| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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101 (1698) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 10 四百種病 | 第一〇章四百種病〔六二一〕 真名井ケ原の珍の宝座に参拝せむと、息せき切つて進み行きたるお楢は、ゆくりなくもウラナイ教の鍵鑰を握れる女豪傑黒姫に説き伏せられ、くれりと心機一変し、手の掌足の裏を覆して、スタスタと黒姫一行を伴ひ、漸く丹波村の伏屋に着きにける。 お楢『モシモシ、ウラナイ教の大将様、此処が私の荒屋で御座います。サアサアどうぞお這入り下さいませ。嘸お疲労でせう』 黒姫『ナニ、これしきの雪道で疲労るやうな事で、三千世界の神界の御用が出来ますものか、ウラナイ教にはソンナ弱虫は居りませぬ、オホヽヽヽ』 お楢『どうぞ気をつけてお這入り下さい、大江山の鬼落しが掘つて御座いますから、ウカウカ這入ると大変な事が出来致します。サアサア私の通る処を足をきめて通つて下され、一足でも外を歩くと、陥穽へ落ち込みますから』 黒姫『ナント用心の良い事だナア、アヽ感心々々、何と云うても比沼の真名井に瑞の霊の悪神が現はれる世の中ぢやから、この位の注意はして置かななりますまい。サアサア、照さま、清さま、私の後を踏みて来るのだよ』 お楢『モウ大丈夫で御座います。サアサアどうぞお上り下さいませ』 黒姫『ハヽア、平助どのはこの井戸の水を汲みて倒けたのだな。ホンニホンニ危なさうな井戸ぢや。お婆アさま、お前も随分年をとつて居るから気を付けなされよ』 お楢『有難う御座います。娘も嘸喜ぶことで御座いませう』 お節は夢中になつて、 お節『青彦さま、青彦さま』 と呼ンで居る。 黒姫『ドレドレ、これから神さまへ御祈念をして上げよう。それについても一つ妾の話を篤りと聞いた上の事だ。お婆アさま、聞きますかな』 お楢『有難い神さまのお話、どうぞ聞かして下さいませ』 黒姫『この娘の病気は、全体けつたいな病ぢや。病気には四百種病というて沢山な病がある。其中でも百種の病は放つて置いても癒る。あとの百種は薬と医者とで全快する。又あとの百種は、神さまぢや無いと癒らぬのぢや。そして、あとの百種は神さまでも医者でも薬でも癒りはせぬ。これを四百種病と云ふのだ。この娘は第三番目に言うた神信心で無ければ到底癒らぬ。お医者さまでも有馬の湯でもと云ふ怪体な粋な病気ぢや、青彦々々と云ふのは、大方妾の使つて居るウラナイ教の宣伝使、今は三五教に呆けて、この間も音彦とやらの後についてウロついて居た男ぢや。この娘が快くなつたら青彦を養子に貰ひ、娘から青彦を説きつけて、又旧のウラナイ教に逆戻りさせる神様のお仕組の病気に違ひない。お婆アさま、これを良く承知して居て貰はぬと癒す事は出来ぬぞい』 お楢『ハイハイ、ドンナ事でも生命さへ助けて下されば承はります』 黒姫『サア、これから日の出神様のお筆先を頂くから聞きなされ、このお節の守護神にも読みて聞かして改心致させねば、三五教の悪守護神が憑いて居るから、追ひ出す為に結構な御筆先を聞かして上げよう。謹みて聞きなされや』 筆先『変性男子の系統の御身魂、日の出の神の生宮、常世姫命と現はれて、高姫の肉体を藉りて、三千世界の世の初まりの、根本の根本の、身魂の因縁性来から、大先祖がどう成つて居ると云ふ事を明白に説いて聞かす筆先であるぞよ。変性男子は経の御役、誠生粋の正真の大和魂、一分一厘違へられぬ御役であるぞよ。毛筋の横巾も変性男子の系統の肉体に憑つて書いた事は間違ひは無いぞよ。三千世界の大立替大立直しの根本の結構な御筆先であるぞよ。変性女子の身魂は緯の御用であるぞよ。緯はサトクが落ちたり、糸が切れたり、色々と致すから当にならぬ悪のやり方であるから、変性女子の書いた筆先も、申す事も、行状も真実に致すでないぞよ。一つ一つ審神を致さねば、ドエライ目に会はされるぞよ。女子の御役は悪役で、気の毒な御用であるぞよ。身魂の因縁性来で、善と思うて致す事が皆悪になるぞよ。善にも強い悪にも強い常世姫の筆先、耳を浚へて確り聞いて下されよ。毛筋も違はぬ誠一つの、生粋の大和魂の、日の出神の生宮の常世姫命の性来、金毛九尾の悪神を、一旦キユウと腹に締め込みて改心させる御役であるぞよ。それに就いても黒姫の御用、誠に結構な御役であるぞよ。竜宮の乙姫さまがお鎮まり遊ばして御座るぞよ。魔我彦には日の出神の分霊、柔道正宗が守護致すぞよ。蠑螈別には大広木正宗の守護であるぞよ。此神一度筆先に出したら、何時になりても違ひは致さぬぞよ。違ふ様にあるのはその人の心が違うからだぞよ。唐と日本の戦ひが始まるぞよ。日の出神の教は日本の教であるぞよ。変性女子の教はカラの教であるぞよ。変性男子の筆先と、日の出神の筆先とをよつく調べて見て下されよ。さうしたら変性女子の因縁がすつくり判りて来て、ドンナ者でも愛想をつかして逃げて去ぬぞよ。アフンと致さなならぬぞよ。常世姫の御魂の憑るこの肉体は、昔の昔のさる昔、またも昔のその昔、モ一つ昔の大昔から、此世の御用さす為に、天の大神が地の底に八百万の神に判らぬ様に隠して置かれた誠一つの結構な生身魂であるから、世界の人民が疑ふのは無理なき事であるぞよ。神の奥には奥があり、その又奥には奥があるぞよ。三千年の深い仕組であるから、人民の智慧や学では、ソウ着々と判る筈は無いぞよ。今迄の腹の中の塵埃をすつくりと吐き出して誠正真の生粋の大和魂に成りて下さらぬと、誠のお蔭を取り外すぞよ。アフンと致して眩暈が来るぞよ。何程変性女子が鯱になりて耐りても、誠の神には叶はぬぞよ。此の肉体は元を査せば、変性男子の生粋の身魂から生れて来た女豪傑、若い時分から男子女と綽名を取つた、天狗の鼻の高姫であるぞよ。今はフサの国の北山村のウラナイ教の太元の、神の誠の柱であるぞよ。此世を水晶に立直す為に、永い間隠してありた結構な身魂であるぞよ。世界の人民よ、改心致されよ。誠程結構は無いぞよ。苦労の花が咲くのであるぞよ。苦労無しにお蔭を取らうと致して、変性男子の系統を抱き込みて、我身の我で遣らうと致したらスコタンを喰うぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛の糞が天下を取るとは、今度の譬であるぞよ。神の申す事をきかずに遣つて見よれ、十万億土の地獄の釜のドン底へ落して了ふぞよ、神界、幽界、現界の誠の救ひ主は、変性男子と日の出神の生宮とであるぞよ。女子の身魂は此世の紊れた遣り方を見せるお役、天の岩戸を閉める御苦労なかけ替への無い身魂であるぞよ。これも身魂の因縁性来で、昔の因縁が廻つて来たのであるから、神を恨めて下さるなよ。吾身の因縁を恨みて置こうより仕方が無いぞよ。天にも地にもかけ替への無い日の出神の生宮が、三千世界の神、仏事、守護神、人民に気をつけて置くぞよ。改心さへ出来て、この常世姫の申す事が判りたら、如何な事でも叶へてやるぞよ。病位は屁でも無いぞよ。魂を磨いて改心なされ。常世姫が気をつけた上にも気を付けるぞよ。俄信心間に合はん。信心は正勝の時の杖に成るぞよ。一時も早く身魂の洗濯いたして、神に縋りて下されよ。昔は神はものは言はなかつたぞよ。時節来りて艮の金神世に現はれて、三千世界の立替へ立直しを遊ばすについて、第一番に、御改心なされたのが竜宮の乙姫様であるぞよ。この竜宮の乙姫様は、黒姫の肉体にお鎮まり遊ばして、日夜に神界の御苦労に成りて居るから、粗末に思うたら、神の気ざわりに成るぞよ。高姫の肉体は元の性来が勿体なくも天の大神様の直々の分霊であるから、日の出神が引つ添うて、世の立替の地となつて、千騎一騎の御活動を遊ばす御役となりたぞよ。金勝要の大神、坤金神も、一寸我が強いぞよ。早く改心なさらぬと、神界の御用が遅れるぞよ。神界の御用が遅れると、それ丈、神も人民も難儀を致すから、早く改心致して、変性男子と常世姫の御魂の宿りて居る日の出神の生宮の申す事を聞いて下されよ。きかな聞くやうに致して改心させるぞよ。三五教は神の気障りがあるから、神は仕組を変へて此の肉体に御用をさして居るぞよ。神力と智慧学との力比べ、常世姫の神力が強いか、変性女子の智慧学が強いか、神と学との力比べであるぞよ。神の道には旧道と新道と道が二筋拵へてありて、何の道へ行きよるかと思うて、神がジツと見て居れば、新道へ喜びて行きよるが仕舞にはバツタリ行当りて了うて、又もとの旧道へ復つて来ねば成らぬ様に成つて了うぞよ。大橋越えて未だ先へ、行方判らぬ後戻り、慢神すると其通り、早く改心致さぬと、青い顔してシヨゲ返り白米に籾が混つた様にして居るのを見るのが、此の常世姫が辛いから、腹が立つ程気を付けてやるが、変性女子が我が強うて、慢神致して居るから、神ももう助けやうが無いぞよ。もう勘忍袋がきれたぞよ。それにつけては皆の者、変性女子の申すこと、一々審神を致してかからぬと、アフンと致す事が出来致すぞよ。常世姫の憑る肉体を侮りて居ると、スコタン喰う事が出来るから、クドウ申して気をつけて置くぞよ』 と厳の御魂の筆先の抜萃した高姫の書いた神諭を、声高々と読み聞かして居る。 お楢は畳に頭を擦りつけ、ブルブルと慄ひ泣きに泣いて居る。お節は発熱甚しく、益々『青彦青彦』と夢中になつて叫びはじめたり。黒姫は清子、照子の二人に向ひ、 黒姫『サアサア妾が今お筆先を拝読いたから、今度はお前さまがウラナイ教の宣伝歌を謡ふのぢや、サアサア早う、言ひ損ひの無いやうに謡ひなされ』 二人はハイと答へて座を起ち、病に苦しむお節の枕辺に廻り、声張上げて、 清子、照子『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともウラナイ教は世を救ふ 常世の国の常世姫昔の神代のそのままの 大和魂の生粋で日の出神の生宮と 現はれ出でたる高姫の身魂にかかりて筆をとり 三千世界の梅の花一度に開くことのよし 委曲に詳細に説き諭すたとへ大地は沈むとも 月日は西から昇るとも日の出神の生宮が 書いた筆先言うたこと毛筋の横巾ちがはぬぞ 違うと思ふは其人の心間違ひある故ぞ 昔の神代の折からに世界のために苦労した 高姫、黒姫、魔我彦や高山彦や蠑螈別 いづの身魂と現はれて竜宮さまの御守護で 此世の宝を掘り上げて北山村にウラナイの 神の教の射場を建て世界の人を教へ行く 実にも尊き神の代の其の根本の因縁を どこどこ迄も説き諭す常世の姫のお筆先 昔々の神代から隠しおいたる生身魂 日の出神の生魂で唐も日本も悉く 悪の仕組をとり調べ四方の国々島々に 漏れなく知らす神の道いづの身魂の御教 変性男子の御身魂善の身魂の生粋ぞ 変性女子の瑞身魂悪の鏡と定まりた 善は苦労が永けれど悪の苦労は短いぞ 悪の道行きや歩きよい善の道程険しいぞ 険しい道を喜びて歩いて行けば末遂に 誠も開く神の国広い道をば喜びて 進みて行けば末つひにハタと詰つて茨むら 針に身体をひつ掻いて逆転倒を皆うつて ヂリヂリ舞をしたとてもあとの祭ぢや十日菊 誠の神の申すうち聞かずに行るならやつて見よ 善と悪との立別けの千騎一騎の大峠 変性女子をふり捨てて常世の姫の生宮と 現はれ出でたる高姫の日の出神の御経綸 万劫末代芳ばしき名を残さうと思ふなら ウラナイ教の神の道一日も早く片時も 先を争ひ歩めかし畏き神のウラナイの 誠一つの根本の毛筋も違はぬこの教 神の奥には奥があるその又奥には奥がある 大国常立大神の三千年の御仕組 隅から隅まで悟つたるあの高姫の生宮は 三千世界の宝物広い世界の人民よ 今ぢや早ぢやと早鐘を撞いて知らする常世姫 暗に迷うた身魂をば日の出の守護に助けむと 朝な夕なに一筋に誠の教伝へ行く 常世の姫の真心は善の鑑ぢや世の鑑 誠の鑑はここにある身魂を清めて出て来たら 三千世界が見えすくぞ鎮魂帰神をせい出して 変性女子に倣ふより神から出したこの鏡 一つ覗いて見るがよい三千世界の有様は 一目に見えるこの教ウラナイ教は世を救ふ 誠の道の神ばしら日の出神の生宮が 三千世界の太柱グツと握つて居る程に 世界の事は何なりと常世でなけりや判りやせぬ 真名井の神が何偉い瑞の身魂が何怖い 怖いと云うたら吾心心一つのウラナイ教 心も身をも大神に捧げて祈れよく祈れ 祈る誠は神心あゝ惟神々々 身魂幸倍坐しませよ』 と謡ひ了れば、お節は益々苦しみ悶え、遂にはキヤアキヤアと怪しき声を振り絞り、冷汗は滝の如く流れ出で、容態は刻々に危険状態に入りける。 お楢『モシモシ皆さま、御親切に拝みて下さいまして有難う御座いますが、お前さまが此処へ御座つてから、お節の病気は楽になるかと思へば、一息々々、苦しさうに成つて来る、コラマア何うしたら宜しいのだ。オーンオーンオーン』 黒姫『コレコレお婆アさま、勿体ない事を言ひなさるな。これ程結構な日の出神の生宮の御筆先を読みて聞かし、結構な結構な宣伝歌まで唱へて、夫れで悪うなつて死ぬ様な事があつたら、神さまのお蔭やと思ひなされ。妾ぢやとて何うして一刻も早う楽に仕て上げたい、生命を助けて上げたいと思へばこそ、コンナ山路を雪踏み分けて遥々と来たのぢやないか。コンナ繊弱い妙齢の娘を二人まで連れて此処へ来たのも、神から言へば浅からぬ因縁ぢや。何うなるも斯うなるも神様の思召、仮令お節さまが国替なさつた処が、別に悔むにも及ばぬ、如才の無い神さまが、結構な処へ遣つて下さつて、神界の立派な御用をさして下さるのぢや。お前さまの達者を守り、この家を守護する守り神として下さるのぢや。勿体ない、何を不足さうに、吠面をかわくのぢやい、何うなつても諦めが肝腎ぢやぞへ』 お楢『ハイハイ、有難う御座います。然し乍ら妾の生命を取つて、どうぞお節を助けて下さいませ。それがお願ひで御座います』 黒姫『ハテサテ判らぬ方ぢやなア。何程偉い神さまぢやとて、お前の生命とお節さまの生命と交換が出来るものか。ソンナ無茶な事を言ひなさるな』 お節の容態は益々危篤に成つて来る。黒姫は何とは無しに落ち着かぬ様子にて、 黒姫『コレコレ照さま、清さま、今日は神界に大変な御用がある。サア帰りませう。コレコレお婆アさま心配なさるな。気を確り持つて居なさいよ。私は神界の御用が急くから、今日はこれでお暇致します』 お楢『モシモシお節は助かりませうか、助かりますまいか』 黒姫『いづれ楽になるわいナ。屹度癒る、安心なされ』 お楢『楽に成るとはあの世へ往く事ぢやありませぬか、癒ると仰有るのは、霊壇へ御魂に成つて直ると云ふ謎ではありますまいか』 黒姫『アヽ神界の御用が忙しい。照さま、清さま、サアサアお出で』 と雲を霞と比治山の彼方を指してバラバラと走せ帰り行く。あとにお楢はワツと許り泣き伏しぬ。 (大正一一・四・二二旧三・二六東尾吉雄録) |
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102 (1699) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 11 顕幽交通 | 第一一章顕幽交通〔六二二〕 空ドンヨリと、灰色の雲に包まれ、血腥さき風吹き荒む萱野ケ原を、痩た女の一人旅、三五教の宣伝歌を幽かに歌ひ乍ら、心ほそぼそ進み来る。凩すさぶ辻堂の側に立寄り眺むれば、堂の後の戸を開き、現はれ出でたる雲突く許りの裸体の男、歯をガチガチ言はせ乍ら、 男『オーお節か、能う出て来やがつた。比治山峠で赤裸になつた俺達を附け込み、四足扱をしやがつた事を覚えて居るだらう。俺は其時に癪に障り……エー谷底へ老爺も婆アも貴様も一緒に放り込みてやらうと思うては見たが、又思ひ直し、神様が怖ろしうなつて、忍耐へてやつた。間もなく肉体は寒さに凍え、血は動かなくなつて、已むを得ず、厭な冥土へ出て来たのだ。貴様の為に死ンだのではないが、あまり貴様たち親子が業託を言やがるので、むかついた、其時の妄念が今に遺つて此通り、貴様等親子三人の生命を取つてやらうと思ひ、五人の霊が四辻に待ち伏せて、お前達親子の者を地獄へ落してやらうと待つて居るのだ。サア此処へ来たのは運の尽き、首をひき千切つて恨みを晴らしてやらう』 お節『これはこれは皆さま、お腹が立つたでせう。併し乍ら頑固な爺の申した事、決して、妾があなた方を虐待したのではありませぬ。妾は櫟サンが負はして呉れいと仰有つたので負うて貰つた丈の事、どうか勘弁して下さいませ』 岩公『エーソンナ勘弁が出来る様な霊なら、コンナ地獄の八丁目にブラついてるものかい、此処はどこぢやと思うて居る、善悪の標準も無ければ、慈悲も情も無い、怨みと嫉みの荒野ケ原ぢや。エーグヅグヅ吐すな。オイオイ皆の者、此奴を叩き延ばせ、手足を引きむしれツ』 お節は進退惟谷まり、声を限りに、 お節『どなたか来て下さいなア。どうぞ繊弱き妾をお助け下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じ居る。此場に忽然と現はれた一人の色の青白い優男、いきなり五人の裸男に向ひ、大麻を左右左に打振れば、裸男は、 男『ヤア、飛ンでも無い奴が出て来やがつた。オイ勘公、櫟公、岩公、鬼虎、……鬼彦に続けツ』 と一生懸命に逃げ行かむとする。一人の男五人に向ひ『ウン』と霊縛を加へたるに、五人は足を踏ン張つた儘、化石の様になつて了ひ、目を剥き、舌をニヨロニヨロと出し、涙を滝の如く流してふるえ居る。 男『ホーあなたは丹波村のお節さまぢや有りませぬか。どうしてコンナ所へ踏ン迷うてお出でなさいました。私は三五教の青彦と申す宣伝使で御座います。大神様の命に依り、鬼ケ城の魔神に対し、言霊戦に出かけて居る最中で御座いますが、あなたが、惟神霊幸倍坐世と仰有つた声に曳かされ、体が引きつけられる様に、此処へ飛ンで来ました。サアサ、コンナ所に居つては大変です。早く現界へお帰りなさい』 お節『あなたは噂に聞いた三五教の青彦さまで御座いますか。あなたも亦幽界へ何時お越し遊ばしたの……』 青彦『イエイエ私の肉体は唯今、悦子姫様、加米彦、音彦等と共に大活動をやつて居ります。一寸肉体の休息の隙間に、和魂がやつて来たのですよ』 お節『アア左様で御座いますか。危ない所をお助け下さいまして有難う御座います。併しあの五人の裸さまを助けて上げて下さいナ』 青彦『アアお節さま、感心だ、あれ丈酷い目に会ひかけて居つた亡者を、助けてやつて呉れいと仰有るのか。その心なればこそ、再び現界へ帰る事が出来ますよ』 お節『あの五人の方も現界へ返して上げる訳にゆけませぬか』 青彦『あれは駄目ですよ。五人の男の本守護神は、既に立派な天人となつて昇天し、天の羽衣を身に着けて、真名井ケ原の豊国姫様のお側にご用をして居りますよ。彼奴はああ見えても、副守護神の鬼の霊だから、幽界でモウちつと業を曝し、瞋恚の心を消滅させねば、浮かぶ事は出来ない。併し乍ら霊縛は解いてやりませう』 青彦は五人に向ひ、声も涼しく、 青彦『一二三四五六七八九十百千万』 と数歌を二回繰返せば、五人の裸男は身体元の如くになり、青彦が前に犬突這となり、 五人『コレはコレは青彦様、能う助けて下さいました。結構な神歌をお聞かせ下さいまして是れで私の修羅の妄執もサラリと解けました。此後は決して決してお節さまの肉体に祟りは致しませぬ。私も是れから結構な神となりて、神界に救はれます』 と涙を垂らして泣き入るにぞ、青彦は、 青彦『アヽ結構だ。お前達は私と一緒に祝詞を奏上しなさい』 鬼『有難う御座います。オイオイ皆の連中、青彦の宣伝使について、祝詞をあげませうかい』 茲に青彦は神言を奏上し始めた。お節を始め五人の裸男は、両手を合せ、青彦と共に神言を奏上し終るや、五人の姿は見る見る麗しき牡丹の様な花と変じ、暖かき風に吹かれて、フワリフワリと、天上高く姿を隠したりける。 青彦『サアお節どの、あなたもお帰りなさい。又現界でお目にかかりませう』 と言葉を残し、青彦は麗しき光玉となりて、南方の天に姿を隠した。お節は今まで苦しかりし身体俄に爽快を覚え、えも言はれぬ音楽の響聞ゆると見る間に正気づき、四辺を見れば、婆アのお楢が枕許に坐つて、お節の手をシツカと握り締め、泣き居たりける。 お節『お婆アさまでは御座いませぬか』 お楢『ヤアお節、気が付いたか、嬉しい嬉しい。これと云ふも、全く神様のお蔭、ウラナイ教の黒姫といふ婆アが遣つて来て、筆先とやらを読みて聞かし、宣伝歌とやらを唄ふが最後、お前の病気は漸々と悪くなり、到頭縡切れて了ひ、妾も気が気でならず、又気を取り直し、真名井ケ原の豊国姫の神様、素盞嗚神様を一生懸命に念じて居ました。さうすると、段々冷たうなつて居たお前の体に温みが出来て来、青白い顔は追々に赤味を増し、細い息をしだすかと見れば、お蔭で物を言ふ様になつて呉れた。アヽ有難い有難い、真名井ケ原に現はれませる大神様……』 と婆アは嬉し泣きに泣き入りぬ。お節は日一日と快方に向い、四五日過ぎて、炊事万端の手伝ひを健々しく立働かるる迄になり、モウ二三日経てば、婆アさまと共に、真名井ケ原の宝座にお礼参詣をなさむと、親子相談の最中、門の戸を押開けて、中を覗き込む二三人の人影有り、よく見れば黒姫、夏彦、常彦の三人なりける。 黒姫『ヤアお婆アさま、何故、娘が全快したら、御礼参詣に出て来ぬのだい』 お楢『お前は黒姫ぢやないか。お節の病気を癒してやるなぞと、偉相な頬桁を叩きよつて、どうぢやつたい。長たらしい訳の分らぬ筆先とやら云ふものを勿体振つて読み、其上に若い娘の口から千遍歌とか、万遍歌とかいふものを耳が痛い程囀つて、娘は見る見る様子が悪うなるばつかり、虫の息になつて、何時死ぬか知れぬと云ふ所を見済まし、神界に御用が有るの何のと言つてコソコソと逃げたぢやないか、あまり偉相な事を言ふものぢやないワイ。矢張り、ウラナイ教の神は、ガラクタ神の、貧乏神の、死神の、腰抜け神ぢや。モウモウ死ンだつて、ウラナイ教を信仰するものかい。……エーエ汚らはしい、病神、早う、帰りて呉れ帰りて呉れ。折角快うなつたお節が又悪なると困る。サア早う早う、帰りたり帰りたり』 黒姫『コレコレ婆アさま、お前ソレヤ大変な取違ぢや。妾が御祈念をしてやつたお蔭で助かつたのぢやないか。其時にはチツと悪うても……悪うなるのが、快うなる兆ぢや。峠を一つ越えるのにも、苦しい目をして、登り詰めたら、後は降り坂ぢや。何時までも、蛇の生殺の様に、お節ドンを苦しめて置くのは可哀相ぢやから、此黒姫が神力で峠まで送つてやつたから、其お蔭でお節さまが危ない生命を助かつたのぢやないか。生命を助けて貰うて小言を云ふと、又罰が当らうぞい』 お楢『巧い事言ふない、ソンナ瞞しを喰ふ様な婆アぢやないぞ。あンまり甘う見て貰うまいかイ。若い時は鬼娘のお楢とまで言はれた、酢いも甘いも、人の心の奥底まで、一目見たら知つて居る此お楢ぢやぞえ』 黒姫『婆アさま、お前チツと逆上せて居るのぢやないかいナ。マア能う気を落ち着けて、妾の言ふ事を一通り聞いて下されや』 お楢『アア五月蠅いツ、聞かぬ聞かぬ。トツトと帰りて下され。…お節ウ、箒を貸し………あの婆アを掃き出してやるのだ。黒いとも、白いとも分らぬ様な面をしやがつて、力も無い癖に、口先で誤魔化さうと思うても、ソンナ事に誤魔化されるお楢婆アぢやないぞや』 黒姫『お楢さま、能う聞いて下さいや。時計が一つ潰れても、根本から直さうと思へば、一旦中の機械をスツパリ解体して了ひ、それから修繕をせねば、完全に直るものぢやない。恰度大病になると其通りぢや。お節さまの体の中の機械を、神様が一遍引き抜いて、更に組立てて下さつたのぢや。訳を知らぬ素人は、時計の機械を解体するとバラバラになるものだから、其時計が以前より悪うなつた様に思うて怒るものぢやが、一旦バラバラに為なくては完全な修繕は出来ぬ様なもので、大病になるとスツカリ機械の入れ替を、神様がなさるのぢや。其時はチツト容態が悪うなるのは当然ぢや。そこをお前さまが眺めて、却て悪うなつた様に思つて居るのが根本の間違ぢや。悪うなつたお蔭で、今の様なピンピンした体になつたのぢや。罰の当つた………何を叱言を云ふのぢやい。ウラナイ教の神様に、お節さまも一緒に御礼を申しなされ』 お節『黒姫さまとやら、御親切に仰有つて下さいますが、妾はどう考へても、ウラナイ教は虫が好きませぬ。ウの字を聞いても、頭が痛うなります。それよりも三五教の青彦さまと云ふ宣伝使に、半日なりと御説教が聴かして欲しいワイナ』 黒姫『三五教の青彦と云ふ奴は、妾の弟子ぢや。彼奴は妾の片腕ぢやが、此頃三五教へ間者となつて妾が入れておいたのぢや。青彦が偉いなら其大将の妾は尚の事、神徳が沢山有る筈ぢや。サアサアま一遍拝みてあげよう』 お楢、お節、一時に、 お楢、お節『イヤイヤ一時も早う帰つて下さい』 黒姫『ハヽヽヽ、盲と云ふ者は仕方の無いものぢや。何程現当利益を神様がお見せなさつても、お神徳をお神徳と思はぬ盲聾にかけたら、取り付く島も有つたものぢやない。……コレコレ夏彦、常彦、お前チツと言はぬかいなア。唖か何ぞの様に、此黒姫ばつかりに骨を折らして、知らぬ顔の半兵衛をきめ込むとは、何の態ぢや。チト確りしなさらぬか』 夏彦『誰に説教をして宜いか、サツパリ見当が取れませぬワイ』 黒姫『見当が取れぬとは、ソラ何を言ふのぢや。折角お神徳を貰うた此家の娘のお節や、お楢婆アさまを捉まへて、言向和せと云ふのぢやないか。何をグヅグヅして居なさる』 常彦『私は最前から、両方の話を、中立地帯に身を置いて、観望して居れば、どうやら黒姫さまの方が、道理が間違つとる様な気が致しますので、お気の毒で、あなたに恥をかかす訳にもゆかず、沈黙を守つて居る方が、双方の安全だと思つて扣へて居りました』 黒姫『エー二人共訳の分らぬ代物ぢやなア』 夏彦『神の裏には裏があり、奥には奥が有る位ならば、耳が蛸になる程聞いて居りますワイ。今までは何でも彼でも、あなたの仰有る通り盲従して来ましたが、今日の様に民衆運動が盛ンになつて来ては、今迄の様な厳格な階級制度は駄目ですよ。今日のウラナイ教で、あなたの言ふ事を本当に信じ、本当に実行する者は、高山彦さまタツタ一人、又高山彦さまの命令に服従する者は、黒姫さまタツタ一人と云ふ今日のウラナイ教の形勢、何でも彼でも盲従して居ると、同僚の奴に馬鹿にしられますワイ。私も今日限りお暇を頂きます。……お前さまと手を切つた上は、師匠でもなければ弟子でもない。アカの他人も同様ぢや。吾々二人は、今のお言葉で、心の底から愛想が尽きました。どうぞ御免下さいませ』 黒姫『ソレヤ、夏彦、常彦、藪から棒を突出した様に、何を言ふのだい。暇を呉れなら、やらぬ事もないが、今迄の黒姫とは違ひますぞゑ。勿体なくも高山彦の命の奥方、女と思ひ侮つての雑言無礼、容赦は致さぬぞや』 斯く争ふ所へ、宣伝歌を謡ひ乍ら入り来たるは、青彦なりける。黒姫は青彦を見るなり、胸倉をグツと取り、 黒姫『コレヤお前は青彦ぢやないか。何の事ぢや。結構なウラナイ教を棄てて、嘘で固めた三五教の宣伝使になりよつて、わし達の邪魔ばつかりして居るぢやないか。サア改心すれば良いし、グヅグヅ言ひなさると、女乍らも、鍛へあげたる此腕が承知をしませぬぞや』 青彦『アハヽヽヽ、アヽお前は黒姫さまか。老い年して居つて、良い加減に我を折りなさつたらどうぢや。棺桶へ片足突つ込みて居り乍ら、千年も万年も活る様に、何時まではしやぐのぢや。チツと年と相談をして見たらよからうに』 夏、常二人は拍手して、 夏彦、常彦『ヒヤヒヤ、青彦の宣伝使、シツカリやり給へ』 黒姫『コラ夏彦、常彦、何の事ぢや。悪人の青彦に加担すると云ふ事があるものか、お前は気が狂うたか、血迷うたのか』 常彦『只今迄はウラナイ教の身内の者、只今縁を断つた以上は、三五教にならうと、バラモン教にならうと、常彦の勝手ぢや。ナア夏彦、さうぢやないか』 夏彦『オウさうともさうとも、……モシモシ青彦さま、あなたも元はウラナイ教のお方ぢやつたさうですなア。私は矢張りウラナイ教ぢや。併し乍らあまり此婆アの言心行が一致せないので、誰も彼れも愛想を尽かし、晨に一人、夕に三人と、各自に後足で砂をかけて、脱退する者ばつかり、私も疾うから、ウラナイ教は面白くないから、三五教になりたいと思つて、朝夕念じて居りましたが、一旦黒姫や高姫に瞞されて、一生懸命に三五教の神様の悪口を広告れて歩いたものだから、今更閾が高うて、三五教に兜を脱ぐ訳にも行かないし、宙ブラリで困つて居りました。どうぞ青彦さま私等二人の境遇を御推察の上、どうぞ宜しく御執り成しをお願申します』 青彦『ハア宜しい承知致しました。御安心なされ。……オイ黒姫、人の胸倉を取りよつて何の態ぢや。放さぬかい』 黒姫『寝ても起きても、お前の事ばつかり思うて居るのぢや。大事のお前を三五教に取られたと思へば、残念で残念で堪らぬワイ。常彦や夏彦のガラクタとは違うて、お前はチツト見込があると思うて居つた。今はウラナイ教も追々改良して、三五教以上の結構な教が立ち、御神力も赫灼だから、どうぢや一つ、元の巣へ返つて、黒姫と一緒に活動する気はないか』 夏彦『モシモシ青彦さま、嘘だ嘘だ。改良所か、日に日に改悪するばつかりだ。此間もフサの国から、ゲホウの様な頭をした高山彦と云ふ男が出て来て、黒姫の婿になり、天下を吾物顔に振れ舞ふものだから、誰れもかれも愛想をつかし、毎日日日脱退者は踵を接すると云ふ有様、四天王の一人と呼ばれた吾々でさへも、愛想が尽きたのだ。黒姫の口車に乗らぬ様にして下さい』 黒姫『コラ夏、常、要らぬ事を言ふない。貴様ア厭なら厭で、勝手に退いたら宜い。人の事まで構ふ権利があるか。……サア青彦、返答はどうぢやな。返答聞くまで、仮令死ンでも、此腕がむしれても放しやせぬぞ』 青彦『エー執念深い婆アだナア。放さな放さぬで良いワ』 と云ふより早く、赤裸になつた。黒姫は着物ばかりを握つて、 黒姫『誰が何と言うても放すものかい。……ヤア何時の間にやら、スブ抜けを喰はしよつたナ、エーコンナ皮ばつかり掴みて居つても、なにもならぬ。忌ま忌ましい』 と言ひつつ着物を大地に投げつけるを夏彦は手早く拾ひあげ、常彦、青彦諸共にお節の家に飛び込み、中からピシヤリと戸を閉め、錠をおろしたり。黒姫は唯一人門口に取り残され、ブツブツつぶやき乍ら、比治山の方を指してスゴスゴと帰り行く。 お楢『ヤアヤアお前さまは、青彦さまか。能う来て下さつた。こないだの晩に泊つて貰はうと思つて居つたのに、泊つて欲しい人は泊つて呉れず、厭な奴ばつかりノソノソと泊り、執念深い……死ンでからも爺ドンの生命を取りに来、又聞けば、お節の生命まで亡霊となつて狙ひよつたさうぢや。お前さまが夢に現はれて、悪魔を改心させ娘を助けて下さつた夢を見たら、其日から不思議にも、お節が段々と快くなり、婆アも、お節も、毎日日日、青彦さま青彦さまと真名井の神様よりも尊敬して居りました。能う来て下さつた。サアサアむさくるしいが、ズーツと奥へお通り下され。……そこの二人は黒姫の弟子ではないか、エーエー黒姫の身内ぢやと思へば何だか気持が悪い。二人のお方は折角乍ら、トツトと帰りて下され』 青彦『お婆アさま、私も元は黒姫の弟子になつて居りましたが、あまりの身勝手な奴だから、愛想が尽きて三五教に籍を変へ、御神徳を戴いて今は御覧の通り、宣伝使になりました。此二人は、今日只今迄、常彦、夏彦と云うて、黒姫の四天王とまで謂はれて居つた豪者だが、此二人も私の様に、愛想をつかし、今此家の門口で師弟の縁を断り私の友達になつたのだから、さう気強い事を言はずに、大事にしてあげて下さい』 お楢『アアさうかいナさうかいナ。それとは知らずに偉い失礼な事を申しました。……コレコレお節、何恥かしさうにして居るのぢや。早うお客さまにお茶でも汲まぬかいナ』 お節は袖に顔を包み、稍俯むき気味になつて、 お節『これはこれは青彦様、能う来て下さいました』 と言つた限、俯伏になり震ひ居る。 お楢『アーア若い者と云ふ者は、仕方の無いものぢや。……モシモシ青彦さま、婆アの頼みぢやが、不束な娘で、お気には入りますまいが、どうぞお節の婿になつて下され。これが婆アの一生の頼みぢや。……コレコレお節、お前も頼まぬかいナ』 お節『………』 常彦『ナアーンと偉いローマンスを見せて頂きました。ナア夏彦、此の間は高山彦と黒姫のお安うない所を拝観さして貰ひ、今日は又一層濃厚なローマンスを目の前にブラ下げられて、……イヤもうお芽出たい事ぢや。……青彦さま、一杯奢りなされや』 青彦『お婆アさま、私の様な破れ宣伝使に大事の娘様の婿になつてくれいと仰有るのは、有難う御座いますが、私は今悦子姫様の御命令によりて、鬼ケ城の言霊戦に出陣せねばなりませぬ。又私一量見ではゆきませぬから、悦子姫様や、音彦さまのお許しを得て、ご返辞を致します。それ迄何卒待つて下さいませ。……かういふ内にも心が急けます。悦子姫様が、青彦はどこへ行つただらうと、お尋ね遊ばして御座るに違ひない。肝腎要の場合、女の愛にひかされてコンナ所へ舞ひ戻つて来たと思はれてはなりませぬから、兎も角御返辞は後に致しませう。左様なれば……御機嫌よう……お婆アさま、お節どの』 と言ひすてて門口へ急ぎ出でむとするをお楢は、 お楢『どうぞ、お節の事を忘れて下さるなや』 常彦『モシモシ青彦さま、どうぞ私も鬼ケ城へ連れて行つて下さい』 夏彦『私も、どうぞ、お伴をさして下さい』 青彦『悦子姫様の意見を聞かねば、何ともお答は出来かねますが、御都合が好ければ、私と一緒に参りませう』 二人『どうぞ宜しうお頼み申す。……婆アさま、お節さま、偉いお邪魔を致しました。御縁が有れば又お目にかかりませう』 お楢『左様なら……』 お節『御機嫌よう……』 と青彦は此家を後に、心いそいそ南を指して二人を伴ひ、韋駄天走りに走り行く。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 12 花と花 | 第一二章花と花〔六二三〕 メソポタミヤの瑞穂国世界の楽土と聞えたる 顕恩郷を振りすてて自転倒島に逃げ来り 醜の曲津の大江山山寨を構へて神国を 蹂躙せむと千万に心を尽す鬼雲彦は 神素盞嗚の大神に仕へまつれる鬼武彦に 逐ひ退はれて中空を翔つて伊吹の山の辺に 雲を霞と逃げ散れど鬼雲彦が力と頼む 剛力無双の曲司名も怖ろしき鬼熊別は 八岐大蛇の醜の霊に操られ荒鷹鬼鷹諸共に 大江の山の峰つづき鬼ケ城にと第二の砦を構へ 時を計らひ捲土重来の秘策を凝らし 一挙に聖地に攻め寄せて神素盞嗚の大神や 国武彦の大神の神政成就の経綸地 桶伏山の蓮華台続いて四尾の神山を 力限りに占領せむと心を砕くぞ果無けれ。 三五教の宣伝使、悦子姫は音彦、加米彦を伴ひ真名井ケ原を後にして三嶽山に差かかる。時しもあれや谷川に、血に塗れたる衣を濯ぐ一人の美人、三人の姿を眺めて呆れ顔、 音彦『モシモシ悦子姫様、此深山幽谷に見らるる如き妙齢の美人唯一人、血に塗れたる衣を洗ひ、吾々の姿を眺めて何か思案顔、これには深き様子のある事で御座いませう。一つあの女を引捉まへて詰問して見ませうか』 悦子姫『何を云うても人里離れし此谷川、合点の行かぬ事である。貴方御苦労だが柔なしくあの女に聞いて見て下さい』 音彦『承知致しました、加米彦、お前は悦子姫様と此処に待つて居て呉れ、俺は此谷川を渡つて怪しの女に一つ質問をやつて見る、大抵この山の様子も分らうから』 と云ふより早く裾をからげ谷川を向岸へ渡つた。 音彦『コレヤコレヤ、人里離れしこの深山幽谷に浦若き女の一人、血に塗れたる衣服を洗濯致し居るは如何なる理由あつてか、定めて此辺には悪神の巣窟があつて、人を取り喰うと察せらるる、サアつぶさに委細を物語れよ』 女は涙をはらはらと流しながら、 女(紫姫)『ハイ私は都の女で御座います、大江山の鬼雲彦が一味の悪神、荒鷹、鬼鷹の両人が、真名井ケ原の神様へ二人の僕を従へ参詣の途中、言葉巧に計略をもつて妾主従を連れ来り、二人の下僕は種々と苦役を命ぜられ、身体疲労の結果、もはや手足も動けなくなりまして、苦しみ悶える所を、慈悲も情も荒鷹鬼鷹の両人の指揮の下に、寄つて集つて二人の下僕を嬲殺し、手足をもぎ取り、真裸となし土中に埋めましたさうです。さうして妾は情ない荒鷹、鬼鷹両人に虐げられ、あるにあられぬ悲しい月日を送つて居ります。今日は幸ひ両人鬼ケ城の鬼熊別が大将の許に召されて参りました。後には四五の下僕共、二人の留守を幸ひお酒を呑ませ酔はして置いて、下僕二人が着衣を探し求め、此谷水に洗ひ清め天日に乾し、これを夜具に造り替へて、せめては下僕の遺物と彼が菩提を弔うため、妾が肌身につけ其霊を慰めやらむと今此処に、隙を窺ひ洗濯に参りました』 と、ワツと許りに泣き入りぬ。音彦は両手を組み太息を吐きながら、 音彦『嗚呼飽迄も悪逆無道の大自在天、バラモン教の奴輩の惨虐さ』 と音彦は涙を腮辺にハラハラと流し、黙念としてうつむき居る。 