| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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121 (2103) |
霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 08 暴風雨 | 第八章暴風雨〔九四九〕 房公、芳公の二人は、どうしたものか、尻が大地に吸ひついたやうになつて、ビクとも動けなくなつて了つた。黒姫は『早く早く』と急き立てる。されど二人の身体はビクとも実際動かなくなつてゐるのだ。黒姫はそんなこととは少しも気がつかず、余りのジレツたさに声を尖らし、 黒姫『コレコレ両人、お前はこんな所へ来て、此黒姫を困らす所存だな。あれ程事をわけて言ふのに、何故立たないのかい』 房公『黒姫さーま、何と仰有つて下さつても、如何したものか、チツとも足が立ちませぬワ、……なア芳公、お前はどうだ。チツと動けさうかなア』 芳公『おれも如何したものか、チーツとも動けないよ。地の底から鼈でも居つて吸ひつけるやうに、どうもがいたとて、動きがとれぬのだよ。あゝ困つたことが出来た。……モシモシ黒姫さま、一つ鎮魂をして下さいな』 黒姫『ヘン、今迄あれ丈能く喋り、あれ丈無花果を食つておき乍ら、そんな元気な顔をして居つて、足が立たぬの、腰が動かぬのと、能う云へたものだ。動けな動けぬで、私は先に失礼致します』 とピンと身体をふり、不足そうな顔をし乍ら、エチエチと登つて行く。瞬く中に黒姫の姿は木の茂みに隠れて了つた。 芳公『オイ黒姫も余程水臭い奴だないか……落ぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるる……と云ふ古歌があつたねえ、黒姫に依つて、此歌の意を実地に味はふことが出来たぢやないか』 房公『オウさうだ……腰ぬけて涙に曇る山の路黒姫さまの心知らるる…… 黒姫が何時もベラベラ口先でチヨロマカしたる尾は見えにけり…… だ。アハヽヽヽ』 芳公『此様に脛腰立たぬ身を以て人の事共誹る所か…… どうしても脛腰立たぬ其時は野垂死より外はあるまい……』 房公『オイ、芳、そんな気の弱いことを言ふものぢやないよ。神様が何かの御都合で、吾々に少時休養を与へて下さつたのかも知れないよ。大方此向うあたりに、大きな大蛇が居つて、俺たち一行を呑まうと待ち構へてをるのを、大慈大悲の神様が助ける為に、ワザとに足が立たないやうにして下さつたのか知れぬ。何事も善意に解釈し、神直日大直日に見直し聞直し、何事が出て来ても、神様の恵を感謝し、災に会うても神を忘れず、喜びに会うても神を忘れぬ様に、誠一つを立てぬきさへすれば、神様が助けて下さるに違ひない、サア是から神言を奏上し、病気平癒の祈願をしようぢやないか』 芳公『それもさうだ。併し黒姫さまが、一人先へ行つたやうだが、其大蛇に呑まれるやうなことはあるまいかな。俺はそれが心配でならないワ。何程憎いことをいふ婆アさまでも、ヤツパリ可哀相なからな』 房公『それが人間の真心だよ。俺だつて、あゝ喧しく、黒姫さまを捉へてからかつてはゐるものの、はるばると夫の後を尋ねて、こんな所までやつて来る女と云ふものは、滅多にあるものぢやない。実に女房としては尊い志だ。俺はモウ黒姫のあの心に、実の所は感服してゐるのだ。どうぞ途中に災のない様、怪我のない様に先づ第一に御祈願し、其次に自分たちの病気の平癒を御祈りすることにしようかい』 芳公『ヤツパリお前もさう思ふか、それは有難い、どうしても人間の性は善だな』 房公『そこが人間の万物に霊長たる所以だ。神心だ。サア斯うして腰は立たないが、其外は何ともないのだから、まだしも神様の御恵だ。先づ感謝の詞を捧げて、次に祈願することにしよう』 と云ひ乍ら、二人は天津祝詞を奏上し了り、静かに祈願をこらし始めた。 房公『あゝ天地を造り固め、万物を愛育し玉うたる、宇宙の大元霊たる大国治立大尊様を始め奉り、天津神、国津神、八百万神々様、私はあなた方の尊き御威光と、深きあつき御恵に依りまして、此尊い地の上に生れさして頂き、何不自由なく、尊き日を送らして頂きました。そうして知らず識らずに重々の罪科を重ね、人間としての天職を全う致さず、不都合なる吾々をも御咎め玉はず、いたはり助けて此世を安く楽しく送らせ玉ふ、広きあつき御恩寵を有難く感謝致します。……此度三五教の宣伝使、黒姫様の御伴を致しまして、万里の海洋を渡り、恙なく此筑紫の島に渡らして頂き、此処迄無事に神様の懐に抱かれて登つて参りました。乍併、如何なる神様の御摂理にや、吾々両人は此木蔭に息を休めますると共に、不思議にも腰が立たなくなつて了ひました。これと云ふのも、全く吾々の重々の罪が酬うて来たので御座いませう。神様の広大無辺の大御心を、吾々として計り知ることは到底出来ませぬが、乍併、神様は吾々人間をどこ迄も愛し玉ふ尊き父母で御座いまする以上、何か吾々に対して手篤き御保護の為に斯の如く吾が身をお縛り下さつたことと有難く感謝致します。つきましては黒姫様は一足先に御立腹遊ばして、此坂路を登られました。何卒途中に於て、悩み災の起りませず、どうぞ恙なく火の国の都へお着きになりますやう、特別の御恩寵を与へ玉はむことを懇願致します。又吾々両人は如何なる深き罪科が御座いませうとも、大慈大悲の大御心に見直し聞直し、宣り直し下さいまして、何卒一時も早く、此身体に自由を御与へ下さいますやう、慎み敬ひ祈り上げ奉りまする、あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し、感謝の涙をハラハラと流してゐる。何程祈つても、如何したものか、二人の身体はビクともせない。 日は追々と西山に傾き、一天俄に黒雲起り、礫のやうな雨パラパラとマバラに降り来る。雷鳴か暴風雨か将た地震の勃発か、何とも云へぬ凄惨の気が四面を包むのであつた。 二人は撓まず屈せず、一生懸命に……三五教を守り玉ふ皇大神、吾等両人を始め、黒姫の身辺を守らせ玉へ……と主一無適に祈願をこらしてゐる。山の老木も打倒れむ許りの強風、忽ち吹き来り、巨石を木の葉の如く四方に飛ばせ、木を倒し、枝を裂き其物音の凄じさ、何に譬へむものも泣く計りなりき。 此時何処よりともなく風のまにまに、宣伝歌が聞え来たりぬ。 玉治別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ三五教の宣伝使 吾は玉治別司三五教の黒姫が 筑紫の島に渡りたる高山彦を探ねむと 棚なし舟に身を任せ渡り来ますと聞きしより 斎苑の館を立出でてメソポタミヤを打わたり ヨルダン河に棹さしてフサの海をば横断し いよいよ此処に来て見れば思ひもよらぬ山嵐 げに凄じき光景ぞさはさり乍ら吾々は 誠の道の宣伝使如何なる事も恐れむや 朝日は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共岩石雨をふらす共 筑紫ケ岳はさくる共神に任せし此身体 玉治別の真心に如何なる風もおし鎮め 天ケ下なる人草の百の災吹き払ひ 助けてゆかむ吾心あゝ惟神々々 神の御霊の幸はひて国霊神と現れませる 純世の姫の神柱吾れに力を添へ玉へ 吾れは是より火の国の都に出でて黒姫が 暗路に迷ふ恋雲を伊吹払に払ひのけ 誠の魂を光らせて自転倒島の中心地 四尾の山の山麓に大宮柱太知りて 鎮まりませる神の前導き帰り助けなむ 神の御霊の幸ありて此山嵐速に 鎮め玉へば玉治別の教司は逸早く 三五教の黒姫に出会ひて神の御詞を 一日も早く伝へなむあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ふ声、二人の耳に響き来たりぬ。 房公『オイ芳公、あの宣伝歌を聞いたか、どうやら玉治別の宣伝使が間近く見えたらしいぞ、神様は有難いものだなア。黒姫様にすてられた吾々両人は、脛腰立たず、苦み悶えている矢先、レコード破りの暴風雨に出会し、神様の御守りは信じ乍らも、戦々兢々として、如何なることか、今も吾が身を案じて居たが、神様の御恵といふものは実に尊いものだ。神徳高き玉治別命様にこんな所でお目にかからうとは、神ならぬ身の知らなかつた。あゝ有難い……神様、早速御神徳を吾々両人の目の前に下し賜はりました。何とも御礼の詞が御座いませぬ』 と涙と共に感謝する。芳公もはなを啜りしやくり泣きし乍ら、両手を合せ感謝の意を表してゐる。宣伝歌の声がピタリと止まつたと思へば、今迄山岳も吹き散れよと許り荒れ狂うて居た暴風雨も、拭ふが如く払拭され、空には雲の綻びより青雲の肌をチラチラと現はすやうになつて来た。雲の帳をあけて、天津日は漸く二人の頭上を斜に照らし始めた。 芳公『神様、有難う御座います。重ね重ねの御恵み、どうぞ今の宣伝歌の主に一目会はして下さいませ、御願ひで御座います』 と両手を合せ、又もや祈願に耽つてゐる。不思議や二人の腰は知らぬ間に、自由が利くやうになつてゐた。 房公『あゝ有難い、足が立つた、腰が直つた。オイ芳公、お前は如何だ。チと立つて見よ、俺は此通りだ』 と四股ふみならし、嬉しげに踊り狂ふ。芳公も案じ案じソウと腰を上げてみた。 芳公『ヤア俺もいつの間にか、神様に直して貰つた、あゝ有難し勿体なし、……サア房公、是からあの宣伝歌の声のした方を捜してみようぢやないか』 房公『どうも不思議だなア。つい間近に聞えた宣伝歌の声、斯うして登つて来た坂路を遠く見はらしてみても、人らしい影は見えない。乍併あの声は此坂の下から聞えて来た様だ。不思議なことがあるものだなア。確に吾れは玉治別司と歌はれた様に聞えたがなア』 芳公『確に俺もさう聞いた。ヒヨツとしたら、あの宣伝使が最前の蜂の巣の下で、休息され、あの猛烈な青蜂に目でもさされて、苦んで御座るのだあろまいかな』 房公『ヨモヤそんなヘマなことはなさる気遣ひもあるまい、又あれ丈神力のある宣伝使のことだから、蜂の布も大蛇のヒレも持つて御座るに違ない。そんな取越苦労はせなくてもよからうぞよ』 芳公『そうだらうかなア。そんなら、これからボツボツ此坂を登ることとしよう。黒姫様も最前の暴風雨で、嘸お困りだらうから、一つ追つついて御慰問を申上げねばなろまいぞ。玉治別の宣伝使も、或は此坂の上に御座るのかも分らない。風の吹きまはしやら、木谺の反響で、下の方から声がしたやうに聞えたのだらうも知れぬ。サア行かう』 と言ひ乍ら、両人は金剛杖を力に急坂を又もや登り行く。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・九・一二旧七・二一松村真澄録) |
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122 (2111) |
霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 16 楽天主義 | 第一六章楽天主義〔九五七〕 黒姫の慌しく駆出した後の二人は、黒姫の坐つてゐた天然の岩椅子に腰を打掛乍ら、一服休みの雑談に耽つてゐる。 房公『人間と云ふ者は考へて見れば約らぬ者ぢやないか。此世へ生れて来て何一つ是といふ功名も残らず、一日々々とウツカリしてる間に墓場へ近寄つて行くのだ。俺だとて、今は此様に頭の頂辺が禿げて来て見すぼらしくなつたが、若い時は随分欵てたものだよ。つい一二年前の事のやうに思うてゐるが、指折り数へて見れば、早二十年も経つてゐる。本当に夢のやうだ。此短いやうな永い月日に何をやつて来たかと思へば、此れと云ふ目星い仕事は一つも残つてゐない。食つては垂れ食つては垂れ、寝たり起きたり、女が美しいの汚いの、若いの年老りぢやのと、言つて暮したのも、本当に夢の間だつた。俺の顔に皺のよつたのと、嬶の髪の毛に艶がなくなつたのと、餓鬼が一人殖えたのが、此世へ生れて来た俺の半生の事業だと思へば、本当に悲しくなつて来た。神様の御造り遊ばした此寂光浄土に生れて来ながら、時々刻々に老ぼれて行くと思へば、人生も本当に果敢なくなつて来たよ。黒姫さまだつて、さうぢやないか、お道の為だとか、世の為だとか云つて、一生懸命に世界を股にかけて苦労をやつて御座るが、年が老つてから世話にならうと云ふ子供は一人もなし、若い時に沢山に思うて、子供は何時でも、男と女とさへ居れば出来るやうに思ひ、捨てた子は生きて居るか死んで居るか分りもせず、仮令此世に生て居つた所で、生みの親より育ての親とか云つて、余り大きな顔して、子の世話になる訳にも行くまいし、本当に黒姫さまの事を思うても可哀相になつて来た。なア芳公、お前と俺はまだしも、女房や子供があるのだから、黒姫さまの事を思へば、結構な神様の御恵みに預つて居るのだよ』 芳公『さうだなア、それを思へば、俺達も余り不足は云へぬワイ。乍併人間は老少不定だから、かうして筑紫の島へ渡つてる不在の間に、女房が病気になつて死んでゐるやら、吾子が死くなつて居るやら分つたものぢやない。本当に苦みの世の中ぢや、家鴨の様に玉子を生みつ放しにして、外の鳥に育てさした様な黒姫さまでも、ヤツパリ老の年波で此世の中が何となく淋しくなつたと見え、高山彦さまよりも捨てた子の方が恋しうなつた様だから、本当に人生と云ふものは、思へば思へば淋しいものだ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 房公『オイもう斯んな事は打切りにしようかい。何だか神様に対して、不平を云つてゐる様に聞えて恐れ多い。何事も人間の考へで此世は行くものぢやない。何うならうと斯うならうと、神様のなさる儘だ』 芳公『時に房公、俺は一つ合点のゆかぬ事があるのだ。どう考へても腑に落ちぬがなア』 房公『俺も一つあるのだ。お前の合点がゆかぬと云ふのは、昨日の宣伝歌の主だらう』 芳公『オウさうだ。確に玉治別命様のお声だつた。それに声は聞いたが、時鳥の様に、皆目御姿が見えないとは、是も不思議の一つだ』 房公『天地の間は凡て不思議ばかりで包まれてゐるのだからなア……「怪しきをあらじと云ふは世の中の、怪しき知らぬ痴れ心かも」……「怪しきは是の天地うべなうべな、神代は殊に怪しきものを」……とか云つて、今から三十万年未来の十九世紀と云ふ世の中に生れた本居宣長と云ふ国学者が云ふ様に、本当に此世の中は怪しいものだ……「知ると云ふは誰のしれ者天地の、怪しき御業神ならずして」……と云ふことがある。到底吾々凡夫の身として天地の神秘を探る事は出来るものでない。あゝモウ可い加減に出立しようか、若しも途中に於て、黒姫さまが悪者の手にでも係つてゐられちや大変だ。俺達もお伴に来た甲斐がない。サア行こう』 斯く話す時しも、三尺許りの童子七八人手を繋ぎ乍ら忽然として五六間傍の谷路に現はれ、声を揃へて、 童子『夫れ出たヤレ出た!鬼が出た! 筑紫ケ岳から現はれた 鬼ではあるまい黒姫だ 黒姫さまぢやない程に 虎狼か鬼大蛇 醜の曲津が憑つたる 房公、芳公の二人連れ 天然椅子に腰かけて 何ぢや彼んぢやと神様の 噂計りして御座る ホンに可笑しい鬼ぢやなア ドツコイドツコイドツコイシヨ!』 と言ひ乍ら、スツと二人の前を通り、影もなく煙の如うに消えて了つた。 房公『オイ益々怪しうなつて来たぢやないか。あんな小ぽけな人間が七八人も手をつないで、忽然と現はれ、俺たちを鬼だとか、曲津だと云ひよつたぢやないか。ありや一体何だらうなア』 芳公『何でもない、神様にきまつてゐるワイ。俺たちの心に未だ悪魔が潜んでゐるから、天教山の木花咲耶姫様が童子と顕現して御注意下さつたのだらうよ』 房公『そうかも知れないなア。ヤアもう結構な天地の間に生を享け乍ら、最前の様な悲観的の詞を洩らしちや済まない。神様の教は楽天主義だ。悲観する心になるのは、ヤツパリ心の中に鬼が巣くうてゐるのだ。オイ一つここで宣伝歌でも唄つて、悲観の雲を晴らさうぢやないか』 芳公『先づお前から唄つてくれ、悲観論者の発頭人だからなア』 房公『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 人の身として天地のどうして真理が分らうか 此世を造りし神直日心も広き大直日 皆神様の胸の裡おいらの知つた事でない 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ悲観は転じて忽ちに 楽天主義に早替り娑婆即寂光浄土の 真理を悟つた今の吾れあゝ惟神々々 神の尊き懐に朝な夕なに抱かれて 不足を言つて済むものか悲観の鬼が巣を組んで 心の空をかき紊し根底の国へやりかけた げに恐ろしい世の中だいやいや決してそうでない げに恐ろしい吾が心心の鬼が身を責める 神も仏も胸の内鬼も大蛇も吾胸に 潜んで居るのを知らなんだ今現はれた神様は 吾等の迷ひを晴らさむと天教山より現はれて 生命と安息と歓喜を与へ玉ひしものならむ あゝ惟神々々神の心に身を任せ 只何事も慎んで神の御為世の為に 力限りのベストをば尽して行くより途はない 国治立の神様よ豊国姫の神様よ 其外百の神々のあつき恵に抱かれて 此世に生れ来りしを何とも思はず徒に 悲観しました吾罪を幾重におわび致します あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と唄ひ乍ら、二人はいそいそとして黒姫の後を追つて行く。 (大正一一・九・一三旧七・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 19 生命の親 | 第一九章生命の親〔九六〇〕 黒姫は石塊だらけの谷道を火の国都へと急ぎつつ進み行く。途中の深谷川に危い一本の丸木橋が架つて居る。黒姫は石橋でも叩いて見て渡ると云ふ注意深い人間になつて居た。建日の館の建国別の宣伝使を、軽率にも吾子では無いかと訪問して失敗したのに懲りたからである。黒姫は一本橋の裏を窺き込むと、幾年かの風雨に晒された一本橋は、橋の詰の方が七八分ばかり朽ちて居る。これや如何したら宜からうかと、橋詰に佇んで吐息を洩らして居る。折しも忽然として現はれた三尺ばかりの一人の童子黒姫の顔を見上げてニヤリと笑ひ、 童子『吾恋は深谷川の丸木橋 渡るにこはし渡らねば 思ふ方には会はれない』 と謡つたきりポツと白煙と共に消えて了つた。黒姫は此奇怪な現象にうたれて不安の雲に包まれ乍ら、『惟神霊幸倍坐世』と一生懸命に祈願を籠めて居る。 此処は向日峠の手前であつた。火の国の都へ行くのには、火の国崎を通るのが順路である。されど黒姫は左に広き火の国街道のある事に気づかず、思はず右へ右へとやつて来て、此山道に迷ひ込んで来たのであつた。此時又もや忽然として七八人の小さき童子、橋の袂に現はれ互に手をつなぎ乍ら、 童子『それ出た、やれ出た、現はれた 向日峠の山麓の、楠の木蔭に鬼が出た 鬼かと思へば恐ろしい 大蛇の三公が現はれて お愛の方を縛りつけ 高山彦と言ふ男 兼公迄もフン縛り 穴を穿つて埋けよつた 大きな岩が乗つてある』 と言つたきり、又もやプスと童子の姿は消え、後には白煙が幽かに揺いで居る。黒姫は両手を組み頭を傾け、 黒姫『はてな、合点のゆかぬ事だな。今現はれた童子は魔か神か、何かは知らぬが、何とはなしに気がかりな事を云つた様だ。高山彦と云ふ男がフン縛られて埋められたとか、お愛の方が埋められたとか言つた様だ。若しや恋しい夫の高山彦様の事ではあるまいか。お愛の方と云つたのは、大方愛子姫の事だらう。向日峠の山麓と云へば、まだ之から何程の里程があるか知らぬが、何は兎もあれ、ヂツとしては居れなくなつた。あゝ如何したら宜からうかな。……妾位因果の者が世にあらうか。勿体ない、若気の至りで、折角神様から貰うた男の児を捨てた天罰が酬うて来て、する事為す事、何もかも此様に鶍の嘴程喰ひ違ふのであらう。思へば思へば罪の深い此身ぢやなあ』 と独言ちつつ力なげに落涙と共に垂頂れて居る。此の時何処ともなく宣伝歌が聞え来たる。 (玉治別)『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも如何なる災難来るとも 神に任した宣伝使誠一つを立て貫けよ 神は汝と倶にあり汝の誠現はれて 汝を救ふ神の道此世を救ふ生神は 天教のお山のみでない至る所に神坐ます 神の恵みを諾ひて飽迄行けよ三五の 黒姫司の宣伝使深谷川の丸木橋 如何に危く見えつれど汝の心に信仰の 誠の花の咲くならば易く渡らむ神の橋 進めよ進め早渡れ吾は玉治別司 汝の身魂につき添ひて汝が行末を守りつつ 此処迄進み来りけりあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と云つたきり、宣伝歌の声はピタリと止まつて了つた。黒姫は此宣伝歌の近く聞えたのに力を得、玉治別が此近くに来て居る事を心強く思ひ、萎れきつたる心を取直し心待ちに待つて居る。されども玉治別の姿どころか、獣一匹姿を見せぬ。黒姫は思ひきつて此丸木橋をチヨコチヨコ渡りに、向ふに渡り胸を撫で下し乍ら、 黒姫『あゝ危い事だつた。ようまア斯んな朽果てた橋が無事に渡れた事だ。之と云ふも矢張神様の御恵みだ、まだ天道様も黒姫を捨て玉はざる証であらう。あゝ有難い有難い勿体なや』 と両手を合せ、涙と共に感謝祈願の祝詞を奏上して居る。 そこに力なげにチヨロチヨロと現はれ来た十四五才の女がある。見れば目を腫らし、色青ざめ、髪振乱し、着物の裾には土が一ぱい着いて居る。黒姫は此少女を見るより言葉を掛け、 黒姫『これこれお前は小さい女の身分として、斯んな恐ろしい山道へ何しに来たのだい。見れば目が腫れて居る。髪も乱れ、顔の色は青くなり、着物の裾には赤い土が一ぱい着いて居るぢやないか。之には何か様子のある事であらう。差支なくば此をばさまに云つて下さい。妾は三五教の宣伝使だ。妾の力の及ぶ丈けはお前の助けになりませう』 と親切に労はり問へば、少女は腰を屈め慇懃に礼を述べ乍ら、 少女(お梅)『をば様、有難う御座います。何卒助けて下さいませ。妾はお梅と申す女で御座います。お愛と云ふ姉さまが、悪者の為めに捕へられ、殺されて土の中に埋められて了ひました。さうして二人の男の方と一所に…』 と此処迄言つてワツとばかり声を放つて泣きくづれる。少女は今迄張りきつて居た精神が、黒姫の情ある言葉に絆されヤツと安心した途端に気が弛んで、力無げに倒れたのである。黒姫は深谷川へ辛うじて下り水筒に水を盛り来り、少女の口に含ませ面部に吹きかけなどして甲斐々々しく介抱をして居る。黒姫が熱心なる介抱の効空しからず、少女は息を吹き返し、苦しげに胸を撫で乍ら、 お梅『あゝ恐い恐い、をばさま、何卒助けて下さいまし。お願ひで御座います』 黒姫『お前、最前の言葉に姉さまのお愛さまとやらが悪者に殺され、土中に埋められたと云ひましたな』 お梅『はい、高手小手に縛めて、森の下の土中に埋めて了ひました。さうして高山彦と言ふお方と、兼公と云ふ無頼漢と一所に、深い穴へ埋められ、大きな石を其上に幾つも幾つも乗せて帰つて了ひました』 黒姫は高山彦と聞くより、顔を蒼白にし口を尖らせ、 黒姫『エ、何と云ひなさる。