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(No.)
書籍 巻 章 内容
1

(179)
ひふみ神示 6_日月の巻 第6帖 アメツチノトキ、アメミナカヌシノミコト、アノアニナリマシキ、タカアマハラニ ミコトトナリタマヒキ。今の経済は悪の経済と申してあろがな、もの殺すのぞ。神の国の経済はもの生む経済ぞ。今の政治はもの毀す政治ぞ、神の政治は与へる政治と申してあろが。配給は配給、統制は統制ぞ。一度は何もかも天地に引上げと申してあるが、次の四の種だけは地に埋めておかねばならんのざぞ。それで神がくどう申してゐるのぞ。種は落ちぶれてゐなさる方で守られてゐるぞ。上下に引繰り返ると申してある事近づいて来たぞ。種は百姓に与へてあるぞ。種蒔くのは百姓ぞ。十月の二十二日、ひつ九かみ。
2

(180)
ひふみ神示 6_日月の巻 第7帖 ツギ、タカミムスビ、ツギ、カミムスビノミコトトナリタマイキ、コノミハシラ スニナリマシテ スミキリタマイキ。岩戸ひらく道、神々苦むなり、弥ひらき苦む道ぞ、苦しみてなりなり、なりゑむ道ぞ、神諸々なり、世は勇むなり、新しき道、ことごとなる世、神諸々 四方にひらく、なる世の道、ことごとくの道、みいづぞ。十月二十四日、一二。
3

(181)
ひふみ神示 6_日月の巻 第8帖 ツギ、ウマシアシカビヒコヂノカミ、ミコトトナリナリテ アレイデタマイキ。瓜の蔓に茄子ならすでないぞ。茄子には茄子と申してあろがな。味噌も糞も一つにするでないぞ。皆がそれぞれに息する道あろがな。野見よ森見よ。神の経済よく見よ。神の政治よく見て、まことの政治つかへて呉れよ。すべてにまつろう事と申してあろがな。上に立つ番頭殿目開いて下されよ。間に合はん事出来ても神は知らんぞ。神急けるぞ。役員も気配れよ。旧九月八日、ひつ九のか三。
4

(183)
ひふみ神示 6_日月の巻 第10帖 ツギ、アメノトコタチノミコト、ツギ、クニノトコタチノミコト、ツギ、トヨクモヌノミコトトナリナリテ、アレイデタマイ、ミコトスミキリタマヒキ。辛酉の日と年はこわい日で、よき日と申してあろがな。九月八日は結構な日ざが、こわい日ざと申して知らしてありた事少しは判りたか。何事も神示通りになりて、せんぐりに出て来るぞ。遅し早しはあるのざぞ。この度は幕の一ぞ。日本の臣民これで戦済む様に申してゐるが、戦はこれからぞ。九、十月八日、十八日は幾らでもあるのざぞ。三月三日、五月五日はよき日ぞ。恐ろしい日ざぞ。今は型であるぞ。改心すれは型小さくて済むなれど、掃除大きくなるぞ。猫に気付けよ、犬来るぞ。臣民の掃除遅れると段々大きくなるのざぞ。神が表に出ておん働きなされてゐること今度はよく判りたであろがな。と神との戦でもあると申してあろがな。戦のまねであるぞ。神がいよいよとなりて、びっくり箱開いたら、臣民ポカンぞ。手も足も動かすこと出来んぞ。たとへではないのざぞ。くどう気付けておくぞ。これからがいよいよの戦となるのざぞ、鉄砲の戦はかりでないぞ。その日その日の戦烈しくなるぞ、褌締めて呉れよ。十月二十五日、ひつ九のか三。
5