女(紫姫)『貴方様は何れの方かは存じませぬが、一寸お見受け申せば力の強さうな御姿、美しき御婦人を連れて何れへお越し遊ばしますか。此三嶽山は、大江山の峰続き、鬼ケ城との中心点に聳立つ、恐ろしき魔の山で御座います。これから先には沢山の魔神が棲みて居りますれば、これより先は剣呑千万、どうぞ此場よりお引き返し下さいませ、又妾の如き憂目にお遇ひなされてはお気の毒で御座います』 音彦は目をしばたたきながら、 音彦『オヽお女中、御親切に能く云うて下さいました。併しながら吾々は、人を助ける神の取次、如何なる悪魔も言向け和さねばならぬ神界の使命を帯びて参つたもの、仮令如何なる鬼大蛇、魔神の襲来致すとも、一歩たりとも退却致す事は出来ませぬ。どうぞ荒鷹、鬼鷹の住家へ御案内下さいませ』 女(紫姫)『左様では御座いませうが貴方等は一行三人、一方は数限りのない悪魔の集団、何程貴方が英雄豪傑でも多数と少数、勝敗の数は戦はずして分つて居ります。サアサアどうぞ早くお帰り遊ばせ』 音彦『御親切に有難う御座います。併しながら先刻承はれば貴方は都の女と仰せられましたが、何と云ふお方で御座います』 女(紫姫)『ハイ、名を聞かれては恥かしう御座いますが、妾は紫姫と申す不恙な女で御座います』 谷川の向より加米彦、大きな声で、 加米彦『オーイオーイ、音彦、美人を捉へて何を愚図々々云つて居るのだ。吾々を待たして置いて密約締結でもやつて居るのか、ソンナ陽気な場合ぢやないぞ、コンナ谷底でいちやつく奴があるか、好い加減に談判を切り上げて敵情を大本営に報告しないか、悦子姫女王様が顔色を変へて御機嫌斜なりだ。アハヽヽヽ』 悦子姫は聞き咎め、 悦子姫『これこれ加米彦さま、悦子姫の御機嫌斜なりとは何を仰有る』 加米彦『アア済みませぬ、私の言葉は意味深長に聞えたでせう、どうぞ見直し聞直して下さいませ、時の興に乗じつい洒落気になつて音彦に揶揄て見たのですよ。谷川の此方には花を欺く悦子姫様、そして加米彦の配合、川の対岸には妙齢のナイス、音彦の大丈夫、谷を隔てて一対の若夫婦然とした此光景、絵にあるやうなスタイルぢやありませぬか。樹木の間に雪はチラチラと残り、淙々たる渓流は琴を弾じ、幽邃閑雅の深谷川、上手な画工にでも写生させたら随分立派なものが出来ませう、アハヽヽヽ』 悦子姫『加米彦さま、此処は最も危険区域ですよ、些と緊張しなさらぬか』 加米彦『柔能く剛を制す、剛中柔あり柔中剛あり、敵地に臨んで悠々閑々綽々として余裕を存するは、ヒーロー豪傑の心事で御座る、アハヽヽヽ』 川向ふより音彦、 音彦『オーイオーイ加米彦、悦子姫様のお伴をして此地へ渡つて来い、耳よりの話がある』 加米彦『ヨシヨシ、悦子姫さま、サア参りませう、此深い谷川、貴方は御婦人の身、お困りでせう、何なら加米彦の背に被負つて下さい』 悦子姫『御親切に有難う御座います、併し乍ら加米彦さま、自分の事は自分で処置をつけねばならぬぢやありませぬか、神様の教には必ず人を杖につくなと御座います』 加米彦『其お言葉は尤もながら何だか案じられてなりませぬ、然らばお手を取つて上げませう、サア参りませう』 と裾をからげ、谷川に下りたちぬ。 悦子姫『加米彦さま、妾が貴方の手を引いて上げませう、大変な危険な激流で御座いますから』 と互に友の危難を気遣ふ殊勝さ。 加米彦『アア有難い有難い、この谷川が無くば悦子姫様と握手したり提携したりすると云ふ事は出来ない、南無谷川大明神』 悦子姫『ホヽヽヽ、冗談も好い加減になされませ』 加米彦『冗談から暇が出る、瓢箪から駒が出る、三嶽山から古今無双のナイスが現はれる、大江山から鬼が出る、鬼ケ城から大蛇が出る、私の口から涎が出る、余り嬉しうて涙が出る、アハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、これこれ加米彦さま確りしなさらぬか、辷つたら大変ぢやありませぬか』 加米彦『辷つても転げても構ひますものか、貴女と私と此谷川で悦びて転こンで寝転ンで辷り込ンで心中したら一寸乙でせう、美男と美人の心中物語、いつの世にか稗田の阿礼の二代目が現はれて、霊界物語に此ローマンスを針小棒大に書き立て、名を竹帛に垂れ末代の語り草にして呉れるかも知れませぬよ、アハヽヽヽ』 悦子姫『加米彦さま、何うやらお蔭で無難に渡つて来ました』 加米彦『アヽ割りとは狭い川だ、貴女と一緒に握手提携して歩くなら、仮令河幅が三里あつても五里あつても、少しも、遠いとは思ひませぬワ』 悦子姫『ホヽヽヽ、加米さま、好い加減に惚気て置きなさい』 とポンと叩く。加米、首をすくめ目を細うし、舌を一寸出して、 加米彦『ヤア占めた占めた、お出たな、もつともつと叩いて下さいな』 悦子姫『アヽ加米さまの好かぬたらしいお方、ホヽヽヽ』 音彦『オーイオーイ、加米彦、何だか知らぬが御機嫌斜ならずだなア、要領を得たのか、密約は成立したか』 悦子姫『ホヽヽヽ』 加米彦『何、条約不成立不得要領だ』 音彦『不得要領の中に要領を得るのが戦術家の智略だ、アハヽヽヽ』 紫姫『ホヽヽヽ、貴方等は気楽なお方ですねえ、最前からの皆様のお話で私の心の憂愁も何処へやら煙散霧消して仕舞ひましたワ』 悦子姫、加米彦は漸く二人の前に辿り着きぬ。 音彦『モシモシ悦子姫様、此お方は紫姫と云つて都の方ぢやさうです、二人の下僕を従へ真名井ケ原へ参詣の途中、荒鷹、鬼鷹両人に誘拐され、二人の下僕が嬲殺しに遇はされたさうです、気の毒ぢやありませぬか』 悦子姫『………』 加米彦『ナニ、二人の下僕が嬲殺しに遇つたと、ヨシ俺にも考へがある、サア音彦、其荒鷹鬼鷹と云ふ奴、これから一つ鬼ケ城を征伐の門出の血祭にしやうではないか、モシモシ紫姫様、長らくお目に懸りませぬ、御機嫌宜敷う、誠に御無沙汰を致しまして』 紫姫『貴方は何方で御座いましたか、記憶に浮かびませぬ』 加米彦『アヽさうでした、初めてお目にぶら下つたのですよ、私の若い時のスヰートハートしたナイスに、何処やら能く似まして御座るものだから、つい考へ違ひを致しました、アハヽヽヽ』 音彦『ワハヽヽヽ』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 紫姫、初めてニタリと笑ふ。 音彦『紫姫さま、貴女の囚はれて居る巌窟に案内して下さい、これから行つて悪神の奴、片つ端から粉砕して呉れませう、ヤア面白い面白い、腕が鳴つて耐らないワ、この握り拳のやり所が無い、サア早く案内して下さいナ』 紫姫『ヤアそれはお見合せ遊ばせ、大変で御座いますよ、ならう事なら妾も一緒に連れて逃げて下さいませぬか』 加米彦『エヽ気の弱い事を仰有るな、吾々は神素盞嗚大神の御守護がある、必ず必ず御心配なさいますな、サア案内して下さい、悦子姫さま、音彦殿、サア往きませう』 紫姫『左様なら妾が御案内致します、荊棘茂る難路で御座います、残ンの雪も溜つて居りますれば足許に気をつけて下さいや』 と先に立つ。一行は雪の坂道辿つて紫姫の後について行く。紫姫に導かれ二三丁羊腸の小道を辿り行く。前方に見上る許りの大岩石広く左右に二三丁許り展開し居たり。 紫姫は中央の岩石を指し、 紫姫『皆様、あの巌の下に巨大なる穴が開いて居ります、今日は荒鷹、鬼鷹の大将株は鬼ケ城に参りまして不在で御座います。四五人の小鬼共は皆酒に酔ひ潰れて寝みて居りますから大丈夫、御安心して下さいませ』 加米彦『ヤア思惑とは洒落た事を悪神の奴やつて居る哩、山又山に包まれたこの高山の幽谷、難攻不落の金城鉄壁とは此事だ。遉は悪神だけあつて好い地利を選ンだものだ。一卒道に当れば万軍進む能はずと云ふ要害堅固の絶所だなア』 と首を傾け呆れて舌を捲いて居る。 音彦『よく感心する男だなア、加米さま気に入つたかな』 加米彦『気に入るの入らないのつて、いやもうずつと気に入りました、風景と云ひ要害と云ひ天下の珍だ、サアサア往きませう、巌窟の探険も退屈ざましに面白からう』 と先に立つて走り出すを、紫姫は手を挙げて、 紫姫『モシモシ貴方、妾が御案内致しませう、其処には深い深い陥穽が御座います、滅多矢鱈にお出なさつては剣呑で御座いますから』 加米彦は耳にもかけず巌窟目蒐けて一目散に駆出したるが、忽ちドサツと音して陥穽に落ち込みにける。 紫姫『アヽ大変大変、皆様どうぞ助けて上げて下さいませ』 音彦『慌者だなア、仕方が無い』 と走り行かむとするを紫姫は、 紫姫『モシモシ慌て下さるな、沢山の陥穽、妾が御案内致します、後からついて来て下さい』 音彦『アヽさうかなア、何処迄も注意周到なものだ、ソンナラ先頭を頼みませう、悦子姫様、失礼ながらお先に参ります、私の足跡を踏みて来て下さい、危険ですから』 悦子姫『ハイ有難う』 加米彦は二三丈もある深い陥穽に落ち込みしが、幸ひ少しの怪我もなく井戸の底に突立ちながら、 加米彦『ヤア悪神の奴、エライ事をしよつた。紫姫とやら、彼奴は鬼熊別一味の奴に相違ない、愚図々々して居ると悦子姫さまも音彦も同じやうに、空中滑走井底着陸とやられるか知れやしないぞ、かうして井底に佇立して居る頭の上から岩石でも落されやうものなら、それこそお耐り小坊子が無いワイ、嗚呼縮尻たりな縮尻たりな、三五教は穴が無くて安心だが、今の世の中はどこもかも穴だらけだ。穴怖ろしの娑婆世界』 と呟き居たりしが、足許の水溜りにパツと写つた悦子姫の顔、 加米彦『ヤア又出やがつたな、彼の谷川を渡る時、悦子姫さまに揶揄つたものだから、紫姫の奴、加米彦は悦子姫に現を抜かしてゐると早合点しよつて、井の底に姫の顔を現はしよつたのだな、どつこい其手は喰はぬぞ、総て悪神は色をもつて、男子を死地に陥入るると聞く、オイ化物、悦子姫の姿を見せた処で其手に乗るものかい、道心堅固の三五教の加米彦だ、馬鹿にするない』 頭上から悦子姫は、 悦子姫『モシモシ加米彦さま大変なお危ない事で御座いました。お怪我は御座いませぬか』 加米彦『ヤア悦子姫さまか、ようマア無事で陥穽へもはまらないで居て下さつた。音彦さまはどうなりました。御無事ですかなア』 悦子姫『ハイ有難う、此処に紫姫さまと来て居られます、貴方をお助けしやうと思つて綱を編みて居るところで御座います、暫くお待ち下さいませ』 加米彦『ヤア有難う、神の救ひの御綱、此神は此人と思うて綱をかけたら放さぬぞよと云ふ御神勅の実現だナア。アヽ惟神霊幸倍坐世』 音彦、紫姫の二人は手早く縄梯子を編み、吊り下ろせば、加米彦は、 加米彦『ヤア有難い』 と手を合しゐる。 音彦『サア加米彦さま、この綱に確り掴まつた。三人が力を合して釣り上げませう、一二三』 と三人一度に手繰り上げたり。 加米彦『アヽ有難う、お蔭で命が助かりました。井戸い目に遇うところだつた、アヽハヽヽ』 紫姫『加米様とやら、お怪我が無くてお目出度う御座います。サアこれから巌窟に参りませう』 と先に立ち細い穴を潜り入る。一行も続いて巌窟に姿を隠しける。 (大正一一・四・二三旧三・二七加藤明子録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 15 敵味方 | 第一五章敵味方〔六二六〕 二月十五日の月光を浴びて、三嶽山の頂上の平地に、一蓮托生、蓑を敷き、肱を枕に華胥の国に入る。馬公鹿公は峰吹く嵐の音に夢を破られ、一度にムツクと起上り、 鹿公『アー恐ろしい事だつた。折角紫姫様のお情に依りて、岩窟の難を免れたと思へば荒鷹、鬼鷹の両人、鬼ケ城より帰り来り、俺達二人をフン縛つて、又もや岩窟に捻込みやがつたと思へば、夢だつた。アー恐ろしい恐ろしい、夢に見ても、アンナ悪人はゾツとする』 馬公『ヤアお前も夢を見たか。俺も同様の夢を見た。何だか此処は寝心が悪い。チツト月夜でもあり、そこらをブラついて見ようかい』 鹿公『さうだなア、是れ丈の同勢があれば、まさかの時には大丈夫だ。一丁や二丁離れたつて、気遣ひはあるまい。万一荒鷹や、鬼鷹が出て来やがつた所で「オイ助けて呉れい」と一言云へば、すぐ加米彦さまが、言霊の発射とやらで助けて下さるは請合ぢや。サア行かう行かう。皆さまはマア、よう寝ンで居らつしやること。吾々の様に罪が深い者は、恐怖心に駆られて、安眠も碌に出来ないワ。起きて居れば怖い目に遭はされる、寝れば眠るで怖い夢を見る、寝ても醒めても、責られ通しだ………結構なお月様の光をたよりに、チツと其処辺を、保養がてら、ウロつかうぢやないか』 馬公『宜からう』 と、フツと立ち、二人は手をつなぎ、ブラブラと山の頂きを逍遥して居る。 馬公、鹿公『アヽ何と、佳い景色だ。山の上で風は良い加減に冷たいが、木の葉に露が溜り一々月が宿つて居る、此光景はまるで、水晶の世界に居る様だ。アーア俺達の様な不仕合せ者でも、亦コンナ愉快な光景を見る事が出来る。人間は長生したいものだなア』 と鼻唄を唄ひ、あちらこちらとウロついて居る。 加米彦は中途に目を醒まし、 加米彦『アーア皆さま打揃うて、よく寝て居らつしやるワイ。悦子姫さまの白い顔、桃色の頬べた、紫姫さまの花のやうな麗しきお姿、一方は花の顔容、一方は雪の肌、空には三五の明月、お月さまも余程気に入つたと見えて、二人のナイスの顔を、特別待遇でお照しなさると見える、いやが上にも綺麗なお顔だ事。………アヽ音彦の顔か、随分力をオト彦テなスタイルだ。片腕をくの字に曲げ、無作法に口を開けて寝て御座るワイ。今頃は五十子姫の夢でも見て居るのだらう。可愛い女房をバラモン教の奴に攫はれ、今に行衛不明、思へば思へば心中を察してやる。それでも此永の間一緒に歩いて居るが、五十子姫のイの字も口に出しよらぬ所を見ると、余程確りして居るワイ……人間の寝顔を見れば、大抵其人の精神が分るものだ。どれどれ青瓢箪彦の首実検と出かけよう………ヤア此奴は嬉しさうにホヤホヤと笑うて居る。何でも丹波村とかのお節の夢でも見て居るのだらう。ヤア益々笑ひよるぞ。幽霊と仮称せられる様な奴だから、どうで笑ひにも何処ともなしに厭味たつぷりの所がある。コンナ所を一つお節に見せてやりたいものだなア、アハヽヽヽ。ヤア此奴は丹州かな、一寸好い顔をして居やがるぞ。何でも豊国姫の神様の御命令だと云つて居たが、何処ともなしに威厳が備はつて居る。ハヽア顔の真中に妙な光が現はれて居るぞ。木の花姫の化身か、妙音菩薩の再来か、此奴ア、ウツカリ軽蔑する訳には行かぬワイ。我々一行中での大人格者と見える。……ヤア良い審神をした。明日になつたら音彦の大将に一泡吹かしてやらう。……ウン此奴は黒姫仕込みの、腰曲りの夏彦と云ふ奴だ。なんと情ない鯱つ面だなア。ヤア此奴ア批評の価値がないワイ。此処に一寸こましい面の持主がある。此奴が、何でも狐とか狸とか云ふ奴だ。ウンさうさう常彦々々、今寝て居る間に、髪と髪とを括つといてやらうかなア』 加米彦は二人の長髪をソツと掴み、端と端とで地獄結に括つて了ひ、 加米彦『サア此奴が目が覚めたら、随分滑稽だらう。これからが、音彦さまと青彦の番だ。併しあまり距離が遠いので……髪と髪とが届かぬらしい。待て待て……エー此処に綱がある。此奴で括つて置かう』 と手早く括り合し、 加米彦『ハヽヽヽ、これで紛失の憂ひなしだ。此次が悦子姫さま、紫姫さまか………ヤア此奴ア、惜いぞ。紫姫と丹州とを継ぎ合せ、最後に悦子姫と加米彦の大神さまとの継ぎ合せだ。これで二四ケ八人、二八十六本の手と足。ヤア面白い、面白い』 と手探りに、紫姫の髪をソツと掴みかかつた。紫姫はムツクと起き上りさま、加米彦の腕首掴ンで、ドツカと投げたるその勢あまつて加米彦は、傍の谷を目がけてドスーン。 加米彦『アイタヽヽヽ』 と叫び居る。 紫姫『ヤア皆さま、起きて下さいませ。又もや鬼熊別の部下の者共が現はれました。サア御用意々々』 此声に驚いて一同は撥ね起き、常彦は、 常彦『アイタヽヽヽ』 夏彦『エヽヽエタイワイエタイワイ、誰だ誰だ、人の髪の毛を引つぱりよつて……放さぬかい』 常彦『オイ夏、貴様だらう』 夏彦『馬鹿云ふな、貴様が俺の髪を引つぱつとるのだ』 青彦『ヤア俺の頭を曳く奴がある。………ヤア何だ、寝て居る間に、髪と髪とを継ぎ合しよつたな、コンナ悪戯をする奴は、大方加米公だらう。……オイ加米彦、何処へ行つた。早く出て来て、ほどかないか』 加米彦『オーイ、オイ、俺はエライ所に、後手に括られて、困つて居るワイ。誰か出て来てほどいて呉れ』 青彦『ヤア加米彦も括られよつたのかな、是れだから、油断は大敵と云ふのだ。敵地に臨みて気を許し、寝てるのが此方の不覚だ、併し人間が紛失せなくてまだしもだ』 加米彦『オーイ、青彦、皆さま、御心配下さいますな、私のは自縄自縛、自縄自解、依然として元の通り』 青彦『ナアーンだ、人を脅嚇かしよつて……どこを括られて居つたのだ』 加米彦『マアどうでも良い、一体お前達はナアンだ。頭に長い尾を附けよつて……』 丹州『加米彦さま、あなた随分悪戯をしましたネー。私が知らぬ顔をして見て居りましたよ。紫姫さまに取つて放られなさつたときの面白さ、アツハヽヽヽ』 加米彦『ヤア失敗つた。皆さま、飛ンだ失礼を演じまして、……どうぞ神直日、大直日に見直し聞直して下さいませ』 音彦『戯談にも程がある。宣伝使の神聖を害する行動だ。今日限り、素盞嗚大神の代りとなつて、汝に対し、宣伝使の職を解く。有難う思へ』 加米彦『此奴ア一寸迷惑だ。モシモシ音彦さま、鬼ケ城の征伐が済む迄、執行猶予をして下さいな』 音彦『イヤなりませぬ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、どうぞ仲裁して下さいませ』 悦子姫『コレ音彦さま、今後、コンナ悪戯をなさらぬ様に、能く戒めて、今度は赦して上げて下さいナ』 音彦『赦し難き其方なれど、悦子姫様のお言葉に従ひ、今度は忘れて遣はす』 加米彦『アツハヽヽヽ、何に吐しよるのだい。遣はす………が聞いて呆れるワイ、アハヽヽヽ、あまり可笑しくて、腹が痛くなつた。真面目くさつた面構へをしよつて何だい。………チツと捌けぬかい。何程五十子姫の事を思つて心配したつて、竜宮の一つ島に漂着して居る女房に遇へるでもなし、刹那心を出して、モウちつと砕けぬかい。何だか、ソンナむつかしい顔した奴が混つて居ると、道中が面白くないワ』 音彦『ナニツ、五十子姫は竜宮の一つ島に漂着して居るのか、それやお前、何時、誰に聞いたのぢや』 加米彦『ソンナ事が分らぬ様な事で、宣伝使が勤まるかい。加米彦さまの天眼通で、チヤーンと調べてあるのだ。梅子姫さまと侍女の今子姫、宇豆姫の四人連れで、今竜宮島でバラモン教と激戦の最中だ。併し心配は致すな、神様が護いて御座る』 音彦『ヤアさうだつたか、五十子姫は、ウラナイ教に、若しや擒になつて居るのではなからうかと種々と工夫をして、黒姫の荷持となり、様子を考へて居たが、どうもウラナイ教には居りさうもないので、若しや大江山の鬼雲彦が為に捕はれの身となつて居るのではなからうかと思つて居たのだ。鬼ケ城へ是から行つて、モシや五十子姫が居つたら助けてやらねばなるまい、と、此処まで勇みて来たのだ。さうすれば鬼ケ城には、五十子姫は居ないかなア』 加米彦『ハヽヽヽ、お気の毒様、明日は鬼ケ城を征服し、可愛い女房の五十子姫さまに芽出度く対面遊ばす御心中であつたのに、エライ悪い事を申しました。……お力落しさま』 悦子姫、紫姫『ホヽヽヽヽ』 音彦『何事も運命だ。人間がどれ程煩悶したつて、成る様にほか成りはせぬ。今晩はゆつくりと此処でモウ一寝入りして、明日は花々しく言霊戦を開始する事にしやう。サア皆さま休みませう。加米彦、お前は御苦労だが、今夜は不寝番だ』 加米彦、ワザと叮嚀に、大地に頭を摺つけ、両手を突き乍ら、 加米彦『これはこれは音彦の君の御仰せ、確に承知仕つて御座いまする』 一同『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 又もや思ひ思ひに寝に就く。月の景色に浮かされて、鹿公、馬公の二人は思はず知らず、七八丁ばかり、一行の休息場より南に離れて了つた。此時四五人の荒男、突然木蔭より現はれ来り、バラバラと二人の周囲を取り巻き、棍棒を携へ、 男『ヤア其方は、紫姫の僕、鹿、馬の両人ではないか、どうして此処へ脱け出して来た』 鹿公『コレハコレハ荒鷹、鬼鷹の親分様、誠にお気の毒で御座いますが、岩窟を叩き破つてやうやう此処まで出て参りました』 荒鷹『貴様はどうして、あの堅固な岩窟を破つたのか』 鹿公『私は御存じの通り、身に寸鉄も持たない、どうする事も出来ませぬが、神変不思議の言霊に依りて、自然に岩戸は左右にパツと開き、平和の女神に誘はれて、此処までやつて来ましたよ』 鬼鷹『ナニ、平和の女神とは誰の事だ。紫姫の事ではないか』 馬公『紫姫も結構だが、見目も貌も悦子姫と云ふ絶世のナイスが、突然現はれ給ひ、馬さま、鹿さまの御手をとり、救ひ出させ給うたのだ。モウ斯うなる上は千人力だ、荒鷹、鬼鷹、其他の小童武者共、千疋、万疋一度に掛らうと、ビクとも致さぬ某だ、アハヽヽヽ』 荒鷹『オイ鬼鷹の大将、此奴アちつと変ぢやないか。毎日日日ベソベソと吠面かわいて慄うて居つた両人が、今日は心底から気楽さうに、大言を吐いて居る、どうしたものだらう』 鬼鷹『此奴ア、発狂したのだらう。さうでなくては、アンナ事が言へたものぢやない』 荒鷹『それにしても、肝腎の目的物たる紫姫は、どうなつただらう。鬼熊別の御大将に御約束をして来たのだ。若し紛失でもして居たら大変だがなア』 鹿公『アツハヽヽヽ、タヽヽ大変だ大変だ。大変が通り越して、天変地変だ、地震雷火の車、鬼の岩窟は忽ち明日をも待たず、木端微塵、憐れ果敢なき次第なり、ワツハヽヽヽ』 鬼鷹『ヤア益々怪しいぞ、………オイ鹿、馬の奴、紫姫の所在を有態に申せ』 鹿公『アハヽヽヽ、あの心配さうな面付、蟻か、蚯蚓か、鼬か知らぬが、貴様等の翫弄物にはお成り遊ばす紫姫ぢや御座らぬワイ。鬼熊別の大将に奉つて、御褒美に与らうと云ふ目的であらうが、細引の褌、あちらへ外れ、こちらへ外れ、お気の毒乍ら目的は成就致さぬワイ。あまり呆れて腮が外れぬ様に御注意なされませや』 鬼鷹『ヤア益々合点のゆかぬ事を申す奴だ。コラ馬、鹿、貴様は荒鷹、鬼鷹御両人様の御威勢を恐れぬか』 鹿公『コレヤ荒鷹、鬼鷹、貴様は鹿公さま馬公さま御両人の御威勢を何と思ふか、恐れ入らぬか、アツハヽヽヽ』 荒鷹『益々可怪しい奴だ。何でも此奴ア、強力な尻押しが出来たに違ない。オイ鹿、貴様の後に誰か尻を押す奴が出来たのだらう。逐一白状致せ』 鹿公『きまつた事だよ、此方には大江山の鬼雲彦を始めとし、其他数万の天下の豪傑、雲霞の如く吾々両人を救援に向ひ、三嶽の山の岩窟を滅茶苦茶に叩き潰し、五六人の留守番の奴等は谷底へ吹き散らし、是れより進みて鬼ケ城の敵に向つて攻撃の準備中だ。東方よりは又もや数多の軍勢、亀彦、英子姫のヒーロー豪傑を先頭に、数十万とも限りなく、日ならず攻め寄せる計画整うたり。モウ斯うなる上は、鬼ケ城もガタガタの滅茶々々、一時も早く引返し、此由を鬼熊別の腰抜大将に注進致すが宜からうぞ』 荒鷹『ナニツ、言はしておけば際限なき雑言無礼、首途の血祭、汝等二人の身体は、此棍棒の先に粉砕し呉れむ……ヤアヤア者共、二人に向つて打つて掛れ』 一同は二人を目あてに、棍棒打振り打つてかかるを、鹿、馬の両人は一生懸命、韋駄天走りに、悦子姫が休息場に向つて逃げ帰る。 荒鷹『ヤア卑怯未練な馬、鹿の両人、口程にもない代物、……ヤアヤア者共、汝ら四五人にて結構だ。早く追つかけ両人を生捕に致して来い』 男『畏まりました』 と五六人の男は、二人の後を追つて北へ北へと走り行く。 加米彦『ヤア騒々しき足音が聞えて来た。青彦、常彦、夏彦、起きたり起きたり』 斯く云ふ内、鹿公、馬公は此場に走り来り、 鹿公、馬公『宣伝使に申し上げます。只今荒鷹、鬼鷹の両人、四五人の乾児を引きつれ、棍棒を打振り、此場に進みて参ります。防戦の御用意なされませ』 加米彦『ヤア最早やつて来よつたか。序に鬼ケ城の鬼熊別全軍を率ゐて来て呉れれば、埒が明いて良いがなア。五人や十人邪魔臭い』 鹿公『もうし加米彦さま、随分力一杯、馬公と二人で吹いて吹いて吹き捲つてやりました。是であなたの二代目が勤まりませうなア』 加米彦『ヤア此場へ敵がやつて来ては、悦子姫さま其他の安眠妨害だ。それよりも此方から向つて、一つ奮戦だ。鹿公、馬公、サア来い来れ……』 と云ふより早く加米彦は、南を指して走り行く。忽ち南方より息せき切つて走り来る四五の物影、三人は傍の木の茂みに身を忍ばせ、様子を窺つて居る。 甲『オイ貴様さつきへ往かぬかい』 乙『先も後もあつたものかい。先へ行た者が険呑だとも、安全だとも分るものぢやない。何事も運命の儘に進めば良いのだ。ソンナ臆病風を出して、悪の御用が勤まるかい』 甲『ナニ誰が悪の御用だ。吾々は是位最善の道はないと思つて、一生懸命に活動して居るのだ。鬼熊別の大将は何時も仰有るぢやないか。世界は悪魔の世の中だ。優勝劣敗だ。さうだから世界の人間が可哀相だ、強い者を苛め、弱い者を助けてやるのが人間だ……と、何時も仰有るぢやないか。俺は鬼熊別の大将が毛筋程でも悪だと思つたら、コンナ夜夜中に山坂を駆巡り、辛い働きはせないよ。何でも、三五教とやらの、強い者勝の悪神が出て来よつて、世界の弱い人民を虐げると云ふ事だから、俺も天下の為悪人を滅亡すのが唯一の目的だ』 乙『アハヽヽヽ、貴様は割りとは馬鹿正直な奴だなア、鬼熊別はアヽ見えても、悪が七分に善が三分だ、それが貴様分らぬのか。……アーアもう一歩も前進する事が出来なくなつて了つた』 丙『さうだなア、此処まで来ると、足がピタリと止まつた。何でも最前逃げて行きよつた二人の奴、魔法を使つて俺達の足止めをしよつたのかも知れぬぞ』 木の茂みの中より、 (鹿公または馬公)『加米彦さま、世界に絶対の悪人はありませぬなア、今彼等の話を聞けば、鬼の乾児にもヤツパリ善人が混つて居るぢやありませぬか』 加米彦『そうだ、如何に悪人と云つても、元はみな神様の結構な霊が血管の中を流れて居るのだから、悪になるのは皆誤解からだ。併し悪と知りつつ悪を行る奴は滅多にないものだ。吾々も斯うして善を尽した積りでも、智徳円満豊美なる神様の御心から御覧になれば、知らず識らずの間に罪を重ねて居るか知れないよ。そうだから人間は何事も惟神に任し、己を責め、謙遜り省みなくてはならないのだ』 鹿公『ヘン……殊勝らしい事を仰有います事、あなたは随分謙遜る所か、高慢心の強いお方ぢや、法螺ばつかり吹いて吹いて吹き倒し、人を煙に巻いて、鼻を高うして得意がつてるお方ぢや有りませぬか。あなたも、よつぽど耄碌しましたなア』 加米彦『アハヽヽヽ、それだから困ると云ふのだ。お前達は表面ばつかり見て、吾々の魂を見て呉れないから困るナア』 甲『ヤア何だ、林の中から声が聞えるぢやないか』 乙『そうだ、最前から怪体な声がすると思うて居た。……オイオイ今の声の主人公は何処に居るのだ。敵でも味方でも良いワ、みな神様の目から見れば世界兄弟だ。ソンナ所に怖相に引込みて、ヒソビソ話をするよりも、公然と此場に現れて、一つ懇談会でもやつたらどうだい』 加米彦『此奴ア面白い、お前達は鬼ケ城に割拠する鬼熊別の部下の者だらう。俺は三五教の加米彦と云ふ立派な宣伝使だ。一つ宣伝歌を聞かしてやらうか』 甲『ハイハイ良い所で……ドツコイ不思議な所でお目にかかりました。どうぞ生命許りはお助け下さいませ』 乙『オイオイ何を謝罪るのだ。結構な歌を聴かしてやると仰有るのだよ』 甲『アヽさうか、おれや又、煎じて食てやらうと聞えたので、ビツクリしたのだよ』 乙『アハヽヽヽ、モシモシ宣伝使とやら云ふお方、あなたの言霊は、どうも明瞭して居ります。吾々に対し一寸も敵意を含みて居ない。ヤアもう安心致しました、どうぞ聞かして下さいませ』 鹿公『オイ鬼の部下共、俺達は鹿公ぢやぞ。あまり安心を早うすると、後で後悔をせにやならぬぞ』 乙『ナニ、お前は今逃げた鹿公ぢやなア、此処へ出て来ぬかい、一つ力比べをして、負たら従うてやる、勝つたら従はすぞよ』 鹿公『アハヽヽヽ、三五教のお筆先の様な事を云つて居やがる。勝つも負けるも時の運だ。併し乍ら勝負は最早ついて居るぢやないか。サツパリ加米彦の宣伝使の言霊に零敗して了つた。アツハヽヽヽ』 斯かる所へ荒鷹、鬼鷹の両人、ノソリノソリと現れ来り、 荒鷹、鬼鷹『オイ貴様達、コンナ所で何をして居るのだ、吾々の命令に服従せないのか』 甲『ハイ俄に強くなつて、腹の底から、何だかムクムクと動き出し、阿呆らしくなつて、あなた方の命令に服従する事が出来なくなつて来ました』 荒鷹『ソラ何を言ふのだ、貴様、臆病風に誘はれて腰を抜かし、逆上せやがつたな』 乙『モシモシ荒鷹、鬼鷹の両人さま、モウ駄目ですよ、あなたの威張るのも今日唯今限り、私もどうやら腹の底から、本守護神とやらがムクムクと頭を抬げ「ナーニ鬼鷹荒鷹の木端武者、今此場で改心致せば良し、致さぬに於ては、腕を捩折り、股から引裂いて喰つて了へ」と囁いて御座る、アツハヽヽヽ』 丙『ヤア鬼鷹、荒鷹、どうぢや、降参致したか』 丁『改心するか』 戊『往生致すか、三五教に従ふか、悪を改め善に立帰るか、返答はどうぢや。宣伝歌を聴かしてやらうか』 荒鷹『アイタヽヽヽ、此奴ア変だ、頭が鑿でカチ割られる様に痛くなつて来よつた、鬼鷹、お前はどうだ』 鬼鷹『アイタヽヽヽ、俺も何だか、痛くなつて来たやうだ。ハテ合点の行かぬ事だワイ』 林の中より、加米彦の声、 加米彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも曲津の神は多くとも 三五教の神の道善と悪とを立別けて 鬼も大蛇も曲津見も誠の道に皆救ふ 世の荒風に揉まれつつ神の御子なる諸人は 右や左や前後ろ彷徨ひ惑ふ其間に 善にも進み又悪に知らず識らずに陥りて 神より受けし生御魂或は汚し又破り 破れかぶれの其果は心の鬼に責められて あらぬ方へと傾きつ誠の道を踏み外し 邪の道に勇ましく知らず識らずに進み行く 元は天帝の分霊善も無ければ悪も無い 善と悪とは人の世の其折々の捨言葉 アテにはならぬ物ぞかしあゝ荒鷹よ鬼鷹よ 汝も神の子人の子よ尊き神の子と生れ 何苦しさに鬼ケ城鬼熊別の部下となり 世人を苦しめ虐ぐる身魂を直せ今直せ 三嶽の山の頂きで吾に逢うたは神々の 篤き恵の引合せ心一つの持方で 悪ともなれば善となる善悪正邪の分水嶺 覚悟は如何にサア如何に此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世を 直日に見直し宣り直す神の樹てたる三五教 復れよ帰れ真心に磨けよみがけ天地の 神より受けし生魂あゝ惟神々々 御霊幸はひましまして荒鷹鬼鷹其外の 魔神の身魂を清めませ偏に願ひ奉る 偏に祈願申します』 と声も涼しく歌ひ終るや、荒鷹、鬼鷹其他一同は大地に平伏し、涙をハラハラと流し唯、 一同『有難う有難う』 と僅に感謝の意を表して居る。 斯かる所へ、悦子姫の一行は現はれ来り、 音彦『ヤア加米彦、御手柄々々、荒鷹、鬼鷹の大将も、どうやら救はれた様な塩梅ですなア』 荒鷹、鬼鷹一度に、 荒鷹、鬼鷹『これはこれは三五教の宣伝使様、私は今日、只今、神の御霊に照されて、発根と心の岩戸が開けました。最早吾々は悪より救はれました。どうぞ今日限り、あなたのお道に入れて下さいまして、お伴に御使ひ下されば有難う御座います』 音彦『ホーそれは何より重畳だ。もうし悦子姫様、如何致しませう。斯う早く改心せられては鬼ケ城の言霊戦も、何だか張合が抜けた様です、何卒あなたの指揮を願ひます』 悦子姫、儼然として立上り、 悦子姫『イヤ荒鷹、鬼鷹の両人、そなたは一先づ鬼ケ城に立帰り、妾の一行と花々しく言霊の戦を開始し、其上にて双方より和睦をする事に致しませう』 荒鷹『ナント仰せられます、最早私共はあなた方に向つて戦ふ勇気はありませぬ。ナア鬼鷹、お前もさうだらう』 鬼鷹『吾々は絶対に三五教に帰順致しました。勿体ない、どうしてあなた方に刃向ふ事ができませうか』 悦子姫『分りました。併し乍ら鬼熊別の帰順する迄は、あなたは、三五教に入信の許可を保留して置きます。今迄首領と仰いだ鬼熊別に対し親切が通りませぬ。成る事ならばあなた方より鬼熊別を、改心さして頂きたい。併し乍ら俄にあなた方の仰有る事を、大将として聞けますまいから、茲に一つの神策を案じ、一旦あなた方と立別れて、花々しく言霊戦を開始し、其結果和睦開城と云ふ段取となるのが、穏健な行方でせう。就ては今迄三岳の岩窟に捕はれて居た紫姫さま、鹿さま、馬さまを始め、丹州さまは荒鷹さま、鬼鷹さまと共に、一先ず鬼ケ城へ御帰り下さい。さうして妾の神軍に向つて言霊戦を開始なされませ。あなたの方は防禦軍、妾の方は攻撃軍で御座います。攻撃軍には、悦子姫、音彦、加米彦、青彦、夏彦、常彦を以て之に当てます、………サアサア一時も早く鬼ケ城へ御帰り遊ばせ。時を移さず妾は神軍を引率し、大攻撃に着手致します』 丹州『ヤア六韜三略の姫様の御神策、心得ました。サアサア紫姫様、鹿公、馬公、是から鬼ケ城へ乗り込み、悦子姫さまの攻撃に向つて、極力防戦を致しませう。………悦子姫様、戦場にて、改めてお目に掛りませう。此丹州が言霊の威力をお目にかける、必ずオメオメと敗走なされますな。あゝ面白し面白し、吾等は是より鬼ケ城の本城に立帰り、鬼熊別を総大将と仰ぎ、寄せ来る三五教の神軍に向つて、あらゆる神変不思議の言霊の秘術を尽し、千変万化にかけ悩まし、木端微塵に平げ呉れむ、さらば悦子姫殿』 悦子姫『さらば丹州殿、改めて戦場にてお目に掛りませう』 (大正一一・四・二三旧三・二七松村真澄録) |
