| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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61 (1826) |
霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 08 縺れ髪 | 第八章縺れ髪〔七二〇〕 木山彦の一行は漸くにして熊野の滝の麓に衣類を脱ぎすて、夫婦は此処に何事か祈願を凝らし七日七夜を送つた。従者の助公は木山彦の命に依り直ちに帰郷し、木山彦の不在を守る事となりぬ。 此処に夫婦は一心不乱になつて、今一度吾子の鹿公に会はせ給へと祈つて居る。三七二十一日の水行を了へた夜半頃、何処ともなく山奥の谷を響かせ馬の蹄の音勇ましく、此方に向つて中空を駆来る異様の神人、七八人此場に現はれ、夫婦に向ひ、 神人『汝は日高の庄の酋長にて木山彦夫婦なるべし。汝が熱誠なる祈願を聞き届け、一人子の鹿公に遇はしてやらう程に、夫婦共前非を悔い、今迄なし来りし天則違反の罪を吾前に自白せよ』 と言葉厳しく言ひ渡し、鏡の如き目を光らし、白馬に跨つた儘両人の顔を睥睨して居る。扈従の神と見えて六七人は稍小さき馬に跨り各手槍を携へて居る。夫婦は戦慄き恐れ『ハイ』と許りに平伏したり。 木山彦『私は壮年の頃或一人の女と夫婦の約束を結び、子迄成したる仲を無惨にも振り捨てて、今の女房を持ちました。悪い事と申せば私一代に是により外に覚えは御座いませぬ。其報いにや、二人の娘は人身御供に取られ、一人の伜は継母が来たので何時の間にか、幼少の頃吾家を飛び出して行方は更に分らず、年は追々寄つて来る、世の中の寂寥を感じ、面白からぬ憂き年月を送る折しも其伜に邂逅ひ、半時の間も待たず言葉一つ云ひ交さず、又もや竜神の宮の犠牲に取られて仕舞ひましたのも、全く神様の冥罰が当つたので御座いませう。何卒其子に遇はして下さるやうと、夫婦の者がお願ひに参つたので御座います。今では女房も年を取り、継子が帰つたとても余り辛くは当りますまいから、も一度遇ひ度う御座います。承はれば、我子は宣伝使となつて竜神の宮の悪神を平げ、世界を遍歴して居るさうで御座います。何卒々々今迄の深き罪をお赦し下さいまして、哀れな老夫婦に今一度面会をさせて下さいませ』 と涙ぐむ。異様の神人は言葉爽かに、 神人『如何にも汝の申す通り寸分の間違ひはない。汝の女房木山姫も随分継子に辛く当つたものぢや。併し乍ら最早今日は余程心も柔ぎ居れば、親子の再会を許して遣はす。必ず必ず神信仰を怠るな』 木山姫はハツと平伏し、涙と共に去し昔の懺悔話を語り出したり。 木山姫『今日迄夫にも隠して居りましたが、神様は何も彼もよく御存じで御座いますから、包み隠さず一伍一什を神様の御前、夫の前に白状致します。妾は若気のいたづらから一人の男を拵へ腹が膨れ、遂には親の許さぬ子を設け、種と云ふ男に産子を渡し其儘姿を隠し、今の夫に娶られたもので御座います。アヽ其子は今何うして居りませうか、もし此世に成人して居ますなら、神様のお慈悲で一目遇はして頂きたう御座います』 と涙と共に頼み入る。木山彦は妻の物語を聞いて今更の如く呆れ居る許りなりき。馬上の神人はニコニコしながら、 神人『汝の遇ひ度しと思ふ子は、今に遇はしてやらう。必ず信仰を怠るな』 と言葉終ると共に、一同の神の姿は掻き消す如く消え失せにけり。 斯る所へ常楠夫婦を始め秋彦、駒彦、虻公、蜂公の六人連は、此滝に身を清めむと夜中に闇を冒して出で来り、忽ち真裸となり滝水に身を清め、天津祝詞を奏上した。木山彦は夜陰の事とて一行の何人なるか気が付かなかつた。唯熱心なる信仰者とのみ思ひつめ、夫婦は一生懸命に祈願の祝詞を夜の明くる迄、大地に平伏して奏上して居た。 夜は漸々に明け離れ、一同の顔はハツキリとして来た。 木山彦『オヽ其方は常楠夫婦では御座らぬか、ヤア、秋彦、駒彦の宣伝使殿、これはこれはよい所でお目に懸りました。突然ながら、秋彦の宣伝使は私の伜で御座る。ようまア無事で居て呉れた。竜神の宮の神を征服げると云ふ神力を備へて居るとは実に偉いものだ』 と涙をホロリと零す。秋彦は藪から棒の此言葉を少しも訝かる色なく、 秋彦『アヽ貴方が父上で御座いましたか、ようまあ達者で居て下さいました』 と人目も構はず木山彦に抱きつき、嬉し涙に掻き暮れて居る。 常楠『此間から合点の往かぬ事のみ突発して、彼方からも此方からも親子の対面ばかり、吾々夫婦は三人の子を発見致しました。之も全く大神様のお引き合せ、酋長殿も大切なお息子に御面会遊ばして、こんな大慶な事は御座いませぬ』 と涙を流し祝意を表する。秋彦、駒彦、虻公、蜂公四人は無言の儘手を合せ、滝水に向つて『熊野大神様、有り難く御礼申上げます』と心の中で祈願を籠めて居る。 此時何処ともなく麗はしき雲起りて四辺を包み、忽然として現はれた一柱の女神、言葉淑やかに宣り給ふやう、 女神『秋彦、駒彦両人が至誠に免じ、神界より親子の対面を許したのであるぞよ。今改めて汝等に告げむ。駒彦は常楠、お久の二人の中より生れた子である。又秋彦は木山彦とお久との間に生れた子である。次に虻公は常楠と木山姫との中に生れた子である。次に蜂公は木山彦とお久との中に生れた子である。何れも皆天則違反のいたづらより生れ出でし御子なれば、神界の罪に依りて今日迄親子互に顔を知らず、親は子を探ね、子は親を探ねつつあつた。されど汝等が信仰の力に依つて各罪を赦され親子の対面をなす事を得たのである。夢々疑ふ事勿れ。我は天教山より下り来れる木花姫命なるぞ』 と宣り終へ給ひて、微妙の音楽に送られ崇高なる御姿は煙の如く消え給ふ。 四辺を包みし麗はしき雲はさつと晴れて、さしもに高き那智の滝の落つる音、滔々と轟き渡り、滝の飛沫に各日光映じ、得も云はれぬ麗はしき光景となつた。一同は神恩を感謝し、茲に水も漏らさぬ親子の縁を喜びつつ、若彦館を指して進み往く。 惟神霊幸倍坐世。 (付記) 木山彦──お久……秋彦(鹿)遁児、六才、継母 常楠(種)──お久……駒彦(馬)失児、三才、天狗 常楠──木山姫(おたつ)……虻、捨子、水児、一才 木山彦──お久……蜂、水児、一才 (大正一一・六・一一旧五・一六加藤明子録) |
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62 (1847) |
霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 07 メラの滝 | 第七章メラの滝〔七三七〕 瀬戸の海、小豆ケ島を船出してより、大島、琉球島、台湾、ヒリツピン群島をいつしか越えて、南洋一の竜宮島と聞えたる、アンボイナ島の一角に高姫の一行は漸く到着したり。 総て此方面には濁水漲り飲料水は唯天水を受けて使用するのみである。然るに此島計りは竜宮島と称するだけありて、島の到る所に清泉湧き出で、且つ島は二つに分かれ雄島、雌島と称へられて居る。雌島の方には釣岩の滝、一名雄滝、及びメラの滝、一名雌滝の二つの竜琴が懸つて居る。さうして雄滝の方は岩と岩との間より囂々として流れ落ち、雌滝の方は大木の根本より湧き出づる稍細き水を、人工をもつて筧を作り滝として居るのである。此島は世界の所在草木繁茂し、数多の屹然たる岩島の中に樹木蒼然として特に目だつた宝島である。酷熱の夏の日も此滝の辺に往けば樹葉天を封じ、瀑は淙々として清く落下し、万斛の涼味を湛へたる実に南洋第一の天国浄土とも称すべき聖地なりける。 高姫、蜈蚣姫は第一に此島に目をつけ、玉能姫が匿し置いたる三個の宝玉は、テツキリ此島に納まりあるならむと、既に既に宝玉を手に入れた如く喜び勇み、先を争うて上陸し、雄滝の方に向つて歩を進めた。余りの嬉しさに船を磯端に繋ぐ事を忘れた。折柄の稍強き風に、船は一瀉千里の勢で沖の彼方に流れ去つて仕舞つた。されど一行は船の流れたる事を夢にも悟らず、意気揚々として釣岩の滝の麓に進み、汗染んだ着衣を脱ぎ捨て、我一に涼味を味はむと滝壺に飛び込み、一生懸命に蘇生した気持で神言を奏上し始めたり。 三日三夜一同は水垢離をとり元気も恢復し、四辺の新鮮なる木の実を食ひ勢頓に加はり、弥全島残らず玉の捜索に係る事となつた。高姫は雌島を、蜈蚣姫は雄島と部署を定めて、些しにても怪しき石と見れば引き剥り、山の芋を掘るやうに、こぐちから掻き廻し、此島に毛氈の如く敷き詰めたる麗しき青苔を残らず引繰返したるに、苔の下よりは怪しき形したる蛇、蜈蚣、守宮、蜥蜴の類間断なく現はれ来り、高姫其他一同の体を目蒐けて飛びつき喰ひつく嫌らしさ、されど玉の行方に魂を抜かれた一行は何の頓着もなく『惟神霊幸倍坐世』を口々に唱へながら、時間を構はず疲れては休息し、喉が渇けば水を掬ひ、腹が空けば随所の果物をむしり喰ひながら、向上虫が梅の大木を一葉も残らず食ひ尽すやうな勢で、島山の頂きまで残らず土を引繰返し、苔を剥り捜索し終りたり。其間殆ど三ケ月を要したりける。 高姫、蜈蚣姫は執念深くも今度は磯辺に下り、大石小石をこぐちより一つも残さず引繰り返し調べ見たれど船虫や蟹計りで、玉らしきものは一つも見当らざりけり。流石の高姫、蜈蚣姫も根気尽き、又もや雄滝の麓に集まり来り、胴を据ゑて水垢離にかかる事となりぬ。磯辺を各自調べながら玉に心を取られて、乗り来りし船の影だに無き事に気の付く者は一人もなかりけり。 七日七夜ばかり滝壺を中心に水垢離を取つて居たスマートボールは、一人海辺に出でよくよく見れば船の姿なきに打ち驚き、島の廻りを何回となく廻つて調べ見たるが、一向見当らず、驚いて滝壺の前に現れ来り、 スマートボール『高姫様、蜈蚣姫様、大変で御座います』 と顔色を変へて云ふ。蜈蚣姫は口を尖らして、 蜈蚣姫『大変とは何だエ、玉の所在が分つたのか』 スマートボール『ソンナ気楽な事ですかいな。船が薩張逃げて仕舞ひましたよ』 蜈蚣姫『何、船が逃げた……なぜ追つかけて引張つて来ぬのだい』 スマートボール『逃げたか沈みたか、皆目行方が分らないのですもの』 蜈蚣姫『そりや大変だ、高姫さま、何うしませう』 高姫『さてもさても気の利かぬ者計りだな。……これ貫州さま、お前は船の責任者だ。一体何うして置いたのだい』 貫州『何うも斯うもありませぬワ。日の出神様が私に憑つて船をかやせと仰有つた。それ故高姫さまの本守護神の御命令によつて、何処なりと勝手に往けと放り出しました。あの船は竜宮の一つ島に着くのが目的だから、遊ばして置くのも勿体ないと思つて、独り活動さして置きましたよ。やがて目的を達するでせう』 高姫『お前は何と云ふ馬鹿なのだ、船計り行つた処で、我々の肉体が往かねば何にもならぬぢやないか。船が無ければ、何時迄も此島に蟄居して居らねばならぬぢやないかい』 貫州『それでも貴女は人間の肉の宮は神の容器と仰有つたでせう。日の出神様も、大黒主命も、蜈蚣姫様の本守護神も、今頃はあの船に乗つて、目的地に安着して居るでせう。此島に上つてから百日以上になりますから、何程遠くても最早一つ島に到着し、そろそろ帰つて来る時期ですから、さうやきもき云はずに待つて居なさるが宜しからう』 と態と平気な顔をして見せる。 蜈蚣姫『何と間の抜けた男だなア。……高姫さま、流石は貴女の御家来ぢや。抜け目のない理屈計りはよく捏ねますね。一体何うして下さる』 高姫『此処は南洋の竜宮島、澆季末法の世の中には諸善竜宮に入り給ふと云ふからには、妾等は善一筋の誠の神だから、この竜宮島を永遠の住家として、天寿を楽しまうぢやありませぬか』 蜈蚣姫『ようも……負惜しみの強い事が云へますぢやい。………三つの宝玉は何うなさる積りだ』 高姫『それは飽迄も探さねばなりませぬ。まア見とりなさい、おつつけ神様が妾等の神徳に感じ、船を持つて迎ひに来て下さるのは鏡にかけて見るやうなものだ。刹那心を楽しむで、取越し苦労をせないやうにして下さい』 スマートボール『何だか船が無いと来ては、何程結構な竜宮島でも気楽に暮す気にはなれぬぢやありませぬか。……アヽ俄に綺麗な山も嫌な色になつて来たワイ。美しい滝の景色も地獄のやうな気分がしだした。アヽ此結構な島が船のやうに動いて、俺達を何処かの大陸へ送つては呉れまいかなア。スマートも心配ぢやワイ』 高姫『まア愚図々々云はずに待つて居なさい。海賊船でも来たら、それでも占領して乗つて行けばよいぢやないか。何事もなるやうにしか成らぬ世の中だ』 と稍捨鉢気分になり、青草の上へ身を打つ付けるやうに、不行儀に高姫は寝転むで仕舞つた。 スマートボール『エヽ何処迄も徹底した自我の強い婆アだなア』 とスマートは小声に呟きながら密林の中に姿を匿したり。蜈蚣姫其他一同は、思ひ思ひにこの島山を捨鉢気分になつて駆廻り、適当な場所に身を横へて、因果腰を定める事となりぬ。雄滝の麓に高姫は唯独り横はつた儘遂に夢路に入りけり。……… 高姫は漸く目を醒し四辺を見れば、一人の人影も無きに驚き、 高姫『サア大変、誰も彼も腹を合せ此高姫を置去にして、流れて来た船にでも乗つて逃げたに相違あるまい。アヽ頼み難きは人心。……貫州の奴、此高姫に一言も答へず、逃げ帰るとは不親切極まる。併し乍ら余り口汚く叱りつけたものだから、根に持つて復讐をしようとしたのだらう。エヽ仕方がない』 と四辺を見廻せば、蓑笠などが其処に残つて居る。 高姫『ハア、矢張何処かへ行つたのだな。何処へ匿れても此島中には居るだらう。まアまア皆の者共が早く此処へ帰つて来るやう御祈念でも致しませう』 と独言ちつつ雌滝の傍に進み寄る。折柄の濃霧に包まれて、一尺の先も見えないやうになり来たりぬ。高姫は雌滝の傍に蹲踞みながら、両手を合せ祈願を始めたり。 高姫『第一番に力と頼む貫州の行方が分りますやう。蜈蚣姫其他の連中は神界の御都合に依つてお匿し遊ばすなら、たつてとは申しませぬ。兎も角も必要なは貫州一人、何卒彼だけなりと私の傍に引き寄せて下さいませ。何分小さい島と申しても、十里も周つた此浮島、容易に探し当てる事は出来ますまい。何卒御神力をもつて、一時も早くお引き寄せを願ひ奉ります』 メラの滝の上にチヨコナンとして、滝水を弄つて居つた貫州は、高姫の此祈り声を聞いて造り声をしながら、 貫州『此方は、誠の生粋の日本魂の日の出神であるぞよ。其方は日の出神と申せども、実は三千年の劫を経たる古狸の霊が宿つて居るのであるぞよ。よく胸に手を置いて思案を致せよ。汝の改心が出来たなら、いつ何時なりとも、其方の前に貫州一人現はして見せうぞ。何うぢや、もう今後は日の出神様呼ばはりは致さぬか』 高姫『貴方は日の出神様と今仰有つたが、そりや違ひませう。真の日の出神は此高姫の肉体にお憑り遊ばし、大黒主命と半分同志の霊魂が一つになつて高姫と現はれ、世界中の事を調べぬいて、神政成就の土台となる結構な身魂でありますぞ。いづれの神か知らねど、よく審神をして下さい。真の事を知つた神は、世界に一神よりか無いとお筆に出て居ますぞ。枝の神の分際として何が分つて堪らうぞい。改心なされ足許から鳥が立ちますぞえ』 貫州は余りの強情に愛想を尽かし、且つ可笑しさに吹き出さうとしたが、歯を喰ひしばり気張り居る。歯は『キーキー』、喉許で笑ふ声『キウキウ』と体中に波を打たせ蹲踞んで気張り居る。高姫は滝の下より、 高姫『エヽ油断のならぬ。何程諸善神の集まる竜宮島でも、寸善尺魔とか云ふ悪神が高姫の気を引きに来よつたな。併し乍ら高姫の弁舌、否言霊に、仕方なく四足の性来を現はし、……キーキー、キウキウ……と啼いてゐやがる。野良鼠か、栗鼠か、鼬か貂か、又も違つたら豆狸か、一時も早く此場を立ち去れ。日の出神の生宮の前も憚らず、四足の分際として高い所に上ると云ふ事は、天地顛倒も甚だしい。シイシイ』 と頻りに歯の脱けた口から唾を飛ばしながら叱つて居る。貫州は益々可笑しさに耐へ兼ね、脇の辺りで『キウキウ』と笑ひ出したり。此処へ濃霧の中を両手を前に突き出し、盲が杖無くして歩くやうに、探り足にやつて来たのは蜈蚣姫なりき。貫州は皺嗄れ声を出し、 貫州『如何に高姫、汝の願ひ叶へてやらう。其方は蜈蚣姫を此島に一人残し置き、貫州を連れて逃げだした方が都合がよいとの意志を表示したであらう。表面は蜈蚣姫とバツを合せて居るが、其方の心の中は決してバラモン教では無い事はよく分つて居る。唯三個の玉さへ手に入れば、蜈蚣姫は何うでもよいのだ。何うだ、神の申す事に間違ひあるまい』 高姫は聊か迷惑顔しながら、 高姫『モシモシ蜈蚣姫様、何処に居られましたの。私はどれだけ心配したか分りませぬワ。ようマア無事でゐて下さいました。此通り濃霧に包まれて一尺先は分らぬやうな事で御座いますから、種々の枉津が現はれて、今お聞きの通り貴女と私の仲を悪くし内輪喧嘩をさせ、内部から結束を破らせようとするのだから、用心なさいませや』 滝の上から貫州は、 貫州『蜈蚣姫とやら、高姫の口車に乗るなよ。真の日の出神此処にあり』 蜈蚣姫『ハイ、有難う御座います。貴神のお言葉は寸分間違ひはありますまい。私はこれから気をつけます。……モシモシ高姫さま、神様は正直ですな。国城山の岩窟で貴女が俄に豹変的態度を取つた時から、一癖ありと始終行動を監視して居りました私の案に違はず、今真の日の出神様が証明して下さいました。サア如何です。これ高姫さま、返答がありますか』 貫州は霧の中より、 貫州『蜈蚣姫も蜈蚣姫だ。高姫を巧く利用して玉を探させ、其上にて巧くボツタクリ、高姫に蛸の揚げ壺を喰はす所存であらうがな。神は汝の申す如く正直一方、嘘はチツトも申さぬぞよ』 高姫はしたり顔、 高姫『蜈蚣姫さま、それ御覧、貴方こそ腹が悪いぢやありませぬか』 蜈蚣姫『悪と悪との寄り合ひだもの、云ふだけ野暮ですよ。オホヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 此時この島の特産物たる五寸許りの熊蜂が、『ブーン』とうなりをたてて高姫の頭に礫の如く衝突し、勢あまつて蜈蚣姫の鼻柱に撥ね返され、蜂は一生懸命に鼻にしがみつき鼻の孔を鋭利なる剣にてグサリと突き立てた。蜈蚣姫は『アイタヽヽ』と云つたきり、両手に鼻を抑へて其場に倒れた。蜈蚣姫は高姫が鉄拳で鼻柱を目蒐けて喰はした事と思ひつめ、 蜈蚣姫『悪逆無道の高姫、不意打を喰はすとは卑怯千万。やア、スマートボール其他の者共、早く来つて高姫を縛り付けよ』 と呶鳴りゐる。見る見る顔は脹れ上り、鼻も目も口も腫れ塞がりにけり。高姫は驚いて、 高姫『モシモシ蜈蚣姫さま、妾ぢやありませぬ。熊蜂が噛むだのです。何卒悪く取つて下さいますな』 滝の上の霧の中より、 貫州『蜈蚣が蜂に刺されたぞよ。是を見て高姫改心を致されよ。雀ケ原に鷹が降りたやうな横柄振を今迄発揮して居たが、高姫の目を又熊蜂に刺さしてやらうか。此方は熊蜂の精霊であるぞよ。其方は余り慢心が強い故に、両人互に他人の頭の上に上らうと致して居るから、こんな戒めに遇うたのぢや。それ程偉い者になつて人の頭に上りたくば、天井裏の鼠になつと成つたがよからう。人が除けて通るやうな御神徳が欲しいと申して、南洋三界まで玉を探しに参り、それ程偉くなり度くば肥担ぎになれ。誰も彼も皆除けて通るぞよ。も一つよい事を教へてやらう。泥棒になれば人が恐れるぞよ。神徳を得て人を恐がらし度くば何の手間暇は入らぬ。鉄道を噛り砂利を喰ひ、鋼鉄艦を呑むやうな達者な歯になれ。さうすれば世界の奴は其方に対して歯節は立たぬぞよ。またも間違つたら癩病患者、疥癬患者になれ』 と『キウキウ』と喉の中で笑うて居る。突然涼風吹き起り、四辺を籠めた濃霧は俄に晴れて遠望千里の光景となつて来た。貫州は驚いて高姫に顔を見られじと袖に面部を被ひ乍ら走り行く途端に踏み外し、高姫の足許にドスンと落ちて来た。高姫は『キヤツ』と云うて二歩三歩後へ飛び退き、よくよく見れば貫州なりける。 高姫『ヤア、お前は貫州かイナア。何だか合点がゆかぬと思つてゐたら何と云ふ悪戯をするのだイ。罰は覿面、これこの通り逆とんぼりを打つて苦しまねばならうまいがなア』 貫州『ヤアもう誠に不都合千万で御座いました。何分守護神が現はれたものですから』 高姫『馬鹿を云ひなさるな。二つ目には守護神々々々と口癖のやうに……其手は喰ひませぬぞエ。それよりも今の中に船に乗つてサアサア玉探しにゆきませう』 貫州『蜈蚣姫様が蜂に刺されて此通り苦しみて御座るのに、何うするつもりですか。神様の道は敵でも助けるのが法ぢやありませぬか。さうして船に乗らうと云つた処で船が無いぢやありませぬか』 高姫『アヽさうだつたなア。ほんとにほんとにお気の毒な事になつたものだ。蜈蚣姫さま、何卒早く全快して下され』 と蜈蚣姫の背中を撫で、次に胸を撫でて慰めてやらうとする。目も鼻も口も腫れて化物のやうになつた蜈蚣姫は、鷲のやうになつた爪を立てて、高姫の手が体に触つたのを目当に力限り掻きむしる。高姫は顔を顰めながら血潮の滴る手を押へ、草をもつて血止めの用意とくるくる捲きつけゐる。 スマートボール、久助、お民其他の従者共は、濃霧の晴れたのを幸ひ此場に駆け来り、二人の態を見て驚き、口をポカンと開けた儘言をも云はず立ち居る。この時磯端に当つて、涼しき三五教の宣伝歌が聞え来たりぬ。果して何人の声ならむか。 (大正一一・七・二旧閏五・八加藤明子録) |
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63 (1852) |
霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 12 暴風一過 | 第一二章暴風一過〔七四二〕 高姫は高山彦、黒姫に誘はれ、広大なる宰相室に導かれ、懐旧談に時を移しける。 黒姫『高姫様、ようまア、はるばると訪ねて来て下さいました。黄金の玉の所在は分りましたか。妾も此島に渡つて宰相の妻となつたのを幸ひに、国人を使役し、此広大なる島の隅々まで探させましたなれど、玉らしいものは一つもありませぬ。定めて貴女が是へお越し遊ばしたのは、妾に安心させてやらうと思召して、お出で下さつたらうと信じます』 高姫『誠に申し訳がありませぬ。あの玉の隠し人は、正しく言依別命らしう御座います。黄金の玉ばかりか、妾の保管して居つた如意宝珠の玉を始め、紫の玉まですつかり抜き取られ、妾はそれが為め種々雑多の艱難苦労を嘗め、玉の所在を探す内、言依別の教主は我々を出し抜き、貴女の御存じの丹波村のお節や、杢助の娘のお初に、玉を何処かへ隠させて仕舞つたのですよ。それが為めにお節、お初を厳しく訊問すれども、三十万年の未来でなければ申し上げぬと我を張り、大方此島に隠して置いたのではあるまいかと、荒波を渡つて此処まで参りました。未だ一つも玉の所在は妾は分らないのです』 黒姫は眉を逆立て、 黒姫『不届き至極の言依別にお節にお初、此恨みを晴らさいで措きませうや』 と拳を握り、思はず卓を三つ四つ叩いて雄健びをする。高山彦は傍より、 高山彦『何時までも玉々と云ふには及ばぬぢやないか。言依別命がどうなさらうと、神界のお経綸に違ひあるまい。モウ玉の事は断念して貰ひたい。黒姫の玉詮索には私もモウウンザリしたよ。間がな隙がな寝言の端にまで、玉の事ばかり、タマつたものぢやない。それに又高姫さままでが、玉を盗られたとか、イヤもう、うるさい事でコリコリしますワイ』 黒姫『コレコレ高山さま、お前さまは何んと云ふ冷淡な事を仰有るのだい。三千世界の御宝、それを日の出神の生宮として、又竜宮の乙姫の生宮として手に入れずして、ドウして天下万民が救へませうか。お前さま、時々利己主義を発揮するから困る。誰が何と云つても此玉の所在を白状させねば措くものか。……時に高姫さま、其お節にお初は今何処に居りますか』 高姫『ハイ、たつた今……偉さうにニユージランドの土人のお手車に乗せられ、此玄関先までやつて来ましたが、大方蜈蚣姫と一緒に奥殿に進み入り、黄竜姫様の前で自慢話でもやつて居りませうよ、本当に劫腹の立つ……ニユージランドの玉の森で、大変な、妾に侮辱を加へました。元の小糸姫様を誘拐した友彦や、スマートボールに田吾作の玉治別、それにお節にお初、いやモウサンザンの目に会はしよつた。如何に……神様の道ぢや、見直し聞直せ……と思つても、口惜し残念をこばりつめようと思つても、是がどうして耐らせませうかい。大勢の人の中に面を晒され、生れてからコンナ残念な目に会はされた事は御座いませぬワイなア』 と耐へ耐へし溜涙、一度に堤防の崩れし如く声を放つて泣き立てける。 黒姫『お節にお初、田吾作の奴、屹度当城内の何処かに居るに違ひない。サア是れから探し出して、締木に架けても白状させねば措くものか。……ヤア家来共、最前参りし男女の一同召捕つて此場へ連れ来れよ』 との黒姫の下知に隣室に控へ居たる七八人の下男は、 『ハイ』 と答へて捻鉢巻、襷十字に綾取り、突棒、刺股、手槍なぞを提げて、城内隈なく捜索し始めたり。されど裏山の森林に手早く姿を隠したる玉能姫其他一同は山又山を越えて、遥か向ふの山頂に避難し時の移るを待ち居たりける。 かかる所へ侍女の一人出で来り、 侍女『宰相様、其他の御客様に、女王様がお目にかかりたいと仰せられます。どうぞ直様お越し下されませ、御案内致しませう』 と先に立つ。ブランジー、クロンバーの後に従いて高姫は、首を頻りに振りながら、半神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]の態にて奥深く進みつつ、やうやう黄竜姫の居間に通されける。 高山彦は黄竜姫に向ひ両手をつき、 高山彦『今日は御母上に御対面遊ばされ、吾々も共に大慶至極に存じまする。……蜈蚣姫様、ようこそ、御入来下さいました。私は当国の宰相を承はる高山彦と申す者、ブランジーとは仮の名、又此クロンバーと申すは私の妻、本名は黒姫と申すもの、何卒御見知り置かれまして御引立の段、偏に願ひ奉りまする』 蜈蚣姫『コレハコレハ高山彦様、黒姫様とやら、予て高姫さまより承はつて居りました、何分宜しう御願ひ致します。……コレ高姫さま、貴女も随分意地悪いお方で御座いましたなア、ニユージランドの玉の森にては貴女も随分お困りでしたやうですワ』 高姫『蜈蚣姫さま、お前さまの娘御が、此国の女王になつたと思つて俄に偉い御見識、何程偉い女王様でも、世界統一の太柱、三千世界の御宝、日の出神の生宮に比ぶれば、竜宮の一つ島位手に握つたとて、アンマリ立派なお手柄でも御座いますまい。三千世界に二人とない世の立替立直しの基礎の身魂は、……ヘン此高姫で御座いますワイ。盲千人の世の中、誠の者は一寸やそつとに分りますまい。此黒姫さまだとて、黄竜姫の幕下に神妙に仕へて御座るが、実の素性を申せば、驚く勿れ……竜宮の乙姫様の生宮で御座るぞや。高山彦は夫顔をして偉さうにして御座るが、実際の身魂を云へば、青雲山に棲ひを致す大天狗の身魂、何と云つても高姫、黒姫の二人が居らねば、神国成就は……ヘン致しませぬワイ。人民に対して一つ島の女王さまでも、天地根本の神の生宮、神界では是位立派な権威のある身魂はありますまい。……黄竜姫殿、暫く日の出神に席をお譲りめされ』 とツンツンし乍ら、上座にドンと坐り見せたり。 蜈蚣姫『何とマア我の強い執拗い身魂だらう。仮令日の出神でも竜宮の乙姫でも、此城内は黄竜姫の権利、上座に坐るのが御気に召さねば、トツトと帰つて貰ひませう』 高姫『別に妾は女王にならうと云ふのではない。女王さまの坐つて御座る尻の下が一遍調べて見たいのだ』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、疑ひの深いお方だ事、女王さまの坐つて御座る床下に、三つの玉でも隠してある様に疑うていらつしやるのだな』 高姫『疑ふも疑はぬもありますかい。日の出神がチヤンと天眼通で調べてあるのだ、お前さまが意地張れば意地張るほど、此方は疑はざるを得ませぬ。黒姫さまも好い頓馬だなア。何の為めに暫く宰相神に化けて御座つたのだな。サヽ女王さま、一寸立つて下さい』 黄竜姫『苟くも一国の女王たるもの、仮令日の出神の生宮の言葉と雖も、吾意に反して一分も動く事は出来ませぬぞ』 高姫は横手を拍ちニヤリと笑ひ、 高姫『ソレソレ矢張隠し終ふせますまいがな。此方が現さぬ内に素直に白状なされ。さうすれば永遠無窮に一つ島の女王として、驍名を天下に輝かす事が出来る。成る事なら此儘にして蓋を開けずに助けて遣りたいのが、高姫の胸一杯だ。此大慈悲心を無にして、何処迄も隠すのなら隠してよからう。蜈蚣姫と親子心を合せ、聖地の宝を隠さうと思うても、隠し終ふせるものでは御座いませぬぞや』 黄竜姫は稍不機嫌の態にて無言の儘此場をツツと立ち、風景よき次の間に蜈蚣姫を伴ひ進み入りけり。 高姫『オホヽヽヽ、トウトウ尻こそばゆなつて座を立つて、お脱け遊ばしたワイ。……高山彦さま、黒姫さま、高姫の御威勢には敵ひますまい。サアサ尻の下の板をめくつて調べて御覧、お前さまの目では実物を見なければ分るまい。妾はチヤンと天眼通で床板を透して知つて居るのだ。……ヤレヤレ愈大願成就の時到れりだ。アーア惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と双手を合せ、まだ見ぬ先から手に入つたやうな心持に、感謝の祝詞を頻りに奏上する。 高山彦『高姫さま、此床下には決してソンナ物はありませぬよ。此葢を開けるが最後、蜿蜒たる黄竜が潜んで居りますから、毒気に当てられては大変な目に逢はねばなりますまい。開けるのなら、お前さま手づから開けて下さい』 高姫は………「甘い事を云ふ、高山彦さまもお人がよいから、黄竜姫に誤魔化されて居るワイ」……と云ふ様な顔付をし乍ら、床板を一枚グツとめくり、床下の深い穴を覗き込み「アツ」と云つたきり、蟹の様な泡を吹き目をまはし打ち倒れけり。 黒姫、高山彦の両人は高姫の身体を引抱へ、吾居間に担ぎ込み水よ薬よと介抱し、一生懸命に祝詞を奏上したるに、漸くにして高姫は息を吹き返し、 高姫『アーア、日の出神も全く疑ひが晴れました。かうなる以上は黄竜姫に対し恥かしくて、半時の間も居られはしない。高山彦御夫婦の御所存は如何に、妾と一緒にお節の所在を探し、今度は千騎一騎に調べて見ようぢやないか』 高山彦は気のりのせぬ風にて、 高山彦『アマリ急ぐに及びませぬワイ』 黒姫『コレ高山彦さま、何といふ冷淡な事を仰有る。天下国家の為にどうしても彼の玉を手に入れねばなりますまい』 高姫『黒姫さま、一つ覚悟を遊ばさねばなりませぬぞ。日の出神が今申し付ける』 黒姫『竜宮の乙姫の生宮、確に承知仕りました』 かかる所へ七八人の男ドヤドヤと入り来り、 男『宰相様に申し上げます。城内隈なく探しましたが、宣伝使らしき者は一人も居りませぬから、屹度裏門から逃げ去つたに相違ありますまい。一足なりと逃げ延びぬ内に、サア皆さま捜索に参りませう』 と促す。三人はツト此の城を立出で、傍の山より峰伝ひに、玉能姫、初稚姫、玉治別一行の捜索に立向ひける。 高山彦も終に顕要の地位を棄てて高姫、黒姫と共に「タカ」の港に現はれ、一隻の船に身を委せ、浪のまにまに玉能姫一行の後を追はむと漕ぎ出したり。 玉能姫、初稚姫、玉治別其他の一行は、遥かの山上より霊眼を以て三人が此島を後に帰り行くのを眺め、ヤツト胸撫で下ろし、再び城内に悠々として帰り来たりぬ。初稚姫一行は、蜈蚣姫のアンボイナ島に於ける危難を救ふ可く船を与へたる其好意を黄竜姫より感謝され、山海の珍味を饗応され、愈茲に三五教を確立し、黄竜姫を女王兼全島の教主と定め、各自に手分けをなし、梅子姫、宇豆姫諸共に、全島隈なくあらゆる生霊に三五の大道を宣伝し、自転倒島の聖地に向つて凱旋する事となりにける。 (大正一一・七・三旧閏五・九谷村真友録) |
