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(1918)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 11 茶目式 第一一章茶目式〔七九三〕 言依別に従ひてハーリス山に登り行く 国依別はその途中谷の向ふに美はしく 枝もたわわに実りたる太平柿を見るよりも 俄に食欲勃発し空腹まぎれに道端に 芭蕉の葉をば敷具とし悠々端坐なし乍ら 弥勒如来のその如く左手を腿にチヨイと載せ 右手の拳を握りつつ食指を突き出して 無言の儘に谷底の太平柿を指さしつ 続いて我口我腹を幾度となく指示し チヤール、ベースや其他の木登り上手の人あらば 谷間を越えて攀上りさも甘さうな彼の柿を われに一二個献れ口に言はねど仕方にて 頻りに示す可笑しさよハーリス山の竜神が 餌食としたる太平柿野心を起し人々が 一個なりとも取るならば忽ち神の御怒りに 触れて腹部は膨張し遂には蛇の子を生みて 生命を果すと聞えたる危険極まる果実なり 国依別の食欲は旺に起り矢も楯も 怺らぬままに常楠に採つて呉れよと促せば 常楠不安を感じつつ已むを得ずして供人の チヤール、ベースに命令し国依別の要求を 充しやらんと気を配るチヤール、ベースは生神の 託宣否むに由も無く蔓に下つて絶壁を 谷間に下り激流の中に浮べる岩頭を 飛び越え飛び越え向ふ側漸く渡りて柿の根を 抱いて空を眺むれば甘さうな香がプンプンと 二人の鼻をついて来る忽ち二人は意を決し 猿の如く攀上り蚕の虫が桑の葉を 食ひつくす如小口から赤い熟柿をむしり取り ものをも言はず大口を開いて頬張る可笑しさよ 余りの甘さに両人は己が役目を忘却し 一生懸命むしり取り遮二無二口に放り込めば 忽ち膨れた布袋腹息をスウスウ喘ませつ 鰒の木登りした様な怪体な姿となりにけり 国依別は打仰ぎ一つでよいから甘い奴 落して呉れと呼ばはれど馬耳東風の両人は 生命知らずに食つて居る国依別は思ふやう 三五教の神の教必ず人に頼るなよ わが身の事は我身にてやらねばならぬと云ひ乍ら 芭蕉葉の席を立上り猿の如く断崖を 蔓を力に谷底に漸く下り対岸 柿の大木に抱きつき登りついたる一の枝 ここに息をば休めつつ眼下を見ればいと高く 激流飛沫の水煙水声轟々凄じく 肝も抜かるる許りなり頭上の二人は右左 猿の如く飛び交ひて五臓六腑の裂ける迄 生命知らずに食つてゐる国依別は怺りかね 危き所に上らねば甘い熟柿は食へないと 生命を的に細枝につかまり乍ら漸々に 一つの熟柿をむしり取り天下無上の珍味ぞと 口にふくめば忽ちに腹はふくれて吹く息も 漸く苦しくなりにけり柿の根元を見下ろせば 亀甲形の斑紋ある大蛇の群の数多く 目を瞋らして上り来るその形相の凄じさ 進退茲に谷まりて国依別は意を決し 運をば天に任せつつ生死の外に超越し 激潭飛沫の青淵を目蒐けて飛込む放れ業 ザンブと許り水煙立つよと見る間に国依別の 姿は水泡と消え失せぬチヤール、ベースの両人は 上り来れる蛇を見て怖れ戦き国依別の 珍の命が飛込みし青淵目蒐けて飛込めば これ又姿は消えにけり此有様を目の当り 眺めて居たる常楠や四五の土人の供人は 驚き周章ワイワイと谷の流れに沿ひ乍ら 三人の姿は何処ぞと右往左往に奔走し 狂ひ廻るぞ是非なけれ谷間を渡る風の音 いと轟々と吹き荒ぶ言依別や若彦は 斯る事とは知らずして三五教の宣伝歌 声も涼しく歌ひつつ谷を伝ひて奥深く 足を早めて進み行く。 常楠は此処に於て迷はざるを得なかつた。肝腎要の御神業に参加せざればならず、又国依別以下を助けなくては人間の道が立たず………。 常楠『あゝ如何したらよからうか。末代に一度の此御神業を外しても国依別その外を助けねばならぬであらうか。それだと云つて、国依別の生命もヤツパリ一つだ。グズグズして居れば取返しのつかない事になつて了ふ。彼方に尽せば此方を救ふ事が出来ぬ。此方を救はんとすれば、大切な御神業を放棄せねばならず。神様の御命令は最も重く、人命も亦実に大切である』 兎やせん角やせんと暫くは四五間の間を上りつ、下りつ処置に迷うてゐた。 常楠『アヽ、グヅグヅしてゐると、一方は息の根が止まつて了ふ。御神業は半時や一時遅れたとこで勤まらない事は無い。オーさうだ。国依別を助ける方が本当だらう』 と独語云ひ乍ら、土人の声のする方を尋ねて谷川を伝ひ、灌木を分けて下つて往く。 四五丁下流に当つて四五人の供人は声を限りに、 『アレヨアレヨ』 とさざめいてゐる。見れば三つの黒い影、浮きつ沈みつ激流に流されて下り往く。何分両方は壁の如き岩、容易に近寄る事は出来ない。常楠は大声を上げて、 常楠『下流へ下流へ』 と呼ばはり乍ら、一目散に下流を指して十丁許り駆出した。 此処には谷川稍広く展開し水も余程浅くなり流れも亦緩やかになつて、川底の小砂利迄がハツキリ見えて居る。常楠を始め四五の供人はザブザブと川に飛入り、流れ来る三人の身体を拾ひ上げんと横梯陣を作つて待つてゐる。 漸く流れついたのは国依別、続いて二人も無事に此処に流れて来た。各一人の肉体を二人宛手分けして岸に引上げ、水を吐かせ、種々と人工呼吸を施した末、常楠は老人の皺嗄れ声を張り上げ乍ら、反魂歌を繰返し繰返し高唱した。国依別は漸くにして手足を動かし出した。常楠の面は忽ち輝き初めた。又もや二人に向つて反魂歌の数歌を唱へ上げるや、漸くにして二人も蘇生した。一同の悦びは譬ふるに物なきまでであつた。常楠の命令に依つて国依別其他を天然ホテルの槻木の洞穴に送り、土人に介抱させ置き乍ら、常楠は時遅れては一大事と、疲れた老の足を引ずり乍ら、多羅の木の杖を力にハーリス山の谷間を目がけて再び登り行く。 国依別、チヤール、ベースの三人は漸く元気恢復した。されど竜神の柿を食つた天罰か、腹は追々膨張して臨月の女の様になつて来た。チヤール、ベースの二人は、ゴロリゴロリと身体中丸くなつて毬のやうに転げ廻り苦しみ乍ら、 チヤール『モシモシ、国依別神様、何とかして下さいな』 国依別『マア待つて呉れ。俺の腹から癒さなくちやならないのだ』 チヤール『元は貴方の為に、斯んな目に会つたのですから、助けて頂かねばつまりませぬ。何だか腹の中に大蛇の児がウヨウヨして居るやうに苦しくて怺りませぬワ。大蛇の赤児が出産するや否や、男女の区別なく即座に死んで了うと言ふことです。これ丈け苦しくては死んだ方が優だが、死んでもつまらない。宅には女房や子が残つてゐる。何とかして早く助けて貰はねば、追々苦しくなつて来ました』 国依別『いやしさに世間へ恥をかきの実の 腹ふくれても大蛇あるまい』 と二度くり返し口吟み、自分の腹を拳骨を固めて三つ四つ撲りつけ、 国依別『大蛇、退散々々』 と云ひ了つて、天の数歌を力限りに苦しき息をつき乍ら奏上した。不思議や今迄脹満のやうにふくれてゐた国依別の腹部は、元の如くに癒り、息も平常の通りになつて来た。国依別は直ちに天津祝詞を奏上し、感謝祈願の言葉を唱へて神恩を涙乍らに感謝するのであつた。 チヤール、ベースの二人は、断末魔の様な声を出して、ウンウンと肩で息をし乍ら呻いてゐる。その惨状目も当てられぬ許りであつた。 国依別は両人の為に一生懸命に汗水を垂らして感謝祈願をしてゐる。 国依別『竜神の柿食て布袋になつチヤール 腹は忽ちヘースなるらん。 柿取つて見ればヘースが当りまへ 腹ふくれチヤール道理わからぬ。 チヤール、ヘース、国依別も諸共に 天のはらから下りけるかな。 ハラハラと涙流してはらを撫で 柿を盗んだ腹いせに逢ひ。 腹が立てども仕方なし 竜神腹を立てたのか 汝は横に長い奴 腹立て通しもならうまい 高天原にあれませる百の神たち 大海原にあれませる速秋津姫神 はらの悩みを祓ひ玉へ清め玉へ ハラハラと降り来る雨に空晴れて 大蛇の空も澄み渡りけり。』 と口から出任せの腰折れ歌を詠ひ乍ら、チヤール、ベースの真ん中にチヨコナンと坐り、両人の布袋腹を両方の手で撫で廻して居る。薄紙を剥いだ様に二人の腹は漸次容積を減じて来た。 国依別『それ見たか女房が撫でるふぐの腹 オツトドツコイ それ見たか国依なでる柿つぱら 天津神国津神はらひ玉へ清め玉へ 高山の伊保理、短山の伊保理 かき分けて聞召せよ これが盲の柿のぞき 節季が来たぞ節季が来たぞ かき出せかき出せ 四月と二月の死際ではないぞ 今が二人の生命の瀬戸際 万劫末代生き通し 皇大神の守る身は 仮令大蛇の潜むとも 大蛇あるまい二人連れ あゝ惟神々々 御霊幸はひましまして チヤール、ベースが苦しみを 片時も早く救はせ玉へ その源を尋ぬれば 国依別より出でし事 罪は全く我身にあれば 何卒早く両人の腹をひすぼらせ旧の元気に恢復せしめ玉へ あゝ惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に汗みどろになつて祈念し乍ら両手にて、両人の腹を撫で下ろした。神徳忽ち現はれ、二人は半時余りの間に旧の如くになつて了つた。四五の供人も国依別の祈願に依つて忽ち全快せし事を感歎し、各口を揃へて、 『国依別の生神様』 と合掌するのであつた。 国依別は大神にチヤール、ベースと共に感謝の祝詞を奏し了り、足を早めて再びハーリス山指して登り行く。国依別は道々宣伝歌を歌ひ乍ら元気旺盛八人連れにて、言依別の登りたる場所を辿り進み行く。 国依別『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 神の御稜威は目の当りわが改心と言霊の 力に依りて三柱の尊き御子は救はれぬ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 一時も早く片時も言依別や若彦の 神の命の御前へ導き玉へハーリスの 山を守らす高津神不知不識の過ちを 直日に見直し聞直し助け玉ひし竜神の 恵みを感謝し奉る常楠翁は今何処 定めて吾等が進退を言依別の御前に 完全に詳細に宣り終へて今は三人の笑ひ草 森の木霊に響くらん天を封じて聳り立つ 老木林の谷の道進む吾等の涼しさよ 名は太平の柿なれど乱痴気騒ぎの此始末 太乱柿と名をつけて以後の戒め何人も 此柿計りは食はぬ様に標を立てて置かうかな いや待て暫し待て暫し太平柿は古より 食てはならぬと里人がよつく承知の上なれば 私の様なる周章者よもや一人も此島に 必ず住んで居らうまいそんな事して暇を取り 肝腎要の神業にガラリ外れて了うたら 聖地へ帰り玉照彦の厳の命や玉照姫の 瑞の命の御前にどうして言ひ訳立つものか 国依別も今日よりは心の底から立直し 茶目式からかひ薩張と止めて真面目になりませう 天然ホテルの入口で若彦、常楠両人に 向つて茶目式発揮なしハーリス山の竜神の 化けた女神と偽つて悦に入つたるその罰で 俄にこんな失敗を神から言ひつけられたのだ あゝ後れしか後れしか嘸今頃は言依別の 神の司や若彦が常楠さまと諸共に 人は見かけによらぬもの国依別の宣伝使 立派な奴ぢやと思うたに神の禁じた柿を喰ひ 谷に落ちこみ他の手にかかつて救はれ何の態 神の司と云ひ乍ら有名無実のタワケ者 チヤール、ベースの両人に決して罪はない程に 口の賤しい国依のわけが分からぬその為に あれ丈苦い目に会うた常楠さまの報告で ヤツと安心したものの可哀相なは両人ぢや 国依別は神勅を叛いて神の冥罰を 喰つたのなれば何うならうと仮令死んでも構はない 二人の奴を助けたいなぞと今頃三人は 首を鳩めてひそびそと小田原評定の最中だろ あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 空中飛行の曲芸をうまく演じた吾々は お蔭で生命に別条なくシヤンシヤンここ迄やつて来た 言依別や若彦もよもやこれ丈達者ぞと 思ひ初めては居られまい其処へヌツクリ顔出せば 死んだ我子が我家に笑つて皈つて来たやうに 悦び勇んで呉れるだろオツトドツコイ言ひ過ぎた 又茶目式になりかけた直日に見直し聞直し 宣り直しませ天津神国津御神の御前に 国依別が生命を助けられたる嬉しさに 感謝の歌を奉る手の舞ひ足の踏むところ 知らずと云ふは此事か余り嬉しうて持前の 茶目が出て来て脱線し不都合な事を云ひました 幾重にも御詫申します朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 今度の事に懲々し毛筋の巾の横幅も 反かず神の御教を必ず守り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と元気に任せて声高らかに歌ひ乍ら、足並揃へて奥へ奥へと進み行く。 (大正一一・七・二五旧六・二外山豊二録)
82

(1922)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 15 情意投合 第一五章情意投合〔七九七〕 虻、蜂の両人は生田の森に立寄り、駒彦に面会して、言依別の教主が国依別と共に高砂の島に神務を帯び、急遽聖地を立ちて出発せられ、瀬戸の海を、西南指して行かれたりと云ふ消息を、例の高姫が聞きつけ、春彦、常彦の一行三人、言依別の後を追ひしと聞きしより、茲に虻、蜂の二人は、取る物も取敢ず、一隻の軽舟に身を任せ、高姫が教主に対し、如何なる妨害を加ふるやも計り難しと、一生懸命に高姫の後を探ねて漕ぎ出し、児島半島の沿岸に差かかる時、暗礁に乗り上げたる一隻の船を見付け、何人ならんと星の光に透かし見れば、比沼の真奈井の宝座に仕へ居たる、清子姫、照子姫の二人であつた。 茲に二人を我舟に救ひ上げ、半破れし其舟を見棄て、荒波を勢よく漕ぎつけて、漸く琉球の那覇の港に安着し、一行四人は何者にか引かるる様な心地して、其日の夕べ頃常楠、若彦両人が一時の住居となしたる槻の木の洞窟の前に辿りついた。 虻公は既に言依別命より清彦と云ふ名を賜り、蜂公は照彦と云ふ名を賜つて、准宣伝使の職に就いて居たのである。二人は思ひ掛なく言依別命に抜擢されたのを、此上なく打喜び、其師恩に酬いん為、言依別命に対しては、如何なる苦労も、仮令身命を抛つても惜まざるの決心をきめて居たのであつた。 当の目的物たる高姫一行を、海上にて見失ひたれ共、照子姫、清子姫の遭難を救ひたるは、全く神の御摂理として稍満足の体であつた。 此照子姫、清子姫は其祖先は行成彦命であつて、四代目の孫に当つて居る。神勅を受けて、比沼真奈井に豊国姫出現に先立つて現はれ、比治山に草庵を結び、時を待つて居たのである。そこへウラナイ教の黒姫に出会し、いろいろとウラナイ教の教理を説き聞かされ、半之れを信じ、半之を疑ひ、何程黒姫が弁舌を以て説きつくる共、清子姫、照子姫は魔窟ケ原の黒姫が館には一回も足をむけず、又高姫などにも会はなかつた。只黒姫の言葉を反駁もせず、善悪を取捨して表面服従して居たのみであつた。此二女の黒姫に対する態度は、其時の勢上已むを得ず、之れ以上最善の態度を執ることが出来なかつたのである。 時に豊国姫命の神勅、此二人に降り、諏訪の湖の玉依姫より麻邇宝珠を受取り、梅子姫其他一行が、由良の港の秋山彦が館に帰り来り、神素盞嗚大神、国武彦命の出でますと聞きて、二人は旅装を整へ、由良の港の秋山彦の館に出で来りし頃は、最早麻邇宝珠は聖地に送られ、神素盞嗚大神、国武彦命の御行方も分らなくなつた後の祭りであつたから、二人は時を移さず、陸路聖地に向ひ、錦の宮の玉照彦、玉照姫の神司に謁し、琉球の島に渡るべく、再び聖地を立ちて、玉照彦命の出現地なる高熊山に立籠もり、三週間の改めて修業をなし、木花姫の神教を蒙りて、意気揚々と山坂を越え、生田の森に立寄り、それより兵庫の港を船出して、琉球に向はんとし、神の仕組か、思はずも児島半島の手前に於て暗礁に乗りあげ、危険極まる所へ、三五教の新宣伝使、清彦、照彦の舟に助けられ、漸く那覇港に四人連れ安着し、槻の洞穴の前迄進んで来たのである。 四人の男女は小さき船にて長途の航海をなす間、何時とはなしに意気投合し、互に意中の人を心に深く定めて居た。清子姫は清彦に、照子姫は照彦に望みを嘱して居た。然るに清彦は又照子姫に、照彦は清子姫に望みを嘱し、将来夫婦となつて神業に参加し度く思つて居たのである。清彦は四十四五才、照彦は四十二三才の元気盛り、清子姫は二十五才、照子姫は二十三才になつて居た。年齢に於て二十年許り違つて居る。されど神徳を蒙りて誠の道を悟りたる清彦、照彦は、全身爽快の気分漲り、血色もよく比較的若く見え、夫婦として一見余り不釣合の様にも見えなかつたのである。 四人は一夜を此処に明かさんと、洞穴の奥深く進んだ。サヤサヤした葦莚の畳、土間に敷きつめられ、食器など行儀よく並べられてあつた。 清彦『あゝこれは何人の住家か知らぬが、穴居人種の多い此島に、木株のこんな天然の館があるとは、大したものだ。何でもこれは此辺りの酋長の住家か分らないぞ。斯様な所にうつかりと安眠して居る所へ、沢山の眷族を連れ、帰り来つて立腹でもしようものなら、どんな事が突発するか知れたものだない。入口は一方、グヅグヅして居ると、徳利攻めに会うて苦しまねばならぬ。コリヤ一人宛、互に入口に立番をし、もしも怪しき奴がやつて来たら合図をすると云ふ事にしようかなア』 照彦『それもさうだ。併し乍ら先づ路々むしつて来た此の苺を夕食に済ませ、其上の事にしても余り遅くはあるまい。そろそろそこらが暗くなつて来たようだ』 と懐より火燧を取出し、そこらに積み重ねたる肥松の割木に火をつけ明りを点じ、夕食を喫し、家へ帰つた様な気分になつて、四人は奥の方に安坐し、種々と感想談に耽つて居た。 清彦『こうして我々男女四人、此島に渡つた以上は、何れも独身生活は不便なものだ。恰度諾冊二尊が自転倒島に天降り玉うた様なものだ。此大木を撞の御柱と定めて、……あなにやしえー乙女……とか…えー男…とか云つて、惟神の神業を始めたら如何でせう。……照彦さま、私は媒酌人となつて、清子姫様と結婚の式をあげられたらどうです。ナア清子姫さま、あなたも以時迄も独身で斯様な蛮地に暮す訳にも参りますまい』 清子姫『ハイ、有難う御座います。併し乍ら少し考へさして頂きたう御座います』 清彦『清子さま、あなたは照彦さまがお気に入らぬのですか』 清子姫『イーエ、勿体ない、左様な訳では御座いませぬ』 と涙ぐまし気に俯むく。 照彦『コレコレ清彦、御親切は有難いが、モウ結婚の事は言つて呉れな。清子さまは此照彦がお気に召さぬのだよ。無理押しに決行した所で、うまの合はぬ夫婦はキツと後日破鏡の歎きに会はねばならぬから、此話は止めて貰はう。就いては照子姫さまを、お前の奥さまに御世話したいと思ふのだが、どうだ』 清彦『それは実に有難い、併し乍ら照子姫さまの御意見を承はりたい。其上でなくば、何とも返答する事が出来ないワ』 照子姫『照彦さまの御親切は有難う御座いますが、妾は何だか……どこが如何といふ事はありませぬが、清彦さまは虫が好きませぬワ。妾の意中の人は露骨に言ひますが、照彦さまで御座います。あなたならばどこまでも、偕老同穴の契を結んで頂きたう御座います』 照彦『コレハコレハ大変な迷惑で御座る。実の所は此照彦、清子姫様と夫婦の約束が結びたいのです。それに清子さまは何とか、かんとか仰有つて、私を御嫌ひ遊ばす様な形勢です』 清子姫は『ホヽヽヽヽ』と袖で顔をかくし、 清子姫『妾も本当は清彦さまと夫婦になつて、神界の御用が致したう御座います。照彦さまと夫婦になるのは、何だか身魂が合はない様な気分が致します』 清彦『互に目的物が斯う複雑になつて居ては仕方がない。ハテ困つたな。此方が好だと言へば向ふが嫌ひだと云ふ、此方が嫌ひだといへば一方が好だと云ふ。此奴アどうやら人間力で決める事は出来ないワイ。言依別命様でも御座つたならば、判断をして定めて貰ふのだけれど、斯様な結構な洞穴館に、誰も居らぬことを思へば、言依別の神様は、琉、球の宝玉を手に入れ、早くも出発された後と見える。ハテ……困つたなア』 四人は互に顔を見合せ、青息吐息の真最中、洞穴の入口に二三人の声が聞えて来た。清彦は耳敏くも之を聞付け、 清彦『ヤアあの声はどうやら、高姫の声らしいぞ。一寸査べて来るから、三人仲よく待つて居て下さい』 と早くも洞穴の入口に立つた。 外には高姫、春彦、常彦と共に怖相に洞穴を覗いて居る。月明かりに三人の顔はハツキリと見えた。されど高姫の方からは、清彦の姿は少しも見えない。清彦は傍の小石を拾ひ、左右の手に持つて中よりカチカチと打つて見せた。 高姫『大変な大きな洞空であるが、何か此中に獣でも棲まつてゐるやうな気配が致しますぞ。……常彦、一寸お前、中へ這入つて調べて来て下さらぬか』 清彦中より『カチカチカチ』、 常彦『ハハー、ここはカチカチ山の古狸が住居して居る洞穴と見えますワイ。……オイ春彦、お前、斥候となつて一つ探険して来たら如何だ』 春彦『お前に命令が下つたのだ。狸の巣窟へキ常彦が這入るのは当然だよ。マア君子は危きに近よらずだ。命令も受けないことを、危険を冒して失敗しては、それこそ犬に喰はれた様なものだ』 高姫『春彦、お前も一緒に探険に這入つて来るのだよ』 春彦『たかが知れた此洞窟、さう二人も這入る必要はありますまい』 高姫『アヽさうだらう。そんなら一人で良いから、春彦さま、お前豪胆者だから這入つて下さい』 春彦頭をかき乍ら、 春彦『ヘー……ハイ』 とモジモジして居る。『カチカチカチカチウー』と唸り声が聞えて来る。 春彦『モシモシ高姫さま、此奴ア一人では如何しても往きませぬワ。あの声を聞いて御覧、数十匹の猛獣がキツと潜んで居ますよ。グヅグヅして居ると、一も取らず二も取らず虻蜂取らずになつて了ひますぜ』 高姫『其虻蜂で思ひ出したが、彼奴は何でも言依別命から、清彦、照彦と云ふ名を頂き宣伝使になり、飽迄も我々に反抗的態度を執ると云つて居たさうだが、今どこに如何して居るだらう。言依別命が此琉球へ渡り、琉と球との宝玉を手に入れ、自分の隠した七個の玉と共に、高砂島へ持ち渡つて、高砂島の国王となる計画だと聞いて居る。自転倒島では此高姫の日の出神の生宮が、目の上の瘤となつて思はしく目的が立たぬので、高姫の居ない地点で野心を遂行すると云ふ考へで、大切な宝玉を盗み出し、自転倒島を立去つたのだから、仮令言依別、天を翔けり地を潜るとも、草を分けても探し出し、宝玉を取返し、さうして彼が面皮を剥いて、心の底より改心さしてやらねば、我々の系統としての役目が済まぬ。アヽ年が寄つてから、又しても又しても海洋万里の波を渡り、苦労を致さねばならぬのか。これも全く言依別の肉体に悪の守護神の憑依してゐるからだ。……アヽ惟神霊幸倍坐世。一時も早く言依別の副守護神を退却させ、誠の大和魂に立返つて、日の出神の命令を聞く様にして下さいませ』 と半泣声になり、鼻を啜つて両手を合せ、一生懸命に祈願して居る。清彦は此態を見て俄に可笑しくなり「プーツプーツ」吹き出し、終ひには大声をあげて、 清彦『ワツハヽヽヽ』 と笑ひ転けた。 高姫『誰だ。日の出神の生宮が神界の為、一生懸命御祈願を申し上げてるのに、ウフヽアハヽヽヽと笑ふ奴は……よもや狸ぢやあるまい。何者だ。サアこうなる上は高姫承知致さぬ。此入口を青松葉でくすべてでも往生さしてやらねば措かぬ。……コレ常彦さま、春彦さま、そこらの、青いものを持つて来なさい。コラ大変な劫経た古狸が居るのだ。四つ足が劫経ると人語を使ふやうになるからなア』 清彦俄に女の声を出し、 清彦『コレハコレハ高姫様、常彦、春彦の御両人様、遠方の所遥々と能くこそ御越し下さいました。ここは琉球王の仮館、木の丸殿と云ふ所で御座います。王様は……言依別神様とやらが、自転倒島から遥々御越しになり、琉と球との宝玉を御受取り遊ばし、台湾に一寸立寄り、それから南米の高砂島へ御越しになりました不在中で御座います。妾は虻……オツトドツコイ、危い猛獣毒蛇の沢山に棲息する此島に留守を守つて居る大蛇姫と云ふ、夫は夫は厭らしい女で御座います。サア御遠慮は要りませぬ。此洞穴には沢山な古狸や大蛇が住居を致し、今日の所綺麗な男が二人、綺麗な女が二人、四魂揃うて守護を致してをります。併し乍ら何れも本当の人間では御座いませぬ。皆化物で御座いますから、其お心算で御這入りを願ひます。メツタにあなた方を塩をつけて頭から咬んだり、蛇が蛙を呑むやうにキユウキユウと呑み込むやうな事は御座りませぬ。如意宝珠の玉でも呑み込むと云ふ不可思議力を備へた貴女、早く御這入り下さいませ』 高姫『這入れなら這入つてもあげませう。併し一遍外へ姿をあらはし、案内をなさらぬか』 清彦『外へ出るが最後、虻公の正体が現はれますワイ。アツハヽヽヽ』 高姫『最前から何だか可笑しいと思つて居つた。お前は淡路の東助の門番をして居つた泥坊上りの虻公ぢやないか。如何して又斯んな所へやつて来たのだ。お前はドハイカラの教主から、清彦と云ふ名を貰うたぢやないか。自転倒島では最早泥坊が出来ないと思うて、こんな所まで海賊を働き漂着して来たのだらう。サアお前一人ではあるまい、大方蜂も来て居るだらう。其他の同類は残らず此処へ引張つて来なさい。天地根本の誠の道を説いて聞かせ、大和魂をねりなをして助けて上げよう。事と品によつたら此高姫が家来にしてやらぬ事もない』 清彦『今お前さまに這入られると、実は困つた事があるのだ。今日は情意投合……オツトドツコイ情約履行をしようと云ふ肝腎要な吉日だ。お前さまのやうなお婆アさまは我々壮年者の心理は分るまい。あゝエライ所へエライ奴が来たものだ。月に村雲花に嵐、美人の前に皺苦茶婆ア……』 と小声に呟いた。高姫は此言葉の一端を耳に入れ、 高姫『ナニ、美人に皺苦茶婆アと言つたなア。コリヤ何でも秘密の伏在する此洞穴、モウ斯うなる以上は強行的に押入り、隅から隅まで調べてやらねばなるまい。ヒヨツとしたら天火水地の宝玉も隠してあるか分らない。…常彦、春彦、妾に続け』 と言ひ乍ら、清彦が「待つた待つた」と大手を拡げて遮るのも聞かず、むりやりに飛び込んで了つた。 奥には肥松の明りが瞬いて居る。三人の顔はハツキリと輪廓まで現はれて居る。 高姫『コレハコレハ皆さま、御楽しみの最中、御邪魔を致しまして申訳のない事で御座いました。花を欺く美男子と美人、そこへ白髪交りの歯脱婆アが参りまして、嘸、折角の興がさめた事で御座いませう。此洞穴に似合はぬ……お前さまは美しい方だが、此島の方か、但は、虻、蜂の両人に拐かされてこんな所へ押込められたのか、様子がありさうに思はれる。サア包まずかくさず仰有つて下さい。日の出神の生宮が此場へ現はれた以上は、虻、蜂の両人位何と云つても駄目ですよ』 清子姫、照子姫両人は行儀よく両手をつき、 両女『ハイ有難う御座います。聖地に於て御高名著しき、あなた様が高姫様で御座いましたか。妾は比沼の真奈井の宝座に仕へて居りました清子姫、照子姫の両人で御座います』 高姫『かねがね黒姫さまから承はつて居つた、比治山の隠家に厶つた淑女はお前さまの事であつたか。如何して又かやうな所へお越し遊ばしたのだ。大方虻、蜂両人の小盗人に拐はかされて、斯んな所へ来なさつたのだらう。グヅグヅして居ると此奴ア○○をしかねまい代物です。最前も小声に情約履行の間際だとか何とか吐いて居ました。サア、妾が来た以上は最早大丈夫、高姫と一緒に此琉球の島を探険し、結構な宝玉の所在を求め、言依別の後を追うて、其七つの宝玉を手に入れて聖地に帰り、大神様の御神業をお助けしようではありませぬか』 二人は顔赭らめて、無言の儘俯いて居る。清彦は高姫の胸倉をグツととり、 清彦『コラ婆ア、小盗人とは聞捨ならぬ。三五教の宣伝使清彦、照彦の両人だ』 高姫『ヘン、馬鹿にするない。お前達が胸倉を取つて威喝した所で、そんな事にビクとも致す高姫ぢやありませぬぞ。虻、蜂の小泥坊が恐ろしくて、こんな所まで活動に来られますかい。今は宣伝使でも、昔はヤツパリ泥坊をやつて居たぢやないか』 清彦『昔は昔、今は今だ。改心すれば其日から真人間にしてやらうと神様が仰有るぢやないか。