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105 (1705) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 17 有終の美 | 第一七章有終の美〔六二八〕 常彦『世は常暗と成り果てて鬼や大蛇や曲津神 天が下をば横行し吹き来る風は腥く 歎き悲しむ人の声鬼の棲むてふ大江山 憂を三嶽の岩窟に鬼熊別の片腕と 誇り顔なる鬼鷹や情容赦も荒鷹の 爪研ぎすまし世の人を見付け次第に引攫み 岩窟の中へと連れ帰り人を悩ます曲津神 それさへあるに鬼ケ城の数多の部下を従へて 天が下をば吾儘に振る舞ひ暮す曲霊 鬼熊別を始めとしそれに連れ添ふ蜈蚣姫 数多の魔神と諸共にバラモン教の教理をば 世人欺く種となし男、女の嫌ひなく 暇さへあれば引捕へ己が棲処へ連れ帰り 無理往生に部下となし日に日にまさる頭数 烏合の衆を駆り集め世を驚かす空威張り 山砦は立派に見ゆれどもその内実は反比例 風が吹いてもガタガタと障子は踊る戸は叫ぶ 柱はグキグキ泣き出す一寸の風にも屋根の皮 剥けて忽ち雨が漏るコンナ山砦を偉相に 難攻不落の鉄城と誇る奴等の気が知れぬ 鼻の糞にて的貼つた様な要害何になる 三五教の言霊に忽ち城は滅茶々々に 砕けて逃げ出す曲津共蜘蛛の子ちらす其の如く 四方八方に散乱し這うて逃行く可笑しさは 他所の見る目も哀れなりドツコイ待つたそれや先ぢや 今は鬼鷹荒鷹が死力を竭して防戦の 真最中のお気苦労遥に察し奉る もう良い加減に我を折つて運の尽きたる此城を 綺麗薩張引き渡せ花も実もある其間に 渡すが利巧なやり方ぞ人を助ける宣伝使 相互の為にならぬ様な下手な事をば申さない サアサア如何ぢや、さア如何ぢや返答聞かせ早う聞かせ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令千年かかるとも三五教の言霊の 続く限りは攻めかける水攻め火攻めはまだ愚 地震雷火の車大洪水は宵の口 それより怖ひ俺の口口惜しからうが我を折つて 素直に降参するが良い宵に企みた梟鳥 夜食に外れてつまらない顔を見るのが気の毒ぢや 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も三五の神の教の吾々は 直日に見直し聞直す深き恵に省みて 鬼熊別の家来ども胸の戸開いてさらさらと 醜の岩窟を明け渡せ渡る浮世に鬼は無い 泣いて暮すも一生ぢや怒つて暮すも一生ぢや 笑うて暮せ鬼ケ城笑ふ門には福が来る 鬼は仏と早変り仏は神と出世する 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世の立替立別の出て来る迄に逸早く 神の御子と生れたる鬼熊別の家来共 叶はぬ時の神頼みもう斯うなつては百年目 早く山砦を明け渡せ此常彦が気をつける アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 夏彦『何だ、常彦、俺の言霊を随分冷かしたが貴様の言霊は何だ、長い長い大蛇の様なぬるぬるとした、蜒りさがした骨無し歌ぢやないか』 常彦『きまつた事だ、先方が大蛇の身魂だから此方もぬるぬると長く攻かけたのだよ』 加米彦『何だか根つから能う分る言霊だつた、之には流石の鬼熊別も胆を潰して腹を抱へて笑ひ転けるであらう、アハヽヽヽ』 馬公は岩窟の高欄の上に立ち、怪しき身振りをし乍ら謡ひ初めた。 馬公『花の都を立ち出でて馬と鹿との二人連れ 紫姫のお伴して比沼の真名井に詣でむと 遥々やつて来た折にバラモン教の神の子と 現はれ出でたる鬼鷹や心の荒き荒鷹の 二人の奴にうまうまと口の車に乗せられて 馬と鹿との両人は馬鹿にしられて三嶽山 岩窟の中に放りこまれ泣いて怒つて暮す中 折も悦子のお姫さま音彦さまや加米彦の 二人の取次従へて岩窟の中に御入来 折よく私は助けられ忽ち変る三五の 神の教の信徒となつて嬉しき今日の日は 鬼の棲まへる鬼ケ城言霊戦に加はりて 鬼熊別の土手つ腹突いて突いて突き捲り オツトドツコイこら違うた心の裡は兎も角も 表は矢張鬼ケ城鬼の味方になり居れと 悦子の姫が仰有つたかねて定めた八百長の 此言霊の戦ひに敵と味方の区別なく 言向け和し三五の神の教を敷島の 大和島根はまだ愚豊葦原の瑞穂国 国の八十国八十の島一度に開く梅の花 開いてちりて実を結ぶ結ぶ誠の神の縁 鬼熊別の大頭お色の黒い蜈蚣姫 一時も早く村肝の心の鬼を追ひ出し 神に貰うた真心に早く復つて下されや 馬公が一生のお頼みぢや荒鷹改心するならば 敵も味方もありはせぬ天下泰平無事安穏 千秋万歳万々歳散らぬ萎れぬ花が咲く 誠一つの神の道朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神のお道は変らない誠の道は二つない 誠一つに立ち復り神の光に照されて 恵の露に潤へよ鬼熊別や蜈蚣姫 三五教の宣伝使音彦加米彦青彦よ お前も一寸我が強い序に言霊放し置く アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 鹿公『アハヽヽヽ、オイ馬、貴様は何方に向つて言霊戦をやつたのだ、貴様余程筒井式だな』 馬公『きまつた事だ、味方をつついたり、敵をつついたりするからつつい式だよ、旗色の良い方へつくのが当世の処世法だ、オツトドツコイ戦略だよ、ハヽヽヽ』 攻撃軍の青彦は敵城に向ひ、又もや立つて言霊の発射を開始する。 青彦『三五教の宣伝使誠の道を宣べ伝ふ 神の御子たる青彦が之の山砦の司神 鬼熊別や蜈蚣姫二人の君に物申す 天と地との其中に生とし生ける者皆は 皇大神の珍の御子青人草と称へられ 神の御業をそれぞれに御仕へまつる者ぞかし 汝が命も天地の神の霊魂を受け給ひ 此世に生れし者なれば人の憫れを顧みて 善と悪とを推し量り世人を救ふ其為めに 誠の道に立ち復れそれに従ふ人々よ バラモン教の神の教心一つに励しみて 仕へ給ふは良けれども神の心を取違へ 知らず識らずの其中に曲津の神の容器と 成らせ給ひて天地の神の御前に許々多久の 罪をば重ね世を穢し根底の国の苦みを 受けさせ給ふ事あらば吾等はいかでか忍びむや 天を父とし地を母と仰ぎ生れし人の子は 皆兄弟よ姉妹よ一日も早く神直日 心も広き大直日神の真道に立復り 誠の道にのりかへて今迄尽せし曲業を 神の御前に悔い給へ三五教は世を救ふ 神の誠の言の葉を四方に伝ふる天使 心の耳に安らかに吾言霊を聞し召せ アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と声淑やかに謡ひ終つた。荒鷹は又もや立ち上り青彦に向つて、言霊の砲弾を発射し始めた。 荒鷹『神の恵のあら尊心の荒き荒鷹も 心新に立直し世の荒浪に掉して 神の助けの船に乗り心改め行ひを 改め直し世を広く神の教を服ひて 誠の道を立て徹しバラモン教やウラナイの 神の教の長を採り短をば捨てて新玉の 春立ち返る初よりあな有難や三五の 神の教に身を任せ心の花も一時に 開いて薫る梅の花日の出神や木の花姫の 神の命に神習ひ野立の彦や野立姫 埴安彦や埴安姫の神の命の御心を うまらにつばらに推量りて神素盞嗚大神の 此世を洗ふ瑞霊厳の霊の御教 身もたなしらに励しみて仕へ守るぞ嬉しけれ 鬼熊別や蜈蚣姫今迄仕へし荒鷹が 今改めて願ぎ申す汝が尽せし許々多久の 邪悪の道を今よりは改めまして天地の 神の御言を謹みて朝な夕なに村肝の 心にかけて守りませ汝が命に真心を 尽しまつるは荒鷹が清き心の表現ぞ 必ず怒らせ給ふまじ回顧すれば荒鷹が バラモン教に仕へてゆ早や二十年になりたれど 天と地との神々や世の人々の身に対し 一つの功績立てしことまだ荒鷹の身の因果 赦し給はれ天津神国津神等百の神 偏に願ひ奉るアヽ惟神々々 霊幸倍坐世よ』 荒鷹は斯く謡ひ涙をはらはらと降らし鬼熊別、蜈蚣姫の端坐せる高楼の前に向つて合掌したり。三五教の宣伝使音彦はすつくと立ち敵城に向ひ、又もや言霊の速射砲を差し向けたり。その歌、 音彦『日本の国は松の国松吹く風の音彦が 音に名高き鬼ケ城司の神と現れませる 鬼熊別の御前に稜威の言霊宣り上げて 清き言の葉宣り伝ふ豊葦原の中津国 メソポタミヤの楽園に教開きしバラモンの 鬼雲彦が言の葉は霊主体従の御教 三五教も其通り之亦霊主体従を 珍の御旗と押し立てて四方の草木を靡かしつ 天が下をば吹き払ふ科戸の風の神司 松に声あり立つ波の音彦此処に現はれて 誠の道を宣べ伝ふ霊主体従と称へたる その名目は一なれど内容は変る雪と墨 白き黒きも弁へて汝が命は逸早く お伴の者と諸共に誠の神の開きたる 三五教の御教に一日も早く片時も 疾く速けくかへりませ元は天地の分霊 天が下には敵も無し相互に扶け助けられ 睦び親しみ世の中に茂り栄ゆる人の道 省み給へ蜈蚣姫鬼熊別の司神 三五教の音彦が真心籠めて宣り申す 吾言霊の一つだに汝が命の御耳に 響き渡りて行ひを直させ給へば我として 之に越えたる喜びは又と世界にあらざらめ アヽ惟神々々霊の復しを待ち奉る』 と謡ひ終つて岩石の上に腰を下ろしたり。鬼熊別の片腕と聞えたる鬼鷹は白扇を開いて衝つ立ち上り、攻撃軍に向ひ言霊の応戦を開始したりけり。 鬼鷹『神の身魂と生れ乍ら誠の道を踏み外し 心汚き鬼神の醜の曲津の群に入り 日に夜に募る許々多久の罪や穢に包まれて 此世からなる生地獄心に鬼が棲むのみか 鬼雲彦の曲津神鬼熊別や蜈蚣姫 醜の従僕となり果てて名も恐ろしき鬼鷹と 天地の御子と生れきて万の長と名を負ひつ 鬼畜生や鳥翼虫にも劣る醜魂の 此世を乱す曲業に心砕きし浅猿しさ かかる汚なき吾身にも慈愛の深き皇神は 恵の鞭を鞭たせつつ今日は嬉しき三五の 神の教に照されて心も広く蓮花 薫り床しき木の花の咲耶の姫の御仰せ 日の出神の御神力千座の置戸を負ひ給ひ 普く世人を救ひます神素盞嗚大神の 瑞の御霊と現はれて身魂も清き神の御子 神も仏もなき世かと日に夜に胸を痛めしが 時節待ちつる甲斐ありて悪を斥け善道に 忽ち復る今日の空霽れゆく雪の跡見れば 三五の月は皎々と己が頭を照らしつつ 恵の露をたれ給ふアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ仮令大地は沈むとも 月日西より昇るとも神に誓ひし吾心 幾世経ぬとも変らまじ変る浮世と云ひ乍ら 遠き神代の昔より誠の道に変りなし アヽ尊しや有難や三五教の神の教 喜び仰ぎ奉る曲津の集まる鬼ケ城 八岐大蛇の醜魂八握の剣抜き持たせ 五百美須麻琉の玉の緒に神の御水火を結びつつ 心の鏡照り渡る月照彦の大神や 足真の彦の大神の伝へ給ひし御教 埴安彦や埴安姫の神の命の現はれて 織り出でませる経緯の綾と錦の神機を 天津御風に飜し山の尾の上や河の瀬に 荒ぶる百の神等を草木の風に靡く如 言向け和し皇神の御水火も清く九十 十曜の神紋中空に靡かせ奉り皇神の 御稜威を四方に輝かし醜の山砦に進撃し 太き功績を永久に立てて心の真木柱 高天原に千木高く仕へまつらむ吾心 アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終り、天地に向つて合掌し嬉し涙に咽びつつ地上にドツと打ち倒れたり。鬼熊別が幕下の者共、感激の涙にうたれ、ものをも言はず大地に平伏し、落つる涙に大地を潤しける。紫姫は立ち上り声淑やかに宣伝歌を謡ひ初めたり。 紫姫『救ひの神と現れませる厳の御霊や瑞御霊 天教山や地教山名さへ目出度き万寿山 霊鷲山の三葉彦神の命の御教は 天地四方に拡ごりて世は永久に開け行く アヽ惟神々々御霊幸はひ坐しまして 醜の魔風も凪ぎ渡り荒き波風鎮まりて 御代は平らに安らかに常磐堅磐の松の世と 治め給ふぞ尊けれ妾は都に現はれて 紫姫と名乗りつつ恋しき父に生き別れ 悲しき月日を送る内心の色も悦子姫 嬉しき便りの音彦や名さへ目出度き加米彦の 教の御子に助けられ三五教の御柱と 仕へまつりし今日こそは千代も八千代も忘られぬ 生日足日と祝ひつつ心に住める曲津見を 禊ぎ祓ひて真澄空三五の月のいと円く 神の大道を力とし円く治めむ神の国 アヽ有りがたや尊しや三五教の神の恩 千代に八千代に永久に仕へまつりて忘れまじ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と謡ひ終り天地に向つて恭しく拝礼したり。三五教の宣伝使長悦子姫は立上り、鬼熊別の館に向つて声を張上げ宣伝歌を送りたり。 悦子姫『天の八重雲掻き別けて天降りましたる皇神の 珍の御子と現はれし神素盞嗚の瑞霊 木花姫の生御霊日の出神の厳霊 三五の月の御教を四方の国々隈もなく 月照彦の大神や金勝要の大御神 従ひ給ふ八百万神の使の宣伝使 教を開く八洲国誠の道にさやりたる 八岐大蛇や醜の鬼醜の狐や曲神の 曇りし御魂を照さむと心を千々に配りつつ 霜の剣や雪の空雨の襖に包まれて 尾羽打ち枯らしシトシトとあてども無しに進み行く 教伝ふる宣伝使夜な夜な変る石枕 草の褥に雪の夜着世人の為に身も窶れ 心も疲れ山河を数限りなく渡り来て 曲津の神にさいなまれ寒さを凌ぎ飢、渇 心を千々に尽しつつ救ひの綱に操られ 愈此処に鬼城山司の神と現はれし 鬼熊別や蜈蚣姫永久の棲処と聞えたる 魔窟の山に登り来て宣り足らはれし言霊の 稜威の力に許々多久の罪や穢を吹き払ひ 祓ひ清むる神の道世は紫陽花の変るとも 色香褪せざる兄の花の一度に開く神の教 宣り伝へ行く楽しさよアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ』 と言葉短に謡ひ終れる折しも高殿より、火煙濛々と立ち昇り阿鼻叫喚の声、耳朶を打つ。一同はハツと驚き見上ぐる途端に鬼熊別、蜈蚣姫の二人は高閣に納めたりし天の岩船にひらりと飛び乗り、プロペラの音轟々と中空を轟かせ乍ら東方の天を目蒐けて一目散に翔り行く。敵も味方も一度に声張上げて、 一同『三五教の宣伝使、万歳々々』 と三唱したりける。此声に驚き目覚むれば瑞月の身は宮垣内の賤の伏屋に横たわり、枕許には里鬼と綽名を取つた丸松が、真赤な顔をして二三人の隣人と共に酒をグビリグビリと傾け居たりける。 (大正一一・四・二三旧三・二七北村隆光録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 02 厳の花 | 第二章厳の花〔六三〇〕 山と山との迫りたる春野の花に右左 白や紫黄金なす男蝶女蝶の翩翻と 常世の春を舞ひ遊ぶ紫雲英の花の咲き満ちた 山の麓の田圃道景色も殊に悦子姫 谷の水音潺湲と遠音に響く音彦や 加米彦夏彦諸共に白髪親爺の豊彦が 賤の伏屋へ徐々と石の田楽橋を越え 蒲公英の花を踏みすだき半倒れた萱の家の 漸う表門に着きにける。 豊彦は、三月の菱餅の様になつた門口の戸を敲いて、 豊彦『オイオイ、お婆、お客さまだ、早う開けぬか』 婆(豊姫)『豊彦どのか、マアマア待つて下され、敷居も鴨居も斜になり、戸を噛みて一寸やそつとにや開きはせぬ。お玉はお玉で身体は自由にならず、爺どの、お前も外から力を添へて下さい。アーア貧乏すると戸までが嫌相に歪み出すなり、壁は身上の痩せたせいか骨を出すなり、情無い事だ、コンナ茅屋にソンナ立派なお客さまに来て貰うた処で、腰を掛けて貰ふ処もありやせぬワ』 豊彦は婆アと共に内と外から年寄の金剛力を出し、左の方へグイツとしやくつた其途端に、半破れた古戸は敷居を外れてバタリと中へ転け込みたり。 豊彦『エーエ、気の利かぬ婆だ、戸倒しものだナ、サアサお客さま、ずつと奥へお通り下さいませ』 加米彦は、 加米彦『お爺さま、奥へ通れと云つたつて何処に奥があるのだい、門口へ這入るなり、もう裏口ぢやないか、ウラナイ教なら奥の奥に奥があり、其又奥にも奥があるものだが、こら又何と狭い箱枕の様な家だなア』 音彦は気の毒がり乍ら、 音彦『コラコラ、加米、又はつしやぎよる、ちつと沈黙せぬかい失礼な』 加米彦『ハイ、如何も副守の奴、加米彦の命令を遵奉せないので困る、モシモシお爺さま、何卒気に障へて下さいますな、私の茅屋に這入つて居るお客が申したので御座います』 豊彦『さうだらう、私の茅屋に這入つて来たお客の一人だ、さう八釜しく云ふと娘の身体に障ります、ちつとお静にして下さい』 加米彦、小声になつて、 加米彦『ハイ、承知致しました、然し余り軽蔑して下さるな、斯う見えても娘の身体に障る様な不躾な事は致しませぬワ』 豊彦『コレコレ婆や、座蒲団を出さぬかい、お茶を酌まぬか、モシモシお姫さま、何卒お腰をかけて下さいませ』 婆(豊姫)『皆さま、よう来て下さいました。早速乍らお尋ね致しますが私等夫婦は誠に運の悪いもので御座いまして、一人の息子に嫁を貰ひ、比沼の真名井山へ参拝をさせました其途中に、大江山の鬼雲彦とやら云ふ悪人の手下共に掻攫はれ、生きて居るか死んで居るか。今に便りが御座いませぬ、それに又一人の妹娘は、一年半ほど前から身体が変になりまして、酢い物が食ひ度いと云ひ出し、腹は段々、日に日に太り出し、最早十八ケ月にもなりますのに、脹満でもなければ子でもない様な、訳の分らぬ業病に罹つて苦みて居ります。かう云ふ山奥の一つ家、娘は元来臆病者で、十八才の今日まで親の側を半時だつて離れた事はありませぬ、それだから子の宿る筈もなし、腹を抑へて見れば大きな塊がゴロゴロと動いて居るなり、何が何ぢややら訳が分らず、天にも地にも只一人の娘の為めに、年寄夫婦が泣きの涙で暮して居ります。それに合点のゆかぬは、此間も三五教の宣伝使の英子姫さまとやら云ふお方が、立派な家来をお伴れ遊ばして此茅屋へ立寄つて下さいまして、娘の容態をつくづくと眺め、これは妊娠だから大切にせよとの御言葉、妊娠なれば遠うの昔に生れて居らねばなりませぬが、もう十八ケ月にもなりますのに何の音沙汰も無し、英子姫さまの仰しやるには四五日の間に立派な宣伝使を遣してやるから、それに頼みて無事に子を生まして貰へとの事でした。相手も無いのに子が出来ると云ふ様な事が昔からあるものでせうか』 悦子姫『アヽそれは御心配でせう、一寸妾が見てあげませう』 とお玉の側に寄り添ひ、腹を撫で、 悦子姫『ア、これは全く妊娠です、然し乍ら決して、人間と人間との息から出来た子ではありませぬ、何か心当りは御座いませぬか』 豊彦『さう聞けば無い事もありませぬ、一昨年の秋の初め、私の夢に白髪異様の老人が此茅屋に訪ねて御いでになり、立派な水晶とも瑠璃とも譬方ない玉を五つ下さいまして「之をお前にやるから娘に呑ましてやれ」と仰しやいました。そこで私は「承知致しました、然し乍ら斯んな硬いものが呑めますか」と尋ねましたら、その方の云はれるのには「俺が呑ましてやらう、決して呑み難い物ではない」と仰しやつてお玉の身体をグツと抱へ、胸の辺りに無理に押し込みなさつたと思へば目が覚めました。さうすると娘のお玉がウンウンと魘されて居るので、揺り起こしてやりますと、お玉の身体は一面、汗びしよ濡れになり、私の見た夢と同様の夢を見た、それから身体が何となく苦しくなつて堪らぬと云ひました。何れ夢の事だから明日になつたら苦しいのも癒るだらうと云つて、その晩寝みました。夜が明けて見ればお玉は矢張ウンウンと呻つて居ります。それつきり十八ケ月の今日まで、腹が段々膨れる許りで、身体の自由も利きませず、不思議な事があればあるもので御座います、何か悪神の所作ではありますまいかな』 悦子姫『ヤ、心配なされますな、悪神どころか立派な神様のお霊魂が宿らせられていらつしやいます。厳の御霊の大神が御生れになるのでせう。妾が今神様にお願を致します』 と何事か小声になつて頻りに祈願を凝らしつつある折しも、お玉は『ウン』と一声諸共に初めて起き直り夢中になつて、 お玉『ア、有難う御座います、これで私も助かります、七人の女の随一、厳の御霊の御誕生だと何時やら見えた白髪の神様が仰しやいました、何卒、とり上げの用意をして下さいませ、強い陣痛が催して来ました』 豊彦夫婦は吃驚し、 豊彦夫婦『ヤア、それは大変ぢや、早く湯を沸かさねばなるまい』 悦子姫『お爺さま、お婆アさま、貴方等は此処にぢつとして居て下さい、これ加米彦や夏彦さま、早くお湯を沸かしなさい』 加米彦『ハイ(妙な声で)ナア夏彦、どうで碌な事ぢや無いと思うて居つた、コンナ山奥へ出て来てお産の湯まで沸かさして頂くとは、思ひも寄らぬ光栄ぢやないか』 夏彦『ソンナ勿体ない事を云ふものぢやない、結構な神様が御出産遊ばすのぢや、その御用の端に使うて貰ふのは余程の因縁ぢや無くちや、コンナ御用が仰せ付かるものかいヤイ、あら有難い辱ない』 お玉『ウンウン』 音彦『サア早く、加米彦、夏彦、湯を沸かして上げぬかい』 加米彦、夏彦『ハイハイ』 と破れ鍋に水を盛り、閉蓋をチヤンとのせ、薪をポキポキ折つて火鉢の火を吹き点け、座蒲団で風をおこし、湯沸かしに全力を注いで居る。忽ち聞ゆる赤子の声、 赤子『ほぎやアほぎやアほぎやア』 悦子姫『アヽ目出度い目出度い、サア腹帯を締めてあげよう』 と悦子姫は甲斐々々しくお玉の後に廻り、グツと腹帯を締め、 悦子姫『サア之でもう大丈夫です、お爺さま、お婆アさま、ご安心なさいませ』 爺、婆(豊彦、豊姫)『ハイハイ、有難う御座います、とりあげ迄させまして誠に何とも恐れ入つた事で御座います』 音彦『サア湯が沸いた様です、どれどれ私が湯を浴せてやりませう、ヤア何と長い事腹の中に居られたせいか、立派なお子さまだワイ』 と音彦は赤子を両手に抱へ、湯の手加減をした上、悦子姫と共に行水をさせる。赤子は盥の中で、火でも身体に焦ついた様に真赤な顔をして泣き立て居る。 悦子姫はいそいそとして、 悦子姫『ア、立派な丈夫なお子さまだ。お爺さま、お婆アさま、お玉さま、御安心なさいませよ』 三人黙然として涙を零し俯向き居る。 加米彦『何と不思議な事があるものぢや無いか、ナア夏彦、十八ケ月で子が出来るとは前代未聞だ。俺達は節季が来ると何時もたらい(不足)で泣くが、此赤ン坊は、ほンのりと温う暖まつて矢張たらい(盥)で泣くのだな、アハヽヽヽ』 夏彦『コラコラ加米、又そンな大きな声を出しよると、お玉さまの身体に障つたら如何するのだ』 加米彦『さはるのは加米とはお役が違ふ哩、悦子姫さまがさはつて御座るぢやないか、アハヽヽヽ』 音彦『コラコラ両人、静にせぬか』 夏彦、加米彦『ハイ畏まりました』 お玉『皆様、いかい御世話になりました。生けた子は男で御座いますか、女で御座いますか』 音彦『オヽ、さうさう、あまり嬉しうて調査するのを失念して居た。アア折角乍ら割れて居ますワ』 豊姫『エ、又女で御座いますか、矢張私の家は養子でなければ治まらぬと見えます。伜に嫁を貰つて後を継がさうと思へば、最前申した通り行衛は分らず、矢張妹のお玉に養子をせねばなりませぬ、今度生れた総領も養子を貰ふ様になりました』 加米彦、又もやはしやいで、 加米彦『お爺さま、お目出度う、これで貴方の家の運も開ける、養子が三代続けば長者になると云ふ事だ、お喜びなさい、私も嬉しい、お目出度い、手の舞ひ足の踏む所を知らずだ。どつこいしよどつこいしよ』 と跳上り田楽橋を踏み外し、小溝の中へバサリと落ち、 加米彦『ヤア折角の着物を濡らして仕舞つた』 夏彦『ハヽヽヽ、狼狽者だな』 悦子姫『もうこれでお案じなさる事は要りませぬ、大丈夫です。名はおつけなさいますか』 豊彦『誠に済みませぬが、貴女様のお世話になつた子供で御座いますから、何卒お名をやつて下さいませ』 悦子姫『承知致しました、ソンナラ妾が名をあげませう、玉照姫とつけませう』 豊彦、豊姫、お玉、一時に口を揃へて、 豊彦、豊姫、お玉『有難う存じます』 悦子姫『サアサア私は之からお山へ参拝を致して参ります。又帰りがけに悠くり伺ひます、左様なら』 と早くも門口を跨げる。三人は何も云はず手を合して悦子姫の方に向つて拝ンで居る。音彦は、 音彦『サア、加米彦、夏彦出陣だ』 と悦子姫の後に従ひ旧来し道に引返し、四人は又もや道に這ひ出た急坂の木の根の段梯子を渡つて奥へ奥へと登り行く。 (大正一一・四・二四旧三・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 03 神命 | 第三章神命〔六三一〕 賤が伏家を後にして、悦子姫の一行は、胸突坂をテクテクと、梯子登りに登り行く。日は西山に傾きて、昼さへ暗き深山を、黒く色彩る群烏、塒尋ねて右左、ガアガアガアと舞ひ狂ふ、見上ぐる空に鷹鳶、羽一文字に展開し、悠々迫らず空中を征服せる態度を示し居る。 加米彦『ヤアこれは大変、大切な一張羅の宣伝使服に鳶の奴、糞をかけよつた。実に糞懣の至りだ。オイ鳶の奴、不都合千万、一先づ此方へ引き戻せ、天地の道理を説き諭して呉れうぞ』 夏彦『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 音彦『何とか言はねば虫の納まらぬ男だなア、何程人間が偉いと云うても、空中を自由自在に翺翔するだけの神力は無いから、黙つて泣き寝入るが利巧だなア』 加米彦『エヽ忌々しい、音彦さま迄が鳶の応援をしたり、水臭い人だ。糞忌々しい、アヽ臭い九歳の十八歳だ』 音彦『大変其辺が暗くなつて来たぢやないか、道で紛失しないやうに、二尺位距離を保つて行く事にしよう』 加米彦『何程暗くつても、苦楽を共にする吾々宣伝使だ、かういふ時には加米彦には大変都合がよい哩、無形に見ると云ふ天眼通が開けて御座らぬノダ。オイ夏彦、俺の腰を捉まへて来るのだぞ、貴様は体が小さいから、ひよつとすると蕗の葉の下にでもなると、分らぬやうになるからなア』 夏彦『お前、それでもエロー体が動揺して居るぢやないか、何れ歩行すれば全身は動揺するものだが、お前の動揺振はチト変だぞ、慄うとるのぢやないかな』 加米彦『何うでもよいワ、確りと俺の腰を捉まへて居るのだ、放しちやならぬぞ』 夏彦『ハヽヽヽヽ、随分負けぬ気な男だなア、怖いのだらう』 加米彦『こわいともこわいとも、踵の皮が大変硬い哩』 音彦『悦子姫さま、かう闇の帳がピタリと降りては仕方が無いぢや御座いませぬか、夜になると目の見えない人間は不自由ですなア』 悦子姫『何処か適当な場所で夜を明かしませうか、最早山も半分ばかり登つたやうですが、どうせ今日参拝を済まして帰る訳には行きますまいから』 加米彦『アヽ目の見えぬ人間は気の毒なものだ、盲千人の世の中とはよくも云つたものだ。目明き一人の加米彦も仕方が無いワ、交際に此処で御輿を下さうかい』 夏彦『オイ加米彦、何を云ふのだ、実際目が見えるのか』 加米彦『見えるとも見えるとも、目の見えぬ奴は盲ぢやないか』 夏彦『ハヽア此奴は四つ足身魂だな、暗がりで目の見える奴は狐、狸、鼬か猫か、又違うたら虎、熊、狼と云ふ代物だ。オイ四足先生、今日は十分威張るとよい哩、何処ぞ其辺に兎でも居つたら探して丸喰ひなとして来い』 加米彦『誰だつて目は見えるが、それや火を点すか、夜が明けた上のこつた、アハヽヽヽ』 夏彦『大分四足が徹へたと見える哩、ソンナラもう四足の称号だけは只今限り、特別の仁慈をもつて解除してやらうかい』 加米彦『大きに憚りさま、今は他人ぢや、放つて置いてくれ、又御親類になつたら宜敷うお願ひ申します、オホヽヽヽ』 悦子姫『モシモシ加米彦さま、夏彦さま、さう喧しう仰有ると此お山にはだいじやが沢山居ますから、些とおとなしうなされませや』 加米彦『ハイハイ、何が来たつてだいじや御座いませぬ、元来が豪胆不敵な性質、長の先生、千匹や万匹束になつてお出になつても、些ともおろちい事はありませぬ哩』 音彦『エヽ喧しい哩、沈黙々々』 茲に四人は去年の名残の枯草の交つた、中年増の頭髪のやうな芝生の上に、右腹を下に足を曲げ体をさの字形につがねて静かに寝につきたり。 梢を伝ふ猿の群、幾百とも知らず、前後左右にキヤツキヤツと亡国的の啼声を出して淋しさを添へてゐる。風も吹かぬにザアザアと大蛇の草野を渡るやうな声、虎狼の唸るやうな怪声、遠近に聞え来たり、大木を捻折る音、大岩石の一度に崩壊する如き凄じき物音に加米彦は目を覚まし、小声になつて夏彦の耳に口を寄せ、 加米彦『オイ、なゝ夏、夏、夏彦ヤイ』 歯、カチカチカチ、 加米彦『オヽ起きぬかい、あの音、きゝ聞きよつたか』 夏彦『喧しう云ふない、悦子姫様の安眠の妨害になるぞ、貴様コンナ深山に来たら是位の事はありがちだよ、キヤアキヤア云うて女でも締め殺すやうな声のするのは、あれや猿の群だ、ザアザアと音のするのは大蛇隊の大活動の音だ、オンオンオンと唸つて居るのはあれや狼や熊の先生がいきつて居るのだよ、木の枝が裂けるやうな音がしたり、岩石が崩壊したりするやうな声が聞えるのは鼻高の悪戯だ、惟神霊幸倍坐世を口の中で唱へて早く寝ぬかい』 加米彦『寝と云つたつて、コンナ気味の悪い処で安眠も出来ぬぢやないか』 夏彦『お前は罪障の深い罪の重い代物とみえる哩、梟鳥は夜分になると噪いで昼はコンモリとした木の枝に小さくなつて大きな眼を剥いて慄うて居るが、お前はそれと正反対な昼になると滅多矢鱈に噪ぎ廻し、夜になると蛭に塩を呑ませたやうに、百足に唾を吐きかけたやうに弱つて仕舞ふのだな、強弱のハーモニイが取れぬ男だ。マアマア俺の体にでも喰ひついて慄ひもつて寝るがよい哩』 加米彦『頼む頼む、併しながらコンナ事を、音彦や悦子姫さまに云うて呉れては困るよ、極秘にしてお前の腹へ仕舞つて置いて呉れ』 夏彦『ヨシヨシ、承知した、その代り余り昼になつて無茶苦茶に噪ぐと素破抜くからさう覚悟して居れ、何と云つても鎌の柄を俺が握つて、切れる方をお前が掴みて居るやうなものだからなア、アハヽヽヽ』 加米彦『ソンナ大きな声で笑ふない、安眠の妨害になるぞ、サアサア寝よう』 夏彦は早くも高鼾をかいてゐる。加米彦は三人の中央に挟まつて夜の明くるのを今や遅しと待つて居る。怪しの声は間断なく、且つ時々刻々に強烈に聞え来る。 春の夜は明け易く、闇の帳はいつしか空に捲くり上げられた。百鳥の声は噪がしく囀り初めたり。それと同時に今迄の巨声怪音はピタリと止まりぬ。加米彦は又もや元気回復し、 加米彦『アヽ春の夜と云ふものは短いものだな、今其処に倒けたと思へばもう夜が明けよつた。サアサア音彦さま、目を開けて手水でも使つて登山しませうか、もうこれだけぐつすり寝たら昼の疲れもやすまつたでせう。私も潰れる程よく寝て仕舞ひました』 夏彦『オヽ本当に皆よく寝ましたな、併しこの中に〆て一人不寝番を務めて呉れた忠実なお方がありますよ、悦子姫さま、どうぞ論功行賞に漏れないやうに頼みますぜ』 加米彦『ウンさうさう、雀の奴に、烏の奴、寝る時にチウチウガアガア云うて居つた。矢張吾々のために不寝番を務めて呉れたと見え、相変らずチウチウカアカアと忠勤振を発揮して御座る。ひとりや二とりや、三羽や四羽の鳥ぢやない、何千とも知れぬ程の鳥ぢや』 夏彦『ヘン誰も聞くものがないのにやもめの行水ぢやないが、一人湯取る哩、ハヽヽヽ』 悦子姫『弥、新しい光明が頂けました。サアサア幸ひ此処に湧いて居る清水で手水を使つて、神様に祝詞を奏上しませう』 と傍の清水に口を嗽ぎ手を洗ふ。三人も影の形に従ふ如く同じ事を繰返したり。祝詞の奏上も無事に済み、四人は腰の皮包より焼き飯を出して手軽く朝餉をすまし、悦子姫の先頭にて頂上目蒐けて行進。間もなく頂上に達したり。 年経りたる老樹の茂みを透かして田辺の海はキラキラ光り、船の白帆は右往左往にまたたき居たり。 加米彦『何と云ふ絶景でせう、悦子姫さま、音彦さま、暫く汗が乾く迄御輿を下して呼吸を調へ、其後に御祈念にかかりませうか』 と皆まで云はず、どつかと腰を下し足を投げ出し、膝頭を揉み居る。悦子姫は徐々と神前に進み、何事か頻りに暗祈黙祷しつつありき。 加米彦『遠く瞳を放てば千山万嶽重畳として際限無く、各自にその容姿を誇り顔に、特徴を発揮して居る哩。近きは青く、或はコバルト色に山容を飾り、紺碧の海は眼下に輝き、天は薄雲の衣を脱ぎ、奥の奥の其奥迄地金を現はして居る。其中心に名物男の加米彦が大の字になつて、宇宙の森羅万象を睥睨して居る。此場の光景は恰も一幅の宇宙大活人画のやうだ。天は広々として際限なく、海は洋々として極まりなし、燕雀何ぞ大鵬の志を知らむ。エイ、燕の奴、小雀の餓鬼、喧しい哩、些と沈黙を守らないか、安眠の、オツトドツコイ悦子姫様が暗祈黙祷の妨害になるぞ』 音彦『コラコラ加米彦、お前こそ妨害になる、些と言霊を慎まぬか』 加米彦『ハイハイ早速言霊の停電を命じます』 悦子姫『サアサア皆さま下向致しませう』 加米彦『モシモシ、一寸待つて下さい、折角苦労艱難をして頂上を突き止め、祝詞も上げずお祈りもせぬ先に下向されては、何しに此処迄やつて来たのか訳が分りませぬ、どうぞ暫くの間御猶予を願ひます』 悦子姫『妾は今重大なる御神勅が下りました、一刻も猶予をする事が出来ませぬ、一足お先に女の足弱、下向致します。貴方方は悠くり祝詞を上げ、後から追ひついて下さい、アリヨウス』 加米彦『エヽ仕方がない、肝腎の女王に見限られては浮かぶ瀬がない。何事も簡単を尊ぶ世の中ぢや、繁文縟礼的の祝詞は略しまして、道々祝詞を奏上しながら下向致しませう、時間の経済上一挙両得だ』 と周章狼狽き悦子姫の後を追うて、口に祝詞を称へながら、下り坂を地響きさせつつ駈け下る。 音彦、夏彦は悠々と天津祝詞を奏上し神言を上げ、恭しく再拝拍手の式を終へ下向の途につく。 山の五合目辺りにて一行の足は揃ひたり。これより、加米彦は先頭に立ち綾の聖地を指して宣伝歌を謡ひながら進み行く。 (大正一一・四・二四旧三・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 08 蛙の口 | 第八章蛙の口〔六三六〕 黄金の峰と聞えたる弥仙の山の麓辺に 此世を忍ぶ豊彦が娘お玉の訝かしや 去年の秋よりブクブクと息も苦しく日に月に むかつき出した布袋腹豊彦夫婦は日に夜に 心を痛め木の花の神に願を掛巻くも 畏き神の夢の告げ真名井ケ原に現れませる 豊国姫の大神の御許に綾彦お民をば 一日も早く参らせよ天地かぬる大神の 貴の御霊の御心と諭し給ふと見るうちに 忽ち夢は破られて雨戸を叩く雨の音 秋の木の葉の凩に吹かれて落つる騒がしさ 夜も漸くに明けぬれば兄の綾彦妻お民 二人に命じて逸早く時を移さず豊国姫の 珍の命の御前に参向せよと命ずれば 正直一途の孝行者親の言葉を大地より 重しと仰ぎ夫婦連れ草蛙脚絆の扮装に 若草山を乗り越えて空も真倉の谷径を 進み進みて一本木田辺、丸八江、由良の川 息も切戸の文珠堂天の橋立右に見て 親の言葉に一言も小言は互に岩淵や 広野を過ぎて五箇の庄比治山峠の峰続き 比沼の真名井の神霊地瑞の宝座に参拝し 草の枕も数重ね普甲峠の麓まで すたすた帰る二人連れ忽ち暮るる秋の空 黒雲低う塞がりて心は暗に怖々と 帰り来れる道の上思はず躓く人の影 忽ち五人の荒男前後左右に立ち上り 殺して呉れむと呶鳴りつつ打つやら蹴るやら殴るやら 綾彦お民は声限り助けて呉れえと叫ぶ声 聞くより忽ち暗がりに現はれ出でた大男 ウラナイ教の言霊に悪者共を追ひ散らし 綾彦お民を伴ひて魔窟ケ原の岩窟に 意気揚々と帰り行く道に出会うた五人連れ 手柄話の花咲かし土産沢山黒姫が 隠家指して帰り行く。 浅、幾の両人は例の岩蓋を剥つて一行十人と共に滑り入る。 浅公『高山彦様、黒姫様、只今帰りました』 黒姫『ヤア、お前は浅公か、ヤ、幾公、梅公、えらう遅いぢやないか、何をして居つたのだい、何時までも日が暮れてから其処らをブラブラ歩いて居ると、大江山の鬼の眷族と間違へられるから、日が暮れたら直に帰つて来るのだよ、今日は又えらい遅い事ぢやないか、ヤ、今日は見馴ぬ方がお二人、これや又如何ぢや、えらう頭の髪も乱れて居る、何かこれには様子でもあるのかな』 幾公『これに就いて色々の苦心話が御座います、それが為に今日は吾々一同の者が遅くなりました、三五教の宣伝使数多の人民を迷はすに依つて、吾々は三五教の宣伝使を見つけ出し、天地の道理を説き聞かせ帰順させむものと普甲峠を降つて来ました。暗さは暗し、風はピユーピユーと吹いて来る、浪立ち騒ぐ海原は太鼓の様な音をたててイヤもう凄じい光景、忽ち騒がしい物音、何事ならむと吾々一同は耳をすまして聞き居れば「人殺し人殺し、助けて呉れえ」との嫌らしい声が聞えて来る、ア、これや大変だ、人を助けるのがウラナイ教の神の教、吾身は如何なつても構はぬ、仮令大江山の鬼の餌食にならうとも神に仕ふる吾々、此悲鳴を聞いて如何して捨てて帰れようか、人を助くるは宣伝使の役と、生命を的に声する方に窺ひ寄り見れば、案に違はぬ百人近くの鬼雲彦が眷族の者共、覆面頭巾の扮装、槍、薙刀に棍棒、刺股氷の刃、暗に閃かし十重二十重に取り囲み、中で二人の男女を捕へて四五人の男、打つ蹴る殴るの乱暴狼藉、大江山の砦に連れ帰りバラモン教の神の贄にせむとの企み、と覚つた吾々は矢も楯も堪らず、一生懸命熱湯の汗を絞り、ウラナイ教の大神様、何卒々々この旅人が生命を救はせ玉へ、吾々の生命はたとへ無くなつても、と幸魂を極端に発揮し暗祈黙祷すれば、アーラ不思議や吾身体に忽ち降り給ふ天津神国津神八百万の神等、日の出神を先頭に竜宮の乙姫、吾々三人が肉体に懸らせ給ひ、天地に轟く言霊の声、一二三四と皆まで言はずに、さしも強力無双の鬼雲彦が手下共、朝日に露の消ゆるが如く、魂奪はれ骨は砕けて生命惜しさに涙と共に頼み入る。思へば憎つくき奴なれど、彼等と雖も元は神の分霊、善を助け悪を許すは大神の慈悲、と心の裡に見直し宣り直せば、百に余る豪傑どもは、チウの声も能う立てず足音を忍ばせ乍ら、風の如く魔の如く水泡と消えてやみの中、そこで吾々八人は予ての計略、オツト、ドツコイ……計略を以て旅人を苦しめむと致す鬼共に、言霊の鉄鎚を加へ今後を戒め置き二人のこれなる夫婦を救ひ花々しく立ち帰つて候』 黒姫『ヤア、それは御苦労であつた、人間と云ふものは目前の時になれば神様がお使ひ下さるもの「腐り縄にも取りえ」と云ふ事がある、私もお前の様な穀潰しを沢山に養つて置いてつまらぬ者ぢや、棄かすにも棄かされず、大根の葉にねちが着いた様なものぢやと思つて居つたが、目前の時にそれ丈の神力が出れば万更捨てたものぢや無い。ヤ、御苦労だつた、サアサア一服して下され、然し乍ら丑、寅、辰外二人の男は今迄何をして居つたのだ、浅、幾の様にお前もチツと活動をせなくては神様に済むまいぞや』 寅公『吾々は御神前に於て……否無形の神殿に向つて祈願する折しも、忽ち吾々の天眼通に映じた普甲峠の突発事件。やれ可憐相な二人の旅人、神力を以て助けてやらむと心は千々に焦慮れども、何を云つても遠隔の地、アヽ仕方が無い、遠隔神霊注射法を実行せむかと思ふ折、又もや吾々が天眼に映じたのは浅、幾、梅の三人、これや良い霊代だと五人一度に三人の身体に神懸りし、群がる魔軍に向つて、言霊の神力は申すに及ばず、あらゆる霊力を尽して戦へば、敵は蜘蛛の子を散らすが如く、散り散りパツと花に嵐の当りし如く、霞となつて消え失せたりツ』 浅公『アハヽヽヽ』 黒姫『何は兎もあれ、藪医者が手柄をした様なものだ、篦で鬼の首とつたも同然、今日は離れの室で御神酒でも沢山頂いてグツスリと寝たが良い、コレコレ旅の方、神様の尊い事が分りましたかな』 綾、民『ハイ、何とも有難うて申し様が御座いませぬ、只もう此通り……』 と夫婦は両手を合せ黒姫の顔を伏し拝み、熱い涙をボロボロと零すのみである。 黒姫『お前は真に幸福な御夫婦ぢや、結構な御神徳を頂きなさつた、袖振り合ふも多生の縁、躓く石も縁の端と云うて、コンナ結構な神様の教の取次に助けて貰うとはよくよく深い昔からの果報が現はれたのぢやぞえ、私も何ぢやか始めて会うた人の様な気がせぬ、之からは総ての娑婆心を捨てて神界の為に千騎一騎の活動をしなされや、就いては夫婦ありては御用の出来ぬ神のお道ぢやから、お前は明日から夫婦別れて御用をするのだ、死ンで別るるのは辛いけれど、此世に生きて居れば矢張り同じウラナイの道に御用するのだから会ふ機会は幾らもある、お前は何と云ふ名だ』 綾彦、お民『ハイ、綾彦と申します。