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霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 14 タールス教 | 第一四章タールス教〔七四四〕 玉治別は合点ゆかず、次の間に押出され天然の岩の鏡に向つて吾鼻を調べて見たるに、鼻は不細工に膨れ上り、熟した紫葡萄の様な色になり居たりける。 玉治別『ヤア、是で読めた。真黒ケの此鼻では、テールス姫さまも……エツパエツパ……と仰有つた筈だ。イーエスイーエス……と仰有るのも尤もだ。エヽ残念な……どうぞして此鼻が元の通りになれば、も一つ揶揄つて友彦の慢心せぬ様に戒めてやるのだが、神様も聞えませぬワイ。到頭残念乍ら大失敗かな。それは如何でも宜いが、数多の土人が折角尊敬して呉れて居たのに如何して此面が向けられよう……アヽ天教山に在します木花咲耶姫命様、何卒此花の黒いのをお癒し下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。はなは桜木、人は武士、名を後の世に穢さぬ様に、木花咲耶姫さま何卒々々神直日大直日に見直し聞直し、何卒此玉治別に暫時の間、赤いはなを持たせて下さいませ』 と一心に念じた。不思議や葡萄の様な鼻の色はサツと除れ、一層麗しき鮮紅色の鼻となつて仕舞つた。 玉治別『神様、早速お聞き届け下さいまして有難う御座います。併し乍ら、もう友彦の膏は取りませぬ。之から私は此処を立去つて西へ西へと進み、次の部落を宣伝します』 と言ひ乍ら、次の間へ悠々と下つて来た。チーチヤーボールは又もや此姿を見て打驚き、 チーチヤーボール『ボースボース、チユーチチユーチ、チーリスタン、ポーリンス、テークテーク、オツポツポオツポツポ』 と言ひ乍ら恐相に後退りする。此意味は、 『此人は神か悪魔か、訳の分らぬ大化物だ。迂濶して居ると如何な神罰が当るか知れぬ……皆の者、用心せい。さうして皆々、お詫をせい』 と言ふ事である。一同はチーチヤーボールの言葉に頭を大地につけ、 一同『プースープースー』 と声を揃へて謝つて居る。「プースー」と言ふ事は「お許し」と言ふ事である。玉治別は口から出放題に、 玉治別『トーリンボーストーリンボース』 と言つた。誰も彼も此声に頭を下に足を上にノタノタと歩き出した。中心を失つて何れも是もバタバタと前後左右に倒れて仕舞つた。 玉治別『クース、リヤー、ポール、ストン』 と出放題を言つて見た。此言葉は、 『皆さま許して上げますから御安心なさい』 と言ふ意味に惟神的になつて居たのである。一同は声を揃へて「ウワーウワー」と言ひ乍ら玉治別を胴上げし「エツサーエツサー」と声を揃へて一里ばかり山道を送り、谷一つ向ふへ風の神でも送る様にして送りつけ、一生懸命に鬨を作つて逃げ帰り行く。玉治別は後見送つて、 玉治別『何だ、薩張り訳が分らぬ。まるで疱瘡神でも送る様にしやがつた。余程俺が恐かつたと見えるワイ、アハヽヽヽ。……時に玉能姫様、初稚姫様は何方へお行きなされたらう。洒落どころの話ぢやない。一時も早く御所在を探さねば申訳が無い』 と思案に暮れて両手を組み俯向いて居る。其処へガサガサと足音をさせ乍ら近寄り来るものがある。見れば大なる白狐であつた。玉治別は白狐に向ひ、 玉治別『やア貴方は鬼武彦様の御眷属月日明神様、ようこそ御いで下さいました。初稚姫様、玉能姫様の所在をお知らせ下さいませ』 白狐は無言のまま、打頷き尾を二三遍左右に掉り、ノソノソと歩み出した。玉治別は白狐の後に従ひ、樹木茂れる山林の中を右に左に小柴を分け乍ら、大蛇の背を踏み越え或は跨げ、二三里ばかり西北指して随いて行く。谷の底に幽に聞ゆる天津祝詞の声、耳を澄まして聞いて見れば確に初稚姫、玉能姫の声の様であつた。念の為めと再び目を塞いで声の所在を確めた上、目を開けば白狐の姿は影も形もなくなり居たりけり。 玉治別は谷底の声をしるべに草を掻き分け下つて行く。不思議や今迄聞えた声はピタリと止まり、谷川の岩に打かかる水音のみ囂々と聞え、雪の如き飛沫を飛ばして居るのみで、人の影らしきもの少しも見当たらない。谷川の上流下流を声を限りに、 玉治別『玉能姫様、初稚姫様』 と呼ばはりつつ捜索すれども何の応答もなく、谷川の水音に加へて猛獣の唸り声、刻々に烈しく聞えて来る。谷川の彼方を見れば蜿蜒たる大蛇、鎌首を立て三四尺もあらむと思はるる舌をペロペロと出し、玉治別を睨みつけて居る。 玉治別『ヤア、大変な太い奴だ。確に此処にお二人の声がして居た筈だが、大方大蛇の奴、呑んで仕舞ひやがつたのだらう。アヽ残念な事をした。友彦等を面白半分揶揄つて居た天罰で遅くなつたか。も一歩早かりせば、お二人をヤミヤミと蛇腹に葬るのではなかつたのに、三五教の御教には……油断は大敵、一寸の間も油断を致すな、改心の上にも改心を致して、一呼吸の間も神を忘れな、慢心は大怪我の基だ……と戒められてある。我々も日々口癖の様に世人に向つて……慢心をすな、改心をせよ……と言つて宣伝に廻つたが、遂には無意識的に蓄音機の様に出る様になつて、言葉ばかり立派で魂が脱けて居つた。それだからコンナ失敗を演じたのだ。エヽ憎き大蛇の奴、……否々決して大蛇が悪いのではない。彼奴は所在生物を呑むのが商売だ、生物を呑んで天寿を保つ代物だから大蛇を怨めるのは我々の見当違ひ、玉能姫様、初稚姫様も矢張り注意が足らなかつたのだ。みすみす二人を呑んだ大蛇を前に見ながら敵を討たずに帰らねばならぬのか。最早大蛇を殺して、無念を晴らして見た処が、お二人の生命が助かると言ふ訳でもなし、要らざる殺生をするよりも此実地教訓を玉治別が胸に畳み込み、之から粉骨砕身、生命を的に三人分の活動をして見よう。さうすればお二人の心を慰むる事が出来るであらう』 と独語ちつつ谷の傍に立つて両手を合せ天津祝詞を奏上し、大蛇に向つて鎮魂を施し、 玉治別『一時も早く………大本皇大神様、大蛇の罪を御宥し下さいまして、早く人間界へ生れさしてやつて下さいませ』 と涙と共に祈願を凝らす。大蛇は両眼より涙をポロポロと流し、玉治別に向つて頭を下げ感謝の意を表し乍ら、悠々として嶮しき岩山を上り、遂に其長大なる姿を隠しけり。 俄に後の方に当つて数多の足音が聞えて来た。玉治別は不図振り返り見れば、猩々の群の数十匹、中には赤児を抱き乳を含ませ乍ら、玉治別の前に向つて進み来る。玉治別は一生懸命に天津祝詞を奏上した。猩々の群は各々跪き、両手を合せ「キヤアキヤア」と言ひ乍ら、感謝するものの如くであつた。猩々の中より最も勝れて大なるもの現はれ来り玉治別の前に手をつき乍ら頭を下げ、背に無理に負ひ乍ら、嶮しき道を矢を射る如くに登り行く。数多の猩々は玉治別の負はれたる後より従ひ来る。此時、山岳も崩るるばかりの大音響聞え、周囲三四丈ばかり、長さ五六十間もあらむと思ふ太刀肌の大蛇、尻尾に鋭利なる剣を光らせ乍ら、玉治別が端坐し居たりし谷川を一瀉千里の勢にて囂々と音させ乍ら、ネルソン山の方に向つて進み行く。若し猩々の助けなかりせば、玉治別の生命は如何なりしか殆ど計り知れざる破目に陥つたであらう。 猩々は玉治別を背に負ひ、谷を幾つとなく飛び越え、或高山の山腹の稍平坦なる地点に導きドツカと下した。玉治別は猩々に向ひ、 玉治別『アヽ何れの神様の化身か存じませぬが、危き処をよくもお助け下さいました。お礼には天津祝詞を奏上致しませう』 と猩々の群に向つて、宣伝歌を歌ひ祝詞を奏上し、指頭より霊光を発射した。さしも多数の猩々は忽ち霊光に照され、烟の如く消えて仕舞つた。一塊の白煙は其処より立昇るよと見る間に、美しき一人の女神、ニコニコし乍ら玉治別の前に近より来り、両手をつかへ、 女神『妾は猩々の精で御座います。折角人間の姿に生れ乍ら斯様な浅間しき言葉も通ぜぬ獣と生れ、身の不幸を嘆いて居りました。然るに有難き尊き天津祝詞の声を聞かして頂き、我々は之にて人間に生れ変り、天下国家の為めに大活動を致します。さうして貴方の御探ね遊ばす初稚姫様、玉能姫様は御無事でいらつしやいます、御心配なさいますな。軈てお会ひになる時があるでせう。此先如何なる事が厶いませうとも、必ず御心配下さいますな』 と言ふかと見れば、姿は消えて白煙も次第々々に薄れゆき、遂には影も形も見えなくなつた。 玉治別は一生懸命に祝詞を奏上して居た。後の方の森林より忽ち現はれ出でたる十四五人の文身した大の男、玉治別の姿を見るなり、 男『ウツポツポウツポツポ、ホーレンス、サーチライス』 と言ひ乍ら両手を合せて拝み倒す。玉治別は心の中にて、 玉治別『……ハヽア又……サーチライス………だな。俺の鼻が赤くなつたので、友彦の二代目にして呉れるのかな。然し如何な別嬪が居つても、俺には国依別の妹のお勝と言ふ立派な女房が国許に待つて居るのだから、そんな巫山戯た真似は出来ないし、有難迷惑だ。然し大将は女ばかりに限らない。ひよつとしたら此棟梁は男かも知れない、さうすれば大変に都合が好いがな………』 と呟き乍ら、 玉治別『我こそは天教山に在します、神伊弉諾大神の珍の御子木花姫命であるぞ』 と赤い鼻を指で抑へて見せた。一同は「ウワーウワー」と言ひ乍ら、玉治別を手に乗せる様に大切にし乍ら、土も踏まさず丁寧に身体を持ち上げ、傍の岩の戸をパツと開いて蟻が蚯蚓を引込む様な調子で奥深く連れて行く。二三丁ばかり隧道を担がれ、パツと俄に明るくなつたと思へば、大きなあかり採りが出来て居る。それより奥に担がれ、又もや四五丁ばかり進んだと思うた処へ一同は声を揃へて、 一同『ウツポツポ、ジヤンジヤヒエール、ウツパツパ』 と言ひ乍ら恭しく稍広き場所に玉治別を下し、チルテルと言ふ其中での大将らしき男、玉治別の手を握り、傍の岩の戸を押し奥に連れ込んだ。思ひの外広い岩窟であり、芭蕉の葉の七八倍もある様な大きな葉が、鱗形に厚く敷き詰めてあつた。木の葉の青く枯れた香りは何とも言へぬ気分が漂うて居る。 斯かる処へ、髪の毛を漆の如く黒く塗つた三十恰好の大の男、文身もせず男振りの良い比較的色の白い、何とはなしに高尚な風姿にて、ニコニコし乍ら玉治別の前に出で来り、丁寧に両手をつき、 男『ホーレンス、サーチライス、ウツタツタウツタツタ、カーリスカーリス』 と言ひ乍ら、忽ち玉治別の手を握り頻りに揺つた。玉治別はニコニコしながら、右の拳を握り、人差指をツンと立て、天井の方をチユウチユウと二三回指さして見せた。さうして、 玉治別『アーマアーマ、タラリータラリー、トータラリトータラリ、リートリート、ジヤンジヤヒエール、オノコロジマ、玉治別、神司』 と言つた、其男はタールス教の教主であつて、名をタールスと言ふ。タールスは、 タールス『ホーレンス、タールス、チツクチツク、アツパツパ、テーリステーリス』 と挨拶する。此意味は、 『吾等の救世主、よくまア、お越し下さいました。只今より貴方を救世主と仰ぎ、誠を捧げてお仕へ致します。何卒長らく此処にお鎮まり下さいませ』 といふ事であつた。玉治別は、 玉治別『テーリステーリス』 と半ば歪みなりの此処の語を使つた。その意味は、 『何事も惟神に任してお世話になります』 といふ事なり。タールスは尊敬至らざるなく、玉治別を最も奥深き最上等の室に導き、珍らしき果物を出して饗応し、生神の降臨と心の底より感謝して居た。ネルソン山以西の住民は昔より、救世主、天より降り給ひ、万民を霊肉ともに救ひ給ふと言ふ事を堅く信じて居た。こはジヤンナの郷でも同様である。此処はアンナヒエールと言ふ里であつた。 此時玉能姫、初稚姫は宣伝歌を歌ひ乍ら、アンナヒエールの里に進んで来た。チルテル以下数十名の里人は、果樹の実を採らんとてアンナの大樹の下に集まつて居た。其処へ二人の美人現はれ来れるを見てチルテルは真先に進み出で、二人の前に目礼し乍ら、 チルテル『アツタツタ、ネースネース』 と言ひ乍ら玉能姫の手を執らむとした。玉能姫は驚いて強く振り放した。チルテルは、 チルテル『エーパツパ、エーネースエーネース』 と言ひ乍ら、顔面怒気を含んで大勢に目配せするや、寄つて集つて二人を手籠めになしタールスの岩窟内に運び込みぬ。 (是から分りやすき様に日本語にて物語る) チルテル『汝は何処の女だ。此処を何と心得て居る。竜宮の一つ島でも最も獰猛な人種にして、他郷の者は一人として、恐れ戦き此地を踏んだものはない。然るに図々しくも女の分際として、此里に断りもなく進み来るこそ不届き至極の女ども、此チルテルは斯う見えても血も涙もある男だ。何とかして助けてやり度いと思ひ親切に手を執れば素気なくも振り放し敵意を表する横道者、さアもう斯うなる上は此方の自由自在だ。煮いて喰はうと焼いて喰はうと此方の儘だ』 と、鬼の様な顔に真黒気に文身した奴、前後左右より取囲む。 玉能姫『ホヽヽヽヽ、僅かに二人の繊弱き女を、大きな男が数十人、寄つて集つて蟻が蝉の死骸でも穴へ引込む様に「エツサエツサ」と担ぎ込み、御親切によう言つて下さいました。吾々は天教山に現はれ給ふ花赤神の一の眷属、玉能姫、初稚姫と言ふ生神で御座るぞや。取違ひ致すと量見ならぬぞ』 と目をキリリツと釣り上げたり。 チルテル『花赤神の眷属とは真赤な偽りだらう。よし、そんな偽りを申すと今に化の皮を剥いてやるぞ。花赤の神様はタールス教の教主様と今奥にてお話の最中だ。一度お目に懸け様ものなら、忽ち汝の化が露顕れるだらう。左様な偽りを申すよりも、今日は目出度き神様の御降臨日だから赦して遣はす。よつて此方の申す事を素直に聞くが宜い。常の日ならば汝の生命は無い処である。さア我教主は未だ女房はお持ち遊ばさず、何とかして文身のない女を女房に致したいと常々仰有つて御座るのだ。恰度よい処だ。ウンと言はつしやい。さすれば我々は今日只今より………御主人様、奥様と崇め奉つて、如何な御用でも御無理でも聞きます程に、万々一不承諾とあれば本日は成敗を赦し、明日はお前等の生命を奪つて仕舞ふから、覚悟をきめて返答をなさい』 初稚姫『モシ玉能姫さま、何と言つても、仮令殺されても応ずる事はなりませぬぞや。貴女には立派な若彦様と云ふ夫がおありなさるのだから』 玉能姫『お言葉までもなく、妾は決して生命を奪られても左様な難題には応じませぬから、安心して下さい』 チルテル『こりや、小女ツチヨ、何悪智慧をかうのだ。不届き千万な……俺を何方と心得て居る、ジヤンジヤヒエールのチルテルさんとは、アンナヒエールの郷に於て誰知らぬ者もない、鬼をも取挫ぐチヤーチヤーだぞ。チヤーチヤー吐すと最早堪忍ならぬ。膺懲の為めに此鉄拳を喰へ』 と言ひ乍ら、初稚姫を目蒐けて鬼の蕨を頭上より喰はさむとする。 初稚姫は、飛鳥の如く体を躱し「オホヽヽヽ」と平気で笑つて居る。白狐の姿は両人の目に明かに映じて居る。チルテル初め一同は「タールス教主の女房になれ」と種々嚇しつ慊しつ、遂には声高となつて来た。チルテルは斯くては果てじと奥の間に走り入り、タールスの前に両手をつき、 チルテル『只今麗しき女二人、此郷に迷ひ来り、玉能姫とか、初稚姫とか申して居りましたが、実に綺麗な女で御座います。貴方の女房には持つて来いの適役、若い方は先でお妾と遊ばしたら宜しからうと存じ、岩窟の中へ連れ込みましたが、なかなかの剛情者で、少しも、我々の申す事を尻に聞かして、頤で返事を致す横道者、如何取計らひませうや』 之を聞いた玉治別はハツト胸を躍らせたが、さあらぬ態にて控へ居る。 タールス『何、美しき女が二人迄も来たか、此場に引連れ来れ。因縁の有無を調べ見む、一時も早く』 と急き立てる。「ハイ」と答へてチルテルは此場を立退き、 チルテル『サア玉能姫、初稚姫、今日は花赤神様の御降臨で、教主様の大変な御機嫌、其処へ其方が参つたのも何かの因縁であらう。兎も角御面会の為、チルテルの後に従いて御座れ』 玉能姫『ハイ、有難う。然らば参りませう。……初稚姫様、貴女も一緒に』 と初稚姫の手をとり、チルテルの後に従ひ教主の居間に導いた。玉治別は二人の顔を見るなり、「アツ」と言はむとせしが自ら制し止めた。玉能姫、初稚姫は玉治別の姿を見て、救世主に会ひし如く心の裡に喜んだ。然し、様子ある事と態と素知らぬ顔して俯向いて居る。タールスは玉治別に向ひ、 タールス『オーレンス、サーチライス、アツタツタ、今日は遥々天上より御降臨下さいまして、アンナヒエールの郷人は欣喜雀躍、天下泰平を祝福致し居ります処へ、又もや当国に於ては類稀なる是なる美人、而も二人までこれへ参りましたのは、全く神様の御引合せで御座いませう。私の女房に致しましたら如何で御座いませう』 玉治別『イーエスイーエス、エータルスエータルス、エツパツパ、パーツクパーツク、エツパツパ』 と言つた。タールスは頭をガシガシ掻き乍ら再び、 タールス『左様で御座いませうが、何とかしてお許し頂く訳には参りますまいか。ならう事なら、私が宿の妻と致したう御座います。又若い方は我娘として大切に育て上げ、天晴タールス教の神司と仕上げる覚悟で御座いますから、何卒お許しを願ひます』 と頼み込んだ。 玉治別『是なる女は高天原より降り給へる天女にして、人民の左右すべきものに非ず。万々一過つて神慮に触るる様な事あらば、汝が生命は直に召取らるるであらうぞ』 と声に力を入れて、きめつけた。タールスは其厳しき言霊の威に打たれ、思はず頭を下げ、 タールス『今後は決して左様な事は申しませぬから、何卒お許し下さい』 と嘆願した。玉治別は心中に可笑しさを堪へ、ソツと見ぬ様な風して両女の顔を覗き込んだ。両女の目は同時に玉治別の両眼に注がれた。 是より玉治別は此里の言葉をスツカリ覚えた上、三五教の教理を説き諭し、タールスを立派なる神司に仕上げ、チルテルも同じく神司となり、アンナヒエールの里人を一人も残らず大神の道に帰順せしめ、二三ケ月滞在の上、三人は此里を立ち出で、西北さして山伝ひに宣伝歌を歌ひ乍ら進み行くのであつた。七八里の間はチルテルを初め一同見送りをなし、茲に涙と共に惜き別れを告げたりける。 (大正一一・七・五旧閏五・一一北村隆光録) 窓外和知川の氾濫を眺めつつ (昭和一〇・三・八於吉野丸船室王仁校正) |
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65 (1855) |
霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 15 諏訪湖 | 第一五章諏訪湖〔七四五〕 玉治別は初稚姫、玉能姫と共にアンナヒエールのタールス郷を三五教の霊場と定め、黒ン坊を残らず帰順せしめ、チルテル以下数十人の者に送られて、イルナの郷の入口に袂を別ち『ウワーウワー』の声と共に東西に姿を消したりける。 三人は谷を幾つとなく越え、森林の中の広き平岩の上に腰打ち掛け、休息し乍ら回顧談に耽つた。玉治別は、ジヤンナの谷底にジヤンナイ教の教主テールス姫と面会せし事や、友彦との挑戯などを面白可笑しく物語り、次で此処を立ち出でアンナヒエールの里に到る折しも、両女の祝詞の声を聞きつけ、谷間に下りて其辺一面に二人の後を探ね廻る折しも大蛇に出会し、猩々の群に救はれて遂にアンナヒエールのタールス教の本山に担ぎ込まれ、意外の待遇を受け居る際、初稚姫、玉能姫に面会せし奇遇談を、大略物語りけり。 玉能姫は静に、 玉能姫『妾は或谷間に御禊をなし祝詞を上げて居ました処、傍の岩穴より鬼武彦は白狐の月日、旭と共に現はれ給ひ、二人の袖を銜へて穴の底に引込んで下さいました。はて不思議と思ひながら曳かるる儘に穴の中に身を没し、小声に宣伝歌を唱へて居ますと、妾の潜んで居る穴の前の谷川の向岸に当つて蜿蜒たる大蛇が現はれ、三四尺もあらうと思ふ長い舌を出して穴を目蒐けて睨んで居たが、鬼武彦以下の御威徳に畏れ、近よりも得せず暫く睨むで居りました。其とき貴方の声として妾共の名を呼んで下さいました。何うしたことか一言も声が出ず、ええヂレツタイ事だと踠いて居りますうち、山岳も崩るる許りの音を立てて、胴の周囲三四丈もあらうかと思はるる長さ数十間の太刀膚の大蛇、尾の先に鋭利な剣を光らせ乍ら、夫婦と見えて二体、谷川を一杯になつて通り過ぎた時の恐ろしさ、今思つても、身の毛がよだつやうに御座います。白狐の姿は忽ち消えて四辺は森閑としたのを幸ひ、貴方に遇はんと岩窟を這ひ出で其辺を探ねましたが、些ともお姿は見えず、あゝ彼の大蛇に何うかされなさつたのだらうかと気が気でならず、もしや其辺に身を潜めて居られるのではあるまいかと思ひ、態と宣伝歌を声高く歌つて通る折しも、タールス教のチルテル初め数多の人々、我々両人を矢庭に担いであの岩窟に連れ参り、貴方に不思議の対面をなし、漸く危険を免がれ、其上神様のお道の宣伝をなし、残らず帰順させる事の出来ましたのも、全く三五教の大神の御守護と今更ながら有難涙に暮れまする……アヽ惟神霊幸倍坐世』 と合掌すれば初稚姫も小さき手を合せ感謝の涙に暮れ居たり。 斯く話す折しもキヤツと息の切れるやうな悲鳴が聞えて来た。三人は此声に思はず腰を上げ耳を澄まして聞き居れば、谷底に当つて蜿蜒たる大蛇、二人の男女をキリキリと捲きながら今や大口を開けて呑まんとする真最中であつた。玉治別是を見るより一目散に夏草の生茂る灌木の中を駆け潜り、近づき見れば此有様、直に天津祝詞を口早に奏上し、天の数歌を謡ひあげ、ウンと一声指頭を突き出し、五色の霊光を発射して大蛇に放射した。大蛇は忽ちパラパラと解けて其場に材木を倒したやうにフン伸びて仕舞つた。二人は最早正気を失ひ、虫の息にて胸の辺りをペコペコと僅かに動悸を打たせて居つた。此間に玉能姫、初稚姫は後追ひ来り、三人力を合せ谷水を汲み来りて面部に吹きかけ、口に喞ませ、いろいろと介抱をなし、天の数歌を謡ひ上げて魂返しの神業を修するや、忽ち息吹き返し二人は両手を合せ、 両人『何れの方かは存じませぬが、危ふき所をよくも助けて下さいました。此御恩は死んでも忘れは致しませぬ』 と涙と共に感謝しける。玉治別は、 玉治別『ヤア、貴方は……久助さま、お民さまぢや御座いませぬか、危い事で御座いました』 と頓狂な声を出して呼びかけたり。夫婦はハツと顔を上げ、久助は、 久助『ヤア、貴方は玉治別様、玉能姫様、初稚姫様、よう来て下さいました。ネルソン山の山頂より烈風に吹き散らされ、各自四方に散乱し、貴方方は何うなつた事かと、今の今まで心配致して居りました。此広い竜宮嶋、仮令三年や五年探しても一旦別れたが最後、面会する事は到底出来ない筈だのに、折好くも斯んな所でお目に懸るとは全く神様のお引合せ、アヽ有難や勿体なや』 と又もや天津祝詞を五人一緒に声も涼しく奏上した。二匹の大蛇も、そろそろ尾の方よりビクリビクリと動き出し、次第々々に元気を増し鎌首を上げ、五人に向つて謝罪するものの如く、両眼より涙を流し居たり。玉治別は大蛇に向ひ、 玉治別『オイオイ大蛇先生、何の因果でソンナ姿に生れて来たのだ。可憐さうなものだ、早く人間に生れ代るやうに神言を奏上してやらう』 大蛇の雌雄は首を揃へて幾度となく首を下げ、感謝の意を表した。五人は幾回となく祝詞を奏上した。大蛇は忽ち白煙となり、大空目蒐けて細長く蜿蜒として雲となり中空に消えて仕舞つた。これ全く誠心誠意、玉治別一行が天津祝詞を奏上したる功徳によつて、大蛇は天上に救はれたるなり。 一行五人はイルナの山中を宣伝歌を歌ひ乍ら、土人の住家を宣伝せむと崎嶇たる山道を足を痛めながら、草鞋を破り跣となつて進み往く。久助は初稚姫を労り背に負ひ最後より随ひ往く。 向ふの方より数十人の一群の荒くれ男、顔一面に嫌らしき文身をしながら此場に現れ来り、眼を怒らせ五人をバラバラと取巻いた。左は断崖絶壁、千仭の谷間には青々とした激流泡を飛ばして流れ居たり。進退維谷まりし五人は如何はせむと案じ煩ふ折しも、久助の背に負はれたる初稚姫は、 初稚姫『玉治別殿、先に立たれよ』 と云ふ。玉治別は先に立ち、荒男の前につかつかと進み寄る。荒男の名はタマルと云ふ。タマルは玉治別の赤き鼻を見て大いに驚き俄に態度を一変し、凶器を大地に抛げ捨て、両手を合せ跪き、 タマル『オーレンス、サーチライス、ウツポツポウツポツポ、アツタツターアツタツター』 と尊敬の意を表した。更たまつたる此態度に一同は柄物を投げ捨て大地に跪き、異口同音に「オーレンス、サーチライス」と繰返し、尊敬の意を表したりけり。玉治別は、 玉治別『アーメーアーメー、自転倒嶋に現はれ給ふ三五教の教主言依別の命を奉じ、此一つ島に神の福音を宣べ伝へむが為めに、遥々渡り来れるものぞ。汝等今より我道を信じ、神の愛児となり、霊肉共に永遠無窮に栄えよ。天国の門は開かれたり、神政成就の時は到れり、悔い改めよ』 と宣示したり。此言葉はタマル以下一同には言語の通ぜざるため何の意味かは分らざりしが、何分尊き救世主の御降臨と信じ切つたる彼等は嬉しげに後に随ひ、険峻なる道を大男の背に五人を負ひながら、大地一面に金砂の散乱せる大原野に導きぬ。此処はアンデオと云ふ広大なる原野にして、又人家らしきもの数多建ち並び、小都会を形成せり。土人の祀つて居る竜神の祠の前に五人を下し、手を拍つて喜び、何事か一同は祈願を籠めたりけり。 社の後には目も届かぬ許りの湖水が蓮の形に現はれ、紺碧の浪を湛へて居る。水鳥は浮きつ沈みつ愉快気に右往左往に游泳し、時々羽ばたきしながら、水面に立ち歩み駆け狂うて居る面白さ。一同は天津祝詞を奏上し終り、此湖水の景色に見惚れ、やや暫し息を休めて居た。玉治別は祠の前に停立し、 玉治別『自転倒島を立ち出でて神の教を伝へむと 南洋諸島を駆け廻り愈ここに竜宮の 一つの島へと到着し厳の都の城下まで 進み来れる折柄に蜈蚣の姫や黄竜の 姫の心を量り兼ね神の経綸か白雲の かかる山辺を十柱の教の御子は攀登り 山の尾上を踏み越えてネルソン山の絶頂に 佇み四方を眺めつつ雄渾の気に打たれ居る 時しもあれや山腹より昇り来れる黒雲に 一行十人包まれて咫尺も弁ぜず当惑し 天津祝詞を声限り奏上なせる折りもあれ 空前絶後の強風に吹き捲くられて各自は 木の葉の如く中天に捲き上げられて名も知らぬ 深き谷間に墜落し息も絶えむとしたりしに 三五教の大神の恵の露に霑ひて 漸く息を吹き返し彼方此方に蟠まる 大蛇の群を悉く天津祝詞の太祝詞 天の数歌謡ひつつ言向け和せ漸うに 数多の人に送られて初めて此処に来て見れば 瞳も届かぬ諏訪の湖千尋の底の弥深き 神の恵の現はれて魚鱗の波は金銀の 花咲く如き眺めなりあゝ惟神々々 御霊の幸を蒙ぶりて我等一行五つ身魂 これの聖地に導かれ心の空も爽かに 天国浄土に上る如嬉し楽しの今日の日は 神の恵の尊さを一層深く知られけり 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 宣り伝へ行く楽しさは三千世界の世の中に 是に増したる業はなし三千世界の梅の花 一度に開く木の花の開いて散りて実を結ぶ 時は来にけり時は来ぬ五弁の梅の厳御霊 厳の教を経となし瑞の教を緯として 錦の宮に現れませる国治立大神や 埴安彦や埴安姫の神の御言を畏みて 此世を開く宣伝使暗夜を晴らす朝日子の 日の出神の御守り天教山に現れませる 神伊弉諾大神や地教の山に永久に 鎮まりまして現世を堅磐常磐に守ります 神伊弉冊大神や高照姫の御前に 慎み敬ひ鹿児自物膝折り伏せて願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 初稚姫や玉能姫玉治別の宣伝使 久助お民の信徒が堅磐常磐の後の世も 神の経綸に漏れ落ちず太しき功績を建てしめよ 神は我等を守ります神に任せし此身魂 天地の間に生けるもの他人もなければ仇もなし 父子兄弟睦じく世界桝かけ引きならし 貴賤揃うて神の世の楽しき月日を送るまで 神に受けたる玉の緒の命を長く守りませ 三五教の御光を三千世界に隈もなく 照らさせ給へ諏訪の湖千尋の底に永久に 鎮まりゐます竜姫の皇大神よ平けく いと安らけく聞し召せ神の教の道にある 厳の御霊の五つ柱慎み敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ あゝ惟神々々御霊の幸を給へかし』 と歌ひ終るや、初稚姫は又もや立ち上り、諏訪の湖面に向つて優しき蕾の唇を開き祝歌を歌ふ。 