| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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1 (323) |
ひふみ神示 | 12_夜明けの巻 | 第3帖 | 天の異変気付けと申してあろが、冬の次が春とは限らんと申してあろが。夏雪降ることもあるのざぞ。神が降らすのでないぞ、人民降らすのざぞ。人民の邪気が凝りて、天にも地にも、わけの判らん虫わくぞ。訳の判らん病ひどくなって来るのざから、書かしてある御神名分けて取らせよ。旧九月八日までに何もかも始末しておけよ。心引かれる事残しておくと、詰らん事で詰らん事になるぞ。もう待たれんことにギリギリになってゐる事判るであろがな。七月二十四日の神示、あめのひつぐの神。 |
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2 (345) |
ひふみ神示 | 13_雨の巻 | 第11帖 | 日の出の神様お出ましぞ、日の出はイであるぞ、イの出であるぞ、キの出であるぞ、判りたか。めんめめんめに心改めよと申してあろがな、人民と云ふ者は人に云はれては腹の立つ事あるものぢゃ、腹立つと邪気起るからめんめめんめに改めよと、くどう申すのぢゃぞ、智や学ではどうにもならんと云ふ事よく判りておりながら、未だ智や学でやる積り、神の国の事する積りでゐるのか。判らんと申して余りでないか、何事も判った臣民口に出さずに肚に鎮めておけよ、言ふてよい時は肚の中から人民びっくりする声で申すのざ、神が申さすから心配ないぞ、それまでは気も出すなよ。二十二日の夜に実地が見せてあろうがな、一所だけ清いけがれん所残しておかな足場なく、こうなってはならんぞ、カタ出さねばならんぞ、神国、神の子は元の神の生神が守ってゐるから、愈々となりたら一寸の火水でうでくり返してやる仕組ざぞ、末代の止めの建替であるから、よう腰抜かさん様見て御座れ、長くかかりては一もとらず二もとらさず、国は潰れ、道は滅びてしもうから早う早うと気もない時から気つけてゐるのぢゃが、神の申すこと聞く臣民人民まだまだぞ。此の道難しい道でないからその儘に説いて聞かしてやれよ、難し説くと判らん様になるのぞ。平とう説いてやれよ、難しいのは理屈入るのざぞ、難しい事も臣民にはあるなれど理屈となるなよ、理屈悪ざぞ。霊術も言霊もよいなれど程々に、三分位でよいぞ、中行かな行かれんのざぞ、銭儲けて口さへすごして行けばよい様に今の臣民まだ思ってゐるが、それは四つ足の四つの悪の守護である位判りておろがな。悪とは他を退ける事であるぞ、まつりまつりとくどう申してあること未だ判らんのか、今外国よいと申してゐる臣民は外国へ行っても嫌はれるぞ、外国にも住むところ無くなるぞ、外国も日本もないのざぞ、外国とは我よしの国の事ぞ、神国は大丈夫ざが、外国や日本の国大丈夫とは申されんぞ、と事分けて申してあろがな、日月の集団作り、境界作ってもならんが |
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3 (649) |
ひふみ神示 | 26_黒金の巻 | 第31帖 | 中の自分と外の自分と和せよ。それが改心の第一歩。聞かせてきくならば、実地はカタのカタ位ですむなれど。慾入ると邪気湧く、邪気湧くと邪霊集まるぞ。肉体人に神は直接分らんものぞ。神は能き、神の働きの影しか判らんものぞ。神の姿、見たと申すのは、神の姿の影を自分の心に描き出したまでであるぞ。心に判っても肉体に判るものでないぞ。肉を魂とせよ。魂を魂の魂と向上させよ。ひらけ来るぞ。何事もとがむでないぞ。とがむ心、天狗ぞ。神の前にへり下り、へり下っても尚過ぎると云ふことないのぢゃ。人間は、色とりどりそれぞれの考へ方を自由に与へてあるのざから、無理に引張ったり、教へたりするでないぞ。今あるもの、今生きてゐるものは、たとへ極悪ざと見えても、それは許されてゐるのであるから、あるのであるぞ。他を排すでないぞ。一月二十二日 |
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4 (702) |
ひふみ神示 | 27_春の巻 | 第45帖 | 一時は人民なくなるところまで行くと申してあらうが。人民なくしても人民なくならん。洗濯して掃除して、新しき道早う進めよ。おそくなる程六ヶ敷く苦しくなるぞ。近目で見るから判らん。日本の、世界あけたり。あな爽々し、日本晴れぞ。二二は晴れたりとは、真理の世に出づことぞ。天のこと地にうつすときは、地の力出るように、地の息吹き通ふように、弥栄するように、念を地の力と現はれるように、正しくうつして下されよ。邪気入ってはならん。 |
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5 (881) |
ひふみ神示 | 35_極め之巻 | 第15帖 | 右の頬をうたれたら左の頬を出せよ、それが無抵抗で平和の元ぢゃと申してゐるが、その心根をよく洗って見つめよ、それは無抵抗ではないぞ、打たれるようなものを心の中にもっているから打たれるのぞ。マコトに居れば相手が手をふり上げても打つことは出来ん、よくききわけて下されよ。笑って来る赤子の無邪気は打たれんであろうが、これが無抵抗ぞ。世界一家天下泰平ぢゃ、左の頬を出すおろかさをやめて下されよ。 |
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6 (992) |
ひふみ神示 | 39_月光の巻 | 第60帖 | そなたは自分の力を人に見せようとしてゐるが、無邪気なものぢゃのう。自分の力がかくせぬようでは、頭に立つこと出来んぞ。何も彼も出して了ったのでは味がなくなるぞ。そなたはよく祈る。祈ることは結構であるなれど、祈るばかりでものごと成就せんぞ。為すには先づ祈らねばならんが、そなたはそなたの神にのみ祈ってゐるぞ。為すのは己であるから、己にゐのらねばならんぞ。己に祈りた後、己が為さねばならんぞ。乳房与えられても自分で吸はねば自分の身にはつかぬ道理ぢゃ。だが、為したのみでは未だ足らんぞ。時々は省みなければならんぞ。そなたは形や口先ばかりでものを拝んでゐるが、心と行と口と三つそろはねばならん。三つ揃ふて拝むならば、どんなものでも与へられるのぢゃ。拝む所へ ものは集まってくる。神も集まってくる。足らぬものなくなるぞ。余ることなくなって、満たされるのが まことの富ぢゃ。清富ぢゃ。 |
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7 (1015) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 18 霊界の情勢 | 第一八章霊界の情勢〔一八〕 ここで自分は、神界幽界の現界にたいする関係を一寸述べておかうと思ふ。 神界と幽界とは時間空間を超越して、少しも時間的の観念はない。それゆゑ霊界において目撃したことが、二三日後に現界に現はれることもあれば、十年後に現はれることもあり、数百年後に現はれることもある。また数百年数千年前の太古を見せられることもある。その見ゆる有様は過去、現在、未来が一度に鏡にかけたごとく見ゆるものであつて、あたかも過去、現在、未来の区別なきが如くにして、しかもその区別がそれと歴然推断され得るのである。 霊界より観れば、時空、明暗、上下、大小、広狭等すべて区別なく、皆一様平列的に霊眼に映じてくる。 ここに自分が述べつつあることは、霊界において見た順序のままに来るとはかぎらない。霊界において一層早く会ふた身魂が、現界では一層晩く会ふこともあり、霊界にて一層後に見た身魂を、現界にて一層早く見ることもある。今回の三千世界の大神劇に際して、檜舞台に立つところの霊界の役者たちの霊肉一致の行動は、自分が霊界において観たところとは、時間において非常に差異がある。 されど自分は、一度霊界で目撃したことは、神劇として必ず現界に再現してくることを信ずるものである。 さて天界は、天照大御神の御支配であつて、これは後述することにするが、今は地上の神界の紛乱状態を明らかにしたいと思ふ。今までは地上神界の主宰者たる国常立尊は、「表の神諭」に示されたるごとくに、やむを得ざる事情によつて、引退され給うてゐられた。 それに代つて、太古において衆望を担うて、国常立尊の後を襲ひたまうた神様は、現在は支那といふ名で区劃されてゐる地域に、発生せられたる身魂であつて、盤古大神といふ神である。この神はきはめて柔順なる神にましまして、決して悪神ではなかつた。ゆゑに衆神より多大の望みを嘱されてゐたまうた神である。今でこそ日本といひ、支那といひ露西亜といひ、種々に国境が区劃されてゐるが、国常立尊御神政時代は、日本とか外国とかいふやうな差別は全くなかつた。 ところが天孫降臨以来、国家といふ形式ができあがり、いはゆる日本国が建てられた。従つて水火沫の凝りてなれるてふ海外の地にも国家が建設されたのである。さて、いはゆる日本国が創建され、諸々の国々が分れ出でたるとき、支那に生まれたまうた盤古大神は、葦原中津国に来たりたまひて国祖の後を襲ひたまふた上、八王大神といふ直属の番頭神を御使ひになつて、地の世界の諸国を統轄せしめられた。一方いはゆる外国には、国々の国魂の神および番頭神として、国々に八王八頭といふ神を配置された。丁度それは日本の国に盤古大神があり、その下に八王大神がおかれてあつたやうなものである。日本本土における八王大神は、諸外国の八王八頭を統轄し、その上を盤古大神が総攬したまひましたが、八王八頭は決して悪神ではない。天から命ぜられて各国の国魂となつたのは八王であり、八頭は宰相の位置の役である。こういふ風なのが、今日、国常立尊御復権までの神界の有様である。 さうかうするうちに、露国のあたりに天地の邪気が凝りかたまつて悪霊が発生した。これがすなはち素盞嗚命の言向和された、かの醜い形の八頭八尾の大蛇の姿をしてゐたのである。この八頭八尾の大蛇の霊が霊を分けて、国々の国魂神および番頭神なる八王八頭の身魂を冒し、次第に神界を悪化させるやうに努力しながら現在にいたつたのである。しかるに一方印度においては、極陰性の邪気が凝りかたまつて金毛九尾白面の悪狐が発生した。