高山彦と云ふ人が如何なつたと云ふのだい』 お梅『ハイ、姉さまのお愛さまと妾が縛られて、大蛇の三公と云ふ悪者に嘖まれて居る所へ三五教の宣伝歌を謡ひ、助けに来て下さいましたお方で御座います。其方に目潰をかけて引倒かし、荒縄で縛り、姉さまと一所に埋めて了ひました。ウワーツ…………』 と又泣き伏す。黒姫はあわてふためき乍ら、 黒姫『これこれお梅さま、シツカリして下され。高山彦さまは何処に埋めてあるか。さあ早く行つて助けねばなるまい。お愛さまと云ふのは火の国都の愛子姫ではありませぬか。さあ行きませう』 と促せば少女は、 お梅『ハイ、あまり恐かつたので気が遠くなり、をばさまの仰しやる事がハツキリ分りませぬが、案内しますから、何卒助けてやつて下さいませ』 黒姫『あゝさうだらうとも、無理もない。可憐さうに、怖いのも尤もだ。それにしてもようまアお前は免れて来られたものだ。サア一時も愚図々々しては居られませぬ。息が絶れては取返しがつきませぬからな』 お梅『をばさま、妾が案内致します。何卒跟いて来て下さい』 と先に立つ。されどお梅は夜前の騒動に気を脱かれ、其上積み重ねられた石を取除け様として力一杯気張つた結果、身体は非常に疲れて了ひ、足許さへもヒヨロヒヨロである。それ故思はしく足も運ばず、余りのもどかしさに黒姫は気が急いて堪らず、 黒姫『お梅さまとやら、此をばが負うてやりませう。お前は妾の背中から案内して下さい。一刻も猶予はなりませぬから……』 と云ひ乍ら、お梅をグツと背に負ひ、杖を力に雑草生ひ茂る山道を、我を忘れて進み行く。殆ど十丁ばかりも来たと思ふ時、お梅は背中より細い声にて、 お梅『をばさま、あそこの楠の根元に、沢山な石が積んで御座いませう。あそこに姉さまや、二人の方が埋められて居られます。ワーンワーン』 と又もや泣き出す。黒姫は泣き叫ぶお梅を労はり乍ら、慌しく塚の前に馳寄り、背中よりお梅を下し、一生懸命の金剛力を出して、口に神号を称へ乍ら巨大な石に手をかけ、押せども突けどもビクとも動かぬのに落胆し、涙をタラタラと流し乍ら、一生懸命に天津祝詞を奏上し初めた。 此時丸木橋の袂に現はれた三尺ばかりの八人の童子、何処ともなく出で来り、巨大なる石を毬を投げる様に軽さうにポイポイと取り除け、四五間先へ投げつけて了つた。さうして又もや白煙となつて童子の姿は見えなくなつた。黒姫は感謝の涙に咽びつつ一生懸命に土を掻き分け汗みどろになつて掘りだした。見れば三人の男女が一緒に枕を並べて埋められて居る。黒姫は心の裡にて神助を祈り乍ら、三人の身体を掘り上げ青草の上に寝かせ、手早く縛の縄を一々解き、天の数歌を歌ひ上げ、三人の蘇生を祈つた。 お梅は其の間に黒姫の水筒を取り谷水を汲み来り、三人の口に含ませた。お愛は『ウン』と一声叫ぶと共にムツクリと起き上り、お梅の姿を見て嬉し気に、 お愛『ア、お前は妹のお梅であつたか。ようまあ無事で居て下さつた』 と飛びつく様にする。お梅は嬉しげに、 お梅『姉さま、嬉しいわ、三五教のをばさまが助けて下さつたのですよ。お礼を申しなさい』 黒姫は二人の男の顔を見較べ、高山彦には非ざるかと一生懸命に調べて居たが、 黒姫『ヤア、之は孫公ぢやつた。まア如何したら良からう』 と身体に手を触れて見た。まだ何処ともなしに温味がある。黒姫はお愛の感謝の言葉を耳にもかけずに、二人の男に一生懸命に鎮魂をなし、天の数歌を謡ひ上げて居る。二人は漸く『ウーン』と呻いて起き上り四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。 孫公『やあ、黒姫さまか。ようまあ助けて下さいました』 と云つたきり涙をタラタラと流し、大地に頭を下げて感謝して居る。兼公は四辺をキヨロキヨロ見廻し、 兼公『ヤア、お愛様、誠に危い事で御座いました』 お愛『兼公、三五教の宣伝使様が、妾達一同の生命を助けて下さつたのですよ。お礼を申しなさい』 兼公『之は之は、誰方か存じませぬが、能くもまあ生命を拾つて下さいました。悪者の為めにこんな処に、生埋めにされて居りました。モ少し貴女のお出でが遅かつたら、生命は助かりませぬでした。私は矢方の村の兼公と申して、あまり良くない人物で御座います。斯うなつたのも全く天罰で御座いませう。何卒神様にお詫をして下さいませ』 黒姫『まあ、何よりも結構で御座いました。妾も結構なお神徳を頂きまして、斯んな気持の良い事は御座いませぬ。さうお礼を云つて貰ひましては、妾の折角の善行が煙となつて消えて了ひます。何事も皆神様が助けて下さつたのです。大きな岩石で圧へつけてあつた此塚は婆アの力に及ばず、苦しみ悶えて居る矢先、木花咲耶姫様の御化身が現はれて、岩を取除けて下さいました。其お蔭で皆さまをお助けする事が出来ましたのですから、何卒神様にお礼を申上げて下さい』 孫公初めお愛、兼公、お梅の四人は黒姫の後に端坐し、天津祝詞を奏上し救命謝恩の祝詞を終つて一行五人はもと来し道へ引返し、向日峠の山道指して辿り行く。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・九・一四旧七・二三北村隆光録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 01 言の架橋 | 第一章言の架橋〔九六五〕 広大無辺の大宇宙数ある中に霊力の 秀れて尊き我宇宙上には日月永久に 水火の光を放ちつつ下界の地球を照臨し 森羅万象悉く無限絶対無始無終の 霊力体の三元を備へてめぐる神の業 太陽大地太陰の無限の生命は御倉板挙 神の御言の恵なり抑も大地の根源は 国常立大御神豊国主大神の 経と緯との水火をもて生成化育の神業を 開き玉ひしものなるぞ無限絶対無始無終 至尊至貴なる大元霊天にまします御中主 皇大神の霊徳はすべての物に遍満し 高皇産霊の神をして霊系祖神となし玉ひ 神皇産霊の神をして体系祖神となし玉ふ あゝ惟神々々霊力体の三元は 幾億万の年を経ていよいよ宇宙を完成し 我等が宇宙の主宰神天にありては大日婁売 天照します大神と称へまつるぞ尊けれ 国常立大神は地上の主宰と現れまして 金勝要大御神神素盞嗚大神と 大地の霊力体となり地上に於ける万類を 昼と夜との区別なく恵の露をうるほはし 守らせ玉ふ葦原の神の御国ぞ尊けれ かかる尊き皇神の力に造り守ります 大海原の神国に生を享けたる人草は 広大無辺の御神徳朝な夕なに謹みて 仰ぎまつらであるべきや神は我等の霊の祖 体の祖と現れませば我等が五尺の肉体も 皆大神の借り物ぞ皇大神の永久に 守り玉ひて天地の大経綸を遂げ玉ふ 神の機関と生れたる尊き清きものならば 至粋至純の精魂に朝な夕なに磨き上げ 人と生れし天職を尽しまつれよ同胞よ あゝ惟神々々今より三十五万年 遠き神代に溯り国治立大神が 天が下なる神人の身魂を治めて美はしき 神代を造り固めむと根底の国に忍びまし いろいろ雑多と身を変じ百の神達現はして 三五教を立て玉ひ教を四方に伝へます 尊き清き三五の神の館をエルサレム 自転倒島の貴の宮西と東に霊くばり 神の心の其儘を四方に伝ふる宣伝使 任けさせ玉ふ有難さ神の司も数多く 坐します中に三五の道に仕ふる宣伝使 信心堅固の黒姫が神の御言を畏みて 四方の人草救はむと老いたる身をも顧みず 島の八十島八十の国筑紫の島の果までも 教を伝へて進み行く勇健無比の神人の 不惜身命の物語心を筑紫の不知火の 世人を救ひ助けむと高山彦の後を追ひ 自転倒島を立出でて孫公、芳公、房公の 三人の信徒と諸共に波に漂ふアフリカの 建日の港に安着し嶮しき坂を踏み越えて 火の国都に立向ひ高山彦の所在をば 索めて来る黒姫が執着心のどこやらに まだ晴れやらず気を焦ちいろいろ雑多と村肝の 心を尽す物語今日は九月の十五日 三五の巻の開け口瑞祥閣の奥の間で 安楽椅子によりかかり片手に団扇を持ち乍ら 膝を叩いて諄々と繰出す神代の物語 筆執る人は松村氏真澄の空に天津日の 晃々輝く午前九時誌し行くこそ楽しけれ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 神のまにまに説き出づるわが言の葉を永久に 世人に伝へて惟神神の賜ひし生身魂 照らさせ玉へ天津神国津神達八百万 産土神の御前に慎み敬ひ願ぎまつる 謹み畏み願ぎまつる。 現在の地理学上のアフリカの大陸は、太古の神代に於ては、筑紫の島と云つた。さうして此島は身一つにして面四つあり。火の国、豊の国、筑紫の国、熊襲の国と大山脈を以て区劃されてゐる。さうして島の過半は大沙漠を以て形作られてゐる。 現代の日本国の西海道九州も亦総称して筑紫の島と云ふ。国祖国常立之尊が大地を修理固成し玉ひし時アフリカ国の胞衣として造り玉ひし浮島である。又琉球を竜宮といふのも、オーストラリアの竜宮島の胞衣として造られた。されど大神は少しく思ふ所ましまして、これを葦舟に流し捨て玉ひ、新に一身四面の現在日本国なる四国の島を胞衣として作らせ玉うた。故に四国は神界にては竜宮の一つ島とも称へられてゐるのである。丹後の沖に浮べる冠島も亦竜宮島と、神界にては称へられるのである。 昔の聖地エルサレムの附近、現代の地中海が、大洪水以前にはモウ少しく東方に展開してゐた。さうしてシオン山といふ霊山を以て地中海を両分し、東を竜宮海といつたのである。今日の地理学上の地名より見れば、余程位置が変つてゐる。神代に於けるエルサレムは小亜細亜の土耳古の東方にあり、アーメニヤと南北相対してゐた。 又ヨルダン河はメソポタミヤの西南を流れ、今日の地理学上からはユウフラテス河と云ふのがそれであつた。新約聖書に表はれたるヨルダン河とは別物である。さうしてヨルダン河の注ぐ死海も亦別物たることは云ふ迄もない。今日の地理学上の波斯湾が古代の死海であつた。併し乍ら世界の大洪水、大震災に依つて、海が山となり、山が海となり、或は湖水の一部が決潰して入江となつた所も沢山あるから、神代の物語は今日の地図より見れば、多少変つた点があるのは止むを得ぬのである。 さて三五教の宣伝使黒姫が現代のアフリカ、筑紫の島の一部、熊襲の国の建日の港へ上陸し、それより建日別命の旧蹟地を探ね、筑紫ケ岳を三人の供人と共に踏越えて、火の国の都を指して進み行く物語は、前巻に於て大略述べておいた通りである。いよいよこれより黒姫が火の国都に立向ひ、高山彦の宣伝使と名乗る高国別命、神名は活津彦根命を自分の夫高山彦と思ひ詰め、夫の所在を探らむと進み行く波瀾重畳としたる面白き昔語である。さうして自分の若き時に或事情の為に捨児をした男の子が、成人して立派な宣伝使となり、同じ道に仕へて居るのをも母子共に気付かなかつたのが、或機会に親子の間柄たる事が知れ渡り、喜び勇んで自転倒島の聖地へ帰り、麻邇の宝珠の神業に奉仕する芽出度き事実を口述するのが本巻の主眼である。第三十三巻を参照すれば、此間の消息が分るであらう。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・九・一五旧七・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 11 野宿 | 第一一章野宿〔九七五〕 孫公が一生懸命になつて夜中に祝詞をあぐる声に、目を覚まされて起き上つたお愛は、孫公の此姿を見て怪しみ、ツカツカと側に寄つて来た。其時は已に祝詞を終つてヤツと一息をついた時である。 お愛『孫公さま、もう何時で御座いませうかな。まだ夜明には間がある様ですが、えらい早く目が覚めたと見えますなア』 孫公は星月夜にお愛の姿を眺めて驚愕し、両手を打振り打振りながら、 孫公『もしもしお愛さま、其処にジツとして居て下さい。お前さまに来られると恋の糸に縛られて、身体がビクともせない様になつて了ひます。もう何卒々々彼処で結構で御座います。何なりと御用を云つて下さい。近寄つて来ても私はスツパリ改心しましたから、何程可愛いお愛さまが秋波を送つて下さつても、孫公の鉄石心はお生憎様、梃子でも棒でも動きませぬぞや。女と云ふものは魔だからな。世界中の男を雁字り捲きにして身動きもならない様にする奴だからなア。あゝ若し若しお愛さま、さう此方へ近寄つて貰つちや堪りませぬわ、何だかいけ好かない臭がしますから……』 と今見た夢の受売を一生懸命にやつてゐる。 お愛『ホヽヽヽヽ、あのまア、孫公さまの恐さうな様子、お前さまも男ぢやありませぬか、チツとシツカリなさいませ』 孫公『最前の夢の見直しかいな。同じ様な事を言ひよるワイ』 お愛『これ孫公さま、夢でも見なさつたのか。ほんに気楽な方ですな』 孫公『気楽どころか、チツとも寝られないのですよ。お前さまが出て来ては私を罵つたり引括つたりするものだから、如何しても寝られやしない。宜い加減悪戯をせずに寝んで下さいな。今晩の中にチツと身体を休めておかないと、明日の言霊戦に元気が抜けちやなりませぬからな』 お愛『何とまア訳の分らぬ寝言を云ふ人だ事、チツとシツカリなさいませ』 と言ひ乍らお愛は頬辺を一寸抓つた。 孫公『アイタヽ痛いなア。アヽ併しながら温かい柔かい白い細い手で抓られるのも、何処ともなしに愉快なものだ。モシモシお愛さま、一寸も遠慮は入りませぬ。顔なつと尻なつと腕なつとお前さまに任しますから、何卒自由にして下さい』 お愛『ホヽヽヽこれ孫公さま、虎公さまが居られますよ。あんまりの事は云はないで下さい』 孫公『アーア又怪しくなつて来た。如何やら俺の腹の中から再び最前の化女が生れさうになつて来たわい……あゝ惟神霊幸倍坐世。何卒天地の大神様、此孫公が恋の執着心を科戸の風の天の八重雲を吹き払ふ如く伊吹き払ひに払ひ除けて下さいませ、偏にお願ひ致します』 虎公は此話にフツと目を覚まし、 虎公『お愛お前其処に何して居るのだ。早く寝ないと明日は大活動をせなくちやならないぞ』 お愛『孫公さまが下らぬ事を云つて騒いで居るものですから如何しても寝られないのですよ』 虎公『孫公さま、早くお寝みなさらぬか』 と虎公がきめつける。 孫公『何だか知りませぬが、お愛さまが夢か現か分らないが二度迄も私の側にやつて来て、引張つたり抓つたり意茶つくものだから、チツとも寝られないのですよ。チツと虎公さま、女房に説諭をして置いて貰はぬと、色男の孫公も本当に迷惑致しますわい』 虎公『アハヽヽヽ気楽な男だなア。……これお愛、孫公さまをよく寝入る様に、お前の乳でも飲まして「寝んね」でも歌つて寝ましてやつて呉れ。俺達やモ一寝入りしたいからな』 お愛『オホヽヽヽ虎公さま、そんな事云つて下さると困りますわ。孫公さまの前で……』 孫公『オツと占めた、御亭主の許可が下つたのだからもう大丈夫だ。これこれお愛さま、遠慮は要らぬ、苦しうない、近うおぢや』 お愛『オホヽヽヽ、又女の臭い香がすると御迷惑だから遠慮しておきませうか、なあ、妾は男の側へ寄ると鼻を捩ぢたり、目玉をくり抜いたり、乳を噛み切つたり、抓りたいのが病ですから……それでも御承知ですならお傍へ寄せて頂きませう』 孫公『虎公さまは随分辛抱のいい男だと見えるなア。こんな剣呑な女を如何してまア平気に一緒に寝て居るのだらう。矢張意茶つかれるのが気分が好いのかなア』 お愛『虎公さまなら一度だつて抓るの、齧りつくの、そんな乱暴な事はしませぬよ。肩から足の先まで撫でて可愛がつて寝かして上げるのですからね』 孫公『そんなら私もさう願ひたいものだなア』 お愛『エヽ好かんたらしい。天ン若だから抓つたり噛んだり、可愛がつてやると云ふのですよ。オホヽヽヽ』 孫公『はい有難う。それで何もかも私の胸が開けました。実の処はお前さまが私の顔を一寸覗き込んで、意味ありげな笑ひ様をなさつたと思ひ、此奴ア俺にチヨイ惚だなアと早合点し、それを根にしてお前さまを密かに恋する様になつたのだ。併し今の言葉によればお前さまは此孫公に対し、吾不関焉の御心底だと云ふ事が今初めて分りました。是で私もスツカリ諦めます。何卒安心して下さいませ。此上は決して穢しい量見は出しませぬから……』 お愛『吾不関焉位ですか。本当の事を云へば孫公さまは鈍な男だ、虫の好かぬ男だと思つて居るのですよ。お前さまの方から吹いて来る風でさへも胸が悪いのだもの、本当にいけ好かない野郎だと心の底から思つて居ますのよ』 孫公『ハイ、有難う。ようそこ迄嫌つて下さいました。それで私も真人間になつて助かります。アヽ神様、有難う御座います』 と愛想尽かしを云はれて、孫公は心の底から打ち喜び、拍手をうつて大神に感謝の詞を捧げて居る。 三公は又もや目を覚まし、 三公『皆さま、えらうお話が機んでる様ですが、もう夜明けに間もありますまいな』 孫公『烏羽玉の暗夜はここに晴れ渡り 心の空に照る月の影。 来て見れば白山峠の登り口 登りつめたる恋の曲者。 曲者は今や何処へ去りにけむ 心の空に懸る雲なし。 草原を分けて怪しの物影は 吾を目当に攻め寄せにける。 その影は何者ならむわが胸に 潜み居たりし恋の曲者。 何時迄も胸の悪魔の去らざれば 吾は根底の国に落つべき。 皇神の深き恵みに包まれて 草野にやすく夜を眠りたり。 惟神神のまにまに進み行く 大蛇退治の身こそ尊き』 虎公『小夜更けて砧の声もとどまりぬ 早く寝ねませ孫公司よ』 孫公『沸き返る恋の焔に包まれて 心苦しく眠られざりける』 お愛『ほのぼのと東の空も白山の 麓に明かす神の道芝』 三公『騒がしき声聞きつけて起き上り 四辺を見れば恋の曲者』 孫公『まごまごと恋路の暗をさまよひて 一目も寝ずに泣き暮しける。 泣き暮す恋の虜は吾ならじ 今は昔の三公親分よ』 三公『晴れ渡る大空の如きわが胸に 恋の黒雲かかるべしやは』 お愛『人はいざ知らず妾は何処迄も 恋と道とを立て別け行かむ』 虎公『迷ひ行く恋の坂道漸くに 踏み越えましし三公の君』 孫公『まごまごと白山峠の山麓に まごつき恋の夢を見しかな。 夢に見て恋しきものを現身の 君に添ひなば如何に楽しき。 まて暫し心猿意馬は又狂ふ 心の手綱かたく結ばむ。 惟神神の教の道をふみ 恋の曲者斬りて屠らむ。 迷ひけり覚めけり又も迷ひけり 夢に夢見る浮世なりせば』 夜は漸くに白み初めた。四人はムツクと起き谷川に手水を使ひ身を清め、天津祝詞を奏上し、携へ来りし弁当を食ひ、赤禿だらけの白山峠を登り行く。孫公は道々足拍子を取つて歌ひ出す。 孫公『「ウントコドツコイ」きつい坂今行く坂は恋の坂 善か悪かは白山の峠を渡るわが恋路 知らず識らずに村肝の心の曲者跳梁し お愛の方に目をくれて「ウントコドツコイ」きつい坂 及ばぬ事のみ思ひつめ心を苦しめ居たりしが 「ウントコドツコイハアハアハア」油断をすれば危ないぞ 危ない危ない恋の闇寝られぬままに起き上り 彼方此方と「ドツコイシヨ」夜霧の中を逍遥うて 恋の焔を消すうちにザアザアザアと音たてて 「ウントコドツコイ」又滑る怪しの女が只一人 薄の中から手を伸ばし「ウントコドツコイ」嫌らしい 妙な声をばふりしぼりモシモシこれこれ旅の人 「ドツコイドツコイ」私はお前に願ひがありまする 何卒此方へ来てお呉れお頼み申すと云ふ故に 寝られぬままに「ドツコイシヨ」孫公司が跟いて行く やさしい女の顔に似ず口を極めて荒男 神の司を捉まへて口を極めて嘲弄する こりや怪しからぬ女奴と眼を据ゑて「ウントコシヨ」 睨めば女は打笑ひ女に「ドツコイ」魂抜かれ 荒野を逍遥ふ「ドツコイシヨ」腰抜男のお前さま お愛の方を恋しいと迷ふ心の執着が 妾の身体を生みましたほんに困つた男だと 散々小言を並べ立て孫公凹ます折柄に 何処ともなしに宣伝歌闇を通して響き来る 「ハアハアハアハア」えらい坂「如何にも息が絶れさうな」 玉治別と名乗りつつ孫公司を誡めの 手痛い意見の宣伝歌こりや堪らぬと首おさへ 眼を閉ぢて居る間に以前の女は何処へやら 煙となつて「ドツコイシヨ」姿を隠した訝しさ 折から吹き来る夜嵐に面を撫でられ気がつけば 執着心の恋の犬主人の寝たのを幸ひに 跋扈跳梁して居つたあゝ惟神々々 思へば思へば馬鹿らしい別に恋しと「ドツコイシヨ」 俺は思うたぢや無けれども心に潜む曲者が 此肉体を左右して「ウントコドツコイヤツトコシヨ」 あんな心にしたのだらうあゝ惟神々々 神の尊き御光に心の闇も晴れ渡り 夜も白々と白山の峠を越えてスツポンの 湖に潜める曲津見の大蛇を言向け和さむと 進み行くこそ楽しけれあゝ惟神々々 神の助けを蒙りて吾等一行四人づれ 協心戮力「ドツコイシヨ」臍を固めて曲神の 醜の砦に立ち向ひ善言美詞の言霊に 大蛇の霊を解脱させ天国浄土に救ひつつ 皇大神の御教を禽獣虫魚に至るまで 開き行くこそ雄々しけれあゝ惟神々々 御魂幸へましませよ』 と歌ひ乍ら、四人は漸くにして白山峠の絶頂に辿りつけり。 (大正一一・九・一六旧七・二五北村隆光録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 16 浮島の花 | 第一六章浮島の花〔九八〇〕 東西二十里、南北三十里に亘る此湖水の中に三個の浮島ありて、時々刻々に其位置を変じ、浮草の如く漂へる奇妙なる島なり。玉治別は此島を近く引寄せむと、金扇を開き、打煽ぎながら差招く。 玉治別『浮島にゐませる神よ心あらば 寄り来りませわれはあふがむ。 水の面に軽く浮べる此島は 如何なる神のすみかなるらむ。 島影にかくれひそめる曲神を 神の御稜威に救ひ照らさむ。 現し世も亦幽世も神の世も 皇大神のしらす御国ぞ。 国治立神の命の伊吹より 現はれますかあはれ此島。 玉の緒の命の限り玉治別は 汝を救ふべくここに来れり。 玉治別神の命は素盞嗚の 神の伊吹を受けつぎて来し。 惟神神の誓ひの深ければ 如何なる曲も救ひ玉はむ。 鬼大蛇虎狼や獅子熊も 神の水火より生れたる御子。 われは今神の御言を蒙りて 汝救はむとここに来れり。 三五の神の教は世を救ふ 誠一つの玉治別なり。 わが魂は如意の宝珠と輝きて うみの底迄照らし行くなり。 湖底に潜み隠るる醜神も 浮かして救ふ神の正道。 浮き沈み交々来る人の世も 神に任せば永久に栄えむ。 スツポンの湖の底ひは深くとも 神の恵の深きに若かず。 いざさらば玉治別が言霊の 厳の伊吹を開き見むかな。 開け行く御代に扇の末広く 栄え栄えよ湖の底まで。 三五の神の教の孫公が 神の司と詐りしはや。 詐りのなき世なりせば斯くばかり 神は心を痛めざらまし。 あゝ神よ普く世人を救へかし 湖の底なる大蛇の末まで。 鬼大蛇醜の猛びの強くとも 玉治別の魂に照らさむ。 曲神も皇大神の御霊なり 夢おろそかに扱ふべしやは。 来て見れば此処に四人の神の子が 力限りに言霊宣り居り。 言霊の曇りはいよよ深くして 湖の底まで通らざりける。 八千尋の底に潜める曲津神も 天津日影は仰ぎ見るらむ。 松の島竹の島より梅の島 三つの御霊の姿なりけり。 素盞嗚の神の伊吹の清ければ わが言霊も澄みて鳴り鳴る。 なりなりてなり余りたる天教山の 神の御稜威ぞ尊かりけれ。 木の花の咲耶姫神現はれて 曲に悩める人を救はす。 何事も神の心に任しなば 世に恐るべきものはあらまし。 千早振る古き神代の昔より 神の心は変らざりけり。 