 治国別『何、奥が見えたとは何しに来たのだらう。奥に用はない。面会は相叶はぬから直に引返せと云つて呉れ』 と治国別は不興顔なり。 五三公『何程あなたが権利があると云つて、玉国別様の奥様に対し、そンな命令権があるとは五三公には思はれませぬワ』 治国別『何だ、五十子姫様か、お前は奥様だと云ふから又菊子姫が後を追うて来たのではあるまいか、怪しからぬ奴だと思つたからだ』 五三公『本当に怪しからぬですな。五十子姫様を御覧なさいませ。玉国別様の御身の上を案じ煩ひ、女の身をも顧みず此山坂を夜を日に次いでお尋ね遊ばされました。それに同じ宣伝使の奥様菊子姫様こそ、怪しからぬぢやありませぬか。夫婦の情合と云ふものは、そンな水臭いものぢやなからうと五三公は思ひますよ』 治国別『アハヽヽヽ人間の心といふものは一人一人違ふものだな。俺は斯うして宣伝しに出た以上は女房も忘れ、家も忘れ、自分の生命までも忘れて居るのだよ』 五三公『何とまア、水臭い方ですな。菊子姫様がお聞きになつたら嘸失望落胆なさるでせう。天にも地にも掛替のない一人の夫が左様の(浄瑠璃)水臭いお心とは露知らず、都でお別れ申してより、雨の晨、風の夕、片時たりとも忘れし暇はなきものを、思へば情なき貴方の心、あゝ何としようぞいな何としようぞいなア……とお嘆き遊ばすは石の証文に岩の判を押した様なものですよ。肝腎の女房を忘れるやうな先生だから弟子の私等をお忘れになる位は何でもないでせう。一人途中に放つとけぼりを喰はされては、それこそ……本当につれないわ、本当につれないわ』 治国別『アハヽヽヽ、怪体な男だな、河鹿峠の猿の霊が憑いたと見えるわい。エーエ、困つた人足を連れて来たものだ。一層の事、五十子姫のお帰りの時に五三公を袂の中に入れて這ひ出ぬ様に袂の先を蔓ででも括つて帰りて貰ひ雪隠の隅にでも放つといて貰はうかな。アハハヽヽ』 万公、晴公は今迄治国別の厳しき命令に寝れぬ目を無理に塞ぎ、態とに高鼾をかき、寝真似をしてゐたが、余りの可笑しさに両人一度に吹き出し、 両人『ギヤツハヽヽヽギユツフヽヽヽ』 治国別『万公、晴公、治国別に寝た真似をして見せてゐたのだな、仕方のない男ばかりだな』 五三公『本当に男ばかりでは仕方がありませぬ、殺風景なものですよ。あの祠の近辺を御覧なさいませ。五十子姫様に今子姫様、仲々仕方がたつぷりありますよ。こりや万公、晴公、いい加減に狸の代理はよしにして先生のお伴に参り祠の前の春の様な気分を御相伴しようぢやないか。斎苑の館をたつてから異性の香を嗅いだ事もなく、殺風景な場面ばかり、心も気も荒れ果てた処で春陽の気の漂ふ絶世のナイスがやつてきたのだから何とはなしに上気分だ。エーン、いい加減に森を出立してホコラ(そこら)あたりを五三公と共に迂路つかうぢやないか』 万公『万公さまの御耳には、何だか祠の近辺には笑声が湧きたつて居るやうに聞こへて堪らないがナア』 五三公『それだから小生が人間の処世法は笑ふに限る、笑ひは天国の門を開く捷径だと云つてゐるのだよ。さア先生、五三公と共に参りませう。貴方も久し振りで五十子姫様にお会ひになつても、あまり悪い気は致しますまいぜ。義理の姉さまぢやありませぬか。やがて松公さまも伊太公を連れて帰つて来られませうから兄弟の対面も間近に迫つたりと云ふもの、さア早く御輿をお上げなさいませ。如何に重々しいのが宣伝使の威厳だと云つても、さう尻が重たくては千変万化の活動は出来ませぬぞや』 治国別『アハヽヽヽそンなら三人の部下に擁立されて治国別も危険区域へ出陣しようかな』 五三公『(芝居口調)早速の御承知、五三公身にとり、光栄至極に存じます。然らば私が先登に立つて御案内、あいや、万公、晴公は治国別宣伝使の前後を守り吾後に従つて来よ。下に下に下に』 と杖を以て四辺を払ひ乍ら祠をさして下り進む。 