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霊界物語 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 24 三五神諭(その五) 第二四章三五神諭その五〔一五四九〕 大正四年旧十一月二十六日 大国常立尊が三千世界の、上中下と三段に分けてある霊魂を、それぞれに目鼻を付けて、皆を喜ぶやうに致すのは、根本の此世を創造へるよりも何程気骨の折れる事ぢや、人民では分らん事であるぞよ。初発の悪の霊魂は悪の事なら何んな事でも出来るから、茲まで世界中を悪で搦みて了ふて、善と云ふ道は通らぬやうに致して来た悪神の、頭を露はして、トコトン往生を為せて、又次に中の守護神を改信さして、下の守護神も続いて改信させねば神世には成らんぞよ。下の守護神が一番に何彼のことが解らんなれど、改信を致さねば、何うしても改信いたすやうに、喜ばして改信させねば、叱る計りでは改信の出来ぬ守護神も在るなり、何も解らん守護神の如何にも成らぬドウクヅは天地の規則通りに致して、埒宜く致さねば仕様はモウ無いぞよ。此の先で何時迄も改信の出来ぬ悪魔に永う掛りて居りて、岩戸開きの出来んやうな邪魔を致した守護神は、気の毒が今に出来致すぞよ。是丈け気を附けて知らして居るのに、改信の出来ん悪魔に成り切りて居る霊魂の宿りた肉体は、可哀想でも天地から定まりた規則通りの成敗に致すぞよ。もう何時までも解らんやうな守護神を助けて置いたら、世界が総損害に成りて、茲まで神が苦労いたした骨折が水の泡に成りて了ふぞよ。夫れでは永らく神が苦労いたした甲斐が無くなりて、天の大神様へ申訳が立たんなり、神は守護神人民を助けたいのは、胸に一杯であるから、もう一度気を附けて置くから、何事が出て来ても神に不足は申されまいぞよ。是からは悪神の守護神の好きな事も、悪き事も出来んやうに、天地から埒を附けるから、何処を恨む事も出来ず、自己の心を恨める事も出来んやうになるぞよ。天地の先祖の神は、善の守護神も悪の守護神も皆を喜ばしたいと思ふて、色々と永らく気を附けたなれど、ドウクヅの蛆虫同様の醜しき聞解の無いものは、一処へ集して固めて灰にして了ふから、悪いものに悩められて生命を取られるやうな肉体は、蛆虫同様、悪神の眷族と、も一つ下な豆狸といふやうな論にも杭にもかからんものに弄びに遇うて居るのは、肝腎の神の綱の切れて居る身魂であるぞよ。こんな守護神の宿りて居る肉体は取払ひに為て了ふて此世界の大掃除を初めるぞよ。 天地の先祖の苦労の解らん身魂は、蛆虫同様であるから、斯んな身魂は世の汚穢と成るから、神界の経綸通りに致して埒能く岩戸を開かな、後の立直しが中々大望であるから経綸通りにして見せるぞよ。さう致すと神は善一つなれど、何も解らん世界の人民が悪の守護神に引かされて、矢張り艮金神は悪神でありたと申すぞよ。細工は流々仕上が肝腎であるぞよ。天地の神の御恩も判らぬやうな、畜生より劣りた、名の附けやうの無いものは、末代の邪魔になるから、天地の規則通り規めるから、悪の守護神の中でも改信の出来たのは、今度の岩戸開きに焼払ひになる所を救けてやるぞよ。蛆虫の中からでも救かるべき身魂が在れば択出して善の方へ廻して遣るぞよ。 天の大神様が、いよいよ諸国の神に、命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が総大将となりて、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷属を使ふと、一旦は激しいから、可成は鎮まりて世界の守護を為せるなれど、昔の生粋の神国魂の活神の守護と成りたら、此中へ来て居る身魂に申附けてある事を、皆覚えて居るであらうが、一度申した事は其様に致すから、神の申す事を一度で聞く身魂でないと、充分の事は無いぞよ。もう神からは此の上人民に知らせる事は無いから、大峠が出て来てから、如何様でも改信をしますで赦して下されと何程申しても、赦す事は出来んぞよ。是程大望な昔からの仕組を今になりて変へる様な事を致して居りたら、二度目の天の岩戸開きの大きな経綸が成就致さんぞよ。根本から大洗濯を致して、末代世界の口舌が無いやうに致して、神界の害をする霊魂が、学で此世を暗闇にして了ふて、正味のない教やら、やりかたは、世の大本からの教でないから、途中から出来たものは、末代の世の遣り方には用ゐんぞよ。 今の上に立ちて居る守護神は科学ほど結構なものは無いと申して、渡りて来られん霊魂が、神を抱込みて、好き寸法に致して、此先をモ一つ悪を強くして、悪で末代建てて行かうとのエライ目的でありたなれど、もう悪の霊や学の世の終りと成りたぞよ。本の神世へ戻りて、天と地との先祖が末代の世を持たねば、他の霊魂では此世は続かん、口舌の絶えると云ふ事は無いぞよ。 大国常立尊が変性男子の霊魂の宿りて居る肉体を借りて、末代の世を受取りて、世の本の生粋の誠の生神ばかりが表に現はれて、天地の先祖の御手伝ひで、数は尠いなれど神力は御一柱の生神の御手伝ひが在り出しても、霊魂の神が何程沢山でも、本の生神の力には敵はんから、同じ様な事を申して細々と今に続いて知らして居るなれど、途中に出来た枝の神やら、渡りて来て居る修業なしの利己主義の遣方の守護神では、肝腎の事は解りは致さんぞよ。誠の事の解る大本へ出て来て、いろはからの勉強を致さねば、学は金を入れた丈の力は出るなれど、天から貰うた霊魂に附いた生来の力でないから、物質の世の間は結構でありたなれど、もう物質の世の終りとなりたから、今迄の学では二度目の天の岩戸開きには些少も間に合はんぞよ。 ○ 大正四年旧十二月二日 大国常立尊変性男子の霊魂が現はれて、三千世界の三段に別けて在る御魂を、夫れ夫れに立替へ立別けて、目鼻を附けて、先づ是で楽ぢやと申すやうに成るのは、大事業であるぞよ。二度目の天の岩戸開は、戦争と天災とで済むやうに思ふて、今の人民はエライ取違ひを致して居るなれど、戦争と天災とで人の心が直るのなら、埒能う出来るなれど、今度の天の岩戸開は、其んな容易い事でないぞよ。昔からたてかへは在りたなれど、臭い物に蓋をした様な事ばかりが仕て有りたので、根本からの動きの取れんたてかへは、致して無いから、これ迄のやりかたは、身魂は尚悪くなりて、総曇りに成りて居るから、今度は一番に、霊魂界の岩戸開であるから、何に付けても大望であるぞよ。是程曇り切りて居る、三千世界の身魂を水晶の世に致して、モウ此の后は、曇りの懸らんやうに、万古末代、世を持ちて行かねば成らんから、中々骨の折れる事であるぞよ。 天地の大神の思ひと、人民の思ひとは、大きな違ひであるから、何に付けても、今度の仕組は、人民では汲み取れんぞよ。人民一人を改信させるのにも、中々に骨が折れようがな。今度の二度目の天の岩戸開は、昔の初まりから出来て居る、霊魂の立替立直しで在るから、悪い霊魂を絶滅して了ふてするなら、容易く出来るなれど、悪の霊魂を善へ立替へて、此世一切の事の行り方を替へて、神法をかへて、新つの世の純粋の元の水晶魂にして了ふのであるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の大違ひであるから、毎度筆先で気を附けてあるぞよ。 あやべの大本の中には、世界の人民の心の通りが、皆に仕て見せてあるぞよ。世界の鏡の出る所であるから、世界に在る実地正末が、皆にさして見せて在るから、色々と心配をいたして居るなれど、何んなかがみも仕て見せて在るから、世界が良くなる程、この大本は善くなるぞよ。今ではモチツト、何事も思ふやうに無いのであるぞよ。 世界の事が、皆大本に写るから、夫れで、此中から行状を善く致さんと、世界の大本となる、尊い所であるから、何事も筆先通りに為て行かねばならんぞよ。是までの世のやりかたは、神の国では用ゐられん、邪神の極悪のやり方に、変りて了ふて居るのを、盲者聾者のやうな世界の人民は、知らず知らずに、させられて居りたのであるから、分らんのは尤もの事であるぞよ。誠の神が抱込まれて、神の精神が狂ふて居るのであるから、人民が悪う成るのは当然であるぞよ。 モ一つ此の先を悪を強く致して、この現状で世を建てて行くどいらい仕組をして居るなれど、モウ悪の霊の利かん時節が循環てきて、悪神の降服いたす世になりて来たから、吾の口から吾が企みて居りた事を、全然白状いたす世になりたぞよ。 世界の御魂が、九分まで悪に化りて、今まで世を持ち荒して来た守護神に、改信の出来かけが、何の様にも出来んから、神も堪忍袋を切らして、一作に致せば八九分の霊魂が悪く成るし、改信致さす暇が、モウ無いし、是程この世に大望な事は、昔から未だ無い、困難な二度目の天の岩戸開であるのに、何も分らぬ厄雑神に使はれて居ると、何も判らんやうになるぞよ。 まことの行も致さずに、天地の先祖を無視して、悪のやりかたで世界の頭になりて、此先を悪をモ一つ強く致して、まぜこぜで行りて行ことの初発の目的通りに此所まではとんとん拍子に面白い程上り来たなれど、此神国には深い経綸が世の元から致して在りて、九分九厘まで来たぞよ。 悪神の仕組も、九分九厘までは来たなれど、モウ輪止りとなりて、前へ行く事も出来ず、後へ戻る事も出来んのが、現今の事であるぞよ。仕放題の利己主義の行方で、末代の世を悪で建てて行くことの目的が、今までは面白い程のぼれたなれど。 神の国には、チツト外の御魂には判らん経綸が為てあるから、人も善、吾も善、上下揃ふて行かねば、国の奪り合ひを為るやうな、見苦敷性来では、世は永久は続かんぞよと申して、筆先に出して、気を附けてあるぞよ。 斯世は善と悪とが有りて、何方でこの世が立つかと言ふことを末代続かせねば成らん世であるから、何事も天地から為してあるのであるぞよ。吾が為て居るのなら、何事も思ふたやうに行けんならんのに、何うしても行けんのが、神から皆為せられて居る証拠であるぞよ。善の道は、苦労が永いなれど、此の先は末代の世を続かすので中々念に念が入るぞよ。 善の行は永いなれど、善の方には、現界幽界に何一つ知らん事の無い様に、世の元から行が為してあるから、此先は、悪の仕放題に行無しに出て来た守護神が辛くなるぞよ。如何な事も為ておくと、何事も堪れるなれど、行無しの守護神に使はれて居ると、世の終ひの初まりの御用は勤まらんぞよ。 善と悪との変り目であるから、悪の守護神はヂリヂリ悶える様になるから、一日も早く改信致して、善の道に立帰らねば、モウこれからは貧乏動きも為さんぞよ。善の守護神は数は尠いなれど、何んな行も為してあるから、サア今と云ふ様に成りて来た折には、何程烈しきことの中でも、気楽に神界の御用が出来るから、一厘の御手伝で、神の本には、肝腎の時に間に合ふ守護神が拵へてありて、世界の止めを刺すのであるぞよ。神の国は小さうても、大きな国にも負は致さんぞよ。神国は世界から見れば、小さい国であれど、天と地との、神力の強い本の先祖の神が、三千世界へ天晴と現はれて、御加勢あるから、数は少うても、正味の御魂ばかりで、何んな事でも致すぞよ。何程人数が多くても、何の役にも立たぬ蛆虫計りで、善い事は一つも能う為ずに、邪魔計りを致すから、世界の物事が遅くなりて、世界中の困難であるが、未だ気の附く守護神が無い故に、何時までも筆先で知らすのであるぞよ。 天地の御恩も知らずに、利己主義で茲まで昇りつめて来た悪の守護神に、改信の為せかけが出来んので、何事も遅くなりて、総損害に、上から下までの難渋となるから、明治廿五年から、今ぢや早ぢやと申して、引掛戻しに致して、気附く様に知らしても、元からの思ひが大間違で在るから、世界の岩戸開の九分九厘と成りた所で、ジリジリ舞ふ事が見え透いて居るから、気を附けるぞよ。 天地の先祖の、思ひの判りて居る守護神と人民は、今に無いぞよ。是程暗がりの世の中へ、世の元の正真の水火神が揃ふて表はれても、恐い計りで、腰の抜けるものやら、顎が外れて早速に物も能う言はん様な守護神や、人民が沢山出来る許りで、神の目からは間に合ひさうに無いぞよ。 判りた御魂の宿りて居る肉体でありたら、何んな神徳でも授けるから、此神徳を受ける御魂に使はれて居りたら、一荷に持てん程、神徳を渡すから、其貰ふた神徳に光りを出して呉れる人民で無いと、持切りにしては天地へ申訳が無いぞよ。 ○ 大正五年旧十一月八日 あまり此世に大きな運否があるから、口舌が絶えんから、世界中を桝掛を引いて、世界の大本を創造た、天と地との先祖の誠で、万古末代善一つの道で世を治めて、口舌の無い様に致すぞよ。天は至仁至愛真神の神の王なり、地の世界は根本の国常立尊の守護で、神国の、万古末代動かぬ神の道で治めるぞよ。吾好しの行り方では、此世は何時までも立たんぞよ。この世界は一つの神で治めん事には、人民では治まりは致さんぞよ。悪神の仕組は世が段々と乱れる計りで、人民は日に増に、難渋を致すものが殖える許りで、誠の神からは目を明けて見て居られんから、天からは御三体の大神様なり、地は国常立尊の守護で、竜宮様の御加勢で、元の昔の神の経綸通りの松の世に立替致して、世界中を助けるのであるから、中々骨が折れるぞよ。モウ時節が近よりたぞよ。用意をなされよ。脚下から鳥が立つぞよ。天地の先祖の神々を粗略に致して、神は此世に無い同様にして東北へ押込めて置いて、世界の大将に成りて、悪の血統と眷属の何も知らぬ悪魔を使ふて末代世を立て様と思ふて、エライ経綸をして居れど、世の本からの天地を創らへた、其儘で肉体の続いてある、煮ても焼いても引裂いても、ビクともならん生神が、天からと地からと両鏡で、世界の事を帳面に附け止めてある同様に、判りて居るから、モウ神界には動かぬ仕組が致してあるから、世界の人民は一人なりと、一日も早く大本へ参りて、神の御用を致して、世界中を神国に致す差添へに成りて下されよ。上下揃ふて神国の世に世界中を平均すぞよ。 今の世界の人民は、現世に神は要らんものに致して、神を下に見降し、人民よりエライものは無き様に思ふて居るが見て御座れよ、岩戸開の真最中に成りて来ると、智慧でも学でも、金銀を何程積みて居りても、今度は神にすがりて、誠の神力でないと大峠が越せんぞよ。今度は神が此世に有るか無いかを、解けて見せて遣るから、悪に覆りて居る身魂でも善へ立ち返らな、神の造りた陸地の上には、居れん様になるから、改信を致して身魂を能く研いて居らんと、何彼の時節が迫りて来たから、万古末代取戻しの成らん事が出来致すから、今に続いてクドウ気を附けるのであるぞよ。是丈けに気を附けて居るのに聞かずして、吾と吾身を苦しめて最後で改信を致してもモウ遅いぞよ。厭な苦しい根の国底の国へ落されるから、さう成りてから地団太踏みてジリジリ悶えても、そんなら赦してやると云ふ事は出来んから、十分に落度の無いやうに、神がいやになりても、人民を助けたい一心であるから、何と云はれても今に気を附けるぞよ。 これからは筆先通りが、世界に現はれて来るから、心と口と行ひと三つ揃ふた誠でないと、今度神から持たす荷物は重いから、高天原から貰ふた荷が持てん様な事では、余所から人が沢山出て来だすから、其時に恥かしう無いやうに、腹帯を確り締めて居らんと、肝腎の宝を取外す事が出来るぞよ。今度は此大本に立寄る人民に、神からの重荷を持たすから、各々に身魂を十分に研いて置いて下されよ。ドンナ神徳でも渡して、世界の鑑に成る様に力を附けてやるぞよ。改信と申すのは何事に由らず、人間心を捨てて了ふて、知識や学を便りに致さず、神の申す事を一つも疑はずに生れ赤子の様になりて、神の教を守る事であるぞよ。霊魂を研くと申すのは、天から授けて貰ふた元の霊魂の命令に従ふて、肉体の心を捨て、本心に立返りて、神の申す事を何一つ背かん様に致すのであるぞよ。学や知識や金を力に致す内は、誠の霊魂は研けて居らんぞよ。 この天の岩戸開を致すには、学でも、悧巧でも、知識でも、金銀でも、法律でも、行かんぞよ。兵隊計りの力でも行かず、今の政治の行り方では、猶行かず、今迄の色々の宗教でも猶行かず、今の学校の教でも行かず、根本の天の岩戸開であるから、今の人民の思ふて居る事とは、天地の相違であるから、世界の人民が誠にいたさんから神は骨が折れるのであるぞよ。天地の間の只の一輪咲いた梅の花の経綸で、万古末代世を続かすのであるから、人民には判らんのも尤もの事であるぞよ。 九つ花が咲きかけたぞよ。九つ花が十曜に成りて咲く時は、万古末代しほれぬ神国の誠の花であるぞよ。心の善きもの、神の御役に立てて、末代神に祭りて此世の守護神といたすぞよ。此世初まりてから、前にも後にも末代に一度より無い、大謨な天の岩戸開であるから、一つなりとも神の御用を勤めたら、勤め徳であるぞよ。それも其人の心次第であるぞよ。神は無理に引張りは致さんぞよ。 是だけ蔓りた悪の世を治めて、善一つの神世に致すのであるから、此の変り目に辛い身魂が多人数あるから改信々々と一点張りに申して、知らしたのであるぞよ。早い改信は結構なれど、遅い改信は苦しみが永い許りで、何にも間に合はん事になるぞよ。艮金神で仕組致して、国常立尊と現はれて、善一つの道へ立替るのであるから、経綸通りが世界から出て来だすと、物事が早くなるから、身魂を磨いて居らんと、結構な事が出て来ても、錦の旗の模様が、判らんやうな事では成らんぞよ。今迄苦労いたした事が、水の泡になりてはつまらんから、大本の辛い行を勇んでいたす人民でありたら、神が何程でも神力を授けるから、ドウゾ取違ひをせぬやう慢心の出ぬ様に心得て居りて下されよ。世界の神、仏、耶、人民の為に、神が永らく苦労を致して居るぞよ。 (大正一二・四・二七旧三・一二於竜宮館北村隆光再録)