妾はお民と申します』 黒姫『アヽさうか、綾彦は俺の側で御用をするなり、お民は矢張りウラナイ教の支所で高城山と云う処、そこには意地くねの………悪くない松姫が控へて居る、お民は松姫の側へ行つて御用をなさるのだ、御承知がゆけば明日から、幾公に送らしてあげよう』 お民『ハイ、如何なる事でも神様の御為めなれば否とは申しませぬ、然し何卒三四日許り一緒に置いて下さいますまいか、とつくり夫婦の者が相談を致し度う御座いますから……』 黒姫『アヽ其相談がいかぬのだ、人間心で取越苦労をしたつて何になるものか、何事も神様に絶対にお任せするのだ、夫婦別るるのが辛いかな、それはお若い身の上だから無理も無い、年寄りの私でさへも夫婦は無ければならぬ者ぢやと思うて居る位ぢや、然し年寄りは又例外ぢや、末が短いから……、若い者は何程でも会う機会が、長い月日には有るものぢや。あの木貂と云ふ奴は、夫婦仲の良いものぢやが決して夫婦は一緒に棲まひはせぬ、雄の方が東の山の木の洞に棲みて居れば、雌の方は屹度谷を隔てて、西の山の木の洞に棲居をし、西からと東からと互に見張をして居るさうぢや、若し雌の棲みて居る大木の麓へ猟師でも出て来たら、灯台元暗がり、近くに居る雌に気がつかいでも遠くから見て居る雄がチヤンと之を悟つて、電波を送つて雌に知らせ、雄に危険が迫つた時は又遠くから見て居る雌が電波を以て雄に知らせると云う事だ。その通りお前も両方に分かれて互に妻は夫を思ひ、夫は妻を思ひ、偶々会うた時のその嬉しさは何とも云へぬ味が出るぞえ、之だけ若い者ばかり沢山居るのだからお前の様な若夫婦を一緒において置くと、いろいろと若い者が修羅を燃やしてごてつき、お前も亦辛いであらうから、明日は直にお民は高城山へ行つて御用をして下さい』 綾彦、お民『何事も神様にお任せした以上は、何卒貴女の思召の通りお使ひ下さいませ』 黒姫『ア、さうかさうか、結構結構、本当に聞訳の良い人ぢや、サアサ今晩は奥へ行つて寝みなされ、俺も大変草臥れたから今晩は之で寝みませう、然しこれこれお若いの、神様に手を合せお礼を申して寝みなされや、必ず必ず神様の祀つてある方に尻を向けたり足を向けてはなりませぬぞえ』 夫婦『ハイ有難う御座います、然らば寝まして頂きます』 と奥を目蒐けて両人は徐々進み行く。 黒姫『アーア、世の中は思ふ様にいかぬものだなア、今斯う云うて若夫婦に生木を裂く様な命令をしたが、思へば思へば可憐相な者だ。俺とても其通り、高山彦さまが二三日他所へ行つてお顔が見ええでも淋しくて仕方が無いのに、鴛鴦の様な仲の良い若夫婦が別れて御用するのは、私に比ぶれば幾層倍辛いだらう。ウラナイ教の双壁といはれた竜宮の乙姫の此生宮でさへも、高山彦さまを夫に持つたのが露見れてより、夏彦や常彦は直に飛び出し、それから後は毎日日日何とか、かとか云つて、岡餅を焼いて法界悋気の続出、コンナ事では折角築き上げたウラナイ教も崩解するかも知れない、何ほど一旦綱かけたらホーカイはやらぬと、色の黒き尉殿が鈴を振る様に矢釜しく云つても駄目だ、アヽいやいやいやオンハと、三番叟もどきに逃げて去ぬ奴が踵を接するのだから、法界悋気の深い連中の中へ、何ほど可憐相でも若夫婦を交へて置く事は出来ぬ。アーア若夫婦、必ず必ず黒姫は邪慳な奴ぢやと思うて呉れな、口先では強う云うては居るものの、涙もあれば血もある、アヽ可憐相だ、青春の血に燃ゆる二人の心、察しのない様な黒姫ぢや御座いませぬ』 と独語ちつつ同情の涙に暮れて居る。 かかる所へ高山彦現はれ来り、 高山彦『ヤア黒姫か、夜も大分更けた様だ、もうお寝みになつたら如何です』 黒姫『ハイ、只今寝みます』 高山彦『お前に一つ相談がある、聞いて呉れまいか』 黒姫『之は又改まつたお言葉、相談とは何事で御座いますか』 高山彦『外でも無い、俺は一つ大に期する処があるのだ、之からフサの国へ一先づ立ち帰り、大に高姫さまの後援をして大々的活動を仕様と思ふ、お前は此処に居つて自転倒島を征服して下さい、明日からすぐ出立しようと思ふから…』 黒姫『エ、何と仰しやいます、夫婦は車の両輪、唇歯輔車の関係を保たねばなりませぬ、例へば男は左の手足、女は右の手足も同様、片手片足では大切な神業に奉仕する事は出来ますまい、ちつとお考へ直しを願ひます』 高山彦『黄貂[※一般的には「木貂」と書く。]、一名雷獣と云ふ獣は随分仲の良いものだが、夫婦は決して一緒に居ないものだ』 黒姫『エヽ措いて下され、妾の模像ばつかりやるのですな、ソンナ玩弄物の九寸五分を突きつけた様な同情ある恐喝手段にのる様な黒姫とは違ひますわいな、ヘン……いい加減に揶揄つて置きなさいよ、ホヽヽヽ』 高山彦『ヤア真剣だ、強つてお暇を願ひ度い』 黒姫『まつたくですか、ハヽア、宜しい、御勝手になさいませ、外に増花が出来たと見えます、もの云ふ花は此黒姫一人だと妾が心で自惚して居つたのは妾の不覚、薊の花に接吻をして来なさいよ』 高山彦『そう怒つて貰つては困るぢやないか、二つ目には妙な処へ論鋒を向けるのだな、昼演壇に立つて滔々と苦集滅道を説くお前の態度と今の態度とは丸で別人の様な、声の色まで変つて居るぢやないか』 黒姫『ヘンきまつた事ですよ』 と肩を高山彦の方へニユツと突き出し、首を斜にし目を細うし、 黒姫『野暮な事仰しやるな、こゑは思案の外ぢやないか、ホヽヽヽ』 と鰐口を無理におちよぼ口に仕様とつとめる。巾着を引き締めた様に縦の皺が一所に集中し、牛蒡の切り口の様に口の辺りが見えて居る。 高山彦は、 高山彦『アヽもう寝まうか』 と黒姫の背中をポンと叩く。 黒姫『勝手に一人寝やしやンせいな』 と黒姫は、故意とピーンとした顔を見せ、向返つて背中を向ける。 高山彦『ハヽヽヽ、非常な逆鱗だ、どれどれ今晩は山の神さまに巨弾を撃たれて、只一人赤十字病院に収容されるのかな、アハヽヽヽ』 と寝室に帰り行く。黒姫は水鏡を灯火に照し顔の修繕をなし、羽ばたきし乍ら四辺を見まはし目を細うし、 黒姫『どれ夫の負傷を、女房としてお見舞申さねばなるまい』 と又もや一室にいそいそ走り行く。 ○ 黒姫が許可を得て浅公、幾公、梅公、その他十数名の老壮連は御神酒頂戴の名の下に、「会うた時に笠脱げ」式にガブリガブリと酌いでは飲み酌いでは飲み、酔が廻るにつれ徳利の口から「火吹き竹飲み」を初め出しける。 甲『オイ、梅の大将、随分よく飲むぢやないか』 梅公『きまつた事だ、大蛇の子孫だもの、飲む事にかけたら天下一品だ、親譲りの山を呑み田を呑み家まで呑みて、酒の肴に親の脛を噛り、此奴手に負へぬ奴ぢや、七生(升)までの勘(燗)当ぢやと云つて放り出されたと云ふ阿哥兄さまだ。親爺が七升の燗をせいと云つた時は流石の俺も一寸弱つたね、朝九一合、昼九一合、晩九一合、夜中に九一合、夜明け前に九一合、マア一寸ゴシヨゴシヨ(五升)とやつた処で、それ以上は腹の虫が「梅公、あまりぢや、もう此上は六升だ、七升(七生)迄怨み升」と副守の奴でさへも弱音を吹いたのだからな』 甲『随分酒豪だな』 梅公『酒豪な守護神だ、然し之だけ、酒飲みの梅公も此頃はずつと改心して、滅多に飲みた事はあるまいがな、偉い者だらう』 浅公『アハヽヽヽ、飲み度いと云つたつて飲ます者がないものだから気の毒なものだ』 梅公『酒の酔い本性違はずだ、何程酔つた処で足がひよろつくの、頭が痛いの、眩暈が来るの、八百屋店を開業するのと云ふ様な不始末な事は、ちつとも、無いのだからな、それで今日の様な妙案奇策を捻り出すのだ、今晩斯うして貴様達が甘い酒に舌鼓を打つ様にしてやつたのは俺のお蔭ぢやないか、随分うまくいつたぢやないか』 寅公『あの暗がりに飲まぬ酒に酔うた気になつて、冷い土の上に横はり、向うから一歩々々近づいて来る足音、何処を踏まれるか分つたものぢやない、其時の心のせつなさ、腰をトウトウ土足で踏まれ、睾丸を踏まれた時の痛いの痛くないのつて一生懸命の放れ業だ、随分俺も骨を折つた、何ほど梅公が賢うても俺達が実行せなくては今夜の芝居は打てやしない、あまり威張つて貰うまいかい』 辰公『俺だつて臍の上をギユツと踏まれた時の苦しさ、早速ベランメー口調で業託を云はうと思つても満足に声も出やがらぬのだ、皆の奴、気が利かぬ者だから暗がり紛れに旅人だと思つて俺の頭と云はず背中と云はず、幾ら叩きよつたか分つたものぢやない、コオこれを見い、背中が青くなつて居るワ』 梅公『アハヽヽヽ、何ぬかしよるのだ、蛙ぢやあるまいし背中の青くなつたのが如何して分るかい、兎角芝居は幕開きはしたものの馬の脚や猪になる大根役者が、うまくやつて呉れるかと思つて随分気を揉みたよ、マアマア木戸銭取らずの奉納芝居だから、あれ位で観客も何とも云はぬが、下足賃でも徴つて見よ、それこそ一人も這入る者はありやせないぞ、然し寅公、辰公、鳶公、貴様等五人は如何しやがつたかと思つて心配して居つたら、何時の間にか先に行きよつて天眼通だの、何のと甘い事を云ひよつたね』 寅公『当意即妙、神謀奇略の智勇兼備の大将だ、知識の源泉たる吾々、何処に抜け目があるものかい、サアサ良い加減に寝まうぢやないか』 浅公『オヽ、寝みても宜からう、膝坊主でも抱いて寝エ、アーア、今晩の女は随分素敵な奴ぢやないか、アンナ良い女房を持つたハズバンドは随分に幸福だらうな、エー怪体の悪い、あれ程堅苦しい事云つて居た黒姫の大将は婿を持つ、やもめばつかりの俺達は指を啣へて、見て居るより仕方が無い、そこへ又うら若い綺麗な夫婦がやつて来やがつて、随分貴様達も気が揉める事だらう、アハヽヽヽ』 と酔ひに乗じて四辺構はず罵つて居る。綾彦、お民は黒姫の命に依り、一室に行つて寝に就かむと廊下を通る折、思はぬ酒の酔ひの笑ひ声、立ち聞きは不道徳とは知り乍らも、つひ気にかかりフツと耳を傾け聞いて居れば、どうやら自分の事らしい、二人は顔見合せ何事かひそひそ囁き乍ら一睡もせず其夜を明かしける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇北村隆光録) (昭和一〇・六・一王仁校正) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 10 赤面黒面 | 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 12 大当違 | 第一二章大当違〔六四〇〕 月傾いて山を慕ひ人老て妄りに道を説くとかや 弥仙の山の麓なる賤が伏家の豊彦は 三五教の宣伝使悦子の姫の一行に 娘のお玉を助けられ世にも優れし初孫の 顔を眺めて老夫婦蝶よ花よと労はりつ 神の教を説き諭す此事四方に何時となく 風のまにまに伝はりて於与岐の郷の爺さまは 弥仙の山と諸共に其名も高くなりにける 老若男女は絡繹と蟻の甘きに集ふが如く 豊彦老爺の教示をば神の如くに敬ひて 昼は終日夜は終夜救ひを求めて詣り来る。 中に目立つて三人の大男、宣伝使の服を着けながら、 男『御免なさいませ。私は富彦、寅若、菊若と申す者、此度弥仙山のお宮に参拝を致し、神勅に依りて承はれば、此山麓の一つ家に豊彦と云ふ方現はれ、誠の教を伝ふる故、汝等三人は帰路に立寄り、彼れ豊彦をウラナイ教に誘ひ帰れ、娘のお玉及び今度生れた玉照姫を本山に迎ひ帰れ……との、有り有りとの御神示、神様のお言葉は疑はれずと、弥仙の山麓を彼方此方と探す内、道行く人に承はれば於与岐の森の彼方の一つ家こそ、豊彦さまの住宅と聞いた故、御神勅により出張仕りました』 と門口に立つた儘呶鳴つて居る。幸ひ今日は参詣者もなく、老夫婦と娘、孫の四人、弥仙の神霊を祀りたる霊前に、拝跪黙祷する最中であつた。豊彦は拝礼を終へ、門口近く進み来り、 豊彦『どなたか知らぬが、門口に何か尋ぬる人が有るらしい、何れの方か、先づ戸を開けてお這入りなされませ』 寅若『ハイ有難う』 と斜交になつた雨戸をガラリと開け、 寅若『ヤア随分立派な家だなア……オイ富彦、菊若、這入れ、……汚い家に不似合な綺麗な娘さまが御座るなア、下水に咲いた杜若と云はうか、谷底の山桜、これはどつか良い所へ植替へたならば、随分立派な者になるだろう』 豊彦『コレコレお前さまの仰有る通りムサ苦しい茅屋なれど、これでも私の唯一の休養場ぢや、……あまり失礼ぢやありませぬか』 と足音荒く、破れ畳を威喝し乍ら、上り口に下りて来て、ジロジロと三人の顔を睨みつけて居る。 寅若『ヤアこれはお爺さま、誠に失言を致しました。決して悪く申したのぢや御座いませぬ。少しも飾りのない、正直正銘な、心に映じた儘を申上げたのだから、お悪く思つて下さいますな、歪みかかつた家を、立派な家だと云つた方が却つて嘲弄した事になりませう。お多福を掴まへて、お前は別嬪だと言へば、お多福は馬鹿にしたと言つて怒る様なもので、兎も角も神の道に仕へて居る者は、チツとも斟酌とか巧言とかが有りませぬ、お気に障りましたら、どうぞ宥して下さいませ』 豊彦『ソレヤお前の言ふ通りぢやが、併し碌に挨拶もせないで、イキナリ吾々の住宅を非難すると云ふのは、あまり此方も気の良いものぢやない。お前も宣伝使だと仰有つたが、斯う云うたら人が感情を害するか、害せないか位は分りさうなものだなア』 寅若『只今申したのは決して寅若では有りませぬ。弥仙山に鎮まります大神の眷属、寅若天狗が言つたのです。天狗と云ふ奴は世に落ちぶれて、神様の下働きばつかりやつて居ますから、行儀も無ければ、作法も知らず、酒呑みの極道天狗もあり、どうぞお赦し下さいませ。何分身魂が研け過ぎて居るものだから、感じ易うて直に憑られて困ります、アハヽヽヽ』 豊彦『さうして御神勅の趣はどう云ふ事だ、早く聞かして貰ひませう』 寅若『御存じの通り、私はあまり素直な身魂で、種々の神が憑依致しますから、余程審神をせねばなりませぬが、此富彦と云ふ宣伝使は、それはそれは立派な者で御座います。実は富彦に御神勅が有つたのです。サア富彦さま、御神勅の次第をお爺さまにお知らせなされ』 富彦、両手を組み、威丈高になり、 富彦『コヽヽ此方は、弥仙山に守護致す木花咲耶姫であるぞよ。此度汝が家に、木花姫の御霊、玉照姫を遣はしたのは、深き仕組の有る事ぢや、何事も皆神からさせられて居るのだから、吾子であつて、吾子ではないぞよ。体内に宿つて十ケ月目に生れ出でたる此玉照姫は、神のお役に立てる為に、昔から因縁の身魂を探して、其方が娘に御用をさせたのであるぞよ。サア是れからは其玉照姫を神の御用に立てるが良いぞよ。神の申す事を諾かねば諾く様に致して諾かしてやるぞよ。返答はどうぢや、豊彦、承はらう』 豊彦、平気な顔でニタリと笑ひ、三人の顔をギヨロギヨロ眺め、 豊彦『ハヽヽヽヽ、お前達、巧妙い事を行りますなア。田舎の老爺ぢやと思うて、一杯欺けようと企んで来ても、斯う見えても此爺はナカナカ、酢でも蒟蒻でも行く奴ぢやない。お前達とは役者が七八枚も上だから、其手は喰ひませぬワイ、アツハヽヽヽ、なる程人間の子は十月で生れるだらうが、此方の子はそんな仕入とはチツと種が違ふのだ。神さまもタヨリ無いものだなア。実際お前様に大神が懸つて仕組まれたのならば、此玉照姫は何時宿つて、何ケ月目に分娩したか、又何と云ふ方が取上げて下さつたか分つて居る筈だ。サアそれを聞かして下さい』 富彦、汗をタラタラ出し、真青な顔をして、 富彦『ヤア大神と云つたのは実は眷属だ。……ケヽヽ眷属はモウ引取る。今度は本当の大神様がお憑りなさるから、御無礼を致してはならぬぞ。ウーム』 と言つた限り、パタリと倒れ、又もや手を振つて、姿勢を直し、 富彦『今度こそは真正の神だ。頭が高い、下れ下れ下り居らう……』 豊彦『ヘン、又かいな、どうで碌な神ぢやあるまい。大方羽の無い天狗か、尾の無い狐なんかだらう。随分此暑いのに、そんな芸当を無報酬でやつて見せて下さるのも大抵ぢやない。あんたは慈悲心の深い人ぢや、其点丈は此爺も大いに感謝する。今朝も二三人参つて来よつたが、お前の様な野天狗憑がやつて来て、法螺を吹くの吹かんのつて、随分面白かつた。お前もウラナイ教の宣伝使なら、モ一つ修業をなされ。其様な事で衆生済度なぞとは、思ひも寄りませぬぞい』 富彦『大神に向つて無礼千万な、其方は此神を嘲弄致すか。量見ならぬぞ』 豊彦『ハヽヽヽヽ、此方から量見ならぬ。サア一つ審神してやらう。……娘のお玉の妊娠の日は何時ぢや。何ケ月孕んで居つた、ハツキリ云うて見よ。十月位で出来た様な普通の粗製濫造品とはチツと違ふのだ。特別神界から念に念を入れて、鍛錬に鍛錬を加へ調製された玉照姫だよ。サアサア当てて御覧なさい』 富彦『十二ケ月だ。間違ひなからう。此お玉は牛の綱を跨げたに依つて、十二ケ月掛つたのぢや。どうぢや恐れ入つたか』 豊彦『アハヽヽヽ、これ富彦さんとやら、良い加減に、そんな芸当はお止めなさい。随分エライ汗だ』 富彦『大神は折角結構な事を言うて聞かしてやらうと思ひ、因縁の身魂に憑つて知らしてやれ共、此爺は我が強うて、少しも改心致さぬから、神は已むを得ず、帳を切つて引取るより仕方はないぞよ。後で後悔致さぬ様に気を付けて置くぞよ』 豊彦『ヘエヘエ有難う御座んす。お狸さまか、お狐さまか知らぬが、斯う見えても、此家は神様の立派なお宮だ。エー四足の這入る所ぢやない。穢らはしい、出て下さい、玉照姫様が大変御機嫌が悪い。サアサア帰なつしやい帰なつしやい』 と箒を把つて掃き立てる。富彦は手持無沙汰に、手拭で顔を拭いて居る。 寅若『オイ爺さま、あまりぢやないか。人を埃か何ぞの様に、箒で掃き出すと云ふ法があるか。よい年して居つて、チツと位行儀作法を心得たらどうだい』 豊彦『エーエー神様のお宮の中へ、ノコノコ這入つて来る四足に、行儀も何も要るものかい、行儀と云ふものは人間同士、又は人間か、より以上の神様に対してこそ必要だ。グヅグヅ吐すと、此箒が頭の上まで参るぞ』 菊若は爺の振り上げた箒をクワツと掴み、 菊若『モシモシお爺さま、お静まり下さい。短気は損気だ。さうお前の様に神懸をけなしては話が出来ぬ。マア静まつた静まつた』 豊彦『お前達に説教を聴く耳持たぬ。斯う見えても、此豊彦は神様の御神徳を頂いて、何処の教にもつかず、独立独歩で、神様直接の御用を致して居るのだ。人を助けるのは神の道だから、お前さへ改心して、低うなつて来れば、どんな結構な事でも教へてやるが、そんな態度では一息の間も置く事は出来ぬ。サアサア帰つた帰つた』 お玉『お爺さま、あまり酷い事を言はぬが宜しい』 豊彦『コレコレお玉、お前は黙つて居なさい。又こんな奴に因縁を附けられては煩雑いから……』 寅若『ヤアお玉さま、話せる、さうなくては女ではない。ヤツパリ社交界の花は女だ。挨拶は時の氏神、そこを巧く斡旋の労を取つて下さい。お前さま所の床の置物を御覧なされ。私等が此処の門を潜るや否や、能うお出やす……と云つて、あの長い頭をうちつけて、福禄寿の像が叮嚀に挨拶をして居るぢやないか。あんな無心の福禄寿さまでも、吾々の御威勢には……いや神格には感応して、畏まつて御座る。それに此お爺さまはあまり剛情が過ぎる。私達が言つても、中々年寄りの片意地で諾かつしやるまいから……娘にかけたら目も鼻も無い爺さまに、お玉さまからトツクリと気の軟らぐ様に言つて下さい』 お玉『ホヽヽヽヽ』 豊彦『エー帰ねと言つたら帰なぬか』 と床が落ちる程四股を踏む。三人は、 三人『エーお爺さま、又お目にかかります。今日は大変天候が悪いから……又日和を考へてお邪魔に参ります』 豊彦『エーグヅグヅ言はずに、早く帰んで呉れ、玉照姫様の御機嫌が悪くなると困るから……オイ婆ア、塩持つて来い。そこらを一つ浄めないと、何だか四足の香がして仕方がないワ、アハヽヽヽ』 三人は突出される様に怪訝な顔して此家を立出で、スタスタと弥仙山の急坂にさしかかる。 菊若『オイ此処らで一つ、一服しやうぢやないか』 寅若『あまり怪体が悪くつて、黒姫さまに会はす顔がない。休む気にもならぬぢやないか。そこらの蝶々や糞蛙まで、俺達の顔を見て、馬鹿にして居やがる様な心持がする。どつか、蛙や蝶の居らぬ所へ行つて一服しやうかい』 と胸突坂を後から追手にでも追ひかけられる様な、慌てた姿で、三本桧の麓までやつて来た。 三人『アヽ此処に良い休息所がある。清水も湧いて居る。水でも飲んで、ゆつくりと第二の作戦計画に着手する事としやうかい』 三人は樹下に涼風を入れ乍ら、雑談に時を移した。 菊若『これ程名高くなつた豊彦と云ふ爺も、あの玉照姫と云ふ赤ん坊が出来て、それがイロイロの事を知らすと云ふのが呼びものになつて、毎日日日、桃李物言はずして小径をなす様に、あちらこちらから、信者が集まるのだ。黒姫さまが毎朝起きて、行水をなさると東の天に当つて紫の雲が靉靆くから、何でも弥仙山の方面に違ひないから一遍偵察に行て来いと言はれ、此間、俺一人此山麓まで来て見ると、大変な人気だ。紫の雲の出所は、どうしても、あの茅屋に間違ひない。そして毎晩東の天に当つて大変な綺麗な星が輝き始めた。偉人の出現には、キツと天に明星が現はれると云ふ事だが、テツキリそれに間違ないと、直に立帰つて報告をした所、黒姫さまは……「マア待て、一週間水行をして、ハツキリと神勅を受ける」と仰有つて、夜、丑の刻から起き出でて、皆の知らぬ間に、何百杯とも知れぬ水行を遊ばした結果、イヨイヨそれに間違ない。グツグツして居ると、三五教の奴に取られて了ふから、お前達早く外の者に秘密で、其子供を貰つて来い……との御仰せ、あんな茅屋の娘、二つ返事でウラナイ教に、熨斗を付けて献上するかと思ひきや、今日の鼻息、到底一通りや二通りでは、梃子に合はぬ。それに寅若の先生、最初からヘマな神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]を行つて爺に睨まれ、第二線として現はれた富彦は、老爺の審神に睨まれ、ヨロヨロと受太刀になり……これはヤツパリ野天狗で御座いました……と出直した所は巧いものだが、今度又大神と、太う出やがつて、零敗を喰はされ、最早回復の見込みなく、終局の果てにや、箒で掃出された無態さ……斯んな事を、怪我の端にでも、黒姫さまや外の連中に聞かれようものなら、馬鹿らしくつて、外も歩けやしない。何とか一つ智慧を絞り出して、会稽の恥を雪がねばなるまい。何ぞよい考へはなからうか』 寅若『別に方法手段もないが、先づ梅公式だなア。それが最後の手段だ』 富彦『梅公式を行り損なうと、滝板式になり、終局におつ放り出されにやならぬ様な事になると大変だ。此奴ア一つ、熟思熟考の余地は充分に存するぞ』 寅若『ナーニ、目的は手段を選ばずだ。善の為にするのだから、別に罪になると云ふ事もあるまい。一つ決行しやうぢやないか』 菊若『アヽ結構々々、結構毛だらけ、猫灰だらけだ。弥仙山の大神さまは、猫が使者だと云ふ事だ、何でも今度は猫を被つて、梅滝流を行らうぢやないか』 富彦『梅滝流とはソラ何だ』 菊若『其正中を行くのだ。普甲峠の梅公の行り口は、味方八人も居つたものだから、大変に都合が好かつた。船岡山の近所で行つた滝板の芝居は、何分役者が少いものだから、バレて了つたのだよ。併し吾々三人では、どうする事も出来ぬぢやないか、三人寄れば文珠の智慧と云つても、程よい考案が浮んで来ない。ハテ困つた事だなア』 寅若『噂に聞けば、明日はお玉が七十五日の忌明で、弥仙山へお参りするさうだ。どうぢや。吾々三人は一つ、体一面に日蔭葛でも被つて、お玉の参詣路を脅かし、グツと括つて猿轡を箝め、山伝ひに連れ帰り、さうして外の連中を爺の家へ差し向け、「お前さまの家は、大事のお玉さまを悪者の為に拐かされたさうぢや。気の毒なが、何と吾々が力一杯骨を折つて探して来るから、其褒美に玉照姫さまを、三日でも、四日でもよいから、貸して下さらぬか」……と云つて、チヨロまかすより外に途は有るまい、どうだ賛成かなア』 菊若、富彦『ヤアあまり名案でもないが、斯うなれば仕方が無い。マアそれ位な事で辛抱しやうかい。併し巧くいかうかな』 寅若『何は兎も角一遍都合よくいく様に、お空の大神様へ参拝をして来う。今晩中三人が一生懸命に、木花姫様の御分霊の前で、祈つて祈つて祈り倒すのだ、さうすれば神さまだつて……終局にや五月蠅いから……エー仕方がない、一遍は諾いてやらう……と仰有るに違ひない。さうでなくちや、どうしてウラナイ教へ帰る事が出来ようか。青彦さまや、紫姫さまに恥かしいぞ』 と云ひ乍ら、山上目蒐けて進み行く。一夜は頂上の社前に夜を明かし、一生懸命に願望成就の祈願を凝らし居る。果して大神様は御聴許遊ばすであらうか。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 14 蛸の揚壺 | 第一四章蛸の揚壺〔六四二〕 魔窟ケ原の地下室に、ウラナイ教の双壁と己も許し人も許した、素人離れのした黒姫が、高山彦と睦じさうに晩酌をグビリグビリとやつて居る。 黒姫『コレ高山さま、時節は待たねばならぬものだなア。お前と偕老同穴の契を結び乍ら、枯木寒巌に依つて、三冬暖気無しと云ふやうな、没分暁漢の部下の宣伝使や信者の動揺を恐れて気兼ねをして、貴方をフサの国の本山に、私はこの自転倒島へ渡つて、神様の為にお道の為に、所在最善の努力を尽し、一生懸命に宣伝して来たが、何を云つても追ひ追ひと年は寄る、無常迅速の感に打たれて、何処とも無く心淋しく、どうぞ晴れて夫婦と名乗つて暮したいと思つて居たが、これ迄独身主義を高張して来た手前、今更掌を覆したやうな所作もならず、本当に空行く雲を眺めて雁がねの便りもがなと、明け暮れ涙に暮れた事は幾度あつたでせう、然し乍ら何程お国の為お道の為だといつても、自分に取つて一生の快楽を犠牲にしてまで、痩せ我慢をはつて居つても、こいつは駄目だ。初めの内は、黒姫は偉いものだ、言行一致だといつて褒めて呉れよつたが、終ひには神様の御取次ぎする者は、女だつて独身生活するのは当然だ。何感心する事があるものか。あれや大方、どつか身体の一部に欠陥があるので、負惜みを出して独身生活をやつて居るのだ……何ぞと云ふ者が出来て来た。エヽ、アタ阿呆らしい。これだけ辛抱して居つても悪く言はれるのなら、持ちたい夫を持つて、公然とやつた方が、何程ましか知れないと、いよいよ決行して見たが、初めの内は夏彦、常彦をはじめ、頑固連が追々脱退し、聊か面喰つたが、案じるより生むが易いといつて、何時の間にやら、私と貴方の結婚問題も信者の話頭に上らなくなり、この頃はソロソロと、青彦やお節、おまけに紫姫といふ様な、賢明な淑女迄が帰順したり、入信したり、実に結構な機運に向つて来たものだ。これからは高山さま、もう一寸も遠慮はいらないから、私ばかりに命令をささずに、あなたは天晴れ黒姫の夫として、権利を振うて下さいねエ』 高山彦『アヽさうだなア、待てば海路の風が吹くとやら、時の力位、結構なものの恐ろしいものは無いなア』 黒姫『時に寅若、富彦、菊若の三人は、ここを出てから四五日にもなるに、まだ帰つて来ない。何か道で変つた事でも出来たのではあるまいか。何だか気にかかつて仕方が無いワ』 高山彦『そう心配するものでも無い。何事も時節の力だ』 かく言ふ折しも、ソツと岩の戸を開けて辷り込んだ三人の男、 黒姫『アヽ、噂をすれば影とやら、寅若エロウ遅かつたぢやないか。首尾はどうだつたなナ』 寅若『ハイ、委細の様子は悠くりと、明日の朝でも申上げませう。ナア菊若、富彦、エライ目に遇うたぢやないか』 黒姫『お前達は、あまり遠い道でも無いのに、どうして御座つた。今日で七日目ぢやないか。何時も都合が良い時は、大きな声で門口から呶鳴つて帰つて来るが、今日はコソコソと細うなつて這入つて来たのは、余り結構な話しぢや有るまい、明日の朝申し上げるとは、そら何の事だ。此間から、日日毎日指折り数へて待つて居たのだ。サア早く実地の事を、包まず隠さず云ひなさいや』 寅若、頭をガシガシ掻き乍ら、言ひ難さうに、 寅若『あの、何で御座います。それはそれは、大変な事で、何とも彼とも、注進の仕方が有りませぬワイ。併し乍ら、物質的獲物は一寸時期尚早で、暫時機の熟するまで保留して置きましたが、霊的には大変な収獲がありました』 黒姫『又しても又しても、霊的の収獲と仰有るが、それはお前の慣用的辞令だ。もう霊的の収獲には、この黒姫もウンザリしました。ハツキリと成功だつたとか、不成功だつたとか、女王の前に陳述するのだよ』 と声を尖らせ、目を丸うして睨みつける。 三人は縮み上り、 三人『イヤもう、斯うなれば委細残らず言上いたします。紫雲棚引く東北の天、如何なる神の出現したまふやと、心を清め身を清め、途々宣伝歌を唱へながら、弥仙の山麓までやつて行つた。時しもあれ、噂に高き玉照姫の生母お玉の方は、吾々三人の威風に恐れてか、一生懸命に嬰児を背に、弥仙山に向つて雲を起し、雨を呼び、為に地は震ひ雷鳴轟き、山岳は一度に崩るる許りの大音響を発し、面を向く可からざる景色となつて来た。流石の寅若、富彦、菊若の三勇将も、暫し躊躇ふ折柄に、忽ちあなたの御霊や、高山彦の御霊が、吾々三人に憑依遊ばされ、勇気百倍して弥仙山目蒐けて驀地にかけ登り行く。時しもあれや、山の中腹より、現はれ出たる三五教の奴輩、各自に柄物を携へ、僅か三人の吾々の一隊に向つて攻めよせ来るその勢の凄じさ、されども黒姫さま、高山彦様の御霊の憑つた吾々三人、何条怯むべき。群がる敵に向つて電光石火、突撃攻撃、言霊の火花を散らして戦うたり。さはさり乍ら、此方は形許りの九寸五分、只一本あるのみ。群がる敵は数百千万の同勢、全山人を以て埋まり、如何に防ぎ戦うとも、遉黒姫様の御神力も是れには敵し兼ねたりと見え、吾々三人の肉体を自由自在にお使ひ遊ばされ、血路を開いてターターターと、滝水の落ちるが如く、一潟千里の勢にて、こなたに向つて予定の退却、鬼神も欺くその早業、勇ましかりける次第なり』 黒姫『コレ、富彦、寅若の今言つた通り、間違は無からうなア』 富彦『ヘーヘー、間違つて堪りますものか。あなたは常に吾々の身の上に、仁慈のお心をお注ぎ下さいまする、其一念が幸はひ給ひて、御分霊忽ち降下し給ひ、さしもの強敵に向つて、獅々奮迅の応戦をやつたのも、全くあなた様御両人の神徳の然らしむる処、万々一お両方の御霊の御守護無き時は、如何に吾々勇なりと雖も、忽ち木端微塵に粉砕されしは勿論のこと、然るに僅三人を以て、かく迄よく奮闘し、敵の胆を寒からしめたるは、形体上に於ては兎も角も、精神上に於て、敵を威嚇せしこと、幾何なるか計り知られませぬ。マアマア御喜び下さいませ』 黒姫『それは先づ結構であつた。併し、お玉に玉照姫は何うなつたのか』 富彦『オイ菊若、これからは貴様の番だ。確りと申し上げるのだぞ』 菊若『ハイハイ、申上げます。いやもう何のかのと云うた処で、向うはたつた女の一人』 黒姫『ナニ、女一人』 菊若『女一人と思ひきや、四辺の物蔭より来るワ来るワ、恰も蟻の宿替への如く、ゾロゾロゾロと此方へ向つて馳せ来る。三人は丹州の霊縛にかけられ、身体忽ち強直し』 黒姫『何、お前達三人が』 菊若『イエイエ、滅相な、丹州と云ふ奴、吾々三人を目蒐けて、霊縛を加へ強直させようとかかつた処、流石黒姫様、高山彦様の御威霊憑らせ給ふ吾々三人を如何ともするに由なく、敵は一生懸命死力を尽して押しよせ来る。吾々三人は、アヽ面白い面白いと、勇気百倍して、挑み戦はむとする折しも、吾々三人に憑り給うた御魂の命令、汝は一先づ引返し、時機を待つて捲土重来の準備をなすが得策なりと、流石神謀鬼略に富ませ給う黒姫様、高山彦様の御霊の命令もだし難く、みすみす敵を見捨て一目散に立帰つて候』 と言ひをはつて冷汗を拭く。 黒姫『コレコレ、私が馬鹿になつて聞いて居ればお前、それや何という法螺を吹くのだい。みな嘘だらう。一人か二人の木端武者に怖れて一目散に逃げ帰つたのだらう。そんなお前さん達の下司身魂に私の霊魂が憑つて堪るものか。馬鹿にしなさるな』 寅若『そんなら、あなたの名を騙つて、四足か何かが憑いたのでせうか』 富彦『そうかも知れぬよ。豊彦の爺が言つて居ただ無いか』 黒姫『それ見なさい。お前らは豊彦の家へ行つて尻を喰はされて、謝罪つて逃げて帰つたのだらう。エヽ仕方のない男だ。はるばる高山さまがフサの国から、選りに選つて連れて御座つたお前は大将株ぢやないか。そらまた何とした腰抜けだ』 寅若『何を云つてもフサの国なれば、地理をよく存じて居りますが、この自転倒島は地理不案内で、思うやうに戦闘も出来ず、さうして陽気が眠たいですから、思うやうな活動も、実際の事は出来なかつたのです。併し一遍失敗したつて、さう気なげをしたものぢやありませぬ。失敗毎に経験を重ね、遂には成功するものですから、マア今度の失敗は結局成功の門口ですなア』 黒姫『エヽ、おきなされ。敗軍の将は兵を語らずという事が有るぢやないか。余り大きな声で減らず口を叩くものぢや無い。奥へ這入つて麦飯なと、ドツサリ食つて休みなさい。折角機嫌よう飲んで居つた酒までさめて了つた。エヽ早く寝なさらぬか』 と長煙管が折れる程火鉢を叩く。三人は頭を抱へ、こそこそと奥に影を隠した。 黒姫『高山さま、もうお休みなさいませ。私は一寸綾彦に詮議をしたい事がありますからお前が側に居られると、ツイ臆めてよう言はないと困るから、私は女の事であり、やあはりと尋ねて見ますから、早く寝んで下さい』 高山彦『ハイハイ、お邪魔になりませう。さやうなればお先き御免を蒙りませう』 黒姫『記憶えて居らつしやい。貴方こそお邪魔になりませう。紫姫のお側へでも往つて、ゆつくりと夜明かしをなさいませ』 と、ツンとした顔をする。 高山彦『ハヽヽヽ、形勢頗る不隠と成つて来た。どれどれ雷の落ちぬ間に退却しよう、アヽ桑原桑原』 と捨台詞を残し、ノソリノソリと奥へ行く。 黒姫『高山さまはあゝ見えても、やつぱり可愛相な程正直な人だ。何処ともなしに、身魂にいいとこが有るワイ』 と肩を揺り、又もや長煙管に煙草をつぎ乍ら、 黒姫『綾彦綾彦』 と呼ぶ声に綾彦はこの場に現れ、両手をつき、 綾彦『今お呼びになりましたのは私で御座いましたか』 黒姫『アヽ左様ぢや左様ぢや、お前に折入つて尋ねたいと此間から思うて居たのぢやが、ここへ来てから大分になりますが、一体お前のお国許は何処ぢやな、色々と誰に尋ねさしても言ひなさらぬが、大方何処かで悪い事をして逃げて来たのだらう。それを体よう真名井さまへ詣つたなぞと、誤魔化しとるのだらう』 綾彦『イエイエ滅相もない、生れてから悪い事は、塵程もやつた覚えは有りませぬ』 黒姫『そんならお前の処は何処ぢや。虱でさへも生れ所は有るのに、滅多に天から降つたのでもあるまい。地の底から湧いて出たのでも有るまい。お父さまや、お母さまが有るだらう。処と親の名と聞かして下さい』 綾彦『これ許りはどうぞ赦して下さいませ』 黒姫『それ見たかな。矢張怪しい人ぢや。私は何処までも、言うて悪い事は秘密を守る、私丈に言ひなさらぬかいな』 綾彦『貴方様はいつも仰有る通り、世界中隅から隅まで見え透く、竜宮の乙姫の生宮ぢやありませぬか。そんな事お尋ねなさらないでも、遠の昔に何も彼も御存じの筈、煽動て下さいますな』 黒姫『ソラさうぢや。霊の方ではお前の身魂は何の身魂ぢや、昔の根本は何んな事をして居つた。また行く先は何う成ると云ふ事は、能く分つて居るが、肉体上の事は畑が違うから、聞いた方が便利がよい。こんな事を神さまに勿体なうて、御苦労かけずともお前に聞いた方が早いぢやないか。又お前も、これ丈長らく世話に成つて居ながら、何故生れた処を言はれぬのか』 と言葉に角を立て、長煙管で畳を二つ三つ叩いた。 綾彦『何と仰有つても、これ丈は申上げられませぬ。どうぞあなた、天眼通でお調べ下さいませ、私の口が一旦いかなる事があつても国処、親の名は言うで無いと、両親にいましめられ、決して生命にかかる様な事が有つても申しませぬと約束をして出た以上は、何処迄も申上げる事は出来ませぬ』 黒姫『ハヽヽヽ、お前は親に孝行な人ぢや。親の言葉をよく守つて、どうしてもいけぬと仰有るのは、実に感心ぢや。人間はさう無くては成らぬ。併し乍ら、お前はモ一つ大事の親を知つて居ますか。大方忘れたのだらう』 綾彦『私は親と云つたら、お父さまと、お母さまと二人より御座いませぬ。其上にま一つ大事の親とは、それや何の事で御座いますか』 黒姫『アーアー、お前も見た割とは愚鈍な人ぢやな。あれ程毎日日日、竜宮の乙姫さまのお筆先を読んで居つて、まだ判らぬのかいなア。自分の肉体を生んで呉れた親は仮の親ぢやぞい。吾々の霊魂、肉体の根本をお授け下さつた、天地の誠の親が有る事を、お前聞いて居るぢや無いか』 綾彦『ハイ、それはお筆先でお蔭をいただいて居ります』 黒姫『お前は、誠の親が大切か、肉体の親が大切か、どちらが大切か考へてみなされ』 綾彦『それは何方も大切で御座います』 黒姫『何方も大切な事は決つてゐるが、併し其中でも、重い軽いが有るだらう。