| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
|---|
|
1 (1011) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 14 神界旅行(一) | 第一四章神界旅行の一〔一四〕 瓢箪のやうな細い道をただ一人なんとなく心急はしく進んでゆくと、背後の山の上から数十人の叫び声が誰を呼ぶともなしに聞えてくる。 そこで何がなしに後をふり返つて見ると、最早二三丁も来たと思つたのに、いつの間にか、また元の八衢に返つてゐた。そこには地獄へ墜ちて行くものと見えて、真黒の汚い顔をしたものが打ち倒れてゐる。これは現界で今肉体が息を引取つたもので、その幽体がこの所に横たはつたのであり、また先の大きな叫び声は、親族故旧が魂呼びをしてをる声であることが分つた。さうすると見てをる間に、その真黒い三十五六の男の姿が何百丈とも知れぬ地の底へ、地が割れると共に墜ち込んでしまつた。これが自分には不審でたまらなかつた。といふのは、地獄に行くのには相当の道がついてをる筈である。しかるに、忽ち急転直下の勢で地の底へ墜ちこむといふのが、不思議に思はれたからである。とに角かういふふうになる人を現界の肉体から見れば、脳充血とか脳溢血とか心臓破裂とかの病気で、遺言もなしに頓死したやうなものである。そこで天然笛を吹いてみた。天の一方から光となつて芙蓉仙人が現はれ給うた。 『一体地獄といふものには道は無いのでせうか』 とたづねてみた。仙人いふ。 『この者は前世においても、現世においても悪事をなし、殊に氏神の社を毀つた大罪がある。それは旧い社であるからといふて安価で買取り、金物は売り、材木は焼き棄てたり、または薪の代りに焚いたりした。それから一週間も経たぬまに病床について、黒死病のごときものとなつた。それがため息を引取るとともに、地が割れて奈落の底へ墜ち込んだのである。すなはちこれは地獄の中でも一番罪が重いので、口から血を吐き泡を吹き、虚空を掴んで悶え死に死んだのだ。しかもその肉体は伝染の憂ひがあるといふので、上の役人がきて石油をかけ焼き棄てられた』 との答へである。そこで自分は、 『悶え死をしたものは何故かういふふうに直様地の底へ墜ちるのでせうか』 と尋ねてみた。仙人は答へて、 『すべて人は死ぬと、死有から中有に、中有から生有といふ順序になるので、現界で息を引取るとともに死有になり、死有から中有になるのは殆ど同時である。それから大抵七七四十九日の間を中有といひ、五十日目から生有と言つて、親が定まり兄弟が定まるのである。ただし元来そこには山河、草木、人類、家屋のごとき万有はあれども、眼には触れず単に親兄弟がわかるのみで、そのときの、幽体は、あたかも三才の童子のごとく縮小されて、中有になると同時に[※初版、校定版、愛世版いずれも「中有になると同時に」。]親子兄弟の情が、霊覚的に湧いてくるのである。 さうして中有の四十九日間は幽界で迷つてをるから、この間に近親者が十分の追善供養をしてやらねばならぬ。又これが親子兄弟の務めである。この中有にある間の追善供養は、生有に多大の関係がある。すなはち大善と大悪には中有なく、大善は死有から直ちに生有となり、大悪はただちに地獄すなはち根底の国に墜ちる。ゆゑに真に極善のものは眠るがごとく美しい顔をしたまま国替して、ただちに天国に生まれ変るのである。また大極悪のものは前記のごとき径路をとつて、悶え苦しみつつ死んで、ただちに地獄に墜ちて行くのである』 と。自分はそれだけのことを聞いて、高天原の方へむかひ神界旅行にかからうとした。ところが顔一杯に凸凹のできた妙な婦人が、八衢の中心に忽然として現はれた。自分の姿を見るなり、長い舌をペロリと吐きだし、ことさらに凹んだ眼の玉を、ギロギロと異様に光らせながら、足早に神界の入口さして一目散に駆けだした。 自分は……変な奴が出てきたものだ、一つ跡を追つて彼の正体を見届けてくれむ……と、やや好奇心にかられて、ドンドンと追跡した。かの怪女はほとんど空中を走るがごとく、一目散に傍の山林に逃込んだ。自分はとうとう怪女の姿を見失つてしまひ、途方にくれて芝生の上に腰を降し、鼬に最後屁を嗅されたやうな青白いつまらぬ顔をして、四辺の光景をキヨロキヨロと見まはしてゐた。どこともなく妙な声が耳朶を打つた。 耳を澄まして考へてゐると、鳥の啼き声とも、猿の叫び声ともわからぬ怪しき声である。恐いもの見たさに、その聞ゆる方向を辿つて荊を押しわけ、岩石を踏み越え渓流を渡り、峻坂を攀ぢ登り、色々と苦心して漸く一つの平坦なる地点に駆けついた。 見ると最前みた怪女を中心に、あまたの異様な人物らしいものが、何かしきりに囁き合つてゐた。自分は大木の蔭に身を潜めて、彼らの様子を熟視してゐると、中央に座を構へた凸凹の顔をした醜い女の後方から、太いふとい尻尾が現はれた。彼はその尻尾をピヨンと左の方へ振つた。あまたの人三化七のやうな怪物が、その尻尾の向いたる方へ雪崩を打つて、一生懸命に駆け出した。 怪女はまたもや尻尾を右の方へ振つた。あまたの動物とも人間とも区別もつかぬやうな怪物は、先を争ふやうにして又もや、右の方へ一目散に駆け出した。怪女はまたもや尻尾を天に向つてピヨンと振りあげた。 あまたの怪物は一斉に、天上目がけて投り上げられ、しばらくすると、その怪物は雨のごとくなつて降り来たり、あるひは渓谷に陥り、負傷をするものもあり、あるひは荊棘の叢に落込み全身を破り、血に塗れて行きも帰りもならず、苦悶してをるのもあつた。中には大木にひつかかり、半死半生のていにて苦しみ呻いてゐるのもある。中には墜落とともに頭骨を打ち挫き、鮮血淋漓として迸り、血の泉をなした。 怪女は、さも嬉しさうな顔色をあらはし、流るる血潮を片つ端から美味さうに呑んでゐた。怪女の体は見るみる太り出した。彼の額部には俄にニユツと二本の角が発生した。口はたちまち耳の辺まで裂けてきた。牙はだんだんと伸びて剣のやうに鋭く尖り、かつ、キラキラと光りだしてきた。 自分は神界の旅行をしてをるつもりだのに、なぜこんな鬼女のゐるやうな処へ来たのであらうかと、胸に手をあてて暫く考へてゐた。前後左右に、怪しい、いやらしい身の毛の戦慄つやうな音がまたもや、耳を掠めるのである。自分はどうしても合点がゆかなかつた。途方にくれた揚句に、神様のお助けを願はうといふ心がおこつてきた。 自分は四辺の恐ろしいそして殊更に穢らはしい光景の、眼に触れないやうにと思つて瞑目し静座して、大声に天津祝詞を奏上した。ややあつて「眼を開け」と教ゆる声が緩やかに聞えた。自分はあまりに眼前の光景の恐ろしさ、無残さを再び目睹することが不快でたまらないので、なほも瞑目の態度を持ちつづけてゐた。 さうすると今度は、前とはやや大きな、そして少し尖りのあるやうな声で、 『迷ふなかれ、早く活眼を開いて、神世の荘厳なる状況に眼を醒ませ』 と叫ぶものがあつた。自分は心のうちにて妖怪変化の誑惑と思ひつめ、……そんなことに乗るものかい、尻でも喰へ……と素知らぬふうをして猶も瞑目をつづけた。 『迷へるものよ、時は近づいた。一時も早く眼を開いて、神界の経綸の容易ならざる実況を熟視せよ。神国は眼前に近づけり。されど眼なきものは、憐れなるかな。汝いつまで八衢に踏み迷ひ、神の命ずる神界の探険旅行に出立せざるや』 と言ふものがある。自分は心の中で……神界旅行を試み、今かくのごとき不愉快なることを目撃してをるのに、神界の探険せよとは、何者の言ぞ。馬鹿を言ふな、古狸奴、大きな尻尾をさげて居よつて、俺が知らんと思つて居やがるか知らんが、おれは天眼通でチヤンと看破してをるのだ。鬼化け狸に他人は欺されても、おれは貴様のやうな古狸には、誑らかされないぞ。見る眼も汚れる……と考へた。そうするとまた前のやうな声に、すこし怒りを帯びたやうな調子で、 『貴様は道を知らぬ奴だ』 と呶鳴る。 そのとたんに目を思はず開いて見ると、前の光景とは打つて変つた荘厳無比の宝座が眼前に現はれた。その一刹那、松吹く風の音に気がつくと、豈計らんや、自分は高熊山のガマ岩の上に端座してゐた。 (大正一〇・一〇・一八旧九・一八外山豊二録) |
|
2 (1013) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 16 神界旅行(三) | 第一六章神界旅行の三〔一六〕 扇でたとへると丁度骨を渡つて白紙のところへ着いた。ヤレヤレと一息して傍の芝生の上に身を横たへて一服してゐた。するとはるか遠く北方にあたつて、細い幽かな悲しい蚊の泣くやうな声で、「オーイ、オーイ」と自分を呼ぶいやらしい声がしてきた。自分は思案にくれてゐると、南方の背後から四五人の声で自分を呼び止める者がある。母や祖母や隣人の声にどこか似てゐる。フト南方の声に気をひかれ気が付けば、自分の身体はいつのまにか穴太の自宅へ帰つてゐた。 これは幽界のことだが、母の後に妙な顔をした、非常に悲しさうに、かつ立腹したやうな、一口に言へば怒つたのと泣いたのが一緒になつたやうな顔した者が付いてゐる。それが母の口を藉つていふには、 『今かうして老母や子供を放つておいて神界の御用にゆくのは結構だが、祖先の後を守らねばならぬ。それに今お前に出られたら、八十に余る老母があり、たくさんの農事を自分一人でやらねばならぬ。とにかく思ひ止まつてくれ』 と自分を引き止めて、行かさうとはささぬ。そこへまた隣家から「松」と「正」といふ二人が出てきて、祖先になり代つて意見すると言つて頻りに止める。二人は、 『お前、神界とか何とか言つたところで、家庭を一体どうするのだ』 と喧しく言ひこめる。その時たちまち老祖母の衰弱した姿が男の神様に変つてしまつた。そして、 『汝は神界の命によつてするのであるから、小さい一身一家の事は心頭にかくるな。世界を此のままに放つておけば、混乱状態となつて全滅するより道はないから、三千世界のために謹んで神命を拝受し、一時も早く此処を立ち去れよ』 と戒められた。すると矢庭に「松」と「正」とが自分の羽織袴を奪つて丸裸になし、それから鎮魂の玉をも天然笛をも引たくつて池の中へ投り込んでしまつた。そこへ「幸」といふ男が出てきて、いきなり自分が裸になり、その衣服を自分に着せてくれ、天然笛も鎮魂の玉も池の中から拾うて私に渡してくれた。 自分は一切の執着を捨てて、神命のまにまに北へ北へと進んで、知らぬまに元の天の八衢へ帰つておつた。これは残念なことをしたと思つたが、もと来た道をすうと通つて、扇形の道を通りぬけ白紙の所へ辿りついた。その時、「幸」が白扇の紙の半ほどのところまで裸のまま送つて来たが、そこで何処ともなく姿を消してしまつた。やはり相変らず、細い悲しいイヤらしい声が聞えて来る。その時、自分の身体は電気に吸ひつけられるやうに、北方へ北方へと進んで行く。一方には大きな河が流れてあり、その河辺には面白い老松が並んでゐる。左側には絶壁の山が屹立して、一方は河、一方は山で、其処をどうしても通らねばならぬ咽喉首である。その咽喉首の所へ行くと、地中から頭をヌツと差出し、つひには全身を顕はし、狭い道に立ち塞がつて、進めなくさせる男女のものがあつた。 そこで鎮魂の姿勢をとり天然笛を吹くと、二人の男女は温順な顔付にて、女は自分に一礼し、 『あなたは予言者のやうに思ひますから、私の家へお入り下さいまし。色々お願ひしたいことがございます』 と言つた。その時フト小さな家が眼前にあらはれてきた。その夫婦に八頭八尾の守護神が憑依してゐた。夫婦の話によれば、 『大神の命により神界旅行の人を幾人も捉へてみたが、真の人に会はなかつたが、はじめて今日目的の人に出会ひました。実は私は、地の高天原にあつて幽界を知ろしめす大王の肉身系統の者です。どうぞ貴方はこの道を北へ北へと取つていつて下さい、さうすれば大王に面会ができます。私が言伝をしたと言つて下さい』 と言つて頼む。 『承知した、それなら行つて来よう』 こう言つて立ち去らうとする時、男女の後に角の生えた恐い顔をした天狗と、白狐の金毛九尾になつたのが眼についた。この肉体としては実に善い人間で、信仰の強い者だが、その背後には、容易ならぬ物が魅入つてゐることを悟つた。そのままにして自分は一直線に地の高天原へ進んで行つた。トボトボと暫くのあひだ北へ北へと進みゆくと、一つの木造の大橋がある。橋の袂へさしかかると川の向ふ岸にあたり、不思議な人間の泣き声や狐の声が聞えた。自分はその声をたどつて道を北へとつて行くと、親子三人の者が寄つて集つて、穴にゐる四匹の狐を叩き殺してゐた。見るみる狐は殺され、同時にその霊は女に憑いてしまつた。女の名は「民」といふ。女は狐の怨霊のために忽ち膨れて脹満のやうな病体になり、俄然苦悶しはじめた。そこで其の膨れた女にむかつて、自分は両手を組んで鎮魂をし、神明に祈つてやると、その体は旧の健康体に復し、三人は合掌して自分にむかつて感謝する。されど彼の殺された四匹の狐の霊はなかなかに承知しない。 『罪なきものを殺されて、これで黙つてをられぬから、あくまでも仇討をせねばおかぬ』 と、怨めしさうに三人を睨みつめてゐる。狐の方ではその肉体を機関として、四匹ながら這入つて生活を続けてゆきたいから、神様に願つて許していただきたいと嘆願した。 自分はこの場の処置に惑うて、天にむかひ裁断を仰いだ。すると天の一方より天使が顕はれ、産土の神も顕はれたまひて、 『是非なし』 と一言洩らされた。氏子であるとは言ひながら、罪なきものを打ち殺したこの女は、畜生道へ堕ちて狐の容器とならねばならなかつた。病気は治つたが、極熱と極寒との苦しみを受け、数年後に国替した。現界で言へば稲荷下のやうなことをやつたのである。 やや西南方にあたつてまた非常な叫び声が聞えてきた。すぐさま自分は声を尋ねて行つてみると、盲目の親爺に狸が憑依し、また沢山の怨霊が彼をとりまいて、眼を痛めたり、空中へ身体を引き上げたり、さんざんに親爺を虐めてゐる。見ると親爺の肩の下のところに棒のやうなものがあつて、それに綱がかかつてをり、柱の真に取付けられた太綱を寄つてたかつて、弛めたり引きしめたりしてゐるが、落下する時は川の淵までつけられ、つり上げられる時は、太陽の極熱にあてられる。そして釣り上げられたり、曳き下されたりする上下の速さ。この親爺は「横」といふ男である。 なぜにこんな目に遇ふのかと理由を聞けば、この男は非常に強欲で、他人に金を貸しては家屋敷を抵当にとり、ほとんど何十軒とも知れぬほど、その手でやつては財産を作つてきた。そのために井戸にはまつたり、首を吊つたり、親子兄弟が離散したりした者さへ沢山にある。その霊がことごとく怨念のために畜生道へ堕ち入り、狐や狸の仲間入りをしてゐるのであつた。そのすべての生霊や亡霊が、身体の中からも、外からも、攻めて攻めて攻めぬいて命をとりにきてゐるのである。 何ゆゑ神界へ行く道において、地獄道のやうなことをしてゐるのを神がお許しになつてゐるかと問へば、天使の説明には、 『懲戒のために神が許してある。その長い太い綱は首を吊つた者の綱が凝固つたのである。毒を嚥んで死んだ人があるから、毒が身の中に入つてゐる。川へはまつた者があるから川へ突つ込まれる。これが済めば畜生道へ墜ちて苦しみを受けるのである』 と。あまり可愛相であるから私は天照大御神へお願ひして「惟神霊幸倍坐世」と唱へ天然笛を吹くと、その苦しみは忽ち止んでしまつた。そして狐狸に化してゐる霊は嬉々として解脱した。その顔には桜色を呈してきたものもある。これらの霊はすべて老若男女の人間に一変した。すると産土の神が現はれて喜び感謝された。自分もこれは善い修業をしたと神界へ感謝し、そこを立ち去つた。が、「横」といふ男の肉体は一週間ほど経て現界を去つた。 それからまた真西にあたつて叫び声がおこる。猿を責めるやうな叫び声がする。その声を尋ねてゆくと、本当の狐が数十匹集まり、一人の男を中において木にくくりつけ、「キヤツ、キヤツ」と言はして苦しめてゐる。その男の手足はもぎとられ、骨は一本々々砕かれ、滅茶々々にやられてゐるのに現体が残つたままそこに立つてゐる。自分はこれを救ふべく、神名を奉唱し型のごとく鎮魂の姿勢をとるや否や、すべての狐は平伏してしまつた。何故そんな事をするのかと尋ぬれば、中でも年老つた狐がすすみでて、 『この男は山猟が飯よりもすきで、狐穽を作つたり、係蹄をこしらへたりして楽んでゐる悪い奴です。それがために吾々一族のものは皆命をとられた。生命をとられるとは知りつつも、油揚げなどの好きな物があればついかかつて、ここにゐるこれだけの狐はことごとく命をとられました。それでこの男の幽体現体共に亡ぼして、幽界で十分に復讐したい考へである』 といふ。そこで私は、 『命をとられるのは自分も悪いからである。それよりはいつそ各自改心して人界へ生れたらどうだ』 と言へば、 『人界へ生れられますか』 と尋ねる。自分は、 『生れられるのだ』 と答ふれば、 『自分らはこんな四ツ足だから駄目だ』 といふ絶望の意を表情で現はしたが、自分は、 『汝らに代つて天地へお詫をしてやらう』 と神々へお詫をするや否や、「中」といふ男の幽体は見るまに肉もつき骨も完全になつて旧の身体に復り、いろいろの狐はたちまち男や女の人間の姿になつた。その時の数十の狐の霊は、一部分今日でも神界の御用をしてゐるものもあり、途中で逃げたものもある。中には再び畜生道へ堕ちたものもある。 (大正一〇・一〇・一九旧九・一九桜井重雄録) |
|
3 (1614) |
霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 04 馬詈 | 第四章馬詈〔五五四〕 日の出別神は、サル山峠の頂上に憩へる五人の宣伝使と六公の一行を率つれ、コシカ峠の谷底に蹄の音も勇ましく、轡を連らねて現はれたり。 茲に音彦、弥次彦、与太彦の三人は、谷底の真砂の上に枕を並べて気絶して居る。一同の宣伝使は交る交る河水を掬ひ口にふくんで三人の面部に濺ぎかけた。音彦はウンと一声起き上がり、 音『オイ此処は何処だつたかなア、三途の川を渡つて天の八衢に進んだ積りだに、この川は何時出来たのか、また三途の川が此処へ転宅をしたのではあるまいか』 岩『これこれ音彦サン、あなた気絶して居たのですよ。ここはコシカ峠の谷底です、チト確りして下さい』 音『ウンさうだつたかなア、すつての事で幽界旅行地獄探険をやるところでした。ようまア助けに来て下さいました。未だ未だ現界にご用があると見えますなア』 岩『あるともあるとも、今斯様なところに国替して耐るものか、確りして下さい。之から遥々フサの都に到着してコーカス山に進まねばならぬ。途中に斃られては吾々は幸先が悪いですからなア』 音彦は目を擦りながら、 音『ハア日の出別の神様その他御一同、妙な処でお目に掛りました。イヤお助けに預りました』 岩『音彦サンは、やつとの事で蘇生をして下さつたが、二人の方はまだ魂がへしが出来て居ない。皆さま一斉に魂呼びを致しませう』 一同は声を揃へて一二三四五六七八九十百千万を四五回繰返せば、弥次彦、与太彦はムクムクと動き出したり。 音『ヨー弥次彦サン、気を付けたり。与太彦サン目を開けたり』 弥『銅木像奴が、また手を換へ品を換へ瞞さうと云つたつて、その手に乗るものかい。これ源五郎のサツク奴、三途川の鬼婆の代理を勤めたこの弥次サンだぞ。好い加減に改心せぬかい』 岩『これこれ弥次サン、確りせぬか』 (岩)『これこれ与太サン、確りせぬか』 与『何吐しよるのだ。源五郎のお化奴が』 音『オイオイ、弥次彦、与太彦の両人、此処は冥土ぢやないぞ、コシカ峠の谷底だよ』 弥『ヘン、馬鹿にするない、コシカ峠は疾の昔に空中滑走をやつて首尾よく帰幽したのだ。それから三途の川を渡つて天の八衢の銅木像を今遁走させた処だ。如何に亡者になつたとて、娑婆へ舞ひ戻る奴があるかい、俺は刹那心だ。一足も後戻りは、嫌ひだよ』 音『アヽ困つたものだなア、やつぱり亡者気分で居ると見える。コレコレ弥次サン、与太サン死んで居るのぢやないよ、生て帰つたのだよ』 弥『馬鹿を云ふな、死んだ者が二度死ぬ前例があるかい。生き返るも跳ねかへるもあるものかい、お前の修羅の妄執をサラリと捨てて、十万億土の旅をするのだ。顕幽境を異にしたこの幽界で幾何娑婆が恋しうても一旦往くところ迄往かねばならぬのだ。今は中有だ。やがて生有が来るであらう、それまでは幽界の規則を遵奉して神妙に旅行するのだ、ノウ与太公』 与『エヽ弥次サン、些と変ぢやないか、何だか娑婆臭くなつて来たやうだよ。日の出別の神様もお見えになつて居る。沢山の宣伝使も御列席だ。好い加減に目を醒まさぬかい』 弥『馬鹿云ふな、日の出別の一行は俺等よりも先に幽界旅行だ。銅木像の化の奴が日天様に頭を打ちよつて遁走した後へ現はれて来られたぢやないか』 岩『彼奴は一つ水の吹きやうが足らぬ、いつその事、身体ぐち此川へドブヅケ茄子とやつたらどうだらう』 与太彦は泣き声を出して、 与『モシモシ宣伝使様、折角助かつたものを、ソンナ事をして貰つたら土左衛門になります。それだけは何卒許してやつて下さいませ。アーア弥次彦はなぜコンナに分らぬのだらうか、可愛さ余つて憎らしうなつて来たワイ』 と与太彦は力限り鼻を捻上げる。 弥『アイタヽヽ、冥土へ来ても未だ改心をせずに俺の鼻を捻ぢよつて、貴様きつと地獄の鼻責に遇はされるぞよ』 一同『アハヽヽヽ』 弥『何だ、人が鼻を摘まれて苦しんで居るのに、敬神の道を伝ふる宣伝使たるものが、可笑しさうに笑ふと云ふ事があるものか。冥土の道連に貴様の命も奪つてやるのだけれど既に死んだ奴だから奪る命もなく、エヽ残念な事だ。鬼にでも遇つたら全部告発してやるからさう思へ』 与『エヽ仕方の無い奴だナア。此奴甦りそこねよつて、身魂の転宅をやらかし発狂しよつたな』 と拳骨を固めて横面をポカンと撲る。その勢に弥次彦はヒヨロヒヨロとひよろつき、石に躓きばたりと倒けた。 弥『アイタヽヽ、やつぱり痛い事が分る哩、さうすると未だ娑婆に居つたのかいなア。ヤア日の出別さま、鷹サン、岩サン、梅サン、駒サンに音サン、与太彦に、もう一匹のお方』 音『アーア、お前はそれだから困るのだ。性念がつくと直他のお方を捉へて一匹だなんて口の悪い男だナア』 弥『ヤア矢張本当だ。コシカ峠の谷底だつたワイ』 一同『気が付いた、気が付いた。サア祝に祝詞の奏上だ』 と一同は真裸となつて川に飛び込み、御禊を修し天津祝詞を奏上する。 日『オー思はぬ時間を費やした。コーカス山の神務が忙しい。吾々はお先に失敬する、皆様悠り後から来て下さい』 と云ひながら馬の手綱を掻い繰り空中目蒐けて鈴の音、轡の音勇ましく、シヤンコシヤンコと空中指して昇り行く。 岩『ヨー遉は日の出別の神さま、天馬空を行くと云ふ離れ業は、吾々の如き力の無い宣伝使では到底望まれない。皆サンこれからフサの都に急ぎませう。弥次彦、与太彦、モ一人のお方、悠り後から来て下さい』 六人の宣伝使は轡を並べて駆け出さむとする。弥次彦は馬の轡をぐつと握り、 弥『マア待つた待つた、二人の裸人はどうして下さるのだ』 岩『みな一枚づつ脱いで借して上げませうか』 一同『宜敷からう』 と上着を一枚づつ脱ぎ、 一同『三人様、後から悠り来て下さい。貴方は二本足、吾々は四本足に乗つて居るのだから、到底追つけない。フサの都で待つて居ます』 と駿馬に鞭ち雲を霞とかけ去りにける。 弥『アア世の中は妙なものだワイ、三途川の鬼婆が、裸体の吾々を捉へて衣服が無ければ親譲りの皮衣を出しよらぬかと吐しよつたに、遉は三五教の宣伝使、立派な着物を脱ぎ捨てて惜し気もなく二人に与へて往つてしまつた。オイ与太、羽織ばかり貰つたところで、仕方が無いぢやないか、帯もなし、袴もなし、生憎針も糸も持つて居ないから、仕立直すわけにも行かず、アヽこれだから独身生活は困ると云ふのだ。青瓢箪のやうな嬶はあつても、高取村まで帰らねばお目に懸る訳にも行かず、電話でもあつたら掛けて呼び寄せるのだけれど、仕方がないなア』 与『良い事がある、羽織を倒まにして袖に両足を突込めば立派な袴が出来る。さうして上に羽織を着るのだ、もう一枚の羽織を前後にして着さへすれば好い、何と妙案だらう』 弥『妙案々々、しかし帯は如何するのだい』 与『帯は其辺の蔓をむしつて臨時代用だ。これを着て久し振り女房の家へ帰り、門口に立つて、女房喜べ、背中がお腹になつたぞよ、とかますのだ。そこで女房の奴、一つ逃れて又一つ』 弥『オイオイソンナ滑稽を云つて居る場合ぢやないぞ、ソンナ事は五十万年後未来の十九世紀とか云ふ時の、ガラクタ人間の近松とか出雲とか何とか云ふ坊主上りが作る文句だ。今は天孫降臨前の原始時代だ。未来の夢を見る奴があるかい』 与、六『ウフヽヽヽ』 弥『お前は何処から降つて来たのだ、何といふ男だい』 六『ハイ、私は六といふ男でございます』 弥『何うせろくでも無い奴だと思つて居つた。ろくろくに挨拶もしよらぬと何だい、その六ケしい顔は』 六『どうぞ以後お見知り置かれまして、お六つまじう末長く御交際を願ひます』 与『アハヽ此奴は面白い、三人世の元だ、いよいよ之からコシカ峠の四十八坂を跋渉し、ウラル教の奴輩を片端から言向け和し、フサの都に凱旋をするのだ。何時迄もコンナ谷底に呆け顔してウヨウヨして居るのも気が利かない。さあさあ馬丁、馬の用意だ』 六『馬ア何処に居りますか』 弥『何、膝栗毛だ。心の駒に鞭打つて敵の牙城に突撃を試むるのだ。一二三四、全隊進めツ』 与『オイオイ弥次公、四とは何だ、三人より居ないぢやないか』 弥『馬鹿云ふな、守護神がついとるぞ、サア詔直して今度は一人二人で勘定だ。俺が一つ標本を出してやらう、俺が、一人二人三人四人五匹六匹七人八匹九匹十人十一匹十二匹、と斯う云ふのだよ』 与『怪体な勘定だな、何故ソンナ人と匹とを混合するのだい』 弥『極つたことよ、人間が三人に守護神が三人、四つ足が六匹だ、貴様等の守護神は一匹二匹で沢山だよ』 与『馬鹿にしよる、エヽ仕方がない、一匹でも連が多い方が道中は賑やかだ、オイ六人六匹突喊々々』 と馬鹿口を叩きながら絶壁を、木の株を力に坂道まで漸く辿り着いた。 弥『アヽ此処だ此処だ、ウラル教の奴、数百人をもつて吾々を囲みよつた所だ。弥次サン与太サンの古戦場だ。亡魂が此辺に迷ふて居るかも知れぬ。記念碑でも建ててやらうかい』 与『アハヽヽ、好く洒落る奴だナア』 六『之から先には四十八坂と云ふ大変な峻い坂がありますぜ、まア悠りと此処で休息して行きませう、大分に長途の旅で疲れましたからなア』 弥『馬鹿にするない、長途の旅か一寸の旅か知らないが、今此処の谷川から漸く此処まで登つて来たばかりぢやないか』 六『私は宣伝使のお伴をしてサル山峠の頂上から七八里の道をテクツて来ました、足が草臥れて居ます、一寸一服さして下さいな』 弥『何だ、八里や十里歩いたつてそれ程苦しいか、俺たちは今十万億土の旅をして来たところだ。それでも俺のコンパスはコンナものだい。アハヽヽヽ』 かく雑談に耽る折しも、数千頭の野馬群をなして此方に向つて駆け来る。 六『ヤア有難いものだ。天の与へた野馬に乗つて往く事にせう、鞍もなし裸馬に乗るのは野馬なものだが、仕方がないワ、もしも野馬と一緒にこの渓谷に辷り落ちて又もや弥次サンや、与太サンのやうに冥土の旅をするやうになつたら後世の人間が此処は六道の辻の六公の終焉地だ。野馬の落ちた処や、野馬渓だと記念碑でも建てて名所にするかも知れぬぞ。オイ、野馬公の奴、六サンの仰せだ、馬匹点検だ、全隊止まれ。ヤアこの野良馬奴、吾輩の言霊を馬耳東風と聞き流しよるナ、余り馬鹿にするない』 馬『モシモシ三人の足弱サン、私に御用ですか、賃金は幾何出します』 六『ヨー此奴、勘定の高い奴だナ、ウラル教だな。世が曇つて来ると馬までが化けよつて人語を使ふやうになつて来る哩、もう世の終りだ』 馬『馬でも物を言ひますとも、狐でも狸でも物を云つてるぢやないか』 弥『何処に狐や狸が物を云つてるかい』 馬『お前サンの腹の中から副守護神とか云つて喋つて居るよ。狐が物言ふのに馬が物云はれぬと云ふ規則があるか、お前も聞いて居るだらう「馬が物云ふた鈴鹿の坂で、お三女郎なら乗せうと云た」この馬サンも女なら乗せたいのだけれど、ソンナ欠杭の化け物見たやうな唐変木を乗せるのは些と背が痛い。しかしお三の変りに狐三匹乗せてやらうか、お前のやうな奴は、世間から「狐を馬に乗せたやうな奴」だと云はれて居るから名実相伴ふ、言行一致三五教の教理の実現だ。どうだ、この馬サンのヒンヒン、ヒントは外れはせまい』 六『馬いこと吐しよる、馬鹿々々しいが、今日は弥次彦、与太彦サンの御命日オツトどつこい再生日だから、お慈悲で乗つてやらうかい、貴様もこれで後の世には人間に生れて来られるワ、宣伝使を乗せた御利益と云ふものは偉いものだぞ』 馬『人間を乗せるのなら有難いけれど、狐や狸の容器を乗せるかと思へば情なくなつて来た。ヒンヒンヒン、貧ほど辛いものがあらうか、四百四病の病より、辛いのは狐狸に使はれる事だ。アヽ慈善的に四十八坂を渡つて野馬渓の実現でもやつて、末代名を残さうかな』 弥『こりや怪しからぬ、迂濶乗れたものぢやないぞ』 馬『人には添ふて見い、馬には乗つて見いだ、サア早く乗らぬかい、貴様は毎時真つ暗な処へ嬶アの目をちよろまかして、金を盗んで、行灯部屋に放り込まれ、終には馬をつれて帰る代物だよ。馬に送つて貰ふのは、一寸願つたり叶つたりだ、ヒンヒンヒン』 三人『エヽ八釜しい哩、それほど頼めば乗つてやらう』 と、数十の馬を目蒐けて飛びついた。 弥『ヤア此奴は宛が違つた、睾丸のある奴だ。同じ乗るのなら牝の方に乗り換へてやらうか、身の過失はのり直せだ』 馬『ドツコイ、さうは行かぬぞ、乗りかけた船ぢやない馬だ。もうかうなつては此方の者だ、鷲掴の源五郎のやうに、急阪になつたら前足を上げてデングリ返つて背で腹を潰してやるのだ。ヤア面白いおもしろい』 与『俺のは牝だ、此奴は些と温順しいらしいぞ』 六『俺のも牝ぢや』 弥『ヤイ八釜敷いわい、馬がヒンヒン吐してビン棒籤を抽いて困つて居るのに、貴様迄が同じにヒンヒンと吐すな、ヒンの悪い』 数多の馬声を揃へて、 馬『ヒンヒンヒン、ヒンヒンヒン』 (大正一一・三・二三旧二・二五加藤明子録) |
|
4 (1622) |
霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 12 復縁談 | 第一二章復縁談〔五六二〕 勝彦の宣伝使を始め、弥次彦、与太彦、六公の一行は、烏勘三郎の一軍を言向和し、意気揚々として峠の幾つかを越えて、又もや一つの部落に着いた。 此処は二三十軒斗り彼方此方に家の散在せる小部落で小山村と云ふ。 弥『ヤーまた此処にも一小天地が形造られてあるワイ。どこにか都合の好い家を探して休息をさして貰はうかい』 と先に立つてキヨロキヨロと適当の家を探してゐる。小さき草葺の家の門口に一人の婆アが立つてゐる。 弥『モシモシお婆アサン、どうぞ一服さして下さるまいか』 婆『わしは盲目だから、どなただかお顔が分らない。お前サンは一体何処へ行く旅人だい、伴の衆は有るのかい』 弥『ハイハイ、伴の者は一行四人、山坂をいくつも跋つて来たのだから、脚が棒のやうになつて知覚精神は何処やらへ転宅したと見え、チツトも吾々の命令に足の奴服従せないやうになつて来ました。どうぞ此縁側を一寸貸して下さらぬか。儂はこれからコーカス山へ参拝するものですから』 婆『アーさうかな。それは能う御信心が出来ます。私もコーカス山の神様を信心して居る信者の一人だ。ウラル教なら平に御断りだが、コーカス参りをする方なら、きつと三五教だらう。マア悠くりと休んでゐて下さい』 弥『三五教も三五教、チヤキチヤキだ』 勝『モシモシお婆アサン、私は三五教の勝彦と云ふ宣伝使でございます』 与『私は与太彦と云ふ信者でございます。どうぞ宜しう御願ひ致します』 婆『今お前サン等四人と云はつしやつたが、お声は三人ぢやないか。モウ一人の方は何処へ行かれたのだい』 六は作り声して、 六『わたくしはロークと申す吝な野郎でごんす程に、どうぞよろしう御見知り置かれまするやうに』 婆『見知り置けと云つても私は盲目だ。お声を聞知り置くより仕方がないワ。アハヽヽヽヽ』 弥『比較的広い家にお婆アサン、たつた一人かい』 婆『ナニ老爺ドンは中風に罹つて、裏の離棟で今年で三年振り、床に就いたきり困つて居ります』 弥『お婆アサン、お子サンは無いのかい』 婆『子は二人あるが、兄は此間から女房を伴れて私の眼が癒るやうにと、コーカス詣りをしたのだ。モウ二三日したら帰つて来ませう。それに一人の妹があるのだが彼奴は運が悪うて、一旦嫁いた亭主が俄にウラル教の捕手の役人になり、酒を喰ふ賭博を打つ、女にはづぼる、どうにも斯うにも仕方が無い男だ。そこで私の娘のお竹と云ふのを嫁にやつてあつたけれども、お竹は三五教の信者なり、何時も家内がゴテゴテして到頭夜中に逃出して帰つて来よつたのだ。何程勤めてもアンナ極道亭主の所へは仮令死んでも帰らぬと云ふて頑張るものだから、仕方無しに十九番坂の麓の山田村の松屋といふ家へ奉公にやつたのだ。年が寄つてから彼奴の為に偉い苦労をしとるのだ。お前サンも三五教の宣伝使サンなら、一つ神様に祈つて下さらぬか』 弥『ハイハイ承知致しました。御祈念さして貰ひませう。さうしてその娘は年でも切つたのか、ホンの当座奉公か、何方だい』 婆『縁談があれば何処か嫁けねばならぬから、年は切つては居らぬのだ。お前サンもさうして世界を歩きなさるのなら適当な所があつたら世話してやつて下さい。親の口から褒めるぢやないが、お竹と云ふ奴は、夫は信心の強い正直な気の優しい女だ。私もお竹の婿がきまる迄は爺サンも共に死んでも死なれぬと云ふて居るのだ。どうぞ良い縁の有るやうに神様に、とつくりと祈念して下さい』 与『お竹サンの今迄の婿サンと云ふのは、何と云ふ人だな』 婆『それはそれは意地の悪さうな顔をした根性の曲つた六と云ふ男だ。碌でも無い奴だと見える。どうした因縁か、アンナ心の良いお竹が、げぢげぢのやうに嫌はれて居る碌でなしの六助に縁付くとは、神サンもチト胴欲ぢやと、毎日日日爺と婆とが悔んで居るのだ。アーア今頃はお竹はどうして居るか知らぬが、可愛想に、アーンアーン、アンアン』 弥次彦は六の顔を一寸見て、顋をしやくり、 弥『オイ、ロークサン、どうだい。チツトお前も御祈念して上げぬかい』 六『ハーイ、ゴーキネンシテ、アゲマシヨカイ』 弥『アハヽヽヽ、妙な声だ』 婆『お竹の奴は亭主マンが悪うて、其の六公の前にも一度嫁いだのぢやが、其奴がまた酒喰ひで、しかも大泥坊で村ばねに会ふたものだから、泣きの涙で帰つて来て悲しい月日を送つて居つた。其処へ仲人が出て来て、盲目の私にツベコベと、木に餅がなるやうなことを云つて六公の家へ嫁にやつたのだが、その六公が最前も言つた通り、棒にも箸にもかからぬ仕方の無い奴だから、娘も可愛想なものだ。三五教の教には二度迄は縁付きは止むを得ぬから神は大目に見るが、三度になれば天の御規則に戻るとかと云つて、それは八釜敷い教だから可愛想に娘も若後家を立てると云ふて決心はして居るものの、親の心として仮令天の御規則は破れても、モー一遍私の生命を捨ててでも好い夫を持たしてやり度いと思ふのが一心ぢや。お前サンも三五教のお方ぢやさうながどうだらうなア。一遍神様に伺つて下さいますまいか』 弥『ヤアこれは難題だ。吾々には到底解決が付かない。モシモシ勝彦の宣伝使様、何とか解決を与へて下さいな』 勝『三五教の教に親子は一世、夫婦は二世と教へてある。此事に就て随分信者の中にも迷ふ人があるが、之を明瞭と解釈すれば、夫婦といふものは、夫でも女房でも二度より替へられないのが不文律だ』 婆『さうすると先の夫なり、女房なりの片一方が死ぬ。止むを得ないから又後の夫なり、女房を迎へる。さうなると死んでからは夫が二人あつたり、女房が二人あつたりするやうなことが出来るぢやないか。それでは何うも神界へ行つて何方の女房と一所に暮したら本当だか判らぬと云ふて、皆のものがいろいろと評議をして居るのだが、お前サンは如何思ひますか』 勝『夫婦と云ふものは無論身魂の因縁で結ばれるものではあるが、身魂と云ふものは、いくらにも分れて此世へ生れて来て居るものだ。併し余程神力の有る神の身魂なれば四魂と云つて四つにも分れて此世に生れて来るものだが、一通りの人間は先づ荒魂とか和魂とか二魂が現はれて来るのが普通だ。それだから二度迄は同じ身魂の因縁の夫婦が神の引合はせで、不知不識に縁を結ぶ事となる。それだから三人目の夫や、女房は身魂が合はぬから、どうしても御神業が勤まらないのみならず、神界の秩序を紊し身魂の混乱を来す事になるから厳禁されて居るのだ。また霊界に行つた夫婦は肉体欲がチツトも無い、心と心の夫婦だから幽体はあつても此世の人間のやうな行ひは、チツトもする必要も無く、欲望も起らぬから綺麗なものだ。中には執着心の強い身魂は此世に息ある動物を使ふて、ナントか、かとか云ふてわざをする奴がある。けれどもコンナのは例外だ。恰度幽界へ行つてからの夫婦と云ふものは、仲の好い兄弟のやうなものだ。肉体の夫婦は肉体の系統を繋ぐための御用なり、神界の身魂の夫婦は神界に於ける経と緯との御用をするのが夫婦の身魂の神業だ』 婆『コレハコレハ御親切によく教へて下さいました。アヽさうすればあのお竹は最早縁付くことは出来ませぬか。アヽ可愛想に可愛想に、オンオンオン』 勝『ヤアお婆アサン、御心配なされますな。その六とやらの精神を、全然焼き直して、三五教の信者にさせ、酒も、賭博も、道楽も全然止めさして元の通りの夫婦に請合つてして上げやうか。改心すればお前サンも娘の婿にするのは不服ではあるまいな』 婆『アンナ真極道は芝を被らな到底治りつこはないと、お竹が云ふて居りました。それでも神様の御諭しで立派な人間になりませうか。煎豆に花咲く時節も来ると云ふことだから、何とも知れぬけれど迚も迚もあきますまい』 勝『悪に強いものは善にも強いものだ。生れ赤子の真人間に、其の六公サンがなつたらお前どうする考へぢや』 婆『ソンナ結構なことがあれば、爺も婆も兄も喜んで大賛成を致します』 勝『お婆アサン、その六公サンは此頃は三五教の信者となつて、それはそれは立派な人間になつて居ますよ。どうです、私に仲人をさして元の鞘に収めさして下さらぬか。さうすれば三世の夫に嫁いで天則を破る必要も無いのだから』 婆『エーそれは本当ですか』 勝『苟くも神の教を伝ふる宣伝使、なにしに嘘偽りを曰ひませうか』 婆『どうぞさうして下さい、頼みます』 勝『実はその六サンを改心させて、此処へ伴れて来たのだ』 婆『ヤーナンダか聞き覚えのある声だと思ふたが、六、お前来て居るのか。ソンナら夫れで何故早く名乗つて呉れないのだ』 六『お母サン、誠に心配をかけて済みませぬ。今は全然改心を致しまして三五教の宣伝使のお伴を致し、コーカス詣りの途中でございます。山田村の松屋で一寸一服した時に、お竹に思はず一寸出会ひましたが、お竹は私の面を見るなり、裏口ヘ遁げ出しました』 婆『アヽさうであつたか、併し六、心配して呉れな。お竹もお前の改心したことが分つたら、どれ位喜ぶことか知れたものぢやない。善は急げだ、早く誰か使を立てお竹を呼んで来て、まア一度改めて祝言の杯をさし度いものだ』 六『有り難うございます。誠に合す顔もございませぬ。偉い悪魔にとつつかれて居りました。モウ此後はチツトモ御心配はかけませぬから安心して下さい』 婆『アヽ六、よう言ふて呉れた。その一言を聞いたら私はモウ何時国替へしても、この世に残ることは無い、安心して高天原へ行きます』 勝『早速の和談まとまつて重畳々々、併し乍ら此処の息子サンもコーカス詣りの留守中なり、お竹サンも奉公の身の上、吾々も六サンもコーカス詣りの道中、一度参拝を終つてから悠くりと婚礼をしたらどうでせうか』 婆『ハイハイ有り難う。一日や二日に何うといふことは有りませぬ。六サンの精神さへきまれば、それでモウ何も彼も落着だ。どうぞ早く機嫌よく参詣を了つて一日も早く帰つて下さい』 一同『めでたいめでたい、ウローウロー』 (大正一一・三・二四旧二・二六外山豊二録) (昭和一〇・三・一六於台南高雄港口官舎王仁校正) |
|
5 (1625) |
霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 15 丸木橋 | 第一五章丸木橋〔五六五〕 二十五番峠の頂上より強烈なる烈風に吹き払はれ、谷間に陥りし勝公一行は、息吹き返し起き上り、互に顔を見合せて、 勝『ヤア、此処はコシカ峠の谷底だ。一途の川とやら云ふ並木の松の茂つた一つ家に於て、常世姫や木常姫の悪霊と格闘をやつて居た積りだに、これは矢張り夢だつたかいなア』 弥『アヽ宣伝使様、貴方もソンナ夢を見たのですか、私も見ましたよ、エグイ顔をした婆アだつたねー。目の周囲から鼻の辺りと云ふものは紫色に腫上つて、随分見つともよくない常世姫の寝姿、一目見るよりゾツとした。それに又、星の紋のついた水色の羽織を着た中婆の嫌らしい顔つたら、今思つても身体中がゾクゾクするやうですワ。それに与太公の奴、一つ家の窓を覗いて、芝居がかりに手踊をやるをかしさ、可笑しいやら、恐ろしいやら、気分が悪いやら、腹が立つやら、疳が立つやら、イヤもう三五教の精神も何処かへ行つて仕舞うて、見直し聞き直し、宣り直しと云ふ余裕がなかつた。オイ与太公、六公、貴様は如何だつた。夢の中の一人だつたぞ』 与『俺もチヨボチヨボだ、一途の川だとか、欲しい一図だとか、婆が吐いて居たよ。余程よい血迷ひ婆アだワイ』 六『鬼婆が出刄をもつて、突つかかつて来よつた時にや、この方は無手だ、先方は獲物を持つて居るのだから一寸ハラハラした途端、目が醒めたのだ。アヽ嫌らしい夢を見たものだ。夢の浮世と云ふからには、何処かにかう云ふ事実があるかも知れないよ』 弥『夢と云ふものは神聖なものだ。吾々が社会的の総ての羈絆を脱して、他愛もなく本守護神の発動に一任した時だから、夢の中の事実はきつと過去か、現在か、未来のうちには実現するものだよ』 六『さうだらうかなア、過去の事だらうか、未来の事だらうかな』 勝『それは、この夢の実現は数十万年未来の事だ。二十世紀と云ふ悪魔横行の時代が来た時、八尾八頭や金毛九尾の悪霊が再び発動しよつて、常世姫や木常姫の霊魂の憑り易い肉体を使つて、行りよる事だよ。天眼通力によつて調べて見ると、何でもこれから艮の方に当つて、神さまの公園地に、夢の中の男子とか女子とかが現はれて、ミロクの世の活動を開始されるのを、何でも変性男子の系統の肉体に懸り、善の仮面を被つて教への子を食ひ殺し、玉取りをやる事の知らせであらう。アヽ二十世紀と云ふ世の中の人間は実に可憐さうだ。それにつけても、厳霊、瑞霊や金勝要の神、木花姫の呑剣断腸の御苦しみが思ひやられる哩。嗚呼惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 与『吾々は過去現在未来の衆生済度のため、この清らかな川辺に落ち込んだのを幸ひに、御禊を修し、神言を奏上してミロク神政の建設の太柱、男子女子をはじめ、金勝要の神、木花姫の霊の鎮まりたまふ肉の宮の為に、祈りませうか。この世の中が万劫末代維持していけるやうに、善ばかりの花の咲くやうに』 勝『大賛成です、皆サン与太彦サンの提案に従つて即時決行致しませう』 弥、六『吾々も賛成です』 と云ひ乍ら、着衣を川辺に脱ぎ捨て、谷川にザンブとばかり飛込んだ。四人は一度に水に浸り身体を清めて居る際、ブルブルブルと音を立てて、六公は水底に姿を隠して仕舞つた。勝公を初め三人は一生懸命に両手を合せ川上に向つて天津祝詞を奏上し終つてフト傍を見れば六公の姿が見えぬ。 勝『ヤア六サンは何処へ行つた。オーイ六サン何処だ』 と呼べど叫べど何の応へもなく、激潭飛沫の音轟々と聞ゆるのみ。弥次彦は、 弥次彦『ヤア大変だ、六公が何処かへ沈没しよつたな、これや斯うしては居られぬ哩、何とかして捜索をせなくてはならぬ、愚図々々して居ると沢山の水を呑んで縡れては取返しがつかぬ。オイ与太公どうせうかなア』 与『どうせうたつて仕方がないサ、大方六公の奴、潜水艇気取りで何処かの水底に暫時伏艇して居るのだらう。彼奴は水練に妙を得た奴だから、決して溺れるやうな気遣ひはないよ。貴様が松の枝に引つ懸つて居た時も、あの着物のまま谷川を泳ぎ渡つて平気で居る奴だから大丈夫だ。吾々を一寸驚かしてやらうと思うて洒落て居るのだよ』 弥『なにほど水泳の達人だと云つても油断は出来ない、さう楽観する訳にもいかない、諺にも、好く泳ぐものは好く溺る、と云ふ事がある。此奴はどうしても俺の考へでは名替をしよつたに相違ない』 与『名替つて何だい、流れの間違ひだらう』 弥『馬鹿云ふな、川底土左衛門と改名したらうと云ふのだ』 与『土左衛門とは怪しからぬ、真に大変だ。それだから道中に四人連はいかないと云ふのだ。オイ六公、生きて居るのか死んで居るか、ハツキリ返事をせぬかい』 弥『死んで居るものが返事をするかい、気を落着けないか』 与『一息を争ふ水の中だ、愚図々々して居る間に息が切れたらどうするのだ。コンナ時に落着き払つて居る奴は非人道的の骨頂だ。これがどうして周章狼狽せずに居られうかい。オーイオーイ、六公、六道の辻を通るのは未だ早いぞ、コーカス参りの途中ぢやないか、早く浮かばぬか浮かばぬか、何処に踏み迷ふとるのだ。オーイオーイ』 勝『エヽ仕方がない、滅多にこの激流を潜つて上る筈もなし、大方渦に巻込まれて流れたのかも知れませぬよ、谷川伝ひに此処を下つて探して見ませうか』 弥『探さうと云つたつて、アレあの通り碧潭激流、何うする事も出来ぬぢやありませぬか。コンナ時に鷹彦サンが居て呉れば捜索隊になつて貰ふのに大変都合が好いけれどなア、追々日も暮れて来る、困つた事だ。愚図々々して居ると吾々迄がドンナ災難に遇ふかも知れぬ、マア六公は六公で仕方がないとして、吾々三人は神様の大事なお使ひ道具だ。あまり足許の暗くならない間に頂上まで、駆けつけませう』 と先に立つて谷辺を駆け登る。二人も後に従ひ辛うじて黄昏頃、二十五番峠の頂上の山道に辿り着いた。 弥『サア宣伝使様、漸く吾々三人は無事に元の地点に凱旋しましたが、六公の奴困つたものですなア。小山村のお婆アサンが聞いたら、嘸歎く事でせう、老爺サンも中風なり、あれ程喜んで居たものを、アヽ世の中と云ふものは残酷なものだ。本当に煩悶苦悩の娑婆世界だ。何とかして万有一切どこ迄も不老不死で悪魔の襲来や不時の過ちの無い完全なる世界を作りたいものですなア』 与『アヽ人間を老少不定とはよく云つたものだ。無常迅速の感益々深しだワイ』 勝『泣いても悔んでもモウ仕方がない、暮れる時が来れば日は暮れる、人間も死ぬ時節が来たら死なねばならない、桜の花は永久に梢に止まらず、頭の髪は何時迄も黒い艶を保つ事が出来ないのは世の中の習はせだ。アーアもう過ぎ越し苦労はサラリと谷川へ流して刹那心を楽しまうかい』 与『実に切ない刹那心だナア。過越し苦労をせまいと思つても、今の今迄ピンピンと噪いで居つた六公の事がどうして忘れる事が出来やうぞ。一昨日も六公と、お前サン等二人の行方を捜した時には六公の美しい心が現はれて居た。見かけによらぬ親切な男だつた。それはそれは宣伝使様、貴方達のお姿が見えなかつた時には、あの男はどれだけ心配をしよつたか知れませぬぜ。二人の友達がもし国替をして居るのなら、私も一緒に川へ身を投げてお伴をしたいと迄云つた位だ。アヽ可憐さうな事をした。僅一日道連になつても十年の知己のやうに親切を尽す六公の心の麗しさ、これを思へば吾々も六公の道連になつてやりたいやうだ。アヽもう此世では彼奴の顔を見る事が出来ぬのか、情ない可憐さうだ』 と涙含み、身の置処なきさまに大地に身を投げた。 弥『コラコラ与太公、しつかりせぬか、失望落胆するのは貴様ばかりぢやない、俺だつて同じ事だよ』 と、又もや涙をハラハラと澪し顔に袖をあて、道の上にべたりと倒れ、身を揺つて遂には両人声をあげて泣き叫ぶ。勝公も涙の目を瞬たたきながら、 勝『コレコレ弥次彦サン、与太彦サン、さう気投げをするものぢやない、チト確りせぬか。男と云ふものは仮りにも涙を澪すものぢやない、あまり女々しいぢやないか』 と自分も亦落つる涙を袖にて拭ふ。 愁歎の幕は漸く神直日大直日に見直し聞き直し幽かに巻上げられた。短き夜は既に明け離れ足許は仄と明かくなつて来た。一同は六公の身の上が矢張り気に懸ると見え東天に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、次で六公の無事生存せむ事を祈り、終つて又もや急坂を西北さして下り往く。 足並早き下り坂にもいつしか暇を告げて、又もや茫々たる原野を走り行くこと数百丁、丸木橋のかけられた辺に辿りついた。 弥『宣伝使様。大分足も草臥れました。此処に腰をおろして一休み致しませうか』 勝『オヽこの川だつた、六公はこの水上で見失ひ、残念な事をしたが、今頃はどうなつて居るだらう』 与太彦は忽ちウンウンと唸り出し、両手を組んで身体を動揺し始めた。 弥『ヤア又しても神憑りになりよつた。モウ悪魔の襲来は懲り懲りだ。オイ与太公の体に憑依つて居る悪霊共、速に退散致さぬか』 与『ロヽヽヽヽクヽヽヽヽ六ぢや六ぢや』 弥『エヽ碌でもない六の奴、貴様土左衛門になりよつて幽世の人間となりながら未だ娑婆が恋しうて迷うて来たか。好い加減に執着心を去つて、一時も早く霊神になれ。貴様はお竹を残して死んだのだから残り惜からう。残念なのは尤もだが、モウ斯うなつては仕方がない、早く神界へとつとと往つてお竹の場所を拵へて待つて居るがよからう。俺だとて三百年か千年の後かは知らぬが、何れ一度は行くのだから、景色のよい場所を取つて置いて呉れ。閻魔さまと相談して俺の場所だけには、契約済の札を立てて置くのだぞ。その代り俺は娑婆に居て、朝晩貴様のため冥福を祈つてやる。三途の川の鬼婆に出遇つたら、俺の云ふ事は何でも聞くのだから、何なら紹介状を書いてやらうか』 与『オヽヽヽレヽヽヽワヽヽシヽヽ、死んで居らぬ』 弥『定つた事よ、死んだものは娑婆に居らぬのは当然だ。居らぬ筈の貴様が何故コンナ処へ踏み迷ふて来るのだ』 与『オヽレヽヽワヽヽマヽダヽイヽ生て居る、決して決して死んで居らぬぞ、今に肉体を引つ張つて来て見せてやらう』 弥『ハア死んで居らぬと云つたのか、よく分つた、さうすると六の生霊だな、今何処に魔胡ついとるのか』 与『イヽ今に判る、此処で半時ばかり三人とも待つて居て呉れ。烏勘三郎に助けられて命は完全に助かつた。安心してくれ』 弥『ヤアそれや本当か、本当なら俺も嬉しい哩。これこれ宣伝使さま、余り甘い話だが、此奴は邪神が誑かして居るのではあるまいか、貴方一つ審神をして見て下さいな』 勝『神に間違ひはありますまい、軈て六サンの肉体に遇はれませう。暫く此処に坐つて神言を奏上し、神様にお礼を申しませう。モシモシ、六サンとやら、モウ判りました、お引き取りを願ひます。一二三四五六七八九十百千万、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 六公の生霊は忽ち肉体を離れた。与太彦は元の如くケロリとしながら、 与『アヽ、矢張り六公は生て居ますなア、とうとう憑依つて来よつて、アンナ事を云ひよつた。余り六公々々と思ひ詰めて居たものだから、此方の一心が届いて六の生霊に感応したと見える、私の口を借つて云つた事が本当なら嬉しいがなア』 三人が橋の袂に端坐して稍沈黙に耽る折しも一人の男を背負うて川から上り、ノソリノソリと上つて来る大男がある。後よりガヤガヤと囁きながら十数人の荒くれ男がついて来る。三人は怪訝な顔をして此男を凝視て居る。 男『ヤア貴方は三五教の宣伝使様』 三人『ヤアお前は烏勘三郎だないか』 烏『ハイ左様で御座います、六サンを連れて参りました』 弥『夫は夫は有難い、御苦労だつた。六サンは物言ひますかな、イヤ未だ生て居りますか』 烏『物も言はず動きもしませぬが、身体の一部に温味がありますので、火でも焚いてあたらしたら、此方のものにならうも知れぬと考へて、ブカブカと流れて来るのを吾々一同が命を的に川へ飛び込み拾つて来ました』 勝『それは有難い、唯今の先、六公が此処にやつて来てタツタ今、お目に懸ると云つて居ました』 烏『妙ですなア、先程此処へ来たとは合点が往かぬ。さうすると此奴は六サンぢやないのかなア、大方化物だらう。エヽ偉い苦労をさせよつて、呶狸奴が、打ちつけて蹂躙つてやらうか』 弥『マアマア待つた待つた、ソンナ手荒い事をしてどうなるものか、夫こそ本当に死んで仕舞はア。そつと其辺におろして呉れ、これから霊よびの神業だ』 烏『アヽ何だかテント、訳が分らぬやうになつて来たワイ。マア仕方がない、下さうかい』 と芝生の上にそつと下した。 弥『オヽ六公、貴様は仕合せものだ、待て待て今に魂返しをやつてやらう。サア宣伝使様、天の数歌を始めませうか』 勝彦は無言つて、首肯きながら拍手を打ち声も細く静に落着き払つて、一二三四五六七八九十百千万と二回繰かへした。六公の体はムクムクと動き出し、直に起上り三人の顔をキヨロキヨロと眺め、 六『アヽお前は弥次公、与太公か、ヤア宣伝使様妙な処で遇ひました。三途の川を渡り損ねてスツテの事で二度目の国替をするところだつたが、烏勘三郎と云ふ男、十数人の弟子と共に身を躍らして川に飛び込み私を救ひ上げ、背に負ふて何処ともなしにトントン走り出したと思つたら丸木橋の袂、お前サンはやはり幽界の旅をして居なさるのか、今度は自分一人だと思つて居たのに何処までも交際のよい御親切なお方だ。持つべきものは朋友なりけりだ。アヽ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 弥次彦は六公の背を平手で三つ四つ、力を籠めて擲りつけた。 六『アイタヽヽヽ貴様は何をするのだい。驚いたな、娑婆に居る時から乱暴な奴だと思うて居たが、貴様未だ冥途に来ても改心出来ぬか』 弥『此処は冥途ぢやないぞ、二十五番峠を下つて数百丁来たところだ。お前は谷川に溺れて一旦縡れて居つたのだ。それを神様のお引き合せで勘三郎サンの親内の者に助けられ、此処に来たのだ。確りして呉れ』 六公は目を擦りながら今更のやうな顔をして四辺を念入りに見廻し、 六公『ヤア、矢張どうやら娑婆らしい、ヤ、皆サン、偉い御心配をかけました、有難う。これはこれは烏勘三郎サン、その他親内の御一同、よう助けて下さいました。命の親だと思ふてこの御恩は生涯忘れませぬ』 烏『ヤア気がついて何より結構でした。神様にお礼を申しませう』 茲に一同は神言を奏上し、宣伝歌を歌ひ、又もや四人の一行は勘三郎その他に厚く礼を述べ、丸木橋を渡つて二十六番峠を指して進み行く。 (大正一一・三・二五旧二・二七加藤明子録) (昭和一〇・三・一六於嘉義市嘉義ホテル王仁校正) |
|
6 (1681) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 21 御礼参詣 | 第二一章御礼参詣〔六一一〕 天にも地にもかけ替なき一人の娘を拐され、爺と婆との二人暮し此世を果敢なみ詛ひつつ、不平たらだら世を送る渋面造りの平助は、思いもよらぬ孫娘のお節がゆくりなく帰り来りしに歓び驚き、手の舞ひ足の踏む処を知らず、音沙汰無かりし娘の便り、姿は見せぬ臭い婆アさまのお楢と共に屈める腰をヘコヘコと揺りて飛立つ可笑しさよ。 平助『これこれ、お節、お前は今まで何処に如何して居つたのだ、明けても暮れても婆と二人、お前の事ばつかり、噂をして泣いて居りました。能う、まア戻つて下さつた、もう之で此平助も、何時国替しても心の残る事はない、さアさ、一寸様子を聞かして呉れ』 お節『ハイハイ』 と嬉し涙に声も得立てず、僅に、 お節『妾は比治山の奥の岩窟に押し込められて居りました。其処へ神さまの様なお方が現はれて妾を救つて下さいました、今門口まで親切に送り届けて下さりました。何卒、お爺さま、お婆アさま宜しう御礼を申して下さい』 平助『ナヽヽ何と言ふ、お前を助けたお方が門に御座るのか、これや斯うしては居られぬ、一言お礼を申さねば済むまい、これこれ婆、お前もお礼を申さぬか』 婆アは莞爾々々し乍ら耳が聞えぬので、 お楢『爺さま、結構ぢやな、早う神さまに御礼を申しませう』 平助『神さまも神さまだが愚図々々して居ると、助けて下さつたお方が帰られるかも知れぬ』 とカンテラを点け門口に立出で、 平助『誰方か知りませぬが、娘を助けて下さつて有難う御座います、御覧の通り矮き荒屋で御座いますがお這入り下さいませ、外は此通り雪が溜つて居ます、嘸お寒い事でせう、庭で火でも焚きますから』 悦子姫『ア、貴方がお節殿のお爺さまでござりますか』 平助『へいへい、平助と言ふ爺で御座います、若夫婦には先立たれ、たつた一人の孫を娘として育て上げ、引き伸ばす様に思うて居りましたのに去年の冬、大江山の鬼雲彦の手下の悪者、鬼彦、鬼虎と言ふそれはそれは意地癖の悪い悪人に大切の娘を攫はれ、寝ても起きてもそればつかりを苦に病みて泣いて暮して居りました。婆も私もそれが為めに二十年程も生命が縮みました、お蔭さまでその孫娘に会はれまするのも全く貴方様のお蔭、何卒這入つて悠りとお休み下さいませ、婆も御礼を申し上げ度いと申して居ますから』 悦子姫『アヽ御親切は有難う御座いまするが、妾は少しく神界の御用が差し迫つて居りますれば之にて御免を蒙ります、就ては妾より貴方に強つての御願ひが御座います。聞いて下さいますまいか』 平助『生命の親の貴方様、何なつと仰有つて下さいませ、爺の身に叶ふ事なら生命でも差し上げます』 悦子姫『早速の御承知、有難う御座います、此処に居ります者は妾の道連れ、四五人の者を何卒今晩丈け庭の隅でも宜いから泊めてやつて下さいませぬか』 平助『へいへい承知致しました、百人でも千人でも泊つて下さい』 悦子姫『百人も泊る処はありますまい、只五六人泊めて貰へば宜しいのです』 平助『之は失礼致しまして、あまり嬉しうて爺も脱線を致しました、サアサ皆さま御遠慮なくお這入り下さい、然し乍ら無茶苦茶に這入つて貰うと、大江山の鬼除けの陥穽が御座いますから私の後に跟いてお通り下さい』 と先に立つ。 悦子姫『左様なら、お節殿に宜しく言つて下さい、御縁があれば又お目にかかります。音彦さま、加米公さま、貴方は今晩お疲労で御座いませうが妾に跟いて来て下さい。少しく御相談し度い事が御座いますから』 音彦、加米公『委細承知仕りました、仰せに従ひお伴致します』 悦子姫は二人を伴ひ急いで此場を立ち去りぬ。岩公、鬼彦、鬼虎、勘、櫟の五人[※青彦も一行の中に居たはずだが名前が無い。第17巻第4章の章末に「平助の門口にて別れたる音彦、青彦、加米彦は」と書いてあるので、ここで青彦も悦子姫と一緒に去ったようである。]は這入りも得せず門口に立つてうろうろして居る。 平助『サアサア皆さま、此処を通つてズツとお這入り下さい』 岩公、勘、櫟の三人は平助に跟いて奥に入る。 お楢『これはこれは皆さま、寒いのに能うまア娘を送つて来て下さつた、何卒今晩は悠り泊つて下さい』 岩公『へい、如何致しまして、お節さまの御存じの通り私は悦子姫様の家来で御座います、お礼を言つて貰うと却て困ります、何卒今晩丈け泊めて下さらば有難う御座います。ヤア鬼彦、鬼虎の奴、這入つて来ぬかい、何愚図々々して居るのだ』 平助『ヤアお前は大江山の鬼雲彦の同類ぢやな、鬼彦や鬼虎が這入つて来て堪るものかい、折角だが帰りて呉れ帰りて呉れ』 岩公『モシモシお爺さま、其鬼彦と鬼虎と云ふ奴は、お節さまを助けた悦子姫さまの家来だよ、二人の奴、到頭悪を後悔しよつて悦子姫さまの家来となり、お節さまの所在を知らせたものだから娘が助かつたのだよ。今迄の怨恨は水に流し悦子姫さまに免じて泊めてやつて下さいナ』 平助『何と言つてもお前さま達三人は泊めるが二人の餓鬼は泊められませぬ、這入り度ければ勝手に這入つて来たが宜い、勝手を知らずに陥穽にはまるだらう』 岩公『これはしたり、お爺さま、年が老つても敵愾心の強い人だな、今迄の事は水に流すのだよ』 平助『水に流せと言つたつて、此怨恨が流されやうか、俺の身にも、チツトは成つて呉れたが宜い哩』 勘公『それやさうぢや、尤もぢや。お爺さまの仰有る通り、拙者の聞く通りぢや、ナア櫟公』 櫟公『オヽ、さうともさうとも、誰だつて可愛い娘を仮令一年でも苦しめられた親の身として誰だつて黙つて居れようかい、爺さまの仰有るのは至極尤もだ。鬼彦、鬼虎の奴、因縁が報うて来たのだから仕方が無い、今晩は外で立番でもするのが却て今迄の罪亡ぼしになつて良いかも知れぬ』 平助『アヽお前さま等三人のお方、能う言つて下さつた、此爺も大変気に入つた、サアサ泊つて下さい、誰が何と言つても二人の餓鬼は泊める事は出来ませぬ哩』 家の外にて、 鬼彦『おい兄弟何程泊めてやると言つても、如何もてれ臭くて這入れぬぢやないか』 鬼虎『さうだ、昔の因果が廻つて来て心の鬼に身を責められ、暢気に泊めて貰ふ訳にも往かず、大きな顔をして爺さまや婆アさまに会ふ訳にも往かず、エー仕方がない、音彦さま加米公さまでさへも此雪道を歩いて行かれた位だもの、無理に行つたら行けぬ事はない、此処ばかりが家ぢやない哩、三人の奴は此処で悠り泊めて貰ふ事にし、俺達二人はも少してくる事に仕様かい』 鬼彦『アヽ、それが上分別だ、オイ岩公、勘公、櫟公、俺は一足先へ行つて比治山の麓で待つて居るから、夜が明けたら貴様等三人は出て来い、左様なら、お先へ御免だ、貴様等はお節さまの顔でも見て涎でもくるが宜い哩』 と捨台詞を残し、すたすたと此場を後に比治山の方面指して走り行く。 平助『サア三人さま、奥に炬燵がしてある、寒からうからお這入りなさい、俺は今晩はあまり嬉しうて寝られぬから、娘と久し振りに三人が話をするから、茶漬なつと食つて早くお寝み下さい、又明日は祝ひに御馳走をして上げます』 岩公『これはこれはお爺さま、お婆アさま、奇麗な娘さま有難う御座います、ソンナラお先へ御免を蒙ります、お弁当は沢山持つて居ますから御心配下さいますな、今道々握り飯を頬張つて来ましたので余り腹は減つて居りませぬ、寝まして貰へば結構です』 お節『サアサ皆さま、お寝み下さいませ、妾が御案内致しませう』 と次の室へ案内する。 岩公『アヽ有難い、勘公、櫟公、世界に鬼は無いなア、マア悠り寝まして貰はうかい』 勘公『何だか目がパチパチして寝られないワ』 岩公『寝られなくても、此暖かい炬燵へ這入つて、明日の朝迄ゆつくり休息すれば宜いのだ』 次の室には三人の家内ひそびそと何か話して居る。 平助『マア何とした嬉しい事だらう、ナアお楢、之でもう俺は死ンでも得心だよ』 お楢『親爺どの、それや何を言はつしやるのだい、二つ目には死ぬ死ぬつて、ソンナ縁起の悪い事を言ふものぢやない、娘が戻つた嬉しさに元気を出して、之から気を若う持ち千年も万年も生延びると言ふ気になりなさらぬかいな』 平助『オーお楢、お前は耳がよう聞える様になつたぢやないか、此奴は不思議だ、如何したものだ、殺されたと思ふ娘は帰るし、一生聾耳ぢやと諦めて居た婆の耳は聞え出す、アヽコンナ有難い事があらうか、之と言ふも全く真名井ケ原に今度現はれ給うた豊国姫の神様の御利益だ、ちつと雪が溶けたら親子三人お礼詣りに行かうかい』 お楢『行かうとも行かうとも、道があかいでも今晩でも直に行きたいのだが、三人のお客さまが居らつしやるのだから、今晩夜が明けたら三人のお客さまと一緒に非が邪でも詣りませう、ナアお節、さう仕様ぢやないか』 お節『はいはい妾が案内致しますから御礼参詣をして下さい、然し明日のお客さまの御馳走を考へて置かねばなりますまい、ナアお爺さま』 平助『オヽ、さうだつたな、何の御馳走をして上げようか、砂混ぜの御飯をして上げようか、栗石の混ぜ御飯にして上げようか、どちらが宜からうか、ナアお楢』 お楢『娘が無事に帰つて呉れたのだから祝ひがてら御馳走を半殺しにしませうか、一層の事皆殺しにして上げようかナア』 お節『皆殺しにするのは大層だから一層の事お爺さま、半殺しが宜しからうぜ』 平助『アヽ、さうじや、半殺しが手間が要らぬで宜いワ、それでは半殺しに定めようか、サア之からそろそろ婆アさま、用意に掛らうかな』 隣の室に寝て居る岩公は真青の顔をして小声になり、 岩公『オイ、勘公、櫟公、あれ聞いたか』 勘公、櫟公『オ、聞いた、何と恐ろしい家ぢやないか、砂を混ぜて御飯に食はさうとか、栗石を入れて御馳走にしようとか、偉い事を言ひよつたぢやないか、一体如何なるのだらう』 岩公『ソンナへどろい事かい、今三人がひそびそ話をしてるのを聞いて見れば半殺しにしようか、皆殺しにしようかと言うて居つたぢやないか、コンナ処に愚図々々して居ると生命がないぞ、何とかして逃げ出す工夫はあるまいか、門口には陥穽を掘つて居よるし裏は絶壁だし進退維谷るとは此処の事だ、エ、仕方が無い、逃出そかい、爺の歩きよつた処を覚えて居るから其処へ添つて通れば宜い、皆の奴、用意をせい、勘、櫟、皆来た、三十六計の奥の手だ』 と起き上りそろりそろりとカンテラの火影を忍びて庭の面を這ひ出したり。平助はフツと庭を見る途端に黒い者がのさのさ這うて居る。 平助『ヤイ、何者ぢや、盗人か』 岩公『ハイ、盗人でも何でも御座いませぬ、夜前の三人の客で御座います』 平助『お前さまは寝惚けたのかい、そこは庭ぢやぜ、さあさ早くお炬燵へ這入つて寝みなさい』 岩公『こら、やいやい、鬼爺、鬼婆、鬼娘、貴様の計略はチヤンと知つて居るのだ、貴様の様な鬼は飯に砂を入れたり、栗石を入れて喰ふか知らぬが、人間様は砂や栗石は食らないぞ、お前、半殺しにしようとか、皆殺しにしようとか、それや何事だ、老耄爺奴が』 平助『ハヽヽヽ、ア、お前さまは聞き違ひしたのか、砂混ぜの御飯と言ふのはお米と栗との御飯ぢや、栗石を混ぜると言ふのはお米と麦との混ぜ御飯ぢやわいナ』 岩公『それでも貴様、半殺しにするの、皆殺しにするのと言つたぢやないか』 平助『ハヽヽヽ、半殺しと言つたら牡丹餅の事ぢや、皆殺しと言つたら搗いて搗いて搗ききつた餅の事だ、心配しなさるな』 岩公『何だ、ソンナ事だつたかい、いや、これやお爺さまの折角の思召、半殺しでも皆殺しでも結構です、どしどし拵へて下さい。おい、櫟、勘、心配するな、牡丹餅に餡転餅の御馳走の事だつたよ、アハヽヽヽ』 櫟、勘『ア、それで安心した、何れ丈け胆を潰したか知れたものぢやない、団子も餅も食れぬ先に胸元に三つ四つ餡転餅の固まりが出来よつたワ、アハヽヽヽ』 お楢『サアサ皆様、御心配なしに御寝み下さい、妾は之から皆殺しを拵へます』 岩彦『何分宜しう御頼み申します、同じ事なら半殺しと、皆殺しと両方頂き度いものですな』 お節『ホヽヽヽ』 三人はやつと安心の上、他愛もなく寝に就きける。ふと目を覚せば小鶏の声。 岩公『ヤア、グツと寝た間にもう夜明けだ。おい皆の奴、早う起きて御馳走を頂戴しようかい』 お節此場に現はれ、 お節『サアサ皆さま、御手洗をお使ひ遊ばせ、半殺しと皆殺しとが出来ましたから、どつさりお食り下さいませ。今日は真名井ケ原の豊国姫の神さまの出現場にお礼に詣りますから何卒一緒にお願申します』 岩彦外二人は『ハイ』と答へて跳起き、手洗をつかひ牡丹餅と餡転餅をウンと胃の腑に格納し、六人打連れ立つて真名井ケ原に宣伝歌を謡ひ乍ら進み行く。 (大正一一・四・一六旧三・二〇北村隆光録) |