初稚姫『私の父は三五の神の教の宣伝使 天と地とは一時に開き初むる時置師 神の命の杢助ぞ言依別の神言もて 自転倒島の中心地高天原に千木高く 鎮まりゐます綾の里錦の宮の神司 玉照彦や玉照姫の貴の命の御仰せ 畏み仕へまつりつつ我は幼き身なれども 神と神との御教をうなじに固く蒙ぶりて 玉治別や玉能姫教司と諸共に 浪風猛る海原を神の恵に渡りつつ 黄金花咲く竜宮の一つの島に着きにけり 厳の都を後にして山野を渡りネルソンの 高山越えて谷の底アンナヒエールの里を越え 山々谷々数越えて漸う此処に皇神の 社の前に着きにけり思へば深し諏訪の湖 千尋の底に永久に鎮まりゐます竜姫よ 心平に安らかに我が願ぎ事を聞し召せ 天火水地と結びたる言霊まつる五種の 珍の御玉を賜へかし三五の月の御教は いよいよ茲に完成し三千世界の梅の花 一度に開く常磐木の松の神世と謳はれて 海の内外の民草は老も若きも隔てなく うつしき御代を楽しまむあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして十歳にも足らぬ初稚が 万里の波濤を乗り越えて世人を救ふ赤心に 曳かれて此処迄出で来る思ひの露を汲めよかし 神は我等の身辺を夜と昼との別ちなく 守らせ給ふと聞くからは神政成就の御宝 厳の御霊のいち早く我等に授け給へかし 謹み敬ひ願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠は神に通ふべし誠一つの三五の 神の教の宣伝使宣る言霊を悉く 完全に委曲に聞し召せ仮令大地は沈むとも 神に誓ひし我魂は如何なる艱難来るとも ミロクの世迄も変らまじミロクの世迄もうつらまじ』 と歌ひ終り拍手して傍の芝生の上に腰打ち下ろし息をやすめた。玉能姫は又もや立上り湖面に向つて歌ふ。 玉能姫『皇大神の勅もて言依別命より 金剛不壊の如意宝珠また紫の神宝を 堅磐常磐の経綸地隠し納むる神業を 仕へまつりし玉能姫初稚姫の両人が 神の教を伝へむと島の八十島八十の国 大海原を打ち渡り暑さ寒さの厭ひなく 虎伏す野辺も狼の狂へる深山も何のその すこしも厭はず三五の神の教の御為に 身も魂も奉げつつ玉治別に従ひて 漸う此処に詣でけり此湖に遠津代の 神代の古き昔より鎮まりゐます竜姫よ 御国を思ふ一筋の妾が心を汲み取らせ 三五教の神の道岩より堅く搗き固め 神界幽界現界の救ひの為に海底に 隠し給ひし五つみたま天火水地と結びたる 大空擬ふ青き玉紅葉色なす赤玉や 月の顔水の玉黄金色なす黄色玉 四魂を結びし紫の五つの御玉を我々に 授けたまへよ矗々に我は疾く疾く立帰り 国治立大神が神政成就の神業の 大御宝と奉り汝が御霊の功績を 千代に八千代に永久に照しまつらむ惟神 御霊の幸を賜はりて我等の願ひをつばらかに 聞し召さへと詔り奉るあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ終つて拍手し、傍の芝生の上に息を休めけり。久助は又もや湖面に向つて、 久助『自転倒島の瀬戸の海誠明石の磯の辺に 生れ出でたる久助は三五教に入信し 玉治別の宣伝使其他二人の神司 導き給ふ其儘に御跡を慕ひ神徳を 蒙りまつり世の為に力の限り尽さむと 大海原を遥々と越えて漸う一つ島 大蛇に体を捲かれつつ九死一生の苦みを 神の御稜威に助けられ漸う此処に来りけり 我は信徒三五の神の司に非ざれど 御国を思ひ大神に仕ふる道に隔てなし 諏訪の湖底に永久に鎮まりゐます皇神よ 我等夫婦が真心を憐み給へ何なりと 一つの御用を仰せられ神の教の御子として 恥かしからぬ働きを尽させ給へ惟神 神の御前に村肝の赤き心を奉り 慎み敬ひ願ぎまつる畏み畏み願ぎ申す あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ終つて同じく芝生の上に息をやすめたり。お民は又もや立上り諏訪の湖面に向つて拍手し、声淑やかに、 お民『尊き国の礎や百姓の名に負ひし 君と神とに真心を麻柱ひ奉る民子姫 神の御前に平伏して国治立大神の ミロク神政の神業に仕へまつらむ事のよし 完全に委曲に聞し召し誠の足らぬ我なれど 神の大道は片時も忘れたる事更になし 守らざる事片時も無きを切めての取得とし この湖底に昔より鎮まりゐます竜宮の 皇大神よ惟神大御心も平けく いと安らけく思召し足らはぬ我等が願言を 見棄て玉はず諾ひて其程々の功績を 立てさせ玉へ諏訪の湖鎮まりゐます御神の 御前に畏み願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 紺碧の湖面は忽ち十字形に波割れて、湖底は判然と現はれたり。殆ど黄金の板を敷き詰めたる如く、一塊の砂礫もなければ、塵芥もなく、藻草もない。恰も黄金の鍋に水を盛りたる如き、清潔にして燦爛たる光輝を放ち、目も眩む許りの荘厳麗媚さなりき。波の割れ間より幽かに見ゆる金殿玉楼の棟実に床しく、胸躍り魂飛び魄散るが如く、赤珊瑚樹は林の如くにして立並み居る。珊瑚樹の大木の下を潜つて、静々と現はれ来る玉の顔容月の眉、梅の花か海棠か、但は牡丹の咲き初めし婀娜な姿に擬ふべらなる数多の女神、黄金色の衣を身に纒ひ、黄金造りの竜の冠を戴き乍ら、長柄の唐団扇を笏杖の代りに左手に突きつつ、右手に玉盃を抱え、天火水地結の五色の玉を各五人の殊更崇高なる女神に抱かせ乍ら、玉依姫命は徐々と湖を上り五人が前に現はれ玉ひて、言葉静かに宣り玉ふ。 玉依姫命『汝は初稚姫、玉能姫、玉治別、信徒の久助、お民の五柱、よくも艱難を凌ぎ辛苦に堪へ、神国成就の為に遥々此処に来りしこと感賞するに余りあり。併し乍ら汝初稚姫は大神よりの特別の思召しを以て、金剛不壊の如意宝珠の神業に参加せしめられ、又玉能姫は紫の宝玉の御用を仰せ付けられ、今や三五教挙つて羨望の的となり居れり。玉治別外二人は未だ斯の如き重大なる神業には奉仕せざれども、汝等が至誠至実の行ひに賞で、竜宮の神宝たる五種の宝を汝等五人に授くれば、汝等尚も此上に心身を清らかにし、錦の宮に捧持し帰り、教主言依別命にお渡し申すべし。今汝に授くるは易けれど、未だ一つ島の宣伝を終へざれば、暫く我等が手に預りおかむ。華々しき功名手柄を現はし、重大なる神業を神より命ぜらるるは尤もなりと、一般人より承認さるる迄誠を尽せ。此一つ島はネルソン山を区域として東西に別れ、東部は三五教の宣伝使黄竜姫守護し居れども、未だ西部に宣伝する身魂なし。汝等五人は此処に七日七夜の御禊を修し、此島を宣伝して普く世人を救ひ、大蛇の霊を善道に蘇へらせ、且黄竜姫、梅子姫、蜈蚣姫其他一同の者を心の底より汝の誠に帰順せしめたる上にて改めて汝の手に渡さむ。初稚姫には紫の玉、玉治別には青色の玉、玉能姫には紅色の玉、久助には水色、お民には黄色の玉を相渡すべし。されど此神業を仕損じなば、今の妾の誓ひは取消すべければ、忍耐に忍耐を重ねて、人群万類愛善を命の綱と頼み、苟且にも妬み、そねみ、怒りの心を発するな。妾はこれにて暫く竜の宮居に帰り時を待たむ。いざさらば……』 と言ひ残し、数多の侍女神を随へ、忽ち巨大なる竜体となりて、一度にドツと飛び込み玉へば、十字形に割れたる湖面は元の如くに治まり、山岳の如き浪は立ち狂ひ、巨大の水柱は天に沖するかと許り思はれた。五人は感謝の涙に暮れつつも、恭しく拍手をなし、天津祝詞や神言を奏上し、天の数歌を十度唱へ、宣伝歌を声張り上げて歌ひ終り、再び拍手し、それより七日七夜湖水に御禊を修し、諏訪の湖面に向つて合掌し、皇神に暇を請ひ、宣伝歌を歌ひ乍ら、荊棘茂れる森林の、大蛇猛獣の群居る中を物ともせず、神を力に誠を杖に進み行くこそ雄々しけれ。あゝ惟神霊幸倍坐世。 玉依姫は空色の衣服にて、玉を持てる五人の女神の後に付添ひ玉ひしと聞く。 (大正一一・七・五旧閏五・一一加藤明子録) |
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霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 16 慈愛の涙 | 第一六章慈愛の涙〔七四六〕 七十五声の言霊に因みて澄める諏訪の湖 皇大神が三千歳の遠き神代の昔より ミロク神政の暁に厳の御霊と現はして 神の御国を固めむと諏訪の湖底深く 秘め給ひたる珍宝竜の宮居の司神 玉依姫に言依さし三千世界の梅の花 五弁の身魂一時に開く常磐の松の代を 待たせ給ひし畏さよ浪立ち分けて現れませる 玉を欺く姫神は五ツの玉を手に持たし 教の御子の五柱前に実物現はせて 往後を戒め神業の完成したる暁に 手渡しせむと厳かに誓ひ給ひし言の葉を 五人の御子は畏みて夢寐にも忘れず千早振る 神の誠を心とし羊の如くおとなしく 如何なる敵にも刃向はず善一筋の三五の 至誠の道を立て通し人に譲るの徳性を 培ひ育てし健気さよ玉治別や玉能姫 一層賢しき初稚姫の神の命の瑞御霊 久助、お民の五人連諏訪の湖伏し拝み 七日七夜の禊して身も魂も浄めつつ 大野ケ原をエチエチと金砂銀砂を敷詰めし 道芝イソイソ進み行く。向ふの方より馳せ来る 大の男が十五人出会がしらに一行を 目蒐けて拳を固めつつ所かまはず打据ゑて 一同息も絶え絶えに無念の涙くひしばり 笑顔を作り言ひけらく『心きたなき我々は 金砂銀砂の敷詰めし清き大地を進みつつ 心に恥らふ折柄に何処の方か知らねども 吾等が身魂を清めむと心も厚き皇神の 恵の拳を隈もなく汚き身体に加へまし 有難涙に咽びます嗚呼諸人よ諸人よ 汝は吾等の身魂をば研かせ給ふ御恵の 深くまします真人よあゝ有難し有難し 是れより心を改めて足はぬ吾等の行ひを 補ひ奉り三五の神の教の司とし 天地の神や諸人に恥らふ事の無きまでに 身魂を研き奉るべし嗚呼惟神々々 恵の鞭を嬉しみて皇大神の御教を 四方の国々宣べ伝へ世人の為めに真心を 尽さむ栞に致します山より高き父の恩 海より深き母の恩恵は尽きぬ父母の 我子を愛はる真心に優りて尊き御恵み 謹み感謝し奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 我等の命は失するとも神の恵の此鞭の 其有難さ何時迄も忘るる事はあらざらめ 汝は普通の人ならじ諏訪の湖水に現れませる 皇大神の御心を持ちて現れます神ならむ 謹み感謝し奉る嗚呼惟神々々 御霊幸倍ましませよ此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直し聞直し身の過ちは宣り直す 三五教の吾々は如何なる事も惟神 凡て善意に解釈し只一言も恨まずに 情の鞭を嬉しみて厚く感謝し奉る 水も洩らさぬ皇神の尊き仕組の今の鞭 受けたる此身今日よりは心の駒に鞭ちて 時々兆す悪念を山の尾の上に追ひ散らし 河の瀬毎に追払ひ大慈大悲の大神の 大御心に報ふべし進めよ進めよいざ進め 忍の山に逸早く剣の山も何のその 仮令火の中水の底神の大道の為ならば などか厭はむ敷島の大和心を振おこし 国治立の御前に奇しき功績を立て奉り 目出度神代にかへり言申さむ吉き日を楽しまむ 嗚呼惟神々々御霊幸はひましませよ』 と小声に玉治別は歌ひ終り、打擲された十五人の男に向ひ、一同手を合せて、嬉し涙に咽びける。さしも猛悪なる悪漢も、五人の態度に呆れ返り、感涙に咽び乍ら両手を合はせて大地に平伏し、陳謝の辞を断たざりけり。玉治別は大いに喜び茲に一場の宣伝をなしながら、悠々として此場を立ち去りにけり。 後振り返り見れば障害なき大野原に十五人の荒男は、何れへ消えしか、影も形も見えずなり居たりける。初稚姫は、 初稚姫『皆さま、今の方は誰方と思ひますか』 玉治別『玉治別には、どうも合点が参りませぬ。何処へ行かれたのでせう』 初稚姫『イエイエ、あの方は天教山に現はれ給ひし、木花咲耶姫の御化身で御座いましたよ』 玉能姫はこれを聞くより「ワツ」と計りに声を上げ嬉し泣きしながら、 玉能姫『アヽ神様、有難う御座いました。何処迄も吾々の魂を御守り下さいまして、今度の御神業につきましては不断、御礼の申上げやうなき御心付けを下さいまして、有難う御座います。何とも御礼の申上げ様も御座いませぬ。御蔭を以て漸く忍耐の坂を越える丈けの御神力を戴きました』 と鼻を啜り嬉し涙を絞る。玉治別は啜り泣き一言も発し得ず嗚咽し乍ら、自転倒島に向ひ両手を合せ涙をタラタラと流し、是亦感謝に余念なく、久助、お民も只両手を合せシヤクリ泣きするのみ。初稚姫は、 初稚姫『皆様、大神様の真の御慈愛が解りましたか』 一同は、 一同『ハイ』 と云つたきり涙滂沱として腮辺に滝の如く滴たらし居たり。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 一行は感謝の祝詞を奏上し終つて、又もや炎熱焼くが如き原野を汗に着物を浸し乍ら足を早めて宣伝歌を歌ひ進み行く。 折しも小さき祠の前に醜き一人の男、何事か祈願し居るにぞ、玉治別はツカツカと進み寄り、 玉治別『モシモシ貴方は何処の方で御座るか、見れば御病気の体躯と見えまする。何れへお出で遊ばすか』 と尋ぬるに男は玉治別の言葉にフト顔を上げたり。見れば顔面は天刑病にて潰れ、体躯一面得も言はれぬ臭気芬々として膿汁が流れて居る。玉治別は案に相違し突立つた儘、目を白黒して其男を黙視してゐる。 男『私は此向ふの谷間に住む者だが、コンナ醜るしい病を患ひ、誰一人相手になつて呉れるものもなし、若い時より体主霊従のあらん限りを尽し、神に叛いた天罰で、モシ……コレ此通り、世間のみせしめに逢うて居るのだ。最早一足も歩む事は出来ぬ………お前さま、人を助ける宣伝使なれば、此病気を癒して下さいませ。モシ女の唇を以て此膿汁を吸へば、病気は全快すると聞きました。何卒お情に助けて下さるまいか』 初稚姫はニコニコし乍ら、 初稚姫『おぢさま、吸うて癒る事なら吸はして下さい』 と云ふより早く足許の膿汁を「チユウチユウ」と吸うては吐き、吸うては吐き始めたり。玉能姫は頭の方より顔面、肩先き手と云ふ順序に、「チユウチユウ」と膿を吸うては吐き出す。玉治別、久助は余りの事に顔も得上げず、心の中にて一時も早く病気平癒をなさしめ給へと、祈願を凝らして居る。お民は又もや立寄つて腹部を目蒐けて、膿汁を「チユウチユウ」と吸ひ始めたり。暫くの間に全身隈なく膿汁を吸ひ出し了りぬ。男は喜び乍ら両手を合せ、路上に蹲踞んで熱き涙に暮れ居たり。五人は一度に其男を中に置き、傍の流れ水に口を嗽ぎ手を洗ひ天津祝詞を奏上する。男は忽ち嬉しさうな顔をし乍ら、 男『アヽ有難う御座いました。誰がコンナ汚い物を、吾子だとて吸うて呉れませう。お礼は言葉に尽されませぬ』 と一礼し乍ら直に立ちて常人の如く足も健かに歩み出し、終に遠く姿も見えずなりにけり。玉治別は感激の面色にて、 玉治別『三人の御方、ヨウマア助けてやつて下さいました。私も女ならば貴方方の如うに御用が致したいので御座いますが、彼の男が女でなければ不可ぬと申しましたのでつい扣へて居ました。イヤもう恐れ入つた御仁慈、国治立大神、神素盞嗚大神の御心に等しき御志、感激に堪へませぬ』 と又もや熱涙に咽ぶ。三人は愉快気に神徳を忝なみ、 三人『あゝ神様、今日は結構な御神徳を頂きました』 と両手を合せ感謝の祝詞を奏上し、一行五人西へ西へと、金砂銀砂の敷詰めたる如き麗しき野路を、宣伝歌を歌ひ進み行く。 因に云ふ。初稚姫の霊魂は三十万年の後に大本教祖出口直子と顕はれ給ふ神誓にして、是れより五人は西部一帯を宣伝し、種々の試練に遭ひ、終にオーストラリヤの全島を三五教の教に導き、神業を成就したる種々の感ず可き行為の物語は、紙数の都合に依りて後日に詳述する事となしたり。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・五旧閏五・一一谷村真友録) |
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霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 霊の礎(一〇) | 霊の礎(一〇) 一、高天原の天界には、地上の世界と同様に住所や家屋があつて、天人が生活して居ることは地上の世界に於ける人間の生活と相似て居るのである。斯くいふ時は現界人は一つの空想として一笑に付し顧みないであらう。それも強ち無理ではないと思ふ。一度も見たことも無く、又天人なるものは人間だと云ふことを知らぬ故である。又天人の住所なるものは、地球現界人の見る天空だと思ふから信じないのである。打見る所天空なるものは冲虚なるが上に、其天人といふものも亦一種の気体的形体に過ぎないものと思ふからである。故に地の世界の人間は、霊界の事物にも亦自然界同様であるといふ事を会得することが出来ぬからである。現実界即ち自然界の人間は、霊的の何者たるかを知らないから疑ふのである。地上の現界を霊界の移写だといふことを自覚せないから、天人と云へば天の羽衣を着て、空中を自由自在に飛翔するものと思つてゐるのは人間の不覚である。天人は之等の人間を癲狂者と云つて笑ふのである。 一、天人の生活状態にも各不同があつて、威厳の高きものの住所は崇高なものである。又それに次ぐものはそれ相応の住所がある。故に天人にも現界人の如く名位寿福の願ひを持つて居て進歩もあり向上もあるので、決して一定不変の境遇に居るものでは無い。愛と信との善徳の進むに従つて倍々荘厳の天国に到り、又は立派なる地所や家屋に住み、立派なる光輝ある衣服を着し得るものである。何れも霊的生活であるから、その徳に応じて主神より与えへらるるものである。凡ての疑惑を捨てて天国の生活を信じ死後の状態を会得する時は自然に崇高偉大なる事物を見るべく、大歓喜を摂受し得るものである。 一、天人の住宅は地上の世界の家屋と何等の変りも無い。只その美しさが遥に優つてゐるのみである。その家屋には地上の家屋の如く奥の間もあり、寝室もあり、部屋もあり、門もあり、中庭もあり、築山もあり、花園もあり、樹木もあり、山林田畑もあり、泉水もあり、井戸もあつて、住家櫛比し都会の如くに列んで居る。亦坦々たる大道もあり、細道もあり、四辻もあること地上の市街と同一である。 一、天界にも又士農工商の区別あり。されど現界人の如く私利私欲に溺れず、只その天職を歓喜して天国の為に各自の能力を発揮して公共的に尽すのみである。天国に於ける士は決して軍人にあらず、誠の道即ち善と愛と信とを天人に対して教ふる宣伝使のことである。地上に於て立派なる宣伝使となり其本分を尽し得たる善徳者は、天国に住みても依然として宣伝使の職にあるものである。人間は何処までも意志や感情や又は所主の事業を死後の世界迄継承するものである。又天国霊国にも、貧富高下の区別がある。天国にて富めるものは地上の世界に於てその富を善用し、神を信じ神を愛するために金銀財宝を活用したるものは天国に於ては最も勝れたる富者であり、公共のため世人を救ふために財を善用したるものは中位の富者となつて居る。又現界に於てその富を悪用し、私心私欲の為に費し又は蓄積して飽くことを知らなかつた者は、其の富忽ち変じて臭穢となり、窮乏となり、暗雲となりて霊界の極貧者と成り下り、大抵は地獄に堕するものである。又死後の世界に於て歓喜の生涯を営まむと思ふ者は、現世に於て神を理解し、神を愛し神を信じ、歓喜の生涯を生前より営みてゐなければ成らぬのである。死後天国に上り地獄の苦を免がれむとして、現世的事業を捨てて山林に隠遁して世事を避け、霊的生活を続けむとしたる者の天国に在るものは、矢張生前と同様に孤独不遇の生涯を送るものである。故に人は天国に安全なる生活を営まんと望まば、生前に於て各自の業を励み、最善の努力を尽さねば死後の安逸な生活は到底為し得ることは出来ないのである。士は士としての業務を正しく竭し、農工商共に正しき最善を尽して、神を理解し知悉し之を愛し之を信じ善徳を積みておかねばならぬ。又宣伝使は宣伝使としての本分を尽せばそれで良いのである。世間心を起して、農工商に従事する如きは宣伝使の聖職を冒涜し、一も取らず、二も取らず、死後中有界に彷徨する如き失態を招くものである。故に神の宣伝使たるものは何処までも神の道を舎身的に宣伝し、天下の万民を愛と信とに導き、天国、霊国の状態を知悉せしめ、理解せしめ、世人に歓喜の光明を与ふることに努力せなくては成らぬのである。天界に坐ます主の神は仁愛の天使を世に降し、地上の民を教化せしむべく月の光を地上に投じ給うた。宣伝使たるものは、この月光を力として自己の霊魂と心性を研き、神を理解し知悉し、愛と信とを感受し、是を万民に伝ふべきものである。主一無適の信仰は、宣伝使たるものの第一要素であることを忘れてはならぬ。天界地上の区別なく神の道に仕ふる身魂ほど歓喜を味はふ幸福者は無いのである。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十一年十二月王仁 |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 02 与太理縮 | 第二章与太理縮〔七四八〕 地恩城の奥殿には黄竜姫と蜈蚣姫の二人、侍女を遠ざけ、頭を垂れ物憂し気に、何事か首を鳩めてヒソビソ話に耽つて居る。 蜈蚣姫『黄竜姫様、大変な事が出来ました。あの意地くねの悪い鼻曲りの友彦が、ネルソン山を西に渉り、獰猛なる土人をチヨロ魔化し、テールス姫と言ふ妖女を抱き込み、表面三五教を標榜し、衆を集めて此地恩郷に攻め寄せ来り、お前さまを否応なしに又元の女房にしようとの企み、今に本城へ攻め寄せ来るとの、金、銀、鉄の注進、万一左様な事が実現して、友彦此場に攻め来る事あらば、お前さまは如何なさる考へですか、御意中を承はりたい』 黄竜姫『母様、左様な御心配に及びませぬ。柔よく剛を制すと言つて、如何なる頑強不霊の友彦なりとて、妾が三寸の舌剣を以て腸まで抉り出し、見事改心させて見せませう。友彦如きは物の数でもありませぬ。あの様な者が恐ろしくて、此野蛮未開の一つ島が如何して拓けませう。取越苦労はなさいますな、ホヽヽヽヽ』 とオチヨボ口に袖を当て、手もなく笑ふ。蜈蚣姫は真面目な心配相な顔付にて、 蜈蚣姫『何程悧巧だと言つても未だお前は年が若いから、さう楽観をして居られますが、恋の意地と言ふものは又格別なもので、なかなか油断はなりませぬ。寝ても醒ても小糸姫に馬鹿にしられたと怨んで居る友彦の事だから、一時は時到らずとして尾を捲き目を塞ぎ爪を隠して、猫の様になつて居たものの、今やジヤンナの郷に於て、飛つ鳥も落す様な勢になつたのを幸ひ、日頃の鬱憤を晴すは今此時と戦備を整へ捲土重来する以上は到底なかなか一筋や二筋では納まりますまい。年寄の冷水、老婆心の繰言とお笑ひなさるか知りませぬが、年寄は家の宝、経験がつんで居るからチツとは母の言ふ事もお聞きなされ。後の後悔は間にあひませぬ』 黄竜姫『あの、マア母様にも似合はぬ御心配相なお顔付、母上も顕恩郷では随分剛胆な事をなさいましたではありませぬか。それのみならず、自転倒島の鬼ケ城山に敗れ三国ケ嶽に砦を構へ、次で魔谷ケ嶽、国城山と大活動をなされた時は、夜叉の様なお勢で御座つたぢやありませぬか。それに今日、母上の口からそんな弱い音色が出るとは思ひも掛けませぬ。此黄竜姫、仮令百の友彦、万の友彦来るとも、三五教の神様の神力、吾言霊の威力に拠つて言向け和し、前非を悔いしめ、至善至美の身魂に研き上げて助けてやる妾の所存、決して決して御心配遊ばしますな』 と脇息に肱を乗せ忍冬の茶を一口グツと飲んで、 黄竜姫『母様、何卒お寝み遊ばしませ。最早夜も更けかけました。いづれネルソン山へは数百里の道程、友彦が攻めて来ると言つても、まだ十日や半月は大丈夫です。あまり周章てるには及びませぬ』 蜈蚣姫『油断大敵、一時も猶予はなりませぬ。妾は先程一同の者に、防戦と出陣の用意を命じて置きました。やがて出陣するでせう』 黄竜姫『それは誰の吩咐で出陣をお命じになりましたか』 蜈蚣姫『ハイ、妾の計らひで……』 黄竜姫『それは又、不都合千万、私人としては貴女は妾の母、されど神様のお道から言へば妾が教主も同然、妾の命令をも聞かずに、公私混淆、自他本末を混乱して左様な命令を出されては困るぢやありませぬか。何卒早く取消しをして下さい』 蜈蚣姫『何程お前様が教主だと言つて威張つた処で、矢張り親は親だ。親の言ふ事を聞かぬ様では鬼も同様です。それでは神様のお道を守る人とは申されますまい。此蜈蚣姫も猪食た犬丈あつて、何んな経験も持つて居る。今こそ可愛い娘の光を出したいばかりに、目を塞ぎ爪を隠し、灰猫婆アになつて居るものの、まさかと言ふ時になれば忽ち虎猫になりますよ。虎も目を塞ぎ爪を隠して柔和しく見せて居れば、何時までも厄介者だと蔑み、年寄つたの、耄碌したのと思つて居ようが、いつかないつかな此蜈蚣姫、国家興亡の此際、何時迄も爪を隠す訳にはゆかない。虎猫の本性を現はし、之から大活動を演ずる覚悟ですよ。平和の時はお前さまを大将にして置いてもかなり勤まるが、斯んな非常の場合は生温い事で如何なりませう。アタ小面憎い友彦の首を引き抜いて、思ひ知らしてやらねばなりませぬ。エー、煩い事だ。又年寄に一苦労さすのかいな』 黄竜姫『母様、貴方はそれだから困ります。三五教の御教をお忘れになりましたか』 蜈蚣姫『エー、融通の利かぬ娘だな。三五教の教は天下太平の御代には実に重宝な教だが、危機一髪の此際、あの様な柔弱な無抵抗主義の教理は、マドロしうて聞いてゐられますものか。神様が無抵抗主義を採れと仰有るのは……為な、せい……と言ふ謎ぢや。お前さまは何と言つても未だ年が若いから正直に聞くので困る。口の端に乳が附いて居る様な事言つて……如何して此地恩城が維持出来ますか』 と最後の言葉に力を入れて、畳を握り拳でポンと叩いて見せた。 黄竜姫『アヽ情ない母様の御精神、如何したら本当の改心をして下さるであらう。……何卒神様、一時も早く真の道が、私の一人よりない大切な母に解ります様に、何卒心の鏡に光明を与へ、心の暗黒を照らして下さいませ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し涙含む。 蜈蚣姫『何程人間が改心したと言つても、元から悪の素質を持つて居る吾々の身魂、譬へて言へば、大きな鉢の中へ泥水を盛り、それが時節の力で泥は鉢の底に沈り、表面は清水に澄み渡つて居つても、何か一つ揺ぶるものがあると、折角底に沈つて居た泥が又もや浮き上り、元の泥水となるのは自然の道理だ。之が惟神のお道です。体を以て体に対し、霊を以て霊に対し、力を以て力に対するは天地の道理ぢやありませぬか。アインスタインの相対性原理の説明だつて、さうぢやないか。お前さまの様な其んな時代遅れの事を言つて居ると、蟹の手足をもぎ取り、鳥の翼を剥ぎ取つた様な目に遭はされますぞ。三千世界に子を思はぬ親がありませうか。お前が可愛いばつかりに、妾はお気に召さぬ事を言ふのだが、親の意見と茄子の花は、千に一つも仇花はありませぬぞ。良薬口に苦し、甘いものは蛔虫の源、何卒母が一生のお願ひだから、出陣を見合す事は思ひ止まつて下さい。妾も之から清公の左守神を引率れ、年寄の花を咲かし、冥途の土産に一戦やつて見よう程に、必ず必ず柔弱な精神を発揮して、折角張り詰めた母の勇猛心を挫いて下さるな。親が子に手を合して頼みます。海往かば水漬く屍、山往かば草生す屍、大神の辺にこそ死なめ、閑には死なじ顧はせじと、弥進みに進み、弥逼りに逼り、友彦が軍勢を山の尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に薙散らして服へ和し、一泡吹かして懲らしめ呉れむは案の中、必ず邪魔召さるな』 と血相を変へて長押の薙刀を取るより早く、 蜈蚣姫『黄竜姫、さらば……』 と此場を立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩城の女王、三五教の神司、今改めて蜈蚣姫に対し、三五教を除名する。有難くお受け召され』 蜈蚣姫は二足三足引返し、黄竜姫をハツタと睨み、 蜈蚣姫『久離絶つても、親子ぢやないか。親子の情は何処迄も変るものぢやない。仮令蜈蚣姫、天地の神の怒りに触れ、水火の責苦に会うとても、吾子の為めには厭ひはせぬ。三五教を除名された上は、最早其方に制縛は受けぬ、自由自在の活動を致すは之からだ。愈清公以下の勇士を引率れ、華々しき功名手柄を現はし呉れむ。小糸姫、さらばで御座る』 と又立ち出でむとするを、黄竜姫は言葉厳かに、 黄竜姫『最早三五教を除名せし蜈蚣姫、左守神たる清公を初め、其他一同を指揮する権利はあるまい。御勝手に只一人お出で遊ばせ。飛んで火に入る夏の虫、子の愛に溺れて真の神の愛を忘れ給ひし不届者、天に代つて懲戒致す。……ヤアヤア金州は在らざるか、早く来つて蜈蚣姫を縛せよ』 と呼はつた。 折から金、銀、鉄の三人、スタスタと此場に現はれ来り、親子が此体を見て不審の眉を顰め乍ら、 金州『コレハコレハ、お二人様の御様子、何か深い仔細が御座いませうが、先づ先づお静まり下さいませ』 黄竜姫『仔細は申すに及ばず、地恩郷の女王黄竜姫が命令だ。蜈蚣姫を縛り上げよ』 金州『コレハコレハ、案に相違の女王様のお言葉、一向合点が参り申さぬ。如何なる事情の在しますとも、子の分際として、天にも地にも掛替へなき、山海の恩ある御母上を縛せよとは何たる不孝のお言葉、女王様は狂気召されたか』 と涙を拭ふ。 蜈蚣姫『コレハコレハ金州、お前の言ふ通りだ。父と母とは天地に譬へてある。父の恩は天より高く、母の恩は地より重しと聞く。地の恩に因みたる此地恩郷の女王となり乍ら、母の恩、所謂地恩を忘れた小糸姫、サア、もう此上は親の権利を以て小糸姫を放逐する。汝……金、銀、鉄の三人、此蜈蚣姫が命令を聞き、友彦の軍勢に向つて応戦の用意を致せ。さはさり乍ら身に寸鉄を帯びよと言ふのではない。善言美辞の言霊と親切の行為を以て、敵を悦服致さすのだ。必ず必ず誤解を致すでないぞ』 金州『理義明白なる貴女のお言葉、金州確に承知仕りました。併し乍ら今貴女がお手に持たせ給ふ薙刀は、何の為めにお持ちで御座いますか』 蜈蚣姫『之は敵を薙ぎ払ふ武器では無い。味方の軍勢を励ます為めの武器だ。愚図々々致して居ると、此蜈蚣姫がお前達を片端から薙ぎ払ふも知れぬぞ。サア汝等は蜈蚣姫に続けツ。