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霊界物語 62_丑_讃美歌2 05 神世 第五章神世〔一五八〇〕 第二九二 一 千早振古き神世も巡り来て 君の恵も弥隆光る。 二 夜昼の守も清く明けく 隈なく照す神の御代かな。 三 空をおほふ松の梢に鶴棲みて 其声高く天に聞ゆる。 四 小倉山花と紅葉の二尊院 清きは神の姿なりける。 五 千代八千代変らぬ瑞の御光は 此世を救ふ珍の御宝。 第二九三 一 永久の身の住所こそ天津国の 夜なき花の神園とぞ知る。 二 高き名も珍の宝もヨルダンの 流れに浮ぶ瑞の月影。 三 夢醒めて朝日の影はさしにけり ねむりをさませ惑ふ人達。 四 現世を離れて元の故郷に 帰らむ時の神は御力。 第二九四 一 千万の仇攻め囲み寄するとも いかで恐れむ綾の高天原は。 二 わが胸の奥の間深く聞えけり 目を醒せよと神の御声。 三 世の人を救はむために美はしき 神の都を築きたまひぬ。 四 丹波の厳の聖地に登りなば 知らず知らずに日はたちてゆく。 五 皇神の厳の光は八衢も 雲晴れゆきて花園となる。 第二九五 一 皇神は卑しき人の身に下り 百の神業遂げさせたまふ。 二 村肝の心の奥を掃き清め 鎮まり居ます天津神等。 三 新しく神の姿につくりかへて 導きたまへ栄の園に。 第二九六 一 現身の世はいろいろに変るとも 神のめぐみは永久にます。 二 花は散りよしや青葉は枯るるとも 幹と頼みし神に離れじ。 三 世の旅に疲れ果てたる人の身も 神の御許に憩ひ栄えむ。 四 世の中の希望は絶えて果つるとも 栄えの神は恵みますかも。 五 風荒み雨降りあれて亡ぶとも 神の御蔭に寄らばやすけし。 第二九七 一 わが為に千座の置戸を負ひましし 瑞の御霊は誠の御親ぞ。 二 土塊に似たるわが身を清めつつ 神国のものとなさしめたまへ。 三 神勅幾度聞けど悟り得ず 心にもなき御名を汚しつ。 四 かく迄も曲れるわれを捨てずして 救はせたまふ更生主ぞ尊き。 第二九八 一 日の下の厳の聖地をやらはれて 自凝島に渡りたまひぬ。 二 自凝の島の真秀良場四尾山に かくれてこの世をしろしめします。 三 瑞御霊メソポタミヤの顕恩郷に かくれて神代をまちたまふなり。 四 瑞御霊元つ御国の日の下に 天降ります代は近づきにけり。 第二九九 一 古の神の開きしエルサレムは ふたたび旧に返らむとするも。 二 イスラエル十二の流れは悉く ヨルダン川に注ぎ入るなり。 三 天地の元つ御祖はやらはれて 珍の御子たち世に迷ひぬる。 四 時来れば四方の国より集まりて 神の御稜威を称へ唱はむ。 五 此の時ゆ天津使は星のごと 神都の空に降り祝ぐらむ。 第三〇〇 一 三五の神の教の広ければ 狭き心のいかで知るべき。 二 頬杖をついて何程調ぶとも 隆光る神の胸は分らじ。 三 目に皺を寄せて吐息をつきながら 悟らむとする人のをかしさ。 四 惟神神の御胸をさとらむと 思へば元の赤子となれ。 五 頼りなき智慧や力を頼みとし 千年ふるとも悟り得ざらめ。 六 此経綸早く世人に解りなば 神の希望は永久に立たず。 第三〇一 一 永久に育みたまへ風の日も 雨の夕も変りたまはず。 二 世の中の罪にみちたる楽しみを 捨てて御許に往く日嬉しき。 三 さまざまの世の誘ひに打ち勝ちて 清き大道を進ませ給へ。 四 闇の世を放れて昇る旭影 迎へむ吉き日近づきにけり。 五 日出る神の建てたる神国に 常磐の教主は生れましにけり。 六 雲に乗り波を分けつつ出で来る 東の教主を迎ふ嬉しさ。 七 此教主や天地諸の神人を 治むる永久の御柱なりけり。 (大正一二・五・一〇旧三・二五於松雲閣明子録)
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霊界物語 63_寅_伊太彦の物語 19 仕込杖 第一九章仕込杖〔一六二六〕 イク、サールの両人は伊太彦の路傍の石に腰打掛、俯向いてる姿を見て、月影にすかし乍ら、 イク『貴方は旅人とお見受け申しますが、一寸物をお尋ね申します。天女のやうな綺麗な綺麗な姫様が犬を連れてお通りになつたのを御覧になりませぬか』 伊太彦はハテ不思議な事を尋ねるものだと思ひ乍ら、二人の顔をツラツラ眺めて、 伊太『イヤさう聞く声は何だか聞き覚えがあるやうだ。拙者は三五教の宣伝使、伊太彦と申すもの、左様なお方はお通り遊ばしたのは見た事は厶らぬ』 サール『やアお前は伊太彦さまぢやないか。清春山の岩窟では随分管を捲いたものだな、其後玉国別さまに跟いてハルナの都へ進まれた筈だが、まだ斯んな処へ迂路ついて厶つたのか』 伊太『うん、君はイク、サールの両人だな。これはこれは珍らしい処で会ふたものだ。そして又初稚姫様の後を何処迄も慕うて行く考へかな。初稚姫様がよくまアお伴を許された事だな』 サール『何と云つてもお許しが無いものだから、強行進軍と出掛け、見えつ隠れつ、後になり前になり、ここ迄ついて来たのだが、エルの港からサツパリお姿を見失ひ、前になつてるのか、後になつてるのか分らぬので心配してるのだ』 伊太『あ、さうだつたか。拙者も初稚姫様に一度会つてお礼を申し度いのだが、あの方は神様だから変幻出没自在、何方へおいでになつたか皆目分らぬのだ。まアゆつくり一服し玉へ。まだ此阪道は随分あるさうだから、慌た処で仕方がない。チツとは人間の身体も休養が大切だ。休んでは歩き、休んでは歩きする方が、身体の為にも何程よいか分らないよ』 イク『久し振りに伊太彦さまに面会したのだから、先づ此処で、ゆつくりと話して行かうぢやないか』 サール『久振りだと云ふけれど、スマの関所でお前が宿屋をやつて居た時に入口に守衛然と控へて居つたぢやないか。云はば伊太彦司等の救ひの神さまだ』 イク『成程、あの時に伊太彦司も居られたのかな。あまり沢山のバラモン軍で見落して居たのだ。そして初稚姫様に叱られるものだから、スマの里を一目散に駆け出し姫様を待ちつつ、彼方此方とバラモンの泥棒を言向和して来たものだから今になつたのだが、伊太彦さま、之から三人一緒にハルナの都へ行かうぢやないか。どうしたものか姫様はハルナへ行かずに、エルサレム街道の方へ足を向けられたものだから、跟いて来たのだが一体どうなるのだらうな』 伊太『神様のなさる事は到底吾々には分らないよ。吾師の君の玉国別様だとて、テームス峠を向ふへ渡り、直にハルナに行かれる都合だつたが、いろいろ神様の御用が出来たり、事件が突発して、何者にか引かるる様に此方へおいでになつたのだ。之も何かの神様の御都合だらう。然し乍ら三人一緒に行く事は到底出来ない。宣伝使は一人と定つてるさうだから初稚姫様も伴をつれないのだ。それで私も玉国別の師匠から途中から、突放されて一人旅をやつてゐるが、一人旅は辛いものの又便利なものの気楽なものだ。何は扨て置き、神様の命令だから君等と一緒に行く事は出来ないわ。何れエルサレムで一緒にお目にかからうぢやないか』 イク『それでも照国別、治国別、黄金姫様等は一人でおいでになつたのでは無からう。あの方々はどうなるのだ』 伊太『それも何か御都合のある事だらう。俺等には解らないわ』 サール『おい、イク、そんな事云ふ丈け野暮だよ。初稚姫様は只一人おいでになつたのも独立独歩、一人前の宣伝使になられたからだ。黄金姫、清照姫が二人連れで行つたのは、半人前づつの二つ一で行つたのだよ。其外の宣伝使は皆三人連れ四人連れだからまア三分の一、四分の一の人間位なものだ、アツハヽヽヽ』 イク『さうすると伊太彦さまは偉いぢやないか。到頭一人前になられたと見えるわい。俺等も二つ一かな』 サール『きまつた事だよ。二人に一つの玉を頂いて居るのを見ても分るぢやないか』 イク『それでも伊太彦さまは一人でゐ乍ら玉がないぢやないか。そりや又どうなるのだ』 サール『改心の出来たお方は心の玉が光つてるのだから、形の上の玉は必要ないのだ。玉を持つて歩かなくちやならぬのは、ヤツパリ何処かに足らぬ処があるのだ。夜道が怖いと云つて仕込杖を持つて歩くやうなものだ。なア伊太彦さま、さうでせう』 伊太『さう聞かれるとお恥かしい話だが、実の所はスーラヤ山の岩窟に入り、ウバナンダ竜王の玉を頂いて此処に所持して居るのだ。ヤツパリ私も仕込杖の口かな』 サール『ヤア其奴ア不思議だ。あの八大竜王の中でも最も険難な所に棲居をしてゐる死の山と聞えたスーラヤ山へ駆け上つて玉をとつて来るとは豪気なものだ。そして其玉は今持つて居られるのか。一つ見せて貰ひ度いものだな』 伊太『ヤア折角だが神器を私する訳には行かぬ。丁寧に包んで懐に納めてあるのだから、エルサレムに行つて言依別の神様にお渡しする迄は拝む事は出来ないのだ。そしてお前達の持つて居る玉と云ふのは誰から頂いたのだ』 イク『勿体無くも日出神から直接に拝戴したのだ。此玉のお蔭で沢山な泥棒にも出会ひ、色々の猛獣の原野を渡り、大河を越えて無事で来たのも、此水晶玉の御神徳だ。伊太彦さまが玉が大切だと云へば、此方も大切だ。絶対的に見せる事は出来ませぬわい』 伊太『それでは仕方がない、売言葉に買言葉だ。自分の玉を隠しておいて、人の玉を見せろと云ふのが此方の誤謬だ。さアここで別れませう。エルサレムに行つて何れ十日や二十日は吾師の君も御修業遊ばすから、其間には一緒になるであらう。左様なら』 と伊太彦はスタスタと下り行く。 二人は伊太彦の言葉に従ひ後をも追はず、ゆつくりと路傍の岩に腰打掛け話に耽つてゐる。 イク『おい、サール、伊太彦が松彦に捕へられ、清春山の岩窟にやつて来た時は随分面白い奴だつた。滑稽諧謔口を衝いて出ると云ふ人気男が、あれ丈けの神格者にならうとは予期しなかつた。何と人間と云ふものは変れば変るものぢやないか。吾々二人は初稚姫様のお伴も許されず、日蔭者となつて、斯う春情のついた牡犬が牝犬を探すやうに後を嗅つけてやつて来たものの公然とお目にかかる訳にも行かず、ハルナの都へ行つてから、「不届きな奴だ、何しに来た」と叱られでもしたら、それこそ百日の説法屁一つにもならない。何とか立場を明かにせなくては、「名正しからざるは立たず」とか云つて、マゴマゴして居ると其処辺四辺の奴に泥棒扱ひをされて、其上虻蜂とらずになつては詮らぬぢやないか』 サール『何、神様は心次第の御利益を下さるのだから、吾々の真心が姫様に通らぬ道理が何処にあらう。姫様は千里向ふの事でも御承知だから、自分等が斯うして跟いて来るのも御承知だ。之を黙つて居られるのは表面は何とも云はれないが、実は跟いて来いと言はぬ許りだ。そんな取越苦労はするな。さア行かうぢやないか』 イク『道の辺に憩ふ二人は尻あげて またもや先へ行かうぞとする』 サール『此場をばサールの吾は何処へ行く 蓮花咲くハルナの都へ。 今先へ一人伊太彦宣伝使 逃げるやうにして玉抱へ行く』 イク『泥棒のやうな顔した吾々を 恐れて逃げた伊太彦司』 サール『馬鹿云ふな此世の中に住む奴は 皆泥棒の未製品なる』 イク『バラモンの軍の君に従ひて 泥棒稼ぎし吾等二人よ』 サール『そんな事夢にも云ふて呉れるなよ 吾等は最早神の生宮。 泥濘の泥の中より蓮花 咲き出づる例あるを知らずや』 イク『蓮花如何に清けく匂ふとも 散りては泥の埋草となる。 一度は祠の前で咲き充ちし 蓮なれども今は詮なし。 神の道聞く度毎に村肝の 心の垢の深きをぞ知る。 吾胸にさやる黒雲吹き払ひ 照らさせ玉へ水の光に。 伊太彦の神の司を規範として 魂研かまし道歩みつつ』 二人は半時ばかり経つて又もや宣伝歌を謡ひ乍ら足拍子をとり下り行く。 『月の国にて名も高き百の花咲き匂ふなる ハルセイ山の大峠三日三夜をてくついて 漸くここに来て見れば思ひも寄らぬ三五の 伊太彦司が道の辺に旅の疲れを休めつつ 眠らせ玉ふ不思議さよ思へば思へば恥かしや 高春山の岩窟に伊太彦司と諸共に 酒酌み交はし夢の世を酔ふて暮せし吾々も 心の駒を立て直し祠の森に屯して 珍の宮居の神業に仕へまつりし嬉しさよ 初稚姫の御後をば慕ひてここ迄来て見れば 姫の姿は雲霞行衛分らぬ旅の空 大空渡る月見れば雲の御舟に乗らせつつ 西へ西へと進みますハルナの都に姫様が 進ませ玉ふと聞きつれど月の御後を従ひて 一旦珍のエルサレム進ませ玉ふが天地の 誠の道に叶ふのか思へば思へば神様の 遊ばす事は吾々の曇りきつたる魂で 測り知らるる事でない只何事も惟神 誠の道を一筋に行く処までも行つて見よ 神は吾等と共にあり人は神の子神の宮 いかでか枉の襲はむと教へ玉ひし御宣言 頸に受けて逸早く水晶の玉を守りつつ 伊太彦司の後を追ひいざや進まむエルサレム 守らせ玉へ天地の皇大神の御前に 慎み祈り奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠の道は世を救ふ誠一つの三五の 道行く吾は惟神月の御神の後追ふて 神の集まるエルサレム黄金花咲く神の山 黄金山に参上り橄欖樹下に息休め 神の恵の涼風に心の塵を払ふべし 進めや進めいざ進め勝利の都は近づきぬ 深き恵にヨルダンの川の流れに御禊して 生れ赤子となり変り初稚姫の御許しを 受けて尊き神司栄えに充てる御顔を 伏し拝みつつツクヅクとエデンの川を舟に乗り フサの入江に漕ぎ出して何のなやみも波の上 ハルナの都へ進むべし勇めよ勇めよよく勇め 神は吾等と共にありあゝ惟神々々 御霊の恩頼を玉へかし』 かく謡ひ乍ら、イク、サールの両人はハルセイ山の西阪を勢込んで下り行く。 (大正一二・五・二九旧四・一四於天声社楼上北村隆光録)