この霊はおのおのまた霊を分けて、国々の八王八頭の相手方の女の霊にのり憑つた。 しかして、また一つの邪気が凝り固まつて鬼の姿をして発生したのは、猶太の土地であつた。この邪鬼は、すべての神界並びに現界の組織を打ち毀して、自分が盟主となつて、全世界を妖魅界にしやうと目論みてゐる。しかしながら日本国は特殊なる神国であつて、この三種の悪神の侵害を免れ、地上に儼然として、万古不動に卓立してをることができた。この悪霊の三つ巴のはたらきによつて、諸国の国魂の神の統制力はなくなり、地上の世界は憤怒と、憎悪と、嫉妬と、羨望と、争闘などの諸罪悪に充ち満ちて、つひに収拾すべからざる三界の紛乱状態を醸したのである。 ここにおいて、天上にまします至仁至愛の大神は、このままにては神界、現界、幽界も、共に破滅淪亡の外はないと観察したまひ、ふたたび国常立尊をお召出し遊ばされ、神界および現界の建替を委任し給ふことになつた。さうして坤之金神をはじめ、金勝要神、竜宮乙姫、日出神が、この大神業を輔佐し奉ることになり、残らずの金神すなはち天狗たちは、おのおの分担に従つて御活動申し上げ、白狐は下郎の役として、それぞれ神務に参加することになつた。ここにおいて天津神の嫡流におかせられても、木花咲耶姫命と彦火々出見命は、事態容易ならずと見たまひ、国常立尊の神業を御手伝ひ遊ばすこととなり、正神界の御経綸は着々その歩を進め給ひつつあるのである。それと共にそれぞれ因縁ある身魂は、すべて地の高天原に集まり、神界の修行に参加し、御経綸の端なりとも奉仕さるることになつてをるのである。 そもそも太古、葦原瑞穂中津国は大国主命が武力をもつて、天下をお治めになつてゐた。天孫降臨に先だち、天祖は第三回まで天使をお遣しになり、つひには武力をもつて大国主命の権力を制し給うた。大国主神も力尽きたまひ、現界の御政権をば天命のままに天孫に奉還し、大国主御自身は、青芝垣にかくれて御子事代主と共に、幽世を統治したまふことになつた。 この時代の天孫の御降臨は、現在の日本なる地上の小区劃を御支配なし給ふためではなく、実に全地球の現界を知食すための御降臨であり給うた。しかしながら未完成なる世界には、憎悪、憤怒、怨恨、嫉妬、争闘等あらゆる邪悪が充満してゐるために、天の大神様の御大望は完成するにいたらず、従つて弱肉強食の修羅の巷と化し去り地上の神界、現界は、ほとんど全く崩壊淪亡しやうとする場合に立ちいたつたのである。 かかる情勢を見給ひし天津神様は、命令を下したまひて、盤古大神は地上一切の幽政の御権利を、艮金神国常立尊に、ふたたび御奉還になるのやむなき次第となつた。ここに盤古大神も既に時節のきたれるを知り、従順に大神様の御命令を奉戴遵守したまうた。しかるに八王大神以下の国魂は、邪神のためにその精霊を全く汚されきつてゐるので、まだまだ改心することができず、いろいろと悪策をめぐらしてゐたのである。なかには改心の兆の幾分見えた神もあつた。 かくの如くにして国常立尊が、完全に地上の神界を御統一なしたまふべき時節は、既に已に近づいてゐる。神界の有様は現界にうつりきたり、神界平定後は天津日嗣命が現界を治め給ひ、国常立尊は幽政を総纜したまひ、大国主命は日本の幽政をお司りになるはずである。しかし現在ではまだ、八頭八尾の大蛇、金毛九尾の悪狐および鬼の霊は、盤古大神を擁立して、幽界および現界を支配しやうと、諸々の悪計をめぐらしつつあるのである。 しかしながら従順な盤古大神は、神界に対するかかる反逆に賛同されないので、邪鬼の霊はみづから頭目となり、赤色旗を押立てていろいろの身魂をその眷族に使ひつつ、高天原乗取策を講じてゐる。 そこで天よりは事態容易ならずとして、御三体の大神が地上に降臨ましまして、国常立尊の御経綸を加勢なしたまふことになり、国常立尊は仮の御息所を蓮華台上に建設して、御三体の大神様を奉迎し給ふこととなるのである。 したがつて、御三体の大神様の御息所ができたならば、神界の御経綸が一層進んだ証拠だと拝察することができる。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録) |
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8 (1018) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 21 大地の修理固成 | 第二一章大地の修理固成〔二一〕 大国常立尊はそこで、きはめて荘厳な、厳格な犯すことのできない、すばらしく偉大な御姿を顕はし給ひて、地の世界最高の山巓にお登り遊ばされて四方を見渡したまへば、もはや天に日月星辰完全に顕現せられ、地に山川草木は発生したとはいへ、樹草の類はほとんど葱のやうに繊弱く、葦のやうに柔かなものであつた。そこで国祖は、その御口より息吹を放つて風を吹きおこし給うた。その息吹によつて十二の神々が御出現遊ばされた。 ここに十二の神々は、おのおの分担を定めて、風を吹き起したまうたが、その風の力によつて松、竹、梅をはじめ、一切の樹草はベタベタに、その根本より吹倒されてしまうた。大国常立尊はこの有様を眺めたまうて、御自身の胸の骨をば一本抜きとり、自ら歯をもつてコナゴナに咬みくだき、四方に撒布したまうた。 すべての軟かき動植物は、その骨の粉末を吸収して、その質非常に堅くなり、倒れてゐた樹草は直立し、海鼠のやうに柔軟匍匐してゐた人間その他の諸動物も、この時はじめて骨が具はり、敏活に動作することが出来るやうになつた。五穀が実るやうになり、葱のやうに一様に柔かくして、区別さへ殆どつかなかつた一切の植物は、はつきりと、おのおの特有の形体をとるやうになつたのも此の時である。骨の粉末の固まり着いた所には岩石ができ、諸々の鉱物が発生した。これを称して岩の神と申し上げる。 しかるに太陽は依然として強烈なる光熱を放射し、月は大地の水の吸収を続けてゐるから、地上の樹草は次第に日に照りつけられて殆ど枯死せむとし、動物も亦この旱天つづきに非常に困つてゐた。しかし月からは、まだ水を吸引することを止めなかつた。このままで放任しておくならば、全世界は干鰈を焦したやうに燻つてしまふかも知れないと、大国常立尊は山上に昇つて、まだ人体化してをらぬ諸々の竜神に命じて、海水を口に銜んで持ちきたらしめ給うた。 諸々の竜神は命を奉じて、海水を国祖の許に持ちきたつた。国祖はその水を手に受けて、やがてそれを口に呑み、天に向つて息吹をフーと吹き放たれた。すると天上には色の濃い雲や淡い雲や、その他種々雑多の雲が起つてきた。たちまち雲からサツと地上に雨が降りはじめた。この使神であつた竜神は無数にあつたが、国祖はこれを総称して雨の神と名付けたまうた。 ところが雨が降すぎても却て困るといふので、これを調和するために、大国常立尊は御身体一杯に暑いほど太陽の熱をお吸ひになつた。さうして御自分の御身体の各部より熱を放射したまうた。その放射された熱はたちまち無数の竜体と変じて、天に向つて昇騰していつた。国祖はこれに火竜神といふ名称をお付けになつた。(筆に書いては短いが大国常立尊がここまで天地をお造りになるのに数十億年の歳月を要してゐる) 尊はかくの如くにして人類を始め、動物、植物等をお創造り遊ばされて、人間には日の大神と、月の大神の霊魂を賦与せられて、肉体は国常立尊の主宰として、神の御意志を実行する機関となし給うた。これが人生の目的である。神示に『神は万物普遍の霊にして人は天地経綸の大司宰なり』とあるも、この理に由るのである。 しかるに星移り年をかさぬるにしたがつて、人智は乱れ、情は拗け、意は曲りて、人間は次第に私欲を擅にするやうになり、ここに弱肉強食、生存競争の端はひらかれ、せつかく神が御苦心の結果、創造遊ばされた善美のこの地上も亦、もとの泥海に復さねばならぬやうな傾向ができた。 しかるに地の一方では、天地間に残滓のやうに残つてゐた邪気は、凝つて悪竜、悪蛇、悪狐を発生し、或ひは邪鬼となり、妖魅となつて、我侭放肆な人間の身魂に憑依し、世の中を悪化して、邪霊の世界とせむことを企てた。そこで大国常立大神は非常に憤りたまうて、深い吐息をおはきになつた。その太息から八種の雷神や、荒の神がお生れ遊ばしたのである。 それで荒の神の御発動があるのは、大神が地上の人類に警戒を与へたまふ時である。かうしてしばしば大神は荒の神の御発動によつて、地上の人類を警戒せられたが、人類の大多数は依然として覚醒しない。そこで大神は大いにもどかしがりたまひ伊都の雄猛びをせられて、大地に四股を踏んで憤り給うた。そのとき大神の口、鼻、また眼より数多の竜神がお現はれになつた。この竜神を地震の神と申し上げる。国祖の大神の極端に憤りたまうた時に地震の神の御発動があるのである。大神の怒りは私の怒りではなくして、世の中を善美に立替へ立直したいための、大慈悲心の御発現に外ならぬのである。 大国常立尊が天地を修理固成したまうてより、ほとんど十万年の期間は、別に今日のやうに区劃された国家はなかつた。ただ地方地方を限つて、八王といふ国魂の神が配置され、八頭といふ宰相の神が八王神の下にそれぞれ配置されてゐた。 しかるに世の中はだんだん悪化して、大神の御神慮に叶はぬことばかりが始まり、怨恨、嫉妬、悲哀、呪咀の声は、天地に一杯に充ちわたることになつた。そこで大国常立大神は再び地上の修理固成を企劃なしたまうて、ある高い山の頂上にお立ちになつて大声を発したまうた。その声は万雷の一時に轟くごとくであつた。大神はなほも足を踏みとどろかして地蹈鞴をお踏みになつた。そのため大地は揺れゆれて、地震の神、荒の神が挙つて御発動になり、地球は一大変態を来して、山河はくづれ埋まり、草木は倒れ伏し、地上の蒼生はほとんど全く淪亡るまでに立ちいたつた。その時の雄健びによつて、大地の一部が陥落して、現今の阿弗利加の一部と、南北亜米利加の大陸が現出した。それと同時に太平洋もでき上り、その真中に竜形の島が形造られた。これが現代の日本の地である。それまでは今の日本海はなく支那も朝鮮も、日本に陸地で連続してゐた。この時まで現代の日本の南方、太平洋面にはまだ数百里の大陸がつづいてゐたが、この地球の大変動によつて、その中心の最も地盤の鞏固なる部分が、竜の形をして取り残されたのである。 この日本国土の形状をなしてゐる竜の形は、元の大国常立尊が、竜体を現じて地上の泥海を造り固めてゐられた時のお姿同様であつて、その長さも、幅も、寸法において何ら変りはない。