火と水は古き神代の昔より 色も変らず味も変らず』 玉治別はかく詠ふ折しも、湖面に浮べる美はしき一つの島、言霊の威力に感じてや悠々として湖畔近く寄り来る。近寄り見れば、意外なる広き浮島なり。玉治別は先頭に立ち、此浮島に渡らむとする時、いづくよりともなく声ありて、 (言依別命)『待て暫し玉治別の神司 此浮島は曲の変化ぞ。 美はしき松生ふ島と見せかけて 悩まさむとする曲の醜業。 村肝の心を配れ五柱 曲の集へるこれの湖。 素盞嗚の神の尊の生御霊 われは言依別の神ぞや。 言依別神の命が現はれて 玉治別に力を添へむ。 烏羽玉の闇夜をてらす日出別 神の命も今ここにあり。 木の花姫神の命の生御霊 蚊取の別もかくれ来にけり。 惟神神の御霊の幸深く 湖底までも照らし行くなり』 と、何処ともなく中空より聞え来る。 玉治別はハツと頭を下げ、拍手再拝、神恩を感謝し、寄り来る松島に向つて、声も涼しく生言霊をうちかけたり。 玉治別『神素盞嗚大御神木の花咲耶姫神 其生霊と現れませる蚊取の別の宣伝使 瑞の身魂の生御霊言依別の神司 日出別の神人が吾等一行の言霊の 戦を守り助けむと天空高く翔らせて 下り玉ひし尊さよあゝ惟神々々 神の守りは目のあたり玉治別は勇み立ち 吾言霊のつづく丈誠一つを楯となし 仁慈無限の大神の深き心を四方の国 青人草は云ふも更これの湖水にひそみたる 大蛇の末に至る迄救ひ助けでおくべきか 今浮島と現はれし醜の大蛇よよつく聞け 神の道には塵程も詐り汚れなきものぞ 清けき島と見せかけて吾等を誑かり悩めむと 謀りに謀る邪曲の汝の心ぞ憐れなり あゝ松島と現はれし醜の霊よ今よりは 神にうけたる魂を教に清き湖に 洗ひ清めて天地の神のよさしの瑞御霊 元の姿に立ち帰れいかなる清き霊でも 曇れば石に若かざらむ玉治別が真心を こめて汝を諭すなりあゝ惟神々々 神の大道に早帰れ神に帰りし霊ならば 祈らずとても皇神は汝が罪を赦しまし 生命と栄光と歓喜に充ち足らひたる神国に 安く救はせ玉ふべし玉治別の宣伝使 言霊ここに宣り了るあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了るや否や、今迄目の前に現はれたる松島は、グレンと顛覆した途端に、白と赤とのダンダラ筋の鱗を湖面にさらし、見る間に荒波を立て、湖中深く沈みける。其光景は実に凄じきものにてありき。 又もや一つの島、悠々として此方に浮び来る。よくよく見れば、島一面に黒き細き竹が密生してゐる。其竹の間より花を欺く妙齢の美人、三柱現はれ、優しき手をさし伸べて、早く来れと、口には言はねど、其形容に現はし、手招き頻りなり。玉治別は以前の松島に懲りて、容易に動かず、両手を組み、此島に向つて鎮魂を修しければ、島は追々湖畔に近より来り、以前の女神は竹藪をぬけ出で、浮島の水打際に立ちて、ニコヤカに玉治別一行の姿を見つめゐたり。 玉治別『竹島に乗りて寄り来る神人の 姿を見れば心栄えぬ。 さりながら如何で心を許さむや われ松島の怪しきを見て。 怪しきはこれの竹島いかにして 三人乙女の現はれにけむ。 素盞嗚神の尊の生みましし 三つの御霊に似ましけるかも。 小波の中に漂ふ竹の島 三人乙女の影美はしも』 お愛は又詠ふ。 お愛『有難やあら尊やと伏し拝む 神の姿の美はしき哉。 素盞嗚神の尊の分御霊 今わが前に現れましにけむ。 惟神神の大道を踏みしめて 瑞の御霊の道を守らむ。 三つ御霊、五つの御霊と相並び 守らせ玉ふ筑紫の神国。 天教山尾の上を降りし八島別 神の命のわれは娘ぞ』 と歌ひ終り、三人の女神に向つて伏し拝む。女神の一人は声も淑やかに、 女神の一人『真心をつくしの島の此湖に 世人救ふと来ります君。 八島別神の命の御裔ぞと 聞くわれこそは嬉しかりけり。 われこそは神世を松の姫命 汝が心の栄えまちつつ。 栄えゆく神の御国に末永く いや栄えませ愛子の君よ』 お愛『有難し瑞の御霊の現はれて わが身の曇り晴らし玉へる。 虎若彦夫の命をわが為に 弥永久に守り給はれ』 次なる女神又詠ふ。 別の女神『愛子姫汝が命は建日向 別の命の珍の御子かも。 八島別神の命は天教の 山に登りて栄えましけり。 敷妙の神の命の汝が母は 今ヒマラヤの山にましける。 ヒマラヤの山より高き親の恩 ゆめゆめ忘れ玉ふまじきぞ』 お愛、これに応ふ。 お愛『敷島の大和心のあらむ限りは 神の大道に進みて行かむ。 父母の神の命の御心に 反きし事の歎かはしきかも。 惟神神のまにまに進み行く わが宿世こそ不思議なりけり。 久方の雲井の空を立ち出でて 武野の鄙にわれは暮しつ』 三人の女神又詠ふ。 三人の女神『三五の神の教の孫公司よ 大蛇の曲は消えうせにける。 いざさらば心の大蛇を言向けて 誠の道に進ませ給へ。 惟神神の屋方の三公よ 汝が父母は神国にあり。 世の中に神の御目より眺むれば 仇も味方もなきぞ尊き。 此湖に汝が仇のひそむとは よくも心の迷ひしものよ。 村肝の心の雲を吹き払ひ 照らせたきもの月の教を。 玉治別貴の命の神司 とく行きませよ火の国都へ。 火の国の都の空に黒雲の かかるは忌々しとく進みませ。 いざさらば三人乙女は立ち去らむ 五人の人よすこやかに坐せよ』 といふかと見れば、島諸共に何処へ行きけむ、跡形もなく、あとには紺碧の湖面に、波穏かにうねりゐるのみ。 是より玉治別一行は此湖の曲津神を帰順せしむべく、皇大神に請ひのみまつり、一日一夜祈願をこらせば、忽ち湖水は二つに分れ、美はしき女神の姿となりて五人に無言の儘、恭しく拝礼し終り、直ちに雲を起し、悠々として天上高く昇り行けり。これは此湖にひそみし巨大なる三頭の大蛇、神の霊徳に依つて三寒三熱の苦をのがれ、忽ち美はしき女神の姿と化して、天国に救はれたるなりき。 ここに玉治別は一行と共に、再び白山峠を越え、熊襲の国の三公が館に立寄り、一夜を明かし、急いで火の神国さして進み行く。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・九・一六旧七・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 17 霧の海 | 第一七章霧の海〔九八一〕 青葉は薫り、霞は迷ふ荒井ケ岳の絶頂に腰打かけて、四方を見はらし、雑談に耽つてゐる三人の男女がある。余り風はなけれども何となく朝の空気は涼しい。彼方此方に煙ともつかず、霧ともつかぬ靄が大地一面に閉ぢ込め、其中より浮き出た様にコバルト色の山岳が現はれてゐる。 徳公『モシモシ黒姫様、何といい絶景でせうか、日中は随分苦しいですが、斯う朝霧に包まれて、涼しい空気に当り、四方を見下す気分は、まるで地上の一切を掌握した王者の様な雄大なる気分が漂うて来るぢやありませぬか』 黒姫『実に雄大な景色ですなア。火の国の都はどの辺に当りますか』 徳公『これからズツと西に、うす黒く浮き出た様な山がありませう。それが火の国の都の西に聳えてゐる花見ケ岳と云つて火の国第一の名山で御座いますよ。あの東に見えるのが火の国ケ岳、其少し北へよつてゐる絶頂の少し浮いて見えるのが向日山、それからズツと北にうすく霧の中から覗いてゐるのが白山峠です。其外の山々は全部霧の海に沈没して居りますから見られませぬ。此霧がサラリと晴れようものなら、それこそ天下の壮観です。花頂山、天狗ケ岳、越の山、春山峠、志賀の山などと、随分立派な青山が点々してゐます。其間を縫うてゐる火の国川は、天の棚機姫が布を晒したやうに蜿々として火の国の原野を流れ、えも言はれぬ光景です。さうして西南に当つて竜の湖といふ随分大きな湖水がありますが、それも生憎霞の為に包まれてゐます。それから火の国都の名物、五重の塔が霧のない時は、うつすらと目に映ります。それを見る度に、何ともいへぬ気分になつて、眠たくなりますよ』 黒姫『徳公さま、随分あなたは地理に詳しい方ですなア。さう云ふお方に案内をして貰へば大丈夫ですなア』 徳公『乍併此荒井峠は其実、御代ケ岳といふのですが、いつも山賊が出て荒つぽい事をするので、誰いふとなく荒井峠と綽名がついたのです。一名は生首峠とも云つて、此峠には生首の絶えた事のないといふ危険区域です。此徳公は地理には精通し且豪胆者だといふことを、三公の親分が知つてゐますから、抜擢して御案内に立てと、命じたのですから、何事があらうとも、徳公のゐる限り大丈夫ですから御安心なさいませ。仮令泥棒の千匹万匹、束になつて押し寄せ来るとも、敵一倍の力を発揮し、縦横無尽に斬り立て薙ぎ立て追ひ散らし、敵を千里に郤けて、御身の御安泰を守ります』 黒姫『オホヽヽヽ、随分口の勇者ですなア』 徳公『ソラさうですとも、言霊の幸はひ助け生くる神の国ですもの、勇めば勇む事が出来てくる、悔めば悔むことが出来てくるのは天地の真理、言霊学上の本義ですから、力一杯強いことをいつて、荒井ケ岳の曲神を慴伏させる徳公が一厘の仕組、実に勇ましき次第なりけりと言ふ所ですわい、アハヽヽヽ』 黒姫『オホヽヽヽ、元気な徳公さまだこと』 久公『オイ徳、モウ夜が明けてゐるぞ。何寝言を云つてゐるのだ。一つ手水でも使つて来い』 徳公『オイ久公、貴様こそ寝言を云つてるのだらう。さうでなくちやそんな馬鹿な事が云へるかい。よく考へて見よ。こんな高山の絶頂に、手水を使へといつた所で水があるかい。それだから貴様は寝言を云つてると云ふのだ』 久公『形体ある水で使へと云ふのぢやないよ。無形の清水で手水を使へと云つたのだ。言霊の幸はひ助け生くる国だから、俺がかう云つたが最後、此山頂から俄に清水が滾々として湧き出すかも知れないのだ。余り茶々を入れて呉れない』 徳公『茶々を入れと云つたつて、わかす水もないぢやないかい』 久公『俺が一つ魔法瓶から茶々を出して呑ましてやらうか、それツ!』 といひ乍ら、前をまくつて、徳公の方に向つて竜頭水の如く塩水を噴出する。 徳公『エヽ汚ねえ事をすな。此親分にして此乾分あり。いつも下らぬ事ばかり見聞してゐよるものだから、そんな無作法な事を平気でするのだ。山には山の神さまがあるぞ。すべて山の頂きは人間に例へたら頭も同様だ。頭に小便をひりかけるとはチツと無道ぢやないか』 久公『俺のは小便ぢやない、バリと云ふのだ。余り貴様がイバリよるから、一つバリ水をさして温めてやらうと思つたのだ。余りメートルが上りすぎて居るからなア。バリの洗礼を施して貴様の心を、サツパリ荒井峠だ、ウツフヽヽヽ』 徳公『黒姫さま、常の習ひが他所で出るとか云ひまして、日常の教育が不用意の間に現はれるものですなア。本当に仕方のない奴です。虎公親分も斯んな代物を飼つて居るのは随分大抵ぢやありますめえ』 久公『コラ黙つて居れば、口に番所がないと思つて、非常にバリ嘲弄を恣にしよる。モウ承知せないぞ』 徳公『貴様は貴様の方からバリかけたぢやねえか。俺がバリするのは当然だ。これでも三公の身内に於ては、徳公と云つてバリバリ者だから、グヅグヅ吐すと笠の台が洋行するやうな目に会はしてやらうか』 久公『煩雑な議論をして居るよりも、手取早く自由行動だ。サア来い勝負!』 徳公『ハツハヽヽヽキウキウ取つつめられ、キウ策を案出して、キウに威張り出しよつたなア、マアちつと冷静にものを考へて見よ。親分同志は和解してゐるぢやねえか。ワカい者同志が斯んな所で喧嘩しちや済まねえぞ、此処に三五教の宣伝使が見て御座る。無抵抗主義を貴様は何と思つてゐるかい』 黒姫『モシモシお二人さま、どうぞ争ひはやめて下さい。見つともないぢやありませぬか』 徳公『徳別久行列車が黒姫オツトドツコイ、コリヤ失敬、黒煙を吐いて、火の国の大原野を疾走する所ですからなア、アハヽヽヽ』 久公『久々如律令、とうかみゑみため、払ひ玉へ清め玉へ、南無惟神霊幸倍坐世、一時も早く徳久列車が勝利の都へ安着致しまする様、帰命頂礼、願望成就、無上霊宝、珍妙如来、守り玉へ幸はひ玉へ、ウツフヽヽヽ』 斯かる所へ四五人の男、一人のかよわき女を伴ひ急坂を登り来る。 徳公『いよいよ泥公の御出現だ。 此山働く泥棒が長い大刀振りまはし オイオイ貴様は旅の奴お金をスツカリおれの前 出すか出さぬかコリヤどうぢや出さぬと云つたら此通り おどせば久公は泣き出し金を出せなら出しもする 供をせいなら供もする命ばかりはお助けと 云うても帰らぬ久公を憐れや泥棒がバツサリと 斬つてすてたる恐ろしさあゝ惟神々々 叶はぬならば久公よ一時も早く逃げ出せよ 三十六計の奥の手は逃げるにしくはない程に かけがひのない其命もしもバツサリやられたら 貴様の内のおなべ奴が吠面かわいて喧しう 近所に迷惑かけるだろアハヽヽヽ、アハヽヽヽ』 久公『コリヤ徳、何を吐きよるのだ。泥棒が怖くつて侠客が出来るかい。おれを誰だと思つてゐるのかい。蟒の久公と云つたら俺のことだぞ。昔は白山峠に岩屋戸を構へ、七十五人の乾児を引きつれ、往来の人間を真裸にし、経験をつんだ悪逆無道の蟒の久公の成れの果てだ……と云ふのは俺ではない。其久公の名をあやかつた新久公だから、チツとは泥的の匂ひ位は保留してるつもりだから、余りバカにして貰ふまいかい』 五人の男は久公の法螺を聞いて、本当の泥棒の出現と思ひ、顔色をサツと変へてゐる。一人の女は度を失ひ、 女『あゝ如何しませう、泥棒が出ました。兄さま助けて下さいな』 男(鉄公)『人間は覚悟が第一だ。荒井峠に山賊が出るから、モウ少し遅く、夜が明けてから登らうと云つたのに、貴様が喧しく急き立てて夜中立をして来たものだから、こんな怖い目に会ふのだ。これも自業自得とあきらめて真裸となり、命丈助けて貰ふやうにするのが第一の上分別だ。オイ皆裸になれ、泥公の方から請求されない間に綺麗サツパリとおつ放りだす方が得策だ。人の性は善だから、下着の一枚位は返してくれるかも知れぬからのう』 と小声に一同に向つて囁いてゐる。久公は此囁き声はチツとも耳に入らなかつた。余りの驚きに耳が鳴つてゐたからである。 男(鉄公)『私は火の国の者で御座いますが、俄に急用が出来まして、男女六人連れ、此坂を越えて参りました。どうぞ荒いことをせないやうに頼みます。其代りスツカリ着物を脱いで渡しますから……』 久公『お前は人の着物を脱がすのが商売だから無理もないが、どうぞ今日は日曜にしてくれ、頼みぢや。三五教の黒姫さまのお供をして火の国へ行くのだから、ここで真裸にせられちやア、本当に迷惑だからなア。一枚だつて渡すこたア出来ないから、どうぞ諦めて下さい。これでも男一匹の侠客だから、裸一貫の大男だから……』 男も亦驚きの為に耳もろくに聞えなくなつてゐた。 男(鉄公)『エヽ何と仰有います。一枚も渡さぬと仰有るのですか。せめて下着なつと下さいな、裸一貫とか二貫とか仰有いましたが、裸になつちや道中が出来ませぬ、又こんな孱弱い女も居るのですから、そこはお慈悲で見のがして下さいませ』 外五人の男女は目をふさぎ、耳をつめ坂路にふるひふるひ踞んでゐる。 徳公『アハヽヽヽ、臆病者同士の寄合ぢやなア………コレコレ旅の御方、吾々は決して泥棒ぢやありませぬよ。大蛇の三公の乾児で、弱きをくじき、強きを助けると云ふ都合の好い侠客だから、マアマア安心なさい。命を取つても着物迄取らうとは云はねえから安心しなせえ。今の人間は体よりも着物を大切がるから大切な着物の方を助けて上げやせう、アハヽヽヽ』 黒姫『コレコレ徳公、久公、冗談もいい加減にしておきなさい。旅のお方が本当の泥棒だと思つて、あの通り慄うてゐられるぢやありませぬか。そんな肚の悪いことを云ふものぢやありませぬよ』 徳公『いかにも御尤も千万、恐れ入谷の鬼子母神、呆れ蛙の面に水、つらつら思んみれば、見ず知らずの旅人を捉へ、いらざる嚇し文句を並べたて、誠に以て不都合千万、平に御容赦願上げ奉りまする……コレコレ旅のお方、吾々は決して泥棒ぢやありませぬ。三五教の信者だから安心して下さい。実は此方の方から、お前さま達を泥棒の群だと早合点して、雨蛙の胸元のやうに、ペコペコとハートに波を打たせてゐた余り強くない代物ですよ。疑心暗鬼を生ずとかや、互に心の縺れから、せいでもよい心配をしたり、させたり、らつちもねえことで御座んした』 旅の男は漸くにして胸撫でおろし、 男(鉄公)『あゝそれで落着きました……オイお前達、モウ心配するには及ばぬ、気を確に持て。こんな弱い事で荒井峠が越されると思ふか。仮令泥棒の千匹万匹押寄せ来るとも、此鉄公が鉄拳を揮つて、泥棒の群に縦横無尽に飛込んだが最後、さしも暴悪無道の泥棒の群も風に木の葉の散る如く先を争ひ、ムラムラパツと逃げ散つたり。逃げる奴には目はかけず、寄せくる奴は片つぱしからブンなぐり、素首ひきぬき、股をさき手をむしり、子供の人形箱のやうに致してくれむは案の内、ヤア面白し面白し。実に名にし負ふ荒井ケ岳の勇将と、名を万世に轟かす、比ひ稀なる豪傑なり………と云ふ様なものだ。マアマア木ツぱ共、否臆病者共、此鉄公さまに従ひ来れ、オツホーン』 黒姫『アハヽヽヽ又久公の二代目が出来ましたなア』 徳公『久公の副守護神が憑依したのですよ、アハヽヽヽ』 旅の男は五人の男女を差し招き、法螺を吹き、空威張りし乍ら、ヤツパリどこかに薄気味が悪いと見え、下り坂になつたを幸ひ、転けつまろびつ、立板に砂利をブチまけたやうに、バラバラと命カラガラ逃げて行く。 (大正一一・九・一七旧七・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 21 暗闘 | 第二一章暗闘〔九八五〕 房公芳公両人は建日の館を立ち出でて 黒姫さまの後を追ひ嶮しき山坂トントンと 捩鉢巻に尻からげ薬鑵頭に湯気を立て 後追ひかけて来て見れば火の国峠の登り口 黒姫さまのお姿は雲か霞か魔か神か ドロンと消えて影もなし「ウントコドツコイ」このやうな はげしい坂をば「ウントコシヨ」黒姫さまの老年が どうして登つて行つたろか影も形も見えないと 二人は足を早めつつ老樹茂れる坂道を 「エンヤラヤーエンヤラヤ」ハーハースースー云ひながら 足をヅルヅル辷らせつ板を立てたる「ドツコイシヨ」 やうな嶮しき坂道を兎の如く這うて行く 当の主人の黒姫は道踏み迷ひ丸木橋 向ふへ渡つて森中にお愛其他の男をば 助けて居るとは知らずして進み行くこそ憐れなり。 二人は日のヅツプリ暮れた頃、漸くにして火の国峠の絶頂に辿りつく。そこには枝ぶりの面白い山桃の木が七八本、無遠慮に空を蔽して立つて居る。 房公『オイ芳公、これだけ俺達は一生懸命に走つて来たけれど、黒姫さまに追つかないのだ、大方道が違つたのぢやあるまいかなア』 芳公『さうだなア、どうも怪しいものだ。何でも坂の上り口に右へ行く細い道があつたが、大方其方へでも迷ひ込んで行かれたのぢやあるまいか。どう考へてもそれより外に道がないぢやないか。まア兎も角も今晩は此木の下でお宿を借ることとしよう。又人でも通つたら尋ねようとままだから夜の途を急いだ処で仕方がない。俺も大分に疲れて来たからのう』 房公『そんなら仕方がない。芳公一泊して行かうかい』 と、両人は蓑をしきグレンと横になる。 そこへ西の方から、コチンコチンと杖の先で道の小石を叩きながら、登つて来た一人の白髪の老人あり。老人は二人の休む傍に立ち寄り、杖の先にて二人の額あたりを交る交るグイグイと突いてゐる。二人は「アイタヽ」と言ひながら、ガバツと跳ね起き、薄暗がりにすかし見て、 房公、芳公『ダダ誰だい、俺の頭を杖でこづきよつた奴は、ふざけた事をしよると承知しないぞ』 老人『アハヽヽヽ、余り暗いものだから……何だか鼾がするので近寄つて見れば、暗がりに光つたものが一つ、其横に黒いものが又一つ倒れて居るので、こりや又狸の睾丸ではあるまいかと思つて、杖の先で一寸いぢつて見たのだよ。何を云うても暗がりと云ひ、老人で目が疎いのだから、頭の一つやそこら割れたつて辛抱して下さい。何程腹が立つても老人は大切にせねばならぬ規則だからのう……』 房公『何処の老人か知らぬが、知らぬとやつた事は仕方がないとしても、唯一言の断りも言はず、反対に老人尊敬論を捲し立てよつて太い奴だ。大方お前は化州だらう。さア、正体を現はせ!』 老人『オホヽヽヽ、どうせ化州に違ひないが、俺でさへも肝を潰すやうな闇の中に、よう光る薬鑵頭があつたものだから、ヒネた狸の睾丸ではあるまいかと、一寸泥のついた杖の先でいぢつて見たのだから、了見さつしやい。知らぬ神に祟りなしと云ふから、さう老人に毒つくものぢやありませぬぞや』 芳公『もしお爺さま、知らずにした事は仕方がありませぬ。こちらも両人の者が、この木の下に逗留して居ると云ふ広告を出して置かないものだから、間違へられても何とも云ふ事は出来ませぬ。併しながら黒姫と云ふ五十許りのお婆さまに、お出会ひでは御座いませなんだか』 老人『何だか黒いものにチヨコチヨコ出遇うたが、向ふが黙つて通りよつたものだから、どれが黒姫だか黒狐だか、熊だか烏だか区別が付きませぬわい』 芳公『お爺さま、この暗いのにお前は一たい何処へ行く積りだえ』 老人『俺は仕方がない極道息子が二人あつて此坂を今登つて来る筈だから迎へに来たのだよ』 芳公『ヘエ、そのまた二人の息子とはどんな人ですか』 老人『さうだなア、一人は暗の晩でも薬鑵のやうに頭が光つて、一寸腰が曲り背の低い男だ。そして一人は少し図体の大きい三十男だが、そいつは又癖が悪くて弱い相撲取り、負けて負けて負け通し、人から鍋蓋と迄名を取つた困つた伜だよ。黒姫と云ふ宣伝使のお供に来ながら、アタいやらしい振舞酒に酔うて肝腎の主人を見失ひ、こんな所へやつて来て、安閑と寝て居ると云ふ、話にも杭にもかからぬ……極道息子だよ』 と雷のやうな声で呶鳴り立てられ、二人はこの声に驚いて飛び上り、暗の中を三四間無暗矢鱈に駆まはり、房公と芳公は急速力をもつて正面衝突をなし、二つ眼からピカピカと火を出し、 房公、芳公『アイタヽヽヽ』 と目を押へて互に踞んで仕舞ふ。 老人『アハヽヽヽヽ、房野丸と芳野丸とが衝突を致しましたなア。大した破産はなかつたかなア。機関庫が爆発したと見えてずゐぶん偉い光だつたよ、ワハヽヽヽ』 芳公『コリヤ化爺、人の難儀を見て面白さうに笑ふと云ふやうな、不道徳な不人情な奴がどこにあるか、まるで鬼のやうな糞爺だなア』 老人『お前の云ふ通り、俺は見る影もない糞爺だ。目糞に歯糞、耳糞に鼻糞、お前のやうに尻糞はつけて居ないが、随分汚い糞爺だよ』 芳公『オイ糞爺、俺が尻糞をつけて居るなんて、失敬な事を云ふない。この暗がりで目が見え難いと吐した癖に、尻糞迄どうして分るのだ。糞があきれて雪隠が踊るわい』 老人『何とまア糞やかましい男だなア。俺は火の国の聖と云つて、どんな事でもしりてしりてしりぬいて居る牛の尻だよ。お前の尻の毛が何本あると云ふ所まで知りて居るのだからのう……』 芳公『こりや化爺、そんなら俺の尻の毛が何本あるか当てて見い!』 老人『オホヽヽヽ、かう見た処が唯の一本も無いぢやないか。お滝の素片多女に惚けよつて、尻の毛を一本もない所迄抜かれたと見えるわい。まるきり牛蒡の切口か椢炭の切口のやうな黒い尻だのう』 芳公『何を吐してけつかるのだい。もうよい加減にすつ込まぬか、尻の穴奴が!』 老人『すつ込めと云つたつて、十年許り苦しんで居る脱肛だから、容易にすつ込みはせないぞや。これと云ふのも房公芳公と云ふ極道息子があるために、それが苦になつてこんな病気が起つたのだよ。親不孝な息子もあつたものだ。こんな奴は今に天罰が当つて火の国峠の大蛇に呑まれて仕舞ふと、娑婆ふさぎの厄介者がなくなつてよいのだがなア。神が表に現はれて、善と悪とを立てかへる世の中だから、どうせ二人の極道息子の寿命も長い事はあるまい。あゝ可愛さうなやうな気味のよい事だわい、オホヽヽヽ』 と遠慮会釈もなく、暗がりにボツと姿を現はして嘲笑ふ。房公は最前の正面衝突で鼻血を出し痛さにものをも得云はず、地にかぶり付いて泣いて居る。老爺は皺がれた声で歌ひ出した。 老人『黒姫婆さまの供をして心も暗い両人が 暗い峠を登り来る後前見ずの暗雲で 心の舵を取り外し顔と顔とが衝突し 薬鑵頭が鼻打つて赤い鼻血をタラタラと 流して踞むいぢらしさ黒姫司にそそられて 遥々つらつて来た友の難儀を見捨ててスタスタと 高山峠を一散に登つて出て来る不人情 人の皮着た代物の平気で出来る業ぢやない 貴様二人の心には黒姫よりもまだ悪い 黒い顔した鬼が居る其鬼共を追ひ出して 生れ赤児になりかはり尻の掃除をよつくして 尊き神の御使と早くなれなれいつ迄も 黒姫如きの供をして男が立つと思てるか 前代未聞の馬鹿者だ我は国治立神 お前の御魂を磨き上げ誠の神の生宮と 造り直して神界の御用をさせてやり度いと 此処に姿を現はしてお前等二人の眼を醒まし 無限の力をそれぞれに配り与ふる神ながら 神の御息に生れたる汝はこれから謹みて 誠一つを立て通し一日も早く火の国の 花の都へ立ち向ひ黒姫司が迷ひ居る 恋の闇をば晴らせかし神の大道を踏みながら 夫のために魂を抜かれて来る黒姫の 其愚さは限りなし迷ひきつたる黒姫の 後に従ひ遥々とここ迄来る二人連れ 猶更馬鹿な代物だ国治立大神と 云うたは真赤な詐りで我は月照彦神 早く御魂を立て直し清明無垢の身となつて 厳の御魂や瑞御魂開き給ひし三五の 教の柱となれよかし神は汝の身を守り 魂を守つて何時迄も太しき功を立てさせむ あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』 と歌ひ終るや、怪しき老人の姿は煙となつて消え失せ、後には尾上を渡る松風の音、ザワザワザワと聞え来る。 芳公『オイ房公、どうだ、鼻柱は些しよくなつたかなア。あんまり常から鼻が高いものだから、今現はれた神様が鼻を捩ぢ折つて改心させてやらうとなさつたのだよ。何時とても貴様は高慢が強うて鼻を高うするから、こんな目に遇うたのだ。途中の鼻高と云ふのはお前の事だよ』 房公『何でもいいわ。俺はもう恐ろしくつて何どころぢやない。大方あれは、此山の大天狗に間違ひなからうぞ。何でも彼でも俺達の事を皆知つてござつたぢやないか』 芳公『天狗の話はもう止めて呉れ。天狗と聞くと、何だか首筋がゾクゾクして来るからなア。あゝ惟神霊幸倍坐世』 房公『こんな処に長居は恐れだ。さア行かう。黒姫さまが火の国で待つて居られるだらうからなア』 芳公『行かうと云つた処で是だけ峻い坂道、其上闇と来て居るのだから、どうする事も出来はせないぞ。まア此処で天津祝詞を奏上し、神様を祈つて夜を明かすこととしようかい』 (大正一一・九・一七旧七・二六加藤明子録) |