|
7 (1690) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 02 魔の窟 | 第二章魔の窟〔六一三〕 平助親子三人に声かけられて鬼彦、鬼虎、岩、勘、櫟の一同は、フト気がつけば野中の汚き雪隠を中央に両手を合せ、一生懸命に祝詞を奏上し居たりける。 鬼彦『アヽ、馬鹿らしい、大きな顔して日中に歩けた態ぢやない哩。これと云ふも全く大江山の鬼雲彦に加担し、所在悪を尽して来た天罰が報うて来たのでせう。身魂の借銭済しと思へば結構だが、何時の間にやら五人が五人とも生れ赤子のやうに真裸になり、褌一つ持たぬ無一物となつて仕舞ひました。男は裸百貫だ、サアこれから男としての真剣の力を試す時だ、精神さへ確りして居れば少々の雪だつて感応へるものか、力士は寒中でも真裸だ、サアサア皆さま往きませう』 と鬼彦は先に立つ。 岩公『何とマア、裸の行列と云ふものは、見つともないものだ。それにつけても鬼彦は叮嚀な言葉を使ふかと思へば忽ち荒つぽい言葉になる、何ちらにか定めて貰はないと吾々が応対するについても方針が定まらないからなア』 鬼彦『本守護神や、正守護神や、副守護神の言葉が混合して出るから仕方がありませぬわいやい。オイ岩公、今暫く辛抱なされませ、此鬼彦も些と許り精神が落着を欠いで居るからなア』 と云ひつつ大股に雪路を跨げ山深く進みゆく。正月二十八日の太陽は晃々として輝き、徐々雪は解け初め、真名井ケ嶽より転げ落つる雪崩の大塊は、幾十ともなく囂々と音を立て落下する其剣呑さ。忽ち落下し来る大雪塊に押潰され、お節は首から上を出して悲鳴をあげ、 お節『お助けお助け』 と声限りに叫び泣く。 鬼彦『オイ鬼虎、去年はお節さまを苦しめた、其お詫にあの雪塊を取り除けて命を助け、お詫をしやうぢやないか』 鬼虎『さうぢや、お詫をするのは今ぢや、今を措いてコンナ機会があるものか。モシモシお節さま、今私がお助け致します、暫く待つて下さい。エイエイ固い雪塊だ、冷い奴だなア』 お節首を左右に振り、 お節『いゑいゑ仮令死すとも鬼彦や鬼虎のお世話にはなりませぬ、どうぞ外のお方、出てきて助けて下さいませ』 鬼彦『エヽ、何処迄も執念深いお節さまだナア、危急存亡の場合人嫌どころぢやあるまい。サア鬼虎貴様と二人、今がお詫のし時だ、サア来い一二三つ』 と雪塊にむかひ真裸の体を打つける。さしもの大塊突けども押せどもビクともしない。 平助お楢は泣き声を振り絞り、 平助『アヽ、私達程因果なものが三千世界に又とあらうか、折角機嫌のよい姿を見てやつと蘇生の思ひをしたと思へば、一日経つや経たずの間に、又もや不慮の災難何うして之が生て居られう。オイお楢、お前も私も是から娘と共に十万億土の旅に出かけませう。サア用意ぢや、よいか』 お楢『ハイハイ私も女の端くれ、親子三人此場で潔く命を果し、神界とやらに参りませう。コレお節、婆は一足先へ行く程にどうぞ悠くり後から来て下さい、六道の辻で婆と爺とが待つて居ます、オンオンオン』 平助『これやこれやお楢、何事も運命の綱に操られて居るのだ。此期に及んで涙は禁物だ、サア潔く』 と云ふより早く懐剣抜く手も見せず、吾と吾腹にぐつと突き立てむとする。鬼彦は驚いて平助の利き腕を確と握り、 鬼彦『ヤア、お爺さま待つた待つた、死ぬのは早いぞ、死んで花実が咲くものか、此世で安心をせずにどうして彼の世で安心が出来ると思ふか、マアマア待つた待つた、短気は損気だ』 お楢『平助どのさらば』 と又もや短刀を抜くより早く喉に突き刺さむとする一刹那、鬼虎は吾を忘れてお楢の利き腕グツと握り、 鬼虎『お婆アさま待つた待つた』 お楢『ヤア誰かと思へば大江山の鬼雲彦の乾児であつた鬼虎だな、エヽ汚らはしい、構つて下さるな、婆の命を婆が捨てるのだ。お前に厘毛の損害を掛けるのでない、放つて置いて下さい、入らぬお世話だ、あた汚らはしい、お前のやうな悪人に助けられて何うしてノメノメ此世に生て居られるものか、エヽ放つて置いて下さい』 鬼虎、涙声になつて、 鬼虎『お楢さま何うしても私の罪は赦して下さいませぬか』 お楢『定つた事だ、死んでも許しやせぬ、仮令ミロクの世が来てもお前の恨は忘れるものか』 鬼虎『お楢さま、ソンナラ貴女の手にかけて、私を思ふ存分弄り殺しにして下さい。さうしたら貴女の恨は些とは晴れませう、さうして私の罪を忘れて下さいませ』 平助大声に泣きながら、 平助『コラコラお楢、もう好い加減に愚痴を云うて置かぬかい、是丈前非を悔い善の魂に立ち復つた鬼彦、鬼虎の両人、此上愚痴を零すと却つて此方が深い罪になるぞ。夫よりも潔く娘と共に神界の旅を致さうぢやないか、娑婆に執着を些とも残さぬやうにして呉れ、アヽ鬼彦、鬼虎両人さま、貴方方の真心は頑固一辺の平助も骨身に徹へました。決して決してもう此上は貴方を恨みませぬ、どうぞ手を放して下さい』 鬼彦『どうしてどうして貴方方を見殺しにしてなるものか、短気を起さずに、も一度思ひ直して下さい、オイ鬼虎、お楢さまの腕を放すぢやないぞ、確り掴まへて居て呉れ、これやこれや岩公、勘、櫟、早くお節さまを救ひ出さぬか、何を愚図々々致して居るのぢや』 岩公『最前から吾々三人が此通り雪塊除けに尽して居るのが分らぬか、サアサアお節さま、もう大分に軽くなつたらう、一寸動いて見て下さい』 お節『ハイハイ有難う御座います、息が切れさうにありましたが、追々とお蔭様で楽になつて来ました、も些し取り除けて下されば大丈夫助かりませう、モシモシお爺さま、お婆アさま、どうぞ確りして下さいませ、節はどうやら助けて貰へさうで御座います』 平助、お楢一時に、 平助、お楢『ヤアヤアお節助かるか、それは何よりぢや、お前が此世に生て居るのなれば、爺や婆は、どうして此世を去つてなるものか、もう皆さま安心して下さい、死ねと仰有つても死ぬものぢやない、お前さまも鬼彦、鬼虎と云つて随分悪人だつたが、好うそこまで改心が出来た。サアサア神様にお礼を申ませう』 岩公『モシモシ、お爺さま、お婆アさま、それや結構だがまだ此雪塊は容易にとれないのだ、お前さま等は祝詞を上げて下さい、これやこれや鬼彦、鬼虎、もはやお爺さまお婆アさまの方は安心だ、此方へ加勢だ加勢だ』 鬼彦『おうさうだ』 と鬼彦、鬼虎は雪塊除けに全力を尽して居る。漸くにして雪塊は取り除けられ、お節はむくむくと起き上り、嫌らしき笑ひ声、舌を四五寸許りノロノロと出し、 お節『キヤアツキヤアツキヤアツキヤハヽヽヽ』 と尻を引き捲くり、トントントンと山奥さして姿を隠したりける。 五人の男は肝を潰し腰を抜かさむ許りに、嫌らしさと寒さに慄うて居る。平助お楢の二人は皺嗄声を張上げながら、 平助、お楢『オイお節、オーイオーイ、爺と婆とは此処に居るぞ、待つて呉れ待つて呉れ』 と呶鳴りながら、雪崩の落下する谷道を危険を忘れて杖を力に倒けつ転びつ上り行く。五人の裸男は二人の後を慕ひ、 五人『爺さま婆さま危ない危ない、待つた待つた、お節さまと見えたのは化物だつた、命あつての物種だ、危ない危ない』 と声を限りに後から追つかける。爺サンと婆サンは一生懸命無我夢中になつてお節の後を追つて行く。 お節は或谷川を左右に猿の如く飛び交ひながら、とある行き当つた岩石の前にピタリと倒れ、其儘姿は白煙、雪解けの雫の音は雨の如く梢よりポトリポトリと落ち下る。平助夫婦はハツと許り此場に打ち倒れ、前後も知らず泣き沈む。五人の裸男此場に現はれ、気絶して居る平助お楢に其辺の雪を口に含ませ、一生懸命に神霊注射を行ひければ、老夫婦は漸くウンと息吹き返し、又もや『お節お節』と泣き叫ぶ。 鬼虎『ヤア此処は魔の巌窟だ、去年の今頃だつたな、鬼雲彦の命によつて此巌窟にお節さまを押し込め、固く出入出来ないやうにして置いたのは俺だ。其後鬼雲彦の大将チヨコチヨコとやつて来る筈だつたが、お節の事を念頭から遺失して居たのか、未だ一回も此岩を接触つた痕跡がない、一年位の食料として勝栗が沢山入れてあれば滅多に飢死して居る筈も無からうし、水も天然に湧き出て居るから寿命さへあれば生て居るのだらう、最前のお節と思うたのは何でも妖怪変化であつた。サアサア爺さま婆アさま、此鬼彦、鬼虎が改心の証拠に真実のお節さまに遇はして上げやう。何卒これで日頃の恨を晴らして下さい』 平助『真実の娘に遇はして下さるか、娘さへ無事に生て居れば、今迄の恨も何もすつかり忘れて了ひませう、ナアお楢、さうぢやないか』 お楢『どうぞ早う助けて下さい、真実の娘が見たい哩なア、オーンオーンオーン』 と泣きそそる。鬼虎、鬼彦は四辺の手ごろの石を拾ひ、一イ二ウ三つと合図しながら岩壁を一度に力限り撲つた。岩の戸は内に開いて中には真暗の道がついて居る。 鬼彦『サア開きました、誰も這入らないと見えて随分エライ蜘蛛の巣だ、オイ岩公、其辺の木の枝を折つて来い、さうして貴様蜘蛛の巣払ひだ』 岩公『妙な巌窟もあつたものだ、よし来た』 と傍の常磐木の枝を折り取り、左右左と振りながら暗き巌窟の奥を目蒐けて進み入る。鬼虎は後振り返り、 鬼虎『お爺イさま、お婆アさま、巌窟の中は大変に危険で御座います、暫く此処に待つて居て下さい、お節さまを立派にお連れ申て帰つて来ます』 お楢『ハイハイ有難う、何卒一時も早う会はして下され』 平助『何卒皆さま頼みます』 鬼虎『承知しました』 と段々と奥へ進みつつ鬼彦に向ひ小さい声で、 鬼虎『オイ鬼彦、此処へ押込めてからもう一年になるが、鬼雲彦の大将其後一度も此処に来て居ないやうだ、万々一お節さまが死んで了つて居つたら、老人夫婦にどうして云ひ訳をしたら好からうなア、屹度夫婦は又喉突き騒ぎをやるに極つて居る。ハテ心配な事ぢやないか』 鬼彦『ナニ心配するにや及ぶまい、屹度神様が守つて居て下さるだらう。ソンナ入らざる取越苦労をするよりも、一刻も早う前進して安否を探ることにしようぢやないか。もし万々一お節さまが死んで居たら、吾々も罪滅しに潔く割腹したらよいぢやないか』 岩公『オイ勘公、櫟公、何だか今日は怪体な日ぢやないか、彼方にも此方にも死ぬだの割腹だの国替だのと縁起の悪い事許り云ひよつて、俺達も何だか大変気にかかり、穴へでも這入り度いやうになつて仕舞つた』 勘公『既に吾々は穴へ這入つて居るぢやないか、穴阿呆らしい』 一同『アハヽヽヽ、向ふに明かるい影が見えるぞ。大方彼処の辺りだらう、ナア鬼彦、あの辺がお節さまの隠してある処でせう』 鬼彦『ウンさうだ、もう其処だ、急げ急げ』 と一行五人は岩彦を先頭に巌穴の幽かな光を目当てに進み行く。 (大正一一・四・二一旧三・二五加藤明子録) |
|
8 (1692) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 04 羽化登仙 | 第四章羽化登仙〔六一五〕 名さへ恐ろしき魔の岩窟よりお節を救ひ出し、鬼彦一行五人は裸のまま、比治山颪に吹かれ、震ひ震ひ平助親子を先に立て、雪解の山坂を登り行く。 岩公『アヽ平助さま、お楢さま、年寄りの身で、此山坂をお上りになるのは、大抵の事ぢや有りますまい。お節さまも永い間、岩の中に押し込められ、足も弱つたでせう。どうぞ、吾々は若い者、あなた方を負はして下さいませぬかナア』 平助『イエイエ滅相な、ソンナ事をすると、参詣つたが参詣つたになりませぬ。人様のお世話になつて行く位なら、婆アと二人が炬燵の中から拝みて居りますわ』 岩公『これはしたり平助さま、それもさうだが、吾々を助けると思つて、負はれて下さい。実の事を云へば、赤裸で風に当られ、何程元気な私達でも、辛抱が出来ませぬ、負はして下さらば、体も暖くなり、又お前さま等も楽に参れると云ふものだ。此れが一挙両得、私も喜び、あなた方も楽に参れると云ふものぢや。神様は好んで苦労をせよとは仰有らぬ。チツとでも楽に信神が出来るのを、お喜びなさるのだから、どうぞ痩馬に乗ると思つて、私の背中にとまつて下さいな』 平助『お前の背中は宿屋ぢやあるまいし、………鳥かなぞの様にトマル事が出来るかい。あまり人を馬鹿にするものぢやない』 岩公『ヤア是れは是れは失言致しました。どうぞ三人さま共、御馬の御用を仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 平助『コレコレお楢、お節、大分キツイ坂ぢや。裸馬に乗ると思うて、乗つてやらうかい』 お楢『アハヽヽヽ、二本足の馬に乗るのはお爺サン、ちつと剣呑ぢやないかい』 平助『ナアニ、此奴ア六本足だ。本当の馬より大丈夫かも知れぬ』 岩公『おぢいさま、六本足とはソラどう言ふものだ。三人一緒に勘定しられては、チツと困るデ……』 平助『ナニお前、三人寄れば十八本だ。お前一人で六本ぢや。肉体の足が二本と、副守護神の四足と合はしたら、六本になるぢやないかい』 鬼彦『アハヽヽヽ、馬鹿にしよる。俺達を獣類扱にするのだなア』 平助『定まつた事だよ。狐とも、狸とも、鬼とも分らぬ代物だ。六本足と言うて貰うのはまだ結構ぢや』 鬼彦『エツ、寒いのに仕様もない事を言つて、冷かして呉れないツ………ナア鬼虎、寒いぢやないか』 鬼虎『ウン、大分に能く感じますなア、………もしもしおぢいさま、お婆アさま、どうぞ吾々を助けると思うて、背中に乗つて下さい………アヽ寒いさむい、お助けだ』 平助『アヽそれならば、お楢や、お節、乗つてやらうかい。大分寒さうぢや。チツと汗を掻かしてやつたら、温もつてよからう。これも神様参りの善根ぢやと思うて、少々苦しいても辛抱してやらう。其代りにお前達、落す事はならぬぞ、落したが最後神罰が当るから、鄭重にお伴するが良いワ』 鬼彦、鬼虎『ヤア早速のお聞届け、鬼彦、鬼虎、身に取り、歓喜雀躍の至りで御座います』 平助『コレ、彦に、虎、誰がお前の様な、意地癖の悪いジヤジヤ馬に乗るものか、わしの乗るのは岩馬ぢや。婆アは勘馬の背中に、お節は櫟馬の背中に乗つて往くのだよ。大きに、御親切有難う』 鬼虎、鬼彦『どうしても吾々には、御思召が御座いませぬか』 平助『エー、何程金を呉れたつて、お前等の様な者に乗つて堪るかい。体が汚れますワイ。一寸の虫も五分の魂だ。酷い目に遇はされて、負うて貰つた位で、恨みを晴らす様な腰抜があつてたまるものか。何処までも、お前の御世話にやなりませぬワイナ』 鬼虎『アーア、執心の深いお老爺さまだ。併しこれも身から出た錆だ。………エー仕方がない、寒い寒い、体も何も氷結しさうだ。比治山峠に於て、首尾能く凍死するのかなア……オイ鬼彦、一つ……モウ仕方がないから、裸を幸ひ、相撲でも取つて、体でも温めやうぢやないか』 鬼彦『オウさうぢや。良い所へ気が付いた』 と二人は少し広い所に佇み、両方から力を籠めて、押合ひを始め出した。あまり力を入れすぎ、ヨロヨロと、鬼彦が蹌跟く途端に、二人は真裸の儘、雑木茂れる急坂をかすり乍ら、谷底へ落ち込みにける。平助は背中に負はれ乍ら、 平助『アーア罰は目の前じや。あまり悪党な事をすると、アンナものぢや。神様は正直ぢやなア。……オイ岩公、貴様も彼奴等の……もとは乾児ぢやつたらう。今日は俺のお蔭で温い目に会はして貰うて、さぞ満足ぢやらう。アハヽヽヽ』 岩公『コレコレぢいさま、お前さまも好い加減に打解けたらどうだイ。あれ丈鬼彦や、鬼虎の哥兄が改心して、一生懸命に謝罪つて居るのに、お前さまはどこまでも好い気になつて、苦めようとするのか……イヤ恥をかかすのか。斯うなると、此岩公も却て二人の方に同情したくなつて来た。エー平助ヂイ奴がツ……谷底へ放り込みてやらうか。好い気になりよつて、あまりだ。傲慢不遜な糞老爺奴が……』 平助『コラコラ岩公、滅多な事を致すまいぞ。コンナ所へ放られようものなら、それこそ一たまりもない、俺の生命は風前の灯火だ。気を附けて行かぬかい。……第一貴様の足は長短があつて、乗心地が悪い。其跛馬に乗つてやつて居るのに、何ぢや、其恩を忘れよつて、御託吐すと云ふ事が有るものか。グヅグヅ云うと、鬢の毛をひつぱつてやらうか』 岩公『アイタヽヽ、コラぢいさま、ソンナ所を引つ張られると、痛いワイ』 平助『痛い様に引つ張るのだ。サアしつかりと上らぬか、………モツとひつぱらうか』 岩公『オイ勘公、櫟公、どうぢや、大変都合が好い所が有る。三人一度に此処から転げたろか。あまり劫腹ぢやないか、此糞老爺奴、馬鹿にしやがる。裸一貫の荒男を掴まへて、爺、婆アや阿魔女に、コミワラれて堪まるものかい。此処まで、吾々も善を尽し、親切を尽して来たのだ。最早勘忍袋の緒が切れた。鬼彦、鬼虎の哥兄は今頃は谷底に落ちて、ドンナ目に遭つてるか知れやしないぞ。此奴等三人を一緒こたに谷底へ放り込んで、俺等も一緒に、哥兄と心中しやうぢやないか』 勘公『オウさうぢや、俺もモウむかついて来た。此坂を婆アを背中に乗せて、御苦労さまとも言うて貰はずに、恩に着せられ、おまけに悪口までつかれて堪つたものぢや無い、いつその事、一イ二ウ三ツでやつたろかい………アイタヽヽ……コラコラ婆アさま、酷い事をするない。鬢の毛を無茶苦茶にひつぱりよつて……』 お楢『曳かいでかい曳かいでかい、此馬は手綱が無いから、手綱の代りに、鬢なと引かねば、どうして馬が動くものか。シイ、シーツ……ドード……ハイハイ』 勘公『エーツ、怪体の悪い……愈四足扱ひにしられて了つた。……オイ櫟公、貴様はどうだ。一イ二ウ三ツで、谷底へゴロンとやらうぢやないか。貴様も賛成ぢやらう』 櫟公『どうしてどうして、是れが放されるものか。寒うて堪らない所を温かうして貰つて、汗の出るのも三人のお蔭だ。ソンナ事を言うと冥加に尽きるぞ。罰が当らうぞい……』 勘公『アヽ貴様はよつ程目カ一ヽヽの十ぢやな。お節の若い娘に跨つて貰ひ、気分が良からうが、俺は皺苦茶だらけの、骨の堅い婆アを背中に負うて、温い事も、なんにも有りやしないワ。喃、岩公……』 岩公『オウさうぢや、まだ貴様等は婆アでも女だから好いが、俺の身になつて見い、堅い堅いコンパスを、ニユウと前の方へ突出しよつて、前高の山路、歩けたものぢやないワ。エー、大分に体も温うなつた。……オイ老爺に、婆ア、モウ下りて貰ひませうかイ』 平助『アヽもう下して下さるか。それは有難い。酷い所はモウ済みたし、此からは平地なり、前下がり路だ。目を塞いどつても、モウ往ける……アー苦しい事ぢやつた。其代りお前達は又寒いぞ。昔の地金を出して、俺達の着物を追剥でもしやせぬかな』 岩公『アヽ老爺さま、情無い事を言つて呉れな。改心した以上は、塵片一本だつて、他人の物を盗る様な根性が出るものかいナ』 平助『それでもなア、婆ア、此奴等の改心と云ふものは、当にならぬものぢや。婆ア、しつかりして居れよ』 お楢『さうともさうとも、老爺さまお前も確りしなさい、コレコレお節や、お前も気を附けぬと云うと、何時追剥に早変りするかも知れたものぢやない。背に腹は替へられぬと云つて、年寄りや、女子を幸ひに、追剥をするかも分つたものぢやないワ』 此時、鬼虎、鬼彦は、谷の底からガサガサと這ひ上がり来たり、 岩公『ヤア彦に虎か、貴様は谷底で、今頃は五体ズタズタに破壊して了つたぢやらうと思うて居たのに、まだ死なずに帰つて来たか、マア結構々々、サア祝ひに此処で一服でもしやうかい』 鬼彦、鬼虎『一服も可いが、斯う風のある所では、寒うて休む気にもならぬ。体さへ動かして居れば暖かいから、ボツボツ行くことにしやうかい』 此時何処ともなく微妙の音楽聞え来たり。一行八人は思はず耳を倚て聞き入る。忽ち空中に声あり、 声『岩公、勘公、櫟公、真裸で嘸寒いであらう、今天より暖かき衣裳を与へてやらう。之を身に着けて、潔く真名井ケ原の奥に進むが宜からう』 鬼彦、鬼虎一度に、 鬼彦、鬼虎『モシモシ、空中の声の神様、吾々二人も真裸で御座います。どうぞお見落しなさらぬ様に……同じ事なら、モウ二人分与へて下さいませ』 空中の声『鬼虎、鬼彦の衣裳は、追つて詮議の上、………与へるとも、与へぬとも、決定せない。今暫く辛抱致すが良からう』 何処ともなく、立派なる宣伝使の服三着、此場に風に揺られて下り来り、三人の身体に惟神的に密着した。 岩公『ヤア有難い有難い、時節は待たねばならぬものぢや。……オイ勘に、櫟よ、立派な服ぢやないか。これさへ有れば、宙でも翔てる様になるだらう、天から降つた天の羽衣では有るまいかなア。……もしもし平助さま、お婆アさま、お節さま、偉う御心配をかけました。お蔭様で、此通り立派な天の羽衣を頂戴致しました』 平助『お前等は、悪人ぢや悪人ぢやと思うて居つたが、……ホンに立派な衣裳を神様から貰ひなさつた。モウこれから、決して決してお前さまに口応へは致さぬ。どうぞ赦して下され』 三人の着けたる装束は、見る見る羽衣の如くに変化し、岩、勘、櫟の顔は忽ち天女の姿となり、空中を前後左右に飛びまわり乍ら、真名井ケ原の奥を目蒐けて、悠々と翔り行く。鬼彦、鬼虎、平助、お楢、お節の五人は、此光景を打仰ぎ、呆然として控へ居る。暫くあつて、お節は声を揚げて泣き出したれば、平助、お楢は驚いて、 平助、お楢『コレヤコレヤお節、どうしたどうした、腹でも痛いのか。何を泣く……』 と左右より、老爺と婆アとは獅噛み付き、顔色変へて問ひかける。お節は涙を拭ひ乍ら、 お節『お祖父さま、お祖母さま、どうぞ改心して下さいませ。あの様な荒くれ男の岩さま、勘さま、櫟さまは大神様の御心に叶ひ、あの立派な平和の女神となつて、神様の御用にお立ちなさつた。妾は女の身であり乍ら、改心が足らぬと見えて、神様の御用に立てて下さらぬ。どうぞ、あなた二人は、今迄の執拗な心をサラリと払ひ捨て惟神の心になつて下さい。さうでなければ、妾は神様にお仕へする事が出来ませぬ』 と又もや『ワツ』と許りに泣き沈む。此時天上に声あり、 声『鬼彦、鬼虎、今天より下す羽衣を汝に与ふ。汝が改心の誠は、愈天に通じたり』 鬼彦、鬼虎は飛び立つ許り打喜び、両人大地に平伏し、 鬼彦、鬼虎『ハハア、ハツ』 と言つた限り、嬉し涙に掻き暮れて居る。二人は不図顔をあぐれば、えも謂はれぬ麗しき羽衣、地上一二尺離れた所に浮游して居る。手早く拾ひ上げむとする刹那、ピタリと二人の体に密着した。追々羽衣は拡大し、自然に身体は浮上り、二人は空中を前後左右に飛揚しながら、 鬼彦、鬼虎『平助さま、お楢さま、お節さま、左様ならお先へ参ります』 と空中を悠々として、真名井ケ岳の霊地に向つて翔り行く。後に三人は呆然として、此光景を物をも言はずに見詰め居たりけり。 平助『アーア人間と云ふ者は、訳の分らぬものぢやなア、俺の様な善人は、斯うして山の上で寒い風に曝され、娘は痩衰へ、親子三人やうやう此処まで出て来る事は来たが、五人の大江山の眷属共は又、どうしたものぢや。アンナ立派な衣裳を天から頂きよつて、羽化登仙、自由自在の身となりよつた。神様もあまりぢやあまりぢや、アンナ男が天人に成れるのなら、俺達親子三人も、立派な天人にして下さつたら良かりさうなものぢやないか。アーア此れもヤツパリ、身魂の因縁性来で、何時までも出世が出来ぬのかなア』 お楢『おやぢドン何事も神様の思召通りより行くものぢやない。人間の目から悪に見えても善の身魂もあり、人間が勝手に善ぢや善ぢやと思うて、自惚て居ると、何時の間にやら邪道に落ちて苦しむと云ふ事ぢや、去年お節を奪られてから、二人が泣きの涙に暮らしたのも、若い間から欲ばつかりして、金を蓄め、人を泣かして来た報いで、金はぼつたくられ、一年の間も泣いて暮したのぢや。今迄の事を、胸に手を当てて考へて見れば、人こそ、形の上で殺さぬが、藪医者の様に、無慈悲な事をして、何程人の心を殺して来たか、分つたものぢやない、おやぢどの、お前も若い中から、鬼の平助、渋柿の平助と言はれて来たのぢやから、コンナ憂目に遭うのは当然だよ。親の罰が子に報うて、可愛いお節が、一年が間、コンナ目に遭うたのぢや。誰を恨める事も無い。みな自分の罪障が報うて来たのじや、アンアンアン』 平助『俺が常平生、食ふ物も食はず、欲に金を蓄めたのも、みなお節が可愛いばつかりぢや、どうぞしてお節を一生楽に暮さしてやりたいと思うた為に、チツとは無慈悲な事も行つて来たが、それぢやと云うて、別に俺が美味い物一遍食つたのでもなし、身欲と云ふ事は一つもして居らぬぢやないか』 お楢『それでも、おやぢドン、ヤツパリ身欲になるのぢや。他人の子には辛く当り、団子一片与るでもなし、何も彼も、お節お節と、身贔屓ばつかりしとつて、天罰で一年の苦しみを受けたのぢや。そこで神様が此通り、善と悪との鑑を見せて下さつたのぢや。これから綺麗サツパリと心を容れ替へて下されや、婆アも唯今限り改心をする。親の甘茶が毒になつて、お節の体もあまり丈夫ではない。コンナ繊弱い体を此世に遺して、年取つて夫婦が幽界とやらへ行く時に、後に心が残る様な事では行く所へも行けない。今の間に改心し、お節の身体が丈夫になる様に、真名井の神様へ、心から誓ひをして来ませう』 と三人は、雪積む路をボツボツと、真名井ケ原の豊国姫命が出現場指して、杖を力に進み行く。 因に、鬼彦、鬼虎、其他三人の羽化登仙せしは、其実肉体にては、徹底的改心も出来ず、且又神業に参加する資格無ければ、神界の御慈悲に依り、国替(凍死)せしめ、天国に救ひ神業に参加せしめ給ひたるなり。五人の肉の宮は、神の御慈悲に依つて、平助親子の知らぬ間に、或土中へ深く埋められ、雪崩に圧せられ、鬼彦、鬼虎に救ひ出されたお節は、其実鬼武彦の眷属の白狐が所為なりき。又夜中お節を送つて来た悦子姫は其実は、白狐旭明神の化身なりき。お節を隠したる岩窟は、鬼彦、鬼虎の両人ならでは、救ひ出す事が出来なかつたのである。それは岩窟を開くに就て、一つの目標を知つて居る者は、此両人と鬼雲彦より外になかつたから、鬼武彦の計らひに依つて、此処まで両人を引寄せ、お節を救ひ出さしめ給うたのである。又途中に五人の男を裸にした娘のおコンは、白狐旭の眷属神の化身であつた。曩に文珠堂にて別れたる悦子姫、及び平助の門口にて別れたる音彦、青彦、加米彦は真名井ケ岳の聖地に既に到着し居たりしなり。 (大正一一・四・二一旧三・二五松村真澄録) |
|
9 (1698) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 10 四百種病 | 第一〇章四百種病〔六二一〕 真名井ケ原の珍の宝座に参拝せむと、息せき切つて進み行きたるお楢は、ゆくりなくもウラナイ教の鍵鑰を握れる女豪傑黒姫に説き伏せられ、くれりと心機一変し、手の掌足の裏を覆して、スタスタと黒姫一行を伴ひ、漸く丹波村の伏屋に着きにける。 お楢『モシモシ、ウラナイ教の大将様、此処が私の荒屋で御座います。サアサアどうぞお這入り下さいませ。嘸お疲労でせう』 黒姫『ナニ、これしきの雪道で疲労るやうな事で、三千世界の神界の御用が出来ますものか、ウラナイ教にはソンナ弱虫は居りませぬ、オホヽヽヽ』 お楢『どうぞ気をつけてお這入り下さい、大江山の鬼落しが掘つて御座いますから、ウカウカ這入ると大変な事が出来致します。サアサア私の通る処を足をきめて通つて下され、一足でも外を歩くと、陥穽へ落ち込みますから』 黒姫『ナント用心の良い事だナア、アヽ感心々々、何と云うても比沼の真名井に瑞の霊の悪神が現はれる世の中ぢやから、この位の注意はして置かななりますまい。サアサア、照さま、清さま、私の後を踏みて来るのだよ』 お楢『モウ大丈夫で御座います。サアサアどうぞお上り下さいませ』 黒姫『ハヽア、平助どのはこの井戸の水を汲みて倒けたのだな。ホンニホンニ危なさうな井戸ぢや。お婆アさま、お前も随分年をとつて居るから気を付けなされよ』 お楢『有難う御座います。娘も嘸喜ぶことで御座いませう』 お節は夢中になつて、 お節『青彦さま、青彦さま』 と呼ンで居る。 黒姫『ドレドレ、これから神さまへ御祈念をして上げよう。それについても一つ妾の話を篤りと聞いた上の事だ。お婆アさま、聞きますかな』 お楢『有難い神さまのお話、どうぞ聞かして下さいませ』 黒姫『この娘の病気は、全体けつたいな病ぢや。病気には四百種病というて沢山な病がある。其中でも百種の病は放つて置いても癒る。あとの百種は薬と医者とで全快する。又あとの百種は、神さまぢや無いと癒らぬのぢや。そして、あとの百種は神さまでも医者でも薬でも癒りはせぬ。これを四百種病と云ふのだ。この娘は第三番目に言うた神信心で無ければ到底癒らぬ。お医者さまでも有馬の湯でもと云ふ怪体な粋な病気ぢや、青彦々々と云ふのは、大方妾の使つて居るウラナイ教の宣伝使、今は三五教に呆けて、この間も音彦とやらの後についてウロついて居た男ぢや。この娘が快くなつたら青彦を養子に貰ひ、娘から青彦を説きつけて、又旧のウラナイ教に逆戻りさせる神様のお仕組の病気に違ひない。お婆アさま、これを良く承知して居て貰はぬと癒す事は出来ぬぞい』 お楢『ハイハイ、ドンナ事でも生命さへ助けて下されば承はります』 黒姫『サア、これから日の出神様のお筆先を頂くから聞きなされ、このお節の守護神にも読みて聞かして改心致させねば、三五教の悪守護神が憑いて居るから、追ひ出す為に結構な御筆先を聞かして上げよう。謹みて聞きなされや』 筆先『変性男子の系統の御身魂、日の出の神の生宮、常世姫命と現はれて、高姫の肉体を藉りて、三千世界の世の初まりの、根本の根本の、身魂の因縁性来から、大先祖がどう成つて居ると云ふ事を明白に説いて聞かす筆先であるぞよ。変性男子は経の御役、誠生粋の正真の大和魂、一分一厘違へられぬ御役であるぞよ。毛筋の横巾も変性男子の系統の肉体に憑つて書いた事は間違ひは無いぞよ。三千世界の大立替大立直しの根本の結構な御筆先であるぞよ。変性女子の身魂は緯の御用であるぞよ。緯はサトクが落ちたり、糸が切れたり、色々と致すから当にならぬ悪のやり方であるから、変性女子の書いた筆先も、申す事も、行状も真実に致すでないぞよ。一つ一つ審神を致さねば、ドエライ目に会はされるぞよ。女子の御役は悪役で、気の毒な御用であるぞよ。身魂の因縁性来で、善と思うて致す事が皆悪になるぞよ。善にも強い悪にも強い常世姫の筆先、耳を浚へて確り聞いて下されよ。毛筋も違はぬ誠一つの、生粋の大和魂の、日の出神の生宮の常世姫命の性来、金毛九尾の悪神を、一旦キユウと腹に締め込みて改心させる御役であるぞよ。それに就いても黒姫の御用、誠に結構な御役であるぞよ。竜宮の乙姫さまがお鎮まり遊ばして御座るぞよ。魔我彦には日の出神の分霊、柔道正宗が守護致すぞよ。蠑螈別には大広木正宗の守護であるぞよ。此神一度筆先に出したら、何時になりても違ひは致さぬぞよ。違ふ様にあるのはその人の心が違うからだぞよ。唐と日本の戦ひが始まるぞよ。日の出神の教は日本の教であるぞよ。変性女子の教はカラの教であるぞよ。変性男子の筆先と、日の出神の筆先とをよつく調べて見て下されよ。さうしたら変性女子の因縁がすつくり判りて来て、ドンナ者でも愛想をつかして逃げて去ぬぞよ。アフンと致さなならぬぞよ。常世姫の御魂の憑るこの肉体は、昔の昔のさる昔、またも昔のその昔、モ一つ昔の大昔から、此世の御用さす為に、天の大神が地の底に八百万の神に判らぬ様に隠して置かれた誠一つの結構な生身魂であるから、世界の人民が疑ふのは無理なき事であるぞよ。神の奥には奥があり、その又奥には奥があるぞよ。三千年の深い仕組であるから、人民の智慧や学では、ソウ着々と判る筈は無いぞよ。今迄の腹の中の塵埃をすつくりと吐き出して誠正真の生粋の大和魂に成りて下さらぬと、誠のお蔭を取り外すぞよ。アフンと致して眩暈が来るぞよ。何程変性女子が鯱になりて耐りても、誠の神には叶はぬぞよ。此の肉体は元を査せば、変性男子の生粋の身魂から生れて来た女豪傑、若い時分から男子女と綽名を取つた、天狗の鼻の高姫であるぞよ。今はフサの国の北山村のウラナイ教の太元の、神の誠の柱であるぞよ。此世を水晶に立直す為に、永い間隠してありた結構な身魂であるぞよ。世界の人民よ、改心致されよ。誠程結構は無いぞよ。苦労の花が咲くのであるぞよ。