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霊界物語 68_未_タラハン国の国政改革2 21 祭政一致 第二一章祭政一致〔一七四五〕 スダルマン太子は宣伝使に送られ、一行と共に無事タラハン城内に立帰り、父の大王に面会し、今迄の不都合を謝し、且つ今後は心を改めて、父の後を継ぎ、国家万機の政事を総攬せむ事を誓つた。カラピン王は太子の姿を見るより、喜びの余り気が緩み、ガツカリとした其刹那、忽ち人事不省に陥り、四五日を経て八十一才を一期となし、此世に暇を告げた。太子は父王の位を継承しカラピン王第二世と称し、天下に仁政を布き、国民上下の区別を撤回し、旧習を打破し、国民の中より賢者を選んで、夫れ夫れの政務に就かしめ、下民悦服して皷腹撃壤の聖代を現出した。アリナ及びバランスは国法の命ずる所に従ひ、一時牢獄に投ぜられたが、太子が王位に即くと共に大赦を行ひ、両人は僅に一週間の形式許りの牢獄住居を遁れ、アリナは天晴右守司となつて国民上下の輿望を担ひ、輔弼の重任を尽し奉つた。そして民衆救護団長たりし大女のバランスを妻に迎へ、アリナの家は子孫代々繁栄した。又バランスはスダルマン太子の即位と共に民衆救護団の必要なきを感じ、部下一般に対して、解散の命を下した。左守司のガンヂーはカラピン王の後を逐うて、之亦眠るが如く帰幽した。浅倉山の山奥に隠れてゐた前左守司シャカンナは新王に召されて、城中に入り元の如く左守の職に就き、国政の改革に全力を傾注し、国民一般の大に信任を得た。太子の最も寵愛せしスバール姫は王妃の位に上り、殿内の制度を自ら改革し、従前の因習や情実的採用法を全廃し、賢女を集めて殿内の革正に努めた。又向日の森の辺に住む茶坊主のタルチンはスバール姫に終身仕ふる事となつた。毒婦シノブの為にインデス河に投込まれた王女のバンナ姫はバランスの部下に救はれ芽出度宮中に送り帰され、トルマン国の太子に懇望されて其妃となつた。大宮山の盤古神王の社は梅公別の宣伝使が指揮に従ひ、以前よりも数倍宏大にして且つ立派なる社殿を造営し、社を三棟となし、中央には大国常立尊、豊雲野尊を祭り、左側の宮には神素盞嗚尊、大八洲彦命を鎮祭し、右側の宮には盤古神王及国魂の神を鎮祭し、カラピン王家の産土神として永遠に王自ら斎主となり奉仕する事となつた。 カラピン大王や左守ガンヂーの葬祭式には上下挙つて会葬し、開闢以来の盛儀と称せられた。次いで大宮山の遷宮式並に太子の即位式や結婚式等にて、タラハン城市に全国より祝意を表して集まり来る者引も切らず、期せずして大火災に会ひしタラハン市は一年ならずして復興し、以前に優る事数倍の繁栄を来たした。何れも新王が民意を容れ、平等博愛の政治を布き給ひし恩恵として子供の端に至る迄其徳を慕ひ、不平を洩らす者は只一人もなかつたといふ。即位式の状況に付いては茲に省略し、祝歌のみを紹介する。 新王『久方の天津御神の御心を 麻柱まつり国を治めむ。 国民の日々の暮しの安かれと 朝な夕なに神に祈らむ。 親々の開き給ひし神の国を 謹み畏み守りまつらむ。 新しき国の政を開きつつ 野に在る聖広く求めむ。 大宮の下つ岩根に千木高く 鎮まりゐます神ぞ尊き。 三五の神の教を今よりは あが国民に教へひろめむ』 妃『吾君の勅のままに服ひて 御国の母と仕へまつらむ。 天つ神国津御神を斎ひつつ 吾神国の御民を治めむ。 諸々の珍の司を率ゐつつ 吾大君の道を助けむ。 有難き神の恵の露に会ひて 今日九重にわれは輝く。 世の中の御民よ永遠に安かれと 祈るはおのが願なりけり』 アリナ『大君は遠く御国に昇りまし 天にゐまして御代をしらさむ。 吾父は吾大君に従ひて 神の御国に昇りますらむ。 足曳の山の名画と謳はれし 后の宮のうまし御姿。 吾は今右守司と任られて あが大君の御前に侍る。 天はさけ地ゆり海はかかる共 君の恵は忘れざらまし。 大神と吾大君の御為に 心も身をも捧げまつらむ』 シャカンナ『神去りしあが大君に仕へてし われは再び世に出でにけり。 新たなるあが大君の恵にて 吾まな娘人となりぬる。 山奥に匂ひ初めたる梅の花 今日は高天に実を結ぶなり。 親と子の称へはあれど大君の 后とゐます君に従ふ。 十年振珍の都に立帰り 君に仕ふる事の嬉しさ。 今よりは心の駒を立直し 御民の心なごめまつらむ』 バランス『バランスは鄙に育ちし身ながらも 今日九重の空にすむ哉。 背の君と手を携へて政 輔けまつらむ事の嬉しさ。 タルチンの館に三年忍びつつ 仇に返せし事の苦しさ。 ブルジョアや資本階級悉く 打払はむとすさびせしかな。 都路に火を放ちたる曲業も 御代を救はむ心なりけり』 タルチン『力なき小さき吾身も御恵の 露にうるほひ甦りける。 有難し后の宮の手を取りて 茶道教ゆる身こそ嬉しき』 梅公別『皇神の貴の御光現はれて 世の基をば開く今日哉。 大宮山の聖場に大宮柱太しりて 斎ひまつりし大神の御前を畏み願ぎまつる 抑もこれの神国は遠つ神代の昔より 民の心を心とし国の司は天地の 神の心を心とし上下の隔てを取去りて 中取り臣と現はれて国の国王となり給ひ 四方の民草平けくいと安らけく撫で給ふ 畏き御代も中つ世に押よせ来れる曲道に 皆汚されて神国は悪魔の荒ぶる世となりぬ 上に仕ふる司等は名利の欲に心をば 晦ませ鬼と成変り民の苦み気にかけず 利己主義一途に相流れ世は日に月に弱りはて 怨嗟の声は野に山に都大路の隅々に 轟きわたる恐ろしさ時しもあれや皇神の 化身とあれますスダルマン太子の君は逸早く 能く民情に通じたるアリナの君を抜擢し 股肱の臣と愛給ひ心を合せ力をば 一つになして国民の苦難を救ひ助けむと 心を砕かせ給ひしが曇り切つたる九重の 御空の雲は深くして晴らす由なき常暗の 曲の健びは手を下す術さへもなく一時は 館を出でて山に野に彷徨ひ給ひ千万の 悩みをうけさせ給ひしが一陽来復時来り 今や王位に登りまし諸政の改革断行し 新に国を開きつつ慈母の赤子に於ける如 万の民を撫で給ふ畏き御世とはなりにけり あゝ惟神々々五六七の御代の魁か 仰げば高し久方の尊き神の御恵みか 称へ尽せぬ御稜威仰ぎまつれよ諸人よ 上は国王を初とし司々の端々も 神を敬ひ大君を慕ひまつりて邪の 心を改め惟神神の心に叶ひたる 勤めをなせよ惟神神に代りて梅公が 名残に一言述べておくあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ旭は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共仮令大地は沈む共 誠一つは世を救ふ神が表に現はれて 善と悪とを立わける此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直し聞直し世の過ちは宣り直し 珍の祭を永久に執らせ給へよ大君よ 三五教の宣伝使梅公別が謹みて 神の御旨を宣べ伝ふ』 梅公別の宣伝使は新王を始め並ゐる重臣共に神の教を諄々と説き諭し、再び白馬に跨り、タラハン城を後に眺めて、照国別の隊に合すべく、蹄の音も勇ましく、矢を射る如く帰り行く。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一四・一・七新一・三〇於月光閣松村真澄録) (昭和一〇・六・二三王仁校正)
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霊界物語 71_戌_玄真坊と千種の高姫 20 困客 第二〇章困客〔一八〇九〕 『瑞魂の大神が勅命を畏みフサの国 ウブスナ山の霊場ゆ月の神国に蟠まる 大黒主の悪身魂言向和し天国の 神園に救ひ助けむと照国別の宣伝使 一行四人は河鹿山烈しき風に吹かれつつ 祠の森や山口や怪しの森を乗り越えて 彼方此方と駆けめぐり神の誠の御教を 国人達に宣り伝へ病めるを癒し貧しきを 救ひ助けて今此所に百の神業仕へつつ トルマン国の危難をば救ひて此所迄来りけり あゝ惟神々々神の身魂の幸ひて 吾等が使命を詳細に遂げさせ玉へと願ぎ奉る 大日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くる共 仮令大地は沈むとも曲津の神は猛ぶとも 誠の神の御力吾身に浴びし其上は 如何なる曲も恐れむや進めや進めいざ進め 吾等は神の子神の宮虎狼や獅子熊や 鬼や大蛇の曲神が如何程猛り狂ふとも 何か恐れむ敷島の大和男子の宣伝使 勝利の都に至る迄いつかな怯ぬ雄心の 大和心を振り起し進みて行かむ大野原 地獄は忽ち天国と吾言霊に宣り直し 上は王侯貴人より下旃陀羅に至るまで 神の救ひの手を伸べて一蓮托生救ひ上げ 瑞の霊の神力を現はしまつる吾使命 遂げさせ玉へ惟神皇大神の御前に 畏み畏み願ぎ奉る三千世界の梅の花 一度に開く神の国開いて散りて実を結ぶ 日の大神や月の神大地を守らす荒金の 司とゐます瑞魂神素盞嗚の大神の 深き恵は忘れまじ尊き勲功は忘れまじ 進めよ進めいざ進め悪魔の砦に立向ひ 摂受の剣を抜き持ちて言向和すは案の内 アヽ勇ましや勇ましや神の使命を身に受けし 名さへ尊き宣伝使到る所に敵はなし バラモン教やウラル教如何程刃向ひ来るとも 皇大神の賜ひてし厳言霊の光にて 暗夜を照らし神徳を月の御国に輝かし 照らさにやおかぬ吾使命守らせ玉へと願ぎ奉る アヽ惟神々々霊幸ひましませよ』 斯く歌ひ乍ら入江の村近き田圃道まで、やつて来たのは照国別、照公、梅公別の三人であつた。 照公『モシ、先生、モウ日も暮れ近くなりましたが今晩は入江の村で宿をとり、緩り休息を致しまして、明日は船でスガの港へ行かうぢやありませぬか』 照国別『成程、大分に疲れたやうだ、先づ此所で一服しよう。モウあの村へは遠くはあるまいから』 梅公別『先生、今晩は是非入江村で泊りませう。浜屋と云ふ景色よい宿屋が御座いますから是非そこへ泊つて、明日スガの港に着く事に致しませう。スガの港にはアリスと云ふ薬屋の長者がありまして、その息子には、イルク、娘にはダリヤ姫と云ふ熱心な三五教の信者が居ります。キツト待つて居るに違ひありませぬから』 照国『さうだ、梅公別さまは一度お泊りになつた事があるさうだから、心安くてよからう』 照『四方八方の景色を遠く見渡せば コバルト色に遠山かすめり』 照国『薄墨にぼかしたやうな山影は スガの里なる高山ならむ』 梅『夏草の生ひ茂りたる広野原 進み行く身の楽しくもある哉。 今日の日も早や暮れむとす草枕 旅の疲れを宿に癒さむ』 三人が休んでゐる後の草の中から何だか、ウンウンと呻り声が聞えて来る。梅公別は耳敏くも之を聞き、ツカツカと叢の中の呻き声を尋ねて近づき見れば、醜い賤しい面をした坊主が一人半死半生の態で倒れて居る。梅公別は直様天の数歌を奏上するや、倒れ人はムクムクと起き上り、 『何方か知りませぬが、よくまア助けて下さいました。拙僧はバラモン教の修験者で天真坊と申します』 梅公別は、どこか見覚えのある顔だなア……とよくよく念入りに調べて見ると、オーラ山に立籠つて大望を企んでゐた妖僧の玄真坊なる事を知り、 『やアお前は玄真坊ぢやないか、オーラ山で改心をすると云ひ乍ら、再び悪に復つて三百の手下を引率れ、各地に押入強盗をやつて居ると云ふ噂であつたが、天罰は恐ろしいものだ。何人に、お前は虐げられて、こんな所へ倒れて居たのだ。察する処持前のデレ根性を起し、女に一物を締つけられ、息の根の止まつたのを幸ひ、かやうな淋しき原野に遺棄されたのだらう、扨も扨も憐れな代物だな』 玄『これはこれは恐れ入りました。私はお察しの通り、女に睾丸を締めつけられ、三万両の金をぼつたくられ、かやうな所へ、ほかされたもので御座います。只今限り悪事は止めまする。さうして女等には、キツト今後目をくれませぬから、何卒私をお荷物持にでも構ひませぬ、お伴に連れて行つて下さいませぬか』 梅『やア、俺にはお師匠様がある。俺一人の一量見では如何する事も出来ぬ。先づお師匠様の御意見を聞いた上の事にしよう』 照国別は最前から二人の問答を聞き終り様子を知つて居るので、梅公別の言葉も待たず、 『ヤ、玄真坊とやら、最早や日の暮にも近いから、緩りと宿屋にでも行つて話を承はらう。之から吾々は入江村の浜屋旅館に一泊するつもりだ。お前も一緒に行かうぢやないか』 玄『へ、何と仰有います、浜屋旅館にお泊りで御座いますか。あの家はお客があまり沢山で、どさくつてゐますから、少し景色は悪う御座いますが、玉屋と云ふ立派な宿屋がありますから、其処へお泊りになつては如何で御座いませう。私もお伴をさせて頂きますから』 梅『ヤ、一旦浜屋旅館と相談が定つた上は是非とも浜屋へ行かう。吾々の精霊は已に浜屋に納まつて居るのだから』 玄『そら、さうで御座いませうが、ならう事なら待遇も良し、夜具も上等なり、家も新しう御座いますから、玉屋になさつたら如何で御座いませうかな』 梅『ハヽヽヽヽ、此男は十日許り浜屋旅館に泊つてゐたのだらう。越後獅子に小ぴどくこみ割られ、捕手にフン込まれた鬼門の場所だから、浜屋は厭だらう。ヤ、それは無理もない。然し吾々がついてゐる以上は大丈夫だ。ソツと後から跟いて来い。お前の身柄は引受けてやるから、その代り今迄のやうな心では一日だつて安心に世を暮す事は出来ぬぞ。心の底から悔い改めるか、どうぢや』 玄『ハイ、生れ赤子になつてお仕へ致します。何卒お助け下さいませ』 梅『ウン、ヨシ、先生、今斯様に申してゐますが、然し乍ら此奴の悪事は芝を被らねば直らない奴で御座いますが、私も何とかして、改心をさして遣り度う御座いますから、お伴をさせて下さいませ。梅公別が無調法のないやうに引き受けますから』 照国『兎も角、二三日間連れて見よう。如何してもいかなけりや、突放す迄の事だ。さア日も暮れかかつた、急いで行かう』 と又もや声も涼しく宣伝歌を歌ひ乍ら入江村の浜屋をさして進み行く。 浜屋の表口にさしかかると客引の女が、二三人門口に立つて、 女『もしお客さま、どちらにお出で御座います。明日の船の都合も宜しう御座いますから此方にお泊り下さいませ。十分丁寧に、待遇も致しますから。さうして、加減のいい潮湯も沸いてゐますから、何卒当家でお泊りを願ひます』 梅『ヤ、お前がさう云はなくても、此方の方からお世話になりたいと思つて来たのだ。一行四人だ、よい居間があるかな』 女『ハイ、裏に離棟が御座いまして、そのお座敷からはハルの海の鏡が居乍らに見えまする。何なら二三日御逗留下さいますれば、真帆片帆の行き交ふ景色は、まるで胡蝶が春の野辺に飛び交ふやうで御座います』 梅『もし先生、さアお這入り下さい』 照国『そんなら御免蒙らうか』 と先に立つて縄暖簾をくぐる。玄真坊はビクビク慄ひ乍ら、照国別の後になり小さくなつて跟いて行く。次に照公、梅公別は亭主や下女に愛嬌を振り撒き乍ら、奥の離棟に進み行く。 先づ入浴を済ませ夕食を終り、四人は浴衣がけになつて、団扇片手に罪のない話に耽つて居ると、表の二階の間に、なまめかしい声が聞えて来る。梅公別は不思議さうに首を傾け聞いてゐる。 照『これ梅公別さま、何思案をして居るのだい。ありや何処の女が客とふざけて居るのだい』 梅『いや、どうも合点の行かぬ声だ。千草の高姫ぢやあるまいかな』 照『ヘン、馬鹿を云ふない、千草の高姫が、こんな所へ泊るものか。彼奴は屹度何処かの王城へ忍び入り、又もや刹帝利の后に化け込んでゐやがるだらう』 梅『ヤ、どうも怪しいぞ。一つ照公、お前調べて見てくれぬか』 玄真坊は小さい声で、 玄『モシお三人さま、あの声は千草の高姫に間違ひ御座いませぬ。私の睾丸を締めつけ、三万両の金をぼつたくつた大悪人で御座います。何卒彼奴をとつちめ、三万両を取り返して下さい。さうすりや一万両宛、お前さま等に進上致しまする』 梅『馬鹿を云ふな、吾々は金なんか必要はない。況して左守の館でぼつたくつた金ぢやないか』 玄『ハイ、お察しの通りで御座います』 梅『どうやら千草の高姫の相客は人間ぢやないらしいぞ。先生、之から私が正体を見届けて来ます。何卒暫く此処に待つて居て下さいや』 照国『人さまの居間へ飛び込んで調べると云ふ失礼な事はないぢやないか、そんな事せずとも自然に分つて来るよ』 斯く話す時しも二階の障子をサツと開けて離れ座敷を覗いたのは千草の高姫であつた、梅公の顔と高姫の顔はピツタリと合つた。千草の高姫は梅公の顔をパツと見るより、恋しいやら怖ろしいやら、顔を真蒼にしてピリピリと慄ふた。妖幻坊の杢助は高姫の様子の只ならぬに不審を起し、 『オイ、高チヤン、お前は様子が変ぢやないか、何をオヂオヂして居るのだ』 千『杢助さま、あれ御覧なさいませ、三五教の照国別、照公、梅公別の三宣伝使が離棟の居間に泊つて居ます。そして玄真坊が横にゐますのを見れば、三万両の金を取り返す為に、息をふきかへして来たものと思はれます』 杢『やアそりや大変だ、三五教の奴と聞けば俺もチツト虫が好かない、何とかしてお前と二人、此所を逃げ出さうぢやないか』 千『杢助さま、貴方も気の弱い事を仰有いますな、斎苑の館で彼奴等を家来扱をして居つたぢやありませぬか。一つ貴方の大きな声で、呶鳴つて下されば照国別等と云ふへぼ宣伝使は、一たまりもなく逃げ出すぢやありませぬか』 杢『ウン、それもさうだが、今荒立てては事が面倒になる。俺にも一つの考へがあるからのう』 千『智謀絶倫と聞えた貴方の事ですから、滅多に如才はありますまい。それで何も彼も貴方にお任せ致して置きます』 杢『ウン、今夜の処置は俺に任しておけ。俺に計略があるから、さア千草の高姫、此方へおじや』 と云ひ乍ら二階の段梯子をトントントンと下り、表へ出て番頭に小判を一枚握らせ、 杢『一寸月を賞して半時ばかり経てば帰つて来るから、表戸開けて置いてくれよ』 と、巧く誤魔化し高姫と共に浜辺に駆け出し、一艘の舟を盗んで[※第72巻第2章では高砂丸という客船に乗り込んだことになっている。]一生懸命にハルの湖の波を分けてスガの港へ向け漕いで行く。 照国別の一行は一夜を此所に明かし、あくる日の朝早くより一艘の船を誂へ、之亦スガの港をさして進み行く事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一五・二・一旧一四・一二・一九於月光閣北村隆光録) (昭和一〇・六・二四王仁校正)
