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ひふみ神示 3_富士の巻 第4帖 一二三の仕組が済みたら三四五の仕組ぞと申してありたが、世の本の仕組は三四五の仕組から五六七の仕組となるのぞ、五六七の仕組とは弥勒の仕組のことぞ、獣と臣民とハッキリ判りたら、それぞれの本性出すのぞ、今度は万劫末代のことぞ、気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。今度お役きまりたらそのままいつまでも続くのざから、臣民よくこの神示よみておいて呉れよ。八月十三日、のひつくのか三。
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(220)
ひふみ神示 7_日の出の巻 第7帖 おろしやにあがりておりた極悪の悪神、愈々神の国に攻め寄せて来るぞ。北に気つけと、北が愈々のキリギリざと申して執念気つけてありた事近ふなりたぞ。神に縁深い者には、深いだけに見せしめあるのざぞ。国々もその通りざぞ、神には依怙無いのざぞ。ろしあの悪神の御活動と申すものは神々様にもこれは到底かなはんと思ふ様に激しき御力ぞ。臣民と云ふものは神の言葉は会得らんから悪神の事に御とつけるのは会得らんと申すであろが、御とは力一杯の事、精一杯の事を申すのであるぞ。何処から攻めて来ても神の国には悪神には分らん仕組致してあるから、心配ないのざぞ、愈々と成りた時には神が誠の神力出して、天地ゆすぶってトコトン降参ざと申す処までギュウギュウと締めつけて、万劫末代 いふ事聞きますと改心する処までゆすぶるから、神の国、神の臣民心配致すでないぞ、心大きく御用して呉れよ、何処に居ても御用してゐる臣民助けてやるぞ。十二月六日、ひつ九か三。
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(244)
ひふみ神示 8_磐戸の巻 第8帖 神の国の昔からの生神の声は、世に出てゐる守護人の耳には入らんぞ、世に出てゐる守護人は九分九厘迄外国魂ざから、聞こえんのざぞ。外国の悪の三大将よ、いざ出て参れよ、マトモからでも、上からでも、下からでも、横からでも、いざ出てまゐれよ。この神の国には世の元からの生神が水ももらさぬ仕組してあるから、いざ出て参りて得心ゆくまでかかりて御座れ。敗けてもクヤシクない迄に攻めて御座れよ、堂々と出て御座れ、どの手でもかかりて御座れ。その上で、敗けてこれはカナワンと云ふ時迄かかりて御座れよ。学、勝ちたら従ってやるぞ、神の力にカナワンこと心からわかりたら末代どんなことあっても従はして元の神のまことの世にして、改心さして、万劫末代口説ない世に致すぞよ。一月九日、 の一二のか三。
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(248)
ひふみ神示 8_磐戸の巻 第12帖 マコトの者は千人に一人ざぞ、向ふの国にはまだまだドエライ仕組してゐるから今の内に神の申すこと聞いて、神国は神国のやりかたにして呉れよ。人の殺し合ひ許りではケリつかんのざぞ、今度のまけかちはそんなチョロコイことではないのざぞ、トコトンの処まで行くのざから神も総活動ざぞ、臣民石にかじりついてもやらねばならんぞ、そのかわり今後は万劫末代のことざから何時迄もかわらんマコトの神徳あたへるぞ。云はれぬこと、神示に出せぬことも知らすことあるぞ。一月十三日、の一二か三。
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(254)
ひふみ神示 8_磐戸の巻 第18帖 今度の御用は世におちて苦労に苦労した臣民でないと中々につとまらんぞ、神も長らく世におちて苦労に苦労かさねてゐたのざが、時節到来して、天晴世に出て来たのざぞ、因縁のミタマ世におちてゐるぞと申してあろがな、外国好きの臣民、今に大き息も出来んことになるのざぞ、覚悟はよいか、改心次第で其の時からよき方に廻してやるぞ。改心と申して、人間の前で懺悔するのは神国のやり方ではないぞ、人の前で懺悔するのは神きづつけることになると心得よ、神の御前にこそ懺悔せよ、懺悔の悪きコトに倍した、よきコトタマのれよ、コト高くあげよ、富士晴れる迄コト高くあげてくれよ、そのコトに神うつりて、何んな手柄でも立てさせて、万劫末代名の残る様にしてやるぞ。この仕組判りたら上の臣民、逆立ちしておわびに来るなれど、其の時ではもう間に合はんからくどう気付けてゐるのざぞ。臣民、かわいから嫌がられても、此の方申すのざ。悪と思ふことに善あり、善と思ふ事も悪多いと知らしてあろがな、このことよく心得ておけよ、悪の世になってゐるのざから、マコトの神さへ悪に巻込まれて御座る程、知らず知らずに悪になりてゐるのざから、今度の世の乱れと申すものは、五度の岩戸しめざから見当とれん、臣民に判らんのは無理ないなれど、それ判りて貰はんと結構な御用つとまらんのざぞ、時が来たら、われがわれの口でわれが白状する様になりて来るぞ、神の臣民はづかしない様にして呉れよ、臣民はづかしことは、神はづかしのざぞ。愈々善と悪のかわりめであるから、悪神暴れるから巻込まれぬ様に褌しめて、この神示よんで、神の心くみとって御用大切になされよ。一月十四日、の一二のか三。
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(339)
ひふみ神示 13_雨の巻 第5帖 神示に書かしたら日月の神-一二-が天明に書かすのであるから其の通りになるのであるぞ、皆仲よう相談して悪き事は気付け合ってやりて下され、それがまつりであるぞ、王の世がの世になって居るのを今度は元に戻すのであるから、その事早う判っておらんと一寸の地の上にもおれん事になるぞ、今度の戦すみたら世界一平一列一体になると知らしてあるが、一列一平其の上に神が居ますのざぞ、神なき一平一列は秋の空ぞ、魔の仕組、神の仕組、早う旗印見て悟りて下されよ、神は臣民人民に手柄致さして万劫末代、名残して世界唸らすのざぞ、これ迄の事は一切用ひられん事になるのざと申してあろ、論より実地見て早う改心結構、何事も苦労なしには成就せんのざぞ、苦労なしに誠ないぞ、三十年一切ぞ、ひふみ肚に入れよ、イロハ肚に入れよ、アイウエオ早ようたためよ、皆えらい取違ひして御座るぞ、宮の跡は草ボウボウとなるぞ、祭典の仕方スクリと変へさすぞ、誠の神の道に返さすのざから、今度は誠の生神でないと人民やらうとて出来はせんぞ。十月十七日、ひつ九のかミ。
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(447)
ひふみ神示 20_梅の巻 第20帖 よくもまあ鼻高ばかりになったものぢゃなあ、四足と天狗ばかりぢゃ、まあまあやりたいだけやりて見なされ、神は何もかもみな調べぬいて仕組みてあるのぢゃから、性来だけの事しか出来んから、愈々となりて神にすがらなならんと云ふ事判りたら、今度こそはまこと神にすがれよ、今度神にすがること出来んなれば万劫末代浮ばれんぞ。したいことをやりて見て得心行く迄やりて見て改心早う結構ぞ。ミロクの世のやり方型出して下されよ、一人でも二人でもよいぞ、足場早うつくれと申してある事忘れたのか。尾振る犬を打つ人民あるまいがな、ついて来る人民殺す神はないぞ、ミロク様が月の大神様。十二月四日、一二
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(1180)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 18 隠忍自重 第一八章隠忍自重〔一六八〕 森鷹彦の壇上における大獅子吼はその実、地の高天原より神命を奉じて、この反逆的会議を根底より改めしむべく、神使として鬼武彦なる白狐出の猛神の変化なりける。森鷹彦はモスコーの八王道貫彦の従臣にして、あくまで強力の男子なるが、いま壇上にその雄姿を表はしたるは、実に鬼武彦の化身なりける。鬼武彦は大江山の守神にして悪魔征服の強神なりけり。 八王大神以下常世国の神人らは、何れも悪鬼、邪神、悪狐、毒蛇の天足と胞場の裔霊常に彼らの身魂を左右し、日夜悪逆無道、天則破壊の行為を続行せしめつつありける。ゆゑに今回の常世会議は、すべて背後にこれらの邪神操縦して居りて、大々的野望を達せむと企てゐたりけるに、地の高天原より大神の命により派遣されたる大江山の猛神鬼武彦のために、さすがの邪神もその魔力を発揮する機会を全く失ひけるぞ心地よき。 すべて天地の間は宇宙の大元神たる大神の御許容なき時は、九分九厘にて打ち覆さるるものなれば、さしもに名望勢力一世に冠絶せる八王大神と大自在天の威力をもつてするも、到底その目的を達し得ざるは、神明の儼乎として動かすべからざるの證拠なり。神は自ら創造したる世界を修理固成せむと、ここに千辛万苦の結果、無限の霊徳をもつて神人を生み出したまひ、天地経綸の大司宰として大神に代りて、世界を至善、至美、至安、至楽の神境となしたまふが大主願なり。併しこの時代は前述せるごとく、世界一体にして地上の主宰者は只一柱と限定されゐたりしなり。しかるに世はおひおひと開け、神人は神人を生み地上に充満するに至つて、各自の欲望発生し、神人みなその天職を忘れて、利己的精神を発生し、つひには自由行動をとり、優勝劣敗の悪風吹き荒み、八王大神のごとき自主的強力の神現はれ、天下を掌握せむとするに立到りたるなり。 ちなみに神人とは現代にいふ人格の優れたる人をいふにあらず、人の形に造られたる神にしてある時は竜蛇となり、猛虎となり、獅子となりて神変不思議の行動を為し得る神の謂なり。ゆゑに神として元形のままに活動する時は、天地をかけり、宇宙を自由自在に遠近明暗の区別なく活動し得るの便宜あり。宇宙の大元神はここにおいてその自由行動を抑圧し、地上の神界を修理せむとして神通力をのぞき、神人なるものに生み代へ変らしめたまひける。 ゆゑに神人なるものは危急存亡の時に到るや、元の姿のままの竜となり、白蛇となり、その他種々の形に還元することあり。されど還元するは神の生成化育、進歩発達の大精神に違反するものにして、一度元形に復し神変不可思議の神力を顕はすや、たちまち天則違反の大罪となりて、根底の国に駆逐さるるのみならず、神格たちまち下降して畜生道に陥るの恐れあり。ゆゑに神人たる名誉の地位を守るためには、いかなる悔しさ、残念さをも隠忍してその神格を保持することに努力さるるものなり。自暴自棄の神人はつひに神格を捨て悪竜と変じ、つひに万劫末代亡びの基を開くなり。現代のごとき体主霊従の物質主義者は、すべてこの自暴自棄してふたたび畜生道に堕落したる邪神と同様なり。これを思へば人間たるものは、あくまでも忍耐の心を持ち大道を厳守して、神の御裔たる品格を永遠に保つべきなり。 人間の中には短慮なるもの在りて危急の場合とか、一大事の場合に際し、身命を擲ちてその主張を急速に達成せむとし、知らず識らずの間に自暴自棄的行動を敢行し、瓦全よりも玉砕主義を選ぶと言ひて誇るものあり。玉砕は自己の滅亡にして、自ら人格を無視するものとなり、神界の大神の眼よりは自暴自棄、薄志弱行の徒として指弾され霊魂の人格までも失墜するに致るものなり。すべて瓦全と玉砕は、人間として易々たる業なり。天地経綸の大司宰として、生れ出でしめられたる人間はあくまでも隠忍自重して、人格を尊重し、いかなる圧迫も、困窮も、災禍も、忍耐力、荒魂の勇を揮つて玉全を計るべきは当然の道なり。アヽ現代の人間にしてこの忍耐を守り、人格を傷害せざるもの幾人かある。人は残らず禽獣の域を脱すること能はずして、神の造りし世界は日に月に餓鬼、修羅、畜生の暗黒界と化しつつあるは、実に遺憾の極みなりけり。 国祖の神諭にも、 『三千年の永き月日を悔し残念、艱難辛苦を耐へ耐へて、ここまできた艮の金神であるぞよ』 と示されたるも、右の理由に基くものなり。天地万有をみづから創造したまひ、絶対無限無始無終の神徳を完全に具有したまふ宇宙の大元神たる大国治立命にして、固有の神力を発揚し、太古の初発時代の神姿に還元して活動したまふにおいては、如何なる大神業といへども朝飯前の御事業なるべし。されど大神は一旦定めおかれたる天則をみづから破り、その無限の神力を発揮したまふは、みづから天則を造りて自ら之を破るの矛盾を来すものなれば、大神は軽々しくこれを断行したまはざるは、もつともなる次第なりけり。 神諭にいふ、 『艮の金神が、太古の元の姿に還りて活らき出したら、世界は如何様にでも致すなれど、元の姿のままに現はれたら、一旦この世を泥海に致さねばならぬから、神は成るだけ静まりて、世の立替を致そうと思ふて神代一代世に落ちて、世界の神、仏、人民、畜類、鳥類、昆虫までも助けてやらうと思ふて苦労を致して居るぞよ』 と示されたる神示は、我々は十分に味はひおかざるべからず。万々一国祖の神にして憤りを発し、太初の神姿に復帰したまひし時は、折角ここまで物質的に完成したるこの世界を破壊し終らざれば成らぬものなれば、大神はあくまでも最初の規則を遵守して忍耐に忍耐を重ねたまひしなり。アヽ有難き大神の御神慮よ。 常世彦をはじめ、さすがの暴悪無道の神人といへども太古のままの元形に還り、神変不可思議の活動をなすことは知りをり、かつ又その実力は慥に保有してをれども、その神人たるの神格を失ひ、根底の国において永遠無窮に身魂の苦しまむことを恐れて、容易にその魔力を揮はざりしなり。この真理を悟りし神人はたとへ肉体は滅亡するとも、決して根本的に脱線的還元の道は選ばざりしなり。アヽ犯し難きは天則の大根元なるかな。 (大正一〇・一二・二一旧一一・二三出口瑞月)
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(1210)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 48 神示の宇宙その三 第四八章神示の宇宙その三〔一九八〕 王仁は前席に於て、太陽は暗体であつて、其の実質は少しも光輝を有せぬと言ひ、また地球は光体であると言つた事に就き、早速疑問が続出しましたから、念のために茲に改めて火と水との関係を解説しておきます。されど元来の無学者で、草深き山奥の生活を続け、且つ神界よりの厳命で、明治以後の新学問を研究する事を禁じられ、恰も里の仙人の境遇に二十四年間を費したものでありますから、今日の学界の研究が何の点まで進ンで居るかと云ふ事は、私には全然見当が付かない。日進月歩の世の中に於て、二十四年間読書界と絶縁して居たものの口から吐き出すのですから、時世に遅れるのは誰が考へても至当の事であります。昔話にある、浦島子が龍宮から帰つて来た時の様に世の中の学界の進歩は急速であつて、私が今日新なる天文、地文、その他の学問を見ましたならば、嘸驚異の念にからるるで在らうと思ひます。併し私としては今日の科学の圏外に立ち、神示のままの実験的物語をする迄です。 『神ながら虚空の外に身をおきて日に夜に月ぬものがたりする』現代文明の空気に触れた学者の耳には到底這入らないのみならず、一種の誇大妄想狂と見らるるかも知れませぬ、然れど『神は賢きもの、強きものにあらはさずして、愚なるもの、弱きものに誠をあらはし玉ふ』と言へる聖キリストの言を信じ、愚弱なる私に真の神は、宇宙の真理を開示されたのでは無からうかとも思はれるのであります。 凡て水は白いものであつて、光の元素である。水の中心には、一つのゝがあつて、水を自由に流動させる。若しこのゝが水の中心から脱出した時は固く凝つて氷となり、少しも流動せない。故に水からゝの脱出したのを、氷と云ひ、又は、氷と云ふ。火もまたその中心に水なき時は、火は燃え、且つ光る事は出来ぬ。要するに水を動かすものは火であり、火を動かすものは水である。故に、一片の水気も含まぬ物体は、どうしても燃えない。 太陽もその中心に、水球より水を適度に注入して、天空に燃えて光を放射し、大地はまた、氷山や水の自然の光を地中の火球より調節して、その自体の光を適度に発射して居る。 次に諸星の運行に、大変な遅速のある様に地上から見えるのは、地上より見て星の位置に、遠近、高低の差あるより、一方には急速に運行する如く見え、一方には遅く運行する様に見えるのである。が、概して大地に近く、低き星は速く見え、遠く高き星はその運行が遅い様に見える。 例へば、汽車の進行中、車窓を開いて遠近の山を眺めると、近い処にある山は、急速度に汽車と反対の方向に走る如く見え、遠方にある山は、依然として動かない様に見え又その反対の方向に走つても、極めて遅く見ゆると同一の理である。 前述の如く、太陰(月)は、太陽と大地の中間に、一定の軌道を採つて公行し、三角星、三ツ星、スバル星、北斗星の牽引力に由つて、中空にその位置を保つて公行して居る。月と是等の星の間には、月を中心として、恰も交感神経系統の如うに、一種の微妙なる霊線を以て、維持されてある。 太陽と、大空の諸星との関係も亦同様に太陽を中心として、交感神経系統の如うに一種微妙の霊線を以て保維され、動、静、解、凝、引、弛、合、分の八大神力の、適度の調節に由つて、同位置に安定しながら、小自動傾斜と、大自動傾斜を永遠に続けて、太陽自体の呼吸作用を営ンで居る。 大地も亦その中心の地球をして、諸汐球との連絡を保ち、火水の調節によつて呼吸作用を営み居る事は、太陽と同様である。地球を中心として、地中の諸汐球は、交感神経系統の如く微妙なる霊線を通じて、地球の安定を保維して居る。 また地球面を大地の北極と云ふ意味は、キタとは、前述の如く、火水垂ると云ふことであつて、第六図の如く、(挿図参照)太陽の水火と、大地の中心の水火と、大地上の四方の氷山の水火と、太陰の水火の垂下したる中心の意味である。 [#図第六図地球の平面図] 人間が地球の陸地に出生して活動するのを、水火定と云ふ。故に地球は生物の安住所であり、活動経綸場である。また水火即ち霊体分離して所謂死亡するのを、身枯留、水枯定と云ふのは、火水の調節の破れた時の意であります。されど霊魂上より見る時は生なく、死なく、老幼の区別なく、万劫末代生通しであつて、霊魂即ち吾人の本守護神から見れば、単にその容器を代へるまでであります。 (大正一〇・一二・二七旧一一・二九加藤明子録)