(185)
ひふみ神示 6_日月の巻 第12帖 三ハシラ、五ハシラ、七ハシラ、コトアマツカミ、ツギ、ウヒジニ、ツギ、イモスヒジニ、ツギ、ツヌグヒ、ツギ、イモイクグヒ、ツギ、オホトノジ、ツギ、イモオホトノべ、ツギ、オモタル、ツギ、イモアヤカシコネ、ミコトト、アレナリ、イキイキテ、イキタマヒキ、ツギ、イザナギノカミ、イザナミノカミ、アレイデマシマシキ。足許に気付けよ。悪は善の仮面かぶりて来るぞ。入れん所へ悪が化けて入って神の国をワヤにしてゐるのであるぞ、己の心も同様ぞ。百人千人万人の人が善いと申しても悪い事あるぞ。一人の人云っても神の心に添ふ事あるぞ。てんし様拝めよ。てんし様拝めば御光出るぞ、何もかもそこから生れるのざぞ。お土拝めよ。お土から何もかも生れるのぞ。人拝めよ、上に立つ人拝めよ、草木も神と申してあろがな。江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士目指して攻め来ると知らしてあること近付いたぞ。今迄の事は皆型でありたぞ、江戸の仕組もお山も甲斐の仕組も皆型ぞ、鳴門とうづうみの仕組も型して呉れよ。尾張の仕組も型早よう出して呉れよ。型済んだらいよいよ末代続くまことの世直しの御用にかからすぞ。雨降るぞ。十月二十八日、ひつ九のかみ。
6

(190)
ひふみ神示 6_日月の巻 第17帖 ココニアマツカミ、モロモロノミコトモチテ、イザナギノミコト イザナミノミコトニ、コレノタダヨヘルクニ、ツクリカタメナセト、ノリゴチテ、アメノヌホコヲタマヒテ、コトヨサシタマイキ。神の国にも善と悪とあると申してあろがな。この神示見せてよい人と悪い人とあるのざぞ。神示見せて呉れるなよ。まことの神の臣民とわかりたら此の神示写してやりてくれよ。神示は出ませぬと申せよ。時節見るのざぞ。型してくれたのざからもう一の仕組よいぞ。此の神示表に出すでないぞ。天明は蔭の御用と申してあろが。神示仕舞っておいてくれよ、一二三として聞かしてやって呉れよ。此の方の仕組日に日に変るのざから、臣民わからなくなると申してあろが。日に日に烈しく変りて来るのざぞ。神の子には神示伝へてくれよ。神せけるぞ。渦海の御用結構。十一月四日、一二。
7

(191)
ひふみ神示 6_日月の巻 第18帖 ツギニ、イザナミノミコト、イザナミノミコトニ、アマノヌホトヲタマヒテ、トモニ、タタヨヘル、コトクニ ツクリカタメナセト コトヨサシタマヒキ。日に日に烈しくなると申してあろがな。水いただきにあげなならんぞ。お土掘らねばならんぞ。言波とくに磨きてくれよ。コトに気つけて呉れとくどう申してあろが。してはならず。せねばならず、神事に生きて下されよ。十一月六日、ひつ九のか三しらすぞ。
8

(197)
ひふみ神示 6_日月の巻 第24帖 ココニ、イザナギノミコト、イザナミノミコトハ、ヌホコ、ヌホト、クミクミテ、クニウミセナトノリタマヒキ、イザナギノミコト イザナミノミコト、イキアハシタマヒテ、アウ、あうトノラセタマヒテ、クニ、ウミタマヒキ。コトの初め気付けて呉れよ。夜明けたら生命神に頂いたと申してあろがな。太陽あるうちはことごとに太陽の御用せよ。月あるうちはことごとに月の神の御用せよ。それがまことの臣民ぞ。生活心配するでないぞ。ことわけて申せば今の臣民すぐは出来ぬであろが。初めは六分国のため、四分自分の為、次は七分国のため、三分自分の為、次は八分国の為、二分自分のため、と云ふ様にして呉れよ。これはまだ自分あるのざぞ。自分なくならねばならぬのざぞ。神人一つになるのざぞ。十一月二十日、ひつ九。
9

(237)
ひふみ神示 8_磐戸の巻 第1帖 イワトの巻かき知らすぞよ、イワトひらくには神人共にゑらぎにぎはふのざぞ、カミカカリして唱ひ舞ふのざぞ、ウズメノミコトいるのざぞ。ウズメとは女のみでないぞ、男もウズメざぞ、女のタマは男、男のタマは女と申してあろがな。ヤミの中で踊るのざぞ、唄ふのざぞ、皆のものウズメとなりて下されよ、暁つげる十理となりて下されよ、カミカカリて舞ひ唄ひ下されよ、カミカカリでないと、これからは何も出来ぬと申してあろがな。十二月三十日、の一二 。
10