僅か百年や二百年の肉体を生んで呉れた親が大切か、幾億万年と知れぬ身魂の生命を与へて万劫末代守つて下さる、慈悲深い神様が大切か、それが聞きたい』 綾彦『ハイ………』 黒姫『天地の根本の神様の生宮の私は、つまり大神様の代りぢや。何故親の云ふ事を聞いて私の云ふ事が聞けぬのかい。一寸信心の仕方が間違うて居やせぬか』 かかる処へ紫姫現はれ来り、 紫姫『今承はりますれば、大変に綾彦さまに、何かお尋ねのやうですが、何うぞ私に任して下さいませ。私が機を見て、綾彦さまに篤りと尋ねまして、お返事を致します』 黒姫『さよかさよか、どうぞ貴女、やあはりと問うて見て下さい。何分婆の言ふことは、気に入らぬと見えますワイ、綺麗な貴女のお尋ねなら、綾彦も惜気なく言ひませう』 紫姫『ホヽヽヽ、サア、綾彦さま、もうお寝みなさいませ。黒姫さま、夜も更けました、何卒御休息を』 黒姫『ハイハイ、早く寝て下さい』 紫姫『さやうなら』 紫姫は綾彦の手を引き、廊下伝ひに奥に入る。 黒姫は又もや疳声を出して、 黒姫『青彦青彦』 と呼び立ててゐる。 青彦は周章てて此の場に走り来り、 青彦『ハイ、何の御用で御座いましたか』 黒姫『青彦、お前もお節を高城山へやつて、さぞ淋しからう。心の裡は私もよく察して居る。本当にお気の毒ぢや。同情の涙は、いつも外へ零さずに、内へ流して居る』 と追従らしく言ふ。 青彦『何御用かと思へば、そんな事で御座いますか。イヤそんな事なら、御心配下さいますな、却て私は気楽で宜しう御座います』 黒姫『お前に折入つて尋ねたい事がある。外でも無いが、あの綾彦と云ふ男は、弥仙山の麓の、於与岐の村の豊彦と云ふ男の息子ぢやないか』 青彦『あなた、それが何うして分りましたか』 黒姫はしたり顔にて、 黒姫『そんな事が判らないで、竜宮の乙姫さまの生宮ぢやと言はれますかいな。蛇の道は矢張蛇だ。間違ひは有らうまいがな』 青彦『ヤア、あなたの御明察には恐縮致しました。それに間違ひは有りますまい』 黒姫『さうだらうさうだらう、流石はお前はよう改心が出来て居る。正直な男だ。時にお前に折入つて相談があるが、乗つて下さるまいかな』 青彦『これは又、改まつての御言葉、何なりと御遠慮なく仰有つて下さいませ』 黒姫『ヤア、有難い有難い。お前も噂に聞いて居る通り於与岐の里に、お玉といふ綺麗な娘が有つて玉照姫とかいふ、不思議な子が出来たといふ事ぢや。それは何うしても斯うしても、ウラナイ教へ引き入れねば、神界のお仕組が成就しないから、此の間も、寅若や、富彦、菊若の三人を遣はして交渉に遣つたが、何うやら失敗して帰つたらしい、併し乍ら、よう考へて見れば、向うの老爺が孫を呉れんのも、一つの理由がある。何故といつたら、あの綾彦夫婦は行衛不明となり、只一人の娘お玉とやらが、年寄の世話をして居るさうだ。そのお玉に、男も無いのに子が胎り、其子が又妙な神力を持つて居るので、エライ評判ぢやげな。そこで其子を貰うには、綾彦夫婦を元へ還してやらねば成るまい。若しも三五教の連中が、綾彦とお民が、爺さまの子ぢやと云ふ事を探知うものなら、何んな手段を運らしてでも、引張り込んで交換に玉照姫を貰つて了ふに違ひ無い。さうなれば、此方は薩張、蛸の揚壺を喰つた様な羽目に成らねばならぬ。どうぢや、青彦、何とかお前の智慧で、玉照姫を此方の者にする工夫は有るまいかな』 青彦『それは重大事件ですなア。よくよく考へませう。どうぞ此処限り他に漏れないやうに、絶対秘密を守つて下さいませ』 黒姫『よしよし、お前と私と二人限りだ。高山彦さまにだつて、此の事成就する迄は、言はぬと言つたら言はないから、安心して下さい』 青彦『左様ならば充分熟考した上、又コツソリと御相談致しませう。今晩はこれでお寝みなされませ』 青彦は一間に姿を隠した。後に黒姫はニタリと笑ひ、 黒姫『アーアー、何と言つても青彦だ。今ウラナイ教で誰がエライと言つても、彼に越した奴は有りはしない、三五教が欲しがつた筈だ。持つ可きものは家来なりけりだ、アヽどれどれ、高山さまが淋しがつて御座るであらう、一寸話相手になつて上げませう』 と、独言ちつつ一間に入る。 (大正一一・四・二八旧四・二東尾吉雄録) (昭和一〇・六・二王仁校正) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 02 交嘴の嘴 | 第二章鶍の嘴〔六四七〕 足踏む隙も夏草の、生茂りたる魔窟ケ原、山時鳥悲しげに、血を吐く思ひの岩窟の中、高姫、高山彦、黒姫の三人は、奥の一室に鼎坐して、紫姫や青彦の、消息如何にと待ち居たる。頃しもあれや梅公は、辰、鳶二人を従へて、息せき切つて馳せ帰りきぬ。 寅若『ヨオ、梅公ぢやないか、何処へ行つて居たのだ。甚う顔の色が晴れ晴れして居ないぢやないか、何時も快活なお前に似合はず、どこともなく影が薄う見えて仕方がないワ』 梅公『エヽ、何でもない、お前の出る幕ぢやないから柔順しく待つて居ろ』 寅若はニタリと笑ひ、 寅若『ヘン、やられよつたな、鼈に尻をやられたと云はうか、嘘を月夜に釜を抜かれたと云ふ為体、又も違つたら梟鳥が夜食に外れたと云ふ塩梅式だな、黒姫さまもよい家来をお持ちになつて仕合せだワイ、イヒヽヽヽ』 梅公『エヽ喧敷う云ふな、其処退け、ソンナ狭い入口に貴様が立つて居ては這入る事も出来やしないワ』 寅若『ハヽヽヽ、可成這入らぬが好からうぜ、御注進申上げるや否や形勢不穏、大地震でも勃発してみよ、此岩窟はガタガタだ。此寅若は御信任が無いから駄目だが、併し紫姫さまや、青彦さま、それに次で梅公と来たら豪いものだよ。一つ今回の失敗、否、お手柄話を聞かして貰はうかい、何時も黒姫は目が黒いと仰有る、間違ひはあるまい、此眼で一目睨みたら些とも違はぬと仰せられるのだからなア、アハヽヽヽ』 と頤をしやくつて入口に立ち塞がり、きよくつた[※「きよくつた」は「曲(きょく)った」か?「曲(きょく)る」とは、冷やかすとか、からかうという意味。]やうな笑ひをする。奥の一室には高姫、高山彦、黒姫三人、鳩首謀議の真最中なりける。 高姫『これ黒姫さま、紫姫や青彦が出立してから、もう一週間にもなるぢやありませぬか、それに今になつて、猫が嚔をしたとも、膿ンだ鼻が潰れたとも云ふ便りが無いぢやありませぬか、貴女のお眼識に叶つた許りか、選抜してお遣りになつたのだから、如才はありますまいが、万一あつては大変だと気に懸つてなりませぬワ』 黒姫は稍不安の面持にて、 黒姫『何分突飛な談判に遣つたものだから、摺つた揉ンだと、毎日問題が次から次へと提出され、家庭会議でも開いて連日連夜小田原評定に時を費やして居るのでせう。早く成るものは破れ易く、遅く成るものは破れ難し、大器晩成と云つて暇の要る程脈があるのですよ、一年にすつと伸びて花の咲く草木は秋が来れば萎れて仕舞ひます。梅桜、桃椿などの喬木になると、二年や三年に花は咲かない代りに、天を衝くやうに其幹は成長し、毎年々々花も咲く、私の眼識に叶つた紫姫、青彦の事ですから、よもや寝返りを打つと云ふ事はありますまい、ナア高山彦さま』 高山彦『サア、何とも保証の限りではないなア』 黒姫、目に角を立て、 黒姫『エヽ何と仰有る、高山彦さま、余り紫姫や、青彦を見損つてはいけませぬよ。お前さまの身魂は昔鬼城山にあつて木常姫さまに悪い事を教へ、今度は南高山の宝取りには道彦の為に大失敗を演じ、今又ウラナイ教へ帰つてくると云ふ身魂だから、ソンナ考へが出るのだよ、自分の心を標準として青彦や紫姫の心を測量なさるとは、些と残酷と云ふものだワ』 高山彦は少し声を高うして、 高山彦『昔は昔今は今ぢや、身魂に経験を積みて来て居るから、大概の人の心の底はよく分つて居る。何時も俺は柔順しくして不言実行主義を採つて居れば、貴様は何時も先に出て何から何迄、掻いて掻いて掻き廻し、一言云へば直ちに眉を逆立て鼻息を荒くし、口から泡を飛ばすぢやないか、俺は五月蠅いから何時も黙つて居るのだ。今日は幸ひ高姫様の前だから、俺の思つて居る事を忌憚なく吐露したのだ』 黒姫『そりや何を云ひなさる、貴方は此家の主人ぢやないか、私の云ふ事を聞くやうな素直な身魂ですかいな、何でも彼でも一つ一つケチをつけねば置かぬ因果な身魂だから』 高山彦『今度の青彦、紫姫を派遣したのはお前の発案だらう、其時俺は貴様に剣呑だからそつと寅若でもつけてやつたら何うだと云うたぢやないか、其時貴様は首を振り、大変な荒びやうだつた、アヽ、又毎度の病気が出た哩と思つて辛抱して居たのだ。此奴は屹度不成功、否不成功のみならず、青彦、紫姫は三五教の間諜だつたに違ひない』 黒姫『何を云ひなさるのだい、マア見て居なされ、屹度今に分る。玉照姫を連れて青彦が帰つて来ますよ。若し連れて帰つて来なかつたら、二度とお前さまにも高姫さまにもお目にかかりませぬ哩なア』 と頤をしやくり、上下の歯をぐつと噛みしめ、前に突き出して見せける。高山彦はムツとしたか蠑螺のやうな拳骨を固めて黒姫の横面を撲らむとする。スワ一大事と高姫は仲に割つて入り、 高姫『ヤア待つた待つた、犬も食はぬ喧嘩をすると云ふ事がありますか、些と心得なさい。お前さま二人はウラナイ教の柱石たる重要人物ぢやないか、ソンナ事で皆の者に教訓が出来ますか』 黒姫『ハイハイ、左様で御座います、何分宅のがヒヨツトコですから』 高山彦『こりや黒、ヒヨツトコとは何だ。俺がヒヨツトコなら貴様はベツトコだ』 高姫『コレコレ、お二人とも詔直しだ詔直しだ、言霊をお慎みなさらぬか』 斯かる所へ寅若を先頭に、梅、辰、鳶の三人は現はれ来り、 寅若『黒姫様、三人の、私へ隠してのお使が偉い勢なくして帰つて参りました、何卒詳しくお聞き取り下さいませ』 黒姫『お前は梅公、辰公、鳶公、首尾は何うだつたな、紫姫、青彦を旨くやつたらうなア?』 梅公『ヘエヘエ、流石の青彦、紫姫で御座います、梅いことをやつて、此三人ぢやないが鳶辰やうにトツトと凱歌を奏して、何々の何へ向つて帰りましたワ』 黒姫『アヽ、さうかさうか、それは御苦労であつた。サア早く玉照姫様のお居間のお掃除を為し、皆様の御飯やお酒の用意をして置きなさい』 梅公『ヘイ、根つから其必要は認めませぬがなア』 黒姫『そりや梅公、お前何と云ふ事を云ふのぢや、必要を認めるの認めないのと何故私の云ふ事を聞かないのかい、これこれ辰公、鳶公、お前も御苦労ぢやつた。どうぞ詳しく高姫さまの前で、青彦や紫姫さまの天晴功名した事を聞かして下さい』 鳶公『エー、もう余りの事で申上げます事も出来ませぬ』 辰公『何と云つても六日の菖蒲、十日の菊、何が何ンだやら薩張神様の御都合を頂いて来ました』 寅若『アハヽヽヽ、此奴余程弱つて居やがるな、御都合と云ふのは卑怯者の適当な遁辞だ。モシモシ黒姫さま、こいつは屹度ものにならなかつたのですよ、蛸の揚壺を食つて帰つたとより見えませぬな』 黒姫『これ寅若、お前に誰が物を尋ねたかい、弥仙山へ往つて失敗をして帰つて来たやうな男だから、今度の事は彼是云ふお前には資格がない、一段下りて庭へ下がつて其処の掃除でもしなさい。これこれ梅公早く云ひなさいよ』 梅公は左の手で頭を三遍ばかりも、つるつると撫でながら、 梅公『ハイ、私は紫姫、青彦その他一行の後を見え隠れに監視して参りました。さうした処流石の青彦さま、綾彦お民の両人を前に出して豊彦爺をアツと云はせ、ヤアお前は綾彦であつたか、お民であつたか、ヤア父さまか、母さまか、妹か、兄さまかと一場の悲喜劇が現はれ、其処へ平和の女神然たる紫姫さまが、おチヨボ口をぱつと開いて仰有るには、何事も皆神様のなさる事、豊彦さまも斯うして若夫婦が帰つて御座つた以上は、神様へ御恩返しにお玉さま始め、玉照姫様を神様に奉らねばなりますまいと、さも流暢な弁で談判になりますと、豊彦爺は、喜ぶの喜ばないのつて、首を滅多矢鱈に振つて振つて振りさがし、千切れはせぬかと思ふ程首肯いて、仕舞の果にはドンと尻餅を搗き、眼を暈しかけました。マアさうして爺の云ふのには、アヽ結構な事だ、嬉しい時には欣喜雀躍、手の舞ひ足の踏む所を知らずと云ふ事だが、俺は余り嬉しくて目のまひ、家のまひ、身体の居る所を知らずぢや、と云ひまして、それはそれは大変喜びましたよ。あれ位喜びた事は生れてから見た事も、聞いた事もありませぬワ』 黒姫『アヽ、さうだらうさうだらう、喜びたらうな、これ高山さまどうですかい、これでも文句がありますかい、高姫さま、もうこれで、大きな顔で本山に帰つて貰はうと儘ですワイ、オホヽヽヽ、サア其次を梅公云ひなさい、瞬く間も待ち遠しいやうな心持がする』 梅公『サア、これから先は時間の問題ですな、云はぬ方が却つて先楽しみで宜しからう。オイ鳶、辰、貴様も些と云はぬかい』 辰公『ヘン、よい所ばつかり食つて糟粕ばつかり人に食はさうと思つたつて駄目だよ、貴様が報告した後に……サアサア其次を諄々と掛け値の無い所を申上げてお目玉を頂戴するのだな』 梅公『エヽ何も彼も大将になると責任が重い、エイエイ仕方がない、ソンナラ私が申上げます、黒姫さま喫驚なさいますな』 黒姫『何喫驚するものか、喫驚するのは高山さまぢや、余り嬉しいて喫驚する者と、余り阿呆らしくて会はす顔がなくて喫驚する者と出来ませうぞい』 梅公『エヽ、紫姫、青彦はお玉、玉照姫様を連れて意気揚々と、吾々を何々し、何々の何々へ何々して仕舞ひました』 黒姫『これ梅公、アタもどかしい、早く云はぬかいナ、いつ迄私を焦らすのだい』 梅公『イエイエ、決して焦らすのぢやありませぬ、知らすのですよ、知らず識らずの御無礼御気障、知らぬ神に祟りなし、どうぞ私だけは今日の所は帳外れにして下さいませ』 黒姫『怪体な事を云ふぢやないか、さうして青彦の一行はいつ帰つて来るのだい』 梅公『それはいつになるとも判然お答へが出来ませぬなア、是も矢張時の力でせう』 高姫『黒姫さま、青彦初め、紫姫は三五教へ帰つたのですよ』 梅公『マアマア、高姫さまの天眼力にて御観察の通り、誠に以てお気の毒千万、青彦、紫姫其他は共にグレンをやりました。今頃は世継王山の麓で祝ひ酒でも呑みて居るでせう』 と頭を抱へ小隅にすくみける。 黒姫『エヽソンナ青彦ぢやない、又紫姫も紫姫ぢや、三五教へ行くなぞと、そりや大方副守護神を放かしに往つたのだらう、屹度戻つて来る確信がある』 高姫『黒姫さま、もう駄目だ。高山彦さま、お前さまも立派な奥さまを持つて御満足でせう、この忙しいのに永らく逗留してお邪魔をしました。エライ馬鹿を見せて下さいましたナ、アーア、併しこれも何かの御都合だ。左様なら、帰ります』 高山彦『どうぞ私も連れて帰つて下さい』 高姫『お前さまの勝手になされ、黒姫さまを大切にお守りなさるがお徳だらう、左様なら』 と、大勢の止むるをも聞かず、額に青筋を立て、偉い気色で表へかけ出し、鶴、亀来れと二人を伴ひ魔窟ケ原を驀地に、由良の港を指して走り行く。 高山彦『こりや大変』 と捻鉢巻、七分三分に尻からげ、細長いコンパスに油をかけ、飛び出さうとする。黒姫はグツと袂を握り、 黒姫『高山さま、血相変へて何処へお出るのだえ』 高山彦『定つた事だ。肝腎の玉照姫は申すに及ばず、青彦、紫姫迄三五教に取られて、どうして高姫さまに申訳が立つか、是より此高山彦が世継王山の悦子姫の館にかけ込み、玉照姫を小脇にヒン抱き帰らで置かうか、愚図々々致せば高姫さまは飛行機に乗つてフサの国へお帰りだ、それ迄に玉照姫様を手に入れてお詫をせにやならぬ、邪魔ひろぐな』 と蹶飛ばし、突飛ばし、一生懸命にかけ出したり。黒姫も声を限りにオーイオーイと髪振り乱し、帯を引きずり乍ら高山彦の後を追ひ、足に任せて走り行く。 (大正一一・五・六旧四・一〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 03 千騎一騎 | 第三章千騎一騎〔六四八〕 高山彦は魔窟ケ原の岩窟を後にし、一生懸命に聖地を指して進み行く。漸く白瀬川の畔に着けば、降り続く五月雨に河水汎濫し、波堆く渡川は絶対に不可能となりぬ。 高山彦は川の岸を下りつ、上りつ、地団太踏みて口惜しがり、現在目の前に聖地世継王山を眺め、玉照姫の御座所は彼方かと憧憬の念に駆られて狂気の如くなり居たり。斯る処へ息せき切つて馳来りしは、妻の黒姫なりける。 高山彦『ヤーお前は黒姫か、何しに出て来たのだ』 黒姫『高山さま、ソラ何を言はつしやる。此儘にして置く訳には行きますまい。あれ彼の向ふに見ゆるは世継王の神山、三五教の隠れ場所、玉照姫様は彼の森のしげみに御座るであらう。サアサア早く渡りなさい』 高山彦『渡れと云つたつて此の激流が、どうして渡れやうか』 黒姫『生命を的に渡るのだよ。それだから男は真逆の時に間に合ぬと云ふのだ。お前さまも鼻高の守護神の御厄介になつて中空高く渡りなさい』 高山彦『ソンナことを言つたつて、さう易々と元の体に還元することは出来ないよ』 黒姫『還元出来ないと云ふ道理があらうか、貴方の信仰が足らぬからだ。火になつても蛇になつても、此の川渡らな置くものか』 と云ふより早く、見るも恐ろしき大蛇の姿となり、激流怒濤の真ン中を目蒐けて、ザンブとばかり飛び込み、漸く対岸に渡り付きたり。 高山彦は此の気色に恐れ戦き、ガタガタ慄ひの最中、蛇体の身体より黒雲起り一団となりて、川の上空を此方に渡り高山彦の身体を包むよと見る間に、高山彦は川の対岸にバタリと落ち来たりぬ。蛇体は忽ち元の黒姫と変じ、 黒姫『サア高山さま、コンナ放れ業は一生に一度より出来ないのだが、千騎一騎の此場合、黒姫が信念の力が現はれたのだ。サアサアこれに怖れず、今後は斯様なことは無い程に、妾に続いてお出でなさい』 高山彦は慄ひ声で、 高山彦『ナント女と云ふ奴は恐ろしいものだなア』 黒姫『コレ高山さま、お前はモーこれで愛想がつきただらうな。愛想をつかすなら、つかして見なさい、此方にも一つ考へがありますよ』 と冷やかに笑ふ。高山彦は眼を瞬たき、高き鼻を手の甲で擦り乍ら、 高山彦『イヤ何事も黒姫さまに御任せする、此後は一切構ひ事は致さぬ。貴女のお好きの様に御使ひ下さいませ』 黒姫『大分改心が出来ましたナア、それでこそ妾の立派なハズバンドだ。サアサア往きませう、エヽなンとした足つきじやいな、確りしなさらぬか、此川を渡るが最後、油断のならぬ敵の縄張りだよ』 高山彦『さうだと云つて、ナンダか脚がワナワナして歩けないのだもの』 黒姫『エー何とした卑怯な人だらう。誰が恐いのだい。たかが知れた紫姫、青彦の連中ぢやないかいナ』 高山彦『青彦、紫姫も、ナンニも恐くはない。恐いのはお前の性念だよ』 黒姫『高山さま、斯う見えても矢張女は女だよ。御心配なさるな。これでも又大事にして可愛がつて上げますワ』 高山彦はブルブル慄ひ乍ら、 高山彦『ヤーもう可愛がつて貰はいでも結構です。私の様なものは貴女のお側に寄るのは勿体ない。畏れ多い。どうぞ草履持になつとして下さいな』 黒姫『エー此人は又何とした卑怯なことを云ふのだらう。アヽもうすつかり愛想が尽きちやつた、嫌になつて了ふワ』 高山彦『どうぞ愛想をつかして下さいな。嫌になつて貰へば大変に好都合です』 黒姫は声を尖らし、 黒姫『ソリヤ何を云ふのだい、嫌になつて呉れと言つたつて、今となつて誰がソンナ軽挙なことをするものかいな。蛇に狙はれた蛙ぢやと思つて諦めなさいよ』 高山彦『ハイ諦めます。何事も因縁づくぢやと思つて、コンナ悪縁も辛抱致しませう。前生の悪い因縁が報うて来たのだから』 黒姫『何が悪縁だへ。お前さまは男の心と秋の空、直に飽縁だらうが、妾は何処迄も秋の空で、何処々々迄も好いて好いてすき透つてゐますよ、ホヽヽヽヽ』 高山彦『モシモシ黒姫様、何卒人を一人助けると思つて私の罪を赦して下さいな』 黒姫『そりや又何を言ふのだえ、モー斯うなる上は赦してたまるものか。竜宮の海の底まで伴れて行つて呑みたり、噛みたり、舐つたり大事にして上げようぞへ』 高山彦『モー大事にして貰はいでも結構です。何卒其の御心遣ひは御無用になさつて下さいませ。返礼の仕方がありませぬワ』 黒姫『エーわからぬ男だ。話は後で悠くりして上げよう。サア一時も早く往かねばなるまい。恰度日も暮れて来た』 と高山彦を先に立たせ、夏草茂る露野ケ原を世継王の山麓指して辿り行く。 五月十三夜の月は、楕円形の鏡を空に照してゐる。馬公、鹿公は月の光を眺め、 馬公『アヽ何といい月ぢやないか、のう鹿公』 鹿公『ソリヤ馬公、きまつた事だ。五月五日の宵に玉照姫様がお越し遊ばし、記念すべき月だもの。古往今来コンナよい月があるものかい。それに就ても可哀相なのは黒姫ぢやないか。この通り御空に水晶の玉照姫様が輝き渡り、この又屋内にもお玉さまに、玉照姫さまぢや、之を三つ合せて三つの御魂と云つても宜いワ。アヽ、 濡れて出たやうに思ふや雨後の月 とは如何だ』 馬公『ヤー鹿公、貴様俳句を知つて居るのか』 鹿公『ハイ句でも、歌でも、何でも知らぬものは無い。何なと言うて見よ。当意即妙、直に作つて御目にかける鹿公だよ』 馬公『ソンナラ今彼のお月さまに黒雲がさしかかり、今や隠さうとして居る。彼れを一つやつて見よ』 鹿公『黒姫に玉照姫は包まれて馬鹿を見むとす青彦の空』 馬公『何と云ふ縁起の悪い歌を詠むのだ。宣り直さぬかい、鹿公奴』 鹿公『大方馬公がさうお出ると思つて居た。今度が真剣だよ。 青彦や紫姫の大空に月の玉照姫ぞ輝く とは如何だ』 馬公『ヨーシモー一つやれ』 鹿公『いくらでも、月を題にするのなら月は先祖よ。月の大神様が此世の御先祖様であるぞよ。馬公志つかり聞けよアーン、 月に叢雲花には嵐東に旗雲箒星 天の河原は北南星の流れは久方の フサの御国に落ちて行く高山彦や短山の 嶺より昇る月影も今日は芽出度き十三夜 たとへ黒姫かかるとも伊吹の狭霧に吹き散らし 忽ち変る大御空紫姫や青彦の 清き姿となりにけり。 とは如何だ』 馬公『随分長い歌だのう、鹿公』 鹿公『長いとも長いとも、今に長い奴が黒い顔してやつて来るのだ。横に長い奴と、縦に長い高山彦の青瓢箪だ。うまくやらぬと馬鹿を見るぞよ。変性男子の申す事は一分一厘違ひはないぞよ』 馬公『何を吐すのだ、モー好い加減に止めて貰はうかい。オイオイ彼れを見よ、二つの影が蠢いて居るぢやないか、鹿とは判らぬけれど』 鹿公『ヨオ来居つたぞ、太い短い奴と細い長い奴だ。ヤー此奴は高山彦に黒姫だ。愚図々々して居ると空のお月さまの様に、黒姫に呑まれて了つちや、玉照姫様が一大事だ、サアサア戸を締めろ』 と云ふより早く、鹿公は飛込みてピシヤリと錠を下ろしたり。 馬公『オイ俺も入れて呉れないか』 鹿公『エー邪魔臭い。貴様は何処か叢の中へ潜伏して居れ、馬じやないか。俺は中から此の関所を死守するのだ』 二つの影は段々近寄つて来る。鹿公は何うしても開けぬ。馬公は已むを得ず茅のしげみに身を隠して慄ひ居る。 二人の影は戸口に現はれたり。一人は女、一人は男、 女(黒姫)『モシモシ一寸此処を開けて下さいな』 鹿公『ナンダ、暮六つ下つてから他の家を訪れる奴があるかい。夜は魔の世界だ、用があれば明日出て来い。此門口は鹿公は絶対に開けることは出来ないぞよ』 女(黒姫)『左様で御座いませうが、ホンのチヨイトで宜しい、一尺許り開けて下さい。申し上げ度い一大事がございます』 鹿公、戸口に立つて、 鹿公『其方で一大事があつても此方も亦一大事だ。ナント言つても開けないよ。モシモシ青彦さま、貴方一寸来て下さいな。どうやら黒姫がやつて来たやうですワ』 青彦は奥の間より、 青彦『誰がなんと言つても開けられないぞ』 鹿公『さうだと言つて馬公が外に、這入り損ねて隠れて居ますがな』 黒姫は此の声を聞き、辺りの叢を尋ね、 黒姫『ヤアお前は馬公ぢやな。サアもう大丈夫だ。コレコレ高山さま、用意の綱をお出しなさい。エー何をビリビリ地震の様に慄ふて居なさる。気の弱い獣だな』 と云ふより早く自分の細帯を解いて、馬公を縛つて了ひ、 黒姫『サア馬公、此方へ来るのだよ。此戸を開ける迄、お前は人質だ。若し開けなかつたら此黒姫が正体を現はして、一呑みに呑みて了はうか』 馬公『エーコンナことだと思つて居つた。それだから神様が言霊を慎めと仰有るのに、鹿公の奴、黒姫が何うだの斯うだのと言ひよるものだから、コンナ破目に陥るんだ。オイ馬公は括られたよ、鹿公開けて呉れないか』 鹿公『貴様は括られる役だ、俺は中で長くなつてグツスリ休む役だ。マア夜が明ける迄、其処で立往生するがよいワ。お優しい黒姫さまと、色男の高山さまとのお伴れだもの、あまり淋しくもあるまいがな』 馬公『ソンナ冷酷なことを言ふものぢやないよ、お前もちつとは朋友の道を弁へて居るだらう』 鹿公『マア待て、今これから紫姫様が十八番の言霊の発射を為さるところだ。さうすれば黒姫だつて高山彦だつて風に木の葉の散る如く、悲惨な目に会つて滅て了ふのだ』 馬公『さうしたら俺は何うなるのだ』 鹿公『貴様の事まで、未だ研究はして居らぬ哩。オイ黒姫の奴、誠に以てお気の毒千万、御心中御察し申す。高姫様に嘸お叱言を頂戴なさつたでせう。併し乍ら何程お前さまが玉照姫様をお迎へしようと思つてもモー駄目だから足許の明るい間に、トツトと帰りなさい。其処に馬が一匹居るから、ソレに乗つてお帰りなさいよ』 馬公『コラ鹿公、無茶ばつかり言ふない、俺は決して黒姫さまの馬ではないぞ』 黒姫『どうしても開けませぬか、開けな宜しい。黒姫は道成寺の釣鐘ぢやないが此の家を大蛇となつて、十重二十重に取捲き、熱湯にして見せうか』 鹿公『モシモシ紫姫さま、青彦さま、確りして下さい。トツケもないことを言ひますぜ』 紫姫は言葉静に、 紫姫『ホヽヽヽヽ、御心配なさいますな。鹿さま、確かりと戸を締めて置きなさいや、モシモシ黒姫さま、誠に貴女には御気の毒でございますが、神界の為め、世の中の為には貴女に対して不親切なことを致すのも已むを得ませぬ。どうぞ帰つて下さいませ』 黒姫『何と云つても帰らない。青彦と紫姫の素首を引抜いて、フサの国の高姫様にお目にかけ、玉照姫様を御迎へ申さねば置きませぬぞや』 青彦『何と執念深い婆アさまぢやな、青彦も呆れたよ。いい加減に執着心を放棄したらどうだい』 黒姫『執着心はお前のことだよ。お前から除つたがよからう。さうして玉照姫さまと、お玉さまを此方へ渡しなさい』 青彦『此の執着心だけは何処までも放されない。決して個人の私有すべきものでない、神政成就の大切な御宝だ。たとへ天地が覆へるとも、こればかりは承諾は出来ない、どうぞ早くお帰りになつて下さい』 黒姫『何と云つても黒姫は帰りませぬ』 紫姫『玉照姫様は三五教に於ても無くてはならぬ結構な神様でございます。又ウラナイ教にも必要な神様でございます。さうだと申して両方の欲求を充すと云ふ事は、到底出来ませぬから、いつその事貴方が御改心をなさつて、三五教にお入り下さつたら如何ですか。貴方が御改心なさつた以上は、高姫さまも自然御改心になりませうから、紫がさう云つたと高姫さまに伝へて下さいませ』 黒姫『権謀術数を弄し折角妾が望みた玉照姫様を計略を以て、横領なさつたお前さまこそ改心を為され。どちらが善か、悪か、心の鏡に照して御覧なさい。貴方の行り方は三五教の精神を破壊する行り方、つまり優勝劣敗利己主義ではありませぬか』 鹿公『エー八釜敷い云ふない、黒姫の奴、貴様こそ利己主義ぢやないか。此の玉照姫様は三五教の神様が御経綸遊ばして悦子姫様が取り上げまでなさつた因縁があるのぢや。何と云つても正義だ、先取権があるのだ。他の宝に垂涎して要らぬ謀叛を起し煩悶をするよりも、すつかりと思ひ切つて気楽になつたら如何だ、鹿公は腹が立つワイ』 黒姫『何と云つても是れ許りは貫徹させなくては置くものか。仮令千年万年かかつても祈つて祈つて祈り勝つて見せよう。ヤアコンナ馬公を人質に取つたところが、何の役にも立たない。サア馬公、世界中放し飼だ。何処なと勝手にお出でなさい』 と縛を解けば、馬公は、 馬公『ヤアヤア黒姫さま有難う。ヤアどつこい、お前に縛られて、お前に解かれたのだ、有難うと云ふ筋が無い。エー取返しのならぬ失策をやつたものだ。馬鹿々々しい』 此時紫姫の涼やかな声にて、天の数歌が轟き渡りける。忽ち黒姫は頭部真白と変じ、高山彦の手を引き雲を霞と西北指して逃て行く。 馬公『オイ鹿公、モー黒姫夫婦は逃て了つたよ。どうぞ開けて呉れないか』 鹿公『ヨシヨシ』 と戸をガラリと引き開け、 鹿公『オイ馬公どうだつたい、貴様縛られて居つたぢやないか』 馬公『ウン縛られたよ。併しチツトモ痛くはなかつた。黒姫の奴、俺を縛るときに一生懸命に小声になつて、「大神様済みませぬ、赦して下さい。罪も無い馬公を縛ります、これも御道の為ですから、神直日、大直日に見直し、聞直して下さいませ」と念じて居つた。人の性は善なりとは、よく言うたものだなア』 青彦はこれを聞いて両手を組み、頭を首垂れ思案に沈む。紫姫は直に神前に感謝の祝詞を奏上する。玉照姫は俄にヒシるが如く泣き出し給ひける。お玉は驚きあはてて玉照姫の背を撫で擦り、慰め居たり。 空には白き魚鱗の波を湛へた雲の切れ目に月は朧に輝き、悲しげに山杜鵑の声峰の彼方に聞え居る。 (大正一一・五・六旧四・一〇外山豊二録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 04 善か悪か | 第四章善か悪か〔六四九〕 瑞穂の国の真秀良場や青垣山を繞らせる 下津岩根と聞えたる要害堅固の神策地 小三災の饑病戦大三災の風水火 夢にも知らぬ世継王の山の麓に現れませる 玉照姫の御稜威光は四方に照妙の 衣を纏ひて経緯の綾と錦の機を織る 棚機姫と現はれし紫姫に侍かれ 月日を重ね年を越え其名は四方に轟きぬ。 悦子姫は、夏彦、常彦、加米彦、滝、板を伴ひ、我使命を明かさず、世継王山麓の住家を後にして、何処ともなく神業の為めに出発したり。音彦、五十子姫は別の使命を受け、是亦何処ともなく、行先を明かさず、惟神的に、世継王の住家を後にして出発せり。 後には、紫姫、若彦、お節、お玉、馬公、鹿公の面々朝な夕なに、玉照姫の保育に全力を尽し居たりける。 夏も何時しか暮れ果て、天高く、風清く、野には稲穂が黄金の波を打ち、佐保姫の錦織なす紅葉の、愈秋の半となりぬ。 時しもあれ、真夜中に戸を叩く一人の男あり。馬公、鹿公は此音に驚き目を醒まし、 馬公『オイ鹿公、何だか表の戸を叩く音がするではないか、お前御苦労だが一つ調べて見て呉れないか』 鹿公『何、あれは秋の夜の紅葉を散らす凩の戸を叩く音だ。余程お前も神経過敏になつたものだな、そりや無理もない、五六七神政の生御霊玉照姫様の御保護の任に当つて居るのだから、雨の音、風の響にも注意を払ふのは当然だ。併し乍ら余り思ひ過ぎると神経病を起す様になつては詰らないから、何事も神様にお任せして、吾々は能ふ限りのベストを尽し、忠実に務めさへすれば宜いのだよ』 馬公『そりやお前の云ふ通りだが、併し今の音は決して雨や風の音ではない、何か訪るる人が門にありさうだよ』 鹿公『峰の嵐か松風か、一つ違へば狐狸の悪戯か、尻尾を以て雨戸を叩き、吾々を脅威さうとするのだ。此間から幾度となく、ウラナイ教の間者がやつて来て、玉照姫様を奪ひ返さうとかかつて居るらしい、迂濶り夜中に戸でも開け様ものなら大変だ、英子姫様、悦子姫様に申訳がない、先づ此処は、見ざる、聞かざる、言はざるの三猿主義を取る方が安全第一だ。俺の鹿とお前の馬とでシカりとウマウマ守るのだナア』 戸を叩く音益々烈しくなり来る。 馬公『それでも益々烈しく叩くぢやないか、どうだ一つ紫姫様に伺つて見たら』 鹿公『それもさうだな、併し乍ら折角よくお寝みになつて居られるのだから、夜中にお目を醒まさせるのもお気の毒だ』 表を叩く音益々烈しい。鹿公はムツとした様な声で、 鹿公『誰だい、人の寝しづまつた家を無闇に叩くものは』 外から声(亀彦)『吾れは英子姫様の御命令によつて、江州竹生島よりはるばる単騎旅行でやつて来た者だ。紫姫は在宅か、若彦は居るか』 鹿公『紫姫様や若彦様の名を知つて居るからには、何でも何だらう、さう考へると容易に開ける事は出来ない。吾々は昼は寝ね夜は不寝番をつとめて居るのだ。夜の間は俺達の権限があるのだから誰が開けいと云つても、此鹿公の本守護神が開けと命令を下す迄は開けられぬのだ。マアマア暫く御苦労だが正体が分らぬから、自然に開ける迄待つて居たが宜からう。日光に照されて、モウモウした毛を体一面に現はすのだらう。吾々は夜分は目の見えぬ人間だから、平にお断り申す』 外より、 (亀彦)『さう云ふ声は鹿公ぢやないか、今日参つたのは余の儀ではない。神素盞嗚大神様の御心により、英子姫様の大命を奉じて御直使として出張致した、三五教の宣伝使亀彦であるぞよ』 鹿公『何、亀彦さまか、ソンナラ開けぬ事は無いが若しや作り声ではあるまいかなア』 亀彦『何、作り声する必要があるか、紫姫以下一同に申し渡す仔細がある。一時も早く開けたが宜からうぞ』 鹿公『何だか亀彦さま、今日に限つて言葉つき迄厳粛に構へて御座る、何かこれに就ては善か悪か、吉か凶か、普通のお使ではあるまい、なア馬公、どうしたら宜からうなア』 馬公『荘重な語気だな、今日は大神様の代理権を以て来て居るのだと見えて、いつもとは言霊の響きが何処とは無しに森厳だぞ』 鹿公『何、アンナ事を云つて洒落てるのだよ。大変な用向きがある様な語調で吾々を威喝しようと思つて居るのだ。何、心配する事はないさ、大山鳴動して鼠一匹位なものだ。アハヽヽヽ』 亀彦『早く開けぬか、何をぐづぐづ致して居るぞ』 鹿公『ヨオ高圧的に大袈裟に出やがつたな、これでは吾々両人にては一寸解決がつき難い、若彦の大将に一寸相談して見ようか』 馬公『それが宜からう』 と云ひ乍ら若彦の居間に立ち入り肩を揺つて、 馬公『モシモシ若彦さまか、青彦さまか、どちらを云つて宜いのか知らぬが一寸起きて下さい。門口に大変な者が現はれました。サアサア早く起きたり起きたり』 若彦『誰かと思へば馬公ぢやないか。夜の夜中に何を喧しう云ふのだい』 馬公『イエイエ急な事件が突発しました。素盞嗚大神様の御心により英子姫様より御直使として、亀彦の宣伝使が見えました』 若彦『何、亀彦の宣伝使が見えたと、何と遅かつたな、もう英子姫様よりお褒めの言葉が下るか下るかと指折り数へて、紫姫を始め吾々一同は首を伸ばして待つて居たのだ。馬公喜べ屹度御褒美を頂戴するのだらう』 馬公『それは有難い、ソンナラ開けませうか』 若彦『一寸待つて呉れ、寝間を片付け、其処いらを掃除してそれから御這入りを願はないと、こう散けては御直使に対して御無礼だ。モシモシ紫姫さま、お玉さま、早く起きて下さい、英子姫様のお使として亀彦の宣伝使が只今見えました』 紫姫『ア、さうですか、そりや大変です、困つた事になりましたねエ』 若彦『あれだけの吾々は苦心惨憺を重ね玉照姫様を三五教へお迎へ申したのだから、褒めて貰ふ事はあつてもお咎めを蒙る様な道理がない。御心配なさいますな、何程立派な神人ぢやと云つても、女は矢張り女だナア、そンな取越苦労はするものぢやありませぬよ』 紫姫『それでも何だか気掛りでなりませぬワ。何は兎もあれ、早く室内を片づけて這入つて貰ひませう』 と一同は夜着を片付け、綺麗に掃除をなし終り、 若彦『サア準備は出来た、馬公、鹿公、表を開けて亀彦さまを御案内申したがよからう』 馬、鹿の両人は畏まりましたと表戸をサラリと開け、驚いたのは両人、亀彦の宣伝使は威儀儼然として金色の冠を頂き、夜光の宝玉四辺を照らし、薄き絹の袖長き白衣を着し、入口狭しと悠々と進み入り、二人に一揖し、つかつかと奥の間に進み、玉照姫の御前に端坐し、拍手再拝、神言を奏し終り正座に着きける。 紫姫は手を突ひて、 紫姫『これはこれは亀彦の宣伝使様、否、英子姫様の御直使様、夜陰といひ遠方の処、ようこそ御入来下さいました。御用の趣仰せ聞けられ下さいませ』 亀彦は威儀を正し、 亀彦『今日只今此館に参りしは余の儀では厶らぬ。此度其方紫姫を始め若彦の行為に就いて神素盞嗚大神様、以ての外の御不興、英子姫様に御神示あらせられたれば、亀彦ここに英子姫の命の直使としてわざわざ参りたり』 紫姫、若彦はハツと両手をつき、 紫姫、若彦『これはこれは御直使様御苦労に存じます。御用の趣、速にお聞かせ下さいませ』 亀彦『其方事は神界経綸の玉照姫を天地の律法を忘却し、権謀術数の秘策を用ゐ、反間苦肉の策を以て目的を達したる事神意に叶はず、彼れ玉照姫の神は、一旦、ウラナイ教の黒姫に与ふべきものなり。一時も早く玉照姫様及びお玉を黒姫の手許に送り、汝等は此責任を負ひて宣伝使の職を去るべし、との厳命で御座る』 と厳かに云ひ渡したり。 紫姫は顔を赤らめ、 紫姫『実に理義明白なる御直使のお言葉、妾不徳の致す処、今となつては最早弁解の辞も御座いませぬ。謹みてお受け致します』 若彦『モシモシ紫姫さま、此若彦を差し置き、さうづけづけとものを仰有つては後の結びがつきませぬ。