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(1302)
霊界物語 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 31 襤褸の錦 第三一章襤褸の錦〔二八一〕 彼のウラル山およびアーメニヤの野に神都を開き、体主霊従的神政を天下に流布し、つひには温順にして、かつ厳粛なる盤古神王を追放し、自ら偽盤古神王となり、大蛇の霊魂に使嗾されて、一時は暴威を揮ひたりし所謂盤古神王は、大神の大慈大悲の恩恵の笞を加へられ、アルタイ山に救はれて蟻虫の責苦に逢ひ、ここに翻然として前非を悔い、再びウラル山に立帰り、アーメニヤに神都を開きて、諸方の神人を、よく治め仁徳を施し、天地大変動後の救ひの神として、人々の尊敬もつとも深かりしが、年月を経るに随ひ、少しく夫婦二神は神政に倦み、色食の道に耽溺し、復び、 『呑めよ騒げよ一寸先は闇よ 闇の後には月が出る 人は呑め食へ寝て転べ』 と、又もや大蛇の霊魂に憑依されて、体主霊従的行動を始むるに致りける。 さしもに悪に強き大蛇の身魂も、金狐および鬼の身魂も、宇宙の大変動に対しては、蠑螈、蚯蚓と身を潜め、神威の赫灼たるに畏縮してその影を潜めてゐたが、やや世の泰平に馴れ神人の心に油断を生ずるに及んで、またもや悪鬼邪神は頭を擡げ跋扈跳梁するの惨状となりける。 神諭にも、 『この世界は、悪魔が隙を附け狙うて居るから、腹帯をゆるめぬやうに致されよ』 と示されたる如く、一寸の油断あれば悪神は風のごとく襲ひきたつて、その身魂を悪化せしめ根底の国に落し行かむとするものなり。 盤古神王[※校定版・八幡版ではここに「(ウラル彦の偽称)」という補足が挿入されている。]は、大蛇の霊魂に身魂を左右され、つひには一派の教を立てた。これを大中教といふ。この教の意味は、要するに極端なる個人主義の教理にして、己一人を中心とする主義である。大は一人である。一人を中心とするといふ意義は、盤古神王唯一人、この世界の神であり、王者であり、最大権威者である、此一人を中心として、総ての命令に服従せよと云ふ教の立て方であつた。然るに数多の宣伝使は、立教の意義を誤解し、大蛇や金狐の眷属の悪霊に左右されて遂には己れ一人を中心とするを以て、大中教の主義と誤解するに致つたのである。実に最も忌む可き利己主義の行り方と変りける。 この大中教は、葦原の瑞穂国(地球上)に洽く拡がり渡りて、大山杙神、小山杙神、野槌神、茅野姫神の跋扈跳梁となり、金山彦、金山姫、火焼速男神、迦具槌神、火迦々毘野神、大宜津姫神、天の磐樟船神、天の鳥船神などの体主霊従的荒振神々が、地上の各所に顕現するの大勢を馴致したりける。 ここに於て国の御柱神なる神伊弉冊命は、地上神人の統御に力尽き給ひて、黄泉国に神避りましたることは、既に述べたる通りなり。 アーメニヤの神都を南に距ること僅かに数十丁の田舎の村を、東西に流れてゐる可なり広き河あり、之をカイン河といふ。春の日の日向ぼつこりに、雑談に耽る四五の乞食の群あり。口々に何事か頻りに語らひ居りぬ。 甲『世の中の奴は、乞食三日すりや味が忘れられぬと云うてるさうだ。一体乞食と云ふものは一定の事業もなし、世界中をぶらついて人の余り物を、頭をペコペコと下げて、貰つては食ひ、名所旧蹟を勝手気儘に飛び歩き、鼻唄でも謡つて気楽にこの世を渡るものの様に考へてゐるらしい。なかなか乞食だつて辛いものだ。三日も乞食するや、万劫末代その辛さが忘れられぬと云ふことを、世の中の利己主義の人間は苦労知らずだから、そんな坊ちやま見たやうな囈語を吐くのだよ。同じ時代に生れ、横目立鼻の神様の愛児と生れて、一方には沢山な山や田地を持ち、家、倉を建て、妾、足懸けを沢山に囲うて綾錦に包まれ、毎日々々酒に喰ひ酔うて、「呑めよ騒げよ一寸先は暗よ、呑め食へ寝て転べ」なんて、盤古大尽を気取りやがつて、天下を吾が物顔してゐる餓鬼と、俺らのやうに毎日々々人の家の軒を拝借したり、樹の下に雨露を凌ぎ、若布の行列か、雑巾屋の看板のやうな誠にどうも御立派な襤褸錦を纏うてござる御方と比べたら何うだらう。お月さまに鼈か、天の雲に沼の泥か、本当に馬鹿々々しい。之を思へば俺はもう世の中が嫌になつてきた。一体盤古大神てな奴は、ありや八岐の大蛇の再来だよ』 乙『コラコラ、大きな声で言ふない。それまた向方へ変な奴がきをるぞ。あいつは山杙とか川杙とか云ふ悪神に使はれて居る奴役人だらう。この間も鈍刕が盤古神王の行り方をひそひそ話して居たら、山杙とかの狗が嗅ぎ出しやがつて、無理矢理に鈍刕を踏縛つて、ウラル山の山奥へ伴れて行つて嬲ものにしたと云ふことだ。恐い恐い、鬼の世の中だ。黙つて居れ居れ。言はぬは言ふにいや優るだ』 この時、黒い目をぎよろつかせた顔色の赭黒い目付役が、乞食の群の前に立ち止まり、 『ヤイ、貴様は今何を囁いてゐたのか』 甲『ハイ、結構なお日和さまで暖かいことでございますな。嬉しさうに四方の山々は笑ひ、鳥は花の木に歌つてゐます。実に結構な天国の春ですな。これも全く盤古神王様の御仁政の賜と思へば、嬉し涙がこぼれます。ハイハイ』 と他事をいふ。目付役はやや声を尖らして、 『馬鹿ツ、そんなことを言つて居るのぢや無い。今何を囁いてゐたかといふのだ』 甲は首を傾け、耳を手で囲ふやうな風して聾を装ひ、 『私は一寸耳が遠いので、しつかり貴方の御言葉は聞きとれませぬが、何でも囁くとかささを呑んでゐるとか、仰有るやうに聴きました。間違ひましたら真平御免なさい。イヤもうこの頃は、日は長し腹は減るなり、喉は渇くなり、甘いささの一杯でも呑ましてくれる人があれば、本当に結構ですが、今このカイン河の水をどつさり呑んで、ささやつとこせいと腹を叩きました。腹はよう鳴りますよ。私の聾でさへ聞えるくらゐですから、貴方がたが御聴きになつたら、本当に面白いでせうよ。尾も白狸の腹鼓、面白うなつておいでたな。ささやつとこせー、よーいやな。なんぼよういやなと云つたつて、水では尚且酔がまはらぬ。よいささ一杯ふれまつて下さい』 と屁に酔うたやうな答へに、目付も取つくしまも無く、面ふくらし踵を返して帰り行く。 (大正一一・一・二二旧大正一〇・一二・二五外山豊二録)
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霊界物語 07_午_日の出神のアフリカ物語 06 空威張 第六章空威張〔三〇六〕 日は西海に没せむとして、海面には金銀の波漂ふ。 港に向つて集まり来る百舟千船の真帆片帆、眼下に眺めて四五の旅人、坂路に腰うちかけ談に耽り居るあり。 田依彦『あゝ今日も貰ふのかナ』 芳彦『貰ふつて何を。俺らに呉れる奴は何にもありやしない。呉れると云つたら、俺らの行る事が何ンの彼のと吐かして、大屋毘古が怒つて、ちよいちよい拳骨を呉れる位のものだよ』 田依彦『くれると云つたら、日が暮れることだ。それで、くれるなら貰ふかと云つたのだイ』 時彦『馬鹿、貴様は何時も水の中で屁を放いた様なことばつかり云ひよつて、まるで猿猴が池の月を取る様な考ばつかり起して、貰ふ事ばかり考へてゐるが、それほど貰ひたけりや乞食にでもなつたがよいワイ。田依彦と云へば、ちつとは頼りにもなりさうなものだのに、何時とても頼りない事をいふ奴だなあ。便り渚の捨小舟、取りつく島も無いわいなだよ、イヒヽヽヽ』 田依彦『何吐しよる、是でも元は竜宮城の立派な御方さまだぞ』 芳彦『玉とられ男奴が』 田依彦『貴様はなンだい。八尋殿の酒宴に竹熊の計略にかかりよつて、負けぬ気を出して、玉を奪られよつた張本人ぢやないか』 時彦『もー玉の談は止さうかい』 田依彦『時彦、貴様はアーメニヤ[※数行後にも「アーメニヤ」が出る。御校正本・愛世版ではどちらも「アーメニヤ」だが、校定版・八幡版では「デカタン」に変えている。時彦は第1巻第45章で、デカタン高原において玉を奪われている。アーメニヤにおける時彦の玉にまつわるエピソードは無い。後の方では、アーメニヤにウラル彦が現れたという意味のことが書いてあり、そちらはアーメニヤで正しい。そのため霊界物語ネットではどちらも「アーメニヤ」のままにしておく。]の野で古狸につままれよつてナ』 時彦『もー云ふな、玉の談はこれ退りだ。もう玉切れだよ』 芳彦『たまらぬだらう』 時彦『フン、たまつたものぢや無い。たまたま持ちは持ちながら』 田依彦『冗談ぢやないぞ。それよりもこのごろ大事忍男さまの御布令が廻つたが、聞いてるかイ』 時彦『何ンぞ大事が起つたのかい』 田依彦『いや、神さまの名だ。時彦の欺されよつたアーメニヤ[※数行前に出る「アーメニヤ」のコメントを参照せよ。]の野で、くれる彦とかくれぬ彦とか、田依彦の好きな神さまが現はれよつてな「飲めよ騒げよ一寸先や闇だ」なンて判つた事を云ひよるぢやないか』 芳彦『さうだ、よう判つたことをいふね。「万劫末代この玉は、命に代へても渡しやせぬ、五六七神政の暁までは、たとひ火の中水の底」なンて、気張つてをつた時彦でも玉を奪られるのだから、ほンとに一寸先は闇雲だ。闇雲といつたら此頃の大台ケ原の神さまぢやないか。毎日日日彼方の人を奪り、此方の人間を奪り、甲も喰はれた乙も呑まれたと、喰はれたり、呑まれたり、引張られたりする噂ばかりだ。ぐづぐづして居ると玉どころの騒ぎぢやない、命までも奪られて了ふぞ。それで昔から無い大事、命は惜いなり、そこで大事忍男と云ふのだよ。どえらい悪神ぢやて』 玉彦『馬鹿云へ。大事忍男さまと云ふのは、それは何ンな大事変があつても、大艱難が出てきても、大台ケ原の山の様に泰然自若として能く忍び、世界のために尽してくださると云ふことだよ。お前たちの忍ぶと云ふことは、自分より強い者が出てきて、怖さに堪へ忍ぶのであつて、実際は屈するのだ。吾々はそンな忍びとは違ふ。大事忍男さまの大御心を心として、いかなる艱難辛苦をも能く堪へ忍びて、一言の小言もおつしやらぬのだよ』 時彦『ハヽア、それで嬶に呆けよつて、玉を奪られて、屈するのでなくつて能く忍ぶのだな、偉いものだい。併しこのごろ日の出神とか云ふ、偉い宣伝使がこの辺を廻つてをるぢやないか。なンでも大台ケ原の大事忍男さまを亡ぼすと云つて、ただ単独山を登つて行つたさうぢや。どうせ、飛ンで火に入る夏の虫だがなア。ともかく、時の天下に従へ。時節にや叶はぬ。なンぼ力の強い神だつて大勢と一人では叶はない。お負に大きな巌窟の中に構へてをる魔神さまに向つて戦つたところで、勝敗は見え透いてゐる。どれどれ早く帰のかい』 芳彦『おい、田依彦、貴様のとこの姉婿の豆寅は、たうとう巌窟の中へ引張られて行つたぢやないか、きつと今頃にや喰はれて了うて居るぜ。引張られよつてから殆ど十年になるが、何の音沙汰も無いぢやないか』 田依彦『音信しやうにも、言伝しやうにも巌窟の中では仕方がない。それよりも早う帰つて草香姫にな、機嫌でもとつてやるがよからう。それもう、そこらが暗くなつて来たぞ、帰のう帰のう』 と立ち上らむとする処へ、豆寅は日の出神、大戸日別、天吹男の三柱と共に宣伝歌を歌ひながら、現はれ来たり。 豆寅は勢よく肩を聳やかしながら、 『日は黄昏となりぬれど光り眩ゆき禿頭 豆寅さまが現はれて日の出神の御家来と なつたる今日の嬉しさは死ンでも生きても忘られぬ 千年万年たつたとてこの嬉しさが忘られよか 巌窟の中を逃れ出て漸く此処へ帰つてくるは来たものの 一ぺん草香の顔見たい十年振でさぞやさぞ 女房の草香は喜ンでやにはに飛びつき獅噛付き まめであつたか豆寅さま嬉し嬉しと泣くであろ それに付けても何時までも音信の無いは田依彦 玉を抜かれた玉彦や死んでもよしの芳彦や 胸もときとき時彦をけなりがらしていちやついて 一つ吃驚させてやろあゝ面白い面白い 面白狸の腹鼓山が裂けよが倒れよが びくとも致さぬ豆寅の一つ度胸を見せてやれ やれやれ嬉しい嬉しい』 と手を振り足を奇妙に踊らせながら、この坂路を下りきたる。 路傍に憩へる田依彦以下の四人は、暗がりに光る豆寅の頭に向つて、傍の木の枝を取つて光を目当に、ぴしやりと投げつけたれば、豆寅は『アツ』と叫んでその場に仆れ、 『でゝゝ出た出た、ばゝ化物。ひゝゝ日の出神、おゝお助けお助け』 と声をかぎりに泣き叫ぶこそ可笑しけれ。 (大正一一・一・三〇旧一・三井上留五郎録)
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霊界物語 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 10 仮名手本 第一〇章仮名手本〔三六〇〕 鏡の池の唸り声は漸く静まりぬ。此度は荘重なる重みのある声にて、池の底より又もや大なる言葉、次ぎ次ぎに聞え来たる。 『猿の人真似を致す俄宣伝使の猿世彦、神の光も最と清く、智利の国へと渡り来て性に合はぬ三五教の宣伝使とは、よくもよくも吐いたなあ、汝の祈りは、実に立派なものだぞ。これからは大法螺を吹くなよ、知らぬことを知つた顔を致すと、今のやうな苦しき目に遇ふて、耻を曝さねばならぬぞ、何も理屈は云ふ事は要らぬ。ただ私は阿呆で御座います、神様にお祈りをする事より外には、いろはのいの字も存じませぬと謙遜つて宣伝を致すがよいぞよ。生兵法は大怪我の基だ。知らぬと云うても汝はあまり非道いぞ、ちつとは後学のために此方の申す事を聞いて置け。いろは四十八文字で開く神の道ぢや』 猿世彦『もしもし、池の底の神様、私は腰が立ちませぬ。腰を立たして下さいな』 池の底から、 『いヽヽ祈らぬか、祈らぬか、祈りは命の基ぢや。万劫末代生通しの命が欲しくば、いつもかも祈れ祈れ。 ろヽヽ碌でもない間抜けた理屈を捏ねるより、身の行を慎みて人の鏡となれ。 はヽヽ早い改心ほど結構は無いぞよ。裸で生れた人間は、生れ赤子の心になれよ。 にヽヽ俄の信心は間に合ぬ。信心は常から致せよと教へてやれ。 ほヽヽ仏作つて眼の入らぬ汝の宣伝、発根から改心致して、本当の神心になれよ。 へヽヽ下手な長談義は大禁物だ。屁理屈を云ふな、途中で屁太張るな、屁古垂れな。 とヽヽトコトンまでも誠を貫き通せ。神の守りは遠い近いの隔てはないぞ、徳をもつて人を治めよ。 ちヽヽ智慧、学を頼りに致すな。力となるは神と信仰の力ばかりだ。近欲に迷ふな、畜生の肉を喰ふな。 りヽヽ理屈に走るな、利欲に迷ふな。吾身の立身出世ばかりに魂を抜かれて、誠の道を踏み外すな。 ぬヽヽ盗むな、ぬかるな、抜身の中に立つて居るやうな精神で神の道を歩めよ、抜駆けの功名を思ふな。 るヽヽ留守の家にも神は居るぞ。留守と思うて悪い心を出すな。 をヽヽ恐ろしいものは汝の心だ。心の持ちやう一つで鬼も大蛇も狼も出て来るぞ。臆病になるな、お互に気をつけて此世を渡れ。 わヽヽ吾身を後にして人のことを先にせよ。悪い事は塵程もしてはならぬぞ。吾儘を止めよ、私をすな、悪い事をして笑はれるな』 猿世彦『わヽヽ分りました。分りました。貴神のお言葉を聞くと何ともなしに、 かヽヽ悲しうなりました。堪忍して下さいませ、叶はぬ叶はぬ。 よヽヽよく分りました。もうよしにして下さい、欲な事は致しませぬ。世の中の事ならドンナ事でも致します。 たヽヽ助けて下さい、頼みます。誰人だつてコンナに恐い目に遇つたら、起つても居ても坐た怺つたものぢやありませぬ。 れヽヽ連続して水の中から屁をこいたやうな六ケ敷い説教を聞かされても、 そヽヽそれは汲みとれませぬ。そつと小さい声で耳の傍で聞かして下さいな、ソンナ破鐘のやうな声を出したり、竹筒を吹いたやうな声を出して貰つては、一寸も合点が行きませぬ。 つヽヽつまらぬ、つまらぬ、月照彦の神様か何か知らぬが、もうそれだけ仰言つたら、仰有る事はつきてる筈だのに。 ねヽヽ根つから、葉つから合点が行かぬ。お姿を現はして下さいな』 池の底から、 『なヽヽ何を云ふか、泣き事言ふな、汝の如き弱き宣伝使は、もちつと苦労を致さねば、 らヽヽ楽にお道は開けぬぞ。 むヽヽ無理と思ふか、無理な事は神は申さぬぞ。 うヽヽ迂濶々々聞くな、美はしき神の心になつて、神の教を開く宣伝使になれ』 猿世彦『ゐヽヽ何時までもお説教は結構ですが、もう好い加減に止めて下さつたらどうですか、余りつらくて骨にびしびしこたへ、此の のヽヽ喉から血を吐くやうな思が致します』 池の底より、 『退引ならぬ釘鎹、 おヽヽ往生いたせ。よい加減に、 くヽヽ苦しい後には楽しい事があるぞよ。 やヽヽ矢釜敷う云うて聞かすのも、汝を可愛いと思ふからだ。 まヽヽ誠の神の言葉をよく聞け、神の言葉に二言は無いぞ。いま聞き外したら万古末代聞く事は出来ぬぞ。人民の暗い心で誠の神の経綸は、 けヽヽ見当は取れぬぞ、毛筋も違はぬ神の道、汚してはならぬぞ。 ふヽヽ深く考へ、魂を研いて御用に立てよ』 猿世彦『こヽヽこれで、もう結構で御座います。今日はまあ何と云ふ有難い、苦しい、結構なやうで結構に無いやうで、嬉しいやうで、嬉しう無いやうで』 池の中より、 『えヽヽまだ分らぬか、 てヽヽ天地の神の教を伝ふる宣伝使では無いか、 あゝヽ悪を働いて来た猿世彦、これから心を入れ替へて、 さヽヽさつぱり身魂の洗濯いたしてさらつの生れ赤子になり変り、 きヽヽ清き正しき直き誠の心をもつて世人を助け導け、 ゆヽヽ夢々神の申す事を忘れなよ。いつも心を引き締て気は張り弓、 めヽヽ罪障の深い汝の身魂、苦労をさして、 みヽヽ見せしめを致して罪を取つてやらねば、 しヽヽ死んでも高天原へ行けぬぞよ。信心は夢の間も忘るなよ、知らぬ事は知らぬと明瞭云へ、尻の掃除も清らかにいたせ、 ゑヽヽ偉さうに云うでないぞ、この世の閻魔が現はれ高い鼻をへし折るぞ、 ひヽヽ昼も夜も神に祈れよ、 もヽヽもうこれでよいと神が申すまで身魂を磨け。神の目に止まつた上はドンナ神徳でも渡してやるぞ、 せヽヽ狭い心を持つな、広き、温かき神心になつて世人を導け、 すヽヽ澄み渡る大空の月照彦の神の御魂の申す事、無寐にも忘れな猿世彦、吾こそは元は竜宮城の天使長大八洲彦命なるぞ。汝も随分威張つたものだが、これからすつかり心を改めて此国の司となり、狭依彦司となつて世界のために尽せよ。この高砂島は金勝要大神の分霊竜世姫神の御守護なるぞ、此鏡の池は根底の国に通ふ裏門、分らぬ事があらばまた尋ねに来よ』 うヽヽと一声呻ると共に、その声はパツタリ止みけり。狭依彦および一同の腰は始めて立ちぬ。一同は喜び勇みて神言を鏡の池に向つて奏上したりける。 (大正一一・二・六旧一・一〇加藤明子録)