俺が泥坊なら高姫は大泥坊だ』 高姫『オイ常彦、春彦、何をグヅグヅして居るのか、高姫が此通り胸倉を取られて居るのに平気で見て居ると云ふ事がありますか』 常彦『左様で厶います。あなたも余り我が強いから、神様が清彦さまの手を借つて身魂研きをなさるのだと思つて、ジツとして御神徳を頂いて居ります。……なア春彦さま、キツと善が勝つと神さまが仰有いますから、今善悪の立別けが始まるのですで……高姫さま、シツカリやりなさい。……清彦さま、何方も負けて下さるなや』 照彦はムツクと立上り、行司気取りになつて、そこにあつた芭蕉の葉の端をむしり唐団扇の様な形にして、右の手に捧げ、 照彦『東西……東は高姫山に、西イ清彦川……何れも一番勝負、アハヽヽヽ』 と笑つて居る。高姫は金切声を出して、爪を立て、一生懸命に掻きむしらうとする。強力な清彦に両方の手首をグツと握られ、如何ともすること能はず、目計り白黒させ前歯のぬけた口から、臭い息と唾とを盛に吐き出して、清彦の顔に注いでゐる。清彦も堪りかねて両方の手をパツと放した。照彦は中に割つて入り、 照彦『御見物の方々、此勝負は照彦が来年迄お預かりと致します』 高姫『清子姫さま、照子姫さま、お前さまは、斯んな乱暴な男を何と思うてゐられますか』 清子姫『ハイ、御二人共申分のない、立派なお方で御座います。中にも清彦さまはどこともなしに虫の好く御方ですよ。なア照子姫さま』 照子姫『あなたの御言葉の通り、御二人とも本当に立派な方ですワ。妾は何だか照彦さまの方が、中でもモ一つ立派な方だと思ひます、ホヽヽヽヽ』 と俯むく。 高姫『清彦が妾の胸倉を取つたのも道理、二人の男に二人の女、好いた同志が今晩こそは、此離れ島で何々しようと思うてる所へ、此婆アがやつて来たものだから腹が立つたでせう。御無理もありませぬ。併し乍ら縁と云ふものは汚いものぢやな。行成彦命の系統をうけた御両人さまが、人もあらうにこんなお方の女房にならうとは、イヤモウ理外の理、高姫感じ入りました。併し言依別命さまは此処へ来られたか、御存じでせうな』 清子姫、照子姫一時に、 両女『ハイ、おいでになつた相で御座います』 清彦『おいでになるはなつたが、竜の腮の二つの玉を手に入れ、意気揚々として、遠の昔台湾島へ行き、それから南米の高砂島へ渡られたといふことだ。我々もその琉と球との二つの玉を手に入れる為にやつて来たのだが、一足遅れた為に、後の祭り、せめても腹いせに男女四人が、撞の御柱を巡り合ひ、美斗能麻具波比をなせと宣り玉ひ、此島の守り神とならうと思つて居る所ですよ』 高姫『何とお前は男にも似合はぬ、チツポけな肝玉だな。此広い世界に斯んな島を一つ治めて満足してゐる様な事では、到底三千世界の御用は出来ませぬぞや。併し乍ら身魂相応な御用だから、何程烏に孔雀になれと言つたつてなれる気遣ひはなし、仕方がないなア』 と揚げ面し、冷笑を浮べて居る。 照彦『高姫さま、余り見下げて下さいますな。私だつて琉と球との玉を手に入れ、言依別さまの隠された七つの玉を、仮令半分でも探し出し、そして、高砂島は申すに及ばず、筑紫の島から世界中の覇権を握る位な考へは持つて居るのだが、肝腎な琉と球との宝玉を言依別に取られて了つたのだから、後を付け狙うと云つても見当がつかぬだないか。それだから百日百夜水行でもして、二夫婦の者が玉の所を探しに行かうといふ考へだ。百日の水行をすれば世界が見えすくと三五教の神様が仰有るのだから、玉の所在はもとより、言依別の行方も分るのだ。あなたは日の出神の生宮なら、猶更分るでせう』 高姫『きまつた事だよ。分かればこそ、ここ迄従いて来たのだ……サア言依別命、余り遠くは行くまい。グヅグヅしてると又面倒だ。……常彦さま、春彦さま、早く参りませう。なる事ならば、照子姫さま、清子姫さま、あなた丈は私のお供なさいませぬか。虻、蜂両人の女房になるのは一つ考へ物ですで』 清彦『エー又婆アの癖に構ひやがる。サア早く出て行け』 高姫『出て行けと言はなくても、こんな所にグヅグヅしてをれるか。……サア常彦、春彦、早く早く』 とせき立てて、立ち去らうとする。 常彦『モシモシ高姫さま、何程急いだつて、なる様により成りませぬで。今夜はここで宿めて貰つて、明日の朝ゆつくり行きませうか……ナア春彦、お前も大分に草臥れただらう』 春彦『草臥れたと云つた所で、船の中に浮いて居るのだ。目的が立つてから、何程ゆつくり休まうとままだ。サア行かう』 と厭さうにしてる常彦の手を取り、引摺るやうにして、高姫と共に此洞穴を脱け出し、路々祝詞を奏上し乍ら、苺や石松の茂る珊瑚岩の碁列せる浜辺を指して一目散に駆つけ、乗り来し船に身に任せ、一生懸命南を指して大海原を漕ぎ出した。 (大正一一・七・二七旧六・四松村真澄録)
83

(1923)
霊界物語 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 16 琉球の神 第一六章琉球の神〔七九八〕 高姫一行が立去つた後の洞穴は、水入らずの男女四名、互に秘密を半打明けて一種異様の気分に打たれてゐる。 斯る処へ言依別命は、国依別、若彦、常楠、チヤール、ベース其他の土人を引伴れ、此洞穴指して一先づ帰り来り、入口より中を覗けば灯火がついて居る。さうして奥の方に何か人影が見えてゐる。国依別は一同に向ひ、 国依別『ヤア皆さま、御苦労で御座いました。誰か気の利いた土人と見えるが、灯火をつけて待つてゐる様です』 と云ひ乍ら一足先に入つた。清彦は此姿を見て、 清彦『ヤア』 とばかりに驚き、側に駆寄つて、 清彦『これはこれは国依別様で厶いますか。ヤア言依別の教主様、大勢の方々、よくマア御いで下さいました。御承知の通りの荒屋、苺が沢山に御座いますれば、悠乎と御召り遊ばして御話を願ひます』 国依別『ヤアお前は清彦ぢやないか。何時の間にやら我輩の邸宅を横領して、主人気取りになつて了つたのだな……教主様、其他御一同様、清彦が御留守宅へやつて来て居ります』 清彦『どうぞ奥へ御通り下さいませ』 国依別『主客顛倒とは此事だ。ヤア奥には照彦其他二人の頗る美人が居るではないか。中々抜目の無い男だね』 言依別『アヽ若彦さま、常楠さま、サア奥へ御進み下さい』 常楠と若彦は琉、球の玉を奉じ、洞穴内の最も高き処に安置し、拍手を打ち一生懸命に何事か小声に唱へてゐる。 清彦、照彦、清子姫、照子姫は両手をつき、 四人『是は是は教主様、不思議な所で御目にかかりました。先づ先づ御無事で御目出度う厶います』 言依別『ヤア有難う。御神徳を以て竜の腮の琉、球の宝玉はうまく手に入りました。就ては貴女方どうして又斯様な処へ来たのですか』 清子姫『ハイ、妾は比沼の真奈井の宝座に於て、照子姫様と禊を修して居りました。処が瑞の宝座は俄に鳴動を始め、四辺に芳香薫じ、微妙の音楽聞え来ると思ふ間もなく、忽然として現はれ玉ひし豊国姫の御神姿、言葉静かに宣らせ玉ふやう………この宝座は、妾寸時神界の都合によつて或地点に立向ひ、神霊不在となれば、汝等二人は一刻も早く此場を立去り、由良の港の秋山彦が館に、竜宮の麻邇の宝珠集まり玉へば之を奉迎せよ……神素盞嗚大神、国武彦命も御でましになつてゐる……との事に、旅装を整へ由良港へ参りしも後の祭となり、其儘聖地に上り、玉照彦、玉照姫様の神勅や、貴方様の御教示を拝して高熊山に登り、三週間の行を為し、いろいろの神界の御経綸を承はつて、漸くここに参つたもので厶います。ところが途中に於て船を暗礁に乗り上げ、生命危い所を御両人様に助けられ、結構なる御神徳をうけましたもので厶います』 言依別『それは皆さま、結構で御座いました。吾々とても琉、球の宝玉を斯の如く無事に拝領し来れば、これよりは益々神徳著く、御神業も完全に成就する事と悦んで居ります』 国依別『モシモシ常楠さま、貴方の血縁の両人が此処に御越しになつてゐるといふのも、不思議の経綸ぢやありませぬか。照彦に清彦、照子姫に清子姫、これ又一つの不思議、…常楠に常彦、…これも亦不思議。畏れ多い事だが言依別様に国依別、若彦さまにチヤール、ベース、名までよく情意投合してゐる様ですなア。アハヽヽヽ』 常楠『お前は清彦、照彦の両人、ようマアこんな処まで探ねて来てくれた。親なればこそ、子なればこそだ』 清彦、照彦両人は一度に、 両人『吾々は斯様なところでお父さまに御目に掛らうなどとは、夢にも思つてゐませんでした。教主様の後をつけ狙つて高姫一行が参つたと聞き、心も心ならず、御後を慕つて御用の末端にもと思ひ、出て参りました。併し乍ら最早教主様は此島を既に既に御用了り、御出立の跡ならんと落胆致して居りましたが、併しここで御目に掛りましたのは何より有難い事で御座います』 言依別『あゝさうであつたか。それは大いに心配を掛けたなア。併し高姫さまは執拗にも斯様なところまで、吾々の後を追つて来たのかなア』 清彦『高姫さまは仮令高砂島の果までも貴方の御後を尋ね廻り、七つの宝玉の所在を探して教主様を改心させなならぬと言つて、今の今とてこの洞穴に御越しに相成り、常彦、春彦と共に、大変に我々両人に毒吐いた揚句、一刻も猶予ならぬ。言依別の後を追つてやらうと云つて、慌しくここを立去られた所で御座います。モウ今頃は何処かの浜辺から、船に乗つて漕ぎ出してゐる位でせう』 言依別『何処までも玉にかけたら執念深い高姫だなア。アヽ仕方が無い』 と双手を組んで思案に暮れる。 言依別『さうすれば高姫さまは、又我々の渡る高砂島へも行くに違ひ無い。琉、球の宝玉を持つて参れば、又しても罪を作らす様なものだ。是から国依別と両人が玉の精霊を我が身魂に移し、形骸丈は……若彦さま、御苦労だが二つとも貴方が守護して、再度山の麓なる玉能姫の館へ持帰り、夫婦揃うて此玉を保管をし乍ら、神界の御用をして下さい。貴方も此御神業が成就した上は、玉能姫の夫として同棲されても差支は有りますまい』 若彦はハツと驚き、有難涙に暮れ乍ら、 若彦『情の籠つた教主の御言葉、有難く存じます。左様なれば此玉を保護致し、生田の森の神館へ持帰り、貴方の聖地へ御帰り遊ばす迄大切に守護致します』 言依別『早速の御承知、一日も早く御帰り下さい。……又常楠翁は此琉球島の土人の神となり、王となつて永遠に此処に鎮まり神業に尽して貰ひたい。……清彦、照彦は常楠と共に本島を守護致し、余力あれば台湾島へも渡つて三五教を広め、国魂神となつて土民を永遠に守つて下さい。言依別はこれより国依別と共に、高砂島へ渡り、夫より常世国を廻つて波斯の国、産土山脈の斎苑の館に立向ふ考へだ。随分神様の御恵を頂いて壮健無事に御神業に参加されよ』 と宣示する。一同はハツとばかりに有難涙を出し、頭を地につけて涕泣稍久しうしてゐる。 ここに言依別は琉の珠の精霊を腹に吸ひ玉ひ、国依別は球の珠の精霊を吸ひ、終つて二個の玉手箱を若彦に渡した。若彦は押頂いて、直にチヤール、ベースの二人に船を操らせ宝玉を保護し、荒浪をわけて、再び自転倒島の生田の森に引き返す事となつた。 これより若彦、玉能姫は生田の森に於て夫婦の息を合せ、神界の為に大功を顕はしたのである。 言依別命は国依別を伴ひ、琉球全体の守護権を、常楠、清彦、照彦に一任し、悠々として土人二名を引伴れ、船を操らせ乍ら、万里の波濤を蹶つて高砂島に向つて出発された。又清子姫、照子姫は言依別の後を追ひ暗夜に紛れて船に乗り、高砂島へ進む事となつた。 清彦、照彦はこの二人の美女が何時の間にか、此島より消え去りしに一時は落胆したが、よく顧みれば、自分には紀の国に妻子ある事を思ひ出し、天則違反の行動となるに思ひ当り、この恋を断念する事となつた。然るに清彦、照彦二人の妻子は、夫を捨てて何処へか姿を隠したる事後に至つて判然し、常楠の命に依つて貴人の娘を妻となし、清彦は琉球の北の島を、照彦は南の島を管掌し、永遠にその子孫を伝へたのである。 又常楠はハーリス山の山深く進み入つて生神となり、俗界より姿を隠して了つた。今に到る迄不老不死の仙術を体得し、琉球島の守護神となつてゐる。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・二七旧六・四外山豊二録)
84

(1931)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 03 玉藻山 第三章玉藻山〔八〇三〕 真道彦命は国治立大神の時代より、此島に鎮まり、子孫皆真道彦の名を継いで、新高山の北方に、聖場を定め、三五の道を全島に拡充し、神国魂の根源を培ひつつあつた。然るにバラモン教の一派此島に漂着してより、花森彦命の子孫なるアークス王は、三五の教を棄ててバラモン教に帰順せしため、住民は上下の区別なく、残らずバラモンの教に帰順して了つた。されど新高山の以北にのみアークス王の権力も、バラモンの教権も行はれて居たのみで、新高山以南は少しも勢力が及ばなかつた。 真道彦は遠く新高山を越えて、東南方に当る高原地日月潭に居を構へ、東南西の地を教化しつつありき。然るにアークス王の宰相たるサアルボース兄弟は、此地点をも占領し第二の王国を建てんと、時々兵を引連れ、玉藻山の聖地に向つて攻めよせた。されど竜世姫の永久に鎮まり玉ふ大湖水を南へ越ゆることは容易に出来なかつた。 或時ホーロケースはバラモンの信徒を数多引連れ、三五教の巡礼に身をやつし、玉藻山の聖地に、雲霞の如く押寄せ、隙を覗つて真道彦命を生擒し、一挙に全島を占領せむと試みつつあつた。真道彦命はホーロケースの悪竦なる計画を前知し、数多の信徒を駆り集め、言霊戦を以て、之れに向ふこととなし、玉藻山の山頂に、祭壇を新に設けて、寄せ来る敵に向つて、言霊線を発射しつつあつた。され共、バラモン教のホーロケースは少しも屈せず、獅子奮迅の勢を以て各隠し持つたる兇器を振り翳し、鬨を作つて一挙に亡ぼさむと斬り込んで来た。 真道彦の子に日楯、月鉾と云ふ二人の信神堅固なる屈強盛りの二児があつた。父真道彦はホーロケースに向つて、言霊を奏上するや、ホーロケースは怒つて、真道彦の胸板を長剣を以て突き刺し、此場に打殪し、凱歌を奏し、其勢天地も震ふ計りであつた。突刺されて其場に倒れた真道彦の身体より白烟忽ち濛々として立あがり、美はしき女神となつて、雲の彼方に姿を隠した。 日楯、月鉾の兄弟は父真道彦の行方不明となりしを歎き、如何にもして、ホーロケースの一族を亡ぼし、父の仇を報じ、三五教の教を再び樹立せむと苦心の結果、湖中に泛べる竜の島に夜秘かに漕ぎつけ、祈願をこらして居た。此時既に玉藻山の聖地は、ホーロケースの占領する所となつて居た。真道彦の部下は四方に散乱して、其影さへも止めなかつた。 竜の島は樹木鬱蒼として、湖水の中心に浮び、周囲殆ど一里計りもある霊島であつた。二人は島山の頂上目蒐けて登り行く。此処に高大なる巨岩壁の如く立並び、中央に人の入れる計りの岩穴が開いて居た。兄弟は其岩窟に思はず足を向けた。炎熱焼くが如き夏の空に得も言はれぬ涼しき香ばしき風、坑内より頻りに吹き来る。二人は何となく此窟内を探険したき心持となつて、思はず知らず四五丁計り奥へ進んで行つた。 俄に強烈なる光線何処よりかさし来たる。振かへり見れば、最早岩窟の終点と見えて、両方に円き天然の穴が穿たれ、そこより太陽の光線が直射してゐた。あたりを見れば、階段の如きもの自然にきざまれてゐる。日楯、月鉾の二人は、此階段を登り詰め、前方を遥かに見渡せば、紺碧の波を湛へた玉藻の湖水、小さき島影は彼方此方に浮み、白き翼を拡げたる数多の水鳥は前後左右に飛び交ふ様、実に美はしく、二人は此光景に見惚れて居た。遠く目を東南に注げば、玉藻山の聖地は以前の儘なれど、ホーロケースが襲来せしより、バラモン教の拠る所となり、何となく恨めしき心地せられて、稍今昔の念に沈み居たり。 日楯『オイ弟、斯の如き聖場を敵に蹂躙され、父上は行方不明とならせ玉ひ、吾々兄弟は身の置所なく、漸くにして此竜の島に逃げ来りしものの、未だ安心する所へは往かない。罷り違へばバラモン教の奴原、此島迄吾等が後を追跡し来るやも計られ難し、吾等兄弟は今此処に於て、三五教の大神に祈願をこらし、運を一時に決せば如何に。見下せば千丈の断崖絶壁、神に祈願をこめ、此青淵に飛び込み、生死の程を試し見む。万一吾等両人生命を取り止めなば、再び三五教は元の如く勢力も盛返し、バラモン教の一派を新高山の北方に追返し得む。月鉾、汝如何に思ふや』 と決心の色を顕はして話しかけた。 月鉾『兄上の仰せの如く、これより天地神明に祈願をこめ、此断崖より湖中に飛び込み、神慮を伺ひ見む』 と同意を表し、二人は天津祝詞を奏上し、此世の名残と天の数歌を数回繰返し唱へて居た。傍の密樹の蔭より、 (言依別命、国依別)『神が表に現はれて善と悪とを立別る 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ三五教の宣伝使 言依別や国依別の神の司は此処に在り 国治立大神の教を伝ふる真道彦 脆くも敵に聖地を追はれ玉藻の山を後にして 雲を霞と逃げ去りぬ後に残りし兄弟は 力と頼む父には別れ教の御子には見棄てられ 寄辺渚の捨小船泣く泣く聖地を立出でて ここに荒波竜の島涙の雨に濡れ乍ら 此岩窟に尋ね来て玉藻の湖面を打眺め 感慨無量の思ひ出に今や生死を決せむと 思ひ煩ふ憐れさよ日楯、月鉾両人よ 必ず心を悩ますな琉と球との宝玉の 御稜威を吾が身に負ひ来る三五教の宣伝使 汝等二人に玉藻山元の昔に恢復し 誠の道にバラモンの敵を言向け和すてふ 珍の神宝授けなむあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひながら、此場に二人の宣伝使は現はれ来り、兄弟の前に直立して、軽く目礼した。 兄弟は夢かと計り打驚き、平身低頭稍少時、何の応へもなく計り。やうやうにして両人面をあぐれば、こはそも如何に、二人の宣伝使の影は何処へ消え失せしか、山の尾の上を通ふ風の音颯々と響き亘るのみなり。 これより二人の兄弟は、勇気日頃に百倍し、天の数歌を歌ひ乍ら、湖上に泛べる島々を残る隈なく駆巡り、二人の宣伝使の所在を尋ねたれ共、何れへ行きたりしか、其影さへも見ることは出来なかつた。されど二人は何となく勇気に充ち、再び玉藻山に向つて言霊戦を開始せむと、湖水に浮きつ沈みつ、七日七夜の御禊を修し、言霊の練習に全力を尽す事となつた。 ○ セールス姫の侍女として永く仕へ居たるアークス王の落胤なるマリヤス姫は、サアルボースの館を脱け出で、夜を日に次で、新高山を東南に越え、玉藻の湖辺を巡つて、玉藻山の聖地に救はれて居た。然るに、此度のホーロケースの襲来に依りて、真道彦命は行方不明となり、数多の部下は四方に散乱し、日楯、月鉾の二人はこれ亦、行方不明となり、進退谷まる折しも、ホーロケースに捕へられ、散々な責苦に会ひ、遂には一室に厳重なる監視人をつけ、幽閉されにける。 ホーロケースは兄のサアルボースと相応じて、此全島の主権を握らむと、意気昇天の勢にて、玉藻山にバラモン教の聖場を開き、吾物顔に振るまつて居た。さうしてマリヤス姫を幽閉し、時々其居間に到りて、強談判を開始することもあつた。 話し変つて、マリヤス姫は、悲歎の涙に暮れ乍ら、独ごちつつ、心の憂さを歌ひ居たり。 マリヤス姫『水の流れと人の行末変れば変る世の中よ 遠津御祖の其源を尋ぬれば高天原のエルサレム 花森彦のエンゼルと仕へ玉ひし吾御祖 美しの命の御裔なるアークス王が子と生れ 浮世を忍ぶ落胤の吾は果敢なき身の因果 高砂島を所知食すカールス王の妹と生れ 心汚なきサアルボースが娘セールス姫の侍女となり 醜の企みを探らむと父の御言を畏みて 心を尽す折柄にセールス姫のあぢきなき 其振舞に追ひ立てられ今は果敢なき独身の 行方も知らぬ旅枕神の情に助けられ 真道彦神の開きます三五教の霊場と 音に聞えし玉藻山これの館に救はれて 楽しき月日を送る折月に村雲、花には嵐 浮世の風に煽られて今日は悲しき幽閉の身 あゝ何とせむ只泣く涙かはき果てたる夕まぐれ 恋しと思ふ月鉾の神は何れにましますか 親子兄弟諸共に夜半の嵐に散らされて 行方も分かぬ旅の空仮令何処にますとても マリヤス姫の真心は山野海河幾千里 隔つるとても何のその尋ねて行かむ君が側 とは言ひ乍ら情無や心汚なき醜神の ホーロケースに捉へられ暗き一間に幽閉されて 面白からぬ月日を送る吾身の上朝に夕に涙の袖を絞りつつ 恋しき人の行方を尋ね夢になりとも吾恋ふる 月鉾神に会はせかしと木花姫の御前に 祈りし甲斐もあら悲しやホーロケースの横恋慕 牢獄の暗き吾居間に夜な夜な来りてかき口説く 其言の葉の厭らしさ消え入りたくは思へ共 神ならぬ身の如何にせむ逃るる由もなくばかり 恋しき人は来まさずに蝮の如く忌み嫌ふ 醜の曲霊の執念深く朝な夕なに附け狙ふ バラモン教の神司吾身に翼あるならば 牢獄の窓を飛び越えて恋しき主が御許に 天翔り行かむものをあゝもどかしや苦しや』と 小声になつて涙と共に掻口説く。 ○ 折しもあれや館内俄に騒々しく数多の人々右往左往に逃げ惑ふ 其様子の一方ならざるにマリヤス姫は『真道彦命 味方を数多引連れて弔戦に向ひ玉ひしか 但は日楯、月鉾の二人数多の神軍を引率して 茲に現はれ玉ひしか何とはなしに吾が心 勇ましくなりぬあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と思はず合掌する。其処へ密室の戸を荒らかに押開けて、形相凄まじく入り来れるホーロケースは、 ホーロケース『ヤア、マリヤス姫、変事突発致した。サア吾れに続いて来れ』 と無理に引つ抱へ、此場を逃げ出さむとする其周章加減、マリヤス姫はキツとなり、 マリヤス姫『仮りにもバラモン教の神司、数多の部下を引率し玉ふ御身を以て、其周章方は何事ぞ。先づ先づ鎮まり玉へ。様子を承はりし上にては、あなたの御後に従ひ、参らうも知れませぬ』 とワザとに落付払つて、時を移さうとする。ホーロケースは、 ホーロケース『時遅れては一大事』 と有無を言はせず、小脇にひんだき、密室を駆出さむとする時しも、日楯、月鉾の両人は、琉、球の玉の威徳に感じたりけむ、身体より強烈なる五色の光を放射し乍ら、此場に現はれ来り、 両人『ヤア、ホーロケース、暫く待たれよ』 と声をかけた。ホーロケースは転けつ輾びつ、マリヤス姫を後に残し、数多の部下と共に、雲を霞と夜陰に紛れ、何処ともなく姿を隠した。 月鉾『あゝマリヤス姫殿、御無事で御座つたか、芽出度い芽出度い。これと云ふも全く、大神様の御恵み』 と両手を合せて、感謝の涙を流して居る。 マリヤス姫は夢か現か幻かと、飛び立つ計り喜び勇み、あたりをキヨロキヨロ見廻し乍ら、ヤツと胸を撫でおろし、 マリヤス『悲しき恐ろしき苦しき所へお越し下さいまして、妾を救ひ賜はり、嬉しいやら、有難いやら、何とも申上ぐる言葉は御座いませぬ。……日楯様、月鉾様、最早館の内は別状は御座いませぬか』 と云ひつつ、月鉾にすがり着いた。 月鉾『マリヤス姫殿、御安心なさりませ。最早敵は残らず散乱致しました。今後の警戒が最も肝要で御座います。まづまづ御心を落着けられよ』 日楯『サアサア、皆さま、打揃うて神前に天津祝詞を奏上致しませう』 茲に玉藻山の聖地は再び、三五教に返り、宏大なる神殿は造営され、日楯、月鉾の声名は遠近に押し拡まり、旭日昇天の勢となり来たれり。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・六旧六・一四松村真澄録) (昭和一〇・六・六王仁校正)
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(1933)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 05 難有迷惑 第五章難有迷惑〔八〇五〕 日楯、月鉾の両教主は数多の取次信徒等に取巻かれ、数多の松明を点じ乍ら、湖の畔を長蛇の陣を作り、蜿蜒として玉藻山の聖地を指して帰り行く。松明の火光は湖面に映じ、恰も水中に火竜の泳ぐが如く、壮観譬ふるに物なき眺めなりけり。 真道彦命は松明の後より、ヤーチン姫、ユリコ姫、キールスタンと共に一行に従ひ、聖地に帰り着いた。されど一人として、夜中の事と云ひ、最後より来りし事とて、気の付く者は一人もなかりけり。 日楯、月鉾の二人は新に建造されたる神殿に進み入り、『父真道彦命の一日も早く行方の分りますよう』……と一心不乱に祈念をし居たり。 そこへ衆人を掻き分け、悠々として現はれ出でたる真道彦命は、先づ第一に神前に向つて拍手し祝詞を奏上し始めた。二人の兄弟は其姿と云ひ、声と云ひ、且つ……吾が前に出でて祝詞を奏上する者は、三五教に一人もなし、正しく神の顕現か、但は吾父の帰りませしにあらずや……と心中に且つ疑ひ、且つ歓び、祝詞の終るを待つて居た。 真道彦命は拝礼を了り、一同に目礼をなし、兄弟の手を握り、涙を流し乍ら、 真道彦命『吾れは久しく此聖地を逃れ居たる汝が父なるぞ。よくマア無事に生き永らへしのみならず、再び聖場を復興し得たるは、全く汝等が信仰の真心を、三五教の大神御照覧遊ばし、厚く守らせ玉ふものならむ。あゝ有難や、辱なや』 と落涙に咽び、嬉しさ余つて、其場にハタと打倒れけり。 これを聞きたる数多の取次、信徒等は一斉に神徳を讃美し、神恩を感謝し、欣喜雀躍の余り、夜の明くるも知らずに、直会の宴に、日三日、夜三夜を費やしけるが、玉藻の聖地開設以来の大盛宴なりける。 真道彦命は日楯、月鉾二人の兄弟に、美はしき館を作られ、そこに老の身を養ふこととなりぬ。されど真道彦は年齢に似合はず、神徳、霊肉共に充実して若々しく、元気も亦壮者を凌ぐ許りなり。 玉藻の湖水は東西十五里、南北八里、山中にては可なり大なる湖水なり。玉藻山の霊地は殆ど其中心に位し、東の端に天嶺といふ小高き樹木密生せる景勝の山地があつた。そこに日楯をして守らしめ、神殿を新に造り、政教一致の道を布かしめた。さうしてユリコ姫を宮司とし、聖地の東方を固めしめ、真道彦命は玉藻山の霊場に在つて、老後を養ひつつヤーチン姫を奉じ、神業に奉仕して居た。 玉藻湖の西端には泰嶺と云ふ霊山があつた。そこには月鉾を配置し、マリヤス姫を神司として奉仕せしめつつありき。玉藻山以東を日潭の聖地と称し、以西を月潭の霊地と称へ、オレオン星の如く三座相並びて、三五教の神業に奉仕し、其稜威は台湾全島に轟き渡り、新高山の山麓なる泰安の都にまで、其勢力は轟いて居た。 泰嶺の鎮守として使へたる月鉾は神の命により独身生活を続け居たり。マリヤス姫は何時とはなしに月鉾に対し恋慕の念起り、矢も楯もたまらず、神業を閑却して昼夜の区別なく、月鉾に対し心を奪はれ、隙ある毎に寄り添ひて、種々と思ひの丈を述べ立つるのであつた。されど月鉾は信心堅固にして、神の命をよく守り、且つマリヤス姫は泰安の都にましますカールス王の妹たる尊き身の上なる事を知り居たれば、手厳しく戒むる事も得せず、又放逐する事も得ずして、心の限り尊敬を払つて居た。マリヤス姫の恋路は益々猛烈となり、遂には取次信徒等の端に至る迄、月鉾とマリヤス姫の間に温かき関係の結ばれある事を固く信じいたりけり。月鉾は神命と姫との板挟みとなつて、日夜苦慮しつつ其日を送り居たり。又日楯はユリコ姫と共に夫婦となり睦まじく神業に参加し居たり。 老たりとは云へ、未だ元気旺盛なる真道彦命は妻に先立たれ、独身の生活を続けて、余生を此聖地に送り居たるが危き生命を救はれたる真道彦に対して、ヤーチン姫は何時とはなしに恋に落ち、昼夜煩悶の結果、面やつれ、身体骨立し、遂には重き病の床に就きける。 侍女のユリコ姫は天嶺の聖地にあつて、日楯の妻となり、早くも妊娠の身となり居たり。それ故ヤーチン姫の重病を看護することさへ出来ざりき。キールスタンは昼夜の別なく、忠実に姫の看護に全力を尽し居たれ共、姫の病は日に日に重る計りなりける。 真道彦命は姫の大病を救はむと、朝な夕な神前に祈願をこらしつつありしか共、少しも其効験現はれず、尊きエーリスの姫君、如何にもして、元の身体に回復せしめむと心胆を砕き乍ら、病床を見舞つた。