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霊界物語 76_卯_世界の神話/朝香比女の神の物語 希臘の天地開闢説 希臘の天地開闢説 ギリシヤの天地開闢説は古来種々の伝承があつて、人々によつて区々である。併し大体から言へばユダヤの神話にある如き世界創造説ではなく、支那の神話に見ゆる如き天地開闢説である。即ち此の世界は造られたものでなく、幾万年の世代の変化を経て、次第に現在の状態になつたものである。従つて神々も世界よりさきに存在したのではなくて、神々自身も亦此の世界と言ふ一家族のうちに生れて来たものである。 天地開闢の神話は、それを語り伝へた詩人によつて区々である。ホメロスによれば、口で尾をくはへた蛇のやうに海と陸とを取りまいてゐる広大無辺の大河オケアノスが万物の本源で、また総ての神々の父であつた。また他の伝説によると、「夜」と「闇」が世界の根源で、そのうちから光が生れたといつてゐる。更に詩人オルフェウスが伝へたと言はれてゐる説によると、世界の始めには無始無終の「時」があつて、これから「カオス」と言ふ底なしの淵が生れ、其の深淵の中で「夜」と「霧」と「精気」が育くまれた。その中に「時」は「霧」を動かして中心なる「精気」のまはりを、独楽のやうに廻転させたので、世界は大きな卵のやうな塊団になり、それがまた廻転の速力でまづ二つに割れて、一つは昇つて天となり、一つは降つて地と成つた。そして其卵の中からは「愛」をはじめ、いろいろな不思議なものが生れたと言ふのである。 併し世界と神々の起源を述べたものの中で、一番纒まつてゐるのはヘシオドスの「テオゴニヤ」(神統記)であつた。「テオゴニヤ」によると、万物の始めには「カオス」があつた。次に広い胸を持つた「ガイヤ」(地)と地の底なる暗黒の「タルタロス」と不死の神々の中で一番美しいエロス(愛)が出来た。「カオス」は(口をあいた場所)といふ意味で、其内部は真黒な霧で満されてゐた。「カオス」の次には地が出来て、雪をいただくオリムポスの絶頂に住むべき神々の安全な座位となつた。けれどもまだ空も海も山々もなければ、昼や夜もなかつた。堅い地の外には何物もなかつた。その次に現はれたのが「エロス」であつた。エロスは男性と女性とを結びつけて新らしい世代を生み出ださせる愛の力であつた。 次に「カオス」からは、地下の闇なる「エレボス」と遠い日没の国に住んでゐる地上の闇なる「夜」が生れた。「エロス」は「夜」と「エレボス」とを結び付けて其間に二人の子を生ませた。天の光なる「精気」と地の光なる「昼」である。次に「ガイヤ」即ち母なる地は「エロス」と接触して「ウラノス」(星の多い天)と広大な山々と「ボントス」(荒い海)を生む。「ウラノス」と「ガイヤ」(天と地)はこの世界の最初の主宰者として、次の世代の神々の父母となつた。 ヘシオドスの記事は斯くの如き幼稚なものであるが、併しギリシヤの開闢神話の中では、これらが代表的なものである。勿論この開闢説の中に、どれほど深い哲学的思想の芽が包まれてゐるかは、問題ではないのである。 神々の世代 ギリシヤの神話は、この世界を支配する神々の世代をほぼ三つに分つてゐる。天地万物が生じて、第一に此の世界の主宰者となつた神は「ウラノス」と「ガイヤ」であつたが、それに就て「クロノス」と「レア」の治世が永い間続いた後、最後に「ゼウス」と「ヘラ」が此の天地の主宰者となつた。「ウラノス」と「ガイヤ」の系統には「チタン」と「キクローベ」と「ケンチマネ」と言ふ三つの神族があつた。このうち「チタン」族は後の神族の敵となつて、この世界に大動乱を起したもので、ギリシヤの神代史の中で、いつも争闘の渦中に飛び込んで、増悪と争闘とを煽るものはこの一族であつた。神話学者の間には、火山の爆発とか、地震とか言ふ地球上の大変動を人格化したものと解釈されてゐる。「ホメロス」の詩に現はれる「チタン」族は「イアベトス」と「クロノス」の二つだけであるが、ヘシオドスは十三の「チタン」族の名を挙げてゐる。即ち「オケアノス」と「テチス」「ヒペリオス」と「テイヤ」「コイオス」と「フオイベ」「クレイオス」と「エウリビヤ」と「イヤベトス」「テミス」と「ムネモシネ」「クロノス」と「レア」である。 次に「キクローベ」族は雙眼の大怪物で、その名を「プロンテス」「ステロペス」「アルゲス」と言ひ、雷鳴と電光と落雷の人格化であつた。 最後に「ケンチマネ」族は、百本の手を持つた怪物で、「プリアレオス」「ギエス」「コツトス」と言ひ、大地を震はす海の激動や怒号や、山のやうな波濤の恐怖を人格化したものである。 「ウラノス」は此の三神族のうち、後の二族を怖ろしいものに思つて、生れると直ぐ母なる大地の底の「タルタロス」へ投げ込んで、そこへ封じ込めて了つた。母の「ガイヤ」は、この無情な行動を深く憤つて、「ウラノス」に対して復讐を企て、「チタン」族の助けを求めたが、「クロノス」の外は、たれも母に味方をするものはなかつた。「ガイヤ」はそこで、「クロノス」に一つの鋭利な鎌を与へて、「ウラノス」を待ち伏せに襲つて深傷を負はせた。そのとき「ウラノス」の体から流れた血は化生して、蛇の髪をもつた復讐の三女神「エリニエス」や新しい大怪物巨人族となり、また海に落ちたものは、美の女神「アフロヂテ」となつた。「ウラノス」に就ては、これ以上に何事も伝はつてゐない。ギリシヤ人は「ウラノス」を神に祓らなかつた、従つてギリシヤ神話に於ける「ウラノス」の地位は、只自然界の基本的な力を代表する神々の父と言ふだけに過ぎなかつた。 かうして「ウラノス」の時代は過ぎて新しい「クロノス」の世となつたが、「クロノス」は父に取つて代つたといふ事情があるので、父の祟りだけでも永続しないやうな運命を帯びてゐた。 一方ではまた「ウラノス」の系統を引いた神々から、自然と「クロノス」とは異系の多くの神々が生れた。「オケアノス」と「テチス」の間には無数の河神や泉と森の少女「ニムフェ」が生れ、続いて海の「ニムフェ」だの海や陸の色々な怪物が出来た。「ヒベリオン」と「テイヤ」とは「日」と「月」と「暁」の両親となり、暁の女神は色々な「風」と「暁の明星」の母となつた。また「イヤベトス」の子には広大無辺の天を支へてゐる「アトラス」と人間の創造に力を尽した「プロメテウス」「エピメテウス」の兄弟があつた。「クロノス」は妹の「レア」と共に天地を支配して、その間に「ヘスチヤ」「デメテル」「ヘラ」の三女神と「ハデス」「ポサイドン」「ゼウス」の三男神を生んだ。 「クロノス」の治世は此の天地が未だ罪と汚れを知らなかつた、いはゆる黄金時代で、疾病も知らず、老いると言ふ事もなく、野山には種々の果実が、一面に実つてゐるから、働いて食ふと言ふ心配もなく、天地間の万物が無限の幸福と快楽とを味はつて居た時代だと伝へられる。この黄金時代は久しい間続いたが、その間に「クロノス」は自分が生んだ子が、いつか自分に代つてこの天地の主宰者になると言ふことを知つてゐたので、子供が生れるや否や、みんな呑んで了つたが、併し最後に「ゼウス」の生れる時は、母の「レア」は「クレテ」の嶋へ行つて生れた赤子を一つの洞窟の中へ隠し、大きな石を産衣の中へ包んで「クロノス」へ渡したので、「クロノス」は気がつかずに一口にそれを呑み込んで了つた。 かうして危い命を助けられた「ゼウス」は、クレテ島に「ニムフェ」らに保護されて、「アマルテイヤ」と言ふ山羊の乳でそだてられたが、「ニムフェ」らは赤児が泣く度に鐘や太鼓を鳴らし、軍のまねごとをして泣き声を「クロノス」の耳に入れないやうにしたと伝へられる。そのうちに「ゼウス」は生長すると、先づ祖母の「ガイヤ」の助けをかりて「クロノス」の口から呑み込んだ同胞らを吐き出させた。その時第一に出たのは「ゼウス」の身代りになつた大石で、これは後に神託で有名になつた「デルフォイ」の神殿に保存された。それから、順々にほかの五人の同胞らが吐き出されて、母の「レア」の手へ戻された。そこで天上界に第二の革命が起つた。 「ゼウス」はその同胞の神々と倶に「オリムポス」の山上へ立籠ると、多くの「チタン」族は「クロノス」を助けて「オトリス」の山に拠つて十年の間戦争を続けた。この戦争は自然力の全部を闘争の渦中に捲き込んで、この世界の存在をも脅かしたほどに猛烈なものであつた。同時に他の一方では、神と悪魔、正義と暴力との戦ひであつた。此間に「チタン」族のうちでも「テミス」と「ムネモシネ」(公正と記憶)とは、暴力の味方になることを避けて、智力と秩序の代表たる「ゼウス」の味方につき、また「プロメテウス」(先見)も終局の勝利が「ゼウス」にあることを予知して「オリムポス」に走つた。 戦争は殆んど果しが付かなかつた。「ゼウス」は終に「チタン」族の暴力を征服するには、他の暴力を借るほかはないと悟つた。そこで「ゼウス」は再び祖母「ガイヤ」の力を借りて、「ウラノス」が地底の「タルタロス」へ封じ込めて置いた「キクローベ」や「ケンチマネ」の一族を解放して味方につけ、「キクローベ」の手から雷電を譲り受けて、先頭に立つて敵に向ふと、三箇の「ケンチマネ」は三百本の手で岩をつかんでは敵に向つて雨霰と投げつけた。その時「オリムポス」の山上から投げかける雷電のために、周囲の地は焼けただれ、河海の水は沸騰して、火の如き霧は「オトリス」の山を包み、「チタン」族は絶えず閃めく電光のために悉くその視力を失つた。 同時に「ケンチマネ」は地と海を震はして突進したので、さすがに勇猛な「チタン」族も、電光に焼かれ岩の下に埋められて、たうとう「ゼウス」の軍に降服して了つた。そこで「ゼウス」は「ケンチマネ」に命じて、「クロノス」を始め自分に刃向つた「チタン」族を、「タルタロス」の底へ幽閉し、「ケンチマネ」をして監視させた。 神々と「チタン」族との戦闘の神話は、世界の起原に関するギリシヤの神話の中でも、恐らく最古の伝説に関するものである。この戦闘の舞台となつた「テツサリヤ」の地勢を見れば何人にも想像されることではあるが、そこには自然の激変の跡が著しく残つてゐる。「テツサリヤ」の平原そのものが、あの山壁を裂いて「テンペ」の大谿谷を作り出した大地震の産物であつた。そして「オリムポス」山と「オトリス」山とは丁度この大谿谷を挟んで相対峙する大城壁のやうな形勢をして、その間の谿谷には処々に巨大な漂石が「ゼウス」族と「チタン」族の間に投げかはされた巌石のやうに捲き散らされて居るのである。 「クロノス」の黄金時代は、かうして永久に過ぎ去つた。「クロノス」の神話については、互に矛盾した二つの性質が賦与されてゐる。一方では、この時代を地上には永久の春が続いて人間が無限の幸福を享楽した黄金時代だと説くとともに、他の一方では、その治世が既に父の「ウラノス」に対する反逆に始まつたやうに、この治世を通じて権謀術数によつて支配された時代のやうにも説いてゐる。この第二の伝説によると、「クロノス」は結局正義の代表者たる「ゼウス」に対して、邪曲の代表者と見られるのである。併しさう言ふ道徳的の矛盾を除外して見れば、この時代は、後の天地万物の秩序が次第に整つて来た時代であつた。 「ゼウス」は終にその強敵「チタン」族を征服したけれども、「ゼウス」の主権はまだ本当に安定する所までは行かなかつた。「ガイヤ」は一旦は孫の「ゼウス」を助けて「クロノス」と「チタン」族を征服させたけれども、いよいよ「ゼウス」が勝つて見ると、さすがに自分の生んだ「チタン」族の没落を憐むやうな心持も出て、「ゼウス」に対してまたまた陰謀を企てるやうになつた。 「ガイヤ」には、「チタン」族のほかに「チフオイオス」といふ子があつた。「チフオイオス」は同胞の「チタン」族よりは一層恐ろしい怪物で、どうしても全能の「ゼウス」に反抗すべき運命を持つて居た。この「チフオイオス」は一百の蛇の頭と火の如く暉く目と真黒な舌を持ち、其一百の口からは同時に蛇、牡牛や獅子や犬や其他あらゆるものの声を立てて咆吼するのであつた。この怪物が母の「ガイヤ」の命を受けて「ゼウス」に向つて戦ひを挑んで来たが、「ゼウス」は直ぐにその雷電をあびせかけて打ち倒し、「チタン」らと一緒に「タルタロス」の底へ投げ込んで了つた。 併しこの戦争で天も地もその為震撼して「タルタロス」の底までも響き渡つた。そして「ゼウス」の雷光に包まれながらも、その怪物の吐き出す息がかかつた地は、まるで白蝋かなにかのやうに、どろどろに鎔けたと伝へられてゐる。この怪物は今もなほ「タルタロス」の底で、折々恐ろしい唸り声や泣き声を立てる、その度に噴火山の口から怖ろしい火の舌を吐き、或は恐ろしい熱風を起して、地上の草木を焼き払ふのである。「チフオイオス」は猛烈な旋風の人格化であつた。 「チフオイオス」の反乱に続いて巨人族の反乱があつた。巨人族と言ふのは、「ウラノス」の血から生れた巨大な怪物である。伝説によると、キラキラした鎧を着て手に長槍を持つた魁偉な巨人であつた。巨人族の中でも、特に雄強なものは「アルキオネス」「パラス」「エンケラドス」及び火の王「ボルフィリオン」であつた。この巨人族との戦ひでは、「オリムポス」諸神の中でも、「ヘラ」と「アテーネ」の二女神が首功を立て、また「ゼウス」の血を受けた英雄「ヘラクレス」がその強弓をひいて敵をなやましたと言ふことになつてゐる。 この巨人族は自然界の勢力の人格化であつた。「チタン」族とは違つて、俗間の信仰に根拠を持つた妖魔であつた。従つて巨人族は「チタン」族や「キクローベ」や「チフォイオス」よりは一層人間に近く、古い彫刻では獣の皮を着て岩や根棒を武器とする蛮族の姿であらはされてゐるが、後には胴から下は人間の形体を失つて、脚のかはりに頭をもつた二匹の蛇をつけるやうになつた。巨人族は恐らくある地方に特有な俗間信仰から出て一般の神話の領域に侵入して行つたものらしく、その性質には、有史前の獰猛な蛮族を暗示するところがある。人間と同様に土から生れたといふ形容詞をつけられてゐるのも、その一つの証拠である。とにかくこの巨人族も、他の二族と同様に「ゼウス」の為に全く征服されて「タルタロス」の底へ全く葬られて了つた。 そこで天地の秩序が始めて定まり、「ゼウス」は「クロノス」に代つて天地の主宰者となつた。 この時「ゼウス」は神々の会議を開いて、それぞれにその支配を定めた。「ポサイドン」「オケアノス」に代つて海を支配し、「ハデス」は暗黒な地下の世界と「タルタロス」の王となり、「ヘラ」は「ゼウス」の妃として「オリムポス」の女王となつた。