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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 04 大足彦 第四章大足彦〔三九七〕 さしもに広き海原を、天に憚らず地に怖ぢず、我物顔に吹きまくつた海風も、瞬く間にピタリと止みたれば、又もや船客は囀り出したり。 甲『ヤアヤア、滅多矢鱈に脅かしよつた。広い海の平たい面を、春風奴が吹き捲つて乙姫さまの裾まで捲りあげて、玉のみ船を三笠丸、と云ふ体裁だつたワ』 乙『またはしやぎよる。貴様は風が吹くと、船の底に噛り付いて震うて居よるが、風が止むと、蟆子か蚊のやうに、直に立ち上りよる、静かにせぬと、また最前のやうな波が立つぞよ』 甲『立たいでかい、船を見たら楫が立つのは当り前だい。立つて立つて立ちぬきよつてカンカンだ。カンカンカラツク、カーンカンぢや。カンカン篦棒、ボンボラ坊主のオツトコドツコイ、坊主頭に捻鉢巻で、クーイクーイだ』 乙『ソラ何だい』 甲『船の音だい、船を漕ぐ楫の音だい。さうクイ込んで尋ねて呉れな、九分九厘でまたへかると困るからなあ』 乙『へかるつて何だい』 甲『へかると言へば大概分つたものだい。縁起が悪いからな、返して言うたのだよ』 乙『覆すなんて、尚悪いぢやないか。蛙の行列、向ふ不見転の土左衛門奴が』 甲『土左衛門さ……この方は○○○クイクイ言ふなと云ふが、世の中はクイとノミと○○だ』 丙『アイタヽヽ、タ誰だい、俺の鼻を抓みよつて、ハナハナ以て不都合千万な』 丁『さなきだに、暗けき海の船の上、鼻つままれて、つまらないとは』 丙『何だ、松の廊下ぢやあるまいし、馬鹿にしよるな。俺も貰ひ捨てにしてはハナハナ以て詰らないから、オハナでも祝うて上げませうかい』 猿臂を伸ばし、暗がりに紛れて見当を定め、此処らに声がしたと言ひながら、いやと言ふほど鼻柱をつまみグイと捩ぢる。 丁『イイ痛い、はなさぬかはなさぬか』 丙『放して堪らうか、このハナはな、万劫末代ミロクの代までもはなしやせぬ。ナアナアおはな、お前と俺との其仲は、昨日やけふかたびらの事かいな』 甲『エエイ、縁起の悪い、けふ帷子もあす帷子もあつたものかい。船の上は縁起を祝ふものだ、京帷子とは何の事だい』 丙『昨日や今日の飛鳥川、かはいかはいと啼く烏、黒い烏が婿にとる、とる楫なみも面黒く、黒白も分かぬ真の闇、此奴の顔は炭か炭団か、まつ黒けのけまつ黒けのけまつ黒けのけ……。人の鼻を抓みよつて、あまり馬鹿にするな。俺の顔は蓮華台上だ。ツウンと高く秀でてこのはな姫がお鎮まりだ。このはなさまを何と心得て居るか。俺はかう見えても、テヽヽ天狗さまでないよ、天教山の生神さまだ。どんなお方が落ちてござるか判らぬぞよ、と三五教が言つて居らうがな』 丁『途中の鼻高、鼻ばかり高うて目の邪魔をして、上の方は見えず、向ふは尚見えず、足許はまつくろけ、深溜りに陥つて泥まぶれになつて、アフンと致さな目が醒めぬぞよ』 丙『そんな事、誰に聞き噛りよつた。馬鹿な奴だなア。それは貴様の事だい。貴様は耳ばかり極楽へ行きよつて、百舌鳥のやうに囀るから、キツト貴様が死んだら、木耳と数の子は高天原へ往つて不具者になり、根の国に落ち行くのが落だよ』 丁『木耳や数の子が天国へ行つたつて、それが何だい』 丙『馬鹿だなあ。貴様の耳はいい事ばかり聞くらげの耳だ。それがカンピンタンになつて木耳になるのだ。さうして行ひもせずに、舌ばかり使ふから、舌が乾物になつて数の子になるのだ。貴様は根の国に往つてなあ、アヽ私は三五教の結構な教ばかりきくらげだつたが、聞いただけで行ひをせなかつたので、こんな処へ来たのか。アヽアヽ取り返しのならぬ事を、したあしたあと吐して、吠え面かわく代物だらうよ』 何人とも知れず、幽かなる歌の声聞え来る。 (足真彦)『怪しき憂世に大足彦の神の命は天使長 千々に心を尽したる月照彦と諸共に この世を造り固めむと東や西や北南 天が下をば隈もなくいゆき巡りし足真彦 九山八海の山に現れませる木の花姫の色も香も めでたき教の言の葉を残る隈なく足真彦 根底の国に落ち給ひ鬼や大蛇や醜探女 百の枉津を言向けてここに現はれ三笠丸 松竹梅の名を負ひし桃上彦の残したる うづのみ子をば救はむと月照彦の命もて 浪路かすかに守りゆく日は紅の夜の海 からき潮路を掻分けていよいよ父に巡り会ふ ウヅの都にうづの父神の水火より生れませる 貴三柱の姫御子よ黄泉の坂の桃の実と 世に現れて現身の此世を救ふ伊邪那岐の 神の命の杖柱意富加牟豆美となりなりて 千代に八千代に永久に神の柱となりわたれ この帆柱の弥高く目無堅間の樟船の かたきが如く村肝の心を練れよ松代姫 心すぐなる竹野姫一度に開く梅ケ香姫 匂ふ常磐の松の代をまつも目出度き高砂の 夜なき秘露の都路へ渡りて月日も智利の国 はるばる越えて巴留の国巴留の都を三柱の 救ひの神と現れませよ心は清く照彦の 随伴の司と諸共に智利の都を秘露の如 輝きわたせヱルサレム貴の都をあとにして ウヅの都に進み行く此の世を救ふ四柱の 今日の首途ぞ雄々しけれ今日の首途ぞ目出度けれ』 甲『ヤア、あんな事を云ふ奴は誰だい。俺らが鼻をつまみ合ひして喧嘩をして居るのに、陽気な声を出しよつて、はなの都もてるの都もあつたものか。何処の奴だい。そんな事を言ひよると、この拳固で貴様の頭をポカンとハルの国だぞ。テルの曇るの、ヒルのヨルのと何を吐きよるのだ。今はヨルだぞ、よるべ渚の拾ひ小舟だ』 乙『コラコラ、拾ひ小舟と言ふことがあるか』 甲『ヤアヤア捨てとけ、ほつとけだ。これも俺の捨台詞だ。スツテの事であの荒波に生命までも捨てるとこだつた。本当にあの風が今までつづきよつたら、貴様等の生命はさつぱりステテコテンノテンだ。テントウさまも聞えませぬ。ブクブクブクと泡を吹きよつて、今頃にや根の国、底の国の御成敗だよ』 夜はほのぼのと明け渡る。さしもに広き海原を、あちらこちらと鴎や信天翁が飛びまはりゐる。 甲『オーイ、貴様らのお友達が沢山においでだぞ、あはうどりが』 この時前方より、白帆をあげた大船小船、幾十隻となく此方に向つて、艫の音勇ましく風を孕み進み来るあり。 (大正一一・二・一二旧一・一六東尾吉雄録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 03 死生観 第三章死生観〔四七〇〕 冴え渡る音楽の声、馥郁たる花の香りに包まれて、忽ち時公は精神恍惚とし、天を仰いで声する方を眺めてゐる。 梅か桜か桃の花か、翩翻として麗しき花瓣は雪の如くに降つて来る。香はますます馨しく、音楽はいよいよ冴え、神に入り妙に徹する斗りなり。 東彦(本当は高彦)『オー、時さま、目の帳は上つただらう、耳の蓋は取れたであらう。鼻も活返つたであらう』 時公『ヤアー、豁然として蓮の花の一度にパツと開いたごとき心持になりました』 東彦(本当は高彦)『是でも私を化物と思ふか』 時公『化物は化物だが、一寸良い方の化物ですなア。是丈では時公もトント合点が行きませぬが、最前貴方のおつしやつた、私の何万年とやら前に生て居つたとか云ふ、その訳を聞かして下さい』 東彦(本当は高彦)『今度は真面目に聞きなさい。人間と云ふものは、神様の水火から生れたものだ。神様は万劫末代生通しだ。その神様の分霊が人間となるのだ。さうして、肉体は人間の容れ物だ。この肉体は神の宮であつて、人間ではないのだ。人間はこの肉体を使つて、神の御子たる働きをせなくてはならぬ。肉体には栄枯盛衰があつて、何時迄も花の盛りで居ることは出来ぬ。されどもその本体は生替り死替り、つまり肉体を新しうして、それに這入り、古くなつて用に立たなくなれば、また出直して新しい身体に宿つて来るのだ。人間が死ぬといふことは、別に憂ふべき事でも何でもない。ただ墓場を越えて、もう一つ向ふの新しい肉体へ入れ替ると云ふ事だ。元来神には生死の区別がない、その分霊を享けた人間もまた同様である。死すると云ふ事を、今の人間は非常に厭な事のやうに思ふが、人間の本体としては何ともない事だ』 時公『さうすれば、私は何万年前から生て居つたと云ふ事が、自分に分りさうなものだのにチツとも分りませぬ。貴方のおつしやる通りなら、前の世には何と云ふ者に生れ、何処にどうして居つて、どういう手続きで生れて来たと云ふ事を覚えて居りさうなものです。さうしてそんな結構な事なれば、なぜ今はの際まで、死ぬと云ふことが厭なやうな気がするのでせうか』 東彦(本当は高彦)『そこが神様の有難いところだ。お前が前の世では、かう云う事をして来た、霊界でこンな結構なことがあつたと云ふ事を記憶して居らうものなら、アヽアヽ、こんな辛い戦ひの世の中に居るよりも、元の霊界へ早く帰りたい、死んだがましだと云ふ気になつて、人生の本分を尽す事が出来ない。総て人間が此世へ肉体を備へて来たのは、神様の或使命を果す為に来たのである。死ぬのが惜いと云ふ心があるのは、つまり一日でもこの世に長く居つて、一つでも余計に神様の御用を勤めさせる為に、死を恐れる精神を与へられて居るのだ。実際の事を云へば、現界よりも霊界の方が、いくら楽いか面白いか分つたものでない、いづれ千年先になれば、お前も私も霊界へ這入つて「ヤア、東彦様」「ヤア時様か」「どうして居つた」「お前は何時死んだのか」「さうだつたかね、ホンニホンニ何時やら死んだやうに思ふなア」ナント云つて互に笑ふ事があるのだ』 時公『アヽそンなものですか。そんなら私の様に、この様に長生をして罪を作るより、罪を作らん中に、早く死ンだ方が却つて幸福ですなア』 東彦(本当は高彦)『サア、さう云ふ気になるから、霊界の事を聞かすことが出来ぬのだ。この世ほど結構なとこは無い。一日でも長生をしたいと思うて、その間に人間と生れた本分を尽し、一つでも善いことを為し、神様の為に御用を勤めて、もう是でよいから霊界へ帰れと、天使の御迎ひがある迄は、勝手気儘にこの世を去る事は出来ぬ。何ほど自分から死に度いと思つても、神が御許しなければ死ぬ事は出来ぬものだ』 時公『一つ尋ねますが、私が子供の時は、西も東も知らなかつた。昔から生通しの神の霊魂であるとすれば、子供の時から、もう少し何も彼も分つて居りさうなものだのに、段々と教へられて、追々に智慧がついて来たやうに思ひます。是は一体どう云ふ訳ですか』 東彦(本当は高彦)『子供の肉体は虚弱だから、それに応ずる程度の魂が宿るのだ。全部本人の霊魂が肉体に移つて働くのは、一人前の身体になつた上の事だ。それ迄は少し宛生れ替るのだ』 時公『さうすると人間の本尊は十月も腹に居つて、それから、あと二十年もせぬと、スツカリと生れ替る事が出来ぬのですか』 東彦(本当は高彦)『マアそンなものだ。併し何ほど霊界が結構だと云つても、人生の使命を果さず、悪い事を云うたり、悪ばかりを働いて死んだら、決して元の結構な処へは帰る事は出来ぬ。それこそ根の国底の国の、無限の責苦を受るのだ。それだから此生の間に、一つでも善い事をせなくてはならぬ』 時公『大分に分りました。一遍に教へて貰うと、忘れますから、又少し宛小出しをして下さい』 東彦(本当は高彦)『サア、行かう、夜の旅は却つて面白いものだ』 時公『エー、終日荒野を歩いて、夜迄も歩くとは、チツト勉強が過ぎはしませぬか。日輪様でも夜さりは黒幕を下してお休みだのに、それは余りです』 東彦(本当は高彦)『夜の旅と云ふ事は寝る事だ。サア、憩うと云ふ事は休むと云ふ事だ、アハヽヽヽヽ。また今晩も茅の褥に肱枕、雲の蒲団でお寝みだ。神の恵の露の御恩を感謝する為に、神言を奏上し、宣伝歌を歌つて寝む事としよう』 時公『新しい宣伝歌は根つから存じませぬ。何でも宜しいか』 東彦(本当は高彦)『先づ私から宣伝歌を唱へるから、お前はお前の言霊に任して歌ふのだ』 と云ひ乍ら東彦は直に立て、 東彦(本当は高彦)『天と地とは永久に陰と陽との生通し 神の水火より生れたる人は神の子神の宮 生くるも死ぬるも同じ事是をば物に譬ふれば 神の世界は故郷の恋しき親のゐます家 此世に生まれた人生は露の褥の草枕 旅に出たる旅人のクス野を辿るが如くなり 辿り辿りて黄昏にいづれの家か求めつつ 是に宿りし其時は此世を去りし時ぞかし 一夜の宿を立ち出て又もや旅をなす時は 又人間と生れ来て神の働きなす時ぞ 生れて一日働いて死んで一夜を又休む 死ぬと云ふのは人の世の果には非ず生魂の 重荷下して休む時神の御前に遊ぶ時 栄えの花の開く時歓喜充てる時ぞかし 又もや神の命令に神世の宿を立出て 再び人生の旅をする旅は憂いもの辛いもの 辛い中にも亦一つ都に至る限りなき 歓喜の花は咲き匂ふ神の御子たる人の身は 生れて死んで又生れ死んで生れて又生れ 死んで生れて又生れどこどこ迄も限りなく 堅磐常盤に栄え行く常磐の松の美し世の 五六七の神の太柱玉の礎搗き固め 高天原に千木高く宮居を造る働きは 神の御子たる人の身の勤めの中の勤めなり 嗚呼頼もしき人の旅嗚呼頼もしき人の身の 人は神の子神の宮神と人とは生替り 死に替りして永久に五六七の世迄栄え行く 五六七の世迄栄え行く』 時公『ヤア、面白い面白い、有難い有難い』 東彦(本当は高彦)『分つたか』 時公『ハイ、今度は根つから葉つからよう分りました』 東彦(本当は高彦)『分つた様な、分らぬ様な答だなア』 時公『分つた様で分らぬ様なのが神の道、人生の行路です。この先にどんな化物が出るか貴方分つてますか』 東彦(本当は高彦)『困つた奴だなア』 時公『奥歯に物のコマツタやうな、困らぬ様な事を云ふ奴だ。アハヽヽヽヽ』 東彦(本当は高彦)『サア、時公、貴様の宣伝歌を聞かう』 時公『災多い世の中にヒヨイト生れた時公の 胸はトキトキ時の間も死ぬのは恐い怖ろしい どうしてこの世に何時までも死なず老ずに居られよかと 朝な夕なに案じたが三五教の宣伝使 石凝姥や梅ケ香の姫の命がやつて来て 穴無い教と云ふ故にコイツアー死なでもよいワイと 思つて居たら東彦人はこの世に生れ来て 墓に行くのが目的と聞いたる時の吃驚は 矢張り墓の穴有教と力も何も落ち果てた 一つ目小僧が現れて一つの穴へ時公を 連れて行かうと云うた時アナ怖ろしやアナ恐や 案内も知らぬ田圃道草押し分けて来て見れば 又も一つの化物が茅の芒の間から ヌツと立ちたる恐ろしさコイツも矢つ張り化物と 一目見るより鉄の杖振つて見せたらヤイ待てと 掛けたる声は魔か人か将た化物か何だろと 胸もドキドキ十木公が狽へ騒ぐ折からに サツト吹き来る木枯の風より太い唸り声 虎狼か獅子鬼か地獄の底を行く様な 厭な気持になつた時天の恵か地の恩か 耳爽かな音楽は聞えて花の雨が降り 心の空も一時にパツと開いた花蓮 コイツアー誠の人間と覚つた時の嬉しさは 生ても忘れぬ死んだとて是が忘れてよからうか どうぞ一生死なぬ様と頼む神さま仏さま 妙見さまもチヨロ臭いウラルの山の法螺吹嶽に 止り玉ふ天狗さまに一つお願ひ掛巻も 畏き神の御利益で人の生死ぬ有様を 聞いたる時の嬉しさよ斯うなるからは何時にても 死んでもかまはぬ時さまのヤツト覚つた虎の巻 嬉しい嬉しい有難いドツコイドツコイドツコイシヨ』 東彦(本当は高彦)『アハヽヽヽヽ、オイ時公、ソンナ宣伝歌があるか。宣り直せ宣り直せ』 時公『宣り直したいとは思へども、生憎旅のこととて肝腎要の女房を、連れて来て居らぬので……』 東彦(本当は高彦)『馬鹿ツ』 時公『馬鹿とはどうです。宣り直したり、宣り直したり』 東彦(本当は高彦)『宣り直せとは抜け目の無い男だなア』 夜は深々と更け渡る。烈しき野分に二人は笠を被つて心持よく寝に就きける。 (大正一一・二・二八旧二・二岩田久太郎録)