キールスタンは真道彦命の来れるに打喜び、挨拶も碌々になさず、あはてふためきて、ヤーチン姫の枕許に走り寄り、耳に口を寄せ、 キールスタン『あなたの日頃恋はせ玉ふ真道彦命様が、今茲におみえになりました』 と囁きし此声に、姫はムツクと起上り、さも嬉しげに、真道彦命に向ひ、 ヤーチン姫『真道彦様、ようこそ御親切に御訪ね下さいました。モウ妾、これぎり国替致しても、後に残る事は御座いませぬ。どうぞ妾の死後に於て、夢になりとも妾の事を思ひ出し玉ふ事あらば、只一言なりと吾名をお呼び下さいませ。これが妾の一生の願ひで御座います』 と恥かしげに言ひ終つて、枕に顔を伏せた。真道彦は稍当惑の体にて、少時ためらひ居たりしが、斯く迄吾を慕へる此婦人に対し、今はの際に、余り没義道にあしらふべきに非ず、何れ死に行く運命の人ならば、優しき言葉をかけて、潔く此世を去らしむるに若かじ……と決心し、厳然として身を構へ、 真道彦『ヤーチン姫殿、あなたの尊き御心、木石ならぬ真道彦も満足に存じます。今迄の貴女に対する無情の罪、御赦し下さいませ』 とキツパリ言ひ放つた。ヤーチン姫は此言葉に何となく元気づき、病の身を忘れて身を起し、膝を摺り寄せ、命の顔を打みまもり、感謝の涙をハラハラと流し乍ら、 ヤーチン『日頃恋ひ慕ふ真道彦命様、それならあなたは今日只今より、ヤーチン姫の夫、よもや御冗談では御座いますまいなア』 と念を押したりしに、 真道『エー勿体ない、私も神に仕ふる身の上、決して嘘は申しませぬ』 ヤーチン『そんなら……あなたは妾の夫、モウ斯うなる上は、病位は物の数では御座いませぬ』 と痩こけたる体も俄に元気づき、顔の色さへ仄紅く、直に井戸端に歩み寄り、身を浄め、自ら衣服を着替へ、身繕ひを終つて、再び真道彦の前に現はれ来り、 ヤーチン『あゝ吾夫様、吾居間へ御越し下さいませ。いろいろと申上げたき仔細が御座います』 と無理に手を曳き、吾居間に姿を没したり。 ヤーチン姫は吾居間に真道彦命を伴ひ、あたりを密閉して両人端坐し声を私めて、 ヤーチン『カールス様、泰安の都の様子は如何なりましたか。セールス姫は如何遊ばされました。どうぞ包まず隠さず、御漏らし下さいませ』 真道『これは又異なることを承はるものかな。私は祖先代々此玉藻の聖地に住居して、三五教を開く者、畏れ多くも泰安の都のカールス王などとは思ひも寄らぬ御言葉、永の御病気の為に、精神に御異状を御来し遊ばされ、カールス王に、私が見えたのでせう。決して私は左様な尊き身分では御座いませぬ。どうぞトツクリと御検め下され』 とヤーチン姫の面前にワザとに顔をつき出して見せた。ヤーチン姫は、兎見斯う見し乍ら[※「と見こう見」は「あちらを見たり、こちらを見たり」の意〔広辞苑〕]ニヤリと笑ひ、 ヤーチン姫『如何に御忍びの御身の上なればとて、さう御隠しなさるには及びますまい。妾が淡渓に投げ込まれ、生命危き所へ貴方は妾を助けむと、先に廻つて御救ひ下さつた生命の恩人カールス様に間違ひは御座いますまい。最早斯うなる上は、御隠しなさるには及びませぬ。どうぞ打解けて誠の事を仰有つて下さいませ。何程御隠し遊ばしても、どこから何処まで、毛筋の横巾も違はぬあなたの御姿、これが如何して別人と思へませうか』 真道『これは聊か迷惑千万、能く御考へ遊ばしませ。カールス様は未だ御年三十に成らせ玉はず、吾は最早五十路の坂にかかつて居る老ぼれ者、何程能く似たりとは言へ、老者と壮者、皮膚の色、声の色、決して決して同じ筈は御座いませぬ。仮令姿は能く似たりと雖も、月に鼈、尊卑の点に於て雲泥の相違ある私何卒御心を鎮められ、真偽の御判断を下し遊ばす様、御願致します』 ヤーチン『どこまでも用心深いあなたの御言葉、女は嫉妬に大事を漏すとの諺を信じ、分り切つたる秘密を、どこまでも包み隠さむと遊ばすあなた様の御心根が恨めしう御座います。どこまでも御隠し遊ばすならば、最早是非も御座いませぬ。真道彦命ならば真道彦命で宜しう御座います。王様に間違は御座いませぬ。どうぞ此処に改めて結婚の式を御挙げ下さいます様に御願致します』 真道『アヽ困つたなア。どうしたら姫様の疑が晴れるであらうか。他人の空似とは云ひ乍ら勿体ない、カールス王様に能く似て居るとは………真道彦の何たる光栄であらう。否迷惑であらう。アヽどうしたら此難関が切り抜けられようかなア』 とさし俯いて溜息をつき居る。 ヤーチン『何程御隠し遊ばしても、カールス王様に間違はありませぬ。あなたはサアルボースやホーロケース両人の悪者に恐れて、淡渓の畔に身を隠し、真道彦命と名を変へて、此世を偽る卑怯未練の御振舞、御父上の許し玉ひし夫婦の仲、未だ一夜も枕を交さね共、親と親との許し玉ひし夫婦の間柄、誰に遠慮が御座いませう。あなたは昔はエルサレムに仕へ玉ひし、天使花森彦命の御末孫、高国別や玉手姫の悪神の腹より生れ出でたる、サアルボースや、ホーロケースを父や叔父に持つ、セールス姫が御気に入らぬのは御尤もで御座います。さり乍ら何を苦んで、泰安の都を脱け出で、あの様な処に身を隠し遊ばしたので御座いますか……それはさうと、妾の生命を助け下さつたのもヤツパリあなた様、都を出でさせ玉ひし其御蔭、尽きぬ縁の証にて、恋しきあなたに助けられ、此里に参りましたのも、結ぶの神の引合せ、これより夫婦心を合せ、三五教の信徒を引つれ、時を見て泰安の都に攻め寄せ、父の業を御継ぎ遊ばす御所存は御座いませぬか。それさへ承はらば、妾は此儘帰幽致す共、あなたの雄々しき心を力として、幽界より御神業を御助け申す覚悟で御座います。生ても死しても、決してあなたの御側を離れぬヤーチン姫の真心、どうぞ仇に思召し下さいますな』 真道『私には日楯、月鉾と云ふ二人の息子が御座います。私の妻は既に此世を去り、今は此通り位牌となつて、此神殿に御祭りして御座いますれば、どうしても妻を持つことは、私として出来ませぬ。併し乍らあなたの御志を無にするも情なく存じますれば、夫婦の交はりのみは御許しを頂きまして、夫婦気取で御神業に参加させて下さいませ。カールス王様の御身の上に就て、変事あらば時を移さず、吾々は数多の強者を引具し、泰安の都に乗込んで御助け申し、貴女の望みを達し参らす覚悟で御座います。此事計りは御安心遊ばしませ。決して私はカールス王では御座いませぬ。正真正銘の真道彦で御座います』 ヤーチン『エーもどかしや』 と言ひ乍ら、矢庭に真道彦の利腕にしがみつき、涙と共に泣き口説き、身をもだえ居る。 此時何気なく、隔の襖をおし開き、入り来るキールスタンは此態を見て驚き、物をも言はず一目散に此場を駆出したり。これより真道彦命とヤーチン姫の間には、情意投合の契約が結ばれたるものとして、窃に三五教の一般に伝へらるる事となりぬ。されど真道彦命は将来を慮り、姫に対して一指だにも支へざりける。 姫は其後病気追々快復して元の如く容色端麗なる美人となり、聖地の大神殿に朝夕奉仕して、神の威徳は益々四方に輝き亘りぬ。真道彦命は飽く迄もヤーチン姫を尊敬し、主人の如く待遇して、至誠を尽したるに、ヤーチン姫も漸くにして、真道彦命のカールス王に非ざりしことを悟り、且つ命の信仰の堅実なるに感歎し、互に胸襟を開きて神業に参加し、時の到るを待ちつつありける。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・六旧六・一四松村真澄録)
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(1942)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 14 二男三女 第一四章二男三女〔八一四〕 天津御空に照り亘る日楯、月鉾、両人は 照彦王や照子姫数多の人に立別れ サワラの城を後に見て緑、紅、白、黄色 花咲く野辺のユリコ姫尽きせぬ御代も八千代姫 神の御稜威も照代姫二男三女の五身霊 照彦王の密書をば力と頼み向陽の 高嶺をさして進み行く。 二男三女は無言の儘、向陽山を指して進んで行く。照彦王より与へられたる密書には、 『向陽山の麓を流るる大谷川の畔迄は決して言語を発す可らず、其川を渡ると共に、発言自由たるべし。向陽山には常楠仙人永住して汝等一同に摂受の剣と折伏の剣を与へ玉ふべし。これを受取つて、汝等は一日も早く泰安城に立向ひ、魔軍を言向け和し、且つヤーチン姫及真道彦、カールス王其他一同を救ふべし』 との文意が示されてあつた。行く事殆ど五六里、徒歩に稍疲れを感じ、山麓までは到底日の内に到達し難く思はれた。 茫々たる萱野原に、萩、桔梗、百合の花は配置良く咲き匂うて居る。二男三女は草を分け、漸くにして、向陽山麓の木々の梢まで肉眼にて見分くる計りの地点まで近寄つた。忽ち前方に当りて、大なる沼が横はつて居る。水底最も深く、周囲の樹木は沼の底に逆しまに影を映し、大空の淡雲は沼底に映つて居る。不思議にも五人の姿は沼の水に逆しまに映り、何とも言はれぬ麗しき光景であつた。一同はハタと突当り、如何はせむと思案に暮れてゐたが、言語を発する事を戒められ居る為、互に相談する事も出来ず、どうせうかと手真似、目使ひ等にて話し合つて居る。 日は漸く山の尾の上に姿を没し、夕べの風はソヨソヨと吹き出し、木の葉の梢にゆらぐ影は、沼底に逆さまに映り、数多の小魚の躍るが如く見えて来た。進退惟谷まつたる五人は愈意を決し、底ひも知れぬ沼を目蒐けてバサバサと歩み出した。不思議にも此深き沼にも係はらず、五人の身体は膝迄も没するに至らず、易々とさしもに広き沼の面を、彼方の岸に渡り着き、後振り返つて眺むれば、沼らしき影だにもなく、いろいろの草花が広き原野に咲き満て居た。これは常楠仙人が仙術を用ゐ、五人の信仰力を試す為に地鏡を映出したのである。 夜の帳は細やかに下ろされて、月は周囲の高山に隔てられ、姿を見せず、星の光は何となく、雨気の空の様に低う麗しく瞬いてゐる。二男三女は例の手真似にて合図をなし、爰に一夜を明かす事となつた。 猛獣の唸り声、前後左右より刻々に高く、烈しく響き来る。一同は心の中に天の数歌を称へ、暗祈黙祷を続けてゐる。そこへ一種異様の大怪物、鹿の如き枝角の一丈計りあるものを頭に戴き、大象の如き大動物、バサリバサリと進み来り、五人の前に鏡の如き巨眼を光らせ、大口を開き、洗濯屋の張板の様な長広舌を左右に振り乍ら、一行を目がけて舌に巻き込まんとして居る。日楯、月鉾は無言の儘、両手を組み、怪物の前に進み寄るや、怪物は象が鼻にて子供を捲く様に、舌にてペロペロと巻き乍ら、喉の中へ二人共一度に呑み込んで了つた。 三人の女は愈決心を固め怪物のなすが儘に任した。怪物は以前の如く、舌にて一人一人捲いては吾背に乗せあげ、三人共大象の幾倍とも知れぬ様な大背中に乗せた儘、向陽山を目蒐けてドシンドシンと地響きさせ乍ら進んで行く。日楯、月鉾の両人は怪物の腹に呑まれ乍ら、別に痛苦も感ぜず、暖かき湯に入りたる如き心地して、運命を惟神に任せて居た。 忽ち轟々たる水音耳に入るよと思ふ間に、あたりはパツと、際立つて明くなつて来た。見れば其身は向陽山麓の大谷川の激流を渡りて、其岸辺に立つて居た。三人の女は、岸の彼方に激流を眺め、二人の首尾克く山麓に渡り得たるを恨めしげに眺めて居た。 日楯始めて口を開いて、 日楯『惟神霊幸倍坐世』 と言ひ乍ら、 日楯『モシ月鉾さま、無言の行も随分辛いものでしたなア。さうして地鏡の沼に出会した時の胸の驚き、ヤツと安心する間もなく、今度は大怪物に出会し舌に巻かれて腹に葬られ、どうなる事かと心配して居つたが、何時の間にか、怪物の影はなく、吾々二人は此渡る可らざる大激流を、無事に渡つて居たのは、何と思つても合点が往かぬぢやないか。コリヤ、うかうかとしては居られまい。何を言うても常楠仙人の隠れます聖場だから、謹んだ上にも慎んで参らねば、幾度もあの様な試みに会はされては堪りませぬからなア』 月鉾『左様です。此球島へ渡つてからと云ふものは、実に不思議な事計り、神秘的な島ですなア。それにしても照彦王、照子姫様は仙人に出会ひ摂受の剣と折伏の剣を得て来いと教書に御示しになつて居るが、果して与へられるであらうか、それ計りが心配でなりませぬワ』 日楯『照彦王は吾々に此御用を致さすべく、前以て御夫婦がどつかの高山へ登られ、非常な苦労を遊ばして、神勅を受け御帰りになつたのだから、滅多に間違ふ気遣ひはありますまい。疑は益々神慮を損ふ所以となりませう。兎も角教書の儘を固く信じ今後如何なる艱難辛苦に出会うとも、屈せず撓まず、忍耐を強くして、目的を達せなくては、折角遥々此処まで参つた甲斐が有りませぬ。先づ此処で天津祝詞を奏上致しませう』 月鉾も此言葉に打諾き、二人は川岸に端坐して天津祝詞を奏上した。不思議や三人の女は激流の上を平然として此方に渡り来る。両人は手を拍ちて喜び、全く神の深き御庇護と又もや感謝の祝詞を奏上する。三人は漸くにして激流を渡り、二人の前に来つて嬉し相に笑を湛へ乍ら、二人を手招きしつつ、さしもの急坂を猿が梢を伝ふ如く登り行く。見る見る間に三女の姿は山霧に包まれ見えなくなつて了つた。日、月二人は互に顔を見合せ、 日楯『何と月鉾さま、神仙境はヤツパリ神秘的な事が続出致しますなア』 月鉾『本当に不思議なこと計りですワ。それにしても三人の女の、あの足の早さ、人間業とは思はれませぬ。大方仙人の霊魂でも憑依したのでせうかなア』 日楯『何は兎もあれ、此高山を一刻も早く登りきはめねばなりますまい。サア急ぎませう』 と日楯は先に立ち、宣伝歌を歌ひ乍ら登り行く。 向陽山は峰巒重畳たる中に魏然として聳え立つて居る霊山である。山頂に達する迄には幾十とも知れぬ山を越え、谷を渉り、或は広き山中の湖水を渉りなどせなくては、到底達し得ない、要害堅固の絶勝である。 二人は漸くにして、山中の稍広き湖水の畔に着いた。俄に女の叫び声、あたりの森林に聞えて来る。フト声する方を眺むれば、幾丈とも知れぬ大蛇、ユリコ姫の身体を腰のあたり迄呑みこみ、鎌首を立てて渦巻いてゐる。日楯、月鉾は大に驚き、如何はせむと稍少時、首を傾けてゐた。ユリコ姫は声を限りに、 ユリコ姫『日楯様、どうぞ妾をお助け下さいませ』 と手を合して命限りに叫んでゐる。又もや女の泣声、フト目を右方に転ずれば、照代姫、八千代姫の二人は、これ又二匹の大蛇に半身を呑まれ、顔の色迄青くなり、声も碌々に得立てず、両人の方に向つて手をあはせ、救ひを求めてゐる。 日楯は吾女房を救はむか、八千代姫、照代姫を如何にせむ、照代姫、八千代姫を救はむか、吾妻の生命を如何にせむと去就に迷ひつつあつた。月鉾は『ウン』と一声断末魔の声と共に、其場に打倒れ失心状態になつて了つた。日楯は現在の弟は斯の通り、妻も亦瞬間に迫る生命、救ひたきは山々なれど、先づ八千代姫、照代姫を救ふこそ人たる者の行ふべき道ならむと決心し、あたりに落ち散つたる太き角杭を折るより早く、八千代姫、照代姫を呑みつつある大蛇に向つて、首筋あたりを力限りに打ち据えた。見れば大蛇の影も、女の姿もなく、只月鉾のみ足許に倒れて居た。 日楯『ハテ訝しや』 とあたりを見れば、白髪異様の老人、藜の杖をつき乍ら、木の茂みを分けてのそりのそりと近付いて来る。日楯は直に湖水の水を口に含み、月鉾の面上に注ぎかけた。月鉾は漸くにして正気に復り、あたりをキヨロキヨロ見廻して居る。月鉾の卒倒したのは、ユリコ姫其他二人の大蛇に呑まれたる姿を眺めて驚いた為である。 白髪異様の老人は二人に向ひ、微笑を浮べ乍ら、手招きしつつ老の身に似ず、雲を翔るが如く、向陽山の頂上目蒐けて足早に登り行く。二人は老人の後に従ひ、息を喘ませ乍ら、足の続く限り急ぎ登り行くのであつた。 老人の姿は早くも向陽山を包む白雲の中に消えて了つた。二人は一生懸命になつて一里計り登り行けば、ハタと突当つた大岩石がある。よくよく見れば此岩は鏡の如く日光に照り輝き、三人の女の姿が奥の方に歴然と映つて居る。三女は二人の姿を見て早く来れと手招きをして居る。其距離殆ど二百間計りであつた。兄弟二人は三人の側に行かうとしてあせれ共、鏡の如く透き通つた此岩も、入口は分らず、非常に気を揉んで居る。 ユリコ姫外二人は頻りに早く来れ……と差招く。兄弟は心をいらち、進み入らむとすれ共、硝子の如き岩に突当つて、入口がどう藻掻いても分らない。此時頭の上の方から『天津祝詞』……と云ふ声が聞えて来た。二人はハツと気がつき、直に拍手し、天津祝詞を声もすがすがしく奏上し始めた。 二人の身体は何者にか吸ひ込まるる様に、透明なる岩窟の中に自然に進み入つた。忽ち山嶽も崩るる計りの大音響聞え来ると見る間に、周囲一丈計りの黒色の大蛇、腹の鱗は血にただれ乍ら、十数匹、此岩窟に向つて勢猛く進み来り、兄弟を呑まむと、大口を開けて焦れども、入口の分らざる為、大蛇は外にて残念相に頭を並べて二男三女の姿を眺めて居る。 二男三女は心中に深く神徳を感謝し乍ら、尚も奥へ奥へと進み入る。際限もなき岩窟をもしや蛇の入口を探り、後より追ひ来らざるやと、稍恐ろしさに、知らず知らずに足は意外に早く運びて、終に岩窟の終点に着いた。茲には以前現はれし白髪異様の老人が厳然として立現はれ、一同に向ひ言葉おごそかに、 老人『われは当山を中心として琉、球の夫婦島を守護致す常楠仙人であるぞ。其方は父の難を救ひ且つ国王を始め、数多の人々の苦難を救はむ為に遥々此処に来ること、実に殊勝の至りである。汝等は之より一刻も早く此島を離れ、エルの港より船に乗り、照代姫、八千代姫と諸共に、キールの港に向つて立帰れよ。又汝に与ふべき神宝は、此岩窟の入口にあれば、身魂相応に其一個を所持して帰れよ。さらば』 と言つたきり、老人の姿は煙となつて消えて了つた。五人は爰に於て又もや天津祝詞を奏上し、元来し岩窟の入口に大蛇は帰りしかと気遣ひ乍ら、漸くにして入口を出で見れば、そこに二つの玉と三つの鏡が置いてある。これは最前襲ひ来りし大蛇の所持して居た宝であつたが、余り二男三女の姿を見て恋慕の念を起し、遂に此宝を知らず知らずに体内より脱出し帰つた後であつた。 日楯は日の色に因みたる赤玉を取り、月鉾は白き玉を拾ひ、ユリコ姫、八千代姫、照代姫は光り輝く大中小三個の鏡を各一面づつ拾ひ上げ、押戴いて、道々天の数歌を歌ひ乍ら向陽山を降り行く。 漸くにして大谷川の岸に着いた。さしもの急流容易に渡るべくも見えなかつた。ユリコ姫は大の鏡を懐中より取出し、川の面を照らした。不思議や大谷川の水は板にて堰き止めたる如く横に分かれて、一滴の水もなき道路がついた。二男三女は足早に川中を向うへ渡り後ふり返り見れば、大谷川は依然として激潭飛沫の大急流になつてゐる。これより一同は足を早めて、三日三夜の後エルの港に到着し、繋ぎおきし船に身を托し、日楯、月鉾二人は艪櫂を操り、荒れ狂ふ海原を難なく漕ぎ渡り、漸くキールの港に、夜半の頃安着した。 これより二男三女は一旦玉藻山の聖地に帰り、玉、鏡を安置して、日夜祈願をこらし竜世姫命の神勅の下るを待つて大活動を開始せむと、昼夜祈願を凝らして居た。 二男三女は璽鏡の神宝を手に入れ、意気揚々として、天嶺、泰嶺の聖地には立寄らず、中心霊場なる玉藻山の聖地に立帰り、残存せる誠実なる信徒に迎へられ、璽鏡の宝物を宮殿深く納め、無事凱旋の祝宴を開いた。 マリヤス姫はテーリン姫を伴ひ、嬉し相に此席に列し、二男三女の功績を口を極めて賞揚し、神前に祝意を表する為、自ら歌ひ自ら舞ひ始めた。其歌、 マリヤス姫『天運茲にめぐり来て枯れたる木にも花は咲く 尊き御代となりにけり神代の昔国治立尊は 豊葦原の瑞穂国中心地点と聞えたる 貴の都のエルサレムに無限絶対無始無終の 森羅万象を造り玉ひし天御中主大御神 又の御名は大国治立尊の大御神勅を受けまして 豊葦原の瑞穂国に天津御空の神国の 神の祭政を布かむとし心を千々に砕きつつ 洽く天地神人の身魂の為に尽されし 其神業も隙行く駒のいつしかに曲の猛びに遮られ 尊き御身を持ち乍ら此世を捨てて艮の 自転倒島の秀妻国国武彦と名を変へて 下津岩根の綾錦紅葉の色も紅の 明き神代を建てむとて宣る言霊の一二三つ 四尾の山に永久に五つの御霊を隠しまし 六七しく神代の来るをば待たせ玉ふぞ尊けれ 八千代の春の玉椿九つ花の咲き出でて 十の神代を築きあげ百千万の民草に 恵の露を垂れ玉ふ尊き御代を松の世の 神の心は永久に竜世の姫の鎮まりゐます 此神島に花森彦命を天降し玉ひ顕事 幽事をば真道彦命に依さし玉ひし神事は 千引の岩の動きなく常磐の松の色褪せず 茲に現はれ来りまし国治立大神の 計り玉ひし松の世も今や開くる世となりぬ 真道彦命は黒白も分かぬ窟上の 牢獄の中に投げ込まれ日夜に苦難を嘗め玉へ共 天の岩戸も時来れば忽ち開く世の習ひ 日月潭に現れませる日楯、月鉾両人が 誠心の現はれて御稜威も茲に照彦王の 神の教に導かれ向陽山に登りまし 神変不思議の神術を悟りましたる常楠仙人が 水も洩らさぬ計らひに竜の腮の玉、鏡 二男三女は恙なく身魂相応に授けられ 神徳光る日月潭の中に泛べる玉藻山の 聖地に帰り来ますこそ三五教の教の花の開け口 マリヤス姫も今日こそは心の底より勇み立ち 五の御魂の神人が御国の為に尽してし 誠心を褒め奉り称へ奉るぞ嬉しけれ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひをはり舞ひ終つて、元の座につきにけり。 (大正一一・八・九旧六・一七松村真澄録)
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(1944)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 16 盲亀の浮木 第一六章盲亀の浮木〔八一六〕 一旦三五教の真道彦の神軍の為に潰走し、各地に潜伏して、捲土重来の時機を伺ひゐたるシヤーカルタン、トロレンス、セールス姫、サアルボース、ホーロケース、セウルスチン、タールス、ツーレンス、ナンダールス、ビヤセールの一派は三角同盟軍を作つて泰安城に夜陰に乗じ、鬨を作つて攻めかけ、石火矢を放ち、さしも堅固なる金城鉄壁も、一夜さの内に脆くも陥り、カールス王を始めテールスタン、ホールサース、ホーレンス、ユートピヤール、ツーレンス、シーリンス、エール、ハーレヤール、オーイツク、ヒユーズ、アンデーヤール、ニユージエール、ハール、カントン、マルチル、ウラール、キングス、トーマス、マーシヤール、ヤールス姫、カーネール姫の大将株を始め悉く捕虜となり、淡渓の上流なるカールス王が一旦陣取ゐたる岩窟城の暗き牢獄に残らず繋がれ、日夜の苛酷なる責苦に苦めらるることとなつて了つた。 一旦取返されたる泰安城は、セールス姫を女王と仰ぎ、シヤーカルタン、トロレンスは左守、右守の神となり、サアルボース、ホーロケース、セウルスチンは各重要の職に就き、再び新高山以北の地の政権を掌握し、勢に乗じて三五教の聖地日月潭を始め、国魂神の祭りたる宮殿を占領し、バラモン教の勢力を樹立せむと、セウルスチンを将となし、サアルボース、ホーロケースは副将となり、数万の軍卒を率ゐ、アーリス山を、旗鼓堂々として乗越え、今や玉藻の湖水の間近くまで押寄せて来た。 茲に玉藻山の聖地よりは、マリヤス姫を神軍の将となし、日楯、月鉾、ユリコ姫、テーリン姫、照代姫、八千代姫は僅の従者と共に、此大軍に向つて、言霊戦を開始すべく立向うた。敵の先鋒隊と三五軍の一隊とは玉藻湖の畔で出会し、セウルスチンの率ゆる数多の軍卒は、少数の敵と侮りて、マリヤス姫の小部隊に向つて、竹槍の穂先を揃へ、獅子奮迅の勢にて吶喊し来る物凄さ。マリヤス姫は直にユリコ姫に命を降し、大蛇の鏡を取出さしめ、寄せ来る猛卒に向つて射照らさしめた。ユリコ姫の取出したる鏡は忽ち強度の光輝を発し、敵軍は一人も残らず、眼眩み、心戦き、脆くも一戦をも交へずして、其場に将棋倒しとなつて倒れて了つた。 セウルスチンは鏡の威徳に眼眩み、生命カラガラ部下に助けられ、何処ともなく遁走して了つた。大将セウルスチンの此見苦しき戦敗を見て、左右の副将サアルボース、ホーロケースは軍容を紊し、吾れ先にと泰安城指して、一目散に退却して了つた。 先鋒隊として此処に進みたる猛卒は、殆ど五六千人に及んで居た。一人も残らず目を失ひ、処狭き迄に打倒れて呻吟しつつ、手探り、足探りに逃げ行かむとしては、谷に顛落し、互に衝突して混乱を極め、其惨状目も当られぬ計りであつた。マリヤス姫は直ちに言霊を以て彼等を帰順せしめむと、声も涼しく宣伝歌を歌ひ出したり。 マリヤス姫『神が表に現はれて善と悪とを立分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ朝日は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共仮令大地は沈む共 セールス姫の軍勢は如何に勢猛く共 仮令幾万攻め来共誠の神の御教を 守りて立てる三五の神の軍は悉く 寄せ来る敵を打払ふ心の眼を失ひし セウルスチンを始めとしセールス姫の率ゐたる 百の軍は悉く心の眼のみならず 肉の眼を失ひて玉藻の湖畔に呻吟し のた打まはる憐れさよ誠の神は世を救ふ 吾はマリヤス姫の神セウルスチンの軍人 吾言霊を聞き分けて誠一つの三五の 神の教に立返れ正義に刃向ふ刃なし 神は吾等と倶に有り汝の身にも神ゐます 一時も早く真心になりて前非を大神の 御前に悔いよ諸人よ人は素より神の御子 神に受けたる其身魂研けば元に復るなり あが言霊の曲耳に通ひし者は逸早く 三五教の大神の尊き御名を謹みて 褒めよ称へよ神の御子神の誠に通ひなば 汝の眼忽ちに月日の如く明らけく 万の物を眺め得むあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終るや、数千の目を失ひたる軍卒は叶はぬ時の神頼み………と云ふ様な按配式で、一生懸命に両手を合せ、声を揃へて、 一同『惟神霊幸倍坐世』 と幾回となく、繰返し繰返し奏上した。其声は四辺の山岳も動揺するかと計り思はれた。暫くにして目を失ひたる敵の将卒は、残らず目を開き、マリヤス姫其他の神軍に向つて跪づき、感謝の涙を滝の如く流し乍ら帰順の意を表し遂には三五軍に従ひ、泰安城の言霊戦に従軍する事となつた。 マリヤス姫、日楯、月鉾は、偉大なる言霊の力を今更の如く喜び且つ驚き乍ら、俄に数千人の味方を得て、十曜の神旗を秋風に翻し、旗鼓堂々として泰安城に立向ふ事となつた。 二男五女の神将を先頭に、数千の帰順者を引き連れ、泰安城の間近く押寄するや、サアルボース、ホーロケースは複横陣を張つて、防戦に努めた。此時八千代姫は右翼のサアルボースの軍に向つて、大蛇の鏡を射照らし、照代姫はホーロケースの左翼軍に向つて、同じく大蛇の鏡を差向け射照らせば、又もや一人も残らず盲目となり、ホーロケース、サアルボース迄も、眼くらみて其場に平伏し、独りも残らず帰順を表した。 されどマリヤス姫は両軍の平伏する間を目も呉れず、直に表門に向ひ、城中に日楯、月鉾を従へ、深く進み入り、セールス姫其他の侍臣等に向つて、赤、白の宝玉を差出し、之れを射照らせば、セールス姫は忽ち金毛九尾の悪狐と還元し、其他の侍臣等は残らず、悪鬼、悪狐となつて、雲を起し、何処ともなく、中空に煙の如く消えて了つた。 これよりマリヤス姫は城内に止まり、照代姫、八千代姫、ユリコ姫、テーリン姫と共に玉藻の湖畔にて帰順したる兵士と共に、警固の任に当り、日楯、月鉾をして淡渓の上流なる岩窟の牢獄に遣はし、カールス王を始め、ヤーチン姫、真道彦命を救ふべく出張を命じた。 日、月の兄弟は帰順せし兵士を四五百人計り引率れ、岩窟の牢獄指して進み入り、数十の番卒を片つ端より玉の威徳に帰順せしめ、自ら牢獄内に入りて、先づ第一にカールス王を救ひ出だした。カールス王は髭蓬々と長く延び、色青ざめ、身体骨立して、恰も死人の如く、見るも憐れな姿となつてゐた。