仮令権謀術数の策にもしろ五六七神政の貴の御宝、玉照姫の生御霊を三五教に迎へ奉りたる抜群の功名手柄、御賞詞こそ頂くべきに、却つて吾々の職を免じ、剰つさへ玉照姫様を黒姫に渡せとは大神様始め英子姫様の御言葉とも覚えませぬ。オイ、コラ亀彦、貴様は吾々の成功を嫉み、左様な事を申すのであらう。否、汝の本守護神より出でたる世迷ひ言ではあるまい、屹度副守護神の悪戯ならむ。只今若彦が神霊注射を行ひ、汝に憑依せる悪魔を現はし呉れむ』 と早くも両手を組みウンと一声霊縛を加へむとするや、亀彦の背後より煙の如く忽然として顕はれ給うた光華明彩六合を照徹する許りの女神顕はれ給ひ、若彦が面を射させ給ひぬ。紫姫、若彦は身体萎縮し其場に畏伏しワナワナと震ひ戦き、涙に畳を潤すに至りぬ。亀彦は顔色を和らげ、 亀彦『英雄涙を振つて馬稷を斬るとは神素盞嗚大神、英子姫様の御心事、さり乍ら汝よく直日に見直し聞き直し、奇魂の覚りによりて此大望を完全に遂行せば、再び神業に参加する事を得む』 と稍俯むき、同情の涙を流しつつ女神と共に、亀彦の姿は忽然として此場より消えにける。玉照姫の泣き給ふ声は此時より時々刻々に烈しくなり来たれり。 お玉『玉照姫様、どうぞ御機嫌を直して下さいませ。何かお気障りが御座いますか。幾重にも御詫致します』 と頭を畳にすり付け詫入る。 若彦『紫姫さま、大変な事になりましたねエ。若彦はどう致したら宜しいのでせう』 紫姫『仕方がありませぬ、成功を急ぐの余り無理をやつたものですから、何程目的は手段を選ばずといつても、それは俗人の為すべき事、吾々宣伝使の分際として余り立派な行動をやつたとは云はれますまい。吾々両人を殊勲者として大神様より賞詞さるる様な事あらば、それこそ三五教の生命は茲に全く滅亡を告げ、ウラル教となつて了ひませう。アヽ大神様の御言葉には千に一つもあだは御座いませぬ。是よりは前非を悔い身魂を研いて本当の宣伝使にならなくちやなりませぬ。玉照姫様のあの御泣き声、御神慮に叶つて居ないのは当然です』 若彦『エヽ仕方がありませぬなア』 馬公は、(小声で) 馬公『オイ鹿公、梟鳥の宵企み、夜食に外れて難かしい顔を致すぞよ。ドンナ良い事でも誠で致した事でなければ、毛筋の横巾程でも悪が混りたら、物事成就致さぬぞよ、と云ふ三五教の御神諭を知つて居るか』 鹿公『ウン、いつか聞いた様に思ふ。ナント神様といふものは七難かしい事を仰有るものだな。三千世界を自由になさる大神様が、ソンナ小さい事をゴテゴテ仰有る様では神政成就も覚束ないワイ。然し乍ら若彦さまや、吾々の師匠と仰ぎ主人と崇むる紫姫様迄が、御退職なさる以上は吾々とても同じ事だ。何とか考へないと馬鹿な目に遭はねばならぬぞ』 馬公『モシモシ若彦さま、紫姫さま、御目出度う、お祝ひ致します』 鹿公は慌てて馬公の口に手を当て、 鹿公『コラコラ馬公何を云ふのだ、些と失礼ぢやないか』 紫姫『馬公、よう云ふて下さつた。本当にコンナ目出度い事はありませぬワ。今日只今始めて臍下丹田の天の岩戸が開けました。これから本当の真如の日月が現はれませう。お互様にお目出度う存じます』 若彦は拍手を打つて、 若彦『大神様有難う御座います。愈私も心天の妖雲が晴れました』 と感謝の辞を涙と共に述べたて居る。 玉照姫は何とも形容の出来ない美はしき顔色にて、御機嫌斜ならずニコニコと笑ひ始め給ひ、お玉は嬉し泣きに泣き入る。 馬公、鹿公二人は互に顔を見合せ、 馬公、鹿公『ハテ合点がゆかぬ。こりやマアどうなり往くのであらうかな』 紫姫、若彦は今後果して如何なる行動に出づるならむか。 (大正一一・五・六旧四・一〇藤津久子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 05 零敗の苦 | 第五章零敗の苦〔六五〇〕 炎熱火房に坐するが如く、釜中に在るが如き酷暑の空、雲路を別けて降り来る一隻の飛行船は、フサの国北山村のウラナイ教が本山の広庭に無事着陸したり。魔我彦、蠑螈別の二人は此音に驚き、高姫の御帰館なりと、取るものも取敢ず、表に駆け出し見れば、高姫は眼釣り、得も謂はれぬ凄じき形相し乍ら、鶴、亀の両人を伴ひ、船より出で来り、 高姫『アヽ蠑螈別さま、留守中大儀で御座いました。別に変つた事は有りませなンだかな』 蠑螈別『ハイ、たいした変りは有りませぬが、二三日以前より、何とも知れぬ太白星の様な光を発した光玉、夜半の頃になると、大音響を立て、庭前に落下する事屡で有ります』 高姫『それは大変な吉祥だ。併し其玉はどうなさつたか』 魔我彦は丁重に首を下げ、 魔我彦『毎朝早くより、綿密に調べて見ましたが、別に此れと云ふものも落て居らず、又何の形跡も残つて居ませぬ』 高姫『それは不思議な事だ。いづれ何か結構な事が有るでせう』 蠑螈別『紫の雲の出所は分りましたか。定めて良結果を得られたでせう。万事抜目も無いあなたの事ですから、大成功疑なしと、館内一同の者は貴方の御帰りを今か今かと首を長くして待つて居ました。どうぞ早く奥へお這入り下さいまして、結構な御土産話を、一同に聞かして下さいませ』 高姫『………』 魔我彦『コレコレ蠑螈別さま、大切な神界の御経綸、玄関口で尋ねると云ふ事があるものか、高姫様が沈黙なさるも当然だ』 蠑螈別『ア、それもさうでした。高姫さま、サア奥へ御案内致しませう』 高姫は奥に入る。一同は俄に上を下へと、バタバタ歓迎の準備に多忙を極め居る。 高姫『今日は無事に墜落もせず、遥々と帰つて来たのだから、御神前にお神酒を沢山に献上し、種々の御馳走をお供へ申し、ゆつくり直会の宴でも張つて下さい。あまり急速力で帰つて来ましたので、妾は少し許り頭痛気味だから、奥へ往つて二三日ユツクリ休息を致します』 蠑螈別『ア、それはさうでせう。併し乍ら御休みになれば、お尋ね申す訳にもゆかず、一寸端緒なりと、一口仰有つて下さいませいナ』 高姫『神界の御経綸、秘密は何処までも秘密ぢや。今は御神命に依りて言ふ事が出来ませぬ……コレ鶴に、亀、お前も休みなさい。種々の事を言ふではないよ』 鶴公『私はチツトも疲労して居りませぬ。別に休む必要も御座いませぬから、ゆつくりと貴方に代つて、亀と二人が交る交る、一切の大失敗……ウン……オツトドツコイ顛末を演説致しませうか』 高姫『コレコレ鶴、亀、鶴は千年、亀は万年と云ふ事が有るぢやないか。鶴には千年の間箝口令を布く。亀には一万年が間箝口令を布く…』 鶴公『モシ高姫さま、千年も箝口令を布かれては、唖も同様ですから、そればつかりは取消を願ひます』 高姫『イヤ、今度の事に関してのみ箝口令を布くのだよ。其外の事はお前の勝手だ。紫の雲に関した秘密の件だけは言うてはならない。時節が来たならば、高姫が皆に披露するから、サア鶴、亀、お前も永らくお供をして呉れて、辛かつただらう。二三日、誰も居らぬ所へ往つてユツクリと遊びて来なさい、又いろいろの事を喋舌ると煩雑いからな。……蠑螈別さま、魔我彦さま、それなら失礼致します。どうぞユツクリ酒でも飲み、皆さまと仲よく、神恩を感謝して下さい。妾は何だか頭痛がして、モウこれつきり暫く言ひませぬから』 と襖を引開け奥の間に力無げに進み入り、中より固く鍵をかけて了ひけり。 蠑螈別『サア皆さま、これから祭典を執行し、終つて直会の宴だ。今日は酒の飲み満足だ。併し酒を飲むのはいいが、酒に呑まれない様にして下さいよ』 甲『蠑螈別の大将、あなたこそ何時も酒に呑まれるでせう。今日はあなたから十分の御警戒を願ひますで。何分高姫様が頭痛を起してお休みになつて居るのだから、あまり大きな声を出しては、お体に障つちやなりませぬからなア』 蠑螈別『きまつた事だ。ソンナ事に抜かりの有る私だと思つて居るか』 祭典は型の如く厳粛に行ひ了り、一同は別殿に進み入り、直会の宴に現を抜かし、そろそろ酒の酔が廻るにつれて、喧騒を極め出したり。 甲『オイ鶴、随分愉快だつたらうなア。お羨ましい。吾々もアヽ云ふお供がして見たいワ』 鶴公『何を云うても、大飛行船に乗つて、地上の森羅万象を眼下に見くだし、空中征服の勇者になつて、自転倒島へ渡るのだもの、実に愉々快々、筆紙の尽すべき限りでは無かつたよ』 甲『立派に目的は達しただらうな』 鶴公『勿論の事、途中に墜落もなく、立派に目的地に到達したのだ』 甲『それは定まつて居るが、モ一つの肝腎要の紫の雲だ。それはどうなつたのだい』 鶴公『紫の雲に関する事は千年間の箝口令が布かれてあるから、紫だけは言つて呉れな。其代りに玉照姫の一件は、事に依つたら報告してやらう。併し乍らモウ少し酒が廻らぬと、巧く言霊が運転しないワイ。一つ滑車に油を注ぐのだな』 亀公『コラコラ鶴公、紫の雲に関する事と云へば、玉照姫の事だつて言はれぬぢやないか、箝口令を厳守せぬかい』 鶴公『ナーニ、紫の雲の事さへ言はなかつたら良いぢやないか。皆の御連中が証人ぢや、ナア蠑螈別さま、高姫さまはそう仰有つただらう』 蠑螈別『兎も角、成功話を言つて下さい。皆の者が待ちに待つて居つたのだ』 亀公『コラコラ鶴、滅多の事を言うではないぞ』 鶴公『貴様は酒を喰はぬから、生真面目で仕方がない。融通の利かぬ奴だ。高姫様のお口からは、アンナ事がどうしても言はれぬものだから、俺達に代つて、言うではないぞと仰有つたのは、要するに言へと云ふ事だよ。別に俺の口で俺が喋べるのに、資本金が要るのでもなし、国税を納める心配も要らぬのだから……俺は俺の自由の権を発揮するのだ』 亀公『ソンナラお前の勝手にしたがよいワイ。俺だけは何処までも沈黙を守るから…』 鶴は酒にグタグタに酔ひ、傲然として肱を張り、 鶴公『今日の鶴公は、要するに高姫様の代言者ぢや。さう心得て謹聴しなさい、エヘン、 フサの国をば後にして雲井の空を高姫が 翼ひろげて鶴亀の二人の勇士を伴ひつ 高山短山下に見て大海原を打渡り 自転倒島にゆらゆらと降り着いたは由良湊 魔窟ケ原へテクテクと三人駒を並べつつ 黒姫館に立入りて委細の様子を尋ぬれば 弥仙の山の裾野原賤が伏家に世を忍ぶ 豊彦夫婦の館より色も芽出度き訝かしの 雲立ち昇り玉照姫の神の命の神人が 現はれました事の由聞いたる時の嬉しさよ 黒姫司は逸早く千変万化の手を尽し 紫姫や青彦の二人の勇士に一任し 玉照姫をウラナイの教の道の本山に 迎へむものと気を配り心を尽す妙案奇策 どうした拍子の瓢箪かガラリと外れて三五の 神の教の間諜紫姫や青彦は 手の掌返す情無さ高姫司は青筋を 立ててカツカと怒り出す高山彦や黒姫は ソロソロ喧嘩を始め出す此有様を見る俺は 立つても坐ても居られない気の毒さまと申さうか 愛想が尽きたと申さうか言ふに謂はれぬ為体 これから奥は有るけれど此れより先は神界の 秘密ぢや程にどうしても紫姫や青彦の 誠の様子は話せないアヽ惟神々々 高山彦や黒姫はさぞ今頃はブクブクと 面を膨らし燻つて互に顔を睨み鯛 目を釣り腮釣り蛸釣つて一悶錯の最中だらう モウモウコンナ物語飲みし酒迄冷えて来る 三五教は日に月に旭の豊栄昇るごと 玉照姫の神力で宇内へ輝き渡るだらう それに引換へウラナイの神の教はゴテゴテと 貧乏世帯の夕日影段々影が薄くなり 終局に闇となるで有らうアヽ惟神々々 叶はぬ時の神頼み鶴公司の報告は 先づ先づザツと此通り』 蠑螈別『オイ鶴公、真面目に報告をせないか。ソンナ馬鹿な事が有つて堪るものかい』 鶴公『堪つても堪らいでも、事実は事実だ』 蠑螈別『仕方がないなア』 鶴公『エーもう此鶴公は、千年の箝口令を布かれて居るが、俺の副守護神に対しては言論自由だ。……オイ副守の奴、チツと酒ばつかり喰うて居らずに発動せぬかい。責任は副守が負ふのだよ。……副守護神が現はれて何から何迄包まず隠さず知らすのであるから、鶴公司は何にも知らず、高姫殿、必ず必ず鶴公を恨めて下さるなよだ、ヒヽン』 魔我彦『サア副守先生、細かく仰有つて下さいませ』 鶴公『ウーン、ウンウン、此方は鶴公の肉体を守護致す副守護神のズル公であるぞよ。併し乍ら大体の要領は、鶴公の肉体が申した通り、今回の事件は全部高姫さん一派の零敗だ。大当違の大失策だ。それだから頭痛もせないのに頭痛がすると言つて、此不利益極まる報告を避けたのだ。何れ早晩分る事実だから、隠したつて仕方がない。モウ、ウラナイ教は駄目だ。バラモン教は間近まで教線を張り、猛烈な勢でやつて来る。ウラル教は又もや蘇生した様に、此フサの国を中心として押寄せて来て居る。三五教も其通り。三方から敵を受けて、どうして此教が、拡張所か現状維持も難かしい。日向に氷だ。風前の灯火だ。アツハヽヽヽ、良い気味だ。世界一の黍団子、何程キビキビした高姫の智嚢でも、最早底叩きだ。底抜けの大失策だ。底抜け序に自棄酒でも飲み、底抜け騒ぎをやつたがよからうぞよ。ウーン、ウン、もうズル公はこれで引取るぞよ。蠑螈別、魔我彦、好な酒でもズルズルベツタリに飲みたが宜からうぞよ』 とグレンと体をかわし、汗をブルブルかいて正気に返つた様な姿を装ひ、 鶴公『何だか副守護神が仰有つたやうですな。何と言はれました。自分の口で言つて自分の耳へ聞えぬのだから、大変に不便利だ。知覚精神を忘却し、大死一番の境に立ち、感覚を蕩尽し、意念を断滅して、仮死状態になつて居たものだから、言うた事がトンと分らない。…鶴公は何も知らぬぞよ。高姫の先生殿、屹度鶴公を叱つて下さるなよ。守護神が口を借つた許りであるぞよ』 甲『アハヽヽヽ、何は兎もあれ、貴様は知らな知らぬでよいワ。副守護神の奴、鶴公が全部言つた通りだと証明したよ。ヤツパリ鶴公の肉体に責任があるのだ。…モシモシ蠑螈別さま、一寸先や暗の夜だ。飲めよ騒げよと、ウラル教もどきに乱痴気騒ぎでもやりませうかい。チツト位乱暴したつて、劫腹癒やしだ。今日に限つて、高姫さまだつて、失敗して帰つて来て、吾々に荘重な口調を以て、戒告を与へる事は出来ますまい』 亀公『今鶴公の肉体の言つた事も、ズル公の副守の言つた事も、全然反対だ。お前達を驚かさうと思つて、アンナ芝居をやりよつたのだ。鶴位の知つた事かい。本当の事は此亀公が脳裡に秘め隠してあるのだ。鶴と云ふ奴ア、ツルツルと口が辷るから本当の事は知らしてないのだよ。屹度一道の光明がウラナイ教の上に輝いて居るのだから、さう気投げをするものぢやない。千秋万歳楽の鶴亀の齢と共に、天の岩戸は立派に開けて日の出神様の御守護の世となるのだ。闇の後には月が出る。夜が過ぐれば日の出となるのは、天地の真理だ。暗中明あり、明中暗あり、明暗交々代り行くは、所謂神の摂理だ。人は得意の時に屹度失望落胆の種を蒔き、不遇の境遇に有る時、屹度光明幸福の因を培ひ養ふものだ。何時も昼ばつかり有るものぢやない、又暗黒な夜ばかりでもない。善悪不二、吉凶同根、明暗一如、禍福一途、大楽観の中に大苦観あり、大苦観の中に大楽観あり、天国に地獄交はり、地獄に天国現はる。有耶無耶の世の中だ。マアマア心配するな。コンナ結構な事は無いのだよ。人は心の持様一つだ。ドンナ苦しい事でも、観念一つで大歓楽と忽ち一変する世の中だ。吁惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と拍手し、祈願を凝らして居る。高姫は此場に手拭にて鉢巻し乍ら、ノコノコと現はれ来り、 高姫『ヤア皆さま、お元気な事、親の心は子知らず、神の心は人間知らず。あなた方は実に羨ましいお身分だ。妾も半時なりとあなた方の様な気分になつて見たいワ』 魔我彦『何分に重大なる責任を負担して御座る貴女の事ですから、御心中を御察し申します。今回の遠路の御旅行、さぞさぞお疲れで御座いませう。それに就いても言ふに謂はれぬ御苦心が有つた様です。玉照姫は到頭三五教に取られて了つた様ですなア』 高姫『エー、それは誰れが言つたのかなア』 魔我彦『ズル公が詳細に報告を致しました。併し乍ら失敗は成功の基、失敗が無くては経験が積みませぬ。即ち万世に残る大偉業は七転び八起きと云うて、幾度も失敗を重ね、鍛へ上げねば駄目ですよ。イヤもう御心中お察し申します』 高姫『ヤアこれだけ沢山な宣伝使や信者がある中に、妾の苦衷を察して呉れる者はお前だけだ、アヽ妾もこれで死ンでも得心だ。千歳の後に一人の知己を得れば満足だと覚悟して居たが、現在此処に一人の知己を得たか、アヽ有難や、これと云ふのもウラナイ教の神様のお蔭…』 鶴公『知己を得ましたか。千歳の後で無くて今チキに妙チキチンのチンチキチン、心の曲つた魔我彦が共鳴しましたのは、実に上下一致天地合体の象徴でせう。併しこれは鶴公の肉体に守護致すズル公の託宣ですから、決して鶴公に怒つては下さるなよ。…神は物は言はなンだが、時節参りて鶴公の口を藉りて委細の事を説いて聞かすぞよ。ウンウンウン、ドスン……アーア又何だか憑依しよつたな。イヤ副守の奴発動したと見える。飛行機に乗つて空中を征服し乍ら、意気揚々とやつて居つたと思へば、俄の暴風に翼を煽られ、地上目蒐けて真つ逆様に顛落せしと思ひきや、ウラナイ教の本山、八咫の大広間の酒宴の場席、アーア助かつた助かつた』 高姫『コレコレ鶴公、ソンナ偽神術をやつたつて、此高姫はチヤンと審神をして居ますよ。お前は余程卑怯者だ。残らず責任を副守護神に転嫁せうとするのだナ』 鶴公『イエイエ決して決して、臍下丹田に割拠する副守の発動です。どうぞ此副守を何とかして追ひ出して下さいな』 高姫『蠑螈別さま、魔我彦さま、鶴公の臍下丹田に割拠する副守の奴、此短刀を貸してあげるから、剔り出してやつて下さい。鶴公の願ひだから……ナア鶴公、チツトは痛くつても辛抱するのだよ。苦の後には楽がある。死ぬのは生れるのだ。生れるのは墓場へ近寄るのだ。仮令死ンだ所で、やがて新しくなるのだからナア、ヒヽヽヽ』 鶴公『モシモシ高姫さま、そンなことせなくつても、副守は飛ンで出ますよ。ウンウンウン……ソレ、もう飛ンで出ました。ア、もう此ズル公は鶴公の肉体には居らぬぞよ』 魔我彦『馬鹿にするない。飛ンで出たと言つてからまだ……此肉体には居らぬぞよ……とは誰が言つたのだ。ヤツパリ副守が居つて貴様の口を使つたのだらう。肉体を離れた奴が貴様の肉体を使つて腹の中から声を出すと云ふ理由が有るか』 鶴公『これは副守護神の言霊の惰力だ。どうぞ半時ばかり待つて居て下さい』 斯かる所へ又もや一隻の飛行船天を轟かし、庭前に下り来る。 鶴公『あの物音は敵か、味方か。紫姫、青彦、玉照姫を捧持してウラナイ教に献納に来たのか。但は高山彦、黒姫、悄然として泣き面かわき帰つて来たのか。……ヤアヤア者共、一刻も早く表へ駆け出し、実否を調べて参れ。世界見え透く日の出神が、鶴公の肉体を借りて申付けるぞよ』 亀公『何を言うのだ。日の出神様は世界中見え透き遊ばすのだが、門口へ出て来た者が敵か味方か分らぬと云ふ様な、日の出神が有るものかい』 鶴公『ウラナイ教に憑依する日の出神は、先づ此位な程度だよ、イヒヽヽヽ』 亀公『誠の日の出神の生宮の高姫さまの御前だぞ。チツトは遠慮を致さぬかい』 鶴公『モシモシ本当の日の出神の生宮、高姫さま、貴女はジツとして、世界中の事が見え透く御身霊、表へ下つて来た飛行船の主は敵で御座いますか、味方で御座いますか、どうぞお知らせ下さいませ。これがよい審神のし時ぢや。これが分らぬよな事では、日の出神さまも良い加減なものですよ。貴女の信用を回復し……否御威徳を顕彰するのは、今を措いて他にありませぬ。サア此一瞬間が貴女に対し、ウラナイ教に対し、国家興亡の分るる所、明かに命中させて、一同の胆玉を取り挫ぎ、疑惑を晴らしてやつて下さい』 高姫『コレコレ鶴公、一歩出れば分る事ぢやないか。お前は大それた、神を審神せうとするのかい。ソンナ逆様事が何処に有るものか。恰度学校の生徒が校長の学力を試験するよなものだ。ソンナ天地の転倒つた事が何処に有りますか。心得なされツ』 鶴公『これは誠に済みませぬ。併し乍ら、私も実は今回の貴女の大失敗を回復させ、帰依心を増さしめむが為の、血涙を呑みての忠告ですから、悪く思つて下さつてはなりませぬ』 高姫、心の中に、 高姫『今来た人は何して居るのかなア、早く此処へ来て呉れれば良いのに……』 鶴公『高姫さま、スツタ揉ンだと掛合つとる間に、やがて誰か這入つて来ませう。さうすればヤツと胸撫でおろし、虎口を遁れたと、一安心する人が、どつかに一人現はれさうですよ』 高姫チツトでも暇をいれようと考へて居る。外には高山彦、黒姫、寅若、菊若、富彦の五人連れ、傷持つ足の何となく屋内に進みかね、モヂモヂとして入りがてに居る。 黒姫『アヽ誰か来て呉れさうなものだなア。何時もの様に堂々と……何だか今日は閾が高くて這入れない様な気がする……オイ寅若、お前這入つて下さいな』 寅若『此奴ア一つ低気圧が襲来しますよ。ウツカリ這入らうものなら、暴風雨の為に何処へ吹き散らされるか分つたものぢや有りませぬ。私の様に横平たい図体の者は、風が能く当つて散り易いから、斯う云ふ時にはお誂ひ向の細長い、風を啣まぬ、帆柱竹の様な高山彦さまが適任でせう』 黒姫『エー一寸も自由にならぬ人だな。なぜお前はそれ程師匠の言ふ事を用ひぬのだい』 寅若『ヘン、師匠なぞと、殊勝らしい事を仰有いますワイ。失笑せざるを得ませぬワ。今までは乞食の虱の様に口で殺して御座つたが、今度の失敗はどうです。吾々の顔までが、何ともなしに痩せた様な気が致しますワイ。これと云ふも全く、お前さまが出しやばるからだ。それだから牝鶏の唄ふ家は碌な事が出来ぬと言ひませうがな。此役目は大責任の地位に立たせられる黒姫さまの直接任務だ。外の事なら二つ返辞で承はりませうが、こればつかりは真つ平御免だ。お生憎様……』 と白い歯を喰ひ締め、腮をしやくつて見せたり。 黒姫『エー剛情な男だナア。一旦師匠と仰いだら、何でも彼でも盲従するのが弟子の道だ。師匠や親は無理を云ふものだと思ひなされと、常々云うて聞かして有るぢやないか。何事に依らず、絶対服従を誓つたお前ぢやないか。モウお前は今日限り、師弟の縁を切るから、さう思ひなさい』 寅若『トラ、ワカらぬ事を仰有いますな。宇治の橋姫ぢやないが、二つ目には縁を切るの、封を切るのと、口癖の様に……馬鹿々々しい。実の所は此方から切りたい位だ。アツハヽヽヽ』 菊若『モシモシ黒姫さま、私は何時も申す通り、善悪邪正の外に超越し、絶対信仰を以て貴女の仰せは、徹頭徹尾キク若だ。オイ富彦、俺と一緒に出て来い。何時まで閾が高いと言つて、物貰ひの様に門口に立つて居たところで、解決がつかない。常よりも大股に跨げて這入らうぢやないか、黒姫さまばつかりの失敗ぢやない。総監督の任に当る高姫さまも、其責を負ふべきものだ。先んずれば人を制すだ。ナニ構ふものか、堂々と這入つてやらうかい』 と菊若はワザと大きな咳払をなし、富彦を従へ、大手を揮つて、人声のする八咫の大広間へ向つて進み行く。 菊若『これはこれは高姫様、御無事で御帰館遊ばされまして、お芽出たう存じます』 高姫『此日の出神が霊眼で見た通り、お前は黒姫のお使で、飛行船に乗つて遠方ご苦労だつたなア。あア見えても高山彦、黒姫さまも大抵ぢやない。非常な御苦心だ。何事も時節には敵はぬから、お前が帰つたら、どうぞ慰めて上げて下さいよ。妾もつい腹が立つて、怒つて帰るは帰つたものの、何だか黒姫さまの事が気になつて、後ろ髪曳かるる様な気がしてならなかつた。アヽ可哀相に……魔窟ケ原の陰気な岩窟で、黒姫さまも第二の作戦計画をして御座るであらう』 菊若『イエ、黒姫さま始め、高山彦、寅若も、今門前へ飛来致しまして、余り貴方に会はす顔がないので、門口にモガモガと手持無沙汰で、這入るにも這入られず、帰るにも帰られぬと言つて、煩悶苦悩の自由権利を極端に発揮して居られます』 高姫『アヽさうだらうさうだらう、妾の見たのは黒姫さまの本守護神だつた。本守護神は依然として岩窟に止まつて居られる。副守の先生肉体をひつぱつて来たのだな。何分顕幽を超越して居る天眼通だから、ツイ軽率に見誤つたのだ。霊眼と云ふものは余程注意をせなならぬものだ、ホツホヽヽヽ』 鶴公『高姫さま、貴方の霊眼は実に重宝ですなア。活殺自在、実に一分一厘の隙も有りませぬワ。さうなくては一方の将として、多数を率ゐる事は出来ませぬワイ。イヤもう貴方の神智神識には……否邪智頑識には、実に感服の外なしで御座います』 高姫『エーつべこべ何理屈を仰有る。神界の事が物質かぶれのお前に分つて堪るものか。斯うして幾十年も神界の為に尽して居る妾でさへも、あまり奥が深うてまだ其蘊奥を究めて居ない位だのに、僅か十年足らずの入信者が分つてたまるものか……誠が分りたら、口をつまへて黙りて居つて、改心致さなならぬ様になるぞよ。ゴテゴテと喋舌りたい間は、誠の改心が出来て居らぬのであるぞよ。一時も早く改心致して、うぶの心になりて、誠の御用を致して下されよ……と変性男子のお筆先にチヤンと書いて有るぢやないか。筆先の読みよが足らぬと、そンな屁理屈を言はねばならぬ。神の道は理屈では可けませぬぞエ。絶対服従、帰依心、帰依道、帰依師でなければ信仰の鍵は握れませぬぞエ』 鶴公『二つ目にはよい避難所を見つけられますなア。鍵が握れぬなぞと、うまく仰有いますワイ。鶴公の名論卓説を握り潰すと云ふ心算でせう』 高姫『きまつた事だ。古参者の吾々に、新参のお前たちが、太刀打しようと思つたつてそりや駄目だ。駄目の事は言はぬが宜しい。あつたら口に風引かすよなものだ。何時までもツルツルと理屈を仰有るなら、モウ神のツルを切らうか』 鶴公『ツルなつと、カメなつと、縁なつとお切りなさい。三五教もウラナイ教も奉斎主神は同じ事だもの。私は神さまと直接交渉致します。人を力にするな、師匠を杖につくなと、三五教もどきに貴女も始終仰有つたぢやありませぬか。嘘を吐く師匠を杖に突くと云ふ事は、熟々考へて見ればみる程厭になつて来ましたワイ。何れ私が脱退すれば、千匹猿の様に、喧し屋の革新派が従いて来るでせう。さうすればウラナイ教もシーンとして、世間から見て、大きな館で沢山人が居る様だがナンした静かな所ぢやと、世間から申す様になるぞよ。さうでなければ誠が開けぬぞよと日の出神のお筆先にも出て居る通り、貴方も御本望でせう。筆先の実地証明が出来て、日の出神の生宮の御威勢は益々揚り、旭日昇天のウラナイ教となりませう』 高姫『コレ鶴公、よう物を考へて見なさいや、ソンナ浅薄な仕組ぢや有りませぬぞエ。お前はチツトばかり青表紙や、蟹文字を噛つて居るから、仕末にをへぬ。マアマア時節を待ちなさい。枯木にも花咲く時が来る。後になつて、アーアあの時に短気を起さなかつたらよかつたにと、地団駄踏みてジリジリ悶えをしてもあきませぬぞエ。よう胸に手を当て心と相談をして見なさい』 鶴公『ヤツパリ、私の様なプロテスタントにも未練がかかりますかなア』 高姫『プロテスタント派だから余計可愛のだ。敵を愛せよと神様は仰有る。改心の出来ぬ悪人程、妾は可愛いのだ。不具な子程親は余計憐れみを加へたがる様に、神様の御慈愛と云ふものは、親が子を思ふと同じ事だ』 鶴公『アヽ仕方がない。流石は高姫さまだ。チツトも攻撃の出来ない様に、何時の間にか鉄条網を張つて了つた』 高姫『早く黒姫さまを此方へお迎へして来ないか。コレコレ亀公、黒姫さま一同にどうぞお這入りなさいませと言つて、御案内を申してお出で……』 亀公『承知致しました』 鶴公『オイ亀公、鶴と亀とは配合物だ。俺も従いて往かう』 亀公『ヤアお前が来ると又難問題が突発すると仲裁に困るから、マア控へとつて呉れ』 鶴公『ナーニ、鶴と亀と揃うてゆけば、鶴亀凛々だ。活機臨々として高姫の御威勢は、天より高く輝き亘り、大空に塞がる黒姫……オツトドツコイ黒雲は、高山彦のイホリを掻き分けて、天津日の出神の御守護となるに定つて居る。それは此鶴公が鶴証するよ。アハヽヽヽ』 高姫『コレコレ鶴公、お前は此処に待つて居なさい。亀公一人で結構だ』 鶴公『これは高姫さまのお言葉とも覚えませぬ。折角遠方からお出でになつたのに、亀公一人を出しては、チツト不待遇ぢや有りませぬか。鶴亀の揃はぬのは、あまりお芽出たうは有りますまいぞ。併し乍ら高姫様は芽出たい様にと、鶴亀の両人を連れてお出でになつたが、ヤツパリ……ヤツパリだから、御案じ遊ばすのも無理は御座いますまい。……エー仕方が有りませぬ。大譲歩を致しまして、鶴公は本陣に扣へて居りませう。……オイ亀公、一人御苦労だが、鶴公は奥にハシヤいで居ます……と黒姫さま一行に伝言をするのだよ』 亀公『勝手に、何なと吐けツ』 と足を早めて表へ駆け出したり。黒姫の一行は亀公に案内され、喪家の犬の様に悄気返つて、コソコソと足音までソツと、薄氷を踏む様な体裁で此場に現はれたり。 高姫『アヽ黒姫さま、高山彦さま、ようマア帰つて下さつた。今も今とて霊眼で貴方の御心労を拝観して居ました。お前さまは副守護神の容器だらう。黒姫さまや、高山彦さまの本守護神は屹度アンナ利巧な事はなさいますまい』 黒姫『ハイ誠に申訳の有り……もせぬ事を致しまして、何分副守護神が此頃は権幕が強いものですから、黒姫の本守護神も持て余して居られますワイ。高山彦さまの本守護神も第二の作戦計画をやつて居られます。此処に参上たのはヤツパリお察しの通り副守護神の容器で御座います』 高姫『それはそれは副守護神どの、遠路の所御苦労で御座いました。サアサアどうぞ妾の居間へお出で下さいませ。副守護神同志、何かの相談を致しませう』 ハイと答へて、黒姫、高山彦は、高姫の後に従ひ、ホツと一息つき乍ら、奥の間指してシホシホと進み行く。後には魔我彦、蠑螈別、鶴公、亀公、寅若、菊若、富彦、甲乙丙丁戊己其他数十人の者、酒に酔ひ潰れ、喧々囂々、遂には打つ、蹴る、擲る、泣く、笑ふ、怒るの一大修羅場が現出されウラナイ教の本山は鼎の沸くが如く大乱脈の幕に包まれにける。 (大正一一・五・七旧四・一一松村真澄録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 08 大悟徹底 | 第八章大悟徹底〔六五三〕 紫姫、若彦、お玉は元伊勢の神殿に祈願を籠め終り、玉照姫を介抱しつつ、馬、鹿両人の復命如何にと待つて居た。 黄昏過ぐる頃神殿に向つて急ぎ来る二つの影。 馬公、鹿公『モシモシ紫姫さま、若彦さまは居られますか、馬、鹿の両人で御座います』 若彦『ヤア馬公に鹿公、御苦労だつたナア。様子は如何ぢや』 馬公『ハイまアまア上いきでした。黒姫はフサの国へ帰つて不在中だとかで、残りの十四五人の連中、酒に喰ひ酔つて大騒ぎの真最中、到頭吾々両人も引張り込まれ、酒に酔ひ潰され、敵味方の区別も無く互に歓を尽して居る最中へ、やつて来たのはフサの国の本山より高姫、黒姫の使として鶴公、亀公の両人、そこで吾々両人は貴女方の御意見を伝へますると、鶴公、亀公は一も二も無く承諾をしました。併し乍ら一寸フサの国まで伺つて来るから、確たる返答は後程するとの事でございました』 紫姫『アヽそれは御苦労でしたナ。左様ならば御返事のあるまで、一旦聖地へ引返しませうか』 若彦『それが御よろしうございませう。玉照姫様が元伊勢へ御参拝の御供を致したと思へば無駄にはなりませぬ。サアサア急ぎ帰りませう』 と一行五人は、玉照姫を恭しく捧持しつつ再び世継王山麓の館に立帰りける。峰の嵐に吹き散らされて満天の雲は何処ともなく姿を消し、上弦の月は東天に輝き初めた。夜明けに間もなき時なりける。 四五日過ぐる夜半頃、世継王山麓の玉照姫が庵を訪ねる数名の男女が現はれた。凩吹き荒ぶ真夜中頃、紫姫以下の家族は残らず寝に就て居た。門の戸を敲く男の声、 鶴公『モシモシ夜中に参りまして済みませぬが、私は御存知のフサの国のウラナイ教の本山から参りました鶴公でございます。先日馬公さま、鹿公さまに御聞き申したことを、直様高姫、黒姫様に御伝へ致しました所、殊の外御悦び遊ばして、唯今此所へ大勢伴れて御出でになりました』 馬公は此の声を聞き、家の中より、 馬公『ヤア擬ふ方なき鶴公さまの声、一寸待つて下さい。今直に紫姫様に申上げますから、オイ鹿公、起きぬか、大変だ大変だ』 鹿公はむつくと起き、 鹿公『ナヽヽ何が大変だ。大方フサの国から黒姫さま、高姫さまが殊の外御悦びで御出でになつたのだらう』 馬公『なまくらな奴だ、聞いてゐやがつたのだな』 鹿公『アハヽヽヽ、モシモシ紫姫さま、若彦さま、高姫、黒姫の御両人が御出でになりましたよ』 紫姫『アーそれは御遠方の所、よう来て下さつた。馬公や、早く表を開けて下さい。さうして受付で一寸御茶でも差上げて、此方の奥の片付くまで待つて居て貰うて下さい』 と欣々として寝床を片付け、掃除にかかる。若彦は寝巻を着替へ、慌て表に飛び出し、 若彦『ヤー黒姫さま、高姫さま、よう御出で下さいました。サアほんの仮小屋で貴方の御在遊ばす本山に比ぶれば、全で柴小屋の様なものでございますが、どうぞ御入り下さいませ』 高姫『青彦さま、何事も神界の御都合だから今迄の事は、全然水に流して仲好うするのだよ』 若彦『ハイハイ仰せの通り仲好うする程、結構なことはございませぬ』 黒姫『お前は矢張り私の眼識に違はず、屹度こんな好結果を齎すであらうと思つて居つた。私の眼は矢張り黒いワ。高姫さま如何でございます、間違ひはありますまい』 高姫『イヤどうも恐れ入りました。サアサア御免蒙りませう』 と一同はぞろぞろと閾を跨げて奥に進み入る。 紫姫『これはこれは皆様よくおはせられました。毎日日日首を伸ばして御返事如何にと御待ち申してゐました。こちらの方から御返事の有り次第伺ふつもりでしたのに、自ら御出張下さいますとは、実に有難いことでございます。どうぞ今迄の御無礼は御赦し下さいませ』 黒姫『モー斯うなれば親子も同然だ。決して御気遣ひ下さるな』 と奥の間の正座に一行七人ずらりと棚の布袋然として座を占る。 紫姫は心底より嬉々として、丁寧に遠来の客をもてなしてゐる。若彦、馬、鹿の三人は俄に襷掛けとなり、御馳走の献立に全力を尽してゐる。お玉は玉照姫の側を離れず大切に保護して居る。 黒姫『これ紫姫さま、貴女は本当に見上げた御方だ。この黒姫でさへも深遠霊妙なる貴女の秘策には気が付かなかつた。大事を遂行するものは、さうなくてはならぬものだ。現在上役の私さへも知らぬやうに、うまく芝居を仕組まれた其の腕前は、実に感服致しました。モシ高姫さま、それだから私が貴女に御目にかけた時、掘り出し物が手に入つたと言うたぢやありませぬか。黒姫の眼力も、あまり捨てたものぢやありますまい。エヘヽヽヽ』 と肩を揺る。 紫姫『イエイエもとより智慧の足らはぬ妾のことでございますから、実の処は若彦、元の名の青彦と二人、悦子姫さまの御指図に従つて、済まぬとは知り乍ら黒姫様を誑かつたのです。つまり貴女に揚げ壺を喰はし、玉照姫様を此方へ捧持して帰つた時は、それはそれは何とも知れぬ心持でございました。嬉しいやら又何ともなしに気持が悪いやら、貴女に対して御気の毒やら、何か心の奥の奥に一つの黒い影があるやうな心持でした、今日となつては実に一点の曇りも無き様になりまして、こんな嬉しいことはございませぬ』 黒姫は眼を丸うし、口を尖らし、 黒姫『さうすると矢張りお前等二人諜し合はして、私を抱き落しにかけたのだな。ほんにほんに油断ならぬ途方も無い腹の黒いお姫様だ。オホヽヽヽ』 高姫『これ黒姫さま、もう好いぢやありませぬか。改心さへなさつたら何も言ふことはありませぬワ。過ぎ去つたことを言うて互に気分を悪うするよりも、勇んで御用をするのが神様に対して孝行ぢや。もうそんな事は打切りに致して、打解けて是から神業に参加しようではありませぬか』 紫姫『有難うございます。これに就きましては種々と深い理由がございますが、軈て御膳の支度も出来ませうから、ゆつくりと召上つて其の後に、妾等の懺悔話を聞いて貰ひませう』 斯る処へ若彦は現はれ来り、 若彦『皆さま、御飯の用意が出来ました。もう夜も明けかけましたから、どうぞ御手水を使つて御飯を召上つて下さいませ』 黒姫『サア皆さま、身体を潔めて神様に御礼を申上げ、御飯を頂戴して、ゆるゆると御話を承はることにしませう』 此の言葉に一同は裏の谷川の清泉に口を嗽ぎ、手水を使ひ神前に祝詞を奏上し、終つて朝餉の膳に就いた。 黒姫『何から何まで心を籠めた結構な御馳走を頂戴致しました。青彦さまの真心が染み込んで、何となく美味く頂戴致しました。時に青彦さまに否紫姫さまに改めて御訊ね致しますが、それだけ仕組んで此の年寄をちよろまかし、茲まで成功して置き乍ら、何の為に今となつて玉照姫様を、私の方へ渡さうと言ふのだい。大方玉照姫様の御意に叶はずして何か恐ろしい夢でも毎晩二人の方が見せられ、責られるのが辛さに切羽詰つての今度の降参ぢやないか。素盞嗚尊の悪神の御用をするお前として、どうも不思議で堪らぬぢやないか。サアすつぱりと打明けて言ひなされ。事によつたら玉照姫様を受取つて上げぬこともない』 若彦『イエイエ滅相もない。