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霊界物語 11_戌_コーカス山の大気津姫退治 12 松と梅 第一二章松と梅〔四七九〕 梅ケ香姫『黄泉の嶋の戦ひに桃の木実と現はれし 松竹梅の宣伝使天教山に駆あがり 神の御言をかしこみて四方の雲霧吹き払ひ 日の出の御代に照さむと一度に開く木の花の 霜を凌んで咲き匂ふ名さへ目出たき梅ケ香の 姫の命の宣伝使駱駝の背に跨りて アシの沙漠を打渡りクス野ケ原の枉神も 天津祝詞の神言に服はさむと進み来る 神の稜威も高彦の三五教の神づかさ 月雪花の三柱に新玉原に巡り逢ひ ここに逢ふ瀬を喜びつ東雲別の東彦 鉄谷村の時さまと三人逢うたり六柱の 心も清き一行は西へ西へと北の森 雪踏みわけて進み来る雪より清き神の子は コーカス山の枉神を打ち払はむとめいめいに 右や左に手分して明志の湖に只一人 進み来れる折柄に跡追ひ来る時さまの 従神の神に助けられ孔雀の姫の枉神を 只一言の言の葉に神の大道に導きて 助けやらむと来て見れば思ひもかけぬ孔雀姫 神の教のかがやきてみろくの御世を松代姫 姫の命の住処ぞとさとりし時の嬉しさよ さはさりながら竹野姫姉の命は今いづこ 雪積む野辺を彼方此方とさすらひ給ふか痛はしや 嗚呼姉上よ姉上よ天の岩戸の開くごと 心も晴れし今日の空八十の曲霊を言向けて 功績も高きアーメニヤ神の都を立直し 天教地教の山に在す野立の彦や野立姫 高照姫のおん前に勲功をたつる常磐木の 色も妙なる松代姫神の世松の世みろくの世 松の神世に因たる姉の命のいさをしを 喜び祝ひ奉る』 と歌つて座に着いた。 八は小声で、 八公『おいおい、勝公、鴨公、どうやら、こりや風が変つて来た様だぞ。貴様は明志丸の中で弱味につけこむ風の神だとか、風を引いたとか引かぬとか、吐いて居やがつたが、こいつは又けつたいな、風の神かも知れぬぞ』 勝公『かつかつながら、どうも怪しいものだな、美しい宣伝使だと思つて居たら、孔雀姫の妹だつて。きよろきよろして居ると最前の様に茹であげて、噛むで食ふと吐かしたが、本当かも知れぬぞ』 時公『サア勝公、どうだ。貴様の刹那心を聞かうかい、心機一転はどうだ』 勝公『心機一転どころか、神経興奮だ。オイオイ時さま、道連の誼で一つ御断りを申上げてくれぬか』 時公『断りは断りだが、そんな事は時さまの方から平にお断りだ。どうで貴様は北の森で三五教の宣伝使を苦しめた奴だから、其お礼返しだ。マア覚悟をしたがよからう。人間は刹那心が大事だ。なンぼ切なくても観念せい』 勝公『第一着に苛めた奴は鴨公だ、その次が八公で、第三番目が此勝さまではないワイ。モシモシ松代姫さまの孔雀姫さま、私は一寸も知りませぬ、茹でて喰ふのなら八ツ足の蛸か鴨が味がよろしい。私の様なものをおあがりになつても、かつかつして、岩を噛む様であんまり美味はありませぬぜ』 時公『ハヽヽヽアハヽヽヽ』 梅ケ香姫『オホヽヽヽ』 松代姫『ヤア皆さん、よう来て下さいました。うまい都合です。鰹だとか、鴨だとか、蛸だとか、本当においしさうな御名の方ですな』 時公『噛んで食ふ様に云うてあげて下さりませ。さうせぬとなかなか此奴は頑固な男で腹へは這入りませぬ』 勝公『コレコレ時さま、要らぬ事を云うて智慧を付けてくれない、化物の腹の中へ這入つてたまるものか。お前が居ると危なくて、はらはらするワイ、腹の立つ奴だ。アーアー、夢か現か鬼か蛇か、我身に来る災難を祓ひ給へ清め給へ』 時公『ウハハヽヽヽ、モシモシ孔雀姫様、貴方と梅ケ香姫さまと三人よつて、一つ宛頂戴しませうかい。孔雀が鴨を食ふのは鳥同志で共喰になつて面白くないから、時さまが鴨をいただくなり、お梅さまはちよつと酸い名だから、八足の八公を三杯酢につけて食ふなり、松代姫様は勝公をおあがりなさい、松の魚は鰹だ。丁度誂へ向きの献立だ。アハヽヽヽ』 勝公『おい時さま、一体どうだ、本当にお前食ふつもりか。何だか変な奴だと思つて居たら貴様ら二人は俺達を計略にかけて、斯んな魔窟へ連れて来やがつたのだな。もう斯うなる上は死物狂ひだ。サア時公、時の間も猶予はならぬぞ。此奴はアルタイ山に住んで居る悪い奴かも知れぬぞ。此勝さんが貴様のどたまをかつんとやつてやろか、もう仕方がない破れかぶれだ。八は此奴を八裂にするなり、此方から反対にかもうかい。のー鴨公』 時公『馬鹿だなあ、みんな嘘だよ。なんでも最前の宣伝使の歌を聞けば、姉さまらしい、よく御顔を視くらべて見よ。少しおからだが大きい様だが、眼から鼻から口の工合からまるで瓜二つだ、マア安心せ、滅多に食はれる気遣ひはない』 勝公『腹の悪い男だ、人の肝玉をひつくり覆しやがつた。オイオイ八公、鴨公、もう大丈夫だ』 時公『肝玉がひつくり覆つたのぢや無かろう、貴様の刹那心で正念玉がひつくり覆つたのだ。オイ、ま一遍ひつくり覆して、万劫末代もう覆らぬ様に三五教に帰依するか』 勝公『するともするとも、味噌もすれば臼もする。もう是から、此処の味噌摺奴になつて使うてもらはうかい』 松代姫はにこにこしながら立ちあがり、宣伝歌を歌ひ始めた。 松代姫『常磐堅磐に動きなきみろくの御世を建てむとて 日の出神や木の花の神の教をあななひて 荒野ケ原をひらき行く松竹梅の宣伝使 ウラルの彦の枉神の醜の荒びを治めむと 竹野の姫はコーカスの深山を指して出で行きぬ 妾は暫し孔雀野の雪かきわけて世の人の 心の暗を照さむと往来の人を松代姫 光眩ゆき玉鉾の道踏み分けて今ここに 孔雀の姫と身をやつし青人草をことごとに 神の御国に救ひつつ常夜の暗の岩屋戸を 開く常磐の松代姫待つ甲斐ありて我が慕ふ 梅ケ香姫に今ここでまめな姿を三つの桃 大かむづみの神業を照す時こそ来りけり 常磐堅磐の時さまよ曲のみたまの盛り居て 天に勝つてふ勝さまよ天定まれば人に勝つ 八の嶋根の八しま国八さま鴨さま諸共に 三五の月の御教に心を照せやひら手を 拍ちて御神を讃へかしあゝ梅ケ香よ梅ケ香よ 神の稜威も一時に開く常磐の松代姫 時を移さず時さまとコーカス山に駆けのぼり 猛き曲津に悩み居る竹野の姫の神業を 翼けあななひ奉るべし天と地とは祭りあひ 相み互に神の道誠を一つの松代姫 ここに五人のいづみたま雪より清き真心の いきを合はして進むべしいきを合はして進むべし』 時公『ヤア是で何も彼も、春の雪と疑問がとけて了つた。とけて嬉しい相生の、松にまつたる神世の初まり、開くは梅の花ばかりではない、俺達の心もさらりと開いた。サアサア皆さん皆さん、早くこの場を開いた開いた』 松代姫は梅ケ香姫と共にコーカス山に向ふ事となつた。さうして勝公は此館に留まつて、一生懸命に三五教の宣伝歌を歌つて枉神を言向和す事となつた。 時公、八公、鴨公は二人の宣伝使に随従して、威勢よくコーカス山に向ふ事となつた。 (大正一一・三・一旧二・三井上留五郎録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 01 三途川 第一章三途川〔五五一〕 大海原に漂へる宝の島と聞えたる 竜宮海の一つ島宝の数もオセアニヤ ウラルの彦の神勅を奉じて来る六人が 信神堅固の守護神元は竜宮に仕へたる 神の力を田依彦魂を研いて飯依彦の 神の司と現はれて善言美詞の言霊に 言向和す勢はウラルの教の宣伝使 三年の苦労も水の泡何の土産もアルパニー 港を後に千万の浮島原を乗越えて 航路も長き鶴の国鶴の港を立出でて フサの海まで帰り来る時しもあれや東北の 風に煽られフサの海三五教の宣伝使 日の出の別に巡り合ひタルの港に上陸し 足さへダルの河の辺を徐々進むシヅの森 神の光に照されて茲に心を翻し 忽ち変る三五の教司に伴なはれ フル野ケ原を打渡り醜の岩窟を探険し コシの峠もいつしかにわたりて茲に猿山の 峠の麓に一同はまどろむ折しも音彦が 眠を醒して眺むれば月は木の間に輝きて 茲に五人の宣伝使影も姿も長の旅 弥次彦与太彦伴なひて寄せ来る敵に追はれつつ 荒野を渡り河を越え曲の関所を乗り越えて 泥田に落ちし裸身の足も軽げに小鹿山 四十八坂に来かかりし時こそあれや前後 数多の敵の襲来に衆寡敵せず音彦は 弥次彦与太彦諸共に千尋の谷間に飛込みて 谷間流るる速川の水の藻屑となりひびく 谷間を渡る荒風は実に凄じき許りなり。 弥『世の中は能くしたものですな。一方には断巌屹立したる山腹を控へ、一方には千仭の谷間、かてて加へて前後より数多の敵に取囲まれ、衆寡敵せず、命を的に溪川目がけて、ザンブと許り飛込みた時の心持と云つたら、何ともかとも知れぬ苦しさであつたが、エーままよ、神様に捧げた生命、一寸先は神の御手にあるのだと覚悟をきわめ、飛込み見れば、都合の好い青々とした淵、素より裸の吾々両人は、水泳には誂へ向だ。宣伝使はドツサリと、ベラベラした装束を身に纏つて居られたものだから、水中へ陥つた時には、大変なお苦みでしたな。幸ひ吾々両人が真裸になつて居つたものだから、溺死もせずに助かつたと云ふもの、斯うなると親譲りの裘で無一物の方が、千騎一騎の時には何ほど楽だか知れぬ。それだから神様が持物を軽くせいと仰有るのだ。裸で物を遺失さぬと云ふ事がある。裸くらゐ結構なものはない。ナア与太公……』 与太彦『ウンさうだなア、泥田へ落ちて赤裸になつた時には、裸で道中がなるものか、アー情ない事だ、せめて褌丈なつと欲しいものだと、執着心が離れなかつたが、斯う言ふ時には生れ赤児の赤裸が一番都合が好い。これも神様のお蔭だ。三人が三人共重い着物を着けて居つたなれば、誰も彼も助からずに、幽界とやらへ旅立をする所であつたにナア』 音公は、 音彦『ソレモさうだ、神の道に荷物は不要ぬ。併し乍ら何とかして、木の葉でも編んで着物を拵へなくちや、この先旅する訳にも行かぬ。風俗壊乱でポリス先生に科料でも取られちや見つともない。ぢやと云つて泥棒する訳にもゆかず、困つたものだ。草でも編みて、一つ着物でも作つたらどうだらう、のう弥次公』 弥次彦『ウン折角裸にして貰つたのだから、これも惟神だ。逆転は御免だ。ナーニ構うものか、面の皮の慣はせとか云つて、何ほど寒くつても、面の皮には薄着一枚着せた事はない、慣れて了へば真裸でも、寒くも暑くも何ともない、身は身で通る裸ん坊だ、裸の道中も面白いよ、音彦君』 音彦『それだと云つて、どうも不恰好だ。吾輩の衣類を分配して、一人は羽織、一人は袴、一人は着物と云ふ風にやつたらどうだらうかナア弥次公』 弥次彦『ヤアそいちア、尚々恰好が悪い、それこそ化物の行列みたやうだ。エー構はぬ、行きませうかい。与太公ドウダイ』 与太彦『日が暮れたと見えて、非常に暗くなつたぢやないか。暗い所を歩くのは、裸でも何でも構はぬ、見つとも良いも、見つとも悪いも有つたものぢやない。一つ大手を拡げてコンパスの続く限り前進せうかい』 と三人は暗の路を当途もなく足に任せて進み行く。音公は、 音彦『ヤア、俄に明くなつて来たぞ。一体此処は何処だらう、大変な大河が南北に流れて居るぢやないか、河向ふには得も言はれぬ金殿玉楼が、雲に浮いた様に見えて来出した。ナンダか気がいそいそとして、一刻も早く行きたい様な心持になつて来たワイ』 弥次、与太両人は、 弥次彦、与太彦『ホンにホンに、立派な建築物が見えますな、是を見ると勝利の都に近付いた様な心持がして来ました、………ヤア有難い有難い、進退維谷まつて、九死一生の谷間に飛込みの芸当をやつたと思へば、豈図らむや、コンナ結構な都に近付いた。是だから怖い所へ行かねば熟柿は食へぬと云ふのだ。有難い有難い、それにしても、鷹公、梅公、岩公、駒公一同は、どうして御座るであらう、猿山峠の急坂を、痩馬の尻を叩いて行軍の真最中だらうか。是だから先へ行つた者が手柄をするとも、後れた者が手柄をするとも分らぬものだ、何事も神のまにまに任すほど安心な事はないなア』 と語りつつ、三人は漸く河幅広き水底深き青々とした流れ岸に着いた。弥次は驚いて、 弥次彦『ヤアこの河は立派な河だナア。大抵の河は、通常は河原ばつかりで、横の方を帯の様に、青い水がホンの形式的に、お条目の様に流れて居るものだが、この河はまた例外だよ、河一面の流れで、しかも青味立つた清水が流れて居る。大抵の河は、河一面に水の流れる時は大雨の時で、泥々の真赤な水だが、コラまた稀代に立派な河だワイ』 与太彦は、 与太彦『河は立派だが、何時まで褒めちぎつて居た所で、橋も無ければ、舟も無いぢやないか、どうして渡つたがよからうかな。これや一つ、何とか工夫をせねばならないぞ』 弥次彦『ナニ、吾々は幸ひ真赤裸だ。水泳の妙を得とるのだから、対岸へ流れ渡りに渡れば良いのだ。斯う言ふ時には、裸一貫の無一物は、大変に都合が好いワイ、唯困るのは音彦の宣伝使様だけだ……………もしもし宣伝使様、一層の事あなたの御衣服を全部この河へ投り込んで、三人共裸になつたらどうですか、牛の子でも附合を致しますで…………』 音彦『それもさうだが、お前はまだ普通の人だ。吾々は三五教の宣伝使といふ重荷を持つて居る。この被面布も大切に致さねばならず、法服を棄てる訳には行かない。アヽこうなると、責任の地位に立つ者は辛い者だ、窮屈不便利至極だわい』 弥次彦『あなたは、宣伝使の法服だとか、被面布だとかに執着心があるから可けないのだ。保護色に包まれて居るから、自由自在の活動が出来ないのだ。裸になれば又裸で立行くものです。カメリオンの様に、青い草に交れば青くなり、赤い葉に止れば赤くなり、白い木にとまれば白くなると云ふ、変幻出没自由の活動を執るのが、宣伝使の寧ろ執るべき手段ではありますまいか。大歳の神は、宣伝使の服を脱いで俄百姓となり、農夫の服を着て農業を手伝ひ、立派に宣伝使の本分を尽されたと云ふ事ですよ。河を渡るのには裸でなくちや駄目だと弥次彦は思ふがナア』 音『さう云へばさうだが、せめてコーカス山にお参詣する迄音彦は、この服は離したくない』 弥次彦『あなたはさうすると、何時迄も此処に、河端柳ぢやないが、水の流れをクヨクヨと見て暮すと云ふ方針ですかい』 音彦『ヤア進退維谷まつた。音彦もどうしたら可からうかなア』 と双手を組み思案に暮れて居る。傍に藁を以て屋根を葺いた小さい家が目に着いた。 弥『ヤア此処に、〆て一戸、村落があるワイ、あまり小さいので、見落して居つた。先づ先づあの館へでも侵入して、ユツクリと河端会議でも開催しませうか』 と先に立つて弥次彦は、藁小屋の中に進み入る。 弥次彦『ヤアこの藁小屋の中には、ナンダか生物が居るぞ。コンコンと咳払をやつて居るワイ、もしもし宣伝使さま、これは後家婆アの隠れ家と見える、マア一服さして貰ひませうかい………』 小屋の中より皺枯れた婆の声で、 婆『誰だ誰だ、この河辺に立つて何を囁いて居るか。此処はどこぢやと思ふて居る、三途の河の縁だぞ』 と聞くより弥次彦は婆々を睨み乍ら、 弥次彦『ナニツ、三途の河の縁だと?全然冥途の旅の様だ。ソンナラ大方着物を脱がす婆ぢやないか。ヤアナンダか気分が悪いワイ。モシモシ宣伝使さま、何をグズグズして居るのだい、早く来て鎮魂をして下さいな、怪しからぬ事を云ふ老婆が居りますで……』 音彦『弥次彦お前は、何を怖さうに言ふのだ。乞食婆アだよ、放つときなさい』 婆『乞食婆とは何だ、三途河の鬼婆だぞ。サアサア娑婆の執着をスツクリ流す為に、真裸にしてやらうかい』 と藁で編みたる押戸を開けて、白髪頭をヌツと出し、渋紙面を曝して現はれて来た。 弥次彦は、 弥次彦『ヤアナント背の高い、小面憎い面をした老婆だな………オイ糞婆、貴様は良い加減に改心をせぬかい。よい年しよつて、何時までも欲の皮をひつぱると、死んだら地獄に落ちるぞ』 婆『わしはお前達の着物を脱がす役だよ。サア綺麗サツパリと脱いで行かつしやれ』 弥次彦『何を吐しよるのだ。貴様は他人の着物を脱がして、沢山に箪笥の中へ仕舞込み置いても、末の短い貴様が、死んだならば冥土とやらへ行かねばなるまい。その時に三途河の鬼婆が、みな脱がして了ふと云ふ事だぞ。あまり欲をかわくない』 婆『その三途川の鬼婆が此方さまだ。愚図々々言はずに脱がぬかい』 弥次彦『ヤア此奴ア盲婆だな、裸の俺に着物を脱げつて吐しよる、良いケレマタ婆も有れば有るものだナ。ワツハヽヽヽ』 婆『お前は先祖譲りの洋服を着とるぢやないか、兎の皮を剥いたやうに、頭からクレクレと剥いてやるのだ。弥次彦覚悟は良いか』 弥次彦『これは裘だぞツ』 婆『河の縁で脱がすのだから、裘は尚結構だよ』 弥次彦『エー洒落ない、婆の癖して………オイ与太公、宣伝使さま、チツト来て下さらぬか、思ひの外シブトい婆だから』 音彦『ヤア、弥次さま、どうやら此処は三途の河らしいぞ。小鹿峠から谷川へ飛込んだ時に、気絶した途端に、どうやら幽界の旅行と急転したらしい、どうも空気が変だ。ナア与太彦、お前はどう思ふか』 与太彦『宣伝使のお考へは違ひますまい。私も何だか、四辺の状況が娑婆とは違ふ様な気が致しますワ………』 婆『コラコラ、お前たち三人の奴は、俺を誰だと思ふて居る、俺の面を見よ』 弥次彦は顎をシヤクリ乍ら、 弥次彦『ツラツラ考ふるに、何とも早、形容の出来ない怪体な面付だナア。ひよつとしたら、宣伝使のお言葉の通り、三途川の鬼婆かも知れぬワイ』 婆『合点が行つたか、親重代の宝物たる黒い土瓶の中へ小便を垂れる様な、汚れた身魂の人足だから、此処で赤裸にして霊の洗濯を為てやるのだよ』 弥次彦『ヤア合点の行かぬ婆アだ。土瓶の事まで吐しよる、貴様はお竹の母親か』 婆『お竹の母親か、父親か、よう考へて見ろ。弥次彦のガラクタ奴』 弥次彦『黒い黒い手で握飯を握りよつて、手鼻汁をかみ、洟を落した握飯を拵へた汚い老婆に比べると、モ一つ汚穢い奴だ。俺の霊が汚いから洗濯せいと言ひよるが、マア貴様の汚い顔から洗濯せい………霊魂を洗濯せい、美しうなれと、口ばつかり他人に言ひよつて、自分の汚い事は知らぬ顔の半兵衛でけつかる。困つた者だなア、自分の尻糞は目に着かぬと見えるワイ。全然三五教の宣伝使の様な事を吐す奴だ。アハヽヽヽヽヽ』 婆『ババはババいから婆と云ふのだ。ヂヂはヂヂムサイから老爺と云ふのだよ。糞は汚い、痰は汚い、花は美しいと、開闢以来定つとるぞ。俺の様な汚い所へ落ちた者は、汚なうして居ればよいのだよ。貴様のやうに、表は立派な、三五教の宣伝使だとか、信者とか言ひよつて羊頭を掲げて狗肉を売る様な罪悪人は、何処までも洗濯をせな可かない。腹の底まで洗濯をしてやるのだ。チツト苦しうても辛抱せい。親譲りの着物を是から脱がして、この老婆が洗濯をして着替さしてやらうかい、コラ弥次彦のガラ奴』 弥次彦『ヤア、此処ア洗濯婆アだな、鬼の来ぬ間に洗濯バタバタ早く身魂を洗ふて下されよ、改心が一等だぞよ、今までの塵芥、流れ川ヘサツパリ流して、水晶の身魂になつて下されよ……といふ筆法だな。ソンナ事は三五教の教祖の教にチヤンと出て居るのだ。事新しく三途河の縁まで来て、言つて貰はいでも、遠の昔に御存じだ。大学卒業生だぞツ。骨董品の様な古い頭をしよつて、文明人種の吾々に意見をするのは、釈迦に経を説く様なものだよ』 婆『お前達は口ばつかり立派な信者だ。舌と耳とは極楽へ遣つて、その外はみな地獄行だ。舌と耳とを俺が預つて、是から高天原へ小包郵便で送つてやらう。マア裘を脱ぐより、第一着手として舌を出せ、舌と耳とを切つてやらうかい、弥次の奴』 弥次彦『エー何処までも婆は婆らしい事を吐しよるワイ。舌切雀の話の様に、舌を切つてやらうの、桃太郎の話の様に、洗濯をするのと、らしい事を言ひよるワイ、アハヽヽヽ。オイ婆、この河には随分桃が流れて来るだらう。二つや三つは貯へて居るだらうから、一つ俺に招伴させぬかい、腹が空つて聊か迷惑の態だ』 婆『お前の食ふのは此処に預つてある、サアサア是なと食つて着物を渡すのだよ』 と真つ黒けの握飯を二つ出す。 弥次彦『ヤア此奴ア、お竹の宅の柴屋で見た握飯だ。