苦労無しにお蔭を取らうと致して、変性男子の系統を抱き込みて、我身の我で遣らうと致したらスコタンを喰うぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛の糞が天下を取るとは、今度の譬であるぞよ。神の申す事をきかずに遣つて見よれ、十万億土の地獄の釜のドン底へ落して了ふぞよ、神界、幽界、現界の誠の救ひ主は、変性男子と日の出神の生宮とであるぞよ。女子の身魂は此世の紊れた遣り方を見せるお役、天の岩戸を閉める御苦労なかけ替への無い身魂であるぞよ。これも身魂の因縁性来で、昔の因縁が廻つて来たのであるから、神を恨めて下さるなよ。吾身の因縁を恨みて置こうより仕方が無いぞよ。天にも地にもかけ替への無い日の出神の生宮が、三千世界の神、仏事、守護神、人民に気をつけて置くぞよ。改心さへ出来て、この常世姫の申す事が判りたら、如何な事でも叶へてやるぞよ。病位は屁でも無いぞよ。魂を磨いて改心なされ。常世姫が気をつけた上にも気を付けるぞよ。俄信心間に合はん。信心は正勝の時の杖に成るぞよ。一時も早く身魂の洗濯いたして、神に縋りて下されよ。昔は神はものは言はなかつたぞよ。時節来りて艮の金神世に現はれて、三千世界の立替へ立直しを遊ばすについて、第一番に、御改心なされたのが竜宮の乙姫様であるぞよ。この竜宮の乙姫様は、黒姫の肉体にお鎮まり遊ばして、日夜に神界の御苦労に成りて居るから、粗末に思うたら、神の気ざわりに成るぞよ。高姫の肉体は元の性来が勿体なくも天の大神様の直々の分霊であるから、日の出神が引つ添うて、世の立替の地となつて、千騎一騎の御活動を遊ばす御役となりたぞよ。金勝要の大神、坤金神も、一寸我が強いぞよ。早く改心なさらぬと、神界の御用が遅れるぞよ。神界の御用が遅れると、それ丈、神も人民も難儀を致すから、早く改心致して、変性男子と常世姫の御魂の宿りて居る日の出神の生宮の申す事を聞いて下されよ。きかな聞くやうに致して改心させるぞよ。三五教は神の気障りがあるから、神は仕組を変へて此の肉体に御用をさして居るぞよ。神力と智慧学との力比べ、常世姫の神力が強いか、変性女子の智慧学が強いか、神と学との力比べであるぞよ。神の道には旧道と新道と道が二筋拵へてありて、何の道へ行きよるかと思うて、神がジツと見て居れば、新道へ喜びて行きよるが仕舞にはバツタリ行当りて了うて、又もとの旧道へ復つて来ねば成らぬ様に成つて了うぞよ。大橋越えて未だ先へ、行方判らぬ後戻り、慢神すると其通り、早く改心致さぬと、青い顔してシヨゲ返り白米に籾が混つた様にして居るのを見るのが、此の常世姫が辛いから、腹が立つ程気を付けてやるが、変性女子が我が強うて、慢神致して居るから、神ももう助けやうが無いぞよ。もう勘忍袋がきれたぞよ。それにつけては皆の者、変性女子の申すこと、一々審神を致してかからぬと、アフンと致す事が出来致すぞよ。常世姫の憑る肉体を侮りて居ると、スコタン喰う事が出来るから、クドウ申して気をつけて置くぞよ』 と厳の御魂の筆先の抜萃した高姫の書いた神諭を、声高々と読み聞かして居る。 お楢は畳に頭を擦りつけ、ブルブルと慄ひ泣きに泣いて居る。お節は発熱甚しく、益々『青彦青彦』と夢中になつて叫びはじめたり。黒姫は清子、照子の二人に向ひ、 黒姫『サアサア妾が今お筆先を拝読いたから、今度はお前さまがウラナイ教の宣伝歌を謡ふのぢや、サアサア早う、言ひ損ひの無いやうに謡ひなされ』 二人はハイと答へて座を起ち、病に苦しむお節の枕辺に廻り、声張上げて、 清子、照子『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともウラナイ教は世を救ふ 常世の国の常世姫昔の神代のそのままの 大和魂の生粋で日の出神の生宮と 現はれ出でたる高姫の身魂にかかりて筆をとり 三千世界の梅の花一度に開くことのよし 委曲に詳細に説き諭すたとへ大地は沈むとも 月日は西から昇るとも日の出神の生宮が 書いた筆先言うたこと毛筋の横巾ちがはぬぞ 違うと思ふは其人の心間違ひある故ぞ 昔の神代の折からに世界のために苦労した 高姫、黒姫、魔我彦や高山彦や蠑螈別 いづの身魂と現はれて竜宮さまの御守護で 此世の宝を掘り上げて北山村にウラナイの 神の教の射場を建て世界の人を教へ行く 実にも尊き神の代の其の根本の因縁を どこどこ迄も説き諭す常世の姫のお筆先 昔々の神代から隠しおいたる生身魂 日の出神の生魂で唐も日本も悉く 悪の仕組をとり調べ四方の国々島々に 漏れなく知らす神の道いづの身魂の御教 変性男子の御身魂善の身魂の生粋ぞ 変性女子の瑞身魂悪の鏡と定まりた 善は苦労が永けれど悪の苦労は短いぞ 悪の道行きや歩きよい善の道程険しいぞ 険しい道を喜びて歩いて行けば末遂に 誠も開く神の国広い道をば喜びて 進みて行けば末つひにハタと詰つて茨むら 針に身体をひつ掻いて逆転倒を皆うつて ヂリヂリ舞をしたとてもあとの祭ぢや十日菊 誠の神の申すうち聞かずに行るならやつて見よ 善と悪との立別けの千騎一騎の大峠 変性女子をふり捨てて常世の姫の生宮と 現はれ出でたる高姫の日の出神の御経綸 万劫末代芳ばしき名を残さうと思ふなら ウラナイ教の神の道一日も早く片時も 先を争ひ歩めかし畏き神のウラナイの 誠一つの根本の毛筋も違はぬこの教 神の奥には奥があるその又奥には奥がある 大国常立大神の三千年の御仕組 隅から隅まで悟つたるあの高姫の生宮は 三千世界の宝物広い世界の人民よ 今ぢや早ぢやと早鐘を撞いて知らする常世姫 暗に迷うた身魂をば日の出の守護に助けむと 朝な夕なに一筋に誠の教伝へ行く 常世の姫の真心は善の鑑ぢや世の鑑 誠の鑑はここにある身魂を清めて出て来たら 三千世界が見えすくぞ鎮魂帰神をせい出して 変性女子に倣ふより神から出したこの鏡 一つ覗いて見るがよい三千世界の有様は 一目に見えるこの教ウラナイ教は世を救ふ 誠の道の神ばしら日の出神の生宮が 三千世界の太柱グツと握つて居る程に 世界の事は何なりと常世でなけりや判りやせぬ 真名井の神が何偉い瑞の身魂が何怖い 怖いと云うたら吾心心一つのウラナイ教 心も身をも大神に捧げて祈れよく祈れ 祈る誠は神心あゝ惟神々々 身魂幸倍坐しませよ』 と謡ひ了れば、お節は益々苦しみ悶え、遂にはキヤアキヤアと怪しき声を振り絞り、冷汗は滝の如く流れ出で、容態は刻々に危険状態に入りける。 お楢『モシモシ皆さま、御親切に拝みて下さいまして有難う御座いますが、お前さまが此処へ御座つてから、お節の病気は楽になるかと思へば、一息々々、苦しさうに成つて来る、コラマア何うしたら宜しいのだ。オーンオーンオーン』 黒姫『コレコレお婆アさま、勿体ない事を言ひなさるな。これ程結構な日の出神の生宮の御筆先を読みて聞かし、結構な結構な宣伝歌まで唱へて、夫れで悪うなつて死ぬ様な事があつたら、神さまのお蔭やと思ひなされ。妾ぢやとて何うして一刻も早う楽に仕て上げたい、生命を助けて上げたいと思へばこそ、コンナ山路を雪踏み分けて遥々と来たのぢやないか。コンナ繊弱い妙齢の娘を二人まで連れて此処へ来たのも、神から言へば浅からぬ因縁ぢや。何うなるも斯うなるも神様の思召、仮令お節さまが国替なさつた処が、別に悔むにも及ばぬ、如才の無い神さまが、結構な処へ遣つて下さつて、神界の立派な御用をさして下さるのぢや。お前さまの達者を守り、この家を守護する守り神として下さるのぢや。勿体ない、何を不足さうに、吠面をかわくのぢやい、何うなつても諦めが肝腎ぢやぞへ』 お楢『ハイハイ、有難う御座います。然し乍ら妾の生命を取つて、どうぞお節を助けて下さいませ。それがお願ひで御座います』 黒姫『ハテサテ判らぬ方ぢやなア。何程偉い神さまぢやとて、お前の生命とお節さまの生命と交換が出来るものか。ソンナ無茶な事を言ひなさるな』 お節の容態は益々危篤に成つて来る。黒姫は何とは無しに落ち着かぬ様子にて、 黒姫『コレコレ照さま、清さま、今日は神界に大変な御用がある。サア帰りませう。コレコレお婆アさま心配なさるな。気を確り持つて居なさいよ。私は神界の御用が急くから、今日はこれでお暇致します』 お楢『モシモシお節は助かりませうか、助かりますまいか』 黒姫『いづれ楽になるわいナ。屹度癒る、安心なされ』 お楢『楽に成るとはあの世へ往く事ぢやありませぬか、癒ると仰有るのは、霊壇へ御魂に成つて直ると云ふ謎ではありますまいか』 黒姫『アヽ神界の御用が忙しい。照さま、清さま、サアサアお出で』 と雲を霞と比治山の彼方を指してバラバラと走せ帰り行く。あとにお楢はワツと許り泣き伏しぬ。 (大正一一・四・二二旧三・二六東尾吉雄録) |
|
10 (1717) |
霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 06 真か偽か | 第六章真か偽か〔六三四〕 紫姫は紫の姿を装ふ弥仙山 四尾の山や桶伏の珍の聖地を伏し拝み 西坂峠を後に見て若葉もそよぐ若彦や 心の馬公鹿公を伴ひ進む春の道 山追々と迫り来る心も細き谷道を 伝ひ伝ひて河守の里を左手に打ち眺め 船岡山を右に見て日もやうやうに酉の刻 暗の帳はおろされて一行ゆくてに迷ひつつ 道のかたへの小やけき神の祠に立寄りて 息を休むる折柄に俄に女の叫び声 紫姫は立ち上り耳を傾け聞き終り 若彦、馬、鹿三人を声する方に遣はして 様子探らせ調ぶれば思ひがけなき愛娘 闇の林に縛られて息絶え絶えと苦しみの 中を助けて三人が忽ち登る月影に 心照らして帰り来る何処の方と訪へば 若き女の物語驚く若彦一同は 互に労りかばいつつ月の光を力とし 四辺に注意を為し乍ら剣尖山の麓なる 珍の聖地に立向ふ。 三男二女の一隊は、月もる山道を漸くにして皇大神を斎き祀れる大宮の前に無事参向する事を得たり。水も子の刻丑の刻と夜は段々と更け渡り、淙々たる谷川の水の音を圧して聞え来る祈りの声、凄味を帯びて許々多久の、鬼や大蛇や曲津見の、霊寄り来む言霊の濁り、清き流れの谷川にふさはしからぬ配合なり。 紫姫『皆様、妾は神様のお告により、半日許り此お宮の中で御神勅を承はらねばなりませぬ、何卒其間、産釜、産盥の河原の谷水に御禊をなし、神言を奏上して待つて居て下さいませ』 若彦『委細承知仕りました。サアサア馬公、鹿公、お節殿、参りませう』 と神前の礼拝を終り天の岩戸の下方、紫姫が指定の場所に進み往く。夜はほのぼのと明けかかる。谷の向岸を見れば一人の女、二人の従者らしき者と共に産釜、産盥の水を杓にて汲み上げ、頭上より浴び、一生懸命皺枯れた声を絞つてウラナイ教の宣伝歌を唱へ居る。四人はつかつかと進み寄るを、婆アは頻りに四人の来たのも知らずに水垢離を取り居たり。 馬公『モシモシ何処の婆アさまか知らぬが、この聖地へやつて来て、勿体ない神様の御手洗を無雑作に頭から被り、怪体な歌を謡うて何をして居るのだ、些と心得なさい』 婆、水を被りながら、 婆(黒姫)『何処の方か知らぬが、神様のため世界のために誠一心を立てぬく、日本魂の生粋の真正の水晶魂の守護神さまの命令によつて、この結構なお水で身魂を清め、結構な歌を宇宙の神々に宣べて居るのに、お前は何を云ふのだい、結構な言霊がお前には聞えぬのかい』 馬公『一向トンと聞えませぬ哩、何だか其言霊を聞くと悪魔が寄つて来るやうだ』 鹿公『オイ馬公、野暮の事を云ふない、牛の爪ぢやないが先から分つて居るぢやないか。悪魔の大将が、悪魔の乾児を集めやうと思つて全力を尽し、車輪の活動をやつて御座るのだ、人の商売を妨害するものでないぞ』 馬公『別に妨害はしようとは思はぬが、アンナ声出しやがると何だか癪に触つて、反吐が出さうになつて来た。オイ婆アさま、もう好い加減にやめたらどうだい。この産盥はお前一人の専有物ぢやないぞ、好い加減に退却したらどうだ』 婆(黒姫)『何処の若い衆か知らぬが老人が世界のため道のため、命がけで修業をして居るのだ。私の言霊が偉いお気に触ると見えるが、それは無理もない、お前に憑いて居る悪魔が恐れて居るのだ、其処を辛抱して暫く私の言霊を謹聴しなされ、さうして修業の仕方も私のやり方を手本として頭の先から足の裏まで、一分一厘の垢もない処まで落しなされ、さうしたら結構な結構なウラナイ教の神様のお道へ入信を許して上げる。今時の若い者は何でも彼でも新しがつて昔の元の根本の神様の因縁や性来を知らず、誠の事を云うてやれば馬鹿にしてホクソ笑ひをする者許りぢや、十万億土の根の国、底の国へと落されて、万劫末代上られぬやうな目に遇ふもの許りぢやから、それが可憐相で目を開けて見て居れぬから、世界の人民の身魂を立替立直し、大先祖の因縁から身魂の罪障の事から、何も彼も説いて聞かして助けてやる結構のお道ぢやぞよ。お前も縁があればこそ、コンナ結構な私の行を見せて貰うたのぢや。ちと気分が悪うても辛抱して聞きなされ』 馬公『それは大きに御親切に有難う、私も元は都で生れたものだが、御主人の娘さまと比沼の真名井山へ参拝しようと思うて行く途中で、大江山の鬼の乾児に欺され、岩窟の中に放り込まれ、エライ目に遇うた。そこへ偉い人が出て来て私を助けて下さつたので、何でも此辺に結構な神様が御座ると聞いてお礼詣りに来たのだよ』 婆は、一生懸命に水を被りながら此方も向かず声を当に、 婆(黒姫)『さうだらう、さうだらう、真名井山に詣つてお蔭どころか、鬼の岩窟へ釣り込まれたのだな。真名井山と云ふのは、それや云ひ損ひぢや、あれは魔が井さまと云うて神様の擬ひぢや、変性女子の三つの御霊と云うて、どてらい悪神が変性男子の日本魂の根本の生粋の神様の真似をしよつて、善に見せて悪を働いとるのぢや、暫く待ちなさい、私が結構の事を教へて上げる、三五教とやら云ふ教は三五の月ぢやと云うて居るが、三五の月なら満月ぢや、片割れ月の変性女子だけの教が何になるものか、雲に隠れて此処に半分、誠の経綸が聞きたければ私について御座れ、三千年の長い苦労艱難の一厘の経綸を、信仰次第に依つて聞かして上げぬ事もない、マア其辺にヘタつて此方の修業がすむまで待つて居なさい』 と又もや婆は頻りに水を被る。二人の男も影の形に従ふやうに、水を汲み上げてはザブザブと黒い体に浴びせて居る。婆は漸く水行を終り、頭の先から足の裏迄すつくり水気を拭ひ取り、念入りにチヤンと風を整へ、紋付羽織を着用に及び、二人の男を伴ひ、谷川の足のかかる石を、蛇が蛙を狙ふやうな眼つきで、ポイポイポイと兎渡りに渡りつき。 腰を折り両手をもみながら、 お節『黒姫の先生様、久しうお目に掛りませぬ、お健康でお目出度う』 黒姫『ヤアお前はオヽお節ぢやつたか、何と云つてもかと云うても、ひつ括つてでも捉へてでも、聞かさにや置かぬは女の一心、大慈大悲の心をもつて助けてやらうと、滝、板の二人に跡を追はせたが、何処をお前は迂路ついとつたのだエ、サアサア私について御座れ。ヤアお前は青彦ぢやないか、三五教に呆けてまだ目が醒めぬか』 若彦『ハイ有難う、お蔭ではつきり目が醒めました』 黒姫『さうだらう、若い者は能う気の変るもので、彼方へ迂路々々、此方へ迂路々々して仕方の無いものぢや、お前を助けてやり度いと思うて、どれだけ骨を折つたか知れたものぢやない。サア悠くりと私の所までお節と一緒に出て来なされ、三五教も、一寸尤もらしい事を云ひよるが、終には箔が剥げて何程金太郎のお前でも愛想が尽きたらう、肝腎要の厳の霊の本家を蔑にして、新米の出来損ひのやうな三五教に呆けて見た処で、飯に骨があつて喉に通りやせまいがな。一杯や二杯は珍らしいので喉にも触らないで鵜呑みにするが、三杯目位からは、ニチヤづいて舌の先にザラザラ触り、それを無理に呑み込めば腹の具合が悪くなつて下痢を催し、終の果にはソレ般若波羅蜜多と云うて腹を撫でたり、尻の具合迄悪くして雪隠へお千度を踏み、オンアボキヤ、ビルシヤナブツ、マカモダラニブツ、ヂンラバ、ハラバリタヤ[※密教の真言「光明真言」だと思われるが、語句は少々異なる。]と、陀羅尼を尻が称へるやうになつて仕舞ふ、さうぢやから食つてみにや分らぬのだ。加減の好いウラナイ教の御飯を長らく食べて居つて、栄耀に剰つて餅の皮を剥ぎ、まだ甘い事があるかと思うて、三五教に珍しい食物があるかと這入つて見たところ、味もしやしやりも有りやせまいがな、三五教ぢやなく、味無い教ぢや、アヽよい修業をして御座つた。よもや後戻りはしやしまいなア』 若彦『ヘイ、何うして何うして三五教ナンか信じますものか、これから貴方の頤使に従つて、犬馬の労をも惜しまぬ覚悟でございます』 黒姫『それは結構ぢや、お節、あの頑固な爺や婆アが、国替したので悲しいやら嬉しいやら、好な青彦と気楽に添はれるやうになつたのも、全くウラナイ教のお蔭ぢやぞエ、あのマア何と好う揃うた若夫婦ぢやなア』 と打つて変つて機嫌を直し、青彦の背中をポンと叩いて笑ふ。 馬公『お安くない所を拝見さして貰ひましてイヤもう羨望万望の次第で御座います哩』 鹿公『何と妙ぢやないか、此処には産釜、産盥と云うて眼鏡のやうに夫婦の水溜りが綺麗に湧いて居る、河を隔ててお節サンに若彦、オツトドツコイ青彦さま、何と好い配合だ、俺等も早く誰人かの媒妁で配偶したいものだ、ナア馬公………』 黒姫『お前は初めて見た方ぢやが、青彦の弟子ぢやな、さうして名は何と云ふのぢや、最前から聞いて居れば四足のやうな名を呼びて御座るが、本当の名で聞かして下さい、大方副守護神の名だらう、一寸見たところでは馬鹿らしいお顔ぢや、何程立派な女房が欲しいと云うても、そのスタイルでは駄目ぢやなア、四足の守護神をこれからウラナイ教で追つ放り出して、結構な竜宮の乙姫様の御眷属を守護神に入れ替て上げよう、何うぢや嬉しいか、恥かしさうに男だてら俯むいて、気の弱い事だ。併し其処が良い所ぢや、優しいものぢや、人間も恥かしい事を忘れては駄目ぢや、サアサア四人とも私の処へお出なさい。此二人の男も一人は弥仙山の、ではない弥仙山の木花咲耶姫の神様が好きと云つて大変に信仰をして居つたが、モウ一つ偉い日の出神様、竜宮の乙姫様のある事を悟つて、かうして一生懸命に信神をして居るのぢや』 青彦『アヽさうですか、それは熱心な事ですなア』 馬公『お婆アさま、一寸待つて下さい、私には一人連が御座います』 黒姫『極つたこつちや、お前の連は鹿ぢやないか』 馬公『イヤイヤま一人、元は私の御主人であつた紫姫と云ふ結構なお方が居られます』 黒姫『その方は何処に居られるのだ、早う呼びて来なさい』 馬公『三五教の宣伝使に、つい此間からなられまして、今日初めて大神様へ御参拝なされました。今お宮で御祈念をして居られます』 黒姫『アーさうかな、コレコレ青彦、お前は改心をしてウラナイ教に戻つた土産に、其紫姫とやらを帰順させて来なさい、三五教へも暫く這入つて居つたから、長所もあるけれど、短所も沢山知つて居るだらう、其お前が三五教に愛想を尽かした経歴でも説いて聞かして、その紫姫を早く連れて来なさい』 青彦『確に請合つて帰順さして来ます、どうぞ私達を元の如くお使ひ下さいませぬか』 黒姫『使うて上げるとも、ヤア私が使ふのではない、竜宮の乙姫様がお使ひ遊ばすのだ』 斯かる所へ静々とやつて来たのは紫姫なり。 紫姫『若彦さま、馬公、鹿公、エローお待たせ致しました。サアサア下向致しませう』 一同は、 一同『ハイ』 と、どことも無く躊躇気味の生返事をして居る。 黒姫『ヤアお前が紫姫と云ふのか、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、神界のために御苦労様で御座います、どうぞ精々、世界のために活動して下さい』 紫姫、嬉しさうな顔つきで、 紫姫『ハア貴方は竜宮の乙姫様の生宮、好い所でお目にかかりました。妾は三五教の宣伝使になりましてから、まだ日も浅う御座いますので、何も存じませぬ、何卒老練な貴女様、宜しく御教授を願ひます』 黒姫『アヽ宜しい宜しい、三五教でも結構だ、何れ私の話を聞いたらきつと兜を脱いでウラナイ教にならねばならぬ。発根の合点のゆく迄、お前は矢張三五教の宣伝使の肩書をもつて居なさるが宜敷からう、無理にウラナイ教に入つて下さいとは申しませぬ、神が開かにや開けぬぞよ、無理に引張には行つて下さるなと大神様が仰有つてござる、心から発根の改心でなければお蔭はないから』 紫姫『一寸お見受け申しても、立派な貴女の神格、一目見れば貴女の奉じたまふお道は優れて居ることは愚かな妾にも観測が出来ます。何卒宜敷く御指導を願ひます』 黒姫『ヤア何と賢明な淑女ぢやなア、コンナ物の好う分る方が何うして三五教のやうな教に入つたのだらう、世の中にはコンナ人がちよいちよい隠れて居るから、何処迄も探し求めて、誠の人を集めねばならぬ。誠の者許り引き寄せて大望な経綸を成就致させるぞよとは、大神様のお言葉、アヽ恐れ入りました。変性男子の霊様、真実の根本の変性女子の霊様、サアサア皆様、神様にお礼を申しませう』 と黒姫は意気揚々として祝詞を奏上し、得意の色を満面に浮べ、鼻をぴこつかせ、肩を揺り、歩み振も常とは変つて、いそいそと崎嶇たる山道を先に立ち、魔窟ケ原の隠家さして一行八人[※黒姫と従者2人、紫姫・若彦・馬公・鹿公・お節の、計8人。従者のうち1人は綾彦だということが第10章に記されている(もう1人は名前不明)。]進み行く。 (大正一一・四・二五旧三・二九加藤明子録) |
|
11 (1778) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 05 言の疵 | 第五章言の疵〔六七九〕 玉治別が早速の頓智に、六人の小盗人は始めて其非を悟り、喜んで神の道に帰順し、宣伝使に従つて高春山に向ふ事となつた。日は漸く暮れかかり、月背と見えて山と山とに囲まれし谷道も、どことなく明るくなつて来た。されど東西に高山を負ひたる谷路には、皎々たる月の影は見えなかつた。暫くすると怪しき唸り声が前方に聞え、次いで幾百人とも知れぬ人の足音らしきもの、刻々に聞えて来た。 玉治別『ヨー怪しき物音が聞えて来たぞ。コレヤ大方山賊の大集団の御通過と見える。我々は此処に待受して、片つ端から言向和し、天晴大親分となつてやらう。アヽ面白い面白い。天の時節が到来したか。サア竜、国、遠州、其他の乾児共、抜目なく準備を致すのだよ』 国依別『ハハア、又商売替ですかな』 玉治別『機に臨み変に応ずるは英雄豪傑の本能だよ』 遠州『モシモシあの足音は人間ぢやありませぬ。あれは千匹狼と云つて、時々此路を通過する猛獣です。何程英雄豪傑でも、千匹狼にかかつては叶ひませぬ。サアサア皆さま、散り散りバラバラになつて、山林に姿を隠して下さい。余り密集して居ると狼の目に付いたら大変です』 玉治別『ナアニ、善言美詞の言霊を以て、狼の奴残らず言向け和すのだ』 竜国別『そんな馬鹿言つてる所か、サア早く、各自に覚悟をせよ。畜生に相手になつて堪るものかい。怪我でもしたら、それこそ犬に咬まれた様なものだ……否狼に咬まれては損害賠償を訴へる訳にも行かず、治療代もどつからも出やせぬぞ。オイ国依別、遠州、駿州、一同、玉公の言ふ事を聞くに及ばぬ。今日は俺が臨時の大将だ。サア早く早く』 と傍の樹木密生せる森林の中へ駆込む。国依別外六人は竜国別と行動を共にした。玉治別は依然として路上に立ち、 玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も弱い奴だなア。多寡が知れた四つ足の千匹万匹何が怖いのだ。オイ狼の奴、幾らでも出て来い』 と呶鳴つて居る。狼は五六間前まで列を組んでやつて来たが、路の真ん中に立ちはだかり、捻鉢巻をしながら噪やいで居る玉治別の勢に辟易したか、途を転じて谷の向側の山を目がけ、ガサガサと音させ乍ら、風の如くに過ぎ去つて了つた。玉治別は、 玉治別『アハヽヽヽ、弱い奴だな。そんな事で高春山の猛悪な鬼婆が、どうして退治が出来るかい。エーいい足手纏ひだ、単騎進軍と出かけよう』 と四辺に聞ゆる様にワザと大声で喚き乍ら峠を登り行く。竜国別外七人は早くも山を一生懸命に駆あがり、向側に姿を隠して居た。為に玉治別の声も聞えなかつた。玉治別は鼻唄を唄ひ乍ら、峠の頂上に達し赤児岩と云ふ赤子の足型の一面に出来た、カナリ大きな岩石が突き出て居るのを見付け、 玉治別『アヽ結構な天然椅子が人待顔にチヨコナンとやつて居るワイ。オイ岩椅子先生、貴様は余程幸福な奴だ。三五教の大宣伝使兼山賊の大親分たる玉治別命又の御名は田吾作大明神が、少時尻をおろして休息してやらう。此光栄を堅磐常磐に、此岩の粉微塵になる千万劫の後迄も忘れてはならぬぞよ。躓づく石も縁の端、腰掛け岩椅子もヤツパリ縁の端だ。……ヤア始めてお月様のお顔を拝んだ。実に立派な美しい御姿だなア』 と独ごちつつ少しく眠気を催し、フラフラと体を揺つて居る。其処へスタスタと上つて来た二人の荒男、 甲『ヤア来て居る来て居る』 乙『居眠つて居るぢやないか。大分に草臥れよつたと見えるワイ。オイ源州、貴様はこれを持つて、テーリスタンに渡すのだ。俺は今三五教の宣伝使が沢山な乾児を連れて、高春山へやつて来よるから、其準備の為に行くのだから、貴様は此処に金もあれば、一切の作戦計画を記した人名簿もある…しつかりと渡して呉れよ』 玉治別はワザとに声をも出さず、首を二三度上下に振つて包みを受取つた。二人の荒男は追手にでも追ひかけられたやうな調子で、峠を南へ地響きさせ乍ら、巨岩が山上から落下する様な勢で駆下り行く。 玉治別『彼奴はアルプス教の……部下の者と見えるな。俺を味方と見違へて、大切な物を預けて行きよつた。ヤツパリ、アルプス教の奴も巡礼姿になつて居るのがあると見えるワイ。併し乍ら此処に居つては、又やつて来よつて発覚されては面白くない。なんとか位置を転じて、ユツクリと中の書類を調べて見ようかな』 と小声に言ひ乍ら、二三十間許り山の尾を踏んで、月の光を賞めつつ歩み出した。谷底に当つて幽かな火が、木の間に瞬いて居る。これを眺めた玉治別は、 玉治別『アヽ此山奥に火を点して居るのは、此奴ア不思議だ。ヒヨツとしたら山賊の棲家か、但は樵夫か。何は兎もあれ、あの火光を目当に近寄つて、様子を窺うて見よう。旅と云ふものは随分面白いものだなア』 と一点の火を目標に、樹木茂れる嶮しき山を、谷底目蒐けて下りついた。見れば笹や木の皮をもつて屋根を蔽ひたる、小さき木挽小屋である。中には男のしはぶき[※「しはぶき」とは、咳、咳払いのこと。]が聞えて居る。 玉治別『モシモシ、私は巡礼で御座いますが、道に踏みまよひ、行手は分らず、幽かな火を目あてに此処まで参りました。どうぞ、怪しい者ではありませぬから、一晩泊めて下さいな』 中より男の声、 男(杢助)『ハイハイ、此処は御存じの通り、穢苦しい木挽小屋で御座いますが、巡礼様なれば大変結構で御座います。どうぞ御這入り下さいませ』 と快く荒くたい戸を、中からガタつかせ乍ら漸く開いて、奥に案内する。玉治別は案内に連れて、一寸した山中に似合はぬ美しい座敷に通つた。 玉治別『此深山にお前さま、たつた一人暮して居るのかい。門にて聞けば男の泣き声がして居つたやうだが、アレヤ一体、誰が泣いてゐたのですか』 男(杢助)『私は木挽の杢助で御座いますが、家内のお杉が二時許り前に国替を致しまして、それが為に死人の枕許で、此世の名残に女房に向つて泣いてやりました。併し乍ら俄やもをでどうする事も出来ず、霊前に供へる物もないので、握飯を拵へて霊前に供へ、戒名の代りに板切れを削つて、斯うして祀つて置きましたが、あなたは巡礼様ぢやと聞きましたが、どうぞ私がお供へ物の準備や、其外親友や寺の坊さまに知らして来る間、此処に留守して居て下さいますまいか。一寸行つて参りますから……』 玉治別『ヘエそれは真にお気の毒な事ですな。私も急ぐ旅ではあるが、これを見ては、見棄てておく訳にも行かぬ。死人の夜伽をして居るから、サアサア早く行て来なさい』 杢助『是れで安心致しました。どうぞ宜しうお願致します』 とイソイソ戸外に駆出して了つた。玉治別は、 玉治別『エー仕方がない。偶家があると思へば死人の夜伽を命ぜられ、あんまり気分の良いものぢやないワ。それよりも千匹狼と戦争する方が、なんぼ気が勇んで、心持が良いか知れない。併しこれも時の廻り合せだ。泥棒から金を貰ひ、秘密書類を巧く手に入れたと思へば、一時経つか経たぬ間に、忽ち坊主の代りだ。蚊の喰ふのに蚊帳も吊らずに、こんな所にシヨビンと残されて、蚊の施行を今晩はやらねばならぬか。どこぞ此処らに湯でも沸いては居りませぬかな』 と其処辺中を探して見ると、口の欠けた土瓶が一つ手に触つた。 玉治別『ヨー、水も大分に汲んであるワイ。一層のこと、土瓶に湯でも沸かして飲んでやらうかな』 と木の破片屑[※「はつり」は「斫(はつ)り」で、何かを壊したり削ったりすること。]を拾うて竈に土瓶を懸け、コトコトと焚き出した。瞬く間に湯は沸騰つた。 玉治別『サアこれでも飲んで、一つ夜を徹かさうかな』 フト女房の死骸の方に目を注けると、頭の先に無字の位牌を据ゑ、線香を立て、其前に握り飯が供へてある。蒲団の中から細い手を出して握り飯をグツと掴んでは取り、又掴んでは取るものがある。 玉治別『エー幽霊の奴、供へてある握り飯を喰つて居やがる。此奴ア、胃病かなんぞで死んだ奴だらう。喰物に執着心の深い亡者だなア。何だか首の辺りがゾクゾクと寒うなつて来居つた。エー構はぬ、熱い湯でも呑んで元気でも出さうかい』 と口の焼ける様な湯を、欠けた茶碗に注いで、フウフウと吹きもつて飲み始め、 玉治別『ヤア何だ。ここの水は炭酸でも含んで居るのか、怪体な臭気がするぞ。大方女房が薬入れか、炭酸曹達でも入れて居つた土瓶かも知れないぞ。あんまり慌てて中を調査るのを忘れて居つた。ヤア何だか粘つくぞ。大変に粘着性のある水だなア』 と明りに透かして見ると、燻つた中からホンノリと文字が浮いて居る。よくよく見れば「お杉の痰壺代用」としてある。 玉治別『エー怪つ体の悪い、此奴ア失策つた。幽霊は細い手を出して握り飯を食ふ、此方は痰を呑まされる、怪つ体なこともあればあるものだ。……コレヤ最前の男が俺に与れた此包みもヒヨツトしたら蜈蚣か何かが出て来るのぢやあるまいかな。一度ある事は三度あると云ふから、ウツカリ此奴は手が付けられぬぞ。開けたが最後、爆裂弾でも這入つて居つたら大変だ。ヤア厭らしい、又細い手で握り飯を掴んで居やがる。大方喰うて了ひよつた。此奴ア、中有なしに直に餓鬼道へ落ちた精霊と見えるワイ。こんな所に厭らしうて居れるものぢやない。併し一旦男が留守してやらうと請合つた以上は、卑怯にも逃げ出す訳にも行くまい。やがて帰つて来るだらう。それまで其処辺の林をぶらついて、お月様のお顔でも拝んで来よう。斯うなると、我々に同情を表して呉れるのはお月様丈ぢや。竜国別、国依別其他の腰抜は、どつかへ滅尽して了ひ、寂しい事になつて来たワイ』 と門口を跨げ、何時とはなしに二三丁も歩み出し、谷水の流れに水を掬ひ、口に含んで盛に、家鶏が水を飲む様に、一口入れては首を挙げ、ガラガラガラブーブーと吹き、又一口飲んでは仰向き、ガラガラガラガラ、ブーブーブーと、幾度ともなく繰返して居る。 火影を目標に探つて来た竜国別、国依別、遠州、武州外四人は、玉治別の姿を夜目に見て、怪しき者と木蔭に佇み、様子を窺つて居る。 遠州『モシ宣伝使様、ガラガラブーブーが現はれました。ここは一つ家の木挽小屋、何が出るやら知れませぬ。アレヤきつと化州でせう』 国依別『ナニ幽霊が水を飲んでゐるのだ。つまり含嗽をしてるのだよ。貴様行つてしらべて来い』 玉治別は木蔭にヒソビソ語る人声を聞きつけ、 玉治別『オイ何処の何者か知らぬが、俺も連れがなくて、淋しくつて困つて居るのだ。狼でも泥棒でも何でも構はぬ。遠慮は要らぬ。這入つて、マア湯が沸かしてあるから、ゆつくりと飲んだがよからうよ』 竜国別『アヽあの声は玉治別によく似て居るぢやないか』 国依別『左様々々、大方玉公の先生でせう……オイ玉ぢやないか』 玉治別『その声は国だなア。好い所へ来て呉れた。マア面白い見せ物も見ようと儘だし、湯も沢山に沸いてるから、トツトと俺に従いて来い。今日は山中の一つ家の臨時御主人公だ。サア此方へ……』 と手招きし乍ら、月光漏るる谷路を帰つて行く。 遠州『ヤア此家は杢助と云ふ強力者の住まつて居る木挽小屋です。彼奴に随分、我々の仲間は酷い目に遭うたものです。剣術、柔術の達人で、三十人や五十人は手毬の様に投げ付ける奴ですよ。さうして立派な嬶アを持つて居るのです。その嬶アが又中々の強者で、杢助に相当した腕力を持つて居るのだから、誰も此処ばつかりは、怖くてよう窺はなかつた所です。私等は顔をこれまでに見られて居るから剣呑です。貴方がたどうぞお這入り下さいませ。暫時木蔭で待つて居ますから』 竜国別『何、我々が付いて居れば大丈夫だ。遠慮は要らぬ。今日は玉公親分の家長権を持つて居る日だから、トツトと這入つたがよからう』 遠州『それでもあんまり閾が高く跨れませぬワ』 竜国別『ハハア、ヤツパリお前にも羞悪の心がどつかに残つて居るな。そんなら暫く泥棒組は木蔭に待つて居て呉れ』 遠州『泥棒組とは酷いぢやありませぬか。最早我々はピユリタン組とは違ひますかいな』 竜国別『ピユリタン組でも泥棒組でも良いワ。