それゆゑ日本国は、地球の艮に位置して神聖犯すべからざる土地なのである。もと黄金の円柱が、宇宙の真中に立つてゐた位置も日本国であつたが、それが、東北から、西南に向けて倒れた。この島を自転倒嶋といふのは、自ら転げてできた島といふ意味である。 この島が四方に海を環らしたのは、神聖なる神の御息み所とするためなのである。さうしてこの日本の土地全体は、すべて大神の御肉体である。ここにおいて自転倒嶋と、他の国土とを区別し、立別けておかれた。 それから大神は天の太陽、太陰と向はせられ、陽気と陰気とを吸ひこみたまうて、息吹の狭霧を吐きだしたまうた。この狭霧より現はれたまへる神が稚姫君命である。 このたびの地変によつて、地上の蒼生はほとんど全滅して、そのさまあたかもノアの洪水当時に彷彿たるものであつた。そこで大神は、諸々の神々および人間をお生みになる必要を生じたまひ、まづ稚姫君命は、天稚彦といふ夫神をおもちになり、真道知彦、青森知木彦、天地要彦、常世姫、黄金竜姫、合陀琉姫、要耶麻姫、言解姫の三男五女の神人をお生みになつた。この天稚彦といふのは、古事記にある天若彦とは全然別の神である。かくのごとく地上に地変を起さねばならぬやうになつたのは、要するに天において天上の政治が乱れ、それと同じ形に、地上に紛乱状態が現はれ来つたからである。天にある事はかならず地に映り、天が乱れると地も乱れ、地が乱れると、天も同様に乱れてくるものである。そこで大神は天上を修理固成すべく稚姫君命を生みたまうて天にお昇せになり、地は御自身に幽界を主宰し、現界の主宰を須佐之男命に御委任になつた。 (大正一〇・一〇・二〇旧九・二〇谷口正治録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 50 死海の出現 | 第五〇章死海の出現〔五〇〕 鬼熊、鬼姫は竹熊との戦ひに敗れ、ウラル山およびバイカル湖の悪鬼邪霊となり、一時は其の影を潜め、ために竜宮城はやや安静になつてきた。 国常立尊は大八洲彦命および稚姫君命の功績を賞し、ここに霊国天使の神位を授けたまうた。さても竹熊は高杉別、森鷹彦の変心に恨みを呑み、いかにもしてふたりを亡ぼし仇を報ぜむと企てた。ついては第一に又もや天使大八洲彦命を滅ぼすの必要を感じたのである。 今や竹熊はエデンの城塞を回復し、中裂彦、大虎彦を部将とし、牛熊、牛姫を参謀として再び事を挙げむとし、鬼城山に割拠せる木常姫の応援軍を必要とした。木常姫は魔鬼彦、鷹姫、松山彦らの部将を督し、前後より天使大八洲彦命を攻撃せむと計画を回らしつつあつた。 大八洲彦命は猿飛彦、菊姫の密告により竹熊、木常姫の反逆的挙兵の消息を知り、竜宮城は、花照彦、花照姫、香川彦、速国彦、戸山彦、佐倉彦の部将をして城の各門を守らしめた。もはや後顧の憂ひなければ、ここに大八洲彦命は高杉別、森鷹彦、時代彦の部将とともに神命を奉じて、シオン山に向つて出発した。この用務は大神の神勅を諸天神へ報告のためであつた。諸天神は命の報告を聞き、天軍を起して竹熊、木常姫の暴逆を懲すの神策を定めたまうた。時しも天上より天使天明彦命あまたの天軍を従へ、シオン山頂の高原に下り、大八洲彦命に向ひ、 『危機一髪の場合は天軍の応援をなさむ、されど竹熊、木常姫の魔軍は決して恐るるに足らず』 とて金色の頭槌をもつて地上を打ちたまへば、シオン山の地上より瑞気顕はれ天に舞ひ上り再び大八洲彦命の前に降下した。これを頭槌の玉といふ。 かくして三個の玉を鳴り出で給ひ、「この精霊をもつて魔軍を掃蕩せよ」との言葉とともに、天明彦命は群神を率ゐて天使は天に還らせたまうた。大八洲彦命は天を拝し地に伏して、神恩の洪大無辺なるに感謝された。 竹熊、木常姫は全力を尽して前後左右より竜宮城を取り囲んだ。勇猛なる香川彦以下の神司は全力を挙げて之を撃退し、押し寄する敵の魔軍は或ひは傷つき或ひは倒れ、全軍の三分の一を失つた。時に探女あり、「天使大八洲彦命は、シオン山に在り」と密告した。竹熊、木常姫は時を移さず、黒雲を起し風を呼び、シオン山の空をめがけて驀地に攻め寄せた。 この時、大八洲彦命は天明彦命より賜はりし頭槌の玉を一つ取りだし、竹熊の魔軍にむかつて空中高く投げ打ちたまへば、その玉は爆発して数万の黄竜となり、竹熊に前後左右より迫つた。この空中の戦ひに竹熊は通力を失ひ、真贋十二個の玉とともに無惨にも地上へ墜落し、たちまち黒竜と変じ、地上に打ち倒れた。しばらくあつて竹熊は起上がり、ふたたび魔軍を起して防戦せむとする折しも、天上より金勝要神、未姫命の二柱の女神は、天の逆鉾を竹熊が頭上目がけて投げ下したまうた。一個は竹熊の頭にあたり一個は背にあたり、その場に倒れ黒血を吐き、ここに敢なき終焉を告げた。 竹熊の血は溢れて湖水となつた。これを死海といふ。竹熊の霊魂はその後死海の怨霊となつた。死海の水は苦くして、からく粘着性を帯ぶるは、天の逆鉾の精気と血のりの精の結晶である。竹熊の霊はふたたび化して棒振彦となり、天使大八洲彦命を執念深く幾度も悩ました。竹熊部下の悪霊もまた此の湖水の邪鬼となつた。そしてその怨霊は世界に拡まり、後世に至るまで、種々の祟りをなすにいたつた。その方法は淵、河、池、海などに人を誘ひ、死神となつてとり憑き溺死せしめるのである。故にこの湖水を禊身の神業をもつて清めざれば、世界に溺死人の跡は絶たぬであらう。 シオン山の後方の天より襲ひきたる最も猛烈なる木常姫の魔軍に対して、大八洲彦命は第二の頭槌の玉を空中に投げ捨てたまへば、たちまち爆裂し、木常姫の一軍は神威におそれ狼狽の極、死海の周囲に屹立せる禿山の山上に墜落し、岬角に傷つき、最後を遂げた。木常姫の霊はふたたび変じて高虎姫となり、棒振彦とともに、大八洲彦命を絶対的に悩まさむとした一切の径路は、おひおひ述ぶるところによつて判明する。 竹熊の所持せる十個の玉と、二個の偽玉は一旦死海に沈み、歳月を経ておひおひに雲気となつて舞ひ上り、世界の各地に墜落し邪気を散布し、あらゆる生物を困ましめたのである。さしもの黄金水より出でたる十個の宝玉も、竹熊の血に汚されて悪霊と変じ、諸国に散乱して種々の悪事を現出せしむる悪玉と変化したのである。この玉の散布せる地は最も国魂の悪き国土である。 天の一方より村雲押開きて天使の群、幾百千となく現はれ、地上に漸次降りくるよと見るまに、瑞月の身体はたちまち極寒を感じ、ふと眼を開けば、身は高熊山の巌窟の前に寒風に曝されてゐた。 (大正一〇・一〇・二六旧九・二六桜井重雄録) |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 総説 | 総説 神界における神々の御服装につき、大略を述べておく必要があらうと思ふ。一々神々の御服装に関して口述するのは大変に手間どるから、概括的に述ぶれば、国治立命のごとき高貴の神は、たいてい絹物にして、上衣は紫の無地で、下衣が純白で、中の衣服が紅の色の無地である。国大立命は青色の無地の上衣に、中衣は赤色、下衣は白色の無地。稚桜姫命は、上衣は水色に種々の美はしき模様があり、たいていは上中下とも松や梅の模様のついた十二単衣の御服装である。天使大八洲彦命、大足彦のごときは、上衣は黒色の無地に、中衣は赤色、下衣は白色の無地の絹の服である。その他の神将は位によつて、青、赤、緋、水色、白、黄、紺等、いづれも無地服で、絹、麻、木綿等に区別されてゐる。 冠もいろいろ形があつて纓の長短があり、八王八頭神以上の神々に用ゐられ、それ以下の神司は烏帽子を冠り、直衣、狩衣。婦神はたいてい明衣であつて、青、赤、黄、白、紫などの色を用ゐられ、袴も色々と五色に分れてゐる。また神将は闕腋に冠をつけ、残らず黒色の服である。神卒は一の字の笠を頭に戴き、裾を短くからげ、手首、足首には紫の紐をもつて結び、実に凛々しき姿をしてをらるるのである。委しく述ぶれば際限がないが、いま述べたのは国治立命が御隠退遊ばす以前の神々の御服装の大略である。 星移り、月換るにつれ、神界の御服装はおひおひ変化し来たり、現界の人々の礼装に酷似せる神服を纒はるる神司も沢山に現はれ、神使の最下たる八百万の金神天狗界にては、今日流行の種々の服装で活動さるるやうになつてをる。 また邪神界でもおのおの階級に応じて、大神と同一の服装を着用して化けてをるので、霊眼で見ても一見その正邪に迷ふことがある。 ただ至善の神々は、その御神体の包羅せる霊衣は非常に厚くして、かつ光沢強く眼を射るばかりなるに反し、邪神はその霊衣はなはだ薄くして、光沢なきをもつて正邪を判別するぐらゐである。しかるに八王大神とか、常世姫のごときは、正神界の神々のごとく、霊衣も比較的に厚く、また相当の光沢を有してをるので、一見してその判別に苦しむことがある。 また自分が幽界を探険した時にも、種々の色の服を着けてゐる精霊を目撃した。これは罪の軽重によつて、色が別れてゐるのである。しかし幽界にも亡者ばかりの霊魂がをるのではない。現界に立働いてゐる生きた人間の精霊も、やはり幽界に霊籍をおいてをるものがある。これらの人間は現界においても、幽界の苦痛が影響して、日夜悲惨な生活を続けてをるものである。これらの苦痛を免るる方法は、現体のある間に神を信仰し、善事を行ひ万民を助け、能ふかぎりの社会的奉仕を務めて、神の御恵を受け、その罪を洗ひ清めておかねばならぬ。 さて現界に生きてゐる人間の精霊を見ると、現人と同形の幽体を持つてゐるが、亡者の精霊に比べると、一見して生者と亡者の精霊の区別が、判然とついてくるものである。生者の幽体(精霊)は、円い霊衣を身体一面に被つてゐるが、亡者の幽体は頭部は山形に尖り、三角形の霊衣を纒うてをる。それも腰から上のみ霊衣を着し、腰以下には霊衣はない。幽霊には足がないと俗間にいふのも、この理に基づくものである。また徳高きものの精霊は、その霊衣きはめて厚く、大きく、光沢強くして人を射るごとく、かつ、よく人を統御する能力を持つてゐる。現代はかくの如き霊衣の立派な人間がすくないので、大人物といはるるものができない。現代の人間はおひおひと霊衣が薄くなり、光沢は放射することなく、あたかも邪神界の精霊の着てをる霊衣のごとく、少しの権威もないやうになつて破れてをる。大病人などを見ると、その霊衣は最も薄くなり、頭部の霊衣は、やや山形になりかけてをるのも、今まで沢山に見たことがある。いつも大病人を見舞ふたびに、その霊衣の厚薄と円角の程度によつて判断をくだすのであるが、百発百中である。