コンナ垢の着いた、鼻水だらけの握飯が仮令餓えて死んでも食はれるものかい、渇しても盗泉の水を呑まぬ俺だぞ』 婆『どうしても食はねば、貴様を此鬼婆が代りに食つて了ふがよいか………勿体ない、粒々辛苦になつた結構なお米で拵へた握飯を、黒いの汚いのとは何の事だ。たとへ鼻水が入つて居らうが、百分の一位なものだ、何ほど綺麗な人間でも、百分の八九十までは汚い分子が含蓄して居る。貴様の肉体つたら、九分九厘まで真つ黒けの鼻水握飯の様なものだぞ。俺が辛抱して食てやると言ふのだから、これが冥途の食納め、喜んで食はぬかい』 弥次彦は首を傾けて 弥次彦『オイ与太公、サツパリ訳が分らぬぢやないか、貴様の食ひ残しだ。おれや元から一つも食はないのだから、貴様が食つたらよからう』 与太彦『私はあなた様の分まで頂戴致しまして、スツカリ食べるのは、あまり礼を失すると思ひ、二つ丈残して置きました。決して汚いから残したのぢやありませぬ、此れは弥次彦の領分だと思つて遠慮したのです………もしもしお婆アさま、私は腹一杯頂戴したので、それ以上は食へなかつたのと、弥次彦に愛想に残してやつたのですから、決して決して、汚いの何のといふ、ソンナ冥加の悪い心で残したのでは御座いませぬ。これは弥次彦の食ふべきもので御座います』 弥次彦『エーエー、与太彦までが怪しからぬ議案を出しよつた。河端会議だから握り潰しといふ訳にも行くまい。三途の河へ一瀉千里の勢で、否決流会だ』 と握飯を握つて河に棄てむとするを、婆はその手をグツと握りたり。弥次彦は、 弥次彦『ヤア冷たい冷たい、氷のやうな手をしよつて………手が痺れて了ふワイ』 婆『ヤア不思議だワイ、お前の霊は、遠の昔に痺れて了ふて免疫性の無感覚だと思つたに、冷たいのが分るか、それではチート何処かにまだ息があるワイ、コンナ所へ来るのはチト早いのだけれど、修業の為に、我を折る様に、この河を渡れ、裘を剥ぐ丈は免除してやらう。随分冷たい河だぞ、この河が冷たくなくして渡れる様ならモウ駄目だ。冷たければチツトはまだ人間の息が、霊に通ふて居るのだよ』 弥次彦『オイ婆アさま、お前も随分屁理窟を言ふがそれ丈理窟が分つて居れば、この弥次彦は寒うて困つとるのを、チツトは同情するだらう。亡者の着物を毎日追剥しよつて、沢山に蓄めとるだらうが、俺に似合ふ様な着物を一枚分配して呉れぬか、どうで老若男女色々と風も違ふだらうから、俺に打つて附けた様な着物もあるだらうにのう』 婆『エヽ附上りのした男だなア、お前に着せる様な着物は一枚もありやしないよ。みな河へ脱がしては流し、脱がしては流し、今ここに五枚ある丈だ。それもみな子供の着物だ。一枚は俺が着にやならぬし、五枚の着物を貴様に一枚やれば、モウあとは四枚だよ』 弥次彦『ヤアこの婆、なかなか洒落てけつかる、風流婆アだなア』 婆『定つた事だ、何事も執着心を棄てて、風流で胸の垢を洗濯婆アだ。お前も早う身魂の洗濯をせないと云ふと、腹の中に毛虫がわいて、弥次身中の虫となつて、お前の肉体を亡ぼす様になるぞ』 弥次彦『婆さま、オツト待つた、俺は亡者じやないか、一旦亡びた者が復亡びるといふ事があるかい』 婆『顕幽一致、生死不二だよ。今の娑婆に居る奴は、肉体は生きて居るが、霊はみな死にたり、腐つたり、亡びて了つて居るのだ。併し乍ら、貴様は感心な事には、肉体は亡びたが、まだ霊に生命があるワイ』 弥次彦『定つた事だい、せいめい無垢の生粋の大和魂だもの。万劫末代朽つる事なく亡ぶ事なき霊主体従の弥次彦さまの本守護神は、永世不滅の神の分霊、万劫末代生通しだ。肉体は亡びても、吾々の霊は至極健全だ。これから三途の河を横渡りをして、心の鬼も地獄の鬼も片ツ端から言向和し、地獄を化して天国とする覚悟だ。オイ婆ア、貴様もコンナ所に弱い者苛めをして、亡者に対し剥取強盗をするよりも、早く改心を致して俺のお伴をせないかエーン』 与太彦は、 与太彦『オイ弥次彦、しやうもない事を言ふない。地獄開設以来、三途川の鬼婆と云つて、この河に備へ付の常置品だよ。ソンナ者でも閻魔の庁へ連れて行つたが最後、天則………ドツコイ地獄則違反者だ………と云つて、罪に罪を重ねる様なものだよ』 弥次彦『さうだな、出雲姫の様な美人を連れて、閻魔の庁へ出立するのは気分が良いが、斯う苔の生えた枯木の様になつた骨董品を伴れて行くのは、弥次彦もチツト迷惑だ。……オイ婆ア、お前何時までも此川辺に、コンナ事をやつとるのが面白いのかい』 婆『何が面白からう、これも仕方がないワ、木蓮尊者の母親ぢやないが、罪の塊で、因果が廻り来て、コンナ人の厭がる役を、よい年してやらされて居るのだよ。俺はモウ駄目だ、終身官だから、辞職する訳には行かぬワイ』 弥次彦『それを聞けば、何だかチツト、哀憐の心が起つて来たワイ。一層の事、一思ひにこの川へ、バサンと投げ込みてやらうか。さうすれば、地獄の苦を逃れて、お前も幸福だらうに』 婆『婆サンとやつたつて駄目だよ。善の道を破産した俺だから、到底救はれる予算が立たぬワイ』 弥次彦『アヽ三途がないなア、かはいさうな者だ。ナント詮術なきの川水、ミヅバナ垂らして握飯に固めて、ムスメのお世話になつた御主人様に、有らう事か有るまい事か、食べさそうと致し、おまけに小便茶をも勧めた天罰は覿面に廻り来つて、三途川の鬼婆とまで成り果てしか、アヽ思へば思へばいぢらしや、弥次彦同情の涙に暮にけりだ』 音彦『アハヽヽヽ、面白い面白い、弥次喜多道中は、冥土へ来てもヤツパリ、五十三次気分がするワイ、音彦はまるで大井川の川縁に着いた様な心持がするワイ』 弥次彦『大井川なら、この婆を大井に川いがつてやるのですな、アハヽヽヽ』 この時いかめしい装束をした一人の男、金剛杖をつき乍ら、トボトボと歩み来たりぬ。能く能く見れば、ウラル教の大目付、源五郎なりける。弥次彦は見るより、 弥次彦『ヤア貴様はウラル教の源五郎だナ、俺が猿山峠の麓の森林で、華胥の国に遊楽する折しも、しやうもない夢をば、与太公に見せよつて、驚かしよつた腰抜野郎だらう。馬からひつくり返つて、四足に圧搾されて、背中に腹は替へられぬぢやない、馬の背中で腹を抉られて、蛙をぶつけた様に、目をクルクルと剥きよつて死ばつた代物だらう。サア好い所へ来よつた。こちらは三人貴様は一人だ。娑婆に居つた時は此方は三人貴様の味方は五十人、五十人でさへも敗北した様な腰抜だから、到底叶ふまい。貴様の着物を一切脱ぎ取るのだ、サアサア脱いだり脱いだり』 音彦は、 音彦『オイオイ弥次、婆アサンの職権まで蹂躙すると云ふ事があるかい』 弥次彦『モシモシ、お婆アサン、此所ちよつと代理権を執行致しますから、事後承諾を願ひます』 婆『ハーイハイ、宜しき様に………お前に一任致すぞや』 弥『音彦さま、サアどうだ、是からこの弥次彦が、お婆アサンの代理だ。脱衣婆アといふ職権ができた。婆アサンの片相手は、お弥次サンに定つてるよハヽヽヽ。オイ源五郎、婆アサンのおやぢだ。娑婆に居つた時は弥次彦だが、今は三途川の鬼おやぢだ。キリキリチヤツト脱いで了ヘツ』 源五郎は、 源五郎『ヤア、仕方がない、ソンナラ脱ぎませう。一枚でこらへて下さいや』 弥次彦『エー執着心を持つな、真裸になれ』 源五郎『それでもまだ此先、十万億土も旅をせにやならぬのだから、お慈悲に一枚は残して下さいナ』 弥次彦『エツ一枚脱ぐも三枚脱ぐも、脱ぐのに違ふた事があるか、生れ赤子になるのだよ』 源五郎『ナント、お前さまはエライ権利を持つてますなア』 弥次彦『定つた事だよ、泥棒権利の執行者だ。キリキリチヤツト、裸になつたり裸になつたり』 源『アヽもう斯うなつては源五郎もサツパリ源助だ、娑婆に居る時には、立つ鳥も落す勢であつたが、可愛い女房には別れ、生命より大事と蓄めた財産は弊履の如く打棄てて、身軽になつて此処へ来たと思へば、この薄い着物まで剥がれて了ふのか、アヽ仕方がない。どうしたら宜からうかナア』 弥次彦『エー女々しいワイ、郷に入つては郷に従へだ。娑婆の理窟は冥土には通用せぬぞ。泥棒にも三分の理窟があるのだ。脱衣爺の命令は全部服従……否盲従するのだ。亡者が亡者に従ふのは所謂亡従だよ。アハヽヽヽ』 源五郎『アヽ仕方がありませぬ、脱がして戴きます』 弥次彦『貴様が脱いだ後は、俺も裸で困つて居るのだから、右から左へスツと着替へるのだ。…………オイ与太公、此奴ア、大分沢山に着て居よるから、貴様と分配して、着々歩を進めるのだよ』 源五郎『お前さまも、裸の辛い事は御存じでせう。自分の苦しみにつまされて、私を不憫とは思ひませぬか』 弥次彦『エー八釜しいワイ、暗がりの世の中だ。一々目をあけて居つたならば、一日も生活が出来るものかい。何事も人の憐れは、見ざる、聞かざる、言はざるで…………自分の一身一族を保護するのが当世だよ。まだまだ是では済まぬぞ、貴様の持物をみな脱いで了へ』 源五郎『これ丈褌まで脱いで了つたぢやありませぬか、この上何を脱ぐのですかい……』 弥次彦『定つた事だよ、親譲りの………貴様はまだ洋服を着て居る。靴も、手袋も、頭巾も、何もかも、みな脱ぐのだ。貴様は娑婆に居る時から、彼奴は鉄面皮だと言はれて居つたぢやらう。その鉄面皮を此処で脱がしてやらう。舌も千枚舌だと言ふ事だから、一枚は助けてやるが、九百九十九枚まで此処で抜き取るのだ。コレコレ婆アサン、釘抜を貸しテンかいナ』 婆『ハイハイ、おやぢ彦の言ふ事なら、何でも聞きませう。釘抜がチツト錆びて居るけれど、此奴の舌も錆びてゐるから、合ふたり、叶ふたりだ、ワハヽヽヽ』 弥次彦『ヤア気の利いた婆アだ、流石俺の女房丈あるワイ、………オイ源公、千枚舌を出せ…………口を開け…………』 源五郎『アーア仕方がない、冥途の法律に従はねばならぬか。ソンナラどうぞ、ヤンワリと抜いて下さい』 弥次彦『よしよし』 と云ひつつ、釘抜を以て源公を大地に仰向けに寝させ、右の足を頭にグツと乗せ、 弥次彦『イヨー沢山な舌だワイ………此舌は放蕩を舌、一枚……オイオイ与太公、貴様は勘定役だ。音彦は受取つて下さい。……この舌は違約を舌……オツト二枚……こいつは間女房を舌……オツト三枚……こいつは讒言を舌、オツト四枚だよ、……こいつは失敗を舌、オツト五枚だ………こいつはアフンと舌、オツト六枚………こいつはインチキを舌……道傍でウンコを舌……遠慮を舌……ドツコイ遠慮会釈もなしに乱暴を舌……強欲を舌……ウツカリ舌……スベタに現を抜か舌……姦通を舌……人を監禁舌……苦面を舌……喧嘩を舌……善悪を混同舌……散財を舌……要らぬ心配を舌……狡猾い事を舌……民衆運動を煽動舌……探偵を舌……損を舌……畜生を殺舌……掴まへ損なひを舌……而も三五教の宣伝使を……手癖の悪いことを舌……遁亡を舌……難儀を舌……物に窮迫舌……人を見殺しに舌……憎まれ口を叩いた舌だ……盗みも舌……猫婆も舌……無報酬の飲食を舌……神に反対を舌……貧乏を舌奴を圧迫舌……憤慨も舌……変改も舌……人の金で漫遊を舌……無理も舌……斤量の目盗みも舌……悶着も舌……魂の宿替も舌……それは良心の転宅だ……隠険なことも舌……嘘つきも舌……縁談の妨害も舌……欲な企みも舌……乱痴気騒ぎも舌……悋気も舌……不在の宅を狙つて○○を舌……猟師をして沢山な畜生も捕獲舌……論にも杭にもかからぬ様な議論も舌……忘八苦も舌……意地の悪い事も舌……エー閻魔さまの眼鏡に叶はぬ様な事も沢山舌……人をおど舌……霊界物語の邪魔も舌……俺もモウウンザリ舌…是でまだ六十枚だがモウ良い加減に止めに舌がよからうかアツハヽヽヽ』 音彦『随分沢山な舌ですネー、音彦感心しま舌、ワアツハヽヽヽ』 弥次彦『此奴は、何時も数多の人間を顎で使ひよつて、舌長に物を吐かす舌たか者だから、舌の根も随分強くつて、この三途川の鬼爺も、大変な苦労を舌、アーア舌抜き商売も、懲々舌わい、ワツハヽヽヽ』 婆『これはこれはおやぢ彦、偉い苦労をかけま舌、これで一寸源五郎の制敗も一部落着いた舌と云ふものだ』 源五郎『アーア辛い目に逢ふたものだ。三味線の糸ほど引締められて、撥を当てられ、お前のお好きに紫檀棹、源五郎も是で無罪放免にして貰ひませうか』 婆『まだまだ……此処はこれでよい、この河を渡つて向ふへ行つたら、今度はお前の腕を抜くのだよ』 与太彦は面白さうに、 与太彦『アヽそうかいな、痛いかいな、苦しいかいな』 弥次彦『コラ与太公、ソンナ陽気な事を言ふとる場合ぢやないぞ、改心をせぬか、緊張せぬかい、お弥次彦が舌を抜いてやらうか』 与太彦『オイ弥次彦、よい加減にコンナ殺生な商売は辞職したらどうだい』 弥次彦『八釜し云ふない、モウ少し勤めさして呉れ、……恩給年限が満つるまで……』 与『貴様はどこまでも、徹底的に欲な奴だナ、欲々の体主霊従の性来ぢやと見えるワイ。世の中で他人がよく云はぬのも当然だ』 婆『サアサア弥次彦サン永々お世話だつた。只今限り解職する、速くこの河を渡りしやれ』 弥次彦『ヤア何だ、何時の間にか河が無くなつて了つた。かわい女房に生別れと云ふ場面だナ。オイ婆ア、折角な綺麗な河を何処ヘスツ込めて了つたのだい』 婆『お前の罪が薄らいだから、河はモウ流して了つたのだよ』 弥次彦『河を流すとは妙だな、ヤツパリ現界とはすべての光景が河つて居るワイ……ヤア面白い、茫々たる原野と俄に早替り、活動写真を見とる様だ……是れは是れはお婆アサン、永らく御厄介に与りました。頭の一つもおなぐり惜いが、私も先が急きますから、これで垢の別れを致しませう。これから爺は三人の亡者を連れて、あの世の旅をする程に、おばば、後の供養をしつかり頼むぞや。極楽と言ふ立派な所へ行つて半座を分けて待つて居る、一時もはやく、第二の娑婆を振り棄てて、おやぢの側へやつて来て呉れ、万劫末代、一蓮托生、必ず忘れて呉れるなよ』 与太彦は吹き出して、 与太彦『アハヽヽヽ、何を吐しよるのだ、アンナ老婆と一蓮托生になつて堪るかい』 弥次彦『それでも袖振合ふも他生の縁よ「ヤアおやぢサン、ばばア……」と仮令半時でも縁を結んだ以上は、夫婦には違ない、夫婦の情は門外漢の窺知すべき所でない、色気の無い唐変木の容喙すべき限りにあらずだ』 音彦、与太彦、源五郎も一度にふき出し、 音、与、源『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ、エヘヽヽヽ』 (大正一一・三・二三旧二・二五松村真澄録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 08 泥の川 第八章泥の川〔五五八〕 果しも知れぬ枯野原、神の恵も嵐吹く、濁り切りたる川の辺に、二人は漸く着きにける。 弥『ヤ、何だい、又もや幽界へ逆転旅行だな、オウ此処は三途の川だ。勝公、ナンデもこの辺に俺のなじみの頗る別嬪が、楽隠居をやつて居る筈だがナア』 勝『弥次彦サン、此処はどうやら娑婆気の離れた処のやうですなア、小鹿峠を暴風に梳づり、突貫の最中何だか気が変になつたと思つたが最後、局面忽ち一変して草茫々たる枯野原になつて居る、別に飛行機に乗つた覚えもないのに、何時の間にコンナ処に来ただらう、哲学者たら云ふ奴の好く云ふ夢中遊行でも遣つたのぢやあるまいか。誰か催眠術の上手な奴を連れて来て、早く覚醒でもさして呉れないと、まかり間違へば幽界旅行となるかも知れないなア』 弥『知れないも何もあつたものか、正に幽界旅行だ、此処は三途の川の渡場だよ』 勝『それにしては、婆アが居らぬじやないか』 弥『この頃は物価騰貴で収支償はぬと見えて、廃業しよつたのだらうよ、それよりもマア俺の昔なじみの別嬪が囲つて在るのだ、それに面会さして遣らうかい』 勝『貴様は何処までも弥次式だな、処もあらうに怪態の悪い、三途の川の傍に妾宅を構へると云ふ事があるものかい』 弥『それでも向ふが妾宅したのだから仕方がないさ。新月の眉濃やかに、緑したたる眼の光り、鼻の恰好から口の恰好、ホンノリとした桃色の頬、それはそれは何ともかとも云へぬ逸品だよ』 勝『ヨウ、ソンナ逸品があるのか、俺にもいつぴん見せて呉れぬかい』 弥『洒落ない、これから千騎一騎だよ、青、黒、赤、白、橄欖、種々雑多の百鬼千鬼万鬼と格闘をせなければならないのだ。アハヽヽヽヽ』 勝『何者が現はれ来るとも、神変不可思議の言霊の武器を使用すれば大丈夫だ、夫よりも早くその逸品とやらを、御高覧に供へ奉らぬかい』 弥『よしよし驚くな、随分別嬪だぞ、一度お顔を拝んだが最後、万劫末代五六七の代までも忘れることの出来ないやうな、すごい様な恐ろしい別嬪だ。一寸俺に随いて来い、それ其処に見越しの松といふ小ちんまりとした、妾宅があると思つたのは夢だ、茅葺の雪隠小屋のやうな中に、今頃はビイビイチヨンだ』 勝『怪体な言を云ふぢやないか、何がビイビイチヨンだい』 弥次彦は藁小屋の戸の隙より一寸覗いて、 弥『ヤー御機嫌だなア、また遣つて来ました、オツトドツコイ女房の脱衣場のお婆アサン、二世の夫天下一品の色黒い男、弥次彦サンだ、早う戸を開けぬかい』 藁小屋の中より、 婆『エーエーまた来たのか、よう踏み迷ふて来る餓鬼だな、この川は一遍渡つたら渡る事の出来ぬ三途の川だのに、何しに娑婆から冥土に踏み迷ふて来るのだい、娑婆の幽霊奴が』 弥『コラコラ夫婦と云ふものは、ソンナ水臭いものぢやないぞ、三途の川と云ふからは三度までは、渡るのは当り前だ。飯でも一日に三度は食はねばその日が暮れぬのだ、娑婆の幽霊とはそれや何をぬかしよるのだい』 婆『お前は娑婆の幽霊だよ、幽霊会社に首を突き出したり、幽霊株を振り廻したり、これやちつと有利得の株だと云へば、欲の皮を突つ張つて、身魂を汚し、女房子供に苦労をさせ、世間の奴に迷惑をかけ、どうして娑婆に立つて行けやうかなぞと、腰から足の無い奴の様に、藻掻きよつて宙ぶらりの影の薄い代物だ。娑婆の幽霊と云ふたのが何が不思議だい。幽冥界には貴様のやうな亡者は一人も居らないぞ、学亡者の親方奴が』 弥『コリヤ婆ア、それや何ぬかしよるのだ、女房が老爺をぼろ糞に言ふと云ふ事があるものか、貞操と云ふ事を知つて居るか、不貞腐れ婆奴が』 婆『不貞腐とは何だ、女ばかりが不貞腐れぢやない、男の奴にも沢山不貞腐れがあるぢやないか。