玉照姫様は何時も大変な御機嫌でゐらせられ、御神徳は日々輝きまして、此の御方あるため三五教は大変な勢力になつて来ました』 黒姫『そんな結構な玉照姫様を何故又あれだけ秘術を尽して手に入れ乍ら、ウラナイ教へ受取つて下されと頼みに来たのだい』 若彦『実は剣尖山の麓の谷川で、貴女に御眼にかかつた時、紫姫様と吾々以心伝心的に詐つて、ウラナイ教に帰順と見せかけ、貴女の計略をすつかり探知し、うまく取り入つて重任を仰せ付けらるるところまで漕ぎつけ、これ幸ひと豊彦の家へ綾彦夫婦を引伴れ、玉照姫様、お玉さまを受取り、黒姫さまは今頃は欠伸をして待つてゐらつしやるだらう。エー好いことをした、痛快だと心欣々帰つて参り、日に夜に侍き仕へ奉り、その御かげで旭日昇天の三五教の勢ひとなり、素盞嗚大神様も嘸御悦びの事と思つて居りましたところ、或夜のこと大神様の御娘英子姫様に、大神様より非常な御意見を遊ばされた上、権謀術数的偽策を弄して貴き神様を手に入れるとは不都合千万だ、三五教に於て最も必要なる玉照姫なれば、ウラナイ教にも必要であらう。黒姫が全力を尽して手に入れようとしてゐるものを、無慈悲にも何故そんな掠奪的行動を執つたのだ。己の欲する所は他人に施せと云ふ神の心を知らぬか、一時も早く黒姫に玉照姫を御渡し申し、御詫を致せ。さうして其方等は三五教の宣伝使を止めよとの意外なる御不興、厳しき御命令でございました。それが為に紫姫様も、私も嗚呼縮尻つた。三五教の精神はそんなものぢやない。また素盞嗚大神様の大御心は、吾々のやうな半清半濁の魂ではない。誠一つの水晶の御魂と感じ入り、恐れ入つて気が気でならず、貴女が依然として魔窟ケ原の巌窟に御座ることと思ひ、玉照姫様が元伊勢様へ御参拝の御供を幸ひ、馬、鹿の両人を遣はして御詫にやつたところ、生憎本山へ御引上げの御留守中、幸ひにも本山より、鶴、亀の御両人が御出でになつたさうで、そこで馬、鹿の両人が吾々の意志を伝へて、貴女に御願ひしたやうな次第でございます。決して決して吾々両人が心からの改心で御渡し申さうと言ふのではございませぬ。全く大神様の御命令に拠つたのでございます』 紫姫『唯今若彦の申された通り、寸分の相違もございませぬ。どうぞ吾々の今迄の悪心を御赦し下さいまして、玉照姫様をウラナイ教へ御受取下さいませ。吾々一同がフサの国迄御供を致します。さうして吾々最早三五教を除名されたものでございますれば、どうぞ貴女の幕下に御使ひ下さいますように御願ひ申します』 黒姫『よしよし私の否ウラナイ教の立派な宣伝使にして上げませうよ。御心配なさるな。又玉照姫様もお玉さまも確に御受取り致しませう』 高姫『アヽ一寸黒姫さま、御待ち下さいませ。こりや吾々も一つ考へねばなりますまい。何程玉照姫様が結構な御方だと言つて、ハイ左様かと頂いて帰る訳には行きますまい』 黒姫『そりや又何故に、折角ここ迄に漕ぎつけたのに、神様の御神徳を受取らぬと仰有るのですか』 高姫『私は実に心の中のさもしさが今更の如く恥かしくなつて来ました。素盞嗚尊様は変性女子だ、悪役だと今の今まで思ひ詰め、こんな神の建てた教は絶対に根底から粉砕して了はねば世界は何時迄も闇黒だから、仮令私の生命は如何なつても、素盞嗚尊の悪神を打滅し、三五教を根底より替へて誠一つのウラナイの教で世界を水晶に致し、二度目の岩戸開きをせなならぬと、今の今迄一生懸命に活動して来ましたが、素盞嗚尊様は矢張り善であつた。大善は大悪に似たり、真の孝は不孝に似たり、誠の教は偽りの教に似たりと言ふ神様の御教示が、私の胸に釘さすやうに響いて来ました。アヽ瑞の御霊様、今迄の私の取違ひ、御無礼を何卒赦して下さいませ』 と両手を合せ、涙をハラハラと流し、身体を畳に打突けるやうに藻掻いて詫入るのであつた。 黒姫は狐につままれたやうな顔をして、一言も発せず、眼ばかりギヨロつかせて一同を眺めて居る。梟鳥の夜食に外れたと言はうか、鳩が豆鉄砲を喰つたと言はうか、何とも形容の出来ぬスタイルを遺憾なく暴露してゐる。紫姫は高姫に取縋り、涙乍らに、 紫姫『モシモシ高姫様、どうぞ許して下さいませ。貴女は其様な綺麗な御心とは知らず、今の今迄陰険な御方と疑つて居りました。何も彼も是にてすつかり御心中が氷解致しました。アー私は何としたさもしい根性でありましただらう。どうぞ私達を助けると思つて、玉照姫様を御受取り下さいませ』 高姫は漸々顔を上げ、涙を袖にて拭ひ乍ら鼻を啜つて、 高姫『イヤもう前世よりの深い罪業で、今が今迄瞋恚の雲に包まれ、執着心の悪魔に囚はれて、思はぬ恥を神様の前に晒しました。国治立の大神様、豊国姫の大神様、素盞嗚大神様も嘸端ない奴だと御笑ひでございませう。それに就けても茲迄素盞嗚大神様を敵として、有らむ限りの悪口を申上げ、神業の御邪魔を何彼につけて致して来ました。此の深い罪をも御咎めなく、大切な玉照姫様を私達に御遣はし下された上、大切な宣伝使まで懲戒のため除名をするとの御言葉、何たる公平無私な神様でございませう。アヽ勿体ない、どうぞ神様赦して下さいませ』 と又もや泣き伏しける。黒姫も何となく悲しさうに俯向いて、肩で息をして居る。 馬公『オイ鹿公、どうしても世継王山の麓はフモトぢや。全で狐を馬に乗せたやうな天変地変が勃発したぢやないか』 鹿公『そうだから一寸先は暗の世よ。何事も惟神に任せ、人間の分際で神の経綸は判らぬと仰有るのだ』 馬公『そうだと言つて、変ると言つても、あまりぢやないか。彼れ程両方から一生懸命になつて、狙つて居つた玉照姫様を貰つて呉れ、イヤ勿体ないなんて肝腎の玉照姫様を馬鹿にして居るぢやないか。此方で振られ、彼方で振られ、玉照姫さまだつて立つ所が無いぢやらう。俺はウラナイ教が伴れて帰らねば、お玉さまと一緒に手を携へて、玉照姫様を捧持し、何処かの山奥に行つて、一旗挙げて見ようと思ふが如何だらうな』 鹿公『何を吐すのだ。貴様等に玉照姫さまやお玉さまが随いて往かつしやると思ふか』 馬公『一寸先は暗の世だ。人間の知識の範囲でわかるものかい。何事も神様の御意思の儘だ。併しよく考へてみよ、高姫さまや、黒姫さまが泣いて受取らず、紫姫さまや、若彦が受取つて呉れと言ふ。何方にもゆき場がなくなつて、宙にブラリの玉照姫さまだ。白羽の矢は屹度俺にささらねば、ささるものがないぢやないか』 鹿公『アハヽヽヽ、取らぬ狸の皮算用だ、拾はぬ金子の分配話見たやうな惚けたことを言ふない。余程貴様もお目出度い奴だ。アハヽヽヽ』 若彦『こりや馬、鹿の両人、沈黙せぬか』 馬公、鹿公『ハイ沈黙致します。併しお前さま等のやうに涙をこぼしての沈黙とは違ひますから、玉石混淆されては困りますで』 若彦『要らぬ口をたたくものぢやない』 馬、鹿は目を細うし、舌をベロツと出し、腮をしやくつて蹲踞んで見せた。 高姫は涙を払ひ、 高姫『アヽ兎も角一旦フサの国の本山へ帰りまして、トツクリと思案を致しまして其上に御返事をさして貰ひませう。サア黒姫さま、御暇乞ひをしようではございませぬか』 黒姫『玉照姫さまの御身の上はどうなさる。序に鄭重に御迎ひ申して帰つたら如何でせう』 紫姫『どうぞさうなさつて下さいませ。ナアお玉さま、貴方行つて下さいますか』 お玉『ハイ何事も惟神に任した妾、どうぞ宜敷きやうに御願ひ致します』 高姫『なんと仰有つて下さいましても、心が恥かしくつて玉照姫様を御世話さして戴くだけの資格がないやうに、守護神が申します。どうぞ此場は、これ限りにして下さいませ』 若彦『どうしても御受取下さらぬのですか。又吾々の願ひを諾いてやらぬとの御了簡ですか。それはあまりぢやありませぬか』 高姫『なんと仰有つても暫らくの御猶予を頂きます。どうぞ大切に玉照姫様を御世話して上げて下さいませ。万々一素盞嗚大神様が此事に就て、貴方方をお咎めになるやうなことがあれば、此の高姫がどんな責任でも負して頂きます。アヽ玉照姫様どうぞ御機嫌よう三五教を御守り下さいませ。罪深き高姫、御言葉をおかけ申すも畏れ多うございますが、広き厚き大御心に見直し、聞直し下さいまして罪深き吾々どもを御許し下さいませ。左様ならば御暇致しますよ』 黒姫『もうお帰りですか』 高姫『サア貴方も帰りませう。玉照姫様にお暇乞ひをなさいませ。紫姫様、青彦様、其外御一同様、突然参りまして、エライ御造作をかけました。一先づ本山まで帰つて参ります。何分宜しうお願ひ申します』 紫姫『アヽ強つてさう仰有れば是非はございませぬ。これも全く妾等の行届かないからのこと、どうぞ悪からず思召し下さいまして、将来何分宜敷く御願ひ申します』 馬公『是非ともよろしう』 鹿公『私も同じく是非ともよろしう』 高姫『サア金公、八公、飛行船の用意だ』 高姫一行は二隻の飛行船に搭乗するや否や、円を描いて空中に駆け昇り、西天高く姿を隠したり。 アヽ高姫、黒姫は今後如何なる行動に出づるならむか。 (大正一一・五・七旧四・一一外山豊二録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 09 身魂の浄化 | 第九章身魂の浄化〔六五四〕 心の暗の空晴れて、世界に鬼は梨の木の、峠の巌に腰打掛け、雪雲の空を眺めて、雑談に耽る二人の男あり。 荒鷹『アヽ思ひまはせば今年の春の初、鬼熊別の部下となつて、三岳山の岩窟に数多の手下を引連れ、善からぬ事計りを得意になつて、自己保存は人生の本領だと思ひ詰め、利己主義の行動を以て金科玉条として居たが、まだ天道様は吾々を捨て給はざりしか、音彦、加米彦、悦子姫様の一行に救はれ、飜然と悟り、三五教に入信さして頂き、鬼熊別の本城に逆襲し、言向和さむと心力を尽して見たが、まだ鬼熊別の大将は、神の救ひのお綱が掛つて居なかつたと見え、吾々の熱誠なる言霊の忠告を馬耳東風と聞き流し、終には鬼雲彦の後を追うて何処ともなく遁走して了つた。仮令三日でも同じ鍋はだの飯を食つた間柄だから、我々としては何処までも、誠の道に救はねばならないのだが、何処へお出でになつたか行衛は知れず、三五教へ這入つてから、此れと云ふ様な神様に御奉仕も出来ず、困つたものだ。竹生島へ行つて見れば、英子姫様は神業を完成遊ばして、素盞嗚大神様と共に、フサの国斎苑の御住居へお帰り遊ばした後なり、三五教の方々には、散り散りバラになつて別れて了ひ、殆ど方向に迷ふ今日の有様、せめては高城山の松姫でも言向和して、一つ功を立てねばなるまい………ナア鬼鷹』 鬼鷹『オーそうだ。此処も所は違ふが、ヤツパリ大枝山だ。あの向うに見えるは確かに高城山だ。何時も悪神の邪気に依つて黒雲が山の頂を包んで居たが、今日は又どうしたものだ。何時にない立派な雲が棚引いて居るではないか。何でも三五教の誰かが征服して、結構な神様を祀り、神徳が現はれて居るのではなからうかな。万一さうであるとすれば、結構は結構だが、吾々はモウ此自転倒島に於いて活動する所が無くなつた様なものだ。兎も角高城山を一度踏査して実否を探り、万々一三五教に帰順して居たとすれば、モウ仕方がない。どつと張り込んで此海を渡り、竜宮の一つ島へでも往つて、一働きしようぢやないか』 荒鷹『オウそれが上分別だ。併し第一着手として、高城山の探険と出かけやうぢやないか』 鬼鷹『高城山に立派な雲が棚引いて居るが、あれ見よ、真西に当つて又もや弥仙山の麓の様に紫の雲が靉靆いて居るぢやないか。玉照姫様に匹敵した男神様が御出現遊ばしたのではあるまいかなア。併し何は兎も角高城山へ打向ひ、其次に紫の雲の出処を調べる事としようかい。サアサア行かう』 と板を立てた様な坂道を下り、西へ西へと駆出した。満目蕭然として地は一面の薄雪の白布を被つて居る。仁王の様な足型を印し乍ら、高城山の山麓、千代川の郷、鳴石の傍までやつて来た。 荒鷹『一方は樹木鬱蒼とした箱庭式の小山に、卯の花の咲いた様に、白雪が梢に止まり、時ならぬ花を咲かせ、前は何とも知れぬ綺麓な水の流れた大堰川、こんな佳い景色は大枝の坂を越えてこのかた、見た事も無い。一つ此辺で休息した上、ボツボツと高城山に向ふ事にしようかい』 鬼鷹『何だか妙な声がし出したぢやないか。別に人間らしい者も居らず、獣とても居ないやうだ。狐や狸の足型は薄雪の上に残つて居るが、併し狐の声でもなし、人間の声でもなし、合点のいかぬ響きがするぢやないか。兎も角此処に大きな岩がある。どこもかも薄雪だらけだが、此岩に限つて一片の雪もたまつて居ない、さうして又カラカラに乾いて居る。幸ひ此岩の上で、楊柳観音ぢやないが、一つ瞑目静坐し心胆を錬つて見たらどうだ』 荒鷹は打首肯き乍ら、平坦な巌の上にドツカと坐つた。 荒鷹『オイ兄弟、大変此岩は温かいぞ。お前も一寸此処に坐つて見よ』 鬼鷹『ヤア本当に温かい岩だなア。地上一面冷たい雪が降り、冷酷な世界の人情は此通りと、天地から鑑を出して、俺達に示して御座るのに、こりや又どうしたものだ。僅か一坪ばかりの此岩の上許りは、冷酷な雪もたまらず、春の様な暖かみを帯びて居る。是れを見ても、どつかに暖かい人間も、チツとは残つて居ると云ふ神様の暗示だらうよ』 忽ち膝下の平面岩は鳴動を始め、刻々に音響強大猛烈の度を加へて来た。二人は驚いて足早に飛び下り、七八間此方に引き返し、岩石を見詰めて居た。忽ち岩石は白煙を吐き出した。続いて紫の雲細く長く、白煙の中に棹を立てた様に天に冲し、蕨が握り拳を固めたやうな恰好になつては、二三十間中空に消え、又同じく現はれては消え、幾回となく紫の円柱が立昇り、生々滅々して居る。二人は『ヤアヤア』と声を張り上げ驚くばかりであつた。猛烈なる大爆音は次第々々に低声となり、遂にピタリと止まつた。白煙は依然として盛に立昇つて居る。此時金の冠を戴き、種々の宝玉を以て造られたる瓔珞を身体一面に着飾り、白き薄衣を着したる、白面豊頬の女神、眉目の位置と謂ひ、鼻の附具合と云ひ、唇の色紅を呈し、雪の如き歯を少しく見せ、ニヤリと笑ひ乍ら現はれ給うた。 荒鷹『ヤア音に名高い川堰の鳴石であつたか。それとは知らずに御無礼千万にも、吾々の汚れた体で踏みにじり、誠に申訳のない事を致したワイ。キツと鳴石の霊が現はれて、何か吾々に対して厳しい御託宣を下されるのであらう。何はともあれお詫をするより仕方がない』 と荒鷹は薄雪の積もる大地にペタリと平太張つて、謝罪の意を表した。鬼鷹も同じく大地に鰭伏し慄うて居る。忽ち虚空に音楽聞え、蓮の葉の様な大花弁がパラパラと降つて来た。四辺はえも云はれぬ芳香に包まれた。荒鷹は頭を地に附け乍ら、少しく首を曲げ、一方の目にて恐る恐る岩上の女神を眺めた。女神は二人の美しき稚児を左右に侍らせ、例の白烟の中に莞爾として立現はれ、白に稍桃色を帯びたる繊手を差し延べて、此方の両人に向ひ手招きして居る。 荒鷹『オイ鬼鷹、ソウツと頭を上げてあの女神を拝んで見よ。何だか吾々両人に対して御用が有りそうだぞ』 此声に鬼鷹はコワゴワ乍ら、女神の方に眼を注いだ刹那、鬼鷹は『アツ』と叫んで、又もや大地に頭を摺付けた。何時の間にやら両人の体は何者にか引きずらるる様な心地し、以前の平岩の前に安着して居た。女神は淑やかに、 女神『荒鷹どの、鬼鷹どの、しばらくで御座つたなア』 此声に両人は一度に頭を擡げ、熟々と女神の姿を打眺め、腑に落ちぬ面色にて頭を掻いて居る。女神は二人の稚児に、懐より麗しき玉を持たせ、何事か目配せした。二人の稚児は両人の前に進みより、小さき紫の玉を両人の額に当て、コンコンと打ち込んだ。二人は『アイタタ』と云ふ間もなく、痛みは止まつた。二人の稚児は忽ち女神の両脇に復帰し、さも愉快げに笑つて居る。此時より荒鷹、鬼鷹の二人は何となく心穏かに春の様な気分が漂うた。 女神は静に、 女神『唯今より荒鷹、鬼鷹では有りませぬ。隆靖彦、隆光彦と名を与へます。どうぞ今後は誠の神人となつて、神業に参加して下さい。妾の顔を覚えて居ますか』 荒鷹はやつと安堵の態、 荒鷹『隆靖彦の名を賜はり、有難き、身に取つての光栄で御座います』 隆光彦『私の如き曇り切つた身魂に対し、隆光彦と御名を下さいましたのは、何ともお礼の申様が御座いませぬ。失礼乍ら貴神様は吾々と共に三岳山の岩窟にお住居遊ばした丹州様では御座いませぬか』 女神は莞爾として首肯く。 隆靖彦『アヽ是れで世界晴れが致しました。モウ此上は高城山の松姫を言向け和し、瑞の御霊の大神様の御神業に奉仕し、天地に蟠まる八岐の大蛇を言向け和す御神力は、十分に与へられた様な心持になりました。有難う御座います』 隆光彦も無言の儘、頭を下げ感謝の意を表示する。 隆靖彦『あなた様は今まで丹州と身を変じ、吾々の身魂を研く為に、種々雑多と御苦労を遊ばした神様、どうぞ御名を現はし下さいませ』 女神『今は我名を現はすべき時にあらず。自然に貴方等の身魂に感得し得る所まで磨いて下さい。妾の素性が明瞭お分りになつた其時は、貴方等の身魂は天晴れの神人となられた時です。それまでは、あなた方の為に懸案として暫く留保して置きませう』 と云ふかと見れば、三柱の姿は煙となつて消えて了つた。鳴石は依然として小さき唸りを立てて居る。 隆靖彦『なんと不思議な事が有つたもんですなア。吾々に不思議な女神さまが現はれて、隆靖彦だとか、隆光彦だとか、身分不相応の神名を下さつたが、実際に於て責任を尽す事が出来るであらうかと、又一つ心配が殖えて来たやうだ』 隆光彦『そうだ、私も同感だ。併しあの女神様は何処となく丹州さまにソツくりだつた。お前もさう思つただらう』 隆靖彦『ヤア私はあまり勿体なくて、とつくりと顔を、ヨウ拝まなんだよ。何とはなしに目がマクマクして、面を向ける事が出来なかつた。そうして何だか心の底から恥しくつて、自分の今迄の罪悪を照される様な気がして、随分苦しかつた。是れはヒヨツとしたら夢ぢや有るまいかなア』 隆光彦『ナニ、夢所か本当に顕はれ給うたのだ。斯うなつた以上は、層一層言行を慎んで立派な宣伝使にならなくちや、今の女神様に対して申訳が無からう。併し乍ら此の鳴石は依然として唸つて居るぢやないか。又々どんな神様が出現遊ばすか分らないよ。モウ暫く此処に祝詞を奏上して待つて居たらどうだらう』 隆靖彦『ヤア此上立派な神様に出られてたまるものかい。モウ此れで結構だ。恥かしくつて仕方がない。サアサア早く高城山へ行かう』 二人は鳴石に恭しく礼拝し、足早に大川の堤を伝つて上り行く。忽ちドンと突き当つた二人の男、驚いて、 二人『ヤアこれはこれは誠に無調法致しました。あまり俯むいて道を急いで居ましたので、女神様の御通りとも知らず、衝突を致しまして、申訳が御座いませぬ。どうぞお許し下さいませ』 隆靖彦『ヤアお前は、馬公に鹿公ぢやないか。エライ勢ひで何処へ行く積りぢや』 馬公『ハイ吾々の大将、紫姫、青彦の両人さま、大失敗を演じ、聖地にも居れないと云ふ立場になつて苦んで居られます。私等両人はあまりお気の毒で、見て居る訳にも行かず、そつと館を飛び出し、江州の竹生島へ参つて、英子姫様にお目にかかり、お情を以て、素盞嗚大神様に両人のお詫をして頂かうと思ひ、取る物も取敢ず参りました。どうぞ丹州さま、何とか、あなたもお力添をして下さいませぬか、お頼み申します』 隆靖彦『私は丹州さまぢやない。お前さんと一緒に、鬼ケ城の言霊戦に向つた大悪人たりし、荒鷹で御座いますよ』 馬公『モシモシ丹州さま、ソラ何を仰有います。眉目清秀、厳として冒す可らざるあなたの御容貌、女神の姿に化けて居らつしやるが、適切りあなたは擬ふ方なき丹州様、そんな意地の悪い事を仰有らずに、気を許して、打解けて下さいな』 鹿公『ヤア不思議だ。此処にも丹州さまそつくりの方が又現はれた。一目見た時から変つたお方ぢやと思つて居たが、ヤツパリ神様の化身で御座いましたか。どうぞ唯今申した通りの始末ですから、宜しく御神力を以てお助け下さいませ』 隆光彦『イエイエ決して決して、私は丹州さまでは御座いませぬ。荒鷹の兄弟分鬼鷹と云ふ、三岳山の岩窟に於て、悪ばかり働いて居つた男で御座いますよ』 馬、鹿『なんと仰有つても、鬼鷹、荒鷹の様な粗雑な容貌ぢや有りませぬワ。彼奴ア、一旦改心はしよつたが、又地金を出して、どつかへ迂路つき、此頃は鬼雲彦や鬼熊別の後を追うて、悪の道へ逆転旅行をやつて居るだらうと、吾々仲間の評定に上つて居る位な男です。そんな善悪不可解の筒井式の男の名を騙つたりなさらずに、本当の事を言つて下さい。私達は千騎一騎の場合で御座います』 隆靖彦『世間の眼識は違はぬものだなア。何程改心してもヤツパリどつかに、副守が割拠して居つたと見えて、三五教の御連中からは、今、馬公、鹿公の言つた様に見られて居つたのだなア。アーア仕方のないものだ。どうぞしてあの時の姿になつて、此両人の疑を晴らしたいものだ。斯うなると、麗しき容貌になつたのが、却て有難迷惑だ。ナア鬼鷹否々、隆光彦さま…』 隆光彦『アヽさうですなア。併し、馬公さま、鹿公さまにまで疑はれる程、霊魂が向上し、体の相貌までが変つて来たと云ふ事は、実に尊いものだ。ヤツパリ人間は霊魂が第一だ。……モシモシ馬さま鹿さま、決して嘘は申しませぬ。たつた今、何とも知れぬ立派な女神様から、玉を頂いたが最後、斯んなに変化して了つたのだ。名も隆靖彦、隆光彦と頂いたのだが、つい今の先まで依然として、荒鷹、鬼鷹の姿で居つたのだ。どうぞ疑を晴らして下さい』 馬、鹿の二人は疑団の雲に包まれ、両人の姿を頭の上から足の爪先まで、念入りに見詰めて居る。 隆靖彦(荒鷹)・隆光彦(鬼鷹)『バラモン教の総大将鬼雲彦の部下となり 三岳の山の岩窟に心も荒き荒鷹や 生血を絞る鬼鷹と現はれ出でて四方八方の 老若男女を拐はかし無慈悲の限りを尽したる 鬼熊別と諸共に大江の山や鬼ケ城 三岳の山に山砦を構へて住まへる折もあれ 天津御空の雲別けて降りましたか地を掘りて 現はれましたか知らねども何とはなしに威厳ある 丹州さまがやつて来て俺の乾児にして呉れと 頭を下げて頼まれる二人は素より神ならぬ 身の悲しさに丹州を奴隷の如く酷き使ひ 紫姫の主従をウマウマ岩窟に騙し込み 馬公、鹿公二人をば地獄に等しき岩穴へ 情容赦も荒縄に縛つてヤツと放り込みし 天地容れざる大悪の罪をも憎まず三五の 神の教の宣伝使音彦、加米彦現はれて 悦子の姫を守りつつ深き罪をば差し赦し 神の教に導きて忽ち変る神心 人を悩める鬼ケ城悪魔の砦に立向ひ 聞くも芽出たき言霊の清き戦に参加して 神の尊き事を知り三五教の神の道 四方の国々弘めむと心を配る折柄に 弥仙の山の山麓に神の知らせか紫の 雲立昇る麗しさ吾々二人は何となく 雲に引かるる心地して木の花姫の斎りたる 御山の麓に来て見れば豈計らむや丹州の 威厳備はる御姿に再び驚き畏みて 踵を返し須知山の峠の上に来て見れば 常彦さまや滝、板の二人の姿に驚きつ 一言二言云ひかはし丹州さまの仰せをば 畏み仕へ東路を指して山坂打渉り 荒波猛る琵琶の湖英子の姫の隠れます 竹生の島に往て見れば藻抜けの殻の果敢なさに 駒の首を立て直し彼方此方と彷徨ひつ 吾信仰も堅木原足並揃へて沓掛の 郷を踏み越え懺悔坂漸く登り梨の木の 峠に立ちて眺むれば遥に見ゆる西の空 高城山の頂きに五色の雲の棚引きし 其光景に憧憬れつ薄雪踏み締め来て見れば 風の音高く鳴石の上より昇る白煙 また立昇る紫の雲に心を奪はれつ 両手を合せ拝む内煙の中より現はれし 荘厳無比の女神さま二人の稚児を伴ひて 吾れにうつしき宝玉を授け給うと見る間に 鬼をも欺く醜体の二人は忽ち此通り 白衣の袖に包まれて容貌忽ち一変し 隆靖彦や隆光彦の教の司と名付けられ やうやう此処に来て見れば顔見覚えた馬公や 鹿公二人に巡り会ひ俄に変る吾姿 如何程言葉を尽すとも諾なひまさぬは道理なれ アヽ然り乍ら然り乍ら吾れはヤツパリ荒鷹に 鬼鷹二人の向上身どうぞ疑晴らしませ 人は心が第一よ霊魂研けば忽ちに 鬼も変じて神となり心一つの持方で 神も忽ち鬼となるさは然り乍ら人の身の 如何に霊魂を研くとも神の力に依らざれば 徹底的に魂は清まるものに有らざらむ 自力信仰もよけれども唯何事も人の世は 他力の神に身を任せ心を任せ皇神の 救ひを得るより途はない人の賢しき利巧もて 誠の道を究めむと思うた事の誤りを 今漸くに悟りけり吁馬公よ鹿公よ 人間心を振棄てて唯何事も惟神 神の他力に打任せ誠の信仰積むがよい 吾れは是れより高城の山の麓に現はれし ウラナイ教の宣伝使松姫さまを言向けて 誠の道に救はむと思ひ定めて進み行く 紫姫や若彦の二人の心は察すれど 人間心の如何にして救ふ手段がありませうか 魂を研いて今は唯花咲く春を待てばよい 神素盞嗚大神の無量無限のお慈悲心 如何でか見捨て給はむやアヽ惟神々々 御霊幸はひましまして紫姫や若彦に 如何なる罪の有りとても心平らに安らかに 直日に見直し聞直し宣り直しませ素盞嗚の 大神様に祈ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの麻柱の道を貫く吾々は 神の救ひは目の前必ずともに二人共 心を痛め給ふまじ女神の姿と現はれし 吾々二人は先頭に高城山に向ひ行く 馬公、鹿公両人よ執着心を振り棄てて 吾等と共に言霊の清き戦に加はりて 太しき功績を立て給へいざいざさらば、いざさらば 一時も早く片時も疾く速けく参りませう 神は汝と倶にあり神の恵は海よりも 深しと聞けば高城の山は如何程嶮しとも 悪魔の勢強くとも神の光を身に受けて 常世の暗を照し行く三五教の吾々が 身の上こそは楽しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひ坐しませよ』 と宣伝歌を歌ひつつ、一行四人は一歩々々、ウラナイ教の松姫が館を指して近付きぬ。 馬公『モシモシ最前のお歌に依つて、私達もスツカリと信仰の妙味と効果が、心底から諒解出来ました。併し乍ら吾々両人は、紫姫様のお供を致し、比沼の真奈井の貴の宝座へ参拝の途中、あなた方に拐はかされ、其お蔭にて尊き三五教の信者となり、御主人の紫姫様は、世にも尊き宣伝使とまでお成り遊ばし、吾々両人は昼夜感涙に咽び……アーア吾々主従は何とした果報者だ……と喜んで居りましたが、計らずも紫姫様は若彦さまと共に、大神様の御不興を蒙り、少しの取違より、今は三五教を除名され、神様に対しては申訳なく、其罪万死に値すると言つて、日夜紫姫様のお歎き、家来の吾々両人、これがどうして見て居られませう。そこで吾々は紫姫様にお暇を願ひ、一つの功名を立て、大神様に誠を現はし、其功に依りて御主人の罪を赦して戴かうと思ひ、それとはなしにお願致しましたが、どうしても紫姫様は吾々に暇を下さらないので、血を吐くやうな思ひをして、心にも有らぬ主人に対し罵詈雑言を逞しうし、ヤツと勘当されて此処までやつて来ました。モウ斯うなる上は、仮令失敗を致さうとも、御主人の御身には何の関係も及ぼさないなり、万々一吾々が功名手柄を現はした時には御主人様に帰参をお願致し、さうして紫姫様の名誉を回復したいばつかりで、両人申合せ、何とか良い御用をして見たいと思つて、此処まで参りました。併し乍らあなたは既に高城山を言向け和さむと御決心なされた以上は、吾々はお供の身の上、仮令成功を致しましても、それが御主人様のお詫の材料にはなりませぬ。あなたは既に其れだけの御神徳をお頂きになつたのだから、此言霊戦はどうぞ、私に譲つて下さいますまいか』 鹿公『いま馬公の申した通りの事情で御座います。どうぞ、吾々の切なる胸中をお察し下さいまして、今回は吾々にお任せ下さいませ。万々一失敗を致しました時は、第二軍として、あなた方御両人が、弔戦をやつて下さいませぬか』 と涙をハラハラと流し、真心を面に現はして頼みゐる。 隆靖彦『吾々も入信以来、一つの功労もなく、せめては頑強なる松姫を言向け和し、神様にお目にかけたいと思つてやつて来たが、武士は相身互だ。それだけの事情を聞いた以上は、強つて断る訳にも行かぬ。ナア隆光彦さま、此言霊戦は馬公、鹿公に手柄を譲りませうか。己の欲する所は人に施せとの御神勅を思ひ出せば、無情に撥ねつける訳にもゆきますまい』 隆光彦『あなたの仰有る通りです。馬公、鹿公、御苦労乍ら華々しくやつて見て下さい。私は彼の川縁の景色の佳い所で、あなたの武者振を拝見致します』 馬、鹿『それは早速の御承諾、有難う御座います。何分身魂の磨けぬ吾々の言霊戦、蔭乍ら御保護を御願ひ致します』 隆靖彦『天晴れ功名手柄を現はして下さい』 隆光彦『大勝利を祈ります』 馬、鹿の両人は『有難う』と感謝の意を表し、二人に別れ、松姫の館を指してイソイソ進み行く。 (大正一一・五・八旧四・一二松村真澄録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 10 馬鹿正直 | 第一〇章馬鹿正直〔六五五〕 雲を抜き出てそそり立つ高城山の峰伝ひ 松樹茂れる神の山木の間に閃く十曜の神紋 国治立の大神や埴安神や木の花の 姫の命の御教を四方に伝ふるウラナイの 神の教の出社と鳴り響きたる神館 五六七の御世を松姫が朝な夕なに真心を こめて祈りの言霊に百の神たち寄り集ひ 醜の教と云ひ乍ら御国を思ひ世を思ふ 其御心を諾なひて守らせ給ふぞ尊けれ。 松姫館の表門には、受付兼門番の溜り所が設けられてある。竜若、熊彦、虎彦の三人は、あどけなき話に冬の短き日を潰して居る。 竜若『此春頃は陽気も良し、日々木の芽を萌く様に、求道者が踵を接し、随分吾々も受付や門の開閉に繁忙を極めたものだが、春逝き、夏過ぎ、秋去り、冬来る今日此頃、雪は散らつく、凩は吹く、梢は真裸となり白い白い花が咲く様になつた様に、ウラナイ教の此館も、一葉落ちて天下の秋を知る処か、全葉落ちて寂寥極まる天下の冬となつて来たぢやないか。如何に栄枯盛衰は世の習ひだと云つても、ウラナイ教の凋落と云つたら、実に哀れ儚なき有様だ。我々は斯うチヨコナンとして用も無いのに、借つて来た狆の様にして居るのも、何だか気が利かない。松姫様に対しても気の毒な様な気がしてならないワ。嗚呼ウラナイ教にも、冷酷無残の冬が来たのかなア』 熊彦『それが身魂の恩頼だ。冬が有りやこそ春が来るのだ。神様は引懸け戻しの仕組ぢやと仰有るぢやないか。海の波だつて風だつて其通りだ。七五三と風が吹き、波は立つ、ウラナイ教も此春頃は七の風が吹き、七の波が立つて居た。夏になると五の風や五の波、秋の末から冬のかかりにかけて、三の風が吹き、三の波が打つて居る様なものだ。又世の中の歴史は繰返すものだから、花咲く春は屹度ウラナイ教に見舞うて来るよ。天下の春にウラナイ教計り何時迄も、冬の冷酷を眺めて居る様な事はあるまい、さう悲観したものぢやないよ』 虎彦『熊公、随分お前は楽観者だなア。蜘蛛が巣をかけて、虫が引つかかるのを待ち受ける様なやり方では何時迄経つても、ウラナイ教に春は見舞うて呉れない。矢張能ふ限り最善の努力を費やさねば駄目だ。運と云ふものは手を束ねて待つて居たつて、来るものではない。矢張こちらから、活動を開始せねばならないぢやないか。それに此頃は館の松姫様も、宣伝使の布教をお止めなさつたぢやないか。一体吾々は諒解に苦まざるを得ないのだ』 竜若『吾々一同の宣伝使が御神慮に叶つて居ないのだから、十分に此静かな間に、身魂を研き上げ、御神慮を悟り、本当の神様の大御心を体得して、神様から是れなら宣伝をしにやつても差支へ無いと御認めになる迄、吾々は修行をさされて居るのだ。月日の駒は再び帰り来らず、一日再び晨成り難し、此機会に、吾々は充分の魂磨きをやつて置くのだ。今迄の様な脱線だらけの宣伝をしたつて、世の中を益々混乱誑惑させるだけだ。一かど立派な神様の御用を勉めた積りで、お邪魔許りして居たのだから、神様が戒めの為に、此頃の様に宣伝もお止めなさつたり、求道者もお寄せにならないのだらうよ。吾々一同の者が、本当の誠の神心が解つたならば、宣伝にもやつて下さらうし、因縁の身魂も寄せて下さるだらう。神様は何処から何処迄抜け目が無いからなア』 熊彦『それに就いても三五教は比較的隆盛ぢやないか。高姫さまや、黒姫さまの大頭株が得意の神算鬼智を発輝して、玉照姫様をウラナイ教に奉迎せむとなさつたが、薩張三五教の紫姫や、青彦の奴に裏をかかれて馬鹿を見たと云ふのだから、油断も隙もあつたものぢやない。それに又合点のゆかぬは松姫さまぢや。青彦の裏返り者の女房お節が、此間から猫撫で声を出しよつて、旨く松姫さまに取り入り、今では奥の間の御用を務めて居るぢやないか。又黒姫の二の舞を演じてアフンとなさる様な事はあるまいかなア。何程、清濁併せ呑む大海の様な松姫さまの御心でも、お節の様な危険人物を奥に住み込ませて置くのは、爆裂弾を抱へて寝る様なものだ。此位な分り切つた道理がどうして松姫さまは気が付かぬのだらうか』 虎彦『何は兎もあれ、権謀術数至らざるなき、素盞嗚尊の悪神の一派だから千変万化に身を窶し、大胆不敵にも、女の分際としてこんな所へ、恐れ気もなくやつて来居つた危険性を帯びた化物だから、一つでもお節の欠点を発見したら、それを機会に松姫の大将が何と仰有つても、吾々は職を賭してお諫め申し、お節をおつ放り出さねばなるまいぞ』 竜若『それもそうだ。女でさへも三五教へ這入つた奴は、あれだけの胆力が据わつて居るのだから、男は尚更手に合はぬ奴計りだ。又何時三五教の奴がやつて来居つて、魔窟ケ原の岩窟の二の舞ひをやらうと掛るかも知れないから良く気を付けて、三五教の連中だつたら、此門内へ一足でも入れさす事は出来ないぞ。箒で掃出すか、それも聞かねば六尺棒で袋叩きにしても懲らしめてやらねば、ウラナイ教は何時根底から顛覆さされるやら分つたものぢやない。松姫さまは狼であらうが、虎であらうが、老若男女の区別なく、物食ひがよいから困つて了ふ。腹の中へ毒薬を呑み込んで平気で居るのだから実に剣呑千万だ。もうこれからは、一々出て来る奴を誰何して、身魂を調べた上でなければ、通行させる事は出来ないぞ。此門の出入を許否するは吾々一同の権限でもあり大責任だから、今後吾々は三角同盟を形造り、結束を固うして、毛色の変つた怪しき人物は、断乎として通過させない事にして締盟仕様ぢやないか、日の出神の生宮でも竜宮の乙姫さまの生宮でも、月夜に釜を抜かれた様な馬鹿らしい、悲惨な目に遭はされ給ふのだから、余程警戒を厳重にせなくては国家の一大事だ。此門一つが危急存亡の分るる所だからなア』 斯かる処へ馬、鹿の両人、潜り戸をガラガラと開けて這入り来たり。 熊彦『ヤア、門番の吾々に何の応答もなく、潜り戸を開けて這入つて来るとは、怪しからぬぢやないか、サア出て下さい』 馬公『ヤアこれは誠に失礼を致しました。余り森閑として居たものですから、貴方等が厳しい御装束をして門を守つて御座るとは露知らず、心急く儘ついお応答もせず御無礼致しました。何卒此不都合は、神直日大直日に見直し聞直し下さいまして通過させて下さいませ』 熊彦『成らぬと云つたら絶対にならぬのだ。事と品によつたら通してやらぬ事もないが、貴様に限つて通す事出来ぬ哩。其理由とする処は今貴様が、神直日大直日に見直し聞き直して呉れと云つたぢやないか。そんな文句を称へる者は、此広い世界にウラナイ教と三五教の二派あるのみだ。併し乍ら貴様はウラナイ教の人間ぢやない。てつきり三五教の瓦落多だらう。貴様の様な奴を此館へ侵入させ様ものなら、それこそ館の中は忽ちぢや、さうならば、我々も何々に何々しられては矢張忽ちぢや。忽ち変る秋の空、冬の来るのにブルブルと、面の皮剥ぎオツポリ出されて、七尺の男子も矢張忽ちぢや』 馬公『ヤアヤアそれは誠に御親切有難う。我々三五教の馬、鹿の二人が此処へ参る事を、流石明智の松姫様が御存じ遊ばして、門番に命じ吾々を歓迎の為め立待ちさせて置かしやつたのだな。たちまち開く心の門、是れから愈日の出の守護になるであらう、サア鹿公、御免を蒙つて奥へ参りませうかい』 熊彦『何だ、怪つ体な、馬だとか鹿だとか、道理で馬鹿な面付をして居やがる哩。コラコラ此門は善一筋、誠一つの神様や人間の通行門だ。四足の通るべき処ぢやない。トツトと帰らぬか』 馬公『如何にも吾々の名は馬、鹿、四足に間違ひありませぬが、此御門を御覧なさい、これも矢張四足ぢやないか。それにお前の名も、竜とか熊とか、虎とか云うぢやないか。矢張四足だらう。四足門を、四足が守るとは、余程よいコントラストだ、アハヽヽヽ』 虎彦『トラ何を吐しやがるのだ。それ程コントラストが望みなら、貴様の薬鑵を此棍棒でコントラストと叩き付けてやらうか』 と云ふより早く傍の六尺棒を以て、馬、鹿の前頭部を二つ三つ撲り付けた。 鹿公『随分ウラナイ教は、手荒い事をなされますなア』 虎彦『何、ウラナイ教が手荒い事をするのだ無い、貴様の悪心が此虎彦をして、貴様を打たしめるのだ。心の虎が身を責めると云ふのは此事だ。名詮自性、馬鹿な事を云つて通過を懇望するものだからそれで御註文通り、棍棒を頂かしてやつたのだ。今後は謹んで、斯様な乱暴な事を致すでないぞよ。馬、鹿の守護神、勿体なくも、虎彦さんの肉体を使つて馬鹿にしてけつかる、アハヽヽヽ』 馬公『重々私が悪う御座いました。何卒御勘弁下さいませ』 熊彦『悪いと云ふ事が分つたか。