なにほど名医が匙を投げた大病人でも、その霊衣を見て、厚くかつ光が存してをれば、その病人はかならず全快するのである。これに反して天下の名医や、博士が、生命は大丈夫だと断定した病人でも、その霊衣がやや三角形を呈したり、紙のごとく薄くなつてゐたら、その病人は必ず死んでしまふものである。 ゆゑに神徳ある人が鎮魂を拝授し、大神に謝罪し、天津祝詞の言霊を円満清朗に奏上したならば、たちまちその霊衣は厚さを増し、三角形は円形に立直り、死亡を免れるものである。かくして救はれたる人は、神の大恩を忘れたときにおいて、たちまち霊衣を神界より剥ぎとられ、ただちに幽界に送られるものである。 自分は数多の人に接してより、第一にこの霊衣の厚薄を調べてみるが、信仰の徳によつて漸次にその厚みを加へ、身体ますます強壮になつた人もあり、また神に反対したり、人の妨害をしたりなどして、天授の霊衣を薄くし、中には円相がやや山形に変化しつつある人も沢山実見した。自分はさういふ人にむかつて、色々と親切に信仰の道を説いた。されどそんな人にかぎつて神の道を疑ひ、かへつて親切に思つて忠告すると心をひがまし、逆にとつて大反対をするのが多いものである。これを思へばどうしても霊魂の因縁性来といふものは、如何ともすることが出来ないものとつくづく思ひます。 ○ 大国治立尊と申し上げるときは、大宇宙一切を御守護遊ばすときの御神名であり、単に国治立尊と申し上げるときは、大地球上の神霊界を守護さるるときの御神名である。自分の口述中に二種の名称があるのは、この神理に基づいたものである。 また神様が人間姿となつて御活動になつたその始は、国大立命、稚桜姫命が最初であり、稚桜姫命は日月の精を吸引し、国祖の神が気吹によつて生れたまひ、国大立命は月の精より生れ出でたまうた人間姿の神様である。それよりおひおひ神々の水火によりて生れたまひし神系と、また天足彦、胞場姫の人間の祖より生れいでたる人間との、二種に区別があり、神の直接の水火より生れたる直系の人間と、天足彦、胞場姫の系統より生れいでたる人間とは、その性質において大変な相違がある。そして神の直接の水火より生れ出たる人間は、その頭髪黒くして漆の如く、天足彦、胞場姫より生れたる人間の子孫は赤色の頭髪を有している。[※「そして神の直接の」から「頭髪を有して居る。」まで、校定版・八幡版では削除されている。]天足彦、胞場姫といへども、元は大神の直系より生れたのであれども、世の初発にあたり、神命に背きたるその体主霊従の罪によつて、人間に差別が自然にできたのである。 されども何れの人種も、今日は九分九厘まで、みな体主霊従、尊体卑心の身魂に堕落してゐるのであつて、今日のところ神界より見たまふときは、甲乙を判別なし難く、つひに人種平等の至当なるを叫ばるるに立いたつたのである。 ○ 盤古大神塩長彦は日の大神の直系にして、太陽界より降誕したる神人である。日の大神の伊邪那岐命の御油断によりて、手の俣より潜り出で、現今の支那の北方に降りたる温厚無比の正神である。 また大自在天神大国彦は、天王星より地上に降臨したる豪勇の神人である。いづれもみな善神界の尊き神人であつたが、地上に永住されて永き歳月を経過するにしたがひ、天足彦、胞場姫の天命に背反せる結果、体主霊従の妖気地上に充満し、つひにはその妖気邪霊の悪竜、悪狐、邪鬼のために、いつとなく憑依されたまひて、悪神の行動を自然に採りたまふこととなつた。それより地上の世界は混濁し、汚穢の気みなぎり、悪鬼羅刹の跋扈跳梁をたくましうする俗悪世界と化してしまつた。 八王大神常世彦は、盤古大神の水火より出生したる神にして、常世の国に霊魂を留め、常世姫は稚桜姫命の娘にして、八王大神の妃となり、八王大神の霊に感合し、つひには八王大神以上の悪辣なる手段を用ゐ、世界を我意のままに統轄せむとし、車輪の暴動を継続しつつ、その霊はなほ現代にいたるも常世の国にとどまつて、体主霊従的世界経綸の策を計画してをる。 ゆゑに常世姫の霊の憑依せる国の守護神は、今になほその意志を実行せむと企ててをる。八王大神常世彦には天足彦、胞場姫の霊より生れたる八頭八尾の大蛇が憑依してこれを守護し、常世姫には金毛九尾白面の悪狐憑依してこれを守護し、大自在天には、六面八臂の邪気憑依してこれを守護し、ここに艮の金神国治立命の神系と盤古大神の系統と、大自在天の系統とが、地上の霊界において三つ巴になつて大活劇を演ぜらるるといふ霊界の珍しき物語である。 自分はここまで口述したとき、何心なくかたはらに散乱せる大正日日新聞に眼をそそぐと、今日はあたかも大正十年陰暦十月十日午前十時であることに気がついた。霊界物語第二巻の口述ををはつた今日の吉日は、松雲閣において御三体の大神様を始めて新しき神床に鎮祭することとなつてゐた。これも何かの神界の御経綸の一端と思へば思へぬこともない。 ついでに第三巻には、盤古大神(塩長彦)、大自在天(大国彦)、艮能金神(国治立命)三神系の紛糾的経緯の大略を述べ、国祖の御隠退までの世界の状況、神々の驚天動地の大活動を略述する考へであります。読者諸氏の幸に御熟読あつて、それが霊界探求の一端ともならば、口述者の目的は達せらるる次第であります。 アゝ惟神霊幸倍坐世 大正十年旧十月十日午前十時十分 於松雲閣口述者識 (註)本巻において、国治立命、豊国姫命、国大立命、稚桜姫命、木花姫命とあるは、神界の命により仮称したものであります。しかし真の御神名は読んで見れば自然に判明することと思ひます。 |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 05 黒死病の由来 | 第五章黒死病の由来〔五五〕 死海の悪霊となりし竹熊、木常姫は、再生して棒振彦、高虎姫と化り、ふたたび初志を貫徹せむため、神界に声望高き美山彦命、国照姫の神名を偽り、種々の謀計をもつて正神界の諸神司を攪乱せむと必死の活動を続けてをる。茲に美山彦命は諸神司の正邪去就の判別に迷はされむことを慮り、稚桜姫命の神命を奉じて言霊別命と改名し、これを諸神司に内報しおかれた。また国照姫も言霊姫と改名されることになつた。したがつて以下述ぶるところの言霊別命は、真の美山彦命のことであり、言霊姫は真の国照姫のことである。さうして美山彦といふのは真の棒振彦のことであり、国照姫といふのは真の高虎姫であることをあらかじめ述べておく。 月の夜にそのに立出でながむれば黄菊白菊一つ色なる 長白山の山腹に古くより鎮まります智仁勇兼備の神将に、神国別命、佐倉姫の二神人があつた。その麾下には豊春彦、猛虎彦ありて一切の神務を掌握し、八百万の神司を集めて天下の趨勢を観望し、鋭気を養ひ、潜勢力を備へて天使の来迎を待ちわびてゐた。この神人は国治立命の御系統にして、木星の精降つてここに顕はれたのである。大八洲彦命は、一旦神界は平穏無事に治まりしといへども、執念深き僣偽の美山彦、国照姫および鬼熊の再生なる鬼猛彦、杵築姫等の、各所に魔軍を集めて、ふたたび世界を撹乱するの気勢明らかとなりたれば、これらの魔軍を殲滅し、世界の憂慮を除かむがために種々の神策をめぐらされた。そこで、言霊別命に滝津彦を副へて長白山にのぼり、神国別命、佐倉姫を地の高天原に招致せむと計りたまうた。神国別命は神命を奉じて豊春彦、猛虎彦をして長白山の神営にとどまつて守備せしめ、みづから進んで地の高天原の部将たるを拝授された。 このとき偽美山彦の一味の邪神は、言霊別命の長白山に到りしことを探知し、あまたの邪鬼悪竜毒蛇を遣はし、八方より言霊別命、神国別命を攻め悩まさむとした。神国別命は三徳兼備の神将なれども、あまりの巧妙なる邪神の戦略にいかんともする能はず、言霊別命とともに非常なる苦境に陥つた。 偽美山彦、国照姫は死海に沈みたる黒玉を爆発せしめ、山の周囲に邪気を発生せしめた。この邪気は億兆無数の病魔神と変じ、神国別命の神軍に一々憑依して大熱を発せしめた。神軍はのこらず、この病魔に冒されて地上に倒れ、中には死滅する者も多数に現はれてきた。この病魔は漸次に四散して世界の各所に拡がり、つひにペストの病菌となつた。 ここに佐倉姫は神軍の惨状を見るにしのびず、天の木星にむかつて救援を請ひ、神言を朗かに奏上された。このとき木星より一枝の榊の枝がくだつてきた。佐倉姫は天の与へと喜び勇んで感謝し、この榊葉に神霊を取懸けて「左右左」と打ちふられた。東風にはかに吹ききたり、長白山の邪気は遠く散逸してロッキー山の方に向かつて消滅した。たちまち神軍は蘇生しその元気は平素に百倍した。ここに神国別命は神恩の深きに感謝し、神授の榊葉を豊春彦に授け、猛虎彦とともに長白山を守らしめ、二神人は地の高天原に参向さるることとなつた。 (大正一〇・一〇・二八旧九・二八谷口正治録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 01 神々の任命 | 第一章神々の任命〔一〇一〕 国治立命は、無限絶対の大神力を発揮し、まづ大地を創造したまひぬ。この時清き軽きものは日月星辰となり、重く濁れるものは大地と別れたり。しかしてここに陰陽二神の夫婦が生れたるが、男を天足彦といひ、婦を胞場姫といふ。 しかるに物には表裏あり、善悪あり、陰陽あり、火水ありて初めて万物を形成さるるは自然の理法なり。このとき宇宙間に存在する邪気凝つて妖魅を現出し、霊主体従の神木に、体主霊従の果実を結ぶにいたりけり。ここに神は、 『この果実を喰ふべからず』 と女神に命じたまひしを、女神は神命を奉ぜず、みづから採つてこれを食し、つぎに夫神にまでもすすめ食はしめたりける。これより地上の世界は体主霊従にかたむき、種々の罪悪は漸次発生し、邪悪の気凝つて八頭八尾の悪竜となり、金毛九尾の悪狐となり、六面八臂の邪神、妖気の霊怪天地のあひだに発生するにいたりける。これより天地の間には、罪悪さかんに行はれ、天地混沌として紛乱に紛乱をかさね、世は常闇となり、ほとンど拾収すべからざる状態となりにける。 ここに国治立命は、豊国姫命を補佐神とし、八百万の神とともに、千辛万苦をなめたまひ、つひに天道別命(モウゼ)とともに天地の律法を制定せられたり。その律法は前巻に述べたるごとく、内面的には、 省みる 恥る 悔ゆる 畏る 覚る の五ケ条であり、外面的には、 第一、夫婦の道を厳守し、一夫一婦たるべきこと 第二、神を敬ひ、長上を尊み、博く万物を愛すること 第三、たがひに嫉み、謗り、詐り、盗み、殺すなどの悪事を為すべからざること 右の大要を示され、その他百般の事物について、細密なる律法が設けられたりける。