小糸姫に用は無い』 と又もや此場を慌しく立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩郷の女王黄竜姫、蜈蚣姫を除名したる以上は、金、銀、鉄の三人の者共、彼が命を奉ずるには及ばぬぞ。心を鎮めて妾が言葉を篤と聞けよ』 此言葉に三人は平伏し、 銀州『之は又異なる事を承はるものかな。何の咎あつて蜈蚣姫様に対し除名の処分をなされましたか。一応理由を承はり度う御座います』 鉄州『此頃の暑熱の為に精神を逆上させ、非理非道なる悪言暴語をお吐き遊ばす黄竜姫様のお言葉、天地の道理に反したる貴女の御命令には、吾々は絶対に服従する事は出来ませぬ』 黄竜姫『今更めて銀、鉄の両人を除名する』 銀、鉄『コレハコレハ心得ぬ貴女の御言葉、何の咎あつて除名遊ばすのか。無道の除名処分には決して服従仕らぬ。また仮令除名されても蜈蚣姫様を奉じ、此の地恩城を守護致す考へで御座れば、少しも痛痒は感じませぬ。何卒々々、今一度お考へ直しを願ひ度う存じまする』 金州『女王様に申上げます。御立腹は御尤もなれども、何を言つても、絶つても絶れぬ御親子の間柄、斯様な事が城外に洩れましては、第一、大神様のお道の汚れ、余り褒めた話では御座いませぬ。何卒親子仲よく遊ばして下さいませ』 黄竜姫『今改めて母上様に申上げます。万々一敵軍襲来致す様な事あらば、此黄竜姫が陣頭に立ち、華々しく神界の為めに活動してお目に懸けませう。今迄の無礼の言葉お赦し下さいませ。除名の事は今改めて取消しませう。又……銀、鉄の両人に対する除名の言霊も只今宣り直しませう』 蜈蚣姫『アヽ流石は妾が血を分けた娘だけあつて偉いものだなア。さうなれば、さうと……何故早く言つて下さらぬのだ。年寄に要らぬ気を揉まして、親に余り孝行……な仕打ぢやなからうに』 と笑ひ泣きに泣く。 黄竜姫『最初より此精神で妾は申上げて居ましたけれども、母様は余り血気に逸り、其儘城外へ御出になれば、それこそ吾々親子を初め、地恩城一同の大恥辱になると思ひ、無礼な事を申上げました。何卒お赦し下さいませ』 蜈蚣姫『心安い親子の仲、さう更まつて御挨拶には及びますまい』 と機嫌を直し薙刀を長押に掛け、忍冬茶をグツと飲んで脇息に凭れる。 斯かる処へ足音高く入り来る鶴公は、恭しく両手をつき、 鶴公『黄竜姫様に申上げます。只今承はりますれば、蜈蚣姫様より出陣の用意を致せ……とのお言葉、敵無きに出陣とは心得申さぬ。之には何か深い御経綸の在する事ならむ。一応其真相を、私に差支へ無くばお洩らし下さいませ』 蜈蚣姫は黄竜姫の言葉も待たず、二足三足膝を摺り寄せ、 蜈蚣姫『お前はそれだから間抜者と言ふのだ。友彦が獰猛なる蕃人隊を引き率れ、本城へ復讐の為め攻め寄せ来ると言ふ事が分らぬのか』 鶴公『はて、心得ぬ貴女のお言葉、天が下に善に敵する仇はありますまい。何を苦んで防戦の用意とか、出陣とかを御命令になつたのですか。さうして又友彦が果して攻め寄せ来ると言ふ、的確なる調査がついて居りますか』 蜈蚣姫『現在此処に居る金、銀、鉄の三人が、注進に来て居るのだよ』 鶴公『はて心得ぬ。金、銀、鉄の三人は一ケ月許り此門内を出た事は御座らぬ。如何して其んな急報が耳に入つたのだらう。……コレコレ金、銀、鉄の三人共、其方は何人に左様な事を聞いたのか』 金州『ハイ……あの……それ……今の……何で御座います。エー、さうして……先方が……何ですから此方も何々して置かねば……何々の間に何だと……思ひまして一寸申上げました。これと言ふも全く清公様……オツトドツコイ……きよや昨日の事では御座いませぬ。誠に恐惶(清公)頓首の次第で御座います』 鶴公『其方の申す事は少しも分らない。も少し、はつきりと申さないか』 金州『オイ、銀州、貴様チツと応援して呉れ。俺ばつかりに言はすとは余りぢやないか、貴様が発頭人だよ。アーア発頭人に此答弁を譲つて、私はホーツと息をつき乍ら金公……オツトドツコイ……キン聴する事にしようかい』 銀州『ハイ、黄竜姫様、其他の方々の御前を憚り乍ら、謹み敬ひ言上仕りまする。抑々地恩城は四面山に囲まれ、メソポタミヤの顕恩郷にも勝る楽園地で御座いますれば、黄竜姫様の御威勢も日に日に旭日昇天の勢、それに日頃慕はせ給ふ母様に無事に会はせ給うて、其御顔色恐悦至極、左守の清公様、右守の鶴公様の誠心籠めての日夜のお活動、其為め地恩郷は益々隆盛に向ひ、斯んな喜ばしい事は又と世界にありませうか。然るに味良き果物には害虫多く、美しき花には風雨の害甚しとやら、治に居て乱を忘れず、乱に居て治を忘れず、治乱興敗は天下の常と存じますれば、吾々は先見の明なくとも斯くの如きは能く御合点の某、御忠告までに申上げ奉りまする』 鶴公『益々不分明なる汝の言葉、左様な問題を尋ねたものでは無い。友彦一件は何人より聞いたのかと尋ねて居るのだ』 銀州『オイ、鉄、何とかテツボをあはして呉れぬと、俺はスンデの事でテツ棒を喰はされる処だ。初から約束の通り、第一線危き時は第二線が防ぎ戦ひ、第二線敗るる時は第三線が力戦苦闘するは、締盟当時の吾等の決心、サア手坪をあはして巧く弁解をするのだよ。此言霊戦に敗をとれば吾々は、もう駄目だよ』 と耳の側に囁く。 鉄州『ハイ、……何で御座いますか。最前から金、銀の答弁を聞いて居れば徹頭徹尾、此鉄も意味貫徹しませぬ。鉄瓶の口から湯気を立てて居る様な二人の陳弁の有様、側の見る目も気の毒なりける次第なりです。斯かる事は夢の中の状態で、五里霧中に葬り去るが安穏で御座いませう。夢は袋に、刀は鞘に、秘密は腹に包んで置くが最も悧巧なやり方、吾々は此以上申上げる事は徹頭徹尾ありませぬ。此問題は只今限り撤廃を願ひませう』 鶴公『三人が三人共、実に瞹昧模糊として不徹底極まる答弁、……コリヤ金州、左様な瓢鯰式の言葉を用ゐず、友彦が襲来に関し、何人より聞きしか明かに申上げよ』 金州『ハイ是非に及ばず申上げまする、実は……その……何で御座います。実に清公さまの……エー……兎も角、マア……一つの計略ですな』 鶴公『コリヤコリヤ金州、畏くも女王様、蜈蚣姫様の御前なるぞ。真面目に謹んで答弁致さぬか』 金州『ハイ、おい第二線だ……吟味が斯う厳しうては逃げ道がない。貴様の雄弁を以て其処はそれ……何々してやつて呉れぬかい』 と耳に口を寄せ囁く。銀州は迷惑相な顔をし乍ら頭を掻き、一寸鶴公の顔を見上げ、 銀州『エー、何分……金州の申した通り、私が発起人で御座います。然し乍ら神の奥には奥があると同様に、発起人の奥にも奥が御座いまして……如何もハツキリと申上げ憎う御座います。奥を申上げるのは何だか臆劫な様で、奥歯に物が挟まつた様な感が致します。怯めず臆せず、記憶に存する事は臆面も無く申上ぐるが順当では御座いまするが、矢張り、エー何で御座いまする。本当の事は清公さまと宇豆姫さまの関係から起つた問題ですから、何卒神直日大直日に見直し聞直し、宣り直して下さいませ。人の非を人の前に曝す事は、神様のお戒めに背くと申すもの、之ばかりはお道の精神を守つて沈黙を致しませう』 鶴公『汝等三人は何事か申し合せ、吾々を嘲弄致すのだなア』 銀州『滅相もない。嘲弄と言へば左守神様は長老臭い。貴方が地恩城の長老に成られるが最後、吾々はお払ひ箱になるのは定つた事、長老の斧を以て竜車に向ふ如く一たまりも御座いますまい。それだから実の処は、友彦襲来の兆候ありと仮想敵を作りスマートボール其他のヤンチヤ連中は城内より追放り出し、後に清公さまを純然たる唯一の長老、即ち宰相たるの実権を握らせ、言ふと済まぬが、エー右守神の何々さまを排斥しようと言ふ吾々の計略で……はありませぬ。畢竟夢の浮世の夢を見たばかりの事、吾々が悪を企んだのだとは夢々疑うて下さいますな』 鶴公『イヤ、もう何も聞く必要は無い、人の非を穿鑿する吾々は考へも無いから、直日に見直し聞直し宣り直して置きませう。……モーシ、黄竜姫様、蜈蚣姫様、実に水禽の羽撃きに恐れたる平家の軍勢の如き馬鹿らしき此騒ぎ、いやもう油断のならぬ世の中で御座いますワイ』 蜈蚣姫『金、銀、鉄の言ふ事を綜合すれば、どうやら左守神の清公が張本人と見える。……清公を之へ呼んで来なさい。金州、サア早く』 金州『ハイ、お言葉で御座いまするが、叔母の死んだも直休み、漸く内乱鎮定の曙光を認めた処ですから、少し休養を願つてお使ひを致しませう』 鉄州『実際の事を申しますれば、清公さまは御存じの通り、実に立派なお方で御座います。ブランジーとして実に申分なきお方、然し乍らクロンバーが無ければ陰陽合致致さず、それが為に宇豆姫さまをクロンバーの位置に据ゑ度いと、吾々仲間の者は内々運動を開始して居ました。処が肝腎の宇豆姫さまは察する処、鶴公さまに秋波を送り、ブランジーの清公さまに、エツパツパを喰はさむとする形勢ほの見えたれば、何とか事を構へ、右守神鶴公さまを先頭に、スマートボール、貫州、武公、チヤンキー、モンキー、其他の連中を城外に放り出し、城門を固く鎖し、時を移さず無理往生にしてでも宇豆姫さまをクロンバーの役に就かせ、夫婦合衾の式を挙げさせ度いと鳩首凝議の結果、一寸狂言を致したに過ぎませぬ。此暑いのに何百里もあるネルソン山の彼方迄、誰が偵察に参る者がありませうぞ。全く以て真赤な嘘言で御座いました。身の過ちは宣り直せと言ふ神様の御教を奉体遊ばす黄竜姫さま、人をお赦し遊ばす慈愛の権化、滅多にお叱り遊ばす様な、天則違反的な行為には出られますまいから、安心して実状を申上げました』 と流石鉄面皮の鉄州も、稍羞恥の念に駆られてか、俯向いて真赤な顔をして居る。 蜈蚣姫『エーエー、しようもない悪企みをして此妾まで心配させ、親子喧嘩までオツ始めさせた太い奴だ。……ナア鶴公さま、油断も隙もあつたものぢや御座いませぬなア』 鶴公『お言葉の通り実に寒心致しました。然し乍ら之全く神様の吾々に対するお気付けでせう。之に鑑み今後は、人の言ふ事を軽々しくまる聞きしてはなりますまい』 蜈蚣姫『斯く事実の判明した上は何をか言はむ。今日は之にて忘れて遣はす。サア妾と共に神殿に於て、感謝祈願の祝詞を奏上致しませう』 と先に立ち、一同と共に神殿に足音静に進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三北村隆光録) (昭和一〇・六・四王仁校正) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 04 望の縁 | 第四章望の縁〔七五〇〕 天と地との貴の子と生れ出でたる宇豆姫は 地恩の城の女王なる三五教の神司 黄竜姫の言霊に拘束されて村肝の 胸を躍らせ忍び泣き義理と恋との恩愛の 締木に攻められ手も足もかかる隙さへなくばかり 身を震はして倒れ居る幸か不幸か三五の 右守神と仕へたる恋しき男の鶴公が 声を聞き付け駆来り情をこめし介抱に ホツト胸をば撫で下ろし蘇生りたる心地して 喜ぶ間もなく室外の廊下に聞ゆる足音に 気を取直し両人は容を改め襟正し 素知らぬ態を装ひて互に顔を見合はせつ 胸に荒浪打たせ居る。 隔てのドアを荒々しく押開けて入り来れる左守の清公は、二人の姿を見て、忽ち顔色を変じ、眼を釣り上げ、鼻息強く畳ざはりも荒々しく、ドツカと二人の中に座を占め、 清公『アハヽヽヽ、お二人様、シツポリとお楽しみの最中に、邪魔者が罷り出て実に済まない事を致しました。月に村雲、花に嵐とやら、無粋な男の左守神、かやうに御親密なるローマンスの、遺憾なく発揮されつつあるとは、神ならぬ身の知るよしもなく、恐惶至極に……イヤハヤ……存じ奉りまする。右に妹山左に背山、妹背の仲を割つて流るる、時も時とて悪野川、一目千本の花にも擬ふ、珍の姿の宇豆姫様、誠に失礼を致しました。どうぞシツポリと互に手に手を取り交し、随分お楽しみなさるがよからう。さても…さても、いやな男が降つて来たもので御座るワイ。アハヽヽヽ』 と大口を開き肩を揺り、畳に小地震を揺らせる。鶴公はキツとなり、 鶴公『是はしたり、存じも寄らぬ左守神のお疑ひ、吾々両人の間は水晶の如く極めて潔白、何卒公明なる御判断を願ひます』 清公『アハヽヽヽ、言うたりな言うたりな、巧妙なる辞令を以て、逃れ難き此場の有様を、厚顔無恥にも葬り去り、己が失態を被ひ隠さむとする、右守殿の巧妙なる御弁舌、イヤもう吾々共の及ぶ所では御座らぬ。此の如き懸河の弁舌を振ひ、巧言令色を以て、さしも道心堅固なりし宇豆姫を、掌中の玉となし、天下の色男を以て任ずる鶴公様の御腕前には、三舎を避けて感憤仕る』 と態と叮嚀に頭を畳につけ両手をつき、意地悪く平伏して見せる。鶴公は無念の歯を噛みしめながら、身を震はせ息をはづませ、肱を張り、唇をビリビリ動かせ、顔面筋肉を緊張させながら、固くなつて四角張つて居る。 清公『アハヽヽヽ、人の前に固き者は、人の居らざる女の前に最も柔かし、まつた、神の前に弱き者は人の前に最も強く、人の前に強き者は神の前に出でて最も弱しとかや、イヤもう実地教育を拝聴拝観致しました。此の如き権謀……イヤ智謀に富める右守神、我次席に扣へ居らるる地恩城は万々歳、イヤハヤ目出度い目出度い。……是はしたり宇豆姫どの、日頃恋慕ふ男に逢ひ、且つ存分お楽しみを遊ばし、何が不足でお泣きめさる。イヤイヤ余り嬉しさの余り涙で御座つたか。唐変木の無血無情の某には、到底ローマンスを語る資格は絶無で御座る。有難い所を見せ付けられ、左守実に満足仕る。是より女王様に面会致し、両人が媒介を致し、宇豆姫は鶴公様が宿の妻、末長う幾久しく偕老同穴の契を結ばれたし。イヤもう人間と云ふものは美男子に生れて来たいものだ。実にお浦山吹の至り、花は咲けども実はのらず、実りの致さぬは仇の花、花は半開にして梢より散る例も、世の中にはままある習ひ、随分御両人、御用心が専一で御座らうぞ。これ清公が御両人に対する偽らざる真実の忠告で御座る。イヤもう怪体の悪くない、お目出度い事で御座るワイ。ワハヽヽヽ』 無暗に肩を揺り火鉢を態と蹴散らし、一目散に此場を駆出さむとする時、室外に数多の足音、 声『女王様の御入りで御座る。宇豆姫、お出迎ひ召され』 と呼ばはる声に清公は襟を正し行儀良く下座に坐る。鶴公は清公の蹴飛ばしたる火鉢を旧へ戻し、零れ散つた灰を手に掬ひ、周章て箒を取出し、灰を一方に掃寄せて居る。此時遅く彼の時早く、ドアを排して悠々と入り来る黄竜姫は、満面に笑を湛へながら高座の間に静かに坐し、三人の顔を見下ろして居る。 宇豆姫『これはこれは女王様、好くこそ御入来下さいました。早速御返事を申上げたいと存じ居りまする際、思はぬ来人が御座いまして、ツイ遅刻致し、再び御足を煩はしました不都合の段、御赦し下さいませ』 と慇懃に挨拶する。黄竜姫は此言葉を聞いて、軽く首を振つて居る。 清公『これはこれは黄竜姫様、よくも入らせられました。今御見懸の通り不都合千万にも右守の職掌を忘れ、女王様の御入来を歓迎する事を差措き、御覧の如く箒を以て掃出し、無限の蔑辱を加へたる不届千万なる行為、御咎めも無く御容赦なし下されしは、是れ全く上位に在る我等が行届かざるの御無礼……』 と円滑に恋の仇人を陥穽せんと述べ立つる。黄竜姫は淑やかに、 黄竜姫『イヤ決して御心にさへられな。案内もなく参りましたのでお気遣ひ遊ばし、鶴公様が妾に敬意を払うて、座敷の掃除をして下さつたのでありませう。もう暫く御待ち申して居ればよかつたでせう。何分急いで這入りましたので、大変に心配をかけ御心を悩ませましたは妾の誤り……』 と善意に解する黄竜姫の言葉に、鶴公はハツとばかりに有り難涙に咽返り『流石は地恩城の女王様』と心の中にて伏し拝む。宇豆姫は女王の情籠れる温かき言葉に、嬉し涙を浮かべ、有難さに胸も塞り俯向き居る。清公は、 清公『流石に御仁慈深き女王様。実を申せば我々常に尊敬の心を疎にし、大切なる女王様を軽んじて居りました。其罪が今現はれ我次席につかふる鶴公が(と大声に言つて)……斯様な無作法な侮辱を与へましたに拘らず、神直日、大直日に見直し聞直し下さる段、何共有難く、お礼の申し様が御座いませぬ。中の胴が洞になつた竹でさへ節が御座る。如何なる不調法を致しても、其儘に見遁し給ふ時は、城内の規律全く破れ、綱紀紊乱の端緒を開く虞れあれば、此責任を私一身に負ひ、只今より辞職仕りまする。何卒々々此儀御聞届け下さいますれば、有難う存じまする』 と態とに言葉を構へ、右守神を失墜せしめむとする心の中の穢さ。敏くも見て取つたる黄竜姫は、 黄竜姫『汝の至誠天に通じたれば、望みの如く左守の神職を今日只今より解除する。汝はこれより下屋敷に下り、わが命を待て』 と手もなく言ひ渡した。左守神の清公は案に相違し、夜食に外れし梟鳥のやうな面を下げ、嫌々乍ら、 清公『ハイ早速の御聞届け、あ…り…が…と…う…存じまする』 と震ひ声になつてお受けをする。鶴公は涙を払ひ両手をつかへ、 鶴公『女王様に申上げます。今日の御無礼は全く左守様の預り知らざる所で御座います。全く吾々の不調法、何卒私の役目を解除し、左守様を旧の通り御信任下さる様に、御願ひ申上げ奉りまする』 黄竜姫『至善至美、至真至実の汝の心感じ入る、然りながら、汝等は何事も大神の御心に任せ奉りし身の上ならば、自己の意思を以て此聖職を左右すべきものに非ず。汝は是よりわが命を奉じ、左守となりて神業に奉仕せよ。まつた宇豆姫は此黄竜姫が媒人となり、鶴公が妻となりて、永遠にわが神業を輔助されよ』 と厳として言ひ渡した。清公は此場を去り兼ね、犬突這となり乍ら、 清公『鶴公殿、嘸御満足で御座いませう。宇豆姫様に元の左守清公、心の底より御祝ひ申上げますぞ』 宇豆姫は恋と義理との締木にかかり、何と言葉もなく計り身を悶へて居る。 鶴公『有難き女王様のお言葉なれども、これ計りは御赦しを頂きたう御座います』 黄竜姫『それや又何故、わが命を御聞きなさらぬか』 鶴公『如何に主命なればとて、此計りは何卒々々お赦しの程を願ひ奉りまする』 黄竜姫『汝はわが命を背く考へなりや。如何に宇豆姫どの、和女はこれより鶴公の妻となり、ブランジー、クロンバーと相並びて神業に奉仕されよ。是れ黄竜姫の私言に非ず、三五教の皇大神の御心であるぞよ』 と厳として動かぬ気色、宇豆姫は耐り兼ね、 宇豆姫『何れも様、是が此世の御暇乞ひで御座います』 とドアを押開け、韋駄天走りに表に駆出し、後白雲の中に消えて仕舞つた。 黄竜姫は言葉厳かに、 黄竜姫『汝等両人、宇豆姫の行衛を探し求め、一時も早く我前に連れ来られよ』 と言ひ渡し、又もや奥殿に悠々として進み入る。清公、鶴公の両人は、 清公、鶴公『コリヤ大変、かうしては居られない』 と一生懸命韋駄天走りに、宇豆姫の後を追ひ城門脱け出し、トントントンと大地を威喝させながら、驀地に白雲の包む山腹を走り行く。 (因に、此地恩城は高山を四方に廻らす高原の霊地である) 一天俄に掻き曇り、流石の地恩郷も陰鬱の気に鎖されたる折柄に、俄に髪振り乱し一目散に城門を駆出し走り行く宇豆姫の姿を、チラと認めたスマートボール、チヤンキー、モンキーは『オーイオーイ』と呼ばはり乍ら、白雲籠めたる山腹を、見失つては一大事と一生懸命に追つ駆行く。千仭の断崖絶壁より、渓間の青淵目蒐けて、身を躍らし、飛び込まむとしたる宇豆姫は、 宇豆姫『惟神霊幸倍坐世』 と合唱し乍ら、ザンブと許り落ち込んだ。此処迄追つ駆来りしスマートボールもチヤンキー、モンキーもハタと行き詰まり稍当惑の態であつた。此時『オーイオーイ』と白雲分けて走り来る左守、右守の二柱、 清公、鶴公『宇豆姫を捕へよー』 と叫びつつ進み来る。スマートボールは最早是迄なりと決死の覚悟を以て、千仭の渓間の青淵目蒐けてザンブと許り飛び込んだ。チヤンキー、モンキーを始め、左守、右守の二柱は『アレヨアレヨ』と叫びながら、岩上に地団太踏んで居る。谷底へ飛込みたるスマートボールは、宇豆姫を小腋に掻い込み救ひ上げ、水を吐かせ人工呼吸を施し、種々雑多の介抱の上、漸々蘇生せしめた。 スマートボール『モシモシ宇豆姫様、貴女はどうしてこんな事をなさいましたか。此れには何か深い仔細が御座いませう。併し乍ら如何なる事が御座いませうとも、決して短気を出してはなりませぬぞや』 宇豆姫は息をはづませ乍ら、 宇豆姫『誰方かと思へば、貴方はスマートボール様。………私は死なねばならぬ事が御座います。どうぞお見遁し下さいませ』 スマートボール『如何なる事が御座いませうとも、能く耐へ忍び天寿を全うして、能ふ限りの神業に奉仕しなくてはなりますまい。自殺は罪悪中の罪悪で御座いまする。貴女の肉体は決して貴女の物ではない。身魂共に大切な神様の預かり物、左様な気儘な事をなさいますと、末代其罪は赦されませぬぞ。如何なる事が御座いませうとも、スマートボールが力限りお力になりませう程に、自殺丈は、思ひ止まつて下さい』 と両眼に涙を流し両手を合せて頼み入る、其真心の麗しさ。宇豆姫は感に打たれて、 宇豆姫『アヽ有り難う御座いました。女心の一時の感情にて義理と情に迫られて、思はぬ不覚を取りました。どうぞお許し下さいませ。もう今後は貴方の御教訓を肝に銘じ、決して斯様な無法な事は致しませぬ』 スマートボール『アヽ宇豆姫様、よう言つて下さいました』 と涙を拭ひ宇豆姫を背に負ひ、猿も通はぬ絶壁を、やうやうにして地恩郷の一隅に攀登り終つた。 スマートボールは宇豆姫の手を曳き乍ら、城門を潜り、宇豆姫の居間に送り届け、衣服を着替へさせ、色々と慰めの言葉を与へてゐる。宇豆姫は唯感謝の涙に暮れて一言も発し得ず、スマートボールを伏し拝む計りである。 此騒ぎに黄竜姫を始め、蜈蚣姫其他の一同此場に現はれ、宇豆姫の無事を祝し、且つスマートボールの善行を口を極めて賞讃した。今迄張り詰めし心のスマートボールは、青淵に飛び込みし際、腰をしたたかに打ちたれども、仁慈の心に引付けられ、其痛を少しも感じなかつたが、やつと胸撫で下し安心すると共に、俄に腰部の激痛を覚えたので、担架に乗りて我居間に送られ、発熱苦悶の床に伏す事となつた。黄竜姫は宇豆姫に向ひ、 黄竜姫『そなたは、命の恩人たるスマートボールの病気、全快致すまで枕頭に侍り、親切に介抱をなされよ。御神務は梅子姫様是れに当らせ給へば、神務に心を置かず、病人の介抱に全力を尽されたし』 と慈悲の籠つた言葉を残し、奥殿に又もや悠々と進み入る。 日は西天に没し、三五の明月は東山の峰を圧して皎々と輝き、スマートボールの至誠を感賞するものの如くである。是よりスマートボールは宇豆姫の手厚き昼夜の看護に依り一ケ月の後、やうやう旧の身体に復し、神殿に手を携へてお礼参りを目出度く済ませた。 是よりスマートボールの徳望は益々高く、城内は言ふも更なり、竜宮島一円に其徳喧伝され、名誉を一身に担ふ事となつた。 一旦辞任を申出でたる左守の清公は、チヤンキー、モンキーと共に平役人の列に加へられ、一から遣り直し、修行時代に還元して仕舞つた。今日は三五の明月、月は皎々と中天に輝き、下界の悪魔を隈なく照らし給ふ時、チヤンキー、モンキーを始め貫州、武公其他の連中は、城外の芝生の上に月を賞し乍ら、雑談に耽つて居る。 チヤンキー『恰度先月の今日だつた。宇豆姫さまが谷底へ身を投げられた時、俺達もどうかしてお助け申したいと心はいくら燥てども、何を云うても千仭の谷間、さうしてさつぱり何処もかも白雲に包まれ、如何する事も出来ない場合、スマートボールさまは雲の谷間を目蒐けて飛び込み、大切な命を拾つて助けられたその日だ。奥には御神殿に於て黄竜姫様、宇豆姫、スマートボール様も全快を兼ね、お礼の御祭典が始まつて居ると云ふ事だ。それに就いても左守の清公さまはどうだ。あれだけ一生懸命に宇豆姫さまに現を抜かしながら、危急の場合お助けもようせず、又鶴公さまとても同じく宇豆姫さまに魂を抜かし乍ら……あの態、実に人間の心程当にならぬものはないぢやないか』 貫州『それだから何時も俺は清公がヤモリになつたり、鶴公がイモリになつて威張つて居るのが気に食はぬと言ふのだ。あんな連中が上に頑張つて居つては、俺達は浮ぶ瀬がない。仁慈無限の黄竜姫様や生神の梅子姫様の仁徳、何程日月の如く輝き給ふとも、中途に黒雲が被さつて居つては、日月の光も我々の頭に照り渡らない道理だ。幸ひ清公が左守を辷つた以上は、どうぞ立派な後継者が欲しいものだなア』 武公『今日下馬評に上つて居るのは、スマートボールさまだ。あの方ならば我々は、双手を挙げて賛成をするよ。さうして宇豆姫様をクロンバーの位置に据ゑ、三五教の教理を竜宮島一帯に、万遍なく均霑せしむるのが我々の理想だよ』 モンキー『ヘン……一寸遣りくさるワイ。そんなら是から一つ吾々が連判状を作つて、スマートボール様を、左守に御任用下さる様、建白書を差出さうぢやないか』 一同『ソリヤ面白からう』 と話す処に、ニユツと現はれた清公は、 清公『ヤア、最前から結構なお話がはづんで居りましたな。私も皆さまのお心の中を窺ひ知らして頂いて、誠に結構で御座いました。貴方等の仰せの通り、実に私はツマラヌ者で御座いました。私が今日の境遇に陥つたのも、決して偶然では在りますまい。どうぞ今迄の心を根本より改良致しますから、今迄通り可愛がつて下さいませ。どんな事でも嫌とは申しませぬ。これから雪隠の掃除でも草取りでも、何でも致しますから』 チヤンキー『流石は清公だ。さうなくては叶はぬ事、そんならお前、これから連判状を作るから、連名に加はりますかな』 清公『私の如きものでも其末尾にお加へ下さるならば、有り難う御座います』 一同『ヨシヨシ』 と一同は言ひ乍ら、芭蕉の葉の乾きたるに緑青を以て建白書を認め、各自署名し、夜明けを待つて書類を作り上げ、貫州之を携へ黄竜姫並に梅子姫の御前に出願する事となつた。 地恩城の奥殿、黄竜姫の居間には、梅子姫、蜈蚣姫と額を鳩め、左守の後任に就て協議会が開かれてゐる。 黄竜姫『梅子姫様、貴女の御存じの通り、左守の清公が辞任致してより、最早一カ月を経過致しました。宰相なくしては円満に神務を奉仕することは最も不便利で御座います。就ては右守の鶴公をその後に任じたく存じ、色々と説き付けましたなれど、謙譲なる彼はどうしても承諾致しませぬ。私の職権を以て無理に申し付けると云ふ訳にも参りませず、如何致しませうかと心を悩めて居りました。然るに衆人の徳望を一身に集めたスマートボール、之を左守となし、これに嫁入らすに貴方の侍女宇豆姫を以てせば、如何で御座いませう。どうしてもブランジーにクロンバーの陰陽が揃はなくては円滑に神務は運べますまい。どうぞ腹蔵なく御高見を承はりたう御座います』 梅子姫『妾も貴女様のお考へ通り、至極結構な事と存じます。蜈蚣姫様の御意見は如何で御座いませうか。其上にて決定する事に致したう存じます』 と梅子姫は謙遜しながら蜈蚣姫を重んじ、挨拶を返した。 蜈蚣姫『何を云うても年寄の妾、どうぞ黄竜姫と御相談の上、宜しき様にお取計らひ遊ばしませ。妾は何事も意見は御座いませぬ』 黄竜姫『然らば愈スマートボール、宇豆姫を呼出し命を伝へ、神前に於て結婚の式を挙げさせませう。善は急げ、一時も早く梅子姫様、着手致すで御座いませう』 梅子姫『ハイ誠に結構な仰せ、妾は喜んで御賛成申し上げます』 愈三人の協議は纏まり貫州を招き、両人に其旨を伝へしめた。 両人は主命もだし難く終に其命に従ひ、目出度く結婚の式を挙げ、此処に地恩郷のブランジー、クロンバーとして神業に奉仕する事となりたり。 (大正一一・七・七旧閏五・一三谷村真友録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 05 酒の滝壺 | 第五章酒の滝壺〔七五一〕 神の恵も開け行く世は太平の洋中に 堅磐常磐に浮びたる神の造りし冠島 黄金花咲く竜宮の一つの島と名を負ひし 日の出神の御遺跡醜女探女を祝姫[※初版や愛世版では「祝部」だが、校定版・八幡版では「祝姫」に直している。文脈上は「祝姫」が正しい]の 三五教の宣伝使風凪ぎ渡る波の上 辷り来りし面那芸の神の命の詣でたる 竜の宮居は今も尚御稜威輝くヒル港 屋根無し船に身を任せ力限りに漕ぎ来る 三五教の神司地恩の郷を後にして 魂を洗ひし清公がチヤンキーモンキー引連れて 進み来るぞ健げなれあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして心ねぢけし清公も 胸の帳を引きあげて輝き初めし厳御魂 瑞の御霊に神習ひ天津祝詞を宣り乍ら 御船を浜辺に繋ぎつつ身装も軽き蓑笠の 金剛杖に送られて山奥指して進み入る。 地恩城に一切の教権を掌握したる高山彦の後を襲ひ、左守となりすまし居たる清公は茲に地恩城のブランジーとして権威を振ひ、宇豆姫をクロンバーの位置に据ゑ、我勢力を扶植せむと種々の権謀術数を弄したるも、天は清公が邪曲に組せず、遂に左守を自ら辞し、スマートボールをしてブランジーの職を専らにせしむるの余儀なきに立到つたのも、全く我が利己主義の罪の致す処と自覚したる清公は、転迷開悟の梅花の香に心の眼も清まり、如何にもして神界の御用を身魂相応に勤め、名誉を恢復せばやと、チヤンキー、モンキー両人の賛同を得て黄竜姫以下の承認の上、タカの港を漕ぎ出でて屋根無し船に身を任せ、嘗て日の出神一行が上陸したるヒルの港に船を止め、竜宮の宮に詣でて前途の無事を祈り、飯依彦、久々神、久木神の遺跡を巡拝し進んでクシの滝の間近まで、茴香の薫に送られ乍ら夏風そよぐ急坂を喘ぎ喘ぎ宣伝歌を歌ひ漸くにして、風景最も佳き谷川の傍に立てる岩石の上に腰打掛け、旅の疲れを休めつつ話に耽る。 チヤンキー『アヽ何と良い景色だなア。谷間は斯う両方より山と山とに圧搾されて、非常に狭隘ではあるが、清き渓流が飛沫を飛ばし淙々と水音を立て、岩に噛みつき、佐久那太理に落ち行く光景は、到底地恩城附近にては見る事も出来ない絶景だ。我々も清公さまの失敗のお蔭で、天下を自由自在に宣伝する事を許され、何だか籠の鳥が宇宙に放たれた様な気分になつて来た。斯うなると人間も一度は失敗もし、慢心もやつて見なくては、本当の天地、人生の真実味が分らないものだ。……南無清公大明神、チヤンキー、モンキー両手を合せ有難く感謝致します。アハヽヽヽ』 とそろそろ地金を現はし、洒落気分になつて、駄句り出した。 清公『世の中は一切万事惟神の御経綸に左右されて居るものだ。