日楯、月鉾は此態を見て、同情の念に堪へ難く、吾父を先に幽閉したる憎きカールス王として、今迄怨み居たりし心もどこへやら消え失せ、只同情の涙にくるるのみであつた。 カールス王は真道彦命の二人の子に救はれ、一層其慈愛深き兄弟の心に感じ、固く二人の手を握つて涕泣感謝に時を遷した。カールス王は漸くにして、潔く口を開き、 カールス『汝は日楯、月鉾の両人に非ざるか。汝が父の真道彦命は壮健なりや』 と問ひかけた。二人は口を揃へて、 両人『ハイ、吾父はあなたに幽閉されてより、未だ此牢獄に呻吟致し居る様子で御座います』 カールス『早く汝の父を救ひ出せよ』 二人は此言葉に此場を離れ、彼方此方と牢屋の外を巡り乍ら、 両人『日楯、月鉾の兄弟、父の真道彦命を救はむ為に参り候。願はくは在処を知らせ玉へ……』 と呼ばはつた。此声にヤーチン姫は間近の獄室より、細き手をさし出し乍ら、 ヤーチン姫『ヤアそなたは日、月の兄弟、能くマア救ひに来て下さつた。真道彦命様は此隣室におゐで遊ばします。どうぞ早く救ひ出して上げて下さい』 二人は父の在処の分りたると、ヤーチン姫の声とを聞きて、且喜び且驚き乍ら、直に牢獄の錠を捩切り、ヤーチン姫を救ひ出し、次に父の牢獄の戸をねぢ開け、進み入つて見れば、悲しや、真道彦命は痩衰へ、呼吸さへも碌に通つて居ない様な瀕死の状態に陥つてゐた。二人は父の手足に取り付き、あたりを憚らず、嬉しさと悲しさに号泣するのであつた。此声幽かに真道彦命の耳に通じけむ、やつれ果てたる身を起して、力なげに目を見開き、 真道彦『アヽそなたは日楯、月鉾の両人、能くマアどうして此処へ来られたか。……アヽやつぱり、夢ではあるまいか』 と不思議相に兄弟の顔を見つめてゐる。兄弟は、 両人『父上様、決して夢でも現でも御座いませぬ。……実は斯様々々の訳……』 と有りし次第を、こまごまと物語つた。真道彦はこれを聞いて、俄に元気づき、旱天の草木が雨に会ひたる如く、顔の色さへ俄に冴えて来た。それよりカールス王、ヤーチン姫、真道彦命は日楯保護の下に、泰安城に一先づ入城する事となり、数百の軍卒に送られて、此牢獄を立去つた。 月鉾はテールスタン、ホーレンスを始め、其他のカールス王に仕へ居たる重臣共を、悉く牢獄より救ひ出し、泰安城指して帰り行く。 日楯はカールス王、ヤーチン姫、真道彦命を守つて、漸く泰安城の馬場近くになつた。ホーロケース、サアルボースの軍勢は大蛇の鏡に照らされて目を失つたまま、四つ這ひとなつて、蟻のたかつた様に馬場を這ひ廻つてゐる。カールス王は此態を見て、不審に堪へず、 カールス『彼は何者なりや』 と日楯に尋ねた。日楯は直ちに、 日楯『ハイ、彼はセールス姫の家来にして、ホーロケース、サアルボースの部下の軍卒で御座います。向陽山の大蛇の鏡の威徳に照らされて盲目となり、進退谷まつて、あの通り盲目の儘、暗路に迷うてゐる亡者共で御座います。吾々は向陽山の常楠仙人より賜はりたる赤色の玉を以て、折伏の剣に応用し、弟月鉾は白色の玉を以て摂受の剣に応用し、数万の敵を彼の如く、一人も残さず、神の威徳に降服させ、セールス姫は金毛九尾の悪狐と正体を露はし、空中高く姿を消しました。実に稀代の神宝で御座います。此神宝さへあらば、カールス王が泰安城にあつて、世を治め玉ふは実に易々たる事業で御座います』 と玉、鏡の効用を略物語つた。王を始めヤーチン姫、真道彦命は首を傾け、此話を感に打たれて聞いて居る。 茲に日楯は数万の盲軍に向つて言霊歌を宣り与へた。其歌、 日楯『神が表に現はれて善と悪とを立別る 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの言霊の珍の力は世を救ふ 神は吾等と倶にあり人は神の子神の宮 神の心に叶ひなば仮令数万の曲津神 鬨を作つて一散に勢猛く攻め来とも いかで恐れむ敷島の神の恵は忽ちに 吾身の上に降りまし直に開く胸の暗 玉や鏡は非ずとも心の玉を研きあげ 神の賜ひし胸中の真澄の鏡を照らしなば 今見る如く曲神は一人も残らず神力に 恐れて大地に平伏し神の御前に帰順して 産の心に立帰り心の盲も忽ちに 開けて肉の眼さへ月日の如く照り渡る あゝ惟神々々神の御稜威を目のあたり カールス王やヤーチン姫の珍の命の御前に 只今明かし奉るあゝ諸人よ諸人よ 汝が心に潜みたる醜の曲霊を追ひ出し 神より受けし真心の直日の霊に立返り 国治立大神の守り玉ひし三五の 誠の道に従ひて怪しき心を立て直せ あゝ惟神々々あが言霊の一息に 咫尺も弁ぜぬ盲目の悩みは忽ち晴れ渡り 真如の月は汝等が心の海に輝かむ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神の御前に二心 必ず起す事勿れあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と声も涼しく歌ひ了るや、今迄大地に盲目となつて呻吟しゐたる数万の軍勢は、一斉に目を開き、四人の前に両手を合せ、天津神の降臨かと感謝の涙に咽びつつ、心の底より帰順するのであつた。 日楯は一同に向つて、三五の道の教を細々と説き諭し、各々一先づ家路に帰らしめ、カールス王其他と共に泰安城の奥殿に悠々として進み入るのであつた。 (大正一一・八・九旧六・一七松村真澄録) (昭和一〇・六・八王仁校正)
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(1946)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 18 天下泰平 第一八章天下泰平〔八一八〕 マリヤス姫は立あがり、自ら歌ひ自ら舞ふ。 マリヤス姫『花森彦神の裔アークス王の隠し子と 生れ出でたる吾身魂父の命の内命を 奉じて侍女と身をやつしセールス姫に従ひて サアルボースやホーロケース其他の魔神の行動を 朝な夕なに偵察し悪人共の計略を 一々胸にたたみつつ時の来るを待つ間に セールス姫の一類はヤーチン姫を排斥し カールス王の妃となりて泰安城の主権をば 吾手に握り暴政を布かむとしたる折柄に 妾は堪らずセールスの姫の一派を打懲らし 泰安城を脱け出でて真道の彦の現れませる 日月潭の聖場に忍びて神に仕へつつ 朝な夕なに月鉾の雄々しき姿を見るにつけ 忽ち悩む恋の暗折ある毎に言ひ寄りて 心の丈を口説け共信心堅固の月鉾は 天地の道理を楯に取り容易に妾が恋路をば 諾なひ玉はぬ月鉾の情なき心を恨みしが 神の御前に額づきて静に神意を伺へば アークス王が隠し妻罪より生れし吾身体 神に等しき月鉾の尊き司に汚れたる 吾身を以て妹と背の契を迫るは何事ぞ 誤つたりと悔悟して茲に愈断念し 天地の神に其罪を詫ぶれば心天忽ちに 真如の月は輝きて恋路の暗は晴れにけり 其れより妾は一心に泰嶺聖地の神前に 心を尽し身を尽し仕へまつりてありけるが 真道彦の神司岩窟上の牢獄に 縛められて千万の責苦に会はせ玉ふ事 聞くより心は焦り立ち救ひ出さむと国魂の 神の御前に朝夕に祈る折しも月鉾や 日楯の神やユリコ姫照彦王に仕へたる 照代の姫や八千代姫尊き五つの神宝を 持ちて聖地に帰りまし朝な夕なに奉斎し 心を研く折柄にセールス姫の一類は シヤーカルタンやトロレンスサアルボース、ホーロケースの 悪神共を駆り集め泰安城を陥れ 暴威を振ひカールスの王に仕へし司等を 岩窟上の牢獄に一人も残らず投げ込みて 暴虐無道の限りを尽し猶も進んで玉藻山 聖地を蹂躙せむものとセウルスチンを始めとし サアルボースやホーロケースを将となし攻め来る勢なかなかに 侮り難く見えにける妾は少数の神軍を 率ゐて聖地を出発し玉藻の湖辺に到る折 セウルスチンの率ゐたる数多の軍と出会し 獅子奮迅の勢に槍を揃へて攻め来る 猪武者に打向ひ大蛇の鏡を取出し 敵を照らせば鏡面の烈しき光に目も眩み 魂戦きて忽ちに将棋倒しとなりにける 神に受けたる言霊を妾はすかさず宣りつれば 今迄倒れし敵軍は心の眼は云ふも更 肉の目さへも忽ちに元の如くに開かれて 漸く悟る三五の尊き神の御恵み 心の底より正覚し帰順なしたる嬉しさよ。 妾はそれよりアーリスの峰を乗越え泰安の 城の馬場に攻寄せて群がる数万の軍勢に 向つて注ぐ照代姫八千代の姫の宝鏡の 光に敵は辟易し眼眩みて打ち倒れ 苦み藻掻く其中を城内深く進み入り セールス姫に打ち向ひ大蛇の玉を射照らせば 悪狐の姿と還元し数多の侍臣と諸共に 怪しき正体現はしつ雲を霞と消え失せぬ 妾は茲に息休め照代の姫や八千代姫 テーリン姫やユリコ姫其他の尊き神人と 泰安城を守りつつカールス王や真道彦 ヤーチン姫を始めとしマールエースやホーレンス テールスタンや其外の囚はれ人を救はむと 日、月二人の兄弟を岩窟上の牢獄に 差遣はせば両人は芽出度く使命を相果たし 凱歌を挙げて堂々と帰り来ませる勇ましさ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして カールス王を始めとし誠の道を誤りし 此場に控ゆる諸人に神の恵の幸深く 天より受けし魂の曇りを晴らして元の如 厳の御霊や瑞御霊直日の霊に立直し 救はせ玉へ天津神国津御神の御前に 謹み敬ひ願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了つて元の座に着いた。 照代姫は立上り、自ら歌ひ、自ら舞ふ。 照代姫『神の都のエルサレム国治立大神の 御前に仕へし真鉄彦神の御裔と生れたる 暗き此世も照代姫サワラの峰の山麓に 父照若と諸共に神の教を守り居る 時しもあれや三五の神の司の照彦が 照子の姫と諸共に四辺まばゆき神徳を 照らして茲に降りまし南の島の人々を 神の光と御恵みに服従へ和し善政を 施し玉へば草も木も恵の風に靡きつつ 世は泰平に治まりぬ父の照若喜びて 照彦王の御前に進み出でまし八千代姫 照代の姫の姉妹を命の前に奉り 御側近く侍らせて誠を示し玉ひけり。 折しもあれや三五の神の御霊を祀りたる 玉藻の山の聖地より日楯、月鉾兄弟は ユリコの姫を伴ひて照彦王や照子姫 珍の御前に現はれて神の秘密を語り合ふ 素より三人は口無しの心と心に語りつつ 照彦王の計らひに大谷川を打ち渡り 向陽山の岩窟に心も堅き常楠の 白髪異様の仙人に五つの宝授かりつ エルの港を船出して波を渡りてキル港 人目を忍び山の尾を伝ひてやうやう玉藻山 神の集まる聖場へ二男三女は潔く 到着したる嬉しさよ。間もなく聞ゆる泰安の 都の空の大騒ぎセールス姫の一族が カールス王を幽閉し尚も暴威を揮ひつつ 三五教の聖場を蹂躙せむと襲ひ来る 高き噂を聞くよりもマリヤス姫を将となし 日楯、月鉾両人を副将軍と相定め テーリン姫やユリコ姫八千代の姫と諸共に 僅に残りし信徒を率ゐて玉藻の湖畔迄 進み来れる折もあれセウルスチンの一隊と 茲にいよいよ衝突し大蛇の鏡を射照らせば 神威に恐れて目も眩みマリヤス姫の言霊に 帰順の意をば表しけるセウルスチンの一軍を 茲に改め味方とし泰安城に立向ひ 空前絶後の勝利をば得たるは全く皇神の 深き守りと知られけり。あゝ惟神々々 御霊幸はひましまして泰安城は末永く カールス王やヤーチン姫の神の司は睦じく 妹背の契を結びまし真道の彦の御教を 朝な夕なに奉戴し五六七の神代の仁政を 台湾島に隈もなく施し玉へ惟神 神の御前に願ぎまつる。八千代の姫や照代姫 サワラの城の国王より日楯、月鉾両人に 従ひまつりて玉藻山聖地に仕へまつれよと 言ひ渡されし上からは仮令如何なる事あるも 再び国へは帰らまじカールス王よヤーチンの 姫命よ真道彦其他の尊き神人よ 妾等二人の姉妹が身霊を恵み玉ひつつ 神の使命を永久に立てさせ玉へよ台湾の 島に時めく神人の御前に祈り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つて、元の座に着いた。 茲にカールス王は真道彦命に向ひ、従前の過ちと無礼を謝し、且つ、 カールス王『吾はこれより三五教の神司となり、罪亡ぼしのため宣伝使となつて天が下四方の国を遍歴したければ、貴下は尊き真道彦命の神裔なるを幸ひ、貴下が御子なる日楯、月鉾を左右の臣となし、泰安城に永く留まりて、政教両面の主権を握り、国家を平安に治し召せよ』 と宣示したるを、真道彦命は大に驚き、 真道彦命『カールス王様、折角の御言葉なれ共、吾々は国治立尊の御退隠以前より、吾祖先は専ら神政に仕へ、現界の政治に容喙せざるを以て天職となし来りたるものなれば、如何なる事情あり共、吾は政教両面の主権者となり、王者の位地に進むべき者に非ず。何卒此事許りは御取消を願ひ奉ります。貴王は花森彦命の御裔、必ず此島国を治め給ふべき、祖先よりの使命おはしませば、一刻も早く元の王位に就き、ヤーチン姫を正妃として天下に君臨し玉へ。及ばず乍ら、真道彦命父子の者君が政事を蔭より麻柱奉り、天下泰平に世を治め玉ふべく守護し奉らむ。就ては王に進言したき事あり。信心堅固にして、仁慈と剛直とを兼ね備へたるマールエースを以て宰相となし、ホールサースをして副宰相となし、数多の罪人を赦し、シヤーカルタンやトロレンスをも重く用ゐ玉へば、天下は益々太平ならむ。これ真道彦が赤誠を籠めて、国家の為に進言する所以であります』 と毫も政治的野心なき事を告白した。カールス王は真道彦命の清廉潔白なる精神に感じ入り、真道彦命を導師と仰ぎ、自ら三五教の信者となり、全島に範を示し、天下は永久に三五教掩護の下に、枝もならさぬ高砂の芽出度き神国と治まることとなつた。さうしてヤーチン姫に対する王の疑は全く晴れ、茲に姫を容れて正妃となし、マリヤス姫を侍女の頭と定め、テールスタン、ホーレンス其他の人々をも悔い改めしめ、元の如く重用して、世は永久に治まり、万民鼓腹撃壌の楽みに酔うた。 茲にカールス王は琉球のサワラの都へ、マールエース、ホールサースを遣はし、いろいろの珍らしき貢物を齎せ、照彦王の前に感謝帰順の意を表することとなつた。 照彦王はカールス王の誠意に感じ、マールエース、ホールサースと共に始めて台湾島に渡り、泰安城に迎へられ、暫く此処に留まり、山野河海の饗応を受け、且つ真道彦命の鎮まり居ます玉藻山の聖場に参拝し、茲に固く手を握り、琉球、台湾相提携して、神業に奉仕する事となつた。 真道彦、照彦王の媒介に依りて、マールエースは八千代姫を娶り、ホールサースは照代姫を娶り、夫婦相睦びて泰安城に仕へ、其子孫は永く繁栄した。 末に至りてカールス王とヤーチン姫の間に八千彦、八千姫の一男一女が生れた。又照彦王と照子姫の間にも、照国彦、照国姫の一男一女が生れた。真道彦命の媒酌に依つて、照彦王の長子照国彦に八千姫を娶はせ、又カールス王の長子八千彦に照彦王の娘照国姫を娶はせ、茲に改めて親族関係を結ぶ事となつた。 マリヤス姫はアークス王の弟エーリスの長子フエールスの妻となり、泰安城の花と謳はれて、上下の信望を担ひ、ヤーチン姫の政事を輔けて子孫永く繁栄し、今迄混乱に混乱を重ねたる台湾島も全く天国浄土と化するに至つたのは、フエールス、マリヤス姫の力大に与つて功ありと言ふべしである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録)
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(1947)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 19 高島丸 第一九章高島丸〔八一九〕 三五教の神司変性男子の系統と 日の出神の生宮を唯一の武器とふりかざし 我意を立て貫く高姫は神素盞嗚大神の 公平無私の御心に感謝の涙流しつつ ウラナイ教を解散し股肱と頼む黒姫や 高山彦や魔我彦を伴ひ聖地に立帰り 三五教に帰順して金剛不壊の如意宝珠 紫色の宝玉の其監督を命ぜられ 鼻高々と諸人を眼下に見おろす慢心の 心の鬼に遮られ再び魔道へ逆転し 執着心を再発し玉の在処を探らむと 西や東や北南万里の波濤を乗越えて 力を尽す玉探し聖地を見捨て遠近と 彷徨ふ中に竜宮の天火水地と結びたる 麻邇の宝珠は梅子姫蜈蚣の姫や黄竜姫 テールス姫や友彦の五つの身魂に神業を 占領されて気を苛ち聖地に帰りていろいろと 怒りをもらし駄々を捏ね麻邇の宝珠の監督を おためごかしに命ぜられ八尋の殿に現はれて 高山彦や黒姫と衆人環視の壇上に 玉検めを始めける此時五つの麻邇の玉 紫玉を除く外残りの四つはあら不思議 珍の宝と思ひきや見る価値もなき団子石 何処の誰が何時の間に摺変へたるかと高姫は 口を尖らし目をみはり呆れ居る折言依別の 珍の命が宝玉を抱いて聖地を遁走し 国依別と諸共に高砂島に渡りしと 聞くより高姫気をいらち又もや聖地を立出でて 乗るか反るかの瀬戸の波常彦、春彦諸共に 棚無し舟に身を任せ艪擢を操り荒波を 乗切り乗切り和田中に青く泛べる琉の島 那覇の港に安着し常楠翁の住処なる 槻の大木の洞穴に現はれ来り言依別の 神の命は琉球の玉を手に入れ逸早く 高砂島に渡りしと聞くより心もいら立ちて 再び舟に身を任せ山なす波を乗り切りて 大和田中に浮びたる高砂島に渡らむと 進み行くこそ健気なれ。 高姫は常彦、春彦に舟を操らせ、夜を日に継いで、漸くにしてテルの国の山々仄に霞の如く目に入る地点まで漕ぎ着けた。舟は忽ち暗礁に乗上げ、メキメキと粉砕して了つた。此頃の海面は塩分最も多く、波なき時は海上と雖も、直立して歩むに僅かにこぶらを没する位で、水の抵抗力強く、一里二里位は容易に徒歩にて渡る事を得たのである。併し乍ら、暴風吹き来り、波立つ時は忽ち波に包まれ、生命を失ふ危険があつた。 高姫一行は船を破り、已むを得ず、尻をからげて霞の如く現はれたるテルの国を目当てに海上を徒渉し始めた。俄に風が吹いて来た。そろそろ波は荒れ出した。酷熱の太陽は焼きつく如く照り出した。流石大胆不敵の高姫も、到底此儘にては、高砂島に渡ることは出来ないと、心中不安の念に駆られ、声を限りに天津祝詞を奏上し天の数歌を唱へ、 高姫『国治立大神様、神素盞嗚大神様、玉照彦様、玉照姫様、言依別神様、時置師神様、国依別様、どうぞ、此危難をお助け下さいませ。高姫も只今限り我を折りまして、あなた方の教通り堅く守ります』 と今迄反対側に立つた役員の名まで呼び出して祈願する、其心根余程往生したと見える。常彦、春彦は高姫の此祈りを聞いて、俄に心細くなり、泣き声となつて、 常彦、春彦『惟神霊幸倍坐世』 と蚊の鳴く様に唱へて居る。 折柄波を蹴立てて進み来る高島丸は、三人の波上に漂ひ困難の態を見て、直に船を近寄せ、これを救ひ上げた。高島丸には筑紫の国、竜宮の一つ島などより常世の国に渡らむとする者、殆ど二百人許り乗込んで居た。船長はタルチールと云ふ骨格秀れた大の男であつた。 三人は船長室に招かれて、いろいろと取調べを受けた。 船長『お前は何国の方で、何と云ふお名前で、何国へ何用あつてお出でになるのか、船中の規則として調べておかねばなりませぬ。ハツキリと茲で、国、所、姓名、用向の次第を仰つて下さい』 高姫『ハイ私は自転倒島の中心地、錦の宮の八尋殿に三五教の宣伝使の頭として奉仕する変性男子の系統、日の出神の生宮と世界に有名な高姫で御座います。人民の分際として、神の生宮がどこへ行かうと、行かうまいと、別に取調べる必要はありますまい。神の事は何程賢い人間でも、到底見当の取れぬものですよ』 船長『神様は神様として、吾々は人間としての高姫を監督する必要があるから、其用向を尋ねて置くのだ。キツパリ言つて貰はねば此船に乗つて貰ふことは出来ませぬ』 高姫『それだから人間は困ると云ふのだ。蕪から菜種迄教へて上げねばならぬのかなア。日の出神の生宮が行く所ならば、大抵分りさうなものだのに…………エー仕方がない、秘密を守つて下さるなら申しませう。実の所は三五教の教主言依別命が、国依別のガンガラ者と大切な玉を盗み、高砂島へ逃げて行きよつた。それ故、三千世界の御宝、あの様なドハイカラやガンガラ者に持たせておいては、世が乱れる許り、いつまでも五六七の世は出て来は致さぬから、三千世界の人民を助ける大慈大悲の日の出神の生宮が、其玉を取返さむと、神変不思議の術を使ひ、自転倒島よりはるばると、舟にも乗らず、二人の家来を引き連れ、波の上を渡つて来た生神の高姫で御座る。お前も此高姫の因縁性来が、言うて貰はねば分らぬような事で、如何して船長が勤まりますか。これから此生宮の云ふ事を聞いて、宏大なる神徳を頂きなさい。際限もなき万里の波濤を乗越える船頭としては、チツと神力がないと、大勢の人間の生命を預つて海を渡ると云ふ事は中々荷が重たい。何程人間が力がありたとて、智慧がありたとて、神力には叶はぬから、早く我を折つて改心なさるが宜しいぞや』 船長口を尖らし、 船長『コリヤ高姫とやら、吾々を罪人扱に致し、改心せよとはチツと無礼ではないか。改心と云ふ言葉は、悪人や罪人に対して、審判司の申すべき言葉であるぞよ。汝如きに改心呼ばはりをされる様な汚れたタルチールでは御座らぬぞ。余りな無礼を申すと、了見致さぬ』 と稍怒気を含み、顔色を変へて大声に呶鳴り立てた。 高姫『コレ船頭、お前は高姫の言葉がお気に入りませぬか、腹が立ちますか、神様の御戒めに、怒る勿れと云ふ事が御座いますぞや。怒ると云ふ事は最も神界より見れば重き罪で御座いますぞ。お前は現に今、怒つた顔をして尖つた声を出し、神界の罪を犯した罪人です。それ故改心をなされと高姫が云つたのだよ。ヘン………コレでも返答が出来るならして見なさい。そんな高い声をしておどしたつて、いつかないつかな、ビクつく様な日の出神の生宮とは違ひますぞえ。ヘン……』 と鼻を手の甲でこすり上げ乍ら嘲笑ふ。 船長『コリヤコリヤ其方は此高姫の同行者であらうなア』 両人『ハイ仰せの通りで御座います。何を云つても、高姫さまは、逆上して居りますから、どうぞお気に障へないでゐて下さいませ。吾々両人は側に聞いて居ても、ハラハラ致します。否腹が立つて来ます。況してやあなた様のお腹立は御尤もと存じます』 船長『あゝさうだらう。何でも一通りではないと思つた。余程変つてゐさうだなア』 高姫『ヘン、そりや何を仰有るのだ。変つて居らいで何とせう。日の出神の生宮とガラクタ人間と一緒にしられてたまるものか。凡夫の目から神様を見れば、そりやモウ変つた様に見えるのは当前だ。一通でないなんて、能うマアそんな馬鹿な事が云へたものだ。一通や二通所か、神の階級は百八十一通ある。そして其一番上の大神こそ天御中主大神、又の御名は大国治立尊と云つて、始無く終なく、無限絶対独一の誠の独り神様だ。其次には国治立尊、其次には日の出神、それから段々と枝の神があり、人民は神の次だ。百八十通りも隔てがあるのだよ。さうだからテンデお前達は、此日の出神の申すことが分らぬのだ。人民は人民らしくおとなしく致して神に口答へを致すでないぞや。コレ船長殿、此生宮の申すこと、チツとは御合点が参りましたかなア』 船長『常彦、春彦の両人、お前さまは此女を如何考へてゐますか。随分エライのぼせ方だ。まだ高砂島へは三日や五日では到着するのは六つかしい。海へでも飛び込まれては大変だから、一つ手足をしばり、頭から水でもかけておくか、頭のてつぺんに穴でもあけて、逆さまに吊り下げ、少し血でも抜いてやらねば、此病気は本復致すまい。お前達二人は此船に乗つた以上は、何事も船長の命令をきかねばならないのだから、お前の手で此高姫を縛り上げ、船底へ伴れて往つて呉れ。吾々もついて往つて血を出して逆上を引下げてやるから……』 常彦、春彦は驚いて、 両人『モシモシ船長様、此高姫には吾々両人が附添ひ、決して御迷惑になる様な事は致させませぬから、頭を割つて血を出したり、縛り上げる事丈は何卒許して下さいませ』 船長『…………』 高姫パツと怒り、 高姫『盲の垣覗き、猫に小判とはお前のことだ。此生宮は金鉄も同様、指一本触へることは出来ませぬぞ。勿体ない、日の出神様の生宮を、仮令蚤の口程でも傷つけてみよれ。神の御立腹は忽ち、此船は瞬く間に岩に打つかり沈没致し、日の出神に敵対うた者は海の底へ突落され、真心になつて頼んだ人民は、天から抓み上げて、善悪の立別けをハツキリ致して見せるぞや』 船長『ヤア此奴は如何しても駄目だ。……常彦、春彦、お前は今迄先生と仰いで来たのだから、何程船長の命令でも、高姫を縛る訳には行くまい、師弟の情として無理もない。これから此タルチールが直接に荒料理をしてやるから、お前達両人は、下の船室に控へて居れ』 高姫『コレコレ常、春、日の出神の生宮を、チツとの間も、目放し致すことはならぬぞや。此肉体は、尊き神のお役に立てねばならぬ系統の生宮だ。船長に付くか、日の出神に従くか。サア二つに一つの返答を承りませう』 船長は『エー面倒』と強力に任せ、高姫を後手に縛り、両足を括り、太縄を帆柱にかけ、キリキリと絞り出した。高姫は足を空に頭を下にした儘、チクチク帆柱目がけて吊り上げられた。常、春の両人は地団駄ふんで、ワイワイと泣き叫ぶ。 此船に折よくも乗つてゐた言依別、国依別の宣伝使は慌て此場に走り来り、船長に何事か目配せした。船長は驚いた様な顔して、慇懃に腰を屈め、直に高姫を吊りおろした。常彦、春彦の両人は、余りの事に肝を潰し、此場に言依別、国依別の現はれ来りし事に気がつかなかつた。高姫も亦苦しさに両人の現はれて吾れを助けて呉れたる事をチツとも知らなかつた。 船長のタルチールは、言依別命、国依別の時々の説教を聞き、スツカリと三五教の信者となり、言依別の高弟となつて、既に宣伝使の職名を与へられてゐた。それ故タルチールは言依別命を高砂島へ送り届けると共に、自分は宣伝使となつて、高砂島や常世の国を宣伝すべく決心してゐたのである。さうして高姫の事も略、国依別より聞かされてゐた。 言依別、国依別は手早く船長の寝室の間に姿を隠した。船長も亦言依別命に従ひ、おのが寝室に這入つて、三人鼎座し、高姫話に時を遷した。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録)