ここにおいて、まづこれを地上におこなひ、天上にもこれを行はむとし、三体の大神に認許を受け、これを天地に施行さるることとはなりける。 ここに三体の大神、国治立命は天地合体して世を治むべく、天地間を往来して、神命の戒律を天上地上に宣布すべく、管掌の神を定めたまひけり。 さて国治立命は、天上の三体の神の命により、太陽界に使神となり、日天使国治立命と称され、豊国姫命は月天使国大立命と名づけられ、日天使の神業を国直姫命に、月天使の神業を豊国姫命に委任され、天道別命は現界の諸神に律法を宣伝する聖職とならせたまひたり。 神は天地の律法を天上地上にあまねく拡充すべく、十六柱の神司を霊主体従の天使として重く任命せられたり。十六天使の名は、大八洲彦命、言霊別命、神国別命、大足彦、花森彦、磐樟彦、元照別、道貫彦、貴治彦、有国彦、真鉄彦、磐玉彦、斎代彦、吾妻別、神澄彦、高山彦にして大八洲彦命は天使の長となり、十六天使を指揮さるることとなりにけり。 以上の十六天使は、天上地上を往復し、天地の律法を宇宙間に宣伝したまひ、一時は天地ともに太平に治まり、大神の理想の世は完全に樹立されたりしが、たちまち地の各所より、邪神勃興して世はふたたび混乱の巷と悪化せむとぞしたりける。 ここに国治立命は、シオン山に鎮祭せる十二個の玉を大地の各所に配置し、これを国魂の神となし、八頭神を任命さるることとなりたり。 (大正一〇・一一・一三旧一〇・一四栗原七蔵録) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 02 八王神の守護 | 第二章八王神の守護〔一〇二〕 日天使国治立命は、シオン山に鎮祭せる十二の玉を世界の各所に配置し、もつて国魂の神と定められ、新高山には青色の玉を鎮め、高国別、高国姫の二神をして、これを永遠に守らしめたまひけり。 つぎに万寿山には赤色の玉を鎮め、瑞穂別、瑞穂姫をしてこれを守護せしめ、またローマに白色の玉を鎮め、朝照彦、朝照姫をしてこれを守護せしめ、モスコーに黒色の玉を鎮め、夕日別、夕照姫をしてこれを守護せしめ、ロツキー山に紺色の玉を鎮め、靖国別、靖国姫をしてこれを守護せしめ、つぎに鬼城山に灰色の玉を鎮め、元照彦、元照姫をしてこれを守護せしめ、また長白山に白色の玉を鎮め、磐長彦、玉代姫[※第3巻第13章では磐長彦の妻は磐長姫になっているが、第14章で玉姫が玉代姫と改名し、磐長彦の後妻になっている。]をしてこれを守護せしめ、コンロン山に紅色の玉を鎮め、大島彦、大島姫をしてこれを守護せしめ、天山に黄色の玉を鎮め、谷山彦、谷山姫をしてこれを守護せしめ、つぎに金色の玉を青雲山に鎮め、吾妻彦、吾妻姫をしてこれを守護せしめ、ヒマラヤ山に銀色の玉を鎮め、ヒマラヤ彦、ヒマラヤ姫をしてこれを守護せしめ、タコマ山に銅色の玉を鎮め、国玉別、国玉姫をして、これを永遠に守護せしめたまひける。この十二の玉の守護神を称して、八頭の神といふ。 さて国治立命は十二の玉を鎮め、八頭の国魂を任命し、つぎに八王の神を配置したまひぬ。すなはち新高山には花森彦をして主権を握らしめ、万寿山には磐樟彦、ローマには元照別、モスコーには道貫彦、ロツキー山には貴治彦、鬼城山には真鉄彦、長白山には有国彦、コンロン山に磐玉彦、天山には斎代彦、青雲山には神澄彦、ヒマラヤ山には高山彦、タコマ山には吾妻別の十二神将を配置して王となし、各主権を握らしめたまひぬ。これを八王の神といふ。この八王八頭の神司は、もとより至善至美にして天則を厳守しゐたりしが、天地の邪気より現はれいでたる八頭八尾の悪竜と金毛九尾の悪狐と、六面八臂の悪鬼の邪霊のために、月かはり星うつるにしたがひ、漸次神の国は穢され、つひには天則違反の行動をとるのやむを得ざるに立ちいたり、ここに世はますます混濁し、つひには国治立命御退隠のやむを得ざるにいたらしめたる繁雑なる経緯は、章をおうて略述することとすべし。 (大正一〇・一一・一三旧一〇・一四河津雄録) (序~第二章昭和一〇・一・一五於新居浜王仁校正) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 36 天地開明 | 第三六章天地開明〔一八六〕 桃上彦命は、国祖大神の峻厳骨を刺すてふ厳格なる御一言にいよいよ退職の決心をなし、その由をただちに竜宮城の主宰常世姫に伝へたり。常世姫はただ一言留任の勧告をも与へず、内心欣喜雀躍しながら、さあらぬ体にて同情の色をうかべ、無言のまま命の辞表を受けとり、ただちに聖地ヱルサレムの大宮殿に参向し、桃上彦命の責任を自覚し、骸骨を乞ふ旨を恭しく進言したりける。 ここに聖地高天原はあたかも扇子の要を除したるがごとく、四分五裂の惨状を呈するの止むなきに立ち到り、各山各地の八王八頭をはじめ国魂その他の諸神司らは高山の末低山の末より集まり来り、また竜神は五つの海より聖地をさして暴風を捲き起し、海面を躍らせながら黒雲に乗じて残らず聖地に集まりける。聖地に集まりし神人の数はほとんど粟粒三石の数に達したり。さしも剛直にかまへ常世会議の出席を峻拒したりし万寿山の八王も、聖地の変乱を聞き一切の情実を排して集まり来たり、霊鷲山に退隠したる大八洲彦命、言霊別命、神国別命、大足彦をはじめ、エデンの野に蟄居を命ぜられたる高照姫命、真澄姫、言霊姫、竜世姫の諸神人も禁を破り、あまたの従臣を引き連れ聖地の一大事とかけ集まり来たりける。 今まで大八洲彦命一派ならびに高照姫命一派にたいし、極力反抗の態度を持しゐたる大自在天大国彦も常世彦も、この度の聖地の殆ンど滅亡に瀕したる惨状をながめ、何れも憂愁の念にかられ、敵味方の感情を心底より除却し、たがひに聖地回復の誠意を復起したり。ことに大自在天のごときは、大八洲彦命、高照姫命一派の神人の隠忍蟄伏の心情を察して同情の涙に暮れゐたりける。元来は全部国治立命を元祖といただく神人なれば、いよいよ危急存亡の場合に立ちいたりては、区々たる感情はいづこにか雲散霧消して各自神司は互に謙譲の徳を発揮し、相親しみ相愛し、毫末も心中に障壁を築かざりけり。諺に、 『親は泣き寄り、他人は食ひ寄り』 といふ。元来正しき神の直系を受け又は直系より分派して生れ出たる神人は、この時こそ惟神の本心に立ち復り至誠を発揮し大神に対し報本反始の実を挙げむとの誠意を顕はしける。 『落ぶれて袖に涙のかかる時人の心の奥ぞ知らるる』 遉に神世の神人だけありて、その天性に立復り本守護神の発動に復帰したる時はすべて敵もなく味方もなく、怨恨、嫉妬、不平不満の悪心も発生する余地無かりしなり。かくのごとき至善、至美、至直の神心を天賦的に保有する神人といへども、天地間の邪気の凝結して現はれ出たる六面八臂の鬼や、金毛九尾の悪狐や、八頭八尾の大蛇の霊にその身魂を誑惑され、かつ憑依さるる時は、大神の分霊なる至純至粋の身魂もたちまち掌をかへすごとく変化するにいたる。その速かなること恰も影の形に随ふが如くなり。 序に述べおきたきことあり、そは三種の邪神の名義についてなり。六面八臂の邪鬼といふは一つの身体に六個の頭や顔の付属せるにあらず。ある時は老人と化し、ある時は幼者と変じ、美人となり醜人と化し、正神をよそほひ、ある時は純然たる邪神と容貌を変じ、もつて神変不思議の魔術をおこなふ者の謂にして、また八臂とは一つの身体に八つの臂あるにあらず。これを今日の人間に譬ふれば、一つの手をもつて精巧なる機械を作るに妙を得てをり、書に妙を得てをり、絵画に堪能してをり、音楽に妙を得てゐるとか、一切の技術、技能を他に勝れて持ち居たる手腕の意なり。強ち八種のことに妙を得たりといふ意味ではなく、一切百種の技能に熟達し居るの意義なり。 また金毛九尾白面の悪狐といふは、金色はもつとも色の中においても尊く、金属としても最上位を占てをる。狐としては黄金色の光沢ある硬き針毛を有して居るが、化現するときに美しき女人の体を現はし優美にして高貴なる服装を身に纏ひ、すべての神人を驚かしめ、その威厳に打たれしめむとするをいふなり。また九尾といふは一匹の狐に九本の尾の生えてゐる意味にあらず、九とは数の終極、尽すといふ意味にして、語をかへていへば、完全無欠といふことなり。 いま筑紫の島を九州といふのも、九は尽しの意味から出たるなり。尾といふは総てのものを支配する力をいふ。後世にいたり三軍の将が采配を振つて軍卒を指揮し、あるひは祭典にさいし祓戸主の役が大幣を左右左に振つて悪魔を退け、かつ正しき神を召集し、邪気を払拭するが如し。真澄姫が黄金の幣を打ち振りて魔軍を亡ぼしたまひしも、悪くたとへていへば金毛九尾の尾を振りたると同意味なり。されど正しき神の使用するときは金幣を左右左に振るといひ、邪神の使用する時は九尾を振ると称へたるなり。この物語のなかの所々に金毛八尾、銀毛八尾とあるは、九尾にやや劣りし働きをなす邪神といふ意味なり。 また八頭八尾の大蛇といふも、決して一つの蛇体に八つの頭があり、また尾が八ツあるにあらず。蛸や烏賊や、蟹には足が八つもあるが、蛇体には偶に尾の先二つに裂けて固まれるがありても、決して八つの岐になり居るものはなし。仏書に九頭竜などといひ、九つの頭のある竜のことが示しあれど、これも全く象徴的の語にして、神変不可思議の働きをなす竜神といふ意味なり。昔から「長いものには捲かれよ」といふ譬あり。大蛇は他の動物に比して身の丈もつとも長く、かつ蚯蚓のやうに軟弱ならず相当に堅き鱗をもちて身体を保護し、沢山の代用足を腹部に備へゐるなり。腹部の鱗と見ゆるは、みな蛇の足の代用をするものなり。足は下を意味す。ゆゑに上に立ちて下を指揮するものを長といひ、また長者ともいふなり。この大蛇の霊は世界の各地にその分霊を配り、千変万化の活動をなし、神人の身体を容器として邪悪を起さしむる悪霊の意なり。十二柱の八王八頭を十二王、十二頭と称へず、八王、八頭と称へらるるごとく、この八頭八尾の大蛇の働きも決して八種に限るにあらず。千変万化反道的行為を敢行する悪力の働きの意なり。 王仁は聖地の混乱の状況を述ぶる心算なりしが、つい談が蛇のごとくぬるぬると長く滑りて、知らず識らず山の奥に這ひ込み、深き谷間に陥りけり。これがいはゆる蛇足を添へるとでもいふならむか。 (大正一〇・一二・二六旧一一・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 40 照魔鏡 | 第四〇章照魔鏡〔一九〇〕 高月彦が父母二神司をはじめ、八百万の神人の眼力をもつて看破し得ざりし八頭八尾の大蛇の化身を、諸神人満座の中に善言美詞の神言を奏し、その正体を暴露せしめた天眼通力は、あたかも真澄の鏡の六合を照徹するがごとしと、讃嘆せしめたりける。いかに善言美詞の神言なりといへども、これを奏上する神人にして、心中一片の暗雲あり、執着ある時はたちまちその言霊は曇り、かつ、かへつて天地の邪気を発生するものなることは、第一篇に述べたるところなり。 ここに高月彦は神人らの絶対の信望を負ひて父の後を襲ひ天使長となり、天使長親任の祝宴は聖地城内の大広前において行はれ、まづ荘厳なる祭壇は新に設けられ、山野河海の種々の美味物を八足の机代に横山のごとく置き足らはし、御酒は甕戸高知り、甕腹充てならべて賑々しく供進されたりける。神人らは一斉に天地の神明にむかつて天津祝詞を奏上し終り、ただちに直会の宴に移りたり。 このとき竜宮城の主宰者として常世姫は、春日姫、八島姫を従へ礼装を凝らして臨席し、この目出度き盛宴を祝しける。 常世姫は夫と別れ、涙のいまだ乾かざるに、吾が長子は天使長の顕職につきたるを喜び、神明に謝し感涙に咽びつつ、悲喜こもごもいたり夏冬の一度に来りしがごとき面色なりけり。ここに長女初花姫、五月姫も常世姫の左右に座を占めにける。常世姫は夫の昇天されしのちは、みづから竜宮城の主宰たることを辞し、夫の冥福を祈らむと決心し、その後任を初花姫に譲らむとし、さいはひ諸神司集合の式場にその意見をもちだし、諸神人の賛否を求めたるに、諸神人はその心情を察し、一柱も拒止するものなく異口同音に初花姫をして、竜宮城の主宰者たらしむることを協賛決定したりけり。善は急げの諺のごとく、ここに常世姫の後任者として初花姫就任の披露をなし、ふたたび厳粛なる祭典を執行されたれば、聖地は凶事と吉事の弔祝の集合にて非常なる雑踏を極めけり。祭典は無事にすみ、初花姫は就任の挨拶をなさむとし中央の小高き壇上に現はれたるに、同じく五月姫も登壇したり。しかしてその容貌といひ、背格好といひ、分厘の差もなく瓜を二つに割りたる如くなりき。初花姫が一言諸神人に向つて挨拶すれば、五月姫も同時に口を開いて同じことをいふ。初花姫が右手を挙ぐれば五月姫も右手を挙げ、くさめをすれば同時にくさめをなし、あたかも影の形に従ふがごとく、あまたの神人らはこの不思議なる場面に二度びつくりしたり。さきに二柱の高月彦の怪に驚き、漸くその正邪を判別し、ほつと一息吐きしまもなく、またもや姉妹二人の判別に苦しまさるる不思議の現象を見せつけられ、いづれも目と目を見合せ、またもや常世城における野天泥田会議の二の舞にあらずやと眉に唾し、頬を抓めりなどして煩悶しゐたりける。二女性は互に姉妹を争ひぬ。されど現在生み落したる母の常世姫さへ、盛装を凝らしたる姉妹を判別することを得ざりける。 ここに高月彦はふたたび「惟神霊幸倍坐世」の神言を奏上したれど何の効果もなく、依然として二女は互ひに姉の位置を争ふのみ。ここに宮比彦は座をたち諸神人にむかつて、 『我はこれより国祖大神の宮殿に参向し、大神の審判を乞ひ奉らむと思ふ。諸神人の御意見如何』 と満座に問ひけるに、諸神司は一斉に賛成し、宮比彦をして大神の神慮をうかがひ正邪の審判を乞ひ奉らしめけり。 大宮殿には大八洲彦命、高照姫命一派の神人がまめまめしく国祖大神に奉侍し、神務に奉仕し居たり。宮比彦はただちに奥殿に入り、神務長大八洲彦命にむかひ、国祖大神に伝奏されむことを願ふにぞ、大八洲彦命は大いに笑ひ、 『汝は常に神明に奉仕する聖職にありながら、かくのごとき妖怪変化をも看破し能はざるや。我はかかる小さきことを国祖に進言するは畏れおほければ謝絶す』 と断乎として撥ねつけたれば、宮比彦は大いに恥ぢ、神務長の言に顧み直ちに天の真名井に走りゆき、真裸体となりて御禊を修し、祈祷を凝らしけるに、果然宮比彦は国祖大神の奇魂の懸らせたまふこととなりぬ。ここに宮比彦は急ぎ大広間に現はれ、壇上に立ち両手を組み姉妹の女性にむかつて鎮魂の神業を修したるに、命の組みたる左右の人指指より光明赫灼たる霊気発射して二女の面を照らしければ、たちまち五月姫はその霊威光明に照らされて、金毛九尾白面の悪狐の正体を現はし、城内を黒雲にて包み、雲に隠れて何処ともなく逃げ去りにける。宮比彦は中空に向つて鎮魂をはじめ、 『一二三四五六七八九十百千万』 の天の数歌を再び繰返し奏上し終るとともに、大広間の黒雲は後形もなく消え去せ、神人らの面色はいづれも驚異と感激の色ただよひにける。 常世姫は現在我が生みの子五月姫の悪狐の我が胎内を借りて生れ出たりしものなるかと、驚きあきれ茫然として怪しみの雲につつまれけり。これより常世姫は病を得、つひに夫の後を追ひて昇天したりしより、いよいよ竜宮城は初花姫代りて主宰者となりぬ。金毛九尾白面の悪狐の邪霊現はるるとともに、初花姫は精神容貌俄に一変し、さしも温和なりしその面色は次第に険峻の色を現はしけるに、満座の神人らは初花姫の面貌の俄に険峻となりしは、今までの気楽なる生活に引き替へ、竜宮城の主宰者たるの重職を負ひしより、心魂緊張をきたしたる結果ならむと誤信し居たりける。ああ初花姫の身魂は、何者ならむか。 (大正一〇・一二・二八旧一一・三〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 50 神示の宇宙その五 | 第五〇章神示の宇宙その五〔二〇〇〕 宇宙間には、神霊原子といふものがある。又単に霊素と言つてもよい、一名火素とも言ふ。火素は万物一切の中に包含されてあり、空中にも沢山に充実して居る。又体素といふものがあつて単に水素とも云ふ。火素水素相抱擁帰一して、精気なるもの宇宙に発生する、火素水素の最も完全に活用を始めて発生したものである。この精気より電子が生れ、電子は発達して宇宙間に電気を発生し、一切の万物活動の原動力となるのである。 そして此の霊素を神界にては、高御産巣日神と云ひ、体素を神御産巣日神と云ふ。この霊体二素の神霊より、遂に今日の学者の所謂電気が発生し、宇宙に動、静、解、凝、引、弛、合、分の八力完成し、遂に大宇宙小宇宙が形成された。ニユートンとやらの地球引力説では、到底宇宙の真理は判明しないでありませう。 物質文明は日に月に発達し、神秘の鍵を以て、神界の秘門を開いた如くに感ぜられる世の中になつたと言つて、現代の人間は誇つて居るやうであるが、未だ未だ宇宙の真理や科学は神界の門口にも達して居ない。併し今日は、高皇産霊(霊系)、神皇産霊(体系)の二大原動力より発生したる電気の応用は多少進ンで来て、無線電信や、電話やラヂオが活用されて来たのは、五六七の神政の魁として、尤も結構な事であります。併し乍ら物には一利一害の伴ふもので、善悪相混じ、美醜互に交はる造化の法則に漏れず、便利になればなる程、一方に又それに匹敵する所の不便利な事が出来るものである。電気なるものは、前述の如く宇宙の霊素、体素より生成したものであるが、其の電気の濫用のために、宇宙の霊妙なる精気を費消すればするだけ、反対に邪気を発生せしめて宇宙の精気を抹消し、為に人間その他一切の生物をして軟弱ならしめ、精神的に退化せしめ、邪悪の気宇宙に充つれば満つる程、空気は濁り悪病発生し害虫が増加する。されど今日の人間としては、是以上の発明はまだ出来て居ないから、五六七神世出現の過渡時代に於ては、最も有益にして必要なものとなつて居る。モ一歩進んで不増不減の霊気を以て電気電話に代へる様になれば、宇宙に忌はしき邪気の発生を防ぎ、至粋至純の精気に由つて、世界は完全に治まつて来る。この域に達するにも、今日のやうな浅薄なものを捨て、神霊に目醒めねばならぬ。大本信者の中には、電気燈を排斥する方々が、たまたま在るやうに聞きますが、夫は余り気が早過ぎる。これ以上の文明利器が発明されて、昔の行燈が不用になつた様に、電燈が不用になる時機の来た時に電気を廃すればよい。 また宇宙には無限の精気が充満してあるから、何程電気を費消しても無尽蔵である。決して、無くなると云ふ心配は要らぬ。また一旦電気濫費より発生した邪気も宇宙無限の水火の活動によつて、新陳代謝が始終行はれて居るから大丈夫である。この新陳代謝の活用こそ、神典に所謂祓戸四柱の大神の不断的活動に由るのである。 人間は宇宙の縮図であつて天地の移写である。故に人体一切の組織と活用が判れば、宇宙の真相が明瞭になつて来る。諺に曰ふ『燈台下暗し』と、吾人の体内にて間断なく天の御柱なる五大父音と、国の御柱なる九大母音が声音を発して生理作用を営み居る如く、宇宙にもまた無限絶大の声音が鳴り鳴りて、鳴り余りつつある。而して大空は主として五大父音を発声し、地上及び地中は主として九大母音が鳴り鳴りて、鳴り足らざる部分は天空の五大父音を以て之を補ひ、生成化育の神業を完成しつつある。天空もまた大地の九大母音の補ひに依つて、克く安静を保ち、光温を生成化育しつつある。またこの天地父母の十四大音声の言霊力によつて、キシチニヒミイリヰの火の言霊を生成し、またケセテネヘメエレヱの水の言霊と、コソトノホモヨロヲの地の言霊と、クスツヌフムユルウの結(即ち神霊)の言霊とを生成し、天地間の森羅万象を活き働かしめつつ造化の神業が永遠無窮に行はれて居る。試みに天空の声を聞かむとすれば、深夜心を鎮めて、左右の人指を左右の耳に堅く当てて見ると、慥にアオウエイの五大父音を歴然と聞くことが出来る。瑞月王仁の無学者が斯ンなことを言つても、現代の学者は迂遠極まる愚論と一笑に附し去るであらうが、身体を循環する呼吸器音や、血液や、食道管や、腸胃の蠕動音がそれである。然るにその音声を以て宇宙の音響と見做すなど、実に呆れて物が言へぬと笑はれるであらう。安くンぞ知らむ、人間の体内に発生する音響そのものは、宇宙の神音霊声なることを。今医家の使用する聴診器を応用して考へ見る時は、心臓部より上半身の体内の音響は、五大父音が主として鳴り轟き、以下の内臓部の音響は九大母音鳴り渡り、その他の火水地結の音声の互に交叉運動せる模様を聞くことが出来る。人体にして是等の音声休止する時は、生活作用の廃絶した時である。宇宙も亦この大音声休止せば、宇宙は茲に潰滅して了ふ。地中の神音は人間下体部の音響と同一である。只宇宙と人体とは大小の区別あるを以て、其の音声にも大小あるまでである。大声耳裡に入らず、故に天眼通、所謂透視を為すに瞑目する如く、宇宙の大声を聞かむとすれば、第一に閉耳するの必要がある。