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大本神諭 神諭一覧 明治36年閏5月23日 明治三十六年閏五月二十三日 日本の国は日本で建てて、外国とは立別けて在りたなれど、世が乱れて来て、世の末と成りて、六茶苦茶に成りて了ふた世を、此の世を創造た元の実地の艮の金神が、此の世を潰ぬ為に、変性男子、変性女子の身魂を造らへて、世界には大きな水も漏さん仕組が為て在りての、二度目の世の立替で在るから、ナカナカ大事業なれど、地固めが出来たら成るのも早いから、日本の人民に一人でも多く、早う日本魂の生粋に復帰らねば成らぬぞよ。此の大本は、世の始まりの世界の大本と申すのは、艮の金神が世を持つ教を致して、神代に間に合ふ日本魂を造る、純真純美の光明彩筆の世の始まりで在るから、此中へ立寄る人よ、其の心得で修行を致して下さらんと、真正の御蔭は判らぬぞよ。役員は皆其の心得で、御用を勤めて下されよ。 日本と外国との大戦ひが此の綾部の大本の中に、縮図が為て見せて在るが、神力は日本なり学力は外国、一分と九分との艮めの大決戦で在るから、余程日本魂を練りて、胴を据へて居らねば成らんぞよ。負けたら従ふて与るし、勝ちたら従はして末代の世を天下泰平に治めるぞよ。魯国から始まりて、世界の大戦に成ると云ふ事が、明治二十八年の十一月に、出口手で書かして在るが、時節が迫々と出て来て、疑ひの雲が晴れ行くやうに成りたぞよ。永い間の大きな経綸であるから。申した事に遅し速しは在る事も在るなれど、一度申した事は何も違はん、其の通りが出て来るのじゃぞよ。 此の世に類無き落ぶれ者の出口直に、昔から未だ無い結構な事が命して在りて、口と手とで世界の事を知らしても、真実に今の人民は致さんから、此の中に実地が為て見せて在れども、判らねば判るやうにして見せて与るぞよ。疑ひの雲も晴行きて、何処から破裂致すやら、ヲドスで無いが、三千世界の幽顕の建替と云ふ様な大規模の神業を為て居りて、是だけ世界から実地が現出て来るのに、改心も致さずに、今に疑ふて居る人民、地部下にならんやうに致されよ。疑ふも際限が在るぞよ。此の世でさえも一ト切りに成りて、世の立替と云ふ様な大神模な経綸を致す大本で在るから、疑ふ様な小さい肝魂を持ちて居りて、神の聖慮も汲み取れんやうな人民は、今度は真正の御神徳もやう得らんから、天地の御用は間に合はんから。省かれるより仕様は無いぞよ。器量が小さいと、自己の損じゃと申して気が附けて在るぞよ。 今度綾部に咲くハナは、昔から未だ此の世始まりてから、類例の無い事のハナが咲くので在るから、其の大本で在るから、世が放漫的開化て汚濁切た今の世の中に、末代萎れん結構な花の咲く基礎工事の御用は、苦労艱難の凝結の花が咲く御用で在るから、軽挙妄動有りては出来んぞよ。 世が変りて、梅と松との世に成るぞよ。梅は寒候に向へば花の準備致す、花の中では一番苦労が永がいなれど、節操正しく良い実を結ぶなり、大本のハナは苦労の凝結で咲くので在るから、梅に譬へて在るぞよ。松は変らん昔から一すじの金院無欠至霊心、此の心に日本の人民よ、皆が揃ふて成りて来んと、今度の日本と外国との戦ひは、彼我も人民では見当の取れん、大きな仕組が出来て居るから、外国の方が良いと思ふ様な、真政理解の無い日本の人民は、仕様無くば外国へ服順と云ふ者が八分も九分も有るが、今度の最後審判の瀬戸際で外国に服従ふた人民は、畜生道へ堕落て万劫末代モウ日本の神国へは帰る事は出来んぞよ。松も梅も皆今度の事の譬へ、心で汲取なされ。出口の筆先は書放題、其れが皆世界から出て来るのじゃぞよ。日本はいろは四十八文字で世界中が見え透くので在るから、荒振神共よ、改心致さな成らん世が参りたぞよ。世の刷新に霊魂の改善整理で在るから、改心せん身魂は自然淘汰から、不足は世界中に何処へも云ふて行く処は無いぞよ。 旅立ちの身風を書き置くぞよ。出口の旅立ちは、世を立替へる大本で在るから、薩張り現今流とは風相を変へる、何処へ行きても木綿着物に晒しの脚線、紙巻草履を穿きて参ると申して在るが、現代は余り世が贅沢て、物的欲望極致から、大本から末代の神政の行り方を創始て見せるぞよ。 鬼門の金神は悪神と世界の人民に言はれた神、悪神で在りたか、善を竭して此の天地を潰さぬ様に、悪に見せて善一つを立て貫きて来た事を、変性男子を顕はして、世界の人民に改心悦服絶対的帰順を為して、賦興安心立命す、綾部の大本は、善と悪との行り方を、世界の人民に見せて、末代の神政の手本を出して、人民に本然感知を致す大本で在るぞよ。悪の行り方は人がドンナ苦労を為てもドウでも良いなり、自我の思はくに行かんと四方八方当たりまくって、小言を申し立てて恨み合ひの行り方、善の行り方は我身を犠牲て人を助けるのが善の行り方で、善と悪との行り方は天地の違ひであるぞよ。此の世は善の行り方で無いと、悪ではテンと行当りて、途中で道が無くなりて、世が難渋な事に成るから、善の行り方の世へ持ち方を改めるぞよ。コンナ事を申すとよい狂気者じゃと申して、一層悪く申すなれど、辛い残念を隠忍りて行かねば成就らん誠の道で在るから、普通並製の身魂で在りたら、辛棒は出来んと申して、筆先に出して在るぞよ。三千世界の大狂者の真似で在るから、辛棒りて行けよ。此の方の行り方は、今では人民の心の通りに見えるぞよ。悪き心の人民には悪神に見るし、善き心の人民には是程善き神は先づは無いなれど、心の事が出来るぞよ。 此の世は是迄は四ツ足の守護で在りたから、腹心の中は腐りて居りても、容色飾りてドンナ罪科の金でも立派に使用ばエライ者じゃと鄭重に致すから、日本の人民が不真不実く堕落て、学と金とが此世の宝と申したが、世を変えて、此の先きは日本の国は、天立本然の日本に致して了ふから、直接の分霊分身は申すに及ばんなり、其の系統の身魂は天下泰平に世が治まりたら、夫れ夫れに御用を仰せ附けるから、本来が結構な天地の霊徳で在るから、日本の人民は天賦精霊を磨きて、心性の容れ変えを致したら、世界中が善くなるのじゃぞよ。 昔の神代が循環り来て、本来の神政へ帰復りて、昔の元へ何事も日本の行ひを復顕から、世界には大きな間違ひが出来て来て、思慮腹案の相異う人が多数に出来るが、是迄は悪が跳梁りた世で在りたなれど、善一つに平定て了ふて、悪は掃蕩げるぞよ。 神代に成ると近い遠いの懸隔は無いぞよ。水晶の真心の信念なら、千里を隔てた所でも利益は与るが、膝下にをりても、神に心の無き人民は構いはせんぞよ。心丈けの事より報酬は与らん此方じゃぞよ。 [#ここから下の文章は、「教祖御直筆」とあるように、艮の金神による大本神諭ではなく、出口ナオによる文章である。天声社の七巻本(第6巻8頁~)には収録されていない。] 出口教祖三千世界を開きます大神の御用致されし御経歴を少し誌し奉らん。原文は教祖御直筆なり。 ……………錮れては置かんと御指図ありて、四月の十五日(教祖出獄の御日)に成る迄に、大槻鹿造が牢の入口へ参りて「家(出口家)を売りて御前(教祖)に気楽に暮らさし度い」と申して、私のやうな者の言ふ事でも聞て下さり、「福知山の叔父様の言はるるやう、また伝吉(教祖第三男)の言ふ事も聞いて呉れたなら、御前(教祖)を牢から出して上げやう」と往生攻めに致したのだ。出口は家も何も要らん、牢から出さえしたら良いのであるよって鹿造の言ふ通り、夫れは良い法立てで在る故結構じゃから、御前の都合に為されと委して置いて、四月十五日に出して貰ふたのでありた。科なきものを牢へ入れて、四十日の間食物も食べずに居りたのも、皆神様からの事で在りました。余り苦酷から牢の中で死のうと思ふて見ても、何程死のうと思ふても、神がキッと憑いて居るから死なれせんぞと、艮の金神様が言ひなされて止めに致したが、死ぬも生きるも皆神様からの都合の事で在りますから、何事も神様にお委任申せば楽なもの、天竺へ行けと神様が言ひなされて、真実に行くのじゃと思ふて、神様や近所へ子供を頼みて置いて、天竺へ行かうと思ふて居りたら、裏の庭園の松の木の余程太い枝が折れてをりた、其の松に嘴が出来、羽翼が出来、大きな鳥に成りて、其の鳥を捕まへたら、何処やら行ったと思ふたら綺麗な室に来て居りて、見ると妙見様が大きな御厨子の中に這入りて居りなされて、又其の次の室へ行きたら、女神様が御ズシの中へ這入りなされて、其の前に七福神と兎が居りました。また向ひには福禄寿が立てりて居りなされた思ふたら、矢張り出口の宅で寝て居りたので在りた。其次に龍宮へ行けと言ひなされて、龍宮へ行ったと思ふたら、龍宮の眷属が梯子をさして大勢上りて来た事も見えました。 牢から出て西町(大槻鹿造宅)に二日居りて、八木へ行きたのだ。家も売り道具も売りて、路頭に立ちたなれど綺麗な新つの出口直に成りて、今に成りたら家を売りて下されたのが誠に結構だ。茲まで致さんと此の取り次ぎ(教祖)は出来んのじゃぞ。出口は方々で糸引きて、新つに衣類を造らへて、生れ赤子に成りたのじゃ。皆神が命して在る事ぞ。茲まで世に落して御用を命して居るぞよ。神と人民とは薩張心が反対で在るから、神の御用を聞くものは何か非凡ぞよ。人民は表面体を飾り、金の廻りが良いと誠に重宝がりて、落ぶれた者には言交ふと、汚れるやうに思ふ世の中、世が変るから反対に変るぞよ。 出口牢から出て、四月の十八日に八木へ参りたなれど、四十日牢へ這入りて居りたので、身体は柔弱う成りて、又一ト働き致さねば成らんから、ナカナカ辛い事で御座りました。その中に六月に成り、独言独語は言ふて居れども(教祖は神の霊憑りまして、常住座臥独言独語し玉ふが常なりきも)神様の御容姿は拝めず、頼り無き故、神様の御姿を見せて頂き度いと御願ひ申したら、モウ三十日待ちて呉れいと御指図が在りて、ソウする間に七月の六日の朝御体拝致せば、チット御話も無かりたなれど、達磨さんが金神様は二日間は御留守じゃと申しなされた。其頃は生き達磨じゃと申しなされて、何でも言ふて下さりたのじゃ。ソウする間に天え上りなされて、天で赤装束で明白に御姿を見せなされて、夫れからは夫れ切りで今に御言葉も無いなれど、仏事から神道へ立ち帰ると申しなされたのじゃぞよ。七月六日に天へ御上りなされて、七日の日の暮れに御礼致して居りたらお帰りなされて、天へ二日上りて、位を貰ふて来たのじゃと申しなされたが、夫れからまたお容姿が拝め出したのでありた。福島(八木の人、教祖の御女婿)が誠に結構な事と大事に致して、鄭重に致して下さりたが、亦大槻鹿造は出口の事チットも判らず、狂者待遇に致すので、鹿造の宅へ行くと荒立て鬼か蛇の様に成るなり、八木は金神と言ふ事が良く判りて居るから、誠に結構で在りた。久(教祖第三女)が時計が狂ふて、ドウしても掛りませんからお母さん御伺ひを為て下されと申したから、御伺ひ致したら、大槻鹿造の家に置てある刀と譬への書とを八木へ早う引取りて呉れんと、彼の家に置くと祟るから、一日も早く取寄せて呉れい。其の知らせで時計は狂はしてありたのじゃと、艮の金神様が御言葉ありた。その御言葉ある間に時計が掛りて、これはドウじゃ結構な事と、すぐ福島が手紙を書いて神様の御言葉を大槻鹿造の家へ与りたが聞かず、言伝してもおこさず、福島が大変怒りて居る間に、神様が純(二代様)を連れて、早う帰れと仰せなさる故に、八月の四日に純を連れて帰りましたら、神様御指図の通り、大槻鹿造は刀と譬への書とが祟りて、手が破傷風に成りて、夏中もて余したと、出口の家を売りた、出口の家の再建する金も喰ひ込て了ふたので在りた。此の神様は天でも自由に成さる神様故、時計位ひを掛けなさるのは安き事なれど、御姿も拝めずに伺ふ間に時計がかかるのは、人民からは余程不思議に御座ります。八木に居りた頃、明治二十六年の五月頃に、来春四月から唐(清)と日本との戦争が在ると御指図ありて、コンナ時節に戦争と言ふ様な事は無いと、皆が申して居りたなれど、違い無く戦争、明治二十七八年は大戦争、明治二十九年の大洪水も神様から聞いて居りましたから、福知山の青木さんに、今年は大暴風雨が在りますげなと、明治二十九年の春申して置いたが、えあり大暴れが在りました。明治二十五年に綾部近所がミヤコに成ると、十三日食物をも食べずに叫めいて、昼夜世界の事を言ふて居りました。言ふて在ること皆出て来るぞえ。明治二十六年にカラえ行て呉れいと言ひなされたので在るから、種まきて苗が立ちたら出て行くぞよ。刈込みに成りたら手柄を為せて本へ返すそよと御神示が出たので、苗が立ちた時分にう、唐へ行くので在ろうと思ふて居りたら、明治二十七年の五月の八日に、カラに行って呉れいと御指図ありたから、ハイ参りますと承知致し、ほのぼのと出て行けぞ心淋しく思ふなよ、力に成る人は用意して有ると、又御神示に出た故、一人で出て行きたら、誰そ外国へ連れて行って呉れるものが有るじゃろうと思ふて、用意を致して居りたら、都倉の吉九郎の家内トキと申すものが、御前の御供なら天竺までも着いて行くと申して、御願ひ致したなれど、都合が在りて出口は五月八日立ちにて先きに行って居るなり、トキの来るのが遅いから、子が有りて出難いなれば、子は八木に預かりて置くから、早う御出でと手紙与りたが、余り来るのが遅いので、二三十日待ちて居りた。モウ六月に成り、六月七日には明八日に立てとの神言ありたから、一人行きたら誰ぞ連れて行きて呉れるものあるじゃらうと思ふて八日に八木を出て、亀岡の大橋銀次郎の宅へ一寸寄りまして、私は外国へ行くので御座います、天理王様へ御筆先が与りて有りますから、大和へ参りて其の先きは唐へ行くので在りますと言へば、いづれは行く様に成るが、御前さんが歩いて行かいでも良いのじゃ。大和へも此の暑いに行かいでも良い。綾部へ帰りて人助けなりと為なされ。人が助かるかと申す故、四十人ほど助かりて居りますと申せば、それなら後へ返りて助けなされといふのを聞かずと、王子へ行きて居りたら、都倉のおときどの参りたから、御伺ひ致せば、一時も早く行て呉れいとの御神示が有りて、其の翌朝京都まで行きて、天理王の先生の宅へ宿まりて居りたら、出口の用済みてから、教会まで行って貰い度いと、承りて、河原町の教会へ行きたら、先生が七人居りて、出口の筆先を見せいと申して、奥室へ持って入りて見たれば、天理王のおみきさんの筆先と似て居る事で御座いますと、出て来て申す故、左様かコンナ事が書けたので御座いますに。」「神様に下げて頂かうかと相談致すから、ハイ下げて貰いますと申して、直ぐ水を浴びて神前にへ連れ行きてすれば、戦場へ連れ行けと荒立ちて、夫れから二階へ上りて、種々と神様が出口の体から申しなされば、疑ふて七人の先生が評議致し、是れは狐狸では無い宮嬪さんで有ろうと申したり、ナカナカ判らんので、宿屋へ帰りたが、宿屋も皆心配致し、宿屋の家内が申すには、是が誠の神様で在りたらナヤミが出来て帰なれせぬと申すなり、出口が誠の神様で在るならナヤミを造らへなされと、神様に寝際に申して置きても何の事も無く、夜が明けて居りますれば、おときどのは眠むそうな顔をして夜具を整み居る時、出口の体荒立ちて夜が変るぞよ。此の戦ひ治まりたら、天も地も世界中桝掛け引きた如くに致すぞよ。神も仏事も人民も勇んで暮す世に成るぞよと、御筆先を書かせなさりて、此の筆先を此の宅へ置て帰れとの御言葉ありたから、唐まで行かうと思ふて居るのに残念なと思へ共、御指図通りに致して居る故、残念乍ら王子まで帰りて、直ぐ神様にお伺ひ致せば、出口よ唐へ行けと申したが、行かうと思ふたかと御言葉有りたので、此の出口は唐天竺まで行かうと思ひましたと申したら、偉い者と御ン喜び、行くか行かんか気を引きなされたので在りたぞよ…………。(後略)
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大本神諭 神諭一覧 大正5年旧6月10日 大正五年旧六月十日 大国常立尊変性男子大出口の神と現はれて世界中の守護致すに付いては、末代に一度の事で在るから何につけても人民からは見当の取れんのは尤もの事で在るぞよ。昔から無いことが出来るのも皆時節のカで在るから、時節には往生致して服ふ所へは服ふて、負けて勝とるが宜いぞよ。頑張りて居ると我れにツマらん事が出来ると可愛想なから、素直に致されよ。此の先きは素直なのが早う御蔭が取れるぞよ。頑張りて失敗た此の方が、何彼の事に気を付けて置くぞよ。今迄は蔭からの守護で世界中の調査を致して居りたが、世界中の霊魂の立替と成りて、是れからは元の先祖が構ふ世に成るから、日本の霊の統裁国の邦を酷い事に致して居るのを、元のミロク様の世へ立返るぞよ。初発から天地を建設た元を、此の世には無視いやうに致して、ミロク様の御力に仕ておいでる地の先祖を此の世に無いやうに致したら此の世界は我れの儘ぢゃと、皆の奉伺人が枝の神は皆徒党で在るから、気が揃うて好い事で在ると申して枝の神の御ン喜びで在りて、ミロク様の御心はドンナで在ると推量致すやうな優しい御魂は無かりたぞよ。肝腎の力に仕ておいで遊ばす地の先祖が力が在り過ぎると申して神に省かれて、稚日女君の命は天の親則を破るし、ミロク様は他の神に申し訳が無いから、衆多と一人とは更へられんと申しなされて、大勢の神の申すやうに成されて今日に成るまで隠忍りつめて御いでなされた。悪と言ふものは慈悲も情趣もない我れ好しの強い斗りの性来で在るぞよ。此の世を建造に成る迄の御艱難を御存じの在る神は地の先祖より外には一と方も在りは仕よまいがな。天と地との先祖が初発から善一つで続かしたら邪魔を致すのが世の根起から能く判りて居るから、我が子には天の規則を破らして天の咎人に仕てをいて、何無調法の無い地の先祖を世に落して、時節の経綸を為せて居いでなされたのじゃ。ミロク様の御心はどんなものと言ふ事の憐情の在る守護神が一ト方でも在りたなら斯うも成りは致さうまいに、時節とは言ひ乍ら余りとした残念な事で在るぞよ。悪では十分の事の思惑の立たん世界は、元が神国で在るから、悪の陰謀は九分九厘で成就致させんぞよ。皆揃うて元からの悪の性来を薩張り入れ替へを致して、生れ赤子の初心に成りて、生粋の身魂に仕て置いたら、今度は末代の事の定まる世界中の霊魂の立替で在るから、悪に反りて居りた御魂でも、我れの自発的の腹からの改心を致して、天地の御恩といふ事の判る守護神で在りたなら、天地の根本からの因縁の判る身魂で在りたなら是迄の御魂を引き抜いて了うて、末代結構に致してやる昔から善一筋の何時に成りても変らん松心の天地の先祖で在るぞよ。茲までの御心配を天の御先祖様に為せた変性男子の御魂で在りたと言ふこと、其の変性男子の御魂が二度目の世の立替の折りには昔から無い事を開発して、末代の事の御用を致すには、他人の子には傷は着けられんから、我が血統に厭な事は皆為せて致さねば、天の咎罪は御許しが無いと言ふ事を末代大国常立尊が書き置かせるぞよ。是れを見て皆の人民よ改心致されよと申して在らうがな。