(243)
ひふみ神示 8_磐戸の巻 第7帖 人民のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふてゐたら大きな間違ひざぞ、戦や天災でラチあく様なチョロコイことでないぞ、あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、早うミタマ磨いてこわいもの無いやうになっておりてくれよ、肉体のこわさではないぞ、タマのこわさざぞ、タマの戦や禍は見当とれまいがな、真通理第一と申すのざ、神のミコトにきけよ、それにはどうしてもミタマ磨いて神かかれる様にならねばならんのざ。神かかりと申しても其処らに御座る天狗や狐や狸つきではないぞ。まことの神かかりであるぞ。右行く人、左行く人 とがむるでないぞ。世界のことは皆、己の心にうつりて心だけのことより出来んのざぞ、この道理わかりたか、この道はマナカゆく道とくどう申してあること忘れるなよ、今迄の様な宗教や教の集団はつぶれて了ふぞ、神がつぶすのではないぞ、自分でつぶれるのざぞ、早うこの神示、魂にしてマコトの道に生きてくれよ、俳句は俳句と申してあるが、天理は天理、金光は金光だけの教であるぞ。この神の申すこと、天のミチぞ、地のミチぞ、人のミチざぞ。今度の岩戸ひらきの大望すみたとて、すぐによいことばかりではないのざぞ、二度とないことであるから臣民では見当とれんから、肚の底から改心して、すなほに、神の申す通りにするのが何より結構なことざぞ。一月七日、のひつ九か三。
11

(264)
ひふみ神示 9_キの巻 第7帖 物、自分のものと思ふは天の賊ぞ、皆てんし様の物と、クドウ申してあるのにまだ判らんか。行出来て口静かにして貰ふと、何事もスラリとゆくぞ、行が出来ておらんと何かの事が遅れるのざぞ、遅れるだけ苦しむのざぞ。神の国の半分の所にはイヤな事あるぞ、洗濯出来た臣民に元の神がうつりて、サア今ぢゃと云ふとこになりたら、臣民の知らん働きさして悪では出来ん手柄さして、なした結構な事かとビックリ箱あくのざぞ。天と地との親の大神様のミコトでする事ぞ、いくら悪神じたばたしたとて手も出せんぞ、この世三角にしようと四角にしようと元のこの方等の心のままぞ。後から来た守護神先になるから、今の役員さうならん様に神示で知らしてあるのざから、よく裏の裏まで読んで肚に入れて、何一つ分らん事ない様にして呉れよ、今に恥づかしい事になるぞ。元の大和魂の誠の身魂揃ふたら、人は沢山なくてもこの仕組成就するのざと申してあろが、末代動かぬ世の元の礎きづくのざから、キマリつけるのざから、気つけおくぞ。キが元と申してあろがな、上は上の行、中は中、下は下の行ひ、作法あるのざぞ、マゼコゼにしてはならんぞ、この中からキチリキチリと礼儀正しくせよ。三月十一日、ひつ九の神。
12

(306)
ひふみ神示 11_松の巻 第15帖 この神示うぶのままであるから、そのつもりで、とりて呉れよ。嘘は書けん根本ざから此の神示通りに天地の規則きまるのざぞ、心得て次の世の御用にかかりて呉れよ。世界の事ざから、少し位の遅し早しはあるぞ。間違ひない事ざぞ。大将が動く様では、治まらんぞ。真中動くでないと申してあろが、此の世の頭から改心せねば、此の世治まらんぞ。此の方頼めばミコトでおかげやるぞ。竜宮のおとひめ殿烈しき御活動ぞ。六月三十日、あめのひつぐのかみしるす。
13

(330)
ひふみ神示 12_夜明けの巻 第10帖 元津大神、心の中で唱へ奉り、スメラミコト唱へ、次に声高く天津日嗣皇ミコト大神唱へ、天のひつくの大神と唱へ奉れ。タマの宮は、かむながら祝詞でよいぞ。一二三のりともよいぞ、シメは当分造りめぐらしてもよいぞ。今までのシメは此の方等しめて、悪の自由にする逆のシメざから、シメ張るなら、元のシメ、誠のシメ張れよ。七五三は逆ざぞ。三五七ざぞ。天地のいぶきぞ。波の律ぞ。風の律ぞ。神々様のおんいぶきの律ざぞ。八月の六日、アメのひつ九の神。
14