俺が地恩城で大野心を起し、宇豆姫を得むとして終生拭ふ可らざる大恥を掻いたのも、今になつて省みれば、実に仁慈無限の大神様の御恵であつた。己に出づるものは己に帰る。悪い事をすればキツト悪い酬いが来るのは当然だ。然るに何ぞや。あれ丈け体主霊従的陰謀を組立て、其結果斯様な結構な宣伝使となり、此冠島に自由自在に開放的に宣伝せよとの許しを受けたのは、悪が自然に善の結果を齎した様なものだ。これと云ふのも全く神様が神直日大直日に見直し聞直し、活かして働かして下さる有難き思召し、逆境に立ちて初めて神の慈愛を知り、宇宙の真善美を味はふ事を得た。左守神となつて日夜心を痛め、下らぬ野心の鬼に駆使されて居るよりも、斯う身軽になつて、何の束縛もなく、自由自在に活動し得る機会を与へられたと云ふ事は、実に我々として無上の幸福だ。アヽ辱なし、勿体なし、惟神霊幸倍坐世』 と有難涙に声を曇らす。 チヤンキー『神も仏も鬼も蛇も悪魔も、残らず自分が招くのだ。決して外から襲来するものでない。盗賊の用意に戸締りをするよりも、心に盗賊を招かない様にするのが肝要だ。一切万事残らず自分の心から招くものだからなア』 モンキー『清公さま、此処はその昔、日の出神様が竜宮城の従神たりし、田依彦、時彦、芳彦と云ふ玉抜かれ神を引連れ、酒飲みの副守護神を追ひ出し給うた名高い酒の滝壺の附近ではありますまいか。竜宮様が天然に造つて置かれた酒壺が有ると云ふ事ですが、未だに相変らず其お酒は湧いて来るでせうか。一度拝見したいものですな』 清公『サア、必要があれば湧いて居るだらうが、……世の中に不必要な物は一つもないのだから、今日となりては何とも分らないなア』 斯く話し合ふ中、何処ともなく二三丁許り上流の谷間より、数多の老若男女の鬨の声が聞えて来た。 チヤンキー『ヤア、清公さま、不思議な声がするぢやありませぬか。一つ探検と出かけませうか』 清公『一寸待てよ、何事も慎重の態度を執らねば、軽々しく進んで取返しの付かぬ失敗を演じてはならないから、よくよく様子を窺つた上出かける事にしよう。それに就いては……モンキー、お前は斥候として声する方を探ね、そつと様子を考へ、報告をして呉れ。それまで我々両人は此巌の上に於て時期を待つ事とするから』 モンキー『畏まりました。どんな事が突発しても、此処を一寸も動いてはなりませぬぞ』 清公『ヨシ合点だ。サア木の茂みに身を隠しつつ、偵察隊の任務を尽して呉れ』 モンキー『承知致したぞよエヘン』 とモンキーは茴香の花の得も言はれぬ薫に包まれ乍ら、酒の滝壺の間近に忍び寄り、少時あつてモンキーは息をはづませ帰り来り、震ひ声になりて、 モンキー『キ……キ……清公さま、タ……タ……大変で御座います。モウ帰りませう。斯んな所を宣伝したつて、あちらに一軒、こちらに二軒と、バラバラに家が建つて居る……モウ斯んな所で労して効少き活動をするよりも、マ一遍ヒルの港へ引返し、少しく人家稠密な地点へ行かうぢやありませぬか』 清公『そんな話はどうでもよい。お前の探検して来た次第を逐一注進せぬかい』 モンキー『イヤ……モウ、思ひ出してもゾツとする。どうぞそればつかりは御量見下さい』 チヤンキー『何だか周章たモンキーの様子、日頃の臆病が突発したのだな。何時も口癖の様に仮令天地は覆るとも、誠の力は世を救ふ……と云つて居つたぢやないか。一体何んな事があつたのか。斥候が報告をせないと云ふ事があるものか。大蛇に狙はれた蛙の様に小さくなつて、何の態ぢや』 モンキー『ヤイヤイ、大蛇の事はモウ言うて呉れな。俺は体が縮み上る様だ』 清公『ハヽア、噂に聞いたクシの滝の、酒呑大蛇を見て来よつたな。ヨシ、其奴ア面白い。一つ生命懸けの活動をして、三五教に言向け和すか。さもなくば生け捕にして、地恩城へ持つて帰るか。兎も角それを聞けば、何だか胴がすわつた様な心持がするワイ』 チヤンキー、モンキーは蒼白な顔して、腰をワナワナ慄はせ乍ら、 両人『ワ…ワ…ワ…私はド…ド…どうやら胴が据り……ませぬワイ。如何しませう』 清公『貴様の腰は何だ。胴体無しの凧、いかにも卑怯未練な腰抜野郎だな。奴腰抜奴、モウ貴様は免除してやるから、勝手にヒルの港へ逃げ帰つたがよからうぞ』 チヤン、モン二人は、 チャンキー、モンキー『それは有難う御座います。併し送つて頂かぬと、途に又あんな奴がやつて来たら如何する事も出来ませぬワイ』 清公『チヤンキー、貴様は話を聞いた丈で震うてるぢやないか。モンキーの恐怖心に駆られた精神作用で、そんな幻覚を起したのだらう。貴様此処に待つて居れ。動いちや可けないぞ。俺が実地探検をやつて来るから……』 両人『ハイどうぞ、御無事に帰つて下さい。動けと仰有つても動けませぬワ。斯う足部に菎蒻の幽霊が憑依しては、如何ともする事は出来ぬ』 清公『アーア勇将の下に勇卒なし。俺もヤツパリ因縁が悪いと見える。斯んな奴を連れて来なかつた方が、何程よかつたか知れやしない。まさかの時に骨を拾うてやる面倒も要らず、エーエ良い穀潰しだな』 と二人を残し、木の茂みを分けて近寄つて見れば、数十人の真黒けの男、滝壺の前に堵列し一生懸命に何事か祈つて居る。白衣を着けた神主らしい男三人、大麻を前後左右に頻りに振廻し、片言混りの宣伝歌を歌ひ土人は其声に従れて、汗をタラタラ流し乍ら合唱して居る。よくよく見れば、周囲一丈も有らむと思はるる大蛇、赤い蛇腹をダンダラ幕の様に見せた儘、二三間許り鎌首を立て、頻りに毒気を吹いて居る所であつた。 昔は此滝に自然の清酒湧き出で、山の竜神時々来つて是れを呑みつつあつたが、日の出神が初めて此島に渡られし時より、次第々々に酒の湧出量を減じ、遂には一滴も出なくなつて了つた。傍の滝は淙々として昔に変らず流れ落ちて居る。此水上に棲息せる大蛇は、酒を呑まむと来て見れば、一滴もなきに業を煮やし、夜な夜な人間の子を呑み喰ふ事となつた。附近の郷人は此害を防がむ為に、飯依彦神の末裔たる飯依別に神宣を請はしめた。此時、大蛇の霊、憑依して云ふ…… 大蛇の霊『汝等、愛児の生命を取らるるを悲しと思はば、所在果物を以て酒を醸り、彼の滝壺に満して我に献ぜよ。さすれば汝等が愛児を呑む事を止めむ』 と云つた。それより郷人は数多の果物を集め酒を造り、此山坂を登り来つて、此滝壺に酒を満たす事を仕事の如くにして居た。大蛇は月に一回づつ現はれ来り、滝壺の酒を一滴も残らず呑み干す事が例となつて居た。 一年に一回位ならば如何なつと仕様もあるが、数十石を満す此滝壺に、毎月果物の酒を充さねばならぬと云ふ事は、余り多からぬ郷人に取つては、此上なき大苦痛であつた。一ケ月にても之を怠りし時は、大蛇忽ち来りて郷の児を呑み喰ひ、足らざる時は若き妙齢の女を片ツ端から呑んで了ふ。此惨状を如何にもして逃れむと郷人諜し合せ酒に茴香の粉末を混じ、香よき酒となし、此滝壺に充し置き、大蛇の来り呑むを、木蔭に潜んで息をこらして待つて居た。 大蛇は二三日前より此処に現はれ、数十石の酒を悠々として呑み干し、最早半分許り三日間に呑み終り、毒が廻つて悶え苦みつつあつた。そこへ飯依別、久木別、久々別の神司は、数多の郷人と共に、大蛇を中に四方を取囲み、一時も早く毒が大蛇の全身に廻り、亡びます様と祈願をこめつつあつたのである。大蛇は一丈許りの大口をパツと開いて、首をシヤクリ乍ら死物狂になつて、郷人を目蒐けて噛みつかむとする。飯依別外二人は、其度毎に大蛇の比礼と称する、大麻を打振り打振り大蛇を悩ませて居た。 されど巨大なる蛇体に茴香の毒位にては、人間が悪酔した時の様なもので、生命に関はる丈の効果はない。そこで酔が醒めたる上は、此大蛇再び来りて如何なる復讐をなすかも知れずと、心も心ならず、数多の郷人は寄つて集つて、大蛇退治の祈願を凝らしつつあつたのである。斬れども突けども鱗堅くして鋼鉄の如く、到底人間としては如何ともする事が出来なかつた。此村の土人にしてタリヤと云ふ力強の男、大鎌を携へ大蛇にワザと呑まれ、腹中にて鎌を以て臓腑を斬り破り、大蛇を殪さむと試み、二三日以前にワザと呑まれて了つたのだが、今に其男は如何なつたか、唯大蛇は少しく目の色を変へて苦しげに狂ふ計りである。されどさう急に死にさうにもなし、人間が酒の酔に少々酩酊して首を振つてる位な態度とよりか見えないので、飯依別始め一同の心配は容易でなかつた。唯此上は神の力に依りて大蛇を退治し貰はむと祈るより外に道がなかつたのである。 清公は木蔭に潜み、稍胸を躍らせ乍ら此態を熟視して居た。何時の間にか身体の各部に痳痺を感じ、一寸も自由の利かぬ様になつて居る事に気が付いた。大蛇は今度はノソリノソリと人垣を破つて広く這ひ出し、尾を頻りに振つて、四辺の樹木をしばき倒し暴れ狂ふ。郷人は尾の先に叩かれて死する者刻々に殖えて来る。大蛇は益々暴れ狂ふ。茴香の毒が全身に廻つたのと、蛇体に最も有毒なる鉄製鎌の悩みとに依つて、流石の大蛇も死物狂ひになり、苦しみ出したのである。清公は其尾に振られて二三丁許り中空に捲上げられ、チヤンキー、モンキーの腰を抜かして待つて居る岩石の傍にドサリと降つて来た。愈此処に三人の躄が揃つた訳だ。嗚呼、大蛇の身体を始め此三人の運命は如何なるであらうか。 (大正一一・七・八旧閏五・一四松村真澄録) |
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71 (1869) |
霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 07 大蛇解脱 | 第七章大蛇解脱〔七五三〕 清公、チヤンキー、モンキーの三人は、酒の滝壺の前に宣伝歌を歌ひ乍ら進み寄り見れば、さしもの大蛇も毒酒に酔ひ、死物狂ひにノタ打廻つた揚句、大に疲労せしと見え、ガクリと首を曲げ口を噛み締め、殆ど半死半生の姿になつて居た。飯依彦の末裔飯依別を始め、久々別、久木別の三人の神司は、逃げ散りたる数多の郷人を呼び集め、各自に竹鎗を持ち、大蛇の身体を鱗と鱗の間より、力限りに突き刺し、殺さむとする真最中であつた。飯依別は大蛇の身体に向ひ、 飯依別『汝此郷を日夜に荒し、人民の膏血を搾り、あまつさへ我等が妻子を呑み喰ひ、郷人を悩ませし悪神の張本、天は何時迄も汝如き悪神を赦し給はず、忝なくも真澄姫命の御神徳に依りて、汝を弱らせ退治せむとの我等が計略、よくも斃死つたなア。サア是よりは汝の肉体の命を取り、此郷の惨害を除かむ。汝も定めて天地間の生物、神の御霊を受け居るならむ。必ず吾等が今日の仕打を恨み、霊魂中有に迷ひ、再び此郷に害を加ふ如きことあらば、吾等が祈念の神力にて其霊魂を責め悩め、根底の国へ追ひ遣らむほどに。……サア大蛇、霊肉共に寂滅為楽、必ず此世に心を残してはならぬぞ』 と大蛇に向つて誅戮の宣示をなし、久々別、久木別両人が指揮の下に、数多の郷人は声を揃へて竹鎗をしごき、鱗と鱗の間に、鎗の穂先を差込み『一二三』の掛声、一時に突込まむと身構へする折しも、宣伝歌の声と共に現はれたる清公以下の宣伝使、ツカツカと此場へ近寄り、 清公『我は地恩郷に現はれ給ふ竜宮島の女王、黄竜姫様の幕下、清公、チヤンキー、モンキーと申すもの、今木蔭に忍んで承はれば、飯依別以下二柱郷人の害を除かむとして毒酒の計略にて、此大蛇を誅戮せむとし給ふ其志、実に尤もなれども仮令大蛇と雖も天帝の分身分体なれば、易々殺すべからず。先づ第一に言霊を以て之に向ひ、如何にしても帰順せざる時は、各柄物を以て、直接行動を開始すべきである。先づ先づ待たせられよ』 と制止し大蛇の頭部にヒラリと飛び上り、盛んに宣伝歌を歌ひ始めた。 清公『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の道 仮令大蛇は死するとも大蛇の霊魂は永久に 此世に残り種々の悪しき曲行繰返し 恨みを晴らし世を乱し荒び猛るは目の当り 悪逆無道の曲神も善の道には敵し得ず 月毎日毎此郷に現はれ来り諸人を 悩まし苦む此大蛇元より悪き神ならず 遠き神世の其昔日の出神が現はれて 真澄の姫の国魂を大宮柱太知りて 斎き祀らせ玉ひつつ飯依彦命をば 神の司と定められ子々孫々に至る迄 祭政一致の大道を夢にも忘れちやならないと 教へ置かれし言の葉を郷人残らず打忘れ 利欲の淵に身を沈め勝利の山に憧憬て 体主霊従の行動を益々盛に続行し 天地の神の御怒りに触れて曲津を自ら 生み出したる郷の人今現はれし此大蛇 皆郷人の魂や心の色の反映に 現はれ出でたるものなるぞ心一つの持ち方で 神と現はれ鬼となり大蛇となるも各自の 言心行の不一致ゆ生み出したるものなるぞ これの大蛇を竹鎗の武器もて虐く殺すより 汝の心の真底に潜める大蛇を平らげて 誠一つの三五の教の光り真澄鏡 照らして見よや曲霊の醜の肉体も忽ちに 跡形も無く消え行きて鬼も大蛇も影もなく 誠の道の御恵みに靡き伏すらむ郷人よ かかる大蛇の現はれし其源を尋ぬれば 紛ふ方なき郷人の心の過ちある故ぞ 大蛇よ大蛇よ曲神よ汝に誠の魂あらば 我言霊を謹聴しうまらにつばらに汲み分けて 怪しき賤しき此姿行衛も更に白雲の 消えて跡なき天津空清く正しく澄み渡る 目出度き御代に逢ふならむあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして昔の神の伝へたる 三五教の御教を日日毎日繰返し 思ひ出して神界の御用に立てよ郷人よ 神の守らす世の中はいかで悪魔の蔓こらむ 悪魔は心に潜むなり一日も早く大神の 厳の言霊経となし身の行ひを緯として 天と地との其中に人と生れし功績を 誠一つに立て直し正しき神となり変り 五六七の御代を造れかしキリストメシヤの再臨も 五六七出生の暁も甘露台の瑞祥も 蓮華台上の御神楽も神国魂其ものの いづれ変らぬ一つ物狭き心を振り捨てて 三五教の神の道思ひ浮べて行へよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と宣り終るや、今迄長大なる姿を現はしたる大蛇も、次第々々に縮小し、遂には小さき蛇となりて、清公が足許を嬉し気に這ひ廻る。清公は尚も天津祝詞を奏上し此蛇に向つて鎮魂を修し、 清公『汝再び此郷に現はれ、かかる悪逆無道を繰返す勿れ。又郷人も今迄の心を根底より立直し、日の出神の教へ置かれし三五教を信じ、真澄姫命の神霊に拝謝せば汝等が心中に潜める鬼、大蛇は忽ち姿を隠して、煙となりて消え失せむ』 と宣べ終るや、飯依別、久木別、久々別の神司を始め郷人一同は、清公が前に平伏し、今迄の不信仰の罪を悔い、再び大神の珍の御子とならむことを祈る。清公は、 清公『地恩郷に三五教の梅子姫、黄竜姫の現はれ給ひて神徳四方に輝きあれば、此郷の害悪を洗ひ清められし謝恩の為めに、打揃ひ参拝す可し』 と命ずれば、飯依別を始め一同は、一も二もなく此説に服し、モンキーを案内者として地恩郷に参拝することとなつた。 幾十の船を海面に浮べてヒルの港を漕ぎ出した。船中は神徳の話で持切りながら、清公一同が乗り来たりし船をも従へて、タカの港へ上陸し、参詣する事となつた。此時神命に依つて清公の乗り来りし船は、元の所に帰され、其持主を求めて色々とヒルの郷の珍しき物を与へ、厚く謝辞を述べた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・八旧閏五・一四谷村真友録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 09 信仰の実 | 第九章信仰の実〔七五五〕 三五教の太柱変性男子の系統を 唯一の頼みと経緯に我儘気儘を振舞ひし 天狗の鼻の高姫が部下と仕へし清公の 左守神と現はれて鰻上りに上り詰め 恋の瀬川の宇豆姫を妻となさむと企み居し カラクリがらりと相外れ地恩の城の頂上より 大地に急転直下せし名誉を元に返さむと 執着心のほとぼりに胸を焦がして清公が チヤンキーモンキー二人連れタカの港を立出でて 屋根無し船に身を任せ心に荒波立て乍ら 暗に紛れて和田の原誠明石のヒル港 誠魔言の取違ひ日の出神の其昔 現はれませる山奥の酒の泉の湧き出たる 其滝壺に現はれて大蛇の荒びを眺めてゆ 転迷開悟の花咲かせ生れ赤子と蘇生り ヒルの郷人二人まで旅の御供と定めつつ セーラン山の山続き深き谷間を打渉り 虎狼や鬼大蛇狒々猩々の集まれる 魔窟ケ原を宣伝歌歌ひ乍らに進み行く 石の枕に雲の屋根露の褥も数越えて 心も光る玉野原天空海濶限りなき 金砂銀砂を布き詰めし諏訪の里にと着きにける 木の花姫の御化身巨大の狒々に村肝の 心の玉を洗はれて一行五人天地の 神の恵を覚りつつ心も勇み身も軽う 紺青の波を湛へたる玉依姫の永遠に 隠れ玉ひし諏訪の湖五つの御玉の底深く 納まる竜宮の岸の辺に心洗ひし清公が チヤンキーモンキー始めとしアイル、テーナの五柱 祠の前に着きにける頃しもあれや天上に 黒雲忽ち顕現し見る見る四方に拡大し 満天墨を流すごと黒白も分かずなりにける あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 心の雲霧吹き払ひ天津御空も国土も 清く涼しく天津日の輝き玉ふ清明の 天地に還し玉はれと五つの口に宣る祝詞 声も涼しく唱ふればあゝ訝かしや黒雲の 中より出でし一塊の火光は忽ち目の前に 雷鳴の如き音響と共に轟然落下して 一度に開く木の花の四方に散るよと見る間に さしも暗黒に包まれし六合忽ち朝日子の 伊照り輝く世となりぬ五人は我に立返り 諏訪の湖面を見渡せば紺青の波キラキラと 魚鱗の如く日光に輝き閃く崇高さよ 遥に向方の島影ゆ現はれ出でたる純白の 真帆や片帆の数多く此方に向つて進み来る 其光景は春の野の青野ケ原に蝶々の 花に戯れ翩翻と舞ひ狂ひたる如くなり 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の道 鬼も大蛇も曲津霊も我の身魂を外にして 神の造りしうまし世に影も形も白煙 消ゆる思ひに充たされて天地万有自ら 至善至美なる神の世と変りし如き心地しつ 五人は衣服を脱ぎ捨てて湖水の中に一時に ザンブと計り飛び込めば姿は忽ち水底に 消えて跡なき泡沫の夢か現か幻か 神ならぬ身の如何にして知る由もなき御経綸 仰ぐも高し久方の神の心の万分一 竜宮海の底の底深き仕組の玉手箱 開いて述ぶる物語竜宮館の教主殿 奥の一間に瑞月が心天高く日を照らし 心の海に三五の真如の月を浮べつつ 御国を思ふ真心を雲井上に留五郎 神の大道を亮めて世人導く神界の 鑑を照らす真澄空唯一言も漏らさじと 鉛筆尖らし松村が心を籠めて記し行く 引きて帰らぬ桑の弓桑の机にもたれつつ 無尽意菩薩を傍らに侍らし誠を述べ立つる 愈茲に五五の巻稍半迄書きしるす 神の出口の因縁を開く常磐の松風に 身も魂も清々と語り行くこそ芽出度けれ ○ 清公ほか四人は諏訪の湖の畔の小さき祠の前に端坐し、天津祝詞を奏上し、数歌を歌ひあげ、終つて紺青の波漂へる諏訪の湖の岸辺に立ち、際限もなき広き湖面を崇高の気に打たれて眺め入つた。忽ち心機一転して、天国よりも清く美はしき感想に打たれ、一同は期せずして、衣類を脱ぎ、湖中に向つてザンブと許り、何気なく飛び込んで了つた。千尋の深き水底と思ひきや水溜りは思うたよりも浅く、七尺乃至八尺の肉体の、浅きは臍あたり迄、深きは首のあたりまで位よりなかつたのに、再び驚き乍ら神言を奏上しつつ、波を押し分けて北へ北へと進み行く。 摺鉢の様になつた湖底に足を辷らせ、茲に五人は一時に水底深く落ち込み、一旦は人事不省の厄に会うた。折柄浮かび来る金銀を鏤めて造りたる神船に救ひ上げられ、北へ北へと運ばれた。 湖中に浮かべる夫婦島の一角に救ひ上げられ、五人の肉体は其儘自然に気の附く迄棄て置かれたのである。酷熱の太陽は焦げつく如く、赫々と照り輝けども、老樹鬱蒼として天を封じたる此浮島は、涼風颯々として徐に吹き来り、夏の暑さを少しも感じなかつた。此島には大小無数の金銀の蛇空地なき迄に遊び戯れて居る。五人は金銀の蛇、畳の目の如く地上を包んで居る其上に救ひ上げられ、暫くは何も知らずに、睡眠を恣にして居た。 清公は稍太き金色の蛇に、口をポカンと開けて居た其隙間より這ひ込まれ、胸苦しさに目を醒まし、『キヤツキヤツ』と叫んだ声に驚いて、チヤンキー、モンキー、アイル、テーナの四人は始めて気が附き、附近を見れば金銀の索麺を敷いた如く、億兆無数の蛇樹上にも樹下にも、木の幹にまで一面に包んで居る。清公の口には金色の太き蛇、七八分まで口より這ひ込み、僅に七八寸許り尻尾の先を余し、尾は前後左右にプリンプリンと活動し、尾の先にて耳の穴、鼻の穴、目などを無性矢鱈に掃除して居る。チヤンキーは其尾を掴み蛇を引出し、清公を助けむと猿臂を伸ばして尾を掴んだ途端に、ビン[※初版は「ピン」、校定版・愛世版は「ビン」。]と撥ねられて、隣の島に投げ送られた。 一方の島には金銀の蜈蚣数限りもなく、蓆を布いた如く、沢山の足をチヤンと揃へて、地上を包んで居る。樹上にも木の幹にも金銀色の蜈蚣、空地もなく巻きついて居た。見る見る二三尺の長き蜈蚣は、ゾロゾロとチヤンキーの身体に這ひ上がり、空地なく身体を包んだ。されど不思議にも少しの痛みも苦みも感ぜず、唯少し許りこそばゆい感じがしだし、蜈蚣の足や舌を以て体を舐め始め出すに従れ、こそばゆさは益々其度を増し、遂には笑ひ止まず、腹を抱へて蜈蚣原に七転八倒するに至つた。此島を女島と云ふ。一方の清公が金色の蛇を呑んだ島を男島と云ふ。 清公は俄に身体黄金色と変じ、両眼より金剛石の如き光を放ち、口をもがもがと動かせ乍ら、何か言はむとするものの如く、七八寸口から出て居た尻尾は、何時の間にか腹中深く納まつて了つた。清公は顔色輝き、層一層荘厳の度を加へ、身長も一尺計り高く延び、体の総体其太さを増して来た。物をも言はず清公はアイルの首筋をグツと掴み、女島に向つて猫の児を投げる様に手もなく投げ移した。チヤンキーが俯むいて笑つて居る背中の上に、フワリと馬に乗つた様に落ちて来た。蜈蚣は忽ちアイルの全身を包んだ。アイルも亦俄に際限もなく笑ひ出した。見る間に蜈蚣は体一面に焦げつく様になつて、両人の体は全身蜈蚣の斑紋に包まれて了つた。チヤンキーは始めて口を開け、 チャンキー『あゝ地恩城の蜈蚣姫の代りに蜈蚣彦が両人揃うた。……オイ、アイルさま、斯う体が蜈蚣に変化した以上は、モウ仕方がない。一生此島の守護神となつて暮らせと云ふ神様の思召しかも知れないよ。併し乍ら、昔諾冊二尊が自転倒島へ御降りになつた時には、陰陽揃うて夫婦の契を結び、山、川、草、木をお産みになつたのだが、我々は男ばかりだから国生みもする訳には行かず、つまり態よい島流しになつたのではあるまいかなア』 アイル『サア何だか知らぬが、何とも言へぬ好い気分ぢやないか。何れどちらかが女になるのかも知れないよ。併し此島は女島と云ふからは、二人乍ら女にならうも知れぬ。さうすれば尚々妙な事になつて了ふ。併し何時も俺は女に何故生れて来なんだかと始終小言を言つて居つたから、言霊の幸はふ国だと云ふからには、御註文通り女に変化するかも知れぬ。さうすれば所謂平和の女神となつて、お前はチヤンキー、俺はアイル、アイルチヤンキーの女神として後世に謡はれるやうになるかも知れないよ』 チヤンキー『馬鹿言へ、アイルチヤンキーの女神と云ふ様なものが何処にあるか。アイルテーナの女神と言へば昔から聞いてるがなア』 アイル『それなら男島に残つてる奴と俺と合せばアイルテーナだ』 チャンキー『俺も今日限りチヤンキーと云ふ名を返上して、アポールと云ふ名に改名しよう。アポールの女神は、所謂アテーナの又の御名だ』 斯く話す折しも又もや、清公に掴まれて投げ送られたテーナは、二人の前に空を切つて降つて来た。 チヤンキー『アイルテーナ、……此奴ア不思議』 とソロソロ地金を現はし、洒落気分になつて無駄口を叩きかけた。テーナはものをも言はず俯むいて、膝頭を打つたと見え顔を顰め乍ら撫でて居る。蜈蚣はそろそろテーナの全身を包んだ。テーナは向脛を打つた時の様に痛さうなこそばゆさうな、痛さとこそばゆさが一つになつた様な声で、泣きと笑ひの中間的声を出して『キユーキユー』と脇のあたりを鳴らして居る。 男島に於けるモンキーは、 モンキー『モシモシ清公大明神、お前は金竜の化神となつて了ひ、三人の奴まで皆金銀の蜈蚣の衣服を着て、平和の女神だとか何とか威張つて居るが、此モンキー一人はどうして下さるのだ。始めの間は蛇や蜈蚣を見てゾツとし、罪の重い奴が斯んな所へ来たものだから、蛇や蜈蚣に責められて苦しむのだと思ひ、アーア俺丈はヤツパリ盗んで来た船を返しに往つた正直者の発頭人だから、蛇も蜈蚣も如何ともする事が出来ないのだと、稍得意気分になつて居た。が併し乍ら、誰も彼も金銀の体になり、余り苦痛さうにもないのを見ると、何とはなしに、自分も羨りくなり当然の肉体が却て罪の塊の様な感じが致しますワ。一体何方が善ですか。万一四人の者、神の冥罰に触れて斯んな態になつたのならば、我々は友人の為に充分の謝罪を神界へ致さねばならず、又四人が神徳を蒙りて出世をしたのならば、我々も同じく出世をする様に願つて頂かねばなりませぬ。善悪不二と云ふ事は予て聞いて居りました。併し乍ら神が表に現はれて、善と悪とを立分けると云ふ以上は、今立て分けられた五人は、どちらが善か悪か、どうぞ聞かして下さいませ』 と一生懸命に手を合せ、清公の前に平伏して頼み入る。清公は口をへの字に結び、目計りギロギロさせ乍ら一言も答へず時々二つの鼻の穴から、フウフウと荒い息を吹き出すのみである。モンキーの傍二尺許りの四方は、何故か、金銀の蛇近寄り来らず。斯うなるとモンキーも神に嫌はれて居るのか、好かれて居るのか、少しも合点がゆかぬ。已むを得ず稍自棄気味になつて、島中を歩行き始めた。蛇は先を争うて、モンキーに踏まれまじと慌ただしく路を開く其怪しさ。 一時許り島を彼方此方と金銀の蛇を驚かせ乍ら、或る美はしき金色燦爛たる苔の生えた岩の側に辿りつき、恰好の休息所と岩上に身を横たへ、頬杖を突き、思案に暮れて独言を言つて居る。 モンキー『あゝサツパリ善悪不可解だ、鬼も大蛇も悪魔も、すべて自分である。自分を離れて極楽もなければ地獄もなし、又神もなければ鬼もない…………と酒の滝壺の大蛇に向つて清公が宣伝歌を歌つた時、大蛇は忽ち小さくなつて消えて了つた。さうすれば尚々合点のゆかぬは此島へ来てからの出来事だ。清公始め其他の連中は残らず、金銀の蛇や蜈蚣に全身を取巻かれ、神に救はれたのか、棄てられたのか、チツとも訳が分らなくなつて了つた。さうして我々の身辺には蛇も蜈蚣も近寄らず疥癬患者が来た様に、皆吃驚したやうな調子で路を開けて呉れよる。考へれば考へる程、俺の精神が神の御心に叶うて居るのか、或は四人の連中の方が良いのか、どうしても合点がゆかない。我輩に神徳が有つて蛇や蜈蚣が恐れて逃げるのか、或は威勢に恐れて避けて居るのか、此奴も一つ考へ物だ。諸善竜宮に入り玉ふと云ふ以上は、此竜宮島に悪神は一柱も無い筈、仮令金銀の色をして居つても、蛇に蜈蚣と云ふ奴、余り気分の良いものだない。併し此島の蛇も蜈蚣も悪魔の様な感じもせぬ。悪魔でなければ諸善神の化身であらう、此点が一向合点の行かぬ所だ。清公だとて余り神様に好かれる様な至善至美の人間でもなし、又俺だとて神様が恐れて逃げなさる様な御神徳があらう筈もなし、又蛇が悪魔であるとすれば、我々の神徳に恐れて逃げる様な蛇には力も徳もないのだ。ヤツパリ竜宮は竜宮式だ。薩張五里霧中に彷徨して、見当の取れぬ仕組の実地を見せて貰うたのだらうか。あゝ如何したら此解決が附くだらう。初の間は金銀の蛇、一二尺づつ遠慮した様に先を争うて逃げて居よつたが、何時の間にか見渡す限り、俺の周囲には、一匹の蛇も居なくなつて了つた。蛇に好かれるのも余り気分の良い話ではないが、此通り敬遠主義を執られるのも、何だか面白くない様な気分がする。あゝ到底人間の理智では解るものでない。先づ神様に天津祝詞を奏上し、悠くりと心を落着けて、鎮魂三昧に入つたならば、何とか此解決がつくであらう。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と、拍手をなし、祝詞を、声限り奏上し終つて、又もや岩上に端坐し、腕を組み考へ込んだ。 モンキーは岩上に双手を組み、首を垂れ、善悪の解決に心身を傾注する時しもあれ、美妙の音楽眼下に聞ゆるに驚き、目を開いて眺むれば、金銀珠玉を以て包まれたる、厳はしき漆塗の船に、得も言はれぬ崇高なる女神舵を操り、清公、チヤンキー、アイル、テーナの四人、赤裸の筈の男が、何とも知れぬ麗しき薄衣を身に着け、身体は水晶の如く透明に清まり、各自に横笛、笙、ひちりきを吹き、美はしき纓絡の附いた冠を頭に戴き、愉快気に波面を進み行く光景が、パインの繁みを透かしてアリアリと現はれた。モンキーは思はず『アツ』と叫んだ。四人は金扇を拡げ、モンキーに向つて『早く来れ』と差招き乍ら、微妙の音楽の声諸共に、紺青の波の上を悠々として彼方の島影に姿を隠しける。 モンキーは太き息を吐き乍ら、我身を振り顧れば、赤銅の様な黒赤い肌に毛をボウボウと生やし、得も言はれぬ汗臭い、厭な臭気が放出して、我と我が鼻をつく。 モンキー『あゝヤツパリ俺の方が間違つて居たのかい。こりやモ一つ考へ直さなくちやなるまいぞ』 と岩を離れて磯端に走り寄り、全身を清め、再び磯端に端坐して瞑想に耽りゐる。 涼風颯々と面を吹くさま、得も言はれぬ気分となつて来た。向ふの島影を見れば、金砂青松絵の如く展開し、名も知れぬ羽毛の麗しき鳥、迦陵頻伽か孔雀か鶴か、確とは分らねど、長閑な声を放ちて天国の春を歌ふものの如く感じられた。金銀珠玉を鏤めたる白帆をかけた神船は或は一つ、或は三つと、時々刻々に眼下の波面を過ぎ行く。されどモンキーの方には一瞥もくれず、素知らぬ顔して進み行く船のみである。モンキーは益々合点ゆかず、心中稍不安を感じて恨めしげに、四人の船の姿の隠れた方面の空を眺めて佇み居る。 忽ち足許の水面より緑毛の亀、忽然として浮び出で、見る間に島へ駆け上り、一生懸命に走り出せば、モンキーは其亀の後に従いてスタスタと走り行く。亀は益々速力を速め遂には大木の幹に掻きつき二三間計り攀つた所で、如何した機みか、手を放し大地に顛倒した。