元からの因縁を説いて聞かせる綾部の大本で在るから、他では何も判らん事の出来ん事をいろは四十八文字で書きつくして在る事が何も違はん天地の真理原則で在るぞよ。日本の国には経綸が仕て在るから、気も無い中に書いて置くと其の通りに時節が回りて来るので在るぞよ。時節が来たら何も其の様に成りて来て、物事が成就するのぢゃから、末代の事の判る身魂を、天の御先祖様がこしらへて御いでましての事で在るぞよ。大出口直に書かした事は今の学者には阿呆らしいやうに在るなれど、大出口直の書くいろはは昔のミロク様の始まりの根本のいろはで在るから、途中に出来た枝の神やら、今の学の在る人には判り難うて面倒いなれど、日本の国はいろはで無いと建ちては行かん神の国で在るから、此の先きは学の世を立替と致して、善一つの御道で、いろはで通用を致さすぞよ。何彼の事の行り方をいろはで世界中の行り方を変える時節が循りて来たので在るから、負けると言ふ事は其の時は口惜しいなれど、往生際が悪いと此の先きは敵はん事が出来るから、ドンナ鏡も出るから、善い鏡に映るやうに致されよ。是までの世は悪の覇張る時節で在りたから、何で在らうと悪賢うありて無茶で言ひ勝ちたら、偉物ぢゃと申すやうな今の人民は何彼の事に善の神とは心が反対で、夫れと申すは上の守護神が世を持ちはづして、上も下も一平線に悪の行り方も喜こぶやうな見苦しい性来に成り切りて居るからで在るぞよ。善と悪との立替立別けで世界は御魂の昇り降りで大きな混雑と成るぞよと申して在るが、悪ではモウ先きを向いて行けんやうに大変りが致すぞよ。是迄の心を変へて貰はんと、毎度申すなれど、是迄の世は逆自然殺真命の世で在りたから、此の世が世界中が万妖荒振逆流社会の世と成りて、世に出て居れる方の守護神が皆が忘本叛始の性来で在るから、真生命発現の不朽光徳世界と言ふ経緯極美がチットも無いやうに成りて了ふたゆゑに、今の世界の此の難渋で在るぞよ。綾部の大本には此の世が出て来た折りに昔からの一厘の経綸で世界を助ける仕組が致して在るなれど、天と地との先祖が人民を使うて致さな人民が何程昼夜寝ずに考へても判らん経綸が仕て在るぞよ。天地の先祖を余り大きな見害いを致して居りて、悪の行り方を結構と申すやうな守護神に使はれて居ると何時に成りても、真命授徳と言ふ事が在りはせんぞよ。此の大本へ来て居る人は皆確固不抜と致して、是迄の精神を大河え流して了うて、皆うぶの精神に筆先通りの行ひに皆の心が一ツに固まりたら、世の元の先祖が仕組て居るやうに致すから、素直な人民から良くして与りて善の道を開くから、御用の出来るやうに皆揃うて日本魂に磨いて下されよ。何程可愛想でも違ふ心の人民は神が使へんぞよ。我れの守護神の智慧では判らん。ミロク様とは反対の智慧で何程考へても判らん善一つの御経綸で在るぞよ。此の大本へ這入りて御用の端にでも使うて欲しい守護神で在りたら心を改めて来んと、一寸でも違ふ心を持ちて居りたら物事がはごついて思ふやうに無いぞよ。天地の先祖の心の判る守護神に使はれて居る肉体で在りたら、神の心と同じで在るから、何程でも神徳を授して結構な御用を為せるなれど、其の心の人民が無いので大本は人を多衆寄せんので在るぞよ。寄せてお話しを致して筆先を見せても、誠の事が判らんからぢゃが、其れで当然じゃ。世に出て居れる方は善の教は聞き度うない守護神斗りで在るから、済度のに余程骨が折れるぞよ。善の御話しと筆先の話しの耳へ這入る守護神はドンナ事でも命せて頂いて、此の大本え置いて貰ひ度いと発根からの誠の在る人民で無いと、綾部の大本は他とは違ふ所で有るから、大本と反対の守護神に使はれて居りて、此の大本を下に見下して出て来て直ぐから上へ上りて御用致さうと思うて出て来ても、変性男子は何も皆見届けて在るから、好い事は出来んぞよ。変性男子は初発から糞粕よりも下へ落して、世の元の結構な御用が命せて在りたぞよ。平の人民が元の思ひも致さずに、我れの出世斗りに目を付けて来ても好い事は無いぞよ。早う我れが出世したいやうな浅い身魂は用には使はんぞよ。直は大出口の神と天から御名を頂いて居りても、今に縮まるやうな心で居るから、誠の無い人民は神は厭ふから御用致さうと思ふたら薩張り精神の入れ替へを致されよ。今迄は悪の世で在りたから、世に出て居れる守護神があとさきも構はずに、自我の思わく通りが思ふやうに行けたから、苦労と言ふ事は致さずに上へ上る事斗りに目を付けて居るやうな見苦しい性来の守護神人民はモウ一寸も霊の利かんやうに致すぞよ。善の神の申す事は何時に成りても出て来るから、申して在る事は熟く耳へ入れて腹の中に持ちて居ると、今度は飛んだ結構が出来るぞよ。心の反対は守護神は何も皆反対に悪く見えるから誠のおかげが取れんぞよ。天壌無窮之真生命(=おかげ)を発揚のも埋没のも其れは各自の心の持ちやう一つで光明世界へ行ける身魂と、汚穢界へ墜落る身魂とが出来るので在るぞよ。此の方からは改心致す身魂さへ在りたら、日本も外国もチットも別け隔ては致さん神で在るぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正7年12月22日 大正七年一二月二二日 艮の金神国常立の尊の御魂が、竜宮館の高天原に現はれて、世の立替立直しの筆先を書きおくぞよ。三千世界の立替の御用致さす為に、変性男子の身魂大出口直に永らく苦労をさしてあるぞよ。天保七年十二月十六日、天照皇太神宮殿の御誕生日に斯世へ出してから二十七年の間、直は結構に気楽に暮さしてあるぞよ。さう申しても世間並の気楽さでは無いぞよ。中々いろいろと肉体に就て人に変りた事がさしてありたぞよ。二十八歳の冬から五十七歳まで三十年の間、人民界では誰も能う堪らん艱難苦労をさして、現世の衣を脱がして御用に立てたぞよ。五十七歳の正月元日から、艮の金神が体内へ這入りて、今年で二十七年の間神界の経綸で筆先を書かせ、口で世の立替を知らしたぞよ。何時も三十年で世の立替と致すと申して知らした事が、モウ一分になりて、跡三年残りたなれど、水も漏らさぬ仕組であるから、三年の間は変性女子の手を借りて立替立直しの御用を致すから、是からは一日ましに世界から判りて来るから、何程の鼻高でも成程と往生をいたすやうになりて了ふぞよ。変性女子は神界の経綸で明治四年の七月の十二日に斯世へ出して、二十七年の間は是も普通の人民では出来ぬ苦労を致させ、二十八歳の二月九日から、神が高熊山へ連れ参りて、身魂を研かして、世の立直しの御用の経綸が致してあるぞよ。二十八の歳から此の大本へ引寄して、有るにあられん気苦労を致さして、いよいよ身魂が研きかけたから、三十九歳からボツボツと大本の経綸にかからしてあるが、此の先まだ十年の気苦労を致さすから、其積りで居りて下されよ。三年さきになりたら余程気を付けて下さらぬと、ドエライ悪魔が魅を入れるぞよ。辛の酉の年は、変性女子に取りては、後にも前にも無いやうな変りた事が出来て来るから、前に気を付けて置くぞよ。外国から今に六ケ敷難題が持かけて来るが、今の番頭の弱腰では到底能う貫ぬかんぞよ。是も時節であるから、何程智慧学がありても今度は一文の価値も無いから、日本の人民が揃ふて改心いたせば良し、到底改心が出来ぬなら止むを得ず気の毒が出来いたすぞよ。世界の九分九厘が近よりて来たぞよ。一厘の仕組で三千世界を立直すのは、綾部の大本より外には無いぞよ。今この仕組が日本の人民に判りたら、三千年の神界の仕組が成就いたさんから、今の今までは誠の元の一厘の所は申さんから、疑ふ人民は未だ未だ有るぞよ。 富士と鳴戸の昔からの経綸が判りて来たら、世界は激しく成りて、外国が薩張り帰順いたして日本へ末代従ふやうに成るぞよ。東京の経綸はミノヲハリ、尾張の経綸は世の終り、伊勢は丹波に丹波は神都、みやこの経綸は万古末代つづくぞよ。続く血筋は世の本の天と地との直系の日の大神と地の神、天地揃ふて水晶の誠一とつの末永き結構な神代に致すぞよ。神代に成りたら人民の身魂にも御光が刺すぞよ。暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しくなるぞよと、今迄出口直の筆先に知らして置いたが、今が其時節であるぞよ。未だ未だ世界は安心な所へは行かぬぞよ。是からが彦火々出見の初りであるぞよ。目無堅間の神船はこれから出て来るぞよ。水火地の大名は何処に現れて居るか、これを知りた人民今に一人も無いが、燈台元暗の誓えの通りの世であるぞよ。 艮の金神が明治二十五年に、竜宮館に出口の守と現はれた折の初発に、竜宮の乙姫殿が御越なされて、今日の御祝儀お目出度存じますると仰しやつて、今まで海の底に溜めて置かれた御宝を、陸の竜宮館の高天原へ持運びて、艮の金神様にお渡し申すと仰せになりたが、海の中には金は幾何程でもあるから、竜宮様の御改心で今度はいよいよ受取りて、新つの金を吹く時節が参りたぞよ。斯世一切の事は皆神の自由であるから、何程人民が智慧や学で考えても、神の許し無き事には、肝腎の艮めを差すといふ事は、何時になりても出来は致さんぞよ。竜宮の乙姫殿は誠に欲の深い御神様で在りたなれど、今度の二度目の世の立替のある事を、世の初発から能く御存知であるから、第一番に御改心が出来て、艮の金神の片腕となりて御働き遊ばすから、是からはこの大本の内部も、世界を日増に大変りを致すぞよ。三千世界の宝は皆国常立尊の拵らえたもの斗りで在るから、世が元へ戻りて、何も彼も艮の金神が自由に致す時節が参りたから、今迄の事を思ふて頑張りて居るとスコタンを喰ふ事になりたぞよ。人民の力で行れるなら我を出して何なりと行りて見よれ、初めはチト良きやうに在るが、先へ行く程つまりて途が無くなりて、行きも帰りも成らぬやうに致されるぞよ。是が今迄の世とは違ふと申すのであるぞよ。珍らしき事を致して、三千世界の善の鏡と悪の鏡とを出す世界の大本は、何彼の事が厳しくなるぞよと申してあろうがな。キカねばキクやうにして改心さすと申してあるが、今が大事の性念場であるから、心に当る人民は一日も早く我の欲を捨て、神界の御用第一に致すか結構であるぞよ。神は困まらねど其人が可愛さうなから、神がクドウ気を付けておくぞよ。今の人民は永らく体主霊従の中に染り切りて居りたから、容易一寸には改心が出来にくいなれど、モウ時節が来たから、改心さす間が無いから、今までの学や智慧を横へ遣りておいて、只一心に神の申すやうに致されよ。考へたり研究いたしたりするやうな気楽な時では無いぞよ。モウ二進も三進も成らぬ所まで世が差迫りて来て居るぞよ。何程道の為じや御国の為じやと申しても、誠生粋の道思ひ国思ひの人民は尠ないから、人民の申す事は嘘が多いから、神も中々油断が出来ぬやうに成りて来たぞよ。今の人民の盲目聾の欲に抜目の無いのには、神も閉口いたして居るぞよ。利己主義の行り方ばかり致して居ると、夫れが世が代りて居るから、自滅自亡の種になる二度目の世の立替であるぞよ。此の大本の行り方と世界とを比べて見たら善と悪との鏡が出して在るから、改心せずには居れぬ事に仕てあるぞよ。世の立替が初りたら、世界は上り下りで騒がしくなると申してありたが、外国の王の今の有様、まだまだ斯んなチヨロコイ事ではないぞよ。何処へ飛火が致さうも知れんぞよ。夫れで永らくの間艮の金神が出口直の身魂を使ふて、脚下へ火が燃えるぞよ。鳥がたつぞよ気を付けよと申して知らしたが、日本の人民は上から下まで欲斗りで目が眩みて了ふて居るから、今に判りて居る人民が何程も無いが、今に成りてからバタ付ても、モウ守護神人民の力では到底叶はんから、艮の金神の申すやうに、今迄のやうな利己主義の精神を立直して、水晶の生れ赤子の心に成つて、今度の肝腎の御用を勤めたなら、末代名の残る結構な事が出来るなり、今までの心で行りて行くなら、十人並のお出直し誠に気の毒な事が出来いたすぞよ。神の申す事毛筋も間違は無ぞよ。 東京で経綸をするが身の終りと申して知らしてありたが、キモがアノ通りの失敗をいたし、次にイヤが真似してアノ通り、カカが金を掘り出すと申して失敗り、マサがまた思はく立たず、是だけ鏡を出して見せても未だキカねばキクやうに為て改心させるなれど、其処へ成りての改心はモウ遅いから、一日も早く今の内に行方を薩張り替えて下され、取返しのならん事が出来いたして、世間へ顔出しのならん事に成るぞよ。今大本の教えを拡め行くと申して、ソハのそはそはしひ遣り方、斯んな弱ひ誠の無い精神で、三千世界の大神の御用が勤まると思ふて居るか。大慢神も大間違いも程があるぞよ。トモもモウ少し筆先を調べて下さらぬと、抜きも差しも出来ぬやうな事になるぞよ。大本の役員信者一同に気を付けるが、今が何より肝腎要めの性念場であるぞよ。早く眼を覚して下されよ。外国の体主霊従金銀為本之政策で、何時までも世が続くやうに思ふて、一生懸命に四脚の守護神が操掻いで御座るが、モウ世が済みたから、何程骨を折りて見た所で、百日の説法屁一つにも成らぬぞよ。猿も狐も狗も蛙も皆奥山に隠れて了ふて、今の体主霊従の経綸の真最中であるが、気の毒ながら日本の神国の行方は四脚の手には合はぬから、要らぬ御心配は止めて下されよ。武蔵野に今は狸の腹鼓たたいて鳴らして、八畳敷まで拡げた○○の跡の始末は何ふする積りか。人民では斯終局は就くまいぞよ。日本の神国を茲まで四脚が曇らして置いて、未だ飽き足らひで今日の世の持方、神はモウ肝忍袋の緒が切れたぞよ。日本の上に立ちて外国の下を働らく四足の守護神よ、気の毒ながら、神の申す間に聞かぬと、昔からの経綸通りに気の毒でも致さねば、神界の永らくの大神業の邪魔に成るから、其仕組の蓋を開けるから、跡から神に不足は申して下さるなよ。神は気を付けた上にも気を注けて在るぞよ。 斯大本の役員も余程確り致さぬと、未だ肝腎の仕組が解りて居らんから、俄にバタ付かねば成らん事になるが、夫れで大本の役員と申しても世界へ申訳の無い事が出来いたすぞよ。出口直が上天いたしてからは、斯大本は一段に厳しく成るから、其覚悟で居らぬと、トチメンボウを振らねばならぬ事になるぞよ。筆先を充分腹へ入れて能く消化して居らぬと、筆先が間に合はぬから、モ一度念を押して置くぞよ。 艮の金神は是から暫時の間は、大出口直の代りに変性女子の身魂を籍りて、色々と化かして御用致さすから、余程気を付けて居らぬと大きな取違いを致して、跡で愧かしき事が出来いたすぞよ。三千世界の大化物じやと申して、是までの大出口直の筆先に毎度出さして在ろうがな。此の大化物が全部世界へ現はれる時節が近ふなりて来たぞよ。神が一度筆先に出したら何時になりても違ひは致さぬぞよ。斯の大化物は三千世界の晒し物であるから、今の普通の人民では見当が取れんやうに致して在るが、今に何も彼も皆判りて来て、日本の人民がアフンと致して、眼舞いが来る者が沢山に現はれて来るぞよ。珍らしき事の判る世界の大本で在るぞよ。世は持切りには致させんと申すのは、今度明白に判りて来るぞよ。外国の八尾八頭の守護神が、渡りて来られん筈の日本の神国へ渡りて来て、日本の女を自由に致して、今では機械同様、神は誠に残念なぞよ。是でも見て居ざれよ、今に善悪の身魂の審判が始まるぞよ。天王台の神庭会議が始りたら、何如な守護神でも薩張尾を出して、化けの皮を表はすやうに成るぞよ。そうなりては可愛想なから、其所に成るまでに改心をさして、化けを表はさずに此儘で続いて行らしたいと思へども、余りの事で改心の為せやうが無いぞよ。思ひの違ふ人民斗りが現はれて、世界は開いた口が塞がらぬ事斗り出来するぞよ、是の判りた人民今に無いぞよ。 艮の金神国常立之尊が三千年の経綸いたして、待ちに待ち兼た松の代五六七の神代が廻りて来たから、今年からは何彼の経綸の蓋が開いて、何も知らぬ世界の人民がアフンと致すやうな大事業が完成て来るぞよ。一番に斯大本へ世界の宝を竜宮殿の御手伝で世に上げて、三千世界を鳴らすぞよ。松の老木に鶴が巣を組む時節が来たぞよ。鶴と亀とが此の大本へ舞ひ下るぞよ。人民には今では判らねども、跡に成りたら判りて来るぞよ。十二の卵を産み並べ、名も高砂の尉と姥、夫婦揃ふて大地の掃除を致したら、跡は結構な云ふに言はれぬ楽もしき世となるぞよ。アとスとの御用は誠に結構であるぞよ。夫れに就けてはキの御用御苦労であるぞよ。神の経綸の開く初発の肝腎の五六七の御用であるぞよ。この大本は因縁の身魂でないと、何事も肝腎の御用は致させんぞよ。