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(1950)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 22 高砂上陸 第二二章高砂上陸〔八二二〕 高姫は大勢の船客の中に只一人、面をふくらして坐つて居たが、余り気分がすぐれぬので、再び見晴らしよき甲板に姿を現はした。そこには常彦、春彦の両人が切りに手をつないで、歌を歌ひ踊り狂うて居る。 高姫は目に角を立て、大きな声で、 高姫『コレ常公、春公、千騎一騎の此場合、何を気楽さうにグヅグヅ踊つて居るのだい。チト確りしなさらぬかい』 常彦『ハーイ、何分五六七の世の末迄勘当を受けたり、勘当をした祝に、空散財をやつて居りますのだ。お前さまもそこで一組、品よう踊つて御覧なさい。随分見晴らしのよい此甲板の上で、ソヨソヨ風を受け乍ら踊つてゐるのは素的滅法界面白いものですよ。アハヽヽヽ』 春彦『高姫さま、そんな六かしい顔をせずに、長い海の上の道中だ。チツとは気楽になりなさい。苦んでくらすのも、喜んでくらすのも、泣くのも怒るのもヤツパリ一日だよ。ヤア面白い面白い、ヤア常彦、サア踊つたり踊つたり』 と又もや無茶苦茶に、妙な手つきし乍ら、ステテコ踊を始め出した。高姫は目に角を立て足ふみならし、 高姫『コレ常公、春公、誰が勘当すると云ひました。決して高姫は申しませぬよ。あれはお前に憑依してゐた副守護神が、妾の口を借つてあんな事を云つたのだ。海洋万里の航海に杖柱と頼むお前達を勘当して如何なるものか。よう考へて御覧なさい』 春彦『何と云つても、こつちは荒男の二人連、お前さまは何程強相な事を云つても、大体が女だから、心淋しくなつて来たので、又そんな事を云つて旧交を温めようとするのだらう。其手には吾々だつて、さう何遍も乗りませぬよ、御生憎さま、 今は他人ぢやホツチツチ一家になつたらかもてんか ウントコドツコイ高姫さまヤツトコドツコイ常彦さま ゴテゴテ云ふと鬼の蕨がお見舞申す頭のてつぺを春彦さま アヽドツコイドツコイドツコイシヨ』 と調子に乗つて踊り狂ひ、春彦は甲板をふみはづし、逆まく波にザンブと許り落込んで了つた。常彦は甲板の上を右に左に真青な顔をして、キリキリと狂ひ廻つた。高姫は、 高姫『コレ常彦、何程キリキリ舞を致しても、此荒波に落ち込んだが最後、到底命は助かりませぬ。諦めなさいよ。それだから、余り慢心をいたすと、先になりてからジリジリもだえを致し、キリキリ舞ひをして騒いでも後の祭り、そこになりてから何程神を祈りたとて、神はモウ知らぬぞよとお筆に書いてありませうがなア。これを見て御改心なされ。日の出神の生宮に腮をはづきなさるから、こんな目に会うのですよ、サアこれから私に絶対服従をなさるか。お気に入らねば又春彦の様に神様に取つて放られますよ』 常彦は耳にもかけず、一生懸命に気をいらち、声を限りに、 常彦『助けてやつてくれーい』 と叫んで居る。船客の一人は長き綱に板片を括りつけ、春彦の波に漂ひ居る方に向つて、ハツシと投げた。春彦は手早く其板に喰ひ付いた。船客は力限りに其綱を引寄せ、漸くにして春彦を船中に救ひ上げた。常彦は大に喜び、直に甲板を下り、春彦を救ひ上げたる船客の側に走り寄り、心の底より涙を流して感謝する。よくよく見れば、其船客は国依別であつた。 常彦『ヤアあなたは国依別さま、よくマア助けてやつて下さいました』 国依別、手を振り乍ら、 国依別『モウチツと小声で言つて下さい。高姫さまの耳に這入ると困るから………サア春彦をお前に任すから、介抱して上げて呉れ。そして高姫に国依別が此船に乗つてゐると云ふ事は云ふでないぞ』 常彦『決して決して、これ丈御世話になつたあなたの御頼み、首が千切れても秘密を守ります。サア早くあなたの居間へ御隠れ下さい。高姫が下りて来て見つかると、又一悶錯が起りますから………』 国依別は怱々に姿を隠した。そこへ高姫がノソリノソリと現はれ来り、矢庭に春彦の横面を三つ四つ打叩き、 高姫『コリヤ春彦、しつかりせぬか。気を確かに持て、日の出神の生宮が綱をかけて助けてやつたぞよ。モウ大丈夫だ』 春彦は波にさらはれ、半死半生の態になつてゐたが、高姫に擲り付けられて、漸く気を取直し、 春彦『ヤア高姫さま、ヨウマアお助け下さいました。オウお前は常彦、エライ御世話になりましたなア』 常彦『ナアニ、俺が助けたのぢやない。あの国イ……ドツコイ国人が俄に綱を投げて、お前を救つて下さつたのだよ』 春彦『其お方はどこに居られるか、命の親の恩人、御礼を申さねばならぬから、一寸知らして呉れ』 常彦『其方はどつかへ姿を御隠しになつた。キツト神様に違ない。神様にお礼を申せば良いのだよ』 高姫『春彦を助けた方は、お姿は見えなくなつただらう。そら其筈よ。日の出神様が人間に姿を現はし、竜宮の乙姫さまが海の底からお手伝ひ遊ばして、高姫の家来だと思つて、春彦を助けて下さつたのだ。甲板の上から此高姫はヂツとして調べて居つた。それに間違ひはあろまいがな。……常彦、それだから、どこまでも此生宮に従うて居りさへすれば、どこへ往つても大安心だと、いつも云うて聞かしてあるぢやないか』 常彦『ヘン、甘い事を仰有りますワイ。春彦を救けて呉れたのは日の出神ぢや有りませぬぞ。国……国……国治立尊様が御眷属を使うて救けて下さつたのだ。日の出神の生宮は神の罰が当つたのだからと云つて、袖手傍観の態を取つてゐ乍ら、日の出神さまと竜宮さまがお助け遊ばしたなどと、甘い事仰有いますワイ。自分の悪い事は皆人にぬりつけ、人の手柄は皆自分の手柄にせうと云ふ、抜目のない高姫さまだから、恐れ入ります。アハヽヽヽ』 春彦『どちらに助けて貰うたのか、テンと訳が分らぬよになつて来た。兎も角どちらでもよい、助けて呉れた神様に、これからは絶対服従をするのだ』 高姫『日の出神に救はれたのだから、其生宮たる高姫にこれからは唯々諾々として、一言の理屈も言はず、仮令水火の中をくぐれと云つても、命の恩人の云ふ事、神妙に聞きなされよ。又慢心して一言でも口答へをするが最後、取つて放かされますで……』 常彦『アハヽヽヽ、どこ迄も高姫式だなア。言依別様や、国依別さまが愛想をつかして、聖地を脱け出しなさつたのも無理はないワい。本当に我の強い悪垂れ婆ぢやなア』 高姫、常彦の胸倉をグツと取り、 高姫『コラ常、云はしておけば際限もない雑言無礼、モウ了見は致さぬぞや』 と喉をギユウギユウとしめつける。数多の船客は総立となつて……乱暴な婆アもあるものだ……と呆れて見てゐる。常彦は苦しき声を絞り乍ら、 常彦『ハヽ春彦、タヽヽヽ助けて呉れ』 と声もきれぎれに叫んだ。春彦は矢庭に高姫の両足をさらへた。高姫はモンドリ打つて、海中にザンブと計り落ち込んだ。 常彦は最前国依別が残しておいた板片に括つた綱を高姫目蒐けてパツと投げた。高姫は手早く板子にすがりついた。春彦、常彦は一生懸命に綱を手ぐり、漸く救ひ上げた。 高姫『アヽ日の出神さま、ようマアお助け下さいました。有難う御座います』 と手を拍つて拝んでゐる。 常彦『コレコレ高姫さま、日の出神ぢやない、吾々両人が此綱を投げて、お前の生命を助けたのだよ』 高姫『ソリヤ何と云ふ大それたことを云ふのだい。人間がすると思うてゐると、量見が違ひますぞえ。皆神からさされてをると云ふお筆を何と心得なさる。日の出神さまが臨時にムサ苦しいお前の肉体を使うて御用をさして下さつたのだ。其日の出神様は直に此高姫の肉体へお鎮まり遊ばして御座るから、此高姫の肉の宮を拝みなさい。アーア神界の事の分らぬ宣伝使は困つた者だ。何から何まで実地教育をしてやらねばならぬとは、此の高姫も骨の折れた事だワイ』 常彦、春彦は余りの事に呆れ果て、両人口をポカンと開けて、 常彦、春彦『アハー』 と頤が外れるような欠伸をしてゐる。 高姫『コレコレそんな大きな口を開けると、頤が外れますぞえ。余りの大きなお仕組で、開いた口がすぼまらず、頤が外れたり、逆様になつて、そこらあたりをのたくらねばならぬぞよと、変性男子のお筆に立派に書いてあるだないか、チト改心なされ。神様の結構な御用をさせられ乍ら、高姫を助けてやつたなぞと、夢にも慢神心を出してはなりませぬぞ。罪の重いお前等二人が沈む所を、此の高姫の肉体を神が使うてまぢなうて下さつたのぢや。高姫を助けたのぢやない。つまり高姫の犠牲的行動に依つて、お前達の海におちて死ぬ所を助けて頂いたのだ。あゝ何と、神界の御仕組は人民では見当の取れぬものだワイ。サア常彦、春彦、是れで改心が出来たでせう。此上は何事も高姫の云ふ通りにするのですよ』 常彦『ヘン』 春彦『ヒン、馬鹿にしてゐるワイ。俺が両足をかつさらへて放り込んでやつたのだ。余り憎らしいから……それに神がしたのだなどと、都合の良い弁解して呉れるワイ。斯う云ふ時には高姫さまの御託宣も満更、無用にはならぬ。ハヽヽヽヽ』 高姫『蛙は口から、とうとう白状しよつたなア。お前が此の生宮の足をさらへて、海へ投げ込んだのだなア。まてまて、懲しめの為制敗してやらう』 と又もや胸倉をグツと取り、締めつけようとする。 常彦『オイ高姫さま、日の出神が憑つたぞよ。お前の両足をさらへて、海の中へ放り込んでやらうか、それが厭なら、胸倉を放してお詫をしたがよからうぞ』 高姫は此の言葉に驚き、胸倉取つた手を放し、面ふくらし乍ら、又もや甲板さして上り行く。船は漸くにしてテルの港に安着した。高姫は衆人を押分け、厚かましく、いの一番に船を飛び出した。春彦、常彦は稍遅れて上陸した。高姫は一生懸命にテルの都を指して走り行く。常彦、春彦の両人は見えつ隠れつ、高姫の後を追うて行く。 船長のタルチールは副船長たる吾子のテルチルに船を与へ、且つ之を船長となし、言依別命、国依別と共に宣伝歌を謡ひ乍ら、高砂島の何処ともなく、進み入つた。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録)
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(1957)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 02 懸橋御殿 第二章懸橋御殿〔八二四〕 竜国別、テーリスタン、カーリンスの三人は、黄金の玉献上といふ旗印を、木の間にチラとすかし見て、胸を躍らせ、俄に心も緊張し、謹厳振を装うて、祈願に余念なきものの如く、素知らぬ顔にて一生懸命に祈つて居る。そこへ御輿を担がせ、数多の村人を伴ひ、ヒルの国のテーナの酋長アールは盛装を整へ、細路を漸くにして、アリナの滝を横にながめ、この岩窟の前に辿り着き、三人の祈願の姿を見て感じ入り、自分もソツと、御輿を傍の美はしき岩の上に据ゑさせ、一生懸命になつて鏡の池に打向ひ、拝跪合掌してゐる。一同は無言の儘、テーナの酋長の背後に堵列し、跪いて鏡の池を隔てて岩窟内を拝みゐる。 岩窟の中より、奴拍子の抜けた声で、 月照彦(正体は鷹依姫)『月照彦命、此処に在り。黄金の玉を遥々と持参致したる身魂の美はしき信者、一時も早く其処に居る神司に手渡し致せ、汝の名は月照彦神より国玉依別命と名を賜ふ』 酋長のアールはハツと平伏し、 アール『恐れ乍ら、月照彦大神様、私はヒルの国のテーナの里の酋長、アールと申す賤しき神の僕で御座います。此の度神界の御経綸上いろいろの玉を、神様よりお集めになると云ふことを承はり、家の重宝として大切に保護致したる黄金の玉を、女房のアルナ姫と謀り、只今此処に持参致しまして御座います。どうぞ御調べの上、御受納め下さいますれば、私を始め妻のアルナも恐悦至極に存ずることで御座いませう』 岩穴の中より、 月照彦(正体は鷹依姫)『国玉依別命、神は時節参りて、声を人民の前に発する様になりたれ共、吾姿を現はすことは、神界の規則として相成らざれば、そこに控へ居る竜国別の審神者、月照彦神が代理として受取らしめむ、左様心得たがよからうぞ』 アール、アルナの夫婦はハツと許りに有難涙をこぼし、 アール、アルナ『実に有難き神の御言葉、斯様な嬉しい事は御座いませぬ。……竜国別の神司様、どうぞ此の宝玉をよく検めて御受取りを願ひ奉ります』 竜国別は、漸くにして重たさうに口を開き、 竜国別『其方は噂に高きテーナの郷の酋長であつたか。其方は神界に因縁深き身魂であるから、斯の如く結構な御用が勤めあがつたのであるぞよ。有難く思へ。……あいや、テー、カーの両人、酋長アルナの献上つた黄金の宝玉を早く実検めて、此方が前に差出せよ』 テー、カー両人は小声にて、 テーリスタン、カーリンス『何ぢや、馬鹿々々しい。竜国別の奴、俄に荘重らしい言霊を使ひよつて、まるで俺達を奴扱ひにしやがる。怪しからぬ奴だ。これが果して吾々の捜してゐる黄金の宝玉なれば結構だが、モシヤ鍍金玉でもあつたら、吾々両人の者は愈馬鹿の上塗りをせなならぬがなア』 と呟き乍ら輿の前に進み寄る。アルナは恭しく輿の戸を開き、玉筥を取出し、テー、カーの二人の前に差出した。テー、カー両人は左右より其玉筥を手に取り、頭上高く捧げ、蟹の様になつて、四つの足をそろりそろりと運び出した。余り頭上の玉筥に心を奪られ、足許に気が付かず、岩角にガンと躓いた途端に、二人は玉筥と共に、鏡の池にドブンと音立てて落ち込んで了つた。竜国別を始め、酋長夫婦、其他一同は総立ちとなり『アツ』と叫んで、池の面を眺めてゐる。幸ひ玉筥は、二人の落ち込んだ機みに撥られて、岩窟の中に都合よく飛び込みにけり。 岩窟内の鷹依姫は吾足許に勢よく飛込んで来た玉筥に心を奪はれ、外に酋長其他の人々の居るのも忘れ、玉筥を引抱へ、ツカツカと岩窟内を走り出で、竜国別の前に持来り、 鷹依姫『コレコレ竜国別、よく検めて御覧なさい。全くこれは本物に相違ありませぬぞよ』 竜国別『お母アさま、こんな所へ出られちや困るぢやありませぬか。モウ暫く幸抱して居つて下さらぬと化が現はれますよ』 鷹依姫『モウ現はれたつて良いぢやないか。斯うして此方の手に入つた以上は、誰が何と云つても構はぬぢやないか』 斯くする内テー、カーの両人は体中、青藻を被つて這ひ上り来り、 テーリスタン、カーリンス『アーア、玉のおかげで、ドテライ目に会ひ、肝玉を潰し、面目玉をなくして了つた』 酋長は鷹依姫の姿を見て、神様の御意に叶ひしと見え、大神様は婆の姿と変じ、此処に生神となつて出現し玉ひしものと深く信じ、有難涙をこぼし、恐る恐る拍手を打ち、 アール『コレはコレは月照彦神様、よくも御神体を現はして、私如き身魂の曇つた者の前に現はれ下さいました。どうぞ此玉をお納め下さいますれば、夫婦の者の喜び、里人の喜びは此上御座いませぬ』 鷹依姫はヤツと安心したものの如く、俄に荘重な口調にて、 鷹依姫『其方、国玉依別命、神は汝の至誠を満足に思ふぞよ。併し乍ら汝に言ひ渡したき事あれ共、まだ身魂の垢取れざれば、四五丁下つて、アリナの滝に一日一夜、夫婦共身魂を浄め、又従ひ来れる者共、残らず赤裸となつて御禊をなし、更めて吾前に登り来れ。大切なる使命を汝に仰せ付けるぞよ』 アール、アルナの夫婦を始め、供人一同は、此言葉に、 アール、アルナ、供人一同『ハイ畏まりました』 と恐る恐る後しざりし乍ら、岩窟の前を退きアリナの滝に一昼夜の御禊をなすべく、降つて行く。 蜩の声は谷間の木々にけたたましく聞えて来た。 鷹依姫は一同をうまくアリナの滝に向はせおき、猫の様に喉を鳴らし、玉筥に飛付き、中を開いて見れば、金色燦然たる黄金の玉、されど、黒姫が保管せし玉に比べては、稍小さき感じがした。されどこれも心の故であらうと、無理に得心し、手早く元の如く蓋を閉ぢ、 鷹依姫『サア此玉さへ手に入れば、吾々の願望は成就したのだ。併し乍らテーナの郷の酋長に対し、何か一つの神徳を渡しておかねば済むまい。何とか良い工夫はあるまいかな』 竜国別『お母アさま、そんなら斯う致しませう。此玉筥の中の黄金の玉は錦の此袋に納め吾々が持帰ることと致し、後へ此処にある沢山の玉の中、最も優れたるものに、月照彦神様の御霊をうつし……『テーナの酋長アールを以て国玉依別命と名を賜ひ、アルナを以て玉竜姫命と名を賜ふ。汝はこれより此庵に永住し、月照彦神の神司となり、普く万民を救へよ。此汝が献りし黄金の玉は万劫末代開く可からず。万一此玉筥を開く時は神霊忽ち現はれ、汝等夫婦の身に大災厄来り、高砂島は、地震洪水の厄に遭ひ、海底に沈没するの虞あり、必ず必ず神の言葉を反く勿れ。月照彦神は此黄金の玉に御霊をうつし、三人の眷属を引連れ、雲に乗つて天上に帰るべし』……(とスラスラと玉筥のぐるりに烏羽玉の実の汁もて書き記し)……サア斯うしておけば、酋長も結構なお蔭を戴き、御神徳が世界に輝くであらう』 これから[※御校正本も「これから」になっている。「それから」の誤りか?]此鏡の池にお暇乞の為に天津祝詞を奏上し、後をよく御願ひ申し、 『国玉依別命、玉竜姫命に宏大無辺なる御神徳をお授け下され、遂には高砂島の生神となつて、人望を一身に集むる様御守護下さいませ』 と一生懸命に祈願し、一行四人は闇に紛れて、雲を霞と、山を越え、夜を日に継いで、漸く宇都の国の櫟が原と云ふ平原に辿り着きけり。 アール、アルナの酋長夫婦は月照彦の神示と確信し、一昼夜の御禊を終り、恭しく鏡の池の前に来て見れば、庵の中は藻抜けの殻、神様の声もなければ、三人の男の姿も見えぬ。……ハテ不思議……と庵の中を隈なく捜し見れば、美はしき石を積み重ね、其上に自分の持来りし玉筥がキチンと載つて居る。よくよく見れば以前の文句が書き記してある。酋長夫婦は送り来りし御輿を鏡の池の向ふ側、岩窟の入口に安置し、玉筥を再び其中に納め、書置きの文句を堅く信じ、自分は国玉依別命、妻は玉竜姫命となり済まし、御輿の前に朝夕祈願を凝らし、夜は庵に入りて、夫婦はここを住処とし、普く四方より参り来る人々の為に福徳円満、寿命長久、病気平癒などの祈願を凝らし居たりける。 テー、カー二人の宣伝は大に功を奏したと見え、日々絡繹として、玉の形したる石塊を携へ、或はいろいろの木の実を持来りて神前に供し、国玉依別命夫婦の祈願を依頼し、相当の御神徳を蒙つて帰る者、日に月に殖えて来た。遂には余り多数の参詣者にて、身を容るる所なく、余り広からざる鏡の池のあたりは、身動きならぬ計りの雑閙を来すこととなり、止むを得ず、数多の信者協議の上、谷から谷へ橋を渡し、宏大なる八尋殿を造り、ここに改めて玉筥を奉斎し、夫婦は神主として神前に仕へ、国、玉、依、竜、別などの人々を幹部とし、三五の神の教を日夜宣伝することとなりぬ。此八尋殿は谷の上を塞いで橋の如く造られたるを以て、懸橋の御殿と称へられける。 国玉依別夫婦は、毎夜丑満の頃に、神殿に怪しき物音の聞ゆるに不審を起し、十五の月の照り輝く夜、幹部にも知らさず、夫婦只二人、神前に端坐して、怪しき物音の正体を調べむと待構へてゐた。神殿の床下より怪しき煙ポーツと立昇り、朦朧として蛸の様な禿頭の不細工な一柱の神、腰をくの字に曲げて、煙の中より現はれ、輿のぐるりを幾回となく、クルクルと廻つてゐる、其怪しさ、厭らしさ。玉竜姫は肝を潰し『キヤツ』と悲鳴をあげて其場に倒れた。国玉依別は流石気丈の男子とて、怪しき影に向ひ、言葉厳かに、 国玉依別『吾こそは月照彦神の命を奉じ、御神霊を玉筥に納め、朝夕此八尋殿を作りて奉仕する神司なるぞ。汝何者なるか、吾々の許しもなく、神聖なる神殿に夜な夜な現はれ来り、御神宝の辺りに附纏ふ曲者、名を名乗れ、返答次第に依つては容赦は致さぬぞ』 とキツとなつて身構へした。怪しき影は追々濃厚の度を増し、そこに倒れたる玉竜姫の傍に足音も立てず寄添ひ、細き手を伸べて、二三回胸のあたりを撫でさすれば、姫は忽ち正気づき、両手を合せて怪物に向ひ、恐れ気もなく感謝の意を表し居たりける。 国玉依別は合点行かず、黙然として怪物の姿を眺めて居た。怪物は涼しき、細き声にて、 怪物『吾れこそはアリナの滝の水上、鏡の池の岩窟に三五の教を宣伝し居たる狭依彦の神の霊体である。吾れ帰幽後は、一人として吾霊魂を祭る者なく、御供一つ供へ呉るる者もなし。然るに一年以前、三五教の宣伝使鷹依姫、竜国別は二人の供人を引連れ、鏡の池の岩窟に来り、玉集めをなし、遂に汝が家の重宝黄金の玉を奪ひ取り帰りたり。吾れは此事を汝に知らさむが為に夜な夜な出現するものなり。其玉筥の中は瑪瑙の玉と摺替へおき、黄金の玉を引さらへて、四人の者は今や宇都の国の櫟が原に出で、草原をあちらこちらとさまよひつつあり。汝は其玉を取返す所存なきか』 国玉依『何れの神様かと思へば、昔鏡の池の神として有名なる狭依彦様で御座いましたか。御親切は有難う御座いまするが、何事も因縁づくと諦めて居りますれば、仮令黄金の玉が瑪瑙の玉に変ればとて、少しも苦しうは御座いませぬ。月照彦の御神霊の懸らせ玉ふ以上は、仮令団子石の玉にても、私に取つては、それの方が何程重宝だか知れませぬ。黄金の玉などには少しも執着はかけませぬ』 狭依彦『実に感じ入つたる其方の心掛け、それでこそ三五教の神の教は天下に拡まり、万民を救う事が出来るであらう。狭依彦も汝夫婦が尊き、清き真心に感じ、これより此神前に幽仕して、汝が神業を助けむ。ゆめゆめ疑ふ事勿れ』 と又もやパツと立上る煙の中に、怪しき姿を消しにける。これより夫婦は狭依彦の霊を祀るべく鏡の池の傍に宮を造り、朝夕に種々の供物を献じ、崇敬怠らざりき。月照彦神の霊力と狭依彦の守護と、国魂神の威徳に依つて、懸橋の御殿の奥深く斎き奉れる神壇は日に月に神徳輝き、遂には高砂島全部に国玉依別夫婦の盛名は隈なく喧伝さるるに至りける。 鰯の頭も信心からとやら、黄金の玉は掏り替られ、似ても似つかぬ瑪瑙の玉も神の神霊の力と、信仰の誠に依つて無限絶大なる光輝を放つに至りしを見れば、形体上の宝の、余り尊重すべき物にあらざるを悟り得らるるなるべし。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一一旧六・一九松村真澄録) ○ 因に曰ふ。竜国別一行が遥々海洋万里の浪を渡りて、玉の所在を尋ねむとしたるは、実は鷹依姫の帰神を盲信したるが故なり。帰神に迷信したるもの程、憐れむべきは無かるべし。然り乍ら又一方には、是によりて海外の布教宣伝を為し得たるは神慮と云ふべき也。[※「因に曰ふ」からの文章は王仁三郎が校正の際に付け加えたものである。校定版・八幡版では「帰神」ではなく「神憑」に直されている。]
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(1968)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 13 愛流川 第一三章愛流川〔八三五〕 高姫は常彦、春彦と共にアルゼンチンの大原野、櫟ケ原を東へ東へと進み行く。アルの港迄は殆ど三百七八十里もある。何程あせつても一ケ月の日数を費やさねば、アルの港へは行かれない。沢山の蜥蜴のノロノロと這つてゐる草野原を、萱の株を右に左に潜りつつ、天恵的に野辺一面に赤くなつて稔つて居る味の良き苺を食ひ乍ら、草の枕も五つ六つ重ねて、稍樹木の茂れる地点迄出て来た。 此処には相当に広い河が清く流れて居た。河の岸には行儀よく大王松や、樫などが生えて居る。河辺には桔梗の花女郎花の花などが時ならず咲き乱れてゐた。丁度内地の秋の草野の如うであつた。三人は河の辺に下り立ち、清泉に喉をうるほし、あたりの風景を眺めて、過来し方の蜥蜴や虻、蜂、金蠅のうるさかつたこと、苺の味の美味なりしと、黄紅青白紫其他いろいろの美はしき草花の処狭きまで咲き満ちて、旅情を慰めてくれたことなどを追懐し、神の恩恵の深きを感謝しつつあつた。 其処へのそりのそりと草蓑を着け、編笠を被り、竹の杖をついた七十許りの婆アがやつて来た。三人は……ハテ斯様な所に人が住んで居るのかなア……と不審相に、婆アの顔を眺め入つた。婆アは三人を手招きし乍ら、一二丁上手の小さき草葺の家に身を隠した。 常彦『モシ高姫さま、あの婆アは何でせうなア。あの松の木の根元の小さな家へ這入つて了ひましたが、吾々三人を嬉し相な顔して手招きして居たぢやありませぬか。何でもあの婆アの配偶者が病気にでも罹つて居るので、吾々を頼みに来たのかも知れませぬよ。何は兎もあれ一寸立寄つて見やうではありませぬか』 高姫『あゝあ、玉公、竜公に別れてから、今日が日迄六日の間、人の姿を見たことはなかつたが、今日は珍しい、人間に会ふことが出来ました。兎も角あの婆アの庵迄往つて見ませう。併し乍ら神様が如何して御試しなさるか分りませぬから、決して腹を立てはなりませぬよ』 常彦『ハイ承知致しました。絶対に腹などは立てませぬワ。安心して下さい。……なア春彦、お前もさうだろな』 春彦『ウン、私もその通りだ。高姫さま、サア参りませう』 三人は漸くにして婆アの庵に着いた。婆アは嬉しさうに三人を出迎へ、 婆『これはこれは三五教の宣伝使様、能うこそ斯様な醜い茅屋を御訪ね下さいました。就いては折入つて御頼み申したい事が御座いますのぢや。何と人を一人助けると思うて、お聞き下さる訳には参りますまいかなア』 高姫『ハイ妾達の力に叶ふことならば、如何様なことなり共仰有つて下さいませ』 婆『それは早速の御承知、有難う御座います。実の所は宅の爺さまは最早八十の坂を七つも越え、来年は桝掛の祝ひをせうと思うて、孫や子供が楽んで居りましたが、とうとう今年の春頃から、人の嫌がる病気に取付き、あの爺は天刑病だから、村には置くことは出来ぬと云つて、此様な一軒家の淋しい川の畔に形ばかりの家を造り、雨露を凌ぎ乍ら、年の老つた婆アが介抱を致して居りまする。いろいろと百草を集め、薬を拵へて呑ましたり、附けたり致しましたが、病は日に日に重る計り、体はずるけ、何とも言へぬ臭い匂ひが致し、沢山蠅が止まつて、女房の妾が見てさへもゾゾ髪が立ちまする。併し乍ら、四五日以前から妙な夢を続けて見ますのぢや。其夢と申すのは、あのアイル河の畔に三五教の宣伝使が現はれて来るから、其お方を頼んで癒して頂けとの女神さまの夢のお告げ、それが又毎晩々々同じ夢を、昨夜で五つ夜さも見まするので、此茅屋から翡翆の様に川計り眺めて待つて居りました。所が神様の仰有つた通り、三人連れで立派な宣伝使様が御越しになり、川でお休みになつてる其姿を拝んだ時の嬉しさ、思はず熱い涙がこぼれました。就いては神様の仰せには、此ずるけた病気でも、三五教の宣伝使がやつて来て、体の汁や膿を、スツカリ舐めて呉れたならば、其場で全快すると仰有いました。誠にかやうな事を御願申すは畏いことで御座いますが、神様の夢のお告げで御座いますから、お気に障るか存じませぬが、一寸申上げました』 高姫暫く差し俯むいて腕を組み、考へて居たが、 高姫『あゝ宜しい宜しい、どんな膿でも汁でも、御註文通り吸ひ取つて上げませう。竜宮の一つ島で、初稚姫や玉能姫の一行が、癩病患者の膿血を吸うて助けた例しもある。サアお爺さまのお座敷へ案内して下さいませ』 婆『ハイ有難う、案内しませう』 と立あがり、奥の間へ進んで行く。奥の間と云つても只萱草の壁を仕切つた丈で、二間作りの小さき家であつた。常彦、春彦も高姫と共に奥の間に従いて行く。見れば金色の蠅が真黒にたかつて居る。爺は仰向けに骨と皮とになつて、体一面膿汁を流し、蠅に吸はれた儘、半死半生の態で苦しんで居る。高姫は直に天津祝詞を奏上するや、数多の金蠅は一匹も残らず、ブンブンと唸りを立てて、窓の外へ逃出して了つた。高姫は爺の体に口を当て、胸の辺りから膿血を吸ひ始めた。常彦は足から、春彦は頭から、汚な相にもせず、此爺さまを助けたい一杯に、吾れを忘れて、臭気紛々たる膿汁を平気で吸うて居る。 爺イは『ウン』と云つて撥ね起来た。見れば不思議や、紫摩黄金の肌を現はしたる妙齢の美人となり、 美人『ヤア高姫、汝の心底見届けたり。我れこそは天教山に鎮まる木の花姫命の化身なるぞ。いよいよ汝は是れより天晴れ神柱として神業に仕ふることを得るであらう。まだまだ幾回となく神の試しに会ふことあらむ。そこを切抜けなば、真の汝の肉体は日の出神の生宮となりて仕ふるも難き事にあらざるべし。必ず慢心してはなりませぬぞ。又常彦、春彦も三五教の教を間違はない様に、不言実行を第一とするが宜しいぞ。木の花姫が三人の為に斯の如く仕組んだのであるから、必ず今後とても油断を致してはなりませぬぞや』 高姫外二人は『ハイ』と答へて平伏した。 何処よりともなく、香ばしき匂ひ薫じ来り音楽の響き嚠喨として冴え渡り、涼しき風は窓を通して、三人の面を払ふ。 不図頭をあぐれば、こは如何に、茅屋もなければ、爺婆の姿も女神の姿もなく、依然として、河の辺にウツラウツラと昼船を漕いで居た。 高姫は吐息をつき乍ら、 高姫『あゝ今のは夢であつたか、大変な結構な御神徳を夢の中で頂きました。夢なればこそ、あんな事が出来たのだらう。イヤイヤ実際にあの心にならなくてはなりますまい。あゝ有難い有難い』 と切りに独言を云つて居る。 常彦『高姫さま、私も夢を見ましたよ。随分虫のよい夢でした。春彦と三人、それはそれは汚い病人の介抱をさせられ、膿血を吸はされましたが、何ともかとも知れぬ甘露の様な味がして、夢中になつて吸ひ付いて居ると、汚い爺だと思つたら、天教山の木の花咲耶姫様、醜の極端から美の極端迄見せて頂きました。……高姫さま、貴女もさういふ夢でしたか、……春彦、お前の夢は如何だつたい』 春彦『イヤもうチツトも違ひはない。三人が三人乍ら同様の夢を見たと見える。不思議なこともあるものだなア。あの汚い病人はキツと俺達の心の映像かも知れないよ。あの如うな汚いむさくるしい吾々の身魂を、木の花咲耶姫大神様が、俺達が病人の膿血を吸うた様に、身魂の汚れを吸ひ取つて下さるに違ひないワ。あゝ実に畏いことだ。