神典に曰ふ、『鳴り鳴りて鳴り余れる処一所あり、鳴り鳴りて鳴り足らざる処一所あり』と、是れ大空及び大地の音声活用の神理を示されたものである。聖書に曰ふ『太初に道あり云々』と、之に依りて宇宙言霊の如何なる活用あるかを窺知すべきである。 (大正一〇・一二・二八旧一一・三〇松村仙造録) (第四六章~第五〇章昭和一〇・一・二三於車中王仁校正) さんぜんせかい、いちどにひらくむめのはな、こんじんのよになりたぞよ。さんぜんせかいが、いちどにひらくぞよ。しゆみせんざんにこしをかけ、あをくもがさでみみがかくれぬぞよ。 (明治三十七年九月六日神諭) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 29 神慮洪遠 | 第二九章神慮洪遠〔二二九〕 天道別命、月照彦神以下の宣伝神選定され、各地に配置されてより、今まで天空を廻転しゐたる金銀銅の天橋の光は、忽然として虹のごとく消え失せ、再び元の蒼天に復し、銀河を中心に大小無数の星は燦然たる光輝を放射し出した。 時しも東北の天にあたつて十六個の光芒強き大星一所に輝き始めた。その光色はあたかも黄金のごとくであつた。又もや西南の天にあたつて十六個の星光が一所に現はれた。その光色は純銀のごとくであつた。地上の神人は、この変異に対して或は五六七聖政の瑞祥と祝し、あるひは大地震の兆候となして怖れ、あるひは凶年の表徴となし、その観察は区々にして一定の判断を与ふるものがなかつた。 忽ちにして蒼天墨を流せしごとく暗黒となり、また忽ちにして満天血を流せしごとく真紅の色と変じ、あるひは灰色の天と化し、黄色と化し、時々刻々に雲の色の変り行く様は、実に無常迅速の感を地上の神人に与へたのである。地は又たちまち暴風吹き荒み、樹木を倒し、岩石を飛ばし、神人を傷つけ、妖気地上を鎖すと見るまに、たちまち光熱強き太陽は東西南北に現出し、暑熱はなはだしく、地上の草木、神人その他の動物はほとんど枯死せむとするかと思へば、寒風俄に吹き来り、雹を降らし、雷鳴満天に轟き、轟然たる音響は各所に起り、遠近の火山は爆発し、地震、海嘯ついで起り、不安の念にかられざるものはなかつた。 「かなはぬ時の神頼み」とでも云ふのか、今まで神を無視し、天地の恩を忘却しゐたる地上の神人は、天を仰いで合掌し、地に伏して歎願し、その窮状は実に名状すべからざる有様であつた。烈風の吹き通ふ音は、あたかも猛獣の咆哮するがごとく、浪の音は万雷の一斉に轟くがごとく、何時天地は崩壊せむも計り難き光景となつて来たのである。 かくのごとき天地の変態は、七十五日を要した。このとき地上の神人は、神を畏れて救ひを求むるものあれば、妻子、眷属、財産を失ひて神を呪ふものも現はれた。中には自暴自棄となり、ウラル彦神の作成したる宣伝歌を高唱し、 『呑めよ騒げよ一寸先や暗よ 暗の後には月が出る 月には村雲花には嵐 嵐過ぐれば春が来る ヨイトサ、ヨイトサ、ヨイトサノサツサ』 と焼糞になつて踊り狂ふ神は大多数に現はれた。 そもそも七十五日間の天災地妖のありしは、野立彦神、野立姫神を始め、日の大神、月の大神の地上神人の身魂を試したまふ御経綸であつたのである。このとき真の月日の恩を知り、大地の徳を感得したる誠の神人は、千中の一にも如かざる形勢であつた。 大国治立尊は、この光景を見て大に悲歎の涙にくれたまうた。 『アヽわが数十億年の艱難辛苦の結果成れる地上の世界は、かくも汚れかつ曇りたるか。如何にして此の地上を修祓し、払拭し、最初のわが理想たりし神国浄土に改造せむや』 と一夜悲歎の涙にくれ給うた。大神の吐息を吐き給ふ時は、その息は暴風となつて天地を吹きまくり、森羅万象を倒壊せしむるのである。大神の悲歎にくれ落涙し給ふ時は、たちまち強雨となりて地上に降りそそぎ、各地に氾濫の災害を来す事になるのである。 大神はこの惨状を見給ひて、泣くにも泣かれず、涙を体内に流し、吐息を体内にもらして、地上の災害を少しにても軽減ならしめむと、隠忍し給ふこと幾十万年の久しきに亘つたのである。大国治立尊の堪忍袋は、もはや吐息と涙もて充され、何時破裂して体外に勃発せむも計りがたき状態となつた。 されど至仁至愛の大神は、宇宙万有を憐れみ給ふ至情より、身の苦しさを抑へ、よく堪へ、よく忍び、もつて地上神人の根本的に革正するの時機を待たせ給ふのである。されど御腹の内に充ち満ちたる神の涙と慨歎の吐息は、もはや包むに由なく、少しの感激にも一時に勃発破裂の危機に瀕しつつあつた。アヽ宇宙の天地間は、実に危機一髪の境に時々刻々に迫りつつある。 大神は多年の忍耐に忍耐を重ね給ひしより、その御煩慮の息は、鼻口よりかすかに洩れて大彗星となり、無限の大宇宙間に放出されたのである。一息ごとに一個の大彗星となつて現はれ、瞬くうちに宇宙間に数十万の彗星は、宇宙の各所に現はれ、漸次その光は稀薄となつて宇宙に消滅した。 されどその邪気なる瓦斯体は、宇宙間に飛散し、遂には鬱積して大宇宙に妖邪の空気を充満し、一切の生物はその健康を害し、生命を知らず識らずの間に短縮する事となつた。ゆゑに古来の神人は、短くとも数千年の天寿を保ち、長きは数十万年の寿命を保ちしもの、漸次短縮して今は天地経綸の司宰者たる最高動物の人間さへも、僅かに百年の寿命を保し難き惨状を来すことになつた。 アヽ無量寿を保ち、無限に至治泰平を楽しむ五六七出現の聖代は、何時の日か来るであらう。吾人は霊界における大神の御神慮と、その仁恵を洞察し奉る時は、実に万斛の涙のただよふを感ぜざるを得ない。 神諭に、 『恋し恋しと松世は来いで、末法の世が来て門に立つ』 と述懐されたる大国治立尊の御聖慮を深く考へねばならぬ。 (大正一一・一・一一旧大正一〇・一二・一四外山豊二録) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 総説 | 総説 太古の神霊界における政治の大要を述べて見ようと思ふ。固より数百万年以前の事であつて、吾々人間としては、その真偽を的確に判別する事は到底不可能であります。然し王仁の述ぶるところは、臆説や想像ではない。また創作物でもない。高熊山における霊学修行中に、見聞したる有りのままを、覚束なき記憶より呼び出して、僅かにその片鱗を吐露したばかりであります。 現代文明の空気に触れたる、天文地文学者や国学者および宗教家、哲学者などの、深遠なる知識から、この物語を見るならば、実に欠点だらけで、中には抱腹絶倒、批判の価値なきものと、断定さるるでありませう。しかし王仁の物語は、寓意的の教訓でもなければ、また虚構でもない、有りのままの見聞談である。 総て霊界の話は現界とは異つて、率直で簡明であり、濃厚複雑等の説話は、神の最も忌み玉ふところ、女にも子供にも、どんな無知識階級にも、なるべく解り易く、平易簡単にして、明瞭なるを主眼とするが故である。 本巻は、いよいよ天津神の命により諾冊の二尊が、天照大御神の御魂の大御柱を中心に、天より降り、天の浮橋に立ちて、海月なす漂へる国を修理固成し玉ひ、現代の我日本国即ち豊葦原の瑞穂の中津国を胞衣となし、かつ神実として、地上のあらゆる世界を修理固成し玉うた神界経綸の大略を述べたものであります。それゆゑ舞台は、地球上一般の神人界に渉つた出来事であつて、区々たる極東我神国のみの神話を写したものでない事は勿論である。 ○ 総て太古の御神政は神祭を第一とし、次に神政を行ひ、国々に国魂神があり、国魂神は、その国々の神王、又は八王などと云つて八尋殿を建てられ、殿内の至聖処に祭壇を設け、造化三神を鎮祭し、神王および八王は、同殿同床にて神明に奉仕された。さうして神政は左守神又は右守神(或は八頭神とも云ふ)に神示を伝へ神政を司掌らしめ玉うたのであります。さうして国治立命御神政の時代は、[※御校正本・愛世版では「国治立命御隠退の時代」だが、天使長という聖職があったのは国祖隠退後ではなく、国祖神政中であり、意味がおかしくなる。そのため霊界物語ネットでは校定版・八幡版に準じて「隠退」を「神政」に直した]天使長と云ふ聖職があつて、国祖の神慮を奉じ、各地の国魂たる八王神を統轄せしめつつあつたのが、諾冊二尊の、淤能碁呂嶋へ御降臨ありし後は、伊弉諾の大神、八尋殿を造りて、これに造化の三神を祭り玉ひ、同殿同床の制を布き、伊弉冊尊を、国の御柱神として、地上神政の主管者たらしめ玉うたのであります。しかるに地上の世界は、日に月に、体主霊従の邪気漲り、物質的文明の進歩と共に、地上神人の精神は、その反比例に悪化し、大蛇、鬼、悪狐の邪霊は天地に充満して有らゆる災害をなし、収拾すべからざるに立ち致つた。そこで神界の神人の最も下層社会より、所謂糞に成り坐すてふ埴安彦神が現はれて、大神の神政を輔佐し奉るべく、天地の洪徳を汎く世界に説示するために教を立て、宣伝使を天下に派遣さるる事となつたのである。 また国祖国治立命は天教山に隠れ、世界の大峠を免るることを汎く地上の神人に告げ諭し、大難を免れしめむとして、宣伝使神を任命し、地上の世界に派遣せしめ玉うた。これが神代における、治教的宣伝の濫觴であつたのである。さうして宣伝使神の任にあたる神は多芸多能にして、礼、楽、射、御、書、数の六芸に通達してゐた神人ばかりである。さうして一身を神に捧げ、衆生救済の天職に喜びて従事されたのである。 それより後、埴安彦、埴安姫の二神司が地上に顕現して麻柱教を説き、宣伝使を任じて世界を覚醒し、神人の御魂の救済に尽さしめた。その宣伝使もまた、士、農、工、商の道に通達し、天則を守り忍耐を唯一の武器として労苦を惜まず、有らゆる迫害を甘受してその任務を尽したのである。現今の各教各宗の宣教師の、安逸遊惰なる生活に比すれば、実に天地霄壤の差があるのである。 総て神の福音を述べ伝ふる宣伝使の聖職に在るものは、神代の宣伝使神の心を以て心とし、克く堪え忍び以て神格を保持し、世人の模範とならねばならぬのである。 ○ 太古の人民の生活状態は、今日のごとく安全なる生活は到底望まれ得なかつた。家屋と云つても、木と木とを組み合せ、杭を地上に打ち、藤蔓の蔓を以てこれを縛り、茅や笹の葉や木の葉を以て屋根を覆ひ、纔に雨露を凌ぐものもあり、岩窟の中に住むもの、山腹に穴を穿ち、草を敷きて住むもの、巨岩を畳み、洞穴を造つてこれに住むものなどで、衣服のごときも、一般の人民は獣皮を身に纏ひ、或は木の葉を編み、草を編み、麻の衣を着るものは人民の中でも最も上等の部である。