二十七年も此の大本へ立寄りて居るテハの身魂は、昔から悪に強い身魂の性来で、元の生神を艮へ押込めた身魂であるから、元からの性来は一寸やソツトには直らぬから、今に成りても陰になり陽になり、大本へ這入りて邪魔斗り致す事を考へて居るが、是も神から鏡に出してあるのであるから、改心いたせば助けて遣るなれど、何時までも改心出来ねば、天地の規則通りに致して了ふぞよ。気の毒でも身魂に改心が出来ねば、天地の規則はナンボ神でも変えると云ふ事は出来んから、助け様が無いから、神が気苦労致せども、守護神と其人の心とは世の元の神の心と正反対であるから、何う致す事も出来ぬぞよ。 暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しく成るぞよと申して、毎度警告して置いたが、世界の大戦争が一寸片付いて、是から世界の人民は安神に暮せると思ふて居れど、是から先きは段々と約りて来て世界は淋しく、一旦は火の消えたやうになるとの神言でありたぞよ。戦争は是で済みたのでは無いぞよ。戦争と申しても殺合ひの喧嘩斗りでないぞよ。何に就けても大戦争であるぞよ。少しでも食物の用意を致さねば、後で地団太蹈んでも追付かぬ事になるぞよ。四足の餌の奪り合ひが始まりて来るぞよ。未と申とが腹を減らして惨たらしい酉やいが初まるぞよ。今迄世界の人民の苦しむ大戦争を喜こんで、結構な事に成りて金銀を積んで高振つて居りた人民は気の毒ながら、真逆様に地獄のドン底に落ちて苦しむぞよ。我欲本意の行方では永うは続かんと知らして在りた事の実地を神から為て見せてやるぞよ。是を見て世界の人民は一時も早く改心を致されよ。我の所有は天地の間に木の葉一枚も無いぞよ。頭の毛一筋でも下駄の裏に付いた砂一つでも、神が造りたもので在るぞよ。今の人民は余り結構すぎて冥加と云ふ事を知らぬから、世の立替の折には、天地からの戒めに逢ふて驚愕いたして、頭を下に致して歩行かねば成らぬやうに今に成りて来るから、艮の金神は夫れを見る眼が辛いから、明治廿五年から大出口直の体内を借りて色々と苦労をさして、世界の守護神と人民とに気を付けたので在りたぞよ、今この大本へ色々と世界の心になりて居りた体主霊従の守護神を、神から引寄せて居るから、大本の役員は御苦労であれども昔の事から後の世の事まで説き聞かして改心さして、神世の柱を研かねばならぬから、第一に役員から水晶に成りて下さらんと、一寸でも濁りが在りたら、世界から出て来る守護神人民を改心さして、神の柱に用ふ事が出来んから、片時の間も早く誠を覚りて下されよ。判りたと思ふても未だ未だ中々誠の事は解りては居らんぞよ。茲で役員が誤解を致すと、三千年の永らくの経綸が遅れて来て、世界は遅れた丈けは永らく苦しまねばならぬぞよ。斯大本は世界へも移り世界からも移りて来るから、大本の中からキチンと立替立直しを致して、アレでならこそ世界の立直の大本じやと、世間の人民が申すやうに成る所まで、各自に身魂を研ひて下されよ。モウ時節が迫りて来て、改心の間がないぞよ。大地の上は邪神の眷属やら四ツ足の守護神に脚一本置く所も無いまで汚されて了ふて、昔の天地の元の生神の居る所も無いやうになりたから、綾部の大本は昔から神の経綸で隠して在りた結構な所であるから天地の神が昇降を致して今度の二度目の天の岩戸を開く地場であるから、塵一本でも無いやうに清らかに致して下され。今までは誠の元の生神は、丹后の男島女島と播磨の神島とに隠れて、三千世界の守護いたして居りたぞよ。時節参りて天の大神様の御命令を頂きて、竜宮館の高天原に現はれて、水晶の世の御用を致すのであるから、人民は猶更この大本へ引寄せて貰ふた人民は、余程心を清らかに持ちて、善の道へ立帰らぬとウカウカ大本へ参りて致して居りたら、御神徳いただく所で無い恐い事が出来て来るぞよ。是からは神は日増に烈敷くなるぞよ。人民も改心せずには居られんやうに成るぞよ。この大本は誠に結構な所の恐ろしい所であるぞよ。大化物が隠くして在るぞよ。この化け物は普通の化け物でないから、現はれたら心の悪るき守護神人民は腰が抜けて了ふて、四ツ這ひに成つて苦しむぞよ。 この大本には三千世界の大気違いやら大化物が表はれて、世の立替立直しの神界の御用を致して居るから、普通の人民の眼からは見当は一寸取れ難いなれど、世界の大本に現はれた気違いが申した事は、一分一厘間違いのない、チト実のある気違いであるぞよ。神から見れば今の日本の人民は真正の狂人斗りで、言ふ事も為る事も皆間違ひだらけであるぞょ。それで今の人民の致す事はチツトも尻が結べて居らぬから、何時も縮尻るので在るぞよ。毎日毎夜嘘つく事ばかり勉強いたして、是が文明開化世の行方と申して居るが、今の人民の致した事は、政治に因らず教育に由らず、何一つも碌な事は出来ては居ろまいがな。夫れで日本神国の人民と申されやうか、判らぬと申しても盲目と申しても余りであるぞよ。外国人に自由自在に致され、眉毛の数まで読まれて居りても、未だ気が付かず、ケツのケまでも抜かれて了ふて居り乍ら、未だ眼尻を下げて歓こんで居ると云ふ、今の日本の○○○○の体裁、開いた口が塞がらぬと申すのは、此所の事であるぞよ。今に脚下から唐土の烏がたつが判ろまいがな。○○の○○と申しても余りで無いか。一日も早く○○いたして下されよ。梅で開いて松で治める、竹は外国の守護と致して、万古末代世界中を泰平に治める経綸の致してある、神国の○○と人民が何も判らむとは、惨い事に曇り切りたものであるぞよ。是から三千年の経綸、竜宮館の玉手箱を明けのカラスと致して、日の出の守護に掛るから、日本の守護神の内にも大分慮見の違ふ御方が出来るぞよ。明治二十五年から艮の金神が無間の鐘を掘り出して、地の高天原で変性男子と女子の身魂が力限り根かぎり打ち鳴らして、世界の守護神人民に警告せ共、聾か生倉か一人も誠の者が無りたなれど、大正五年の五月に、五六七の大神様が大本へ御降臨あそばしてから、余程判る人民が大本へボツボツ参りて来るやうになりて、今では世界の大本と申しても、余り耻かしう無い様なれど、神から見れば未だ未だいろはのいの片方までも判りては居らんぞよ。この節分を堺といたして、ソロソロと経綸の玉手箱を開けるから、浦島太郎の日本男子よ、腹帯を確りと〆て御座れよ。今迄一生懸命に成りて善と思ふて歓こんで致して来た事が、薩張煙と成つて消えて了ふから、了見の違ふ守護神人民が大多数出現ぞよ。今の人民の精神の持方では、余程改心致さんと、日本男子の桃太郎殿も、何程かしこい猿智慧でも、何程強い犬を使ふても、雉子長泣女の先導でも、鬼が島の征伐が六ケ敷いぞよ。正反対に鬼に征服れるやうな事になるぞよ。変性男子と変性女子の尉と姥の申す事が、耳へ這入らぬやうな事では、日本の神国は到底も立ちては行かぬから、神は昔から斯世が来るのが能く判りて居りての、三千年の永い経綸であるから、攻めては大本の教を一口なりと聞いた守護神は、其覚悟を致して、神界の御助けを致して下され。神は取りもぎには致さんぞよ。今度日本が潰れたら世界中が暗黒となりて、悪神の自由になるから、斯の暗き世を、天照す皇大御神の神の子が、日本の国の光を現はして世界を照さねば、天地の祖神様へ申訳が立たぬ事になるぞよ。日本の人民は天の大神様の分霊なり。肉体は国常立之尊の守護であるから、人民は神と同じ事であるぞよ。この結構な神の御宮の玉を追出して、薩張り悪神やら四足の住宅に致されて居るのであるから、今の人民の所作柄と申す者は、サツパリ鬼か蛇か畜生にも劣りて居るぞよ。夫れで今の人民の致す事は、逆様斗りより出来は致さんので在るぞよ。それで今度は天と地とを拵らえた元の生神が、綾部本宮の世の本の地場に現はれて、今度の世界を構ふて遣らねば、何時までも天下泰平には成らんから、経と緯との機織の仕組が世の元から致してありたのじやぞよ。 機の初り丹波の綾部、あやの神戸にあるわいなと、昔から歌が遺してありたのは今度の世界の立替立直しに就ての譬であるぞよ。経糸はモウ出来上りて天へ上りたから、是から先は変性女子が御苦労なれど、緯糸をかけて棚機姫殿の御用を致さすのであるぞよ。珍らしき機の仕組であるぞよ。 二十七年に渡りて、艮の金神が出口直の手と口とで知らして置いた事の実地が今年から判りて来るから、此の大本は何彼の事が忙はしく成りて、目の廻る如くに成るから、モチト役員しつかり致して、神界の忙がしいやうに、人間界も急いで御用いたして下されよ。一日が愚かでないぞよ。片時も早く人間界で出来る丈けの仕組にかかりて下されよ。今の大本の立廻りの人民余り気楽過ぎるぞよ。斯んな事で神界の御用には成らんぞよ。我一と骨を折りて勤め上げねば今の立廻り心が緩みて居るぞよ。怠惰な人民が一人でも居ると何彼の一切の邪魔になるから、可愛相でも暫らく成就する迄控えさして下されよ。大本の上の枝に頼むぞよ。今の大本には外国の御魂は寄せられんぞよ。十日も大本に居りて、未だ神の事が解らいで疑ふやうな人民は帰らすがよいぞよ。却て神界の仕組の邪魔に成るぞよ。一寸でも邪魔が這入りた丈は、神界の経綸世の立直しが遅れるから、一日でも遅れただけは世界が苦しまねば成らぬから、大本の上の枝になりた役員は遠慮は要らぬから、ビシビシと筆先通りに致して下され。今が一大事の時であるぞよ。出口直の神影は金銀取りては下げられんぞよ。神界に伺ふて許可を請けてからで無いと、売物に致したら厳しき戒があるから、一寸気を付けて置くぞよ。出口直の神影には人民の名を出す事は相成らんぞよ。是は変性女子の御用であるから、神影は神が憑りて書すなれど、女子の身魂は日増に忙がしう成るから、因縁の在る身魂に御手伝いを許すぞよ。神の姿は何程大事の役員でも妄りに筆を執られんぞよ。能く心得て居りて下され。教監役員に気を付けて置くぞよ。 大正七年十二月二十二日、旧十一月の二十日、竜宮館に女子の体内を借りて国常立尊が書きおくぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年2月13日 大正八年二月一三日 大正八年二月十三日旧一月十三日 艮の金神国常立之神言変性男子の御魂が、竜宮館の高天原に現はれて、昔の根本の事を知らすぞよ。今日は出口直日主命の上天から丸る百日に当る祭日であるから、大本の標目の十曜の紋の由来を書きをくぞよ。国常立之尊が世の太初から悔しき残念を堪忍りて、在るにあられぬ苦労艱難を致して貯えた、只一輪の生き花の開きて散りて芳ばしき、果実を結ぶ時節が到来から、善一筋で貫きて来た神と、悪計りを企みて、好き候に致して来た神との因縁を現はして、日の出の守護と致すぞよ。 大本の十曜の神紋は、世界統一の標章であるから、この神紋の由来を知らねば肝心の神秘が分らぬぞよ。九重の花が十曜に化りて咲く時は、万劫末代しほれぬ生き花で在ると申して、今迄の神諭に出して在ろうがな。斯の九つ花が十曜に開く其時は、如何な鼻高も如何な悪魔も改心いたして、今までの自分の思いの違ふて居りた事が明白に分りて帰順いたすぞよ。三千世界の世の元を締固めた折に、一生懸命に大活動を致した誠の神の因縁を説いて置くから、万の神々様も人民も、能く腹へ呑み込みなされよ。綾部の大本地の高天原に、変性男子と変性女子の身魂を現はして、今までに充分に気が注けて在るなれど、未だ皆の役員信者が誤解いたして居るから、根本から神の因縁を分けて見せるぞよ。日本の古事記にも出してない神が沢山に在るから、迷はぬ好うに為るが可いぞよ。艮の金神が改めて日の出の神の肉体を表はすぞよ。常世姫之命の御魂の宿りて居る、○○○○○○○が、日の出の神の生き魂であるぞよ。大分思ひの違ふ役員信者が出来るぞよ。 日の出の神の肉体は○○○で在ると云ふ事を、変性男子の上天までに発表たいと思ふたなれど、五六七の神の世に成るまで控えねば成らぬ義理がありて、態とに隠しておいたなれど、モウ大門も経綸の形だけ出来たから、変性女子の手で知らすぞよ。八木の北山に火竜と成りて実地の姿が見せて在るぞよ。変性男子の身魂は現世で百歳の寿命が与えて在りたなれど、余り仕組が後れるから、天へ上りて守護いたす為に早く上天さして御苦労に成りて居るぞよ。世の元の大御宝を占め固める折に、差添に成つて活動なされた神は、真道知彦命、青森知木彦命、天地要彦命の三男神と、常世姫之命、黄金竜姫之命、合陀琉姫之命、要耶麻姫之命、言解姫之命の五女神、合して三男五女八柱の神を育て上げて、差添の御用を命せなさつたのが稚日女岐美尊であるから、是が九重の花と申すので在るぞよ。 稚日女岐美尊の後見を為された至善の神様が天照日子尊であるぞよ。天照彦命は海潮の肉体に宿りて、五六七の世の御用を致して居れるなれど、誰も未だ分りては居らぬぞよ。此神が表はれたら二度目の世の立直し、九重の花が十曜に咲くので、三千世界の統一が成就するので在るぞよ。斯神々が大国常立之尊の差添え日本魂の純粋であるからタタキ潰しても潰れず、火に焼いても焼けもせぬ剛強なる御魂であれど、大地の祖神が世に落されたに就いて供に落ちねば成らぬ如うになりて是非なく世に落ちたので在るぞよ。時節参りて地の先祖の国常立之尊が再び世に現はれるに付て、供に今度は現はれて万古末代萎れぬ花の咲く結構な神代が来たので在るぞよ。 今度は二度目の世の立替建直しであるから、世の太初からの善悪の胤を残らず現はして水晶の神代に致すのであるから、一切の事を書きおかすぞよ。世の元の国常立之尊を世に落したのは第一番に天稚日子命であるぞよ。天稚日子命は大変に女の好く神で在りたから、女神を沢山に部下に付けて天の規則を破りたり破らしたり、体主霊従の大将と成りて世を持ち荒した神で在りたぞよ。天地の別れた折からの邪気凝まりて体主霊従の邪鬼と成りた神が天若日子命であるぞよ。世の根本を修理固成た地の先祖を押込める経綸を致した様な邪神であるから、今までの神界を持ちて現界までも構ふて来たなれど、肝心の天地の神の大恩を知らずに世界の人民をアヤツリ人形に致して来たから、今の人民の上に立つ守護神が薩張り心が曇りて了ふて胴体なしの紙鳶昇りで上下たに眼が着かぬから、大空斗り向ひて仰向ひて我身の出世する事斗りに心を奪られて居るから、地の世界が真の暗同様になりて今に天地が転動て逆トンボリを打つ事が出て来るのも判らぬ様な惨いことに成りて居るが、其れも知らずに未だデモクラシーを唱えて騒ぎ廻りて居りても、日本の霊主体従の行り方致さねば到底世界の艮めは刺す事は出来ぬぞよ。変性男子若姫君命は元来の善神で在るから、大変な千座の置戸を負ふて国津神等に代りて世に落ち成されて万神万民の探き罪を贖ひ遊ばされ、天よりも高く咲く可き生き花を咲かさずに地獄の釜のコゲ起し、在るに在られん御艱難を遊ばしたのも、元を糺せば天稚日子の命のために神の世一代の御苦労を成されて、未だ其の苦労が余りて現世にて其罪を八人の産の児に負はせて在る故に、三男五女の児は今に八百万の神に踏下げられて居るから、一通りや二通の苦労ではないぞよ。斯の由来が大本の中の重立ちた役員に早く判りて来んと、十曜の神紋が開けぬぞよ。十重の門が開けたら、三千世界の統一が出来るので在るから、跡に残りて居る○○の兄弟と変性女子の肉体とに解けて聞かして腹帯を確かりと締さして置かんと、サアと云ふ時に成ると変性女子の肉体を体主霊従の行り方の人民が世界一致して引裂きに出て来るぞよ。皆々の結構な天来の神諭を取違い致して、肝心の大本の役員信者までが変性女子の身魂を攻めに来る者が中には出て来るぞよ。 肝腎の判らねば成らぬ肉体に実地の神業が判りて居らぬから、物事が後れて世界中が困る事が出来いたすから、早く肝心の御方に知らして置かぬと、罪なき人民にまでも泥水を呑ますやうな事が出来いたすぞよ。現今の大本は一旦天の規則が破れて了ふて、世を持たれぬ神の天稚日子が名を代えて充分に自身の思が達した形が東の空から西の地の底の大本へ写りて居るので在るから、未だ真実ものに開けて居るのでないから、気宥しはチツトも成らぬぞよ。日の出の神の因縁が判りて居らぬから、世界の物事が後れるので在るぞよ。艮の金神の筆先を速く調べておかぬと、世界へ対して申訳なき事が出来いたすぞよ。自分ほど神界の事の能く分りたものはなきやうに思ふて自惚いたして居りても、世の変り目で在るから、神の奥には奥が在り、未だ其奥には奥の奥の大奥が在るので在るから、可い加減な一心では誠の神秘は判りは致さんぞよ。梅で開ひて云々と申す事はドンナ苦労艱難いたしても、又ドンナ悔しい残念な事が在つても堪え堪えて持切ると云ふ事の誓えで在るぞよ。梅で開くと云ふ事は皆の肝心の行ひで在るから、思ひ違いのないやうに致して身魂を充分に練り鍛えて下されよ。