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霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 24 歓喜の涙 | 第二四章歓喜の涙〔九八八〕 愛子姫は黒姫の訪問と聞き、稍危み乍ら、玄関口に津軽命と共に出で迎へる。玉治別は後に只一人腕を組み、何か思案にくれてゐる。黒姫は玄関口に立ち、 黒姫『高山彦夫の命の後追うて 黒姫司ここにきたれり。 高山彦夫の命は如何にして われを出迎へ遊ばさざるや』 愛子姫『あらたふと黒姫司はるばると 出でます事の心嬉しき。 いざ早く館の奥へ上りませ 汝来ますとてわれは待ちける。 玉治別神の命も出でまして 汝が入来を待たせ玉へり』 黒姫『いざさらばお構ひなくば奥の間へ 進みて夫に言問ひ申さむ。 高山彦夫の命の情なさよ 吾を見すててかかる国まで。 年老いし身も顧みず若草の 妻持たすとは何の心ぞ。 うらめしき汝が命の姿かな 吾背の君のいろと思へば』 愛子姫『黒姫の神の司よ聞しめせ 吾背の君は高国別の神。 高山彦神の命と名乗らせど 活津彦根の神にましける。 兎も角も奥に入りませ三五の 神の司の黒姫の君』 黒姫『さやうならこれより奥へ駆込みて 否応いはさず調べ見むかな。 詐りの多き此世と知らずして さまよひ来りし心悲しも』 愛子姫『疑ひの雲明かに晴らせませ 吾背の君の絵像見まして』 黒姫『さてもさても合点のゆかぬ汝が詞 荒井ケ岳の狐にあらぬか』 津軽命『これはしたり口が悪いも程がある 黒姫さまよ何を証拠に』 黒姫『自転倒島を後にして姿隠した高山彦の 神の命の吾夫は筑紫の島に渡るとて 聖地を見すてて出でしより妾は後を慕ひつつ 遠き海路を打わたり嶮しき山をふみ越えて 雨にさらされ荒風に髪梳りトボトボと 三人の供を従へて此処迄進み来りけり あゝ惟神々々誠の神のましまさば 愛子の姫がすげもなくわが背の命を奥深く 包みかくして白ばくれたばかる醜の枉業を あらはせ玉へ惟神皇大神の御前に 三五教の神司黒姫謹み願ぎまつる』 愛子姫『天地の神も御照覧いかに心の汚れたる 愛子の姫も徒に人の男をそそのかし 宿の夫とぞなすべきか黒姫さまの背の君は 高山彦と聞くからは同名異人のわが夫を 誠の夫と思ひつめ迷ひ玉ひしものならむ 黒姫司きこしめせ妾も神の大道を 守る身なれば如何にして詐り言を用ふべき 早くも奥へ進みませ汝が命の疑ひも 旭に露と消え失せむあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終り、悄然として涙含む。愛子姫は黒姫のキツイ詞に、きつく侮辱された様な感じがして、女心の悲しくなり来れるなりき。 黒姫『高山彦さまが桂の滝とやらへ修業に行かれたから、不在だと言はれたさうだが、そんな仇とい事で、此黒姫はあとへ引く様な女ぢや御座いませぬ。女の一心岩でもつきぬく、何処までも調べ上げねば承知を致しませぬぞや。大方奥にかくれて御座るのだらう。稲荷か何かの託宣で、此黒姫が此処へ来るといふ事を前知し、大方皆の者が腹をあはし、門番迄に言ひ含め隠して御座るのだらう。何と云つても隠すより現はるるはなしといつて、終ひには尻尾が見えますぞや。ヘエ御免なさいませ、コレコレ番頭どの、奥へ案内して下さい。夫の所在が分るまではビクとも動かぬ此黒姫、マア暫く御厄介になりませうかい、オツホヽヽヽ』 愛子姫は先に立ち奥の間に導く。此処には玉治別が腕を組んで、何事か思案にくれゐたり。 黒姫『コレコレお愛さま、お前も余程のすれつからしと見えて、千軍万馬の劫を経た此老人をうまくチヨロまかしますなア……ヤアそこには一人何だか見覚えのあるやうな男が坐つて居る。コリヤまア何の事ぢやいなア。大方こんな事だと思うて居つた。矢張高山彦さまは桂の滝へ行かれたのだらう。其不在の間にこんな男を伴れ込んで、イヤもうお話になりませぬワイ、オツホヽヽヽ』 愛子姫『モシモシ黒姫さま、夫ある妾に対して殺生な事を云つて下さるな。外聞が悪う御座います』 黒姫『外分[※初版では「外聞」だが三版以降では「外分」になっている。二版は未確認。]の悪い事を誰がしたのですか。高山彦の夫に代り、間男の成敗は私がする。サアお愛どの、気の毒乍ら、トツトと出て下さい。アーア高山さまが不在になるとサツパリワヤだ。一辺悪魔の大清潔法を行らないと、神さまだつて此館へは鎮まつて下さらないわ……コレお愛、何をグヅグヅして泣いてるのだ。泣かねばならぬやうな事をなぜなさつたのかい、オツホヽヽヽ、さてもさても気の毒なものだなア。私も同情の涙がこぼれませぬわいナ。ウツフヽヽヽ、あのマア悲しさうなないぢやくりわいのう』 玉治別はフツと顔をあげ、 玉治別『ヤアあなたは黒姫さま、最前から待つて居りました。サア此方へ御越し下さいませ』 黒姫『何だ、お前は玉ぢやないかい、門にも玉が居れば中にも玉が居る。お前がお愛の情夫だなア。何と抜目のない人間だこと。高山さまの尻を追うてこんな所迄やつて来て、チヨコチヨコとお愛に可愛がつて貰つてゐるのだろ、オホヽヽヽ。若い時は誰もある慣ひだ。本当に敏腕家だ。ドシドシと体主霊従主義を発揮しなさるがよからう。若い時は二度ないからなア。併し乍らよう考へて御覧、お前も三十の坂を越えてるぢやないか。十九や二十の身ではなし、チツとは心得たがよからうぞえ。併しお前の恋愛を私が彼これ云ふのぢやない。サア早く今の間にお愛を伴れて駆落をして下さい。高山さまがお帰りになると、大騒動だから、チヤツと早う出なさい。お前が可哀相だから、親切に言ふのだよ』 玉治別『アーア、情ない事になつて来た。黒姫さま、私はたつた今の先、このお館へ参つたのですよ。実は高山彦さまが、筑紫の島へ渡ると捨台詞を使つて、あなたにお別れになりました。私もさうだと思つて居つた所、豈計らむや、高山彦さまは伊勢屋の奥座敷にかくれて暫く御座つたさうですが、黒姫さまがいよいよ自転倒島を立たれた時分から、ヌツと顔を出し、毎日日日錦の宮へ御出勤になつて居られますよ。そこで言依別命様が聖地を立たれる時……黒姫さまが可哀相だから、お前御苦労だが宣伝旁筑紫の島へ行つて、黒姫さまをお迎へ申して来い、さうして夫婦和合して御神業にお仕へなさるやう取計らへ……との御命令で、はるばる貴女の後を慕うて此処まで参つたの御座います。愛子姫様と云々などと云ふやうな事は夢にも御座いませぬから、どうぞ諒解して下さいませ』 と真心面に表はれ、慨歎やる方なき其顔色を見て取つた黒姫は稍心やはらぎ、 黒姫『何、高山彦さまが聖地に御座るとは、そりや本当かい?』 玉治別『何嘘を申しませう。万里の波濤を渡つて、こんな所まで嘘を云ひに来る者が御座いませうか。黒姫さま、よく御覧なさいませ。此絵像は当家の御主人の生姿で御座いますから、能く御見並べなさいませ。本年三十五才の屈強盛りの活津彦根神様が高国別と御名乗り遊ばし、表向は高山彦と呼ばれて御座るのですから、あなたの御主人とは全く同名異人ですよ』 黒姫は其絵像をジツクリと眺め、 黒姫『いかにも違つてゐる。……ヤア愛子姫様、えらい御無礼な事を申上げました。どうぞはしたない女と思召さず、神直日に見直し聞直して下さいませ』 愛子姫『ハイ有難う、御諒解さへゆきましたら、こんな嬉しい事は御座いませぬ。どうぞ御緩りと御泊り遊ばして、神様の御話を聞かして下さいませ』 玉治別『愛子姫様、黒姫様は別に悪い心で仰有つたのぢや御座いませぬ。余り一心に当家の御主人を自分の夫と思ひつめ、はるばるお出でになつたものですから、逆上遊ばすのも無理は御座いませぬから、どうぞ悪く思はないやうにして下さいませ』 愛子姫『ハイ有難う御座います』 と云つた限り、疑のはれた嬉しさに愛子姫が歔り泣きの声さへ聞ゆる。 黒姫『アヽ私位因果な者が世にあらうか。遥々夫の後を慕うて来て見れば、人違ひ、捨てた吾子ではあるまいかと、はるばる建日の館へ行つて見れば、之も亦人違ひ、どうしてこれ程する事なす事が食ひ違ふのだらうか。之もヤツパリ前生の罪、否々神様から賜はつた伜を、若気の勢で捨てた天罰が酬うて来たのだらう……アヽ神さま、どうぞ許して下さいませ。さうして夫の所在の分りました以上は厚かましく御座いますが、どうぞ伜の所在を知らして下さいませ。一度伜に会はなくては死ぬ事も出来ませぬ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と神前に向ひ手を合せ、涙乍らに祈願する。玉治別は首を傾け乍ら、 玉治別『モシ黒姫さま、今始めて承はりましたが、貴女にはお子さまがあつたのですか。そして其子はいつお捨てになりましたか。実は私も捨子で御座いますが、未だに両親が分りませぬので、日夜神さまに祈り、一目なりとも両親に会ひたいと、今も今とて憂ひに沈んで居つた所で御座います』 黒姫『何、玉治別さま、お前も捨子ですか、そりや初耳だ。丁度私の子が今生きて居つたならば三十五歳になつてる筈だ。お前の年は幾つだつたかなア』 玉治別『ハイ、当年三十五歳になりました』 黒姫『何三十五歳!そりや又不思議な事もあるものだ。併し私の捨てた子には、背中の正中に富士の山の形が、白い痣で出て居つた筈だ。これは全く木花咲耶姫さまの因縁のある子供だからといつて富士咲といふ名をつけておいたのだが、余り世間が喧ましいので、守り袋に富士咲と名を書きしるし四辻にすてました。思へば思へば可哀相なことをしました』 と泣き沈む。 玉治別『何と仰有います。其捨子は富士咲と申しましたか、そして背中に富士の山の形の白い痣があるとは合点のゆかぬ御言葉、一寸失礼ですが、黒姫さま、私の背中を見て下さいませぬか。私の小さい時は富士咲と申しました。そして人の話によると、何だか山のやうな痣が出来て居るさうです』 黒姫『それは又耳よりの話だ。一寸見せて御覧!』 「ハイ」と答へて玉治別は肌をぬぎ背をつき出す、黒姫は念入りにすかして見て、 黒姫『ヤアてつきり富士の山の痣、そしてお前の幼名が富士咲と聞く上は、全く私の伜だつたか。アヽ知らなんだ知らなんだ、神さま、有難う御座います。因縁者の寄合で珍らしい事が出来るぞよと大神さまが仰有つたが、いかにも因縁者の寄合だなア』 と嬉し涙にかきくれる。 玉治別『そんなら貴女私の母上で御座いましたか。存ぜぬ事とて、何時とても御無礼を致しました。どうぞお母さま御赦し下さいませ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、嬉し涙にかきくれる。 これより黒姫は愛子姫に厚く礼を述べ、無礼を謝し且つ徳公、久公にも其労を謝し別れを告げ、いそいそとして玉治別、孫公、房公、芳公と共に再び建日の港より船を漕ぎ出し、由良の港の秋山彦が館に立寄り、麻邇宝珠の神業に参加し、目出度く聖地に帰る事となりたるは、三十三巻の物語に明かな所であります。惟神霊幸倍坐世。 ○ かく述べ終られた時しも正に午後六時、表に出て天空を見れば、ドンヨリと曇つた大空を南北に区劃した青雲巾二三間と見ゆるもの、東の山の端より西の空遠く、輪廓正しく帯の如く銀河の如く横たはりつつありました。 (大正一一・九・一七旧七・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 総説 | 総説 霊界物語も筆録者諸氏の丹精に由つて、漸く弥勒の神に因みたる三六の巻を口述し了りました。本巻は神素盞嗚尊の御愛児八乙女の一人なる第七女の君子姫が、メソポタミヤの顕恩郷を立出でて敵派の邪神に捕へられ、破れた小舟に乗せられて、姉妹五人と共に大海洋に捨てられ、神助の下にシロの島、現今のセイロン島に漂着し、侍女の清子姫と共に、バラモン教の宣伝使友彦が、鬼熊別の愛女小糸姫と隠れ居たる松浦の里の岩窟に、サガレン王を尋ね、王を助けて神地の城の竜雲なる邪神を言向和し、又北光の神なる天目一の神の偉大なる応援の下に、三五教の神力を輝かし、敵味方の区別なく神の仁慈に悦服して神恩を感謝し、サガレン王を元の如く国主に推挙し、上下和合の瑞祥を顕現せしめたる、尊き面白き神代の古き物語であります。惟神霊幸倍坐世。 大正十一年九月廿四日午後一時 |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 20 岩窟の邂逅 | 第二〇章岩窟の邂逅〔一〇〇八〕 松浦の里の天然の岩窟の前に聞えて来た女の宣伝歌。 (君子姫)『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の神の道 抑も起りを尋ぬれば国の御祖と現れませる 国治立大御神豊国姫大御神 厳と瑞との二柱塩長彦や大国彦の 神の命の枉業に虐げられて一度は 根底の国に下りまし百の艱みを受けさせて 下津岩根の底深く隠れ給ひつ神人を 恵ませ給ふ御心は天津空より尚高く 竜宮海より尚深し野立の彦や野立姫 救ひの神と現れまして厳の霊を分け給ひ 埴安彦や埴安姫の神の命の分霊 神素盞嗚大神の瑞の御霊と諸共に 至厳至重の神界の清き大智を世に照らし 天地四方の神人の身魂を四方に生ませつつ 教司を遠近に配らせ給ふ尊さよ 神素盞嗚大神の御子と生れし君子われは 父の御言を畏みてメソポタミヤの顕恩郷 バラモン教の神館鬼雲彦の側近く 仕へ奉りて三五の清き教を伝へむと 思ひそめしも束の間の今は夢とぞなりにけり 吾等姉妹八人は顕恩郷を後にして 各自々々に宣伝歌謡ひて進む折柄に バラモン教の釘彦が一派のものに捕へられ 悲しや姉妹五人連れおのもおのもに棚なしの 破れ小船に乗せられて波のまにまに捨てられぬ 神の恵みを受け乍ら千波万波を乗り越えて 大海中に漂へる眺めも清きシロの島 ドンドラ岬に安着し夜を日についで大神の 大道を伝へ宣べながら漸く此処に来りけり あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 小糸の館にあれませるシロの神島の神国に サガレン王の神司タールチン司やキングス姫の 貴の命を始めとしテーリス、エームス、ゼム、エール 其外百の司達恵みの露に霑ひて 心汚き竜雲が醜の企みを根底より 顛覆させて元の如王位に復させ給へかし さはさりながら大神の仁慈無限の御心は 決して人をば傷つけず生命をとらず麻柱の 仁慈無限の正道を心の空に照り明かし 救ひ助くる思召必ず大事を過らず 瑞の御霊の貴の子と生れ出でたる君子われ 御供に仕ふる清子姫只今此処に現はれて バラモン教の人々に誠の心を打ち明けて 進め参らす言霊を完美に委曲に聞し召せ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 竜雲如何に強くとも誠の神の現はれて 誠一つの言霊を射放ち給へば曲神も 忽ち神威に相うたれ雲を霞と消え失せむ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と足拍子を取つて勇ましく謡ひ乍ら館の前に進み来る。 エームスは知らず知らずに此宣伝歌に引きつけられ、二人の宣伝使の前に進み寄り丁寧に礼をなせば二人も恭しく答礼し、 君子姫『妾は三五教の若き女の宣伝使で御座います。今此処に伴つて居りますのは清子姫と云ふこれも宣伝使で御座います。妾は或事情の為め、鬼雲彦様の部下に捕へられ、此処まで流されて漸く漂着して来た者で御座います。サガレン王様と申すのは、大国別神様の御子息国別彦様では御座いますまいか。お差支なくば、何卒拝顔が致したいもので御座います』 エームス『ハイ左様ならば暫くお待ち下さいませ。エームスこれより奥へ参り伺つて来ます。何卒それ迄お腰を卸してお休みを願ひます』 君子姫『早速の御承知、有難う厶います。左様なれば清子姫様、暫く休息さして頂きませう』 暫くあつてエームスは恭しく出で来り、君子姫、清子姫の先に立ち、サガレン王の潜みたる岩窟に進み入る。サガレン王は君子姫の姿を見るより今更の如く打ち驚きぬ。其故はメソポタミヤの顕恩郷に於て常に顔を合して居た為に、見覚えが何処ともなくあつたからである。サガレン王は歌ふ。 サガレン王『思へば高し神の恩計り知られぬ顕恩の 郷に潜みてバラモンの教をきはむる折柄に 神素盞嗚大神の御子と生れし君子姫 朝な夕なに健やかに鬼雲彦の側近く 仕へ給ひし神姿をそれとはなしに朝夕に 眺めて暮し居たりける吾は大国別神 教司の貴の御子国別彦命なり 鬼雲彦が暴虐の醜の魔風に煽られて 已むなくお城を脱出しエデンの川を打渡り フサの海原横断し波に漂ひ印度洋 千波万波をかき分けて漸くシロの島影を 認めし時の嬉しさよ神の恵に抱かれて 漸く神地の都路に進みて教を宣りつるが 心正しき国人は一人残らず吾道に 服ひ来りて神館瞬く間に建て終り 要害堅固の絶勝をば選みて此処に城造り 吾は推されてシロの島神地の都の王となり 神を敬ひ民を撫で世は平けく安らけく 治まりかへつて四海波静にそよぐ折もあれ 岩井の里の酋長が娘と生れしケールス姫の 君の命を発見し愈此処に妻となし 厳と瑞とは相並び顕幽一致の政体を 開く折しも腹黒き醜の曲津の竜雲が 何処ともなく入り来り忽ち館を蹂躙し 悪逆日々に募りつつ遂には吾を追ひ出し 今や暴威を揮ひつつ世を乱すこそ悲しけれ あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて 三五教の宣伝使天の目一つ神様は 此処に現はれ来りまし顕幽一致の真諦を 完美に委曲に説き給ひ喜ぶ間もなく素盞嗚の 神の命の御裔なる汝の命は今此処に 現はれ給ひし雄々しさよ君子の姫よ清子姫 吾は尊きバラモンの教を奉ずる身なれども 皇大神の御心にもとより変りはあるまじく 思へば思へば有難し汝と吾とは今よりは 心を協せ力をば一つになしてシロの島 四方の国人悉く尊き神の御道に 服へ和し竜雲が心に潜む曲神を 千里の外に追ひ払ひ迷ひきつたるケールス姫の 君の命を善道に導き救ひ麻柱の 誠の道を永久に経と緯との機を織り 治めて行かむ惟神神に誓ひて真心を ここに披瀝し奉るあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と謡へば、君子姫はこれに答へて、 君子姫『あゝ惟神々々尊き神の御裔と 生れ出でませる国別彦の神の命の言霊よ 天教山に現れませる日の出神や木花の 咲耶の姫の神言もて父大神に従ひて 三五教を天ケ下豊葦原の国々に 開き伝ふる宣伝使吾は君子の姫なるぞ 父の御言を畏みてバラモン教の大棟梁 鬼雲彦の側近く仕へまつりて三五の 誠の道を諭さむと心を尽し身を竭し 千々に説けども諭せども霊の曇りし神司 千言万語の言の葉も豆腐に鎹糠に釘 寄り処なき悲しさにあらぬ月日を送る内 太玉神の現はれて厳の言霊打ち出し 雄健び給へば鬼雲彦の神の司は逸早く 見るも恐ろし其姿大蛇となりて黒雲の 中に姿を隠しける妾姉妹八人は 右や左に相別れ流れも清きエデン川 後に見捨ててエルサレムフサの国をば遠近と 彷徨ひ巡りて御教を伝ふる折しもバラモンの 神の司の釘彦が手下の者に捕へられ 無残や五人の姉妹は見るも危き捨小舟 艪櫂もなしに海原につき出されし恐ろしさ 神を力に三五の誠を杖に両人は 潮の八百路を打渡り波のまにまに漂ひて 大海中に浮びたる木草も茂るシロの島 ドンドラ岬に上陸し夜を日に次いで今此処に サガレン王が行末を救はむ為めに来りけり 人は神の子神の宮慈愛の深き大神の 其懐に抱かれて誠一つに進みなば 如何なる曲の猛ぶとも何か恐れむ神心 いざ之よりは汝が命バラモン教や三五の 神の教と云ふ様な小さき隔てを撤回し 互に手を執り助け合ひ此シロ島に蟠まる 八岐大蛇や醜狐曲鬼どもを言向けて 昔の儘の神国に完美に委曲に樹て直し ミロクの御世を永久に開き仕へむ惟神 神の御前に君子姫謹み敬ひ祈ぎ奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡ひ終り、茲にサガレン王、君子姫は胸襟を開いて久濶を叙し、相提携して、竜雲始めケールス姫其他の神司達に憑依せる曲津神を打払ひ、本然の心に立ち帰らしめ、再びシロの島の神地の都をして至治太平の楽園と復すべく、王を先頭にタールチン、キングス姫、テーリス、エームス其他の幹部を始め、数多の至誠の男女を引率し、旗鼓堂々として宣伝歌を歌ひながら、馬に跨り都を指して進み行く。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・九・二三旧八・三北村隆光録) |