治国別は漸く祠前に進み、拝礼終つた後、 治国別『玉国別様、お塩梅は如何でございますか。これはこれは五十子姫様、ようまアおいで下さいました。やア之で私も一安心、誠に玉国別様はお気の毒で厶りました』 五十子姫『治国別様、夫が色々と深いお世話になりましてお礼の申しやうも厶りませぬ。吾々夫婦の改心のため神様が目を覚まさして下さつたので厶りませう。思へば思へば実に有難い御神徳を頂きました』 治国別『今子姫様、治国別で厶りますよ、御苦労でしたな。嘸お疲れになつたでせう』 五三公『エヘヽヽヽ女と云ふものは結構な者だな。玉国別様に一寸義理一遍の簡単な御挨拶、それから異性の五十子姫様に対しては至れり尽せりの親切振り、其余波を今子姫様へタツプリ浴せかけ、いやもう抜目のない先生のやり方、五三公も女に生れて来たらモチト位やさしい言葉をかけて頂くのだけどな。五十子姫と五三公との間違ひで、之程社会の待遇が変るものかな』 五十子姫は吹き出だし、 五十子姫『オホヽヽヽ何と面白い、治国別様は同勢を連れて居なさいますこと、屹度道中は弥次喜多気分が漂うて愉快な事で厶りませう』 治国別『兎も角神様の御為めに活動する位、楽しい事は厶りませぬ。就いては此処に一つ云ふに云はれぬ有難い事が私の身に突発致しました』 と聞くより五十子姫は驚きの色をなして、 五十子姫『それは何より結構で厶ります。さうして、その嬉しい事とは何で厶りますか、早く聞かして下さりませ』 治国別は「ハイ」と言つて首を垂れてゐる。 五三公『先生様に代つて五三公が報告の任に当りませう。治国別様は御兄弟の対面を成さいました。それはそれは立派な弟さまがお在りなさるのですよ。しかも片彦将軍の秘書役ですから随分立派な方ですわ。人品骨柄と云ひ、其容貌と云ひ、先生様と瓜二つですもの』 五十子姫『何、御兄弟に御対面遊ばしましたと、それはそれはお目出度い事で厶ります。然し乍らバラモン教の片彦将軍が秘書役とは不思議ぢや厶りませぬか。運命とか云ふ神の手に人間は翻弄されて居るやうなものですな。如何かして三五教に御帰順遊ばし兄弟揃うて御神業にお尽し遊ばすことは出来ぬもので厶りませうか』 と稍心配げに治国別の顔を見つめる。 治国別『惟神の御摂理によつて都合よくして下さるでせう。伊太公さまの所在を尋ねて参りましたから、やがて弟は帰順の上、ここへ帰つて来るでせう』 五十子姫『伊太公さまは何処へ行きましたか。バラモンの手にでも、捕はれたのぢや厶りますまいかな』 と五十子姫の晴れぬ顔色を見るや治国別は、 治国別『ハイ伊太公はバラモンの軍人に捕へられ、清春山の岩窟に幽閉されて居りますのを私の弟が改心帰順の結果、神様へ御奉公始めに伊太公さまを、とり返しに行つたので厶ります。伊太公さまを首尾克く連れ帰る迄は此治国別は兄弟の名乗りを許さない覚悟で厶ります』 と云ひ終つて涙ぐむ。 斯く話す折しも谷道の下方より四五人の人声聞え来たる。玉国別は其人声に耳を聳てバラモン教の残党の襲来に非ずやと胸を躍らし待ち構へ居る、斯る処へ伊太公を伴ひ帰り来れるは松公、竜公外数人なりける。松公は祠の前に合掌し感謝の神言を奏上し終つて一同に向ひ恭しく礼を施し治国別の前へ進み出で、 松公『宣伝使様、松公で厶ります。お蔭を以て伊太公様を迎へて参りました』 治国別『それは御苦労感謝する。まづゆるゆると休息して下さい。伊太公さま、嘸お困りでしたらう。お察し申します』 伊太公は第一に玉国別に向つて涙と共に挨拶を終り五十子姫、今子姫其他に対し感謝の涙を湛へ無事を祝し、治国別に向ひ容を改め、 伊太公『神様の御恵と松公、竜公さまのお蔭によりまして無事に先生のお側へ帰る事を得ました。有難く御礼を申し上げます』 治国別『貴方の壮健なお顔を見て治国別も安心致しました。