モンキーも亀に添うて大木に駆け登つた。亀が落ちたのを見て、自分も亦手を放し、地上に顛落し、強たか頭を打ち『惟神霊幸倍坐世』と云ひつつ、手の掌にて息を吹きかけ、創所を二三回撫でまはせば、痛みは頓に止まりぬ。亀は腹を上にし、四つの足で空を掻いて藻掻いて居る。之を見たモンキーは、又もや地上に背を附け、手足を上げて空を掻き、亀の真似をして居る。亀はカタリと音をさせて起き上り、亦もやノタノタと反対の方面に走り出す。モンキーも同じくクレリと体をかはし、音がせぬので口で『カタリ』と云ひ乍ら亀の後に引添うて、今度は四這になつて従いて行く。 亀は矢庭に湖面に向つてドブンと飛び込むを見て、モンキーも亦四這のまま、湖水の中にドブンと飛び込み見れば、亀は頭をあげて悠々と水面を泳いで居る。モンキーは亦亀の後に従いて首をあげた儘に泳いで行く。手足は倦くなり、最早此上十間たりとて泳げなくなつて了つた。亀はモンキーの追ひ付き来るを待つものの如く、ポカンと浮いたまま、首を伸ばして後を振りかへつて居る。モンキーは其間に亀に追付き、甲の両側に両手をかくれば、亀は水中深く潜り出した。死物狂ひになつて両手を甲に掛けた儘水底に続いて行く。 フト目を開き見れば、自分の体は亀と共に、女島の磯端に上つて居た。金銀色の蜈蚣の一面に並んで居る其上を、亀は容赦なく這ひ乍ら、島山の頂を目蒐けて進み行く。数多の蜈蚣は、今度は蛇の様に避けず、足許をウザウザさせ亀の後に、一生懸命に追うて行く。 亀は又もや大樹の枝に登つて了つた。モンキーも亦大樹の枝へ亀の後に添うて登りついた。眼下の水面を見渡せば、霞む許りに高き島山の頂上の大木の梢から水面を見た事とて非常に恐ろしい。亀は亦もや水面を目蒐けて、首をすくめ乍ら落ち込んだ。モンキーは死物狂になりて水面を目蒐け、身を躍らし、頭を下にしたまま、飛び込んで了つたと思つてハツと気が付けば、モンキーは金色の亀の甲に跨がり、紺碧の湖面を、悠々として泳いで居た。亀は何時しか容積を増し船の如く大きくなり、知らぬ間に金銀珠玉を鏤めた目無堅間の神船になつて居る。船は艪を漕ぐ人も無きに、自然に動き出し、四人が進んだ方面を指して辷つて行く。モンキーは始めて悟つた。 モンキー『あゝ何事も一切万事、神に任せば良いのだ。郷に入つては郷に従へと云ふ事がある。蛇の島へ来れば蛇と一つの心になり、蜈蚣の島へ来れば蜈蚣の心になつて済度をしてやらねばならぬ。蛇を呑んでも構はぬ、体を巻きつけられても、救ひの為には厭ふ所でない。蜈蚣が我々の肉体を嘗めたがつて居るならば、何程厭らしくても舐めさしてやるのが神の慈悲だ。神心だ。我々は理智に長けて、神の慈悲心を軽んじて居た。最早斯うなる以上は、何事も神様のままに、お任せするが安全だ。……惟神霊幸倍坐世……と口任せの様に唱へて居たが、今迄は何事も頭脳で判断をし青人草倣ひの行ひをやつて居たのが誤りだ。あゝ神様有難う御座います。どうぞ清公其他の一行に、一時も早く面会の出来まする様、御取計らひ下さいませ。モウ此上は一切万事、貴神にお任せ致します』 と悔悟の涙をしぼり、湖面に向つて合掌し天津祝詞を奏上して居る。 何処よりともなく、以前の如き美妙の音楽聞え来り、麝香の如き風湖面を吹いて、其身は忽ち薄物の綾錦に包まれ、天上を行く如き爽快なる気分に酔はされて居た。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・一〇旧閏五・一六松村真澄録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 11 風声鶴唳 | 第一一章風声鶴唳〔七五七〕 蒼空一点の雲なく、星光疎にして中秋の月は中空に懸り、鏡の如き温顔をもて下界を照し給ふ。地恩城の棟に鏤めたる十曜の金紋は、月光に映じて目も眩きばかりなり。 地恩城の女王黄竜姫は、梅子姫、蜈蚣姫、左守のスマートボール、宇豆姫を始め右守の鶴公、貫州、武公其他を従へ、高殿に登り月見の宴を開いて居る。果物の酒は芳醇なる香を放ち、柑子、バナナ、桃其の他の木の実を麗しき器に盛り、一同歓を尽して月光を仰ぐ折しも、黄竜姫は忽ち顔色蒼白ざめ、身体頻りに動揺して、心中不安の雲に包まれし如き容態となれり。 梅子姫、其他の人々の目には、中秋の月皎々と輝き、紺碧の空は愈高く、風は涼しく何とも云へぬ気分に包まれて居る。独り黄竜姫の眼に映じたるは、ジヤンナ郷のテールス姫の夫となり、三五の道をネルソン山以西に布き、旭日昇天の勢ありと称せらるる友彦を先頭に、数多の鬼の如き土人、怪しき黒雲に乗り、幾十万とも限りなく鋭利なる鎗を携へ、中空より地上を眺め、黄竜姫の頭上に向つて鋼鉄の矛を驟雨の如く降らせ、火の車を挽き連れ、青、赤、黒の鬼、虎皮の褌を締め、牛の如き角を生やし攻め来る恐ろしさに、身体忽ち震動して、高殿より終に顛落、人事不省に陥りける。 蜈蚣姫は驚きてものをも言はず、老の身も甲斐々々しく階段を降り行く。されど梅子姫、スマートボール其他の面々には、黄竜姫の姿並に蜈蚣姫の姿は依然として高殿に月を賞するかの如く見え居たり。それ故蜈蚣姫の周章て階段を降り行きし事も、黄竜姫が高殿より墜落せし事も夢にも知らざりし。要するに黄竜姫、蜈蚣姫の本守護神は、依然として此高殿に其儘の体を現はし、嬉々として月を賞しつつありしなり。二人が身体に残れる執着心の鬼の為めに斯くの如き幻覚を起し、又其罪悪の凝固より成れる肉体は、副守護神の容器として高殿の下なる千仭の谷間に突き落されたるなりき。 後に残つた黄竜姫の姿は、恰も鼈甲の如く身体半ば透き通りて一層の美を加へ、言葉も俄に涼しく且つ荘重を帯び来たりぬ。 梅子姫『黄竜姫様、不思議な事があるもので御座いますな。今迄の貴女のお姿とうつて変り、一入立派な御顔色、お身体の恰好までも、何処ともなく威厳の加はつた様に思ひます。変ると言つても、斯う迅速に向上遊ばすと言ふ事は、不思議でなりませぬ』 黄竜姫『ハイ、妾は勿体なくも三五教の神司となり、且地恩城の女王と迄上りつめ、稍得意の色を浮べ安心の気にうたれて、勿体なくも月の大神様を玩弄物か何かの様に、酒肴を持ち出し月見の宴だと、花見か雪見の様な畏れ多い事を何とも思はず始めましたが、忽ち大空の月光菩薩の御威勢に照らされハテ、済まない事をした、妾は今こそ飛つ鳥も落す様な威勢で斯うして此処に安楽に暮して居るが、月の鏡に妾の古い傷がスツカリ写つた様な心持になり、月見どころか、穴でもあらば這入り度い様な心持になり、悔悟の念に苦しむ時しも、満天の星は黒雲に包まれ月光は影を隠し四面咫尺暗澹となりしと思ふ間もなく、ジヤンナの郷に三五の道を伝ふる友彦は妾が昔彼に与へた凌辱の怨みを復さむと数多の鬼を従へ、天上より鋼鉄の矛を雨の如くに降らせ、火の車を以て我肉体を迎へ来る其恐ろしさ。罪にかたまつた肉体の衣を神様の御恵に依つて剥ぎ取られ、又母上も子の愛に溺れ給ふ執着心の衣は、此谷間に落ちて白烟となり消え失せました。アヽ斯くなる上は最早妾の肉体には一点の雲霧も無く、正に此中秋のお月様の如き身魂と生れ変つた様で御座います。それに就いては皆様、只今より月見の宴を廃し、神様にお詫を致しませう』 との物語りに梅子姫は感じ入り、自ら導師となつて高殿に端坐し、月光に向つて感謝祈願の神言を奏上し、月見に用ゐたる総ての器を此高殿より眼下の谷底目蒐けて一品も残らず投げやり、今後は決して月見の宴を為さざる事を神明に約し、悄然として地恩城の奥殿に姿を隠し、再び一同打揃ひ天津祝詞を奏上する事となりぬ。 地恩城の黄竜姫を始め、重だちたる幹部は奥殿に入り、祝詞を奏上し了つて神酒を頂き居る際、慌しく奥の間目蒐けて駆入り来る貫州、武公の両人は、息も絶え絶えに後鉢巻グツと締め、各自茨の鞭を握つた儘、 貫州、武公『申し上げます。タヽヽヽ大変で御座います。御用意を遊ばしませ』 と息もつき敢ず泣声になつて言上する。 スマートボール『其方は貫州、武公の両人、大変とは何事だ。苦しうない、近く寄つて細さに物語つたが宜からうぞ』 貫州は両手にて胸を打ち乍ら、稍反身になつて、 貫州『我々両人、地恩城の城門を、スマートボールの命令に依り数多の部下を監督し、用心堅固に守る折しも遥に聞ゆる鬨の声、何事ならむと高殿に一目散に駆登り、月の光に照らして向ふをキツと眺むれば、十曜の紋の旗印、瓢箪形の馬標は幾十百とも無く樹々の間に間に出没し、赤鉢巻に赤襷、数多の駒に跨りて鬨を作つて攻め寄せ来る其勢ひの凄じさ、敵は何者ならむと斥候を放ち、よくよく見れば豈図らむや、曩に城外に投げ出されたる元のバラモン教の友彦、ジヤンナの荒武者共を引率れ、黄竜姫に厳談せむと呼ばはり乍ら、猛虎の勢にて攻め来る。味方は薄衣綾錦、数万の敵軍は甲冑に身を固め小手脛当て、鋭利の武器を携へ旗鼓堂々と攻め寄せ来る物々しさ。吾々両人は、味方の奴輩残らず駆り集め、寄せ来る敵に向つて言霊戦を開始し、天の数歌歌ひ上げて両手を組み、指頭より五色の霊光を発射し敵の魔軍に向つて防ぎ戦へ共、彼も強者、言霊を以て応酬し、其上鋭利なる武器を携へ、時々刻々に近寄り来る危さ。日頃無抵抗主義の地恩城なれども、斯くなる上は最早詮なし、武器に代へて所在小石を引掴み、押し寄せ来る敵軍に向つて雨霰と乱射すれば、敵は雪崩をうつて一二丁ばかり一旦ドツと引き上げしが、又もや鬨を作つて、暴虎憑河の勢恐ろしく、口より火焔を吹き乍ら、青、赤、黒の鬼神共先頭に立ち、雷の如き怪声を放ちて攻来る。味方は僅に三百有余人、死力を尽して挑み戦へども、敵は名に負ふ大軍、瞬く間に縦横無尽に薙立てられ、無念乍らも我々両人、敵を斬り抜け漸く此場に立ち帰り候程に、この処に御座あつては御身辺危ふし、一時も早く裏門より、山伝ひにシオン山の方面指して落ち延び給へ。サア、早く早く』 と身を慄はし、左右の手を打ち振り打ち振り注進に及ぶ其怪しさ。スマートボールは合点往かず、 スマートボール『只今まで高殿に於て月見の宴を催し居たりし我々、敵の押寄せ来る気配あれば何とか神界より御示しあるべき筈、扨ても合点の往かぬ事であるワイ。……もうし黄竜姫様、梅子姫様、如何思召し給ふや、合点の往かぬ両人が注進』 と二人の顔を打ち守り、稍不安の面持にて胸を躍らせて居る。黄竜姫は悠揚迫らず、 黄竜姫『あいや、スマートボール、……貫州、武公の両人を我前に伴ひ来れ』 との厳命にスマートボールは両人の手を引き、黄竜姫の膝下に導いた。二人は頭を垂れ、猫に追はれし鼠の如く畏縮して慄ひ上つて居る。 黄竜姫『あいや、貫州、武公両人、只今汝が注進せし事は過去の出来事なりや、将未来の事なるか、但は現在の事か、明瞭に答弁せよ』 武公『ハイ、過去の事や未来の出来事ならば我々は決して斯様な心配は致しませぬ。既に城内の者共は殆ど滅亡致し、我々両人も斯くの如く顔に手疵を負ひし以上は、只今の事、今や……アレアレあの通り間近くなつた声、人馬の物音、今に友彦、鋼鉄の矛を打振ひ此場に攻め寄せ来りますれば、何卒一時も早く裏門より逃げ延びて下さいませ』 黄竜姫『あいや、スマートボール、其方は表門に行つて実否を調査し来れ』 スマートボールは『ハイ』と答へて立ち上らむとする。貫州は其裾を掴んで、 貫州『モシモシ左守様、お待ち下さいませ、衆寡敵せず、飛んで火に入る夏の虫、決して悪い事は申しませぬ。……黄竜姫様、早く早く御用意遊ばしませ』 梅子姫『今武公の言葉におひおひ近づく鬨の声、人馬の物音と申したが、天地は至つて静寂、何の声も無いではありませぬか』 武公『ソヽヽそりや何を仰有います。あの声が分りませぬか』 と顔色変へて落ち付かぬ気に、震ひ震ひ答へる。 スマートボールは貫州の手を振り放し、一目散に表門に現はれ見れば、月は皎々と輝き猫の子一匹其辺に見えぬ。『ハテ不思議』と高殿に登り四方をキツと見渡せば山はコバルト色に蒼ずんで一点の白雲もなく、山の尾の上の輪画は一入瞭然として、淋しき中に得も言はれぬ雅味を漲らして居る。スマートボールは悠々として奥殿に帰り来り、二人の前に立現はれ、矢庭に平手を以て貫州、武公の横面を二つ三つピシヤピシヤと打てば、二人は初めてポカンとした様な面を曝し、 両人『ヤア……これはこれは不躾千万にも女王様の御殿に何時の間にか侵入致し、実に申し訳なき事で御座います。何卒お許し下さいませ』 と平伏する。 蜈蚣姫『ほんにほんに、妾の荒肝を取りかけよつた。お前は一体何と言ふ事を言つて来るのだ。大方夢を見て居つたのだらう』 両人『ハイ、今考へて見ますれば、夢の連続的行為で御座いました。あまり友彦が出て来る出て来ると心配して居つたものですから、ドエライ夢を見たので御座いませう……あゝ惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、 両人『マアマア夢で結構で御座いました。……皆さま、お目出度う、お祝ひ申します』 黄竜姫、梅子姫、宇豆姫一度に吹き出し、 三人『プツフヽヽヽ、オホヽヽヽ』 館の外には皎々たる明月輝き、松虫、鈴虫、蟋蟀、螽斯の声賑しく聞えて居る。 (大正一一・七・一〇旧閏五・一六北村隆光録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 16 真如の玉 | 第一六章真如の玉〔七六二〕 梅子姫は湖面に向ひ手をさし伸べて二三回手招きするや、島影より純白の帆を風に孕ませ、金銀珠玉を鏤めたる目無堅間の神船は、金波銀波を左右に分け乍ら此方に向つて進み来る。船中には清公、チヤンキー、モンキー、アイル、テーナの五人が操縦し、艪櫂の役を勤めて居る。梅子姫は清公に会釈し乍らものをも言はずヒラリと船に飛び乗れば四人は恐る恐る続いて船中の人となつた。清公の一隊五人も、梅子姫の一隊五人も目と目を見合し軽く目礼したまま一言も発せず、十曜の紋の十人連れ、静に波を蹴立てて又もや吹き来る返し風に帆を孕ませ、紫色の樹木繁茂せる浮島を数多越え乍ら、海底金剛石の如く処々に光る麗しき光景に見惚れつつ、雲を圧して建てる朱欄碧瓦の楼門の仄近く見ゆる磯端に船は着けられた。 清公は一同に手招きし乍ら楼門の方に向つて案内する。梅子姫を先頭に蜈蚣姫、黄竜姫其他一同一列となつて、金光輝く平坦なる砂道を徐々と息を凝らして進み行く其静けさ。楼門に進むや否や白衣の神人、門の左右に威儀を正して立ち、一人は大幣、一人は塩水を持ち、一行を一人々々大幣、塩水にて清め乍ら通過せしむ。 行く事数丁、青紫の樹木、庭園に疎に樹ち、黄、紅、白、紫、紺、赤、緋色の花は芳香を薫じ艶を競うて居る。漸く黄金を以て造られたる中門の前に進めば、威儀儼然たる白髪の神人、黄金の盥を一同の前に差し出し手洗を使はしめ、手洗の儀も相済み之よりは瑪瑙、しやこ等の階段を幾百ともなく登り詰め、山腹の眺望佳き聖域に着く。後振りかへり眺むれば諏訪の湖水は金銀の波漂ひ日光は湖面に映じて揺ぎ、白帆は右往左往に蝶の如く行き交ひ、大小の島々には色々の花咲き満ち、恰も天国浄土も斯くやあらむと、一同は眼を据ゑて時の移るも知らずに見惚れ居る。 暫時あつて漆の如き黒髪を背後に垂れたる妙齢の美人、皮膚濃かにして目許涼しく口許締まり、薄絹の綾を身に着け、長柄の唐団扇を杖に突き、此方に向つて悠々と進み来る十二人の神使は、梅子姫一行の前に立ち現はれ、叮嚀に会釈し、無言の儘梅子姫には、一人は前に一人は後に、左右に二人侍りつつ、奥庭目掛けて徐々と歩を運ぶ。八人の女神は黄竜姫以下に附き添ひ、無言の儘奥庭深く進み入る。 行く事四五丁、此処には白木造りの門が建てられて居る、中よりパツと戸を左右に開き現はれ出でしは初稚姫、玉能姫、玉治別、久助、お民の五人。之亦無言のまま先に立つて、遂に一つの飾も無き瀟洒たる木の香薫れる殿内に導き入る。さうして中央の宝座に梅子姫を招ずる。梅子姫を中心に一行は半月形となつて座に着く。 高座の白木の扉を左右に引き開け現はれ出でし崇高無比の女神は、五人の侍女に天火水地結の五色の玉を持たせて梅子姫の前に現はれ給ひ、前に立てる侍女の手より、自ら紫の玉を手に取り上げ、初稚姫に渡し給ふ。初稚姫は恭しく拝受し、之を宝座に控へたる梅子姫の手に献る。梅子姫は莞爾として押し戴き給ふ時、金襴の守袋を一人の侍女来りて献る。梅子姫は之を受取り直に玉を納め、其儘首に掛け胸の辺りに垂れさせられ、合掌して暗祈黙祷し給うた。梅子姫の姿は刻々に聖さと麗しさを増し、全身玉の如くにかがやく。次に玉依姫は侍女の持てる赤色の玉を取り、玉能姫に相渡すを玉能姫は押し戴き、蜈蚣姫の手に恭しく渡す。次に玉依姫は侍女の持てる青色の宝玉を取り、之を玉治別に授け給ふ。玉治別は押し戴き直ちに黄竜姫に渡し次に侍女の持てる白色の玉を取り久助に渡し給へば、久助は恭しく拝戴し友彦の手に渡す、又侍女の持てる黄色の玉を玉依姫自らお民に渡し給へば、お民は押し戴きテールス姫に渡す、各一個の玉に対し金襴の袋は添へられた。さうして此玉の授受には玉依姫神を始め、一同無言の間に厳粛に行はれける。 玉依姫は一同に目礼し奥殿に侍女を伴ひ、一言も発せず悠々として神姿を隠し給ふ。梅子姫外一同も無言の儘竜宮の侍神に送られ、第一、第二、第三の門を潜り諏訪の湖辺に着く。 此時金の翼を拡げたる八咫烏十数羽飛び来り、梅子姫、黄竜姫、蜈蚣姫、友彦、テールス姫、玉治別、初稚姫、玉能姫、久助、お民の十柱を乗せ、天空高く輝き乍ら万里の波濤を越えて、遂に由良の聖地に無事帰還せり。 又銀色のアンボリーは湖辺に現はれ、清公、チヤンキー、モンキー、アイル、テーナの五人を各一人づつ背に乗せ、天空を駆り地恩城に送り届けたり。金色の八咫烏は、其儘肉体を分派し、数百千の斑鳩となり、神の御使として永遠に仕ふる事となりぬ。又地恩城に清公以下五人を届けたるアンボリーは、地恩城の門前に降り来り、五人を三四間の中空より芝生の上に投げ下したり。 折から月の光を仰ぎ眺め居たるマール、ミユーズの二人は、アンボリーの姿を見て魔神の司と見誤り、長き竿を以て力限りに打ち払へば、五羽のアンボリーは羽翼を傷つけ、クウクウと声を立てて啼き乍ら、四辺の森林の木下闇に紛れ姿を隠しぬ。 之よりアンボリーを信天翁と言ふ。阿呆払ひになつたと言ふ俚諺は此因縁に基くと伝へらる。 梅子姫、黄竜姫、蜈蚣姫の自転倒島に立ち去られし後の地恩城は、暫時清公司をして当主と仰ぎ、鶴公を左守となし、チヤンキーを右守となし、又ジヤンナの郷はスマートボール、宇豆姫の夫婦之を管掌する事となれり。且つ清公の発起により、地恩城内の最も風景佳き高地を選んで高殿を造り、一つ嶋の国魂神真澄姫神を鎮祭し、飯依別神をして宮司となし、久木別、久々別を添へて永遠に奉仕せしめける。三五教の教は清公之を主管し、且つ全島を統一して国民を永久に安泰ならしめたり。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・一一旧閏五・一七北村隆光録) |
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霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 17 森の囁 | 第一七章森の囁〔七六三〕 黄金の玉を紛失し、高姫に追放されて、オセアニヤの一つ島に玉の所在を探らむと艱難辛苦を冒して立向うた黒姫は、夫高山彦と共に、一つ島の酋長格となり、数多の土人を手なづけ、一時は武力を以て東半分の地に勢力を扶植しつつあつた。 其処へ小糸姫、五十子姫、梅子姫、今子姫、宇豆姫の容色端麗なる美人現はれ来り、土人の崇敬殊に甚しく、高山彦、黒姫も之を排斥するの余地なきを悟り、抜目なき両人は直に猫を被つて小糸姫が部下となり、遂には心より小糸姫に悦服し、地恩城にブランジー、クロンバーの職を務め、二年三年一意専心に玉の所在を、土人を以て捜索せしめつつあつた。されども玉らしき物は何一つ手に入らず、殆ど絶望の思ひに沈む時、高姫其他の一行が此島に来るに会し、最早本島に用は無し、仮令オセアニヤ全島を我手に握る共、三千世界の宝たる三つの神宝には及ぶ可らず。躊躇逡巡せば、又何人にか宝玉の所在を探られむと、高姫、黒姫、高山彦は、日頃手撫づけ置きたるアール(愛三)、エース(栄三)の二人を引連れ、稍広く大なる樟製の船に身を任せ、タカの港を秘に立出で、後白浪と漕ぎ出す。 やうやうにして太平洋の波濤を横断り、数多の島嶼を縫うて馬関を過ぎり、瀬戸の海に帰還し、淡路の洲本(今の岩屋辺り)に漸く船を横たへ高姫を先頭に一行五人、洲本の酋長東助が館を指して進み行く。見れば非常に宏大なる邸宅にして、表門には二人の門番阿吽の仁王の様に儼然と扣へて居る。よくよく顔を眺むれば、生田の森の杢助館に於て出会した虻公、蜂公の両人である。 高姫『オヽお前は虻公、蜂公……如何してマア泥棒がそこまで出世をしたのだい。日の出神の御入来だから、一時も早く館の主東助殿に、日の出神御光来だと報告をしてお呉れ』 と横柄に命令する様に云ふ。 虻公『此頃は御主人はお不在で御座いますから、何人がお入来になつても、此門を通過さしてはならないと言はれて、斯う我々両人が厳重に固めて居るのだから、日の出神さまであらうが、仮令国治立尊様であらうが、通す事は罷りなりませぬワイ。主人の在宅の時は門番は誰も居ないのだが、主人が一寸神様の御用で、何々方面へ御越し遊ばし、其不在中に戸惑ひ者……何々が四五人連でやつて来るから、決して入れてはならぬぞ。若し我命令を破つて門内に通す様な事があつたら、其方は直に暇を呉れる。さうすれば貴様も虻蜂取らずになつて了ふぞよ……と厳しき御命令だ絶対に通す事はなりませぬ……なア蜂公、さうぢやないか』 蜂公『さうだ、国依別さまが生田の森からお迎へにお出でた時、鷹姫とか、鳶姫とか、烏姫とか、黒姫とか云ふ奴がキツと此館へゴテゴテ言うて来るに違ひないから、一度でも顔見知つた虻公、蜂公を門番にして置くがよからう……と云つて、東助さまと相談の上、臨時門番を勤めて居るのだ。神様と云ふものは偉いものだ。チヤンと日の出神様の様に、前に知つて御座るのだから堪らぬワイ、アツハヽヽヽ』 高姫少しく声を尖らし、 高姫『泥棒上りの虻蜂の分際として、此結構な神柱を鷹だの、鳶だの、烏だのと、何と云ふ口汚い事を申すのだ。大方言依別の奴ハイカラから聞かされたのだらう』 虻公『そんなこたア如何でもよい。誰が言つたのか知らぬが、世界中知らぬ者はありますまい。つひこの近くに結構な玉が隠してあるのに、オーストラリヤ三界まで飛んで行くと云ふ羽の強いお前共だから、鳥に譬られても仕方があるまい。グヅグヅして居ると国依別や東助さまが玉の所在を嗅ぎ出して、又お前さまに取られぬ様にと宝の埋換を遊ばすと見え、何でも立派な玉が聖地へ納まるから、お迎へとか、受取りとかに行かはりました。お前さまの居らぬ間に聖地には……噂に聞くと、何でも近い内、五色の玉が納まると云ふ事、それなつと受取つて、又お前さまに隠さしたら、チツトは高姫、黒姫の病気も癒るだらうと、国依別さまが笑ひ半分に言つてましたよ。アハヽヽヽ』 黒姫『あの三つの御宝を、言依別が又埋けなほすと云ふのかい、エーエ胸がスイとした。初稚姫の様な小チツペや、玉能姫などが末代の御用をしたと思つて……三十万年未来までは何と仰有つても申し上げられませぬ……なんて威張つて居つたのが……思へば思へば可憐らしいわいの。……それはさうと言依別の奴ハイカラ、クレクレと猫の目程精神が変るのだから、今度は又国依別のヤンチヤや、船頭あがりの東助に御用をさすのらしい。コリヤうつかりとして居られますまい。……サア虻、蜂の御両人、そこまで聞いて居る以上は、モツと詳しい事を御承知だらう。お前は中々正直者だ、それでこそ御神業が勤まると云ふもの、サア私と一緒に聖地へ帰り様子を偵察して、末代の御神業に仕へませう。其代り此高姫、黒姫の御用を聞けば、立派な御出世が出来まする。宜しいかな、分りましたか』 と三歳児をたらす様に、甘つたるい声を出して抱き込まうとする。 蜂公『グヅグヅして居ると、国依別が肝腎の御用をしますで、早うお帰りなされ。悪い事は言ひませぬ……(小声)と斯う言うて門を潜らさぬ様に、追ひまくる様にする俺の計略だ』 と小さい声で呟くのを、高姫は耳敏くも、半分計り聴き取り、 高姫『コリヤ門番の古狸奴が、黒姫さまはお前にチヨロまかされても、世界の大門開きを致す日の出神の生宮は東助の門番位に誤魔化されはせぬぞ。黙つて聞いて居れば何を云ふか分つたものぢやない。察する所家島(絵島)か、神島四辺に隠し置いたる三個の宝玉を、我々が遠い所へ往つたのを幸ひ、ヌツクリと取り出し、初稚姫や玉能姫に揚壺を喰はし、此館に言依別、国依別、東助が潜んで、玉相談をやつて居る事は、日の出神の天眼通にチヤンと映つて居る。どうだ、虻、蜂、恐れ入つたか』 虻、蜂一度に、 虻公、蜂公『アハヽヽヽ、エライ日の出神さまだなア。何も彼もよう御存じだワイ』 高姫『定まつた事だ。世界見えすく水晶身魂の日の出神様の仰有る事に間違ひがあつてたまらうか。……サアサア高山彦さま、黒姫さま、アール、エース、……虻、蜂両人を取押へてフン縛り、我々は奥へ進み入つて、三人の面の皮を剥いてやりませう』 高山彦『高姫さま、コリヤ……一つ考へ物ですな。多寡が知れた虻、蜂の門番、そんな秘密が分らう筈がない。グヅグヅして居ると、良い翫弄物にしられるかも知れませぬぞ』 高姫『そら何を仰有る高山さま、千騎一騎の此場合、チツト確乎なさらぬかいな。……黒姫さまも余程耄碌しましたね』 虻公『俺を取り押へるの、フン縛るのと、そりや何を言ふのだ、這いるなら這入つて見よ。危ない事がして有るぞ。忽ち神の罰が当つて、虻蜂取らずの目に会つても良けら、ドシドシとお通りなさい……と云ひたいが、金輪奈落此門を通しちやならぬと云ふ厳命を受けて居るのだから、表門は俺の責任があるから、入口は一所ぢやない。貴様勝手に這入つたがよからうぞ。此前にやつて来たお前に似た様な宣教師は廁の中からでも逃げ出たのだから、裏の方へそつと廻つて、廁の下から糞まぶれになつて這入らうと這入るまいと、ソラお前の勝手だ。此門だけは、絶対に通る事は罷りならぬのだ。ウツフヽヽヽ。……三つの玉とか、五つの玉とか、今頃には聖地は玉の光で美しい事だらうな。初稚姫さまも、玉能姫さまも、余り欲が深過ぎるワイ。三つの玉の御用をし乍ら、今度又竜宮の一つ島で結構な玉を五つも手に入れて八咫烏とかに乗つて帰つて御座るとか、御座つたとか云ふ無声霊話が、頻々と東助さまの館へかかつて来た。アヽさうぢや、杢助さまも結構な生田の森の館を棄てて聖地へ行かつしやる筈だ。初稚姫、玉能姫さまは、年は若うても、流石は立派な方だ。一度ならぬ、二度ならぬ、三千世界の御神業の花形役者だ。心一つの持様で、あんな結構な御用が出来るのだからなア。そこらの人、爪の垢でも煎じて飲んだら薬になるだらう。ウツフヽヽヽ』 高姫『誰が何と云つても聞くものか。そんな巧い事云つて、此館に高姫を入れまいと防禦線を張るのだらうが。そんな事を……ヘン喰ふ高姫で御座いますかい。そんなら宜しい。裏門から這入つてやらう。さうすればお前の顔も立つだらう』 と掛合ふ所へ、東助の妻お百合は門口の喧しき声に気を取られ、座を立ちて一人の侍女と共に此場に現はれ来る。 虻公『これはこれは奥様、よう来て下さいました。三五教のヤンチヤ組の高姫一行がお出でになりやがつて、此門を通せと仰有りやがるのです。如何言つて謝絶つても、帰らうと仰有りやがらず、それ程這入りたければ、友彦の様に廁の穴からでも這入れと云つてゐる所で御座います。此御館は表門計りで、裏門と云へば雪隠の穴計り、そこからでも這入らうと云ふ熱心な方ですから……どうでせう、御主人はあれ丈厳しくお戒めになつて居ますけれども、そこは又臨機応変、どつと譲歩んで通してやつたら如何でせう』 お百合『これはこれは高姫様御一行で御座いますか、噂に承はつて居りましたが、ホンに立派なお方計り、ようお入来なさいました』 高姫『私は仰有る通り、高姫、高山彦、黒姫の三人で御座います。何時やらは御主人の東助どんに、家島まで送つて貰ひ、アタ意地くねの悪い、私の家来の清、鶴、武の三人を自分の船に乗せ、私を家島に島流しも同様な目に会はし、其後と云ふものはイロイロ雑多と此高姫を苦めて下さいまして、実に有難う御座います。其お蔭で余程私は身魂磨きをさして頂きました』 お百合『どう致しまして、お礼には及びませぬ。苦労の塊の花の咲く三五教で御座いますから、貴方の様な肝腎のお方を改心させる御用を勤めた私の主人は、謂はば高姫のお師匠さま格ですな。オツホヽヽヽ』 高姫『何と、理窟も有れば有るものだな。海賊上りの東助の女房丈の事あつて、巧い逆理屈をお捏ね遊ばす。斯んな立派な館を建てて、酋長々々と言つて居つても、人品骨柄の下劣な事、破れ船頭が性に合ふとる。海賊をやつて沢山な宝を奪ひ取り、財産家となつて、栄耀栄華の有りたけを尽し、今度は三つの御神宝にソロソロ目を付け出した大泥棒の計画中だらう。何と云つても奥へ踏み込み、言依別、国依別を助けて失敗をさせない様に注意するのが男子の系統の高姫の役だ。サア案内をなされ』 お百合『そんなら開放致しませう。自由自在御勝手にお探し遊ばせ。此館は四方八方蜘蛛の巣の如く、到る所に暗渠が掘つて御座いますから、うつかりお這入りになると生命がお危なう御座いますぞ。これ程広い屋敷でも、安心して歩行ける所は、ホンの帯程より有りませぬ。それも生憎東助殿が絵図面を持つて出て居られるものですから、私達は庭先だとて迂濶り歩けないので御座います。それ丈前に御注意申し上げておきます』 虻公『日の出の神の天眼通様、貴女はよく御存じだらう。サア、トツトと早くお入りなされ』 高姫は双手を組んで思案に暮れ乍ら、一生懸命に祈願を凝らし出した。稍あつて高姫は、 高姫『あゝ此処にはヤツパリ居りませぬワイ。……サア黒姫さま、高山彦さま、一時も早く生田の森へ参りませう。彼の方面に三箇の宝玉が現はれました。私の天眼通にチヤンと映つた。早く往かないと又チヨロまかされると大変だ』 お百合『どうぞ、さう仰有らずと、御ゆつくり遊ばしませ』 高姫『ヘン京のお茶漬は措いて下されや』 とプリンプリンと肩や尻を互交ひに揺り乍ら、磯端の船に身を任せ、アール、エースの両人に艪櫂を操らせ、一目散に再度山の峰を目標に漕いで行く。 