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霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 24 三六合 | 第二四章三六合〔一〇一二〕 キングス姫は立上り、銀扇を拡げて歌ひ舞ふ。 キングス姫『白雲山の山麓にそそり立ちたる神館 天地を包みし黒雲も今や全く晴れわたり 正義の光は日月の輝く御代となりにけり タールチンの吾夫はサガレン王に見出され 左守の神と任けられて朝な夕なに真心を 尽して仕へゐたりしが何処ともなく降り来る 曲の司の竜雲が舌の剣に貫かれ 其身も危くなりければバラモン教の大神に 朝な夕なに真心を捧げて祈りし時もあれ 心傲ぶる竜雲が妾に向つて恐ろしや 天地許さぬ恋雲の心汚き其艶書 吾背の君の目を忍びいらへをなせと迫り来る 余りの無道に呆れ果て天地に神はなきものか 誠の神のいますなら此黒雲を逸早く 晴らさせ玉へと祈る折吾背の君は側近く 進ませ玉ひて竜雲が艶書を見せよと恥かしや 迫りますこそ是非なけれ顔赤らめて竜雲が 心乱れし艶書を吾背の君に相渡し 夫婦和合の謀計茲に返書を認めて 恋に迷ひし竜雲を夏風涼しき藤の森 大木の下に誘ひつ企みも深き陥穽 道の真中に相穿ち今や遅しと待つ内に 神ならぬ身の竜雲はかかる企みのある事を 夢にも知らず夜に紛れ館を一人立出でて 恋しき女の只一人空を眺めてわれ待つと 思ひ詰めたる愚さよ竜雲忽ち坂路に 吾背の君の穿ちたる無残や穴におち込めば 木蔭に潜みしタールチン君の仇をば滅すは 今此時と勇み立ちかねて用意の鍬をもち 苦しみ悶ゆる竜雲の頭の上よりバラバラと 岩石交りの土塊を蔽ひかぶせて何気なく 吾家をさして帰りけり悪運尽きざる竜雲は 思ひ掛なくエームスの神の司に助けられ 命カラガラ城内に慄ひ慄ひて立帰り あくるを待つてエームスを吾側近く呼び出し 汝はわれの危難をば救ひし功績はよみすれど タールチンやテーリスと心を協せて吾身をば ベツトせむとの企みなりかくなる上は一時も 容赦はならぬと言ひ放ち情容赦も荒縄に 手足を縛りて牢獄に投込みけるぞ無残なれ あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて 吾等夫婦は牢獄に捕へられたる身乍らも 少しの苦痛も感じなく神の賜ひし吾魂は 天地を広く逍遥し東雲近く旭かげ 昇らせ玉ひて六合を照らさむ時を待つ内に アナン、ユーズの神司義兵を起して城内に 鬨を作つて攻め来る其勢ぞ勇ましき 吾等夫婦は忠勇の神の司に助けられ サガレン王の隠れます小糸の里の岩窟に 暫しかくれて竜雲を誅伐せむと謀計 めぐらす折しも三五の神の司の宣伝使 北光神の現れまして神の誠の御心を 完美に委曲に説き諭し心にかかりし村雲を 洗ひ玉ひし嬉しさよサガレン王を始めとし 君子の姫や清子姫吾背の君やエームスや テーリス、ウインチ、ゼム、エール百の司と諸共に 言霊軍を編成し風に旗をば翻し 旗鼓堂々と山路を単縦陣をはり乍ら 攻めよせ来りし勇ましさ又もや北光彦神 ここに現はれましまして善悪正邪の道を説き 敵と味方の隔てなく心の空の村雲を 伊吹払ひて救ひまし神人和楽の瑞祥を 八尋の殿に集まりて祝ぎまつるぞ嬉しけれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令命はすつるとも神の御為国の為 心尽しの大丈夫が神と君とに捧げたる 其真心は永久に千引の岩のいや固く 千代も八千代も動かざれ神は吾等を守ります 吾等は神の子神の宮神に等しき行ひを 現はしまつり世の人を神の大道に導くは 神の司と任けられし吾等の尊き務めなり 国治立大神や塩長彦大御神 大国彦の御前に真心捧げて願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 エームスは立上り祝歌を謡ふ。 エームス『常世の国の自在天大国彦を祀りたる バラモン教の神館顕恩城にあれませし 大国別の貴の御子国別彦の吾君は 心汚き曲神に虐げられて聖地をば 後に見すててはるばると百の悩みに堪へながら 大海原を乗越えて波に浮べるシロの島 珍の御国に着き玉ひバラモン教の大道を 心をつくして遠近に開かせ玉ふ有難さ セイロン島の国人は君の御徳を慕ひつつ 遠き近きの隔てなく集まり来りて大神の 恵に浴し吾君の其仁徳に感激し 遂には君を王となし大峡小峡の木を伐りて 珍の館を建設しサガレン王と奉称し 主師親三徳兼備せる神の司よ大君と 上下一般喜びて仕へまつれる時もあれ 醜の魔風のふきすさび隙行く駒の恐ろしく 城内深く侵入しケールス姫を手に入れて ウラルの教を隈もなく此国内に拡めむと 企みし曲津の竜雲が天運ここに相尽きて 今は全く旧悪を吾大君の御前に つつまずかくさず言上し救ひを求むる世となりぬ 思へば思へば過ぎし夜半月見をせむと藤の森 峰に上りて吹き来る夜風に汗を拭ひつつ 月の光をほめながら坂道下る折柄に 辷り落ちたる陥穽訝しさよと窺へば 思ひもかけぬ人の声こは何者の悪業か おちたる人は何人と供を家路に走らせて 鋤や鍬をば数多く使ひて漸く救ひ上げ 月にすかして眺むれば豈計らむや朝夕に 君に仇する曲津神心汚き竜雲と 悟りし時の残念さ斯うなる上は是非もなし 天地の神の御心に任さむものと断念し 家路に帰り一夜さを明かす間もなく竜雲が 捕手の奴に捕へられ案に相違の牢獄に 投込まれたる無念さよあゝさり乍らさり乍ら 神は至愛にましませばいかでか悪魔の竜雲を 見のがし玉ふ事やあるあゝ待て暫し待て暫し 心を清め身を清め尊き神の御救ひに これの牢獄をぬけ出しサガレン王の御為に 八岐大蛇の宿りたる醜神たちを悉く 神の伊吹に吹き払ひ清明無垢の聖場と 立直さむは目のあたりあゝ惟神々々 大国彦の御神よわれらが尽す誠忠を 憐み玉へと祈る折アナン、セールやウインチや ゼムの司が時を得て義勇の軍を編成し 進み来りて吾々を救ひ玉ひし嬉しさよ 勇気はここに百倍し勢込んで竜雲が 居室をさして進み行くあはれやユーズを始めとし アナン、セールやシルレング誠の司は室内の 俄作りの陥穽におち入り玉へば諸人は 曲の巣くへる此館深入りするは虞あり 一先づここを引返し再び軍備をととのへて 彼竜雲が輩を剣の威徳に斬りはふり 殲滅せむといひ乍ら軍を返すもどかしさ あゝ惟神々々神の此世にましまさば 悪を退け善神を何故助け玉はざる などと愚痴をばこぼしつつ思ひ思ひに一同は 一先づ姿をかくしけるサガレン王はテーリスや エームス二人に助けられ河森川の坂道を 下りて時を松浦の小糸の里に至りまし 正義の勇士を駆り集め再び竜雲誅伐の 準備をすすませ玉ふ折北光彦の神司 鳩の如くに降りまし続いていでます君子姫 清子の姫の宣伝使吾大君と諸共に 心を協せ御力を一つになして宣伝歌 歌ひて進む勇ましさ神の恵の幸はひて 今日の喜び松の世の堅磐常磐の礎を 築き玉ひて永久に白雲山の雲もはれ 神地の都の庭固く千引の岩の其上に 千代の住処を固めつつ神を敬ひ民を撫で 治め玉はむ今日の日は五六七の御代の開け口 一度に開く木の花の咲耶の姫の御姿 蓮の花の一時に匂ひ出でたる目出度さよ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 此の外数多の神司の祝歌は沢山あれども、紙面の都合に依りて省略したり。 因にサガレン王は天の目一つの神の媒酌に依り、君子姫を娶つて妃となし、シロの島に永久に君臨する事となりぬ。又エームスは目一つの神の媒酌にて清子姫を娶り、サガレン王が側近く右守神となつて、顕幽一致の神政に奉仕し、ケールス姫は悔い改め、天の目一つの神の弟子となり、宣伝使を許されて天の下四方の国々を巡教し、竜雲は此島を放逐され、本国印度に帰り、心を改めて大道の宣伝に従事せしといふ。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・九・二四旧八・四松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 序 | 序 霊界物語も凡百の艱難を排除し、漸く三十六巻、原稿用紙百字詰四万五千枚、着手日数百八十日にて完結を告げました。併し乍ら過去、現代、未来に於ける顕、神、幽三界の際限無き物語なれば、到底三輯や四輯にてその大要を述べ尽す事は最も至難事であります。神命に依れば、四万五千枚の原稿即ち四百五十万言の三十六巻を一集(実は三輯)としても、優に之を四十八集口述せなくては、徹底的に解く事は出来ないとの話であります。さうすれば三百六十字詰四百頁を一巻として一千七百二十八巻を要し、瑞月が記録破りの大速力を以て、一年に三輯づつ口述するも、今後四十八年を要する訳になります。実に某新聞紙の評する如く阿房陀羅に長い物語でありますから、神界へ御願致して可成十輯位にし百二十巻位にて神示の大要を口述して見たいと思ひます。就ては瑞月王仁が霊界に仕へたる経路をも予め述べて置く必要ありと認め、第四輯『舎身活躍』の初に於て、『霊主体従』第一巻(第一篇)に漏れたる穴太に於ける幽斎修行の状況や、綾部に来つて出口教祖に面会し神業に奉仕したる次第をも、略述べて読者の参考に供する事と致しました。又この『舎身活躍』は『海洋万里』の継続的物語で、神素盞嗚尊が数多の神人を教養し、之を宣伝使として、四方の国々嶋々に遣はし、八岐大蛇や邪神悪狐の霊魂を言向和し、終に出雲の日の側上に於て、村雲の剣を得て天照大御神に奉り、五六七神政の基礎を築き固め、天下万民の災害を除き救世の大道を樹立したまひし、長大なる物語であります。アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十一年十月十二日於五六七殿 |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 01 富士山 | 第一章富士山〔一〇一三〕 ◎万葉集三の巻山部赤人望不尽山歌[※底本では「望」の直後に返り点の二点の記号が、「隙行く駒」に一点の記号が入る。]に 天地の分れし時ゆ神佐備て、高く貴き、駿河なる布士の高嶺を、天原、振放見れば度る日の、蔭も隠ろひ、照月の、光も見えず、白雲も伊去はばかり、時自久ぞ、雪は落ける、語つぎ、言継ゆかむ、不尽の高嶺は。 ◎反歌 田児の浦ゆ、打出で見れば真白にぞ、 不尽の高嶺に雪は零ける。 ◎万葉集、隆弁の歌に めに懸けて、いくかに成ぬ東道や、 三国をさかふ、ふじの芝山。 ◎夫木集、光俊朝臣の歌に こころ高き、かふひするがの中に出で、 四方に見えたる山は布士の根。[※鎌倉時代に成立した『夫木和歌抄』巻二十(雑二)に収録されている歌。「かふひ」は「甲斐」、「するが」は「駿河」のこと。/『国歌大系第21巻』(1930年)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1884175/334「こゝら高きかふひ駿河の中に出でて四方にみえたる山はふじのね」/日文研DBhttps://lapis.nichibun.ac.jp/waka/waka_i070.html「ここらたかきかふひするかのなかにいててよもにみえたるやまはふしのね」] ◎よみ人知らず 布士の山一つある物と思ひしに かひにも有りてふ、駿河にもありてふ ◎ 天雲も伊去はばかり飛ぶ鳥も翔も上らず燎火を雪もて減、落雪を火もて消つつ言ひも得ず、名も知らに霊くも座神かも。 ◎源光行の歌に 富士の嶺の風に漂ふ白雲を 天つ少女の袖かとぞ見る ◎万葉十四の駿河歌に 佐奴良久波多麻乃緒婆可里、古布良久波 布自能多可禰乃、奈流佐波能其登[※万葉集14歌番号3358「さ寝らくは玉の緒ばかり恋(こ)ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと」〔ウィキソース〕] ◎ 麻可奈思美、奴良久波思家良久、奈良久波 伊豆能多可禰能、奈流佐波奈須与[※万葉集14歌番号3358S1「ま愛(かな)しみ寝(ぬ)らくはしけらくさ鳴(な)らくは伊豆の高嶺の鳴沢なすよ」〔ウィキソース〕「奈良久波」の「奈(こう)」は間違っている。] ◎続古今集、後鳥羽院の歌 けぶり立、思ひも下や氷るらむ、 ふじの鳴沢、音むせぶ也 ◎新拾遺集、慈円の歌、 さみだるる、ふじのなる沢、水越て 音や煙に立まがふらむ ◎同権中納言公雅の歌 飛螢思ひはふじと鳴沢に うつる影こそ、もえばもゆらむ ◎伊勢家集に 人しれず思ひするがの富士のねは 我がごとやかく絶えず燃ゆらむ ◎ はては身の富士の山とも成りぬるか 燃ゆるなげきの煙たえねば ◎古今集に 人知れず思ひを常にするがなる 富士の山こそわがみなりけれ ◎同集に 君と云へばみまれ見ずまれ富士のねの めづらしげなく燃ゆるわが恋 ◎同集に 富士のねのならぬ思ひにもえばもえ 神だにけたぬむなし煙を[※古今集1028紀全子(きのぜんし)の歌「富士の嶺のならぬ思ひに燃えば燃え神だに消(け)たぬ空(むな)し煙を」] ◎能宣集に 草深みまだきつけたる蚊遣火と 見ゆるは不尽の烟なりけり ◎重之の集に 焼く人も有らじと思ふ富士の山 雪の中より烟こそたて ◎拾遺集に 千早ぶる神も思ひの有ればこそ 年経てふじの山も燃ゆらめ ◎大和物語に ふじのねの絶えぬ思ひも有る物を くゆるはつらき心なりけり ◎ 誰が於に靡き果ててか富士の根の 煙の末の見えず成るらむ ◎ 朽果てし名柄の橋を造らばや 富士の煙の立たずなりなば ◎十六夜日記に 立別れ富士の煙を見ても尚 心ぼそさのいかにそひけむ ◎其返し かりそめに立ち別れても子を思ふ おもひを富士の烟とぞ見し ◎ 問きつる富士の煙は空に消えて 雲になごりの面蔭ぞ立つ ◎西行の歌 風に靡く富士の煙の空に消えて 行く方も知らぬ我が心かな ◎源頼朝卿の歌 道すがら富士の煙もわかざりき 晴るるまもなき空のけしきに ◎ 時知らぬ富士の煙も秋の夜の 月の為にや立たずなりけむ ◎ 北になし南になして今日いくか 富士の麓を巡りきぬらむ ◎ みせばやな語らば更に言のはも 及ばぬふじの高ね成りけり ◎ 富士のねの烟の末は絶えにしを ふりける雪や消えせざるらむ ◎ きさらぎや今宵の月の影ながら 富士も霞に雲隠れして ◎尋常小学国語読本にも ふじの山 あたまを雲の上に出し 四方の山を見おろして かみなりさまを下にきく ふじは日本一の山 青空高くそびえたち からだに雪の着物着て 霞のすそを遠くひく ふじは日本一の山 以上の如く我富士山は古来各種の歌人に依つて其崇高雄大にして、日本国土に冠絶し、日本一の名高山と称され、天神地祇八百万の神の集り玉ふ聖場となり、特に木花咲耶姫命の御神霊と崇敬されて居る。三国一の富士の山と称へ、日本、唐土、天竺の三ケ国に於ける第一位の名山となつて居た。併し乍ら其富士山と云ふは、十数万年以前の富士山とは其高さに於て、又広さに於ても、非常な相違がある。現在の富士山は皇典に所謂高千穂の峰が僅に残つてゐるのである。昔天教山と云ひ、又天橋山と云つた頃は、西は現代の滋賀県、福井県に長く其裾を垂れ、北は富山県、新潟県、東は栃木、茨城、千葉、南は神奈川、静岡、愛知、三重の諸県より、ズツと南方百四五十里も裾野が曳いて居た。大地震の為に南方は陥落し、今や太平洋の一部となつて居る。 此地点を高天原と称され、其土地に住める神人を、高天原人種又は天孫民族と称へられた。現在の富士山は古来の富士地帯の八合目以上が残つて居るのである。周囲殆ど一千三百里の富士地帯は青木ケ原と総称し、世界最大の高地であつて、五風十雨の順序よく、五穀豊穣し、果実稔り、真に世界の楽土と称へられて居た。其為め、生存競争の弊害もなく、神の選民として天与の恩恵を楽みつつあつたのである。 近江の琵琶湖は富士地帯の陥落せし時、其亀裂より生じたものである。そして古代の富士山地帯は殆ど三合目四辺に現代の富士の頂上の如き高さを保ち雲が取巻いて居た。故に天孫民族は四合目以上の地帯に安住して居た。外の国々より見れば、殆ど雲を隔てて其上に住居して居たのである。皇孫瓊々杵命が天の八重雲を伊都の千別に千別て葦原の中津国に天降り玉ひきといふ古言は、即ち此世界最高の富士地帯より、低地の国々へ降つて来られた事を云ふのである。決して太陽の世界とか、金星の世界から御降りになつたのでない事は勿論である。 顕国の御玉延長して金銀銅の救の橋の架けられし時も、最高の金橋は富士山上に高さを等しうしてゐた。又ヒマラヤ山は今日では世界最高の山と謂はれてゐるが、其時代は地教山と言ひ又銀橋山とも云つて、古代の富士の高さに比ぶれば、二分の一にも及ばなかつたのである。現代の富士山は一万三千尺なれ共、古代の富士は六万尺も高さがあつたのである。仏者の所謂須弥仙山も此天教山を指したものである。 現代の清水湾及遠州灘の一部の如きは、富士山の八合目に広く展開せる大湖水であつて、筑紫の湖と称へられてゐた。又同じ富士山地帯の信州諏訪の湖は須佐の湖と云つたのである。筑紫の湖には金竜数多棲息して、大神に仕へ、風雨雷電を守護してゐた。又玉の湖には白竜数多棲息して、葦原の瑞穂国(全世界)の気候を順調ならしむべく守護してゐたのである。そして素盞嗚尊の神霊がこれを保護し玉ひ、富士地帯の二合目あたりに位地を占めてゐた。太古の大地震に依つて、此地帯は中心点程多く陥没し、周囲は比較的陥没の度が少かつた。其為現代の如く、高千穂の峰たる現富士を除く外、海抜の程度が殆ど平均を保つ事になつたのである。現代の山城、丹波などは、どちらかと云へば地球の傾斜の影響に依つて少しく上つた位である。 丹波は元田場と書き、天照大御神が青人草の食いて活くべき稲種を作り玉うた所である。故に五穀を守ると云ふ豊受姫神は、丹波国丹波郡丹波村比沼の真名井に鎮座ましまし、雄略天皇の御代に至りて、伊勢国山田に御遷宮になつたのである。御即位式の時、由紀田、主基田をお選みになるのも、現今の琵琶湖以西が五穀を作られた神代の因縁に基くからである。由紀といふ言霊は安国の霊反しであり、主基といふ言霊は知ろし召す国の霊反しである。之を見ても丹波の国には神代より深き因縁のある事が分るのである。 又小亜細亜のアーメニヤ及びコーカス山、エルサレム、メソポタミヤ及びペルシヤ、印度の一部は、富士地帯の如く高く雲上に突出してゐた。印度の如きも天竺と称へられて、其地方での最高地点であつたが、富士山の陥没と同時に、此地も亦今の如く陥落したのである。アーメニヤといふ事は天の意味又は高天原の意味である。エルサレムといふ神代の意義はウズの都、天国楽土の意味がある。茲に国祖国治立尊は始めて出現され、大八洲彦命の敵軍に囲まれ玉ひし時、国治立尊が蓮華台上より神力を発揮して、悪魔の拠れる天保山を陥落せしむると同時に天教山を現出せしめ玉うたことは、霊界物語第一巻に述ぶる通りである。又エルサレムは現今のエルサレムではない。アーメニヤの南方に当るヱルセルムであつた。そしてヨルダン河も、現今のヨルダン河とは違つてゐることは勿論である。死海の位置もメソポタミヤの東西を挟んで流れ落つる現今の波斯湾がそれであつた。 又現今の地中海は此物語に於て、古代の名を用ゐ、瀬戸の海と称へられてゐる。此瀬戸の海はアーメニヤの附近迄展開してゐた。併し乍らこれも震災の為に瀬戸の海の東部は陸地となつて了つたのである。故に此物語は地球最初の地理に依つて口述するものであるから、今日の地理学の上から見れば、非常に位置又は名義が変つてゐることを予め承知して読んで貰ひたいのである。 『舎身活躍』の最初に当りて、此富士山(太古の天教山)を述べたのは瑞月が入道の最初、富士の天使松岡神に霊魂を導かれ、此太古の状況を見せて貰ひ、其肉体は高熊山の岩窟に守られて居つた因縁に依つて、物語の始めに、富士山の大略を口述するのが順序だと思ふからである。 『舎身活躍』は瑞月が明治卅一年の五月、再び高熊山に神勅を奉じて二週間の修業を試み、霊眼に映じさせて頂きし事や、過、現、未の現幽神の三界を探険して、神々の御活動を目撃したる大略を口述する考へである。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・八旧八・一八松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 09 牛の糞 | 第九章牛の糞〔一〇二一〕 斎藤元市氏は大霜天狗の託宣のがらりと外れたのに愛想をつかし、修業場を貸すことを謝絶し、それきり自分の方へは見向きもせなくなつたのみならず、『大先生』と、暫く崇めてゐた喜楽に『泥狸、ド狸、野天狗、ド気違』と罵り始めた。そして自分の妻の妹のチンコの静子を、中村の修業場から引張帰り、園部の下司熊吉といふ博奕打の稲荷下げをする男の女房にやつて了つた。十三歳の高子の方は神懸りが面白いので、中村の多田亀の内で修業をして居た。宇一は爺の目を忍んで、そろそろ喜楽の宅へ出入りを始めた。そして神の道を覚束なげに研究してゐた。 奥山で失敗して帰つてから、五日目の夜さであつた。又もや大霜天狗サンが、五日間の沈黙を破つて、腹の中からグルグルと舞ひ上り、喉元へ来て呶なり始めた。喜楽はヤア又かと、迷惑してゐると、雷のやうな大きな声で、 大霜『此方は住吉の眷族大霜であるぞよ。男山の眷族小松林の命令に依つて、再びここに現はれ、其方に申渡すことがあるから、シツカリ聞くがよいぞ。宇一は暫く席を遠ざけたがよからう』 宇一は審神者気取りになり、 宇一『コレ大霜天狗サン、余り人を馬鹿にしなさるな。奥山に金が埋けてあるなんて、能うそんな出放題が言へましたなア、モウこれからお前の云ふことは一言も聞きませぬで……オイ喜楽、チとシツカリせぬと可かんぜ。お前の口から言ふのぢやないか、余程気を附けぬと気違になつて了うぞ。……オイ大霜、これでも神の申すことに二言がないといふか。八十万円なんて駄法螺を吹きやがつて、俺たち親子を馬鹿にしやがつたな』 大霜『八十万円でも八百万円でも其方の心次第で与へてやる。まだ改心が出来ぬから、誠のことが言うてやれぬのだ。金の欲が離れたら幾らでも金を与へてやる』 宇一『金の必要があるから欲しくなるのです。誰だつて必要のない物は欲しいことはありませぬ、欲しくない金なら要りませぬワイ。石瓦も同然だから、金を欲しがらぬ奴には金をやらう、欲しがる奴にはやらぬといふ意地の悪い神がどこにあるか、チツと考へなさい。