コリヤキツと人のこつちやない、吾々の魂を見せて戴いたのだらうよ。なア高姫さま、さうぢや御座いますまいか』 高姫『それはさうに間違御座いませぬワ。神様から御覧になつたら、妾の身魂は汚れ腐り、ズルケかけて居るでせう。あゝ惟神霊幸倍坐世。諸々の罪穢れを払ひ玉ひ清め玉へ』 と一生懸命に俄に合掌する。 常彦『高姫さま、貴女は何と云つても、変性男子の系統だから、汚れたと云つても、ホンの一寸したものですよ。あの汚れやうは吾々の身魂の映写に違ありませぬ』 高姫『モウ変性男子の系統などと言つて下さるな。妾のやうな者を系統だなぞと申さうものなら、それこそ変性男子様の御神徳を傷つけます。此後は決して変性男子の系統なぞとは申しませぬから、あなたもどうぞ、其積りで居つて下さい』 春彦『それでも事実はヤツパリ事実だから仕方がありませぬワ』 高姫『系統なら系統丈の行ひが出来なくては恥かしう御座います。妾が天晴れと改心が出来、誠が天に通じ、大神さまから、系統丈の事あつて、何から何まで行ひが違ふ、誠の鑑ぢや……と仰有つて下さるまでは、妾は系統所ぢやありませぬ。変性男子様の御徳を傷つける様な者ですから、どうぞ暫く系統呼はりは止めて下さいませ』 春彦『変れば変るものですな。毎日日日系統々々の連発を御やり遊ばしたが、改心と云ふものは恐ろしいものだなア。そんなら私も是から貴女に対し、態度を変へませう』 高姫『ハイ妾からも変へますから、どうぞ上下なしに、教の道の姉弟として交際つて下さい。今迄のやうに弟子扱をしたり、家来扱は決して致しませぬ』 常彦『私も其積りで交際さして頂きます。併し日の出神の生宮の件は如何なさいましたか』 高姫『モウどうぞそんな事は云うて下さいますな。日の出神さま所か、金毛九尾が、妾の肉体に憑いてをつて、あんな事を言はしたり、慢心をさしたのですよ。櫟ケ原の白楊樹の下で、スツカリ妾の肉体から正体を現はして脱けて出ました。それ故、今日の妾は誠の神様の生宮でもなければ、悪神の巣窟でも御座いませぬ。これから、本守護神にしつかりして頂いて、天晴れ神様の御用に立たねばなりませぬ』 常彦『あゝそれは結構ですな。私がアリナ山の頂きから東の方を眺めて居りましたら、櫟ケ原から、金毛九尾の悪狐が、黒雲に乗り、常世の国の方を目蒐けて、エライ勢で逃げて行きました。大方あの時に貴女の肉体から退散したのでせう』 高姫『あゝさうでしたか。恐ろしいものですなア。妾の肉体を離れる時にチラツと姿を見せましたが、それはそれは立派な八畳の間一杯になる様な長い裲襠を着て真白な顔を致し、ヌツと妾の前に立ちましたから、……おのれ金毛九尾の悪狐奴と睨みますと、忽ち金毛九尾となり、尾の先に孔雀の尾の玉のやうな光つた物を沢山につけて天へ舞上り、北の空目蒐けて逃げて行きました。大方其時の事を御覧になつたのでせう。あゝ恐ろしい、ゾツとして来ました。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 常彦『時に高姫さま、此大河を如何して渡りませうか。橋もなし仕方がないぢやありませぬか。翼があれば飛んで行けますが、此広い深い流川、而も急流と来て居るのだから、泳ぐ訳にも行かず、困つたものですワ。如何しませう』 高姫『神様に御願するより途はありませぬ。これも一つは神様のお試しに会うとるのですよ。兎も角神を力に誠を杖に、渡つて見ませう。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と高姫は一生懸命に川の面に向つて祈願をこらした。不思議や幾丈とも分らぬ大の鰐数多重なり来り、見る見る間に鰐橋を架けた。三人は天の与へと雀躍し『惟神霊幸倍坐世』を一心に唱へ乍ら、鰐の背を踏み越え踏み越え、漸くにして向うの岸に達した。 常彦『あゝ有難い、おかげで楽に渡して貰うた。斯うなつて見ると、余り鰐さまの悪い事も言へませぬな』 高姫『ホヽヽヽヽ』 春彦『祝部の神さまが、どこやらの海を渡る時に仰有つたぢやないか。鰐が無[※御校正本・愛世版では「無(む)」だが、校定版・八幡版では「悪(わる)」に直している。]けりや、甘鯛鱒から蟹して下さい、ギニシイラねばドブ貝なとしなさい……とか何とか云つて、魚尽しを唄はれたといふ事が、霊界物語に書いてあつただらう[※第5巻第38章参照]』 常彦『ソリヤお前違ふぢやないか、鰐が悪けりや……だない、鰐に悪けりや、甘鯛鱒からと云ふのだ。甘鯛鱒とは魚の名だが、実際は謝罪りますと云ふことを、魚にもぢつたのだよ。アハヽヽヽ』 高姫『サア皆さま、行きませう』 と先に立つて、青草の茂れる野を東へ東へと進んで行く。今迄執着心に捉はれて居た高姫の眼には、森羅万象一切悪に映じてゐたが、悔悟の花が心に開いてから見る天地間は、何もかも一切万事花ならざるはなく、恵ならざるはなく、風の音も音楽に聞え、虫の音も神の慈言の如く響き、野辺に咲き乱れた花の色は一層麗しく、楽しく且つ有難く、一切万事残らず自分の為に現はれて呉れたかの如くに、嬉しく楽しく感じられた。 三人は宣伝歌を歌ひ乍ら、焼きつくような空を、草を分けつつ苺の実をむしり喰ひ、神に感謝し、殆ど七八里計り、知らぬ間に面白く楽しく進んで来た。ハタと行詰つた原野の中の大湖水、人も居らねば舟もない。又もや三人は茲で一つ思案をせなくてはならなくなつた。紺碧の水を湛へた此湖は幾丈とも計り知られぬ底無し湖の如くに感ぜられた。 常彦『一つ逃れて又一つとは此事だ。此前は何と云つても、向う岸の見えた河なり、そこへ沢山の鰐さまが現はれて橋を架けて下さつたので、無事に此処まで面白く楽しく旅行を続けて来たが、此奴ア又際限のない大湖水、湖水の周囲を廻つて行くより仕方がありますまい。高姫さま、如何致しませう。此湖を真直に渡れば余程近いのですが、さうだと云つて、湖上を渡ることは出来ますまい。急がば廻れと云ふ諺もありますから、廻ることに致しませうか』 高姫『さう致しませう。無理に神様にお願をして最前の様に橋を架けて貰ひ、御眷属さまに御苦労をかけてはなりませぬ。自分の事は自分で埒を能うつけぬような事で、到底世を救うと云ふ神聖な御用は勤まりませぬからなア』 春彦『そんなら、右へ行きませうか、左へ行きませうか』 高姫『進左退右と云ふ事がありますから、左へ廻つて行くことに致しませう。警察の交通宣伝だつて、左側通行を喧しく云つて奨励しとるぢやありませぬか。サア斯うおいでなさいませ』 と高姫は先に立ち、草野を分けて進んで行く。それより殆ど一里計り前進すると、天を封じた椰子樹の森があつた。日は漸く暮近くなつた。此処で三人は足を伸ばし、蓑を敷き、ゴロリと横たはつて一夜を明かす事としたりける。 執着心の権化とも人に言はれた高姫が 転迷開悟の花開き天教山の木の花姫の 神の命の隠し御名日の出姫の訓戒に 心の駒を立直し誠の道に乗替へて 草野ケ原を進み行く。森羅万象悉く 濁り汚れて吾れ一人天地の中に澄めりとて 鼻高々と誇りたる高姫司も鼻折れて 見直す世界は天国か浄土の春と早替り 草木の色も美はしく風の声さへ天人の 音楽かとも感ぜられ草野にすだく虫の音も 神の慈音となりにけり高姫常彦春彦は 草鞋脚絆に身をかため心も急ぐ膝栗毛 アイルの河の岸の辺に暫し息をば休めつつ 清き流れを打眺め天地の神の御恵を 讃美しゐたる折柄に見るも汚なき蓑笠に 身を包みたる婆アさまが忽ち茲に現はれて 三人の前に手を伸ばし差招きつつ川上の 松の根元に建てられし醜けき小屋に入りにける。 茲に高姫一行は老婆の後に従ひて 賤が伏屋に来て見れば老婆は喜び手を合せ 妾が夫は八十の坂道七つ越えました 人の厭がる天刑の病に罹り村外れ 淋しき河辺に追ひ出され老の夫婦の憂苦労 天教山に現れませる木の花姫の夢枕 夜毎々々に立ち玉ひ三五教の宣伝使 日ならず此処に来るらむ汝は彼を呼び寄せて 夫の悩む膿汁を吸うて貰へば忽ちに 本復するとの神の告げ誠に済まぬこと乍ら 老の願を聞いてよと誠しやかに頼み入る 高姫、常彦、春彦は何のためらふ事もなく 膿に汚れし老人の身体全部に口をつけ 天津神たち国津神憐れ至極な此人を 何卒救ひ玉へよと心に祈願をこめ乍ら 力限りに吸ひ取れば豈計らむや悪臭の 鼻さへ落むと思はれし其膿汁は甘露の 露の如くに香ばしく麝香の匂ひ馥郁と 実に心地よくなりにける。不思議と頭を擡ぐれば 天刑病と思ひたる爺は何時しか霊光の 輝き亘る神人と姿を変じこまごまと 三五教の真髄を説き諭しつつ忽然と 煙の如く消え玉ふ高姫、常彦、春彦は ハツと驚き目をさまし見れば以前の川の辺に 眠り居たるぞ不思議なれ。夢の中なる教訓を 吾身に省み宣り直しアイルの河を如何にして 向うの岸に渡らむと神に祈れる折柄に 祈りは天に通じけむ八尋の鰐は幾百とも 限りなき迄川の瀬に体を並べて橋作り 三人をここに安々と彼方の岸に渡しける。 天地の恵に咲出でし百花千花の香に酔ひつ 足も軽げに七八里進みて来る前方に 紺青の波を湛へたる思ひ掛なき大湖水 茲に三人は立止まり協議の結果高姫の 差図に従ひ湖畔をば左に取りて一里半 椰子樹の蔭に身を休め神の恵の有難き 話に一夜を明しけるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録)
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霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 14 カーリン丸 第一四章カーリン丸〔八三六〕 三人は湖水の傍なる椰子樹の森に一夜を明かした。其夜は比較的風強く、湖水の波の音は雷の如く時々ドンドンと響いて来た。此湖水の名を玉の湖と云ふ。東西五十里、南北三十五里位の大湖水であつた。そして此湖水の形は瓢箪を縦に割つて半分を仰向けにしたやうな形をしてゐる。地平線上より新に生れ出で玉ふ真紅の太陽はニコニコとして舞ひ狂ひ乍ら、刻々に昇天し給ふ。一同は湖水に顔を洗ひ、口を滌ぎ手を清め、拍手感謝の詞を奏上し、蔓苺を掌に一杯むしり取つて朝飯に代へた。能く能く見れば傍に神の姿した石が立つて居る。扨て不思議と裏面を見れば、軟かき石像の裏に、『鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスの一行四人、改心記念の為に此石像を刻み置く……』と刻り附けてあつた。常彦は此文面を読み上げて高姫に聞かした。高姫は驚いて、 高姫『あゝ矢張鷹依姫さまも竜国別さまも、テー、カーも、つまり此荒原を彷徨うて御座つたと見える。ホンにお気の毒な、あるにあられぬ苦労をなさつたであらう。此高姫が無慈悲にも、黒姫さまが黄金の玉を紛失したと云つて、鷹依姫さまや、外三人の方にまで難題を云ひつのり、聖地を追ひ出したのは、何と云ふ気強いことをしたのであらう。今になつて過去を顧みれば、私の犯した罪、人さまの恨みが実に恐ろしくなつて来た。せめては鷹依姫さま一同の苦労なさつて通られた跡を、斯うして修業に歩かして貰ふのも、私の罪亡ぼし、又因果の循り循りて同じ処を迂路つき廻るやうになつたのだらう。諺にも……人を呪はば穴二つ……とやら、情は人の為ならずとやら、善にもあれ、悪にもあれ、何事も皆吾身に報うて来るものだ……と口にはいつも立派に人様に向つて、諭しては居たものの、斯うして自分が実地に当つて見ると、尚更神様の教が身に沁々と沁み亘つて、有難いやら恐ろしいやら、何とも申上げやうが御座いませぬ。……あゝ鷹依姫様、竜国別様、テー、カーの両人さま、高姫のあなた方に加へた残虐無道の罪、どうぞ許して下さいませ。あなたがこんな遠国へ来て種々雑多と苦労をなさるのも、皆此高姫に憑依してゐた、金毛九尾の悪狐の為せし業、どうぞ赦して下さいませ。此石像は、鷹依姫様、竜国別様の心を籠められた記念物、之を見るにつけても、おいとしいやら、お気の毒やら、お懐かしいような気が致します。何程重たくても罪亡ぼしの為に此石像を、鷹依姫様、外御一同と思ひ自転倒島まで負うて帰り、お宮を建てて、朝夕にお給仕を致し、私の重い罪を赦して戴かねばなりませぬ』 と念じ乍ら、四辺の蔓草を綯つて縄を作り、背中に括りつけ、其上から蓑を被り、持重りのする石像を背中に負うて、たうとうアマゾン河の森林迄帰つて了つたのである。これが家々に、小さき地蔵を造り、屋敷の隅に、石を畳み、其上に祀ることとなつた濫觴である。 さて高姫は石像を背に負ひ、エチエチし乍ら草野を分けて湖畔を東へ東へと二人の同行と共に進み行く。 高姫は玉の湖畔を進み乍ら、湖中に溌溂として泳げる、何とも云へぬ美しき五色の、縦筋や横筋の通つた魚を眺め、 高姫『コレコレ、一寸御覧なさい、常彦、不思議な魚が居ります。これが噂に聞いた、玉の湖の錦魚といふのでせう。一名金魚とか云ふさうですが、本当に綺麗なものぢや御座いませぬか』 常彦『成程、天火水地結と青赤紫白黄、順序能く縦筋がはいつて居りますな。之が所謂縦魚で御座いませう。あゝ此処にも横に又同じ如うな五色の斑の附いた魚が泳いでゐます。どちらが雄で、どちらが雌でせうかなア』 春彦『定まつた事よ。縦筋の方が雄で、横筋のはいつた方が雌だ。経と緯と夫婦揃うて錦の機を織ると云ふのだから、錦魚と云ふのだ。此鰭を見よ、随分立派な鰭ぢやないか』 常彦『併し此魚には目が無いぢやないか。此奴アどうも不思議ぢやないか』 春彦『此縦筋のはいつた盲魚は一名高姫魚と云ひ、横筋のはいつたのは春彦魚と云ふのだ。どちらも盲だから、マタイものだ。それ此通り逃げも何もせぬぢやないか。併し手に取ると、やつぱりピンピン撥ねよるワ。ヤア其処へ本当の錦魚がやつて来たぞ。此奴ア縦横十文字、素的滅法界、綺麗な筋がはいつて、ピカピカ光つてゐる。目も大きな目があいてゐる。……なア高姫さま、これを見ても経と緯と揃はねば、変性男子の系統ばかりでも見えず、女子の行方ばかりでも後先が見えぬと云ふ神様の御教訓ですな』 高姫頻りに首を振り、 高姫『ウーン、なんとまア神様の御経綸と云ふものは恐れ入つたもので御座います。これを見て改心せねばなりませぬワイ。今迄の三五教の様に、経緯の盲同士が盲縞を織つて居つては、何時迄も錦の機は織り上がりませぬ。夫に就いては私が第一悪かつた。経糸はヂツとさへして居れば良いのに、緯糸以上に藻掻くものだから、薩張ワヤになつて了うたのぢや。あゝ何を見ても神様の教訓許り、何故今迄こんな見易い道理が分らなんだのだらう。ヤツパリ金毛九尾に眼を眩まされてゐたのだ』 と長大嘆息をしてゐる。是れより一行は夜を日に継ぎ、漸くにしてアルの海岸に着いた。幸ひ船はゼムの港に向つて出帆せむとする間際であつた。高姫は慌しく『オーイオーイ』と呼止めた。船頭は今纜を解いて港を少しばかり離れた船を引返し、三人を乗らしめ、折からの南風に帆を孕ませ、ゼムの港を指して波上ゆるやかに辷り行く。 長き海上の退屈紛れに船客の間にあちらこちらと雑談が始まつた。高姫一行は船の片隅に小さくなつて控へてゐる。 甲『去年の事だつたか、此船に乗つてゼムの港へ渡る時の船客の話しに、テルの国のアリナの滝とやらに大変な玉取神さまが現はれ、彼方からも此方からも、種々雑多の玉をお供へに行つて、いろいろの願事を叶へて貰はうと、欲な連中が引も切らず参拝してゐたさうぢや。さうすると何でもヒルとか夜とか云ふ国の偉いお方が黄金の玉をお供へになつた。玉取神さまはその黄金の玉が気に入つたと見えて、夜さりの間に玉を引つ担ぎ、何処へ逃げ出し、ウヅの国の櫟ケ原とかで、折角持出した玉を、天狗に取上げられ、這々の体でウヅの国(アルゼンチン)の大原野を横断し、アルの港から船に乗つて、アマゾン川の河上まで行つたと云ふ事だ。併し神さまの中にもいろいろあつて、欲な神さまもあればあるものぢやなア。其玉取神さまの大将は、何でも自転倒島の鷹とか鳶とか烏の様な名のつく、矢釜しい女神があつて、大切に守つて居つた玉を玉取神が失うたので怒つて叩き出し、其玉を手に入れる迄、帰つて来な……と此広い世の中に玉の一つ位、何程捜したつて、分りさうなことがないのに、無茶を言うて、いぢり倒したと云ふ話を聞いたが、随分悪い神もあればあるものだなア。屹度其奴には八岐の大蛇やら、金毛九尾の狐が憑いてをつて、そんな無茶なことを言はしたり、さしたりすると云ふ話しだ。本当に神さまだと云つても、無茶苦茶に信神出来ぬものだ。鷹鳶姫とか玉取姫とか云ふケチな神もある世の中だからなア』 乙『玉取姫位なら屁どろいこつちやが、世間には沢山、嬶取彦や爺取姫が現はれて、随分社会の秩序を紊し、此世の中に悪の種を蒔く神も、此頃は大分に出来て来たぞよ。アハヽヽヽ』 と他愛なく笑ふ。高姫は真赤な顔して小さくなつて、甲乙の談を聞いて居た。 常彦は高姫の耳に口を寄せ、 常彦『高姫さま、どうも世間は広いやうで狭いものですな。海洋万里の斯んな所まで、自転倒島の出来事が、仮令間違ひにもせよ、大体が行渡つて居るとは実に驚きましたねえ。玉野原の玉の湖の椰子樹の下に、竜国別さまが刻んでおいた四人の石像、仮令何万年経つたつて、貴女や私達の目にとまる筈がないのに、何百里とも際限のない野の中に、こんな小つぽけな物が只の一つ、それが斯うして貴女の背に負はれる様になると云ふも、不思議ぢやありませぬか。之を思うと人間も余程心得なくてはなりませぬなア』 高姫『サアそれについて、私は胸も何も引裂けるやうになつて来ました。私が変性男子様の系統々々と云つて、それを鼻にかけ、金毛九尾に誑惑されて、今迄は一生懸命に厳の御霊の御徳を落とすこと許りやつて来たかと思へば、如何して此罪が贖へやうかと、誠に恐ろしく、悲しくなつて来ました』 と涙ぐむ。船客は又もや盛んに喋り出した。 丙(ヨブ)『オイお前の云うて居つた鷹鳶姫と云ふのは、ソリヤ高姫の間違ひだらう。そして玉取姫と云ふのは鷹依姫の間違ひだらう。高姫と云ふ奴はなア、徹底的我慢の強い奴で、変性男子とか云ふ立派なお方の腹から生れて、それはそれは意地の悪い頑固者の、利己主義の口達者の、論にも杭にも掛らぬ化物ださうな。そして金剛不壊の如意宝珠とか云ふお宝物を腹に呑んだり、出したり、丸で手品師のやうなことをやる、悪神の容物だと云ふ事だ。噂を聞いて憎らしうなつて来る。どうで遠い自転倒島の話しだから、到底吾々には一代に会ふことは出来まいが、若しも出会うたが最後、世界の為に俺は素首引抜いてやらうと思つてゐるのだ。何だか高姫の話しが出ると、腹の底からむかついて来て堪らないワ。去年の今頃だつた。高姫に仕へて居つた鷹依姫、其息子の鼻の素的滅法界に高い竜国別、それに一寸人種の変つた、鼻の高い細長い、色の少し白いテーリスタンとかカーリンスとか云ふ四人連れが、アリナの滝の……何でも近所に鏡の池とか云ふ不思議な池があつて、そこに長らく居つた所、俄にどんな事情か知らぬが、居れなくなつて、たうとうアリナ山脈を越えて、ウヅの国の櫟ケ原を横断し、アルの港からヒルへ行く途中、誤つて婆アはデツキの上から海中へ陥没し、皆目姿がなくなつて了つた。そこで息子の竜国別が、婆アさまを助けようとドブンと計り飛込んだが、これも亦波に捲かれて行き方知れず、テ、カの二人も続いてドブンとやつたが、此奴もテンで行方が知れなくなつて了つた。彼奴は悪人か何か知らぬが随分親孝行者だ。母親が陥つたのを助けようと思うて、伜の竜国別が飛込んで殉死し、又弟子の二人が助けようと思つたか、殉死の覚悟だつたか知らぬが、共に水泡と消えて了つた。随分此航路では有名な話しだ。お前まだ耳にして居らぬのか』 乙『成程、親子主従の心中とか云つて、随分有名な話だが、其……何だなア、宣伝使の一行のことか、俺や又どつかの親子主従の心中かと思つてゐた。ホンに可哀相なこつたナア』 丙(ヨブ)『それと云ふのも元を糺せば、ヤツパリ高姫と云ふ奴が悪いからだ。彼奴が無理難題を云ひかけて、自転倒島から高砂島(南米)三界迄追ひ出したものだから、たうとうあんなことになつて了つたのだ。四人の宣伝使は可哀相でたまらぬ。俺やモウ其話しを聞いてから、空を翔つてる鷹を見ても癪に障つて堪らぬのだ。人間にでも鷹と云ふ名の附いてる奴に会うと、其奴が憎らしくなつて来て、擲りつけたいやうな気がするのだよ。赤の他人の俺が、何故鷹依姫や竜国別の、それ丈贔屓をせにやならぬかと思うと、不思議でたまらないワ。大方あの陥る時に、アヽ可哀相だと思うて見てゐたものだから、其亡魂でも憑依したのか……。今日は何だか其タカと云ふ名のついた奴が乗つて居やせぬかなア。何だかむかついてむかついて仕方がないのだ』 と目を真赤にし、歯噛みし、拳を握り、形相凄じく息を喘ませてゐる。 甲『ハヽヽヽヽ、他人の疝気を頭痛に病むと云ふのはお前のことだ。そんなことはイヽ加減にしておけ。何程力んでみた所で、肝腎の本人は海洋万里の自転倒島に居るのだから駄目だよ』 丙(ヨブ)『何だか俄に体が震ひ出した。何でも此船に高姫と云ふ奴、乗つてゐるのぢやあるまいかな。オイ一寸女客の名を、御苦労だが、一々尋ねて来て呉れぬか』 甲『馬鹿を言ふない、おれが尋ねなくても、船長さまに聞けば、チヤンと帳面に附けてあるワ』 丙(ヨブ)『それもさうだ、そんなら尋ねて見やうかな』 と立上がらうとする。高姫は、丙の袖を控へて、 高姫『モシモシ何処の方かは知りませぬが、鷹依姫、竜国別一行の為に、能うそこ迄一心に思うてやつて下さいます。定めて四人の者も冥土から喜んで居ることで御座いませう。あなたは最前から承はれば、四人の海へ落ちたのを見て居なさつたさうですが、後に何か残つてゐませなんだか。私があなたの憎いと思召す自転倒島から来た高姫で御座いますよ。罪の深い私、サアどうぞ貴方の存分にして下さいませ。さうすれば、四人の者も定めし浮かぶことで御座いませう。今私の負うて居ります石には、右四人の姿が刻り込んで御座います。かやうなことがあらうとて虫が知らしたのか、チヤンと自分から石碑を拵へて残しておいたと見えます。あゝ因縁と云ふものは恐ろしいものだ。天網恢々疎にして漏らさず、こんなことと知つたら、あんな酷いことを云ふのぢやなかつたに』 と云ひ乍ら、背中の石像を前に据ゑ、手を合せ、 高姫『コレコレ四人の御方、どうぞ怺へて下さい。三千世界の御神業に参加せなくてはならぬ大切な体なれど、私は今此御方に生首を引抜かれて国替を致し、お前さまの側へ行つて、更めてお詫を致します。あゝ惟神霊幸倍坐世。鷹依姫、竜国別、テーリスタンにカーリンス、頓生菩提、あゝ惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じてゐる。丙は高姫の真心より悔悟した其言葉と挙動とに、今迄張り切つた勢もどこへか抜け、今は却て、高姫崇拝者と心の中で知らず知らずの間になつてしまつてゐた。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録)
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(1971)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 16 波の響 第一六章波の響〔八三八〕 常彦が祝を兼ねたる佯らざる告白歌に励まされ、ヨブは立上がり、入信の祝歌を歌つた。 ヨブ『高天原と定まりし貴の聖地のエルサレム 国治立大神は三千世界を救はむと 神の御言を畏みて教を開き玉ひつつ 天地の律法制定し世は平安に治まりて 神人和楽の瑞祥を楽み玉ふも束の間の 隙行く駒の曲神に天の御柱国柱 転覆されて葦原の瑞穂の国の守護権 常世の国に生れたる曲の頭に渡しつつ 天教山の火坑より根底の国におりまして 忍びて此世を守ります其功績ぞ尊けれ 斯かる尊き皇神のいかで此儘根の国や 底の御国にましまさむ時節を待つて天教の 再び山に現はれて野立の彦と名を変じ 埴安彦と現れまして迷へる四方の人草を 安きに救ひ助けむと仁慈無限の心より 三五教を建設し神の司を四方の国 間配り玉ひて川の瀬や山の尾の上に至る迄 尊き御教を布き玉ふあゝ惟神々々 神の心を白波の天足彦や胞場姫が 罪より現れし醜神の醜の叫びに化されて 世人の心日に月に曇り行くこそ忌々しけれ 厳の御霊の大神は国武彦と現れまして 四尾の山の神峰に此世を忍び玉ひつつ 五六七の御世の経綸を行ひ玉ひ素盞嗚の 神尊の瑞御霊コーカス山や産土の 斎苑の館に現れまして八洲の国にわだかまる 八岐の大蛇や醜狐曲鬼共を言向けて 天地にさやる村雲を神の伊吹に払はむと 心を配らせ玉ひつつ言依別を現はして 自転倒島の中心地綾の高天と聞えたる 錦の宮に神司清き神務を命じつつ 世人を救ひ玉ひけり。旭日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 高砂島は亡ぶ共誠の神の御教に いかでか反きまつらむや大和田中に浮びたる カーリン島の神の御子ヨブは今より高姫が 清き心を諾なひて仮令野の末山の奥 虎狼や獅子大蛇如何なる曲津の棲処をも おめず臆せず道の為心を尽し身を尽し 皇大神や世の中の青人草の其為に 仕へまつらむ惟神神の恵の幸はひて ヨブが身魂を研き上げ尊き貴の御柱と 依さし玉へよ天津神国津神達八百万 国魂神の御前に謹み敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つて座に着いた。春彦は又もや歌ひ出したり。 春彦『綾の聖地を後にして変性男子の御系統 高姫さまに従ひて瀬戸内海を打渡り 南洋諸島を駆けめぐり如意の宝珠を探ねつつ 高砂島の手前まで小舟を操り来る折 隠れた岩に突当り当惑したるをりもあれ 高島丸に助けられ漸くテルの港まで 到着するや高姫は数多の船客かきわけて 先頭一に上陸し吾等二人をふりまいて 暗間の山の松林姿を隠し玉ひしが 綾の聖地に現れませる杢助さまに高姫の 監督役を命ぜられ居乍らのめのめ見失ひ 如何して言訳立つものか急げ急げと一散に 尻ひつからげ大地をばドンドン威喝させ乍ら 暗間の山の麓迄来りて様子を窺へば 高姫さまの独言常彦、春彦両人の 半鐘泥棒や蜥蜴面間抜男を伴うて 高砂島の人々に軽蔑されてはたまらない 何とか立派な国人を甘く操り弟子となし 千変万化の一芝居打つて見ようと水臭い 吾等二人を放棄して甘い事のみ考へる 其蔭言を灌木の茂みに隠れて聞き終り 余りに腹の立つままにガサガサガサと飛出せば 高姫さまの曰くには油断のならぬ世の中ぢや 仮令獣といひ乍ら今の秘密を聞きよつた 神の霊を授かりし四つ足なれば一言も 聞かれちや都合がチト悪い天に口あり壁に耳 謹むべきは口なりと後悔遊ばす可笑しさよ 常彦、春彦両人は足音隠して二三丁 山の麓に忍び足それから足音高めつつ テル[※校定版・八幡版では「ヒル」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]の国王のお側役私はカナン[※御校正本・愛世版では「アンナ」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]と申す者 暗間の山に如意宝珠隠してあると聞いた故 私は捜しに行きましたされど遅れた其為に 後の祭りと春彦[※御校正本・愛世版では「常彦」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]が声高々と話する そこで私はヒル[※校定版・八幡版では「テル」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]の国国王様のお側役 アンナ[※御校正本・愛世版では「カナン」。