悪かつたら勘弁せい、と云つて、それで勘弁が出来ると思ふか。結構な御神門を、四足門だの、吾々三人を四足だのと失敬千万な、劫託を吐きやがつて、何だ、三五教はそんな無茶な身勝手な理屈は通るか知らぬが、誠一途のウラナイ教ではそんな屁理屈は通らぬぞ』 鹿公『イヤもう、通つても通らひでも結構です、吾々の目的は此門を通りさへすれば宜いのだ。黙つて門を開けたのは誠に済まないけれど、諺にも「桃李物云はず」と云ふ事がある。それだから、物静かに敬虔の態度を以て通行したのです』 虎彦『エヽツベコベと、よう囀る奴だ。愚図々々吐すと、鬼の蕨がお見舞ひ申すぞ』 と骨だらけの握拳を固めて、鹿の顔を二つ三つガツンとやつた。 鹿公『アイタヽヽ、随分気張り応があります哩』 虎彦『定つた事だ、斯う見えても、朝から晩迄、剣術に柔術で鍛え上げた百段の免状取りだ。全身鉄を以て固めた、虎彦さまの鉄身、鉄腸、槍でも鉄砲でも持つて来て、撃つなと、突くなとやつて見よ。鋼鉄艦にブトが襲撃する様なものだ、アハヽヽヽ』 と得意の鼻を蠢かし、四角な肩を不恰好に腰迄揺つて嘲笑する。馬公、鹿公は堪忍袋の緒が今やプツリと切かけた。エヽ残念だ、もう此上は善も悪もあつたものかい、三人の奴を片ツ端から打のめし、三五教の腕力を見せてやらうか。イヤイヤ、なる勘忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍だ。訳の分らぬ下劣な奴を相手にしての争ひは自ら好んで人格を失墜するのみならず、延いては、大神様の御心に背き、三五教の名誉を毀損する生死の境だ。仮令叩き殺されても柔和と誠を以て、彼等悪人を心の底より、改心させるのが吾々信者の第一の務めだ。国治立の大神様や素盞嗚大神様の御事を思へば、これ位の口惜残念は宵の口だ。怒りに乗じ手向ひすれば、一時の胸は治まるだらうが、叩かれた者は、安楽に夜分も寝られる、叩いた者は夜分に寝られぬといふ事だ。嗚呼、何事も大慈大悲の大神様の深遠なる恵の鞭だ。吾々は大神様の試錬を受けて居るのだ。紫姫様のお身の上に関する様な失敗を演じては済まない。と、馬、鹿両人は一度に、心中の光明に照されて、嬉し涙をタラタラと流し大地にカヂリ付いて神恩を感謝して居る。 虎彦『オイ馬、鹿、どうだ、往生致したか。初めの高言に似ずメソメソと泣面掻きやがつてチヨロ臭い。女郎の腐つた様な奴だなア。貴様は何時の間にか、睾丸を落して来やがつたのだらう。オイ熊彦、貴様は馬の睾丸を検査するのだ。俺は鹿の睾丸を実地検分してやらう』 と目と目を見合せ両人の尻を引捲り、三つ四つ臀部を叩き、 虎彦『ヤア腰抜けだと思つたら、矢張此奴の体は女に出来て居やがる。骨盤が非常に大いぞ。ヤア長い睾丸を垂らして居やがる』 とギユツと握り、無理無体に後向けに引張つた。 馬、鹿両人は睾丸を引張られ痛さに堪らず、後向けにノタノタと這ひ乍ら、門の外へ引摺り出された。 熊彦、虎彦両人は、手早く門内に駆入り、潜り戸の錠前を下ろし、 熊、虎『アハヽヽヽ、態ア見やがれ、ノソノソとやつて来ると又こんなものだぞ。早く帰つて三五教の奴に、酷い目に遭はされましたと報告しやがれ』 馬公『モシモシ、それは余りで御座います。開けて下さいと無理に申しませぬ、何卒、馬、鹿の両人が、門の外迄参りました、と松姫さまに報告して下さいませ』 虎彦『報告すると、せぬとは、吾々の自由の権利だ。犬の遠吠の様に、見つともない、門の外で、ワンワン吐すな』 鹿公『左様で御座いませうが、どうぞ、何かのお話の序に、一言でも宜しいから、仰有つて下さいませ』 虎彦(大きな声で)『喧しう云ふない。貴様が言つて呉れなと云つたつて、此手柄話を黙つて居る馬鹿が何処にあるかい。ウラナイ教の邪魔計り致す、三五教の馬、鹿の両人の睾丸を掴んで、門外におつ放り出してやつたと云ふ、古今独歩、珍無類の功名手柄を包み隠す必要があるか、縁の下の舞は、我々の取らざる所だ、一時も早く帰らぬか、愚図々々致して居ると、薬鑵に熱湯を浴びせてやらうか。シーツ、シー、こん畜生ツ、アハヽヽヽ。是れで俺も日頃の鬱憤が晴れ、溜飲が下つた。サアこれから、松姫様に申上げて喜んで頂かう、さうすれば又、御褒美に御神酒の一升もお下げ下さるかも知れぬぞ、オホヽヽヽ』 馬公『オイ鹿公、随分結構な神様の試錬に遭つたぢやないか。ようお前も辛抱して呉れた。俺は、お前が短気を起しはせぬかと思つて、どれだけ胸を怯々さして心配したか知れなかつたよ。それでこそ俺の親友だ、有難い、此通りだ、手を合して拝むワ』 と涙を滝の如くに流し男泣きに泣き沈む。 鹿公『そうだな、本当に結構な御神徳を頂いた。これで俺達も、余程、身魂に力が出来て胴が据わつた。身魂に千人力の御神徳を与へて下さつた。アヽ神様、あなたの深き広き御恵み、身に浸み渡つて有難う感謝致します』 と嬉し涙に掻きくれる。 馬公『オー鹿公、よう云うて呉れた。嬉しい』 と、しがみ付く。鹿公も亦、馬公の体にしがみ付き、互に抱き合ひ、忍び泣きに泣いて居る。 秋の名残りの柿の実、只二つ、冬枯れの梢に淋しげにブラ下つて居る。 凩に煽られて、烏の雌雄連れは忽ち此柿の木に羽を休め、悲しさうに可愛い可愛いと啼き立てる。 嗚呼此結果は、如何なるならむか。 (大正一一・五・八旧四・一二藤津久子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 11 変態動物 | 第一一章変態動物〔六五六〕 書院造りのこつてりとした、余り装飾の施して無い瀟洒たる建物の中に、三十路を越えた一人の女と、二十前後の優しい女、桐の丸火鉢を中にひそひそと何か囁き話を始めて居る。 お節『松姫様、春の景色も宜敷う御座いますが、かう薄雪の溜つた四方八方の景色、この苔蒸した庭から見渡す時の美しさは又格別で御座いますな。満目皆銀の蓆を敷き詰めたやうに、それへ日輪様の御光が宿つてきらきらと反射して居る所は恰で玉を敷き詰めたやうですなア、荒金の土を御守護遊ばす神素盞嗚大神の大御心は、此景色のやうに一点の塵もなく汚れもなく、実に瑞々しい御霊で御座いませう』 松姫『左様です、此雪の野辺を眺めますと、妾達の心迄、すがすがしうなつて来ます。貴女のお国は此辺とは違つて雪も深く、今頃は嘸綺麗な事で御座いませう、何事も天地の合せ鏡と云つて、国魂の清い所は又それ相当に清い美しい景色が天地自然に描き出されるものです、私も一度比沼の真名井の珍の宝座に参拝したいと思つて居ますが、何分大任を負はされて居ますので、一日も館をあけて置く訳にもゆかず、実に神様のお道は広いやうで、窮屈なもので御座います。お節さま、貴女はこの夏の初め、魔窟ケ原の黒姫さまの方へお越しになつて以来、俄にお心変りがして三五教へ後戻りをなさつたさうぢやが、三五教とウラナイ教は何う違ひますか』 お節『ハイ誠にお恥かしい事で御座います、心にちつとも根締めが無いものですから、風のまにまに弄ぶられて、つい彼方此方と迂路つき廻りました。併し乍ら何方の教も実に結構だと思ひます、神様は元は一株、三五教だとかウラナイ教だとか、名称は分かれて居りますが、尊敬する誠の神様に些つとも変りはありませぬ、唯教を伝ふる人々の解釈に浅深広狭の別があるのみです。併し乍ら人間と致しましては何事も神様にお任せするより仕方がありませぬ、此世をお造り遊ばして人民を昼夜の区別なくお守り下さる神様を念じさへすればよいのです、教が高遠だとか、浅薄だとか云ふのは人間の解釈の如何によるので、神様御自身に対しては何の関係も無からうと思ひます』 松姫『其お考へなれば何故ウラナイ教へお出でになりましたか、貴女の御主人はいまだに三五教の宣伝使を勤めて居られるのではありませぬか。「二世契る夫婦の中も踏みてゆく道し違へば憎み争ふ」と云ふ道歌がありましたねエ、夫は東へ妻は西へと云ふやうな信仰のやり方はちと考へものですよ、信仰の道を異にする時は屹度家内は治まりますまい、夫唱婦従と云うて女は夫に従ふべきものたる以上、青彦さまの奉じ給ふ三五教を信奉なさつた方が、御家庭の為めよいぢやありませぬか、但青彦さまを貴女の奉ずるウラナイ教へ帰順させるとか、どちらか一つの道にお定めなさつたらどうでせう』 お節『実の所は私がこれへ参りましたのは、貴女に聞いて貰ひ度い事があるからで御座います、貴女は三五教のどの点が悪いと思召すか』 松姫『別に私としては彼是申上げるだけの権利も知識もありませぬ。併し乍ら今の三五教は変性女子の御霊が混入して、変性男子の教にない種々のものが輸入されて居りますから、此儘にして置けば折角の男子の御苦労も水の泡になつて、天下国家の為に由々敷一大事と、男子の系統の高姫さまが御心配遊ばし、止むを得ずウラナイ教をお立てなさつたのですから、ならう事なら三五教の方々も一つ考へ直して頂いて、本当の教を立てて貰ひ度いものです』 お節『変性女子の御霊の素盞嗚尊様の教はお気に入らぬのですか』 松姫『何だか虫が好きませぬ、どこかに物足らぬ所があるやうで御座います、合縁奇縁と云うて信仰の道にも向、不向がありましてな』 お節『さう致しますと貴女は此頃の高姫様や、黒姫様の御意中はお分りになつて居ないのですか』 松姫『イヤ、うすうす承知致して居ります、何うかするとお二人様は怪しくなつて来ました、やがて三五教へお帰りになるのでせう、併し乍ら私としては、さうくれくれと掌返したやうに軽々しく、吾精神を玩弄物にする事は出来ませぬ』 お節『さうすると貴女の師匠と仰ぐ高姫様や、黒姫様の御命令でもお聞きなさらぬお考へですか』 松姫『仮令高姫さまが顛覆なされても、私は最後の一人になる所迄ウラナイ教を立てて行きます。師匠も大切だがお道も大切です、お道が大事か、師匠が大切か、よく考へて御覧なさい、それだと申して師匠に背くと云ふ心は露程も持ちませぬが、止むを得ない場合には矢張本末自他公私の区別を明かにするため、ウラナイ教の孤城を死守する考へで御座います』 お節『さう聞きますと貴女は何処迄もお固いのですなア』 松姫『岩にさへも姫松の生える例がある。一心の誠は岩でも射貫くと云ひます。私の鉄石心は如何なる砲火も威力も動かす事は出来ますまい、これが私の唯一の生命ですから誰が何と云つてもビクとも致しませぬよ。槍でも鉄砲でも梃子でも棒でも、いつかないつかな動くやうな脆弱な御魂ぢやありませぬ、そんな動揺するやうな信仰なら初めからしない方がよろしい、お節さまが私に対して何程婉曲に熱心にお勧め下さつても駄目ですから、何卒是限り御親切は有難う受けますが、もう云つて下さいますな。人は柔順と忍耐と誠さへ徹底的に守つて居れば神様は守つて下さいます。教派の如何にかかはるものぢやありませぬ』 斯く二人の話す折しも、慌ただしく駆け来る門番の熊彦、虎彦二人、 熊、虎『松姫様に申上げます、只今大変な事が出来致しました、それはそれは、小気味よい大勝利です、何卒お喜び下さいませ』 松姫『オヽお前は熊公と虎公さま、エライ血相をして慌だしく何事ですか』 虎彦『貴方も御存じの通り、ウラナイ教の目の上の瘤仇敵、素盞嗚尊の悪神の教を奉ずる三五教の木端武者、馬、鹿と云ふ馬鹿面した二人の奴がやつて来まして、御免とも何とも云はず、潜り門を開き、吾々の門番に無断で、すつと奥へ通らうと致します。貴女が今迄仰有つたでせう、三五教の連中が来たら、一人たりとも通してはならぬ、追払へとの仰せ、又魔窟ケ原の黒姫さまのやうな馬鹿な目に遭つてはならないからと仰有つたのを、我々は其お言葉を夢寐にも忘れず、今日迄よく守り、表門を厳重に固めて居りました。其所へヌクヌクとやつて来て、門が四足だの、吾々を四足身魂だのと嘲弄するものですから、エイ猪口才な、礼儀を知らぬ畜生め、畜生なら畜生相当の制裁を加へてやらうと云うて、吾々両人が六尺棒を以て頭を三つ四つガンとやつた処、口程にもない腰抜け野郎、荒肝を摧がれ、大地に蛙踞になりめそめそと吠面かわいて居る、エヽ此尊い神門を無断で通り、剰つさへ門の様が四足だのと吐いた上、涙を大地に零して霊場を汚しよつたので、つい勇猛心を発揮して断行しました』 松姫『それは乱暴な事をなさつたものだ、誰がそんな事をせいと云ひましたか、これ熊公、真実にお前達、虎公の云ふやうな事をしたのかい』 熊彦『ヘエヘエ、そんな事処ですか、余り業腹が立つので尻をひん捲くり、虎公と二人、両人の臀部をエヽこの柔道百段の腕拳を固めて、青くなる所まで叩いてやりました、其時の態つたら実に滑稽でしたよ』 松姫『其お二人の方は何うなつたのかい』 熊彦『ヘエ、其二人ですか、イヤ二匹の畜生ですか、門の外へ追放り出され、めそめそと女の腐つたやうに抱きついて愁歎場の一幕を演じて居ました。戸の節穴より覗いて見ましたら実に憐れなものでした、イヤ気味のよい、溜飲が下がるやうでした。アヽ大変に骨を折つてウラナイ教の爆裂弾を未発に防ぎ得たのは、全く大神様の広大無辺の御神力は申すに及ばず、吾々両人が愛教の大精神の発露で御座います、何卒何分の何々を何々して下さいますれば吾々は益々神恩を忝けなみ、層一層に厳格に御用を務めます』 松姫『竜若の受付は黙つて見て居たのかい』 熊公『指揮をなさつたでもなく、なさらぬでもなし、悪く云へば瓢鯰式ですな、併し乍ら吾々に対し一部の声援を与へて呉れましたから、其功績は矢張等分と見て差支無からうと思ひます、ヘエヘエいやもうエライ活動致しました』 松姫、膝に手を置き、俯むいて何事か考へて居る。 お節『熊公、虎公、今承はれば三五教の馬公に鹿公が見えたやうですが、真実に其様な手荒い事をなされましたのか、ウラナイ教は時々乱暴な事をする人が現はれますな、決して大神様はお喜びなされますまい』 虎彦『オイお節、何を吐しやがるのだ、貴様は猫見たやうな奴だ、甘く口先で松姫様をチヨロマカしよつて、其上に馬、鹿の畜生と内外相応じ、此館を根底から顛覆させようと仕組んで居るのだらう、そんな事は貴様が来た時からチヤンと看破して居るのだ、貴様も序に睾丸を握つて門外へ追放り出してやらうか』 熊彦『アハヽヽヽ女の睾丸とは今が聞き初めだ、そりや虎公貴様肝玉の間違ひだないか』 虎彦『ちつと位違つたつて、ゴテゴテ云ふな、睾のんと肝のもだけの間違ひだ、元来が門から起つたもん題だから、肝のもを睾のんの言霊に詔り直したのだ。それだからお節の守護神は俺がいつも、きんもう九尾の悪神と云うたぢやないか、アハヽヽヽ』 松姫『コレ虎公熊公、馬公鹿公とやらによくお詫をして私の居間へお迎へ申して来るのだよ、本当に仕方のない男だなア』 虎彦『ヘエ、何と仰有います、あの様な爆裂弾を連れて来いと仰有るのですか、貴女も此頃はちつと変だと思うて居ましたが、矢張脱線しとりますなア』 松姫『ごてごて云はいでも宜敷い、迎へてお出でなさいと云うたら迎へてお出なさい。熊公も一緒に行くのだよ』 両人は『ヘエ』と嫌さうな返事を此場に投げ捨て力無げに表門にやつて来た。 竜若『オイ両人、ちつと貴様顔色が変だないか、一体どうしたのだい』 虎彦『何うしたも斯うしたもあつたもんかい、門から大もん題が起つて我々は煩もん苦悩の真最中だ。本当に馬鹿な目に遭つて来たよ』 熊彦『摺つた、もんだともん着の結果この熊公も今日はもんもんの情に堪へ難しだ』 竜若『貴様の出方が悪いから、打ち返しを喰つたのだよ』 熊彦『何、出方は至極完全無欠寸毫も欠点なしだが、何を云うてもお節の奴、間がな隙がな松姫を籠絡しきつて居やがるものだから、松姫さまの性格はガラリと一変し、いつもなら、比丘尼に何やらを見せたやうに飛びついて悦ぶのだけれど、どんな結構な報告をしてもビクともしやがらぬのだ。俺やもうお節の面を見ても腹が立つのだ。エヽ怪体の悪い、ケツ、ケヽケ怪体が悪くて腸がでんぐり返る哩、それにまだまだ業の沸くのは、折角追放り出した馬、鹿の両人を此処へ丁寧にお迎へ申せと吐しやがるのだもの、薩張お話にならないのだ』 虎彦『余りてれ臭いから、両人は疾くの昔に逃げ帰りやがつて、其辺に居なかつたと報告して置かうかい』 竜若『そんな事を云つた処で、云ひ出したら後へ引かぬ片意地な松姫の大将だ、仮令百里でも千里でも跡追つかけて馬、鹿の二人を此処へ連れて来いと頑張つて、大きな雷でも落しよつたらどうする、屹度さうお出になるに定つて居るよ、虎、熊の両人が乱暴したのだから貴様は当の責任者だ、七重の膝を八重に折つて、お二人さま、何と仰有つてもお頼み申して、お迎へ申して御大将のお目通りへ実検に供へ奉るのだよ』 虎彦『さうだと云うて、まさかそんな阿呆げた事が七尺の男子として出来るものかい』 竜若『オイ、虎、熊の両人、上官の命令に服従せぬか』 虎彦『ヘン、一寸、上役風を吹かし遊ばす哩、併し乍ら今度の事件は上官の責任だからさう思ひなさい、我々は唯上官の目色を見てやつただけのものだ、万々一吾々の行動に対し、不都合の点ありとみた時は、上官の職権を以て、制止せなくてはならぬ筈だ』 竜若『その責任はどこ迄も此方が背負ふのは当然だ、ゴタゴタ云はずに早く謝罪つて来い』 熊彦『オイ虎公、仕方がないなア』 と不承無精に潜り門を開き、門外をキヨロキヨロと見廻して居る。遥向ふの森蔭に馬、鹿の両人を始め、立派な女神が二柱立つて居る。 虎彦『オイ熊公、何時の間にかなめくじりのやうにあんな所迄這つて往きやがつたぢやないか、エヽ厄介の事が起つたものぢや、何うしようかなア』 熊彦『何うしようも斯うしようもあつたものぢやない、謝罪つてお迎へするより仕方がないワ』 虎彦『それだと云うてあんな綺麗な美人が二人も傍に立つて居るぢやないか、睾丸を提げた男が、あんな綺麗な美人の傍で謝罪るなんて男の顔が全潰れだ、困つた事だなア』 熊彦『エヽ、身から出た錆、誰人に聞いて貰ふ訳にも行かず、恥を忍んで参りませう、サア虎彦、俺に従いて来るのだよ』 虎彦『本当に土竜になり度いワ、せめて貴様の後から俺の姿を隠して往かうかなア、さうぢやと云うて貴様より俺の方が背が高いから肝腎の顔の方が見えるなり、困つた事だ』 熊彦『何れ面を晒らされるのだ、併し一時凌ぎに俺の後から、腰を屈めて出て来るか、邪魔臭ければ四つ這になつて従いて来い、さうすれば暫くなりと助かるだらう』 虎彦は熊彦の後から這はぬ許りに屁つぴり腰をしながら従いて往く。 熊彦『モシモシ馬公に鹿公、先刻は誠に御無礼な事を致しまして、何とも顔の合しやうがありませぬ、松姫様の御命令で面を被つて参りました』 馬公『ハイ、有難う、吾々のやうな無礼者に、左様な鄭重な言葉をお使ひ下さつては畏れ入ります、貴方の背後に従いて来た影はなんで御座いますか』 熊彦『これは私の影法師で御座います』 馬公『お日様が西に輝いて御座るのに、この影法師は南の方へさして居ますなア』 熊彦『此奴ア高城山で生擒つた虎で御座います』 虎彦『オイ熊彦、余り人を馬鹿扱ひにするものぢやないぞ、モシモシ今囀つて居る奴は、人間に見えても此奴は矢張四足の熊で御座います』 熊彦『エヽいらぬ事を云ふものぢやない哩、モシモシ馬公に鹿公さん、私は良心に責られて貴方の前へ出て来るだけの勇気がありませぬ、お詫のために恥を忍んで四足になつて参りました、何卒、神直日、大直日に見直し聞き直して下さいまして御機嫌を直し、奥へお通り下さいませ、松姫様に大変なお目玉を頂戴致しました。三五教のお節さまも待つて居なさいます、貴方等がお出で下さらねば私達は今日限り鼻の下が干上つがて仕舞ひます。何卒、虎一匹、熊一匹助けると思うてお這入り下さいませ』 馬公『ハイ、有難う、何卒宜敷うお願ひ致します』 鹿公『御丁寧なお迎ひ有難う感謝致します』 熊公は馬、鹿の頭部に目を注ぎ、 熊公『ヤア、お頭に大変に血が流れて居ります、どうなさいました』 馬公『これは貴方のお慈悲の鞭で御座います』 鹿公『これも矢張、貴方等のお情で、結構なお蔭を頂きました』 虎、熊は之を聞くより、大地に犬踞となり拳大の石を拾ひ、片手に捧げ乍ら、 虎彦、熊彦『モシ馬公に鹿公さま、何卒私にもこの石をもつて頭に沢山お蔭を頂かして下さいませ、さうでなければ奥に這入る事が出来ませぬ、何卒お願ひで御座います』 馬公『それは絶対になりませぬ』 鹿公『折角の御懇望なれど、これ許りは御免蒙りませう』 隆靖彦『皆さまの真心が現はれて実に気分が冴え冴え致しました。何事も神様の思召しで御座いませう』 隆光彦『何事も此場の事は私にお任せ下さいませ、松姫様がお待ち兼でせう、サア何卒御案内して下さいませ』 熊彦、虎彦は四這ひになり、 熊彦、虎彦『サアサア四足の後へ従いて来て下さい、御案内致しませう』 馬公『そんな事をなさるには及ばぬぢやありませんか、ナア鹿公さま』 鹿公『ヘエ、さうですとも、御両人さま、何卒立つて御案内して下さいな』 虎、熊『何卒、門へ這入る迄この儘にさし許して下さいませ』 馬公『アヽ仕方がない、そんなら馬も鹿も四足になつて這つて往かうかなア』 と二人の後を四這ひになつて従いて行く。 熊を先頭に虎、馬、鹿、四四十六足の変態動物は表門さして、のそりのそりと這つて往く。 隆靖彦『何と誠と云ふものは偉いものですなア』 隆光彦『ヤア実に感心致しました』 と感歎しながら気の毒さうな顔をして四人の跡をつけて往く。 (大正一一・五・八旧四・一二加藤明子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 14 声の在所 | 第一四章声の在所〔六五九〕 谷丸、鬼丸、テルヂー、コロンボの四人は堺峠の天狗岩を後にし乍ら、山麓の老松の根元を越え、玉照彦の幼児の隠し場所に走り着いた。谷丸は、目を丸くして、此処彼処と探し廻し、三人は吾一の功名せむと、血眼になつて、谷丸の行く後に従ひ、捜索を始めた。忽ち聞ゆる赤児の泣き声、谷丸は立止まり、腕を組み、泣き声の何れより来るかを考へて居る。 谷丸『慥に此処に、お寝かせ申して置いた筈だ、それに形跡だに残つてゐないのみならず、御声は聞えて居るがトント方角が分らない。東に聞える様でもあるし、西の様でもあるし、西かと思へば南に聞えるし、南かと思へば、北に聞える様だし、ハテナ、こいつは、狐の奴、玉照彦様を啣へて、其処中を迂路ついて居やがるのだな、オイ俺は東を探すから、鬼丸、貴様は西の方を探して呉れ。そして、テルヂー、コロンボ二人は、南、北に手分けして捜索して下さい。其代り誰が見付けても共有だから其お積もりで願ひますよ』 テルヂー『其約束は間違ひありませぬなア。イヤ面白い。さあコロンボ、貴様は南に行け、俺は北の方を探して見る』 不思議にも、幼児の泣声は、谷丸の耳には東に最も高く聞えて来る。鬼丸には西の方に聞える。コロンボの耳には南に聞える。テルヂーの耳には慥に北の方から聞えて来る。 四人は東西南北に、慌しく、声を尋ねて駆け出した。四人の耳に聞ゆる猛烈な泣き声、各自前後左右より響いて来る。四人は其声に、耳を引張られる様に、体をキリキリ舞ひさせ、目を廻して四人共、バタリと倒れた。一時許り四人の呼ぶ声も、風の音も鎮まり閑寂の幕が下ろされた。夜はそろそろと明け放れ、東の空の雲押し分けて昇り給ふ天津日の御影に照され、各一度に目を醒せば、豈計らむや、四人は天狗岩の根元にヅブ濡れになつて眠りゐたりき。 谷丸『アヽ何だ、夢見て居たのか、矢張天狗岩の傍だから鼻高の奴、俺達を一寸チヨロマカしやがつたのだな。それにしても、肝腎の、玉照彦様は何処にお出でになつたのだらう。アヽ此処に御座つた、有難い有難い、玉照彦様どうぞ許して下さいませ。貴方お一人をこんな岩の上に、御寝かし申し、吾々は前後も知らず寝込んで了ひました』 と云ひつつ傍に寄り、抱き上げむとしたるに、玉照彦の全身は冷切つて氷の如くに冷たくなつて居る。 谷丸『オイ鬼丸、玉照彦様は冷たくなつて居らつしやる、こりやマア何うしたら宜からうかなア』 鬼丸『そりや夢の中に見た通り石ぢやありませぬか』 谷丸『ヤア如何にも、此奴は夢の通り矢張石だつた』 テルヂー、コロンボ一度に、 テ、コ『アハヽヽヽ、誠に誠に、御挨拶の仕様も御座いませぬ、もう斯うなつた以上は何程泣いても悔んでも石が物云ふ例は御座いませぬ、どうぞ鄭重に弔うて上げて下さい。さあコロンボ、夢の処へ行くのだ』 と駆出す。谷丸、鬼丸も続いて駆出したり。 坂の中程迄下り来る折しも、水の滴る如き一人の美人、玉照彦を抱いて上り来るに出会つた。 テルヂー『モシモシ、貴方は言照姫様では御座いませぬか』 美人『ハイ左様で御座います。今玉照彦の神様を保護して此処迄参りました』 テルヂー『変な事を申しますが、何卒ウラル教の神様として大切に致しますから、吾々に下さいますまいか』 言照姫『ハイ何誰かに貰つて貰はねばならないのですから、お望みとあれば、何うとも致しませう』 斯かる処へ、谷丸、鬼丸は追かけ来り、 谷、鬼『ヤア玉照彦様で御座いましたか、大変にお慕ひ申し探して居りました。サアサア何卒谷丸へお越し下さいませ。私が抱いて上げませう』 言照姫『お前は、谷丸さまぢやないか。私の不在中に、岩窟の中から盗み出し、大切にする事か、あのやうな茨室へ蓑を敷いて、捨子同様にして置きなさつたぢやないか。どうして貴方に、此尊い玉照彦様を安心してお預け申す事が出来ませうか』 谷丸『イヤ誠に済みませぬ。何を云つても、ウラル教のテルヂーが狙つて居るのですから、取られちや大変と、茨の中とは知らず、朧月夜の事とて間違ひ、お寝かせ申したのです。どうぞ私に下さいませ』 言照姫『斯う両方から懇望されては、一方を立てれば一方に済まず、処置に困ります。そんなら斯う致しませう。玉照彦様は御生れ遊ばしてからまだ百日にもなりませぬが、ちよいちよい物も仰有る、立歩みもなさいますから、ウラル教のテルヂーとバラモン教の谷丸とお二人で両方の手を握つて、玉照彦様を引張合ひして下さい。引張つて勝つ方に上げませう』 四人一度に、 四人『さう願へば公平で結構です』 言照姫は玉照彦を坂道の真中に下ろした。玉照彦は左右の手を両方に差し延ばし、 玉照彦『サア坊の手を引張つて下さい。勝つたお方の方へ参ります。然しソツと引いて下さいや』 谷丸、テルヂー『承知致しました』 と谷丸、テルヂーの二人は、左右に立ち現はれ、腰を跼めて、背の低い玉照彦の手をグツト握り力を極めて、 谷丸、テルヂー『サア玉照彦様、私の方へ来て下さい』 と、一生懸命、腕が抜ける程引張る。 玉照彦『アヽ痛い痛い、痛いわいなア』 と顔を顰め泣き出す。テルヂーは此声に驚いて、思はず手を離した。 谷丸『サア愈こちらの物ぢや。玉照彦様、御苦労乍ら、今日から、バラモン教の神様になつて下さい』 玉照彦、首を振り、 玉照彦『イヤイヤテルヂーの方に御世話になります』 谷丸『そりやあ約束が違ふぢやありませぬか』 玉照彦『貴方は、私が悲鳴を上げて痛がつて居るのに、構はずに引張つたぢやありませぬか、あの時にテルヂーが放して下さらなかつたら、私の体は二つに千切れて居るのです。愛情の深いテルヂーに御世話になります』 谷丸『小難かしい事を仰しやいますなア、チト位辛抱して下さつても宜いぢやありませぬか。モシモシ言照姫様、どうぞ生みの御母様の貴方からよく云つて下さいな』 と振り向き見れば、こは如何に、言照姫の姿は最早影も形もない。 玉照彦『私は最う斯うなる以上は、どちらへも参る事は止めませう。今ウラナイ教の松姫さまが、お迎へに来て下さるから、そちらへ行きます』 此時トボトボと坂を登つて来る一人の女がありしが、玉照彦は嬉しさうに、 玉照彦『ヤア、其方は松姫か、よう迎へに来て呉れた。サアサア連れて行つておくれ』 松姫『これはこれは玉照彦様、焦れ慕うて参りました。サア私が御負して進ぜませう』 と背中を突き出す。四人は目と目を見合せ乍ら、松姫を前後左右より取り巻き、鉄拳を以て擲きつけ、悲鳴を上げて倒れるのを見済まし、玉照彦を引攫へ、四人は林の茂みに姿を隠したり。 松姫は暴漢に乱打され忽ち気絶して坂道に倒れ居たりしが、其日の夕暮頃フト息を吹き返し、四辺を見れば、麗しき二柱の女神、儼然として其前に立ち給ふ。 女神一『汝は高城山の松姫であらう。サア、妾に従つて是より、高熊山の岩窟に参りませう』 松姫『何れの神様か存じませぬが、ようマア助けて下さいました。私は悪者に虐げられ気絶をして、遠い遠い彼の世の旅行をやつて居ました。処が二人の女神様が現はれて、コレ松姫、此処は何と心得て居る、幽界の入口であるぞや。汝はまだまだ幽界に出て来る時でない、サアサア妾が送つてやるから、と仰有つたと思へば気が付きました。見れば幽界で見た女神様と、寸分も間違ひのない御二方様、お蔭で命を助けて戴きました』 と手を合せ感謝の涙にくれて居る。 女神二『サア松姫どの、高熊山の玉照彦様をお迎へに行きませう』 松姫『あの玉照彦様はたつた今、悪者に攫はれて行かれました。最早、高熊山には居らつしやいますまい』 女神一『オホヽヽヽ、今朝ウラル教とバラモン教の宣伝使が来たでせう。彼等は貪欲心に絡まれ、眼暗み、石くれを玉照彦様と思ひ違へ、喜んで逃げ帰つたのです。サアこれから、貴女は気を取り直し、単身岩窟に進み、言照姫にお逢ひなされて、玉照彦様をお連れ申してお帰りなさい。妾は来勿止迄送つて上げませう。それから奥は貴女一人のお働きです。妾達二柱、お手伝ひ申すは易き事乍ら、それでは貴女の御手柄にはなりませぬから、心丈夫に以てお出でなさいませ』 松姫『何から何迄、有難う御座います。お言葉に甘へて来勿止迄送つて頂きませうか。さうして、貴女様の御神名は何と申します』 二人の女神はニコリと笑ひ、 二人の女神『何れ分る時節が参りませう。此処では一寸申し上げ兼ねます』 と先き立ち、足早に、山奥指して進み給ふ。松姫は、二女神の後に従ひ、心いそいそ歩み出したり。 二女神『もう二三丁先が、来勿止の関所で御座います。吾々は此処でお別れ致します。何れ改めてお目にかかる事が御座いませう。左様なら』 と云ふかと思へば二女神の姿は忽ちかき消す如く見えなくなりぬ。松姫は盲人が杖を失つた如く、暗夜に提灯取られた如き心地して、重き足を、希望の車に乗せられ、引摺つて行く。日は既に黄昏れ、十七夜の月はまだ昇り給はざる一の暗み時、来勿止の神の関所に着いた。此処は厳格な関門が築かれてある。 松姫『モシモシ私は霊山へ詣る者で御座います。何卒、此門お通し下さいませ』 門番の一人甲は、横門を押し開け出で来り、 甲(勝公)『何誰か知りませぬが、此一の暗に、此門あけいと云ふ者は碌な者ぢやありませぬ。何時も何時も狐や狸に誑られて、馬鹿を見通しだから、今日は何と云つても開けませぬ、否通過させませぬ。出直して明日の朝お出なさい』 松姫『左様では御座いませうが、決して怪しい者では御座いませぬ。どうぞ通して下さいませ。玉照彦様の御誕生地へ至急詣らねばなりませぬから』 乙此声を聞いて、 乙(竹公)『オイ勝公、此暗がりに、アタ厭らしい、そんな白い装束を着た女を相手に何を揶揄つて居るのか、早く這入らぬか、又例の奴に定つて居るぞ』 勝公『そうだと云つて此の方が是非玉照彦様に参拝したいから、通過させて呉れと、懇願なさるのだもの、無情に断る訳にもゆかぬぢやないか』 乙(竹公)『何だ、又貴様、日の暮れ紛れに、女を掴まへて、愚図々々云つて居やがるのだな、余程、勝手な奴だ。男が尋ねて来ると、何時も、慳もほろろに、木で鼻こすつた様な応待をするクセに、今日は言葉付迄、優しく出やがつて、貴様の面つたら、大方崩壊して居るのだらう。暗夜でマア仕合せだ。昼であつて見よ、好い化者だぞ』 勝公『俺の顔が化者なら、貴様の顔は何だい。鯰が沸茶を浴ぶせられた様な面をしやがつて、人さんの御面相迄、批評すると云ふ資格がどこに有るかい』 乙(竹公)『何と云つても貴様は女にかけては五月蠅い奴だ、俺が来なんだら、優しい声を出しやがつて何々を、何々する、何々だつたらう。エライ邪魔物が飛び出しまして済みませぬなア、アハヽヽヽ』 松姫『モシモシお二人様、今日は特別の御憐愍を以てお通し下さいませ。どうしても今晩の中に参拝致さねばなりませぬから』 乙(竹公)『大胆至極な、女の分際として此山奥に只一人踏み込み来り、此怖ろしい岩窟へ参詣し様なんて、そんな大野心を起しても駄目ですよ。屹度途中で、狼にバリバリとやられて了ふのは請合だ。此門潜るや否や、地獄の八丁目だから、悪い事は云はぬ。お前の身の為ぢや。いつ迄も絶対通さないとは申さぬから、明日来て下さい』 松姫『御注意は有難う御座いますが、私は神様に何事もお任せ申した身の上、命なんかどうなつても宜しいから、何卒心よう通して下さいませ』 乙(竹公)『イヤイヤ、命が惜しくない様な、ド転婆を通す事は愈以てなりませぬ哩、来勿止の神様に又どんなお小言を頂戴するか知れやしない。此頃は此門番も失策だらけで、薩張り鼻べちやで威勢が上らない。それと云ふのも、勝公が心の締りがないものだから、いつでも俺達が巻添へを食ふのだ。オイ勝公、サアこんな命知らずの強者を相手にせずと、トツトと奥へ這入つてそれから門を閉めて、警戒を厳重にせなくちやならぬぞ。サア這入らう這入らう』 勝公『それだと云つてこれ程熱心に、お頼みなさるのに、どうして刎ね付ける訳にゆくものか。貴様這入りたければ、勝手に這入つて勝手に閉めたが宜からう。俺は仕方がないから、日頃覚えた、ぬけ道を伝うて此御方を背中に背負つて上げるのだ』 乙(竹公)『とうとう尻尾を現はしやがつたな、アハヽヽヽ、随分女にかけては腰抜けなものだ』 勝公『エヽ竹公の唐変木奴、貴様に女が分つて堪るかい。女で苦労して来た者でないと女人心理は解らないぞ。さう毒々しく無情な事を云ふものぢやないワ。人間は堅い許りが能ぢやない。砕ける時は砕けて、世の中の人々の為に便利を計るのが人間の務めだ。况して此館に泊めて呉れと仰有るのでもなし、通してさへ上げれば宜いのぢやないか』 竹公『貴様が何と云つても、一旦男の口から、通さぬと云つたら通さぬのだ』 勝公『モシモシお女中、今お聞きの通り同僚役があの通りの頑固者ですから、無理にお通し申しても、後でどんな難題を吾々両人にふきかけるやら分りませぬ。さうすればお互の迷惑ですから、どうぞ貴方も折角此処迄お出でになつたのですから、お気の毒で堪りませぬが、今晩は一旦、引返して下さいませぬか』 松姫『どうぞ、方角だけなつと教へて下さいませ。送つて貰つては大変な、貴方の御迷惑になつては済みませぬから』 勝公『実の処は、これだけ厳しく門番も今迄は云はなかつたのですが、二三日前に、バラモン教の、谷とか鬼とか云ふ奴がやつて来て、来勿止神様を始め、吾々をチヨロまかし、トウトウ大切な、玉照彦様を盗んで帰つたものですから、其後と云ふものは大変に警戒が厳しくなつて、暮六つ下れば、老若男女にかかはらず、一切通してはならぬと云ふ、来勿止神様の厳しき御命令で御座います。それ故、今の男があんな無情な事を云うたのですが、然しあゝ見えても彼奴は極めて平常から親切な男ですよ。言葉つきこそ、穢ふ御座いますが、それはそれは心の美しい男ですよ。屹度腹の中では涙をこぼして居たに違ひありませぬ。どうぞ、竹公は無情な奴だと恨んでやつては下さいますな』 松姫『イエイエ決して決して何の恨みませう。お役目大切にお守りなさる処を、私が御無理を申しますのですから、何と仰有られても是非はありませぬ。併し今貴方のお言葉によれば、玉照彦様はバラモン教の方が盗んで帰つたと仰有いましたが、それは事実ですか』 勝公『盗んで帰つたのは事実ですが、併し乍ら御神徳高き高熊の霊山、不思議な事には盗まれたと思つた玉照彦様は、依然として御機嫌麗はしく、言照姫様に抱かれて居られます。本当に妙な事があつたものです』 松姫『それ聞いて安心致しました。私にも成程と諾かれる点が御座います』 斯く話す折しも石の本門はガラリと開いた。灯火をとぼし、現はれ来る、白髪異様の老人の姿が、松明に照されて、明瞭と松姫の目に映つた。 松姫は思はず、ハツと地に平伏した。 勝公『これはこれは来勿止神様、何処へお出ましになります』 来勿止神『ヤアお前は勝ぢやなア。此処へ一人の女が来る筈ぢや。未だ出て来ないかな』 勝公『ハイ、それは何と云ふ方ですか。松姫ぢや御座いませぬか』 来勿止神『アヽさうぢや、其松姫が来る筈だ。二時ばかり以前に、玉照彦様よりお使が見えて、此処へ松姫と云ふ女が一人来る筈だから、夜分でも構はぬ故、通してやつて呉れとの御命令であつた』 勝公『その方なら、今此処に居られます。サア松姫様、御心配なさいますな。今お聞きの通りですから』 松姫頭を上げ、 松姫『勝さまとやら、御親切有難う御座いました。して貴方が来勿止神様で御座いましたか。罪深き妾なれど、どうぞ此御門を通して下さいませ』 来勿止神『サアサア遠慮は要りませぬ、ズツとお通り下さいませ。貴女のお登りを、岩窟の大神様が大変に御待ち遊ばして居られます。サアサアこちらへ』 と松姫の手を把り門内に導き入れたり。 (大正一一・五・九旧四・一三藤津久子録) |