暫く其処辺へドロンと消えて、待つてゐるのだよ』 と云ひ棄て、竜、国の両人はヌツと家中に這入り、 竜国別、国依別『ヤア割りとは山中に似ず、小瀟洒とした家だなア』 玉治別『エヽ定つた事だい。俺が家長権を握つた大家庭だから、隅から隅まで能く行届いて居らうがな。併し俺の嬶が俄の罹病で死亡しよつたのだ。就ては俺に恋着心が残つたと見えて、死んでからでも細い手を出して、十許りの握り飯を既に八つ許り平らげて了ひよつたのだ。マア湯でも呑んでユツクリと嬶アの夜伽をしてやつて呉れ』 国依別『又しても、しようもない。本当に当家に死人があつたのか。貴様泥棒の臨時親方になつたと思うて、強盗をやつて此家の大切な嬶アを殺したのぢやないか』 玉治別『若い時から、女殺しの後家倒し、姫殺しと綽名を取つた玉治別ぢや。口でも殺せば、目でも殺すと云ふ業平朝臣だから、女の一人位、強盗になつて殺すのは当然だよ』 竜国別『マサカ人の女房を殺す様な、貴様も悪人ではなかつたが、三国ケ嶽の鬼婆の霊でも憑きよつたのかなア。エライ事をして呉れたものだワイ』 玉治別『マアどうでも良い。湯が沸いて居るから一杯飲んだらどうだ。これも玉治公がお手づからお沸し遊ばした結構なお湯だ。チヨツと毒試をして見たが、随分セキタン臭い水だ。併し胃病の薬には良いかも知れないわ』 国依別『一寸其土瓶を俺に貸して呉れ。調査る必要があるから。ウツカリ知らぬ宅へ来て、湯でも飲まうものなら、どんな毒薬が仕込んであるか分つたものぢやないわ』 玉治別『ナアニ、抜目のない玉治公がチヤンと査べてある。決して毒ぢやない。これは宝丹の入れ物だ。それで宝丹の匂ひが少しはして居る』 とニヤリと笑ふ。国依別は、 国依別『ナニ放痰、いやマスマス怪しいぞ』 と無理に取り上げ、灯にすかして見て、 国依別『ヤア何だか印が付いて居る……お杉の痰壺代用……エイ胸の悪い』 と云ひなり、不潔さうに土瓶を握つた手を放した。土瓶は庭にバタリと落ちて滅茶々々に破れ、煮湯はパツと四方に飛び散り、三人の顔に熱い臭い奴が、厭と云ふ程御見舞申した。 竜国別『サツパリ男の顔に墨ではなうて、痰を塗りやがつたな。ヤアヤア死人がムクムクと動き出したぢやないか。永久の死人ぢやあるまい。夜分になつたら臨時死ぬると云ふ睡眠状態だらう』 玉治別『そんな死方なら、誰でも毎晩やつて居るぢやないか。お前達の様な怠惰者は日が永いとか云つて、木の蔭で一時も二時も、チヨコチヨコ死ぬぢやないか。そんな死にやうとはチツト違ふのだい。徹底的の永き眠に就いて十万億土へ精霊の旅立の最中だ』 竜国別『それにしては、細い手を出して飯を掴んで食つたり、ムクムク動いて居るぢやないか』 玉治別『オイ国依別、お前は宗彦と云つて、随分に嬶アを沢山に泣かしたり、殺したと云ふ事だが、大方其亡念が此家の死人に憑いて居るのかも知れないぞ』 国依別『何にしても気分の悪い家だ。さうして此家の主人は何処へ行つたのだい』 玉治別『一寸買物に行つて来るから、帰るまで留守を頼むと云つて出たなり、まだ帰つて来ないのだ。随分暇の要る事だなア』 死人を寝かした夜具は、ムクムクと動き出した。五つ六つの女の児がムクツと起きあがり…… 子供『お父さんお父さんお父さん』 と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。三人はヤツと胸撫でおろし、 三人『ヤアこれで細い手も、握り飯掴みも解決がついた』 斯かる所へスタスタと帰つて来たのは主人の杢助、 杢助『巡礼さま、エライ御厄介になりました。何分急いで行つたのですけれど、夜分の事とて先が容易に起きてくれませぬので、つい手間取りまして、エライ御迷惑を掛けました』 玉治別『エー滅相な、どう致しまして……ここに二人居りますのは、我々の兄弟分で御座います。どうぞお見知り置かれますやうに』 子供は、 子供(お初)『お父さん』 と走つて抱きつく。 杢助『アーお前は賢い子だ。よう留守をして居つた。あんな死んだお母アの側に黙つて寝て居るとは、肝の太い奴だ。世の中には大きな男が、宣伝をしに歩いて居つても、死人の側には怖がつて、三人も五人も居らねば、夜伽をようせぬものだが、子供はヤツパリ罪が無いワイ』 玉治別は頭を掻き、 玉治別『ヤア恐れ入りました。私もチツとも怖くはありませぬ』 杢助『女房の霊前にお経を唱へて下さいましたか』 玉治別『ハイ、お茶湯を献げませうと思つて、つい考へて居りました。併し遠距離読経をやつて置きました。それも無形無声の、暗祈黙祷、愈これから始める所で御座います』 と何が何やら間誤ついて、支離滅裂の挨拶をやつて居る。ここに三人は霊前に向ひ、神言を奏上し、お杉の冥福を祈り、遠州外五人の手伝の下に、野辺の送りを無事に済ました。 玉治別『ヤアこれで無事終了、先づ先づお芽出……たくもありませぬ。惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ』 杢助『有難う御座いました』 一同は、 一同『左様ならば……随分御壮健でお暮しなさいませ』 と立つて行かむとする。杢助は、 杢助『モシモシ、此処にこんな風呂敷包が残つて居ます。コレはお前さまのぢやあるまいかな』 玉治別『ヤア到頭忘れて居た。これは私ので御座います』 杢助『お前さまのに間違ひはないか』 玉治別『実の所は峠の岩に休息して居つた時に、乾児がやつて来て、お頭様此通りと言つて渡して行きやがつたのだ。金も随分沢山あるだらう』 杢助『其方は巡礼に見せかけ、大泥棒を働く奴だ。コレヤ此の風呂敷は現在杢助の所持品だ。これを見よ。杢の印が付いて居る。此間の晩に、五六人抜刀で躍り込んで、俺の留守を幸に、包みを持つて帰つた小盗人がある。女房は何時もならば木端盗人の三十や五十、束になつて来た所が感応へぬのだが、何分労咳で骨と皮とになつて居た所だから、ミスミス盗られて了つたのだ。さうすると貴様はヤツパリ泥棒の親分だな。サア斯く現はれし上は百年目、此杢助が片つ端から素首を引抜いてやらう。……何れも皆覚悟せい』 と鉞を揮つて勢鋭く進んで来る。 玉治別『待つた待つた。嘘だ嘘だ。夜前泥棒が俺に渡したのだよ。俺や決して泥棒でも何でもない。マア待て待て……』 杢助『泥棒が泥棒でない者に金を渡すと云ふ事があるかい。貴様もヤツパリ泥棒の張本人だ。サア量見致さぬ』 と今や頭上より玉治別を梨割にせむとする此刹那『一二三四……』の天の数歌を一生懸命に称へ始めた。玉治別の手を組んだ食指の尖端より五色の霊光放射し、杢助は身体強直して其場に忽ち銅像の様になつて了つた。 玉治別『ハヽヽヽヽ』 竜国別『オイ玉公、我々に離れて何処へ行つたかと思へば、泥棒をやつて居たのだな。モウ今日限り貴様と縁を絶るから、さう思へ』 国依別『オイお前は何とした卑しい根性になつたのだ。俺はモウ合はす顔が無いワイ』 と涙声になる。玉治別は一伍一什を詳細に物語り、漸く二人の疑ひは氷解した。杢助は固まつた儘、此実地を目撃して、玉治別の無実を悟つた。玉治別は「ウン」と一声指頭を以て霊縛を解いた。杢助は旧の身体に復し、 杢助『お客さま、失礼な事を申上げました。どうぞ御勘弁下さいませ』 玉治別『分つたらそれで結構です……何も言ふ事はありませぬ。併し此包みはあなた調べて下さい』 杢助『そんなら皆様の前で検べて見ませう』 とガンヂガラミに括つた風呂敷包を解き開いて見れば、金色燦然たる金銀の小玉ザラザラと現はれて来た。さうして一冊の手帳が出て来た。開いて見れば、アルプス教の秘密書類である。三人はこれ幸ひと懐中に収め、後は杢助に返し、九人連れ此家を発つて津田の湖辺に向つて宣伝歌を歌ひ乍ら勢よく進み行く。 (大正一一・五・一七旧四・二一松村真澄録) |
|
12 (1788) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 15 化地蔵 | 第一五章化地蔵〔六八九〕 バラモン教の其一派アルプス教を樹立して 高春山に巣窟を構へて住める鬼婆の 鷹依姫が悪業を言向け和し救はむと 三五教に名も高き高姫黒姫両人は 鳥の岩樟船に乗り意気揚々と中天に 雲押し開き分け上り高春山の麓まで 二人は無事に着陸し黄金の草の茂りたる 胸突坂を攀じ登り岩窟並ぶ天の森 祠の前に休らひて天の瓊矛を振り廻し 言霊戦の最中にテーリスタンやカーリンス 鷹依姫の両腕と頼む曲津に誘はれて 岩窟の中に引き行かれ音信も今に知れざれば 二人を救ひ出さむと言依別の神言もて 竜国別や玉治別の神の使と諸共に 遠き山路を打渉り漸う此処に津田の湖 竜国別は北の路玉治別は湖水をば 横断り乍ら進み行く国依別の宣伝使 鼓の滝を右に見て神と君とに真心を 尽くす誠の宝塚峰を伝ひて六甲の 御山を指して登り行く。 国依別は杖を力に巡礼姿の甲斐々々しく、六甲山の頂上目蒐けて登り行くに路の傍への枯草の中にスツクと立てる石地蔵がある。 国依別『アヽ大変にコンパスも疲労を訴へ出した。一つ此石地蔵を相手に一服しようかなア。……オイ地蔵さま、お前は何時も美しい顔をして慈悲の権化とも云ふ様に見せて御座るが、随分冷酷なものだなア。どこを撫でてもチツとも温味はありやしない。何程地蔵だと云つても斯う蒲鉾の様に石に半身をくつつけて、半分体を出した所は、まるで磔刑に遇うた様なものだよ。今の世界悪の映像は、恰度お前が好い代表者だ。外面如地蔵、内心如閻魔の世の中の型が映つて居るのだなア』 地蔵は石から離れて浮き出た様に、ヒヨコヒヨコと錫杖を突いて、一二間許り歩み出し、 地蔵『オイ国依別、イヤ女殺しの後家倒しの、宗彦の巡礼上りの宣伝使、貴様の翫弄した女達に、今此処で会はしてやらうか。俺の悪口を言ひよつたが、貴様も随分悪い奴だよ。貴様こそ心に鬼を沢山抱擁し、外面は三五教の宣伝使なぞと、チツとチヤンチヤラ可笑しいワイ。其様な者を言依別命が信任するとは、ヤツパリ暗がりの世は暗がりの世だ。盲目ばかりの暗黒世界だなア』 国依別『コレコレ石地蔵さま、否化地蔵さま、お前はチツト言霊が悪いぢやないか。大方幽界で高歩貸でも行つて居るのだらう。中々娑婆気があつて面白いワイ』 地蔵『今の社会の奴ア、追々と渋とうなつて来やがつて、俺の商売もサツパリ算用合うて銭足らず。あちらからも小便を掛け、こちらからも小便をかけ、まるで世界の奴ア、犬の様なものだよ。借る時にや尾を掉つて出て来るが、返せと言へば鬼権だとか何とか云つてかぶり付く、咬犬の様な奴ばつかりだ。俺も仕方がないで、高歩貸をフツツリと断念し、菩提心を起して石地蔵になり、世界の亡者を助けてやらうと思つて、終始一貫不動の精神を以て、路の辻に鯱こばつて居れば、俺に金を借つた奴、借る時の地蔵顔、済す時の閻魔顔、悪魔道に落ちた報ひで、情ない、犬に性を変じて再び娑婆に現はれ、又しても小便をかけて通りよる。本当に人間と云ふ奴は仕方のないものだ。お前は高歩貸は苦めなかつたが、女は随分苦めたものだのう。キツト貴様も其報いで、今度は猫に生れ変るのは、閻魔の帳面にチヤンと記いて居たぞ。国依別と云ふのは娑婆に居る間の雅号だ。貴様の名はヤツパリ竹公又の名は宗彦、右の腕に梅の花の斑紋があると云ふ事が記してある。どうだ間違ひか』 国依別『それはチツとも間違がない。併し冥土へ行けば美人は沢山居るだらうな』 地蔵『居らいでかい。しかし乍ら婦人同盟会が創立されて、第一、宗彦と云ふ奴が出て来たら、集つてかかつて、血の池へブチ込んでやらうと云ふ事に、チヤンと定まつて居るよ』 国依別『お前は一体男か女か』 地蔵『それを尋ねて何にするのだ。若し俺が女だと云ふ事が分つたら、又何か地金を出して註文でもするのだらう』 国依別『誰がそんな冷たい奴に秋波を送る馬鹿があるかい』 地蔵『幽界に居る女は、誰もかれも氷の様な冷たい体ばつかりだぞ』 国依別『お前は坤の金神の別名で、実に優しい神の権化ぢやと聞いて居つたが、違ふのか』 地蔵『地蔵にもイロイロの種類がある。俺は借る時の地蔵顔、済す時の閻魔顔と云つて善悪両面を兼ねた活仏だ。地獄の沙汰も金次第、俺がお前に対し、柔かく親切に持ちかけるのも辛く当るのも、みんなお前の心一つだ。善も悪も全部此地蔵の方寸にあるのだ。昔から地蔵(地頭)に法なしと云つて、天下は地蔵の自由だ。馬鹿正直な、善だの悪だのと、俄上人になつて迂路付くものぢやない。なぜ生地其儘の正体を現はさぬのか』 国依別『お前の様に人を三文もせぬ様に言つて了へばそれまでだが、これでも娑婆世界に於いては最優等の身魂を持つて居る神のお使だぞ』 地蔵『何は兎もあれ、俺を背中に負うて六甲山の頂上まで連れて往つて呉れ。俺もこんな谷底に何時までも立ん坊になつて居つては面白くない。そこらの景色も見飽いて了つた。チツと世間を広く見たいからなう……』 国依別『それや事と品によつたら、負うて行つてやらない事もない。併し地獄の沙汰も金次第だ、金を幾ら出すか』 地蔵『俺は貴様の実地目撃する通り石の地蔵だ、金があらう筈はないよ』 国依別『そんなら止めて置かうかい。アタ重たい。此山坂を自分の体丈でも持て余して居るのに、此上重量を追加しては堪つたものぢやないワ』 地蔵『貴様も割とは弱音を吹く奴だなア。そんな事で高春山の鷹依姫が帰順すると思ふのか。俺を山頂まで連れて行く丈の勇気がなければ、どうせ落第だ。貴様の連れの玉治別は津田の湖水で、遠州、駿州、武州の為に亡ぼされ、竜国別は鬼娘に喰はれて了つたぞ。後に残るは貴様一人だ。到底此言霊戦は駄目だから、俺を負うて上まで能う行かぬ位なら、寧ろ兜を脱いで、是から引返したがよからうぞ』 国依別『何ツ、竜国別は鬼娘に喰はれたと。それや本当かい』 地蔵『それや本当だ。地蔵(自業)自得だ』 国依別『コレヤ石地蔵、貴様は洒落てるのか。嘘だらう』 地蔵『誰が嘘の事を言つて、あつたら口に風を引かす馬鹿があるかい。玉治別は寂滅為楽の運命に陥り、頭に三角の霊衣を被つて、たつた今やつて来る。マア暫く待つて居るが宜からう』 国依別は「ハテナア」と手を組み大地にドツカと坐し、鎮魂を修し、自ら虚実の判断に心力を熱中して居る。 地蔵『ハヽヽヽヽ、何時まで考へたつて、一旦国替した者が帰る気遣ひはない。早く俺の要求を容れないか』 国依別『八釜しく云ふない。自分の体も自由にならぬ中風地蔵奴。負うて行つてやるも、やらぬも、俺の考へ一つだ。今臍下丹田、地の高天原に八百万の神を神集ひに集ひ、神議りに議らむとして、諸神を鎮魂にて招ぎまつり居る最中だ』 地蔵は何時の間にか、なまめかしい美人の姿と化して了つた。 女『サア国さまえ、妾はお前さまに娑婆で随分嬲られたお市ですよ』 国依別『ナニ、お市だ、馬鹿を言ふな。大方金毛九尾の奴狐め。俺を誑す積りだらうが、そんな事に誑される国依別と思つて居るかい』 女『妾は最早幽界の人間、お前も、何と思つてらつしやるか知らぬが、此処は六甲山ぢやない、六道の辻ぢやぞえ。よう考へて見なさい。そこらの光景が娑婆とはスツカリ違ひませうがな』 国依別『馬鹿を言ふない。何処に違つたとこがあるか。グツグツ吐すと、狐の正体を現はしてやらうか』 女『ホヽヽヽヽ、あの宗さまの気張りようわいなう。腹の底から恐ろしくなつて来たと見え、汗をブルブルかいて、あらむ限りの力を出して、空威張りして居らつしやるワ、そんなこつて、どうして鷹依姫が往生しますかい』 国依別『往生さす、ささぬは此方の自由の権だ。女だてら我々の行動を、喋々と容喙する権利があるか』 女『あつても無くても、妾は妖怪だから容喙するのが当然だ。お前さまは現界に居つた時から、沢山の女を誘拐しなさつただらう。それだから今度は幽界へ来て、反対に女から何も彼も容喙されるのは、過去の作つた罪業が酬うて来たのですよ、ホヽヽヽヽ、あのマア不快らぬさうなお顔……』 国依別『エー放つときやがれ』 女『放つとけと仰有つても、お前さまの様な悪党は何程気張つても仏にはなれませぬぞえ。鬼にもなれず、マア石地蔵に小便をかけて歩く犬位なものだ。けれども幽界では顔丈は人間たる事を許される。それだから人犬と云ふのだ。人犬番犬妻王の馬と云つて妾を今まで馬にして来たが、今度は妻王の馬にしてあげるのだ。サア其処に四這ひに這ひなさいよ』 国依別『どこまでも男をチヨン嬲るのか。男の腕には骨があるぞ』 女『女だつて骨はありますよ。細うても樫の木、お前の腕は太く見えても新米竹の様な、中が空虚でヘナヘナだ。娑婆では腕を振廻して、こけ嚇しが利いただらう。新米竹の竹さんと云つて、威張つて行けたが、幽界ではチツと様子が違ひますよ』 国依別『エー雀の親方見たいに、女と云ふ奴は娑婆でも囀るが、幽界へ来てもヤツパリ囀るのかなア。雀女奴が』 女『竹さんに雀は品よくとまる、とめて止まらぬ恋の道だ。あちらからも青い顔して細い手を出し、こちらからも細い手を出して、竹さん来い来いと招んで居る……あの厭らしい亡者の姿を御覧。それ芒原の彼方から、お前に翻弄された雀女が、沢山に頭を出してゐるぢやないか。チツとは思ひ知つただらう』 国依別『オモイ知るも、軽い知るもあつたものかい。女なら亡者であらうが、化物であらうが、ビクとも致さぬ竹さん兼宗彦兼国依別命様だ。サアお市、気の毒だが貴様ここへユウカイして来て呉れ。俺が一々因縁を説いて、諒解の行く様にしてやる。ワツハヽヽヽ。女と云ふ奴は化物でも気分の良いものだワイ』 お市『お前は娑婆で、石灰竈の鼬のやうにコテコテ塗つた魔性の女や、化女、売淫女、夜鷹なぞに、何時も現を抜かして、鼻毛を抜かれ、眉毛を数まれ、涎を垂らかし、骨まで蒟蒻の様に為られて来た代物だから、化物は好い配偶だ。どんな奴でも構はぬ物喰ひのよい助作だから、ヤツパリ幽界へ来ても其癖が止まぬと見える。娑婆から幽界へ、そんな糟を持越して貰つては、閻魔さまも聊か迷惑だらう。地蔵顔してお前の巾着ばつかり狙つて居る魔性の女は、幽界にも多数に居るから、御註文なら幾らでも召集して来ませうか』 国依別『オイ一寸待つた。物も相談ぢやが、貴様一旦暇をやつたのだが、今度は一つ焼き直し、ドント張り込んで焼木杭に火が点いた様に、旧交を暖めたらどうだ。さうすれば貴様も沢山な女を集めて来て、修羅を燃やし修羅道へ落ちる心配はないぞ』 お市『ホヽヽヽヽ、自惚も良い加減にしたがよいワイナ。誰がお前の様なヒヨツトコから暇を貰ふものかいナ。暇を貰ふ所までクツついとる馬鹿があるものかい。憚り乍ら、お市の方から肱鉄を喰はして、鼻毛を抜いてお暇を呉れたのだ。三行半は誰が書いたのだ。お前覚えがあるだらう』 国依別『幽界へ来てまで、そんな恥を曝すものぢやない。俺ばつかりの恥辱ぢやないぞ。女は温順なのが値打だ。一旦女房になつたら、仮令夫が馬鹿でもヒヨツトコでも、泥棒でも、どこまでも女としての貞操を尽すのが良妻賢母だ。それに滔々と女の方から暇をやつたなぞと、天則違反的行為を自ら曝け出すと云ふ不利益な事があるか。閻魔さまに聞えたら、キツト貴様は冥罰を蒙るに定つて居るぞ』 お市『ホヽヽヽヽ、ガンザカ箒の様な男が、どこを押したらそんな真面目くさつた言葉が出るのですかい。貴方はそんな事を云ふ丈の資格はありませぬよ』 国依別『アヽしようもない。石地蔵や亡者女に妨げられて、思はぬ光陰を空費した。サア是れから高春山へ出陣せねばならぬ、そこ退け』 女『退けと云つたつて、どうして退けませう。妾だつてアヽ云ふものの、ヤツパリ、仮令三年にもせよ、お前と、夫よ妻よと呼んで暮した仲だもの、チツとは同情心が残つて居るのだから、お前も酷い女だと思はずに、腹の底をよく考へて下さらぬと困りますよ。此位な事に怒る様では、人犬たる資格はありませぬぞえ。夫婦喧嘩は犬も食はぬと云ふぢやありませぬか。お前もあんまり夫婦喧嘩に角を立てて怒ると、外の人犬が見て馬鹿にしますよ。そこらの女に小便を掛けさがし高利を借つては糞を掛けさがしたか……そいつア知らぬが、後家倒しの婆喰ひの人犬ぢやないか。お前に喰はれた後家婆アも、臭い顔して随分沢山に色欲道の辻に待つて居りますぜ。これからがお前の性念場だ。マア楽しんで行かつしやい。妾は夫婦の交誼でこれ丈の注意を与へて置く。何と言つても地蔵(自業)自得だから諦めて行きなさい』 国依別『俺は何時の間に幽界に来たのだらうかなア。オイお市、俺にはテンと顕幽分離の時期が分らない。貴様は知つて居るだらう。言つて呉れないか』 女『オホヽヽヽ、分りますまい。お前がモウ此後七十年経つた未来に、斯うして妾に会ふのだよ』 国依別『なあんだ。それならまだ大丈夫だ』 女『お前は丙午の年だから、随分これから女を沢山に殺して、七十年後になれば今の何十倍と云ふ亡者が出来て、歓迎会でも開くだらうから、苦しんで待つて居るがよからう』 国依別『お構ひ御無用だ。俺は楽しんで待つて居る。楽天主義の統一主義の進展主義の清潔主義を標榜する三五教の宣伝使だ』 女『如何にもお前は畜生道へ落転主義だらう。さうして現界で高春山を征服し、鬼婆に糞をかけられ、天の真名井へ泣きもつて、吠面かわいて立帰り、他の宣伝使からドツサリ氷の様な冷たい水を打掛けられ、アヽこれで清潔主義の実行だと喜ぶのだらう。折角人犬になつた魂を曇らして、再び鼬となり、人に最後屁をひりかけ、業を経て貂に進む、進貂主義を実行なさいませ』 国依別『娑婆にある間は、どうしようと斯うしようと俺の腕にあるのだ。お構ひ御無用だ。亡者は亡者らしく石塔の下へ蟄伏して、時々風が吹いたら首を突出し、糠団子でも喰て居れば好いのだ、マア暫く楽しんで待つて居れ。七十年未来になれば、俺の殺した女亡者に限り、全部統一主義を実行し、幽冥界に一つの国依別王国を建設するから、それまでにイロイロと世の持方の研究をして置くのだよ。其時には貴様を伴食大臣に登庸してやる』 お市『誰が、お前の部下になるものが一人でもありますかい。エー娑婆臭い事を言ひなさるな』 斯かる所へ五六人の男、茨の杖を突き乍ら走せ来り、 男『オイ三五教の……貴様は宣伝使だらう。俺は高春山のテーリスタンの部下の者だ。早く起きぬかい』 国依別『ハハア、貴様は悪業充ちて幽界へ来せたのだなア。良い加減に改心せぬかい。貴様等は何奴も此奴も独身生活と見えるが、何程幽界へ来ても、女房は欲しいだらう。チツト使ひ古しでお気に入らぬか知らぬが、俺のお古が一寸十打程此処にあるのだ。一つ手を叩けば「アーイ」と言つてやつて来るのだ。「旦那さん、こんちは」と云つてお出でになるぞ。中にや随分素敵な奴もあるから、何れなつと選り取り見取りだ。一品が一銭九厘屋で御座い』 甲『オイ貴様は何寝惚けて居やがるのだ。辻地蔵の前に寝転びやがつて、シツカリさらさぬかい』 此声に国依別は四辺をキヨロキヨロ見まはし、 国依別『ハハア、なあんだ。夢を見て居つたのか……オイ貴様は何処の奴だい』 甲『俺は言はいでも知れた、高春山の鷹依姫様の御家来だ。貴様は唯一人高春山へ何しに行くのだ。此処は南の関所だぞ』 国依別『アヽさうだつたか。マアゆつくり一服せい。相談がある』 甲『貴様に相談をかけられるのは、碌な事ぢやあるまい』 国依別『其落ちつかぬ様子はなんだい。戦はぬ間から負けてるぢやないか、地震の神懸をしやがつて………チツと胴を据ゑないか』 甲『貴様は国依別のヘボ宣伝使だらう。サア白状せい』 国依別『アハヽヽヽ、天晴れ堂々たる天下の宣伝使だ。貴様の様な小童武者に、何隠す必要があるか。国依別命とは俺の事だ』 乙(常公)『ヤア貴様は竹公ぢやないか。何時やら俺の妹をチヨロまかした曲者奴』 国依別『ウンお前はお松の兄貴の常公だつたなア。言はば義理の兄貴だ。併し貴様もよく零落したものだなア。さうしてお松はどうなつたか』 常公『貴様余程迂濶者だなア。俺の妹のお松は生意気な奴で、俺と信仰を異にし、到頭ウラナイ教の高姫の乾児になりやがつて、高城山で松姫と名乗り、立派にやつてけつかるのだ。俺は心が合はないから行つた事がないが、中々俺の妹だけあつて善にもせよ、悪にもせよ、傑出した所があるワイ』 国依別『何ツ、あの松姫がお松だと云ふのか。其奴ア大変だ。さう云へば何だか合点がゆかぬと思つて居たのだ。松姫は中々俺達とは違うて、今は三五教の錚々たる宣伝使だ。ヤツパリ俺に秋波を送る様な奴だから、代物がどつか違つた所があるのだな、アハヽヽヽ』 丙『オイ斯んな所で惚気を聞かしやがつて、何だ、チツと確乎せぬかい』 国依別『羨ましいだらう。随分松姫は別嬪だぞ。知慧もあれば力もあり、愛嬌もあり、あんな奴ア、滅多にあつたものぢやない。俺もさう聞くと、松姫が一層崇高な人格者の様に見えて来たワイ』 一同は、 一同『ワツハヽヽヽ』 と笑ひ転ける。甲、乙、丙、丁、戊、己の六人は遂に国依別に言向け和され、心の底より国依別の洒脱なる気品に惚込み、信者となつて高春山へ筒井順慶式を発揮すべく、がやがや囁きながら進み行く。 (大正一一・五・二一旧四・二五松村真澄録) |
|
13 (1796) |
霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 01 玉騒疑 | 第一章玉騒疑〔六九三〕 天と地との元津御祖、国治立大神は、醜の曲津の猛びに依りて是非なく豊国姫尊と共に、独身神となりまして御身を隠し給ひ、茲に大国治立尊の御子と坐します神伊弉諾大神、神伊弉冊大神の二柱、天津大神の御言を畏み、海月なす漂へる国を造り固め成さむとして、神勅を奉じ、天の浮橋に立ち、泥水漂ふ豊葦原の瑞穂国を、天の瓊矛を以て、シオコヲロ、コヲロに掻き鳴し給ひ、滴る矛の雫より成りしてふ自転倒島の天教山に下り立ち、天の御柱、国の御柱を搗き固め、撞の御柱を左右りより廻り会ひ再び豊葦原の中津国を、神代の本津国に復さむと、木花姫命、日の出神と言議り給ひて、心を協せ力を尽し、神国成就の為に竭し給ひしが、天足彦、胞場姫の霊より現はれ出でたる醜の曲津見、再び処を得て、縦横無尽に暴れ狂ひ、八百万の神人は又も心捩けて、あらぬ方にと赴きつ、復び世は常闇となりにけり。 茲に天照大御神、神素盞嗚大神は伊弉諾命の御子と現れまして天津神、国津神、八百万の神人に誠の道を説き諭し給ひしが、世は日に月に穢れ行きて、畔放ち溝埋め、樋放ち頻蒔き串差し、生剥ぎ逆剥ぎ、屎戸許々太久の罪、天地に充満し、生膚断、死膚断、白人胡久美、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜犯せる罪、昆虫の災、高津神の災、高津鳥の災、畜殪し蠱物せる罪、許々太久の罪出で来り、世は益々暗黒の雲に閉され黒白も分かずなり行きたれば、素盞嗚大神は葦原国を治め給ふ術もなく日夜に御心を砕かせ給ひ、泣き伊佐知給へば、茲に神伊弉諾命、天より降り給ひて、素盞嗚尊にその故由を問はせ給ひ、素盞嗚尊は地上の罪悪を一身に引受け、部下の神々又は八岐大蛇醜神の曲を隠し、我が一柱の言心行悪しき為なりと答へ給へば、伊弉諾大神は怒らせ給ひ、 伊弉諾大神『ここに汝は海原を知食すべき資格なければ、母の国に臻りませ』 と厳かに言宣り給へば、素盞嗚尊は姉の大神に事の由を委細に申し上げむと、高天原に上り給ふ。此時山川草木を守護せる神々驚きて動揺し、世はますます暗黒となりければ、姉大神は弟神に黒き心ありと言挙げし給ひ、茲に天の安河を中に置き、天の真奈井に御禊して、厳之御魂、瑞之御魂の証明し給ひ、姉大神は変性男子の御霊、弟神は変性女子の御霊なる事を宣り分け給ひぬ。 素盞嗚尊に従ひませる八十猛の神々は大に怒りて、 八十猛神『吾が仕へ奉る素盞嗚大神は清明無垢の瑞霊に坐しませり。然るに何を以て吾が大神に対し、黒き心ありと宣らせ給ひしか』 と怒り狂ひて、遂に姉大神をして天の岩戸に隠れ給ふの已むなきに到らしめたのは、実に素盞嗚尊の為に惜しむべき事である。 茲に素盞嗚大神はいよいよ千座の置戸を負ひ給ひ、吾が治せる国を姉大神に奉り、高天原を下りて、葦原の中津国に騒れる曲津神を言向け和し、八岐大蛇や醜狐、曲鬼、醜女、探女の霊を清め、誠の道に救ひ、完全無欠、至善至美なるミロクの神政を樹立せむとし、親ら漂浪の旅を続かせ給ふ事となつた。 大洪水以前はヱルサレムを中心として神業を開始し給ひしが、茲に国治立尊の分霊国武彦と現はれて、自転倒島に下りまし、神素盞嗚大神と共に五六七神政の基礎を築かせ給ふ事となつた。それより自転倒島は、いよいよ世界統一の神業地と定まつた。 顕国玉の精より現はれ出でたる如意宝珠を始め、黄金の玉、紫の玉は、神界における三種の神宝として、最も貴重なる物とせられて居る。此三つの玉を称して瑞の御霊と云ふ。此玉の納まる国は、豊葦原の瑞穂国を統一すべき神憲、惟神に備はつて居るのである。 茲に国治立命は天教山を出入口となし、豊国姫神は鳴門を出入口として、地上の経綸に任じ給ひ、永く世に隠れて、五六七神政成就の時機を待たせ給ひぬ。素盞嗚尊は其分霊言霊別命を地中に隠し、少彦名命として神業に参加せしめ給ひしが、今又言依別命と現はして、三種の神宝を保護せしめ給ふ事となつた。言依別命の神業に依りて、三種の神宝は錦の宮に納まり、いよいよ神政成就に着手し給はむとする時、国治立命と豊国姫命の命に依り、未だ時機尚早なれば、三千世界一度に開く梅の花の春を待ちて三箇の神宝を世に現はすべしとありければ、言依別命は私かに神命を奉じて、自転倒島の或地点に深く隠し給ひし御神業の由来を本巻に於て口述せむとす。有形にして無形、無形にして有形、無声にして有声、有声にして無声なる神変不可思議の神宝なれば、凡眼を以て見る事能はざるは固よりなり。 凩荒ぶ冬の夜の月の光を浴びながら 心にかかる黒雲の晴るる隙なき黒姫が 言依別命より言ひつけられて人知れず 納め置きたる黄金の玉の在処を調べむと 丑満時に起き出でて独りスゴスゴ四尾山 麓の一つ松が根に匿まひ置きし石櫃の そつと蓋をば開き見て思はずドツと打倒れ 吾責任も玉無しの藻脱の殻の悲しさに 如何はせむと起き直り思案に暮れて居たりしが 忽ち人の足音に気を取直し立ちあがり 木蔭を索めて帰り行く。 窺ひ寄つたる二人の男、松の根元に立寄りて、 甲(テーリスタン)『ヤア黒姫さまの様子が怪しいと思うて跟いて来たが、大方これは蜈蚣姫が占領して居つた黄金の玉を、言依別命から信任を得て、黒姫が隠して置きよつたのだなア』 乙(カーリンス)『併し黒姫さまは蓋を開けるが早いか吃驚して尻餅を搗いたぢやないか。大方紛失して居たのぢやあるまいかな。そんな事だつたら、黒姫もサツパリ駄目だがなア』 甲(テーリスタン)『あんまりの玉の光に驚いて、尻餅を搗いたのだらう、それに定つて居るよ。誰一人こんな所に隠して置いたつて、探知する者がないからな。肝腎の紫姫さまでさへも御存じない位だから………』 乙(カーリンス)『イヤどうも怪しい黒姫の姿、影が薄い様だ。一つそつと尋ねて見ようぢやないか。グヅグヅして居ると、姿が分らなくなつて了ふよ』 甲(テーリスタン)『サ、早く往かう。最早姿が見えなくなつたぢやないか』 とキヨロキヨロ其処らを見廻して居る。忽ち下手の溜池にバサリと人の飛び込む水音、二人は驚いて池の辺に駆けつけ見れば、何の影もなく、唯水面を波が円を描いて揺らいで居る。月の影さへも砕けて、串団子の様に長く重なり動いて居る。 甲(テーリスタン)『ヤア此処に履物が一足脱いである。こりやてつきり黒姫さまのだ。ヤア大変だ、カーリンス、貴様は早く帰つて言依別様に申し上げ、大勢の信者を引率して救援隊を繰出して呉れ。俺はそれ迄此処に保護して居る』 カーリンス『馬鹿言ふない。グヅグヅして居る間に縡れて了ふぢやないか』 と云ふより早く、カーリンスは、薄氷の張りかけた池に、赤裸となつて飛び込み、水を潜つて黒姫を引抱へ、漸くにして救ひあげた。黒姫は最早虫の息となつて居る。 カーリンス『オイ、テーリスタン、誰にも此奴ア、様子を聞く迄極秘にして置かなくては、黒姫さまの為にはよくなからうぞ。兎も角俺も寒くて体が凍てさうだ。そつと此処で火を焚いて黒姫様の体を温めて息を吹き返さすのが第一だ。オイ貴様早く、そつと帰つて二人の着物を……何でも良いから持つて来て呉れ』 テーリスタン『ヨシ合点だツ』 とテーリスタンは黒姫の館へ駆けつけ、そつと衣服を二人前、小脇に抱い込み帰つて来た。其間に黒姫は息を吹き返して居た。テーリスタンは息を喘ませながら、 テーリスタン『サア漸く持つて来た。早く着て呉れ。寒かつただらう』 カーリンス『アヽそれは御苦労だつた。サア黒姫さま、兎も角これを着て下さい』 黒姫『お前はテー、カーの両人ぢやないか。なぜ妾の折角の投身を邪魔なさるのだい。どこまでも妾を苦しめる心算かい』 カーリンス『コレ黒姫さま、チツと確りなさらぬか。お前さまは精神に異状を来して居るのだらう。生命を助けて貰つて不足を云ふ者が何処にありますか。なア、テーリスタン。御苦労だつた位云つても、あんまり損はいくまいに………こんな怪体な事を聞いたことはないのう』 テーリスタン『コレ黒姫さま、お前さまが覚悟で陥つたのか、過つて陥つたのか………そら知らぬが、吾々二人は生命を的に、此寒いのにお前さまの生命を助けたのだ。なぜそんな不足さうな事を言ふのだい』 黒姫『妾はどうしても生きて居られぬ理由があるのだよ。どうぞ死なしてお呉れ』 と又もや駆け出さむとするを、カーリンスは大手を拡げ、 カーリンス『待つた待つた、死んで花実が咲く例しがない。仮令どんな事があつても、死んで言訳が立つものか。却て神界に於て薄志弱行者として冥罰を受けねばなるまい』 黒姫『何と云つても死なねばならぬ理由がある。どうぞ助けてお呉れ』 カーリンス『助けて上げたぢやないか』 黒姫『助けると云ふのは、妾の自由に為して呉れと云ふのだよ』 カーリンス『自由にするとは、そりや又どうすると云ふのだい。一日でも生きよう生きようとするのが人間の本能だ。死ぬのを助かるとはチツと道理に合はない。そこまでお前さまも覚悟をした以上は、どんな活動でも出来るだらう。生命を的に神界の為に活動し今迄の罪を贖ひし上、神様のお召しに依つて国替するのが本当だよ』 テーリスタン『此位な道理の分らぬ貴女ぢやないが、何故又さう分らぬのだらうかナア』 黒姫『何も彼もサツパリ分らぬ様になつて来ましたよ』 テーリスタン『お前さま、言依別命様より保管を命ぜられた、黄金の玉を紛失したのだらう』 黒姫『何ツ、それが如何してお前に分つたのか』 テーリスタン『私は貴女がチヨコチヨコ夜分になると、宅を出て往くので、此奴ア不思議だと、二人が何時も気を付けて居つたのだ。さうすると、四尾山の一本松の麓へ行つて居らつしやる。今日も今日とて不思議で堪らず、来て見れば、お前さまは松の木の根元で、唐櫃を開いて腰を抜かしなさつただらう。てつきり黄金の玉を誰かに盗まれ、其責を負うて自殺しようとしたのだらうがナ』 黒姫『何ツ、お前は何時も妾の行動を考へて居たのか。油断のならぬ男だ。そんなら其玉の盗賊はお前達両人に間違なからう……サア有態に仰有れ』 テーリスタン『これはしたり、黒姫さま。それは何と云ふ無理を仰有るのだ。能う考へて御覧なさい。吾々両人が其玉を仮りに盗んだとすれば、どうしてお前さまを助けるものかい。池へ陥つたのを幸に、素知らぬ顔をして居るぢやないか』 黒姫『兎も角、あの松の木の下へは、お前達二人、何時も来ると云ふぢやないか。玉の在処を知つた者が盗らいで誰が盗らう。何と云つても嫌疑のかかるのは当然ぢや。妾もあの玉に就ては生命懸に保護をして居るのだから、お前の生命を奪つてでも白状させねば置かぬのだよ』 とカーリンスの胸倉をグツと握り、首を締め、 黒姫『サア、カーリンス、玉の在処を白状しなさい』 テーリスタン『コレコレ黒姫さま、何をなさいます。あんまりぢや御座いませぬか』 黒姫『エー喧しい。お前も同類だ。白状せぬと、カーリンスの様に揉み潰して了はうか。二人が共謀して居るのだから、見せしめに此奴の息の根を止め、次にお前の番だから、其処一寸も動くこたアならぬぞえ』 カーリンス『アヽ苦しい苦しい。オイ、テ、テ、テーリスタン、婆アさまを退けて呉れ、息がト、ト止まる』 と声も絶え絶えに叫んで居る。テーリスタンは已むを得ず、黒姫の腰帯をグツと握り、力に任せて後へ引いた。黒姫は夜叉の如く、声も荒らかに、 黒姫『モウ此上は破れかぶれだ。汝等両人白状すれば可し、白状致さねば冥途の道伴にしてやらう』 と死物狂ひに両人に向つて飛び付き来る其の凄じさ。二人は、 テーリスタン、カーリンス『黒姫さま、待つた待つた。私ぢやない。さう疑はれては大変な迷惑を致しますよ』 黒姫『ナニ、貴様は高春山で悪い事ばかりやつて居た奴だから、また病気が再発したのだ。改心したと見せかけ、鷹依姫と諜し合はして、此玉を盗り、尚其上如意宝珠の玉を持つて逃げる計画に違ない。アヽさうなると、妾も今死ぬのは早い。お前達の計画をスツカリと素破抜いて、根底から覆へさねばならないのだ。サア如何ぢや、何処へ隠した。早く言はぬかい』 テー、カー両人は泣声になつて、 テーリスタン、カーリンス『モシモシ黒姫さま、それはあまり残酷ぢやありませぬか』 黒姫『ナニ、どちらが残酷だ。妾に是れ丈の失敗をさせて置いて、白々しく、知らぬ存ぜぬの一点張で貫き通さうと思つても、此黒姫が黒い眼でチヤンと睨んだら間違はないのだよ。斯う云ふ所で愚図々々して居ると人に見付かつては大変だ。サア妾の館までそつと出て来なさい。ユツクリと話をして互に打解けて、玉の在処をアツサリ聞かして貰ひませう。さうすれば妾も結構なり、お前も言依別命様にとりなして幹部に入れてあげる。何時までも妾の宅に門番をして居つても詰らぬからナア……』 テ、カ(テーリスタン、カーリンス)『ハイ、そんなら御言葉に従ひ、お宅へ参りませう』 黒姫『ア、それでヤツと安心した。素直に在処を白状するのだよ』 テーリスタン、カーリンス『ハテ、困つた事だなア』 と二人は思案に暮れてゐる。 (大正一一・五・二四旧四・二八松村真澄録) |