審神者が気をつけます』 大霜『そんならこれから神も改心して、欲しがる奴にチツと計り与へてやらう』 宇一『ハイ、私は別に必要は厶いませぬが、内の爺は先祖からの財産を相場でスツクリ無くして了つたものですから、親類からはいろいろ攻撃せられ、あの養子はようしぢやない、わるうしだと人に言はれるのが残念ぢやと悔やんで居ります。余り欲な事は申しませぬから、元の身上になる所迄金を与へてやつて下さい。そしたら爺も喜んで信仰いたします。此頃は大霜サンが喜楽にうつつて騙しやがつたと云つて怒つてゐます。それ故私も爺に内証で、斯うして神さまの御用をさして貰はうと勉強して居るので厶います』 大霜『お前は親に似合はぬ殊勝な奴だ、それ丈の心掛があらば結構だ。そんならこれから金の所在を本当に知らしてやる、決して疑ふではないぞ。先に騙されたから今度も嘘だらうと、そんな疑を起さうものなら、又もや金銀の入つた財布が牛糞に化けるか知れぬぞ、よいか!』 宇一『決して神さまのお言を始めから疑うて居るのぢや厶いませぬが、此間の様に神様から間違はされると、又しても騙されるのぢやないかと、自然に心がひがみまして、一寸計り疑が起つて参ります』 大霜『それが大体悪いのだ。綺麗サツパリと改心をいたして、此方の申すことを一から十迄信ずるのだぞ』 宇一『ハイ、一点疑をさし挟みませぬから、お告げを願ひます』 大霜『そんなら言つてやらう、一万両でよいか』 宇一『ハイ、当分一万両あれば、さぞ爺が喜ぶこつて厶りませう』 大霜『其一万両を如何する積りだ。天狗の公園を先にするか、自分の目的の相場の方にかかるか、其先決問題からきめておかねば言うてやる事は出来ぬワイ』 宇一『ハイ、そこは神さまにお任せ致します。御命令通りになりますから……』 大霜『そんなら言つてやらう、よつく聞け!葦野山峠を二町許り西へ下りかけた所の道端の叢に、十万円這入つた大きな色の黒い財布がおちてゐる。それは鴻の池の番頭が京都の銀行から取出して、大阪へ帰る途中泥坊の用心にと、ワザと途を転じて葦野山峠を越えた所、泥坊の奴、チヤンと先廻りを致し、葦野山峠に待つてゐた。それとも知らず番頭は、百円札で一千枚都合十万円持つて、葦野山峠をスタスタと登り、夜の十二時頃通つた所を、泥棒が物をも云はず、後からグーイと引つたくり、持つて逃げ様と致すのを、此大天狗が大喝一声……曲者!……と樹の上から呶鳴りつけた所、泥棒は一生懸命に逃げ出す、番頭は生命カラガラ能勢の方面へ逃げて行く。アヽ大切な主人の金を泥棒に取られて、如何申訳があらう、一層池へ身を投げて申訳をせうと、今大きな池のふちにウロウロしてゐる所だ。それをどうぞして助けてやらうと、此方の眷族を間配つて守護致して居るから、先づ今晩は大丈夫だが、何れ彼奴は金が出ない以上は死ぬに違ひない、それ故其方が其金を拾ひ、其筋へ届けたなら規則として一割は貰へるのだ、一割でも一万円になる、サア早く行け!』 宇一『それは何時賊が出ましたので厶いますか?』 大霜『今晩の十二時頃に出たのだ』 宇一『一寸待つて下さい、まだ午後五時で御座います。日も暮れて居らぬのに、今晩の十二時に賊が出たとは、そら昨夜の間違ひと違ひますか?』 大霜『ナニ今晩に間違ない、神は過去、現在、未来一つに見え透くのだ。先に出て来る事を知らぬ様では神とは申さぬぞよ。サア早く行け、グヅグヅして居ると番頭の寿命がなくなるばかりか、十万円の金を又外の奴に拾はれて了へば、メツタに出て来る例しがない』 宇一『葦野山峠は僅に一里計りの所です。今から行きましたら六時には着きます。六時間も待つて居るのですか?』 大霜『オウそうぢや、お前は肉体を持つた現界の人間だ、神界と同じ調子には行かぬワイ、そんなら十二時に賊が出て金を取るのだから、余り早過ぎてもいかず、遅過ぎてもいかぬから、此処を十一時半に立つて行け、そうすれば丁度都合がよからう』 宇一『最前申した様に決して疑は致しませぬけれど、もし間違つたら如何して下さいますか?』 大霜『間違うと思ふなら行かぬがよかろ、後で不足を聞くのは面倒だから、一層の事喜楽一人行くがよい、一万円の謝金は其方の自由に使うたが宜からうぞ』 宇一『もし大霜さま、此間の様に喜楽丈が行きますと、不結果に了るかも知れませぬ。私も一緒に連らつて行つたら如何ですか?』 大霜『それも宜からう。それまでに水を三百三十三杯頭からかぶり神言を五十遍上げよ。そうすればこれから丁度十一時半迄時間がかかる、それから行つたがよからう。神は之から引取るぞよ』 ドスンと飛上り、畳を響かせ鎮まつて了つた。宇一は釣瓶に三百三十三杯の水をカブるのは苦痛で堪らず、小さい杓で、一杯の水を三しづく程酌んで『一つ二つ三つ……』と云つて三百三十三杯かぶる真似をしてゐた。祝詞も神言では長いと云つて、天津祝詞に代へて貰ひ、漸くにして五十遍早口に唱へて了ひ、 宇一『サア喜楽、ソロソロ行かうぢやないか。まだ九時過ぎだが、道々修行したりなんかしもつて行けば、丁度よい時間になるよ。遅いより早いがましだからな』 喜楽『モウおかうかい、おれは何だか本当のやうに思はぬワ。又此間の様な目に会はされると馬鹿らしいからな』 宇一『羹物にこりて膾を吹くとはお前の事だ、そう神さまだつて何遍も人を弄びになさる筈がない、疑ふのが一番悪い、何でも唯々諾々として是命維れ従ふと云ふのが、信仰の道だ。そんな事云はずに行かうぢやないか』 喜楽『余り人に分らぬよにしてをつてくれ。もし失策つたら又次郎松サンに村中触れ歩かれると困るからなア』 宇一は『ヨシヨシ』と諾き乍ら、早くも吾茅家を立出でる。喜楽も従いて、田圃路を辿り天川村を右に見て、出山を越え、上佐伯の御霊神社の森に辿りつき、森の杉の木の株に腰を打掛けて、夜のボヤボヤした春風を身に浴び乍ら、眠たいのを無理に辛抱して、時刻の到るのを待つてゐた。 愈十一時を社務所の時計が打出した。 宇一『アヽモウ十一時だ、早く行かう』 と宇一は先に立つ。喜楽は後からスタスタと険しき葦野山峠を、七八丁計り登つて行く。峠の茶屋に山田屋と云ふのがあつた。まだ時刻が早いので、一寸一服して行かうと、戸の隙から中を覗くと、此五六軒よりかない村の若い者が、まだ遊んでゐる。……コリヤ却て都合が悪い……と云ひ乍ら、峠の右側の松林に進み入り、暫く時刻の到るを待つてゐる間に、二人共グツスリ寝込んで了つた。 フツと先に目が開いたのは宇一であつた。 宇一『オイ喜楽、早う起きぬか、今一寸道の方を覗いて居りたら、神さまの云ふたやうに、一人の黒い男が、財布の様な者を担げて通りよつたぞ。又其後へ二人の男が一町ほど離れて行きよつた。ヤツパリ神様の仰しやる事は違はぬワ。丁度今財布をボツタクられてる所だ。余り早く行くと俺達が泥棒と間違へられて天狗さまに叱られては大変だから、ゆつくりして行かうだないか』 と小さい声で囁く。喜楽の心の中は、八分まで信ぜられない、如何してもウソの様な気がする。けれ共二分許り何とはなしに希望の糸につながれてるやうな気がした。 そこで両人は林の中から街道へ下り、峠を二町ばかり降つて見ると、一寸曲り途がある。ここに間違ひないとよく目を光らして見れば、財布の様なものが黒く落ちてゐる。二人は一イ二ウ三ツで其の黒い物に手をかけると、財布と思ふたのは牛の糞の段塚であつた。 二人は余り馬鹿らしいので、互に何とも云はず、まだ外に落ちてるに違ひないと、汚れた手をそこらの草にこすりつけ拭き取り乍らガザリガザリと草の中を捜して見た。ここは常から牛車の一服する場所で、路傍の草原に牛をつなぐ為、どこにもかしこにも牛糞だらけである。……コラ此処ではあるまい……と又一町許り降り、そこら中捜してみたが、何一つおちてゐない。念入りに葦野峠の西坂五六丁の間を捜してる間に、夜はガラリと明けて了つた。宇一は失望落胆の余り、 宇一『オイ喜楽、貴様の神懸りはサツパリ駄目だ。今度は糞を掴ましやがつただないか、クソ忌々しい、もうこんな事は誰にもいふなよ。お前は口が軽いから困る。そして今日限り神懸りは止めようぢやないか』 喜楽『グヅグヅして居ると金の財布が牛糞になると神さまが言ふたぢやないか。モウ仕方がない、これも修業ぢやと思うて諦めようかい』 宇一『サア早く帰なう、誰に出会うか知れやしない。余り見つともよくないから……』 と云ひ乍ら、力なげに両人は穴太へ帰つて来た。 斯の如くして神さまは天狗を使ひ、自分等の執着を根底より払拭し去り、真の神柱としてやらうと思召し、いろいろと工夫をおこらし下さつたのだと、二十年程経つて気がついた。それ迄は時々思ひ出して、馬鹿らしくつて堪らなかつたのである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・九旧八・一九松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 10 矢田の滝 | 第一〇章矢田の滝〔一〇二二〕 葦野山峠の西坂でマンマと牛糞をつかまされ、阿呆らしくて堪らず、稍自暴自棄的になつて、二三日の間朝寝をする、宵寝もする、天津祝詞の奏上や、鎮魂帰神の修業は中止してゐた。そうすると三日目の晩、又もや臍下丹田から例のグルグルが喉元へ舞ひ上り、 『アーアーアー』 と大きな声を連発し、暫くすると、 『阿呆阿呆阿呆!』 と呶鳴りつける。喜楽は思うた……本当に天狗の云ふ通り、阿呆も阿呆、図なしの阿呆だ。併し乍ら誰にも云はずに今まで隠してゐるのだから、大霜天狗無頓着にあんな声で、葦野山峠の失敗事件を喋りでもせうものなら、それこそ親兄弟、近所株内の奴に馬鹿にしられ、神さまの祭壇も取除かれて了うに違ひない、どうぞ大きな声を出してくれねばよいがなア……と心の中に念じてゐた。 大霜『コレ肉体、スツパ抜かうか、チツと貴様も困るだろ。どうせうかな』 とからかひ始める。 喜楽『どうなつと勝手にしなさい。元の土百姓や牧畜業者になつて了ひます。却て素破ぬいた方が諦めがついて宜しい』 大霜『そう落胆するものぢやない。まだお前は十分に身魂が研けて居ないから、モウ一度神が連れて行くから、水行をするのだ。小幡川原の水は体にしみ込んで垢がとれぬから駄目だ。今度此方がよい所へ連れて行つてやるから、其用意をせい。草鞋や脚絆をチヤンと拵へて、今晩の十二時に此処を立つ事にするのだ』 喜楽『又ウソを言ふのぢやありませぬか?』 大霜『嘘も糞もあつたものかい。モウ斯うなつた以上は何事があらうと神に任し、糞度胸を据ゑてかからねば何事も成功しないぞ。あの位の事でフン慨しとるやうな事ぢや駄目だ』 喜楽『モシモシ天狗さま、お前さまは大霜だと云つて居られるが、違ひませう。どうも云ひぶりが松岡さまらしい』 大霜『松岡でも大霜でも構はぬぢやないか、お前の魂さへ研けたらいいのぢや。本当の守護神が分らぬやうなこつては神柱も駄目だ。本当は俺を誰だと思うてるか』 喜楽『松岡さまにきまつてゐますワイ』 松岡『よう当てた、本当は松岡だ。奥山へ金掘りにやつたのも、牛の糞を掴ましてやつたのも皆此松岡だよ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 喜楽『馬鹿にしなさるな』 松岡『馬鹿の卒業生を馬鹿にせうと思つても、する余地がないぢやないか、エヘヽヽヽ。これからサア身魂の洗濯に連れて行かう。草鞋や脚絆がなければ下駄ばきでいいワ、サア行かう』 と腹の中からどなると共に、喜楽の体は器械的に立上がり、庭の駒下駄をはいたまま、夜の十二時頃に自宅を立出で、小幡川を渡り、スタスタと穴太を東に離れ、重利の車清の側の橋を越え、藪をぬけ、一町許り進むと、自分の足は土中から生えた様にピタリと止まつて了つた。そこには田園に施す肥料をたくはへる糞壺があつて、異様の臭気が鼻をついてゐる。腹の中から塊がクルクルと又もや喉元へつきつけ、 松岡『オイ肉体、真裸になつて此糞壺へ這入り、身魂の洗濯を致せ!』 と呶鳴り出した。体は自然に糞壺の方へ進んで行く。鼻が曲るほど臭うてたまらぬ。 喜楽『コレ松岡さま、こんな所へ這入つたら尚汚れるぢやありませぬか。綺麗な水で洗濯してやらうと言ひ乍ら、糞壺へ這入れとはチツと間違ひぢや厶いませぬか』 松岡『錆た刀を砥ぐ時も、生灰をつけたり、泥をつけたりする様に、お前のやうな製糞器は糞で研いてやるのが一番だ。糞より汚い身魂を持つてゐ乍ら、糞が汚いとは何を吐すのだ』 と大声に呶鳴り立てた。喜楽はビツクリして、 喜楽『ハイ、そんなら裸になつて這入ります。どうぞ大きな声を出さぬやうにして下さい』 と帯を解かうとする。 松岡『オイ待て待て、それさへ分ればモウよい。お前の体は機関だ、生宮だ。そんな所へ這入つて貰ふと俺も一寸困るのだ、アハヽヽヽ』 喜楽『私は元からの土ン百姓で、糞位は何とも思つて居りませぬ。糞がなければ五穀野菜が育ちませぬから、一遍這入つて見ませうか』 松岡『這入るなら勝手に這入れ。其代り此松岡は只今限り守護致さぬからそう思へ。あとはもぬけのから、狸の容物にでもなるがよからう』 斯う言はれると何となしに未練が湧いて来る。松岡神が人の体へ這入つて、ウソ計り言ひ何遍も失敗をさせよる仕方のない奴、こんな邪神は一時も早く退散させたいと思ふ事は度々であつたが、サテ之れ限り立退くと云はれると、何だか惜い様な気がして来るのが不思議である。 喜楽『そんなら、あなたの仰に従ひます。サア是から美しい水の所へ連れて行つて下さい』 松岡『コレから一里許り東へ行くと、矢田の滝というて東向きに落ちてゐる、形計りの滝がある。そこで水行をするのだ、サア行ケ!』 と号令し乍ら、喜楽の肉体を自由自在に操つて、足早に硫黄谷を越え、大池の畔を伝うて、亀岡の産土矢田神社の奥の谷に導き水行を命じた。そして一週間の間毎夜此滝に通ふ事を肉体に厳命した。喜楽はそれより毎夜々々淋しい山道や池の畔や墓場を越え矢田の滝へ通ふ事となつた。 矢田の滝へ通ひ始めてから七日目、今晩が行の上りと云ふ時になつて、なんとなく心の底に恐怖心が湧いて来た。奥の間にかけてあつた大身鎗をひつさげ、十二時頃自宅を立つて、穴太の村外れまで進んで来ると、自分の持つて居る鎗が心の勢か勝手に動き出し、リンリンと唸り声がして来る。鎗の穂先は夜でハツキリは見えぬが、自然に曲り鎌首を立ててゐる様な気がしてならぬ。黒い古ぼけた鎗を握つた積りでゐたのがいつの間にか太い蛇を握つてる様な気がして来たので、麦畑の中へ矢庭に放り込み、車清の方へ向つて進みかけた。此鎗を棄ててから余程恐怖心が薄らいで来た。 追々進んで硫黄谷の大池の側へ来て見ると、周囲一里もあると云はれてゐる山間の大池の中に二三丈計りあらうと思はる背の高い、それに恰好した太さの、赤い丸顔の男が深い池水に腰あたりまでつけて、バサリバサリと自分の方を向いて歩んで来る様に見える。髪の毛は縮み上る、胸は動悸が高くなる。一心不乱に『惟神霊幸倍坐世』を称へ乍ら池端を東へ東へと走りゆく。此怪物はどうなつたか、後は分らなかつた。前方に当つて青い火が、いつも灯つてゐない所に見える。進みもならず退きもならず暫く途中に立つて思案をしてゐると体がオゾオゾと慄ひ出す、益々怖くなつて来る、四方八方から厭らしい化物に襲撃されるやうな気がしてならない。あゝこんな時に松岡さんが憑つてくれるといいのにと思ひ、 喜楽『松岡天狗さま、松岡さま』 と大きな声で叫んでみた。自分乍ら声は大きうても、其の声に波が打ち、ふるひが籠つてゐた。かうなると自分の声まで厭らしくなつて来る。怖いと思ひかけたら、如何にも斯うにも仕方のないものである。……マア此処で暫く静坐して公平な判断をつけねばなるまい……と道の傍の芝生の上に腰を下し、姿勢を正しうして両手を組んで見た。されど自分の体も腰も手も足も、骨なしの蛸のやうになつて、グラグラして一寸も安定を保つ事が出来なかつた。たつた一声腹の中から、 『突進!』 といふ声が聞えて来た。其声を聞くと共に、俄に糞落着きに落着く事が出来た。そして心の中で……エー之れが霊学の修業だ、何れ霊界の事を研究するのだから、現界と同じやうな事では研究の価値がない、これが却て神さまの御守護かも知れぬ、今日は一週間目の修業の上りだ、高熊山の修業中にいろいろと霊界の事を見せて貰ひ、教へても貰うて居る。随分其時も厭らしい事や恐ろしい事があつた、これ位な事は霊界探険当時の事を思へば、ホンの門口だ……と直日に省み漸く腰を上げて、青い火の方へ進んで行つた。怖々火の側へ寄つて見れば青く塗つた硝子の行灯に火が点してある。途のわきがすぐ墓になつてゐて今日埋けたばかりの新墓に白い墓標が立つてゐる。気をおちつけて見れば、亀岡の稲荷下げをして居つた婆アで、御嶽教の教導職を勤めて居た六十婆アが死んだので、此処に葬つたのだと云ふ事が白い墓標の文字で明かになつた。ヤツと安心して漸く矢田神社の境内にさしかかり、社前の水で体を清め、御社の前で天津祝詞を奏上し、瞑目静坐などして夜の明けるのを待つてゐた。最早これから奥へ夜中に行く丈の勇気が臆病風に誘はれて無くなつてゐたからである。 夜はホノボノと明けて来た。そこらの様子が何となく昼らしくなつたので俄に元気を出し、細谷川を伝うて、一週間歩き馴れた谷路を登つて行く。併し実際は夜が明けてゐるのではなかつたと見え、再びそこらが薄暗くなつて来た。空を包んでゐた雲がうすらぎ、東の空から月が昇つたのが薄雲を通して光つたからであつた。二三町許り行つた所に、五十五六の骨と皮とになつた、痩た可なり背の高い婆アが、一方の手を前に出したり後へ引いたり、切りに樵夫が前挽をひくやうな事をやつてゐる。……ハテ怪体な奴が出やがつた。夜が明けたと思へば暗くなつて来る。そこへ川に臨んで婆アが妙な手つきをして体を揺つて居る。此奴ア、ヒヨツとしたら稲荷山の峰つづきだから、奴狐がだましてゐるのかも知れぬ。心よわくては駄目だ……と俄に空元気を出し、婆アの近くによつて、一生懸命の声で、 喜楽『コラツ!』 と呶鳴つて見た。婆アは此声に驚いて、折角発動してゐた手をピタリと止め、腰を屈めて、 婆『ハーイ、どなたか知りませぬが、何か御無礼な事を致しましたかな。妾は樽幸の稲荷さまに信心して居りまして、御台さまから神うつりの伝授を受け、今日で三年許り毎晩此処へ修業に来て居ります。おかげで右の手丈此通り御手うつりが出来出しました。モウ三年すれば又左の手に御手うつりがあり、それから胴うつり、頭にうつり、御口が切れるのが、マアマアザツと之から十年の修業で御座います。お前さまは此頃評判の高い、穴太の天狗さまぢや御座いませぬか』 喜楽『お婆サン、そんな年寄りがこれから十年も修行して居つたら、口の切れるのと死ぬのと一時になるぢやないか。モツと早う口の切れるやうにして上げようか。私が修業さしたら、一週間にはキツと口を切つて上げる』 婆『ハヽヽヽヽさうかが易く神様が憑つたり、口が切れるやうな事なら、此婆もこんな永い修行は致しませぬワイナ。早う口の切れるやうな神は碌なものぢやありませぬ。どうで狐か狸でせう』 と自分が豆狸にうつられて居乍ら、狐狸をくさしてゐる其可笑しさ。肥持ちが糞の臭を知らぬのと同じやうなものだなアと思ひ乍ら、此場を立去らうとすると、婆アサンは又右の手を樵夫が木をひくやうに動かせ乍ら、腰をキヨクンキヨクンと揺り動かし、動かぬ方の手をニユツと前に出し、 婆『コレもし、穴太の天狗さま、どうで御世話になりますが、一遍樽幸の稲荷さまに伺うた上頼みますワ。此間西町の御台さまが、樽幸の稲荷さまの弟子で居乍ら、余部の稲荷さまの方へ肩替しやはつたら、其罰で死なはりました。昨日葬式がありました。神さまの御機嫌を損ずると恐ろしいから、とつくり樽幸の稲荷さまに伺うた上御世話になりますワ』 喜楽『樽幸の稲荷さまはキツと反対するにきまつてゐる。此方は天狗さま、そちらは黒サンだからなア』 婆『コレコレ、何といふ勿体ない事を仰有る。あの神さまは正一位天狐御剣大明神さまだ。一の峰に御守護遊ばすお山一の御守護神さま。勿体ない、黒サンぢやなどと、狸にして了うとは、罰が当りますぞえ。そんな御方に御世話にならうものなら、どんな事が起るか知れませぬ。モウ是ぎりお前さまも妾の事を忘れて下さい、妾も忘れます。妙な因縁の綱がからまると互に迷惑しますからなア。六根清浄六根清浄南無妙法蓮華経……』 と一生懸命に唱へ始めた。喜楽はここを見捨てて二町許り上手の東向きの滝へ行つて見ると、いつも余り太くない滝が一丈程落ちて居るのに、今日は又如何したものか、五六間こつちから滝を見ると、真白けの者が立つてゐる。朧月夜にすかし乍ら、滝壺の前まで近よつて見ると、二十五六の女が白衣をつけて髪をふり乱し、滝にかかつてゐる。喜楽は神憑りと見て取り、 喜楽『何神さまで御座いますか、お名を聞かして下さい』 とやつて見た。滝にかかつた白衣の女は両手を組んだまま、頭上高く差し上げ、背伸びをし、少しく反り返つて、 女『力松大明神……』 と甲声で呶鳴つた。 喜楽『力松大明神とは何処の守護神ですか?』 女『稲荷山、奥村大明神の御眷族、力松大明神だ。此方を信仰致せば病気災難一切をのがらしてやるぞよ。其方は穴太の天狗であらう。今日で一週間の修行の上りと聞いた故、此肉体の外志ハルを、此方が誘ひ出し、其方に面会させる為に待つて居つたのだ。随分途中で怖かつただらうのう』 喜楽『分りました、どうぞ御引取を願ひます』 女『引取れと申さいでも、此力松大明神はそちの心をよく知つとるから引取るぞよ。ウンウン……』 と云つたぎり、亀岡旅籠町の外志ハルと云ふ神憑りは正気に帰つて了うた。 さうかうする間に夜はカラリと明け渡つた。二人はいろいろと神様の話をし乍ら外志ハルの頼みに依つて、旅籠町に廻り、夫の筆吉といふに面会して、互に道の為に助け合ふ事を約し、穴太へ帰つて来た。 (大正一一・一〇・九旧八・一九松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 18 奥野操 | 第一八章奥野操〔一〇三〇〕 一旦斎藤宇一の座敷から、退却を命ぜられた修業場は、又もや爺の機嫌が直つて、再修行場に、二間続きの奥座敷を給与された。其時は多田琴、石田小末、上田幸吉などが最も面白き神懸りであり、いろいろの珍しき神術をして見せた。多田琴が両手を組み審神者となり、石田小末が神主となり、 小末『サア地震だ』 といへば、俄に家がガタガタとふるひ出し、ゴーゴーと唸り声が聞えて来る。けれ共地震は此家限りで、門口を出ると最早何の事もなかつた、大勢の者は其不可思議な神力に肝を潰し、舌を巻いてゐた。多田琴が、 多田『われは巴御前だ、オイ家来の者、皆サンにお茶を注げ』 と命ずると、戸棚からガチヤガチヤと音がして茶碗が人の数丈宙をたつて、二人の前に出て来る。多田は、 多田『皆サンの前へ、一つづつ配れ』 と厳命すると、何も居らぬのに、茶碗が畳の上五六寸の所を通つて、各自の膝の前にチヤンと据はる、据はつた時どれもこれも茶碗が二三遍キリキリと舞うてゐるのが不思議である。 多田『サアお茶をつげ』 と多田琴が命令すると、石田小末は手で土瓶を持つて、茶を注ぐ真似をする。