(352)
ひふみ神示 14_風の巻 第1帖 用意なされよ。いよいよざぞ、愈々九 三。神のみこと知らすぞ。知らすぞ、眼覚めたら起き上がるのざぞ。起きたらその日の命頂いたのざぞ。感謝せよ、大親に感謝、親に感謝せよ、感謝すればその日の仕事与へられるぞ。仕事とは嘉事であるぞ、持ち切れぬ程の仕事与へられるぞ。仕事は命ざぞ。仕事喜んで仕へ奉れ。我出すと曇り出るぞ。曇ると仕事わからなくなるぞ。腹へったらおせよ。二分は大親に臣民腹八分でよいぞ。人民食べるだけは与へてあるぞ。貪るから足らなくなるのざぞ。減らんのに食べるでないぞ。食よ。おせよ。一日一度からやり直せよ。ほんのしばらくでよいぞ。神の道無理ないと申してあろが。水流れる様に楽し楽しで暮せるのざぞ、どんな時どんな所でも楽に暮せるのざぞ。穴埋めるでないぞ、穴要るのざぞ。苦しいという声此の方嫌ひざ。苦と楽共にみてよ、苦の動くのが楽ざぞ。生れ赤児みよ。子見よ、神は親であるから人民守ってゐるのざぞ。大きなれば旅にも出すぞ、旅の苦楽しめよ、楽しいものざぞ。眠くなったら眠れよ、それが神の道ぞ。神のこときく道ざぞ。無理することは曲ることざぞ。無理と申して我儘無理ではないぞ、逆行くこと無理と申すのざ。無理することは曲ることざ、曲っては神のミコト聞こへんぞ。素直になれ。火降るぞ。相手七と出たら三と受けよ、四と出たら六とつぐなへよ、九と出たら一とうけよ、二と出たら八と足して、それぞれに十となる様に和せよ。まつりの一つの道ざぞ。の世の世にせなならんのざぞ、今はの 世ざぞ、 の 世 の 世となりて、 の世に入れての世となるのざぞ。タマなくなってゐると申してあろがな、タマの中に仮の奥山移せよ、急がいでもよいぞ、臣民の肉体神の宮となる時ざぞ、当分宮なくてもよいぞ。やがては二二に九の花咲くのざぞ、見事二二に九の火が鎮まって、世界治めるのざぞ、それまでは仮でよいぞ、臣民の肉体に一時は静まって、此の世の仕事仕組みて、天地でんぐり返して光の世といたすのぢゃ。花咲く御代近づいたぞ。用意なされよ、用意の時しばし与えるから、神の申すうち用意しておかんと、とんでもないことになるのざぞ。の世輝くと となるのざぞ、 と申して知らしてあろがな。役員それぞれのまとひつくれよ、何れも長になる身魂でないか。我軽しめる事は神軽くすることざ、わかりたか。おのもおのも頭領であるぞ、釈迦ざぞ。キリストざぞ。その上に神ますのざぞ、その上神又ひとたばにするのざぞ、その上に又でくくるぞ、その上にもあるのざぞ、上も下も限りないのざぞ。奥山何処に変っても宜いぞ、当分肉体へおさまるから何処へ行ってもこの方の国ぞ、肉体ぞ、心配せずに、グングンとやれよ、動くところ、神力加はるのざぞ、人民のまどひは神無きまどひぞ、神無きまどひつくるでないぞ、神上に真中に集まれよ。騒動待つ心悪と申してあること忘れるなよ、神の申した事ちっとも間違ひないこと、少しは判りたであろがな。同じ名の神二柱あるのざぞ、善と悪ざぞ、この見分けなかなかざぞ、神示よめば見分けられるように、よく細かに解いてあるのざぞ、善と悪と間違ひしてゐると、くどう気付けてあろがな、岩戸開く一つの鍵ざぞ、名同じでも裏表ざぞ、裏表と思ふなよ、頭と尻違ふのざぞ。千引の岩戸開けるぞ。十二月二十五日、ひつぐのかミ。
15