|
14 (1825) |
霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 07 知らぬが仏 | 第七章知らぬが仏〔七一九〕 秋彦、駒彦の宣伝使は、常楠、お久の老夫婦と共に、木山の里を立出で漸う栗栖川の畔、栗栖の森に着いた。老人の事とて疲労を感じ、此処に駒彦の父常楠は、俄に胸腹部の激痛を感じ、発熱甚しく、身動きもならぬやうになつて了つた。お久を始め秋彦、駒彦の両人は、如何にもして常楠の病気を恢復せしめむと、栗栖の宮の半破れたる社務所に立寄り、いろいろと介抱に手を尽したが、病は追々重るばかりで、命旦夕に迫つて来た。 二人の宣伝使は栗栖川の上流に妙薬ありと聞き、手配して山深く薬草を求むべく進み入つた。後にお久は夫の看病に余念なく、心力を尽して老の身の労苦も打忘れ、看護に努めた。人里離れし淋しき此栗栖の宮の森は人声もなく、時々烏の声、百舌鳥の囁きが聞ゆるばかり、凩は時を仕切つて吹いて来る。さすが暖国の冬も、今日に限つて殊更厳寒を感じ、身に寒疣を現はすばかりであつた。 夜は深々と更け渡り、月は皓々と中天に輝き、憐れな老夫婦の境遇を憐れ気に見下ろし給ひつつあるものの如く、時々月の面を掠めて淡い雲が来往してゐる。其度毎にパツと明くなつたり、又パツと薄暗くなり、空には薄茶色の雲、白雲に混つて脚速く右往左往に彷徨して居る。 此時覆面した二人の大男、何事かヒソビソと囁き乍ら、此森に向つて進み来り、社務所の中に老夫婦のあるをも知らず、縁側に腰打かけ、ヒソビソ話に耽つて居たが、遂には興に乗つて声高に囀り始めた。 甲『オイ虻公、此頃は泥棒商売も薩張り冬枯れで、懐も寒いことだないか。なんぞ好い鳥がやつて来さうなものだな。木山の里で爺と婆アの家に泊り込み、奪つて来た金子は大方使ひ果し、最早二進も三進も行かなくなつて了つたぢやないか。此処で一つ大きな仕事をせぬことには、持ちもせぬ乾児を養ふことも出来ず、乾児の嬶や子供までが薩張乾上つて了ふ。何とか好い思案は出ないだらうかなア』 虻公『オイ蜂公、貴様は金子が手に入ると、大風に灰撒くやうに、直にバラバラと撒き散らしやがるものだから困つて了ふワ。貴様は乾児も少し、一人生活ぢやないか。俺のやうに有りもせぬ乾児の十人も持ち、近所の杢平が七八人の家族を抱へてゐては到底小さい働きではやりきれない。木山の里で奪つた金子も百両ばかりあつたが、貴様は山分けにして五十両持つて帰つたのだから、余程使ひでがなければならぬ。俺達とは責任が大変違ふのだから……』 蜂公『何と云つても五十両は五十両だ。家内が少いと云つて五十両が百両に使へる道理も無し、又家内や乾児が多いと云つても、五十両は依然五十両だ。滅多に二十両になる気遣ひは無い。そんな吝なことを云ふない』 虻公『其癖貴様は可愛相に彼の娘を○○して、両親の前でばらしたぢやないか。ヨウま彼んな鬼のやうな事が出来たものだ』 蜂公『ヘン俺が鬼なら貴様も鬼だ』 虻公『鬼にも善悪があつて、貴様のは特別製の角鬼だ、所謂雄だ。俺のは雌だから角の無い鬼だからなア』 蜂公『定つたことだ。鬼なら鬼で、何処迄も徹底的に鬼たるの本分を尽さねばなるまい、貴様のやうに少し金子が出来ると、仏の道とか、金の道とかに逆転しやうとする様なことで、何うして大きな仕事が出来るものか』 と話してゐる。社務所の中より苦悶の声、両人の耳を刺した。 虻公『ヤア何だか妙な声がするぢやないか』 蜂公『ほんに怪体な声が聞えて来た。全で狼の唸り声のやうだ。一体何物だらう。一つ調べて見たら何うだ』 虻公『おけおけ、君子は危きに近付かずだ。幽霊かも知れないぞ』 蜂公『君子が聞いて呆れるワ。貴様のやうな悪党が、何処の盲が見たつて君子と思ふ奴があるか。お軽の幽霊が貴様達が此処へ来ると思つて、待つてゐやがるのかも知れぬぞ。何だか俺は首筋元がゾクゾクして来た。外は寒い風が吹くなり、中には嫌らし声が聞えるなり、遣り切れなくなつたぢやないか』 虻公『そんなチヨロ臭いことを云つて居ると、貴様と俺の名ぢやないが虻蜂取らずになつて了ふぞ。ひよつとしたら旅人が沢山金子を持つて寝てゐやがるかも知れぬぞ、山吹色の奴がウンウンと唸つてゐるのだらう。一つ勇気を出して踏ん込み、ウンの正体を見届けやうぢやないか。ひよつとしたら吾々の運の開け口かも知れぬぞ』 蜂公『うつかり遣り損ふとウンが下つて尻から出るウンにならぬやうにせよ。貴様は何時も狼狽者だから尻の局はついた事はない。年が年中手を出しては糞垂れる奴ぢやから、アハヽヽヽ』 と笑ふ。お久は此笑ひ声を聞いて、待ちに待つたる二人の宣伝使の帰つたのだと早合点し、中より戸を開いて、 お久『アヽ待ち兼ねました、お二人の方、早く這入つて下さい。嘸寒かつたでせう』 二人一度に、 虻公、蜂公『ヤア誰かと思へば貴方は此家の御主人か。兎も角それでは一服さして貰ひませう』 と内に入る。微な明りに映つた虻、蜂二人の顔。お久は之を眺めて、 お久『アツ、お前等は此間我が家に泊り込み、娘の生命を奪り、有金をすつかり浚へて逃げ居つた泥棒ぢやないか。サア、斯うなる以上は我が子の仇敵、モウ承知を致さぬ。覚悟せい』 と懐剣を逆手に持つて形相凄じく、上段に構へこんだ。虻、蜂の二人は大口を開けて、『アハヽヽヽ』と高笑ひする。 お久『盗人猛々しいとは其方のこと。此の婆が死物狂ひの働き、覚悟を致せ、最早死んでも惜しうない年寄の生命だ』 と斬つてかかる。二人は長刀をスラリと引抜き、 虻公、蜂公『サア、来い』 と腰を据ゑ、寄らば斬らむと控へて居る。お久も二人の荒武者の身構へにつけ入る隙もなく、瞬きもせず隙あらば斬りかからんと狙つて居る。二人はジリジリと抜刀を両手に、腹の辺りに柄を握り乍ら詰め寄つて来る。 常楠は発熱甚しく夢中になつて『ウンウン』と唸つて居る。斯かる処へ秋彦、駒彦の両人は、歩を速めて帰り来り、駒彦先づ中へ這入つて見れば此の状態。 駒彦『ヤア某は三五教の宣伝使駒彦と申すものだ。汝は泥棒と見受るが、老人ばかりの家にやつて来て、何を奪らうと云つたつて奪るものは有るまい。要らざることを致すより、早く此場を立去つたがよからうぞ。グヅグヅ致して居ると、汝の利益にならぬぞ』 お久は始めて此声に気がつき、短刀を振かざし乍ら、 お久『伜の駒彦か、ようマア危ない処へ帰つて下さつた。……秋彦さま、何うぞ加勢して下さい。此奴が私の娘を殺し、金子を盗つて逃げた悪人で御座いますよ』 と聞いて二人は忽ち両手を組み、満身の霊力を籠めてウンと一声、霊縛をかけた。二人は身構へした儘、身体強直し木像の如くになつて了ひ、眼ばかりギヨロつかせて居る。 駒彦『アハヽヽヽ、マア一寸斯うして置いて、悠くりお父さまに薬を上げ御恢復の上、此の面白い木像を慰みに御目にかけることにせう。秋彦さま、霊縛の弛まないやうに気をつけて下さい。私はこれより父の看護を致しますから。………お母さま、危険いところで御座いましたな』 お久は稍安堵して短刀を鞘に納め、ドツカと坐し、 お久『アーお前の帰るのがモウ一息遅かつたら、爺も婆も又もや此奴のために生命を奪らるるところだつた』 と嬉しさ余つて声さへ曇つてゐる。起死回生の妙薬忽ち効験顕はれ、常楠は俄に元気恢復し、起き上つて二人の泥棒の姿を見、 常楠『アヽ御かげで病気が余程よくなつたと思へば、又しても此間出て来た大悪党奴、刀を抜いて執念深くも吾々夫婦を付け狙うて居るのか。偖も偖も度し難き代物だ。こんな奴は必定根の国、底の国の成敗を受けねばならぬ奴だ。想へば想へば可愛相になつて来た、娘の仇とは言ひ乍ら何うしたものか、此奴の精神が気の毒になつて、日頃の恨みも、腹立ちも何処かへ往つて了つた。オイ泥棒、お前も好い加減に改心をしたら何うだ。未来のほどが恐ろしいぞよ』 泥棒は目をキヨロキヨロ回転させるばかり、唇を微に動かしたきり一言も発し得ず、固まつた儘苦悶して居る。 駒彦『お父さま、是等両人は妹を殺した奴で御座いますか。本当に仕方のない悪人ですな。併し乍ら吾々宣伝使の神力を以てしては、此様なものの五人や十人は、小指の先にも当りませぬが、貴方の仰せの通り罪を憎んで人を憎まず、誠の道に帰順すれば救けてやりませうかなア…オイ泥棒、貴様等はまだ此上悪事をやる考へか、但は今日限り薩張改心を致すか何うだ。口利く丈は霊縛を解いてやるから、直に返答致せ』 虻公は漸く重たさうに口を開いて、 虻公『ハイ、カ…イ…シ…ン…イ…タ…シ…マ…ス』 と千切れ千切れに機械的にヤツと答へた。 駒彦『ウン、よし、それに間違ひはないなア。モウ一人の奴は何うだ。貴様も改心するか』 蜂公は機械のやうに幾度となく、頭を縦に曲線的に振つてゐる。 駒彦『ウン、よし、改心するに違ひはないな。そんなら秋彦さま、霊縛を解いてやつて下さい、万一暴れ出したら其時又霊縛をかけるまでの事だから……』 秋彦『承知しました』 と秋彦は両手を組合せ、天の数歌を一回唱へ、『許す』と一言、言霊を発射するや両人の身体は自由自在の旧に復した。二人は夕立の如き涙をボロボロと落しながら、両手を合せ床に頭を摺つけ、懺悔の念に堪へざるものの如く啜り泣きさへして居る。 常楠は両人の姿をツクヅクと眺め、 常楠『コレ二人の泥棒、お前も生れ付いてからの悪人ではあるまい。人間と云ふものは育ちが大切だ。大抵泥棒になつたりする奴は、若い時に親に離れるか、或は継母育ちか、継父の家庭に育つたものが多い様だが、お前の親は何うなつたのだ。子の可愛くない親は世界にない筈だが、何うぞして家の伜も一人前に育て上げ、世間から偉い奴だと賞めて貰ひたいのは親心、今に両親が生て厶るならば、御心配をして厶るであらう。今より綺麗薩張と心を入れ換へ善の道に立帰りなされや。私もお前さん等に大事の娘を殺されたが、お前にも両親があるだらう。娘の仇だと云つて、仇を討てば私は気分がサラリとしやうが、お前の両親が聞いたら嘸歎かつしやることだらう。之を思へばお前さまに娘の仇として、一太刀報いることも出来ぬやうになつて来た。何卒今日限り生命が失くなつたと思つて誠の心になつて下され。これが老先短き年寄の頼みだ。お前の親の代りに意見をするのだから、何卒忘れぬやうにしてお呉れ』 虻公『ハイ有難う御座います。翻然として今迄の夢が醒めました。私には親があつたさうで御座いますが、未だに分りませぬ。印南の里の森に菰に包まれ、生れた直き直き捨てられて居つたのを、情深い村人が救ひ上げて、子の無いのを幸ひに私を子として育てて下さつたのですが、私が六才の時に大恩ある育ての両親は、俄の病で国替をなされまして、それから私は取りつく島もなく、乞食の群に入り漸く成人して女房を持ちましたが、子供の時より悪い事をやつて来た癖は今に直らず、好い事は一つも致したことはありませぬ。貴方の只今の御教訓は生みの親の慈悲の御言葉のやうに感じまして、心の底より有難涙が溢れます。モウ今日限り悪いことは致しませぬ』 常楠『アヽさうかさうか、よう言うて下さつた。それで私も安心した。さうしてお前は捨児されたと云はつしやつたが、何か其時の印は無かつたか』 虻公『ハイ私は虻公と申して居りますが、私の肌に添へてあつた守り刀に、「常」と云ふ字が書いてあつたさうで御座います。今は擦れて字も見えなくなりましたが、之を証拠に生みの親を探ねんと、斯んな悪人に似合はず、始終肌身に離さず持つて居ります。何うぞして一度此世でお父さまやお母さまに会ひたいもので御座います。何しろ生れ落ちると捨児になるやうな不運なもので御座いますから、到底此世では会ふことは出来ますまい』 と身の果敢なさを思ひ浮かべて、泥棒に似合はずワツと許り其場に泣き倒れた。 常楠は首を傾けて吐息を洩らして居る。暫らくあつて、 常楠『其の守り刀を一寸見せて下さらぬか』 虻公『サア、何うぞ御覧下さいませ』 と懐より取出し押戴いて手渡しする。常楠は手に取上げ、ためつ、すかめつ鞘を払つてツクヅク眺め、 常楠『擬ふ方なき我家の紋所、○に十が記してある。此刀は私の大切な、若い時からの守刀であつた。斯うなれば女房の前で白状するが、実の所は女房の目を忍び、下女のお竜に子を妊娠せ、已むを得ず自分の知り合にお竜を預つて貰ひ、生み落したのが男の子、女房の悋気を恐れて我が家へ連れ帰る訳にも行かず、何処の誰人かの情で育つであらうと、後の印に此の守り刀を付け、「常」と云ふ印をして置きました。アヽそれならお前は私の子であつたか。悪いことは出来ぬものだ。お前が此様な悪人になつたのも、みんな私が天則に背いたからだ。コレ伜、赦して呉れ。何事もみんな私が悪いのだから……』 此物語に一同ハツと呆れて、常楠と虻公の顔を見較べるのみであつた。虻公は常楠に縋りつき、 虻公『アヽ貴方は父上様で御座いましたか。存ぜぬこととて御無礼を致し、可愛い妹まで彼んな目に会はして、誠に申訳が御座いませぬ。何うぞ重々の罪は御赦し下さいませ』 駒彦『そんなら私の兄弟であつたか。これと云ふのも全く神様の御引合せだ。有り難し、辱なし』 と両手を合せ、感謝の涙に沈む。 お久は又もや腕を組み思案に暮れてゐる。此態を見て常楠は、 常楠『コレ女房、怺へて呉れ。お前は今の話を聞いて大変気嫌を悪うしたやうだが、これも私の罪だ。あつて過ぎたことは何と云つても仕方が無い。これ此通りだ、赦してお呉れ』 と両手を合せ、お久の前に頭を下げ謝らんとするを、お久は押止め、 お久『コレコレ親父さま、勿体ない、何を言はつしやるのだ。妾こそ貴方にお詫をせねばならぬことが御座います。妾が白状すれば嘸貴方は愛想を御尽かしなさるでせうが、妾も罪亡ぼしに此処で懺悔を致します。人さまの前又夫や吾が子の前で、年が寄つて昔の恥は言ひたくはなけれど、天道は正直、何時まで隠して居つても罪は亡びませぬから、一応聞いて下さい』 と涙ぐみつつ夫の顔を打看守る。 常楠『なアに夫婦の仲に遠慮は要るものか。何でも構はぬ、皆云つて呉れ。其方が互に心が解け合つて、何程愉快だか分つたものぢやない』 お久『妾は今迄隠して居りましたが、貴方の家へ嫁ぐ前に若気のいたづらから、親の許さぬ男を持ち一人の子を生み落し、爺さまのやうに熊野の森へ捨児を致しました。それもクリクリとした立派な可愛い男の子であつた。お爺さまの捨児に会はれたのを見るにつけ、私の捨てた彼の児は如何なつたであらうと思へば、立つても居ても居られなくなりました。……アヽ捨てた児よ、無残な母と恨めて下さるな。事情があつてお前を捨てたのだから……』 と又もや泣き倒れる。蜂公は怪訝な顔をして、 蜂公『ヤア今承はれば、お婆アさまは熊野の森に捨児をなさつたと云ふことだ。それは何年前で御座いますか』 婆は涙を拭ひ乍ら、 お久『ハイもう彼是四十年にもなるだらう。今居れば恰度お前さま位に立派な男になつて居る筈ぢや。アヽ妾も其子が此世に生きて居るのなら、此世の名残りに一度見て死にたいものだ。そればかりが冥途の迷ひだ。若い時は気が強くて何とも思はなかつたが、年が寄ると捨児の事を心に思はぬ間はありませぬ。さうしてお前さま、其の捨児の事に就て御聞き及びの事はありませぬか』 蜂公『ハイ別に何とも聞いては居りませぬが、私は熊野の森に捨てられて居つたのを、或山賊の親分が見つけて、私を大台ケ原の山砦に伴れ帰り、立派に成人させて呉れました。私が十八才になつた時、三五教の宣伝使がやつて来て、岩窟退治を致した時に生命からがら其処を脱け出し、それから諸方に彷徨ひ、女房を持ち相変らず泥棒をやつて居りました。最前から貴方の御話を聞くにつけ、何だか貴方が母上のやうに思はれてなりませぬ』 お久は、 お久『其時に何か印は無かつたかな』 蜂公『ハイ、私は水児の時に捨てられたので何も存じませぬが、他の話を聞けば守り刀が付いて居つたさうです。併し其守り刀も大台ケ原の岩窟の騒動の時に取り落しました。それには蜂の印が入つて居つたさうで、私を蜂々と呼ぶやうになつたと聞いて居ります』 お久は飛びつく許りに驚いて、 お久『アヽそれ聞けばてつきり我が子に間違ひありませぬ。何とした嬉しい事が一度に出て来たものだらう。コレコレ親父どの、此子は貴方に嫁ぐ迄の子でありますから、何うぞ赦して下さい。今迄包んで居つた罪も何うぞ今日限り赦すと仰有つて下さい。御願ひで御座ります』 と夫に向つて手を合し頼み入る。 常楠『そんなことは相身互だ。罪人同志の寄合ひだから、モウこれ限り今迄の事は川へ流し、改めて二人の子が分つた喜びの御礼を此処で神様に奏上し、明日は早く此処を立去つて熊野へ御礼に参りませう』 一同は涙混りに秋彦の導師の許に、感謝祈願を覚束無げに奏上し了つた。東の空は茜さし、金色の燦然たる太陽は、晃々と海の彼方より昇らせ給ふ。 (大正一一・六・一一旧五・一六外山豊二録) |
|
15 (1917) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 10 太平柿 | 第一〇章太平柿〔七九二〕 紀州熊野の片畔天地の神の御教を 朝な夕なに宣べ伝ふ三五教の若彦が 常楠爺さまと諸共に熊野の滝に参詣で 御禊祓の最中に現はれ出でし姫神は 心の花の開くなる蓮華の山の守り神 木花姫の忽然と滝の畔に現れまして 言葉静かに宣らすやう汝は是により常楠と 旅装を整へ船に乗り熊野の浦を立ち出でて 浪間に浮ぶ宝島琉と球との瑞宝の いや永久に納まれる聖地に到りてハーリスの 山に棲まへる荒神を言向け和し竜神の 腮の珠を受け取りて三五教の神司 玉照彦や玉照姫の貴の御前に奉れ 高天原の聖地より言依別を始めとし 国依別の宣伝使後より来り給ふべし 汝はそれに先だちて此神島に到着し ハーリス山の深谷に棲む竜神を言霊の 神の息吹に言向けよ木花姫は汝が身の 前に後につき添ひて必ず功績を建てさせむ 一日も早く進めよと言葉終ると諸共に 早や御姿は消え給ひ後に芳香馥郁と 四辺に薫る床しさよ幽玄閑雅の音楽は 梢を渡る科戸辺の風に相和し面白く 耳も若やぐ若彦が常楠伴ひ天を覆ふ 樟の老木生茂る熊野の森を後にして 神の御言を畏みつ浪のまにまに出で来り ハーリス山の麓なる槻の大樹の洞穴を 暫時の住家と定めつつ日日毎日竜神を 言向け和す其為に数多の土人に侍かれ 嶮しき山坂昇降し心の限り真心を 尽して神業に仕へける今日は殊更竜神の 出現遅く暇どりて槻の大木の仮宅に 帰りし頃は夜半頃数多の篝火かがやかし 我が洞穴に近づきて外より中を眺むれば 虎狼か鬼か蛇かはた竜神の化身にや 異様の物影忽ちに嘯く声はウーウーと 四辺に響く大音に若彦胆を潰しつつ 小声になりて数歌を唱へ終れば中よりも 声調揃はぬ怪声に一二三つ四つ五つ六つ 七八つ九つ十たらり百千万と応酬する 若彦大地に平れ伏して轟く胸を押へつつ 虎狼か鬼か蛇か但は誠の神様か 名乗らせ給へと呼はれば国依別は声を変へ ハーリス山の竜神が琉と球との宝玉を 言依別や国依別の神の司に授くなり 夢々疑ふ事なかれ是を聞いたる若彦は 正直一途の性質誠の神と喜んで 感謝の涙に暮れて居る常楠爺さまは怪しんで 心の僻みか知らねども竜の化身の姫神と 思へぬ節がやつとある言依別神様や 国依別の宣伝使此洞穴に入りまして 息を休ませ給ふらん此姫神は正しくも 三五教の国依別の神の司が茶目式を 発揮したるに相違なしこれこれ国依別さまよ 早く正体現はせと云ふ間もあらず国依別は 察知の言葉に耐りかね思はず吹き出す笑ひ声 忽ち化は現はれて茲に三人暗黒の 洞穴内に押し入つて闇に彷徨ひ燧石 カチカチ打てど何故か今日に限つて火は出でぬ 三人闇に包まれて盲の神の垣覗き 四辺を探る折柄に松明持つて両人が 此場に現はれ入り来り其処に明火を立て置いて 忽ち表へ駆け出す言依別は起上り 三人の姿を透し見て不意の邂逅祝しつつ 久方振りに四方山の話と共に夜は明けぬ あゝ惟神々々尊き神の引き合せ 四魂揃うて神人は旭の光を浴びながら 四五の土人を従へて棕櫚や花櫚の生ひ茂る 林の中を掻い潜り土柔かくぼかぼかと 足を没する山麓の小径を踏占め登り行く。 冬とは云へど雪も無ければ霜も降らぬ、自転倒島の夏の如き陽気に、汗を垂らしながら脛を没する灰のやうなボカボカ道を踏み慣れぬ足に登つて往く。 国依別は空腹に耐へ兼ね、傍の芭蕉の葉を一枚剥つて之を四つに畳み、敷物の代りにして路傍にドツカと坐し、左の手を膝に上向けにチンと乗せ、右の手を握り食指のみヌツと前に突き出し、太平柿の甘さうに断崖絶壁に実つて居るのを見て、喉を鳴らせながら無言の儘坐つて居る。言依別、若彦は七八間も先に立つて居る。国依別の後から従いて来た常楠、チヤール、ベース其他の土人は、国依別の態度に不審の念晴れず、ジツとして顔を見詰めて居た。国依別は膝の上に乗せた左の手を一二回上げ下げし乍ら、右の手の食指にて向ふの柿を指し、次で自分の口を指し、又柿を指し又口を指しやつて居る。 常楠『モシモシ国依別さま、此常楠は年は老つても耳は近いのだから、そんな仕方をせずに口で言つたら如何ですか』 国依別は自分の口を指し又柿を指し、遂には腹を指して見せた。 常楠『察する所あの柿が食ひたいと仰有るのですか。そんなら今喰はして上げませう。これこれチヤールさま、誰か此中で木登りが上手な人、此谷を向ふへ渡つて、あの甘さうな柿を二つ三つ採つて来て下さらぬか。国依別の喉の神さまが彼の柿を献れよと御命令して御座る』 チヤール『ハイ畏まりました。併し乍ら彼処に残つて居るあの柿は、竜神さまの柿と云つて人間の喰ふ物ぢや御座いませぬ。若し一つでも喰はうものなら、男女に拘はらず、忽ち腹が膨れ、遂に臍がはぢけて、大蛇の児が生れ、親はそれつ切り国替致すと云ふ険難の柿です。それ故誰も採つた者もなければ、食つた者もありませぬ。従つて其味を知る者もないのです。此方に竜神様が御憑りになつて居られますのかなア。そんなら竜神さまに御上げ申すつもりで、取つて参りませうか』 ベース『オイオイ、チヤール、さう安請合をするものぢやないぞ。何程常楠様が天降つた神様だと云つても、竜神の柿を自由になさる事は出来ない。又仮令御憑りになつても、それは霊だから、ムシヤムシヤお食りになる筈がない。お食りになるとすれば此方の肉体が食ふのだから、それこそ大変だ。サア往かう。若彦様や言依別神様は、最早御姿が見えなくなつて了つた』 国依別『汝チヤール、ベースの両人、其争ひは尤もだ。併し乍ら此の方は真の竜神の化身、元の姿の儘ならば谷間に下つて鎌首をキユウと立て、舌をニヨロニヨロ出せば、手もなく口にニユウと這入るのであるが、斯う人間に化て居る間は、ヤツパリ人間並に採ることが出来ない。神が命令する、チヤール、ベース、早く採つて参れ。苦しうないぞ』 チヤール『ハイ畏まりました』 ベース『苦しうないと仰有いましたね。そりや其筈だ。ジツとして芭蕉の葉の上に胡坐をかき、人に苦しい思ひをさして、あの柿を採り、居乍らにして据膳を戴き遊ばすのだもの、何が苦しいものか。楽なものだよ』 国依別『グヅグヅ申さずに早く採つて献上致せ。国依別空腹に依り、最早一歩も歩行けなくなつて、此処に極楽往生を致しかけたぞよ』 常楠『オツホヽヽヽ』 チヤール、ベースの両人は、猿の如く断崖を下り、可なり深い谷川の点在せる岩の頭を飛び乍ら、流を避けて向ふ側に渡り、柿の木に喰ひついて二人は登り行く。 水の垂る様な甘さうな柿が、幾つともなく沢山に葉の蔭にぶらついて居る。其大きさは牛の睾丸位確かにある。チヤール、ベースの両人は得も言はれぬ甘さうな香に耐りかね、自分の使命を忘れて一生懸命に甘さうな奴から、採つては食ひ採つては食ひ、舌鼓を打つて居た。 常楠は下から声を掛け、 常楠『コレコレ、チヤール、ベースの両人、柿を落さないか』 此声にチヤールはフト気がつき、 チヤール『今落しませう。併し斯んな柔かい柿を落せば、潰れて了ひます。生憎容れ物もなし、私の腹の中へ入れて持つて下りますから、待つて居て下さい』 常楠『此処に竜神さまがお待兼だ。少し固くつても良いから、むしつて此方へ抛つて呉れ』 チヤール『堅いものは渋くつて喰へませぬぞえ』 常楠『エー仕方がないなア』 国依別『あゝ斯うして居て、人が甘さうに食うて居るのを見ると、腹が余計空くようだ。エー仕方がない、人を力にするな、師匠を杖に突くなと、神様が仰有つた。人の力で甘い柿を採つて、徳を取らうと思つても駄目だ。ドレ自分の事は自分で埒をつけるに限る』 とペコペコした腹を抱へ、二重腰になつて、断崖を辷り落ち、谷川から浮き出した岩の頭を、ポイポイと飛び越え、辛うじて対岸の柿の根元に着いた。見れば二人は蚕が桑の葉を食ふやうに、小口ごなしに赤い甘いのを平らげて仕舞ひ、下の方には青い渋いのがぶら下つて居る。国依別は空を仰きながら、 国依別『オイ、チヤール、ベースの両人、些とは赤いのを残して置いて呉れよ。今登るから……』 と柿の節だらけの瘤に手をかけ足をかけ、やつと一の枝に取りつき下を見れば、激潭飛沫の谷川凄惨の気に襲はれ、空腹の上の事とて目も眩む様な感じがして来た。国依別は漸くにして一方の細き枝に身を寄せ、 国依別『アヽ危いものだ。この枝が一つペキンと折れようものなら忽ち寂滅為楽だ。併し怖い所に行かねば熟柿は食へんぞよと神様が仰有つた。美味しい熟柿は矢張り怖い所にあるものだナア』 と呟きながら辛うじて美味さうな奴を一つむしり、飛びつくやうに矢庭に頬張つて見た。何とも云へぬ美味で思はず目も細くなり、顔に皺を寄せて賞翫した。忽ち腹は布袋の如く刻々に膨れ出した。 国依別『ヤア此奴は耐らん、チヤールの云ふやうに大蛇が腹に宿つたのかなア。何だか腹の中がクレクレとして来たぞ。天足、胞場の昔のやうに体主霊従になつて仕舞ふのではあるまいかなア。高山の伊保理、低山の伊保理を柿わけて食し召せと云ふからは、強ち神罰も当るまい。アヽグヅグヅして居ると腹が大きくなつて下りられないやうになる。あゝ惟神々々霊幸倍坐世』 と樹を下りんとする。相当に黒い大きな大蛇、亀甲型の斑紋を光らせながら絡繹として柿の樹目蒐けて上つて来る嫌らしさ。国依別は一生懸命に一二三四と天の数歌を唱へた。 国依別は追々登り来る勢猛き悪蛇に僻易し、樹上より両手を拡げて空中を掻きながら、谷川の蒼味だつた深淵の上にドブンと落ち込んだ。逆巻く浪に捲き込まれて暫くは其姿も見えなくなつて仕舞つた。蛇は急速度を以て数限りなく柿の木に上つて来る。 チヤール、ベースの両人は、国依別の飛び込んだ青淵目蒐けて又もやドブンドブンと飛び込んで仕舞つた。パツと立つた水煙と共に二人の姿は又々消えて仕舞つた。あゝ此三人の行方は如何なつたのであらうか。 (大正一一・七・二五旧六・二加藤明子録) |
|
16 (1933) |