オニペディアの「霊界物語第29巻の諸本相違点」を見よ]と申す男ぞと八百長話を始むれば 猫が松魚節見た如うに高姫さまが飛びついて もうしもうし旅の人暫くお待ちなされませ 変性男子の系統で日の出神の生宮と 世に謳はれた高姫ぢやお前も中々偉い人 私の話を聞きなされ昔の昔の根本の 尊き因縁聞かさうとお婆アの癖に小娘の やうな優しい作り声吹出すように思へども ここで笑うては一大事大事の前の小事ぢやと 脇のあたりでキユーキユーと笑ひの神をしめつけて 足音低く高くして遥向うから後戻り して来たように作りなしどこの何方か知らね共 私に向つて何御用早く聞かして下されと 吾から可笑しい作り声流石の高姫嗅ぎつけて お前はアンナと云ふけれど半鐘泥棒の常彦だ カナンと名乗る蜥蜴面春彦さまにきまつたり 余り人を馬鹿にすな声を尖らし怒り出す 暴風襲来低気圧二百十日の風害も 来らむとする其時に私がアンナと云うたのは お筆先にもある通り神の仕組はアンナ者 こんな者になつたかと世界の人がビツクリし アフンとさせるお仕組ぢやカナンと云うて名乗つたは 春彦さまの平常は赤子のやうな人なれど 神が憑つた其時は誰でもカナン身魂ぢやと 言はして人を大道に導くお役と逆理窟 一本かましてやつたれば高姫さまは腹を立て 私等二人を振すてて又も逃げよとする故に 高島丸の船中で国依別に面会し 金剛不壊の如意宝珠其他珍の御宝を 拝見さして貰うたとカマをかけたら高姫が 玉にかけたら夢うつつ忽ち機嫌を直し出し ホンにお前は偉い人気の利く男と思うてゐた さうして如意の宝玉は国依別が如何したか 知らしてお呉れと云ふ故に此春彦は知らねども 狐のやうに常彦が眉毛に唾をつけ乍ら 三千世界の神宝は高砂島にコツソリと 言依別や国依の神の司が出て参り 何々々に何々し絶対秘密ぢや云はれない 国依別のお言葉にお前を男と見込んでの 肝腎要の秘密をば明かした上は高姫に 決して云ふちやならないぞ私も常彦宣伝使 言はぬと云つたらどこ迄も首がとれても云はないと 約束したから如何しても高姫さまには済まないが これ許りは御免だとキ常彦口から出任せに からかひまはす可笑しさよとうとう喧嘩に花が咲き 常彦私の両人は高姫さまを振すてて 今度は二人が逃げ出した高姫さまは驚いて 吾等二人を引捉へ玉の所在を白状させ 綾の聖地に持帰り日の出神の生宮の 天眼通は此通り皆さまこれから吾々の 言葉に反いちやならないと法螺吹き立てる御算段 そんな事には乗るものか三十六計奥の手を 最極端に発揮して雲を霞と駆け出せば 高姫さまは道の上の高い小石に躓いて 大地にバタリと打倒れ額を打破り膝挫き 生血を流してアイタタと頭を撫でたり膝坊主 押へて顔をしかめゐる此時四五の若者は どこともなしに出で来り高姫さまを介抱して 抱き起して助くればいつも変らぬ減らず口 結構なおかげをお前等は頂きなさつた神様に 御礼なされよ私にも御礼を仰有れ神の綱 私がかけて上げましたなどと又もや世迷言 玉の所在を知ると云ふ一人の男に騙されて アと云つては金一両リと聞いては金一両 ナーと云つては金取られ滝と云つては二両取られ 鏡の池と六つの口又もや六両はぎ取られ 呑み込み顔で高姫が吾々二人が路端に 憩ふ所をドシドシと肩肱いからし高姫は 日の出神の御告げにて玉の所在を知つた故 これから独り行く程に間抜男は来るでない 神の仕組の邪魔になる必ず従いて来てくれな 言葉を残してドンドンとテル国街道を走せて行く 吾等二人は高姫が後を追ひつつ駆出して 牛のお尻に衝突しヤツサモツサと争ひつ 牛童丸に横笛で首が飛ぶ程横ツ面 やられた時の其痛さ常彦さまが行つた事 私は傍杖くわされてあんなつまらぬ事はない 牛童丸に牛貰うて常彦さまは牛の背 私は綱を曳き乍ら小川を伝うて杉林 十間許り遡り高姫さまが他愛なく 休んで厶る其前に牛引つれて往て見れば モウモウモウと唸り出す其大声に目を醒まし 高姫さまはうるさがり又も二人を振棄てて アリナの滝に只一人玉を占領せむものと 行かうとしたので吾々はお前はアリナの滝の上 鏡の池に行くのだろ吾等二人は牛に乗り お前さまより二三日先にアリナへ到着し 玉を手にして帰ります左様ならばと立出づる 高姫さまは又しても猫撫声と早変り コレコレ常公春公へ私の心を知らぬのか 海山越えてはるばるとこんな所迄やつて来て お前に別れて如何ならう一緒に行かうぢやないかいと 相談かけて呉れた故モウモウモーさん帰んでよと 牛に向つて言霊を発射致せばアラ不思議 煙となつて消えにける夫れより三人手を引いて テルの街道ドシドシと大西洋を眺めつつ アリナの滝のほとりなる鏡の池に来て見れば 数千年の沈黙を破りて池はブクブクと 泡を立てたりウンウンと厭らし声にて唸り出す 高姫さまは玉どこか肝腎要の魂抜かれ 焼糞気味になりまして月照彦神さまと いろはにほへとちりぬるの四十八文字の掛合に 奴肝を抜かれて失心し人事不覚となられける 懸橋御殿の神司現はれまして高姫を 助け玉へば高姫は相も変らぬ憎い事 百万ダラリと並べ立て側に控えた吾々も 余り憎うて横ツ面擲つてやりたいよに思うた 夫程分らぬ度し太い高姫さまもどうしてか 櫟ケ原の真中で天教山に現れませる 木の花姫の御化身日の出姫の訓戒に 心の底から改心し虎と思うた高姫が サツパリ猫と早変りそれから段々おとなしく もの言ひさへも改まり誠に可愛うなつて来た 玉の湖水の畔にて椰子樹の森に夜を明かし 鷹依姫や竜国別の神の司やテー、カーの 姿を刻んだ石地蔵眺めて高姫手を合し コレコレ四人のお方さま此高姫が悪かつた どうぞ勘忍しておくれ黒姫さまの過ちを お前さま等に無理云うて綾の聖地を放り出し 苦労をかけたは済みませぬ罪亡しに今日からは お前等四人の姿をば刻んだ重たい此石を 背中に負うて自転倒の島迄大事に連れ帰り 祠を建てて奉斎し朝晩お給仕致します どうぞ許して下されと心の底から善心に 立返られた健気さよ余り早い変りよで 私も一寸疑うたアルの港で船に乗り 高姫さまが偽らぬ其告白に感歎し ヨブさま迄が驚いて高姫さまの弟子となり 入信されたお目出度さあゝ惟神々々 神の恵は目のあたりこんな嬉しい事はない 高姫様の御改心入信なされたヨブさまの 前途益々健全に渡らせ玉ひて神徳を 世界に照らし玉ふ日を指折数へ待ちまする あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 最後に高姫は改心と入信の悦びの歌を唄ひけり。 高姫『あゝ惟神々々尊き神の御恵に 常夜の暗も晴れわたり真如の月は村肝の 心の空に輝きて金毛九尾の曲神に すぐはれ居たる吾身魂今は漸く夢醒めて 曲津の神の影もなく神の賜ひし伊都能売の 霊の光輝きて心の悩みも消え失せぬ 旭は照る共曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも一旦改心した上は 身魂の此世にある限り天地に誓うて変らまじ 此高姫の改心が一日遅れて居つたなら 此船中でヨブさまに命取らるるとこだつた 変性男子の筆先に何よりかより改心が 一番結構と云うてある改心すれば其日から 敵もなければ苦労もない早く改心なされよと 幾度となく書いてあるあゝ改心か改心か 木の花姫の御言葉で始めて悟つた改心の 誠の味は此通り私を仇と狙うたる カーリン島のヨブさまが打つて変つて高姫を 師匠と仰いで入信し無事に此場の治まりし 其原因を尋ぬればヤツパリ私の改心ぢや 改心入信一時に善い事計りが降つて来た こんな嬉しい事はないさはさり乍ら海中に 陥り玉ひし四人連思へば思へばいぢらしい せめては霊を慰めて朝な夕なに奉斎し 叮嚀にお給仕致しませう鷹依姫や御一同 広き心に見直して私の罪を赦しませ あゝ惟神々々神の御前に慎みて 今日の慶び永久に感謝しまつり鷹依姫の 教の司や三人の冥福祈り奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 斯く歌ひ了りて、莞爾として座に着いた。船は三日三夜さ海上を逸走し、漸くゼムの港に安着した。高姫一行四人はここに上陸し、ゼムの町を二三里許り隔てたる天祥山の大瀑布に御禊をなすべく、意気揚々として、宣伝歌を歌ひ乍ら山深く進み入りにける。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一二旧六・二〇松村真澄録)
95

(1974)
霊界物語 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 19 生霊の頼 第一九章生霊の頼〔八四一〕 名に負ふ大瀑布の前に一行六人は、霧雨を冒して進み寄り、高姫は背の石像をおろし、滝の傍に木の葉や笹で箒を拵へ、掃き清め、滝壺に曬された小砂利を各自に手にすくひ、其跡に布き並べ、石像を安置して、あたりの木の実をむしり、之れを供へ、且つ槲の枝を玉串として、一々供へ、天津祝詞を奏上し終つて、滝壺に身を躍らせ、禊を修した。禊の業も漸く終り、再び石像の前に端坐して、幽斎の修業に差かかつた。 マールの依頼によつて、彼を神主となし、美はしき小砂の上に坐せしめ、高姫は自ら審神者の役を奉仕した。 ブラジル国に名も高き雲を圧してそそり立つ 天祥山より落ちかかる幾千丈の白滝に 高姫一行六人は心を清め身を浄め 禊払へば清涼の空気はあたりに充ちわたり 常世の春の梅の花四辺に薫る心地して 幽斎修業を始めける高姫司を審神者とし マールを砂庭に端坐させいよいよ神人感合の 行事に仕へ奉りける。マールは身体震動し 両手を組んだ其儘に右に左に振りまはし 両手を上げ下げなし乍らウンウンウンと唸り出す 獅子狼か野天狗か金毛九尾か曲鬼か 但野狐野狸か姿勢の悪い神憑り 此奴はチツと怪しいと団栗眼を剥き乍ら 歯並の悪い口あけて高姫さまがする審神 マールの体は中天に高くあがりて落ち来る 此有様に常彦はこれこそ的切り曲神の 憑依したるに違ない言向け和し神界の 誠の道を諭さむと高姫司の側に立ち 双手を組んで鎮魂の姿勢を執りつつ神主の 体に向つて霊かける漸う漸うマールは鎮静し 汗をタラタラ流しつつ口をへの字に相結び 口を切らむと焦せれ共容易に出でぬ言霊に ワアワアワア私はアヽヽ三五の 神の教の宣伝使タヽヽヽ鷹依の 姫の命やタタタ竜国別やテヽヽ テーリスタンやカヽヽカーリンスの一行と クヽヽヽ黒姫が黄金の玉を紛失し タヽヽヽ高姫にメヽヽヽ目を剥かれ スヽヽヽ住み慣れし綾の聖地を後にして 大海原を打渡り玉の在処を探らむと クヽヽヽ黒姫や高山彦の夫婦連れ ワヽヽヽ和田中の竜宮島に行かしやつた 鷹依姫は三人の神の司と諸共に タヽヽヽ高砂の秘密の島に打渡り 黄金の玉を探らむとテルの街道を南進し アヽヽヽ足痛め漸く茲にターターター 蛸取村に安着し昔の昔の其昔 日の出神に従ひて三五教の御教を 開き玉ひしサヽヽ狭依の彦の旧蹟地 アリナの滝に身を打たれ鏡の池の傍に 庵を結びタヽヽ鷹依姫は岩窟に タヽヽヽ竹筒を携へ乍ら忍び入り 月照彦と瞞着しタヽヽヽ竹筒を ハヽヽヽ歯の脱けた口に喰はへてフーフーと 竹筒通して作り声月照彦大神が 再び茲に現はれて高砂島の人々よ 福徳寿命が欲しければ玉を供へに来るがよい 必ず広き神徳を渡してやらうとテー、カーの 言触れ神を遣はして旭もテルやヒルの国 花咲き匂ふハルの国出で行く足もカルの国 宇都の国まで跋渉し鏡の池にダヽヽ 大事の玉を供へたらキツと御神徳が有るぞやと あちらこちらと宣伝し其効空しからずして 数多の玉は集り来り眼光らし一々に 尋ねまはれど肝腎の黄金の玉は現はれぬ コヽヽヽこんな事何時迄やつて居つたとて 肝腎要の黄金の珍の神宝はデヽヽ 出て来ないとテ、カがブツブツ小言を称へ出す 竜国別の神司二人を宥めて待て暫し これ丈沢山いろいろの玉がやうやう寄つて来る 肝腎要の瑞宝はキツと一番後押へ モウ暫くの辛抱と宥めすかしつ待つ間に 木の間にひらめく白旗にオヽヽヽ黄金の 玉献上と記しつつ大勢の人数に送られて 御輿をかつぎ登り来る之を眺めたタヽヽ 鷹依姫は雀躍し岩窟内に忍び込み 様子如何にと窺へばテーナの里の酋長が 玉の御輿をかつぎ込み池の畔の石の上に 按置し乍らタヽヽ竜国別に打向ひ 私が宅の重宝で先祖代々伝はりし 黄金の玉を神様に献らむと夫婦連れ はるばる詣でマヽヽ参りましたカヽヽ 神主様よ一時も早く検め宝玉を 受取り神にオヽヽ御供へなさつて下されと 聞いたる時の嬉しさよテー、カー二人は宝玉を 入れたる筥を手に捧げ余りの事の嬉しさに 心は空に足許は真暗がりの岩角に 躓き倒れてドンブリと鏡の池に墜落し ソヽヽヽ其機みタヽヽヽ玉筥は 鷹依姫が隠れたる岩窟内の足許に 折よく飛んで来た故に月照彦神さまに 化けてゐたのを胴忘れ思はず外に飛び出せば 竜国別は肝潰しコレコレまうしお母アさま 今出られては仕様がないサツパリ化が現はれる 肝腎要の性念場ヘヽヽヽ拙劣なこと してお呉れたと口の中囁く胸の苦しさよ 正直一途の酋長は幸ひタヽヽヽ鷹依の 姫の姿を生神と一も二もなく信頼し 玉を渡して呉れた故カヽヽヽヽ神様に 対して誠に済まないが生神様の気取りにて 酋長夫婦に打向ひお前の身魂は清けれど モ少し垢が残つてる一日一夜滝水に 体を浄めて来るがよいさうしておいて酋長が アリナの滝へ往た後で瑪瑙の玉を取出し 黄金の玉とすりかへて悪い事とは知り乍ら 三千世界の人々を助ける為の御神宝 タヽヽヽ大功は小々々々小瑾を 顧みずと云ふ事もあるではないかと一行が 黄金の玉を引掴み錦の袋に納めつつ アリナの峰を打渡りアルゼンチンの大原野 ポプラ繁れる木の蔭に一夜を明かし待つ中に レコード破りの風が吹きテーリスタンも宝玉も 中空高く舞ひ上り玉は梢にブラ下がり テーリスタンは逆様に唸りを立てて落来り 人事不省の為態カヽヽヽカーリンス 竜国別も木の下に進み寄るよと見る中に ウンと一声顛倒し人事不省となりにける 鷹依姫は唯一人三人の男の介抱を 致せば漸く息を吹く草の庵を結びつつ ポプラの幹を包みたる蜈蚣や蛇の厭らしき 影消ゆる迄根比べ自然に玉の落つる迄 待つて居ろかと言ひ乍ら草の庵に立入りて 一夜を明かす折柄にケラケラケラと笑ひ声 妖怪変化と驚いて三人の男は泡を吹き 慄ひ居るこそ可笑しけれ鷹依姫は立出でて 怪しき声に打向ひ談判すれば此は如何に 尊き神の現はれて執着心をサヽヽ サツパリ放かせと諭さるる鷹依姫も我を折つて 生れ赤児と成り変り罪亡ぼしに四方の国 誠の道を開かむと櫟ケ原の草を分け 苺に喉をうるほせつ玉の湖水の傍に 繁れる椰子樹の雨宿り神に任せし此体 何時か如何なる災の迫り来るやも計られず 記念の為に一行の姿を刻みおかうかと 竜国別が心をばこめて作りし石の像 後に残してアル湊四人は此処に船に乗り 北へ北へと進む折吾れは誤り海中に 陥り水底フヽヽヽ深く沈みてありけるが 竜国別は吾母の危難を救ひ助けむと 身を躍らして飛込みぬ続いてテー、カー両人も 吾等親子を助けむと飛込みたるぞ健気なれ 大道別の分霊琴平別の亀の背に 四人は無事に助けられ波に泛びてやうやうに ゼムの湊に送られて茲に四人は天祥の 山にかかれる大滝に心の垢を浄めむと 進みよる折マール、ボール二人の男が怪獣に 悩まされむとする所天津祝詞を奏上し 危き所を救ひやりそれより山河伝ひつつ チンの湊に安着し船を造りて真帆をあげ アマゾン川を溯り広袤千里の玉の森 モールバンドを言霊の力に言向け和さむと 四人はやうやう森の中探り探りて奥深く 今は迷ひの最中ぞタヽヽヽ高姫よ 一時も早く玉の森現はれまして吾々が コヽヽヽ此度の神業を助け玉へかし あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて マールの身魂に神懸り鷹依姫の生霊 ここに現はれ願ぎまつるウンウンウンと飛びあがり 跳ねまはりつつ元の如マールは正気に復しけり。 これより高姫はマール、ボールに暇を告げ、天祥山の麓を巡り、夜を日に継いでチンの湊に出で、それより船を求めて鷹依姫の迷ひ苦む玉の森に四人を救ひ出すべく進み行く。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一三旧六・二一松村真澄録)
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(1989)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 10 妖雲晴 第一〇章妖雲晴〔八五二〕 石熊は改めて姿勢を正し、再び水面に向つて、言霊を発射し始めた。此男は得意の時には無茶苦茶に威張るなり、少し弱り目になつて来ると、顔色迄真青にかへる、精神の未だ安定しない男であつた。末子姫に再び宣り直しを命ぜられ、且又カールの忠言を痛く気にして心を痛め乍ら、引くに引かれぬ因果腰を定めて又もや歌ひ始めた。されど何処ともなしにハーモニーを欠いた悲哀の情を遺憾なく現はして居た。其歌、 石熊『仰げば高し久方の高天原に現れませる 皇大神の御言もて豊葦原の瑞穂国 造り固め玉ひつつ世人の為に御心を 配らせ玉ひし国治立の神の命の御仕組 普く世人を助けむと三五教の御教を 野立の神と現れまして数多の神を呼びつどひ 開き玉ひし尊さよ天照します大神の 弟神と現れませる神素盞嗚大神は 仁慈無限の瑞御霊鬼や大蛇や曲神の 日々に悩める苦みを生言霊の幸はひに 清く見直し聞直し宣り直さむと八洲国 雨の晨や風の宵雪積む野辺も厭ひなく 遠き山河打わたり大海原を越えまして 森羅万象悉く助け玉へる有難さ 皇大神の珍の子と現はれませる末子姫 乾の滝に現れましてバラモン教の石熊が 大蛇の神に狙はれて命も危き折柄に 三五教の御心を完美に委曲に現はして 大蛇の神は云ふも更此石熊が身魂まで 合せて救ひ玉ひけり吾れは賤しき人の身の 天地に怖ぢず暗雲の高照山の聖域に 館を構へて世の人に神の使と誇りつつ 濁り汚れし言霊を打出し乱す四方の国 知らず知らずに悪神の醜の擒となりにける あゝ惟神々々御霊の幸を蒙りて 天地に充ちし罪穢れ末子の姫の言霊に 伊吹払はれ救はれて今は全く三五の 神の僕となりにけり巽の池の底深く 堅磐常磐に鎮まれる大蛇の神の御前に 吾れは謹み畏みて生言霊を宣りまつる 大蛇の神よ生神よ汝も天地の皇神の 御水火に生れし神の御子仮令姿は変る共 尊き神の御心に清き御目に照らしなば いかで差別のあるべきや汝も神の子神の宮 吾れも神の子神の宮互に睦び親しみて 天地の教を伝へたる三五教の神の道 開き玉ひし言霊の珍の力を味はひて 一日も早く村肝の心の岩戸を開きつつ 月日の影も美はしく汝が心に照らせかし 吾れは賤しき人の身よ汝は尊き神の御子 汝に向つて言霊を宣り伝ふべき力なし さは去り乍ら吾れも又尊き神の御守りに 珍の柱と選ばれて汝の霊を救はむと 遥々尋ねて来りけり大蛇の神よ生神よ 心平らに安らかに賤しき者の言霊を さげすみ玉はず御心を鎮めて深く聞き玉へ これの天地はいと広しいかに御池は広くとも いかに水底深くとも限りも知らぬ大空に 比べて見れば此池も物の数に這入らない 斯かる処に潜むより天地に充てる言霊の 力に心を清めまし大空高く翔登り 尊き神の右に座し雨をば降らせ風吹かせ 青人艸に霑ひを与へて神の経綸に 仕ふる神となりませよ幸ひ汝の身体は 時を得ずして池底に身を潜む共時津風 吹来る風は忽ちに天地の間に蟠まり 風雨電雷叱咤して神政成就守ります 素質のゐます生神ぞあゝ惟神々々 神の心を推し量り吾言霊を詳細に 聞し召しませ惟神大蛇の神の御前に 三五教に仕へたる神の僕の石熊が 謹み敬ひ八平手を拍ちて勧告仕る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 今度は最も叮嚀に善言美詞的に言霊を宣り上げた。され共水面の光景は依然として元の如くであつた。 末子姫『今度のあなたの言霊は実に神に入り、妙に達したと云つても宜しい。併し乍ら、其効果の現はれないのは、あなた如何御考へなさいますか』 石熊『ハイ、何と云うても過去の罪が深いもので御座いますから、大蛇の神様も馬鹿にして、あの汚らはしい小僧奴、何を猪口才な、殊勝らし事を言ひよるのだ!……と云ふ様なお心持で聞いて下さらないのでせう。実にお恥かしう御座います』 末子『あゝさう御考へになりましたか、それは実に善き御考へで御座います。どうぞ其心を忘れない様にして下さい。さうしてあなたは別に三五教にお這入りにならなくても宜しい。又高照山とかの立派な館を三五教へ献るとか仰有つたように記憶して居りますが、決してそんな御心配は要りませぬ。神さまの誠の御教は左様な小さい区別されたものでは御座いませぬ。三五教だとか、バラモン教だとか、ウラル教だとか、いろいろ小さき雅号を拵へ、各自に其区劃の中に詰め込まれて蝸牛角上の争ひをして居る様なことでは、到底大慈大悲の大神の御神慮には叶ひませぬ。誠の道は古今に通じ、東西に亘り、単一無雑にして、悠久且つ宏大な物、決して教会とか霊場とか、左様な名に囚はれて居る様なことでは、誠の神の御心は分るものでは御座りませぬ。あなたも三五教の中に宜しい点があるとお認めになれば、そこを御用ゐになり、バラモン教で宜しいから、悪いと気のついた所は削り、又良いことがあれば、誰の言つた言葉でも少しも構ひませぬ。長を採り短を補ひ、完全無欠の神様の御教を何卒天下に拡充されむことを希望致します。妾も三五教の宣伝使なぞと言はれる度毎に、何だか狭苦しい箱の中へでも押込められる様な心持が致しまして、実に苦しう御座います。すべて神の教は自由自在に解放されて、一つの束縛もなく、惟神的でなくてはならないものですよ。どうぞ其お積りで今後は世界の為に、神様の御為に力一杯誠を御尽し下さいませ。これが此世を造り玉ひし元津御祖の大神、国治立命様其外の尊き神々様に対する三五の道の真相で御座いますから……』 石熊は涙をハラハラと流し、 石熊『如何にも公平無私にして、理義明白なる姫様の御教訓、いやモウ実に今日は結構な御神徳を頂きました。今後はキツと今迄の様な小さい心を持たず、努めて大神様の御心に叶ひまつるべく、努力する考へで御座います。何卒御見捨てなく、愚者の私、御指導の程幾重にも念じ上げ奉ります』 と合掌し、感謝の涙に声さへかすんでゐた。 末子『モシ捨子姫様!あなた御苦労ですが、大蛇の神様に言霊をお手向け下さいませぬか?石熊様があの通りの不結果に終られましたから、其補充として、貴女に御奮戦を御願致します』 捨子『左様なれば、仰せに従ひ、言霊を宣らして頂きませう』 と云ひ乍ら、山岳の如く、波立ちさわぐ水面に向つて、言葉涼しく清く言霊を宣り始めたり。 捨子姫『巽の池に永久に鎮まりゐます生神の いづの御前に捨子姫天と地との神々が 授け玉ひし言霊を茲に慎み宣りまつる あゝ惟神々々神の造りし神の国 神の守りし神の国成り出でませる人艸や 森羅万象悉く神と神との御恵を 受けざるものはあらざらむ大蛇の神よ生神よ 神より受けし其身魂時世時節と言ひ乍ら 底ひも知れぬ此池に忍びゐますは何故ぞ 天津御空もいや高く翔りて此世を守るべき 汝が身は実にも皇神の珍の御楯と選ばれし 尊き身魂にあらざるか森羅万象悉く 永遠無窮の生命を与へ助くる言霊の 神の御水火を諾ひて一日も早く片時も 御池の波を掻き分けて天津御空の生神と 返らせ玉へ三五の神の教に仕へたる 捨子の姫が真心をこめて偏に請ひまつる あゝ惟神々々神の御霊を受けまして 限も知れぬ大空の尊き神と現れませよ 神素盞嗚大神の珍の御子なる末子姫 其言霊を蒙りて汝が身に勧め奉る 汝が身に勧め奉るあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして捨子の姫の言霊を 空吹く風や川の瀬の音と見逃し玉ふまじ 大蛇の神の御前に心をこめて宣べまつる 心の丈を明かしつる』 と歌ひ終つた。捨子姫の言霊は極めて、簡単なれ共、天授の精魂清らかにして、一点の汚点もなく、暗雲もなく、真如の月は心の海に鏡の如く照り輝き居たれば、其言霊の効用著しく現はれて、さしもに高かりし荒波は次第々々に静まり、四辺を包みし黒雲は忽ち晴れわたり、マバラの雨は俄に降りやみ、天津御空には金色の太陽晃々と輝き始め玉うた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一五旧六・二三松村真澄録)
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(1990)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 11 言霊の妙 第一一章言霊の妙〔八五三〕 言霊の妙用は一声よく天地を震動し、一音よく風雨雷霆を駆使し叱咤する絶対無限の権力あれ共、之を使用する人々の正邪に依りて、非常なる径庭のあるものである。昨日迄バラモン教を開き、誤りたる信仰を続け、心は拗け、魂は曇り、言霊の曇りたる者は、如何に完全に、能弁に善言美詞を述べ立つればとて、万有一切に対し毫末も、其感動を与へざるは、実に神律の厳として冒す可らざる所以である。又魂よく研け慈愛に富み、心中常に寛容の徳ある捨子姫の言霊は、前者に比して極めて簡単なものであつた。されど暴悪無道の醜の大蛇も、厳として動かす可らざる捨子姫の清明無垢の臍下丹田より迸れる万有愛護の至誠より出でたる言霊には、如何に頑強なる邪神と雖も、到底之れに抵抗するの余地なく、漸く心和らぎ、浪静まり、雨は止みあたりを包む黒雲も次第に、言霊の権威に依つて払拭されて了つたのである。これにしても神界の最大重宝たる言霊の神器は、混濁せる身魂の容易に使用し得可からざる事を知らるるであらう。あゝ惟神霊幸倍坐世。 末子姫は厳然として立上り、漸く凪渡りし水面に向ひ言葉さわやかに歌ひ始めた。其歌、 末子姫『誠の神の造らしし此天地の不思議さよ 天津御空は青雲の底ひも知らぬ天の川 森羅万象睥睨し清く流れて果てしなく 星の光はキラキラと永遠に輝く美はしさ 天津日の神東天に昇りましては又西に 清き姿を隠しまし夜は又月の大御神 清き光を投げ玉ひ下界の万有一切に 恵の露を垂れ玉ふ月日は清く天渡り 浜の真砂の数の如光眩ゆき百星の 或は白く又赤く淡き濃き色取交ぜて 際涯も知らぬ大空を飾らせ玉ふ尊さよ 眼を転じて葦原の瑞穂の国を眺むれば 山野は青く茂り合ひ野辺の千草はまちまちに 青赤白黄紫と咲き乱れたる楽しさよ 河の流れはいと清く稲麦豆粟黍の類 所狭きまで稔りつつ味よき木実は野に山に 枝もたわわに香りけり天津御空の神国を 此土の上に相写し四方の神人木や草や 鳥獣や虫族の小さきものに至る迄 神の御水火をかけ玉ひ尊き霊を配らせて 天と地とは睦び合ひ影と日向は抱き合ひ 男子女子は相睦び上と下とは隔てなく 互に心を打明けて暮す此世は神の国 高天原の活映し天地の合せ鏡ぞや あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて 風吹渡り荒波の巽の池に現れませる 神の御水火に生れたる大蛇の神よ活神よ 汝は神の子神の宮吾れも神の子神の宮 汝と妾とのみならず山河木草鳥獣 大魚小魚虫族も神の恵に漏れざらめ 况して尊き汝が姿人の体にいや優り いよいよ太くいや長く陸にも棲めば水に棲み 雲にも乗りて大空を翔りて昇る神力を 生れ乍らに持たせつつ何故狭き此池に 鎮まりまして世の人に悪き災なし玉ふや 神素盞嗚大神が八洲の国に蟠る 八岐大蛇や醜神を稜威の言霊宣べ伝へ 伊吹の狭霧吹棄ててすべての物に安息を 与へ給はる大神業此神業の一つだも 補ひ奉り万有に恵の乳を含ませて 救はむものと末子姫捨子の姫を伴ひて まだ十六の莟の身をば雨に曬され荒風に 梳づりつつ霜をふみ雪を渉りてやうやうに 浜辺に着きて荒波に猛り狂へる和田の原 漸く越えてテルの国テル山峠の急坂を 登りつ下りつ膝栗毛鞭うち進む二人連れ かよわき女の身を持つて天涯万里の此島に 渡り来るも何故ぞ顕幽神の三界の 身魂を助け救ふ為あゝ惟神々々 神の水火より生れたる末子の姫の言霊を 完美に委曲にきこしめし一日も早く此池を 見すてて天に昇りませ如何なる罪のあるとても 千座の置戸を負ひ玉ふ神素盞嗚の贖ひに 忽ち消ゆる春の雪花は紅、葉は緑 吾言霊に汝が命感じ玉はば今直に 此れの古巣を振棄てて元つ御座に返りませ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つた。不思議や池水は左右にパツと開けて、白竜の姿忽然として現はれ、末子姫が側近く進み来り、感謝の涙をハラハラと流し、頭首を垂れ、暫しは身動きもせず俯伏しゐる。 稍あつて白竜は其体を縮小し、遂には目に止まらなくなつて了つた。──頭上に聞ゆる音楽の声、一同空を仰ぎ眺むれば、竜神解脱の喜びに数多の天人舞ひ下り来り、さも麗しき女神の姿と化したる巽の池の竜神を守りつつ、天空高く消えて行くのであつた。 (大正一一・八・一五旧六・二三松村真澄録)