お蔭で弟に公然と対面が出来るやうになりました。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌する。 道公『もし先生、道公の一行はもとの森蔭へ転宅致しませうか。兄弟御対面につきまして何れ海山の話がありませう。貴方が五十子姫様と御面会の時も治国別様は気を利かしてあの森蔭に待つて居て下さつたのですから、此方も其返礼にしばらく此幕を切り上げようぢやありませぬか。ねえ五十子姫様、さうでせう』 五十子姫『旦那様、私が手を曳いて上げますから、あの森蔭迄遠慮致しませう』 治国別『別に男と男との兄弟が久し振りに巡り合うたのですから、又夫婦の御面会とは模様が違ひます。何卒御遠慮は要りませぬから、ここに居て下さいな』 玉国別『伊太公お前は如何だつた。随分困つたらうな。玉国別の言ふ事も聞かずに血気の勇を揮つて飛び出すものだから皆のお方に心配をかけたのだよ。これからは気をつけて貰はねば困るよ』 伊太公『はい、誠に申訳も厶りませぬ。至つて至らぬ伊太公、此後は屹度心得、自由行動は今日限り鼬の道切れといたちます』 道公『アハヽヽヽ何処迄も気楽な男だなア、道公の私もあきれて了ひました。先生、此奴はもう脈上りですよ。こんながらがらを旅につれて歩くのは一つ考へ物です。奥様のお帰りの時に懐へでも入れて持つて帰つて頂いたら如何でせう』 五十子姫『五十子姫だつて、さう二人も軽い男を懐に入れて帰るのは困ります。ねえ今子さま』 今子姫『あの五十子姫様の弱い事を仰有りますこと、今子は歯痒ゆくなりましたワ。男の三人や五人は髪の毛一筋あればつないで帰れるぢやありませぬか。現代の男はまるで屁の様なものですからな。ホヽヽヽヽ』 伊太公『此奴あ怪しからぬ。斯う女に侮辱されては伊太公も男子を廃業したくなつて来たわい』 治国別は言葉を改めて、 治国別『今日より松公は治国別の弟、竜公さまは義理の弟、何卒皆さまと一緒に仲良うして神業に尽して貰ひ度い』 松、竜両人はハツとばかりに嬉し涙に咽び頭も得上げず大地に踞みて俯向き居る。 治国別『皆さまに御免を蒙つて治国別が其方と別れし後のアーメニヤの状況を詳しく聞かして呉れないか。さうして其方は如何云ふ手続きでバラモン教に這入つたのか。その動機を聞かして貰ひ度い』 松公『兄上様がアーメニヤの神都より宣伝使となつて竜宮の一つ島へ渡られた後、バラモン教の一派に襲はれ刹帝利、浄行を始め毘舎、首陀の四族は四方に散乱し目も当てられぬ大惨事が突発しました。大宜津姫様がコーカス山から敗亡の体で逃げ帰つて来られてから間もない疲弊の瘡の癒え切らない所だから、忽ち神都は防禦力を失ひ常世の国へウラル彦、ウラル姫様一族は其姿を隠し玉ひ諸司百官庶民の住宅は焼き亡ぼされ、ウラル河の辺りに武士の館が少し許り残されたのみ。離々たる原上の草、累々たる白骨叢に纒はれて、ありし昔の都の俤も見えず蓮府槐門の貴勝を初め毘舎の族に至るまでウラル河に身を投じて水屑となつたものも沢山にあり、中には遠国に落ち延び田夫野人の賤しきに身を寄せ或は山奥の片田舎に忍び隠れて桑門竹扉に詫住居する貴勝の身の果敢なさ。夜の衣は薄くして暁の霜冷たく朝餉の煙も絶えて首陽に死する人も少からず。その中にも私は父母兄弟に生別れ、死別れの憂目に会ひ、広い天下を当所もなく漂流する内バラモン教の片彦に見出され、心ならずも兄様の所在を探るを唯一の目的として今日まで日を送つて参りました。アヽ有難き大神様の御引合せ、コンナ嬉しい事は厶りませぬ』 と袖に涙を搾る。 一同は松公の物語を聞き感に打たれてすすり泣きするものさへありき。夜は段々と更け渡り、月は黒雲に包まれ、忽ち四面暗黒の帳は深く下ろされぬ。山猿の叫ぶ声、彼方此方の谷間より消魂しく響き来る。 (大正一一・一二・七旧一〇・一九北村隆光録)