霊界物語 | 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) | 05 難有迷惑 | 第五章難有迷惑〔八〇五〕 日楯、月鉾の両教主は数多の取次信徒等に取巻かれ、数多の松明を点じ乍ら、湖の畔を長蛇の陣を作り、蜿蜒として玉藻山の聖地を指して帰り行く。松明の火光は湖面に映じ、恰も水中に火竜の泳ぐが如く、壮観譬ふるに物なき眺めなりけり。 真道彦命は松明の後より、ヤーチン姫、ユリコ姫、キールスタンと共に一行に従ひ、聖地に帰り着いた。されど一人として、夜中の事と云ひ、最後より来りし事とて、気の付く者は一人もなかりけり。 日楯、月鉾の二人は新に建造されたる神殿に進み入り、『父真道彦命の一日も早く行方の分りますよう』……と一心不乱に祈念をし居たり。 そこへ衆人を掻き分け、悠々として現はれ出でたる真道彦命は、先づ第一に神前に向つて拍手し祝詞を奏上し始めた。二人の兄弟は其姿と云ひ、声と云ひ、且つ……吾が前に出でて祝詞を奏上する者は、三五教に一人もなし、正しく神の顕現か、但は吾父の帰りませしにあらずや……と心中に且つ疑ひ、且つ歓び、祝詞の終るを待つて居た。 真道彦命は拝礼を了り、一同に目礼をなし、兄弟の手を握り、涙を流し乍ら、 真道彦命『吾れは久しく此聖地を逃れ居たる汝が父なるぞ。よくマア無事に生き永らへしのみならず、再び聖場を復興し得たるは、全く汝等が信仰の真心を、三五教の大神御照覧遊ばし、厚く守らせ玉ふものならむ。あゝ有難や、辱なや』 と落涙に咽び、嬉しさ余つて、其場にハタと打倒れけり。 これを聞きたる数多の取次、信徒等は一斉に神徳を讃美し、神恩を感謝し、欣喜雀躍の余り、夜の明くるも知らずに、直会の宴に、日三日、夜三夜を費やしけるが、玉藻の聖地開設以来の大盛宴なりける。 真道彦命は日楯、月鉾二人の兄弟に、美はしき館を作られ、そこに老の身を養ふこととなりぬ。されど真道彦は年齢に似合はず、神徳、霊肉共に充実して若々しく、元気も亦壮者を凌ぐ許りなり。 玉藻の湖水は東西十五里、南北八里、山中にては可なり大なる湖水なり。玉藻山の霊地は殆ど其中心に位し、東の端に天嶺といふ小高き樹木密生せる景勝の山地があつた。そこに日楯をして守らしめ、神殿を新に造り、政教一致の道を布かしめた。さうしてユリコ姫を宮司とし、聖地の東方を固めしめ、真道彦命は玉藻山の霊場に在つて、老後を養ひつつヤーチン姫を奉じ、神業に奉仕して居た。 玉藻湖の西端には泰嶺と云ふ霊山があつた。そこには月鉾を配置し、マリヤス姫を神司として奉仕せしめつつありき。玉藻山以東を日潭の聖地と称し、以西を月潭の霊地と称へ、オレオン星の如く三座相並びて、三五教の神業に奉仕し、其稜威は台湾全島に轟き渡り、新高山の山麓なる泰安の都にまで、其勢力は轟いて居た。 泰嶺の鎮守として使へたる月鉾は神の命により独身生活を続け居たり。マリヤス姫は何時とはなしに月鉾に対し恋慕の念起り、矢も楯もたまらず、神業を閑却して昼夜の区別なく、月鉾に対し心を奪はれ、隙ある毎に寄り添ひて、種々と思ひの丈を述べ立つるのであつた。されど月鉾は信心堅固にして、神の命をよく守り、且つマリヤス姫は泰安の都にましますカールス王の妹たる尊き身の上なる事を知り居たれば、手厳しく戒むる事も得せず、又放逐する事も得ずして、心の限り尊敬を払つて居た。マリヤス姫の恋路は益々猛烈となり、遂には取次信徒等の端に至る迄、月鉾とマリヤス姫の間に温かき関係の結ばれある事を固く信じいたりけり。月鉾は神命と姫との板挟みとなつて、日夜苦慮しつつ其日を送り居たり。又日楯はユリコ姫と共に夫婦となり睦まじく神業に参加し居たり。 老たりとは云へ、未だ元気旺盛なる真道彦命は妻に先立たれ、独身の生活を続けて、余生を此聖地に送り居たるが危き生命を救はれたる真道彦に対して、ヤーチン姫は何時とはなしに恋に落ち、昼夜煩悶の結果、面やつれ、身体骨立し、遂には重き病の床に就きける。 侍女のユリコ姫は天嶺の聖地にあつて、日楯の妻となり、早くも妊娠の身となり居たり。それ故ヤーチン姫の重病を看護することさへ出来ざりき。キールスタンは昼夜の別なく、忠実に姫の看護に全力を尽し居たれ共、姫の病は日に日に重る計りなりける。 真道彦命は姫の大病を救はむと、朝な夕な神前に祈願をこらしつつありしか共、少しも其効験現はれず、尊きエーリスの姫君、如何にもして、元の身体に回復せしめむと心胆を砕き乍ら、病床を見舞つた。キールスタンは真道彦命の来れるに打喜び、挨拶も碌々になさず、あはてふためきて、ヤーチン姫の枕許に走り寄り、耳に口を寄せ、 キールスタン『あなたの日頃恋はせ玉ふ真道彦命様が、今茲におみえになりました』 と囁きし此声に、姫はムツクと起上り、さも嬉しげに、真道彦命に向ひ、 ヤーチン姫『真道彦様、ようこそ御親切に御訪ね下さいました。モウ妾、これぎり国替致しても、後に残る事は御座いませぬ。どうぞ妾の死後に於て、夢になりとも妾の事を思ひ出し玉ふ事あらば、只一言なりと吾名をお呼び下さいませ。これが妾の一生の願ひで御座います』 と恥かしげに言ひ終つて、枕に顔を伏せた。真道彦は稍当惑の体にて、少時ためらひ居たりしが、斯く迄吾を慕へる此婦人に対し、今はの際に、余り没義道にあしらふべきに非ず、何れ死に行く運命の人ならば、優しき言葉をかけて、潔く此世を去らしむるに若かじ……と決心し、厳然として身を構へ、 真道彦『ヤーチン姫殿、あなたの尊き御心、木石ならぬ真道彦も満足に存じます。今迄の貴女に対する無情の罪、御赦し下さいませ』 とキツパリ言ひ放つた。ヤーチン姫は此言葉に何となく元気づき、病の身を忘れて身を起し、膝を摺り寄せ、命の顔を打みまもり、感謝の涙をハラハラと流し乍ら、 ヤーチン『日頃恋ひ慕ふ真道彦命様、それならあなたは今日只今より、ヤーチン姫の夫、よもや御冗談では御座いますまいなア』 と念を押したりしに、 真道『エー勿体ない、私も神に仕ふる身の上、決して嘘は申しませぬ』 ヤーチン『そんなら……あなたは妾の夫、モウ斯うなる上は、病位は物の数では御座いませぬ』 と痩こけたる体も俄に元気づき、顔の色さへ仄紅く、直に井戸端に歩み寄り、身を浄め、自ら衣服を着替へ、身繕ひを終つて、再び真道彦の前に現はれ来り、 ヤーチン『あゝ吾夫様、吾居間へ御越し下さいませ。いろいろと申上げたき仔細が御座います』 と無理に手を曳き、吾居間に姿を没したり。 ヤーチン姫は吾居間に真道彦命を伴ひ、あたりを密閉して両人端坐し声を私めて、 ヤーチン『カールス様、泰安の都の様子は如何なりましたか。セールス姫は如何遊ばされました。どうぞ包まず隠さず、御漏らし下さいませ』 真道『これは又異なることを承はるものかな。私は祖先代々此玉藻の聖地に住居して、三五教を開く者、畏れ多くも泰安の都のカールス王などとは思ひも寄らぬ御言葉、永の御病気の為に、精神に御異状を御来し遊ばされ、カールス王に、私が見えたのでせう。決して私は左様な尊き身分では御座いませぬ。どうぞトツクリと御検め下され』 とヤーチン姫の面前にワザとに顔をつき出して見せた。ヤーチン姫は、兎見斯う見し乍ら[※「と見こう見」は「あちらを見たり、こちらを見たり」の意〔広辞苑〕]ニヤリと笑ひ、 ヤーチン姫『如何に御忍びの御身の上なればとて、さう御隠しなさるには及びますまい。妾が淡渓に投げ込まれ、生命危き所へ貴方は妾を助けむと、先に廻つて御救ひ下さつた生命の恩人カールス様に間違ひは御座いますまい。最早斯うなる上は、御隠しなさるには及びませぬ。どうぞ打解けて誠の事を仰有つて下さいませ。何程御隠し遊ばしても、どこから何処まで、毛筋の横巾も違はぬあなたの御姿、これが如何して別人と思へませうか』 真道『これは聊か迷惑千万、能く御考へ遊ばしませ。カールス様は未だ御年三十に成らせ玉はず、吾は最早五十路の坂にかかつて居る老ぼれ者、何程能く似たりとは言へ、老者と壮者、皮膚の色、声の色、決して決して同じ筈は御座いませぬ。仮令姿は能く似たりと雖も、月に鼈、尊卑の点に於て雲泥の相違ある私何卒御心を鎮められ、真偽の御判断を下し遊ばす様、御願致します』 ヤーチン『どこまでも用心深いあなたの御言葉、女は嫉妬に大事を漏すとの諺を信じ、分り切つたる秘密を、どこまでも包み隠さむと遊ばすあなた様の御心根が恨めしう御座います。どこまでも御隠し遊ばすならば、最早是非も御座いませぬ。真道彦命ならば真道彦命で宜しう御座います。王様に間違は御座いませぬ。どうぞ此処に改めて結婚の式を御挙げ下さいます様に御願致します』 真道『アヽ困つたなア。どうしたら姫様の疑が晴れるであらうか。他人の空似とは云ひ乍ら勿体ない、カールス王様に能く似て居るとは………真道彦の何たる光栄であらう。否迷惑であらう。アヽどうしたら此難関が切り抜けられようかなア』 とさし俯いて溜息をつき居る。 ヤーチン『何程御隠し遊ばしても、カールス王様に間違はありませぬ。あなたはサアルボースやホーロケース両人の悪者に恐れて、淡渓の畔に身を隠し、真道彦命と名を変へて、此世を偽る卑怯未練の御振舞、御父上の許し玉ひし夫婦の仲、未だ一夜も枕を交さね共、親と親との許し玉ひし夫婦の間柄、誰に遠慮が御座いませう。あなたは昔はエルサレムに仕へ玉ひし、天使花森彦命の御末孫、高国別や玉手姫の悪神の腹より生れ出でたる、サアルボースや、ホーロケースを父や叔父に持つ、セールス姫が御気に入らぬのは御尤もで御座います。さり乍ら何を苦んで、泰安の都を脱け出で、あの様な処に身を隠し遊ばしたので御座いますか……それはさうと、妾の生命を助け下さつたのもヤツパリあなた様、都を出でさせ玉ひし其御蔭、尽きぬ縁の証にて、恋しきあなたに助けられ、此里に参りましたのも、結ぶの神の引合せ、これより夫婦心を合せ、三五教の信徒を引つれ、時を見て泰安の都に攻め寄せ、父の業を御継ぎ遊ばす御所存は御座いませぬか。それさへ承はらば、妾は此儘帰幽致す共、あなたの雄々しき心を力として、幽界より御神業を御助け申す覚悟で御座います。生ても死しても、決してあなたの御側を離れぬヤーチン姫の真心、どうぞ仇に思召し下さいますな』 真道『私には日楯、月鉾と云ふ二人の息子が御座います。私の妻は既に此世を去り、今は此通り位牌となつて、此神殿に御祭りして御座いますれば、どうしても妻を持つことは、私として出来ませぬ。併し乍らあなたの御志を無にするも情なく存じますれば、夫婦の交はりのみは御許しを頂きまして、夫婦気取で御神業に参加させて下さいませ。カールス王様の御身の上に就て、変事あらば時を移さず、吾々は数多の強者を引具し、泰安の都に乗込んで御助け申し、貴女の望みを達し参らす覚悟で御座います。此事計りは御安心遊ばしませ。決して私はカールス王では御座いませぬ。正真正銘の真道彦で御座います』 ヤーチン『エーもどかしや』 と言ひ乍ら、矢庭に真道彦の利腕にしがみつき、涙と共に泣き口説き、身をもだえ居る。 此時何気なく、隔の襖をおし開き、入り来るキールスタンは此態を見て驚き、物をも言はず一目散に此場を駆出したり。これより真道彦命とヤーチン姫の間には、情意投合の契約が結ばれたるものとして、窃に三五教の一般に伝へらるる事となりぬ。されど真道彦命は将来を慮り、姫に対して一指だにも支へざりける。 姫は其後病気追々快復して元の如く容色端麗なる美人となり、聖地の大神殿に朝夕奉仕して、神の威徳は益々四方に輝き亘りぬ。真道彦命は飽く迄もヤーチン姫を尊敬し、主人の如く待遇して、至誠を尽したるに、ヤーチン姫も漸くにして、真道彦命のカールス王に非ざりしことを悟り、且つ命の信仰の堅実なるに感歎し、互に胸襟を開きて神業に参加し、時の到るを待ちつつありける。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・六旧六・一四松村真澄録) |
|
17 (1959) |
霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 04 野辺の訓戒 | 第四章野辺の訓戒〔八二六〕 白楊樹の下に立寄つたカーリンスは幹に手をかけるや否や『アツ』と叫んで其場に倒れて了つた。テーリスタンは腰をしたたか打つた為、少しも歩む事は出来ず、元の所に横たはつてゐる。竜国別は驚いて、樹下に立寄り、又もや『アツ』と一声叫んだ儘、カーリンスと枕を並べて南向けに倒れて了つた。後には鷹依姫只一人、元より気丈の女とて、少しも騒がず、泰然として天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ、二人の恢復を祈つてゐた。 竜国別、カーリンスの両人は掛合に『ウンウン』と虎の嘯く様な厭らしい声を出して唸りつづけてゐる。鷹依姫は此声を聞いて……アヽ生命に別条はない、マア大丈夫だ。夜が明けたら何とか工夫がつくだらう……位に思つて、切りに祝詞を奏上し、黄金の玉を策略を以て集め、うまくチヨロまかして此処まで来りし其罪を大神に謝罪しつつ、夜の明くるを待つた。 東の空を紅に染めて漸く天津日の神は地平線上に、円き姿を現はし玉うた。テーリスタンは漸くにして腰の痛みも癒り、稍元気づき、鷹依姫と共に四辺の苺をむしり、両人の口に含ませ、一生懸命に鎮魂を施した。二人は漸くにして正気づき、起き上つて、 竜国『あゝ大変に恐ろしい事だつた。たうとう閻魔の庁まで引出され、大きな蜥蜴や毒蛇の責苦に遭はされ、黄金の玉を幾十となく背中に負はされ、骨も砕くる計り、其重さと苦さに、体は段々と地の中へ落ち込んで了ひ、何とも云はれぬ責苦に会うて来た。あゝ執着心位恐ろしいものはない。……モウ玉の事は、お母アさま、断念したら如何でせう』 カー『竜国別さま、お前さまもさうでしたか。私も同じ様な目に遭はされましたよ。そして横の方にウンウンと苦しさうに呻く声が聞えたので、ソツと覗いて見ましたら、恐ろしや恐ろしや、高姫さまと黒姫さまが、如意宝珠や紫の玉に取囲まれ、押へられ、紙の様な薄い体になり、鰈のやうに目が片一方の方へ寄つて了ひ、随分エグイ顔をして、口から黒血を吐き、見られた態ぢや御座いませなんだよ。吾々の霊は生き乍ら地獄へ落ち込んでゐると見えますワイ。……あゝ神様、どうぞ許して下さいませ。キツと今日限り心を改めます』 と合掌し、涙を滝の如くに流してゐる。 テー『おいカー、貴様は目を眩かしてそんな夢を見てゐたのだよ。夜前から俺は腰が痛いので、横になつた儘、ヂツとして貴様の倒れたのを見てゐたが、別に地獄へ往た様子もなし、只此木の下で竜国別さまと掛合にウンウンと唸つてゐたのだ。そんな気の弱い事を云ふな。そりやキツト心の迷ひだ。鬼も蛇も、地獄も極楽も、皆自分の心の船の舵次第で、どないでも転回するのだ。そんな迷信臭い事を言はずに、チトしつかりして呉れ』 竜国『イヤそれでも夢とは思はれない。又俺達の決して心の迷ひではない。日頃思つてゐる事を見るのなら、夢幻と判断しても良いが、吾々はそれ程悪事だとも思つてゐない。世界の為、神様の為、最善の努力をしてゐる考へで、寧ろ吾々のやつた事を誇りと思つてゐた位だから、決して幻想でも妄想でもないよ。兎も角吾々は今迄の行方に無理があつたに違ない。神様は一つ間違へば直に懲戒をして気をつける……と筆先に御示しになつてゐるのだから、ウツカリ疑ふ訳には行かないよ』 カー『竜国別さまの仰有る通りだ。俺やモウ未来が恐ろしくなつて来たワイ』 鷹依『お前達は一丈二尺の褌を締た一人前の堂々たる男ぢやないか。仮令如何なる事があらうとも、初一念を貫徹するのが男子の本分だ。妾は此の通り年を老つた女の身だ。けれ共そんな弱い心はチツとも持つて居ない。仮令地獄の底に落されて如何なる成敗に遇はされよう共、世界の為、お道の為になる事ならば、断乎として初心を曲げる事は出来ませぬ。それ程夢位が恐ろしいやうな事で、此夢の浮世に如何して暮す事が出来ませうか。大神様はお前達の心を試すために、いろいろと気をお引き遊ばすのだ。……エヽチヨロ臭い、もう仕方がない。妾は仮令此木の上から踏み外して墜落し、頭を割つて国替をせう共、あの玉を取つて来ねば措きませぬ。妾が上から、あの袋を下げおろすから、お前達は下に居つて、ソーツと手を拡げて鄭重に受けるのだよ』 と云ひ乍ら、一抱許りの白楊樹の根元に手をかけた。白楊樹の幹には三尺四尺も丈のある大蜈蚣が一面に巻ついて居る。さうして太き一尺計りの亀甲形の斑文のある蛇、赤い舌をペロペロと出し、目を怒らして、木の周囲に幾十匹とも数限りなく控えて居る。根元から梢まで、蜈蚣と蛇とが空地なく、幹も枝も絡んで居る其厭らしさ。流石の鷹依姫も之には辟易し、二三間後しざりし乍ら、 鷹依姫『コレコレ竜国別、テーに、カー、如何にもこれは容易に登る事は出来ませぬワイ。幸に此通り苺が沢山に生つてゐる。食物に何時まで居つたつて不自由はないから、あの玉が、風でも吹いて自然に落ちて来るか、蜈蚣や蛇が根負して逃げていぬか、どちらなりと埒の付く迄、此処で持久戦をやりませう。……サアサア皆さま、雨が降つては困るから、今の間にそこらの萱を刈り集めて、草庵を結び、あの蛇、蜈蚣と根比べを致しませう』 三人は鷹依姫の言に従ひ、俄に木や草を刈り集めて庵を結び、籠城の準備に取かかつた。漸くにして雨蔽の為の、形ばかりの草庵は出来上つた。四人は夜露を凌ぎつつ、庵の中にて祝詞を奏上し、一時も早く玉の都合よく吾手に帰り、且又、蛇、蜈蚣の悪虫の退散せむ事を昼夜間断なく祈願して居た。 外面に当つて『ケラケラケラ』と厭らしき笑ひ声が聞えた。竜国別、テー、カーの三人は此声が耳に入るや否や、寒水を頭から幾百石ともなく浴ぶせかけられた様な感じがし、ビリビリと慄ひ出し、歯をガチガチと鳴らして居る。鷹依姫は平気な顔して、 鷹依『コレコレお前達、なぜ斯様な真青な顔をして怖ぢけてゐるのだ。何が一体恐いのだい。大方、今の笑ひ声が恐かつたのだらう。オホヽヽヽ、何と臆病たれだなア。ドレドレ妾が一つ外へ出て、何者か知らぬが、言向け和して参りませう』 とムクムクと立上がり、萱製の莚戸を押開けて出て行かうとする。竜国別は驚いて、鷹依姫の腰をシツカと抱止め、 竜国別『モシモシお母アさま、あなたがそんな危険な事をなさらいでも、若い者が三人も控えて居ります。どうぞお待ち下さいませ』 此時又もや『ケラケラケラ』と厭らしき声が連発的に聞えて来た。三人の男は首筋がゾクゾクし出し、又もや歯がガチガチと鳴り出したり。 鷹依『ホヽヽヽ、化物の奴、ケラケラケラなんて、ナアニ悪戯をするのだ。用があるのならば、犬の遠吠の様に、遠くから相手にならずに、なぜ此処へ這入つて来ぬか。奴甲斐性なし奴が』 テー『モシモシ鷹依姫さま、そんな事言つて貰うてはたまりませぬ。あんな奴に這入つて来られて如何なりますか』 と慄ひ声で半泣きになつてゐる。 鷹依『エーエ、どいつも此奴も弱虫ばつかりだな。今の若い者は口計り達者で、実地になつたら、此態、それだから、何程畑水練の学問をしたつて駄目だ。実地に当つて苦労を致さねば誠は出て来ぬぞよ……と神様が仰有るのだ。サアお前達、立派な男三人も居つて、外へ出て化物を言向け和す事をようせぬのなら、ようせぬでよいから、妾が独り出て来て談判をして来る程に、必ず止めては下さるなや』 と又もや立上り、莚戸を押し開けて出ようとする。竜国別は周章て抱止め、 竜国別『コレコレお母アさま、貴女が自らお出ましにならなくても、荒男が三人も居ります。どうぞ私に任して下さいませ』 最前の怪しき声追々と近付き来り、一層厭らし相な音調にて、 声『ガツハヽヽヽ、ギヒヽヽヽ、グフヽヽヽ、ゲヘヽヽヽ、ゴホヽヽヽ、ギヤハヽヽヽ、ギイヒヽヽヽ、ギユフヽヽヽ、ギエヘヽヽヽ、ギヨホヽヽヽ』 と益々烈しくなつて来た。竜国別はテー、カー二人に向ひ、 竜国別『おいテー、カー、お前御苦労だが、俺はお母アさまの側に守つて居るから、お前、一つ様子を考へに出て見て呉れぬか』 テー『ハイ、お易いこつて御座いますが、何分此間天狗に取つて放られ、腰の骨を折つて、思ふ様に足が動けませぬので、どうぞカー一人に仰せ付けて下さいな』 カー『俺だつて此間転倒した時に、大腿骨を痛めて居るから、体が思ふ様に動かない。マア仕方がない。此処に暫く籠城して、化物と根比べをしたら如何でせう』 竜国『アヽそれもさうだ。……なアお母アさま、テー、カーもあの通り、体を痛めて居りますから、一層の事、化物と根比べを此処でする事にしませうか』 鷹依姫は、 鷹依姫『エヽ腰抜共だなア』 と云ひ乍ら、吊り戸を押し開け、外に飛び出して了つた。三人は其勇気に舌を巻き、コワゴワ乍ら外面を、萱壁の隙間から覗いて居る。 鷹依姫は斯う云ふ時には無茶苦茶に肝の太くなる女である。平気の平左で怪しき声を尋ねて、あちらこちらと探し廻つた。前かと思へば後に聞え、右かと思へば左に聞へ、一向掴まへ所のないのに劫を煮やし、大音声をはりあげて、 鷹依『ヤアヤア、何者の妖怪変化ぞ。畏れ多くも国治立大神、木の花姫命、日の出神、神素盞嗚大神の御神業に仕へまつる三五教の宣伝使鷹依姫其他に対し、無礼千万にも、外面より罵詈嘲弄的態度を取るは、心得難き憎き曲者、サア早く正体を現はせ。天地の道理を説き諭し、汝が修羅の妄執を払拭し、其霊魂を天国浄土に助けてやらう。違背に及ばば、三五教の神司鷹依姫、神に代つて、汝を根の国底の国に、吾言霊の威力を以て追落してやらうぞ。サア如何ぢや、返答を聞かせ。一二三四五六七八九十百千万……』 と大音声に、天の数歌を歌ひ上げた。萱の株を隔てて、少し計り前方に白煙立ち上り、其の中からボンヤリと現はれた頭の光つた蛸入道、赤黒い細い手をニユツと前に出し、招き猫の様な恰好をし乍ら、 (猿世彦)『フツフヽヽヽ、其方はバラモン教の神司、転じてアルプス教の教主となり、再転して三五教の宣伝使と変り、高姫に無実の難題を吹きかけられて、遥々と高砂島まで迂路つきまわり、小人窮して乱をなす譬に洩れず、所在策略をめぐらし、テーナの里の酋長が家宝と致せる、黄金の玉をウマウマ手に入れたであらうがなア』 鷹依『大功は細瑾を顧みずと云つて、天下国家の為ならば、少々位の犠牲は見越しておかねば、何事も成就するものではありませぬワイ。大魚小池に棲まず、清泉には魚育たず、春の夜の月は朦朧として居るのが却て雅趣がある様なもので、人間として神業に奉仕する上に於て、チツと位過ちがあつた所で、天津祝詞の功力により、科戸の風の朝霧夕霧を吹払ふ事の如く、罪も穢も、消え失せるは神界の尊き御恵み、何処の枉神か知らぬが、その様なせせこましい小理窟を云つて、吾々をへこまさうと思つても、左様な事に尾を巻いたり、旗を巻いたり、鉾を戢めて退却する様なヘドロイ女宣伝使では御座らぬぞや。お前は一体何者だ。大方黄金の玉に執着があつて、折角吾々が手に入れたものを横奪せうと思ひ、あの白楊樹の上迄持つて上つたのだらう。サアもう斯うなる以上は、此鷹依姫が承知致さぬ。サア早く木登りをしてここへ持つて御座れ。お前と云ふ奴は、怪しからぬ悪戯を致す者だ。アハヽヽヽ、油断も隙もあつたものぢやないワイ。オツホヽヽヽ』 禿化(猿世彦)『此方は、昔の神代に常世の国の常世姫の部下となり、言霊別命、元照彦命などの神将を、縦横無尽に駆悩ましたる猿世彦の勇将であつたが、言霊別命、元照彦命両人が風を喰つて常世城を逃げ失せたる後を追ひ、スペリオル湖の湖辺まで追ひかけ到り見れば、両人の姿は雲を霞と北方へ遠く逃げ去つた様子、それ故、此猿世彦は元照彦、美濃彦の間者なる、船頭の湊彦に船を操らせ、寒風吹き荒ぶ湖上を渡る折しも、退引ならぬ湊彦の強談に赤裸となり、とうとう吾肉体は木乃伊になつて了つた。暫くあつて、三五教の神司に言霊を以て助けられ、蘇生へり、茲に身魂は二つに分れ、一方の身魂は猿世彦の肉体を使つて、遂には日の出神の教訓を受け、宣伝使となつて、アリナの滝の水上、鏡の池にて神界の御用を勤める事となつたが、此方はスペリオル湖の湖上に於て、木乃伊となつた苦しき時の思ひが凝つて、今に此高砂島の山中に彷徨ひ、三五教の奴原に対し、恨みを返さねばならぬと、汝等四人アリナの滝に現はれしを幸ひ、如何にもして、恨を晴らさむと、心は千々に砕いたなれど、何を言うても、鏡の池に月照彦神の神霊守りあれば、容易に汝等を悩ますの余地なく、隙を窺ひ、汝の後に引添ひ、錦の袋にブラ下り乍ら、ここまでやつて来た猿世彦の副守護神、怨霊の凝固である程に、モウ斯うなる上は、何程藻掻いても、此櫟ケ原は悪霊の集合地帯だ。飛んで火に入る夏の虫、覚悟を致して、一時も早く元へ引き返し、此玉を此猿世彦に渡して帰るがよからう。グズグズ申すと、寝首を引掻き、むごい目にあはしてやるぞよ。ウツフヽヽヽ』 鷹依姫は声を励まし、 鷹依姫『猿世彦の怨霊とやら、よつく聞け。其方の本守護神は狭依彦神となり、立派に神業に古より奉仕して、黄泉比良坂の戦ひにまで出陣し、抜群の功名を立てたでないか。なぜ其方は左様な怨霊となつて、何時までもまごつきゐるか。チツと胸に手を当て、善悪正邪の道理を考へて見たら如何だえ』 禿化(猿世彦)『私だとて本守護神が神になつてゐるのに、何時までも斯様な曲神に落ちてゐたい事はないのだ。併し吾々を済度し助けて呉れる宣伝使が出て来ないので、今に身魂は世に落ち、曲神の群に入つて、日夜艱難辛苦を嘗めてゐるのだ』 鷹依『そんなら此鷹依姫が有難き神文を聞かしてやるから、これにて綺麗サツパリと成仏致し、誠の神に立帰れよ』 と言ひ乍ら、天津祝詞と神言を二三回、一生懸命に繰返し唱へ上げ、 鷹依姫『サア是丈結構な祝詞を上げた以上は、最早解脱したであらう。早く此場を立去らぬか』 禿化(猿世彦)『何程結構な神文を唱へて呉れても、お前の心に執着心と云ふ鬼が潜んで居る以上は、其言霊が濁り切つて居るから、解脱所か苦しくて苦しくて、益々迷ひが深くなる計りだ。黄金の玉の事は今日限りフツツリと思ひ切つて善心に立返つてくれ。お前の尋ねる桶伏山の黄金の玉は既に既に発見されて、言依別神様が或地点に、人知れず、神界の命に依つてお納めになつてゐるぞ。最早玉の詮議は無用だ。お前達の心中を憐み、頓て言依別命様が、国依別を伴ひ、お前の所在を尋ねてお越し遊ばすから、お前はこれより東を指して海岸に出で、海ばたを通つて、巴留の国のアマゾン河の河口に出で、それより、河船に乗つて、玉の森林に向へ』 鷹依『如何にも、さう承はらば、どこともなしに妙味のある言葉だ。一つコリヤ考へる余地が充分にある。何れ三人の者とトツクリと相談をしておいて、返事をするから、今晩はこれで帰つて下さい。又明日の晩お目にかかりませう』 禿頭の化物はジユンジユンと怪しき音を立て、濛々と白煙を起し、忽ち其怪しき姿を隠して了つた。 これより鷹依姫一行は此玉に対する執着心を除去し、櫟ケ原を東にとり、海岸に出で、北へ北へと進んで行く。 因に此怪物は決して猿世彦の怨霊では無い。天教山の木花姫が、一行の執着心を払ひ、誠の宣伝使に仕立て上げむとの周到なる御計らひなりける。 (大正一一・八・一一旧六・九松村真澄録) |
|
18 (1969) |
霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 14 カーリン丸 | 第一四章カーリン丸〔八三六〕 三人は湖水の傍なる椰子樹の森に一夜を明かした。其夜は比較的風強く、湖水の波の音は雷の如く時々ドンドンと響いて来た。此湖水の名を玉の湖と云ふ。東西五十里、南北三十五里位の大湖水であつた。そして此湖水の形は瓢箪を縦に割つて半分を仰向けにしたやうな形をしてゐる。地平線上より新に生れ出で玉ふ真紅の太陽はニコニコとして舞ひ狂ひ乍ら、刻々に昇天し給ふ。一同は湖水に顔を洗ひ、口を滌ぎ手を清め、拍手感謝の詞を奏上し、蔓苺を掌に一杯むしり取つて朝飯に代へた。能く能く見れば傍に神の姿した石が立つて居る。扨て不思議と裏面を見れば、軟かき石像の裏に、『鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスの一行四人、改心記念の為に此石像を刻み置く……』と刻り附けてあつた。常彦は此文面を読み上げて高姫に聞かした。高姫は驚いて、 高姫『あゝ矢張鷹依姫さまも竜国別さまも、テー、カーも、つまり此荒原を彷徨うて御座つたと見える。ホンにお気の毒な、あるにあられぬ苦労をなさつたであらう。此高姫が無慈悲にも、黒姫さまが黄金の玉を紛失したと云つて、鷹依姫さまや、外三人の方にまで難題を云ひつのり、聖地を追ひ出したのは、何と云ふ気強いことをしたのであらう。今になつて過去を顧みれば、私の犯した罪、人さまの恨みが実に恐ろしくなつて来た。せめては鷹依姫さま一同の苦労なさつて通られた跡を、斯うして修業に歩かして貰ふのも、私の罪亡ぼし、又因果の循り循りて同じ処を迂路つき廻るやうになつたのだらう。諺にも……人を呪はば穴二つ……とやら、情は人の為ならずとやら、善にもあれ、悪にもあれ、何事も皆吾身に報うて来るものだ……と口にはいつも立派に人様に向つて、諭しては居たものの、斯うして自分が実地に当つて見ると、尚更神様の教が身に沁々と沁み亘つて、有難いやら恐ろしいやら、何とも申上げやうが御座いませぬ。……あゝ鷹依姫様、竜国別様、テー、カーの両人さま、高姫のあなた方に加へた残虐無道の罪、どうぞ許して下さいませ。あなたがこんな遠国へ来て種々雑多と苦労をなさるのも、皆此高姫に憑依してゐた、金毛九尾の悪狐の為せし業、どうぞ赦して下さいませ。此石像は、鷹依姫様、竜国別様の心を籠められた記念物、之を見るにつけても、おいとしいやら、お気の毒やら、お懐かしいような気が致します。何程重たくても罪亡ぼしの為に此石像を、鷹依姫様、外御一同と思ひ自転倒島まで負うて帰り、お宮を建てて、朝夕にお給仕を致し、私の重い罪を赦して戴かねばなりませぬ』 と念じ乍ら、四辺の蔓草を綯つて縄を作り、背中に括りつけ、其上から蓑を被り、持重りのする石像を背中に負うて、たうとうアマゾン河の森林迄帰つて了つたのである。これが家々に、小さき地蔵を造り、屋敷の隅に、石を畳み、其上に祀ることとなつた濫觴である。 さて高姫は石像を背に負ひ、エチエチし乍ら草野を分けて湖畔を東へ東へと二人の同行と共に進み行く。 高姫は玉の湖畔を進み乍ら、湖中に溌溂として泳げる、何とも云へぬ美しき五色の、縦筋や横筋の通つた魚を眺め、 高姫『コレコレ、一寸御覧なさい、常彦、不思議な魚が居ります。これが噂に聞いた、玉の湖の錦魚といふのでせう。一名金魚とか云ふさうですが、本当に綺麗なものぢや御座いませぬか』 常彦『成程、天火水地結と青赤紫白黄、順序能く縦筋がはいつて居りますな。之が所謂縦魚で御座いませう。あゝ此処にも横に又同じ如うな五色の斑の附いた魚が泳いでゐます。どちらが雄で、どちらが雌でせうかなア』 春彦『定まつた事よ。縦筋の方が雄で、横筋のはいつた方が雌だ。経と緯と夫婦揃うて錦の機を織ると云ふのだから、錦魚と云ふのだ。此鰭を見よ、随分立派な鰭ぢやないか』 常彦『併し此魚には目が無いぢやないか。此奴アどうも不思議ぢやないか』 春彦『此縦筋のはいつた盲魚は一名高姫魚と云ひ、横筋のはいつたのは春彦魚と云ふのだ。どちらも盲だから、マタイものだ。それ此通り逃げも何もせぬぢやないか。併し手に取ると、やつぱりピンピン撥ねよるワ。ヤア其処へ本当の錦魚がやつて来たぞ。此奴ア縦横十文字、素的滅法界、綺麗な筋がはいつて、ピカピカ光つてゐる。目も大きな目があいてゐる。……なア高姫さま、これを見ても経と緯と揃はねば、変性男子の系統ばかりでも見えず、女子の行方ばかりでも後先が見えぬと云ふ神様の御教訓ですな』 高姫頻りに首を振り、 高姫『ウーン、なんとまア神様の御経綸と云ふものは恐れ入つたもので御座います。これを見て改心せねばなりませぬワイ。今迄の三五教の様に、経緯の盲同士が盲縞を織つて居つては、何時迄も錦の機は織り上がりませぬ。夫に就いては私が第一悪かつた。経糸はヂツとさへして居れば良いのに、緯糸以上に藻掻くものだから、薩張ワヤになつて了うたのぢや。あゝ何を見ても神様の教訓許り、何故今迄こんな見易い道理が分らなんだのだらう。ヤツパリ金毛九尾に眼を眩まされてゐたのだ』 と長大嘆息をしてゐる。是れより一行は夜を日に継ぎ、漸くにしてアルの海岸に着いた。幸ひ船はゼムの港に向つて出帆せむとする間際であつた。高姫は慌しく『オーイオーイ』と呼止めた。船頭は今纜を解いて港を少しばかり離れた船を引返し、三人を乗らしめ、折からの南風に帆を孕ませ、ゼムの港を指して波上ゆるやかに辷り行く。 長き海上の退屈紛れに船客の間にあちらこちらと雑談が始まつた。高姫一行は船の片隅に小さくなつて控へてゐる。 甲『去年の事だつたか、此船に乗つてゼムの港へ渡る時の船客の話しに、テルの国のアリナの滝とやらに大変な玉取神さまが現はれ、彼方からも此方からも、種々雑多の玉をお供へに行つて、いろいろの願事を叶へて貰はうと、欲な連中が引も切らず参拝してゐたさうぢや。さうすると何でもヒルとか夜とか云ふ国の偉いお方が黄金の玉をお供へになつた。玉取神さまはその黄金の玉が気に入つたと見えて、夜さりの間に玉を引つ担ぎ、何処へ逃げ出し、ウヅの国の櫟ケ原とかで、折角持出した玉を、天狗に取上げられ、這々の体でウヅの国(アルゼンチン)の大原野を横断し、アルの港から船に乗つて、アマゾン川の河上まで行つたと云ふ事だ。併し神さまの中にもいろいろあつて、欲な神さまもあればあるものぢやなア。其玉取神さまの大将は、何でも自転倒島の鷹とか鳶とか烏の様な名のつく、矢釜しい女神があつて、大切に守つて居つた玉を玉取神が失うたので怒つて叩き出し、其玉を手に入れる迄、帰つて来な……と此広い世の中に玉の一つ位、何程捜したつて、分りさうなことがないのに、無茶を言うて、いぢり倒したと云ふ話を聞いたが、随分悪い神もあればあるものだなア。屹度其奴には八岐の大蛇やら、金毛九尾の狐が憑いてをつて、そんな無茶なことを言はしたり、さしたりすると云ふ話しだ。本当に神さまだと云つても、無茶苦茶に信神出来ぬものだ。鷹鳶姫とか玉取姫とか云ふケチな神もある世の中だからなア』 乙『玉取姫位なら屁どろいこつちやが、世間には沢山、嬶取彦や爺取姫が現はれて、随分社会の秩序を紊し、此世の中に悪の種を蒔く神も、此頃は大分に出来て来たぞよ。アハヽヽヽ』 と他愛なく笑ふ。高姫は真赤な顔して小さくなつて、甲乙の談を聞いて居た。 常彦は高姫の耳に口を寄せ、 常彦『高姫さま、どうも世間は広いやうで狭いものですな。海洋万里の斯んな所まで、自転倒島の出来事が、仮令間違ひにもせよ、大体が行渡つて居るとは実に驚きましたねえ。玉野原の玉の湖の椰子樹の下に、竜国別さまが刻んでおいた四人の石像、仮令何万年経つたつて、貴女や私達の目にとまる筈がないのに、何百里とも際限のない野の中に、こんな小つぽけな物が只の一つ、それが斯うして貴女の背に負はれる様になると云ふも、不思議ぢやありませぬか。之を思うと人間も余程心得なくてはなりませぬなア』 高姫『サアそれについて、私は胸も何も引裂けるやうになつて来ました。私が変性男子様の系統々々と云つて、それを鼻にかけ、金毛九尾に誑惑されて、今迄は一生懸命に厳の御霊の御徳を落とすこと許りやつて来たかと思へば、如何して此罪が贖へやうかと、誠に恐ろしく、悲しくなつて来ました』 と涙ぐむ。