執着心に搦れて玉を抜かれた高姫や 黒姫二人の玉探し太平洋の彼方まで 心焦ちて駆け出だしどう探しても玉無しの 力も落ちて捨小舟高山彦等と五人連れ 折角永の肝煎りも泡と消えゆく波の上 誠明石の向岸浪の淡路の島影に 船を漕ぎつけ東助が館の門に走せついて 虻と蜂との門番に上げつ下しつ、揶揄はれ 心を焦ちて高姫は又もや玉に執着を 益々強く起こしつつ再度山の山麓の 生田の森へと急ぎ行く。 生田の森の杢助館には、国依別、秋彦、駒彦の三人が、臨時留守居役として扣へて居た。 国依別『玉能姫さまも此館をお立ちになつてから、随分月日も経つたが、どうやら今度は竜宮の一つ島から結構な宝を受取つて、聖地へお帰りになると云ふ事だ。何れ初稚姫様、玉治別も一緒だらう。何時までも私も斯うしては居られないから、聖地へお迎へに行かねばならぬから、……秋彦さま、駒彦さまと両人で此館を守つて居て下さい。直に又帰つて来ますから、……』 秋彦『ハイ承知致しました。併し乍ら万々一、例の高姫一行が帰つて来て、国依別さまは何処へ行つたと尋ねた時には、何と云つて宜しいか、それを聞かして置いて貰ひたいですなア』 国依別『滅多に高姫は帰つて来る様な事はあるまい。併し万一来たならば、一層の事、事実を以て話すのだな』 秋彦『そんな事話さうものなら、高姫は気違になつて了ひますよ。三つの玉の所在は分らず、それが為一生懸命になつて居る矢先、又もや結構な五つの玉を、同じ竜宮島から、初稚姫様や玉能姫さまが頂いて帰つたのだと言はうものなら、大変ですからなア』 駒彦『オイ秋彦、取越し苦労はせなくても良いよ。其時は其時の事だ。……国依別さま、何事も刹那心で我々はやつてのけますから、御安心下さつて、どうぞ一時も早く聖地へお迎へに行つて下さいませ』 国依別『それぢや安心して参りませう』 と話して居る。窓を透かしてフト外を見れば、夜叉の様な顔した高姫、黒姫、高山彦外二人、此方に向つて慌しく進んで来る。 駒彦『ヤア国依別さま、秋彦、あれを見よ。呼ぶより誹れだ。高姫が血相変へて帰つて来よつた。三人が斯うして居ると面倒だから、先づ此駒彦が瀬踏みを致します。あなた方二人は奥へ這入つて、様子を考へて居つて下さい。私が一つ談判委員になりますから……サアサア早く、見つけられぬ内に……』 と促せば、国依別、秋彦はニタリと笑ひ乍ら、次の間に入り、火鉢を中に松葉煙草を燻べて様子を考へて居た、漸く近付いて来た高姫、表の戸を叩いて、 高姫『モシモシ頼みます』 中より駒彦はワザと婆アの作り声をし、 駒彦『此山中の一つ家を叩くは、水鶏か、狸か、狐か、高姫か……オツトドツコイ鳶か真黒黒姫の烏の親方か、ダ……ダ……ダ……誰だい』 外から高姫、婆声を出して、 高姫『誰でもない、日の出神の生宮だ。早く戸を開けぬか』 駒彦『今は日の暮だ、日の出神は朝方に出て来るものだ。蝙蝠の神なれば戸を開けてやるが、日の出神なればマアマア御免コウモリだよ。オツホヽヽヽ』 高姫『此館には国依別と云ふ奴ハイカラが留守番をして居る筈だが、お前は一体、何と云ふ婆アだ。根つから聞き慣れぬ声だが、誰に頼まれて不在の家を占領して居るのだ』 駒彦『オツホヽヽヽ、私かいな。私は国依別の妾だ。雀百まで牡鳥忘れぬと云うて、棺桶へ片足を突込んで居る鰕腰の婆アでも、姑の十八を言ふぢやないが、昔は随分あちらからも此方からも袖を引かれ、引く手数多の花菖蒲、それはそれは随分もてたものだよ。残りの色香は棄て難く、どこやら、好い匂ひがあると見えて、色の道には苦労をなされた国依別さまが、ゾツコンわたしに惚込んで五十も違ふ年をし乍ら朝から晩まで大事にして下さるのだ。思へば思へば私の様な運の好い者が何処にあらうか。男やもめに蛆が湧くと云ふが、女やもを程結構なものはないワイの。お前はどこの婆アだか知らぬが、余程よい因果者と見えて、其面は何だい。汐風に吹かれ顔の色は真黒け、何方が黒姫だか、アカ姫だかテント見当の取れぬお仕組だ。オツホヽヽヽ。お気の毒様乍ら、婆ア一人暮し、お茶一つ上げる訳には行かぬから、トツトと帰つて下され』 高姫は戸の節穴から一寸中を覗き、 高姫『日の暮れの事とて確実は分らぬがお前は婆アの仮声を使つて居るが男ぢやないか。チツと怪しいと思つて居た。白状せぬかい。日の出神の眼を晦ます事は出来やしないぞ』 駒彦ヤツパリ婆の仮声を出して、 駒彦『言霊は女で体は男だ。変性男子の根本の生粋の神国魂の御身魂だよ』 高姫『ヘンお前は元は馬公と云つた駒彦だらう。馬い事言つて私達を駒らさうと思つても、日の出神は……ヘン、そんな事では困りませぬワイ。グヅグヅ申さずに、サツサと開けなされ』 駒彦『アツハヽヽヽ、とうと日の出神に発見せられました。……叩けば開く門の口。叩いて分る俺の口。サツパリ化けが現はれたか。三千世界の大化物も薩張駄目だ』 と無駄口を叩き乍ら、ガラリと戸を押開け、駒彦は腰を屈め、揉み手をし乍ら女の声を使ひ、 駒彦『これはこれは三五教にて隠れなき御威勢の高き、変性男子の系統の高姫様、黒姫様、高山彦様の御一行、よくよくお訪ね下さいました、私は若彦の妻玉能姫と申す者、何時も何時も結構な御教訓を賜はりまして有難う御座ります。紀州に於て高姫様に夫婦対面の所を見付けられ、イヤモウ赤面を致しました。オツホヽヽヽ』 高姫『コレ駒彦さま、人を馬鹿にするのかい。大きな口を無理におチヨボ口にしたり、玉能姫の仮声を使つて何の態だ。婆になつたり、娘になつたり、此頃はチツとどうかしとりますな』 駒彦『ハイ、大にどうかしとります。何分三箇の玉は紛失致し、玉能姫に、折角御用を承はり乍ら、蛸の揚壺を喰はされ、此頃又五つの玉が聖地に這入つたとやら云ふ事、それで此駒彦も気が気でならず心配をして居ると、最前の様に黒姫とか云ふ婆アの霊が憑つたり、玉能姫の霊が憑つたり、時々刻々に声までが変ります。ハイハイ誠に面目次第も御座りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 と肩を揺る。黒姫は、 黒姫『お前さまは黒姫の霊が憑つたと仰有つたが、それは誰の事ですか。聞捨ならぬ今のお言葉…』 と鼻息を荒くする。 駒彦『駒彦の身魂は神が御用に使ふて居るから、イロイロの霊魂が憑るぞよ。駒彦が申しても駒彦が云ふのでないぞよ。口を借る計りであるぞよ。駒彦を恨めて下さるなよ。何事も神の仕組であるぞよ。駒彦は何にも知らず…ウンウン』 ドスン、バタンと飛びあがつて見せた。 黒姫『エー馬鹿にしなさるな。併し此館はお前一人かな』 駒彦『一人と言へば一人、大勢と言へばマア大勢だ』 黒姫『其大勢は何処に居るのだい』 駒彦『何を言うても神様の容器に造られた此肉体、天津神、国津神、八百万の神が出入り遊ばす駒彦の肉の宮、チヨコチヨコ日の出神もおいで遊ばすなり、竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ見えますぞよ。真の乙姫は此頃は駒彦の肉の宮に宿換を致したぞよ……と仰有つて結構な玉を見せて下さいますワイ。ここにも現に天火水地結の五つの玉が、ヤツパリ……ヤツパリぢやつた。マア言はぬが花ですかいな』 高姫得意顔になり、 高姫『それ、黒姫さま、高山彦さま、私の天眼通は違ひますまい。キツと生田の森に隠して有るに違ひないと言つたぢやありませぬか。東助館にグヅグヅして居ようものなら又後の祭になる所だつたが、斯う自分の口から白状した以上は、てつきり玉の所在は此館に間違ない。……サア駒彦、モウ叶はぬ。綺麗サツパリと其玉の所在を系統の肉体にお明かしなされ』 駒彦『玉の所在は竜宮島の諏訪の湖、玉依姫命さまが、モウ時節が到来したから、身魂の立派な守護神に渡したい渡したいと仰有るので、玉照姫様の御命令に依り、言依別神様から、東助さまや国依別さまに……お前受取りに往つて来んか……と云つて御命令が下つたさうです、私も御用に行きたいのだが怪体の悪い、留守番を命ぜられ、指を啣へて人の手柄を遠い所から傍観して居るのだ。本当に羨ましい事だワイな』 高姫『そりや又本当かい。モウ既に聖地へ納まつたと云ふぢやないか』 駒彦『何分、時間空間を超越した神界の御経綸だから、過去とも未来とも現在とも、サツパリ凡夫の我々にや分りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 高姫『どうやら奥の間に人の気配がする。煙草を吸うて居るのか、煙管で火鉢をポンポン喰はして居るぢやないか。松葉臭い薫がして来出した。誰が居るのだ、白状なされ』 駒彦『ハイ鼠が二三匹奥の間に暴れて居るのでせう』 高姫『それでも煙が出るぢやないか』 駒彦『鼠が煙草を吸うて居るのでせうかい』 高姫はスタスタと奥の間の襖を引き開けて飛びこみ、二人の姿を見て、 高姫『これはしたり、国依別、秋彦の両人、卑怯千万にも不在を使ひ、奥の間に姿を隠し、我々を邪魔者扱になさるのかーツ』 と言葉尻に力を入れ、角を立てて呶鳴りつけた。国依別は杢助流にグレンと仰向けにひつくり返り、手と足を上の方にニユウと伸ばし、 国依別『チユウチユウチユウ』 と鼠の鳴き声をして見せる。秋彦は亦グレンと転倒り、同じく手足を天井の方へニユウと伸ばし、 秋彦『クツクツキユツキユツキユツ』 と脇の下に笑ひを抑へて居る。高姫は、 高姫『何と云ふ不作法な事をなさるのだ。四足の真似をしたりして、本守護神が現はれたのだ。アヽ隠されぬものだ。身魂と云ふものは……日の出神の御威光に照らされて、此憐れな態、斯んな身魂を言依別の奴ハイカラが信用して居るのだから……本当に悲しくなつて来た。幹部の奴は色盲計りだから、人物を視る目が無いから困つたものだ。誠のものは排斥され、斯んな者が雪隠虫の高上りをするのだからなア』 国依別『チウチウチウ』 秋彦『クウクウクウ』 国依別『サツパリ………身魂がチウクウに迷うて居るワイの、ウツフヽヽヽ。キユツキユツキユツキユツ』 と体一面に笑ひを忍んで、波を打たせて居る。 高姫『コレコレ黒姫さま、高山彦さま、一寸来て御覧、大変な事が出来致しました。天が地となり、地が天となり、サツパリ身魂の性来が現はれて、足が上になつて歩く人間が現はれました。どうぞ皆さま、やつて来て天津祝詞を奏上し、元の人間になる様に拝んでやつて下さい。あゝ惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 と気の毒さうな顔して、一生懸命に祈願をこめて居る。 (大正一一・七・一二旧閏五・一八松村真澄録) |
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76 (1880) |
霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 18 玉の所在 | 第一八章玉の所在〔七六四〕 高姫の言葉に従ひ、黒姫、高山彦、アール、エースは一生懸命汗みどろに成つて、両人の身魂の救はれむ事を祈願し始めた。国依別、秋彦両人はムツクと起き上り手を組み、ドスンドスンと座敷の真中に床がぬける程、飛び上り揶揄ふ。 高姫『皆さま御覧なさい。日の出神の御神力と言ふものは偉いものでせう。あの通り生き乍ら畜生道に陥ち込み、足をピンと上にあげて、如何する事も出来ずに鼠の霊に憑られて……チユウチユウ、クウクウ……と泣いて居りましたが、日の出神の反魂力に依りて此通り元の様になりました。座敷中飛び上つて居つたのも、此の日の出神の御神力に恐れての事、サア皆さま、寄つて集つて四方八方から鎮魂攻めにあはせ、国依別等を霊媒として、誠の玉の所在を白状させようぢやありませぬか』 黒姫『そりや、至極結構でせう』 駒彦『もしもし、高姫さま、黒姫さま、何卒御心配下さいますな。彼奴ア、あんな事をして貴方等を揶揄つて居るのですよ。本当にして居ると馬鹿を見ますよ』 高姫『お黙りなさい。お前さま等に分つて堪りますか。此方には日の出神と竜宮の乙姫とが憑いて居ります。揶揄つて居るのか、本当か、邪霊が憑つて居るのか、そんな事が分らずに如何して神界の御用が出来ますか。お前さまのやうに、婆になつたり娘になつて誤魔化さうとしても、日の出神の此高姫が……ヘン……見れば直ぐ化が現はれる。お前さまはゴテゴテ言ふ資格はないから、其辺辺のペンペン草でも引きなさい。それが性に合うて居りますワイ、オホヽヽヽ』 駒彦『高姫さま、お前さまの仰有るのも一応御尤もだが、よく泳ぐ者はよく溺ると言ふ事がありますぜ。神懸りの道を知らぬ者は神懸り[※初版・三版・校定版では「神懸」、愛世版では「神憑」。]に騙される事は無いが、お前さまの様に神懸りに不徹底して居ると、却つてアフンと言ふ目に遭はされるか知れませぬよ。此処は例のアフン鉄道の終点、ビツクリ駅だからなア』 高姫『エー、八釜しいワイな。まア黙つて此生宮の審神を見て御座れ。今に此両人に口をきらして、お前達の一切の素性を素破抜かすから……。アーア、竜宮の一つ島から帰つて来る途中随分苦労をしたが、一つ試験の為め霊をかけて聞いて見よう』 と両手を組み、 高姫『大将軍様、十悪道様、地上大神様、地鎮荒神様、大黒主神様、鷹鳥神様、何卒々々此両人にお憑り下さいまして、玉の所在を一伍一什お示し下さいませ。天下国家の一大事、決して高姫や黒姫の私有物に致すのでは御座いませぬ。惟神霊幸倍坐世。一、二、三つ此玉が一時も早く出ます様に、一、二、三、四、五つの玉が又もや現はれたと言ふ事、それが真実ならば、今度こそは高姫、黒姫、高山彦の三人にお渡し下さい。一、二、三、四、五つの玉が早く発見致しまするやう……六、七、八、九、十、百、千、万、仮令何処の果に隠しあるとも、大神様の御眼力を以て御発見遊ばし、此肉体の口を借つて直接に御示し下さいませ』 とウーンウーンと霊を送る。国依別は組んだ手を頭上高くさし上げ、弓の様に反り身になつて、 国依別『ウヽヽヽ運命の綱に引かれて、竜宮の一つ島まで彷徨ひ歩く汝の心の可憐しさ、オホヽヽヽおれは……俺は、俺は、俺は、俺は、フヽヽヽ再度山の大天狗であるぞよ。高山彦や黒姫の心事を憐み、聖地の神には済まぬなれども、玉の所在を知らして遣はす。それに就いては意地くねの悪い高姫が、此処に居つては絶対に言ふ事は出来ぬぞよ』 高姫『再度山の大天狗、そりやチツと量見が違ひはしませぬか。高山彦や黒姫に知らして此高姫に知らさぬと言ふのは、そりや又如何言ふ理由ぢや。それを聞かして下され』 国依別『それは…それは…それは我眷族の小天狗が、秋彦の肉体に憑つて居るから、それに聞いたが宜からうぞ。俺はもう引き取るぞよ』 高姫『引き取ると言うても此事解決をつける迄、霊縛を加へて引き取らせませぬぞ。サア高姫に言はれぬと云ふ其理由から判然と聞かして貰ひませう』 国依別『日の出神は世界中見え透く神ぢやから、玉の所在は大天狗が知らさずともよく御存じの筈だ。申上ぐるも畏し、釈迦に説教を致す様なものだ。高姫に対し玉の所在を明かさぬのは、畢竟敬意を払つて、日の出神の御神力を輝かさむと思ふ大天狗の真心で御座る』 高姫『御心遣ひは御無用に成されませ。さあチヤツと日の出神様の様な尊い神に御苦労をかけるのも畏れ多い、お前さま、知つてるのなら小さい声でソツと言つて下さい。黒姫や高山彦は、言はばお添物だから如何でも宜しいのだ』 と耳の端に口を持つて行き、小さい声で囁く。国依別は故意と大きな声で、 国依別『それは高姫、一寸量見が違ひは致さぬか、今耳の端で……高姫さへ玉を手に入れたら宜い、高山彦や黒姫などは添物だ、如何でもいい……と囁いたであらうがな。そんな二心で黒姫、高山彦を扱つて居るのか。ヤイ、高山彦、黒姫、よう今迄高姫に馬鹿にしられよつたな。もう神懸りは嫌になつた。俺は斯う見えて居つてもチツとも霊は懸つては居らぬぞ。国依別は肉体で申して居るぞよ。それに間違ひは無いぞよ。よく審神して下されよ』 高姫『悪神と言ふものはよく嘘言をつくものだ。コラ大天狗、其手は喰はぬぞ。国依別の肉体が言うた等と巧く逃げ様と思つても、いつかないつかな此日の出神が睨んだ以上は逃がしはせぬ。サア綺麗サツパリと、高姫、黒姫、高山彦の三人の前で玉の所在を白状致すが宜からう』 国依別『三つの玉の所在を知らせませうか、但し五つの玉の所在からお知らせ致しませうか』 高姫『何卒三つの玉の所在は申すも更なり、五つの玉の所在も一緒に仰有つて下さい。さうすれば再度山に立派なお宮を建て、其上大天狗の遊ぶ公園を造つて上げますから……何卒仰有つて下さい』 国依別『そんなら是非に及ばず、知らしてやらう。三つの玉は二三日中に聖地へ八咫烏に乗つて来るぞよ。一つの玉は玉治別、も一つは玉能姫、も一つはお玉の方、これが三つの生魂であるぞよ。又も玉照彦、玉照姫を合せて五つの御魂となるぞよ。アハヽヽヽ』 高姫『エー、合点の悪い。それは人間の名ぢやないか。本当の宝玉は何処にあるのだ、それを言ひなさい』 国依別『実の処は此国依別も、秋彦、駒彦も聖地へ行き度いのが胸一杯なれど、折あしく其方等がやつて来たものだから行くに行かれず、迷惑致して居るぞよ。それに就いて玉の所在は此処ぞと嘘言を言ひ、高山彦の一行を或地点へ玉探しにやつて置き、其ままコツソリと三人が聖地に行つて秘密の神業に参加する積りであつたが……アヽ如何したら宜いかなア』 高姫『それ見たか、矢張り国依別では無い。大天狗の神懸りだ。国依別が如何して自分の秘密を自分の口で言ふものか。これ大天狗、そんな嘘言云うた処で此高姫は承知しませぬぞ。早く玉の所在を知らして下さい。大天狗なら何でも知つてる筈だ』 国依別『そんなら玉の所在を詐つて騙してやらうか。間違つても決して国依別の肉体に対して不足は申さぬか』 高姫『決して不足は申さぬ。嘘言から出た誠、誠から出た嘘言と言ふ事がある。嘘実不二表裏一体だ。何でも宜いから言つて下さい。物も研究だ。オーストラリヤ三界まで調べに行つて来た熱心な我々一同、仮令一日二日遅れても構ふものか、なるべく本当の事を嘘言らしく言ふのだよ』 国依別『本当の嘘言の事を本真らしく申してやらう。神の奥には奥があり、其又奥には奥があるぞよ』 高姫『エーそんな事は妾の言ふ事だ。奥の奥の其奥は羽織の紐ぢやないがチヤンと胸にある。サア言つて下さい』 国依別『オヽヽヽ俺は、俺は大天狗の事であるから、言依別命の為さる事はチツとも分らぬぞよ。実の処は知らぬと申すより外は無いぞよ』 高姫『エー、意茶つかさずに置いて下され。あた辛気臭い、早く言ふのだよ。何時までも人を暇さうに焦慮らすものだない。時機切迫の今日の神界、仮令一分間でも空に光陰を費やす事は出来ませぬ』 国依別『此大天狗が知らぬと言うたら何処迄も、シヽ知らぬぞよ。ウフヽヽヽ』 黒姫『もしもし高姫さま、此奴ア駄目ですよ。あんまり玉々と言つて玉に魂を抜かして居るものだから、大天狗の鼻高が我々を嬲るのですから、よい加減になつて置きなさいませ』 高姫『これ黒姫さま、そりや何を仰有る。掃溜の中にも金玉が隠される事がある。斯う言ふ低い神に聞いた方が却て都合が好いのだ。少し腹のある神は中々秘密は申さぬが、斯う言ふ低い神は責めて責めて責め倒すとツイ白状するものだ。お前さまも来てチツト鎮魂攻めを手伝つて下さい。何処までも責めて、白状させねば措きませぬぞえ』 国依別『アーア、悪戯が本当になつて来た。二進も三進も方法がつかぬワイ、……もし高姫さま、何も憑つては居りませぬ。国依別が出放題を申したのですから、何卒神直日大直日に見直し聞直し、一座の興だと思つて諦めて下さい』 高姫は首を振りウンと息をかけ、 高姫『一座のけふも明日もあつたものかい。何処までも調べて調べて、調べ上げねば措きませぬぞ。仮令百日かかつても千日かかつても白状させねば措くものか、サア大天狗、もう好い加減に白状したら如何だい』 国依別『アヽ困つたな。実の処は早く聖地に行かねば、言依別神様にお目玉を頂戴するのだ。然し高姫と一緒に帰つては困るなり、実際は嘘言だから何処に玉が隠してあるか、そんな事が分るものか。国依別の肉体に間違ひないから、何卒疑ひを晴らして下さい』 高姫はキツとなり、 高姫『こりや、再度山の大天狗奴、何と言つても白状させねば措くものか』 と又もや汗をたらたら流し、『ウンウン』と霊を送る。側に目を塞ぎ手を組んで坐つて居た秋彦の方は根つから、相手になつて呉れぬので、 秋彦『アーア、偽神懸りも辛いものだ。誰も相手になつて呉れない。本当に玉なしだ。アヽもう廃めとこかい』 高姫『これ、小天狗、巧い事化けやがるな。何と言つても肉体ぢや無い。サアお前はチツとでよいから何方の方面だと言ふ事位は知らして呉れ。さうしたら公園を拵へお宮を建てて祀つてやる』 秋彦『公園も何も要りませぬ。あゝ足が痛くなつて来た』 と立ち上らうとする。 高姫『これ黒姫さま、高山彦さま。秋彦の両方の手をグツと握つて下さい。小天狗の奴、何処へ肉体を連れて行くか分りませぬぞ。白状させる迄は此肉体を外にやる事は絶対になりませぬぞ』 国依別『そんなら、エー、白状致します。再度山の大天狗に間違ひはありませぬ。又此秋彦の肉体に憑つて居るのは私の眷族小天狗です。何卒しつかり手足を掴まへて立つて去なぬ様にして下さい』 秋彦『これこれ国依別さま、殺生な事を言はないで下さい。足が痛んで仕方がありませぬ。お前さまがするから真似したのが病付きだ。……もしもし御両人様、どうぞ手を放して下さい。お前さまも肉体か神懸りか分らぬ事はあるまい。本当によく調べて下さい』 黒姫『何と仰有つても小天狗は小天狗だ。国依別は平常から鼻が高いから大天狗が憑るのは当然だ。お前も鼻高だから身魂相応の小天狗が憑るのだ。巧い事肉体に化けてもあきませぬぞよ』 国依別『アハヽヽヽ、暁没漢ほど困つたものは無いワイ。そんなら偽の神懸りで、大天狗が高姫に玉の所在のスカタンを知らして上げようかい。其代りに知らしてやつたら此処を立ち退くだらうなア』 高姫『何処迄もお前を引張つて行つて神懸りをさせて玉を探させ、土の中でも何尺下と言ふ事を透視さすのだから、玉が出る迄放しませぬぞえ』 国依別『こいつは困つたなア。俺も自分乍ら肉体だか神懸りだか分らぬ様になつて仕舞つた』 高姫『それ見なさい。何処だかハツキリと白状しなさい、事と品とに依つたら此場で開放してやるかも知れませぬ』 国依別『別に開放して貰はなくてもよい。霊縛されたのでも無し、自由自在に行き度い処に行けるのだが、一つ困るのはお前さまが跟いてくる事だ。跟いて来さへせねば国依別は国依別としての御用が勤まるのだ。二三日遅れて聖地へ帰るなら帰つて下さい。それ迄にチヤンと秘密の相談をして、お前さま達にアフンとさせる仕組をさせねばならぬからなア』 高姫『何と言つても国依別が其んな自分の不利益な事を喋るものか。再度山の大天狗に間違はあるまいがな』 と後程大きな声で呶鳴りつける。 国依別『そんなら三つの玉の所在を一人々々一ケ所づつ申し上げるから、互に秘密を守つて下さい。三人が三人乍ら分らない様にするといふお約束になれば、実際の事を大天狗が申し上げませう。実の処は言依別命様が明日の朝早く掘り出しに御出になり、又外へお隠し遊ばすのだから、玉を手に入れるのなら今の内ですよ』 高姫、首を縦に三つ四つ振り乍ら、 高姫『あ、さうだらうさうだらう、そんなら高山彦さま、黒姫さま、妾は如意宝珠の玉の所在を聞きますから、貴方達は彼方へ行つて下さい。順番が廻つて来たら知らせますから……』 黒姫『エー、仕方が無い。そんなら順番が来る迄待つて居ませう』 と次の間に下がる。 国依別『此家を遠く離れて森の中まで行つて下さい。さうでないとお前さまの副守護神が立聞きすると困るから……』 黒姫『ハーイハーイ』 と長い返事をし乍ら黒姫は出でて行く。 高姫『さア御註文通り誰も居りませぬ。チヤツと仰有つて下さいませ』 国依別『金剛不壊の御玉は、杢助の娘、初稚姫、言依別の手より受取り給ひ、近江の国の竹生島の社殿の下に三角石を標として匿し置かれたぞよ。その方は只今より黒姫に姿を隠して、一時も早く竹生島に向つて玉取りに行くが宜からう。愚図々々致して居ると言依別の使者に先に掘出されて仕舞ふぞよ』 高姫『何でも妾の霊眼に映じたのは島ぢやと思うて居た。お礼は後で申し上げる。又国依別の肉体も良い御用をしたのだから、肉体に対しても後で御礼を申すから……』 と欣々と杢助館の裏口より駆出して仕舞つた。 国依別『オイ秋彦、駒彦、如何だ。俺の狂言は余り巧くやり過ぎて、本当の大天狗にしられて仕舞つたぢやないか。アハヽヽヽ』 秋彦『然し国依別さま、本当に金剛不壊の玉は竹生島に隠してあるのですか。俺は初めて聞きましたよ』 国依別『大きな声で言ふな。疑ひ深い高姫がソツと俺達の話を立聞きしてるか知れぬぞ……オイ、駒彦、家の周囲を見て来い』 駒彦『イヽエ、高姫は雲を霞と走つて行きましたよ』 国依別『サア、之から此大天狗が黒姫、高山彦を何とか撒かねばならぬ。今度は何処に隠したと言はうかな。エー、よしよし、其時の塩梅ぢや、……オイ駒彦、黒姫さま唯一人来いと言うて呼んで来い』 駒彦『承知しました』 と尻引からげ、森の中に控へて居る黒姫を迎へて来た。黒姫はイソイソとして足も地に着かず此場に現はれた。 国依別『今改めて大天狗より黒姫に黄金の玉の所在を知らしてやらう。高姫は既に宝の所在を教へられ掘出しに出立致したぞよ。サア秋彦、駒彦、其方は門外へ出て仕舞へ、秘密が洩れると大変だから……』 二人は笑ひ乍ら門口へ飛び出す。 国依別『再度山の大天狗が今改めて黒姫に黄金の玉の所在を知らしてやる程に、仮令高山彦になりとも口外せぬと言ふ事を誓ふか、如何だ』 黒姫『ハイ、決して秘密は漏らしませぬ』 国依別『そんなら確に聞け。近江の国は琵琶の湖、竹生島の弁天の祠の下に、三角形の石を標として三尺下に黄金の玉は隠されてあるぞよ。早く参らぬと言依別の使の者が掘出して、後でアフンとせねばならぬぞよ。一時も早く行つたが宜からう』 黒姫『それはそれは、有難い貴方のお示し、そんなら之から参ります』 と裏口より夜叉の如く尻引からげ、雲を霞と駆け出しぬ。続いて高山彦も此処に招かれて又もや国依別の居間に入り来る。 国依別『ヤア其方は高山彦で御座つたか。今大天狗が知つた丈の事を教へて遣はす。高姫には金剛不壊の如意宝珠の玉の所在を示し、黒姫には黄金の玉の所在を知らした処、両人は時おくれては一大事と、玉の隠し場所へ走つて行つたぞ。紫の玉の所在は瑞の御魂の佩かせ給ふ十握の剣より現はれ出でたる、三女神の鎮まり給ふ近江の国は竹生島、弁天の祠の下に、三角形の石を乗せて三尺ばかり底の方へ隠してあるぞよ。一時も早く取りに行かぬと聖地より掘出しに行くぞよ。如何ぢや、ありがたいか』 高山彦『ハイ、有難う。三人共願望成就、御礼は後から、ゆつくり……左様なら……大天狗様、之にてお別れ致します』 国依別『汝は裏口より走つて行け。さうしてアール、エースの二人を伴ひ、刻を移さず走つて行くが宜いぞよ』 高山彦『何から何まで御注意下さいまして有難う御座います。御礼は後より……』 と言ひ捨てて、長いコンパスを大股に踏張り乍ら地響き打たせて、ドスンドスンと床を鳴らして進み行く。国依別は後見送つて、 国依別『アハヽヽヽ、三五の神の道にはチツとも嘘言は申されぬのだが、アア責められちや仕方がない。玉はなくても弁天様へ参拝して結構な悟を開き、玉以上の御神徳を頂くと思つて、竹生島詣りをさしてやつたのだ。知らず知らずに瑞の御魂に頭を下げさすと言ふ俺の仕組だ、何と妙案だらう』 秋彦『其奴ア上出来だつた。然し駒彦さま、お前しつかり留守して居て呉れ。愚図々々して居ると初稚姫様や玉能姫様が聖地へお帰り遊ばした後になつては大変だから、俺達二人は之から聖地へ参拝するから……あと宜しく頼むよ』 駒彦『ヨシ、承知した。サア早く行つたが宜からう。東助さまも、モウ今頃は聖地へ安着されてる時分だ。お前達両人の帰るのを首を長うして待つて居られるだらう。サア後は俺が引受けるから、心配せずに早く足の用意に掛つて呉れ』 国依別、秋彦は急ぎ旅装を整へ、館を後に聖地を指して進み行く。 (大正一一・七・一二旧閏五・一八北村隆光録) |
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77 (1881) |
霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 19 竹生島 | 第一九章竹生島〔七六五〕 駒彦『金剛不壊の如意宝珠黄金の玉や紫の 珍の宝に魂を抜かれて胸もどきどきと 浪高姫や黒姫が高山彦と諸共に 高山低山野の末や河の中迄村胆の 心を配り気を配り探して見れど影さへも 見えぬみたまの苦しさに又も竜宮を後にして 現界幽界の瀬戸の海命を的に淡路島 洲本の郷に名も高き東助館に立ち向ひ 虻蜂取らずの問答にやつさもつさと時移し 争ふ折しも女房のお百合の方にうまうまと 揺り落されて荒浪の打ち寄せ来る汀より 又もや船を操りて再度山のふもとなる 生田の森に着きにける高姫黒姫始めとし 高山彦は黒ン坊のアール、エースを随へて 教の館に来て見れば夕陽西に傾きて 烏の声も悲しげに塒求むる宵の口 門に佇み戸を叩きモウシモウシと訪へば 中より聞ゆる婆の声訝かしさよと高姫は 戸の隙間より打ち覗き老婆の声の持主は 的切男と判明しお前の声は駒彦か 馬鹿にするのも程がある早く開けと打ち叩く 是非に及ばず駒彦は中よりガラリと戸を開けて 俄に作るおチヨボ口揉手しながら腰屈め 優しき女の作り声高姫さまや御一同 ようまアお越し下さつたサアサアお入りなされませ 私の体は駒彦ぢや俄に体が変になり 慄ひ出したる折もあれ黒姫さまの霊が来て 重い体を自由自在婆さまの声を出しました 続いて憑つた玉能姫以前に変る淑やかな 惚れ惚れするよな涼し声我と我が手に惚ました 高姫司は横柄に然らば御免と云ひ捨てて 高山彦や黒姫を伴ひ一間に座を占める 国依別や秋彦はこりや耐らぬと奥の間へ 一時逃れに身を隠し火鉢を前に長煙管 松葉の粉煙草吸ひながらカンと叩いた煙管の音に 高姫一行耳を立てつかつか奥へ進み入る こりや大変と両人は杢助司の真似をして ごろりと転けて足を上げチウチウクウクウキウキウと 天井の鼠の真似をする此処へ高姫やつて来て ほんに可愛や両人は霊肉共に四足に なつて仕舞うたか神様にお詫申して助けむと 日の出神の生宮が竜宮の乙姫諸共に ウンとばかりに霊をかけ天津祝詞を宣りつれば 国依別は起き上り坐つた儘の神懸り ドスンドスンと飛び上り座敷の中にて餅を搗く 鹿公迄が同じよに猿の人真似飛び上り 餅と団子を搗き交ぜて高姫司を相手取り 手持無沙汰な顔をして団子理窟を捏ね廻し 嘘から生れた大天狗たうとう真実の鼻高に しられて仕舞ひ両人は引くに引かれぬ当惑の 締木にかかつた可笑しさよ駒彦様子を窺へば 真面目な顔で高姫や高山彦や黒姫が 押問答のいがみ合ひ吹き出す許り思はれて 臍茶を沸す苦しさに外の景色を眺めやり 可笑しさ紜らす窓の口セツパ詰つた国依別は たうとう天狗になり済まし高姫司をチヨロまかし 近江の国の竹生島瑞の御魂の聖場へ 高山彦も黒姫もやつて仕舞うた御手際に 駒彦胸を撫で下し生田の森の留守番を 仰せつけられました故確り後を守ります 国依別や秋彦の三五教の宣伝使 何卒御無事でお達者で綾の高天に恙なく 早く安着遊ばせよ孰れ高姫一行は 綾の聖地に帰りませうその時こそは国依別と 高姫さまの争の立派な花が咲くであろ 今から思ひやられますあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして国依別や秋彦に 敗北を取らして下さるな三五教の大神の 宇都の御前に駒彦が心を正し身を正し 慎み敬ひ願ぎまつる』 と別れの祝歌を歌つて両人が聖地へ参向の首途を見送るのであつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・一二旧閏五・一八加藤明子録) |
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78 (1894) |
霊界物語 | 26_丑_麻邇宝珠が錦の宮に奉納 | 09 生言霊 | 第九章生言霊〔七七四〕 言依別命は立上り金扇を開いて自ら舞ひ自ら歌ひ給うた。 言依別命『此世を造り固めたる国治立大神と 御水火を合せ永久に世界を守り給ひたる 豊国姫の御分霊助け幸はひ生かすてふ 言霊別の天使醜の猛びに是非もなく 根底の国に潜みまし少彦名と現はれて 常世の国の天地を守り給ひし勇ましさ 言霊別の御分霊皇大神の御言もて 再び此世に出現し三五教の神司 言依別神となり天地の神の御教を 神のまにまに伝へ行く四尾の山に隠れます 国武彦の御言もて錦の宮に仕へます 玉照彦や玉照の姫の命と諸共に 五六七神政の礎を朝な夕なに村肝の 心を配り身を尽し金剛不壊の如意宝珠 黄金の玉や紫の珍の神宝を永久に 神のまにまに埋め置き三千世界の梅の花 一度に開く折を待つ時しもあれや素盞嗚の 瑞の御魂の大御神黄金の島の秘密郷 金波ひらめく諏訪の湖玉依姫の常久に 守り給ひし麻邇の珠いよいよここに現はれて 五づの御魂の功績はますます高く輝きぬ 三と五との玉の道三五の月の御教は 二度目の天の岩屋戸を完全に委細に押開き 常世の闇を打晴らし天にます神八百万 地にます神八百万百の人草草も木も 禽獣や虫族の生命のはしに至る迄 洩らさず残さず救ひ上げ上下歓ぎて睦び合ふ 誠の神世を建て給ふ珍の礎定まりぬ あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ。 ○ 神素盞嗚大神が宣らせ給ひし大神勅 唯一言も洩らさじと耳をそばだて言依別の 瑞の命は只管に今日を境と改めて 世人を安きに救うため千座の置戸を背に負ひ 仁慈無限の大神の尊き御心に神習ひ 仕へ奉らむ瑞御魂神素盞嗚大御神 国武彦の御前に慎み敬ひ真心を 尽して誓ひ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 皇大神に誓ひたるわが言霊は永久に 五六七の世迄も変らまじあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ』 と自ら固き決心を歌ひ了つて悄然として座に帰つた。今後の言依別命の犠牲的活動は果して如何に発展するであらうか。 神素盞嗚大神は秋山館の奥の間に隠れ給ひしより、何れへ出でませしか、その消息を知るものは一人もなかつた。 国武彦命はその場に白煙となつて消え給ひ、四尾の山の奥深く神政成就の暁を待たせ給ふ事になつた。 茲に言依別命は梅子姫、五十子姫その他の一同と共に、神宝を由良の港の川口より美はしき神輿の中に納め、金銀を以て鏤めたる御船に安置し、金銀の真帆に秋風を孕ませ、由良川を遡りて聖地に勇ましく、船中歌ひ舞ひ、いろいろの音楽を奏しながら帰り給ふ事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・一八旧閏五・二四外山豊二録) |
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79 (1911) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 04 教主殿 | 第四章教主殿〔七八六〕 松の老木、梅林楓の紅葉、百日紅 木斛、木犀、樅、多羅樹や緑紅こきまぜて 幽邃閑雅の神苑地魚鱗の波を湛へたる 金竜池に影映す言霊閣は雲表に 聳りて下界を睥睨し神威は四方に赫々と 轟き亘る三五の神の教の教主殿 八咫の広間に寄り集ふ梅子の姫を始めとし 神の大道に朝夕にいそしみ仕ふる五十子姫 闇をはらして英子姫万代寿ぐ亀彦や 五十鈴の滝の音彦や心も光る玉能姫 玉治別を始めとし初稚姫や杢助は 言依別と諸共に奥の広間に座を占めて 玉依姫の賜ひたる麻邇の宝珠の処置につき 互に協議を凝らし居る時しもあれや玄関に 現はれ来る三人連れ御免々々と訪へば 玉治別は出迎へ一目見るより慇懃に 笑顔を作り腰屈め高姫さまか黒姫か 高山彦の神司ようこそお入来下さつた 言依別の神司其他数多のお歴々 今朝からひどう御待兼ねサアサア御通りなさいませ 高姫軽く会釈してそれは皆さまお待兼ね 奥へ案内願ひませう黒姫さまや高山彦の 神の司のお二方サアサア共に参りませう 黒姫夫婦は黙々とものをも言はず足摺りし 静々あとに従うて奥の間さして進み入る。 高姫『ヤア是は是は言依別様を始め、英子姫様其他のお歴々様方の御前も憚らず、賤しき高姫、恐れ気もなく御伺ひ致しまして、さぞ御居間を汚すことで御座いませう。何事も神直日大直日に広き御心に見直し聞直しまして、此老骨をお咎めなく可愛がつて下さいませ』 一同は一時に手をついて、礼を施した。 言依別『高姫様、そこは端近、ここにあなた方お三人様のお席が拵へて御座います。どうぞこちらへお坐り下さいませ』 高姫『何分にも身魂の研けぬ、偽日の出神の生宮や、体主霊従の身魂計りで御座いまするから、そんな正座につきますのは畏れ多う御座います。庭の隅つこで結構で御座いますが、御言葉に甘えて、お歴々様の末席を汚さして頂くことになりました。どうぞ左様な御心配は下さいますな』 玉能姫『高姫様、さういふ御遠慮には及びますまい。教主様の御言葉、どうぞお三人様共快くお坐り下さいませ』 高姫『コレお節、御歴々様の中も憚らず、何をツベコベと……女のかしましい……口出しなさるのだ。チツと御慎み遊ばせ。もう少し神様の感化に依りて淑女におなりなさつたかと思へば、ヤツパリお里は争はれぬもの、平助やお楢の娘のお節丈あつて、名は立派な玉能姫さまでも、ヤツパリ落付きがないので、かういふ時には醜態もない。高姫がかう申すと、猜疑心か、意地悪かの様に思ふでせうが、決して私はそんな心は毛頭も持ちませぬ。お前さまの身魂を立派なものに研き上げて、神業に参加なさつた手前、恥しくない様に、終始一貫した神司にして上げたい計り、お気に障る様なことを申しますワイ。必ず必ず三五教の教は、悪意に取つてはなりませぬぞ。序に初稚姫にも云うておきますが、お前もチツとは我慢が強い。何程杢が総務ぢやと云つて、親を笠に被り年端も行かぬ癖に肩で風を切り、横柄面を曝してはなりませぬぞ。金剛不壊の如意宝珠を何々したと思つて慢心すると、又後戻りを致さねばなりませぬから、慈母の愛を以て行末永きお前さまに注意を与へます』 玉能姫『ハイ何から何まで御心をこめられし御教訓、猜疑心などは少しも持ちませぬ。此上、何事も万事足らはぬ玉能姫、御指導を御願ひ致します』 高姫『お前さまはそれだから可かぬのだ。ヘン、言依別の教主さまから、紫の玉の御用を仰せつけられ、何々へ何々したと思つて、鼻にかけ、玉能姫なんて、傲慢不遜にも程があるぢやありませぬか。そんな保護色は綺麗サツパリと払拭し去り、何故お節と仰有らぬのだ。かう申すと又お前さまは平助でもない、お楢でもない様な、お節介ぢやと御立腹なさるだらうが、人は謙遜と云ふ事が肝腎ですよ。今後はキツと玉能姫なぞと大それた事は御遠慮なさつたがよからう。何から何まで、酢につけ味噌につけ、八当りに当つて根性悪を高姫さまがなさるなぞと思つちや大間違ですよ。……これお節さま、わたしの申すことに点の打ち所がありますかなア』 玉能姫『ハイ、実に聖者のお言葉、名論卓説、玉能姫……エー否々お節、誠に感服仕りました。其剛情……イエイエ御意見には少しも仇は御座いませぬ、併し乍ら個人としてはお節でも、お尻でも少しも構ひませぬが、神様の御用を致します時は、教主様から賜はつた玉能姫の職掌に奉仕せねばなりませぬから、公の席に於ては、どうぞ玉能姫と申すことをお許し下さいませ』 高姫『女と云ふ者はさう表に立つて、堂々と神業に参加するものではありませぬ。オツトドツコイ……それはエー、ある人の言ふ事、私とても女宣伝使、女でなくちや、天の岩戸の初から夜の明けぬ国、言依別の教主様もヤツパリ女に……綺麗な女の言葉は受取易いと見えますワイ。オツホヽヽヽ、もう斯う皺が寄つて醜うなると、到底若い教主様のお気に入らないのは尤もで御座います。こんなことを申すと、又高姫鉄道の脱線だと仰有るかも知れませぬが、決して脱線でも転覆でも御座いませぬぞ。皆日の出神さまが私の口を借つての御託宣、冷静に聞き流されては高姫聊か迷惑を致します。お節計りでない、お初も其通り、初稚姫なぞと大それたことを言つちやなりませぬぞ。本末自他公私を明かにせなならぬお道、神第一、人事第二ぢやありませぬか。私は系統の身魂、四魂の中の一人、日の出神の生宮、言依別さまが何程偉くても人間さまぢや。人間の言ふことを聞いて、此生神の言葉を冷やかな耳で聞き流すとは、主客転倒、天地転覆も甚しいと云はねばなりませぬぞえ。……コレ田吾作、お前も余程偉者になつたなア。竜宮の一つ島へ行つて、玉依姫様に玉を頂き乍ら、スレツからしの黄竜姫に渡したぢやないか。ヤツパリ田吾作はどこ迄も田吾作ぢや、どこともなく目尻が下つて居る。何程顔が美しくても……其声で蜴喰ふか時鳥……、心の奥の奥まで、なぜ見抜きなさらぬ。そんな黄竜姫の様な若い方に渡すのならば、なぜスツと持つて帰つて、立派な生宮にお渡しせぬのぢやい。お節だつて、お初だつて、皆量見が間違つて居るぢやないか。あんまり甚しい矛盾で、開いた口が塞がりませぬワイな。……コレコレ英子姫さま、梅子姫さま、五十子姫さま、お前さまは変性女子の系統、天の岩戸を閉めた身魂の血筋だから、よほど遠慮をなさらぬと可けませぬぞえ。人がチヤホヤ言うと、つい好い気になるものだ。何程立派な賢い人間でも、悪くいはれるのは気の好くないもの、寄つてかかつて持上げられると、つい好い気になり、馬鹿にしられますぞえ。表で持上げておいて、蔭でソツと舌を出す世の中で御座いますからな』 英子姫『ハイ、有難う御座います。御懇切な御注意、今後の神界に奉仕する上に於ても、あなたのお言葉は私の為には貴重なる羅針盤で御座います。併し乍ら面従腹背的の人間は、此質朴なる今の時代には御座いますまい。善は善、悪は悪とハツキリ区劃が立つて居りまする。左様な瓢鯰的の行動をとる人間は、三十万年未来の二十世紀とか云ふ世の中に行はれる人間同志の腹の中でせう』 高姫『過去現在未来一貫の真理、そんな好い気な事を思つて居らつしやるから、無調法が出来ますのだ。エ、併し大した……あなた方に不調法は出来て居らないから、先づ安心だが、併し三五教は肝腎要の日の出神の生宮は誰、竜宮の乙姫即ち玉依姫の生宮は誰だと云ふ事が分らなければ、どこまでも御神業は成就致しませぬぞ。それが分らねば駄目ですから、今後は私の云ふ事を聞きますかな』 玉治別『モシ英子姫様、決して何事も高姫さまが系統だと云つて、一々迎合盲従は出来ませぬぞ。婆心乍ら一寸一言申上げておきます』 英子姫『ハイ有難う御座います』 高姫『コレ田吾、お前の出る幕とは違ひますぞ。日の出神が命令する。此場を速に退席なされ』 玉治別『ここは言依別様の御館、御主人側より退席せよと仰せになる迄は、一寸も動きませぬ。我々は神様の因縁はチツとも存じませぬ。只言依別の教主に盲従否明従して居るのですから、御気の毒乍ら貴女の要求には応じかねます。何分頻々として註文が殺到して居る、今が日の出の店で御座いますから、アハヽヽヽ』 高姫『コレ黒姫さま、高山彦さま、お前さまは借つて来た狆の様に、何を怖ぢ怖ぢしてるのだ。日頃の鬱憤………イヤイヤ蘊蓄を吐露して、お前さまの真心を皆さまの前に披瀝し、諒解を得ておかねば今後の目的……否神業が完全に勤まりますまい』 黒姫『あまり貴女の……とつかけ引つかけ、流暢な御弁舌で、私が一言半句も申上げる余地がなかつたので御座います』 高姫『アヽさうだつたか、オホヽヽヽ。余り話に実が入つて気がつきませなんだ。そんなら黒姫さま、発言権を貴女にお渡し致します』 黒姫『ハイ有難う御座います。私としては別にこれと云ふ意見も御座いませぬが、只皆様に御了解を願つておきたいのは、竜宮の乙姫様即ち玉依姫様の肉のお宮は、黒姫だと云ふことを心の底より御了解願ひたいので御座います』 杢助『アハヽヽヽ』 黒姫『コレ杢さま、何が可笑しいのですか。チト失敬ぢやありませぬか』 と舌鋒を向けかける。 杢助『黙して語らず……杢助の今日の態度、さぞ貴女にも飽き足らないでせう。杢助は総務として、責任の地位に立つて居る以上、成行きを見た上で、何とか申上げませう』 黒姫『コレ玉治別さま、玉能姫さま、一番お偉い初稚姫さま、お前さまはあの玉を誰に貰つたと思うて居ますか』 初稚姫『ハイ、竜の宮居の玉依姫様から……』 玉能姫『竜宮の乙姫さまから………』 黒姫『そらさうに違ひありますまい。そんなら私を何とお考へですか』 初稚姫『あなたは怖いお婆アさまの黒姫さまだと思ひます。違ひますかな』 玉能姫『竜宮の乙姫様の生宮だと聞いて居りまする』 黒姫『さうか、お前さまはヤツパリ年とつとる丈で、どこともなしに確りして居る。併し乍ら聞いた計りで、信じなければ何にもなりませぬぞ。信じて居られますか、居られませぬか、それが根本問題です』 玉能姫『ハイ、帝国憲法第二十八条に依つて、信仰の自由を許されて居りますから、信ずるも信じないも、私の心の中にあるのですから……』 黒姫『成るべくはハツキリと言つて貰ひたいものですな』 玉能姫『ハツキリ言はない方が花でせう。……ナア初稚姫さま、あなた如何思ひますか』 初稚姫『私は黒姫さまを厚く信じます。併し乙姫様の生宮問題に就ては不明だと信ずるのです』 黒姫『誰も彼も歯切れのせぬ御答弁だな。女童の分る所でない、神界の御経綸、どんな人にどんな御用がさせてあるか分らぬぞよ……とお筆に出て居ります。マアそこまで分れば結構だ。……コレコレ玉治別さま、お前さまの御意見はどうだな』 玉治別『私の御意見ですか。私の御意見はヤツパリ御意見ですな。灰吹から蛇が出たと申さうか、藪から棒と申さうか、何が何だかテンと要領を得ませぬワイ』 黒姫『さうだろさうだろ、分らな分らぬでよい。分つてたまる事か。広大無辺の神界のお仕組を、田吾作さま上りでは分らぬのが本当だ。これから私が神界の事を噛んで啣める様に教へて上げるから、チツと勉強なされ』 玉治別『お前さまに教へて貰ひますと、竹生島の弁天の床下に隠してある三つの宝玉が出て来ますかな。私も其所在さへつきとめたら、竜宮の乙姫の生宮だと云つて、羽振を利かすのだけれどなア。序に日の出神にも成り澄すのだが、……黒姫さま教へて下さいますか』 高姫『コレコレ黒、黒、黒姫さま、タヽ田吾に相手になんなさんな。……コレ田吾さま、お前さまは我々を嘲弄するのですか』 玉治別『滅相もない、神様から御神徳をタマハルワケを聞かして下さいと言つて居るのですよ。何分私の身魂が黒姫で、慢心が強うて、鼻が高姫で、おまけに頭が高うて、福禄寿の様に延長し、神界の御用だと思つて一生懸命になつてお邪魔を致して居りまする田吾作で御座いますから、どうぞ宜しく執着心の取れますよう、慢心の鼻が折れますやう、守り玉へ幸ひ玉へ、アヽ惟神霊幸倍坐世』 高姫『ヘン仰有るワイ。黒姫さま、高山彦さま、サア帰りませう。アタ阿呆らしい。お節やお初、田吾や杢に馬鹿にせられて、日の出神様も、竜宮の乙姫さまも、涙をこぼして居やはりますぞえ。何と云つても優勝劣敗、弱肉強食だ。善の分るのは遅いぞよ、其代り立派な花が咲くぞよとお筆に出て居ります。皆さま、アフンとなさるなツ。是から是からサア是れから獅子奮迅の勢を以て、三五教を根本から立替いたすから、あとで吠面かわかぬようになされませや。ヒン阿呆らしい』 と座を立つて帰らうとする。英子姫は、 英子姫『モシモシ高姫様、一寸お待ち下さいませ。それは余りの御短慮と申すもの、十人十色と申しまして、各自に解釈が違つて居りまするが神様は一つで御座います。さうお腹を立てずに、分らぬ我々、充分納得のゆく様にお示し下さいませ。誠の事ならばどこまでも服従いたします』 高姫はニヤリと笑ひ乍ら、俄に機嫌をなほし、 高姫『流石は八乙女の随一英子姫様、お前さま丈だ。目のキリツとした所から口元の締つた所、ホンにお賢い立派な淑女の鏡だ。お前さまならば、此高姫の申すことの分るだけの素養はありさうだ。そんならモ一度坐り直して、トツクリと御意見を伺ひませう』 と一旦立つた膝を、又元の座にキチンと帰つた。 英子姫『私は御存じの通り、まだ世の中に経験少き不束者、どうぞ何から何まで御指導をお願ひ致します。就きましては御聞き及びでも御座いませうが、此度竜宮の一つ島、諏訪の湖より五色の貴重なる麻邇の宝珠が無事御到着になりまして、言依別様が兎も角お預り遊ばして、一般の信徒等に拝観をさせ、それから一々役を拵へ、大切に保管をいたさねばなりませぬ。何分……貴女始め黒姫さま、高山彦さまの肝腎の御方が御不在でありましたので、今日まで拝観を延期して居りました次第で御座います。先づ第一に其玉の御点検を、高姫様、黒姫様に御願ひ致しまして、それぞれ保管者を定めて頂かねばなりませぬ。……今日は言依別様始め皆様と御協議で御足労を煩はした様な次第で御座いますから、どうぞ日をお定め下さいまして、御点検を願ひ、其上で保管者をお定め願はねばなりませぬ』 高姫ニツコと笑ひ、 高姫『流石は英子姫さま、言依別さまも大分によく分つて来ました。併し乍ら、梅子姫様、五十子姫、杢助さまの御意見は……』 英子姫『何れも私と同意見で御座います』 高姫『それならば頂上の事、日の出神の生宮が先づ麻邇の宝珠を受取り、竜宮の乙姫の生宮が玉を検めて、其上、各自日の出神、竜宮の乙姫の指図に従つて一切万事取行ふことと致しませう。此玉が無事に納まつたのも、此高姫が神界の命に依つて、黒姫さまを一つ島へ遣はしたのが第一の原因、次に黒姫は高山彦さまと共に竜宮島の御守護を遊ばされ、肝腎要の結構な玉を他に取られない様に、其身魂をお分け遊ばして玉依姫命となし、此玉を大切に保管しておかれたからだ』 英子姫『ハイ………』 玉治別『黒姫さまの分霊は又大変に立派なものだなア。其神格と云ひ、御精神といひ、容色と云ひ、御動作と云ひ、実に天地霄壤の相違があつた。これが本当なら、雀が鷹を生んだと云はうか、途方途徹もない事件だ。此玉治別も竜宮の玉依姫様から玉を受取つた時の心持、一目拝んだ時の気分と云ふものは、中々以て黒姫さまの前へ行つた時とは、月と鼈ほど違つた感じが致しましたよ』 高姫『コレ田吾さま、黙つて居なさい。新米者の分る事ですかいな』 玉治別『さうだと云つて、其玉に直接に関係のあるのは私ですからなア』 五十子姫『玉治別さま、何事もお年のめしたお方の仰有ることに従ひなさる方が宜しからう』 玉治別『ヘーエ、そらさうですな』 と煮え切らぬ返事をし乍ら頭をかいて居る。 梅子姫『今迄の経緯は何事もスツパリと川へ流し、和気靄々として御神業に奉仕することに致しませう。……高姫様、黒姫様、高山彦様、従前の障壁を除つて、層一層神界のため、親密な御交際をお願ひ致します』 高姫『ヨシヨシ、結構々々』 黒姫『お前さまも少々話せる方だ』 玉治別『何だか根つからよく分りました。何は兎も有れ、日をきめて頂きませう。信者一般に報告する都合がありますから……』 言依別は杢助の方を看守つた。杢助は厳然として立上り、 杢助『かくも双方平穏無事に了解が出来ました以上は、来る二十三日を以て、麻邇の宝珠を一般に拝観させることに定めたら如何でせう。先づ第一に高姫様、黒姫様の御意見を承はりたう御座います』 高姫ニコニコし乍ら立上り、 高姫『何事も此件に付ては、杢助さまの総務に一任致しませう』 黒姫『私も同様で御座います』 高山彦『どちらなりとも御都合に願ひます』 杢助『左様ならば愈九月二十三日と決定致します。皆さま、御異存あらば今の内に御遠慮なく仰有つて下さい』 一同『賛成々々』 と言葉を揃へる。折柄吹き来る秋風に十二分の涼味を浴び乍ら各自に退場する事となつた。アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・二三旧閏五・二九松村真澄録) |
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霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 07 猫の恋 | 第七章猫の恋〔七八九〕 玉照姫は紫の宝珠を初稚姫、玉能姫、お玉の方に守らせ乍ら、我館に帰らせ給うた。幹部を始め一同は更めて天津祝詞を奏上し一先づ各自の宿所に帰る事となつた。 高山彦は一旦館へ立ち帰り旅装を整へ、アール、エースの二人と共に早々館を立ち出でんとする時しも、髪振り乱し夜叉の如くに帰つて来た黒姫と門口でピツタリ出会した。南無三宝一大事と高山彦は裏口より駆出さんとする。黒姫は此場に倒れて癪を起してフン伸びて仕舞つた。流石の高山彦も之を見捨て逃げ出す訳にもゆかず、 高山彦『エース、水だ。…アール、癪だ』 と呼ばはり乍ら介抱して居る。 黒姫は目の黒玉を何処かへ隠して仕舞ひ、白目ばかりになつて「フウフウ」と太い息をして居る。エース、アールは口に水を含んで無性矢鱈に面部に吹き付ける。高山彦は口を耳にあてて反魂歌の「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万」を数回繰返した。黒姫は「ウン」と呻き乍ら、 黒姫『ア、何方か知りませぬが、よう助けて下さつた』 と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。 高山彦『ア、黒姫、気がついたか。マアマア之で安心だ。これから高山彦はお前と縁を断り、竜宮の一つ島か、但は筑紫の島へ玉探しに行くから、これまでの縁と諦めて下さい』 黒姫は怨めしさうに、 黒姫『高山さま、お前も余りだ。妾の今卒倒したのもお前の心が情無いからだよ。刃物持たずの人殺、冥土の鬼にエライ成敗を受けなさるのが…妾や…それが悲しい。神の結んだ縁ぢやもの、何卒モ一度思ひ直して下さいませ』 高山彦『何と言つても男の一旦口から出した事、後へひく訳にはゆかぬ。先は先として一先づ此場は離別を致す。黒姫、さらば……』 と立ち去らんとする。黒姫は隠し持つたる懐剣、ヒラリと引き抜き、 黒姫『高山彦さま、永らくお世話になりました。妾の恋は九寸五分、最早此世に生て望みなし。妾は此処で潔く自害を致し、貴方を怨める魂魄凝つて鬼となり、屹度素首引き抜いて見せませう。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と喉にピタリと当てて見せた。 高山彦『自殺は罪悪中の罪悪だ。これ黒姫さま、何程九寸五分だつて胸の方では喉は斬れませぬよ。随分芝居がお上手ですね。そんな事にチヨロマカされる高山彦では御座りませぬワイ。アツハヽヽヽ』 黒姫『エー、残念や、口惜しい。そんなら本当に斬つて見せようか。斬ると云うたら屹度斬つて見せませう』 高山彦『一旦断つた此縁、再びきられる道理があらうか。最早お前と俺との二人の間には何の連鎖もない。赤の他人も同様だ。勝手にお斬りなさいませ』 黒姫『そりや聞えませぬ高山さま、天ケ下に他人と云ふ事は無いもの……と三五教の御教、お前はそれを忘れたか。憐れな女を見殺しにする御所存か、それ程情ないお前ではなかつたに、如何なる天魔に魅られたか。お前の言葉は鬼とも蛇とも悪人とも譬方なき無情惨酷さ、死んでも忘れは致しませぬぞや』 高山彦『イヤ、もう神界の為めには家を忘れ、身を忘れ、妻子を忘れるとかや。男子は戦場に向ふ時には三忘が肝腎だ。……黒姫、さらば……』 と行かんとする。 黒姫『コレコレ、アール、エースの両人、高山さまの足に確り喰ひついて居るのだよ。屹度放しちやなりませぬぞえ』 二人は高山彦の両足に喰ひ付き乍ら、 アール『アヽア、犬も喰はぬ夫婦喧嘩の犠牲に供せられ、随分勤め奉公も辛いものだなア』 高山彦『こりやこりや、アール、エースの両人、早く放さぬか』 黒姫『決して放しちやなりませぬぞ。コレコレ高山さま、男は閾を跨げるや否や七人の敵があると云ふ事を知つて居ますか』 高山彦『アハヽヽヽ、イヤもう御親切な御注意、有難う御座います。誠一つの心で居れば、世界は敵の影を見たいと言つても見る事は出来ない。山河草木、人類鳥獣魚鼈に至る迄、皆我々の味方ばかりだ。人を見たら泥坊と思へ等と云ふ猜疑心に駆られて居る人間の目には、何も彼も敵に見えるだらうが、我々は神様にお任せした以上一人の敵も無い。お前に添うて居れば此世の中で敵を作るばかりだから……何卒心配して下さるな。お前もこれから改心をして、世間の人に可愛がられて呉れ。それが高山彦の別れに臨みお前に与ふる大切な餞別だ。高姫さまにも何卒よく言うて置いて下さい。必ず必ず執着心を出してはなりませぬぞ。今日から心を改めて本当の生れ赤子になり、仮にも竜宮の乙姫等と大それた事を言はない様にしなさい。左様なれば是にて……黒姫さま、お暇致します』 黒姫『高山さま、そりや貴方、本性で仰有るのか。芝居ぢやありますまいなア』 高山彦『本性で無うて何とせう。夫婦の道は人倫の大本だ。それを別れようと言ふ高山彦の胸の裏、些とは推量して呉れ。……さあアール、エース、これから行かう。……黒姫さま、これにて暫くお別れ致します』 と慌しく駆出す。 斯かる処へ走つて来た玉治別、 玉治別『ヤア、高山さま、愈御出でですか』 高山彦『ハイ、何分宜しう願ひますよ』 黒姫『何と言つても放しはせぬ』 と獅噛みつく。高山彦は「エー面倒」と当身を一つ喰はすや否や、黒姫は「ウン」と其場に大の字に倒れて仕舞つた。 玉治別『何と高山さま、乱暴な事を致しますな』 高山彦『斯うして置かねば仕方が無いから……此間に私は身を隠すから、後は頼みますよ。斯うして此処を拇指でグツと押して貰へば息を吹き返す……玉治別さま、此処だよ。何卒二十分ばかり待つとつて下さい』 玉治別『承知致しました』 「左様ならば」と高山彦は二人を伴ひ、足早に何れへか姿を隠した。玉治別は時期を見計らひ高山彦に教はつた局を拇指に力を入れてグツと押した。「ウン」と息吹き返した黒姫は四方をキヨロキヨロ見廻し、 黒姫『アヽ残念や、到頭逃げられたか。エー仕方がない。……お前は玉治別さま、ようマア助けて下さつた』 玉治別『高山彦の奴、怪しからぬ乱暴な男だ。永らく添うて来た女房に当身を喰はして息を止め、筑紫の島へ逃げて行くとは不届き千万な者だ。お前さまも是で目が醒めただらう。虎、狼と一緒に寝る様なものだ。私もお前さまを活かさうと思つて、何程骨を折つたか分りませぬ。到頭局が分つて活を入れた時、貴女がもの言うたのも皆神さまのお蔭、アヽ勿体ない。是から一切の執着を捨てて大神さまに感謝祈願の祝詞を奏上しませう』 「ハイ、有難う」と黒姫は玉治別と相並び、拍手の声も淑やかに錦の宮の方面に向つて感謝祈願の言葉を奏した。 因に言ふ、錦の宮の神司は従前の通り玉照彦、玉照姫の二人相並ばれて御神業に奉仕され、英子姫選ばれて言依別命の不在中教主の役を勤めらるる事となつた。そして東助は教主代理兼総務となつて聖地に仕へた。 高山彦、秋彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉の方は聖地にあつて幹部の位置を占め神業に従事しつつあつた。玉能姫は生田の森の館に帰りて駒彦と共に神業に従事する事となつた。又言依別命は国依別と共に南米、高砂島に渡り、鷹依姫、竜国別の行衛を探ね、旁宣伝の為めに出張さるる事となつた。 高姫は言依別命の後を追ひ四個の玉を取り返さんと、春彦、常彦の二人を引き率れ、高砂島に行く事となつた。杢助は初稚姫、玉治別、五十子姫、亀彦、音彦、黄竜姫、蜈蚣姫其他を率ゐ、波斯の国のウブスナ山脈斎苑の館を指して行く事となつた。梅子姫はコーカス山に二三の供者を従へ途々宣伝をし乍ら登らせ給ふ。黒姫は高山彦が竜宮島又は筑紫の島に逃げ去りしと聞き、一方は玉の詮議を兼ねて夫の行衛を捜査すべく聖地を後に、三人の供者を従へ出発する事となつた。 (大正一一・七・二四旧六・一北村隆光録) |