また絹布を纏へるは最も高貴なる神人のみであつた。 夫れでも古代の人間は天地の大恩を感謝し、生活を楽しみ、和気靄々として楽しくその日を暮して居つたのである。さうして村々には酋長の如きものがあつて、これを各自に統一してゐた。遂には地上に人間の数の殖えるに従つて、争奪をはじめ、生存競争の悪社会を馴致し、弱肉強食の修羅場と化するに至つた。その人心を善導すべく、神の大御心に依つて教なるものが興り、宣伝使の必要を招来するに至つたのであります。 大正十一年一月二十五日旧十年十二月二十八日 出口王仁三郎 |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 01 宇宙太元 | 第一章宇宙太元〔二五一〕 大宇宙の元始に当つて、湯気とも煙とも何とも形容の仕難い一種異様の微妙のものが漂ひ居たり。この物は殆ど十億年間の歳月を経て、一種無形、無声、無色の霊物となりたり。之を宇宙の大元霊と云ふ。我が神典にては、天御中主神と称へ又は天之峰火男の神と称し、仏典にては阿弥陀如来と称し、キリスト教にては、ゴツド又はゼウスと云ひ、易学にては太極と云ひ、支那にては天主、天帝、又は単に天の語をもつて示され居るなり。国によつては造物主、又は世界の創造者とも云ふあり。この天御中主神の霊徳は、漸次宇宙に瀰漫し、氤氳化醇して遂に霊、力、体を完成し、無始無終無限絶対の大宇宙の森羅万象を完成したる神を称して大国治立尊(一名天常立命)と云ひ、ミロクの大神とも云ふなり。 宇宙の大原因たる、一種微妙の霊物、天御中主神の無色無形無声の純霊は遂に霊力を産出するに至れり。これを霊系の祖神高皇産霊神と云ふ。次に元子、所謂水素(また元素といふ)を醸成した、之を体系の祖神神皇産霊神といふ。霊は陽主陰従にして、体は陰主陽従なり。かくして此二神の霊と体とより一種異様の力徳を生じたり。之を霊体といふ。ほとんど三十億年の歳月を要して、霊力体のやや完全を期することを得たるなりき。皇典に於ては、之を造化の三神といふ。茲に完全なる水素を産出した。水素は漸次集合して現今の呑むごとき清水となりぬ。この清水には高皇産霊神の火霊を宿し、よく流動する力が備はりぬ。水を動かすものは火にして、火を働かすものは水なることは第四巻に述べたるがごとし。この水の流体を、神典にては葦芽彦遅神といふ。一切動物の根元をなし、之に霊系即ち火の霊を宿して一種の力徳を発生し、動物の本質となる。神祇官所祭の生魂これなり。次に火水抱合して一種の固形物体発生し、宇宙一切を修理固成するの根元力となる。之を常立神といひ、剛体素といふ。神祇官所祭の玉留魂これなり。金、銀、銅、鉄、燐、砂、石等はこの玉留魂を最も多量に包含し、万有一切の骨となり居るなり。この剛体素、玉留魂の完成するまでに太初より殆ど五十億年を費しゐるなり。茲に海月なす漂へる宇宙は漸く固体を備ふるに至りぬ。この水を胞衣となして創造されたる宇宙一切の円形なるは、水の微粒子の円形なるに基くものなり。剛体は玉留魂、即ち常立の命の神威発動に依つて、日地月星は漸く形成されたり。されど第一巻に述ぶるがごとく、大宇宙の一小部分たる我が宇宙の大地は、あたかも炮烙を伏せたるが如き山と、剛流の混淆したる泥海なりしなり。 茲に絶対無限力の玉留魂の神は弥々その神徳を発揮して大地の海陸を区別し、清軽なるものは靉きて大空となり、重濁なるものは淹滞して下に留まり、大地を形成したり。されど此時の宇宙の天地は生物の影未だ無かりけり。ここに流剛すなはち生魂と玉留魂との水火合して不完全なる呼吸を営み、其中より植物の本質たる柔体足魂を完成したり。之を神典にては豊雲淳命といふなり。いよいよ宇宙は霊、力、体の元子なる、剛柔流の本質完成されたのである。されど宇宙は未だその活動を開始するに至らなかつた。これらの元子と元因とは互に生成化育し、力はますます発達して、動、静、解、凝、引、弛、分、合の八力を産出した。神典にては、宇宙の動力を大戸地神といひ、静力を大戸辺神といひ、解力を宇比地根神といひ、凝力を須比地根神といひ、また引力を生杙神といひ、弛力を角杙神[※「生杙神」「角杙神」の「くひ」の字は、御校正本(p12)・校定版(p14)では「枠」、愛世版(p12)では「杙」。古事記では「杙」である。「枠」は「くい」ではなく「わく」であり、誤字だろうから、霊界物語ネットでは「杙」を使う。]といひ、合力を面足神といひ、分力を惶根神といふ。この八力完成して始めて宇宙の組織成就し、大空に懸れる太陽は、無数の星晨の相互の動、静、解、凝、引、弛、分、合の八力の各自の活動によつて、その地位を保ち大地亦この八力によつて、その地位を保持する事となりしなり。かくして大宇宙は完成に至るまで殆ど五十六億万年を費した。 茲に宇宙の主宰神と顕現し玉ふ無限絶対の力を、大国治立命と称し奉る。国治立命は、豊雲淳命(又の御名豊国姫命)と剛柔相対して地上に動植物を生成化育し、二神の水火より諾冊二尊を生み、日月を造りてその主宰神たらしめたまひける。 かくて大宇宙の大原因霊たる天御中主神は五十六億万年を経て宇宙一切を創造し、茲に大国治立命と顕現し、その霊魂を分派して我が宇宙に下したまへり。即ち国治立命これなり。国治立命の仁慈無限の神政も、星移り年重なるに連れて妖邪の気、宇宙に瀰漫し、遂にその邪気のために一時『独神而して隠身なり』の必然的経綸を行はせたまふ事とはなりける。而て霊界物語の第一巻より本巻に亘り口述するところは、大宇宙の完成するまでに五十六億万年を要したる時より以後の事を述べたものなり。これより以前の事は、神々として完全に花々しき御活動はなく、時の力によりて氤氳化醇の結果、宇宙が形成するを待たれたるなり。 (大正一一・一・一六旧大正一〇・一二・一九加藤明子録) (序歌~第一章昭和一〇・一・二七於筑紫別院王仁校正) |
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霊界物語 | 07_午_日の出神のアフリカ物語 | 37 老利留油 | 第三七章老利留油〔三三七〕 神の光を輝かすこの四柱の宣伝使 日の出神を始めとし心も豊に治まれる 豊日の別の宣伝使醜の曲津も祝姫 面那芸彦と諸共に国の八十国八島別 神の命に立別れ漸くここを建日向 別に別れて進み行く豊葦原の豊の国 長閑な春日を負ひ乍ら脚に任せて山坂を 岩の根木の根踏みさくみ深き谷間を打渡り 豊けき豊の神国の名を負ひませる白日別 筑紫の国に渡らむと勇み行くこそ雄々しけれ。 霧立昇る霧島の山の尾の上に、四柱は腰うち下し草の上にどつかと臀を据ゑて、流るる汗を拭ひ乍ら、四方の景色を眺めて、無邪気な話に耽りける。 豊日別『あゝ実に高山から見た景色は雄大ですな。四方山に包まれ、一方には荒浪に時々襲はれる肥の国に鳥無郷の蝙蝠を気取つて、権利だ、義務だ、得だ損だと狭つこましきことを言つて争つたり、訳の解らぬ人間を相手に昼夜心を腐らし、心配をしながら虎転別の悪魔だとか、鬼だとか云はれて居るよりも、斯うして貴下等と一緒に元の心に生れ変つて、自由自在に山野を跋渉するのは、実に何とも云へぬ天恵ですワ。夫れに就て私は、豊の国の豊日別となつて守護を致さねばなりませぬが、豊の国は一体何の方面に当るのでせうか』 面那芸宣使は四方を見廻しながら、眼下に展開せる大沙漠を指さし、 面那芸『豊の国はこの西南に当る赤白く見える処ですよ』 豊日別『よを、何だ、草も木も一本も生えて居ないぢやありませぬか。彼れは沙漠ではありますまいか』 面那芸『大沙漠ですよ。そこに草木を植付け五穀を稔らせ、豊な豊の国とするのが貴下の役目ですよ』 豊日別『天恵どころか、非常な天刑です。何うしたら草木が繁茂し、人間が繁殖して立派な国土になりませうかな』 日出神『豊日別さまの頭の禿に毛が生えたら彼の沙漠にも草木が生えるだらう。夫れを生さうと思へば大変な辛い目をしなくちやならぬ』 豊日別『この禿た頭に毛が生えますか』 日出神『痛い目をすれば生える。生やして上げようか』 豊日別『少々痛い目をしたつて天下の為になることなら構ひませぬ』 日の出神はつと立上り傍の樹木の中に姿を隠したるが、暫らくありて青々とした樹の枝を握り帰り来たり、傍の岩の上にその樹の枝を積み、手頃の石を以ておさんが砧を打つやうに打ち始めたるに、追々と打たれて枝も葉も容量低になり、水気が滴り出しける。日の出神は黒き被面布にくるくると包み、一生懸命に力を籠めて搾り、出た汁は、岩の上の少しく凹みし所に油となつて充されける。 日出神『さあ、是から毛を生やして上げやう。些は痛いが、辛抱できますか』 と云ひながら、豊日別の頭を傍の荒き砂を掴みて、ゴシゴシと擦りけるに、豊日別は、 豊日別『イヽヽヽヽ』 日出神『宣伝使たる者が痛いなぞと弱音を吹いてはならぬ、そこが男だ、気張りなさい』 豊日別『イヽヽヽヽ好い気分ですワ』 日の出神は益々ガシガシと擦る。薄皮は剥ける、血は滲む。 豊日別『イヽヽヽヽ至つて好い気分ですワイ』 日出神『よし、これからもう一つ好い気分にして上げやう』 と今搾つた岩の上の油を掬うて、ビシヤビシヤと塗りつける。豊日別は顔を顰め、又もや、 豊日別『イヽヽヽヽイヽヽヽヽ』 と泣声になつて来てゐる。 日出神『また貴方は弱音を吹くな』 豊日別『イヽヽヽヽイヽヽヽ好い加減です。成ることなら、もう好い加減に止めて、ホヽヽヽ欲しいことない』 と涙をボロボロと零して気張りゐる。 日出神『さあ、これでよし』 と再び芝生の上に腰を下したりける。豊日別は頭を押へ、目を塞ぎ、息を詰めて蹲踞みゐる。暫時すると痛みが止まり、豊日別はやつと安心して顔の紐を解く。 日出神『如何でした。好い気分でせう。人間は一度は大峠を越さねばならぬ。大峠を越すのは随分苦しいものだ』 豊日別『いや、この大峠まで上つて来たが、さう苦しいとは思はなかつたのに、しかし大峠どころの騒ぎぢやありませぬよ。随分痛い、ドツコイ至つて結構な目に会ひました』 日出神『頭に手を上げて御覧なさい』 豊日別は、頭を撫で、 豊日別『やあ、生えた生えた。すつかり生えた。有り難う』 と俄に飛び上り喜ぶ。これは老利留といふ木の油なりける。 日の出神『さあさあ行かう』 と日の出神は先頭に立つ。豊日別は禿頭に毛の生えたのを大いに喜び、 豊日別『さあ、これで若くなりました』 と肩を怒らせながら、ドンドンと峠を下り行く。四人の歌ふ宣伝歌は谷々に響き渡りぬ。 (大正一一・二・二旧一・六外山豊二録) |