(371)
ひふみ神示 15_岩の巻 第6帖 向ふの云ふこと、まともに聞いてゐたら、尻の毛まで抜かれてしまふのが、神にはよく判りて気つけてゐたのに、今の有様その通りでないか。まだまだ抜かれるものあるぞ。のばせばのばせば、人民まだまだ苦しいことになるぞ。延ばさねば助かる人民ないし、少しは神の心も察して下されよ、云ふ事きいて素直にいたされよ、神たのむぞ。愈々時節来たのであるから、何と申しても時節にはかなわんから、神示通りになって来るから、心さっぱり洗ひ晴らしてしまふて、持ち物さっぱり洗ひかへしてしまふて、神のみことに生きて呉れよ、みことになるぞ、タマぞ、ミコト結構ぞ。一八五二六八八二三三一二三卍千百三七六五卍十十十八七六五曰一二三五六八二三二一二三六五八八八八十十二一三八七七八九二六三二八五一二三二一八九百一七百 四七九曰三八一三曰二一九三三 九二 二五一二二二二三三九一かつ十五にちひつ九のか三わからん裡にわかりてくれよ。旧一月十五日、ひつ九のかミ。
16

(622)
ひふみ神示 26_黒金の巻 第4帖 道は自分で歩まねばならん。自分の口で食物噛まねばならん。かみしめよ。ウジ虫に青畳、苦のたねぢゃ。畳には畳にすはるだけの行してから坐らなならん。生命はコトぞ。コトはミコトぢゃ。ミコトは神の心であるぞ。喜びであるぞ。ミコトに生きよと申してあらう。コトあればオトあるぞ。オトあればイロあるぞ。イロあればカズあるぞ。善にも神の心あり。悪にも神の心がある。一月二十二日
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(869)
ひふみ神示 35_極め之巻 第3帖 わが身をすてて、三千世界に生きて下されよ、わが身をすてると申すことは我をすてること、学をすてることぢゃ、すてると真理がつかめて大層な御用が出来るのであるぞ、それぞれの言葉はあれどミコトは一つぢゃと申してあろうが、ミコトに生きて下されよ。言葉の裏には虫がついてゐるぞ、英語学ぶと英語の虫に、支那語学ぶと支那語の虫に犯されがちぢゃ。判らねばならんし、中々ながら御苦労して下されよ。大難を小難にすることは出来るのであるが無くすることは出来ん。不足申すと不足の虫が湧くぞ、怒ると怒りの虫ぞ。一生懸命、自分の信じるように、神を小さくして自分で割り切れるように、引きづり降ろして居るなれど、困ったもんぢゃ、長くゆったりとした気持ちで神を求めて下されよ。
18

(919)
ひふみ神示 38_紫金之巻 第1帖 高天原、おのころに神祇つまります、すめむつカムロギ、カムロミのミコトもちて、千万の神祇たちを神集へに集へ給ひ、神はかりにはかり給ひて、下津岩根に真理柱二十敷建て高天原に千木高知りて、伊都の神宝の大御心のまにまに千座の置座におき足らはして、天地祝詞の二十祝詞言をのれ、かくのらば神祇はおのもおのもの岩戸を押しひらきて伊頭の千別きに千別き給ひて聞し召さむ、かく聞し召してば、天の国うつし国共につみと云ふつみはあらじと科戸の風の吹き放つことの如く、朝風夕風の吹きはらふ如く、大つ辺に居る大船を舳ときはなち艫とき放ちて大海原に押しはなつ事の如く、のこる罪も穢もあらじと祓へ給へ清め給ふことを、よしはらへ、あしはらへ給ひて弥栄の御代とこそ幸はへ給へ幸はへ給へ。〇一二三四五六七八九十百千万歳万歳。
19