さうすると、火鉢にかかつてゐた土瓶が勝手に、宙をブラブラやつて来て、誰かが持つて茶を注ぐ様に、八分許り、各次ぎ次ぎに注いでまはる。始めの中は喜楽の霊学は偉い者だとほめて居たが、ソロソロ魔法使、飯綱使と口を極めて罵り出した。それにも構はず霊をかけて火鉢を動かしたり、机を二三尺許りも宙に上げたり、土瓶を廻らしたりして、日夜研究に没頭してゐた。此時位面白くて得意な事はなかつた。多田琴に憑つた巴御前と自称する霊は喜楽に向つて曰ふ。 多田『此通り色々の霊術を、神が守護致してさしてやるのだから、これから一座を組んで、京大阪へ飛出し、奇術師となつて、ドツサリ金を儲け、それを資本として大きな神殿を造り本部を建てようだないか』 と勧めるのであつた。喜楽は神様の道に、そんな馬鹿な事をしては却て神の道を汚すだらうと思つて、躊躇して居ると、石田小末の憑霊が又もや発動して、 小末『サア是から宙を歩いて見せる、何ンでもかンでも御望み次第ぢや、こんな結構な神術があるのに、丹波の山奥に隠しておくのは勿体ない、京大阪へ出て、天晴れ神術をして見せたら、それこそ一遍に神様の御神徳が分つて、お道が開けるだらう。サア早く決心なされ』 と多田と小末の二人の神懸が両方からつめかける。山子好きの元市親子は喉をならして喜び、 元市親子『サアこれが神様の御神徳だ。天眼通から天耳通、天言通、それにこんな神術、これを見せたら、いかな理屈の強い男でも、往生せずには居られまい。金儲けをしもつて、神様のお道が広まるのだ、エヘヽヽヽ、こんな結構な事が世にあらうか』 と乗気になつて居る。岩森とく、斎藤高子までが色々の不思議な神術を習得して同意し出した。喜楽の心では、……そんな所へ出て、芸をして見せるのは、何だか恥しくて堪らない、乍併それで神様の道が開けるのならば、強ち止める訳にも行くまい。何事も神懸に任して、思ひ切つて京大阪へ一興行やりに行かうか……と決心し、産土神社へ参つて、伺つてみた。さうすると又もや自分の腹から塊が二つ三つゴロゴロと喉のあたりまで舞ひ上り、 『バカバカバカツ』 と呶鳴りつけた。喜楽は止めるのが馬鹿か、興行に出るのが馬鹿か、どちらで御座ります………と問ひ返して見ると、又腹の中から、 『其判断がつかぬ奴は尚馬鹿だ』 と呶鳴られた。喜楽は、 喜楽『そんなら多数決に依つて、神懸や元市サンの云ふ通りに致します』 と言つてみれば、又もや腹の中から、 『やるならやれ、兇党界に落してやるぞよ』 と呶鳴りつけられ、とうとう霊学興行は思ひ切る事にして了つた。 例の如く修業場で幽斎を始めて居ると、多田琴の容貌が俄に獰悪となつて来た。そしてはじけわれるやうな声で、 多田琴『アラアラアラ』 と呶鳴り出し、撃剣家が竹刀をふり上げて立合ふ様な素振りをして居る。審神者の喜楽は、 喜楽『鎮まれ!』 と一言言霊を発射した。多田は其一言に元の座に行儀よく坐り、組んだ手を離して、昔の武士が、腰の刀を抜く様な素振をなし、 多田琴『之を見よ』 と審神者の前に手をつき出す、審神者は目をつぶつた儘、之を見れば短刀の根元に、白紙が巻いてあるのをつき出してるやうに見える。そして此短刀を持つた男は、年は四十前後の稍赤みがかつた細だちの品のよい男である。多田は口を切つて云ふ、 多田『某は園部の藩主小出公の指南番奥野操といふ者で厶つたが、同役のそねみに依つて、讒言をせられ、園部を追ひ出され、亀山に参り、松平公の指南番となり、勤めてゐた所、十八歳の殿様の妹娘に惚れられて、遂に同役より又もや讒言をせられ、無念の涙を呑んで、丁度八十年以前の今晩、切腹を致して相果てた武士で厶る。此短刀を見られよ、血汐が附いてをらうがなア』 と呶鳴り立てた。 喜楽『ここは神様のお憑り遊ばす為の修行場であれば、人霊などの来るべき所ではない。早く立去つたがよからう』 ときめつけた。憑霊は首を左右に振り、 多田琴『苟くも天下の豪傑、武道の指南番に向つて、無礼千万な其言ひ条了見致さぬぞ』 と言ひ乍ら、ツと立上り、 多田琴『ヤアヤア』 と声をかけ、喜楽の頭の上を前後左右に飛び廻り、時々頭を蹴つて、騒ぎまはり、何程鎮魂をしても、荒くなる計りで、少しも鎮まらない。喜楽も殆ど持てあまし、此場をぬけ出し、再産土の社へかけつけて、祈願をこらして居た。そこへ石田小末が走つて来て、 小末『モシ先生、鎮まりました。操と云ふ武士が先生に一つ御頼みがあるから、早く帰つて欲しいと頼んで居ります。どうぞ帰つて下さいませ』 と叮嚀に頭を下げて頼んで居る。喜楽は、 喜楽『ヤアもう鎮まつたか、そりや有難い、産土様の御蔭だ』 と云ひ乍ら、社前に感謝し、直に元市の宅へ帰つて行く。 帰つて見れば多田琴は厳然として坐りこみ、 多田『アイヤ上田氏、某は最前申せし如く、亀山公の指南番奥野操と申す者で厶る。女房もなければ子もなし、又身内もなき故に後弔ひくれるものもなく、宙に迷うて居りまする。就いては自分の家に出入を致して居つた家来の子孫が内丸町に紙屑屋を致して居る。これは西尾と申す者なれば、よく査べて下され、戒名は何々と記し西尾の宅と西町の某寺に祀つてある。先づ第一に虚実を調べた上、此方の霊を御祀り下さらば、某は神の座に直り、其方が神業を保護いたし、日本国中は申すに及ばず、世界の隅々に致るまで十年ならずして名を轟かして見せるで厶らう。猶も疑はしくば、亀岡古世裏の墓地へ往つて調べて下され。入口から右に当つて三つ目の石塔が、拙者の石塔で厶る。性念のある印には、上田氏が石塔の前に立たれたならば自然に動くに依つて、それを証拠に御祀り下され。武士が百姓の伜に頭を下げてお願申す』 と威丈高になつて構へてゐる。これより喜楽は宇一其他二三の修業者を引つれ西町の某寺を調べ、紙屑屋の西尾の宅へ行つて聞いて見たが、操と云ふ名はハツキリ分らぬが、某々院殿某々居士と云ふ事丈は的中して居た。全く操の霊に間違ないと、勇んで古世裏の墓地へ往つて見た。所が墓地全体の様子が亡霊のいつた通り寸分の間違もなく、右の三つ目の石碑には苔がたまつて、ハツキリとは分らぬが、どうも似た字が現はれてゐる。石塔がモウ動くかモウ動くかと待つ事殆ど一時間許り、されど依然としてビクとも動かない。ハテ不思議と、不思議でもない事を、不思議がつて瞑目し、霊眼で調べて見ると、石塔の裏に大きな古狸が目をむいてゐるのが目についた。 (喜楽)『おのれド狸奴が、人を馬鹿にしやがつた、これから帰つて多田琴の審神を厳重にしてやらう』 と思ひ乍ら、スタスタと穴太の修業場へ帰つて来た。其時既に日は暮れて居た、修業場には薄暗いランプが一つ、点つて其向ふに多田琴と石田が四角張つて、厳然と控えて居る。自分等の姿を見るより、 多田琴、石田小末『ヤア上田殿、大儀々々よくこそお調べ下さつた。此方の申す事に間違は厶らうまいがなア、早く某の霊をお祀り下され。ヤア元市どの、其外の面々、いかい御苦労で厶つた、アツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをなし、肩を二人一時に揺すつてゐる。 喜楽『コリヤ多田に憑つてゐる古狸奴、小末にうつつてる狸の子分奴、此審神者を馬鹿にしやがつたな、サアもう了見ならぬ。これから霊縛をかけて縛めてやるから覚悟を致せ』 多田の憑神は一層大きく肩をゆすりて大口をあけ、 多田琴『アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ』 と笑ひ乍ら横にゴロンとこけて了つた。喜楽は両手を組み、一生懸命にウンウンと霊縛をかけた。石田はウンの声と共にゴロリと倒れた。それと引替へに多田の肉体はムクリと起き上り、ドンドンドンと餅つく様に二十貫の体を二尺許り上げ下げして、座敷中を飛び廻る。喜楽は一生懸命になつて、 喜楽『どうぞお静まりを願ひます』 と頭を下げて優しく出た。憑神は大口あけて、 多田琴『アハヽヽヽおれは小松林様に頼まれて、貴様達に審神者の修業をさせてやつたのだ。実の所は松岡だ。能うだまされたのう、石塔の裏で狸を見た時は、随分妙な顔だつたのう。ホツホヽヽヽ、アハヽヽヽ』 と又腹を抱へて笑ひこける。 俄に室内が死人臭くなつて来た。……あゝ臭い臭いと各自に鼻をつまんでゐると、どこともなしに坊主のお経が聞えて来るかと思へば厭らしい声で巡礼歌が聞える、チンドン、ジヤブリンと云ふ葬礼の行列が耳に入る。此奴ア怪しいと手を組み目を塞ぎ、霊眼をてらせば、幾十とも知れぬ亡者が各自に笠と杖を手に持ち、乞食坊主の後について、障子の細い穴からくぐつて這入つて来るのが目についた。そして一番先に出て来る亡者の顔が、隣のお紋と云ふ娘の顔にソツクリである。喜楽は思はず知らず、 喜楽『ヤアお紋サン』 と叫んだ。されど何の答もなしに座敷へドカドカと亡者が重なり来り、遂には何百とも知れず重なり合うて、こちらを向いて睨んでゐる。斎藤高子、岩森徳子の二人の神憑はコワイコワイと叫び乍ら、喜楽の体に喰ひついて震ひ泣いてゐる。 何とも知れぬ不快の臭が室内に充ち、ランプの光は自然に細つてそこら中が薄暗くなつて来た。それから蝋燭を四五本も灯してみたが、どれもこれも火が小さくなつて消えて了ふ。仕方がないから、東側の細溝の清水で体を清め、胴を据えて、天津祝詞を一生懸命に奏上しかけた。怪しき亡者の影は一人減り二人減り、とうとう又元の障子の細い破れ穴から逃げ去つて了つた。かかる所へお紋の母親お初といふ婆アサンが、慌ただしくやつて来て、 お初『モシモシ喜楽サン、最前から俄にお紋が病気になつて囈言許りいつてゐます、そして喜楽サンどうぞこらへて下さいと、幾度となく繰返して居りますから、どうぞ、どんな悪い事をしたか知らぬが、まだ年の行かぬ子供の事だから、カニーしてやつて下され。大変な熱で、臭うて側へもよりつけませぬ』 と言ひ乍ら、泣いて居る。喜楽はこれを聞くより隣のお紋サンの家に行き見れば、お初婆アサンの云つた通り、熱臭く不快な臭が漂ひ娘はウンウンと唸つて居る。丁度元市の修業場で嗅いだ臭とソツクリであつた。そこで又もや天津祝詞を声高らかに奏上し、鎮魂を施せば、お紋サンは夢中になつて、 『のきますのきます』 と云ひ乍ら、寝所から立上り、二足三足門口の方へ歩き出し、バタリと其場に倒れて了つた。それと同時に病気はスツカリ治つて了つたのである。 此事があつてから、次郎松は、いよいよ喜楽は飯綱使だと口を極めて罵り、曽我部の村中を、御苦労にも仕事を休んでまでふれて歩いた奇篤な人間である。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一〇旧八・二〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 20 仁志東 | 第二〇章仁志東〔一〇三二〕 話は少し元へ帰る。明治卅一年の四月三日神武天皇祭[※神武天皇が崩御した日。]の日、喜楽は早朝より神殿を清め修業者と共に祭典を行つて居た。そこへ瓢然として尋ねて来た五十余りの男がある。男は無造作に閾をまたげてヌツと這入り、 男『私は紀州の者で三矢喜右衛門と申します。稲荷講の福井県本部長で、静岡県阿部郡富士見村月見里稲荷神社附属、稲荷講社総本部の配札係で御座います。紀州を巡回の折柄、ここの噂を承り、すぐさま総本部へのぼり長沢総理様に伺うた所、因縁のある人間ぢやに依つて、兎も角調べて来いと言はれました。過去現在未来一目に見え透く霊学の大先生長沢様の御言葉だから、喜んでお受けなされ、決して私は一通りの御札くばりではありませぬぞ』 とまだ喜楽が一口も何ともいはぬ先から、虎の威をかる狐の様に威ばり散らしてゐる。喜楽は稲荷講社と云ふ名称に就いては聊か迷惑のやうな気がした。なぜならば口丹波辺は稲荷講社といへば直に稲荷おろしを聯想し、狐狸を祀るものと誤解されるからである。併し乍ら過去現在未来を透察する霊学の大家が長沢先生だと言ふことを聞いては、此三矢を只でいなすことは出来ない様になつて来た。 二月以来高熊山の修行から帰つたあとは、霊感問題に没頭し、明けても暮れても、霊学の解決に精神を集中して居たからである。そして親戚や兄弟、村の者までが、山子だ、飯綱使だ、狐だ、狸だ、野天狗だ、半気違だと口々に嘲笑悪罵を逞しうするので、何とかして此明りを立て、人々の目をさまさねばならぬと、心配して居た所へ三矢氏が来たのだから、一道の光明を認めたやうな気になつて、勇み喜び、直に三矢を吾家に止め、いろいろと霊学上の問題を提出して聞いて見たが、只配札のみの男と見えて、霊学上の話は脱線だらけで、何を聞いても一つも得る所がなかつた。それから旅費を工面して、三矢の案内で愈同月の十三日、穴太を立つて京都まで徒歩し、生れてから始めての三等汽車に乗つて、無事静岡の長沢先生の宅に着くことを得た。 長沢先生は其時まだ四十歳の元気盛りであつた。いろいろと霊学上の話や、本田親徳翁の来歴等を三四時間も引続けに話される。喜楽が一口言はうと思うても、チツとも隙がない。此方の用向も聞かずに四時間斗り喋り立て、ツツと立つて雪隠へ行き、又元の所へ坐り、三方白の大きな目を剥き出し、少し目が近いので背を曲げ、こちらを覗く様にして、又もや自分の話を続けられる。机の下は二三ケ月間の新聞紙が無雑作に散らけてある。沢山の来信も封を切つたのや切らぬのが、新聞紙とゴツチヤになつて広い机のグルリに散乱してゐる。長沢先生は障子の破れ紙の端をチヨツと引むしつて、ツンと鼻をかみ、ダラダラと流れやうとする鼻汁を又ポンと紙を折り、遂にはツーと余つて鼻汁が膝の上に落ちやうとするのを、今度はあわてて新聞紙の端を千切り、それに鼻汁紙を包んで、無雑作に机の下に投げ込み乍ら、平気な顔で又五時間斗り喋りつづけられた。長途の汽車の旅で体は草臥てゐる。一寸どこかで足を伸ばしたいと思ふても先生が動かないので如何することも出来ず、とうとう其日は自分の住所姓名を僅に告げた丈で、長沢先生の話斗りで終つて了つた。 先生の母堂に豊子といふ方があつて、余程霊感を得てゐられた。豊子さまは喜楽に向ひ、 豊子『お前さまは丹波から来られたさうだが、本田さまが十年前に仰有つたのには、是から十年程先になつたら、丹波からコレコレの男が来るだらう、神の道は丹波から開けると仰有つたから、キツとお前さまのことだらう、これも時節が来たのだ。就ては、本田さまから預つて置いた鎮魂の玉や天然笛があるから、之を上げませう。これを以てドシドシと布教をしなされ』 と二つの神器を箪笥の引出しから出して喜楽に与へ、且神伝秘書の巻物まで渡してくれられた。翌朝早うから之を開いて見ると、実に何とも云へぬ嬉しい感じがした。自分の今迄の霊学上に関する疑問も、又一切の煩悶も拭ふが如く払拭されて了つた。 午前九時頃から、長沢先生は再び自分を招かれた。早速に先生の前に出で、今度は自分の方から喋り立て、先生に一言も云はすまいと覚悟をきめて出合ふなり、自分の神憑り[※初版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]になつた一伍一什を息もつかずに三時間斗り述べ立てた。先生は只『ハイハイ』と時々返事をして、喜楽の三時間の長物語を神妙に聞いて呉れられた。其結果一度審神者をして見ようと云ふことになり、喜楽は神主の席にすわり、先生は審神者となつて幽斎式が始まつた。其結果疑ふ方なき小松林命の御神憑[※初版・愛世版では「御神憑」だが、校定版では「御神懸(ごしんけん)」。]といふことが明かになり、鎮魂帰神の二科高等得業を証すといふ免状迄渡して貰つた。喜楽は今迄数多の人々に発狂者だ、山子だ、狐つきだとけなされ、誰一人見わけてくれる者がなかつた所を、斯の如く審神の結果、高等神憑[※初版・愛世版では「神憑(かむがかり)」だが、校定版では「神懸(かむがかり)」]と断定を下されたのであるから、此先生こそ世界にない、喜楽に対しては大なる力となるべき方だと打喜び、直ちに請ふて入門することとなつたのである。要するに長沢先生の門人になつたのは霊学を研究するといふよりは、自分の霊感を認めて貰つたのが嬉しかつたので入門したのであつた。 夫れより先生に従ひ、三保の松原に渡り、三保神社に参拝して、羽衣の松を見たり、又は天人の羽衣の破れ端だと称する、古代の織物が硝子瓶の中に納められてあるのを拝観したりし乍ら、一週間許り世話になつて、二十二日の夜漸く穴太の自宅に帰る事を得た。三矢喜右衛門も再穴太へ従いて帰り、園部の下司熊吉方に往復して、とうとう斎藤静子と熊吉との縁談の媒人までなし、今迄の態度を一変して、下司熊をおだて上げ、いろいろと喜楽に対し、反抗運動を試みる事となつた。 下司熊は、斎藤静子の余りよくない神憑を女房に持ち、自分も神憑となつて、相場占を始め出した。下司の腹心の者に藤田泰平といふ男があつた。此男は人の反物を預り、着物や羽織を仕立て、賃銭を貰つて生計を立てて居た男である。下司熊の頼みによつて、方々から預つたいろいろの反物を質に入れ、金を借り、それを下司熊に使はれて了ひ、依頼主から火急な催足をされて、非常に煩悶をしてゐた。グヅグヅして居ると刑事問題が起り相なので、泰平自ら穴太へ行つて来て、下司熊の為に自分は退引ならぬ破目に陥つた事を歎きつつ物語り、如何かして助けて貰ふ訳には行かうまいかと云つて泣いて居る。喜楽も最早如何する事も出来ない。併し乍ら何とかして助けてやりやうはないかと、頭を悩ましてゐた。そこへ斎藤宇一が自分の叔母の婿となつた下司熊と共に出て来て、何とかして藤田を助ける工夫はなからうか、藤田許りか下司までが、此儘にしておいたら、取返しのつかぬやうな事になつて了ふ。お前の家や屋敷を抵当に入れて、金でも借つてくれまいかと斎藤が云ふ。併し乍ら喜楽の家屋敷は既に抵当に入り、五十円借つた金も、とうの昔になくなつて居た。ふと思ひ出したのは奥条といふ所に預けておいた乳牛がある。其牛は喜楽の自由の物で、精乳館の物ではなかつたのを幸ひ、それを売つて下司や藤田の急場を助けてやらうかと思ひ、喜楽が九十円で買うた牛が奥条に預けてある、それをどつかへ売つてくれたら、其金を間に合はしてやらうと、云ふた言葉に下司は手を拍つて踊りあがり、 下司『そんなら済まぬが、どうぞ暫く私に貸して下さい。此牛は自分が入営してゐた時の友達で、矢賀といふ所に伯楽をして居る者があるから、そこへ連れて行て買うて貰はう』 といふ。そこで話が纏まつて、藤田泰平は園部へ帰る。喜楽と宇一と下司熊の三人は、奥条の牛の預け先から引出して来て、八木の川向うの矢賀といふ所へ引張つて行つた。 其日は此地方の氏神の祭礼で、あちらこちらに大きな幟が立つてゐる。漸くにして九十円の牛を十五円に買ひ取られ、日が暮れてからソロソロ八木へ廻つて帰らうとした。十五円の金は下司が預つたきり、懐へ入れて了つた。そして十円さへあれば下司の問題も一切片付くのである。五円丈は喜楽に渡すといふ約束であつたが、下司はふれまわれた酒にヘベレケに酔うて、何と云つても、妙な事計り言つて受入れぬのみか、日清戦争で戦死した戦友の石碑が立つてる前へ行つて手を合せ、 下司『惟神霊幸倍坐世、オイ貴様もおれと一緒に戦争に往つたのだが、とうとう先へ死によつたのう、本当に貴様は可哀相なものだ。こんな部落へ生れて来て、其上鉄砲玉に当つて死んで了ひ、本当に可哀相だ。おりや君に同情するよ。ナアに、俺だつて、同じ人間だ。そんなこた遠慮に及ばぬ』 と沢山の部落民がそこに居るのも構はず喋り立てる。忽ち十四五人の男が現はれて、 『ナアに失礼な事をぬかす、やつてやれ』 と言ひ乍ら、下司熊の手足を取り、ヨイサヨイサと祭の酒に酔うた奴斗りが、矢賀橋の側までかいて行き、メツタ矢鱈に頭をなぐる、打つ蹴る、非常な大騒ぎとなつた。宇一は部落民の方へ分け入つて、いろいろと下司の為にあやまつてやつてゐた。喜楽は懐中の天然笛を取出して、一生懸命にヒユーヒユーと吹き立てた。何と思ふたか、一人も残らず暴漢は逃げて行く。 そこへ巡回の巡査がやつて来て、下司熊を労はり八木まで送り届けてくれた。喜楽も宇一も巡査の後に従いて八木の橋詰まで帰つて来た。来て見れば橋の西側に劇場があつて、芝居が始まつてゐる。勧進元は下司熊の父親の下司市といふ可なり名の売れた顔役である。下司熊は喜楽や宇一を楽屋の中まで引張て行き裸になつて見せて、 下司『あゝ喜楽サン、折角に世話になつた牛の金が最前の喧嘩でおとしたとみえて、これ此通り一文も無い』 としらばくれてゐる。後から事情を探つて見れば、実際は五十円に牛を売り、ワザとに八百長喧嘩を仕組み、一文も残らず引つたくつてやるといふ計略に乗せられたのであつた。又藤田の来たのも、下司や宇一との計略に依つて喜楽の牛を売らし其金をせしめようといふ計略であつた事が判明したのである。それが分つたので喜楽は神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神懸」。]になり、腹の中の憑霊に向つて、 喜楽『なぜ喜楽の肉体がこんな目に会うてるのに知らさなんだか、言はいでもよいこと許り喋る癖に、なぜかう云ふ時に知らしてくれぬのだ。モウこれからお前らの言ふことは聞かぬ。サア私の体からトツトと帰つてくれ』 と腹立紛れに呶鳴り立てた。さうすると暫く静まつて居つた玉ゴロが、又もや喉元へこみ上げて来て、小さい声で、 『アツハヽヽヽ、馬鹿だのう』 といつたぎり、何と云つても、キウともスウとも答へてくれぬ。とうとう泣き寝入りになつて了うた。 下司熊は其後須知の岩清水といふ所で、村の神官と諜し合せ、観音の木像を土の中へ深く埋けておいて、「サテ自分は神さまのお告に依り岩清水の或地点に観音さまが埋まつて御座ることを聞きましたが、一ぺん調べさして頂きたい」と区長の宅へ頼みに行つた。それから区長の許しを受けて、宮の神主と共に掘り出しに行つた所、観音の木像が出たので、それを御神体とし、船越某の家で祭壇を作り、所在神仏の木像を古道具屋の店のやうに祀りこみ、二三十本の幟をあちら此方に立て、お大師さまの御夢想の湯だと云つて、湯をわかし、患者を入浴せしめなどして、沢山の愚夫愚婦を集めて居た。そして観音の木像が神さまのお告げで現はれたといふので大変な人気となり、一時は非常に繁昌してゐたが遂に警察から科料を取られ、拘留に処せられ、それより段々信者が来なくなつて了ひ、やむを得ず、岩清水を立つて、再び園部へ舞ひもどり、神さま商売もテンと流行らなくなつたので、再び博徒の群に入り、とうとう睾丸炎を起して夭死して了つた。泰平も亦二三年を経て急病でなくなつて了つた。牛を下司に取られたといふので、又々由松が怒り出し、 由松『此神は盲神だから、兄貴の馬鹿がだまされて居るのを、黙つて見てやがつた、腰抜神だ。モウ俺の内にはおいてやらぬ』 といつて再斎壇を引つくり返し、暴れまはるので、喜楽も安閑として居る訳にも行かず、此上如何したらよからうか、一つ神さまに伺つて見ようと、産土の社に参拝して神勅を受けた。其時小松林命喜楽に神懸りして、 小松林『一日も早く西北の方をさして行け、神界の仕組がしてある。お前の来るのを待つてゐる人がある。何事にも頓着なく速にここを立つて園部の方へ向つて行け!』 と大きな声できめつけられた。それより喜楽は故郷を離れる事を決意したのである。 (大正一一・一〇・一一旧八・二一松村真澄録) |