貴様は何だ、娑婆に居つて彼方へ小便ひつかけ、此方へ糞をひつかけ、隣の嬶をチョロマカシ、近所の娘を誑かし、嬶アが古くなつたと云つては、博労が馬か牛を入れ替する様に、人間を畜生か機械の様な扱をしよつて、不貞腐れの張本奴が。この婆は斯う見えても地獄開設以来、この川端で規則を守つて職務忠実に勤めて居るのぢや、貴様のやうに月給が高いの安いの、此処は辛度いの楽だのと、猫の目のやうにクレクレと変りよつて落着きのない我楽多人間とは、チート訳が違ふのだよ。又しても又しても、この婆に厄介をかけよつて、モウ好い加減に退却せい、貴様の来るのはモチツト早いワ。此処へ来るのは、娑婆の罪を亡ぼした奴の来る所だ。貴様は罪悪の借金を沢山積んで居るから、モツトモツト苦しい目をしてから出て来るのだ。罪悪の借金を娑婆へ残して、コンナ処へ逃げて来るとは、余り狡いぢやないか、薄志弱行にも程があるワ、この三途の川はドンナ所だと思つて居るか、貴様の身魂を洗濯する所かい、天で言へば天の安河も同様な処ぢやぞ』 弥『エー八釜敷い、口の好い嬶だ、女賢しうて牛売りそこなふと云ふ事がある、折角夫婦になつてやつたが、今日限り三くだり半をやるから覚悟せい、夫婦喧嘩は犬でも喰はぬと云ふが、この弥次彦サンはソンナ執着心のある男ぢやないぞ』 婆『誰が弥次彦の女房になると云つたか、貴様が勝手に此前に踏み迷ふて来た時に、わしの名は弥次彦だから、お前の老爺彦だと言ひよつて、自分一人できめたのでないか、正式結婚でもなけりや、自由結婚でもない、貴様の方は何ほど縁談を申込んでも、此方の方から真平御免だ、肱鉄だ。この広い幽冥世界に貴様の女房になる奴は、半人でも四半人でも在ると思ふか、余り自惚するない、罪悪に満ちた娑婆でさへも、愛想をつかされた結果、コンナ結構な地獄に出て来よつて、女房ぢやの、ヘツたくれぢやのと、何を劫託云ふのぢや、此処に釘抜きがあるから、舌でも抜いてやらうかい』 弥『コラ古婆、それや何を吐しよるのだ、貴様は世間見ずだから、ソンナ馬鹿な事を言ふのだ。廿四世紀の今日に、原始時代のやうな、古い頭を持つてゐるから判らぬのだ、今日の娑婆を何と考へて居る、天国浄土の完成時代だ。中空を翔ける飛行機飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣と云ふ精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走つて一時間に五百哩といふ速力だ、蓮華の花は所狭きまで咲き乱れ、何ともかとも知れない黄金世界が現出して居るのだ。それに貴様は開闢の昔から涎掛を沢山首にかけて道端にチヨコナンと、番卒の役を勤めて居る奴の様に、コンナちつぽけな雪隠小屋に焦附きよつて、娑婆が何うだの斯うだのと云ふ資格があるか、廿四世紀の兄サンだぞ』 婆『さうかいやい、それほど娑婆が結構なら、なぜ娑婆に居つて苦業をせぬのかい、ナンボ開けたと言つても、日輪様が二つも三つも出てをる筈もなからう、何時も何時も満月許りと云ふ訳にも行くまい、五十六億七千万年の昔から変らぬものは誠許りだ。どうだ貴様は物質的の欲望とか、文明とか云ふ奴に眩惑されよつて、視力を失つたのだらう、資力がなくては娑婆に居つたとて、会社の一つも立ちはせぬぞ、株券買ふと云つたつて、株の一枚も買へはしまい、貴様は二十四世紀だと云ふて威張つて居るが、十五万年ほど昔の過去となつて居るのが分らないか、今は一万八千世紀だぞ、古い奴だなア』 弥『オイ婆アサン、一寸待つて呉れ、俺は紀元前五十万年の昔に、娑婆に現はれて大活動を続け、ついたつた今、小鹿峠を宣伝歌を謳つて通つた様に思ふが、何だ、それから十万年も暮れたとは、一寸合点が行かぬワイ』 婆『光陰は矢の如しだと、十八世紀の豆人間が吐き居つたが、光陰の立つのはソンナ遅いものぢやない、ヂヤイロコンパスが一分間に八千回転を廻る様に、世の中は貴様の様な分らぬ奴には頓着なしに、ドシドシと進行して行くのだ。貴様も罪の決算期が来るまで、まア一度娑婆へ帰つて、苦労をして来るが可からうぞ。一時でも早く帰つて民衆運動でもやつて、ポリスの御厄介にでもなつて来い、さうせないと貴様の罪は重いから、この三途の川を渡るが最後石仏を放り込んだ様にブルブルとも何とも言はずに寂滅為楽だよ』 弥『オツト待つた、一旦亡者になつたものが、また川へはまつて、寂滅為楽と云ふ事があつてたまるかい、訳の分らぬ婆だなア』 婆『貴様は分らぬ訳だ、娑婆の奴は二重転売と吐かして、一遍売りよつて二度売つたり仕様もない六〇六号の御厄介にならねばならぬ様な腐れ女に、涎を垂らしながら揚句の果てには二次会とか三次会とか吐かして騒ぐぢやないか。それさへあるに一夫一婦の天則を破り、第一夫人第二夫人だの、第一妾宅だの第二第三、何々妾宅だのと洒落よつて、体主霊従のありつ丈けを尽して居る虫けらの如うな人間許りだらう。現界の事は直に幽界に写るのだ、一遍死んだ位ぢや死太い身魂が、仲々改心いたさぬから今一遍出直し、それでも改心せずば三遍四遍と何遍でも焼き滅すのだ。貴様は娑婆で廿世紀頃に始まつた三五教の教を聞いてゐるだらう、改心をいたさねば何遍でも、身魂を焼いて遣るぞよと云ふことがあるだらう、今の娑婆の奴は一度死んだら、二度は死なないと、多寡をくくつて居やがるが、一度あつた事は、二度も三度もあるものだぞ、何遍でも死なねばならないぞ』 弥『ヤア、文明の風がコンナ所まで吹いて来よつて、婆の奴この前に旅行した時とは、よほど娑婆気のある事を吐かしよる、かうして見ると時代の力は偉いものだ、幽界までも支配すると見えるワイ』 婆『それや何を幽界、貴様は小鹿峠を通る時に、一方の男の間抜面を見込んで、肩を組み合せ、屁の如うな風に吹き散らされよつて、冥土の道連れに勝公を幽界に誘拐して来よつた奴だ、愚図々々ぬかさずと、もう一遍甦生りて一苦労して来い。まだまだ地獄に出て来る丈け資格が具備して居ないワ、孰れ一度や二度はこの川を渡る丈けの権利は、登記簿にチヤンと附けて、確に保留して置いてやるワ、どうだ嬉しいか』 弥『エヽ、ツベコベと能う吐かす婆ぢやないか、碌な事は一寸も言ひよらぬワイ。道理ぢや、老婆心で吐かすことだから、これもあまり誅究するのは可愛想だ。オイオイ勝公、貴様は何故沈黙を守つて居るのだ、チツト位砲門を開いて砲撃をやつたらどうだい、敵は間近く押寄せたりだ、なにほど堅牢な船だと云つたつて艦齢の過ぎた老朽艦のしかもたつた一隻だよ』 勝『オイ弥次公、場所柄を弁へぬかい、何と云ふたつて此処へ来たらお婆サンの勢力範囲だ、従順に服従するより仕方がないじやないか、魚心あれば水心だ、なアお婆アサン、なんぼ悪道なお役だと言つても矢張血もあり涙もあるだらう、この弥次公は御存じの通り生れつきの弥次的一片の男ですから、お気にさえられず神直日、大直日に見直し聞直して、許してやつて下さいませ』 婆『何と云つてもこの男はこれだから………今度から、先の地獄にやりたいのだけれども、閻魔サマから、何の為めに貴様は、川番をして居つたのぢや、コンナヤンチヤを通過さすと云ふ事があるものか、何で娑婆へ追返さないのかと、免職を喰ふか分らない。サヽ一時も早く尻引つからげて足許の明るい内にいんだりいんだり』 弥『アハヽヽヽ、とうとう婆の奴、本音を吹きよつたな、ヤア面白い面白い、エーこの三途の川をばサンばサンと向ふに渡つて、青黒白赤と種々雑多の鬼共を、片つ端から鷲掴、香物桶の中にブチ込んで、上からグツと千引岩のおもしをかけ味噌漬にして、朝夕の副食物にしてやるのだ、娑婆に居たつて堅パンを一つか三つばかりパクついて、甘いの味ないのと言ふて居るよりも、温く温くの鬼味噌漬だ、稀代の珍味佳肴だ、吾々の前途は有望だ、オツトドツコイ幽霊だ、サアババサン緩りと、水の流れを見て暮シヤンセ、人間は老少不定だ、必ず達者にして暮せよ、アハヽヽヽヽ』 婆『エーエ八釜敷いワイ、渡ろと云ふたつて渡しては遣らないぞ』 弥『何、渡さむと仰有つても渡しは渡しの考へで此渡しを渡つて見せますワイ、渡しの御神徳を川の端から指を食へて見て居て下さいや、お婆アサン左様なら』 婆『オツト待つた待つた、待てと申せば待つたが好からうぞ』 弥『何を吐しよるのだい、春先になるとそろそろ逆上しよつて、三途の川の婆奴、三途のない奴だ、然しながら此川は大変濁つて居るぢやないか、この前に旅行した時とは天地の相違だ』 婆『定つた事よ、娑婆の奴が毎日、日にち汚い事ばつかりしやがつて、結構な水神の御守護遊ばす溝川へ、糞滓、小便を垂流して、一等旅館だの、特等旅館だとか吐いて、そこら中を糞まぶれに汚すなり、サツカリンの這入つた腐つた酒を、ガブガブ飲みよつて肺臓を痛め、そこら中に血を吐き散らすものだから、雨が降る度に皆この三途の川に流れ込むのだ、それだからこの通り川が濁つてしもうのだ、この川の中には貴様の糞も小便も交つて居るワイ、一杯喉が乾いたら飲んだらどうだい』 弥『何を吐かしよるのだ、コンナ物が飲めるかいやい、ソンナ事を聞くとこの川を渡るのが嫌になつて来た、婆の云ふ通イヤだけど、再び娑婆へ引返さうかな』 婆『お前達は糞や小便や血や啖のこの川が汚いのか、お前の身体は何だ、糞よりも小便よりも、鼻啖よりも、もつと穢苦しいぞ、糞の身体が糞水に浸つて糞水を飲むのが、それが、何が汚いのぢや、共飲みぢや遠慮はいらぬ、貴様の物を、貴様が飲むのぢやないかい』 弥『これは怪しからぬ、共食共飲みとは天地の神様に大違反の罪悪だ、人が人を喰ひ、猫が猫を食ふと云ふ事があつて耐らうかい』 婆『吐かすな吐かすな、貴様は親の脛を噛ぢつて食い足らないで、山を飲み家を飲み、まだ喰ひ足らずに蔵を喰ひよつて、揚句の果には可愛い子まで鬼の様に売つて喰ふて、それでもまだ足らいで友達を食ひ、世間のおとなしい人間の汗や脂を搾つて舐ぶり、餓鬼のやうな奴ぢや、余り大きい顔して頬げたを叩くものぢやないぞ』 弥『ヤアこの婆仲々ヒラけてゐよるワイ、一寸談せる奴だ』 勝『定つた事よ、毎日日にち世界中のいはゆる文明亡者が、此処を通過するのだから、門前の雀経を読むとか云ふてな、聞き覚え見覚えて居るのだ、貴様は小学校出、俺は赤門出のチヤーチヤー大先生だと吹きよつたが、このお婆アサンは赤門どころか、よつぽど黒門だ。早稲田大学出身の大博士だ、洋行婆アサンだぞ、うつかりして居ると赤門先生赤恥を掻いてアフンと致さねばならぬぞよ』 弥『コラ、カカ勝公、横槍を入れない、尋常学校の落第生奴が』 勝『今の学校を卒業したつて何になるのだ、碌でもない事ばつかり教へられよつて、尋常の間が本当の教育だ、それ以上になると薩張り四足身魂の教育だ、余り学者振るな、学者の覇の利いた時代は廿世紀の初頭だ、二十四世紀になつて居るのに学のナンノと、学が聞いてあきれるワ』 弥『それでも矢張り形式を踏まねば、ナンボ二十四世紀だとてあまり買手がないぞ、赤門出と云へばアカンモンでも威張つて直に買手が付くし、卒業早々立派な会社の予約済みに成れるのだ』 勝『まるで人間を貨物と間違へてゐる世の中だから仕方がないワイ、時世時節の力には神もかなはぬと仰有るのだから、俺も時勢に逆行する様な、馬鹿でないからまア一寸此処らで切上げて置かうかい。なア赤門先生』 弥『何と云つたつて赤門出は貨物だらうが、物品だらうが、価が好いから、仕様がないワ、この婆アサンのやうに何程大学を卒業したつて、黒門(苦労者)出で何ぼ立派でも使ひ手がないのだ、それだからカンカ不遇で何時も川端柳を見てクヨクヨと、脱衣婆の境遇に甘んぜねばならないのだよ。アヽ私はどうして赤門に這入らなかつたらう、鈍なアカンモンでも赤門出なればドント出世は出来るが、私は又どうして黒門(苦労者)になつただらうといくら悔んでも後の祭りだ、何時の世にも蔓と云ふものをたぐらねば出世は出来はしないぞ。あの芋を見よ、蔓にぶら下つてなつて居るのぢや、それだから游泳術の上手な奴をみんな芋蔓と云ふのだよ』 勝『エヽ訳の分らぬ事を云ふな、まるで薩摩の芋屁でも放つた様な臭い臭い理窟を伸べよつて鼻持ちがならぬワイ。ヤアお婆アサン、長らく御面倒いたしました、末長う宜しうお頼み申します、オツトドツコイ三途の川のお婆アサンにお頼みするやうでは、六な事ぢやない、末長うお頼み申しませぬワ、アハヽヽヽ』 婆『ア、さうださうだ、私の厄介になるやうな奴は、どうで碌な奴ぢやないワ、それよりもお前の連の与太や六が心配をして目を爛らして探して居る。早く帰つてやりなさいよ』 弥『オーさうだつた、ウツカリ婆アサンとの外交談判に貴重な光陰を夢中になつて消費して居つたものだから、二人の奴、俺の記憶から消滅して仕舞つて居つた、消滅地獄に落ちたやうだ。今頃はさぞ心身を焦がして居るであらう程に、もうしもうし勝五郎サンエ、勝チヤンえ、此処らあたりは山家故、オツトドツコイ川べり故、嘸寒かつたで御座んしようなア[※浄瑠璃の『箱根霊験躄仇討』のシャレ。]』 勝『オイしつかりせぬかい、此処は箱根山ぢやないぞ、俺を躄と間違へて貰つては迷惑千万だ』 婆『ヤレこの障子開けまいぞ開けまいぞ、そも三浦が帰りしとは坂本の城に帰りしか、よも此処へのめのめと迷ふて出て来る弥次彦ぢやあるまい、そりや人違ひ、若し又それが諚なれば、コーカス山、アーメニヤ分け目の大事の戦ひに参加もせずに戻つて来る不届者この茅屋根の家は婆が城廓、その臆れた魂でこの藁戸一重破らるるならサヽヽ破つて見よと[※浄瑠璃の『鎌倉三代記』の「三浦別の段」のシャレ。]』 弥『百筋千筋の理を分けて、引つかづいたるあばらやの内、チヤンチヤンぢや』 勝『ハハアそのお言葉を忘れねばこそ、故郷を出て今日まで一度の便りも致さねど、お命も危しと聞くより風に吹き飛ばされ、玉は碎け胸は痛み、眼眩んで三五の道を忘れし不調法、真平御免下されかし、いで戦場へ駆向ひ、華々しき功名して、コーカス山におつつけ凱陣仕らむ』 弥『アハヽヽヽヽヽ』 婆『オホヽヽヽヽ、もう御しばいだよ』 (大正一一・三・二四旧二・二六谷村真友録)
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霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 14 一途川 第一四章一途川〔五六四〕 小鹿峠の四十八坂をば、一行四人はやつと打越え、見渡す限り茫々たる雑草茂る広野原、足にまかせて進み行く。ピタリと行当つた、水勢轟々として飛沫を飛ばし、渦まき流るる谷川の傍に辿り着いた。 弥『アヽ吾々はやうやうにして、小鹿峠の四十八坂を越え、此処の広野原を一行四人連れ、てくついて来たが、此処にピタリと行詰まつた、偉い川が横はつて居るワイ。これからフサの都へ渡り、コーカス山に行く迄は、随分長い道程だが、それまでには沢山の難所が在るだらう。それにしても絡繹として続く日々の老若男女の参詣者は、一体何処を通つて行くのだらう。この頃街道は雑沓だと云ふ事だのに、吾々の通過する処は人の子一匹居らぬぢやないか。ナンデも之れは小鹿峠の下り終ひから行手に踏み迷ひ、反対の方向に進んで来たのではあるまいかなア』 与『何だか、ご気分の冴えぬ天候と云ひ四辺の状況と云ひ、まるで幽界旅行の様だ。いつやら谷底に落ちて魂が宙に迷ひ、とうとう六道の辻まで行つて銅木像に逢つた時の様な按配式だぞ。どうやら此川も三途の川の兄弟分ぢやあるまいか、何だか変な風が吹いて来るぞ。アヽ此奴は不思議だ、今の今まで泰然自若乙に構へこみて居た山岳の奴、知らぬ間に何処かへ消えて仕舞ひよつた、まるで三途の川のやうな按配式だ、ナア弥次彦、貴様はどう思ふか』 弥『吾々の言霊の御神力に恐縮しよつて、山の奴雲を霞と逃げ散りよつたなア。随分三五教の吾々は豪勢なものだワイ』 勝『オイ此処は冥土を流るる三途の川ぢやなからうかな。何だか娑婆の川に比べて調子が違ふやうだ』 弥『調子が違つたつて御心配なさいますな、この弥次サンはドンドンながらポンポンながら、カンカンながら、前後〆めて弐回までも、幽界探険の実地経験を持つて居るお兄サン。最初与太公と遣つて来た時には、三途の川は実に綺麗な水だつた、それが第二回目に来た時には何とも知れぬ、臭気紛々たる川風が鼻を突くやう、小便大便黒血鼻啖の混合したやうな、汚くるしい物が流水代用の芸当を静かにやつて居た。その時三途の川の渡守兼脱衣婆奴が、世の中の奴が汚れた事をしをるから、この清い川がコンナに汚くなつたと云ひよつた。どうせコンナ汚い娑婆が、さう俄に清潔になるものぢやないから矢張冥土にある三途の川なら、依然として汚濁の水が永久に満ち流れて居る筈だ。之はまた素敵滅法界な清流だ、これを思へば三途の川とは、どうしても受取れないワ』 六『モシモシ皆サン、彼処の枝振の洒落た松の根許に小さい家が現はれて居るぢやありませぬか、あれやきつと三途の川の鬼婆の本宅かも知れませぬぜ』 弥『ナーニ、あれや瓦葺だ。婆の御館と云ふものは、それはそれは立派なものだ。どうしても比較にはならない黄金蔵の様だよ』 与『黄金蔵つて何だい、この前に貴様と旅行した時には見すぼらしい雪隠小屋の様な庵じやなかつたかい』 弥『アハヽヽヽ、頭の悪い奴だナ、雪隠小屋の様だから、当世流に黄金蔵と言霊を詔り直したのだよ』 与『何を吐しよるのだ、然しどうも臭いぞ。一つドンナ奴が居るか訪ふて見やうかい』 弥『マア待て一つ考へものだ。熟思黙考の余地は十二分に存する』 与『ヤア構はぬ当つて砕けだ。一つ善か悪か虚か実か爺か媼か、絶世の美人かおかめか、検非違使の別当与太衛門尉無手勝公が首実検に及ばうかい』 弥『アハヽヽ、又そろそろはつしやぎ出したなア、それほどはつしやぐと、日輪様が御出ましになつたら、貴様の細腕が燻ぼつてしもうぞ』 与『何を言ふのだ、燻つて来たら、この川にザンブと浸れば好いのだ。採長補短、水欠水補だ、ソンナ事に心配するな。