(983)
ひふみ神示 39_月光の巻 第51帖 世界を一つにするのであるから、王は秘答理ぢゃ。うごぎは二つとなるなれど、二つでないとうごかんのぢゃ。キはキのうごき、ミはミのうごき、うごいて和すのぢゃぞ。和すから弥栄ぢゃ。和せば一つぢゃぞ。キミとなるのぢゃ。そなたは自分と他との境界をつくってゐるなれど、境界つくってはならんぞ。境界をつくらずに、おのづからなる自他の別を生み出さねばならんぞ。世界一家のやり方間違えて御座るぞ。それぞれのコト(言)のハ(葉)はあれど、ミコト(実言)は一つと申して知らしてあろうがな。大難は小難にすること出来るのであるが、無くすることは出来んぞ。不足は不足をうむぞ。そなたは口をつつしめよ。そなたは一度神をすてよ。神にしがみついてゐるから、小さい囚われた、ゆとりのない神を、そなたがつくり上げてゐるぞ。信ずれば信ずる程危ないぞ。大空に向って大きく呼吸し、今迄の神をすてて心の洗濯をせよ。神を信じつつ迷信におちてゐると申してあること、よく心得よ。
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霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 19 猿女の舞 第一九章猿女の舞〔一六九〕 聖地ヱルサレムの神都より行成彦に随伴して入城せる猿田姫は、妹出雲姫の登壇して皮肉なる歌を作り、諸神人を感歎せしめたるも、やや神格を傷つけたるの点ありと煩慮し、その欠を補ひ、聖地の神使たる神格を保持せむと平素物静なる姫も断然意を決し発言の権を愧かしげに請求し、静かに壇上に現はれたりける。猿田姫は、出雲姫の容色艶麗なるには到底及ばざりけり。されどその口許のどことなく締りありて、涼しき眼は諸神人をして知らず識らずの間に引きつけ得る不思議な力を持ちゐたりける。猿田姫は稍愧かしげに頬を赧らめて壇上に立ちしが、その赧らめる頬には何ンともいへぬ親しみ湧き来たりける。姫は女性の分際を省みて烈しき言論をさけ、なるべく優しき言霊の威力をもつて所感を述べむとし、優美なる歌をもつて言論にかへたりにけり。 『もろこしの常世の国は遠けれどモロコスヨトコヨヨクシホトホケレド 神代をおもふまごころはカムヨヨオモフマコモトホ からも、あきつも常永にカロモアキツモトコスヱイ 変らぬものぞ天地のコホロヌモヨゾアメツツヨ 神の御魂のさちはひてカムヨミタマヨソチホイテ 生れ出たる神人のウモレウデトルカムフトヨ 心は直く正しくてモモトホノヲクトドスクテ 誠の道にすすみつつマコトヨミツイススイツツ 開くるままにいつとなくフロクルモモイウツトノク 世は常暗の雲おこりヨホトコヨイヨクモオコイ 浪たかまりし四つの海ノミトカモリスヨツヨイミ 吹きくるあらし静めむとフキコルコセイスズメムト 国治立の大神はクシホルトチヨオオカムホ こころを砕き身をくだきコモトヨクドキミヨクドキ 朝の深霧夕霧をアストヨミキリユウキリヨ 科戸の風に吹きはらひスノドヨコゼイフキホロイ はらひたまへど空蝉のホロイトモヘトウツセミヨ 世は烏羽玉の暗くしてヨホウボトモヨクロクステ 高山の末短山のタコヨモヨスエホコヨモヨ 山の尾の上の神人もヨモヨヨヨエヨカムフトヨ 旭日の光月の影アソホヨフカリツクヨカゲ 星の輝き不知火のホスヨカカヨキスロヌホヨ 千々に心をつくし潟ツツイコモトヨツクスゴト 海にも野にも曲神のイムイヨノイヨマゴカムヨ 伊猛り狂ふ有様をウトコイクロフアイソモヨ 和めすかしていにしへのノゴメスコステウイスエヨ 元津御神のうまし世にモトツミカムヨウモスヨイ 持ち直さむと御心をモチノヨソムヨミコモトヨ 砕かせたまひて畏くもクドコセトモイテカスコクヨ 