今は未だ天稚彦の系統が重に集めて在るから、今大本に集りて居る人民の中に天稚日子の行動が判りて実地を調べて置いて下さらぬと、皆の守護神が濡手で粟を握むやうな甘い事を思ふて居るものが沢山あるから、都合が好ければ一生懸命に勤めもするなれど、少し形勢が悪いと見たら皆還りて了ふと云ふやうな水臭い役員も中には出来るから、気宥しは成らんぞよ。それで各自に心得て気を注け合ふて互に何処までも、神国の為に生命を捧げると云ふ立派な日本魂に研き上げて居りて下されよ。思が間違ふと一寸の事が在りても経綸が後れても直ぐに不足を申したり、顔の色を変えたり致すから、何事が在りても一分も動かぬ日本魂に研いておかぬと、世界の大峠と大本の中の大峠に躓いて後へ引かねば成らぬぞよ。それでは早ふから大本の教を聞いた功能がないぞよ。此度の二度目の天之岩戸開きの天地の大神の至仁至愛の御恵みと申すものは洪大無辺にして何程人為の学問や智識で考えて見ても判らん深い仕組であるから、鼻柱を体能く捻ぢ折つて生れ赤子に立復りたなれば、三千年の経綸の世界の大機織が紋様が判然と分明るなれど、肝心の機織の模様を拵へる根本をソコ退けに致して、人間界の智慧計り働かして居ると、何時まで焦慮りて骨を折りても肝心の経綸が判らぬから、一時も早く我を折りて、明治二十五年からの筆先を充分に調べて下されよ。神聖元年からの筆先は一層注意して調べぬと大きな取違いが出来いたすぞよ。 大出口国直日主命の永年の苦労の徳で天若彦命の肉体の名は指さずに神界から赦しておくから、我一と我心身をサニハ致して省みて身魂を立替いたさぬと、神界の仕組が後れる計りであるぞよ。何程外囲の垣や構造が立派でも誠の教が立ぬと神界にて教祖の神が苦しむから、早く改心いたして誠を立て下されよ。○○○○○○○には日の出の神の生き魂の守護が在るなれど、未だ充分に研けて居らぬから、十に二つ位は間違いがあるぞよ。天照彦命は至善の神であるぞよ。天稚彦は悪の神で在るぞよ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年4月13日 大正八年四月一三日 大正八年四月十三日 艮の金神大国常立尊が竜宮館の地の高天原に現はれて、世界の事を書きおくぞよ。変性男子の御魂の宿りて居る出口直の手を借り口を借りて明治二十五年から大正七年まで二十七年かかりて知らして置いた言葉の実地が出て来たぞよ。由良川の水上の渭水の辺りに流れも清き和知川十二の支流を寄せ集め、三千世界の隅々へ。澄める教を伝えむと探き思は神の胸。広しと雖三千歳の。経綸も茲にアオウエイ。五大父音の音無瀬や、科戸の風の福知山。空吹く東風や北風の。塵も埃も外の国。皆舞鶴の入海に、流し清めて惟神。火水の稜威も荒磯の、砕くる日影月の影月日も仲良く治まりて、神教の奥は大正の、一二御代に厳々し。伊都の御魂の表はれて、燃の斯世を開きつつ、地成の春夏秋の空。峰の頂き四ツ尾の、木々のそよぎて畏こくも、高天原に登ります。最も尊とき惟神、真道弥広大出口、国地王霊主の神魂、国稚姫の久良芸如す、漂ふ神国を、造り初め。経と緯とに織る機は、綾の錦の棚機や、千々に心を配らせつ、鬼も大蛇も瑞の霊、光りさやけく美はしく、天の岩戸を開かむと、二代三代澄直霊、三千世界の梅の花、開く常盤の松みどり、竹の園生の弥栄に、栄えを松の神代かな。弥々ひらく大正の、八ツの御年の春よりぞ。花の香清く実を結び、世界の花と鳴り渡り、東も西も南北も、神の都と称へつつ、凝り固まれる九年、十年の春や秋の空、高く清けき神の国、世の大本と美はしき、名を酉年の芽出度けれ。 ◎ 今の世界の人民は余り学や智慧が有り過ぎて神徳は言ふに及ばず、人徳と云ふものが、一つも無いから、今の世界の此の有様を何とも思はずに、我身さえ好けりや他人は死のうが倒れうがチツトも構はぬ自己本位の人民が九分九厘まで湧いて居るから、何時までも神国成就の経綸が出来上らむから、今度は昔の元の天地の先祖が現はれて三千世界の改造を致すために天の大神様の御命令を戴きて、地の先祖の国常立尊が神代一代世に落ちて仕組いたした誠の道の玉手箱、開けても暮れても一筋の天津日継の弥高く四方に輝やき渡す時節が参りたぞよ。綾部の大本は神界の経綸で、変性男子の大気違いを現はして天地の神々や守護神人民に警告て在りたなれど、斯の大気違は最早天に帰りて天からの守護となりたから、是からは弥々変性女子の大化物を現はして、三千年の経綸の艮めを差して世界を水晶の神世に造り代えて了ふぞよ。それに就ては大本の金竜殿の説教や演説の行り方から立直さぬと天地の先祖の神慮に叶はんぞよ。今は世の堺の金輪際の千騎一騎の性念場であるから、因縁の御魂を日々遠近から引寄して明治二十五年からの筆先と此の大本の中に在りた実地の談さえ致して、天地の先祖の苦労やら変性男子が鏡に出した其の行状の有様やら、女子の心の底にある炬火を世に現はして充分に立寄る人民の腹の底へ浸み込むやうに平たう説いて聞かせる世界の大本で在るのに学者が聞いても容易に判りかけの致さん言霊学やら哲学の如な話を仕て居りては物事が段々遅れる斗りで、神界は却つて迷惑を致して居るぞよ。此の大本は改心改心と一点張りに申す所で在るが、其改心は堂したら良いかと申せば、生れ赤子の何も知らぬ天真爛漫の心に立帰りて大馬鹿に成ると云ふ事であるぞよ。今の金竜殿の先生は智者学者の集り合ひで在るから、知ず知ずに自分の腹の中の智利や誤目が飛んで出て神と人とを酔はして土を耳や目や鼻に入れるから溜つたもので無いぞよ。今の鼻高さんには神も感心致して居るぞよ。神が一度申したら其通りに致さねば斯の大本は神が因縁の身魂を引寄して致す神策地であるから、賢こい御方の結構な考えとは薩張大反対であるぞよ。世界の日々の説法を見て改心いたして今迄の行り方を根本から立替て下さらぬと神界の邪魔に成るぞよ。神の為君の為国の為に一身一家を捧げて居乍ら知らず知らずに神慮に背く如うな事で在りたら折角の役員の苦心が水の泡と成つては其人も気の毒なり神が第一に迷惑いたすなり、引寄せられた因縁の御魂も苦しむから、一日も早く何彼の行方を改正て下されよ。一時後れても神界では大変であるぞよ。筆先一方で開くと迄申して在る位の大本であるから、入れ言やら混りの教は神は大変にいやで在るぞよ。斯の大本は世界中の人民を阿房に致す神の大本で在るから、変性女子の大化物の大馬鹿が申す事と行動行り方を気を付けて居りて下されたら何も判るので在るぞよ。 是までに変性男子が一度極めて置た役目は例之変性女子の教主と雖ども猥りに立替る事は成らぬ神の深い経綸であるから、大本の役員の勝手に致す事は成らぬぞよ。我を出して行るなら一寸やつて見よ直に手の掌が覆りて後戻り斗りに成りて苦しむだけの事じやぞよ。神界の仕組はまだ外にも色々と致して在るから、変性女子の胸の内は誠に辛いぞよ。神界の誠の一方の助けに成りて呉れる役員が大本に在りたら女子も御用が致し良いなれど、肝心の女子の心は解らぬから無理は無いぞよ。今の大本の役員は赤誠一図で一生懸命の御用を致して居れる国家の大忠臣斯世の加賀美で在れども、余り正直すぎて融通の利かぬ人民も在るから、神の目放しが一つも出来んぞよ。今の役員信者は結構な立派な御方ばかりで人間界では申分は無けれども、水晶の世に致す神の眼から見ると丁度狭い山路を自転車に乗つて馳りて行くやうに在りて神が横目を振る間も無い馬車馬式の御方斗りで仕末に困るぞよ。けれ共斯の始末に了えぬ人民で無いと今度の御用には間に合はず、六ケ敷神界の経綸であるぞよ。 ◎ 変性男子の御魂若姫君の命は天に上りて五六七大神様の差添を遊ばすなり、坤の金神豊雲野命は地へ降りて大国常立尊の女房役となりて働くなり、天にも地にも夫婦揃ふて守護いたす時節が参りたから、是からは世界の物事は急転直下の勢いで天地の岩戸が開けるぞよ。天では撞の大神様が一の主なり、五六七の神と若姫君命の夫婦が御側役の御用なり、地では禁闕要乃大神様が一の主なり、国常立尊と豊国主尊が夫婦揃ふて御側役をいたすなり、木花咲耶姫命の御魂は日出乃神と現はれて立派な神代を建る御役なり、彦火々出見命は木花咲耶姫命に引添ふて日出の神の御手伝を成さるので在るぞよ。出口直は(イ)の御役を地の上で済して天へ上り、出口の王仁は(ロ)の役を地で致すなり、(ハ)の御役は二代澄子の御役であるから、是から后は一番御苦労であるぞよ。次に日出乃神の御用は(ニ)の御用を致すのであるぞよ。今の大本は(イ)の御用だけ片付きて、(ロ)の御用の初発であるから、混沌時代で四方八方からイロイロと噂さを致すなれど、是がロの守護であるから神界の経綸通りで在るから、皆安心して御用を勤めて下されよ。是から二代の御用は筆先を読んで修行に参る人民に説き聞かす御役であるぞよ。遠国から参りた人民は是非一回に一度や二度は面会いたさせねば因縁が明白に解らんから、大本の役員は是が一番の大事であるから、取違いの無きやうに致して下されよ。 ◎ 三千世界一度に開く梅の花開ひて散りて若日女の再び天に高く咲く、地は豊国主の良き果実を結ぶ、夫れ迄に世界は未だ未だ大きい稲荷の御礼が湧いて来るぞよ。大きな馬の四ツ足と蚤とが動き出すぞよ。木に日が懸り小里の者がさはき出し日月雲に掩はれて常夜の暗やサルの年、トリ越苦労致すより早く身魂を研くが一等ぞよ。 ◎ 銀貨銅貨が凝まりて大きな一箇の丸となり、金貨の山へ攻め寄せて来るなれど、元から貴き光りの在る金は容積少なくも終には一の宝と勝ちほこるぞよ。 ◎ 若日女君命は昔の神代に天の規則が破れた折、イとロの機の経綸の最中に素盞嗚命の天斑駒の為に御国替遊ばして地の底へ埋もりて居られたなれど、二度目の天の岩戸が開く時節が参りて来て、我子の禁闕要の大神に地の主宰権を譲りて今度は天へ還りて五六七大神様と力を協せ心を一にして天の御守護を遊ばすなり、地の神界は国常立尊豊雲野尊が左右の御脇立となりて地の上に高天原を建て三千世界を守護遊ばして天津日継の御尾前を幸へ助け心安の元の神代に捻ぢ直し給ふぞ尊とき金勝要の大神の純きり坐ます梅と松との世界の神の大本ぞ。
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伊都能売神諭 神諭一覧 大正8年6月3日 大正八年六月三日 大正八年六月三日筆 大国常立尊が永く、出口直霊主命の手を借り言を籍りて、世界の事を知らして置たが、斯世界は最早断末魔に近よりて来、昔からの悪神の仕組が、判然と解る時節に成りて来たぞよ。害国の悪神の頭が、昔からの永がい陰謀で、学と智恵と金の力とで、世界中を自由自在に混乱て来て、今度の様な大戦争を起して、世界中の人民を困しめ、人民の心を日増しに嶮悪いたして、自己の目的を立てやうと致し、満五ケ年の間に、トコトンの陰謀を成就いたす考でありたなれど、只一つの日本の国の日本魂が、悪神の自由に成らぬので、今に種々と手を代え品を代え、目的を立てようと致して、山の谷々までも手配りをいたして居るから、一寸の油断も出来ぬ事に成りたぞよ。 三千世界の九分九厘と成りて、今に動の取れん事に成りたから、昔からの神界の経綸で、竜宮館の地の高天原に変性男子と女子とが現はれて、天の大神様の御経綸を昼夜に、声を嗄して叫ばせども、学と智識と金力より外に何も無いと思ひ込で居る、世界の人民で在るから、何程神が気を付けて遣りても、一つも誠に致さぬから、神も助けやうが無いぞよ。此の世の裁判を致す迄に、早く改心致して、身魂を水晶に研いて居らぬと、何時始まるやら人民には判らんぞよ。神は日々に天からも地からも、言霊で知らして居れども、今の人民薩張り悪魔の器になり切りて、言霊の耳が無いから、脚下に火が燃えて来て居るのに気が付かぬから、又た神は日月なり、星にまで変りた事をして見せて気を付けて居るが、夫れでもまだ判らぬとは、克くも悪神に身魂を曇らされたものじやぞよ。天の大神様が経綸の蓋を御開け遊ばす時節が来たから、モウ改心の間が無いから、斯世に置いて欲しくば、一日も片時も迅く日本魂に立帰りて、神の分霊と申す丈けの行状を致して、天地の大神様へ御詫びを致すが何より結構で在るぞよ。 ◎ 撞賢木天照大神様の御命令を戴きて、三千世界の立替の為に、由良川の水上に神代開祖出口守が現はれて、清けき和知の玉水に、人の身魂を洗い世を清め、神政成就瑞純霊が、再び地の高天原へ現はれて、救ひの舟を造りて待てど、乗りて助かる身魂は千人に一人も六ケ敷今の世の有様、神が誠の事を申せば、今の人民は悪神に迷はされて、日夜勝手気儘の遣り方題、自己主義の者ばかりで在るから、力一杯誠の神の教を詈り嘲り其上に侮り辱かしめ、遂ひには此大本を打ち潰しに、新聞までが掛る様な、暗黒な悪の世で在るから、容易神の申す事は、今の人民は聞きは致さんから、モウ神は一限りと致すより仕様は無いぞよ。五年に満ちた大戦争も首尾能く片付き、世界は平和の栄光に輝き、人民は歓喜乱舞をいたして勇んで居れど、是れも夢の間で在るから、未だ未だ大きな戦争が出来て来るから、一日も早く神に縋りて、日本人の行状を致して居らんと、俄に吃驚り致す事が出て来るぞよ。日本も中々安心な処へは行かぬぞよ。腹帯を〆て掛れと申すのは、是からの事であるぞよ。木に日が掛り小里の者が騒ぎ出し、一人の小里の反対が、大変な騒ぎに成るぞよ。其他にも種々の市場が立つて、八釜敷なるぞよ。是も時節であるから、落行く所までは落ち行かさねば仕様が無いぞよ。今千騎一騎の活動を致して神界の御用に立たねば成らぬ時機であるのに、未だ気楽な事を申して、大本の中の遣り方を愚図々々申すものが在るが神界の仕組が人間に判と思ふから、慢心いたして小言を申すのであるぞよ。今度は天からの命令を、変性男子と女子との身魂が戴きて致す事であるから、何程利巧な人民でも学者でも判る筈が無いから、素直に致して、神の申す通りに赤子の心で居りて呉れよと、毎時筆先で知らして在ろうがな。神界の事が人民で判ると思ふて居るのが、夫れが慢神と申すもので在るぞよ。慢神と誤解が大怪我の基に成ると申して在ろうがな。早く心を入れ替て我を捨て神の申す様に致さぬと、取返しのならぬ不調法が出来するぞよ。 播州の上島が神界に深き因縁ありて、瑞の御魂の太古から鎮りて在りた、清らかな霊地であるのに、肝心の者が汚はしい獣の皮や毛で造りたものを持つて参りて汚したから、海上が大変に荒れたのであるぞよ。女子の御詫の徳で一日後れて無事[*ママ]に参拝を許して遣りたなれど、今後はモウ赦さむぞよ。上島は瑞の御霊の許し無しに参りたら大変な事が起るぞよ。肝川の竜神へも勝手に参拝致すと、後になりてから易りた事が身魂に出来て来るから、一寸気を付けておくぞよ。疑ふなら聞かずに行て見よ、其時は何事も無いが後で判る事が出来るぞよ。一度神が申した事は毛筋も違はむぞよ。大○○○部神○○○部チト気を付けて下さらぬと、取返しの成らん事になるぞよ。天災地変は何時の世にも在るものじや、政治、宗教、思想の変遷は、自然の大勢じやと申して油断を致して居ると世の終りの近づきた事が薩張り分らぬ様に成りて了ふて、後で悟悔いたさな成らぬぞよ。天地経綸の主宰者とも言はるる人民が、是だけ日に夜に天地から実地を見せて警告しても心の盲目、心の聾斗りであるから、其れで斯世は暗りじやと申すので在るぞよ。今の世界は一旦は治まりた如うに、表面からは見えるなれど、神の眼からは日に増しに騒がしく成りて居るぞよ。神の知らす内に、チツトは胸に手を当て考がへて見ぬと、互に恥かしき事が今に出来いたすぞよ。今の○○の役員の精神はゴタゴタで在るから、早く改心を致して、小我をほかして、大和心に立帰りて貰はむと、却つて大本の邪魔に成るぞよ。世界統一の神の御用致さな成らん○○の役員信者で在り乍ら、僅かの人民が寄りて居りて、夫れが統一出来ぬといふやうな次第で、堂して神界の誠の御用が勤まると思ふて居るか、判らんと申しても余りで在るぞよ。京都では○の会合所の行り方は、神を松魚節に致す行り方で在るぞよ。村○○の行り方も神の気勘に叶はむから、今の内に改めむと、神から取払ひに致すから、神界から気を付けておくぞよ。此大本は包み隠しの一つも出来ん所であるから、敵味方の区別は致さむぞよ。神の目から見れば、世界に一人も敵は無いなれど、人民が敵に成りたがるので在るぞよ。是からは少しでも間違ふた教を致したり、勝手な行り方を致したら、神界の大変な邪魔に成るから、筆先で遠慮なしに気を付けるぞよ。世界は大芝居に誓へて在りたが、三番叟も初段も済みて、二段の幕が開いたから、一日半時も猶予は成らぬから、神は厭なことでも構はずに厳しく警告すぞよ。自己の事斗りを先に致して、神の御用を序に致す位は未だ愚か、神を看板にいたして居る者も大分出来て居るが、今に目醒しを見せて遣るぞよ。