自由自在の天地を跋渉する、三五教の宣伝使の候補者だ』 と云ひながら小屋の傍にツツと立寄り妙な腰付きをして、両手を蟷螂の様に構へたまま膝をくの字に曲げ、尻を振りながら、一軒屋の無双窓を覗き、 与太彦『モウシモウシお媼サン一夜の宿を願ひます それはお易い事ながらこれなる部屋を開けまいぞ それは誠に有難う今宵は此処にゆつくりと 足を伸ばして寝るであらうお婆は口を尖らして これなる居間を開けまいぞ言ひつつお婆は谷川に 手桶をさげて水汲みに後に与太彦只一人 今なるお婆の云ふたにはこれなる部屋を開けなとは てつきりおむすの添伏しか何は兎もあれ開けて見よ 左手に襖カラリ開けつらつら見ればこは如何に あちらの隅には手があるこちらの隅には足がある 今宵この家にとまりなば手足も骨もグダグダに 出刄で料理つて塩つけておほかたお婆が喰ふであろ これやたまらぬと泡を吹き裏口指して尻からげ スタコラヨイサノ、ドツコイシヨドツコイサノエツサツサノ、エンサノサ エツササノエササ、エササノサツサイ アハヽヽヽ』 弥『コラこの大馬鹿、何を洒落るのだ、此処はどうやら三途の川だぞ。まごまごして居ると本当に三途の川の鬼婆が、又着物をすつくり取り上げて、親譲りの洋服まで渡せと吐しよるぞ、君子危きに近づかずだ、早くこちらへ逃げてこぬかい』 与『エヽ今回も前回もあつたものかい、カイツクカイのカイカイカイだ。オーイ三途の川の鬼婆、先達来た与太公が又来たぞ。モウ何時ぢやと思ふて居るのだ、好い加減に起きぬかい』 家の中より、中婆の声として、 婆『誰れぢや誰れぢや、折角夜中の夢を見て居るのに、門口であた八釜しい吐す奴は何奴ぢやい』 与『誰でもないワイ、俺様ぢや』 婆『俺様と言つたつて名を言はな分るかい、貴様も智慧の足らぬ奴ぢやなア、目に見えぬ肝腎なものを落として来よつたと見えるワイ』 与『コラコラ三途の川の鬼婆奴、何を愚図々々と言つて居るのだい。早く手水をつかつて与太サンの一行に、渋茶でも汲まないかい』 婆『八釜しい言ふな、病人があるのに病気に障るワイ、ゲンの悪いことを言ふて呉れな、冥土か何ぞの様に三途の川ぢやのと、此処は一途の川ぢやぞ』 与『ヤア時節柄物価下落の影響を受けて、ドツと踏張りよつて二途を引き下げたな、サヽ投げ売り投げ売り、只より安い買ふたり買ふたり。このカリカリ糖は食べれやおいしい、食や美味い、ボロリボロリと歯脆うて歯につかぬ、湿る例しもなし、雨が降つてもカーリカリだ、アハヽヽヽ』 婆『エヽー、アタ八釜しい、お前は何処の奴乞食じや。ソンナ芸位いしたつて一文もやらせぬぞよ』 与『一門残らず討死と、聞く悲しさは嵯峨の奥、泣いてばつかり暮せしに、一途の川の乞食小屋とやらに、鬼婆がお坐しますと、一行四人は手に手を取つて、此処まで来たのがおみの仇、思へば思へばこの与太は、去年の秋の病気に、一層死んでしもうたら、斯うした歎きは在るまいもの、娑婆塞ぎになるとは知りながら、半時なりと生き長らへたいと思ふて来たのが吾身の仇、今の思ひに較ぶれば、なぜに三年も先にこの川へ、エーマ身を投げて死ななんだであらう、アヽヽヽチヤチヤチヤンチヤンチヤンチヤンチヤぢや』 弥『また演劇気分になつて居よるナ、門附芸者の様な、見つともない。洒落は止めたがよからうぞ』 婆『何処の奴乞食か知らぬが、表の戸をプリンと押して這入つて来なさい。田子の宿で飲んだ様な小便茶なと汲んで上げやうかい』 与『オイオイ弥次公、何を怕々して居るのだ、婆アサンが結構な茶をヨンデやらうと云ふて居るぞ。早う来て一杯グツと頂戴せぬかい』 弥『モシ宣伝使様、どうしませうかな』 勝『兎も角這入つて見ませうか』 三人は与太彦の後に随いて門口を跨げた。這入つて見れば外から見たよりは、比較的広き二間造りの座敷に、この家の主人と見え中年増の婆が横はつて居る。その傍に少し若さうな一人の婆が、何かと病人の世話をして居る。 勝『ヤア見れば当家には御病人が、おありなさると見える。是れは是れは御取込みの中に大勢のものが御邪魔を致しました』 婆『ハイハイ、ようマア立寄つて下さつた。此処は一途の川と云つて、お前サン等の身魂の洗濯をする処だ。二人の婆がかたみ代りに、往来の人の身魂の皮を脱がして洗濯をする処だ。サア此処へ来たが幸ひ、真裸にして親譲りの皮を脱がして上げやう。お前の顔は蕪の千枚漬ぢやないか、随分厚い皮だ。サア一枚々々隙がいつても仕様がない、年寄に苦労を掛けて困つた人だな、これもウラル彦の神様の御命令ぢやから仕方がないワ。お前等は三五教の宣伝使や信者であらう、アヽ三五教と云ふやつは、男子ぢやとか女子ぢやとか吐して、俺達の世の中を奪うとする奴ぢや。お前もその乾児だからエーイ出刄でも持つて来て、その厚い皮を剥いて遣らうかい。男子の方はまだしもだが女子と云ふ奴は瑞の御魂で、カメリオンの様な代物だ。アンナ奴の立てた教に呆けて、まだそこら中に開きに往くとは不都合千万、エーイ腰の痛い事だワイ』 と右手に出刄を持ち左手を握り、腰の辺を三つ四つポンポン打ちながら、 婆『アーエーイ、腰の痛いこつちや』 弥『オイ貴様はウラル教の悪神の乾児だな。道理で星の紋の付いた布団を着たり、羽織まで星の紋を着けてゐよるワイ、コラ婆アサン貴様こそ改心したらどうだい』 婆『エーイ八釜しいワイ、常世姫命様のお台サンが病気で寝て御座るのに、何をガアガアと騒ぐのだ。神妙にせぬと十万億土と云ふ処へ、送り届けて万劫末代この世へ上がれぬ様にして遣らうか』 与『何だ出刄を提げよつて、強圧的に矢張りウラル教はウラル式だ、奥州安達ケ原の鬼婆見た様な奴だなア。貴様はかうして此川辺に巣を構へよつて、三五教の宣伝使や信者の身魂を引抜く奴ぢやな。コレヤ、その手は喰はぬぞ、貴様の身魂をこなサンが引抜いてやらうか』 婆『何ほど八釜しく、じたばたしても恟とも動くものかい。俺は善の仮面を被つてヱルサレムの宮に、出入をして居つた常世姫命の一の家来の、木常姫の生れ替りだぞ、酢でも蒟蒻でも往く婆でないぞ』 弥『貴様は木常姫の生れ替りだな、木常姫と云ふ奴は仕方のない奴だ』 婆『仕方がなからう、小鹿峠の二十三峠の上で、この婆が貴様を苦しめた事を覚えて居るだらう、恐かつたか恐れ入つたか』 弥『エー何だか俺の背に虻がとまつたかと思つたら、貴様だつたなア。何をへらず口叩きよるのだ、愚図々々吐すと言霊の発射だぞ』 木『オホヽヽ、仰有るワイ仰有るワイ、あの時に日の出別と云ふ我楽多神が出て来よつて、いらぬチヨツカイを出しよるものだから、戦ひ利あらず、時非なりと断念して、茲に第二の作戦計画を立て、手具脛引いて待つて居たのだ。モウ斯うなつては此方のものだ、袋の鼠も同様、これや此出歯の言霊で霊なしにしてやらうか』 弥『アハヽヽヽヽ、婆の癖に剛情な奴だなア。貴様のやうな奴は屹度死んだら、三途の川の脱衣婆の後任者となつて、終身官に任ぜられる代物だナ』 婆『オホヽヽヽ、脱衣婆の役は俺の姉さまの役だよ、わしは其妹だ、酢でも蒟蒻でも梃でも棒でも、いつかないつかな恟ともせぬ、我の強い岩より堅いカンカンの鬼婆だ。如何に三五教の宣伝使でも此婆には敵ふまい。一遍に行かねば、二度でも三度でも、仮令十年百年千年かかつても、貴様の身魂を抜き取らな置くものかい』 弥『何と執念深い婆ぢやないか、早く修羅の妄執を晴らしよらぬかい。天国に往くのが好いか、地獄に行くのが好いか、此処は一つ思案の仕処ちやぞ』 婆『俺は天国は大嫌ひぢや。天国へ往かうとする奴を片つ端から、霊を抜いて地の底へ送るのが、俺の役だ。偽の変性男子だぞ。此処に寝て居る常世姫の懸る肉体は、偽の日の出神ぢや、竜宮の乙姫もタンマには憑つて来るぞ。三五教の奴は、日の出神を地に致して竜宮の乙姫殿のお活動で、この世を水晶に致すとぬかしよつて威張つてをるが、この世が水晶になつて耐るかい。日の出の世になつたら、俺達の居る処は無くなつてしまうワ、それだから貴様等のやうな馬鹿正直な頓痴気野郎や、腰抜け女を鼠が餅を引くやうに、チヨビリチヨビリと引張り込んで、日の出の神は此処ぢや、竜宮の乙姫も此処に現はれて居ると、三五教の奴を誑かして、女子の霊魂を困らしてやるのだ。アハヽヽヽ、気分の好い事ぢや、心地が好いワイ、イヒヽヽヽ』 勝『ヨウ貴様等は不届至極な婆達ぢや、最早貴様の口から自白致した以上は、弁解の辞はあるまい。曲津と云ふ奴は賢い様でも馬鹿だなア、蛙は口から吾と吾手に白状致し居つた。アハヽヽヽ』 婆『ドウセ貴様は只で帰す奴ぢやないから、俺達の企みを隠す必要もなし、因果腰を定めて、貴様の霊を一々手渡しせい。愚図々々吐すと俺が手づから、貴様の土手腹へ此奴をグサリと突つ込み、一抉りに抉つて取つてやるぞ』 弥『何を吐すのだ。顋太許り叩きよつて、脅したりすかしたり貴様の奥の手は好く分つて居るぞ』 婆『貴様達は三五の月の御教だと吐して居るが、その月は運の尽ぢや、片割月ぢや、ソンナ月が間に合ふか。 十五夜に片割月はなきものを 雲に隠れて此処に半分 と云ふ事を貴様は知つて居るか、本当の真如の月は、此処に半分どころか、丸で隠れて居るのだ、切れてばらばら扇の要だ。三五教は自在天と盤古大神の系統の神に、ばらばらに骨を抜かれよつたぢやないか、肝腎の要は此処に握つて居るのぢや。神の奥には奥があり、その又奥には奥がある、その又奥に奥がある、昔々去る昔、ま一つ昔の其昔、その又昔の大昔から、この世を自由に致さうと思うて、八頭八尾の大神様や、金毛九毛のお稲荷様、酒呑童子のお身魂様が、この一途の川の片傍に、仕組を致して居るのを知らぬか。好い加減に目を醒まして、魂をこちらへ潔く渡して、生れ赤子になつて悪神の眷族にならぬかい』 弥『アハヽヽ、コラ二人の婆、何を劫託ほざきよるのだ。勿体なくも五六七大神様が地の高天原に顕現なされた以上は、何程貴様等が火になり蛇になり猿になり狼になり狸になり、或は大蛇、狐、鬼になつて、黄糞をこいて藻掻いたつて駄目だぞ。一日も早く改心を致したがよからう』 婆『イヤイヤ、誰が何と言うても、仮令百遍や二百遍、生命がなくなつても、誠の道は嫌ひだ。誠の道と見せ掛けて悪を働くのが俺達の身魂の性来だ。金は何処までも金ぢや、瓦は何処迄も瓦ぢや。俺達は善の仮面を被つて、高い処へとまつて、熱さ寒さも知らず顔に、世界の奴を睨み下ろして居る鬼瓦ぢやぞ』 与『こりや鬼婆、イヤ鬼瓦、道理で冷酷な奴ぢやと思うて居つた』 婆『定つた事だ、俺達の眷属や系統のものが世界の奴の霊をスツクリ引抜いて、鬼瓦の霊と入替へをして置いたから、世の中の奴は皆冷酷無残な動物霊になつて、餓鬼修羅畜生の境遇になり、優勝劣敗、弱肉強食の体主霊従的非行を盛んに続けて居るのだ。最早三千世界は九分九厘まで、俺の心の儘に曇つて来居つたが、困るのはモウ一輪の所だ。変性男子の身魂はどうなつとして、チヨロマカして来たが、歯切れのせぬのは金勝要の神魂だ。そこへ我の強い変性女子の御魂や、木の花咲耶姫の御魂が出しやばりよつて、俺達の仕組の邪魔をさらすものだから、多勢の者の難儀と云ふたら、口で言ふやうなものでないワイ。貴様等も変性女子やら木の花姫の、霊主体従の教を開きに廻つて、俺等の邪魔をする奴ぢや。何と云つても貴様の霊を引抜かねば、常世姫命に対して申訳が立たず、第一盤古大神や自在天様に申訳がないワイ。婆アの一心岩をも突貫く、いい加減に因果腰を据ゑたが好からうぞ。イヒヽヽヽヽ』 勝『ヤアこの婆、貴様はよつぽど因縁の悪い奴だ。本当にこの世界がほしいか、執着心のきつい奴だ』 婆『ほしいワほしいワ、欲しい印に星の紋が附けてあるのも知らぬかい。星の紋は米の紋ぢやぞ。それが欲しいばつかりに夜昼なしにやきやきして居るのぢや、オーンオーンアーンアーン、何でもかでも欲しいワイ欲しいワイ。三五教はどうしてもやめてほしい、此方の方へ魂を渡して欲しい、是丈け梅干婆にほしいほしいが重なつて、目にまで星が這入つたワイ。蛙の干乾の様な痩た身体になつても、それでもまだ欲しいワイ。欲に呆けた為に俺の着物も梅雨が来て、アチラコチラに星が入つて来た、早う土用が来てほしいワイ、土用干でもせな星がとれぬワイ』 弥『コラ婆アサン、その星を取つたが好いのか、とらぬが好いか、どつちやか返答が一寸きかしてほしいワイ』 婆『着物の星は取つてほしいが、俺のほしいは取つてはならぬワイ』 与『イヤア此婆、五右衛門風呂の蓋のやうな事を吐きよるな、入るときに要らぬ、入らぬときに要る風呂の蓋だ。オイ風呂蓋婆、梅干婆、貴様も棺桶に片足突込んで居つて、好い加減に我を折つたらどうだい。ほしい、おしい、可愛い、憎い、欲に高慢、恨めしい、苦しい八つの埃と吐かす十九世紀の転理数のやうな奴だな』 婆『エーエー言はして置けば止め度なく、痢病患者のやうにビリビリとよう垂れる奴ぢや。くだらぬ理屈を管々しく垂れ流してエヽ汚苦しいワイ。何も彼も綺麗さつぱり御塵払ひをして、この婆に根こそげ奉納しよらぬかい。愚図々々して居ると、俺の方から行動を開始するぞ。コレコレ常世姫の神、もう起きてもよかろう、サア早く起きて下さい、二人寄つて此奴等四人を真裸にして、ソツと猫糞をキメやうかいな』 伏婆むくむくと起き上り、 婆(常世姫)『ヤア最前から病人と詐はり、様子を考へて居れば、ようマア理屈を垂れる娑婆亡者、此処は三五教の女子の系統の魂がほしさに、寝ても起きても一途の川の脱衣婆アサンぢや、車の両輪、飯食ふ箸、人間の二本のコンパス、両方からばばとばばが狹み打ちをしてやる、サアどうぢや』 四人一度に身構へをなし、 四人『ヤア何と吐いた、サア来い勝負』 と手に唾し、グツと睨み付けた。婆は手に手に出刄をひらめかし、突いて掛るを四人は汗みどろになつて、前後左右に身を躱し、奮戦格闘すること殆ど半時ばかり、勝彦は常世姫の出刄に、腰骨をグサリと突かれた途端に目を覚ませば、豈図らむや一行四人は二十五峠の麓の谷底に風に吹かれて落ちこみ居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七谷村真友録)
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(1625)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 15 丸木橋 第一五章丸木橋〔五六五〕 二十五番峠の頂上より強烈なる烈風に吹き払はれ、谷間に陥りし勝公一行は、息吹き返し起き上り、互に顔を見合せて、 勝『ヤア、此処はコシカ峠の谷底だ。一途の川とやら云ふ並木の松の茂つた一つ家に於て、常世姫や木常姫の悪霊と格闘をやつて居た積りだに、これは矢張り夢だつたかいなア』 弥『アヽ宣伝使様、貴方もソンナ夢を見たのですか、私も見ましたよ、エグイ顔をした婆アだつたねー。目の周囲から鼻の辺りと云ふものは紫色に腫上つて、随分見つともよくない常世姫の寝姿、一目見るよりゾツとした。それに又、星の紋のついた水色の羽織を着た中婆の嫌らしい顔つたら、今思つても身体中がゾクゾクするやうですワ。それに与太公の奴、一つ家の窓を覗いて、芝居がかりに手踊をやるをかしさ、可笑しいやら、恐ろしいやら、気分が悪いやら、腹が立つやら、疳が立つやら、イヤもう三五教の精神も何処かへ行つて仕舞うて、見直し聞き直し、宣り直しと云ふ余裕がなかつた。オイ与太公、六公、貴様は如何だつた。夢の中の一人だつたぞ』 与『俺もチヨボチヨボだ、一途の川だとか、欲しい一図だとか、婆が吐いて居たよ。余程よい血迷ひ婆アだワイ』 六『鬼婆が出刄をもつて、突つかかつて来よつた時にや、この方は無手だ、先方は獲物を持つて居るのだから一寸ハラハラした途端、目が醒めたのだ。アヽ嫌らしい夢を見たものだ。夢の浮世と云ふからには、何処かにかう云ふ事実があるかも知れないよ』 弥『夢と云ふものは神聖なものだ。吾々が社会的の総ての羈絆を脱して、他愛もなく本守護神の発動に一任した時だから、夢の中の事実はきつと過去か、現在か、未来のうちには実現するものだよ』 六『さうだらうかなア、過去の事だらうか、未来の事だらうかな』 勝『それは、この夢の実現は数十万年未来の事だ。二十世紀と云ふ悪魔横行の時代が来た時、八尾八頭や金毛九尾の悪霊が再び発動しよつて、常世姫や木常姫の霊魂の憑り易い肉体を使つて、行りよる事だよ。天眼通力によつて調べて見ると、何でもこれから艮の方に当つて、神さまの公園地に、夢の中の男子とか女子とかが現はれて、ミロクの世の活動を開始されるのを、何でも変性男子の系統の肉体に懸り、善の仮面を被つて教への子を食ひ殺し、玉取りをやる事の知らせであらう。アヽ二十世紀と云ふ世の中の人間は実に可憐さうだ。それにつけても、厳霊、瑞霊や金勝要の神、木花姫の呑剣断腸の御苦しみが思ひやられる哩。嗚呼惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 与『吾々は過去現在未来の衆生済度のため、この清らかな川辺に落ち込んだのを幸ひに、御禊を修し、神言を奏上してミロク神政の建設の太柱、男子女子をはじめ、金勝要の神、木花姫の霊の鎮まりたまふ肉の宮の為に、祈りませうか。この世の中が万劫末代維持していけるやうに、善ばかりの花の咲くやうに』 勝『大賛成です、皆サン与太彦サンの提案に従つて即時決行致しませう』 弥、六『吾々も賛成です』 と云ひ乍ら、着衣を川辺に脱ぎ捨て、谷川にザンブとばかり飛込んだ。四人は一度に水に浸り身体を清めて居る際、ブルブルブルと音を立てて、六公は水底に姿を隠して仕舞つた。勝公を初め三人は一生懸命に両手を合せ川上に向つて天津祝詞を奏上し終つてフト傍を見れば六公の姿が見えぬ。 勝『ヤア六サンは何処へ行つた。オーイ六サン何処だ』 と呼べど叫べど何の応へもなく、激潭飛沫の音轟々と聞ゆるのみ。弥次彦は、 弥次彦『ヤア大変だ、六公が何処かへ沈没しよつたな、これや斯うしては居られぬ哩、何とかして捜索をせなくてはならぬ、愚図々々して居ると沢山の水を呑んで縡れては取返しがつかぬ。オイ与太公どうせうかなア』 与『どうせうたつて仕方がないサ、大方六公の奴、潜水艇気取りで何処かの水底に暫時伏艇して居るのだらう。彼奴は水練に妙を得た奴だから、決して溺れるやうな気遣ひはないよ。貴様が松の枝に引つ懸つて居た時も、あの着物のまま谷川を泳ぎ渡つて平気で居る奴だから大丈夫だ。吾々を一寸驚かしてやらうと思うて洒落て居るのだよ』 弥『なにほど水泳の達人だと云つても油断は出来ない、さう楽観する訳にもいかない、諺にも、好く泳ぐものは好く溺る、と云ふ事がある。