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(2008)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 序歌 序歌 綾部の聖地を後にして(綾部)吾家を伊豆の温泉場 幽邃閑雅の山家村(山家)狩野の流れに臨みたる 湯ケ島温泉湯本館何に利く加和知らね共(和知) 一度は来たれと信徒が送る玉章細胡麻と(胡麻) 見るも嬉しき吾思ひ教主殿をば田ち出でて(殿田) 松村真澄、佐賀伊佐男園ほか一部の伊豆信者(園部) 杉山当一林弥生八木つく様な夏空を(八木) 静かに進む汽車の上寿も長き亀岡の(亀岡) 瑞祥祝ふこの旅行嵯峨しあてたる好避暑地(嵯峨) 言葉の花や教の園を(花園)二人の幹部と諸共に 只一と条に勇み行く(二条) ○ 丹波綾部に名も高き出口の神の御教を(丹波口) 京都、大阪、東京の(京都)三大都市を始めとし 山科里に至るまで(山科)皇大神の大道を 津多へ拡むる神司(大津)堅き心は石山の(石山) 月照り渡る如く也 ○ 青人草を津々がなく(草津)守りたまへと祈りつつ(守山) 山野を州々みて篠すすき(野州)露野が原も乗りこえて(篠原) いつかは日の出の神の代に近江の国や八幡宮(近江八幡) 厳の御前にぬかづきて浦安土の心やすく(安土) 守り玉へと太能里登宣る言霊は速川の(能登川) 水瀬の音と聞ゆ也 ○ 稲穂は栄枝て黄金の(稲枝)波漂はす河の瀬や(河瀬) 国の御祖の永遠に守り玉へる豊秋津 根別の国の八百米は高天原に天照らす(米原) 皇大神のみことのり天の下なる人草の 食ひて生くべきものなりとその神勅をひるも夜も 尊み眼も醒ケ井の(醒ケ井)神の恵みに近江路や 御代長かれと祝ふなる亀のよはひの亀岡に(近江長岡) 教の庭を開きつつ打つ柏手の音も清く 高天原と鳴り渡る(柏原)神と鬼との関ケ原(関ケ原) 恵の露も垂井駅(垂井) ○ 世の大本は青垣の(大垣)山をば四方に廻らして 神の鎮まる霊場と数多の人々我一に 先を争ひ木曽川や(木曽川)神の光に仰岐阜し(岐阜) 尾張に近き暗の世を救ひ玉へと真心を 一つに固めて本宮山(尾張一ノ宮)遠き山路も稲みなく いと沢々に寄り来る(稲沢)神の経綸ぞ畏けれ ○ 天の真奈井の枇杷の湖(枇杷島)竹生の島に顕れませる 神の猛びを名古めつつ(名古屋)屋間登御魂の神人が 熱き心を田向け行く(熱田)神徳大くいや高き(大高) 皇大神の生れまして清き神府と定めてし(大府) 世の大元は爰婆刈豊葦原の中国谷(刈谷) 安全地帯ぞ金城と(安城)尊み敬ひ許々太久の 岡せし罪を悔い乍ら御霊崎はへ坐しませと(岡崎) 赤き心のまめ人が幸願ぎ奉り田のむ也(幸田) ○ 蒲の乱れの郡集を(蒲郡)皇大神の御仁慈の 清き油を濺がれて(御油)豊に渡る神の橋(豊橋) 二川三河の水清く(二川)小雲の川や玉水に 身そぎ祓ひて神徳を信徒たちが鷲津神(鷲津) 旧きを捨てず新しく居所を定むる神の町(新居町) 心も勇みて弁天の(弁天島)女神の前に真心を つく島つりし音楽や舞曲も清くさはやかに(舞阪) 御代の阪えむ瑞祥を浜の松風音もなく(浜松) 世は平らけく天竜の勢強く川登り(天竜川) 心の中に霊泉の(中泉)甘露は尽きず湧き出でて 神代を祝ふぞ尊けれ ○ 袋井首に掛川の(袋井・掛川)貧しき人も神の道 悟りて欲を堀ノ内(堀ノ内)誠の教を守りなば 富貴も権威も金谷せぬ(金谷)神の御教を敷島の(島田) 大和心を田鶴ぬれば薫り目出度き白梅の 花藤答枝よ惟神(藤枝)醜の仇草焼鎌の(焼津) 敏がまや津留岐ぬき用て(用宗)宗打ち払ひ静々と 風雨雷電岡しつつ(静岡)誠の道江一散に 尻に帆かけて進み行く(江尻)あゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ ○ 昔の元の大神が現はれまして太元の 救ひの道を興し津々(興津)由比所の深き蒲生の原(由比・蒲原) 開きて根本霊場を岩秀の如く弥固く 淵なす深き経綸を(岩淵)富士の御山のいや高く(富士) 立てて天地の神人が生言霊の鳴り渡る 五十鈴の川の川水に(鈴川)原ひ清めて朝露の(原) 干沼の池に照る津岐の(沼津)影も涼しく神の世を 開き玉ふぞ尊けれ ○ 三月三日の桃の花五月五日の桃実に 比すべき霊界物語故郷の土産と瑞月が(桃郷) 心も清く住の江ノ浦安国の神宝と(江ノ浦) 語る出口野神の教(口野)天皇山に祭りたる(天皇山) 皇大神の御守りを嬉しみ尊み神勅を 北条南条畏みて(北条・南条)田舎男や京わらべ(田京) 遠き耳にも入り易く解き明かしたる神の書 迎への人の親切も酒の泉の吉田郷(吉田) 車を止めて杉原家殊更厚き待遇に 三伏の暑を打忘れ心も深き真清水の 湯槽に浸り汗水を流して西瓜の腹つづみ 誠の信徒も大仁や(大仁)瓜生野の里も打過ぎて(瓜生野) 堅と横との五十鈴川(横瀬)言霊車瀬を速み 国常立野大神が(立野・大平)平和の御世を松ケ瀬や(松ケ瀬) 青羽の根配りいや広く(青羽根)茂る稲田の富貴草 出口の王仁の一行は(出口)早くも伊豆に月ケ瀬や(月ケ瀬) 天津御空の神門野開け行くてふ玉の原(門野原) 天の八重雲掻き分けて救ひの神も嵯峨沢の(嵯峨沢) 今日の旅行ぞ楽しけれ木々に囀る蝉の声 市なす山の片ほとり(市山)東西南北風清く(西平) 平和の里と湯ケ島の(湯ケ島)狩野の流れに浴み乍ら 漸く安藤の宅につき(安藤)心よりなるもてなしに 歓び勇み湯浴してまたもや例の物語 口述如来の瑞月が安全椅子によりかかり 浄写菩薩の松村氏腕に撚かけスラスラと 『海洋万里』午の巻いよいよ爰に述べ写す あゝ惟神霊幸倍坐世 『海洋万里』卯の巻四日間、同辰の巻三日、同巳の巻三日、前後合せて十日間。述べつ写しつ、暑さに堪えし休養日を幸ひ、筆のすさびのいと永々と記しおく。 大正十一年八月十七日於湯ケ島温泉口述著者
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(2020)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 11 売言買辞 第一一章売言買辞〔八七七〕 アナンはハル、ナイルの両人を先に立て、岩窟の入口に悠然として腰打掛けて待つて居る国依別外二人の前に来り、忽ち地ベタに手をつき乍ら、 アナン『これはこれは、国依別の宣伝使様、能くこそ斯様な所迄御入来下さいまして、岩窟内一同恐悦至極に存じ奉ります。就いては今迄御無礼の御咎めも厶りませうなれど、三五教の御教通り、只何事も神直日大直日に見直し聞直し、吾々の身の過ちは宣り直し下さいまして、仁慈無限の大御心を発揮し下さいまして、何事もあなた様の大御心によりて寛大なる御処置を取られむ事を神かけて念じ奉ります。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と国依別を無暗矢鱈に拝み倒し、一口も不足を言はせない様に、大手搦手より鉄条網を張つて了つたのは、実に狡猾至極の曲者である。 国依別『これはこれはアナンさまとやら、何時ぞやらは丸木橋の畔に於て、花々しく御奮闘遊ばされ、実にあなたの神謀鬼策には国依別感嘆の舌を巻いて厶る。兵法の奥の手は三十六計の中、逃ぐるを以て第一とすとかや、世の中は勝たう勝たうと思ふに依つて治まらない、あなた方の様に、少数の敵に勝を譲り、恥かしげもなく算を乱して御遁走遊ばす其御勇気には、吾々も倣はなくてはなりませぬ。負て勝取るとやら、ネツトプライスの掛値なしの店よりも、ドツサリと負値を吹き立て、客に対しドツサリ負てやる店の方が能く繁昌致しますから、定めてウラル教もよくお負遊ばしたのでせう。それ故得意は億客兆来の御繁昌で厶いませう。イヤもう国依別、側へも寄れませぬ。どうぞ相変らず御店の繁昌する様に、今度もキレーサツパリと御負下さいませ。あなたの方に於て、算盤が合はないから負ないと仰有れば仕方がありませぬ。私は漆彦命となつて負かしてあげませう。チツとはうるし、否うるさくても、そこが何事も神直日大直日に見直し聞直し宣り直すので厶いますからなア、ハヽヽヽヽ』 アナン『ハイハイ、まだ御取引の御用命を蒙らぬ中から、負て負てとこ切り御便利を計つて居りまするから、何卒永当々々御贔屓の程を御願ひ申します』 国依別『時に吾々の参りましたのは、一つ売つて貰ひたい品物が厶いまして、ワザワザ当商店へ罷り越した、新得意で厶います。どうぞ安く負て御譲り下さいませぬか』 アナン『御註文の品物とは一体何物で御座いますか。動物か、植物か、器具か或は魚類か、貝類か、何なつと御註文次第、有さへすれば只でも進ぜませう。併し乍ら無いものは御免を蒙つておかねばなりませぬ』 国依別『吾々の買ひ求めに来た者は動物や植物ではありませぬ。摺出しと、キギスと住家とで御座いますよ』 アナン『へー、これは又妙な御註文ですな。キギスなどは此館には居りませぬ。摺火もなければ売る様な家も生憎仕入れて居ませぬので、どうぞ外さまを御尋ねなさつて下さいませ。へー毎度有難う、御贔屓に預りまして……』 国依別『毎度御贔屓と云ふが、今日始めて註文に来たのぢやないか』 アナンは切りに腰を屈め、揉手をし乍ら、 アナン『へー、これは商ひの習慣で御座いまして、始めての御客さまでも、毎度御ひいきに……と云ふ事になつて居りまする。どうぞマア奥へお這入り下さいまして、京の御茶漬けでもドツサリ食つて下さつて、御帰り下さいませ』 国依別『最前の吾々が註文致した、キギスと云ふのは、三五教のキジ公の事だ。又摺出しと云ふたのはマチ公の事だよ。住家と云ふたのはエスと云ふ事だ。何時までも穴倉の中へ仕舞ひ込みておいても、余り利益にもなりますまい。新規流行の此時節、寝息物になれば売れ行きが悪くなるから、買手のある中にお売りになる方がお店のお得だと考へますがなア』 アナン『コレ計りは親方の意見を聞かねば、番頭の自由にはなりませぬから、一寸待つてゐて下さい。マア奥に旦那様がお茶でも立ててお待受で御座いますから、どうぞ何なら御這入りになつては如何で御座います。たつて厭なお方に這入つて貰ひたい事も御座いませぬ……では御座いませぬが』 国依別『何は兎もあれ、奥へふみ込み、ブールの大将に直接面談を遂げ、三人の男を受取つて帰りませう。……サア姫様、エリナさま、私に従いて御出でなさりませ』 と無理に行かうとするを、アナンは大手を拡げて、 アナン『モシモシそれは余り理不尽と申すもの、暫くお待ち下されば、教主の御許しが出ますから、それ迄余り永くとは申しませぬ。暫くお待を願ひます』 国依別は、 国依別『イヤ、少しも猶予はならぬ。邪魔めさるな』 と進み入るを、又もやアナンは大手を拡げて、『待つた待つた』と後退りし乍ら、行手に塞がり、過つてキジ、マチの落込める落し穴へ真逆様に自分も落ち込みにける。 国依別『ヤア自分の作つた陥穽へ自分がはまるとは、実に天罰と云ふものは恐ろしいものだナ。併しチツとも油断は出来ない。……紅井姫様、エリナ様、国依別の歩いた足跡より外を歩いちや可けませぬよ。大変な危険区域ですから……』 と云ひ乍ら、陥穽を上から覗き込めば、穴の底にキジ、マチの両人が今おち込みしアナンを引捉へ、 キジ『サア、アナン、貴様も此処へ落込みし以上は、最早叶ふまい。一時も早く俺達を救ひ上げる様に、大将に歎願致せばよし、グヅグヅ致すと、生首を引抜いて了うぞ。モウ大丈夫だ、上から何を落としよつても、貴様の体で受ければ好いなり、良いものが降つて来たものだ。万一腹が減れば貴様の肉を食つてやるなり、何と云つてもモウ此方のものだ。アツハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、空を仰ぐ途端にふと目に付いたのは国依別の宣伝使であつた。キジ公は思はず、 キジ『ヤア宣伝使様、能う来て下さいましたナア』 マチ『今日か今日かとマチ公はマチかね山の時鳥、マチに待つたる今日の吉日、アナ有難やアナ尊や、アナ嬉しやなア。穴の中へアナンが又降つて来ました。モシ宣伝使様、あなたさへ御越し下さらば最早千人力です。どうか、梯子をかけて下さいませ。梯子が無ければ、太い綱を吊りおろして下さらば、それに縋つて上ります』 国依別『永らくの御隠居、さぞ精神修養が出来たでせう。実に国依別はお羨ましう存じますワイ』 キジ『何事も善意に解釈すれば、陥穽だつて、別に苦しいとは思ひませぬ。本当に神様の御蔭で、キジ公も結構な魂研きをさして頂きました』 国依別『それ程結構ならば、モウ暫く御両人共、そこで徹底的の修業を遊ばしては如何ですか』 マチ『イヤもう是れで一寸一服さして貰ひまして、又更めて荒行にかかりますから、どうぞ一刻も早く吊り上げて下さいませ。併し、此アナン殿は今這入つたばかしですから、上げては気の毒です。せめて四五年も、実地修行の出来る迄、此井の底で断食修業をさしてやりませう。……なア、アナン、それが結構だらう、吾身を抓つて人の痛さを知れ……と云ふ事がある、吾々も永らく結構な深い、冷たい陥穽の御世話に預つて、此御恩は忘れられませぬワイ。己の欲する所は之を人に施せ、欲せざる所は人に施す勿れ……と云つて、吾々は大変に此陥穽の底が気に入つたから、アナンさまにも御神徳の丸取りをせずに、分配してあげませうかい』 アナン『誠に済まぬ事を致しました。どうぞ今迄の事は一条の夢とお忘れ下さいまして、此アナンをあなたと一所に引上げて貰ふやうに国依別さまに、お願ひ下さいな』 キジ『ヤアそれは願つてあげませう。併し何時上げて下さるかはキジ公が保証する事は出来ませぬよ。人間は刹那心が大切だ。マアゆつくりと気を落着けて居られたがよからう。泰然自若として山岳の動かざるが如し底の大度量がなくては、ウラル教の幹部は勤まりますまい、アハヽヽヽ』 斯く云ふ中、国依別は縄梯子を捜し出し、パラリと吊り下ろせば、一番にキジ公は、猿の如く縄梯子を伝ひあがる。次で、マチ公が上がつて来た。今度はアナンが一生懸命に縄梯子に手をかけ、二段三段上がつた所を、キジ公縄梯子の結び手をプツツと切つた。アナンは再び井戸の底にドスンと音を立てて尻餅をつき、 アナン『助けて呉れい、助けて呉れい』 と叫んで居る。キジ公は上から、 キジ『助けてやらぬ事はないが、それには一つ註文がある。其註文に応ずるかどうだ』 アナン『ハイハイ、何事も御註文に応じます。最前も国依別様に無類飛切り、めちやめちやの投売を致しますと、約束しておきました。ドツと負ておきますから、精々御註文を願ひます。其代り、私を井戸から上げて下さるでせうなア』 キジ『負る品物を上げるといふ事があるかい。就いては註文の次第は、エスの所在はどこだ。それをキツパリと白状するのだ。さうせなくてはキジ公も助けてやる事は出来ぬワイ』 アナン『エスさまですか、そりや私では分りませぬ。ブールの大将に聞いて下さい。大将が秘密にして居りますから、吾々の窺知を許しませぬ』 国依別は言も急がしげに、 国依別『キジさま、マチさま、サア是れから気をつけもつて奥へ参らう。……アナンさま、暫くそこで修業をなさいませ。キツと救ひ上げますから、併し乍らエスの所在が分り次第助けますから、それ迄そこで御辛抱をなさいませや。何か御入用の物が厶いますれば、何なりと遠慮なく仰有つて下さいませ。石の団子でも、砂の握り飯でも、蛔蟲虫の素麺でも、御註文次第、勉強して御安く差上げますワ、アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、教主の居間を指して、三男二女の一行は足許に気をつけ乍ら、進み行く。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) (昭和九・一二・一七於七尾市王仁校正)
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(2022)
霊界物語 31_午_南米物語3 国依別の旅 13 姉妹教 第一三章姉妹教〔八七九〕 ブールは国依別一行と共に奥の間に端坐しキジ、マチ、エリナ、などより耳の痛い様なくすぐつたい様な御礼の詞を受け乍ら、どうぞ早くユーズがエスを此処へ連れて来て甘くやつてくれないかなア……と心待ちに待つて居た。 そこへユーズが拍子抜けのした顔をさげてやつて来たので、ブールは早くも其顔色を眺め、エスがもしや牢死でもしてゐたのではなからうか、万々一そンな事があろうものなら、如何して此場を甘く切り抜けようか、数百人の部下はあつても、何れも国依別に対しては、無勢力の腰抜計りだ。進退これ谷まつた……と心の中に独り打案じ乍ら、ブールは余所余所しく、 ブール『オイ、ユーズ、エス様は御機嫌ようゐらせられたかなア』 ユーズ『何時の間にやら御歴々方の御入来、ヤアこれはこれは国依別様、よくマア此茅屋へゐらせられました。何分親指がなつてゐないものですから、甘く滑車が運転致しませぬ。吾々も殆ど機関の油が切れて、声を上げむ計りになつて居ます……あなたは素敵滅法界なナイスさま、どこからお越しになりましたか。天の河原に玉の御舟を泛べ、月の鏡を懐中に入れ、黄金の棹をさして、お下り遊ばした棚機姫様か、但は天教山の木の花咲耶姫さまの御降臨か、松代姫様の御再来か、何とも云へぬ立派なお方で御座いますなア』 と追従たらだら述べ立てる。 ブール『左様の事を尋ねて居るのでない。エス様は御機嫌うるはしくゐらせられたか……と云ふのだ』 ユーズ『ハイ、教主様のあなたが発頭人で水牢へ打込み遊ばした、あのエスさまの事ですかい。斯う申したと云つて、千座の置戸を負ふのは、人に将たる者の当然負ふべき職掌ですから、どうぞ悪く取らない様にして下さいませ。吾々一統はそンな残酷なことをするものでないと御意見申上げましたのに、あなた様は首を左右に傲然とお振り遊ばし、ジヤイロコンパスの様に目玉を急速度を以て回転させ、チツともお聞き遊ばさぬものだから、とうとうあの様な大惨事が突発したので御座いますよ。あなたの仰有る通り、吾々が正直に守つて居るものならば、エスさまは遠の昔、幽界の人になつてゐられるのですが、見えつ隠れつ、此ユーズが甘い物を持運び……オツト、ドツコイ教主さま、そンな六つかしい顔をしちやなりませぬぞ。すべて部下の罪悪を一身に引受け、一言も呟かないのが将たる者の襟度で御座いますよ。マア兎も角、後は云はいでもお察しを願へば、国依別さま、エリナさま、大体判断はつくで御座いませう』 国依別『ブール様、随分エスさまは苛酷的な御同情を蒙られたと見えますねい』 ブール『さう言つて貰ひますと、何とも御返事の仕方が御座いませぬが、実の所はユーズが……』 ユーズ『モシモシ教主さま、さう脱線しちやいけませぬよ。それでは教主たる価値はサツパリ零ですよ。モウ斯うなる上は旗色の好い方へ従くのが利益だ。仮令ブールさまに何々せられても、構ひませぬワイ。国依別様に何々してドツとお気に入り、結構な宣伝使にして貰つて、都合好くば、エー○○を○○に貰ふやうになるかも知れない。それだから、見えつ隠れつ、お父うさまのエスさまを大切にして来たのだ。なア、エリナさま、斯う見えても、表は表、裏には真に美はしい慈愛の涙を湛へて居る苦労人で御座いますよ』 エリナは『ヘエン、左様ですかいナ』と空にうそぶく。 ブール『何を云つてゐるのだ。エス様を早く迎へて来ぬか』 ユーズ『ハイ、何と云つても、流石はエスさまさまですよ。ヤツパリ私の睨ンだ通り、偉いですな、見上げたものですよ。私が何程申上げてもビクとも動かうともなさいませぬワイ。丸で死ンだ馬の様ですワ』 エリナはサツと顔色を変へ、 エリナ『エー、お父うさまが亡くなつたのですか』 ユーズ『イエイエどうしてどうして、海老の様にピンピンシヤンシヤン撥ねまはつてゐられます。実の所を何もかもブチあけて申上げますが、今日迄大変にブールさまの命令に依つて虐待をして居りましたが、あなた方がお出でになつたと云ふので、レコの大将、ブールブールと地震の孫の様にふるひ出し、大に蒟蒻(困惑)致しまして、俄思ひ付の一芝居、エスさまを、あなた方よりも一足先ここへ出て来て貰ひ、酒でもドツサリ呑まして篏口令を布き、ヤツと此場の芥を濁さうと遊ばしたのですが、お前さまの来やうが余り早かつたものだから、すべての計画が喰ひちがひ、たうとう画餅になつて了つたのです。子供か何ぞの様に、酒位呑まして機嫌をとり、今迄の虐待振を隠さうと思つても、駄目なことはきまつてをるのに、あわてた時と言ふものはそれ位の知慧より出ませなンだワイ。本当に余り教主様の知慧が薄つぺらなのには、部下一同こンにやく否困惑の体で御座います。決して決して此ユーズが悪いのぢや御座いませぬ。一番先にエスを入れようと発起したのはユーズぢや御座いませぬから、其お積りで願ひますよ。そしてエスさまは何もかもチヤンと御存じで、あなたのここにお出でになつた事もとうしだとか、すいのうだとかで、よく御承知で御座いましたよ。こンな結構な御みとの中において貰うて、誰が出るものか、千年万年経つたとて、いつかな動きは致さぬと、それはそれはエライ頑張り様で御座います。察する所教主のブールさまが、エスさまのお側へ自らお出でになり、頭を下てお詫をなさらねば到底お出ましになる気遣ひはありませぬワ』 国依別『ブールさま何うでせう。国依別が直接エスさまの居られる所へ参りましたら……さうでなければ、年寄の片意地、中々動きますまいで……』 ブール『あンな所を見られましては、誠に済みませぬ。是から私が参つてお連れ申して来ますから、どうぞ此処に暫く待つてゐて下さいませ。……サア、ユーズお前も出て来い、又せうもない事を喋ると可けないから……』 ユーズ『さうでせう。私がここに居りますのは、定めて御都合が悪い事ぢやと、前以て承知致して居りますワ』 国依別『サア皆さま、行きませう。ユーズさま、案内して下さい、エリナさま、これから恋しいお父うさまに会はして上げませう。御喜びなさいや』 エリナ『ハイ、有難う御座います。何分宜しく御願申します』 茲にユーズを先頭に、ブールを始め、国依別の一行は地底の薄暗き水牢の傍に探り探り立寄り、 国依別『私は三五教の国依別と申す者で御座います。あなたはウラル教の宣伝使であり乍ら、よくもマア三五教の宣伝使を御世話して下さいました。其為あなたは斯様な所へ押込められ、さぞさぞ御難儀な事で御座いましたでせう』 エスは涙を流し乍ら、 エス『ハイ、有難う御座います。よう来て下さいました。実は昨日迄、非常な、そこに居りまするユーズの奴、虐待を加へましたが、俄に態度が一変し、最前も最前とて、追従たらだら、私を引出し、今迄の悪逆無道の帳消しの材料にせうと云ふ様な、ズルイ事を考へて来た事が分りましたので、ワザと頑張つて、千年万年もこんな結構な御みとは出ないと意地張つてやりました。さうした所が、それを真に受けて心配を致し、頼むの頼まないのつて、実に気の毒なやうでした。誰だつて、斯様な所に半時の間も居りたいものが御座いませうか、御推量下さいませ』 と云ふ声さへも、涙に湿つて聞えて居る。エリナは之を聞くよりワツと計りに其場に泣き伏した。ユーズは周章て抱き起し、 ユーズ『もしもしエリナ様、シツカリなさいませ。此親切なユーズが御介抱致しますれば、モウ大丈夫で御座います』 エリナ『エー父の仇敵、物言ふも汚らはしい、私の体に触つてお呉れな』 と言ひ乍らドンと突き放した。途端に牢の入口が折よく開いてあつた為、忽ち牢の中の水溜りへ真逆様にドブンと落込ンで了つた。 エスは其隙に早くも牢内を駆出し、外から入口の戸をピシヤリと締め、錠を卸して了つた。ユーズは水溜りより這ひ上り、 ユーズ『モシモシ開けて下さい、私で御座います』 ブール『お前だから、放り込ンだのだよ。サア今迄エス様をいろいろと讒言致して罪におとした其方の事だから、今日から罪亡ぼしにエス様の代りに水牢住ひを致すのだ。天罰と云ふものは恐ろしいものだ。現在エスさまの娘エリナさまに押込まれたぢやないか。是も決してブールがしたのぢやない。お前の罪が重なつて、お前を水牢へ投込ンだのだよ』 ユーズ『それは余り胴欲ぢや厶いませぬか。一寸外に忘れた物も御座いますなり、アナンに会うて言ひたい事も沢山ありますから、這入れなら這入りますから、一遍丈出して下さいな』 ブール『ならぬならぬ、自分の悪事を残らず、教主は千座の置戸を負ふべきものだなぞと申して、国依別様一統の前でブールの讒言を致したであらう。その様な大悪人を外へ放養するのは、モールバンドを野に放つたやうなものだからのウ』 エス『お前さま、チツと其処で修行をなさいませ。何程弁解したつて駄目ですよ。此エスがお前さまの部下に、門の入口で捉まへられ、教主様の前に引出された時、教主は何と仰有つたか、覚えて居るであらう。あの時の御言葉に……ユーズ、お前はエスをさう悪く言ふけれど、チツとは考へてやらねばなろまい。世の中は相身互だから、仮令三五教の宣伝使の宿をしたと云つて、そンな小さい事を云ふものでない、許してやつたがよかろと仰有つた時には、俺も有難涙が澪れたのだ。それに貴様が駄々をこねて、教主からして、そンな規則をお破りになるのならば、此ユーズは数多の信徒を一人も残らず引率して、バラモン教に入信し、此館を転覆させて了ひますと云つて、脅迫し、遂に已むを得ず、教主も俺をこンな所へ放り込む事を黙許されたのだ。さうだからお前が悪の張本人だ。お前さへ斯うして何時迄も茲に蟄居して居れば、三五教とウラル教は心の底から解け合うて、互に長を採り、短を補ひ、姉妹教となつて、仲よく神業に参加する事が出来るのだ。サア皆さま、何時迄も斯ンな所に居つても仕方がありませぬ。どつかへ参りませうか』 ブールは、 ブール『どうぞ私の居間迄御越し下さいませ。御案内致しませう』 と先に立つて、吾居間へ帰り行く。後にユーズは声をあげ、 ユーズ『オーイオーイ、助けて呉れ助けて呉れ』 と呼ばはつて居る。一同は委細構はず、ブールの居間に帰り来つて、葡萄酒を与へられ、甘さうに、四方山の話に耽り乍ら、飲ンでゐる。少時らくあつて、教主は奥の間よりいかめしき祭服を着し来り、 ブール『サア御一同様、私は是より神殿へ参ります。どうぞあなた方も御参り下さいませ』 国依別以下は打うなづき乍ら神殿に進み、ブール導師の下に神言を奏上し、終つて再び奥の間に引返し、ブールは心の底より改心の意を表し、国依別の裁決に依つて、エスを教主となし、エリナは内事一切の司に任じ、紅井姫は暫く賓客として、日暮シ山の花と謳はれ、遂に三五教を樹て、ブールの妻となり、ヒルの神館と相提携して、ヒル、カル両国に亘り、大勢力を拡充し、万民を救ひ助け芳名を轟かしける。 ユーズは百日の間の苦行をさされた上、許されて、再び神に仕へ、アナンも亦陥穽の底より救ひ出され、悔い改めて神の道に清く仕へ、一生を安く送る事とはなりぬ。 茲に国依別は四五日逗留の上、キジ、マチの両人を従へ、日暮シ山に別れを告げ、山野河沼を渡り、ブラジル峠を指して、宣伝歌を歌ひ乍ら進み行く。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) (昭和九・一二・一八王仁校正)