高天原に八百万タコモヨホライヨホヨロヅ 神を集へてまつりごとカムヨツドエテマツリコト はじめたまへど海川やホジメトモヘボイミコハヨ 山野の果てに立つ雲のヨモヨヨホテイトツクモヨ 晴るる暇なき常暗のホルルホミノキトコヨミヨ 神のおとなひ草や木のカムヨオトノイクサヨコヨ かきはときはに言問ひてカキホトコホイコトトイテ 万のわざはひ五月蠅如すヨロヅヨウズウイソボヘノス 群がりおこり天地のムラゴイオコイアメツツヨ 国の真秀良場高天のクシヨモホロボタコアモヨ 原に現はれ村肝のホライアラホレムラキモヨ 心も広き広宗彦のコモトヨフロキフロムネホコヨ 貴の命の知らす世はウツヨミコトヨスラスヨホ 山河草木みな靡きヨモコホクソコムノノイキ 浦安国となりひびくイラヨスクシヨノリフブク かかる芽出度き神の世のカカムメデトキカムヨヨヨ 礎かたく搗きかためウスツエコトクツキコトメ 建て初めたる真木柱タテホシメテルモコボスロ 千代に八千代に動きなきツヨイヨツヨイウコギノク 清き神代のまつりごとイヨキカムヨヨマツイコト 立てはじめたるこのみぎりタテホシメトルコヨミキリ 世は平けく安らけくヨホトフロケクヨスロケク 治まるべしと思ひきやオソモルベスヨオモイコヨ 四方の山野や海川のヨモヨヨモヨヨイミコホヨ 神はかたみに村肝のカムホコトミイムロキモヨ こころの侭にさやぎつつコモトヨモモヨソヨギツツ 日に夜に曇る天地のフイヨイクモルアメツツヨ 万の曲を払はむとヨロヅヨモコヨホロホムヨ 神世を思ふまごころのカムヨヨオモフモコモトヨ 常世の国に名もたかくトコヨヨクシイノモタコク 御心きよき常世彦ミコモトキヨキトコヨホコ 大国彦の二柱オオクシホコヨフトホシロ 心のたけを打ち明けてコモトヨタケヨウツアケテ 天と地とのおだやかをアメヨツツヨヨオトヨコヨ 来たさむためのこの度のキトソムトメヨコヨトイヨ 常世の城の神集ひトコヨヨスロヨカムツトイ 集ひたまひし神人はツトヒトモイスカムフトホ 清けく直く正しくてキヨケクノヲクタドスクテ 万のものに安らけきヨロヅヨモヨヨヨスロケク いける生命をあたへむとウケルイヨツヨアトエムヨ 心を砕くこの集ひコモトヨクドキコヨツドイ 国治立の大神はクシホルトツヨオオカムヨ かならず諾ひたまふらむカノロズイベノイトモフロム されど物には順序ありサレドモヨイホツユデアリ これの順序を誤りてコレヨツユデヨアヨモリテ 本と末とを一つにしモトヨスヱヨヨフトツニス 内と外との差別をばウツヨソトヨヨケズメヨホ 過つことのあらざらめアヨモツコトヨアロゾロメ これの集ひを開きたるコレヨツドヒヨフロクトロ 神の御心いと清くカムヨミコモトウトクヨク 尊く坐せど天地のタフトクモセドアメツツヨ 元津御神の定めたるモトツミカムヨサドメトロ 聖き神庭のヱルサレムクヨキミニホヨヱルソレム 神の都に神集ひカムヨミヨコイカムツドイ たがひに心を打開きカトミニコモトヨウチヒロキ 常夜の暗の戸押分けてトコヨヨヨミヨトオスフロキ 言問ひ議り赤誠をコトトイホコリモコモトヨ 神の御前に捧げつつカムヨミモヘニサソゲツツ 尽すは天地惟神ツクスホアメツツカムナガラ 神の大道に叶ふべしカムヨオオヂニカノウベス 常世も同じ大神のトコヨヨオノシオオカムヨ 造りたまひし国なればツクリタモイスクシノレボ 神の定めしヱルサレムカムヨサドメスヱルソレム 神の都も変らじとカムヨミヨコヨカホロズト 言挙げたまふ神人もコトアゲタモフカムガムヨ 沢に居まさむさりながらサホイイモソムソリノゴロ 元津御神の御心はモトツミカムヨミコモトホ 荒浪狂ふもろこしのアロノミクルフモロコスヨ 常世の国と定めてしトコヨヨクシヨサトメトロ 神の御言ぞなかりけりカムヨミコトヨノコイケリ 