此奴はどうしても俺の考へでは名替をしよつたに相違ない』 与『名替つて何だい、流れの間違ひだらう』 弥『馬鹿云ふな、川底土左衛門と改名したらうと云ふのだ』 与『土左衛門とは怪しからぬ、真に大変だ。それだから道中に四人連はいかないと云ふのだ。オイ六公、生きて居るのか死んで居るか、ハツキリ返事をせぬかい』 弥『死んで居るものが返事をするかい、気を落着けないか』 与『一息を争ふ水の中だ、愚図々々して居る間に息が切れたらどうするのだ。コンナ時に落着き払つて居る奴は非人道的の骨頂だ。これがどうして周章狼狽せずに居られうかい。オーイオーイ、六公、六道の辻を通るのは未だ早いぞ、コーカス参りの途中ぢやないか、早く浮かばぬか浮かばぬか、何処に踏み迷ふとるのだ。オーイオーイ』 勝『エヽ仕方がない、滅多にこの激流を潜つて上る筈もなし、大方渦に巻込まれて流れたのかも知れませぬよ、谷川伝ひに此処を下つて探して見ませうか』 弥『探さうと云つたつて、アレあの通り碧潭激流、何うする事も出来ぬぢやありませぬか。コンナ時に鷹彦サンが居て呉れば捜索隊になつて貰ふのに大変都合が好いけれどなア、追々日も暮れて来る、困つた事だ。愚図々々して居ると吾々迄がドンナ災難に遇ふかも知れぬ、マア六公は六公で仕方がないとして、吾々三人は神様の大事なお使ひ道具だ。あまり足許の暗くならない間に頂上まで、駆けつけませう』 と先に立つて谷辺を駆け登る。二人も後に従ひ辛うじて黄昏頃、二十五番峠の頂上の山道に辿り着いた。 弥『サア宣伝使様、漸く吾々三人は無事に元の地点に凱旋しましたが、六公の奴困つたものですなア。小山村のお婆アサンが聞いたら、嘸歎く事でせう、老爺サンも中風なり、あれ程喜んで居たものを、アヽ世の中と云ふものは残酷なものだ。本当に煩悶苦悩の娑婆世界だ。何とかして万有一切どこ迄も不老不死で悪魔の襲来や不時の過ちの無い完全なる世界を作りたいものですなア』 与『アヽ人間を老少不定とはよく云つたものだ。無常迅速の感益々深しだワイ』 勝『泣いても悔んでもモウ仕方がない、暮れる時が来れば日は暮れる、人間も死ぬ時節が来たら死なねばならない、桜の花は永久に梢に止まらず、頭の髪は何時迄も黒い艶を保つ事が出来ないのは世の中の習はせだ。アーアもう過ぎ越し苦労はサラリと谷川へ流して刹那心を楽しまうかい』 与『実に切ない刹那心だナア。過越し苦労をせまいと思つても、今の今迄ピンピンと噪いで居つた六公の事がどうして忘れる事が出来やうぞ。一昨日も六公と、お前サン等二人の行方を捜した時には六公の美しい心が現はれて居た。見かけによらぬ親切な男だつた。それはそれは宣伝使様、貴方達のお姿が見えなかつた時には、あの男はどれだけ心配をしよつたか知れませぬぜ。二人の友達がもし国替をして居るのなら、私も一緒に川へ身を投げてお伴をしたいと迄云つた位だ。アヽ可憐さうな事をした。僅一日道連になつても十年の知己のやうに親切を尽す六公の心の麗しさ、これを思へば吾々も六公の道連になつてやりたいやうだ。アヽもう此世では彼奴の顔を見る事が出来ぬのか、情ない可憐さうだ』 と涙含み、身の置処なきさまに大地に身を投げた。 弥『コラコラ与太公、しつかりせぬか、失望落胆するのは貴様ばかりぢやない、俺だつて同じ事だよ』 と、又もや涙をハラハラと澪し顔に袖をあて、道の上にべたりと倒れ、身を揺つて遂には両人声をあげて泣き叫ぶ。勝公も涙の目を瞬たたきながら、 勝『コレコレ弥次彦サン、与太彦サン、さう気投げをするものぢやない、チト確りせぬか。男と云ふものは仮りにも涙を澪すものぢやない、あまり女々しいぢやないか』 と自分も亦落つる涙を袖にて拭ふ。 愁歎の幕は漸く神直日大直日に見直し聞き直し幽かに巻上げられた。短き夜は既に明け離れ足許は仄と明かくなつて来た。一同は六公の身の上が矢張り気に懸ると見え東天に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、次で六公の無事生存せむ事を祈り、終つて又もや急坂を西北さして下り往く。 足並早き下り坂にもいつしか暇を告げて、又もや茫々たる原野を走り行くこと数百丁、丸木橋のかけられた辺に辿りついた。 弥『宣伝使様。大分足も草臥れました。此処に腰をおろして一休み致しませうか』 勝『オヽこの川だつた、六公はこの水上で見失ひ、残念な事をしたが、今頃はどうなつて居るだらう』 与太彦は忽ちウンウンと唸り出し、両手を組んで身体を動揺し始めた。 弥『ヤア又しても神憑りになりよつた。モウ悪魔の襲来は懲り懲りだ。オイ与太公の体に憑依つて居る悪霊共、速に退散致さぬか』 与『ロヽヽヽヽクヽヽヽヽ六ぢや六ぢや』 弥『エヽ碌でもない六の奴、貴様土左衛門になりよつて幽世の人間となりながら未だ娑婆が恋しうて迷うて来たか。好い加減に執着心を去つて、一時も早く霊神になれ。貴様はお竹を残して死んだのだから残り惜からう。残念なのは尤もだが、モウ斯うなつては仕方がない、早く神界へとつとと往つてお竹の場所を拵へて待つて居るがよからう。俺だとて三百年か千年の後かは知らぬが、何れ一度は行くのだから、景色のよい場所を取つて置いて呉れ。閻魔さまと相談して俺の場所だけには、契約済の札を立てて置くのだぞ。その代り俺は娑婆に居て、朝晩貴様のため冥福を祈つてやる。三途の川の鬼婆に出遇つたら、俺の云ふ事は何でも聞くのだから、何なら紹介状を書いてやらうか』 与『オヽヽヽレヽヽヽワヽヽシヽヽ、死んで居らぬ』 弥『定つた事よ、死んだものは娑婆に居らぬのは当然だ。居らぬ筈の貴様が何故コンナ処へ踏み迷ふて来るのだ』 与『オヽレヽヽワヽヽマヽダヽイヽ生て居る、決して決して死んで居らぬぞ、今に肉体を引つ張つて来て見せてやらう』 弥『ハア死んで居らぬと云つたのか、よく分つた、さうすると六の生霊だな、今何処に魔胡ついとるのか』 与『イヽ今に判る、此処で半時ばかり三人とも待つて居て呉れ。烏勘三郎に助けられて命は完全に助かつた。安心してくれ』 弥『ヤアそれや本当か、本当なら俺も嬉しい哩。これこれ宣伝使さま、余り甘い話だが、此奴は邪神が誑かして居るのではあるまいか、貴方一つ審神をして見て下さいな』 勝『神に間違ひはありますまい、軈て六サンの肉体に遇はれませう。暫く此処に坐つて神言を奏上し、神様にお礼を申しませう。モシモシ、六サンとやら、モウ判りました、お引き取りを願ひます。一二三四五六七八九十百千万、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 六公の生霊は忽ち肉体を離れた。与太彦は元の如くケロリとしながら、 与『アヽ、矢張り六公は生て居ますなア、とうとう憑依つて来よつて、アンナ事を云ひよつた。余り六公々々と思ひ詰めて居たものだから、此方の一心が届いて六の生霊に感応したと見える、私の口を借つて云つた事が本当なら嬉しいがなア』 三人が橋の袂に端坐して稍沈黙に耽る折しも一人の男を背負うて川から上り、ノソリノソリと上つて来る大男がある。後よりガヤガヤと囁きながら十数人の荒くれ男がついて来る。三人は怪訝な顔をして此男を凝視て居る。 男『ヤア貴方は三五教の宣伝使様』 三人『ヤアお前は烏勘三郎だないか』 烏『ハイ左様で御座います、六サンを連れて参りました』 弥『夫は夫は有難い、御苦労だつた。六サンは物言ひますかな、イヤ未だ生て居りますか』 烏『物も言はず動きもしませぬが、身体の一部に温味がありますので、火でも焚いてあたらしたら、此方のものにならうも知れぬと考へて、ブカブカと流れて来るのを吾々一同が命を的に川へ飛び込み拾つて来ました』 勝『それは有難い、唯今の先、六公が此処にやつて来てタツタ今、お目に懸ると云つて居ました』 烏『妙ですなア、先程此処へ来たとは合点が往かぬ。さうすると此奴は六サンぢやないのかなア、大方化物だらう。エヽ偉い苦労をさせよつて、呶狸奴が、打ちつけて蹂躙つてやらうか』 弥『マアマア待つた待つた、ソンナ手荒い事をしてどうなるものか、夫こそ本当に死んで仕舞はア。そつと其辺におろして呉れ、これから霊よびの神業だ』 烏『アヽ何だかテント、訳が分らぬやうになつて来たワイ。マア仕方がない、下さうかい』 と芝生の上にそつと下した。 弥『オヽ六公、貴様は仕合せものだ、待て待て今に魂返しをやつてやらう。サア宣伝使様、天の数歌を始めませうか』 勝彦は無言つて、首肯きながら拍手を打ち声も細く静に落着き払つて、一二三四五六七八九十百千万と二回繰かへした。六公の体はムクムクと動き出し、直に起上り三人の顔をキヨロキヨロと眺め、 六『アヽお前は弥次公、与太公か、ヤア宣伝使様妙な処で遇ひました。三途の川を渡り損ねてスツテの事で二度目の国替をするところだつたが、烏勘三郎と云ふ男、十数人の弟子と共に身を躍らして川に飛び込み私を救ひ上げ、背に負ふて何処ともなしにトントン走り出したと思つたら丸木橋の袂、お前サンはやはり幽界の旅をして居なさるのか、今度は自分一人だと思つて居たのに何処までも交際のよい御親切なお方だ。持つべきものは朋友なりけりだ。アヽ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 弥次彦は六公の背を平手で三つ四つ、力を籠めて擲りつけた。 六『アイタヽヽヽ貴様は何をするのだい。驚いたな、娑婆に居る時から乱暴な奴だと思うて居たが、貴様未だ冥途に来ても改心出来ぬか』 弥『此処は冥途ぢやないぞ、二十五番峠を下つて数百丁来たところだ。お前は谷川に溺れて一旦縡れて居つたのだ。それを神様のお引き合せで勘三郎サンの親内の者に助けられ、此処に来たのだ。確りして呉れ』 六公は目を擦りながら今更のやうな顔をして四辺を念入りに見廻し、 六公『ヤア、矢張どうやら娑婆らしい、ヤ、皆サン、偉い御心配をかけました、有難う。これはこれは烏勘三郎サン、その他親内の御一同、よう助けて下さいました。命の親だと思ふてこの御恩は生涯忘れませぬ』 烏『ヤア気がついて何より結構でした。神様にお礼を申しませう』 茲に一同は神言を奏上し、宣伝歌を歌ひ、又もや四人の一行は勘三郎その他に厚く礼を述べ、丸木橋を渡つて二十六番峠を指して進み行く。 (大正一一・三・二五旧二・二七加藤明子録) (昭和一〇・三・一六於嘉義市嘉義ホテル王仁校正)
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(1628)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 跋文 跋文 神の御諭を蒙りて述べ始めたる霊界の 奇しき神代の物語神代許りか幽界も また現界も押並べて神の随に随に口車 現幽神の三界の峠に立ちて三ツ瀬川 三ツ尾峠や四ツ尾の峰の麓にそそり立つ 黄金閣の蔭清き教主館に横臥して 三途の流滔々と瑞の御魂の走り書き 十四の巻のいや終にその真相を示すべし 三途の河は神界と現界又は幽界へ 諸人等の霊魂の行衛の定まる裁断所 八洲の河原とヨルダンの河とも唱ふ神聖場 悪の霊魂が行く時はその川守は鬼婆と 忽ち変じ着衣剥ぎ裸体となりて根の国や 底つ幽世へ落し捨て善の御魂の来る時は 川守忽ち美女となり優しき言葉を使ひつつ 旧き衣服を脱却し錦の衣服と着替へさせ 高天原の楽園へ行くべき印綬を渡す也 善悪未定の霊魂が来たれば川守また婆と 忽ち変り竹箒振り上げ娑婆へ追返し 朝と夕の区別なく川の流れの変る如 千変万化の活動をいや永遠に開き行く 善悪正邪を立別ける是ぞ霊魂の分水河 千代に流れて果もなし抑もこれの川水は 清く流るることもあり濁り汚るることもあり 清濁不定の有様は集まり来たる人々の 霊魂々々に映り行く奇しき尊とき珍らしき 宇宙唯一の流れなり激しき上つ瀬渉るのは 現実界へ生れ行く霊魂や蘇生する人許り 弱き下津瀬渉り行く霊魂は根の国底の国 暗黒無明の世界へと落ち行く悲しき魂のみぞ 緩けく強く清らけく且つ温かく美はしき 中津瀬渉り行くものは至喜と至楽の花開く 天国浄土に登る魂それぞれ霊魂の因縁の 綱に曳かれて進み行く神の律法ぞ尊とけれ 三途の川の物語外に一途の川もあり 抑も一途の因縁は現世に一旦生れ来て 至善至真の神仏の教を守り道を行き 神の御子たる天職を尽し了はせし神魂 大聖美人の天国へ進みて登る八洲の川 清めし御魂も今一度浄めて進み渉り行く 善一途の生命川渡る人こそ稀らしき 一旦現世へ生れ来て体主霊従の悪業を 山と積みたる邪霊の裁断も受けず一筋に 渉りて根底の暗界へ堕ち行く亡者の濁水に 溺れ苦しみ渡り行く善と悪との一途川 実にも忌々しき流れ也アヽ惟神々々 御霊幸へましまして三途の川や一途川 滑稽交りに述べ立てしこの物語意を留めて 読み行く人の霊魂に反省改悟の信念を 発させ給ひて人生の行路を清く楽もしく 歩ませ玉へと天地の神の御前に澄み渡る 大空輝く瑞月が天照し坐す大神の 遍ねく照す光明に照され乍ら人々の 身魂の行衛を明かに説き示し行く嬉しさよ 朝日は照るとも曇る共月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈む共誠の神の御諭しは 万劫末代いつ迄も天地の続くその限り 変りて朽ちて亡び行くためしは永遠にあらざらめ アヽ惟神々々御魂幸はへましませよ。 ○ 神諭に『松の代弥勒の代神世に致すぞよ云々』とあり、弥勒は至仁至愛の意にして、宇宙万有一切の親也師也主也と説きたまへり。読者の中には、仏教の教典に由りて釈迦の説と引き合せ、ミロクは七仏出生説の中にある一仏にして、大本の神諭にある如き尊き位置にある仏又は神にあらずと云ふ人あり。仏書のみを読みたる人の意見としては、最も至極なる見解と謂ふべしである。王仁は、序を以て本巻の末尾に於て仏典に現はれたる弥勒の位置を茲に掲載して、読者の参考に供して見ようと思ふ。 法華経の序品第一に 前略 菩薩摩訶薩八万人あり。皆阿耨多羅三藐三菩提に於て退転せず、皆陀羅尼を得、楽説弁才あつて不退転の法輪を転じ、無量百千の諸仏を供養し、諸仏の所に於て衆の徳本を植ゑ、常に諸仏に称嘆せらるることを為、慈を以て身を修め、善く仏慧に入り、大智に通達し、彼岸に到り名称普く無量の世界に聞えて、能く無数百千の衆生を度す。その名を、 一文珠師利菩薩 二観世音菩薩 三得大勢菩薩 四常精進菩薩 五不休息菩薩 六宝掌菩薩 七薬王菩薩 八勇施菩薩 九宝月菩薩 十月光菩薩 十一満月菩薩 十二大力菩薩 十三無量力菩薩 十四越三界菩薩 十五跋陀婆羅菩薩 十六弥勒菩薩 十七宝積菩薩 十八導師菩薩 右の如き菩薩摩訶薩八万人と倶也 と記してある。この菩薩も霊界物語を全部通読されなば、何菩薩は何神何命に当たるやといふことは自ら判明することと思ひます。 釈提桓因その眷属二万の天子と与に倶なり。復 一名月天子 二普香天子 三宝光天子四大天王あり、其眷属万の天子と与に倶なり。 四自在天子 五大自在天子 その眷属三万の天子と与に倶なり。 娑婆世界の主 六梵天王 七尸棄大梵 八光明大梵 等その眷属万二千の天子と与に倶なり。 八の竜王あり、 一難陀竜王 二跋難陀竜王 三娑伽羅竜王 四和修吉竜王 五徳叉迦竜王 六阿那婆達多竜王 七摩那斯竜王 八優鉢羅竜王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の緊那羅王あり 一法緊那羅王 二妙法緊那羅王 三大法緊那羅王 四持法緊那羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の乾闥婆王あり。 一楽乾闥婆王 二楽音乾闥婆王 三美乾闥婆王 四美音乾闥婆王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の阿修羅王あり 一婆稚阿修羅王 二佉羅騫駄阿修羅王 三毘摩質多羅阿修羅王 四羅睺阿修羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 四の迦楼羅王あり、 一大威徳迦楼羅王 二大身迦楼羅王 三大満迦楼羅王 四如意迦楼羅王なり。 各若干百千の眷属と与に倶なり。 韋提希の子阿闍世王若干百千の眷属と与に倶なり云々。 と、示されてある。之を以て之を見る時は、大本教祖の筆先なるものは神の道とは云ひながら、最初より仏神一体の神理により、現代人の耳に入り易きやうに仏教の用語をも用ゐられてあることを覚り得らるるのである。明治二十五年正月元日に初めて艮の金神様が出口教祖に神懸された時の大獅子吼は、 三千世界一度に開く梅の花艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を懸け艮の金神世界を守るぞよ云々。 三千世界も仏教中の用語であり、艮の金神も神道の語ではない。須弥仙山は仏教家の最も大切にして居る霊山である。またミロク菩薩とか竜宮とか竜神とか、天子とか、王とか現はれて居るのは、悉く仏教の語を籍りて説かれたものであります。故に筆先にある王とは、八大竜王及諸仏王の略称であり、天子と云へば明月天子、普香天子、宝光天子、四大天王その他諸天子、諸天王の略称であることは勿論であります。自在天子、大自在天子、梵天王、その他王の名の付いた仏は沢山にあり、仏も神も同一体、元は一株と説いてある。また大自在天子のその眷属三万の天子と与に倶なりとあるを見れば天子とは即ち神道にて云ふ神子又は神使であります。要するに、神の道、仏の道に優れたる信者の意味になるのであります。天子は、また天使エンゼルとキリスト教では謂つて居ます。大本の筆先は教祖入道の最初より仏教の用語で現はせられたのであるから凡て仏教の縁に由つて説明せなくては、大変な間違ひの起るものであります。王仁は弥勒菩薩に因める五百六十七節を口述し了るに際し、仏教に現はれたるミロク菩薩の位置を示すと同時に筆先は一切仏の用語が主となりて現はれて居ることを茲に説明しておきました。 アヽ惟神霊幸倍ませ。 大正十一年十一月四日 (昭和一〇・三・一七於嘉義公会堂王仁校正)