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霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 25 妖魅来 | 第二五章妖魅来〔一〇三七〕 篠村から徒歩となつて、帰途を幸ひ八木の福島寅之助方へ立寄つて見た。所が主人の寅之助氏は綾部へ修業に行つた不在中で、妻君の久子サンと子供が居つたので、四方氏から綾部の様子や福島氏の神懸り[※校定版では「神憑り」]の次第まで逐一話して聞かした。されど久子は金光教の信者である所から、霊学の話などは半信半疑で、何を云ふても鼻の先であしらひ、腑におちぬやうな按配で面白くない。二人はソコソコにして、此家を立出で八木の大橋を渡つて、刑部といふ所に土田雄弘氏の寓居を訪ね、神の道の御話など互に語らふ所へ、京都から一本の急電が届いた。土田氏は何事ならむと早速開いて見れば、京都に居る従弟の南部孫三郎といふ人が、病気危篤であるからすぐ来てくれといふ電信であつた。土田氏は余り豊な生活でないから京都へ行く旅費もない。大に困つて喜楽に向ひ言ふよう、 土田『只今の電報は私の従弟の南部といふ者が、今まで金光教会の布教師をつとめて居ましたが、身の修まらぬ人物で、今迄京都から尾州、遠州、駿州あたり迄十三ケ所も金光教会所を開いては、婦女に関係をつけては失敗し、又土地をかへては教会を開き、同じく婦人に関係しては追出され、遂には金光教会の杉田政次郎氏から破門されて、今の所では妹の家に厄介になつて居りますが、二三年前より肺結核にかかりブラブラ致して居りました。とうとう神罰が当つたのでせうから、到底全快は覚束なからうと信じて居りますけれど、なる事なら今一度神様の御助けに預りたいものです。先生の御祈念で、ま一度助けてやつて下さる事は出来ますまいか』 と心配相に頼み込む。喜楽は気の毒がり、直に神界に伺うて見た。其神占によると、今後一週間目の日が此病人に取つて大峠である、九分九厘までは到底助かるまい……と云つた。そこで土田氏は…… 土田『モシ南部の命をお救ひ下さるなれば、私から彼を説いてあなたの弟子と致し、お道の為に誓つて尽力をさせませう』 と云ふ。喜楽は笑ひ乍ら、 喜楽『又金光教会の布教師時代の行方をくり返されますと困りますなア。併しここ三年の間、神様に願つて命を伸ばして貰ふやうに致します。神様は三年間の行状を見届けた上で、又々寿命をのばして下さりませう。此事を手紙に書いて南部サンへ知らしておやりなさい。さうすれば京都へ旅費を使うて行く必要はありませぬ』 土田氏は喜んでこまごまと手紙を書き京都行きも見合した。果して南部氏は七日目に一旦息が絶え、暫くして再び息を吹き返し、それから日に日に快方に向つた。土田氏は南部全快の砌に京都へ行つて会見した際、 土田『貴兄の今度の大病が全快したのは、全く綾部に現はれた艮の金神さまの御神徳と、上田といふ人の熱誠なる御祈念の賜物である』 と云つて喜楽に約束したこと及綾部に於ける神懸修行の実験談などを詳細に話して聞かせた。されど南部は、 南部『必しも綾部の艮の金神様の御神徳ではない。平素信ずる天地金の神さまと、金光教祖の御守護にて、吾大病を綾部の神や上田といふ男を使役してお助け下さつたのである。故に此御恩の九分九厘はヤツパリ金光さまにある』 と云つて、直に京都の島原の金光教会へ御礼参りをなし、綾部の方へは手もロクに合はさなんだのである。 それから後は『今まで金光教の布教師を拝命し乍らいろいろの醜行を敢てし、神様の御怒りにふれて一命すでに危ふき所を、お慈悲深き天地金の神や金光教祖の御威徳でおかげを被つた』とて、朝晩、母親や妹や自分が代る代る島原の教会所へ参拝して居つた。そした所が、一二ケ月たつと今度は又腹が烈しくいたみ出し、日を追うて重体に陥り、日参所か室内の運動も出来なくなつて了つた。それから母や妹が一生懸命に金光教会へお百度をふんでみたが少しも霊験が現はれぬ。大学病院へかつぎこんで診察して貰うと、非常に重い盲腸炎だから、切開手術を施さねばならぬが、病人の体の衰弱が甚しいから、生命は受合へぬとの医者の言であつた。そこで已むを得ず施術して貰ふのを見合せ、吾家へつれ帰り、成行に任せて、死期の至るを待つ外手段がなかつたのである。 益々重態に陥り、如何ともすることも出来なくなり命旦夕に迫つた。又もや従弟なる土田氏へ……病気危篤すぐ来れ……の電報をうつた。土田氏は例の刑部の寓居にありて、之を披見し「綾部に向つて手を合せ」の返電を打つておいて上京せなかつた。京都の南部氏の母と妹とは其電報を見て、叶はぬ時の神頼み、命さへ助けて下さらば何神様でもよい……と綾部の方に向つて「艮の金神様、今迄の取違と御無礼の段を御赦し下さいませ。孫三郎の一命を今一度お助け下さらば、彼の体も精神も差上げまして、艮の金神さまの御用をさして頂きます」 と一心不乱に祈願をこめた。ふしぎや忽ち感応あつて、南部氏の病床に一寸許りもあらうと思ふ大きな虻が、寒中にも抱はらずブンと音を立ててどこからともなく飛来り、病人の頭の上を三回舞ひ了るや、南部氏の腹部は岩でも砕けるやうな音がして、二三升許りも汚いものが肛門から排出すると共に、それより腹部の激痛も止まり、日を追うて快方に向つた。此れが南部氏が金光教を断念して綾部の大本へ入信した動機であつた。 それから二人は綾部へ帰つて見ると、上谷の修行場に邪神が襲来して、福島寅之助、村上房之助、野崎篤三郎其外一二名の神主は大乱脈となり、あらぬ事許り口走つて騒ぎまはつて居た。村上は近郷近在を昼夜の区別なくかけまはり、いろいろの事をふれまはつて、大本の名を悪くせむと一生懸命に妖魅がついて狂ひまはつて居る。福島寅之助は上谷の村中に響きわたるやうな大音声で、 福島『丑の年に生れた寅之助は、福島只一人であるぞよ。それぢやによつて此方が誠の艮の大金神であるぞよ。上田は未の年の生れ、出口直は申の年生れであるぞよ。漸く二人合はして坤の金神ぢやぞよ。二つ一つぢやぞよ。とても此福島寅之助には叶はぬぞよ。サア皆の者共、これから今までの取違をスツパリ改心致して、此方にお詫致せば今までの罪を許してやるぞよ。出口と上田は裏鬼門の金神ぢや、誠の丑寅の金神は出口直ではなかりたぞよ。これが分らぬ奴はきびしきいましめ致して、谷底へ放るぞよ。これからは福島寅之助を神が使うて、三千世界の立替立直しを致して、神も仏事も人民も餓鬼虫けらに至る迄勇んでくらさすぞよ。これが違うたら神は此世にをらぬぞよ。大の字逆様になりて居るぞよ。今に天地がでんぐり覆るぞよ。用意をなされよ。今に足許から鳥が立つぞよ。艮の金神は今まで悪神祟り神とけなされたが誠に結構な神でありたぞよ。神が表に現はれて善と悪とを立分けて世界の人民を改心さして松の神世にいたすぞよ。神は決してウソは申さぬぞよ。疑へば神の気障りになるぞよ。之から上田が帰つても相手になる事はならぬぞよ。誠の艮金神が気をつけるぞよ』 などと赤裸となり妖魅がうつつて、教祖の筆先の真似計りを、のべつ幕なしに呶鳴りちらして始末に了へない。喜楽は直に神界に祈願をこめ鎮魂を修した。其為一旦邪神の暴動が鎮定したが、又外の神懸にも沢山の妖魅の同類がうつつて福島の神に加勢をする。遂には神懸一同が口を揃へて、 一同『皆の者よ。シツカリ致さぬと、上田の曲津にごまかされて、ヒドイ目にあはされるぞよ。誠の艮の金神は福島大先生に違ひはないぞよ』 と叫ぶのを聞いた福島は、再び邪神におそはれて、黒い濃い眉毛を上げたり下げたり、目を剥いたり、腕をふり上げたり、飛んだりはねたり、尻をまくつてはねまはつたり、畳は穴があき床はおつる、ドンドンドンと響きわれるやうな音をさして、非常に大騒ぎを再演し出したので、田舎人が珍しがつて、四方八方から毎日々々弁当持で見物に来る。喜楽は一生懸命に鎮圧に力を尽しても、二十有余人の神憑の大部分に、不在の間に妖魅が憑つたのであるから、中々容易にしづまらない、こちらを押へばあちらが上る、丁度城の馬場で合羽屋が合羽を干してゐた所へ俄に天狗風が吹き合羽が舞ひ上り、一度に押へることが出来なくなつて、爺があわてて堀へはまつたやうな具合になつて来た。そして日一日と狂態が烈しくなつて来る。つひには修行者の親兄弟が怒つて来て、 『吾家の大事な伜を気違にしたから承知せない、吾妹を狐つきにしよつた……おれの子を巫子に仕立よとしよつた……狸をつけたのだろ、其筋に告訴してやる』 などと一斉にせめかくる。四方藤太郎は其中でも稍常識を持つてゐたから、陰に陽に気を配り、忠実に審神者の手伝ひをしてくれたので、喜楽も非常に力を得、千難万苦を排して一斉の反抗も妨害も頓着なく、あく迄審神者の職権をふりまはして漸く邪神を帰順せしむることを得た。 一方では金光教師たりし足立正信氏等は心機一転して、金明会を破滅せしむるは此好機を措いて他にある可らずとなし、数多の信徒をひそかに、以前の田中新之助といふ信者の内に集めて、鎮魂帰神の霊術の不成績なることを強調し、且つ喜楽を放逐すべく密議をこらしてゐた。折角固まりかけてゐた金明会の信徒は五里霧中に彷徨し、去就に迷ひ、四分五裂の状態になつて来た。えたり賢しと、中村竹造、四方春三の野心家等が、諸方へかけまはつて喜楽の神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神がかり」。]は有害にして無益だとか、狐使だとか、魔法師だとか力限り根限り下らぬことをふれ歩く。遂には教祖のことまで悪口するやうになつて来た。其時の有様は全く万妖悉く起るてふ古事記の天の岩戸がくれ式であつた。 幸にして四方平蔵、同藤太郎等の熱心と誠実なる調停で、一時は喜楽に対する猛烈な反抗も稍小康を得ることとなつた。そしてイの一番に叛旗をかかげたのは福島寅之助氏であつた。元来福島は正直の評判をとつてゐる、人間としては申分のない心掛のよい人である。妖魅といふ奴は中々食へぬ奴で、世界から…彼は悪人ぢや、不正直だと見なされてゐるやうな人間にはメツタに憑るものでない。たとへ憑つて見た所で其人物に信用がなければ、世人が信用せないことを知つてゐるからである。そこで悪魔は必ず善良なる人間を選んで憑りたがるものであるから、神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神がかり」。]の修行する者は余程胆力のある智慧の働く人でないと、とんだ失敗を招くものである。良き実を結ぶ木には害虫がわき易いものである。菊一本にても、大きい美しい花の咲くものには虫が却てよけいにわくやうなもので、正直だから善人だから、悪神がつく筈がないと思ふのは、大変な考へ違である。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一二旧八・二二松村真澄録) (昭和一〇・六・一〇王仁校正) |
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霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 02 吉崎仙人 | 第二章吉崎仙人〔一〇三九〕 丹波何鹿郡東八田村字淤与岐といふ、大本に因縁深き木花咲耶姫命を斎られたる弥仙山のある小さき村に、吉崎兼吉といふ不思議な人があつて、自ら九十九仙人と称してゐる。 彼は七才の時、白髪異様の老人に山中に出会ひ種々の神秘を伝へられてから、其言行は俄然一変し、日夜木片や竹の端等にて、金釘流の筆先を書きあらはし、天のお宮の一の馬場の大神様の命令を受けて、天地の神々に大神の神勅を宣伝するのを以て一生の天職となし、親族、兄弟、村人よりは発狂者と見做され、一人も相手にする者がない、それにも屈せず、仙人は自分の書く筆先は、現代の訳の分らぬ人間に宣教するのではない、宇宙の神々様に大神の御心を取次ぐのであるから、到底人間の分際として、自分の書いたことが紙一枚だつて、分るべき道理がないのだと云つてゐる。二十五六才の頃から郷里の淤与岐を立出で、口上林村の山奥に忍び入り、平素は樵夫を職業となし、自分一人の食ふ丈のものを働いて拵へ、チツとでも米塩の貯へが出来ると、それが大方なくなるまで、山中の小屋に立こもつて、板の引わつたのに竹の先を叩き潰して拵へた筆で神勅を書きあらはし、日当りのよい場所を選んで、大空を向けて斜に立てて日にさらしておくのである。其仙人の書いた筆先は、大本の教祖のお筆先と対照して見ると、余程面白い連絡がある。其筆先の大要は先づザツと左の通りである。 『今日迄の世界は、吾々邪神等の自由自在、跳梁する世界であつたが、愈天運循環して、吾々大自在天派の世界はモウ済んで了つたから、これからは綾部の大本へ世を流して、神界の一切の権利を、艮の金神に手渡しせなくてはならぬ』 といふ意味の事が沢山に書いてある。又出口教祖の古き神代からの因縁などもあらまし書き現はしてある。 此九十九仙人の精霊が、上谷の幽斎修行場へ現はれて来て、当年十八才の四方春三に神懸し筆を取らして、 『此世一切の神界の事を、綾部の大本へ引つがねばならぬから、今度みえた霊学の先生と、足立先生、四方春三と三人至急に来て呉れ』 とスラスラと四方の手を通じて依頼文を書いた。そこで喜楽は霊学上の参考の為、一つ研究して見ようと思ひ、其翌日直様、口上林の山奥の仙人の許へ出張する筈であつたのが、折ふし綾部に急用が出来たので、帰らねばならなくなつた。さうしてゐると三日目の正午過に、上谷の修行場から四方祐助といふ老爺サンが慌だしく大本へ飛んで来て、 祐助『上田先生、大変なことが出来ました。今の先足立サンと春三サンが諜し合せ、上田先生にかくれて、九十九仙人に会見に行き、一切の神界の秘術を授けて貰ひ、帰つて来て、上田をアフンとさせてやらう、兎も角十分の神力を受けて居らねば、上田を放り出すことが出来ぬ。これは大秘密だから、決して上田には知らしてはならぬぞ……と云つて、二人があわてて出て行かはりました。あの人達二人が、先生に隠れて勝手に行くといふのは、何れ碌な事ぢやありますまい。又一つ何かよからぬことを企むのでせう。先生、グヅグヅして居つては大変ですから、サアこれから私が口上林の山の口まで御案内致しますから、今から二人の後を追つかけて行つて下さい、サア早よ早よ!』 と急き立てて居る。そこで喜楽は早速教祖に面会して、其報告通りの事を申上げると、教祖は、 教祖『そんなら一時も早う、御苦労乍ら仙人に会うて来て下さい』 と云はれた。祐助爺サンの案内で、口上林の仙人の居るといふ杉山の一里程手前まで送られ、そこから祐助爺サンに地理を詳しく教へられ、袂を分ち、雑草の生ひ茂る羊腸の小路を只一人登つていつた。 案内も知らぬ草深い峻坂を、一枚の紙に書いた、そそかしい地図を力に辿り辿りつつ、心を先に進んで行つた。半里ばかり登つたと思ふ時に路の傍の林の中に矮小な小屋があつて、其中には何か二三人の話声が聞えて居る。喜楽は聞くともなしに、小屋の傍に佇立して息を休めてゐると、六十余りの年よりの声で、 (老人)『一体お前達は神様の御用を致す者であるならば、なぜに世間の義務や人情を知らぬのか、そんなことで如何して衆生済度が出来る、口先計りの誠で、心と行ひが正反対だ。衆生済度所か、自分一人の済度も出来まいぞ。僅かに一銭や二銭の金が惜しいか、口先で甘いことをいうて、信者から金を取ること許り毎日日日考へてゐる神商売人だらう。此老人の労苦に酬ゆることを知らぬか。俺も一旦それ程惜しい金なら要らぬと云うた以上は、仮令此山奥でかつえて死んでもお前達の金は汚らはしい!』 とだんだん声高になつて罵つてゐる。一方の小さい声はよく聞いて見れば、聞覚えのある足立正信氏の声であつた。 足立『オイ爺サン、余り劫託をつくものでない。山路の修繕料をくれと云つたつて、どうしてそれがやれるものか。どこに修繕が出来て居る。道草一本刈つた形跡もなし、土一所動かした気配もないぢやないか。今先も道端の芒で足を此通り切り、高い石に躓いて生爪を起したり、これ丈難儀をして居る旅人に、山路の修繕費をよこせもないものだ。金の有余つた気違ひならいざ知らず、こんな山子のイカサマ爺イの山賊みたいな奴には、淵川へすてる金があつても、勿体なうてやれぬワイ。世間の人間をバカにするにも程があるぞ。お前もよい年しとつて、よい加減に改心をしたら如何だ。乞食のやうな真似をして、何の事だ』 と鼻先でからかつて居る。喜楽はつと其矮屋の入口を見ると、 『私は妻子眷族も親類もない憐な孤独者であります。年は六十七才、此奥山へ通ふ人々の為に、一年中ここに住居して山路を直し、往来のお方の便利をはかつて居る者であります。どうぞ御同情のあるお方は、乞食にやると思うて、一銭でも半銭でも宜しいから、お心持を投げてやつて下さい……世界の慈善者さま……年月日……矮屋主人』 と記してある。右の張札を見て、先程からの小屋の中の争論の理由も略推定することが出来た。喜楽はよい所で足立、四方の両人に出会うたと打喜び、直に其小屋へ、 喜楽『御免下さい』 と声をかけて這入り、爺イサンに、 喜楽『御苦労さまで御座います』 と云つて十銭銀貨一枚を与へた。老人は別に喜んだ顔もせず、喜楽を見て、 老人『ウンよし、大きな顔して通れ』 と只一言を放つたきり、穴のあく程喜楽の顔を見つめて居たが、やがて吾膝をうつて、 『ウンウン』 と何度となく諾いて居た。此老人こそ実に不思議なものである。虚構も修飾もない実際話であるから、此処に読者は注意して貰ひたい。要するに九十九仙人の守護神が、此老人に臨時憑依して、三人の心を試したのであつたと云ふことが後に分つて来たのである。 足立、四方の両人は、ヨモヤ後追つかけて来まいと思うて居た喜楽の姿が、眼前に現はれたのに一寸面くらつて、 足立『オヽ上田サンですか、只一人で此山路をどこへお越しですか。私は一寸急用で上林の某の宅へ行つて来ますから、マア御ゆるりとここで休まして貰うて結構な御話でも爺イサンから聞かして貰ひなさい。老人の云ふことは身の為になりますぞ』 と捨科白を残し、あわただしく矮屋を立つて、四方と共に山路を登つて行く。 喜楽はすぐ様後追つかけて行かうとしてゐる時、其老人は袖を引いて、 老人『一寸お待ちなさい、愚老が近路を案内して上げませう』 ときせる煙草を一二服グツと喫み、 老人『サアサアこうお出で』 と先に立ち、老人にも似ず、足も軽々しく仙人の隠れてゐる、杉山の麓の谷川の傍まで送り、 老人『サア此川を向うへ渡り、右に取つて一二丁進めば、そこが仙人の隠れ場所だ。左様なら……』 と云つたきり、早々帰つて行く。 喜楽はよく辷る谷川の急流を渡り、樵夫小屋をさして急いだ。五六丁も登つたと思ふ頃、九十九仙人は坂路の中央に立つて待つてゐる。そして喜楽に向ひ、顔色を和げ、さも愉快げに、 仙人『アヽ先生、此山路をはるばるとよく訪ねて来てくれましたなア。マアマアこちらへ来て一服なさい』 と自分の小さい小屋へ案内し、白湯を黒い土瓶から汲んですすめ、いろいろと神界の秘事を一夜間かかつて、諄々と説き諭した。喜楽は高熊山の第一次の修行や、第二回目の修行の時に、神界から見せられてゐた事実を思ひ出し、符節を合すが如きに益々感じ、自分の信念はいよいよ強くなつて来た。 喜楽は矮屋の老人の親切なる案内に依つて、恙なく九十九仙人の小屋に到着し、いろいろと有益な神界の経綸を聞かされ、非常に満足したが、足立、四方両人の、一日たつてもここへ出て来ぬのに心配し始め、仙人に向つて、 喜楽『両人はキツとここへ訪ねて来る筈だのに、まだ姿を見せぬのは如何なつたのでせう、山奥へでも迷ひ込んで居るのではありますまいか』 と尋ねてみた。仙人は笑つて答へて云ふ。 仙人『アハヽヽヽ、大変な野心を起し、お前さまを出しぬいて、大切なる神秘の鍵を握らうとした、腹の黒い人物だから、今日も到底ここへは来ることが出来ぬやうに、神界から垣をされてゐるのだから、明日の朝になつたら、ヤツとの事で来るであらう。憂慮するには及ばぬ。天のお宮の一の馬場のお父様も、天のお宮の二の馬場のお父様も、天のお宮の三の馬場の国族武蔵吉崎兼吉も、皆お前の体を守り、此神秘を伝へむ為に、彼等両人が居ると邪魔になるから、ワザとに遅れさして居るのだ』 といつて微笑して居る。喜楽は仙人の言を一伍一什聞き終り、余り教祖の筆先に符合せるに驚き、益々神界に対して一大責任の身にかかれることを覚悟し信念はますます堅くなつた。 一方の二人は喜楽の先を越さうとして、却て山路にふみ迷ひ、濃霧の為に方向を誤り、深い谷底へ転落し、身体の各所にすり傷さへも負ひ、迷ひ迷うて漸く又元の老人の小屋の前に到着し、今度は老人に目が剥けるほど呶鳴りつけられ、ブルブル震ひ乍ら、先の無礼を陳謝し、漸く老人の怒りも解け、老人の好意的案内に依つて、夜の十一時頃漸く杉山の麓の一軒の宿屋に着いた。其夜はそこで一泊し、翌日早朝登山して来たのである。二人は、 『余り心得違を致したから、神界から、お気付をされたと喜楽サンは思はれるか知らぬが、これも何か神様のお仕組でせう』 と負惜みの強い性質とて、表面平気を装うてゐたが、其顔には隠し切れぬやうな不安な血相が見えてゐた。仙人は足立に向ひ厳然として、 仙人『お前の面部には殺気が現はれてゐる。何となく心中不穏だ。一時も早く惟神の道に立帰つて、及ばぬ企図を止めなさい。今改心せなくては身の破滅を招きますぞよ』 と言強く言ひ放ち、又もや四方春三に向ひ、 仙人『お前は盤古の霊が守護して居る。甚面白くない、お前の大望は、丁度猿猴が水の月を捉へむとするやうなものだ。今に改めなくてはキツと身を亡ぼすことが出て来るぞ。今日只今限り良心に立ち復り、一心に真心を以て神界に仕へなさい。さうすれば昔からの霊の深い罪科を赦された上、天晴れ神界の御用に使つて貰へるであらう。併し乍ら今の心では駄目だ。早く改めないと、災忽ち其身に至る凶徴が、お前の顔に現はれて居る。此仙人の云ふことをゆめゆめ疑ふこと勿れ』 ときめつける様に言つた。二人は真青な顔をして一言もよう答へず、体をビリビリと震はせて居た。仙人は更めて言ふ。 仙人『いよいよ時節到来して、自分の役目は今日を以て終りをつげた。明日からは人界へ下つて、人場の勤めに従ひ、余生を送りませう。神場の用は今日で終結だから、再び訪ねて来て貰つても最早駄目だ。左様なら……』 と云ひすて、大鋸を肩にひつかけ、山奥深く其姿を没した限り、出て来ないので、やむを得ず、三人は帰途に就いた。 これから以後の四方春三は盤古の悪霊に憑依され、邪心日に日に募りて喜楽を排斥し、其後の御用を勤めむと数多の役員信者を籠絡し、いろいろ雑多の計画を立てて居たが、一年たつた後に、仙人の云ふた如く、大変な神罰を蒙りて悶死するに至つた。実に慎むべきは慢心と取違とである。 惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一四旧八・二四松村真澄録) |