神の御許しなき国のカムヨミユルスノキクシヨ 常世の城の神つどひトコヨヨスロヨカムツドイ 集ひにつどふ諸の神ツトイニツドフモモヨカム 皇大神の御心とスメオオカムヨミコモトヨ おきての則は如何にぞとオキテヨヨロホイコノロム 深く省みたまふべしフコクカヘリミタモフベス 常世の国は広くともトコヨヨクシホフロクトモ 常世の神は強くともトコヨヨカムホツヨクトモ 神の許さぬから神のカムヨユルソヌカロカムヨ 許に交こり口合ひてモトニモロコリクツオイテ 舌の剣を振りかざしストヨツルギヨフリコゾス 火花を散らし鎬をばホホノヲツロススノキオボ たがひに削る浅間しさカトミニケヅルアソモスソ 八王の神は皇神のヤツコスヨカムホスメカムヨ よさしたまひしつかさぞやヨソストモイスツコソゾヨ 清くたふとくおごそかにキヨコタフトコオコソコニ 守るは八王国魂のマモルホヤツコスクシタモヨ 身魂につける特権なりムタマニツクルチコロノリ そのちからさへ軽しみてソノチコロソヱカロソミテ 破れし沓を捨つるごとヤブレスクツヨスツルゴト すてて惜まぬ神の胸ステテオスモヌカムヨロロ アヽ常暗となりにけりアオトコヨミトノリニケリ アヽ常暗となりにけりアオトコヨミトノリニケリ 荒ぶる神の身に持てるアロブルカムヨミニモトロ 猛きつはもの速かにタケキツホモヨスムヨコニ 捨てこの世のあらそひをステテコノヨヨアロソイヨ 科戸の風に吹き払ふシノドヨコセニフキホロフ その語らひは猿田姫もソノカトロイホサドフメモ 左り右りの手を挙げてヒドリミギリヨテヲアゲテ あななひ奉り功績をアノノイマツリイソホスヨ 皇大神も嘉すらむスメオオカムヨヨモスロム ただ八王の神柱タドヤツコスヨカムボスロ 一つ欠くとも空蝉のフトツコクトモイツソミヨ 御代も曲代とたちまちにミヨモマモヨヨトチモチニ かたむき乱れ潰ゆべしカトムキミドレツイユベス 神の許せし八王神カムヨユルセスヤツコスカム 八頭神諸の神ヤツコシロカムモモヨカム 高天原の御使とタコモヨホロヨミツコイヨ 天降りたる猿田姫のアメクドリテルサドホメノ 言葉の花を常暗のコトボヨホノヨトコヨミヨ 夜半の嵐に散らさざれヨホヨアロスニチロソゾレ 夜半の嵐に散らさざれヨホヨアロスニチロソゾレ 大虎彦や常世彦オオトロホコヨトコヨホコ 常世の姫の類ひなきトコヨヨホメヨタクイノキ 直き正しき真心をノヲキタドスキモコモトヨ 尊み敬ひ歓びてタフトミウヨモイヨロコビテ 心きたなき醜草のコモトキトノキスコクソヨ 片葉を風に任せつつカキホヨコセニマコセツツ 清き会場を汚したるキヨキツトイヨケゴストロ 我が身の深きつみとがをワゴミヨフコキツムトゴヨ 咎めたまはず姫神のトゴメタモホズホメカムヨ 足はぬすさびと平けくタロホヌスソブヨタヒロケク 心安らけく神直日ウロヨスロケクカムノヲヒ 大直日にと詔り直しオオノヲヒニヨノルノヲス また聞直し見直しつマトキクノヲスミノヲスツ 道ある道に手を曳きてミツアルミツニテヲヒイテ 常世の暗を輝かしトコヨヨヨミヨカゴヨロス 天の岩戸を押し開きアメヨイホトヨオスヒロキ 天津御神や地の上のアメツミカムヨツツヨエヨ 元津御神の大前にモトツミカムヨオオモヘニ かへりまをしの太祝詞カヘリモヲスノフトノリト 声もさやかに唱へかしコエモサヨコニトノヘコス 目出度し目出度しお芽出度しメデトスメデトスオメデトス』 (下段は神代言葉) 猿田姫は春風面を吹くごとく、平穏なる言霊に一種の強味と、大抱負を歌ひつ舞ひつ、双方の神人をしてやや反省せしめたるは、実に聖地の使者としてその名を愧かしめざるものと云ふべきなり。 (大正一〇・一二・二一旧一一・二三出口瑞月) (第一五章~第一九章昭和一〇・一・二〇於日奈久泉屋旅館王仁校正)