船客は又もや盛んに喋り出した。 丙(ヨブ)『オイお前の云うて居つた鷹鳶姫と云ふのは、ソリヤ高姫の間違ひだらう。そして玉取姫と云ふのは鷹依姫の間違ひだらう。高姫と云ふ奴はなア、徹底的我慢の強い奴で、変性男子とか云ふ立派なお方の腹から生れて、それはそれは意地の悪い頑固者の、利己主義の口達者の、論にも杭にも掛らぬ化物ださうな。そして金剛不壊の如意宝珠とか云ふお宝物を腹に呑んだり、出したり、丸で手品師のやうなことをやる、悪神の容物だと云ふ事だ。噂を聞いて憎らしうなつて来る。どうで遠い自転倒島の話しだから、到底吾々には一代に会ふことは出来まいが、若しも出会うたが最後、世界の為に俺は素首引抜いてやらうと思つてゐるのだ。何だか高姫の話しが出ると、腹の底からむかついて来て堪らないワ。去年の今頃だつた。高姫に仕へて居つた鷹依姫、其息子の鼻の素的滅法界に高い竜国別、それに一寸人種の変つた、鼻の高い細長い、色の少し白いテーリスタンとかカーリンスとか云ふ四人連れが、アリナの滝の……何でも近所に鏡の池とか云ふ不思議な池があつて、そこに長らく居つた所、俄にどんな事情か知らぬが、居れなくなつて、たうとうアリナ山脈を越えて、ウヅの国の櫟ケ原を横断し、アルの港からヒルへ行く途中、誤つて婆アはデツキの上から海中へ陥没し、皆目姿がなくなつて了つた。そこで息子の竜国別が、婆アさまを助けようとドブンと計り飛込んだが、これも亦波に捲かれて行き方知れず、テ、カの二人も続いてドブンとやつたが、此奴もテンで行方が知れなくなつて了つた。彼奴は悪人か何か知らぬが随分親孝行者だ。母親が陥つたのを助けようと思うて、伜の竜国別が飛込んで殉死し、又弟子の二人が助けようと思つたか、殉死の覚悟だつたか知らぬが、共に水泡と消えて了つた。随分此航路では有名な話しだ。お前まだ耳にして居らぬのか』 乙『成程、親子主従の心中とか云つて、随分有名な話だが、其……何だなア、宣伝使の一行のことか、俺や又どつかの親子主従の心中かと思つてゐた。ホンに可哀相なこつたナア』 丙(ヨブ)『それと云ふのも元を糺せば、ヤツパリ高姫と云ふ奴が悪いからだ。彼奴が無理難題を云ひかけて、自転倒島から高砂島(南米)三界迄追ひ出したものだから、たうとうあんなことになつて了つたのだ。四人の宣伝使は可哀相でたまらぬ。俺やモウ其話しを聞いてから、空を翔つてる鷹を見ても癪に障つて堪らぬのだ。人間にでも鷹と云ふ名の附いてる奴に会うと、其奴が憎らしくなつて来て、擲りつけたいやうな気がするのだよ。赤の他人の俺が、何故鷹依姫や竜国別の、それ丈贔屓をせにやならぬかと思うと、不思議でたまらないワ。大方あの陥る時に、アヽ可哀相だと思うて見てゐたものだから、其亡魂でも憑依したのか……。今日は何だか其タカと云ふ名のついた奴が乗つて居やせぬかなア。何だかむかついてむかついて仕方がないのだ』 と目を真赤にし、歯噛みし、拳を握り、形相凄じく息を喘ませてゐる。 甲『ハヽヽヽヽ、他人の疝気を頭痛に病むと云ふのはお前のことだ。そんなことはイヽ加減にしておけ。何程力んでみた所で、肝腎の本人は海洋万里の自転倒島に居るのだから駄目だよ』 丙(ヨブ)『何だか俄に体が震ひ出した。何でも此船に高姫と云ふ奴、乗つてゐるのぢやあるまいかな。オイ一寸女客の名を、御苦労だが、一々尋ねて来て呉れぬか』 甲『馬鹿を言ふない、おれが尋ねなくても、船長さまに聞けば、チヤンと帳面に附けてあるワ』 丙(ヨブ)『それもさうだ、そんなら尋ねて見やうかな』 と立上がらうとする。高姫は、丙の袖を控へて、 高姫『モシモシ何処の方かは知りませぬが、鷹依姫、竜国別一行の為に、能うそこ迄一心に思うてやつて下さいます。定めて四人の者も冥土から喜んで居ることで御座いませう。あなたは最前から承はれば、四人の海へ落ちたのを見て居なさつたさうですが、後に何か残つてゐませなんだか。私があなたの憎いと思召す自転倒島から来た高姫で御座いますよ。罪の深い私、サアどうぞ貴方の存分にして下さいませ。さうすれば、四人の者も定めし浮かぶことで御座いませう。今私の負うて居ります石には、右四人の姿が刻り込んで御座います。かやうなことがあらうとて虫が知らしたのか、チヤンと自分から石碑を拵へて残しておいたと見えます。あゝ因縁と云ふものは恐ろしいものだ。天網恢々疎にして漏らさず、こんなことと知つたら、あんな酷いことを云ふのぢやなかつたに』 と云ひ乍ら、背中の石像を前に据ゑ、手を合せ、 高姫『コレコレ四人の御方、どうぞ怺へて下さい。三千世界の御神業に参加せなくてはならぬ大切な体なれど、私は今此御方に生首を引抜かれて国替を致し、お前さまの側へ行つて、更めてお詫を致します。あゝ惟神霊幸倍坐世。鷹依姫、竜国別、テーリスタンにカーリンス、頓生菩提、あゝ惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じてゐる。丙は高姫の真心より悔悟した其言葉と挙動とに、今迄張り切つた勢もどこへか抜け、今は却て、高姫崇拝者と心の中で知らず知らずの間になつてしまつてゐた。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録) |
|
19 (1992) |
霊界物語 | 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 | 13 都入 | 第一三章都入〔八五五〕 巽の池の曲神を神の伊吹の言霊に 言向け和し末子姫捨子の姫を従ひて 焼きつく如き炎天をかよわき足を運びつつ 春、幾、鷹に送られて草野をわたり河をこえ 再び山を乗越えて又もや谷間を辿りつつ 旅の枕も数重ね桃上彦の鎮まりし 三五教の神館ウヅの聖地の間近まで 漸く進み来りける。松若彦は馬に乗り 御輿二挺を舁つがせつ数多の国人引率し 神素盞嗚大神の珍の御子なる末子姫 捨子の姫を迎へむと威儀を正して白旗に 赤き十曜の紋を染め風に靡かせ堂々と 長蛇の陣を張り乍らウヅの都の町外れ カリナの里に現はれぬ松若彦の一行は 末子の姫の一行とカリナの里に出会し 忽ち馬を飛び下りて末子の姫の前に寄り 松若彦『珍の都の国彦が御子と生れし神司 松若彦は今茲に瑞の御霊の末の御子 末子の姫や捨子姫御二方の御出ましを 神の御告に知らされて新に御輿を造り上げ 茲にお迎へ申したり殊更暑きウヅの国 尊き御身を持ち乍ら神の御為道の為 世人の為とは云ひ乍らよくも御出まし下さつた 指折り数へて国人が瑞の御霊の御降臨 今か今かと待佗て喜び勇んで居りまする 尊き珍の姫様よ従ひませる捨子様 茲にてお休み願ひます』 いと慇懃に宣りつれば末子の姫も会釈して 末子姫『噂に高きウヅ館松若彦は汝が事か 吾等一行を親切にテル山峠の麓まで 春、幾、鷹の御三方迎への為に遥々と よくも遣はし玉ひしぞおかげで道中恙なく いよいよ此処へ着きましたあゝ惟神々々 尊き神の引合せはてしも知らぬ白雲の メソポタミヤを立出でて教を開く折柄に 吾等が姉妹主従はバラモン教の司等に[※御校正本・愛世版では「メソポタミヤを立出でてバラモン教の司等に教を開く折柄に吾等が姉妹主従は虐げられて棚無しの」だが、それでは「末子姫がバラモン教の司らに対して三五教を開いた」と読めてしまう。校定版・八幡版では「バラモン教の司等に」の位置が変更され、「メソポタミヤを立ち出でて教を開くをりからに吾らが姉妹主従はバラモン教の司らに虐げられて棚無しの」になっている。霊界物語ネットでも読者の混乱を避けるため校定版と同様に「バラモン教の司等に」の位置を変えた。] 虐げられて棚無しの寄るべなぎさの捨小舟 さも恐ろしき荒波につき放されし苦しさよ 妾は幸ひ天地の神の恵を蒙ぶりて 捨子の姫と諸共にハラの港に安着し テル山峠を乗越えて巽の池に潜みたる 大蛇の神を服従はせ心も勇み身も勇み 松若彦の現れませるウヅの都を当途とし いよいよ此処に現はれぬ松若彦の神司 妾は未だ手弱女の力少なきまな娘 何卒宜しく頼み入るあゝ惟神々々 神の教に服従へる教司の御前に 始めて述ぶる御挨拶完美に委曲に聞し召せ』 言葉静かに宣りつれば松若彦は腰屈め 揉手し乍ら喜んで末子の姫の御手を取り 力の限り握りしめ 松若彦『あゝ姫様よ姫様よいよいよ是よりウヅの国 汝が命の降臨にいと平けく安らけく 戸ざさぬ御世と治まりて鬼も大蛇も荒風に 吹かれて散りて影もなく神の御稜威はいやちこに 輝き渡り玉ふべしあゝ惟神々々 神の御末の末子姫珍の身魂の御前に 松若彦が赤誠を捧げて感謝し奉る』 と互に挨拶を終り、麗しき森蔭に立入りて、少時息を休むる事となつた。 松若彦は詞丁寧に、末子姫、捨子姫に向ひ、腰を屈め乍ら、 松若『噂に高き瑞の御霊、神素盞嗚大神様の珍の御子と現れませる末子姫様、並にお付添ひの捨子姫様、よくマア遥々と此熱国へ御降臨下さいました。私は申すに及ばず、ウヅの都の神殿に仕へ奉る神司を始め、数多の国人はどんなに喜ぶことで御座いませう。全く私は救世主の御降臨と欣喜雀躍の余り、二三日以前から、余りの嬉しさに夜も碌々に休むことも出来ませなんだ。余り俄に拵へました此御輿、お粗末では御座いますが、どうぞ是から、これにお乗し下さいまして、御入城の程偏に希ひ上げ奉ります』 と頼み入る。末子姫は首を左右に振り、 末子『折角の思召、無に致すは誠に済まない訳で御座いますが、勿体ない、結構な神様より、足を頂戴致し乍ら、どうして輿なんかに乗ることが出来ませう。折角乍ら是計りはお許し下さいませ』 捨子『姫様もあの様に仰せられまするから、どうぞ是計りは御無用にして下さいませ。又妾は姫様の侍女として、お側近く、朝な夕なに御奉公致す婢女なれば、仮令姫様が御召しになつても、妾は左様な勿体ないことは、到底出来ませぬから、悪しからず御収め下さいませ』 松若『左様では御座いませうが、あなた様の御降臨を国人が喜び、寄つて集つて昼夜の別なく作り上げた御輿で御座いますれば、どうぞ国人の至誠に免じ御乗用し下さいます様、一同に代り、たつて御願申上げます』 末子『頑固のようで御座いますが、妾の様な若い女、神徳もない者が、如何して此様な立派な、神様の御召し遊ばす御輿に乗せて頂くことが出来ませうか』 松若『貴女様は神様の御経綸に依つて、ウヅの国の司として御出で遊ばしたので御座いませう。貴女様に取つては左様な事は御考へ遊ばさないでせうが、正鹿山津見の神様が、黄泉比良坂の戦ひに、御出陣の際、私の父の国彦に向つて仰せらるる様……神素盞嗚大神様の姫御子が此国へ降臨遊ばして、宇都の国一円をお治め遊ばす時が来るから、それ迄は汝国彦、吾館を預り能く守り居れよ、珍の御子降臨の時は、是を奉じて国の司となし、汝は左守右守の神となつて、神業に奉仕せよ……との御教示で御座いました。吾父は最早国替を致しましたが、其後を継いだ此松若彦、父の言葉を無寐にも忘れず、珍の御子の降臨あるまでは、大切に守らねばならぬと、今日まで力の及ぶ限り守つて参りました。貴女はいよいよ此国の女王となつて、国民を治め、又教主となつて国人を尊き神の御道に教へ導き下さらねばならぬ御役目で御座います』 末子『及ばぬ乍ら、其使命は妾も父大神より承はつて居りました。何卒宜しく御輔導の程を御頼み申します』 松若『御勿体ない其お言葉……松若彦身に取り、実に無上の光栄に存じます。至らぬ愚者なれ共、宜しく御指導下さいまして、永くお使ひ下さりませ。偏に願奉ります』 末子『御互様に宜しく願ひます』 松若『あなた様は父大神より、此国の女王とならせ玉ふことを御存じとあらば猶更の事此御輿に御乗し下さらねばなりますまい。決して御輿にお召し遊ばすのは贅沢の為でも、又は楽に道中を遊ばす為でも御座いませぬ。此世界は天地の御恩に依つて造られた以上は、天はさて置き、地には至る所に国魂神の神霊宿らせ玉へば、大地の上を踏み歩くも、吾々人民は恐れ多い次第で御座います。ぢやと申して、国人一般が大地を踏むことを恐れて居りましては、道行くことも出来ず、耕し一つすることも出来ませぬ道理、そこで国の司と現はれます女王様は、万民に代り、天に跼まり、地に蹐して、神祇を尊敬遊ばし、国民の代表となつて、お土を御踏み遊ばさないのが御天職で御座いますから、どうぞ此処の道理を聞分け下さいまして、これより先は城下で御座いますれば、せめて城下丈なりと、お土をふまない様に、吾々に代つて御苦労に預りたう存じます。又捨子姫様も御近侍の役、どうぞ姫様に御伴遊ばすので御座いますれば、此御輿に是非是非御乗しを願はねばなりませぬ。此儀偏に御願申し上げます』 末子『さう承はらば、否むに由なきことで御座います。左様ならば仰せの通り、御世話になりませう。……捨子姫殿、妾が許します、否命令します、あの輿に乗つて妾が後に従ひ来られよ』 と漸く末子姫の言葉は何処となく権威を帯びて来た。捨子姫は否むに由なく、素直に『ハイ』と答へて、末子姫の輿の後より外の輿に乗せられ、数多の国人の歓呼の声に送られ、賑々しく入城することとなつた。 ウヅの都の入口には非常な立派な門が建てられてある。末子姫は此表門より輿に舁つがれ、行列勇ましく本城さして進み入る。通路は白砂を布き詰め、道の左右には数多の国人、地上に跪き、救世主の降臨と涙を流し、感喜の真情に暮れてゐる。いろいろの音楽の音に送られ黄昏前、奥殿に安着した。 カールは途中に石熊に追つ付かれ、茲に両人は手に手を取つて、白砂の布きつめたる道を、息もせきせき城内指して進み入る。 (大正一一・八・一五旧六・二三松村真澄録) |
|
20 (2246) |
霊界物語 | 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 | 11 鼻摘 | 第一一章鼻摘〔一〇七六〕 バラモン国の天地を塞ぎて暗き妖雲を 吹き払ひつつ三五の神の教を敷ひろめ 心も暗き大黒主を言向和し日月の 光をてらす月の国照国別の宣伝使 照国梅の三人を従へ坂路下り来る 国公は路々宣伝歌歌ひ乍らに進むなり。 ○ 国公『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 河鹿峠は其昔言依別の宣伝使 栗毛の馬に打乗りて渡らせ玉ふ時もあれ レコード破りの烈風に吹きまくられて谷底に 陥り玉ひ天国を探検したる旧蹟地 あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて 今吹来る烈風を止めて吾等の一行を 月の都へ易々と進ませ玉へ惟神 神の使の宣伝使御供に仕ふる国公が 真心こめて願ぎまつる秋も漸く深くして 千黄万紅綾錦機を織りなす佐保姫の 姿もいとど美はしく常世の春の「ドツコイシヨ」 秋の紅葉の如くなり今吹く風は曲風か 但は尊き神風か誠に危ない風の玉 ドンと計りにつき当りもろくも空中滑走して 此谷底に陥らば天国浄土の旅立が 出来るに定つてあるならばチツとも恐れはせぬけれど 吾等の如き罪重き身魂が如何して「ウントコシヨ ドツコイドツコイドツコイシヨ」ホンに危い坂路ぢや 根底の国に転落し八寒地獄に陥りて 万劫末代苦みの門を開くは知れた事 暫し此世に永らへて神に対して功績を 少しは立てし後ならば決して悔ゆる事はない さはさり乍ら今の内さやうな事があつたなら どうして神の御前に進み行く事出来やうか あゝ惟神々々此風とめて下さんせ 私は危うてたまらない先に進みし黄金姫 清照姫は今頃は何地を進み玉ふやら 定めて母娘お二人は此難風になやまされ 尻をまくられスタスタと赤い顔して居るだらう 今見るやうに思はれてそいつが第一気にかかる 黄金姫は兎も角も清照姫のあの姿 案じすごさでおかれようかホンに毒性な風ぢやなア 「ウントコドツコイ梅公よ」「ヤツトコドツコイ照さまよ」 互に気をつけ足元に風ばつかりぢやない程に これ程キツイ坂路に尖つた石がムクムクと 頭を抬げてゐよるぞよ虎狼や獅子熊も 此烈風にあふられて谷間を這ひ出で行く路に 必ずしやがむで居るだらうウツカリ相手に「ドツコイシヨ」 なつてはならぬぞ照梅よモーシモーシ宣伝使 あなたも元は梅彦と世に謳はれし神司 四方八方の国々をおまはりなさつたお方なら 烈風豪雨に遭遇した其経験はありませう 何卒話して下さんせ月の国にて臍の緒を 切つて此方こんな目に会うたる例しは荒男 強そに言つても腹の中胸はドキドキ早鐘を つくよな思ひになりましたこれこれモーシ宣伝使 これ程私が頼むのに沈黙するとは胴欲な 何ほど沈黙したとても此烈風は易々と 容易に沈黙致すまい「ウントコドツコイアイタヽヽ」 エーエー怪体の悪い事ぢやどうやら足許「ドツコイシヨ」 危うなつて来たわいな路の片方の古祠 此烈風に煽られてバラバラバラバラメチヤメチヤに 姿もとめず散り失せぬ神を祀つた祠さへ これ程ムゴク散るものを梵天王の鎮まれる 国公さまの肉の宮これが散らずに居りませうか ホンに思へば気にかかる「ウントコドツコイドツコイシヨ」 アレアレ向うに人の影此奴も風にあふられて 斃りよつてかメソメソと泣いたか泣かぬかおれや知らぬ 八の字形にふんのびて黒いお尻をむき出し ウンウン呻いてゐるやうだ彼処は何でも風玉の 当る難所に違ない照国別の神司 一寸一服しませうか鉢植みたよな木ぢやけれど ヤツパリ此奴にや根が厶る此根をシツカリ捉まへて 四人が互に手をつなぎ科戸の風の災を しばしのがれて休まうかあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして照国別の宣伝使 何卒一言国公に休んで行けよと「ドツコイシヨ」 言霊宣らして下さんせ唖の旅行ぢやあるまいし 沈黙するにも程がある照国別の宣伝使 レコード破りの烈風に肝をつぶして胸をつめ 俄に唖となつたのか「ウントコドツコイドツコイシヨ」 如何しても斯しても吾足は膝がキヨクキヨク笑ひ出し 腰まで怪しくなつて来て最早一歩も進めない 「アイタヽタツタアイタヽヽ」蜈蚣が足をかんだよな キツイ痛みにふりかへり眺むる途端に尖り石 あつかましくも足の血を甘そな顔して吸うてゐる 「ウントコドツコイドツコイシヨ」同じ旅路をするならば モウこれからは山路をよけて平らな大野原 草ふみ分けて進む方が何程楽か分らない 急がばまはれと言ふ事を子供の時から聞いてゐた 照国別も気が利かぬコレコレもうし宣伝使 何が不足でそんな顔コレ程私が頼むのに 聞かぬふりしてスタスタと坂路行くとは曲がない こんな無慈悲な神司照国別に導かれ はるばる月の御国までどうしてお供が出来やうか 私は前途が案じられ悲しう苦しうなつて来た あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ、烈風に煽られつつ下り行く。 さしもに烈しかりし山颪はピタリとやんで、木々の騒ぎもおとなしく鎮まり返つた天地の光景、空は紺青に彩られ、地は一面の錦の野辺、天つ日の神は山の端にうすづき玉ひ、黄昏の気、追々に迫り来る。どこともなしに響き来る鐘の声、諸行無常と告げわたる。鳥は塒を求めて早くも棲処をさして帰るものの如く羽使ひ忙がしさうに西山の峰をさして、十羽二十羽三十羽と列を作つて翔り行く。照国別は初めて口を開き、 照国別『アヽ国公さま、お前もこれで安心だらう。風も随分騒いだが、お前も中々負けず劣らず騒いだねい。余程怖かつたと見える、肝の小さい男だなア。人の心はすべて言行に現はれるものだ。モウ少し沈着の態度をとらないと、天下の宣伝使は到底駄目だらうよ』 国公『滅相もない、私はあの風が自分等の前途を祝するかのやうで、勇ましき気分が漂ひ愉快でたまらなかつたのです。死んだか生きたか知れぬやうな閑寂な秋の天地を、亡者然とトボトボと歩くのは余り男らしくありませぬ。私の騒いだのは所謂沈着の表徴です。静中動ありといふ筆法だから、それに付いても照公、梅公の御両人真青な顔をして、チウの声一つヨウあげず、本当に気の毒でたまらなかつたので、二人の恐怖心を代表して一寸あんな洒落を言つてみたのです。心から卑怯者と思はれてはたまりませぬからなア。アツハヽヽヽ』 と肩をゆすつて豪傑笑ひをしてみせる。 照国別は、 照国別『マア何でもいい、元気でさへあれば大丈夫だ。決して悲観はせぬがよい。随分国公さまを初め二人は恐怖心にかられてゐましたなア』 照公『ハイ仰せの通り随分荒肝をとられました』 梅公『私も一寸おつな風が吹きやがるなア……と思ひながら、震つてゐました。併し怖うて震ふのではありませぬ。薄着の肌に吹きつける風が寒いので、一寸景物に震動してみたのです』 国公『アハヽヽヽ何と負惜みの強い奴だなア。名が梅公丈あつて、ウメイ事を吐きやがる。モシモシ照国別さま、あこに二人、梅さまの様な豪傑が昼寝をしてゐるぢやありませぬか。一つ起してやりませうか』 照国別『あれはどうやら怪我をしてゐるやうだ。オイ国公さま、お前に一任するから、鎮魂を施して助けてやりなさい。これが首途の功名手柄だ。そして照公、梅公の両人は吾に従いて早く此山坂を下るのだ。此谷口に一寸した岩屋がある、そこで今宵を明かす事にする。国さま早く両人を助けて、あとから来て下さい、吾々はお先へ失礼するから』 国公『モシ、そりやチと御了見が違はしませぬか、天下の宣伝使が道に倒れてゐる旅人を見すてて、冷淡至極にも私一人に介抱させようとは無慈悲にも程がある。ヘン馬鹿らしい、そんな事で宣伝使がつとまりますかい。ナア照公、梅公、さうぢやないか』 照公『ウンさうぢやない』 梅公『動中静ありといふお前の役目だよ。それで日出別さまがお前もお供をして、道中せい(動中静)と仰有つたのだ。ナア照公さま、大分に日も暗くなつて来たし、グヅグヅしてゐるとそこら中が暗くなつて来ちや、何程くらく(苦楽)不二でもやり切れないワ。何とマア蛙をブツけたやうによく斃ばつてゐる事わいのう』 国公『モシ、宣伝使様、一層のこと吾々四人が鎮魂を彼等に与へて、手早くここを切上げたら如何でせう』 照国別『宣伝使の言に二言はない。お前はあとに残つて旅人の介抱を命ずる。サア照、梅の両人早く行かう』 と二人をつれて、ドシドシと坂路を下りゆく。あとに国公は呆然自失、為す所を知らず、だんだんそこらが暗くなつて来る。二人の旅人は、半死半生の体で苦しむ声が、ウンウンと聞えて来た。 国公はタールの側に立より、 国公『オイ旅人、ウンウンと何をきばつてゐるのだ。赤ん坊か何ぞのやうに寝乍らウンコをたれる奴がどこにあるか』 と体を一寸撫でて見て、 国公『何とマア長い男だなア、ハハー此奴あモウ駄目だ、九死一生だ。こんな男の命を助けて、娑婆で辛い苦労をさすよりも一層の事一思ひにやつつけてやつた方が、俺も手間がいらず、当人もさぞ満足だらう。ウフヽヽヽ』 タール『モシモシ旅のお方、どうぞ私の命を助けて下さい』 国公『ヤアお前はヤツパリ人間かなア』 タール『殺生な、人間でなくて何としませう』 国公『おれや又野狸が化けてゐやがるのかと早合点したから、殺してやろと言つたのだ。人間さまと聞くからは助けにやおかれまい。(芝居口調)最前照国別殿に別れて帰る暗まぎれ、山越す獅子に出会ひ、二つ玉にて撃とめ、近より見れば、狸にはあらで旅の人、薬はないかと懐中を探りみれば、財布に入つたる此金、道ならぬ事とは思へども、天の与へと押頂き、亡君の石塔料に使つてくれむ。コリヤ旅人の幽霊、金の所在をハツキリ申さぬか』 タール『モシモシ泥坊様、お金はここに幾らでも持つて居ります。命計りはお助け下さいませ。此通り膝頭を打くじき、身動きならぬ弱味をつけ込んで、金も命も取らうとは、余り虫がよすぎます』 国公『オイ旅人、泥坊ではないぞ。世界を助けまはる宣伝使……ではない、其お供だ。言はば宣伝使の卵だ。どうかして助けてやりたいは山々なれど、生憎此山は禿山で薬草はなし、谷水を呑ましてやりたいけれど、谷は深く、かう暗の帳がおりては、人を助ける所か、自分の命が危うなつて来た。どうぞ私を助けると思うて、そんな無理をいはずに早く去なしてくれ、此通り手を合はして、泥坊オツトドツコイ、こなさまが拝みます』 タール『アハヽヽヽ何とマア面白いお方ですこと、私も最前の烈風に肝を潰した一刹那、一寸膝頭から血は出たけれど、俄に病気が治り、こんな坂路位は屁でもないのだが、寝た序に日の暮にも近いから、此儘夜明かししようと思うてゐたのだ。さうした所がお前さま等の一行が、面白相に歌を歌つて出て来るので、一寸なぶつてやらうと、半死半生人の真似をしてゐた。半鐘泥棒だよ。ウツフヽヽヽ』 国公頭をかき乍ら、 国公『エーいまいましい、一杯くはされたか、今日に限つて照国別さまが、なぜあんな無慈悲な事を吐かすのだろと、聊か憤慨してゐたが、流石照国別さまは偉いワイ、ヤツパリおれの先生だ。チヤツと此奴の狂言を見ぬかれた其天眼力は天晴なものだ。イヤもう感じ入りました』 タール『お前は三五教の宣伝使のお供をいたす三人の中でも一番よりぬきの、はね代物だなア』 国公『コラ失礼な事をぬかすか。おれには親があるぞよ』 タール『アハヽヽヽ広い世界に親のない者があらうか、たわけた事を言ふない』 国公『ヘン、チとすまぬが、俺の親はチツと違ふのだ。国治立大神といふ親神があるのだ。それだから国公さまと言ふのだよ。オイ貴様の名は何といふか』 タール『俺の名かい。俺はタールさまだ』 国公『失礼な寝もつて挨拶をする奴があるかい、何でも酒くらひのやうなスタイルだと思うてゐたら、ヤツパリ名詮自称タールとぬかす代物か、それでは親のないのも尤もだ。お前はバラモン教のケレ又だらう。タールといふやうな神さまはどこにあるか。大黒主の神を祖神にもつならば、黒といふ名がつき相なものだのに、タールなどとは、チツと物ターランぢやないか、足がタールなつて、大方ここで平太ばつてゐやがるのだらう』 タール『コリヤ国とやら、そんな劫託をほざくと罰があタールぞよ』 国公『エー此位ウソ気味悪いのに化物然と洒落やがるない、チツと起きたら如何だい』 タール『ザワザワ騒いで立くらすのも一日なら、安楽に寝てくらすのも一日だ。俺は俺の主義がある。道に平タール主義と申すのだよ』 国公『オイ俺もそこで一寸添寝をさしてくれないか。モウ斯うなつちや、一寸も歩けないぢやないか』 タール『ヨーシ、一緒に寝んねをさしてやろ……ネンネンねんこの穴に蟹が這ひ込んだ──いたかゆかゆかゆ取つて呉れ──ヤツトの事で引ずり出したら、又這ひ込んだ──いたかゆかゆかゆとつて呉れ。……坊ヤのもりはどこへいた、山をこえて里へいた、里の土産に何貰うた、ハルナの饅頭に笙の笛、ねんねんようねんねんよう、ねんねんコロリねんコロリ、年中コロリとねて居れば、これ程楽な事はない』 国公『コリヤ洒落ない、おれや赤ン坊ぢやないぞ』 タール『お前は赤ン坊所かい、まだ卵ぢやないか、それだからコロリコロリと歌つたのぢやい、大人なら大人らしうお前に一つ註文がある。何と聞いてはくれまいかなア』 国公『斎苑の館に其人ありと聞えたる国治立命の名を賜はつた国公さまだ。何事なりと天地の間の事ならば叶へてつかはす。サア遠慮はいらぬ、ドシドシと申上げよ』 タール『ハヽヽヽヽ、何をぬかしやがるのだ。けたいな法螺吹だなア』 国公『風でさへも大変に吹いたぢやないか。ホラ吹くの神様とはおれの事だ。何でも叶ふ事なら聞いてやろ。併し乍ら今おれに金を一万両くれと云つても、ソリヤ一寸聞く事は出来ぬ。女房の代りになれといつても、それも叶はぬ。其外の事ならば、一切万事叶へてつかはす程に、其代りに一生火物断ちを致せよ』 タール『エー何でも良いワ。実の所は俺の仇が、ソレそこにウンウン唸つてゐやがるのだ。彼奴を殺さねば、俺が殺されるのだから、今の内に殺しておきたいのだが、折角横になつたのだから動くのが面倒臭いので、一時延ばしに延ばしてゐた所だ。オイそこな岩でも一つグツと抱へて、彼奴のドタマへドスンと当ててくれ。そしたらそれで此タールさまは至極安全、天下泰平、五穀成就だ』 国公『アハヽヽヽ何と気楽な奴だなア、最前から所在が見えたけれど、モウ斯う暗くなつちや、足元もロクに見えないワ。夜が明けてから、ゆつくり俺が自ら神占をやつて、タールを殺すか、ハムを殺すか、どちらを殺さうかといふ事を伺つてみて、其上の事にしようかい。若しタールを殺せといふおみくじが出たら、気の毒乍ら観念してくれねば、なるまいぞ。アーア今晩はかう言うて噪いでゐるが、明日の朝になつたらヒヨツとしたら俺の手にかかつて死ぬかと思へば、いささか以て気の毒でも何でもないワイ。ウツフヽヽヽ』 タール『コラ馬鹿にすない。よい加減にからかつておけ』 国公『唐が勝つても印度が勝ても、そんな事にお構ひがあるかい』 二人は何時の間にか抱ついた儘、道の真ん中でグツと寝て了つた。雷のやうな鼾声が競争的に聞えて来た。ハムはニツコと笑つて起き上り四這ひになつて探り寄り、二人の髪の毛を固く結び合せ、息使ひを考へて、タールの鼻をむしれる程捻ぢた。タールは痛さに目をさまし、 タール『イヽヽイツタイワイ、コラ国公、しやれた事をすな、人の鼻を咬みやがつて、何ぞ蛸でも喰うてる夢を見やがつたのかな』 国公はウニヤウニヤウニヤと何事か口の内にて言ひ乍ら、又もやグーグーと大鼾をかく。 タール『ハハー此奴夢をみやがつて、おれの鼻を摘みやがつたのだな、エー仕方がない、夢で為た事を咎める訳にも行こまい。一樹の蔭の雨宿り、一河の流れを汲むさへも深い縁と聞くからは、よくよくの因縁だらう。見ず知らずの旅人同士が、雲天井に石枕、夫婦か何ぞのやうに、抱ついて寝るのも、何かの因縁がなくてはなろまい。あゝモウ寝よう』 と独言をいひ乍ら、早くもグーグーと鼾をかき出した。ハムは又もや手探りに国公の鼻をむしる程捻ぢた。 国公『イヽイターい、ハナハナハナ放せ放せ、放さぬか放さぬか』 ハムはあわてて手を放す。 国公『コラ、タール、俺を計略にかけやがつて、寝とる間に、鼻をねぢて殺さうとしよつたなア。待て待て鼻ねぢなら、俺も負はせぬぞ。アイタタ、メツタ矢鱈に人の髪の毛を引張りやがる。ヤイ、タール一寸髪の毛を放せ』 ハム『コリヤ国公、此タールを何と心得てゐるか、甘く計略にかけてやつたのだ。此髪の毛をグツと握り、鼻を捻ぢて殺してやろとの計略を知らないのか、余程良い頓馬だなア。ウツフヽヽヽ』 『何糞ツ』と国公は力一杯鼻と言はず、目といはず、爪立ててグツとかきむしつた。よく寝込んでゐたタールはビツクリして目をさまし、 タール『アイタヽヽコリヤ猿奴、おれの顔をかきやがつたな、オイ国公貴様も起きぬかい、猿が出やがつたぞ。ヤア俺の髪の毛を引張つてゐやがる』 国公『コラ、タール俺が知らぬかと思つて、頭の毛を引張つたり、鼻をやたらに捻ぢやがつて、おまけに俺を殺さうと企みやがつたなア、サアもう斯うなつた上は了見ならぬ』 と手を伸ばして、又タールの顔をかく。 タール『オイ国公、マア待て、此奴あチト可怪しいぞ』 ハム『オイ、タール、国さまの頭を無性矢鱈に引張りやがつて如何する積だ。コリヤ睾丸を握りしめてやろか』 国公『ヤア、おれの代理をする奴が出来て来よつたぞ。いつの間にか副守護神奴が飛び出しやがつて、此方さまの意思に反した事を囀りやがるものだから、サツパリ事が面倒だ』 ハム『コリヤ国公、トボケない、そんな事を食ふタールぢやないぞ。タールの腕には肉があるぞ』 国公『コリヤ、タール、貴様の肉よりも俺の骨の方がチツと固いぞ。大人なぶりの骨なぶり、サア是からは睾丸の掴み合だ。一イ二ウ三ツ、アイタツタ、コラ髪の毛を放さぬかい』 ハム『アツハヽヽヽ、阿呆奴が、オホヽヽヽ臆病者奴、ウツフヽヽヽうろたへ者、エツヘヽヽヽエタイの知れぬ化者にいらはれてゐるうつけ者、イツヒヽヽヽ意地くね悪いハムさまの御出現、サアもう斯うなる上はタールを殺そか、国公をやつつけようか、明日の朝手製の神籤で伺つて見よう。モシ、タールさま、お前を殺せと御みくじが出たら気の毒乍ら、お前の命を取らねばならぬ。それを思へば、おれやモウ可哀相で、気の毒でも何でもないワイ。ウツフヽヽヽ』 国公『コリヤ俺の受売をしやがる奴は、ダダ誰奴だい』 ハム『最前からここに寝てゐたバラモン教のハムさまだ。これからタールをやつつけるのだから、国さま一つ加勢をしてくれないか』 国公『折角斯うして抱き付いて親しうなつたタールぢやもの、如何して之を殺すことが出来ようかい、おれやそんな事を聞くと、貴様が憎らしくなつて来て、腹が一寸も立たないワ。オツホヽヽヽ』 斯かる所へ山の尾を登り来る満月の光、ハムは手早く両人の髪をほどき、 ハム『ヤア、タール、モウ許してやらう。以後はキツと慎んであの様な悪戯を致すでないぞ、そしてあのやうな水臭い事を思ふと、今度はモウ了見せぬからさう思へ。今日はこれきり忘れて遣はす』 タール『俺もお前がさう出れば、万更憎いとは思はない、只今限り忘れタールから、マア安心致すがよからう。ナア国さま、余り物をクニクニと苦にすると、病気になつて、しまひにや国替をせなくてはなりませぬからなア』 国公『国替なぞと縁起の悪い事をいつてくれるない』 ハム『アツハヽヽヽ』 タール『イツヒヽヽヽ』 国公『ウツフヽヽヽ、サアもう夜があけた。行かうぢやないか』 と三人は兄弟の如く親しくなつて、無駄口を叩き乍ら坂路さして降り行く。 (大正一一・一〇・二七旧九・八松村真澄録) |